赤い陸上戦艦

 

序、三機目

 

アダムアントと、その一族を駆逐し終えて、アズサに帰還後。

数日で、砂漠から掘り出した装甲車が稼働した。

装甲車の種類はよく分からない。恐らく西洋という地域で使われていたものらしいけれど、それ以上は分からなかった。大破壊前にもいわゆるAFVと総称される装甲戦闘車両は多数が存在していて。

メジャーなものは多く知られているし。

メジャーでは無くても、使われる場合は使われるし。或いは古い戦車であっても、近代改修を施してハンターが使用しているケースは多くある。

とにかく、装甲車に分類される何かしらのクルマ。

それが分かれば充分だ。

とりあえず、これには150ミリ砲とバルカン砲を搭載。

バギーには120ミリ砲と自衛用の機銃を載せ。

そしてバイクは機銃だけのままで現状維持。

装甲車とバギーに積むために、ハトバで少し奮発して大きめのエンジンを購入してきたので。

アダムアントの賞金で潤った財布の中身は、かなり減った。

いずれにしても、戦力が増えたことには代わりは無いし。

耐酸コーティングをすれば、酸性雨の中でも怖くない。いざとなれば、バイクはバギーに積んでしまえばいいのだから。

装甲車両は、後方部分も開くようになっている。

これは兵員輸送車として用いられていたからだろう。

また、内部を確認する限り、まだまだ改造の余地がある。

ATM(対戦車ミサイル)をいずれ搭載したいが。まだ、資金にはそれほどの余裕が無いのが実情だ。ミサイルはそれそのものも高価だし、弾も金が掛かるのである。機銃弾と違って、トレーダーもこればかりはサービスしてくれない。

装甲車はアクセルに任せる。

かなりの本格的な車両だ。アクセルも喜んでいた。

ちなみに、後方を開けて兵員を輸送できるため、ポチとカレンにもこれに乗って貰う。

バギーはフロレンスに任せるが。

一方で、ケンもバギーに乗って貰う。

これは、経験を少しでも積むため。

私はまだ本格的な戦車はいい。少しでも身体能力を上げるために、当面は前線要員として活動したかった。

フロレンスは元々前線で戦うのがそれほど得意ではないし、しかもいざという時には必ず生存して貰わないと困る。

だからクルマに乗って貰うのだけれど。

バギーの性能は今後はあくまで補助になる。

Cユニットである程度は対応出来るけれど。

それにも限度があるからだ。

数日休んで。

体を癒やした私が、今後の方針をそう告げると。

アクセルが言う。

「フロレンスには装甲車に乗って貰って、カレンにバイクを任せるという選択肢は?」

「その心は」

「私は元々バイクはあんまり得意じゃないんだけれどね」

「いや、近接戦闘要員はポチとカレンで十分じゃないかと思ってよ。 ……てかなんつーか、頭が潰れるとまずいだろ。 あんたの戦い方見てると、いつも肝が冷えるんだよ」

素直な言葉だ。

肝が冷えるというのはどういう意味かよく分からないが。

貪欲に強くなろうとしなければ。

今後生き残ることは難しいだろう。

「実力をつけなければ、今後バイアスグラップラーと戦っていくことは出来ない。 バイクは幸い私ならある程度操縦できる。 故にカレンに装甲車に乗って貰おうと思ったのだがな」

「ああ、それは分かるんだが……」

「いずれにしても、アクセル、貴方はどうするの?」

「俺ぇ?」

フロレンスの不意の問い。

滅多に喋らない彼女は。

基本的に喋るのが苦手だ。

「ノアの作り出した殺戮機械とやりあうとき、メカニックとしての技量も必要よ。 例えば、相手の弱点に的確な攻撃をうち込むとか。 賞金首になっている人間の場合、クルマに乗ってくるケースもあるわよ。 クルマに引きこもって戦い続けられるほど甘くないでしょうね」

「それは、そうだが……」

「フロレンス、アクセルに接近戦はあまり期待していない。 もしも鍛えるつもりだったら、アズサでしっかり基礎からやっていかないと、付け焼き刃では死ぬだけだ」

「……そうね」

カレンが腕組みする。

ケンは正座して、ポチと並んで話を無言で聞いていた。

「いずれにしても、現状はレナが提案したとおりにやるしかないだろう。 もう一機くらいクルマが手に入ったら、話も変わるんだろうけれどね」

「近接戦のエキスパートがもう一人は欲しいですね」

「人数が増えすぎるのも問題だが、大物賞金首は重戦車三機から四機で戦うのが基本と言われている。 今は軽戦車未満が三機という戦力しか無い状況だ。 これでやっていくしかないだろう」

「分かった、あんたの判断に従うよ」

アクセルも、装甲車を思う存分いじれたし、それで満足なのだろう。

それで、これからだが。

私は一旦北を目指すと皆に告げる。

理由は簡単。

グラップラーの拠点の中でも、近辺で最大のもの。

グラップルタワーがあるからだ。

しかも、ハンターズオフィスによると、最近此処に赴任してきた新しい四天王のスカンクスは、著しく部下からの心証が悪く、脱走まで招いている。

スカンクスの賞金額は50000Gと桁外れだが。

それは相手があのバイアスグラップラーの四天王であり。

グラップルタワーという強力な拠点を抱えていて。

麾下の機甲部隊を有している上。

本人も、怪物そのものの姿をした、高い戦闘力を持った存在だからだ。

他にも現時点でのグラップラー四天王は、あのテッドブロイラーを筆頭に、ブルフロッグという奴と、カリョストロという奴が確認されているが。此奴らは謎が多く、何をしているのかもよく分からない。

だがその脅威度判定は、いずれにしても五桁。

つまり、テッドブロイラーがバイアスグラップラーの揺るぎないNO2だということだ。

そしてそのNO2の情報を得るためにも。

他の四天王を倒していかなければならない。

幸いながら。

マリアも、何度もバイアスグラップラーの四天王を仕留めている。

つまり此奴らに関しては、まだ人間の手に負える範疇の存在だと言う事だ。特に最近赴任し、しかも下っ端の座を不動としているスカンクスをどうにか出来ないようでは、話にならないと見て良いだろう。

もう一つ、北に行く理由がある。

ヴラド博物館というものがあるらしいのだが。

この中に、重戦車があるかもしれないのだ。

しかもヴラドコングロマリッドと言えば、あのウルフ。大破壊前に最新鋭最強を誇り、米軍が高い実績を持つM1エイブラムスの後継機として採用したウルフを開発した会社である。

非常に強固な警備システムに守られているという話だが。

内部を調べて見る価値はあるだろう。

「偵察を兼ねて、グラップルタワー近辺を調査する」

皆、それを聞くと押し黙る。

バイアスグラップラーは、武装組織とは言え、その戦力は圧倒的だ。

威力偵察といえど。

生半可な危険度では無い。

更に、である。

近年この近くには、サイゴンが出るようになっている。

サイゴンとは、ノアが作り出した生体兵器の一種。メジャーな賞金首で、彼方此方に別個体が出現する事が知られている。

定期的に量産されているのか。

それとも繁殖しているのか。

いずれにしても、背中に強力な砲を装備し。

元のサイよりも三倍も大きく。

戦車砲さえ弾く鉄壁の装甲。

荒野を走り周り、見境無く人間を襲う獰猛さ。

何より、熟練のハンターで無いと手に負えない戦闘力から、この近辺ではスカンクスに次いで最大。

12500Gの賞金が掛かっている。

サイゴンは何処の地方に現れても賞金首認定されるらしいが。

それは軍艦ザウルス同様、ノアが作り出した生物兵器の中では、特にメジャーかつ危険性が高いからだ。

いずれにしても。

北部の威力偵察を行い。

状況を見極める。

なお、バザースカという小さな街があるらしいので、其処でも情報を仕入れたい。トレーダーが多く立ち寄る街らしいので、運が良ければ色々な物資、質が良い武器を入手できるかも知れない。

準備を終えると、三機のクルマに分乗して出る。

いずれこれを四機にも五機にもしたい。

だが、クルマでの戦いの時、重要な問題が一つある。

Cユニットは、いずれもがスタンドアロンという事だ。

大破壊の時、ノアに乗っ取られたネットワークリンクシステムは、高度に接続された部隊を、根こそぎ台無しにした。

航空戦力は悉くが人類の敵に回り。

民間用の航空機は地面に突き刺さるようにして叩き落とされた。

今の時代でも。

いつノアが電子機器に攻撃をしてくるか分からない。

だから戦車は、事前にある程度の打ち合わせをするか。全部にそれなりの手練れのハンターが乗らないと、とてもではないが連携して動く事が出来ない。

それは、どうしても仕方が無いこの世界の宿命。

そしてであるが以上。

あまりにも多くの戦車部隊は、一緒に行動することが出来ないのだ。

私はバイクを走らせながら、ふと装甲車を見る。

アクセルは機械に詳しい。

彼奴には装甲車を任せるとして。

ケンがハンターとして。つまり、クルマを操るスペシャリストとして育って来たら、そこそこのクルマを任せる事が出来たとする。

私がもう一機を操作するとしても。

まだ人員が足りない。

フロレンスは医者だ。

バイアスグラップラーとやり合うには。

まだまだ。

多数の人員が必要だ。

 

