血に染まる神々の地

 

序、神々の里

 

移動中に勉強をする。

まずはインドという国について。

英国のワーカーズとネオロビンフッドを葬った後、次に依頼を受けたのがこの国だった。協力者のお姉さんは一足先に現地の警察と情報部に話をするために移動。私も博士と一緒に、極秘の経路で移動する。

しばらく太陽の光を見ていない。

見たとしても、変身した状態でだ。

いずれにしても、インドの首都であるニューデリーに到着。その地下の一角に、アジトを構える。

それから、協力者のお姉さんが来るまで。

一週間近く掛かった。

フォーリッジ人の連絡は来ていたので。

よほど現地の警察との連携が難しかったのだろう。

実際問題、ニューデリーの地下にあるアジトにお姉さんが来た時には、疲れ切った顔をしていた。

此方も病み上がりなのだが。

色々と大変なのだろうと、苦労を察してしまう。

名前も教えて貰っていない彼女だが。

正直な所、現時点でまともに接している唯一の人間とも言えるので。

色々と苦労を察すれば。

同情もしてしまう。

この辺り、まだ私は甘いのだろう。

博士が報告をまず聞き。

お姉さんは頷く。

なお私は、まだ数日は動くなと言われている。

「インドですが、現在はタギーと呼ばれる悪の組織と、マハープラカシュと呼ばれるヒーローが表向き争っています」

「何処かで聞いたような……」

「タギーというのは、昔インドに存在していた実在の邪教集団ですよ」

それは恐ろしい。

話によると、インド神話においてもっとも残虐な事で知られる戦闘神カーリーを崇拝していた団体で。

年に一人以上の生け贄を捧げるノルマを達成するために、多くの人々を狩っていた者達だという。

英国による統治は、インドをあらゆる意味で滅茶苦茶に破壊したが。

この暗殺集団の排除だけは、成果としてあげられるかも知れない。

それくらいの残虐な集団であったらしく。

未だに犯罪者の代名詞として使われることもあるそうだ。

「まるでアサシン教団ですね」

「邪教集団というのは摘発されて滅びることが多いのだけれども、この集団は非常に秘匿性が高く、かなりの長期間存在し続けたらしいわ。 その結果、今は悪の組織として勝手に名前を使われていると」

「……」

微妙な心境だ。

インドは今だ多神教が大きな影響力を持っていると聞いている。

悪名高いカースト制度は、クロファルア人が大規模なメスを入れ。更に各地の宗教勢力に関しても、クロファルア人が大なたをふるって様々な処置をしたらしいのだけれども。

実在した宗教団体が悪役として出てくると言う事は。

それだけ今でも、伝説的な悪の集団として怖れられているという事なのだろう。

さて、ヒーローの方だが。

マハープラカシュとはどういう意味なのか。

聞いてみると。

マハーというのは、「偉大な」という意味だそうである。

そういえば。

インド神話で、マハーと頭についている神が結構いると思ったが。

そういう事か。

「プラカシュは光。 つまり偉大なる光、という意味ね」

「何というか、インドの国民は、そんな名前のヒーローが影で何をしているか知らない、と言う事ですか?」

「それがね、厄介極まりないのよ」

お姉さんがげんなりしきった声で言う。

インドはそもそも、現在の状態になる前に、イスラム教徒が多い地区と、ヒンドゥー教徒が多い地区で、英国に分割された歴史がある。

ヒンドゥーが多い地域は現在のインドとなり。

イスラムが多い地域はパキスタンとバングラディッシュとなった。

バングラディッシュの異常な人口密度は有名だが。

そういった分断政策の結果、無理矢理人間が移住させられた結果である。

現在ではある程度緩和されているが。

それにはあまり口にしたくないような歴史的な出来事が多数ある。

21世紀に文字通りの焼け野原になって復興途上の中東同様。

インドから中華、ロシア辺りに掛けても。

21世紀中盤以降は、過酷な歴史が続いたのだ。

その結果。

インドは現在も、治安が最悪な状況が続いていると言う事だ。

「まずインド警察だけれども、昔は兎も角現在は再建途上、という所ね」

「再建途上、ですか」

そう言われて思い出す。

たしかインドは、クロファルア人が来る直前辺りに、内戦寸前まで行ったのだ。

内部での腐敗に国民の不満が爆発。

クーデター未遂が確か四回か五回発生。

警察もそれに荷担したりで。

首相が替わる度に、大変な事になり。

それに内情がグダグダになっていた各国が介入したため。

自治区が独立しようとしたり。

越境行為をした軍が衝突したり。

いずれにしても、全面核戦争発生の原因の一つとなった地域である。

幾つかの国は、クロファルア人が重点的に改革を行ったらしいのだけれども。インドもその一つで。

警察に至っては、現在稼働中の警備ロボットの方が、警官よりも多く。

更に警官に至っては、殆どの人間が汚職に手を染めていたため。

大なたがふるわれた結果、現在は若い人間しか殆どおらず。

つまりノウハウが確立されていないらしい。

なお、この混乱の最中。

世界史に残る一神教の元祖とも言えるゾロアスター教の最後の信者達が狂信者に皆殺しにされたり。

カースト撤廃のために動いていた仏教徒達が大量虐殺されたりと。

修羅の歴史が発生している。

いずれにしても、21世紀後半で、爆発的に増えていたインドの人口は三億にまで減少し。

現在の状況が来ている。

ただ、世界的に見てもこれは決して人口減少比率で考えると多い方ではなく。

もっと悲惨な状況になった国も多数存在している。

最悪なのが中東とアフリカで。

核に焼かれた中東と、ほぼ意図的にばらまかれた生物兵器で場所によっては九割を超える人口を失ったアフリカとで。

どちらが悲惨かは、分かりづらい。

ともかくだ。

インド警察の状況。

更に敵が刈り取り放題の状況である事は良く分かった。

これから対策を練らなければならないわけだが。

いずれにしてもはっきりしている事はある。

「インド警察、情報部、どちらにも信頼出来る人員を確保しなければならないですね」

「厳しいわね」

「理由をお願いします」

「まず、宗教的な断裂がまだ厳しいと言うこと。 再建中の警察でも、いまだカーストや宗教的な対立が大きく、治安の維持は警備ロボットが多くを担っている状況よ」

それは酷い。

英国の警察の内情も、警備ロボットにかなり依存している様子がうかがえたが。

インドはそれ以上、と言う事か。

21前半には中華と並んで非常に伸びていた国なのに。

まあ資源の枯渇や、世界情勢の悪化に伴い。

最も割を食ってしまった、というのが正しいのだろう。

ともあれ。

そもそも警察に頼るどころでは無い事が分かった。

政府機能がまだ動いているだけマシ、という所なのだろう。

首都が未だにニューデリーであることが奇蹟、という声さえあるそうで。

博士もため息をついていた。

「そこまで状況が悪いとはな」

「まだ10の悪の組織とエセヒーローを滅ぼさなければならない現状です。 ……その中には、中東で活躍している72とスレイマンもいます」

「分かっている……」

中東での戦いがどれだけ過酷になるか、正直まったく知れたものではない。

いずれにしても、此処は恐らく。

現地の協力者を造り。

更に頭の固いフォーリッジ人を、とにかく説得して、急いで対応させるのが急務だろう。

だがそれについても。

博士が頭の痛い話をする。

「実はフォーリッジ人についても、問題がある」

「また何かあるんですか」

「今まで我々に協力していたフォーリッジ人は、「西欧文化圏」担当で、今回から「東洋文化圏」担当に切り替わる。 同じように真面目な人物だが、引き継ぎなどを細かくやらなければならない。 ましてやフォーリッジ人の間でも、君は「評価されている」らしいからな。 余計に大変になるぞ

