混沌の底

 

序、自由の果て

 

民主主義の牙城。

自由の総本山。

そう自称し続けた大国、米国。

膨大すぎる資源と。

圧倒的な経済力を背景に。

世界大戦以降は常に世界をリードし続けた、大国の中の大国。その物量はあまりにも圧倒的で、全世界を相手にしても米国だけで勝てるという話さえあったほどである。

しかし、その凋落は。

他の国々と同じように起きていった。

資源の枯渇。

文明の行き詰まり。

それはこの超大国。

世界最強の国も。

容赦なく襲った。

地球中の国家が、この破滅の時で大打撃を受けた。これによって得をする国など一つもなく。

それは米国でも例外では無かった、という事である。

圧倒的な軍事力も。

マンパワーも。

何の役にも立たなかった。

むしろそれらが足枷にさえなった。

自由と権利を、無法と勘違いした輩が蔓延り始めたのは、他の先進国と同じだが。

どうしようもないどん詰まりの状況が。

それらを更に加速させ。

カルト化する過程で。

ありとあらゆるものを。

泥沼に引きずり込んでいった。

本来だったらすぐに治療できる病気が、反ワクチンのカルト蔓延によって大流行するようになり。

医療拒否の結果、助かる人間が助からないケースが多発。

病院に爆弾テロをする人間まで出始め。

国家非常事態宣言が出たころ。

ロシアが中東に水爆による鏖殺を実施。

その時には既に。

米国にも。

この事態は、どうにも出来なくなっていた。

世界中が破滅に突き進んでいく中。

クロファルア人が降り立つまで。

米国も。

闇の中を突き進んでいたのである。

これらの歴史は。

私も知っている。

兎に角ベッドから動くなと言われているので。

状況を確認するしかやる事がなく。

栄養も点滴で取っている状態だ。とてもではないが、食事を楽しむどころでは無い。

まずは米国の歴史からおさらいしていた所だった。

なお、何度か内戦の危機を迎えさえした米国も。

今は、一応領内の維持には成功しているし。

むしろ21世紀前半に比べると。

領土は三割ほど増えている。

ただし経済力、軍事力ともに、20世紀後半から21世紀前半に掛けての、圧倒的最強の面影はない。

クロファルア人が復興作業にいそしむ間に。

米国も独自に支援を受けての復興を急ぎ。

その過程で、かなりの軍事力が削られた。

他の国々同様、核兵器は全て強制的に排除されたし。

現状、膨大な燃料を食う空母は全てが軍港にてお休み状態である。

相対的に見れば現在でも米軍は最強だが。

しかしそれは、あくまで他が衰えたから。

現在地球は復興の真っ最中で。

軍事力の進歩は一切無い。

進歩は指導を受けながら、インフラや社会のシステムそのものに対してのみ注力されており。

各国は非常に厳しく監視を受けている。

それが支援を受けるという事でもある。

米国も当然同じ。

それだけ、21世紀中盤から後半に掛けて。

この国が受けたダメージが大きかったのだ。

だが、国民はそれを理解出来ていなかった。それが非常に大きな問題を呼んだ。

見る。

膨大なデモの写真だ。

デモでは、もはや自分達が何を主張しているかさえ分かっていない人々が。

多種多様な言語でプラカードを掲げ。

わめき、叫び。

警備ロボットや警官ともみ合っている。

警備ロボットはあまりにも優秀だが。

警官はそうもいかない。

それが彼らのプライドを更に傷つける。

元々米国は、犯罪組織との戦いを続けて来た国家でもある。それこそカウボーイが走り回っていた頃から、この国ではギャングが大きな力を持っていた。伝説のアルカポネを例に出すまでも無い。

