因果応報の時

 

序、エルニニョの転機

 

エルニニョ。

海と呼ばれる巨大湖の南西に位置する大都市。とはいっても人口は精々二千人。ノアの攻撃によって大多数を失った人類にとっては、この程度の街でも大都市になってしまうのである。

噂によると、トレーダーが運んでくる物資を生産している都市や工場の周辺には、更に巨大なものがあるらしいが。

それらはあくまで例外。

人間はいまだにノアを打倒出来ておらず。

それ故に現在進行形でノアはその猛威を振るい。

各地で多くの人間を殺している。

今の時点では、世界にどれだけの人間が生き残っているのか、増えているのか減っているのかさえ分からない。

それを考えれば。

バイアスグラップラーの行っている人間狩りが如何に非道で。この世界に仇なす行為かは、明々白々。

一刻も早く、バイアスグラップラーは叩き潰さなければならない。

だが、しかし。

人類そのものが、そうたいした生物では無い事も。私は知っている。

エルニニョの近くに、クルマを停めると。

私は此処に以前暮らしていたカレンとフロレンス。それにポチとともに、一旦街に入った。

この間のスカンクス戦で耳をやられたポチだが。

今は耳も回復して。

比較的元気な様子である。

エルニニョの街では、グラップラーの兵士が減っているが。しかし、比較的巡回する頻度は増えているようだ。

その分ストレスが溜まるのだろう。

彼方此方から怒号が聞こえる。

弱者を恫喝し。

ストレスを発散している、というわけだ。

どうしようもないカスどもだが。

まあ、もうその命は尽きるのである。

というか、私が断つのだが。

一通り街を見てから。

腑抜け何とか団の所に出向く。

ヌッカの酒場のマスターにまず最初に会いに行ったのは。

手練れが誰かいないか、聞くためだ。

後、クルマの情報なども欲しい。

だが、マスターは。

渋い顔をするばかりだった。

「貴方がスカンクスを殺したおかげで、バイアスグラップラーが警戒をとても強めていてね、あまり動けないのよ。 ごめんなさいね」

「そうか。 では、グラップラーどもを皆殺しにしたら動けるか」

「それはそうだけれど……」

「頼むぞ」

今の戦力だったら、正面からメンドーザを殺しに行けるが、それでも抹殺を成功させる確率は上げたい。

敵はこの街を熟知している。

それならば、退路などを確保している可能性もある。

リッチーに会いに行くと。

奴は、青い顔をしていた。

周囲の奴らも、ぴりぴりしている。

「英雄様が来たぜ」

リッチーの取り巻きが、皮肉混じりに言うが。

私の目を見て黙り込む。

スカンクスを私が殺した事は、既に話題になっているようだが。それでも、実感が湧かないのかも知れない。

「何だ。 何をしに来た」

「メンドーザを殺す。 そのための打ち合わせだ」

「!」

「正面から乗り込んで殺してくるのは難しくないが、騒ぎになれば奴は逃げ出そうとする可能性もあるし、街に駐屯しているグラップラーどもも押し寄せてくるだろう。 お前達、情報が欲しい」

リッチーが座り直す。

他の面子も、姿勢を変えた。

まず最初に、何故こんなにぴりぴりしているのかを聞くと。

リッチーの取り巻きの一人が、言う。

「チャンスだって言うのに、リッチーが動こうとしねえんだ」

「敵はスカンクスがいなくなって、相当に焦ってる。 今動くと、本気になって潰しに来るぞ」

「地の利はこっちにある! 武器だって充分だろう!」

「し、しかし敵の数は……」

咳払い。

まず、敵の駐屯地と、そこにいる数を聞く。

巡回の状況もだ。

呆れた話だが。

リッチーは、敵の駐屯地は分かっていたが。その巡回路は理解出来ていなかった。

嘆息する。

これではかなり面倒だ。

いずれにしても、駐屯地には攻撃を仕掛けて潰す。幸い、外から戦車砲をたたき込める位置にある。

私が敵の本拠に乗り込むと同時に。ウルフ、装甲車、バギーから、それぞれ主砲をたたき込んでやる。

見張り台を最初に処理し。次に駐屯地に使っている建物だ。

民間人に被害が出ないように気を付けなければならないが。

Cユニットの補助で、それはどうにか出来るだろう。

先に攻撃する順番と、誰が何処を攻撃するかを決めておけば何も問題は無い。ケンにも周知しておく。

ケンは頷く。

今までも、人を殺していたことは分かっている筈だ。

更に、そろそろ前線にも出てもらうと言う話はしている。

弱めのモンスターが出た場合は、迎撃の際にケンに出て貰い。それで少しずつ慣れていってもらう予定だ。

そうすることで、徐々に戦えるようになっていけばいい。

何、ケンの年頃は覚えが早い。

多分、戦いにもすぐ慣れるだろう。

駐屯地に民間人がいた場合はどうしようもない。

女を連れ込んでいたりするケースはありうるが。それはもう諦めて貰うしかないだろう。

フロレンスが言う。

「此方で確認しましょうか?」

「手があるのか」

「気配はある程度読めます。 姉さんも。 それにこの街の人間は、バイアスグラップラーを良く想っていません。 駐屯地に入らないように、警告はしておきます。 その上で気配を探り、民間人がいないことを確認してから、攻撃すれば大丈夫でしょう」

頷く。

まずはバイアスグラップラーの排除を第一とする。此方は手段を選ばないつもりだが、それでも限度がある。

マリアが渋い顔をするような手は使いたくない。

駐屯地の攻撃と同時に、グレネードと狙撃を使って、敵の本拠の銃座を潰す。大物は、駐屯地を潰した後戦車砲を叩き込む。

カレンとポチが先頭で敵本拠に突入。

ミシカと私がそれに続く。

最後に、ウルフが強行突入し、敵本拠に乗り込む。入り口のドアをウルフがぶち抜いて入れば、敵の動揺は極限に達するはずだ。なお、敵の駐屯地の一部を粉砕すれば、車止めを抜けて入れることが既に地図の上から分かっている。

問題は、失敗した場合。

退路についても考えておく。

まあ、失敗時は、私達が死ぬだけで済むだろう。

いずれにしても、メンドーザはかなり恨みも買っている。更にスカンクスが死んだことで、バイアスグラップラーの勢力は後退した。戦力が減ったわけでは無いだろうが、少なくとも「海」西側の勢力は、大幅に衰えた。

しかも、スカンクスを殺した際に、敵の捕虜を残虐に殺しまくったという話を流してある。

これについてはある程度本当だが。

既にエルニニョのバイアスグラップラーの兵士達にも、動揺が広がっている筈だ。

おかしな話である。

今まで自分たちでやってきた事なのに。

いざやり返されると。

人間は命乞いをしたり。

被害者面をしたりするのだから。

この戦いは、私が死ぬか、バイアスグラップラーが滅び絶えるまで終わらない。殺すか、殺されるか。

倒すか、倒されるか。

そのどちらかだ。

さて、問題は此処からだ。

メンドーザを逃がすと面倒な事になる。

勿論メンドーザ一人くらいはどうにでもなるのだが、もしもある程度のノウハウなどを持ったまま逃げられると。

敵が、バイアスグラップラーが反転攻勢を掛けてきたとき、ひとたまりも無くエルニニョが陥落する可能性が高い。

メンドーザはエルニニョ出身で、街のことを知り尽くしている。

それが厄介なのだ。

「バイアスグラップラーの退路は敢えて塞ぐな。 包囲はあえて開けておいた方が敵の背中を思う存分撃てるからだ。 だが今回は、それに紛れてメンドーザが逃げる事を防止しなければならないな」