テッドブロイラーは、「海」西部の軍事を管轄しているグラップルタワーを視察に訪れていた。

新任の幹部であるスカンクスの評判が著しく悪いこと。

何より、明らかに綱紀が緩んでいることが原因である。

バイアスグラップラーは所詮ならず者の集まり。

従えるには力が必要だ。

だが、それは暴力的で圧倒的であっても、理不尽であってはならない。いや、理不尽である必要はあるが。

かんしゃくを起こして無意味に殺したり。

部下に脱走されるようでは駄目だ。

スカンクスは、身長三メートルを超える猿。腕は四本。

滑稽な軍服もどきを着込み。

ベレー帽まで被っている。

背丈だけならテッドブロイラーをも凌ぐこの巨大な化け物が。

元はニホンザルだと、誰が信じる事が出来るだろう。

テッドブロイラーを見ると。

スカンクスはひいっと小さな声を上げて、その場に土下座した。

グラップルタワーは元々、巨大企業の本社ビルだった。

窓には既にガラスは無く。

吹き込んでくる風の中。

スカンクスの前に整列しているバイアスグラップラーの兵士達と。

そして土下座しているスカンクス。

テッドブロイラーはその二つを見下ろすと。

低い声を絞り出した。

「著しく評判が悪いようだな、スカンクス」

「キキッ! す、すみません! すみませんテッドブロイラー様! 蒸し焼きだけは勘弁してください!」

「顔を上げろ」

「キキーッ!」

スカンクスが顔を上げる。

いつも此奴は、にやついている。

今までの鬱屈を晴らすように。

暴力を振るい放題だからだ。

その気持ちは良く分かる。

テッドブロイラーも復讐のため、この世界全てを焼き尽くしてやりたいほどなのだから。

だが、ヴラド博士と。

バイアスグラップラーのためには。

此奴を活用する必要がある。

拳を叩き込む。

スカンクスの巨体が、冗談のように吹っ飛び。

既にガラスが無い窓の外に吹っ飛んでいきそうになる。

だが。落ちそうになったその時には。

テッドブロイラーが襟首を掴んでいた。

ブチブチと、軍服もどきのボタンが外れる。

そして、テッドブロイラーが、スカンクスを窓の外に、ぶら下げている形になった。勿論右腕一本だけで。

それだけ高速でテッドブロイラーが動き。

この程度の体格差など、問題にもならない、という事である。

「お、お許しを! お許しを!」

「頭の弱いお前をどうして四天王にしてやったと思っている。 戦闘力だけは、カリョストロに次ぐからだ。 後は余計な事を一切せず、静かに俺の指示を聞いて動いていればそれでいい。 人間狩りを指示通り進め、予定数をブルフロッグの研究所と、バイアスシティに納品しろ。 後は専守防衛。 分かっているな」

「キキーッ! 分かっています!」

「本当だろうな」

ぶらんぶらんと、揺らしてみせる。

元が猿でも、いやだからこそ。

足がつかず。

完全に宙ぶらりんの状態で。

しかもこの高さ。地上二百メートルを超えるビルの上でぶら下げられている事の恐怖については、理解できる筈だ。

「では復唱しろ」

「人間狩りの実施! 専守防衛! テッドブロイラー様への絶対忠誠!」

「まあ良いだろう。 猿にしては上出来だ」

タワーの中に放り投げる。

無様に尻餅をついたスカンクス。

周囲の部下達は、笑いをこらえるのに必死になっていた。

そいつらを睥睨すると。

テッドブロイラーは言う。

「スカンクスの動向を逐一知らせろ。 もしもきちんと今の指示を遂行できていなかったり、癇癪で誰かを殺すようなら、即座に連絡して来い。 その場合は仕方が無い。 ブルフロッグの研究所に送り込むことになるな」

「キキーッ! それだけは、それだけは勘弁してください! テッドブロイラー様、何でもいたします! 何でもいたしますから!」

転がり、腹を見せるスカンクス。

その腹を踏みつけると。

テッドブロイラーは、火炎放射器を向ける。

「お前は猿だ」

「猿でございます!」

「だが、戦闘力に関しては、現時点ではカリョストロに次ぐ。 だからお前は、余計な事をせず、この塔を守り、俺の指示を守ることだけを考えろ。 今、お前の部下はガタガタに綱紀が乱れている。 全てお前が暴悪を振るい続けたせいだ」

「キキーッ! 反省しております!」

まだ、視線は緩めない。

他の四天王も、くせ者揃いだが。

スカンクスについては、教育が足りていない。

だからまだこんな情けない姿をさらしている。

ブルフロッグも、カリョストロも。

テッドブロイラーが育ててきた部下だ。

だからブルフロッグには、バイアスグラップラーの中核を為す研究設備を任せているし、多くの科学者が研究設備で働いている。

カリョストロはその能力を利用し、各地で暗躍し。

そしてバイアスグラップラーの敵を探して廻っているし。ある重要な秘密についても、抑えている。

マリアに殺された此奴の前任は、そこそこ使える奴だった。

戦闘力は此奴には劣ったが。

それでも部下達をそこそこ良く統率していた。

人材は無限では無い。

こんな時代ならなおさらだ。

だから利用しなければならない。

人間狩りをしている以上、利用できる人材は限られてくる。此奴が、無駄に人材を消耗するのは、これ以上は避けなければならないのだ。

「次に癇癪で部下を殺したら、俺がお前を焼き殺す」

「キキーッ! 分かっております! 分かっております」

シュボッと音がして。

テッドブロイラーの手に接続している火炎放射器が、炎を灯す。

勿論脅しだが。

スカンクスも、此奴の火力は何度も何度も目にしている。

大小を漏らすスカンクス。

こんな奴でも、戦闘力を評価して、クローンを作成して量産する計画があると言うのだから情けない。

最後まで厳しい顔を崩さず。

テッドブロイラーは、念を押した。

「俺の足を、これ以上此処に運ばせるなよ」

 

1、強襲装甲生物

 