邪悪がすぐ側にあるのが、この国だったのだ。

元々矛盾だらけの国家だったのである。

最初の最初から、助けてくれた現地住民に恩を仇で返す行動から始まり。

自由と平和を謳いながら、差別を裏で進め。

大量虐殺と土地の略奪を実施し。

そしてその後は、輸入した奴隷を使って国を豊かにした。

そんな状態で。

矛盾が生じないとか。

邪悪が蔓延らないとか。

そのような筈も無い。

更に言えば、米国そのものも昔から豊かだった訳では無い。

第一次大戦による利益を存分に吸収して現在の繁栄を手に入れたこの国は。

結局血と涙の上に。

平和と自由という看板と旗を立て。

存在しているに等しい。

だから警官達もプライドが高い。

完全にブラックボックス化されていて、原理も分からないロボットがてきぱきとデモを押さえ込んでいくのを見て、黙っていられないのも事実だったのだろう。

彼らは反発し。

それはデモを調子づかせた。

今では、米国では、社会不満が無数のデモとなって爆発している。

デモに参加している人間達は、ただ暴れたいだけ。

インドの時に見たような、神に対する信仰心などではないし。

自分に何か信念がある訳でも無い。

他人を殴って正義を気取れる棍棒を欲しがり。

それをデモという形で表現する。

この国では、自由がいつの間にか、無法と置き換わってしまったのだ。元々張りぼての自由だったのかも知れないが。

この病んだ超大国が。

今度の戦いの舞台だ。

悪名高いスクールカーストという言葉が出た土地であり。

思考回路はどこよりも筋肉的。

学校に同調圧力が無い何て大嘘。

筋肉の無い奴は虐められるし。

クラスでカーストが上位の人間は。

基本的にスポーツにて業績を残し。

女子ならチアリーディングをする。

それで回っていた国も。

今ではすっかり、大混乱の中。

学校のシステムも。

21世紀前半の日本同様。

崩壊寸前にまで行っている様子だった。

案の定、協力者のお姉さんも、うんざりした様子で戻ってくる。

ロボットにあらかた管理されていた中東の方がまだマシだった、という顔をしているが。それについては触れずにおく。

どのみち。

この国も、クロファルア人が来なければ。

滅亡は確定していた国だ。

クロファルア人が来て、ようやくここまで持ち直した。

その点では。

地球に存在している他の国々と。

何ら変わりなど無いのだから。

情報部の男も来る。

博士も揃った所で。

会合を始める。

とはいっても、私はギリギリまで休んでいるように、という事なので。ボイスオンリーでの会合参加だが。

「状況についてだが、まずFBIも国内の状況にはうんざりしているようだ」

「警察も協力的とは言い難いですね」

二人とも、あまり良くない話から始める。

私としては。

まあそうだろうなとしか、言いようが無い。

事実二人の活動は、地下から余裕のある時に見ていたのだ。

FBIは警察よりも権限が上だが。

そもそも米国では、多数のカルトが存在しており。

有り余った土地に閉鎖的コミュニティを構築。

それらが丸ごと自殺を図るというような事件も何度か起きており。

大きな社会問題になっていた。

そのカルトの幾つかが。

黒幕の手に完全に落ちていて。

エジキを提供していたことは。

既に判明している。

摘発も行われたからだ。

だが、ヴィランズとザ・アルティメットに関しては。FBIも手出しが出来る状態になく。

それが非常に彼らを苛立たせているという。

ヴィランズは各地のマフィアを乗っ取ると、反社会的行為をするように強要。

逆らう者は皆殺しに。

ザ・アルティメットはそんなヴィランズと表向きは激しく戦っているが。

ただそれだけで。

サインをくれとねだった子供を完全に無視したり。

マスコミに対して、あからさまな機械的な応答をしたりと。

既に粗が目立ち始めている様子だ。

此奴に関しても。

叩き潰す口実が欲しいと米国政府は考えているようだが。

しかしながら、米軍ではヴィランズにさえ手も足も出ないことは、何度かの交戦で確認されており。

かといってクロファルア人やフォーリッジ人に協力を要請するのも、彼らのプライドを著しく傷つける。

結果として。

世界最大の国家であると言う自負が。

彼らを著しく縛り。

動きを狭めてしまっていた。

情報部の男によると。

FBIは非常に不穏な動きをしており。

出来ればクロファルアの警備ロボットを極秘裏に分解できないかと、画策しているという。

勿論現在の地球が、クロファルアの支援で成り立っているのは、彼らも当然知っている訳で。

要するに極めて危険な火遊びを画策している、というわけである。

勿論クロファルア側もそれを察知している様子で。

何度かFBIから逮捕者が出ているようだが。

その度にFBIは激しく抵抗。

毎度サボタージュを起こしている様子だ。

元々FBIは州警察からは非常に評判が悪い組織だったし。

その設立からして、黒い部分が多数ある存在だが。

それにしても、今になってこのような問題活動を起こす組織と連携しなければならないとは。

色々と頭が痛い所である。

ただし、今の時点では協力的なFBI関係者もおり。

捜査そのものに必要なデータはきちんと供給されているという。

「データの整理は問題ありませんか」

「いや、問題だらけだ」

「でしょうね……」

聞くまでもないか。

情報部によると。

渡されたデータベースは極めて粗雑に整理されており。

殆ど一からデータを洗い直さなければならない状態だという。

せっかくのアドバンテージが。

全て台無しである。

敵にしてみても、恐らく自分達から出てくるだろうが。

それにしてもこの状況はまずい。

そもそもヴィランズそのものが、強力無比な悪の組織で。

今までのエセヒーローに匹敵するかそれ以上、という軍団である。

エセヒーローのかませとして作り上げられた、今まで戦って来た集団とは次元が一つ違う。

ザ・アルティメットのかませとして作られたと言うことで。

それだけの戦力を有しているのがヴィランズなのだ。

戦力にしても。

今までの悪の組織の残党などが流れ込んでいるというか、合流している節があり。

妙な能力を持った悪党共がわんさかいるという事で。

今米国の裏社会は。

彼らの恐怖に震えあがっているそうだ。

事実マフィアは殆どが掌握されてしまっており。

逆らえば確実に殺されるという状況から。

なんと大物マフィアのボスが、自首してくるケースが絶えないという。

出来ていない奴は。

既に首と胴体が離れている、という状況だそうである。

「人質にされると想定される人数は十万を超えると見て良いだろう。 ヴィランズの構成員は、単独で戦闘機を落とすような連中だ。 マフィアなんてそれこそ、束になってもかなうわけが無い。 文字通りコミックに出てくるスーパーヴィランどもと何ら大差が無いバケモノというわけだ」

「……ザ・アルティメットの動きは?」

「データを見る限り、一応このようにして動いている」

地図を見ると。

なんと、米国の北部から、一つの州ごとに活動をしている。

西から東に移動をして行って、移動先にいるヴィランズの構成員を叩き潰すと、次の州へ移動。

ホワイトハウスが占領されたときも。

「たまたま」近くに来ていたザ・アルティメットが。

ヴィランズを制圧、皆殺しにしたそうである。

かといって、常にそうやって動いているかというと、そうでもなく。

いきなり進路を変えたり。

或いは急ピッチで移動をしたりと。

まるで周囲で起きている事件などとの関連性が見えず。

現在分析中だそうである。

「遭遇戦に持ち込めませんか?」

「残念ながら厳しいと思う。 まずそもそも現在進行形で、どう動くかがまったく予想できない。 現時点ではこの地点から、東に進行しているようだが……」

地図上で指し示されたのは。

旧メキシコの北部。

現在は米国の州になっている辺りだ。

この地域は、治安が最悪の一言であり。

昔はドラッグ王が独立勢力状態で、強大な暴力を振るっていたが。

米国が州として接収すると、軍を派遣。

ドラッグ王を殺し。

配下も虫のように皆殺しにし。

綺麗さっぱり何もかもを終わらせた。

その代わり、不毛の土地が残った。

現在では、邪悪の権化がいなくなった代わりに。

何一つ産業が無い土地が残され。

人も殆ど米国本土に移り住み。

砂漠ばかりが拡がっている。

こんな所にいるのなら。

それこそ奇襲の好機に思われたのだが。

地図を拡大されて、ああなるほどと納得。

東にまっすぐ移動しているように見せて。

無茶苦茶に移動しつつ、気分次第で方向を変えているようにしか見えなかった。

なるほど、これでは現状捕捉は無理だ。

此方をおちょくっているかのようである。

出方を見るか。

いや、それは駄目だ。

相手に先手を渡すのは良くない。

ただでさえ、いつの間にかまた敵に主導権を取り返されているのだ。

むしろ各地のヴィランズだけでも。

クロファルアとフォーリッジの戦力でどうにかならないだろうか。

情報部は頷く。

「一応、データは揃っている。 一斉攻撃が出来るようなら、準備をしておく」

「お願いします」

「宏美くんの負担が少し大きすぎる。 ザ・アルティメットとの戦いだけでも、相当な苦戦が予想される状況だ。 ヴィランズは……此方で何とかしなければなるまい」

博士が申し訳なさそうにいうので。

私は、何とも言えない気分になった。

だが、敵がせっかくの大戦力を活用してこないとはとても思えない。

さて、どう出るか。

情報部が上手くやってくれれば、敵の戦力を相当に目減りさせてくれるとは思うのだが。

過度の期待は禁物だろう。

決戦は既に始まっている。

敵に先手を譲らないため。

皆には、大きな負担を掛けることになる。

 

1、悪党共

 

各地のマフィアの動きを一覧にしてチェック。

とはいっても、ヴィランズに制御させているのだから、どうとでもなるのだが。

自分はふふんと鼻を鳴らす。

古くから、米国では犯罪組織の産み出す利権が、国家自体を揺るがしていた。

かの禁酒法などはその最たる例で。

あの悪法が施行された結果。

儲かったのはマフィアだけだった。

マフィアは膨大な利益を得て。

警察でさえ手出しを出来ない邪悪な組織へと変わった。

何人かの大統領さえ。

マフィアに暗殺されたのでは無いかと言う噂がある。

それほど強力な存在だったのだ。

少なくとも、古くには。

20世紀からマフィアの勢力は衰え始め。

社会の活力が失われると同時に。

マフィアの力も落ちていった。

まあそれはそうだろう。

所詮犯罪組織などと言うものは。

寄生虫だ。

自分のように。

寄生虫は、宿主が元気で無ければ死ぬ。

宿主を殺してしまえば死ぬ。

当然の話である。

21世紀後半には、犯罪組織の人権などに構っている暇など無いと米国は判断。軍まで利用して、犯罪組織を狩り、自分達の「成果」をアピール。

徹底的に追い詰められていた犯罪組織は。

もはや死に体だった。

だからこそ。

クロファルア来訪後に。

此奴らを、ヴィランズによって支配するのは極めて簡単だった。

現状では、ヴィランズのそれこそ使いっ走りとして。

マフィアは完全にその使い捨ての道具にまで落ちている。

昔は市民を震えあがらせた闇の世界の帝王も。

現状はこんなものだ。

「ザ・ワン」

「何か?」

「決戦を挑むのなら早めの方が良いだろう。 兵は拙速を尊ぶって言葉も東洋にあるほどでな」

ハンギングジョンに言われる。

それについては分かっているのだが。

少し面倒な事になっている。

今まで右往左往していたフォーリッジ人が。

急に一枚岩になったのである。

恐らく、アビスと連携して動いていた奴が。

米国を担当していた奴と交代したのだ。

その結果、試験的にだろうが。

警備ロボットがマフィアの事務所に乱入。

そこにいたヴィランズを抹殺。

マフィアの構成員達は、むしろ助かったという風に降伏する、という事態が相次いでいる。

戦闘ロボットも出てきている様子で。

上空を旋回し。

ヴィランズを確認し次第、大口径の荷電粒子砲で一撃必殺に貫く、というような事をしている。

まずはヴィランズから処分するつもりらしく。

各地で指揮系統が混乱している。

厄介な話だが。

今までどこの星系で戦った時よりも。

現状のフォーリッジ人は厄介だ。

此方が何をできて。

どう対応出来るか。

学習しつつある。

現状では、ヴィランズを悉く潰されると、ザ・アルティメットが丸裸になってしまう。ヴィランズは出来レースの貴重な駒であると同時に。ザ・アルティメットを露出させないための、鎧でもあるのだ。

「ヴィランズがかなりの打撃を受けています。 このまま戦闘に突入するのは少々厳しいですね」

「いっそマフィアどもを動かしたらどうだ」

「実情は知っているでしょう」

「……まあな」

現在の米国マフィアは。

それほど強大な力を持ってはいない。

昔は政治にまで介入したり。

大統領を暗殺するほどの力まで持っていた時期もあったのだが。

現在は武装にしてもお粗末で。

構成員もかなり過大申告している。

社会に不満を持つ人間は多数いるが。

彼らはマフィアなんて枠組みには入らず。

デモを起こして暴れたり。

警察署に文句を叫んだり。

そういった行為で満足してしまう。

勿論マフィアが社会の秩序を裏から守っている、何て言うのは、日本で言う任侠と同じ「建前」であり。

そんなものを大まじめに守っているマフィアなんている筈も無い。

義理人情を大事にするギャングスターなんてものは。

今も昔も。

物語の中にしか存在しないのだ。

基本的に犯罪組織なんてものは、クズの集まりなのである。自分がいうのも、またおかしな話ではあるが。

実際問題、ヴィランズが制圧した後。

マフィアの実体を調査したのだが。

特に麻薬や違法売春、臓器の密売などのシノギが完全にクロファルアに潰されてからの凋落ぶりは凄まじく。たった一年ほどで、収益は三十分の一に激減。

警備ロボットの前には何をしようと手も足も出ず。

組織さえ維持できなくなり。

空中分解する組織さえ目立った。

ある意味、ヴィランズに制圧されなければ。

彼らは勝手に滅びていただろう。

「古い時代には、ニューヨークマフィアといえば、頭がおかしい犯罪者集団として、世界中で怖れられていたものなのにな。 実体はこんなものだと知ると、俺も少しばかり悲しくなるぜ」