「それなら、攻撃開始と同じタイミングで、メンドーザを抑える必要があるでしょうね」

「先に潜入するのか」

「何か考えましょう」

フロレンスが言う。

確かにその方が確実か。

今、エルニニョのバイアスグラップラーを制圧するのは難しくないが、メンドーザを逃がさず制圧するとなると相応に厳しくなってくる。

ケンが正座して話を聞いているにも関わらず、ミシカが船をこぎ始めているのを見て、私は少し呆れたが。

咳払いして、話を進めた。

「怪しまれずにメンドーザに近づく手は」

「……私をリッチーさんの所に連れていってくれますか。 少し心当たりがあります」

「良いだろう」

どのみち、今回は持久戦では無いし、急ぐことも焦ることもない。

確実な作戦を。

確実に実施すれば良い。

そのまま、フロレンスをリッチーの所に連れていく。

リッチーの所はまたもめていた。

幹部同士にまとまりがなく、意見の統一が出来ていない。

これでは、チンピラに毛が生えた程度のメンドーザが、好き勝手出来る訳だ。リッチーは私が来ると、何だかつかれきった目を向けてきた。

相応の伊達男なのだが。

何だか情けない。

「何だ、また来たのか」

「フロレンスが用があるそうだ」

「……久しぶりだな」

「ええ、久しぶりです」

無口なフロレンスは殆ど必要な事しか喋らない。必要な時は必要な分だけ喋る。リッチーも、あまり声は聞いたことが無いようで、少し驚いていた。

ちなみにフロレンスはどちらかと言えば清楚な容姿だが。

声は極めてハスキーである。

「ハヌケ同盟のキンバさんとギンバさんに会いたいのですが」

「あの爺さん達はもうやる気を無くしているが」

「キンバさんはでしょう。 ギンバさんは」

「……本人に聞けよ」

そういって、面倒くさそうに、リッチーは居場所を言う。

それによると、ハヌケ同盟は居場所を転々としているそうだが。今はヌッカの酒場の近くの地下に潜伏しているらしい。

フロレンスは後は無言。

それだけで分かったらしく、黙々と歩く。

地下空間の横穴があり、其処へ入っていく様子は、完全になれている。

カレンもそうだが。

フロレンスも或いは、

昔はメンドーザに対抗しようと、考えた時期があったのかも知れない。

ただハンターとして活動しようとした以上、この街よりも外が魅力的に思えたのだろうか。

いずれにしても、私は後ろからついていく。

「見当がついているようだな」

「以前ギンバさんは会った事があります。 キンバさんが居場所を把握しているはずですが、用心深いので、色々と会うには手続きがいります」

ハヌケ同盟の二人のことは知っている。

ただ、私も前に話を少しだけしかしていない。キンバの方だけに、である。

どちらもこの街が陥落するまでメンドーザに抵抗していて、人狩りに連れて行かれるところを脱出。

その後は、レジスタンス活動をしていると言う事だが。

あのリッチーがやる気を無くしているというのであれば。

もう本当に、地下に潜って追跡をかわすことしか出来ていないのだろう。

情けない話だが。

しかしながら、バイアスグラップラーとの戦力差を考えると、仕方が無いのかも知れない。

狭い通路を通る。

フロレンスは多少汚くても、気にしていない様子だ。

複雑な経路を通り、そして小部屋に出た。

浮浪者同然の老人と。

それに銃を持った、それだけの男がいた。

レジスタンスと言うには、戦闘力も、経験も胆力も足りない。

それが一目で分かる。

「おや、以前にあったかね」

「レナだ。 ハヌケ同盟のキンバ老」

「おお、そうだったな」

会ったと言ってもちょっと顔見せをしたくらいである。

リッチーとは連絡を取り合ったりしていたし。その過程で、どうしても顔を合わせる機会はあった。

やる気はあるが無能なリッチーと違って。

この老人は、実際に最後までメンドーザとバイアスグラップラーに抵抗を続け。人間狩りに連れて行かれる所からも脱走し。そして今も潜み続けている。

つまり有能だがやる気はない。

フロレンスが、顎をしゃくる。

見知った仲なのか。

「……メンドーザと決着を付ける時が来たか」

「ええ」

「これをもっていけ。 今、ギンバは街の外れの下水にいる。 モンスターが出るから気を付けるといい」

「分かりました」

金貨を受け取る。

そのまま私は、言われたまま、フロレンスについていく。

街の外れと行っても、人間が住んでいない地域だ。

近くには崩れかけた建物がある。

誰も住んでいないので、中を覗いてみたら。

ゾンビが蠢いていたので閉口した。

感染しないとは言え、この世界では死体がゾンビ化する事があり、人間を襲う。しかもゾンビ化しても身体能力は落ちない。

サーフィンをしたり、銃を撃ったり、バイクに乗ったり。

ものによっては、喋るものまでいるという。

人間を襲うのも殺すだけ。

殺した後は、そのまま放置していくという。

ゾンビ化する場合は、条件が未だに良く分かっていないらしく。

噛まれてもゾンビになる訳でも無く。

死体が必ずゾンビになる訳でも無い。

とにかく、この建物の住民は。

条件が運悪く揃ってしまった、という事だろう。

火炎放射器を持ってきていたので、全て焼き払う。

ゾンビになっても蠢いていた人々は、綺麗さっぱりいなくなった。遺品については整理して、埋葬しておく。

人間が住んでいない地域で、モンスターもいるのだ。当然モンスターの中にはゾンビもカウントされる。

だから、建物が盛大に燃えていても。

誰も見に来ようとはしなかった。

下水は、この近くだ。

ギンバ老はまだ顔を合わせたことがない。色々な経緯の末に、キンバ老とは顔合わせくらいはしたのだが。ギンバ老は用心深いからだ。

地下に潜ると。

こっちの下水は、かなり遠くまで続いているようで。

巨大な鼠や蚊が、蠢いているのが分かった。

火炎放射器を使うと酸欠になってしまうので、剣や対物ライフルで対処する。死んだモンスターは、すぐに他のモンスターのエサに早変わり。

だから換金できる素材だけを取る。

繁殖に役立たないように地上に持ち出して、其処で換金できそうな素材を切り分け、残りは焼いた。

しばらく私とフロレンスで黙々と掃討作戦を続ける。

フロレンスも自主練習をしていたのか、護身用のアサルトライフルで、私の背中を守るくらいはしてくれた。

それで充分だ。

しばしして、目につくところにモンスターがいなくなったところで、言われたとおりの手順で奥に進む。

最深部に、小さな小部屋があり。

そこそこに腕が立ちそうな若者が、壁に背中を預けて立っていた。

「騒がしいと思ったら、あんたら誰だ」

「これを」

「……此方だ」

言われたまま、部屋に入る。

其処には、キンバ老とそっくりな。髪伸ばし放題、襤褸を纏った老人がいた。

ハヌケ同盟のギンバ。

何でも昔は牢やぶりの達人として知られていたらしく。

それで人狩りにあった際も、コンテナを破って脱走できたそうである。

キンバと違って、眼光は鋭いが。

やはり、もう戦う意欲は無くしているようだった。

だが。

フロレンスが提案する。

「メンドーザを確実に殺すために、来て貰えませんか」

「詳しく」

「貴方を捕まえたといって、メンドーザの所に連れていきます。 その前に、レナさん、メンドーザの所に顔を見せに行ってくれますか」

「……良いだろう」

大体策は読めた。

フロレンスも、えげつないことを考えるものだ。

 

1、小悪党の末路

 

メンドーザは、元々チンピラだったし、今も結局チンピラに毛が生えた程度の存在である事に代わりは無い。

バイアスグラップラーが、そもそもそういう組織なのだ。

構成員の殆どが、チンピラやゴロツキ。

生きるために組織に入り。

暴虐の限りを尽くせるから組織で過ごしている。

上司は恐ろしいが。

それ以外は全てがカモ。

人間狩りの際には、獲物以外には何をしても良い。

子供を強姦するような奴もいる。

老人から明日を生きるための金品や食糧を奪う奴もいる。

それがバイアスグラップラーだ。

メンドーザも同じ。

エルニニョを制圧するまでは、ただのチンピラだった。

バイアスグラップラーに、この街の情報を売り渡し。

信託統治の権利を勝ち取り。

それからは、街の住民をバイアスグラップラーに売り渡しては、自身だけの安全と、栄華を獲得。

女も侍らせ放題。

ライバルになりそうな奴は全て消し。

この街の全てを手に入れ。

この世の春を謳歌していた。

だが、それが故に。

スカンクスが死んだことで、自分の足下がぐらついていることには、気付いているようだった。

以上の情報については、私が聞いたとおりだ。

私は、堂々とメンドーザの本拠に足を運ぶ。

其処でバイアスグラップラーの歩哨に呼び止められたが、仕事を探しているハンターだと言って、ハンターズオフィスの紹介状を見せる。

この間スカンクスを討伐したし。

何よりも、ハンターズオフィスは此処では肩身が狭い。

喜んで紹介状を書いてくれた。

しばし話あっていたバイアスグラップラーの歩哨は、やがて中に入って、上役を呼びに行く。

現れたのは。

女戦士だった。

筋骨たくましく、眼光も鋭い。

そこそこに出来るだろう。

ハンターだな。

私は即座に判断していた。多分役割はミシカと同じソルジャーだろう。

「あんたかい、流れのハンターってのは」

「ああ」

「フードを取りな」

言われたまま、フードを取って見せる。

ピンク色の髪を、ツインテールに結っている、子供っぽい容姿。マリアに連れられている頃は、この容姿が原因で、周囲のハンターに随分馬鹿にされた。

今はフードを被って容姿を隠しているが。

ただ、隠せていないものもある。

目だ。

こればかりは、今更どうしようもない。

相手はエマと名乗ると、紹介状を見る。

しばし此方を見ていたエマは、メンドーザの所に案内してくれた。なお、見た感じ、此奴が以前此処を探ったときに感じた、一番強い気配だろう。

ハンターのくせに、バイアスグラップラーに荷担しているとはと思ったが。

しかしどうも雰囲気が妙だ。

歩きながら、内部を見て回る。

なるほどなるほど。

隠された銃座が幾つかある。

途中には何カ所かバリケードがあるが。

それも動かせるようになっているようだった。

全て記憶しておく。

まあ場合によっては爆弾で吹っ飛ばすが。

奥に入ると。

広い椅子に、ふんぞり返っている太った男。

これがメンドーザか。

鯰髭を蓄え、高級そうなスーツを着込んでいるが。三下の匂いがまったく抜けていない。むしろスーツが滑稽なだけだ。

「その剣よこしな」

「いいだろう」

剣を渡して、メンドーザの前に出る。

なお、広い椅子の左右には、この街にも残り少ないだろう美しい女を二人侍らせているメンドーザ。

こういう世界だ。

誰もが、生き残るためには何でもする。

この女達も、時の権力者にすり寄って、人間狩りを免れてきたのだろう。

「お前が流れのハンターか」

「仕事を探して此処にきました」

「そうかそうか。 わしはハンターだろうが何だろうが、仕事ができる奴にはきちんと金を払う。 丁度今、五月蠅いドブネズミが街を荒らしていてな。 それを捕らえてきて欲しい」

「ドブネズミ?」

ハヌケ同盟だと、メンドーザは言った。

失笑したくなる。

どうやらリッチーは、此奴にも歯牙にも掛けられていないようだった。

むしろハヌケ同盟の方が警戒されている様子である。

フロレンスの読み通りだ。

「ハヌケ同盟の連中は、最近は大人しいが、昔はわしの腕利きの部下を何人も殺し、屋敷に忍び込んでは暗殺を何度も試みてきた。 何でも、北の方でスカンクス様が殺されたとかで、奴らが活発に動く可能性がある。 仕事をするというのなら、奴らを捕らえてきて欲しい」

「報酬は」

「500G」

これはまた、随分と絞ったものだ。

だが、私は二つ返事で話を受ける。

エマから剣を受け取ると、そのまま外に。そして、フードを被り直した。

多分アレは気付いている。

エマは兎も角、メンドーザもだ。

私がスカンクスを殺したハンターだと言う事に、である。

そしてメンドーザは。

恐らく抵抗勢力と私を一網打尽にして、バイアスグラップラーに差し出して、手柄を独占しよう、というのだろう。

黙々淡々と歩く。

そして、町外れに出ると、皆と合流した。

攻撃の手順について確認。

隠されていた銃座については、私が位置を指定。攻撃の順番に加える。

更にリッチー達にも、攻撃のタイミングに伝えに行った後。

町外れの小汚い住居を一つ。

住民から買い取った。

住居と言っても、下水道の上にある粗末なテントで。寝ている間に下水道から出てきたモンスターに襲われても不思議では無い恐ろしい場所だ。

その中に入ると。

手近にいたモンスターを皆殺しにして、返り血を浴びておく。

汚いがコレは仕方が無い。

そして、爆薬を仕掛けて、爆破。

家が派手に消し飛んだ。

その後、合流したギンバを縛り上げる。

いわゆる本縄で、である。

本縄というのは縄の種類では無く、後ろ手に縛るやり方の一つで。関節も極めてしまうので、これをされると伝説にあるニンジャだろうが抜ける事は出来ない。関節を外して抜けるとか、そういう事をしても無駄だ。

