故郷へ

 

序、検問突破

 

大破壊前に作られ、その下を戦艦が通ることが出来るほど巨大な橋。今の時代は、技術があったとしても、此処までの資材を揃える事は出来ないし。何より、作るための人員も動員できないだろう。

橋は強化コンクリートで作られていて。

生半可な砲撃程度では崩落しない。

私は橋の周囲を見て回る。

予想通りの地形だ。話に聞いていたとおり、近くに小高い丘があって、其処から橋を検問しているバイアスグラップラーの兵士達が見下ろせる。

本来なら此処から鴨撃ちと行きたい所だが。

話に聞いているとおり、二機のクルマ。どちらも軽装甲車だろう、がいて。

厄介なことに、聞いている以上に重武装だ。

橋の左側に陣取っている方は、120ミリ滑空砲を搭載している。

大破壊前に、大型戦車用に開発されたという200ミリや、220ミリクラスの戦車砲に比べると非力だけれども。

うちのバギーに直撃したら、一撃でタイルを全部持って行かれ。二撃目で木っ端みじんになるだろう。

もう一機、右側にいる方は。

長距離支援用と思われるミサイルポッドを搭載している。

あれが迎撃ミサイルだと厄介だった。

ドリフトして振り返りながらの精密射撃、等という事が出来るように。現在のクルマを動かすためのCユニットは、人間の反応速度以上で動く。

下手をすると。

実体弾は、全部まとめて迎撃される可能性さえある。

だがあの軽装甲車に搭載されているミサイルポッドは、おそらくATM(対戦車ミサイル)だ。

しかもそんなに良い対戦車ミサイルではない。

その辺でトレーダーから入手できる代物だろう。

ならば、作戦は予定通りにやる。

カレンと私が正面から突入。

同時に左側の軽装甲車に、丘の上から砲撃。アクセルが操作するにしても、Cユニットの補助がある。

まず間違いなくたたきつぶせる。

そして私は。

手元にある対装甲爆薬を、右側のクルマに貼り付け、爆破。

ミサイルが却ってこの場合、此方に有利になる。

誘爆すれば、確実に撃破できる。

見たところ、装甲タイルもそれほど分厚く貼っていない。これで決められるだろう。

勿論、念には念を入れ。

隠し球も用意はする。

私はハンドキャノンは置いて、手元にはマリア譲りの剣と、対物ライフルを残す。

どっちかのクルマを仕留め損ねたら、対物ライフルでとどめを刺す。

後はグラップラーどもを掃討しておしまいだ。

アクセルとフロレンス、ケンを丘の上に残すと。

私はカレンと一緒に丘を降りる。

そして、もはや禿げていたり、禿げ掛けている、ぼこぼこのアスファルトの道を通り、そのまままっすぐ検問へ進む。

合図は、私がグラップラーに話しかけられた瞬間だ。

ケンとフロレンスが、アクセルに合図を出す。

同時に砲撃。

一気呵成に仕留める。

橋の前では、困り果てた様子のハンターが数人屯していた。橋の上に小さな家屋があるのだけれども。

其処で足止めを食っているらしい。

マドの街の件もあったので。

その残党狩りをバイアスグラップラーがしているらしく。

特にハンターは、この橋を通れないそうだ。

だったらマドに来ればいいものを。

まあマドにいたハンターはあのテッドブロイラーが皆殺しにしたし、マドはまだ復興途上。

彼処に残るくらいなら。

バイアスグラップラーの勢力が浸透していない街に逃げ込む、とでも判断したという所か。

いずれにしても、どうでもいい。

丘の上から確認したが、敵の数は四十人程度。

手練れなら兎も角。

殆どが素人だ。

此処にいるハンターにしても、クルマ持ちがいるだろうに。此処までこけにされて何も思わないのか。

マリアだったら確実に押し通っていただろうし。

今から私も。

そうする。

橋をカレンとならんで歩いて行くと。

検問の近くで、アサルトライフルで武装しているバイアスグラップラーの歩哨が、銃口を向けてきた。呆れたことに、今時対人用のアサルトライフルだ。クルマがいるから、大丈夫だとでも思っているのだろうか。確かにクルマは人間に対しては威嚇の効果を発揮するが、此処は川の上。

すぐ近くにある海には強力なモンスターがうようよいるし。

何より賞金首級のモンスターが、現時点でも最低三体確認されている。そのいずれもが、手練れのハンターでさえ尻込みするレベルの相手で。

あくまで海を縄張りにしているだけのことで、状況次第には川にも遡及してくる相手なのだが。

後ろには、二機のクルマ。

他にクルマを隠せるスペースは無い。

「止まれ!」

「何故?」

「此処は検問中だ! トレーダーいが……」

爆裂。

私から見て左側のクルマの側面に、150ミリ砲が直撃したのだ。

タイルは一瞬で全損、貫通。

乗っていた奴は蒸し焼きである。

そして、その時には。

私は前に躍り出。

二人の頸動脈を剣で斬りつつ。

跳躍。

もう一機、慌ててミサイルの準備を開始したクルマの上に爆薬を貼り付け、飛び抜けながら起爆した。

爆裂。

ミサイルに誘爆。

混乱する敵の中を駆け抜けながら、片っ端から斬る。

乱戦になると、銃よりもこういう近接武器の方が有利だ。敵は案の定慌てきって、フレンドリファイヤまでする有様だった。カレンも片っ端から敵を薙ぎ払っている。鉄板を曲げる一撃だ。

人間など、浴びたらひとたまりも無い。

見る間に四十人の集団が溶けていく。

一人も残さない。

まもなく、アクセルが操縦するバギーが来る。ちなみにバイクは荷台に乗せている状況である。

血に染まった橋。

私が25人。

カレンが15人。

最後の一人は命乞いをしていたが。

容赦なく首を刎ねた。

敵は半分を割った辺りから完全に戦意を喪失していたが、此奴らがやっていたことを考えれば当然の処置である。

殺した事には。

何ら哀しみを覚えない。

「派手にやったな……」

「使えそうな装備を回収。 アクセル、ケン、急げ。 フロレンスは、生きている奴がいないか確認しろ。 生きている奴がいたら止めをさせ」

「了解」

「カレン、私と見張りだ。 後、装備回収が終わった死体を橋から捨てる」

ぱっぱと役割を分担すると。

制圧した橋を見回す。

奥の方にも、増援がいるような詰め所はない。私はバギーを操作して、早々にバリケードを崩した。

壊したクルマ二台だが。

どっちも完全にお釈迦だ。

Cユニットも完全に壊れてしまっているし。ミサイルも駄目だ。

ただ、120ミリ砲はまだ使えそうである。

これは持ち帰って、いずれ何かの役に立てても良いかもしれない。150ミリ砲より火力は劣るが。

今の時代、エンジンによっては、主砲を複数つける事は可能だし。

なにより、多砲塔戦車も、Cユニットの制御によって、現実的に運用することが出来るのだ。

古い時代は、多砲塔戦車は失敗戦車の見本、みたいに言われた事もあったらしいのだけれども。

今の時代は。

現実的な兵器なのである。

実際、カスタマイズされたCユニットの中には、最大で五門の主砲を連射するものも存在していて。

多砲塔型の重戦車は、ハンターにも一定の人気がある。

ただ、流石にそんな強力な戦車を使いこなせているハンターは、一握りも一握り。

私もアズサにいた頃二回。

マリアに連れられていた頃四回。

見かけただけだ。

アサルトライフルや手榴弾の類も敵は持たされていたが。

それらも全て鹵獲。

衣服も剥ぎ取り次第、全て死体は川に捨てる。

後は、モンスターが全て始末してくれる。

「レナさん!」

ケンが声を掛けてくる。

川の下流から。

戦艦が上がってくる。

戦艦といっても、今の時代の奴は、全長100メートル程度しかないような奴だけれども。

それでも、圧倒的な威圧感だ。

幸い、死体の処理はだいたい終わっている。

すぐにバイクを降ろし。

他の面子は、安全なところまで退避させる。

私は、その場に残り。

見下ろす。

死体を投げ落としたことに気付いたからだろう。

戦艦から上がって来た奴がいる。

見忘れるはずも無い。

テッドブロイラー。

彼奴だ。

しばし、視線が交錯。

いや、本当は一瞬だけだろう。

だが、それでも、随分長い間に感じられた。

戦艦はそのまま橋の下を通り。

壊滅した検問には目もくれず。

海に入り、東へ去って行った。

つまり、少なくとも此処から見て東に移動した、という事だ。本拠に戻ったのか、それとも。

いずれにしても、バイアスグラップラーが、海と呼ばれるこの大きな湖を中心に勢力を広げているのは事実。

湖岸のどこかに本拠地があってもおかしくはない。

綺麗さっぱり。

血だけを残して消えた検問を一瞥すると、私は一度皆の所に戻る。

その途上。

途中から戦闘を見ていたらしい、検問に引っ掛かっていた人々が、宿から出てきた。

流れ弾に当たらないように、途中までは隠れていたようだが。

まあそれが普通だ。

私も、バイアスグラップラーと戦わないような奴は死ね、等というつもりはない。今の時代、誰もが生きていくので精一杯。

私のような生き方を。

強制することはしないし。

するつもりもない。

そそくさと、血まみれの海を通っていくハンターが何人か。

この辺りは図太いし。

今の時代を生きる人間らしさを感じられて面白い。

宿の主が、声を掛けてくる。

「あ、あんた、こんな事して大丈夫なのか」

「バイアスグラップラーは皆殺しだ。 それだけだ」

「……」

「ではな」

その場を去り、皆と合流。

基本的にフードを被ったままだから、顔は見せていない。

攻撃の基点にしていた丘に、皆集まっていた。

此処からどうするかは、決めてある。

作戦が失敗したと判断した場合は、マドの街に逃げて、その後各自潜伏する。

成功したと判断した場合は。

検問を突破。

次のハトバの街にまで行く。

ハトバは検問の北東にある小さな街だが。

海に面しているため、此処から定期船が出ている。

問題は、安全ではないと言う事で。

定期船には基本的に用心棒が乗ることになる。

今の時点で、海にて確認されている賞金首は三体。このうち二体が、定期船の航路上に出没する上。

最悪の場合、二体同時に襲いかかってくる事もある。

このため、定期船には、重戦車を持っているハンターが乗り込んでいて。それでも死ぬ覚悟がある者だけが、利用するという。

なお、この好戦的な賞金首二体は、どちらも今まで私が戦った賞金首とは文字通り桁外れの賞金額が掛かっている強力なモンスターで。

現時点では、対抗手段が無い。

今はそういう意味でも、海に出るつもりは無いし。

ハトバは経由地点。

此処で補給を済ませたら、早々にアズサに。

マリアの故郷であり。

私の第二の故郷である場所に向かうつもりだ。

情報を得て。

戦力を整えるためにも。

ハトバに到着。

エルニニョの半分ほどの規模だけれども、此処はトレーダーにとって重要な街だから、という理由からか。バイアスグラップラーの姿は見かけられない。とはいっても、バイアスグラップラーの兵士らしい連中はいるにはいる。