ああなるほど。

評価をされると言う事は。

厳しい目で見られる、と言う事も意味しているわけだ。

元々厳格なことで知られる種族だ。

信頼した以上。

徹底的に此方に対して厳しい要求もしてくるだろう。

今から既に胃に穴が開きそうな状態だが。

それでもやるしかない。

敵も対応能力を身につけているし。

何よりも最悪なのは、此処ではもはやどれだけの被害が出ているか、見当もつかない、と言う事だ。

敵は極めて邪悪な拝金主義者。

しかもその点では現実主義者とも言える。

ビジネスとして充分な成果が上がったと判断したら。

その時点で手をインドから引くだろう。

つまり時間との勝負にもなる訳で。

より厳しい戦いが予想される。

まずは、幾つか打ち合わせをしておく。

「とにかく信頼出来る協力者を見繕ってください。 敵の情報源を断つにはそれしかありません」

「分かっているけれど……」

「お願いします」

此方としても。

敵の攻撃方法などが分からなければ動けないのだ。

或いは囮になる手もあるが。

敵が此方の大体の戦力を把握している現状。

それはあまりにもリスクが高すぎる。

此方には代わりはいない。

私は残念だけれど。

もう降りられないのだ。

「フォーリッジ人とも打ち合わせが必要だと思います。 柔軟な対応が出来る人だと良いんですが……」

「厳しいな」

博士は即答。

それはそうだろう。

銀河一の堅物と言われる種族である。

柔軟性には欠けるはずだ。

実際問題、今までも完全にマニュアル通りの動きをしていたはずで。

故に黒幕には、私の方で動かないと、接近できるとは思えない。

事実、私が戦い続けて。

ようやく敵の拠点を突き止められたのだ。

前の人もそうだったが。

今度の人も同じくらいのマニュアル脳だと考えるべきだろう。

勿論法の準拠や。

未開惑星にテクノロジーを持ち込むことの危険性くらい。

私だって分かっている。

何しろ地球は人類によって滅び掛けたわけで。

それを助けて貰った以上。

調子が良い人間賛歌なんて、ただの寝言に過ぎない。

実績が証明してしまったのだ。

地球人には過ぎたテクノロジーが渡っていると。

それなのに、更にそれを超えるテクノロジーなど安易に持ち込んだら。

それこそ、今黒幕がやっていることが。

拡大生産されるだけだ。

クロファルア人の大半だって、その辺りは理解している筈。

私も柔軟な対応を求めたいけれど。

それでも分かってはいる。

むしろ、これで柔軟な対応を等と口にすることの方が、無理があることくらいは。

ともかく、軽く対応を練った後。

私は寝ることにする。

博士に、ミーティングの終わりに言われた。

「たまたま遺伝子的な一致があったというだけではなく、天は君に戦いの才能を与えたようだな」

「ご冗談を」

私は囲碁や将棋も弱いし。

ラクロスだってそんなに上手でも無かった。

今だって、単に敵が対応出来ない手を考えているだけで。

それ以上でも以下でもない。

本当の名将だったら。

それこそ、現状の認識を一瞬で済ませて。

黒幕を直接ぶちのめしに行っているだろう。

私にはそんな能力は無い。

病み上がりでミーティングをしたからか。

少し熱が出た。

この間の傷は軽くは無い。

その状態で無理をしたのだから、当然だとも言えるか。

しばらく眠ったり起きたりをまた繰り返す。

リハビリを始めた頃。

フォーリッジ人と、やっと直接連絡が取れた。

今度の人も、やはり球形で立体映像を投影してきた。

「地球人を怖れさせないための配慮」をしてくれている訳だが。まあクロファルア人を見た瞬間、みんなメロメロになった種族だ。

相手の姿を見て、どう行動するかは、彼らも分かっている。

実際、これが正しい対応なのだろう。

「様々な情報を検討した結果、君と協力して行動する事になった。 名は明かせないが、前任者に劣らぬ経験と実績を持っていると自負しているつもりだ。 頼りにして欲しい」

「ありがとうございます」

随分と自信家だが。

まあそれでも堅物らしく、まずは色々と法的な話をされる。

汎銀河連合では、そもそもフォーリッジ人が派遣されるのは、余程のケースらしく。この星に潜んでいる犯罪者、ないし少数の犯罪者集団は、極めて危険と判断されているという事を強調された。

それは私も聞いて知っているし。

そもそもクロファルア人がまったく手も足も出ない時点で。

それ以上の実力と権限を持つ存在が来るのは、当然とも言える。

法治主義を掲げるのなら。

まあそれが普通だろう。

「まずインドでのエセヒーローと悪の組織についてだが、今までの日本や英国の実績と行動パターンと合わせて判断するに、規模は日本のブラックファングの十倍近いと推察される。 怪人の生産工場も一つでは無いかも知れない」

「!」

「それだけ一度に大量の戦力を投入してくるのだ。 エセヒーローも手下のような存在を使う」

なるほど。

特撮でもマスコットキャラなどを相棒代わりにするヒーローはいるが。

そういう感覚なのだろう。

なお、非常に神々しい姿をしているらしく。

その辺りも、国民性を反映しているとか。

まあ、内乱で壊滅し掛けたインドである。

あからさまな「救世主」然とした姿のエセヒーローの方が。或いはむしろ一周回って、心を掴みやすいのかも知れない。

「そしてこの規模で敵が動いている以上、誘拐されている人間も膨大な数に上るはずだが、現状では掴み切れていない」

「警察がほぼ機能していないという話は聞いています」

「正確には無人化の良いところと悪いところがモロに出ている、と言う所だろう。 人間の権限が必要な部分では兎に角まったくという程情報が弱い。 一方、機械だけで対処できる部分については、むしろ安定しているほどだ」

そうか、そういう側面もあるのか。

頷くと、他にも情報を聞く。

日本から来た警官達が、色々と手伝ってくれているらしいのだけれども。

流石に現状の「人力が必要な部分」が弱すぎる状態では、敵に太刀打ち出来ないらしい。

これも大体想定通りだが。

問題はその後だった。

「政界の腐敗が著しく、無数のカルトが跋扈している。 これらの中には、クロファルア人に対して反抗することを呼びかけている者がいる。 テロまでは実施しないようだが、どうやら「消極的不服従」というのを理念に掲げているようでな」

「!」

それは厄介だ。

偉大な革命家だったガンジーと似たようなやり方である。

そしてこういった思想の中に。

本物の悪党が紛れ込むと。

極めてタチが悪い事になる。

「いずれにしても、地球人の協力が欲しい。 君にも手伝って貰う」

「分かりました。 可能な限り」

とりあえず、思っていたほど話が通じない相手では無かった。

だが、問題は此処からだ。

此方をある程度信頼してくれたフォーリッジ人の前任者でさえ、あれほど手こずらされたのだ。

今度は時間制限付きで。

可能な限り早く。

敵を叩き潰さなければならない。

プレッシャーは、重くのしかかっていた。

 

1、光の戦士

 

誰もが望んだ。

救世主が欲しいと。

故に都合が良いものが現れても。

疑問に思うよりも。

先に歓喜した。

今でもそれは変わらない。

日本や英国に現れたヒーローが、エセだったという情報は、当然インドにも流れている。警察でも、そう認識している事を東方は確認しているし。警察の首脳部(老人と若造しかいない極端な状態だった)もそれを認識している事を確認している。

