究極墜ちる時

 

序、アルティメットエセヒーロー

 

体が思うように動かない私は。

映像を確認して、やはりと呟くしか無い。

ヴィランズと戦闘中のザ・アルティメットの映像。

ヴィランズは少し前に全滅させたが。

ザ・アルティメットとの戦いの前に、どれだけ奴が実力を秘めているか、じっくり観察しておく必要があると判断したから、映像を見ているのだが。

想像以上の実力だ。

しかも、資料映像を見ると。

後になればなるほど強くなっている。

努力なんてこのインチキ人形がしているわけがないので。

私が倒して来たエセヒーローのデータと。

更に私の戦闘データをフィードバックし。

作り手。

まあ早い話が、「邪神に等しい奴」によって能力を追加されている、というだけの事だ。

見かけだけは見目麗しい。

米国のエセヒーローだけあって。

筋肉質で。

それでいながらハンサムな男だ。

実際問題、SNSなどでも。

エセヒーロー共の醜悪な実態が判明するまでは。

熱狂的なファンが多数存在し。

疑問の声を上げるだけで大炎上、という事態も珍しくなかったそうである。

SNSはかなり長い歴史をもう持っているのに。成熟などとはほど遠い。

単に可視化された人間の言動が、如何に暗いものなのかを、良く見せつけてくれる。

まあ人間なんてそんなものだ。

歴史的に見ても、美形の殺人犯が指名手配されたとき。そいつを逃がそうとした集団がいた、という唖然とするような事実がある。

やはり人間は表側しかみないで相手を判断している。

その良い証拠だろう。

クロファルア人は、嫌みな程の美貌をもって地球に降臨したが。

その判断は完全に正しかったことになる。

嘆息すると、映像の分析を中断して休む。

今、フォーリッジ人が準備を進めてくれている。

最後の戦いに備えて、あるものを持ち込んでくれているのだ。勿論、法的処置に従って、である。

彼らは厳格に法を守って事態を進めているので。

時間が掛かる。

だが、その時間。

どのみち私は動けない。

それならば、事前に最悪の事態に備え。

手を打っておく。

当たり前の話だ。

既に敵は主導権を取り戻していると思い込んでいるはずで。

その裏を掻かなければ。

下手をすると、地球は壊滅する。

それだけは避けなければならない。

私は人間には。

地球人には特に。

とっくの昔に愛想を尽かしているが。

それでも見捨てたら、平均的で一般的な地球人と同じになる。

何か勘違いしている人間もいるが。

ブラック企業で搾取を繰り返し。

労働力を使い捨てにしたあげく。

海外から奴隷を輸入しようとした、醜悪な連中は。

むしろ「勝ち組」と呼ばれて異性にももてたし。

過剰に豊かな生活も送り。

経済雑誌でももてはやされた。

あからさまな悪事を働いて。

常人の何倍も収入を得ていたような連中も同じだ。

つまるところ地球人類は。

弱者を踏みにじり。

搾取し。

そして外面だけ良い存在をもてはやし。

邪悪にむしろ喜んですり寄ろうとする生物なのである。

それが普通なのであって、それがゆえに度し難いのだ。

性善説などというものは、結局の所こういう現実が見えていない代物に過ぎず。

邪悪こそが人間の本性である以上。

此奴らと一緒にならないようにする事だけが。

私に出来る唯一の抵抗だ。

私の家族に此奴らがしたことも。

そして此奴らがどれだけの弱者を黒幕にどうなるか分かりきった上で売り飛ばしていたかも。

私は知っているし。

いずれ告発もする。

だが、今はその時では無い。

まずは黒幕のクズを叩き潰して八つ裂きにする。

絶対に地球からは逃がさない。

そしてその後は。

宇宙全土にいる此奴の同類を。

皆殺しにしてくれる。

ふうと、息を吐く。

怒りで少し熱くなっていた。

体はまだ回復の途中なのだ。

しばらくは無理できない。

目を閉じて、ゆっくり回復に身をゆだねる。これからあのザ・アルティメットは私が倒さなければならない。

それならば。

余計な事を考えず。

戦闘にだけ、神経を尖らせていくのが一番だ。

これでも私は相当な回数戦闘を行ってきた。

死にかけもした。それも何度も。

だからこそに、分かる。

今の状態では死ぬ。

生き抜くために。

状態を整えなければならないのだ。

怒りだけでは駄目だ。

冷静に相手を殺す方法を模索し。

体を戦いのために備えていかなければならない。

まずは体を作り直し。

そして戦える状態にする。

急速医療というただでさえ無茶な方法で無理矢理治しながら戦っているのだ。このままでは、ザ・アルティメットとの決戦さえ乗り切れない。

それでは奴の思うつぼ。

奴が高笑いするのを。

指をくわえて眺める羽目に陥る。

それだけは。絶対に許してはならないのである。

目を閉じると深呼吸。

私は生きている。

そう感じながら。

ゆっくりと。

体の回復機能を信じ。

急速医療での回復による戦闘能力の回復を信じ。

勝てると自分に言い聞かせる。

そうすることで、ようやく私は戦いの土俵に上がる事が出来るのだ。

勿論敵は今や私を殺すつもりだから。

私の方を土俵に引きずり出そうとしてくるだろうが。

そうはさせない。

最後の好機である事は、敵にとっても同じ。

敵はどうせ切り札を暴れさせて、この星からその隙に脱出するつもりなのだろうが。そうはさせるか。

此方からザ・アルティメットを決戦の土俵に引きずり出し。

逆に何もかもを台無しにしてやる。

深呼吸すると目を閉じる。

模擬戦は何十何百とこなした。

博士が変身フォームを改良してくれていると信じて。もっとも楽観的な条件での戦闘も脳内でシミュレーションして見た。

だが、それでもやはり大被害は避けられない。

上手く行っても相討ち。

それが限界なのだ。

かといって不意打ちや、瞬殺マッチが出来る相手では無い。

フォーリッジ人とも相談したが。

法的手続きが最速で済んでも。

此方の切り札が到着する頃には。

敵の切り札も起動する。

つまりザ・アルティメットは。

私だけで何とかしなければならない。

戦闘ロボットをかき集めて袋だたきにする事も考えたが。

奴は巡航速度だけでマッハ30というバケモノだ。

大まじめに戦おうとし。

包囲陣を敷こうとしても。

逃げられる。

その場合、警備ロボットだけで、奴の暴虐を食い止めなければならなくなる。

それは文字通り。

最悪の事態以外の何者でも無い。

やはり奴の狙い通りに。

土俵に上がるフリ、だけでもしてやらなければならないか。そんな事は分かっているが。それでも癪だ。

目を覚ます。

また数時間が経過していた。

本来なら集中治療室にいて、まだ手術をしているような状態だ。

敵はそれを見越した上で、そろそろ作戦を開始するとみて良いだろう。

バイタルの状態は。

最悪の一言に過ぎる。

まだ動ける状態ではない。

だが私が奴だったら。

もうそろそろ、何か仕掛けてくるだろう。

博士を呼ぶ。

博士は、すぐに飛んできてくれた。

「宏美くん、どこか痛いのかね」

「子供じゃあるまいし、そんな心配は不要です」

「いや、君は確かこの星の基準ではまだ未成年の筈だが」

「そういうことではなく」

この人は。

結局の所、いつも何処かずれていた。

それが個人的には楽しいとも思えたが。

こういうときまでずれていると、少し遠回りになってしまうので、困ると言えば困ってしまう。

だが、それでも。

話は進めて行かなければならない。

「恐らく敵がそろそろ動きます。 私を確実に殺すためにダメージを蓄積させてきているんです。 ザ・アルティメットをどう活用してくるかまでは分かりませんが」

「分かった。 最大限の注意を……」

アラーム。

やはりか。

すぐに博士が連絡を取り。

そして頷いていた。

「……当たりだ宏美くん。 最悪の予想が的中した」

「何が起きたんですか」

「ザ・アルティメットによるアウトレンジ攻撃だ。 それも攻撃先は……」

クロファルアの宇宙ステーションだろうな。

そう思った私だが。

博士の言葉はやはりそうだった。

「地表近くから、およそ2000メガトンの火力での遠隔攻撃だ。 恐らく反陽子砲と推察される」

「被害は」

「バリアで覆っているが、現在フォーリッジ人も其方にいる。 戦闘ロボットも其方に防御のため回らなければならない」

「……」

なるほど。

そうきたか。

ザ・アルティメットが異次元の戦闘力を持っている事くらいは分かっていたが。

まさかそれほどの遠距離火力を持っていたとは。