「同じ犯罪者のシンパシィですか?」

「そんなところだ。 ならば、精々派手に散らせてやれよ。 それが情けという奴ではないのか?」

「ふむ……」

冷酷な会話をしているが。

まあハンギングジョンの言う事は分からないでもない。

そもそも、ヴィランズを集めて人質を取り。

無理矢理アビスをおびき出して叩こう。

そう思っていたところに。

いきなり足下を掬われたところだったのだ。

警察や情報部。

米国のFBIも活発に動いている。

恐らくだが、このままだと。

一気に此方の前提が瓦解する。

ザ・アルティメットがアビスと戦う前に。

もう少し消耗させたいのである。

ならば、少しばかり予定を早めるほか無いだろう。

幸い敵はまだヴィランズの活動実態を完全把握していない様子だ。

使い路は、まだまだ充分にある。

魔にも意見を求めるが。

魔は違う事を言った。

「役にも立たないマフィアは捨てろ」

「ヴィランズのみ集結させて戦わせろと?」

「そうではない。 捨てるとしても、爆発物としてだ」

なるほど、そういう事か。

世界に悪名を轟かせた米国の犯罪者集団だ。

いっそ派手に散らせてやるのも良いかもしれない。

FBIも、恐らくマフィア達の実態がどうなっているかくらいは、把握していたのだろう。

それならば、今やっていやるのは。

カス共の死に花を咲かせてやることくらいだ。

ハンギングジョンの案をベースに。

魔の案を組み込む。

人権など最初から考慮に無い。

当たり前の話で。

そもそもマフィアそのものが。

人権を蹂躙することで甘い蜜を吸い。

多数の人間に寄生して、金を貪りくらい。

社会の寄生虫として、何の貢献もしていないカスだ。

そういう意味では、無能極まりない知的生命体を、ビジネスに活用してやっている私とは比べものにもならないゴミクズである。

だから道具として利用する。

それだけだ。

すぐに作戦を実行に移す。

その過程を悟られるとまずいので。

まずは、現状フォーリッジ人に活動を把握されていると思われるヴィランズを全てだし、配下のマフィア共にも粗末な武器を持たせ、突撃させた。

警備ロボットが迎え撃ち。

すぐに派手な市街戦が始まるが。

マフィアどもには、精々軍の、それも古い型落ちの横流し品の武器くらいしかない。

警備ロボットの前には、完全に無力化される。アサルトライフルだろうがロケットランチャーだろうが関係無い。効くはずがない。

ヴィランズも質が如何に高いと言っても。

単独では警備ロボットには及ばない。

瞬く間に鎮圧される。

当然マフィアどもは、鎮圧される寸前に自爆させようとするのだが。

フォーリッジ人も手口を知り尽くしているからか。

ヴィランズを倒す前に警備ロボットを突入させて耐爆フィールドを展開。

自爆を防がせていた。

頭を銃で撃ち抜いて自殺しようとするマフィアもいたが。

それもその場で撃ち倒され。

無力化されてしまう。

せめてマフィアとして死なせてくれ。

泣きながらわめき散らす中年以上の男もいたが。

情け容赦なく引っ括られていった。

これが。

米国のマフィアの末路か。

笑いがこみ上げてくる。

世界最強最悪の犯罪組織として。

世界中に異名を轟かせた組織がこれか。

所詮この星は辺境。

自分に比べればどいつもこいつも雑魚同然。

たまに魔やアビスのような奴もいるが。

それも例外中の例外だと再確認出来た。

敵が同時多発の攻撃に混乱している間に。

無事だったヴィランズを集結させる。

集結させる際。

人質として。

支配下に置いていたマフィアを。

根こそぎ連れてこさせていた。

 

工場から出荷したばかりのヴィランズも含め。

三百体ほどのヴィランズを揃える事が出来た。

既に米国では。

マフィアの暴動発生。

ヴィランズ関与かと、ニュースになっていた。

いずれもが即座に鎮圧され。

被害も最小限に済んでいると報道は例のアポロニアがやっているが。

アポロニアがかなり窶れていると。

地球人の間でも話題になっているようだ。

阿呆でもそれくらいは気付くか。

笑いを堪えるのが大変である。

なお、休憩室に出向くと。

どいつもこいつも余裕が無く。

真っ青になったまま、ストレス軽減装置を被っていた。

各地での仕事は、自分が関与しなくなった分、かなり楽になったはずで。ロシアなどに至っては、最近軍閥のローラー作戦による駆除が全完了したと聞いている。もっと余裕を持てよ。そう笑いながら声を掛けてやりたいが。

