蔓延する障気

 

序、偽神の煙

 

闇ある所に光ある。

最初に闇がある。

これは特撮の鉄則だ。

邪悪な存在が現れて、その後に光の存在が戦うために現れる。闇はそのままでも存在できるが。光は闇がなければ存在できない。

特撮だけでは無い。

勧善懲悪を扱った作品では、ほぼ基礎となる事である。

だが、ここ東南アジアでは、どうも様子がおかしい。

私はデータを確認し、やはりそれを確信した。

此処に現れるエセヒーローハヌマーンは。あからさまに悪の組織デングよりも先に現れている。

そしてハヌマーンが現れた当時に背負っていた謎の後光。

近年では、デングが現れるときにも出現している。

これが結論づける事は。

つまり、デングはそもそも、ハヌマーンの付属物だと言う事だ。

勿論今まで倒して来たエセヒーローや悪の組織も。全てが鬼畜外道である黒幕の道具だったが。

恐らくは、今回のケースは。

エセヒーローが、文字通りデング熱のように病気のような「悪の組織」をばらまき。

それを自作自演で退治している、という可能性が極めて高い。

そうなると、ハヌマーンやデングを生産している工場は、ひょっとして存在していないのかも知れない。

今までの悪の組織もエセヒーローも、必ずスペアボディを作る工場があったのだが。

どうもハヌマーンは、違うような気がしてならないのだ。

そして東南アジアでの、黒幕の収入源を潰した今。

絶対にハヌマーンは何処かに潜んでいる。

そして、もしも今までのエセヒーローのように、工場から出てきていないのだとしたら。

何か他の方法を用いている可能性が高い。

東南アジアの収入源を断たれた今。

敵は時間稼ぎをするか。

もしくは新しい収入源を探すか。

どちらかに出る筈。

だけれど、私は。

前者だと判断していた。

というのも、この東南アジアでの敵は、どうにもやる気が感じられない。インドなどでは、複雑かつ巧妙なトラップを仕掛けて、此方を煙に巻こうとしていた。そして大規模な打撃を与えたときには、相当な戦力を投入して反撃に出てきた。

此方では違う。資金源を潰すという致命傷を与えたのに、反撃に出てこない。

風呂場で考えていると。

何だかぼんやりしてくる。

さっさと風呂を出て。

パジャマに着替えてから。

思考を継続。

敵が時間稼ぎをするなら。

恐らくビジネスの種であるハヌマーンは何処かに隠すはずだ。

そして恐らくだが。

ハヌマーンは、状況証拠からだが。

存在自体が敵の工場になっている可能性が高い。

ならば、どうにかしてハヌマーンを潰せば。

敵は東南アジアから手を引かざるを得なくなる。

タブレットを取り出すと。

幾つかの情報をまとめていく。

まず第一に敵が出現する際に出る光。

そしてハヌマーンが初期に背負っていた光。

複数の情報から。

これらは同一だと結論が出ている。

続いてハヌマーンだが。

戦闘自体は毎回十分程度。

インドのエセヒーロー、マハープラカシュと同様の蹂躙スタイルの戦闘で。

ゴミのように敵を蹴散らす。

これはそういった「圧倒的暴力」を好む国民性なのかも知れないが。

個人的には他にも理由があるのでは無いかと思う。

博士に頼んで。

ハヌマーンの戦闘映像を回して貰う。

確認する限り、ハヌマーンはかなりの大型ヒーローで。

人より何倍も大きい。

身長は十メートルくらいはありそうだ。

神話のハヌマーンについても調べて見たのだが。薬草のある山に行ったはいいものの、どれが必要な薬草か分からなかったため、山ごと持ってきたという逸話があると言う。

そういう逸話がある以上。

巨大である事はまあ間違いないし。

不自然でも無い。

ざっと見た感じだと。

あの真マハープラカシュに比べると、戦闘力はかなり控えめだ。

しばし観察するが。

幾つかの事に気付く。

蹂躙スタイルの戦闘にしては。

妙に丁寧に敵を潰して廻っているのだ。

勿論一見すると荒々しい。

だが私は今までにかなりの数のエセヒーローと戦って来た。

立ち回りなどは理解してきているし。

何より計算して動いているのならそうだと分かる。

つまりこの殺戮猿(神としてのハヌマーンを冒涜する別物なので、そう呼んでも差し支えないだろう)。何かしらの理由で、異様に丁寧な動きを続けている、という事である。

はて。

これはどういうことか。

腕組みして考え込む。

他の画像も見るが。

やはり十分でデングを丁寧に処理しきっているが。

残虐に暴れるように見せて。

丁寧に処理を優先していることを、私は看破した。

なるほど。

ひょっとして。

全ての戦闘データを見る。

あまり多くは無いが、やはり間違いない。

デングはいずれもが、ハヌマーンが来ると明らかにやられにいっている。日本でもブラックファングは明確にエセヒーローのかませとして動いていたが。デングの場合は、更に露骨だ。