フォーリッジ人は、都市ほどもある巨大宇宙ステーションを使って、周回軌道上にて仕事をしている。

当然水爆なんかでは傷一つ着けられない防御性能を備えているが。

それでも2000メガトンの火力で連続攻撃をされるとなると。

身を守るために、戦闘ロボットを割かなければならないだろう。

核なんて次元じゃ無い。

ザ・アルティメットはICBMを遙かに超えるスピードで動き回るのだ。

それが好き勝手に水爆以上の火力をたたき出すのである。

なるほど、これは。

異次元の相手である。

今までのエセヒーローとは格が違う。

というか、前に見たデータとは全然別物だ。

余程無茶苦茶にパンプアップしたのだろう。

だが、私は。

其処に勝機を見た。

相手はあくまで数字しか扱えない相手だ。

確かに数字だけなら勝ち目は無いが。

これならば、相手の予想を覆し。

最小限のダメージで、勝利に持ち込めるかも知れない。

「ザ・アルティメットは恐らく分かり易い位置に移動を開始するはずです」

「その通りだ。 今、ホワイトハウス上空に向かっている様子だ」

「警察と、情報部と、協力者のお姉さん達は」

「皆FBIから情報を集めてくれているが」

まずいな。

すぐに避難した方が良いだろうと思う。

ザ・アルティメットが無茶苦茶な強化を施されている今。

安全な場所など地球の何処にも無いのは事実だが。

それでも、少なくとも散った方が良いだろう。

連絡を入れて貰うが。

全員に拒否された。

此処で情報収集を続ける。

どのみち、奴を倒さなければ、宇宙中で甚大な被害が出る。

そのためには。

むしろ被害が拡散するよりも、一箇所に集中した方が良いと。

そうか、覚悟を決めてくれているのか。

それならば、此方も。

相応の覚悟を見せなければならないだろう。

「出ます。 出られるようにしてください」

「死ぬぞ宏美くん! 君はまだ絶対安静……」

「恐らくですが、ザ・アルティメットはホワイトハウスに到達すると同時に、米国全土に無差別攻撃を開始します。 最初のエジキはホワイトハウス、次は恐らくFBI本部になるでしょう」

博士が絶句するが。

これは何も予言では無い。

私が奴だったら。

そうさせる。

それだけのことだ。

事前に宇宙ステーションまで、「現在の」水爆並の火力を正確に投射できることをパフォーマンスとして行ったのも。

全てはこの伏線のためだ。

つまり、米国そのものが。

ザ・アルティメットの人質。

本性を現したゲス野郎は。

ついに最悪の行動に出た、というわけだ。

SNSでは大騒ぎになっているようだ。

それはそうで。

アポロニアが、ザ・アルティメットから攻撃を受けたこと。

その規模が、2000メガトンに達することを公表。

同時にザ・アルティメットの公式アカウントが。

堂々と、自分が攻撃したことを告げたからである。

奴はうそぶいてさえいた。

「みよこの火力を。 ヒーローとは美しさ。 ヒーローとは能力。 ヒーローとはカリスマである。 その全てを究極の点で備えている私こそ、ヒーローオブヒーローだ」

呆れて言葉も無いが。

だが、ヒーローに見かけと能力を求める層はいる。

実在している。

そのヒーローが何をしたか、どのように戦ったか、などを考えようともせず。何を背負っているか。何のために生きているかを完全に無視し。

見かけと。

能力と。

自分の好みに合うかだけで、ヒーローを評価する層はいる。

そういった層が、ザ・アルティメットを評価し。此処までのさばらせてきた。

事実、エセヒーロー共の悪行を暴いていかなければ。

今でも此奴は出来レースを繰り返し。

世界中で多数の被害者を出していただろう。

そして本性を現した此奴の言葉も。

醜い言葉では無く。

喝采にて迎えられていた可能性が高い。

SNSのアカウントは即時凍結されたようだが。

奴の発言は瞬く間に世界中に回った。

デマでは無いのかとか、困惑する人間もいたが。

もう既に始まったのだ。

世界大戦どころか。

この星が滅ぶかも知れない、最終戦争が。

そして私は無理をしてでも。

奴を殺さなければならず。

そしてその後に生き残らなければならない。

無理な注文のオンパレードだが。

それでもやらなければならないのだ。

呼吸を整える。

博士が、泣いているのが分かった。

人間のように涙を流すのでは無いのだが。雰囲気でそれに近い行動をしているのが分かるのだ。

何せずっと一緒にいたのだから。

「生きて帰ってくるんだぞ、宏美くん……!」

「分かっています。 そうしなければ……奴を八つ裂きに出来ない!」

私は。

死ぬつもりなど。毛頭無い。

 

1、究極のそれ

 

さて、予定通りだ。

自分の想定通りに事態は進んでいる。

まず邪魔なフォーリッジ人の親衛戦闘ロボットを排除。これは、コロニーを攻撃することで、簡単に行う事が出来た。

流石にザ・アルティメットでも。

あの戦闘ロボット数体に囲まれたら、ひとたまりも無いからだ。

そしてその絞り込みが終わった所で。

本命の作戦に移行。

まずはホワイトハウスを目指し。

ザ・アルティメットをゆっくり移動させる。

巡航速度はマッハ30だが。

それはあくまで巡航速度。

その気になればもっとスピードを出すことも出来る。

何しろ自分が調整して。

絶対にあの小娘、アビスを殺せるようにパラメーターをいじくったのだ。これで、勝負がつく。

決着を付ければ。

後は例のものを起動させ。

この星から脱出する。

それだけだ。

ハンギングジョンと魔は連れていく。

今後も役に立ちそうだからである。

切り札をこの星において行ってしまうのは惜しいが。

自分のビジネスを台無しにしてくれたこんな星。

文字通り粉々に砕ければ良い。

地球人類が私の立場にいても。

同じ事をするだろう。

まあそういう意味では。

地球人類は、私と同類と、ぎりぎり認めてやっても構わないか。まあ同類といっても、細胞が同じと言うだけで、爪の先と人体ほども違うが。

恐らく小娘は。

ホワイトハウスにザ・アルティメットが到達する前に出てくる。

あれだけ挑発的な発言をSNSでやってみせたのだ。

必ず出てくるだろう。

それにしても、だ。

地球人の、見かけで相手を全て判断するという習性は。

この星でのビジネスに大いに役立った。

最終的にアビスのせいで失敗はしたものの。

あんなイレギュラーが出てこなければ。

上手く行っていたことは確実である。

それだけ扱いやすい習性であり。

それだけは決定的に自分とは違っている。

ザ・アルティメットは、現時点で直接操作しているが。

数値類などに異常は出ていない。

最終決戦は、遠隔操作は遠隔操作でも。

AIによる自動操縦では無く。

自分が直接操作してやる。

今までとは違う動きを見るが良い。

自分は、勝ちを確信して、舞い上がっていた。

ハンギングジョンが。

そんな自分に水を差してくる。

「おい、お前……調子に乗りすぎだろう」

「今まで散々邪魔をしてくれたアビスを直接殺せるんです。 貴方たちで言う、テンションが上がるという奴ですよ」

「勝てるか分からないのに?」

「勝てますよ」

パラメーターからして。

100%勝てる。

ザ・アルティメットは魔改造に魔改造を重ね。

奴の今までの戦闘データを全て取り込み。

他のヒーロー達のデータも全て取り込み。

できる限りのパワーアップを施した。

究極の存在に昇華している。

現時点では展開していないが、サイドキックと呼ばれるユニットを展開し、スレイマンのような飽和攻撃も出来るし。

いわゆる超能力を駆使し。

超仙のようなトリッキーな攻撃も可能だ。

攻防ともに隙が無く。

フォーリッジの戦闘ロボットなら兎も角。

警備ロボットだったら寄せ付けない戦闘力を持っている。

今までのとは違うのだ。

ましてや自分が直接操作するのである。

もはや瀕死の小娘に。

これを止められる道理は無い。

だが、それこそが不安要素だと、ハンギングジョンは言う。

「勝ちを確信した瞬間が一番危ないんだよ」

「そうでしょうね。 魔を見ている限りそう思いますよ」

「ハ、一緒にするな」

「何がです?」

鼻で笑うと。

魔は静かに、押し殺すような声で言った。

勝ちを確信した瞬間というのは、そういう意味ではないと。

ハンギングジョンも同じだ。

「お前は負ける要素を全て排除したつもりのようだが、ザ・アルティメットの性能だけでそれを判断している。 だがザ・アルティメットは、実際には格下の相手と遊ぶことしかさせていない。 事実超仙もスレイマンも、アビスには敗れた事を忘れてはいないか」