今、どうも自分は目をつけられているらしい。

下手な動きはしない方が良い。

そう判断していた。

休憩室でストレス軽減装置を被るが。

一人がじっと此方を見ている。

クロファルア人としての名前を呼ばれたので。

適当に応じるが。

相手は、やはりじっと見ていた。

「お前、俺の事が分からないのか」

「分かっているさ。 十年来の仲じゃ無いか」

「……」

何かおかしな事を言ったか。

乗っ取る際に、体の記憶は全て把握した。

今話しているのは、別に友人でも何でも無い。ただの同僚である。

十年以上一緒に仕事をしている同僚で。昔から連むことは殆ど無く。ただ同じ職場にいる、というだけの相手だ。

記憶には、完全に引き出せる部分と、そうでないものがあるが。

自分は乗っ取った時点で、その全ての情報を閲覧できるので。

取りこぼしも無い。

また自分自身の記憶容量も、クロファルア人のちんけな脳に入る情報程度なら余裕で格納できるので。

何の問題も無い。

「やっぱり何か違う。 お前、本当に……」

「疲れているんだよ。 疲れると疑心暗鬼になる」

「……」

既に、視線は敵意に彩られていた。

そういえば、犯人がいるだろと、此方を見てきたのも此奴だった。

少しまずいか。

いや、大丈夫だ。

下手に騒ぐ方が尻尾を出す。

勘とか言うものがあるかも知れない事は認める。

だが、それは絶対ではない。

運とか言うものがあることも認める。

だがそれは制御出来る類でも無い。

此奴の情報を徹底的に洗うが。

どう考えても、自分の微細な変化になど気づけるわけが無い。

どちらかといえば頭が鈍い男で。

こんな所で働いているのも。

クロファルアで出世コースから外れたからだ。

とはいっても、自分の乗っ取った体も、その同類だった訳で。

同じ職場にいて、喧嘩もしなかったのも。

立場が似ていると、何処かで悟っていたから、かも知れない。

そんな奴だからか。

中身が入れ替わっていることに気づいたのは。

いや、気付いてはいないはずだ。

いずれにしても、肉体部分に動揺などは生じさせない。

もし生じさせた場合。

逆に怪しまれる。

「兎に角休めよ。 今みんな大変なんだからよ」

「お前は? 随分あっさり仕事を終わらせているようだが」

「何かコツを掴んだみたいでな。 お前にも教えてやろうか?」

「いや、結構だ」

即時に断られる。

鼻で笑うと、その場を離れる。

ちょっとまずい。

彼奴の様子は、明らかに妙だった。

もしも何か異常に気づいているのだとしたら。

それは彼奴の小さな脳みそが気付いたのでは無く。

吹き込まれたと見て良い。

そんなものを吹き込む奴は。

恐らくはフォーリッジ人だ。

そうなると、既にこの体。

フォーリッジ人に目をつけられていると見て良い。

ふむ。

少しばかりまずいな。

もしもだ。

フォーリッジ人が、何か目論んでいるとしたら。

最悪の予想では、懲罰艦隊がもう来ているとか。

まあその場合は。

例の切り札を使って、地球を滅茶苦茶にし。

懲罰艦隊の包囲を崩し。

その間に脱出するだけだ。

あの切り札を使えば。地球を救援するために、懲罰艦隊を寄越さざるを得なくなる。

そうなれば。後は隙を突いて脱出するだけである。

自分だってありとあらゆる手を想定し。

あらゆる状況の対応策を用意している。

ハンギングジョンは数字しか扱っていないと言っていたが。

これでも数字に関しては。

誰も想定しないレベルで操っているのだ。

数を操る邪神だと言われて。

色々と納得したが。

それならば。邪神らしく。

数字を徹底的なまでに操り。

そして自分のものにする。

その邪魔は。

させない。

自室に戻ると、状況確認。ヴィランズは配置についている。このうち半分ほどを今回の作戦で消耗する。

何、もう少しアビスを消耗させれば良い。

前のスレイマンとの戦いでも、相当にダメージを受けたのは確実だ。

それならば此処でもう一押ししてやれば。

ザ・アルティメットとの戦いで、確実にアビスは死ぬ。

そのためのダメージを与えるためだけに。

ヴィランズの半分を使い捨てる価値はある。

作戦開始まで、秒読みを開始させる。

だが、残り七分ほどを切った所で。

アラームが鳴った。

何が起きた。

即座に調査すると。

驚くべき光景が映し出されていた。

各地で、警備ロボットが。

それも尋常では無い数の警備ロボットが投入されている。

まずい。

ヴィランズが物量に潰される。

それも、四割ほどの予定地点で。

一斉摘発が行われていた。

数が数だ。

対応しようが無い。

こんな数の警備ロボット、一体どこから連れてきた。

現在地球上に展開している警備ロボットと、ほぼ同数だ。

何が起きている。

「こりゃあまずいぜ、ザ・ワン」

「何が起きているんですか」

「何かちょっと前にポットみたいなのが地上に降下してな。 そこからわんさか沸いて出やがったんだよ」

脳天気にハンギングジョンは言うが。

なるほど、それで分かった。

先遣隊か。

懲罰艦隊が来ているという話だったが。

その陸戦隊の一部が来た、と言う事なのだろう。

クロファルアの警備ロボットに似ているが。

よく見ると軍用にカスタマイズされている。

フォーリッジ人が渡されている最新鋭戦闘用ロボットほどでは無いにしても。

あれが、あの数だと。

ヴィランズだとどうにもならないだろう。

各地からの通信が途絶。

次々に制圧されていく。

何が起きている。

どうして集結地点が分かった。

調べていくと、無線を拾う。

どうやらFBIが、州警察と連携。

情報を全てだし。

マフィアの隠し通路などを何もかも共有し。

フォーリッジ人に提出したらしい。

自主的に、あのプライドが高い米国警察が、そんな事をするわけがない。

もしそんな事をするのだとしたら。

そうか、自分の邪魔をいつもしてきたあいつらか。

フォーリッジ人に入れ知恵したか。

おのれ。

アビスですらなく。

ただのボンクラに。

此処まで計画を狂わされるとは。

「まずは深呼吸しろ?」

「分かっています!」

せせら笑うハンギングジョン。

自分は深呼吸する。

最近、昔と違ってキレることが増えている。

まさかこんな星でビジネスを大失敗することになるとは思わなかったから、というのが大きいだろう。

だが、自分は精神生命体だ。肉しかもたない奴らよりも、進化した存在だ。滅多に宇宙にも存在しないレア中のレアだ。

特別だ。

だから、自分は負けないのだ。

「残りの六割! 全て作戦開始!」

「いいのか? ザ・アルティメットが丸裸になるぞ」

「構いませんよ。 そもそも今回の作戦の主旨は、敵を消耗させる、それだけですからね!」

もういい。

作戦がずれたが。

アビスにダメージさえ与えられれば。

もうそれで充分だ。

どっと地面からヴィランズが湧き出す。

爆弾を抱えたマフィアどもが。

情けないツラで、涙と鼻水を流しながら、それに従っていた。

これがピカレスクロマンの現実。

実際に存在する。

弱者を痛めつけ。

強者にはこびへつらう。

ギャングの現実だ。

 

2、ピカレスクの黄昏

 

全米での同時暴動勃発。

私はその話を聞いて、来たなと思った。

現在、各地に点々とアジトを展開しているヴィランズの一斉検挙が行われていると聞いている。

それにかこつけたものか。

それとも反攻作戦か。

いずれにしても、ろくなものではない事は確かだ。

「まず状況をお願いします」

「此方だ」

博士が、ベッドの上に状況図を見せてくる。

現在、赤点が米国の地図上にぶわっと拡がっているが。

これが全部そうだろう。

ヴィランズはすっかり弱体化した米国の犯罪組織を根こそぎ配下に置いていると聞いているが。

その犯罪組織の尻を蹴飛ばし。

一気に蜂起させたらしい。

とはいっても、そもそも検挙作業が行われていたタイミングだ。

フォーリッジ人も、それは把握していただろう。

ギリギリまでは寝ているように。

そう言われた私は、ベッドの上から状況を確認するが。

そもそも、現時点で相当数の警備ロボットが追加投入されているはずで。

ヴィランズだけなら、何ら問題は無いはずだ。

ザ・アルティメットの出現報告も無い。

さて、何を狙っている。

各地で犯罪組織の制圧が行われているが。

いずれも軍の古い横流し品くらいしか装備していない連中。

勿論自爆テロなんてする勇気も無い。

群れないと何もできない連中が。

集まって好き勝手やっているという点では。

日本のヤクザと同じだ。

それがいざ、本物の圧倒的な力に接してしまえばどうなるか。

勿論米国のマフィアにも、日本のヤクザが掲げる任侠のような「建前」は存在しているが。

そんなものは放り捨て。

逃げ出すしか無い。

それが現実であり。

腰が引けているマフィア達に。

容赦なく警備ロボットは縄をかけて行っていた。

むしろ、武器を捨てて、積極的に投降する者まで出る始末で。

その情けない有様は。

世界最悪の犯罪組織の面影さえ感じさせなかった。

嘆息すると。

状況を確認。

ヴィランズは、此奴らを捨て駒にしたことは間違いない。

制圧作戦が行われていた地区だけでは無く。

新たに暴動が始まった地区にも警備ロボットが突入し。

次々と状況を制圧して行く。

だが。

アメコミに登場するような、様々な姿をした怪人達。つまりヴィランズの構成員は。

それぞれ多彩な能力を見せつけながら。

犯罪組織の連中を捨て駒にし。

逃げ始める。

それぞれ好き勝手な方向に逃げるように見せかけて。

目的地があると、私は判断した。

ざっと確認するが。

見えてきた。

恐らく敵の目的地は。

頷く。

人口密集地。

それも非武装の、だろう。

そうなってくると、限られてくる。

病院などは、現在は常に警備ロボットが貼り付いている。

公的機関もだ。

軍基地も、現在は軍の跳ね返りが変なことをしないように、見張りがついている。

カルトは。

監視がついているが、それはあくまで敵対者への監視であって。

必ずしも警備のためではないだろう。

敵は恐らく、大規模な人質を取るために動いている。

その人質は、私が必ず「動かなければ」ならない相手であるはずだ。

犯罪組織の場合は、最初から目をつけられていたので、制圧はスムーズに行われてしまっている。

つまり最初からこうなる。

私が出なくても、人質に取るのは無理だっただろう。

だったら、新しい人質を。

あらかじめ確保するしか無い。

ヴィランズが乱入し始めたのは。

カリフォルニア州の一角にある。

広大な敷地をもつカルト。

反ワクチン世界連合の本部である。

人間が発見した偉大な発明の一つであるワクチンを完全否定し。

ガンはオカルトで直せると意味不明な主張を行い。

自分達だけで引きこもって「健康的に」生活しているおよそ五万人のカルト集団。

何度か警察による査察が入っているが。

複数の議員にパイプを確保し。

つまるところ、議員にシンパがいるため。

今までほぼ野放しになっていた集団。

しかも世界各国の企業などを私物化しており。

一時期猛威を振るった頃では無いにしても。

邪悪な影響力を行使し。

世界各地に、失われたはずの迷妄をばらまき。

多くの不幸を量産している集団だ。

こんな連中見捨ててしまえ。

そういう人間も多いだろう。

実際私も、こんな連中に生きている意味があるのか疑問さえ感じる。

だが、此処で鏖殺されるのを黙認したら。

それこそ他の連中と同じだ。

許されることでは無い。

私は黙々淡々と出撃の準備をする。

ヴィランズは一瞬で、本来ではしていない武装で迎え撃った反ワクチン世界連合の集団を制圧すると。

声明を出した。

二時間以内に来い。

さもなくば皆殺しにすると。

同時に、ザ・アルティメットが、公式のSNSに姿を見せた。

以前からアカウントをもっているのだが。

まだ時々動きを見せるのだ。

ザ・アルティメットは言う。

「ヴィランズは現在多くの人々を不幸にしている反ワクチン世界連合に対して攻撃を行っているようだ。 私は正義と平和の使者として、どちらも許すわけにはいかない。 故に状況が安定するまで、しばし静観することとする」

