雪深い里

 

序、タイシャー

 

結局、発電所の近辺では、一月ほど缶詰になった。

当然の話で、「あの」バトー博士が、周囲とトラブルを起こしまくる中、どうにか作業をさせなければならなかったし。

発電所の復旧に必要な資材も、集めなければならなかった。

ダスト原人との戦闘でのダメージも大きく。

クルマ関係の被害は相応に甚大。

アクセルと一緒にクルマを直しながら、発電所の復旧も進めていった結果、時間は完全にすっ飛び。

結果、ダスト原人の賞金はほぼ消し飛んだ。

確かに、この近辺のインフラは以前より良くなった。

バトー博士が発電所を復旧してくれたし。

壊れていた「風力発電機」とやらも直してくれたからだ。

そればかりか、「猿でも分かるでんきのひみつ」とかいう本も作って、バトー博士は残していってくれた。

発電所の職員達は屈辱に青ざめていたが。

そもそもセキュリティに驕りきって、完全に不意打ちを食らった彼らにも。長い間「ある事が当たり前」であったため、テクノロジーを忘れてしまった事にも。原因がある。

これくらいの屈辱は。

受けなければならないだろう。

バトー博士は、壊れたゴリラの一機をぱっぱと直すと。

報酬はこれで良いと言い残して、それに乗ってシルキと一緒に帰ってしまった。まあ、それでいいだろう。

残ったゴリラ二機の構成素材は、殆ど発電所の復旧作業に使ってしまった。

搭載していた主砲も、正直現状装備しているものより勝る性能はなかったので、そのままバスに積む。

後でネメシス号に搭載すれば良いだろう。

というわけで、一月に渡る作業は完了。

続けて、ビイハブ船長が言っていたタイシャーとやらに向かう事にする。

地図を見ると、発電所から遙か東。

山の中だ。

幸い、どうにかクルマを乗り入れることは出来るけれど。

その辺りは雪が降るとかで。

トレーダーから、クルマ用の暖房装置を購入しなければならなかった。

この辺りは例え砂漠でも。

気候は安定しているケースが多い。

要するに、気候がおかしいから砂漠になったのではなく。

他の要因で砂漠になったのだ。

だから、これから向かう場所は。

単純に、昔から寒い場所だったのだろう。

発電所を後にする。

今回は、殆ど実入りがない仕事だったが。その代わり、周辺の街には電気が今まで以上に安定供給されるようになったし。

ノアのモンスターも、簡単には近づけないほど強力なセキュリティが発電所には作られた。

ハンターズオフィスもこれを高く評価していて。

私への評価を、更に幾らか上げたようだった。

それはそれで嬉しくはある。

バイアスグラップラーに接するとき、私は鬼であろうと考えているが。

それ以外の人間と接するときは。

あくまで一人のハンターでいようと思っているのだから。

今回はそういうわけで高くついてしまったが。

それでも無駄にはならなかった。

ケンの成長も確認できたし。

今後はウルフを任せても良いかもしれない。

砂漠を抜ける。

もう、風力発電機は見えなかった。

途中にある小さな街で補給をしながら、北東へ。途中から、山道になってくるが、今の時代のクルマは、何より悪路を行ける事が条件になる。どのクルマも、特に問題なく進めている。

問題は、モンスターの数が多いこと。

途中の街で、トレーダーに護衛を頼まれる。

隣の街までで良いと言われたので、快く引き受けるが。

この辺りは手練れのハンターが大勢いるはず。

どうして此処までモンスターを野放しにしているのか。

タイシャー付近は何か面倒事でもあるのか。

それをトレーダーに聞くと。

しばし口をつぐんだ後。

教えてくれた。

「タイシャーは、少しばかり面倒なんですよ」

「面倒とは、何か宗教団体が支配しているとか言う話に関係しているのか」

「そうです。 非常によそ者に対して閉鎖的で、トレーダーですら中々入る事が出来ないんですよ」

「それは厄介だな……」

ハンターズオフィスもないという。

そんな状態で、どうやって身を守っているのかと思ったが。

その疑問は即座に氷解した。

双眼鏡で覗いてみると、凄まじい武装だ。

山の中腹。

崖に張り付くようにして存在しているのがタイシャー。

非常に不便な地形だが。

航空戦力というものが失われた現在、あれを攻めるのは至難の業だ。

その周辺には200ミリクラスの主砲が、ボロボロ生えている。レーダーやミサイルポッドも備えている様子だ。

何だアレは。

規模的には、マドの街と大差ない程度なのに。

どうして此処まで武装している。

「よくも彼処までの武装を整えられたな」

「ちょっとした要塞でしょう? 何でも宗教団体だけに、熱心な信者が喜捨をしているらしくて」

「喜捨?」

「財産を投げ出すことですよ」

フロレンスが教えてくれる。

何だそれは。

今の時代に、金を放り捨てるような奴がいるのか。

余程タチが悪い洗脳をしていると見える。

重戦車は欲しいが。これはちょっとばかり、気を付けなければならないだろう。

タイシャーから離れた街で、トレーダーと別れる。タイシャーまでは指呼の距離だが、ちょっと相談をしておいた方が良いだろう。

「喜捨とは名ばかり。 結局の所、バイアスグラップラーと同等の搾取をしている、と見て良さそうだな」

「そうとも言い切れないですよ、悪い意味で」

「何か知っているのか」

「タイシャーに喜捨しているのは、何も街の住民だけでは無いと聞いています。 トレーダーにも、稼ぎを丸ごとつぎ込んでいる人間がいるとか」

愕然とはこのことだが。

フロレンスが言うのは、更に生臭い事実だった。

「今の時代、すがる対象が欲しい人間は大勢います。 それが力である事が一般的なのですが、精神的なものを求める者もいるのです。 この場合、宗教がそれに当たるわけですね」

「現実主義で知られるトレーダー達を、良くカモに出来るな」

「宗教家を侮るのは危険ですよ。 彼らは薄明の世界に生きてはいますが、知能が劣悪な訳ではありません。 むしろ宗教という心の麻薬を扱っている以上、人心掌握には長けているケースが多いと言えます」

「……」

眠そうにミシカが目を擦っている。

難しい話をしている横からこれだ。

ケンはうんうんと頷いて熱心に話を聞いていたが。

この有様では、オツムでミシカがケンに追い越されるのに、そう時間は掛からないかも知れない。

街に着く。

トレーダーの護衛が終わったので、小遣いを貰い。

そして、ハンターズオフィスに顔を出す。

既に私の名前はかなり知られてきていて。それで話が早かった。私を見て、そそくさと逃げる奴もいる。

顔だけは覚えておく。

此処のハンターズオフィス職員は、まだ若い女性だ。

とはいっても、多分ハンターの現役を退いた人間だろう。

顔には凄い向かい傷。それも十字。

左目は失っている。

戦闘でのPTSDが原因で、ハンターを続けられなくなった。

そういう事なのだろうと私は推察した。

戦いの結果、其処まで精神にダメージを受け、現役を退いた人間を責める気はない。むしろ廃人になりかねない所を、良く持ちこたえた、と言うべきだろう。

軽く話を聞く。

この近辺では、賞金首の話はない、という事だった。

面倒な賞金首がいたら、それだけで色々と大変だったが。どうやら、それだけは免れることが出来そうだ。

ただし、である。

気になる情報を得る事になった。

「バイアスグラップラーが、妙な動きをしていると言う情報です」

「妙な動き?」

「今まで彼らは、武力を背景に分かり易い暴虐を働いてきました。 ところが、この間発電所を襲ったのを皮切りに、どうも変な動きが目立つようでして、各地のハンターから情報が上がって来ています」

「詳しく」

頷くと。

ハンターズオフィスの職員は言う。

現在、イスラポルト近辺のバイアスグラップラーは、兵力を大幅に削減して、どんどん何処かへ撤退しているという。

何カ所かあった軍事拠点は既に空っぽ。

逆に、他の何カ所かは、逆に軍事力が著しく増強され。

襲いかかったスクラヴードゥーが、瞬く間に動かないスクラップにされるところが目撃されているとか。

「その過程で、カリョストロという名前が出てきています」

「バイアスグラップラー四天王、第三位か」

「ええ。 今までそれしか分かっていなかったカリョストロなのですが。 どうしてか、急に矢面に立ってきたようです」

「警戒が必要だな」

そもそも、兵力を集中している、というのが気になる。

発電所への攻撃も、無計画なものだったとは思えない。

単純にノアの大規模攻撃によるダメージを補填するためのもの、ということなのだろうか。

どうにもそうとは考えづらい。

ノアの本拠を発見して、それで攻撃をする準備をしているのか。

それとも、全域で攻勢に出て、海西側の失陥した土地を奪い返すつもりなのか。

何を目論んでいる。

いずれにしても、断片的にしか情報は出てきていない。

ただ、一つ気になる情報が出てきた。

「近辺で有名な賞金首、マダムマッスルはご存じですか」

「ああ。 スカンクスと同格の、50000Gの賞金を掛けられている奴だな。 同じ姿の女達を多数従え、人間狩りめいた行動をしているとか」

「どうやらマダムマッスルが潜むと言われているそのホロビの森が、大変なことになっている様子です。 入ったハンターが、誰一人生還していません」

「!」

手練れ揃いのイスラポルト近辺のハンターが、其処まで一方的にやられるとは、何が起きている。

私も、そこまで彼らに対して優位をもっている訳では無い。

迂闊に踏み込む事は。

自殺行為だろう。

「元々スクラヴードゥーが多数出現し、カミカゼキングも現れると言うことで、トレーダーも近寄らないイスラポルト随一の危険地帯だったのですが。 手練れのハンター達も、現在情報を必死に集めている様子です。 迂闊に近寄らない方がよろしいでしょう」

