意地と覚悟

 

序、作られた時間

 

砂漠だった硝子の荒野で集めて来た証拠品を調査する。

敵はアビスに致命傷を与えて、それで満足した。

今後アビスは、例え治癒したとしても、体に色々と障害を負うだろう。無茶な戦いをしたのは、分かりきっていたからだ。

だからこそ。

此処で東方が粘らなければならない。

500人以上を救うために。

身を刻むようにして戦ったアビスの奮闘を。

無駄にしてはならない。

アビスを戦線にこれ以上立たせるのは心苦しいが。

敵の上を行くには。

それ以外にない。

戦いを少しでも早く終わらせ。

そして優位に進めるためにも。

此処が踏ん張りどころだ。

膨大な証拠品を分類分けし。

データを徹底的に調べる。

それこそ、本来だったらあり得ない精度での仕事が要求されるのだが。それでもやる。現場百回を合い言葉にし。

それで何度も敵の懐まで肉薄した。

東方だからこそ出来る事だ。

桐野と手分けして。

データを徹底的に調べる。

解析には、フォーリッジ人にも協力して貰う。

元々アフリカ戦線にいたフォーリッジ人は、自分の判断ミスによる損害の大きさに流石に反省したらしく、大人しくしている。

一方、中華でも協力したフォーリッジ人は。

相変わらずマニュアルに頼りすぎる所はあるものの。

協力的という点では、前とは比較にならなかった。

この辺りは、もっと早くから、と思うけれど。

今は出来るものを使って。

可能な限り効率的にやっていくしかないのだ。

様々なデータを分析していくと。

やはり分かってきたのは。

北部アフリカの悪の組織では、相当粗雑な生産をしていた、と言う事だ。

どうやら軍の廃棄した基地から、兵器の残骸を回収し。

あの動物軍団を作り上げるための材料にしていたらしい。

非常に不愉快な話だが。

その工場については、ある程度特定出来た。

そもそも、アフリカも。

あの世界が滅び掛けた動乱の中で。

相当な打撃を受けた。

アフリカは21世紀前半にはもはやどん詰まりが見えてきていたが。

それ以降はもう息をしているか怪しいという有様にまで状況が転落。

とくに「先進各国」が悲惨な状態になり初めてからは。

その有様は、「石器時代に戻った」とまで言われる程にまでになった。

原始的な殺し合いが行われ。

中古品として廃棄されていた兵器まで引っ張り出し。

誰が何のために始めたかさえ分からない戦争が延々と続き。

そしてクロファルア人が来た頃には、もはや誰もが力尽きていた。

経済。

政治。

軍事。

医療。

全てが終わっていた。

焼け野原になった其処には。

もはやサバンナの豊かな生態系は存在せず。

動物は悉くが殺し尽くされ。

換金するために売ろうとするも。

誰も買う余裕など無く。

うち捨てられ。

屍の山が彼方此方に出来ていた。

人間も同じ事。

場所によっては、もはや文明すら崩壊し。言葉すら失い掛けた人々が、襤褸を纏って生活していた。

だから、もはや記録さえも失われ。

21世紀中盤以降は。

どのような勢力が、どのように動いていたかさえ。

分かっていないのが現状だ。

しかしながら。

残留している物質などから。

何処に何があったのか、くらいまでなら分かる。

集めて来た膨大な物資を調べていくと。

どうやら、今まで此方に尻尾を掴ませなかった、北部アフリカの悪の組織と、エセヒーローの工場のあった場所が分かり始めてきた。

地中海の小さな島である。

更にこの間の戦いで、膨大な数の敵が投入されたこともあり。

空間転送のテクノロジーについても判明している。

現地に早速警備ロボットが多数派遣され。

其処で見つかったのは。

膨大な人骨だった。

この辺りも、21世紀中盤以降は完全に無政府状態と化していたのだが。

その結果、何かとんでもないジェノサイドが起きたらしい。

人骨は殆どが散らばっており。

喰人をした形跡も残っていた。

この島は、もうどこの国の所属かも分からない状態になっていたのだが。

いずれにしても、悲惨すぎる。

フォーリッジの権限で接収。

権限を主張する人間がいたとしても、強権発動である。そして、何が起きたのかを調査しつつ、空間転送の調査も実施。

そして二日で敵工場を発見。

敵エセヒーローと悪の組織の工場が同じ場所にあり。

そして更地になっていた場所に。

反政府組織の基地があったらしい事も判明した。

基地の跡地には、どうやら毒ガスが使用された形跡があり。

ABC兵器の禁止条約なんてガン無視。

何処の国の兵器だか知らないが。

恐らくは、基地にいた人間どころか、島にいた人間ごと皆殺しにしていたらしかった。

無茶苦茶だが。

この程度の事は。

大混乱の中で、彼方此方起きていた。

今、世界中でそれが発掘され、逮捕者が大勢出ている。

当時の権力者は、あらかた牢に入れられるのでは無いか、という話さえ出ているほどで。

汚れ仕事が当たり前、だったこの地球で。

その混乱期に。

人間がどれだけ醜い本性を晒すか。

この島は端的に見せつけていた、とも言える。

東方は、調査を任せながら、まずは骨を葬るべきだろうと思った。

実際余程酷いガスが使われていたらしく。

動物さえ漁った形跡が無い。

調べて見ると、どうやら此処に反政府組織の人間が来てから。

食糧が枯渇。

テロを繰り返したり。

略奪をするも足りなくなり。

とうとう住民を食い始めたところに。

何処かの軍の特殊部隊が発見。

抵抗してきたため。

毒ガス兵器で島ごと皆殺し、という結果に終わったらしかった。

それを奴が秘密裏に接収。

何しろ政治的に極めてデリケートな場所だ。

恐らくは。

色々な国は。

知っていたのだろう。

此処で何が起きたか。

だが、此処は政治的に極めてデリケートな場所だ。

触れれば余計な火種を抱え込むことになる。

今はどこの国も、正直他国に目を向ける余裕も無く。クロファルアの支援で立て直す事で必死だ。

そんな状態である。

酷い話だが。

他の国の住民が死のうが。

知った事では無い。

こう考えるのも。

人間的、と言えるのだろう。

実際問題、人道支援は無駄だ、等という声も21世紀の前半からは上がり始め。中盤以降は人権が「先進国」でさえ半ば放り捨てられた事もあって。

このような事例は掃いて捨てるほどにある。

クロファルア人が来なければ。

本当に地球人は滅亡していたのだなと。

悲惨な廃墟島を調査しながら、東方は改めて思い知らされていた。

黒幕は。

奴は笑っていることだろう。

地球人に比べれば。

自分などとても良心的だ、と。

「此方です!」

桐野が何か見つけたらしい。

呼ばれたので出向くと。

固定砲座があった。

確かにやたら古くさい。

これか。

戦車の残骸。

何処かから、中古で引き取ったものだろう。二次大戦末期の戦車。戦車としては使い物にならないから、埋めて固定砲台にしたという話があるが。それを安値で買いたたいて、防御用の兵器として使ったのだろう。