まあそうだろうなと私は思ったが。

放置。

案の定SNSでは。

胡散臭いが、今回は同意だの。

やはりそうなるよなあだの。

カルトざまあだの。

好き勝手な意見が飛び交っていた。

分かっていない。

今、ザ・アルティメットは、自分の意見で救われるべき人命を選別したのである。

この事態を引き起こしているクズ野郎に関しては、もはや裁判をするまでもなく死刑確定であるし。

引きちぎってやろうと思っているが。

しかし、如何に邪悪な集団とは言え。

私の判断で見捨てようとは思わない。

そんな判断をして良いのは。

それこそ神くらいだろう。

そして神などいない今。

司法に可能な限りゆだねるしか無いが。

それでも、出来る事は。

しなければならない。

そして私がそう判断することを。

敵は理解した上で行動している。

頭に来るくらい狡猾だが。

それでも対応はしなければならない。

即時に移動開始。

現場の地下へ、フォーリッジ人に転送して貰う。

そして、変身をする直前まで。

ベッドからは、言われたまま起きなかった。

 

広大な敷地の地下には。

広大な空間が拡がっていた。

そもそもこの土地が。

様々な問題が発生し。

その結果権利者が手放し。

宙ぶらりんになっていた所を、得体が知れない所有者の手を点々とし。

最終的に誰も触りたがらなかったところを。

反ワクチン世界連合とかいうカルトが入手した、という経緯がある。

或いは、この巨大な空間こそ。

最初の持ち主が、何かをしようとして、中途で手放してしまったものなのかも知れないが。

いずれにしても、今の持ち主も。

この空間はしらないだろう。

警備ロボット60が展開。

戦闘ロボットも念のために付けて貰った。

各地での制圧作業は順調。

此処に集結しつつあるヴィランズは。

私を削るために来ているのだろうが。

それと同時に。

追われて集まっている、という面もある。

実際ヴィランズは、今まで戦って来た敵の中では、最大最強の悪の組織だが。

それでも警備ロボットが相手だと色々と相手が悪すぎる。

現在、200を超えるヴィランズが集まり。

人質五万を掌握している状況だ。

勿論、その気になれば、即座に無差別虐殺を開始するだろう。

この近隣で、もっとも大規模なカルトが此処だった。

そしてカルトの中で。

もっとも警察の手を遠ざけ。

好き勝手に振る舞っているのが此処だった。

故に此処だろうと私は判断したし。

実際敵もそう動いた。

米国は今。

自由と無法が完全に混在してしまっている。

その無法の象徴は。

既に犯罪組織では無く。

カルトなのだ。

上に、犯罪組織は見捨てられ。

カルトがヴィランズの俎上に載せられた。

それだけである。

そして敵も、当然私が其処まで読むことを理解していたし。

故に手下にした犯罪組織をけしかけ。

現在進行形で暴動を起こさせている。

警備ロボットの相当数を結局は鎮圧のために割かなければならない訳で。

私が出るしか無い状況を作ったことだけは。

見事だ、とだけ言う。

しかしながら、勝負は此処から。

削ろうと思っているだろうが。

そうはさせてやらない。

既に上では、戦闘も終わっている。

ヴィランズの圧倒的な戦力を前に。

軽武装のカルトなど勝てる訳が無い。

抵抗した者も捕らえられ。

人質としての加工を、今している様子だ。

要するに爆弾を埋め込んだりしているのだろう。

悲鳴が聞こえてくるが、無視。

相手を殺していないのだから。

今からでも幾らでも挽回が利く。

呼吸を整え直すと。

私は相手の位置関係などを把握。

それにしても、広大な敷地に、訳が分からない建物を多数建て。

反ワクチンと称しながら、結局やっているのは意味不明の宗教。

人間は結局の所。

あれだけの事件を経ても。

宗教を卒業することが出来なかった。

人は愚かな生物だなと。

再確認するばかりだ。

位置確認完了。

私は、ブレスレットをかざすと。

アイテムを差し込んだ。

変身、である。

 

地面に躍り出た私は。

早速触手を振るって、多数のヴィランズを薙ぎ払う。

それぞれ変わった姿をしていて。

いずれもが、違う特殊能力を備えているヴィランズは。

何というか。

兎に角賑やかだ。

派手というか。

悪党だが、華がある集団である。

日本の悪の組織だったブラックファングなどは、画一的な姿をしていて。怪人に率いられてはいたが。

その怪人にも、どこか似通ったデザインコンセプトがあった。

これは日本の特撮をベースにしていたから、だろう。

一方ヴィランズは明確に違う。

アメコミをベースにしているから、だろう。

兎に角多種多様な姿をしていて。

能力も様々だ。

火を吐いたり。

氷を吹き付けてきたり。

或いは重火器で乱射してきたり。

空を飛んだり。

高速で移動したり。

色々な能力を駆使し。

私に一斉に襲いかかってくる。

だが、関係無い。

火を噴く奴を触手で叩き潰し。

シールドを張った奴を、シールドごと粉砕する。

同時に地上に出現した警備ロボット達が。

むしろ逆に画一的な姿をしている反ワクチン世界連合の信者達を無理矢理連行するようにして、地下に押し込んでいく。戦闘ロボットも、人質救助作業を全力で行っている様子だ。

警備ロボットは更に増援が来ているが。

どうせ今回も地獄絵図になるだろう。

兎に角私が。

身を盾にしてでも、人質を助けなければならない。

カラフルなデザインをした大男が、目からビームを放ってくる。

触手に突き刺さるビーム。

かなりの出力だ。

だが、単純に此方の方が強い。

ビームを受けきった後。

ビームを跳ね返し。

粉砕してやる。

得意のビームが通じなかったことが悔しかったかのような音を上げながら墜落していくヴィランズは放置。

高速で触手を次々斬り付けてくる相手に。

置き石での針を射出。

その一つにモロに引っ掛かり。

自分から串刺しになったヴィランズが、転がりながら肉塊になった。

サイコキネシスを使う奴が、空中に躍り出ると。

一気に無数のものをぶつけてくる。

だが。それがなんだ。

内部の私へ直接干渉してくるつもりのようだが。

残念ながら、超仙の時のデータをこのスーツにはフィードバックしてある。

サイコキネシスをはじき返すと。

触手一閃。

空中でミンチに変えてやった。

もの凄くごついのが歩いて来る。

両手にいっぱい人質を抱えていて。喚く。

逆らうと、此奴らを握りつぶす、と。

だが、私は躊躇無く。

地面の下に隠していた触手で、股下からそのごついのを頭まで貫通した。

一瞬で串刺しになったそのごついヴィランは。

白目を剥くと。

その無駄に分厚い筋肉から。

人質を解放した。

阿鼻叫喚の中。

燃える建物。

崩れる建物。

それらから、警備ロボットが人質を救い出す。

私も触手を振るって、可能な限り人質を救出する。

だが人質も暴れる。

触るなバケモノ。

神よお助けください。

そんな身勝手な言葉が、辺り中から聞こえてくる。

21世紀後半にもなって、未だに反ワクチンなどと言う世界的に猛威を振るったカルトを信奉している連中だ。

こういう奴らだと言う事は。

分かりきっていたのだ。

だから私は。

何もしない。

ただ淡々と。

自分がやるべき事をするだけだ。

巨大化したヴィランがいた。

此方に向けて歩いて来る。

巨大化か。

全身が青黒いそいつは。

古い米国のアニメに出てくる、凶暴なゴリラそのものの姿をしていた。

古い時代の米国のアニメでは、ゴリラが人気のある悪役で。邪悪で残虐で野蛮な存在として、良くその存在感をあらわにした。

ゴリラがチンパンジーなどに比べると遙かに穏やかな性格をしている事が分かってきてからは、そういう描写は無くなっていったが。

今でもアメコミをベースにしている悪役には、こういうのが出てくる、というわけか。

或いは、古いアメコミをモデルにしたのかも知れない。

見ると、兎に角多種多様なヴィランがいる。

古くから新しくまで。

あらゆるアメコミから、節操なくモデルをもってきているのだろう。

まあこれだけの数だ。

モデルをいちいち用意はできないか。

殴りかかってくる青ゴリラ。

私は触手を束ね。

その拳を受け止めつつ。

ぐるりと腕を巻き取って。

一瞬でバキバキにへし折った。

悲鳴を上げるゴリラをそのまま空中に投げ上げると。

触手で体を抉り。

内側から爆裂させる。

大量の血と肉片が降り注ぐ中。

私は吠え猛った。

次は誰だ。

 

