腐敗と強欲
序、保身の街
スナザメがいなくなったからと言って。もはや人類が主導権を握っていないこの世界では、安全な場所など無い。
時には街の中にまで、賞金首が入り込んでくるケースまであるのだ。
街の地下がモンスターの巣窟になっていたり。
其処に住んでいるモンスターに、人が定期的に襲われたり。
そんな実例すらある。
過去の文明の遺産は、もはや人間の味方とは限らない。
複雑に入り組んだ地下下水道は迷宮。
それでもなお。
其処にしか住むことが出来ず。
不衛生な環境で、必死に生きていく人々は。
モンスターの恐怖に怯えながら。
なおもまだ、生にしがみつく。
マドの街東の砂漠を越えながら、私は黙々と装備の手入れをする。運転に関しては、Cユニットに任せてしまっている。
周辺にモンスターがいないかも、Cユニットは判別してくれる。とはいっても、大型のモンスターに限るが。
更に言うと。
一度登録した経路はドッグシステムと呼ばれるプログラムで、自動走行してくれる。これは古い時代、自動運転が開発されていた頃に作られたシステムらしいけれど、私にはどうでもいい。
使えれば使う。
使えなければ使わない。
それだけだ。
マドを出るときに、エルニニョの街。
これから向かう街の情報は、可能な限り聞いている。
現在エルニニョは、バイアスグラップラーの実質的な統治下にあり。定期的に人間を差し出すことで、かろうじての自治を保っている。
エルニニョを支配しているメンドーザは強欲な男で。
街を私物化して、女を独占し。
若い男だけを差し出して、自分の対抗馬を全て消す、という事までしている様子だ。
別にどうでも良い。
街にいるバイアスグラップラーのゴミクズどもとまとめて一緒に、皆殺しにするだけだからだ。
奴らに荷担しただけで万死に値する。
ただ、全てを見境無く殺していくのでは、効率が悪い。
色々と考えつつ。
効率よく殺していかなければならないだろう。
その辺りが悩みどころだ。
バイアスグラップラーには、生きるために荷担している者もいる。
そういう連中は、奴らを内側から崩壊させるための貴重な材料にもなりうる。見境無しに殺すわけにはいかない。
基本的には皆殺しだが。
それでも色々と考えて殺さなければならないのが悩ましい。
アラートが鳴る。
警戒レベルイエロー。小物のモンスターだ。
併走するようにして走ってきたのは、鳥。ダチョウより少し小型の鳥だが、その頭は機械で、更に小型のショットガンが取り付けられている。数羽のそれが、バギーに追いつく勢いで、疾走してくる。
奴は。
ノアは、動物と機械を掛け合わせることを好む。
一種のサイボーグというのだろうか。
こうして脳をいじくられ。ノアの走狗になった動物は、モンスターの一種に分類され。見境無く人間を襲うため、退治する必要がある。
駆け出しのハンターが始める事は。
まずは賞金首を狙うのでは無い。
こういう雑魚を処理することだ。
私は幸い、マリアという最高のハンターの教えが地金になっているし。連れられて賞金首との戦闘も経験しているが。
充分な殺傷力を持つモンスター相手だ。
初陣で、雑魚相手に遅れを取るハンターもいると聞いている。
ましてや今私は一人。
ミスのリカバリがきかない。
慎重には慎重を期し。
オーバーキルするくらいのつもりで戦わなければならない。
私はそのままドアを開けると、即座に一羽の頭を対物ライフルで打ち抜く。
頭が吹っ飛んだ鳥が、そのまま砂に転がり、何度かバウンドして遙か遠くに。更に、弾丸を装填して、二射。
今度は胴体の中央。
体が四散した鳥が、その場に赤い染みを作った。
三羽目。同じように消し飛ぶ。
残った二羽が、かなり近づいてくる。
バギーより速く走っている、という事だ。
ドアを即座に閉め、ショットガンの射撃に耐える。装甲タイルはきちんと張ってきている。今ので数枚剥がれたが、まだ余裕。
そのままドリフトして、鳥の真正面に出ると。
アクセルを踏み込み、一羽をはねた。
元が軍用車のパワーだ。
このサイズのモンスターなぞ、轢き殺すのは容易い。
更にドリフトしつつ、砂を蹴散らし。
ドアを開けて、弾丸を装填しておいた対物ライフルで速射。
若干狙いははずれたが。
それでも、首の付け根辺りを直撃した弾は。
鳥の首全部と。胴体の真ん中から上辺りをごっそり持っていった。
敵性勢力制圧。
処理完了。少し戻って、今始末した鳥を全て回収。
売れそうな肉は全部売り物にする。
まずは逆さに吊すと、血を抜き。
火で炙る。
ノアが作り出したモンスターの肉は、その悪意を反映しているのか、それともこの世界の荒廃が故か。
あっという間に痛むのだ。
燻製にし終えると、バギーの荷台に詰め込む。
今のでタイルが少し剥がれたから、重量的に問題は無いだろう。Cユニットで確認するが、重量に問題は無いと返答があった。
「補給は如何なさいますか」
「いらん。 このままエルニニョに向かえ」
「了解しました」
再び、バギーが走り出す。
それを横目に、私は対物ライフルの状態と。弾丸の残り数を確認した。
これはマリアに貰った武器。
古い時代に使われていたような小型のアサルトライフルなんて、今のモンスターには通じない。
それはそうだろう。
そういった武器は、あくまで対人用に作り上げられたものだ。
今は、人間を殺すために、人間の武器が通じないことを前提に作り出された生物兵器が、世界中に蔓延っている時代。
そいつらを殺すためには。
強くなった人間が。
対人用では無く。
対モンスター用。
対機械用の兵器で、相手に攻撃を叩き込まなければならない。
今の戦闘を、頭の中で何度かシミュレーションし直す。敵がこう動いたら、どう動くべきか。
マリアだったらどうしたか。
それらを考えているうちに。
見えてきた。
エルニニョは、この近辺で最大の街だが。
マドに来る時には、別のルートで来たので、通らなかった。交易を行うトレーダー達は、必ず寄るという。
見ると、中央に大型のビル。
結構整備されているが。
それでも、かなりくたびれている。
今の時代、真新しいビルなど存在しない。
技術があったら軍事に回せ。
物資があったら戦いに回せ。
ノアとの戦いを最優先。
そういう時代だ。
弱者は死ぬしか無い。
そう、それを破った故に、マリアは死んだ。私が死なせてしまった。弱かったから、だ。
何を見ても、復讐の炎が心の中で燃え上がっていく。
だがそれでも。
私は歯を食いしばり、生きる。
復讐を成し遂げるまで死ぬものか。
弱かったのなら強くなる。
強くなければ生きられないのなら。
人間であることなど捨ててやる。
心を静めると。
砂丘の側で、バギーを止める。周囲を警戒した後、双眼鏡で覗く。
エルニニョの街は、人口2000から3000。
現在バイアスグラップラーに支配されている街の一つ。
見たところ、かなりの守備隊がいる。装備も、対人用のものだけではなく、侵入を試みるモンスターを駆除するためのものもある様子だ。
クルマは。
いない。
そういえば、此処から少し西の重要拠点である橋に、ある程度の兵力を割いている可能性がある。
検問をしているとか言う話だから。
その可能性は高いと見て良いだろう。
兵力配置を見ていくが。
完全に烏合の衆だ。
それぞれの練度も低いし、見張りに頼り切って怠けきっている。
それにだ。
相手の抵抗が想定される人間狩りをしなくても良いからだろう。双眼鏡で覗いている限り、抵抗勢力について考えてもいないようだった。
更に、である。
ハンターらしき人間がかなり入り込んでいる。
勿論表立ってバイアスグラップラーに喧嘩を売りに行く訳ではないのだろうが。
あの街でも、ハンターズオフィスは活動しているはずだ。
ハンターズオフィスともハンターオフィスとも呼ばれるこれは、基本的にどの街にでも存在している。
武装集団にとっても賞金首は脅威。
ハンターとは、反目することもある。大々的に戦いになる事もある。
だがその一方で、賞金首級のモンスターが相手の場合は、協力しなければならないケースも多い。
トレーダーと同じく、ハンターとはある程度上手にやっていかなければならないのは、どこの武装勢力も同じ。バイアスグラップラーとてそうなのだ。
私もマリアに連れられてハンターの登録はしている。
入り込むには、問題は無いだろう。
ただ、この間の人狩り部隊に、私の顔を覚えている奴がいて。それが警備にいると色々面倒だが。
まあその場合は。
消すだけだ。
あの練度だったら、囲まれても突破するのは難しくない。
別に拠点としても魅力的では無い。
ただ、この街のバイアスグラップラーどもを駆除したら。
それはそれで良い。
後ろに拠点を抱えているというのは。
いずれにしても悪くない。
私は一度、色々装備を調える意味で、マリアの故郷であるアズサには戻ろうとは思っているが。
この街はアズサからも近い。
もしも陥落させるなら、その支援も期待出来るし。
陥落させれば、アズサとの連携も取れるだろう。
ただ、アズサの北には、バイアスグラップラーの一大拠点である塔が存在していて、其処には多数の機甲戦力もいる。
あまり考え無しに動くのは止めた方が良いだろう。
何カ所か、位置を変えながら、街の見張り台と。
拠点を確認していく。
ビルや、その朽ち果てた残骸は、ざっと見たところ10棟ほど。
エルニニョの人間の中でも、上層に位置する人間がこれらに住んでいると見て良いだろう。
みすぼらしいバラック小屋が周囲に拡がり。
バイアスグラップラーの作ったらしい見張り櫓が幾つか。
更に、中央にある大きめのビルの窓には銃座が見える。
対クルマを想定した重火器が据えてあると考えて良いが。だがビルの様子から考えて、砲ではなく、最大でも重機関銃だろう。
今の時点で攻めるのは厳しいな。