しかし、だ。

ネット配信で、マハープラカシュが現れるシーンの熱狂ぶりを見てしまうと。

思わず口をつぐむ。

それは戦神としか呼びようが無い姿。

腕が四本。

頭は三つ。

光輪を背負い。

空を舞い。

圧倒的な武力で、多数の敵「タギー」を一方的に蹂躙していく。

ネオロビンフッドは隠密からの狙撃で瞬殺マッチをしていたが。

こちらでは、圧倒的な武力を振りかざして。

「分かり易い悪」を蹂躙することが流行りのようだった。

なお、武神らしく吠えたり。

荒れ狂ったりしているが。

相当に鬱屈が溜まっているのだろう。

それを見ている民衆は、いずれもが熱狂しているのだった。

建物を多少壊されようが気にしない。

というか、ニューデリーそのものが、そもそも半分以上瓦礫になっているのである。何度も起きたクーデター未遂の結果だ。

だから、もはや壊れかけた建物が崩れようが。

誰も気にしない。

死にも皆鈍感になっている。

ヒーローが暴れた後、物乞いや子供が多数死んでいても。

誰も気にせず。

むしろ功徳になって、これで良い転生が出来ると喜ぶ者までいるようだった。

「転生、ね」

その説明を聞いて。

東方は思わず吐き捨てていた。

輪廻転生。

誰でも知っている概念だが。

それは大きく誤解されているものでもある。

そもそも輪廻転生とは、修行が足りないから出直してこいと死者が「苦界」に放り込まれる事だ。

インド系の宗教。

古くはバラモン教からヒンドゥー教。

近年では仏教まで。

皆それは共通している。

神々でさえ、修行をするのがインド系の宗教であり。

これは悪魔でも例外では無い。

なんと修行に失敗して倒されてしまった悪魔の逸話があるほどで。

修行による功徳を積むことと。

良い世界に転生することは。

インドにおいては身近なのだ。

一時期は、IT産業などにおいて、世界的な存在感を示したインドだが。それも21世紀半ばからの資源枯渇に伴い停滞。

その結果、法で禁止されていたカーストなどが半ば公然と復活し。

今ではこの有様である。

時間が150年巻戻った。

そう評する者もいるそうだが。

東方は頷くことしか出来ない。

警察の首脳部は、日本と英国で大きな成果を上げた東方と桐野を迎え入れてはくれたが。

クロファルア人に途中で説明されたとおりインド警察は完全に再建の途上。

実働できるのは若者だけ。

わずかにいるベテランも、年寄りばかり。

いずれも、21世紀中盤に荒れ狂った地獄の影響だ。

これでもかなりマシになったと言うのだから。

キャリアの腐敗が酷かった日本のことを思い出して、ため息をついてしまう。

世界の何処にも楽園なんて無い。

そんな事は分かっているが。

それでも、よその国の惨状を見てしまうと、どうしても言葉を失ってしまうのだった。

とにかく、ユニット化された部屋を貰い。

協力者であるフォーリッジ人に接触する。

既にクロファルア人も、この辺りは容認している。

彼らは彼らで内偵をしているが。

やはり誰がこの事態を引き起こしているのか、特定しきれないらしく。

フォーリッジ人の言うまま、フォーリッジ人の調査には不干渉を貫くことしか、手はないようだった。

いずれにしても、お手上げである。

何しろ、警備ロボットが持ってきた情報や。捕まえてきた犯罪者に対する書類整理だけで、それこそ大残業、という状態なのだ。

治安はそれだけでお察し。

若い警官達は、人間がやらなければならないこと。つまりロボットへの指示、をするだけで手一杯。

かといって、あまりにも高性能のAIが積まれたロボットは、クロファルア人も投入していない。

ブラックボックス化しているとは言え。

技術流出した場合、大変な事になることを悟っているからだ。

まあ当然かな、という言葉しか出ないのが少しばかり悲しいが。

とにかく、東方としても、奮起していくしかない。

まず。情報を徹底的に洗い出すが。

おぞましいほどの数、カルト集団が存在していて。

それらが社会不安に乗じて暗躍。

多数の信者を奪い合っている状況が分かってきた。

そんな状態だ。

誰もが不安を抱えている。

だからこそ、分かり易い「戦神」が、分かり易い「悪」をバッタバッタとなぎ倒す様子が受ける。

それに思考停止する。

実害が出ていても無視する。

熱狂する。

構図が分かっていても、それ以上進めない。

フォーリッジ人との打ち合わせは、思った以上に上手くは行った。

話は思ったよりもずっと通じる奴だったからだ。

だが、それだけ。

桐野が最初に音を上げた。

「これは、最低でも現状の十倍の警官が必要です。 もしくは書類をロボットに任せるしか」

「それはクロファルア人に言え」

「分かっていますが、そもそも普通の犯罪ですら、捌き切れていない状態なんですよ!」

「ぐだぐだいうな!」

不毛だと分かっていても、桐野に叱咤するしか無い。

それにしても、英国でも警察に缶詰だったが。

此方ではまるで軟禁だ。

調べて見ると、裁判所は警察より更に酷い状態らしい。

クーデター未遂や、内乱寸前の状態に陥ったとき。腐敗が酷かった裁判所は焼き討ちに遭い。

その結果、当時の裁判所関係者はほぼ全滅。

今は一から再建している状況だ。

故に裁判も進んでおらず。

刑務所はパンパン。

拘置所も酷い有様らしい。

このままだと、どの刑務所もパンクする、その前に拘置所が内側から圧力で爆発する、等という言葉まで飛び交っているらしく。

事態の深刻さは笑い事では済まない。

とはいっても、日本もこうなっていてもおかしくなかったわけで。

更に言えば、クロファルア人がもう少し来るのが遅れたら、核の炎が地表を全て焼き払っていたのだ。

笑い事どころか。

東方にとっては、ごくごく身近な出来事である。

世代だからだ。

桐野はまだいい。

東方は、警官として前線で働いているときに、最悪の時代を経験した。

日本は何処かと戦争さえしていなかったが。

しかし、核が飛び交った場合、どうにもならない事は誰もが分かりきっていた。

だからこそ、この有様は、あり得た日本だと映る。

ともあれ、一つずつ。

情報を整理していくしか無い。

まずは怪しい団体をピックアップする。どれだけ数が多くても、だ。

桐野は疲れ切った顔で同意。

東方は警察の様子を見に行くが。

全員が死んだ目で書類決裁をしており。

とてもでは無いが、警備に出る人員どころでは無い様子だった。

書類決裁だけでこれである。

もしも外にパトロールに出たとしても。

そもそも警備用ロボットより活躍出来るとは思えない。

更に、警察署の外には、群衆が押し寄せてきていた。

身内を帰せ。

税金泥棒。

そんな声が聞こえる。

機械的に、犯罪者を捕らえた警備ロボットに対して抗議しても埒があかないから、警察署に来ているのだろうが。

実は、警察署の入り口付近にまでしか声は届かない。

爆弾対策のフィールドは、遮音フィールドも兼ねていて。

暴徒は機械的に警備ロボットが押さえ込んでおり。

何もできないのだ。

この警備ロボット、悪の組織やエセヒーローには無力だが。

それでも流石にクロファルア人が持ち込んだだけのことはある。

圧倒的な性能で。

少なくとも、暴徒の群れを鎮圧するくらいは、単独で、なおかつ余裕でやってみせる。

賄賂も通用しない。

だが、それが故に。

外で暴れている連中には、不満でならないのだろう。

ただ、社会そのものが機能不全を起こしてしまっている状況である。

この暴徒にはまったく同意できないが。

しかしながら、21世紀序盤からの日本が、如何に酷い社会機能不全を起こしていたか知っている東方としては。

この光景は、まるで他人事では無かった。

与えられている部屋に戻る。

インド政府から、使者が来ていて。

桐野が冷や汗を掻きながら対応していた。

東方にしても、大使館に行けよという気分だが。

とにかく。いそいで事態を収拾したいらしい。

なお、老人でも無ければ中年男性でも無い。

あからさまに不慣れな若造で。

どうしていいか、本人が一番分かっていないようだった。

逆に同情してしまう。

「英国で大きな活躍をした貴方たちです。 どうにかならないのですか」

「まず警察の手が足りなさすぎます」

「分かっていますが、今どの分野でも人が足りなさすぎるのです」

「それは我々がどうにか出来る問題ではありません」

水掛け論をしても仕方が無い。

兎に角、大使館にでも行ってくれと追い払うと。

ノイローゼ気味になっている桐野の肩を叩く。

「少し休んでいろ。 俺が代わりに少し進めておく」

「はあ、ありがとうございます……」

桐野がフラフラと急速睡眠装置に向かうのを見送ると。

東方は大きくため息をついた。

このままでは。

何もできずに終わる。

 

情報をどうにか整理するのに成功したのが二日後だった。

とにかく、データがいわゆる「泥沼」状態と化しており。

関連するデータを整理するだけで一苦労だった。

一時期のIT企業などでも、データをゴミのように蓄え、泥沼のようにしてしまう事から、データスワンプなどと言う言葉が使われていたらしいが。

文字通りのそれである。

この場合、とにかくデータ量が多すぎて、適切なデータを取り出せなかった、というのが原因なので。多少事情は違うが。

ともあれ、情報の整理だけで一苦労だった。

関連性がありそうな情報を引っ張り出すだけでこれである。

例の、内閣情報調査室の女性捜査官が来たが。

彼女も、目の下に隈を作っていた。

苦労を察してしまう。

「状況を伺いに来ました」

「見ての通りですよ。 やっと怪しい団体を絞り込んだところですが、そもそも警察で把握できていない団体も多いでしょうし、何よりこの数です」

「……」

桐野が見せたデータ。

それだけで、真顔になり。

硬直する相手を見て。

東方はまた同情する。

「ともあれ、データは共有します。 今後は此処から絞り込んでいくことになるでしょうが……」

「分かりました、捜査を続けてください」

「ええ」

ふらついている相手を見送る。

これは厄介だ。

この国は、色々あった現在でも、なお3億を超える人口を有している。

一時期に比べればぐっと減っているが。

それでも3億。

多すぎるほどの数である。

その中で、元々カオスだった宗教が、更にカオスな状態で爆発しているのである。それは得体が知れないカルトが、雨後の竹の子のごとくになるのも当然だろう。

ノイローゼになっている桐野をまた休ませると。

自分に鞭打って、情報の整理を続ける。

凶悪犯罪だけでも、相当な数に上っているのだ。

行方不明事件なんて、それこそ警察の把握できる外に行ってしまっている。

これでは、対応なんて出来るわけが無い。

今必死に死んだ目で働いている警官達は悪くない。

むしろ彼らは頑張っていると言える。

悪いのは、クロファルア人が来なければ地球を滅ぼしていたエゴの塊ども。

そいつらはクロファルア人が来て、ようやく強引に改革されたが。

それでも彼らの暴虐の余波は。

世界を苦しめ続けている。

カルトの調査は終わった。

次は逮捕者についてだ。

今の警備ロボットは優秀で、証拠さえ揃えば普通に犯人を捕まえてくる。この追跡能力は警察犬などの比では無く。

また複雑な事件現場から、ミステリに出てくる名探偵もびっくりの分析をして見せる事もある。

ただしそれでも所詮ロボット。

一旦書類を作って提出してくるので。

それをどうにか警官が処理して。

それから動く。

このタイムラグが。

膨大な不備を引き起こしてしまっている。

かといって、警備ロボットが全部やってしまったら、そもそも人間がいる意味がなくなる。

この惨状を見ていると。

東方にもどうしていいか分からないが。

ともあれ、基本的に犯罪者は、初犯でないケースが極めて多い。

多くの場合、犯罪者は繰り返す。

今回の場合、人間を売り飛ばすという凶行だ。

犯罪者の中から。

カルトに関わっている者をピックアップしていく。

或いは元犯罪者が立ち上げたカルトだ。

だが、それでも。

数が膨大すぎる。

溜息が出る。

桐野が起きて来たので、交代。

無理が出来ない年なのは分かっている。時間が限られているのもまた分かっている。だから、どうにかするしかない。

あのバケモノ。

今はインドに来ているのだろうか。

来ているとしたら。

きちんとやれているだろうか。

そんな心配をしてしまう。

東方は、あのバケモノは人間の味方だと、現時点では確信している。民間人を何度も守っているし。手を出させないために悪の組織やエセヒーローを叩き潰すようなことも何度もしている。