爆発は、メンドーザの所からも見えたはず。

私は、数本の大鼠の尻尾と。

ギンバの縄を引きながら、メンドーザのアジトに戻る。

返り血を派手に浴びている私を見て、バイアスグラップラーの歩哨達は青ざめたが。尻尾を放り投げて、私が言う。

「ほら、モンスターの尻尾だ。 駄賃代わりにくれてやる。 此奴を捕まえる際に、邪魔をしたからブッ殺した。 ハンターズオフィスに持っていけば酒一杯の飲み代くらいにはなるぞ」

「あ、ああ、そうか」

「さっさと通せ」

「……」

道を空けるバイアスグラップラーども。

此奴ら、話を聞かされているな。

まあいい。

どっちにしても、此奴らの命は今日までだ。

バイアスグラップラーは皆殺し。

それに変わりは無い。

そのまま、エマが出てきたので、連れてきたギンバを見せる。縄で引かれると、ギンバが苦しそうに声を上げた。

ちなみに仕事を受けてから敢えて四日空けている。

この時間も。

わざとらしい小細工のためだ。

「随分と仕事が早いね」

「其処の奴らが無能なんだろう。 こっちは金が欲しいだけでね。 人間の命なんてどうでもいい」

「……そうかい」

「ああ、そうだ」

バイアスグラップラーのに限定するが、と内心で付け加えるが。

それだけだ。

そのまま、メンドーザの所に案内される。

そして、メンドーザの部屋に入ると。

予想通りの展開になる。

女達はいない。

代わりに、武装したバイアスグラップラーの兵士達が、二十人ばかり。此方にアサルトライフルを向けていた。

「ハ、その程度の策略、見抜けていないとでも思ったか。 それに、ハンターなんぞに金を払うのは惜しいんでね! たった500Gぽっちでもだ!」

メンドーザが勝ち誇る。

バカか。

ちなみにエマは、冷めた目で見ている。

椅子にふんぞり返ったままのメンドーザ。

さて、頃合いだ。

私は口に仕込んでいた、スイッチを噛む。

攻撃開始の合図が、ウルフに伝わる。

ドカンと。

凄まじい爆音が轟いたのは、その瞬間だった。

全員が、一瞬意識をそらした。

その隙に私は、剣を抜き。

メンドーザとの距離をゼロにしていた。

一閃。

頸動脈を切断。

更に、バイアスグラップラーの兵士に、ジグザグに走って間を詰め、次々に斬り伏せる。エマがどう出るかが不安だったが、なんと彼女もバイアスグラップラーの兵士を大型拳銃で次々に撃ち倒していた。

やはり狙いがあってメンドーザに接近していたか。

まあいい。

乱戦になると、アサルトライフルより剣の方が有利だ。

ましてや、このビルそのものが揺れ始めるとなると、なおさらである。

数発、弾は貰ったが。

いずれもプロテクターが止めている。

ただ、一発はこめかみ近くを掠めていて。

血がしぶいていた。

最後に残った一人が、腰を抜かして、命乞いを始めるが。

そのまま無言で首を刎ねる。

うめき声。

おっと、メンドーザの奴。太りすぎて頸動脈を斬りきれていなかったか。首を押さえて、必死にもがいて逃げようとしている。

私は歩いて、その側に行くと。

瀕死の豚野郎は。

涙ながらに懇願を始めた。

「ま、まて、許してくれ! 金なら5000Gだす!」

「スカンクスの賞金で懐は潤っているんでな。 そんなはした金では心は動かん」

「! やっぱり、お前が……」

「そもそも、私の話は聞いているはずだ。 バイアスグラップラーは皆殺しにする、とな」

振り返りもせず、そのまま持ち込んでいた拳銃を一発。

タンスの中に隠れていた敵兵を打ち抜く。

グラップラーの兵士が、呻きながら、タンスから転がり落ちてきた。もう一発でとどめ。更に、ビルの中に、ウルフが突っ込んだらしく。

阿鼻叫喚が此処まで聞こえてきた。

鼻水を流しながら、メンドーザが懇願を続ける。

そのあまりにも不愉快な自己弁護は。

私を苛立たせるに充分だった。

「腑抜け同盟やらハヌケ団やら、あ、あんな奴らが街を牛耳っても、結果は同じだ! またバイアスグラップラーが攻めてきて、大勢殺されるだけだぞ! スカンクスの代わりなんて幾らでもいる! お前はバイアスグラップラーの恐ろしさを知らないんだ! わしは、最小限の犠牲で、この街を守っていたんだぞ!」

「知っているさ。 テッドブロイラーを間近で見たんだからな」

「!」

「だから私は手段など選ばん。 それに街を守っていただと? 私物化していたくせに、良く囀る。 そろそろお前の寝言には飽いた。 忌ね」

今度は、完全に。

太った首を切りおとす。

首がどんと地面に落ちると、大量の鮮血が、床を染めていった。

エマは、ふうと嘆息すると。ギンバの縄を解き始めた。

「あいたたた、本当に容赦なく縛りおって」

「少なくとも入り口で止められるわけにはいかなかったからな」

「結果は見えていたんだし、もう少し手心というものをだな」

「それよりも、だ。 制圧が終わったようだ」

ドアが開いて、カレンが姿を見せる。

彼女もまた、血まみれだった。

この建物から。

バイアスグラップラーは一掃された。

そしてエルニニョからも。

 

血だらけになったメンドーザの部屋を綺麗にしている腑抜け団の連中。ヒヌケ団だか何だか名乗っているくせに。清掃業の方が得意なのではあるまいか。

街の民から吸い上げた金で作り上げた豪華な部屋。

換金して少しでも街に戻せばいいものを。

一切それをやろうとしない。

リッチーは、メンドーザが座っていた椅子に腰掛けて、ご満悦。

なお、メンドーザの首は、外にしばらく晒すつもりらしい。

街の住民も、それで多少は溜飲が下がるかも知れない。

メンドーザの命令で隠れていたらしい女達は、早速掌を返し。

リッチー達に取り入ろうとしているようだった。

リッチーは分かり易い性格で。

あっと言う間に籠絡され。

この女達の浪費で、相当に街の住民が搾り取られていたことも忘れて、桃源郷で鼻を伸ばしきっていた。

部屋に入ってきたアクセルが呆れる。

「なあ、レナ」

「何だ」

「これ、バイアスグラップラーが支配していたときと、変わってなくね?」

「そうだな」

わかりきっていた事だ。

そもそもレジスタンスが少しでもまともなら、メンドーザ程度の小物、私が出るまでも無く倒されていただろう。

スカンクスが死んだ時点で。

この街が奪回されていたはずだ。

それと、一つだけ良い事がある。

「ただ、人間狩りはこれでもう行われない」

「それは、そうだな……」

「それに、何よりマドが安全圏になった」

「? ああ、それもそうか」

アクセルは何となく察したのだろう。

私はマドの街には恩義を感じている。それだけで、此処を落とす理由としては充分だった。

リッチーの部下達は。

鼻を伸ばしきっているリッチーに、いい顔をしていない。

一人が。

今までも一番好戦的な言動をしていた男が。

食ってかかっている。

「おい、リッチー! 聞いているのか! 街の住民をこれからバイアスグラップラーの攻撃に備えて訓練するべきだ! レナさんはいつもいてくれるわけじゃないんだぞ!」

「あらあ。 リッチーさん、怖い」

「大丈夫、スカンクスも死んだし、しばらくは奴らも来ないさ」

「東の山脈を越えてすぐに奴らの本拠があるって噂もあるんだぞ!」

そういえば、そんな話も聞いたことがある。

だが、東の山脈と言えば、高濃度の酸が常に降り注ぐ魔境で。しかもクルマで越えるのは不可能だ。現在のクルマは基本的に悪路踏破性が重視されるが、それでも無理、と呼べるレベルの峻険さなのである。

そんなところを生身で渡るのは無謀すぎる。

ましてやまとまった人数が行動するのなどは不可能だ。

テッドブロイラーのような化け物が単独で移動したり、環境適応しているモンスターが渡るのは出来るだろうが。

人間には其処までの事は出来ない。

バイアスグラップラーでさえ、ハトバなどの沿岸を利用して、海路で軍を送り込んできているくらいなのだ。

ただし、個人的には。

好戦的な男の意見には賛成だ。

「リッチー」

女達が、ぴたりと黙る。

私の冷えた声には、それだけの迫力があった、という事だ。

実際、私を見る目には、恐怖が宿っていた。

私がこの部屋で待ち伏せていた二十人以上を、瞬く間に皆殺しにしたのを、何処かで見ていたのかも知れない。

「な、何だよ、レナ」

「私にとってバイアスグラップラーは敵だ。 それ以上にカタキだ。 だから見かけ次第一人残らず殺す。 拷問だってするし、情報を引き出すためにはどんな汚い手でも使うだろう」

「あ、ああ」

「だが、私の手はそう遠くまで伸びない。 私はこれから、バイアスグラップラーを潰すべく、デルタリオ、更に先まで出向くつもりだ。 私がいない間、奴らが攻めてきたとき、自衛できるくらいの戦力は整えておけ。 もしもメンドーザの後釜を気取るなら、最低でもそれだけはしろ。 それがお前の義務だ。 義務を果たせないならならハヌケ同盟に地位を譲れ」

メンドーザが蓄えていた金がある。

それにバイアスグラップラーが落としていった武器類。

銃座は私が攻撃時に全部潰したが。

トレーダーから新しく買えば良い。それで、装備は調えられるはずだ。私が今まで渡した武器も、役立てるべき。

兵士の訓練もするべきだろう。

リッチーは青ざめている。

私はいつでもいるわけではない。

それに、奴らはいつ攻めてくるかわからない。

それを今更ながらに、思い出したのか。

情けない話だ。

アクセルの言うとおり。

この街は、何も変わっていないのかも知れない。

血だらけのビルの階段を降りる。

彼方此方に、カレンやポチ、ミシカが殺したバイアスグラップラー兵の血痕が残っている。

なお、奴らに紛れて、何人かリッチーの身内がスパイとして潜り込んでいたようだが。

話をつけるのがわずかに早く。

全員が、難を逃れるのに成功したようだった。

スパイとして入り込んでいたリッチーの兄に至っては、バイスグラップラーの車庫を制圧することに成功。何機かのクルマが、無傷で手に入った。

だがこのクルマには、手をつけるわけにはいかないだろう。

この街を守るために重要な物資だ。この規模の街はモンスターに定期的に襲われる。Cユニットで補佐されたクルマが、自衛戦力としてはどうしても必要になってくるのである。今の時代は、バイアスグラップラーだけが人類の敵ではない。むしろノアの方が、総合的に見れば恐ろしい。