私は素直にそう判断した。
力が足りないなら蓄える。
だが、内部に入り込むのなら、別に問題は無いだろう。
それだけなら。
一通りみて回った後、正面から堂々とエルニニョの街に入る。
彼方此方にクルマを足止めするためのストッパーが配置されているのは。やはりクルマを持ったハンターが如何に脅威になるか、バイアスグラップラーも理解しているから、なのだろう。
彼らも多数のクルマを有しているが故に。
余計にその脅威については、よくよく分かっているのだ。
人の流れは、遠くから確認している。
私は砂漠を通ってきたハンターとして、堂々とハンターズオフィスに入る。ビルさえ与えられず、小さな家屋がオフィスになっていたが。
中には数名がいるが。
いずれも流れ者か。
此処に長居をする気はなさそうだ。
なお、クルマは敢えて外に置いてきている。
Cユニットに生体認証を通してあるので、盗られる恐れはないし。何より、私以外の人間が近づいた場合は距離を取るように指示もしてある。
更に、である。
クルマが無い方が、相手を油断させやすい。
背中にしょった剣と。
それにクロスするように背負っている対物ライフルだが。
もっと重武装のハンターも見かける。
だが、いずれもが。
それほど強い戦士ではないようだった。
スナザメのポスターに、済みのハンコが大きく押されている。他にも幾つものポスターが貼られているが。
ハンターズオフィスも、この町でバイアスグラップラーと事を構える気は無いのだろう。
バイアスグラップラーの幹部連中は全員高額の賞金首なのに。
奴らのポスターは貼られていない。
この辺りで、奴らと事を構えられる程の実力者は少ない。
これもまた、仕方が無い事なのだろう。
私は仕方が無いと思わないし。
いずれ奴らを皆殺しにするが。
ハンターズオフィスの中には、テーブルと椅子も用意されている。これはハンター同士の会話を互助するためだ。
情報交換が、戦闘には重要なのである。
ポスターを幾つか見ながら、私は彼らの話にも耳を傾ける。
「スナザメを殺ったハンターがマドに寄ったらしいな」
「手頃だったのになあ。 この辺りではスナザメ程度が賞金首になるんだし、楽な仕事だぜ」
「だったらデスペロイドを仕留めてきたらどうだ。 あれはスナザメよりもだいぶ賞金も高額だぜ」
「そうだな。 考えておくよ」
デスペロイドか。
マドでも話を聞いて来たが、この辺りに出没するようになった強力なモンスターである。周囲にいるモンスターより明らかに強い上、狡猾に人間を襲撃するため、賞金首認定されたという。
見かけはパワードスーツに無理矢理動かされている骸骨だが。
実際に、それ以上でも以下でもないだろう。
パワードスーツの稼働プログラムにも、ノアは入り込んだ。
その結果、骨になってもパワードスーツに動かされている人間は大勢いるらしい。勿論労働の目的は、生きている人間の殺戮だ。
中には、目の前でパワードスーツに肉親を殺させられた人間もいるだろう。
大破壊の前には、パワードスーツを使って労働補助を大々的に行っていたらしいし。生き延びてパワードスーツをつけた瞬間、地獄を見た者もいる筈だ。
デスペロイドも、骸骨である以上。
そういった系統の悲劇を汲んでいる可能性は高かった。
「それと、スカンクスの賞金が……」
「止せ」
ハンターの一人が止める。
私も、一瞬だけ耳を傾けたが。
スカンクスと言えば、この一帯を事実上統括しているバイアスグラップラーの大幹部だ。正体はよく分からないが、猿のような姿をしているとか聞く。
マリアに連れられて彼方此方を歩いている時に聞いただけなので、何とも言えないが。
マリアに何人かバイアスグラップラーの幹部は倒されているらしいし。
それの代わりで幹部となったとしたら。
此奴くらい倒せないようでは、テッドブロイラーは話にならない、と判断して構わないだろう。
ちなみにスカンクスの賞金額は現状50000G。少し前は20000Gだったのが、跳ね上がった。
悪名が轟いているからだろう。
テッドブロイラーの五分の一だが。
戦闘力は、もっと離れていると見て良い。
この辺りだと、他には大型の蟻のモンスターであるアダムアント辺りが現実的な賞金額の賞金首だ。
情報があまり多く無いので、どうにも言えないが。
人間大の巨大な蟻を大量に統率している蟻の女王で。近くの人間を掠って巣に運び込んでいるらしい。
生還した人間によると、捕食のためでは無く、労働をさせるため、のようだ。
勿論役に立たなくなったら喰ってしまうようだが。
ハンターズオフィスを出ると、ざっと街の中を歩いて見て回る。
途中でバイアスグラップラーの兵士の一人が、私に声を掛けてくる。フードを目深に被っているとはいえ、小柄な相手だ。
舐めて掛かって来ているのだろう。
「なんだテメー。 ハンターか」
「それがどうした」
「……い、いや、なんでもない。 賞金首狩り、気を付けてな」
一瞬だけ、奴は私の目を見た。
それだけで、もう何も言う気が無くなったのだろう。
奴は、見てしまったのだ。
目の中に燃えさかる、劫火を。
1、抵抗組織
エルニニョには、数日滞在することにした。勿論街の中でダラダラ過ごすつもりなどはない。
一旦街に宿を確保。
カトールという線香がハンターには必須とされているが。これはこんな時代も元気に繁殖している蚊が、病気を媒介するからだ。
かなり昔に、このカトールを液体状にして何度も使えるようにした道具を量産した奴がいるらしいけれど。
ちょっと高額な上に、ざっと見て回った露店では扱っていないようだった。
私の目的は。
仲間を増やすことだ。
此処で言う仲間とは、なれ合う相手では無い。最終的には、バイアスグラップラーを叩き潰すための同志。
捨て駒にするつもりはない。
味方を捨て駒にする奴は、結局統率を失う。
自身の目的はあくまで自身の目的として。
組織としては、それなりにまとまらなければならないからだ。
マリアだって、復讐のために誰かを捨て駒にしたりしたら、多分烈火のごとく怒るだろう。
私は復讐鬼だが。
マリアに顔向けできない事をするつもりは無い。
バイアスグラップラーは皆殺しにするが。
関係無い弱者に刃を向けるつもりは毛頭ない。
最初にハンターズオフィスに足を運んだのは、そこそこ出来そうなハンターがいないか、確かめるためだったのだが。
どうやら今日見て回った感じでは。
使える奴はいなさそうだ。
クルマを持っている奴はいるにはいる。
だけれども、どれもこれも私が今使っているバギーと大差ないレベルの代物で。とても大物の賞金首を狙うには足りない。
実は、スナザメの賞金と。
ここに来るまでに仕留めてきたモンスターの残骸を換金した金で、バイクを買えそうなのだけれども。
一人で二機クルマを持っていても仕方が無い。
仲間が入るまでは、一旦保留にするつもりだ。
勿論、私はハンターとしては其処まで名前も知られていないし、マリアと一緒に戦ったどのハンターにも及ばないだろう。
だから、私よりも遙かに強い奴がいたら、そいつについていこうとも思ってはいるが。
今の時点でそれも無さそうだ。
不審な動きをすると、すぐに目をつけられる。
だから、必要以上の情報収集はしない。
街を牛耳っているメンドーザという男も、自身の保身だけを考えている様子で。ハンターに対して高圧的に出るつもりも無い様子だ。
元々チンピラ同然だったらしいが。
街をバイアスグラップラーに売り飛ばす同然のやり口で乗っ取ったらしく。
人間を定期的にバイアスグラップラーに売り飛ばして。
今の身を保ち続けている。
そういう意味では、保身に関しての能力は高いのかも知れない。
この辺りの情報は、実際に現地で確認したし。
更にエルニニョのハンターオフィスでも、資料を幾らか見た。
後は本人を一度見てはおきたい。
個別の戦闘力についてしっておけば。
暗殺という選択肢が出てくるからだ。
保身に長けているなと思ったのは。
メンドーザとやらが住んでいる中央のビルは、バイアスグラップラーの指令拠点ともなっていて。
周辺に対して放射状に拠点を配置し。
何かあっても、即座に対応出来るようにしているのを確認したからだ。
更にビルの中を見ても、要所には交代体制で、そこそこに腕が立つ奴が張り付いている。何かあったら、100人単位の敵に囲まれるだろう。
そうなったら、今の戦力では対抗できない。
マリアだったら、突破してメンドーザとやらの首を取ることも可能だっただろうけれども。
私にはまだ無理だ。
しかしながら、どの辺りに警備がいるのかは、一度確認しておきたい。
まだ、中に入る必要はないが。
街の隅に行くと。
明らかにバイアスグラップラーのメンバーでは無い人間が、やる気が無さそうに牢の見張りをしていた。
牢の中には、浮浪者同然の人間が入れられ。
糞尿の匂いが酷い。
当然垂れ流しなのだろう。
こういった場所では、何かしらの犯罪に手を染めると、その場でリンチにあって殺されるケースが多いのだが。
牢に入れられているだけ有情か。
やる気が無さそうな見張りに、聞いてみる。
明らかに、バイトでこの仕事をしているこの街の住人だ。
抹殺対象では無い。
「この男は何をして牢に入れられている」
「ああ、アクセルか。 普通はグラップラーのクルマに手なんて付けたら、速攻で殺されるんだがな。 何だか最近マドの街でグラップラーに逆らう奴が出たとかでごたついたからだとかで、放置されているんだよ」
「クルマに手をつけたのか」
「ああ。 腕が良いメカニックなんだがなあ」
メカニック。
ハンターの役割の一つ。
主に賞金首狩りで力を発揮する、というよりも。
ハンターの生命線であるクルマの整備をする技術者のことだ。
勿論ハンターだけに限らず、整備技術者は多く。相手を選ばず仕事をしているケースもあるが。