多分、巡回はしに来ている、くらいの感覚なのだろう。

ハトバは奴らの勢力範囲内だし。

いずれ人員が増えたら、此処も完全に制圧するつもりなのかも知れない。

しかしざっと見たところ。

此処の街には、相当な手練れのハンターが多い。

バイアスグラップラーの連中にしても、完全制圧するつもりなら、相応の犠牲を覚悟しなければならないだろう。

しかもトレーダーが多い関係上。

テッドブロイラーのような破壊的な奴が出てきて、暴れるわけにもいかない。

色々面倒くさい事もあって。

放置しているのだろうなと、私は判断した。

いずれにしても、だ。

早々に休む事にする。

宿は何部屋かとったので、男衆と女衆に別れて雑魚寝。

荷物はロックを掛けたバギーの中に入れ。

適当に休んだ後。

私はハンターズオフィスに顔を出す。

早速。

検問破りの話は、噂になっているようだった。

「バイアスグラップラーに真っ正面から喧嘩を売った奴がいるらしいぜ」

「ああ、エルニニョ西の検問が潰されたってんだろ。 40人近くが皆殺しにされて、クルマも潰されたってよ」

「そりゃすげえな」

「北の塔にいるスカンクスが黙ってないだろうな。 いずれ大規模な討伐部隊を出してくるんじゃないのか」

スカンクスか。

まだ情報が足りないが、この近辺のグラップラーの軍事統括をしている大幹部。四天王と呼ばれる一人であるらしい。

マリアに倒された前の四天王に代わって四天王に格上げされたらしいが。

まだ経歴が浅いため、情報が少ない。

いずれにしても、まだ戦って勝てる相手では無い。

戦力を増やして。

全てはそれからだ。

雑談を聞き流しながら、ハンターズオフィスの情報屋に話しかける。この街のオフィスは、そこそこ大きなビルにあるのだけれど。

これはバイアスグラップラーの勢力が、あまりこの街では浸透していないからだろう。

髭を蓄えた元ハンターらしい情報屋は。

私を一瞬だけ見て。

そして、咳払いした。

「西の森が、かなりまずい事になっている」

「詳しく」

「まず、少し前から近隣の集落や移動中のトレーダーを襲っていた大蟻の軍団の親玉であるアダムアントの巣穴が確認された。 狡猾なことに戦車が入り込めるサイズではなく、何人か出向いたハンターも生還していない。 コレを鑑みて、アダムアントの賞金額は6500Gに増額された」

「なるほど」

前は5000Gだったのだが、かなり増えたことになる。

更に、である。

「西の森の奥地に、巨大な人食い植物が発見された。 此処も地盤が悪くて、戦車が乗り入れられない。 千手沙華と命名したこの危険植物には、ハンターズギルドでも注意喚起が行われている」

「注意喚起か」

「ああ。 あんたもそこそこの手練れのようだが、多分十中八九勝てないぞ。 賞金額は12500G。 しかも戦車無しで戦わなければならない相手だ。 もっと実力がついてから戦うんだな」

頷く。

流石に現状の戦力で、賞金額万単位の相手とやりあう気は無い。それでは、復讐が果たせなくなる。

スカンクスについて聞く。

そうすると、周囲を軽く見回した上で、情報屋は答えてくれる。

「北にあるグラップラーの軍事拠点に新しく赴任してきた化け物だな。 猿のような姿をしていると言う噂はあったが、この間逃げ出してきた元グラップラーの兵士から、確報が取れた」

「逃げ出してきた?」

「かんしゃくを起こして、すぐに部下を見境無く殺すらしい。 逃げ出す兵士が多発しているようだ」

ほう。

これは好機かも知れない。

詳しく話を聞く。

部下にまったく信頼されていない上司に率いられた軍は、ちょっとした切っ掛けで瓦解を起こす。

恐怖によるカリスマもある。

だが、話を聞く限り、スカンクスにそれはない。

「身長三メートル近い巨大な猿で、腕は四本。 軍人気取りか、軍服を着込み、それぞれの手に大型の武器を手にしているそうだ」

「完全に化け物だな」

「他のグラップラー四天王も似たようなものだが、バイアスグラップラーでは、以前壊滅した冷血党という組織が完成させた生体合成技術を大々的に使っているらしく、どいつもこいつも化け物としか言えない幹部だらけだそうだ。 皮肉な話で、あのテッドブロイラーが一番人間らしく見えるらしい」

そうか、あいつがか。

まあいい。

情報料を払うと、ハンターズオフィスを出る。

さて、考えどころだが。

一旦アズサに行く事に代わりはない。

アズサも、武器は幾らでも必要だろう。今回鹵獲した武器は、それなりの値段で引き取ってくれるはずだ。

それに、バイアスグラップラーの兵士達から鹵獲した武器を、そのまま換金するわけにもいかない。

リスクが高すぎるからである。

考え事をしながら、歩いていると。

酒場を飛び出してくる、カウボーイハットの女を見る。かなりの使い手の様子だが、目が血走っていた。

一瞬だけ、視線が合うが、それだけ。

雨が。猛毒の酸性雨が降り出す中。

その女は。金髪をばたばたと風に嬲らせて。走っていった。

 

1、アズサ

 

ハトバの西には、広大な森が拡がっている。

ハンターズオフィスで、絶対に立ち入らないようにと言われている場所だ。トレーダー達も一旦キャンプを引き払っているという。昔から多くの危険があった地域で。今では珍しい森という場所にもかかわらず。人間は立ち入ることを推奨されていない。

酸の雨が降るにもかかわらず、繁殖している植物だ。

まともなものであるはずもない。

更に、その植物の生い茂る森に生息している動物たち。

いずれも凶暴。

ノアの手が入っているものもたくさんいる。

そんな連中が群れを成している上に。

地面はぬかるんでいて、クルマで入るのは非常に不適。

というわけで、ハンターが入りにくい条件が幾つも重なった結果。今までも、此処には何度も強豪賞金首が住み着き。

退治するために、ハンターズオフィスは何度も高額賞金を掛け。

それを目当てに、多くのハンターが命を落としていったという。

此処の他にも、魔境と呼ばれる地域は、近場に幾つかある。

有名なのは、イスラポルト近辺。

この辺りには、スクラヴードゥーと呼ばれる巨大ながらくたの集合体モンスターが複数確認されているのだが。

これが生半可な賞金首を鼻で笑う戦力を持ち。

重戦車に乗って意気揚々と出て行ったハンターが、あっという間にクルマを壊されて命からがら逃げ帰ってきた、という笑い話のような実話が存在している。

いずれにしても、まだ私には近寄ることが出来ない地域だ。

まずはアズサを目指す。

アズサは知ってさえいれば非常に目立つ。

森に沿って北上していくと、やがて壊れた橋のような建造物が見えてくる。その建造物の上には、翠色をした長い何か。

橋は非常に高く。

そして強度もある。

今ではあの橋は、ただの柱になっていて。

橋のような建造物は、ただ其処にあるだけだが。

大破壊の前は。

なんとあの橋のようなものはずっと延々と続いていて。遠くへと、一瞬であの翠色の建造物を送り届けていたという。

凄いテクノロジーだ。

現状、バギーはアクセルが操縦し。フロレンスとケンが乗り。

バイクは私が操縦し、後部座席にはカレンが乗っている。

速度はそれほど上げない。

この近くには、サイゴンという厄介な賞金首が出るためだ。

強襲を仕掛けられたときに対応するためにも。

巡航速度は低めに保ち。

戦いを挑まれたとき、即応できるようにしておかなければならない。

夕方になったので、一旦近場のトレーダーキャンプに寄る。

こういう所では、ハンターとの互助関係を構築している場合が多く。

ハンターが見張りをする代わり。

向こう側が弾薬や食糧、寝床を提供する、というようなケースがある。

今回も、交渉は成立。

というか。

前に此処を利用したことがあって。

それを相手は覚えていた。

かなり年季の入った老婆だが。

今の時代は、老婆でも死ぬまでは現役で動かなければならない。

「あんた、マリアさんが連れていた子かい?」

「ああ」

「……マリアさんの話は聞いているよ。 残念だったね」

「そうだ。 だから必ずこの落とし前はつける」

何もそれ以上は相手には言わせない。

復讐は無意味、なんて言葉もあるが。

それは復讐を乗り越えた人間だけが言う資格のある言葉だ。

何より、バイアスグラップラーは、これだけ疲弊した世界を、更にむしばむがん細胞。誰かが倒さなければならない。

カレンが、ケンに基礎的な戦い方を教えている。

構えから何から、一通り説明して。

実践して、練習のやりかたや。動き方についても教えている。

私は見張りをしながら、遠くから確認していたが。

流麗な、なかなかに見所のある動きだ。

後でトレースしておきたい。

戦闘で役に立つだろう。

何交代かで見張りをして。

朝一で出る。

此処からなら、アズサは昼前には到着できるだろう。ちなみにクルマの燃料は、トレーダーのキャンプで分けて貰った。

もう少しだ。

私の第二の故郷は。

 