サイ。

額に立派な角を持つ、昔陸上においてアフリカ象やカバに次ぐ戦闘力を持っていた生物である。

性格は荒々しく、流石にアフリカ象には歯が立たなかったものの、その戦闘力は熊やライオンの比では無く。

故にその角はトロフィーとして。

無意味に人間に殺戮され続けた生物である。

それがゆえか。

ノアにのって機械と融合させられたサイゴンという生物は。

彼方此方に現れては、広い縄張りを持ち。

見かけた人間を手当たり次第に襲うようになった。

この生物の出現記録はかなり古いらしく。

ノアが気に入って、古くから生産し。

そして多くのハンターとクルマを葬ってきた。

故に現れれば確実に賞金首判定され。

倒されるまでに。

また多くのクルマとハンターを地獄に叩き落としていく。

そういう存在だ。

走る速度も時速90キロに達し。下手なクルマよりも速い。

戦闘力は言わずもながや。

搭載している巨大な野戦砲には様々なバリエーションがあるらしく、それはノアが汎用性を考えて搭載しているのだろうけれども。

火力は凄まじく。

重戦車の主砲並みだという。

更にその巨体から繰り出される体当たりは、バギー程度なら簡単に横転させるほどのものであり。

勿論人間のハンターが食らってしまうとひとたまりも無い。

そのサイゴンのテリトリーに既に入っている。

私は装甲車を先頭に、バギー、最後尾に私のバイクと並んで移動しつつ。まずはバザースカを目指していた。

その北にヴラド博物館がある。

重戦車が、まだ残っているかも知れない。

もしもウルフだったら。

今後の主戦力になり得る。

傑作戦車と名高いウルフを持つ事は、ハンター達の夢だ。何より、今の私の手札には、軽戦車以下のクルマしかない。

今後の事を考えると、主戦力は重戦車で固めていきたいところである。

バイクで走っている間も。

砂塵が凄まじい。

ゴーグルをつけ、マスクをつけないと。

肺を痛めてしまうかも知れない。

今の時代、クルマに求められるのは悪路の走破性だ。

どうしてもこういう状況では、エンジンに砂が入る。

それを防ぐためにも。

クルマのエンジンには、様々な対策が為されている。

そして戦闘を行うことも前提に考えなければならない。

サイゴンがいつ奇襲してくるか分からない以上。

雑魚戦でも気を抜くことは許されないのだ。

「機影!」

「全クルマ移動しつつ距離を取れ」

Cユニットが知らせてきたので、私がハンドサインを出す。

それを見た前の二機が、向きを変えた。Cユニットで、機影については確認できていたのだろう。

ノアの繰り出してきた賞金首の中には。

大破壊前に作られた、移動要塞クラスの巨大な戦車もいる。

有名なのはマルドゥーク型とロンメル型で。

どちらも生半可な重戦車などあっという間にスクラップにしてしまうほどの火力を誇る、移動する破壊の権化だ。

この辺りは、地形の問題上、新しい賞金首が姿を見せることは滅多に無い。

だがそれでも。

今の戦力では、大物賞金首には太刀打ちできない。

出来るだけ、敵とは距離を取りつつ。

相手を見極めていくしか無い。

しばし観察すると。

機影は離れていった。

Cユニットが分析を終える。

「どうやら別のハンターのクルマだったようです。 10式戦車でした」

「10式ね」

大破壊の前に作られた戦車の中では、比較的新しいものだ。

他にもT14等が新しい戦車として存在しているが。

それらのなかでも、軽快な機動性と高い命中精度で、ハンターの中では当たりのクルマとして知られているそうである。

だが流石にM1エイブラムスやウルフには劣るとされていて。

乗っているのが誰にしても、伝説級のハンターではないのだろう。

いずれにしても、賞金首ではなかったのは良かった。

そのまま北上。

バザースカを目指す。

その後は、雑魚との戦闘が何回かあったが、サイゴンが姿を見せるようなこともなく。それらを全て乗り越えた後。

バザースカが見えてくる。

だが、其処で。

面倒な事態に直面した。

「軽戦車四機、前方に確認!」

「! 警戒態勢」

軽戦車か。

四機もいるとなると結構面倒だ。

此方は戦車未満が二機に、バイク一機。不意を打てば一機や二機は潰せるかも知れないけれど。

無謀な戦いは避けたい。

「状況を分析しろ。 ハンターの集団か?」

「分析中。 勢力は不明ですが、いずれにしても非常に綺麗な菱形の陣形を組んだまま、ゆっくりバザースカの南を、西に向けて移動中です」

「……」

何だ。

ハンターだとすれば、どうしてそんな事をしている。

バイアスグラップラーの人狩り部隊か。

それにしては軽戦車だけというのも妙だ。

しばし観察していると。

戦車四機は、じっとバザースカを伺うようにして動いていたが。

それも程なく止め。

距離を取っていった。

姿が見えなくなる。

「分析完了。 ノアの手に落ちた戦車かと思われます」

「追撃する」

「分かりました」

ノアの手に落ちた戦車は多い。

大破壊の際に、リンク機能を使用していた戦車は、殆どがその瞬間にノアに乗っ取られた。

中には餓死したり、或いは戦車による何らかの手段で殺されただろう人間の死体が詰まっているだろう。

今のも、バザースカを襲撃できるかどうか、見極めていたと見て良い。

不意を打つとして、二機を主砲で撃破して。

残り二機をどうするか。

考えながら相手の背後についていくと。

アラートが鳴る。

「危険反応! アラートレッド! 賞金首クラスのモンスターです!」

「……! ほう、知恵を使うな」

同時に、四機の軽戦車も、反転する。

後方から凄まじい勢いで迫ってくる影。

間違いない。

サイゴンだ。

なるほど、ノアの下僕同士。

こういう形で連携戦闘もこなしてみせる、と言うわけだ。

「各自散開。 バザースカに逃げ込むぞ。 反撃以外は考えるな」

「砲撃、来ます!」

即座にバイクをドリフトさせ、機銃で牽制。

至近を、サイゴンの背中の野戦砲から放たれた、巨大砲弾が掠めていた。

後方で爆裂。

勿論擦っただけで私はミンチになっていただろう。掠めた風圧だけで、ぞっとするほどのものだった。

舌打ちしながら、自衛用の機銃を乱射しつつ、サイゴンに突っ込む。装甲は何かの合金なのか。

サイゴンは機銃をものともせずに突っ込んできた。

バギーと装甲車は、追撃してくる軽戦車四機に、主砲で応戦しつつ、全力でバザースカに向けて退避。

私はバイクでジグザグに走行しつつ。サイゴンの顔の至近目がけ、手榴弾を投擲。

手榴弾の爆裂をサイゴンが突破したときには、その左に移動していた。

横滑りに、対物ライフルをぶっ放す。

衝撃による反動は、Cユニットが緩和してくれる。

対物ライフルの射撃が、サイゴンの目に直撃。

流石に怒りの声を上げたサイゴンだが。そのまま後ろに回り込みつつ、ハンドキャノンの弾も叩き込んでやる。

軽戦車は、バザースカが気付いて、自衛用の野砲で攻撃し始めたのに閉口したか、その場でストップ。

サイゴンも竿立ちになると。

まだ気を引くべく立ち回っている私を叩き潰すべく、全力で突進してくる。

芸がない奴だ。

所詮は元動物か。

ジグザグに走行して野戦砲をかわしつつ、また手榴弾を投げる。

視界を塞ぎつつ、軽戦車と距離を取り、バザースカの野砲の射程範囲にサイゴンを引きずり込む。

横殴りに火砲を浴びたサイゴンは、流石にこれ以上は無理だと判断したのだろう。

身を翻すと、逃げに掛かる。

その尻に、対物ライフルを叩き込んでやる。

また竿立ちになるサイゴン。

しかし、対物ライフルを目に食らっても死なないし。

もう一撃浴びせてやってもまだ平気でいるか。

この辺りは、流石に賞金額万越えの賞金首だ。

弾を装填していると、サイゴンが反転。コッチに全力で向かってくる。

対物ライフルを降ろすと、マリア譲りの拳銃をぶっ放す。

やはり強烈な衝撃が来る。

肩が抜けそうだが。

それでも、それに見合う火力はある。

サイゴンの額に直撃。

だが、サイゴンの野砲もまた、私のバイクの至近にて炸裂していた。

もろに衝撃波を浴びるが、どうにかバイクは立て直す。

それでも強烈にドリフトして、Gが掛かる中。サイゴンが、全速力で突進してくるのが見える。

冷静に。

動け。

手榴弾を顔面に叩き込み。

そして高速でジグザグに逃げる。

爆発を吹っ飛ばしながら突進してきたサイゴンは、すぐに私を視認。

だが、気付いていただろうか。

既にバザースカの野砲と。

バギーと装甲車の主砲が。

自分を捕らえている事に。

三連続で主砲級の火砲の一撃を体の横に浴びて、サイゴンが流石に悲鳴を上げる。更に、その懐に潜り込んだ私が、ゼロ距離で対物ライフルの一撃を叩き込み、後ろに抜けた。

どれだけ装甲が分厚くても。

ゼロ距離からの対物ライフルならどうだ。

派手に血がしぶく。

無理矢理体を反転させ、踏みつぶそうとしてくるサイゴンだが。その時には、私も拳銃を構えている。

その開いた口の中に。

マッハ6のライフル弾が叩き込まれる。

喉の奥を滅茶苦茶に傷つけるのが、見えたが。

同時に、降り下ろされた両足が。

バイクごと私を吹っ飛ばしていた。

地面に投げ出され。

受け身をとる。

だがバイクは、かなり遠くまで飛ばされる。

もう一撃。

しかし今度は、サイゴンの角に当たり、大きく抉る。流石に何度も精密射撃とはいかないか。

サイゴンが吼える。

凄まじい雄叫びだ。

その背中、尻に連続して装甲車の150ミリ砲、バギーの120ミリ滑空砲を浴びながらも。

なおも倒れない。

というか、残った一つの目が。

真っ赤に燃えて、私を見ている。

此方としても、手負いの此奴を逃がすわけにはいかない。

それに、軽戦車がバザースカの野砲の射程から逃れつつ、サイゴンの支援をする機会を窺いつつある。

このままだと詰む。

だが、こんな所で死ぬわけには行かない。更に手負いの野獣を逃がすわけにもいかない。此処で此奴は殺す。

呼吸を整えながら、突進してくるサイゴンを見る。

その時だった。

サイゴンの、残った目を何かがふさぐ。

ポチだ。

歯が立つわけが無いのに、必死にサイゴンにかみつき、しかも目をふさぐ。

サイゴンはふるい落とそうとするが。

ハンターのパートナーとして鍛え上げられてきた戦闘犬。

簡単に振り落とされはしない。

私はゆっくり体勢を立て直すと、バイクに乗り直し。

そして横滑りに機銃掃射を浴びせながら、Cユニットに操縦を任せ。対物ライフルの弾を込め直す。

サイゴンの暴れぶりは凄まじく。

無茶苦茶に野砲をぶっ放している。

当たれば即死。

更に運が悪いというのかなんというのか。

軽戦車の一機に、それが直撃。

一撃で爆裂四散した。

泡を食ったか、軽戦車三機が、後退を始める中。

装甲車とバギーと、バザースカの野砲がサイゴンに更に火力投射。激しい爆音の中、私はついに、もう一撃。

先ほど至近からゼロ距離攻撃を叩き込んだ位置に。

対物ライフルでの一撃をうち込んでいた。

流石にゼロ距離からの二撃目。

それも対物ライフルである。

完全に体内へと抜ける。

内臓を滅茶苦茶に傷つける。

甲殻が堅いという事が、こういうときは徒になる。

ぶち抜かれれば、中に飛び込んだ弾は乱反射して、内部を滅茶苦茶にするのだ。

サイゴンが、断末魔の絶叫を上げる。

ポチが吹っ飛ばされ、そして此方に向き直ろうとするサイゴンだが。既にその全身はズタズタ。

良いだろう、勝負を付けてやる。

バイクで全速力で左に回り込みつつ、拳銃に弾を込める。ポチも地面で起き直ると、野戦砲を放ち、サイゴンの足を狙う。

これだけの戦車砲を浴びながら、まだ死なないサイゴンの生命力は凄まじいが。それでもサイゴンが搭載している巨大な砲の火力は、直撃すれば死者が出る、程度ではすまない。装甲車もバギーもひとたまりも無いだろう。

それに手負いの獣だ。

此処で仕留めなければ。

被害が広がる。

突進してくるサイゴン。

もう、半分死んでいるだろうに。

凄まじい闘志だ。

或いは、人間に虐殺されていった同胞の恨みなのかも知れない。だが、それと私は関係無い。

何よりノアだって。

此奴の同胞を大量虐殺し。

なおかつ今、機械に改造しているだろうに。

野戦砲を放とうとするサイゴン。

私はバイクから横っ飛びに逃れると。

意外な動きに一瞬足を止めたサイゴンの。

残っている目を、拳銃で速射。

ぶち抜いていた。

悲鳴を上げたサイゴンが、左右に首を振りながら、竿立ちになる。

其処に私は躍りかかる。

さっきの、至近での爆発で、全身の感覚がなくなりつつあるが。

それでもこれで終わらせる。

拳銃に弾を込め終えると。

二度のゼロ距離射撃で、大穴が開いているサイゴンの横っ腹に飛びつく。

そして、振り回されながらも。

その大穴に、銃弾をぶち込んだ。

マッハ6の大型弾頭である。

対物ライフル以上の火力で、体内を蹂躙する。

サイゴンが血を吐きながら、それでもなおも荒れ狂う。此奴は本当に生物か。味方も、私が飛びついている事に気付いて、これ以上の砲撃は出来ずにいる。手にはもう感覚がないが。

それでも。

手榴弾を取り出すと。

口でピンを引っこ抜いた。

「終わりだ」

向こうも、最後のあがきというのだろう。

倒れかかってくる。

押し潰しに来たのだ。

だが、私は一瞬速く、奴の体内に手榴弾を放り込むと、飛び退く。だが、地面に叩き付けられる。更には。サイゴンが倒れてきたときの衝撃で更にバウンドして吹っ飛ばされ、受け身するほどの余力は残っていなかった。

サイゴンの体内で。

手榴弾が爆裂。

もう、サイゴンは動かなかった。

 