ハンターとして、各地で前線に立ち。
戦場でクルマの応急処置をしたり。
或いは機械に強いことを生かして、機械に対しての戦闘で支援として立ち回るケースは珍しくも無い。
此奴は話によると。
ハンターの狩りに随行した事もあるらしく。
更に技術に関しても、相応らしい。
袖の下を握らせると、話を聞く。
毎日赤貧に喘いでいるのは見て明らか。
軽く金を握らせるだけで、見張りはすぐに何も見ていないフリをした。
アクセルとやらは、敢えて禿頭にそり上げていて。
此方に対して、興味深そうに目を向けていたが。
話を聞いてみると、結局何も考えていないことが分かった。
「あのムカつくバイアスグラップラーの連中が、あまりにも良いクルマに乗ってたからな、ばらしてやったんだよ。 元に戻らないようにな」
「良いクルマというと、ゴリラか」
「そうだ、ゴリラだ」
重戦車として、ここら一帯では最も手に入れやすいクルマの一つ、ゴリラ。
とはいっても、保有しているのは殆どバイアスグラップラーで。
ゴリラを持っていると言うことは、奴らから鹵獲したことを意味する。
それは当然奴らと戦っている事を意味してもいるので。
正直な話。表だってこの町にゴリラで乗り付けようと考えるハンターはいないだろう。そしてバイアスグラップラーの勢力は強大さを増すばかりである現状。ゴリラをクルマとして使っているハンターは、行動範囲が狭くなる一方に違いない。
鍵を確認する。
これだったら、どうにでもなりそうだが。
さて、どうするか。
「もう少しで処刑されるそうだな」
「ああ、だが悔いはねーよ。 彼奴らに一泡吹かせられたからな」
「助けてやってもいい」
「!」
見張りは、遠くでみていないフリをしている。
位置からして、聞こえてもいないだろう。
何、簡素な檻だ。
ぶち破るのは難しくない。
「その代わり、私のために働け」
「手下になれってのか、あんたは」
「レナだ。 ハンターをしている」
「クルマを好きなだけ弄らせてくれるなら、考えてやってもいいぜ。 それと、バイアスグラップラーに手を貸すのだけはごめんだからな」
鼻を鳴らす。
アクセルが、檻の隅にまで逃げた。
粗末な服を着ていて。
そして世の中を舐めきっているようなこの男も、一瞬で理解したのだろう。
この私が、バイアスグラップラーに荷担する。
そのような事、絶対にあり得ないという事に。
「わ、悪かった。 あんたのために働くよ」
「良いだろう」
牢破りの達人なら、もう少しは綺麗に牢を開けられたかも知れないが。
私は、剣に手を掛けると。
一閃。
マリア仕込みの技だ。
ちゃちな南京錠なんて、一瞬でバラバラである。
街の外にそのまま行き、待つように指示すると。見張りに金を渡して、そのまま私も去る。
そして、それっぽく。
やすりを牢の中に放り込んでおいた。
殴られるくらい、金を貰ったことに比べれば、どうでも良いことだろう。この街の人間は暴力を受ける事に慣れている。
アクセルという男も。
そのまま逃げるような奴なら。
別に興味も無い。
敵に此方の情報を売るようだったら。
その時は地の底まででも追いかけて殺す。
それだけだ。
一度その場を離れる。
こういうときは、堂々としていればむしろ何も怪しまれない。私としても、あまり危ない橋は渡っていないし。
さっき南京錠を切るときも。
周囲で誰も見ていないことを確認した。
凄腕のハンターだったら、気配を隠せたかも知れないが。
今、私の周囲に、腕利きのハンターなどいない。
ましてや雑兵に等しいバイアスグラップラーの兵士などに見られるほど、此方は弛んでいない。
まずはこれで一人目。
次は、だ。
自分から、情報をハンターオフィスに流しに行く。
「今聞いたが、アクセルという男が脱走したらしい。 手引きした者は、相応の腕を持つ人間だと言う事だ」
「! バイアスグラップラーが騒ぎますね。 ハンターに注意喚起をしておきます」
「そうしてくれ」
私はフードを目深に被ったまま。
声は出来るだけ低くして話している。
この町のバイアスグラップラーの兵士は一枚岩じゃ無い。
更に此処まで状態が悪いと、恐らく抵抗勢力が騒ぎ出す。
其処に接触する。
運が良ければ。
ひょっとすれば、まともな人材を、見つけられるかも知れない。
安宿に一泊。
他の部屋では、刹那の快楽に身をゆだねている物音が聞こえていたが。私は別にどうでも良かった。
そもそも今の時代。
音を遮断できるような部屋が殆ど存在しない。
大きな街で、有力者が住むような家にならあるだろうが。
野ざらしで暮らしている人間も大勢いる。
大昔は、性知識をわざわざ教育しなければならなかったらしいが。
今の時代は、嫌でも目にする事になる。
私もマリアに連れられて歩いている時に、そういうものだと言われたし。そもそも連れて歩かれる前から見たことがあったから、何とも思わなかった。
子供が欲しいとも思わないし。
子供を作りたいと思う相手もいない。
どうでもいいので、そのままカトールを焚いて眠る。
それでも蚊に刺されるときは刺されるが。
その場合は諦めるしか無い。
朝早くに宿を出る。
まだ陽も昇っていないが、外で軽く体を動かす。
アクセルの様子を見に行くつもりだが。
その前に、体を動かして、状態を調整しておくのだ。
ただでさえ、少し前に色々あって。
鈍っている状況なのだ。
あれだけの大けがをした後だ。
体はどれだけ鍛え直しても足りない。
ましてや私は。
人間を止めてでも、あの化け物、テッドブロイラーを倒そうという身である。普段からの鍛錬は、絶対に欠かしてはならない。
マリアに教わった型を一通りやる。
戦闘集団アズサでは、こういう古い時代から伝わる戦い方について、今でも秘匿しているそうで。
アズサでもトップクラスの戦闘力を持っていたマリアは、秘匿されていた技術を幾つも授けられていたという。
私も、その一部は教わったが。
もっと実績を積んで。
ハンターとして名を上げてから。
アズサに行って、残りの秘技を教わる必要があるだろう。
ただ、秘技の他に。
あるものを手に入れておきたいが。
それはまだ先の話だ。
長期的に、復讐については計画をして行かなければならない。
冷たい水で顔を洗う。
ちなみにこの水、飲めない。
今の時代、水は基本的に湧かさないと絶対に飲んではいけない。
雨水さえ猛毒のケースがあるのだ。
如何に過酷な世界で生きている人間でも。
水をそのまま口にすることは、死に直結する。
だが、顔を洗って、気分を切り替えるくらいなら、大丈夫だ。
陽が昇る頃には、一通り終わり。
そのままチェックアウトして、宿を出る。
そして黙々と歩いて、アクセルと合流した。アクセルは砂丘の影に隠れていて、此方を見ると手を上げる。
ちなみに、エルニニョに来る途中で作った干し肉を、幾らか与えておいたから。
腹は充分膨らんでいる筈だ。
「モンスターもいる場所に放置しないでくれよ」
「この辺りをうろついている程度の相手から身を隠せないようだったら、今後生き抜くことは不可能だ」
「おいおい……俺は戦闘専門じゃないんだぜ」
「知るか。 さて、と」
周囲を警戒。此奴がバイアスグラップラーの手下である可能性はある。
もしもその場合は、周囲に此奴が手引きした奴らが潜んでいるはずだが、人の気配はない。
それに私は顔を見せていない。
最悪の場合は、皆殺しにして切り抜けるだけだが。
どうやらアクセルは、その手のささやかな小遣い稼ぎに手を染めるような愚行はしなかったようだ。
もしも、私より遙かに格上の使い手が潜んでいるようなら問題だが。
そんな奴は、エルニニョでは見かけなかった。
かろうじてメンドーザの護衛の中に一人だけ、そこそこに使えそうなのが潜んでいたけれど。
それも私以上では無い。
ましてや保身に執心しているメンドーザだ。そいつを手元から外すとは思えない。
「ついてこい」
「へいへい」
アクセルを伴って、バギーの元へ。
バギーを見ると、アクセルは少しガッカリしたようだった。
「何だ、もっと凄いクルマ持ってるのかと思ったら、これじゃゴリラとはやりあえねえよ」
「やりようによってはどうにでもなる。 それに、凄いクルマはこれから手に入れれば良い」
「それもそうか」
「何処か手を入れられそうか」
何時でも武器に手を掛けられる状態のまま私は、バギーを触り始めるアクセルを見守る。
手際よく処置をしていくアクセルは。
確かに腕利きのメカニックのようだった。
「放置してるとナマリタケがつくかもしれないが、今の時点では大丈夫そうだな。 後は武装がもうちょっと欲しいが、装備を増やすには相応の設備がいる。 この辺りだとイスラポルトだな」
「海の向こうか」
「そういう事だ。 後、ちょっとした規模なら、バザースカでもやってるって噂を聞いたことがある」
正確には海では無いのだが。
この辺りでは、海と呼んでいる大きな湖がある。
水上交通の利便性もあって、この海に面している大きな街が幾つかあるのだが。その一つがイスラポルトだ。
まあいい。
バギーは移動手段として割り切るのも手だろう。
バザースカは少し距離がある。此方は陸路で行ける街だが、どっちにしても、西の橋の検問を突破する必要が生じてくる。もう少し、手近な戦力を増やしておきたい所だ。
「戦闘経験は」
「ないよ。 ハンターの狩りについていったことはあるが、やったのは装備の調整とかの支援だけだ。 ステゴロなんてとてもとても。 あんたみたいなチャンバラは到底無理だよ」
「だったら、少しばかり戦闘経験を積んで貰う。 これからバイクを入手するから、バギーは任せる」
バイクには私が乗る。
バギーについては、此奴に任せてしまって問題ないだろう。
戦闘を任せると言われて、少しアクセルは戸惑ったようだが。
