偽りの終わり
序、突貫
日本における悪の組織ブラックファング。当初は怪人80、構成員3000と想定されていたこの組織だが。
少し前のホワイトライダーとの消耗戦で、その人員は無尽蔵なのでは無いか、という疑いが浮上した。
一度に十人の怪人を繰り出し。
なおかつその作戦をまったく躊躇う事がないのである。
結局ホワイトライダーもろともブラックファングは多くの怪人と構成員を失ったが。
その割りには、今日もまた、銀行強盗に出てきている。
やはり、無尽蔵の戦力を有している。
そう見せつけるかのように。
フォーリッジ人は調査を続けているし。
博士もビーコンからデータを回収しているが。
個人的には、そろそろ決めたい。
日本で好き勝手をこれ以上させる訳にはいかない。
そもそも、どうしても手を割かなければならないトラブルを発生させて、本命を誘拐するというのが敵の手口だ。
エセヒーローとエセ悪の組織の争いには。
どうしても関わらなければならない。
今までも、実際に千人を超える死者を出しているのだ。
如何に茶番だと分かっていても。
対処はしなければならないのである。
ミーティングが始まるが。
博士は、咳払いする。
「調査員との連携を進めているが、決定的な進展は無い。 また一つブラックファングの拠点を叩いた。 しかしこれもダミーだったようだ。 やはり旧式の武器類が並んでいるばかりで、手がかりは見つからなかったらしい」
「遊ばれていますね」
私の言葉に。
その場が凍り付く。
確かに失言だったかも知れないが。
しかし、間違いない。
完全に敵の方が上を行っている。
それっぽいエサを撒きながら。
確実に本命の「ビジネス」を遂行していく鬼畜外道。
それと今戦っているのだ。
そして敵の先手を。
未だに此方は取る事が出来ていない。
勿論調査員であるフォーリッジ人は確かな戦力を用意しているし、その実力も確かなのだろう。
だが、それでも。
現状、どうにもならないのだ。
腕組みをしていた最年長の協力者のおじさんが。
前向きな意見を出した。
「少しずつ前進はしている。 焦れば敵の思うつぼだ。 此方も、フォーリッジ人の監査の元で、官僚達の足並みがようやく整った。 警察や自衛隊との連携も、これからは実施していくようだ」
「……」
「宏美くん。 一つ提案がある」
画像が出る。
ヒーローが現れる前に、フォーリッジ人が投入した戦闘ロボットが、ブラックファングの怪人と構成員を皆殺しにしている。
先ほどの銀行強盗の結末だが。
兎に角鮮やかで。
一瞬の出来事だった。
だが。銀行強盗が起こされれば、その間に警察も自衛隊もかかりっきりになる。
更に周辺のビーコンも反応していない。
いたとしてもダミーの基地だ。
敵の本丸を叩かない限りは、戦いは終わらない。
この日本でさえ、だ。
博士の言葉に、私は頷いた。
博士は更に続ける。
「君を表に出すわけには行かないが、敵を挑発するのも手かも知れない」
「挑発? 何も無いのに、変身してみせるとか、ですか」
「そうだ」
「……変身すればするほど、敵も此方の行動範囲や手の内を読んでくるのでは」
その通りだと、博士は念押し。
つまるところ、現状の打破のために、吊り橋を渡れと言っているわけだ。
私は賛成できない。
それこそ焦れば敵の思うつぼ、では無いのか。
だが、この辺りで。
奇策に出るのもありかもしれない。
フォーリッジ人は、今各国に防空網を構築。
各国の悪の組織が出現と同時に対応出来る態勢を作り上げているらしい。米国は空軍との争いもあるなか、それでも強引に防衛網を構築したとか。
その結果、悪の組織は動きづらくなっているし。
更に言えば、日本以外の各国では、「実績を上げている」ヒーローを殺すつもりかと、排斥運動まで始まっているという。
この辺りで、此方も手を打つべきだと。
私は思う。
フォーリッジ人はかなり厳格な対応をしているが。
それが故に反感を買っている。
その反感が一定量に達する前に。
敵を叩かなければならない。
そうしないと。
どうせ敵に荷担している地球人がいるのは目に見えているが。その勢力が更に強大化するだろう。
もしも最悪の場合、クロファルア人や、フォーリッジ人に対するテロまで起きるかも知れない。
それも、完全に正義感をこじらせた上で、だ。
そうなったら。
地球はおしまいだ。
その事態を避けるためには。
