爆熱の地獄

 

序、唐突の悪夢

 

テロの脅威は、対応出来ないことにある。

21世紀はテロの時代とも言われたが。

これは日本で20世紀末に発生した大規模な宗教組織テロを発端に、特に発展途上国を中心に大規模テロが相次ぎ。

米国で起きた911事件を究極の切っ掛けとして。

世界中にテロによる攻撃が拡大したからだ。

テロは弱者を容赦なく襲い。

事実上の対応は不可能だった。

戦いはテロの本格化によって泥沼化し。

どの国も疲弊しながらも。

対策は作り出す事が出来なかった。

やがて安価で強力なドローンが大量に開発されるようになると。

テロの脅威は更に跳ね上がった。

21世紀中盤。

ロシアの大統領が爆殺された事件が切っ掛けになり、中東は核の洗礼を浴びた。

それまでに石油資源を使い果たし。

テロしか輸出物が無くなっていた中東は。

それによって致命的な打撃を受けた。

結果として、クロファルア人が到来し。

放射性物質除去を行うまでは。

中東の広範囲では、人間が住むことさえ出来ない状態が続いていた。

そして今も。

クロファルア人に対するテロだけは起きていないが。

テロ戦争そのものは健在だ。

ただし、爆弾テロに関しては。

政府などの機能中枢に行われるようにはならなくなっている。

クロファルア人が持ち込んだ対爆フィールド。

勿論ブラックボックス化されていて、クロファルア人にしか取り扱いが出来ないそれが。

爆弾の作動を防ぎ。

作動したところで押さえ込むようになっているからである。

故にテロの被害は減ってはいるものの。

あの手この手でテロは行われており。

現在でも、各地での爆弾テロは決して無くなってはいない。

私も歴史の授業で。

今世紀の戦争、という事で。

テロ戦争については習った。

結局の所、やり方を変えただけで。

世界中で戦争は収まらず。

クロファルア人が来なければ詰む、という状態まで、人類は自分の住む大地を痛めつけた。

もしも運良く宇宙に出られたとしても。

際限の無い迷惑を周囲に掛けていただろう。

私は、自室でこの間のダメージを癒やしながら。

高IQのサイコパス野郎が。

私をどう分析し。

どう出てくるのか、考えていた。

相手の方が頭が良い。

当然上を行ってくる。

それは分かっている。

だから、そもそも手の打ちようが無いやり方を採用する。

方法はそれだけだ。

問題は、スコットランドヤードも情報部も大混乱していて。

軍も同じ、と言う事。

敵にしてみればかき入れ時だろう。

一体どれだけの人が誘拐され。

分解されてしまっているのか。

案の定。

協力者のお姉さんも、ヤードは壊滅的な混乱の中にあると連絡してきていて。そもそも危険すぎて、あまり出歩くことが出来ないそうだ。

膿出しに成功すれば良いのだけれど。

博士によると、事態を重く見たクロファルア人も出向いてきていて。

例のアポロニアが演説までしているらしい。

内容は見なかったが。

クロファルア人の作った警備ロボットを、相当数配備するそうだ。

また、英国の軍に対しても査察を入れるそうで。

かなりの逮捕者が出るだろう事は確実だとも話していた。

今、地球は。

クロファルア人の機嫌を損ねたら滅ぶ。

文字通りの意味でだ。

人類が滅亡する程度ではすまないだろう。

文字通り、10キロクラスの隕石が直撃したくらいのダメージが、地球そのものに行く筈だ。

人間同士の争いによって、である。

実際問題、クロファルア人が来た時には。

複数の陣営が。

戦略核弾頭、それも水爆入りの奴をぶっ放す寸前まで行っていて。

しかもそれらはバンカーバスター仕様で。

シェルターなど何の役にも立たない代物だった。

今は解体されているが。

単独での破壊力1600メガトンに達する核弾頭が、数万発も世界中に降り注ぐ寸前まで行っていたのである。

そして、クロファルア人がもしも機嫌を損ねたら。

世界の資源不足がまたしても表面化し。

同じ事が繰り返され。

今度は誰も止める者も無く。

世界は焼き払われるだろう。

わかりきっている事だ。

博士も、それを何度も強調していたし。

世界中のどのアホなテロリストでも、それだけは分かっているので、クロファルア人にだけは手を出さない。

だが、正直な話。

あまりにも突き抜けすぎている相手の場合。

何をしてもおかしくない。

そう、私は思うのだ。

博士に聞きに行く。

敵はクロファルア人が地球に持ち込んでいる以上のテクノロジーを、持ち込んでいる。

そしてそれをヤバイ奴が使った場合。

あの対爆フィールドは突破可能か。

博士は可能だと言った。

「あくまであれは押さえ込むものであって、それを超える火力であったら突破可能だな」

「……」

「まさか、流石に其処まで馬鹿な事は……」

「やりかねないんですよ」

地球人だったら。

もっとも愚かな輩なら。

やりかねない。

実際問題、つい最近に滅亡し掛けたから。

クロファルア人には絶対に手を出さないというのが、不文律と化している。

だけれども、今相手にしているのは。

本物のサイコ野郎。

しかも高IQ。

固定観念なんて。

簡単にひっくり返してくる可能性が高いのだ。

私がその話をすると。

博士は青ざめて固まったようだった。

「想定される最悪の被害を出せますか」

「もしもクロファルア人に人的被害を出した場合は、本当に汎銀河連合が大艦隊を出して、この星系から電波の一つも出さないような布陣を敷くだろう。 その場合は、恐らく地球人の九割方は消し飛ぶとも思うが」

「其処までの火力が出るんですか」

「敵の持ち込んでいるテクノロジーを想定すると、だが」

博士の言葉は、あまりにも強烈だ。

そんな破壊が起きたら。

瞬時に九割が消し飛んだとして。

残りもすぐに地殻津波なり何なりで死ぬだろう。

冗談じゃあ無い。

それが素直な感想だ。

で、それをやりかねない奴が敵にいて。

黒幕は恐らく、そのやりかねない奴の狂気を見て面白がって遊んでいる。自分は死なないように予防線は張っているだろうが、である。

ただ、黒幕は黒幕で。

まだ地球に貼り付いていると言う事は。

奴の望むビジネスのノルマを達成出来ていない。

それについては、別に私で無くても分析出来る。

この手の輩は、目的を達成したらさっさと逃げる。

欲を掻くような輩だったら、とっくに捕まっている。

それをしないから。

汎銀河連合の調査員達でさえ。

捕まえられなかったのだ。

まだ奴が暗躍していることが。

地球にいる証拠で。

である以上。

何もかも滅茶苦茶になるようなことは、させないはずだ。

そうなってくると、だ。

現実的な範囲内で。

英国にいる奴の手下というべきか、オモチャと言うべきか。

ハンギングジョンがやらかす行為の、最悪を想定する。

王室を狙うのか。

いや、違う。

私なりにハンギングジョンを調べて見たのだけれど。

此奴は典型的にこじらせているタイプのテロリストで。

最も歪んだタイプの愛国者だ。

だから移民や貧民を狙う。

「英国の大地を愛している」らしいので。

英国そのものが消し飛ぶようなことはしないはず。

そうなると軍か。

これも考えにくい。

軍に手を出すと言うことは、栄光あるSASやロイヤルネイビーを敵に回すと言うことである。

今までもそうはしていただろうが。

英国を愛しているのなら。

SASやロイヤルネイビーが消滅するような行為に出るだろうか。

そうは思えない。

だとすると、情報部か。

もしくは警察。

情報部は恐らく、この間の内通者大量摘発で、本部を移動させている筈で。

流石のハンギングジョンでさえ、本部は掴めていないはず。

そうなると、警察。

ヤード本部か。

此処までは、恐らく敵も読むことを予想しているはず。

私は幾つか、爆破を食い止められる形態を想定する。

制圧形態の幾つかに、爆破を食い止められる奴がある。

だが、それを使う場合。

もしも、奴が私自身を狙ってきたら。

かなり厳しい事になるかも知れない。

考え込む私に。

博士はアドバイスをくれる。

「連続変身の負担を懸念しているのかね」

「はい。 敵にしてみれば、此方の対応能力だけを見たいはずです。 スコットランドヤード本部を爆破しようと目論むとして、私がそれを阻止する場合。 黒幕の協力で、私の本体の居場所を突き止められる可能性は、どれくらいになりそうですか」

