焦土で血を洗う

 

序、崩壊した土

 

地球が滅び掛けた時。

割を食った場所と、そうで無い場所がある。

最も割を食ったのは中東。

その次くらいが東南アジア、そしてアフリカ。

更にその次くらいが中華とロシア。

そんな感じだろう。

だが、一番被害が小さかった米国でも、経済はメタメタ。クロファルア人が来なければ、破綻していただろう。

日本だって、大して差は無く。

どちらにしても、クロファルア人が到来しなければ、確実な滅亡だけが待っていた。それも、他の生物も全部道連れにしたあげくの果てに、だ。

「他の動物もやっている事だ」

一時期、そんな言説が流行った。

「人間も動物だからどれだけ汚染も破壊もして良い」

そんな言説も流行った。

だがそれらは、ある一つの事実を完全に無視していた。

人間が環境に与える破壊力は、他のあらゆる生物を遙かに凌ぐ、と言う事だ。

自制しなければ、それこそエボラなどの致命的な病に等しい。

人間は地球のガンだとまでは言わないが。

その破壊力は、ガンと大差ない代物なのだ。

それを無視し。

エゴの限りを尽くした結果。

世界は滅び掛けた。

その一端が。

要塞化した警察署の窓から見える、バラックの群れだった。

こういったスラムは、21世紀にも彼方此方にあった。

問題なのは、「東南アジア」という超広域に渡って、「こんな場所しか無い」ということであって。

そもそもクロファルア人が炊き出しをし、更に放射能汚染などの除去をしなければ。

人間が住むことさえ出来ず。

生存のための過酷な競争さえ、生き残る事が出来ないのだ。

これが現在の地球の現実。

東方は頭を振ると、デスクに戻る。

ユニット化された部屋では。

英国から派遣されてきて合流した情報部の十名と一緒に、現在の東南アジアの状況分析をしているが。

兎に角気が滅入る話しかない。

現在東南アジアでは、そのまんま「ハヌマーン」と呼ばれるエセヒーローが活躍している。

ハヌマーンはタイ仏教などで人気がある一種の軍神で。起源はインド神話。

ラーマーヤナなどでの活躍が知られている。

シヴァの化身の一種ともされるが。

インド神話では、基本的に何でもかんでもブラフマーかシヴァかヴィシュヌに関連づけるので。

この辺りはもう仕方が無いとしか言いようが無い。

ともかくこの猿神ハヌマーンを名乗るエセヒーローが。

東南アジアでは、紆余曲折の末、今は活動しており。

それに対応して、「デング」と呼ばれる悪の組織が活動している。

これはデング熱という伝染病から名前を取った存在で。

神話の存在では無い。

神話の悪魔よりも、実際の病気の方が害が大きかった、と言う事だろうか。

いずれにしても、おぞましい姿をした(しかも凝っていることにまちまちな)デングは、インドにおけるタギーのように多数を一度に繰り出してくるタイプの悪の組織として設定され。

ハヌマーンが蹂躙されるためだけに悪事を働き。

踏みにじられている。

現在はその分析を行っているが。

いずれにしても、英国からの援軍のおかげで、随分やりやすくなっているのは事実である。

色々と確執もあった国だが。

少なくとも、地球が一度滅び掛けた事で。

その確執どころでは無くなった、と信じたい。

東方にしても。

20世紀の戦争のことで、今更英国といがみ合いたいなどとは思わない。

向こうはどう思っているかは知らないが。

また、今更「西欧はあらゆる意味で先進的」等という妄想を抱いている輩もいないと信じたい。

情けない話だが。

信じたい、としか言えないのだが。

「少し良いか」

「ああ、何だ」

「興味深いデータを見つけた」

情報部のリーダー。

以前英国で共闘した、無表情な男に呼ばれて、デスクに行く。

現在、そもそも地球人の作ったインフラ自体が現存しない東南アジア圏だが。

クロファルア人が重要なポイントではネットワークを確立していて。

それの一部を使わせて貰っている。

各地の警察と連携して情報を精査しているのだが。

何しろ人がインド以上に足りていない。

情報戦のプロの支援は本当に有り難い。

「まずデングの出現地域がこれだ」

「全ての都市に満遍なく出現しているな」

「分かり易いように出現した場所について拡大する」

ふむ、と唸る。

拡大しても、基本的に重要施設以外のあらゆる場所に出ている。そして短時間でハヌマーンに殲滅されている。

戦闘所要時間は大体10分程度。

そういえば、ある特撮が権利関係のごたごたでハヌマーン(タイ仏教の)と共闘する映画を作ったとき。

ハヌマーン(タイ仏教の)は過剰なまでの圧倒的な攻撃を敵(仏像を大事にしなかった人間)に加え。

巨人が躊躇無く人間を踏みつぶす有様から、国民性の違いという声が上がったそうだが。

その国民性は。

現在も生きている、と言う事なのだろう。

それはいい。

別にフィクションで残虐性を求めようがどうでもいい。問題は次だ。

やはりインド同様。

現在でも、ハヌマーン(ニセ)の人気は絶大。

インド同様。

ハヌマーンにバラック小屋を踏みつぶされようが。

戦い(というよりも、マハープラカシュの時以上の蹂躙)に巻き込まれて死のうが。

誰も気にしていないそうだ。

何しろこんな有様で。

そもそもインドのように犯罪組織を作るような気力さえ人々は残っていない。

何とか炊き出しは足りているが。

誰の目にも活力は無く。

都市をクロファルア人が造った地域でも。

死んだ目で仕事を黙々とこなしているだけ、というのが実情のようだ。

本当に此処では。

文明が一度死んだのだ。

それを実感せざるを得ない。

説明をすると。

情報部の男は、少し考え込む。

「インドでは、よりよき輪廻転生という思考が、マハープラカシュに殺される事を何とも思わない考え方につながっていました。 来世は地獄では無い素晴らしい未来に行けるという考えです」

「我々の国でも熱心なキリスト教徒はいる。 審判の日や、その後の復活を信じている人間もいる。 それよりも更に過激な思考を持っていると言う事か」

「そうなります。 事実例のバケモノがマハープラカシュを倒した時、インドでは大暴動が発生しました」

「厄介だな」

それだけが感想か。

東方としては、もう少し捻った考えが出てくるのかも知れないと思ったが。

考えて見れば、21世紀序盤以降の欧州は、イスラム圏から流れ込んだ膨大な難民が、テロを一緒に持ち込んだのだ。

カルト思想については。

彼らはドライなくらいに、割り切ることが出来るのかも知れない。

「警察の様子はどうですか」

「現時点では協力的な態勢を取ってくれている。 ただ、やはりハヌマーンシンパはいるようだ」

「……」

そうだろうな。

人が足りないとは言え、軍組織を丸ごと警察に移し替えるという大胆な手で、クロファルア人は人員を確保した。その代わり軍は完全に全自動化した。

クロファルアが持ち込んだ戦闘ロボットは優秀で。

基地に忍び込むようなことはとても無理。

武器弾薬を盗み出すことなど、絶対に不可能だ。

ましてやテロリストが爆弾を抱えて突っ込んでも。

例の中和装置で中和されてしまう。

今までの時点でテロは起きていないが。

画像を見る限り。

軍基地の周囲は閑散としていて。

哨戒用のロボットにさえ、手を出す者はいない様子だ。

東南アジア政府に所属する者達も、知っているのだろう。

クロファルア人を怒らせれば。

炊き出しさえなくなる。

国境付近では、歴史に残るような難民の大量虐殺が行われたが。

それも彼らの記憶にはまだ新しいのだろう。

食べさせてくれる。

それだけで従うには充分。

もはや戦う力など残っていないし。

思考する力もしかり。

貧すれば鈍する。

地獄へようこそと警官に言われたが。

此処はもはや。

地獄でさえ無いかも知れない。

ともかく、信頼出来る人間を集めて。

情報網を構築するしか無い。

それについても情報部に聞くが。

首を横に振られた。

「機械的に集められた情報しか存在しない」

「インドと同じ状況ですね」

「いや、それよりも悪いかも知れない」

見せてもらう。

なるほど、そういうことか。

インドの場合は、まだ犯罪組織などが存在しうる「余裕」があった。

だが此処にはそれさえない。

無気力なバラックで生活する民は。

ただぼんやりと空を見ているだけ。

活力が根本から失われてしまっているのだ。

クロファルア人が建築した都市に暮らす人々さえも。

同じだという。

「医療システムの確認をしたが、東南アジア政府管理下の人間の9割以上が、精神に大きなダメージを受けていることが判明している。 水爆を幾つも落とされたこと、難民として彷徨った苦痛、更に周囲の人間がゴミのように殺されていった事実。 いずれをも見ていて、とても耐えきれなかったのだろう」

