軍神対邪神

 

序、この世の果て

 

空間転移まで使って、ニューガンジーに到着。

インド史に残る偉人の名を使いながら、中途で放棄されてしまったこの世の果ての街は。地下からでも、異常な空気を感じ取ることが出来た。

今いるのは、放棄された地下空間の一部だが。

明らかに軍が適当に手を入れ。

中途で放棄した痕がある。

此処に一旦拠点を作る。

博士が貸してくれた戦闘ロボットが、拠点の構築を開始する。私用にプレハブの生活ユニットも組んでくれた。

だが、そう長期的な戦いにはならないだろう。

敵が動くとしたら。

安牌を取る。

しかも、さっさとこの国からは手を引きたいと考えている筈。

ならば、絶対に。

すぐに仕掛けてくるとみて良い。

敵はあからさまに動揺している。

此処で一気に畳みかけるのが吉だ。

もっとも、敵にはハンギングジョンがまだいる可能性がある。

奴は肉体を持たずとも。

知能だけで脅威になる。

此方の狙いを的確に見抜いてくるかも知れない。

その場合は。

間違いなく、激戦になるだろう。

此処にいる戦闘ロボット達は、いずれも人間に似ていない。

円筒形で触手が生えていて。

戦うために最適化した姿をしている。

感情も与えられていない。

文字通りの戦闘マシーンだ。

だが、だからといって。

無駄遣いするつもりは無い。

彼らは彼らで。

博士が作ってくれたのだ。

変身スーツのいずれも試し、既に特性は把握しているが。

それでもどれにも愛着はある。

まだ博士は新しいフォームを開発してくれてはいるが。

それでも、現時点で使えるフォームは、いずれもまだまだ使うつもりだ。

敵が対応出来ない状況から使えば。

制圧形態は充分に役立つ。

そういうものである以上。

私は何でも使う。

だが、それは。

敵と同じように。

数字で判断する事を意味しない。

ものに魂が宿る。

この概念は、西洋圏では理解されないそうだが。

しかしながら私は。

一緒に戦って来たものや。

これから一緒に戦うものは。

大事にしたい。

さて、戦略拠点を簡易ながら構築した。問題は、これだけ深く潜っていても、誰が忍び込んでくるか分からない、と言う事だ。

このニューガンジーは、疲弊し瓦礫の山になったニューデリーの代わりに、首都として計画され。

前世紀末から今世紀半ばまでのインドにおける「国としてのエネルギー」をつぎ込み掛けて失敗した場所なのである。

故に地下も複雑。

本当に、地面を徹底的に掘り返して。

空撮出来ないように工夫しながら工事を進め。

更には誰も把握していないような空間構造まで作り上げ。

そして気がついた頃には、インドが破綻し。

魔の都市となっていた。

地上には出られない。

犯罪組織の人間と。

ホームレスと。

ストリートチルドレンしかいないからだ。

しかも禁止されているにもかかわらず横行しているカースト制による、低カーストの人間が半ば公然と奴隷化され。

犯罪組織がやりたい放題している。

ただ、警備ロボットは相応の数が出ているらしく。

それでも犯罪組織同士の抗争や。

麻薬の売買などは出来ない状態らしい。

ただ喧嘩沙汰などは日常茶飯事らしく。

炊き出しの列などでは、怒号が飛び交っている様子だ。

非暴力不服従と、不屈の精神で、英国の支配からインドを解放した文字通りの偉人、「偉大なる魂」マハトマ。

その名前を冠した都市が、このような事になるなんて。

何だか、日本における。

名前と性格が逆になるケースを、思い出してしまう。

勿論そんなものはオカルトだけれども。

だが、私の上にある都市を思うと。

色々と口をつぐんでしまう。

これは、何かの罰なのだろうか。

確かに人間は驕り高ぶりすぎた。私の国でも、この星が滅びる寸前には色々と酷い事があった。

だが、此処はいくら何でも酷すぎる。

人類は、あまりに驕りすぎ。

そして宇宙に出ようとしたことが、問題になってしまったのでは無いのだろうか。

そんな気さえしてくる。

戦闘ロボット達が、レーダー網を構築。

更にフォーリッジ人が連絡を入れてきた。

「此方は準備完了だ。 其方はどうかね」

「既に戦略拠点は準備しました」

「うむ……」

これから連携しての作戦開始だ。

敵は動く。

そう信じて待つ。

そして、その予想は。

思ったよりも遙かに早く適中した。

突如として。

ニューガンジー中央部にて、爆発が巻き起こったのである。そして、爆発で吹っ飛んだ瓦礫の中から、わらわらと大量にタギーが出現する。

インドの悪の組織タギーの特徴として。

怪人に値する強化個体が存在しない事がある。

その代わり兎に角数が多い。

これはマハープラカシュが、大量の敵をなぎ倒す演出を好むために、こういう組織構成にしているのだろう。

一部隊が150体で構成されているタギーは。

その全員が、得体が知れない幽霊のような布きれで全身を覆っているような姿をしている事もあって。

怪人とか、悪の組織というよりは。

アジア系の妖怪を想像させる。

倒壊したビルを確認。

ニューガンジーにて、もっとも勢力を持っている犯罪組織の本部だ。

人員の多さで他の組織を圧倒しており。

毎日縄張り争いで小競り合いを起こしている。

その度に警備ロボットが出動し、逮捕者を出しているのだが。

欠員は強引にストリートチルドレンやホームレスから見繕っているようだ。

警備ロボットが動くギリギリの範囲を見極める狡猾さも見合わせているため。

もしもこれだけ精度が良い警備ロボットが多数いなければ。

恐らくは女子供を使った爆弾テロや。

人身売買なども平然と行っていただろう。

倒壊した建物は壊滅。

生命反応はない。

タギーの数も圧倒的多数。

多分、1500はいると見て良い。十部隊以上を投入してきた、というところだろうか。だが、あの程度の数が、新しい「ビジネス」の嚆矢となるとは思えない。

逃げ惑う貧民に襲いかかろうとするタギー。

私は、ブレスレットをかざすと。

アイテムを差し込む。

「変身っ!」

まずは、制圧からだ。

以前も使ったうにのような姿。

今回は支えになってくれるロボット達がいるので、攻勢に使う。ロボット達にシールドを張って貰って天井を支え。

針に指向性を持たせて、一気に床下からタギーの群れを貫く。

1500のタギーが。

一瞬にして串刺しになる。

勿論一度の攻撃では無く、高速で数回出し入れしたのだが。

それでも、制圧には三十秒と掛からなかった。

血だらけになって倒れるタギー達。

だが、即座にお代わりが来る。

「東。 数3000」

「!」

今度は倍か。

別の犯罪組織の本部を襲い。

抵抗さえ許さず引きちぎり、皆殺しにしたようだった。

まあ抵抗できる相手でも無いだろう。

その犯罪組織は洗脳した少年兵に旧時代の武器を持たせて、他の組織を威圧するような行動をしていた連中で。

結果、洗脳された少年兵も皆殺しの憂き目にあった様子だ。

クメールルージュの末路のようだな。

そう一瞬だけ思ったけれど。

しかし、ともかくだ。

動く方が先である。

この制圧形態は、兎に角移動が出来ない。

一旦変身を解除すると。

今度は超射程の触手を伸ばす形態へ変化。

一瞬で変身を解除すると。

再び変身をし直す。

現時点で、マハープラカシュは出てきていない。

ならば。可能な限りタギーを削り取る。

