吠え猛ろ狼

 

序、追撃

 

エセヒーロー冬将軍が出現した。

それも、あからさまにモスクワに留まるつもりだ。

霧状の得体が知れない存在が、モスクワ全土を覆っている。

悪の組織復興帝政ロシアは出てきていない事を考えると。

恐らくは、住民を人質にでも取っているつもりなのだろう。

当然のように戒厳令が敷かれ。

住民は外出を禁じられ。

モスクワは麻痺状態に陥った。

私はその情報を協力者のお姉さんから聞いて。

来たな、と思った。

恐らくだが。

国境付近のシノギを潰しに掛かったのに気付いて、時間稼ぎに出た、と言う事だろう。

今までエセヒーロー冬将軍は、悪の組織復興帝政ロシアに対してだけ牙を剥いてはいたのだが。

今回は、私がいる。

つまり私は。

冬将軍が、モスクワを滅ぼすリスクを考慮して動く。

それを知っていると言う事だ。

だが、それも想定済み。

多分この辺りで時間稼ぎに出てくるだろう事を。

私は推察していた。

フォーリッジ人と連絡を取る。

国境付近の何カ所かで。

作戦を開始して貰う。

「予定通りお願いします」

「大丈夫なのかね。 君だけで、モスクワの状況を打開できるのかね」

「やってみせますよ」

「……そうか。 では頼む」

向こうでも作戦開始。

既に、内偵するようにステルス機能のついた警備ロボットが動いた結果。頑張ってくれた警察や情報部の人達が集めて、裏付けを取ってくれた情報通り。

敵のシノギ。

つまり人間を誘拐するシステムが、ほぼ判明した。

後はそのルートを叩き潰し。

そして冬将軍と。

復興帝政ロシアの工場を、半壊ではなく滅ぼし制圧する。

それだけでいい。

私は私で。

冬将軍を此処で叩く。

博士に頷く。

冬将軍の正体については、ある程度見当がついている。

そしてそれを叩くためのフォームも。

既に用意ができていた。

私は空間転送で移動すると。

地上に最も近い廃棄シェルターに移動。

ここからが本番だ。

ブレスレットをかざし。

変身アイテムを差し込む。

勝負は一瞬。

冬将軍はモスクワ全土を覆っている。

此奴を一瞬で無力化しなければ。

下手をすると、数十万単位の人間が即殺される。

既に殺し合いの時代は終わった。

この地球は、完全に勘違いした弱肉強食理論を振りかざした人間達によって、文字通り滅び掛けた。

そのニの轍は踏まない。

この戦いを終わらせるためにも。

奴だけを殺す。

可能な限りむごたらしく。

それ以外の死は。

絶対にとまではいかないが。

手が届く範囲では防ぎきる。

そうしなければ。

今まで戦って来た意味もないし。

私が絶対に一緒にはならないと誓っている、平均的な普通の人間と同じになってしまうからだ。

あんな連中が。

奴をのさばらせたのだ。

これ以上、同じ事はさせない。

「変身……っ!」

気合いを入れると。

私は制圧形態の一つをとる。とっくりのような形をしていて、触手が数本だけ伸びている形態だ。

管を一本だけ地上まで伸ばすと。

同時に、地上にまき散らし始める。

撒いているのはある種のナノマシンだ。

これは大気成分とほぼ同じ軽さがあり、つまるところ冬将軍と一緒に拡散する。

そして、冬将軍の正体は。

しばし、撒いている内に見つけた。

やはり予想通りだ。

これでは見つからない筈である。

キラー衛星などからレーザーをぶち込んでも無駄なはずだ。

無言のまま、一つずつ、全てを確認していく。

相手の正体は分かったし。

実際問題、ぶっちゃけモスクワの市民が危険になる事はない、と判断したが。

それはそれである。

問題は、復興帝政ロシアが今私がいる所に仕掛けてくる可能性がある事で。フォーリッジ人が他に注力している以上、何かトラブルが起きた場合、防御が貫通される可能性が出てくる。

敵の工場の復興がどれくらいか、気になる。

一秒でも早く。

敵を沈黙させなければならない。

噴霧を急ぎすぎると。

敵に察知される。

だから、あくまで。

慎重さを重視して。

冬将軍の展開地区全てに。

ナノマシンが行き渡るのを待つ。

ほどなく、冬将軍が移動を開始する。

モスクワ市民を人質に取ったように見せたし。

いつでも人質に取れると充分に見せたようにも判断したからだろう。

どうせ大したAIは積めるはずがない。

これは冬将軍の性質を考えれば明らかだ。

博士もそれについては、同意してくれていた。

冬将軍が、いつものように移動していく。

謎の霧が移動していくのを見て。

モスクワの市民は不安そうに見ていたが。

やがて霧が消え始める。

此処だ。

仕掛ける。

ナノマシンをビーコン代わりにして、一斉に極小の針を敵本体にうち込む。

この針は攻撃用のものではない。

敵の空間転送地点を割り出すためのものだ。

そう。

敵は単に霧を噴霧するだけの、極小自立移動型噴霧装置。

戦闘力もなければ。

文字通り実体も無い。

要するに復興帝政ロシアの連中だけが凍って死んでいたのは、自壊機能を使った自作自演だったのである。

そしてあまりにも小さいが故に。

空間転送の干渉も極小。

故に、このナノマシンを噴霧する装置で。

相手の位置を特定し。

消える瞬間にビーコンをうち込むことによって。

そのデータを取得することに成功したのだ。

博士が即座にデータを解析。

幾つかのビーコンが、極小時間だけだが。

敵の空間転送をしっかり記録した。

霧が消えると同時に。

私はフォームチェンジ。

バリバリの戦闘タイプへと切り替える。

冬将軍そのものはそれこそどうでもいい。

ただの霧吹きマシーンだからだ。

問題なのは、敵の工場で待ち伏せしている可能性が高いエセヒーローである。

前に真マハープラカシュが出てきたように。

戦闘できる奴が待ち構えている可能性が高い。

博士が空間転送のための穴を開けてくれる。

ここからが勝負だ。

穴に飛び込むと。

其処は無数のカプセルがある、いつも見る敵の工場だった。

今の私は、巨大な肉塊に、多数の筒が生えている形態になっている。

この筒の全てから、可燃性の高い液体を放出し、着火する。

火力はガソリンの比では無く。

ごくごく少量で、敵のカプセルを焼き払うことが出来る。

一気に辺りを焼き払い。

敵のエセヒーローがカプセルから出てくる前に仕留める。出てきても、この火力なら、あっという間に叩きつぶせる。

だが、奥の方からは。

やはり何か出てくる気配があった。

炎を防ぎながら姿を見せるそいつは。

巨大な象のように見えた。

マンモスとでもいうのか。

いや、象などの比では無い。

背丈だけでも、八メートルはある。

ティラノサウルスでも、襲うのを躊躇するのでは無いか。

そう思わせるほどの、桁外れの巨体だ。

普通だったら支えられるはずもないその重厚な巨体でありながら。

炎を鬱陶しそうに鼻を振るだけで吹き飛ばし。

後ろ足だけで立ち上がると。

突進してくる巨象。

もう、なりふり構わずだな。

苦笑いすると。

私はまず複数の筒を相手に向け、集中砲火。

だが、敵は構わず突進してくる。

フォームチェンジ。

火炎の壁をぶち抜いた敵が見たのは。

無数の棘が生えた壁だった。

押し潰すための戦闘形態。

多数の足が生え。

前面には宇宙最高の合金で出来た壁を展開。

その壁には大量の頑強な棘と刃が生えている。

構わず突進してきた象を受け止める。

激しい激突音。

床にひびが入った。

工場ごとぶっ壊すつもりか。

それもまたいいだろう。

私がぶっ壊す手間が省けるというものだ。

或いは、私を工場ごと葬るつもりかも知れない。

そうはいくか。

足の二本を持ち上げる。

その分下がるが。

その二本の先端には、ドリルがついている。

足を象にぶち込む。

ドリルが敵の体内に潜り込み、抉り込んでいく。

悲鳴を上げるマンモスもどきを、押し戻していく。

大量の鮮血がぶちまけられる中。私は一気に壁まで相手を押し返し。

そして、ギミックを発動。

前面にある壁を、ピストンし、敵に叩き付けることが出来るのだ。

激しい殺戮の壁の乱打。

高速でのシールドバッシュを浴びた巨象は、悲鳴を上げる暇も無く、壁との間に見る間に潰されていき。

その度に内臓や血をまき散らした。

やがて動かなくなる象。

激しい戦いの痕が辺りには残っていた。

象を受け止めるだけで、かなりのダメージがあったが。

これだけで終わるとは思えない。

案の定。

周囲に冬将軍の反応。

今度は、何を噴霧するつもりか。

フォームチェンジ。

なるほど、可燃性の気体を撒きはじめたか。

やはり工場をふき飛ばしつつ。

私を殺すつもりか。

だが、冬将軍の正体が知れていた時点で。

対策は考えてあったのだ。

私はフォームチェンジする。

それは巨大な筒。

さながらワームとでもいうべき形状。

ワームは一気に周囲の空気を吸い込みつつ、体内にある濾過機関で圧縮する。その過程で真空が生まれ。炎も何もかもがかき消される。凄まじい勢いで吸い込まれていく空気。勿論冬将軍も全部まとめて吸い込んでいくし。