幾つかの柱。

その上にある橋状の構造物。

下からは、あの翠色の長大な乗り物はみえない。

そして、柱の下には。

基本的に老人しかいない。

それがアズサだ。

この街は色々と特殊で、この下部分はあくまでよそ行きの顔。老人ばかりが住む、平和な街を演出しているのである。

私が先頭に立って、奥へ。

アクセルはバギーの整備をしたいといったが。

この街では、優れた技術を持つメカニックもいると説明すると。一旦クルマを雨よけがある場所に移し。

それからついてきた。

アクセルは前は禿頭だったが、今は少しずつ髪を伸ばし始めている。まだ坊主頭くらいだが。

その内髪を染めたいと言っていた。

生活が苦しくて。

見苦しい頭にするくらいなら、剃った方がマシ。

だけれど、金を稼げるようになったら。

ロックな髪型にしたい。

それがアクセルの夢だったそうだ。

まあ賞金首の賞金は、皆にも分けている。アクセルはその小遣いを使って、身繕いに金を掛け始めているらしい。

そんなのに金を使うなら、戦闘関連に金を使うべき。

そうカレンは一度ぼやいたが。

私は好きにさせる。

その方が、モチベが上がるし。

何より他人に干渉する気が無い。

戦闘時に、相応の働きさえしてくれればそれでいい。

私は、相手に求めすぎない。

というか、正直な話、他人の身繕いなんてどうでもいいので、アクセルがそれでなにをどうしようが勝手だ。

柱の一本に赴く。

内部は巨大な縦穴式集合住宅。

真ん中に巨大な支柱があって。

其処に長い長いはしごが掛かっている。

「気を付けろ。 落ちたら死ぬぞ」

「じゃあアクセルとケン、最初にあがりな。 私がその次に行く」

「俺が最初?」

「見上げられるのは気分が良くないんでね」

カレンの言葉に。

アクセルが真顔になったが。

まあ仕方が無いと、ケンを促してはしごを登り始める。

途中、何カ所かに人が住んでいて。

コッチを見ていた。

皆貧しい格好の者ばかりだが。

しかし。

いずれもが、私の事を知っている。

それはそうだ。

私はこの街を、マリアに連れられて、何度も訪れたし。最長で三ヶ月ほど、逗留したこともあったのだから。

長い長いはしごを登り切ると。

無口な男が、此方に対して銃口を向けている。アクセルとケンは疲れ切って座り込んでいたが。カレントフロレンスが上がりきって。そして私が姿を見せると、男は銃口を上に向けた。

「レナ。 無事だったか」

「バズソーおじさんも」

「マドの街のことは聞いた。 マリアなら或いはと思ったが、奴には……勝てなかったか」

それだけで、会話は途切れる。

この人は、アズサの本当の入り口を守る門番。

昔はハンターとして各地を回り。

重戦車ウルフを駆って、大物賞金首を何体も仕留めてきた強者だ。

今ではアズサで、後進の戦士達に、多くの技や経験を伝えるために尽力している。ちなみに左足が義足で。

それがハンターの現役を退いた原因だ。

なお、彼の左足を奪ったのは、賞金首モンスターでは無い。

怪我と、其処から入った雑菌である。

歴戦のハンターでも。

病気には勝てないものなのだ。

今の時代は、そういうものなのである。

奥に通してくれる。

翠色の乗り物。

昔、新幹線と呼ばれていたらしいそれ。正確には、あずさという名前の新幹線だったらしいが、それはどうでもいい。

兎に角此処が。

戦闘集団アズサの本部。

優秀なハンターを多数輩出し。

その中にはマリアも含まれている。

アズサ出身者で、賞金首を多数狩っているハンターは枚挙に暇が無い。此処から来たハンターの信頼率は高く。

ハンターズオフィスも提携のため、独自のスタッフを派遣してきている程だ。

勿論バイアスグラップラーとも敵対関係にあり。

その幹部を何人も葬ったマリアは。

或いはバイアスグラップラーの凶行を終わらせられるのでは無いか、と期待されていたそうだが。

その希望は。

あの化け物、テッドブロイラーによって。

無惨に踏みにじられてしまった。

ちなみに、何度かバイアスグラップラーの部隊が来たが。

いずれもアズサの街に辿り着くことさえ出来ず。

途中で叩き潰されている。

もしも此処が発見されたら、テッドブロイラーが来るのは確実とみられているが。

しかしそもそも発見できていないので、その恐れもない。

この位置から見渡せる事。

更に、周辺に幾つか砦があって、手練れのハンター。それもこの地域では相当な腕前の、が何人も詰めている事。

重戦車を一とする機甲戦力が、周辺にかなり分散して隠されていること。

それらもあって。

今までバイアスグラップラーの攻撃は全て失敗。

スパイさえ、潜り込むことが出来ずにいる。

まあ事実上の入り口が此処しかない事。

それにそもそも此処がアズサだと認識できない事、等が大きいだろう。

皆を案内して、翠色の乗り物の中を歩く。

奥に長老がいる。

挨拶はしておかなければならないからだ。

長老は、ベッドで横になっていた。

この人も、昔は凄腕のハンターだったらしく。

この街の幹部や、此処から巣立っていった有名なハンターも。この人から教えを受けた人が多い。

マリアもそうだ。

だが、流石に加齢による肉体の衰えはいかんともしがたく。

今では、もうあまり動く事も出来ずにいる。

皆には外れて貰う。

他に優れた戦士が何人もいるので、以降の案内は任せる。マリアを先輩と慕う筋肉質の大男が。喜んで役割を買って出てくれた。

私は、長老と二人きりになると、呼びかける。

長老は目を開けると。ゆっくり此方を見る。

幾多の賞金首を屠り。

怖れられたハンターも。

もう流石に、これでは戦えないか。

長年の無理もあるだろう。

老いた体は、弱り切っていた。

「おお、レナか」

「ただいま戻りました」

「そうか。 マリアの事は残念だった。 マリアの事を聞きたいか?」

「いえ」

首を横に振る。

マリアの事を、今聞くわけにはいかない。

聞くべき時は、テッドブロイラーを殺して。

そしてバイアスグラップラーを滅ぼして。

その後だ。

「今日は、長老に聞きたいことがあります」

「何だね」

「レベルメタフィンという薬について、ご存じですね」

一瞬、空間が凍る。

やはり知っているか。

長老は視線をそらそうとしたが、私はそのまま続ける。

「テッドブロイラーは、マリアが放った大型拳銃の弾丸を、見てからレーザーで迎撃しました。 しかも目からレーザーを放って迎撃しました。 音速の六倍は速度が出るあの弾丸を、です」

「……」

「ハンドキャノンの直撃でも無傷。 対物ライフルの弾丸が頭に直撃しても、効いてさえいませんでした。 そればかりか、マリアの剣が二度ほど入りましたが、それでもかすり傷しか与えられませんでした」

人間では彼奴には勝てない。

私はそれを素直に言う。

戦車を。どんなに強い戦車を持ち込んでも無理だろう。

何しろ奴は、モヒカンをスラッガーとして投げ。

それは、バギーを一撃で大破させたのだ。

はっきりいって、あれは人間では無い。

様々な技術によって作り上げられ。

そして悪意によって完成した。

化け物だ。

「マリアは。 母は人間としては、恐らく究極の域にまで到達した戦士だったでしょうが、それでも鎧柚一触。 勿論私という足手まといがいたことも、マリアの敗因でした。 しかし、私がいなくても。 マリアは勝てなかったでしょう」

歯を食いしばって。

その結論を出すのに。

自分でも随分苦労した。

「戦車砲が直撃しても、彼奴は耐え抜くでしょう。 大破壊の時に使われたという核兵器を使ったとしても、倒せるかどうか」

「それで、人を止めると」

「化け物を相手にするには、人間を捨てるしか手段はありません。 相手は小手先の技で無敵になっている訳では無く、単純に強く、それゆえに隙がありません。 もしも奴の喉を噛み裂くとしたら。 それは、人間を超えたものの刃でしょう」

お願いします。

頭を下げる。

私は、人間を続ける事に興味は無い。

それに、だ。

バイアスグラップラーをこのまま放置していれば、この地域はその内終わる。何もかもが滅び去る。

健康で若い人間は皆連れ去られ。

一人として帰ってこない。

そうでない人間も、逆らったら皆殺し。

バイアスグラップラーに所属しているとしても。いずれ化け物に変えられてしまう。

こんな状況で。

未来などない。

私はどうでもいい。

私は、復讐の魔道に捕らわれた鬼だ。

自身がどうなろうと、今更どうとも思わない。

だが、この炎は。

奴らを焼き尽くすまでは、消えることは無いだろう。

「あれは魔の薬だ。 バイアスグラップラーでも生産は成功していないと聞く」

「しかし、長老はある場所を知っている」

「……!」

「マリアが、戦いの前に教えてくれました。 もしも私が敗れるようなら、長老にレベルメタフィンについて聞けと。 あるそうですね、ある場所にたくさん」

マリアは悟っていた。

多分人間のままでは。

奴には勝てないと。

様々な客観的情報から。

どうしても勝てない事を、理解していたのだろう。

それでも人間としてありたかった。

だから人間として戦い。

そして、暴力的な戦力の前に散った。

「まだそなたは若い。 これから鍛えれば……」

「マリアや、全盛期の長老に並ぶところまでは行けるかも知れません。 しかし、それ以上は無理でしょう。 人生を全て注いで強くなっても、恐らくは其処が限界点だと思われます」

