硝子の華

 

序、焦土の砂

 

中東。

21世紀にて。

地球で、もっとも「物理的に」破壊された土地である。

大統領を暗殺されたロシアが暴走を開始。

1600メガトンに達する火力を誇る水爆を搭載したICBMを乱射。

文字通り跡形も残さず消し飛ばしたからだ。

中東と呼ばれた地域は。

クロファルア人が来るまで、放射能汚染で誰も入る事が出来ず。放射能汚染をクロファルア人が除去した今も。かろうじて脱出し生き残った中東の人々や。最貧国から可能性を求めて流れ込んだ人々が。幾つかあるコロニーでくらしている。そんな場所になっている。

昔は多くの砂漠があったが。

それらは溶けた硝子の塊が散らばる場所となり。

偉大なる原初の文明が栄えた地域は。

破滅の灼熱に晒され、溶け落ちた。

現時点の人口は5000万ほど。

勿論、そのほぼ全員が、「中東にいた」人々では無い。

昔栄華を誇ったドバイも全て焼け溶け。

今では残骸すら残っていない。

当然の話で。

オーバーキル過ぎる水爆の、着弾点に選ばれたからである。

石油マネーを振りかざして好きかってしていた富豪も。

「石油王」とやらも。

水爆の暴力の前には無力だった。

勿論地下シェルターも。

何の役にも立たなかった。

そもそも、この事件が起きた頃には、中東において石油資源は完全に枯渇してしまっており。

いうほど石油王が金を持っていなかった、というのも事件発生に関与している。

結局の所。

20世紀から21世紀前半に掛けての負の遺産が。

全て爆発したのだ。

元々中東は、統一政権であったオスマン帝国が崩壊して以降、悲惨な運命を辿り続けていた地域だったが。

石油資源を用いた金儲けが邪悪すぎた。

その上、石油資源があっても楽な生活をしているのはごく一部だけ。

そんな状態を放置し。

あまつさえ、倒すべき相手を間違ってしまった。

それが最悪の結果を招いた。

そういう事なのかも知れない。

いずれにしても、この土地に暮らしていた人々よりも。糾弾されるべきは石油王だのと自称していた連中だろうが。

ただ、それにしても。

当時のトチ狂った世界情勢や。

それ以前に、この土地を滅茶苦茶にした連中のやらかした事。

何よりテロを世界中に輸出しまくった事は。

許されることでは無い。

結局、何もかもの悪夢が。

この土地をこのような、不毛と言うも生やさしい、神々さえ見捨てる土地へと変えてしまったが。

それも復興が始まっている。

後は、此処で暴れているスレイマンと72さえ潰せば。

ある程度は安定するはずだ。

スレイマン。

イスラム教におけるソロモン王の事だ。

72柱と呼ばれる悪魔を従えた聖人であり。

イスラム教では最も重要な聖人の一人であると言える。

キリスト教でもソロモン王は重要な聖人の一人として数えられているが。

皮肉な事に、古き時代には悪魔はそれほど「邪悪な」存在では無いと考えられていたことがよく分かる。

実際問題、聖人が悪魔を行使しているのである。

この矛盾はどう解決するのか。

色々な神学者が、言った者勝ちの適当な説をぶち上げるのが神学だが。

そもそもとして、偉大な聖人が悪魔を使っているのである。

キリスト教は近年に入れば入るほど悪魔を邪悪な存在として扱うようになったが。

古くは違った。

その証拠が、ソロモン王そのものだとも言えるだろう。

私は、そんなソロモン王を語るエセヒーローを倒すため。

中東に来ていた。

此処は何もかもが構築途上。

放射能汚染の除去は完了したものの。

各地にはまだインフラ整備が行われておらず。

宇宙からユニットごと投下されたコロニーを用いて。少しずつ都市建設が開始されている状況だ。

現時点で十箇所のコロニーが作られ。

それぞれ400万から600万前後の人間が暮らしている。

これらの人間は、無料で交通費と家と仕事を保証された人々で。

その殆どは、欧州で肩身が狭い思いをしていた元中東出身の難民達や、その子孫達である。

今後更に数が増えると予想されているため。

博士に話を聞いたところによると。

これから更に10個のコロニーの基幹ユニットが、クロファルアで作られ、送られてくる予定だという。

それにともないインフラでコロニー同士をつないで。

連携しての発展をして行く予定だとか。

ただ、昔想像されていたような未来都市では無い。

あくまで必要な設備が揃ったユニットに過ぎず。

見た目はむしろシックな雰囲気の町並みだ。

これは、あまりにもオーバーテクノロジーな町並みを作ると。それだけで混乱が起こるから、という理由らしい。

汎銀河連合の法でも、あまりにもその星の技術を逸脱したものを、その星の人間に任せないようにと言うものがあるらしく。

私自身も、そもそも借り物として変身スーツを使っているわけで。

私自身が強いわけでは無い。

色々と、支援作業も大変なのだ。

幸いなことに。

支援作業は、基本的に全てクロファルアの計画通りに行われている。

図面を引いているのはAIらしいのだが。

これも人の手が入る余地は無く。

事前に設計がされたとおり。

労働力を雇い。

街を作っていく。

そういう状態だそうだ。

現在では、それぞれのコロニーで自給自足が出来ている状況である事や。

最低限のネットなどのインフラはつながっている事。

更に何より、あらゆる全てが管理されている事で、不正をしようがない事などから、治安そのものは良い。

ただし、元々欧州で難民生活をしていた中東の人々は荒んでいる。

当たり前の話で。

人道主義を欧州が放り捨ててからと言うもの。

彼らは奴隷に完全に転落。

それどころか厄介者扱いされ。

人権さえ剥奪された。

そもそも欧州が難民受け入れを行ったのは、安価に働いてくれる奴隷を要求していたからで。

この辺りは、21世紀前半に日本でやっていた事と同じである。

だが当然大人しく働いてくれる奴隷など現在にはおらず。

それどころかテロを輸入することにもつながり。

結果として、欧州は人道主義を放り捨てた。

あらゆる業の結果。

最初に欧州に移り住んだ中東の人々の子孫達は。先祖の故郷が焼き尽くされるのを遠目に呆然と見つめるしか無く。

石油資源の後ろ盾を失い。

完全に人権というものを放り出した西欧で奴隷としての生活を余儀なくされ。

地獄の時代を送った。

クロファルア人が来てから。

コロニーへの移動作業が、クロファルア人の支援の下行われるようになると。

最初の5000万人応募でさえ、あっという間に埋まった。

それだけで、どれほどの扱いをされていたのか。

当事者では無い私でさえ分かるほどだ。

そんなわけで。

完全に機械化された中東に戻ってきた彼らだが。

犯罪が染みついてしまっていて。

クロファルアの警備ロボットと衝突する事が毎日のように起きている。

新しい綺麗な街なのに。

飛び交うのは悲鳴と怒号。

捕まると分かっていても。

どうしても彼らは止められないのだ。

街の中にある監視カメラには。

ひっきりなしに犯罪が写る。

その度に警備ロボットが出動し。

犯人は問答無用で逮捕される。

爆弾テロを起こそうとする者もいるが。

このコロニーユニットは、全体が耐爆フィールドに覆われており。

テロなどしようもない。

更に、コロニーそのものがクロファルアの警備システムに包まれているため。

実質上殺人なども不可能だった。

流石に此処では動けないのか。

魔も今の時点では現れていない。

また、犯罪組織なども存在するが。

わざわざコロニーを出て。

何の生物もいない、彼方此方硝子の結晶だらけになっている砂漠で、様々な取引をしたりしているようだ。

それらも頻繁に摘発されているようで。

それぞれのコロニーは。

いずれも上手く行っているとは言いがたいという。

説明を受けながら、私は見る。

砂漠に現れる、無数の影を。

いわゆる戦闘員が存在しないタイプの悪の組織、72。

名前の通り、ソロモン72柱をモチーフとした悪の組織であり。

主に砂漠に出て、コロニーではできない事をしている人間を襲撃することを主な仕事としている。

更にこれを退治しているエセヒーローがスレイマン。

見ると、天使をかたどっているのか。

翼が生えたユニットを周囲に多数浮かべ。

それを用いて敵を殲滅する様子だ。

基本的に1〜4体程度で出現する72を。

スレイマンは圧倒的な火力で殲滅していく。

映像を見て唸る。

手数と火力で圧倒するタイプか。

今までも、敵を蹂躙するタイプのエセヒーローは何回か見たが。

数百はいると思われる翼が生えたユニットを用い。

其処から強烈なレーザーを展開して敵を面制圧する。

そういうコンセプトのエセヒーローは、今までにはいなかった。

そして此奴。

姿は人型どころか、光そのもの。

これはイスラム圏では、聖人の姿を書くのは偶像崇拝に当たるという理由で、禁止されているのを考慮しての事だろう。

茶番を行うには。

