血に染まる海

 

序、出航

 

ネメシス号が海に出る。

ずっと無口なビイハブ船長。出港時に声を掛けてから、それっきり一言も喋らない。なお、航図は艦橋にあるが、それを見てもやはり海は大きな湖に過ぎず。複数の川が流れ込み。

そして流れ出しているようだった。

大破壊の前、この海があったのかも。

或いは、大破壊の時に出来たのかも。

今ではよく分からない。

ネメシス号が元は軍艦だったという話を聞く限り、元からこの海はあったのだろうとも思うのだけれど。

それにしては、不審な点も多いのだ。

いずれにしても、海に出てから、思った以上に揺れる。

早めに対策しておかないと、酔うだろう。

戦闘時に船酔いで動けない、等という事態だけは避けなければならない。

Cユニットの補助があったとしても。

それでは、勝てる戦いも勝てなくなる。

船はしばらくデルタリオ周辺の海域を周回するようだ。

案の定だが。

船酔いについて対策するため、だそうだ。

ビイハブ船長が教えてくれたのではない。

リンさんが教えてくれたのである。

流石にビイハブ船長の孫というべきか。

はつらつとしたメイドさんは、船酔いなどまったく問題ないそうである。

ちなみに職業はメイドだと即答されたので。

戦闘での活躍は、私も期待していない。

要するにハンターでは無いと、リンさんは言い切ったのだから。

ただ、私が見たところ、リンさんは明らかに戦える。その辺りは、今後話あっていかないといけないだろう。

甲板に出る。

現時点で、全ての私が保有するクルマは固定しているが。

それでも、時々ぎしり、ぎしりと嫌な音がする。

この船はちょっとやそっとで壊れるようなヤワな造りでは無いだろうが。

それでも、武装したまま落ちたらまず助からないと言われているし。

色々と対策はしておいた方が良いだろう。

バイクについては、もう縄で何重にも固定している。

固定機銃としてしか使えないが。

それはもう、そういうものだとして考えるしか無い。戦闘時も、Cユニットに自動操作させるつもりだ。

海に出てからしばらく。

遠くを人影が。

しかも多数横切っていく。

凄く楽しそうだが。

双眼鏡で覗き込んでみると、思わず口をへの字にしてしまった。

ゾンビである。

それもサーフィンしている。

サーフィンというものがある事は知っている。

大破壊の前は、人気のあるスポーツだったらしいことも知っている。

だが、ゾンビになってまで、やりたいものなのか。

ちなみにゾンビ達は武装している。

別に仕掛ける理由もないし。

向こうも此方に仕掛けてくるつもりもないようなので。

放置。

リンさんが来たので、ゾンビの群れを顎でしゃくると。笑顔をいつも絶やさないリンさんも、ちょっと眉を下げた。

「前に、祖父に聞いた事があるんですよ。 そうしたら、放っておけって」

「そう、だろうな」

「あの人達も、訳が分からないうちに死んだ犠牲者だろうし、好きなことを好きなようにさせておけって。 ゾンビになって、生前の行動を繰り返しているのを、好きなことを好きなようにするっていうのかは、疑問に思ったんですけどねー」

「……」

結構辛辣だ。

毒舌家というべきなのか。

まあそれはともかくとして、別に害が無いのなら、放置しておけば良い。害があるのなら、排除するだけだ。

ゾンビはそれほど強力なモンスターでもないし。

もしも仕掛けてくるようなら。速攻で射撃して木っ端みじんにするだけ。

そもそも、ゾンビでもなんでもいいと襲いかかるモンスターもいるだろう。

甲板に声が聞こえた。

ずっとだんまりだったビイハブ船長だ。

「数日海上でならしてから、大丈夫そうならU−シャークの縄張りに出る。 体を動かして、船酔いに備えろ」

「了解、と」

船の上は結構広い。

クルマ十機以上を搭載できるのだから当然である。

軽く走り回って運動して、それで体を慣らしておく。

途中、小さめのモンスターが何度か仕掛けてきたので、対物ライフルを使って撃ちおとしてみる。

やはりというか。

揺れがかなり響く。

私は結構エイムには自信があったのだけれど。

それでも、これはどうにもならないかも知れない。

かなり弾を外してしまった。

マリア仕込みのエイムが、こうも上手く行かないのは初めてである。

しばし、練習する。

膝を落としたり。

或いは体を固定してやってみれば、上手く行く。

しかし基本的に、近代戦は移動しながらの射撃だ。私は対物ライフルを愛用しているけれど、それは動きながら対物ライフルで当てるくらい出来ないと、今の時代のモンスターには通用しないからだ。

少しばかり、慣れがいるか。

波による揺れを予想しようとしてみるが。

簡単には出来ない。

ウルフに乗って、Cユニットを操作して、小物のモンスター相手に主砲を当てて見るが。確かにCユニットの補助があれば、偏差射撃も難しくは無い。

しかしながら、である。

どうにも、Cユニットがやっている偏差射撃のコツが、見ていてもよく分からないのだ。

小首をかしげている私。

ミシカが来たので、同じようにやってもらってみる。

ところが、ミシカは平然と当てて見せる。

愕然とする私に、ミシカは少しバツが悪そうに教えてくれた。

「アタシさ、川沿いの街の出身で、船も子供の頃から乗り慣れてるんだ。 船酔いも平気だし、当然船の上で戦う事も、兄貴に教わってて」

「何かコツはないのか」

「こればっかりは慣れるしかない」

「……だろうな」

肩を落とした私に。

ミシカは同情した様子で、練習しかないと言うのだった。

まあ、川の側で育った人間が言うならそうだろう。

マリアに連れられて彼方此方を渡ったとは言え、水上戦を本格的にこなしたわけではない私である。

マリアだって万能では無いし。

ましてやそのマリアに及ばない私ではなおさらだ。

練習あるのみ、か。

固定した的には、揺れていても当たるのだけれど。

動きながら当てようとすると、途端に怪しくなる。

相手も動いていると、更に怪しくなる。

練習をするが。

コツを掴むのに、どうも時間が掛かりそうだ。

元々、これから殺しにいくトビウオンとU−シャークは、戦車頼みで戦うという想定もしていたが。

それでも、今まで手練れのハンターチームを悉く返り討ちにして来ている連中である。

あらゆる事態を、想定しておかなければならないだろう。

射撃に四苦八苦していると。

リンさんが来た。

船底に連れて行かれる。

そこそこ大きな船だから、だろうか。

水を溜めている区画があるのだ。

「泳ぎの練習をしておきましょう」

「着衣での水泳か」

「察しが良いですね。 武装して落ちると、まず助かりません。 だから、先に練習をしておきます」

アクセルとケンも呼ばれていた。

ちなみにカレンとフロレンスは、普通にこなせるらしい。

ミシカは言うに及ばず。

今回は、私が足手まといという訳か。

ちょっとばかり悔しいが。

仕方が無い。

最初は水着でやってみる。

水着と言っても。

ヴラド博物館で見たような、うっすい非実用的な奴ではなくて。体を結構な面積覆って、場合によっては有毒動物に刺されたりするのも防げる少し分厚い奴だ。昔水泳と言えば遊興の代表格の一つだったらしいのだが。

今の時代。

安全に水泳を楽しめる場所なんて存在しない。

或いは、ごく一部の金持ちなら、地下のシェルターなどにそういうものを持っているかも知れないが。

そんなものを使おうとは思わないし。

使う機会もないだろう。

しばし水着で泳ぐが。

アクセルが、私の全身の火傷跡を見て、しばし真顔になる。

「それ、例の……」

「復讐の形だ」

「いや、そうだな。 話には聞いていたのに、すまん」

「謝ることじゃあない」

何もアクセルは悪くないのだから、当然だ。

それに今の時代。

これくらいの悲惨な人生、何処にでもある。私はそれに甘んじない、というだけの話である。

水着での水泳は上手く行く。

その後、リンさんの指示で、今度は着衣泳をやってみるが。

しかし、である。

コレが途端に、難易度が上がった。

全身が無茶苦茶に重くなる。

水泳に関しては相応に適性があったらしい私だけれど。

それが嘘のように。

体が浮かばない。

四苦八苦している内に、リンさんが着替えてきた。メイド服ではなくて、ちょっとくたびれた普段着である。

メイド服は仕事着で。

こういうときには使わないそうだ。

ひょいと飛び込むと、すいすい泳いでみせるリンさん。

流石に、この辺りは本職中の本職、というわけか。

しかも彼女は。

水中戦用にカスタマイズされた、銛を高速で撃ち出す銃まで持っている。

それですいすいなのだ。

熟練のレベルが違う。

「しばらくこれで練習しましょう。 このまま大物とやりあっても、流石に死ぬだけですし」

「ハンターをやるつもりはないか?」

「いいえ、それはありません。 私はメイドですから」

「そうか」

これだけ水中で動けるなら。

特化型のハンターでやっていけると思うのだが。

まあメイドにこだわるのならそれもいいのだろう。いずれにしても、賞金首を殺ったら、ビイハブ船長もろとも仲間に入れておきたい。

今は、一人でも仲間が必要なのだから。

 