ある意味連携しているようなものだから。

分かるのだ。

起きて、シャワーを浴び。

頭をリフレッシュしてから。

また仕事に入る。

桐野も相当に参っているようだが。

叱咤して作業を続けた。

フォーリッジ人が連絡を入れてきたのは、その時だった。

「此方で情報を入手した」

「詳しく聞かせていただきたく」

「インド南部に存在する、カルト集団「ガルダの翼」は其方でも確認しているか」

「ええ、まあ」

ガルダの翼。

インド神話、その中でヒンドゥー教においては、最もえらい三柱の神が存在する。

(主に)破壊を司る神シヴァ。

(主に)維持を司るヴィシュヌ。

(主に)創造を司るブラフマー。

何故「主に」がつくかというと。

元々違う神を多数ぐちゃぐちゃに混ぜた結果、それぞれの役割が被りまくってしまっているからである。

ヴィシュヌは多数の化身を持つ神だが。

その中には、カルキのように破壊しか行わないものも存在している。

つまり維持神であるヴィシュヌにも破壊神との側面がある。

訳が分からないかも知れないが。

ギリシャ神話や北欧神話など。

複数の神話がごっちゃに集まった系統の神話では、この手の話はよくあることなのである。

それで、ガルダというのは、ヴィシュヌの乗騎であり。

蛇の天敵として君臨する、空の王者である。

母親の病を治すために、ヴィシュヌに勇敢に戦いを挑み、勝利したという猛者であり(もっともインド神話では、シヴァやヴィシュヌがかなわない悪魔が頻繁に出てくるのだが)。日本では仏教に取り込まれた結果、カルラ天として知られ。鴉天狗の原型になったとも言われている。

そのガルダを名乗るカルト教団は。

自称2000万人(あからさまに誇大だが)の信者を抱えており。

インド南部で、侮れない影響力を有している。

教祖の「ベヘマー」と名乗る男には謎が多いが。

政財界にも影響を持っており。

何回かクロファルア人から経済制裁を受けている。

その度に反発しているようだが。

流石にクロファルア人にはかなわず。

毎回制裁を受けるのに甘んじているようだ。

「そのガルダの翼が内紛を起こしているらしく、多数の失踪者を出しているという話がある」

「どこから仕入れました」

「衛星から直接偵察して会話を拾った」

絶句。

流石に三億人を直接調べて、そんなところに行き当たるとは。

確かに調査行動なのだろうが。

捜査にどれだけの時間を費やしたのか。

想像するだけでも寒気がする。

以前日本でも。

サイバー課が、数億に達するログから、犯罪者を摘発したという実例が存在しているが。

まさにそれに近い作業だ。

「元々この集団は代々続くカルトで、多数の問題行動も起こしている。 近年は複数のカルトを取り込み大型化し、その過程でかなりの血も流したようだ。 クロファルア人にも目をつけられているのはそれが理由だ」

「それで、このガルダの翼を重点的に調べろ、と」

「君達の実績は見ている。 君達なりに分析して欲しい」

「分かりました」

通信が切れる。

頭を掻く。

さて、これが吉と出るか凶と出るか。

まだ分からないが。

まずは、一歩を踏み出せたと信じたい所だ。

 

2、多面

 