ただ、バイクが一機。

そこそこに良さそうな戦闘用のがある。

これだけは貰っていくことにする。

また戦車未満だが。

私が使うことにする。

ウルフはアクセルに任せる。

私は基本的に、外で敵を直接殺す方が、性にあっている。

ビルの片付けも終える。

金目のものはあらかた換金し、街の方に還元するといいとリッチーに勧めたが、聞くかどうか。

いずれにしても、ある程度は実施させる。

出来ないようなら今度はリッチーを私が潰さなければならないだろう。

エマはどうやら、メンドーザが抑えていた家宝を取り戻すために部下になっていたらしく、家宝だという黄金の何だかよく分からない箱を受け取ると、さっさと街を出て行った。リッチーが、引き続き用心棒になってくれと頼んでいたが。

エマは鼻を鳴らすだけだった。

それはそうだろう。

メンドーザと同レベルの相手だと、即座に見抜いたのだろうから。

外で皆と合流。

エルニニョの彼方此方からは火の手が上がっていたが。元々住宅密度などほとんど無いに等しい。

既に鎮火に向かっていた。

一応、フロレンスやケンは消火活動を手伝っているので、此方でも手伝うことにする。

フロレンスは、消火活動が一段落すると、此方を見た。

「結果はどうでしたか」

「聞くまでもなかろうよ」

「そうでしょうね」

「結果を読んでいたな」

フロレンスは頷く。そして、以降はまたいつもの黙りに戻った。

いずれにしても、これで完全にマドの街は安全圏になった。「海」の西側からは、バイアスグラップラーの拠点が消えたことになる。

ハトバには相応の影響力があるようだが、それでも強力な兵を駐屯させているわけではないし。

何よりスカンクスが死んだことで、一気にアズサが戦力を盛り返し、目を光らせている。簡単に敵の浸透を許しはしないだろう。

これからは、たまにエルニニョを見に来て。

もしも不穏なようなら。

いっそアズサに制圧して貰う事にする。

あのリッチーは、本当に情けない奴だ。

正直な話、人間狩りをして、バイアスグラップラーに荷担さえしていなければ、メンドーザの方がマシだったのでは無いかと思えるほどに。

消火も終わり、合流すると。アクセルが聞いてくる。

「それで、これからどうする」

「以前話したとおり、後顧の憂いを断つべく、千手沙華を倒す。 その後はデルタリオに向かう」

デルタリオ。

海の北側にある大都市。規模はエルニニョにも劣らない。特徴としては、半海上都市だということだ。

基本的に金持ちは陸に住み。

貧乏人は船の上に住んでいる。

いわゆるボートピープルと言う奴で。

昔は、この地域には殆ど存在しなかった人種らしい。

当然、海には強力なモンスターが生息している。ボートピープルは常にモンスターの脅威にさらされていて。

非常に致死率も高いそうだ。

勿論小物のモンスターも襲ってくるが。

今、海には、活動的な賞金首が二体も確認されている。

此奴らを潰せば、デルタリオでかなりの影響力を確保できる可能性がある。いずれにしても、行動範囲を拡げて行くには丁度良い場所だ。

更に、デルタリオ近辺には、かなり手強い賞金首モンスターも出現すると聞いている。これも潰しておけば、今後の活動資金にもなるだろう。

「いずれにしても、まずは千手沙華だ。 スカンクスを倒したこのメンバーならやれると思うが、何しろ敵は地の利を得ている。 気を付けろ」

「千手沙華は移動しないと聞いているけど、放っておけばいいんじゃないのか」

ミシカが珍しく発言したが。

カレンがしらけた様子で即座にその発言を否定。

「移動しないというのは、現時点の話。 ノアの作り出したモンスターが、人間の都合の良いように動いてくれると思うかい?」

「あ……そういえばそうか。 あんなデカイのが街を襲ったら、人がどれだけ死ぬか分からないな」

「百人近く死傷者を出していたアダムアントでさえ、賞金額は4桁だった。 5桁の賞金額評価をされている千手沙華は油断ならないぞ。 勿論、街に侵攻してきた場合、相当な犠牲が出る」

倒しておけば。

それだけ危険が減る。

ただでさえ、ハトバ西の森は危険すぎる場所なのだ。

少しでも危険を減らしておかないと。今後、人間の活動範囲を狭めるだけの結果に終わるだろう。

とりあえず、話が一段落した後。

私は咳払いした。

「今後の方針としては、人員とクルマを更に増やしたい」

「バイアスグラップラーとやりあうとなると、戦力は幾らあってもたりないねえ」

「その通りだ。 特に主力となる重戦車は最低四機は欲しい」

いずれにしても、この戦力だけでは、スカンクスに勝つのがやっとだった。

今後の道は、厳しい。

 

2、牙を剥く酸の森の主

 

アダムアントがいなくなっても、ハトバ西の森は魔境のままだった。コートを着込んだまま、先頭をカレンが。最後尾をポチが固めて。私とミシカが真ん中を歩く。他のメンバーは留守番だ。

千手沙華との戦闘では、当然乱入してくる雑魚が見込まれる。

敵地なのだ。

何が出てきてもおかしくない。

アクセル達はクルマの見張り。

ケンも森に着くまでは戦闘に出て貰ったが、クルマで留守番だ。前線に出そうとは思っているが。

いきなり賞金首を相手にさせようとまでは考えていない。

私は対物ライフルとマリアの剣。それにハンドキャノンと拳銃。

ミシカは暴徒鎮圧用のグレネードと、大型ライフル。

徒手空拳なのはカレンだけ。

ポチはポチで、野戦砲を積んでいるのだけれども。それはそれとして、コートも着せている。

足下も保護させたいのだけれど。

この時代のイヌは強靱だ。

そこまで気にしなくても良いだろう。

噂によると、最強クラスのハンターが連れている戦闘犬になると、銃弾くらいは生身で受けても余裕だと聞くが。

そもそもイヌは極めて俊敏な猛獣だ。

今の時代に生き残っているイヌはどれも軍用犬の子孫で。

其処から考えても、モンスターと渡り合う事も出来る。

ハンドサインは決めている。

森に入ってから、全員が気を張り詰めているが。

それは、どうも様子が妙だからだ。

相変わらず降りしきる酸の雨。

だが、モンスターがいないのである。

誰かが根こそぎ退治していったのなら、ハトバのハンターズオフィスでそういう話が出るはずだが。

スカンクスを殺した私にも。

ハトバのハンターズオフィス職員は、そんな話をしなかった。

つまり、何かが。

現在進行形で起きている、ということだ。

死体さえない。マーキング跡も見当たらない。

ハンドサインをして、周囲を念入りに確認。

千手沙華の所に辿り着くまで、もう少しだ。

何が起きても不思議では無い。

もっと強い賞金首がいる可能性もある。

ハンターが賞金首を狩り続けても。強力なモンスターは際限なく現れると言うのが現実だ。

ノアはそれだけ熱心に。

人類を滅ぼそうとしているのである。

正直な話、勤勉すぎるくらいだ。

ノアの作り出したモンスター同士が殺し合いをするというのはあまり聞かないが。それでもモンスターも何か食べて生きている訳で、食物連鎖は存在するのかもしれない。

そうなると、何かヤバイ奴が現れた可能性もある。

調査は、必要だ。

そろそろ、千手沙華が見えるはず。

木陰に隠れ。

茂みを利用しながら、姿を隠して近寄る。

そして、酸の雨でも平気で茂っている木を利用して、覗き込むと。

其処にはビルのような巨体があった。

千手沙華。

名前の理由は、上半分に無数の手のような構造物が見えるから。

植物なのはほぼ間違いないのだけれど。

体の下部に巨大な口がある。

本体がビルのような巨大さなのである。口も牙だらけで、相応の凄まじい大きさだ。

あんなものにかみ砕かれたら、ひとたまりもない。

クルマを持ち込めれば、まだマシになるのだけれど。正直な所、今いるクルマを持ち込んでも、勝てるかどうか。

サイズが危険すぎる。

それに、である。

体から伸ばしている無数の触手が、森中に伸びている。

それの一つが収縮してくる。

捕らえているのはモンスターか。

躊躇無く口に運び。

銃器がついているにも関わらず。平然とかみ砕く千手沙華。ばりんばりんと、凄まじい音が此処まで響いてくる。

更に、である。

カレンが指さす。

千手沙華の上部に、実らしきものが多数ついている。

要するに、繁殖するために獲物をたくさん狩っている、というわけだ。

その上、奴の下部。

根が非常にせり出している上に、うねうねと動いている。

やはり最悪の予想が的中した可能性が高い。

一旦距離を取ると、出来るだけ声を低くして話す。

「まずいな。 繁殖するためにエサを大量に取っている可能性が高い。 つまり放置すると、あいつがたくさん出現する事になる。 しかも森中のモンスターを食らっている上、それで満腹するとも限らん」

