常闇の英雄

 

序、遁走

 

ありえない。

どうしてこうなった。

通称「影の男」は、必死にアルマルラルド星系第四惑星の首都の裏路地を走っていた。地球人類と収斂進化で比較的よく似た種族だが、違うのは手足ともに指が六本ある事。それ以外はDNA生命体である事も含めて非常に近しい姿をしている。

この文明は汎銀河連合に参加してから二百年が経っているが。

そんな中でも悪党は存在し。

警備ロボットの目を誤魔化して、多数の悪逆を為してきたこの影の男は。

周囲に恐怖をまき散らし。

ある意味のカリスマにさえなっていた。

司法は彼を見つけられず。

型通りの操作しかできない警備ロボットなど相手にもならない。

だから、彼はこのまま安泰で。

面白おかしく周囲を馬鹿にしながら生きていける。その筈だった。

だが。

犯罪者の間で、噂になっている事がある。

犯罪組織は、汎銀河連合が発足してからは、かなり肩身が狭い思いをしていて。大規模なものは大体潰されてしまう時代が来ているが。

それでも、影の男や。少し前に殺されたと噂の「ザ・ワン」などの規格外は、法曹の手をかいくぐり。

やりたい放題をしてきたものだ。

だがそういった大物が次々と捕まり。

或いは殺され。

或いは法の裁きを受けているという話は聞いていた。

だが、まさか自分にその裁きが伸びるとは。

冗談では無い。

どうして自分が。

痕跡は今まで残したことが無い。

楽しんだ後始末は全て処理してきた。

それなのに。

どうして追いつくことが出来た。

見える。

何かが追ってきている。

触手がたくさん生えた何かが。

必死に逃げ込む。

隠れ家の一つに。

此処からエレベーターを動かして、地下の通路に逃げ込み。

其処に用意してあるホバーバイクを用いて。一気に遠くまで逃げれば。

しかし、エレベーターが動かない。

何度操作しても。

エラーですと、AIが答えるだけだ。

エラーとはどういうことだ。

半狂乱になってわめき散らすと。

極めて冷静に返事がきた。

電源が切られていると。

それでは動くはずが無い。

すぐに電源系統をチェック。外からの電源が全部カットされている。ならば予備電源は。それもカットされている。

先回りされていたかのように。

背筋が凍り付く。

そして見てしまう。

ああ、窓に窓に。

触手が貼り付いていて。

やがてそれは這い上がってきて。

鋭い牙が生えた、円形の口が見えた。

絶叫を上げて、逃げだそうとするが。

ドアを開けようとするも。

そのドアも触手で封鎖されていた。

めりめりと音を立て。

強化素材で作られている筈のセーフハウスが、触手によって押し潰されていくのが分かる。

このセーフハウスは。

ちょっとくらいのミサイルなら、防ぎきるくらいの防御性能は持っている。

勿論簡易バリアも作動している。

それなのに。

それごと。

押し潰されようとしている。

絶叫する。

「助けてくれ! 降伏する! 降伏するから!」

そう言いつつも。

服の下に隠していた銃に手を伸ばし、ひれ伏すフリをしながら好機を窺うが。

しかし窓が一斉に爆ぜ割れ。

飛び込んできた触手が。

影の男の足を掴むと。

つり上げて、空中に放り上げた。

下に見える口。

絶叫した影の男は、思わず銃を抜き。

それが運命を決めた。

横殴りに叩き付けられた触手が。

影の男の全身の骨をへし砕いたのである。

 

完全に継戦能力を喪失し。

意識も手放した影の男を、捜査チームが運んでいく。

私はコートに身を包み。

腕組みしながら。

連れて行かれる影の男を、しらけた目で見ていた。

そう。

あれから話を受けて。

私は汎銀河連合の捜査官になった。

フォーリッジ人が出るような大規模捕り物に参加しないときは。

こういうカスを相手に。

何処までも猟犬として追い詰め。

叩き潰す仕事をしている。

地元の法曹関係者が、苦言を呈してきた。

いくら何でもやり過ぎだというのである。

だが、そもそも此奴はその地元法曹関係者の手に負えず。

多数の弱者を貪り。

邪悪の限りを尽くして。

そして反省する可能性も皆無だった。

その邪悪も、大量虐殺を含む、緊急性が極めて高いものだった。

だから外でやっていける可能性を奪った上で。

法の裁きに引き渡した。

本来ならその場で絞め殺しておいて良かったのだが。

それでも裁判に掛けさせてやっているのだ。

私の方は。

随分甘くなったものだなと、ぐだぐだ出来もしないことをほざく法曹関係者の言葉を聞き流しながら、その場を離れる。

流石に私に直接手を掛けようと考えはしないらしく。

無視されて頭には来たようだが。

それでも黙って法曹関係者は私を見送った。

いずれにしても肉体以上に精神を完全に粉砕したし。

彼奴は再起不能だ。

今後は隔離されたとしても精神病院で。

一生を隔離されて過ごすことになるだろう。

一方で、私は恨みを買うことになる事も良く知っている。

だから常に。

博士からつけて貰っている、護衛用の触手を服の下に忍ばせている。

弾丸やレーザー。

ナイフなどの攻撃には。

即応して叩き潰してくれる。

そんな便利な代物だ。

常にコートを着て人相を隠して歩いているのも。

これを隠すためである。

身体能力も滅茶苦茶に上げているが。

ただ此方に関しては。

所詮背伸びしても地球人。

仕事をする場合には。

基本的に変身を用いる事が基本になる。

警察署につくと。

今回の捜査に関する資料をまとめる。

警備ロボットから、現場の状況について、報告が上がって来ている。

あの犯罪者がセーフハウスにしていた場所からは。

多数の、別人の血痕が見つかっているという。

最低でも十人以上は殺していると報告が出ていた。

事前の調査で分かってはいたが。

どうしても規格外の犯罪者が出ると、こういう悲劇は起きやすい。

汎銀河連合加盟国では、基本的に現場保存は警備ロボットが実施する。これは理由としては、非常に公平になる上に、見落としをしないからだ。更に現場を立体的に保存し、文字通り塵の一つも見逃さずに捜査に役立てる。