呼吸を整えながら立ち上がる。

まだまだ。

此奴は賞金額万越えの賞金首としては、最下位クラスの実力者でしかない。それどころか、ノアは量産さえしている。

こんな奴に負けていてはいけない。

バギーが、側に乗り付ける。装甲車もだ。

「軽戦車は行ったわ。 不利と判断したのね」

「そうか……」

膝から崩れ落ちる私を、フロレンスが支える。

呼吸を整えながら、体のダメージを確認。

大丈夫。

死ぬほどの傷は、受けていない。

まだやれる。

というよりも。

こんな所で死ぬわけには行かない。まだバイアスグラップラーの四天王にさえ、手が届いていないのだから。

アクセルが降りてくる。サイゴンを見上げている。

「すげえ砲だ……」

「鹵獲できるか」

「ああ。 だが、装甲車に乗せると、改造がかなり手間だ。 タイルも殆ど貼れなくなるだろうな。 使いこなすには重戦車が欲しい」

「……兎に角、鹵獲をしてくれ」

バザースカは騒ぎになっているようだ。

まあ当然だろう。

ノアの手先の軽戦車四機に。

サイゴンが至近まで来たのだから。

それにサイゴンは仕留められた。

この街にとっての恐怖だっただろう、万越え賞金額の賞金首が、こうして倒れたのである。

だが、それとの死闘は文字通り血戦。

私はフロレンスに応急手当を受けると、バザースカに入る。

宿を取ると。

カレンが、ハンターズオフィスに行ってきてくれた。

「サイゴンの賞金だ。 あんたが分配してくれ」

「分かっている」

12500G。

万越えの賞金を持つ賞金首は、基本的に強い。単純に強い。賞金額4桁までのは、小手先の技で勝負するタイプが多いが、万越えからはそうは行かない。

此奴はその典型例で。

しかもそれら強豪の中ではむしろ弱い方だ。

宿で手当を受ける。

やはりかなり体にダメージが来ていて。フロレンスは難しい顔をしながら、二日ほどつきっきりで手当をしてくれた。

カレンも接近戦に加わろうとしてくれたらしいのだが。

実は、あれほど長時間戦っていたつもりだったのに、実際にはそれほど時間は経過していなかったらしい。

介入する時間がなかったそうだ。

その代わり、支援に徹して、私に当たらないように砲撃をコントロールしてくれていたらしい。

Cユニットの支援があると、普通の人間でも判断力さえあればこうやってクルマを動かせるのは強い。

未だに人間が、ノアの猛攻に耐えられている所以である。

動けるようになると、ハンターズオフィスに顔を見せる。

ハンターズオフィスの職員は、かなり年老いていた。

この辺りにサイゴンが出ると言うことで、ポスターも複数貼られていたが。その全てに済みのハンコが押されている。

ハンター達が、此方を見る。

ひそひそと、声をかわすのが聞こえた。

「若いな。 凄まじい戦いぶりだった」

「最近アダムアントを倒したハンターらしいぞ。 デスペロイドやスナザメも倒しているらしい」

「すげえな。 しかもクルマはあんな軽戦車未満だろ。 よくもまあ……」

「あの戦い方、命を捨ててるとしか思えねえ。 あまり長生きは出来ないだろうな」

好き勝手な声を背中に、ハンターズオフィスの年老いた職員に情報を聞く。情報料を払おうとすると、良いと言われた。

小首をかしげる私に、ハンターズオフィスの職員は言う。

「あの軽戦車とサイゴンは、ここのところ近場を通るトレーダーを襲撃し続けていて、何人も犠牲者が出ていた。 手練れのハンターを毎回雇って、それでも犠牲者がな。 それをあれだけ捨て身で仕留めてくれたんだ。 此方でも全面的にあんたをバックアップするよ」

「そうか、すまない」

「ちなみにあんたがレナかい」

「そうだ」

頷くと、老職員は此方の質問に答えてくれる。

まずこの北にあるヴラド博物館。

此処に重戦車があるという噂だが。

それについては、少し周囲を見回してから、答えてくれた。ある、と。

「内部のセキュリティがまだ生きていて、それを突破出来たハンターがいない。 展示物が多数あるらしいのだが、重戦車の周囲には相当に厳しいセキュリティが張り巡らされているらしく、立地の悪さもあって取りに行けないそうだ」

「立地が悪い?」

「具体的に言うと、クレーンを使わないと下ろせない位置に飾られている。 かといって、クレーンつきの輸送用コンテナを持ち込むにしても、セキュリティから守りきれない」

なるほど、そういうことか。

大破壊前のいわゆるMBTの重量は、最低でも50トン。更に、大破壊の直前に流行ったような大型戦車になると、1000トンを超えるものも珍しくなかった。普通こういう超重量戦車は、無限軌道を使っても地面にめり込んでしまうのが問題で、動けなくなってしまうものなのだが。それは流石に大破壊前の技術。それでも移動出来るように様々な工夫が為されていたとか。

ともかくだ。

その下ろせない位置に飾られている上、強力なセキュリティに守られているとは言え。

ヴラド博物館ということは。

ヴラドコングロマリットと関係が深い可能性が高く。

大破壊前に最新鋭戦車として名を轟かせた、ウルフの可能性も高い。

様々な著名ハンターが乗りこなしてきた事でも知られる、傑作戦車ウルフを手に入れることが出来れば。

少なくとも、バイアスグラップラーとの戦いで、相当に有利になる。

敵の主力になっているゴリラくらいは、あっさり撃破できるようになるだろう。

是非とも欲しい。

「分かった。 情報感謝する」

「ヴラド博物館はとにかく危険な場所と聞く。 気を付けていきなされ」

「……ああ」

礼をすると、外に。

皆が待っている。

整備も終わっていた。

アクセルが、最初に話しかけてきた。

「あの破壊した軽戦車だが、調べて見たが、Cユニット以外は大体使えそうだったぜ」

「シャーシは?」

「ああ、それは流石に駄目だ。 あれだけ徹底的に壊れると」

「そうか。 具体的には何が鹵獲できた?」

120ミリ滑空砲と機銃だという。パワーパックも外せそうだが、シャーシが治った場合、そのまま使えるという。外すかは判断を任せると言われた。

それはいい。

今後クルマが増える事を考慮すると、どれだけあっても足りないくらいだ。もし余るようならアズサに譲渡する。

実際には、アズサの方で頼み込んで、重戦車を譲って貰う手もあったのだが。

しかしながら、バイアスグラップラーとの小競り合いが続いているアズサに、貴重な戦力であるクルマ、それも重戦車を譲れなんて事は言えない。

自前でどうにかするしか無い。

シャーシはスクラップにするとしても。

ただ、そのスクラップも、時間を掛ければ修復できるかも知れない。

一旦コンテナをレンタルすると、クレーンで積み込んで、アズサに戻る。サイゴンを仕留めたこと、更にこの壊れたシャーシを譲ることを申し出ると、長老も喜んでくれた。

「壊れてしまってはいるが、一年も掛ければ直せるだろう。 これならば、うちのメカニック達に任せておけば、いずれ重要な戦力になる」

「他にも鹵獲した余ったクルマは、此処に持ち込みます」

「頼むぞ」

「その代わりですが、マドの街にも支援戦力を送る事を許していただきたく」

長老は頷く。

私がマドで世話になったことを知っているのだろう。

ただし、それをやるのは。

エルニニョにいるゴキブリどもを片付けてからだ。

彼処がバイアスグラップラーの支配下にある限り。

ずっとマドは脅かされ続ける事になる。

人間狩りもまた行われるだろう。

そうなる前に。

早々に決着を付けなければならない。

 

2、狂気の博物館

 

今では考えられない話だが。

この世界には、昔溢れるほどの人と、物流があって。

モンスターの脅威などなく。

そして巨大企業が二つ、世界を牛耳っていた。

古くからアジアにて巨大な規模を誇った神話コーポレーション。神話公司ともいうらしい。

この神話コーポレーションは、今でも賞金首になってしまった戦車や、更にハンター達がクルマに積んでいる武器などで名前を見かける。神話何々という名前がついているものは、この会社の商品だ。

非人道的な労働を課していたことでも有名らしく。

良く廃墟などで見かける暴走パワードスーツには、強制労働神話という商品名がきざまれていたそうだ。

労働者を強制的に働かせていることを。

隠しもしていなかった、という事である。

一方、その神話コーポレーションと対になっていたのが、新興企業のヴラドコングロマリット。

名前の通り、ヴラドという人物が一代で起こした会社で。

西欧の数々の財閥を傘下に収めながら拡大。

無数の業績を残していったという。

最盛期には、瀕死の人間を急激に回復させる技術の結晶であるボール大の装置、「再生カプセル」(ハンターの間では、途方もない高値で取引されている)や、強力な回復薬の数々を作り出していた他。ありとあらゆる産業に手を出し、その規模は世界中に跨がるほどだったという。

しかも創設者のヴラド博士は人格者で知られていて。

膨大な私財を孤児院や生活困窮者のための支援として寄付。

政治家としても大きな功績を挙げ。

学者としても画期的な開発を幾つも成し遂げるなど。

それこそ、世界的なレベルでの人材。

歴史に名を残すほどの偉人であったそうだ。

これらについては、大破壊の後にまで情報が伝わっていることで。

私もマリアに聞かされた。

というよりも。

ハンターである以上、この二つの会社の商品は、どうしても使わなければならなくなってくる。

マリアの話によると、神話コーポレーションの商品は基本的にコストが安く手に入れやすい反面、耐久性におとり、使う人間の事もあまり考慮していないという。とにかく大量生産して、人間を使い潰して行けば良い、という考えの会社だったそうだ。

一方ヴラドコングロマリットの商品は、それぞれの品質が極めて高い。

その反面、維持などのコストが高く。

人間に対する配慮もきめ細かかったそうだ。

傑作戦車として知られるウルフもそうで。

非常に高性能な反面、メカニックが音を上げるほどメンテナンスが大変で。

老齢になると、ウルフを手放すハンターも珍しくないのだとか。

そうやって売りに出されたウルフもまた、天文学的な値段がつくそうだ。

ちなみにアズサでは、現在三機のウルフを保有しているが。

これらについては、それぞれアズサに所属する主力級のハンターが愛用しており。私が手に入れるチャンスは当面無いだろう。皆相当な腕利きで、テッドブロイラーにでも出くわさない限りは、まず遅れを取る事は無い。