「冗談じゃない!」

「ミシカ、声を落として」

カレンがミシカをたしなめる。

ポチはじっと千手沙華の方を見ていた。あれはちょっとばかりまずい。それをポチも悟っているのだろう。

さて、どうするか。

安全策としては、アズサに救援を求めるというものがある。

今、スカンクスがいなくなって、アズサはかなり戦力的に余裕が出ているはずだ。接近戦を得意とするハンターもいるだろう。

しかしながら。

あれだけの食欲を発揮している千手沙華だ。

しかも、動ける可能性が高い。

下手をすると、もたついている内に満足できなくなって、ハトバなりアズサなりに侵攻を開始する可能性がある。

森から出てきたところをクルマで迎撃できれば良いが。

其処まで上手く行くかどうか。

何しろ、此処は酸の雨が降る森の最深部。

その森から、モンスターが消えたのだ。

つまり奴の触手は、森中に伸びる、という事である。

まずい。

これは少しばかり厄介だ。

「安全策をとっていると、間に合わなくなる可能性が高い。 この場で破壊するしかなさそうだ」

「正気!?」

「総力戦だ。 準備しろ」

スカンクスとの戦いの時より厳しくなるかも知れない。

一度戻る。

車に積んでいる武装を確認。

火炎放射器が必要になる。

雨の中だから多少火力は落ちるが、これはガソリンを噴射して着火するタイプのもので、多少の雨くらいはものともしない。

生物だったら、一瞬で焼き殺せる。

問題は相手が生物の常識が通用しない相手、だという事だ。

ただ、ガソリンの延焼能力は凄まじい。爆発と言っても良い火力をそのままたたき出すことが出来る。

ガソリンを噴霧して着火すれば、相手も無事では済まないだろう。

「私も後衛としてついていきます」

「危険だぞ」

フロレンスに釘を刺すが。

流石に今回はまずいと判断したのか、フロレンスは引かなかった。

カレンは頭を掻きながら、自衛用の武装を渡す。

後、全員が出来るだけの銃火器を持ち込む。

戦闘が行われると想定される場所近くに置き、其処から適宜補給しつつ戦う、というスタイルを取るのだ。

アクセルとケンはクルマの見張りで留守番。

問題は、である。

敵が気付いている可能性がある。

蜘蛛は巣の周辺に糸を張り巡らせて、それに何かが触れると瞬時に姿を見せ、狩りをする。

大型の蜘蛛の賞金首は何度か見たことがある。

流石に小さな蜘蛛ほどの俊敏さはないが、巨大な分狡猾さを身につけているケースがあり、マリアに何度も注意された。

相手を侮るな。

ノアが作り出したモンスターは、人間を殺すことだけを目的としている。

サイボーグ化している場合は、武器を体内に隠し持っているし。

賞金首クラスになると、元が昆虫や植物でも、知能を与えられているケースも珍しくない。

相手をデカイだけの虫だとか侮って、死んで行ったハンターは数知れない。

そうマリアが言っていたことを、私は告げておく。

フロレンスは頷く。

ミシカも、分かってはいるらしい。

カレンは沈黙していた。

アクセルが咳払い。

「森から出てくるのを待つわけにはいかないのか」

「森から奴が出てきたときには、触手がハトバの街に届く可能性が高い。 その場合、凄まじい被害が出るぞ」

「……!」

「勿論奴が森から出てきたときは、人間をエサとして認識して、襲うためと考えて良いだろうな。 ハンターズオフィスが対応したときには、もう手遅れになっている可能性が高い」

実際問題。

賞金首クラスのモンスターに潰された街など数も知れない。

実際問題、賞金額6桁クラスの賞金首になってくると、街レベルのジェノサイドをしているのが普通だ。

今はそういう世界。

だから、力あるものは、動かなければならない。

「時間もどれだけあるかわからない。 仕掛けるぞ」

スカンクスを倒して、メンドーザも倒して。

安全圏を確保できたと思っていたが、甘かった。

ただ、念のため、ハンターズオフィスには急報を入れてはおく。そのくらいの余裕はあるだろう。

アクセルがドッグシステムを使って、ハトバにひとっ走りしてくる間に。

此方はカレンに見張りについて貰い。

武装をピストン輸送する。

その間も、せっせと千手沙華は、食糧を口に運び。実はどんどん成熟しているようだった。

 

アクセルが戻ってきた。

ハンターズオフィスは仰天したらしい。というか、千手沙華がいる森を定点監視していなかったのか。賞金首が動いていたらどうするつもりだったのか。問いただしてやりたい。

まあ、ハンターズオフィスも忙しいし、そも資金を集めるのも大変なことは分かっているが。それでも賞金首クラスのモンスターについては、動向をしっかり監視していて欲しい。実際災害クラスの実力を持っている奴も多いのだから。

こういうときは、マリアがいてくれればと、本当に思う。

今は私は誰も頼れない。頼れる場所はあるが、それも時間がなくて無理だろう。

今回の件でも、それを思い知らされるが。

仕方が無い事だ。

修羅の道に踏み込んだ以上、どうにも出来ないのだから。

ハンターズオフィスは早速近場にいるハンターを集めると言っていたが、多分間に合わないだろう。

今アズサにいる腕利きは、スカンクスの残党狩りと、その拠点を抑える作業で大わらわである。

かといって、近場のハンターで、腕利きなどあまりいない。

いたら私が声を掛けている。

とにかく、増援は来てくれるという話なので、あまり期待はせず仕掛ける。もっとも、クルマを持ち込めない場所にいる賞金額五桁賞金首相手に、どれだけのハンターが戦いを挑む事を決意してくれるか、疑問が残るが。

「では、仕掛けてくる。 時間以内に戻ってこなかったら、アズサにすぐに増援の手配をしてくれ」

「分かった。 兎に角、命だけは落とすなよ」

「当たり前だ」

アクセルの声を背に、森にミシカとフロレンス、ポチと一緒に踏み込む。

千手沙華がそれを把握しているとしたら。

いつ仕掛けてきてもおかしくない。

ポチも理解しているのか、きちんと無音で歩く。

今は、周囲もそうだが。

何より、足下が怖い。

千手沙華は一度地面の下に触手を潜らせて、どうにかして獲物を捕らえていた。

このぬかるんだ地面だから可能なのだろう。

ましてやこの泥は酸を多分に含んでいる。

地面の下に引きずり込まれでもしたら。

どうなるか分からない。

カレンと合流。

チェーンソーがあるのを見て、私が眉をひそめる。フロレンスが、手を上げた。どうやら、此奴が買ってきていたらしい。

念のため、というわけか。

確認できるだけでも、敵は触手を三十本以上展開している。いずれもが、地面の下に潜って、獲物を探している様子だ。

実の方も、前より更に熟してきている。

火炎放射器を構え。

ミシカと私で焼く。

カレンとポチは防御。

フロレンスはいざという時のための支援、および撤退の見極め。

仕掛ける。

雨が、かなり強くなってきている中。

私とミシカは、茂みにふせたまま、ガソリンを噴射。大量のガソリンに指向性を持たせて、千手沙華にぶっかける。

千手沙華は、もぞもぞと動き始めていたが。

満遍なくガソリンをぶっかけたところで着火。

ガソリンの真価は。

凄まじい燃焼をする事もそうだが。

何より、即座に気化する、という事である。

つまり満遍なく敵にガソリンを浴びせた上で、火をつければどういうことになるか。一瞬で大爆発が起きる。

千手沙華も例外では無い。

雨なんてものの数でさえない。

今回は、何が起きるか分かりきっていたから、全員ヘッドギアをつけていたが。それでも、衝撃波が、森を薙ぎ払うかのようで。

三半規管が、一瞬でブッ飛ぶかと思った。

巨大な松明が、その場に出来ていた。

無数の手を持つ人型が、苦しんでいるように見える。

だが、そんな程度で終わるはずがない。

ばりばりと凄まじい音を立てて、敵が脱皮を始める。焼けた表面を捨てて、無事な内側を守ろうというのだ。

外側をパージできるとは。

更に、燃えながらも、触手がどんどん増えていく。

その無事な内側から。

触手を伸ばしている。

やはり見た目だけの戦力だけではなかった、という事である。

移動しながら、攻撃開始。

カレンはミシカと。ポチは私と。フロレンスは少し距離を取って支援。火炎放射器で、断続的に無事な敵に火力投射を行うが。

しかし敵も反撃を開始。

周囲に、実を撒きはじめる。

苦し紛れの行動であるはずがない。

爆裂する実。

繁殖のためのものだと思っていたが、どうやら自衛のための実もあるらしい。しかも任意に爆発させられるようだ。

まずい。

近づけない。

更に、触手がうなりを上げて、鞭のように迫ってくる。

カレンが触手を蹴り挙げ、更に瞬時にけり降ろすことでブチ切る。向こうでは、ポチが超反応で触手を野戦砲で撃ち抜いていたが、数が数だ。

捕まったら、まずい。

大炎上真っ最中の敵の口の中に、放り込まれる。

おぞましい雄叫びを上げながら、敵は表皮を剥落させていく。

植物とはとても思えない、赤黒い肉が見えてきた。

大量の目。

動物の、それも人間のものとしか思えない、剥き出しの眼球が、全身についている。そして腕のように見えていたものも。

腕そのものにしか見えなくなっていた。

爆発が連鎖する中。

私は必死に隙を見ながら火炎放射を浴びせているミシカを見て、炎はあれで充分と判断。

対物ライフルに切り替える。

目を一つずつ潰しながら、機動作戦を開始。

触手は、今のところポチが叩き落としてくれているが。

足下からいつ来てもおかしくない。

しかもぬかるんだ地面だ。

そして、その時は。

すぐに来た。

足下が隆起し、吹っ飛ばされる。

受け身を取って跳ね起きる私が見たのは、二抱えもある巨大な触手が、私を叩き潰そうと迫る姿。

間一髪ぶち抜き、動きを止めるが。

次の弾を込めている間に、大型の触手が、森中を揺るがすようにして、動き始めていた。

だが、その時。

ウルフとバギー。装甲車が動く。

もしも射程範囲内に触手が見えたら、Cユニットで支援して貰って、速射しろ。

ウルフにはアクセルが。装甲車にはケンが。

バギーは自動操縦だが、命令は伝達できる。

森の外縁部からの射撃で、少なくとも触手がダメージを受けている事に気付いたらしい千手沙華は、怒りの雄叫びを上げる。

向こうはクルマに保護されているのだ。

心配はしなくても良いだろう。

むしろ、雨霰のように、触手が襲いかかってきている此方が問題だ。

フロレンスが飛び出してきて。私と背中をあわせ、アサルトライフルで触手を迎撃に掛かるが。

とても手が足りない。

まずい。

ミシカは必死に火炎放射器を使っているが。

敵はどんどん外皮を剥落させ。

内側から、新しい無事な体を露出。

その分小さくはなっているが。

それでもまだまだ、圧倒的な威容を誇っている。

私は一点に集中して攻撃をしているが。

これは、此処までの動きをするからには、昆虫のような条件反射行動では無理だと判断。頭脳に当たる部分がある筈だと考えたからだ。

攻撃を其処へ届かせれば、倒せる。

そう見込んでの行動だ。

だが、地上部分に頭脳があるとも限らない。

大炎上を続ける巨体は、まだまだ元気に触手を振るい続け。

向こうで、ミシカが足を掴まれ、空中に放り出されるのが見えた。

カレンが手刀を一閃させ、触手を切り裂いたが。

今度は触手がカレンに集中していく。

自衛だけで精一杯だ。

敵にダメージをどれだけ与えているのかもよく分からない。がちん、がちんと凄い音がするのは。

大炎上しながらも、触手で引き寄せたら喰ってやると、千手沙華が此方を威嚇しているかのように。巨大すぎる口を開閉しているからだ。あんな口に放り込まれたら、即死である。

