超仙幻惑

 

序、中華の夕陽

 

これが、本当に一時期は世界のトップに躍り出るかも知れないと言われた国なのかと、私は映像を見て絶句していた。

林立するマンションは。

一度も使われること無く朽ち果てている。

電気は入れられた形跡も無く。

中にはそのまま崩れてしまっているものさえもある。

かといって、メガロポリスはどうか。

それも同じだ。

一時期ほど凄まじい大気汚染には晒されてはいないが。

それでもその時代の負の遺産が大きすぎる。

住民の年齢層はまばら。

ばたばた汚染の悪影響で倒れていった世代と。

その後の世代。

更に、21世紀後半には、飢餓までもがこの国を襲った。

今では、中華の人口は。

最盛期の数分の一。

ギリギリ国家を支えられるラインまで減ってしまっている。

この国は、ロシアが完全に暴走し始めてからの煽りを喰らったわけではない。

少なくとも、21世紀前半までは、猛烈な勢いで成長を続けていた。

ただしそれは独裁政権下による。

いびつ極まりない成長だった。

何故この国が、このような発展を遂げてしまったのか。

それは後の歴史家が小首をかしげるだろう。

いずれにしても、21世紀前半で、それが止まったとき。

その後は地獄が待っていた。

国が二つに。

そして四つに分裂。

そう時間は掛からなかった。

壮絶な内戦が始まった。

公式にはそうだとは認められてはいなかったが。

核も使われた形跡がある。

いずれにしても、内戦ではあらゆる兵器が使われ。

「敵国」の人間を減らすための無茶な措置が執られ続け。

その結果、もはやどこの国も。

中華には介入しようと考えなくなる程だった。

それまでに、あまりにも不誠実な行動を繰り返し続けていたこともあり。

中華が窮地に陥った後は。

もはや誰も助けようとはしなかった。

更に「自治区」と称していた強制収容所も一斉に蜂起。

これにテロリストが加わり。

もはや事態は収拾不可能な状況に陥った。

そして、それは。

クロファルア人が地球に来訪するまで続いた。

米国も混乱は凄まじかったのだが。

恐らく、国内が混乱したという意味では、中華が21世紀中盤から後半に掛けて、最悪の時代を味わっただろう。

五胡十六国時代の再来。

そういう声さえあったらしい。

しかも中途半端に集めた武器類と。

無駄に豊富な資金が。

壮絶な殺し合いを促進し。

結果として、残ったのはクロファルア人が強引に内戦を止めさせたときには、生き残りは3億程度。今は多少回復したものの、4億には届いていないという事である。

インフラは、東南アジアほどでは無いが滅茶苦茶。

それこそ、もはや手の施しようがない状況としか言えず。

確かにこれはどうしようもないと。

私にも分かるほどだった。

警察は機能していない。

そう事前に知らされていたが。

それには幾つか事情がある。

元々中華は21世紀前半まで、いわゆる共産主義を掲げる独裁政権下による支配を受けており。これが強力に機能している内は、警察は非常に強権的かつ一方的で、腐敗はしていたものの。