「今まで奴が投入してきているテクノロジーを考慮すると……65%という所だな」

「リスクが高すぎますね」

かといって、だ。

フォーリッジ人がそのまま動くかというと。

それも厳しい。

まず彼らは極めて厳格で。

確信が無いと動かない。

法の徒なのだ。

どこまでいっても。

頼りになる反面。

柔軟性という点では、非常に残念なのが事実でもある。

それを考えると、だ。

ヤードが狙われている可能性が高いから。

ガードを固めてくれと依頼しても。

聞いてくれるかどうか。

まずはダメ元で聞いてみるが。

博士に頼んで、話をしてもらった所。

案の定駄目と言われた。

「現時点で、地球に投入できるテクノロジーは決まっていて、その範囲内で重要施設を守っている。 スコットランドヤードと呼ばれる英国の警察中枢も守りは固めている筈で、これ以上はテクノロジーを投入できない」

分からず屋。

そう言おうと思ったが。

相手の言う事にも一理はある。

少し悩んだ後。

切り口を変えてみる。

敵が此方の手の内をあぶり出そうとしていること。

それをさせないためには、フォーリッジ人が直接介入した方が早いこと。

その二つを切り口にしてみたが。

突っぱねられた。

「駄目だ。 現時点で英国王室、軍中枢などに、重点的な守りを作っている。 これ以上増やすのは好ましい事では無い」

「実績を見せたのに、駄目ですか?」

「残念ながら、実績があるとは言っても特別扱いは出来ないのだ。 それに、スコットランドヤードを攻撃された場合と、軍施設や王室を攻撃された場合のダメージは、後者の方が遙かに大きい。 此方としては、マニュアルに沿って動く他ない」

「せめて増援をお願い出来ませんか」

駄目、と一刀両断。

思わず真顔になる。

だが、こればかりは仕方が無い。

彼らは買収が効かない種族である。

故にここに来ているのであって。

悪い面も当然ある事は、此方も理解しなければならないのだ。

ならば、此方の手札で処理するしか無いか。

口惜しいが、それ以外に手がない。

つまり、敵の思うつぼというわけだが。

ならば何か付加価値を出したい。

悩んでいると。

博士がアドバイスをくれる。

「クロファルア人の中に敵がいることを考えると、彼らの助けは借りられないな。 勿論クロファルア人が警備ロボットを配備しているだろうから、それを突破する策を敵は練ってくるはずだ」

「そうなると、恐らくは数で攻めてくるか、もしくは陽動か、ですね」

「陽動は無駄だな。 地域ごとに配備されている警備ロボットが、高度ネットワークで対応する。 このネットワークはクロファルア人でもジャックできない。 勿論黒幕のテクノロジーでもだ」

「……そうなると」

飽和攻撃か。

数で押し潰すか。

或いは数で敵の動きを止め。

そして本命の精鋭が動く。

こんな所だろう。

上空に本体を出すタイプの形態は止めた方が良いなと、私は判断。

かといって、地下からだと、タイムラグが生じる。

爆破は可能。

それも、話を聞く限り。

指向性を持った爆弾を使って、ヤードだけを消す方向で敵は動くはず。

そうなってくると、敵が何処に出るか。

ある程度予測を立て。

どう動いても対応出来るようにしないといけない。

少し考え込む。

どうせ敵は此処までは読んでいる。

ならばどうすればいい。

読んでいてもどうにもならない方法を使うしかないだろう。

博士は、考え込む。

私もだ。

相手が上を行ってくる。

この恐怖は、想像以上だが。

だがやらなければならない。

「一つ、思いついた事があります」

「形態Jを使います」

「……正気かね」

仕方が無い。

博士にもサポートして貰う。

この形態Jは、制圧形態ではなく戦闘形態で、敵の大軍を無力化出来るものではない。そのため使い方に工夫がいる。

その使い方について。

私は、博士に説明をした。

 

1、スコットランドヤード燃ゆ

 

未明。

襲撃が始まった。

スコットランドヤード北東から、どっと押し寄せるワーカーズ。構成員三十、怪人一の一部隊。

とはいっても、構成員一体にしてもSASの精鋭でさえ手に負えないバケモノである。

スコットランドヤードも、大量の内通者を粛正した直後だ。

警戒態勢を取っていて。

即応した。

私は博士が提供してくれた衛星で、その様子を確認。

想定通りだなと思った。

そして、殆ど同時に。

北西。南東。南西から。それぞれワーカーズの部隊が出現する。

スコットランドヤードに配備されている警備ロボットが反応。

交戦開始。

あからさまに警備ロボットの方が強い。

接近されても、面倒くさそうにアームで構成員を吹っ飛ばし。

丸っこい体に装備しているガトリングのような銃器(小型の速射式レールガンらしいが)で、次々打ち抜いて爆散させていく。

四ヶ所の戦闘で、ワーカーズは文字通り命を捨てて突貫し。

警備ロボットは突破を許さんと、集まり始めた。

そろそろ来るな。

私が予想したとおりに。

もう一部隊のワーカーズが出現する。

それだけではない。

ネオロビンフッドも、である。

なるほど。

こっちが相手の手口を知っているから。

もう隠すつもりさえない、と言う事か。

連携してネオロビンフッド(二代目)も出してきたと言うことは。

此処が本命と見て良いだろう。

博士が分析開始。

怪人が、背負っているリュックの中に。

とんでも無い量の指向性爆弾が入っている。

恐らくC4の魔改造品だが。

雷管が見当たらないという。

多分だが。

ネオロビンフッドの狙撃が。

雷管の役割を果たすのだろう。

其処までは分かった。

警備ロボットが手薄になった隙を突き、敵が突入を開始。警備ロボットが反応して、敵を撃破していくが。

怪人はタフさを生かして、無理矢理突破に掛かる。

そして、早くもネオロビンフッドが矢を番えた。

この位置から。

打ち抜いて。

そしてスコットランドヤードを。

クロファルア人の守っているシールドごと、指向性を持って消し飛ばせる自信があると言うことか。

どんな爆弾を使っているのか。

背筋が寒くなるが。

此方としても動く時だ。

瞬間。

怪人が浮いた。

そして、中空高く放り上げられる。

ネオロビンフッドはそれでも即応して打ち抜くが。

私が投げ上げた速度の方が遙かに早い。

爆発。

そして、指向性を持って叩き付けられた凄まじい熱量は。

ヤードを直撃したが。

その正面玄関付近を焼き払っただけで、どうにか被害を食い止めることが出来た。

直後。

ネオロビンフッドを、背後から貫く。

そして、上下真っ二つにした。

あの爆弾。

何処で爆発しても、ヤードに爆発が向くことは分かっていた。

だから、上空に凄まじい勢いで投げ上げたのだ。

そして、敵は基本的に命令されたことしか出来ない。

残念なオツムでは、当然打ち抜きに掛かる事は分かっていた。

結果があれだ。

私がハンギングジョンの上を行ったのでは無い。

ネオロビンフッドとワーカーズが。

ハンギングジョンの要求能力を下回った。

それだけだ。

呼吸を整えながら。

触手を引き戻す。

戦闘形態J。

私の持っている形態の一つ。

全身から、蛇に似た触手を大量に展開するものだが。

この触手が、兎に角長い。

なんと四キロに達する。

故に、敵の場所が分かっているならば。

事前に忍ばせておいて。

一気に想定外の制圧が可能になる。

敵が対応出来ない方法で叩き潰す。

それが戦いの基本だ。

私には美学とかそういうのはない。

あるのは効率よく敵をすりつぶす事。

それだけである。

さて、周囲を確認。

大量に張り巡らせている触手に反応。どうやら、地下通路に、ワーカーズの数部隊が来ている様子だ。

良いだろう。

戦闘形態の実力、見せてやる。

本体が何処にいるかも分からないまま。

無数の触手に貫かれて逝ね。

私は勿論容赦しない。

瞬く間に、地下は、阿鼻叫喚の地獄と化す。

排水溝から。

通気口から。

次々と顔を見せる蛇に似た触手が、ワーカーズの構成員と怪人を、片っ端から貫いていく。

怪人の中には初撃をかわせる者もいたが。

二撃、三撃となると無理だった。

だが、敵も恐らくこの事態を想定していたのだろう。

あるタイミングで一斉に自爆。

かなりの触手がやられた。

とはいっても、千切れるほどでは無い。

ダメージを受けたので、引っ込める。

問題はこのダメージが、私の体に直結することだが。

多分それを想定した上で。

敵はこの爆破をやったのだろう。

地上の状況は。

変身を解除した私は、改めて携帯端末を見る。

ヤードに攻撃を続けていたワーカーズは全滅。

ネオロビンフッドの死体に関しても、分かり易い場所に引っかけておいたので、無事に見つかったようだ。

さて、敵はどうする。

目的は達成したのか。

それとも悔しがるのか。

私は足を引きずりながら、隠れ家に。

触手へのダメージが、体にフィードバックしていて。

かなり痛かった。

「宏美くん。 大丈夫かね」

「あまり……」

協力者のお姉さんがいてくれれば、少しはマシだったのだけれども。

流石に其処まで贅沢はいえない。

いずれにしても、隠れ家の場所は移す。

引っ越しはロボットがやってくれる。

博士も、キャリーに乗って移動開始。

程なく、隠れ家は空っぽになり。

私達は、ロンドンの闇に消えた。

 