生き残ったカプセルもしかり。

ブラックホールワームとでもいうべきこの形状は。

博士が開発したばかりのもの。

戦闘に関しては。

実に合理的なものだ。

カプセルから出ようとした怪人もまとめて吸い込み、体内でぐしゃぐしゃに潰して行く。慈悲はない。

やがて無事なカプセルはなくなり。

炎も消え。

そして冬将軍も。

全滅した。

私のダメージは。

あまり軽くは無い。

戦闘と言うよりもほぼ制圧作業ではあったが。

一瞬でも手を間違えれば、工場ごと焼き払われていたことだろう。

それに、だ。

フィルターを吐き出す。

肉体の一部を当然使っているわけで。

ダメージのフィードバックは小さくない。

博士に通信を入れる。

「戻ります。 制圧、調査はお任せします」

「警備ロボットの支援がない中、良くやってくれたな宏美くん」

「いえ、この程度」

「体のダメージが心配だ。 すぐに戻ってきてくれ」

分かっている。

すぐに戻れたらそうしている。

体のダメージが大きくて、簡単にはいかないのだ。

何とか体を引きずって。

忌まわしい、多くの人々が殺された工場を出る。

そして変身を解除。

同時に吐血していた。

やはりだ。

体の一部を切り離すような形態を使ったのだ。

それもかなり無理のある使い方をした。

博士は私の体に負担が掛からないように工夫を日々してくれてはいるのだけれど。それでもやはり、テクノロジーに体がついていかない。

皮肉な話だ。

地球人も、明らかに分不相応なテクノロジーを使うようになって。

それで滅びの路をばく進した。

私は今。

一人で地球人の辿った愚かな路を辿っている、とでもいうのだろうか。

回収用のロボットが来てくれた。

私は壁に寄りかかって呼吸を整えていたが。

担架に私を乗せてくれる。

そのままアジトまで戻るが。

意識はかなり怪しく。

ベッドで治療が始まった頃には。

もう朦朧としていた。

協力者のお姉さんがいてくれれば。

少しは色々してくれたのだろうけれど。

ロボットは全部機械的にやっていくので。

多分その辺りは期待出来まい。

勿論協力者のお姉さんが、おかゆとかのレシピは残してくれているだろうが。

そんなものを作ってくれるほど、気が利くかどうか。

ぼんやりとしている内に、何か嫌な予感がした。

こっちは成功した。

フォーリッジ人の方は、上手く行っているだろうか。

あっちが本命の作戦なのだが。

少し、心配だった。

 

1、憎悪の結晶

 

東方は、桐野と情報部全員と一緒に、其処を訪れていた。

軍閥が敢えて通りやすいようにした路の終着点。

既にクロファルア製の警備ロボットが包囲している其処は。

小さな村だった。

正確には、四重ほどの包囲が敷かれていて。

その中の小さな包囲の一つ。

いずれにしても、恐らくは此処だろう。

ロシアを脱出しようとする人間は多くいた。

空路を取れない(つまり金がない)人間のうち。

多くは軍閥の目を盗んだり、或いは軍閥がどうしてか通してくれる路を通って、国境に向かったが。

そういう道は限られていた。

そしてその道は。

最初から罠だったのだ。

此処には。

古くからロシアに迫害され続けた。

少数民族の村があったのだが。

その村は。

敵意を込めて、此方を見ていた。

データを確認していくが。

この村そのものは、どうやら失踪には関与していないらしい。

ただし、あくまで「直接関与はしていない」だけ。

状況証拠からして。

関与は間違いない。

少し行くと。

警備ロボットが見つけた。

足跡などの痕跡が。

かなりの数消えているという。

その数は。

最低でも数千と言う事だった。

「何てことだ」

「周囲を徹底的に探索しろ」

警備ロボットを護衛に付けた情報部が、辺りを調べ始める。

死体などは見つからないだろう。

どうやって此処にロシアからの脱出民を誘導したか。それが重要になってくる。いや、恐らくは言うまでも無いことだろう。

桐野を連れて、東方は村に出向く。

休憩用の施設などがある。

あからさまなくらいに。

なるほど、心理トラップ、というわけだ。

そもそもこの辺りが、ロシアに対して敵対的な少数民族の縄張りだと言う事くらいは、ロシア人も理解していたはずだ。

ならばさっさと通り過ぎたいと思っていた筈。

だが、あまりにも大人数だと。

敵も取りこぼす可能性がある。

故に「親切な宿」を配置することで。

その数をまばらにさせていた。

そういうことだ。

この先で何が起きているのか、この村の民は知らなかったのかも知れない。知っていたのかも知れない。

いずれにしても、何がロシアからの脱出民に起きようが。

知った事では無かったのだろう。

いや、或いは。

ロシアから脱出してきた同胞などには、警告して戻るように促したり。

或いは此処に引き留めて、村の住民にしていたかも知れない。

警備ロボットに、調査させるが。

どうやら後者のようだ。

あからさまに、ここ最近で住民が増えている。

要するに彼らは。

分かっていた、と見て良いだろう。

どす黒い感情が浮かんでくる。

差別を受け。

実際に迫害もされていた。

しかも相手はあのロシアだ。

逆らうどころか、もしも抵抗しようものなら文字通りあらゆる暴虐を加えられた事は疑いない。

彼らには復讐する権利があると、自分達では思っていただろう。

だが、相手が人間である以上。

法的な手続きをして。法的にやらなければ。

それはリンチと同じだ。

相手が今暴れているエセヒーローと悪の組織ならまだ分からなくもない。だが、それでさえも、グレーゾーンだろうと東方は考えている。

そしてクロファルア人が来ている今。

訴え出る好機はあったはず。

あのアビスに対して協力態勢を敷いているのは、明らかに宇宙人のエージェントと組んでいるからであって。法的問題はクリアしている可能性が高い。それでも、東方は全肯定する気にはなれないが。