「それは元々、削るつもりだったから……」

「で、今度は勝つつもりだと。 今まで勝つつもりで直接操作したことがあったのか?」

「……」

そういえば。

今まで勝つつもりで戦力を出したことは何度もあったが。

勝つつもりで直接操作したことは無かった。

間もなくホワイトハウスが見えてくる。

射程にはとっくに入っている。

いろいろ不愉快だし、まずは無差別攻撃でもしてやろうか。

SNSでアカウントを新たに取得。

ザ・アルティメットの名義で書き込みを行う。

「愚かな地球人類よ。 この私の力を見せつけてやろう」

それだけで充分。

ザ・アルティメットは。

既にヒーローとしての役割を終えている。

ならば以降は。

道具として活用するだけだ。

失笑もののコメントが飛んでくる。

「あんたは弱者を守るヒーローだったじゃないか!」

「無差別攻撃なんて、悪魔のやる事だ!」

「元に戻ってくれよ、俺たちのヒーロー!」

「あんたは悪なんかに負けない! そうだろう!」

鼻で笑ってしまう。

元々此奴はラジコンだった。

ヒーローっぽく振る舞わせていただけだ。

それが、現実の姿を少し見せてやっただけでこれである。

笑止という言葉以外に何も出てこない。

アカウントはまた即座に凍結されたが。

どうでもいい。

あの小娘が出てこないのなら。

まずは予告通り、ホワイトハウスを中心に、2000メガトンの火力で消し飛ばす。なおこれは、警備ロボットの耐爆フィールドでも防ぎきれない。

続いてFBI。更に国防省。

各地の軍事基地、警察。

主要都市。

順番に消していく予定だ。

さてさっさと出てこいアビス。

貴様のせいで、自分は赤字を出してしまった。

順調なビジネスに、水を差されてしまった。

自分にとってこの世で一番大事なのはビジネスだ。

それを台無しにしてくれた罪は重い。

これ以上もないほど滑稽に殺してやる。

地球人から見ても醜いその姿に相応しい末路をくれてやる。

笑いながら、攻撃のチャージを開始。

ホワイトハウスを景気づけに吹っ飛ばすのも面白い。出てこない貴様が悪いのだから、仕方が無いな。

攻撃開始。

その瞬間だった。

いきなり、ザ・アルティメットが、上空に打ち上げられる。

放った攻撃は宇宙へと消え。

大気圏外の遙か先まで飛んでいき。

虚空で爆発した。

一瞬だけ空がちかっと瞬いたが、それだけである。

せいぜい雲が消し飛んだくらいだ。

何が起きた。

体勢を立て直すと。

様子を確認する。

敵影無し。

何が起きた。

攻撃の種類について確認するが、物理攻撃だ。

ダメージは特にない。

ならば何をされた。

「パラメーターだけで見ているからそうなるんだよ。 想定外の攻撃を受けると、完全にパニックになる」

「貴方も分析しなさい!」

「へいへい」

ハンギングジョンがせせら笑う。

相変わらず。

肝心なところで、腹が立つ言動だ。

兎に角体勢を立て直し、周囲を確認。いっそ、無差別攻撃をしてみるのも手か。今の攻撃の正体を掴むには、それが良いかもしれない。

目からレーザーを放つ。

雲を薙ぎ払うレーザーが、空気をプラズマ化し、小規模な爆発を連鎖させる。

今は空に向けてはなったが。

今度は地上に向けて放つ。

さあどうする。

また今の攻撃を仕掛けてくるか。

何度も攻撃を受けていれば、当然その正体にも此方も気付くぞ。

そうなったら終わりだ。

何処に隠れている。

もう一度、レーザーを放とうとした時。

来た。

再び吹っ飛ばされる。

体にそう大したダメージは無いが。

何だこの攻撃は。

体が単純に吹っ飛ばされはするが。そもそもザ・アルティメットは、重力を操作して体を固定しているのだ。

風圧だの何だので。

吹っ飛ばされる訳が無い。

「ああ、なるほどな」

「何がですっ!」

「お前の大好きなパラメーターを見てみろよ。 攻撃を受けた瞬間な」

ハンギングジョンの言葉を聞き。

すぐにデータを確認する。

そういう、ことだったのか。

体勢を立て直すと。

ザ・アルティメットは吠え猛った。

巫山戯た真似を。

空を飛ぶのに重力を利用しているのを知っていたから。

その重力場を乱した。

それだけだったのか。

敵の居場所は。

至近。

拳を振るい上げて、受け止める。

其処には、吸着型の爆弾があった。

爆裂。

勿論そんな程度では、ザ・アルティメットは傷一つつかない。

だが、頭には来る。

「散々ハラスメント攻撃をして来たんだ。 今度はお前がされる番だな」

「貴方はどちらの味方ですか!」

「俺は面白いものさえ見られれば何でも良いんだよ。 肉のある体を寄越さないお前はそろそろ飽きてきたかなあ。 殺しってのは、自分の手でやらなければ面白くもなんともねえって、何度も言っただろうが」

「巫山戯るなっ! 今は戯れ言をほざいている場合かっ!」

いかん。

熱くなってきている。

再び吸着爆弾。

何度も爆裂する。

苛立ち紛れに、飛来した爆弾を、超能力ではじき返したが。その瞬間、今度は背中から、何か強烈な圧力が来た。

態勢を崩したところに。

今までの比では無い数の爆弾が炸裂する。

勿論この程度でダメージなど受けないが。

心底頭に来た。

地上に向けて、火力投射。

吹き飛ばしてやる。

だが、その瞬間。

2000メガトンの火力が。

まるごと跳ね返ってきた。

絶句する中。

光の中に。

ザ・アルティメットが消える。

今のは何だ。

攻撃は陽電子砲によるものだ。

どうやって反射した。

即興で反射できるような代物ではない。

地球の技術では勿論無理。現在の宇宙戦闘で、主力となっている火砲の原理である。戦艦の主砲並みの火力であって、逆に言うと同レベルのテクノロジーで無ければ防ぐ事は不可能だ。

どうやって。

地上を確認。

警備ロボットが数千。

集まって、シールドを展開していた。

おのれ。

雑魚をかき集めて、攻撃を跳ね返させただと。

まさか、今のは。

全て此方の手を先読みしていたというのか。

けらけらとハンギングジョンが笑っているのを見て、冷静さを取り戻す。

確かにこれは色々とまずい。

何というか、全て手を見透かされている。

なるほど、そういうことか。

圧倒的なスペックのザ・アルティメットを持ち出していたから。

何処かに慢心が生まれていたのだな。

ならば、此処からは。

スペックそのものを利用して。

敵を押し潰す。

一気に冷静さを取り戻した自分は。

まず周囲を探索。

そして、敵が意外な位置にいる事を突き止めた。

すぐ近くだ。

振り向くと、其処には。

超仙もスレイマンもヴィランズも屠った。

アビスの最終戦闘形態がいた。

今まで、どうやって隠れていた。

分からないが、いずれにしても。

ここからが、本番だ。

手招きする。

今の自分の攻撃の反射は相応にダメージになったが、同じ手は喰わない。

此奴の展開できる火力も。

速度も。

ザ・アルティメットとは比較にもならない。

一気にけりを付けてやる。

畳みかける。

拳をぶち込むが。

手応えがおかしい。

そういえば、ヴィランズの攻撃がすり抜けたことがあったか。

何かの方法で、受け流したのか。

だが、それもいつまで続くかな。

ラッシュを叩き込む。

全てを流せるようではなく。

時々手応えがある。

相手は触手を多数繰り出してくるが。

その全てを回避して見せる。

遅い遅い。

後ろに回り込み、出力を絞ったレーザーを叩き込む。

だが、相手もかき消える。

何だ、どうやった。

速度では其処まで出ないはずだが。

違う。

重力操作をされて。

こちらの向きが変えられたのだ。

こしゃくな。

指を鳴らし。

子ユニットを展開。

サイドキックである。

スレイマンが使っていた「天使」と同じ。

自爆し、レーザーを放つユニットだ。

レーザーの飽和攻撃を浴びせつつ、サイコキネシスで相手の動きを封じに掛かるが。レーザーは敵に効いているようだが、どうもサイコキネシスの効きが悪い。効いているような気がしない。