手当を受けて、数日。

体のダメージは回復したが、まだ少しだるい。

動けるが、無理は出来ない。

そういう状況だ。

協力者のお姉さんが来て、地上の状況を知らせてくれる。案の定、大ニュースになっているそうだ。

ヤードをワーカーズが直接襲撃。

しかもそれにネオロビンフッドが荷担。

センセーショナルな見出しだが。

クロファルア人の公式報道である。

如何に金になるなら人間を平気で殺すマスコミでも。

これには追従せざるを得ない。

それくらい、クロファルア人は絶対なのだ。

アポロニアが、例の美声で報道した所によると、以下のことが判明しているという。

ワーカーズは五箇所からの攻撃をスコットランドヤードに実施。

最初に四ヶ所から戦力を分断するための攻撃を実施。

正面が手薄になった処に、スコットランドヤードを爆破するのに充分な火力を持った爆弾を抱えた本隊が突入。

しかも雷管の役割を果たした狙撃は、近くで死んでいたネオロビンフッド(二代目)によるものだった。

この報道は大きな反響を呼んだ。

日本での、悪の組織とヒーローの出来レースについては、英国でも報道はされていたはずだが。

それが正式に確認されたのである。

流石にマスコミも特集を組む。

手口からして、同じ黒幕が後ろにいるのでは無いのか。

そう指摘する者もいたが。

日本にいた組織がワーカーズに合流したのでは無いか、という説が。

マスコミでは主流を占めていたようだった。

まあマスコミだ。

有識者(笑)とやらの意見も、その程度だろう。

ただ、お姉さんが持ってきた情報は。

更に生臭かったが。

「今回のヤード襲撃直前、不自然な遅刻や欠勤をした警察幹部が数名いるわ。 彼らについては、今調査が行われているようよ」

「まだ膿出しが終わっていなかったんですね」

「残念だけれど」

「……」

悔しいが。

敵はまだまだ、手札を持っている、と言う事だ。

ヤードの正面も焦げていて。

死者が出なかったのが不思議なくらいだ。

突入に備えて、ヤード内部でバリケードを作っていた警官の数名が負傷したそうだが。

彼らも重傷止まりで。

命に別状は無いらしい。

それだけは救いか。

負傷者は、クロファルアの技術で、痕も残らず治すように保証すると、アポロニアは明言したそうで。

何だかよく分からないが。

クロファルアは、今回の件を重く受け止めているようだった。

もっと強力な対爆システムを。

そういう声は当然上がったが。

クロファルアでは、これ以上の強力なものは配備できないと一蹴。

不満の声も上がっていて。

それに対する、彼らなりの謝意なのかも知れない。

まあ、博士の話を聞く限り。

かなり面倒な事情があるようだし。

此方もこれ以上責めるわけには行かないか。

いずれにしても、私が寝込んでいる間に、またネオロビンフッドが現れたようだ。三代目だが。

今度は、市民の目が極めて冷たいらしい。

流石にクロファルアの報道で、ワーカーズに荷担した、と言う事が明確に発言されたのである。

中には間違えて爆弾を撃ってしまったのでは無いかと言う苦しい擁護もあったが。

流石に無理がありすぎる。

何より、ワーカーズを殺す事だけにしか興味を見せず。

それ以外の犯罪者を完全に無視していたネオロビンフッドは。

難民排斥運動を行っている連中(つまりワーカーズの支持者)からは元から叩かれていたし。

信頼を喪失する前提条件は整っていた、とも言える。

だが、解せない。

ハンギングジョンは、それくらいは読んでいたはずだ。

どうしてこの結末になると分かって。

ネオロビンフッドを使い捨てにした。

今の時点では、ハンギングジョンは動きを確認できていないという。

フォーリッジ人にも連絡する。

流石に私の話通りになった事に対して、彼らも状況を重く受け止めているようだった。

「どうやら君の評価を更に上方修正する必要があるらしい」

「いえ、相手の方が上手だと思います。 私は、相手がどれだけ頭が良くても、対応出来ない方法を採っただけです。 それによる手傷も受けました」

「いや、それも含めて地球人に対する備えとして、充分なものを見せてくれていると判断した。 現在此方に来ている調査員で協議し、もう一段階君への協力を強化する予定だ」

「……」

それなら。

もっと早くにしてくれれば。

危うくヤードが消し飛ぶ寸前まで行くことも無かったのに。

ちょっと本気でイラッとしたが。

まあ我慢する。

考え方が違う種族が相手なのだ。

此方の理屈で怒っても仕方が無い。

とにかく、協力を強化してくれるというのなら、それはそれで有り難いのだし。話はそのまま受ける事にする。

後は、ハンギングジョンがどう出るかだが。

その答えは、予想外の方向から来た。

連絡を負えた直後。

フォーリッジ人からまた連絡が来たのである。

「軍施設、それも司令本部で爆破テロが起きた。 手口はほぼヤードを襲ったのと同じものだ。 応戦した警備ロボットにより被害は防がれたが、三代目ネオロビンフッドが狙撃による爆弾着火をした所まで手口が完全に一致。 ネオロビンフッドは此方で仕留めたが、司令本部の一部が欠損した」

「そんな!」

「同時に、ロイヤルネイビー本部にも同レベルのテロが起きている。 敵は同じような手口で、重要施設を次々に攻撃している。 何か意見はないだろうか」

まて。

殴り合いになっても、敵が先に力尽きるだけだ。

英国に粘着していると言う事は、今せっせと大喜びで収穫をしている、ということなのだろうか。

いや、それとも。

ひょっとして、私をおちょくるのが目的か。

いや違う。

私がいるなら出てくると見て、手当たり次第に攻撃を仕掛けていると見て良い。

つまり、敵は。

人間に対する実働戦力は私だけと判断。

私の行動範囲を分析し。

何処にいるかを調べるためだけに。

無差別テロを繰り返しまくっている。

そういう事になる。

無茶苦茶だ。

文字通り、頭が完全にいかれている。

こんなのを相手にしてきた情報部の人達には、同情の言葉も無いが。

それ以前に。

まずいのは、此方も迂闊に仕掛けられなくなった、と言う事だ。

これだけ大胆に戦力を消耗してきていると言う事は。

敵には相当な自信があるとみて良い。

つまり、同じ形態で来たら。

即時に反撃、撃破する自信があると言うことだ。

いや、考えすぎかも知れない。

頭が痛くなってきた。

ひょっとして、敵は考えさせることだけが目的で。

せっせと今のうちに収穫し。

そしてその間に、ノルマを達成してしまうつもりなのか。

可能性はある。

フォーリッジ人に連絡。

敵がもしも誘拐に動いているのなら。

敵の本部を叩ける可能性がある。

向こうもその予測はしていたらしく。

既に網は張ってくれているらしい。

だが、網には。

まだ一切。

敵は掛かっていないらしかった。

 

2、掌の上の戦争

 

二日間で六回の大規模テロを実施。

英王室以外の重要拠点を次々と襲わせ、そして防がせた。

自分がニヤニヤとみている前で。

ハンギングジョンは、予定通りだとうそぶく。

なお此奴は、軍、特にロイヤルネイビーを爆破テロした事に関して、「愛国者として心が痛んだ」そうである。

心底どうでも良い。

「フォーリッジ人は案の定、今回のテロの裏側で、「ビジネス」をしているものだと思い込んで、リソースをつぎ込んで探し廻っている。 そしてお前が言っているバケモノは、此方の手を警戒して身動きできずにいる」