3、赤い雨

 

鮮血がプールのように溜まっている中。

五体のヴィランが残っていた。

最後まで戦いには加わらず、傍観していた連中だ。

いずれもヴィランズ最強の個体と見て良いだろう。

確かに、今までに相手にしてきたエセヒーローに勝るとも劣らない力を感じる。此奴らこそが、本命というわけだ。

何しろ相手にした数が数だ。

私自身もかなり消耗している。

人質は救助が終わったが。

まだ此処は動けない。

どうせ爆弾だの何だのを仕込まれているのだ。

警備ロボットが救助作業に専念できるように。

此処で。

私が。

此奴らを、仕留め。

なおかつ、警備ロボットの邪魔をさせないようにしなければならないのである。

最初に動いたのは。

メカメカしい姿をした奴だ。

ロケット噴射で跳び上がると。

それこそ無数としか言えないミサイルを放ってくる。

即座に爆発するミサイル。

火力も尋常では無い。

これは地球人類が使っている大型の巡航ミサイル並では無いのか。それが数千は一瞬で飛んできた。

煙を払うと。

既に奴は後ろに回り込んでいて。

代わりに、マスクをした、真っ黒い筋肉質な男が前にいた。

そいつが、私の触手での一撃を受け止めると。

拳を逆に本体へと叩き込んでくる。

衝撃が強烈だ。

なるほど、さっきのゴリラ何かよりもよっぽど強い。

炎の塊が上空に。

今度は超高熱を扱う奴か。

炎を扱う奴はさっきまでに潰していた雑魚どもの中にもいたが。

今度のは、全身がプラズマに覆われているような状況だ。

灼熱の矢を作り出すと。

うち込んでくる。

全身に、凄まじい熱量が叩き付けられ。

思わず呻く。

続いて。

建物が浮き上がる。

それも、野球のドーム球場くらいはあるやつが、だ。

なるほど、サイコキネシス使いの頂点という訳か。超仙ほどではないにしても、それに近い戦力を与えられている、と言う訳だ。

叩き付けられる巨大建造物。

吹っ飛ばし、避けるが。

その瓦礫を抜けて。

私の側を一閃。

ざっくりと、切り裂かれていた。

巨大な刀を手にした奴。

ちょっと間違った日本風の甲冑を着た、恐らく忍者をイメージしたヴィランだろう。今でも忍者は色々な意味で大人気だ。

さて、能力は見せてもらった。

これ以上喰らってやるつもりもない。

高速で飛び回り、またミサイルを放ってくるメカメカしい奴だが。

その時には既に。

私の、今切り裂かれた触手が。

超高速で、そのメカメカしい奴に巻き付いていた。

ミサイルが、全て。

触手の中で誤爆する。

触手も無事ではすまないが。

当然メカメカしい奴も粉々だ。

爆散する一匹目。

次。

超パワーの黒い奴。

躍りかかってくるが。

私はむしろ体を柔軟に曲げると。

そいつを投げ飛ばした。

いや、するっと通り過ぎさせた、というべきか。

まさか体を通り抜けられるとは思わなかったのだろう。此奴を後ろでラジコンしている奴が、だが。

慌てた様子の黒い奴を、真上から触手で叩き潰す。

地面に押し付けた黒いのに、更に太鼓で叩くように、棘だらけの触手を回転させつつぶつけ続け。それが終わったときには。

既に黒いのは肉塊に変わっていた。

まあミンチマシーンで殴ったようなものだから、当たり前か。

次。

再び放たれる超高熱。

だが私は、触手を旋回させると。

真空状態を作り出し。

それを叩き付けた。

超高熱が、真空とぶつかり合って、複雑な変化を遂げた瞬間。

私は高速で動く。

それを止めようとしたサイキック使いを。

パワーでそのままねじ伏せ。

触手で左右から叩き潰して、粉々にしつつ。

上空に躍り出る。

灼熱使いが、火球を乱射してくるが。

一発一発の火力はそれによって逆に落ちる事になる。

触手を振るって弾きながら接近。

最後まで恐怖の表情一つ浮かべること無く連射を続けていた灼熱使いだが。

私が振るい上げた触手に、抉り込まれるようにたたき上げられ。

更にもう一撃ふるい落とした触手でグシャグシャに潰れ。

熱量が制御出来なくなったらしく。

中空で爆発。

そのまま、跡形も無く消し飛んだ。

着地。

最後の忍者だ。

忍者は、刀を鞘に収めると。

深々と腰を落とす。

居合いの構えか。

いいだろう。

私も、ゆっくりと体を低く沈み込ませる。

今の一撃で、あの居合いが、私の体を切り裂くだけのパワーを持っている事は理解した。ならば、それを逆用する。

突撃してくる忍者。

ジグザグに動きながら、間合いにまで入ってくる。

その瞬間。

奴の足下が、崩壊した。

居合いは、踏み込みがなければ放てない。

奴は飛ぶ。

私の体を足場に居合いを放とうと思ったのだろうが。

そこまでだ。

飛んだところで、衝撃波をぶつけてやり。

態勢を崩したところを、全身をそのまま触手で拘束。

そして、四の五の言わず。

握りつぶしていた。

鮮血が噴き上がる中。

私は、周囲を確認。

どうやら、今のが最後だった様子だ。少なくとも周囲に気配はない。

呼吸を整える。

そして、後ろから飛んできた矢を、触手ではじき返していた。

姿を見せるのは。

道化としか言いようが無い格好をした、おぞましいほどに戦闘的な笑顔を浮かべた男である。

此奴が正真正銘。

最後の一人か。

油断はしていなかったが。今の私から気配を隠すとは流石だ。マハープラカシュくらいに実力はあるかも知れない。

幻惑するように動きながら、無数の飛び道具を放ってくる道化。

気配が読みづらい。

更に、小さな武器の筈なのに。

確実に体に突き刺さり、ダメージを与えてくる。

なるほど。

此奴、今までの膨大なデータから、立ち回りに関してのデータを徹底的に抽出し、埋め込んだタイプか。

その上、武器そのものもトリッキーだから戦いづらいと。

だが。

此方も、散々戦闘での立ち回りは、身を以て経験しているのだ。

足下が爆破され。

態勢を崩すが。

相手は間合いを保ったまま、次々とクラッカーだの吹き矢だので攻撃してくる。いずれもが当たると爆発するし、避けようにもトリッキーな軌道で此方に直撃する。

けらけら。

相手が笑っている。

まあ別にどうでも良い。

大きめのくす玉みたいのを相手が持ち出す。

そして、意外にパワフルな動作で投げつけてきた。

次の瞬間。

奴に向けて放つ。

奴の動きが止まる。

くす玉も、中途で撃墜。

ぱんと、軽快な音さえ立てて。

それははじけ飛んだ。

奴は立ったまま動けずにいる。

それはそうだろう。

何しろ奴の体には。

私が放った消化液が、びっちゃりとついていたからだ。

足下から溶けていく道化。

けらけら。

笑いながら。

白い液体へと化していき。

やがて地面に溶け消えた。

これでヴィランズは終わりだ。

通信が入ってくる。

「宏美くん、無事かね!?」

「状況を……お願いします」

「今、各地での暴動はあらかた片がついた。 救助した人質も、多分大丈夫の筈だ」

「そう、ですか」

流石にダメージが大きい。

スレイマンとやりあったときほどでは無いが。

相当に喰らった。

一旦地下に降りる。

そうすると、凄まじいブーイングが私に浴びせられた。

「出ていけバケモノ!」

「此処は俺たちの場所だ! ワクチンに汚されていない楽園だったんだぞ!」

「人間は自然に生き自然に死ぬのが定めだ! 彼処で殺されていたら、それが私達の運命だったのに!」

「運命をねじ曲げやがって!」

そうかそうか。

どうでもいい。

そのまま、人質共のブーイングを聞き流し。

奴らの視界から消える。

そして、変身を解除。

そのまま倒れそうになるが。

警備ロボットの一体が支えてくれた。

「……」

意識が薄れてくる。

これは今回も手術だろうな。

自分の命が。

目に見えて削られている。

それが嫌と言うほど分かって。

私は。

もう、言葉も無かった。

だが、それでも。

奴は倒さなければならない。

あの罵倒。

あれは人間そのものの悪が露出した姿だ。

あんなものは嫌と言うほどみてきた。だから、今更あんなものに傷ついたりはしない。そもそも、人間はあの程度の存在だ。

最初から期待していない。

後は、ザ・アルティメットと。

その裏に控えているらしい何か。

いずれも倒した後は。

奴をぶちのめす。

戦いはそれで終わり。

気付くと、ベッドに寝かされて、呼吸補助機をつけられていた。

ぼんやりとしたまま、周囲を見て。

そして、博士がいるのに気付いた。

「ヴィランズの工場は叩いたよ。 後は、ザ・アルティメットだけだ」

「……」