「……」

「人脈は構築しても無駄だと判断する。 機械的な情報から、どうにか有用なデータを拾い出し、フォーリッジ人と連携するしか無い」

「分かりました。 此方は此方で対応します」

これは、もうデータ抽出は任せるしか無いだろう。

情報部の男も頷く。

連携はするにしても。

同じ動きをする必要もない。

やり方を色々試してみて。

上手く行ったやり方に注力すれば良い。

そう割り切ったのだろう。

桐野を誘って、警察署を歩く。

元が軍要塞だ。

無骨で、彼方此方には壊れかけたり、さびかけたりしている様々な機械群があったが。いずれももう触られていないらしい。

元の要塞としての機能は既に死んでいて。

建物のガワだけが使われているそうだ。

署長の所に出向く。

いかにもな軍人然とした男で。

日本ではもう絶滅した、化石のような頑固親父だった。

クロファルア人が改革の大なたをふるったとき。

大量の政治家や軍人が汚職や非人道的行為を摘発され。

そのまま刑務所に直行させられたらしいのだが。

此処の警察署長は、剛直という言葉が服を着たような人物で。

水爆が直撃する惨禍の中でも冷静に指揮を続け。

可能な限り安全圏に難民を逃がす努力をし。

介入してきている中華圏の軍閥(当時は中華も分裂し、酷い混乱状態にあった)の軍と激しく戦いながら、クロファルア人の到来まで持ちこたえた。

そういう闘将である。

故に警官というのは窮屈そうだが。

獅子が率いる羊は羊が率いる獅子に勝つという言葉通り。

その配下は殆ど汚職もせず。

クロファルア人が精査しても粗はほぼ見つからず。

故にこういう重要なポジションに抜擢されたらしい。

署長は東方にも桐野にも、そして何よりも自分に一番厳しい態度で臨んでいるのが一目で分かり。

本人は熱心な仏教徒らしく。

ハヌマーンに対しては崇拝の対象だと断言しながらも。

現在活動しているハヌマーンに対しては、良く想っていないようだった。

「日本、英国、インドと、三つの国でエセヒーローを倒す大きな手伝いをしてきたという貴殿らに聞くが、あのハヌマーンはやはり偽物か?」

「ええ。 間違いないでしょう」

「ならば許せぬ」

顔に向かい傷がある、四角い顔の男は、ぎりぎりと歯を噛んだ。

激しい肉弾戦の痕が顔には幾つも残っており。

子供が見たら泣き出しそうなほどの強面である。

日本のヤクザなんか、本物の猛獣であるこの男の前に立ったら、それだけで小便をちびるだろう。

そしてこの男は。

この分厚い筋肉と肉体と軍人としての経験と信念を活用して。

敵軍と戦いながら。

貧民を守り続けたのだ。

言葉には重みがある。

「敵は基本的に、茶番の間に多数の人間を誘拐し、それを殺して換金しているらしいことが分かっています。 何か心当たりは」

「多数の誘拐、か」

「人身売買業者などは」

「そのような事を出来る存在そのものがいない」

それについては、確かにそうか。

犯罪組織が存在しないという話なのだ。

中華が元気だった頃は、華僑系の大金持ちが、金と一緒に腐敗と犯罪も持ち込んだりしていたり。

或いは西欧系の人間が。

膨大な金と一緒に悪徳を持ち込んだりもしていた。

一時期は日本もそれに荷担していた。

だが、現在は。

どの国も、よその国に関わっている余裕が無い。

枯渇した資源と物資は。

それだけ地球を疲弊させているのだ。

ましてや軍事侵攻だの経済侵略だの。

とてもではないが、やっている余裕が無い。

それに、今のこの国に。

介入して旨みは無い。

「だが、バラック小屋で多数暮らしている民が、苦しみ続けているのも事実だ。 警備ロボットが確認する限り、生活満足度は高くないと報告を受けている」

「食糧配給を受けられない人間はどうなっていますか?」

「地下で生活している者や、病気で動けなくなっている者はいる。 だが治療機能を持った警備ロボットが活動を続けているし、地下も巡回している」

そうなると、だ。

インドのように、地下に逃げ込んだ人間を。

敵が家畜化しているような事は無さそうだ。

そうなると。

この最果ての地で。

敵はどうやって誘拐をしている。

腕組みをする。

いずれにしてもはっきりしている事がある。

ハヌマーンとデングの茶番は。

ビジネスだ。

「ハヌマーンが荒れ狂っている間、何かおかしな事は起きていませんか」

「……何とも言えない。 兵士、いや警官達の中にも、ハヌマーンを崇拝している者は珍しくない。 読経をするものもいる。 周囲での出来事は、警備ロボットが記録しているデータ以外は、信用できないと思った方が良いだろう」

「貴方の所感は」

「ふむ、所感か」

腕組みして考え込んだ後。

署長は言う。

「あれが偽物だという話であれば、たった十分程度で殲滅を済ませているというのが気になるな。 安定した供給源があるのではないのか」

「……ふむ」

「かといって、家畜化できるようなまとまった人間がいないのも事実だ。 この地域では、地下に隠れる余裕など存在しなかったからな」

「分かりました。 有難うございます」

敬礼をしてその場を離れる。

桐野と歩きながら軽く話した。

「どう思う」

「信用して良いと思います。 ただし、気になる点も」

「何だ」

「本当に、安定供給される家畜化された人間は存在しないのでしょうか」

確かに、それは気になる。

頷くと、東方は。

他の警官からも、話を聞くことにする。

誰か、何か知っているかも知れない。

 

1、焦土を潜る

 

地下のアジトで、ストレッチをしていると。

協力者のお姉さんが来た。

今回は思ったよりも早い。

だが、話を聞く限り。

決してスムーズに状況が進んでいる訳では無さそうだった。

「文字通りの地獄よ」

お姉さんに言われる。

そうだろう。

私も地上の映像と。

此処で起きた事を既に見ている。

ならば、同じ結論を出した筈だ。

ただ、文字通り地上が消し飛んで再建中の中東よりは、これでもまだマシなのだろう。

そう考えると、悲しくなってくる。

私は、学校で相応に人類が滅び掛けた経緯を学んだはずだ。

だが、それでも。

実際に破滅の爪痕を見てしまうと。

その有様に、哀しみを覚えてしまう。

まだ甘っちょろいのだろうか。

否。

これを甘っちょろいと考えてしまうようでは。

私は世界を滅ぼし掛けた、「普通の平均的な人間」と同じだ。

彼奴らと一緒にならないためにも。

私は戦うのだ。

それならば、甘っちょろいと笑われようと構うものか。

むしろ彼奴らと価値観が違うのであれば。

望むところだと言える。

状況について確認すると。

テーブルに、お姉さんが立体映像を出してくれた。

まず現在、再建中の都市が幾つか。

それ以外は全部バラック。

敵の出現地点。

それらが立体映像として出てくる。

この機材、博士が組み立ててくれたものなのだけれど。

インドに入った辺りから本格稼働を開始して。

現在では備品として活躍してくれている。

なお、お姉さんは使い方をすぐに覚えたようだった。私は未だに良く使い方が分からないが。

「当然だけれども、ハヌマーンとデングの戦いは、人間のいる場所で行われているわ」

「でしょうね」

当然である。

何しろ出来レースだ。

「正義のヒーロー」と「悪の組織」が戦っているように見せなければならない。

だから、人知れず敵を仕留めるとか。

街に近づかせないように戦うとか。

そういう発想そのものがない。

特撮のヒーローとは其処が根本的に違う。

他人を巻き込むことを躊躇しないし。

何よりある意味での自己顕示が最大目標なのだ。

だからこそ、分かり易くもある。

そしてこの地域の人間は、熱心な何かしらの宗教の信者だ。

東南アジアは、イスラム、仏教、キリスト教、土着宗教、色々入り交じっていたが。

再建後は、どうやら仏教が強いらしい。

インドとは多少状況が違うが。

いずれにしても、よりよき転生を、とハヌマーンに願う者も多いのだ。

ハヌマーンは日本の仏教ではあまり有名では無いが。

タイを中心に仏教で大きな人気を持っている。

これは毘沙門天や大黒天が日本では人気なのと似たようなものだろう。

本来は財宝を守る神やシヴァの破壊の側面だけを抽出したような神だった存在が。日本では軍神や福の神として祀られるようになったというだけで。インド仏教の関係者は驚くだろうし。