あからさまに、十分以内にハヌマーンに殺されるように動いているのだ。

これはラジコンか何かか。

勿論地球にあるドローンでは此処までの高精度の動きは出来ないが。

戦っているフリさえしていない。

ハヌマーンが出てくると、後は逃げ惑い、殺されるだけのデング。

それに周囲は喝采を送っているが。

良く動きを見ると。

明らかに逃げられないところに動いていたり。

怯えるようにして立ち尽くしていたりと。

おかしな所が多すぎる。

組織的に殺戮をしていたブラックファングやワーカーズとは明らかに違う。

蹂躙されるにしても、戦おうとしていたタギーとも違う。

腕組みした後、博士に確認。

私の結論を聞いて。

博士は流石に驚いたようだった。

「それは、本当かね」

「恐らくは。 そもそも色々おかしすぎるんです」

映像を二人で見ながら、細かく解説する。

例えば、人間は恐怖に駆られると、自滅するようなミスをする事がある。

それについては私だって熟知している。

散々人の死を見てきたからだ。

だが、これはあからさまにおかしい。

一つ一つおかしい動きを解説しながら。

どう考えてもデングがハヌマーンに十分で殺され尽くすように動いている事を解説すると。

博士も、私と同じ結論に達したようだった。

「なるほど……」

「此処から、何か結論は出ませんか?」

「少しフォーリッジ人と話す」

「分かりました。 席を外します」

私としても。

もう少しハヌマーンの動きを研究しておきたい。

というか此奴をブッ殺す事自体は難しくない。

本物の軍神ハヌマーンだったら私で勝てるかどうか怪しい。

文字通り山を持ち上げ。

悪魔(羅刹)の軍勢を蹴散らし。

西遊記で終始無敵を誇った孫悟空のモデルともなり。

タイ仏教で圧倒的な人気を誇る英雄神だ。

だが、今私が映像で見ている奴は偽物。

ただの出来レースをするゲスのオモチャ。

そればかりか、ラジコンのように敵を操り。

自分の強さを見せつけるための道具としている節さえある。

そんなのは。

ただのカスだ。

恐るるに値しない。

見つけ次第首をねじ切ってやるが。

その前に、此奴が隠れている場所を発見し。

蹂躙する準備をしなければならない。

数時間ほどデータを検証していると。

博士が声を掛けてきた。

協力者のお姉さんと。

それに情報部の人もいる。

と言う事は。

目星がついた、と見て良いだろう。

博士が、幾つかの画像を出す。

例の虹だ。

「これについて解析をしたところ、幾つか面白い事が分かった。 どうやらハヌマーンは、体内に工場を持っている」

「!」

「つまり、デングはハヌマーンが産み出していると」

「そういう事になると判断して良い。 非常に大型のエセヒーローであるハヌマーンだが、それならばこのサイズも納得がいく」

そういうことか。

博士は幾つか技術的な(地球人にも公開OKなレベルなのだろう)話をした後。

結論づけた。

「つまり究極の自作自演というわけだ。 敵を作り出し、それを蹂躙してみせることでヒーロー面する。 最低最悪の発想だ」

「……」

腕組みしたのは。

情報部の人だ。

理由は何となく分かる。

高IQの犯罪者は、そういった手を使うのかも知れない。

特にテロリストは。

高度な心理戦を兼ねながら、頭の悪い手下に自爆テロをさせるという話も聞いている。

要するにむしろ。

この発想は、地球人のそれに近いのだろう。

「ハヌマーンを潰せば、東南アジアの敵は消滅、と判断して良いでしょうか」

「うむ……」

「それならば、居場所を割り出すための工夫をしないと」

「それに関してだが、情報がある」

情報部の人が挙手。

そもそも、ハヌマーン自体が10メートルクラスの大型エセヒーローだ。

しかも今の情報を見る限り。

多分此奴、デングは産み出しているが。

自身は工場に隠れていない。

要するに今も。

何処かに身を潜めている、と判断して良いだろう。

「ハヌマーンが暴れた場所を徹底調査した結果、奴の体の痕跡らしきものは一切見つからなかった」

「そうだろうな」

博士が頷く。

ブラックファングの時もそうだった。

敵は自壊装置を組み込んでいるので。

敵が判断したタイミングでなら。

痕跡を無く消滅させることが出来る。

デングの残骸も一切合切残っていないらしいのだが。

まあそれも当然だろう。

ブラックファングと同じ技術が使われているのだろうから。

「その代わり、奴が暴れた場所での破壊跡を分析した結果、幾つか分かった。 特に、何種類かの物質が変質している」

「詳しく頼む」

「つまり、ハヌマーンの体は特殊な化学物質にコーティングされていて、それが作用した、と言う事だ」

ただし、極めて微量だという。

資料についてはフォーリッジ人に引き渡しているらしいのだが。

上手く行けば、此処から敵の居場所を逆算できるかも知れないと言う。

これらの情報は。

日本から来た警官達と情報部が協力し。

現場を徹底的に調べ上げた結果。

出てきたものだそうだ。

更に協力者のお姉さんは。

警察に協力を何とか取り付ける事に成功。

警察のヘリを各地に飛ばして。

現在空撮して貰っているという。

確実に。

包囲網は狭まっている。

ただし、此処でもたつけばもたつくほど。敵は他のエリアで「ビジネス」を進めていく事になるし。

それは多くの人の死を意味する。

理不尽に殺される人は。

これ以上出してはいけないのだ。

少なくとも、手が届く範囲では救わなければならない。

幾つか打ち合わせをした後。

解散する。

博士が私を呼び止めると。

何だか浮き輪みたいな装置を出してきた。

「現在東南アジア政府管轄下にある都市全てに、フォーリッジ人の許可を貰って、空間転送装置を仕掛けて貰った。 これを使って移動出来る。 ただし狭い地下空間だ」

「分かりました。 いつでも戦えるように準備します」

「頼む。 変身フォームはどうする」

「ハヌマーンを何度も確認しましたが、恐らく真マハープラカシュに比べて相当実力は劣ると思います」

ただし、だ。

狡猾な敵のことだ。

ハヌマーンに改造を施しているかも知れない。

今までのデータを遙かに上回る実力で出てくる可能性も否定出来ない。

それを考慮すると。

此方も、油断はせず。

瞬殺マッチを目論むべきかも知れない。

幾つか戦闘の経緯を考えておく。

勿論途中で、予想外の事態が起きる可能性も想定しなければならない。

フォーリッジ人に、戦闘ロボットの支援を要請する必要があるだろう。

博士にそれを話すと。

良いだろうと言われた。

とりあえず。此処までは問題なし。

次だ。

敵が潜んでいる方法次第では。

敵を逃がさないように、戦闘ロボットを配置しなければならないかも知れない。

それを考えると。

少しばかり厄介だ。

そうなると、私自身で奴と直接対決する事になる可能性がある。

敵の戦力が現状のままなら瞬殺してやる。

だが、敵が真マハープラカシュのようなのを繰り出してきた場合。

ちょっとばかり面倒な事になる可能性が高い。

少し余力を残すべきか。

幾つか、策を練っておく。

敵が上を行ってくるか。

それともひたすら時間稼ぎに徹するか。

或いは両方か。

想定しうる全ての可能性を。

考慮しなければならなかった。

 

1、見つけ出せ

 

ハヌマーンは本来インド神話の神だが。

仏教でも人気がある。

と言うよりも。

仏教は、あまりにも多くの変遷をたどった宗教で。

元祖となるインド仏教と。

私が知る日本の仏教では。

あまりにも違いすぎるのだ。

密教は比較的元祖となる仏教と近い所があるが。

それよりも前のもの。

チベット仏教などになってくると。

色濃くインド系の宗教。ヒンドゥーやバラモンといった、多神教の影響が色濃く出てくる。

仏教には仏しかいないかというと間違いで。

ヒンドゥーやバラモンの神々は、「天」という階級の神として取り込まれているし。

そのまんま「鬼子母神」と、神として呼ばれている存在もいる。

ハヌマーンと戦う前に。

私は敵を知るために。

全ての情報を集めていた。

というのも、インドで真マハープラカシュと交戦したとき。そしてその後。

散々な目にあったからである。

あの時は本当に酷い目にあった。

暴動の様子は。

見ていて本当に痛々しかった。

しかも信仰そのものは本物だったし。

余計に厄介だったとも言える。

今回は、仏教系のエセヒーローという事で。仏教徒以外も多い此処東南アジアでは、インドの時のように。大勢の暴徒が、命がけの断食を始めたりとか。転生がどうのと荒れ狂ったりはしないだろうが。

それはそれとして。

別の問題が起きるかも知れない。

実際問題、仏教にも軍神に分類される存在はいて、タイ仏教ではハヌマーンが代表的だし。

日本では「明王」と呼ばれる戦闘神タイプの存在や。

或いは毘沙門天などが有名である。

宣教師が日本に来たとき、そのあまりにも恐ろしい姿から、明王を悪魔と勘違いしたらしいが。

これらの恐ろしい姿は。

仏敵と戦うためのもの。

実際には、誰よりも弱者を労り、手をさしのべるという側面も持つ神格である。

だとすれば。

今暴れているハヌマーンは。

偽物だ。

仏教系統の軍神だとすれば。

あくまで倒すべき存在には凶暴であっても。

弱者に対して手をさしのべる存在。

自分から弱者の敵をばらまき。

自作自演で邪悪のビジネスに荷担し。

挙げ句の果てに弱者の敵をリモコン同然に操作して「ヒーロー」を演出するなど。

本物のハヌマーン神がもしいたら、激怒する所行だ。

当然倒す事に何らためらいなどいらない。

そして、その後どうするかも。

幾つか思いつくが。

今の時点では、まだ計画段階に止めておく。

いずれにしても、インドの時と同じようにはいかないだろう。

いっそのこと、敵を自滅に追いやる方が良いかも知れないと、私は結論した。

「宏美くん」

博士が来る。

考えながらストレッチをしていた私は頷く。

敵が発見できたのか。

私の表情を見て、博士は即座に察したらしく。残念だが、と前置きした。

「今敵の居場所を絞り込んでいる所だ。 もう少し掛かると思う」

「敵は此処を恐らく時間稼ぎ用のトラップとして利用しています。 罠を喰い破るためには、迅速な調査が必要です」

「警察も情報部も、それにフォーリッジ人も動いてくれている。 特にフォーリッジ人は、クロファルア人のあらゆる干渉を押さえ込んでもくれている。 彼らを信じて待って欲しい」

「……実は気になる事があります」

博士が頷く。

私は、少し前から考えていた事を言う。

「クロファルア人そのものに、悪党はいないのではないでしょうか」

「何だって……!」

「フォーリッジ人が極めて丁寧に調査をしていることは私も把握しています。 それで相手が割り出せないのはおかしいです。 ひょっとしてですが、敵は寄生虫のような存在なのでは」