国によっては、汎銀河連合の指導の下。

裁判や刑務所管理もロボットが行う。

こうすることで不正を防ぐのだ。

本来は、法は知的生命体が秩序を守るために作り上げるもの。

だが地球人がそうだったように。

知的生命体は、如何に法の網の目をかいくぐるかに。

その心血を注ぐ者だ。

だからこそに、私は。

そいつらを狩る。

恐怖として君臨する。

追われたら絶対に助からない。

そう思わせる事で。

抑止力になる。

既に五年この仕事をしているが。

現在までに、大量殺人犯含む大物犯罪者を百人以上逮捕しており。

汎銀河連合からは、仕事の依頼がひっきりなしだ。

別の意味で忙しすぎるので。

ちょっと後悔もしているが。

まあこればかりは仕方が無い。

地球の海底で。

自称邪神ザ・ワンを葬ったとき。

この運命は決まったのだろう。

私は悪を追い。

そして叩き潰し続ける。

この世には。

それこそ塵芥のごとく。

悪党が沸き続ける。

警官の仕事はきりが無い。

腐敗も社会に蔓延り続ける。

自浄作用は。

残念な話だが、必ず働くとは限らない。

ならば、誰かが汚れ仕事をやらなければならないのだ。

今回はたまたま私がそうだった。

警察という存在だけが犯罪抑止にならないのは、歴史がそれを証明している。勿論警察は必要だが、それだけでは駄目だ。

例えどれだけ邪悪な知能犯であろうとも。

絶対に追い詰め。

葬り去る。

そういう伝説が必要なのである。

ある意味現象に近い存在だが。それでも絶対的な狩人がいるとなれば、犯罪の抑止にはなる。

罪を犯す最後の一歩を、絶対に捕まるという恐怖で踏みとどまらせる。そういう者が必要なのだ。それが残念ながら、私だと言うだけである。

書類を作り終えると。

サポートAIにケアレスミスの削除をさせ。

最終確認をした上で。

汎銀河連合の統一司法組織に提出する。

この星の文明の司法になど提出しない。

不正があった場合。

対応がややこしいことになるからだ。

後は私が提出したデータを。

汎銀河連合が有している巨大量子コンピュータが解析し。

適切とされる処罰を降す。

多分今回の場合は。

犯人に対して、脳を直接覗く処置も許可が下りるだろう。

本来は、余程邪悪な犯罪者や。

或いは社会のシステムが、私がいた地球のように極限まで弱体化していて、まともに機能していない場合以外は使用が許されないのだが。

今回はその使用が許されるケースだ。

あまりに逸脱した犯罪者には。

通常の司法では対応出来ない。

それもまた。

歴史が真実だと告げている事だった。

数時間ほど休憩。

やはりこの星の司法組織も。

私をあまり歓迎はしていなかった。

ひそひそと此方を見て何か話している。

言いたいことがあれば言えば良いものを。

アビスという名前が。

それほど恐ろしいのか。

なお私は地球を離れるときに。

アビスに正式に改名した。

そして、今もその名前を変えていない。

量子コンピュータの判断は、是。

つまり頭を直接覗け、と言う事だ。

法曹組織のトップの所に出向き、汎銀河連合の判断を告げ、書類を渡す。

向こうは露骨に嫌な顔をした。

内政干渉だと思ったのだろう。

だが、あのセーフハウスだけで十人以上を殺していた痕跡のあるシリアルキラーを野放しにしていたのだ。

これは仕方が無い事だろう。

私がそれを冷静に告げると。

苦虫を潰しながら。

相手は頷くしか無かった。

捕まえて、全身の骨をバキバキに砕いてやったシリアルキラーの所に出向く。

私の顔を見ただけで。

恐怖に青ざめるそいつに対して。

冷静に頭に記憶を吸い出す装置を取り付け。

暴れるのを警備ロボットに押さえつけさせ。

データを取り出す。

出るわ出るわ。

汎銀河連合の法にも。

この文明の法でも。

極刑以外があり得ないレベルの犯罪が。

際限なく出てきた。

十五年にわたり。

殺した人間の数、実に百三十七人。

やり口はいずれも極めて巧妙で。

私で無ければ此奴を見つけることさえ出来なかったかも知れない。

いずれにしても、極刑は確実だろう。

データを裁判所に転送。

なおこれは。

汎銀河連合の判断に基づく行動なので。

違法捜査には当たらない。

此奴は極刑だ。

とはいっても、死刑では無く、この文明では永遠幽閉だが。

体感時間を極限まで引き延ばし。

文字通り何もできない状態を。

身動きできないようにして。

永遠に体感させる。

なお発狂できないように処置もする。

文字通り殺した方がマシの処置であり。

ある意味死刑より重い。

裁判については、後で結果を確認する。もしもこの通りに執行されていなかったら、汎銀河連合が介入して、執行をさせる。

以降は。

もう私の仕事では無い。

全ての作業を終える。

この星では、もう仕事はない。

宇宙港に向かおうとした私の所に。

若い警官が来た。

「アビスさんですね」

「何か?」

「俺の親父も、彼奴に殺されたんです。 仇を討ってくれて……有難うございます」

「仕事だから」

一礼だけ返すと。

その場を去る。

私は犯罪者を狩る存在。

そしてそれ以上の事は他の人間には極力しないようにしている。

私は闇に潜み。

何処までも敵を追う深淵の猟犬。

常に陽に当たっていては意味があまりない。

私は。

深淵にいてこそ。

その真の力を発揮できるのだから。

 

1、アビスの去った後

 

東方は、桐野と一緒に日本に帰還していた。

警視正に昇進し。

大阪の捜査一課を任されるという。

昔、腐敗警察と言えば、東の神奈川、西の大阪と良く言ったものだが。21世紀前半から他にも幾つか酷い警察がある事が判明し。現在もそれはあまり改善はしていないのが現状だ。