逆に日本では、ハヌマーンの知名度はインド神話に出てくる猿の神、くらいでしかない。

西遊記の孫悟空のモデルになったと言う説もあるが。

あれはあくまで小説としか日本では認識されていないし。

とてもではないが信仰には結びつかないだろう。

ただ、多数の宗教が争っていたという現状はある。

ハヌマーンを快く思わぬ存在のために。

デングという邪悪を用意し。

それを倒す勇姿を見せる事で。

毎日の絶望に苦しんでいる人々をころっと騙す。

その悪辣さには。

私もいつもながらハラワタが煮えくりかえる。

「データを見る限り、ハヌマーンは満遍なく出現して、だいたい十分前後でデングを殲滅して姿を消しているわ」

「……」

「何か気になるのかね」

「はい」

頷く。

インドと此処では似ているが状況が違う。

まずインドでは、まだ民に「余裕」があった。

あくまで経済面での話だ。

故に犯罪組織が生まれたり、カルトが幅を利かせてもいた。

だが此処、東南アジア政府では。

生き残った民が、身を寄せて暮らしているような状況で。

炊き出しと警備ロボットの保護が無ければ。

それこそばたばたと死んで行くことになっていただろう。

実際、都市部のデータも閲覧するが。

基本的に犯罪を起こす余力さえ無い様子で。

与えられた仕事をこなすのが誰にとっても精一杯。

医療用のロボットも、相当数がフル稼働しているようだった。

色々とまずい。

そう感じる。

国の状態が、文字通り崩壊寸前である。

クロファルア人はむしろ良くやってくれている。

ユニット化した再建プランを、丁寧に実行してくれていると言える。

最終的には、復旧した都市機能とインフラをこの土地に生きている人々に委譲するつもりなのだろうが。

問題はその途上。

そして、今はその問題が一番危険な状態にある。

それだけではない。

個人的に一番気になるのは。

この余裕が無い状況で。

何をして。

敵はビジネスにつなげているのか、ということだ。

どうやって人間を拉致している。

どこで拉致している。

そもそも、バラックが並んでいる辺りは、警備ロボットが巡回している。しかも、フォーリッジ人が監査している今。この警備ロボットに細工をして、というのは非常に難しいだろう。

つまり警備ロボットを誤魔化す事は出来ない。

地下に潜っているような人間もいない。

都市化が完成した地域に、難民として移動しようという動きも無い。

というか、動く余裕さえない。

それが現状だ。

そうなってくると、一体どうやって。

インドの時も困ったが。

今回も困る。

腕組みして考えていると。

博士が案を出してきた。

「ハヌマーンと戦って見てはどうだね」

「いえ、どうせお代わりが出るだけです。 それに、この地域で出た場合は戦いますけれど、それ以外では間に合わないです」

「そう、だな」

何しろ広い。

東南アジア一帯に出現しているのだ。

日本の東京でも、間に合わない場合は諦めなければならなかったのに。

こんな状況では、近くに出た場合以外は対応出来ない。

更にフォーリッジ人に頼んだところで。

空間転移を自由になど使わせてくれないだろう。

あれはトップシークレットで。

使うときも、非常に面倒な申請が必要になる。

ここぞの時にしか。

いつも使わせてくれない。

敵の牽制のために、などという理由では。

絶対に使わせてくれないだろう。

こういうとき、宇宙一の頑固者という所が足枷になってくる。

だが、フォーリッジ人がいなければ、奴らのアジトを叩けないのも事実なので。

こればかりはどうにか上手くやっていくしか無い。

正直、口惜しい。

恐らく敵は、インドより小さな市場として東南アジアを扱っているはず。

ハヌマーンと戦っているデングの数と質を見てもそれは確定的である。

だからといって、此処で敵はビジネスをしていて。

多くの人がそのエジキになっている事は間違いない。

ならば潰さなければならない。

一度ココアを淹れて貰って。

それを飲んで落ち着く。

状況は分かった。

問題は、暗闇の中で、どうやって手探りで敵の拠点と拉致の方法を探し出すかだ。

暖かくて甘いものを飲んで落ち着く。

しばらくして。

フォーリッジ人が連絡を入れてきた。

インドの時と同じ人らしい。

挨拶をした後。

軽く話す。

「実はかなり此方でも手詰まりでな」

「それはそうでしょうね」

「情けない話だが、現時点で我々が独力で出来たのは、ラッキーヒットでの南部アフリカでの敵殲滅だけだ。 クロファルア人全員を監視しているが、誰も怪しい所を見せないし、まったく証拠も掴めない。 更に敵には地球人を知り尽くしている地球人がついているとなると、手に負えない」

「分かっています」

ただ、その弱みを見せてくれるのは有り難い。

下手に強がられる方が困る。

まず、人口密集地に、ビーコンを多数撒いて。敵の空間転移技術を確認するところから始めてはどうかと言うと。

既にやっているらしい。

つまり、敵は。

人口密集地以外に拠点を作っていると見て良い。

空間転移も、それ以外の地域からやっているのだろう。

そうなると。

広い東南アジア政府の全敷地を調べなければならないのか。

しかしながら、インドの件で学習したフォーリッジ人も、地下については調べているらしく。

不審な構造物や。

地下に潜伏している人間などはいないと、結論しているそうだ。

そうなるとどうやっている。

海底か。

いや、確か海底プラントの類は東南アジアには無かった筈で。

幾つか先進国の海底プラントはあったものの。

いずれもあの混乱の中、真っ先に攻撃の対象となり。

潰されたと聞いている。

腕組みして頭を捻る。

博士が提案。

「この敵の出現図に、導線を入れられるかね」

「はい」

お姉さんがさっと操作して。

導線を入れる。

敵がどう出現し。

何処で消えたかの図だ。

見ると、一気にごちゃごちゃになるが。

妙な法則性が見えてきた。

まず間違いなく街の外から侵入し。

そして街の外に消えていく。

そういえば、デングというのは病気だ。

何故デングなのだ。

これについても調べて見るが。

そもそもデング熱というのは、東南アジアで最も怖れられる病気の一つで。

蚊によって媒介され。

症状が悪化すると、為す術が無いと言う。

何だか少し見えてきた気がする。

これは敵が墓穴を掘ったかも知れない。

フォーリッジ人に言う。

「これから、私の指示する地点を順番に調査願いますか」

「ふむ、詳しく聞こう」

頷く。

今ので情報が一気に増えた。

これならば、或いは。

更に敵を追い込むことが可能になるかも知れない。

 

2、闇色の皮

 

自分は暇つぶしに、人間のシリアルキラーについて研究していた。丁度膠着状態に陥り。更にビジネスも進展が止まった。

稼ぎは停滞し。

此処で焦った方が負ける。

だったら、優雅に勉強でもした方が良い。

そう思ったからだ。

というよりも、あの生意気なハンギングジョンが。

実際問題、一番有効な手を何度も進言してきている。

スペックにしても何にしても、私には及びもつかない存在の筈だというのに、これはどうしてだ。

それは何か理由があるのか。

サイコパスは、この星ではシリアルキラーと密接に結びついている。

ハンギングジョン自身がシリアルキラーでもあるし。

調べて見る価値はある。

そうやって調べて見ると。

中々に面白い結論が得られた。

地球では、古くから。

歴史的偉業を為した人間が。

同時にシリアルキラーであった事が珍しくもない。

そういう結論だ。

つまるところ、シリアルキラーでありながら、有能であるが故に社会に許されていた。

そういう存在が多数いた、という事である。

また、社会でも有能ならシリアルキラーでも構わない、という認識を持っていた節がある。

例えば中華圏の代表的な娯楽小説だが。

水滸伝というものがある。

これには、客を次々殺して人肉を加工して売りさばく殺人夫婦が出てくるが。

この見本のようなシリアルキラーが、後に「好漢」として扱われる。

他人を殴り殺すのが大好きという筋金入りのシリアルキラーが。

「優れた武勇を持っている」という理由で、「好漢」として扱われるのである。

つまるところ。

この星では、シリアルキラーはむしろあこがれの対象なのでは無かろうか。

それは何故かというと。

シリアルキラーに、有能な人間が多いから、という事を。

種として本能的に知っているから、ではなかろうか。

データを更に調べて見るが。

例えば、最も日本が停滞した時期。

雨後の竹の子のごとく出現していたブラック企業。

これの社長や幹部連中は。

精神構造がまんまシリアルキラーである。

過労死という形で部下を殺し。使い捨て。

それで自分は私腹を肥やす。

それでいながら社会は、「会社」に対して文句を言うことはあっても。

実際に大量虐殺をしたも同然の社長や会社幹部に対して、制裁を与える事が無かった。数人殺せば死刑だというのに。数十人殺しているも同然の人間が、堂々と政治家になっているケースさえあった。

