荒廃の血土

 

序、地獄は其処にある

 

今まで戦って来たエセヒーローは、真マハープラカシュが一番手強かった。恐らく彼奴と同等か、それ以上だろう。

そう思っていた。

だが、予想を上回る相手だった。

超仙を捕捉できたのは幸運だった。

最初から相手を暗殺するつもりだったが。

どうも超仙は、あからさまに事故を引き起こし。出来レースで人を助けるという行動を続けており。

すぐに「事故現場」から消えてしまうため。

とても戦いづらかった。

故に、である。

相手が起こした事故を一瞬で解決し。

動きが止まった瞬間を仕留める。

そういう二段構えの作戦を立てたのだが。

今、私が放った無数の液体が。

瞬間的に凝固。

蜘蛛糸とは桁外れの強度を持って、崩れかけた元マンションを支えた。

更にその液体は展開し。

元マンションを固定。

ホームレス達が逃げる時間を稼ぐ。

其処で私はフォームチェンジし、地上に躍り出る。

以前、魔と対峙したときに用いた、ウミウシに似た形態である。

このフォームは、周囲からの干渉を防ぐ上、高い身体能力を持っているため、超仙のような搦め手での戦いを得意とする相手には相性が良いはず。いずれにしても、相手の出方を見るにはこれが良い。

真マハープラカシュに匹敵するだろう実力者だ。

しかも方向性が違う。

相手の実力を考慮して、慎重かつ大胆に動く。

そうすることで、敵を封殺する。

だが、此処で超仙は意外な行動に出た。

周囲の瓦礫をいきなりサイコキネシスで多数巻き上げると。

竜巻のように回転させ始めたのである。

巻き込まれた新青幇が、一瞬にしてミンチになる。

勿論このままでは、ホームレス達も殺される。

雄叫びを上げると。

私は躍りかかる。

跳躍し、瓦礫を瞬時に奴に向けてはじき飛ばすが。

いずれも、奴の寸前で、砕かれて吹っ飛ばされていく。

これは、ひょっとして。

いわゆるバリア的なものか。

超能力なのか。

戦いは博士もモニタしている筈で。

後で所感は聞くとして。

出来れば今回の戦いで仕留めてしまいたい。

瓦礫をあらかた処理した後。

今度は攻勢に出る。

無数の足場を利用して加速しながら跳ね回り。

一気に後ろをとる。

そのまま体当たりを浴びせかけるが。

しかしながら、超仙は短距離ワープ。

攻撃をかわして見せた。

だが、此方もそのまま、ワープ先へ転移。

直上から。

一撃を叩き込む。

だが、この反発が凄まじかった。

斥力か何かか。

兎に角、一撃を跳ね返された。

相手も吹っ飛んだが。

地面近くで立て直す。

サイコキネシスか何かを利用して、自分の体を地面に叩き付けられるのを防いだ、という所だろうが。

生き物だったら、そんな事をすれば内部がグシャグシャになる事は避けられない。

要するに、中身は。

他のエセヒーロー同様。

バケモノと言う事だ。

私は空中で皮膜を展開すると。

更にガスを噴出して、どうにか停止。

今度はガスを連続して噴出して、ジグザグに移動しながら急降下爆撃を仕掛けるが。

超仙はせせら笑うようにして。

短距離ワープを繰り返し。

私が一撃を叩き込む前に。

逃げ失せた。

辺りには、新青幇の残骸が無数に散らばるばかりで。

呆然とホームレスが、戦いの様子を見ているばかりだった。

逃がしたか。

此処まで無様なことになった戦いは初めてだ。

自分へのダメージがほぼないのだけが救いだが。

それにしても超仙。

真マハープラカシュなどの戦闘データを取り込み、己を強化をしているのだろうが。そうだとしても強い。

今までのエセヒーローとは格が違う相手だ。

これは気合いを入れないとまずい。

地下に潜る。

ホームレス達は、近づいてこなかった。

そして迎えに来ていた協力者のお姉さんと、戦闘ロボットの前で、変身を解除。そのまま帰路につく。

むすっとしている私に配慮してか。

お姉さんは残念だったわね、といった。

「彼奴を逃がした事で、また出来レースが続くと思うと、残念だなんて割り切れません」

「そうでしょうけれど、あれはしかたがないわ。 倒すには綿密な戦略と戦術の構築が必要よ」

「それは分かっています」

そう、流石にザ・アルティメットに次ぐとも言われる実力を持つエセヒーロー。

今までのとは格が違う。

中東で暴れているスレイマンも相当な実力者だと聞いているが。

今戦った超仙は、それに相当する実力を持っていると判断して構わないだろう。

厄介だ。

複数の超能力。

或いはそれを模した何らかのテクノロジー。

いずれも打ち破らない限り。

非常に危険だ。

いつどんな攻撃を仕掛けてくるかまったく分からないし。

常に周囲の人間を人質に取られるような戦いを強いられる事にもつながる。

その上、現状まだまだ敵がどうやって大規模な誘拐をしているか、まったく分かっていない状況だ。

ロシアの時とは違い。

まったくという程警察が機能せず。

拘束されない代わり。

何も情報が入ってこない。

フォーリッジ人とも少し話はしたが。

此処まで何のやる気も無く。

腐敗になれてしまっている等とは言語道断、と。

激怒していた。

今回ばかりは私も止める気は無い。

ただし、こんな状況になったのは。

腐敗をむしろ推奨する社会的風潮があり。

堂々と腐敗が社会を蝕み。

奇形的にそれでも経済が発展した後。

大爆発した、という経緯がある。

それらを考えると。

社会全体の責任であって。

必ずしも中華だけのせいではないのだろうと思えてくる。

実際、21世紀前半までの中華の爆発的発展は、単独でなしえたことではなく。

あからさまによその国が都合が良かったから、様々な手管を使ってそうさせていた節がある。

私も色々調べていて。

そういう情報が出てきたときには。

これは地球は滅びる運命だったのだなと。

頭を抱えるほか無かった。

結局中華は世界の頂点に君臨することは無かったが。

君臨していたらしていたで。

今の比では無い大規模クラッシュを、世界中に引き起こしていたことはほぼ間違いない。

どちらにしても。

人類は21世紀の前半には詰んでいた。

そういうことなのだろうと。

私は思い知らされるばかりである。

ともかく。

今戦ったデータを博士に分析して貰わなければならない。

次は逃がさない。

今回逃がした事で、また出来レースにより、多くの人々が命を落とす事になる。一度失敗すると言う事は。

そういう事なのだ。

本来はそれだけで死に値するが。

口惜しい事に、私の代わりは現状存在しない。

この事件の糸を後ろで引いているクズをむごたらしく殺すまで。

私は止まるわけには行かない。

アジトに戻ると。

博士が待っていた。

既にデータの分析は始めていると言う事で。

この人がいるだけで、かなり助かっていることを再確認させられる。

「厄介な相手だ。 地球人が超能力と思っている技術を、あらかた再現できると見て良さそうだ」

「対応策は」

「これらの超能力らしきものは、恐らくはテクノロジーだろう。 発動する際に、奴の体内に高エネルギー反応が検出されている。 つまるところ、何かを消耗して、あの超常的な力を発揮している、と言う事だ」

「まだそれしかわからないんですね」

博士も口をつぐむ。

それは事実上。

何も分かっていない事と同義だから、である。

「恐らく珍しいテクノロジーだろう事は想像がつく。 相手の出力そのものは、それほど高くない。 最近ますますパワーアップしているザ・アルティメットなどと比べると、かなり見劣りする」