「ばかな、そんな存在……」

あからさまに動揺する博士。

可能性を想定もしていなかったのか。

おかしいとは思わなかったのだろうか。

実際問題、敵は狡猾だ。

今回、数百人程度しか来ていないクロファルア人に紛れて犯罪を行っていたら。

絶対にばれる。

ましてやフォーリッジ人のような、買収が絶対に通用しない種族が来てしまった今。

もしも私が黒幕だったら。

とっとと手を引いて、次のビジネスの事を考えるだろう。

だが敵は余裕綽々。

それはつまり。

クロファルア人を探している限り。

ビジネスを邪魔されない自信があると見て良いだろう。

勿論、寄生虫かどうかは分からない。

あくまで私はそういう可能性を想定しただけ。

もっと狡猾だったり。

隠蔽性が高い存在かも知れないし。

或いは私が認識しうる存在では無いのかも知れない。地球に類例が無いような、という意味でだ。

だが、博士はそれらを検索できる立場にある筈。

フォーリッジ人にも。

これは話しておいた方が良いだろう。

どうもフォーリッジ人は頭が固い。

敵の正体が分かった場合は、迅速かつ有能に動いてくれるが。

今までもずっとそうだったように。

マニュアル外での動きをしている敵には、まるで対応出来ていない。

敵の黒幕がまったく焦っている様子が無かったが。

それも納得である。

フォーリッジ人は確かに買収が絶対に効かないという点で非常に希有な種族だし。とても貴重な存在でもある。

その一方で。

フォーリッジ人にも、参謀が必要なのではあるまいか。

勿論腐敗が絶対に許されないという立場なのは分かる。

そうなると、第三者的な立場の協力者か。

或いは。

ともかく、博士には話をしてもらい。

私はその間に、ユニットバスで汗を流しておく。

軽く眠った後。

栄養だけは立派な食事を取り。

それでまた体を動かしながら、どう戦うかを考え続ける。

確かに今。

出来る事は他に無い。

そして私は。

体を仕上げて。

敵を瞬殺することだけ。

脳みそを特化させていく。

体の方はあくまで習慣としての鍛錬。

それに、敵と総力戦をやると、相応にダメージは受ける。

きちんと鍛えておかないと。

フィードバックに耐えられないかも知れない。

体を動かし終えた後。

また敵の資料を漁る。

現場百回では無いが。

見ておくことで、何か新しい発見があるかも知れないからだ。

勿論横やりについても考えなければならない。

ハヌマーンは現時点で一匹と推定される。

これは、少し前に博士に聞いたのだが。

もしも推定通りハヌマーンが移動式工場で、体内でデングを作っているとすると。

そのコストは尋常では無く。

敵がわざわざ稼げもしない場所に投入するとは思えないから、というのが理由だ。

ハヌマーンについては良い。

というか、多少背伸びしたところで、二三匹が相手なら何とでもなる。

問題は他のエセヒーローが介入してきた場合だ。

中華で暴れているエセヒーロー超仙は、相当に厄介な能力を持っているようだし。

北米で暴れているエセヒーローの頂点、ザ・アルティメットに至っては。口を揃えて最強という声が上がっている。

中東にいるスレイマンも、侮れる相手ではないようだし。

此奴らが不意打ちを仕掛けて来た場合。

対応する事が出来ないかも知れない。

あらゆる最悪を想定し。

その場合でも対応出来るように準備をする。

それが今。

私がしておくことだ。

そいつらの戦闘データも見ておく。

今は待つだけの時間。

有効活用しない手はない。

確認をすると。

超仙は、文字通り仙術としか言いようが無い、怪しい術の限りを尽くして暴れ回る様子である。

まだ分析は完全には出来ていない様子だが。

つまり分析出来ないような変なテクノロジーを使っている可能性が高く。

戦う時はさぞや厄介だろう。

ザ・アルティメットは単純に身体能力が高く。

速くて強くて堅い。

北米の悪の組織、ヴィランズは非常に規模、能力共に強力だが。

それでも圧倒的な戦闘力で押し潰している。

有志(つまりファン)がその戦闘シーンをネットに多数挙げているが。

これは確かに、真マハープラカシュと同等か、それ以上と見て良いだろう。

とてもではないが、一瞬でも油断できる相手では無いと見るべきだ。

そして、スレイマンだが。

名前の通り、いにしえのソロモン王をモデルにしたエセヒーローである。

相手は72という名前からも分かるとおり、悪魔をモチーフにしている悪の組織だが。

スレイマン自身も、怪しいスレイブを多数展開し。

それで戦うタイプのようだ。

此奴らが今警戒するべき敵。

他のエセヒーローについても、一通り見ておく。

全部まとめて攻めてきたらどうするか。

流石にそれはないと思うが。

ただ、フォーリッジ人が戦闘ロボットを展開している。

それでも一方的な展開にはならないだろう。

一眠りして起きる。

身体能力が上がっているのが分かる。

だが、いつも死にかけることを考えると。

この程度で満足していてはいけないだろう。

もっと鍛えておくべきだ。

トレーナーに着替えて、ストレッチをしようと思った時。

博士が声を掛けてきた。

「準備は良いかね」

「いつでも」

ブレスレットは大丈夫。

変身用のアイテムも全てある。

いつでも戦闘可能。

つまり、敵をむごたらしく殺せる。

「敵の居場所を三箇所にまで絞ったそうだ。 これからその全てに強襲を仕掛ける。 いつでも出られるようにしてくれ」

「分かりました」

さて、ここからが勝負だ。

罠を喰い破れば。

敵は今までの様子からして、動揺する筈。

先手はもう渡さない。

今後は、後手後手に回り続けるのは敵の方だ。

そして、そのまま押し潰す。

今までに犯した(というか、罪悪感などかけらも無いだろうが)罪を絶対に償わせてやる。

楽に死なせなどしない。

私は目を閉じると。

大きく息を吐いて。

集中した。

いつでも戦えるように。

 

二箇所空振り。

三箇所目。

戦闘開始。

多数のデング出現。

フォーリッジ人の配下に移されている、クロファルア製の警備ロボットが、自動化されている軍の包囲下の中、戦闘を開始。

その報告が上がると同時に、私は立ち上がった。

博士が作ってくれた転送装置を使って、現地に飛ぶ。

どうやら敵は、地中に潜っていたらしい。

例の化学物質の、あまりにも微細すぎる放出をたどって、どうにか探し出したらしいのだけれども。

現場を徹底的に調査しなければ、絶対に分からなかっただろう、と言う事だった。

ハヌマーンも姿を現したらしい。

後は。奇襲を警戒しつつ。

一撃必殺させてもらう。

空間転送完了。

戦闘映像を見ながら、現地近くまで移動する。

移動にはフォーリッジ人が手配してくれた、地中移動用の車を使う。ドリルで掘るのではなくて、土の存在する確率を操作して空間を作り、其処を移動するというハイテクマシーンだ。