その方が都合が良いからだ。

ただし、である。

流石に中華での超仙が敗れ去ったことで。

中華担当のフォーリッジ人が此方に来ている。

残りのエセヒーローと悪の組織は、北部アフリカ、北米、中東の三箇所。

これに対しフォーリッジ人は五人。

西欧圏担当だったフォーリッジ人も北部アフリカの戦線に協力しに行っているようだし。

何より、流石に皆おかしいと感じ始めているのだ。

超仙の外道な戦い方が撮影されたこともあって。

流石にいにしえの聖人の再来だと喜んでいた中東の人々も、スレイマンと72はおかしいと思い始めたらしい。

情報を精査する限り。

もうスレイマンを擁護しているものはほとんどいない。

米国でも。

ザ・アルティメットに対する圧倒的支持は。

既に揺らぎ始めていた。

私は提供された地下のスペースで、現状のデータを見終える。

此処はコロニーの更にその下。

硝子化した砂漠の地下だ。

其処に特別に、コロニーからちょっとした操作をしてもらい。

空間を作ってもらった。

その空間はどの資料にも存在しない。

フォーリッジ人、それも現在中東に来ている、しかしらない。

AIでさえ知らない空間である。

それも、ガチガチに固めているので。

誰が知る事も不可能な場所だ。

其処で、私は円卓を囲み。

協力者のお姉さんと、情報部の男と、博士と。

今後について話しあっていた。

「まず各コロニーの状態ですが」

協力者のお姉さんがデータを出す。

現状、治安は極めて「悪い」(良いとも言えるのが皮肉である)ものの。

政治家は一応人間がやっていて。

それなりに、まともに働いているという。

これはそもそも、犯罪が手に染みついてしまってはいるが、その代わりきちんと給料が出る状況なら働ける、という段階の人もいること。更には、監視がしっかりしていて、不正はしようがない、ということがある。

クロファルア人も人間に管理を任せて大丈夫だろうと判断しているのだろう。

事実、既存のインフラを利用している各国と違い。

此処はクロファルア本国から、クロファルア人でさえ不正が不可能なブラックボックス化したシステムを組み込んで、コロニーユニットを送ってきているのである。監視の負担も小さいと言える。

というわけで、政治家もスレイマン退治には協力的だという。

情報部の男は頷く。

「警察も現時点では、若造ばかりだが機能はしている。 一から作り直した様子だが、そもそも社会不満が小さいのが原因だろう」

「あれでですか?」

「昔の中東はこれの比では無かった。 現在では武器を手に入れる事も、爆弾テロも出来ず、犯罪者も即座に捕まる。 何より大きいのは、貧富の格差が小さいことだ」

石油。

巨大な貧富の格差を生み出した存在。

これによって、中東の格差は決定的になった。

いわゆる金持ちの見本のような存在として石油王という言葉があったが。

此奴らがやっていた事は。

今になって分かっているが。

悪の限りという以外にないものばかりだ。

もはや石油も枯渇し。

クロファルアの管理の下、貧富の格差が小さい社会がコロニーに作られていて。皆が普通にご飯を食べ、家に暮らす事が出来ている。

犯罪が染みついてしまっている手さえ何とかすれば。

不満は無い。

それが住民達の本音だ。

そう情報部の男は言い切った。

其処まで言うからには、調査をしたのだろうが。

或いは人間心理の分析技術を用いているから、分かるのかも知れない。

情報部となれば。

心理分析くらいは、出来て当然なのだろうから。

博士が頷いて、話を進める。

「それで、敵のシノギについてだが」

「それについては、砂漠で今まで行われていたらしいのだが……中華で超仙が倒されてから、どうも様子がおかしい」

「?」

「実は、我々の別働隊が、既に中東では活動していた。 中東はシステムがクロファルア人によって作られている事もあってか動きやすく、派遣して様子を探るには丁度良いと考えていたようでな」

それによると。

別働隊十名ほどは、既にかなり核心に近い所まで迫っていたそうである。

砂漠でないと出来ないようなこと。

つまり法に反し。

更にクロファルアのコロニーが備えている監視システムの外でないとできない事。

これらに手を染めていた人間を。

根こそぎかっさらう。

そうして敵は、中東でのシノギを成立させていたようなのだが。

どうも今は、その様子が見られない。

それどころか。

誰もいない所を、見せびらかすように72が行軍している様子さえ見られるという。

それはつまり。

「罠ですね。 多分方針を変えたんだと思います」

私の発言に。

皆の注目が集まる。

私は咳払いすると、説明した。

「恐らく、敵はもう地球でのビジネスを諦めたんだと思います。 その代わり、私を殺すつもりになったんでしょう」

「……ほう?」

「私は奴の手の内を知り尽くしています。 手口の残忍さ、残虐さ、それに手慣れている様子からして、奴は相当な常習犯でしょう。 つまり此処を諦めても、別でまた「ビジネス」を始めるつもりです。 その時、手口を知り尽くしている私がいると邪魔……というわけです」

つまり。此処からは。

奴のビジネス潰しでは無い。

私と奴の殺しあいだ。

望むところである。

そうなると、むしろこっちとしても動きやすくなる。

「72を見つけ次第連絡してください。 一匹残らず駆除します」

私の目には。

敵を滅ぼし尽くすまで止まらない、戦神の怒りが宿っていたかも知れない。

いずれにしても。

本番はこれからだと言う事だけが。

分かりきっていた。

 

1、いにしえの魔神

 

悪魔と言う存在は、必ずしも邪悪と同義では無かった。

そもそも悪魔を最も邪悪に描く一神教でさえ、その傾向があり。

古くは聖人であるソロモン王でさえ、いわゆる72柱を使役して使っていたほどなのである。

インド神話では、「善政を敷いていた」と明記されている悪魔が存在しているし。

少なくとも、神の敵対者=邪悪の権化という構図は、近年になってから出来ていったものであって。

必ずしも神と敵対しているからと言って。

悪の権化とは、限らなかったのだ。

勿論例外は存在する。

ゾロアスター教などは、善と悪が存在し、それぞれが対立しているのが正しい姿、等という教義を掲げている。

また、いわゆる悪魔や悪鬼などへの対処も様々で。

日本などのように「調伏」して神に祀り上げるケースもある。

仏教でも似たようなやり方を頻繁に採る。

鬼子母神などはその逸話からも有名だが。

いわゆる悪鬼とされる羅刹や夜叉も、天部と呼ばれる神々の兵士として、仏教に取り込まれているのである。

悪魔は邪悪。

人間を堕落させ、滅びに導くもの。

そういった思想は、むしろ近年の一神教によって広められていったものであって。

古くの悪魔と言うものは。

どちらかというと、神の敵対者という色彩が強く。

例えば政権に抵抗していた民族が伝説を経る内に悪魔と化していったり(日本で言う妖怪化していったまつろわぬものなどがこの例だろう)。

やりようによっては力を貸してくれる存在である、という点も。

西洋東洋問わずに見られるものであった。

古い形の悪魔が分かり易く残っているのは、日本の祟り神、などであろう。

祀り上げれば福を為し。

ないがしろにすれば祟る。

要するに、利用方法次第では福を為してくれる存在であって。

荒々しくも必ずしも常に人間の敵ではない。

勿論世界各地の宗教は様々であるから一概には言えないが。

古くにおける悪魔と言う存在は。

必ずしも諸悪の根元でも。

絶対悪でもなかったのだ。

この辺りの歴史は。

自分も地球の文化を調べる際にみておいて、把握した。

故に中東で使ったエセヒーローには。

スレイマンと、72を採用したのだ。

いにしえの聖人と。

それが行使した魔神達。

魔神といっても、どうせその正体は神に仕えた技能者集団とか、或いは神の支配下にあった民族が伝説化したものだとか、或いは直接家臣だったりしたかも知れない。

ともあれ、伝説を利用したエセヒーローと悪の組織は。

随分と稼いでくれた。

だが、此処からは使い方を変える。

ハンギングジョンと相談しながら。

72の工場を改造。

戦闘用に切り替える。

つまり、今までのやられ役としての72ではない。

それぞれが戦闘兵器として活躍出来る。

ある意味、ソロモン王の配下として相応しい存在としての、72柱へと変化させるのである。

そしてスレイマンの方も。

今までの敵の動きを分析したデータで。

最強まで強化する。

ザ・アルティメットも強化を進めているが。

それと同様だ。

「敵の厄介なところは、手数の多さにある。 敵は恐らくエージェントと言うよりも研究者だという話はしたが、単純に色々なものを好きなように作るのが好き、と言う輩なんだろう。 作る形態にしても、どれを見ても正直な話地球人の感性からはかなり離れているから、予測もしづらい」