やはり地球人は。

シリアルキラーに憧れ。

シリアルキラーを崇拝する種族。

そう考えるのが正しいだろう。

こう考えると。

地球に「醜くて残虐なエイリアン」が攻めてくる映画の数々も、色々と面白い見方が出来る。

はっきりいって、この手の作品に出てくる「エイリアン」は地球人の戯画そのものだ。

日本の特撮だろうが、ハリウッド映画だろうが、クトゥルフ神話だろうが、何ら代わりは無い。

地球人が考える邪悪を詰め込むと。

それはガワだけが違う地球人になる。

それだけである。

そして「醜くて残虐なエイリアン」は、意味もなく大量虐殺を繰り返すが。

正にそれこそ、地球人類の完成形だからではないだろうか。

実際問題、人口の四分の一を殺戮したポルポトという地球史上に残るシリアルキラーは、結局外圧でしか倒せなかったし。

逆らう人間を容赦なくジェノサイドして回った騎馬民族は。

未だにある意味の英雄として、世界中の歴史からその猛威を讃えられている。

ジェノサイドを。

地球人は愛しているのだ。

だから地球人は悪としてジェノサイドを書く。

それでいながら、これ以上もないほど、ジェノサイドに恋い焦がれている。

なるほど。

面白い。

どうりで、あからさまに「ヒーロー」と呼ばれる存在が、漫画にしても映画にしても、散々ジェノサイドを繰り返すわけだ。

相手が「悪」であればいい。

つまるところ、理由なんぞ後付けであって。

娯楽として人間はジェノサイドを認識しているのである。

今までも人間の行動は研究してきた。

それに基づいて、好みとなるデザインのヒーローや悪の組織を作り出してきた自分だが。

人間は見かけで九割を判断し。

そして娯楽としてジェノサイドを何よりも愛する。

前者は兎も角。

後者については。ようやく理解出来た気がする。

実際問題、シリアルキラーを「ダークヒーロー」として扱う創作は幾らでも見受けられるし。

現実のシリアルキラーが、英雄として後世に語り継がれているケースも珍しくも無いのである。

なるほどなるほど。

分かり易い。

というか、すっと腑に落ちた感じだ。

自分はあくまでビジネスとして殺すが。

人間は娯楽として殺す。

だから各地で面白半分に多数の生物を絶滅させてきたし。

絶滅させる生物がいなくなったら、「別の人種」を絶滅させてきた。

楽しいのだ。

人間は。

立場が弱い相手を嬲るのが。

だから、ヒーローが、雑魚を蹴散らすのを喜ぶ。

勿論例外もいる。

今戦っている小娘がそうだが。

ああいうのは、人間の中ではむしろ異端。

周囲からは、さぞや遠ざけられていたことだろう。

くつくつと笑う。

クロファルア人が来る前。もはや破滅が確定した地球で。

地球人がどれだけ陰湿な争いを繰り広げていたか。

そんな事はとっくに調べもついている。

比較的マシな国もあったが。

核をぶち込まれて、完全に消滅した国もあった。

そういう状況下で。

「周囲と違う」と言う事が。

どれだけ負担になったか。

想像するに難くない。

周囲と違えば何をしても良い。

そう考えるのも地球人の特性だ。

さぞや苦難を味わったことだろう。

くつくつと笑いながら。

軽く栄養を補給する。

ハンギングジョンはしばらく黙っていたが。

やがてうざったそうに喋り始める。

「なんだお前、楽しそうにしやがって。 インドでの戦線は壊滅したばかりでしかも結局ノルマは達成出来ず、北部アフリカでも上手く行っていないんだろう?」

「ええ、だからこそ、こういうときこそ初心に返って余裕を持たなければならないのですよ」

「ほう? 思ったよりまだ余裕があるじゃねえか」

「そういうものですよ」

最大市場の一つを潰されたのは痛いが。

それでも、まだまだ此方には余裕もある。

特に、どうも例の奴は東南アジアに出向いたらしい。

彼処はとびきり面倒な罠を仕込んである。

簡単に突破はできないだろう。

「特に地球人である貴方に聞きたいのですが、貴方はむしろ普通ですね?」

「何の話だ」

「ジェノサイドが大好きだという意味ですよ」

「そういう意味でならな。 だが俺はその辺の凡百と同じじゃねえよ。 地球人は確かに無意味な殺戮が死ぬほど好きだがな。 俺はそこらの雑魚共と違って実際に実行してきたからな」

けらけら。

ハンギングジョンが笑う。

まあそうだろう。

此奴とそのほかの違いは実行したかそうでないか。

それだけだ。

そしてジェノサイドが大好きな人間にとって。此奴は何処か暗いあこがれを抱く存在になるのだろう。

普通の人間に比べて能力が高い。

恐らく、それが最大の違い。

平均と合わせてやるのがアホらしくなり。

だから周囲がやりたくてもできないことをやるようになった。

それがハンギングジョンの正体だろう。

それにしても、気になる。

此奴が、自分では手に負えないと言っていた奴。

調べても調べても、データが出てこない。

一体どんな奴なのか。

「時に、これからの行動ですが……」

「俺は大規模ビジネスに興味が無い。 俺が好きなのは適当な金を手に入れつつ殺しを楽しむ事だけだ」

「そうですか。 ならば此方のアドバイスは貰えそうに無いですね」

「そうだ。 くれてやる義理もない」

けらけらと笑うハンギングジョン。

まあ良いだろう。

一旦周囲の戦況を拡大する。

南部アフリカでのラッキーヒットに気をよくしたらしい、アフリカを担当していたフォーリッジ人は、北部アフリカで多数の戦闘ロボットを投入しているが。案の定、苦戦している様子だ。