理屈は分かったけれど。

具体的に何をしているのかはさっぱり分からない。

まあテレビを使う事が出来ても。

テレビの仕組みは分からないのと。

同じようなものだろう。

映像を確認。

悠々と立ち尽くして周囲を睥睨しているハヌマーンの背中には、煌々と輝く虹のような光。

そして無尽蔵に繰り出されてくるデング。

妙だなと思ったが。

フォーリッジ人が解説してくれる。

「戦闘データを見る限り、デングは皮だけしか無い」

「えっ!?」

「風船のように膨らませている、というだけだ。 正に張りぼてだな。 死んだように見せているのも、全てテクノロジーによる見せかけだ」

「……」

心底下劣な奴だ。

本当に張りぼてとのエセヒーローごっこをやっていたというわけか。

良くも此処まで下劣な事を思いつくなと、ある意味感心してしまう。

それ以上に噴き上がる怒りの方が強いが。

とにかく。

殺す。

急いで貰う。

現地近くで、地中に降りる。

土が少し軟らかいので不安だが。それを汲み取ってか、すぐに周囲に土を固める処置をしてくれた。

まあ地球とは考えられないほどの文明差がある世界の産物だ。

それくらいは朝飯前なのだろう。

私はブレスレットをかざすと。

叫ぶ。

「変身っ!」

今回、敵の戦闘員(というか張りぼて)であるデングは気にしなくて良い。ハヌマーンだけを一撃確殺すればいい。

そして、敵は恐らくだが。

あの棒立ちっぷりから見て。

何か罠を張っていると見て良いだろう。

ならば、罠ごと噛み破る。

私が今回使うフォームは。

熱を噴出するものだ。

管状に伸びた体で地中を音も無く進み。

地下で管を展開。

200000℃の熱量をピンポイント放出する。

この熱に耐えるために。

管はとても頑強だが。

その代わり細い。

暗殺のために特化しているフォームで。

戦闘形態では無い。

ハヌマーンに、地下から。

一撃必殺の熱線を浴びせる。

ハヌマーンの尻から頭まで、一撃で貫通。

瞬時に松明と化すのが。

私が見ているライブ画像で分かった。

だが、崩れ落ちるハヌマーンだが。

驚くべき光景が現れる。

背中の虹から。

膨れあがるようにして、またハヌマーンが現れたのである。

なるほど。

それで余裕綽々だったわけか。

此奴はまるで風船のように。

割っても割っても。

次が出てくるという訳だ。

今度はハヌマーンが、地下に凄まじい音波砲を叩き込んでくる。

だが、私の熱線も二射を放つ。

ぶつかりあう二つの力だが。

熱線がハヌマーンを貫通。

更に音波が私の体を打ちのめした。

長く伸ばしているから。ダメージはあまり大きくないが。

だが今の音波は。

恐らく本体の位置を探るためのものと見て良い。

また、焼き肉になったハヌマーンが。

背中の虹から復活する。

デングも無尽蔵に出現しては。

周囲の警備用ロボットに襲いかかっている様子だ。

なるほど。

要するに此奴ら。

デングだけでは無くハヌマーンまで。

張りぼてだったというわけか。

本気で殺意が湧いてくる。

エセヒーローと悪の組織で出来レースをやっているのは分かっていたが。これではいくら何でも露骨すぎる。

能力だけで張りぼてのヒーローと。

数だけいて張りぼての悪の組織。

これによる出来レースというのは。

あまりにも醜悪過ぎはしないだろうか。

勿論嘲笑っている黒幕の様子はありありと思い浮かべることが出来る。

だからこそ許しがたい。

奴の性格から考えて。

これは罠だ。

此方の頭に血を上らせるための。

また音波砲と熱線が交錯し。

ダメージを受ける。

幾ら細長くしていると言っても。

それでもダメージは蓄積して行く。

熱線は。

後一発撃てれば上出来か。

それに対して、ハヌマーンはまた平然と虹から現れ。無尽蔵のデングを出現させ続ける。そして、此方に音波を浴びせたことで、恐らく本体の位置も特定したと見て良い。

恐らくは。

何かしてくるはず。

そう思った瞬間。

ハヌマーンの背中の虹から。

大量の黒い何かが出現した。

デング。

いや、デングとして作る前の原液か何か。

それが空中で錐の形になる。

ああなるほど。

あれで私の本体を貫くつもりか。

だが、残念。

此方の方が上を行った。

ハヌマーンの動きが止まる。

虹が。

私が別方向からつきだした管に貫かれていた。

この瞬間を待っていた。

恐らくデングを出す時。ハヌマーンが復活する時も。

瞬間的に虹の転送機能を使っている。

だが私は。

奴が虹を全力にする瞬間を想定して。

かなり迂回した上で。

もう一本の管。

正確には、現在の私のフォームは長い長い管になっているので。

尻尾の方を。

警備ロボットの間を縫って移動させ。

そして必殺の一撃を突っ込んだのだ。

例え張りぼてのハヌマーンを幾ら焼いても無駄だとしても。

その内部から。

直接焼けば。

悲鳴を上げて逃れようとするハヌマーンだが。

遅い。

火力全開。

内側から、ハヌマーンが。いや、張りぼての偽神が灼熱に焼かれ、内側から吹き飛ばされる。

それと同時に。

私を貫こうとしていたデングだけではなく。

他のデングも全て。

溶けるようにして、地面に力なく拡がっていった。

風船から空気が抜けていく。

そうとしか思えない光景だった。

呼吸を整える。

勝った。

生きた悪の組織生産工場だったハヌマーンを滅ぼした。

吹っ飛んだ残骸や。機能停止したデングの残りカスを、警備ロボットが回収していく。フォーリッジ人から通信が来た。

「見事だ。 一瞬ひやりとしたが流石だな」

「いえ……まだ奇襲の可能性があります。 気をつけてください」

「分かっている。 周囲の警備は万全だ」

その油断が危ない。

私はとっとと変身フォームをとくと。

地下を移動する車に乗り込む。

今回は、フォームチェンジを繰り返さなかったことも有り。

何より敵が弱かった事もあって。

それほどのダメージは受けなかった。

そして何よりも。

あからさまに時間稼ぎに特化していた敵を。

連携で潰せたのは大きい。

問題はこの後だが。

さてどうなる。

ハヌマーンが死んだ事は、すぐに東南アジア全域に伝わるはずだ。

そして此処での「ビジネス」がもう見込めない以上。

敵はまず間違いなく手を引く。

ただしインドの時のような暴動が起きないとは限らない。

文字通り生きるだけが精一杯の状況の民草には。

そんな余力は無いだろうからだ。

戻ってから、健康診断を受ける。

左腕の辺りにダメージが蓄積している。

あの音波攻撃によるものだろう。

青黒く鬱血していて。

すぐに博士が持ち込んでいる治療装置が処置をしてくれた。

一瞬で治る、というほど都合が良いものではないけれど。

比較的すぐに処置は完了するはずだ。

座ったまま治療を受ける私の所に。

博士が来る。

「今回は、比較的楽に済んだな。 宏美くんはいつも体をメタメタにこわしてくるから、心配でならんのだが」

「相手が弱かっただけですよ」

「まさか文字通りの張りぼてだったとは思わなかった。 出来レースどころか、風船人形の張りぼてレースを見せられていたのだな」

博士も呆れ気味だ。

だが、この出来レースの影で、数多の尊厳が蹂躙されていたのも事実。

しかしながら。

罠は喰い破っていやった。

さあどう出る。

次は更に上を行ってやる。

そして追いついたときには。

絶対にのど笛を噛み裂いてやる。

 

2、逢魔の時

 

自分は無言のまま、東南アジアの状況を見ていた。

まさかこれほどの短時間で、入念に準備していたトラップを全て喰い破られるとは。

認めなければならないのかも知れない。

今、相手にしているのは。

未開惑星の猿であっても。

この自分と渡り合う猿。

ハンギングジョンを一瞥する。

正確にはその思考パターンや知識が入っている量子コンピュータを、だが。

此奴も自分とやり合える存在だが。

こんなのがいたのか。

それも、社会の表にでは無く。

裏に。

要するにこの地球とか言う未開惑星。

人間の能力を使いこなす事が出来ず。

声ばかり大きかったり。

腕力ばかり強かったりする木偶が前に出ていて。

それらが好き勝手をした結果。

滅び掛けた。

そういう星では無いのか。

少し認識を。いや、大いに認識を改める必要がある。

今まで相手にしていたのは、社会の表でバカをやっていた低脳。

だが、今相手にしているのは。

ハンギングジョンが手強いと認め。

数多の星でビジネスをこなしてきた手練れである自分でさえ手こずらせる、強敵であると言う事を。

「で、どうするんだ? 時間稼ぎ、失敗だな」

「ある程度の時間は稼げましたよ」

「お前の想定通りにはいかなかっただろう。 その時点で失敗だよ」

「確かにそうですね。 戦略の練り直しが必要です」

苛立つが。

だが、それでビジネスを台無しにするようでは。

今まで汎銀河連合の連中と、渡り合ってこられはしなかった。

当たり前の話だ。

相手だって無能では無い。

勿論自分に比べれば雑魚だが。

それでも、油断すれば捕まる可能性はあった。

今まで奴らを手玉に取ってこられたのは。

自分の実力と相手の実力を正確に把握し。

それで油断せず。

徹底的にビジネスに徹したからだ。

「敵の想定能力を上方修正します。 さて、ハンギングジョン。 どう判断します?」

「体よこせや。 そろそろ女でもいいし尻の青いガキでもいいから犯したい」

「快楽のシミュレーションならあげているでしょう。 どんな優れたテクニックの持ち主とまぐわうよりも遙かに強烈な快楽になっている筈ですが」

「分かってねえなあ。 泣きわめいて嫌がるところを屈服させて、その後ブッ殺すのが楽しいんじゃねえか」

ケタケタと笑うハンギングジョン。

まあ筋金入りのクズだと言う事は分かるが。

自分も此奴の事は言えないので。

面白いと思うだけだ。

「それだとリスクが高すぎるので、許可できませんよ。 なんならその感情を分析したシミュレーターを作って、結果の快楽を貴方にあげますから、我慢しなさい」

「しゃあねえなあ……ナマの人間を蹂躙するのが楽しいのがわからねえ無粋な野郎だぜ」

「ふふ、自分は貴方が想像する何十万倍のナマの知性体を蹂躙してきていますよ」

「違うね。 お前は数字を蹂躙しただけだ」

面白い指摘だ。

自分と違う奴は面白い。

この地球の猿共には笑わされてばかりだが。

此奴と話しているときは普通に面白いし、敬意も払える。

自分と違う上に。

解き放ったらどうなるか分からない、本物のバケモノだからだ。

自分でさえ扱うのに苦労しているのに。

さぞや此奴と戦っていた地球人共は苦労していたことだろう。

また、ハンギングジョンが言う所の小娘も。

今回の戦いの結果。

敵として認識することにした。

今まではまだ認識が甘かった。

今後は、自分と同等の相手として。

本気で策略を練っていかなければならないだろう。

さて、一度休憩と行くか。

少し休んで気分転換した後。

相手の出方を見て、対応を検討する。

現時点で、かなりのデータが敵に渡っているが。

此方でもまだまだビジネスが成立している地域は多い。

敵が次に狙って来るのは確実に中華かロシアのどちらか。恐らくはロシアだろう。

中東と北米はあまりにも強力すぎる。

市場が大きく。

足下を掬える可能性があるロシアが一番敵が狙う可能性が高いとみた。

ただしどうやって攻めこんでくるかが分からない。

後手に回ってしまっている現状。

先手を取り返すことをまず優先する。

それが大事だろう。

フォーリッジ人共も、強力な参謀を手に入れた場合は、非常に凶悪な敵に変貌する。

奴らは頭が固いから手玉に取れるのであって。

今フォーリッジ人共には、自分の先手をとり続けている強力な存在が参謀についている。

本当に小娘なのかと疑いたくなるが。

ハンギングジョンの言葉は信用できる。

間違いないと思って良いだろう。

だとすると、恐らく。

才能に特化しているか。

それとも才能が目覚めたか。

いるのだ、時々。

異常な才覚を持つ存在が。

自分もそうだったから分かる。

覚醒するというのではなく。

じわじわと、眠っていたものが起きていく。

そういう感触ではあるのだが。

ある日、すっとコツを掴むと。

後は別物。

自分の場合は。

数字の使い方を、ある日不意に掴んだ。

それ以降は、まともに法を守るのがアホらしくなった。

邪悪の権化と言われても、鼻で笑うことしか出来なくなった。

さて、リラクゼーションルームに出向き。

地球で言う茶のようなものを啜る。

周囲の不安そうにしているクロファルア人。

既に監視は隠されておらず。

場合によっては、フォーリッジ人達がどう出るか、分からない状態になっていた。

クロファルアは汎銀河連合の中ではかなり強力な星間国家だが。

今回の事はスキャンダルとして認識しているらしく。

此処での指揮を執っている一番えらいクロファルア人は。

憔悴しきっていた。

それはそうだろう。

何しろ、現状で。

悪事を働いている可能性が一番高いのだから。

権限にしても、使える装備類にしても。

勿論真相は違う。

だが、ずっと取り調べを続けられると、まともな奴なら精神を病む。

当たり前の話だ。

地球人にとって美の権化に見えるよう調整された周囲のクロファルア人達が話しているのが聞こえる。

「アポロニアが、ストレスで治療を受けているそうだ」

「ああ、今目をつけられているらしいからな。 本当に一体誰がこんな邪悪な事を……」

「聞いたか。 想定される地球人の被害者数。 最低でも数十万、だそうだ」

「そんな人数を虐殺した奴が仲間にいたら、クロファルアに経済制裁が来るぞ、それもとびきりデカイ奴。 汎銀河連合が本気になったら、下手をしたら懲罰艦隊が動くかもしれない」