東方と桐野が来た時点でも。

大阪府警は酷い有様で。

なるほど、キャリアどもが嫌がらせのために、此処に配置したのだと、一目で分かってしまった。

だが、警官として。

やることはやる。

それだけだ。

幸い警視の上。

警視正という階級は。

下手なキャリアより遙かに権力があるし。

何よりあの「ザ・ワン」に比べれば。

大半の犯罪者なんて。

まな板に置かれた大根も同じだ。

更に、フォーリッジ人と連携して動いてきた東方は。

既に話を付けており。

警備ロボット十機を。

自由に使って良い権利を貰っている。

勿論警察のために、という条件付きだが。

これが非常に大きい。

勿論、大阪府警の腐敗キャリアどもはサボタージュの動きを早速見せたし。

中には露骨な警備妨害までしてくる者までいたが。

警備ロボットが即座に違法行為を摘発。

何人かが消えると。

東方に逆らう人間はいなくなった。

それだけで充分だ。

後は、無茶苦茶だった捜査状況やらの資料を。

丁寧に整理していけば良い。

そうすると、「迷宮入り」していた筈の事件が。

どんどん「迷宮入りさせられていた」事が分かってくる。

キャリア同士の権力争いや。

無能が引き起こす人災によって。

犯罪が。

迷宮入りではなく。

迷宮入りさせられていたのだ。

どんどん摘発する。

中にはマル暴と組んでいた暴力団関係者や。

警察が直接犯罪に関与しているケースもあった。

勿論大阪府警にも、現状を憂いている現場の警官もいる。

彼らと連携して。

腐敗の浄化作戦を丁寧に実施していき。

二年ほどで。

大阪府警は、無能キャリアが利権を貪る場所では無くなった。

もっとも、アビスと連携しながら宇宙規模の犯罪者と渡り合っていた時期に比べると。

狙撃されることも無いし。

テロリストに狙われることも無い。

楽なものだが。

桐野は単身赴任だったが。

経済的にも余裕が出来たので、家族を呼び寄せ。

此処で一緒に暮らし始めている。

東方にも、媚を売ろうとするキャリアから見合い話が幾つも来ているが。

いつの時代の話だと、いずれも一蹴していた。

大阪で犯罪を好き勝手出来る時代が終わった。

そう印象づけることで。

この都市の抑止力となる。

東方はそう決めていた。

勿論反発する者による妨害は、無能キャリアと腐敗キャリアを一掃してからも続いたのだが。

それも、やがて。

静かになっていった。

一仕事終えて。

自宅に戻る。

寂れたマンションだが。

既に普及し始めている健康診断装置が。

東方にアラームを鳴らしていた。

「バイタルに乱れが出ています。 治療しますので、横になってください」

「やれやれ、またか」

「働き過ぎです」

「分かっている」

横になると、健康診断をされた後。

幾つか投薬を受けた。

流石に汎銀河連合が持ち込んだ薬品。

非常に良く効く。

ぐっと体が楽になる。

更にマッサージや。

他にもよそから持ち込まれた、幾つかの治療が三十分ほどで手際よく行われ、随分体が軽くなった。

無茶な働き方をしていると、周囲のキャリア達が嬉しそうに囁いていたが。

残念ながら。

今の時代は、それでもどうにかなる。

というか、自分より遙かに無茶な働き方をしていたアビスを見ていたのだ。

それを考えると。

この程度、何でも無い。

風呂に入ってから、軽くSNSを見る。

テレビはもう使い物にならない。

野球は死に体。

ニュースはプロが作ったのか目を疑うような内容。

それならば。

ナマの人間が動かしているSNSを見る方が。

まだマシだ。

情報の精度はともかくとして。

兎に角色々と素早く情報が流れてくる。

それだけで、硬直化し、利権の温床となったマスコミとは、雲泥の差である。

トレンドに重要情報が入っている。

大手マスコミに。

ついにクロファルア人の主導の下。

査察が入る、というのである。

このマスコミは。

ブラックファングとエセヒーローが暴れていた頃。

それを好意的に特集しては。

リアルヒーロー此処にありとかいう番組を垂れ流し。

奴らの実態が明らかになった後も。

小さく謝罪記事を載せただけで。

なんら社会的責任を取らなかった会社である。

すぐに府警の夜勤担当に連絡するが。

どうやら本当らしい。

クロファルアも、身内からザ・ワンという最悪の犯罪者を出した(正確には少し違うのだが)事で、挽回に躍起だ。

汎銀河連合に申請して、前の四倍の規模での警備ロボットを投入し。

一気に各国での改革を進めている。

比較的マシだった日本は、彼らの行動が鈍かったが。

最近は犯罪組織の摘発。

官公庁の浄化作戦。

「聖域」化していたマスコミへのメス入れなど。

様々な分野で活発に動いている。

SNSではそれを歓迎する風潮もあるが。

東方はそう楽観的には思えなかった。

いずれにしても、明日は面倒な事になるかもしれない。

早めに休む事にする。

体が無理をしているのに。

それを治しながら働いているのだ。

せめて眠るときくらいは。

自然に眠りたい。

そう思うが。

やはり無理は体に出ていて。

催眠を掛けて貰って。

それで眠る事にする。

きっかり6時間だけ眠ると。

すぐに準備を整え。

署に出る。

すぐにマスコミに対するがさ入れの状況と。

逮捕者の様子を確認。

場合によっては、府警も動く事になる。サボタージュを懲りずにしようとするキャリアについても、リストアップが必要だろう。

早速マスコミ各社は。

抱き込んでいる政治家も利用して。

必死の反撃をしているが。

そもそもクロファルア人がいなくなったら、地球はあっという間に壊滅する事くらい、誰でも知っているし。

この国のマスコミが。

21世紀前半からもはや機能していなかったことは。

それこそ小学生でも知っている。

彼らの特別報道番組は。

子供にさえ鼻で笑われている有様で。

警察としても。

淡々と流れ作業で。

大阪にあるマスコミの支部を捜索する流れが決まる。

サボタージュを行おうとしたキャリアについては、東方の権限で別の仕事をやらせる。独裁だと喚くものもいたが。

残念ながら。

此処まで腐敗して、自浄作用も無くなった状況では。

ある程度の独裁も仕方が無い。

しかも、東方は作業の全てをクロファルアに報告しているのだ。

もし問題がある場合は。

向こうから、更迭を口にしてくるだろう。

どの国の政府よりも。

今はクロファルアの方が圧倒的に立場が上だ。

そのクロファルアが、大きな借りを作り。

能力を認めてくれたのは、大きい。

故にこうやって。

一気に改革を進められる。

何人かの逮捕者が出て。

更に記憶を直接吸い出す装置の利用も許可が下りた。

目をつけておいたキャリアの数人には、逃げられないように監視を付けておく。

マスコミと癒着し。

金を貰っていた連中に、心当たりがあるからだ。

案の定。

逮捕されたマスコミの幹部クラスからは。

出るわ出るわ。

不正献金の証拠や。

中には殺人の隠蔽など。

山のように犯罪の情報が出てきた。

更に21世紀前半に流行した貧困ビジネスに、組織的に荷担していた事までもが判明し。

芋づるで大量の逮捕者が出て。

一夜にしてその会社の株は紙屑と化し。

社長以下、幹部全員が刑務所送りはほぼ確定した。

マスコミは法によって保護され。

それを特権階級化させていたのだが。

その時代も終わった。

これにより。

ようやくペンが己の力を悪用する時代も終わったのだ。

感慨深い。

暴虐を働くマスコミは。

東方の世代なら、誰でも知っている。

奴らは人類の恥だ。

そういう声さえも上がっていたが。

情報の自由の美名の下。

彼らは己の行為を全肯定し。

その邪悪な行いを。

悉く合法的に行って来た。

だが、それも終わりだ。

完全に青ざめた他のマスコミ大手も。

今回の捜査による逮捕者と、壊滅の様子を見て。

一気に態度を改めた。

今までの経営陣が更迭され。

新しい経営陣を立てる事を、何処の会社も宣言。

だが、クロファルア人は、それによって一気に攻勢を掛け。

大手と言われたマスコミは。

一気にその大半が。

沈んだ。

数日、殆ど警察署に寝泊まりする状況が続いた。

だが、東方にしてみれば。このくらいは楽なものだ。

何より技術的なサポートもあるし。

優秀な桐野という副官もいる。

最後の大手マスコミが、幹部ごとまるごと逮捕されて、潰されたのを見て。

一つの時代が終わったことを。

東方は悟っていた。

 

マスコミの再建が、クロファルアの手によって主導され。

法での過剰な保護がなくなり。

不正な報道をした場合は刑事罰が科せられることや。

嘘の情報を意図的に流した場合はペナルティもある事なども。

全てが新情報法として定義された。

もはや大手マスコミは聖域ではなくなり。

今までのような、完全に勘違いした、低レベルなマスコミは存在しえなくなった。

まあ自業自得なので。

何も言えない。

実際ブラックファングとエセヒーローと戦っている時。

東方は、奴らの醜態を散々見てきたのだ。

奴らはブラックファングが、大量に人間を誘拐するシステムを解明も出来なかったし。

何より被害者遺族の蛮行や。

それによって生じていたビジネスについても、告発さえ出来なかった。

潰れて当然のものが。

当然の結果として潰れた。

それだけのことだ。

東方としてはもはや、ざまあみろとしか言えなかったが。

勿論口にはしない。

いずれにしても、法の保護をとわめき散らす「旧」マスコミの幹部達が、引きずられていくのを。

見ているだけでよかった。

浄化作戦は各国で行われている。

ようやく戻った家で。

情報をチェック。

ロシアでは、軍閥の処理が完了後も混乱が続いていたが。

ようやく状況が落ち着いてきたらしい。

インドでも、一通り状況が落ち着いてきたとかで。

警備ロボットを、他に回す事が始まったようだ。

米国は。

ザ・アルティメットに関連する不正報道の数々が問題になっており。

昔は世界でも信頼度がかなり高かったマスコミ各社が、日本同様消し飛ぶ気配が見えているという。

クロファルア人も必死だ。

兎に角汚名を払拭するために。

勤勉に働き。

地球人が自立し。

汎銀河連合に加われるようになるまでのお膳立てをしてくれている。

その過程で相当な掃除が必要になりそうだが。

それでも仕方が無い話だ。

地球は滅亡寸前まで行った。

それは変わらぬ事実。

ブラックファングとエセヒーローが暴れていた日本でも。

奴らが連んでいた、差別思想を掲げた団体が、今どんどん摘発されているが。

此奴らも、多数色々な邪悪と横のつながりがあった事が分かってきており。

もはや際限が無い。

確かに強力な改革を行わなければ。

にっちもさっちもいかなくなっていただろう。

民主主義か。

帽子を下げてしまう東方。

凡人が政治をしていくためのシステム。

一時期は理想の仕組みとさえ言われた。

だが民主主義など、古代ギリシャの時代には存在していたし。

決して革新的なものではない。

20世紀には既に多数の問題点が見えていたし。

何よりも今。

こうして民主主義の負の側面が。

彼方此方で爆発している。

そして何も。

それは地球だけでは無い。

今でもフォーリッジ人が時々連絡をくれる。

それによると。

汎銀河連合でも。

やはりどうしようもない悪党は。

相応の数存在しているのだそうだ。

アビスが相当数を撃滅してくれているそうだが。

それでも盗賊の種は尽きない。

そういうものだ。

幸い、宇宙海賊のような、軍事組織レベルの相手はまだ汎銀河連合の勢力範囲内では確認できていないようだが。

それも一度乱れればどうなるか。

銀河規模の文明が混乱に陥ったりしたら。

どうなるかなど。

正直、想像もしたくない。

それが東方の。

現在進行形で、滅亡をかろうじて免れている地球にいる。

一人の人間としての感想だ。

昔は、宇宙人が攻めてくれば、地球は一つになれるという言葉が流行った事もあった。

だが、そんな事は。

ありえない。

歴史が証明している。

中華文明は、何度も遊牧騎馬民族の襲撃に脅かされたが。

言をもって人を殺さずの思想は。

それを退けたか。

否。

蹂躙し尽くされるまで。

誰が悪い。

アレが悪いと。

議論を続け。

その結果、何度も何度も中華は焦土になった。

地球のどこも。

それは変わらない。

アフリカにしても。

西欧による搾取という明確な敵があったが。

それに対して、一つになる事が出来ただろうか。

結局の所。

汎銀河連合の介入は。

正しかったのである。

そして、その中にたまたま悪党が紛れていたから、今回の悲劇が起きた。それ以上でも以下でもない。

家で休んだ後。

また早めに職場に出る。

今日は桐野も出てきていなかった。

不意に、警備ロボットが周囲を固める。

何人かの警官が。

東方の前後を塞いでいた。

「何か?」

「……」

様子がおかしい。

目からして正気ではない。

そもそも此奴ら。

警官か。

何だか服の着こなしや動きに違和感がある。

警備ロボットが警告するが。

彼らは奇声を上げながら、襲いかかってきた。

 