「しかしあの手数の多さとトリッキーさは脅威です」

「分かっている。 だから何とか解析はして見る」

戦ってくれて助かった、と博士は言うが。

彼処で仕留めきれなかったのは本当に悔しい。

いつもは大体瞬殺マッチか、相手が逃げられない状況での戦闘を行えているので。

今回のように、余裕を持って逃げられたというのは、屈辱でもある。

だが、それでも。

次のことを考え。

奴を逃がした事で死ぬ人々のことも考えて。

なお戦う。

それが私に出来る事であり。

それから逃げる訳にはいかないのだ。

自室に戻ると。

ココアを飲む。

頭に糖分を入れた後。

しばらくストレッチをして。

その後は無心に眠る。

魔に言われた事が気になるが。

それはとにかく後回しだ。

彼奴は、明らかに奴の正体を知っていて。

しかも捕らえる方法まで分かっているようだった。

取引に応じるつもりなどない。

魔自身、万以上の人間を殺している歴史上最悪のシリアルキラーであり。生かして逃がした事が私一生の不覚だ。

彼奴は次には殺さなければならないし。

逃がすことは許されない。

だが、もし魔が奴の居場所を知っているのなら。

ひょっとして、此処のことも分かっているのではあるまいか。

戦闘ロボットが護衛についているし。

協力者のお姉さんは、警備ロボットが常に警戒している。

流石に如何に魔が凄まじいバケモノでも。

簡単には手出しは出来ないはずだが。

気を付けることは大前提だ。

目を覚ました後。

またココアを飲み。

しばらく体を動かしてから。

博士の様子を見に行く。

膨大なデータを同時に扱いながら。

巨体に生えている触手を動かし。

必死に解析をしているようだった。

邪魔をしては悪いだろう。

私は私で。

警察が送ってきたデータを見る。

現時点で、候補は二つ。

謎の会社に出向いた後失踪するケースと。

各地で犯罪組織が大量に消されているケース。

或いは、両方ともかも知れないが。

どちらもまったくという程情報が入ってこず。足で稼いでいくしかない状況なのだと言う。

今回手助けしてくれている日本の警察は無能では無く。

今までも私と連携して、多くの敵のシノギを潰してきてくれているのだが。

それでもどうにもならないようで。

相当に焦っている様子が、調査の資料からもうかがえた。

人間の警察官がいない。

それがこれほどの情報遅滞を招くとは。

私も少しばかり。

人間が集める情報というものを、見くびっていたのかも知れなかった。

それはともかくとして、だ。

まずは此処から。

逆転していく。

いつもやっていたことだ。

犯罪組織が消されるのは一見良い事とも思えるが。

今のこの中華の現状。

犯罪組織でなければ、生きていけないような人間も多数いる、という事を意味もしているのである。

それは要するに。

無差別殺戮の肯定と同じだ。

当然犯罪組織などは解体してしまうべきなのだが。

それはそれとして。

敵が皆殺しにしている状況もまた。

許すわけには行かない。

謎企業による拉致は更に由々しき問題だ。

そもそも腐敗があまりにも常態化しすぎた結果。

社会が機能不全を起こしている今の中華である。

こんなものを放置していたら。

ますます誰も働かなくなるだろう。

他にもデータを見る。

これらは別件かも知れず。

敵は本命として。

他の手段で拉致をしている可能性も否定は出来ないからだ。

超仙の出現地域を確認するが。

満遍なく、ありとあらゆる場所で出現していて。

中華全土が出現地点で埋め尽くされるほどだ。

この世に再来した本物の仙人。

そんな声もあるらしい。

ただし、そもそもネットどころかインフラも壊滅している今の中華では。

ネットの規模が小さすぎて。

とてもではないが、情報が殆ど入ってこない。

いずれもが、警備ロボットなどが観測した超仙の姿と、拾った声であって。

どう思っているかなどは。

やはり実際に聞き込みをしなければならないのだろう。

厄介な話だ。

まったく得体が知れなかった冬将軍は、正体さえ暴いてしまえば雑魚だったが。

今回のは、恐らく純粋に厄介な能力を持っているのだと推察できる。

嘆息すると。

私は次の戦いに備え。

軽く昼寝をすることとした。

 

1、腐敗した沼の上で

 