「いえ、あれは我々の感性からも離れています。 貴方には予想できますか?」

「……」

黙り込んでいる魔。

まさかあんな方法で敗れるとは思っていなかったのだろう。

ただ、ハンギングジョンでさえ、此奴が捕まった事は何度かあった、という話はしていた。

実際問題。

どれだけスペックが高くても。

負けるときは負ける。

この世は、そういう仕組みで出来ている。

能力が無敵だから絶対に負けない。

そんな事はあり得ない。

だから自分は運の要素を可能な限り潰すようにしてきたし。

そして今後もそうするために。

あの小娘を殺す。

それだけだ。

「現時点で装備しているユニットを利用した面制圧と、それぞれがマハープラカシュ並みに強化した72柱の魔神ども。 これの一斉攻撃なら、フォーリッジの戦闘ロボットを護衛に付けている敵でも、ダメージを与えることが可能でしょうかね」

「フォーリッジの戦闘ロボットの実力を見ると、力押しは厳禁だ。 当然警備ロボットも連れてくるだろうしな」

「ふむ、それもそうですね。 何か案は?」

「まず敵を分散させる必要がある」

囮がいる、とハンギングジョンは言うが。

しかしながら囮か。

まあ米国で暴れさせているヴィランズでも使うかと思ったが。

ハンギングジョンは言う。

「もう色気は捨てろ。 北部アフリカのエセヒーローと犯罪組織が無事だろう。 それを使えば良いだろうが」

「ふむ、そうですね。 此処で稼ぐのは既に諦めていましたが……」

「だったら全部をコマとして活用するだけのことだ。 相変わらず思い切りが足りねえな、お前は」

「ははは、忠告耳に痛いですよ」

確かにその通り。

この星でのビジネスは失敗したのだ。

ならば退路をしっかり確保するためにも。

小娘を殺す。

そのためには。

既存の戦力を、全部連れてくるくらいの覚悟がいる。

北部アフリカの戦線は、確かにまだ稼ぎを出せてはいるが。

電子ドラッグのクライアントには、もう話はしてある。

地球で大きなトラブルがあり。

商品は供給できなくなったと。

かなりの信用を失ったが。

それでも仕方が無いと言えば仕方が無い。

元々、クライアントには大きな貸しを作っているので。

次の市場で挽回するだけだ。

また、厄介なエージェントが育ちつつあるので、追撃を防ぐためにも殺すために、地球を離れられない旨も伝えてある。

事実、そいつが宇宙に出たら、クライアント達も危ないのだ。

その程度は判断出来る連中だと言う事もあって。

今の時点では、致命的なクレームにはなっていなかった。

そもそも、今回の電子ドラッグ製造のノウハウは、自分しか持っていない。

これは他の星でも応用できるはずで。

未開文明がまだまだ幾つかある状況では。

商機は当然巡ってくる。

故に今後も稼げる。

だからこそに。

追撃は断たなければならない。

クロファルア人もフォーリッジ人も自分の敵ではない。

実際問題、不覚を取ったのはあの小娘が現れてからと、ラッキーパンチの一回だけである。

今まで投資してきた分は伊達では無い。

散々金を掛けてきたビジネスなのだ。

赤字のまま終わらせてなるものか。

改造をひととおり済ませると。

北部アフリカの戦線を撤退させる。

此処で、思わぬ副産物が生じた。

北部アフリカで散々おちょくってやったフォーリッジ人が。

中東に来たのである。

協力態勢を採るなら兎も角。

どうやら、フォーリッジ人同士で揉め始めたらしい。

これは好機だ。

いずれにしても、北部アフリカで活動させていたエセヒーローと悪の組織をエサにして、小娘を引っ張り出し。

そして殺す。

今回は此方に幸運が廻って来た。

これを利用しない手はない。

まずチャンスを見る。

好機が来ていると言う事は。

必ず決定的なチャンスが訪れるはずだ。

クロファルア人の宇宙ステーションを歩き回り。

情報を集める。

やはり噂になっているようだった。

「中華から中央アジアを担当していたフォーリッジ人と、アフリカを担当していたのが、喧嘩をしているらしい」

「元々中華を担当していたのはあの堅物中の堅物だろう。 どうして喧嘩を売るような真似を」

「それが、自分の獲物が中東に移ったのだから、自分が引き続き担当すると息巻いているらしくてな」

「南部アフリカのラッキーパンチを未だに引きずっている訳か」

嘲弄を混ぜてやるが。

周囲からはむしろ白い目で見られた。

「お前、知っているのか?」

「何を?」

「俺たち全員、近々召還されて裁判に掛けられるってよ」

「ほう?」

それはそれは。

まあ自分には関係無いことだ。

なお、例のアポロニアが、最近は熱心に報道をしていて。

ヒーローの駆除と悪の組織の排除についての成果が上がっていることを強調しているらしいが。

それは奴なりに。

必死、と言う事なのだろう。

というか、そもそも此処のボスが、もう精神の負荷が限界を超えているくさい。

見ているだけで分かるのだが。

ストレスが溜まりすぎて、口数が減っている。

フォーリッジ人に余程厳しく責め立てられているのだろうし。

しかも今度は全員が裁判、とかいう話だ。

それはもう、精神がもつまい。

完全に文字通り「他人事」なので、自分にはそれこそどうでもいい。

この体を奪った相手だって。

そもそも元は平凡なフォーリッジ人だ。

典型的な小市民で。

たまたま体を乗っ取るのに丁度良かったから乗っ取った。

なお元の意識は既にない。

自分が食い尽くした。

非道とか言われたら、光栄の至りと答えるだけである。

少なくともレジャーで大量虐殺を楽しんでいた地球人にどうこう言われる筋合いはない。

「本当に一体誰が犯人なんだ。 これだけの不祥事、許されることじゃあないぞ」

「この中にいたりしてな」

「……いるだろうな」

不意に、ぼそりと今まで会話に加わらなかった奴が、此方を見た。

自分は笑顔を崩さない。

「それはいるだろう。 何しろクロファルア人にしかこんな事は出来ないんだからな」

「止めてくれよ。 そもそもどうやって紛れ込んでいやがるんだ」

「例えば精神を乗っ取っているとか、洗脳しているとかじゃあないのか。 或いは二重人格かもな」

「そういうのは全部調べただろ、何度も何度も!」

同僚が立ち上がり、ヒステリックに叫ぶ。

ストレス検知装置がアラームを鳴らし。

口をつぐんだそいつは、ストレス軽減用の装置を被った。

溜息を零す誰か。

それにしても、さっき自分に向けて犯人がいるといった奴。

彼奴、この中ではとにかく目立たず。

会話も殆どしたことがない。

それなのに、今。

ピンポイントで自分を見て。

いるだろと、明確に言った。

偶然だろうか。

ただ返事を返してきただけ、という可能性もあるが。

もしも本当に自分が精神体だと気付いていると厄介だ。

ただし、殺すわけにもいかないし。

何よりこの体を今は離れられない。

面倒な話だが。

此奴に乗り移ることも出来ないし。

もしも本当に正体が看破されていた場合。

詰む。

ちょっとまずい事になったかも知れない。

ただ、精神体に対抗する技術は、クロファルアでは未熟だ。勿論正体が露見した場合は危険だが、その場合もさっさと逃げればいいだけだ。精神体は宇宙を渡ることも出来る。別の星系に行く事もその気になれば可能だ。

魔と自分を分けたのは其処である。

自分の場合、精神体になってからの年月が長い。

具体的にどういうことが出来るかをよく分かっているし。

弱点も知っている。

だから自分の弱点となるロストテクノロジーは積極的に盗掘したし。

何より魔は、自分の肉体を継ぎ足すことで強化することしか考えなかった。

体を盗むことにより。

新しく移動する、という判断に至らなかった。

精神体というのはそれだけレアな存在であり。

クロファルアにも。

フォーリッジにも。

捕まらない自信があったのは、それ故だ。

しかしながらも、もしも精神体が誰かの体に潜んでいるとフォーリッジ人が判断した場合。

その時、何かしらのテクノロジーを、汎銀河連合に請求し。

容れられたとしたら。

ちょっとばかり厄介だ。

しばし歩きながら考え。

自室に戻る。

キューブ内で魔は大人しくしているが。

しかし此奴の場合。

単に静かにしているだけとは思えない。

恐らく、どうやって脱出するかを考えているのだろう。

どうでもいいが。

はっきり言って、邪魔だけはされると困る。

「魔よ。 一つ聞きたいのですが」

「何だ」

「貴方は中東出身だそうですね。 良くロシアの核攻撃から逃れられましたね」

「俺はその時たまたま中東を離れていた」

魔は退屈だからか。

他の理由からか。

身の上を話す。

何でも中東である国に開発された生物兵器である魔は、ある時から精神生命体としての自分に目覚め。

そしてその国の情報部を皆殺しにすると。

後は思うままにテロを繰り返したという。

どの組織に属したときも。

単に殺しがしたいから。

テロを起こす手腕に関しては天才的だから、どのテロ組織でも歓迎してくれたが。

飽きたら皆殺しにした。

痕跡も残さずに。

そうしている内に評判が拡がり。

彼方此方の組織から声が掛かるようになった。

そして、たまたま欧州に出向いているとき。

中東の情勢が最悪になった事を聞いたが。

どうでもよかった。

「俺は中東出身だが、ムスリムでもなんでもない。 無神論者は向こうではむしろ異常者扱いされるものだが、その異常者だった。 まあ表向きはムスリムのフリをすることもあったがな」