妙だな。

一旦跳び離れて距離を取り。

更にサイドキックでの飽和攻撃を続けさせる。

だが、サイドキックが、まとめて数十、同時に爆発四散。

何が起きた。

重力操作だ。

向きを無理矢理変えさせられ。

互いに攻撃し、自爆したのだ。

そうかそうか。

この重力操作が、切り札という訳か。

だが、そんなもの。

他に引き出しがいくらでもあるこのザ・アルティメットの前には塵芥に等しい。

これこそが、あらゆるデータを集約して作った究極のヒーロー。

容姿も。

肉体も。

能力も。

最強のヒーローなのだ。

拳を固めると、ジグザグに空を飛んで、敵を翻弄。

どんどん海に近づいて移動していくが、それはどうでもいい。

高速での戦闘を続ければ敵は消耗するし。

何より位置を特定出来なければ、重力操作などできまい。

大体宇宙まで射程があるのだ。海に出たところで、別にどうと言うことも無い。米国全土をその気になれば一時間も掛からず灰に出来る。

次々にサイドキックを落とされているが、そんなものは使い捨てだ。はっきりいってどうでもいい。

むしろ着実に敵にダメージを蓄積させているのだ。

そして敵は、思った以上に脆い。

ダメージを受けるとしばらく出てこない。

ザ・アルティメットの鉄拳を喰らえば。

恐らく即死だろう。

完全に背中を取る。

拳を叩き込みに掛かる。

しかし。

その拳は、相手を貫いたが。

手応えが無い。

即座に拳を引き抜き、離れる。

同時に、天地が反転した。

おかしい。

相手から捕捉できる速度以上で移動しているのに。

今、どうしてピンポイントで此方の重力操作に干渉できた。

動きだって。

ジグザグに、予測不可能な動きをしているというのに。

何故だ。

「こりゃあまずいな」

「何がです」

「動きを読まれてるんだよお前」

「はあ?」

またサイドキックが爆裂。

もう殆ど残っていない。

まあいい。

レーザーによる飽和攻撃で、予定通りのダメージは与えた。相手も無傷ではない。後一押しで殺せる。

しかし、動きを読まれているとは。

どういうことなのか。

「詳しく言いなさい。 勝率は高いほど良い」

「スペックがお前の扱える範囲外だってことだ」

「それこそ意味が分かりません」

「例えばだな。 今、お前相手に捕捉できない動きで動いたよな。 だけれども、その速度があまりにも異次元過ぎて、此処から此処まで、直線で動いている。 その直線と、速度から、移動先の地点を割り出されたんだよ」

何だと。

また、天地がひっくり返り。

更に、酸を派手に浴びせられる。

サイコキネシスで吹っ飛ばすが。

だが、それでも全身にダメージ。

既にサイドキックは。

全滅していた。

お代わりを呼び出すか。まだまだ幾らでもサイドキックはある。スレイマンの時の反省から、予備はたくさん作ってある。そしてサイドキックによるレーザー攻撃の方が、敵にダメージは与えやすい。

即時でお代わりを呼び出す。

とにかく、物量と質で押し切る。

そのまま打撃を叩き込むが、また受け流される。

読まれているというのか。

完全に。

サイドキックを展開。

多数のレーザーの飽和攻撃を浴びせつつ。

ザ・アルティメットの目からもビームを放つ。

それこそ山が溶ける火力だが。

相手が喋った気がした。

遅い。

大気を蒸発させながら、大気圏を貫いていったビームは。

見事に空振り。

そればかりか。

触手のクリーンヒットを食らって。

ザ・アルティメットは、海面に落下。

そして、水蒸気爆発を起こしていた。

 

2、全力

 

