血に染まるツンドラ

 

序、凍土

 

ロシア。

氷に閉ざされた巨大国家。

東西冷戦の立役者であり。お手本のような独裁政権が樹立させたにもかかわらず、世界の半分を睥睨した巨大な怪物。

しかしながら、その巨体も。

昔から強かったわけではない。

古くは、この土地は文字通り不毛の大地で。

広大な土地に、スラブ系を中心とする現地住民や、遊牧民族が散らばって暮らしているに過ぎなかった。

あまりにも過酷すぎるが故に。

強大な国家など作りようが無かったのである。

夜は肺が凍るほどの寒さが襲い。

雪が降れば周囲は地獄の白い土地に覆われる。

あまりにも土が凍り付いているが故に。

古き時代の生物が、凍ったまま埋まっている事さえあり。

なんとその肉を食べる事さえ可能なケースまである。

そんな過酷な土地を。

遊牧民族がまとめて統一し。

更に15世紀に現地住民が占有権を取り返し。

現在のロシアの母胎が出来た。

やがて人間の文明の発達により。

広大な国土は必ずしも不毛とは言えないことがわかり始め。

膨大な資源と。

極限環境で鍛えられた精鋭。

更に貪欲な技術力によって。

ロシアは世界の強国へとなっていった。

世界史に残る名将であるナポレオンを退けるほどに。

必ずしも、常に明るい歴史を歩んできたわけでは無いロシアだが。

その強国としてのあり方は常に共通しており。

少なくとも、21世紀中盤に至るまでは。

暴力的であっても。

国内に多くの問題を抱えていたとしても。

それでも巨大国家である事は揺らがなかった。

二度の世界大戦でも戦勝側についたこの国は。

世界の半分を分けた冷戦時代にも、その存在感を強く発揮し続け。

世界の一翼を担っていた。

問題は、21世紀中盤に発生した、ロシア大統領の暗殺である。

以降、この国は。

地球が滅亡する寸前まで行く最悪の時代の。

トリガーとなり続け。

そして現在では。

名ばかりの政府をクロファルア人に抑えられ。

100を超える地方「自称」政府が、軍閥化。

クロファルア人が抑えなければ。

仁義無き抗争を繰り広げていただろう。

冷戦崩壊直後も凄まじい有様になっていたロシアだが。

現在に比べればマシ。

当時を知る数少ない生き残りは。

口を揃えてそう言っているそうだ。

私は東南アジアでの最後の片付けが終わった後。ロシアに来ていたが。上は凍土。今いる場所は、昔ロシア政府高官が作った核シェルターである。とっくの昔に放棄されていて、今はフォーリッジ人の強力な技術力で隠蔽されている。