フォーリッジ人の情報を元に、私も動く。

ガルダの翼とかいうカルトで、妙な動きがある。そういう事だが。

しかしながら、そもそも妙な動きをしている団体だらけで。

私としては、どうもおかしいように感じる。

むしろ、陽動では無いのか。

警察にも連絡を入れているらしいので。

まずは其方に任せ。

私は別の方向から攻めてみることにする。

体の方はどうにか完治したので。

まずは変身。

ウィルス大のビットを多数展開する制圧形態で。

膨大な情報を拾い集める。

広大なインドだ。

変身の負担を抑えながら、できる限り広範囲の実態を見て回るとしても。時間が正直な所足りない。

それにしても。

この荒廃ぶりはどうだ。

死体が平然と流れていく、おぞましいまでに汚染されたガンジス川の話は私も聞いたことがあったが。

それでも、発展しているところは発展していたし。

一時期は世界のトップを狙える所まで行っていたのに。

これがその結末なのか。

一面の荒野。

それ以外の言葉も無い。

街だった場所。

そうとしか形容できない所が幾つもあり。

貧しい人々がしがみつくようにして暮らしている。

インフラは壊滅状態。

ヒーローと悪の組織が戦っている、という話は彼らを熱狂させてはいるようだが。それも、クロファルア人が提供したネットワーク頼み。

個々の家庭に行き渡るほどの情報端末も存在せず。

街頭などにあるテレビを操作して。

多数の人間がそれを見ているようだった。

だからテレビの操作を行えるのは、ほんの一部の人間だけ。

子供などがテレビに触ろうとすると。

厳しい叱責が飛ぶ。

ただし、警備ロボットがテレビの前に居座っているため。

地元の有力者が好き勝手出来る、と言う訳でもないらしい。

こんな筈では無かった。

20世紀末から21世紀に掛けて世界の上位を狙えるほど発展したのだ。

人口もテクノロジーも。

勿論、たくさんの社会矛盾はあった。

カーストは結局残り続けていたし。

それによる弊害は無視出来ないレベルだった。

ガンジス川には死体が流れ続け。

その汚染は、近づくだけで病気になると言われる程だった。

だが、それでもだ。

いびつながらも、発展を続けていたのに。

それがどうしてこうなってしまったのか。

現在のインドの始祖となった「偉大なる魂マハトマ」ガンジーはさぞや嘆いている事だろう。

そして彼の思想を悪用した集団が。

横行している事も。

更に怒っている事だろう。

ともあれ、ビットを飛ばして状況確認を続ける。

私の脳だけではとても処理出来ないので。

博士の持ち込んでいる量子コンピュータと接続して、データの解析を続けさせる。

ビットはウイルス大なので、何処にでも潜り込める。

情報を集めながらも。

自分で状況を確認するが。

首都ニューデリーでさえ復旧が進んでいない有様だ。

配給用のロボットには、凄まじい数の民が群がっていて。

それは首都でさえ例外では無い。

どうやら遺伝子情報で管理をしているらしく。

配給品を二度貰うことは出来ないようだが。

それでも、浅ましく群がる様子は。

地獄の餓鬼を思わせた。

思わず頭を振る。

この飢えた民達には責任は無い。

資源が枯渇し。

そしてそれなのに、無理矢理拡大政策を持続した事が悪い。

いや、相当に有能な指導者で無ければ。

拡大政策からの転換は難しかっただろう。

政策の転換は、急ブレーキでヘアピンカーブをしようとした車のように大失敗して。

その後は内乱と混乱。

ジェノサイドの時代が始まってしまった。

アジア全域がこんな有様なのだ。

その中心。

嵐の目となったインドは。

その悲惨さの中枢とも言えた。

一週間ほどかけて。

徹底的にデータを集める。

やはりというかなんというか。

どの都市にも、怪しげなカルトが跋扈し。

それに民衆がすがっているようだった。

これも責められまい。

こんな状況である。

神頼みをするのも、仕方が無い。

誰だって、もはやどうにもならない状況になれば、神頼みをする。

ましてや、カルトはそういった人々の心に滑り込んでくる。

人権を売り物にして稼いでいる鬼畜外道どもが人権屋だとすれば。

カルトは人間の弱みにつけ込んで稼ぐ鬼畜外道だ。

ただし、この状況で。

それを誰か批判できるだろうか。

状況を改善しない限り。

とてもではないが、カルトを駆逐する事は出来ないだろう。

見ると、クロファルア人も頑張ってはいる。

だが、悲惨な状況になっている場所はインドだけでは無い。

アフリカや中東はより悲惨で。

リソースは其方により多くつぎ込むしか無い。

大量の警備ロボットを配備してくれているだけでも有情、と言う所なのだろう。

悲しい話だが。

汎銀河連合も、リソースを無限につぎ込めるわけでは無いし。

何よりあまりにもリソースをつぎ込みすぎると。

人類がこの星を復旧するという事ができなくなる。

そもそも人類がこの星を復旧することを手伝うのが、クロファルア人の役目である事を考えると。

彼らとしても、難しい所なのだろう。

休憩を挟みながら、インド全土にビットを飛ばし。

状況を確認し終えた。

それで警察の情報も見たが。

絶句である。

というか、少し頭を冷やしてみれば。

当然の結果とも言えた。

ほぼ何も把握できていない。

具体的にどういうカルト組織が存在するか、という情報についてさえ。不完全という有様。

何しろ司法そのものがほぼ動いていないのだ。

警官達は、街に配備された警備ロボットが捕まえてくる犯罪者に対する決済だけで手一杯。

裁判所は、内乱時代に殆どがバスティーユ監獄さながらに焼き討ちされ。

こればかりは機械にやらせるわけにも行かず。

現在では若い人間達が、四苦八苦しながら法運用をしている。

英国でも手伝ってくれた日本の警官達が頑張って情報整理をしているようだけれども。

これではどうにもなるまい。

溜息が漏れてしまうが。

此処で諦めるわけには行かない。

見ると、情報が入ってきた。

スラムで、スリをした男性が、凄まじい数の群衆に追いかけられている。

発展途上国では、昔から良くあった光景で。

この後、集団リンチに掛けられて。

良くて再起不能になるまで殴る蹴る。

悪い場合は焼き殺される。

その二択だ。

だが、警備ロボットがさっと展開。

群衆に警告しながら、シールドを張りつつ。

スリを驚くべき手際で捕獲する。

群衆はぎゃあぎゃあと喚いていたが。

頭を抱えて震えているスリから、奪った財布を回収すると。

遺伝子データからすった相手を特定。

財布を返していた。

そしてスリを連行していく。

群衆の騒ぎぶりが凄まじい。

「返せブリキ人形!」

「どうせ拘置所に入れるだけだろう!」

「静かにしなさい。 貴方たちは血に飢えた獣と同じ状態です」

「うるせえっ!」

バリアを蹴飛ばす群衆だが。

びくともしない。

それはそうだ。

C4の爆発にも余裕で耐え抜くバリアである。

一体の警備ロボットが、象百頭の突進を押さえ込めるとか聞いている。

人間が蹴ったくらいで。

どうにかなる代物では無い。

「解散しなさい。 しない場合は無力化します」

「……」

殺気だった様子で群衆が散って行く。

手に棒や火炎瓶を持っている者もいたが。

あのスリがもし捕まっていたら。

どうなるかは明白だった。

警備ロボットは、その群衆を逐一真面目に個体識別し。

全員をDBに登録している様子だが。

その苦労がいつ報われるのか。

博士が嘆く。

「この国は、一時期世界でもトップに躍り出ようとしていたと聞いている。 どうしてここまで酷い事になってしまったのか」

「そういうものです」

「分かってはいる。 君に愚痴る事では無かったな」

本当に悲しそうな博士を見ると。

私も悲しくなってくる。

本当に地球は滅亡する寸前まで行ったのだ。

それを、こういう光景を見ると。

嫌でも自覚させられてしまうからだ。

 

集めたデータを、フォーリッジ人に引き渡し。

情報共有を始める。

疲れきった様子の協力者のお姉さんと一緒にミーティングをするが。

敵の工場どころか。

エセ悪の組織が出現するパターンや。

エセヒーローの行動パターン。

いずれもまったく読めないのが現状である。

私が捜査している間にも、二度奴らは出現し。

ホームレスやストリートチルドレンを思いっきり巻き込みながら暴風のように荒れ狂った。

私が到着した頃には出来レースの一方的殺戮は終了しており。

更にニューデリー以外の都市にも、エセヒーローマハープラカシュは出現している様子である。

ただ、一つ疑念も残る。

「敵が使っている技術解析は進んでいると思うのですが、それでも誘拐のシステムについては分からない状況ですか?」

「すまないがそうだ。 日本と英国で、空間転移のテクノロジーにはまったく別のものが使われていた。 どちらも別系統の違法テクノロジーで、根本的に運用思想からして違うものだ」

「それでは残り十の技術も……」

「恐らく全て別系統のものだろう」

敵の強大さがよく分かる。

戦闘技術に関しても、既に絶対優位では無い。

博士が作ってくれたこの変身スーツにしても。

この間のハンギングジョンとの戦いでは、瀕死にまで追い込まれた。

当然敵も対策を取ってくるはずで。

今後は悠長にやっていられないのだ。

「情報共有の結果だが、どう考える」

「現在ガルダの翼については、日本から来た警察が調べています。 私はインド全域の情報を集めてみようと思っています」

「ふむ、理由を聞かせてくれるか」

「敵が此方の手の内を読んでいる場合を想定しての事です」

なるほどと。

フォーリッジ人は頷く。

私は更に、もう一つの理由を告げた。

「ひょっとすると、そもそも敵は誘拐さえしていないかも知れないです」

「詳しく」

「情報さえ取る事が出来れば、死体でも構わないんですよね」

「……新鮮であれば」

敵が何故誘拐をするか。

それについてはまだ断定は出来ていないが。

いずれにしても、人間を誘拐し。

何かした後は素粒子も残さず消し去っている。

それについては分かっている。

だが、である。

もしも消しさる前に情報を得られているのだとすれば。

わざわざ死体を回収するリスクなど、負う必要はないのでは無いのか。

今調べた所によると。

現在のインドでは、一日辺り30件ほどの殺人事件が起きている。

これは相当なハイペースではあるが。

一方で、犯人はだいたいの場合即座に捕まっている。

警察犬の比では無い強力な探査能力を持つ警備ロボットが、様々な要因から出る「死の臭い」を即座に探知。

その場所に駆けつけるからである。

逆に言うと。

それでもなお、一日30件の殺人事件が起きている。

この殺人事件の方に。

敵が関与している可能性は無いのか。

警察の情報を見たが。

殺人事件については、警備ロボットが状況を調べて持ち込んではいるが。

取り調べもロクに出来ていない有様で。

裁判なんて全然。

流石に大量殺人になると優先的に裁判をしているようだが。

拘置所が犯罪者で内側から爆発するとまで言われている現状。

一人一人を裁判に掛けるどころでは無いのだろう。

「ふむ、それは盲点だった」

「あくまで仮説です。 少し此方でも調べて見ますが、フォーリッジ人の技術で、殺人犯を調べられませんか?」

「無作為に選別して、情報を吸い出すことは出来る。 ただし人権の範囲内でだ」

「分かりました。 そのようにお願いします」

人権の範囲内、か。

そういう事を宇宙人に言われてしまうようでは色々おしまいだなと苦笑する。

本当に、SF映画で描かれていた、何の理由も無くよその星から攻めてくる醜悪な宇宙人というのは。

地球人そのものの事だったのだと。

これを見ていてもよく分かる。

嘆息すると。

更に怪しそうなものについて調べる。

不審死は。

これについては、驚くべき事に減っている。

病院関連については、クロファルア人が真っ先に建築。

今では格安で、誰でも治療が受けられるようになっている。

地球の技術ではとても治らないような病気でも、一発で完治させる程のテクノロジーであり。

アフリカで撒かれていた生物兵器系のウイルスなどに感染した人も。

全員が助かっている程である。

それぞれが、エボラなどとは比較にもならないほどの凶悪な病気にもかかわらずだ。

病院については、クロファルア人が無茶苦茶真面目に作った場所の一つで。

此処での不審死はほぼ起きていない。

そうなると、ホームレスなどの凍死などは。

これも調べて見るが。

ほぼなくなっている。

炊き出しも行われている上。

家が無いような人間に対しては、警備ロボットが様子を見に行き。

そして安全を確認しているのだ。

先のスリの件についても。

こういった巡回作業の結果。

命を落とさずに済んだ様子である。

なるほど。

そうなると、やはりカルトでおかしな事をしているか。

異様に多い殺人犯か。

どちらか、という事になるだろう。

カルトの方は、日本でも連携した警官に任せるとして。

やはり私は殺人事件の方を追うか。

程なく、情報共有がてらに。

量子コンピュータに、現時点で逮捕されている殺人犯の情報と。

データが送られてきた。

「解析は私がしよう。 君はマハープラカシュの出現に備えてくれるか」

「分かりました」

博士に頷くが。

とはいっても、本当に好き勝手なところに現れては、好き勝手に暴れていくという風情のエセヒーローなのである。

何か行動パターンでもあれば。

対策が出来るのだが。

しかも、現時点でこの国の人達は、ネットなど出来る状況にない。

やっている人間はいるが。

それはあくまで上流階級だ。

本当に、時間が150年戻ってしまった。

そういう有様なのである。

これでは、どうしようもない。

上流階級のネットについてもチェックしてみたが。

案の定、大した情報は得られなかった。

そもそも上流階級といっても、別に21世紀前半のような、異常なレベルでの富をため込んでいるわけでもない。

ネットが出来て。

車を持っている。

そのレベルで、この国では上流階級になってしまう。

それほど、21世紀中盤から後半に掛けての惨禍が凄まじかったのだ。

故に、別に思想的に特別というわけでも無い。

情報も、大したものは得られなかった。

敵が何処に潜んでいるかまったく分からない。

最初の頃の日本でも。

此処までの苦労はなかった気がする。

困り果てた私だが。

時間がないことを思い出す。

もたついている暇は無い。

トイレで少し気分転換をすると。

敵の視点になって、気分を変えて考えて見る。

もしも私があのゲス野郎だったら。

どうするか。

それは勿論。

リスクが一番少なくなる方法を採るに決まっている。

現時点では、リスクが一番少ないのは何処か。

真っ先に狙われるカルトか。

そも人員がいない警察か。

いや、違う。

恐らくは、そもそも警察が手を回す余裕も無い場所。

クロファルア人さえ、自動化している場所。

そうなると、何だ。

有象無象のカルトでは無いだろう。

摘発された場合芋づるになる。

今までのように。

今までは、高度情報化社会で、それが成立しにくい状況の国での戦いだった。

だが今戦っているインドでは、インフラが一度壊滅している。

である以上、違う手を採ってくるはずだ。

ならば。

ふと、思い当たる。

ひょっとしてだが。

思い違いをしていたのかも知れない。

もしもそうだとすると。

私はトイレを出ると。

博士に相談する。

上手く行けば。

相手の裏を掻いて。

一瞬で事態を解決できるかもしれない。

 