此処の住民達は。

ロシアがまだ怖かったのか。

その可能性はあるだろう。

いずれにしても。

この村の住民は。

悪魔の甘言に乗ってしまったのだ。

大きな溜息が出る。

責める事が出来ようか。

歴史は血に塗れている。

どこの国でも、少数民族の虐殺はやっている。

日本でも明治時代に、北海道で似たような出来事があった。

自称自由の国である米国でも、現地住民への虐殺と迫害は半ば公然と行われた。

英国に至っては、「植民地」を未だに見下し。其処で行った悪行を鼻で笑っている始末である。

西欧全体で見ても。

人類史の恥部である魔女狩りは。多くの、本当に多くの犠牲者を出した惨事であり悲劇でもある。

それらを考えれば。

此処で起きた事は何処でも起きている事だし。

だが、それ故に許してはいけないことだ。

東方は、フォーリッジ人を呼び出す。

そして、この村が積極的に犯罪を「見過ごして」いたことは状況証拠から確定である事を告げた。

フォーリッジ人は怒りの唸り声を上げたが。

東方は同意する気になれなかった。

これが現実だ。

弱き者は、必ずしも弱き者に対して優しいわけではない。

もっと弱き者がいたら嬉々として虐待するし。

強き者が転落してきたら。

今度は躊躇無く叩き潰す。

人間とは醜い生き物だ。

それは分かりきっていた。

実際地球を滅亡させ掛けたのだから。

無責任な人間賛歌がどれだけ虚しいかも、分かりきっていたのに。

こういう光景を見てしまうと、やりきれない。

そして、次の瞬間。

大量の影が、村を包囲しているのが分かった。

警備ロボット達が反応する。

凄まじい数の「復興帝政ロシア」の怪人と戦闘員が。

周囲に現れたようだった。

警備ロボットだけで足りるかどうか。

ともかく、対応しなければならない。

「桐野!」

「はい! 避難誘導します!」

例え何が相手だろうと。

実際に犯罪が立証されるまでは。

保護しなければならない。

この村の住民が大量虐殺に荷担したのはほぼ確定だが。

それでもだ。

警備ロボット達が応戦している間に。

避難誘導を始める。

敵の数が数だ。

守りを抜けた怪人が家に火を放つ。

燃える貴重な文化遺産。

必死に燃える家に飛び込み。

老人や子供を抱えて飛び出す。

後は警備ロボットに任せ。

必死に住民を救出する。

例の宿も。

火を掛けられていた。

王冠をつけたいやみったらしいヒゲの怪人が、指揮を執っているのが分かった。

悔しいが、人間では奴らには勝てない。

だが、その代わり。

奴らが画一的な動きしかしないことは熟知している。

こっちは散々、奴らの前で、無力さを思い知らされているのだ。

手の内は知り尽くしている。

兎に角奴らは証拠を消しに来たと見て良い。

その過程で全滅しようと、知った事では無いのだろう。

敵はそういう奴だ。

反吐が出るが。

今は動くのが先である。

警備ロボットが円陣を組んでいる内側に、村の住民をどんどん押し込む。生体反応を聞いて、村の住人を助けるため、警備ロボットと一緒に燃える家に突っ込む。

多数いる家畜は諦めてもらうしかない。全部は助けきれない。

牧童が燃える納屋を見て泣き叫ぶが。

諦めろとしか叫ぶ事が出来ない。

口惜しいが。

これが東方に出来る限界だ。

燃える村。

呆然と立ち尽くしている老人達。

駆けつけてきたフォーリッジ人の戦闘ロボットが、「復興帝政ロシア」を薙ぎ払い始める。

戦闘力は圧倒的で。

クロファルア人の警備ロボット千体に匹敵するのでは無いかと思わされた。

そういえばインドでアビスと共闘したらしいとフォーリッジ人に聞いたが。

それも頷ける。

もう少し柔軟に動いてくれさえいれば。

アビスに掛ける苦労も減らせるだろうに。

桐野が叫ぶ。

「村の住人、全員無事を確認! 宿泊していた客もです!」

「村が……」

「諦めるんですね。 貴方たちは迫害を受けてきただろう。 だが、無関係な人々がどうなるか分かった上で見殺しにした。 その罰を受けたんですよ」

「……」

やはり分かっていたのだろう。

老人が俯く。

多分、これなら自白するだろう。

後はフォーリッジ人に尋問は任せてしまって大丈夫な筈だ。

程なく、復興帝政ロシアの戦力は沈黙。

更に、冬将軍の工場も制圧したらしい、という連絡が入った。

これで敵は。

ロシアでのシノギを完全に失った事に。

いや、まて。

似たような仕組みが、まだあるかも知れない。

他の場所でも、同じような事をやっている可能性はある。

復興帝政ロシアの工場も抑えないと。

敵は完全に潰せたとは言えないのではあるまいか。

東方の懸念は当たる。

やはり、同じような条件が揃った村が見つかったという。

今日は走り回ることになりそうだ。

そうぼやくと、東方はクロファルアの警備ロボットに後を任せ、情報部と合流する。

情報部も、襲撃を受けたらしく。

数人が手傷を負っていた。

情報共有をすると。

情報部の男は呻く。

「そうか。 これ以上の被害が出なかったことを喜ぶしかないな」

「無意味な人間賛歌の愚かしさを身に感じるばかりです」

「……我が国の民には、植民地を世界中に持っていた事を自慢する者もいるが、そんな連中は英国の恥だと私は思っている。 私も歴史を学び、植民地で何が行われていたかは知っている。 そのような事を自慢し、人種差別や現地の先住民の尊厳を汚す輩は、紳士ではない」

そうか。

東方の心情を察したかは分からないが。

そういう言葉を吐けるだけでも。

この男には、人間味がある、と言う事だろう。

フォーリッジ人は、各地からかき集めて来た警備ロボットを周囲に投入。

ロシア国境付近に点在させ、特に各地にある村を制圧させ。

東方達が出向いて情報を収集し始めた頃には。

復興帝政ロシアが手を出せない状況を作り出していた。

そして、その日のうちに。

四ヶ所で。

「それぞれ」数千人が失踪した痕跡が見つかった。

巧妙に隠されていたが。

合計で万を超える人間が消された。

素粒子も残さずに。

そしてビジネスの材料にされた。

それがはっきり分かった。

国境全域を調査するまでに、後四日かかると言われる。クロファルア人が持ち込んでいる物量も無限では無いのだ。

これは仕方が無いだろう。

四ヶ所を回って、一度モスクワの警察署に戻り。

交代して休憩をしながら。

資料をまとめる。

そして、その報告書は。

ロシアの警察にも提出した。

警察署の署長に直接提出しに行ったのだが。

なんと、ロシアの警察長官が来ていた。

青い顔をしている警察署署長の横で。

傲然と胸を張っている長官は。

非常に屈強な男性で。

眼光も冷徹そのものだった。

「活躍は聞いている。 数万に達する民が殺された事を確認してきたと」

「はい。 いたましいことです」

「我が国を離れた民とは言え、許しがたい悪行だ。 そして何より許しがたいのは、それに気付くことさえ出来なかった警官達だ」

「敵は極めて巧妙に情報網を構築し、不満があるものに甘言を囁き手下にし、誰にも全貌が分からないネットワークを構築して、それを利用して陥穽に多くの人々を落とし込んでいました。 我々も、異星のテクノロジーがなければ、この事件の全容には気付けなかったでしょう」

相手の言葉をそのまま受け取ってはいない。

「極めて遺憾」などと同じ、政治的意図のある言葉の可能性も高いからだ。

ともかく報告書を提出。

頷いて受け取った長官は、その場で目を通す。

感情は。

一切見られなかった。

だが、青ざめている署長の様子からして。

この後何が起きるかは、大体見当がついた。

一度戻って。

翌日には。

警察署の署長が更迭されていた。

仕方が無い事だなと思ったが。

それ以上、東方に言う事は何も無かった。

 