すぐにタブレットで調査すると。

部品が一致する。

つまりこの島から。

使えそうな物資を適当に漁って。

雑に使った、と言う事だ。

「この悲惨な遺体はどうしましょう」

「出来れば葬ってやりたいが……」

「此方で対応する」

フォーリッジ人が、タブレット越しに話しかけてくる。

向こうでも調査状況は見ていたらしく。

この島の文化を調査し。

それに沿って遺体を埋葬してくれるそうだ。

流石に其処までが限界だと言うが。

それで充分だ。

頷くと、後は調査を続ける。

警備ロボットの護衛を受けたまま、基地の残骸を調べていくが。

酷い状態の死体は増えていく一方だ。

基地の奥の方には、錯乱した人間が壁に書き残したらしい、おぞましい絵が多数描かれていて。

常人がいたらもちそうになかった。

辺りに散らばっている死体も、もがき苦しんで死んだのが一目で分かる。

余程強力なガスを使ったのか。

食い物の類にも。

虫が湧いた形跡は無かった。

その食い物も。

あの喰人の形跡が残った骨から考えると。

内容物は考えたくない。

奥にはシェルターがあり。

中では唯一ミイラ化した死体があった。

どうやら此処の基地司令官らしい。

自分だけはガスから助かったが。

その状態で詰んで餓死したらしい。

言葉も無い。

部下達を見捨てておいて、自分だけは助かろうとしたあげくがこれか。

周囲を調べていくが。

やはり使えそうな物資は適当かつ雑に回収していったようで。

不自然にものが無くなっているのがよく分かる。

兵器だったらしいものも散らばっているが。

もう二度と使えそうに無かった。

丸二日、防ガス装備をしたまま調査を実施し。

フォーリッジ人が派遣してくれた、作業用のロボットが、機械的に遺体を処理していくのを横目に。

証拠を集めていく。

今でもアビスは動ける状態ではない。

此処で一気に敵から主導権を奪う。

アビスが起きて来たときには、敵は既に継戦能力をなくしている。

それくらいの状況にしておきたい。

基地を一通り調べ終わった頃には。

埋葬作業も終わっていた。

100人以上が喰人のエジキになり。

500人以上が毒ガスで死んだという結果が出ていた。

やりきれないが。

人数だけで言えば、この島で起きた悲劇はむしろ小さい方だったのだろう。だが、許してはならない。

データは公表する。

大混乱していたアフリカ情勢だ。どこの国がやったかは分からないが。

実行犯は逮捕されているなら、更に追加で罪を償って貰う事になるだろう。

一度中東の警察署に戻り、情報部と合流。

情報部も何チームかに別れて調査を実施していて。

この間。雑に使われた北部アフリカの悪の組織の残骸から発見された遺物を調査して、結果をまとめていた。

東方達が持ち帰ったデータとあわせると。

どうやら七箇所ほどの軍事基地跡から、雑に物資を回収していたらしく。

それらを利用して、本当に適当に頭数だけを揃えたらしい。

残っていた動物の遺伝子データをベースにし。

それを組み合わせて肥大化させ。

アビスを消耗させるだけにぶつけたと。

非人道的という言葉さえ使うことが不愉快になるほどだが。

それもまた仕方が無いだろう。

こんな行為を働く外道だ。

倫理観念なんて、宇宙の果てに放り捨てているのだろうから。

後は内閣情報調査室のお姉さんに任せ。

東方はフォーリッジ人と話す。

「これで敵の情報は充分ですか?」

「申し分ない。 恐らく今日中に北部アフリカの敵を、エセヒーロー、悪の組織、共に殲滅できるだろう」

「出来るだけアビスへの負担は減らしたい。 お願いします」

「分かっている。 此方も本当にいつも苦労を掛けてしまっている。 今回に至っては、相当な無理をさせてしまった」

厳格な法の徒とはいえ。

感情はあるか。

申し訳なさそうにフォーリッジ人はしているように思えた。

否。

むしろ厳格にルールを守る者だからこそ。

しっかりと感情を持っているのかも知れない。

東方も仕事が仕事だから、道を踏み外した輩はたくさん見ていたが。

そういう連中は、自分の感情を一切合切制御出来ていないか。

もしくは倫理観念を完全に無視し。

己の獰猛な感情や、異常な感情に全てを任せているか。

その両極端だったように思える。

勿論犯罪者も多様だったが。

その二者が、とても多かった。

そして、有言実行。

フォーリッジ人は、敵の空間転送技術と、敵の位置を特定。

元より敵は戦力の大半を、アビス戦で消耗していたこともある。

北部アフリカで暴れていた敵の残党を。

エセヒーロー、悪の組織。

両方まとめて、戦闘ロボットと警備ロボット多数を投入し、殲滅し負えた。

殲滅の様子は映像で流れたが。

まともな戦いになってしまえば、所詮はテロリスト。

警備ロボットが正面から圧殺し。

あらゆる抵抗を無駄と排除していく様子を。

見ているだけで全てが終わった。

桐野がぼやく。

「後は、中東と、北米だけですね……」

「ああ」

そうだ。

十二箇所で暴れていた敵も。

残すところ二箇所。

最強のエセヒーロー、ザ・アルティメットに関しても、既に流石に北米市民も疑いの目を向け始めている。

そしてスレイマンに至っては。

この間のあまりにもな凶行が全世界に流されており。

もはやエセヒーローとして完全に認識されているようだった。

それでいい。

奴らは見目麗しい。

それぞれの美的感覚に沿った姿をしている。

だが、それでしか人間は相手を判断してこなかった。故に今、このような事態が到来してしまっている。

そろそろ、地球人類は。

見かけだけで相手を判断するという悪癖を。

どうにかしなければならない時期が来ているのかも知れないなと、東方は思い始めていた。

 

1、残すは2つ

 

敵を瀕死に追い込んだとはいえ。

北部アフリカに展開していたヒーローと悪の組織は全滅させられた。敵も無能ではない。此方のやり口を急速に学習している。

自分は失敗したなと思ったが。

しかしながら、アビスを追い詰めることに成功もした。

同じ手は使えないが。

しばらくアビスも動けないはずだ。

さて。

撤退の準備もしておかなければならない。

それとアビスがいる場所さえ掴めれば。

暗殺のチャンスもある。

暗殺は、一度失敗したが。

今度は成功させる。

今回は、フォーリッジ人同士での対立が起きている。

案の定、聞こえてくる情報だけでも。

アフリカ戦線を担当していたフォーリッジ人と、中華やロシアを担当していたフォーリッジ人が、相当に衝突したらしいし。

今後は更に対立を煽ってやれば良い。

そうすることで。

此方は動きやすくなる。

隙を突いて、アビスを殺す事も出来るはずだ。

ハンギングジョンがぼやく。

「なあ、もう黒字は諦めたんだろ。 俺に肉体を寄越せよ」

「此処から脱出したら、ですよ。 その時は全盛期の肉体をクローンでプレゼントしましょう。 勿論考えうる限り最強の状態で」

「それはどうも。 だがな、もう脱出して、しばらくは雌伏した方が良いと思うがな」

「ビジネスには商機というものがあります。 一秒だって、本来は無駄には出来ないんですよ」

何を分かりきったことを。

ハンギングジョンは、そう諭しても。

納得しない。

「だから数字しか扱っていないって言ってるんだよお前は。 結局の所、その便利な体のおかげで逃げ延びてきただけだろうが。 今までも結構危ない目にあってきているんじゃないのか?」