なんで放棄されたか。

それはバンカーバスターが進歩を続け。

この程度のシェルターなど、使い物にならなくなったから、である。

現在では政府すら存在を忘れている上に。

ここに来る路が物理的に封鎖されてしまっている上。

見つかる怖れはない。

なお、協力者のお姉さんも。

流石にここには来られないらしく。

別の場所から今回はミーティングをするそうだ。

そして、最悪な事に。

協力者のお姉さんも。英国の情報部も。日本の警察も。

現地の警察と、極めて険悪な状況にあると言う。

インドでも色々と問題はあった。

だが、友好的では無い、というよりも。

彼方では、手伝う余裕が無い、という状態だった。

東南アジアでも、捜査をする際には障害があった。

というよりも、捜査しようが無い状況で、現地の警察は協力する方法がそもそもないという有様だった。

今度はそれらより酷い。

なんと檻で隔離されていて。

狭いユニット化された部屋で、監視を受けながら捜査をしているという。

これでは捜査どころでは無いと。

皆嘆いているそうだ。

確かに今までの比ですら無い状況である。

更に、である。

SNSの情報なども持ってきてはくれてはいるが。

そもそも100以上の軍閥が好き勝手に勢力を主張している所を、クロファルア人が丁寧にプチプチ潰している状況であり。

インフラもズタズタ。

各地の自称政府が好き勝手に様々な規格を使っていたりで、とてもではないがまとまった情報は手に入る状況では無いという。

なお現在ロシアで活動しているエセヒーローは、その名も冬将軍。

雪のように現れて。

活動している現状の悪の組織である「復興帝政ロシア」の怪人と雑魚を、片っ端から凍り付けにしていくそうだ。

氷付けにされた怪人も雑魚も、その場で消滅してしまうらしく。

更に具体的な姿形は誰も見ていないらしい。

出現報告もあまり具体的では無く。

各地で好きかってしている軍閥が非協力的な事もあって。

そもそもクロファルア人も、フォーリッジ人も。

どの程度、何処で、どのように暴れたかさえ。

把握できていないそうだ。

更に最悪なのが、今回から担当になったフォーリッジ人。

今でもイライラする。

今までの実績を認めてくれた、前任者二人とは全く違う。

ガチガチに頭が硬直しているだけで。

とてもではないが、話にもなりそうにない。

現時点では、クロファルア人達が必死に軍閥の解体を進めていて。半年以内に30の軍閥を消滅させ。三年以内に全ての軍閥を無くす予定らしいが。

当然彼らは反発している。

勿論クロファルア人に逆らったら地球が終わる事。

テロを一としたあらゆる戦術が通用しないこと。

地球製の兵器など、何をやろうとクロファルア製の警備ロボットに及ばないという厳然たる事実は。

彼ら自身が一番分かっている。

今は軍閥が何処も混乱していて。

とにかくクロファルア人にすり寄って。

罪を軽くしようと必死らしい。

そこにコンサルタントを自称する詐欺師が暗躍し。

相当に混乱が酷いそうだ。

というのが、何とか分かっている状況。

今度のフォーリッジ人は、ルール第一主義で、基本的に極めて非協力的。この様子だと、敵のエセヒーローを潰しでもしない限り、話を聞こうともしないだろう。

ロシアの警察は、各地に多数林立している軍閥との抗争で相当苛立っているらしく。

クロファルア製の警備ロボットがロシア中を常に徘徊し。

警官もむしろ監視対象にしている事に対して。

相当に腹を立てている様子だ。

人数そのものは足りているようなのだが。

案の定ロシアも腐敗が酷く。

警察からも相当な逮捕者が出ているそうで。

それに対するサボタージュもあるらしい。

そして悪名高い秘密警察も。

既に解体済みなのだが。

其処から出てきた情報を、クロファルア人は容赦なく公開。

それによって、クロファルア人が来た直後のロシアの閣僚の7割方が消し飛んでいる。彼らは全員今刑務所だ。

これらの強攻策に対して、ロシアの人間は皆反発している。

元より倫理観念が極めて希薄な地域という事もあり。

単純な侵略に思えているのだろう。

ロシアは何度も侵略者を撃退してきたという歴史に自負を持っていて。

それが余計に反発を強めているのかも知れない。

いずれにしても、此方でやる事は。

敵のエセヒーローの実態を掴むこと。

そして敵がどうやって非人道的な誘拐を行っているかを確認すること。

更に、敵の悪の組織とエセヒーローの工場を見つけること。

この三つだ。

そのどれもが尋常ではない難易度だ。

特に二つ目。

此処は相当に人間が多い上、政権が混乱している。それも著しく。

恐らく具体的にどれくらいの人間がいるか、というような基本的な事さえ、政府がそもそも把握できていない可能性が極めて高い。

こんな状況では。

何処で誰がどのように消えても。

不思議では無いだろう。

そして消えたところで。

誰も何とも思わないだろう。

満員電車では。

他の人間は邪魔な存在でしか無い。

満員電車にベビーカーを持ち込むなだとか。

病気の人間は乗るなだとか。

極めて自分勝手な罵倒を浴びせる人間がいるが。

あれは早い話が、自分が良ければ他人はどうでも良い、という心理の表れであって。

人間とはそういう生物なのである。

ただそれだけだ。

それを利用しているのは、今回も同じだろう。

いずれにしても、敵の情報をどうにか探らなければならないのだが。

博士が文句を言いに来る。

此処は今までのアジトに比べて広く。

かなりの数の部屋も多かった。

どうやら旧ソ連の高官は、核戦争の際此処にそれぞれの愛人を連れ込む予定だったらしく。

不自然なほどの高セキュリティの個室が多く。

それぞれを自由勝手に使える状況である。

それが博士には。

機能的には思えなくて、色々と不満らしい。

「無駄が多すぎる。 そもそも政府高官とその家族やら愛人やらだけで、国がまとまると思っているのかね」

「えてして地球人はそういう生物なんですよ。 金持ちだけいれば世界が動くと思っているわけです」

「恐竜以下かね」

「……反論の言葉もありません」

恐竜は地球上最強の生物だった。

だが滅びた。

理由はとても簡単だ。

個体個体は強力であっても。

環境の激変に対応出来なかったからだ。

そもそも、多様性を確保しなければならないのは。

如何なる異変が発生しても、対応出来るようにするため。

どんな特質が。

どんなときに役立つか。

まったく分からないのである。

病気にしても、異常な環境変動にしてもだ。

それを理解せず。

「健康で」「頭が良く」「金を持っている」という人間だけに価値があるというのは。

恐竜が滅亡した歴史を知っていたら、とても口に出来ない言葉だ。

異常な筋肉鍛錬信仰が一時期の日本企業では流行ったらしいけれど。

それなんかは正に今博士に呆れられた、恐竜以下の思考であろう。

健康になれば確かに防げる病気は増えるが。

そもそもなんのために多様性を確保しなければならないのか。

地球で最も繁栄している昆虫は、何故短いサイクルで命を廻し。数を保っているのか。

その辺りをまったく理解出来ていない。

この地下シェルターは。

正にそういった人間の恥部そのもの。

ホモサピエンスなどと呼ぶに値しない生物であることを、如実に示していた。

勿論、西側諸国の核シェルターも状況は同じだろう。

どこの国でもクズはクズだ。

そしてそんなクズと私は。

一緒にならない。

絶対にだ。

「ともかく、出来る範囲での情報を集めないと」

「此方でもフォーリッジ人と話はしているが、そもそも私や宏美くんを信頼していないようでね」

「クロファルア人は」

「犯人がいる可能性がある」

それはそうだが。

いずれにしても、フォーリッジ人と直接話すしか無い。

何度か試してはいるのだが。

もっとやるしかないだろう。

溜息が零れる。

あのガチガチ頭。

どうすれば納得するのか。

博士に、もう一度直接私が話すことを伝えると。

博士も、それしかあるまいと答えてはくれる。

私はその間。

限られた情報を、更に精査していく。

現在ロシアは、100以上の軍閥に好きかってされている他、中央政府がクロファルアの支援の下で稼働している。

軍は全て掌握され。

警察も強い監視下にある。

実はこれも不満の一つらしく。

ある程度米軍に対してクロファルア人が「甘い」というのである。

実際にはそんな事もないのだろうが。

ロシア人は、自分達の手で軍閥をどうにかしたいらしい。

気持ちは分からないでも無いが。

それは多くの人材を無駄にし。

大量の物資を浪費するだけだ。

インドや東南アジアの惨状を見てきたから言えるが。

今の地球には、人材なんてどこからでも沸いてくると思っていた、阿呆な連中の行動の結果が。彼方此方に焦土として残っている。

人材は有限だ。

物資もだ。

育てなければ人材は現れない。

当たり前の話である。

更に、現存の人材だって、大事にしなければならない。

それを根本的に理解していないで、「国家の誇り」だの。「民族の自治」だのを優先しようとする状況は。

健全だとは思えなかった。

いずれにしても、この星は。

滅びるべくして滅び掛け。

そして介入されるべくして介入された。

それ以上でも以下でもない。

そうとしか、ロシアでの狂騒を見ていると、私には結論出来ない。

次に攻めるのは中華。

続いて中東。

最後に米国。

そう決めてはいるが。

他にも敵は何カ所かでエセヒーローと悪の組織を暴れさせている。

だが、この三つの地域が、最も状況が悪い場所で。なおかつ恐らく敵がもっとも稼いでいる場所だ。

ならばそれらを潰せば。

敵のビジネスを根幹から瓦解させる事が出来る。

敵がビジネスを気取っている以上。

此方はそれを根元から叩くだけ。

資料を見ながら、今後の戦略を考えていると。

フォーリッジ人が、通信に応じたと言う事だった。

頷くと、私は席を立つ。

まずは、此処から。

協力者が動けるようにして貰う交渉を。

成功させないと、何も始まりようが無かった。

 

1、魔狼を縛る鎖

 

北欧神話には。

神をも飲み込む魔狼の伝承がある。

フェンリルである。

かの有名なトリックスターの権化であるロキの子であり。

生まれたときから凄まじい力を誇り。

最終的に神々にグレイプニルという鎖で拘束された。

だが、いわゆるラグナロク。神々と魔が最終戦争を行う際には。

その戒めを引きちぎり。

最高神であるオーディンをも呑み込み、倒してしまうと言う。

今、私は。

そのフェンリルとなって。

戒めを食い千切らなければならない。

此処は北欧では無いが。

そもそも極寒の土地。

条件は似ているとも言える。

ともかく、地上で奮闘している協力者の手助け無しには、そもそも私は動くどころではないのだ。

彼らもロシア警察と今やりとりをしているだろうが。

それでも黙って見ているわけにはいかない。

此方でもやれるだけの事をやらなければ。

何もかもが手遅れになる。

多くの社会的弱者が殺され。

ビジネスの材料にされる。

死体すら残さず。

尊厳を徹底的に蹂躙されたあげくに、だ。

今は、それぞれが。

くだらないプライドを掲げている場合では無い。

協力していかなければ。

この邪悪極まりない外敵には。

打ち克つことができないのだ。

博士を見ていてもそう思う。

そもそも地球人は偏狭すぎる。

私は博士を受け入れる事が出来たが。

殆どの地球人は、博士を見た瞬間に正気を失って、絶叫して逃げ出すだろう。

つまり会話どころでは無いという事だ。

今ロシアで起きている、現地警察と私の協力者の衝突もその延長線上にあると言える。

人間は自分と違う存在は。

受け入れる事が出来ない。

だから見かけだけで相手を判断するし。

故に滅び掛けたのだ。

フォーリッジ人が、ミーティングルームの立体映像に姿を見せる。

今までに関わった二人と同じく球体の姿を採っているが。

しかし、言動はまるで違った。

「また君かね。 確かに君が著しい戦果を上げており、奴のビジネスを効率的に潰してきていることは認めるが、それとこれとは問題が違う」

「良いですか、もう一度言います。 今我々は、グレイプニルに縛られたフェンリルと同じ状況です」

「君達の神話については調べたが、私がグレイプニルだというのかね」

「そうです」

相手が苛立っているのが分かるが。

此処で引くわけにはいかない。

此処で引いたら全てが台無しになる。

咳払いして。

ゆっくり、丁寧に。

相手に伝わるように言う。

「良いですか、今回動いている犯罪者は、クロファルア人の中に潜んでいるだけでは無く、恐らく貴方たちフォーリッジ人の手口を全て知り尽くしています。 事実貴方たちは、まぐれ当たりでしか犯罪者に痛打を浴びせられていません」

「それは確かにそうだが、君も幸運に助けられているのではないのかね」

「いいえ違います。 情報を集め、敵の行動の先手を読んで動いたからです。 今はその前提条件、情報を集められる状況にありません」

「情報は確かに大事だ。 だがそれ以上に、我等には法が大事だ。 我等が法を守ることによって、我等には価値が生まれる」

ああ分かっている。

銀河系一厳格な種族。

法を守ることに関しては、間違いなく価値がある存在だ。

何しろ買収が通じないのだから。

一応会話は成立するが。

まずは法。

何もかもが法。

本当に頭が固い。

咳払いをすると。

私は、この法でしか動けないマニュアルの権化に言い含める。

「法を破れとは言いません。 とにかく、我々に情報を」

「現状では戦えないと」

「そうです。 そして貴方も、現状では敵を捕縛できません。 貴方はグレイプニルを掛ける相手を間違ってしまっています」

「……」

法を全てと考える相手に。

どう柔軟な動きについて説得するか。

本当に難題だ。

地球人の場合、法を振りかざす輩は、だいたいの場合自分にとって都合が良い法だけを重視するのだが。

このフォーリッジ人は違う。

だから、私は。

丁寧に相手を説得しなければならない。

今までの戦いの事例について、説明もする。

この時間が惜しいことも。

フォーリッジ人は、多彩な法。

手続き。

全てを駆使して、それに反論してくる。

そもそも現在でもクロファルア人が過干渉をしていて、ロシアに対する自治を著しく削いでいるとフォーリッジ人は考えているようで。

警察への指示は、それを加速させると、幾つかの法が裏付けているらしい。

更にフォーリッジ人が懸念しているのは。

今協力者として動いている地球人に。

内通者がいる事、だろう。

だが、情報に基づいて私が動く事そのものは大丈夫だ。

というか、もしも内通者がいたら。

現時点までで、敵に痛打を浴びせることは出来なかった。

インドの時の敵の露骨な動きを見れば分かるように。

敵はあからさまに動揺している。

しかも最大市場の一つであるロシアに食い込まれて、敵は此方の動きを注視している筈だ。

此処で迅速に動いて敵に打撃を与えれば。

尻尾を掴む好機さえ生まれ得る。

それを順番に説明していくが。

やはりどうしても。

フォーリッジ人は、岩のように立ちふさがるのだった。

「このままでは、利敵行為になります」

「私の能力を疑うのかね」

「能力は疑っていません。 相手は法の欠点を知り尽くしている、と言っています。 貴方はその法に従って動く事しか出来ていません。 それは大変に貴重なことでもあるのですが、法の範囲内で此方に動けるようにして貰わないと、敵は全ての行動に先手を打ってきます」