数分後。

桐野が到着した時には。

警官に変装した暴漢達は、警備ロボットに取り押さえられていた。酷く興奮した様子で、会話が成立しそうにない。

警察署の中で。

警察幹部が、偽警官に襲われ掛ける。

しかも此奴ら。

銃で武装もしていた。

どうやら、キャリアの中に。

余程東方が邪魔になった者がいるらしい。

大阪府警では、容赦なくマスコミの摘発も行い。その癒着に関与していた警官も、情け容赦なく獄に送った。

それで恨みを買ったという訳か。

くだらん。

自分で悪い事をしておいて。

逆恨みとはこのことだ。

すぐに逮捕した暴漢を、全員取り調べて。

背後関係を吐かせる。

だが、問題となっていた主犯のキャリアは。

海外逃亡していた。

勿論ネットワークを使って、即座に国際指名手配。

三日後には捕まった。

逮捕先でそのキャリアはこううそぶいた。

独裁が許せなかった。

だが、その警官は。

多数の犯罪に関与していたことも明らかだった。

昔の、腐敗しきったマスコミが生きていた頃だったら。

東方に対する凄まじい叩きが始まっていたことだろう。

連中は、警察さえ叩ければどうでも良かったし。

記事は切り貼りで作るのが当たり前だったからだ。

だが、実際には、もはや死骸に集る蠅も同然のそいつらはいない。

東方は嘆息する。

まだまだこの星がまともになるには時間が掛かるだろう。

比較的ましな状況の日本でさえこうなのだ。

他の国は、一からやり直さなければならない場所だってある。

空を仰ぐ。

アビスは上手くやれているだろうか。

皮肉にも、その日。

東方は更に一階級の昇進を打診された。

多大な成果を上げたから、というのが理由らしいが。

或いは位打ちかも知れないなと、苦笑していた。

いずれにしても、今後も。

東方は、警官として。

この国に巣くう腐敗と戦い続けていかなければならない。犯罪者を獄に叩き込んでいかなければならない。

少なくとも東方の目の色が黒いうちは。

勝手にはさせない。

当方が自席に戻ると。

メールが来ていた。

階級を更に上げる代わりに。

神奈川県警の面倒を見て欲しいと、警視総監から連絡が来ていたのだ。桐野も一緒に、である。

西の大阪で散々大なたをふるった後は。

今後は東の神奈川か。

嘆息すると。

汚いと渾名で呼ばれていた刑事の映画を思い出す。

20世紀に作られた名作だが。

その中で主役の刑事は、自分をゴミ掃除ばかりさせられていると呟いていた。

何だか東方も。

同じ事をさせられているなと。

今更ながらに、自嘲していた。

だが、それはそれで良いかもしれない。

本来この星は、地球人が地力でまともにしなければならなかったのだ。それができず、クロファルア人が来た。

絶滅さえしかけた。

今、恨みを買おうが。

東方が少しでも、地球をまともにするのに関与できるのなら。

それは良い事の筈だ。

もうそろそろ東方も、かなり年齢が行っている。

神奈川県警を浄化できたら。

多分事実上の引退だろう。

その時までに。

少しでもこの腐りきった星を。

良く出来れば、悔いはなかった。

 

2、星を蝕む者

 

問答無用で焼却処分になった犯罪者。ハンギングジョンの知能が移植された量子コンピュータと。更に同じく問答無用で焼却処分にされた精神生命体。「魔」。

この二人は、記憶のデータのみは保存されている。

フォーリッジ人が厳重管理し。

絶対に外に出さないようにと言う条件付きで。

犯罪研究の学者にだけは。

閲覧が。

それも限られた空間で。

許可されていた。

精神生命体は分からない事が多い。

徹底的に封鎖しているとは言え。

何かの理由で復活したりしかねない。

それ故、研究も何重もの防壁越しに行い。

行った後は、あのザ・ワンが憑依していたクロファルア人のデータをベースにした調査を実施。

異常が無いことを確認してから、やっと外に出られる。

そんな面倒な事をしていた。

また申請が来る。

ハンギングジョンと魔は、鮮やかに処理することが出来たド級の犯罪者だ。

それだけに、犯罪者に対する研究が十分ではないと判断している汎銀河連合の御用学者が、頻繁に研究に来る。

地球でアビスと一緒に戦ったフォーリッジ人の一人が。

現在は管理業務を任されているが。

所定の手順を踏んだ上で。

データの閲覧を許可する。

実際、犯罪者に入れ込むあまり。

犯罪者になってしまう者もいる。

非常に危険なのだ。

ましてや、この二人は。

どちらも筋金入りの犯罪者。

データだけでも。

閲覧するだけでも危険だ。

あまりにも狂気が濃すぎるが故に。

下手をすると、一瞬で侵食されてしまう。

地球の小説に、見るだけで狂気に染まる神々何てものが存在するのだが。

そんなものは実在しない。

むしろ、現実の犯罪者こそ。

それに近い。

フォーリッジ人は。

法に則って犯罪者を追っていたからこそ。

それを知っている。

故に科学者にも。

毎回くどいほどに。

念を入れるのだった。

此処は、星一つが丸ごと量子コンピュータ化されている巨大データセンター。

それも汎銀河連合が幾つか保有している、非常に危険なデータを格納しているものである。

データはそれぞれ厳重にブロックごとに別れていて。

例えばウィルスの類が侵入したとしても。

それぞれは独立しているため、他のブロックへのデータの侵入や、介入は出来ない仕組みになっている。

監視はAIがやっているが。

このAIも相互監視を常時行っていて。

地球でいうハッカーが介入を試みても。

簡単にはいかない。

まあ人工物である以上。

絶対は無い。

だから、普段は此処で。

フォーリッジ人が手続きを監視し。

代行もしているのだ。

フォーリッジ人は不正を絶対にしないという性質上。

汎銀河連合で重宝されているが。

毎回犯罪捜査に繰り出されているわけでは無く。

普段はこういった。

不正をしない存在が必要で。

そして必ずしも楽しいわけでも無い仕事に。

貼り付けられる。

勿論それが本分であり。

他の種族だったら、退屈で仕事をさぼったり。

或いは不正を考えたりするものだが。

そうしないのだから。

此処にいる。

科学者が出てきたので、念入りにチェック。

レポートもださせる。

魔について、データを研究していたようだが。

科学者自身に異常は見られなかった。

ただ、レポートに気になる文言がある。

「此処の、現在起きている犯罪に酷似している、というのは本当なのか」

「ええ、まあ」

腕が六本ある種族である科学者は、大きな単眼を瞬きさせながら言う。

300年ほど前に汎銀河連合が介入を開始し。

そろそろ汎銀河連合への参画が考えられている文明で。

今シリアルキラーが暴れているらしいのだ。

勿論現地では警察が動いているが。

中々に手強い上。

兎に角やり口が巧妙で。

大きな被害を出しているらしい。

厳戒態勢が敷かれている中。

それでも逮捕には至らない。

其処で、ド級の犯罪者を色々調べていたところ。

魔に行き当たったのだとか。

少し考え込んだ後。

同僚に連絡を入れる。

本来、フォーリッジ人が出る幕では無いのかも知れないが。

もしも魔と似た存在であるのなら。

速めに処理しないと危険だろう。

科学者は帰らせる。

そして何人かを経由した末に。

アビスにつながった。

アビスとは、軽く昔話をする。

向こうが此方を必ずしも良くは想っていないことは知っている。

それは当然の話だろう。

ある意味足も引っ張った。

交渉は散々手間取った。

だが、それでも。

最後には、一緒にあのザ・ワンを撃ち倒すことが出来たのだ。

アビスは少し考え込んだ後。

今対処中の案件が片付いたら、自分が向かおうかと提案してきたのだが。

フォーリッジ人は判断を即座にはしなかった。

「君が出るほどの大事だろうか」

「データを閲覧しましたが、推定でも100人以上が既に殺されているようです。 ただ、魔が逃げ出したとか、実は生きていたとか、その可能性はないと思います」

「ほう?」

「奴と戦い、直接話した私だから分かるというのもありますが、この犯人は手口が随分と稚拙ですね。 恐らくですが、何かしらの方法で流出したデータを見た者による模倣犯でしょう。 これこれこう、罠を張ってみてください」