「まあ体は何回か使い捨てましたが」

「だろうな」

「おい、くだらねえ話は其処までにしろ。 少し面倒な事になっている」

不意に。

魔が話に割り込んでくる。

どうやら何か起きたらしい。

すぐにコンソールを操作すると。

フォーリッジ人が、直接来ていた。それも二人である。

現在、北米担当と、中東にいる二人を除いた残り。

二人同時に、クロファルアのスペースコロニーに来るとは珍しい。それも、戦闘ロボットを連れているという。

クロファルア人達も、何事かと見に来ている様子だったが。

彼らはまっすぐ此処の支配人の所に向かった。

盗聴設備はあるが。

少しばかりリスクが高いか。

俺が見てこようかと、魔が言うが。

駄目。

此奴をキューブから出したら。

文字通り何をするか分からないからだ。

此方に理がある行為に出るとは限らない。

何しろ、文字通り肉体を消し飛ばしたのだし。

自分を恨んでいても不思議では無い。

そして精神生命体というのはレア中のレア。

相互干渉が起きた場合。

どうなるか自分にも分からない。

同胞は少なくとも見た事がない。

古い時代には存在していたという噂も聞いているが。

今の時代には、何処の文明にも存在が確認されていないそうである。

三十分ほどで。

二人のフォーリッジ人は戻っていった。

そして、呼び出しを受ける。

クロファルア人約三百。全員である。

ホールに集まった全員に対し。

此処の責任者が、青ざめた顔で言った。

「最後通告が突きつけられた」

「……」

「この中に、5から30人の犯罪者が混じっていることはほぼ確実。 そのため、懲罰艦隊が動く事が決定した」

「!」

来たか。

流石に億を超える艦隊が全部来るわけではないようだが。

ありとあらゆる全てを遮断する事くらいは、汎銀河連合中枢の最高テクノロジーを利用しているあの艦隊には可能だろう。

つまり自分も逃げられなくなる。

その後、300人のクロファルア人は。

徹底的にあらゆる方法で調査されることになる。

今までも色々されたが。

自分はその全てをクリアしてきた。

だが、それも過去のものになるだろう。

遺跡などから精神生命体に対する干渉装置が発見されているように。

レア中のレアであっても。

存在は確認されている。

いずれその存在にも、フォーリッジ人は気付く。

そうなると、懲罰艦隊が来るまでに、アビスとの決着を付けなければならない。

多少億劫だが。

仕方が無いか。

それにしてもだ。

まさか本当に懲罰艦隊が来るとは。

来るとしても、一個艦隊、15000隻程度だろうが。

それでも一隻が惑星を余裕で破壊出来るほどの武装を有しており。

相互連携して、まるごと恒星系を包囲し。

あらゆるデータを逃がさないようにする事が可能である。

そのデータの中には、平行世界や異次元も含まれる。

休憩室を覗いてみると。

クロファルア人達は、案の定パニックになっているようだった。

ホールでも同じだ。

「こんな姿になってまで、支援任務に来たってのに! 俺たちが一体何をしたって言うんだよ!」

「公務員ってのはそういう仕事だろ。 そもそも姿なんて後で幾らでも戻せるじゃないか」

「巫山戯るな! 惑星の大気圏内で水爆ぶっ放し合うような未開文明助けるために、こんな所まで来てやってるのに、割に合わなさすぎるんだよ!」

流石にストレスが限界か。

メッキが剥がれ始めている。

まあ一皮剥けばこんなものだ。

クロファルア人も。

他と同じ。

カス同然の。

「知的生命体」に代わりは無い、という事である。

少しばかり急がなければならないか。

問題は、アビスに追撃を受けることだ。

今回で手口を知られたし。

奴は明らかに自分より成長速度が早い。

どう計算しても。

逃げた所で、確実に捕まる。

今回の件で商機を逸し。

更にまた商機を逃したら。

流石に今後クライアントはつかないだろう。

そうなってしまうと、流石の自分も面白くない。

数字を操作する邪神と言われたが。

数字を操作できなくなれば、本当に何もできなくなる。

管轄外のことは何もできない。

確かにハンギングジョンが言ったとおりだ。

数字を扱えなくなれば。

完全に無力化するのは。

目に見えているし。

その未来だけは避けたい。

阿鼻叫喚になっているホールを離れると。

自室に戻る。

「アビスは死んだのだろうか」

「いや、生きていると見て良さそうだな」

即答するハンギングジョン。

警察や情報部の動きを見る限り。

明らかにアビスの負担を減らす方向で動いているという。

少しばかりまずい。

懲罰艦隊の話をする。

そうすると、ハンギングジョンは大笑いした。

「だからとっとと逃げておけば良かったんだよ」

「貴方も消去されますよ?」

「ハ、その時はその時だ。 どうせ相手は人間だし、数十年も雌伏すればそれでいいんだろう? この体になった以上、その程度の年月雌伏するのは何でも無いね」

「いや、そうともいいきれん」

魔が言う。

魔によると、直接話してみた感触だと、アビスはそれこそ狼のようにしつこい性格をしているという。

蛇では無く狼と言った辺り、現実をつく魔の性格が良く分かる。事実蛇にはそもそも「しつこい」という概念が無い。むしろ体力がない方の生物に入る。長距離を徹底的に追う狼の方が「しつこい」と言える。

獲物を捕らえると決めたら。

地獄の底まででも追ってくる。

恐らく、雌伏していても。

見つかるだろうとも。

「俺が人工の天才だとすれば、あれは天然ものだ。 そして天然物だから、成長の上限がどこまであるか俺にも見えん。 雌伏は必ずしも正しい答えとは言えんだろうな」

「ならばどうします」

「アビスをおびき出す方法については、前も使っただろう。 あれを改良してやれば良いだけの事だ」

「簡単に言いますね……」

勿論あれからも、中東の状態は調査しているが。

既にコロニーでは戒厳令が敷かれ。

外には誰も出さないように警戒が密になっている。

住民は不満を訴えているようだが。

スレイマンと72がまだ無事だ。

72はこの間の戦いで大半を使い果たしたが。

それでもまた増やせば良い。

72に関しては、この間の戦いでは、空間転送についても判断出来る状況にはなかった筈で。

スレイマンと共同して総力戦を挑ませれば。

恐らくアビスを倒せる。

いっそのこと、米国のザ・アルティメットとヴィランズと合流させるかとも思った。

また、温存してある切り札の投入も考えた。

だがあの切り札を投入するには、少しばかり面倒な手順を踏まなければならない。

「覚悟決めろよ」

不意にハンギングジョンに言われる。

舌打ちした。

「覚悟だのなんだの、精神論には興味がありませんよ。 そういうものは、弱者を都合良く利用するためにある言葉です」

「そういう意味じゃねえ。 お前は基本的に安全な場所から何でもやってやがるが、今回ばっかりはそれじゃあ勝てないってんだよ」

「同感だな」

魔もハンギングジョンに同意する。

お前を倒したのは自分だぞ。

そう言いたくなるが。

抑える。

どうやら精神が相当苛立っている。

精神生命体であるから、それには敏感だ。

あまりにも感情を乱しすぎると。

流石に体にも良くない。

「どのみち、こっちにも時間制限が出来た。 例の切り札とやらも、流石に懲罰艦隊とやらとやりあったらひとたまりも無いんだろう?」

「まああれは、そもそも他の銀河からの侵略などに備えているものですので」

「だったらそれが来る前に決着を付けるしかねえだろ。 なんだっけ、起動にはお前が直接動かさなければならないんだっけか」

「その場合、自分が精神生命体だとばれますね」

それくらいの覚悟は決めろ。

腹をくくれ。

ハンギングジョンが冷静に指摘してくる。

簡単にいってくれる。

ビジネスとはそういうものではない。

「自分がやっているのはあくまでビジネスであって、未開人の殴り合いには興味なんぞこれっぽっちもないんですよ」

「未開人? ハッ、笑わせる」

「何がおかしいので」

「お前も地球人と同レベルだよ。 てかクロファルアの連中の醜態を見ていて分かったが、昔ある科学者が言った言葉が正しかったな。 この宇宙に知的生命体なんて存在しない」

面白い言葉だが。

それは自分に向けた言葉なのか。

流石に不愉快すぎる。

モノには限度がある。

ハンギングジョンは使える奴だから側に置いているし。

面白いから寵愛してきたが。

流石に限度が過ぎる。

量子コンピュータを落とす。

そして、しばし。

怒りを落ち着けた。

魔が、呆れたように言う。

「お前、負け確定したぞ……」

「黙りなさい。 そのキューブには、内部の精神生命体を滅却する機能もついているんですよ!」

「おお怖い怖い」

「……っ!」

怒りに捕らわれている。

それに気付いて、落ち着くことにする。

クロファルア人達の醜態でも見て、少し気晴らしでもするか。

休憩所に出向くが。

誰もいない。

皆、自室で呆然としているのだろうか。

どうせ作業は、AIとロボットが勝手に実施する。

クロファルア人達が直接実施するのは、報道などの露出する行為と。後は決済などである。

だから、別に作業そのものは後ろ回しに出来る。

アポロニアが来るのが見えた。

地球人から美の結晶とか言われている男は。

少し窶れていた。

すれ違ったので、軽く挨拶するが。

向こうは此方が見えていない様子だった。

まああれだけストレスが掛かっているのだ。

壊れかけていても不思議では無い。

例の、アフリカ北部で暴れていた組織を壊滅させた、というニュースでも地球人共に振る舞っていたのだろう。

そんな事のために。

病み掛けている精神を引きずって。

ご苦労なことだ。

色男の無様な姿を見て、少し溜飲も下がった。

自室に戻ると、量子コンピュータを再起動。

冷静さを取り戻した自分は。

対応をそのまま、ハンギングジョンと魔に告げる。

「中東は放棄します」

「思い切ったな。 で?」

「この地点に、人質を確保してあります。 まだ敵にはばれていません。 この人質を使って、アビスを呼び出します。 ダメージを与えることだけを考えてください」

「殺す、ではなく?」

魔が揶揄するが。

頷く。

殺すのは難しい。

だが、アビスも人間だ。

度重なる大ダメージで、相当に体に無理が蓄積している。

最後に倒せば良い。

戦闘データもとれている。

この間アビスが見せた形態は、恐らくだが最終戦闘形態とみて間違いないだろう。今後は、あれの発展型を繰り出してくるはずだ。

冷静になれば。

相手の弱点も見えてくる。

そして弱点が見えれば。

対応策もある。

つまり、アビス自身の伸びしろは兎も角。

戦闘フォームの天井は見えた。

ザ・アルティメットとヴィランズを用い。

更に切り札を用いて。

懲罰艦隊が来る前に、アビスを殺す。

その後は脱出する。

敵にはダメージを確実に蓄積させ。

最後の最後で、判断ミスをするように誘う。

どうせ手が届く範囲なら、全てを救おうとするはずだ。

ならばそれを利用して。

手が届く範囲に人質を配置し。

奴が出てこざるを得ない状況を作る。

最悪殺せなくても、再起不能に出来れば良い。

そこまで追い込めば。

後は逃げるだけで大丈夫だろう。

時間をざっと計算する。

懲罰艦隊が来るまで、一月掛からないだろう。

ならば。残り三週間ほどで決着を付けるスケジュールを組む事にする。

アビスがこの間致命傷を受けたのは確実。

無理矢理蘇生させ、治療しているとしても。

まだ数日は動けないだろう。

その間に、ハラスメント攻撃をしたいところだが。

既にそれが出来ない状態になっている。

現在確保している人質以外は、コロニー内部に全て引き上げてしまっている状況である。

そうなると例え魔に肉体があっても。

どうにも出来ない。

せめて他の地域であったら。

色々やりようはあったのだが。

ユニット化したコロニーを丸ごともってきている以上。

流石に自分が持ち込んでいる戦力では手出し出来ないのが厳しい所だ。

ざっと作戦を説明。

まあ良いだろうと、ハンギングジョンは言った。

魔は無言のままだった。

いずれにしても、ここからが本当の勝負だ。

出来れば切り札は使いたくないが。

今後は長期的な計画で。

アビスを殺す。

その作戦に。

シフトして行くほかない。

それにしても、だ。

今までは、自分を追いかけてくるエージェントなど、所詮は塵芥の類に過ぎなかった。「先進文明」のエージェントでさえそうだった。

それなのに、こんな未開惑星の人間に。

此処まで追い詰められるとは。

勿論、偶然も多い。

だが、この星にいる生物は、自分にとっては天敵だったのかも知れない。

少しばかり調子に乗りすぎたか。

反省するべきだろうか。

そうしよう。

今後のビジネスは、更なる下準備と調査の末に行わなければならない。

それについては。

自分の中でも、異論は無かった。

 