まあそれもそうだろう。

当たるはずもないラッキーヒットがモロに入ると言う珍事が起きた後である。

同じ事は何度も起こらない。

アメリカでは、ヒーローと悪の組織に疑問を持つ声が上がり始めている様子ではあるのだが。

それでもザ・アルティメットの圧倒的な名声は揺るがない。

ただし軍に対して、クロファルア人がメスを入れ始め。

クロファルア製の兵器の配備を始めている。

それも、今までの、地球用にデチューンしたものではなく。

自分の作った悪の組織とヒーローに、対抗できるようにしたものだ。

勿論慎重な運用をするつもりで。更に米軍にも触らせないつもりのようだが。

これが米軍の反発を産んでおり。

更に軋轢が大きくなっているらしい。

他の国のヒーローは違う。

ザ・アルティメットは本物だ。

そう叫ぶ米国人も多い様子で。

米国政府はフォーリッジ人に国を挙げて対応をするようにと指摘されているにも関わらず、「支持率」を気にして迂闊に動けないでいるらしい。

かなり衰えたりとはいえど。

それでも世界最強の国家の自負があるから、なのだろう。

南北アメリカ大陸を担当しているフォーリッジ人は、手を焼いているようだった。

収穫の方はどうか。

現在北部アフリカで収穫のペースを上げている。

一応南部アフリカでの赤字は回復できたが。

インドでの赤字がでかすぎる。

同じ市場でも、桁が違ったのだ。

どうにか敵が介入してくる前に赤字を補填したいのだが。

そうもいかないだろう。

東南アジアは。

現在ノルマの七割という所だが。

元々此処は構造が複雑な上に。

市場規模も小さい。

敵が食いついてくれたのは幸運だ。

そのままそこであっぷあっぷしていろ。

赤字になっても大したダメージは無い。

続けてロシア。

此処は実のところ、あまり市場を拡大できない。

というのも、クロファルア人が到来したと同時に国家体制が崩壊。インド以上のカオスになり、現在再建中だからである。

確か冷戦とやらが終わった直後も、似たような状況になったらしいが。

今回はそれ以上の有様で。

国家としての力そのものはある程度ある分タチが悪く。

再建に当たっているクロファルア人は皆苦労している。

その分大量の監視システムが動いていて。

此方も動きづらい。

一応ビジネスは稼働させているし。

ヒーローと悪の組織もいるにはいるのだが。

それほど市場拡大は出来ないのが現状だ。

中華については。

こちらは更にその上位版という所で。

ただしビジネスとしては、相応に稼げている。

拡大は難しいが。

安定して売り上げが出ている良市場だ。

ともかく昔から人命が安い土地柄であったから、というのもあるだろう。

何より此処も、衰えたりといえど人口は4億を超えている。

最盛期の四分の一以下らしいが。

それでも相当数の人間がいて。

しかも人命がとても安い土地柄。

それならビジネス市場としては大変美味しいというのが現状だ。

さて。

各地の状況を確認し。

微調整をしたところで。

不意にフォーリッジ人が来た。

抜き打ち検査、という奴である。

部屋に来ると、立つように言われ。

スキャンされ。

更に備品なども全てチェックされる。

とうとう業を煮やしたらしく。

フォーリッジ人は、クロファルア人全員を入れ替えようと考えているらしい。その前に、最後の調査をしようとしているようだ。

だが、同じ事だ。

自分はそもそも。

まあ、此奴らには知られていないだろうし。

知る事も出来ないだろうから。

どうでもいいのだが。

ボディスキャンが終わり。

フォーリッジ人の戦闘ロボットが出ていく。

何も検知できなかった、と言う事だ。

ふんと鼻を鳴らすと。

私は気分を変えて。

ビジネスに戻る。

今度は顧客に品を提供。

顧客は、上手く行っていない市場がある事に不安を感じているようだが。

それでも納入される品そのものには満足している。

そもそもこのビジネス。

対金持ち用限定のものだ。

汎銀河連合にも、どうしようもないクズはいる。

そんなクズが金を持っているケースはある。

そういう連中を相手に、依存症の無いクリーンなドラッグを提供する。

故に私のビジネスは評判が良い。

「相変わらず素晴らしい品だね。 今回も言い値を払おう」

「それは何よりです。 ご希望があれば此方で加工を工夫しますが」

「いやいや、今の時点では不満は無いよ。 これからも安定供給をよろしく頼む」

「お任せを」

相手が満足しているから。

会話も短く済む。

さて、次はと思って、端末を切り替えた瞬間。

けたけたとハンギングジョンが笑った。

「おや、また面白い事になってるみたいだぞ」

「!?」

嫌な予感がして、東南アジアの状況を確認。

何が、起きた。

言葉をしばし、失っていた。

 

3、罠の奥の奥

 

人間を誘拐するのは難しい。

かといって敵が得る人間は「新鮮」で無ければならない。

私はこの条件について、既に知っている。

この条件を満たすものはないか。

そうやって調査をしてみると。

意外に分かる事も珍しくなかった。

まず第一に、死体の行方である。

病気、飢餓による死は、現在殆ど東南アジアではなくなっている。

東南アジア政府が有能なのでは無い。

クロファルアが提供している警備ロボットが、人間の居住地対を回り。炊き出しと、メンタルケアをしっかりやっているからだ。

だが、それでも死人は出る。

バラック暮らしのストレス。

食事もそもそも地球に不慣れなクロファルア人が作ってきた栄養食。

栄養があるからと言って、美味しいとは限らない。

むしろ病院食がそうであるように。

体を壊した人間向けに作られた食物は。

美味しくないケースの方が多いのだ。

これも立派なストレス要因になり。

ストレスは寿命を縮める。

そういうものである。

更に言えば、である。

東南アジアという地域に核が落とされていた時期。

生活していた人達は、文字通りこの世の地獄を味わいながら、各地を逃げ回った。

バラックの調査をしてみたが。

出身国は何処のバラックもまちまち。

要するに、それだけ酷い混乱が起きていた、と言う事だ。

東南アジアの各国は、いがみ合いをずっと続けて来たし。

中華の介入が酷くなり始めてからは、その混乱も更に煽られていたが。

しかし核が落ち始めると。

ようやくそれどころでは無い状況だと気付いたらしい。

末期には、軍がそれぞれ共同して、難民の避難誘導や。

物資の供出をしていたらしい。

どうしようもない業に満ちた人類史の。

数少ない光とも言える。

クロファルア人が、この地域の軍を解体しかなった理由の一つがそれらしく。

警察になった元軍人が。

皆真面目に思えるのも、それが理由であるらしい。

協力者のお姉さんによると。

驚くほど真面目でプライドの高い人間が多いらしく。

思った以上に簡単に、コネを構築できそうだとか。

私は頷く。

恐らくだが、この地域では。

敵は誘拐の類はしていない。

社会の「隙間」がそもそも存在し得ないからで。

それを利用した人間の確保が難しいからだ。

ならば、エセヒーローと悪の組織が何故暴れているのか。

理由は簡単。

目をそらさせるためである。

どうにかして、死体を確保しているのだ。それも新鮮な奴を。

なおかつ、大量に。

ストレスをため込んだ死体はたくさんある。

その処理方法について、暗いところが無いか、調べて貰う。

すぐに協力者のお姉さんは動いてくれた。

今英国の情報部も協力に来てくれているらしく。

日本でも手伝ってくれた警察の人も来ているそうなので。

かなり動きやすいはずだ。

博士が、地図を何度もチェックしながら言う。

「宏美くん。 本当に当たりがついているのかね」

「敵は恐らく、此処を一種のトラップにしていると思います」

「ふむ、続けてくれたまえ」

「他と違う仕組みで、人間を確保しているはずです。 インドでも変化球を使っていましたが、此処は恐らくそもそもとして調査に着た人間の時間を浪費させるようなシステムを構築しているはずです」

筈です、というのも。

調べれば調べるほど。

誘拐なんぞする隙が無いからだ。

だったら、死体を確保するしか無い。

恐らくは、其処に穴がある。

その筈だ。

二日ほどで。

お姉さんが、資料をどっさり持って戻ってきた。

まず死体の処理。

バラック暮らしをしている人達は、色々な宗教を信仰している。土葬にこだわるキリスト教徒もいる。

だが、クロファルア人は、彼らに理解を求め。

死体を火葬している。

また、水葬を行う宗教も存在するのだが。

これに関しても、彼らに理解を求め。

火葬している。

理由は一つ。

衛生面の問題だ。

ただでさえ食糧事情、生活事情が著しくよろしくない。

栄養だけしか提供できていないことはクロファルア人も把握している様子で。かといって、おいしくて精神が豊かになるような食事を提供する余力も無い。

現在クロファルア人に出来るのは。

滅びに瀕した地域を復旧し。

死に瀕した人々を救うこと。

それだけだ。

故にそれだけしか出来ず。

余裕が無い。

死体の処理方法をチェックするが。

気になった場所が一つある。

「この火葬ですが、死体は一握りの灰しか残らないんですね」

「ええ、そのようね。 衛生的な観点からも保存しておけないのだとか」

「……DNA検査をお願いしても良いですか?」

「構わないけれど」

出来るだけ急いで。

お願いすると。お姉さんは恐らくただ事では無いと判断したのだろう。すぐに地上に戻っていった。

フォーリッジ人にも、同じように調査をお願いする。

この火葬用の装置も、クロファルア人が持ち込んだものだが。

手を入れる余地は無かったかどうかを確認したい。

フォーリッジ人は頷くと。

すぐに作業に取りかかってくれた。

これはそもそも何らかの法的措置を必要とする行動では無いし。

そもそも現地でクロファルア人が苦労した末に、交渉を成功させているからである。

その機械そのものをチェックするくらいは。

さほど苦労もしないだろう。

お姉さんの持ち込んだ資料を見る。

やはりだ。

死んだ場合、殆ど間を置かず、すぐに焼却処分が行われる仕組みになっている。

衛生面の問題である。

現在東南アジアの状況は、復興に全振りしている。

この状況で、本物の疫病が流行するわけには行かないのだ。

そして人間は、死ぬとすぐに免疫系が駄目になり、大量の雑菌などが繁殖を開始する。

それは、衛生面では致命的だ。

連絡が来る。

お姉さんからだ。

フォーリッジ人と協力し、火葬後の死体をチェックしたところ。

本日火葬された150程の死体の内。

14の死体が、遺伝子が被っていたというのである。

やはり。

それだ。

「遺伝子が被っていた火葬用の装置をチェックしてください。 恐らくは其処に何かあるはずです」

「分かったわ」

フォーリッジ人も動く。

程なくして、判明する。

装置そのものの奥に。

転送装置が見つかった。

つまりだ。

死体を焼くと見せかけて。

回収していたのだ。

そして別の死体の灰を混ぜて。

外に出していた。

遺族に渡されていたのは、全然知らない人間の遺体だった、という事になる。

これは、表沙汰にしなくて良いだろう。

ただし、だ。

敵は墓穴を掘った。

私の予想通りだ。

「この装置に関与できたクロファルア人を洗ってください。 恐らく黒幕はその中にいます」

「うむ……!」

「それと博士、装置の仕組みから、空間転送のテクノロジーを特定出来ますか」

「やってみよう」

場が、動く。

確かに巧妙な仕掛けだった。

だが。此方だって、敵の手の内を読み始めているのだ。

いつまでも後手には回らない。

大体、相手が何を考えているか。

分かるようになりはじめていた。

それならば、それを活用する。

前は運がかなり絡んだ。

だが、運には波がある。

上手く来る時は来るが。

駄目なときは駄目だ。

つまり頼って良いものではない。

今後は、運に一切頼らず。常に敵の上を行くつもりで、戦いを進めていかなければならない。

そして今回は。

それに成功した。

これは、気付かなければ、絶対に分からなかっただろう。

まるで火車だ。

日本の昔話に登場する、死体を盗む妖怪。

猫の化生とも言われている。

ともかく、敵もすぐにばれたことに気付くはず。

だが、東南アジアの状況からして。

大きな市場だとは思えない。

恐らく、すぐに切り捨てに掛かってくるはずだ。

フォーリッジ人が各地の火葬場を制圧。

クロファルア人に指示を出し。

周囲に警備ロボットを配置。

完全に死体の流通は止まった。

不審そうに民が見ているが。

クロファルア人の警備ロボットが、通告する。

「火葬場にて、大きなトラブルが確認されました。 犯罪に使われている可能性があります。 現在その証拠となる装置が発見されており、調査中です。 ご遺族の遺体については冷凍保存中ですので、必ずや責任を持って処置させていただきます」