自分も会話に加わって恐怖を適当に煽ってやる。

なお懲罰艦隊とは。

汎銀河連合の中枢を担う、絶対中立システムと呼ばれる量子コンピュータが直接管理している最高テクノロジーによる宇宙艦隊で。

この惑星系の太陽ほどある巨大な旗艦に率いられた、二億五千万隻に達する汎銀河連合の最大戦力である。

テクノロジーは殆ど秘匿されていて。

何処の加盟国でも。勿論最大の国であっても。

その気になったら即座に蹂躙することが可能である。

この艦隊が本気で動いたことは今までの歴史上存在しないが。

もしも自分がクロファルア人に潜んでいて。

そして今まで好き勝手をしていたことがばれれば。

太陽系に来るかも知れない。

流石にそうなったら。もう逃げるしか無い。

如何にフォーリッジ人からなら身を隠せると言っても。

あれが来た場合、訳が分からないテクノロジーを投入されるわけで。

その場合は逃げ切れる自信が無い。

もっとも、あの艦隊は確か動かすのに超新星を一個まるまる使うとか聞いているので。

流石にそれはないと思いたいが。

まああくまで予想は予想だ。

一犯罪者のために。

その気になれば、数十の星系を瞬時に素粒子に変えられる艦隊を動員することはないだろう。

休憩を終えて。

自室に戻る。

抜き打ちでフォーリッジ製のロボットが検査をしていった形跡があるが。

どうでもいい。

適当に休んだ後。

ハンギングジョンとまた話す。

「さてどう判断します? 恐らく自分はロシアに来ると思うのですが」

「彼処は政情不安でガタガタだ。 それもクロファルア人が抑えておかないと、一瞬で爆発するレベルの、な。 軍用兵器がそこら中の民間軍事会社を名乗る武装勢力に流れまくっていて、組織によっては核まで持っていやがる。 今では陳腐化した兵器だが、それでも場合によっては厄介な事になるぞ」

「はあ」

妙だ。

此奴なら、こんな言い方はしないはずだが。

意図が読めなかったので、そのまま続けさせる。

知らない事は。

興味をかき立てさせるからだ。

「結論から言うと、俺もそれは同意するが。 もし俺がその小娘だったら、政情不安の原因を利用するな」

「どのように?」

「核テロだよ」

「ほう……」

核によるテロか。

クロファルア製の警備ロボットなら被害は抑えられるだろう。

だが、確かクロファルア人が介入する直前には、核テロの未遂が何度かあったという話を聞いている。

そして、それらは未遂で終わったが。

もし実施されていたら。

地球は未曾有のパニックに陥った可能性が高かったそうだ。

「勿論俺はテロリストだ。 例の小娘は違う。 だが、政情不安の原因を利用する可能性は捨てきれないし、その場合地球側も本腰になるかもな」

「自分が作ったヒーローと悪の組織に対して、本格的な戦いの準備を始めると?」

「そういうことだ。 しかも自前の軍じゃ勝ち目が無い事は分かっているし、当然フォーリッジ人が出るだろう。 前にインドでマハープラカシュを潰した親衛ロボット。 あれが多数投入されると手に負えないぞ」

「ふむ……」

面白い意見だ。

だが、そこまで彼奴がやるか。

ダーティな手は大好物だが。

どうも今回に限って、ハンギングジョンの判断は間違っている気がする。

いや、まて。

間違っているとしても。

完全に間違っているわけではなく。

良い所を突いている、としたらどうだ。

ロシアに展開しているヒーローと悪の組織は、何回か変更している。

というのも、ロシアと中華、それに中央アジアを担当しているフォーリッジ人が、かなりの強攻策を採っていて。

見つけ次第殺すように、キラー衛星を動かしているからだ。

フォーリッジ人に渡されているキラー衛星の破壊力は強烈で。

今までに四回。

ロシアで暴れさせているヒーローが消された。

だが、現状の混沌としたロシアの情勢ではむしろ願ったりである。

日本の時のように、色々なタイプのヒーローを面白おかしく試し。

その裏で本命のビジネスを進めている。

敵がキラー衛星なんてものを持ち出してきているように。

「ヒーロー対策」を本気でやっている以上。

むしろビジネスはやりやすい。

「幾つか罠を張っておきますか」

「それもいいが、小娘を全力で叩き潰す戦力を用意しておけよ。 米国にいるザ・アルティメットだかのコピーでも何でもいい。 この間のインド戦で実力は把握しただろうし、出来るんじゃあねえのか」

「知略の方を警戒するべきでは」

「いいや、両方を警戒するべきだ。 勿論敵にも何かしらのテクノロジーのバックアップがあるだろうから、インド戦の時よりもパワーアップしていると見て良いだろう。 だがそれ以上に警戒するべきは、奴の戦闘の才覚だ」

ふむ、と頷く。

確かに罠は今回見事に喰い破られた。

これだけ丁寧に準備していたのに。

全てを見破られたのだ。

だったら、此方の手も、また読んできてもおかしくない。

ならば、罠を張りつつ。

敵を潰せる戦力を準備するのが先決か。

頷く。

「分かりました。 少しばかり出費がかさみますが、戦力を投入しましょう」

「知っているか。 日本の特撮ではな、悪の組織の末路には主に二パターンあるんだよ」

「ほう?」

「最大の作戦に大戦力を投入して返り討ちにされて一気に衰退するパターン。 逐次投入して戦力を削られ続けるパターン。 この二つが主流だ。 勿論例外はたくさんあるがな」

こんな事を言うには理由があるのだろう。

面白いので続けさせる。

「今のお前は、間違いなく後者だ。 まあ精々特撮と同じ末路をたどらないように考えるんだな、ヒャハハ」

「ふふふ、アドバイス有難うございます」

「お前は他人の言う事を素直に聞く所だけは「美点」だな」

「美点なんていりませんよ」

さて、ならば。

少しばかり本気で動くとするか。

ロシアで動かしていたヒーローと悪の組織に調整を加える。

政情不安のロシアは。

インドに近い規模でのビジネスを行っている。

激しいヒーロー狩りをフォーリッジ人がやっているが。

それ以上の稼ぎを出せている場所だ。

此処に介入され、更に速攻で潰されると。

少しばかり厳しい事になる。

現在の最大市場である米国がいきなり潰されたときのシミュレーションはしてあるが。

それほどではないにしても。

相当なダメージになる事は疑いようがない。

いずれにしても、対策はする。

東南アジアでの借りは。

必ず返さなければならないからだ。

 

準備を進めて数日。

東南アジアから、監視対象である英国の情報部が消えたという報告が入った。一方、日本の警官達はまだ残っている。

まあ、全てが歩調を合わせるのは無理だろう。

調査の結果、此奴らがアホみたいな地道な調査をして。

その結果、ハヌマーンが見つかってしまったことは分かっている。

此奴らも隙を見て殺したいところだが。

残念ながら、フォーリッジ人ががっちりガードしている。

その隙をついて殺すのは厳しい。

それと、問題は小娘の方だ。

敵は恐らく、此方の引き出しが有限である事を逆手に取ろうと。

おぞましい数の形態を用意している。

それを例の小娘が。

ほぼ完璧に使いこなしているのだ。

例の小娘のバックについている奴が、どれだけの運用を想定していたのかは分からないが。

自分が見たところ、少なくとも単なる技術屋だろうと判断している。

実際問題、最初の頃はまぐれ当たりが多かったのに。

最近は明らかに統一された意思による反撃が増えている。

恐ろしい速度で小娘が成長している証拠だ。

まあ、まだまだ背伸びしたところで自分が用意している切り札には及ばないが。

それでも、先手を取られているのも事実。

敵の引き出しが知れない以上。

今回は、可能な限り引っ張り出さなければならない。

例の小娘が移動したかはまだ分からない。

日本の警官の動きが確認できれば良いのだが。

しばらくは監視を続けるが。

やがて動く。

予想通りロシアだ。

英国の情報部も、先にロシアに接触。

色々と活動を開始していることを確認した。

恐らくは小娘も来ると見て良い。

さて、どう迎え撃つか。

罠はたくさん張った。

戦力も充分に用意してある。

そして不愉快な話だが。

東南アジア政府は落ち着いていて。

インドの時のような、暴動は起きていない。

ハヌマーンが死んだ。

それだけで、タイ仏教の信者は暴動を起こしそうなものだが。

上手く何かしらの方法で、暴動を押さえ込んだのだろう。

まあいい。

捨てたところに興味は無いし。

元々ビジネスとしては小粒で、美味しくも無かったのだから。

次の戦場に集中する。

さあどうでる。

少し楽しくなりはじめているのを自覚していた。

 

3、張りぼての後始末

 