2、元砂漠に散る

 

数日間、まったく奴は動きを見せなかった。

私もベッドから動けなかったが。

時間的な余裕を、敵が無駄にしていると思うほど、頭は花畑では無い。急速医療を施して貰い。それが体に負担を掛けることは分かっていながらも。無理に戦える状態に体を調整していく。

私しか、このスーツを使えない。

ならば私がやるしか無い。

警察も情報部も、良くやってくれているけれど。

最悪の場合は、私が出るしか無いのだ。

そして、私は大体敵の次の手を想定している。

人質があれだけとは思えない。

あれだけコロニーを出て、好き勝手をしていたこの地域の人間だ。

まだ数百人は捕まっていると見て良いだろう。

それならば、活用してくるはず。

更に、だが。

敵は恐らく、私がまだ死んでいない事に気付いている。

警察や情報部の動きから気付くのは難しくない。

そして気付いているならば。

私を殺すために。

段階を踏んで行動するはずだ。

私に無理をさせ続け。

やがて死ぬよう仕向ける。

多分、ザ・アルティメットとの戦いでそうするように仕向けるか。

まだ切り札があるのか。

それは分からないが。

いずれにしても、敵は。

まだ余力を残していると見るべきである。

体中が痛い。

無理に治しているのだから当然だ。

一応だが、戦いは恐らく数日以内に起きる。

その時には、無理をしながら前以上に厳しい状況での戦闘を行わなければならないだろう。

気が重いが。

やらなければならない。

こんな世界にしてしまった連中と、同じにならないためにも。

私は。

筋を曲げる訳にはいかないのだ。

博士が来る。

前の戦いで使ったフォームに、改良を加えたという。

負担が減るようにしてくれたそうだが。

しかし、それでも使う事は勧めないとか。

私は頷く。

使うしか無い。

幸いにして、私が回復にいそしんでいる間に、北部アフリカの悪の組織とエセヒーローは駆除が完了したそうだ。

警察と情報部が必死の捜査を行い。

フォーリッジ人と連携してやってくれた。

これで多少はマシになるか。

敵の物量が少しでも減ったのは喜ばしいし。

何よりも正直な話、敵が手段を選ばなくなった今、物量を相手にし続けるのは色々と厳しすぎる。

ぼんやりとベッドの上であれこれ考える。

戦闘時、私はアドレナリンが過剰分泌されているらしく、殆ど痛みは感じていない。感じてはいるが、それほど強烈ではない。

故に戦闘後のフィードバックが酷い。

今回博士は改良してくれたと言っているが。

恐らく私の性質を考えた上で。

性能をダウンし。

バイタルに掛かるダメージを減らした、とみるべきだろう。

そうなってくると、前より悪い条件で敵と戦わなければならなくなると判断するべきで。

状況は改善したのかは分からない。

いずれにしても、黒幕は殺す。

殺す事がかなわなくとも、必ずや八つ裂きにし、報いを受けさせる。

呼吸を整えると。

72の戦い方。

それにユニットを使うスレイマンを直接相手にする時のシミュレーションを頭の中でしていく。

模擬戦という奴だが。

これが案外バカにならない。

今までも情報さえ得てしまえば。

こうやって模擬戦を実施して。

かなり戦況を改善する事が出来たのだ。

ただし模擬戦をすると、頭のリソースを相当喰うらしく。

バイタルの回復が遅れることもある。

その場合ベッドについている装置が警告してくるので。

適当に休まなければならないが。

模擬戦を適当な所で切り上げると。

糖分を摂取。

しばし、SNSの情報をチェックする。

残っているエセヒーローはスレイマンとザ・アルティメットだけ。

協力者のお姉さんが持ち込んでくる情報を見る限り。

米国でも風当たりが強くなってきている。

ザ・アルティメットは狂信的なまでの信者もいたのだが。

今ではそれもかなり肩身が狭くなり。

ファンを呟いただけで炎上する案件まで出てきている様子だ。

一方で、既に私が潰したり、フォーリッジ人が片付けたエセヒーローを神と崇めるカルトも出始めている様子で。

各国政府は対応に頭を痛めているという。

まあそうだろうなと、私は思う。

こんなご時世だ。

何かにすがりたい、という気持ちは分からないでも無い。

ただし自分はそうしない。

人間とはそういう生き物だと思っているので。

諦めているだけだが。

他にもデータを見る。

米国では、フォーリッジ人が戦力を集めた結果、今まで好き放題にしていたヴィランズとザ・アルティメットの行動がかなり掣肘され始めている。

ヴィランズの戦力もかなり強化されているようだが。

警備ロボットが増やされたこと。

米軍の認識が変わったことで。

かなり対応も迅速になって来ている様子だ。

というか、無理矢理に変えられた、と言うべきか。

私は苦笑すると。

データの閲覧を辞めて、寝ることにする。

今は一秒でも早く回復し。

いつ仕掛けて来てもおかしくない敵に備えなければならないのだから。

しばし無言で休息を貪り。

起きてはまた眠る。

歩いて良いと許可が出て。

何とか歩けるようになると。

私はまずは少しずつ体を動かして。

そしてダメージの深刻さに愕然とした。

そうか、此処まで酷いダメージを受けていたか。

分かってはいたが、心肺停止まで行ったのだ。それはもう、今までとはダメージの次元が違っていた。

私もスポーツをやっていた人間だ。

体がどれくらいダメージを受けているか、位は分かる。

正直な話、部活はもううんざりだが。

スポーツをやっていた事で、体のダメージがどれくらいになっているのかは、ある程度客観的に見られる。

それだけは良かった、とも思う。

「宏美くん、もう起きているのかね」

「起きて良いと許可は出ました」

「いや、出てはいるが、少しは休んでくれても良いのだよ」

「いいえ、いつ敵が仕掛けてくるか分かりませんので」

博士が心配そうにするが。

正直な所、これでも遅すぎる位だ。

ただ、あまり無理をすると回復が遅れるのも事実だし。

適当な所で切り上げて、また眠る事にする。

栄養だけは立派な食事を取ると。

昔と違って、簡単に終わる診断を受け。

まだ幾つかの臓器が深刻なダメージを受けていることや。

体中に後遺症が残るかも知れない事などを。

淡々と告げられた。

最悪サイボーグにでもなるか。

私は無感動に。

そんな事を考えていた。

普通の人間である。

それに一切興味を失っている私は。

自分の肉体を改造することに、あまり躊躇が無くなっている。

或いは。

あまりにも人間からかけ離れた姿に。

変身し続けた影響かも知れない。

変身することで精神に影響が出ているとはあまり思えないが。戦闘での効率のみを重視した姿になる事は。

普通の人間は好まないだろう。

醜い姿だと言って、嫌がるかも知れない。

私はまったく構わないが。

その時点で私は、既に深淵を盛大に覗き込んでいるのかも知れない。

別に知った事では無いが。

その結果、敵を殲滅できるのなら。

安いものだし。

また眠る。

家族と喧嘩する夢を見た。

起きて、舌打ちする。

親孝行したいときに親はいない。

そういう言葉が古くからあるが。

私の場合は、文字通りの意味だ。

遺灰どころか。

素粒子も残っていない。

黒幕にあったら。

何をどうして換金したのか。

詳しく聞き出した後。

可能な限りむごたらしく。

ブッ殺してやらなければならない。

 