「それで逃れる事が出来たのですか」

「そうだ。 流石の俺も、水爆を喰らったらどうなるかわからなかったしな。 体を完全に失ったのは、実は今回が初めてだ」

自嘲気味に笑う魔。

今までも、体中に銃弾を喰らったようなことはあったらしい。

だがその度に驚異的な生命力で生き延び。

体を他人から奪って付け足し。

そして自分の前に現れたときのような姿になったそうだ。

なるほど。

あの姿は、そういう事だったのか。

まあそれはそれで構わない。

ちなみに此奴の肉体。

何度も死んだ筈だ。

蜂の巣にされたときも。

驚異的な生命力で生き延びたのでは無く。

もはや本体が精神体だったから生きられたのだ。

それ以上でも以下でもない。

不死身には相応の理由があった。

そして精神体だったからこそ。

異常な知能と身体能力も発揮できた。

テレポートを一とする超能力も。

そういうことだったのである。

なるほど、こんな星で同胞を見つけるとは。

因果なこともあるものだ。

「それで貴様は?」

「自分ですか? 自分は気がついたときにはこの姿でしたよ。 たまたま、様々な知性体の負の思念が集まる場所が存在していて、其処に意思が宿った。 それだけのことです」

「ハ、マジで外宇宙の邪神様じゃねえか」

「邪神? 何を滑稽な事を言いますかハンギングジョン。 私は己を邪なる者などと思った事は一度もありませんし、客観的に見ても違いますよ。 何しろ私は、貴方たち地球人がやっている以上の悪事など、今までに一度たりと働いた事はありません。 むしろ私が行った規模の殺戮など、地球人がやってきたものに比べれば、些細でとても爽やかですらあるでしょうに」

げらげらと笑う自分。

多分、同胞を見つけてハイになっていたから、だろうか。

ハンギングジョンも笑う。

そして違うなと、冷静に評した。

「前も言ったが、お前は殺戮なんぞしていない。 ただ数字を扱っているだけだ。 そういう意味では、管理者であると同時に、ただそれしかできない事も意味しているんだよ」

「ほう?」

「神ってのはな、出来る事には最強だができない事は何にも出来ないものなんだよ。 全知全能の神と設定されている奴もいるが、そういうのが神話で実際に全知全能だった事があるか? 神は己のテリトリーでしか力を発揮できないし、それ以前に信仰が無くなれば消える程度のものでしかない。 お前は数字というテリトリーしか扱えない邪神であって、数字を扱えなければ終わり。 ただそれだけの存在だな」

「ふ、ハンギングジョン。 お前は俺よりスペックで劣ると思っていたが、相変わらず考えだけは面白い」

それはどうもと、ハンギングジョンが魔に返す。

そして魔は、更に言った。

「確かにそういう意味ではお前は邪神だ。 そして俺もその同類と言える」

「そうだな。 そいつが数字を扱う邪神なら、魔。 お前は殺戮を扱う邪神と言えるかも知れないな」

「殺戮が無くなれば、俺の居場所はなくなるか」

「そうだ。 とはいっても、クロファルアのデータを見る限り、殺戮がこの世から無くなる事はなかろう。 お前は当面、邪神として宇宙に降臨できるだろう」

面白い会話だ。

そして、自分は邪神呼ばわりされたことを別に不愉快だとは思っていない。

数字を扱う邪神。

それはそれで面白い。

地球の人間が考える邪神の定義も興味深い。

それならば、自分は。

名乗るとしようか。

「それならば、自分も名前を持つとしましょう。 邪神だというのならば、名前は必要でしょうからね」

「面白い奴だ。 今まで自分とだけしか言わなかったのにな」

「名前など必要なかったからですよ。 偽名を使い分けていれば良かったのですし」

「ふむ、それでどう名乗るつもりだ」

決まっている。

数字を扱う神なのだ。

「マクロと名乗りましょうか」

「全体という意味か」

「そうです。 数字を操作し全体を操る。 どうですか?」

「コスモスと名乗らなかっただけマシか。 だが数字だけでは全体は操れない。 お前は数字以外の要素を操っていないからな」

ならば、違う名前にするか。

なお、否定されたことを、自分はあまり気にしていない。

というか、ハンギングジョンとの会話は刺激があって面白い。

或いは、こういう気持ちは。

生まれて始めて抱くかも知れない。

「それならば、マスマティックスは?」

「数学か。 それはそれで面白いが、少し違うな」

「お前のような奴は、それこそ1で良いだろうよ」

「1ですか。 いいですねえ。 それでは私はザ・ワンと名乗りましょう」

1故に数字の原典。

1故に数字の頂点。

面白い名前だ。

流石魔。頭も中々に働くでは無いか。

ザ・ワン。

中々に良い響だ。

今後はそう名乗るとしよう。

勿論、あくまで私的な場では、だが。

今後もコードネームを顧客に応じて使い分けることに関しては同じだ。この世界は、そういう場所なのだから。

さて、小娘をおびき出す算段も出来た。

それにもう、如何に愚かな地球人といえども、ヒーローと悪の組織の茶番劇では、誤魔化せなくなってきている。

それならば。

もはや茶番は必要ないのだ。

ここからは、仁義無き殺し合いの開幕である。

 

2、襲来

 

それは突然だった。

警備ロボットが緊急を知らせてきて。私は叩き起こされる。

見ると、既に警備ロボット達が、応戦を開始。

酷い有様になっていた。

72は、戦闘員のような雑魚を抱えていない犯罪組織であり。

怪人相当の、ソロモン王が従えていた72柱の名前を持つ存在が、それぞれ相応に強い、という特色を持っていたのだが。

あからさまにそれらが。

異常すぎる出力で、砂漠の外にいる人々を攻撃している。

コロニーから出ていると言う事は、口には出せないようなことをしていたのだろうが。

それにしても、あまりにも計画的な攻撃なのが分かった。

大量の火球が叩き付けられ。

一度焼き尽くされ、硝子の結晶だらけになった砂漠を更に吹き飛ばす。

その度に逃げ惑う人々の手足が千切れ飛び。

吹っ飛ぶ。

警備ロボットが応戦に入るが、敵は数十体はいる。

それも、である。

スレイマン配下のユニット。

天使を模した姿の者達までもが。

攻撃に加わっている。

そうかそうか。

どうやらもはや、正体を隠す気さえなくなった、ということか。

それだけではない。

フォーリッジ人から連絡が入る。

北部アフリカで暴れていたエセヒーローと悪の組織が、中東に侵入を開始したという。此方も、エセヒーローと悪の組織が一緒になって、コロニーから出ていた人間を無差別虐殺しているそうだ。

無茶苦茶だ。

ぼやきたくなる。

一人をおびき出すために。

此処までやるか。

やると言うことだろう。

そして黒幕は。

人間の領域を超えていない。

事実、人類が絶滅し掛けた先の大乱では。

この程度ではないジェノサイドが世界中を吹き荒れたのだ。

もはやもう、言葉も無い中。

私は出撃の準備に掛かる。

アフリカから出張ってきた組織は、もうそっちを担当していたフォーリッジ人に任せる。

中東の方の、スレイマン、72組を叩きに出ようとしたが。

フォーリッジ人から待ったが掛かった。

「今、調整を実施中だ。 面倒だと思うが、少し待って欲しい」

「あの無差別攻撃を見て動くなと!?」

「戦闘ロボットを動かすには法的手続きがいる。 面倒な事に、担当する相手を決めてから戦いを開始した。 今、調整中だ」

拳を壁に叩き付ける。

調整中、の間。

どれだけの人が死ぬのか。

その責任を取れるのか。

警備ロボット達は頑張っているが、敵の手数が多すぎる。

そもそもコロニーユニットを守るための一定数を割くわけには行かない。ただでさえ向こうは治安が良くないのだ。

それに、コロニーユニットに暮らす人々が、騒ぎ始めているらしい。

外に身内がいる。

心配だから外に出させろ。

そう騒いで、警備ロボットや、若い警官達ともみ合っているようだ。

文字通り最悪の状況だが。

博士も、悔しそうに言う。

「すまない、空間転送のテクノロジーを無闇に使うわけには行かない。 そのスーツもだ」

「……私が交渉しましょうか?」

「いや、止めた方が良いだろう。 アフリカ戦線で活動していたフォーリッジ人は、また宏美くんが知らない者だ。 話をしに行ったら、また一から信頼関係を構築しなければならなくなる。 それが如何に大変かは、宏美くんが良く分かっているはずだ」