「戦力の消耗がかなり激しいのですが」

「お前からすればはした金だろう。 散々クズ共を換金して稼いできたんだ、それくらい我慢しろ」

「はあ、確かにそうですがね」

このものいい。

面白い奴だ。

宇宙に解き放ってみたい。

今すぐ。

そういう欲求さえ生じてくるが。

だが我慢。

此奴は実に面白い混沌を巻き起こしてくれるが。

それは今しばらく。

自分の掌の上で転がしておいた方が良い。

目の前で台風が起きる方が。

遠くが地獄になるより面白い。

そういう単純な理屈だ。

自分にとっては。

全てがビジネス。

だが、ビジネスはビジネスとして。

他にも楽しみがいる。

それだけのことである。

これは余興である。

此奴が失敗したら別のオモチャを探すだけだし。

此奴は此奴で自分をオモチャだと思っている。

それでいいのだ。

狂った関係だが。

自分にはそれこそが相応しい。

「それでこれからどうするのですか?」

「敵は混乱しているし、フォーリッジ人どもは血眼になっている。 そして敵首魁であるガキが何処にいるかはだいたい見当がついた」

「ほう」

立体地図を展開。

この辺りだと。

ハンギングジョンは指す。

どうして特定出来たのかを聞くと。

理路整然と色々な理屈を述べた後。

最終的に、絞り込まれたのが此処だ、と言う。

ふうんと感心してしまった。

理論の一部は我田引水に思えたが。

しかしながら、此奴はあらゆる国の情報部を退け。

大勢の敵を殺し。

思うままに殺戮を繰り返しながら。

世界中を歩き回ってきた怪物だ。

そう、自分のように。

自分の場合は全部ビジネスとして割り切っているが。

此奴の場合は快楽である。

その違いはあるにしても。

いかれている事には代わりは無い。

そしていかれているが故に。

面白くて仕方が無いのだ。

周囲の迷惑などどうでもいい。自分にとっては数字が全てなように。此奴にとっては快楽が全て。

その完全特化している点が。

大変に興味をそそられる。

だから、勝手にやらせてみたい。

そう思うのだ。

勿論、自分の手を離れない範囲で、だが。

もしも離れるようなら、いかにお気に入りでも、即座に消すだけである。

「発見したとしてもどうするのですか? この間も、三部隊が手も足も出ませんでしたが」

「何か策があるんだろう」

「……」

「分かっているんだよ。 手札を出せ」

ふむ。

まあいいか。

今までの戦いを通じて分かってきたことは、敵は恐らく汎銀河連合の情報部。しかも、フォーリッジ人よりも権力が弱い独立行動部隊。部隊かも怪しい。或いは一人かも知れない。

持ち込んでいる技術はクロファルア人のものより上で。

自分のものよりも更に上だろう。

そうなると、権力はともかく。相当な精鋭と見て良い。或いは、ずっと自分を追っている者だろうか。まあそんなのは幾らでもいるので、別にどうでも良い。

問題は、此方の掌の上で状況をコントロールは出来ているとは言え。

「敵」になっている事には違いない、という事。

勿論分かってきている事もある。

走狗として使っているのは。

現地の人間。

つまり地球人と見て良いはずだ。

今まで敵のサンプルを色々と採取した。残念ながら遺伝子データなどは採取できなかったが。

姿などを確認する限り。

今までに様々な星間戦争や紛争で投入された兵器に類例は無い。

つまり独自開発の兵器と言う事で。

相当に使い路は限られるはずだ。

そして、あからさまに。

使い手に負担が掛かるタイプの兵器が何度か使われている。

この間にしてもそうだが。

末端部分にダメージを与えただけで。

敵は動けなくなった可能性が高い。

「要するに、敵にはあの部隊でも、充分なダメージが入っていた、と言う事か」

「そういうことです。 勿論敵の使った形態が、細長かったことも要因の一つではあるのでしょうが」

「なるほど。 ならば手はある」

「拝聴しましょう」

ハンギングジョンが地図を出す。

其処は、貧民街の一つである。

海外からの難民がおよそ五万人ほど暮らしていて。

クロファルア人が配備している炊き出しマシーンで命をつなぎながら。クロファルア人によって提供された簡単な仕事をこなしつつ、社会貢献している。

この場所を。

ハンギングジョンは使うと言う。

「此処でテロを起こす。 当然奴は出てくる」

「しかし、もうフォーリッジ人も目をつけてきていますよ。 恐らく鎮圧部隊も出してくるかと」

「故に最初から地下で活動させる。 それもフォーリッジ人が間に合わない間隔でな」

すっと、ハンギングジョンが。

チェスをするかのように。

手を動かす。

幾つかの難民居住区に。

爆弾のマークがついた。

「フォーリッジ人は堅物だ。 見極めないと動く事が出来ない。 だから今回は、見極められそうなギリギリの所で作戦を複数回実施させる。 それに伴い、地下で動いている奴も引きずり出す」

「ほう。 要するに活動範囲を此方から狭めてやると」

「そうだ。 選択肢を奪うという形でガキが抵抗してくるなら、此方は更に大規模に同じ事をやってやれば良い」

「面白いですが、あまりやりすぎると、「工場」が突き止められますよ。 そうなると英国での活動は困難になりますが」

だから次で。

あのガキを殺す。

ハンギングジョンは、凄惨な笑みを浮かべた。

まあ良いだろう。

失敗したところで別に良いし。

細かい作戦を聞くが。

よくもまあ此処まで残虐な作戦を思いつくものだ。

邪悪を通り越して鬼畜であり。

それが故に面白い。

ぞくぞくする。

此奴を宇宙に解き放ってみたいものだ。

もう少し地球人類に甲斐性があれば。

此奴クラスのバケモノが。

無差別に宇宙中にばらまかれていただろう。

そうなれば、星間戦争が発生したり。

或いは戦争を好まない種族に地球人類が襲いかかり。

彼らが特撮で描いていた醜悪な宇宙人でさえ目を背けるようなジェノサイドを、平然と実施しただろうに。

そうなっていたら。

汎銀河連合が本気で対応に乗り出したり。

自分が動きやすくなったりで。

さぞや面白い事になっていただろう。

舌なめずりをする。

ハンギングジョンに全権委任。

まあ、この作戦で失敗しても。

この面白すぎるオモチャには。

まだまだ使い路が山のようにあるのだ。

 