治安維持機構としては機能していた。

問題はこの共産主義政権が文字通り崩壊して以降である。

残ったのは、賄賂を貰わないと捜査をしないような腐敗体制と。

怪しい人間は無理矢理捕らえて、裁判所に放り込む事だけをしていた暴虐だけだった。

更にこれが幾つもの勢力に分割されたことで実質上完全に統制を失い。

場合によっては粛正の対象にさえなり。

クロファルア人が到来した頃には。

警察という仕事そのものが。

事実上瓦解してしまっていた。

このため軍を解体し、その余った人員を無理矢理警官にするという、東南アジアと同じ処置が行われたらしいのだが。

それでも元々特権階級だと自負していた軍の人間達はこれに反発。

むしろ積極的なサボタージュまで始め。

結果として、様々な制裁を受け。

現在では、クロファルア人が警備ロボットを動かして治安維持に当たり。

警官を育成しようとしている所だそうである。

一時期は世界のトップに迫ろうとしていた科学力も。

この無意味な争いの時代に殆ど失われ。

更にはクロファルア人が来たことで。

モチベーションも失われ。

偉大な時代と中華で言われる21世紀序盤の面影はもはやない。

今あるのは、まばらな都市部と。

その都市部で、金もないのに昔の栄光だけを振りかざしてふんぞり返っている元富裕層。そして、物乞いをしながら、隙あらば不正をしようと考えている物乞い達。

中華を構成していた異常な富裕層が資金を没収され、財閥も解体された後は。

もはやこのような結果しか残らず。

更に世界中で、21世紀前半に中華関連の資本がやりたい放題をやった結果。

どの国でも、今では中華と言えば悪の象徴のように思われてしまっている。

それらの民も中華に戻らざるを得ず。

故国の惨状を嘆きながら、炊き出しで生活をつないでいる、というのが実情だった。

しかしながら、現在になって改めて調査してみると。

過大な粉飾決算を国家規模でやっていたことが確定しており。

当時からこの末路は決まっていたのかも知れない。

実際問題、非常な好景気と安定経営をしていた企業が、粉飾決算の発覚で、一夜にして壊滅した例もある。

色々な資料を見るが。

目を覆いたくなる有様だ。

バブルの結果。

林立した、まったく使われなかった建物。

その一方で。

必要なはずの橋や道路はボロボロ。

資源がどれだけ無駄に使われたのだろう。

米国との戦闘に備えて作られた空母数隻は、結局中華内部での内戦で使われ。いずれもが狭い海域での戦いで無理な利用により、撃沈。

自称最新鋭だったイージス艦や戦闘機類も、殆どが不正による中抜きによる部品の喪失や、そもそも数の過大報告で、実態はスカスカ。

まともに動くものも内戦で失われ。

動かなかったものは、各地の空港だった廃墟や、港だった廃墟に放置され。

更に其処から泥棒に部品を取り外され。

軍事マニアが見たら泣き出しそうな悲惨な姿にされている。

大学は。

いずれもが廃墟。

資本が無くなってしまえば。

こうなるのは歴史的に例がある。

車の大産業地帯で有名だったデトロイトも、今では学校さえすっからかんの廃墟地帯だが。

それよりも酷いかも知れない。

これは。

人類の負の歴史の結晶だ。

多数いる人民も、現在は炊き出しで何とか命をつないでいるが。

そもそも腐敗した政府と企業が解体された今。

まともな仕事をしようと考える人間は殆どおらず。

かといって詐欺などしようものなら即座にクロファルアの警備用ロボットがすっ飛んでくる。

結局の所。

彼らに残されたのは。

詰んだ、という現実だけだ。

やけばちになりながら、身を廃墟の中で寄せ合い。

昔は金持ちだったとイキリ散らすホームレスや。

もう死んだ目でぼんやりと地面を見つめている子供。

そして紙切れにもならない旧紙幣を集めて、大喜びしている狂人。

彼らが。

今の中華を構成している人々である。

悪い意味で力があり。

その力を使って、矛盾だらけながらも発展していた時代の反動が。

今モロに来ている。

それは分かるのだが。

何というかやりきれない。

この国が21世紀前半に、本当に世界征服を目指していたことを。今誰が信じる事ができようか。

地球が破滅する引き金を引いたのは、資源の枯渇と世界の停滞だが。

結局の所。

それらの傷跡は。

あらゆる国に残っている。

各地の重要インフラを見る。

浄水、下水といった基礎インフラは、クロファルア人の作った施設で管理されているのだが。

此処でさえ、働いているのはロボットだ。

人間を働かせようとすると。

部品を盗もうとするわ。

不正を行おうとするわで、まともに仕事にならないらしい。

勿論常時人員募集をしているのだが。

雇う端から不正に手を染めるので。

結局稼働しているのはロボットだけ、という状況のようだ。

国が腐っているときは。

それに相応しい稼ぎ方がある。

昔中華で良く言われていた言葉だそうだが。

それも、国がこのような状態になってしまうと。

本当にそれが正しいのかは。

小首をかしげる。

国を良くしようと考えるものもいるにはいるようだが。

此処まで民が腐敗になれ。

腐敗を喜び。

順応してしまっていると。

もはやどれだけ熱弁を振るっても。

誰もついてはこないだろう。

国家が文字通り、機械によって運営されてしまっている。

それが現状であり。

打開しようにも。

自分が美味い汁を啜る事しか考えていない連中しか集まってこない。

それでは、熱弁を振るう意味もないし。

熱弁を振るっても虚しいだけだ。

竹林の七賢がいた時代。

三国志の時代の末期から晋王朝に掛けての時代だが。

当時も、政府の腐敗を嘆いて、もはや山奥にでも籠もろうと考えた人々が、そのような行動を取った(もっとも、実際に七賢が集まった事は無いそうだが)。

だが、その七賢でさえ。

今の状況を見たら。

嘆き。

血涙を流すのではないのだろうか。

嘆息すると、一旦資料を見るのを止める。

これではどうしようもない。

ふと思い出す。

そういえば。

中華系の娯楽作品。

三国志演義でも。

水滸伝でも。

揚家将演義でも。

決まっている事がある。

それは、最凶の敵は侵入を繰り返してくる異民族でも、邪悪で残忍な叛徒でも無いという事だ。

中華にとって最大の敵は。

内部の腐敗官僚。

これはいずれも決まっている。

民草のレベルで知っていたのだ。

この国の最大の害悪は。

腐敗官僚であって、外敵では無い事を。

そしてその腐敗が平然と受け入れられるようになってしまった時には。

この国は。膨らむ風船と化していたのかも知れない。

仮にこの国が、21世紀前半の成長を保ちつつ、世界を支配してしまった場合。

その時はその時で。

世界全土がその崩壊に巻き込まれ。

結局地球は破滅の縁に追いやられていただろう。

救われない話だ。

大きく溜息が漏れる。

今いるのは、昔政府が作ったらしい地下施設。

用途は分からない。

というのも、中途で放棄されてしまったからである。

なお上には、膨大な瓦礫。

中途に立てた巨大な建物が。

2039年に発生した大地震で倒壊。

蓋になるようにして。

此処を塞いでしまったからである。

ちなみに中には誰もいなかったので。

この建物の倒壊による死者は(公式発表では)ゼロだった。

今は、幾つかの地下道を経由して。

ここまで来る事が出来る。

久しぶりに協力者のお姉さんと。

情報部の人が来たので。

私もトレーナーのままだが、ミーティングルームに出向く。

博士の側には、フォーリッジの戦闘ロボット。

この間の事もあるからと。

親衛ロボットの一機を貸してくれたのだ。

態度は最初頑なだったあのフォーリッジ人も。

今では随分態度を軟化してくれた。

もっと最初からこうだったらよかったのに。実際にはいわゆる「ツンデレ」等というのは。迷惑なだけだ。

博士が咳払い。

四人で丸テーブルを囲むと。お姉さんが用意したコーヒー(博士の前だけは何かよく分からない液体だが)を飲みながら、話を始める。

「情報共有をしよう」

「まず此方から。 事前にも通達したが、警察は事実上機能していない。 警備用ロボットだけがほぼ働いている状態だ。 この国の警察は、昔から賄賂を受け取らないと働かないような腐敗が常態化していたが、それが数十年も続いた結果、警察は賄賂を取って仕事をするのが当たり前、という認識が定着してしまっている。 新しい警官を雇っても、悉くが不正を行おうとするため、話にならないとクロファルア人から説明を受けた。 実際に調べたが、事実で間違いない」

「政府も同じ状態です。 現在政府機能は、ほぼ自動でクロファルアのロボットが回している状態です」

「インドより酷いですね」

私がぼやくと。

皆黙り込む。

その通りだが。

彼方も彼方で酷い有様だったからだ。

警官が皆ハンコ押しマシーンと化している状況は。私に取っても、あまり思い出したくないものだ。直に見たわけではないのだけれど。

「そうなると、フォーリッジ人の監査の元、クロファルアの警備ロボットが集めて来たデータベースを調べるしか無いか」

「超仙は中華全土で活動が確認されており、一部中央アジアにまで出張している。 データベースを調べるだけで、どれだけ掛かるか……」

情報部の人も、流石に気弱げだ。

これでは確かに。

戦いがそもそも成立しない。

一時期は、腐敗も受け入れる強さ、みたいな褒め言葉が蔓延もしたが。

末路はこれだ。

この世に楽園などない。

理想国家も存在しない。

私はそれを知っていたが。

此処もまた。

悪が跳梁跋扈している土地で間違いなさそうだった。

「まずは、敵がどうやって人間を誘拐しているか、其処に辿り着かないと行けませんね」

「もう一つ問題がある」

「?」

「これを観て欲しい」

出された映像は。

テロだ。

しかもつい先日。

防爆処置がされていない設備で、100人以上の死者が出るテロが起きた。

それほど重要な施設ではなかったのだが。

この設備は、まだかろうじて動いているインフラの一部で。正確に言うとネットワークの中継局だったのだが。

その一部の廃墟に多数の人間が殺到して。残骸を漁っていた所で、爆発が起きた。

しかも爆弾が炸裂する前に、既に誰も逃げられないように処置が行われており。

多数の人間が実際に殺されてもいた。

戦慄するほどの手際であり。

尋常なテロリストではないという。

勿論映像も残っていないそうだ。

嫌な予感がしたが、それは適中した。

「この手口、一度だけ見た事がある。 「魔」によるものだ」

「一ヶ月前に中華で偶然存在が確認されたと聞いていましたが」

「間違いない。 活動をはじめたと見て良いだろう」

最悪だ。

この状況下で、魔の出現。

これは今までに無く。

厳しい戦いになるのは、確実と見て良さそうだった。

 

1、中央から最果てへ

 