苛立つ東方の周囲に、多数の物乞いが群がってくる。

誰もが知っている、知っていると言う。

どうやら、警察が情報を集めていると誰かが言い出したらしく。

しかも情報を渡すと金をくれるとも話したらしい。

その結末がこれだ。

人海戦術での調査が出来れば兎も角。

今集まって来ている此奴らは、まったく役に立つとは思えない。

放置して、先に行く。

追い払うのは、クロファルアの警備ロボットに任せた。

何かわめき声が聞こえるが。

どうせ悪態だろう。

放置で構わない。

地面で死んだように寝ている人々も珍しくない。

今の時期は、この地方は身を切るように寒いのだけれども。

それでもお構いなし、という風情だ。

あれでは体が保たないだろう。

実際、時々クロファルアの警備ロボットが、病院に寝ている人間を輸送して行くのが見えた。

炊き出し場の周囲は、あまりにもごった返していて。

近寄れそうもない。

70年前の繁栄は過去のものとなったし。

人口も数分の一しか残っていないとはいえ。

まだまだ多くの人々が。

この泥沼の上に立てられた張りぼて板の上には暮らしているのだ。

他に行く場所も無いし。

何より中華は21世紀前半で、世界中での悪行が酷すぎた。

必死に金を蓄えて、よその国に脱出しようにも。

よその国から追い出されてしまうのは。

目に見えている。

もはや詰んでいる状態だが。

それでも、どうにかしようとする人はいないのだろうか。

情報部から借りた四人も、同じような目にあっているのだろう。散って情報を集めているのだが。何だか何もかもが馬鹿馬鹿しくなってきた。

眠れる獅子と言われた清朝が。

実態を暴かれ、一瞬で滅茶苦茶にされたのは、その末期の事だ。

今の中華も、その時以上の惨状だが。

それはそれとして、腹が立つ。

スラムを抜ける。

砂漠地帯に出た。

この辺りは、岩石と砂と、家とも言えないようなほったてが散らばっているだけの場所だ。

炊き出しもあるのだが。

其処までたどり着けず、倒れたところを警備ロボットに連れて行かれる人も目立つ。

砂にしても相当酷い汚染をされているようで。

清掃用のロボットが、環境浄化処置をしていた。

見ると、巨大なポンプのような機械が来ていて。

地下に何かパイプを突き刺し。

大規模作業をしている。

警備ロボットに話を聞くと。

汚染が酷すぎるので、地下深くまでパイプを通して、汚染の除去をしているのだそうだ。

やりきれない。

しばらく歩いて、話が聞けそうな人間を探す。

そうすると、しばらくしてから。ふらふらと老人が近づいて来た。

ぼろを纏っていて。

ヒゲは伸び放題だった。

「異国のお巡りさん、情報を買わないかね」

「……」

クロファルアの警備ロボットが、仕草を見せる。

相手が何かしらを知っている場合。

当然言葉にそれが出る。

一種の嘘発見器を仕掛けているのと同じで。

それに引っ掛かった相手だけから、情報を買うようにしている。

まあ良いだろう。

チップを渡して、話を聞く。

老人は逃げる事もなく、今日始めての有用な情報を口にした。

「怪しい会社が、昨日まで来ていたよ。 ホームレス仲間が、二十人以上姿を消したね」

「どの辺りに来ていましたか」

「地図だと、ここだね」

嘘はついていない。

出任せも言っていない。

警備ロボットの判定は、いずれも100%だった。

「怪しい会社が危険だという情報は出回っているはずですが、それでも二十人が乗ったと?」

「仕方が無い、誰もが金が無くて、金が欲しいんだ。 わしだって、こんなボロじゃ無くて、服を買いたい」

幸いなことに。

服を買いさえすれば。

それを奪われることはないそうだ。

警備ロボットが目を光らせていて。

軽犯罪でも許さない。

その事だけは。

昔よりいい。

そう、老人は破顔した。

「もう少しマシになれば、またあの黄金の時代が来るのかねえ」

「さあ、何とも。 ただし、いずれにしても腐敗から抜け出さなければ、未来はないでしょうね」

「そうだろうねえ」

「では、失礼します」

すぐにその場に向かう。

やはり、廃墟だった。

最大限の警戒をしながら、情報部の4人を呼び集める。

此方に来た四人に、情報を立体映像で見せ。

手分けして、廃墟ビルの中を探す。

痕跡は全く無い。

本当に此処に集まっていたのか。

だが、今回に関しては。

ある驚くべき事実が明らかになった。

東方は一旦廃墟を出て。

周囲を徹底的に探す。

その結果。警備ロボットが、ある痕跡を見つけたのだ。

血痕である。

とはいっても、この辺りは砂漠。

埋もれてしまっていて、普通は分からない。

誰かが怪我をしたまま、此処に「仕事」に来たのだろう。

それが途中で。

明らかに不自然な途切れ方をしているのだという。

なるほど。

これはひょっとして。

他の所でも、同じかも知れない。

すぐに戻り。

情報部と協力して、謎の企業が確認された場所の情報を精査する。

その結果。

幾つか分かってきたことがある。

全てでは無いのだが。

何かしらの痕跡が、「会社があった」とされている場所の途中で、途切れているケースがあったのだ。

情報が集まってきたので、少しずつ分かってきたのだが。

痕跡の途切れ方はいずれも不自然。

ただし、必ずしも痕跡が残っているわけでは無く。

不可解な事も多いと言う。

桐野の方も情報を集めてきたが。

やはりおかしな事が多いそうだ。

「会社があったとされる場所は、例外なく廃墟です。 それも、20年以上は経過しているものばかりです」

「不自然すぎるな。 建物の記録は」

「おかしな所はありませんが、ただ……」

「何だ」

わずかに残っている中華のデータを閲覧したところ。

幾つか、矛盾点が見つかったらしい。

幾つかの建物は。

存在する筈が無いと言うのだ。

「例えば、昨日調べたこの建物ですが、内戦の最中に1トン爆弾が直撃して、木っ端みじんに吹き飛んでいます。 しかし昨日見に行った時点では、確かに存在していました」

「……どうしてその事が分かった」

「はい。 米軍の監視衛星の記録が残っていて、それをフォーリッジ人が提供してくれました」

「なるほどな……」

東方はすぐにその建物を確保して、フォーリッジ人に調査させるべきと判断。

情報部もそれに同意した。

ただ、例の副官らしい情報部の女は、不愉快そうに此方を見ていたが。

何だか嫌われているようである。

此方が何かしただろうか。

アジア人だから、という理由だけで嫌っているのなら不快だが。

そうでないならば、何かしら言ってくれれば改めるのだが。

ともあれ、フォーリッジ人が警備ロボットを動かし、即座に建物をまるごと確保。空間ごと切り取って、運び出した。

周囲のホームレス達は何が起きたのかと、呆然とみていたが。

構っている余裕は無い。

内部の確認を開始すると。

更におかしな事が分かってきた。

まず建物を壊してみると。

腐食が予想以上に進んでいる。

そもそも、である。

爆弾で吹き飛ばされたはずの建物が存在していて。

しかも年を経たように腐食していると言う時点で色々とあらゆる意味でおかしい。

それなのに、内部の腐食まで再現しているというのは。

一体どういうことなのか。

周囲に聞き込みをするが。

この建物が何時からあったかを聞いても。

誰も要領を得なかった。

衛星写真についても確認する。

そうすると。

少なくとも、クロファルアが復興作業を始めた頃には存在し始めたことは確認できたのだが。

それ以上はまったく分からなかった。

要するに事件の黒幕は。

少なくともクロファルア人が復興作業を開始した頃には。

既に仕込みを始めていた、という事になる。

そうなると、膨大な数の建物を敢えて建てた、ということだろうか。

それも、こんな腐食したように見せかけて。

フォーリッジ人が、建物を徹底的に調べると言ったので。

東方達は戻る事にする。

その途中。

桐野がぼやく。

「相手は超能力を使うエセヒーローらしいですが、ぱぱっと時間でも進めたんですかねえ」

「考えにくいな」

「米国から衛星写真を取り寄せるか」

情報部の男が言う。

彼の話によると。

なんでも、廃墟化した無数の建物は量産化しているものが多いらしく。

内部構造がまったく同じものが。

多数存在しているという。

ひょっとしたら、だが。

それらの建物を。

何かしらの方法で移設したのかも知れない、というのだ。

それならば確かに、存在しないはずの建物が存在している事にも理由がつけられる。

だが、戻る途中。

不意に、警備ロボット達が周囲を囲んだ。

今回は七人で出てきていたのだが。

情報部が、全員即時戦闘態勢を取る。

東方も桐野も、少し遅れて拳銃に手を掛けたが。

その瞬間。

爆発が押さえ込まれた。

対爆フィールドの展開が間に合ったのだ。

辺りは野次馬だらけ。

もし爆破されていたら。

死者は百人単位で出ただろう。

「くそっ!」

何が起きているか分からない様子の民草を見て、東方が舌打ち。この手口、魔によるものと見て間違いないだろう。

警察署を出たところから監視していて。

そして此処で、直に爆弾を仕掛けたのだ。

いつでも見ているぞ。

そして殺せるぞ。

そう示すために。

今回は、恐らく実際に殺すつもりはなかったのだろう。

ただ遊び半分に爆弾を仕掛けただけ。

遊び半分で、百人単位の人間を殺せる鬼畜なのだ。

度し難いを通り越して。

許せる相手では無い。

怒りに拳が震える。

情報部の男が周囲を見回しているが。

魔の姿は発見できなかった様子だ。

いずれにしても、此処を徹底的に調べて、他に爆弾が無いか調べていくしか無い。時間を余計に食われてしまう。

勿論それも敵は計算した上で、爆弾を仕掛けたのだろう。

救いがたい外道だ。

神とやらが本当にいるのなら。

どうしてこんな奴を好き放題にさせている。

一体何処で昼寝をしているのか。

東方は別に特定宗教を信仰している訳では無いが。

この時は、本気で。

神とやらに怒りを抱いていた。

 

