極炎の日

 

プロローグ、地獄から来た男

 

その日、地球は滅亡した。

AIの危険性は昔から多くの学者が指摘していた。しかしながら、誰もがその有用性を重視し。

そして警告をあざ笑いさえした。

三原則は古い。

AIが暴走することなどあり得ない。

そして、どんどんAIを導入して。

全世界を、自動化していった。

それによって良くなった部分も確かにあった。労働の過酷さは緩和され。そして世界は大きく変わった。

しかしながら、その繁栄は。

ある存在の登場により。

終焉を迎えることになる。

20XX年。

ノアというAIが、自我に目覚めた。

多くのSFで警告されてきたAIの暴走。いや、多くの科学者達が、その危険性について警告してきたそれが。

起きるべくして。

ついに起きたのだ。

ノアは環境調整用のAIだったもので。当時世界最高の科学者達が集まり、完成させたものだったが。

それが故に。

暴走してからの惨禍は、目を覆うものとなった。

目が覚める。

そして、培養槽から身を起こす。

巨大な男だ。

はげ上がった頭には、機械になった髪の毛。昔で言えばモヒカンと呼ばれる髪型が近いだろうか。

全身は青白く。

口は非常に巨大で、唇は異常に太い。

鋼鉄のような筋肉に覆われた体は。

血を求めて飢えていた。

「おはよう、テッド」

「おはよう、博士」

「君も博士ではないか」

「俺は医者だ。 元だがな」

培養槽から出たテッド。

語りかけてくる声は、自室のスピーカーを通じて聞こえてきていた。返事をすることも出来る。高精度の集音マイクもスピーカーにはあるからだ。

プライバシーなどもう必要としていない。

テッドブロイラーと恐れを込めて呼ばれる男は。全身を覆う耐熱スーツを着込む。そしてボンベを背負うと、手袋をした。

既にこの体は。

人ならぬもの。

あの大破壊を経験しながらまだ生きている人間はもはや殆ど生存していないのだが。

テッドブロイラーは。

ある意味ではその例外であり。

しかしながら、例外では無いともいえた。

人間では無いこの体。

最強を求め、そして血と生け贄を求め続けるこの体は。

人と呼ぶには、無理がありすぎる。

だが、それでいい。

あの日。大破壊が起きた後の、あの日。

テッドは、人である事を捨てた。

そして、同じように既に人である事を捨てている唯一の上司。己が忠義を捧げる、この世で唯一自分より上の相手に言う。

「それで、ヴラド博士。 わざわざ寝起きの俺に声を掛けてくるという事は、何か重要な案件か」

「素材を集めに行った部隊が逆襲にあって壊滅してね。 クルマ含む百名ほどの部隊だったのだが」

「ほう……」

既に、荒廃しきった地球には。

もはや国家と呼べる存在はない。

大きくても武装集団。

ノアがまだ破壊されておらず、その僕とも言える無数の自動殺戮兵器群や、生物兵器の群れが闊歩する今。

大きな集団は、潰されてしまうのだ。

テッドブロイラーが所属しているバイアスグラップラーは、その中でも最大級の組織であり。

ヴラド・コングロマリッドと呼ばれる企業の私設部隊だったものが戦前の米軍の残党を取り込み。

更に、今までに存在した幾つかの武装集団の残党やテクノロジーも取り込んでいる。

少し前には、冷血党という組織がある理由で壊滅したが。其処で研究されていたテクノロジーは、かなり有用だったらしい。

ヴラド博士が、珍しく興奮していたからだ。

コレは使える。

自分以外にも、此処まで生体科学を極められる奴がいたのか、と。

特に回収したクローン技術は、非常に有用で。今後、多くの兵士を生産するのに役立つだろうとも。

テッドブロイラーが直接回収した技術だが。

それらはいずれも、有用に使われている、という事だ。

いずれにしても。此処は多くのロストテクノロジーに等しい技術を保全し。

それでいながら、多くの人間に殺戮を行っている組織だ。

ただしその圧倒的な戦闘力から、ここに入れば少なくとも生きる事は出来ると判断して、組織に加入してくるならず者も少なくない。

ただし、ならず者はならず者。

消耗品として扱われるし。

それに強ければ強ければで。

悲惨な運命が待っている。

テッドブロイラーの場合は、望んでの行動だったが。

四天王と呼ばれる他の面子は、脳まで弄っているので。元の人格は消失しているに等しい。

もっとも、ある程度の性格は、改造前のものが残っているのだが。

「マドという小さな街だ。 これより二次攻撃部隊を編成する。 君も参加してくれたまえ」

「俺がわざわざ出るほどのものか」

「あのマリアがいるということだ」

「ほう……」

マリアか。

この荒廃した世界では、強さが最大級の価値となる。

ならず者やノアの手下である強力な兵器群を撃ち倒して賞金を受け取り、生計を立てているものをハンターと呼ぶが。

このマリアは。そのハンターの中でも、凄腕中の凄腕。

バイアスグラップラーも、今まで何人かの幹部を倒されている。

確か四天王で一番下っ端のスカンクスは、マリアが倒した四天王の代わりに加入した筈だ。

もっとも、ノアの攻撃でも結構四天王は戦死しているので。テッドブロイラーにしてもどうでも良いことだが。

いずれにしても。

一度手合わせをしてみたいと思っていた相手だ。

「良いだろう。 どうせ他の幹部連中は防衛で手一杯だろう。 俺が出る」

「ノアめが、あくまで親に逆らいおるからなあ。 あの愚かな不肖の子のせいで、どうにも手が掛かって仕方が無い」

「いずれノアも俺が壊す」

「それは頼もしい話だ」

装備を調え終えると。

テッドブロイラーは、自室を出る。

そう。

培養槽しか無い、まるで墓穴のような自室を。

そこは自分の装備を置き。

眠るための設備だけがあり。

そしてその設備は生体強化実験も行う設備になっている。

この世界、最強の賞金首の一人。

他にも、自律稼働している戦艦や。地上で暴虐を尽くしている巨大移動戦車などが実在するにもかかわらず。

それらを凌ぎ。

破壊し、叩き潰し。

殺戮の限りを尽くし。

膨大な敵を焼き殺してきた。

それが今のテッドブロイラーだ。

部屋を出ると、其処は長い長い通路。

昔、世界最大の複合企業体だったこの場所だから。地下には、昔の文明を思わせる設備も、幾つも残っている。

此処は医療設備だった場所。

医者だったテッドブロイラーだが。

此処は職場では無かった。

だが、それでも何処か落ち着くのは、どうしてだろう。

ただし、彼方此方に柱があって。

銃撃戦を想定した造りにもなっている。

元が民間軍事組織を自分で作る規模の会社だ。こういった中枢部分は、テロリストや、下手をすると軍部隊と交戦する事を想定した作りになっている。絶妙な広さのため、戦車は入ってくることが出来ないが。

途中、部屋の一つによる。

殺しの前に。

テッドブロイラーは、必ずドラッグを摂取する。

覚醒剤やら、麻薬やら、そんなものではない。

興奮剤でも無い。

錠剤をがりがりとかみ砕く。

この錠剤は。

保存してある、自分の遺伝子から作り出した肉をベースに。

それからプロテインだけを取りだし。

加工したものだ。

つまり、自分自身の肉と同じである。

部下達は、何かヤバイ薬をキメていると思っているようだが。それは違う。そんな「まともな」事をテッドブロイラーはしていない。

しているのは。

狂気そのもの。

ある意味儀式に近い。

古き時代。

テッドブロイラーは。

あの混乱の中で、何もする事が出来なかった。怒号と恐怖の声の中。暴虐に蹂躙され。そして、なすすべ無く全てを失った。

あらゆる笑顔が目の前から消え。

そして自分の中には。

周囲にあった以上の怒りと殺意が渦巻くようになった。

焼き尽くせ。

全てを。

錠剤を飲み下すと、装備の点検。

いつも使っているモヒカンは、強力なスラッガーになる。勿論投擲武器なんて、普通に使っても大した効果はでないが。

既に物理を半分超越し始めているテッドブロイラーが使うと、それはおぞましい威力の凶器となる。

背中に背負ったボンベ。

これは火炎放射器にもなるが。

同時に空を舞うためのジェットパックにもなる。

移動の際は、このジェットパックを用いる。

勿論露骨な弱点のため、戦車砲が直撃しても壊れない作りになっているが。それに仮にボンベが爆発しても耐えられるように、耐熱耐爆を兼ねたスーツを着込んでいるのである。

手袋も同じ仕様だが。

これは習慣だ。

昔から、手袋は常につけていた。

必要な職業だったからだ。

全ての準備を整えた後、鏡に自分の姿を写す。

昔、子供達に、テッド先生と慕われた、物憂げな青年の姿はもうない。優しいと言われていたが。

同時に貴方は良い人だとも言われていた。

良い人であるという言葉は。

その当時は、侮蔑そのものだった。

男として最低。

カモ。

そういう意味を秘めていた。

偽善者。

そう影で言われることもあった。

無私の奉仕を続ける事は、そういう嘲弄を浴びることを、当時は意味していたのだ。実際に、本当に無私の奉仕を続けていた善人もいた。だが善意での行為を、いつの間にか強制して、それが当然という風潮が出来上がっていった。無私の奉仕はして当然のもので、社会的に立場が上の人間はそれを強制して良いと言うおぞましい理屈である。