流石はアビス。

素直に褒めたが。

相手は喜ばなかった。

いずれにしても、現地警察に連絡を入れて、罠を張らせる。

そして、驚くべき事に。

二日で犯人が捕まった。

犯人ははやり模倣犯だった。

犯人の家が特定され。

データを確認すると。

地球に出向いていたクロファルア人の日記を介して。

魔の情報が漏れていた事が判明した。

こんな機密を、外に漏らしていたなんて。

クロファルア人は即時逮捕。

更に、拡散した情報も焼却処分。

犯人はこううそぶいた。

魔は伝説になっている。

俺以外だって知っている。

いずれ魔は蘇る。

俺はその手助けをしただけだ。

即時に、永久終身刑がくだされ。

思考も出来ず。

発狂も出来ず。

永久に近い時の中。

身動きさえ出来ない世界で。

永遠に閉じ込められる。

そういう刑罰が、犯人には降された。

殺さないのは、えん罪だった場合の可能性を考慮した故の、昔の習慣が残っているからだ。

現在は、犯人の記憶を直接覗く技術があるため。

えん罪が疑われる場合は、この措置が執られる。

いずれにしても、アビスにアドバイスを受けただけで、魔の巧妙な模倣犯が捕まったのは有り難い。

ただ問題なのは。

データが拡散している、と言う事だ。

死してなお。

魔の名前通り。

その脅威は健在。

メインデータはこのデータセンターにあるとしても。

それでも、やはりまだ撲滅が必要か。

勿論表現などで、本物のデータを使っている場合は、規制してはならない。

それは検閲だ。

だが魔本人の思考方法や犯罪の手口などは。

徹底的に流出を防がなければならない。

それにしても名前の通りだ。

死してなお。

星を蝕む。

フォーリッジ人の中で、地球に出向いた五名が久々に一堂に会したのは、翌日のことである。

話は既に。

全員に伝わっていた。

「由々しきことだな」

リーダー格が言い。

皆が頷く。

それぞれ今は、犯罪とは関係無い場所にいるが。

汎銀河連合に報告したところ。

以前関わった五人で対処するようにと指示を受けたので。

今こうして集まっているのだ。

アビスに関しては、今汎銀河連合が追っている指名手配犯を捕まえるために動いているため、この場にはいないが。

アドバイスであれば受けてもいいと、許可が出ている。

まずデータの流出について。

現地警察から確認した所。

該当の星のアンダーグラウンド。

いわゆるダークウェブにて、かなり拡散していることが確認されているという。

現在専門家と協議の上で。

徹底的な対処をしているようだが。

この星にクロファルア人の日記が持ち込まれ。

模倣犯が暴れた後。

社会に不満を持つ者が。

徹底的にデータを拡散させているという。

非常に危険な状況だ。

「奴はオモチャに出来るような存在では無い。 本格的に研究をしていけば、必ず魅入られ、取り込まれる。 死んでもなお、その危険は健在なのだ」

「分かっている。 それで、拡散してしまったデータはどうする。 こればかりはアビスでもどうにもなるまい」

「一旦星を封鎖して、浄化作戦を行うしかあるまい」

「……それしかないか」

現時点で。

幸い、問題になっている星でしか、情報の拡散は確認できていない。

そしてこういった汎銀河文明への参画をしていない文明では。

情報は持ちだし厳禁となっている。

そういう意味でも、日記で魔のことを持ち出したクロファルア人の罪はとても重く。更にそれをどうして持ち出せたのかも、非常に問題が多いのだが。

ともかくだ。

星のデータ網を一度切断。

隔離した上で。

魔に関するデータを全て削除。

更に閲覧していた人間を割り出し。

全員に、魔に関する記憶の消去処置を行う。

かなり強権的だが。

それだけ危険な存在なのだ。

汎銀河連合に申請。

四日ほど悩んだ上で。

汎銀河連合が、許可を出してきた。

即時で対応を開始する。

現地政府は偏執的すぎるのでは無いのか、と反論してきたが。

実際の被害現場を見せると。

その全員が沈黙した。

一人が染まっただけでこれだ。

もしこれが、アンダーグラウンドで拡散されようものなら。

どうなるか知れたものではない。

すぐに情報が一度フォーリッジ人の持ち込んだ強力な監視システムの制御下に置かれ。

個人PCの固有領域だろうが関係無くチェックが行われ。

魔に関するデータが全て洗い出された。

スタンドアロンに切り替えたPCでも。

侵入方法はある。

徹底的な調査は一月ほど続き。

その過程で六十七人が逮捕された。

逮捕と言っても、大半は魔に興味を持って、データを閲覧したりしただけの人間なので。

処置はデータを消し。

魔に関する記憶も消す。

それだけで無罪放免である。

問題は、そのデータを面白がって拡散した人間で。

中には実際に染まりかけて、刃物などを集めて模倣犯の準備を開始していた者までいたため。

そういう者に関しては。

それ相応の厳しい処理をしなければならなかった。

浄化作戦の完了まで見届けた後。

その星を五人揃って離れる。

リーダー格が、やれやれとぼやいた。

「死んだ後もこれほどの存在感を発揮するとは。 ザ・ワンはあっという間に風化してしまったというのにな」

「あれにはカリスマも何もありませんでした。 魔は違いました」

「そうだな……」

文字通り、星を蝕むものだ。

今後も気を付けなければならない。

また、データセンターに戻る。

幾つかの関連分野で、閲覧の依頼が来ていたので、目を通す。

犯罪研究の学者が殆どだが。

中には興味本位で。

魔のデータを見たいと言ってきている者もいた。

そういった者は断る。

何しろ、今回の件でもそうだが。

変な流出の仕方をすれば。

それこそ三桁に達する死者が出るデータなのだ。

魔は完全に死んだ。

だがその死体は一人歩きして。

今でもエジキを探しているのである。

データを調査に行った科学者には、全員に言い聞かせる。

魔については侮るなと。

実際、犯罪者に同情的になる一種の心理は何処の星の知的生命体ももっているのだが。そういった形で染まられると最悪だ。

科学者は頭が良いから染まらない、などという理屈も成立しない。

誰だって蝕まれる。

ましてや、魔のようなド級が相手になると。

むしろ頭が良い奴の方が。

危険が大きいだろう。

嘆息すると。

データの管理の仕事に戻る。

多数の人間がデータセンターに来るが。

魔に関するデータを閲覧したいという者は、確実に増えている。

厄介な話だ。

いっそのこと、完全に封印するべきでは無いのか。

そうとさえ思える。

だが、此奴クラスの犯罪者は、銀河規模での害を為す。

データは残していかないといけない。

そう思い直す。

法に従って、厳格に管理し。

そして拡散を許さない。

そうすることで。

いざという時に、毒を以て毒を制する場合を除けば。

きっと役に立ってくれるはずだ。

魔はまだある意味。

死んではいないのだなと、思い知らされる。

閲覧に来た科学者が、四度目である事に気付く。科学者をデータセンターに入れるのを防ぎ、一旦尋問する。

もう四度目だぞと。

科学者は、薄笑いを浮かべた。

調べれば調べるほど奥が深い。

もっと調べたい。

そうすれば、犯罪の深淵に迫る事が出来るかも知れない。

これほどの邪悪な犯罪者はそういない。

もしも徹底的に研究をする事が出来れば。

今後犯罪抑止に役立つはずだ。

だが、その科学者の表情が。

言葉とは裏腹の、暗い快楽に満ちている事を、フォーリッジ人は敏感に察知していた。

即時に拘束し。

検査をする。

案の定、魔に対する崇拝が芽生えかけるどころか。

一種の共感さえ抱き始めていた。

自宅を捜査するが。

模倣犯になるべく。

準備まで始めてしまっていた。

幸い、情報の拡散までには至っていなかったが。

これは逮捕である。

連れて行かれる科学者は。

わめき散らしていた。

「魔は素晴らしい! これくらい破壊的なやり方で無ければ、閉塞した社会は変えられないのだ!」

経歴を調べる限り。

ごく真面目な科学者だった男だったのに。

魔の感染力は凄まじい。

ハンギングジョンについても、同じように危険度は高いとして、処置していかなければならないだろう。

自分が、下手をすると。

星を汚染し。

カオスを巻き起こす存在を封印していることを改めて思い知らされる。

身震いした。

恐怖からだろうか。

魔は、死んでいない。

もう一度呟くと。

星を蝕むその存在に。

改めてフォーリッジ人は、恐怖したのだった。

 