「少し休むんだ。 何とか持ち直したが、一時期は本当に危なかった。 次は、更に何とか改良をしてみせるから。 だから、死なないでくれ宏美くん。 頼む」

博士が、本当に悔しそうに言う。

私は、思考が定まらず。

慰める事も。

別に問題ないと強がることも。

どちらも出来なかった。

情けない話だ。

また意識を失って、目を覚ますと。まる二日が経過していた。

そして何となく理解する。

このままだと。私は敵のもくろみ通り死ぬ。

敵はまた。

別の星に出向き。

多くの命を蹂躙する。

つまり奴は野放しになる。

その正体が何だかはまだよく分からない。

仮説通り精神生命体かも知れないし。

或いはもっと違う何か別のものなのかも知れない。

だがはっきりしているのは。

奴には悪意すら無く。

ビジネスと称して他を踏みにじり続けると言う事。

悪い事をしている、という思考回路さえない。

本当に数字しか扱っていない。

痛みもなにもない。

そしてそのおぞましき姿は。

極限まで煮詰めたこの星の人間と、何ら変わらないと言うことだ。

もしこの星の人間が、何かの間違いで、そのまま宇宙進出を果たしていたら。

奴と同じような事を。

銀河規模でやっていただろう。

それはほぼ確定で。

だからこそ私は。

奴を殺さなければならない。

死んでたまるか。

ぼそりと私は呟いていた。

精神論だけでどうにかなる問題では無いことくらい分かりきっている。何か、もうひと味工夫がいる。

奴をこのままでは取り逃がす。

それだけは駄目だ。

何か、一つ手を打たないと。

現時点で、私は戦う度に倒れているし。

このまま行くと、奴に主導権を完全に握られる。

何かいい手は何か。

博士はどちらかというと技術者で、頭が良くても戦略も戦術も期待出来ない。

情報部や警察は。

駄目だ。あの人達も有能だけれども、それでも奴にはまだまだ及ばない。捜査などで決まったデータから敵の本拠などを割り出すことは出来ても。奴の作戦を読んで、裏を掻く事までは無理だろう。

何しろ、今では奴は。

あの魔を完全に従えている様子だ。

魔は明らかに一時期暴走していた。

それを従えたと言う事は。

力によって組み伏せたと見て良い。

そんな事が出来る相手だ。

私が見ていたよりも、奴の底力は高い、と見て良い。

クロファルア人は論外。

テクノロジーは兎も角、オツムは地球人と変わらない。

フォーリッジ人は、不正を絶対にしない信頼感はあるが、その代わり頭が固い。変幻自在な奴の策略には対抗しきれないだろう。

そうなってくると。

やはり私が何か考えるしか無いか。

ザ・アルティメットとの対決は避けられない。

問題はその後だ。

その後、私が極限状態で、恐らく黒幕は、切り札を起動すると見て良い。

その切り札の戦力は。

間違いなくザ・アルティメットより上と見て良いだろう。

スレイマンの時でさえ。

戦闘ロボットが押されるほどだった。

能力相性や、完全に自由ではない状況だったこともあるだろうが。

それでも、それ以上の能力となってくると。

下手をすると、地球そのものが危機になることもありうる。

少し頭を使いすぎたからか、ベッドが警告を発してくる。

うんざりしながらも。少し休んで。

思考を再開。

仮に、だ。

敵が包囲網が既に構築されていることに気付いているとしたら。

自分が逃げるために。

地球が滅びかねないような、とんでもない兵器を起動しかねない。

そんなものを出されたら、フォーリッジ人は慌てて包囲を構築している戦力を対応に回すだろうし。

そうなれば包囲にも穴が出来る。

敵は嬉々として逃げ出すはずだ。

ならばどうする。

一つ先に。

手を打たなければならない。

そうしなければ。

この地球そのものが。

奴に陵辱され尽くした末に。

滅びるかも知れない。

奴は既に黒字を諦めている。

そうなれば、私怨を平然と地球にぶつけて、去るくらいのことはするだろう。

そういう相手と。

私は戦って来たのだ。

悪意などそもそも何も無い。

ただの純粋なる邪悪。

人間の究極進化型ともいえる奴は。

恐らくそう動く。

ならば。

どうすれば、その現時点では決まり切っている動きを崩す事ができるだろうか。

少し考え込んでから。

博士を呼ぶ。

フォーリッジ人に話をつないで貰う。

私自身バイタルがかなり良くない状態だと言う事は分かっているのだろう。フォーリッジ人は、すぐに対応に出てくれた。

「どうした」

「一つ、懸念があります」

「懸念とは」

「もしも私が奴だったら、という立場で考えて見ました。 恐らく奴は、何かしらの強力な切り札を持ち込んでいると思いますが、それを躊躇無く使うと思います。 切り札の戦力は、多分現時点で地球にいる全戦力でもかなわないほどだと思われます」

フォーリッジ人が絶句するのが分かった。

だが、事実だ。

冷静に受け止め。

対応していかなければならない。

楽観は敵だ。

それは、所詮都合良くものを考える事に過ぎないのだから。

「そんな戦闘兵器は、それこそ軍の横流し品くらいしかあり得ない」

「独自開発の可能性は」

「独自開発するにしても、今までの敵の傾向からして」

「敵は確かに自前で今回の事件に使った生物兵器や機械兵器を作って持ち込んでいるとは思います。 しかしそれらの性能には限界があり、実際地球に来ている警備ロボットや戦闘ロボットで充分対応出来る程度に過ぎませんでした。 しかし、だからといって、敵の切り札までもがそうだとは限りません」

むしろ、それだからこそ。

敵は戦力を温存してきた。

そう言っても良い。

私は何度か咳き込む。

少し喋るだけで。

肺への負担が、尋常では無く大きい、と言う事だ。

「仮に地球を破壊出来る兵器を地球の大気圏内で起動された場合、対抗する手段は何かありますか」

「……最悪の予想として、そのようなものを起動された場合か」

「法的手続きは兎も角、あるかないかだけは知りたいです」

「ある」

そうか。

それならば良かった。

ならば、手は打てる。

「ザ・アルティメットは何とかします。 地球を破壊可能な兵器を敵が起動することを想定して、対応策を打ってください」

「今からか」

「今すぐにです。 法的手続きにはどうせ時間が掛かるでしょう?」

「……分かった」

フォーリッジ人も。

まさかそれほどの切り札が出てくるとは想定していなかったのだろう。私も、実際そこまでのものが出てくるかどうかは分かっていない。

だが、もしも奴が最悪の兵器をもっているとしたら。

それくらいはするだろう。

爆発物の可能性は小さい。

というのも、いわゆる反物質兵器だのブラックホール発生装置だので地球を瞬時に破壊してしまった場合、包囲網は崩れない。

それでは奴は逃げられないからだ。

それこそ、地球を破壊しかねない勢いで暴れるような、分かり易い超兵器。

そんなものを、奴は見せつけるように起動するはずだ。

ならば、それを押さえ込んでしまえば良い。

博士が作る変身フォームでは、どれだけ頑張っても無理だろう。

私がどれだけ策を巡らせても厳しい。

だが、それ以上のテクノロジーを最初から動かせるようにしておけば。

此方が一枚先を行く事が出来る。

しばしして。

気絶していたことに気付いた。

目を覚まして。

動こうとして、上手く行かない。

まだ呼吸補助機は外れていない。

バイタルの回復が遅いと言うよりも。

それだけ私の受けているダメージが、深刻だと言う事だ。

なるほど。

敵の作戦は、順調に進んでいるというわけだ。

だが見せてやる。

その順調な作戦を。

足下から崩して。

すっころばせてやる。

そして何もかもを失った所を。

八つ裂きにしてやる。

博士が来る。

現在の回復はと聞いてみるが。

無言である。

なるほど、どうやらこれは、後遺症が残るかも知れないなと、私はどこか他人事のように考えていた。

自分の体が無茶苦茶になる事に関しては、別に何ら後悔はない。

むしろこうなっても仕方が無いだろうくらいに考えている。

だが、このまま死ぬのだけは駄目だ。

「あれから何日経ちました」

「まだ五日だよ、宏美くん」

「後五日で、戦えるようにしてください」

「そんな無茶な」

無茶でも。やるしかない。

私が、自分の状況を把握しているらしい事に気付いた博士は。諦めたように、全てを話してくれた。

「無理矢理急速医療で回復を続けたツケが出ている。 このままザ・アルティメットとやりあって、勝てたとしても、当分は殆ど身動きできないだろう。 そればかりか、その後に更に強大な敵が出てくるとなると……」