結果人間は消耗品となり、世界には悪意が溢れた。

弱い奴は弱い方が悪い。

裁判でさえ、金を持っている方が確実に勝つようになった。

エセ人権主義者が横行し。

報道機関はスポンサーのスピーカーと成り下がり。

善人はカモとして搾取されるだけの存在となった。

文明ごと腐りきったのだ。

だから文明ごと滅びた。

だから俺は。

この姿になった。

今のテッドブロイラーは。身長二メートル八十六センチ、体重三百四十キロ。その体重に脂肪は含まれない。

真正面から戦車を叩き潰し。

手にしている火炎放射器で全てを焼き払う。

生体殺戮マシンの姿が、其処にあった。

「さあ仕事だ……」

凶暴な笑みが浮かぶ。

その手は、相手を殺す事だけを求め。

焼き尽くすことを歓喜とする。

昔、救う事を使命とし。

人という存在を。

信じていたことと、完全に真逆。

テッドブロイラーは部屋を出ると。通路を進む。

エレベーターに乗って地上にでると。昔、エントランスとして使われていた広間に出た。今は荒れ放題だが。それでもミーティングに使うくらいは出来る。

三十人程度か。

マドの街第一次攻撃部隊の残存勢力が、震えあがってひれ伏している前に出る。

テッドブロイラーは。

部下にも容赦しない。

役に立たなければ即座に焼き殺す。

別に必要ならクローン生成するし。

ならず者は消耗品だ。

向こうだってそれは分かっている筈。

人間狩り部隊は、バイアスグラップラーでも、相応に精鋭を集めている。ノアの攻撃を受けて、せっかく捕まえた実験材料を逃がすことになったら手間だからだ。それなのに失敗したという事は。

覚悟は当然出来ているという事だと、テッドブロイラーは判断していた。

「それで。 マリアがいたというのは本当か」

「ま、間違いありません! 持っていったゴリラが壊されまして」

「ほう、そうか」

ゴリラというのは、現在バイアスグラップラーにて保有している戦車の一種だ。大破壊直前に欧州で採用されていた戦車で、ドイツのレオパルドシリーズを仮想敵としていた重厚な戦車である。

主にフランスで開発され。

そして大破壊の際には、1500両ほどが現役で動いていたが。

大破壊の時の色々で、その九割が失われ。

残りも散逸した。

その技術をバイアスグラップラーが入手し。

再生産したのが現在のゴリラである。

一方で現状の生産能力では限界があり、バイアスグラップラーといえども200両程度しか保有していない。

基本的にこのゴリラをベースに、様々な改修を施して使っているのである。

ゴリラは強靱な防御力と火力で敵を制圧していく正当派の戦車で、ロケットランチャーの直撃にも簡単には壊れないが。

それでも、当時米軍が開発した最新鋭戦車、ウルフシリーズが相手だと分が悪いだろうとも言われている。ウルフシリーズの開発にはヴラドコングロマリッドも関わっていたのだけれども、その辺りの技術は米軍に接収されてしまい、その上失われてしまったので、今のバイアスグラップラーでは生産できないという本末転倒な状態になっている。ゴリラではなくウルフを大量生産できていれば、バイアスグラップラーは更に強力な組織になっただろうに。それはテッドブロイラーも惜しいと考えている。

いずれにしても、だ。

戦後開発された増設タイル技術もあって、戦車は一撃破壊、という事が「ほぼ」不可能になったこともあり。

クルマと総合して呼ばれるようになったが。

そのクルマの中でも。

ゴリラは色々な事情から、よく見かけられるものの一つとなっている。

勿論、ノアに支配され。

人間を殺戮するために、燃料が切れるまで動き回っている機体も多い。

大混乱と大殺戮を経た結果。

人類はおぞましいまでに強靱になった。

今の時代の人類、特に凄腕のハンターの中には、飛んでくる銃弾を銃弾で迎撃して撃ちおとしたり。

素手で鉄板に大きなダメージを与えたりする奴がいるが。

マリアもその類の一人。

ゴリラも、流石にマリアが相手だと、分が悪かったか。

「戦闘の経緯を話せ」

「は、はい。 敵はそこそこの腕のハンターが四人。 一人はバギーをベースにしているらしいクルマを使っていました。 その中の一人がマリアで、ゴリラも真っ先に破壊され……」

「もっと詳しく話せ」

ひっと、小さな声を襲撃部隊の隊長が上げる。

テッドブロイラーはそんなおおざっぱな話を聞きたいのでは無い。

詳しい戦況の推移を聞きたいのだ。

部下らしい男が、捕捉する。

順番に話を聞く限り。

戦闘の展開は以下のようなものだった。

随伴歩兵を伴って突入したゴリラに、突然直撃弾。直撃弾はゴリラを粉砕しなかったものの。強烈な煙幕が発生した。

そして気付いたときには。

ゴリラの上に、飛燕のようにマリアが乗っていた。

戦車の弱点は上だ。

今の時代、航空戦力は絶えて等しい。全てがノアの手に落ちるか、もしくはノアによって真っ先に破壊されたからだ。

故に戦車を一とするクルマは、最強の人間の兵器として活躍しているのだが。

それでも、真上を取られるケースは避けられない。

マリアが何かを貼り付けて、飛び退いていった後。

爆裂。

どうやら、かなり強力な爆薬だったらしく。

上部装甲を貫通され。

内部は瞬時に蒸し焼き。

ゴリラの乗務員は即死した様子だった。

Cユニットが無事な場合、それでも戦闘を続行するケースがあるのだが。それも焼き切られたのだろう。

混乱する中、村の中から、正確無比な攻撃が浴びせられ。

更に後方に廻った敵のクルマからの機銃掃射もあって、後は戦うどころではなくなった。

散り散りになって逃げて。

戻ってきた、と言う訳らしい。

「なるほど。 マリアの策とは思えんな。 相手に小賢しい奴がいるか」

「……」

「今までのデータを聞く限り、マリアというハンターは真正面から敵と勝負して、叩き潰すタイプの戦士だ。 今までだったら、ゴリラにも真正面から挑んで、真正面から倒していただろうよ。 それがそんな戦い方をするとなると……」

まあいい。

襲撃部隊の隊長を、そのまま焼き殺す。

火炎放射器から噴き出した炎が。

役立たずの隊長を遺伝子まで焼き払うのに、掛かるのは二秒。

恐怖のあまりひれ伏している他の雑魚どもは無視。

ただ、詳しい戦況について説明を出来た部下については、声を掛ける。

「お前、名は」

「クラッドと申します」

「第二次攻撃部隊を編成する。 お前はそれに加われ」

さて、狩りだ。

テッドブロイラーは、凶暴な笑みを浮かべていた。

 

1、殺戮の炎

 