3、再建と停滞

 

アビスが宇宙に去った後。

内閣情報調査室には、アビスの活動データが残された。

フォーリッジ人からは、絶対に拡散しないようにと釘を刺されたし。

アビスのクローンは、普通の人間として大学に今行っている。

とは言っても、そもそも特異体質で。

クローンと本人が似ても似つかない。

アビスについての報告を、内閣情報調査室にて終えると。

協力者として活動していた「彼女」は。

複雑な気分だった。

「ザ・ワン」は死んだ。

だが奴を殺すときに、アビスも人として死んだようなものだ。

そして「ザ・ワン」を蔓延らせたのは。

間違いなくこの星の人間なのだ。

既に警察と、クロファルア人と連携し。

「ザ・ワン」の手下となり、多数の誘拐事件に関与していた連中は、芋づるで逮捕している。

その中には十人以上の殺人に関与した者もいて。

極刑が宣告されていた。

先進国の間では、未だに極刑の是非で議論が続いているが。

この国ではまだ極刑が存在している。

21世紀半ばほどからは混乱が酷く。

極刑の是非を議論するどころではなかった、というのが事情として大きいのだが。

それはともかくとして。

逮捕者は千人を超えていた。

そしてその逮捕者は、いずれもが。

自分は正しい。

社会のゴミを排除しただけだ。

そう叫んでいるのだった。

中には、此奴らを釈放するように、社会的な運動をしている者達もいたが。

それは放置である。

思想的な理由から相手の人間性、尊厳、命。その全てを奪い去り。

そして自分は正しいと宣う。

その邪悪さは。

正直な話、筆舌に尽くしがたい。

結局の所。

20世紀に腐りきったマスコミが社会全体で、「異質な者は殺して良い」という風潮を作り上げ。

それを一切排除できなかった結果。

この結末が訪れた。

日本だけで、「ザ・ワン」に殺された人数は、万に達しているという報告もある。

勿論他の西側諸国でも状況は同じで。

自称人権団体や。

自称ナチュラリストが。

多くザ・ワンの手下となって、多数の殺戮に手を貸していた。

結局人間は。

これだけの災厄を経ても。

何ら進歩しなかった。

その事実は。

容赦なく眼前に突きつけられていた、とも言える。

アビスはどうしているだろうか。

時々思う。

今どうしているかは。

情報が入らない。

あのフォーリッジ人達が地球を離れてから。

完全に外の情報は入ってこなくなった。

「ザ・ワン」に関しては、未だにカルト宗教が存在しており。あれは正しい神の使者だったと崇める連中がいる。

だが実際には、最悪の意味でのブラック企業の社長だったことを知っている。

故に、許しがたい世界への冒涜だとも思う。

新しい仕事が割り振られたので、黙々と出向く。

クロファルア人からの指示もあり。

幾つかのカルト団体を調査するように、というものだった。

このくらい。

あの「ザ・ワン」とやりあい。

その過程で、世界中の組織と交渉してきたのに比べれば、容易いものだ。

すぐに実態を突き止めると。

レポートにして提出。

警察も動き。

犯罪に関与していたカルトの幹部を一網打尽。

すぐに処理は終わった。

公安でも手を焼いていた組織らしいのだが。

この程度の相手なら。

朝飯前だ。

いずれにしても、多数の武器(二世代前のものだが)を蓄えていた、危険な団体だったのは事実だったので。

さっさと潰すことが出来たのは、僥倖だったとも言える。

休暇を貰った。

だから、アビスの実家を見に行くことにした。

 

電車を乗り継いで。

アビスの実家を見に行く。

からだ。

クローン体は今大学に行っているのだろう。

彼女は知識も植え付けられているし。

自分が「宏美」である事を疑っていない。

だが別人だ。

アビスの両親は。

それぞれ「社会的な平均から逸脱した趣味をもっていた」という理由だけで殺された。そして電子ドラッグの材料にされた。

犯人は裁かれ。

クライアントになっていたクズ共も、悉く逮捕されて、永久終身刑になったという話は聞いている。

だが、尊厳を徹底的に蹂躙された人間は。

もう戻ってこない。

世界中で数十万人が。

そうやって消され。

今後も戻ってくる事はない。

そして犯行に荷担した連中は。

自分は社会のゴミ掃除をしてやったのだから。

表彰されても良いくらいだとうそぶいている。

反省などする筈も無い。

これでは、人間が滅び掛けたのも。

当たり前なのかも知れない。

やりきれなくなって、アビスの家の前を離れる。

途中、アビスのクローン体である宏美が帰ってきたので、すれ違うが。相手は自分に気付かなかった。

適当な喫茶店によると。

時間を潰す。

ノートを開いてニュースを見ているが。

やはり一度潰されて再建されたことが効いたのか。

明らかにニュースの質が上がっている。

客観性を取り戻したのが兎に角大きい。

今までマスコミが垂れ流しているニュースは、主観によって色づけされたどぶの水のような代物だったが。

今は客観的に書かれた、比較的見る事が出来るものになっている。

スポンサーの言う通り、スポンサーに都合が良い情報を垂れ流していたマスコミはこの世から排除され。

やっとニュースはまともになった。

この星はあれだけの流血を経てもまともにならなかった。

このことは。

仮に今後地球人類が宇宙に出る事が出来。

そして過去の事を語り継ぐ時代が来たら。

絶対に風化させてはならないだろう。

情けない話だが。

人類の歴史の恥部として。

語り継いで行かなければならない。

人類の滅亡寸前まで行った大乱の一旦は。

マスコミが関与していたし。

その後にもマスコミは自浄もせず。

数十万人が殺される事件に対して一切合切無力で。

挙げ句の果てに、荷担までしたのだから。

カフェを出ると。

自宅に戻る。

軽く運動をしてから。

後はネットで適当に情報を集める。

SNSも最近は大人しい。

クロファルア人による改革が一段落したと言う事もあり。

最近は世界情勢も落ち着いてきているからだ。

だが、それでもまだまだなのは事実。

恐ろしい凶悪犯罪は彼方此方で起きているし。

ただ、それに対する対抗も早い。

犯罪者は警備ロボットが非常に優秀な事もあってほぼ逃げられない。また、警備ロボットを分解しようとして、返り討ちに遭う人間のニュースも、時々出ていた。まああの優秀さ。

テクノロジーとして、手に入れたいと考えるのは、無理も無いだろう。

フォーリッジ人がまだ地球にいた頃に聞いたが。

警備ロボットには、凄まじい勢いでハッキングが試みられていたという。

まあ全部が無駄だったわけだが。

それだけ、あのテクノロジーを軍事利用したいと考えていたアホがいたわけで。

更に、クロファルア人が怒ったら一年も保たないこの地球でも。

自分の利権だけを確保したいと考えるアホもいたと言う事だ。

やはり人類は。

どうしようもない。

ふと気付く。

知らないアドレスからメールが入っていた。

内容は。

アビスからだった。

「お姉さん。 久しぶりです」

思わずコーヒーを噴きかけた。

何年ぶりだろう。

偽物だとは思えない。

色々と、本人だとしか思えないデータが入っている。

元気かと聞くが。

元気だと、即時に返事。

今も、宇宙を飛び回って。

犯罪者を捕まえているという。

大捕物になるケースは殆ど無く。

情報を聞けば今ではだいたいどんな犯罪者で、どうやって法の網の目をくぐっているかが分かるので。

置き石で罠を張り。

そして変身して追い詰め。

捕らえるだけ。

自分にあっている仕事で。

やっていてとても楽しいと、嬉しそうに書かれていた。

本物かはわからない。

だが、多分本物だろうと思う。

しかし、言葉が本音かまでは分からない。特に本当に嬉しいと思っているかどうかは、元の彼女を知る身としては、疑わしいと感じる。かなり無理をしているのではないかと、更に心配が募る。