3、黒い国

 

自分が最初にクロファルア人達に紛れてビジネスを始めたとき。まずは勉強から始めた。

笑止なことに、この星では、滅亡寸前には「努力は無駄」だとかいう失笑ものの理屈が蔓延していたらしいが。

どんな天才でも当然努力はしている。

自分だってそうだ。

努力というのは。そもそも目的を達成するための手段を実施することであって。

別に特別なものでもなんでもない。

当たり前にどんな動物でもしている事で。

それを特別視したりする方がおかしい。

まあだからこの星は滅び掛けたのだろう。

ともかく、情報を精査し。

そして国に合わせて、ビジネスの態勢を整えた。

現在では、まだ10の組織とヒーローが健在だが。

インドでは、ちょっと代わった方法で稼いでいる。

日本や英国とは、全く違うやり方で、だ。

側には、ハンギングジョンの知能を移植した量子コンピュータ。

もったいないので残してある。

アドバイザーとしても有用だし。

此奴は「例の小娘」を本気で憎んでいる。

この手の奴は、憎悪が力になる事が多い。

利用できるなら。

何でも利用する。

それが賢い者のやり方だ。

そして自分はそれをごく当たり前に実施する。

ビジネスである以上。

当たり前の話である。

リアリストで無ければ。

ビジネスなんてできないのだ。

「それにしても面白いやり口を考えたな」

「ふふ、そうでしょう?」

要は。

悲惨な境遇に置かれた人間を集め。

脳のデータを収集すればそれで良いのだ。

後は証拠隠滅のために消す。

なお生きたまま連れてくる必要があるが。

この一度崩壊した国では。

それは極めて容易である。

何しろ、生きているかいないか分からない人間が、多数いるのだから。

戸籍。

どの星の文明でも、ある程度成熟すれば、必須になって行ったもの。

しかしながら、どの文明でも、完璧に管理はできないもの。

文明が乱れれば乱れるほど。

戸籍は乱雑になる。

そして自分は。

それを利用しているのだ。

クロファルア人が派遣した警備ロボットが守っているのは、認識出来る範囲内の人間。

だが、それ以外はどうだ。

今、自分の管理しているのは。

文字通り地下に潜った人間達だ。

インドが大混乱したとき。

多数の人間が、死を怖れ。

混乱を避けるために。

文字通り地に潜った。

幾つもの迷宮じみた地下空間が作られ。

其処で多数の人間が暮らすようになった。

地球上の混乱が収まる日まで。

其処で生き延びようとしたのだ。

だが、混乱が収まったことさえ。

彼らは知らない。

故に、未だに表に出ようとさえしない。

日本では、似たような立場の存在として。

隠れキリシタンというものがいたという。

此奴らの場合、隠していたのは信仰だけだが。

現時点で自分が管理している連中の場合は。

文字通り身も隠して。

地上から逃れたのだ。

その結果、自分のような更に凶悪な怪物に捕まり。管理されて養殖されているのだからお笑いである。

彼らには徹底的な恐怖とストレスを与え続けている。

とはいっても、具体的には何もしない。

いつ此処に誰かが攻めこんでくるかも知れない。

核兵器が炸裂するかも知れない。

各地に分散し、数十万に達する「地下避難民」は常に怯えきっている。

何しろ彼らの中では、時が止まってしまっているのだ。

地球が滅びる寸前だった時から。

その時のインドの混乱を考えると。

まあ無理も無いのだが。

しかし地下迷宮に逃げ込んだ程度では。

地球がもしも滅びる状況になった場合。

世界各地にぶっ放されただろうバンカーバスター仕様の核弾頭を前に、手も足も出なかっただろう。

守ってもくれない盾に隠れ。

怯え続ける連中は。

ただそれだけで。

上等な電子ドラッグの材料なのだ。

時々此奴らを狩りながら。

ビジネスは順調に進んでいる。

インドでのノルマもほぼ達成しているが。

もう少しという所か。

しかも、フォーリッジ人も日本の警察も、てんで見当違いの所を調べている。これはもう、適当に見ているだけで大丈夫だろう。

しかし、油断はしない。

最後まで、ビジネスをしっかりやるのがプロというものだ。

ハンギングジョンに意見を求める。

「どう思うかね」

「あのガキは危険だ」

量子コンピュータに変わったハンギングジョンが呻く。

詳しく、と促すと。

話をしてくれる。

そもそも途中までは論理的に進めていた。

ハンギングジョンが殺されたのは、完全に論理の外。

こういうタイプが一番厄介なのだという。

「アレは俺の同類だ。 基本的に論理的に考えるが、不意に気まぐれが入り込む。 その気まぐれが厄介だ」

「ただのノイズでは無いのですか」

「だから厄介なんだよ。 分かっていないな」

「はあ」

ノイズなぞ、ビジネスには不要なだけだ。

実際問題、完璧な形で動いていたビジネスにノイズが入り込むと、碌な事にならない。

勿論どうしてもミスは出る。

だがそのミスの分も計算し、動くのがビジネスというものだ。

ハンギングジョンにそう諭すが。

反論される。

「良いか、あのタイミングで、彼奴は俺を殺さなければ、ダメージを減らして凌ぐことが出来た。 俺が下手に彼奴を殺せば、崩落に巻き込まれて死んでいたからな。 だから、本来は殺さない、という選択肢が正解だったんだよ。 それも彼奴は理解していたはずなのに、俺を殺しやがった」