戦いはじめて、すぐに分かった。

AIの方がまだ手強い。

要するに此奴。

今まで全力で、何かと戦ったことがない。

今回、ザ・アルティメットを奴が操作しているのを見て、それを確信できた。あまりにも異常なスペックを制御出来ていない。

それは、初めて何かのパワーを全力で振るうのと同じ状態。

早い話が。

出来もしない全力をいきなり発揮して。

制御出来るわけも無い、と言う事だ。

海面で水蒸気爆発したザ・アルティメット。

あんなビームを放てば、全身が超高温になるのは当たり前で。当然の結果だとも言える。

更に周囲のサイドキック共を薙ぎ払う。

実質AI操作の此奴らの方が、余程手強い。

形状はまんまスレイマンが使っていた子ユニットだが、レーザーを放ってくること、その出力が大きい事を考えると。

スレイマンの奴よりも厄介だ。

叩き落としながら、跳び上がってくるザ・アルティメットを見る。

無表情の筈なのに。

凄まじい怒りを感じた。

操作している奴の怒りだろう。

鼻で笑ってやる。

それもモロに伝わったようだった。

「醜い怪物が!」

「それはお前の事だ」

声には出さない。

相手にも伝えない。

だが、私は呟いていた。

真に醜い怪物とは。

見かけだけ取り繕い。

妙な能力だけを他人に与えられ。

自分だけ安全な場所から何もかも好き勝手をし。

他人の人生を私物化し。

そしてそれでいながら自分をえらいと錯覚する。

つまり此奴のような奴のことだ。

ザ・アルティメットなど眼中に無い。

此奴はただの出来が悪いマリオネットに過ぎないからだ。

こんな出来の悪いエセヒーローを操っている黒幕。

奴こそ。

この世で最も醜い存在で。

この星を滅ぼしかけた人類の同類だとも言える。

ダメージは蓄積してきているが。

肉弾戦を仕掛けてくるザ・アルティメットは。いちいち動きが大ぶりで、かわすのは難しくない。

むしろサイドキックから受け続けているダメージの方が。

遙かに深刻だった。

渾身の蹴りを放ってくるが。

軽く受け流しつつ、カウンターの触手を入れてやる。

こんなんだったら。

マハープラカシュの方が余程手強かった。

サイコキネシスで、サイドキックの残骸をまとめたザ・アルティメットが。空中に殺戮ミキサーを作り出し。

叩き付けてくる。

だが、サイコキネシスを中和。

がらくたと化したサイドキックが、全部ばらばらと落ちていった。

愕然として動きが止まるザ・アルティメットの顔面に。

触手を叩き込んでやる。

棘だらけの触手だ。

血だらけになる端正な顔。

怒気に噴き上がるザ・アルティメットが顔を上げたときには。

私はもうその後ろに回り込んでいた。

触手を複数重ね。

こぶしのようにして。

ハンマーとして降り下ろす。

直撃。

手応えアリ。

ザ・アルティメットは、痛烈な一撃を受け。

落ちていった。

報道ヘリが見えた。

どうやら遠くから、戦闘を撮影しているらしい。

アホか。

すぐに去れ。

フォーリッジ人に連絡を入れて、排除して貰うが。

その瞬間。

ビームが、私を掠めていた。

海面から、此方を見上げているザ・アルティメットが放ったものだ。

遙か大気圏外の外で。

爆発が巻き起こる。

今のは。

少しばかり効いた。

「おのれ……!」

呻きながら、浮き上がってくるザ・アルティメット。

既に顔面はグシャグシャ。

格好いいコスチュームもボロボロ。

筋肉質な肉体も、彼方此方ズタズタ。

私の方は、まだ多少余裕があるが。

むしろ心配なのは。

此奴が自分に出来る範囲内でのスペックで戦いだした場合か。AI制御に戻した場合である。

頭に血が上っているからそんな事は出来ないだろうが。

いずれにしても、決着はそろそろ付けなければならない。

触手を動かし。

軽く招く。

それを挑発と取ったらしいザ・アルティメットもとい、奴は。

喚きながら突撃してきた。

あれほど無尽蔵に沸いてきていたサイドキックはもういない。

というか、あれだけバンバカ呼び出していたら。

フォーリッジ人の警備ロボットに、工場を制圧もされる。

ビームによる被害を防ぐために、各地に散っている戦闘ロボットも。

皆を守るために、シールドを張ってくれている。

二次被害は気にしなくて良い。

一気に此処で。

勝負を付けさせて貰う。

喚きながら拳のラッシュを繰り出してくるザ・アルティメットだが。

その全てを受け流しながら。

カウンター。

よろめく。

博士の警告が入る。

そろそろバイタルが危ない。

分かっている。

元々無理をして来ているのだ。

さっきのビームが掠めたのもかなりダメージになった。

今はこの腐れマリオネットの繰り手が下手くそだからどうにかなっているが。

冷静さを取り戻されたら。

かなりまずい事になる。

腕を触手で掴むと。

振り回しつつ、また海中へ叩き込み。

そして顔を出したところに。

今度は消化液を叩き込んでやる。

サイコキネシスで散らそうとするが。

既に触手を伸ばして、足を引っ張っていた。

サイコキネシスの展開はさせない。

モロに消化液を浴びたザ・アルティメットが。

悲鳴を上げながらもがく。

触手を振り回して、海上にフルスイングで叩き付ける。

海とは言え。

この速度で叩き付ければ。

コンクリに叩き付けるのと何ら代わりは無い。

二度。

三度。

骨が砕け。

肉が千切れる音が響く。

さて、そろそろ幕引きだ。

触手を離し。

バウンドして吹っ飛んだザ・アルティメットに。

此方からも、ウォーターカッターを叩き込む。

直撃。

ザ・アルティメットの体の中枢を。

水の刃が貫いていた。

そのまま海に沈むザ・アルティメット。

呼吸を整えながら、距離を取る。

あのビームを放たれたとして。

海水による威力減衰や速度減衰があったとしても、避けられるように先に備えておく。

相手の動きを把握できなくなった場合。

すぐに処置をする。

当たり前の話だ。

順番に様子を確認。

ザ・アルティメットの反応は無い。

今ので完全に沈黙したらしい。

だが、あっけなさ過ぎる。

まだ切り札らしきものも出てきていない。

博士に連絡を取ろうと思った瞬間。

それが起きた。

海面が盛り上がり。

出てくるのは、完全に体の表皮が剥がれたザ・アルティメットだ。

なるほど、そうきたか。

もはや体のパーツだけを生かして、それでも私を殺しに来るというわけだ。

そういえば、日本の文化は、何でも女の子にするが。

米国の文化は、何でもゾンビにするとか言う話が冗談交じりに言われていた時期があったらしい。

不毛な話だが。

今唸り声を上げているのは。

もはや完全に腐敗した死体にしか見えない。

私の溶解液で、完全に全身をぼろぼろにされた。

エセヒーローの成れの果て。

しかも、現在進行形で体が溶けている。

全身が溶けきるのも。

そう時間が掛からないだろう。

喚きながら、溶けかけた体で、躍りかかってくる「究極」。

むしろ動きは前よりも良い。

拳のラッシュが、何度も私を掠める。

警告音。

博士が仕組んでおいてくれたものだ。

本格的にまずくなったら鳴らす、と。

だが、此処でまだ屈するわけにはいかない。

ラッシュを捌くが、明らかに前よりも厄介だ。

体が崩れかけているから。

むしろそれが丁度良いリミッターになって。

全力を出したことも無いような奴が。

丁度良く制御出来るようになっている、と言う事か。

崩れかけた目から、ビームを放ってくる。

眼球が破裂するのが見えた。

かろうじてかわすが。

また掠めた。

幸い火力はさっきまでの比では無く貧弱で、ダメージも小さいが。

此方はもうバイタルにアラームが鳴っている状態。

出来ればすぐに戦闘を切り上げて欲しいと、博士が通信を入れてきているほどなのだ。

だが、此奴を野放しにする訳にはいかない。

此奴を仕留めきらない限り。

奴は恐らく切り札を、最悪の形で発動させてくることだろう。

溶けかけた腕を振るって、殴りかかってくるザ・アルティメット。

一撃がモロに入った。

吐血したかも知れない。

だが、相手の腕も砕け、溶けながら落ちていった。

こんな状態になりながらも。

まだ喰いすがってくるザ・アルティメット。

この姿の方が。

正直な話。

見目麗しく、格好だけだった時よりも。

余程ヒーローらしいのは皮肉としか言いようが無い。

勇者とは聖剣を持つ者では無い。

聖剣を失ってもなお諦めず魔王に立ち向かう者だ。

ヒーローとはインチキ能力を持つ者では無い。

相手がどれだけインチキ能力を持っていても、自分がどれだけ無力でも、それでも勝つための方策を探し、立ち向かうものだ。

既に私とこのエセヒーローの力の差は逆転している。

残った体の攻撃には悉く力がなく。

そして遅い。

だが私は。

その全てを、敢えて触手で受け止め。

溶け砕けていく体を見守った。

後ろで操っているカス野郎は兎も角。

ザ・アルティメットは。

すかした見かけだけのヒーローだったときよりも。

腐れ。

溶け落ち。

そして崩れ果てようとしている今こそ。

むしろ、よっぽどヒーローらしい。

ビームを放とうとして、失敗するザ・アルティメット。

ビーム発生装置だろう目が破裂したのだから当然だ。

既に両腕は無く。

脊髄や内臓が露出し。

溶けながら腐食している。

まだ唯一残っているのが右足だけだが。

それも今、渾身の一撃を繰り出してきて。

それを私が防いだことで。

もげ。

海中に落ちていった。

私は最後の一撃をくれてやる。

束ねた触手を。

ザ・アルティメットに叩き込んだ。

悲鳴さえもはや上げず。

溶解液に蝕まれたザ・アルティメットの巨体は。

一瞬にして分解。

木っ端みじんになり。

消し飛んだ。

アラームがまだ鳴っている。

博士が、通信を入れてきた。

「今、フォーリッジが派遣した警備ロボットの部隊が、ザ・アルティメットの工場を抑えたそうだ。 敵はワンオフ品で間違いない。 ついにこの星から、奴のエセヒーローと、悪の組織は一掃されたのだ」

「……まだです」

「ああ、分かっている。 切り札がいる可能性が高い、だったな。 しかし、本当に……そうなのだろうか」

「間違いありません」

まだ、変身を解除するわけには行かない。

そろそろ出てくる筈だ。

半ば連れてこられたにもかかわらず、海上での戦闘を継続したのは。

恐らく、切り札を出しやすいようにするためだろう。

私を殺すためには。

周囲に逃げ場が無い此処が一番良いからだ。

気付く。

何か、光のようなものが降りてくる。

それが、私にも見える事に。

気付いたようだった。

禍々しい悪意を感じる。

「はじめましてと言うべきですかな、アビス」

「お前が黒幕だな……」

「ご名答。 今は数を操る邪神、ザ・ワンと名乗っています」

「ああそう」

お前はもう終わりだと告げてやる。

既に包囲は完成していると。

奴は笑う。

「その可能性も想定済みですよ」

「ならばとっとと切り札でも何でも出すがいい」

「そこまでお見通しでしたか。 ではそうさせていただくとしましょうか!」

私は。

もはや瀕死の状態だ。

ザ・アルティメットは、このクズが操作したおかげで、その恐るべきスペックを全て発揮しきれずに敗れたが。

それでもダメージは無視出来なかった。

そして奴は。

仕上げとして、その巨大な力をもつ切り札を。

今起動しようとしている。

どうして奴と今意思疎通が出来たのかは分からない。

だがはっきりしているのは。

あれが、どう見ても人間だとは思えなかった、と言う事だ。

やはり精神生命体。

それで間違いないのだろう。

博士から連絡がある。

「クロファルアの宇宙ステーションから連絡だ。 例の目をつけていた人物が、溶けた状態で見つかったらしい! 部屋には巧妙な偽装が施されていて、妙な量子コンピュータや、どこかの遺跡から盗掘したらしい道具も見つかっているとか!」

「それはおそらく、魔とハンギングジョンです。 何があっても逃がさないように封印を施すようにお願いします」

「分かった、フォーリッジ人に伝えておく。 それと、分かっていると思うが……」

「分かっています。 凄まじいエネルギーを感じます」

エネルギーか。

具体的にそれが何だかはよく分からないが。

とにかく威圧感を覚えるのは事実だ。

海中に何かがいる。

博士の続報によると。

更に数人のクロファルア人が。

意識不明の状況で見つかったという。

皆最近の記憶が無く。

どこで何をしていたのか、まったく覚えていないそうだ。

そうか。

やはり5人前後で、敵は動いていた、と言う事か。

そして黒幕が。

その全てを操作していた、と言う訳なのだろう。

まるで山のように。

海水が盛り上がってくる。

私は、このフォームに残っている。

最後の機能を展開する。

派手に吐血したのが分かった。

内臓もかなりまずい。

あと少し。

少しだけもってくれればそれでいい。

だから今使う。生命を維持するための機能を。要するに、継戦能力を伸ばすための機能を、である。

此奴を叩き潰して。

奴を滅ぼすまで。

あと少しなのだ。

その少しだけ耐えられれば。

私はどうなろうと。

構わない。

最後の一瞬まで動くように、機能を稼働した。変身を解除した後どうなるかなど知った事か。

いずれにしても、奴だけは殺す。八つ裂きにする。何もかもを許すわけには行かない。例え私の両親の尊厳を汚しきったのが、此奴にいいように示唆されていたとは言え、「普通で平均的な」地球人だったとしてもだ。