英国の情報部と、日本の警察には、先にロシアに行って貰う。

これは私が考えたトラップだ。

情報部のお姉さんは、東南アジアに残って貰っている。

理由は簡単。

東南アジアで、インドと同じ暴動が起きないように、抑える必要があるからだ。

ハヌマーン退治の様子は、映像として流してある。

バラック小屋で暮らしている貧民達は、娯楽も無いし。

殆どが見ただろう。

地面の下に、鼠のように隠れていたハヌマーン。

ぼろぼろとデングを産み出すハヌマーン。

風船のように破裂するハヌマーン。

偽物だと言う事は。

明らかすぎる程だ。

「本物の」軍神ハヌマーンが、あんな情けない末路を遂げるわけが無い。

邪悪の権化であるデングを産み出すわけが無い。

そして、多くの人が見ていた虹をハヌマーンが背負っていたことが決定打になったようだ。

あれは偽物。

張りぼて。

我々を騙していた真の邪悪。

そう悟ることがどうにか出来たのだろう。

一番暴動が懸念されていた元タイでも。

何も起きなかった、と言う事だった。

とりあえず、東南アジアは此処までだ。

協力者のお姉さんには、一度アジトに来て貰う。

話によると、剛直な警察署長が、私に礼を言いたいと言っていたそうで。顔を見せるわけにはいかないが、礼は受け取ったと伝えて欲しいと答えておく。勿論そうしてくれるそうだ。

本当に、外に顔を出せないのが辛いが。

今必要なのは、分かり易い英雄では無い。

地下に潜み。

地上に跋扈するエセヒーローと悪の組織を、誅戮する。

死の権化だ。

今回のハヌマーンは象徴的だったと思う。

軍神の皮を被った、張りぼてのエセヒーロー。

能力だけしか持たず。

何ら意思も無く。

ただそれっぽい動きをするだけで。

民衆の気を引き。

「自分がえらい」事をアピールする。

文字通り、ヒーローに対する民衆の視点の最暗部を、可視化し、具現化したような存在だった。

最低最悪の意味での偽ヒーロー。

そして、ある意味。

民衆が心の奥底で願っている偽ヒーローの姿でもある。

そう私は解釈した。

そしてアレが受け入れられていた時点で。

私は表には出ない。

否、出られない。

私が取る変身フォームは、戦闘や敵を殺す事に特化したものであって。

ヒーローを求める人間が願う「見かけの格好良さ」とは無縁だからだ。

効率を最重要視した結果の姿を。

ヒーローと呼ぶ者はいない。

実際、私に協力してくれている人達も、悪気はないのだろうが、まだ私の変身した姿をバケモノと呼んでいるようだし。

結局の所。

クロファルア人がとった戦略が正しかったのだ。

人間にとっては見かけが全て。

そうでない人間もいるけれど、それは例外中の例外。

である以上。

私は地下に潜み続けなければならない。

幾つか東南アジアでの事後処理を済ませた後。

今度はロシアに出向く準備をする。

ロシアでは、凄まじい政情不安の結果。

テロ組織や。

自称民間軍事会社が。

血で血を洗う抗争を繰り広げているらしい。

勿論クロファルア人が押さえ込んでいるので、大規模な流血沙汰にはなってはいないようだが。

元ロシアと呼ばれていた地域は、現在実質100以上の勢力に分裂しており。

その全てがおぞましいまでの苛烈な主導権争いをしているらしい。

クロファルア人が樹立させた政府はあるにはあるが。

全体に対して、やんわりとした対応を取ることしか出来ず。

相当に苦労している様子だ。

これは、英国情報部も。日本の警察の人も。

本当に大変だろうな。

そうとしか言えない。

勿論フォーリッジ人が支援してくれるだろうが。

今度のフォーリッジ人は、また違う人で。

非常に過激な手段を採るらしく。

今から少し不安である。

一通り準備を整えて。

移動をしようとしたその矢先だった。

フォーリッジ人が連絡を入れてくる。

「連絡が間に合って良かった。 少しばかり力を借りたい」

「ハヌマーンがまた現れたとかですか?」

「いや、そうではないが、面倒な事になっている」

すぐにミーティングルームへ。

博士も今話を聞いたらしく。

慌てて巨体を引きずって、ミーティングルームに来るところだった。

「此方を見て欲しい」

「!」

機械化された軍が。

民衆を押しとどめている。

どうやら何かあったな。

理由を聞くと。

誰だか分からないが。

敵が、火葬場から死体を盗んでいて。

それを換金していたこと。

つまり、引き渡された遺灰などが、一部偽物だったこと。

それが発覚したらしい。

ハヌマーンが偽物だったことについては、ブチ切れなかった人々が。

これについては本気で激高したらしかった。

どうやら、敵側に踊らされて、火葬場に細工をした人間を出せと警察署に押しかけている様子だ。

色々とまずい。

当然引き渡しでもしたら、その場で八つ裂きか、火を付けられて焼き殺されるかの二択だ。

途上国では、こういうリンチでの殺人がよくある。

警察が機能していないと民衆が判断すると。

リンチで軽犯罪を犯した人間でもなぶり殺しにするケースがあるのだ。

国によっては。

犯罪者を、被害者遺族に引き渡す、という事をしていたこともあるらしい。

つまり以降は好きに処理しろ、と言うわけである。

勿論それが濡れ衣だったりしても何ら関係無い。

つまり人付き合いが苦手だったり。

喋るのが苦手だったりする人間が。

その手のそそのかされた「群衆」によって、殺戮される。

一説には900万人が犠牲になったと言う魔女狩り。

それは現在でも。

形を変えて、こうして残っているのだ。

即時の暴動は起きなかったが。

時間差で暴動が起きたか。

これは恐らくだが。

敵が意図してやったことではないだろう。

此方にはラッキーヒットが続いていたし。

今度は敵に幸運が回った。

そういう事だ。

いずれにしても、これを処置しないとまずいだろう。

協力者のお姉さんと連絡を取る。

警察は動いているようだが。

流石に今回の不祥事は、信仰に関するものだ。

ハヌマーンの時は暴動が起きなかったが。

あれは此方が迅速に処置をして。

奴が偽物だと、分かり易く示したから。

今回は隠蔽していたのがばれた。

事実として隠蔽していて。

本来の人ではない遺灰が。

分割されて回されていたという「事実」が動かさざるものとしてある。

そしてもちろんだが。

この事件の発端になったのもまた「信仰」。

現在東南アジア全域は、インフラすら壊滅状態の更地も同然。

こんな状況では。

暴動どころでは無い。そんな事をしている余裕があったら、復興を少しでもしないといけないのだ。

何とか、急いで対策を練らなければまずいだろう。

インドと同じ手を使うか。

いや、それは駄目だ。

ハヌマーンに対しては、今民衆が警戒している。

インドの時は、マハープラカシュが最後まで「神」と認識されていた。

今回は、ハヌマーンは既に張りぼてだったと分かっている。

本物の軍神ハヌマーンを演出できれば、或いは「神」と認識してくれるかも知れないが。

だがそもそも、火葬場がもとより宗教的な観点からして、多くの不満を抱えていた爆弾だったのである。

当然キリスト教徒もイスラム教徒も仏教徒も他の宗教の徒も暴徒には混ざっているわけで。

火葬場そのものへの不満が爆発したに等しい。

一瞬、クロファルア人を利用する事を考えた。

当然ながら、東南アジアでも例のイケメン報道官、アポロニアは人気があると聞いている。

奴に報道させれば。

大人しくなるか。

いや、厳しいと私は判断しなおす。

そもそも今回の件は、火葬場そのものがトリガーになっているわけで。

クロファルア人への不信にもつながる。

勿論、クロファルア人の中に何か犯罪者がいるらしい、というのはもはや知れ渡っている事実だが。

一番やってはいけないポイント。

早い話が逆鱗を今回はフルスイングでぶち抜いたに等しい。

少し悩んだが。

いい手は思い浮かばない。

この辺りの状況は調べたが。

思った以上に飢餓の中暮らしている人々は、熱情を残していた、と言う分けか。

というか、正直な話。

これだけの熱意があるのなら。

それを別方向に向けて欲しかったと、嘆息してしまう。

案の定。東南アジア政府は相当に混乱している様子で。

火葬場の周辺では、暴動が続いているという。

せっかくエセヒーローと悪の組織を排除できたのに。

無力化ガスでも使うかと博士が言い出したので、駄目と即答。

そんなものを使ったら。

一時的には大人しくなるかも知れないが。

最終的にはもっと激しい暴発が起きる。

そうなったら、仕方が無い。

思いついた手を試す。

博士とフォーリッジ人に相談する。

仕方が無いが、他に手は無いだろう。

 

クロファルア人の報道官、アポロニアの立体映像が空中に浮かび上がる。

東南アジアの人々も、暴動を一旦停止し、見やる。

それほどに神々しい姿なのだ。

私はさっぱり関心を持てないが。

とにかく見ただけでメロメロになる女性が大半だとかいう話なので。あれを見ただけでメロメロになる人間の方が普通なのだろう。

だから別に普通で無くていい。

「東南アジア政府の善良なるみなさん。 この度は火葬場にて大きな犯罪が起き、それに対しての不具合を公開できていなかった事件が発生した事悲しく感じております。 クロファルアでは、以下の対策を取ることを決定いたしました」