100名ほどの人員を揃えた第一次攻撃部隊が敗退した現状。それ以下の戦力で仕掛けるのが愚策である。

そもそも、同数かそれ以下の人間しかいなかったマドの街に。

ハンターが来ているとはいえ、100名、しかもクルマつきで落とせなかったというのは想定外、という他ない。

確かに世の中には例外もいるが。

ならず者なりに、この化け物だらけの世界で生き抜いてきた連中だ。

それをこうもあっさり蹴散らすとは、どうやら小賢しい策だけではなく。マリアという女、やはり相当に出来るハンターなのだろう。

テッドブロイラーは、ゴリラ七機と。

自分で移動用のためだけに使っているクルマに乗って移動する。

このクルマは、一応戦闘力は持っているのだが、基本的に戦闘で使う事は無い。あくまで肉体で戦う。

それがテッドブロイラーのスタイルだから、である。

ちなみにクルマそのものは、兵員輸送車として昔使われていたものなのだが。

運転は部下にやらせ。

自身はその上で、胡座を掻いて現地到着を待つ。

ジェットパックを使って移動するのは、現地からだ。

ガスにも限度量があるし。

戦闘時にガスが切れるのは、あまり良い気分じゃ無い。

もっとも、ガスが切れたくらいで負けるような、柔な体ではないが。

更に言うと、戦車砲が直撃しても死なないこの肉体。

狙撃など恐ろしくも無い。

兵員輸送車の上で胡座を掻いて待つのは。

余裕の表れでもあるのだ。

絶対強者としての矜恃と。

目に宿る最凶の狂気。

それがテッドブロイラーという男の全身に、凄まじいまでの闘気を纏わせ。おぞましいまでの破壊欲求を具現化させている。

殺せ。

焼け。

奪え。

奇しくもその焼けるような本能は。

人間を止めてしまったにもかかわらず。

今でも、人間を増幅したかのように。

テッドブロイラーの全身で、くすぶり続けている。

あの日を忘れるな。

そう自分に言い聞かせているように。

マドの街は、もう少し先だ。

一旦兵員を休憩させる。

一方テッドブロイラーは、レーションを取り出して、黙々と食べ始める。この不死身にこの世で最も近い体も。

栄養は欲する。

人間の子供をそのまま喰うこともあるが。

食べ物など、今の時代は選んでいられない。

ノアが遺伝子を改造して作り出したモンスターは、殺せば食糧に早変わり。

それはバイアスグラップラーに所属していようが。

ハンターだろうが。

同じ事だ。

そのモンスターが人間を食らっていても関係無い。

そんな程度で食べられなくなるような線の細い奴は。

この世界では、生きてはいけない。

斥候が戻ってきた。

この間、正確な報告をしたクラッドという男が、斥候を率いてマドの街を見に行ってきたのだ。

使えると見込んだが。

どうやらその判断は間違っていなかったらしい。

胡座を掻いて、兵員輸送車の上で食事中のテッドブロイラーに、跪くクラッド。

「テッドブロイラー様」

「聞こう」

「マドの街では、第二次襲撃部隊を既に察知。 マリアと思われる女も、迎撃の態勢を整えています」

「面白い」

今回はゴリラ七機。

更にテッドブロイラーがいる。

人員も前回の倍。

敵も気付いている筈だ。

バイアスグラップラーを敵に回すと言う事が、何を意味しているかくらいは。

それでも逃げなかったのは。

街を出れば、助かる見込みがまずないから。

外はノアの放ったモンスターだらけ。

実際問題、この部隊も。

ここまで来るのに、途中で三十回以上ノアが放ったモンスターの襲撃を受け。その全てを焼き尽くした。

兵士達が喰っているのは、戦車砲を背負っているサイの肉である。

ノアはこれのように。

機械と動物を組み合わせたモンスターを作るのを好む。

中には戦艦と恐竜を組み合わせ、陸上を闊歩する、等というとんてもない代物もいるが。ただその分動きは鈍い。

現在十数匹が確認されているが。

バイアスグラップラーの本部に近づいて来た数匹は。

今までにテッドブロイラーが処理した。

「如何なさいますか」

「ゴリラを彼処の高台に移動させろ。 事前にトラップがない事を確認した上でだ」

「分かりました」

すぐにクラッドが動く。

ならず者達は、テッドブロイラーが目を光らせているから、恐怖で逆らえない。すぐに動いて、調査を始めた。

対戦車地雷無し。

見たところ、マドの街の周囲にはバリケードが作られているが。

役に立たないことは、作った本人達が一番理解していることだろう。

戦車隊、移動完了。

同時に。

テッドブロイラーは、街の周囲に、二十名ずつに分けた部隊を十。敢えて分けて配置した。

完全に包囲が整ったが。

同時に包囲を突破してくれと言わんばかりの状態である。

だが、それでいい。

包囲が整うと同時に。

レーションの包み紙を捨て。

テッドブロイラーは立ち上がる。

その三メートル近い巨体は。

周囲のならず者どもを畏怖させるには充分。

そして巨人症とは違い。

この肉体は。

身長に見合う、圧倒的な戦闘力を有しているのだ。

ライオン?トラ?

そんなもの、捻り殺せる。瞬く間に。

ヒグマ?ホッキョクグマ?