触手を展開。

無防備なホームレスやストリートチルドレン。明日をも知れない生活をしている者達に、遅い掛かるタギーを迎撃する。

死ねばより良い来世が待っている。

戦神の戦いに巻き込まれて死ねば、功徳を積むことになる。

次は違うカーストに。

そんな声が聞こえる。

触手が嫌でも拾ってくる。

バカ。

絶叫したくなる。

輪廻転生があったとしても。

そんな事で功徳なんか積めない。

輪廻転生があったとしたら。

この世での行状など全て確認されている。

ましてや、宇宙人が出来レースのために作り出したエセヒーローに殺された事で。

前よりマシな生なんて、得られるわけが無い。

殺戮の限りを尽くそうとする無数の幽鬼。

それを、むしろ手を拡げ。

救いのように受け入れようとする民衆。

割って入る。

叫びながら、片っ端から出来レースの悪の組織を貫く。

真下からの攻撃。

背後からの攻撃。

いずれもが、情け容赦の無いものだ。

連続変身の負荷が上がってきているが。

まだまだ。

不満そうな声が聞こえる。

どうして地獄から抜け出すのを邪魔する。

此処は地獄だ。

生まれてしまったのが間違いだったのだ。

新しい世界に生まれるために功徳を組んできて。

今やっとそうなるところだったのに。

そんな声が。

タギーを壊滅させた私に。

流れ込んでくる。

呼吸を整えながら。

触手を引っ込める。

この触手は、相当にデリケートなのだ。

ダメージを受けると本体にかなりフィードバックがある。

だから。可能な限り展開は最小限に。

変身解除し、呼吸を整える。

さて、次はどう出る。

「高エネルギー反応観測」

「!」

ロボットが一斉に上を見る。

どうやら真上。

マハープラカシュが出現したようだった。

同時に、フォーリッジ人からも連絡が入る。

「敵の空間転移を確認。 君達の周辺だ!」

「マハープラカシュからの戦略爆撃と推定。 破壊力、およそ50メガトン!」

「最悪……!」

50メガトンと言えば、かの水爆、ツアーリボンバに匹敵する火力だ。

地盤がぐだぐだな上に、もはや都市そのものが崩壊してしまっているこのニューガンジーでそんなものがぶっ放されれば。

文字通りこの土地は消滅する。

防がなければならない。

だが、恐らく敵は、最初の二派の攻撃での制圧を想定。

私の介入が想定以上に早かったため。

切り札を切ってきたと見て良い。

ならば。

「周囲のタギーは任せます」

「了解」

咳き込む。

立て続け、三度目のフォームチェンジだ。

だが、やってやる。

しかも、三度目では駄目なのが分かりきっている。

それでもやってやる。

呼吸を整えながら、ブレスレットにアイテムを差し込み、叫ぶ。

変身。

そして、私は。

中空に。

虹を思わせる、光の壁を展開していた。

ぶっ放されるマハープラカシュの光の矢。

さながら、神話に登場するインドラの矢だ。

だが、それは弾き散らされる。

私が展開したシールドは。

大火力の戦略砲撃を想定し。

防ぐために作り上げたものである。

シールドそのものがエネルギーを吸収し。

そして周囲に無害な状態で散らす。

周囲からわらわらと沸いてくるタギー。数は想像も出来ないほどだが。しかしながら、これでフォーリッジ人が敵の工場の座標を掴んだはず。

第二射が来る。

流石に戦神をかたどったヒーローだ。

やってくれる。

第二射も防ぐ。

かなり全身が熱い。

焼け付くような熱さだ。

これはまた寝込むことになるな。

自嘲しながら、フォームを切り替える。

空間を跳躍し。

一つの巨大な錐になった私は。マハープラカシュを背後から貫くべく、襲い掛かる。

回避したマハープラカシュ。

なるほど、複頭を生かしての回避か。

砲撃を続行しようとするマハープラカシュだが、残念。

今のは囮だ。

複数方向から同時に殺到した錐が。

一斉にマハープラカシュを貫く。

戦神が、無念のうめき声を上げた。

そう。

一つの錐になった後。

空間の裂け目を空け。

分裂して、一斉に飽和攻撃を仕掛ける。

そういう戦闘形態だ。

錐の一つ一つには無数の目がついていて。

そして触手を展開することが出来る。

用途は言うまでも無い。

内側から、爆裂するようにして触手を展開。

戦神マハープラカシュは。

木っ端みじんに吹き飛んだ。

呼吸を整えながら、対爆シールドを解除。

下を見る。

一斉に罵声を浴びせられているのが見えた。

「神殺し!」

「功徳を積んで転生出来る機会だったんだぞ!」

「外道! 悪魔!」

口を引き結ぶ。

彼らにとっては、それが真実だ。

否定などしても、何の意味もない。そして彼らの生活が、これだけの言葉を叩き付けてくるに相応しい、無惨なものであることも、また事実なのだ。

見ると、また無数の何かが空間転移してくる。

それは、クロファルアの警備ロボットよりも、数段性能が上の、フォーリッジ人の戦闘ロボット達だった。

着地すると、彼らは周囲に展開。

そして空間に穴を開け始める。

今ので観測を完了したのだろう。

つまり。

ここからが本番だ。

 

1、輪廻の先

 

ヒンドゥーやバラモンといったインドの固有宗教には、基本的に大きな問題が一つ存在していた。

過剰すぎる修行の強要。

そしてカーストである。

最高位のカーストであるバラモンは生まれながらにしてバラモン。

そして修行をすればするほど、より高位の存在に近づく。

シヴァなどの最高神でさえ、力を得るために修行をする。

それがインド神話の特徴である。

一方で、その苛烈すぎる修行の強要を緩和、更にカーストの撤廃をしたのが仏陀の唱えた仏教である。

結局の所、宗教勢力の争いに敗れ。仏教はインドでは衰退していくことになるが。しかしながら、その思想は東アジア全域、中華、日本へと伝わり。

様々な土地ならではの変化を遂げながら。

発展していくことになる。

私は、酷いダメージを受けた全身を引きずりながら。

地下に突入してきたフォーリッジ人の戦闘ロボットが。敵を防ぐので手一杯だった博士の戦闘ロボットと合流。敵を一気に殲滅するのを見届け。

呼吸を整えながら、変身を解除。

その場に倒れそうになるが。

何とか踏みとどまる。

吐血。

無理も無い。

四度の連続変身である。

しかも水爆級の攻撃を二度も防いだのだ。

これで体に負担が無い筈が無い。

変身そのものはまだいい。

だが動かせば当然負担は生じる。

そして、リスク無き力などあり得ない。

誰でも分かる事だ。

何のリスクも無く振り回している力なんて。

最後に、一斉にリスクが襲い掛かってくると言うオチしか待っていないものなのだ。

戦闘ロボットを介してフォーリッジ人が、状況を教えてくれる。

「やはり君の想定通りだ。 敵はかなり焦って、此処で拠点を構築しようとしていたようだな。 今、戦闘ロボット達が、敵の工場へと突入している」

「私も行きます」

「そう言うだろうと思ったが、バイタルがかなり危険だ。 今、周囲の状態を正常化するので、少し待て」

凄まじい勢いで連射されるレールガンが、瞬く間に群がるタギーどもを殲滅していく。その火力は凄まじく、地球では結局連射式が作れなかったレールガンなのに。それをガトリング砲のごとく撃ちだして、なお無駄な破壊をしないテクノロジーには、恐れ入るしかない。