「……」

「もう一度、頭を下げます。 場所を、教えてください」

長老はずっと黙っていたが。

やがて、言う。

「実はな。 そのレベルメタフィンを飲み続けた結果、完全に人ならぬモノとなった存在がいる」

「詳しく」

「今では洋上に浮かんでいる。 そいつの体内は、高濃度のレベルメタフィンで満たされている筈だ。 何しろ、あまりにも膨大なレベルメタフィンを取り込んだ結果、人間どころか生物すら超越し、海に浮かぶようになってしまったのだから」

まさか。

賞金首か。

長老は、頷いた。

「昔、その男は黒院と呼ばれていた。 だが、今ではそれがどのように伝わったのか、グロウィンと呼ばれるようになっている」

「……グロウィン」

今、海にて遭遇すると言われる賞金首は三体。

ハンターズオフィスで確認した所、U−シャークと呼ばれる大型のサメのモンスター。此奴は戦艦と渡り合うほどの実力を持つ。トビウオンと呼ばれるこれまた大型の魚型モンスター。これは魚の形をしているが、低空を飛び続け、見かけた人間に対して無差別爆撃を仕掛けてくると言う。

そして、ヒトデロン。

凶暴なヒトデの怪物で。

人間を襲い、好んで食らうという。

グロウィンという名前はまだ聞いていない。

ハンターズオフィスに確認をすると言うと。長老は首を横に振る。

「ハンターズオフィスでも動向は確認できていない。 理由は、常に動き回っているからだ。 もはやグロウィンと化した黒院は、生きた島とでも言うべき存在に変わってしまっている。 レベルメタフィンを飲んで、人間を止めるほどの戦闘力を得れば、或いはテッドブロイラーを倒せるかも知れない。 しかしその後に待っているのは、人間どころか生物さえ止めて、化け物となって海を漂う道だ。 それをマリアは望むか」

「私はそれでも構いません。 マリアが反対するとしても、いずれにしてもバイアスグラップラーは滅ぼさなければなりませんから」

「レナ……」

「長老、貴重な話を有難うございました。 グロウィンという名前が分かっただけでも充分です。 更に移動している島となれば、海を探せばやがて見つかることでしょう。 必ずやマリアのカタキを取ります」

礼をする。

この街での、最敬礼だ。

長老は、口を引き結んでいたが。

やがて言う。

「バズソーが、戦闘犬を訓練している。 一匹くらいなら別に構わないだろう。 連れていくといい」

「……分かりました」

長老も悟ったのだろう。私を止めることが、不可能だと言う事が。

それに、戦闘犬を得られるのは大きい。

良く鍛えた戦闘犬は。

生半可なハンター十人分の働きをするのだから。

 

2、砂の中から

 

アズサに来ているトレーダーから、幾つかのものを購入する。

酸素ボンベ。

ガスマスク。

それを人数分である。

今回ケンはアズサにお留守番。戦闘犬と一緒に、慣れて貰う。しばらくは組んで動いて貰おうと思ったからだ。

戦闘犬は、大破壊前の軍用犬が全て先祖になっている。

それから強力な淘汰の中で戦闘力の強化が進み。

古くからそうだったように。

今でも唯一。

人間のパートナーである事を選んでくれた生物となっている。

優れた戦闘犬は、それこそ一気呵成に相手を攻め立て。背負った武器を自由自在に使いこなし。

下手な雑魚の群れなど、瞬く間に蹴散らしてみせる。

中には人間に近い知能を持つ戦闘犬もいるらしいが。

譲与されたポチという名前の、柴犬は。

そこまで賢いようには思えなかった。

いずれにしても、である。

名前を売り。

後方に拠点を確保し。

少しずつ、移動出来る範囲を増やし。

戦力を増やして。

グロウィンをまず探す。

同時に、グラップラーの幹部も、弱い者から倒していく。

とはいっても、現状確認される一番弱い四天王、スカンクスでさえ相当な実力者だという話だ。

油断をするわけにはいかないだろう。

まず最初に出向くのは。

近くの砂漠。

此処で、埋まっているクルマを見た、という話を聞いたからである。ガスマスクと酸素ボンベの出番はひとまず後。

根本的な戦力強化のためには。

少なくともバギーよりは強いクルマを入手する必要があるだろう。

問題は、情報源のトレーダーが、クルマだったが、どんな代物かはよく分からないとか抜かしていた事で。

掘り出してみてテクニカルだったりしたらそれこそ目も当てられないが。

まあそれでも、バイクの一台よりはマシ。

最悪の場合は。

アズサに引き取って貰って。

その分の金を受け取れば良い。

アズサでも、まだまだ新しいハンターの育成はしているようだし。

クルマは幾らでも必要だろう。

砂漠は今の時代、世界中の何処にでもある。

その殆どが、モンスターだらけで。

汚染された砂には、何も生えない。

地雷探知機を使って探す。探している間、カレンとフロレンスには、周囲を常に警戒してもらい。

なおかつアクセルも、バギーをいつでも動かせるように、警戒して貰う。

少しずつ、地雷探知機を使って調べていくが。

金属反応は結構ある。

今回、牽引用にコンテナ車をアズサで借りてきているのだけれど。

掘り出してみると、さび付いてはいるが大型のバルカン砲が出てきたり。

ミサイルポッドが出てきたり。

クルマの残骸が出てきたりもする。

それらは、コンテナ車についている小型のクレーンにて砂から引っ張り出し、載せていく。

いずれもが、磨いたりすれば、元の力を取り戻せるかもしれないからである。

似たような事をしている同業者もいるらしいが。

何しろ砂漠は広い上に危険だ。

それに良いものが確実に取れる保障も無い。

黙々と探査を続ける私だけれども。

アクセルが、バギーの窓を開けて、ちょっとげんなりした様子で声を掛けてくる。

「本当にクルマなんてあるのかよ」

「見つけたら好きなように触らせてやる」

「本当か!?」

「本当だ。 そもそもそういう契約だっただろう。 私は嘘をつかん」

敵以外にはな。

そう付け加えると、アクセルは黙って。

そして、バギーの窓をしめた。

冷却システムが働いているとは言え、流石に熱いのだろう。

時々フロレンスとカレンは交代してバギーの中に入って涼んでいるが、私は休憩する時間も惜しい。

それに自分の肉体を可能な限り痛めつけて。

一秒でも早く強くなりたいのだ。

この程度の暑さ。

くっするわけにはいかない。

地雷探知機に反応。

掘り出してみると、完全にただの鉄屑だ。

だがこういった鉄屑は、溶かしてみると、中からレアメタルが出てくる事がある。その場合、鉄屑そのものも、また加工しなおして、武器へ変える事も出来る。

大破壊の前は。

人間までも無駄遣いしていたそうだが。

今の時代は、そのつけを払わされている。

鉄屑であっても。

回収して。

役立てていかなければならないのだ。

コンテナ車を操作していたアクセルが、声を掛けてくる。

「そろそろ積載量が限界だ! 次に大きめのを見つけたら、一度アズサに戻ろうぜ!」

「分かった。 そうするか」

まあ、初日でいきなり何もかもが出来るわけもないか。

その後も、結局いいものは見つからず。

一度アズサに戻る。

アズサに戻ると、恐らくは他のハンターのお古だろう。

そこそこに良い戦闘衣を貰ったケンが。頭にゴーグルをつけて。腰にもククリをつけ。そして、他の子供と一緒に、訓練をしていた。

バズソーの話によると、筋が良いという。

アズサで育った子供達は、なんだかんだで幼い頃から戦闘訓練を徹底的に行っているとはいえ。

ある程度物資はあるし。

環境そのものは悪くないのだ。

ケンはそれに対して、戦闘経験そのものはあまり積めていないけれど。

地獄を見てきている。

そうなると、訓練に身も入るだろう。

強くなりたい。

そのモチベーションに。

具体的にどうすれば強くなれるのか。適切な助言を行い、適切な訓練を積み重ねていくことで。

潜在能力を、一気に引き出すことが出来る。

一旦コンテナ車に積んで来たもの全てを引き渡す。

流石にこれだけの重量をアズサの上部分に持っていくのは無理なので、下の表向きの店で全てを調べる。

鉄屑はそのまま引き取って貰い、換金。

他にも、色々なさび付いた武器類や道具のうち。

すぐに使えそうなものも含めて、全て見てもらった。

一つだけ。

バルカン砲が、使えそうだという。

「これは砂を出して砲身をメンテナンスすれば使えるな。 錆びもとってしまえば、すぐに実戦投入できるだろう」

「頼めるか」

「ああ。 そのバギーに積んでいけば、かなり戦力を上げられるだろう」

「あ、俺もやってみてもいいか」

アクセルが挙手。

頷くと、任せてしまう事にする。

ただ、バルカン砲の手入れだけでも、一日は丸ごとかかる。砂に埋まり、毒の雨に晒され続けていたのだ。

Cユニットと同調できるようにするまで、しっかり手入れするとなると。

一日で出来れば上出来だろう。

今日はここで解散。

既に夜は更け始めている。

このタイミングからアズサを出るのは、あまり好ましい事では無い。

それぞれに別れて宿を取る。

一度解散すると。

しんとした静かな闇が、周囲に満ちた。

私は、マリアが使っていた部屋に通される。

新幹線の中の後ろの方。

昔の用途はよく分からないけれど。

どうもシンクらしいものがある所を考えると、水回りだったのかも知れない。

あまり広くは無いけれど。

悪いとは思わなかった。

「……」

見回す。

マリアは幼い頃から、此処で暮らしていた。

結局あまり背が伸びなかった私も。

マリアと同じように、今此処にいる。

マリアは、どう思うだろう。

人間を止める事を長老に告げた私を。

例えどのような化け物になろうとも。

あのテッドブロイラーを殺す事を決意した私を。

しかるだろうか。

止めろというだろうか。

いや、それでも。

私は止めない。

そんな半端な覚悟で、人間を止めるつもりにはなっていない。文字通り、人間のレベルを超越する秘薬、レベルメタフィン。

その話をマリアはした。

それはつまり。

マリアも一時期は、悩んでいたのだろう。

人間として限界に到達した今。

明らかに人間を超越しているテッドブロイラーや、人間では勝てないだろうグラップラーの大軍団を前に、どう戦っていくか。

伝説的なハンター達も、いずれもが何処かが壊れてしまっていたり。おかしかったりしたケースが目立ったという。

やはり、その領域に辿り着くには。

人間を。

何処かで止めてしまわなければならないのだろう。

横になって、無理矢理眠り。

朝日が出る前に起き出す。

集合の時間まで、体を動かして、少しでも強くなるべく貪欲に探求を続ける。

少し遅れて、カレンが起きて来た。

「訓練、つきあおうか」

「頼めるか。 ありがたい」

「何。 私も力不足を感じるんでね」

「お互い、まだまだだからな」

苦笑すると、棒を手にとる。

カレンは、そのまま、構えをとった。

 