桐野を連れて訪れた警察署には人影が無かった。警備ロボットが忙しく働いているが、それだけだ。

何故誰もいないのか。

訝しむが。

署長室に出向いて、其処にも警備ロボットがいたのを見て、思わず口をつぐむ。

そこにいるのは、「特別権限付与ロボット」らしく。

事情を色々と教えてくれた。

まず今、警察が完全に機能していない事。

決済でさえ不正をしようとするため、一旦人間を遠ざけていること。

現時点では、中華の政府機能及び公的機関は、全てロボットで稼働させていること、等である。

話には聞いていたが。

此処までとは。

腐敗が当たり前で。

平然とそれを貪るように習慣化していたという話は聞いていたが。

それが一旦崩壊すると。

このような事になってしまうのか。

思わず警帽を下げたくなるが。

もはやそれどころではないか。

部屋を貰う。

情報部の数人も来ていた。

実は先に来たのは東方だったのだが。

まず警察の本部に案内され。

其処で同じような説明を受けた。

なお説明に当たったのは、立体映像のクロファルア人だったが。

いずれにしても、状況はほぼ同じだ。

何が清濁併せのむだ。

結局の所、あってはならない不正をなあなあで見逃しているだけではないか。

その結果がこれだ。

もしもこうやって完全自動化しなかったら。

今も中華では内戦を確実にやっていただろうと聞いている。

それも事実だろう。

この有様を見てしまった後では。

もう言葉も無い。

とにかく、情報部とも情報共有する。

伝説のテロリスト、「魔」が現れた事は東方も聞いている。

だからこそ、早急に対応をしなければならない。

何しろ教科書に載るような伝説のテロリストだ。

実際には複数のテロリストの業績をまとめたものではないか、とかいう噂もあったのだが。

情報部は明確に違うと言った。

実際問題、「魔」によって、英国情報部も相当数のエージェントを殺されているのだという。

奴の手口は悪魔的で。

人間の心理を知り尽くしており。

利用する方法。

脅す方法。

何もかもを掌の上で転がすようにやってみせるという。

その所行から。

テロリストの間でさえ怖れられていて。

奴が邪魔だと判断した場合。

テロリストの集団十数人が。

一夜にして消され。

砂漠に埋められていたことさえあったという。

単独の戦闘力も凄まじく。

わずかに残っている記録によると。

ナイフだけで、軍用格闘術の訓練を受けた兵士数人を七秒ほどで殺したとか。

ライフルで1キロからの狙撃を四回連続で成功させたとか。

バケモノだとしか言いようが無い。

それらが本当だと実証されているので。

もはや手の打ちようが無い、というのが実情だ。

ただ、世界が混乱していたから此奴が好き放題出来た、というのも事実。

幾ら強くても人間。

例えば頭をライフルで狙撃されれば死ぬし。

ミサイルが直撃すれば死ぬ。

実際これほどのバケモノでも、何度も手傷を負う場面があったらしく。

普段は体を隠しているのだが。

数少ない証言によると、腕や足などには、深く治りようがない傷が穿たれていたともいう。

更に言えば。

地球人にはどれだけ一方的に立ち回れても。

クロファルアの警備ロボットには到底勝てないし。

テロも、防爆が行われている場所ではやりようがない。

それならば、今こそ。

地球史上最悪のテロリストを葬る好機。

そう言えるのかも知れない。

英国は今回の件で、「魔」を倒すために、更に十人の増援を送ってくれるという話だが。

それはそれで有り難い一方。

うちの国は。

つまり日本は何をやっているのかと、ぼやきたくなる。

アビスも敵がどう動くか分からない内は、手を出せないのだ。

まずは、頭がくらくらするほどの膨大な情報を。

データベースから引っ張り出し。

整理し。

そして敵の全容に迫っていくしかない。

まず、桐野と一緒に大まかな情報を整理する。

だが、腐っても一時期は世界最大の人口を確保した国だ。

更にそれが、文字通りの機械的に管理されている状況である。

この国は、一時期あらゆる意味で最悪の情報統制に晒されたが。

それの反動が、今モロに来ている。

そういえば、この国で行われていた電子決済が「世界最先端」だともてはやされた事があったが。

それも結局ハッカーに上を行かれ。

膨大な電子資産を奪い取られる事態が発生。

情報統制の末に。

それらが全て表に出ず。

クロファルア人が来てから発覚する、と言う事もあったか。

ある意味、暴力による統治になれきってしまった人々は。

極限までルーズになってしまった。

その結果がこの現在の中華で。

誰もが不正に身近で。

故にもはや誰も正義を考えようともしない。

ウチの国も。

似たようなものだなと自嘲するが。

いずれにしてもはっきりしている。

この世にもはや。

楽園などない。

クロファルア人達は、表向きアポロニアに演説させて、超然としているように見えるが。

アビスと連携して戦っていると分かる。

分かってしまうのだ。

クロファルアは銀河でも進んだ文明だという話だが。

それでもあたふたしているし。

今回の件では対応仕切れずに右往左往している。

当然人間と同じように愚かしい言動もしているだろう。

悪党だっている筈だ。

勿論犯罪は、優秀なあのロボット達が相当数食い止めているだろうが。

それでも悪事を働く奴はいる。

そしてその悪党は桁外れの邪悪になる。

嘆息すると。

彼方此方の現場を見て回ることにする。

防爆対策と。

狙撃対策はしっかりする。

二機の警備ロボットがついてきてくれたので。

護衛は頼む。

クロファルア人が敷設した高速鉄道が、瓦礫と化した新幹線の跡地に走っているのだけれども。

それを利用する。

なおただと言う事もあってか。

内部はホームレスが生活している事も多く。

警備ロボットが見回らないと。

危なくて乗れない状況だった。

中には消臭剤を撒いている警備ロボットもいる。

トイレなどもある筈なのだが。

つまり風呂に入る余裕も無いホームレスなども、たくさん此処に屯している、と言う事なのだろう。

世界中がこうだ。

此処だけが特別では無い。

もっと酷い状態の場所だって見てきた。

そう自分に言い聞かせながら。

電車を降りて視察を続ける。

今、北京は完全に砂漠に埋もれてしまっていて。

廃墟だ。

前は砂を押し返して何とかメガロポリスを保っていたらしいが。

今ではすっかりそのマンパワーも尽きた。

オフィスビルも、廃液をまき散らし放題だった工場も、全て砂に埋もれてしまっている。

その跡地には、もはや衣類だったことが信じられないような襤褸を纏った人々が、身を寄せ合っていた。

その有様を見ながら。

桐野と軽く話す。

「もしも奴が人間を拉致するとしたら、どうやると思う?」

「何とも……」

「そうだな。 これだけ広い土地だ。 更に言うと、今の電車のように、クロファルアの警備ロボットが直接監視している場所もある」

「そうですね。 そういう場所での作戦行動は不可能でしょう。 まずはこの国の、現在の階層構造や、差別などを割り出すのが先ですかね……」

そうだろうな。

頷くと、視察を続ける。

何か怒鳴り声が聞こえた。此方を見て、何か叫んでいる者がいるが。ボロの塊にしか見えなかった。

怒りは沸いてこない。

馬鹿にされていることは分かるのだが。

21世紀前半には、米国の投資家でさえ顔色を窺った国の末路がこれか。

複数に分裂したあげくに、苛烈な内戦で国力を使い果たし。

資源の枯渇もあって、清末に戻ってしまった、とさえ言われる。

だが、清末でさえ、此処まで酷くはなかったように東方には思える。

嘆息すると。

わめき声を上げている男を無視して、先に。

翻訳を確認すると。

どうやら、共産党員と勘違いしているらしかった。

ひょっとすると。

他の街も回る。

高速鉄道は凄まじい精度と速さで。

システムは全部ブラックボックス化され。

更に備品類も悉くがシールドで守られ。

奪い取ることが出来ないようになっている。

その上、ホームレスの惨状を見かねてか。車内で炊き出しまで行われているようだった。

その日のうちに、四つの都市を見て回るが。

都市の形が残っているのはその内一つだけ。

残りは内戦で滅茶苦茶に破壊されたり。

砂漠に飲み込まれてしまっていた。

ウチの国も。

ちょっと間違えれば、こうなっていた。

そう思うと、言葉も出ない。

そして、生真面目なことに。

桐野が、浴びせられた罵声を、全て記録していた。

「やはり共産党員を罵る声が多いようです」

「……」

中共。

労働者革命を謳いながら、実際には世界で最も成功した独裁体制。

この国がこんな風になってしまったのには、中共が悪い。

そう考える民草も多いだろう。

正確には、中共が分裂してから、制御が効かずに暴走を開始した結果がこの悪夢のような光景なのだが。

だがもしも中共が世界を制覇していたら。

世界中がこうなっていたのだろう。

クロファルア人が来ても。

どうにもならなかったに違いない。

警察署に戻ると。

情報部と話す。

実際に都市を見てきた話をすると。

向こうは頷いた。

現場百回のやり方は古い。

そう断言する情報部の男だが。

しかしながら、東方のやり方で、敵を追い詰めたことが何度もあることは認めてくれている。

故に、今更それで議論するつもりはないようだった。

「此方でも漠然とした情報を集めてはいるが、とにかく労働者のモラル崩壊が酷い様子で、クロファルア人も頭を抱えているようだな」

「中共のせいだと、相当な罵声を受けました」

「……中共のせいではあるだろう。 だが中共に任せきっていた民草の責任でもあるのではないのか」

「……」

そう言われると言葉も無い。

この世に、本当の意味で民主主義なんて根付いたことがない。

実際には、どこの国でもやっていたのは貴族合議制とでもいうべきもので。

近代になってから、議員になるのは簡単にはなったし。

場合によってはそれこそ無一文から大統領になる事も出来るようにはなった。

だがどこの国でも。

選挙で勝つには金がいる。

コネがいる。

見栄えが良い方が良い。

勿論それらを補助する法もある。

金が無い人間には、選挙資金をある程度貸し出す、というものだ。

だが、それを持ってしても、まったくと言って良いほど民主主義は機能していない。

勿論、極めて高いモラルを持った人間達によって、優れた民主主義が展開された時代もある。

だがそれは例外であって。

やはり民主主義は凡人が盆暗な政治を行うためのシステムであり。

その実態は貴族の合議制であることには違いないのだ。

そして中共で行われていた事も。

事実上の貴族合議制であったとも言える。

中共のトップは皇帝陛下などと揶揄されていたし。

実際21世紀前半には、本当に即位を考えていた者もいたようだが。

いずれにしても、政治の腐敗だけが、この惨状を生み出したのでは無いだろう。

腐敗した国では、相応に稼ぐ方法がある。

そんな風な事を平然と口にし。

リアリストを気取って堕落を謳歌し。

そして気がついたら。

何も無くなっていた。

それだけだ。

その悲劇が襲ったのはこの国だけでは無い。

地球全体がそうだ。

インテリを気取っていた人間が、リアリストと自称しながら、堕落にふけり。

その醜態を肯定し。

結果として到来したのは草一本生えない荒野だ。

怒るべきは誰に対してか。

東方が思うに。

人間全てがその対象では無いのだろうか。

「他に、差別されている対象は考えつきますか?」

「そうだな。 例えば……存在しないとされていた人々か?」

「?」

桐野が不思議そうに小首をかしげたので。

東方が説明する。

戸籍をもてない人間が。

一時期の中華では、人口の二割を占めたのだ。

愕然とする桐野。

咳払いし、説明する。

簡単に言うと、悪名高い一人っ子政策の弊害である。

「女子が生まれたら自殺に追い込まれた」

「多くの子供が安楽死させられた」

等々。

実態は現在でもまだ分かりきってはいない、一人っ子政策。人間の爆発的増加を防ぐために行われた政策だが。それはあらゆる負の遺産を後世に残した。

小皇帝と呼ばれるほど我が儘で、自制が効かない人間の群れ。

異常な男子の多さ。

これは、当時男子が家を継ぐのが当たり前で。

女子を産む事は、資産を奪われることを意味したからだ。

そして女子が足りなくなった結果。

多数の人身売買まで行われ。

多くの人間がさらわれ。

無理矢理「嫁」にされたという、おぞましい歴史がある。

更に、それだけではない。

産んだとは見なされず。

社会には戸籍もない人々。

それが実際には、一時期は中華の人口の二割をも占めた。

彼らには当然人権など存在せず。

社会の最底辺にて。

法の保護(もっとも、金のない人間は、基本的に法の保護を受ける事が出来ない社会ではあったが)さえ一切受けられず。

文字通り殺されても何の問題にもされず。

恐怖と貧困に苦しみながら。

生きていく事になった。

各地の人権団体はこれらの実態を完全に無視。

その醜態は、今でも語りぐさになっているほどである。

「実態を調べる必要がありますが……」

「いや、それについては問題は無い」

不意に声が上がる。

女性の声だ。

新しく追加できた十名の情報部。敬礼をかわすと、コードネームだけ告げられた。

まあ情報部の女、とでも言うべきか。

立場的には、今いるリーダーである情報部の男の副官のような位置になるらしい。

「戸籍なき人々については、中華の内乱でそれどころではなくなった。 むしろ彼らは、内乱で自分の立場を得るために最も激しく戦い、小皇帝と呼ばれていた者達で構成された軍を、激しい戦いぶりで何度も打ち破った。 その結果、軍司令官まで出世したものも実在する」