それも、もしも流出したときのことを考えて、ブラックボックス化した上で性能を制限しているというのだから凄い。

周辺の安全確保。

同時に、戦闘ロボットの数体が、周囲の安定化を開始。

空間を固定し。

崩落を防ぐ。

地上には、増援としてクロファルアの警備ロボットが多数出現。

周囲を睥睨し始める。

これでは、例え火事場泥棒を目論む者がいても。

何もできないだろう。

とはいっても、現状布きれ一枚を奪い合う羅生門が如き状況だ。

火事場泥棒どころではないだろうが。

激しい戦闘で崩落した箇所の応急処置をしているのを横目に、戦闘ロボットが私のダメージを淡々と読み上げていく。

骨折などは無いそうだが。

内臓などに相当な負担が掛かっているそうだ。

内出血も何カ所かで起きていると言う。

「出来れば即座に回復作業に入りたいところだが、君はそれを良しとはすまい」

「はい。 敵の殲滅を見届けさせてください」

「あい分かった」

降りてくるのは、二体の大型ロボット。

頭足類を思わせる姿をしていて。

丸っこい頭部と。

多数の触手だ。

昔の映画に出てくる火星人のようだなと思った。

「私が護身用に使っている、親衛用戦闘ロボットだ。 君を守らせる」

「有難うございます」

「では、戦場に突入してくれ」

空間に穴が開く。

私は頷くと。

再びブレスレットをかざし。

変身。

親衛用戦闘ロボットと共に、飛び込む。

工場らしき場所では、激しい戦いが行われていた。

どうやら、タギーとマハープラカシュは、同じ超大規模工場で製造されていたらしい。

この凄まじい工場規模。

今まで見た場所の比では無い。

現在、無数の。

恐らく万を超えるタギーと。

十体以上のマハープラカシュが。

凄まじい猛攻を戦闘ロボット達に仕掛けて来ている。

しかもリミッターを外している様子で。

戦闘ロボット達を相手に、一歩も引く様子が無い。戦闘ロボットも破壊こそされてはいないが、押し込むことも出来ない様子だ。

親衛ロボット二体と一緒に工場に入った私は。

戦闘に参加する。

多分だが。

これで終わりでは無いはずだ。

何しろ敵には、ハンギングジョンがついている。

この状況を予想していないとはとても思えない。

以前にも使った、無力化ガスを放出する形態を一旦試す。

タギーがばたばた倒れていくが。

マハープラカシュには通じない。

そうか、まあそうかもしれない。

だが、的が減るだけ、戦闘ロボットはやりやすくなるはずだ。

親衛ロボットが警告してくる。

「空間に穴」

「!」

「対応する」

空間に裂け目が出来。

其処から敵の増援が現れる。

とはいっても兵士では無い。

大量の爆発性の液体だ。

空間ごと固定しないと、この空間まるごとどころか。戦闘のために開けている突入用の穴から爆風が吹き出し。

それだけでニューガンジーがまるごと消し飛びかねないと説明される。

戦闘ロボットの九割方がそれの対処に回る。

私は、全身のダメージを自覚しながらも。

別の戦闘形態へ、フォームチェンジ。

襲いかかってくるマハープラカシュに。

真っ向から躍りかかった。

その戦闘形態は、古代に生息していた直角貝に似ていて。

貝の部分が鋭いレーザーブレードになっている。

触手を伸ばして空中で機動しながら。

レーザーブレードで斬る。

複数の腕を使って防ごうとするマハープラカシュだが。

一刀両断。

武器ごとまとめて、一瞬で焼き切る。

このレーザーは、レーザー水爆に使えるほどの熱量で。

マハープラカシュの先ほどの戦闘データから、リミッターを外したところで装甲を貫通できると、博士から支援通信が来ていた。

ならば、全部ぶった切ってやる。

二匹目を貫き。

三匹目を触手で絡め取って、握りつぶす。

だが、五匹が同時に、無数の武器を投じてきて。

親衛ロボットが防ぐも。

その内の幾つかが体に直撃。

吐血する。

動きが止まった所に、さっきの水爆級の攻撃に移行しようとするマハープラカシュだが。

親衛ロボットの方が早い。

触手から展開した収束レーザーが。

多数のマハープラカシュの腹に頭に。

大穴を開けていた。

ばたばたと落ちていくマハープラカシュ。

更に、戦闘ロボット達も、液体爆薬の固定化に成功。

だが、更に敵は、上を行っていた。

「ニューデリーが!」

多分見せつける意図だろう。

ニューデリー上空に、空間の裂け目出現。

其処から、大量の液体爆薬が漏れ出す。

文字通り、本当に無茶苦茶だ。

このやり口、間違いなくハンギングジョンだろう。

そうまでして此方のリソースを削ぎたいか。

「対応開始」

戦闘ロボット達が動き出して、ニューデリーに空間転移する。

そして、奥の方から。

今までより三回りは大きいマハープラカシュが歩いて来るのが見えた。

親衛ロボットも、見せつけられているニューデリーの様子を見て、支援は難しいと呟く。

勿論私に対しての、だ。

「一旦引くべきだ」

「いいえ、此処で勝負を付けます。 増援は」

「無理だ。 ニューガンジーでさえ、大混乱の状況なのに」

「ならば!」

触手を使って無理矢理武器を引き抜くと。

私は体から血が噴き出しているだろうなと思いながら突貫。

真マハープラカシュとでも言うべき敵切り札に対して。

一撃を繰り出す。

前は一瞬で真っ二つだったが。

多分今までの個体のデータを取り込んだのだろう。

ブレードの一撃を耐え抜いた。

親衛ロボットは、一体がニューデリーの支援に。

もう一体が、私の支援に残ってくれた。

マハープラカシュが、雄叫びを上げながら、ブレードを掴み。

振り回して床にたたきつけてくる。

だがその腕を触手で掴むと。

私も引きちぎり返す。

床にたたきつけられたダメージで、意識が飛びかけるが。

マハープラカシュも腕を引きちぎられているのだ。

再生能力は無いらしい。

そのまま突貫。

貫きに掛かるが。

なんと真剣白羽取りの要領で止められる。

だが、ブレードは振動しているのだ。

親衛ロボットに意図を伝える。

親衛ロボットは、私とドッキングするように触手を合わせると。

全力でブースターをふかした。

雄叫びを上げながら、押し戻そうとするマハープラカシュ。

だが、私は、対応の時間を与えない。

更に、移動中、四方八方をレールガンで射撃して、敵の収納カプセルを破壊していく親衛ロボット。

おのれ。

マハープラカシュが絶叫したように思ったが。

次の瞬間には。

壁に串刺しにしていた。

そのまま、更に押し込む。

マハープラカシュが、複数の頭を動かして、絶叫する。

それが断末魔になった。

振動をフルパワーに上げた結果。

壁ごと、木っ端みじんに消し飛んだのである。

周囲の敵戦力、沈黙。

親衛ロボットが、ドッキングを解除し。

周囲に残った敵の施設を確認していく。

まずい。

血を失いすぎたかも知れない。

変身を解除。

同時に、壁になつく。

いや、壁は無い。

壁を吹っ飛ばしたときに落ちてきた瓦礫の一つに、だ。

凄く寒い。

こんな寒い場所で戦っていたのか。

毛布が欲しい。

目を閉じてしまう。

だが、へたり込みたくは無い。

私は、立っていなければならない。

此処で、敵を倒したのだ。

だから。

倒れるわけにはいかない。

 

目が覚めると。

博士と協力者のお姉さんが覗き込んでいた。

親衛ロボットが運んできたと教えてくれる。

頷くが、動くなとも言われた。

一週間寝ていたという。

そうか。

一週間か。

「状況の推移を、お願いします」

「働き者だな、宏美くんは」

「……お願いします」

「分かった」

博士が画像を出してくる。

どうやら敵は、ニューガンジーに大部隊を一気に投入。

現地のホームレスに狙いを定めて。

まとめて誘拐する算段だったらしい。

これについては、私がまとめて倒した大量のタギーの残骸を解析したところ。そういう命令が仕込まれていたことが分かったと言う。

更にフォーリッジ人の解析で、幾つか副次的に分かったこともあった。

「「悪の都」とされているニューガンジーを焼き払うことで、敵はインドでの市場で動きやすくする狙いもあったようだ」

「何が悪の都ですか……旧約聖書じゃあるまいし」

「人は分かり易い悪を欲する。 宏美くんならわかっているだろう」

「分かっていますが、それでも……」

悪の都か。

確かに、犯罪組織が牛耳り。

多数の悪徳が蔓延っている場所でもあったのだろう。

だがそこには、貧しい中必死に物乞いをして生きている老人や。

身を寄せ合って暮らしている子供達。

病人。

妊婦。

こんな状況でも、必死に改善をしようと頑張っている者達もいたのだ。

それを「悪の都」と断じて皆殺しにしようとするなど。

「平均的な人間」がそれを望んだとしても。

私は絶対に許さない。

それこそが悪であり。

叩き潰すべきものだ。

貧すれば鈍するとかいうが。

モラルが崩壊しきったとしても。

やって良い事と悪い事がある。

それも分かっていないような人間が、「平均的な普通の人間」であることは、私も身に染みてはいたが。

それでもこれは酷すぎる。

だが。

敵のもくろみは。

打ち砕いた。

ニューガンジーは完全制圧。

敵はインドの市場を失った。

これで恐らくだが。

敵に対して、初めての完全勝利を収めたはずだ。

インドでこれだけの攻勢を掛けてきた、と言う事は。

恐らくインドでは、まだ敵は「ノルマ」を達成出来ていなかったはずで。その「ビジネス」を打ち砕いてやった事には大きな価値がある。

更に、あの液体爆薬を発生させていた拠点も制圧済みだという。

私に対する抹殺作戦に敵は途中から切り替えてきたが。

それも失敗した、と言う事だ。

私が意識を失った後。

更に散発的な攻撃が二度あったそうだが。

恐らく残党として残してあったタギーによるもので。

いずれも撃退、殲滅に成功。

敵はインドでの作戦拠点を全て失い。

戦力も失ったと見て良いと言う。

既にノルマを達成していたと思われる日本や英国とは違う。

決定的な勝利だ。

更にアフリカ南部でも、敵の再攻勢に反撃を実施。手痛い打撃を与えることに成功しているらしい。

妙だ。

少し上手く行きすぎている。

今度は此方が。

運の下降を懸念しないとならないだろう。

「ガルダの翼の制圧は完了し、各地の人間については完全に把握した。 これでもはや、敵は拉致をする事が出来ない」

「……」

「どうした。 何か懸念かね」

「何度も言っていますが、敵はあくまでビジネスとして動いています。 此処で失敗したのなら、恐らくよそで攻勢を強めるはずです。 敢えて失敗したアフリカ南部でどうして攻勢を強めたのかが気になります」

インドは確かに大丈夫だろう。

だが、インドの状態が安定したわけでは無い。

博士が、インドは安定したのかと聞くと。

やはり暴動が起きていることを教えてくれた。

「戦神を殺したバケモノを許すな!」

絶叫する民衆。

警察署の前に座り込み。

断食を始めている。

断食か。

英国が、ガンジーの呼びかけの元、非暴力不服従を貫いたとき。多くの民が断食を行い。民衆の団結を怖れた英国は、これに屈したという歴史がある。

だが、それが今。

このような形で悪用されるとは。

敵の最後の抵抗。

それは分かっている。

だが、敵の勢力を完全に奪わない限り。

此処から私は動けない。

何よりも、この体だ。

すぐに戦う事は難しい。

「嫌な予感がします。 確かに敵の大攻勢は退けましたが、その影で何が起きているか分かりません。 監視を徹底的にしているから大丈夫と思わないで、油断だけはしないようにお願いします」

「分かった。 これだけの実績を上げた君だ。 信用しよう」

ひょっとするとこのフォーリッジ人。

前の西洋文明担当の人より、話が分かるかも知れない。

私は寝るようもう一度促され。

頷くほか無かった。

 