「……」

不審の目。

それが怒りにつながる前に。

事態を収束させなければならない。

さて、問題はデングとハヌマーンだが。

今回、敵は人間の供給源を他に持たないはずだ。

となると、一気に全部を繰り出してくるか。

やり過ごそうとするか。

どちらかと見て良い。

それとも、まだ反応できないか。

他に可能性は。

考えている内に、博士が悔しそうに言う。

「駄目だ。 発見された時点で自壊するように仕込まれている。 これは技術を確認できない」

「空間転送の痕跡を追えませんか」

「難しい。 かなり痕跡が残りにくいテクノロジーのようだ。 痕跡が残りにくいテクノロジーだけでも、400を超える」

「……」

まずいな。

敵の補給線は断ったとは言え。

敵の戦力が健在な状況だとすると。

新たに補給線を構築される可能性がある。

何しろ敵に取って見れば、人間をさらえればどうでもいいわけで。

手段は後から考えれば良いのである。

東南アジアも、こんな状況でいつまでも推移はしないだろう。

流石に、敵も対応が早い、と言う事だ。

いずれにしても、これで現時点での敵のビジネスは潰した。

次にどう出るか。

それをしっかり考えなければならないだろう。

フォーリッジ人が連絡を入れてくる。

まず装置の解析だが。

やはりフォーリッジ人にも出来ないようだった。

「極めて巧妙な自壊装置が付けられていた。 25箇所にあった火葬場全てを調べた所、合計で50の火葬装置に転送装置が付けられていたが、いずれもが自壊した。 空間固定も役に立たなかった。 空間固定が掛かる瞬間に自壊するように設定されていたようだ」

「分かりました。 混乱が拡がるとよろしくないですし、火葬場の再開を」

「うむ……」

「此処の建築に関わったクロファルア人は?」

それについても良くない情報が上がってくる。

何でもクロファルア人が、作業を行うための中枢AIを持ち込んでいるらしく。

それが設計したというのだ。

つまり、である。

AIに細工をしたか。

後から付け加えたか。

どちらにしても、正規の仕事では無い。

AIのチェックはこれからフォーリッジ人の方でやるそうだが。

問題は誰がいつ。

火葬装置に細工したかだ。

これについては、地道に調査してもらうしかない。

もしかするとだが。

ひょっとして、クロファルア人では無いかも知れない。

 

更に二日後。

調査の結果が上がって来た。

フォーリッジ人によると、あの火葬場を作成した時点で、AIに問題は無し。そもそも全自動で構築は実施されたらしく、人力が関与する余地は無かったそうである。更に言うならば、AIそのものが完成品としてクロファルア本国から持ち込まれており、その製造に関しても、今回来ているメンバーとは全く関係ないIT企業が行ったという事である。そのIT企業にも査察が入ったが(フットワークが軽くて凄い)、犯罪に関連するような情報は出てこなかったし。複数の惑星復興の、問題を起こさず実績を上げるという点で素晴らしいと評価された構築AIの作成に関わっており。過去の履歴を洗っても、そもそもクロファルアと提携した事もあまりないそうである。