ミシカが、空中で大量の手榴弾を敵に叩き付け。

それが運良く、触手の根元に多数命中。ぶっ飛ばす。

だが、次々新しい触手が生えてくる上に、その行動のせいで、ミシカは受け身を取り損ねた。

私は対物ライフルを連射しながら、ミシカの方に走る。

ポチもついてくるが、超反応で横っ飛び。

地面を吹っ飛ばして現れた大型の触手が、ばくんと口をとじ合わせていた。

口がついている触手もあるのか。

即応した私の対物ライフルがその触手を吹き飛ばすが。

それはむしろ賑やかしだった。

横薙ぎに振るわれた触手が、私にクリーンヒット。

吹っ飛んだ私は、地面に叩き付けられ、泥まみれになりながらバウンド。更に木に叩き付けられ。

木はへし折れた。

木が倒れていく音を聞きながらも、対物ライフルを構え、ミシカを捕らえようとしていた触手を打ち抜く。

何とか受け身は取れていたが、今のは効いた。

立ち上がろうとするが、足が震えている。

フロレンスが来て、何かドリンク剤を渡し、走りながらアサルトライフルで効力射を続ける。

ドリンクを急いで開けて飲み干す。

どうやら活力剤か何かのようで。

一瞬で痛みが緩和された。

だが、こういうドーピングは、時間的に見てちょっとしか効果がない。しかも、戦いの後すぐにダメージが来る。

立ち上がると、真上から叩き付けられた触手を横っ飛びにかわしつつ、マリアの剣でぶった切り。

更に、何度目かのピンホールショットで、千手沙華に穴を穿つ。

どんどん深くなっていく穴。

そろそろ、頃合いか。

火炎放射器を持って、突撃。

触手が迎え撃ってくるが、回避に専念。

ポチが支援射撃をしてくれる。

それに任せる。

さっきのドリンク、興奮剤も含まれていたようで、全身が燃え上がるようだ。暗い笑いが漏れてくる。

ミシカが、視界の端で、またつり上げられ。放り上げられるのが見えた。

カレンが触手を蹴って跳躍。

口の方に放り上げられたミシカをキャッチすると、横殴りに叩き付けられた触手で、二人まとめて吹っ飛ばされるのが見えた。

だがそれでもミシカは意地を見せ。

暴徒鎮圧用多段グレネードをぶっ放す。

至近からの多段グレネードだ。

千手沙華の全身が爆裂。

何度も脱皮して、流石に脆くなっていた体が、何カ所かで大きく抉られ、千手沙華が苦痛の絶叫を上げる。

だがその分攻撃も熾烈になり。

体の上部からも触手が大量に生え、その先端は錐のように尖っていた。

あれを頭上から、降らせてくるつもりか。

フロレンスがミニガンを持ち込んでいた武器から取り出すと、もう機動射撃を諦め、その場で固定砲台になって撃つ。

新しく生えてきた触手の半分ほどを沈黙させるのに成功したが。

当然それは狙ってくれと言っているようなものだ。

極太の触手が、フロレンスを一薙ぎ。

避けることも出来ず、フロレンスは吹っ飛ばされ、木に叩き付けられて、そのまま動かなくなった。

だが、その犠牲が生きた。

私は至近距離で、敵に火炎放射器を構え。

対物ライフルで敵の深部まで穿った穴に向けて、一気にガソリン入りの火炎をぶっ放していたのである。

内部からの大炎上ならどうだ。

悲鳴を上げる千手沙華。

脳に当たる部分を貫通できなくても。

これなら、内側から炙り焼きだ。

更に大口にめがけても、火炎放射器を放つ。

口の中に大量のガソリンをぶち込まれ。

炎上したのだ。

無事で済む筈がない。

それでも、流石は賞金額五桁の賞金首。

まだ暴れに暴れる。

荒れ狂う。

爆発性の果実をまき散らし。

残った触手は動きこそ鈍れど、襲いかかってくる。

雨は、そんな死闘を嘲笑うように。

ずっと降り続けていた。

 

呼吸を整えながら、痛む全身を引きずって、見据える。

完全に燃え尽きた千手沙華。

触手ももう動かない。

フロレンスは片腕を押さえながら、カレン達の方にヒアリングをしに行っていた。ポチはというと、私の側で鼻を鳴らしている。

ポチも野獣らしい身のこなしで必死に戦っていたが。

あの状況、被弾は避けられなかった。

辺りはガソリンの匂いが凄まじい。

だが、燃え尽きた千手沙華は。

流石に死んだ。

炭化した死体を、チェーンソーで分解。斬り倒す。

崩していくと、どうやら胃袋に当たる部分に当たったらしい。内部から、炭になった骨のようなものがたくさん出てきた。

殆どはモンスターのものだが。

人間のものらしい骨も幾らか見つかる。

だが、どうにもならない。

黙祷することしかできない。

胃の内容物は、まとめて埋葬するしかない。

モンスターのエサになったのは気の毒だが。今更コレでは、もう分けて埋葬するわけにもいかないだろう。

「カレン、歩けるか」

「何とかね。 ミシカは」

「無理……」

「肩を貸すわ」

フロレンスが、完全に燃え尽きているミシカに肩を貸す。火炎放射器でずっと敵を焼き続けていたミシカは、強烈な熱をずっと浴び続けていたし、それでなおダメージも受けていた。

疲弊は一番酷いだろう。

先に二人は戻る。

私も実は結構体中痛いのだが、今はそうも言っていられない。

千手沙華を殺した証として、何か持ち帰れるものはないか。

そうして漁っている内に。

千手沙華の巨大な牙が、まだ燃え残っているのが見つかる。

幾つか集めるが、どれもこれも一抱えもあるものばかり。こんな巨大な牙で噛まれたら、即死確定だっただろう。

おぞましい相手だった。

更に、辺りには、成熟した実が幾つも落ちていたので、集めて、まとめて焼く。

これで繁殖は阻止できたはずだ。

更に、念のため、根も掘り返しておく。

まだ生の根がかなり奥深くまで残っていたので、それは全部焼いてしまう。

根から再生でもしたら、目も当てられないからだ。

ただ、幸いにもと言うべきか。

移動することを前提としていたから、だろう。

あまりにも深くには根はなく。

全ての根を、丁寧に焼き尽くすことが出来た。

植物はしぶとい。

根からだけでも再生する種類もある。

念のため、根の周囲の地面も掘り返し、それらも焼いておく。

これだけやれば充分だろう。

モンスターの姿が消えた森には、まだ酸の雨が降り注いでいる。

ポチを連れて、カレンが歩いて、敵の残骸を探し。

それで実や根の残骸を見つけたら焼く。

私とカレンは何度か休憩を入れながら、その作業を続けていたが。

「レナ、これを」

「……大きい葉だな」

先に剥落していたのか。

体を隠せるほど、巨大な葉が落ちているのを確認。

そのまま、引きずっていくことにする。

非常に頑強で、盾か何かにする事はできそうだった。

振り返る。

文字通り、遺伝子まで焼き尽くされた炭の山が其処にあった。

後でハンターズオフィスの人間に確認して貰わなければならないだろう。この葉っぱだけでは、確認は無理だろうから。

 

3、東へ

 

ハトバで、数日逗留して、傷を治す。

案の定私は、あのドリンクを飲んだ後、一気にぶり返しが来て、歩くことも出来なくなった。

しばし寝床で看病を受ける。

何だったのかと話を聞くと。

フロレンスは笑みを浮かべるだけだった。

本当に一体何を入れていたのか、あまり想像はしたくないが。

いずれにしても、アレでどうにか勝てたのも事実。

次はもう少し副作用を改良してくれと言うと。

無言で頷かれた。

以前、此処でビイハブ船長という人物の話を聞いたが。今彼は、ハトバからデルタリオに移動して、そこにいるという。

何でも大型の船を持っていると言うことで、それにはクルマを積み込めるそうだ。それも複数。

手に入れられると、海上での移動手段を確保できる。

Uーシャークをカタキとして付け狙っているという話だし。

敵討ちを手伝えば、或いは船が手に入るかも知れない。

今の時代、船もクルマ同様、兎に角頑丈で沈没しないことを前提に構築されている。現在海上にいる賞金首は、話がハンターズオフィスにも出回っていないグロウィンを含めて四体。