「分かった。 有難う」

これは、もっと情報がいるな。

出来ればバイアスグラップラーの兵士共を捕獲して、情報を吐かせたい所だが。どうにも嫌な予感がする。

カリョストロという奴は、得体が知れない。

今まで殆ど見たというバイアスグラップラーの兵士を確認していないし。

重要拠点を任されている、という話くらいしか聞いていないのだ。

一度ビイハブ船長と合流して、話をしたいが。

それも一旦タイシャーを片してからにするべきか。

この街は小さいが。

それでも宿はある。

適当に宿を取ると、自由時間にする。

外で、ちゃりんちゃりんと、鈴の音がしている。

宿の部屋の窓から外を見ると。

なにやら白と赤で構成された服を着込んだ、見慣れない女達が。鈴を鳴らして歩いている。

一目で分かる。

宗教的な儀式だ。

「スワの神々に幸あらん事を」

「神渡りを成功させよう」

「喜捨を」

「喜捨をタイシャーに」

何だ。

何を彼奴らはしている。

視線が合わないように、窓を閉める。相部屋のリンとミシカは、小首をかしげていた。

「妙な仮装だな」

「いいえ、あれは巫女装束です」

ミシカの疑念にリンが即答。

服には詳しいらしく、色々と話をしてくれる。

「ミコ……なんだ?」

「この地域に古くから伝わる宗教の衣服です。 あの様子だと、伊達や酔狂ではなくて、きちんと着こなしていますね」

「よく分からないが、要するにタイシャーの関係者って事か」

「それも、金を集めて廻っているという事でしょう。 この街にも、タイシャーは強い影響力を持っているとみて間違いなさそうです」

すぐ近くとは言え。

山間部で、イスラポルト東。

強いモンスターも多いだろう。

それなのに、危険を冒してまで来ている。

しかも、此奴らが所属しているのは。

生臭いというか。

血なまぐさいタイシャーである。

ビイハブ船長の話通り、重戦車を持っていてもおかしくない奴らだ。何をしているか、確認する必要があるだろう。

潜入は、危険が大きい。

真正面から乗り込んでみるか。

それで、様子がおかしい様子だったら、いっそのこと正面突破する。

さっき双眼鏡で見た感じ。

あれは、外側から攻めてきた場合の備えだ。

内側で暴れれば。

案外簡単に始末がつけられる可能性も大きい。

「タイシャーについては、少し腰を入れて調べる必要がありそうだな」

「良いですけれど、あの手の連中は本当に危ないですよ?」

「何か知っているのか」

「怖い物知らずなんですよ、宗教関係者は」

リンがしらけた目で言う。

何か酷い目にあった事があるのかと聞くと、頷いた。

以前山間部に住む強力な賞金首を崇拝するカルト教団に遭遇した事があるらしい。メイドの修行をしていた時だ。

その時に、見たそうである。

嬉々として、賞金首に喰われる様子を。

誰も彼もが。

疑ってもいなかった。

その時は、強力なハンターがタッグを組んで。

十機以上の重戦車で火力投射を仕掛けて、その賞金首を撃ち倒したという。

だが、ハンター達を、狂信者達は責め立てた。

山の神様に何をする。

罰が当たるぞ。

我等は神様に命を捧げた身。

天国に行く機会を奪うのか。

流石のハンター達も、辟易していたという。

「完全に洗脳が決まると、基本的に人間は死も怖れなくなりますし、物事に疑問も持たなくなります。 ちなみに、此処とは地方が違いますが、かなり近場での話です。 その賞金首は確か、120000Gの賞金が掛かっていた超大物だった筈で。 マリアさんも討伐に参加していたとか」

「120000G!」

「幾つもの街を滅ぼした化け物ですからね。 妥当な金額だと思います」

「……」

腕組みする。

流石にそんな化け物になると、崇拝するカルト教団まで出現するのか。少し考えさせられてしまう。

嫌な予感がプンプンする。

重戦車について調べて。

後はさっさとタイシャーを後にしたい。

外では、鈴の行列が、まだ歩き続けていた。

 

1、暗躍する紳士

 

ステピチは、カリョストロの指示でホロビの森に向かっていた。此処しばらくはカリョストロの指示で動いているのだが。それも、テッドブロイラー様の命令だからだ。しばらくは、カリョストロの手伝いをするように、と。