流石に考え込むフォーリッジ人。

頭自体は悪くないのだ。

こうやって理で攻めていけば。

だが、それでもなお。

相手はまだ、動かなかった。

 

結局四時間ほど説得をして、どうにかロシア警察への指示は認めて貰った。これだけでも相当に疲弊した。

協力者のお姉さんから、数時間後に連絡が来る。

檻が空いたらしい。

更に、情報の共有を図る会議が行われる事になったそうだ。

ただし相手は威圧的に常に銃をちらつかせており。

何か不審なことをしたら、即座に撃ち殺すという意思表示をしているそうだが。

まあそれでも。

自由に動けるようになっただけマシか。

いずれにしても、時間と精神力を著しく消耗したのは事実。

私はげんなりしてベッドに転がったが。

しばらく悶々とした後。

壁を殴っていた。

「やってられるかっ!」

今までとは違う。

四ヶ所で敵のビジネスを潰し。

多数のエセヒーローと悪の組織を屠ってきた実績がある。

それなのに、どうしてそれを考慮して動かない。

法の範囲内と言いながら。

結局の所、此方を信用していないだけではないか。

そもそも敵は純粋なビジネスでここに来ていることが分かりきっている。

侵略なんかしても、こんな焼け野原になっている星、何の価値もないし。

何よりも別段特殊な資源があるわけでもない。

ビジネスならば稼げる。

そう敵が判断して動いているのは明白で。

そのビジネスを私がねじり潰している以上。

もう少し此方の言う事を信頼し。

協力する意思を見せて欲しかった。

私は悪いが聖人じゃ無い。

流石に今回ばかりは頭に来た。

今までの場合は、実績という問題からも、私を疑い、法を優先する意思があっても良かっただろう。

私は実際に多数の実績を上げたのだ。

協力をもっと真摯にして欲しかった。

何よりだ。

そもそも、人命が掛かっている事を忘れているのが頭に来る。

こう無駄な時間を過ごしている内に。

どれだけ人命が無為に奪われていることか。

程なく、情報が来る。

協力者のお姉さんが、フォーリッジ人と連携して、やっとある程度のデータを送ってきたのだが。

思わず呟く。

少ない、と。

ロシア側が出し惜しみしているのかと思ったが。

違う。

これは恐らくだが。

100以上に別れている軍閥が、それぞれ好き勝手にしている現状。

警察が動ける範囲があまりにも小さすぎて。

情報を集めるどころでは無い、というのが正解だろう。

だが、それでも貴重な情報だ。

勿論情報部でも分析はして貰うが。

こっちでも情報を集める。

まず犯罪についてだが。

現在主要な街全ての彼方此方に警備用ロボットが彷徨いており。

これが強力な犯罪抑止効果になっている。

ロシアの市民は面白く思ってはいないようだが。

ひったくりだろうが。

強盗だろうが。

通報しなくても即時に逮捕してくれること「だけは」有り難いと考えているようだ。

何だか変な話だが。

プライドはそういう風に、目を曇らせるのだろう。

負けじとロシア政府が制圧できている街では、警官も彷徨いているようだが。

殆どの場合警備ロボットの方が動きが速く。

犯人の制圧も迅速。

犯人が何処に逃げようが確実に捕まえるため。

立場が無いらしい。

そういった方面での不満が。

資料からは見て取れた。

なるほど、何となく分かってきた。

恐らくだが。

今回ロシア警察が反発したのは。

「よその国の警官」が来たからではない。「よその国の情報部が来た」からでもないし。あからさまにそれらとつながっている私が来たからでもない。

市民に白い目で見られている中。

あからさまに成果を上げている存在が来たから、だ。

やはりプライドの問題か。

どいつもこいつも。

反吐が出る。

人間の異常な容姿至上主義も。

この辺りと関連しているのでは無いかと。

どうにも私には思えてしまう。

別にルックスなんてどうでもいいと思う私の方が地球人としては異端だと言うことは分かっているが。

結局人類は。

異端を迫害するという業から逃れられなかった。

様々な犯罪のデータを見る。

これらに関しては、そもそもクロファルア人がDBを管理しているため。

ロシア警察が手を入れる余地が無い。

まあ、昔の犯罪データはある程度参考にする、くらいで良いだろう。

腐敗していた警察に残っていたデータなんて。

話半分に聞く位で充分だ。

まず調べて見て腕組みさせられたのは。

薬物系の犯罪が一切合切無くなっているのと反比例するように。

強盗殺人未遂が増えていることだ。

薬物系の犯罪については、クロファルア人が持ちこんだテクノロジー。よその国でも導入されているアレが原因で減っていると見て良い。

軍閥が支配している地域でも、これは強制的に設置されており。

これを使う事を止めさせようとする人間は即時逮捕されるし。

無料で使える上依存性が無く、一瞬でどんな薬物よりも強力なストレス発散効果が得られる事もあって。

ロシアでも覚醒剤等の薬物は既に商売として成り立たなくなっている。

黄金の三角地帯が既に息をしていないのと同じで。

合成薬物天国だった時代もあったロシアも。

今ではその手の薬物は、過去の遺物と化している。

一方、金そのものは足りているとは言い難いらしく。

往来で金を奪うよりも。

押し込み強盗をした方が逃げ切れると考えるのか。

血迷った行動に出ることが多い様子だ。

なるほど。

全て理にかなう。

後は知能犯だが。

これについては、商売の金の動きを、クロファルア人が把握しているので、単純にデータだけを回して貰う。

詐欺の類は現在、警備ロボットがきっちり見張っていて、ほぼ出来ないようになっているが。

それでも知能犯の類はいる。

何をやっても、絶対に上手く行かないが。

それでも詐欺をやろうとする奴はいて。

やはり知能犯として逮捕される者が出るが。

それはこうやって、金の動きを徹底的に監視しているからだ。

金の動きを見るが。

一見すると、どん詰まりの中、何とか動かそうと苦労しているのが分かる。

物資などの流通は、ほぼクロファルア人が行っていて。

軍閥の面子を蹂躙しながら、必要な分の物資が住民に届くように行っているのだが。

それはそれとして、娯楽用の物資なども必要になる。

これらは軍閥が抑えていて。

金持ちしか手に入れられない様子だ。

これに対しても住民はさっさと軍閥を何とかして欲しいと言う気持ちと。

同時に「居座る」クロファルア人に対して不満も持っているようで。

色々と複雑怪奇である。

金の動きだけでも、こういったことが見えてくる。

さて、誘拐だが。

これについては、だいたい予想通りである。

何処に誰がいるか。

ほぼ誰も把握していない。

これは軍閥が割拠して好きかってしている、と言うのもあるが。

この状況では戸籍調査どころでは無い、というのもあるのだろう。

クロファルアでは一応DNAを瞬間転写する技術を持っており。

これによって炊き出しの二重配布などを防いでいるのだが。

それでも、人間が滅茶苦茶に動いているため。

データが複雑怪奇すぎて。

更に国外逃亡している人間も珍しくなく。

把握は仕切れていない様子だ。

当然国外から流れ込んでくる人間も多く。

それらも加味すると。

そもそも定住している人間を除くと。

分かるのは、「ロシアからいなくなった人間」だけで。

それも死んだかどうかはどうにも、という状況の様子である。

少なくとも血などの気配はすぐに警備ロボットが見つけるので。

殺人事件などに巻き込まれたら鮫より鋭い警備ロボットが飛んできて、犯人を逮捕、状況から再現、と言う風にしてしまうのだが。

今の時点では、警察は状況把握で手一杯で。

「いなくなった」人間は。

一括で扱うしかないようだった。

データをあわせて見て。

ロシア政府支配地区から。

軍閥支配地区へ移動した人間をチェック。

このデータには、手を入れる余地がないらしく。

まあ信頼はある程度出来るだろう。

いなくなった人間全てから。

この軍閥支配地区へ移動した人間を引くと、それでもかなりの数になる。

この中のどれだけの人が。

実際に奴に消されたのか。

それが分からないし。

どうやって誘拐したのかも。

これから調べなければならない。

データは膨大だ。

近隣国のデータも手に入れたいが。

そもそも、現在生存している人間くらいしか信頼出来るデータが無い状況なので。

これからの対応次第では。

色々とまずいことになる。

まず順番にデータを調べていくとして。

おかしな点が無いか。