スコットランドヤードの爆破未遂以来、東方は桐野ともども動けずにいた。非常に困った状況だが。動けないが故に、色々と調べる事も出来た。

部屋の外は、殺気だった警官が常時走り回っている状況で。

ユニット化されているこの部屋には、入ってくる暇も無い様子だ。

ただ、時々警部は見に来る。

色々と窶れているようだったが。

あの屈強な警部が。

いたましいことである。

「何か進展は?」

「いや、休んだ方が良いのでは」

「ああ、分かってる。 だがまだクロファルア人が色々ノルマを課してきていてな。 急速睡眠装置で無理矢理休みながら、仕事を片付けないとな……」

「……」

内通者の存在。

それも、あからさまにヤバイ地位の奴まで食い込んでいる。

腐敗の牙城だった此処だが。

今、無理矢理メスが入っている。

それはそうだろう。

一歩間違えば、スコットランドヤードは消し飛ぶ所だったのだ。

そればかりか、軍の司令部や、ロイヤルネイビーの本部までやられ掛けたと聞いている。

相手は本物の異常者だ。

タチが悪いことに知能が抜群に優れていると来ている。

今、スコットランドヤードは。

情報部とも連携して、情報を共有しているようだが。

それでも、まだまだあぶり出しに時間が掛かっているらしい。

まずは浄化作戦を実施する。

それでいながら、治安の確保も行う。

これだけで、過労死してもおかしくない。

幸いクロファルア人が、警備用のロボットを相当数貸し出してきているようだが。

それでも、警察に来る問い合わせやクレームには、生身の人間が対応しなければならないわけで。

全ての事件をロボットが解決できる訳でも無い。

かっぱらいやスリなんかは、警備用ロボットが瞬時に対応。その場で犯罪者を逮捕してくるが。

それにしても、聴取やら何やらはしなければならないのだ。

皮肉な話だが。

クロファルア人が、この間のテロで本気の危機感を覚えたらしく。

数的な意味でグレードが上の警備ロボットを投入してきたらしい。性能は兎も角、今までより桁一つ多い数のロボットが投入されたそうだ。

そのため犯罪の検挙率が爆上がりし。

それによって、逆に警察の負担も増えてしまっているという。

犯罪者の取り調べについても、ロボットが証拠を提示してくれるとは言え、それでも幾つもの手続きを警察側でやらなければならない。

この屈強な警部が。

窶れる訳だ。

「まだ警察内部の腐敗は一掃できそうに無いと」

「こっちはいい。 そっちはどうなんだ」

「……幾つか、手がかりは見つけましたよ」

皮肉な話だが。

捜査以外する事がないし。

捜査も、此処から動かずにできる。

いっそのこと、全部現場をバーチャルで保存してしまえと言うやり方は、ある意味乱暴だけれども。

こういうときには、確かに助かる。

何より、全部まとめて三次元情報で保存するので。

人間の手が入る余地が無い。

新鮮なままの現場が保存されるというのは。

確かに此方としても有り難かった。

最初は抵抗もあったが。

「まず失踪事件ですが、幾つかのパターンを発見しました」

「聞かせてくれ」

「これを見てください」

桐野を促して、データを出させる。

それによると。

幾つかの過激派団体が絡んでいる事が明らかになって来ていた。

どれもこれもが。

人権関係の団体である。

それも、一神教関連のものだ。

カルトでは無い、とされる宗教でも。

当然腐敗する。

特に金や政治が絡んでくると。

その腐敗は凄まじいレベルに到達する。

洋の東西を関係無く。

何処でも同じ事だ。

英国でも、児童保護をする立場の宗教関係者が。児童を性的に虐待していた事件が多数発覚しているが。

そいつらは共通して。

児童保護を声高く訴え。

そして性犯罪の防止を高らかに宣言していた者達ばかりだった。

一時期、この手の連中が「人権後進国」だの「性無法地帯」だのと日本叩きをしていたらしいが。

何のことは無い。

彼らが言う児童ポルノ(二次元のもの)が。

彼らの稼ぎを邪魔していた。

故に叩いていた。

それだけの簡単な構図だった。

それが今では判明している。

現在でも、この手のエセ人権活動家はまだまだ現役だと言う事がわかっていたが。

調査してみた結果。

近年は、難民の生活支援や、社会貢献への支援を謳い。

様々な活動をしていることが分かってきた。

それも、決して良い活動ばかりでは無い。

桐野が調べただけでも。

警察で「何故か」埃を被っていた。

難民側からの被害訴えが、多数見つかっている。

目を剥く警部。

東方だって、同じ気分である。

「クソッタレが……!」

「要するに児童関連の人権では稼げなくなった連中が、難民に稼ぎの矛先をシフトした、ということでしょうな」

「何処までゲスなんだ、クソが!」

「ともあれ、此方も見てください」

そうやって割り出した「問題業者」から。

特に問題が多い連中を割り出し。

それらが関わっていた難民を調べていったところ。

案の定、失踪者が多数見つかっている。

つまるところ、此奴らは黒幕とつながっていて。

エジキになる難民をマークしていた、ということだ。

更に調べて見ると。

此奴らは独自の集会を毎月開いていた。

表向きはチャリティだが。

先月の集会に。フォーリッジ人に頼んで、集音装置を仕掛けさせて貰った。

集音装置と言っても、なんと大気圏外から集音するというハイテクマシーンで(東方的な所感では)、相手に気付かれる畏れは無い。

そのデータを開示してみせる。

そうすると、普通の談笑に混じって。

明らかにおかしい会話が混ざっていた。

「この間のリンゴが、思った以上にため込んでいましてな。 家の設備を新しく買い換えることが出来そうです」

「此方のリンゴも中々でしたよ。 五匹も寄生虫が巣くっていただけあって、中々に美味しく熟れていました。 顧客にも高く売れましたし、此方も大もうけですよ」

暗号でさえ無い。

要するに適当な難民や一家に目をつけて。

例の悪党に売り飛ばしている。

そう見て良いだろう。

此奴らは地下の「秘密サロン」で会話しているので。

自分達の会話が漏れていないと思っているのだろうが。

実態はこの有様である。

真っ赤になって行く警部。

本気でブチ切れているのが分かった。

よく分からないが、兎に角罵倒の最上級の言葉らしきものを口にした警部。翻訳装置を見たが、翻訳拒否と書かれていた。

それほど酷い罵倒だったのだろう。

ただ、気持ちは良く分かる。

「データをくれ。 クソ坊主どもを叩き潰してやる」

「まだ証拠が」

「踏み込んで直接吐かせる!」

データを引ったくると。

警部は大股で部屋を出て行った。

やれやれだ。

上手く行くかは正直分からないが。

ただ、敵にとっては打撃になる筈である。

電撃作戦を開始したらしく。

その情報は、東方達の部屋にも入ってきた。

スコットランドヤードは、忙しい中複数の部隊を編成。

声から割り出した一神教の関係者の住宅を強制家宅捜索開始。

昔だったらそれだけで一大事だっただろうが。

宗教関係者には、クロファルア人が来た時に、大幅な制限が掛けられている。特に政教分離の原則を無視していたような団体は、それこそ解体されてしまったものもある。

これらには反発もあったが。

しかしながら、クロファルア人は情け容赦なく腐敗の実態を暴露したため。

反対の声もすぐに消えた。

ともあれ、昔ほどの権力も威も無い一神教関係者宅へ。

次々と、警備用のロボットを伴ったスコットランドヤードの調査チームが乗り込む。

そして、摘発を開始した。

成果はすぐに上がり始める。

ある家では、拘束された十代前半の子供が見つかり。

性的虐待の痕があからさまに残されていた。

その場で逮捕。

言い訳など一切聞かない。

鬼のような顔をした警部が、映像の向こうで怒鳴っているのが見えた。部下達も、相当に頭に来ているようだった。

「大掃除の始まりだな……」

「敵側も反撃してくるでしょうし、危険ですよ」

「そうだな……」

ネオロビンフッドも、今は四代目が出現を確認されているらしいし。

はっきり言って何一つ油断できる要素が無い。

少なくとも、日本と同じように、怪人の生産工場と。エセヒーローの生産工場を潰さない限り。

安心など欠片も出来ない。

一応家からは証拠が出なかった容疑者もいたが。

明らかにおかしい金の流れなどは発覚していた。

この辺りは、流石スコットランドヤードだ。

有無を言わさず、逮捕、拘束して連れていく。

マスコミが群がって撮影していたが。

鬼のような顔をした警部が一喝すると。

流石に彼らも引かざるを得ないようだった。

「これで敵の情報源は壊滅、だといいのですが」

「そう上手く行くとは思えんが」

案の定である。

ワーカーズ出現の報告有り。

かなり離れた場所に現れ、そして警備ロボットと交戦。

更には、ネオロビンフッドも出現し。

程なく鎮圧されたそうである。

なおネオロビンフッドは逃走したと言う事だ。

嫌な予感がする。

そして即座に適中。

すぐにワーカーズが現れたのと、大差ない場所にまた出現。

同じ規模の部隊だが。

放置すれば難民が襲われる。

ほぼ確定とみて良いだろう。

此方でも、例の「バケモノ」は活動が確認されているが。

そろそろ出るのでは無いのか。

だが、誘い出すようにして動いているのは。

非常に気になる。

嫌な予感がして。

それはすぐにまた適中した。

今度は、警備ロボットがあからさまに少ない場所に、ワーカーズが出現したのである。

それも、今までに無い数であった。

即座にスコットランドヤードが総力戦態勢に入るが。

悪夢は此処からだった。

 

3、満身創痍

 