また数日が経過する。

リハビリを進めていくが。

その間に、情報部と博士、協力者のお姉さんを交えて、幾つかの会議を行った。

フォーリッジ人達の動向について聞かされる。

彼らはクロファルア人にかなり強烈な圧力を掛けているらしく。

動揺が広がっているという。

ただしこれは作戦だともいう。

「君のやり方を真似ているそうだ」

「私の?」

「圧力を掛けてみて、平然としている奴が犯人、という風に絞り込めると考えているらしい」

「……」

確かに私は心理戦は得意な方だし。

敵の虚を突くのは上手くなっている気がする。

更に、敵に対して決定的な恐怖を与える情報も流しているという。

変な動きをした奴がいれば。

察知できるように、だそうだ。

その結果、ある男が浮上してきているらしい。

その男は、クロファルアの中間管理職の一人。

中間管理職と言っても、そんなに立場は上では無く。

一番下っ端では無い、程度の存在に過ぎないそうだ。

兎に角存在感が無く。

能力も可も無く不可も無く。

今までに検査を散々しているが。

それでもボロは一切出していないらしく。

本当に此奴なのかと疑う声もあるらしいが。

しかし。

複数のデータを照合すると。

此奴だけ、他のクロファルア人が困惑している中で。

妙に静かで。

異様に冷静だという。

非常に怪しいと、分析を進めているそうだ。

実際問題、かまを掛けるような方法で、一人ずつ情報をあぶり出そうとしているようなのだが。

それにも、妙に模範解答過ぎる対応をしている上。

皆が青ざめてパニックになっている中。

皮肉まで叩いているという。

そうなると、今まで目立たなかったのに。

逆に目立つ。

故に、更に絞り込みを進めているそうだ。

「この男の他にも、四名。 妙な動きをしている者がいるそうだ」

「妙な動きとは」

「本人達が自覚しているかは分からないが、どうも時々あからさまに不合理な動きをしているらしい。 洗脳でもされているのか、或いは……」

「無自覚のスパイか」

そうだと、情報部の男は頷く。

この人はその道のプロだ。

私はベッドで横になったまま、提案してみる。

「情報戦のプロとして、フォーリッジ人に幾つかアドバイスをして見ては」

「話をする機会があったらしてみよう」

「それが良いと思います」

続けての話だが。

72はまったく姿を見せないという。

物資を補給していたらしい地点の調査もあらかた終わり。

敵がもはや新しく物資を補給できなくなった、というのも大きいのかも知れない。

かなりの物資を持ち込んではいるだろう敵だが。

それでも限度はある。

敵にしてみれば、此処までやられることは想定外だっただろうし。

これ以上、物量作戦を展開するのは無理だろう。

そうなると、個々の質を上げるしか無い。

次のスレイマンとの決戦は。

相当に厳しい事になるはずだ。

「次の戦いは、戦闘ロボットの支援が欲しい所ですが」

「……フォーリッジ人には提案はしているが」

「分かっています」

厳しい事は。

言われなくても分かっている。

いや、分かりきっていると言うべきか。

そもそも北部アフリカを担当していたフォーリッジ人とのもめ事解決だけで相当にリソースを喰ったのだ。

更に敵は残り戦力が減ったことで。

逆にきめ細かく動けるようになっているはず。

どんな手に出てくるか分からない。

いずれにしても、スレイマンも、72も、拠点となっている工場は発見できていないそうだ。

何処かしらに現れては。

わざわざ移動して現地に出現しているらしく。

各地で、移動中の72が目撃されているという。

今まで戦闘地点を解析され、空間転送の技術を何度となく特定されたのだ。

それくらいの用心はしてくるだろうが。

まあ慎重すぎるというか憶病というか。

苦笑してしまう。

しかしながら、相手にはハンギングジョンがついていて。

恐らく魔も助言しているはず。

そして私の予想では。

相手は今回。

多分勝つことを想定していない筈だ。

私にダメージを。

それも更に深刻なのを与え。

最終的に私を再起不能にするか。

殺せば勝ち。

そんな風に考えていると見て良さそうである。

少なくとも。

この状況で、私が敵ならそうする。

私は奴の手口を知り尽くした。

それならば、もしも私がフォーリッジ人などの顧問になって追撃に取りかかった場合。敵の命運は尽きる。

敵は異常に数字にこだわる。

ビジネスのつもりで大量虐殺をしている外道だ。

それならば、合理的に。

追撃を断つために。

補填できなくなった黒字は諦め。

今までの投資を全て活用して。

退路を確保することを優先するはずだ。

フォーリッジ人が。

今になって会議に加わって来る。

軽く現状の話をした後。

彼は切り出した。

「敵の正体はまだ分からない。 かなり絞り込めてはいるのだが……」

「寄生虫や、洗脳による遠隔操作、という可能性はないのですね」

「ない」

「ならば、超マイナーな技術や、存在という可能性は」

そう言われると、押し黙るフォーリッジ人。

これだ。

マニュアル外の事になると。

途端に動きが悪くなる。

咳払いすると、私は順番に説明をする。

「クロファルア人達は無能ではありませんし、貴方だってそうです。 ところが敵は、それにもかかわらず貴方たちを好き放題手玉に取ってきてきます。 それは、貴方たちが想定しない正体をもっていて。 そしてそれ故に、捕まらない自信がある、ということでしょう」

「具体的には何か思い当たるか」

「そうですね、例えば自分だけ絶対に安全な場所を確保できるとか」

「……」

ゲスの極みと言っても良いが。

だが、合理的でもある。

敵にしてみれば、そもそもビジネスをするのに。

正々堂々もないだろう。

私の言葉に思うところでもあったのか。

フォーリッジ人はしばし言葉を失っていたが。

どうやらそれはデータベースを検索していたらしく。

ほどなく答えが返ってきた。

「限りなくマイナーな技術や存在を調べて見たが、自分だけ完全に安全な状態から好き勝手をする技術、というのは存在しないな。 少なくとも、研究されてはいないし、論文などもない」

「私にも開示できますか」

「できない」

「……それならば、少し条件を変えてみてください。 敵の対応から見て、恐らくですが、敵はここ地球に来ています。 来ている事さえ認識されない技術は」

また少し間が空く。

検索をしているのだろうし、黙って待つ。

程なく、フォーリッジ人は。

結論に達したようだった。

「あまり考えたくは無いが、一つだけ可能性がある」

「何でしょう」

「精神生命体だ」

「!」

精神生命体か。

SFなどでは良く出てくるが。

高次元の神とか。

そういうものだろうか。

ただ、あのクズが神だとは思いたくない。

強いていうなら邪神、か。

「実在するんですか、精神生命体」

「地球のSFに出てくるような、高次元の存在などは実在していない。 そもそも高位次元は地球で認識しているような存在では無い。 まだ技術も情報も開示は出来ないが」

「どのような存在なんですか」

「各地の廃墟惑星の遺跡で、わずかに存在したという痕跡が残っているくらいで、研究は殆ど進展していないのが実情だ。 専門の学者さえいない」

精神生命体か。

寄生をしているのだろうとは思っていたが。

精神に寄生していたのなら。

可能性は確かにある。

実際問題、あらゆる方法でクロファルア人全員を調べたはずだ。

それで駄目だったのだとすると。

既存の技術の外にある方法で隠れているか。

もしくは、既知では無い存在か。

そのいずれかだ。

「精神生命体についての情報を徹底的に集めてください」

「分かっている。 それと、仮に精神生命体だとしても、もう逃げる事は出来ない」

「どういうことです」

「クロファルア人には遅めに情報を流したが、実は既に太陽系は包囲済みだ。 懲罰艦隊と言われる汎銀河連合の実働戦力一個艦隊一万五千隻が、太陽系を包囲し、あらゆるデータを外に出さないようにしている。 精神生命体だろうと、この包囲網は突破出来ない」

それならば。

後は被害を減らすだけか。

クロファルア人全員を人質に取られたり。

或いはスペースコロニーのAIをそいつに乗っ取られでもしたら。

大変な事になる。

いずれにしても。

急がなければならないか。

「対応を急いでください」

「分かった。 此方でもやってみよう」

時間が長引いてきたこともあり。

会議が終わる。

私もベッドから警告を受けていた。

いずれにしても、近々敵は仕掛けてくる。

万全とはとても言えないこの体だが。

それでもやらなければならない。

さて、敵との決戦が終わったとき。私は生きているだろうか。

もし生きていないとしても。

奴だけは。

絶対に道連れにしてやる。

 

3、72と主

 