2、混沌転生

 

だからやめておけって言っただろ。

そう笑い混じりにハンギングジョンに言われる。

自分は。

意外にも、冷静になっていた。

これが負けだ。

それがはっきり分かったからだ。

今までは、全て計画通りに進んでいた。

だがそれを根っこから崩されたあげく。

徹底的に叩き潰された。

かなり高い戦闘力を持つヒーローとしてデザインしたマハープラカシュは完全撃破され。

敵を道連れに倒す事も出来なかった。

なお、中途からの液体爆薬を使っての敵陽動策は、「多分上手く行かないぞ」と言いながらも、ハンギングジョンが考案したもので。

実際に上手くは行かなかったが。

敵の陽動そのものには成功した。

案の場だが。

クライアントから、不安の声も入っている。

「現地の住民に遅れを取ったと聞いているが」

「きちんと商品は納入されるのかね」

そんな声には、極めて丁寧に対応しているものの。

まさか最大市場の一つインドで、結局ノルマを達成出来なかったのは痛い。

しかも、アフリカ南部と合わせて、これで四つの組織とヒーローを潰された。

その組織工場は世界中に公開されており。

勿論クロファルアも成果を喧伝している。

アポロニアの演説画像を見たハンギングジョンは。

けたけた笑うのだった。

「あの色男、あんな事言ってるぜ。 どうするんだ、ええ?」

「何、全体での進捗率を考えれば、もう少しですよ」

「そのもう少しが足りなくて赤字になって、焦って破滅か?」

「破滅などしませんよ」

自分が冷静なことに気付いたのか。

ハンギングジョンは黙る。

そして、そのまま。

次の作業に掛かる。

まず、敵の戦力分析。解析した能力を、今活動中の組織とヒーローに展開する。

特にこの間のマハープラカシュとの戦闘は有意義だった。

一時的にザ・アルティメットと同じ程度まで性能を引き上げた個体をぶつけてみたのだが、その意味はあった。

何しろ、大体の能力値は測定できたからだ。

勿論敵はパワーアップを図ってくるだろうが。

それでも、此方の強化の方が早い。

テクノロジーもほぼ解析できた。

相手側が使っているのは、「深淵の惑星」と言われるα2245の第四惑星関連の技術だ。

何故深淵かと言われると、地表部分はずっと氷に覆われており。

深海に生態系が存在しているからである。

深海の生物が進化し。

そしてやがて文明を持つまでに至った珍しいケースで。

更に文明が修羅場を迎えずに、すんなりと宇宙進出を果たし。汎銀河連合に迎えられたという過去も持っている。

要するに凶暴性に欠ける文明で。

戦闘機能が凶暴なのは。

其処だけが、よそから持ってきているからだ。

基幹技術が分かってしまえば。それに対する方法などいくらでもある。

勿論弱点も分かる。

海と言っても成分組成は全く違うのだ。

その意味を、いずれ「優位に立った」と思い込んだクソガキどもは思い知ることになるだろう。

勿論、此処からは本腰だ。

今までのノルマ達成分が帳消しになるほどのダメージが入ったのである。

此処からどうにか取り返さなければならない。

今まで活動をゆっくりさせていた地域でも。

ビジネスを活性化させなければならなかった。

「時にハンギングジョン」

「あん?」

「敵のダメージはどれほどと推察します?」

「戦闘の様子からして、また死にかけるまでやってるだろうな。 で、それでも復活は出来るんだろう?」

そうか。

死にかけるところまで、身を絞っているか。

ならば自分と同類のリアリストか。

それともハンギングジョンと同類の狂人か。

その両方か。

テクノロジーを使っている小娘が。

復活するまでに、恐らく体に無理なく負担無く、とやっていると。

フォーリッジ人とも協力しているのは確定で、その技術も投入したとして。一月、という所だろう。

そして、四つの組織とヒーローが潰された事で。

世界各地で、問題になっている。

機能していないマスコミに変わって、各地での動画サイトなどで情報が拡散され。

SNSでも活発に議論が行われている。

ヒーローに対する懐疑的な目も向け始める者が増えてきていて。

先進国で活動しているヒーローと悪の組織は。

これからやりづらくなる。

ならば、発展途上国でやればいい。

問題は人口が少ないため、派手に「収穫」ができない事だが。

それでも、地球が滅亡寸前まで行ったときに受けたダメージは、クロファルア人が必死に回復を図っても、どうにもならない。

インドはまだマシな方。

アフリカ北部。

中華圏。

東南アジア。

ロシア。

そして中東。

この辺りは、インフラがほぼ壊滅しており。

活動させているヒーローも、悪の組織も。

未だに「民衆」には大人気である。

故に稼ぐのは、この辺りになるだろうし。

逆に言うと。

小娘と、それを操っている調査員も。

集中的に狙って来る筈だ。

さて。

全体に指示を出して、ビジネスの活性化をさせる。

特に中華で稼いでいる「超仙」に関しては、活動を最大限活発化させる。

此奴はステータスが純粋に高いザ・アルティメットと違い、能力がえげつないタイプのヒーローとして設計しており。

多少敵が目をつけたところで。

簡単に倒す事は出来ない。

故に派手に暴れさせて、おとりにするには丁度良い。

一方、他の地域で暴れさせているヒーローは、活動を自粛させる。

逆に悪の組織は活動を活発化させ。

世論の誘導をしていく。

その過程で少しずつ稼いでいけば良い。

電子ドラッグの需要はいくらでもある。

銀河規模まで文明が進んで。

法が整備されても。

それでもクズもカスもいる。

自分が儲かる所以だ。

大まかな戦略を示すと。

ハンギングジョンは少し考え込んでから、提案してくる。

「それはまた、大規模な激突になるぞ。 勝つ自信はあるのか?」

「此方でビジネスを活性化させる地点に、敵がピンポイントで来ると?」

「そういう事だ。 恐らくだが」

「そうですね、その可能性も意図しなければなりませんね」

悔しいが、此奴の方が地球人に対する理解は深いと見るべきかも知れない。

そして前回は実際此奴の言う通りにほぼ状況が推移した。

確かにインドは捨てるべきだった。

そうしていれば、ビジネス上の赤字は、多少はマシになった。

マハープラカシュとタギーの製造工場は、別に移してしまえば。

其処で再利用できたのだから。

或いは、辺境でほそぼそとやっているようなテロリストにユニットごと売ってしまうと言う手もあった。

汎銀河連合の優秀な軍にはとてもかなわないにしても。

嫌がらせレベルのテロを行うには手頃だし。

それなりに金にはなったのだから。

とにかく、もう同じ失敗はしない。

「それで、敵との大規模激突が発生する場合は、対応方法に何か策は?」

「はっきりいうが、小娘と侮るのは止めろ。 この間お前の上を行かれたように、元々戦闘に対する才能があるらしい。 お前と同格以上の頭を持っていると思った方がいいんじゃないのか」

「……」

ぶちりと行きそうになるが。

何とか耐える。

未開文明の猿如きが。

自分と同格以上だと。

しかもこいつ。

あからさまに此方を見下した口調で言いやがった。

地が出かけるが。

まあ何とか押さえ込む。

「そ、そうですね。 それで対策は?」

「まず発展途上国に確実に敵は来る。 かといって先進国の方は、拉致がやりづらくなっているはずだ。 そうなってくると、やはり発展途上国でやるしかない。 だがフォーリッジ人もしっかり網を張っている。 あまりやり過ぎると、南部アフリカと同じ結果に終わるだろう。 南部アフリカはまぐれ当たりだったが、次は適中させてくる可能性が高いとみて良い」

「其処まではもう分かっているでしょう」

「此処からだ。 今まで潰された組織の怪人やヒーローを、また出現させることは可能か?」

ふむ。

再生怪人とか言う奴か。

勿論データはとってあるし、可能だが。

当然対策されている。

しかも、拉致して大量に殺していたことも分かっているのだ。

あっという間に消されるだろう。

空間転移に関する新技術を投入するには。

少しばかり手持ちの札が足りない。

多数の手札を持ち込んでいるとは言え。

それも無限では無いし。

それぞれの手札には。

出すのにコストというものがいる。

やりすぎると赤字になる。

「出来ますが、瞬殺されますよ」

「前と同じ国に出せばな。 全種類まとめて、東欧に出現させろ。 まだインフラが残っている地域で、彼処が一番がたついている。 大量の悪の組織とヒーローが沸いて出れば、敵も当然相応に力を入れざるを得ない。 其処で収穫を進めろ」