バイアスグラップラーの本部では、今何か大攻勢だかの準備をしているらしい。

新しく作り出されたSSグラップラーとか言う気味が悪い連中が、恐ろしい重装備と、強力に武装したゴリラを駆って、南の方。

そう、ノアの大軍勢が出現した地域の方を、徹底的に洗っているそうだ。

それにテッドブロイラー様も参加しているらしく。

その辺りに出る賞金首を根こそぎにしているとか。

もっとも、バイアスグラップラー本拠、バイアスシティの南には、大した実力のハンターはいない。

消耗が激しすぎて、人材が育たないのだ。

イスラポルト近辺以上にモンスターが強く。

そのせいで、とても近寄れないという。

故に不可侵地域だったのだが。

バイアスグラップラーが、その軍事力をもって。

ついに侵攻を開始した、という事なのだろう。

だが、荒野ばかり。

モンスターだらけの場所を抑えて。

何をしているのか。

ステピチには分からないが。

多分テッドブロイラー様には、何か考えがあるのだろう。

そう考えて、納得する事にする。

ひょっとして、ノア本体がいるのかもしれない。

もしもノアを倒せたら、それは快挙を通り越して、壮挙だ。

是非実現して欲しい。

無学なステピチだって、今の時代を作り上げた元凶がノアである事くらいは知っている。いなくなっても、すぐには世の中も良くなるとは思えない。

だが、それでも。

ノアを倒せれば、とてもそれは大きな事だ。

やっと、この暗黒の時代に、光明が差すかも知れないし。

何よりも、あのおぞましい人間狩りをしなくても済むようになるかもしれない。

ホロビの森に入る。

一気に空気が変わった。

「オトピチ、備えるザンスよ」

「分かったよ、兄貴ー」

この辺りからは、一瞬の油断が命取りになる。文字通りの地獄だ。

周囲に人間がいない事を確認してから。

発煙筒を何回か、約束通りに焚く。

そうすると、姿を見せたのは、まだ若い女達だ。

とはいっても、非常に逞しい体つきをしていて。

戦士だと一目で分かった。

毎日飽きるほど鍛えている。

それが一目で分かる。

「バイアスグラップラーの使者か」

「自分はステピチ、弟はオトピチザンス。 カリョストロ……様から、書状を預かっているザンスよ」

「そうか。 渡して貰おうか」

「悪いけれど、貴方たちの主に直接渡して返事を聞くようにと言われているザンス」

ばちりと、空気が帯電する。

女達は舐めて掛かられていると判断したのだろう。

瞬時に戦闘態勢をとった。

此方もバイクをふかして、戦う態勢に入る。

相手は八人。

それも相応に使えるが。

此方の敵ではない。

だが、最初に構えを解いたのは、女達の方だった。

何か空中に向かって話している。

不気味極まりないが、全員がそうしているところを見ると。小型のインカムか何かを使っているのだろうか。

「主様からの命令だ。 お前達を案内せよと」

「最初からそうしろ、ザンス」

「ふん、ご厚情に感謝することだな」

女達が歩き出し、それについていく。

西の方に、煙が上がっている何かの大きな施設が見えた。強力な武装が施され、複数の人間が働いている。

「何ザンスかあれは」

「石油というものを掘り出して、プロテインに変えている。 我等が強くなるための薬剤だ」

「強くなるために、薬を使っているザンスか」

「薬といっても、れっきとした一種の栄養だ。 ノアのモンスターの恐ろしくまずい肉と違って、加工次第で大変おいしくなる」

それは羨ましい。

だが、石油というのは、確か燃料として有用なものだったはず。

それからわざわざ栄養だけをとりだしているのか。

何だかもったいない話だなと思ったけれど。

まあ、不干渉でいく。

そもそもステピチは使者としてここに来ている。

カリョストロの指示には、相手の本拠の様子をしっかり見てこい、というものもある。相手をどうこうしろという指示はない。

プロテインパレスという、巨大な建造物が見えてきた。

此処でも、周辺の街や集落から攫われてきた人間が働かされているようだ。

一時期は、完全な独立を保っていただけはある。

武装も相当である。

建物そのものは、四角形をしていて。どうやら大破壊前からある代物のようだが。

入って見て分かった。

此処は地下施設の方が本命だ。

地上部分は、それほど大きくもなく。背も高くは無かったのだが。

地下は広大で。

セキュリティも非常に強力。

中では、同じ姿の女達が多数徘徊。

周辺から連れてきたらしい人間達を、奴隷として使っていた。

「胸くそ悪い場所ザンスね」

「何を言う。 お前達バイアスグラップラーも同じだろう」

「それもそうザンスね」

分かっている。

自分だって、生きるために似たような組織に所属していることは。だが、やっぱり気分が悪い。

最奥。

地下深くに潜り。

セキュリティの強固な壁を抜けて、辿り着いた。

其処は広い空間で。

あの不滅ゲートの内部空間ほどでは無いけれど。

それに近い。

更に、天井からは過剰な照明が照らされ。

此処には文明がまだ存在し。

この女達だけがそれを独占していることがよく分かった。

女達が跪いた先には。

玉座がある。

そして、化け物のように逞しく。

巨大な女が座っていた。

よく見れば、姿形は、他の女達と同じだ。

桁外れに逞しく。

巨大。

それだけである。

此奴が、マダムマッスルか。

女の一人が耳打ちする。

重苦しい声を、マダムマッスルが開いた。

「カリョストロ殿からの書状か」

「直接手渡しするように、とのことザンス」

「無礼な、控えよ」

「良い。 構わぬ」

一礼すると、手紙を渡す。

近くで見ると分かるが、何とも巨大な姿だ。スカンクスに近い体格である。戦闘力も、スカンクスに迫るとみた。

バイアスグラップラーに所属してくれて助かった、のかも知れない。

「ふむ、貴重な奴隷どもを多少寄越せと」

「返事を聞かせて欲しいザンス」

「良いだろう。 カリョストロ殿も、また大きな作戦を進行中の様子。 手は打っておくと伝えよ」

「分かりましたザンス、マダム」

深々と頭を下げると。

その場を後にする。

オトピチは、終始不安そうにしていた。

女達に追い立てられるようにして、プロテインパレスを出る。

「兄貴ー。 人間狩り、俺たち荷担したんだな」

「……そうザンスね」

「心が痛むよ」

「ああ、そうザンスね」

分かっている。

だが、こうしてやっていくしかない。

テッドブロイラー様の覚えも良くなってきたのだ。ダーティーワークもこなせるようにならないと。

これ以上の出世は出来ない。

それにレナはどんどん強くなっている。

少し前の手柄で改造して貰った。確かに強くはなった実感がある。だが、これでもレナに及ぶかどうか。

実際問題、ガルシアが敗れたという。

奴も相当強力に改造されていたらしいのに。

レナはタイマンでガルシアを倒した。

それに、レナは重戦車の二機目を手に入れた、という情報も入っている。

それを考えると。

あまり強くなったという理由で、侮る事は出来ないだろう。

ホロビの森を抜けると、南に。

バイアスグラップラーの軍事拠点の一つに入ると、其処から地下通路に。複雑な経路を経て、直接カリョストロの所に出向く。

カリョストロは。

いた。

ステピチ達がレナを陽動したおかげで、捕縛できたエバ博士。牢に入れられた既に老齢の女性に対して、執拗に何かを言っている。

紳士的な雰囲気を作っているが。

目は笑っていない。

それどころか、目には強い狂気が宿っていた。

カリョストロは、此方に気付き。

尋問を切り上げて、来る。

やはり、化け物同然の気配を、びりびり感じる。

強くなっても、まったく及ぶ気がしない。

「首尾はどうだったかね、ピチピチブラザーズ」

「マダムマッスルは、書状に対して、了承したとの事ザンス」

「そうか。 時に彼女がごねた場合、どうするつもりだった?」

「それは当然、利を説いたザンスよ」

それでいいと、カリョストロは満足したようだった。子供の使いではあるまいし、それはやるのが当然だ。

実際、重要な手紙を任されているのである。

交渉のグリーンライトも渡されている。

そういう判断で良かったはずだ。

「次は何をすれば良いザンスか」

「熱心だな」

「もっと強くならなければ、レナには勝てないザンス」

「ふむ、それもそうだな。 今のお前達では、どう客観的に見ても、レナは倒せないだろう」

即答される。

悔しいけれど、その通りだ。

レナは少し前に、バイアスグラップラーの部隊を壊滅させたダスト原人を、あっさり倒している。

ゴリラ三機を叩き潰した相手を、である。

バイアスグラップラーの兵士達も、敵セキュリティとの交戦で消耗していたという話だが。

それでも、ゴリラ三機を正面から撃破した相手を。

余裕で沈めたのだ。

確実に今のステピチとオトピチより強い事は、自分たちでだって分かる。

成長速度が凄まじい。

戦闘経験が豊富だと言う事もあるのだろうが。それ以上に、凄まじい憎悪が、その力を燃やしているのだろう。

ただ野心だけを持っているステピチとオトピチとは。

土俵が違う、という事だ。

今更ながらに後悔している。

人攫いどもを返り討ちにした後、レナとは遭遇したが。

その時仕留めるべきだった。

あの時は勝機があった。

彼処で、勝負を挑んでおくべきだったのだ。

五分五分の戦況だったのだ。

勝てば、四天王入りは確実だっただろうに。安牌をとってしまった。

しかし、である。

隣を見ると、不安そうにしているオトピチ。

此奴を死なせるわけには行かない。

これでも、情けなくても。

ステピチは兄で。

弟を先に死なせる訳にはいかないのだ。

「では、次の仕事だ。 レナ達が動き出したことを確認した。 移動先は恐らくはタイシャーだろう」

「タイシャーザンスか」

「そうだ。 閉鎖的な宗教団体に支配された山間の街だ。 強力な軍事力を有しているが、色々と面倒くさい場所でな。 潜入して足止めしろ」

「分かりました、ザンス」

カリョストロは。

レナを怖れているのか。

再び、エバ博士に尋問を始めたカリョストロを横目に、その場を離れる。

どうにも。

何もかもがいけ好かない。

 

イスラポルトに寄る。

そしてハンターズオフィスに顔を出すと、近辺の賞金首の情報を得ておく。

今、相当に強くなっていると言っても。

それでも、出来ればカミカゼキングには遭遇したくない。

奴はスクラヴードゥーを従えて現れると聞いている。

流石に、強化されているとは言え。

二人だけで、賞金首と、賞金首クラスを同時に相手にはしたくなかった。

ハンターズオフィスによると、カミカゼキングは幸いホロビの森方面で走り回っているのが確認されているようで。

迂回すれば遭遇する事は無いだろう。

しかし、タイシャーか。

自慢のバイクでも、数日はかかる。

少しばかり億劫だ。

イスラポルトにも、奇形の魚がたくさん水揚げされていて。それらや、訳が分からない肉を焼いた意味の分からない食べ物が置かれた屋台がある。其処で軽く食事にしながら、オトピチに聞く。

「体の調子はどうザンスか」

「悪くないよ−、兄貴ー」

「そうザンスか」

確かに体の調子は良い。

ブルフロッグの所で手術を受けた後。

脳をいじくられた様子はなかった。

その気になれば、強くなれるのに。

そう嘲るようにブルフロッグは言ったけれど。あんな風に、人間を完全に捨てた化け物にはなりたくない。

オトピチは嘘をつかない。

嘘をつくという発想がない。

こういう善良な人間に、荒野を行かせなければいけないこの世界は、完全に狂っているけれど。

でも、そうしないと生きていけないのだ。

適当に屋台で食事を済ませると、タイシャーに向かう事にする。

バイクで移動していると。

オトピチが聞いてくる。

「なあ、兄貴ー」

「何ザンス」

「なんで発電所を制圧しようとしたんだろう。 兄貴にはわかる?」

「どうやら、カリョストロはこの辺りの戦略的なバランスをコントロールしようとしているらしいザンスね」

発電所を抑えようとしたのも。

最小限の力で、この辺りの戦略的なバランスを掌握するため。

実際、ノアのモンスターという乱入要素がなければ。

それは成功していただろう。

失敗はしたが。

今バイアスグラップラーが警戒しているレナを、長時間拘束することには成功しているし。

その間に、色々と策略を進めてもいる。

エバ博士を捕らえて、ずっと話をしているのは、何故かは分からないけれど。

それ以外にも、マダムマッスルとの関係を強化したり。

要塞化している本拠近辺の兵力を、意図的に動かしたり。

何か作戦を続けている様子だ。

具体的に何をしたいのかは、ステピチの頭では分からないけれど。

それでもはっきりしているのは。

スカンクスとは違って、カリョストロは頭を使うタイプだ。

そして事実。

テッドブロイラー様から、不満は聞いていない。

「タイシャーに行ったら、レナと戦うのかなー」

「顔を見られたら戦う事になるかもしれないザンスね」

「やだなあ。 レナ、悪い事してるって聞いていないよー。 この間も、発電所を直して、みんなが生活しやすくなるようにしてくれたって聞いたよー」

「……」

そうだ。

明らかにバイアスグラップラーより良い事をしている。

だが、テッドブロイラー様には恩がある。

それに、レナはノアを倒せるだろうか。

そうとはとても思えない。

テッドブロイラー様なら、ノアを倒して、この地獄の時代を終わらせることが出来る。そう信じたい。

ステピチは、テッドブロイラー様に賭けているのだ。

それならば、最後まで。

信じて、ついていくだけだ。

タイシャーまでは少し距離がある。

レナをどうすれば足止めできるか。

少し考えておかなければならなかった。

 

2、背徳の社

 