「それも調査の結果ですか」

「そうだ。 データを見せようか」

「いえ、大丈夫です。 後で見せていただきます」

情報部の男が。

副官を視線で制止。

どうやら、前に出たがるタイプのようだ。

或いは手柄を求め、野望に飢えているタイプなのかも知れない。

危険だ。

ハンギングジョンのような危険人物もいるし。

何より魔の存在も確認されている。

下手をすると。

命が危ないかも知れない。

だが、英国の人事に此方が口を出すことも出来ないだろう。

後は軽く話をした後。

それぞれに担当を決めて、捜査に当たることにする。

新しく来た十人には、軽く東方が話をする。

一秒でも捜査が遅れれば。それだけの数の人々が、邪悪のエジキになる事。

それを食い止められるのは、我々とアビスしかいない事。

敵にはハンギングジョンだけではなく、魔もついている可能性が高い事。

それらを加味し、慎重に動かなければならないこと。

実際に今まで戦って来た敵の戦術。

邪悪極まりない手口。

それらを解説する。

だが、最後に。

情報部の女は言った。

「目新しい情報はないな。 全て記憶済みだ」

「それならば結構です。 協力して捜査に当たりましょう」

「足を引っ張らないように」

「分かっていますよ」

流石に少しばかり苛ついたが。

だが、ここで関係を壊すわけには行かない。

我慢するほかない。

桐野が心配そうに見ていたが。

此処が我慢のしどころだ。

 

2、魔との連携

 

自分の所に魔が連絡を入れて来た。

ハンギングジョンは兎に角心配しているようだが。

今の時点では問題は無い。

「お前のビジネスについては確認した。 随分とまた面倒なやり方をしているな」

「でも確実なんですよこれが」

「確実か。 だがお前は既に七箇所のシノギを失い、現在も赤字を取り戻せないでいるのではないのか」

「ははは、手厳しい。 その通りですよ」

魔は兎に角ストレートな物言いをする。

それにしても此奴。

何というか、言葉の通り。

人間とは思えない。

しゃべり方に違和感があるとか、そういった感じでは無い。

何というか、地球人にしてはおかしいというか。

妙な「ずれ」を覚えるのだ。

此処で言うずれというのは。性格的な差異のことでは無い。

種族としては基本的に「習性」というものをもっているのだが。

そのレベルでのずれだ。

ずれの正体は分からないが。其処については、警戒する必要がある。

平均的で普通の地球人なら。

その醜悪な性格も含めて。

自由自在に操れる自信もある。

だが、あまりにも逸脱している奴だと。

例の小娘と同様で。

制御が効かない怖れがある。

勿論ハンギングジョンの忠告を無視するつもりは無い。

最大限の警戒をしながら、此奴とはつきあっていくつもりだ。

場合によっては。

迅速に処分しなければならないだろう。

「それで、俺は例の小娘を殺せば良いのだな」

「そうなります。 報酬はこの星からの脱出、と言う事で」

「良いだろう。 クロファルア人共が来て退屈で窮屈になったこんな星にもう用は無いからな。 好き勝手に暴れて徹底的に殺し回りたい。 それだけだ」

「素晴らしい。 期待していますよ」

現在の分かっているデータを渡す。

恐ろしい事だが。

未だに小娘本人の撮影は出来ていない。なお、過去の写真などは全て日本国に廃棄されたらしく、残っていない。ネット上にもデータは確認できなかった。

ただし、同一遺伝子の存在が、何故か平然と日本で学校に通っている。

それの撮影には成功した。

姿は似ているはずだ。

だが、写真を見せると。

魔は鼻を鳴らす。

「違うな」

「ほう? 聞かせて貰いましょう」

「これは偽物だ」

「それは分かっていますよ。 ただし遺伝子のレベルで……」

バカかと、いきなり言われる。

ハンギングジョンが後ろで笑っているのが分かったが。

好きにさせておく。

まず根拠を聞くと。

魔は合成音声で答えてくる。

「不自然にならない程度に顔を変えている。 それも、一見すると同一遺伝子の持ち主とは分からないほどにだ」

「な……」

「そこにいるハンギングジョンは、部下の顔を潰して好きなように変装できるようにさせることがあったが、それと同じ事だ。 これは恐らくクローンだろうが、当然成長の過程で色々に手を加えて、姿を変更している、とみて良いだろう」

「ほう、面白い推理ですね」

推理では無いと、魔は言う。

此奴。

自分の発言に絶対の自信を持っているのか。

まあそれはそれでいい。

とりあえず、言っている事には一理も二理もある。

実際、例の小娘は恐ろしく慎重だ。

今まで此方の機械類が沈黙する前には、絶対に姿を見せていない。

この間、至近まで迫ったときも。

フォーリッジの戦闘ロボットに阻まれて。

あらゆるデータの取得を阻害された。

遺伝子データだけは回収出来たが。

それだけ。

しかも、である。

この遺伝子を調べて見た所。

おかしな事が幾つも分かってきたのである。

まず第一に、遺伝子から復元しようとすると、エラーが起きる。遺伝子通りに人間を作ろうとしても、そうならないのである。

これは量子コンピュータで二百回ほどシミュレーションしてみたのだが。

どういうわけか、一部の遺伝子が働かない。

だが、生体反応からして。

例の小娘は、その遺伝子が働いている事が分かっている。

これは何だ。

何がどうしたら、こんな事になる。

遺伝子については、何処の星の生物でも持っている、というようなものでもないし。

そもそもにして、地球の生物でさえ。

ごく原始的なものになってくると。

色々と例外的な要素があったりする。

それでもだ。

基本的に遺伝子というのは、体の設計図の筈。

その通りに体が構築されないというのは、どういうことなのだ。

更にである。

シミュレーションすると、毎回顔などが変わってくる。

その全てのデータを見せるが。

魔はいずれもせせら笑った。

「話にならん。 実物の顔をどうして撮れていない」

「それだけ慎重だと言う事です」

「そんな事は分かっている。 その程度の力しかお前には無いと言う事だ」

「ふふ、言いたい放題で好きですよ」

これくらい活きが良い方がいい。

実際此奴を宇宙に解き放ったら。

どれだけの殺戮と破壊がまき散らされるのか。

想像するだけでぞくぞくする。

ともかくだ。

不意に、魔の方が、データを送ってくる。

「恐らくだが、此奴は何かしらの突然変異を起こしやすい遺伝子の持ち主と判断して良いだろう。 そう、本来は突然変異を起こしている方が普通なんだろうな。 だが、此奴の場合は、その突然変異を起こしていないと見てよい」

「その心は?」

「簡単な話だ。 遺伝子データがそのまま取得できたと言う事は、体がその通り設計されている、と言う事だ。 元の遺伝子データでどれだけ再現データを作ろうとしても上手く行かない。 それはどうしてもその遺伝子データが、様々な突然変異と言う名の不具合を起こすと言うことだ」

なるほど。

面白い意見である。

興味深いので更に話を聞いていくと。

魔はそれが特徴なのか。

ゆっくりと。

噛み含めるようにして話していく。

「遺伝子で人間は判断出来ないが、此奴は世界そのものに恨みを持っていて、世界の悪そのものであると認識している貴様にそれを叩き付けるつもりで動いていると見て良いだろうな。 それでいながら、膨大な戦闘経験をお前が積ませてしまっているために、どんどん手に負えなくなっている」

「それは事実です。 実際相当な苦戦を強いられていますからね」

「ならば順番を変えてやれば良い」

「ふむ、聞きましょう」

魔は。自分でも流石に思いつかなかったような手を提案してくる。

なるほど。方法論としてはアリだ。

それにしても、地球人を殺すには地球人か。

確かにその通りである。

此奴の頭のイカレ具合は。

正に星を自分達で滅ぼし掛けた、狂気の種族に相応しい。

そして多くの場合、文明は星の海に到達する前に滅びてしまうものだが。

そういう意味では。

知的生命体そのものが狂気の存在なのであって。

此奴は。

ハンギングジョン同様、まともで平均的な人間の「完成体」とでもいうべき存在なのかも知れなかった。

実際問題、此奴と話していると。

そのびりびり来るような狂気を、常に楽しめる。

量産して宇宙にばらまきでもすれば。

どんな楽しい事になるか。

ぞくぞくしてたまらない。

ともあれ、一旦魔と通信を切る。

そして作戦の準備を開始する。

完全にやる気を無くしている中華の警察と司法に足を引っ張られて。流石に小娘も、その協力者も。

今回ばかりは、まともに身動きが取れないだろう。

だったら今のうちに此方で罠を張る。

協力者を適当に殺せれば大いにいい。

クロファルアの警備ロボットがついているだろうし、簡単にはいかないだろうが。

それでも隙は作れるはずだ。

ハンギングジョンが、嬉々として準備を進める私の後ろから言う。

「最後の警告だ」

「うん? どうしました?」

「遊ばれて死にたくなければ、とっととこの星から出ろ」

「貴方も少しばかりしつこいですねえ」

ハンギングジョンは、しばらく沈黙していたが。

大きくため息をついた。

そういえば、ため息をつくことは失礼な行為だとか言う訳が分からないルールが一時期の日本では蔓延していたらしいが。

割とどうでもいい。

「ありゃあもう例の小娘を完全にプロファイルし終えている。 お前よりも遙かに完璧にな」

「でしょうね。 頼もしい限りです」

「それにお前もだ」

「自分も?」

少しだけ沈黙が流れる。

今度沈黙したのは自分の方だったが。

笑おうとは思わなかった。

此奴は、頭こそおかしいが。

それはそれで。

基本的に、その頭脳は。

緻密に整理されているからだ。

「お前、もうどうやってクロファルアの中に潜んでいるかまで、恐らく魔に看破されているぞ。 小娘と魔だと、まだ魔の方が上だと俺は思うがな。 もしも魔が捕らえられた場合……お前直接本体を潰されかねないぞ」