「ふむ、陽動ですか。 ……生産プラントは既存のものを使えば良さそうですね」

「ただし期間限定だ。 恐らく敵は東欧には来ないだろうが、それでも一回倒したはずの連中が大挙して出た、と言う事が大きな意味を持つ」

混乱させる、という意味でだ。

なるほど。

これが前にハンギングジョンが言っていた奴か。

そして考える敵を。

混乱させる。

あからさまに地球人としての戦い方だ。

まあそれも良かろう。

全てを数字で判断していて、足下をすくわれたのだ。

そしてハンギングジョンは、役に立つ。

ならば役立てるだけのこと。

「すぐに準備を整えますよ」

「ただし、敵ははっきりいってかなりの速度で成長しているからな。 俺でもお手上げになるかもしれねえぜ」

「その場合は、誰か更に参謀でも呼びましょうかね?」

「やめとけ。 お前の手に負える相手じゃあねえよ」

けらけら笑うハンギングジョン。

苛立つが。

しかし我慢だ。

それにしても、此奴。

まだ何かヤバイ奴の心当たりがあるのか。

だとしたら、それはそれで面白い。

地球が滅亡し掛けた頃には、それこそカオスの極限で。多数のテロリストが跋扈していたと言うが。

此奴が認め。

そして自分以上だと思っている奴がいた、と言う事なのか。

準備を進めながら、地球文明が滅び掛けた頃のデータを検索する。著名なテロリストは、殆どがクロファルア人に消されている。それ以外も、把握されている。

テロリストのスポンサーになっていたような企業や。

悪辣な軍閥も。

根こそぎ解体されている。

潜伏していたようなテロリストや、山賊化した元正規軍なども、ほぼ鎮圧されているし。

麻薬カルテルは資金源からして潰され。

構成員は悉くお縄。

悪質な連中はほぼ洗脳に近い形で無理矢理人格を変えられ。

服役が終わった場合は、外の世界で、善良な一般市民として生活をしている。

刑務所では時間圧縮技術が使われ。

洗脳と同時に服役時間を実時間と比べて圧縮する手法が採られ。

二度と犯罪が出来ないようにしてから釈放する仕組みが取られている。

地球人の中には、非人道的だと批判するものも希にいるが。

かといって、今までのやり方では犯罪者が更正することは殆ど無かったことも事実なので。

声はあくまで少数だ。

これらのデータを検索するが。

どうも該当する奴はいなさそうだ。

高いIQを持つ人間だけに絞って検索してみても。

少なくとも、クロファルア人が来て大なたをふるったとき。

網の目から逃れたような奴はいない。

現在は貧富の格差が改善されており。

金持ちと言っても、昔日のパワーエリートや石油成金のような、単独でバランスを崩しかねない連中は存在しなくなっているし。

サーキットバーストを起こしていた経済も沈静化している。

つまりそれらを利用して暴れていたテロリストは地下に潜るしか無いわけで。

その潜ったテロリストも。

ハンギングジョンがそうだったように。

隠れ潜むしか方法が無く。

そして隠れ潜んでいる連中にしても。

私がデータを握っていたのだが。

クロファルア人の調査からも逃れ。

私の網の目からも逃れている奴が。

まだいるのか。

少し考えてから。

ビジネス関連の作業をマクロに任せ。

人間の遺伝子データを検索して。

其処から高IQになる可能性がある存在を探る。

現存する人間の情報を検索して。

ざっと調べて見るが。

最大でもIQは300。

それも、故人に限られる。

子供時代には、200以上のIQをたたき出すものは幾らでもいるが。

それはあくまで「神童」と言う奴に過ぎず。

二十歳を過ぎてからも高IQを維持できる奴は極めて限られる。

それが地球人という生物だ。

マクロが知らせてくる。

再編成が完了したと。

そのまま、実行させる。

ビジネスでの赤字はとりあえず、敵が復活する前には取り返しておきたいが。

それでも、猶予期間で取り返しきるのは難しいだろう。

設備投資やアップグレードにも、金は掛かるのだ。

ビジネスに関しては銀河でも有数と自負する自分だからこそ。その辺りの現実は心得ている。

ハンギングジョンが時々おちょくるようなことを言ってくるが。

此方が集中していることに気付いたのか、黙る。

自分も頭を絞らなければならない。

流石にこんな未開惑星の低脳知性体に、遅れを取るわけには行かないのだから。

 

一週間後。

東欧で一斉にヒーローと悪の組織を暴れさせる。

現地のマフィアなどをヒーローに皆殺しにさせ。

悪の組織には複数の銀行を襲わせた。

当然クロファルアの警備ロボットが即座に駆けつけたが。

その時には既に撤収済み。

普段東欧で活動している悪の組織とヒーローとは手口が違うため。

対応が遅れたのだ。

勿論監視カメラにも情報は残させる。

そう、敢えて姿をさらすことによって。

混乱を拡大させる。

そういう策だ。

案の定、フォーリッジ人も。

クロファルア人も。

混乱しているのが分かった。

ほくそ笑んでいるところに。クロファルア人の最高司令官から呼ばれる。

最高司令官と言っても、汎銀河連合の役人としてはそれほど地位が高くない。地球でいうならば、せいぜい「課長」くらいの地位の役人だ。

そいつは、地球人向けに調整した姿で。

汗を拭っていた。

まるでいにしえの神々のような傲然たる姿をしていても。

実際は小心な男なのだ。

「……くん。 君はどう思うかね。 ただでさえクロファルア本星からも詰問状が届き続けているこの状況だ。 誰が犯人だと思う」

「自分には分かりかねます。 いずれにしても、とても頭が回る輩だろうとしか……」

「そうだね。 実は皆に話を聞いているのだが、誰もが小首をかしげているんだ。 そんな大悪党が、紛れ込んでいるとはとても思えないと」

戻って良いと言われたので、内心高笑いしながら戻る。

それはそうだろう。

今回クロファルア人が派遣してきたのは。

一種の血族集団なのだから。

クロファルア人は、血族集団で組織を作る習性があり。その結果、「まとめて犯罪に手を染める」か、「全員まとも」かの両極端に別れやすい。

勿論全員血縁、というわけではないのだが。

同一地域から選抜された集団で。

皆が顔見知りなのである。

これゆえ管理がしやすく。汎銀河連合も、しっかり監視システムを確立し、不正が無いようにしているのだ。

その状況での今回の犯罪発生故、問題視されている。

そして自分は、その中の一人に入り込んで、完璧に擬態している。

ばれるわけが無い。

更に道具として、四人も同じように端末を入れていて。

自分が都合が良いように動けるようにしている。

つまり、汎銀河連合が探している犯罪者は。

現時点では、「クロファルア人の中にはいない」ともいえるし。

「クロファルア人の中(内部)にいる」ともいえる。

言葉の使いようだが。

いずれにしても、クロファルア人は自分とその配下には絶対気づけない。

問題はフォーリッジ人だが。

彼奴らが持ち込んでいるテクノロジーでも、自分の擬態化技術は暴けない。

問題は、やっている事を直に押さえられる事で。

それさえ防げば、足はつかないのだ。

自室に戻ると。

作業に戻る。

混乱する東欧には。

「西欧文明担当」、つまり小娘に最初に協力していたフォーリッジ人が訪れ。攻撃の後を調査しているようだった。

完全に陽動に引っ掛かったことになる。

作った時間は無駄にしない。

ビジネスを。

進めるときだ。

 

3、先手のまた先手

 