一刻も早く、画期的な成果を上げるしかない。
少し悩んだ後。私はある提案をする。
「ヒーローがエセであり、出来レースをしている事を、世界中に示す必要があると思います」
「それはもちろんだが、どうするつもりかね」
「無理をしてでもブラックファングを潰します。 そうなれば、存在意義を無くした日本で、ヒーローは宙ぶらりんの存在になります。 その隙を突いて、返す刀でヒーローのアジトも摘発します。 順番は逆でも構いません」
「簡単に言うがね」
博士は言うが。
そろそろ私には、抜き差しならぬ所まで来ていると思うのだ。
そもそも何がまずいかというと、地球人が熱狂しているクロファルア人が穏健な政策で地球を改革しているのに対し。
監査に来たフォーリッジ人は、かなり強引なやり方をしている、と言う事だ。
フォーリッジ人がそれだけやるほどの危険な相手だと言う事は分かっている。
だが、それを分かっていない地球人は。
なんでクロファルア人という素晴らしい改革者が来てくれたのに。
余計なのが後から来てしゃしゃり出ている、と考える。
更には。
ヒーローと悪の組織との茶番についても。
今だ真相と実態。
裏で行われている邪悪について、理解出来ていない者があまりにも多い。
クロファルア人に対するテロを本気で計画する地球人はそうはいないだろうが。
フォーリッジ人の邪魔を積極的にしようとする地球人は。
そろそろ現れてもおかしくない。
私がそれを淡々と説明すると。
博士はしばし黙り込み。
そして、確かにそうだと認めてくれた。
「それで何か手は」
「フォーリッジ人と、直接話す事は出来ませんか」
「かなり厳しいが……何をするつもりかね」
「「私を」交渉材料にします」
敵は恐らく。
地球人の美的感覚を最大限悪用する形で、今回の邪悪な犯罪をスムーズに進めている、とみて良い。
そうなってくると。
その前提を崩す必要がある。
私が形態変化し。
何かしらの事件を解決した後。フォーリッジ人と連携して動く。
そうすることで。
敵は何かしらのアクションを起こすはず。
勿論、ここぞと地球人を煽るかも知れないが。
大きなムーブメントの際には。
それだけ大きな隙も出来る。
今、フォーリッジ人がこの国の官僚をやっと一本化してくれたという話だし。
もしもフォーリッジ人と連携できるのなら。
賭をする価値はある。
勿論危険も考えなければならない。
だが、それでも。
やる価値はある。
次のヒーローが現れるまでが勝負だ。
どうせそう遠くない未来、フォーリッジ人の隙を突くような形で、またヒーローと悪の組織の茶番を、敵は始めるはずだ。
それならば、今こそ。
というか、ヒーローが現れていない今しか。
好機はない。
クロファルア人の中には敵が紛れている。
完全独立行動しているフォーリッジ人と連携して、作戦行動を行うのなら。
勝機が見えてくるはずだ。
「分かった。 それが一番現実的だろう」
「宏美ちゃん」
「大丈夫。 上手くやって見せます」
勿論、敵は相当に頭が切れる。
いや、そんな言葉では測れない次元での頭を持っている。
即応してくる可能性も高いし。
裏目に出る可能性も低くない。
だが、今こそ。
私は、これ以上の被害を減らすため。
具体的な動きに出なければならなかった。
都市部での被害に辟易したか。
ブラックファングの一部隊が出現したのは、山村だった。
それを丸ごと人質に取り。
それぞれの家と人質に爆弾を着け。
立てこもったのである。
陸上から近づくのは難しい、文字通りの陸の要塞。
当然ながら上空から行くしかないが。
今回現れた怪人は生きた大砲のような姿をしていて。
山の稜線からヘリが姿を見せた瞬間。
撃墜寸前までダメージを受け、退避せざるを得なかった。
フォーリッジ人を説得した私が動く。
彼らの技術で、私の存在を隠蔽し。
上空まで運んで貰う。
流石に凄まじい。
大気中でマッハ60以上を出して、周囲に騒音もなく、ソニックブームもまき散らしていない。
どうやっているのかさっぱり分からないが。
ステルス性という点でも、意味不明な次元に到達しているようだ。
ともかく、拾って貰い。
現地上空に到達するまで七分。
まだ敵は動きを見せていないが。
フォーリッジ人の大気圏内輸送機で私が上空に出た瞬間。
姿が見えていない筈なのに。
怪人が狙撃を行って来た。
勿論バリアで弾かれるが。