「そうですか。 では見境無く行われている殺戮をただ見ていろと」

博士も口をつぐむ。

少しこれは言い過ぎたか。

私は謝ると。

だが、ついと背中を向けた。

正直な話。

殺意がさっきから抑えきれない。

恐らくだが。

敵はこれを分かりきった上でやっている。

ただ、私を挑発するためだけに。

そう、冷静な判断力を奪うためだけに。

敵が撤退を開始。

死んだ敵はうち捨てられていたが。

案の定すぐに溶けて消えてしまう。

一連の戦闘が行われる間に。300人以上が殺された。

だが、それでも動けない。

フォーリッジ人が膝をつめて話をしている間。

法的手続きもあって。

無闇に戦いをするわけにはいかないのだ。

悔しいが。

これはどうしようもない。

連絡が入ってくる。

協力者のお姉さんからだ。

どうやら中東の暫定政府も混乱しているらしい。

軍を出すかでかなり揉めているようだが。

現状、自動化した軍はほんの少ししか配備されておらず。

殆どは3Dプリンタで作成した、旧時代相当の兵器ばかりだ。

それでは奴らにはとてもではないが勝てない。

兵士に無駄死にしろと言う訳にもいかず。

かなり政府内での議論が混乱しているらしい。

なお、警察と情報部も、色々と調べてくれている。

敵がシノギを放棄したのはほぼ確実なようなので。

スレイマンと72について、戦闘の情報を可能な限り集めてくれてはいるようなのだが。

そもそもスレイマンと72が出来レースをしていた頃から、72のエセ魔神どもは、何度も殺されては復活するを繰り返していた上。今見てみても、先ほどの戦闘とのデータでは、明らかに違いすぎる。

かませとしての悪の組織から。

戦力に強化されている。

この間まで戦っていた新青幇ともまた状態が違う。

つまり、情報は集め直し、と言う事だ。

悔しいが、こういうときは切り返しが必要だ。

動けない此方に変わって。

地上と裏方に。

頑張ってもらうしかない。

 

情報部の男が来た。

クロファルアの警備システムで守られている此処だ。

余程特殊なルートで来たのだろう。

私も、ここに来るにはどうしたら良いのかよく分からない。

なお、貰っている部屋は。

皮肉な事に、今までで一番広くて快適だ。

後は米国での敵との戦いが控えているから、此処に引きこもるわけにもいかないのだけれども。

正直な所。

ここで戦えれば言う事がないくらいである。

あらゆる設備が充実しているし。

実際の所、ユニットに組み込まれている、特殊な情報管理設備や、それを使う人間用のパーソナルスペースなのかも知れない。

とにかく、博士も交えて話をする。

「フォーリッジ人同士の交渉は上手く行っていないのか」

「うむ、すまぬ」

「謝る相手が違う」

「そうだな……」

博士が申し訳なさそうに此方を見る。

私としても、博士を責めるつもりはない。

あの後、警備ロボットが敵を追い払いはしたものの。

クロファルアの対応の遅さへの不満が。

地上で噴き上がっているらしい。

しかしながら、そもそもコロニーからは出ないようにと言う通達はされていたし。

コロニーそのものには強力な防空システムがついている。

正直な所。

あの超仙がいたとしても。

コロニーに侵入し、更に暴れるのは不可能だろうと、博士は断言していた。

まあクロファルア本星から持ち込んでいるユニット型の街だ。

それなりの強力な防備が敷かれているのは、想像に難くない。

「其方での進展は」

「何人かおかしな動きをしている閣僚がいる。 閣僚と言ってもクロファルア人のお飾りだが、いずれにしても不満を持っているようだ」

「目を配っていてください」

「スパイの可能性アリか」

頷く。

実際問題、利権をエサに黒幕に吊られていた閣僚や警察関係者、軍の関係者は今まで幾らでもいた。

カルト団体や。

自称正義を主張する思想団体も。

黒幕に言いように操られていた。

奴らは頭が悪いから操られていたのでは無い。

勿論末端はバカでカスだが。

トップは分かった上で荷担していた。

要するに、確信犯だ。

利害が一致すれば、人間を売る事など何とも思わない。

そういう地球人は幾らでもいる。

だから黒幕は好き勝手にネットワークを構築できた。

地球の金なんて、黒幕からすれば小銭も同然で。

小銭をばらまいて大金に変えられるのなら。

奴は大喜びでそうするだろう。

そして金は人間によって価値が違う。

黒幕にとって小銭でも。

奴にいいように操られていたクズ共にとっては違った。

まだまだ、奴とつながりを持っているスパイはいるはず。

そういう連中は。

奴に殺されやすいように。

多くの人間を、どうなるか知った上で誘導するだろう。

唾棄すべきカスだが。

それでも可能な限り法によって対処しなければならない。

面倒くさい話だが。

「捕らえられそうか」

「今、現地警察と連携しながら動いている。 どうやら敵は誘拐を諦め、君の殺害に注力する事に決めたようだ。 既に放棄された人間を誘拐するルートはもう見つかっている」

「此処ではどうやっていたんですか」

「コロニーの外に出た人間を、適当にさらっていただけらしい。 それだけで、相当数を誘拐できていたようだ」

そうか。

法を破るためにコロニーを抜け出す人間は相当数いたようだが。

それも、色々と生まれた環境が故だろう。

染みついてしまっている犯罪癖は。

抜けるものでもない。

確かにユニット化されたコロニーは清潔だ。

犯罪も起きない。

だが、そこで暮らしていけない者もいる。

そういう事なのだろう。

いずれにしても、コロニーの外に出たら殺される。

そう周知してもらうしかない。

実際問題、現状ではコロニー内での安心は確立されている。

敵エセヒーロースレイマンと72はかなり強力だが。

それでもコロニーを落とせるほどの戦力は無いし。

警備ロボットを破壊出来るほどの力も無い。

後はフォーリッジ人がどうにか話を付けてくれれば。

此方も動けるのだが。

フォーリッジ人に連絡を入れる。

しばしして。

相手は出た。

「交渉は?」

「お冠のようだな」

「当たり前でしょう」

「分かっている。 今回ばかりは此方が全面的に悪い」

法の徒だからか。

自分にミスがある場合は、素直に申告する。

その辺り、地球人にはない特性だ。

「現在交渉はほぼ完了した。 ただ少し揉めている部分が残っていてな」

「まさか、北部アフリカのエセヒーローと敵組織は、もう一人のフォーリッジ人が対応するとかいうのではないでしょうね」

「その通りだ」

「多分相手は混ざって出てきますよ」

その通りだと、素直にフォーリッジ人は認めた。

分かっていて。

揉めているのか。

なぜ揉めているのか。

しっかり理由を聞く。

そうすると、幾つか分かってきた。

元々北部アフリカの敵を担当していたフォーリッジ人は、ラッキーパンチで南部アフリカの敵を倒した経緯がある。

同じ方法で敵を必ず倒せると主張。

更に言うと、既に南米の敵が滅びた今。

北米の敵であるザ・アルティメットとヴィランズが別格の戦力を持っている事を考えると。

彼だけが実績を「ラッキーパンチで」しか挙げられていない。

故に焦っているそうだ。

「だったら、その人と私が連携しましょうか? 米国のザ・アルティメットとヴィランズだけではなく、敵はまだ隠し玉を持っている可能性が高いです。 決戦に備えて、準備をしておくべきだと思うのですが」

「それが、地球人とは連携できるわけがないと主張していてな」

「……」

そうかそうか。

他のフォーリッジ人と同じか。

実績を見せないと動かないか。

そういえば。今話している此奴もそうだった。

信頼関係を構築するまで。

散々手間が掛かった。

その結果、無駄な血が。

大量に流れたのだ。

挙手したのは。情報部の男だった。

「よろしいか」

「何か問題か」

「フォーリッジ人が法を貴び、不正を受け付けない種族である事は敬意を評する。 我々のマニュアルには、敵の中に如何にして内通者を造り、そして敵を腐敗させ瓦解させるか、という事を詳細に記しているものまであるほどだ。 だがそれも貴方方には通用しないだろう。 それについては素直に尊敬するが、しかし今の貴方方は、救える多くの命を無駄に散らしているようにしか思えないな」