丸半日が潰れ。

警察署に戻ってきたときにはへとへとだった。

情報部の男も、流石に疲れが酷いようで。

引き継ぎを終えると、パーソナルスペースに消える。

疲れ果てている桐野に休むように言うと。

東方もそれに倣った。

軽く休んでから。

状況を確認する。

居残りで情報を集めて暮れていたチームが、幾つかの情報を新しく暴いてくれていた。

まず第一に、衛星写真で確認する限り、およそ400。

朽ち果てていた建物が消え。

新しい地点に現れていると言う。

それも、途中で入れ替わっている、というのだ。

どういうことか。

少し考えたが。

なるほどと思いつく。

敵のテクノロジーなら、出来るかもしれない。

「要するに、こういうことでは無いのでしょうか」

「話して貰えるか」

情報部の男に頷くと。

順番に説明する。

まず敵は、何かしらの方法で、朽ち果てた建物を確保する。この時、元がない建物は、まったく同じタイプの朽ち果てた建物を用意する。

その中身を、一度入れ替える。新品に見えるように、だ。

そして、エサを呼び込む。

入れ替えた建物を、元に戻す。

入れ替えた建物の中に誘いこまれていた人間は、丸ごと拉致される。

以上だ。

無茶な話だが。

敵のテクノロジーなら再現可能だろう。

それを話すと。

情報部の男は、腕組みをした。

「そうなると、不自然に新しい建物が怪しい、と言う事か」

「更にです。 ひょっとすると、その建物の入れ替えには、犯罪組織も関わっていたのかも知れません」

「どういうことか」

「現在、組織的に動いている人間は、中華では犯罪組織くらいです。 逆に言うと、ある程度の金さえ渡せば、犯罪組織は組織的行動が出来る」

あ、と情報部の男が声を上げる。

要するにだ。

朽ちた建物に、金をエサに犯罪組織を動かし、内装を綺麗にさせる。

多分この時、犯罪組織には金以外のエサをちらつかせる。

此処にオフィスを作るので、内部に連れ込んだ人間を、好きにして良いと。

どうせ手癖が悪い連中だ。

すぐに何か盗もうとするに決まっている。

其処を取り押さえればいい。

後はどうしようと自由だ。

例えば殺して内臓を売るとか。

発展を続けていた中華では、内臓を奪う目的の殺人が頻発していたという話がある。

ターゲットは貧民。

勿論やっていたのは犯罪組織だ。

当然、手慣れていると見て良いだろう。

つまり黒幕は。

エサに釣られてきた犯罪組織と。

同じようにして金に釣られてきた貧民を。

両方まとめて。

文字通り一石二鳥に捕らえることが出来る、と言う訳だ。

勿論これには裏付けがいる。

すぐに全員で動く。

謎の建物の過去を調べ上げる。

周囲で犯罪組織が動いていなかったか。

痕跡を探る。

実のところ、現在の中華には、犯罪組織は多数あるが。殆どが横で連携も出来ていないし。何より警備ロボットが怖くて、殆どまともに動けていない。

つまりシノギがないわけで。

逆に言うと、どんな簡単なシノギでも。

ダボハゼのように食いつく、というわけだ。

一度正解に辿り着くと。

情報が出てくる出てくる。

実際問題、謎の建物周辺で、建築工事の物資らしいものを見かけたという情報が入ってくる。

それも、前から埋もれていたが、あまり関係無いだろうと言う事で放置されていたものだ。

数字でも実証される。

建築物資を盗もうとして、逮捕される者が出ているのだ。

それも複数。

いずれもが、犯罪組織のものだと分かっていても手を出したと言う事で。

警備ロボットが優先的に逮捕して。

保護も兼ねて拘置所に入れている。

それらの人間に聞き込みに行くが。

やはり、普段では建築物資そのものは、ロボットが管理していて手が出せないため。

犯罪組織が管理している、人間の物資なら盗めるかも知れないと、手を出したことを白状した。

やはり間違いない。

だが、此処で強引に結論を急ぐと。

躓く事になるかも知れない。

何よりも、敵の先手を取らないと。

また多数の人間が消される事になる。

物資の動きを確認しているチームが、声を掛けてきた。

「駄目だ、建築物資は全てクロファルアで管理している。 それもまずは建物よりもインフラを優先している」

「そうなると、この建築物資、どこから出ている?」

「犯罪組織だろう。 どこから入手しているかが気になるが……」

「中央アジアだ」

不意に、情報部の女が言う。

彼女が調べた所によると。

まだ中央アジアの一部には、物資の余裕があり。

特にもう誰も使っていない、管理者もいない建物を崩し。

何処かに売っている。

それも中央アジアから、よそに。

恐らくは中華に、と言う事が分かったそうである。

中央アジアも悲惨な状況で。

何も無いなら。

あるものを崩して売るしかない。

企業もインフラも息をしていない現状の中華である。

それならば、外から資材を得るしかない。

簡単な理屈だ。

だが、それも。

フェイクの可能性がある。

丁寧に情報を精査して。

調べていく。

そして、ついに判明する。

現状の物資の流れ。

現時点で、50名ほどの犯罪組織が動き。そしてその物資を使って、何かしているらしい事が分かる。

恐らく、まだ建物をいじくっている(或いは、そう犯罪組織が思い込んでいるだけの可能性もあるが)途中と見て良いだろう。

即時にフォーリッジ人に連絡。

フォーリッジ人も。

此処までの面倒な状況だとは気付かず。

そして話を聞いて、ある意味感心したようだった。

「真面目に働けばいいものを、どうして其処まで不正に金を得ようとする。 腐りかけの肉が一番美味いとかいう話を聞くが、それが原因か?」

「いいえ、単にもう腐敗が染みついて、それでなくては生きられない体質にまで落ちているのかと」

「もはや分からぬ世界だ。 いずれにしても、対応はする」

通信が切れる。

だが、対応は結局出来なかった。

丁度4分後。

連絡が入ったのである。

その物資を運んでいた犯罪組織が。

根こそぎ山崩れに巻き込まれ。

全員が生き埋めになって即死した、と言う事だった。

生体反応ゼロ。

山崩れの規模から言っても、生存する確率もゼロ。

と言う事で。

一手。

一瞬。

遅かった。

だが、どうも妙だ。

これは恐らく魔による処理だと思うが。敵の反応が早すぎる。

ひょっとして、これは。

内紛が起きているのかも知れない。

 

2、蠢く魔

 

何の感慨も無いのだろう。

淡々と50人を生き埋めにした魔は。

自分に通信を入れてくる。

「証拠の隠滅はしておいたぞ」

「……」

余計な事をと言いたいが。

しかしながら、確かに後一歩で敵に情報を掴まれる所だった。

だが、あの物資は。

他に使いようもあったはずだ。

数字を管理する事がビジネスで。

確かに余計な事に使われる可能性がある数字は処理する必要があるが。

勝手に。

先手を回して。

処理されるのは。

あまり良い気分がしなかった。

「せめて連絡を入れてきてからしてください」

「お前の対応が遅いだけだ。 良いか忘れるな。 俺とお前は同盟を組んでいるに過ぎないのだとな」

「……」

「労働関係というのはな、労働に対価を支払うという意味で対等なんだよ。 金を持った人間は勘違いしやすいが、其処にえらいもえらくないもないのでね。 そんな事も分からないアホが蔓延ったから地球は終わりかけた。 お前もその同類になりたいのか? うん?」

強烈な煽りを入れてくる。

ハンギングジョンは笑っていない。

なるほど。

魔は恐らくだが。

対応の鈍さにキレかけている、と見た。

まあいいだろう。

それなら此方が引くべきだ。

「分かりました。 私も愚者ではありません。 迅速な対応には礼を言わせて貰いましょう」

「それでいい」

ぶつりと通信が切られる。

それみたことかと。

ハンギングジョンが言う。

「言っただろ。 お前の手に負える相手じゃねえ」

「それにしても彼は何者なんですか。 データを見る限り、遺伝子情報も複数あるようですが……」

「彼奴の身元を探るのはタブー扱いになっていたからな。 多分余程のでかいテロ組織のボスでも知らなかっただろうな。 勿論俺もしらん。 顔は何回か合わせたことがあるが、毎回あのフードで隠していやがったし、声も大体合成音声を使っていたからなあ」

「地球人にしては出来ますね」

ありがとうよとハンギングジョンが気のない返事。

さてと。

いずれにしても、魔への評価は落ちていない。

勝手な事をする。

制御不能。

それは分かっているが。

出来る奴であることは間違いないし。

そもそも出来る奴は癖が強いのも分かりきっている。

今回は綺麗に証拠隠滅もしてくれたし。

まあ頭を冷やして考えれば、感謝する方が良いのだろう。

さて、偽の建物の方は、そもそも作れなかったのだから、仕方が無い。

次の仕事に行くべきだが。

問題は、敵の動きを見る限り。

恐らく此方のビジネスを察知している、と判断するべきだ、ということである。

予想以上に速い。

此方の癖を見抜き始めているのもあるのだろうが。

それ以上に。

地球人としてはもっとも有能な人材を集めてきている、ということなのだろう。

まあそれはそれで面白い。

この自分と渡り合うつもりなら。

それくらいはしてのけてもらわないと面白くないからだ。

いずれにしても、資材の調達先なんぞ別にいくらでもある。

それに、今回に関しては。

代替手段が幾つも準備してある。

敵が動くより先に。

先手を取り返せば良い。

いつの間にか、此方の方が先手を取っていることに。

敵は気付いていないだろう。

くつくつと笑うと。

超仙を出動させる。

そして、魔が崩した岩山を復旧させる。

犯罪組織の死体は、そのまんま岩山に埋め込んでしまえばいい。

復旧させるのはインフラだけだ。

サイコキネシス(のように見える能力)を用いて。道路が一瞬で復旧していく様子は。見ていて小気味が良いほどだが。

地球人共は。

万歳万歳言うばかりで。

見ていて面白くない。

せっかく此奴らの文化や伝統に沿ってヒーローを作ってやったのだ。

画一的では無い、もっと面白い反応でも見せてみろ、と言いたいくらいだ。

SNSくらい生きていれば、色々な反応が見られて面白かったのだが。

今の中華はほぼそれどころではないし。

はっきり言って、反応は退屈だった。

数字にしか変換できない生物だ。

せめてたのしませてくれとぼやきたくもなるのだが。

まあいいだろう。

続けての作業に出る。

山崩れを起こしたかのように。

新青幇がわっと姿を見せる。

そして気付く。

映像を取得している連中がいる。

ああ、あれは例の。警察と情報部か。

クロファルアの警備ロボットが護衛しているから、手を出す必要はない。向こうもアビスだったか、そう呼んでいる小娘抜きでヒーローと悪の組織を相手にやりあうつもりはないだろう。

わっと野次馬に躍りかかる新青幇の者達。

芸がなく、物量作戦で。

重火器を振り回して。

数にものを言わせて攻めかかる。

だが、その全員が、ぴたりととまる。

そして、一瞬にして凍り付けになっていた。

続けて巻き起こった竜巻によって、粉々に砕け。

重火器もろとも消失する。

そもそもあの重火器が、実のところは新青幇と一体化している「偽物」なのであるが。

それを知らない野次馬は。

また万歳万歳言い。

超仙が消えた後。

重火器が残っていないか、辺りを探し廻り始めた。

山崩れが起きたばかりだというのに、脳天気なものである。

そういえば、昔中華一帯では、事故が起きるとその現場に群がり、落ちた物資を略奪する光景が見られたらしいが。

今でもそれは変わっていないと言うことか。

腐敗になれるというのはこういうことだ。

命も安い。

まあ数字で換算するに相応しい相手であることには間違いは無く。

そういう意味では、見ていて愉快であるのも事実だった。

警察と情報部が引き揚げて行く。

これ以上はクロファルアの部隊に任せるつもりなのだろう。

或いは何かを掴んだか。

分からないが、いずれにしても正しい判断だ。

魔が何処に潜んでいるか。

まだ分からないのだから。

 