タイシャーには、すんなり入れた。

検問の類があるのでは無いかと警戒していたのだけれど。そんな事も特にはなく。入るときには、誰にも咎められなかった。

ただ、長い坂が続いている先の神社は。

かなり険しく警戒されているようだ。

街の方では、例の白い服を着た女達が、鈴を鳴らしながら歩いているのが見える。住民どもは、それを見ては、頭を下げている様子だった。

トレーダーは来ている。

だが、反応は両極端。

商売にだけ徹して、此処には関わりたくないという顔をしている者。

逆に、此処に商売で稼いだ金の大半をつぎ込みに来ている狂信者。

それが見て取れた。

一旦別れて、情報収集をして。

それで集まったのだが。

ミシカはうんざりしていた。

ちなみに宿だと盗聴される恐れがあるので。

一旦街の外で、クルマの側で、である。

「途中、何度も勧誘されたよ。 此処の信者にならないかって。 スワの神、ミジャグジ様の加護があれば、何も怖れるに足らない、だってよ」

「私も勧誘されましたよ。 袖にするコツを教えましょうか?」

「頼む」

リンが助け船を出したので、げっそりしているミシカは一も二もなく飛びついていた。

まあそれはそうだろう。

ミシカは何というか、人が良いのだ。

ああいう勧誘にも、はっきりNOと言えずに苦しむタイプだろう。

私の場合、見るだけで相手が逃げていくので。

そういうのは必要ないが。

兎に角、此処ではミジャグジという神が信仰されている。

そして、フロレンスが聞いてきたのだが。

良くない噂があると言う。

「皆、気を付けろ。 行方不明者がかなり出ているそうだ」

「行方不明者?」

「この街を訪れるよそ者の中に、かなりの数の行方不明者が出るという。 トレーダーの間では有名だそうでな」

「あのエセ宗教家ども、バイアスグラップラーと組んででもいやがるのか?」

アクセルがぼやく。

カレンは、少し考え込んでから、それに答えた。

「バイアスグラップラーは、最近人間狩りの頻度を減らしていると聞いている。 ひょっとすると、こういう街で人間狩りの餌食を調達しているのかも知れないね」

「冗談じゃないぜ。 俺たち、もろにターゲットじゃないか」

「ケン、気を付けろ。 お前はまだ自衛できるほどの実力がない」

「分かりました」

カレンに素直に頷くケン。

さて、此処から。どうするかだが。

いずれにしても、内部を見に行くしか無いだろう。

今のうちに、双眼鏡を使って、あの長い坂の周辺を確認しておく。

見たところ、検問は三つ。

それ以外の森の中にも。

監視カメラがかなりの数配置されている。

結構面倒だ。

坂の先には、社と呼ばれる建物があるが。

あれがミジャグジとやらを祀っている場所なのだろう。

いずれにしても、神々しさなど感じない。

彼処に感じるのは。

人間の欲。

そして、業だけだ。

「カレン、リン、それにベロ」

ベロが顔を上げる。

ミシカを入れないのは、ここの守りのためだ。

ポチもどちらかと言えば守り向きの性格なので、此処に残す。

なお、犬を連れて行くのは。

匂いを察知することによって、奇襲を避けるためだ。

更に本人には言えないが、ドジな傾向があるミシカを連れていくと、トラップに引っ掛かる可能性がある。

カレンやリンならその恐れはない。

私は元々トラップの専門家だから、他の人間よりは引っ掛かる可能性は低い。

「夜を待って、森を調査する」

「いいけど、見つかったらどうなるか知れないよ。 あの主砲の数を見ただろ」

「私も同感です。 見つかりでもしたら、何をされるか」

「それ以上に、此処は放置するのにはリスクが大きすぎる」

嫌な予感がするのもあるのだけれど。

実際、行方不明者が大量に出ているのも不安だ。

ビイハブ船長は、何故此処を勧めたのか。

戦車があると言う話だが。

まあこの防御の堅さから考えれば、あっても不思議では無いだろう。

「いずれにしても、此処は放置出来ない。 森を調査した後は、此処の支配者に、直接会ってみよう」

「色々と大胆だね……」

カレンが呆れる。

だが、これから更に強大な敵を相手にしていかなければならないのだ。

多少は大胆でなければ。

乗り切ることなど、出来はしないだろう。

「アクセル、もしもトラブルが起きたら、信号弾を上げる。 その場合は、森をなぎ倒してでも良いから、助けに来てくれ」

「分かった。 でも、そうなると多分戦車を手に入れるのは絶望的になるぜ」

「ああ。 だが、命には替えられないからな」

打ち合わせを、幾つかしておく。

それにしてもこの森。

嫌な予感しかしない。

 

森に入って最初に確認したのは、トラップの群れである。ブービートラップが、あっちこっちに仕掛けられている。

落とし穴は基本。

ワイヤートラップも多数。

これは、完全に専門家がやっている。

ただし、プロが引っかかるような、玄人仕様のものではない。

つまりそれは。

プロ中のプロが相手にいるわけではなく。

ハンター崩れが相手についている、という事だろう。

赤外線暗視カメラも発見。

潰すと面倒な事になる。

探知範囲も、かなり広い。

メンテナンスのことも考えると、相当なプロが関わっていると見て良い。それにあの監視カメラ、大破壊で失われなかった建物に設置されているような代物で。こんな森に自生している筈も無い。

複雑な経路を通りながら、森を突破。

集落の裏側に出る。

山道はかなり厳しいが。これも暗視カメラの巣だ。

これほど念入りに。

何を隠しているのだろう。

見張りもいる。

中には、やはりというべきか。

明らかにハンター崩れも多数見受けられた。

舌打ち。

此処の支配者は、「喜捨」とやらで、相当な財産を蓄えているらしい。

ビイハブ船長は、此処を勧めたが。

何となくだが。

ひょっとすると、此処の支配体制をぶっ潰してくれと、暗に頼んだのではないのだろうか。

まあいい。

無意味に暴れる必要もない。

ただし、相手がバイアスグラップラーと通じていると分かった場合は話が別だ。

リンが、袖を引いた。

身を伏せて伺う。

丁度今日は雲が多くて、月が隠れていて。

星明かりも少ない。

闇に伏せていれば、まず見つからない。

「カンヌシ様は、何をやってるんだか」

「ずっと社から出てこないって話だな」

「取り仕切ってるのはあのババアだろ? なんであんな得体が知れないババアの言う事聞かなければならないんだよ」

「カンヌシ様の母親だって言うには老けすぎてるしな」

何だか面白い話をしている。

不満たらたらの様子のハンター崩れ達は。いつの間にか、崖を登り切って。社とやらの後ろについていた私達が。

ぴったりと身を寄せて、壁を隔てた向こうで。

酒を飲みながら、不満をブチ撒けあっていた。

コレは恐らく。

用心棒として、自分たちが必要とされている、という理由からかも知れない。

なおこっちに気付いてブラフを流している可能性を考慮したが。

カレン、リン、ともに首を横に振った。

さて、侵入してみるか。

このタイプの家屋は、床下に侵入できる。

潜り込んで、下から様子を窺う。

最悪の場合、此処で一日を過ごすことを考えなければならないけれど。

それはそれだ。

床下はひんやりしていて。

社とやらの広さもあって。

あまり雰囲気は良くなかった。

いわゆる、化けて出そうと言う奴である。

途中、上に抜けられそうな場所が何カ所かにあった。

間取りについても、柱の位置などから大体想像がつく。

そして、不思議な事に。

コンクリでガチガチに固められている場所があり、入り口へと通じている。何だこれは。何だか、重いものを通す事を前提にしているような。

ふむと、這いつくばったまま、考えてしまう。

二人とベロを促して、更に奥に行く。

恐らく最奥と思われる場所の地下に来た。

リンが手際よく、床板を外し。

そして、すっと顔を部屋の中に突っ込んだ。

しばし見回していたが。

やがて、頷いた。

私も続いて、中を見る。

これはこれは。

何だか、なんというべきなのか。

老婆が寝ている。

多分ハンター崩れ達の言ったババアとはこの人物だろう。多分、だが。

そして、その側には。

古めかしい、小さな柱。

大事に大事に飾られている。

これがいわゆる信仰の対象か。

カンヌシとやらは何処にいる。

いずれにしても、社の中のセキュリティはかなり厳しそうだ。すぐに床板を戻して、元に戻る。

別の部屋も確認する。

何か面倒な事がある可能性が非常に高い。

その中の一つに。

やたらセキュリティが高い部屋を見つけた。

床板を外して。その後、覗き眼鏡を延ばして、確認していたリンが、えっと声を上げ掛けた。

そして、私を手招きする。

この娘。

本当にメイドの修行とやらで、何をやっていたのだろう。

兎に角よく分からないが、これはいにしえに存在したとか言うニンジャか何かではないのか。

私も隠行には相応に自信があるけれど。

リンはなんというか、筋金入りだ。

そして、覗き眼鏡を見て、私も驚いた。

理由は簡単。

其処に祀られていたのは。

戦車だ。

かなり古いタイプだ。

見た事はあるような無いような。形については覚えておく。だがこれは、大破壊前の奴を、改装したタイプだろう。

恐らくはドイツ製の戦車で。

形状からして対空戦車か。

こんなものを、どうして社の中に祀っている。

この街は、主砲クラスの野砲を、てんこ盛りに備えているほど守りが堅い。クルマだって幾つか保有しているはずだ。

それなのに、重要だろうクルマを、なんでこんな所で飾っている。

写真を撮っておく。

セキュリティが危険すぎて、とてもではないが手を出す事は出来そうに無い。此処までだ。

一応引き上げるとして。

もう少し、状況を知りたい。

山道をまったく同じルートで抜け。

森も同じようにして突破。

戻った時には、夜明け近かった。

葉っぱと土と埃だらけになったので、軽く体を払っておく。

突入を待っていたアクセル達も起きていたが。

軽く仮眠を取るように指示。

フロレンスとミシカには、交代で起きて見張りをして貰う。

というのも、潜入されたと気付いた場合、タイシャーの連中が何をしでかすか分からないからだ。

「どうでしたか?」

「戦車はあったにはあった。 近代改修されたものだ。 大破壊の前のものとしては古いタイプだな」

「どんな奴だ」

「こういうの」

写真を現像している時間も惜しいので、軽く絵を描いてみせると。

アクセルは即座に特定して見せた。

「ゲパルトだな。 ドイツの対空車両だ。 近代化改修されて、使っているハンターもいると聞いている。 かなり評判が良い車両だが、分からないな。 どうして信仰対象を祀っている建物の中にそんなものを入れている」