インドの混乱はまだ収まらない。

大規模カルト集団を摘発し。

暗躍していた悪の組織とエセヒーローを壊滅させた後も。

民衆は抗議の断食をしたり。

プラカードを掲げて警察に押しかけたりと。

色々と頭に血が上っていた。

そういえば。

あの「マハトマ」ガンジーも。

対立するヒンドゥーとイスラムに頭を痛め。

争いを自制するように、何度も断食したという。

しかし、それでも結局対立は激化する一方で。

最後には「イスラムを甘やかしすぎる」という理由から、ヒンドゥーの過激派に暗殺されてしまった。

誰もが尊敬していたガンジー。

インド独立の立役者にさえも。

宗教に盲目となった人間は牙を剥いた。

今、それに近いことが。

私の目の前で起きている。

「戦神を殺した」

「良き転生の機会を奪った」

それが暴徒の怒りの理由であり。

彼らは、戦神が実際には邪悪の権化の手先として、カプセルで生成されていて。

あげく、人間を大量に拉致し、監禁して殺戮する悪行の手駒にされていて。悪の組織との出来レースをしていたという事実を暴露しても、信じなかった。

本当に神々の一柱だと信じている者が多いのだ。

戦神は蘇る。

そう主張している者までいて。

カルトまで出来はじめているようだった。

困り果てた様子で。

協力者のお姉さんが来る。

「まだ暴徒は収まる気配もないわ。 警備ロボットも相当数が常時稼働状態。 警官達も危なくて外を歩けない状況よ」

「困りましたね。 それで、何か妙案は」

首を横に振るお姉さん。

考えて見れば、政治家としては20世紀を代表する偉人であったガンジーでさえ、こうなってしまった暴徒を抑えきれなかったのだ。

ボンクラにどうにか出来る問題では無い。

博士も、困っている様子だった。

「いっそ沈静化を促すように、パルスでも流すか」

「集団洗脳ですか!?」

「言い方は悪いがそうなる。 刑務所などでは、再犯を防ぐためにやっている」

「……賛成できません」

それでは、地球人がまともになるわけではなく。

強引に大人しくさせられるだけだ。

今までも、クロファルア人の改革は極めて強引で。

多くの反発を買ってもいたのだ。

クロファルア人があまりにも美しすぎるため、地球人は致命的な暴発には至っていないけれども。

ただそれだけ。

度が過ぎれば。その内反撃が始まるだろう。

逆らえば地球は終わりだと言う事がわかっていても。

逆らう人間は絶対に出る。

実際問題、頭がいかれているとは言え、ハンギングジョンという実例も出ているのだ。

少し悩んだ後。

私はベッドで手を上げる。

まだ立つなと言われているので。

ミーティングは私の病室で行われているのだ。

というわけで、パジャマがちょっと恥ずかしいが。それでも意見を出さざるを得ない。

「あれ、また作れます? マハープラカシュ」

「……一応再現は可能だが?」

「ならば作っちゃいましょう。 ただし、今度は本物のヒーローとして」

「しょ、正気かね……」

博士が驚くが。

勿論正気だ。

ただし、前と違って、犯罪者の遺伝子データから作るのでは無い。

無から形だけを似せて作るのだ。

その後は、どうすれば良いか、私が提案する。

少し悩んだようだが。

博士は頷いた。

「分かった。 やってみよう」

 

東方はユニット化した部屋で、うんざりしていた。

英国より状況が数段悪い。

桐野も言葉も無いようだった。

ガルダの翼が摘発され。

東方達も尽力し、各地の犯罪組織やカルトを洗い出し。それらを徹底的に摘発、解体させた。

その結果、更に拘置所と裁判所がいっぱいいっぱいになり。

クロファルア人が、無言で拘置所を増設。

裁判を急ぐことになった。

死んだ魚の目をした若い警官達が、「残業しながらハンコを押すマシーン」と化している中。

東方も桐野も。

寝る時間も惜しんで、犯罪組織とカルトの摘発に従事。

犯罪者の頭の中を覗くシステムを「例外として」導入したクロファルア人と協力して、拘置所の人間を強制的に自白させ。

裁判も「頭の中から直接情報を引っ張り出す」事によって短時間化。

これらは東方が、協力しているフォーリッジ人に提案し。

フォーリッジ人が、問題解決の手段として、汎銀河連合の法律の中から、無理矢理引っ張り出してきたテクノロジーを使うようクロファルア人に指導。

更に、クロファルア人とインドが協議をし。

結果として導入されたのだった。

なお、この過程で。

皮肉な事に、不正が発覚したインドの閣僚のうち四人が辞任、逮捕に追い込まれている。

ただ、これらも結局焼け石に水。

どうやら例のバケモノが、腐れヒーローと悪の組織を叩き潰してはくれたようなのだが。

それが却って民衆を暴徒化させ。

警察の外にも出られない状態になっている。

各地の上空で、「戦神」マハープラカシュの正体については、立体映像が流されたようなのだが。

誰もがそれを信じなかった。

そればかりか、「良き転生の機会」を奪った。

それが暴徒化の原因らしい。

本当に時間が150年戻ってしまったのだなと、東方は嘆くしか無い。

桐野も、言葉も無いようだった。

「宗教が倫理を作ったのは歴史的な事実ですが、その一方で弊害も露骨ですね」

「人類は成長すると同時に、宗教というものから卒業しなければならかったのだろうがなあ。 だが、実際問題、クロファルア人を見る連中の目を見ろ。 アレは完全に神を崇める人間のものだ。 宗教は現役なんだよ。 どこの国でもな。 この国の暴徒達は、決して他の国と違う異常な存在じゃあない」

勿論無神論者も多い。

だが、それらも結局は、「無神論教」を崇めているに過ぎない。

宗教は目を曇らせる。

故に盲目的に道徳を守らせる事が出来る反面。

盲目的に攻撃的にもなる。

いずれにしても、まだ此処は動けまい。

此処を放置して次に行くのは。

敵がまた此処に拠点を作って巣くうのを許すようなものだ。

ともあれ、日本政府からも。

次の任地に行け、という話は出ていないという。

一度、署長に会いに行くが。

疲れ切った顔をしていた。

ハンコをどれだけ押しても決済が終わらないのだ。

ましてや、書類にハンコを押すというのは。

きちんと書類を確認した、という意味である。

勿論クロファルアの警備ロボットは不正なんてしないが。

それでもしっかり目を通すのが人間の役割である。

署長に現状を聞くが。

首を横に振られた。

「何処の街でも、暴徒が警察に抗議をしている。 断食を始めている者も多い」

「あのエセ神が、そんなに大事ですかね」

「少なくとも、いにしえの神々に見えていたのは事実なのだろう」

「そうですか」

署長は、老人だ。

数少ない不正に手を染めなかった人間。

それだけで署長になった。

もっと高位の警官は幾らでもいた。

むしろ元々この老人は、「老廃兵」以外の何者でも無かった。

だが、クロファルア人が来て改革した後。

犯罪や不正に手を染めていない警官は、殆ど残っていなかった。

残った警官の中で、最も年老いていて。

もっとも地位が高かったのが。

この老人だった。

それだけだ。

世の中には、「犯罪をする度胸も無い」等という頓珍漢な言葉を発する者がいるが。

この老人は、周囲にあふれかえっている犯罪への欲望から、ついに身を守り抜いた。

それだけで尊敬できる。

ただし有能かどうかは話が別だ。

今は、決済以外をする事がない。

だから、この老人が有能で。

若い警官をまとめられるかというと、それは別の問題なのである。

不意に、署長室に誰かが来る。

若い警官だ。

またマハープラカシュが出たという。

日本でも英国でも、倒されたエセヒーローが再登場することは珍しくなかった。

まああのバケモノがまたブッ殺すことだろう。

そう思って、自室に戻るが。

どうやら様子がおかしい。

荒れ狂っていた戦神は。

別物のように大人しくなり。

ゆっくりと光を纏いながら、ひれ伏す民衆の間に降り立った。

声は大きいが激しくなく。

穏やかで。

諭すように、ゆっくりと、強い威厳を持っていた。

「皆聞くが良い。 我の姿を取り荒れ狂っていた者は、異星の者達が言っていたように、ただ血に飢え狂った獣である。 故に成敗された。 あの者に殺されたところで功徳にはならぬし、ましてや良きカーストに転生など出来ぬ」

「おお……」

「皆、まずは今のこの荒れ果てた大地を見よ。 困窮に苦しむものの声を聞け。 彼らと手を取り合い、この地を豊かに実らせよ。 奪うな。 無為に殺すな。 それこそが功徳である」