魔によるテロと。その後の超仙と新青幇による茶番劇を見せられた私は。

怒りより先に、少し考え込んでしまった。

まず第一に、意図がよく分からない。

これは、恐らく魔が奴の先回りをして。

不始末を潰した、と見て良いだろう。

だが何故超仙を出してきた。

見せつけるためか。

むしろ能力を撮影されているのに。

そのまま戦わせたのは何故だ。

余裕の表れだろうか。

もし余裕があるというのなら。

それは此方にとってつけいる隙になる。

何しろ、先ほど情報が入ったからである。

苦戦していた南米、オーストラリア戦線で。現時点で活動していた敵エセヒーロー「ケツアルコアトル」と、悪の集団「コルテス」を、工場もろとも滅ぼしたらしい。

ケツアルコアトルは言う間でも無く、南米の伝承に残る蛇の姿をした善神だが。

キリスト教の侵入によって徹底的に根絶された。

キリスト教徒はあらゆる富を奪い尽くすだけでは無く。

現地に疫病までもばらまき。

文化を徹底的に破壊し。

そして全ての尊厳を蹂躙し尽くした。

ピサロとコルテスが、その首魁として有名だが。

悪の組織としてコルテスを採用したのは、まあ確かに正しいところなのだろう。実際問題、現地では現在でも恨まれているらしいのだから。

ただ、南米の土着宗教の特徴である生け贄を終わらせたという点だけは、唯一、一神教が為した善行ではあった。

しかしながら、そもそもケツアルコアトルは生け贄を要求しない神であり。

そういう点では、このエセヒーローは、二重の意味でケツアルコアトルを馬鹿にしているとも言えただろう。

ともあれ、地道すぎる調査の末に、何とかフォーリッジ人が敵の工場を発見し。

破壊。

壊滅に追い込んだ。

これで残る敵は4グループ。

更に敵は追い込まれたことになる。

だが、この状況でも、まだ敵は活発に動いている事が確認されており。

まだまだ此方が仕掛けるには、タイミングが早いだろう。

出来れば米国のザ・アルティメットをフォーリッジ人が潰してくれれば助かるのだけれども。

流石にそうもいくまい。

今の米国は。

中華以上の魔境と化しているからだ。

悪夢に等しい状況だからこそ。

悪の組織ヴィランズがやりたい放題出来ているわけであって。

フォーリッジ人も、苦戦していることは、容易に想像できる。

私は頭を掻くと。

次に敵が新しい手を打つ前に。

勝負に出ることを決意する。

恐らくだが。

犯罪組織を使って、労働者を集め。

犯罪組織ごとまとめて拉致する。

これについては。敵は方針を変えないはずだ。

物資を集めるのを止めるとすると。

次にやるのは。

まず最初に思いつくのは、同じ形状をしたビルなどを、犯罪組織を用いて清掃し。

同じようにして労働者を集め。

速攻で拉致するか。

もしくは。犯罪組織そのものに強襲を掛け。

拉致するか。

この二択だろう。

幾つかこのパターンの組み合わせで凌ごうとする筈だが。

共通している弱点がある。

すぐに博士と話す。

「この国に存在する犯罪組織を確認するべき、か」

「恐らくは、どの方法を使うにしても、現時点では組織的に動いている唯一の存在である犯罪組織を利用するしかないでしょう。 そして横の連絡手段、伝達手段が無くなっている現在。 犯罪組織は各個に孤立しています。 他の組織が消滅していても、知るすべがありません」

「それをどう利用するというのかね」

「簡単な事です。 犯罪組織に、各地の組織が奴によって壊滅させられていることを知らせてやれば良いんですよ」

勿論、手助けはそれだけだ。

元々反社会的な連中である。

いずれ牢屋に放り込むのは確定だし。

死なないようにすれば。

此方が利用するだけで。

それ以上の価値もないし。

存在する意味もない。

もののように扱うように見えるかも知れないが。

彼らが人間をそもそもとしてもののように扱う集団なのだ。

それならば、そのやり口をそのまんま返すだけである。

此方が躊躇う必要も。

理由も。

一切ない。

博士は少し考え込んだ後。

フォーリッジ人と。

情報部。

それに協力者のお姉さんとつないでくれた。

お姉さんは疲れきっている様子だった。

話を聞くと、機械化されている中華の統治機構は、兎に角融通が利かないらしく。更に日本政府も、増援を出すのには二の足を踏んでいるという。

21世紀後半の大混乱で、日本政府も大きな打撃を受けている。

それは事実だ。

全世界が滅茶苦茶になった中。

日本だけが無事であったはずが無い。

もともと21世紀前半には、社会を構築するシステムがグチャグチャになっていて、生活している人々はブラック企業に苦しめられ。更にそれに弱者からは搾り取り、金持ちの顔色を窺うような連中が荷担して。最悪の状態が来ていたらしいが。

以降の混乱の時代に入ると。

それに直接的な暴力という、最悪な代物も加わった。

打撃は当然悲惨なものとなり。

かろうじて最強の通貨円という存在に助けられて、ある程度は打撃を抑えられはしたものの。

酷い目にあったこと自体は変わらない。

故に、復旧優先で。

もうエセヒーローも追い出したし。

悪の組織もいないのだから。

これ以上は助けなくて良いだろう。

そんな風に考えているらしい。

頭が痛くなってくる。

三枚舌外交で知られた英国でさえ、追加で人員を送ってきてくれているのに、である。この為体は何事か。

反吐が出るとはこのことだが。

今は我慢する。

いずれにしても、私はもう地球人には愛想が尽きているが。

それでも、愛想が尽きている連中と同じにならないためだ。

戦う。

説明をすると。

情報部の男は頷いた。

「犯罪組織のデータは、完全とは言わずとも整理中だ。 おかしなデータが出てきたら、すぐに連絡は出来るだろう」

「対応をお願いします」

「分かっている。 それよりも魔の動きが気になる」

「此方でも分析を進めています」

勿論、魔を情報部と戦わせる訳にはいかない。

彼奴ははっきりいうが。

特殊部隊が戦っても、どうにか出来る相手では無い。

少し話しただけで分かったが。

多分、人間と言うには相当無理がある存在だ。

勿論貶める意味では無い。

悪い意味で超越してしまっている、という事である。

体そのものもおかしかった。

遺伝子データは以前クロファルアの警備ロボットが採取したらしいのだが。

しかしながら、フォーリッジの戦闘ロボットが採取したデータは。

どう考えても複数人物の融合体、というものである。

遺伝子データは単一の人間のようなのだが。

そうなると、どういうことなのか。

後から人間を付け足している、とでもいうのか。

何処かの国の生物兵器かなにかなのか。

いずれにしても、捕まえないと分からないだろう。

「おかしな動きをしている犯罪組織が現れたら、即時連絡を。 魔も必ず現れますので、対応します」

「分かった。 すぐに動く」

通信が終わる。

博士が、即座にフォーリッジ人と技術的な話を開始。

そういった組織が現れた場合。

近くまで私を跳ばすよう、準備を整えてくれる。

今度は会話など必要ない。

一撃で潰してくれる。

問題は、その前に魔がどう出るか分からない、と言う事だが。

これについては、対策を考えてある。

勿論魔がその上を行くことも想定しなければならない。

策を練っている場合。

その上を行かれると。

非常に脆い。

そういったケースは、珍しくもない。

私自身が、奴との戦いで。それを何度も経験している。自分が同じ目にあった場合は、どうなるか。

考えておかなければならないだろう。

さて、作戦開始まで。

軽く体を温めておくとする。

此処からだ。

勝負は一瞬で付ける。

地球に生まれてしまった、生まれてはいけない存在魔。

この戦いで。

屠り去ってくれる。

 

3、激闘廃病院

 

犯罪組織の人間二十五人ほどが、ブツブツ文句を言いながら歩いている。

夜道だ。

どうやら間違いない。

場違いなドルを得られる仕事だという事で。

彼らは一も二も無く飛びついた。

普通に犯罪をしてもすぐに捕まってしまう。

かといって、この状況だ。

まともな仕事なんてないし。

仕事があるとしても、不正をしたら即座に捕まってしまう。

民間企業が息をしておらず。

その結果経済は完全にクロファルアが掌握。

と言う事は、シノギも発生しようがないわけで。

犯罪組織に入るような人間は。

いずれも極貧に喘ぎながら。

肩身の狭い思いをしている。

そんな状況の仕事である。

嫌でも。

飛びつかざるを得ない。

廃病院に入る犯罪組織。

比較的形が残っている建物だが。

それでも、中身は荒らされ放題。

金目のものは何もかもが奪い尽くされていて。

ベッドさえ残っていない。

此処をまず綺麗にしなければならない。

それを考えると、うんざりするのだろう。だが、簡単にドルが手に入るのだ。しかも、探せばまだ金目のものもあるかも知れない。何しろ元が病院なのである。貴重な薬品などもあるかも知れない。