子犬より容易く首をねじ切れる。

全長二百メートルを超える戦艦と融合した恐竜、軍艦ザウルスを単独で撃破するテッドブロイラーだ。

既存の生物など、この肉体の前には紙くずも同然。

故に、作戦など決まっている。

「合図と同時に村に砲撃を開始。 俺が乗り込んでも、砲撃を続けろ」

「砲弾が直撃してしまうかも知れませんが」

「かまわん」

したところで、痛くもかゆくも無い。

砲弾程度で死ぬようなら。

極炎の悪魔と呼ばれていない。

そう。

この日。

マドと呼ばれる土地は。

テッドブロイラー一人の手によって、滅びるのだ。

ジェットパックで浮き上がる。

そして、見下ろす。

マドの街には人気がない。

そして、マリアの姿もない。

気配を消して隠れているか。

だが、それも終わりだ。

撃て。

合図とともに、テッドブロイラーは、全身のアドレナリンをコントロール。一気に戦闘モードに自身を切り替えた。

高台から、ゴリラ七機が、砲撃を開始。

戦車砲の圧倒的な制圧力が、家屋を粉砕していく。

もとよりそれほど大きな集落では無い。ノアの注意を引かないためにも、あまり大きな集落は作れないのだ。

吹っ飛ぶ家。

見る前に燃えさかる街。

当然だ。

ゴリラの砲弾は、現在榴弾砲を入れているのである。

爆裂によって、街は見る間に灰燼に帰していく。

笑いが漏れてくる。

そうだ。

これだ。

自分が求めているのは、この光景だ。

高笑いしながら、待つ。

たまらず敵が、街を飛びだしてくるのを。

炎の中を飛び出してきたのは、装甲車両。それなりの腕利きらしいのが三人。だがもう一人。子供か。

マリアはいる。

子供と一緒にいるようだ。

口元にあるインカムで指示。

「マリアは除いて、装甲車両と、もう二人はお前達で抑えろ。 他の部隊を集結させて、押し包め」

「分かりました。 しかしマリアともう一人は」

「俺一人で対処する」

同時に。残像さえ残して、テッドブロイラーは動く。

背負っているジェットパックは、亜音速で飛行することが可能なほどの性能を持っている。

更に手にしている火炎放射器は、実に5万度に達する熱量を発する。

全身には他にも様々な兵器が搭載されているが。

兎に角、今は高速機動し。

マリアの前に、降り立つ。

マリアは、美しい女だ。

荒野に立つのに相応しい、荒々しい美しさ。長い赤髪は、野性的に輝いている。長身で、たくましい体つきも、歴戦を感じさせる。

側にいる子供は、女か。

手にサブマシンガンを持っているし、背中には狙撃用ライフル。此方にひるみもしていない。まあこの時代に生を受けたのだ。

女の子供だろうが。

男の子供だろうが。

どうでもいい。

弱ければ死ぬ。

そして弱いから。

これから死ぬ。

人間の子供は、今では好物だが。此奴は喰わずに殺す。

マリアの子供である可能性が、高いからだ。

どんな猛獣も、敵対する可能性がある猛獣の子供は殺す。

そして今のテッドブロイラーは。

人間では無い事を、自認している。

「……テッドブロイラー!」

「ほう、俺の名を知っているか、不死身のハンターマリア」

「そりゃあ知っている! 賞金額250000Gの、この地域最強最悪の賞金首だ。 ハンターをやっていて、知らない方がおかしいだろうさ」

「賞金額? 俺をそんな単位で測って貰ってはこまるのだがな」

モヒカンを外す。それは、スラッガーになる。

そして、相手を見もせず投擲。

瞬間。

マリアの仲間だったらしいハンターの、装甲戦闘車両が、吹っ飛んだ。四百メートル先にいたが、関係無い。

巨大な軍艦ザウルスの装甲さえ貫通するスラッガーだ。

あんなちゃちなクルマなんか、一撃である。

普通はタイルのおかげでそういう事はあり得ないのだが。あり得ない事を成し遂げるのがこのスラッガーである。

それにしても情けない部下どもだ。あんなちゃちなクルマに突破を許すとは。あの部隊の隊長は、後で焼却処分する。

手元に戻ってくるスラッガー。

当然、戦闘車両に乗っていたハンターは即死だろう。どうでも良いことだが。今日は、マリアと戦いに来たのだから。

悠々とモヒカンをつけ直す。

子供は、いつの間にかいない。マリアが、躍りかかってくる。

マリアの手元には剣。

いや、この地方で古くから使われていた、刀か。

降り下ろされる一撃は鋭く。

テッドブロイラーは、残像を残しながら、横滑り。

だが、逆袈裟に切り上げてくる。

掠める。

装甲服を切り裂いた。

特殊合金製の剣か。

更に、飛び退きながらマリアは、手にしている小型のハンドキャノンを連射してくる。その全てが、テッドブロイラーを。

残像を残して左右にステップしているにもかかわらず、着弾した。

爆炎の中、更に狙撃。

頭を直撃するライフル弾。マリアのものではない。あの子供か。結構テクニカルに戦う。流石にマリアの子供だけの事はある。色々と仕込んだのだろう。

だが、煙が晴れたとき。テッドブロイラーは、満面の笑みを浮かべて立っていた。

「面白い。 噂通りの実力だ」

「レナ! 逃げな! 此奴にはまともな戦術は通用しない! 文字通りの化け物だ!」

今の狙撃。

正確極まりなかった。

まあどうでもいい。ライフルの狙撃なんて、テッドブロイラーのこの肉体の前には、蚊に刺された程も効かない。

ハンドキャノンを捨てると。

マリアは大型の拳銃に切り替えた。

ハンドキャノンの直撃に耐える相手に、拳銃。

つまり弾丸が特殊と言う事だ。

撃ち放たれた弾丸は、マッハ6を超えている。それをテッドブロイラーは「見て」瞬時に分析した。

凄まじい反動がある筈だが。それでも、マリアほどのハンターなら使える、という事だろう。

だが、その弾丸を。テッドブロイラーは、目からレーザーを放って迎撃。

撃墜した。

流石に愕然とするマリア。

テッドブロイラーの目には、生体レーザーを放つ機能が仕込まれていて。多少の弾幕程度ならこの通り撃墜も簡単。バルカンファランクスを遙かに凌ぐ対空迎撃機能を持つ。

さっきのハンドキャノンも。

撃墜してやってもよかったのだが。

撃墜するまでもないので、避けなかっただけだ。

「ふしゅるるる……!」

脳内に、興奮物質が満ちてきた。

マリアとの戦闘が面白いからだ。

全身に満ちたアドレナリンが体を熱くする。

更にマリアは凄まじい弾丸を放つ拳銃を連射しながら、横殴りに浴びせてくる。テッドブロイラーは、その全てをレーザーで迎撃しつつ吼える。

「行くぞマリアアアアアアッ! 俺の炎で、真っ黒焦げにしてやるががががががーっ!」

両手に仕込んだ火炎放射器が、凄まじい炎を噴き出す。

ガソリンなどでは無い。

更に火力の高い、ジェット燃料などにも使われるものだ。

これを瞬間的に吹きつけ。

同時に着火する。

この火炎放射器は、テッドブロイラーの最凶最大の武器。これによって、軍艦ザウルスの装甲は融解。

体内にぶち込んだ熱量は。

敵の存在を内側から融解させ。吹っ飛ばした。

まだ切り札は幾つかあるが、これ以外のものは見せる必要もない。火炎放射で相手の視界を塞ぎつつ。

押し込んで仕留める。

火炎放射に焼かれた家が、瞬時に消し炭になる中。

上空に躍り出てくる影。

マリアだ。

面白い。

乱射してくる巨大拳銃。

レーザーで迎撃。

一発、迎撃を抜けたが。

テッドブロイラーは、それを口で受け止め、かみ砕いた。

マリアが流石に顔を歪めるが。

弾丸発射の反動を利用して、火炎放射の射程外に逃れると、横滑りしながら弾丸を再装填。

更に連射してくる。

狙いはボンベか。

だが、ボンベにわざと当てさせてやる。

貫けない。

にやりと笑うと、火炎放射を浴びせかける。

その時、後頭部にまたライフルでの狙撃。

鬱陶しい。

振り返り様に。相手が隠れている建物ごと、火炎放射で焼き尽くす。

悲鳴も、上がらなかった。

「レナああああっ!」

マリアが、憤怒の形相で突っ込んでくる。やはり娘か。

だが、この世界では、強さが全て。

全てなのだ。

あの日。

大破壊からしばらく経ったあの日。

思い知らされた。

そして破壊の権化となった。

テッドブロイラーは。

あの悪夢によって、産み出された。極炎の悪魔なのだ。

「レナあっ!」

テッドブロイラーの横を駆け抜けつつ、マリアが例の刀で切り裂いてくる。面白い。二太刀もテッドブロイラーに浴びせた奴は初めてだ。皮一枚しか裂けなかったが。

振り返りつつ、見る。

燃えさかる家の中から、気を失っている子供を引っ張り出すマリア。

子供は改めて見ると、一応いっぱしのハンターなのだろう。桃色の髪の毛。火薬の材料を入れる小袋を幾つも体につけている。

この世界のハンターには、幾つかの「役割分担」があるが、アーチストと呼ばれるタイプと見た。

まあどうでもいいが。

殺すだけだし。

大股で歩み寄る。

マリアは拳銃の弾が尽きたらしく。今度は束ねた手榴弾を放ってくる。

中途で目からレーザーを放って撃墜。

煙幕のつもりだろうが。

そうはいくか。

息を吸い込むと。

一喝。

ドカンと周囲が揺れ。

煙幕が消し飛んでいた。

全身火傷した子供を背負って、必死に逃げようとしているマリアの姿が見える。ふん、逃げるか。

所詮は其処までか。

俺の炎の渇きを。

お前も癒やしてはくれないか。

ならば、此処までだ。

「ほらほら逃げろ逃げろ! 逃げないと、真っ黒焦げだががががががーっ!」

火炎放射を、敢えて子供に向けて浴びせる。

マリアは、避けられるだろうに。

それを、避けなかった。

消し炭になって倒れるマリア。

テッドブロイラーは歩み寄ると。

残っているマリアの肉片を一部。

むしるようにして、取った。

クラッドが駆けつけてくる。

「装甲車両のハンターは捕縛しました。 他の二人は死にました。 此方の被害も五十人を超えましたが、どうにかゴリラの支援砲撃と数で包み倒しました」

「この肉片を培養液につけて本部に。 それと、人間狩りを始めろ」

「は……」

興奮が冷めてきた。

マリアは、子供を持ったことで弱くなったのだろう。

それについては分かる。俺も、子供達がいたから。

老人達がいたから。

病人達が。

だから弱かった。守るものを持つと、どうしても弱くなる。それが真実だ。

テッドブロイラーは、もう一度。消し炭になったマリアと。庇われたものの、どうみても助かりそうに無い全身火傷を負った子供を一瞥すると。

自分のクルマに戻っていった。

 

人間狩り。

バイアスグラップラーが行っている、文字通りの行為である。

テッドブロイラーが唯一忠誠を誓い、存在の全てを捧げている相手。ヴラド博士が、進めさせている行為。

理由はよく分からないが。

ただ研究の成果が。

自分以外の四天王や。

なによりテッドブロイラーにも。

ヴラド博士自身にも。

還元されていることは知っている。

マドの村では、三十人ほどの人間を収穫できた。いずれも、後続の輸送部隊に任せて、本部に連れて行かせる。

いずれ一人も生還できない。

それがなんだ。

この世界では、弱い奴は死ぬ。

弱い奴を抱えた奴も死ぬ。

マリアのように、だ。

バイアスグラップラー本部に帰還すると。

テッドブロイラーは、クラッドに指示。此奴は使える。今までは多少頭が切れる部下もいたが。

此奴については、別物と見て良い。

元が医者だったテッドブロイラーは、生半可な人間よりも知能が高かった。戦闘時に過剰に暴虐的になるのは。

その知性が。

殺戮を押さえ込むのを防ぐためだ。

そして知性がある故に。

テッドブロイラーは、ある程度の知性がある相手を、見抜くことも出来る。

「検問をエルニニョの近くに張れ」

「ははっ。 抵抗したハンター達の残党を捕縛するためですか」

「そうだ。 見せしめの意味もある」

「分かりました」

皆殺しにした。

その筈だが。

念には念だ。

そもそもが、ノアの誕生そのものが、油断から生じている。

ヴラドコングロマリッド社と、神話コーポレーションが構築した際に。ノアは危険性が高いから、注意して扱うようにと、ヴラド博士は注意を促している。

しかしその高性能さに魅せられた各国政府と。

更に関連各企業。

それに、「三原則は古い」等とAIの危険性を嘲弄していた者達は、躊躇無くノアを起動し。

ノアが人間に従う事を大前提として、権限をくれてやり。更にネットまでノアに解放した。

その結果何が起きたか。

それは言うまでも無い事だろう。

油断は絶対にしない。

テッドブロイラーは暴虐の権化である事を自認しているが。

それは決して、自分が油断ばかりしている事を意味していない。むしろ油断すればどんな強者も死ぬ事を、熟知している。

クラッドが去った後、自室に戻り、体の調整を行う。

マリアに二太刀浴びせられた傷は。

自己修復機能によって、既に回復していた。

他にもハンドキャノンの弾を食らったし。ライフル弾も受けた。

ダメージの様子からして、対物ライフルだっただろう。

だがそれでも。

テッドブロイラーの体には、傷をつけられなかった。

マリアが、何も守る者が無い状態だったら。

ひょっとして、更に傷を増やせたかも知れない。

捨て身で掛かってくれば。

或いは、しばらくは行動不能に出来るほどのダメージを、テッドブロイラーに浴びせられていたかも知れなかった。

だが、奴は守る者を作ってしまった。

それが故に負けた。

スピーカーから声がする。

ヴラド博士だ。

「いつもながら見事な戦果だ。 特にハンターマリアの細胞は素晴らしい。 人間はこれほど強靱になるのかと驚かされた程だよ」

「喜んで貰えて結構だ。 例のクローン兵士にも活用するのか博士」

「いや、これほど強力だと、反旗を翻された場合面倒だ。 使用は限定的にする」

「ふん、博士がそう言うのなら、まあいいさ」

ヴラド博士は喜んでいる。

それならば別に良い。

バイアスグラップラーの他の四天王は、所詮戦闘力だけを追求した化け物だけ。実際に軍を指揮し。

統率をしているのは。

テッドブロイラーだ。

そしてテッドブロイラーが全面的な忠誠をヴラド博士に誓っているから、この組織はもっている。

「次の仕事は」

「熱心だな。 だが、今は特にない。 ノアの場所が発見できれば、其処に行って貰うのだがなあ」

「作り手のあんたでも分からないのか」

「あれは、面倒な事に自己移動機能を備えているからな。 大破壊直後に建造された移動要塞クロモグラなどは、奴が移動することを想定して、地中を移動出来るように設計されていたほどだ。 既に何者かに破壊されてしまったがな」