海水をぶち破り。

それが姿を見せる。

それは、さながら。

ロボットアニメの、主人公機だった。

全長は数百メートルに達するだろう。

人型の、所々丸みを帯び。それでいながらエッジが効いたブレードが彼方此方についている。

あからさまに必要のない人型でありながら。

地球人であれば誰もが「格好良い」と絶賛する巨大なる人の形。

背中には翼をかたどっているようなウィング。

顔の部分には、瞳こそ無いが、どう考えても必要がない目や。

マスクのような顔までついている。

カラーリングまで、おそらくは地球の文化を研究し尽くして、作り上げたものなのだろう。

なるほど、これこそが。

奴の切り札か。

既に奴は。

此方が声を聞こえているのに気付いているらしく。

余裕綽々で話しかけてくる。

「貴方方の言葉では発音できませんが、強いていうなら惑星制圧用強襲戦闘兵器、とでも言うべきでしょうか。 このくらいの文明なら、まとめて数分で更地に出来る私の最高のコレクションですよ」

「どうやって持ち込んだんだか……」

「なお持ち込み方は簡単です。 部品ごとに分け、空間転送の技術で少しずつ輸送して組み立てました。 今回のように、精神生命体である私でさえ逃げられない状況を打開するためにね」

見かけは。

最高に格好良いロボットなのに。

乗っている奴がクズだから。

どうしようもない存在にしか思えない。

そういえば日本のロボットアニメにも。

せっかくデザインが素晴らしいのに。

パイロットがどうしようもないカスのせいで。

色々と駄目な作品となってしまっている残念な作品が幾つかあると聞いた事がある。

この素晴らしいデザインが泣いているような気がするが。

まあ正直。

どうでもいい。

見かけなんてどうでもいい。

それが私が。

戦い抜いて。

それで知った真理だ。

「今から私は、貴方を滅茶苦茶に殺した後、慌てて懲罰艦隊が駆けつけてくるようにこの星を手加減しながら焼き払います。 まあ原始時代に戻る程度で済むでしょう」

「……」

「悪いのは貴方ですよ。 私は精々百万程度殺せば、それでビジネスを完遂して、この星を気持ちよく去る事が出来た。 貴方たちの文明も、「いらない人間」を効率的に処理することが出来た。 貴方方が言うwin-winの関係を壊したのは貴方です。 それを、焼き尽くされる世界を見ながら、精々後悔することですね」

「良く喋る阿呆だな、自称邪神。 お前のような低脳が、神を騙るとは笑止の極みだ」

声にして、聞こえるようにして言ってやる。

そういう機能も一応博士が付けていたのだ。

合成音声だが。

「何が邪神だ。 お前は自分と同レベルのクズを扇動し、ただ数字を操るだけでえらい気分になっていただけの阿呆だ。 そして今、勝ち誇っているが、それもただの幻に過ぎないことに気づけていない」

「ふふん、あの足が遅いフォーリッジ人です。 特別に緊急指示を出しても、今から駆けつけても、懲罰艦隊は間に合いませんよ。 貴方をズタズタに殺して、私が脱出するのは難しくありません」

「そのフォーリッジ人が、最初からそのインチキロボの存在を知っていたとしたら?」

「はあ?」

せせら笑うバカ。

だが、次の瞬間。

インチキロボを。

灼熱の槍が貫いていた。

絶叫。

ザ・ワンと名乗ったカスが。

悲鳴を上げる。

これはひょっとして。

精神生命体に、ダメージを与えるための攻撃が含まれているのか。

文字通り神話の時代の神の槍のようなものが。

モロにロボットを串刺しにしている。

抜こうともがくロボットが。

滑稽でならない。

博士が通信を入れてくる。

「フォーリッジ人が法的手続きを、今済ませてくれた。 とはいっても、その一撃だけしか現状では用意できない! 懲罰艦隊はまだ包囲を続行中だ! 今、精神生命体を捕獲するための部隊が来ているが、そいつが暴れる前に、君が倒すしか無い!」

「戦闘ロボットは!」

「まだそいつには高エネルギー反応が感じられる! ザ・アルティメットの時以上の大火力を展開してくる可能性がある!」

そうか。

ならば、最後の決戦か。

良いだろう。

このくされロボットもろとも。

ゲス野郎にとどめを刺してやる。

ああ、お前は。

この星に住んでいる「普通で平均的な」人間に、嫌と言うほど似ているよ。

そしてだからこそ。

私が今。

此処で屠ってやる。

悲鳴を上げながら、灼熱の槍を抜こうともがくロボット。

奴に相当なダメージが行っているのは間違いない。

私は、躊躇なく。

奴に躍りかかった。

 

東方は、その映像を見ていた。

米軍のドローンが、ザ・アルティメットの戦いから継続して、映像を撮り続けていたのだ。

そしてフォーリッジ人の権限で。

この戦いに参加し。

アビスを支え続けた東方と情報部、それに内閣情報調査室のお姉さんに。

これを見る権利があると、情報を開示してくれた。

巨大なる海の魔にしか見えないアビスが。

誰もが口を揃えて格好良いと言うだろうロボットに、絡みついた。

ロボットは真っ赤な巨大な槍が串刺しになっていて。

明らかに苦しんでいる。

アビスももう限界の筈だ。

どうする。

ロボットが、わめき散らす。

「おのれ下郎! この自分に触るな!」

触手を引きちぎるロボット。

だが、アビスは意に介した様子も無く。

ロボットの傷口を。

更に抉っていく。

触手が灼熱に焼かれても気にせず。

鉄壁だろう装甲を打ち抜くようにして。

更に抉り抜いていく。

叫びながら、ロボットはアビスを引きはがそうとする。

背中に展開したミサイルポッド。

大量のミサイルが、アビスを直撃する。

ロボットも直撃するが。

装甲に余程の自信があるのだろう。

だが、その煙が晴れたとき。

アビスはずたずたになりながらも。

ロボットに、更に触手を食い込ませていた。

ほどなく。

ズタズタになりながらも。

槍が貫いた傷口から。

触手が更に入り込む。

金切り声をロボットが上げる。

その有様は。

格好良いロボットからはかけ離れていて。

あまりにも無様すぎて。

乗っている人間がロボットには大事なのだと。

思い知らされる光景だった。

桐野が呟く。

「どんなに格好良いロボットでも、乗っている人間次第で、どれだけ惨めにもなるんですね……」

「ヒーローも同じだ」

「そう、ですね」

「俺たちが見てきたエセヒーローは、どいつもこいつもその地域の人間の美学を丸ごと反映したような奴ばかりだった。 それなのにやってきたことはどうだ。 そして、あの見かけだけなら醜悪で邪悪なアビスのしてきた事は」

みしみしと。

凄まじい音がして。

ロボットが裂け始める。

灼熱の槍が、抜けたが。

もはやそれは関係無い様子だった。

強固な装甲をもっているほど。

内側からの攻撃には脆いものだ。

もはや半分ほどもロボットの内部に入り込んだアビスが。内側から、その機構を、引きちぎってはどんどん放り出している。

ロボットが光る剣を抜くと。

腹を切るようにして、アビスに突き刺す。

アビスが凄まじい煙を上げるが。

意に介した様子も無く。

次の瞬間には。

ロボットの頭を、内側から吹き飛ばしていた。

帽子を思わず下げる東方。

アビスは。

あれでは助かるまい。

ロボットはまだ暴れている。

手足を無茶苦茶に動かし。

ウィングから火を噴いて舞い上がり。

それこそ制御を失ったロケット花火のように。

ぐるぐると飛び回った。

「おのれ外道ーっ!」

「外道はお前だ」

「私は、ただ! 他の奴もやっている、ビジネスをしただけだ! この星の人間が、やっていたのと同じ事だ! お前こそ、この星の人間から著しく逸脱した、イレギュラーだろうが! いや、それだけではない! 知的生命体というカスから逸脱した、イレギュラーだ! イレギュラーの特殊な存在を、外道と言うんだよォオーッ!」