U−シャークはいずれにしても殺さなければならなかったのだし。

良い機会だ。

寝ている間に。

ミシカが、ハンターズオフィスから賞金を受け取ってくれていた。

「ハンターズオフィスの職員、喜んでたぜ。 この辺りが賞金首の脅威から解放されたのは久しぶりだってな。 これで海の賞金首もいなくなれば完璧だってよ」

「そうだな。 勿論退治はするが、その前にデルタリオに行く」

「デルタリオの辺りでも、バイアスグラップラーを掃除するのか?」

「それもあるが、まずはクルマが手に入るようなら手に入れたいし、何より海上の移動手段が欲しい」

賞金の幾らかを皆に分配する。

ちなみに、私自身のポケットにはほぼ入れない。

全員のことを考えて、クルマの強化や、新しいクルマや武器を購入できるようならその資金として扱っている。

それに、私は必要な分しか金には興味が無い。

敵を殺すための武装。

それに使えれば。

充分だ。

数日は自由行動とする。

ミシカは、遙か遠くに見える塔を見て、ぼんやりとしているようだった。彼処で殺され掛け。

そしてリベンジマッチに成功し。

スカンクスは死んだ。

それを今更ながらに思い出し。

自分が敵を殺して生き延びて。

故に手が血に塗れていることを、今更ながらに思い出したのだろうか。

この世界は過酷だ。

だが、話によると。

大破壊前の世界でも、人間は過酷な労働にさらされ、壊れる寸前まで働かされていたと聞く。

それならば、今の時代も。

昔の時代も。

結局は同じなのではないのだろうか。

ぼんやりと、寝て過ごす。

今の人間は体が強くなっているが。それでも、酸の雨の中、森のモンスターを食い尽くした千手沙華と戦ったダメージはすぐには回復しない。

その前にも、スカンクスと殺し合って、かなり危ないところまで追い込まれたし。

体に少しガタが来ている。

気合いを入れて眠ると。

少しだけ、楽になった。

数日間ゆっくりしてから、全員でハトバを出る。アズサには顔を出して、状況を説明し。それと、バイアスグラップラーの動きについて聞く。

そうすると、面白い事が分かってきた。

長老の所には、多くの戦士が集まっていて、幾つかの噂を聞かせてくれたが。

バイアスグラップラーは、少し前にノアの大軍勢と戦って、かなりの被害を出したらしい、というのである。

スカンクスが失陥した塔を取り返しに来る動きは今のところ無いそうだが。

それもいつまで続くかは分からない。

バイアスグラップラーは強大な軍事勢力だ。

兵力を立て直すのも早いだろう。

出来るだけ、今のうちに敵を叩いておきたい。

私はそれだけを長老に告げて、東に向かうことも説明した。

デルタリオについて、知っている事も聞いておく。

当然のことだが、スカンクスの塔が落ちたことで、かなりアズサの戦士達は行動範囲が広くなっている。

デルタリオについても、最新の情報が得られた。

丁度戻ってきていたベンが話をしてくれた。

「まず第一に、天道機甲神話という賞金首の目撃情報が頻発している」

「天道機甲神話? 名前からして神話コーポレーションと関係がありそうですが、どういう賞金首ですか」

「ノアの送り出してきた殺戮モンスターで、今までほぼ目撃例がなかったAFVだ。 ノアに乗っ取られた神話コーポレーションの兵器の中では非常に珍しく、殆ど出現例がないらしい。 多彩な攻撃手段を持っているらしく、デルタリオ近辺に現れては、トレーダーやハンターを無差別に攻撃しているそうだ。 危険性が急激に跳ね上がっていて、賞金額もそれに伴って30000Gに増額された」

「!」

AFVの賞金首は厄介だ。移動要塞級の戦車だったり、或いは強力な改造を施されたクルマだったりする。

その一方で、強力な武装を奪い取れる可能性もある。

30000Gというと、相当な人数を殺している、と見て良い。

なお、千手沙華は最終的に20000Gまで賞金額が上昇して、ハンターズオフィスでもその分の金額をくれた。

彼奴で20000Gとなると。

かなり覚悟をして挑まなければならないだろう。

「それと、デルタリオ北方のノボトケ周辺で、野バスが活性化している」

「野バス、ですか」

「クルマとしても使えるかも知れない」

野バス。

昔、インフラとして、自動運転でルートを移動するバスという大型のクルマが存在していた。

縦長で巨大で。

多くの人間を乗せることが出来たと言う。

現在でも、このバスは改造を施され、ハンターにクルマとして使われているケースがあるのだが。

野バスというのは、自動運転のシステムがノアの大破壊で暴走し。

あてもなく彷徨っているバスのことを指す。

「捕まえれば、戦力になるかも知れないな。 巨大な車体を持つから、改造次第では多くの武器を搭載したり、或いは一度に大量の人員を輸送できるかも知れない」

「分かりました。 検討してみます」

頭を下げると、アズサを出る。

今の時点では、海の西は安泰だ。

皮肉な話だが、千手沙華が片っ端からハトバ西の森のモンスターを食い尽くしてくれたおかげで、人間がある程度安全に動けるようになっている。

ただ、それもあまり広大な地域とは言えないのが事実で。

それにアズサが突出して大きな軍事力を持ちすぎているのも事実だろう。

今の時代。

ノアをまず倒さなければならない。

それなのに、人間はまとまろうとしていない。

バイアスグラップラーのような異常な組織ばかりが軍事力を持ち。

それぞれの街には、メンドーザのような弱者を虐げて自分だけが全てを独占するようなクズや。

リッチーのような無能ばかり。

人はノアとの戦いで疲弊しすぎたのだろうか。

車列を組んで、移動。

途中、スカンクスの塔を見る。

改修が開始されていて。アズサの戦士が何人か、此方に敬礼をしているのが見えた。クルマから上半身を出して返礼する。

さて、人員を増やすにしても。

どうすればいいのか。

手練れをもっと連れていかないと。

これからの戦いは、厳しくなる一方だろう。

 

塔の東にある橋を渡る。

途中、トレーダーキャンプで、まだ若い娘が誘拐された、という話を聞いた。今の時代、人間も当然のように商品として扱われる。奴隷同然にされるケースもあるし。場合によっては、そうやって有力者が貧困層の子供を集めて、バイアスグラップラーに納品し、保身に使ったりしているそうだ。

誘拐されたのは、ついさっきということで。すぐにポチに臭いを嗅がせて、追跡する。

イヌは古い匂いを追跡できないという欠点があるのだけれども。ポチは何とか、匂いを追跡出来たようだった。

あからさまな二人組がいて、大型バイクに大きな箱を載せている。

箱に、ポチが吠えると。

二人組は振り返った。

ひょろっと背が高いやせぎすの男と。

頭が弱そうな、太った背が低い男。

はて、見覚えがあるような。

ああ、思い出した。

ハンターズオフィスで賞金首になっている二人組だ。確かステピチとオトピチだったか。

けちな悪事を繰り返しているとかで。

最近賞金首認定されたらしい。

ただ、バイアスグラップラーとの関係が疑われているとかで。

ハンターズオフィスは、気を付けるようにと通達している。

それで覚えていたのだ。

何しろ二人とも、メキシカンスタイルとでもいうのか、ポンチョにソンブレロと、非常に目立つ格好だ。ステピチに至っては、ボレロまでしょっている。

「なんザンスかあんた達」

「お前達、賞金首のステピチ、オトピチだろう」

「それがなんザンスか」

「誘拐でもするつもりか?」

ポチは相変わらず低く伏せて唸っている。

既にウルフと装甲車、バギーで周囲を包囲。バイクに乗ったままの私とミシカ。徒歩のカレンも、出てきていた。

だが、この兄弟。

見た目より強い。

スカンクスと同じ気配。つまり、生物を止めている雰囲気がある。

手を軽く下げてみせる。

皆に油断するなとハンドサインを出したのだ。此奴ら、見た目と実力が恐らく一致していない。今仕掛けると、多分相当な死闘になる。勝てるかどうかも分からない。

「この箱、人間が入ってるんザンスか?」

「……?」

「さっき、襲いかかってきた悪党達からぶんどったんザンスよ。 高く売れるとか言ってたから、金目の物だとおもったんザンスけど、人間ザンスか」

「兄貴ー。 人間だったら、やめとこうよー。 俺、人間売るのいやだよー」

此方は武器さえ構えていないが、油断はしていない。戦闘は何時でも出来る状態だ。

ソンブレロを取って頭を掻くと、ステピチは軽々と大きな箱をバイクから降ろしてみせる。なお、サイドカーつきのバイクである。オトピチの体格に合わせてか、サイドカーはとても大きかった。

なお当然のように戦闘用バイクらしく、機銃とミサイルまで積んでいる大きなものだ。

あれを乗りこなすには、かなりの体力がいるだろう。

しかもステピチは、工具も使わず、木箱を開けてみせる。

ばりばりと凄い音がして。

やはり、中には縛り上げられた、誘拐された娘が入っている様子だった。

「参ったザンスね。 これはミー達の流儀じゃないザンス。 ミー達は華麗で邪悪な悪党ザンスよ。 権力者や外道を叩き潰すのがミー達の目指すところザンス。 こういうのは好みじゃないから、返してやるザンス」

「兄貴ー。 しばられて可哀想だよ。 ほどいてあげようよ」

「それは悪党のミー達がやる事ではないザンス。 此奴らにやらせるザンス。 で、あんた、名前は」

「レナだ」

鼻を鳴らすと、二人はそのまま去って行く。このまま仕掛けても良かったが、箱に入れられていた娘に危険が及んだ可能性が高い。そのまま見送った。

どうせ大した賞金は掛かっていない上に。あの二人、多分想像以上の実力者だ。

そして、その判断は間違っていなかった。

すぐ側の木陰。

破壊された戦車。

軽戦車では無く、重戦車だ。

死んでいる二人組。

確か、アズサのハンターズオフィスで見た。デルタリオ近辺で活動している悪党で、それなりに名前が知られている奴らである。賞金額としても8000Gが掛かっている賞金首だ。

どちらも重装備をしていたのに。

一方的に殺されたようだった。

この二人組、人身売買から麻薬の密売まで、あらゆる悪事を手がけているハンター崩れで、通称人食い。賞金首として手配されるに相応しい危険な実力者だったのだが。

つまりあの兄弟。

重戦車を持っている、賞金首クラスの悪党を。

バイクで一方的に叩き潰し殺した事になる。

戦っていたら、確実に誘拐された娘は巻き添えを食って殺されていただろう。どうもステピチもオトピチもあまり頭が良くなかったようだが。それでも、戦わない判断は正解だった。

フロレンスが降りてきて、箱から気を失っている娘を引きずり出し、拘束を解除。

診察して、頷く。

命に別状はないらしい。

この様子だと、此方で助けなくても、無事に家に帰れていたかも知れないが。

それでも、助かったのは良かった。

トレーダーキャンプに娘を届ける。

ただ、娘の方は、正直な所けろっとしていて。

むしろ「退屈な」トレーダー生活に嫌気が差している様子も見えたので。そのまま何処かに売り飛ばされるのも有りかも知れなかったとか、ぼそりと呟いて。両親を凍り付かせていた。

まあ、今の時代。

このくらい図太くなければ、生きていけないのも事実だ。

礼に、情報を受け取る。

やはり話に上がっていた天道機甲神話は、この辺りで大暴れしているらしく、特にトレーダーが相当数襲われているという。

詳しい話も聞くことが出来た。

「全体的に丸っこい姿で、凄まじい速度で一気に襲ってくるそうです。 人間の弱点を突くような装備ばかりをしているらしく、強烈な音波や催眠効果のある光を放ったり、或いは強烈な電気で戦車そのものにダメージを与えてくることもあるとか。 いずれにしても、今まで戦って生き延びたハンターは殆どいないとかで、賞金額は更に上がる可能性もある様子です」