ようやく自由に歩き回る許可をもらった所に。

博士が来る。

どうやら来たらしいなと。

私は悟った。

「宏美くん」

「現れましたか」

「ああ。 中東各地のコロニーに、72が進軍を開始。 それぞれのコロニーで、警備ロボットが迎撃態勢を取り始めた」

それだけではない。

また、大量の人質を敵が取っているそうだ。

昔、ドバイがあった地点の上空。

72のカスどもと。

スレイマンが。

滞空しているという。

更にエセ悪魔どもは、それぞれが人質を抱えているそうだ。

此方に対して挑発の類はして来ていない。

つまるところ。

いつでも仕掛けて来い、と言う訳だ。

スレイマンは光そのものの姿をしていて。

翼の生えたユニットが、周囲に多数。

何かあったら、即座に人質を狙撃できる態勢を取っているという。

あのユニットは、自爆攻撃も出来るが。

高出力のレーザーを放つ砲台としても機能する。

非常に厄介な相手で。

今度はキラー衛星で一網打尽、というわけにはいかないだろう。

確実に人質も全員やられる。

そうなってくると。

対応策は一つしか無いか。

試すしか無い。

ダメージが最初から蓄積するのは目に見えているが。

それでもやるしか無い。

呼吸を整えると。

体の状態を確認。

幸い、今回はフォーリッジ人が戦闘ロボットを一体つけてくれる。

残りはクロファルア人のコロニーで、調査を実施するのと。

更に中東の各都市を守るために配備するそうだが。

あの戦闘ロボットが一体いるだけで。

どれだけ心強いか分からない。

これに加えて、警備ロボット50体ほども動員してくれるそうだ。

かなり悪い状況だが。

それでもどうにかしなければならないと。

彼らなりに考えているのだろう。

「人質の数と、正確な位置を」

「衛星からの情報をリンクする」

「お願いします」

博士からのバックアップを受けつつ。

私はドバイ地下へ移動。

古くは成金達の夢の土地だった此処も。

水爆の直撃を受けてからは、かなり深いクレーターが出来。そして結果として、埋め立てて放射能除去を行った結果。

今では何も無い、ただの荒野だけが残っている。

その地下に。

三十分ほど掛けて移動。

敵の位置に変化は無し。

移動用の車両を降りると。

暗い空間だなと私は思いながら。

警備ロボット達に、耐爆フィールドを展開するように指示。

前回と同じ方法を採るのかと博士に聞かれたが。

違う。

形態変化したことによって。

違う事が出来るようになった。

それを試す。

ブレスレットをかざし。

変身アイテムを差し込む。

一気に私の体が膨れあがる。

「変身ッ!」

以前と同じ。

深淵の神々を思わせる巨大な戦闘フォーム。

改良をしたと言うが。

やはり負担を減らすためのデチューンか。

だが、それは想定済み。

データを見た時に、それは分かっていた。

一気に触手を伸ばし。

同時に地下から展開。

空中に浮かんでいる72の悪魔共を、一瞬にして貫き。

そして触手で人質をくるんだ。

一斉にスレイマンのユニットが、触手に対してレーザー攻撃をしてくる。

そう。

私が身を挺して人質を守るしかない。

それを理解しているから。

敵はわざわざ姿を見せたのだ。

それを分かっているから。

私もこうやって乗ってやった。

だが乗ってやるのは此処までだ。

72のエセ悪魔共の死体を突き刺したまま、一気に人質を地下に引きずり込む。相当なレーザーを浴びたが、何とか体は動く。勿論例のごとく、人質には細工がされているだろうから、警備ロボットに任せる。

同時に、地下を飛び出した戦闘ロボットが。

周囲に苛烈な攻撃を開始。

スレイマンのユニットと渡り合い始めた。

だが。

あの戦闘ロボットが、膨大な飽和攻撃に晒されて、押されている。

一方的な戦闘力を見せていた戦闘ロボットだが。

流石に敵の数が数。

質が質か。

私も出なければならないだろう。

人質の無事を確認すると。

砂漠だった土を吹き飛ばし。

私は飛び出す。

周囲は無数のレーザーが飛び交う地獄のような戦場。

人間を塩の柱に変えた光というのは。

或いはこんなものだったのかも知れない。

凄まじいレーザーに晒されるが。

戦闘ロボットが即時に防御に回ってくれる。

防御に専念してくれれば。

それでいい。

触手を振るって、ユニットをふっとばす。

爆散するユニット。

一撃ごとに数機を吹き飛ばす。

一神教の聖典でも、天使はむしろ悪魔より大量に人間を殺しているものだが。

此奴らの殺傷力は、多分エセ悪魔の72より遙かに上だろう。

数機が固まって、レーザーを放ちまくって来る上に。

動きも素早い。

二三十機を叩き潰したところで。

そのまま私は、上空へと躍り出た。

狙うはスレイマンだ。

光そのものの姿をしているが。

実体は中枢コントロールユニットだと言う事は分かっている。

スレイマンは此方の意図を察し。

ユニットを展開。

一列に展開したユニットが。

シールドを作る。

戦闘ロボットが、シールドをこじ開けるが。

出力が落ちたところを、二列目に展開したユニットが、一点集中でレーザーを叩き込んでくる。

いにしえの神話に出てくる神の矢だな。

そう冷静に嘲りながら。

私は無理矢理に。

レーザーの束を突破。

展開しているスレイマンのユニットから甚大なレーザーの雨を受け。

バイタルが見る間に消耗していくのを理解しつつ。

触手をドリル状にとがらせ。

スレイマンを貫く。

スレイマンが爆発四散。

したかと思ったが、違った。

元々複数本体ユニットの集合体であったらしく。

分裂して、無事な部分がそれぞれ逃れる。

だが、スレイブユニットの動きは露骨に鈍る。

それぞれ、触手を振るって本体ユニットを叩き潰す。

光すら失ったスレイマンは。

もはやよく分からない、機械の塊に過ぎなかった。

その得体の知れない姿。

もはや神や聖人というよりも。

妖怪という方が近いかも知れない。

機械で出来た妖怪。

奴が操るには相応しい存在だ。

スレイマンの生き残った本体ユニットが、残りのスレイブユニットを盾にしながら敗走にかかるが、させるか。

レーザーからの防御は戦闘ロボットに任せ。

私は触手を束ねる。

高出力のウォーターカッターを、この形態は装備しているのだ。

ために三秒。

地平の向こうに離れようとしていたスレイマンを。

ためが終わった瞬間。

一閃した超高出力ウォーターカッターが。

防御に回ったスレイマンのスレイブユニットごと。

貫通していた。

爆発。

今度こそ。

聖人の名を騙る光を纏った機械の妖怪は。

その全ての機能を停止。

スレイブユニットも、本体からの命令を失い、その場で停止する。

戦闘ロボットが、瞬時にその全てを撃墜。

完全破壊しなければ。

回収して解析可能、という考えなのだろう。

機能停止だけして。

それでしまいにしたようだった。

呼吸を整える。

全身レーザーを散々浴びた。

この形態はかなりフィードバックを減らしているらしいし。

何より体の水分を増やしているから。

レーザーからのダメージはかなり小さいはずだが。

相手の出力が出力だ。

敵はそれに、勝つつもりでは無く。

私を消耗させるためだけに。

スレイマンを使い捨てにしたと見て良い。

事実私は。

変身状態でも。

自分の不調が分かるほど、ダメージを受けていた。

元々回復しきっていない所にこれだ。

呼吸を整えながら。

地下に戻る。

変身解除。

周囲は阿鼻叫喚だった。

人質達は、それぞれ無茶苦茶な数の爆弾を仕込まれていたらしく。まだ警備ロボット達が、必死の除去作業をしている最中だった。中には脳にまで爆弾を仕込まれていた人質もいたらしく。

その無茶苦茶ぶりは。

私を消耗させるために。

此処まで尊厳を汚せるのかと、口をつぐんでしまう程だった。

だが、怒ればそれこそ相手の思うつぼだ。

倒れそうになった処を、戦闘ロボットに支えられる。

全身から出血しているのが分かった。

これは、今回もかなり危ないな。

そう思う内に。

意識が薄れていった。

 

目が覚める。

寝かされていて。治療を受けていた。

どうやら四日ほど眠っていたらしく。

そして今、かなり難しい手術の最中だそうだ。

博士が隣で話してくれる。

手術自体は、機械が全てやっているのだが。

この装置は、フォーリッジ人が提供してくれたらしい。

フォーリッジ人としては、恐らくだが。

破格の待遇なのだろう。

これくらい、最初から色々やってくれれば。

私も動きやすかったのに。

ぼやきたいが。

呼吸補助機をつけられている状態で。

文句を叩くことさえ出来ない。

スレイマンについて聞きたいのだろうと判断したのか。博士があの後どうなったのか教えてくれる。

まず人質だが、体内に偏執的なまでに爆弾、それどころか毒物や、致命的な病気のウィルスが仕込まれたカプセルまでが埋め込まれていて。全員の無事を確認するまで、相当苦労したそうだ。