フォーリッジ人に相談し。

即座に対応して貰った。

つまり。火葬の可視化システムである。

また、全ての火葬は、可視化しなくても、全部映像で記録するようにしてある。映像だけでは無く、5000を超える測定装置を取り付け、死体が焼かれている様子を全記録するようにしている。

しかもこの測定装置はそれぞれが全部独立した系統で記録をしており。

不正が発生したら即座に発覚する。

勿論とんでもないコストが掛かるが。

今回は、ハヌマーンをさくっと被害も無く潰せたので。

フォーリッジ人も、多少は太っ腹にお金を出してシステム構築をしてくれた。

以上のシステム説明をすると。

暴徒も流石に黙る。

「以降は、火葬の様子を全公開いたします。 勿論人が焼ける直接の様子を見たくないという方もいらっしゃると思いますので、実行に不具合が無いかの数値だけでも確認できるようにシステムを構築しました」

悪趣味なシステムだが。これほど公平なシステムなら、文句の言いようが無い。

テクノロジーの暴力で殴るようなものだが。他に手が無いのだ。

具体的な立体映像が出る。

死体をどう焼くか。

使用されたのは豚の死体だが。

それがどのようにして焼かれ。

どのようにデータが公開され。

そして具体的にどう触ることが出来るかが。

それこそ子供でも分かるように、立体映像で説明された。

その様子を見て、暴徒が完全に青ざめる。

まさか此処までやるとは思っていなかったのだろう。

興奮している相手を黙らせるには。

相手にショックを与える方が良い。

そして、こういった強烈な映像は。

ショック療法には最適だ。

「勿論身内の方が焼かれていくのを見るのは忍びないという方もいるでしょう。 しかしこれによって、ご覧の通り不正は完全に防ぐことが出来ます。 以降は安心して、亡くなられたご身内の遺灰を受け取ることが可能です」

バツが悪そうに黙り込む暴徒。

勿論火葬の習慣が無い宗教の人間もいる。

それに対しての話もする。

ていうか、私が考えて協力者のお姉さんが精査しアポロニアが読んでいる脚本に盛り込んである。

「火葬は嫌だという方もいるでしょう。 宗教については今後も尊重するつもりではありますが、残念ながら現時点では、東南アジア一帯は文字通りの焼け野原なのです。 そして我々クロファルアの民も、無限の資源を与えられている訳では無く、被害がより大きい場所から復旧作業をしている、という現実があります。 いずれ、皆様がより楽な生活を行えるようになった時には。 必ずしも衛生的とは言えない他の遺体処理方法についても、復活させることを約束いたしましょう。 そして一刻も早い復旧には、皆様のご協力が何より不可欠なのです」

要するに。

暴徒なんかやってる暇があったら。

とっとと復旧作業に戻れ、と言う事だ。

一時期の地球で流行っていた、どうせ誰も使いもしないのに、無駄に24時間稼働させていたシステムやらとは話が全く違う。

今復旧させる事を目論んでいるのは。

基本的なインフラからの文明そのもの。

つまり生きるための必要なものだ。

文化財どころか。

そもそも、誰もが生きていくために必要な全てが失われている現在の東南アジアにとって。

まず文化よりも。

インフラなのである。

勿論文化は大事だ。

いずれ復旧していかなければならないだろう。

だが、順番が違う。

文化を担う人間に。

最低限の余裕が無ければ。

そもそも文化そのものが生じないのだ。

流石にこれはこたえたらしく。

暴徒が自然に解散を始める。

私は胸をなで下ろしていた。

立体映像で見ていたが。

今回は、暴徒を煽るような存在はおらず。

噂が噂を呼んだ、単なる自然発生の暴動だったため、これで片付いた。

何かのカルトが後ろで糸を引いていたら。

それこそこの程度では済まなかっただろうが。

上手に冷や水をぶっかけることに成功したので。

どうにか収まった、と言う所だ。

「群集心理の操作が上手だな、宏美くん」

「いや、群集心理というよりも、これはただそれぞれが勝手に怒っていただけで、なんのまとまりもなかった状態です。 誰でも黙るような方法を考えたら、これしかなかっただけです」

「そうなのか」

「はい。 正直な所、上手く行かなかったらどうしようと、冷や冷やしていました」

一応、今までの戦闘で。

相手の心理を読むことを散々鍛えて来たから、出来た。

そう前向きに考えるけれど。

しかしこれは、意外に弊害が大きい。

というのも、本来はこういうのは。

政治家がやる事だろう。

現時点で東南アジア政府には、まともな政治家もいないとは聞いているが。

それも無理からぬ事だ。

そもそも軍を警察にそのまんま変化させ。

軍は全部自動兵器。

更に政府機能はクロファルア人が操作しているという状況なのである。

こういう風に、人間を詳しく知らない者が直面したら、どうにもならない事態が起きたら。

混乱は想像以上に大きくなるだろう。

勿論クロファルア人は人間についてしっかり勉強してから地球に来たのだろう。それについては否定しない。

実際クロファルア人に対する致命的な暴動は起きていないし、テロも発生していない事からそれは良く分かる。

SNSの情報などを見ても。

クロファルア人に対しては、未だに否定的な意見を殆ど見ない。

クロファルア人が持ち込んだ警備ロボットなどに関しては、不満を口にする声もかなり多いのだけれど。

アポロニアなどは、あらゆるハリウッドスターが束になってもかなわない程の人気があるし。

公的な場に露出するクロファルア人全てに、熱狂的すぎるほどのファンがついている程である。

だが、心を掴む事は出来ても。

それはゲームとかで言う一種の魅了の魔法みたいなもので。

今回のケースのように。

人間が持っている逆鱗の部分。

宗教を一とする不文律に関する扱いは。

流石にクロファルア人でも厳しいのだろう。

故に今回は大事故が起きかけた。

まあ、それについては。

詳しい人間が対処すれば良い。

「それにしても宏美くんは、戦いが終わった後政治家にもなれるのではないのかね。 この手腕を知ったら、誰もが是非と頼むと思うが」

「残念ですが、地球人が支配されたいと思う相手は見目麗しい存在であって、頭が良い存在では無いんですよ」

「支配されたい、かね」

「民主主義は幻想だ、等とまでは言わないです。 でも、私の国には看板、鞄、地盤という言葉があるんです」

看板。それは知名度。

鞄。それは金。

地盤。地元の人間のコネクション。

これらが揃わないと。

そもそも政治家になる事すら出来ない。

つまるところ、政治的な能力など一切求められていない。

政治を勉強する場は何回か作られたことがあるが。

それらはいずれもが単なる派閥抗争のための思想刷り込みの場となっていて。

具体的な政治のやり方を学ぶ場所などでは無かったし。

何処の政党も、政治闘争には興味があっても。

具体的にお金をどうつかって、どのように国を豊かにしていくかについては、まるで興味が無かった。

日本に民主主義が導入されて以降。

これはまったく変わらない事実だった。

そして、だが。

殆どの国でも、状況は同じ筈だ。

必要なのは知名度。金。コネ。

知名度にはルックスが大きく影響してくる。

実際問題、単なる芸能人などが政治家になるケースは珍しくも無い。

民主主義は、凡人が政治をするためのシステムだが。

故に凡人が。というか平均的な普通の人間が。

どれだけ醜悪か。

私に見せつけてくれるものでもある。

とはいっても、独裁は、上に立つ人間が駄目だと一瞬で崩壊するので。

それはそれとして駄目な制度だと私は思うが。

能力のある人間が抜擢される政治制度。

そういったものを導入した国はあるにはあるが。

しかし最終的には既得権益を維持しようとする人間が、それを駄目にしてしまう。

今、私は暴動を収めた。

だけれども、それはアポロニアが喋ったから、そして何よりショック療法を使ったから、みんな言うことを聞いただけ。

もしそうでなければ。

誰も耳など貸さなかっただろう。

どれだけデータが正しくても。

手段が間違っていなくても。

それは同じだ。

「君はドライだな」

「ドライにもなりますよ」

私は一生忘れないだろう。

平均的で普通の人間が。

私の両親に対してどういう扱いをしたか。

良い両親とは必ずしも言えなかったが。

家族ではあった。

そして、その後も。

いやというほど私は。

現実を見た。

日本でブラックファングが暗躍する事が出来たのも。

あさましく、自分より下の存在を造る事で安心する平均的で普通の人間が、醜悪極まりない欲望をむき出しにし。自分より下とみている人間に対する搾取と迫害をまったく躊躇わなかったから。

他の国でも、悪の組織とエセヒーローの出来レースの影で。

どれだけの弱者が。

平均的で普通の人間に蹂躙されているか。

しっかり見てきた。

勿論中には、平均的で普通の人間とは違う者もいるけれど。

それは例外だし。

何より迫害される対象でもある。

身をもって知っている私は。

これ以上暴徒達を助けない。

勿論命に関わるようなら助けなければならない。

平均的で普通の人間と。

同じにならないためにも。

念のため、二日ほど様子を見るが。暴動は完全に収まった。

というのも、そもそも暴動を起こせる体力も本当は誰にも無かったわけで。力を使い果たした、というのが正解だったのだろう。

皆バラックや、与えられている家に戻り。

黙々と生活を再開した様子だ。

それでいい。

安全を確認できてから。

私もロシアに向かう準備をする。

次は更に厳しい戦いになるだろう。

分かりきってはいるが。

それでも、逃げるわけにはいかなかった。

 