「また面倒な話ですね」

「そうだ。 そして今回も、そのノイズが厄介な方向に作用しないといいんだがな」

「心しておきましょう」

地球人には地球人。

確かに手を焼いていると言えば焼いている相手だ。

話くらいは聞いておくべきだろう。

というわけで、対策をするかと思った、その矢先だった。

いきなり。

監視カメラの幾つかが沈黙したのである。

愕然とする。

まずいと思った瞬間には、もう遅かった。

残りの監視カメラも沈黙する。

なんということか。

せっかくの養殖場が。

何が起きたか確認する。

そして、すぐに分かった。

フォーリッジ人だ。

バカな。

彼奴らは、デコイとして配置していたインドのカルト集団、ガルダの翼に食いついていた筈だ。

ガルダの翼にはそれっぽい小細工をして。

洗脳して配下にした人間を紛れ込ませ。

いかにもそれっぽく動くように指示してあった。

地球人に不慣れなフォーリッジ人は、思い切り食いついていたし。

今まで情報収集という点で中々に驚かされる能力を見せていた、日本からの出向している警官。

それに内閣情報調査室の犬も。

どちらかと言えば、カルトや警察が対応仕切れていない犯罪者に食いついていた筈だ。

いきなりどうしてだ。

フォーリッジ人は、地下迷宮の天井を破壊すると。

中にいた多数の人間を即時に全把握。

もはやこれで。

此処からビジネスに出荷する人間を選ぶ事は出来なくなった。

此方としても、即時対応で空間の穴はつなげないようにはしたが。

これはまずい。

技術の痕跡を突き止められる可能性がある。

かなりのペースでノルマが達成出来るので。

此処では頻繁に「収穫」をしていたのだ。

「彼奴の仕業だな」

「何故そう断言できるのです」

「だから言っただろう。 ノイズを舐めるんじゃねえって」

「……」

まさか。

短時間で。此方の手の内を読みつつあるというのか。

そして、本来ならあり得ない方向に思考を敢えて向ける事で。

此方が用意していた全てのデコイを突っ切り。

いきなり正解を探り当てたというのか。

こうなったら、予備として用意しておいたガルダの翼から、ビジネス用のエサを見繕うしか無いか。

だが、それについても。

いきなり情報が入ってくる。

監視カメラを確認すると。

軍の介入だ。

インド軍は、警察以上に酷い解体を受けていて、殆ど完全にクロファルア人による自動化を受けていた。

それが故に摘発は容赦なく。

地球時代の武器で抵抗するガルダの翼の構成員達を。

情け容赦なく蹂躙し(しかも圧倒的過ぎる力の差があるので不殺で)、逮捕拘束していった。

まずい。

これは初めての経験だ。

まさかこんな未開惑星のカス生物に。

先手を取られ続けるとは。

乾いた笑いが漏れてくる。

これほどの侮辱を受けたのは初めてだ。

今までは、ビジネスを損壊しない範囲でのダメージだったから、手を叩いて笑いながら見ていた。

だが今回は違う。

安定して稼げるビジネスを潰されたあげく。

全ての手の内を読まれた上。

デコイを全部潰され。

あげく、此方が混乱して対応出来ない状態になっている。

やられた。

わなわなと震える自分は。

落ち着きを取り戻すために、ハンギングジョンに話しかける。

「さて、何かアドバイスはありますか?」

「舐めていたお前が悪い」

「ははは、そうですね。 それでどうすればよいと思います?」

「知るかよ。 もうこの国の市場は駄目だろ」

あっさり言ってくれる。

後一割ほどで目標達成だったのだ。

更に言えば、大規模な悪の組織とヒーローの生産工場がまだ残っている。此処で引いてしまうのは少しばかり惜しい。

引き際については考える必要があるが。

だが、此処はそうではない。

自分はそう判断した。

実際、国そのものは大混乱の最中なのだ。

まだまだ隙はある。

何よりノルマを達成出来ていない。

此処で敵に遅れを取ると。

他の市場も荒らされる可能性がある。

更に、である。

このタイミングで。

最悪の情報が入ってくる。

アフリカ南部の市場が。

力業によって壊滅させられたのである。

アフリカ南部で活躍させていたヒーロー「ブラックライオン」と、悪の組織「ンデス」が。

アフリカを調査していたフォーリッジ人により摘発され。

どちらも全滅したのだ。

此方の方が損害が大きいかも知れない。

何しろ、インドの方は九割方ノルマを達成していたのに。

アフリカ南部の方は、まだ六割という所だったのだ。

いかん。

冷静になれ。

自分が熱くなっていることに気づき。

心を鎮める。

ノイズは無駄なだけだ。

だが、敵はノイズによって、今回は自分に勝った。

そして、完全に油断を突かれた。

アフリカの方は、まず大丈夫だと思って、自動で作業をしていたのに。

何が原因で摘発された。

確認した所。

偶然も偶然。

たまたま撒いていたビーコンに引っ掛かり。

空間転移の地点が見つかったのだという。

最初にヒーロー側が。

次に悪の組織側が。

結果、両方とも戦闘ロボットが突入し制圧。

壊滅した。

ちなみに、見つかる可能性は0.0001%以下。

当たり前の話で、宇宙には無数の技術がある。当たりを付けないとまず適中させることなど出来ない。

それなのに、法に沿ってチンタラやっていた奴が。

どうしてラッキーパンチを引くのか。

「落ち着けよ」

ハンギングジョンに、笑い混じりに言われる。

流石に目を掛けてやっている此奴も、潰したくなったが、我慢する。

ただでさえ、今は目立つ動きが出来ない状況なのだ。

何回か、フォーリッジ人に面接も受けている。クロファルア人全員に地道に面接をしているのだ。

勿論ボロは出していないが。

それでも、そういう状況だと言う事で。

何が起きてもおかしくは無い。

だというのに、

此奴は、状況が分かっているのか。

だが、次の瞬間。

恐ろしく冷えた声がした。

「だからいっただろう。 世の中は理詰めでは全部動かないんだよ。 たまに理屈の壁を突破してくる奴がいる。 俺もそれでやられた。 それを見てお前は何か思わなかったのか?」

「それは分かっていますがね」

「今回もそうだ。 お前、多分運に見放されたんじゃ無いのか?」

「ハ、運など実力でねじ伏せるものですよ」

失笑するが。

それは即座に失笑で返された。

「俺は恐らくお前よりも遙かに運が絡む世界で生きてきた。 お前は安全な場所で数字だけを弄ってきたかも知れないがな、俺は一瞬で命が奪われる銃弾が飛び交う場所で生きてきた。 勿論計算は大事だがな。 俺よりも頭が切れる奴が、一瞬で命を失う場面を何度も見てきた。 そういうものなんだよ、この世界は」

「……っ」

「傷が深くならないうちに撤退する事を勧めるぜ。 あんたは理屈でどうにかなる場面では強いが、正直今回みたいな修羅場にはむいてねえ。 そんな場所を散々くぐってきた俺が断言するんだ。 忠告は聞いておいた方がいいぜ?」

「しばし黙っていなさい」

量子コンピュータを停止。

大きくため息をついた。

自分に説教だと。

よくもまあ。

未開生物が。

そのような屈辱的なことを。

分かっている。

今回はちょっと分が悪い。

何しろ初めての経験だ。

こんな天文学的な確率のラッキーヒットを当てられた上に。

同じタイミングでインドで敵が此方の上を行って来た。

頭に血が上った瞬間に。

何もかもがひっくり返された。

気分が良いわけがない。

しかし、あくまで笑顔を作る。

そして、部屋を出た。

働いているクロファルア人達と行き交いながら、仕事の話をしたり。「本来の」仕事もこなす。

簡単すぎてすぐに終わるが。

故に「本業」が出来る。

仕事があまりにも簡単だから。

却って余裕が出来る。

クロファルア人は、実際には報道官などの一部を除いて、ほぼ仕事を全部自動化している。

むしろ現場に出向くのは下っ端で。

自分のような立場は、決済をするだけ。

それも極めて簡単な作業で終了する。

要するに地球人がいつも目にするアポロニアも下っ端なのだ。

アレなんかは、それっぽく地球人が熱狂するように調整しているだけで。

実際には下も下。

それに熱狂している地球人がアホなだけであって。

自分から見れば、ただの雑魚も良い所だ。

それが、だ。

まだ心が落ち着かない。

フォーリッジ人が通りがかった。

何があったのかと聞かれたので、少しぎくりとしたが。

勿論笑顔でやり過ごす。

こういうとき、笑顔を崩さないように訓練はしているのに。

何かおかしな事でも起こしていたか。

フォーリッジ人に、何か変なところがあったかと聞いてみると。

答えてくれる。

「表面上は繕っているが、いつも異様に平静な貴方が妙にバイタルを乱している。 計器類にはっきり出ていてな」

「はあ、それは……」

「医務室に行きたまえ」

「ご忠告に従います」

内心舌打ちするが。

此処で医務室に行くと言う実績を作っておかないと、あのくそ真面目なフォーリッジ人だ。絶対に怪しむ。

医務室に行き。

治療を受けると。

何だか妙なことを言われた。

なお医師はいない。

全部が機械診断である。

「バイタルに異常が出ています」

「普段から健康診断は受けていますが」

「いえ、これはかなり深刻な異常です」

どういうことだ。

詳しく聞くと、幾つかの病気が進行しているという。

病気。

すぐに治療に取りかかって貰う。

だが病気とは、どういうことだ。

話によると、すぐに治るような病気では無いと言う。

時間を掛けてゆっくりと治療をするものらしく。

医務室へ何度も足を運ばなければならないらしい。

舌打ちするが。

しかし、どうしようもない。

ハイハイと頷くと。

投薬と治療を受けた後。

自室に戻る。

もやもやが消えないまま、量子コンピュータを再起動すると。

ハンギングジョンはケタケタ笑った。

「そりゃあお前、原因なんて分かりきってやがる」

「何だというのです」

「お前、これだけの命をもてあそんだんだ。 呪われてるんだよ」

「は、何をバカな」

何が呪いだ。

だが、ハンギングジョンは、また声を落とす。

「俺も訳が分からない現象は散々見たからな。 あんた達がどれだけ進んだ文明を持っているかはしらんが、それでも説明できない事象はあるだろう。 今までどれだけの命を面白半分に奪ってきたんだあんたは」

「さあ? もう覚えてさえいませんよ」

「それなら今一気に来たんだよ。 これから、もっともっと体がおかしくなっていくぜ」

けたけた。

気持ちの悪い笑い。

ハンギングジョンは、こんな奴だったのか。

だが、精神的に余裕が無くなりはじめている事は、自分でも分かる。

今なんで病気になったのかはよく分からないが。

しかし、此奴の言う事で、初めて非論理的な言葉を聞いた気もする。

量子コンピュータを自己診断させるが。

特に問題は起きていない。

つまり、ハンギングジョンは。

最初からこういう奴だった。

そういう事だ。

頭を抱えたくなるが。

仕方が無い。

ノルマを達成出来なかった分は、他の所でやるしかない。

そういう事だ。

北アフリカの方は、今絶賛大収穫中。

此方でインドと南アフリカの未回収分を回収するしか無い。

インドの方は、まだ工場が全て無事だ。

これからビジネスを再構築する。

何、あれだけのカオスな状況だ。

まだ逆転の好機はいくらでもある。

それならば、捨てるのでは無く。

再活用する方向で動くべきだ。

まだ引くべきでは無い。

長年の勘が、そう告げている。

ハンギングジョンは確かに地球人にしては知能が高いし。時々驚かせて楽しませてくれるが。

犯罪者としては。

自分の方が、二十倍以上もキャリアがあるのだ。

それも、何度も何度も摘発の危機をすり抜けてきた。

だったら、此奴の言う事よりも。

今は自分を信じるべきだろう。

そして、何よりも。

冷静さを取り戻す事だ。

そして数字で全てを判断するいつもに戻る。

そうすれば。

負ける事などあり得ない。

しばし考え込んだ後。

再構築を開始する。

まだ「悪の組織」と「ヒーロー」は無事なのだ。

この駒を利用して。

まだ回収出来ていない金を。

回収しなければならない。

 