「地金が出たなゲス野郎。 それでイレギュラーだっていうんなら、私はイレギュラーで、一向にかまわん!」

ついに、左右にロボットが裂けた。

断末魔の悲鳴が上がる。

そして、アビスは、ロボットに絡みついたまま。

海に沈んでいった。

ロボットは爆発しない。

引き裂かれ。

バラバラにちぎられながらも。

ただ静かに海に沈んでいく。

海面には、マスクが浮かんでいて。

間もなくウィングも浮かんで来た。

油の類は浮かんでこない。

多分あの様子では。

ロボットを操っていた奴は、アビスと相討ちになったのだろう。

有難う。

その言葉が、自然と漏れていた。

そして、すまなかった、とも。

アビスがスペシャルである事は分かっていた。

自分達もできる限りで最善を尽くした。

だが、この結末は変えられなかった。

それでも、礼は言わなければならない。

この星から、見かけだけ見目麗しいエセヒーローと。出来レースのためだけに作られた悪の組織を一掃し。

そして最後には自分の命も掛けて、この星を焼き払おうとしたカスを倒してくれた英雄を。

姿は深淵の邪神そのものだったが。

アビスこそ。

本物のヒーローだった。

それも、闇に潜み。

悪を狩る。

変身ヒーローだった。

大きく溜息が漏れる。

これで。

終わったのだ。

 

3、深淵の手

 

見えた。

何か光るものがもがいている。それがザ・ワンと名乗った彼奴だと言う事に、私はすぐに気付いた。

私は。

多分これは死んだな。

自嘲する。

そもそも、ザ・アルティメットとの戦いの時点で、既にアラームが鳴っていた。最終兵器が出てきた時には。もはや手が付けられない状態だった。あの槍の一撃、たった一発だけの支援。

それがなければ。

勝つことさえできなかっただろう。

体は動くか。

一応動くが。

もがいている彼奴には、手が届かない。

口惜しいが。

精神生命体をどうにかする部隊とやらが、来るのを待つしかないのか。

いや、そんなもの。

本当にいるのか。

逃げられないようにする事は出来る、とフォーリッジ人は言っていた。

それはフィルターのようなものを大規模に展開する、と言う意味であって。

多分ピンポイントで捕獲できるとは別の意味の筈だ。

事実研究が殆ど進んでいないと聞いている。

都合良く技術なんて。

ポンポン開発できるものではない。

もしも、ここで。

奴を取り逃がしたら。

また誰か別の人間に寄生し。

好き勝手を始め。

潜伏し始めるのでは無いのか。

いいだろう。

どうせもう死は確定しているだろうこの体だ。

最後に邪悪を道連れにしてやる。

動け。

命じる。

動け。

もう一度命じる。

触手が。

ズタズタに引きちぎられ、海底に沈み行こうとしている触手が、幾つか反応する。そして、もがいている不定形の何者か。

間違いなく奴に対して、伸びる。

せせら笑う声が聞こえた。

「焼きが回りましたねえ! 物質生命が、精神生命に手出しできると思いましたか!?」

「この星に、海中に知的生命体はいない」

「!?」

「精神生命体がそこまで自由な存在の筈が無い。 もしも其処まで自由なのだとしたら、肉体など必要としない筈だ」

あからさまに動揺する相手。

どうして声が伝わっているのかはよく分からない。

或いは。

ひょっとしてだが。

私が、このスーツを使って。

何かしらの機能を獲得しているのだろうか。

いずれにしても、このスーツの変身をまだ解除していない。

原型が分からないほどメタメタにやられているが。

それでもまだ。

私は変身したまま。

スーツの機能として。

テレパシーか何かが、仕込まれているのかも知れない。

「此処にいる知的生命体は私だけだ。 そして一番近いのも私だけだ」

「お、おのれ……!」

「その気になれば星の海も渡れる、か? 違うね。 どうせ人を引き継ぎながら、星の海を移動するつもりだったのだろう? お前は肉体無しで、長時間存在することが出来ないはずだ」

「何故そのような事を言い切れるっ!」

分かり易い奴。

自分の態度が、その言葉を裏付けていると。

そして何より。

さっさと逃げないことが。

その事実を確定させていることに。

気づけていない。

困惑する奴に。

更にとどめとなる事実が、私の方に通信として入った。

「宏美くん! 無事かね!」

「私はいいですが、すぐ側に奴がいます。 やはり精神生命体のようです」

「奴の部屋から、精神生命体を封じ込んでいる装置が見つかった! 中に入れられているのは魔のようだ! やはり特殊な空間に封じ込めるか、知的生命体の肉体に入り込まない限り、精神生命体は長く存在することが出来ないらしい」

「そうですか。 好都合ですね」

私は沈み行く。

そして本能として。

奴はそれから逃れられない。

何しろ一番近くにいる知的生命体だ。

更に言えば。

私が死ぬころには。

もはや奴は、海底で自滅を待つだけになる。

悲鳴を上げながらも、どんどん海底に沈み込んでいく奴、自称邪神、ザ・ワン。

滑稽なものだ。

深淵の邪神が。

海底に沈みゆく事を恐怖するとは。

海底に着いた。

この辺りは大陸棚では無い。

だから水深は恐らく四千メートルくらいだろう。

もはや奴は。

何処かの小説の邪神のように。

深い海底にて。

誰にも宿ることさえ出来ず。

眠る事さえも許されず。

その場で動きを止め。

死んで行くのだ。

私と一緒に。

「い、嫌だ! こんな見苦しいところで! この自分が! この自分が終わるなど、あってはならない事だ!」

「黙れ寄生虫」

「き、寄生虫だと! この自分は神に等しい存在だ!」

「いいや違う。 お前は邪神を気取っているがただの寄生虫だ。 そして最後の切り札である宿主がいない今、もうお前は何処の誰にも宿れない。 そしてお前は知っている。 私がもはや死に行く定めだと言う事を」