ヴラド博物館が見えてきた。

周囲に人間の姿が見える。

しかし、近づいてみると、それは全く動かない。

呪いによって石になった、などとバザースカの人間達は噂していたが。

バザースカの古株達はそれを笑い飛ばしていた。

あれは石像だと。

古い時代は余裕があって。

どういう意図か、人間を石や青銅で、そのまま再現する事があったらしい。

私もアーチストと呼ばれる役割分担だが。

古い時代のアーチストは。

芸術と呼ばれる、人々の心を豊かにするためのものを作り出していたそうだ。

今のアーチストは。

爆弾を活用して、敵を仕留めることを主体としている。

既に色々と、あらゆる事が。

大破壊の前後では違っていると言うことだ。

建ち並ぶ人々の像。

男も女もいたが。

いずれも、複雑なポーズを決めていて。

誇らしげだったり。

或いは半壊してしまっていたり。

風雨にさらされて、くすんでしまっていたりと。

砂漠の中で、建ち並んでいる姿は確かに不気味だ。

これは確かに、呪いだ何だと噂になるのも分かる。

昔この辺りが砂漠で無かった頃は、こんな不気味な有様では無かったのだろう。だが、今は違う。

近くを通る。

なにやら大きな台座があって。

それに石像が乗せられている。

台座には説明文が書かれていたが。

ここいらで使われている言葉とは違うので、読むことは出来なかった。

装甲車の上から、カレンが顔を出す。

「サイゴンを潰したとは言え、この辺りは敵が多いって聞くよ。 油断しないようにね」

「分かっているさ。 それよりも、ヴラド博物館の方だ。 内部はセキュリティだらけだと聞くぞ」

「そうだな……」

大破壊前の、ヴラド社がディスプレイ用に作った博物館だ。

セキュリティはさぞや強力なことだろう。

ただし、今回の狙いは重戦車だけだ。

ウルフだったら最高だが。

流石に其処までは私も上手く行くとは考えていない。

見えてきた。

何だか四角錐の建物だ。遠くから見ると三角形に見える。

入り口はかなり大きく。

クルマがそのまま乗り入れることが出来るようだった。

スロープを上る。

広めのホールに出た。バギーと装甲車がいても、まるで床が抜ける気配がない。というか、周囲を見回すと、無数の展示物の中には、相当に重いものもあるようだ。

これはおそらく、極めて頑丈に作られているのだろう。

或いは大破壊の際も。

この頑強さ故に、耐えられたのかも知れない。

ガイドの声が響いた。

「本日1人目のお客様です。 ようこそヴラド博物館へ。 ご案内は、サポートナビゲーションであるアリスが務めさせていただきます」

「どうする?」

「まずはナビに従って廻るか」

セキュリティは、ナビに従っている限り、攻撃してくることも無い筈だ。ご丁寧に床には、矢印も描かれていた。

 

車の中にはアクセルとフロレンスだけを残し、皆降りる。

ポチについても、アリスは何も言わなかった。ケンは不安らしく、じっと口を引き結んで、ポチの側にいる。

自衛用にアサルトライフルを渡しているが。

訓練を見たアズサの者によると、まだまだ的に当てるのは難しいらしい。

だから戦闘の時には、敵に向けて撃つだけで良いと告げてある。味方が前に出たら射撃を止めろとも。

いわゆる牽制射撃だ。

アサルトライフルのように、弾数をばらまく武器の場合、こういうド素人が使っても、相応に足止めの効果がある。当たればラッキーだ。

ただこういう所のセキュリティは、当然機械の兵士が出てくるだろう。

ノアに汚染されている可能性もある。

そういう相手には、アサルトライフルなんか足止めにもならない。気休め程度にしか役立たないだろう。

ゆっくり、周囲を警戒しながら移動。

戦闘の痕が彼方此方に残っている。

ちなみに展示品は殆ど無い。

セキュリティを突破して、ハンター達が奪っていったのだろう。

だがそれで良いのかもしれない。

此処にあっても、誰も使わないし。

ただ朽ちていくだけだ。

それだったら、まだ生きている人間が使った方が良い。

「ヴラドコングロマリットは、ゆりかごから棺桶までを企業理念に掲げた世界規模の複合企業体です。 皆様の豊かな生活を保障するべく、あらゆるものを生産しています。 食糧から衣服まで。 娯楽から兵器まで。 ヴラドコングロマリットが手がけていない商品など存在しません」

「そりゃあすげえなあ」

装甲車から顔を出して、アクセルが言う。

髪もだいぶ伸びてきている。

そろそろ染めようかと、この間呟いていた。

しかし、その口調は。

皮肉に満ちている。

私としても、あまり好意的に見られない。

この会社の商品が高品質だったのは認める。

というか、この会社を一代で作り上げたヴラド博士が桁外れに凄い人物だったのだろう事も分かる。

というのも、ヴラド博物館という名前なのに。

そのヴラド博士そのものを殆ど紹介していないからだ。

この手の一代で巨大組織を作るタイプの人間は、強烈なナルシストだという話を、マリアから聞いた。

だが、この博物館にはそれはない。

或いは、自分の性質を周囲に押し殺して隠すタイプだったのかも知れない。

しかしながら、好意を持てないのは。

何もかもをこの会社が握っていたという事。

それはすなわち。

ヴラドコングロマリット以外の企業は、この世には存在し得なかったのではあるまいか。

まあ神話コーポレーションという対抗馬はあったのだが。

それもあくまで対抗馬。

東西に世界は別れていたと聞くが。

東が神話コーポレーション。

西がヴラドコングロマリットとすると。

西側に所属している場合、ヴラドコングロマリットに逆らう事は、すなわち死を意味したのではあるまいか。

ヴラド博士については、人となりが今でも噂になっているほどだ。

それほど醜悪な人物ではなかったのだろう。

だが、その後継者は。

その周囲の人間は。

あまり好感を持てないのはその辺りだ。

ヴラド博士がおかしくなったら。

この会社は。

そのまま、世界最大の恐怖と化したのでは無いのだろうか。

アリスとか言うガイドが、なにやら商品の説明をしているが。

何も残っていないので、ただ通るだけである。

多分、重戦車の噂を聞きつけたハンターは、他にもいたのだろう。内部のセキュリティはかなり壊されていたが。

それでも一部のセキュリティは残っていて。

武装している此方を監視していた。

機銃が自動で反応。

後ろに回ろうとしていた人影を打ち抜く。

蜂の巣になった人影は倒れた。

凄まじい匂いがする。

ゾンビである。

ここに来て、セキュリティに殺されたハンターの成れの果てだろう。

もはや腐肉の塊となったその姿は。

勇敢にモンスターと戦い、賞金を稼いでいく戦士の面影を残していなかった。

「哀れなものだな」

「俺が死んだら、ああなる前に処分してくれよ」

「分かってる」

アクセルが、装甲車の中に引っ込む。

もう、ガイドに飽きたらしい。

フロレンスは最初から、ガイドそのものに興味が無いようだった。

私は念のため、ゾンビを火炎放射器で処分。

黒焦げになった後。

幾らか残っている遺品を、袋に入れた。戻ったらハンターズオフィスに届ける。遺品として、誰かが受け取るかも知れないからだ。

二階。

かなり人が入った形跡が増えている。

そして、セキュリティも、念入りに破壊されているのが分かった。

焼け焦げた死体も点々としている。

それだけ激しく、ハンターとセキュリティが争った、という事だろう。焼け焦げた死体については、流石に此処まで痛むと、ゾンビ化はしないようだった。

遺品は回収しておく。

武器などがあったら良かったのだけれど。

どれもこれも壊れた上に風化していて。

使えそうに無かった。

それに、恐らく後続のハンターが、使えそうな武器は持っていったのだろう。明らかに手をこじ開けられた形跡のある死体もあった。

すぐれたクルマは。どんなハンターだって欲しがる。

しかしながら、死んでは意味がない。此処までの状況になる前に、撤収するべきだっただろう。

だが、私も人の事は言えないか。

毎度賞金首との戦いで、死にかけている事を考えると。

あまり他人にどうこうは言えなかった。

それに、そもそも私は人を捨ててまで、仇を討とうと考えている身だ。

此処で死んでいる人々に、ああだこうだいう資格も無いだろう。

「レナさん、あれ!」

「どうやらあれらしいな」

ケンが指さした先に、大きな影がある。

間違いない。

重戦車だ。

本当にあったのか。

「道を走らないでください」

アリスが釘を刺してくる。

セキュリティとやりあうのは避けたいので、ケンを制止して、ゆっくり進むことにする。まずは、全体を確認してからだ。

右側の壁に。

たくさんの人影がいる。

いずれもきらびやかな服を着ていたが。

人形だというのは、一目で分かった。

そしてその人形は。

皆腐食していて。

きらびやかな服も、彼方此方崩れかけていた。

「ヴラドコングロマリットは、世界中の優秀なデザイナーを傘下に置いており、つねに最先端のファッションをリードしています。 これら最先端ファッションは、皆様にも常に簡単にお届けすることが出来るのです」

アリスの言葉が虚しい。

それにこんな非実用的な服。

今更何の役に立つと言うのか。

この辺に来ると、セキュリティとの戦闘跡もかなり激しく残っているが。

それでも、あの服に手を出したらしいハンターはいないようだ。

全部人形は無事に残っている。

つまり、それだけ。

今の時代。

価値が無いと言うことである。

実際問題、あんなもののために、命を落とそうと考えるハンターはいない。ただそれだけの事だ。

角を曲がると。

凄まじい有様になっていた。

やはり、どのハンターも、あの重戦車を狙ったのだろう。

破壊されたセキュリティロボット多数。

そして、此処まで持ち込んだらしいコンテナの残骸。

前に、此処に重戦車を取りに来て。

失敗したのだろう。

死体はない。

コンテナをセキュリティに破壊されて、それで諦めたのだろう。或いは帰路で、セキュリティロボットの手に掛かったのかも知れない。

「ヴラドコングロマリットは、皆様の安全を守るための軍事にも精通しています。 此処に展示しているのは、世界最新鋭、最強を誇る未来のスタンダード。 ウルフ型戦車の実物です」

「!」

どうやら、当たりだったらしい。

なるほど、これはハンター達が躍起になる筈だ。

それだけウルフは貴重品。

ただ、シャーシ以外には、主砲しか搭載していないようであるが。ウルフの売りはその拡張性の高さ。

兎に角、手には入れたい。

今後の戦いのために。

後は、医療についての説明が続いたが。

此処からも、殆ど展示品は持ち去られてしまっていた。

或いは、ウルフの守りが堅いと判断したハンターが。

腹いせに持っていったのかも知れなかった。

 