交代で休憩を取り、一旦全員が回復するのを待ってから、次の動きに出る。

ほぼ一日が経過したが。

随分ロシアの警察は風通しが良くなっていた。

またクロファルア人も本気で軍閥の存在が諸悪の根元と認識したらしく。

制圧のスピードを上げるつもりになったらしい。

各地の軍閥の制圧を開始。

必死に抵抗する軍閥を。

ゴマでもすりこぎですりつぶすかのように。

叩き潰して行っているようだった。

一方でロシア政府にもメスを入れている。

これらの作業には、安全が確保された英国やインド、東南アジアからも警備ロボットを割いて持ち込んでいるようで。

クロファルア人に対して、フォーリッジ人が相当に強烈な圧力を掛けた事が東方にも分かった。

カチカチ頭のマニュアル男だったが。

それでも、無能では無いのだなと。

こういう鋭い動きを見ると、分かる。

ただ、もう少し柔軟に動いてくれれば。

もっと早く、この状況を作り出せたのでは無いかと思う。

それは口惜しくてならない。

また、情報部の面々と桐野と一緒に、国境に出かける。

遠くでドンパチやっている光が見えた。

とはいっても、一方的な制圧だろうが。

抵抗する軍閥を、クロファルアの警備ロボットが押しつぶしているだけ。

本来不殺なんて出来ないのだけれど。

テクノロジー差がありすぎてできてしまう。

そういうレベルの戦いだ。

地球製の兵器なんて。

どれだけ頑張っても、あの警備ロボットには勝ち目がないのである。

あらゆる戦術が通用しないと分かっていても、自分の利権を守るために兵士達を使い捨てようとする醜い意図は伝わってくる。

兵士達もやる気が出るわけも無いのだろうが。

それでも「宇宙人に好きかってされる」のは面白くないのか。

抵抗は一応しているようだった。

国境に到達。

かなりの数の警備ロボットが展開し、周囲を調べている。

あの後、更に二つの村が事件に荷担していたことが判明。

そして詳細な分析から、現時点で判明した失踪者が合計で三万を超える事もはっきりした。

三万か。

確か、全世界で数十万人が犠牲になっていると言う話も聞くが。

この様子だと、更に増えるかも知れない。

いずれにしても、その消された人間は、ビジネスのエサにされた訳で。

倫理観念がないビジネスとは何なのか、考えてしまう。

実際問題、インドで英国統治時代に行われた徹底的な経済破壊や、それによって餓死に追い込まれた二千万を超える人々も。

ある意味ビジネスに殺されたも同然なわけで。

敵がやっている事は。

それをあくまで個人でやったに過ぎず。

歴史上に存在する多数の邪悪な虐殺魔達に比べれば。

まだ可愛い方なのかも知れない。

いずれにしても。

やりきれない。

東方には分かるからだ。

地球人類は。

この悪魔のやっている事を、決して否定出来ないと。

実際問題、地球人類は。

これ以上の数。

時には快楽のために。

殺してきたのだから。

そして敵も、快楽のためにやっている可能性がある以上。

地球人類に、批判する資格は無いのかも知れない。

少し前に、東方は腐敗しきった警官達に、説教ぶった事をした。

だが。

こういう現実を目の前にすると、決意が揺らぎもする。

だがそれでも踏みとどまる。

踏みとどまれなくなったとき。

東方は警官を名乗る資格が無くなる。

そもそも信念を持つ事を子供のようだと嗤い。

真面目に働くことを馬鹿にする風潮が流行るような世の中が続いたから、世界は滅び掛けたのだ。

これを見ろ。

地球人がしてきたことだ。

今度は宇宙人が持ち込んできた。

だから、地球人がやった時以上に目立つ。

だが、地球では。

ずっと同じ事が行われてきた。

目を背けるな。

それが事実なのだ。

寒い。

恐ろしく冷たい風が周囲を吹き荒れている。

今分かっているだけで三万以上の人間が。

さらわれ。

恐怖の中、素粒子以下にまで分解されて死んで行った。

誰が彼らを弔うのだろう。

やりきれず。

東方は、以降無言になった。

 

2、ゴミ掃除の終わり

 

体が思うように動かない。

かなり無理をしたからだ、というのは分かっている。あの象のような奴と真正面から戦ったダメージが、特に響いている。

更にフィルターとして排出した分のダメージもである。

だが、それでも。

出来るだけ早く立ち上がらなければならない。

博士が来る。

出来れば協力者のお姉さんの料理でも食べたいが。

そうも行かないだろう。

「治療中に悪いね、宏美くん。 情報の共有をしておこう」

「分かりました。 お願いします」

「うむ。 今回の一件で、敵がロシアで使っていた空間転送テクノロジーは確認された」

なるほど。

つまり、同じ手は二度と通じないと言うことで。

敵はもはやシノギを失ったと判断して良いだろう。

だが、勿論潰すまでは手を緩めてはならないが。

博士は頷く。

「現在、総力を挙げて痕跡を捜索中だ。 数日以内には、敵「復興帝政ロシア」の工場を叩けるだろう」

「私は参加できそうにないですが」

「フォーリッジ人が戦闘ロボットを投入する」

少し不安になるが。

まあ大丈夫か。

ただ、念のためアドバイスはしたい。

作戦実施時には、私もアドバイザーとして、戦況を見られるように交渉して欲しいと博士に頼むと。

博士は了承してくれた。

さて、次だ。

国境付近の状況を確認すると。

此方でも想定していたよりも、敵が人間を誘拐するのに使っている経路が多かった事が分かった。

様々な軍閥を複雑に経由して、ロシア国外に出るルートの内。権利関係がごたごたで、完全に無法地帯になっている何カ所か。

其処を利用して。

敵は人間をさらっていた。

勿論利用していた場所によってさらう人数の規模がかなり違っていたようだが。

いずれにしても。

痕跡が残っていた。

正確には、痕跡が其処で途絶えていたという。

それも、完全に、だ。

さらわれた人は、恐らく自分が何をされたかも分からないうちに消滅し、そしてビジネスに利用されてしまったのだろう。

反吐が出る。

いずれにしても、ロシアでの敵はこれで致命打を受けたはずだ。

そしてロシアだけではない。

此処の市場は相当に大きかったはずで。

敵にとってはそれなりの痛打になった事は疑いない。

多分、このままやられっぱなしではいないだろう。

嫌な予感がしてならない。

「此処の守り、徹底的に固められますか」

「どういうことだね」

「敵はロシアでのビジネスが崩壊した事で、半分以上の市場を失った事になります」

日本。英国。インド。東南アジア。

これらは私が潰し。これに今ロシアが加わった。

更に南部アフリカ、東欧が加わった。

敵の活動している市場は12個。

残りは北部アフリカ、中東、中華、北米、南米である。このうち、中東に中央アジアの市場と。

南米の市場がオーストラリアでの市場を兼ねていると分析されている。

同じ怪人と悪の組織が出現するからである。

いずれにしても、敵が残している大型市場は、中華と北米。

この二つの市場は規模が桁外れで。

恐らく此処を二つとも叩けば、敵のビジネスは根底から打ち砕かれることになるとみて良いだろう。

中東も重要な市場だ。

何しろ中東は。

一度完全に消滅して。

其処を復興し、新しく住民が入っている場所だからである。

地球が滅び掛けた災厄の戦いの、最も大きな被害を受けた場所。

人間どころか。

土地そのものが消し去られた場所。

それが中東だ。

だから移り住んできた人達は、厳密には元々の住人では無い。

21世紀初頭、シリアで煮え湯を飲まされていたロシアの憎悪は凄まじく。

本来だったら絶対にやってはいけなかった熱核攻撃を始め。

そしてそれがあらゆる意味での箍が外れる原因ともなった。

今は、それについてはもはや仕方が無い。

当時の関係者は全員死ぬか逮捕され。

更に逮捕された者は、二度と地上に出ることはかなわない。

安易に死刑にされた方がマシだったかも知れない程の苦痛を、人間が本来生存できない年数味あわされた後。

痕跡も無く消滅。

そういう刑罰を受けている最中であり。

奪還も脱走も不可能である。

まあ当然だろう。

いずれにしても、今の中東は。

あらゆる地球の負が集積している地点と化している。

一時期は夢の王国だったドバイも。

今や砂漠の下に形跡を残さず埋もれ。

放射能を除去したとはいっても。

生物の影がない砂漠は。

おぞましい気温差に晒されながら。

彼方此方にガラス化した熱核兵器の痕跡を残し。

人間を恨むように横たわっている。

人間のコロニーは多数あるが。

どれも上手く行っているとは言いがたいらしく。

其処が敵にとって、徹底的につけいる隙がある要因になっているらしい。

いずれにしても、中華の次は中東に攻めこむ予定だし。

今のうちに情報は仕入れておかなければならない。

何よりその前に。

此処の守りだ。

敵は恐らく。

此処で私を殺すつもりだ。

これについては。

私が敵の立場だったら。

これ以上市場を潰される事を。

看過できないからである。

故に敵は何かしらの手段で。

私を殺しに来るとみて良い。

やり方については、恐らく残っている復興帝政ロシアをどうにかして活用してくるつもりだろう。

だがカウンター爆破と。

防御をどう抜くつもりか。

それが課題になってくる。

博士はフォーリッジ人の戦闘ロボットを手配してくれるという事だが。

どこまでやれるか。

勿論信頼はしている。

以前インドでマハープラカシュを撃ち倒したとき。

本当に頼りになった。

今の時点で交戦した最強のエセヒーローは間違いなく彼奴だったし。

彼奴との戦いのデータをフィードバックすることで、私は更に強くなっている。

だからこそ、フォーリッジの戦闘ロボットの強さはよく分かるのだが。

まだ足りない気がしてならない。

とはいっても、現在クロファルア人は、ロシアでの軍閥「地ならし」作戦で、警備ロボットを相当数投入している。

一つずつローラー作戦で叩き潰しているようなのだが。

それゆえに、一定の数が必要、と言う事なのだろう。

当然軍閥を潰せば、多数の人間があぶれるわけで。

それらに対する職の手配や。

武装解除や監視などの仕事も必要になる。

警備ロボットは。

当分相当な数が必要だろう。

此方に回してくれ、というのはムシが良すぎる。

ならば、何とか少ない手数で。

此方を殺そうと狙って来る敵を、どうにかするしかない。

博士が私が考え込んでいるのを見て。

それに集中させてやろうと思ったのか。

すぐに部屋を出て行った。

一時間ほどして。

博士が以前一緒に戦った、フォーリッジの戦闘ロボットを連れてくる。

同じ姿だ。

と言う事は。

これが標準型として、流通しているのだろう。

まあ確かに強いし。

当然だ。

量産機の方が試作機より強い。

残念ながら、当たり前の話である。

よほど予算を無視して作ったり。

或いは量産機のためにテスト用としてハイスペックに作った試作機でも無い限り。

量産型は強い。

そういうものなのだ。

戦闘ロボットに話しかける。

「此処に襲撃がある可能性があります。 あらゆる事態を想定して、対応をお願いいたします」

「分かりました。 なお私は記録を全機体で共有しています。 貴方との戦闘も覚えております」

「それは……心強いです」

素直にそう思う。

さっそく戦闘ロボットが爆破中和フィールドなどを更新していく。

博士にも、念のために同じ部屋に来て貰う。

守って貰うなら。

此処の方が安心の筈だからだ。

最悪の場合。

空間転送で脱出する必要もある。

その処置もして貰うが。

脱出の際には。

地上に抜ける訳にはいかない。

ただでさえ、今地上はクロファルアの警備ロボットでも手一杯の状況だ。

復興帝政ロシアの怪人や戦闘員は、ブラックファングのと大して質も変わらないけれども。

それでも正直な所油断は出来ないだろう。

「もしも敵が此処に攻め入り、博士と私を討ち取る事が出来るとしたら、その方法は何を想定しますか?」

「フォーリッジ製の兵器で無ければ、余程の奇策を使わない限り……」

ぶつりと。

電気が切れた。

嫌な予感がする。

博士に部屋に来て貰う。

非常電源も復旧しない。

どうやら、最悪の予想が、当たったようだった。

 