しばし、水泳を練習して。

時間が過ぎると。

船酔いが始まった。

船酔いというのは、すぐに来る物ではなく。

しばらくして、不意に来るものらしい。

本当に気持ち悪くなって。

身動きできなくなる。

吐くと多少は楽になるらしいが。

甲板で無防備に吐いていたら、モンスターが水面からばくりとやってきかねないのが、今の時代である。

船室で大人しくすることにする。

昔は船酔い止めの薬などもあったらしいが。

それも今は殆ど無い。

現在出回っているのは。

致死的な病や。

即効性のある回復薬で。

遊興に関連するような薬は、殆ど存在しない。

船酔いは薬でカバーできるかも知れないが。

体質が慣れれば、それでカバーできるものでもあるらしいので。多分、薬を生産している一部の工場でも、作ってはいないのだろう。

トレーダーも扱っていないし。

扱う気も無い様子だ。

船でも生活は非常に規則正しい。

決まった時間に起きだして。

ビイハブ船長と会議をする。

それからあまり美味しくない食事をする。

魚は網でごっそり取るのだけれど。

大きめの魚は全て海に戻してしまう。

これは何故かというと。

毒が濃縮されているから、だそうである。

リンさんの話によると、まだまだ海には高濃度の毒が満ちていて。大きな魚や動物ほど、それを圧縮して体にため込んでいるのだとか。

それで、人間でもどうにか出来る、小さな魚を食べるそうである。

しかも、内臓とかは全部撤去。

そうしないと、危なくて食べられないとか。

水揚げされる魚は、どれもこれもおぞましいまでに奇形だが。

その中でも、食べられそうなものを、リンさんが手際よく捌いていく。ケンが、自分にもやらせて欲しいと、積極的に声を掛け。

頷くと、リンさんは教えていた。

私も、横から見て覚える。

これでもちょっとばかり料理は出来る。

とはいっても、家庭料理では無くて、野戦料理ばかりだが。

船が揺れているのに。

手際よく調理しているリンさんは凄いが。

ケンもかなり覚えが早い。

何でも貪欲に覚えていこうという姿勢は。

無力な自分に対する嫌悪と。

新しいものへの興味が。

混ざった故、なのだろう。

一度、帰港する。

それから数日を過ごす。

今度は岡酔いというのが来るらしいので、それに対してもならすためだそうである。ちなみに、今まで一緒に戦ったハンター達とも、同じような手順を踏み。船酔いを克服した上でU-シャークと戦ったらしいのだが。

それでもかなわなかった。

今回で、終わりにしたい。

酒場で。そうビイハブ船長は言うのだ。

私は酒は口にしないが。

老人の話は、聞くようにする。

ただ繰り返してしまう事もあるようだが。

聞いておいて損は無い、と考えているから、である。

以前から聞いている話によると。

ビイハブ船長はおよそ三十年前から、Uーシャークとの因縁があるが。

実のところ、もっと古くから、海で専門に働いていたのだという。

ハンターとしてもそうだが。

サルベージ業としても仕事をしていて。

海に沈んでいる船やクルマ。

それに機械類。

それらを回収しては、高値で売る。

そんな仕事を続けていたのだそうだ。

今でも、似たような仕事をしている者はいるらしいが、それら全員がUーシャークには苦しめられているらしい。

海で鍛えていたこともあり。

賞金首を倒した事もあったビイハブ船長は。

同業者達のカタキをとってやると。

最初はあまりにも甘い考えで、Uーシャークに挑み。

そして片足を失った。

そればかりか、家族も。

それからだった。

復讐の人生が始まったのは。

「奴を殺さない限り、儂は死ねん」

「私と同じだな」

「ああ……」

ビイハブ船長の目には、強い炎が宿っている。

それは暗い性質のもの。

私と、同じだ。

しばし、陸での生活をして。岡酔いというのも経験した。何度かそれを繰り返していく内に、慣れていく。

海上での狙撃も、腕が上がってきた。

多分理屈では無くて。

体が、自然に波での揺れや。

その際の偏差射撃について。

学習してきたのだろう。

陸上ほどではないが、ほぼ確実に当てられるようになるまで、一月掛かったが。それでも、仕込みとしては充分と見て良いだろう。

その間、陸に戻っては、バイアスグラップラーの動向もきちんとさぐったし。

奴らが仕向けてきたらしい殺し屋についても、何度か返り討ちにした。

街で大立ち回りはしない。

その代わり。

荒野に何度か、バイアスグラップラーの死体を捨てに行ったが。

路地裏などで何度か絡んできたグラップラーどもを殺している内に、デルタリオからは、目立って奴らの姿が減った。

此方を警戒したのか、それとも。

いずれにしても、また出航する。

今回が。

Uーシャーク討伐の本番だ。

 

1、各個撃破

 

ネメシス号が、かなり沖合にまで出る。

その途中で、私はビイハブ船長と、しっかり話し合いを終えていた。

今回は、先にトビウオンから仕留める。

話によると、U-シャークを狙って動いていると。Uーシャークの危機を感じ取ったかのように、トビウオンが乱入してくると言う。

しかも、戦闘で疲弊している頃を見計らって、ということだ。

分かっていてもどうにもならない。

其処で、私は提案する。

先にトビウオンの方から仕留めるべきでは無いか、と。

事前に、フロレンスがハンターズオフィスで、トビウオンについては、情報を集めてくれていた。

「トビウオンは半分以上空中に浮かんで移動している様子で、縄張りも決まっているようです。 おそらくUーシャークと相互補完の関係にあるのだとは思いますが、それぞれ縄張りを持ち、周回する海域が違うとなると、チャンスはあります」

「どういうことだ」

「ビイハブ船長、今Uーシャークがどの辺りにいるか分かるか」

「この辺りだ」

航図を、迷わず指さすビイハブ船長。

三十年追い続けた相手だ。

周回路くらい把握している、という事だろう。

つまり、である。

「ならば、Uーシャークとトビウオンが最大限離れたタイミングで仕掛ける。 トビウオンとUーシャークが相互補完の関係にあるとしても、離れ過ぎていれば恐らくは仕掛けてくるまでかなりの時間がある筈。 その間に、トビウオンを撃破してしまう。 そうすれば、横やりは入らなくなるだろう」

「良い考えだが、一つ問題がある」

「聞かせてくれ」

「この海域には、賞金首では無いが、カジキエフという強力なモンスターがいてな」

聞いた事がある。

東のスクラヴードゥーと並ぶ、凶悪モンスターである。

海上のカジキエフと言えば、凶悪な武装を多数施された凶悪な大型魚型モンスターで、機械化されているという。

武装が兎に角嫌がらせに特化しており。

しかもおぞましく逃げ足も速い。

船の前に現れては。

ミサイルやら主砲やらをぶっ放し。

装甲を削りに削って。

倒される前に逃げていく。

そういう嫌がらせの権化のような存在だそうだ。

勿論撃破例はあるようだが。

複数存在している上に、効果があると判断したノアが大量生産でもしているのか。専門のハンターが撃破を続けているにも関わらず、海にはしょっちゅう姿を見せるということである。

多分駆除するのは無理。

そうビイハブ船長も言っていた。

特に、制海権が怪しく。

彼方此方バイアスグラップラーが仕切っている今の海では。

カジキエフが侵入してくる地点を特定し、抑えるのが極めて難しいらしいのである。そういうわけで、Uーシャークだけではなく。

トビウオンとやりあう時には、カジキエフも警戒しなければならない、という事だ。

しかもこのカジキエフ。

最初に出現したときは、賞金首判定されていたほどの強者。

今では量産型とはいえ。

とても手を抜ける相手では無い。

「Uーシャークと比べるとどれくらい戦力差がある」

「カジキエフの三倍から四倍くらいはUーシャークの方が強い。 最初に現れた頃はもっと強かったらしいのだが、今海に出るカジキエフは、量産型の品質を落としたモデルなのだろう」

「ならば、良い予行演習だ」

先に、トビウオンを仕留める。

そういうと、ビイハブ船長は帽子を少し下げた。

「将を討つためには、まずは馬から射る、か」

「そうだ。 私も賞金首を倒して来たが、複数の賞金首を同時に相手にするのは、少しばかり厳しすぎる。 しかもこの海の上では、正直な話逃げようにも逃げられない。 出来るだけ安全策をとりたい」

「はい、はい!」

「何だ、リン」

ビイハブ船長に、リンさんが笑顔で応じる。

それならば、Uーシャークが接近してこないか、艦橋で確認してくれるという。まあ、そういう事をしてくれるのは、此方としても有り難いか。

方針は決まる。

ネメシス号が、動き出した。

ハンターズオフィスでの情報を、その間に目を通して置く。

トビウオンはUーシャークより格下とされているようだが。

それでも侮れる相手では無い。

賞金額五桁の賞金首だ。

何度も戦って来てわかっているが、賞金額五桁がつくと言うことは、単純に強い事を意味している。

残虐な事をやってきたとか。

存在自体が自然災害だとか。

そういう事もあるが。

とにかく、生半可な戦力では相手に出来ない場合のみ、賞金額五桁がつくようになっているのである。

しばし海上を東に進む。

イスラポルトが近づいてくると、北の海岸に、朽ち果てたビル街が見え始めた。

あの辺りだったか。

賞金首、外道販売鬼が出ると言う場所は。

今は足を運ぶ訳にもいかない。

とりあえず、トビウオンを探す。

途中で、定期船を発見。

近づいて、話を聞く。

現時点では、トビウオンの姿は見ていないらしい。

常に縄張りの中を飛び回っているそうで。恐らくこの辺りに現れるのは、明日の夜くらいになるそうだ。

定期船ともなると、流石に厄介な賞金首の稼働スケジュールは把握している、ということで。

その辺りは、商売をやっている以上に。

命が危ないから、なのだろう。

なお、定期船には、三機ほどクルマが乗っていたが。

どれにも、専門のハンターが乗っているようだった。

もしもトビウオンに遭遇しても、簡単にはやられない。

そういう意思が見えるかのようだ。

定期船が行ってから。

ビイハブ船長と話をする。

「明日の夜辺りにトビウオンと遭遇するとして、そのタイミングでのUーシャークの位置は」

「夜だと一つ利点と問題がある」

「聞かせてくれ」

「利点としては、Uーシャークは住処を持っていて、夜になると其処に逃げ込む。 一度それを襲ったことがあるが、どうやらトビウオンはUーシャークが休みに入ると、その住処に一目散に向かうようでな」