絶叫するクズ野郎。

いい気味だ。

私は目を閉じる。

これで復讐は遂げられた。

此奴は恐怖の中、消滅を待つだけだ。

見える。

精神生命体だ。

恐怖がもろにダメージになるだろう事は推察できていたが。

奴が崩れていく。

肉に入っていれば。

怒りやら恐怖やらで、ダメージを受けることもなかったのだろう。

だが、今は違う。

此奴は精神生命体として生まれ。

知的生命体の体をつまみ食いして渡りながら。

自分は万能だと錯覚してしまっていたのだろう。

その結末がこの有様だ。

恐怖と絶望で、崩れて溶けていく奴の知識が。

さながら、分解して崩れていく水の中の砂糖菓子のように拡がっていく。

そうか。

やはり宇宙中で。

地球でやったような事をしていたのか。

その被害は、恐らく銀河系合計で1000万人を超えている。

地球での犯罪は。

拉致した住民を。

一種の電子ドラッグに変えていたのか。

他の星では食肉加工したり。

奴隷にして売り飛ばしたり。

好き放題していた様子だ。

まあこうなって当然の結末。

何の同情も無い。

「自分は特別な存在だ! 文字通りの神なのだぞ! それが、このような、薄暗く、汚らしい海底で!」

「良い事を教えてやる」

「……っ!」

「お前が今いるのは、鯨の死骸の上だ。 周囲には無数の雑多なスカベンジャーが、死体を食い荒らしている。 お前より立派だな。 ゴミ掃除をしてくれているのだから」

一瞬黙り込んだ後。

もはや意味も分からない絶叫を上げた。

それが致命傷になったらしい。

奴が分解していく。

精神生命体だ。

精神のダメージは、もろに体に来る。

そんな事は。

言わなくても分かっている。

そしてどうせ此奴の犯してきた罪は、裁くことなど出来ないだろう。

これ以上も無いほどの絶望を味わい。

尊厳を汚された上で。

溶けて死ね。

もはや形も残さなくなった奴が。

何やらうわごとを呟いている。

助けてとか。

自分は偉大な存在だとか。

自分が死ぬのは間違っているとか。

転生するならまた必ず偉大な存在になれるとか。

そうかそうか。

此奴。

自分を偉大な存在だとか勘違いしていたのか。

何が偉大な存在か。

自分だけ安全な場所にいて。

他人を使い潰しながらあざ笑い。

その命を金に換えてすり潰し。

数字を扱って悦に入る。

そんな奴の何処がどう偉大だというのか。いや、此奴の精神は、平均的で普通の地球人と酷似していた。

平均的な人間なら。

親の七光りで好き勝手な生活を送ったり。

他人を好き勝手に虐げる生活に。

憧れるものなのだろう。

逆らえない立場の人間の尊厳を踏みにじって集団で笑ったり。

力が弱い相手を殺戮して悦に入ったり。

周囲にイエスマンを侍らせて帝王を気取ったり。

そうして喜ぶのが平均的で普通の地球人だ。

そういう意味では。

このクズが。

地球に来たのは、必然だったのかも知れない。

やがて、クズ野郎の最後のひとかけらが。

泡のように溶けて消えていった。

本来だったら、もっと長く存在し得たのだろう。少なくとも、年単位で潜伏は出来たはずだ。

だが奴にとっては、最後の最後で想定外の事態が起きて慌て。

そして何よりも、私に引き寄せられて海底に落ち。

とどめに精神攻撃を受けて。

消滅することになった。

それにしても皮肉なものだ。

最後の最後で。

今まで相手が手出しできないのを良い事に、やりたい放題をしていたクズの中のクズが。

自分が一切手出しできない状況に落とされ。

そして絶望の極限の中で。

溶けて消えていったのだから。

さて、私も随分からだが冷えてきた。

流石にこのスーツを着ていても分かる。

もう駄目だ。

今までの戦いでも。

手術を受けなければ、助からないようなダメージを受けていたのだ。

あの槍を喰らった状態でも。

ロボットは、私に致命傷を与えてきた。

実際今。

私は身動き取れずにいる。

呼吸を整えると。

私は目を閉じ。

最後の時を待つ。

彼奴とは違い。

全てを成し遂げたのだ。

だが、考えて見れば、銀河中にいる彼奴と同レベルの犯罪者を、全て牢に放り込むか、もしくは抹殺するという夢もあったっけ。

それは果たせなかったな。

ちょっと悔しいけれど。

それは仕方が無い。

ふっと笑う。

奴は、八つ裂きに出来た。

それだけで、満足するべきでは無いのだろうか。

何か見えた。

それが、最後だった。

意識が、泡になって消えた。

 

4、光の船にて

 

酷く痛い。

痛みを感じると言う事は。

死んでいないのか。

それとも地獄に落ちたから、だろうか。

可能性はある。

私は多くの人間を救えなかった。

それに結局、戦いは私怨だった。

地獄に落ちても不思議ではないだろう。

だが、その割りには、地獄の裁判官とかに会っていないな。どんな判決を下されたのかは、知りたかった。

また意識が飛ぶ。

そして、酷い痛みがまた来た。

自我もよく分からない状態で。

痛みを受け続ける地獄にいるのだろうか。

それもまた仕方が無いだろう。

私がやってきたのは。

戦いだったのだ。

修羅道とかに落ちる可能性もあっただろうし。

何より地獄とは、考えられないような年数痛みと苦しみを与える場所だとか聞いてもいる。

それならば、こういう結末も。

不思議ではないだろう。

ぼんやりとしている内に。

また痛みがきて。

そしてまた意識が薄れた。

ほどなく。

痛みが和らいできた。

これはひょっとしてだが。

痛みになれてきたのだろうか。

そうかも知れない。

人間は図太い生物だ。

サイコパスという言葉があるが。

あれは正直な話。

私には嘘の言葉に思えている。

実際問題、21世紀前半の日本では、ブラック企業が乱立したが。あれの経営者やその腰巾着達は、そろってサイコパスだった。つまり、それだけ普遍的に異常者は存在しているわけで。

むしろそれが普通の地球人なのだ。

最初は抵抗があるケースもある。

だが人間は簡単に人を殺すのに慣れるし。

相手の尊厳をすり潰す事にも。

抵抗できない相手を殴る事を何とも思わなくもなるようになる。

それが地球人という度し難い生物で。

私はそれとは違う存在になろうとし続けていたが。

この痛みになれてきたと言う事は。

どうやら私も。

同類だった、と言う事なのだろうか。

だとしたら癪だ。

どうした。地獄とやらなら。

もっと痛みを与えてみろ。

私はもう。

こんな痛みには慣れてしまったぞ。

そう言おうとすると。

不意に光を感じた。

そして、ぐるりと、何かが反転して。

やがて見えてきた。

博士だ。

「おお、意識が戻ったか!」

「……」

口をつぐむ。

知らない天井というか。

見た事も無い天井だ。というか、地球とはとても思えない。一体此処は、何処だ。

側にいる奴は誰だ。

何か浮かぶ椅子のようなものに乗っていて。

魚人としか言えない姿をしているが。

「仕事柄固有名を名乗れはしないが、私がフォーリッジ人のリーダーだ」

「そうか、と言う事は……」

「君を救出した。 そして、今回の巨大犯罪の主犯が消滅した事も確認した。 周囲に漏出していた残骸、奴の部屋にあった量子コンピュータに意識を転送されていたハンギングジョン、更に封印されていた魔などを解析した結果、奴のクライアントは全て判明しそうだ。 銀河系でも珍しい、超大規模な大捕物がこれから開始される。 クライアントの半数以上は抵抗した場合その場で射殺が許可されている。 裁判でも永遠終身刑が確定だろう」

「……そうですか」

体が良く動かない。

痛かったのは。

そうか、地獄に落ちたからではなくて。

私が生きていたからなのか。

そして此処にいるという事は。

もはや私は、地球に居場所が無いと判断され。

宇宙船、それも医療設備が整っている奴に移送され。

其処で最高レベルの技術で手術された、と言う事なのだろう。

或いは死んでいた所を。

蘇生されたり。

再構成されたのかも知れない。

いずれにしても、私は勝った。

そういう事らしかった。

「宏美くん。 そのままで聞いてくれるかね」

「はい」

「実は、フォーリッジ人が、君を顧問として迎えたいという事を言っていてね。 今後も良ければわしと組んで、犯罪者を追って欲しい、と言う事なのだ」

「良いですよ」

即答。

フォーリッジ人は驚いたようだが。

そもそも私は。

最初からそのつもりだ。

「ザ・ワンとか邪神とか名乗っていましたが、あのクズと同レベルの犯罪者が、まだ銀河系には野放しになっているんでしょう? 全部まとめて地獄に叩き込んでやります」

「そうか。 今回は本当に済まなかった。 此方の動きにも色々問題があって、迷惑を随分と掛けた」

「良いんですよ。 欠点の無い生命体なんていません。 不正が通じない、という時点で、貴方たちはそれだけ貴重な存在なんですから」

今は気分も良い。

フォーリッジ人とは随分摩擦も起こしたが。

今はそれも過去の話として笑い飛ばせる。

あのクズが。

絶望と。

恐怖の中。

溶けて消えていくのを間近で見たのだ。

そしてその後、話をされる。

魔は焼却処分。

データを取った後、ハンギングジョンも破壊処理されたという。

ザ・ワンと名乗っていた奴も。

漏出していた情報を全部回収し。

分析した後。

全て焼却処分し。

二度と復活できないように処置したそうである。

そうか。

それは良かった。

いずれにしても、これからやる事は決まっている。

「まずは体を治す、ですが。 私の体、死んでいたんじゃ無いんですか?」

「幸いギリギリ脳死は免れたよ。 その代わり、此処まで体を再生するのに我々の技術で半年も掛かってしまったがね」

「!」

「君は遺伝子と細胞が微妙に一致しない、非常に珍しい特殊体質だ。 だから君からクローンを作っても別人になるし、君の体を再構成するのは毎回とても大変だった。 特に今回は、脳以外は殆どまともに残っていなかったからね」

まあそうだろうなと。

他人事のようにぼやく。

だが、それでも別に良い。

まだ動けないと言われたので、寝たまま話を聞く。

リハビリ開始は三ヶ月後。

それから二ヶ月ほど後には、地球を離れるという。

世話になった人達には挨拶くらいしたいが。

それくらいは許してくれるという。

いずれにしても、私はもう。

地球にはあまり興味も無い。

むしろ、これから悪党共をどんどん狩れると思うと。

その方が楽しみでならない。

私は深淵。

変身した後の名はアビス。

深淵より来たものは。

悪党を自称し、調子に乗っているものを引きずり込み、そして粉々に砕いて壊して行くのだ。

私は邪神を自称するつもりはないが。

私は悪党にとっての災厄そのもの。

故にアビス。

それでいい。

博士には、もっとスーツの性能を上げるようにと注文。勿論私の体も耐えられるようにと。

博士は本当に心苦しそうに、何とかすると言ってくれた。

それならば、後はリハビリだけだ。

それと、アンチエイジング処置も欲しい。

出来れば、永久にでも。

私は悪を狩る深淵の存在になりたいからだ。

さあ、やりたいことがたくさん出来た。

私はこれからも。

戦い続けるのだ。

 

(終)