「上手く行けば、交渉で譲り受けられるかも知れないが……」

この辺りは、モンスターも多いが。

この街は充分な自衛能力を有している。

かつかつの状況の街とは違う。

近代化改修されているとは言え。

重戦車とは言えないゲパルトの一機くらいなら、無くなっても良いはずだ。

問題は、それを何だかとても大事に飾っていることで。

何か思い入れでもあるのかも知れない。

いずれにしても、カレンが咳払いした。

「とっとと休みな。 レナ、あんた無理すること多いんだから、出来るだけすぐに」

「そうだな。 ミシカ、後は頼むぞ」

「うい」

ミシカもちょっと眠そうだが。

こればかりは仕方が無い。

Cユニットも警戒モードにし、それぞれバスやウルフ、レオパルド、装甲車に分乗して眠る。

問題は、この後だ。

あまり此処には関わり合いたくないが。

あのゲパルトを譲り受けてはおきたい。

手を考えておく必要があるだろう。

 

軽く休んだ後。

街に入り、検問が敷かれている山道に行く。

警備している連中は、いかめしく武装しているが。恐らく本命は社の方にいたハンター崩れなのだろう。

此奴らについては、虚仮威しも良い所だ。

私が歩み寄っていくと。

銃を向けられた。

「止まれ!」

「ビジネスの話をしたい。 カンヌシ様に会いたい」

「貴様、何者だ」

「ハンター。 レナだ」

顔を見合わせる見張り達。

名前は既に此処までくらいなら届いているはずだ。

スカンクスを殺したハンターが、各地で大物賞金首を叩き潰している。この間は、西にある発電所を救い。

其処にある貴重なインフラを復旧した。

それらは、名声となって彼方此方に響く。

この街にはハンターズオフィスはないが。

私の名声は届いているはずだ。

直接はハンターズオフィスが情報を流さなくても。

この街に人は行き来する。

こういうご時世だ。

明るい話題については、広まるのも早いのだから。

「ビジネスとはどういうことだ」

「もしも強力なモンスターがいるのなら、退治を請け負う」

「そんな話は……」

「お前では埒があかん。 グラップラー四天王を退けたハンターが、荒事について引き受けても良いと言う話をしていると、カンヌシ様に伝えてこい」

声のトーンを変える。

ひっと小さな悲鳴を漏らした見張りは。

すぐに一人が、奥にすっ飛んでいった。

ハンター崩れなら兎も角。

そうでもないような連中なんか、視線だけで制圧できる。

伊達にこの世界で、モンスターどもと連日殺し合っていない。

血と臓物をぶちまけた荒野で生きてきたものと。

こういう武力で守られた場所で、ぬくぬくとしている者では。

あまりにも差がありすぎるのだ。

今回はその差を積極的に使う。

それだけである。

しばしして。

ハンター崩れらしい、人相が悪いのが数人来た。声からして、一人は昨日声を聞いた奴だろう。

いずれもが、フードで顔を隠している私を見て、すぐに実力を悟ったようだった。

今、アクセルとフロレンスを残した全員で来ているが。

戦ったら勝てないし。

山道も突破される。

それについては、理解した様子だ。

「スワンでカタキをズタズタのグチャグチャにした、グラップラーキラーのレナとはお前か」

「グラップラーキラーか。 其処まで大したものじゃない。 私の母のマリアは、四天王を何人も倒している」

「! マリアの娘だと」

「育ての親だがな。 マリアに育てられたのは私だ。 カンヌシと話がしたい。 通して貰えるか」

しばしなにやらこそこそ話しあっていたハンター崩れ達だが。

リーダー格らしいのが、咳払いした。

「此処はちょっとばかり特殊な街でな。 カンヌシ様は権威そのものなんだよ。 確かにあんたはグラップラーに対しては悪魔で、それ以外に対しては救いの手をさしのべているし、多くの賞金首を倒しているとも聞いている。 だが、簡単に会わせるわけには」

「ならば数日なら良いから待とう。 確実に、とはいかないが。 此方も見ての通り、重戦車を二機持っている。 大概の相手なら叩きつぶせるぞ」

「……そのようだな」

「カンヌシと話ができるというなら、話をつけてきてくれるか。 いずれにしても、返事は早めにな」

皆を促すと、街の方に戻る。

宿は監視カメラと盗聴器の巣だろうから使わない。

クルマまで戻ると。

軽く話をした。

カレンが呆れる。

「意地が悪い言い方をするね、相変わらず」

「何のことだ」

「カンヌシがもう生きていないって思っているだろう」

「えっ……」

ミシカが絶句。

リンは、笑顔のまま、やりとりを見守っていた。

この自称メイド、毒舌な所もあるし。こういう所で、妙に性格が悪い。多分復讐に引きずられ続けたからだろう。

実際彼女にとってもUーシャークはカタキだった訳で。

倒すときには、それこそ捨て身の戦法をとっていた。

人生の大事な時期を復讐に捧げていれば。

それはこういう風に歪みもするか。

私は現在進行形でそれを経験しているから、色々と納得できる部分もある。

「ど、どういうことだよ」

「予想だが、後生大事に対空戦車なんてものを隠しているという事は、早い話が空から襲ってくる何かしらの災厄を危険視しているんだろう。 この街にもクルマくらいはある筈なのに、どうしてゲパルトだけを大事にしているのか。 それは恐らく、空からの脅威があった際に、それを退けて、街での地位を決定的にしようと考えているからだと私は判断した」

「それだったら、此方がしゃしゃり出たら……」

「勝てるかどうかは分からないだろう」

ミシカは口をつぐむ。

此処にはハンター崩れが何人かいるし、クルマもいる。

だが、対空車両を後生大事に隠して、秘密兵器扱いしている時点で。

相当にその何か良く分からない脅威を怖れているのは確実だ。

更に、である。

カンヌシは既にいないと判断したが。

これは昨日潜入した時の会話だけではない。

一番大事な人物が使うだろう部屋に、別の人間がいた、という事が重要で。

しかも、恐らくは。

あのハンター崩れ達も、カンヌシが姿を見せないことを不審に思っている筈だ。

さて、蜂の巣をつついてみたが。

どう出る。

一日、交代で休憩を取りながら待つ。

相手側の使者であるハンター崩れが来たのは、翌日のことだった。

来て欲しいという。

ただし、私だけで、だ。

まあいいだろう。

言われたまま、ついていく。

信者しか入れないという長い坂。検問だらけの其処を通って、奥に。

武装した信者や、兵士らしいの。それにハンター崩れがいるが。

この程度の練度なら、ハンター崩れ以外は問題にしなくても良いだろう。勿論油断はしない。

一応携帯バリアは張ってはいるが。

それでも機関砲とかで滅多打ちにされたら助からない。

銃の利点は、達人でなくても制圧射撃が出来る事だ。狭い場所でない状況で、多数のアサルトライフルに囲まれると、流石に厳しい。

まあ、油断せず。

脱出に専念すれば、それでも高確率で逃げ切れるだろう。

さて、社に今度は表から入る。

既に作っておいた見取り図と、内部は一致していた。

ゲパルトがあった部屋は、カーテンのようなもので隠されているが。

かなり広い建物で。

やはり、板張りで隠しているが。不自然に頑強な場所があった。

ゲパルトを通すための路だろう。

周囲には、何人か巫女装束とやらを着た女達がいたが。

ハンター崩れが、あの寝ていた老婆。紫色の悪趣味な服を着た奴を連れてくると。全員が一礼して、広すぎる部屋を出て行った。

此方も正座。

軽く挨拶をして、社交辞令を済ませる。

話を切り出したのは。

向こうが先だった。

「相当な腕前のハンターだと聞いているが、間違いないかね」

「それなりの数の賞金首を倒して来ているのは事実だ」

「そうかい。 では、一つ仕事をして欲しい」

「内容は?」

ババアは鼻を鳴らす。

即座に話を受けると思っていたのだろう。

此方としては、向こうに詳しい話をさせるまで、仕事受ける気は無い。そう、態度で見せている。

私の予想がどうも当たったらしい。

恐らくだが、ゲパルトを後生大事に隠しているだけの理由はあったのだ。

しばし黙り込んだ後。

ババアは言った。

「数年前に倒されたが、ラグナ=ロックという賞金首がいてね」

「!」

噂には聞いた事がある。

マリアが話しているのを、だが。

何年か前に倒されたが、ノアが作り出した最強クラスの賞金首。

その実力は生半可な代物では無く、手練れのハンター達が冷血党を潰した伝説的なハンターと手を組み。戦車十数機がかりの飽和攻撃でようやく仕留めたほどの超級賞金首だという。

しかも、それほどの陣営でも、半数以上の戦車が破壊されたとか。

「そいつがこの近辺をエサ場にしていたんだよ」

「ラグナ=ロックは倒されたという話だが」

「そうなんだが、その卵が見つかった。 あんたには、それを破壊して欲しい」

「……」

それは厄介だ。

そもそもラグナロクというのは、古い時代の神話で、世界の終わりを意味するとか聞いている。

もしも目覚められたら、とんでもないことになる。

「このババアがどうして此処まで金を執拗に集めて、武装しているか分かるかい? あの化け鳥が、この辺りを荒らし回っていたときに、それこそ何もできなかったからさ。 ノアのモンスターらしく手当たり次第に面白半分に人間を殺していくあの化け物が、また現れたとき。 どうにかするためにも、此処を徹底的に武装化した。 そのためにも、手段は選ばなかった」