一通り回り終わると、入り口に戻ってくる。

そういう建物の構造らしい。

他にも建物を見て回るが。

地下に大きめの駐車場があるくらいで、それ以外には特になかった。セキュリティに守られている場所を叩けば、或いは何か出てくるかも知れない。

そして、その価値は。

充分にある。

「さて、レナ。 どうする」

「セキュリティをまず潰す」

「そうだろうな」

待ちに待った重戦車。

喉から手が出るほど欲しい代物だ。

重戦車は当然強力なエンジンを搭載できるし、ましてやウルフは拡張性の高さで知られる戦車だ。

主砲の他にも、実弾迎撃用のレーザー兵器、ミサイルポッドなど、色々と兵器を搭載して、大きな戦力になってくれるだろう。

大破壊の前のウルフだとしても。

カスタマイズのノウハウは確立されている。

少し前に倒したサイゴンの賞金を全部つぎ込んでも良いくらいだ。

今後更に強力な賞金首を狙えると思えば、安いものである。

少なくとも、スカンクスとやりあう前には。

必ず手に入れておきたい。

「隅から隅まで調べていくか」

「その前に、コントロールセンターを探しましょう」

「コントロールセンター?」

フロレンスの言葉に、私が聞き返すと。

フロレンスが淡々と教えてくれる。

こういった場所のセキュリティには、コントロールセンターというものが必ずあるという。

セキュリティを統括するシステムで。

上手くそれを掌握できれば、ウルフもコンテなんか使わなくても、降ろしてそのまま乗ることが出来るかもしれない、という事だった。

「なるほど。 目先のものに固執するな、ということか」

「そういうことです。 ただし、コントロールセンターがあるとすれば、セキュリティが一番分厚いところでしょう」

「まて、フロレンス。 それがノアに乗っ取られている可能性は」

「いや、それはあり得ないわ姉さん」

フロレンスは言う。

このヴラド博物館は、盗賊対策はしていても、見て廻るだけだったら何も攻撃はしてこなかった。

つまりそれは。

セキュリティが正常に働いている、という事を意味している。

「そうか、確かにその通りだな」

「レナさんは戦闘に頭を割り振りすぎていますから、こういうことは誰か考える必要があると思いまして、少し勉強しているんです」

「有り難い話だ。 今後も頼りにさせて貰う」

「……」

元々無口なフロレンスだ。

言うだけ言うと。

後は黙り込んで地蔵に戻った。

さて、である。どうするべきか。そう考えたところで、不意にケンが挙手。

発言を促すと。

ケンは言う。

「地下駐車場の奥に、セキュリティが何重にもなっている場所があったよ。 そこじゃないのかな」

「……そうだな。 試してみる価値はあるか」

すぐに皆、クルマに分乗する。

ただもうこういう場所だ。

カレンとポチはそのまま降りて、すぐに戦えるように。クルマはアクセルとフロレンスに任せる。

ケンはフロレンスの補助。

先ほどのセキュリティとの戦闘跡をみるかぎり、まだ危なくて外では戦わせられない。さっきまでは戦闘を避けるつもりだったから外に出していたが、此処からは確実に戦闘になるのだ。

バイクについては、この場所では役に立たないだろう。装甲車に積み込んでしまった。

ケンの言っていた場所に行くと。

なるほど。

いわゆるセキュリティ用の監視カメラが多数。

更に床には、侵入者迎撃用のポッドが多数置かれていた。

無闇に踏み込むと蜂の巣である。

叩けば、警備ロボットが山ほど出てくるだろう。

「警備システムは私とカレンとポチで対処する。 アクセル、フロレンス。 恐らく警備ロボットが出てくるから、それを処理してくれ」

「了解」

アクセルが、器用に装甲車を動かして、此方の背後を守る位置に出た。警備ロボットといえど、150ミリ砲の直撃を受けてしまえばひとたまりも無い。フロレンスも、バギーを動かして、戦える体勢を整えた。

同時に仕掛ける。

私が対物ライフルで、監視カメラを吹っ飛ばす。

同時に、迎撃ポッドが起動。

床から飛び出してきた。

銃座がついている。

だが、カレンが動く方が速い。ポチも即応。

カレンが銃座を真上から蹴りで叩き潰す。

ポチも、野戦砲を他のポッドに直撃させた。

その間、黙々と私も、対物ライフルをぶっ放し、残敵を処理していく。後ろでも戦闘音。案の定、警備ロボットが出てきたのだろう。

生き残ったポッドが反撃に出てくる。

私は装甲車の影に隠れ、射撃をやり過ごすと、対物ライフルをぶっ放す。

ポッドは十を超えているが。

カレンとポチの動きに対応仕切れず、銃弾も殆ど当てられていない。

二人とも一応チョッキは着ているが、その必要もない。

ここのところ、嫌と言うほど実戦をやったのだ。

カレンの腕も上がっている。

ポチも、コツを掴み始めているのだろう。

元々の野獣らしい鋭い動きで、次々敵を屠っていた。

後方で、150ミリ砲をぶっ放す音。

大物が出てきたのだろう。

前も早めに対処しなければならない。

早々に、対物ライフルで最後のポッドを打ち抜く。その後は、監視カメラを潰して、警備ロボットの処理に加わった。

人間大のロボットが、軽機銃を乱射しながら、此方に歩いて来る。

バギーと装甲車の機銃とバルカン砲で処理しているが、かなりの数だ。ハンター達が返り討ちに遭うのも納得である。ただ装備はそれほど強力でもない。最悪の場合、血路を開いて脱出する必要もあるかと思ったのだが。

かなり大きい警備ロボットもいるが、既に150ミリ砲の直撃で沈黙。

前に出ようとしたカレンに、釘を刺す。

「後は力を温存しろ」

「いいの?」

「多分、ここからが本番だ」

それだけでカレンは察してくれた。

 

アクセルとフロレンスを地下駐車場に残す。セキュリティの巣になっている場所は、クルマが流石に通れない。

押し寄せてくるロボットどもを蹴散らした後は。

狭い通路を通って、奥の扉を抜ける。

なお、念には念を入れ。

扉はそのまま、150ミリ砲で破壊した。

通った後に閉じ込められでもしたら目も当てられないからである。

シャッターなどが動く事も想定し。

壊れた警備ロボットを積み上げておく。

これで退路が塞がれることも無いだろう。

何よりだ。

あれだけの数の警備ロボット。

簡単に生産できる筈も無い。

此処から奥は、むしろブービートラップに注意を払うべきだろう。

奥に入ると、通路。

意外にシンプルな造りだ。

ただし、警備モードになっているらしく、殆どの扉にはシャッターが降りている。監視カメラは、見つけ次第すぐに対物ライフルで狙撃して潰した。

一つずつ、シャッターを壊して行く。

カレンが弾がもったいないと言って、技を叩き込んでシャッターを拉げさせ、引き裂いていく。

まあ鉄板をへし曲げる彼女のパワーだ。

これくらいは出来て当然か。

一つずつ部屋を見ていくが。

更衣室だったり。

或いはキッチンだったり。

電気はまだ通っているが。

冷蔵庫の中は、元が何か分からない、腐敗した黒い物体だけになっていた。

それはそうだろう。

このような場所は、まっさきに大破壊の後に放棄されたはずだ。

その時、冷蔵庫の中身なんて、気にしている余裕も無かっただろう。

徹底的にセキュリティを潰しながら移動し。

壁から角の向こうを覗き込もうとした瞬間。

殆ど反射的に身を引いていた。

向こうから、レーザーによる射撃である。

レーザーは確かに照射されたら避けようが無いが、照射するまでにためがある。それさえ把握すればどうにかなる。

もっとも、大破壊前の人間だったら無理だろう。

マリアに鍛えられた上に。

大破壊を乗り越え、強制的に強くなった人間である私だから出来たのだ。

すっとさっき壊した警備ロボットの腕を通路に出して見ると、正確無比に射撃してくる。連続で何度か出して見るが、どれもこれも破壊される。なかなかの精度だ。だが、射撃の間隔。

そして射撃してきている位置は把握した。

警備ロボットの頭を放り投げ。

それがレーザーで打ち抜かれた時には、私が飛び出し。

対物ライフルで、銃座を打ちぬいていた。

沈黙する銃座。

呼吸を整えると。

カレンが私を押し倒し。そして華麗な動きで跳躍すると、飛び出してきたチェーンソーを蹴り挙げ。

ロボットアームをへし折っていた。

「危なかったね」

「助かった」

二段構えのセキュリティか。

だが、これだけの強烈なセキュリティだ。

間違いなく。

この奥にコントロールルームとやらはあるだろう。

更に、監視カメラもあったので潰す。

通路を慎重に、慎重にいく。

ポチが即応。

背後から迫っていた警備ロボットの胴体を、野戦砲で吹き飛ばしていた。

何処に隠れていたのか。

まあいい。

通路に張り付くようにして、奥へ移動していく。

途中から、通路から離れ。

斜めに相手が隠れていないか確認。

その際もすり足で音を立てず。

少しずつ視界と。

此方の安全圏を確保する。

不意に飛び出したカレンが、掌底一撃。また警備ロボットを葬った。警備ロボットは、射撃する暇も無かった。

嘆息。

まだまだ敵戦力はいるが。

さっき駐車場でやりあったほどの数では無い。

まだまだどうにでもなる。

しばし無言で処理を進め。

やがて最深部に到達した。

警備室。

そう書いてある。

コントロールルームとやらがあるとすれば此処か。

周囲の安全は確保した。

フロレンスを連れてくる。

なお、アクセルとフロレンスの方でも、散発的に警備ロボットの攻撃を受けたらしい。装甲車もバギーも、相応にタイルが剥がされていた。

「コントロールを乗っ取れるか?」

「難しいでしょうね。 だから一旦電源を落としてしまいます」

「そうすると、どうなる」

「警備システムが止まります。 重戦車も、恐らくはそのままコンテナとクレーンで運ぶことが出来るでしょう」

なるほど。警備システムそのものを潰してしまうと言う訳か。

確かにコントロールルームで複雑な操作ができなくても。

それくらいは出来るだろう。

最深部は、複雑なコンピュータが幾つもあって。

フロレンスは操作していたが、やはり肩をすくめる。パスワードやら何やらで、色々と複雑な構造らしい。

此処の関係者でもなければ突破不可能。

しかもパスワードだとかは、残っている筈もない。

余程のうっかりなセキュリティだと、パスワードを紙に書いて残したりしているのだけれども。

流石にこれだけ厳重に固めている場所だ。

彼方此方調べて見たが、それらしいものはない。

職員達が暮らしていたらしいスペースも確認したが。

それも空振りだった。

時々残党の警備ロボットに襲われるので。

いい加減頭に来たこともある。

奥に警備システムの本体のコンピュータがあったので。

それの電源を無理矢理ぶち抜く。

更に、他のコンピュータも、同じように電源をぶち抜いていく。

その結果。

このブラド博物館の警備システムは。

完全に死んだ。

警備ロボットは停止。

電気は動いているのに、皮肉なものだ。

もう一度展示コーナーに乗り入れてみると、アリスが相変わらず案内をしてくれたけれども。

もう、警備システムは稼働せず。

監視カメラが死んでいるからか。アリスの解説も、極めてちぐはぐになっていた。

 