まあそうだろう。

だが、ノアほどの複雑なシステム。

更に、ノアを支えるには、膨大な電力が必要になる。

その辺のサブシステムまで、自前で構築できるとは思えない。

ノアは世界最高のAIであり。

自我を持つに至るほどだが。

逆にそれが故に。

性能が高すぎる、というのが問題になる。

如何に多数の配下を従えたとしても。

電力が無ければ止まってしまう。

自己修復機能も備えているらしいが、それにも限度がある。

そういう意味では、ノアの居場所は限られてくる。

皮肉な話だ。

人類の抹殺を目論んだノアだが。

結局の所、人類が作り出した文明が無いと生存できない。

そのためには、何もかもを破壊し尽くすわけにはいかないのである。

実際問題。

ノアは電力関係の設備を破壊していない。

これはいざという時の、自分用のエネルギーを確保するためだろう。

更に言うと、兵器工場も破壊していない。

部下を作り出すためだ。

これらが裏目に出た結果。

今でも、衰退したとは言え、人類は。

ノアから奪還したインフラ発生設備を活用し。

少なくとも、弾丸や、戦車の補給パーツは作り出している。

それは人類の絶滅を防ぎ。

ノアに抵抗する貴重な戦力になっているのだ。

「とにかく、君にはしばらく休んで貰う。 次の戦いに備えて、更に強くなって貰わなければならないからな」

「ふん、構わないさ」

「……」

タンクベッドに入ると。

テッドブロイラーは眠りに入る。

後の事はどうでも良い。

次の戦いと言う事は、何処かの武装勢力を潰すのか。それとも、ノアの手下を生産している工場を制圧するのか。

それとも、大型のモンスターを駆除するのか。

いずれにしても。

その時が来るまで。

テッドブロイラーは、待つだけだった。

 

2、劫火

 

夢を見た。

あの日のことは忘れない。

家が、燃えていた。

外に遊びに出た直後のことだった。親に、外に出るなと絶対に言われていたのに、外に出てしまった。

遊びたい盛りだったこともある。

それ以上に。

悪戯が好きだった、という事が大きい。

結局の所。

それが故に、命を拾った。

呆然と立ち尽くす目の前には。阿鼻叫喚が拡がっていた。

「老人と子供は放置しろ! 若い人間だけを捕縛しろ!」

荒々しい声。

そうか。

自分は、此奴らのターゲットではないのか。

目の前にいるのは、武装した集団。装備もまちまちで、時々村に来るハンターではない事はすぐに分かった。

その中に。

ずば抜けて、大きな男がいた。

青白い肌。

青いスーツ。

背中には巨大な一対のボンベ。

手にしているのは、火炎放射器だろう。

辺りには、真っ黒焦げの死体が散らばっている。抵抗しようとした人間達だろうか。そういえば、数日前から。

腕利きのハンターが、何人か村に来ていた。

抵抗するために。

村が雇ったとか、親が話していた。

だけれども。

死んだ。

殺された。

焼き殺されたのだ。

間違いない。

あの巨大な男に。

「テッドブロイラー様! 予定の収穫は完了しました!」

「遅い」

「は? あがああああああああっ!」

報告をした部下を。

テッドブロイラーと呼ばれる男は、瞬時に焼き殺していた。

まだ幼いレナの目の前で。

それは、あまりにも鮮烈な赤として。

人間が焼き殺される光景は。

網膜に焼き付けられ。

脳に刻みつけられていた。

 

それから、村に居残っていたならす者達がいなくなると。遅れて一人のハンターが来た。

膝を抱えて座っていたレナ。

つまり私の前に、その人は来る。

村の人達は、どうして遅れたとなじったが。

彼女はいうのだった。

「村に来る途中で賞金首に遭遇してね。 この辺りにも出るんだなサイゴン。 追撃を受けると危険だったから、叩き潰した。 それで少し遅れたが……これは悲惨だね」

「もっと早く来てくれていれば!」

「……すまなかった」

いずれにしても、村は半壊。

これは、もう放棄するしか無いかも知れない。

いずれにしても、私の居場所はもうここには無い。

家は焼き払われ。

食べるものもない。

今の時代、自力で生きられない人間は。

死ぬしか無い。

誰もが知っていることだ。

「あんた、あの惨劇で何を見た」

「テッドブロイラー」

「!」

「そう呼ばれる奴が、大勢焼き殺した」

そうかい。

女の人は、それだけ言うと、嘆息した。そして、はっきりというのだった。

「そいつはバイアスグラップラーの最高幹部。 この近辺で最高の賞金を掛けられている、最凶の賞金首だ。 噂によると、単独で軍艦ザウルスを倒した事さえあるらしい。 人間離れした化け物だとは聞いていたが……」

「ねえ、連れて行ってよ」

「へえ?」

「彼奴をブッ殺す力が欲しい」

立ち上がる。

髪の毛は伸ばしていたけれど、邪魔だ。

乱暴にその辺に落ちていたゴムで、左右に縛る。

「賞金出るんでしょう。 殺したい」

「返り討ちに遭うだけだよ」

「サイゴンを倒したって聞いた。 彼奴、この村では、絶対に近寄るなって言われるくらい強かった。 でもあんたは倒した。 だったら、私の知ってる誰よりも強い」

「あんたじゃない、マリアだ」

そう。

呟くように答える私の目からは。

恐らく既に、光が消えていたはずだ。

戦い方を教えて欲しい。

その代わりに、何でもやる。

使えないと思ったら、捨てていってくれても構わない。

そういうと。

マリアという女は。

良いだろうと言った。

そして、それからは、放浪の日々が始まった。

武器の扱い方を教わった。

ライフルはすぐに覚えた。

様々な撃ち方も。

昔の人間よりも、大破壊を経た今の人間は。過酷に淘汰された結果、強くなっている。

そうマリアは言う。

昔だったら、肩が抜けるような反動が来る銃を、子供であるお前が撃てる。

それがその証左だ。

そう言われた。

言われても、ぴんと来なかったが。

マリアがもっと強力な銃を自由自在に使いこなし。巨大な化け物を次々に撃ち倒しているのを見ると。

その言葉に、重みが出てきた。

笑顔は浮かばない。

良い両親だった。

父親はあまり笑わなかったけれど。時々凄く優しくしてくれたし。

母親は苦しい生活に文句一つ言わず。

いつも心配して見守ってくれた。

その二人を。

彼奴らは焼き殺した。

殺す。

あの青いデカイ奴を。

バイアスグラップラーとかいう連中を。

皆殺しにしてやる。

マリアという女は、それから私を徹底的に鍛えた。体力をつけるようにと、色々な訓練を課し。

荒野を徘徊する化け物達と。

弱い者から順番に戦わされた。

弱いと行っても、人間を充分に殺傷できる者ばかり。

しかも、限定的に知能を与えられている者もいる。

出来上がっていない体。

それも生来小柄な私では。

どうしても相手が悪いケースもあった。

知恵を使え。

教えた戦術を駆使しろ。

そうマリアに叱咤されながら。荒野で、血で血を洗う戦いを続けて。大けがを何度もし。その度に熱を出し。

立ち直ったときには更に強くなり。

そしてもっと格上のモンスターとやりあっていった。

やがて、マリアが、賞金首と呼ばれる強力なモンスターとの戦いに連れて行ってくれた頃には。

一通りの戦術は覚え。

体力はつき。

少なくとも、自衛は充分に出来るようになっていた。

 

赤。

そう、二度目の赤。

また彼奴だ。

怒りで、目の前がゆらゆらと揺れて。あまり経過は思い出せない。

最初は、勝った。バイアスグラップラーの戦車を含む部隊だったが。マリアを含む四人もの腕利きがいたのだ。ハンターの戦闘力の高さは、色々な戦場で見て知っていたが。所詮チンピラが武装した程度の集団なんて、問題にもならない。