なお、名前は正式にアビスに変えたという。

そうか。

もうそれが良いかもしれない。

彼女はもはや地球では居場所も無い。

両親は社会的に抹殺され。

闇の中から悪を討つにしても。

もはや地球人では、彼女の相手にはならないだろう。

魔やハンギングジョンのような超大物が出てくれば話は別だが。それももはや存在していない。

始めに闇があって。

初めて光が生まれる。

その真理は、どうやら現実にも当てはまるらしい。

「今も内閣情報調査室にいるんですか」

「そうよ」

「そうですか。 元気にしていますか」

「ええ」

アビスは。

もう地球に戻ってくることは無いだろう。

涙を拭いながら、キーボードを打つ。

むしろ、元気なのかを心配しているのは此方なのだが。

それは聞けなかった。

地球は大丈夫だ。

どんなバカでも、流石にクロファルアに楯突くことはしないし。

今は社会の構造からガンガン改革が行われている。

地球の社会システムそのものに問題があったことは。

今はもはや誰も疑っていない。

社会の改革が進められると同時に。

地球はまだまだ問題が多いものの。

それでも、滅亡の道からは逃れつつある。

人類の自立は。

正直まだ早かった。

21世紀の歴史を見る限り。

それは確実だ。

それなのに、地球人類は、「人類も地球の一部である」などという発言で自己肯定を行い。

己の愚行を正当化し続けた。

その結末がこれだ。

結局の所。

ザ・ワンはある意味。

正論をついていたのかも知れない。

奴は知的生命体は等しくカスだという思想の元動いていたらしいが。

それは一面では正しかったのだろう。

勿論、奴自身もそれは含む、という意味でだが。

「もしも何かあったら、戻ってきなさい。 貴方ほどの人材、いつでも受け入れられるように準備はしておくわ」

「ありがとうございます。 でも、現在の地球では無理でしょう」

「……」

「それでは、失礼します。 また何かあったらメールを送ります」

通信が切れた。

嘆息すると。

もうメールが送れなくなっていることを確認し。

そして、久しぶりに飲むことにした。

結局、行ってしまった。

帰ってくる事もない。

英雄は消費されるものだ。

魔王を倒せば何処かへ消えるし。

「幸せに暮らしました」という文言と共に、その後のことはぼかして書かれない。

地球の文明がそうして英雄を消費してきたのは。

物語に書かれている事が、全てを暗示している。

物語は人間の思想の映し鏡。

歴史の暗喩。

この星には。

まだ英雄を受け入れられる度量は無い。

酒を飲んで、早く眠ることにする。

このメールの事は。

東方達、この事件に一緒に立ち向かった人間以外には。

誰にも話せない。

それも、口頭で話す事しか出来ない。

そう思った。

結局、あの子は。

今も孤独なまま。

そして、今後も。

地球人が宇宙進出が可能な状態になるまで、まだ何十世代も掛かるだろう。

内閣情報調査室に入ってきている情報によると。

文明保全が行われ始めて。汎銀河連合に参加する、という状態になるまで。大体平均して五十世代はかかると言う。

話によると、地球の文明は進歩が早い方でも何でも無いので。

やはり最低でも数十世代は掛かるだろう。

20世紀に夢見られていたレトロフューチャーの時代など来なかった。

結局人類は。

後何千年も掛けて。

宇宙にゆっくり出ていくしか無いのだ。

あの子は、その時。

もう生きていないか。

或いは汎銀河連合に見込まれて、アンチエイジング処置を受けていたとしても。

もはや地球人では無いだろう。

酒がまずい。

そして、涙も止まらなかった。

 

終、英雄の姿

 

どたどたと、大柄な人型が、盛り場に飛び込んでくる。

この星の犯罪組織のたまり場だ。

大柄な人型は犯罪組織の所属者だ。

どちらかと言えば下っ端だが。

その腕っ節で。

弱い者いじめを金儲けの手段にしている犯罪組織には相応しいやり方で、金を稼ぐのには向いている存在である。

ごく最近汎銀河連合に加入したばかりのこの文明では。

まだまだ組織的犯罪があり。

犯罪組織が力を持っている。

やりすぎると目をつけられるので、派手には動けないのだが。

それでも犯罪というものは。

一度味を知ると。

見境が無くなり。

ブレーキも利かなくなる。

いずれこの組織。

破滅するのでは無いのか。

そういう声も上がっていたが。

それが現実になったようだった。

「兄貴はいるか!」

「うるせえぞ、でくの坊!」

「兎に角兄貴を出せ!」

此奴がキレて暴れると色々面倒なのだ。

だから、面倒くさげに奥に入る伝達役。

兄貴と呼ばれた、顔に向かい傷のある、大男が出てくる。

この辺りを暴力で昔は支配していた男だ。

この文明は長命種族によって作られており。

汎銀河連合の介入があった頃からの生存者がまだいる。

この「兄貴」はその一人。

しかもこの星の知的生命体は、基本的に死ぬまで成長を続けるので、大きいほど年齢を重ねている事も意味している。

周囲を睥睨すると。

兄貴と呼ばれた者は答える。

「どうしたあ」

「出た! 彼奴だ!」

「彼奴って……まさか」

「そうだ! 深淵だ!」

その言葉だけで。

ざわりと、酒場が浮き足立つ。

落ち着けと、兄貴と呼ばれた者が周囲を睥睨。

この文明では、多くがそうであるように、性別が存在し。収斂進化で、いわゆる人型に近い姿をしているが。

長命種であること。

死ぬまで成長する事。

この二つから、体格差が顕著になりやすい。

長生きしている者は非常に力も強く。

その結果、文明が硬直化し。

滅亡を招きかけた。

今ではその滅亡戦争の結果、この「兄貴」程の長命者は殆どいないのだが。

それでも、いるにはいる。

そして長命者は。

文明を滅ぼしかけた元凶として、色々恨まれているが。

こういう犯罪組織では。

まだ大きな存在感を示している。

だからこそに。

少なくとも睥睨してみせることで。

周囲を落ち着かせることは出来るのだ。

「本当に間違いないんだな!」

「間違いない! 触手で、エゼのやろうが、排水溝に引きずり込まれた! 警備ロボットが、その様子を見ていただけだった!」

普通だったら。

訳が分からない危険生物が現れたら。

あの警備ロボットは違う対応を取る。

それはつまり。

対応が正式な法に則ったもの。

捕り物だった、という事を意味している。

エゼは組織の一員で。

色々と情報を扱っている身だ。

震えあがっているでくの坊を一括すると。

「兄貴」は、周囲に指示を出し始める。

意外に頭が回るじゃ無いか。

一連の様子を見ていた私は。

その全てを全部予測はしていたが。

敵が最善手を打っているのを見て。

相応に感心していた。

だが、最善手を打つのは。

想定済みである。

深淵。

それは犯罪者に対する悪夢そのもの。

汎銀河連合で暴れていた、指名手配犯達を悉く駆逐し。

全員を殺すか法の裁きに掛けさせ。

今も彼方此方の星に現れては。

犯罪者を根こそぎ捕らえていく。

もし深淵が現れてしまうと。

もはや逆らう事も逃げる事も出来ない。

徹底的に蹂躙され。

そして命乞いさえ許されず。

今まで築いてきたものも。あらゆる知恵も。関係無く、全てを叩き潰されてしまう。

いつの間にか私アビスは、そのように呼ばれるようになっていたらしい。

結構結構。

存在だけで抑止力になるというのは。

大いに結構な話だ。

既に変身している私は。

敵の流している情報を警備ロボットにより収集させ。

それが終わった時点で。

仕掛けた。

周囲に展開しているナノサイズの監視ビットから得ている情報より。

敵の位置は全て筒抜けである。

触手を一気に展開。

敵の盛り場を包み込むと。

その盛り場ごと。

地下へと引きずり込んだ。

勿論逃げる暇などある訳も無い。

でくの坊と呼ばれていた奴も。

ふんぞり返っていた「兄貴」も。

全く関係ない。

悲鳴を上げながら、地下に引きずり込まれていく犯罪組織のアジト。此処では殺人を一とする無数の犯罪が行われ。

犯罪組織は膨大な利益を上げていた。

根こそぎである。

地下に引きずり込んだ建物の周囲には。

警備ロボットがずらり。

突入すると。

一人ずつ拘束し。

そして連れていく。

勿論逮捕後は、脳の中身を覗く装置を使って、犯罪の全てをさらけ出して貰う。都合良く記憶は忘れる事が出来ない。

短期記憶から忘れる事は出来ても。

長期記憶には残る。

こういった完全に更正の見込みが無い重犯罪者には。

この手の捜査が許される。

勿論完全に無実なケースも希にあるが。

その場合は情報を滅却し。

釈放するだけである。

流石に警備ロボットを相手に対抗できるほど、この星の住民は頑強では無い。軍の誰が横流ししたか分からないが。兎に角銃撃戦を挑もうとするものもいたが。その場で取り押さえられてしまう。