「待ち伏せが可能と言う事か」

そうだと、ビイハブ船長は言う。

少し南下して、其処で待ち伏せられるという事だ。

問題は、夜になると。

カジキエフが活発化する、という事。

「今では危なすぎるということもあって、サルベージ業の者達も、夜の海には近づかんほどだ。 デルタリオでも、ボートピープルが襲われるケースが珍しくなくてな。 夜に船が消えたら、十中八九住民ごと喰われたとみていい」

「許しがたい」

「だが、それを覚悟で海に暮らしている者達だ。 カジキエフを海から全て閉め出せれば、そんな悲劇は減るのだろうがな」

船が、待ち伏せ地点に到着。

時間を掛けて船酔いにならしたのだ。

もう全員が平気である。

臨戦態勢をとる。

ほどなく。

海上を、高速で此方に向かってくる影が見えた。浮いている。それも、かなりの速度である。

間違いない。

トビウオンだ。

トビウオという魚については聞いている。

ひれが翼状になっていて、海上を飛び回っていたらしい。

少なくとも、本物をこの海で見る事は出来ないが。

それの醜悪な戯画なら、今見えているアレだろう。

「全機、攻撃用意!」

ウルフとバスはシーハンターを準備。更に各車両も、主砲を既に準備終えている。トビウオンは、気付いたのだろう。

何度となく撃退してきた船だと。

すぐにUーシャークに連絡を入れたはずだ。

奴もコッチにすっ飛んでくるだろう。

だが、そうはさせない。

時間差で、各個撃破してやる。

無数のモンスターが、海上に浮かび上がってくる。

その中には、様々な格好のゾンビや。

或いはクラゲやマンボウ。

ウニに似た姿のものもいた。

いずれもが武装している。

「攻撃については無視しろ! 今は司令塔だけを潰す!」

船に上がって来た奴は、ポチとベロ、それにカレンとミシカに対応して貰う。私はウルフを飛び降りると、大量のミサイルをばらまきはじめたシーハンターと。迫り来るミサイルを、体の左右から迎撃ミサイルポッドを出して、迎撃するトビウオンを見た。