翌日も、砂漠にバギーとコンテナ車で出る。

昨日探した辺りについては、何カ所かにマーカーをつけている。いずれにしても、大して広い砂漠では無い。

一週間もあれば、探しきれるだろう。

途中、何度かモンスターの襲撃があったが。

特に困る事も無く撃退。

この辺りの雑魚に手間取るようでは。

今後、各地の賞金首を倒していくのは非常に厳しい。

それでも油断せず、襲いかかってきたモンスターは片っ端から倒し。解体はフロレンスに任せる。

二日目の夕方近く。

そろそろコンテナ車の積載量が限界に近づいた頃。

掛かった。

地雷探知機に反応。

大物だ。

クレーンを使って砂から引っ張り出すが、かなり厳しい。

バギーのワイヤーも使って、同じく引っ張り出しに掛かる。

どうやらクルマの様子だが。

何だろう。

少なくとも重戦車ではない。

ただし、バギーのような軽戦闘車両でも無い様子だ。

しばしして。

ずるりと、砂から車体が姿を見せる。

どっと砂が落ち。

何カ所か破損した姿が、空気にその身をさらした。

「これは……」

「装甲車だと思うが」

小首をかしげる。

種類は詳しくは分からないが、あまりメジャーな車両では無い。いずれにしても、貧弱な武装、バギーよりマシな程度の装甲。

いずれにしても、外れではないにしても。

当たりとも言い難い。

側面に大きな穴。

中には、焦げ付いた人間の残骸が入っていた。

この辺りにいた賞金首との戦いに敗れたのだろう。賞金首は彼方此方に出現する。この強烈な砲撃痕。かなり強力な賞金首だったと見て良い。いずれにしても、ハンターズオフィスに名前がないと言う事は。

既に退治されたのだろうが。

コンテナ車にワイヤーでくくりつけ、牽引する態勢に入る。

焼け焦げた死体は引っ張り出して、布で包む。アズサに持ち帰った後に、埋葬するつもりだ。

内部から砂を掻き出す。

Cユニットは、痛んでいるがどうにか無事。

修理には、かなり時間が掛かるだろう。

自衛用の機銃を積んでいたようだが、へし折れてしまっている。これは、回収しても使えそうにない。

しかし捨てていくのももったいない。

アズサに持ち帰れば。

或いは何かしらに役立ててくれるかもしれない。

時間を掛けて修理をして、銃座として使うという手もあるのだから。

アズサに戻る。

アクセルが、おおと声を上げた。

「イイの見つかったじゃねーか!」

「重戦車だったらもっと良かったんだがな……」

「そういうなよ。 これでもバギーよりずっとマシだぜ。 見た感じ、主砲も搭載できそうだな」

バルカン砲の方は、もう修理が終わったそうだ。

装甲車については、アクセルがずっと張り付いて直したいという。どれだけ時間が掛かるかと聞くと、やはり一週間と返ってきた。

まあ妥当なところか。

設備もあるし、任せてしまう。

ただ、エンジンが完全に駄目になっているらしく、それは新しく購入しなければならないという。

それに、装甲車とはいえ、装甲がバギーと比較にならないほど重い。

主砲を搭載し。

更にバルカン砲を載せると。

多分生半可なエンジンでは、装甲タイルを殆ど貼り付けられなくなる。

少し悩んだ後、判断。

「分かった。 明日、ハトバにエンジンを買いに出かけて来る。 トレーダーから、この辺りで扱っているクルマ用のエンジンについては聞いているが、何か要望はあるか」

「特にはないが、この際だ。 バギーのエンジンも強化したい。 バギーにはこの間手に入れた120ミリ砲を搭載して、バルカン砲もつけるとして。 装甲車には150ミリ砲を乗せ替えて、更に自衛用の機銃をつけたい。 機銃も買ってこられるか」

「なんとかしよう」

「よっしゃ」

嬉しそうなアクセル。

ふと、フロレンスがそれを横目に聞いてくる。

「良いんですか? アクセルくんは多分一週間張り付きになりますよ」

「かまわん。 残りの六日で、アダムアントを討伐に行く」

「ああ、それで……」

「そういうことだ」

ここ数日で、アズサにも入っているアダムアントの情報は調べた。

それによると、どうやら蟻の親玉らしく、穴の中に住み着いているらしい。巨大な穴の中には、人間大の無数の蟻がいると言うことだ。

更に、である。

アダムアントは、特殊能力を持っているそうだ。

その特殊能力は、強烈なフェロモンの生成で。

多くの人間を掠って働かせているのも。

更にハンターを返り討ちにしたのも。

そのフェロモンが原因では無いか、と言う話だそうだ。

命からがら逃げ帰ってきた人間の情報を分析した結果、どうも穴の中では頭がぼんやりしていたそうで。

逆に言うと。

アダムアントは、それさえ除いてしまえば、大きなただの蟻だ。

ギ酸などには気を付けなければならないだろうけれど。

その程度だったら、ぶっちゃけ人間を殺戮するためだけに動いている工業機械の方が余程恐ろしい。

いずれにしても、装甲車を動かせるようになれば、味方の戦力はぐっと上がる。

フロレンスかケンにバギーを任せて。アクセルに装甲車を任せれば良い。

Cユニットの補助があれば、別に子供でもクルマは動かせる。

軽車両とは言え。

主砲を搭載したクルマが二機いれば、相当な戦力アップになる。投資をして、損は無い。勿論重戦車はいずれ手に入れたいが。

何事も、最初から何でもかんでも上手くは行かないし。

上手く行きすぎれば、悪い癖がつきかねない。

翌朝、アズサを出る。

ハトバまでの往復は、半日ほどかかると見て良いだろう。

移動はドッグシステムに任せてしまうとして、途中での戦闘を考慮すると、戻ってから休むべきである。

そしてその後は。

夜のうちに、ハトバ西の森に向かう。

千手沙華の位置も確認しておきたい。

軽く計画を立てると。

今日は早めに休むよう、皆に指示。

これから、忙しくなる。

特に明日から明後日に掛けては。

生きて帰れるか分からない。

少しばかり危険な賭だが。

賞金が4桁後半の賞金首に勝てないようでは、どのみちこの先もやっていくのは不可能だ。それならば。

ふと見ると、ポチが此方に向けて、尻尾を振っていた。

連れて行け、というのだろう。

まあいいか。

ハトバで犬用のボンベとマスクを買うくらいは。

金に余裕もあるのだから。

 

3、蟻の穴

 

木陰に隠れて、やり過ごし。

背後から奇襲を掛ける。

ハトバで購入した火炎放射器が、数匹の蟻を一気に炎上させ。慌てて此方に向き直ろうとした蟻の顔面に、カレンの突きが炸裂。

蟻の頑強な甲殻がぶち抜かれ。

首が拉げた蟻が、しばらくもがいていたが。

やがて動かなくなった。

これで、6グループ目。

四体一組の隊を組んで、蟻が森の中を巡回している。

周囲はずっと雨。

この森の近辺は、毒性の強い雨がずっと降り続いていることで有名で。植物も、おぞましい姿をしているものばかり。

木の実はちょっと刺激を与えれば爆発し。

凄まじい姿に歪んだ動物が徘徊している。

私達全員はコートを着て行動しているが。

それでも、あまり長居はしたくない。

マスクをもうつけたい位だ。

だが、酸素ボンベの容量には限界がある。蟻の穴に直接入った後の事を考えると、まだ温存したい。

するすると木からフロレンスが下りてくる。

無口な彼女は。

とても木登りが達者なようだった。

面白い医師である。

「彼方に建物が。 そして彼方の奥の方、巨大な塊が見えます。 それが恐らくは、くだんの千手沙華でしょう。 彼方には小さなキャンプがありますが、人の姿は見えません」

「トレーダーキャンプをこんな所に張っていたのか。 アダムアントと千手沙華が現れる前は、そこそこ危険な場所、程度の認識だったのだろうが……」

「多分、トレーダーはもう生きていないでしょうね」

「やむを得ん」

まずは、アダムアントからだ。

幸い、千手沙華は移動する様子も無く。

単純にその場に鎮座して。

近づいてくる獲物を狙っているだけらしい。

いわゆる待ち伏せ型の捕食生物と言う事だ。

ならば近づかなければいい。

ひょっとすると。

単純に移動する能力がないのかもしれない。

巨大な食虫植物という話だから、あり得る事だ。

それにしても、である。

巨大な蟻は、少なくともそれほど高い戦闘力を持っているわけではない。私の剣でも斬ることが出来るし、火炎放射器でも充分始末できる。フロレンスにも自衛用のアサルトライフルを渡しているが、足止めならそれでできる筈だ。