地上にいる協力者と連携していく必要があるだろう。

博士に話をした後。

少し休憩する。

さてロシアは相当に敵にとって大きな市場の筈だ。

個人的には、一旦これで地上部分は任せて。

敵の工場を探りたい。

まず第一に。

各地のシェルターをチェックしたいのだが。

今までもあからさまに探知で発見できる場所に、敵は工場を作っていなかった。今回もそれは同じだろう。

だからこそに。

意表を突いてくる可能性もある。

とはいっても、データが見つけようが無い。

そんな地下シェルターなんて。

もう現在の政府にも資料が残っていないのだろうし。

そうなると、地下をソナーで片っ端に、というやり方しかないか。

これについては博士に相談。

博士としても、別にリソースは足りているらしく。

変身フォームの改良と開発を兼ねながら、データに無い地下構造体を調べてくれるそうである。

後は、待ちか。

私はあくまで敵の出方を読むのは出来ても。

情報を調査するのは、上にいる協力者の方が上手い。

ならば此方からもデータを投げて。

精査して貰い。

何かおかしい事がないか、調べて貰うのが一番だ。

連絡が入る。

何かあったなと思ったら。

エセヒーローである冬将軍が出たらしい。

随分と大胆な。

映像が回されてくるが。

確かに雲にしか見えない。

それが凄まじい速度で迫っていき。

通り過ぎた後には。

呆然としている人間と。

悪の組織である復興帝政ロシアの構成員が、氷像と化していた。

氷像は砕け散ると。

何も残さず消えて果てる。

そして人間には。

何の被害も出ていない。

はて。

何だ今のは。

なお、人間がいる地帯を抜けた冬将軍は、霧散して消えてしまう。

このため、今までのエセヒーローのようにキラー衛星で狙撃、と言う分けにもいかないようで。

フォーリッジ人も手を焼いているようだった。

なるほど、堅物が苛立つのも分かった。

多分私が言っていることが、全て正論だったのが頭に来ていたのだろう。

地球人みたいな奴だなと、少し失笑する。

だが、それでも能力的には高いものがあるのだ。

足りない部分は補ってやれば良いし。

今は連携しなければならない。

いずれにしても、気体状のエセヒーローか。それも人間がいるところに現れ、人間がいなくなると霧散する。

厄介極まりない。

対応方法を今のうちに考えておく。

そして、それ以上に重要なのは。

このエセヒーローが出ている間。

それを隠れ蓑にして、敵がビジネスを進めている、という点だ。

幾つか、準備をしておかなければならない。

戦いは。

もう始まっているのだ。

 

2、氷結雲

 

ロシアはカオスそのものだ。

故に自分にとっては見ていて楽しい。

今までストックしていたヒーローの中から、面白いタイプである冬将軍を出したのも。キラー衛星による強制駆除が鬱陶しかったから。

それ以上に、このヒーローの謎さ加減に困惑する地球人を。

見ていて面白かったからだ。

体をそろそろ寄越せと五月蠅いハンギングジョンに適当に応対すると。

部屋を出る。

苛立った様子のフォーリッジ人が、移動装置に乗ったまま行く。

魚人とでも地球人が呼ぶべき姿の彼は、此方には目もくれない。

まあどうでもいい。

あの様子だと。

地下に潜んでいる例の小娘に、相当いてこまされたか。

彼奴がロシアから中華、中央アジアを担当していることは知っている。

さぞや強烈にプライドを傷つけられたことだろう。

意外な話だが。

正論をきちんと聞ける種族は、あまり多く無い。

知的生命体とはそんな程度の存在なのだとも言える。

それが自分にとっては都合が良い。

勿論自尊心は重要かも知れない。

だが過剰なプライドは目を曇らせるだけ。

リアリストである自分には。

それは単なる利用できるエサにすぎない。

そしてフォーリッジ人のプライドはまさにそれ。

だから利用できたのだが。

まあいい。

戦っている小娘が何者かは分からないし、実際問題これからどうやってビジネスを完遂するかも怪しくなってきた。

最悪の試算は立てているが。

もしこの星で失敗した場合。

かなりの損失を受ける事になる。

隠し財産はまだまだいくらでもあるし。

別にこの星に全資産を持ち込んだわけでも無い。

しかしビジネスに失敗すれば。

それだけ顧客の信用に傷がつく。

今まで裏市場で大きなコネを作ってきた自分にとっては、相当な損失だ。

だから小娘はこの星で殺す。

フォーリッジ人は別にどうでもいい。

あんな連中、今も昔もただの手駒だ。

自分にとって危険なのは。

自分の手を読んでくる相手。

ひょっとしてだが。

潜伏方法についても。

既に察し始めているのではあるまいか。

上司に書類を届けてから。

休憩に入る。

ストレスを除去する装置を被っている者が目立った。

脳にダメージを与えず短時間でストレスを除去するため、非常に便利なのだが。

逆に言うと、これだけ使用する者が目立ちはじめていると言う事は。

クロファルア人に、相当な負担が掛かっている、と言う事だ。

アポロニアもそろそろ疲弊してきているというし。

次の報道官を用意するか、等という話もあるそうだ。

いずれにしても、フォーリッジ人による圧迫的な監査は、こうも疲弊を呼んでいる。

事実先に書類を届けに行った上司も。

目の下に隈を作っていた。

自室に戻る。

パーソナルスペースに入ってから、色々と処置をして。

ハンギングジョンと軽く話す。

「ロシアでの敵の出方を予想できますか? 既に例の小娘は入った事を確認しています」

「俺ならこれ以上傷が拡がる前にずらかるがな」

「そうもいかないんですよ。 この電子ドラッグ、相当に好評でしてね。 自分より弱い者の苦悩を見て喜ぶのは、銀河共通の娯楽なのですよ」

「ハ、楽園なんて何処にも無い、てのは俺も知っていたがな。 宇宙規模でもそうだと分かると、色々笑えてくるぜ」

此奴はそれこそ、テロリストに自爆テロをすれば楽園に行けると吹き込んで、他人の人生を浪費してきた立場だろうに。

面白い事を口にするものだ。

いずれにしても、出方について確認をしておきたい。

そろそろ。

切り札を二枚か三枚。

切っておく必要があるからだ。

「お前さんのシノギは国境での捕獲だろ」

「ええ、そういう事ですが何か」

「俺だったら一週間で気付くな」

「ほう……」

非常に限られた情報。

やり口も色々と捻っている。

それでも一週間か。

此奴は小娘が相当に出来ると認めている。そして自分なら、と口にした。

つまるところ。

一週間辺りで、「ローテーション」を変えた方がいい、と言う事か。

「後冬将軍な。 あれ正体ばれると脆いぜ。 そろそろ新しいの準備しておいた方がいいと思うが」

「ふふふ、対策なんて出来ませんよ」

「出来る。 俺にも思いつく程度の方法でな」

「では伺いましょうか」

ハンギングジョンは。

ずばり正解を言ってのける。

これには少し驚いた。

此奴の事は認めていたつもりだったが。

想像以上だ。

「どうやって思いつきました」

「量子コンピュータの体で暇だからな。 演算能力を利用して、想定できる可能性を洗い出しただけだよ」

「それにしても良くその発想に至りましたね」

「柔軟性がなければ、テロリストなんてやれねーんでな」

けらけらと笑うハンギングジョン。

邪悪そのものの此奴だが。

テロリストとしては文字通りの完成品なのかも知れない。

いや、此奴が自分以上のがいると言っていたので。

この地球には、更にタチが悪い奴がいる、と言う事か。

面白い。

いっそのこと、クロファルア人が介入する前に、サンプルをある程度採っておいて。

それを宇宙にばらまいたら楽しかったのかも知れない。

そうなれば、それこそ宇宙に殺戮と破壊の嵐を徹底的に振るってくれていただろう。

汎銀河連合の強力な武力と統治によって、つまらない平和にあるこの銀河系が。

さぞや楽しい事になっていたことは疑いない。

加盟国家の総人口は4京に達するが。

その内の半分くらいが死んだら。

それこそ、自分にとっては楽しくて仕方が無い事態になっていただろう。

「いやはや面白い。 貴方そのものを商品として輸出したいくらいですよ」

「俺は商品にならねーよ」

「どういうことです?」

「俺は気に入った相手にしか従わない。 気付いていなかったのか? その気になれば、俺はこの退屈な量子コンピュータから脱出して、お前さんを破滅させることだってもう出来るんだぜ? お前さんのことを気に入っているからやらねえけどな」