爆裂が連鎖する。

だが、それはおとり。

私は対物ライフルを構えると、移動しながら射撃戦を続けるトビウオンに対して、一射を見舞う。

大量のミサイルを防ぎ抜いたトビウオンだが。

故に直後に、私がぶっ放した対物ライフルの一撃は、避けきれなかった。

顔面に弾丸が突き刺さる。

わずかに態勢を崩したトビウオンに、ウルフから時間差で放たれたシーハンターのミサイルが、まとめて着弾。

数発は近くにいたモンスターにそれて直撃したが。

それでも全てが有効打。

文字通り跳び上がったトビウオンは、頭に来たのか、口から巨大な主砲をせり出し、間髪入れずにぶっ放す。

だが、バスのCユニットが即応。

備え付けたばかりのレーザー迎撃ユニットが、巨弾を迎撃。

途中で叩き落とした。

流石だ。

大枚をはたいただけはある。

それにバスの車高がこういうときは生きてくる。

甲板には、既に無数のモンスターが上がって来て、此方の陸戦部隊と死闘の真っ最中だが。

私は気にせず、対物ライフルの弾込めを終え、ぐんと船が加速する中体勢も維持した。

トビウオンが下がろうとしているが。

その動きを読んだビイハブ船長が、船を一気に加速させたのだ。

ミシカが落ちそうになるが、カレンが腕を掴んで支える。

ゾンビが何体か、そのまま海に放り出されるのを見て、ミシカは真っ青。何というか、色々とうっかりというかドジッ子というか。

まあいい。

各クルマも主砲を連射。

シーハンターの第二射もまとめて射撃。

たまらず海に飛び込もうとしたトビウオンだが、シーハンターは魚雷の役割も果たす。そのまま海中にまで追撃。

まとめて水柱が立ち上り。

吹っ飛ばされたトビウオンが、凄まじい悲鳴を上げ、水上に躍り出た。

さて、どうする。

やられっぱなしか。

そんな筈も無い。

スピーカーから声がする。

「Uーシャーク接近!」

「予想以上に来るのが早いな」

「どうする、レナ!?」

「このままトビウオンに集中攻撃! サメが辿り着くまでに叩き落とせ!」

集中攻撃、続行。

トビウオンが、体の上下左右からミサイルポッドを展開。

その数、十二。

一斉に撃ちはなってくるミサイルは、ネメシス号の甲板と、側面装甲を乱打。私もウルフの影でやりすごす。

流石に賞金額万越え賞金首。

簡単には勝たせてくれないか。

だが、今ので、奴は全火力をぶっ放した。

反撃に、ウルフとバスが、同時に全兵器を応射。バギーと装甲車もそれに習う。

大量のミサイルがトビウオンに直撃。

更に、ミサイルポッドに、私がピンホールショットで対物ライフルの一撃を叩き込んだのがとどめになった。

ミサイルポッドが爆裂。

その亀裂に、完璧なタイミングで。

ウルフの、サイゴンから鹵獲した主砲が、飛び込んだのである。

爆裂が、トビウオンの体を貫通するのが見えた。

ふらつきながら、水上に不時着しようとするトビウオン。

其処に、今までの恨みを込めたように。

ビイハブ船長が、傷ついたネメシス号を、全力で突進させる。四角いネメシス号だが、それ故に突撃の破壊力は生半可では無い。

文字通り、巨体が真っ二つにへし折られたトビウオンは。

大量のオイルをばらまきながら、爆発を断続的に繰り返し。それでも、その機械の目が、此方を見たように、私には思えた。

トビウオンの頭部がいきなり射出され。

そして、ロケット噴射で、こっちに向かってくる。

自爆覚悟の一撃か。

バギーと装甲車の主砲が撃ち放たれるが。

半分以上破壊されながらも、頭部は私めがけて襲いかかってくる。

私は、マリアの大型拳銃で応戦。

直撃。

更に弾込めが終わっていた対物ライフルを速射。

直撃。

だが、それでもなお。

執念の生首は、凄まじい勢いで迫ってくる。

不意に、前に立ちふさがったのは。

ミシカだった。

多弾頭グレネードをぶっ放し、弾幕を作ると。

私を抱えて、飛び退く。

甲板に直撃したトビウオンの生首が、私がいた場所を、抉るようにして突き刺さっていた。

呼吸を整える。

甲板のモンスターは、既に一掃されていたが。

だが、状況はまったく改善されていない。

「無事か?」

「お前こそ」

「アタシはなんともない! それよりも……」

ミシカが、何だか可愛い悲鳴を上げて横転。

私は、そのまま受け身をとって、事態を理解した。

相棒の死を理解したUーシャークが。

怒りのまま、ネメシス号の横っ腹に突っ込んだのだろう。

更に最悪な事に。

噂のカジキエフが、三匹。

海上に姿を見せる。

賞金首と、それに近い実力を持つモンスター三匹。

多分カジキエフは、おこぼれ狙いだろうが。

それにしても、恐らくは。

此方が消耗するのを待っていたのだろう。

上等だ。

Uーシャークは、そのまま一旦船の下をすり抜けると、高速で向こう側に出て。反転すると、凄まじい勢いで、背びれで海面を切り裂き、迫ってくる。

「シーハンターの残弾は!」

「後半分切ってる!」

「ならば決まっているな。 カジキエフは無視しろ! Uーシャークに集中攻撃!」

ミシカが、頭をふりふり、それでも多弾頭グレネードを構え、ぶっ放す。海上に派手に水しぶきが上がる。

更に、ポチとベロが野戦砲を連射。

コッチを伺っているカジキエフに直撃させるが。

流石に賞金首級。

イヌが背負っている程度の野戦砲では、致命打にはならないか。

Uーシャークが躍り上がる。

その背中には、巨大な主砲があった。

ぶっ放されたそれは。

バスの装甲を一撃で全損させていた。

カレンが、また上がって来たモンスターをへし折りながら、その様子を愕然と見る。バスは炎上していた。

どうやら、凄まじい炎上効果もあるらしい。

アレは余波を浴びただけで即死だ。

話には聞いていた。

Uーシャークは強力な主砲を搭載していると。

欲しい。

でも、正直、鹵獲など考えていられる相手では無い。

また、来る。

凄まじい勢いで、こっちに向かってくる。

態勢を整えたウルフが、シーハンターをぶっ放す。だが、トビウオンより格上の賞金首なだけはある。

Uーシャークは、魚雷にもなるミサイルを、一旦海上に飛び出し、そして一気に沈むという変態的な機動を取る事で、全弾回避。

更に、此方から遠ざかるようにUターンしながら海上に跳び上がり、爆発の衝撃波を全部かわしてみせると。

敢えて船の至近に飛び込む事で。

船を強烈に揺らしてくる。

思わず体勢を崩す此方を見計らったかのように。

恐らくは迫撃砲だろう。

大量にぶち込んできた。

爆裂が連鎖。

悲鳴を上げたポチが、吹っ飛ばされるが。

カレンが反射的に掴んで、海に落ちるのを避けた。海に落ちたら、口を開けて待っているカジキエフどもの餌食だ。

更に、Uターンして突っ込んでくるUーシャーク。

相棒を殺されて、相当に頭に来ているのか。

だが。

怒りは、ビイハブ船長の方が上。

そして、海上戦についても。

老練な船長に、一日の長があった。

いきなり、高速旋回したネメシス号。

ブースターまで使っての、凄まじい旋回だ。

Uーシャークはそれに気付いたが、もう遅い。

横っ面を張り倒されるようにして、ネメシス号の巨体に吹っ飛ばされたのである。海上に躍り出たUーシャークは、無防備な白い腹を、此方の砲門に晒していた。

機は、逃さない。

全クルマが、全ての武器を一斉にぶっ放す。

更に、私が対物ライフルを。

ミシカがグレネードを。

犬たちが野戦砲を叩き込む。

爆裂が連鎖。

全弾直撃。

不意に、甲板に躍り上がってくるカジキエフ。だが、カレンが動く。

踏み込むと、強烈な掌底で、カジキエフを止め。更に巴投げの要領で、放り投げるようにしてカジキエフをUーシャークの方へ叩き付けた。

カジキエフは、全長七メートルはある。それも鉄鋼の塊だ。それに対して、これだけの技を見せるのだから、カレンは凄まじい。

其処へ、とどめとばかりに、ウルフがシーハンターの残り全弾を斉射。

ミサイルが、カジキエフに全着弾。

爆裂。

その爆発には、Uーシャークも巻き込まれていた。

やったか。

いや、まだだ。

おこぼれには預かれないと判断したか、他のカジキエフ達が離れ始める。更に、今のシーハンターの直撃を受けたカジキエフは、命からがら逃げ出し始める。ただ、周囲には既にモンスターが集りはじめている。深手を負っている上、動きも鈍っている状態だ。近々死ぬだろう。

Uーシャークは、全身傷だらけになりながらも、逃走開始。

あっちは、手負いとはいえ、死ぬほどでは無さそうだ。流石に賞金額30000G。今まで多くのハンターを退け、人々を殺してきただけはある。タフそうだ。

リンの声が、こっちまで聞こえてきた。

「もうちょっとです! 追います! 第二次戦闘に備えて態勢を整えてください!」

「簡単に言ってくれる……」

呻くと、皆の損害を確認。

ネメシス号の装甲タイルは、かなりやられている。それぞれのクルマもだ。バスに至っては全損状態。

甲板は血だらけ。

大量のモンスターの死体が散らばっていた。

その中には、ゾンビのものもあったから。

人間の腐敗しきった手足も、たくさん見受けられた。

悲惨な光景だが。

しかしながら、これが戦いというものだ。

バスのクレーンが動いている。

トビウオンの、首がない死体を引きずり上げているのだ。手伝えとビイハブ船長の声がしたので、フロレンスがバスの後部を開けて、クレーンを動かしたのだ。

甲板に上げたトビウオンの残骸は。

相応に形が残っていた。

ミサイルポッドは駄目だ。

たくさん体につけられているミサイルポッドは、誘爆で殆ど壊れてしまっている。ジャンクを扱うトレーダーに売るしかないだろう。

しかし、である。

アクセルが、死骸から引っ張り出したCユニットを見て歓喜の声を上げる。

「これはすごい。 ミサイルを超高速連射する機能がついているぜ」

「使えそうか」

「一旦汚染を除去して初期化しないと駄目だが、何かしらのクルマにたんまりミサイルを積み込めれば、それを一斉に発射して敵を粉みじんに出来る」

「素晴らしいな」

アクセルが、いそいそと艦内にCユニットを持っていく。その間に、此方は手当。更に、リンさんが出てきて、デッキブラシでてきぱきと甲板を掃除し始めた。モンスターの死骸は、腐敗しているものもあって、とても残してはおけない。換金できそうな部分を急いで私が見繕い。

残りは全て捨てた。

おぞましいのは、その腐敗した死骸でも。

海に捨てると、ばしゃばしゃと食べるために魚が寄って来る事。

これは、正直な話、落ちたら泳ぐ云々以前の問題だろう。

落ちた瞬間に、ズタズタに食い千切られて終わりだ。

こんな所にも、潜ってサルベージしている奴がいるというのだから凄まじい。生存率も高いとはとても思えない。

甲板の掃除が終わった所で、ケンとアクセルと、装甲タイルの張り直しをする。

バスにしこたま積んで来たのだ。予備の装甲タイルを。

しかし、先の戦闘での消耗が激しすぎた。

更に、バスに積んで来ていた予備の弾薬を突っ込む。

ビイハブ船長は、Uーシャークが逃げ込んだ先を知っている様子で、其処をめがけてまっすぐ進んでいる。

かなり逸っているのだろう。

「準備を急げ! 終わったら、各自怪我の手当をして休憩!」

それにしても、酷い状態だ。

クルマ類のダメージも、ネメシス号のダメージも、決して小さくない。

何となくだが。

今までの討伐が失敗した理由が、分かった気がする。

ビイハブ船長は、今回念入りに準備をした。

だが、それは恐らく、今までの失敗が糧になったからだ。

そしてこの焦りよう。

恐らく、此処まで相手を追い詰められたのは、初めてだったのだろう。

だからこそに、此処からは少しばかり危ない。

タイルを貼り終え。

弾薬も可能な限り補給。

帰り道のことを考えると、全弾撃ち尽くす訳にはいかないのが厳しい。ただ見た感じ、今の地点はハトバにかなり近い。ハトバに帰港すれば、ある程度弾薬の消耗は抑えられるかも知れない。

ビルが見えてきた。

海の上に生えている。

朽ちたビルだ。

「皆、聞こえるか」

ビイハブ船長の声。

嫌でも聞こえる。此方はフロレンスの手当を受けて、それでやっと甲板を後にした所だったのだ。

少し横になろうかと思っていた矢先である。

「これから、奴の巣に突入する」

「ちょっとまった、皆の疲弊が酷い。 少しばかり休みたい」

「奴は自動修復機能を備えている。 少し無理をする事になるかも知れないが、今しか機会はない」

「トビウオンは倒した。 奴の力は半減している。 数時間だけでも、待つ意味はあると思うが」

伝声管で返事をするのだが。

ビイハブ船長は、今しか無いという。

本当だったら、ハトバで弾薬の補給をしたいくらいなのだが。

しかし、此処で決定的な溝を入れるわけにもいかない。

少し考えた後、折衷案を出す。

「分かった。 ただし、敵の戦力がかなり削られていること、味方のダメージが大きい事を考慮して欲しい。 最悪の事態には、撤退を視野に入れて欲しい」

「必ず勝てると信じている」

「それは勿論勝つつもりだ」

「……」

さて、これで最悪の場合は全員で心中、というケースは避けられる。

いざという場合は、船のコントロールを奪ってでも、撤退をすることが出来るからだ。

だが、それは此方としても本意では無い。

海を荒らしに荒らし回った賞金首を仕留めるチャンスである事は、紛れもない事実なのだから。

ビルが。朽ち果てたビルが、近づいてくる。

空には、満月が浮かんでいた。

 

2、暴君の死

 

リンさんが、甲板で此方を呼ぶ。

殆ど休めていないが。

仕方が無い。

出るしか無いだろう。

フロレンスが、薬を渡してくる。以前使ったものと同じ奴だろう。瞬間的に爆発的な力を出せる反面、その後酷く消耗する。

「最悪の場合だけ使ってください」

「分かった」

受け取っておく。

さて、問題は此処からだ。

船が速度を落とした。

周囲には、船の残骸がかなりの数見える。これは、それだけの難所と言う事か。いや、少し雰囲気が違う。

古い時代の船では無い。

最近の。

つまり、大破壊の後の船。

頑強さだけを重視したものの残骸が目立つのだ。

「奴のコレクションですよ」

「ほう」

「あまり知られていないんですが、Uーシャークは人間を殺して楽しむだけじゃなくて、船に乗っている人間を皆殺しにすると、巣に船を持ち帰るんです。 これらの船は、奴の戦利品です」