ハンターに同行するメカニックの中には、前線に立つ者もいる。そういった者達は、当然賞金首との戦いでも己の全てを賭けて戦う。
此奴も、荒野で生きていくのなら。当然のことながら、戦うのは必須になる。
勿論、戦闘要員では無く、完全な後方支援要員として考える面子も今後は見繕う必要があるが。
それでも、敵を目の前に逃げ出さない程度の勇気は必要だ。
「その代わり、手に入れたクルマは好きなだけ弄らせてやる」
「良いだろう。 交渉成立だ。 何とか役に立ってみる」
さて、後は金か。
少し前に見かけたバイクだが、アクセルを牢から出すのに少しばかり手間取ったせいで、少し消耗した。
素のバイクでも別に構わないのだけれど、機銃くらいは積みたい。
機銃は今の時代、弾が幾らでもハンターズオフィスで補給できる。
各地のトレーダーも、機銃弾に関してはただで扱っているほどなのだ。まあこれはハンターに護衛をして貰って、各地のモンスターから身を守っている、という理由が大きい。それくらいはサービスする、というわけだ。
それと、もう一人か二人、仲間が欲しい。特に接近戦を任せられる人間が欲しいが。
これはかなり厳しいだろう。
私はまだ、目的のものを手に入れていないし。それによって人間を止めてもいない。
雑魚モンスターならば、私でもどうにでもなるけれど。
賞金首クラスになってくると、クルマで戦術を駆使しないと厳しいし。テッドブロイラーレベルの相手になると、重戦車でも瞬殺されかねない。いずれにしても、今は身の丈にあった仲間か。
「時になんと呼べば良い」
「アクセルでいいぜ」
「そうか。 では私の事もレナと呼べ。 エルニニョの街に、反体制組織はあるか」
「あるにはあるが、正直な所頼りにはならんだろうよ」
そうだろうな。
あんな分かり易い圧政を敷いているメンドーザに、一矢も報いられていない連中なのだから。
アクセルは地元民だ。
ある程度は詳しいと言う。
「壊滅したって話だが、ハヌケ同盟っていう連中がいたらしい。 これはエルニニョにバイアスグラップラーが侵攻してきたとき、最も激しく抵抗した連中だが、全員が人狩りに連れて行かれたそうだ。 だが、中核メンバーはまだ生きていて、何処かに潜んでいるという噂もある」
「ふむ、それで」
「もう一つはヒヌケ団。 こっちは昔からメンドーザとやりあっている連中だが、地下でごそごそする以上の事は出来ていないな。 メンバーも大した奴はいないらしくて、ハヌケ同盟よりもメンドーザは気にしていない様子だ。 バイアスグラップラーに至っては、烏合の衆と侮って、摘発もする気が無いらしい」
「……」
バイアスグラップラーは。完全にメンドーザの指揮下に入っているわけでは無い、という事か。
そうなると、エルニニョでバイアスグラップラーを指揮している奴がいる可能性がある。つまり、実質的な支配者だ。
こういった影の支配者をあぶり出すのは少しばかり面倒くさい。
だが、どうにかするしかないか。
「誰か強い奴、根性のある奴を知らないか」
「ハンターの使うオフィスの他に、ヌッカの酒場って所があるんだが。 ハンターの中には、此処に足を運ぶ奴がいるって聞いた事がある」
「ほう」
「何しろ表立ってバイアスグラップラーとやりあえる状況じゃ無い。 ハンターズオフィスでさえ、バイアスグラップラー幹部のポスターは外している状況だ。 メンドーザもよそじゃ賞金首なんだろ?」
その通りだ。
マドで確認しているが、メンドーザの賞金額は3500G。それも、賞金首として狩ることを積極的に推奨していない。
逆に言うと、奴程度の悪党では、そんな程度の賞金しかつかない。
万単位の賞金がつくモンスターが、どれだけ桁外れの化け物か、という話でもある。実際、隙さえつけば子供でも殺せるような奴を、賞金首として高額で登録したりはしないのである。
攻防ともに圧倒的で。
生半可な戦力では太刀打ちできない。
だからこそ、賞金首になるのだ。
メンドーザはやり方次第では、子供でも殺せるチャンスがある程度の相手。この賞金額も妥当だろう。
「ヌッカの酒場とやらに案内は出来るか」
「案内は出来ないが、場所は教えられる」
「そうか。 では一旦マドに戻る」
どういうことか、という顔をしたアクセルだが。続けて私は説明する。
マドの街では、私に対してある程度の好意を持つ住民が多い。今の情報が嘘だった場合。つまり私が殺されれば。
アクセルは確実にマドの街で死ぬ。
此奴が戦士としての力量に欠けることは、見てすぐに分かった。
青ざめるアクセルに、私は地獄から来た悪鬼の笑みを浮かべた。
「誰でもすぐ信じるほど私は甘くないんでな。 情報に間違いがあった場合、死んで貰うぞ」
2、潜入
マドの街に戻り、少し金を置いていく。
途中で見かけたモンスターを片っ端から狩り、その素材を持ち帰ったからである。ハンターズオフィスの人間に軽く報告。
どうやらエルニニョの近くにデスペロイドが出ているらしいことも確認しておいた。
戦力が整ったら狩りに行く予定である。
他のハンターに先を越される可能性もあるが。
しかしながら、エルニニョにいる連中の戦力を見る限り、その恐れは低いと見て良いだろう。
長老達は、何とかちまちまと再建作業に着手し始めていたが。
私もアクセルを其処に置いていく。
「メカニックとして技量をそこそこに積んでいる奴だ。 エルニニョで捕まっていたから連れてきた」
「そうか。 人手は少しでも多い方が良いから、助かる」
「見張りは常につけてくれ」
最後の一言は耳打ち。
長老は、少しだけ黙った後、頷いた。
この街も、ハンターを雇ってバイアスグラップラーに抵抗しようとした者達が長老をしているのだ。
ある程度の荒事は。
最初から想定済み、という事である。
ただ、給金は払うようにする事。
様子を見極めたら、連れて行く事。
この二つも告げておく。
無給で働かせたり、理不尽な労働をすれば、人間は動きが鈍るし。裏切っていなくても、裏切ろうと考えるようになったりする。
その場合は殺さなければならなくなる。
帰る途中にメカニックの腕は確認したが。
バギーの手入れはしっかりしていたし。
何より、私よりも手慣れていた。
私は所詮付け焼き刃だが。
アクセルのはきちんとした本職の仕事だった。
ならば連れていく価値はある。
ただ、戦闘中は、ずっと頭を抱えていて。まだとてもではないけれど、武器を持たせてモンスターとやり合わせるのは無理そうだったけれど。こればかりは、流石に仕方が無いだろう。
ハンター志望の命知らずでさえ。
人間を全力で殺すつもりで襲いかかってくるモンスターが相手だと、例え雑魚でも不覚を取ることがあるのだ。
メカニックに絞ってスキルを磨いてきた人間に。
いきなり戦えることなど期待していない。
ただ、バギーの操作を任せている限り、特に問題行動は起こしていなかったし。
わざと時々露骨な隙を見せてはいたが、此方の背を撃とうとするような真似もしなかった。
今の時点では。
裏切りは考えていないと見て良いだろう。
アクセルを預けると、イリットの様子を見に行く。
相変わらず弟と一緒に、赤貧の生活をしているようだが。
私が出向いて、ある程度の食糧を残していくと、喜んだ。
食事をしていって欲しいと言われたが、それは遠慮する。今は少しでも、食事をする人間は絞った方が良い。
私は外で仕留めたモンスターを食べる。
それだけで充分だ。
そのまま、エルニニョにとんぼ返り。
アクセルが脱獄したことは、騒ぎにもなっていない。
あの牢の造りだ。
何より、不満分子がそれだけ多いと言う事だろう。
そんな事では騒ぎにもならない、という事である。
逆に言うと。
バイアスグラップラーは、この街を安全圏と考えて。
それだけ油断している、という事に他ならないが。
まずは、スラムの隅に。
途中、声を掛けてくる物乞いがいたが。
私の目を見ると、すぐに何も言わずに押し黙る。
しかし酷い臭気が漂う一帯だ。
エルニニョの多くも豊かでも無い富は。
メンドーザが全て吸い上げている、と見て良さそうだ。
バイアスグラップラーも、単純に人間狩りさえ出来ればそれでいいのだろう。メンドーザの統治に口を出すつもりはないようだし。
何よりも、マドの街という見せしめもある。
抵抗しようという気力も、ないのだろう。
少なくとも、大多数の人間には、である。
スラムの一角。
小さな家屋。
ビルとさえ呼べないその中に入り、合い言葉を言う。合い言葉はアクセルから聞いた。アクセルも、此処の抵抗勢力に所属していたらしいのだが。
「つい」軽率な行動に出たらしいのだ。
まあそれは仕方が無い。
感情が先に出て、動いてしまう人間はどうしてもいるものだ。
家の外には、ヌッカの酒場と、汚い看板が掛かっていたが。
中には明らかにゲイらしい大柄なマスターがいて。客は殆ど見当たらない。
合い言葉を言ったからだろう。
見張りらしい青年が、店の中にあった大型のドラム缶を動かす。
この青年も、いつメンドーザに売り飛ばされるか分からない。
だから、こんな危ない橋を渡っているのだと見て良い。
「此処だ、入りな、ハンターさん」
「……ああ」
ドラム缶の下にははしごがあって。
その下には、下水道が。
とはいっても、もはやインフラがまともに機能していない。ただ幸いと言うべきか、大破壊の時の衝撃か何かで、埋まってしまっている。
つまり、下水道の残骸が、ちょっとした空洞になっている状態だ。
それが故に。
モンスターが入り込んでいる形跡も無い。
中には、数人の武装した男達がいる。
二十数メートルほどの、人が立って歩ける通路と。
更に脇道。
見えていない範囲にも、人がいるようだった。
軽機関銃を背負っている男が聞いてくる。
「新入りか」
「協力者だ。 アクセルから話を聞いて様子を見に来た」