「……随分まともですね」

まともすぎる。

桐野の言葉に、東方は思わず腕組みしてしまった。

そして、マハープラカシュを攻撃するバケモノも。

クロファルア人の警備ロボットも現れない。

ああ、なるほど。

大体見当はついた。

そういう事か。

残虐なエセヒーローと同じ姿をしているが、決定的に違う者は言う。

「皆、功徳を積め。 真の楽園は、その先にあるだろう。 断食はやめよ。 今まで我が名を騙っていた獣を悼んで断食をしても、功徳にはならぬ」

ひれ伏す民衆。

まあこれで良いのかもしれない。

困惑している桐野に言う。

「多分近いうちに転属の指示が来るぞ。 荷物をまとめておけ」

「は、はあ。 しかしあのマハープラカシュは」

「偽物だろうよ。 多分クロファルア人かフォーリッジ人が作った、な。 だが、だからこそ、本物より良いんじゃねえのかな」

宗教が問題を起こすなら。

それを利用してしまえば良い。

それから情報が入ってくる。

各地であのニセマハープラカシュは民を諭し。

暴徒は急激に大人しくなり。

断食をしていた者達も止めた。

文字通りの鶴の一声である。

偽物、と叫ぶ者はいなかった。

と言うか恐らくだが、クロファルア人と同じ技術を使って威厳を「コーティング」でもしたのだろう。

クロファルア人を見て誰もが美しいと考え。

見かけが9割方の判断基準になる地球人は。

ひれ伏し従った。

それと同じ技術を使い。

マハープラカシュに威厳を付与した。

それだけのことなのだろう。

各地の暴徒は収まり。

驚くほどインドの治安は改善した。

多分、これを考えたのは人間だな。

そう東方は思ったが。

何も言わない。

言っても詮無いことだからだ。

ひょっとするとだが。

例のバケモノかも知れない。

アレの中身は人間だろうし。

ここのところの恐ろしいほどの的確な手腕を見ていると、この程度の事は思いついても不思議では無い。

一週間ほど後。

完全に治安は落ち着いた。

警備ロボットが捕まえてくる犯罪者も激減。

ハンコを押す作業も、一段落して。

警官達の目の下の隈も薄くなった。

署長の所に行く。

丁度転属依頼が来たからだ。

カルトと犯罪集団のデータを渡しておく。

今回はあまりエセヒーローの討伐には貢献できなかったが。

その代わり、この国に巣くっているダニどもの駆除にはある程度貢献できたはずだ。

署長は、だいぶ活力を取り戻したようだった。

他の警官達と同じだろう。

仕事量も減ったし。

何よりストレスも減ったのだ。

このままでは、この善良な老人は、きっと寿命を縮めてしまっていただろう。それも、今後は改善するはずだ。

自分でもそれを理解しているからだろうか。

署長は立ち上がると、敬礼してきた。此方も返礼する。

「すまないな。 感謝する」

「いえ。 このデータ、役立ててください」

「すぐにでも役立てるとも。 異国の友よ、今度はいずれ我等が力になろう」

握手をかわす。

ふと、気になったので、聞いてみる。

「あのニセマハープラカシュの事をどう思いました?」

「偽物だな」

「分かっていましたか」

「だが、本物が邪悪の権化だった。 ああいう偽物なら大歓迎だ」

それでいいのだろう。

頷くと、署長室を出る。

外に出ると、暴徒はもういなかった。そればかりか、綺麗に片付けまでされていた。功徳であると考えたから、かも知れない。

なお、主要都市で全て同じ演説をした後。

あのニセマハープラカシュは姿を消したそうである。

そして、その時には。

既に民衆は落ち着きを取り戻していた。

宗教の正しい使い方、なのだろうか。

民衆は決して賢くは無い。

愚かでも無い。

だが、知識を得るすべが無い民衆は。

どうしても「すがって」しまう。

そこにつけ込む外道もいるし。

利用する者もいる。

道徳は宗教と表裏一体だったが。

その理由を、今東方は見た気がした。

いずれにしても暴徒は収まり。

この国で、もはや悪の組織とエセヒーローは活動できない。

それで、いい。

後は他の人間がやる事だ。

大使館から連絡が来る。

やはり次の仕事にすぐに出て欲しい、と言う事だった。

内閣情報調査室から派遣されている女の子も、もう先に向かっているらしい。

次は。

インドネシア。

東南アジアである。

とうとう来たかと、東方は思った。

現在、中東と並ぶ魔境。

中東ほど酷い状態ではないが。

それでも東南アジア、特にインドネシアは、核をぶち込まれた国の一つである。

現在は住民が昔の一割弱にまで減少しており。

完全に壊滅した土地を、「クロファルア人が」復旧し。

そして例のごとく、エセヒーローと悪の組織が跋扈している。

なお政府機能は存在していない。

東南アジア全域を、ベトナムを中心に再編した「東南アジア政府」が管轄している。

地球が一番混乱していた頃は、東南アジアは複数に分裂した中華の介入と、各政府の混乱もあって、事実上100以上の国家に分裂し、しかも此処に麻薬カルテルや軍需産業が資本を注ぎ込んだりしていたため、文字通りの地獄になっていた。

テロも活発に行われ、大統領を暗殺されたロシアが中東に核をぶち込んだ後、次に此処にも数発の核をぶち込み。

結果、それが全面戦争の引き金の一つになっている。

インドもそうだが。

東南アジアも、21世紀末は、地獄の時代を送ったのだ。

現在はクロファルア人が政府を再編。

周辺の大国に負けない版図を持つ「東南アジア政府」として巨大な国家として作り替えたが。

それでも、人口は合計で二億を超えない。

如何に凄まじい戦乱が東南アジアを襲ったのか。

これだけでも明らかである。

なおこの戦乱で。

東南アジアは完全に焼け野原になり。

インドよりも状態は酷い。

跋扈しているエセヒーローや悪の組織よりも。

まずは現地の警察との連携が大変になるだろう。

だが、それはインドで経験した。

桐野も少し諦め掛けた目をしているが。

東方は、むしろ。

これは良い経験になった、とさえ考えている。

意外な事に。

増援が来てくれるという。

英国から、例の情報部の人形のように無表情な人物が。増援として参加してくれるらしい。

英国は元々今回の騒動で。

ネオロビンフッドとワーカーズに、国内を荒らされに荒らされ。

国を挙げてこの茶番を終わらせると宣言している。

そのための体勢が整った、と言う事なのだろう。

色々接しづらい人物ではあったが。

協力態勢を敷ければ頼りになる。

前よりは多少マシになりそうだ。

手続きを済ませて、空港に。

空港への途上は、軍が護衛の戦力を出してくれた。

今回の件で、まったく余力が無い中、協力をしてくれたインドの警察には感謝の言葉も無いし。

即断でガルダの翼を潰す判断をしてくれた軍もしかり。

また、空港には、若い警官が何人か見送りに来てくれた。

多数のカルトの実態解明や。

情報整理などで。

此方が的確に動いたのを、感謝してくれたらしい。

正直、あのバケモノの方が頑張ってくれたと思うし。

今回はあまり多くの事を出来なかったとも思うので、おもわず帽子を下げたくなるのだが。

それでも感謝してくれるというのなら。

その気持ちは無碍には出来ない。

敬礼をかわすと、インドを発つ。

インドネシア、正確には東南アジア政府旧インドネシア自治区は、飛行機で三十分だ。すぐに仕事で大変だろう。

せめて、飛行機の中だけでも休めればいいのだが。

飛行機は、昔のように長ったらしい待ち時間が設定されてもおらず。

クロファルア人が持ち込んだ優秀なAIで管理され。

スムーズに飛び立つ。

なお昔使われていたジャンボジェットと違い。

ちょっとやそっとの攻撃では落ちない、非常に頑強な造りだ。

昔は飛行機を使ったテロやハイジャックが頻発したらしいが。

クロファルア人が持ち込んだテクノロジーにより、もしも内部で問題が起きた場合、飛行機の中に仕込まれている様々なシステム(勿論ブラックボックス化されている)が、瞬時にそれを解決する。

爆弾テロも当然不可能。

爆弾を持ち込めないし。

持ち込んだ所で、警察署などに配備されている爆発を無力化するシステムが瞬時に作動する。

戦闘機などでミサイルをぶち込んでも無駄。

飛行機そのものがオーバーテクノロジーの塊で。

現在地球の軍に配備されていて、「人間が動かせる」戦闘機程度では、とてもではないが撃墜できない。

軍用に配備されている制圧用兵器は特に強力なブラックボックスが仕込まれている上、稼働のためのOSが完全に地球の基準とは違うため、ハッキングなど不可能だ。噂によると、フォーリッジ人が持ち込んでいるレベルの技術でプロテクトされているとか。この茶番を起こしている黒幕でも、ハッキングは無理だろう。