そうなると、可能性は。

装置を後付けした方だが。

これについては、犯人がすぐに捕まった。

協力者のお姉さんが警察と連携。

更にフォーリッジ人とも連携して、情報を精査したところ。

火葬装置を納入する際に。

納入を行った業者に共通点が発覚。

その中の一人が、調査の結果自白したという。

何でも彼は死体を水葬にする宗教の信者で。

火葬という風習をこれで壊せると、正体不明の人物から装置を預かり。

装置にただ貼り付けて。

出荷を行ったそうである。

だが、異物が装置についたら、その時点でアラームが鳴るはずで。

そのアラームがどうして発動しなかったのかが分からない。

また、正体不明の人物に関しては、接触もしていないということで。

一方的に声を掛けられ。

話だけされ。

そして装置だけを渡されたそうである。

姿も見ていないらしい。

記憶を覗いたところ。

嘘も言っていないようだ。

そうなると、装置そのものに生体痕跡が残っていないかだが。

これも厳しいという。

つまり、敵のビジネスは潰したが。

敵も撤退に成功した。

そういう事だ。

一勝はしたが。

敵も逃げ切った。

そう考えると、完勝とはいかないか。

それに、敵の戦力が残っている以上。

此処を。

東南アジアを、放置は出来ない。

さて、では此処からだ。

博士と、お姉さんと。

更にフォーリッジ人と情報部の人と話をする。

地下にいるのは私と博士だけで。

残りの二人は、立体映像での参加だが。

「生体痕跡が残っていないと言う事は、恐らくは使い捨てのロボットを用いたものだろう」

「厄介だな。 まさか生体ロボットか」

「そうだ。 エセヒーローや悪の組織構成員を作るのと同じテクノロジーだろうな。 利用後は勿論焼却処分出来る」

「悪魔的な手際の良さだ」

情報部の人が吐き捨てる。

確かに、マネーロンダリングなどとは比較にならないほどの凶悪な手際である。

流石に銀河規模の文明を手玉にとり続けているだけのことはある。

これくらい慎重で無いと。

捕まってしまっていたのだろう。

「クロファルアのデータベース検索履歴などで、火葬を行う業者へのアクセス記録は」

「それも全て確認したが駄目だ。 それらしい履歴は無い」

「くそっ!」

博士の問いには。

無慈悲なクロファルア人の返答。

舌打ちしたのは情報部の人である。

いつも鉄面皮なのに。

珍しく感情を剥き出しにしている。

あと少しという所で。

尻尾がするりと手を抜けた。

其処が悔しいのだろう。

彼にしても、祖国を無茶苦茶に荒らされたのだ。

黒幕に対しては、並ならぬ怒りを感じているに違いない。

咳払いする。

いずれにしても、ハヌマーンとデングを放置は出来ない。

今回、敵はスムーズな撤退を見せたが。

これは恐らく、敵が冷静さを取り戻した証拠だ。

更に言えば。

東南アジアは、この様子ではトラップとして形成された可能性が高い。

かといって、放置しておけばまた拠点を作られ、多くの人々が殺される。

それを許すわけにも行かない。

ならば、どうするか。

「ハヌマーンとデングは現れていないのですよね」

「ああ、ぴたりと出現しなくなった」

「……」

情報部の人の声には冷静さが戻る。

私が冷静なのを悟ったからだろう。

私は実績を上げ続けている。

つまり。

一目をおいてくれている。

そういう事だ。

博士が提案。

「インドと同じ手を使ってみるかね」

「偽物作戦ですか?」

「うむ。 ひょっとすると、敵を引っ張り出せるかも知れない。 敵のビジネスを此方から荒らすようなものだからな」

博士の提案は一見理にかなっているが。

あまり賛成できない。

むしろ情報部の人は。

冷めた目で見ていた。

「出来るとしても、私は賛成しない。 敵は頭が回る。 状況を混乱させるために、逆用されるかも知れない」

「ふむ、そうかね」

「私もそう思います」

博士には悪いが。

少し安易な手に思える。

博士はあくまでテクノロジーに注力して欲しい。

考えるのは。

私がやれば良いことだ。

あれ、いつのまにか。

戦うだけではなく、考える事も担当するようになっていた。

まあいい。

いずれにしても。

敵をむごたらしく殺すには。

戦わなければならないのだから。

自分が獰猛になって来ているのが分かる。

多くの戦いで、まがい物とはいえ、命を奪ったし。

何よりハンギングジョンという生かしておいてはいけないとはいえ、人間である存在の、命も奪った。

私はだんだん深淵に近づいているのかも知れない。

だが、そんな事は関係無い。

もとより普通で平均的という言葉を盾に。

無法の限りを尽くす人間には愛想が尽きていたのだ。

深淵だろうが。

天だろうが。

光だろうが闇だろうが。

普通で無いならそれでいい。

普通を強要することさえ悪だとさえ、今は感じるほどだ。

少し話すが、良い案は出ない。

情報部の人が、クールダウンが必要だと判断したか、話を切り上げた。

「此方で、少し調べて見る」

「分かりました。 それではお願いします」

「分かっている」

通話が切れる。

さて、問題は敵がどう出るかだが。

それを待っていたら、また後手に回ってしまう。

先手先手を取ってきたのだ。

敵をせっかく後手に回らせているこの好機。

捨ててしまうのは惜しい。

焦ればどつぼにはまってしまうだろうが。

それでも、何とか先手を取らないと。

相手は狡猾だ。

しかも邪悪な参謀までついている。

多分私は。

黒幕の上は行けている。

問題は参謀で。

恐らくハンギングジョンだろう。

此奴については、まだ底が知れない。

殺せたのも幸運だったからで。

本当だったら、私はあの時。彼奴を見逃すのがベストの選択だった。それを誤った結果、運良く相手を倒せたのであって。まだ相手の上を行ったわけではない。

考えろ。

ココアを自分で入れて。

糖分を補給。

何度か自分に言い聞かせながら。

考える。

もしも、私だったら。

次はどうする。

まずは様子を見るか。

いや、敵の目的は時間稼ぎの筈。

そして時間稼ぎをするつもりなら。

敵はしばらく拠点を隠そうとするはずだ。

そうなると、拠点を割り出さなければならない。

でもどうやって。

テクノロジーは分からない状況。

痕跡もたどれない。

物理的に地下に拠点があるとは限らない。

どうすればいい。

しばし考えていると。

疲れからか、いつのまにか眠ってしまっていた。

ベッドに入って眠り直す。

起きてから考えの続きだ。

もしも、相手に先手を取り返されると。

かなり面倒な事になる。

まだ敵は各地で活動を続けていて。それは要するに、ビジネス分のノルマを回収出来ていないことを意味している。

そして、予想だが。

此処はかなり面倒なトラップとして設定されているはずで。

逆に言うと、此処を食い破れれば。

敵の懐に飛び込める可能性が高い。

さあ、後はどうやって喰い破るかだが。

着替えて、軽くストレッチをしていると。

連絡。

お姉さんからだ。

「興味深い情報が見つかったわ」

「! 詳しくお願いします」

「博士も呼んできてくれるかしら。 出撃して貰う事になるかも知れない」

なるほど。

話次第だ。

博士を起こしに行く。

博士は巨体なのでかどうしてかは知らないが。

天井に張り付いて眠る癖がある。

触手の一本がぶら下がっているので。

電灯を付けるときのように。

それを引っ張ると起きる。

まるで蛍光灯だが。

まあ兎も角。そうやって博士を起こした後。

眠そうにしている博士を連れて、ミーティングルームに。

既存のフォームを改良するのに徹夜をしていたらしく。博士は何だか疲れ切っているようだった。

そして博士は疲れていると。

とても悲しそうに見えるのである。

とはいっても、人間としての主観。

本当に悲しんでいるのかはよく分からない。

とにかく、博士と共にミーティングルームの席に着くと。

情報部の人も立体映像でミーティングに参加してきた。

なるほど。

これは大きめの進展があったと見て良いだろう。

「日本から来ている協力者の警官達が、ハヌマーンとデングについて地道に調べてくれたのだけれども。 どうやら決まっている法則があるらしいの」

「法則。 詳しく」

博士が身を乗り出す。

眠気もブッ飛んだらしい。

何でも、虹色の光が出るのだという。

それも、共通して。

目撃情報を洗い。

精度が低いものを降り下とし。

更に本人に話を聞きに行き。

その結果、得られた情報だという。

画像が転送されてくる。

虹と言うよりは。

膨らんだお餅のような形状だ。

しかもこれが、それほど遠くない場所で見えているという。

というのも、複数の目撃例を確認した所。

三角測量で分析した結果、意外にバラックの側でこの現象が確認されている、というのである。

フォーリッジ人が少し遅れて参加してきた。

話は後追いでログを見て確認しているようだが。

博士が、データを出してくる。

フォーリッジ人とひそひそ話しているが。

これは多分、地球人には聞かせられないテクノロジーが含まれる話だから、なのだろう。残念ながら、現在の地球人には、それらの話を聞く資格が無い。当たり前の話で、自分達のテクノロジーでさえ、地球を滅ぼし掛けたのである。まだ地球人には早すぎるテクノロジーは存在し。

そして触るべきでは無いのだ。

貰っている力は、手段を選ばず使うが。

その力を選ぶのは地球人であるべきでは無い。

これはえらそうな持論でもなんでもなく。

単純に地球人がやらかしてしまった事と。

この星そのものが滅び掛けたという現実から考えて。

ごく当たり前の事である。

常識云々ではない。

「これは、ありがたい。 もう少し情報があれば、テクノロジーを特定出来るかも知れない」

「他にも情報はある」

食いつきが良かったからか。

情報部の人が話を回してくる。

それによると、妙な高周波が確認されているという。

普通ラジオでも軍無線でも使われない周波帯で。

意味があるとは思えないものだそうだ。

一応最後に記録されたものが残されているので。

回してくれる。

博士はまた、フォーリッジ人と話し始める。

そして、頷いた。

「特定出来そうだ」

「大きな進歩ですね」

「敵も恐らく、バラック暮らしをしている人間達が、まともにものなんか見ていないだろうとたかをくくっていたのだろう。 それが命取りになったな」

「……」

そうだろうか。

そこまで単純だとは思えない。

ギミックの可能性は無いだろうか。

すぐに検索すると言って、博士はその場を外し。

そしてデータを持ってきた。

フォーリッジ人が、情報を見て、頷く。

「なるほど、このタイプの空間転移か」

「次に敵を出現させれば、恐らくは居場所を特定出来る」

「うむ……」

「一つ良いですか?」

挙手して確認。

技術的な問題を幾つか聞いておきたいのだ。

「まず何処かしらにハヌマーンとデングの製造工場があるとして。 其処と、それ以外の空間転送技術を使って、東南アジアをつなぐ事は出来ますか?」

「可能だが、空間転送技術は高コストだ。 恐らく敵の性質から考えて……」

「いえ、敵にはまだハンギングジョンがついています。 もしも罠を張るなら、足下を掬いに来ると思います」

「!」

博士が考え込む。

フォーリッジ人は、咳払いしてから、聞き直してきた。

「なるほど。 それでどうすればいいと?」

「十中八九、次にハヌマーンとデングが出たら、罠だと思います。 しかもその罠のタイミングで、此処での赤字を回収しに来るのでは無いでしょうか」

「……考えられるな」

「そこで、一つお願いします」

博士に頼む。

なるほどと博士は頷いて、すぐに作業に取りかかってくれた。

フォーリッジ人は、ちょっとむっとしたようだ。

流石に彼らも。

無限の予算を貰っている訳では無いのだろう。

此方としても危険は避けたい。

自分の危険では無い。

今回の作戦では、間違いなく敵は、バラックに暮らしている無辜の民を狙ってくる。

勿論無辜の民が、善人だ等と私は思っていない。

私が最も嫌っている、平均的で普通な人々だと思っている。

だが、だからこそ。

一緒にならないためにも。

守り抜かなければならないのだ。

いずれにしても、準備は完了。

罠は張り終えた。

罠を更に罠で返す。

ちょっとばかり粋だ。

勿論ハンギングジョンも、簡単に引っ掛かってくれるほどバカではないだろう。時間を充分に稼ごうともする筈だ。

だが、そろそろ敵の幸運も、また下がりはじめる頃とみた。

敵にとっても、またアンラッキーイベントが起きてもおかしくない。

敵は失敗になれていない。

立ち直ることは出来たようだが。

そう何度も失敗に耐えられはしないだろう。

それならば、此方の作業と並行して、何か起きた場合。

一気に畳みかけられる。

勿論それは希望的観測だ。

宛てにはしない。

いずれにしても、傷に塩を塗りつけられればそれで良い。

「よし、準備は何とかなりそうだ」

「恐らく、数日以内に敵は動くと思います」

「……」

博士は口をつぐむ。というか、よく分からない体の構造だから、黙るとそんな「雰囲気」になる。

一旦ミーティングは終了。

私はベッドに戻る。

ダメージを少しでも回復しておく必要がある。

体はある程度動かして勘は取り戻したが。

戦いの度に酷い怪我をしていて。

その度に無理矢理直しているから。

体に無理が蓄積し。

ダメージが消えきっていないのだ。

そして寝ておくことで。

何時でも戦えるように備えておく。

私は、いつの間にか。

戦闘を中心に。

全てを考えるようになっていた。

それはそれで別に構わない。

奴をむごたらしく殺すには。

それくらいは必要だからだ。

栄養を考えた、美味しくない食事を頬張る。

次の戦いでも。

敵を皆殺しにしてやる。

そう、私は。

自然に考えていた。

 

4、墓穴の底

 