ロシアでのビジネスを潰された。

自分でも分かっていたが。

やはり想像以上に小娘は出来る。

ハンギングジョンとうちあわせた、ロシアにおける最終作戦を発動する。

まず、以前使用していたヒーローの内。

マハープラカシュを改造し。

更に戦闘力を五倍増しにした上で。

ある機能を付ける。

敵にはフォーリッジ人の戦闘ロボットが護衛についていると考えるのが自然で。

それでなお敵を殺すには。

方法は一つしか無いと、ハンギングジョンは言った。

内容を聞いて。

自分も納得できた。

どうせもう間もなく、復興帝政ロシアの工場は潰される。

そうなれば、ロシアのビジネスは完全に終わりだ。

随分と大きな赤字になってしまった。

やってくれたな、という他ない。

怒りはわき上がってくるが。

それ以上に、明確な脅威となっている敵を。

今はどうにかして、粉砕しなければならないのだ。

まず、現時点で判明している全ての地下空間に、同時に空間転送で穴を開ける。

察知されるのは承知の上だ。

そして、続けての瞬間で。

敵の痕跡をサーチ。

見つけた。

まず、その空間の周辺をチェック。

電源関係を、空間転送で遮断。

こうすることで、敵に一瞬の停止を作り出す事が出来る。

続けて、他の空間転送で開けた穴から。

作業を開始する。

毒ガスだの、爆破製の液体だのはいれない。

逆だ。

そんなものを入れても、ロボットに遮断されるのは目に見えている。

だったら、やるべきことは。

あるべきものを、なくせばいい。

暗闇の中、マハープラカシュを突入させる。

当然、戦闘ロボットが迎え撃ってくる。

激しい戦いが閉鎖空間で始まるのを、カメラで確認。

なるほど。

チェックしていると、やはり特定の部屋を守ろうとして戦闘ロボットがあらゆる有害要素を排除しようとしている。

つまり此処に。

小娘はいる。

マハープラカシュが押される。

まあそうだろう。

フォーリッジの戦闘ロボットの性能は折り紙付きだ。

同サイズであれば、どこの国の最新鋭戦闘兵器よりも強い。

これはフォーリッジ人が優れたテクノロジーを渡されているのでは無く。

絶対に不正をしないフォーリッジ人に、汎銀河連合が最新鋭兵器を渡しているから、である。

だが、マハープラカシュは、押されながらも。

確実に。

敵を追い詰めていく。

小娘さえ殺せば。

此方の勝ちだ。

そして状況証拠が語っている。

奴は変身を繰り返すと。

相当な負担を体に掛ける。

つまるところ。

変身したら。

思うつぼだ。

この間の戦いでも、複数回のフォームチェンジを確認している。

つまり相当な疲弊をしている事は間違いなく。

この状態で変身すれば、相当なダメージを受けると見て良い。

さあチェックメイトだ。

既に、マハープラカシュが。

この空間の空気を、殆ど吸い込んでいる。

戦闘ロボットには激しく押されているが。

これだけの苛烈な真空状態。

人間には耐えられない。

変身して耐えるか。

それとも。

そのまま窒息するか。

不意に灯りが復旧した。

む、と呻いて、モニターを確認。

どうやら、空間転送で空間的に切断した電気系統が復活している。

空間転送を遮断されたか。

それはつまり。

工場に突入されたことを意味している。

工場をチェック。

見ると、既にクロファルアの警備ロボットが侵入し、周囲を破壊。更にコントロール関連を抑えていた。

ふん、まあいい。

空間転送を、最後の此方からの指示で遮断させる。

これで完全に敵は。

孤立無援。

闇の中で苦しみながら死ぬが良い。

マハープラカシュは、敵が窒息死するまでもてばいい。

それ以上でも以下でもない。

所詮は木偶人形だ。

だが、その時、である。

信じがたい光景が、カメラに写り込んだ。

もう一体のマハープラカシュである。

ゆっくりと。

まるで守護神を気取るかのように。

小娘が潜んでいると推察される部屋から出てくる。

何だと。

そうか、インドで暴動を収めた奴か。

だが、どうしてこんな所にいる。

相手のマハープラカシュが喋る。

「切り札は、常に取っておくものだ、腐れ外道」

「シャアアアアアアッ!」

此方のマハープラカシュが雄叫びを上げるが。

そもそもフォーリッジ製の戦闘ロボットとの性能差は歴然。

ついに壁に押し込まれ。

無数の触手で全身を貫かれる。

機能停止寸前に、可能な限りの情報を此方に送らせる。

なるほど。

そういうことだったのか。

敵は。

小娘は。

どうやら、此方が取り得る手。

空気を無くしてしまう、という策を。

事前に読んでいたらしい。

其処で以前使ったマハープラカシュを。

フォーリッジ人の空間転送で。

此方に送らせる準備をしていた。

そうなってしまえば、もうどうにもならない。

当たり前の話で。

空間に穴が開いているのだ。

空気をどれだけ吸っても。

その分入ってくるだけである。

思わず、嗤いが漏れてくる。

だが、それもすぐに収まった。

ハンギングジョンがせせら笑う。

「もう諦めろ。 流石にお前には相手が悪いぞ」

「まだまだ市場は残っていますよ。 赤字も可能な限り回収していかないといけませんしね」

「傷を拡げるだけだと思うがな」

此方のマハープラカシュが、機能停止した。

狭い空間で。

純粋なパワー勝負になったのだ。

フォーリッジの戦闘ロボットに勝てる訳が無い。

完全に沈黙した上で。

バラバラにされたマハープラカシュが最後に送ってきたデータは。

負傷している人間と。

想定していた奴。

恐らく汎銀河連合のエージェント。

その気配だった。

可能な限りのデータは取得した。

悔しいが、これで我慢するしか無い。

回線が切れた。

マハープラカシュはやられた。

だが、同時に。

すぐに次の作業を始める。

まずデータを洗い。

今得たデータに該当する人間がいないか検索する。

遺伝子データは直には取れなかったが。

その空間で生活していただけで。

遺伝子データを再構築できるデータは様々な形で落とすものなのだ。

その痕跡を完全に消す事は出来ない。

ましてやマハープラカシュは、空気を吸い込む能力を付与してあった。

吸い込んだデータから。

敵の分析が出来る。

そして敵の出現パターンを考慮するに。

恐らく敵は。

日本人だ。

ロシア人のデータが複数出てくる。

これらはいずれも古い。

シェルターを作るのに関わったり。

視察した連中のものだろう。

古いデータは全て破棄。

新しいデータだけをチェックする。

全体をチェックし。

確認を終えると、見えてきたものもある。

なるほど。

やはり日本人。

それも十代の小娘だ。

こんな戦闘経験も無い相手に好き放題やられていたと思うとハラワタが煮えくりかえるが。

それはそれでいい。

だが、調べて見ると。

現在地上に、該当の人間が生活している。

妙だな。

もう少しデータを調べてみると。

面白い事が分かってきた。

まず此奴は。

以前ビジネスに使い。

電子ドラッグにした人間達の間に生まれた子供だ。

要するに両親を自分に殺されている、ということである。

なるほどなるほど。

動機は敵討ちだった、と言う事か。

それはどうでもいい。

どんな動機で戦おうと。

此方が知った事では無い。

重要なのは、敵討ちだと言う事がわかれば。

色々と対策を練ることが出来る、という事である。

続けて、他にもデータを確認するが。

あの部屋には。予想通りのエージェントしかいなかったらしい。

おかしい。

想定されるエージェントは、地球人が見たら発狂するような容姿の持ち主だった筈なのだが。

平然としているのは不可思議だ。

しかもロシアでは二人だけで生活していたらしい。

と言う事は。

人間としては、相当に平均から外れた感性の持ち主、という事になる。

要するに異常者か。

けらけら。

思わず嗤いが漏れる。

そうかそうか。

ハンギングジョンの同類だったか。

道理で手強いわけだ。

だが、ハンギングジョンは、実際に考えている事を実行出来る高い能力を持つ、という点以外では。

ある意味地球人らしい地球人だ。

此奴の場合は。

恐らくはそうではない。

自分と明確に違う容姿の相手も受け入れるという時点で。

まともな地球人には出来ない。

そんな事が出来るほど。

地球人は優秀な種族ではないからだ。

実際問題、多様性と言う言葉を口にしながら、それを一切実行できなかった程度の存在である。

肌の色だの言葉だのでさえ相手を侮蔑し。

ましてや姿が根本的に違う相手に対しては。

恐怖を勝手に覚え、排除を試みる。

その程度の生物が地球人だ。

ならば。あの小娘は。

相当なイレギュラーと見て良いだろう。

いずれにしても、多くの事が分かった。ハンギングジョンにも、情報を共有しておく。

どう思う、と聞くが。

ハンギングジョンは呻いた。

「此奴は面倒だな」

「何がです」

「俺の予想していた最悪が適中したって事だ。 此奴は予想通りお前さんの手には負えねえよ。 さっさと数字遊びは切り上げて、よそで稼ぐことを考えるんだな」

「それができれば苦労はしませんよ」

残念ながら引く気は無い。

嘆息すると、ハンギングジョンは嗤い混じりに言った。

「此奴はな、多分復讐を動機にはしているが、根で恨んでいるのはこの世界そのものだ」

「ほう?」

「臭いで分かるんだよ。 そして此奴は既に俺さえ超えつつある。 世界に対する恨みをぶつける相手としては、犯罪者はうってつけだ。 此奴はお前を踏み台にした後、多分汎銀河連合にスカウトされて、銀河中の犯罪者を恐怖のどん底に叩き落とすことになるだろうな」

これは予言でも何でも無く。

規定の未来だと。

ハンギングジョンは言い切った。

面白い。

ならばその規定の未来とやら。

この手で打ち砕いてやるまでだ。

「良いでしょう。 むしろ燃えてきましたよ」

「もう後には引けんぞ?」

「望むところです」

「ハッ! まあいい、気に入った相手が負けるのを見ているのもつまらん。 手伝ってやるよ」

良く分からない奴だが。

いずれにしても。

此処からは消耗戦。

どちらが先に音を上げるか。

勝負と行くか。

 

3、凍土の夜明け

 