やはり、数とアダムアントの特性が厄介、という事か。

凄腕のハンターが現れていれば、先に討伐されていたかも知れない。

いずれにしても、まずは巣穴を探す。

更に何処か高い場所が良いだろう。

フロレンスが言っていた、建物から探すか。

黙々と、森の中を移動する。

カレンが目を細め、木陰に移動。

また蟻の群れが来る。

何か、大きなモンスターの死体でも見つけたのかも知れない。蟻の群れにしては途切れがちだが。

しかしながら、大きさが大きさだ。

小さな蟻のように、数を確保できないのかも知れない。

これほどのサイズの蟻となると、猛獣と同じ。人間大くらいのサイズはあるのだ。

そうなると。

楽観的な考えだが、巣の中に潜り込めれば、案外簡単にアダムアントの所までたどり着けるかも知れない。

ただし、それはあくまで楽観。

楽観に頼るほど。

私の頭は花畑では無い。

すぐに敵の背後に回ると、一気呵成に葬り去る。

最後の一体の胴を両断して仕留めた頃には。ポチが、じっと一点を見つめていた。

ほとんど吼えないこの戦闘犬は。

戦闘時も、黙々と背中に搭載した小型の野戦砲を発射して、敵性勢力を仕留めている。わざわざ声を掛けなくても、相手が敵の場合は、即座に動く。射撃の精度も非常に高い上に、何より動きが速い。

大破壊の跡、進歩したのは人類だけでは無い。

イヌもだ。

これだけの凄まじい淘汰の中。

軍用犬の生き残りだけがかろうじて生をつないでいるという事は。

それだけ激しい競争の中。

戦い続け。

そして生き続けてきた、という事である。

そうなれば強くなるのもまた、自明とは言えた。

「此方です」

小声で、フロレンスが手招きする。

どうやら、建物が見えてきた。

昔は何かの観測施設か、それに類するものだったのだろうか。いずれにしても、異形の森の中。

淡々とたたずんでいるそれは。

腐食したコンクリートのぬかるんだ灰色が。

非常に不気味だ。

良い事があるとすれば。

木々に隠れて見えなかったが。

塔状の構造物がある事。

あそこからなら、周囲を見回せるかも知れない。

かなりの数の蟻もいる。

ひょっとすると、巣穴が近いのかも知れない。

ポチが唸っている。

その可能性は高そうだ。

まずは蟻共を処分する。

マリア譲りのハンドキャノンを構えると、遠距離から射撃。

建物を出来るだけ傷つけないように、離れている数匹を吹き飛ばす。

人間大でも、所詮は生物。

恐らくあの様子だと、ノアに改造された生物では無く、大破壊の汚染の後異常進化したタイプだろう。

わっと寄ってくるが。

数もそれほど多く無い。

精々三十匹か、四十匹。

下がりながら、ハンドキャノンを連射。

この雨の中だ。

延焼の恐れは無い。

ポチが時々振り返って、野戦砲を放つ。

その度に蟻の頭が吹っ飛び。胴体だけになって転がる。

昆虫の強さは、その頑強さにあるのだけれども。

流石にこのサイズになってくると。

小型故の強みを、あまりいかせていないように見える。

昆虫はあくまで小さいから強いのであって。

大きくなってしまえば、こうだ。

勿論、特殊な進化を遂げたり。

或いは別の星で生まれた昆虫に近い生物だったらどうなるかは分からないけれども。しかし、普通の昆虫が大きくなっただけなら、この通りである。

かなり近づいて来たので、火炎放射器に切り替え、一気に薙ぎ払う。

阿鼻叫喚の中、カレンと並んで突撃。

反応し切れていない蟻の頭を唐竹に切り割り。更に首を刎ね飛ばす。

近づいて来たところを、対物ライフルで一撃。

体の前半部が消し飛んだ蟻が、吹っ飛ぶ。

カレンも、黙々淡々と敵を始末して。

ほどなく、周囲は静かになった。

呼吸を整える。

咳が出た。

やはりこの毒の雨の中、戦い続けることは体に良くないか。

フロレンスもアサルトライフルで敵の足止めに終始してくれていたが。無言で顎をしゃくると、ついてくる。

雨の中。腐食した建物に入ると。

意外な事に、人間がいた。

それも恐らくはカタギだろう。

数人いる。

「こんな所で何をしている」

「た、助けが来たのか!?」

「いや、偶然だ」

見ると、大破壊前の機械らしいものが彼方此方に点々としている。コンピュータと言われるものもあるようだ。

いずれにしても、この建物の頑強さが、この者達を救った、という事なのだろう。

ただ、全員が、やせこけて。

いずれ、餓死していただろう。

「な、何か食べ物を」

「どうする」

「アズサに一旦退避。 敵の戦力は削ったし、敵の兵隊が個別では大した戦力では無い事も分かった。 それに……」

「ああ、実は私もちょっと気分が悪い」

カレンも苦笑する。

やはり毒の雨の中で戦うのは。

鉄板を素手で曲げる彼女であっても、厳しかったか。

 

救出した数人は、トレーダー。この近くで蟻に襲われ。からくも途中で逃げ出したという。

だが、その中の数人は。

まだ蟻に捕まっているとか。

「蟻は人間を奴隷にしている! 使えなくなったら喰ってしまう! 早く助けて欲しい!」

「分かった。 元々アダムアントは倒すつもりだった。 明日にはまた攻撃に出向く」

「ありがたい! みんなを頼む!」

それにしても、人間をさらって奴隷にするというのは本当だったのか。

更に言えば、この素人達を逃がすとは、明らかに相手の実力はそれほど高くない。6500Gという賞金額も頷ける。

これは腕利きのハンターが来ていたら、単独で殲滅されていたかも知れない。

マリアを例に出すまでも無く、強いハンターは本当に人間離れしている。今の私では勝てない程度には。

一人、トレーダーでは無い者もいた。

アリーという女性だが。

ハンターである恋人が、アダムアントの巣に入ったまま帰ってきていないという。

それで見に来たのか。

いくら何でも無謀すぎる。

見たところ戦闘経験もないようだし、運良く蟻の巣穴に潜入できたとしても、エサにされるのがオチだっただろう。

そう言うと。

泣き崩れる。

せめて、もう一目だけでも会いたいと。

「分かった。 生きていたら救出してやる。 話によると、蟻の巣には数十人はまだ捕まっているらしいし、アダムアントの性質上生きている可能性はある」

「お、お願いします! お願いします!」

泣き崩れるアリー。

困り果てた私は、嘆息する。

生きていたら、助けてやる。

そうは言ったが。

これ以上、無責任な言葉も無い気がする。アダムアントはそもそもまだ多くの蟻を従えて、自分のホームグラウンドで待ち構えているのだ。

アズサに救出した数名を届ける。

そうすると。

ポチを連れて様子を見に行っていたカレンが戻ってきた。例の建物の、塔状の構造物を調べてきたという。

そうすると、驚くべき事が分かったそうだ。

蟻の巣穴の位置である。

例の建物のすぐ側。

だが、蟻の兵隊は。

殆ど姿が無いとか。

蟻の巣穴に行く途中、散々狩ったから、というのは虫が良い解釈だ。多分、強敵に攻撃を受けたと判断。

守りに入ったのだろう。

「で、どうする」

「明日で決着を付ける。 人命も掛かっているしな」

「人命ね」

「私が滅ぼすのを決めているのはバイアスグラップラーだけだ。 他の人間の命を安く扱うつもりはないさ」

フロレンスが、少し驚いたように此方を見る。

何だか分からないが。

実際問題、橋の検問を潰したときも、バイアスグラップラーの人間以外には、手を出していない。

奴らは根絶やしにするが。

それ以外の人間を、不要に殺すつもりは無い。

例えこの世界で。

人間の命が、極めて安いとしてもだ。

「今のうちに休んでおけ。 また夜中に出て、朝から探索するぞ」

「了解、と」

ケンが来る。

連れていって欲しい、というのである。

「あまり強くない蟻が一杯いるって聞いた。 少しでも実戦経験を積みたい」

「駄目だ」

「どうして」

「今回、穴の中での戦闘になる。 そのために、これをわざわざ用意した。 お前の分はまだないんだ。 すまないな」

マスクと酸素ボンベを見せる。

そして、私は見抜いている。

まだケンが、戦場に立てるほど体を鍛え切れていない事に。

私やカレンなら、あの蟻を倒す事は難しくないが。

ケンには強敵だ。

ましてや、これから敵のホームグラウンドに乗り込む。生還の可能性も、前より段違いに低くなる。

「これから雑魚と戦う機会はいくらでもある。 私もまだ未熟な身だ。 お前を守りきれるかは分からない。 だから、もう少し強くなってから、賞金首との戦いには連れていく」

「分かった。 でも約束してくれ」

「何をだ」

「今の言葉、嘘じゃ無いって」

頷く。

私の目が、如何に濁りきっていたとしても。

こういう所では。嘘をつくつもりは無い。

軽く眠って、まだ陽が上がる前に起きだす。

カレンとフロレンス、それにポチと合流。

耐酸のコートを塗ったバギーで、ハトバ西の森へと移動。行けるところまで行ってから、徒歩で移動。其処から、森の中に入り込む。

蟻の歩哨は見かけない。

本当に穴熊を決め込んだのか。

それとも。

とにかく、昨日の建物までは、他の小物の雑魚モンスターには遭遇したが。蟻には遭遇しなかった。

此処からは攻城戦か。

いずれにしても、敵の位置が分かっている以上。

まずは其処へ行くまでの事だ。

 