「諌言耳に痛い。 交渉は引き続き努力する」

通信が切れる。

まだ交渉をしているのだろう。

そして実際。

また数時間後、奴らは現れた。

そして、案の定。

混ざって現れた。

博士は口をつぐみ。

我慢して欲しいと、私に言い聞かせた。

警備ロボットが対応に辺り。やはりどれだけ言い聞かせてもコロニーの外に出る人々を、遮蔽物もない砂漠で守り続け。

守りきれるはずも無く。

また大きな被害者が出た。

少なくともフォーリッジの戦闘ロボットが投入できていれば。

こんな被害は出なかっただろう。

私が出ていれば。

もっと被害は減らせたはずだ。

剛直で融通が利かない。

それは利点である。

どんな賄賂も通用しない。

だから非常に重要な場面で投入される。

しかし命令以外では動かない。

それはそれで問題だ。

私は、ハラワタが煮えくりかえる思いのまま。

ずっと、交渉が終わるのを、待ち続けるしかなかった。

翌日。

ようやくフォーリッジ人から連絡が来る。

以降は連携して動く事で、ようやく交渉がまとまったそうだ。

私は遅いと叫びたくなったが。

それでも我慢する。

彼らは彼らで。

銀河規模の文明における、治安維持を担当する切り札なのだ。

そう簡単には動く事が出来ない。

あまりにも強力なテクノロジーを手にしているのだ。

そんな状況で。

安易にそれを振り回したら。

それこそ敵と同じになる。

理屈としては分かっている。

だが、それはあくまで理屈だ。

こういうときくらいは、柔軟に動けないのだろうか。いや、動いてしまっては、フォーリッジ人としてここに来ている意味がなくなってしまうのだろう。

溜息が零れる。

ともあれ、やるしかない。

そして、皮肉すぎる話だが。

フォーリッジ人の話がまとまったその次の日以降。

敵はぱたりと現れなくなった。

意図は明らかすぎるほどである。

私にも分かる。

敵は恐らく、フォーリッジ人達が交渉をまとめる時間を正確に予測していて。

その間、私を苛立たせるためだけに、ハラスメント攻撃を続けていたと言うことだろう。

このやり口、魔のものだ。

魔の奴。

私に同盟を申し込んでおいて。

結局はこれか。

まああの手の輩は一切信用できないというのが当たり前なので。

私としてはまあそうだろうなとしか言えない。

いずれにしても、兎に角此処からは、データを集めて、敵を襲撃していくしかない。やっと準備が整ったのだ。

此処から。

やっと戦いに移れる。

私がストレッチをして体を動かしていると。

博士が来る。

えらく慌てていた。

「宏美くん、一大事だ」

「詳しくお願いします」

「72が出現し、およそ500人を人質に取った。 やはりコロニーの外に出ていた者達らしい。 奴らは公式に放送を開始している」

「……」

その放送を。

博士が指定した動画サイトで見る。

内容としては。

悪魔としか言いようが無い姿をした72の者達が。

縛り上げ。

猿ぐつわを噛ませている者達の上に立ち。

薄ら笑いを浮かべていた。

「愚かな地球人共よ。 あれだけ我等に襲われると分かっていても、法を外れた所行をするために外に出てくるのはお笑いぐさだ。 故にこれだけの数を捕獲することは難しくも無かったわ」

馬鹿笑いする悪魔の形をした外道共。

私は舌打ちする。

場所の特定は。

博士に聞くが、既に出来ているという。

分かっているが。

これは確実に罠だ。

それでも行かなければならない。

「現状で捕らえた人間は513匹。 この土地に来ているだろうアビスに告げる。 早々に非武装で姿を見せよ。 さもなくば、この者どもを、一時間に一匹ずつ処刑する」

「放送がされたのは」

「17分前だ」

見せしめにと言う事か。

いきなり一人を口に運び、むしゃりむしゃりと食べ始める72の一人。

縛られ俯いている人質達は。

悲鳴さえ上げられず。

震えあがっていた。

げらげら笑う72。

「これで残り512匹だな。 美味そうだし、急がないとつまみ食いしてしまうかも知れないぞ」

動画を切る。

勿論非武装で出向くつもりなど無い。

そして、すぐに調べて貰う。

あれが本当に人間なのか。

更に言えば、人間だとしても、体内に爆弾の類が仕込まれていないか。

わかったものではないからだ。

いずれにしてもあのようなエセ悪魔。

論ずるに値せず。

問題は、恐らく私が出向いた瞬間姿を見せるだろう、スレイマンと、アフリカ北部で暴れていたエセヒーロー、それに悪の組織だ。

敵は今回、私が出向くことを「知っている」。

実際私は出向くからだ。

そして私がどう戦おうとするかも知っているだろう。

相手には魔がついているからだ。

それでもやらざるを得ない。

「博士、最新鋭のあの形態を試します。 いけますね?」

「負担は今までで一番大きいぞ。 やれるかね」

「少なくとも、人質は全員救出して見せます」

「……頼む」

博士の申し訳なさそうな様子。

人間と姿が違っても。

もう大体何を考えているかは分かる。

私も博士を責められない。

狡猾な邪悪を責めるほか無い。

そして愚かな人間を、だ。

どうして分かりきっているのに外に出た。

こうなる事は知れていた筈だ。

それなのに。

一度手が汚れると、後は落ちるばかりなのは分かっていた。しかし、こういった実例を見てしまうと、やりきれない。

薬でもやるつもりだったのか。

それとも売春か。

もっと後ろ暗い事か。

いずれにしても、代替のシステムは完備されているのに。どうして使わない。

私は、それでも。

戦いに出なければならなかった。

 

3、結集

 