ロシアの敵戦力、完全に沈黙。

フォーリッジ人にその連絡を入れると。

相手は大きく嘆息したようだった。

此奴はカチカチ頭だが。

それでも責任感は強い。

能力もある。

敵が強い事は把握していたし。

相応に自責に苦しんでもいたのだろう。

だが、私としては。

もっと早く。協力的になってくれていればと。

何度も思ったが。

最初とは状況が違うのだ。

実績があるのだから、相応の待遇をして欲しい。

わざわざ説得しなくても、だ。

「ロシアの後始末だが、アドバイスを聞きたい」

「クロファルア人に任せても大丈夫でしょう。 軍閥の全解体、政府機能の正常化、職業支援、マニュアルがある筈です」

「ふむ、これ以上は敵につけいる隙が無いと」

「今回に関してはそうです」

実際問題。

今回は、既に敵の中枢を叩き潰している。

これ以上敵が赤字の中、新しい戦力を送り込んでくるとも思えないし。送り込んできたところで、新しいビジネスモデルを構築するのは不可能だろう。

ならば。

後はマニュアル通りにやっても大丈夫な筈だ。

ただし、ロシアはまだなお80を超える軍閥が存在していて、クロファルアの警備ロボットが監視に当たっている状況だ。

はっきり言って。

楽観視はとても出来ないだろう。

このまま私は中華に行く。

中華は此処以上に大変な状況になっている事が分かっているが。

いずれにしても、敵の最強ヒーローの一角「超仙」を潰すことが出来れば。

今後、更に有利に戦いを進められる。

問題は、現時点で、支援をしてくれている人達が、何処までやれるかだが。

ロシアも酷い状態だったが。

中華もそれ以上に酷い。

今度も手足を縛られた状態で敵と戦わなければならないかと思うと。

色々と憂鬱だ。

とにかく、まずは体を治すこと。

それから、向こうへ行く準備をする。

英国の情報部は、もう少しロシアに残るそうだ。

これはロシア側からの分析能力を見込まれての要請があったそうで。

確かにあのチームなら、そういう声が掛かっても不思議では無い。

日本の警察二人と、協力者のお姉さんに関しては。

既に中華に発ったそうだ。

此方は評価されていないというのではなく。

足で稼いで情報を分析する、と言う事が。

もはや必要ないからだろう。

実際敵のビジネスの現場を潰せたのは。

この三人の力が大きい。

私だけだったら。

推測だけにしか到達できず。

実際にクロファルアの警備ロボットを連れながら、地道に情報を集めていった二人のような行動は出来なかった。

そういう意味で。

腐敗してしまったことで有名だった日本の警察にも。

まだ人材がいたのだと、安心もするし。

こんな人材を活用できなかった日本警察のキャリアには。

心底の軽蔑を覚えるばかりだった。

いずれにしても、私はしばらく。

体を休めるしか無い。

中華はまだ超仙が暴れている状況で。

戦える状況では無い私が行ったら。

不意を打たれるかも知れない。

なお既に七箇所でのエセヒーローが潰された事で。

今までエセヒーローを擁護していた者達も。

流石に掌返しを始めているようだった。

米国のザ・アルティメットは未だに人気があるようだが。

彼奴も怪しいのでは無いかと言う声が。

米国でも上がり始めているらしい。

そもそもヴィランズの活動が色々おかしいので。

この声が上がるのも、時間の問題だったのだろう。

ただ、21世紀中盤から、米国は混乱の時代が続いたし。

SNSは文字通りの魔窟となっている。

色々な意味で何もかもが信用できないのだろう。

その気持ちは良く分かる。

嘆息すると。

無理をした分のダメージがどれだけ体に蓄積しているか。

具体的に表示されているデータを見る。

内臓などにも相当負担が掛かっているし。

それ以外にも。

骨も筋肉も。

脳も。

かなりのダメージを受けていた。

博士が、回復を促進するための処置をしてくれているが。

無理すぎる急速回復は、体を却って駄目にすると言うことで。色々と制限付きでやらざるをえず。

結局の所、事前に中華に向かった日本の警察と協力者のお姉さんが。

ある程度情報を集めてくれていることを期待するしかない。

それを考えると。

色々歯がゆい。

こうしている内にも。

多くの人が、奴の手に掛かっているのだ。

しかしながら。

奴も相当に追い詰められてきている。

もう少しだ。

もう少しで奴をむごたらしく殺せる。

だから耐えろ。

他人なんてどうでもいい。

そう考える、平均的な一般人と一緒にならないためにも。

此処は歯を食いしばって耐えろ。

そう自分に言い聞かせる。

具体的なリハビリメニューが表示されたので。

憂鬱ながらもそれを見る。

まだ二日は寝ていろ、と言う事なので。

言われたままにする。

なお万が一を考えてか。

フォーリッジ人の戦闘ロボットは側についてくれていた。

別にもう大丈夫だと思うのだが。

まあついてくれているというのなら、そうしてくれると心強い。

というか、ひょっとしたらだが。

最初の内、私に対していわゆる塩対応をしていたフォーリッジ人の、自責の表れなのかも知れない。

苛立ちばかり募るが。

そう考えると、少しばかり人間味らしきものも感じられて。

色々と面白くもある。

仕方が無いので、次の戦場になる中華の状況を確認しておく。

超仙の画像は、多数ネットに上がっているが。

現時点では、博士が四苦八苦しながらフォーリッジ人と協力して集めて来たデータと、かなり違っている。

超仙はいわゆる超能力を使うエセヒーローだが。

その動きは、普通の人間から見ると、単純に凄いだけのように見えるらしく。

伝承に残る仙人のように。

色々な不思議な道具を使って移動したり。

敵を退治しているように見えるのだとか。

あらゆる伝承の仙人を超える。

故に超仙。

分かり易いと言えば分かり易いが。

ざっと封神演義などをチェックする限り、無茶苦茶な能力を持った仙人は山のように出てくるので。

此奴がそいつらを超えているかというと。

かなり疑念が湧く。

そもそも道教はかなりカオスな宗教で。

小説の登場人物などもたくさん神にしている。

西遊記の登場人物である孫悟空(正確には孫行者)などは、今では立派な道教の神様である。

義和団事変の際には、これら西遊記の登場人物を神と崇める集団が、事件の中心になった程だ。

そして孫悟空は宙返りを一回する間に地球を一周半する道具を持っている。

誰もが知る筋斗雲がそれだ。

マッハ16万を超える速度であり。

超仙がそれを凌ぐかと言われたら。

正直悩ましいとしか言えない。

なお西遊記はどちらかと言えば仏教寄りの書物であり。道教系の神々はむしろかなり弱く描写されている。

作中でも最後に孫悟空は「闘戦勝仏」という存在になっているのだが。

それでも道教に取り込んでいる辺り。

色々な意味で、奥が深い存在なのだろう。

ともあれ、超仙はいわゆる超能力使いで。

戦いもかなりトリッキーだと言う事は。

資料を見て調べているだけでも分かる。

攻略にも一工夫が必要だろう。

簡単に燃やしたりとか。

触手ですりつぶしたりとか。

出来ない可能性も高い。

データは今のうちに。

見られるだけ見ておく必要があるだろう。