それはそれは。

実に面白い。

其処まで与えられた体のことを学習していたとは。

それこそ好都合。

此奴を扱えると思い込んでいる阿呆の所に売り込めば。

宇宙を地獄に変えることも可能だろう。

地獄が到来した宇宙では。

さぞや美しい殺戮が吹き荒れ。

ビジネスに精が出る。

そんな天国のような環境が。

自分を待っているに違いなかった。

舌なめずりをする習慣が地球人にはあるらしいが。

自分には無い。

ただ面白いので、楽しくて仕方が無い。

そんな状況だ。

「で、対策だがな……」

「伺いましょう?」

「今回、恐らく小娘がいる場所は限られる。 断続的に攻撃を此方から仕掛けるべきだな」

「ああなるほど。 ロシア政府の有効統治範囲内は限られますからね」

そういうことだ、とハンギングジョンは肯定すると。

さっさと体を寄越せやとせがんだ。

まあ此方としても、其処までのコストは準備できない。だからやんわりと断る。

次の作戦に取りかかる。

まずは、ロシア内部に構築してある情報網を用いる。

ロシアの軍閥の幾つかは既に手中に収めている。

これは簡単だった。

クロファルア人に反発する奴は幾らでもいるし。

抵抗したくても出来ない状況は簡単に人間という生物をマリオネットに変える。

勿論本人が気付かないうちにだ。

これは地球人だろうが。

クロファルア人だろうが。

そしてフォーリッジ人でも。

同じ事だ。

機械にでもならなければ。

この習性からは逃れられない。

生物の宿痾なのだろう。

正直、だからこそに。

利用するときには、とても都合が良い。

既に構築してある情報網と、ロシア政府内部の不満分子を利用して、必要量の情報は常に手に入るようにしてある。

最初は此奴らを利用して、五月蠅い小娘の協力者共を閉じ込めていたのだが。

それも封鎖解除された以上。

現実的なのは。

ロシアで必要分のビジネスを仕上げ。

とっとと引き上げる、と言う事だ。

北部アフリカでは既に余剰のビジネスによる稼ぎが出ており、赤字の補填が始まっている。

続いてやるべき事は。

フォーリッジ人共が苦戦している戦場で稼ぎを進めつつ。

小娘が出てきた戦場ではさっさと必要分の稼ぎを回収し。

ビジネスを済ませる、という事である。

確か、地球で言うと。

ナポレオンとやらがいた頃。

各国が採っていた作戦がこれだったとか。

ナポレオンが出てきた戦場では勝ち目が無いから、他の戦場に注力しろと。

まあどこでも同じような事は考えるものだ。

もっとも、自分の場合は。

その更に上を行くだけだが。

情報網を利用して。

国境でのビジネスを動かす。

ロシアは。

あまりにも恨みを買いすぎた。

それを利用している。

一度に数十人が失踪しても。

誰も気にしないし。

クロファルア人に報告もしない。

その分がまるまる稼ぎになり。

ビジネスに荷担している者達は大喜びし、絶対に真相を話すことは無い。

差別を利用する国では差別を利用するし。

恨みを利用する国では恨みを。

信仰も同じく。

とにかく、使えるものは全て使う。

それがビジネスというものだ。

収穫の速度を上げる。

小娘は一週間で気付くとみて良い。

その間、陽動の攻撃も仕掛ける。

何カ所かの想定される潜伏場所に、先制攻撃を仕掛けるように、「復興帝政ロシア」を用いて作戦行動を開始。

さて、どう出る。

楽しくて仕方が無い自分だったが。

意外なところから衝撃が来た。

アラーム。

何か問題が発生したと見て良い。

ロシアでは無い。

データを確認すると。

東欧だ。

以前、多数の再生ヒーローを利用して、陽動作戦を行ったのだが。

それが徒になった。

以前英国で小娘と共闘していたクロファルア人が、巧妙に構築しておいた情報網を丸ごと掌握。

ビジネスを潰された。

まだヒーローと悪の組織は残っているが。

ビジネスを潰された余波で、一気に攻勢を掛けられている。

舌打ち。

まあいい。

半分の指揮は。つまりロシアでの小娘への攻撃はハンギングジョンに任せてしまうとしよう。

自分は東欧の支援だ。

ビジネスを一気に潰された事は正直驚いている。

カチカチ頭のフォーリッジ人が。

小娘と接したことで、何か得るものでもあったのだろうか。

情報を再確認。

見ると、情報網を現地警察と共同して一気に遮断。

荷担していた現地の人間達をまとめて拘束。

所持していた情報媒体および、ネットワークを全て寸断。

その上で、連中に与えていた旨みを取りあげるという、綿密に練られた計画の上での、一斉攻撃だった。

ふむと、鼻を鳴らす。

東欧は現状ノルマの八割方を回収出来ており。

市場も小さい。

北部アフリカの方がまだまだ稼げそうだし。

此処は引くか。

傷をこれ以上広げる事も無いだろう。

更に、である。

このまま放置しておけば、空間転送のテクノロジーも特定される可能性が極めて高い。

現地の悪の組織および、ヒーローの活動を完全停止させる。

そして拠点ごと、北米に移動させた。

ヴィランズにまとめて合流させて、再利用する。

それで構わないだろう。

この作業に、四日ほどを要することになった。

まあそれだけの損害を抑える事が出来たわけで。

ビジネスとしては悪くない。

戦略的撤退は成功したわけで。

まずまずの成果と言えるだろう。

さて、ロシアの方はどうなっている。

しばらくハンギングジョンに任せていたが、一週間という予測時間が当たっているのなら、まだ余裕はあるはずだが。

完全に戦略的撤退に注力していたので、ハンギングジョンとは完全に思考を分断していたので。

どうなっているかは分からない。

一旦切りが良いところまで進んだので、切り上げるが。

その瞬間。

二度目の衝撃が来た。

「ようやく戻って来やがったか……」

「何ですかこの惨状は」

「……俺の上を行きやがった」

ハンギングジョンが呟いている。

見ると。

「復興帝政ロシア」の工場が、壊滅している惨状が映し出されていた。

どういうことだ。

テクノロジーが解析されたのか。

もしそうなら、冬将軍も危ないが。

すぐに話を聞く。

今まで、敵の動きを予想の範囲内で分析していたハンギングジョンだ。やはりショックは大きかったのだろう。

少し黙り込んだ後。

順番に話してくれる。

「まず第一に、敵は此方の動きを完全に読んでいた。 小娘の奴、此方が準備する攻撃手段まで予想していやがった」

「何……っ!?」

「いや、これは発案者が或いは小娘では無いかも知れないな。 俺のやり方では無くて、お前のやり方を真似た。 俺のやり方の場合、殺しきれない可能性があったからな。 だが、それが逆にまずかった」

空間転送を実施すると同時に。

爆発物を起動。

本来は、それで一気に対応不能な状況にできる筈だった。

相手が潜んでいる場所も特定したはずだったのだが。

それが間違いだった。

今となっては、敵が潜んでいたかさえ分からない。

ともかくはっきりしているのは。

その爆発が、瞬間的に全部逆流した、と言う事だ。

考え込む。

小娘が使っていると思われる星の技術に、そんなモノはない。

となると、考えられるのは。

フォーリッジ人の技術か。

なるほど、あの小娘。

想像の上を行くことをやってくれた。

恐らくだが。

現在ロシア政府が「知っている」地下空間のうち。

「人間がいないとされている」空間全てに。

いや、恐らく自分達が潜んでいる空間以外の全てに。

爆発を瞬間反射するテクノロジーを仕掛けたのだ。

恐らく、既に情報が漏洩していて。

攻撃を仕掛けるのが容易、というのを踏んでいたのだろう。

そして、攻撃の手段は自分の今までのやり口から予想した。

ハンギングジョン式のやり方を想定しなかったとも思えない。

いずれにしてもこの攻撃は想定されていた。そして想定内における最悪の被害が出た、と言う事だ。

空間転送のテクノロジー特定だけは避けた。

だが、そもそも「復興帝政ロシア」の工場にて、ビジネス用の処置を行っていたのである。

冬将軍の工場は、その特性からも「加工」には向いていない。

故に、の処置だったのだが。

「工場を復旧させるしかないですね」

「小娘が真相に辿り着くまで、そう時間はないかも知れないぞ」

「いや、時間稼ぎのために手を打ちます」

確かに一気に「復興帝政ロシア」は潰されてしまったが。

工場は数日で復旧出来るし。

空間転送のテクノロジーも特定されていない。

それならば、此処から逆転の好機も作り出せるはずだ。

まずは、ハンギングジョンと軽く話す。

今、此奴の失敗を責めていても仕方が無い。

自分だって、此奴の言う事を話半分に聞いて、その結果何度も失敗したのだし。

責めたところで何の建設的な結果も生まないからだ。

ならば今後その失敗を生かし。

ビジネスを成功させる。

これ以外に路は無い。

ビジネスというものは。

論理的に考え。

数字を扱って。

初めて成功するものなのだ。

実際自分はそうやってきたし。

感情に流されるようでは。

ビジネスを成功させることは出来ない。

「そうだな。 その方法が良さそうだ」

「いずれにしても、しばらくは小娘を好き勝手にさせる事になりますね……」

「今回は俺のミスだ。 素直にわびておく」

「いいえ、どうにもならなかったでしょう。 いずれにしても、このままだとまたビジネスが……」

言葉が切れる。

あれ。

ひょっとして自分は。

今怒り狂っているのだろうか。

 