4、反撃開始の狼煙

 

完全に敵の足が止まった。

それを私は悟った。

インドで敵の収入源を叩き潰し。

地下で避難していた人々を発見して救助した結果。

まったくマハープラカシュとタギーが姿を見せなくなったのである。

それだけではない。

インド警察で情報を集めていた協力者のお姉さんが。

数日の徹夜の結果。

色々と情報を持ってきてくれた。

「幾つか興味深い事が分かったわ」

「お願いします」

「ガルダの翼は、恐らく白よ」

「!」

話を聞く限り。

近年急に勢力拡大をしていたガルダの翼だが。

一斉検挙が入ったところ。

敷地内から、大量の人骨が出たという。

要するに、団体にとって不利益な人間は直に殺す癖がついていたらしく。

現在警察の総力を挙げて対策をしているそうだが。

其処から得られる情報は。

「邪魔な奴は殺していた」

「殺した後は埋めていた」

というものであるという。

これについては、尋問も含めてはいるが。

重大事件と認識したクロファルア人が、頭の中の記憶を直接覗くシステムを使って調べているらしく。

ほぼ疑う余地は無いそうだ。

「発見されている死体から考えても、失踪事件とは関係が無さそうよ。 それに急激に拡大した結果、ガルダの翼には相当な数の犯罪者や、何より素人も加入していて、組織的に誰も気付かれずに誘拐など出来る状況ではなかったらしいわ」

「空振りか……」

「いえ博士。 ガルダの翼が釣り針だった、と言う事が分かっただけでも大きな意味があると思います」

つまりだ。

敵が足を止めたのは。

完全に根元を断たれたから。

恐らくこれから敵は、インドでの市場での−を取り返すため、よそでの活動を活発化させる。

相手はビジネスを基準にものを考えている。

それならば、そうするのが自然だ。

相手の頭がどれだけ良くても。

こうやって足を止めているところを見ると。

恐らく失敗をしたことが殆ど無いのだろう。

修羅場をくぐった事はあっても。

失敗をしたことがないのでは。

ほぼ確実に混乱する。

好機だ。

一気に敵の足下を崩せるかも知れない。

更に、アフリカでも、フォーリッジ人の一人が、ラッキーパンチから敵の拠点を潰すことに成功したという報告も入っている。

これは大きい。

というのも、相手はあからさまに理詰めで考える人物だ。

勿論希に起きる損失も考えてはいるだろうが。

此処まで不運が重なることは計算に入れていないはずだ。

とはいっても。

今までフォーリッジ人の摘発を逃れてきたのは、奴にとって運だったはず。

それを恐らく気づけていない。

運というのは、上昇しきると、後は下降する一方だと。運で喰っているギャンブラー達は口を揃えると聞いている。

そして運に見放された黒幕は。

恐らく、今後どんどん打つ手が裏目に出るはずだ。

「攻勢に出る好機です。 今、間違いなく敵は混乱しています」

「ふむ、聞かせてくれるかね」

「マハープラカシュとタギーが交戦した場所を全て割り出せますか?」

「ああ、それは調べてある」

この辺りは、DB化されて登録されているらしい。

まあ全土に警備ロボットが配備されているのだ。

何処でどれくらいの戦力が戦った、と言う事くらいは記録があるのだろう。

ばっとデータが出るが。

ニューデリーでの戦闘が六割前後。

残り四割は、各地の大都市で行われている。

見た感じ、法則性はないが。

しかしながら、恐らく。

敵は新しいビジネス構築をすぐに始める。

勿論其処には。

マハープラカシュとタギーが噛んでくる筈だ。

私は。

すっと、地図上の一点に指を進める。

現在インドでもっとも治安が悪い都市。

10年前に作られたばかりの都市なのだが。経緯が筋金入りの魔都。

ニューガンジーを指す。

この都市、よりにもよってガンジーの名を冠しているように。そもそも混乱が続くインドが、新首都として建設を始めた場所である。

だが当然のように上手く行かず。

多くの工事業者を路頭に迷わせ。

元々の住民の職を奪い。

クーデター騒ぎの中で工事も遷都も上手く行かず。

中途で放棄された結果。

犯罪組織とホームレスだけが屯する街になってしまった。

もしも、敵が活動するなら。

此処だ。

断言しても良い。

というのも、敵は恐らく、まだハンギングジョンを側に置いている。

ハンギングジョンは死んだが。

相当に寵愛していた様子だし。クローンを作らないにしても、恐らく知能を量子コンピュータか何かに移しているはずだ。

そしてハンギングジョンに直接会った印象としては。

恐らく彼奴は。

運が落ちた黒幕に対して、はっきりそう言うはず。

この予想が当たるのなら。

敵は守りに入る。

つまりリスクが低い場所に狙いを定めるはずで。

多分此処が主戦場になるとみて良いだろう。

勿論、いきなり犯罪組織を潰しに行くのは悪手。

犯罪組織に敵が触手を伸ばし始めるところを叩く。

この話を順番にすると。

博士は感心した。

「驚いた。 敵が落ち目になれば読みやすくなると言うのはあるが、理路整然としているな」

「いずれにしても現在は此方も打つ手がありません。 やってみる価値はあるかと思います」

「うむ。 フォーリッジ人に連絡を入れる」

博士もすぐに動いてくれる。

頼もしい。

そして、作戦のGOサインが出た。

 

フォーリッジ人が罠を展開する。

敵が持ち込んでいるテクノロジーはまだ未知数だが。

それを遙かに超える技術を展開。

空間の歪みを察知する。

これについては、展開できる位置が極めて限定されるのが弱点となる。

というのも、あまりの高度テクノロジーなので。

地上に持ち込むことは許されず。

それどころか、クロファルア人に見せる事さえも許可されていないという。

そのため、火星軌道上に来ているフォーリッジ人の母星から展開しなければならず。そのため、極めて位置、更には範囲を限定しないと見破ることが出来ないそうだ。

色々面倒ではあるが。

これを使いこなせば。

勝機はある。

私はすぐにその犯罪都市の地下に向かうが。

同時に、博士にかなりの数の護衛ロボットを付けて貰った。

今回は、本当に危ない場所に赴くので。

一撃必殺で決めないと駄目だと言う。

そうなってくると、本当に勝負は一回。

護衛ロボットの性能は、クロファルア製相当のものだが。

しかしながら、エセヒーローに通じるかは微妙だろう。

私がやるしかない。

しかも、対策をしている相手に。

だからこその護衛だ。

一瞬の隙を作るために。

犠牲になって貰う。

そして私が生きて帰るための。

護衛になって貰うのだ。

「よし。 後は君の読み通りに行けば上手く行く。 宏美くん、頑張ってくれ」

「はい」

軽く体を動かす。

充分に動く。

敵の継戦能力を叩いたら、恐らく流石に撤退するはず。だがその時に、また敵の手の内を暴けるはずだ。

少しずつ攻守は逆転しつつある。

一つの敵集団をラッキーパンチで叩けたのは幸運だったが。

幸運にばかり頼るわけには行かない。

今後は敵以上に。

理詰めで。

対応出来ないように戦っていく。

そうしていくしかない。

幾つか注意事項を聞かされ。

サバイバルキットと。

即時に展開できるシェルターを渡される。

何しろ地下ですら危険すぎるほどの場所なのだ。

どれだけ備えていっても。

備えすぎている、と言う事はないだろう。

さあ勝負だ。

次は、貴様の転換点。

まだ貴様には届かないだろうが。

だが絶対に、その尻尾は掴んでやる。

尻尾を掴んだ後は。

本体を引きずり下ろし。

そして貴様が今までやってきた悪行の万分の一でも、痛みを味あわせた後、むごたらしく殺す。

もしくは、そうするように法によって裁かせる。

相手は既に地球で数十万は命を奪っているはず。

それだけのことをしでかしたのだ。

例え何があろうと。

裁いてやる。

その数十万の死を、「普通の平均的な人間」が望んでいたとしてもだ。

しるか。

私はそうはならないために戦うのだ。

移動開始。

敵のエセヒーローは、今までに無い戦闘力の持ち主だ。

恐らく一撃確殺とはいかないだろう。

私は。

負ける訳にはいかない。

 

(続)