私は、これが陽動だと言う事は理解していた。

私自身を引きずり出すためのものだとも分かっていた。

だが、それでも。

出ざるを得なかった。

ワーカーズ十部隊が、同時に出現したのである。

至近には難民街。

戦闘形態を取るわけには行かない。

制圧形態でやるしかない。

地下通路で、しかも周囲の安全は完全に確保できているとは言い難いが。

此処しかない。

私はブレスレットをかざすと。

アイテムを差し込んで。

叫んでいた。

「変身っ!」

高IQのサイコ野郎だ。

此方の動きは読んでいるはず。

だが、それでも。

多数の力なき人間が蹂躙されるのを見ているわけにはいかない。

それを助長したのが「平均的な人間」で。

そいつらと同じになるわけにはいかないからだ。

あんな奴らと同じになるくらいなら。

リスクを負う方が何兆倍もマシである。

そして、それが。

相手の掌の上の行動だとしても、である。

一気に変身した私は。

通路をぶち破らんばかりに巨大化し。

そして大量の触手を、空間の裂け目に突っ込む。

空間の裂け目は、現場上空に多数出現。

触手の全てからレーザーを放ち。

大量に出現したワーカーズの構成員と。

怪人を。

短時間で殲滅した。

殲滅に関しては問題ない。

問題は、触手に対して、ネオロビンフッドが攻撃を仕掛けてきた、と言う事だ。

四代目だったか。

どうでもいいが、邪魔で仕方が無い。

触手へのダメージがびりびりくるが。

即時反撃。

無数のレーザーを浴び。

数発はかわしたネオロビンフッドだが。

それも数発だけ。

残りは直撃。

上半身がほぼ吹き飛び。

肉片となって散らばった。

即座に空間の裂け目を閉じ。

触手を戻す。

恐らくは、もう。

仕掛けてくるまで時間がないはずだ。

その予想は当たる。

爆発。

灼熱が、防御機能に劣る制圧形態を横殴りに叩く。

一応防御用の装置を博士が付けてくれているのだが。

それをも貫通する火力だ。

思わず呻きながら、フォームチェンジ。

戦闘形態に切り替える。

全身がうにのような姿をした戦闘形態になるまで。

全身に手酷い傷を負うのを実感したが。

今は黙っている場合では無い。

この形態になったのは。

防御を固めるのと。

周囲を探査するためだ。

周囲は。

爆弾だらけ。

いつの間に。

そして、爆弾が。

爆圧を一点に集めるようにして。

私に襲いかかってきた。

恐らく地上も、地震のように揺れたのではないのだろうか。

万を超える温度の熱量と。

恐らく三十を超える爆弾が、一斉に炸裂。

完全に周囲を破壊し尽くし。

そして崩れ始める。

まずい。

上には貧民街がある。

棘を伸ばして、支える。

博士に連絡を入れて。補強用のチームを呼ぶように頼む。

フォーリッジ人なら、何とか補強をしてくれるはずだが。

その前に、この敵の猛攻を退けなければならない。

此方が天井を支えている間に。

敵が姿を見せる。

ワーカーズだ。

五部隊はいる。

しかも、そいつらの全員が。

爆弾を手にしているようだった。

奇声を上げながら。

飛びかかってくるワーカーズ。

残余の。

動かせる針は少ないが。

それでもやるしかない。

一斉に伸ばして、次々貫くが。

その度に爆発される。

全身のダメージが蓄積して行く。

まずい。

吐血したかもしれない。

戦闘形態とは言え、ここまで選択肢が絞られてしまうと、もうどうしようもない。ともあれ、接近して来るワーカーズを次々叩き潰していく。

怪人も来るが。

それも刺し貫く。

普段よりかなり手荒いが。

正直優しく何てしてやる余裕が無い。

爆弾が次々炸裂し。

体を傷つけられる。

意識が飛びかけるが。

それでもまだだ。

まだ膝は折らない。

上は。

意識を向けると、異常に気づいた難民達が逃げだそうとし始めているようだけれども。間に合うかは微妙だ。

まだ私が支えないと。

至近。

怪人が、大量の爆弾を抱えたまま、特攻してきていた。

針を伸ばして串刺しにするが。

当然爆発される。

モロに爆発が叩き付けられ。

私は多分、肋骨がいかれたなと思ったが。

それでも、何とか耐え抜く。

呼吸を整えながら、さあどうするとうそぶくが。

本命が来た。

滅茶苦茶になった地下空間の奥で。

何かが光る。

狙撃。

体に突き刺さる。

ネオロビンフッドか。

さっき殺したばかりなのに。

見ると、いつものとちょっと違う。どうやら、決戦仕様用にパワーアップした奴を出してきたらしい。

上等だ。

どうせこれも、私がどれくらいまで攻撃に耐えられるかの実験なのだろうし。

それならば、精々調子に乗らせて。

その間に、フォーリッジ人にでも、敵の拠点を突き止めさせる。

それだけだ。

また狙撃。

針で弾くが。

だが、続けて天井を狙ってきた。

それも弾くが。

そうか、天井を崩落させて。

難民を大量虐殺するつもりか。

此方は防ぎ続けなければならないわけで。

半ば一方的にいたぶれると。

ゲスらしい考えだが。

らしいといえばらしい。

私は苦笑し。

続いての狙撃の瞬間。

連続して針を動かしていた。

一本で狙撃を弾き。

もう一本で、その弾いた狙撃を更に弾く。

ネオロビンフッドの頭に狙撃が突き刺さるが。

奴は少しよろめいただけで無事だ。

決戦仕様だけあって頑丈だと言う事か。

だが、此処までだ。

残った針の全てを、ネオロビンフッドに叩き込む。

流石にこれにはひとたまりもなく。

ネオロビンフッドは死んだ。

呼吸を整えながら、次に備える。

これだけの波状攻撃だ。

まだ何かやってきてもおかしくない。

そして、その時は。

すぐに来た。

かなり距離が離れた地点で。

爆破が起きた。

これは、更に大規模な崩落を起こすつもりか。

残った針を全て伸ばして、崩落を防ぐ。

これで、完全に貼り付け状態だ。

敵はもう来ないが。

此方の体はボロボロ。

針で天井を支えているだけでも、既に負担が尋常では無い状況である。支援が来ないと、死ぬ可能性も高い。

まあ敵が敵だ。

いつ死んでも不思議では無かったし。

覚悟もしていた。

だが、それでも。

誰も助けられずに死ぬのは嫌だ。

血を流しすぎたのか。

ダメージが大きくなりすぎたのか。

頭がぼんやりしてくる。

もうどうせ身動きできない状態だが。

それでも、何とか必死に意識を保とうとする私の所に。

平然と歩み寄ってくる奴がいた。

この崩落寸前の地下通路で。

何だ。

そして、戦慄する。

そいつは、例のハンギングジョンだった。

「まだ生きてやがったか、小娘が」

「……」

「死んだかどうかは確認しておこうと思ったんだがな。 まあいい。 お前の手口は全て分かった。 次は何もできないようにして殺してやるよ」

「バカな奴」

狂犬の目が、怒りに一瞬で満ちる。

自分より劣る相手に馬鹿にされたのが、余程頭に来たのか。

確かに私には今。

打つ手が無い。

フォーリッジ人もまだ来るまで時間が掛かるだろう。

だが、此奴は。

勘違いしている。

針の一本を敢えて折る。

即座に再生して、天井を支え直す。

これだけで充分。

負担が増える。

理屈ではない。

だが、それ故に。

緻密すぎる計算の上で動いている奴を仕留めるには充分だ。

針がハンギングジョンの頭を貫く。

即死だ。

それ以上何も喋る事無く。

勝ち誇っていた人類史に残るシリアルキラーは。

その場に倒れ伏した。

クローンを作るのは相当な手間だと聞いている。

だから恐らくは、もう出てこないだろう。

だが、その代償は大きかった。

体の感覚がなくなってくる。

今無理をしたからだ。

これは、死ぬな。

ぼんやりと、私は。

それを実感していた。

 