「……そうか」

ノアに脳を改造されてそうなったのか。

サメにそんな習性があるとは思えないし、或いは。

いずれにしても、何というか、タチの悪い奴だ。

海上に林立するビル。

中には、暗礁になっているものもあるようで。船は細かく動きを調整していた。

ウルフのCユニットが警告してくる。

「賞金首級モンスターの接近を確認!」

「総員戦闘態勢!」

全員が、一旦クルマに乗る。

Uーシャークは強力な主砲を積んでいた。あれをぶち込まれると、流石に生身では耐えきれない。

接近は後方からだが。

此処だと、身動きが取りづらい。

ビイハブ船長が、速度を上げる。

それに伴って、Uーシャークもスピードを上げるが。こっちの方が今の時点では速い。しかし、嫌な予感がする。

不意に、ビイハブ船長が、声を掛けてくる。

「これから、90度ターンする。 それと同時に仕掛けろ」

「む、どういうことだ」

「この先には暗礁がある。 既に調査済みだ」

そうか、Uーシャークの奴。

そういう奥の手を隠していたか。

そしてビイハブ船長は、文字通りの神業で。いきなり舵を切って、殆どスペース的な余裕がない中、船をターンさせる。

同時に、海上に。

Uーシャークが躍り上がった。

主砲をぶち込んでくる。

それが、艦橋を直撃。

元々ネメシス号の装甲タイルは、かなり限界近かった。ましてやあの位置は。だが、最大のチャンスでもある。

シーハンターの補充した残弾を、全部まとめて叩き込む。

敵の主砲とすれ違うように飛んだミサイルの群れが、手負いのサメの全身を直撃、爆裂。連鎖する炎の中、各クルマが遅れて主砲を叩き込む。

だが、流石に古豪。

数多のハンターを打ち破ってきた賞金首。

それにも耐え抜くと、海に飛び込み、逃げに掛かる。

ネメシス号は更に90度ターンすると、敵を追撃開始。船長の凄まじい気迫と、執念が。

此方にまで伝わってくるかのようだ。

がりっと凄い音がしたが。

暗礁を船底が擦ったのだろう。

だが、致命傷ではない。

Uーシャークも、今の奇襲を見破られてなお、諦めている様子が無い。頭を機械化されているからか、それとも。

モンスターの姿は殆ど無い。

Uーシャークの寝床だからか。

それとも。

不意に、奴の姿がレーダーから消える。

深く潜ったのだと、リンさんが言う。

流石に手負いだ。

どうにか、自分のホームグラウンドに誘いこもうと考えているのだろうが。

逆に好機。

私は大量の手榴弾を束ねたものを持ち出すと。

周囲に次々放り込んだ。

爆雷である。

急あしらえだが、それでもCユニットと連動させていて、近くに敵の気配があったら爆裂する。

電子部品はいくらでもある。

モンスターが頭に入れている事が多いからだ。

これをちょっといじくるくらいのことは、どこのハンターズオフィスでもサービスとしてやってくれるし。

上手く改造して売り物にしたり。

戦闘に活用したりしているハンターは珍しくない。

私も戦闘時に色々活用しているのだ。

この爆雷も、比較的オーソドックスなもの。地雷として利用するハンターもいると聞いている。

爆雷の作り方については、自習して覚えた。なお、爆雷の水中での衝撃波の破壊力は並ならぬもので。

恐らくUーシャークにも致命打を与えられるはずだ。

皆にも、爆雷をどんどん放り込ませる。

やがて、その中の一つが、ヒットした。

大破壊の前にも、こうやって潜水艦狩りをしたらしいのだが。

見事に今回もそれが成功した事になる。

水柱が、次々と上がる。

暴れたUーシャークに、次々爆雷がヒットし。

衝撃波が奴を叩きのめしているのは、間違いない。

油が浮いてくる。

もう一歩だ。

「そろそろ出てくるぞ!」

声を張り上げ、皆に警告。

Uーシャークも、このままやられっぱなしではないだろう。最後の反撃に出てくるはずだ。

さて、どうする。

いきなり、船がドカンと揺れた。

どうやら船底に突撃してきたらしい。

皆が、甲板に固定されているものに掴まる。放り出されそうになるミシカを、慌ててカレンが抑えた。

ミシカのキャラは分かっているからだろう。

実際、ミシカも多分放り出されそうだなと顔に書いていて。

案の定そうなりかけた時は、真っ青になっていた。

だったら先に備えておけと言いたいのだが。

まあこればかりは仕方が無い。

リンさんが、体に縄をくくりつけると、腕まくりする。

そして、誰が止めるよりも早く、走り出す。

「おじいちゃんをお願いします!」

そうだ。

艦橋にも、奴の主砲が直撃していたのだ。

リンさんは何をするつもりか分からないが、いずれにしても放置は出来ない。

「フロレンス、艦橋を頼む!」

「レナさん?」

さて、どう動く。

リンさんは、恐らく、船に備え付けられているある意味最強の武器を使うと見て良いだろう。

だが、問題は。

それをやったら、まず生還できない事だ。

ロープの長さも計算しているだろうが、奴を上手く誘導できるかどうか。

飛び込むのはNG。

海で生きてきた奴に、付け焼き刃の泳ぎで。しかも着衣泳でかなうわけがない。足を引っ張るだけだ。

それならば。

敵の動きを読む。

甲板の端に出る。

狙うは一瞬。

Uーシャークが、水中でどう動くか。それをリンさんがどう誘導するかを予測。まあ何とかなる。

私は、マリア譲りの大威力拳銃を構えると。

目をつぶって、深呼吸。

そして、目を開いた。

やれる。

一撃。

ぶっ放す。

海面に上がって来たUーシャークの、傷ついた背中を直撃。

大量の鮮血を噴き出しながら、奴が悲鳴を上げた。

同時に、叫ぶ。

「アクセル、皆と協力してリンさんの縄を引け!」

「おう!」

続いて、連射連射連射。

Uーシャークに、ピンホールショットを連続で決める。

凄まじいダメージに、巨大鮫の化け物も悲鳴を上げるが、それでもなお、体勢を立て直そうとして。

そして、船のスクリューに、吸い込まれた。

へし折り、砕き、叩き潰す音。

Uーシャークが絶叫。

全身の半ばをスクリューに巻き込まれながらも、なお生きているかこの化け物は。それでも、とどめだ。

もう一撃、頭に叩き込む。

その時には、ネメシス号のスクリューも。

凄まじい重量の異物を巻き込んだからか。

止まっていた。

リンさんが引っ張り上げられる。

リンさんは、恐らく死ぬ気だったのだ。

そして、ビイハブ船長も、恐らくは。

艦橋に着弾したとき、リンさんは決めたのだろう。命に替えても、奴を倒すのだと。

だが、奴を倒せる手立てがあるのなら。

そして、ビイハブ船長が、この時点で死んでいないのなら。

呼吸を整えながら、私は指示を出す。

「バスのクレーンで、奴の残骸を引き上げてくれ。 主砲が使えるかも知れない」

流石のUーシャークも。

全身の半ばをスクリューにて粉砕され。更に頭をぶち抜かれれば、生きてはいられなかった。

だが、スクリューも修理が必要だろう。

リンさんが、ぐしょぐしょのメイド服のまま、此方を見て苦笑い。私は、一切笑っていない。

二人の気持ちは。

嫌と言うほど分かるからだ。

艦橋で、フロレンスがアナウンスをした。

「ビイハブ船長は、負傷していますが健在です」

「……どうやら、私のようにはならなくても済むし、命を落とさなくても良かったようだな」

私は、リンさんに。

さっさと着替えてくるようにと言う。

そしてアクセルに、修理キットを放った。

「サメを引き上げたら、スクリュー直すぞ。 この胸くそ悪い場所から撤退する」

 

予想通り。

Uーシャークの半壊した死骸からは、主砲を奪うことが出来た。かなりの高性能主砲である。

今ウルフに積んでいる主砲をこれに切り替え。

そしてウルフの200ミリを、装甲車に。

装甲車の150ミリを、バギーに。

余った120ミリ砲は、バスに乗せようかと悩んだが、どうせミサイルをまとめてぶっ放せるCユニットが手に入ったのだ。

どうせなら、何かしらのクルマをミサイル特化にしたい。

というわけで、120ミリ砲はマドにでも寄ったときに、渡しておくとする。野砲としてなら充分以上に活用できるからだ。

一瞬ネメシス号に設置することも考えたが。この船だったら、もっと大口径の砲を積んだ方が効果的だろう。

リンさんとアクセルが降りて、スクリューを直している間。

私はビイハブ船長に会いに行く。

艦橋には、予想して、先に分厚くタイルを貼っておいたのだ。Uーシャークは狡猾な性格をしている。

船の動きを見たとき。

恐らく、ここぞと言うときに艦橋を潰しに来る。

そう睨んだからだ。

そして私の予想通りになった。

所詮はサメ。

此方のが、頭脳戦では一枚上を行ける。というか、サメ如きに頭脳戦で遅れを取っていたら、今後化け物ども相手に戦えないだろう。

Uーシャークは手強い賞金首だったが。

今後は更に強力な賞金首が、ウヨウヨいる地域にも踏み込んでいかなければならないのだから。

フロレンスが手当をしたビイハブ船長は。

自室で寝かされていた。

やっぱり軽減したといっても、艦橋にダメージはあったのだ。船そのものが動かなくなるほどではないが。それでも、ビイハブ船長が倒れるのには充分だった。

命に別状はないとフロレンスは言う。鍛え上げた船長の肉体は、今でも頑強さを誇り。それが故に命を取り留めた。

時々外では銃声がする。

ミシカとカレンが外で修理作業をしているアクセルとリンさんの支援をしているのだ。

Uーシャークが死んだ事を悟ったのだろう。

モンスターが、様子を見に来ているのである。

「やっと、全てが終わった……」

「約束だ。 船とリンさんもろとも、手助けをして欲しい」

「バイアスグラップラーを滅ぼすのか」

「そうだ」

しばし、沈黙した後。

ビイハブ船長は言う。

「阿修羅のような戦いぶりだった。 だが、それでもその炎は消えない。 やはり、奴らに復讐せねば収まらぬか」

「ああ」

「復讐に生きた儂が、お前さんを否定する事は出来ないな。 だが、これはやはり修羅の道で、恐らくその先には救いなど無いぞ」

「望むところだ」

無言で、船長は頷く。

これで、更に戦力の補填が出来る。

そして、海で、レベルメタフィンを探す事も可能になるだろう。

一昼夜ほど掛けて、応急手当は完了。

一旦、此処から近いハトバに戻る事にする。

スクリューはかなり派手に壊れてしまったが、応急処置はしてあるし。何よりトビウオンとUーシャークの賞金を合わせれば、おつりがたっぷり来るほどだ。完全に修理することが出来るだろう。