「アクセルを逃がしたのはあんたか」
「ああ」
握手を求められたので。
そのまま応じる。
断る意味はない。
そして握手をしてみて分かったが。
此奴らに大した戦闘力は無い。
バイアスグラップラーもメンドーザも、抵抗組織を放置している理由がよく分かった。
無力だからだ。
アクセルの話だと、此方がヒヌケ団の筈だが。はっきりいって、ヒヌケどころか腑抜け。寄せ集めだろう。
それなのに、合い言葉は。
歯も抜けていないし腑抜けてもいない。
まさに笑止だ。
「バイアスグラップラーをこの街から追い出すために働いている、と言う話だが」
「ああ。 この街の長であるメンドーザは、バイアスグラップラーに街を売り飛ばして、自分だけ裕福な暮らしをしている。 そのため、多くの人々が苦しんでいる」
「私が興味があるのは、バイアスグラップラーの殲滅だけだ。 それに関しては、協力しても良い」
明かな怯えが相手の目に走る。
責任者の所に案内しろと言うと。
相手は何故か敬語になって、脇道へ。
その奥に、数人の男が屯していた。
リーダーはリッチーという男のようだが。
武装した青年を数人、周囲に侍らせている。
ハンターでも雇っているのかと思えば。
どいつもこいつも、まともな訓練を受けたこともないような素人だ。武器にしても、大した装備では無い。
全員畳むのに十秒か。
私でさえ、その程度で片付けられる相手、という事である。
リッチーという男は、身なりだけはしっかりしていた。
コレは恐らく。
抵抗組織の長として、「格好だけはつけなければならない」からだろう。
ばからしい。
こういう時代は、力を見せるのが先だ。
「西の砂漠でスナザメを倒したハンターがいると聞いている。 あんたがそうか」
「ああ」
「協力してくれる、と言うことで良いのか」
「違う。 バイアスグラップラーという共通の敵がいるから、殲滅には手を貸す。 それだけだ。 だが見たところ、現状の戦力ではそれどころではなさそうだな」
殺気立つ周囲だが。
リッチーという男が、視線を向けて座らせる。
「悔しいが、その通りだ。 今の我々は、メンドーザから逃げ回るだけで精一杯の戦力しか無い」
「私も今の時点では、スナザメを倒せる程度の戦力しか有していない。 そこで、使える奴を見繕いたいと思ったのだが。 何かしらのまともな戦闘訓練を受けた奴に心当たりはないか。 ハンター崩れでも構わない」
「二人、心当たりがある。 どっちも気むずかしい奴だが」
顎をしゃくる。
咳払いすると、協力するなら教えると、リッチーは言うので。
此方としては、譲歩をする。
交渉としては、こうやって少しずつ手札を見ていくのが普通だ。
「まずはあんたの力を……」
「スナザメを倒しただけは不満か?」
「何かの偶然かもしれ……」
即座に、背後にいたリッチーの用心棒らしき男に、打撃を叩き込み。
もう一人が動く前に後ろ回し蹴り。
そして、リッチーが武器を手に掛けようとしたときには。
のど元にマリア譲りの剣先を突きつけていた。
「これでどうだ」
まだ護衛はいたが、身動きさえ出来ずにいた。
今の私は、マリアの十分の一も戦力を有していないが。
それでもこの程度は朝飯前だ。
「わ、分かった。 充分だ」
「では、その二人とやらの話を聞かせろ」
「……二人は姉妹だ。 姉の方は、町外れのスラムで暮らしている。 ハンターでやっていこうと考えていた時期もあったらしいが、どうも仲間に恵まれなかったらしくてな、何度か街の外に出て行ったが、結局戻ってきた。 今で言うと、レスラーとか言う役割分担になる筈だ」
レスラー。
古い意味では、興業で肉弾戦を行ってみせる連中を総称してそう呼んでいたらしいのだけれど。
今は違っている。
基本的に、近接戦闘武器でモンスターと渡り合う事を主に行うハンターが、こう呼ばれている。
そのため、筋骨たくましい奴が多いのだけれど。
マリアと一緒に見てきたレスラーの中には。
拳法だかの達人だとかで、一見すると細い奴もいた。
リッチーの話によると、そいつはかなりの長身の女で。美しい黒髪の、鋭い目つきの美人だという。
ただ実力は本物で。
バイアスグラップラーの連中も、下手に刺激しないようにしているそうだ。
「もう一人は」
「妹の方も元ハンター志望だがな。 優しすぎて、どうにも性に合わなかったらしい」
「……それで?」
「医師としての技術を親から受け継いでいるらしい」
なるほど、ナースか。
古い時代、医者はドクターと呼ばれていたらしい。
しかしながら、現在ではどういう経緯か、医者は全てナースと呼ばれるようになっている。
このため、特に老齢の医者の中には。
自分をナースと呼ぶなと言う人間もいるようだ。
そういえば、リッチーの仲間の中には、今話に昇ったのとは別のナースもいるようだが。
そいつは禿頭で。
とてもではないが、戦闘などできそうにもなかった。
「一時期は姉妹で組んでハンターをやる事も考えたようだが、この辺りがバイアスグラップラーのせいで動きづらくて仕方が無かったのと、年老いた親がいるってこともあって、今では燻っているようだな。 何度か勧誘したが、袖にされてる」
「その両親は」
「少し前に死んだよ。 だから、勧誘するなら今かも知れないな」
まあ、それならいいだろう。
仲間にする価値はある。
メカニックだけだと、心許ないと思っていた所だ。
後は前衛での戦闘を専門にするソルジャーと。
戦車の扱いを専門に行うハンター。
このハンターは、総称してのハンターではなくて、あくまで役割分担でのハンターだ。ややこしいが、そういうものだ。
それに、戦闘犬が欲しい。
だが、いきなり全てを揃えるのは難しいだろうし。
何よりも、一役割一人だけではなく。
もう少し戦力も増やしていきたい。
現状では、このくらいか。
いずれにしても、この二人くらいは、自力で勧誘しなければならないだろう。
「協力してくれるっていうなら、何かしてくれないか」
「良いだろう」
ぽんと、手間賃を置いていく。
500Gほどである。
スナザメの賞金の一部だ。
街を往復する間に、かなりの数のモンスターを倒して、それを換金した。これくらいの余剰はある。
バイクを買うと、多分すってんてんになるが。
投資としては悪くない。
金で買えるものは、買っておくべきだ。
おおと、リッチーが驚く。
これだけの人数がいて、たかがこんな金額で声を上げるのか。本当に抵抗勢力とは名ばかりなのだと分かって、呆れてしまう。
もう一つのハヌケ同盟とやらとは、まだ接触しなくていいだろう。
この街はしばらく現状維持だ。
まずは今話に上がった二人が使えるか確認。
勧誘できるようなら勧誘し。
駄目なら駄目で、別の手を考える。
まだ私は二十代にもなっていない。
時間はそれなりにある。
焦る必要はない。
「こ、こんなにいいのか」
「武器を扱うトレーダーくらい来るだろう。 トレーダーはバイアスグラップラーでさえ不可侵だ。 其処で適当な武器を入手しろ。 それで多少はましになる」
「わ、分かった」
「また来る。」
ヌッカの酒場を出る。
最悪の場合。
単独で、この街を制圧しなければならなくなるだろう。
面倒な事だ。
此処にいる連中は、戦力にならないどころか。
いざという時に、尻込みしかねない。
それどころか、敵前逃亡さえしかねなかった。
そんな連中を戦力に数えるほど。
私の頭は花畑ではない。
雨が降り始めた。
ホームレス達さえ、そそくさとボロ布で作られたテントや、小さなバラックに入り始める。
フードを目深に被っている私は。
わずかに、急ぐ。
今の雨は、酸性雨とか言われていて。触ると毒だ。
ここに来る途中に使ったバギーには、アルカリコートという酸を弾くコーティングを施してきているが。
それも何日ももつものではない。
早々に見切りをつける必要がある。
リッチーが言っていた場所に出向くと。
すらりと背が高い女が、胡散臭そうに此方を見た。
髪の毛は相当に長いようだが、団子で頭の後ろにまとめている。着込んでいるのは、戦闘を意識したいわゆるコンバットスーツだ。筋肉質かというとそうでもなく、案外体は細身である。
ただし、マリアもその点は同じだった。
今の人間は、昔の人間とかなり違っている。細くても強い奴は強い。
見て分かるが。
あの腑抜け団なら、一人で制圧できるくらいの実力はあるだろう。
無駄足ではなかったようだ。
「なんだあんた。 流れのハンターか」
「レナという。 あんたがカレンか」
「ああ、そうだが」
「フロレンスもいるのか」
しばし無言だったカレンだが。
奥に入るように言われる。
小さなバラックだ。
家の外には、小さな墓が二つあるのを確認。こんな状況だ。老人も子供も、ばたばた死んで行く。
どうにか生き延びている若者達も。
どんどんバイアスグラップラーに連れて行かれ、生きて帰る事は無い。
この街は死ぬ。
長期的な視野を持たない愚かしい指導者に率いられた結末だ。
奥には、いわゆる白衣を着込んだ女がいた。
こっちがフロレンスだろう。
姉よりかなり背は低いが。
それでも、一応の訓練は受けているようだった。
なお、髪は青白く、そして長い。こういう髪色の人間は、大破壊前にはいなかったそうだ。
姉とはあまり顔も似ていないが、目が大きくて、相応には美人だ。血がつながっていない可能性もある。
今の時代は、珍しい事でもない。
「流れのハンターが何の用だ」
「デスペロイドを狩る」
「!」
「そこそこに腕が立つと聞いた。 私と組まないか」
瞬間。
私が抜いた剣がカレンののど元を掠め。
更に、カレンの唸るような回し蹴りが、私の髪を数本散らしていた。
既に私は飛び退き、剣を鞘に収めている。
銃器を使った戦いは、する必要もないだろう。
しばし無言で向かい合った後。
カレンは口元を歪めた。