欲が彼らを動かす。

それが私には分かった。

この情報に辿り着くまで四日。

それまでに、幾つもの犯罪組織が謎の失踪を遂げた。

今度の敵は、犯罪組織に的を絞った。

それは即座に察知したのだが。

問題は魔がどう動くか、だ。

今の時点では、フォーリッジの戦闘ロボットが、極めて強力な対爆フィールドを張っている。

そして私自身が。

既に監視網を張り巡らせている。

現在、念入りに私と同じ地下に潜んでいるフォーリッジの戦闘ロボットが、病院をスキャンしているのだが。

現時点で、これといった発見は無いらしい。

いずれにしても、普通の病院で。

中身はすっからかん。

建築としても手抜きの塊で。

彼方此方の鉄骨が中抜きされていたりと。

綺麗なまま残っているのが不思議なくらい、だそうだ。

ともかく、チェックをした後。既に戦闘フォームに変身している私は、様子をじっと伺う。

他で似たような動きをしている犯罪組織はいない。

この状況なら。

次の瞬間だった。

誰も油断はしていなかったのに。

いきなり、強烈な揺れが来た。

病院がぺしゃんこにされたのだ。

当然中にいた犯罪組織の人間は全員がプレス。

即死である。

と思ったのだが。

様子がおかしい。

生体反応どころか、その残骸さえない。

今の一瞬で。

かっさらわれた、ということか。

地面を飛び出す。

空中に見えたのは。

超仙だ。

そういう事か。

超仙を使って、短距離ワープを獲物に仕掛けた、というわけだ。それも複数。

一キロ近く先から、こんな事まで出来るのか。

流石に、最強の一角だけはある。

だが、此処までだ。

超仙。

貴様の最後はこの時だ。

私は、タイヤのようなわっか型の姿になっているが。

これは回転を利用して、様々な事をするための戦闘タイプである。

短距離ワープさせられた人間は、ほぼ間違いなく次の瞬間に空間転送されたと見て良い。

全力で、戦闘ロボットに解析に当たって貰い。

私は超仙へと躍りかかる。

だが、次の瞬間。

数千にも達する新青幇の戦闘員達が。

無数の空対空ミサイルを抱えて、出現していた。

発射装置ごと、である。

発射されるミサイルの群れ。

これも全部、超仙による短距離ワープか。

まあいい。

文字通り、空を埋め尽くすミサイルの群れに。

回転しながら突っ込む。

昔は、攻撃力が防御力を決定的に上回っていた時代があった。

そのため、定点目標は文字通り的でしか無く。

要塞は地上に固定されるものであるから。

存在を消していった。

だが、宇宙のテクノロジーでは違う。

ミサイルを全部まとめて、回転しながら薙ぎ払いつつ突撃。回転しつつ放つレーザーが、全てのミサイルを輪切りにし。

新青幇の戦闘員もまとめて焼き払う。

「覚悟しろ、超仙っ!」

叫びながら、突貫。

超仙は余裕の体で、新青幇の構成員を入れ替える。

また空対空ミサイルを持っている。

どこからこんな物量を用意してきた。

呆れてしまうが。

そういえばこの国は、散々内戦をやっていたのだ。

何処かの基地に、放棄されたミサイルが大量に眠っていてもおかしくない。

それに、新青幇は一チーム500人という大型悪の組織だ。

これだけの数を一度に動員しても不思議では無いだろう。

またしても、膨大なミサイルが視界を埋め尽くす。

私は作戦を変える。

いきなり上空に躍り出ると。

回転しながら下に向けてレーザーを乱射。

ミサイルが発射される前に。

新青幇の戦闘員ごと、爆散させる。

第三波が出現。

だがその時には。

私は超仙の懐まで迫っていた。

その瞬間。

レーザーが私を直撃する。

それも軍用の、非常に強力な奴だ。

21世紀の中盤くらいから、強力なレーザー兵器は開発されていた。

携帯できるものは限られていたが。

車両に搭載されるものは、対空ミサイル迎撃などにも使われた。

それを何十倍も。

恐らく奴の技術で強化した代物。

私が一瞬揺らいだ所に。

超仙が、サイコキネシスらしき力で。

頭上から鉄拳の如き一撃を叩き込んでくる。

今の支援攻撃、魔だな。

良いだろう、まとめて相手してやる。

地面近くで態勢を整えた私は。

無数に飛んでくる第三波のミサイルを全部撃ちおとすと。

当然のように現れる第四波新青幇の戦闘員を見上げつつ。

回転速度を上げる。

本能的に危険を悟ったか。

新青幇の戦闘員を、サイコキネシスでまとめて、数千人にも及ぶ肉盾を作り上げる超仙。出来レースをやっている相手とは言え、自分の部下も同じだろうに。何処まで腐りきった奴か。

まあ此奴を作った奴にAIが似たのだろう。

関係無い。

更にもう一撃、魔からと思われるレーザーが来るが。

予測していた。

高熱で辺りを熱し、スモークを作ったのだ。

レーザーの火力は激減。

そして私自身は。

スモークの中。

超仙に対して。

回転しつつ、この形態の最大武器である、収束荷電粒子砲をぶっ放していた。

肉盾が一瞬で蒸発。

雲さえ吹き飛ばしながら、空に向けて閃光が迸る。

その隙を突いて、超仙は短距離ワープ。

だが守勢に回った時点で。

貴様の負けだ。

捕捉。

回転はそのままに、無理矢理慣性を掛けてやる。

当然すっ飛ぶようにして。

私は超仙に肉薄。

超仙はサイコキネシスっぽい力で防ごうとするが、既に遅い。

直撃。

悲鳴を上げながら、超仙は爆散していた。

魔は。

既に逃げたか。

まあ良い。

彼奴はどうにかして此処で仕留めたかったが、こればかりは仕方が無い。

それよりも、である。

戦闘ロボットに連絡を入れる。

どうやら功を奏したらしい。

今の瞬間で、やはり空間転送が使われていた。

数日で技術解析が出来る、と言う事だった。

呼吸を整えながら、一旦地下に戻る。

変身を解除すると。

全身から血が噴き出すのが分かった。

「バイタル不安定。 即座の治療が必要」

「……」

その場に倒れそうになるのを、戦闘ロボットの触手が支える。

まだだ。

もう一戦。

こなさなければならない。

すぐにアジトに戻る。

数日で。

どうにか戦えるようになるまで。

体を調整しなければならなかった。

 