操縦しているAIが、驚愕の声を上げる。
「どうやって!」
「降下してください」
「危険が大きすぎます」
「良いからっ!」
フォーリッジ人の許可は得ている。
死ぬなら別に本望だし。
何より、まだヒーローが現れていない以上。
此処でヒーローのお披露目をする可能性もある。
そうで無い場合は。
また大量虐殺をやらかす可能性だって否定出来ない。
だったら、此処で。
引く選択肢は無い。
私はパラシュートも無しに輸送機から飛び降りる。
狙撃の直後にだ。
流石にフォーリッジ人が持ち込んだ輸送機。
狙撃にもびくともしなかったが。
一応相応に揺れたので。
怖くなかったと言えば嘘になる。
だが、それでも。
私はブレスレットをかざし。
アイテムを差し込むと。
叫んでいた。
「変身っ!」
直後。
空に出現した巨大な眼球から。
無数の光が迸り。
それぞれが殺戮のレーザー光線となって。
ブラックファングの構成員と怪人。
奴らの作り出した爆弾。
いずれもを、瞬間的に焼き尽くしていた。
変身してから0.1秒で全ての位置を把握。
0.5秒でチャージ。
1秒以内に全弾発射。
そして私は。
巨大な眼球から触手が生えたそのままの姿で、地上に降り立つ。
フォーリッジ人はステルスを維持したまま、状況を観察している。とはいっても、今回の輸送機は、想定される敵の技術力の、最大限に合わせてその場で構築したあり合わせものだ。
AIは驚いていたが。
それはAIにも、私の実力を知らせていなかったからである。
村人達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
助けてやったのに恩知らずだな。
そう思ったけれど、文句を口にはしない。
逃げるに任せるし。
触手を伸ばして転んだ奴は助け起こしてやる。
マスコミのヘリが。
無謀にも突貫しようとし。
待ち構えていた自衛隊のヘリにリモートで操縦を乗っ取られ。
無理矢理に着地させられるのが見えた。
というか、私が十秒くらい遅れていたら、彼奴はほぼ間違いなく撃墜されていただろう。
さて、しばしこのまま待つ。
村人の避難に関しては、怪人と構成員がいなくなった事を恐らく裸眼で確認しただろう自衛隊が突入してきて。
勇敢にも身を張って行い始めた。
彼らの行動を止めない。
というか、じっと巨大な眼球から触手が生えた制圧フォームEのまま、その場に留まり続ける。
救助を急ぐ自衛隊だが。
腰を抜かしている老人も多い。
危険覚悟で突っ込んできた兵員輸送車やトラックも。
及び腰になっている中。
それでも果敢に救助活動をする隊員もいて。
モチベーションが高いのはうかがえた。
思うに、マスコミが「自衛隊ならどんな風に叩いても良い」的な感じで、あらゆる罵詈雑言を浴びせていた時期があったが。
今はそうではなくなり。
予算的にも必要なものが補充されるようになり。
故にモチベーションも回復したのだろう。
とはいっても、急いで貰う必要がある。
自衛隊が村を離れていく中、一台のトラックが溝にタイヤを取られた。私は触手を動かして、トラックを掬い上げ、路の上に載せ直す。自衛隊員は驚くように此方を見たが、「バケモノ」は悪の組織とヒーローにしか手を出さないという噂でも聞いていたのかも知れない。
恐怖を顔に浮かべながらも、此方に敬礼し。
村を離れた。
さて、此処からだ。
出てこいゲス野郎。
どのような奸計を張り巡らせるか。
見せてみるが良い。
1、怪物蹂躙
明け方近くに叩き起こされた東方は、警視庁に出勤。
捜査一課は、厳戒態勢になっていた。
警官になった以上仕方が無い、とは思っているが。
この緊急呼び出しに関しては、体力の消耗が尋常では無いので、何とか緩和して欲しいものである。
クロファルア人がロボット警官の導入を検討しているらしいのだが。
米国で試験的に投入されているロボット警官があまり良い成果を出せていないらしく(性能は充分なのだが、警察そのものから強烈なバッシングを受けているらしい)、日本での導入はまだ先になりそうだ。
と言う事は、こういった緊急呼び出しは掛かる訳で。
無理矢理起きてでも、備えなければならない。
デスクにつくと、配信されている動画がすぐにアップされてきたので、確認する。それによると、どうやら長野の片田舎に、ブラックファングが出たらしい。
人質を取り。立てこもっていたようだが。