「この辺りのハンターにしては出来るようだね。 クルマは持ってるのかい?」
「ああ。 これから更にバイクも購入する予定だ」
「実力は今見せてもらった。 それに、この街にはもう用も無い。 組むハンターがどいつもこいつも腑抜け揃いでね。 ようやく多少マシなのが姿を見せてくれて、助かった」
どのみち、もうじき街を出るつもりだったという。
フロレンスは少し心残りがあるようだが。
別に前線に立ってくれなくても、後方要員として動いてくれればそれでいい。現時点では、それほど多くは求めていない。
「良いだろう、交渉成立だ。 スナザメを狩ったハンターがいるとか聞いたが、あんただろう」
「そうだ」
「危険な目をしているから多少不安だが、まあいい。 利害が一致している間は、仲間としてやっていこう」
握手を求められるので、応じる。
相手の力は、リッチーなどよりも遙かに力強かった。
フロレンスは一言も喋らない。
どうやら生来極めて無口らしく。
不要なことは、一切喋らないらしかった。
別にそれはそれでいい。
することをしてくれれば。
それで構わないからだ。
街を出ると、バギーを点検。何かされた様子も無い。
またマドに戻りながら、途中でモンスターを狩る。手当たり次第に狩っていく最中で、二人の手際を見る。
カレンは、戦闘になると、そのまま突進していく。
敵の銃口を見て確認し、それで避けるくらいの実力はあるようだ。
弾丸を避け。
懐に飛び込んで、一撃を浴びせる。
そうすると、旧時代のアサルトライフル程度ではびくともしない相手が、拉げて吹っ飛ぶ。
接近戦担当としては、充分な実力だろう。
私はその間、黙々と対物ライフルとハンドキャノンで支援。
更に、バギーの砲撃で大物も処理。
戦闘が終わると、フロレンスが黙々と診察を行い。
そして、適切な手当をする。
モンスターを捌くのも、フロレンスが無言でやる。
私がやってもいいのだけれど。
見たところ、生物の体の構造に精通しているのだろう。
捌く手つきは手慣れていて。
私が手伝うまでも無かった。
「終わりました」
「有難う」
フロレンスはまったく喋らないわけではなくて。
必要な時にはそれなりに喋る。
ただし自発的にはほぼ喋らない。
何かしらのトラウマでもあるのかと思ったが、単純に喋るのが嫌い、というだけなようだった。
いずれにしても、それはそれで構わない。
バギーの荷台には、今バイクを一台積んでいる。
これについては、マドに一旦戻ってから、アクセルに整備させる予定だ。
ようやくこれで。
一通りの戦力が揃う。
デスペロイドを倒したら。
その賞金で、多少余裕も出る。
そうすれば、まずは第一の目標に手が届く。
つまり、エルニニョ西の橋を制圧しているバイアスグラップラーの検問排除。
当然クルマを持ち込んでいるだろうが。
そんなものはどうでもいい。
戦い方次第で。
撃破など、幾らでも出来るからだ。
マドに戻ると、アクセルを呼ぶ。
さっそく大枚はたいて手に入れてきたバイクを見せると。アクセルは大喜びした。
「おお、良いバイクじゃ無いか!」
「使っていたハンターが引退するらしくてな。 手放したところを入手してきた」
「触って良いのか」
「好きにしろ」
アクセルとフロレンスはバギーを使って貰い。
私はこのバイクで戦うつもりだ。
バイクは装甲が極めて脆弱という欠点があるが。
それを補ってあまりある機動力という利点がある。
私にはうってつけだ。
今の時代は、エンジンの馬力も強力なので。
ミサイルポッドなどの武装も搭載することが出来るし。
Cユニットの導入によって、両手放しで運転することも出来る。
ただし、敵の攻撃はもろに浴びてしまう事になるので、それだけは注意しなければならないが。
その辺りはどうにでもする。
カレンとフロレンスには、マドに入ってから話をする。
此処が、バイアスグラップラーの勢力範囲外だからだ。
検問を突破する。
そういうと。
カレンは、むしろ凶暴な笑みを浮かべた。
「本気かい?」
「大マジだ。 そもそも私の第二の故郷にも、あの邪魔っ気な検問があると大回りしない限り帰れないのでな」
「ハンターから話を聞いたけれど。 軽戦闘車両が二機。 更に二十人以上は武装したバイアスグラップラーの戦闘員がいるらしいわよ。 真正面から相手にするつもり?」
「戦闘車両さえどうにか出来ればどうにでもなる」
そのための150ミリ砲だ。
難色を示すフロレンスだが。
実はその橋についても、情報は既に得ている。
攻略作戦は立案済みだ。
ただし、まずはデスペロイドを潰す。
それくらいできないと。
話にもならないからだ。
アクセルが来る。
バイクに機銃を搭載したらしい。
確認するが、この辺りではごく一般的な16ミリ機銃だ。弾数についても気にする必要はない。
これならば。
戦闘には充分だろう。
「では、移動する」
軽くイリットの所に顔を見せようかと思ったが。
これから死地に赴くのだ。
デスペロイドの賞金額は3500G。スナザメの倍近い。しかもメンドーザのように多数の部下に守られているからの3500Gではなく、護衛無し単独での金額だ。
それだけの戦闘力を有していると言うことで。
前のように簡単では無い。
今は、心を無にして。
戦闘にだけ集中したかった。
3、機械の戦闘骨
古い時代。
パワードスーツというものが開発された。
簡単に説明すると、力が弱い人間でも、力仕事が出来るようにするための道具で。外部強化骨格とか。色々な言われ方をした。
体にハンデを抱えていたり。
腕力が弱い人間だったり。
そういう者が、簡単に強い力を発揮できるものとして、大いに活用された。
今でも、噂によると。
要人などが、身を守るために戦闘用に調整したパワードスーツを身につけているケースがあるという。
だが、大破壊の際に。
多くのパワードスーツがノアに乗っ取られ。
人間を乗せたまま暴走を開始。
今では、骨をくわえ込んだまま、動き回っているパワードスーツが。特に廃墟などでは、多く見られる。
いずれもが、人間を殺すために動き回っているわけで。
そのおぞましい姿は、強制労働の末、等とハンター達に言われているそうだ。
そんなパワードスーツの中で。
特に戦闘用に調整して作られ。
そして軍の要人か何かが、それを着込んでテストを行っている最中に大破壊が発生。後は乗っ取られて荒野を徘徊しているのが、恐らくはデスペロイドだろう。似たような経緯で、人間を殺戮している元パワードスーツは何体もいるだろうが。この近辺で、デスペロイドは多くの人を殺し。それ故に賞金首になった。それだけだ。
遠くから確認。
戦闘が行われている。
バイアスグラップラーの哨戒部隊と。デスペロイドが鉢合わせたのだ。
勿論偶然じゃ無い。
この間、エルニニョを偵察したとき。バイアスグラップラーの哨戒部隊がどういうコースで動くかは確認してある。
デスペロイドを先に発見できたのは幸運だったが。
身長三メートルを超える巨体だ。
これに関しては、発見は難しくなかった。
砂の中に潜んでいて、いきなり相手を襲うことも多いらしいのだが。
今回は運良く、敵が移動中だったのだ。
後は、音を使って誘導。
此方を追ってくるのを確認してから、急に速度を上げ。
バイアスグラップラーの哨戒部隊と、真正面から鉢合わせるように仕組んだのである。
射撃音。
元々戦闘用パワードスーツだ。
両手に持っているのは重機関銃。
バイアスグラップラーのカスどもも、逃げられないと判断したのか、必死に応戦しているが、制圧力が違いすぎる。
重機関銃がうなりを上げる度に。
人間だった肉塊が、彼方此方に飛び散る。
最後の一人が、吹っ飛ぶのと同時に。
砂丘に腹ばいに伏せ、対物ライフルを構えていた私が仕掛けた。
狙うは、足の関節。
スコープから覗き込んでいた足の関節部分に。
一撃を叩き込む。
特殊な合金かなにかだから、だろうか。
対物ライフルの狙撃でも、一撃粉砕とまではいかなかったが。
足の関節部分は流石に柔らかい。
弾丸が食い込み、がくんと揺らぐ。
無茶苦茶な方向に重機関銃を放ちはじめるデスペロイド。
そいつが見据えるのは、突貫してくるバギー。
察したのだろう。
此奴がやったと。
違うのだが、所詮は機械。
骸骨を揺らしながら。
パワードスーツは、足につけている小型の無限軌道を唸らせ、砂漠を高速で移動し始める。体を傾けたまま、横滑りに重機関銃を乱射。バギーのタイルが見る間に削られていく。
運転はアクセルに任せているが。
タイルがもつか。
だが、その時。
デスペロイドに見せているのとは逆のドアから、カレンが飛び出し。
それに一瞬デスペロイドが気を取られた瞬間、私が更にもう一回の狙撃。
移動中の相手だから、ピンホールショットを決めるのは流石に無理だが。
それでも、腰に一撃を当てるのは成功。
ぐらりとデスペロイドが揺らいだ所にバギーがドリフト。
射線をあわせ。
150ミリ砲をぶっ放した。
Cユニットあっての技。
スナザメの時と同じ、Cユニットを利用しての神業とも言える。
綺麗に、デスペロイドの頭が吹っ飛ぶ。
だが、頭なんて飾りだ。
まだ動いて、バギーに重機関銃の弾丸を乱射するデスペロイドだが。その真横から、私がバイクで突っ込む。
そして、機銃の弾丸を、至近距離から浴びせかけた。
最初に両手の重機関銃が吹っ飛ぶ。
鹵獲しようと思っていたが、まあ仕方が無い。
ウイリーしながらバイクで体当たり。
デク人形の足がへし折れる。
対物ライフルの狙撃によるダメージ。
それに経年劣化。
いずれもが、効いたのだ。
私がバイクを駆って、そのまま轢くようにしてデスペロイドを飛び越える。
更に、待ち構えていたカレンが、私がデスペロイドから離れた瞬間に、恐らくは拳法の型を取り、気をためていたのだろう。その気を、掌底とともに叩き込む。