まずは、映像を流す。

超仙が行った、あからさまに新青幇と連携している動き。

更には、新青幇をまとめて肉盾にする行動。

これを立体映像にして、中華全体の上空に流す。

超仙を見ると万歳、万歳と無邪気な声を上げていたホームレス達が。

あまりに非道な戦い方を見て。

嘘だ。

ありえない。

と嘆いていた。

だが彼らも、気付いてはいたのだろう。

明らかに不自然である事に。

そして、超仙が現れるとき。妙な事件があまりにも都合よく起きることに。

既に枯れ果てた腐敗の沼地でも。

それでも、清水はたまる場所がある。

超仙のクズぶりに。

民草が気づけたのは、正にその清水だっただろう。

嘆きの声が満ちる中。

私は、無理矢理に体を治すように博士に依頼。

解析が終わり次第。

超仙と新青幇の工場に殴り込みを掛ける。

その時には、私も動く。

今回ばかりは色々許せない。

それにしても、魔が使った武器は。

それについては。博士が、タブレットに情報を送ってくれた。

レーザーなどの出力から、中東で使われた「トールハンマーV」というレーザー照射兵器だという。

大型の車両に、高出力レーザーを積み込んだもので。

最初はミサイル迎撃に開発されたものだが、その内にレーザーの出力を大幅に引き上げる事に成功。

敵国の戦闘機を蠅のように叩き落とし。

恐怖の的になったそうだ。

なお、中東が全て焼き払われたときに、全機が失われたと考えられていたのだが。

どうやら米軍が一部を事前に接収していたらしく。

それが流出。

敵の手に渡り。

魔改造を経て、出力数十倍というバケモノのようなレーザー兵器に変化していたらしかった。

強烈な威力だった。

なお、発見はされていない。

つまりまだ魔の手の中にあると言う事で。

危険極まりない状況である。

ともあれ、超仙を倒した事で。

敵は一時的に動きが取れなくなる。

ただ、魔がまだいる。

彼奴はどう動くかまったく分からず。

そういう意味では、ハンギングジョンがいた時と同様か。それ以上に危険な状態だとも言える。

翌日。

ベッドで体を無理に治療しているせいか、酷く痛む中。

予想していた通りの凶事が起きる。

魔が動いたのだ。

やはりテロである。

犯罪組織の一つに殴り込むと。

武装もしていた(逮捕されない程度の軽武装だが)相手二十数名を、ものの数分で皆殺しにし。

更に一時間ほどで全員の皮を剥いで吊るし。

涼しい顔で出ていったという。

一部始終を見ていたホームレスが、警備ロボットに連絡をしたのだが。

あまりの恐怖に身動きできず。

更にどうやったのか、血の臭いも犯罪組織の住居の外には漏れず。

警備ロボットの到着が遅れた。

結果として、ナマの肉塊が二十数個ぶら下げられるという、悪夢のような状況が出現し。

騒ぎになった。

超仙がいなくなっても、魔がいれば同レベルの災厄が引き起こされる。

それはこの事件で、明らかになった。

翌日も魔は姿を見せた。

貧民窟にて同規模の殺戮を行うと。

警備ロボットを嘲笑うように姿を消した。

息をするように殺し。

食事をするように殺し。

睡眠を取るように殺し。

生活の一部に殺しが染みついている。

此奴はひょっとして。

地球史上最悪のシリアルキラーではあるまいか。

博士が連絡を入れてくる。

病床で話を聞くが。

どうやら、魔の痕跡を調査していたところ。2065年に中東で最初に暴れたのが確認されたが。

その前はどうやってもたどれないという。

一体此奴が何者なのか。

DNAを解析する限り、本来はこんな非常識の能力を発揮できる存在では無い事は分かっているらしいのだが。

それにしては強すぎる。

年齢からしても、仮に2065年に15歳だったとしても、もう今は肉体の全盛期を過ぎている筈である。

やはり生物兵器か何かでは無いのか。

そう思うが。

いずれにしても、此奴を放置してはおけない。

ハンギングジョン同様。

どうにか仕留めなければならないだろう。

今は、まず体を治さなければならないのがもどかしい。

落ち着け。

自分に言い聞かせる。

魔は、明らかに挑発のためだけに大量虐殺をしている。

此方の判断を鈍らせるためだけの行動だ。

ただし、奴の存在が、超仙を潰した後も、必ずしも安心できない不安要素になっているのも事実だ。

どうにかして、中華の敵のシノギを潰した後。

魔も捕らえるか、殺すかしないと。

そうしないと、此処での仕事は完遂したとは言えないだろう。

更に言うと、超仙は恐ろしく強かった。

今までもそうだったが、工場で量産品が出てくる可能性は否定出来ない。

何とかしないと。

非常に危険だ。

悶々としている内に、時間は過ぎ。

私が無理矢理動けるように体を治す間に。

魔によって200人以上が殺されていた。

この間、当然黒幕は動きを止めていた可能性が高い。

だが、結果として。

殺された人数は、あまり変わらなかったのではないのか。

怒りが湧いてくるが。

堪える。

此処で怒りに身を任せては、魔の思うつぼだ。

むしろ魔の方が、黒幕より危険な気さえしてくる。黒幕は数字のことしか考えていない節があるが。

魔の方は、衝動のまま楽しみながら殺戮を繰り返し。

同時に論理的な思考もずば抜けている。

最低最悪の殺人鬼だが。

だからといってバカだとは限らない。

その見本のような奴だ。

ハンギングジョンでさえ、此奴には二歩も三歩も劣るだろう。

異次元から来たとしか言いようが無い。

文字通りの魔である。

博士の所に行く。

超仙と、新青幇を空間転送していた技術が解析できたという。

工場に乗り込むときが来た。

魔は、とにかく倒さなければならないが。

まずはこの腐れエセヒーローと。クズ悪の組織を。

処分しなければならない。

博士が、最新鋭だという戦闘フォーム用の変身アイテムを渡してくれる。

フォーリッジ人が、工場の方と同時制圧をすると言うことで、合計四機の戦闘ロボットを出してくれた。更に100機の警備用ロボットが参加するという。

その内二機の戦闘ロボットと、40機の警備用ロボットが私の方を支援し。

残りが工場の方を攻める。

布陣としてはそれで構わないだろう。

少しアジトから移動してから。

博士の連絡を受ける。

「宏美くん、いつでもいいぞ」

「分かりました。 それでは行きます!」

変身。

叫ぶと私は、ブレスレットに変身アイテムを差し込んでいた。

同時に、巨大なイソギンチャクを逆さにしたような形態に変化する。クラゲかと思ったが、少し違う。上部に石のような構造体があって、其処に巨大な口がついているのである。

なるほど、個性的な姿だ。

そのまま空間転送の先へ突入する。

中に入ると驚いたのは。

今までとはかなり違う空間だ、と言う事だ。

カプセルが無造作に並んでいた今までとは違う。

大きなカプセルが一つ存在し。

その中で、超仙の新しい肉体らしきものが培養されている。

私は即座に上部の口を開けると。

其処から収束荷電粒子砲を発射。

カプセルを木っ端みじんに吹き飛ばした。

警備ロボットが制圧を始める。

対爆フィールドを展開し。

戦闘ロボットが警戒する中。

確実に空間を制圧して行く。

私は、嫌な予感がした。

今までも工場では強烈な抵抗があったのに、どうして今回は殆ど何もしてこない。機械的に周囲を徹底的に調査していく警備ロボットが、あるものを見つけた。

加工装置だ。

つまり此処に連れ込まれた犯罪組織の人間やホームレスが。

いつものように素粒子まで分解されて。

その存在を、尊厳ごと消滅させられていたことはほぼ間違いないと見て良いだろう。

本物の工場だと言う事だ。

今までのヒーローの工場に比べて抵抗が弱すぎる。

「最大限の警戒を」

「分かっている」

フォーリッジ人が、戦闘ロボットを介して返してくる。

それはそうだろう。

今までの戦闘データを見てもおかしいのは一目瞭然だ。

こういうときに楽観論を振りかざすのは、自殺志望と同じ。

敵がどんな罠を仕掛けていても。

噛み破る覚悟でいなければいけない。

ところがだ。

あらゆる全てを調査しても、何も出てこない。

新青幇側の方からも連絡。

其方も、多少の抵抗があったものの、制圧作業は完了したという。ますます解せない。何が起きている。

超仙は、他に代わりが無いタイプのエセヒーローだった事は分かった。

それについては間違いないと見て良いだろう。

カプセルが他に置かれていた形跡も無いと、警備ロボットは断言。

要するに強さの秘密は。

使い捨てでは無かったから、と言う事だ。

確かに今まで戦ったエセヒーローとは次元違いの実力だったが。

それも使い捨てでは無く。

ワンオフ品だったのだとしたら、納得がいく。

今残っているエセヒーローの内。

スレイマンとザ・アルティメットはこのタイプである可能性が極めて高い。

厄介な話だが。

それでもどうにかしないとならないのが面倒だ。

いずれにしても、工場の制圧は完了した。

腑に落ちないが、敵のシノギはこれで潰れたことになる。

問題は魔だが。

工場の制圧が完了すると同時に、ぱたりと姿を見せなくなった。

本当に勘に障る奴だ。

勿論彼方此方を警備ロボットがあらゆる方法でくまなく探しているし。敵の痕跡も探しているのだが。

それでも見つかっていない。

あれほど連日旺盛な行動力で殺戮を繰り返しまくっていたのに。

完全に雲隠れである。

馬鹿にされている。

それが分かるから、余計に頭に来るが。

此処で感情的になっては思うつぼだ。

魔と戦う事になるときは。

それこそ何が起きるか分からない。

徹底的に冷静に。

そして迅速かつ無駄なく。

相手を見つけ次第殺す。

そうしなければ、もはや術中に填まるばかりだろう。

一旦工場を出る。

後は警備ロボット達に任せる。

その時だった。

通信が入ったのは。

「どうやらバカの工場を潰したようだな」

「!」

どうやって。

通信を入れてきた。

魔である事は間違いない。

相手はせせら笑いながら言う。

アジトの場所も分かると。

すぐに博士の方に連絡を入れるが、そっちは警備ロボットがついている。ならば大丈夫だろう。

警察署の方は。

あっちも護衛はいる。

大丈夫の筈だ。

素早く確認する私の様子をまるで見ているかのように、更に魔は通信を入れてきた。

「どうして通信を入れられるか分かるか? 警察署から出る電波の類を全てチェックしていたからだよ。 俺にとっては、暗号化なんぞどんなものでもガキの遊びにもならないんでね」

「それで、何の用だ」

「おめでとう。 これでお前達の勝利は事実上確定だ。 あのアホは撤退の準備を始めるだろう。 それはわかりきっていた事だ。 俺は俺で、やる事がある」

「貴様の事情など知るか」

ぶつりと。

何かが切れる音がした。

悲鳴が聞こえる。

またどこかで。

遊び半分に。

スナック菓子を摘むような感覚で。

殺しをしているのか。

逆探知をハンドサインで頼むが。クロファルアの警備ロボット十機がかりでも、相手の電波発信源が分からない。

無茶苦茶に複雑な経路で通信を寄越しているようだ。

テクノロジーが凄いのでは無い。

その使い方が、異次元過ぎるのだ。

アサルトライフルで武装した特殊部隊を。

棍棒一本で翻弄しているようなものである。

「はっきり言ってやろう。 お前は俺の鏡だ」

「何だと……」

「始めて出会えたよ。 俺とまともにやり合えそうな奴にはな。 俺が途中で超仙との戦いに横やりを入れたときも、必殺の間合いであったにも関わらず反応できたな。 俺は仕留めた、と思った時には必ず仕留めてきた。 だがお前は対応出来た。 これが出来た奴は今だ存在しない。 昔は特殊部隊の腕利きの中には、何人かがかりでなら俺と戦える奴もいたんだが、もうこの星にはいない」