「忠告は聞いておきましょう。 しかしあのバケモノを、捕らえられますかね」

「万が一ってのが俺たちの世界ではバカに出来ないんだよ。 実際あの魔でさえ、何回か捕まった事があるくらいでな」

「ほう?」

それは驚いた。

話によると、いずれもが偶然。

テロとは全然関係無く。

当時の腐敗した警察が、適当に逮捕していた中に、魔が混じっていたことがあったらしい。

いずれも、魔とは分からずに釈放したか。

もしくは脱出されたか。

何にしても、魔はデータを一切残していないらしいが。

警察にデータを取られた場合は。

警察署をそのまま爆破して。

目撃者ごとデータを消すような事までしていたらしい。

今でも語りぐさになっているそうだ。

「そして、当時の警察なら兎も角、クロファルアの警備ロボットと連動しているあの小娘が、そんなへまをする訳も無い。 スペックでは魔の方が上だろうがな、何が起こるか分からないのが現実ってものの恐ろしさだ。 それをお前はあまりにも知らなさすぎるのではないのか」

「ふっ、そうかも知れませんね」

「中華のビジネスとやらを潰されたらもう後も無いんだろう? そうやってすましていられるのもいつまでか分からん。 今のうちに、精々ふんぞり返っておくんだな」

「ふふ、そうしましょう」

運が悪ければ。

どんな奴でも死ぬ、か。

自分はそういった運の要素が出来るだけ絡まないように。

徹底的に周囲をクリーンに保ちつつ動いてきた。

だから自分は今までビジネスを成功させてきた。

だが、どうもこの星でのビジネスを開始してから。

その運とやらの存在を意識せざるを得ない。

どうも敵にとって幸運な事が起きすぎるような気がするのだ。

だが、冷静に見直してみると。

此方にとっても幸運な出来事は起きているようにも思える。

そうなってくると。

ひょっとして。

ハンギングジョンが面白半分に教えてくれたギャンブラーのように。

運を味方に付ける、というような事が必要になるのだろうか。

そして小娘がそれを実施できているとしたら。

魔には、自分の遺伝子データが周囲に流出しないようにする方法を既に教えてある。

これで奴はクロファルアの警備ロボットに探知されずに動く事が出来るはずだ。

さて、お手並み拝見と行こうか。

そう思った矢先に。

アラームが鳴った。

クロファルア人達が大慌てしている。

部屋を出ると。

呼び出しが掛かっているミーティングルームに急ぐ。

自分と同格クラスの職員は。

全員が出張ってきているようだった。

「中華にてテロ発生。 よりにもよって対爆フィールドを展開していない場所でのテロだ」

「またか!」

「この間もあったと聞いているが、中華で何が起きている!」

「此方がデータになる」

上役が映像を見せてくる。

これはこれは。

よくやったものだ。

中華では、内戦をやっていた時期にだが。

天然ガスの採掘施設を巡って、紛争を起こしたことがある。

その時の戦いの結果、採掘施設は再起不能にまで壊され。

放置されていたのだが。

それが見事に爆破されていた。

現在は修復作業中だったのだが。

普通の作業用ロボットしか動いていなかったこともあり。

何より周辺の警備が非常に頑強だったこともあり。

基本的に誰も警戒していなかった。

それが、主軸になる部分に爆弾を仕掛けられ。

見事に消し飛ばされている。

文字通り完璧な手際だ。

今は駆けつけた作業用ロボットが。

噴き出す天然ガスを押さえ込みに掛かっているが。

復旧にはかなりの時間が必要になるだろう。

間違いない。

直接手を下したかどうかは分からないが。

間違いなく魔の仕業だ。

こうやって存在をアピールし。

そして小娘に迫ろうとしている訳だ。

「アビスに告ぐ……」

不意に合成音声で、映像から語りかけられる。

これは自分が教えてやった回線の一つを利用したのか。

ふむと、唸る。

この回線のテクノロジー、それほど高度なものではないが。

それにしても良く相乗りできたものだ。

テロリストとして超一流なだけではなく。

ハッカーとしても超一流だというのか。

色々と何でも出来る奴である。

そして何でも出来る奴というのは。

得てして色々壊れているものだが。

此奴はその見本だ。面白くて、見ていてわくわくが止まらない。これくらいでないと、楽しくない。

「お前がアビスと呼ばれている事は分かっている。 今後中華にて、貴様を殺すまでテロを実施していく。 ターゲットは「ごく当たり前の」人間どもだ。 見ての通り、俺は対爆フィールドが張られていない場所を熟知している。 クロファルア人共が何を考えているかもだ。 最終的には必ずお前を殺す。 止められるものなら止めてみろ」

言いたいことだけをいうと。

ぶつりと通信を切った。

フォーリッジ人が何事かとミーティングルームに来て。

データを再生した後。

憤然として部屋を出て行った。

まあ彼奴はどうでもいい。

それにしてもアビス。

何だ。

コードネームか何かか。

恐らくは例の小娘のことだと思うが。

どうしてそんな名前で呼んでいる。

或いはあの戦闘フォームが、地球人が深淵の神々と考えるような姿に似ているからだろうか。

だが、そんな呼び名は聞いた事がない。

魔はどうしてそんな事を。

或いは、小娘の協力者どもが、そんな呼び方を始めたか。

ひょっとすると、中華の警察か何かに既に監視網を作っていて。それで知ったのかもしれない。

或いは内通者を作っているのか。

いやいや、流石に内通者はできすぎだ。

英国の情報部は、相当に魔との戦いで、エージェントを殺されていると聞いている。

流石に徹底的に身内は経歴を洗っているだろうし。

魔に内通している者などいないだろう。

だが、もし疑心暗鬼を引き起こさせるのが目的なのだとしたら。

それはそれで大変に面白い。

思わず笑いたくなる。

なるほど、協力者をまずは疑わせる、か。

そしてこの呼び方がばれていると示す事で。

協力者に対しても圧力を掛ける。

今回は、魔にとってはリスクが低い場所でのテロだったのだろうが。それでも難易度は尋常では無かった筈。

あっさり成功させた上に。

一石で二羽も三羽も同時に鳥を落としていく。

これが魔の手際か。

素晴らしい。

これは報酬関係無しに。

今すぐにでも此奴を宇宙に解き放ってやりたくなってきた。

適当にミーティングルームで、何の意味もない緊急会合を行った後。自室に戻る。

自室でリラクゼーションプログラムを動かしながら、ハンギングジョンに笑いかける。

「これは面白い。 是非とも戦いの行く末を見届けなければなりませんね」

「笑っていられるのも今のうちだけだぞ……」

ハンギングジョンはいつになく声が沈んでいる。

意気消沈している、という感触では無い。

あからさまに、相手を怖れている。

怖いもの知らずの此奴がこれか。

さてさて、どれだけの災厄を引き起こしてくれるのか。

楽しみに待つとしよう。

 

3、地獄からの使者

 