「分かった。 詳細な情報有難う」

「いえ。 娘を助けていただき、感謝いたします」

ステピチとオトピチの事は言わない。

不安がらせるだけだろう。

ひょっとすると、だが。

あの二人がただのアホであったが故に、助かった人はたくさんいるのではあるまいか。

そのまま、海岸沿いにデルタリオに。

ハトバよりも近辺最大の都市イスラポルトに近いデルタリオには、良いエンジンや武装がある可能性が高い。

幸い、メンドーザの賞金も入って、懐は温かい。

これならば、新しい武装を手に入れて。

かなり戦力を強化出来るはずだ。

或いは新しい戦力や。

クルマを入手できるかも知れない。

デルタリオが見えてきた。

強固な柵で守られている都市だが、バイアスグラップラーがかなり入り込んでいる様子だ。

更に、海上には無数のボート。

貧民達が、モンスターにいつ喰われるかも分からない、恐怖の生活をしているのだろう。

どのボートも粗末な家をつけていて。

無人のボートも目立つようだった。

大きめの船もあるが。

そんな程度の船なんて、賞金首クラスのモンスターにして見れば、あっというまに食いちぎれる程度の存在に過ぎないだろう。

いずれにしても、検問が敷かれている様子は無い。

デルタリオに入る。

此処からは、更に厳しくなる。

私はスカンクスを殺した。

バイアスグラップラーも。

本気で対策に掛かってくるのは、間違いが無いところだった。

デルタリオに入ると、ハンターズオフィスに。死んでいた二人組の死体を納品する。賞金を出そうとするのを遮って、私は警告する。

「これは私が倒したんじゃない。 一方的に殺されていた」

「この二人の賞金額は8000Gですよ。 殺されていたとなると、天道機甲神話でしょうか?」

「いや、そのポスターにあるステピチとオトピチだ」

「そんなまさか」

笑い飛ばそうとするハンターズオフィスの職員だが。

私がスカンクスを殺したレナである事。ハトバ西の森のモンスターを食い尽くした千手沙華も倒している事。その二つが、冗談では無いと悟らせた。

「その金額、改めた方が良いな。 近くで見たが、相当な使い手だ。 賞金額は五桁にした方が良い。 下手なハンターが挑んだら、返り討ちにされるぞ。 殺されたその「人食い」達だって、ハンター崩れになる前は、名が知れたハンターだったんだろう。 重戦車をバイクで一方的に潰すような奴だ。 油断はできん」

「分かりました。 検討します」

頷く。

あの二人、今後何かしらの因縁が生まれるかも知れない。

戦う時には。

油断は一切出来ない。

そう私は思った。

 

4、極悪非道の兄弟

 

兄はステピチ。

弟はオトピチ。

通称ピチピチブラザーズ。

この過酷な世界に生まれ。

どんな手でも使わなければ生きてこられなかった、ごく当たり前の悪党である。

ただ、本人達に不幸だったというべきか、何なのか。

この二人は、悪党になりきれなかった所があった。

地元のスラムを飛び出してから、彼方此方を渡り歩き。

時々見つける行き倒れから金品を頂戴する。

だけれども、その時さえ。

死体はきちんと埋葬し。

本当に大事そうにしているものは、奪わないで一緒に墓に入れる。

街では、悪事をする余力も無く。

ステピチがボレロを弾いたり。

オトピチがジャグリングをして路銀を稼いで。

悪事など、出来なかった。

人も殺したことはあった。

だが。それはこの世界で生きていくためには仕方が無い事だった。

身を守るために。

襲ってくる凶賊とは戦わなければならない。

人肉を喰うような凶賊もいる。

戦わなければ、殺されるのだ。

最初に人を殺したとき、オトピチは盛大に吐いていた。

しっかりするようにとステピチは何度も言い聞かせ。格好良い悪党になるには、こんな事では駄目だと叱咤した。

とにかくオトピチは気弱な性格で、頭も弱く。

力は強いのに、一人では何もできなかった。

だが、頭が弱いのは。

ステピチも同じだという自覚があった。

二人でやっと一人前。

それは嫌と言うほど分かっていた。

運良く、自分より強い相手に勝てたこともあった。

明らかに勝ち目のないモンスターの群れに正面から出くわしそうになり、運良く隠れられた事もあった。

生き延びられたのは、とにかく運が良かったから。それはよくよく自覚していた。

放浪していく内に、些末な悪事を重ねて。

やがて、賞金首にされていた。

ある金持ちの家に押し入ったときは、美しいメイドがいたのだけれど。怯える彼女を縛り上げるだけで、オトピチは悲しそうな顔をしたし。勿論暴行など出来なかった。

金品も根こそぎとは行かず。

生活費だけをいただくと、その場を逃げるように去った。

華麗な悪党になるにはどうしたらいいのだろう。

そう思いながら、彼方此方を放浪し。

近場で最強だという組織、バイアスグラップラーの不滅ゲートに辿り着いたときには。二人は乞食同然の姿になっていた。

にやにやと此方を見ているバイアスグラップラーの兵士達は。

どちらも鬼畜外道と言える本物の悪党だと、ステピチにはすぐに分かった。

だけれども。

頭を下げるしかなかった。

何ができる。

そう言われたので、幾つかの芸を披露する。

やがて大笑いをした二人は、バカにしきった目で、ステピチとオトピチを、テッドブロイラー様の所に連れて行ってくれた。

テッドブロイラー様は巨大で。

見るからに、今まで見てきた存在とは、次元が違っていた。化け物でさえ怯える本物の怪物だと、一瞬で理解出来た。

ひれ伏した二人に対し。

テッドブロイラー様はチャンスをくれた。

気がつくと、ステピチもオトピチも。

人間を止める代わりに。

絶大な力を手に入れていた。

これからは、俺のために働け。

そう言われて、力を貰った礼に。ステピチとオトピチは、働く事にした。

彼方此方の街を廻って、情報を集めては、テッドブロイラー様に送った。バイアスグラップラーの中でも、情けない二人組として知られているようだったけれど。馬鹿にする兵士達をみても、別に腹は立たなかった。

何となく分かるのだ。

此奴らなんて、その気になれば何時でも殺せる。

そう思うと、心に余裕も生まれた。それはオトピチも同じようで、バカにされても怒らなくなっていた。

彼方此方で悪事も働いたけれど。

それらは結局些末なものばかり。

むしろ情報収集に力を入れた。

路銀も自分で稼いだ。

一応給金はバイアスグラップラーから出ていたのだけれど。

各地で皿を洗ったり。

大道芸で小銭を稼いだり。

そういうのが性にあっていた。

ただ、二人乗りの大型バイクだけは、一目惚れして、お給金をはたいて買った。買った後もお給金をつぎ込んで、強化していった。

今ではこのバイクは、二人の宝物。

絆の証だった。

デルタリオにつく。

其処で、ハンターズオフィスから出てきたらしいハンターとすれ違う。

聞き捨てならない話が聞こえた。

「聞いたか。 スカンクスを殺ったハンター、レナとか言うまだ小娘らしいぜ」

「聞いたよ。 凄まじい戦い方をするらしくて、サイゴンともガチンコでやりあったらしいぜ。 最近では千手沙華も捨て身の戦法で倒したとか」

「伝説のハンターには若造で名前を挙げた奴もいるらしいし、その手の天才かも知れないな。 運だけで大物を立て続けに狩れる訳も無いし、恐ろしい奴なんだろうな」

「あやかりたい所だぜ」

レナ。

聞いた事がある。

つい最近、別の悪党と出くわした。

いきなりバイクを奪おうとしてきたので、返り討ちにしたのだが。ひょっとすると賞金首だったかも知れない。

死体を持っていけば、かなりの金になったかも知れないが。

それでも、そんな気にはなれなかったし。

何より、殺しはあまり気分が良くなかった。

そして、その後。

悪党どもが人攫いだと知り。

誘拐された娘を助けに来た、フードを被って人相を隠したハンターと出くわした。背は低くて。目には地獄が宿っていた。

レナと、そいつは名乗った。

そう、あの目。

テッドブロイラー様と同じ。

地獄そのものだった。

声も女のものだった。

あれが、テッドブロイラー様の言っていた奴。

可能性は極めて高いとみるべきだろう。

その辺の露天で買った、よく分からない肉を串焼きにしたものをムシャムシャと食べながら、黙り込んでいるステピチ。

食事時は多弁になる事が多いステピチを不審に思ったのか、オトピチが聞いてくる。

「兄貴ー。 どうしたんだ、黙って」

「さっきのちびっ子ハンター、覚えてるザンスか」

「ああ、人攫いから女の子を助けに来た、良い人だな。 レナって名乗ったっけ。 悪党になるおれたちには、あんまり関係無いのかなあ」

「あれがテッドブロイラー様が探していた奴かも知れないザンス」

つまり、バイアスグラップラーを皆殺しにする、恐ろしい奴と言う事だ。

あの目を見る限り、それもあながち嘘では無いかも知れない。

いずれにしても、気をつける必要があるだろう。

それに、此方が二人でも、油断している気配は一切なかった。

戦ったら、勝てたかどうか分からない。

「あのちびっ子ハンターを探るザンスよ」

「それより兄貴ー。 人間狩りって、おれ良くないと思うんだよ。 テッドブロイラー様は格好いいし強いけど、何とか人間狩りを止めて貰えないかなあ」

「バカ言うなザンス」

「でも……おれ、嫌だし、悲しいよ……」

オトピチの言葉に、ステピチも返す言葉がない。

バイアスグラップラーが鬼畜外道である事は分かっている。

だが、生きるには。

自分たちのような弱い者がこの過酷な世界を生きて行くには、所属していくしかないのである。

華麗で邪悪な悪党

そんな理想は遠い。

そして、ステピチも。

正直な話、人間狩りは凶行で。それを嬉々として行うようなバイアスグラップラーには、ついて行けない所もあるとは思っていた。

だが、改造して、強くしてくれた恩義もある。

裏切るなんて、できる筈も無かった。

「今は、あのレナというちびっ子ハンターの情報集めに力を入れるザンス」

「分かったよ、兄貴ー」

しばし、葛藤するが。

頭が悪い自分たちに出来る事は限られている。

デルタリオの雑踏の中。

本物の悪党になりたいと思う兄弟は。

歩き出したのだった。

 

(続)