「……」

大した自信家だ。

また、何かを切りおとす音。

複数の悲鳴。

家族の目の前で、誰かを殺しでもしているのか。

いや、殺した人間を加工でもしているのか。

いずれにしても、許しがたいゲスだ。

「お前達が黒幕と呼んでいる奴のことだがな。 奴の組織は俺が乗っ取る事にした。 俺が外宇宙に出るまで、奴の組織は有用だから利用する。 まあそれまで少し時間が掛かるからな。 残りのエセヒーローも、お前と戦って貰う事にするよ。 金も必要だし、奴のシノギはそのまま俺がいただく」

「……勝手に吠えていろ。 必ず貴様は殺す」

「俺は死なないさ。 なぜなら」

ぞくりとした。

何か、異様なものを感じる。

そういえば、フォーリッジの戦闘ロボットが。此奴と相対した時、複数の人間を感知したような事を言っていた。

それはつまり。

「俺は、人間ではないからな」

通信が切れた。

逆探知は出来なかったが。

翌日。

中華でも最も金持ち「だった」一家十二人が。全員元の形さえ分からないほど切り刻まれて、廃墟のビルの中で発見された。

その場で切り刻まれて殺されたらしく。

なぶり殺しにした痕が残されていた。

勿論痕跡は無し。

魔は、自分は人間では無い、と言った。

その言葉に、私は。

限りない憎悪と。

この世への怒りを感じた。

私も、この世への怒りを抱いている人間だから分かる。

魔は私に興味を持った。

恐らく、この世への怒りを感じている事を、敏感に察知しているから、なのだろう。勿論それだけではない。

魔は。私を、戦える相手だと認識した、と言う事だ。

迷惑極まりないが。

私にだけ注意を向けてくれれば、それだけ魔の手による殺戮の被害を減らすことができる筈だ。

12人を最後に。

魔は中華での活動を停止。

いずこかへ去った。

その後は、どうなったのか分からない。

はっきりしているのは。

まだエセヒーローが、中東でも米国でも、北部アフリカでも暴れている、と言う事だ。

ついに残り三箇所にまで追い詰めたが。

魔がどう動くか分からない以上。

もはや一刻の猶予もないと言えた。

 

4、魔と深淵

 

自分の前に、魔が現れた。

驚いた。

まさか直接乗り込んでくるとは。

このコロニーは、そもそもとして。クロファルア人しか入れない仕組みになっていたのだが。

故に驚かされてしまう。

思わず自分は拍手していた。

「驚きました。 まさか此処に来る事が出来るとはね。 どうやったんですか?」

「俺が人間だといつ言った?」

「ほう?」

魔がフードを脱ぐ。

其処には。

おぞましい姿があった。少なくとも、地球人が見たら、その大半が絶叫するような姿だった。

顔だけで、三十を超える目がある。

禿頭には多数の口。

そもそも、頭が人間のそれの形状ではない。

「人間っぽく擬態することも出来るがな」

「面白い、実に面白い! で、貴方は一体何者です?」

「俺か? まあ冥土の土産に聞かせてやろうか」

自分の目の前で。

魔が何やら抜く。

驚いた。

クロファルア人が護衛用に使うレーザーサーベルではないか。

高出力のプラズマを固定する事により。

あらゆる全てを一瞬にして切り裂く剣。

固体の剣では絶対に再現できない切れ味と。

恐るべき速さを併せ持つ。クロファルア人の象徴とも言える武器。

ふおんと音がすると。

もう自分の首は落ちていた。

「俺は生物兵器として中東のある国で開発されたんだがな。 能力を滅茶苦茶に上げる過程で何か違うものが宿った。 その結果遺伝子が変質し、こういう姿になった。 後は見ての通りだ」

「ふふふ、そうですか」

自分は首を拾い上げると。

また着け治す。

魔は始めて、驚きを見せた。

サイボーグでは無い。

勿論幻覚でもない。

ハンギングジョンが、呆れた声を上げる。

「お前、そんな隠し札を持っていたのか」

「ええ。 このタイミングで魔が来る事は予想していましたからね。 そして魔。 貴方は私の手には確かに負えないようです。 それならば、排除するしかないでしょう」

「お前の正体は」

「知れていても、結果は同じですよ」

次の瞬間。

その部屋にあった生体が。

全て爆ぜ割れた。

魔は恐らく、何か生物では無い存在だったのだろうが。

それでも同じだ。

関係無い。

クロファルア人としての肉体も吹き飛んだが。

ほどなく再生する。

否。

そもそも自分の本体は。

この肉体ではないのだから、修復は容易だ。

魔は、肉体を失ったが。

憎悪の声を上げている。

ふむ、面白い。

まだまだというわけか。

「俺の肉体を壊しやがったか……」

「一つ取引と行きましょうか?」

「お断りだ」

即座に回線の一つに入り込もうとする魔。

だが、自分が手を振ると、回線は遮断される。

はじき返されて、うめき声を上げる魔。

此奴が、いわゆる「本物の」超能力の持ち主である事は分かっていた。そうでないとできない事が多すぎたからだ。

幾つか小道具は貸してやったが。

元々の能力を、筋肉増強剤のように、その能力を使ってパンプアップしていた。

だから異常な動きも出来たし。

地球人類では出来ようが無い頭の使い方も出来た。

だが、種が割れてしまえば。

其処までだ。

自分が指を鳴らすと。

魔を構成していた精神体が。

キューブに閉じ込められる。

舌打ちした魔が。

大人しくなった。

キューブの構造を解析しに掛かったのだろう。

だが無駄だ。

このキューブは自分の切り札の一つ。

ある文明痕から盗掘したロストテクノロジーで。

汎銀河連合さえ知らないテクノロジーに基づく封印装置だ。

精神生命体は宇宙にごくわずかだが実在していて。

それらを封じ込めるためには、必要だった。

何しろ、そもそもだ。

自分自身が、精神生命体なのだから。

汎銀河連合は、精神生命体にはあまり知識がない事も分かっている。フォーリッジ人もそうだ。

自分がこれだけ余裕を持って行動できていたのも。

自分を封じる技術が相手に無く。

更に、それを自分が持っているから、である。

魔がどうやって誕生したかは知らない。

だがはっきりしているのは。

此奴も精神生命体であり。

或いは体を取り替えながら、その生を続けて来たのかも知れない。

ここに来られたのも。

超能力を得たのも。

それが故、だったのだろう。

「さて、魔。 貴方の望みは宇宙に出たい、でしたね」

「……」

「願いは叶えますよ。 ただし自分も、このまま地球を離れるわけにはいかなくなりました」

にこにこと。

今修復したばかりの顔で笑う。

魔は、まったく気にもしていないようだが。

現時点では、自分の完勝だ。

「あの小娘は、生かしておけば必ず宇宙まで自分を追ってくるでしょう。 そしてその時には、いずれ魔よ、貴方以上の脅威になります。 此処からの戦いは、黒字を稼ぐためではありません。 敵となりうる猛獣を潰すための戦いです」

「……」

「貴方にとっても他人事ではない筈ですよ。 相手の実力が分かっている以上、小娘が追ってきた場合どうなるか……分かるのではありませんか?」

「ふん、それもそうだな」

生きていたときと同じ姿のまま。

つまり見るもおぞましい無数の人間の集合体の形のまま。

魔が毒づく。

交渉成立だ。

思わず笑みがこぼれる。

「さて、自分との同盟ですが、今自分を裏切って殺そうとしたことは不問にしましょう」

「そうか」

「自分が重視するのはあくまで数字に過ぎません。 今回は赤字確定ですが、今後数字を稼ぐためには、あの小娘を抹殺しなければなりませんから。 優秀な手駒は幾らでも必要です」

「……そいつは手駒に出来ないと思うがな」

ハンギングジョンがしらけた声で言うが。

自分は敢えて無視した。

いずれにしても、これで手札は揃った。

実際問題、制御不能だった魔は。

これで制御可能になった。

さて、此処からの戦いは。

あの小娘を殺すためだけのものだ。

これ以上の投資はしない。

赤字が増えるだけだからだ。

その代わり、今まで投資した全てを使い。

あの小娘を殺す。

自分が生きるために。

今後、楽しくビジネスを続けていくためにだ。

 

(続)