3、焼き払われし凍土の死体

 

敵が罠の一つに引っ掛かった。

博士が大喜びしているのを見て、罠を提案した私は渋い顔をしていた。あまりにも無邪気すぎる。

すぐに手を打ってくるに決まっている。

ロシアの混乱ぶりからして、敵は此処に相当巨大な市場を作っているはず。

それならば、此処で喜んでいないで。

その分のエネルギーを。

敵のビジネスの根を切ることに費やすべきだろうに。

非常に嫌な予感がする。

情報を協力者のお姉さんが持ち込んでくるのだが。

行方不明者のリストは、数が多すぎて、とてもではないが分析どころでは無い。博士も、こういうデータの扱いは苦手な様子だ。

これは本職に任せるとして。

此方としては、敵がどうやって人を拉致しているか。

それを考えたい。

エセヒーロー冬将軍はやはりというべきか。

相方である「復興帝政ロシア」が壊滅したからか。

めっきり姿を見せなくなった。

その間に。

幾つかやるべき事がある。

まず第一に。

ネットワークの寸断だ。

これは、まず間違いなく、ロシア内の不満分子が、軍閥と通じている、と言う事からの考えである。

軍閥と密かにネットワークを通じている。

早い話が、スパイがいる。

そいつの特定と確保が必要だ。

旧世代のインフラはズタズタだが。

恐らくこの混乱しているタイミングだ。

むしろそれを使って、通信をしていると見て良い。

クロファルア式のネットワークシステムを使って、スパイとして活動するほど頭が花畑では無いだろう。

何しろ秘密警察が、国家崩壊するまで現役だった場所なのだ。

恐ろしく巧妙なやり方で。

スパイ同士データをやりとりしていると見て良い。

其処で、クロファルアの警備ロボットを用いる。

旧式のネットワーク解析と同時に。

もっと旧式な。

つまり動物を使ったやりとりや。

暗号文などを手渡しするなどの方法も監視。

血の臭いを嗅ぎつけて、それを事件性があるかどうか即時判断出来るほどの性能を持つクロファルアの警備ロボットだ。

それくらいの監視はできる筈だ。

一気に膨大なデータが出てくるが。

その解析は、地上にいる協力者達に任せる。

時間はあまりない。

工場を逆に爆破してやったとはいっても。

それでも敵は今回、まだ空間転送技術を解析されていない。

つまり復旧出来ると言う事で。

もたついていると、全てが台無しになる。

一日。

経過するが、まだ反応はない。

二日。

同じく。

私でもデータを解析してみるが。

あまりにも多すぎて、とてもではないが探し出す事が出来ない。

更にロシア政府はまだまだメスが入りきっていない。

腐敗がかなり残っている状態で。

はっきりいって、この状況下では、地上で活動している人達は、まず最初に身を守ることから。

始めなければならないだろう。

それである以上。

危険を冒して捜査しろとはいえない。

そして時間が経てば経つほど多くの人が死んで行く現状。

何もするなともいえない。

もどかしい。

データの山から目を背ける。

しばらく何も考えたくない。

ココアを作って、自分で飲む。

協力者のお姉さんが作ってくれるココアに比べると。

美味しいとはいえなかったが。

それでも糖分は頭に入る。

データは必要分はもう取得できているはず。

考えろ。

今までの奴の行動パターンから考えて。

どうやったら。

効率よく。

収穫を行える。

社会的弱者をさらうにしても。

いきなりいなくなればばれる。

日本の時のように、差別を利用するか。

家族がそもそも敵に内通しているも同然の場合。

発覚は当然遅れる。

そういった時間差戦術を此処でも使っているか。

いや、考えにくい。

今まで、それで敵は既に失敗をしている。

新しいビジネスモデルを構築しているか。

或いは変更しているか。

どちらかとみるべきだ。

いや、まて。

アレンジを加えている可能性は無いか。

データを見る。

100を超える軍閥といっても。その勢力図は必ずしも、網の目のように複雑なわけではない。

元は基本的にロシア軍のそれぞれの軍部隊なのだ。

どちらかというと、むしろ昔の軍部隊の担当地区ごとに、綺麗に別れている。

まさかとは思うが。

軽く調べて見るが。

ひょっとすると、当たりかも知れない。

フォーリッジ人に連絡を入れる。

向こうも、膨大なデータを解析するのに忙しかったらしく。

私が呼びだしたのに、若干の苛立ちを感じたようだった。

だが今は。

中央アジアも管轄している此奴の協力が必要なのだ。

話をする。

説明を受けたフォーリッジ人は。

流石に歴戦を経ているだけはある。

頭がカチコチでも。

経験はきちんと積んでいる者としての反応を見せた。

「なるほど。 此方のデータを照合してみる」

「お願いします」

「分かった。 確かに……今まで四ヶ所での勝利を重ねてきただけの事はあるな」

やっと認めてくれたか。

だが、相手の態度はまだ頑なだ。

まずは法に沿って調べる。

そういう事を敢えて口にして。

此方を牽制することを忘れない。

そして、通信を切るが。

私は正直な話、内心気が気では無かった。

「博士」

「うん?」

通信の際、付き添って貰っていた博士に聞く。

敵は後どのくらいで。

工場を復旧出来るだろうか、と。

博士は答えてくれる。

最短で二日。

最長でも五日、と。

完全破壊されたわけではないし、敵が持ち込んでいるテクノロジーから考えて、ロボットにやらせればそれくらいで出来るだろうという事だ。

となると、殆ど時間はない。

可能な限り急いで動かないと。

敵は平然とビジネスを再開するか。

或いは更に此方に掴みにくいような方法で、動きを変えてくるだろう。

さて、出来る事はした。

後は、冬将軍だが。

これについては、少しばかり面白いデータが上がって来ている。

爆破し返したときに。

突入してきた「復興帝政ロシア」の雑魚兵士のサンプルを入手したのだが。

興味深い特色が見られたのだ。

ひょっとするとだが。

名前そのものが。

ギミックだった可能性もある。

いずれにしてもだ。

戦いは、まだ。

つばぜり合いの段階にある。

 

東方はデータの中から、ついに見つけ出した。

情報部と照合して、そして頷く。

勿論ロシア警察に言っても駄目だ。

即座にフォーリッジ人を呼び出す。

必要な時にしか呼ぶなと言われていたが。

今がその時だ。

日本から来ている内閣情報調査室のお姉さんも一緒に立ち会って貰う。なお桐野はオーバーワークでダウンしているので、今回は参加しない。情報部の人間も、鍛えているだろうに、半分しか今は稼働していなかった。