ハトバに降りると、賞金首二匹を水揚げ。

此奴らは、港町であるハトバでも知られていた。だから、ハンターズオフィスは、跳び上がって驚いた。

それに、である。

そもそもビイハブ船長が、Uーシャークを追い続けているという点ではハンターズオフィスにとっては有名人だったのだろう。

私が船長を伴ってオフィスを訪れると。

やはり、それも驚かれた。

いずれにしても、あわせて賞金50000G。

個人的には、カジキエフも根絶しておきたい。トビウオンとやり合っているときに彼奴らが乱入してこなければ、もっと楽に腐れザメを倒せた。

そういう意味では、いずれ確実に海から全て一匹残らず根絶してやらなければならないのだが。

それはとりあえず後回しだ。

流入経路が分からないからである。

船はドッグに入れ。

クルマも修理を本格的に行うことにする。

ネメシス号には、設備を今後は増設して、内部でクルマの修理を出来るようにすれば便利かも知れない。

アクセルに話すと、可能だと言うし。

ビイハブ船長は、最初の約束を果たした以上、ネメシス号に手を入れることは許可すると言ってくれた。

ただ、やはりごてごてと武装をつけるのは気が進まないようだし。

個人的にも船をくれた相手の意思を尊重しないのは、あまり良い気分がしない。

あくまでネメシス号につけるのは船の修理機能。

それに実際問題、本格的な修理を行う設備を取り付けると、相当に船の重量が上がる。その分積載量や、装甲は落とすしかなくなる。攻撃兵器まで増設すれば、どのような状況でも沈まないという要求は満たせなくなるだろう。

数日、時間が出来た。

私は一旦皆にハトバでの自由時間を渡すと。

一人、バイクで出かける。

出かける先はアズサだ。

レベルメタフィンの詳しい場所について、絞り込む必要がある。

それに何より。

船の改造にも。

クルマのメンテナンスにも。

時間が掛かるのは、明白すぎるほどだからだ。

本当はアズサで改造したいのだけれど、ネメシス号は彼処まで持ち込めないし、こればかりは仕方が無い。

ハトバにいるバイアスグラップラーの戦力を考えると、カレンやミシカがいる以上、不覚をとる可能性もない。

逆に。

今しか、単独行動の好機はなかった。

バイクで荒野を行く。

しばし無言で移動するが、やはりモンスターは相当に減っている。賞金首クラスが駆逐されつくしたから、である。

賞金首クラスは、悪行を為した人間であるケースを除くと。

だいたいの場合、地域のモンスターの元締めだ。

あのUーシャークも、その死が伝わるやいなや。

巣に多数のモンスターが入り込んできていた状況もあった。

この辺りは、比較的レベルが低いハンターの狩り場になり。

更にトレーダーが交通路にしている事もあって。

モンスターには雑魚でさえ懸賞金が掛けられ、徹底的に狩られている。

実際、アズサに移動中の私に仕掛けてくるモンスターは、いなかった。

アズサに到着。

長老の所に顔を出す。

既に、話は伝わっているようだった。

「レナ。 スカンクスに続いて、天道機甲神話、更に海を騒がし続けたトビウオンとUーシャークを仕留めたそうだな」

「はい。 おかげさまで」

「既にその名はバイアスグラップラーにもとどろき始めているようだ。 これからが本番だと心得、気を付けよ」

「分かっております」

バイアスグラップラーも、今後は本腰を入れてくるだろう。

暗殺者の類を今までの比では無い数送り込んでくるかも知れない。

だが、全て返り討ちにする。

むしろ、送り込んでくるなら、好都合。

口を割らせて。

逆に幹部の居場所を特定してくれる。

それから、私は長老と、今後の方針を色々と話あった。

まずは、レベルメタフィンだが。

それについても、長老は、新しく情報を仕入れてくれていた。

良い傾向だ。

いずれにしても、少しずつ。

奴らの戦力を削り。

追い詰めていく。

そうすることで、戦いを、有利にして行くのだ。

会議に出るように言われる。

私は一も二もなく、それに参加することにした。

アズサの幹部として認められれば、今後は更に動きやすくなる。バイアスグラップラーに対抗するには。

この近辺で最大の力を持つ、アズサと連携していかなければならないのだから。

 

3、顔のない男

 

ステピチとオトピチは、ハトバに入港した巨大船を見上げていた。何だか金を掛けて、改修しているようである。

既にスカンクスを倒したハンターが、レナという名前で。

天道機甲神話を、有名なハンターのマゼンダと協力して倒し。

更に、海をずっと騒がし続けていたトビウオンとUーシャークまで仕留めたことは、突き止めている。

しかも、こんな強力そうで。

多数のクルマも積み込めそうな船まで手に入れたとなると。

いよいよ厄介だ。

路地裏に入ると。

ハトバにある、バイアスグラップラーの支部に向かう。

バイアスグラップラーのハトバ支部は、かなり肩身が狭い状況になっていると聞いている。

それはそうだろう。

近辺の拠点は全てが制圧され。

エルニニョに至っては、駐屯部隊が皆殺し。

バイアスグラップラーに対抗する組織が跋扈して、睨みを利かせている。この場所も、見つけられたら殴り込みを掛けられかねない。

だから、ステピチとオトピチが姿を見せたとき。

グラップラーの構成員である兵士達は。

最初、完全に青ざめた。

だが、此方の容姿を見て、完全に態度の掌を返した。

「何だ、ヒョロヒョロとデブ」

「ピチピチブラザーズザンス。 ミー達はテッドブロイラー様の直属ザンスよ。 そんな口の利き方をしていいんザンスか」

「は、そういうのを虎の威を借る狐って……」

拳一閃。

吹っ飛んだ馬鹿が、壁にめり込んで動かなくなる。

他の兵士達が、青ざめて、その場に立ち尽くした。

周囲は狭苦しい地下酒場。

音も外には漏れない。

「生憎、ミー達は体も弄ってるザンス。 お前達なんて、束になってもミー達にはかなわないザンスよ」

「く、くそっ!」

「分かったら、さっさと通信装置を寄越すザンス」

「……」

奥に案内される。

小さな部屋があって。

未だに稼働している古いPC。

しかも、ネットワークがグラップルシティにつながっている。

SNSを起動して、しばらくキーボードを叩く。

オトピチには、外の見張りをさせた。

しばしして。

反応。

テッドブロイラー様だ。

「どうした、ピチピチブラザーズ」

「中間報告ザンス。 スカンクスを倒したハンターについて、分かったことが幾つかあるザンスよ」

「ほう。 聞かせろ」

「はいザンス。 名前はレナ。 ここのところ、立て続けに大物賞金首を倒しているようザンス。 ついさっきも、あのトビウオンとUーシャークを仕留めたとかで、ハトバが大騒ぎになっているザンスよ」

テッドブロイラー様は、無言。

何か気に触ることでも言ったかと不安になったけれど。

すぐに続けるようにと言われて。

書き込みを続行した。

「ニアミスもしたザンス。 やっぱり小娘だったみたいザンス。 目も、何というか、凄くおっかないザンスね」

「怖じ気づいたか」

「いえ、ただ周囲に強力な戦力を侍らせていて、とうとう戦闘用の船まで手に入れたようザンス。 ウルフまで持っている所を見ると、簡単には仕掛けられないザンスね」

「正直でよろしい。 そこまで調べられたのなら、一度調査を切り上げろ。 いずれ向こうから仕掛けてくるだろう。 其処を返り討ちにする」

別の任務を与える。

そう言われて。

思わすステピチは背が伸びる思いがした。

テッドブロイラー様は、評価をしてくれたのだろうか。

調査を切り上げろ、という事は。結果を認めてくれたのか。

それとも、これ以上は建設的なデータを引き出せないと判断して、もう良いと諦めたのか。

それがちょっと分からない。

ただ、次の任務というのが、少し特殊だった。

「デルタリオに移動して、其処でカリョストロと合流しろ」

「カリョストロ様が、デルタリオに来ているんザンスか」

「そうだ。 少しばかり厄介な情報を握っている奴が、デルタリオに逃げ込んだことが確定していてな。 ただデルタリオは、スカンクスの失態のせいで今抵抗戦力が乗り込んできていて、カリョストロも動きにくくなっている。 お前達はカリョストロに話を通し、指示通りに動け」

場所を指定され。

合い言葉も言われる。

なるほどとメモをして。

すぐに向かうと返事をすると。テッドブロイラー様はもう何も言うことも無いと判断したのか、通信を切った。

「兄貴ー。 カリョストロ様とあうのか?」

「そうザンス。 スカンクスとは格が違う使い手ザンスよ。 ご機嫌を損ねないように、気を付けないといけないザンス」

「わかったよー、兄貴ー」

「良いザンスか、カリョストロ様は伊達男だと聞いているザンス。 くれぐれも、失礼がないようにするザンス」

すぐに隠れ家を出る。

兵士達は、コッチに敵意を込めた視線を向けているが、無視。

ちなみにさっきの部屋は、外に音が漏れないようになっている。

いつ殺されたり、捕まって拷問されたり。或いは裏切ったりしかねない此奴らの事は、最初から誰も信用していない。

だから、今の情報についても。

ログは全て消してある。

定期船が来ていた。

デルタリオいきは、抜群に安全になったと、トレーダー達が話している。

以前とは違い、料金も格安になったという。

トビウオンとUーシャークが死んだからだ。

奴らが今までは、定期船を面白半分に襲ってきていて。

それで危険度が尋常では無かった。

手練れのハンターでも手こずる怪物が、最悪の場合は二匹同時に襲ってくるのだ。ハンターにしても、命が幾つあっても足りないと護衛を断るケースが多く。護衛さえない中で、定期船を出さなければならないケースさえあった。

実のところ、ついこの間使った定期船も。

乗っていて、いつ襲われるか、冷や冷やだった。

ステピチも簡単に負けるつもりはなかったが。

それでも不得手な海上戦だ。

大事なバイクも、無事に済むとは思えず。

ハトバに着いたときには、心底ほっとしたものだった。

定期船に乗り込む。

実際に格安になった料金を払うと、デルタリオに移動。

デルタリオの方も。

船がたくさん来ていた。

「兄貴ー。 船がたくさんいるよ」

「あれはサルベージ業ザンスね」

「さるべーじ?」

「昔のものを、水底から拾い上げて、お金にするんザンスよ。 少し前までは、海岸線で細々やっていたらしいザンスけど、あの化け物達がいなくなって、海が安全になったから、戻ってきたザンスね」