デスペロイドが抱え込んでいた骨が、全部吹っ飛び。
その鋼鉄の骨格が拉げる。
だが、同時に。
最後のあがき。
デスペロイドが腕を振り回し、カレンがもろに吹っ飛ばされた。
「しつこい」
反転し、砂丘を利用してバイクで跳んだ私が。
デスペロイドの残骸をもう一度轢く。
戦闘用バイクだ。
この程度でどうにかなる柔なタイヤは履いていない。
更に、もう一撃。
バギーでとどめの轢殺。
バギーが通り過ぎた後には。
この近辺で多くの人間を殺し、賞金首として指名手配されていた暴走戦闘用パワードスーツは。
無惨な亡骸をさらしていた。
すぐにバギーを飛び出してきたフロレンスが、カレンを見に行く。
カレンは一撃を可能な限り緩和したようだが。
それでも戦闘用パワードスーツの打撃だ。
骨が折れるまではいかないにしても。
相当なダメージを受けていた。
「流石に効くね。 訓練を怠っていたつもりはないんだが」
「アクセル、此方の損害は」
「タイルは残り一割半。 ギリギリだったぜ」
「そうか」
私の方も、苦し紛れにデスペロイドが重機関銃を乱射しているとき、弾が掠った。腕が少し痛むが。直撃していたら、こんなものではすまなかっただろう。
フロレンスに手当をして貰う。
血がにじんでいたが。
すぐに薬を塗って包帯を巻いて、処置完了。
動かしてみるが。特に問題は無い。
戦闘はいつでも出来る。
全てが終わったと判断し、アクセルに周囲を警戒させながら、後始末開始。カレンはフロレンスと一緒に、バギーに乗っていて貰う。カレンは少し休んで、治療した方がいいだろうからだ。外にいて、襲撃があると即応できない。足手まといになれば、犠牲が増える事になる。
私は淡々と後始末を続ける。
バイアスグラップラーの歩哨どもの死体は装備を剥いだ後放置。
モンスターが勝手に片付けてくれる。
実は、地方によっては、死体を放置しておくとゾンビ化という現象を起こし。勝手に歩き回って人を襲うようになる。
故に、死体は放置するが。
武器は全て取りあげておいたのだ。
もっとも、奴らには装備さえ残さず、モンスターの腹に何もかも消えてしまえと言う私怨もあるのだが。
ゾンビは古い時代の伝承では、かみつかれたものもゾンビになってしまうらしいのだけれど。
実際にハンターオフィスにそういった報告は無い。
流石に其処までの凶悪な存在では無い、ということだ。
ただ、この近辺。特に「海」の辺りや、周辺地区でも、ゾンビの目撃例はある。
死体は早めに始末される状態を、今後も作る必要はあるだろう。
後は、デスペロイドの残骸を集めて、部品を回収。重機関銃は完全に壊れてしまっていて、使い物になりそうにない。
アームやフレームも駄目だ。
デスペロイドが抱えていた骨に関しては、持ち帰ってエルニニョで埋葬してやることにする。
どんな奴だったかは知らないが。
埋葬くらいはしてやってもいいだろう。
知らない奴なんだから。
バイアスグラップラーの歩哨どもの武器に関しては。幾つかがまだ使えそうだった。これは、例の腑抜け団にくれてやるとしよう。此奴らの死体についてはどうでもいい。戦闘の計画は事前に練っていたが。
此奴らと戦わせることで、大体のデスペロイドの戦力は把握できた。
だからそれだけで充分。
此奴らが万が一にもデスペロイドを倒してしまうようなことがあれば、その時は此奴らを殺すつもりだったが。
その必要もなかった。
いずれにしても、後始末は終わったので、そのままエルニニョの街に。
まずはヌッカの酒場に足を運び。
腑抜け連中に顔を見せる。
そして、鹵獲したバイアスグラップラーの武器をくれてやった。
いずれも余った武器ばかりだという説明はしたが。血を浴びた武器を見て、彼らは押し黙り。
自分たちがどういう火遊びをしているか。
どんな危険な相手に協力を持ちかけたのか。
改めて再確認したようだった。
戦慄している様子を見て鼻を鳴らす。
こんな覚悟で、よくバイアスグラップラーと戦おうなどと思えるものだ。
だが、戦力は戦力。
私も、百人に増えられるわけではないし。
まだ実力的にも人間の領域を超えられていない。
それならば、どんなカスでも。
協力者は必要だ。
それに今の時点では、別に私の情報を売られても、何ら痛手は無い。こっちとしても、情報が漏れた場合の対策くらいはしているのだ。
その後。一旦街を出て、バイクでデスペロイドの残骸を牽引。
ハンターオフィスに、デスペロイドの残骸を持ち込む。
流石に、ハンター達が色めきだった。
「また賞金首が狩られたのか!」
「しかもそいつ、デスペロイドじゃないか。 結構な重武装をしてるって聞いたが」
「賞金を」
「はい! おめでとうございます」
ハンターオフィスでは、登録しているハンターが賞金首を退治すると、当然賞金を出すのと同時に。
相応のポイントが加算される。
そのポイントに応じて、色々な特典も出るが。
同時に危険な任務への依頼も来るようになる。
マリアはこのポイントを相当にため込んでいたらしく、結果としてテッドブロイラーとの戦いに赴くことになってしまったが。
依頼を受けるかは任意なので。
それはそれで別に構わない。
デスペロイドの賞金を受け取ると、一旦アクセル達三人は、バギーでマドに戻らせる。これから重要な仕事をするから、打ち合わせするのだ。
なお、アクセルは此処に連れては来ていない。外に置いてあるクルマの見張りだ。
流石に牢破りをしたばかりの人間を、バイアスグラップラーがうろついている街に入れるのはリスクが大きすぎるからだ。
私はフードを目深に被ったまま。
ハンター達の話を聞きつつ、またポスターを吟味する。
「前と同じ奴らしいぜ。 スナザメを退治したのと同じハンター」
「デスペロイドを一人で倒した……ってわけじゃなさそうだな」
「二人つれていたな。 見た事があるぜ。 前にハンターやってたが、死神って言われていた姉妹だ。 毎回一緒に行くハンターが死ぬんで有名だったんだよな」
「ハハ、じゃあラッキーも二度までかもな」
嫉妬と偏見に満ちた言葉と嘲弄。
どうでもいい。
有意義な話は聞こえてこないものか。
そう思っていたら。
声を掛けてきた奴がいる。
私と同じくらいの背丈の少年だ。
「あんた、デスペロイドを倒したってのは本当か」
「ああ。 お前は」
「見ての通りのハンター志望だ。 登録もさっき済ませた」
とはいっても、武器も持っていない。
浮浪児だろう。
だが、この街にいても未来は無い。
ハンター志望を名乗る位はいいだろう。
「連れて行ってくれないか。 スナザメも倒したんだろ。 オレも、ハンターになって、名前を挙げたいんだ」
「家族は」
「いないよ。 親父もお袋も、彼奴に売られた。 妹は病気だったけれど、薬も買えなかった。 だからもういない」
「そうか」
ならば、私と似たようなものか。
彼奴というのは、メンドーザのことだろう。
保身を行いたいだけのくせに、街のためという大義名分を抱える。街を支配して、人間をバイアスグラップラーに売り払う。
その結果、こういう犠牲者は大量生産されるというわけだ。
「分かった。 良いだろう。 連れて行ってやる」
「本当か」
「ただしいつ死んでもおかしくない仕事だ。 覚悟だけはしておけよ。 街でゴミ漁りをして小銭を稼ぐのとは訳が違うからな」
「……っ、分かってる」
私の声が、非常に深い闇を含んでいたからだろう。
ハンターオフィスにいた人間全員が押し黙った。
他のハンターどもは情けないことだ。
いつ死んでもおかしくない仕事をしていることくらいは、きちんと理解しているはずなのにこれだ。
桁外れに強い賞金首ではなくても。
雑魚モンスターでも。
充分な殺傷力を持っている。
ハンターは消耗品だ。
実力もピンキリ。
賞金首が倒されるケースはあまり多く無い。
余程強力なクルマを持っていても、ハンターの腕前がへっぽこでは使いこなせない。敵はそれ以上の強力な兵器であるケースが珍しくもないからだ。
「一度深呼吸しろ。 それで覚悟が変わらないのならついてこい」
「分かった」
少年は深呼吸する。
そして、頷いた。
「やっぱり連れて行ってくれ」
「良いだろう。 私の名前はレナ。 お前の名前は」
「ケンだ」
「よし、ケン。 役割分担は今後考えて行くとして、当面は後衛としての仕事をして貰うから、そのつもりでいろ」
まずは銃の撃ち方からだ。
それに。
此奴は、恨みは抱えていても。
それがまだ骨髄にまで染み渡っていない。
本気で相手へ憎悪を抱えないと。
其処までの強さには至れない。
ストイックに体を鍛えても強くはなれるようだ。アズサには、実際そうやって強くなった戦士が何人もいたし。マリアには、アズサに協力している強力なハンターで、ストイックな奴を何人も紹介された。
紹介された奴はみんな強かった。
今の私よりは少なくともずっと。
だが、私は更に上の次元に行きたい。
それには足手まといにいられると困るのだ。
賞金を受け取ると、街の外に。
バイアスグラップラーどもが、此方を一瞬だけ見たが。その中の一人が、慌てて仲間を止めた。
彼奴、この間私の目をまともに見てしまった奴か。
「よせ。 彼奴、噂に聞くスナザメを倒した奴だ。 さっきデスペロイドも倒したって話だ」
「あのちっこいのが? 本当かよ」
「伝説のハンターにも小柄な奴はいたらしいし、今の時代見かけと実力が一致しない事は知ってるだろ。 それに……彼奴イカれてやがる。 近寄るな」
「何だよ……びびってんのかよ」
そんなやりとりが聞こえてくるが。
だが、デスペロイドによって、バイアスグラップラーの駐屯戦力にも被害が出ているのは、知っている筈だ。
それだけで、既に普通の戦力では太刀打ちできないことは分かっているだろう。
ケンをバイクの後ろに乗せる。