昨日、蟻を排除した建物に到着。

其処までは特に何も無かった。そとで蟻が待ち伏せしているような事もない。むしろ、他のモンスターの方が平然とうろついていた。

蟻は基本的に、群れで狩りを行う最も獰猛な昆虫の一種。

毒針を持っている種類も多いし。

数の暴力で、類を見ない鏖殺を行う。

しかしながら、それも小さい昆虫の世界でなら通じる事。

もしも他の世界、別の星などから攻めてきた、この星の常識が通じない昆虫や、それに似た生物なら兎も角。

現実にはただ蟻を大きくしても、その利点が殺されるだけだ。

事実、昨日散々蟻を仕留めたが。

他のモンスターに比べて強いとはまったく思わなかったし。

何よりも動きが露骨に鈍い。

装甲も、表皮だけは頑強だが、それを抜いてしまえば薄い。

蟻のサイズで。

同じサイズの他の生物と戦うのなら、有効に機能するだろう装甲や筋肉の量も。

此処まで巨大化してしまうと。

まったくいかせない、という事だ。

だが、蟻共は少なくとも他の生物を奴隷にして、こき使うという知恵を身につけている。油断だけはしてはならない。

蟻の巣穴を発見。

周囲には流石に見張りがいたので、即座に排除。

私が対物ライフルで高台から狙撃して始末していくと、穴の中からそれなりの数が出てくる。

フロレンスには火炎放射器を渡しているので、近づいてくるようならそれで排除。

更に接近して来るようなら、カレンとポチに任せる。

高台からの狙撃で、出てくる蟻を片端から処理し続けていると。

森の中から、木々を揺さぶって、大きな姿が見えた。

あれはアリクイか。

とはいっても、大破壊の後に、巨大化したタイプだ。

ずるりと舌を伸ばすと、蟻の死体や、逃げ惑う蟻をぱくぱく食べ始める。とはいっても、全長精々十メートル程度。

人間大の蟻を二三十匹も食べると満足したらしく。

混乱する蟻の巣を尻目に、悠々と引き揚げて行った。

後は残党処理。

思ったより数がいたが。

対物ライフルの弾が切れるまでには、巣の回りは大人しくなった。

此処からだ。

皆で一旦集合。

周囲を徹底的に双眼鏡で確認した後、マスクをつけ、ボンベを背負う。

フェロモン対策である。

そして、巣に乗り込んだ。

巣の中はかなり広く作られていて。

蟻以外の生物も相当数が入り込んでいる。

鼠やゴキブリもいるが。

しかしながら。

思った以上に清潔に作られていた。

途中、枝分かれした部屋の幾つかでは、幼虫や卵があり。蟻や、人間が世話をしていた。即座に蟻を排除。

幼虫や卵も、その場で破壊し尽くす。

だが、人間達はぼんやりとしていて。

殆ど裸に近いボロの格好のまま。

ぼんやりと、殺戮を見ているばかりだった。

当然、迎撃に出てくる蟻もいるが。

それほど多く無い。

この地下に満ちているフェロモンの防御に、絶対的な自信を持っているのか。

それとも、単純に今までそれほど強力な外敵に遭遇しなかったのか。

兎に角、入り口から順番に。

片っ端から蟻の卵と幼虫を潰し。

迎撃に出てくる蟻を蹴散らしながら、奥に。

数の暴力は相応だが。

しかし、万を超える程でも無い。

千にも達しないだろう。

入り口で排除した蟻が、此処の巣穴の相当数だったのは、内部の様子から見ても明らかであるが。

或いは、最深部で待ち構えているかも知れない。

油断はしないように。

自分に言い聞かせながら。更に潜っていく。

途中、ゴミ捨て場らしい部屋を見つけた。

夥しい骨が散らばっている。人骨もある様子だ。それはそうだろう。このサイズの虫になれば、人間もエサにするだろうし。

何より此処を命からがら逃げてきた者達の証言にも合致する。

役に立たなくなったら、奴隷からエサに。

勿論蟻に悪意は無く。

ただ生物として、そうしているだけだ。

フロレンスが聞いてくる。

「入り口、誰かが固める?」

「そうしたいのは山々だがな」

さっきのアリクイを見てもそうだが、蟻の巣穴が壊滅的な状況になっている事をしったら。

この森のモンスター達が、一斉に押し寄せて来かねない。

そうなると、彼方此方の部屋で奴隷として働かされていた人間達は、ひとたまりも無くエサだろう。

クルマを持ち込めれば良かったのだが。

この森は色々と条件が悪すぎる。

幾つか目の部屋で。

比較的、意識がしっかりした奴を見つけた。

どうやら、此奴がハンターだった、アリーの恋人らしい。

それなりに腕は立つようだが。

それでも、恋人を巣から逃がすのが精一杯だったのだろう。

救援が来たことを悟ると。

そのハンターは、髭だらけの顔をくしゃくしゃにした。

「やっと、助けが」

「フェロモンは平気なのか」

「何とか耐性が出来ては来ました。 しかし、蟻の数が多すぎて、どうにも出来ずにいたところです」

「コレを渡しておく。 奥の蟻は此方で処理する。 入り口を固めて貰えるか」

予備の武器として、サブマシンガンを持ち込んでいる。勿論弾は対モンスター用の大型のものだ。

入り口の地形を利用すれば、後から入ろうとするモンスターを足止めするくらいは出来るだろう。

頷くと、その男は、若干おぼつかない足取りながら、入り口へ。

私はそのまま、三人を促す。

任せるしか無い。

現役のハンターなのだ。

命を拾っただけでもめっけものの状況。

これ以上は、此方としても戦力を割けないのである。

不意に。

かなり大きな蟻が、凄まじい勢いで襲いかかってきた。

カレンが鉄板をへし折った一撃を、反射的に叩き込み。一瞬怯んだところに対物ライフルを叩き込む。

頭が吹っ飛んだ蟻は、その場で動かなくなる。

兵隊蟻か。

更に奥から、同様の大型蟻が出てくる。

巣の危機を感じ取ったのだろう。

フロレンスが火炎放射器を浴びせて、足を止め。一匹ずつ私が対物ライフルで処理していく。

ポチも砲で冷静に処理していくが。

この辺りはさすが訓練された戦闘犬だ。

判断力も悪くない。

しっかり訓練された戦闘犬は、伝説のハンターの供としても活躍したという話があるし。優れたハンターが連れていることも多い。

人間の死角を補える相棒。

知能が増した今となっては、その傾向は更に強い。

不意に背後に殺気。

カレンと私が同時に飛び退く。

がちんと、地面から飛び出してきた顎が、噛み合わされていた。

私が剣で顎を切り裂き。

跳躍したカレンが残った頭を踵落としで叩き潰す。

フロレンスが、マスクをした言う。

「このまま燃やし続けると、酸素が無くなりますよ。 奥に人がいた場合、助からなくなります」

「その場合は蟻も全滅する。 とにかく、燃やし続けろ」

「……」

フロレンスは、更に前進しながら、火炎放射を続ける。

殲滅戦は、たっぷり二時間は続いた。

 

火炎放射器の燃料が尽きたタイミングで。

最深部に到着。

それまでにあった部屋と。

無数の卵と幼虫は。

全て潰してきた。

かなりの人数が働かされていて。その数はやはり聞いていたとおり数十人。そして途中にあった何カ所かのゴミ捨て場には。

相当数の骨が放置されていた。

かなりの数が、既に喰われてしまった、という事だ。

この世界の理は厳しい。

だが、それでも。

生き残った人間を、助け出す意味はある。

最深部には、他の蟻とは比較にならない巨大な蟻がいて。数匹の蟻とともに、此方を威嚇していた。

奥に行けば行くほど、捕まっていた人間達の目がうつろになっていたが。

それも頷ける。

見るからに、此奴が出しているフェロモンが濃すぎるのだ。

かといって、動きが速いようにも見えないし。

戦闘力が高そうにも見えない。

対物ライフルの弾数を確認。

もう残り少ない。

フロレンスに、ハンドキャノンを渡す。

後は、総力戦だ。

わっと、蟻が殺到してくる、

対物ライフルで、一撃。一匹を撃ち倒す。

目がちかちかするのは。

あまりにもフェロモンが濃すぎて。

ガスマスクで中和しきれないから、だろう。

恐ろしい効果だ。

更に一撃。

わずかに手元がぶれたが。

それでも頭を吹き飛ばす。

更に三撃目。

仕留める。

だが、その時点で、至近にまで接近されていた。

剣を抜くと、頭を上から一刀に斬り伏せる。

更に、身を低くして、首を刎ね飛ばした。

跳躍して、別の一匹の背中に降り立ちつつ、剣を差し込み。

切り裂きながら走る。

アダムアントが、凄まじい雄叫びを上げる。部下を呼んでいるのだろう。だが、少なくとも巣の此処までで遭遇した奴は全滅。

更に巣に奥があるのか。

結論から言うとあった。

アダムアントの後ろから、更に多くの蟻が現れる。

どれも顎が鋭く、大きな兵隊蟻だ。

これは頭を潰さないと駄目だな。

「雑魚どもは任せるぞ!」

「了解!」

カレンが飛び出し、突進してきた兵隊蟻の上に躍り出ると、相手の真ん中に降り立ち、旋回しながら強烈な打撃を連続で叩き込む。

一撃で仕留めるとまではいかないが。

それにあわせて、ポチが射撃射撃。

動きを止めた相手を、次々屠った。

その間に私は、壁を蹴って天井近くまで跳び上がると。

アダムアントの頭上に。

更に強烈なフェロモンを吹き付けてくるアダムアントだが。

何とか精神力でねじ伏せる。

一撃。

触角を切りおとす。

着地しつつ、走り、腹を切る。

卵がたくさん入っているだろう腹から、大量の鮮血がぶちまけられ。

絶叫したアダムアントが、体当たりをして来た。

何しろ巨体だ。

掠っただけで吹っ飛ばされる。

壁に叩き付けられ、ガスマスクが外れ掛ける。

意識が飛びそうになる私を、押し潰そうと迫るアダムアントだが。

此処で私は。

隠し球を出した。

マリア譲りの大型拳銃。

マッハ6でライフル弾を射出する切り札だ。

ドンと、凄まじい衝撃が来る。

そして、アダムアントの甲殻に、大穴が空いていた。

流石によろめくアダムアントだが。

私の方も、肩が外れるかと思った。

マリアはこんなものを乱射していたのか。

痺れる手だが、そのまま拳銃をしまい、再び剣を手にとる。

互いに手負い。

勝負は次で決まる。

至近に迫っていた兵隊蟻を、カレンが飛び膝蹴りで吹っ飛ばす。流石に周囲は任せてしまって大丈夫か。

私は前に出ると、剣を鞘に敢えて収め。

足を降り下ろして、叩き潰そうとしてくるアダムアントの懐に飛び込むと、踏み込みつつ、更に剣を抜きはなった。

アダムアントの足二本が吹っ飛び。

体勢を崩して、倒れる。

更にその崩落から抜けた私は。

跳躍。

アダムアントの頭の上に降り立つと。

マリアの拳銃で。

アダムアントの頭を打ち抜いていた。

 