3、赤い狼

 

コンテナをレンタルして、アズサにウルフを牽引する。

バザースカは経由しない。

面倒な噂が流れるのは、出来るだけ後にしたいからだ。コンテナにウルフも隠してしまった。

アクセルが、移動中にウルフを調べる。

「Cユニットは、大破壊前の最新水準のものだな。 最初からダブルエンジンシステムが搭載されているみたいだぜ」

「重戦車には今や当たり前、というあれか」

「そうだ」

ダブルエンジンシステム。

クルマにとっての命とも言えるパワーパックを並列化して、一つが潰されても動くようにし。

なおかつパワーパックの特性を倍にすることで。

出力を二倍にも出来る。

このシステムと、地面にめり込まないようにする様々なテクノロジー、それに装甲タイルの誕生により。

重戦車は陸上戦艦とも呼べる強力な兵器と化したのだ。

それはCユニットがノアに乗っ取られた場合、凄まじい脅威と化す事も意味はしている。

実際大物賞金首の何体かは、こういう陸上戦艦クラスの重戦車だ。ノアの走狗になった場合の脅威度も計り知れないのである。更に大破壊前後は、歴史的に見ても巨大極まりない戦車が流行ったこともあり、今でも破壊されずノアの走狗となって暴れ回っている超巨大重戦車は存在している。

アズサに到着。

ケンが疲れ切っているようなので、流石に休ませる。

戦闘を間近で見せる。

それだけでも、相当に疲弊するものなのだ。

至近距離に、命を捨てて迫ってくる戦闘ロボットの群れ。

それは人間に似せて作ってあり。

しかしながら、腕が粉砕されようが頭が無くなろうが、動かなくなるまで襲ってくる。

それを機銃や主砲で吹き飛ばし。

粉々にすれば、オイルや機械のパーツが吹っ飛ぶ。

それを延々と見せられたのだ。

そして今後は、自分がCユニットに指示し、それをやらなければならないし。

場合によっては、自分自身の手で。

人間を。

ああいう風に。

殺さなければならない。

それを悟ったからか。

ケンは青ざめていた。

まだ覚悟が足りない、という奴だが。

しかしながら、それでいい。

今の時点では、覚悟は決まりきっていなくてもいいのだ。

その内、嫌でも覚悟なんて決まるのだから。

生き残れば、の話だが。

アズサの整備ドッグに、ウルフを収納。レンタルのコンテナを返しに行く。そして、ウルフに搭載されていた、大破壊前に主流だった200ミリ砲の隣を調整して。

其処にサイゴンが背中に乗せていた砲をつける。

また、最初からウルフには、対空迎撃ミサイルである小型パトリオットが搭載されていた。正確にはウルフの奥に置かれていて、見に行った時は視認できなかった。クレーンを使ってコンテナに入れるときに気付いたのだ。勿論装着も出来た。

古くは巨大だったパトリオットも。

今は五十センチほどのサイズにまで小型化。

各地のトレーダーが、ミサイルを取り扱うほどに普及している。

ノアから奪い返した工場で、生産できているのだ。

エンジンについてだが。

サイゴンから鹵獲した砲を載せても、まだまだ余裕がある。対戦車ミサイルを載せられるかとアクセルに聞いた所、満面の笑みで頷かれた。

これらを全てやると。

サイゴンの賞金がほぼ消し飛ぶが。

今まで彼方此方移動する過程で、雑魚を散々狩って、それらを換金している。まだ多少の余裕はある。

二日ほどかかる作業だが。

その間くらいは、休むのも良いだろう。

一旦解散。

私は今回それほど酷い手傷を負わなかったこともあり、カレンと一緒に組み手をする。相手の動きをよく見ることで、かなり実力を向上させられる。

ケンは実戦を間近で見たことで、次の段階だ。

人間を相手に銃を撃てるように。

人間を斬ることが出来るように。

訓練をする。

使うのは模擬刀やペイント弾だが。

それでも倒される役の人間は、出来るだけリアルに死を演出してみせる。

これは劇では無い。

実際にこれから起きる事を経験することで、少しでも負荷を緩和する。

そして集団心理で楽にならないように。

一人ずつやっていくことだ。

アズサに引き取られたり、アズサで生まれた子供は、みんなこれを経験する。戦闘に連れて行かれるのも、かなり幼い頃からだ。

大人は出来るだけそういう子供を守るが。

それでも死ぬ子は出る。

ケンも覚悟を決めて出てきた以上。

死ぬ事は、前提に考えて貰わなければならない。

フロレンスが、組み手をしている私とカレンの所に来る。

「レナさん」

「どうした」

「どうやら、エルニニョで動きがあった様子です。 検問を突破されたことで、メンドーザが絞り上げられたのでしょう。 かなり激しい戦いが、抵抗組織との間で起こったようですね」

「そうか」

結果は。

死者はそれほど出なかったようだが。

抵抗組織の方が、怖じ気づいてしまったらしい。

まあそうだろうなと、私は思ったが。

それ以上は言わない。

かなりの人数がエルニニョを抜けて、ハトバに流れ込んだ様子だ。検問を復旧する余力はエルニニョのバイアスグラップラーには無く、逃げる奴を追うことも出来ないようだったが。

それに、抵抗組織の戦力が弱体化したことは、メンドーザでも掴んだのだろう。

それならば、後は一旦放置だろう。

敵が弱体化したのは事実だし。

それに何より、此処から更に攻勢を強化すれば、死にものぐるいの反撃を受けて手痛い打撃を受けかねない。

「様子を見に行きますか」

「そうだな……」

ウルフは出来るだけ完璧に仕上げたい。

初陣の相手となるだろうスカンクス麾下の機甲部隊は、規模的にも相当だと聞いている。真正面からやりあったら、幾らウルフでも危ないだろう。敵の実力を見る意味でもまずは威力偵察。

その後に、敵の首魁を仕留めたい。

だが、相手はグラップラー四天王の一角。

如何にマリアに倒された前任の代わりとして昇格したとは言え、戦闘力は侮れない筈だ。内部情報がもっと欲しい。

更に、である。

後方、周辺に味方を更に確保したい。

「分かった、エルニニョに向かおう。 現時点での戦力を見て、可能なら陥落させる」

「わかりました。 ウルフはどうします」

「今の時点では完璧に仕上げるためにも、時間は作っておきたい」

アクセルに話に行く。

これからエルニニョの様子を見に行く。

更に二日追加で時間をやるから。

好きなように。

つまりより完璧に仕上げてくれ。

そういうと、アクセルは。

満面の笑みを浮かべた。

「マジか!」

「ああ、好きなように、徹底的にチューニングしてくれ。 お前が考える最強のクルマにしてくれて構わないぞ」

「今ある武装だとそれは厳しいんだよなあ。 レーザー系の迎撃兵器が欲しいが、流石にこの辺じゃ扱ってないし」

レーザー系の実弾迎撃兵器は、Cユニットと組み合わさったことで完成した、強力な対空迎撃兵器で。

一時期は対戦車用に猛威を振るったRPG7等の実体兵器を、悉く叩き落とすことが可能になった恐るべき兵器である。

対応するには、敵の能力を超えた飽和攻撃を仕掛けるか。

それとも肉弾攻撃を挑むしか無い。

相手の戦車にゼロ距離射撃を挑む手もあるが。

これは当然リスクが大きい。

「兎に角頼むぞ」

「分かってる。 できる限りの武装はしてみる」

「借金だけはするな」

「それも分かってる」

借金は非常に面倒だ。今の時代でも、それは変わらない。

ましてや命が紙より安い時代だ。

借金のカタがどうなるかなんて。

それこそ言うまでも無いだろう。

装甲車とバギー。それにバイクに分乗してエルニニョに向かう。

途中遭遇する可能性がある賞金首はもういないが。

その代わり、バイアスグラップラーが警備に腰を入れている可能性がある。

あまり油断は出来ない。

隊列を保ったまま、油断無く進む。

いずれこれにウルフを加えれば。

ちょっとしたコンボイを組む事が出来る。

そうなれば、トレーダーの護衛などをして、小遣いを稼ぐことも出来るだろう。勿論、情報も得られるはず。

バイアスグラップラーさえ不可侵なトレーダーである。

彼らの持つ情報は、大きいし。

色々と興味深いのだ。

途中、燃料補給でハトバによると。

案の定、エルニニョに向かうというトレーダーに護衛を頼まれた。

快く受けて立つ。

荷物を牽引しても、余裕があるくらい、装甲車にはまだ馬力が残っているのだ。

これくらいは平気である。

トレーダーに聞くと。

色々と面白い話が聞けた。

「ハトバに面白いじいさんがいてね。 ビイハブ船長というのだけれど」

「海で何かしているのか」

「賞金首の、Uーシャークを追っているそうだよ」

「ほう……」

U−シャークか。

当然賞金首で、しかも賞金額万越えの手強い相手だ。サイゴンより数倍は手強いと見て良いだろう。

今までも幾つもの船を沈めているとかで。

定期船も何度か被害にあっているという。

定期船は重戦車を持っているレベルのハンターが護衛につくことが基本なのだけれども。それでも、である。

つまりそれくらい、強力な相手だと言う事だ。

しかも、自衛能力を持っている定期船に対し、好戦的に仕掛けてくると言う事で。悪い意味で頭も悪い。

文字通りの見境無し。

此奴の存在のため、いわゆるサルベージ業を生業にしている人間は、皆命がけだという。

元々「海」には強いモンスターが多いのに、なおさらである。

「あんた達のクルマじゃ、流石に無理か」

「そうだな。 まだ力不足かもしれん」

「ま、頑張って重戦車を手に入れなよ」

此方の背が低いからか。

それともトレーダーだから何もされないと思っているのか。

非常になれなれしいトレーダー。

私は話を聞くためだと思って我慢する。

此奴らの情報は、実際有用なのだ。

エルニニョにつく。

クルマは街の外に停める。トレーダーは街まで徒歩で案内。

その後、全員で一旦クルマの所まで戻り。

街の警備を確認した。

どうやら、抵抗勢力が弱体化したから、だろう。

更にグラップラーの連中は鈍っているようだった。

かなり綱紀が乱れているのが見て取れる。

見張りは流石にきちんと仕事をしているが。

それだけだ。

抵抗勢力がいなくなっても、モンスターは出る。

この間デスペロイドを私が始末したと言っても。

今の時代。

賞金首クラスのモンスターは、いつ現れても不思議では無い。

バザースカに至っては、固定の大型砲で武装していたくらいである。人間が住んでいる街には、定期的にモンスターが仕掛けてくるのだ。ノアが、そうけしかけているから、である。