また一眠りして。

起きだした頃には。

少し体も楽になっていた。

現地から、協力者のお姉さんと通話する。

フォーリッジ人が通話回線を使わせてくれたのである。

最初の時は、此奴とどうやってやっていけばいいのかと、本当に頭を抱えたのだけれども。

今では何とか意思疎通も出来るし。

此方を戦力と見なしてもくれる。

故に、多少は苦労が報われたかな、とは思った。

「宏美ちゃん、体の方は大丈夫?」

「大丈夫ではないですが、あと数日で動けるようになるそうです」

「そう。 また無理な戦いをしたと言うから、心配していたのだけれど」

「無理はいつものことですよ」

実際問題、至近距離に、変身していない状態で、再生マハープラカシュが来たのだ。

怖いとは思わなかったが。

命は危なかったのだろう。

フォーリッジ人の戦闘ロボットが護衛についていなかったら、確実に殺されていたと見て良いし。

事前に備えていなければ、どっちにしても死んでいただろう。

私は既に。

精神の感覚が完全に麻痺している。

平均的で一般的な人間と一緒には絶対にならないと決めている私だが。

これに関してだけは。

良くない事なのだろうと、漠然と考えていた。

「此方では数日以内に受け入れの態勢が整うから、体が治るのと同時に来てね」

「分かりました。 受け入れの態勢、整うとは言いますが……大丈夫ですか?」

「何とか大丈夫よ。 ロシアの時ほど、がんじがらめではないかな」

「……分かりました」

そうか。

だが、歯切れの悪いこの言い方。

また別の問題が起きている、というのは確実だろう。

通話を切ると、嘆息。

博士には既に話が行っているだろうし。

今更これについて話す事もないか。

ダンベルでも使うかと思ったが。

私物の中にはそんなものはないし。

更に言うと、別に筋肉を鍛えても、あんまり役に立たないことが分かってしまった。

重要なのは総合的な動きで。

跳んだり跳ねたり。

敵の至近に飛び込んだり。

つまり戦闘を意識した動きである。

要するに、スポーツ化した近代格闘技ではなく。

むしろ相手を殺す事に特化した、古代の格闘術の方が参考になる。

最近はそれらを見ながら。

実際に役立つかどうか。

色々自分で動いて。

試してみたりもしていたのだが。

流石に今はそれもできないので。

参考資料を見るだけだ。

あれだけの災厄に見舞われたのに。

未だに古代の武術に関する資料は地球に残っている。不思議と言えば不思議な話ではある。

そしてこれらは役にも立たないと言う事で、埃を被りながら倉庫の奥にしまわれていたのだが。

今になって、思わぬ形で役に立っている。

不思議な話ではあるが。

古代の人達も。

こんな形で活用されているというのは、苦笑いするしかないのではあるまいか。

もっとも、体の動かし方よりも。

私は立ち回りのやり方の方を見て研究している。

ちょっとした動きでも参考になるし。

人間では無い体の動かし方をすれば。

それを更に洗練する事も出来る。

相手とそもそも戦闘という土台で戦うのではなく。

瞬殺するのにも。

こういった、殺人に特化した武術は有用だ。

実際にそれを使うだけでは無く。

立ち回りなどでも。かなり参考になる部分はあるのだから。

しばし資料を見ていると。

博士が声を掛けてきた。

「宏美くん。 良いかね」

「はい、何でしょう」

「良くない情報が入った」

「!」

博士がわざわざ言ってくるほどだ。

ろくでもない内容なのだろう。

頷いて話を聞くと。

一月ほど前。

中華にて。

ある人物が撮影された、というのである。

その人物は、英国の情報部から寄せられた中でも、最大級の危険人物とされる最悪のテロリスト。

「魔」とだけ呼ばれる男だそうだ。

はて。どこかで聞いた事があるような。

しばし考え込んだ後。

思い出して青ざめる。

そうだ、「魔」。

歴史で習った。

地球滅亡寸前にまでいった前辺り。

最も悪名を轟かせたテロリスト。

ハンギングジョンなどは授業で出てくる事は無かったし、ネットでも余程ディープな情報サイトで無ければその話は出てこないのだが。

此奴に関しては。

名前が必ずという程出てくる。

テロリストの究極完成形とまで言われた。

災厄そのもの。

人間の形をした悪意の塊。

落とした飛行機だけでも二十機。

爆破した施設、七十以上。

単独で殺した人数は、5500人を超えると言われており。10000人に達するという説もある。

ワールドレコードクラスでは無いかとさえ言われる。

勿論、各国がある程度まともに機能していたら、こんなバケモノが誕生する事はなかったのだろう。

だが、無茶苦茶な富の格差。

国そのものが成り立たなくなった状況。

そういった中で此奴は暴れに暴れ。

クロファルア人が来るまでは。

どの政府の調査チームも手も足も出せず。

好き放題にやらせるばかりだった。

国によって呼び方は違ったが。

いずれも「魔」を意味する言葉が此奴には当てはめられていたらしい。

なお、何処の出身で。

どういう生い立ちかさえ。

分かっていないと言うことだ。

何故に一月も前の行動が分かったかというと。

クロファルア製のロボットの側を偶然通りかかったから。

遺伝子データで判明したらしい。

その時はまだ、「魔」のデータが入手できておらず。

逮捕には至らなかったらしい。

口惜しい話だ。

いずれにしても、何処かの地下に潜伏でもしているのだろう。

そして、もしもハンギングジョン同様、奴の所に合流でもされたら。

それこそ、どんな災厄が起きることか、知れたものではない。

中華で確実に仕留めなければならないだろう。

また一つ、大きな責任を背負うことになった。

「魔」は人類の敵だ。

ハンギングジョンは、恐らく量子コンピュータに頭脳を写し、奴の側にいると推察されている。

同じようになったら。

敵の戦力は更に増すことになるだろう。

勿論人間として存在しているだけでも危険だ。

どうにかして逮捕して。

完全に動きを封じなければならないだろう。

「中華の警察は……」

「現地の警察は機能しておらん」

「え!?」

「……それは行けばわかるだろう」

機能していない。

東南アジアでさえ、警察は一応動いていた。

インドでさえだ。

勿論ロシアでも、さんざっぱら足は引っ張ってくれたが、それでも動いてはいた。

警察が動いていないとは。

どういうことか。

話を聞きたいと思ったが。

調べて見る方が良いだろう。

まだ時間はある。

幾つかの情報を調べて、飲み込んでいくが。

あまり良くないものばかりが出てくる。

はっきり言って。

これからの戦いが。

不安になる情報ばかりだった。

思わず呻いてしまう。

勝てるのか。

この戦いに勝たなければ、奴は嬉々として宇宙に逃げ。

更なる災厄をばらまき続けるだろう。

それを許すわけには行かない。

絶対に破滅させなければならないのだ。

今回は大きな打撃を確実に敵に与える事が出来た。

この好機を潰すわけにはいかない。

次も、出来れば可能な限りの短期間で、敵を潰してしまいたい。

それが上手く行くかどうかは。

まだ未知数だ。

 