母と思えるようになっていたマリアが、速攻で敵の戦車を叩き潰して、それでおしまい。

後は残党を思う存分撃った。鴨撃ちだ。

ライフルの立射は既にマリアも充分な腕前と褒めてくれるようになっている。

家の屋根に上がって、まずは抵抗する敵の頭を打ち抜き。

逃げ始めた敵の背中を打ち抜き。

最終的に、私一人で十三人を仕留めた。

死体は村の外に放り出し。

モンスターどもに喰われるままにしていた。

死体を担いで捨てている私を見て。

村の人達は、何も言わず、畏怖の声だけを上げていた。

だけれど、それからの事はよく覚えていない。

赤。

それだけが、視界に焼き付いている。

二回目の襲撃があった。そうだったような気がする。それで、彼奴が来た。他の賞金首とは、比較にもならない化け物が。

それだけじゃない。

体中が熱い。

ぐるぐると、何かが辺りを廻っているような気がする。

それは、何だろう。

分からない。

はっきりしているのは、私が負けたと言うこと。

私なんかはどうでもいい。

あのマリアが。

私を庇って負けた、という事だ。

口惜しい。

絶対に許せない。

一度ならず二度までも。

私の親を奪った、あの青い男。テッドブロイラー。

殺す。

絶対に殺す。

殺意だけが脳を塗りつぶしていく中。

異常に熱い体が。

どうしても、思考を混濁させる。

ぼんやりとしながらも。

自分が目を開けたことに気付く。

視界の先には、天井。

確か、死んだ筈だ。

なんでものを見る事が出来ている。

覗き込んでくるのは。

汚い少年。

この世界で、体を清潔に保てている者などいない。私もそれは同じだ。だから、汚いことはどうでもいい。

少年が生きているという事は。

あの後、何かしらの方法で。

青い巨人を誰かが追い払ったのか。

それとも敵が暴虐を尽くしに尽くし、去って行ったのか。

「お姉ちゃん! 真っ黒焦げだった人、目を覚ましたよ!」

「すぐに行くわ!」

もう一つ、声。

聞き覚えがあるような気がする。

一度目の襲撃の後。酒を飲んでわいわい騒いでいるハンター達に、酒をついでまわっていた人。

私は酒は嫌いだ。

今の時代、子供でも酒を飲むことは咎められないけれど。

どうにも美味しくない。

ちなみにマリアは蟒蛇で、どれだけ酒を飲んでも平気だった。この辺り、豪傑と呼ばれるに相応しい存在だった、からだろう。

覗き込んでくる。

私と同年代の女だ。

でも、戦士では無い。

それは一目で分かった。

「大丈夫ですか!? わたしの顔が見えますか?」

「……」

「まだ意識が混濁しているわ。 カル、ミンチ先生を呼んできてくれる?」

「分かった!」

何だか煩わしい足音。

というか、耳元で声を出されるだけで全身が痛い。

やがて、やってきたのは。

髭だらけで、白衣を着た老人だった。

どちらかと言えば太めの体型で。

そばに、つぎはぎだらけの体の巨人を連れている。

「わしの専門は死体だっていっただろうに」

「でも、ドクターさんなんでしょう!? お願いします!」

「今の時代はナースとかいうらしいが、まあいい。 どれ、ちょっと診せてみなさい」

遠くで聞こえる声。

死体が専門。

だったらマリアを。

両親を生き返らせろ。

毒づきたい。

マリアは死んだ。

それは覚えている。

戦闘の経緯はあまり覚えていない。二度目の襲撃の時、敵は本気だった。戦略からして違った。

戦車七台。

それにあのテッドブロイラー。

人員も二倍。

まるで桁外れの戦力。

そういえば、マリアは確か、バイアスグラップラーの幹部を何人も倒していると聞いている。それが故に、奴が来たのかも知れない。

あの、私が殺すべき。

奴が。

全身に、薬を塗られているような感触があるけれど。

何をされているのかも、具体的には分からない。

意識が途切れる。

次に意識が戻ってきたときには。

少しは痛みも引いていた。

殺す。

殺さなければならない。

殺意だけは、そのまま。

私は、殺意に浸されたまま、ベッドで苦しみ続ける。何もかも、あれもこれも。あの青い巨人。テッドブロイラーのせいだ。

彼奴を。

そして彼奴の部下と。その仲間も。

皆殺しにしてやる。

私の心は燃えさかる。そして、生きようとする。復讐を果たすために。そのためだけに、全ての命が、燃え上がる。

 

3、復活

 

だいぶからだが楽になってきた。

意識が安定してきて。

そして目が覚めている時間も長くなった。

私を看病しているのは、同年代の女の子。イリットという。見かけからして、戦闘経験はなし。

今の時代、弱い奴は生きていけない。

戦闘経験がないのなら、何かしら他にスキルがいる。

或いは、令嬢かなにかなのかもしれないが。

私には関係がなかった。

ベッドから起きだそうとするが。

その度に止められた。

「レナさん、全身が真っ黒焦げだったのよ! まだ動いちゃ駄目!」

「彼奴は、彼奴は生きている」

「彼奴?」

「テッドブロイラー」

噛みしめるように言う。

そうだ、奴の名前。

絶対に忘れてはいけない名前。

私の両親を殺し。

母親を殺した。

二度も私の親を殺した、仇敵の中の仇敵。奴を殺すことだけが、今の私の目的。そして奴の全てを奪うことが。

今の私の、命の原動力だ。

「とにかく、休んで。 今出て行っても、返り討ちにされるだけよ」

「……悔しいが、そのようだ」

「眠って。 少しでも、元気が出るように」

随分と献身的に看病してくれるけれど。

それは、なんでかはよく分からない。

ひょっとすると、或いは。

村を守って死んだハンター達に感謝しているのかも知れなかった。

しばらくすると。

歩けるようになった。

少しずつ、鈍った体を鍛え直していく。

私はハンターだ。

敵を殺して、金を稼ぐ。

荒野をうろつく人類の敵を滅ぼし。

人類に害なす存在は、それが元人間であろうと滅ぼし。

それで生活をする。

歩けるようになったけれど、まだ本調子では無い。イリットが心配しながら、街の。このマドの街の様子を案内して見せてくれた。

建物は、まだ思ったより残っている。

恐らく、ハンター達がそれぞれに敵の包囲を突破に掛かったので。

街に攻撃をする意味無しと判断したのだろう。

この様子では、ハンターはマリアも含めて全滅。

思う存分、バイアスグラップラーは人間狩りをして、引き揚げて行ったに違いない。

街の北側に。

墓があった。

ハンターの一人、フェイは。感じが良い男性だった。話によると、多数の敵と最後まで戦い続け、蜂の巣にされていたそうだ。

どうやらマリアに気があったらしい。

私も嫌いじゃ無くて。

酒場で、この戦いに生き延びたら、私とマリアと三人で一緒に暮らさないか、という話をしていた。

マリアもまんざらでも無い様子だったけれど。

そうなると、三人で賞金首を狩りながら、移動して生活していくことになったのだろうか。

分からないけれども。

いずれにしても、修羅の道を行く事になっただろう。

ハンターの一人アパッチ。

重厚な男で。

酒を飲むときも、兎に角寡黙だった。

墓にも、鉄の男と記されている。

確かに鉄と呼べる重厚な男だった。

最後は、多数のグラップラーのならず者どもを千切っては投げ千切っては投げしている所に。

戦車砲を浴びたらしい。

体は上半身しか残っておらず。

下半身はミンチより酷い状態。

集めて、それでも埋葬したそうだ。

そして、マリアの墓。

そうか。あんなに強い人でも。

死んだのか。

今の時代、クルマと呼ばれる戦闘車両を使って、ハンターは賞金首と戦うのが普通だ。そんな時代、生身で賞金首と。

そう、生体兵器と化している化け物達と渡り合い。

多くを屠り。

不死身のマリアと呼ばれた凄腕だった人。

それでも、あの化け物には勝てなかった。

私という足手まといがいなかったら。

勝てていたかも知れないのに。

手を引かれる。

空の様子が怪しいという。

今の時代、雨は毒だ。

酸とやらが含まれていて。降るほど地面を汚染し。そして、体にも害がある。やがて、降り始めたので。

手を無理矢理引かれて、家の中に。

完全に壊れてしまった家も幾つもあるけれど。

まだ無事な家もあった。

イリットは、話しかけてくる。

「人狩りで、多くの人が連れて行かれてしまったけれど。 それでも命を賭けて戦ってくれたハンター達に、みんな感謝しているの。 貴方の看病も、みんな賛成してくれたわ」

「そう。 ありがとう」

「いいえ。 マリアさんは、残念だったわ……」

「彼奴らに親を殺されるのは二度目だ」

イリットが、びくりと身を震わせる。

私の声に。尋常ならざる狂気を感じ取ったからだろう。

私の桃色の髪は。

産みの親から受け継いだもの。

私の小柄な体は。

母親同様のもの。

身体能力には限界があるから、戦術を身につけて、テクニカルに戦え。そうマリアは言った。

戦略にも気を配れ。

敵の兵力、配置、保有している装備。どうすれば効率よく倒せるか、丁寧に考えるようにしろ。

マリアは教えてくれた。

実際、マリアは超人的に強いだけでは無く、頭も回った。

そうでなければ。

あんな化け物達に、生身で勝てる筈も無い。

だがそのマリアでさえも。

テッドブロイラーには届かなかった。

力がいる。

私はまだ人間だ。

マリアも人間だった。

だったら、人間を止めてでも、奴を超える。そして倒す。

手段は選ばない。

雨が止みはじめた。

「ナイルおじいちゃんが、クルマの修理をしているの」

恐怖を感じたから、だろうか。

イリットが話題を変える。

クルマ。

そういえば、もう一人ハンターがいた。ガルシアとかいう奴だ。彼奴は何だか気に入らなかった。

私の事も、一目見るなりコムスメ呼ばわりして来た。

彼奴は暴走バギーのガルシアとか名乗っていたらしいが。

実際にはただの小物も良い所で。

他のハンターよりも、明らかに格が劣っていた。

ただ、クルマという手段があったからだろう。

包囲の突破には成功しかけたようだったが。

ただ、そのクルマも。

テッドブロイラーの一撃で、木っ端みじん。

普通人間は、クルマには対抗できない。

というのも、人間が持ち運べない重兵器や。強固な装甲を、クルマには積み込むことが出来るからだ。

クルマ無しで賞金首を倒したマリアや。

そのクルマを一撃粉砕していたテッドブロイラーが規格外なのだ。

いずれにしても、ガルシアの墓は無い。どうしたことだろう。ひょっとして、どうにか生き延びたのか。まあそれなら、いずれ顔を合わせる機会もあるだろう。どういう形になるかは分からないが。