少し前に自衛隊が出動。
そして、自衛隊のヘリが撃墜され掛けた直後。
バケモノが現れ。
ブラックファングの一部隊を消滅させた。
今度は巨大な目に大量の触手という姿で。
上空からの精密極まりないレーザー狙撃で。
ブラックファングの構成員と怪人を。
瞬く間に全滅させたらしい。
相も変わらず凄まじい。
東方はそうとだけ思って、その後の状況を見る。
備えているのは。
これが陽動に過ぎず。
東京にもブラックファングが出るかも知れないからだ。実際連中は、今まで何度も陽動作戦を駆使している。
そして予想されるブラックファングの規模が大幅に上方修正された事で。
警察にとっては、眠れぬ夜が続くことはほぼ確定だった。
自衛隊は救助活動を開始。
今回は、いつもと違った。
例のバケモノが。
姿を見せたまま、消えないのである。
桐野が声を掛けてきた。
「東方さん。 どう思います?」
「何とも言えない。 見ろ、擱座したトラックを助けている。 この辺り、例のバケモノと変わらない行動だ。 だが、今回はどうして姿を消さずにそのまま残っている。 普段だったら、殲滅を終えたら即座に消えるのに」
「怯えきった村人の様子が痛々しいですね」
「そうだな……」
中には、山神様じゃとか。
悪魔が現れたとか。
震えあがってあり得ない言葉を口にしている村人も目立った。
まああんなものを見せられてしまえば、正常な判断力を失うのも無理は無いし、東方にどうこう言う資格も無いだろう。
しばし様子を見ていると。自衛隊は救助活動を完了。
地元の警察が出動して。
勝手に撮影を行おうとするマスコミを押さえ込み始めた。
その一方で。動画も出回り始める。
村人の中に、レーザーがブラックファングを焼き払った直後に。
スマホで周囲を撮影した者がいて。
その者達が、データを拡散したのである。
まあ今は、老人でさえそれくらいのことは出来る。
迷信深い言葉を口にする者がいる一方で。
機械にも順応している者がいる。
そういうものだ。
ともかく、その動画によると。
本当に一瞬でブラックファングは狙撃され、消滅したようで。
辺りには点々と黒い穴が残っている。
画像が写しているのは、家に配置された爆弾の後。
爆弾が、熱によって、文字通り一瞬で溶かされたのである。
そればかりか、熱の火力によって、地面に大穴が空いていた。
これだけの火力にもかかわらず。
村人にくくりつけられた爆弾を正確に狙撃。
村人には怪我一つさせていない。
如何に恐ろしい精度で上空からの制圧狙撃が行われたのか。
この動画を見るだけでも分かる。
生物兵器という域を完全に超えている。
昔の小説に出てくる外宇宙の神々でさえ。
此処まで圧倒的かつ、精密な攻撃は出来ないのではあるまいか。
まああれは非常におおざっぱに力を振るいそうな連中だし。
比べるのがそもおかしいか。
ともかく、30秒ほどの動画も、分析に回される。
マスコミが報道を始めた。
相変わらずの内容で。
長野の山村がブラックファングに制圧され。
自衛隊が大きな被害を出し。
「クロファルア人」がブラックファングを殲滅。
住民を救助した、というものだった。
救助されていく住民が、自衛隊のトラックに乗せられて来て。その後救急車にバトンタッチされている様子を。まるでものでも運んでいるかのようですと、無意味にこき下ろしているのを見ると。
自衛隊員では無い東方でも殴りたくなったが。
我慢しなければならないのが厳しい。
それにしても、本当にクロファルア人がやった事なのだろうか。
そして、直後。
上層部から連絡が来る。
「クロファルア人、関与を否定。 調査員とは連絡を取れず」
「何っ!?」
「つまりあのバケモノは、首都圏だけでは無く、あんな田舎にも出現できる、と言う事なのか」
「いやまて、様子がおかしい」
東方が声を張り上げる。
マスコミが。
これに合わせるように、直後に声明を出したのである。
「独自のルートで情報を入手しました! これはブラックファングによる実験の一環で、あの巨大怪物と思われるものと同じ成分が、この間ホワイトライダーに摘発された基地の一部で発見された模様です!」
「自衛隊は攻撃を!」
有識者が騒ぐ。
更に、防衛庁前にも人が集まり始めた様子だ。
ただし、どいつもこいつもカタギには見えない。
あからさまな人権屋や、その類の連中だ。
「ブラックファングの怪物が姿を見せているのに、どうして攻撃をしない!」