「いや、それについてはどうにかします。 最悪の場合、私は死ぬと言うことで間違いないですね」

「ザ・アルティメットとの戦いで、最も楽観的に勝利を収めた場合でも。 現状では、かなり重い後遺症が残ると思う。 クローンの技術を秘密裏に使う事は重罪だ。 フォーリッジ人に依頼するとしても、相当に時間が掛かってしまうだろう」

「別に構わないですよ」

むしろ、クローン技術で体を再生出来るなら。

多少痛い目にあおうがどうでもいい。

そんな程度のリスクだったら。

ないのと同じだ。

「戦いのために、フォームを調整してください。 ザ・アルティメットは、今までの敵の能力を全て持っていると考えても良いはずです。 瞬殺マッチは絶対に無理でしょう」

「分かっている。 ……どうにかしてみせる」

少し博士も辛そうだ。

次の戦いのために。

それこそ、全ての技術をつぎ込んで、フォームの改良をしているのだろうから。まあ無理もない。

博士に少しばかり同情してしまうのと同時に。

私は、今までのエセヒーローの能力を全て持つザ・アルティメットとの決戦を。

どうやってやり過ごすか。

考え始めていた。

正攻法だと、少しばかり厳しいかも知れない。

しかし奇襲の類は通用しないだろう。

敵は既に、切り札の準備にも入っている筈だ。

フォーリッジ人の法的手続きが間に合うか。

全ては。

其処に掛かっている。

 

4、宴の後

 

弱い者いじめをして喰っているのが犯罪組織だ。

その存在は寄生虫と同じで。

宿主が弱れば何もできなくなる。

逃げだそうとしても。

むしろ今までの悪名が祟って、最後には、という末路が多い。

ましてや、弱い者いじめが出来なくなった今の地球では。

ヤクザもそうだし。

マフィアもそうだが。

とにかく惨めな末路を遂げるものだ。

それを、東方は目の前で見ていた。

ヴィランズに命令されて、暴動を起こしていたマフィア達は、揃って警備ロボットに鎮圧され。

片っ端から刑務所に入れられていた。

フォーリッジ人の指示もあったのだろう。

直接脳を覗き。

有用な情報が無いかを探りつつ。

更に今までの犯罪も全て直接検索。

裁判の手間も減らしているようだ。

人権侵害だとわめき散らしているマフィアの構成員も。

人間が相手ならすごめたのだろうが。

あらゆる法を完璧に把握している警備ロボットの前にはどうしようもないし。

何より彼らだって知っているのだ。

クロファルアの機嫌を損ねたら。

地球は一年ももたないことを。

更にその上位存在に等しいフォーリッジ人が直接来ている今。

抵抗などできない事を。

ギャングスタなど映画に出てくる存在に過ぎず。

実際には弱者には強く出て、強者には媚を売る。

そんな存在に過ぎない。

東方は、その無惨な現実を。

目の前にて見せつけられていた。

ピカレスクロマンに出てくるような格好良い悪党など実在しない。

あんなものは、秩序に対する反発が産んだ、都合が良い悪党像であって。

実際には、仲間には優しいだの。

仁義だのをまもるだのと言いつつ。

結局やっているのは弱い者いじめでどう稼ぐか、だ。

ましてやこの国では。

金を払って弁護士を雇えば。

どんな犯罪者でも、平然と外に出てこられるという時代さえあった。

弁護士は金を貰って犯罪者を無罪にする仕事だ、などという誤認がされていた時代さえあった。

弁護士がやるべきは、裁判において法に沿って被告の権利を守ることであって。

犯罪者を金で野放しにすることではない。

昔はそんな無茶苦茶がまかり通っていて。

弁護士が犯罪者を好き放題野放しにしていた社会の害悪となっていた時代もあったが。

今では裁判の仕組みにも、クロファルアの持ち込んだAIが導入されており。

犯罪者は容赦なく裁かれるし。

更正が不可能と判断された場合は。

刑罰が躊躇無く延長もされる。

マフィアはそういう意味では。

もはや何もできない。

裁判で無様な醜態をさらしているマフィアの幹部達を一瞥だけすると。東方は桐野がもってきた今回の事件の顛末の資料を見る。

此処は警察の、与えられているスペース。

裁判も、此処から見る事が出来る時代なのだ。

「今回の一見で、ヴィランズはどうやら壊滅した様子です。 これで世界に蔓延っていた悪の組織は、全て滅びたことになりますね」

「後はエセヒーロー、ザ・アルティメットだけだな」

「はい。 そのザ・アルティメットですが、声明を出しています」

「……」

奴はSNSにアカウントをもっている。

それを見ると、どうやらヴィランズが滅びたことに対して、勇敢なる戦士達の奮闘を讃える、とか書いているようだった。

何がだ。

反吐が出そうになるが、何とか押さえ込む。

ずっと茶番をやっていた分際で。

何をほざくか。

ザ・アルティメットは。

長身の筋肉質な金髪の白人男性で。

見るからにヒーローというコスチュームを纏い。

四角い強そうな男性である。

コテコテすぎるほどのヒーロー像であり。

姿からして、究極の名を課すに相応しい。

だが、それは姿だけだ。

此奴は能力も異次元だが。

その代わりやってきた事は。

黒幕が人間を多数拉致するのを助けるために。

ヴィランズと出来レースを繰り返す。

ただそれだけ。

此奴にヒーローを名乗る資格は無い。

えらそうな能力を持ち。

格好良さげな姿をして。

口だけは達者。

それしか此奴には無い。

ヒーローとは何なのか。此奴を見ていると、改めて思い知らされてしまう。

「ザ・アルティメットの居場所は」

「分かりません。 最後に確認されたのは、ヴィランズの掃討作戦の前、四日前ほどでして、中空をマッハ30程で飛んでいるのを確認されただけです」

「どんな反応だ」

「やはりもう流石の米国市民も、かなり冷ややかな目で見ているようですね」

それはそれというわけか。

警察署の外には。

その米国市民達が。

自分達でも何を言っているか分からない有様で。

プラカードを掲げ。

デモを行っている。

神格化されたデモという行為の末路がこれだ。

情報もそもそも、聞き込みではまともに得られはしない。

この国もそうだが。

西側諸国は、どうしてこう。

自由を自分の都合が良い棍棒だと勘違いし。

振り回して気に入らない相手を傷つける、邪悪な思想が蔓延ってしまったのか。

もはや自分でも分からない正義を振りかざしている外の者達は。

本物の愚民以外の何者でも無いだろう。

いつからこうなってしまったのか。

先進国とは何だったのか。

日本もこれと大して変わらないのが泣けてくる。

結局の所。

人間は滅びるべきだったのだろうか。

「とにかく、ザ・アルティメットさえ排除すれば、敵はもう実働戦力を失うはずだ」

「そう信じたいところですが……」

「奴の行動パターン、目撃情報、全てを洗うしか無い。 これが最後の戦いだ。 アビスの負担を可能な限り減らす」

「分かっています」

情報部にも話をして。

桐野と一緒に、ザ・アルティメットが現れた場所を視察に出向く。

マフィアの事務所がすっからかんになっていて。

中がかなり荒らされた形跡があった。

違法性のあるものは全て警備ロボットが持って行ってしまったのに。

金になるようなものも、全て回収済みだというのに。

分かり易い悪であるマフィアを。

正義の自分が叩くのが、格好良いと言う事か。

まあマフィアは確かに悪だが。

そいつらが逮捕されたからと言って。

残ったものを叩くのは、正義なのだろうか。

著しく疑問だが。

もう放置して行く。

途中、警察車両だとみて、罵声を浴びせてくる人間がかなり目立った。

給料泥棒。

役立たず。

そんな声も聞こえる。

そうだな。

だがお前達はどうなんだ。

そう言えるだけの存在なのか。

東方は呟いたが。

勿論面倒だから、面と向かって言い返しはしない。

そして、彼らはそんな事を好き勝手にほざいている内に。

完全に勘違いして。

今のようになってしまった。

自分もいずれああなるのだろうか。

人間は年老いれば衰える。

この国は、正にその老衰した状態だ。

市民までもが、気付かないまま老衰した国家状況に巻き込まれてしまっている。

完全に役立たずになり、解散した国連と同じようなものか。

情けない。

東方は自動運転で現場に向かう車の中で。

これから調査する場所のデータを。

事前に徹底的に確認し続けていた。

 

(続)