「カンヌシが殺されたのもその時か」

「!」

「やはりな。 予想は大当たりと言う事か。 色々情報を集めたが、この社の主は一切姿を見せず、あんたしか出てこない。 その時点で察しはつく」

わなわな震えるババア。

私は、声のトーンを変える。

此処からはビジネスの話じゃない。

「その卵については私がぶっ壊す。 ただ、一つ条件がある」

「な、なんだね」

「バイアスグラップラーに荷担していないだろうな」

周囲に、殺気がみちる。

反射的に、ハンター崩れ達が飛び退くが。此奴ら程度なら、皆殺しにするのもそれほど難しくない。

「か、荷担とは」

「この辺りでは行方不明者が多数出ていると聞いている。 行方不明者はどうして出ているか聞かせろ」

「……」

「バイアスグラップラーに差し出して、自治を保っているのではないだろうな」

違う。

ババアは立ち上がって叫んだ。

完全に青ざめていた。

私はしらけた目で見ているだけ。

さて、どう出る。

内容次第では、この場で皆殺しにして、ゲパルトも強奪させて貰う。勿論ラグナ=ロックの卵は壊すが。

それはそれだ。

「ラグナ=ロックの卵は、お前さんが想像しているようなものとは違う。 大きな卵とか、そういう無害なものじゃない……」

「どういうことだ」

「何というか、既に悪意の塊として生きているんだよ。 触手を伸ばして、近くを通りかかった人間を捕らえて食らう。 何度か腕利きのハンターに退治を頼んだが、今の時点で既に生還者はいない。 だが、下手に人間を遠ざけたら、卵は恐らく移動して、この街を狙ってくる……」

「身勝手な話だ」

私は嘆息すると。

立ち上がる。

どうやら、嘘はついていない様子だ。

それならば良いだろう。

「そのラグナ=ロックの卵は今からぶっ潰してくる。 その代わり、それが終わり次第、其処に隠しているものは貰うぞ」

「何を言っている」

「この床の構造、戦車か何かを通すものだろう。 其処に何かラグナ=ロックに対する切り札があるな」

「……あんた、何者だい」

完全に青ざめた様子で、ババアが言うので。

私は、声のトーンを、戦闘モードから平常モードへと切り替えた。

まあそれでいい。

「ただの復讐鬼だ」

 

3、終焉の卵

 

ハンター崩れ数人に案内されたのは、比較的大きな洞窟。クルマでも入る事は十分に可能なくらい大きい。

というか、なるほど。

これが、ラグナ=ロックの巣だったのだろう。

辺りには、生々しい残骸が多数。

そして、洞窟の外からも見える。

触手が伸びて、うねうねと蠢いている。

「ラグナ=ロックは成体になるために、貪欲に栄養を欲しているんだよ。 他のモンスターも動物も手当たり次第だ。 信者を街に一直線に向かわせているのは、此奴の触手に出くわさないようにするためでな」

「そうか。 だが、だったらどうしてハンターズオフィスに届け出なかった」

「それは……」

「理由については後で聞く。 いずれにしても、此処で勝負は付けてやる」

相手は幼生とはいえ伝説の賞金首。

他とは一線を画する最強の一角。

賞金額六桁賞金首の中には、それこそ存在そのものが災厄だった輩がいる。

大破壊前、一国の軍事力に匹敵すると言われた空母が、そのままノアに乗っ取られて、周囲を無差別に襲っていたケースがあり。

そいつも六桁賞金額の賞金首にされていた。

此奴は弾道ミサイルを搭載していて。

あるハンターに破壊されるまで。

幾つもの街を灰燼に変えたという。

ハンター崩れ達は退避させる。

カレンが、バスから降りて、バイクに乗っている私に聞いてきた。

「いいのかい? 彼奴らが話を反故にしたら?」

「その場合は正面から乗り込む」

「……それは流石にまずいんじゃないかい?」

「勿論方法はある」

まず、ハンターズオフィスには、この卵と幼生体は提出する。

ただし、その順番は。

奴らがゲパルトを渡した後。

その前に、話をつける。

ゲパルトを渡さないようだったら。

この近辺で多発していた行方不明事件を、ババアが隠蔽していたこと。この卵の存在に気づきながら、街を守るために放置していたことを、告発するだけだ。

その場合、タイシャーの権威は崩壊する。

その後、ゆっくりゲパルトを貰えば良い。

それだけだ。

「えげつないね……」

「こういう世界に暮らしているからな。 それよりも、もう敵はコッチに気付いている可能性が高い。 全員、総力戦準備!」

主砲が、敵の巣穴を狙う。

そして、一斉に発射。

装甲車もバイクも、機銃を叩き込む。

しばしして。

中から、巨大な触手が複数。

躍りかかるようにして、飛び出してきた。

即座に迎撃。

下がりながら、ミサイルで叩き落とし。私は剣を抜いて、抜き打ちする。

ぶち抜き、焼き払い。触手を片っ端から潰して行く。

だが、数が多い。

シーハンターを連射して、触手を潰して行くが。

これでは確かに、生半可なハンターではかなわないはずだ。

ウルフはケンに任せ。

レオパルドはアクセルに任せている。

装甲車はリンに。

みな良い仕事をしてくれているが。

さて、敵はどう出るか。

洞窟からは、程なく。

触手が現れなくなった。

だが、突入するのは愚行だ。

触手を伸ばしてきていたという事は。

内部はそれほど広くない。

それについては、確報も取れている。

「催涙弾!」

私が指示を出すと。

ミシカがグレネードの弾頭を切り替えて、連続して射出。

洞窟内に、強烈な催涙弾が叩き込まれる。

一旦距離をとりながら、更に催涙弾を叩き込む。

続けてぶち込むのは。

燃焼弾。

ナパームと言われる奴だ。

コレをぶち込む理由は、洞窟内部の空気を無くすため。流石にノアが作ったとは言え、生き物だ。

空気が無ければ、生きていく事は出来ないだろう。

ナパーム弾を主砲から、連続して五六発たたき込み。

洞窟から距離をとって、様子を見る。

ずるり。

音がした。

這い出してくる気配。

それは、卵と言うには、あまりにもおぞましい代物。

全体が肉の塊で。

無数の目がついている。

触手の大半は千切れているが。

腐っても最強の賞金首。

幼生体とは言え、今までに遭遇したどの賞金首とも劣らない、凄まじいプレッシャーを放っていた。

「総攻撃開始!」

残ったミサイルで、飽和攻撃を仕掛ける。

瞬時に、閃光が辺りを満たした。

幼ラグナ=ロックが、凄まじい電気を放ったのだと悟ったときには、もう遅い。幾つかの戦車のパーツが、煙を上げている。

だが、同時に。

幼ラグナ=ロックそのものにも、容赦なく多数のミサイルが着弾していた。

空気を吸い込み始める幼ラグナ=ロック。

今度は音か。

私もミシカも、カレンも犬たちも。

とっさにクルマの影に隠れたが。

今の電気出力、確かに伝説のハンターでもてこずる筈だ。これでは、成体だったら100%勝てなかっただろう。

だが、今なら。

「手を休めるな! 飽和攻撃続行!」

私自身も、対物ライフルで相手の目を狙撃。

卵に似た肉塊の表面に浮かんでいる多数の目を、片っ端から潰して行く。

次の瞬間。

爆風さえ伴った、強烈な音波攻撃が、辺りを蹂躙する。

装甲車が、ずり下がるほどの音だ。

音だと言う事は分かったから、皆耳を塞いでいたが。それでも、頭がくらくらする。

スカンクスの奴と同等か、それ以上の火力だ。

更に、である。

幼ラグナ=ロックは、大口を開ける。

その口の中に。閃光が宿り始めた。生体レーザーか。非常識にもほどがある。

だが、それを待っていたのか。

カレンが飛び出す。

迎撃しようと、まだ残っていた触手を繰り出す幼ラグナ=ロックだが、大半は使い物にならなくなっている上。

犬たちが射撃。

叩き潰し、はじけ飛ばした。

発射の瞬間。

カレンが、跳躍。

上空から、跳び蹴りを叩き込み、無理矢理口を閉じさせる。

自爆した幼ラグナ=ロックが、悲鳴を上げた。

更に私が接近。

口の中に手榴弾を束ねて放り込み、更に抜き打ち一閃。

大量の鮮血が噴き出す幼ラグナ=ロックに。

恐らく最初に復帰したらしいアクセルが、200ミリ主砲をぶち込む。

口の中の手榴弾が爆裂すると同時に。

口の中に、主砲が飛び込んだ。

絶叫した肉塊は。それでもまだ、屈しない。

形を変えはじめる。

無理矢理成体になるつもりか。

そうはさせない。

残りの全火力を、惜しまずに投下。徹底的に飽和攻撃を浴びせつつ。切り札を使う。

流石に世界を滅ぼす者の名を持つ賞金首。幼体でもこの戦闘力。これだけ戦車砲を浴びても、ミサイルを浴びても、まだとどめにならない。

それならば、これしかない。

ラグナロックが、全身から衝撃波を放ち、全員を吹っ飛ばす。

地面に叩き付けられながらも、私はそれを。フロレンスから貰ったドーピング薬をだし。

そして躊躇無く飲み干した。

味方戦車、ミサイル残弾無しを確認。

主砲もぶち込んでいるが。まだ敵は、必死に無理矢理体を変えようとしている。卵の中で、形になりかけている雛のようだ。

大きく私は息を吸い。目を閉じ。一瞬だけ、集中。

そして、目を開けた。

突貫。

ハンドキャノンを乱射。残弾ゼロで捨てる。

次は対物ライフル。

ピンホールショットを決めた後、これも残弾ゼロで捨てる。

マリアの大型拳銃。連射連射連射。

敵の傷が、更に深く深くなって行く。

そして、最後に。

剣を抜く。

雄叫びを上げながら、鳥の形をとりつつあった幼ラグナ=ロックに。ドーピングで極限まで加速した私は、躍りかかる。

鳥になりつつあった奴の顔が此方を向き。

膨大な酸を吹き付けてくるが。

その瞬間、その頭を、ウルフの主砲が横から張り倒していた。

酸のシャワーが、それる。

同時に、主砲が直撃した爆風が、私に叩き付けられる。

爆炎の中。

それでも、敵との間合いはゼロ。

私は、一閃。

着地。

幼ラグナ=ロックの首が落ちる。

そして、同時に。最強最悪になりかけていた化け物の幼体は。生体機能を停止。ゆっくりとその場に崩れていった。

呼吸を整える。

流石はラグナ=ロック。

幼体。

それも鳥の姿さえとっていなかった事から考えても、その戦闘力は元の10分の1以下だっただろう。

噂に聞く冷血党を潰したというハンターが、十数人の手練れと協力して倒したという事からも、その戦闘力は想像するのも恐ろしい。テッドブロイラーでさえ手こずったのではあるまいか。