死んだことで、ダダ漏れになっているのだろう。

周囲はむせかえるほどのフェロモンだ。

アダムアントの頭だけを切り取ると、縄で括って、引っ張っていく。すぐにフロレンスは入り口にやって、あのアリーの恋人のハンターの手助けをさせた。

「大丈夫かい。 一撃貰っていただろう」

「大丈夫だ。 お前は」

「私も少し貰ったが、何。 所詮人間大の動物さ」

そういうカレンも、あまり余裕がありそうには見えなかったが。とにかく、後始末をしなければならない。

巣の最深部まで見て。

しっかり蟻を全滅させる。

卵も。

本当だったら、其処まではしなくても良いのかもしれないけれど。

此奴は害獣として、百人近い人間を殺傷した。

バイアスグラップラーほどではないにしても。

駆除しなければならない相手だったのだ。

働かされていた人間達を、手助けして外に引っ張り出す。

殆ど全員が裸同然の格好で。

やせこけていて。

最低限の食事しか与えられず。

使い捨てとして働かされていたのは明白だった。

入り口まで戻ると。

四十数人が無事だった。

一旦、巣穴の近くの家屋に入る。

殺した蟻の幼虫をきざんで、火を通して。煮込む。

柔らかく煮込んだ肉なら、すぐに食べる事も出来るだろう。

外に出て、フェロモンの効果が薄くなったのを確認して。それで全員の意識がしっかりしてくるのを待つ。

途中まではバギーで来ていた。

今度はコンテナもレンタルしてくるとして。

一度カレンとフロレンスだけで戻って貰って。後はコンテナとバギーに分乗して、一旦アズサまで移動。

それから、各自それぞれ目的の場所に向かってもらうしかないだろう。

意識が徐々にしっかりし出すと。

家族が喰われたり。

恋人が喰われたり。

そういったことを思い出したのだろう。

悲鳴を上げたり。

泣き出したりする人が目立った。

だが、この世界、このレベルの悲劇はいくらでもある。一緒になって悲しんでいる暇も余裕も無い。

私に出来るのは。

原因を取り除く事だけだ。

カレンとフロレンスが戻ってくるまで、ポチと一緒に見張りをする。

流石に助けた人員全員は家屋には入りきれないので、誰かが外で見張りをしなければならない、と言うこともあった。

途中で助けたハンターが、申し出てくる。

「俺も見張りをする」

「そうか、頼む」

「アリーは無事か」

「ああ。 あんたを助けてくれって泣いていたよ」

ありがとう。

そう言われた。

そして、ハンターは、ハントという名前を名乗った。

安直だが、或いは優れたハンターとなって欲しいと、親が名付けたのかも知れない。

 

4、後始末

 

バギーとコンテナが来たので、ハントを含めて五人、正確には四人と一匹で護衛しながら、森の出口に。

森から出るまでの途中で、全員に言い聞かせる。

「良いか、モンスターが現れたら、此方で迎撃する。 絶対に逃げようとするな。 はぐれたら100%死ぬぞ」

幸い、アズサで大急ぎで準備をして、雨よけのフードと粗末な履き物は全員に行き渡っている。とはいっても、皆裸同然の格好だ。陰部を隠すくらいしか布を身につけていない者も多い。フードだけで、酸の雨が降る中を、もたついて移動は出来ない。

当然モンスターも、格好の獲物と言う事で、狙ってくる。

何度か来たモンスターは。

巨大な芋虫だったり。

巨大な食虫植物だったり。

どれもこれもが、この狂った森に適応した生物ばかり。

残りの弾数も少ないし。

何より私もカレンも負傷しているけれど。

それでもどうにか必死に撃退する。

ポチが、弾が尽きたと告げてくる。

森の出口まで、あと少しだ。

バギーが見える。

この辺りが、一番危ないか。

そう思った瞬間。

後ろから、地響きのような足音がした。

巨大なモンスターが迫っている。

「私が殿軍になる。 さっさといけ!」

皆に促す。

そして、私が対物ライフルをカレンに放った。弾切れになった今。無用の長物だからである。

剣を抜く。

酸の雨の中で振るうと、後の処置が面倒なのだけれど。

今はそうもいっていられないか。

現れたのは、あの巨大なアリクイだ。

あれだけ喰ったのに、まだ足りないのか。

剣を構える私に対して。

全長十メートルはあるアリクイは、吼え猛る。

そして、四つ足で、突進してきた。

私も、全身が痛むけれど。

また前に出る。

そして、敵の至近で。

不意に横っ飛びしつつ。

まだ温存していた手榴弾を放り投げた。

爆裂。

顔面近くで手榴弾が炸裂し、視界を失ったオオアリクイの頭上に出た私は、そのまま剣を振るう。

がつんと、跳ね返される感触。

アダムアントより堅い。

骨に滑ったのだ。

痛みで滅茶苦茶に暴れるオオアリクイ。腕が掠めて、吹っ飛ばされ、木に背中から叩き付けられる。

傷だらけで、グチャグチャになった顔で、オオアリクイがコッチを見ると。

雄叫びを上げて突っ込んでくる。

口の中は牙だらけ。

人間大の蟻をぱくぱく食べていたのだ。

勿論人間だって食べられるだろう。

がっと、食いつこうとしてくる瞬間。

私は、マリアの拳銃を速射。

口の中に飛び込んだ弾丸は、瞬時にアリクイの口の中を完全破壊し、後頭部に抜けていた。

必死に飛び退くが。

それでも勢い余って突っ込んできたアリクイの死骸にはじき飛ばされて。地面に叩き付けられ、バウンドする。

呼吸を整えながら、立ち上がる。

この程度の相手に。

遅れを取れるか。

雨の中。

流石に脳を破壊されたオオアリクイは死んでいた。

フロレンスが駆け寄ってくる。

「全員無事です。 貴方も早く」

「……分かっている」

剣を鞘に収めると。ふらつきながらも、バギーに乗り込む。

操縦はドッグシステムに任せる。

カレンが流石に不安になったのか、聞いてくる。

「あんた、大丈夫かい。 その怪我……」

「この程度、なんでもない。 見ろ」

腕をまくってみせる。

私は一度。

消し炭になったのだ。

今でも全身には、火傷の痕が残っている。どの痕も、一生消えないだろうとドクターミンチには言われた。

そういえばあの医者、ナースと呼ぶなと言っていたっけ。

そのままコンテナとバギーで、アズサに向かう。

流石に閉口したらしく、カレンはフロレンスと二人で、帰路の見張りをしてくれると言った。

私は心配そうにしているポチの頭を撫でながら、頼むとだけ答えた。

というか、そう答えるだけで。

意識が飛びそうだったのだ。

だが、まだ信頼しきっていない相手の前で、意識を手放すわけにはいかない。

アズサに到着するまで。

私はずっと、意識を保ち続けていた。

 

話を聞いたアズサでは、救出した人間の介護体制を整えていた。アリーも待っていて、ハントの無事を確認すると飛びついていた。

恋人同士の邪魔をするのも野暮だろう。

後はどうでも良い。

ハンターズオフィスに、もぎ取ってきたアダムアントの首を納品。

状況を聞くと、ハンターズオフィスも、賞金額が安すぎたと判断したのか。8000Gを賞金としてくれた。

そんな事は必要ないのにと思ったのだが。

まあ、大勢助かったのは事実で。

それ以前に、奴の脅威が潜在化するのが遅かったから、多くの人が死んだのもまた事実だった。

後はフロレンスの治療を受ける。

骨は折れていないが、数日は寝ていろと言われたので、手当を受けた後、寝ていることにする。

服を脱ぐと、全身に残る火傷の痕が露わになる。

未来、もしも私が誰か男と寝ることになったとして。

その時、その男は。この傷を見て、青ざめることだろう。

この傷の全てが、私の復讐の誓い。

私の存在意義。

私と両親と。マリアがされた事。

「何となく、貴方の無茶な戦い方の理由が、分かった気がします」

「……そうかも知れないな」

「後は何も考えず、回復に努めてください」

何も言うことは無い。

私は横になると、休む事にする。

増額しても、8000G。マリアと一緒に戦った賞金首は、どいつもこいつも万越えの賞金が掛かっていた。

そしてアダムアントのような、小手先の技だけで勝負する奴では無く。

どいつもこいつも、化け物じみた実力を持ち。

もっと多くの人々を手に掛け。

危険度も桁外れだった。

力が、力が足りない。

もっと強力なクルマと武装。

それに自身の実力。

何より、人を超えるためのレベルメタフィン。いずれをも手に入れなければ、奴を。テッドブロイラーを仕留める事など、できようもない。

横になっても、悶々とし続ける。

私は、まだ。

マリアに及ばない。

そしてマリアに及ばない以上。

奴にも勝てない。

 

(続)