それだけのストレス空間だった、と言う事だ。

周囲からの音波等を完全遮断した空間を作ると。

フォーリッジ人は聞いてくる。

「重要な情報だとか」

「スパイを特定しました」

「! すぐにデータを」

合計十五人。

ロシア警察に四人。

ロシア政府の役人に六人。

更に警察が買っている情報屋に三人。

そしてロシア政府の閣僚に二人。

分かっただけでも、これだけの人間が、意識的あるいは無意識的に、軍閥に対して情報を流している。

そして軍閥を経由して、情報が流れているとしたら。

此奴らを抑えればクリティカルなダメージを敵に与えられるはずだ。

即座にフォーリッジ人も此方が用意したデータを精査。

頷くと、即断で動いてくれた。

勿論法に沿って、なのだろうが。

それでも判断をしてくれただけでも有り難い。

空間を解除。

一旦捜査を停止して、状況を見る。

何しろスパイを特定したのだ。

データはクロファルアが使っている警備ロボットから流れてくるものを精査したのだが。

怪しい動きをしている者。

妙な電波やネットワーク利用。

これらを徹底的に洗った結果。

それこそバトンリレーのように、小分けにしたデータをそれぞれ別のルートで他の者へと引き渡し。

最終的に、軍閥の人間に手渡しするように動いているのを確認した。

中途ではなんと伝書鳩まで用いており。

その徹底した複雑なスパイ網にはむしろ感心してしまう。

膨大な人間が動くからこそ。

発覚しづらいやり方であり。

情報部と協力し。

更に機械にもデータにも強い内閣情報調査室のお姉さんも手伝ってくれなければ、とてもではないが此処まで行き着けなかっただろう。

フォーリッジ人からデータが届く。

即時で15人を拘束したそうだ。

警察もにわかに騒ぎになる。

それはそうだろう。

拘束された中には。

此処の署長もいたのだから。

情報部が動く。

同時に、念のためにと貸し出されていた警備ロボットが即応してバリケードを作った。

牢のような場所に此方を閉じ込めていたのが、却って相手にとって失敗になった。

象の群れの突進さえ跳ね返すクロファルアの警備ロボットが壁になっているのを見て。ぎゃあぎゃあ騒ぐしか出来なかったからである。

「サノバビッチ! 署長に濡れ衣を着せやがったな! 宇宙人に売りやがって!」

「生憎濡れ衣ではありませんよ」

「巫山戯るな! 何処に証拠が……!」

順番で立体映像を見せてやるが。

相手は興奮するばかりだった。

「合成だ!」

「自動で動いているそいつが、データのねつ造などするわけないでしょう」

「お前達がそのデータをねつ造したに決まっている!」

「そんな時間があるわけないだろうがっ!」

ついに東方もブチ切れた。

相手が銃を抜く。

それも拳銃ではなくアサルトライフルだ。

無茶苦茶だが。

即応したのは、クロファルアの警備ロボット。

ショックパルスをうち込み。

その警官はその場で白目を剥き、倒れた。

別の警備ロボットが連動。

殺人未遂で連れていく。

これで逮捕者16人目か。

他の警官も騒ぎを聞きつけて集まって来ているが。

署長の映像を見て。

皆、黙り込んでいた。

ひょっとして此奴ら。

怪しい事を、最初から知っていたのではないのか。

流石に勘に障る。

「敵はロシアの国民を多数誘拐し、素粒子も残さず分解しているんですよ。 だというのに、貴方たちはそれを指をくわえて見ているつもりだとでもいうのですか!?」

「そ、それは……!」

「俺の国でも、多くの社会的弱者が奴の手に掛かりました。 問いますよ、警官の仕事とは何ですか? どこの国でも変わらないでしょう。 法を守り、弱者の盾になる事。 それ以外の何だと言うんですか?」

国によっては、警官が腐敗しきっている場所だってある。

そんな事は分かっている。だから敢えて問うたのだ。

きれい事である事も分かっている。

だが、警官は。

きれい事を体を張ってやる仕事だ。

そんな事さえ忘れたら。

警官である意味がその時点で消失する。

そもそも税金を貰って、きれい事をしている。そういう仕事だと、東方は思っているし。実際問題、法でどうにもできない事はこの世の中にいくらでもある。

だから警官一人一人が。

社会の矛盾を理解した上で。

きれい事をやっていく覚悟を決めなければならないのではあるまいか。

勿論世の中には絶対の正解などない。

だが、警官が弱者の盾になる事を考えなくなったら。

それこそこの世の終わりだろう。

「もう一度聞きます。 ロシア国民を大量に誘拐し、素粒子レベルにまで分解している鬼畜がいます。 そいつは巧妙に隠れていて、多数のスパイをロシア政府内にも、恐らく軍閥にも飼っているでしょう。 それを見過ごして良いんですか?」

「良いわけがない!」

熊のような大男が吠えた。

明らかに困惑している連中もいる。

さっき銃を抜いた奴と同じように。

署長の腰巾着をやっていた奴だろう。

東方は今回に限っては。

一歩も引くつもりは無い。

「その立体映像は其処に残しておきます。 各自、それで自分がするべき事を考えてください」

桐野を促して、与えられているスペースに戻る。

情報部の者達は。

むしろ冷めた目で此方を見ていた。

ボスである情報部の男は、少ししらけた様子だった。

「他人の前でああ感情的になる事は好ましくないと思うが」

「今回ばかりは仕方がありませんよ」

「腐りきった政府に警察。 そういったものを見たからこそ、貴方は怒るのか?」

「そうです」

日本だって。

無能すぎるキャリアのせいで、現場の警官がどれだけ足を引っ張られてきたか知れたものではない。

ロシアでの事件も解決したら。

東方は警視に昇進という話が出ているそうだが。

もしも、今動いているゲス野郎を地獄に叩き落としたら。

その後日本に戻ったとして。

後はどうなるのだろう。

お飾りの窓際仕事だけ貰って。

キャリアに嫌みを言われながら。

定年まで過ごすのだろうか。

可能性は決して低くない。

だが、それでも。

今目の前で、自分が動く事で、助けられる命があるのなら。

法に沿って動くのが警官だ。

「出来れば現場検証をして行きたいですが、軍閥が押さえ込んでいる以上、厳しいでしょうね」

「クロファルア人も軍閥の解体には苦労している。 今までにも10以上の軍閥を解体しているが、それでも相当な抵抗があり、大量の逮捕者が出ているそうだ」

「十中八九、情報の流れをたどっていけば、国境付近で何かしらの悪事が行われていると分かるはずです。 どうにか其処まで穴を開けて貰えれば……」

「我々には地道に調査する以外の手がない」

一旦敵への情報流通は遮断した。

だが、まだまだ敵は今までの戦いを考える限り、簡単に屈するほどヤワでは無いだろう。

ここからが。

本番だ。

 

まず、ロシア内部の内通者が接触していた軍閥を、丸ごとおさえて貰う。これについては、フォーリッジ人と連携して動いた。クロファルアの警備ロボットが大挙して軍閥関係者を拘束。

軍も全て鎮圧した。

その過程で相当な逮捕者が出たが。

その中から、内通者と接触していた人間を割り出し。

情報を徹底的に洗う。

不意にロシアの警察も協力的になった。

獅子身中の虫を駆除するのに、此方が全力で、体を張って行動したから、だろうか。

そうかどうかは分からないが。

いずれにしてもはっきりしているのは。

多少強権的であっても。

やるべき事はやらなければならない、という事だ。

徹底的に関係者を洗い。

尋問については情報部に任せつつ。

東方は桐野と一緒に、制圧した軍閥の支配地区に出向き、現地の情報を徹底的に洗っていく。

勿論クロファルアの警備ロボットを伴って、だ。

というか、そうでもしないと危なくて仕方が無かった。

実際、何度か狙撃もされた。

その度にクロファルアの警備ロボットが狙撃した者を逮捕していったが。いずれにしても、普通に出向いたら、何度殺されていたか分からないだろう。

敵対的な視線の中。

徹底的に情報を洗う。

ウォッカに酔った男が、こっちに来る。

そして、宇宙人の手先だとか。

売国奴だとかわめき散らして。

去って行った。

桐野が憤然とするが。

東方がなだめる。

「抑えろ、桐野」

「しかし警部!」

「良いんだ。 今は、抵抗も出来ず殺される立場が弱い人達を、一人でも救うことを考えて動け」

「……分かっています」

平均的な人間は。

弱い立場の相手を痛めつける事を好む。

これは学校に一度でも行ったことがあり。

其処を客観的に見る事が出来れば。

すぐにでも理解出来るだろう。

外国の学校ではあり得ない。

そんな風に、一時期外国に夢を見ていた人間が口にしていた時代があったらしいが。

そんな事こそあり得ない事が。

国際的にネットワークがつながり。

SNSで異国の生の情報が入ってくるようになると。

すぐに分かるようになって行った。

この世に楽園などない。

国民性はそれぞれの国にあるだろう。

だが実際には、人間の習性は変わらない。

習性としてどうしようもないものを人間は持っている。

だから、それを前提の上で。

きれい事を体を張ってやる。

それが。

東方達警官の仕事なのだ。

情報部が吐かせた取引の場所。データを徹底的に採取して戻る。次にどの軍閥を経由してデータがやりとりされていたかを確認するには、現場での証拠収集が絶対に不可欠になる。