足下がふらつく。

今の一瞬に、それだけ全身を酷使した、という事だ。

フィードバックダメージが来るまで、少し時間がある。

それとは関係無い。

いずれにしても、勝った。

今はその事実のみ。

受け入れる事にした。

 

幼ラグナ=ロックの死体の解体は皆に任せ。

私は比較的無事だったカレン(とはいっても、相当な手傷を受けていたが)と一緒に、洞窟の中を探す。

恐らくは、ラグナ=ロック自身が作っただろう、氷の分厚い壁が連なっているのが見えた。

それが内側から破られていた。

最深部まで入る。

食い散らかされたらしい人間の残骸が、山のように散らばっていた。

今回は、ハンターズオフィスに報告はする。

だが、賞金は出ないだろう。

事実上のただ働きだ。

しかしながら、これには大きな意味があった。

長居すると、酸欠になる。

一度出て、内部の状態を説明。

密閉状態のバスで再度入る。

バスにはコンテナ機能がついているので。

それを利用して、遺品を全部かき集める。

外に出して見ると。

どうやら金属製の品だけは残っているが。

他は骨までしゃぶっていたらしい。

此処に来たハンターの、戦車の残骸らしきものもあった。だが、かなりかみ砕かれていて、使い物にはならなさそうだった。

「レナ、来てくれ」

アクセルに呼ばれる。

幼ラグナ=ロックを解体して、中の残骸を確認していたらしいのだが。

機械の部品がかなり多いと言う。

この有様で、サイボーグだったのか。

というか、機械部品を生成するために。

トレーダーや、ハンターを襲っていたのかも知れない。

ノアは恐ろしいモンスターを作りだしたものだ。

こんな奴が大量に増えていたら。

文字通りこの世は終わりだ。

「山狩りをして、周辺に卵が他に無いか調べる必要がありそうだな……」

「いや、その恐れは多分無いぜ」

「アクセル、聞かせてくれるか」

「見た感じ、これには相当な貴重な部品を多数使ってる。 今の時代、ノアでも簡単には手に入らないような資源を使った、な。 ラグナ=ロックは恐らく、各地を襲ってそれらの資源を奪ったんだろうが。 それでも、たくさんの卵を産むなんてとても無理だっただろうよ。 産めて一つだけだ」

つまり、悪しき輪廻は断った、ということか。

ふうと溜息が漏れた。

そして、ウルフにもたれかかる。

フィードバックが来始めたのだ。

最後の一撃。

一瞬だけだが、人間を越えた動きが出来た。

しかし、一瞬では駄目だ。

もっと長い時間。

それも自主的にあれを出せるようにならなければ、テッドブロイラーにはとても届かないと見て良いだろう。

「しばらく休む。 すまないが、交代で休憩を取りつつ、クルマの整備をしてくれ」

「私が治療しますので、寝ていてください」

「ん……」

フロレンスが、私の手当を率先して始める。

そして、言う。

またこれは、傷が。

それも一生ものの奴が、増えるだろうと。

私はまどろみの中で、それを聞いていた。

そして、それも仕方が無いなと思った。

やがて、夢を見る。

マリアが、何かを倒していた。

周囲には、多数の死体。人間のもの。

バイアスグラップラーだ。

倒したのは、昔の四天王の一人だろう。スカンクスでさえ手間取った私では、まだマリアに及ばない。

ぼんやりと育ての親の勇姿を見ていた私だが、気付く。

マリアも、相当に息が上がっている事を。

「やれやれ、年だねこれは」

無敵では、ない。

それはそうだ。

無敵だったら、テッドブロイラーに負けなかった。

人間は年老いる。

どれだけ鍛えていても。それでも、どうしても衰えというものは、体を容赦なくむしばんでいく。

それだけではない。

そもマリアは、若い頃から相当な無茶苦茶を続けていた。そういった無茶は、加齢とともに顕在化する。

ひょっとしたら。

今の私は。

死んだころのマリアに、並んでいるのかも知れない。

だが、それも色々な裏技を使ってのことだ。

フロレンスに貰った、副作用が大きい薬。

それに周囲の仲間。

勿論マリアも、アズサの戦士達に協力して貰っていただろう。

それでも、やはり今の私に比べて。其処まで決定的、圧倒的な実力では無かったのだと、今になって冷静になって見れば思える。

つまり、だ。

私も、そろそろ上限が近づいて来ている、という事である。

レベルメタフィン。

禁断の薬。

使ったものは、人間どころか、島になってしまったという。

それを考えると、どう使うか。

どれくらい使うかが重要だ。

テッドブロイラーとの戦闘を考えると、ちょっとやそっとの量では足りないだろう。グロウィンを見つけ出すにしても。

ビイハブ船長でさえ知らない状態だ。

一体海の何処にいるのか。

それに、バイアスグラップラーが妙に余裕なのも気になる。

私としても、ホロビの森周辺に出ると言う賞金首や、噂に聞くマダムマッスルを仕留めた後は。

四天王の第三位、カリョストロを潰しに行くつもりだ。

カリョストロや、四天王第二位ブルフロッグは、恐らく人間であっても倒せるだろう。それについては確信がある。

だが、その頃には。

レベルメタフィンを手に入れておかなければならない。

剣を振るって血を落としたマリアが。

此方に振り返る。

「レナ」

「母さん。 貴方は強いな。 私は、真似できそうにない」

「人を、止めるつもりかい」

「ああ。 どのみち無理を重ねている体だ。 このまま生きても、30まではもたないだろう」

それは、確信としてある。

都合良く長生きできるとは思っていないし。

それに何より。

私は二度死んだ。

一度目は両親が死んだとき。心が死に。

二度目はマドの街で。

体が死んだ。

私は生きた死体も同然だ。だから強いとも言えるが。強い炎は、それこそあっという間に燃え尽きてしまうものなのだ。

勿論、バイアスグラップラーを潰して行く間の時間くらいは、まだ残っているだろう。

だが、どちらにしても。

テッドブロイラーを殺す前に息絶えることだけは。

絶対に許されなかった。

「グロウィンの居場所を知らないか」

「彼奴は基本的に移動している。 私も一度だけしか遭遇した事がない」

「遭遇したのか!」

「ああ。 レベルメタフィンは断ったけれどね。 奴は奴で、自分を実験台にして、副作用を可能な限り抑えるべく研究を続けているそうだ」

そうか。

グロウィンはグロウィンで、それなりに苛烈な意思で。

戦いを続けているのだな。

「何かヒントは」

「私が知っている事と言えば、海の何処かを探していれば、その内遭遇できる、ということくらいだろう。 あんたの仲間になってくれたビイハブ船長だったか。 相談してみる事だね」

「……分かった。 そうしてみる」

「もう人並みの幸福なんて得られないだろうけれど、頑張りな」

マリアの姿が消えていく。

私は、気付くと。

血まみれのまま立っていた。

周囲には、マリアが作った以上の、バイアスグラップラーの亡骸の山。

そして、怯える視線が。

四方八方から突き刺さっていた。

鬼のレナだ。

相手がバイアスグラップラーだからと言っても、情け容赦なく徹底的に殺し尽くすらしい。

近寄るな。

機嫌を損ねたら、何をされるか分からないぞ。

別にそんな事はどうでもいい。

しかし、自分の手を見て。

既にそれが、人のものとはとても言い難い事に気付いて、私は絶句。

そして、目が覚めた。

全身が痛い。

やはりフィードバックダメージは、凄まじい。

出来れば二度と使いたくは無いが。

今の奴は、多分総合力で言うとスカンクス以上。

今後戦っていく賞金首の実力を考えると、どうしても使わなければならないだろう。

「……」

手を見る。

傷だらけとはいえ、まだ人の手だ。

まだ。

いつまで、人の手であるだろうか。

それが分からない。

 

4、対空戦車ゲパルト

 

タイシャーの老婆は、幼ラグナ=ロックの死骸を見せられ。洞窟が安全になった事を確認すると。

深々と頭を下げてきた。

勿論側近しかいない場で、である。

「本当に助かった。 ありがとう」

「……此方としては、保身のために多くの命を見捨てたことを償って貰いたい」

「其処のクルマか」

「それもあるが。 あくどく儲けた金を、社の下で貧しい生活をしている人々に分け与えろ。 それと喜捨とか言う制度はすぐに止めろ」

此方としても。

命を捨てる覚悟だったのだ。

それに、今後は異常な不平等さえ解消すれば。

この街は発展する要素がある。

周囲から自衛できる程度の戦力はあるし。

水も食糧も確保は難しくない。

しばし考え込んでいたババアだが。

力なく、項垂れた。

「分かった。 あんたを此処で殺せるとは思えないし、告発されたら全てが終わる。 言うようにするよ」

「アクセル」

「おう」

一緒に来ていたアクセルが、奥に入ると。

ゲパルトを動かし始めた。

元々レオパルドシリーズの車体を使っているという話もあって、非常に重厚な車体だ。両脇についている巨大な対空砲は、水平に撃てば地上の敵にも有効打になりそうである。機銃としては巨大すぎる。