しかも麻酔無しで埋め込み手術をやったらしく。

全員が深刻なメンタルダメージを受けているそうである。

完全に発狂してしまっている者もいるらしい。

魔の仕業だな。

冷静に聞きながら思う。

スレイマンと72の工場については、まだ見つかっていないそうだが。

痕跡は既に確認。

見つけ出すのも時間の問題だそうである。

まあそうだろう。

あの戦い方。

最初から捨てるつもりで掛かって来ていたのは、どう考えても確定的に明らかであるからだ。

工場を潰す際には、戦闘ロボットが複数突入するという話で。

それならば何とかなるだろう。

あのスレイマンの戦闘力。

超仙に勝るとも劣らなかった。

ということは、スレイマンもワンオフ品だった可能性が高い。そうなれば、工場の制圧はさほど難しくないだろう。

ただ、出来れば私もその様子を実際に確認したいのだが。

そうもいくまい。

何しろ、これだけの大がかりな手術中だ。

治りきっていないのに。

あんま無理をした報いである。

自分でもそれは分かっているから。

仕方が無いと諦めてはいた。

だが、時に麻酔が効いているはずだが、全身が無茶苦茶に痛いのはどういうことか。それを伝えられないのが苦しいが。まあ仕方が無いか。

あれだけの無茶をしたのだ。

体中痛いのは、それくらいと割り切って諦めるべきだろう。

それに私は冷静だ。

魔が私に対するハラスメントとして、人質に著しく非人道的な事をやったのは分かりきっている。

もう取り合ってやらない。

同盟を持ちかけてきた魔だが。

今や明確な敵だ。

勿論最初から相手にしているつもりはなかったが。

向こうとしても、もはや利害が一致しないと判断したのだろう。

これは完全に殺しに来ていると見て良いし。

私を怒らせるツボも心得ていると判断して良さそうだ。

良いだろう。

奴もろとも。

八つ裂きにしてやる。

手術が続く。

私はぼんやりと。

自分の手足が、縫われたり切られたりつながれたり、輸血されたり、内臓が取り出されて処置されたりしているのを見ていたが。

どうして全身が痛むのかは、どうもよく分からない。

例えば、今酷い状態の右手が目の前を通過していったのだが。

その割りに右手が痛い。

それでやっと納得する。

これは幻視痛という奴か。

欠損した箇所が痛むというあれだ。

それで麻酔が効かないわけだ。

それが分かった途端に、すっと楽になる。何というか、これが幻だと分かってしまったからだ。

そして何となくだが。

私の敵どもと同じだなとも感じた。

彼奴らは。

幻だ。

どいつもこいつもエセヒーローは見目麗しい姿をし、かっこういい能力だけ持ち。分かり易い悪役の姿をした悪の組織を鏖殺して。その戦果だけを誇る。

見かけだけは格好良いが、それだけで。

何の裏付けも無く。

力も与えられたもの。

何よりも、実質上は。

創造主のラジコンに過ぎない。

そのラジコンを見て熱狂するのは、愚民としか言いようが無いが。

だからといって、愚民を見捨てては。

愚民と同じになる。

結局の所は、其処に戻るのか。

もしも愚民と違う存在になりたいのであれば。

連中とは、まったく違う思考回路をもたなければならない。

「博士」

「何かね」

声を掛けるが。

何だか妙な声だ。

そういえば口を動かしているようには感じない。

と言う事は、恐らく今は、喉の辺りも手術中で。思考を言語変換するシステムが働いているのだろうか。

「他の星では、どうなんですか。 この星のようなやり方は、通用してしまうものなんですか?」

「一概には言えないが、基本的に知的生命体になって文明を構築する所まで行くと、生物というのは大体愚かな事をしでかすものだな。 汎銀河連合の設立までに2000万年が掛かり、安定するまで更に1000万年が掛かったと聞いている。 以降は各地の文明を観察し、そのままでは滅ぶ場合には手をさしのべて来たそうだが……統計では、発生した文明が宇宙進出を果たせる可能性は、0.1%にも達しないそうだ」

「やはり、そういうものなんですね」

「君は、そのまましばらく休むんだ」

脳を動かすのさえ負担になるのだと博士は判断したのか。

それとも、機械から警告されたのか。

その場で黙った。

私も、目を閉じて、思考を出来るだけ抑える事にする。

体を文字通り好き勝手に弄られていることは分かるのだが。

それだけだ。

やがて、体は元のように接合されたらしい。

麻酔は昔地球で使われていたような、習慣性のあるようなものではないらしいのだが。それでもあまり体に良いとは思えない。

全身がふわふわ浮くようだ。

急速医療で体を一気に回復させているという話を途中で博士にされるが。

それは無理を相応にすると言うこと。

博士自身も、私の側につきながら。

変身フォームの負担を減らすべく。

戦闘データを必死に洗っているようだった。

どうせザ・アルティメットは、更に強い。

もしも負担を減らすことを優先すると。

下手をすると戦闘ロボットがいても不覚を取るかも知れない。

あの超仙とやりあった時のように。

それだけは避けたい。

朦朧としていた意識だが。

しばしして、目を開ける。

いわゆる幻視痛は消えていたが。

それは要するに。

手足内臓がつながった、と言う事なのだろう。

声も少しおかしかったが。

出す事は出来た。

「博士、フォームの改良は結構ですが、力は落とさないようにしてください」

「そうだな。 恐らくザ・アルティメットは、今回の戦闘データを経て、更に凶悪になっているだろうからな」

「いえ、多分それだけではないです」

「どういうことかね」

気付いていないのか。

博士に、敵が切り札をもっている可能性を示唆。

流石に博士も。

愕然としていた。

「ザ・アルティメット以上の切り札だと!?」

「火遁とか聞いたことありますよね。 日本の忍者の技です」

「ああ、あれか。 火を噴いたりする」

「勘違いされやすいんですが違います。 名前の通り、逃げるために火を付けることを言います。 奴の性格上、追撃を防ぐために、最悪の事態に備えて暴れたら手に負えないような強力なのを持ち込んでいる可能性が高いです。 ザ・アルティメット以上のが控えていると思った方が良いでしょうね」

困惑し始める博士。

今回の戦闘も。

全身に大量のレーザーを浴び。

決して良いとは言えないものだった。

ザ・アルティメットとの戦いになると、それ以上の苦戦が容易に予想される。もしそうなったら。

出力を落として負担を減らすというのが裏目に出る。

更に言えば、ザ・アルティメット以上の相手が敵になれば。

もはや出力の低さは負担にしかならない。

「分かった。 何か考えておこう」

「芸がない言い方ですが、今までの集大成……くらいの能力を持っていないと厳しいでしょうね」

「分かっている。 だがね、宏美くん。 今回の手術で君も自分の体に何が起きたかは分かったと思う。 これ以上の無理は死につながる」

「……はい」

死は正直な所。

あまり怖くない。

だが奴を取り逃がすことは。

はっきり言って絶対に許すことは出来ない。

奴は必ず捕らえる。

八つ裂きにする。

そのためにも。

私は、まだまだ死ぬわけにはいかないのだ。

 

しばらく無心に眠り。

動くなと言われているので。

思考で操作できるタブレットを貸してもらい。

軽くデータを閲覧する。

今のうちに、ザ・アルティメットの動きなどを見ておきたいからだ。

ザ・アルティメットは、ホワイトハウスを占拠したヴィランズをあっさり皆殺しにするほどのスーパーパワーの持ち主で。

それ以外にも。

超仙を思わせる超能力を自由自在に使いこなすほか。

サイドキックと呼ばれるユニットを召喚して、自在に操る姿も確認されているようだった。

色々と厄介な相手だ。

本体の動きがあまりにも速い。

生身でもマッハ30くらいは平気で出している。

あんなものと戦うのかと思うと。

ぞっとしないのも事実だ。

私が情報を見ているのに気付いたか。

フォーリッジ人が声を掛けてくる。

「スレイマンとの戦い、見事だった。 あれだけの戦闘で、人質を一人も死なせずに勝ちきるとは」

「奴らの工場はどうなりました」

「今発見したところだ。 抵抗を押し潰しているところだが、見るかね」

「はい」

見せてくれる。

やはりスレイマンはワンオフ品だったようで。

ユニットだけが反撃してくるが、所詮はレーザーを放つだけの部品。

戦闘ロボットが縦横無尽に叩き潰していて。

殆ど苦戦らしい苦戦もしていない。

これなら、わざわざ私が出るまでも無いだろう。

72の方に至っては、物資が尽き果てていた様子で。

もう迎撃戦力も残っておらず。

ただカプセルを蹂躙しているだけだった。

そのカプセルも、殆ど空だった様子である。

「やはり此処でも、多くの人が殺されていた様子だ。 砂漠に出て非合法な行動をしている所を襲われ、拉致されていたのだろう」

「何かそれについて聞いていますか」

「情報部や警察からの情報によると、噂ではあったらしい。 砂漠の方に出ると、悪魔にさらわれると。 それでも砂漠に出て悪事を働いていたというのだから、もう体に染みついてしまっていたのだろうな」