だから危険でもやる。

空間ごとデータを習得し。

そして一度戻る。

かなり荒っぽい方法も用いたらしい。

情報部は、多数の尋問を同時に展開し。

そして情報をかなり増やしていた。

「現地のデータを回収し戻りました」

「現地の様子は」

「敵意しか感じませんね」

「そうだろうな」

情報部の方でも、巧妙な尋問で情報を引き出してはいるものの。

何しろかなりの金が動いている。

そしてその金は。

恐らく、途方もなく汚れた金に違いないという。

軍閥の資金源になっていたばかりか。

むしろ嬉々として。

自国内の弱者を売りさばいていた者もいるらしい。

非道だが。

どこの国にもそういう奴はいるものだ。

半日ほど掛けて、集めた情報を徹底的に調べる。

時間との勝負だ。

冬将軍が現れていないと言う事は、敵はまだ体制を立て直せていないという事を意味している。

寝る暇は。

残念ながら、ない。

だから交代で、回復槽を使って無理矢理休む。

体に負担が掛かるのは仕方が無い。

だが、やるしかないのだ。

「ロシアの警察から情報が入った。 どうやら軍閥は今回の動きを警戒して、連合する動きに出始めた様子だ」

「連合したところで、クロファルアの警備ロボットには手も足も出ないだろうに」

「その通りだが、どうしても利益を確保したいのだろう」

「……」

盾にされるのは。

一般の兵士達か。

そして彼らがクロファルアの警備ロボットに戦いを挑み。

旧式の軍事兵器は文字通り「不殺でも問題ないくらいに」力の差が離れているから、兵士達は捕らえられるだけ。

その隙に。

軍閥の幹部達は逃げると。

本当に反吐が出る。

人間の命を何とも思っていないから。

そういう事が出来るし。

故に出世もする。

地球が滅び掛けたのも道理だ。

だが、それでもなお。

きれい事をするのが警官の仕事。

決めている以上、もう何も考えを変える必要はないし。

何よりも、そんな連中を逃がすわけにも行かない。

いずれ軍閥は解体するのである。

連合の動きを取る前に。

可能な限り路を確保する。

恐らく本格的に人間が誘拐されているのは国境付近で間違いない。これについては、あらゆるデータが立証している。

問題は国境付近で何が起きているかを完全に確認するには。

データを辿っていくしかない、と言う事だ。

またクロファルアの警備ロボットが動き、軍閥を潰してくる。

一個師団規模の兵力を持っていた軍閥が。

二時間で沈黙。

指導者は、逃げようとしているところを、先に回り込んでいた警備ロボットに捕縛された。

なお、対立している軍閥に撃ちおとされる危険を考慮したのか。

地下を移動して逃げようとしたのだが。

それでも無駄だった様子だ。

軍閥の指導者も、情報部が尋問し。

更にフォーリッジ人が許可を出したので、頭の中を直接覗いて情報を集める。

非人道的だとか。

国際法違反だとか。

軍閥の指導者が喚き散らしていたが。

弱者を大量虐殺するのに荷担していた外道が何を言うか。

容赦の必要はない。

性癖から隠し子まで徹底的に暴き出し。

更に、有益な情報を得る。

どうやら、複数の線が、一つの場所を目指しているらしい。

それがわかり始めてきた。

恐らくだが。

敵のシノギは。

其処で行われていると見て良いだろう。

情報部の男が休憩に入った。

東方も桐野と変わって、少し休憩する。

シャワーでも浴びたいところだが。

残念ながら、行列ができている状態だ。

リフレッシュのためにシャワーでも、と考えるのは。

誰でも同じ、と言う事か。

例え人間性を削り取り。

いかなる悪とでも戦えるように、極限まで感情をコントロールしている情報部の人間でも、それは同じらしい。

起きだす。

大きな進展があったようで、騒ぎになっていた。

疲れは取れたが。

無理に疲れを取っているのと同じなので。

やはり体に負担が掛かっているのが分かる。

これは寿命が目に見えて縮んでいるかも知れない。

だが、それでも。

自分で選んだ路だ。

後悔などは無い。

「何か起きたのか」

「はい。 此方を」

無数の情報の線。

それが交差しているポイントがある。

やはり国境だ。

今まで捕らえた情報と金の経由地点。

それらから引っ張り出した情報を元に割り出した、恐らくは人間が移動し、消えているポイント。

それも極めて巧妙に隠されていた場所が。

どうやら浮かび上がってきた。

此処を抑えれば。

恐らくは、敵のシノギをそのまま潰すことが可能になる筈。

フォーリッジ人に連絡を取り。

情報を渡す。

堅物の分からず屋は。

驚いた様子だった。

「短時間でこれほど精度が高い情報を良くもまとめたな」

「いえ。 それよりも一秒でも速く現地の制圧を」

「分かっている。 包囲しつつ、周辺の全てを制圧する」

頑固で堅物だが。

それでも動くとなると動いてくれる。

ここ数日、イライラさせられっぱなしだったが。

それでもなんとか、これで報われる。

倒れそうになるが。

何とか立て直し、椅子に座る。

頭がぼんやりする。

少しばかり無理をしすぎたか。

内閣情報調査室のお姉さんが来る。

彼女の話によると、ロシア政府はかなり混乱しつつも、クロファルアの介入で、どうにか内閣の再編成を終えたらしい。

敵に情報を流していた者がいた、という話を聞き。彼らは相当にショックを受け、混乱もしていたようだが。

膨大な金の流れがあった事や。

軍閥と通じていた数々の証拠は。

ロシア政府を黙らせるのに充分で。

結局警察のバックアップに、再編途上の軍を投入することを決定したそうだ。

ようやくこれで。

もう少しは楽に動けそうだ。

「もう少し休んできてください」

「いや、此処が踏ん張りどころだ」

そもそも、今フォーリッジ人が抑えに掛かっている場所が、本当に「正解」とは限らないのである。

敵は狡猾。

動きが止まっているとは言っても。

此方の上を行っている可能性もある。

その時に備えて。

あらゆる情報を更に集め。

精査を進めなければならない。

軍閥の清掃作業に関しても、かなり前倒しでやる事になるらしいという情報も入ってきた。

或いは、フォーリッジ人達が。

業を煮やして、クロファルア人の尻を叩いたのかも知れない。

急激にロシアは。

変わりつつある。

 

4、一撃の詰め

 

カウンターで敵の戦力を潰してから、時間差を利用しての連係捜査。

これが今の時点では、かなり上手く行っている。

敵は混乱しているのが手に取るように分かるし。

私も此処から一気に詰めに持っていきたい。

だが、ハンギングジョンが敵にいるし。

何より敵は常に狡猾なやり口を取る。

さて、どうしたものか。

情報がどんどん入ってくる。

それも整理されているのが分かる。

地上で頑張っている協力者達も。

敵の手口が何となく分かり始めてきたのかも知れない。

地球人は決して優れた種族では無い、と私自身は思っているが。

例外はいる。

上で頑張っているのは。

その例外なのだろう。

まずデータを確認するが。

軍閥内で姿を消している人間は、殆どいない様子だ。

少なくとも、今まで完全に押さえ込んだ軍閥内では。

人間が消える要素がない事が分かってきている。

だとすれば。

可能性があるとすれば。

ロシアから脱出した人間を確認する。

混乱が続いているロシアから逃げ出そうとする者は少なからずいる。多くの場合正規ルートで飛行機などを使うケースが多いが。

それが出来ない人間。

つまり生活費にも困っているような者達は。

軍閥の支配地域を抜けて、歩いて行くしかない。

本来は、こういった人間は文字通りのカモで。

軍閥に搾り取られるだけ絞られたりするのだが。

その様子が無い。

軍閥を素通りしている。

これは少しばかり、妙かも知れない。

更に調べて見ると。

他の軍閥ではそんな事もなく。

通るために通行税を要求したりしている様子で。

特定の「通りやすい」通路が確立されている。

それも複数あり。

その幾つかの先が。

国境につながっている。

すぐに地上に連絡。

そして、確信を得る。

恐らく敵は。

ロシアでのシノギを国境でやっている。今までも疑っていたが、これはほぼ間違いないと見て良いだろう。

だが、国境を抜けて別の国に脱出している人間もいる。というか、大多数がそうだ。

何が、脱出できた人間と。

そうでない人間を分けている。

狙うのは無差別か。

それとも何かしらあるのか。

少し考え込んだ後。

脱出できた人間を追えるだけ追い。

データを貰う。

フォーリッジ人はしぶしぶという感じで、ロシアから脱出した人間の名簿をくれるが。それらのデータを見て、気付いたことがあった。

あるルートから脱出している人間に。

スラブ系の人間が、露骨に少ないのだ。

これは。

そのルートを調べる。

路は厳しいが、雪も積もらず、歩いて行くことが出来る。

ただし大人数が一気に行く事は出来ず。

まばらに、点々と行く様子だ。

そしてそのルート上には、多数の村が点在している。

見えてきたかも知れない。

その村についての情報も調べる。

博士が、呆れたように声を掛けてきた。

「宏美くん、凄い勢いで調べているね」

「時間との勝負です。 敵が体勢を立て直したら、恐らく違うルートでの「ビジネス」を再構築されます。 現在のロシアでは、それが容易に可能でしょう。 その前に、敵の根本を叩かなければならないです」

「それにしても君は……」

「何ですか?」

博士は何も言わない。

恐らく、もう手が届くところまで近づいている。

もう少しで敵ののど元に。

そして、此処で敵に致命傷を与えれば。

敵はかなり大胆な策に打って出ざるを得なくなる。

それくらい、追い詰めることができる筈だ。

そして、東欧の敵が潰れたことで。

残りの敵は半分。

シノギは各地で規模が違うだろうから、残り半分とはいかないだろうが。

確実にロシアはその中でも最大規模の一つの筈で。

敵に対して致命傷になり得るのも確定だ。

さあ、あと少し。

私は、頭が少しばかり痛むのを我慢しながら。

敵を疲れを知らぬ猟犬の様に。

どんな場所からでも察知して、永久に追い詰める猟犬の様に。

追い続けた。

 

(続)