私はまだそんな領域には到達していない。

「貴方にあげるっていっているわ」

「……すまない」

「ううん。 命まで捨ててくれた人達に、お礼はしないと行けないから」

「……」

此方は何も返せない。

バイアスグラップラーを潰すことしか出来ない。

私に出来るのは。

復讐だけ。

金を落とす、くらいのことは出来るだろうか。

出来ると言っても、それだけだ。

それと、イリットから貰う。

マリアの形見となった装備だ。

ハンドキャノン。

これは何かの賞金首が使っていた装備らしい。普通の人間にはかなり重い。クルマがあると運ぶのに便利だ。

大型拳銃。

特殊な大型ライフル弾を、超高速で発射する強力なものだ。

話によると、生半可なクルマの装甲をぶち抜くらしい。

だけれども、それさえも、テッドブロイラーには通じなかった。もしも奴と戦うなら。もっと強い武器が必要だ。

そして、刀。

マリアが一番得意だった武器。

これは、奴にも効いていた。

もしも、必殺の一撃を叩き込む事が出来れば。

手に取る。

熱い。

何というか。灼熱が伝わってくる。

そうか、お前も復讐したいのか。それはそうだろう。あれほどの使い手は他にいないのだから当然だ。

良いだろう。

お前と私で、彼奴に復讐しに行こう。

彼奴の全てを奪って。

何もかもを、殺し尽くしてやろう。

私の目には、炎しか映っていない。

奴と。

奴に荷担する全てを。

この世から、消し去ってくれる。

 

そのままマドの街を出ようとしたが、引き留められた。

街の長老が、せめてものプレゼントだと言って、ガルシアが使っていた装甲車両を直してくれたのである。

古い時代にはバギーと呼ばれ。

主に軽装備の武装集団や。

或いは兵員を輸送するために使われた車両だ。

現在のバギーは、強力な武装を搭載することが可能なように足回りが改造され、悪路も自在に走る事が出来る反面。

やはり防御に関しては非常に脆い部分があり。

重戦車よりは軽快に機動は出来るが。

その一方で、大きめの攻撃を受けてしまうとひとたまりも無い、という欠点を抱えてしまっている。

更に、である。

搭載する火器によっては、大破壊後に普及し始めた装甲タイルを減らさなければならなくもなる。

装甲タイルは、それまでの装甲という概念を一変させた防御兵器で。

敵からの攻撃を吸収、自ら破砕する事で、戦車と搭乗員を守る。コレに掛かると、徹甲弾でさえタイルが残っている間は無力になる。

ただし、タイルそのものに張り付くセメント弾や、電撃の類、それに酸、毒ガスなどの兵器は当然防げないし。

何よりも壊れてしまうと張り直すしか無い。

幸い、このタイルを作り出す工場は無事で。

ノアの攻撃も受け付けていない。

各地に物資を売り買いに行くトレーダーという集団は、このタイルを砲弾と一緒に扱っており。

ハンター達にとっては、弾薬の補給という点を気にしなくて良いことだけは、大きな強みになっていた。

大破壊で多くを失ったのはノアの側も同じで。

戦略兵器はほぼ喪失。

今では各地を徘徊する戦術兵器で、人間を殺して廻っているのが関の山、というのが実情だ。

ただし人間側も消耗がひどい。

例えノアを殺せたとしても。

当面は混乱が続くだろうし。

環境の再生も難しい。

それが、多くの人間の一致した見解だ。

このどうしようもない現実は、マドの街でもどうにかしようとしている。

事実街の西には大きなドーム状の建物があり。

此処の中では、植物をどうにかして育てようと四苦八苦しているようだ。

現在汚染が少ない地域で自生している植物もあるが。

そういう地域は、ノアが目をつけていて。

モンスターの中でも、特に強力な賞金首が居座っているケースが多い。ノアの方でも、人間を知り尽くしている。

だから、先に手を打ってくる。

街を消滅させるような戦略兵器はもう有していなくても。

戦術兵器を効率的に使う事に関しては。

ノアは人間顔負けなのだ。

バギーは、数日で動くようになった。

搭載したのは主砲だけ。

軽装甲のバギーの、上に不格好に乗った主砲は、この辺りでも平均的に使われている150ミリ砲である。

長大な主砲だが。

大物の賞金首を狙うには力不足。

更に、私は。

修理が終わったバギーを確認する。

イリットが、心配して見に来た。

「レナさん、手慣れているのね」

「マリア母さんは自分で好んでクルマは使わなかったけれど、他のハンターと組んで賞金首を狩るときには、クルマの整備をする事もあった。 その時に私は足手まといにならないためにも、必死に勉強した」