というわけで、現在空の旅は安全になっている。

東方が若い頃は、テロやハイジャックで飛行機は危なくて乗れないとしか言いようが無い移動手段と化していたのだが。

今やすっかり。

電車より安全で速い。

そして快適な。

空の移動手段となっていた。

浮くときも負担が小さく。

気がついたときにはもう宙に浮いている、という状況だ。

或いは重力制御でも使っているのかも知れない。

「胃が痛みます」

「何だ、まだまだだな。 俺はもう慣れたぞ」

「警部補はタフですね」

「なんだ、大使館から聞いていないのか。 警部に昇進だそうだ」

どうでもいいが。

ただ、ノンキャリアで警部になったと言う事は。

国の方でも活躍を認めてくれたらしい。

普通ノンキャリアは警部補止まりなのだが。

ひょっとすると、キャリアどもは、東方に「嫉妬」しているかも知れない。

迷惑極まりない話だ。

国に帰ってからは、色々と五月蠅そうである。

間もなく飛行機がインドネシアに着くが。

途中、地上を見下ろして、口を引き結ぶ。

インドの比では無い。

完全に焼き払われ。

赤茶けた大地が。

其処には拡がっていた。

インドも地獄だった。

だが、此処から赴くのは更なる地獄。

そして今後は、更に更に地獄のレベルが上がっていくことは間違いない。

襟を正す。

どうやら、気を抜けたのは。

ほんの一瞬だけらしい。

もう、空港に降りたら。

其処からは、安全など一秒も無い世界が待っているだろう。

まもなく、空港に到着。

出迎えてきたのは。

重武装の兵士達と。

クロファルアの警備ロボットの分隊だった。

この辺りでは、軍を解体し。

全自動化したと聞いている。

その結果、軍は警察になったそうだ。

つまり兵士に見えているのは。

全員警官、と言う事だろう。

これくらいの武装が、現時点では必要だと言う事だ。

顔中に向かい傷がある、胸板の分厚い男が敬礼する。

「歓迎する。 地獄へようこそ」

「よろしくお願いします」

「警察署は此方だ。 といっても、今この「元」国には警察署は一箇所しかないがな」

どうやら、ジョークを言う余裕くらいはあるらしい。

しかし、警察署が一つしか無く。

ついでにいうと、地獄と言うのは。

本当だろう。

笑う理由が無い。

迎えに来ていたのは車ではなく。

装甲車だった。

それもクロファルア製の奴である。

「これは軍車両?」

「いや、これが現時点でのパトロールカーだ」

「……」

桐野が絶句している。

これは、予想を更に超える治安と判断して良いだろう。

東南アジアは、地球が滅び掛けた時。1600メガトンに達する火力のICBMが複数直撃した地域である。

産業は壊滅。

文化も消滅。

文字通り人間が住める場所では無くなった。

攻撃は難民にも容赦なく行われ。

国境は死体の山になったと聞いている。

警察署に到着。

要塞のような場所だった。

いや、実際に要塞なのだろう。

軍施設を改装したのだろう事は、容易に予想ができた。

インドのように暴徒が群がってはいないが。

周囲に拡がっているのは。

一面のバラック。

遠くに見えるのは、炊き出しの施設だろう。

手をかざして見るだけで、かなりの数の警備ロボットが巡回しているのが見えた。

鋭い声で喧嘩している声が聞こえる。

警備ロボットが、直ちにそれを押さえ込んでいる様子だ。

「東南アジア全域が、こんな有様なのですか」

「ベトナムは比較的マシだが、他は大体そうだな。 熱帯雨林は全滅。 環境も壊滅状態だ。 クロファルア人がせっせと復旧活動をしてくれているが、いつになったら「都市」が出来る事やら」

「……」

更に酷い場所から、順番に作業をしている。

それは大体見当がつく。

つまり、これでも。

まだマシ、と言う事だ。

溜息が零れる。

もう一度。

同じ事を言われた。

「地獄へようこそ」

 

4、滅びの地

 

この世界は残酷だ。

そんな事は口にするまでもなく知っている。

日本は駄目で、他の国が凄い。

他の国は駄目で、日本が凄い。

21世紀初頭では。

そんな正反対の言説が。

日本ではそれぞれ飛び交っていたと聞く。

実際には。

どっちも外れだった。

何処も等しく駄目。

それが正解だったのだ。

人権が尊重され。

少数派が尊重され。

税金が安く。

給料は豊富に貰え。

犯罪が少なく。

暮らしやすく。

差別も無い。

そんな「先進国」など、この世の何処にも存在などしなかった。そんな事は、実際には誰もが分かっていた。

でも、理想郷を欲しがっていた。

だから、理想郷の話ばかりしていた。

結局の所、この星は。

21世紀初頭には詰んでいたのかも知れない。

21世紀半ばには、歪みは更に拡大。

そして私が生まれた頃には。

もはや取り返しがつかない状態になっていた。

20世紀の終盤。

環境問題に関して、世界がかなり着目するようになった時代があった。

あの時、人類が引き返せていれば。

何か変わったのかも知れない。

だが21世紀になった頃には。

環境汚染をするのはむしろ「自然な行為」「他の動物もやっている」などという珍説が幅を利かせ始め。

多数の人間の努力でようやく克服した汚染をせせら笑う風潮が出来。

結局それは、肥大化した利己主義の拡大につながっていった。

私は、そう習った。

そして今。

地獄と化している東南アジアの地下で。

焼け野原になっている地上を見て。

それを実感した。

東南アジアは、インドの比では無いレベルでのダメージを受けた地域だ。何しろ20世紀のものとは桁が二つ違う火力のICBMを喰らったのである。しかも複数。

現在東南アジア政府という巨大な統治体がこの地域を統括しているが。

それでも人口は二億。

21世紀初頭の人間が聞いたら、思わずめまいを起こすだろう。

私は、ざっと様々な資料を確認する。

国境付近に積み上げられた難民の死骸の山。

明らかに対人用では無い重火器で薙ぎ払われて、文字通り人体の原形をとどめていないほど悲惨な有様だ。何処が頭で何処が手足だったのかさえ分からない。

核が直撃して、クレーターになった場所。

此処が大都市だったなんて。

誰が想像できるだろうか。

点々としている兵器の残骸。

それらに群がっている、痩せこけた人々。

部品を引っぺがして、売りさばこうというのだろう。

だけれども、兵器の残骸には。

不発弾も詰め込まれていたのだ。

爆発。

群がっていた人々が、粉々に消し飛ぶ。

顔を覆いたくなる光景だ。

涙が出そうになる。

そして、許せないとも思う。

こんな場所で。

「ビジネス」と称して、大量虐殺を行っている今回の茶番の黒幕を。

絶対に殺す。

むごたらしく殺す。

博士が、やっとベットから起きて良いという判断をされた私の所に来る。

ストレッチをしているところに、話しかけてきた。

「宏美くん、機嫌が悪そうだね」

「あまりにも酷い歴史の事実を見てしまったので」

「そうだな。 だが、文明が宇宙に出られるまで発展するのはむしろ希なケースなのだ」

「……」

宇宙空間に、人工衛星なりを打ち出せるようになる文明は珍しくないという。

だが、星間文明にまで発展するケースは希。

汎銀河連合が、文明保護を行い始めたのも、それが理由だという。

多くの文明では。

種としての進歩と。

技術の進歩が。

アンバランスになる。

その結果、使いこなせもしない道具が文明によって作り出され。

それが文明の担い手を焼き尽くしてしまう。

地球人類の場合。

核だった。

「複数の実例を見たから、支援のための組織が作られた。 幸い、地球はそれが間に合った。 だが、悲しい事にその支援を悪用している奴がいる。 それは許せないと、わしも思う」

「一刻も早く滅ぼしましょう」

「うむ……」

幾つの新規フォームが出来たと言う。

見せてもらって、内容を確認する。

殆どは既存品のアップグレードだ。

まあそれはそうだろう。

そもそも、敵が此方の戦力を把握し始めているのだ。

既存品のまま戦うのは、リスクが高すぎる。

特に何度かまともに交戦して分かったのは。

今のままの変身スーツでは。防御力に問題がありすぎる、と言う事だ。

スーツにダメージが入ると。

私の体に直にダメージが来る。

博士が持ち込んでいる医療システムで、ある程度無理矢理治しながら今は戦えているけれども。

それでもいずれ限界が来るだろう。

私自身がどうなろうと構わないが。

奴だけは。

ブッ殺さないとならない。

というか、文字通り。

死んでも死にきれない、と言う奴だ。

身を修羅に落とそうが。

それこそ深淵を覗き込もうが。

奴はむごたらしく殺す。

幾つかのフォームをチェックした後。

一つ気になるものを見つけた。

「これは、ちょっと今までとは違いますね。 凄く大きい」

「ああ、これはね。 奴が持ち込んでいる可能性がある技術の中から、最悪の代物を想定した場合のフォームだよ。 英語風に言うとファイナルバトルフォームとでもいうべきものだ」

「はあ」

私でも分かるくらいの棒読み英語だったので。

今此処に、内閣情報調査室のお姉さんがいなくて良かったと思った。

彼女は確か、翻訳装置無しでも英語ぺらぺらで、確か六カ国語くらいを普通に扱える筈である。

今の博士の発音を聞いたら。

絶対にむっとしていただろう。

「一体何が持ち込まれている可能性があるんですか?」

「幾つかあるが、例えばこれだ」

見せてもらうが。

思わず呻く。

こんなもんを持ち込まれている可能性があったのか。

戦うなら洋上でやらなければならない。

それでも津波とかで被害が出るかも知れない。

それくらい危険な代物だ。

ただでさえ、この手のものは地球人が大喜びする。

勘違いした地球の軍が。

戦っている最中の私に、背中からミサイルをぶち込んでこないか心配だ。

それについても、博士は言う。

ある程度の飽和攻撃は耐えられるようにしている、と。

まあ、それはいいか。

ともかく。続けて説明を聞く。

「まずは此処でも、情報網の確立からですね」

「それについては朗報がある」

「伺います」

「現在、東南アジアでは、基本的に小規模集落が存在しない。 人間が暮らせる地域が限られているからだ。 人間は皆都市に集まって暮らしている」

まあそれはそうだろう。

水爆つきのICBMが複数ぶち込まれた地域だ。

放射能汚染をクロファルア人が除去しても。

すぐに人が住めるわけでは無い。

つまり、調査する地域が。

絞られるというわけだ。

そして見せられるが。

呻く。

バラックの群れ。

都市化が再開されている場所もあるが。

一番酷い場所から、都市化をクロファルア人が実施しているらしい。

つまり現地の人間には。

もはや都市建設をする余裕さえ無い、と言う事だ。

巡回している警備ロボットも、インドより多いかも知れない。

なるほど。

地獄だ。

「だが、敵の活動範囲も絞り込める。 戦いは出来るだけ手短に済ませたい」

「……」

頷く。

さて、ここからが勝負だ。インドと南部アフリカで敵が受けた打撃を回復される前に。

徹底的に叩き潰してやる。

そして再起不能になった処に。

屈辱の極限を与えて。

むごたらしく葬ってやる。

私の中で。

炎が燃える。

 

(続)