立て続けに魔によるテロが起きた。

ガス採掘場の次は、鉱山である。

労働者十数人が死傷し。

警備ロボットが、テロの実行犯の痕跡さえ見つけられなかった。

その上、対爆フィールドが張られていた場所だったのだ。

犯人は、どうやって岩を崩せば、大規模な崩落を引き起こせるか知り尽くしていたようで。

一箇所の岩をてこの原理で崩し。

更にタイマーまで使って、最後の一押しを実施。

結果、大規模崩落を引き起こして。

十数人の死者が出る悪夢を作り出した。

更に次は。

貧民窟が襲われた。

たった一晩で、ホームレス達が暮らしていた小さなビルが襲撃を受け。ナイフ一本で、その全員がロクに抵抗も出来ずに皆殺しにされていた。

当然痕跡は無し。

最初に警備カメラが潰されてから。

五分ほどで、二十七人が殺された。

殺す手段もナイフ一本で、完璧に全員急所を貫かれており。

その手腕は尋常な代物では無かった。

私は、腕組みして、その事件現場を全て見る。

気になることは幾つもある。

ガス採掘場襲撃の後、私は奴の犯行声明ビデオで、アビスと呼ばれた。

それについては、後から協力者のお姉さんに話を聞いた。

最近警察や情報部で、私をアビスと呼び始めているらしい。

それについてはどうでもいいが。

問題はどうやって敵がそれを知ったか、だ。

内通者がいるとは考えにくい。

警察も情報部も、大混乱らしく。

新しく追加された増援を中心に内偵を進めているらしいが。

私は、恐らく内部に何かしらの方法で潜入した魔が、呼び名を聞いたのだろうと推測したが。

どうやってクロファルアの警備ロボットに守られている警察署に、あっさり侵入したのか。

個人的にはその方が大問題だと思う。

協力者のお姉さんと。

情報部の男が来る。

博士と一緒に、テーブルを囲む。

当然魔によるテロの話になったが。

青い顔をしているお姉さんと裏腹に。

私は落ち着いていた。

そして、順番に話す。

「まず今回の一連の事件ですが、魔による捜査攪乱です。 間違いなく奴と連携していると見て良いでしょう」

「それについては同意だが、我々の間だけで使われていた呼称を、奴がどうして知ったかが気になる」

「恐らくですが、警察署に忍び込まれたのだと思います。 情報だけ聞き出されたのでしょう」

「しかし痕跡が……」

痕跡なんて。

奴なら消すテクノロジーを持っている筈だ。

そう指摘すると。

流石に情報部の男も黙った。

更に、である。

超仙が出現したと連絡が入る。

最悪のタイミングだ。

画像に出る。

超仙。映像では見るのは初めてだが、見た感触では道服を着込んだヒゲの長い老人である。

これが向こうの仙人のイメージなのだろう。

頭が長いが。

あれはいわゆる「仙骨」を意識しているのかも知れない。実際にもそう呼ばれる骨は存在しているのだが。

それはそれとして、仙人らしい風貌を仙骨と呼称する。

これについては既に調査済みだ。

ただ、何度か姿を変えているらしい。反応を見ながら、姿を調整したのだろう。

これが、崩れかけるビルを食い止め。

大量の人間を救出している画像が移った。

ホームレス達が、万歳、万歳と感謝の声を上げているが。

あれ、自作自演ではないのか。

其処に、悪の組織、新青幇の大集団が現れる。

新青幇は重武装でとにかく数が多いという特徴を持つ悪の組織で、いわゆる怪人に相当するタイプはいないが。

人海戦術と、何より全ての兵隊が強力な武装。例えばミニガンクラスの銃火器を手にしており。

それをぶっ放して周囲に破壊と殺戮の嵐をぶちまける。

元々青幇というのは伝説的なギャングであり。

それを復興したイメージなので、こういった特色の悪の組織としてデザインされているのだろう。

一見すると、崩落するビルからホームレス達を守ろうとする超仙に。

悪の組織がホームレスごと葬ろうと、情け容赦のない攻撃を浴びせようとしている姿にしか見えないが。

私はそれを出来レースだと、一瞬で看破した。

というのも、出現のタイミングが良すぎるし。

何より新青幇の連中、超仙を殺したら自分達もビルの下敷きになる状況なのに、躊躇無く銃火器をぶっ放しまくっている。

頭がいかれているというよりも。

単に「それっぽく」動いているだけだ。

そして、勝負は一瞬でついた。

超仙が目を光らせると。

全ての弾丸が空中で停止。

そして、新青幇の連中が空中に浮かぶ。

一部隊500という巨大な戦力で活動する新青幇だが、その全員が、もがきながら空中につり上げられ。

そして一瞬後には爆破されていた。

なるほど。ああやって出来レースをするのか、此処のエセヒーローは。

やがてビルを元通りに修復すると。

超仙は万歳万歳叫んでいるホームレスを一瞥だけして。

姿を消した。

博士が言う。

「短距離ワープだな」

「空間転送とは違うんですか?」

「違う。 空間転送は、空間と空間をつなげて、その間を通るようなものだ。 君達の言葉だと、何処にでも行けるドアがそれに近い。 今あれがやったのは、質量を無視して自分だけで高速移動する技術だ。 短距離ワープと呼んでいる」

「……」

なるほど。

そうなると、今見ていただけでもサイコキネシスにテレポートを使う事が確実か。

資料映像は前にも見たのだが。

同時に複数の超能力を使うとなると。

色々と厄介だ。

話によると、テレパシーも使うらしいし。

パイロキネシスの応用だろうか。あの爆発は。

ただ復興帝政ロシアのような例もあるし。

勝手に戦闘員が自爆したのかも知れない。

いずれにしても、魔と同時にあれも相手にしなければならないのは厄介だ。

「とにかく打つ手がない」

情報部の人が気弱げにいう。

この人が此処まで落ち込むのを見たのは初めてだ。

私は内通者はいないと見ているが。

この人は疑わなければならない立場だし。色々と苦しいことは私から見ていてもよく分かる。

だが、此処が踏ん張りどころだ。

「超仙について情報を集めて貰えますか」

「君はどうする」

「私は魔を潰します」

「出来るのかね」

博士が不安そうに言う。

魔はちょっとおかしいレベルの実力だ。

ひょっとするとだが。

或いは何処かの国が作った、生物兵器なのかも知れない。

手際を見ると異常すぎるのだ。

人間というか、生物の限界に到達しているとしか思えない。

本来人間という生物は、一回り小さいヒヒ程度の身体能力しかない生物だ。二足歩行と道具の使用という利点の引き替えに、身体能力を失ったのである。だが、正直な話をすると。魔という存在は、あからさまに人間の限界を超えているとしか思えない。

一時期のハリウッド映画の不死身のヒーロー達でさえ。

魔が相手では、一歩遅れを取るのではあるまいか。

いずれにしても、今回の戦いはロシア以上に厳しくなる。

前はがんじがらめだったが。

今度は何処まで行っても何も無い砂浜で、一粒のダイヤモンドを探すようなものだ。それも、砂に埋もれている可能性や、海にさらわれてしまっている可能性さえある。

敵が此処を大規模市場にするわけである。

こんな状態で、しかも戸籍もないような人間も多数いる場所だ。

倫理観念も崩壊し。

不正に接するのが当たり前になってしまっている場所だ。

それはそれは簡単に。

多数の人間を拉致することが出来るだろう。

問題は、効率よくやるためにはどうするか、だが。

魔は恐らく。

其処に既に到達していると見て良い。

軽く打ち合わせをした後。

私は、自室でさっきまでに魔が起こしたテロを確認する。

今回、奴は。

挑発する目的だけでは無く。

恐らく私を誘い混むつもりで、テロを起こしたはずだ。

何かヒントを与えて引きずり出し。

そして時間を稼いで逃げ切るつもりだろう。

その過程で超仙をぶつけてくるかも知れないが。

それはそれ。

ハンギングジョンの末路は知っているだろうから。

奴は同じ手もくわないに違いない。

さて、厄介な相手だが。

こういうときこそ。

冷静さが重要だ。

多くの人がこのままでは奴に無惨に殺される。

実際既に多数が殺されている。

だからこそ。

奴は絶対に生かしておいてはいけない。

宣戦布告した相手に対して。

勝てる自信があるのだろうが。

それをひっくり返す。

不敗を誇ったテロリストに。

引導を渡してやる。

ココアを飲んで糖分を入れた後。

情報を精査。

幾つか実際に魔が起こした事件を見ていくと。

特徴があることが分かってきた。

勿論敵がわざとそう分かるようにして、此方を誘っていることは分かっている。だがそれを知った上で、此方は動かなければならないのである。現時点では、まず奴に追いつく所からだ。

呼吸を整えると。

気付く。

やはり特徴がある。

ならば、恐らくは。次に出てくる場所は。

該当しうる施設を確認する。

恐らく超仙と連携している事を考えると。被る場所には出てこない、と見て良いだろう。

そして魔はその性格上。

此方が追いついてくるまで、幾らでもテロをするはずだ。

そうやって焦らせ。

怒らせ。

此方の判断力を鈍らせて。

そして判断ミスを誘う。

そういう戦術で。

今まで多くの敵を殺してきたのだろう。

だが今回は相手が悪いと思い知らせてやる。

此処で間違いない。

博士に話し、近くまで転送して貰う。

そして、私は。

フォーリッジの戦闘ロボットと一緒に、魔を待つ事にした。

 