4、極寒の地の結び目

 

東方は桐野と一緒にロシア警察の本部に出向いたが。

まさかこれほどの状況とは思わなかった。

敬礼して挨拶をするやいなや。

いきなり銃を突きつけられたのである。

「何のつもりですか」

「部外者に好き勝手にされるわけには行かないのでね。 君達用のスペースを用意してある。 其処に行くまでは、最大限の警戒をさせて貰う」

「いくら何でもこれは!」

「桐野」

不満の声を上げる桐野を黙らせると。

大人しく銃口に囲まれたままついていく。

なおこの建物は新しい。

現在、ロシアだった場所は、政府機能を事実上喪失していると言うが。

クロファルア人が重要な施設から頑強に構築を開始しているとかで。

警察は最新鋭の技術が導入された、強力な要塞となっている。

そういえば、奇しくもだが。

東南アジアでも、要塞を改装したものが警察署だったか。

通路を通っていくと、檻が上がる。

そしてその中に入ると。

後は自由にしてくれと言われた。

完全に囚人扱いだ。

檻の向こうには、英国の情報部もいた。

無表情な情報部の男も。

流石にこの待遇には思うところがあるようだった。

「来たか、東方警部」

「これは何事ですか」

「聞いていると思うが、ロシアは以前大統領が暗殺されてから、狂乱の極みに陥ったのだ」

「……知っていますよ、世代ですからね」

そう。

ロシアは、21世紀前半から、急激に軍事に傾倒。

各地の紛争に介入し。

多くの兵器を経済力を無視して無理矢理開発。

更に兵器を売りさばく事によって。

世界中に紛争を輸出し。

その血を啜って国を成り立たせるという行為に出ていた。

当然凄まじい恨みを買ったが。

その結末として。

大統領が、中東出身のテロリストに暗殺されると。

暴走が始まった。

手始めに、新開発のICBMを中東の主要各国に叩き込んだ。

火力は当時スタンダードになっていた1600メガトンの凶悪なもので。

そもそも当時のロシアの大統領は、テロリストに対しては如何なる報復でもする、と公言する強硬派が続いており。

その部下達もしかり。

大統領暗殺という行動に対しては。

有言実行で、徹底的な反撃に出たというわけである。

既に石油資源を喪失していた中東は、この暴挙に文字通り消し飛ばされ。

更にロシアは各国の非難を完全に無視。

今まで散々煮え湯を飲まされていた中央アジアなどの国家にも、次々ICBMをたたき込み始めた。

完全に政府機能が失われたのも、その辺りからで。

軍閥化して独立状態になった地方軍が。

各地で勝手に政府を名乗り始め。

そして暴虐の限りを尽くし始めた。

元々資源の枯渇で疲弊の極限に達していた各国に、この狂気の暴走を止める力など既に無く。

一部軍閥に至っては、北米にICBMをぶち込む準備まで開始。

水爆をぶち込み合う、最悪の世界大戦が始まる寸前にまで行った。

クロファルア人が訪れたのはその時。

そして、クロファルア人は。

復興支援の第一歩として。

まずは世界の核兵器を。

全て一瞬で無力化した。

昨日のことのように覚えている。

それは当然だろう。

世界が本当に終わる寸前だったのだから。

キューバ危機の時の比では無かった。

実際に一地域そのものが消し飛ぶという未曾有の災厄が発生しており。

中央アジアにも、東南アジアにも、水爆が直撃していた。

そんな状況では、東方が暮らしている日本でも、無事なわけが無く。

訳が分からないカルトが蔓延し。

世界の終焉を叫ぶ街宣車が走り周り。

治安はおぞましいほど悪化し。

誰もが怯えきって毎日を過ごしていた。

クロファルア人が来てからは一息をつく事が出来たが。

ロシアが政府機能を喪失したのが、全ての終わりの始まりだったことは。

今でも鮮明に思い出せる。

テロは貧者にとって効率的な戦争のやり方、などとうそぶいていた阿呆がいたが。

結果世界はテロで滅び掛けたのだ。

その惨禍を。

東方の世代は、嫌と言うほど骨身に染みて知っている。

ロシアが酷い状態だと言う事も予想は出来ていたが。

此処までとは流石に思わなかったが。

「まずは情報の整理から、ですか」

「現時点で、軍閥化した各地の「地方政府」をクロファルアが無理矢理押さえ込んでいるが、現時点でロシア政府はそれを統率できていない。 更に問題なのは、此処を統括しているフォーリッジ人でな……」

「厳格なだけではないんですか」

「悪い意味で厳格なのだ」

そうか。

それはまずいかも知れない。

まずは部屋に移動する。

ユニット化されていて、一応皆が生活するためのスペースは整っているが。

警察と檻で隔てるとはどういうことだ。

ナースコールみたいなのがある。

必要な時はそれを押せ、というのだろうが。

外に出るときは、ずっと銃を突きつけられるのだと思うと。

正直ぞっとしない。

既に情報部のメンバーは、調査を始めているようだが。

東方がざっとみただけでも。

東南アジアの時の比では無い困難さであるようだった。

そもそも、情報処理の戦略が定まるどころでは無い、ように見える。

「フォーリッジ人に何を言われたんですか」

「曰く、お前達の活躍は聞いているが、しかしながら地球人との連携は最小限に抑える必要がある。 政府機能の回復に手一杯で、お前達を監視する余裕が無い。 納得がいく情報が出てきたら手は貸してやるから、それまでは絶対に呼ぶな、だそうだ」

「……」

なるほど。

振り出しに戻る、か。

いや、振り出しより更に後ろに戻ったかもしれない。

今まで協力してきた二人に比べても。

更に強硬的で、頑固で融通が利かないのだろう。

或いはリーダー格かも知れない。

厳格である事を誇りにする種族らしいので。

徹底的に厳格に、を基本としているのだろう。

それにしてもこれは。

桐野が端末に触って呻く。

様子を見に行くと。

規制が掛かりまくっている様子だ。

「東南アジアでも警察署からは簡単に出られませんでしたが、我々を敵とでも認識しているのでしょうか」

「そうかもしれないな」

反吐が出る。

しかしながら、此処はそもそも東南アジア同様、再建中の国家だ。

クロファルアが無理にメスを入れて強引に内乱状態を終わらせ。

そして今、一つずつ軍閥を解体して、平常状態に戻そうとして四苦八苦していると聞いている。

軍を全部自動兵器に入れ替え。

軍閥幹部を全て更迭し。

社会のリソースを調整する。

その作業だけで。

多分途方もない筈で。

確かに悪党がつけ込んでくるはずである。

これは、例のバケモノ。

いや、そろそろ名前を改めるべきか。

恐らく例の悪党狩りをしている存在も。

相当に苦労するだろう。

情報部の男が来る。

この状況では、まずは基礎的な戦略以前の問題だ。気分転換のつもりだろう。

「時に東方警部。 貴方方は、エセヒーローと戦うあの存在をなんと呼んでいる」

「いや、特に呼称はしていませんが」

「ならばそろそろ呼称を統一しよう。 明らかに我々の味方として働いてくれている存在だ」

「……そうですね」

あの存在は。

文字通り地下に潜むものだ。

そして地下から手を伸ばし。

出来レースに興じているエセヒーローと悪の組織を。

地獄へと引きずり込んでいく。

東南アジアでは、文字通り張りぼてだったエセ軍神を風船のごとく打ち砕き。その存在を地獄へと叩き落とした。

強いてたとえるならば。

深淵。

アビスか。

「アビスと呼称しましょうか」

「それはあまり良い呼び名ではないように思えるが」

「いえ、呼びやすい上に、何より深淵より敵を確殺して行く存在です。 そして、今まで人間は、深淵から目を背けすぎていたきらいがあります。 そろそろ、深淵というものを、きちんと見る時期が来ているのでは無いでしょうか」

「一理ある。 実際問題我が国でも、クロファルアに頼りっきりの復興計画だった。 地球人のあり方を、見直す時が来ているのかも知れない」

無責任な人間賛歌の時代は、人間の手で地球が滅亡し掛ける事で終わった。

ならば、これからは。

深淵にも目を向けるべきだろう。

そして深淵と協力し。

この世界を変えられるのなら。

そうしていくべきだ。

実際、普通の人間なんてものは、クロファルア人を見ただけでころっと行ってしまう程度の存在なのだ。

そろそろ、人類そのものが。

変わらなければならない時期に来ているはずである。

どうすればいいのかは具体的には分からないが。

まずは自分達からだけでも。

変わっていくべきだろう。

「では、これより謎の協力存在を、アビスと呼称する」

認識が一致。

今までで、最悪の条件下での。

戦いが始まった。

 

(続)