小型の主砲を連射するくらいの火力はある筈だ。

「そのまま麓まで降ろすぜ」

「ああ、頼む」

見た目、まだ改良の余地がある。

これはカレンに乗って貰うとしよう。どうせ対空攻撃の制御は、Cユニットに任せる事になる。

フォーメーションとしては真ん中に位置取ることになるし。

その位置からなら、カレンはすぐに動けるはずだ。

フロレンスは、そのままバスに常駐して貰う。

彼女がいないと。

色々と不便だ。

何があっても、最後まで生き延びていて貰わなければならないからである。

ゲパルトが坂を下りていく。

私は何処かいじけた様子のババアを一瞥すると。

そのまま社を出た。

カレンが後ろを同じように一瞥した。

「相変わらず肝が据わってるね」

「あんな連中、今までやり合ってきた賞金首どもにくらべれば、塵芥に等しい」

「それもそうだが、彼処まで言い切るかい」

「当たり前だ」

私はバイアスグラップラーに対しては鬼になると決めているし、どんな手を使ってでも相手を殲滅する。

しかしながら、それ以外の存在に対しては。

よりよき解決を選ぼうとも思っている。

である以上。

時には、恐ろしい相手と認識させ。

逆らったら殺されると考えさせるのも、有効だ。

事実、ハンターズオフィスには、タイシャーの今後の動向を探って貰うつもりだし。もしも喜捨とか言う行為を続けさせるようなら。

いずれ、「訪問」することになるだろう。

タイシャーの民は。

社から戦車が出てきたのを見て、驚いていたが。

その中の一人。

まだ若い巫女が、ゲパルトの後に出てきた私に、声を掛けてきた。

「お待ちください」

「何か」

「私、早苗と申します。 実はこう見えても、ハンター志望です」

「早苗!」

周囲の巫女達が声を掛ける。

小柄な女性だが、体のメリハリはしっかりしている。長い髪は腰まであるが、それも複雑に編んでいた。

顔立ちも素朴だが。

相応にまとまっている。

それなりにもてそうな雰囲気だ。

「俺もいいか」

そういって、声を掛けてきたのは、熊のような大男だ。

いかにも、この辺で木でも切っていそうな風貌だが。

どうやらそうらしい。

髭だらけの筋肉塗れ。

頭もざんばらで。非常な長身だった。

「俺もハンター志望だ。 山藤という」

「早苗に山藤か。 何か用か」

「社にクルマがあるのは、殆ど公然の秘密でした。 幸い私には家族がありません」

「俺もだ。 捨てるものなんてなにもない」

そうか、連れていって欲しい、というわけか。

良いだろう。

どうせカレンに戦車を操作して貰おうかと思っていたが、それもそろそろ無理があると思っていたのだ。

勿論いきなり二人を全面的に信用するわけにはいかないが。

支援要員として動いて貰って、それで判断する事になるだろう。

手数は幾らでもいる。

それが実情なのだから。

「連れていってください。 お願いいたします」

「俺も頼む」

「分かった。 しばらくは戦闘で様子を見ながら、本格的に戦って貰うのはそれからになる。 それまでは、リンの手伝いで、雑事を頼みたい」

二人に、周囲が不安そうな目を向けていたが。

何となく気持ちは分かる。

公然の秘密だったという事は、あの社にクルマがあることは、街の誰もが知っていたのだろう。

それを神体扱いしていたことも。

ひょっとして、ハンター達が話していた事。

カンヌシが既に死んでいる事も。

皆知っていたのかも知れない。

ならば。

この街に見切りをつけるのも、不思議な話では無い、という事である。

私も疲弊が酷いので、一旦イスラポルトに戻るように皆に指示をすると、一度バスに乗る。

途中の街で、タイシャーに関する話は幾つかしておかなければならないが。

それより先に、二人について知っておく必要があるからだ。

話を軽くするが。

早苗も山藤も。どっちも強い決意を秘めていた。

ただし、戦闘面ではそれほどでもない。

早苗はハンター志望と言う事だが、役割としてはハンターを希望しているという。要するに戦車の専門操作を行う、ということだ。

山藤はソルジャーを希望しているそうだが。

むしろレスラーの方が向いていそうだ。

カレンとは真逆の、パワーを使っての正面突破を得意とする戦士になりそうである。

いずれにしても、どっちとしてもまだ実力は未熟。

これから鍛えて貰わないとならない。

時々後方を警戒。

気が変わったタイシャーの連中が、追撃を掛けて来るかも知れないと思ったからだ。だが、その懸念を悟ったか。早苗が目を細めた。

「大丈夫ですよ、レナさん」

「ほう」

「あの街の人達は、基本的にとても憶病なんです。 ラグナ=ロックの事は私だって忘れもしませんけれど、それでもああやって立てこもっていれば、それでどうにかなると本気で思ってしまうほどに」

「俺と早苗は年も殆ど同じでな。 こんな街に嫌気が差していた同志ってわけだ。 あんたがラグナ=ロックをぶちのめしてくれたら、街を出ようって話をしていたんだよ」

年齢を聞いてみると。

山藤は、24だと応えた。

そうなると、二回りも年上か。

「分かっていると思うが、外は地獄だ。 これから酷い目に会うのは確実だが、それでも構わないな。 今ならまだ戻れるぞ」

二人とも、首を横に振る。

そうか、ならば仕方が無い。

これから、戦力が増えたことを喜び。

そして、更なるバイアスグラップラーへの攻勢に出ていくほか無いだろう。

 

ステピチは、双眼鏡で見た。タイシャーの方に行ったレナ達が、新しく戦車を増やしたのを。

思わず、口を開きっぱなしにしていた。

まずい。

あれは重戦車かは分からないが、少なくともかなり強い戦車だ。

見た感じ、車体にはMBTのものを使っている。

かなり古いようだが。

それでも、改造次第では、充分に一線級で戦えるくらいの実力はあるだろう。

すぐに引き返す。

イスラポルトのバイアスグラップラー支部に駆け込むと。通信機のある部屋に飛び込む。

最初に連絡したのは、テッドブロイラー様。

だが、あまり興味がなさそうだった。

「重戦車が一機や二機増えたところでどうということはない。 それよりも、カリョストロの要塞や、デビルアイランドの存在に気付かれる方がまずい」

「それについては、今の時点で奴らが気付いている様子は無いザンス」

「ならば構わん。 ただ懸念しているのがマダムマッスルだ」

あの筋肉女か。

異常発達した肉体と、圧倒的な戦闘力を誇る女戦士。

自分と似た姿をした女戦士の軍団を大量に侍らせている、謎の集団。

バイアスグラップラーに加入してからも、半独立勢力として活動を続けていて。不気味さが際立っている。

「奴のおかげで、安定して人間が届くようになった。 ヴラド博士も満足している」

「それは何よりザンス」

「だがな。 奴の実力は、レナより劣ると見て良い」

テッドブロイラー様は。

非情な命令を出してきた。

「カリョストロには俺から話しておく。 お前達は、マダムマッスルのプロテインパレスに向かえ。 奴はイスラポルトでも相当に行状が知られている。 レナが次々周辺の問題を解決していくと、リソースに余裕ができたハンターズオフィスが、奴をターゲットにする可能性が出てくる。 そうなれば、レナも当然潰しに向かうだろう」

「そ、それはまずいザンスね」

「此方としては、既に十分な資源確保は出来ているから問題ない。 だが、マダムマッスルの口から、カリョストロの居場所がばれるとまずい。 カリョストロは力を得てから、調子に乗る悪癖が出来た。 芋づるでデビルアイランドの位置も知れる可能性がある」

「つまり……」

テッドブロイラー様は、明言した。

今後もレナを監視。

もしプロテインパレスでの戦闘が開始されて。

マダムマッスルが負けたら。

その時は。

お前がマダムマッスルを殺せと。

これまでも、ダーティワークは重ねてきた。

人だって殺した。

だが、今回のは。

自分たちを襲ってきた相手でも無い。

バイアスグラップラーに、強いていうならテッドブロイラー様に牙を剥こうとしている相手でも無い。

面識があまりない、ほぼ他人だ。

少し話した事がある、くらいの存在でしかないのに。

殺さなければならないのは、精神的にきつい。

「わ、分かりました、ザンス」

「マダムマッスルとの戦闘で、レナが消耗しているようなら、仕留めに掛かっても構わないぞ」

「それも考えてみるザンス」

「お前達は見かけより出来る。 更に強さも増したし、何より俺に対する忠義は信頼している。 この仕事、しくじるなよ」

通信が切れる。

ステピチは、しばらく呆然として、通信機を見つめていた。 

「兄貴ー」

「何も言うな、ザンス」

手を見る。

血に汚れた手だ。

だけれども、エレガントな悪党になりたいと願い続けてきた手でもある。

あの人のように、強い悪党にもなりたいと願い続けても来た。

だが。この仕事は。

項垂れて、オトピチを連れ、イスラポルトを出る。

暗殺。

幾ら敬愛するテッドブロイラー様でも。

その指示は、あまりにも過酷すぎるのでは無いのか。

そう、ステピチは思い始めていた。

 

(続)