本当に姿を見せた。

ローブを被って、顔を完全に隠しているその姿は。

男性か女性かさえも分からない。

クロファルアの警備ロボットに、退路を断つように指示はしてある。普通の人間だったら逃げられないだろうが。

それでも、相手が相手だ。

一切油断はしない。

此処は、潰れかけた炭鉱だ。

炭鉱としてはまだ埋蔵量があるのだが。

既に国営企業が潰れており。

権利関連がグダグダ。誰が所有しているのかさえも分からないと言う状況で。今は此処に小遣い稼ぎをしに来るホームレス達でごった返している。

クロファルアでもまだ抑えていない拠点の一つだが。

理由は幾つかあり。

もっと大規模で、似たような場所が幾つもあること。

その全てに対爆フィールドを張る余力が無いこと。

警備ロボットの数には限界があり、人口密集地帯にしか配置できないこと。

などなどが挙げられる。

そして廃棄されているから危険極まりないのに。

それでもホームレス達は、石炭を採掘し、売るために来る。

この辺りは犯罪組織が(警備ロボットに目をつけられているとは言え)縄張りを主張しており。

見つかったら何をされるか分からないのに、である。

それほど生活が厳しいのだ。

倫理観念は崩壊しているかも知れない。

助けても感謝などされないだろう。

だが、それでも。

普通で平均的な人間と一緒にならないためにも。

私はやらなければならない。

魔とある程度の距離を置いて相対する。

私は既に変身しているが。

相手が私だと分かったようだった。

なお、周囲には見えないように、一種の認知障害フィールドを先に展開して貰っている。

敵だけはそのフィールドの範囲内に入るように、調整もして貰っているので。

戦闘ロボットの出力は少し落ちているとは言える。

もっとも此処でやり合うつもりは無い。

何よりこの間合いなら、一瞬で殺せる。

「お前がアビスか」

「好きに呼ぶといい」

「そうか。 では一つ取引をしたい」

「はあ?」

このゲスが。

巫山戯た事を抜かしてくれる。

だが、此処は様子を確認する必要がある。まずフォーリッジの戦闘ロボットに対爆フィールドを展開して貰う。

今私は、どちらかというとウミウシに似た戦闘形態を取っているが。

認知障害フィールドの結果か。

時々側を歩いて行く、悲しい格好のホームレス達は気付いていない。むしろ魔を無意識的に避けているくらいだ。

「何が取引だ、この大量虐殺犯」

「俺が殺した人数など、精々一万二千人程度だ。 歴史上で俺を遙かに超える数の虐殺をしてきた人間など、枚挙に暇がない」

「そうか。 それで」

「俺の目的は宇宙に出る事だ。 其処でお前と出来レースをして、効率的に奴の技術を奪いたいと考えている」

殺意が湧くが。

それも敵の術中である可能性が高い。

それにしても。

いきなり堂々と裏切りを持ちかけてくるとは。

此奴は正直な話。

何を考えているか分からない。

或いは、本音なのかも知れない。

確かにクロファルア人がガチガチに固めた今の世界。

爆弾テロでも飛行機は落とせない。

ハイジャックをしようとしても、一瞬で制圧される。

そもそも爆弾が、余程広い地域で、しかも人間が少ない場所でも無い限り、対爆フィールドで防がれてしまうし。

銃火器などクロファルアの警備ロボットの前には塵芥に等しい。

そんな場所は。

此奴には退屈で仕方が無いのだろう。

ただ、それはあくまで今「此奴が言っている」事を推理した結果に過ぎない。

このような鬼畜外道がまともに交渉などするとは考えにくい。

相手を信じる勇気、というものは時には必要だろうが。

逆にどんな甘言にも耳を貸してはいけない勇気もまた必要なのだ。

少なくとも此奴に対しては。

絶対に何を言おうと。

信用してはならないだろう。

殺すか。

捕縛だってできる筈だが。

此奴に関しては、刑務所破りも相当な腕前だったはず。

だがクロファルア製の捕縛フィールドに押さえ込む事で、流石の此奴も身動きが取れなくなる筈だ。

拷問など必要ない。

頭の中を直接覗けば良いのだから。

問答無用、と行こうと考えたが。

相手はその判断を。

読んでいたようだった。

すっと取り出してみせるのは、何かのボタン。

分かり易すぎるほどの形状だ。

「これは軍の強力な無線だ。 今のお前達のフィールドにも阻害されない周波数にしている。 もしも此奴を阻害しようとすると、ペースメーカーなどを入れている人間が全員その場で死ぬぞ」

「何……!?」

「まあ話を聞け。 俺もお前達が来ると判断したから来た。 わざわざそうでなければ、こんな分かり易い場所に足を運ぶと思うか? そしてこのボタンは、今の時点で押すつもりは無い」

戦闘ロボットを一瞥。

様子を見る限り、非常に複雑な構造をしているボタンのようで。

一瞬での解析は難しいらしい。

舌打ち。

なるほど、あらゆる準備を欠かさず来たのは本当のようだ。

切り札の一つや二つを更に持っていても不思議ではあるまい。

「俺の条件は、お前にとって不利益を呼ばないものだ。 俺は宇宙に出たい。 そのためにはお前がなんと呼んでいるかはしらんが、奴のテクノロジーを奪う必要がある。 此処までは、本当のことだ」

「それで」

「その代わりに、俺は奴をお前達に引き渡してやろう」

「出来るのか?」

何となくだが。

うっすらと相手が笑うのが分かった。

まさか。

既に相手の正体を理解していて。

しかもその気になれば捕らえられると言うのか。

いや、こういう輩の「フリ」はもっとも信用してはならないものだ。

まずは呼吸を整える。

そして、ゆっくり思考を整理。

此奴が仮に奴を知っているとして。

捕らえようとすれば。

何かしらの手段で、何処かを爆破しかねない。

あの見せびらかしているボタンも交渉用の道具の一つに過ぎず。

他の手段。

例えば部下などを使っての爆破、などをしてもおかしくは無いのだ。

魔は自爆テロをさせる事も得意としていて。

多数の子供や社会的弱者を洗脳し。

爆破テロを行った。

本人がさっき自己申告で12000人殺したと言っていたが。

実際に手先も使ってテロで殺した人数を加算すると。

更に桁が一つ上がるだろう。

目の前にいるのはそういう相手だ。

どれだけの部下を現在飼っていても。

何ら不思議では無い。

「出来るとも。 相手はテロリストでも無ければ、凶悪な犯罪者でもない。 お前達が言う犯罪者には分類されることはされるだろうが、実際には頭でっかちなだけのただの拝金主義者だ。 行動も倫理観念とかお前達が言うものを欠如しているだけであって、やっていることはどこの会社の人間もやっていることと何ら変わらん。 お前は日本人なのだろう? ならばブラック企業の社長と言えば分かりやすいのでは無いのか? まんまそれが奴の正体だ」

「相手はただの知能犯だから与しやすいとでもいうのか」

「その通り。 そんなものは俺から見ればただの数字しか相手に出来ないカモにすぎないのでね」

「……」

随分な自信だが。

此奴の場合は、実力に裏付けられているのが厄介だ。

実際問題、ワールドレコードクラスの殺しをしているバケモノである。

殺戮に特化した肉体としては。

恐らく人類としての完成形に到達しているのではあるまいか。

いずれにしても、油断だけはするな。

甘言も聞くな。

それでいながら。

相手の動きをよく見て。

相手を分析しなければならない。

此方にだけ聞こえるように。

フォーリッジ人の戦闘ロボットが告げてくる。

「骨格に異常を発見。 人間とは思えません」

「……?」

「正確にはどうしてこれで生きているのか理解出来ません。 複数の人間が融合しているような骨格をしています」

なに。

唖然とする私を見て。

魔は気付いたようだった。

「その腐れロボットに察知されたか。 まあどうでもいい。 いずれにしても、今日は顔見せだ。 だが一つヒントをやろうか」

「奴はクロファルア人では無い。 寄生体だ、とでも?」

「ほう、少しは出来るでは無いか。 少しは楽しませてくれよ。 ああそうそう。 俺に手出しをしたりすれば、全国で俺の部下が一斉に対爆フィールドで守られていない場所に自爆テロを行う手はずだ。 俺が帰る際の無事を精々祈ることだな」

舌打ち。

戦闘ロボットは、真偽確認できずとぼやいた。

つまりそれほどの先進文明による嘘発見器でも。

此奴の言葉の真贋は判断出来なかった、という事になる。

文字通りのバケモノ。

姿を雑踏に消すと。

私もその場を離れる。

恐らく奴は。

私と直接コンタクトをするためだけに。

多数の命を奪い。

テロを起こした。

それくらい奴にとっては、命は軽く。

殺したところで何とも思わない、ということだ。

これだけ地球が滅茶苦茶になり。

人心が荒廃しきった世界だとはいえ。

いくら何でもおかしすぎる。

一旦その場を離れ。

雑踏の様子を見ると。

犯罪組織の監視役らしいのが、肩を怒らせて歩いて来たが。

不意に数人のホームレスが。

そいつに組み付いて、ナイフを突き刺そうとした。

飛び出したクロファルアの警備ロボットが、ホームレス達を瞬時に制圧する。わめき散らす犯罪組織の監視役もだ。

なるほど。

ひょっとするとだが。

金を出し合って、ああやって犯罪組織の監視役が来たら、一緒に捕まる人間を雇っていたのかも知れない。

今回のは殺人未遂だが。

見ると、ナイフは偽物のようだ。

大した罪にはならないだろう。

それに対して、犯罪組織の監視役は、違法な武器を所持していた様子だ。ダメージは犯罪組織の方が大きい。

すぐに警備ロボットが、監視から捕縛に切り替えるだろう。

そしてこの鉱山の利権が別の犯罪組織の間で争われる内は。

勝手に鉱石を掘り放題、と言う分けか。

そういう事が分かっているのなら。

確かにあんな無茶をする価値があるのかも知れない。

ただし、その代わり。

あの数人のホームレスは、もう此処では暮らしていけないだろう。

それでも良いと言うのだろう。

もはや荒廃しきった此処は。

人が暮らせる土地だとは。

私にはとても思えなかった。

いずれにしても、テロだけは防げた。

だがあの魔。

確かにある意味、奴より厄介かも知れない。

まずは奴が行っている多数の人員誘拐の手口を潰し。

超仙を叩き潰した後。

魔をどうにかしなければならない。

あれは、放置しておくには危険すぎる。

情報部の人達や。

日本から来た警官も。

下手をすると、危ないかも知れなかった。

 

4、砂浜の金剛石

 