どれくらい時間が経っただろう。

ようやくフォーリッジ人が来たらしい。

天井の補強を開始。

博士も来て、私に呼びかけてくる。

「宏美くん、変身を解除したまえ」

「……」

残った最後の灯火を守るように。

変身を続けていた私が。

変身を解除すると。

天井が、一気に軋んだ。

だが、フォーリッジ人のロボット達が、瞬間で固定する。多分空間ごと固定したのだろう。

そのまま輸送される。

側に倒れているハンギングジョンは、自分が死んだことにさえ気付いていない様子だった。

悔しいと思う。

此奴の毒牙に掛かった人の、何分の一かでも。

痛みを思い知らせてやりたかったのに。

いずれにしても、担架で運ばれている内に意識を失い。

気がついたときは、寝かされていた。

どうやら回復装置か何かの中らしい。

外で何か話しているが。

聞こえなかった。

目を閉じる。

意識が戻る。

だが、酷い痛みで気絶。

しばらく、分かりきっている悪夢を見ていた。

悪夢の内容は覚えていないが。

ろくなものでないのは確かだった。

次に目が覚めたときには。

ベッドに寝かされていた。

どうやら峠は越したらしい。

そう思ったが。

ただ全身の痛みが酷すぎて、それ以上考える事が出来なかった。

これは初の敗戦かな。

敵は倒した。

被害者は出さなかった。

その代わり、此方の限界を完全に見切られた。

動きも。

痛くて体を動かせない。

あれから、どれくらい時間が過ぎて。

どうなったのか。

ぼんやりしていると。

協力者のお姉さんが、顔を覗き込んできていた。

「大丈夫、宏美ちゃん」

「……まあ、なんとか」

「そう、喋れる。 良かった」

心底ほっとした顔。

だが、それは何だか、私にはとても虚しいものに思えた。

とにかく現在の状況を聞く。

相当な戦力を消耗したワーカーズはあれから動きを停止。

事態を重く見たフォーリッジ人が、テクノロジーの開示を約束してくれて、それで回復が早まったという。

とはいっても、一週間寝ていたそうで。

その間に、幾つか大きな事件が起きたそうだ。

まず、この英国における、黒幕の協力者の摘発。

主に人権団体がその主体だったそうで。

まあそうだろうなという感想しか無い。

日本でもそうだったが。

人権団体は、人権を売り物にして稼ぎ始めた瞬間、悪魔の手先に変わる。

この国でもそう。

日本では児童ポルノ画像がどうのこうのとわめき散らしていた人間が。

実際には現実の子供を強制的に性産業に従事させて児童ポルノで稼いでいた大本締めだった、なんて事件が起きていたが。

今も人権屋は体質的には何一つ変わっておらず。

結局クズはクズのままだった、と言う事だ。

そして此奴らは、児童ポルノ関連の「人権」で稼げなくなった後は。

難民や社会的弱者をエジキにし。

文字通り彼らを「売りさばき」ながら。

金に換えていった、というわけか。

反吐が出るが。

そんな事をやっていたから、地球は滅び掛けたわけで。

そして今も。

体質的には変わっていないと、証明されてしまったことになる。

情けない話である。

ともかく、受けたダメージが尋常では無いこと。

更に今はまだスコットランドヤードも情報部も、軍も。

体勢を立て直している最中で。

とても敵本拠に仕掛けられないこと。

更に更に、頼みのフォーリッジ人がまだ敵の本拠を特定出来ていないこと。

これらの条件も重なり。

休むようにと言われた。

それで気が抜けたのだろう。

気絶するようにして眠り。

しばらくして、薄い覚醒と、深い睡眠を繰り返した。

夢を見る。

私の家は暖かくなんか無かったし。

故に家族に夢なんて見ていないけれど。

それでも、家庭ではあった。

家族が理解者だなんて大嘘だと知っていたし。

親だろうが平然と迫害者になる事も知っていた。

自分の知らない事を子供が始めれば、暴力を振るうのが当たり前だし。

子供に自分の思想を押しつけることだって分かっていた。

人間として尊重する前に。

そもそも自分の所有物としか考えない事も分かっていた。

大なり小なり。

私の親だって、そうだったのだから。

流石にDQNネームを子供に付けて、子供をアクセサリ代わりにしているような連中ほど酷くはなかったが。

好き嫌いで随分争いもしたし。

言い争いだってした。

好きだったものも捨てられたし。

それを善意だと言い張られた。

親にだって趣味があったのに。

どうしてか、子供の趣味は理解出来ない。

そういうものだった。

もっと古い時代には。

持つ趣味さえ社会に決められ。

特定以外の趣味を持つと異常者扱いされる。

そんな時代もあったらしいが。

その余波は現在にも残っている。

私も、それは知っていたから。

もう両親がいない今は恨んではいない。

ただし同じようになろうとは絶対に思わないし。

子供達を同じ目に合わせようとも思わない。

どこの国も同じだ。

きれい事は全然構わない。

口にするべきだし。

実施していれば、下心があろうとまったく構わない。

この世に聖人がいるとしても一握りの中の一握りだし。

何より本物の聖人なんてこの世では生きていけない。

聖人と接することが出来る程。

今の地球人はオツムが成熟していないからだ。

だが、何か良いことをして。

それを偽善と罵る風潮は。

ましてや、下心があるからとか言う理由で。

他者のために命を賭ける人間を偽善者呼ばわりする風潮は。

人間という生物の下劣さ。浅ましさを、示しているのではあるまいか。

なんでこんな事を考えているのだろうか。

ああそうか。

結局の所。

この国でも、黒幕に協力していた奴が。人権屋だったからだ。

人権。

良い言葉だ。

だが、そんなもの。

本当に人類が今まで、発動させたことがあったのだろうか。

ましてや商売になるようになってからは。

そして資本主義が蔓延するようになってからは。

人権なんて言葉は。

如何にして踏みにじるかを。

皆で考えるためのものになってしまった。

それが現実なのでは無いのか。

目が覚める。

まだ体が痛いが。

それでも、側にあるバイタル計を見ると、かなり回復はしたようだ。そろそろ歩けるかなと、ぼんやり思う。

今度は、夢の内容ははっきり覚えていた。

要するに、人間に。

守る価値など無いと言うことだ。

でも、私は。

そんな守る価値など無い連中と同じになりたくない。

だから命を賭けてこれからもきれい事をする。

それだけだ。

夢の中で私は覚悟を決めたが。

結局の所それは自己満足なのだろう。

自己満足。

大いに結構。

相手が嫌いだから、同じにならないようにする。

その結果、今まで地球を滅ぼし掛けた人間と同じにならないで済むのなら。

私はそうする。

それだけだ。

まだベットから起きないように、バイタル計から警告される。

また随分と進んだ仕組みだ。

言われたまま横になる。

そろそろ髪でも切ろうかな。

そう思った。

何だか寝ていて邪魔になるし。

何より、今後は制圧形態中に敵が戦闘を仕掛けてくる事や。

此方が案外脆い事を。

敵が理解している筈だからだ。

今までは、敵が此方の戦力を把握していなかった。

だが。次からは違う。

敵はハンギングジョンというサイコ野郎のせいで。

此方の戦力を正確に把握した筈だ。

そして宇宙レベルの邪悪が。

その弱点を突こうとしない筈が無い。

憂鬱だ。

今後は、嬉々として弱点を突きに来る相手と。

大まじめに戦わなければならないのだから。

特撮の敵でさえ、時代が進むと変身中に攻撃してくる奴とかが当たり前になって行ったし。

主人公の家族を人質に取ったりするやり口は。

初期から行って来た。

不幸にもと言うべきか。

私の場合はもう人質に取られる家族もいないし。

何より協力者は全員命を捨てている人達だから。

それについては考えなくてもいい。

リンゴジュースが飲みたい。

そう言うと。

程なく、協力者のお姉さんが持ってきてくれた。

消化に良いから、認めてくれたのだろう。

黙々とリンゴジュースを飲む。

そして、お姉さんは。

現状について報告してくれた。

「やっとスコットランドヤードが体勢を立て直した様子よ。 情報部も。 軍はまだ混乱が続いているみたい」

「やはり相当数の逮捕者が出たんですか?」

「公式発表だけで、スコットランドヤード全体から255人。 情報部は大まかな数しか聞いていないけれど、幹部も含めて60人以上。 ただ、これでようやく腐敗は一掃されたと見て良さそうよ」

「……」

そうなると。

フォーリッジ人が、相当に頑張ってくれたのだろう。

敵の本拠について聞くが。

それについても、解析が進んでいるという。

また、敵に協力していたゲスどもについても摘発が進んでいて。

普段は発展途上国に支援をだとか。

児童ポルノを根絶しようだとか口にしていたり。

難民保護がどうのこうのと口にしていたような者達が。

相当数逮捕され。

団体ごと摘発もされているようだった。

きれい事か。

こういうクズがいるから、余計にきれい事、という言葉が流行ってしまうのだろう。

だからこそ私は。

続けなければならない。

そして私が光を浴びる場所に出ることは無い。

なぜなら、人間は。

むしろこういうカスが基本であって。

私のように、此奴らと一緒にならないと考える方が。

異端だからだ。

リンゴジュースを飲んだ後。

また眠るように促される。

フォーリッジ人が解析を完了するまでは。

あと数日はかかるという事だ。

どうせ敵は平然と撤退するだろう。

もうこの国は。

敵のビジネスが成立しなくなっている。

何よりも、この国は初動が遅すぎた。

敵は日本以上に稼いだはずで。

それを考えれば、敵としては痛くもかゆくも無い筈だ。

最悪の事態としては、既に敵はノルマを達成して。

とっくに撤退の準備に入っているかも知れない。

だがそれは許さない。

多分敵はフォーリッジ人のやり口を知り尽くしているはずだが。

それでも、絶対に逃がすわけにはいかないのだ。

回復まで。

とにかく気合いを入れて休まなければならないか。

私は。

奴らを、一人残らず潰す。

そのためだけに。

今後も、闇を這い回らなければならない。

 

4、燃ゆ

 