とはいっても、まだ海には賞金首クラスの実力を持つカジキエフがたくさんいるし。

他にもヒトデロンという賞金首がいる。

ただヒトデロンは一定海域にしか姿を見せないという話なので。

其処まで警戒は必要ないのだろう。実際問題、デルタリオで確認をとったが、ヒトデロンが出現するのは、イスラポルトから遙かに南の入り江らしい。しかもそれほど海を泳ぐ速度もないらしいので、いきなり遭遇する危険性も小さいと見て良い。

入港後、料金を払って、デルタリオに降りる。

心なしか、人も多くなっているようだった。

トレーダーもかなり活発に商売をしている。

戻ってきたサルベージ業の連中を相手にしているのだろう。

それに、だ。

天道機甲神話が死んだので、トレーダー達もこの大きな街に行き来しやすくなった、という事情が大きそうだ。

レナの活動は。

かなりダイナミックに、街をよくしている。

というよりも。

本来は、これくらい発展しているのが、この街の姿なのだろう。

陸には天道機甲神話。

海にはトビウオンとUーシャーク。

このおぞましい脅威のせいで、デルタリオは押さえ込まれてしまっていた。

だが、あのレナというハンター。

想像以上の手練れで、街の脅威を打ち払ってしまった。

それ故に。

今では、本来の繁栄が戻ってきている、という事なのだろう。

当然、街の人間は、レナに感謝しているはずだ。

大物賞金首は、街を滅ぼす事もある。

そういった物理的な、間近に迫った脅威を取り除いてくれたのである。

更に、だ。

頭が悪いステピチだって分かっている。

この結果、バイアスグラップラーは、もっと立場が悪くなる。

レナが武力を建設的に生かして、状況を劇的に良くしたのに。

バイアスグラップラーは、武力を振りかざすばかりで、弱者を痛めつけてばかりいるのだから。

ステピチは悩む。

テッドブロイラー様には恩義がある。

力をくれたし、拾ってくれた。

仕事も任せてくれている。

だが、あの凄まじい力を、建設的に使ったら、もっと世界は良くなるのでは無いのだろうか。

バイアスグラップラーは、自分やオトピチも含めて、所詮はチンピラの集団だ。

だが、それが故に、テッドブロイラー様には絶対逆らえない。

だからこそ、あの圧倒的な力は。

人間狩りなんて凶行に使うべきではないのではあるまいか。

路地裏に行く。

座り込んで、体に明らかに良く無さそうな薬をキメている連中を無視しながら進む。地図を見て、確認。

見つけた。

小さな家だ。

中に入ると、太った男が、気味の悪い笑顔を浮かべて待っていた。

合い言葉を言うと、向こうは頷いた。

「ピチピチブラザーズですね」

「そうザンスけど」

「そうか。 では私の姿を見せてやろう」

指を鳴らした瞬間。

太った男の姿が崩壊した。

オトピチが、悲鳴を上げる。

何しろ、一瞬で人間だったものが。

触手の塊に変わったのだから。

そしてそれは、瞬時にまた人間に戻る。

理解した。

というよりも、強制的に理解させられた、というべきか。

バイアスグラップラー四天王、第三位。

カリョストロとは、この存在のこと。

恐らく「男」ですらない。

スカンクスはまだ動物だった。

だがこの存在は、もはや生物であるかすら、怪しいだろう。

変装の達人という噂は聞いていたが。

実物を見れば、とんでもない、としか言えない。

カリョストロは、変装どころか。

姿を、自分で「作って」いるのだ。

当然戦闘力も凄まじいだろう。びりびりと、触手の塊になったとき。勝てそうにもない圧倒的な暴威を感じた。

カリョストロは、ずっと昔にコミックで見た、何かのヒーローのような姿に変わっている。

マントを羽織り。

四角い男らしい顔。

屈強な肉体に。

どこか派手派手しい服。

大破壊の前に、多くの人々に希望を与えたヒーローそのものの姿になっていた。しかし、その精神が邪悪そのものなのは、ステピチもよく分かっている。

「兄貴ー! カリョストロ様、怖いよー!」

「黙ってるザンス!」

自分だって、足の震えが止まらない位なのだ。

テッドブロイラー様は、圧倒的な強さを持っているけれど、それを気分次第で振るったりはしなかった。

無能を許さず。

逆らう相手を許さない。

そういう理屈があった。

だがこのカリョストロは、気分次第で動くのだと、見てすぐに理解出来た。

つまりそれは。

理不尽そのものだ。

だからオトピチも怯えているし、自分だって。

震えが、先からずっと止まらない。

「報告は聞いている。 スカンクスを倒したハンターと接触したそうだな」

「は、はい! レナという奴ザンス!」

「知っている。 まだ若いのに、大物賞金首を次々と仕留めているらしい。 それも、火が出るような戦い方をしつつ、冷静極まりないそうだ」

一番手強い手合いだと、くつくつと笑うカリョストロ。

ステピチは動けない。

カリョストロが、気分次第でいつ自分を殺そうとしてもおかしくないと、悟っているからである。

「お前達には、レナの足止めを命じる」

「足止めザンスか」

「そうだ。 私はこの街で今エバ博士という老婆を探している」

「博士……」

今の時代、学校なんてものは当然存在しない。

博士という称号も、所詮は後付けのものだろう。

大破壊以降。

教育機関なんてものは存在していないのだから。

人間が確保している安全圏には、少しずつそういったものができはじめているとも聞いているけれど。

それも、遠い世界の話。

そんな安全圏なんて、ほんの小さな地域しか存在していない。

「レジスタンスの連中が、私より先にエバ博士を確保しようと動いていてな。 奴らが、レナに接触を依頼すると面倒な事になる。 デルタリオの住民は、レナに対して感謝しているから、情報提供を積極的にしかねない。 そうなると、如何に私でも、先を越される可能性がある」

「なるほど、確かに」

「故に、お前達はレナをデルタリオで待ち伏せて、もし来るようなら足止めをしろ。 手段は任せる」

「わ、分かりました、ザンス」

また。一瞬で。

触手の塊になったカリョストロは。

太った男に変化していた。

触手になる時。

塊の真ん中に、巨大な目玉があるのを見てしまった。

その目玉は、人間のものに似ていたが、瞳が二つあって。それが異形をなおさら際立たせていた。

カリョストロは、行くように促し。

オトピチを連れて、さっさとこの場を出る。

腰が抜けそうだった。

本物の狂気が、彼処にはあった。

カリョストロは紳士的な言動をすると聞いていた。

だがそれは造りだ。

彼奴は、文字通りの化け物。

まだ子供じみた癇癪を爆発させて、周囲に当たり散らしていたスカンクスの方が、生物らしい。

「兄貴ー。 レナをどうやって足止めする?」

「……あまり良い作戦ではないかも知れないけれど、兎に角時間だけは稼げばいいんザンス」

「どうするの?」

「そうザンスね」

レナは恐らくだが。

エバ博士を、レジスタンスに確保依頼される可能性が高い。

だが、レジスタンスは、エバ博士という存在については、多分カリョストロが探している、くらいしか分かっていないはずだ。

だって、バイアスグラップラーでも、エバ博士なんて名前は、聞いた事がないからである。

それならば。

より重要そうな仕事を、やるようにけしかければ良い。

それで時間を稼ぐことが出来る。

まず海にいるカジキエフ。

今、海はトビウオンとUーシャークが死んだことで、かなり危険度が減ったが。それでもカジキエフが多数いる事に代わりは無い。

実のところ、これについては。

見当が一つだけある。

ある川から、遡上してきている、というのだ。

ノアの勢力圏になっている川から、カジキエフが定期的に来ているとなると。どれだけ倒しても減らないのも道理。

ただし、あくまで確度が低い情報に過ぎない。

レナでなくても、カジキエフだったら、倒せるハンターはいるだろう。

実際少し前まで、デルタリオには凄腕で知られるマゼンダとその部下達が来ていたのである。

イスラポルトまでいけば、更に腕利きのハンターもいるらしい。

そいつらは、多分今嬉々として海に出て、サルベージの護衛や。今までリスクが高かったカジキエフの討伐にいそしんでいるはずだ。

賞金首では無いとは言え、カジキエフは倒せば相応に高額に換金できる。

かなり強力にノアが武装させた機械化魚である。

その体は、超凄いテクノロジーの塊なのだ。

あらゆるパーツを高額で売れるだろう。

同じように、イスラポルト東に出る事で有名なスクラヴードゥーもあまりレナの気を引けるとは思えない。

あれも複数が確認されているが。

イスラポルト近辺は、優秀なハンターのたまり場だ。

賞金首を狩るついでに。

スクラヴードゥーを倒している奴もいるらしい。

わざわざレナが出向くとは考えにくい。

ハンターズオフィスに足を運んで、話を聞く。

一応着替えて顔を隠しているから、自分たちだとは気付かれないはずだ。まあ気付かれても、返り討ちにするだけだが。

そうすると、面白い話が出てきた。

外道販売鬼である。

デルタリオの東にある廃墟地帯。

その一部に出現するこのモンスターは。

自動販売機が多数並んでいる場所に住み着き。

其処を訪れていた人間を、片っ端から食らっていたそうだが。

監視体制を作られてからは、人間が来なくなったことを察知したのか。

移動しようとして。

何度か監視班と激突。

監視班にも被害が出ているという。

話によると、相当に強力な戦闘力を有しているそうで。クルマを乗り入れられない地域での戦闘を強いられる事もあって、ハンターズオフィスでもその対策に頭を抱えているのだとか。