4、魔到来

 

ボイスチェンジャーどころか、そもそも合成音声でそいつはアクセスをしてきた。

通称「魔」。

ハンギングジョンが言っていた。

自分以上の化け物、である。

アクセスのチャンネルは開けていたのだが。

なんとそれを独力で探し出し。

連絡を入れてきた。

流石と言うべきか。

ハンギングジョンが認めるだけのことはある。

「お前が、地球上でヒーローとかいうのと悪の組織とかいうので茶番をやらせている張本人か?」

「いかにもそうですが、貴方が「魔」ですか?」

「好きに呼べ」

「そうですか、では「魔」と呼びましょう」

深淵を覗いているとき。

深淵もまた此方を覗いている。

地球人の言葉だが。

正しいと言える。

此奴は完全に深淵そのもの。

正に魔と呼ぶに相応しい存在だろう。

そして深淵は力そのもの。

使い方次第では、世界を建設的に動かす事も出来るだろう。

だが此奴の場合は。

深淵を、己のエゴのためだけに利用した。

そしてそのエゴは。

殺戮と破壊だけにつながっていた。

故に深淵に到達した此奴は。

邪悪の権化となった。

面白い。

実に面白い。

地球人が言う深淵に属する存在だと自負しているが。

此奴も間違いなくそうだろう。

そして同類ではあるが。

相容れなくもある。

相容れないからこそ。

利用すればそれはそれで面白い。

勿論向こうも。

此方を利用するつもりで接近してきたようだった。

「共同態勢を組みたい」

「願ってもいない事です。 此方のビジネスに協力してくれれば、貴方にも便宜を図りましょう。 お望みのものは?」

「この退屈な地球から出たい。 汎銀河連合だったか。 其処で好き勝手に暴れ回りたい」

「ほう……」

これはこれは。

地球でワールドレコードクラスの殺戮をしておきながら。

まだまだ足りないというのか。

気に入った。

実に素晴らしい。

こういった完全に狂った奴は。

自分の大好物だ。

「良いでしょう。 その願いだけで私は貴方を気に入りましたよ。 最大限の協力をしましょう」

「そうか。 では早速だが、中華の指定座標を見てみろ」

言われるままに確認。

直後。

爆発した。

おおと、思わず呟いてしまう。

歓喜の声も漏れた。

彼処は確か、クロファルアの技術で保護されていない施設だが。

相応に重要なインフラの集積地点だった筈。

中華はあまりにも広すぎる上。

彼方此方にインフラが拡散しているため。

全部をクロファルアのテクノロジーで守りきれないのだ。

だがその分、相応の人間が守りを固めていたはずだが。

見れば、全員黒焦げになったり。

切り刻まれたりして。

生きている者はいなかった。

ブラボー。

思わず地球の言葉で大喜びし、拍手してしまう。

これだけで100人以上は殺したはずだが。

何ら罪悪感を覚えていない様子なのも素晴らしい。

「良いですね、貴方最高ですよ。 自分は狂った奴が大好きです。 是非ビジネスを一緒に行いましょう」

「ビジネスなどに興味は無いが、お前と組めば楽しそうだ」

「ふふふ、まずは動きやすいように、遺伝子データが漏れない措置について、教えて差し上げましょう」

「……そうか」

一旦通信が切れる。

必要な時にはまた連絡してくるだろう。

ハンギングジョンが咳払いした。

「お前、彼奴とアクセスしたのか」

「どうしました? 貴方以上の存在が味方についたのなら、心強いではないですか」

「テロリストとしては彼奴は俺以上だがな。 お前の手に負える相手じゃ無いと何回か言っている筈だが」

「それは過小評価ですよ」

流石に自分を舐めすぎである。

まあもっともだ。

ロシアの市場を完全に潰された事で、此方が窮地に陥っているのは事実。

これで中華の市場も潰されると。

かなり面倒な事になる。

実のところ、顧客からも心配する声が上がってきていたし。

援軍は何らかの形で欲しかった。

ただし、それでも引き際はわきまえているつもりだ。

実際問題、今までのビジネスで相応の利潤は上がっていた。

これから最悪のペースでビジネスを潰されたら、その時は赤字になってしまうが。

この星で赤字を作ったくらいで。

どうにかなるほど柔な基盤を作っていない。

別の星でまた稼ぐだけ。

ただ、この星でもやはり赤字は作りたくないし。

正直な話、小娘さえいなければどうにでもなるので。

今回、対人間に特化した奴を味方として得られれば。

これ以上もないほどに心強い。

だが、ハンギングジョンは。

更に言う。

「彼奴はテロリストの間でさえ怖れられていたほどの奴だ。 内ゲバって知ってるか?」

「過激派内での内輪もめの事でしたっけ?」

「そうだ。 彼奴は内ゲバさえ起こさなかったんだよ。 何しろ自分にとって邪魔になると判断したら、その日のうちに相手が「いなくなっていた」からな。 彼奴を敵に回して生き残ったテロリストはいねえ」

「ほう……」

それはすごい。

ハンギングジョンは地球人の中でもトップクラスのIQの持ち主だが。

此奴をもってして、そこまで恐怖させるとは。

「俺でさえ組織を乗っ取る際には内ゲバをやらないといけなかったからな。 アレは俺より更に一段階上のバケモノだ。 お前、利用しようとか考えているんだったらやめておいた方が良いぞ。 多分お前、この星から出られねえよ」

「面白い。 忠告は聞いておきましょう」

「……知らねえからな」

勿論最大限の注意をする。

だが、この体。

殺せるとしたら、それこそ懲罰艦隊による完全封じ込めのテクノロジーくらいである。

流石に懲罰艦隊が動くとしたら、それこそ大騒ぎになる訳で。

自分ごときのために、懲罰艦隊を汎銀河連合が動かすとは思えない。

勿論「魔」にも無理だ。

当たり前の話で。

そもそも、自分という存在に。

触れる事さえ出来ないのだから。

適当に話を切り上げると。

パーソナルスペースを出る。

休憩所に行くと。

完全に青ざめたクロファルア人達が話をしていた。

「聞いたか。 ロシアでも、例の人間が……」

「俺たちは完全に形無しだな。 こんな辺境惑星に、それほど出来る奴がいたとは驚きとしか言いようが無い」

「汎銀河連合のエージェントがずっと後手後手になっていた相手を、こうも鮮やかに潰し続けている存在だ。 スカウトが掛かるんじゃ無いかって話もあるそうだ」

「もしそうだとすると、俺たちは何をしていたんだって、それこそ笑いものだな」

煽ってやる。

皆が此方を見たが。

黙り込むばかりだった。

ストレスを消去する装置を被ったまま、身動きしない者も多い。

色々とストレス過剰なのだ。

まあ無理も無い。

フォーリッジ人には厳しい監査を受けている訳だし。

何よりもお前達は何をしていたと、毎日言われているだろうからだ。

フォーリッジ人は有能だが。

マニュアル以上の事は出来ない。

優れたマニュアルだが。

それを自分は超えている。

故に、何もできない。

簡単な理屈だ。

この星での脅威は。

例の小娘のみ。

奴さえ「魔」を用いて消してしまえば。

後はどうでも良いことだ。

今までの赤字も。

全て取り返すことが出来るだろう。

さて、「魔」がどれだけやれるか。

ハンギングジョンは完全に怖れていた。自分には使いこなせないだろうとまで断言していた。

だが其処まで言われると。

むしろ興味が湧いてしまうのが、自分という存在だ。

楽しそうでは無いか。

それほどまでに、あのサイコパスに言わせる存在が、どれほどのものか。

興味深いでは無いか。

文字通り深淵から此方を見ているだろうものが。

どんな精神構造をしているのか。

それに、である。

例の小娘も。

完全に深淵に浸かっている事はほぼ確実。

自分という敵を滅ぼすために。

人間を止めはじめているはずだ。

つまり此処は人外の戦場になりつつある。

それがどんな地獄を造り出すのか。

面白すぎて。

笑いをこらえるのに苦労してしまう。

さて、休憩して。

自室に戻る。

表向きの仕事をさっさと片付けた後。

中華での対応を本格的に始める。

数日以内に小娘が来るはずだ。

ロシアでは上を行かれたが。

いつまでも幸運は続かない。

超仙と、「魔」を活用し。

必ずや今度こそ殺してやる。

後は時間さえ掛ければ。

赤字も回収出来る。

戦いはまだまだ。

これからなのだ。

 

(続)