あれだけ饒舌に喋っていたのに。

72の者達は、一切何も口を利かず。

周囲を警戒しながら浮いている。

此奴らがラジコンに過ぎず。

人格など存在しない事は、明白すぎるほどだった。

私は地下から状況を確認。

連れてきているフォーリッジ人の戦闘ロボットに合図して、耐爆フィールドを張って貰う。

それから。

戦闘開始だ。

今回は言う間でも無くスピード勝負だが。

それともう一つ、注意することがある。

人質を一瞬で確保すること。

仕込まれているだろうギミックを解除すること。

そして隠密で接近することだ。

耐爆フィールドを張ったら、絶対に敵は一瞬で此方に気付く。

此方もステルスしてここまで来ているが。

それも、過去の話になる。

文字通り。

500人を超える人質を救うには。

一瞬の判断が重要になるのだ。

今回投入するフォームは。

今まで使った中でも、かなり大型のものである。

今までも大型の戦闘フォームは投入したことがあるが、いずれもが制圧用のものであった。

だが今回のは違う。

大型かつ戦闘用である。

そしてその用途の最初の一つは。

地下で、私はブレスレットをかざし。

アイテムを差し込む。

アビスと呼ばれているのなら。

それらしい姿を見せてやるとしよう。

「変身っ!」

叫ぶと同時に。

私は姿を変えていた。

見る間に膨れあがっていく。

同時に耐爆フィールドも展開。

下から来ることは予想していたのだろう。72のクズ共が、一斉に下を見て、人質に無差別攻撃を展開しようとした瞬間。

奴らを脳天から、槍が貫いていた。

一瞬にして、想定外の方向からの攻撃を食らった72のクズ共が爆散する。

同時に私は触手を伸ばし。

人質を全員かき集めるようにして。

地下に引きずり込んだ。

そして、地下にいる戦闘ロボットと、解析を行う警備ロボットに引き渡す。

彼らは一瞬で空間の状態を固定し。

毒だろうが爆弾だろうが。

肉体をむしばめないように処置をする。

私は。

大地に躍り出る。

その姿は、蛸と人間を足して、蛸を3、人間を1くらいの比率で割った感じである。無数の触手は100を超えている。

全長は100メートル以上。

文字通り。

深淵に住まう怪物の姿だ。

これはまだ試作段階。

なお、今の攻撃だが。

フォーリッジのキラー衛星と連携し。

指定の座標に、小型の弾丸を撃ち込んで貰った。

別にこのフォームの能力では無い。

さて、地上に姿を見せると。

現れる現れる。

どっと出てくるのは。

見た事がない悪の組織と、エセヒーローだ。

スレイマンではない。

72の、今殺したのとは別の連中も姿が見えない。

なるほど、北部アフリカの連中か。

要するに、使い捨てのためにわざわざ持ってきた、と言う事なのだろう。

丁度良い。

此奴の汎用性を試すには丁度良い。

どうせ誘き寄せるために人質を取ったのだろうし。

此処で徹底的に叩き潰してやる。

敵は何というか、いずれもが動物ばかりだ。

ただし本来の生物とはいずれも微妙に違っていて、何というかキメラ的な印象を受けてしまう。

襲いかかってくる無数の動物を、触手で一薙ぎ。

二薙ぎ。

吹き飛ばす。

流石に動物だけあって手応えがタフだが。

それでもどうにでもなる。

吹っ飛んでバラバラに散らばる動物。

どうせ偽物だ。

本来だったら心も痛むが。

そんなつもりにもなれない。

次々敵の増援が現れる。

結構。

空間転送のテクノロジーはまだ解明できていないのだろうし、どんどん送り込んでこい。データがとれるだけだ。

そのまま、回転しつつ敵を薙ぎ払っていく。片っ端から敵を叩き潰していく内に、少しずつ様子が見えてきた。

此奴ら、滅茶苦茶適当に作っている。

多分元々の動物の遺伝子を、それこそ本当に適当に混ぜ合わせて、巨大化させたりして、兵士に仕立てているのだろう。

極めていい加減だが。

その代わりコストはとても安くつく、というわけだ。

薙ぎ払っても薙ぎ払ってもお代わりが来る。

そして、突然、敵の中に特攻してくるものが出始める。

嫌な予感がした。

回転速度を挙げて、吹き飛ばす。

爆裂した敵の中から。

無数の大きめの杭が飛び出し。

私をめがけて襲いかかった。

なるほど、体そのものが手榴弾のようになっているわけか。

悪の組織の構成員を使い。

自爆テロをやらせる。

厄介な奴だ。

いずれにしても、表皮に突き刺さるが。

今の体格だと、大したダメージにもならない。

毒が塗られているようだが。

それも中和してしまう。

まだまだ沸いてくるが。

その時。

多数の警備ロボットが周囲に展開した。

どうやら、保護した人質の解析と救助作業が終わったらしい。

後は手数も増えたし、これでいいだろう。

一度下がるか。

そう思った瞬間だった。

いきなり、空から真っ赤に燃える何かが落ちてくる。

それが恐らくスレイマンのユニットである事に気付いたときには、既に遅かった。

爆裂。

耐爆フィールドで中和するが。

しかしながら、神話時代の戦いのように。

隕石のようなスレイマンのユニットが、赤熱しながら次々と降り注いでくる。

動物共はまだまだ突貫してくるわけで。

警備ロボット達の負担が増えすぎる。

戦闘ロボットは、一番大事な人質の護送作業中だろう。

まだ此方に来られる状態ではない。

警備ロボットが動物どもと乱戦している中。

更にスレイマンのユニットが降ってくる。

そして爆発の最中。

一閃した。

触手が切りおとされる。

何だ。

見ると、上空に、黒い人影。

エッジの効いた鋭い姿だ。黒を基調とし、全身を刃物を思わせる鎧で覆っている。

恐らく、北部アフリカのエセヒーローだろう。

そのまま、また突貫してくる。

なるほど、負荷を増やして対応能力の様子見をし。

そして私のフォームが案外ダメージに弱い事を知った上で。

ダメージを蓄積させるつもりか。

良いだろう。

一閃。

触手を切り裂かれるが、再生する。

体にガツンとダメージが来るが、まだまだ。

もう一閃。

薄く切り裂かれる。

だが、見えてきた。

次。

捕らえた。

そして、そのまま握りつぶす。

爆発するが。耐爆フィールドで防ぎこむことには成功。

だが私の方は、ダメージが決して小さくない。

それを見越したのだろう。

大挙して、72のクズ共が現れる。

その数は名前とは裏腹に。

どう見ても数百に達していた。

此処で勝負を付けるつもりらしい。

面白い。

ならば、此方も相応に出迎えるだけだ。

無数の火球が飛来する。

爆裂が連鎖し。

私の戦闘フォームの巨体が煙に消える。

爆発物を使ったのでは無く、手榴弾のようにガラス片などの破片をばらまくタイプの攻撃だ。

耐爆フィールドで中和しづらい、少なくとも至近距離ではダメージが入る攻撃を選んできた、というわけだ。

それでも人間が使う爆弾程度なら、中和できるのだが。

あまりにも数、火力がおかしすぎる。

故に警備ロボット達は中和しきれなかった。

無数のエセ悪魔共が、第二射の態勢に入る中。

警備ロボット達が、突貫してくる獣どもを押さえ込むが、それだけでリソースを使い切る。

話によると、近くにある都市ユニットでも、多数の獣どもが現れているらしく。

とてもではないが増援を出せる状況には無いらしい。

人質を安全地帯に運び出すまでまだ時間が掛かる。

やらなければならない。

爆煙の中。

私は触手を再生すると。

上空に躍り上がる。

耐爆フィールドの外に出たのだ。

不自然すぎるほどの速度で72の偽悪魔共が即応。

一斉射撃を放ってきた。

だが、その全てを。

一斉反射する。

今度は、爆破され、撃墜されていったのは、エセ悪魔達の方だった。

強烈な斥力を。

瞬時に発生させたのである。

かなりの体力を使ったが。

その代わり、全部の敵を一撃で葬り去った。

勿論爆破の威力だけではない。

斥力を放つとき。

それぞれの触手から、毒針も一緒にうち込んだからである。

死屍累々の砂漠。

警備ロボット達の間に降り立つ。

獣共がまだまだ押し寄せてきている所からしても、敵が諦めている様子は無い。さて、次はどう出るか。

博士が通信を入れてくる。

「宏美くん、下がるんだ」

「大威力攻撃ですか?」

「違う、君のバイタルだ!」

「……っ」

そういえば。

戦闘時はアドレナリンの影響か、自分のダメージがわかりにくい事があるが。

今の攻撃。

そして大反射。

どちらも相当なダメージになる行動だった。

敵にしてみれば。

狙っての行動だったのだろう。

更に獣共は。

人質を護送している事を知っているのだろう。

次々、際限なく現れている。

警備ロボットだけでは突破される。

更にその先には戦闘ロボットが控えているが。

彼方は彼方で、仕込まれている罠の除去や、負傷者の輸送で手一杯だ。

まだ此処を動けない。

敵にしてみれば、私さえ殺せればどうでもいい、というのが本音なのだろう。

非常に不愉快だが。

効果的な戦略だと言わざるを得ない。

押し寄せてくる獣共を薙ぎ払う。

博士がもう一度警告してくるが。

聞けないと返す。

此処で引けば。

大勢の被害者が出る。

勿論その被害者が、臑に傷持つ者達であることは分かっている。

だが目の前で救える者を救わずして。

私は「一般的で平均的な人間」と違う存在にはなれない。

彼奴らと同じになるくらいなら。

此処で死ぬ。

そして敵は私のこの考えを見抜いている。

バイタルの低下もだ。

だからこうして波状攻撃を仕掛け、身動きが取れないようにしているのだろう。勿論敵の物量も無限ではない筈で。

いつかは尽きるだろうが。

北部アフリカでは、敵の悪の組織がやりたい放題をしていたと聞いている。

温存している戦力は、まだまだあるだろう。

自分の状態がまずい事は分かりきっている。

だが、データとして表示されている人質達は、半分もまだ救助が終わっていない。更に敵の波状攻撃も尽きる様子が無い。

また72のエセ悪魔どもが現れる。

即応した私が触手を振るって薙ぎ払うが、それでも半数ほどは生き延びると、先ほどと同じ攻撃を仕掛けてくる。

分かっている。

対応の手段がない。

確実にダメージが蓄積。

対応出来ないから。

敵はやっているのだ。

なお、人質を取っていたときと違って、極めて寡黙な戦いをする敵は。

恐らく、此方が精神攻撃の類は効かないと知っているのだろう。

「宏美くん! このままだと……」

「分かっています! 増援は……」

「無理だ」

「……ならば立ちふさがるまでです」

博士の声も、心なしか。

哀しみを帯びているように聞こえた。

警備ロボット達が警告してくる。

今までの比では無い獣共。

それも、象などの大きなものが主体になって。

凄まじい数が押し寄せてくる。

これはちょっとばかりまずいな。

私もそう思ったが。

その時だった。

どうやら、業を煮やしたのか。

中東のコロニーから、戦闘機が飛来。

ミサイルを敵の真ん中に叩き込み始める。

これは恐らく、フォーリッジ人の指示だろう。

勿論目くらまし程度にしかならない。地球人に渡している兵器は、その程度の火力しかないからだ。

だが、作ってくれた刹那。

それを無駄にはしない。

敵の足が一瞬だけでも止まった隙を突き。

一気に敵を薙ぎ払う。

敵の死骸で、砂漠が真っ赤に染まろうという頃。

何度か支援に来てくれた戦闘機は。

既に引き揚げて行った。

72のエセ悪魔共ももう来ない。

理由など分かりきっている。

私に致命傷を与えた事を察知したからだ。

人質の救出完了。

その連絡が来る。

私は地下に降りると。

変身を解除した。

以降。

私は、何をどうしたか。

覚えていない。

 