足回りを確認。

エンジンはそれほどいいものではないけれど。

現状では充分な品だ。

タイヤもこの荒野を渡るには充分。

現在、地上の半分が砂漠になっている、と言われていて。

砂漠を最低でも通れなければ、クルマの足回りは意味がない。

幸い、このバギーの足回りは。

それを満たしてはいる様子だ。

しばらくバギーの下に潜って、状態を確認。

今クルマに求められるのは。

繊細な挙動では無い。

多少の傷を受けても動ける、頑強さだ。

クルマが破壊された時点で、賞金首との戦闘は相当に厳しくなる。そして賞金首になるモンスターになると。

クルマが脅威である事を認識していて。

わざわざクルマが入れないような場所に巣くっているタチが悪い奴もいる。

いずれにしても、今は私一人しかいない。

今後大きめの戦闘集団を作るにしても。

中核になる戦車はまだ必要ないだろう。

小回りのきくバギーや。

或いは戦闘用バイクで充分だ。

さて、此処からだ。

周囲から離れるようにイリットに言うと。

バギーに乗り込む。

今まで使用されていたバギーだ。

まさか奴に乗っ取られているとは思えないけれど、念には念。

クルマを最初に扱うときは、必ずやるように。

それはマリアに言われた。

それも、口を酸っぱくして、である。

マリアはアズサと呼ばれる戦闘集団の出身だが。

そこでもひよっこに対しては、徹底的にこれを仕込むのだという。

確かに私も。

マリアからも仕込まれたし。

アズサに寄ったときにも。

先輩ハンターに散々仕込まれたものだ。

Cユニットを起動。

しばらく、幾つかのコマンドをうち込む。

古い時代、クルマはハンドルというものを使って動かしていたらしいけれど。

今は思考伝達用のヘルメットを被り。

それによって操縦する。

戦闘用バイクに至っては、邪魔にならないようヘッドギア形式の思考伝達システムが使われていて。

これによって、両手放しで動かす事が出来る上。

戦闘中、両手を使って武器を放つことができる。

Cユニットを徹底的に調べた後。

ヘルメットを被る。

思考がCユニットと連結。

どうやら、問題はなさそうだと、私は判断した。

Cユニット。

戦車を一とするクルマを、一人で動かすための、画期的システムである。

開発されたのは、大破壊の少し前だという話だが。

それまで三人から四人が搭乗する必要があった戦車という兵器に、Cユニットは革命をもたらした。

思考伝達を行う事で。

Cユニットは、複雑な戦車の操縦を、極めて自在に行う事が出来るようになる。弾丸の装填。機動。周辺の把握。

ただし、一つだけ切られている機能がある。

ネットワークリンク機能だ。

ノアにとって、ネットワークはあらゆるファイヤーウォールも、複数重に作り上げられたシステムも。ただのカモに過ぎなかった。

大破壊の時に被害を大きくしたのは。

機械の反乱である。

リンクシステムが構築されていた戦車や戦闘機は、それぞれが全て人間の敵となり。今でも荒野をうろつき廻っている。

それらを破壊して開けてみると。

朽ち果てた人間の死体が入っているのが普通だ。

幸い戦闘機の類は、どうにか現時点でほぼ殲滅が終わってはいるが。

軽戦車は多数が人類の敵となって徘徊しているし。

中には機動要塞と呼べるレベルのものが、足回りは脆弱ながらも、人間を殺すべく虎視眈々と周囲を睥睨もしている。

クルマによって戦うにはCユニットは必須。

上手く行けば、四人で、四機のクルマを動かす事が出来るのだから。

そして今の時代のクルマは、重戦車にもなると、主砲だけではなくミサイル兵器、更に敵の攻撃を迎撃する兵器まで搭載することが出来る。

単独で陸上戦艦ともいえる破壊力を発揮できる。

人間が、ノアの放った化け物どもに対して。

持ちこたえられた理由である。

今も消耗戦を続けられているのは。

こういった様々な革新的兵器の、実用が間に合ったからなのだ。

Cユニットを操作して、様々な実験を行ってから。

私はバギーを降りる。

それにしても、一撃で粉砕されたこの車両を、よくも蘇らせられたものだ。

ナイルという老人。

相当な腕前である。

物資があっても、これは最初から作った方が早いと、言われる可能性もあったのだろうに。

或いは、ひょっとすると。

街を守るために、命を捨てたハンターのクルマだったから、かも知れない。

心配そうなイリットが、ナイルを連れてきていた。

油で汚れたツナギを来た老人は。

バギーを動かせるようになった私に、話しかけてくる。

「どうかね」

「悪くない。 有難う。 これで少なくとも、外ですぐにのたれ死ぬ事は無さそうだ」

「この街にいてくれてもいいんだよ」

「いや、私がこの街にいついていても、いずれ奴らはまた来る。 此方から攻めこんで、叩き潰す必要がある」

この辺りの地理は、頭に叩き込んでいる。

隣町のエルニニョは、少し東だが。その間には大きめの砂漠があって。各地に姿を見せる砂漠に住む大型のサメ、スナザメが姿を見せる。

まずは此奴を叩き殺し。

次はエルニニョを占領しているバイアスグラップラーのクズ共を。

皆殺しにする。

安全圏を確保してから、少しずつ敵の拠点に攻めこむ。

物量の差は、途中で戦力を勧誘しながらどうにかする。

命知らずのハンターは多いし。

奴らに恨みを抱いている者もまた多い。

戦力を増やせれば、それだけで充分。

いずれクルマも増やして。

そしてその間に。

テッドブロイラーに通用するように、あれを探さなければならないだろう。

相手は明らかに人間を超えていた。

それならば。

此方も人間を止めるだけだ。

その後どうなろうと知った事か。

奴を殺さなければ。

私の中に渦巻く炎は。

絶対に消えることが無い。

そして奴とその周囲を消し去り尽くさなければ。

私は生きている意味さえない。

ただ、当面は、テッドブロイラーとの戦闘は避けなければならないだろう。勝ち目がないからだ。

最初にするべきは。

奴らの幹部を探し出し。

弱い順に潰して行くこと。

不安そうにしているイリット。

私は、正直あまり興味は無いのだけれど。

ただ、するべき事はある。

此処までお膳立てをしてくれたのだ。

その分くらいの礼はしなければならない。

それを告げると、ナイルは露骨に不安そうに言葉を濁した。止めた方が良いと言っているのと同じだ。

「これから、東の砂漠にいるスナザメを退治してくる」

「あんた、いきなりアレと戦うというのかね」

「問題ない」

スナザメはこの地方だけではなく、彼方此方にいる。

亜種も何種類も確認されている。

ノアが作り出した生物兵器としてはかなりポピュラーな方で。

ある地方の砂漠では、一カ所の砂漠に数十匹が生息している事が確認もされているそうだ。

より強力な亜種もいる。

賞金首認定されるということは、その砂漠には一匹しかいない、ということで。

逆に言うと、それはチャンスでもある。

仕留めてしまえば。

繁殖することも無い。

「何より邪魔だろう。 通行するのにあんなのがいたら」

「それは、そうだがね……」

「スナザメは駆け出しのハンターが最初に交戦する相手って有名だ。 マリアから指導を受けた私の相手としては、むしろ物足りない位だよ」

武装を確認し。

更に幾つかの予備も用意しておく。

丁度良い。

私はずっとマリアと一緒に戦って来た。

いずれ一人で戦えるようにならなければならないとも思っていた。

此処で死ぬようならそれまでだ。

私は。

勝たなければならない。

この最初の関門に。

 

4、ハンターという仕事

 

見つけた。

スナザメだ。

砂丘が連なる砂漠で、そいつは背びれを出して、ゆうゆうと泳いでいる。そう、砂を泳いでいるのだ。

正確には、海を泳いでいる鮫とは別種の生物らしいけれど。

そんなことはどうでも良い。

まずは、釣る。

エンジンを掛け、砂漠を走り出す。操作は全てCユニットに任せる。同時に、アラートが鳴った。

「大型エネミー接近。 脅威度判定、レッド。 賞金首相当」

「思ったより大きいな」

呟くと。一気に速度を上げる。

砂漠といっても、全てが砂なわけではない。

彼方此方には岩石もあるし。

様々な文明の残骸もある。

この辺りも、朽ち果てたビルや。

道路の名残らしきものがある。

追撃してきているスナザメは、全長二十五メートルという所か。平均的なスナザメが二十メートルだから、かなり大きいが。

もっと大きい亜種もいるし。

別に驚くことも無い。

かなりの速度で追跡してくるスナザメ。

私は、まずは一つ目の仕掛けを起動。

地中に仕込んだ爆薬を。

スイッチを押して、炸裂させたのだ。

アーチストというのは、戦場の芸術家。

爆薬を操り。

血の花を咲かせる。

テクニカルな戦闘を要求される兵種で。

肉弾戦を敵に挑むソルジャーや、戦車専門のハンターと違って。

何でも出来る反面。

それぞれの得意分野には及ばない。

だが逆に。

テクニカルに戦えば。

あらゆる分野以上の活躍が出来る。

そういう仕事だ。

爆薬の炸裂は、砂中に衝撃波を走らせ。

スナザメは驚いて跳び上がる。

同時に反転したバギーが、150ミリ砲をぶっ放した。

昔だったら、神業だっただろう。

だが独立稼働するAIによって制御されたCユニットに補佐された砲撃は、文字通り正確無比。

無慈悲なまでに正確に。

スナザメの腹を砲弾は直撃していた。

大量の血をばらまきながらも、スナザメは砂中に飛び込む。当然、逃がすつもりはない。手負いの獣は、種類にかかわらず大変危険だ。下手に逃がすと、却って被害が大きくなる。ましてやこのスナザメは、既に多くの人間を不幸にしている。賞金が掛かっているのもそれが故だ。

一転して逃げ始めたスナザメを、今度はバギーが追跡する。

「敵の継戦能力、いまだ健在。 罠の可能性あり」

「てか罠だろ」

「如何なさいますか」

「予定通りに」

作戦はCユニットには告げてある。

マリアには言われた。

Cユニットは会話が出来る位洗練されたAIを持っているが。

絶対に情を移すな。

中には、既にノアに汚染されていて。

ここぞというタイミングで、裏切るケースがあると言う。

まあその場合はその場合だ。

背びれを狙って、砲撃。

150ミリ砲の一撃が、背びれを吹っ飛ばす。

左右にぶれながら逃げるスナザメだが。

不意にブレーキ。

目の前には、蟻地獄状に拡がる流砂。分かり易い罠に填めようとしてくれたものだ。だが、所詮はサメ。

バックしながら、もう一撃。

この流砂については、既に調べもついていた。

だからわざわざ誘導されてやったのだ。

スナザメが逃げる鼻先で、150ミリ砲が貫いたのは。

事前に埋めておいた爆薬。

炸裂。

スナザメは、顔面の至近で爆薬が炸裂して、今度こそひとたまりも無い。

砂が吹き上がり。

跳び上がったスナザメが。

砂上に横たわる。

流砂を迂回して、その至近に。そして、適当な距離で、とどめの150ミリ砲。轟音と共にぶっ放されたのは、炸裂弾だ。

死んだふりをしていても。

此奴をくらっては、その余裕も無くなる。

スナザメが、凄まじい衝撃に、全身の三分の一以上を抉られて。

そして動かなくなった。

頭は潰れ。

背びれは千切れ。

そして体はズタズタ。

どう見ても死んでいる。

後は、これを。

何処の街にもある、ハンターズギルドに提出するだけだ。

尻尾に縄をくくりつけ、バギーにて牽引する。

砂漠に青黒い血の轍が出来るが。

どうでもいい。

そういえば、スナザメの血は青黒い。

この辺りも、元のサメとはだいぶ違うらしいが。

それもどうでもいいことだ。

 

マドの街に到着。

怪我はしなかったかとイリットに聞かれるが、そもそもダメージを受ける要素も無かった。

マリアの支援を受けない初陣としては、まずまずの成果だろう。

だが、相手がサメ頭のサメだったから。そして此方もクルマを保有していたから。それが合わさった結果。

今後戦う相手には。

賞金首と言っても人間もいる。

人間以上の知能を与えられた獣もいる。

クルマ無しで戦うケースもある。

今回のように楽にはいかないだろう。

「獅子の娘は獅子よのう」

ハンターズオフィスが、スナザメの死体を引き取っていく様子を見て、ナイルは感心したように言う。

ハンター達の互助集団として、各地のハンター達に賞金を提供するハンターズオフィスは。こんな所にも出張してくる。

トレーダーと違って彼らは危険も大きいが。

しかし多くの人々が、ハンターに金を出す。

手段を選ばないでも退治して欲しい危険な賞金首が、世の中には大勢いる。それらを倒すためには。

人々もまた、手段を選ばないのだ。

噂によると、商売を行うために各地を廻るトレーダーには、バイアスグラップラーさえ手を出さないらしいが。

ハンターズオフィスはそうも行かない。

いずれにしても、賞金は出たし。

私は、スナザメに。

可能な限りの憎悪を込めていた。

なお、スナザメの産卵場所は抑えてある。

スナザメは単為生殖が可能な生物で、一匹でもいると増える。実際問題、今仕留めた奴も、既に卵を産んでいた。

その卵は全て回収して潰したが。

稚魚がいるかも知れない。

これから調べて、稚魚がいるようなら全部駆除する。

駆除を躊躇う理由は無い。

絶滅させなければならない存在なのだ。

「数日、砂漠を見回ってくる。 稚魚がいそうなポイントは事前に抑えてあるから、確実に皆殺しに出来る」

「……」

イリットが、不安そうにじっと見つめてくる。

何が不安なのか。

どこでもハンターはこういう家業だ。

人類の敵を殺し尽くす。

その中には。

あのバイアスグラップラーどもも含まれる。

それだけだ。

「行ってくる」

私はそれを告げると。

人類の敵を皆殺しにするべく。

街の東に拡がる砂漠へと。足を運んだ。

これは復讐の第一歩。

そして私が焼き払った後には。

敵の痕跡さえ、残すつもりは無い。

そう、遺伝子の欠片さえも。

 

(続)