スコットランドヤードの浄化作業が一通り実施され。

更に軍も落ち着いたところで。

英国は一斉攻勢に出た。

まず、今まで集めたネオロビンフッドの情報を公開。

マスコミを使わなかったのは。

日本と同じ理由からだろう。

もはやマスコミは。

この国でも、情報発信媒体として機能していない、と判断されているという事だ。

ともかく、スコットランドヤードを爆破しようとした張本人がネオロビンフッドで。

しかもワーカーズと協力していた、と言うことが改めて公式発表されると。

ワーカーズシンパだった連中も。

ネオロビンフッドシンパだった連中も。

等しく黙った。まあクロファルア人が発表した段階で、既に大勢は決していたが。

更にとどめとして。

彼らに人権屋の中でも大手の連中が、すり寄るようにして協力し。

多数の失踪事件に関与。

失踪者の財産を勝手に売り払い。

着服していたことまで公開されると。

もはや世論は完全に沈黙した。

愕然とした、というべきなのだろう。

東方は桐野からその辺りの話を聞いて。

口を引き結ぶしか無かった。

分かりきっていただろうに。

日本での出来レースの話は、この国にも流れてきていた筈だ。

それなのに、どうしてこの国の民は。

自分達だけは違うなどと思えたのか。

どこの国でも人間は同じだ。

国民性というのは確かにある。

味の好みだとか。

服の好みだとか。

しかし、それでさえ、時代とともに変わるし。地域によっても違ってくる。

人間という生物そのものは。

変わりはしないのに。

警部が来る。

「また一つ団体を摘発した。 合計三十件の失踪事件に関わり、被害者の資産を勝手に売却していたことが判明した」

「一度方向性が決まると、スコットランドヤードは強いですね」

「ああ、情けない事だが、浄化作業が片付くまでは身動き一つ出来なかったがな」

悔しそうに警部が言う。

ただ、金がどう動いているかは。

まだ掴めていないという。

余程巧妙にマネーロンダリングが行われているらしく。

どれだけサイバー課が頑張っても。

情報部が心血を注いでも。

相手の動きを解析しきれないという。

溜息を東方も警部もつく。

桐野が、データを出してきた。

今までの情報をまとめたものだ。

「SNSでの情報変遷をまとめたものです。 此処から使える情報が出てくるかも知れませんし、どうぞ」

「ああ、すまないな。 ……これは、違法スレスレの所までやっているな」

「日本でも、いわゆる会員制SNS等での情報交換が行われていました。 恐らくこの国でも、敵は同じ手を採っていただろうと判断した上での行動です」

「分かった。 使わせて貰う」

敬礼をすると。

警部は出ていった。

代わりに。

人形のような表情の、情報部の男が来る。

何回かだけ顔を合わせたが。

日本から来た内閣情報調査室の女の子と話しているのを見たことがある。

要するに、そういう事なのだろうと、東方は判断していた。

「君達のおかげで、かなりのデータを収集することが出来た。 随分と労力を減らすことが出来て助かったよ」

「いや、此方も仕事ですから」

「感謝くらいはさせてくれるか」

「ええ、勿論」

握手を求められたので、行う。

細い見た目の割りに。

握力は凄く強かった。

情報部の男は、映像媒体を近くの端末に刺し。

見せてくれる。

どうやら、昔はテロ組織の支部だったらしい場所に。

突入するロボット軍団。

これは、ひょっとして。

「フォーリッジ人が公開してくれた。 ネオロビンフッドの住処だった場所の摘発画像だ」

「ついにきましたか」

「ああ。 同時にワーカーズのアジトも摘発に掛かったようだ」

加われないのが悔しいがと付け加える情報部。

まあ、早い話。

オーバーテクノロジーが詰まりすぎていて。

見せるのもまずい、と言う事なのだろう。

いずれにしても、内部では一方的な戦いが行われ。

制圧は完了。

もはやこの国に、ネオロビンフッドとワーカーズが、姿を見せることは無いだろう。

そういう話だった。

どうやら、また仕事を依頼されそうだ。

ちょっとげんなりする。

英国ではずっと缶詰だったし。

次の国でも似たようなものだろう。

いや、次はもっと治安が悪い国に飛ばされる可能性だって低くない。

それを思うと。

今から胃が痛い。

「英国政府が、動画サイトに公式報道をアップしましたよ」

「……」

桐野に促され見る。

英国政府のお偉いさん。とにかく、理屈上は王室の次にえらい人物が、報道をしている。

なお報道陣の姿はない。

マイクと報道台。

更に護衛の無表情なSP達がいるだけの中。

淡々と報道が行われた。

「英国政府は、ネオロビンフッドと呼称していた怪人および、ワーカーズと呼ばれていた集団の犯罪行為を此処に摘発するものとする。 彼らは日本で行われていたのとほぼ同じ出来レースをこの英国の地でも実施し、多数の弱者を蹂躙し、反社会的団体と手を組んだあげくに、その生命と尊厳ばかりか、財産までも奪い取っていた。 英国政府では、関連が判明した人物および団体に、極めて厳しい処罰を下す」

「死刑はこの国では廃止されていたな」

「はい。 多分終身刑の人間が数百人単位で出るでしょうね」

「……そのほかにも、影で多数消されそうだな」

東方がぼやく。

ともあれ淡々と、えらい人は報道を続ける。

「まだ世界には残り十の「悪の組織」と「ヒーロー」を称する無法者が跋扈している事が確認されている。 英国政府はこれらの団体および個人、更に協力する団体に対して、最高に厳しい処置を執ることを約束する。 現在地球に来ているクロファルア人とフォーリッジ人と協力態勢を取りつつ、国家を上げて対処する事を約束する」

これはまた、厳しい発言だ。

東方も思わず言葉を失った。

敵対宣言と言っても良いだろう。

演説が終わり。

そして、桐野がああなるほどと呟く。

理由が分かった様子だ。

噂に過ぎないが。

どうやら英国内閣の一人に。

敵に協力していた人間がいるらしい。

既に摘発されているようだが。

国民には、表向き急病による内閣脱退という形にしている様子だ。まあ精神病院から永久に出しては貰えないだろう。

なるほど、英国政府が怒るわけである。

これは、顔に泥を塗りつけられるどころか。

肥だめに顔を突っ込まれるのと同レベルの侮辱を喰らったに等しい。

本気で英国が動くとなると。

それぞれの国も、態度を変えはじめるだろう。

日本に続いて英国でも。

エセ悪の組織とヒーローの実態が分かったのだから。

さて、これから忙しくなるだろう。

荷物をまとめるように桐野に指示。

案の定。

あまり時間をおかずに。

連絡が来た。

日本からだった。

 

自分は腕組みをして、状況の推移を見守っていた。

英国では充分に稼いだ。

故に別にもう英国はどうでも良い。

別の所でも、稼ぎは充分に順調だ。

クライアントにも、適切な利益は提供しているし。

最初から目標金額は提示してある。

そもそも、最終的には引き上げるのが前提だという説明もしてある。

問題は、欲を掻くクライアントが出てくる事で。

更なる利益をと口にするクライアントについては。

消してしまうのが基本だ。

問題は英国の反応である。

日本に続いて英国でも、という状況は構わないのだが。

既に世界の最先端から陥落した欧州ではあるが。

その影響力は侮れない。

日本と英国が共同して、こちら側に敵対する態勢を本気で見せ始めると。

ドミノ倒しのように、残りの収入源が潰される可能性がある。

どちらも世界では上位に食い込んでくる国ではあるのだ。

此処で米国での市場が潰されると面倒な事になるが。

未だに米国では、ザ・アルティメットに対する絶大な支持があり。

戦力についても、相応のものを用意している。

今回、ハンギングジョンが命と引き替えに敵の戦力を教えてくれたおかげで。

今後は不覚を取ることもあるまい。

少なくとも。

充分に稼げる筈だ。

さて、余裕を持って動きたいところだが。

今、自分の部屋を、フォーリッジ人の調査員が調べている。

それも此方からは分からないように、だ。

本来持ち込んでいる技術では検出できない技術を用いて来ているので。

内偵というわけである。

自分にだけ目をつけられているわけではなく。

他のクロファルア人も皆、同じように内偵されているのだろう。

少しの間。

動きにくくなるかも知れないが。

まあそれはあくまで多少の話だ。

さて、敵は次にどう出る。

残っている英国の協力者が。

連絡を入れてきた。

マークしている日本の警官が。

今度はインドに移動したらしい。

インドか。

彼処も大きな市場だ。

ただ、彼処はそうそう簡単には潰されない。

国家の事情が非常に複雑だから、である。

まあ英国のことは良い。

稼ぐだけ稼いで逃げ切れればそれで良いのだから。

商売というのは。

そういうものだ。

 

(続)