気がつくと。

私は寝かされていた。

どうやらバイタルに深刻な数値が出ていたらしい。遠くから、何かが聞こえる。

「それで、北部アフリカのエセヒーローと悪の組織の工場は発見できたと」

「ああ、制圧に成功した。 これで少しは負担が減らせると良いのだが……問題は其方の主力だな」

「分かっていると思うが」

「すまない。 もう少し連携が取れていれば、もっとマシな援軍を送れただろう。 どうしても、あれが精一杯だった」

博士が、フォーリッジ人と話をしている。

きっと、北部アフリカの担当をしていたフォーリッジ人と揉めて。

援軍どころでは無かったのだろう。

或いは、敵の空間転移技術を探すのに躍起になっていたのかも知れない。

それに、コロニーも襲撃を受けていたと聞く。

フォーリッジ人が、親衛の戦闘ロボットを派遣してくるのは。

その状況では、勇気がいる行動だっただろう。

責める気には。

あまりなれなかった。

此方が目が覚めていることに。

博士は気付いているようで。

会話を切り上げる。

そして、鰓を揺らしながら。

すまなそうに言った。

しゃべり方は決して地球人のそれと同一ではないのだけれども。

何となく、そうしているのが今は分かるのだ。

「済まなかった。 本当に済まなかったな」

「いえ。 それで人質は」

「おかげで全員救出できた。 そのまま警察に直行だがな」

「……」

助ける価値はあったのか。

そういう人もいるだろう。

そもそも、コロニー内で出来ないようなことをするために、コロニーの外にわざわざ出て。それで敵の手に落ちていたような連中だ。

勿論その行動の中には。

他人を容赦なく傷つけたり。

奪ったり。

或いは尊厳を冒涜するものも含まれていただろう。

快楽の代替手段はクロファルア人が全て持ち込んでいる。

普通に生活できれば何でも出来るようになっている。

仕事が無くても、用意してくれるシステムまである。それも、人間が職安を運営していた頃とは違い。完璧に適性通りの仕事を用意してくれるものだ。

中華のように、完全に機能不全を起こしていて、再建中の状況では無い。

中東では、ユニットごと都市が来ていて。

システムだけなら完璧な状態だったのだ。

それなのに、その完璧さを嫌い。

腐った性根を満たすために砂漠に出て。

それで捕らわれた。

もう一度、心の声が囁く。

そんな奴ら。

救う価値があったのか。

私は無言を貫く。

価値があろうがなかろうが。

そこで見捨てたら。

普通で平均的な人間だ。

私はあいつらとだけは。

絶対に同じにならない。

地球人はそんな風に考えているから、自分達が住んでいる星さえも焼き払おうとしてしまったのだ。

私は同じにはならない。

何度も自分に言い聞かせる。

それで、少しだけ楽になった。

「72とスレイマンですが」

「其方は駄目だ。 72はどうやら、既に空間転送を終えていたものが集結していたらしくてな」

「厄介ですね……」

「君は10日は安静にして貰わないといけない。 勿論その間は、此方で情報を収集する」

分かっている。

何しろ、戦闘中に博士がバイタルを警告してくる程だ。

体が無茶苦茶になっていただろう事は。

想像に難くない。

というか、此処までのダメージを受けたのは。

これが初めてではないだろうか。

というよりもだ。

後で話を聞くが。

心臓マッサージまでされたそうである。

要するに心肺停止まで行った、ということだ。

クロファルアの警備ロボットやフォーリッジの戦闘ロボットがが周囲にいなければ。

私はそのまま死んでいたのだろう。

嘆息する。

本当に危ない状態だったのだな。

だけれども、凌ぎきった。

しばらくは動けない。

だが、次は。

反撃させて貰う。

覚悟しろ。スレイマンとエセ悪魔共は。

これから情けも容赦も無く。

刈り取らせて貰う。

 

4、赤い砂漠の薔薇

 

警備ロボットと一緒に、戦闘が行われた地点に出向く。

凄まじい有様だ。

無数の死骸。

動物のようだが。

どれもこれも、異形で。

死骸ですら、それがあまりにもおかしい事が分かった。

放射能除去をされてから、砂漠には少しずつ元の生態系を復興するための処置がされているのだが。

それでも、死体を漁りに来る者はいない。

点々と悪魔の残骸らしいのも落ちている。

これが例の72かと、東方は思った。

桐野が口を押さえる。

凄まじい臭いだ。

無理もない。

「データを収集する。 吐いている暇は無いぞ」

「分かっています。 良く平気ですね……」

「腐敗したバラバラ死体は見慣れているんでな」

ブラックファングと警察がまともにやり合って、大勢殺されていた頃も。

悲惨な死体にされた同僚はたくさんみた。

だが、その前。

一番世界が危なかった頃。

日本でも、危険な殺人鬼による猟奇殺人は幾らでも起きた。

発見された死体は目を覆う有様で。

いずれもが、夢に見るような状態だったが。

その内慣れた。

今では、検死の後でも普通に食事が出来るようになっている。それは図太くなったのでも、強くなったのでもなく。感覚が麻痺しただけだと言う事は良く分かっているが。それでも、耐性が出来たと言う事に違いは無い。

死体をチェックして。

何か分かる事がないか、徹底的に精査。

アビスの負担を少しでも減らす。

それが唯一出来る事だ。

情報部も五人貸してもらっているが。

彼らも淡々とやっていた。

むしろ彼らの方が。

悲惨な死体は、見慣れているのかも知れない。

「サー東方!」

「すぐ行く」

貸してもらった情報部の一人が呼んでくる。

転がっている象の死体らしいものの側に、妙なものを見つけた、というのだ。

なお危険物に関しては、クロファルアの警備ロボットが事前に全て処理してしまっている。

戦闘の経緯も見ているから。

何が落ちているかは、大体見当がついているのだが。

これは何だ。

桐野も呼ぶ。

それは、殺傷力のある金属片でもなく。

爆破を引き起こす薬品でもない。

そもそも、爆破を起こすのでは無く、反発力を用いた金属片の打ち出しを行っていたようなので。

これがあるのは不自然だ。

不衛生な布片である。

それも、あからさまに血が染みついている。

人質にされていた人達は、清潔な布を提供されていたはず。この布は、彼らのものとは考えにくい。

「何かの手がかりになるかも知れないな。 桐野、回収を」

「分かりました」

回収は桐野に任せ、東方も彼方此方を探す。

五時間ほど探して。

またおかしなものを見つけた。

零れた獣の臓物の中に。

変なものがあったのだ。

犠牲者の私物かと思ったが。

それにしてはどうにも妙である。

「何だこの部品は」

情報部を集めて聞いてみるが、見た事がないという。

手元の端末で調べて見るが、該当物はない。

地球で作ったレベルの部品に思えるが。

誰かが手持ちするようなものでもなさそうだし。

ましてや動物が口に入れるとも思えない。

つまり、動物の臓物から出てくる意味が分からないのである。此奴らは悪の組織によって作られたキメラではあるだろうけれど。それでも、なんでこんなものが腹の中から出てくる。

証拠品として回収する。

そのほかにも、よく分からない、必然性が見えないものが多数回収出来た。

これらは一体何だろう。

小首をかしげながら、一度戻る。

警察の方でも。

情報の整理でてんやわんやだった。

コロニーの外にこっそり出ていた連中が、どういう目にあったか。

それを映像で流しているのだ。

その結果、今までどうしてもコロニーの外に出たがっていた者達が。

出るのを自粛し始めた。

また、コロニーそのものにも襲撃があり。

それらはコロニーの防衛機能が撃退してはいたものの。

今まではコロニーの外にいると襲われる、という噂しかなかった所に。本当に襲われている証拠が入った事で。

かなりの人間が、警察署に情報を求めて集まっているようだった。

文字通り機械的に対応する警備ロボットに苛立ってヒスを起こす老人がいる一方で。

子供はむしろ冷静に。

画面を見て、何が危なそうだとか。

話をしていた。

恵まれた環境に育つと。

子供は子供らしくなるが。

荒んだ環境だと。

むしろ大人よりリアリストになる傾向もある。

あのアビスも。

恐らくはそうなのかも知れない。

いずれにしても、データを分析に回すが。

アビスは今回、かなり酷い手傷を受けたらしいと、情報部の男から聞いている。次にスレイマンと72が活動を開始し、黒幕が動く前に。

少しでも此方で、情報を集め。

次の戦いを有利に運べるようにしたい。

無心で調査をしていると。

押収した品から。

妙なものが発見された。

いや、妙なものを回収しているのだが。

分析の結果。

正体が分かったと言うべきか。

「これは、二次大戦の戦車の部品です」

「はあ? 二次大戦!?」

「中東では、二次大戦の末期に作られた兵器が、20世紀の後半くらいまで固定砲台や二線級の兵器として使われていた、という話があります」

そういえば聞いた事がある。

勿論一線級では使い物にならなかったらしいが。

あくまで末期に作られたものに関しては。

相応の期間、現役で使われていた事があったらしい。

これは、ちょっとばかり調べる価値がある。

なんでそんなものが出てきた。

情報部の男も食いついてきた。

「これはひょっとすると、古い軍事基地を制圧して、其処の物資を利用している、のかも知れないな」

「しかし今まではこのようなものは出てこなかったのですが」

「敵が相当粗雑に戦力を調達している、と言う事ではないのか」

「……」

もしそうだとすると。

出所などを分析出来れば。

いつもフォーリッジ人が苦労している敵の工場の位置特定を。

簡単にやれるかも知れない。

罠の可能性もあるが。

今回の作戦。

敵がそんな事を仕掛けてくる余裕があったようには思えない。

実際問題、アビスもかなり危ないところまで追い詰められたのだ。

敵が戦力を出し惜しみしていた様子はない。

そうなると。

実際問題、何かの手がかりになる可能性は充分にあった。

「すぐにフォーリッジ人に連絡。 ひょっとすると……」

今回の件で、敵にアビスが回復するまでの猶予時間を与えてしまったが。

それを帳消しに出来るかもしれない。

全ては。

東方達の、働きに掛かっていた。

 

(続)