東方は警察署署長に、レポートを提出。

話を幾つかすると。

敬礼して、その場を離れた。

警察署署長も、あまり面白そうな顔はしていなかった。

東南アジアでは、インド同様宗教が現役だ。

本気で神を信じている方が普通で。

葬儀にも大きな意味がある。

それを汚されていた。

しかも、金に換えられていた。

そんな事実を知れば。

いかつい元軍人で。

戦場では銃を握り、敵を容赦なく撃ち殺すソルジャーであっても。

きっと良い気分はしないだろう。

元軍人。

それも、相当に優れた訓練と実績を上げている人物であっても。

それは同じだ。

東方には理解出来ないが。

だが尊重しなければならない。

少なくとも、彼が相当な怒りを抱き。

敵に対して、滅すべしという心を持ったのであれば。

それは東方にとっても、好ましい事だ。

敵は正真正銘の鬼畜外道。

倒さなければならない。

そして東方が見てきた、地球滅亡前に、自分だけ助かろうとしていた連中も。

そいつと同じだ。

地球人の悪しき部分を固めたような奴が。

今地球で悪さをしている。

そんな事は分かりきっているのだから。

古き地球と決別するためにも。

奴には手錠を掛けなければならないのだ。

部屋に戻る。

情報部が活発に動いていた。

桐野に聞くと。

どうやら、何かあったらしい。

何があったのかは教えてくれなかったが。

どうやら東方が足で稼いだ情報が、役に立ったようだった。

この近辺に限るが。

目撃者を絞り込み。

警備ロボットを伴って話を聞きに行き。

そして情報を調べ上げて。

それを整理した。

現場百回。

やり方としては絶対では無い事を英国で学んだが。

此処では立体で現場を保存するようなことはしていなかったし。

方法としてはそれしかなかった。

そして虹色の出現前兆を割り出し。

更に三角測量で位置も特定。

情報部と情報を強要した。

その後何やらばたばた動いていたから。

どうやら情報として有用だと判断してくれたらしい。

それはそれで構わないのだが。

此方が蚊帳の外なのは、少しばかり悲しい事ではある。

自分のデスクにつくと、他の情報も洗う。

少しでもデータを整理しておいた方が良いだろう。

なお、情報部では、一番最近ハヌマーンとデングが出現した際に拾った妙な波長とやらを解析していたが。

今は別のデータを調べているらしい。

此方と共有してくれれば良いのだが。

どうもかなり科学的に難しいデータだそうで。

情報部でも、各国の科学者と情報を共有して、解析に当たっているそうだ。

つまるところ。

聞いたところでどうせ分からないようなものなのだろう。

だったら無理に聞く事もあるまい。

データを整理していると。

妙なものを見つける。

デングについてだ。

デングが最初に出現したのは、世界各地でクロファルア人の復興活動が軌道に乗り始めて。

そして同時に、ヒーローと悪の組織が出現し始めた頃。

世界でほぼ同時に。

出現が始まっているのだが。

どうしてか東南アジア政府では。

ハヌマーンが先に出現。

かなり遅れてから、デングが出始めるようになった、というのである。

日本でも、最初はブラックファングが好き勝手に暴れ、その後で時間差を付けてヒーローが出たが。東南アジアは、更にその「間隔」が長かったらしい。ヒーローと悪の組織の出現が逆だが、まあそれはいい。問題は時間差だ。それが気になる。

何故だ。

特に旧タイを中心に、ハヌマーンが人気であると言う話は東方も聞いたことがある。だが、ヒーローと悪の組織の出現に時間差があると言うのは何故だ。

単にデングが確認されなかっただけか。

いや、それは考えにくい。

現状、東南アジア政府は、コロニーと荒野しかない、という状態だ。

コロニーも都市化が進んでいる場所と、バラックの群れか両極端。

最初の頃、ハヌマーンはそれらバラックの上を飛ぶようにして出現しており。

その周辺ではデングの出現は確認されていない。

闇がある所に光が生まれる。

これは特撮の鉄則で。

何かしらの邪悪な脅威が最初にあって。

それに対抗するためにヒーローが出現するのである。

このルールに関しては、敵も守っているようで。

同時に出現しないにしても。

必ず、同時期にヒーローと悪の組織が歩調を合わせて姿を見せている。

ならばどうして。

此処では、しばらくの間、ハヌマーンしか出なかった。

調べる価値があるかも知れない。

桐野に、今までのデータの解析を投げる。

大変だと桐野は言うが。

刑事の勘だのの話では無く。

こんなイレギュラーが放置されていたことの方が問題だ。

敵の気まぐれだった、とかならいい。

もしも此処に何かしらの意味があり。

その意味を見落としたりしていたら。

大変な事態になりかねない。

インドでも、協力していると思われるバケモノは。

相当な苦戦を強いられていた節がある。

つまり、味方が足を引っ張ったら。

それだけで負けにつながる可能性だってあるのだ。

それは絶対に許されない。

中に多分人間がいるのだ。

あのような姿になってまで、戦う事を選んでくれているのだ。

東方や桐野が足を引っ張ったことで負けさせてしまったら。

それこそ申し訳が立たない。

しばらく最初の頃のハヌマーンの動きを徹底的に調べ上げる。

どこから現れ。

どのように飛んでいったか。

署長室にも出向き。

出現時に変な波長とかを拾っていないか、等というような話も聞いてみる。

データを提出してしばらくすると。

署長が直接来た。

「残念だが、直接的な証拠は残っていない。 今調べた所、例の波長もフォーリッジ人が来てから、此方も警戒を高め、それでようやく拾えたようなのだ」

「そうですか。 それならば仕方が無い、ですね」

「だが収穫もある」

向き直って、話を聞く。

情報部も此方を見ていた。

「実は、初期のハヌマーンは、後光を背負って飛んでいたらしいのだ」

「! 詳しく」

「大した情報では無いのではないかと思ったが、貴殿が細かいデータを地道に調べてきたのを見て、此方も情報を洗い直したところ、そういう話が出てきた。 何かの役に立つだろうか」

頷くと、データを見せてもらう。

写真が残っていた。

複数の写真があるが。

確かに違う。

初期に取られたハヌマーンは、光を背負っている。

そして、問題なのは。

その光が、例の虹に似ている事だ。

腕組みする。

情報部の男が聞き返す。

「署長。 これが見られなくなった時期は」

「デングが登場した頃には後光は無くなっていた、と聞いている」

「分かった。 裏付けのデータを探して欲しい」

「役に立つのならそうしよう」

嫌な予感がする。

ひょっとして、これも罠では無いのか。

そもそも、火葬場から新鮮な死体を盗んでいた、という点で、妖怪じみているのだ。

どんなことをしてもおかしくないだろう。

情報部がばたばたし始める中。

もっとおかしなデータが無いか。

確認を続ける。

そうすると。

今まで隠れていたかのような。

不審なデータがまだ出てきた。

署長が来る。

データを見せてくれた。

「これだ」

「!」

ハヌマーンがデング退治を始めた時。

その前の出現時。

確かに後光が消えている。

そして比べてみるとはっきりするが。

やはりこの後光。

例の虹にそっくりだ。

大きく嘆息すると。

私は頷く。

「これは何かある」

「だろうな。 他に何かデータはいるか」

「あるだけいただけますか。 此方で解析します」

「……実際に多くのものの尊厳が汚されていることが分かった後だ。 可能な限りのデータを供出しよう」

そう判断してくれたのは嬉しい。

頷くと、此方も総力戦態勢に入る。

桐野に食事を準備させ。

先にシャワーを浴びておく。

これからいつ寝られるか分からない状態になる。

今、ハヌマーンは出現していないが。

もしも出現したら。

多分例のバケモノとの戦いになる。

そして敵は罠を仕掛けている可能性が高い。

これだけ色々仕込んでいるのだ。

それが致命的では無いとどうして言い切れよう。

今のうちに。

可能な限りの準備をする。

そして戦いに勝つ。

東方は警察官だ。

だからこそに。

世界を害するものを。

許すわけには行かない。

調査を続行すると。

また何だかよく分からないものを見つける。見つけたのは桐野だが。東方もそれを見て、絶句していた。

ハヌマーンに殺されたデングが消えていく瞬間の姿だが。

どうも中身が空っぽに思えるのだ。

今までは死んでも残さず消えていたのだが。

中身は詰まっていた。

中身が空。

どういうことなのだろう。

とてつもなく嫌な予感がする。

ひょっとして、だが。

今回の場合。

ハヌマーンでは無く。

デングが敵の本体では無いのだろうか。

すぐに情報部と連携する。

この予感が当たっていたら。

とんでも無い事になるかも知れない。

今回の戦いは。

下手をすると。

相当な死闘になるのでは無いのか。

嫌な予感が。

止まらなかった。

 

(続)