バイクの横には機銃がついているので、絶対触らないようにと念押し。そもそもクルマを見るのも乗るのも初めてらしいケンは、歓喜の声を上げた。
「すげえ! これがクルマか!」
「此奴はバイクと言って、ある程度自分でも戦える奴が愛用するタイプのクルマだ。 もっと本格的に武装している奴は、ずっと大型になる」
「あんたも戦士だし、これで戦うのか」
「重戦車でも手に入れば、そっちに乗り換えるけどな」
後は、砂漠を越えて、マドに戻る。
重戦車か。
ハンターの中でも、相応に強い奴しか持っていない、強力な代物。
ものによっては、戦車砲にミサイル、敵の実弾兵器を迎撃するレーザー兵器まで搭載し。文字通り陸上戦艦として敵を蹂躙する。
手練れのハンターが乗る重戦車は。
それこそデスペロイドやスナザメなんかは、一息に蹂躙してみせるだろう。
今の時点での、私の目的の一つ。
重戦車の入手。
まだしばらくは、達成できそうに無いが。
いずれ、必ず。
戦力強化のためにも、入手は必須だった。
4、橋へ
マドに戻って、ケンを皆に紹介。
その時点で、既にカレンはリハビリを始めていて。多分戦闘は出来る、という状態にまでなっていた。
大破壊の後の長い混乱。
人間は強くなっている。
怪我が治るのも早い。
本来だったら、私だって、年単位で寝かされていただろう。だが、それよりもずっと早く復帰出来た。
おぞましいまでの淘汰によって、無理矢理人類は強くなった。
その結果だ。
イリットの部屋に、集まる。
戦闘犬が欲しいなと思ったが、それは口にしない。
それに、銃火器で戦う専門家のソルジャーも欲しいのだが。
まあそれを此処で言っても仕方が無いだろう。
腕利きのハンターで、バイアスグラップラーに恨みを持っている奴は、旅をして行けばかち合うはず。
それに私が賞金首を狩って、ポイントを上げて行けば。
ハンターオフィスを介して、嫌でも名前は挙がる。
向こうから声を掛けてくる可能性もある。
地図を拡げた。
マリアが作った、この近辺の地図だ。
真ん中に、巨大な海。
とはいっても、この海、実は「湖」と呼ばれるもので。実際水は汚染されているとは言え普通の水だ。
海の水は塩水らしい。
そして、地図の左下にマド。
その少し右にエルニニョ。
私が指さしたのは。
エルニニョの左。
マドの北だ。
此処に、強化コンクリートで作られている大型の橋がある。古い時代は多くのクルマが行き交っていたらしいが。
今は交易のために使われている。
この橋を、現在バイアスグラップラーが占拠していて。
検問をしている。
「此処を攻略する。 駐屯しているバイアスグラップラーの人員は皆殺しにする」
「へえ」
カレンが声を上げる。
正座をしたまま、フロレンスは茶を啜っていた。マイペースな奴である。
アクセルは、しばらく黙り込んだ後。
聞いてくる。
「軽装甲車とはいえ、二機クルマがいるって聞いてるぜ。 どう処理するつもりだ」
「一機は150ミリ砲の奇襲で粉砕する」
この地図によると、橋を見下ろす丘がある。
此処に陣取って、バギーは砲撃を行う。
なお、バギーにはアクセルとケンを残す。ケンには、双眼鏡を渡した。
「お前は周囲を見て、バイアスグラップラーの奴らや、他のモンスターが寄ってこないか、確認をしろ。 何かが近づいて来たら、即座にアクセルに知らせろ」
「分かった!」
これでも浮浪児だ。
勘は働くだろう。
問題は、150ミリ砲で一機を無力化出来たとして。
もう一機はそう簡単にはいかないだろう、ということだ。
最悪でも機銃くらいは装備しているだろうし。それに、回避行動に移られると、色々面倒だ。
「フロレンス、狙撃はいけるか」
「いえ」
「そうか、ではお前もバギーに残れ。 双眼鏡」
双眼鏡はまだある。
必須の装備だから、複数用意しているのだ。
敵を倒すには情報がいる。
敵を見るというのは、その最初の一歩。
情報を知らずして、敵には勝てない。
それと、自衛用に大口径の拳銃を渡しておく。マグナムと言われる拳銃だが。まあバイアスグラップラーの兵士くらいなら、撃てば殺せるだろう。
フロレンスに人を殺したことはあるかと聞くと、頷く。
撃ったことはあるかと聞くと、頷く。
ならば、後で腕を見よう。
それ次第では、もっと良い武器を見繕うか。デスペロイドを殺した事で、手元には金がある程度余っている。
装備品を整えるにしても。
金を腐らせるよりは、使った方が良い。
マグナムだと、血の臭いに寄ってきたモンスターだと、少し相手が悪いか。
そうなると。
バイアスグラップラーの兵士共と。
もう一機の軽装甲車は。
こっちでどうにかしなければならない。
仕方ない。
私がやるか。
爆薬を扱うのは私の専門。
爆薬については、まだかなりのストックがある。
そして、マリアが得意だった。
クルマに飛び乗って、上部装甲を爆薬で粉砕するやり方は。私も習得している。
「150ミリ砲がクルマの一機に着弾すると同時に私が突貫し潰す。 カレン、お前は橋の入り口に陣取って、其処でバイアスグラップラーの兵士を倒せ。 方法は任せるが、出来るか」
「良いだろう。 で、あんたは」
「もう一機のクルマを潰した後、橋の出口を塞ぐ」
ゴミクズどもは。
一匹残さず処理する。
そう告げると。
皆が、一様に青ざめた。
「あんた、本当にイカレてるね」
「これくらいじゃないと、奴らには勝てん」
「……」
「何か質問は」
特になし。
ならば、失敗した場合の策についても話しておく。
150ミリ砲の一撃に、敵のクルマが耐え抜いた場合。即座に第二射を撃つ。だが、それにも耐え抜いたと判断した場合、突入は断念。
橋の攻略については、諦めるしか無いだろう。
一旦別のルートから、大回りしてアズサに行き。
其処で戦力を整えて、再度いずれリベンジする。
軽装甲車両が二機だったら、逃げ切ることは難しくない。相手が主砲を積んでいても、である。
死者は出るかも知れないが。
全滅するよりはマシだ。
それで私が死んだら。
その時はその時。
私は自分を特別視していないし。
その程度で死ぬようだったら。
私の憎悪と復讐心も。
その程度までだった、という事だ。
勿論勝率を上げるために、現地でも念入りに確認はするが。それはそれである。
戦いとは。
そういうものだ。
バギーに四人。
そして私はバイクに乗って。
そのまま出撃する。
エルニニョで補給はしない。マドの街では、再建が始まっていたが。私はそのために、デスペロイドからぶんどった金を少し落としていった。
世話になったし。
後方拠点として今後活用するためには、必要な行為だ。
「行くぞ」
立ち上がり、声を掛ける。
少しだけ他の連中には、まだためらいが見えた。
テッドブロイラーは、バイアスグラップラーが保有する戦艦の一隻で、帰還する最中だった。
拠点の一つの近くをうろついている賞金首モンスターによる被害が甚大だということで、潰しに行ってきたのである。
制御AIが暴走した戦闘ヘリで。
近場の戦力では対抗できない、ということだった。
だからわざわざ足を運んで、潰してきたのだ。
航空戦力はもう今の時代、殆ど絶滅しているが。まだまれに、こういう生きているノアの手下の航空戦力が残っている。
昔は、まだヘリくらいなら保有している武装勢力がいたのだけれども。
今ではバイアスグラップラーさえ保有していない。
ちなみにヘリは鹵獲を試みようかとも思ったが。
ミサイルと重機関銃での迎撃が鬱陶しかったので、モヒカンスラッガーで撃墜。後の始末は、現地の駐屯部隊に任せてきた。
それにしても情けない連中だ。
あんな相手に、手を煩わせるとは。
ふと、気付く。
途中。
エルニニョ西の橋の下を通るのだが。
煙が上がっている。
彼処には、検問を敷かせていたはずだが。
気になったので、戦艦の甲板に出た。
そうすると、落ちてくるものがある。
人間の死体だ。
いずれも、酷く損壊していた。
バイアスグラップラーの兵士の残骸だ。装備品を剥ぎ取られ、橋の上から捨てられたらしい。
煙を上げているのは、検問用に出しておいた軽戦闘車両か。
ほう。
誰だか知らないが。
彼処の駐屯戦力を壊滅させたのか。
見に行こうかとも思ったが、ガスが尽きていた。
ヘリが思った以上に素早く動き回り、それで空中戦をしているうちにガスが尽きたのだ。そしてこのガス、補充は結構面倒くさい。
身体能力だけで上がる事も出来るが。
それよりもだ。
目があった。
橋の上から、誰かが此方を見ている。
その目は。
自分と同じだった。
ドブ、なんてものではない。
ドブは汚れきっているとは言え水だ。
その目にあるのは。
地獄。
灼熱の炎。
全てを焼き尽くすことを望む劫火。
そうか、誰だか知らないが。俺が焼き尽くした何かの関係者か。そして、怖れずこの視線を向けてくる。
良いではないか。
そして恐らく、それだけの憎悪を持っているにもかかわらず。
此方にすぐ仕掛けようとはせず。
好機を待つべく、自分を抑える判断力も持っている。
これは面白い。
くつくつと笑いが漏れる。
あの賞金首マリアとの戦いは面白かった。
純粋に強かったからだ。
だが、自分と同じような。
地獄から来た復讐鬼との戦いなら、どうだろう。
もっと面白いのではあるまいか。
戦艦に戻る。
そして、本拠に戻るように指示すると、エルニニョ西の端に駐屯していた部隊に連絡を取らせる。
案の定、連絡はないという事だった。
全滅と見て良いだろう。
面白い奴が出てきたものだ。
俺の前に早く来い。
遺伝子の欠片まで焼き尽くしてやる。
テッドブロイラーは。くつくつと笑いながら。その時を夢想した。
やっと、自分の炎を。
満足させる奴が現れるかも知れない。
(続)
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