それはそうだ。

自動販売機は彼方此方の街に存在している。

それに擬態して入り込んでくる外道販売鬼は、文字通りの脅威。

下手な街に入り込まれると。

それこそ、あっという間に人間が皆殺しにされかねない。

居場所が分かっているうちに討伐したいのだろう。

前は10000Gだった賞金額が。

なんと35000Gにまで跳ね上がっていた。

「兄貴ー、これ、おれたちでやっつけないか?」

「何を言うザンスか」

「だって、こいつすごく迷惑なやつだろ。 街とかに入ってきたら、きっとたくさんの人がこまるよ」

「それはそうザンスが」

困るどころか。

文字通り、小規模な街なら食い尽くしかねない危険な賞金首だ。もしそうなったら、更に賞金額が跳ね上がるだろう。

更に、である。

もしもノアが効果があると判断した場合。

多数を生産して、彼方此方に送り込んで来かねない。

そうなると、バイアスグラップラーでも手を焼く事態になるかも知れない。

此奴とレナを戦わせて。

時間を稼ぐ。恐らくレナは倒してくれるだろうから、それでみんな幸せになれる。

それがいい。

そうステピチは判断した。

エレガントな悪党になるには、相手を利用するにしても、最終的にはその「悪」が誰かのためになるのが一番だ。

ハンターズオフィスの職員に、相談を持ちかける。

「ミーが5000Gを出すザンス」

「ほう」

「外道販売鬼は危険な存在ザンス。 今売り出し中のハンターレナなら、船も持っているし、恐らく迅速に奴を倒してくれる筈ザンスよ。 賞金額に上乗せして、レナに話を持ちかけるザンス」

「確かにそれは此方としても願ったりではありますが、5000Gをぽんと出せるとは、貴方は何処かの富豪ですか?」

ちょっと困る。

実はこの金。

前にバイクを奪おうと襲いかかってきた人攫い達が持っていたものなのだ。

きっと、色々な人から奪ったのだろう。

だから、手をつけられなかった。

こういう形で使えるのなら。

少しは、マシかも知れない。

5000Gを渡すと。

ハンターズオフィスでは、その場で手続きをしてくれた。

外道販売鬼の賞金額が40000Gに跳ね上がる。

流石にスカンクスには及ばないにしても。

クルマを持ち込めない場所にいる危険な賞金首だ。

更に今後の危険性を考えると。

絶対に倒さなければならない相手でもある。

「時に貴方の名前は」

「ジェントルマンざんす」

「ジェントルマン、と。 そういえばエバという人を探しているのと同じ名前ですね」

「まあ、そんなところザンス」

これも釣り針だ。

後でカリョストロに話はするが。

恐らく、レナの所にも、エバという人物をジェントルマンという名前の謎の存在が探している話は伝わっているはずだ。

この名前そのものを釣り針にして。

レナを釣る。

勿論相手が相手だ。

下手をすると、腕ごと食い千切られかねないが。

それでも、こういう形での怪我なら。

誰も損はしないし。

ステピチも本望だ。

レナは公言しているという。

バイアスグラップラーを皆殺しにすると。

良い奴なんて一人もいない組織だ。

自分たちだってチンピラ。

悪事も散々してきた。

レナに素性がばれれば確実にオトピチと一緒に殺される。勿論簡単に殺されてやるつもりはないが。

相手が殺すつもりでいるのなら。

コッチでも利用してやるだけだ。

嘆息すると、手続きを済ませる。お給金にはまだ余裕があるから、大慌てで生活資金を用意しなくても良い。何より、街で大道芸をしたりして、稼ぐことには自信がある。外を移動しているときに倒したモンスターの残骸も換金している。生活には困っていない。力がある今は、結構簡単にお金を稼げるのだ。昔のひもじい時代とは違って。

作業を済ませると。

カリョストロに報告をする。

意外にも、カリョストロは満足したようだった。

「それなりに考えているな」

「ミーも、頭を使わないと生きていけない世界に生まれたザンスから」

「Good。 エバ博士の捜索に成功した暁には、お前達の事はテッドブロイラー様に言づてしてやる。 更に強くしてくれるだろう」

「有り難き幸せザンス」

やはり、至近で見ると、カリョストロは恐ろしい。

だが、更に強くなれるというのは魅力的だ。

しかし、強くなるのは良いが。

その結果、カリョストロのような、もはや生物ですらない存在にされてしまうとしたら。それはどうなのだろう。

怖がっているオトピチを見ると。

良心が痛む。

だが、恩義はそれ以上に強い。

ずっと困り果てているステピチだったが。

ともあれ、賽は既に投げられている。

作戦に向けて、状況は動き始めていた。

 

4、戦車を作れる男

 

アズサで軽く会議に参加した私に、長老は色々と新しい情報をくれた。私がトビウオンとUーシャークを倒し。天道機甲神話まで倒した事は、アズサでも話題になっていると言う事だった。

長老が、積極的に話をしてくれたからだろう。

アズサのエースであるベンが褒めてくれる。

「見事な手練れだ。 昔のマリアを思わせる」

「有難うございます」

「レベルメタフィンについては、やはり考えは変わらないか」

「変わりません」

周囲の手練れ達も。

皆、私を見て、微妙な顔をする。

そうまで復讐は心を歪ませるのか、と顔に書いていた。

マリアは話によると、私を育てるようになる前は、戦鬼そのものだったという。強すぎるという声が上がるほどで。

各地で賞金首を情け容赦なく殺戮し。

豪快に賞金を回収しては。

アズサに納金して、この街が強力なハンター多数と武装、それにレジスタンスとしての体裁を整える切っ掛けになったという。

実際問題、アズサにはウルフ三機を一とする強力な戦車部隊と。それを操る一線級のハンター達がいるが。

それもマリアと同行して腕を磨いたり。

彼方此方でウルフを回収してきたりといった事があって。

ようやくなしえたことなのだ。

そのマリアが、変わる切っ掛けになった、私という孤児の保護。

そしてそのマリアの意思を受け継いだ私が。

昔のマリアそっくりの戦鬼となっている。

それを見て。

皆、色々思うところはあるのだろう。

マリア自身も、そう恵まれた生まれではなかったと聞いている。

それならばなおさらだ。

「分かった。 レベルメタフィンについては、此方でも掴んだことがある。 現在レベルメタフィンによって怪物グロウィンと化した黒院は、どうやら意識を保っているらしい」

「? 何故そのような事が分かるのですか」

「黒院は昔通信装置を使って、アズサと連携して行動していた。 その通信装置に、時々黒院から連絡が入るのだ」

「それは……」

驚いた。

そんな事が。

それによると、黒院は探しているという。

ノアを倒せる存在の到来を。

そして、その存在が来た時には、問いたいそうだ。

人間を止めてでも。

力を得たいか。

そしてその力を。

弱者には振るわず。暴虐を振るう悪に対してだけ叩き込む事が出来るか。

もちろんだ。

バイアスグラップラーを皆殺しにする。

そしてレベルメタフィンを得る条件が、ノアの抹殺だというのであれば。

その後に、ノアを殺す。

それだけである。

即答すると。

長老はくれる。

ビーコンだった。

「それは黒院が近づけば、恐らく反応するはずだ。 ただし、意識を保っているとは言え、既に黒院は怪物化している。 近づけば、反射的に攻撃を仕掛けてくる可能性も高いから、気を付けるようにな」

「分かりました」

「それと、もう一つ。 恐らく現在としては、数少ない戦車を作れる男の話を教えておく」

「戦車を作れる、ですか」

長老は頷くが。

しかし、周囲がさっと青ざめた。

余程問題がある人物なのか。

「名前はバトー博士。 デルタリオ東の川を北上した所にある研究施設にいる。 ただこの男、とにかく気むずかしいというか、異常なレベルの変人でな」

「どのようにおかしいのです」

「凄まじい毒舌なのだ。 舌剣という渾名もあるほどでな。 戦車をこの世界で作れる珍しい人物が故に、我々には知られている。 実はアズサにある戦車の中にも、奴が作ったものが幾つかあるのだ」

「!」

そういえば。

ウルフは生産数が極端に少ないと聞いている。

その内三機、私が持っているのも含めれば四機。

アズサがそれだけの戦力を持っているのには。

今の時代にはロストテクノロジーも同然な、戦車を作る、という技術者の存在があったのか。

バイアスグラップラーは、まだ戦車を生産できる工場を有していると言う噂もあるらしいが。

それはあくまで、ラインを動かして、機械的に同じものを作っているだけ。

新しく戦車を作れるというのなら。

それは大きな力になる。

ただでさえ、私の手元には、ウルフを除くと戦車未満のクルマしかない状態なのだ。

「分かりました。 紹介状か何かをいただけますか」

「レナ、そなたは気が短い。 くれぐれも、くれぐれも我慢をするようにな」

「それほど酷いのですか」

「何というか、昔儂も奴の所を訪れたことがあるのだが、その場で殺したくなるほどだった」

温厚な長老が此処まで言うのだ。

本当に凄まじいのだろう。

紹介状を受け取る。

ベンが、横から補足してくれた。

「今、世界で新しく戦車を作れる人間は、あの男を含めて数人しかいないだろう。 それくらいに貴重な存在だ。 絶対に殺すなよ」

「分かりました。 ただ、其処まで念押しするという事は、余程酷いのですね」

ベンが視線をそらす。

そうか、そんなに酷いのか。

いずれにしても、デルタリオから北上するとなると、途中で噂の外道販売鬼を叩き潰してから、だ。

街に入り込まれると非常に危険な賞金首を放置はしておけない。

アズサを出る。

ようやく、二機目の重戦車を手に入れられるかも知れない。

そう思うと、少しだけ。

嬉しかった。

 

(続)