やがて警備ロボットを罵りながら、盛り場の外に連れ出されたそいつらは。

私を見た。

無数の目と触手を持ち。

地下の貯水空間にたたずむ。

巨大なる私を。

勿論変身しているからこの姿なのだが。

全員が。

兄貴とやらも含めて。

絶叫していた。

そのまま連れていかせる。

見ただけで正気をごっそり失った。

もはやあれらは、犯罪者としてまともに動く事は出来ないだろう。何かしたら私が来る。そう頭に刻み込まれてしまったからだ。

恐怖による制圧。

それは効果的だ。

やがて、警備ロボットが、工事用のロボットを連れてきて。

野次馬を排除し。

根こそぎ無くなった盛り場の辺りを、補強工事し。すぐに埋め立ててしまう。

こうして、そこそこの規模だった犯罪組織が一つ、消滅した。

この本部を潰す前に、関連者は全員逮捕していたのだ。

何、容易い仕事だった。

アジトに戻ると。

博士が待っていた。

「どうだったかね、今回の変身フォームは」

「まあまあですね」

既に私は変身を解除している。

またアジトは。

地下のじめじめした空間に。

一種のコテージを造り。

其処に建てられている。

基本的に私は、今も地上には基本的に出ない。汎銀河連合に見込まれて、仕事をし始めた当初は表にも出ていた。だが今はアンチエイジング処置を受けてフォーリッジ人達の顧問となり。彼方此方の文明に出向いては犯罪組織を徹底的に叩き潰し。或いは汎銀河連合が手を焼いている犯罪者を踏みつぶし。今ではアビスと言えば、犯罪者にとっての絶望の象徴となっている。そうなってからは、表に出ないようになった。

書類仕事に関しては、別の人間がやっている。

フォーリッジ人である。

本来フォーリッジ人がそういう仕事をすることはあり得ないのだが、私の場合は特例らしい。

勿論実績がそれを後押ししているのだが。

実績を堂々と公開することにより。

犯罪者が姿を見せられない環境を作っている。

社会の不満が大きいと。

ピカレスクロマンというような、犯罪者を神格化したり、格好良く書いたりする作品がもてはやされたりするものだが。

そんなものにでてくる犯罪者は大嘘だと。

銀河中を廻って、あらゆる犯罪者を見てきた私は断言する。

任侠。仁義。

そんなものは大嘘だ。

昔はあった。

そんな話も大嘘だ。

犯罪組織は犯罪組織。

いずれもが弱者を虐げて。

甘い汁を啜る連中以外の何者でも無い。

だから叩き潰す。

私が出向いた場所では。

アビスが来た、というだけで。

犯罪者が恐怖のあまり活動停止する。

自首率も飛躍的に上がる。

アビスに捕まるくらいなら。

警察に自首した方がマシ、というのである。

だから、最近では。

私が出向くという噂をわざわざ流すだけで。

実際に出向いた頃には、大規模犯罪組織が壊滅していた、というような事例が頻出していた。

良い事だ。

退屈だ、などと言うことは思わない。

あのクズ、ザ・ワンとの戦いを経て。

私は本当にこの世には罪悪感のかけらも無く。何をしても反省など一切しない存在が実在し。それも多数いて。むしろ平均的にそうなのだと言う事を知った。

基本的に自分の間違いを認められる存在は多く無いし。

それは社会的な地位があがったり。

腕力などが強くなったりするほど傾向が顕著になる。

私がアビスと正式に改名してから。

国家元首も六回。

逮捕している。

いずれもが、凶悪犯罪組織と連んでいた連中で。

勿論凶悪犯罪組織も全部まとめて一網打尽。

今まで手出しできなかった犯罪者も。

アビスはまとめて捕まえていく。

その事実が知れ渡った今は。

もはや特別は存在しない。

私が出向く限り。

どのような犯罪組織も。

絶対に存在を許すことは無い。

しばしば犯罪組織というものは、社会的なタブー。宗教団体や、慈善団体。或いは国家元首などに紛れ。

その悪事を行う。

だが、私はそんなものは関係無い。

絶対に不正を行わない、つきあうのが面倒ではある種族フォーリッジ人と連携する事で。

私は文字通り。

悪を何処までも追跡し。

絶対に逃がさない、最強最悪の猟犬と化したのだから。

すぐに報告が上がってくる。

今捕らえた犯罪者どもが、芋づるに色々と情報を吐いた。

勿論拷問などしない。

頭の中を直接覗いたのだ。

これで一気にこの文明での犯罪組織も芋づるで潰せる。

しばらくは忙しくなるが。

まとめて叩き潰すのに。

警備ロボットや現地警察とも連携して。

十日と掛からないだろう。

もっとも、犯罪組織を潰したところで。

しばらくすれば。

また沸いてくる。

世に盗賊の種は尽きまじ。

正にこの言葉も正しいのだと。

私は既に、人間としての寿命を遙かに超えて生きながら。

実感していた。

最近は、強力な犯罪者と戦う事は減ってきているが。

それでも、たまに凶悪なのが出てくる。

いつ、邪悪が現れても不思議では無い。

だから私は。

常に備えておくのだ。

「宏美くん、さっそく出動依頼が来た。 敵は軍事基地を丸ごと私物化しているようで、警備ロボットと連携して制圧に当たって欲しい、ということだ」

「腐りに腐っていますね」

「ああ、だがもう君が来たからには大丈夫、だろう?」

「そうですね」

私をアビスと呼ばない唯一の人に。

そう返すと。

私は現地に出向く。

軍事基地と行っても、汎銀河連合が持ち込んでいる戦力に比べれば微々たるものである。重要なのは、此処を死者無しで制圧する事。

そのためには。

警備ロボット達との連携がいる。

殺さずに捕らえるのは。

情報を取りこぼさないため。

邪悪は残さず。

この世から駆逐するのだ。

さて。

戦うぞ。

あの時と。

最初に変身した時と、同じように。

初心を忘れずに。

私は。

アビスなのだから。

 

遠くから見える。

軍事基地が。

長大な触手多数によって、見事に蹂躙されていく有様を。

バリア発生装置は内側から喰い破られ。

航空機は飛び立つ前に潰され。

機動兵器は叩き潰され。

砲台は右往左往している内に打ち砕かれてしまう。

アビスだ。

誰かが叫ぶ。

そしておののく。

この星に現れたというのは本当だったのか。

誰かが恐怖する。

燃え上がる軍事基地。

犯罪組織とつるんで、周辺に対して悪の限りを尽くしていたという話だから、仕方が無いだろう。

誰もがそう思うと同時に。

恐怖もしていた。

アビスがくる。

悪い事をすると。

アビスに捕まる。

そうすると、喰われてしまう。

生きて帰ったとしても。

発狂している。

誰もが身震いする中。

やがて軍事基地は静かになった。

犯罪組織にまるごと掌握されていた軍事基地が潰れたことで。この文明の犯罪組織は、もはや再起不能だろう。

そしてアビスは、またしても闇に潜る。

また犯罪組織が現れたとき。

アビスは前触れも無く現れる。

誰かが恐怖の悲鳴を飲み込んだ。

あれこそが。

深淵から来たる。

悪を滅ぼす使者なのだと。

この場で見ていた誰もが、理解していた。

 

(変身ヒーロー活劇小説、メタモルフォーゼオブアビス、完)