「生まれ育った環境が歪んでいるとそうなるものです」

私の言葉は擁護では無く。

諦観だ。

それに気付いたか。

フォーリッジ人も。

それ以上は追求はしなかった。

いずれにしても、これでついに中東の敵も陥落。

残るは米国のエセヒーロー。

ザ・アルティメットだけだ。

奴と戦う際には。

幾つかの情報を先に整理しておきたい。

「手短に済ませます。 まず米国で戦いやすい状況を整えておいてください」

「既にやっている。 現時点で我々五人で会合を設け、私が直接米国での指揮を執る事になった。 米国を担当していた者も、流石にこれだけの実績は認めざるを得ないと判断したようでな」

「分かりました。 そのまま警察や情報部とも連携してください」

「うむ……」

「それと、敵の正体についてですが」

少し間が空く。

あまり良いデータが揃っていないな。

そう思ったが。

予想は良い方向に外れた。

「実は、盗掘された品の中に、興味深いデータが見つかった」

「盗掘ですか」

「我々汎銀河連合も、聞いているかも知れないが、悠久の昔からこの銀河の秩序を維持していたわけではないのだ。 我々が保護や支援を行う前に滅びてしまった文明も存在していた。 そういった文明の中には、我々とは根本的に技術体系が違うものもあって、基本的に研究対象となっているのだが……何しろ銀河系だけで、文明の存在しうる可能性がある星は数え切れないほどでな」

それはそうだろう。

確か天の川銀河だけで恒星が1000億とか聞いている。

更に超新星爆発を起こして粉々になった星系などもあるだろうし。

恒星から離れて、漂っている惑星などもあるだろう。

そういった全てを調査するのは。

骨を通り越して狂気の沙汰だ。

確かに盗掘屋が出ても、おかしくは無いはずである。

そして、その盗掘品の中に、面白いものがあったと。

「具体的にどういうものですか、その盗掘品とは」

「精神生命体を封印する装置」

「!」

「精神生命体は極めてレアな存在で、文明から発生することは珍しく、更に言うと文明を構築することも滅多に無い。 文明に紛れ込んだ場合、害を為す事さえある」

何だか嫌な予感がした。

魔のことを思い出したのだ。

いや、まあ確証が無いので、それは横に置いておく。

だが、奴が。黒幕が精神生命体なら。

確かに此処まで倫理観念に欠けた異常行動の数々にも納得ができる。

「盗掘をしたのは、奴なのですか?」

「可能性は、出てきた」

「分かりました。 引き続きお願いします」

「戦いまで養生をしてくれ」

通信が切れる。

そろそろ休めとベッドに言われたので。

目を閉じることにする。

さて、ついに最後まで追い詰めたのだ。

敵がザ・アルティメットの後に切り札を控えさせているとして。

それを倒すには。

体を少しでも回復させなければならない。

体さえ回復させれば。

どうにかなる。

大きく深呼吸すると。

私は博士が、負担が小さく、更に戦闘力が高いフォームを開発してくれると信じ。

目を閉じて。

本格的に眠る事にした。

 

4、最後の敵

 

中東での後始末を終えた東方は。

桐野と一緒に米国に出向く。

現在、地球最大の魔境と化した米国は。

現在でも一応、世界最大の国家ではある。

むしろ混乱に乗じて、旧メキシコや旧カナダなどの領土を彼方此方併合。各地の経済破綻した島国なども積極的に取り込んでいる。

領土に関してはむしろ更に拡がっているとも言えるのだが。

だが、その内情は。

想像を絶するカオスと化している。

結局この超大国は。

一時期世界の警察を自称していた時期もあったのだが。

大混乱の中それどころではなくなり。

膨大な人種と。

多すぎる矛盾を抱えたまま。

地獄への直行便を滑り落ちることになった。

領内に核が落ちた国よりマシ。

そういう声もあるが。

しかしながら、東方が降り立った空港を見る限り、そんな楽観的な言葉は十秒で吹っ飛んでしまうものだった。

あまりにも。

無秩序すぎる。

一時期のアジアの田舎を思わせるほどだ。

無責任で身勝手な数々の思想のせいで、身動きが取れなくなり。

それが政治にまで悪影響を及ぼしたという話は聞いているが。

空港だけでも、無数の訳が分からない標識が並んでいる。

トイレにしてもどれを使って良いのか分からない状態で。

何だこの有様はと、呟かなければならない程だ。

迎えが来る。

FBIの人間らしい。恰幅が良い大男で、映画スターのように筋肉の引き締まったごつい姿だった。

手帳を見せ合ったあと、敬礼して、警察署に向かう。

その途中、デモを見た。

デモでは、何を主張しているのか、さっぱり分からなかった。FBIの人間に聞いてみると、彼らさえ分からないと言う。

何しろ、掲げている看板ですら。

10を超える言語が確認できる上。

それぞれ矛盾した内容が書き込まれているのだ。

「何が起きているんですかアレは」

「彼ら自身も分かっていない」

「はあ!?」

「ただデモにかこつけて暴れたいだけだ。 今のような連中の事を、今はファッションデモと呼んでいるが……しかし地球が決定的におかしくなりはじめた21世紀前半には、形こそ違えどああいう連中はいたらしいな」

そうか。

民主主義の牙城。

自由の総本山の。

今の姿がこれか。

警察に案内されるが。

警備ロボットに阻まれて、多数の人間がギャーギャー騒いでいる。

ロボット共を追い出せ。

そう叫んでいる者もいた。

分かったのは、日本語で叫んでいたからだ。

無数の言語が混ざり合っているので。

何とも分かりづらいが。

聞き取れる言葉もあった。

翻訳装置も見るが。

大量の言葉が一片に流れ込みすぎるので。

オーバーフローを起こしている有様だ。

「あれは」

「デモと同じで、ただ騒ぎたいだけの連中だ」

「今クロファルア人がいなくなったら、地球は文字通り終わりだろうに、それも分かっていないのですか」

「分かっていてやっている。 連中にとって、政府に嫌がらせをすることだけが生き甲斐なんだよ」

絶句するが。

警官も言葉が無いらしく。

それについては、もう会話も進展しなかった。

警察の中では、意外に清潔なスペースが拡がっていたが。

清潔なのは空間だけ。

訳が分からない怒号が飛び交い。

ロボットにその場で連行されていくものや。

警察に食ってかかって、その場で組み伏せられるもの。

清潔で未来的なのは空間だけで。

此処は動物園か何かかと、思ってしまう。

絶句する東方に。

警官はぼやく。

「ようこそ自由と民主主義の国へ。 あんたの国も似たようなものなんだろう?」

「ノーコメントで」

「分かっている。 旧西側の国は今はだいたいこんなだ。 自由と無法をはき違えた連中が、暴れに暴れ回り、自分がやりたい放題をするための方便として自由という棍棒を振り回している。 彼奴らはもっとも先進的な思想を、原始的な棍棒と勘違いしている野蛮人だ」

それ以上いけないと、桐野が制した。

警備用ロボットが此方を見たからだ。

相当腹に据えかねているのだろう。

気持ちは、東方にはよく分かる。

案内されたスペースには、既に情報部も、内閣情報調査室のお姉さんも来ていた。

中東のときほどでは無いが。

かなり良い設備が揃っている。

流石にFBIが使っているだけの事はある。

技術的にも、最新鋭のものが惜しみなく投入されているようだった。

「来たな、東方」

「ええ。 此処で決戦、ですね」

「ああ」

情報部の男も。

ほろ苦そうな笑顔を浮かべている。

この状況。

誰が見ても、好ましいとは思えない。

完全に自由と無法をはき違えると。

人間は此処まで知能を退化させてしまうものなのか。

警備ロボットが犯罪を抑止し始めるまでは。

これが当然犯罪や暴動につながっていたのだろう。

とにかく、だ。

この病んだ国で。

ザ・アルティメットと、ヴィランズを追い詰めなければならない。

このカオスぶり。

今まで以上に大変な作業になるのは明らかだ。

腹をくくるしか無い。

「アビスは手酷く負傷し、しばらく動けないと聞いている。 何よりも精神的なダメージが心配されるそうだ」

「……」

「その間、我々でサポートしなければならない」

「ああ……」

ヒーローとは何なんだろう。

今まで倒して来たエセヒーローは、いずれも見目麗しい連中ばかりだった。

アビスは戦闘に特化した、バケモノとしか言えない姿ばかり採っていた。

だが、正義だったのは、間違いなくアビスだ。

姿は。

正義とは関係無い。

大きく嘆息すると。

東方は襟を引き締め治し。

戦いに向かう事を決意した。

 

(続)