フロレンスにはポチを連れてそのまま警戒して貰い。

私とカレンだけで街に入る。

腑抜けだとかの団に接触すると。

案の定、団員は目立って減っていた。

流石に幹部からは抜ける者はいない様子だが。

それでも、ボスをしているリッチーは、腐りきっているようだった。

「情けない有様だな」

「あんたか。 噂は聞いてるぜ。 アダムアントをブッ殺して、捕まってた何十人も助けたんだろ。 後サイゴンも殺したとか」

「そうだ。 楽には勝たせて貰えなかったがな」

「どうだ、金なら出すから、メンドーザを始末してくれないか」

ストレートに来たものだ。

だが、私は断る。

「今の時点でメンドーザを殺しても、北の塔にいるスカンクスが黙っていないぞ。 恐らく強力なクルマを複数従えた討伐部隊が来る。 メンドーザみたいな小物とは違う、血も涙も無い本物の悪魔みたいな幹部が居座ることになるだろうな」

「だったら、黙って今の状況を」

「私がスカンクスを仕留める」

黙り込むその場の全員。

勿論、簡単な事じゃ無い。

私の実力だと、ウルフ込みでもまだ届かないだろう。

「スカンクスを仕留めれば、バイアスグラップラーの実質支配地域はかなり狭まることになる。 この街にも、バイアスグラップラーの部隊が攻めこんでくる事は無くなるはずだ」

「そ、そんな、まさか。 真っ正面から奴らに喧嘩を売るのか。 正気か」

「生憎私は大まじめだ。 そしてスカンクスが指揮している部隊を瓦解させない限り、この腑抜けどころか、腕利きのハンターが寄って集っても、この街を取り返すことは不可能だ。 取り返しても、すぐにお代わりが来るだけだ」

「……」

青ざめているリッチー。

自分たちがどれだけ危ない橋を渡っているか。

今更ながらに気付いたのだろう。

リュックから、どっちゃりと武器を出す。

いずれも軽火器だが。

ヴラド博物館の警備ルームから見つけた、護身用のものだ。対人用だが、アサルトライフルや、ハンドバルカンもある。

大型モンスターには通じないが。

これだけあれば、武器だけは不自由しないだろう。

「今してやれる支援はこれだけだ。 お前達は、私がスカンクスを倒しやすいように、メンドーザの注意を引き続けてくれ。 見返りに、スカンクスを葬った後は、メンドーザの首を私が刎ねてやる」

「……わ、分かった」

「では頼むぞ」

そのままの足で、ヌッカの酒場に出る。

使えそうな奴はいないかと聞くと。

ゲイのマスターは、少し考え込んだ後、言う。

「少し前にマドの街が襲撃されたじゃない。 その時に殺されたフェイってハンターの妹が、彼方此方で仲間を探しているらしいわよ。 かなりの腕利きで、別の地方に現れたスナザメを仕留めたこともあるとか」

「ほう。 それは頼もしいな。 クルマは持っているのか」

「いいえ、いわゆるソルジャーね」

ソルジャーか。

打撃格闘戦を得意とするレスラーとは違って、武器を使って敵と戦うタイプの役割を、今はそう称する。

昔は兵士という職業が、大体これに当たったようだが。

今ではソルジャーと言えば、武器戦闘のエキスパートのことを意味する。

一人は仲間に欲しいと思っていた所だ。

「名前は」

「ミシカというらしいわよ。 ハトバで見かけたって聞いたけれど、それ以降は話を聞かないわねえ」

「……」

無茶をして、死んでいないと良いが。

兎に角、他に人材はいないかと聞くが、首を横に振られる。

まあ、この間の小競り合いで、大勢が抜けたらしいのだ。人材どころでは、正直ないのだろう。

いずれにしても此処での用事はもう終わりだ。

軽くマドに寄って、余剰の金を長老に渡していく。

再建は少しずつ進んでいるが。

それでも、まだまだ。

どうにか自衛用の銃座などは準備できているようだが。最低限の常駐戦力くらいは必要だろう。

今は私が落とした金を使って、用心棒をやとっているようだが。

それほど優れた人員は来てくれないようだ。

無理も無い。

あのテッドブロイラーに焼かれたのだから。

同じ目にあいたいと思う奴なんて、いないだろう。

後は、そのままアズサに戻る。

そろそろ、ウルフが完成しているはずだ。

だが、だからといって、正面から乗り込んでたたきつぶせるほど、敵は甘くはないだろう。

作戦を。

威力偵察を行った後、念入りに練らなければならなかった。

 

4、ミシカ

 

アズサに、運び込まれてきた急患は、死にかけていた。

私が到着すると同時である。

なんでも、マドから移動してきたらしいドクターミンチが、今アズサにいるらしいのだけれど。

急患を診て、露骨にいやそうな顔をした。

そういえば、この男とまともに顔を合わせるのは初めてか。

前は意識がはっきりしていなかったし。

「わしの専門は、死体だといっとるじゃろう」

「バカ言わずに診てください!」

急患と聞いて、飛び出していったフロレンスが、バイタルを調べ始めている。彼女も医師だが、ドクターミンチは、黒焦げになって死にかけていた私を蘇生させた実績がある。医師としての実力はミンチの方が上だろう。

なお、ミンチは小型のコンテナを持ち込んでいたが。

つぎはぎだらけの、人間とは思えない大男を従え。

奥には、なんと脳みそが入った水槽が浮かんでいた。

私としては、あまり興味も無かったのだが。

運び込まれてきたのがミシカという名前だと聞いて、様子を見に来たのだ。

何でもスカンクスがいるタワーの方から、血だらけで歩いて来るのを、巡回に出ていたアズサの戦士が見つけたらしい。

ひょっとするとこれは。

一人でカチコミを掛けて。

返り討ちにあったのかも知れない。

「心肺停止!」

「やっと死んだか! では蘇るが良い、この電撃で!」

もの凄い閃光が走る。

何だか知らないが。

いわゆるAEDではないだろう。

何だかよく分からない電気ショックで、生体細胞を活性化させ、無理矢理蘇生させているらしい。

つぎはぎの大男が言う。

「博士は、いとしいしとを助けるために、あの技術を開発したのですだ。 おれの仕事は、博士の研究に必要ないきのいい死体を探してくることですだ」

「いきのいい死体とは、矛盾した言葉だな」

「死んですぐなら、大体生き返るようになっただ。 あそこの脳みそは、博士のいとしいしとのローラさんですだ。 世界で一番美しい脳みそですだ。 あの人の体はどうしても生き返らなかったけれど、脳みそだけは生き返ったのですだ」

「へー……」

私も流石についていけない世界だが。

実際にミシカの全身がびくんと跳ねると。

激しく咳き込んだ。

蘇生したらしい。

後はフロレンスが処置を始める。

ミシカは何度も血を吐いたが。もうドクターミンチは興味が無いようだった。

「また死んだら持ってきなさい」

「絵に描いたようなマッドサイエンティストだな。 命の恩人だからあまり悪くは言えないが……」

「あなたも死んだら、来るといいだよ」

「そうだな」

大男に返すと、ミシカを引き取る。

フロレンスによると、あの謎の電撃による蘇生効果は強烈で、死にかけていた全身が一気に覚醒。

回復に向かっているという。

テントの一つで、治療を行っているが。

ミシカは既に、意識もはっきりしていた。

「くそっ、バイアスグラップラーめ……」

「お前、ミシカというそうだな。 フェイという名前に聞き覚えは」

「アタシの兄貴だ!」

「そうか。 そのフェイと一緒に殺されたマリアは、私の育ての親だ」

ミシカは興味を持ったらしく。

此方を見る。

目には、やはり。

獄炎が宿っていた。

「兄貴は、いい奴だった……」

声色が、明らかに兄に対する言葉ではない。

大体の事情を、私は悟る。

「血はつながっていなかったのか?」

「そ、それは、今の時代じゃ珍しくも無い。 でも、あこがれだった」

「……」

まあそういうことだろう。

私は、ゆっくり話しかけて、情報を聞き出していく。

「私もバイアスグラップラーを皆殺しにするために動いている。 お前、スナザメを一人で倒したそうだな」

「……ほとんど相打ちだったけれどな」

「それならば好都合。 此方もこれからスカンクスを殺そうと思っていた所だ。 協力してくれれば有り難い。 前衛戦力が三人になれば、かなり戦力を強化出来る」

「……」

ミシカは黙り込み、視線をそらす。

私は、ゆっくり。

情報を引き出していく。

「スカンクスに一人で喧嘩を売りに行ったんだな。 塔には入れたのか」

「ああ。 嘲笑いながらバイアスグラップラーどもは見ていた。 挑戦者については、いつでも受け付けているそうだ」

「ほう……」

「スカンクスは、とんでもない化け物だった。 これでも腕には自身があったが、とてもではないが勝てる気がしなかった」

噂通り、巨大な猿の姿をしているスカンクスは。

四本の腕にそれぞれ巨大な武器を持ち。

手榴弾を間断なく投げつけ。

凄まじい火力でミシカを圧倒したという。

生半可なクルマじゃ、一瞬でスクラップにされる。

そうミシカは断言した。

殆どまともな戦いにならず。必死に逃げ回りながら戦い。

その内、四階くらいで追いつかれた。

手榴弾の爆風で吹っ飛ばされ、窓から落ち。

そして、下が砂だったから、即死はしなかったが。

後は笑うバイアスグラップラーの兵士共を背に、逃げるしか無かった、ということだった。

その途中で力尽きたのだろう。

というか、それは運がとてもいい。

普通だったら、モンスターに途中で襲われて、骨も残さずしゃぶられていただろうから。

フロレンスに聞く。

回復まで、どれくらいかかるかと。

一週間、と言う話だった。

それならば、丁度いい。

ウルフの試運転だ。

威力偵察ついでに。

スカンクスの戦力を、可能な限り削り取ってやる。

 

(続)