東方は桐野と連携して、ようやく無味乾燥したデータベースの中から、情報を抜き出し、ある程度整理する事には成功した。

情報部の追加人員と共同し。

更に足を使って各地を調べ。

やっと何とかまともに情報が集まり始めたのだ。

誰も彼も、話を聞こうとすると、まずは金、となるので。

非常に厄介だったが。

しかしながら、現在の中華の凄まじい混乱を思うと。

これは仕方が無いのかも知れない。

なお、既に元は通貨として流通していない。

使われているのは、皮肉な事に米国ドルだ。

また、電子マネーも使用されていない。

これは以前の何回かの事件事故の結果、利便性より危険性が勝ると誰もが判断したからで。

現在では、紙幣と硬貨が主体の経済にまた戻り。

そして粗雑な偽札も出回っているため。

複製しづらい米国ドルが使われ。

更に米国ドルの真贋を判断する装置を、クロファルア人がどの街にも配置している有様だった。

故に、ドルをわざわざ両替で持ち歩かなければならず。

そうするとクロファルアの警備ロボットを連れていても、ひったくりが必ず狙って来る。

聞き込みの最中、殆ど確実にひったくりが姿を見せるのを見ると。

うんざりするが。

本人達に聞くと、理由は更に凄絶だった。

暮らしていけないのなら。

拘置所と刑務所の方がマシだ、というのである。

ましてや東方達が警官だと言う事は、何となく分かるらしく。

それなら余計に罪が重くなるだろうと判断して。

捕まると分かった上でやっているらしい。

これはもう。

何というか、末期的だ。

昔の日本にも、生活できないから、敢えて罪を犯して捕まる人間がいたそうだが。

それよりも酷い。

酷すぎる。

殆どの街で、警官と言うだけで捕まると分かりきっていながらひったくりを試みる人間が出てくるなんて。

人心の荒廃。

あらゆるインフラの壊滅。

全ては想像を超えていた。

毎度精神を痛めつけられながら、どうにか情報を集めるが。

それも信頼出来る情報かは限らず。

言う度に違う言葉を口にする奴や。

あからさまに嘘だと分かる証言。

更には、その場でクロファルアの警備ロボットが違法武器を発見して逮捕、というようなケースまであり。

毎度疲れ果てながら、警察署に戻るのだった。

ロシアの軍閥支配地域に乗り込んだときのように、狙撃されることはなかったが。

それでも精神疲労は相当なもので。

絶対に一人では歩かないようにと警備ロボットに念押しされたが。

それもまた無理からぬ事だと、東方は思った。

それはそうだ。

こんな所でフラフラしていたら。

何が起きても責任は持てない。

ともあれ、情報をかき集めた結果。

ようやく、それらしい情報に辿り着いた。

ある会社が、人員募集をしているらしい。

これだけ荒廃し。

腐敗している状況で。

従業員募集。

それも、彼方此方で。

似たような会社が、人員を集めているそうだ。

最初の内は、気前よく給金を払ってくれると言う事で。

労働者はホクホク顔で帰ってくる。

更に言うと。

不正して金を盗んでも、会社側は軽い罰で許してくれるというので。

不正もやり放題だと。

自慢げに言う。

当然大量の金(勿論ドルだ)をばらまいてくれるので。

周囲も大喜び。

だが、いつの間にか。

その労働者はいなくなる。

そうして、いつしか。

会社も従業員を募集しなくなる、というのである。

不正が過ぎて消されたのでは無いのか。

そういう懸念から、警備ロボットに訴え出る者もいるそうだが。

しかしながら、調査しても。

そんな会社の実在記録は無い。

と言う事は、労働者は何処で何をしていたのか。

その足取りを追ってみると。

崩れかけた廃墟ビルが出現する有様で。

勿論中に入って調査しても。

ここ数年人が入った形跡さえない。

崩れかけているので、流石に危なすぎると、何処にでもゴミ漁りに行く人達でさえ躊躇するようなビル、と言う事だ。

クロファルアの警備ロボットを複数呼び。

足場を固定するフィールドを展開して、中を調べて見たが。

それでもやはり。

内部に誰かがいた形跡はなかった。

というよりも、偽装した痕跡さえなく。

ただ埃っぽいだけ。

歩くと分厚く積もった埃に足跡が残るほどだ。

それらについて、情報部と話す。

実は情報部の方でも、毎回足で探してくる似たような話に目をつけ始めていて。連携して動いているのだが。

その「気前が良い会社」は全国で活動の形跡が見られるものの。

実際に活動している姿は。

誰も見ていない、というのである。

更にだ。

情報部の方でも、おかしな情報を見つけてきていた。

「犯罪組織が、根こそぎ姿を消している!?」

「そうだ。 ひょっとしたら、犯罪組織が内臓などを売るための誘拐手段として、奴とは別に動いている可能性も考えていたのだが。 クロファルアの警備ロボットが監視しているエリア外で、犯罪組織の構成員が、何度となく姿を消している」

「どうしてそれが分かったのですか」

「犯罪組織もプロだ。 クロファルアの警備ロボットの探知範囲や、何をすれば捕まるかは、把握している。 だから聞かれたくない話などをするときは、そういった探知範囲外に逃れているようなのだが」

それで姿を消してしまうと言う。

犯罪組織が丸ごと、文字通り根こそぎ消えてしまう例さえあり。

犯罪組織が困惑した末に、警備ロボットにわざわざ自首しに来る事さえあるという。殺されるよりはマシ、というわけだ。

「なるほど、他に有力な情報はありますか」

「現時点では、大量に人間が消えるケースは、君が見つけてきたものと、この犯罪組織の二つだな。 犯罪組織と言ってもほぼ武装は解除され、一般人を素手で脅す程度しか出来ない連中だ。 拳法を身につけている訳でも無いし、脅威度は低い」

「拳法ね……」

「ともあれ、この二つに絞って調べよう。 東方、君は謎の会社の方を追ってくれるだろうか。 此方では対処経験も豊富な犯罪組織の方を追ってみたい」

確かに割り振りとしてはそれが妥当か。

だが、手が足りない。

「数人貸して貰えますか」

「良いだろう。 7から11」

数字で呼ばれた人間が立ち上がる。

基本的に本名は呼ばないルールで動いているため。

こういう所では、数字がそれぞれに割り振られている。

此方もそうしようかと名乗り出たのだが。

既に名前が知られているから別に良い、と言う事だった。

まあ確かにそれもそうだ。

7から11は、いずれも軍人経験がある屈強な男達で。

789を東方に。

1011を桐野につける。

これで二方向での調査が出来るだろう。

現時点で、謎の会社が一番最後に現れた地点と。

今までに現れていない地点を同時に探していく。

桐野は基本的に、今までに現れていない地点で聞き込みを行う。

聞き込みにはチップが必要なので。

その分の経費は日本政府に請求する。

というか、政府と折衝だので内閣情報調査室のお姉さんは殆ど此方には来ないし。事実上ほぼ頼ることは出来ないが。

これくらいはして貰わないと。

とてもではないが、割に合わない。

せめてまともな警官をあと五人は寄越して欲しいのだが。

政府はそれについては黙りだ。

ため息をつくと、兎に角調査に出る。

街に出ると物乞いや。

或いはひったくりが必ず姿を見せるが。

クロファルアの警備ロボットのおかげで、一応身の安全は確保できている。

ついてきている三人は、常に周囲を警戒していて。

警備ロボットにも気を配っているようだった。

軍人経験があると言う事で。

戦いにも相当慣れているのだろう。

「サー東方」

「何か問題か?」

「いえ。 日本では現場100回と言う言葉があるようですが、考えるほど何とも非効率な話ですね。 しかしながらそれで貴方は実際に成果を上げてきた。 何かこの非効率な行動から、効率的な成果を上げるコツはあるのですか」

「体で覚えるしかない」

789は三人とも、東方よりかなり背が高い。9に至っては、身長190を超えていて、バスケの選手でもやれそうな勢いだ。

背が高いばかりでは無く全員が体を鍛えているから。

俊敏な兵士でもある。

情報部をやっているだけあって。

普通の警官とはものが違う、というわけだ。

現場に到着。

警備ロボットをそれぞれ二体ずつ連れて、四チームに分かれて聞き込みを開始。とにかく高圧的に出ないように言い含めてから、順番に話を聞いて回る。

ホームレスの中には、ずっと風呂に入っていないらしく。

酷い臭いを撒いている者もいた。

これは万国共通だ。

どんなに豊かな国でも。

ホームレスは悲惨だ。

その中の一人に話しかけると。

意外と友好的だ。

「気前の良い会社の話だろ。 1ドルでいいんだ。 くれたら話をするよ、よその国のお巡りさん」

「どうしてよその国と思う」

「この国の警官といったら、賄賂を渡さないと捜査もしない。 俺たちには殴る蹴るで、何もしてないのに牢屋に入れることもある。 話をしてくれるってだけで違うんだよ、いろいろと」

「そうか。 情報は確かだろうな」

「ああ、もちろんだ」

1ドルを渡す。

ホームレスは頷くと。

彼の友人が戻っていないという話を始めた。

この国は最果てだ。

一度栄華を極めてからどん底まで落ちた。

だからこそに、栄華の負の側面が誰もを蝕んでいる。

そんな中で。

東方は、敵に迫らなければならない。

 

(続)