「税金泥棒!」
「バケモノを許すな! ヒーローを散々殺したんだぞ!」
「とっとと動け能なし!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ連中を抑えるために、出動しなければならなくなる。先に機動隊が出てバリケードを構築。
勝手に駐屯地に侵入しようとする輩も出。
自衛隊と連携して動かなければならなかった。
桐野と一緒に移動するが。
桐野はぼやく。
「これはいくら何でも」
「まるで蜂の巣を叩いたようだな。 反応が異常すぎる」
「何か裏で動いているんでしょうか」
「……」
まずおかしいのは。
この状況でも姿を消さないバケモノ。
あのバケモノと、何かしらの方法で、コンタクトを取ることは出来ないのだろうか。
少なくとも存在自体が怪しいエセヒーローと。
ブラックファング以外には、手を出していないことも分かっている。
そればかりか、自衛隊員を助けたり。
工場にいて巻き込まれ掛けたホームレスを救ったりもしている。
いずれの時も姿は違ったが。
間違いなく同一個体だろう。
そうなってくると、今回はどうして普段と違う行動をしている。
現地に到着した後。
暴徒を押し戻す。
途中から、クロファルア人が投入している、バリケードロボットが現れ。機械的な動きで、てきぱきと壁を作っていった。
こうなると人間の手には負えない。
クロファルア人には常にべた褒めの姿勢を崩さないマスコミも。
バリケードを蹴って何か下劣な言葉を喚いていたが。
やがて、距離を取って。
此方を撮影し始めた。
どうせ翌日の新聞には、「傲慢なる警察、報道の自由を阻む」とか。「無能自衛隊、怪物を前に恐怖で一歩も動けず」とか、好き放題な記事が載るのだろう。
もっとも、もはや新聞など信じるのは、一部の間抜けだけだが。
個人的には。
やはりバケモノが消えないことが気になる。
バリケード構築が完了したことで、機動隊も警官隊も戻るのだが。
その時も、暴徒と化した連中が、群がってきて、何故かグロ画像を見せつけてきたり、無理矢理車を停めようとするので。
時々警官隊が出て、排除しなければならなかった。
その過程で逮捕される者も出たが。
もはや喚いている言葉は、人間のものとは思えなかった。
翌日。
丸一日が過ぎても、バケモノは姿を現したまま。
現地では自衛隊が遠巻きに監視を続けているが。
遠距離で撮影したらしい動画が。
ネットに出回り始めていた。
自衛隊が撮影した動画による姿と、殆ど変わらないことから考えて、本物とみて間違いないだろう。
殆どは面白がっているコメントばかり書き込まれていたが。
やはりたまに鋭いものがある。
「上空に一度、ブラックファングの怪人が砲撃しているんだよ。 この動画見ると」
「本当だ、線が走ってるな。 途中で消えてるが」
「つまりこれ、上空からあのバケモノが、光学迷彩で来たんじゃ無いのか」
「可能性は否定出来ないな」
光学迷彩か。
だが、あれには色々技術的な問題がある。
現在でもそれは同じで。
見る方角とかによって、まるで違って来る事がある。
このため、正面からは光学迷彩として機能しても。
側面からは役に立たないケースもある。
勿論それら問題を克服した高度技術による迷彩もあるのだが。
それはそれだ。
いずれにしても、東方の方でも確認した所。
確かに村を占拠していたブラックファングが。壊滅の寸前、上空に砲撃をしているのは確認できた。
何も無いところに砲撃しているのだが。
その割りには、砲撃が消滅している。
何かに当たったのは確実だろう。
貫いてダメージを与えた、という様子も無い。
そうなってくると、あのバケモノは。
あのままの姿で、ずっと上空を移動してきたのだろうか。
「この砲撃の様子からして、相手はマッハ数十は出してるぜ。 だけれど確かクロファルア人が防空に使っている戦闘機くらいだよな、そんな性能出せるの」
「現在地球人が持ってる最強戦闘機のF35Vエンペラーライトニングでも、マッハ10が限界だった筈だ」
「そうなると、やっぱりこのバケモノ、ブラックファングに何かしら関係があるか、よその星の文明が使われているんじゃねーのか」
「可能性は否定出来ないな」
なるほど。
確かに面白い議論だ。
桐野はテレビや新聞をチェックしていたが。
自称有識者の寝言と。
バカ丸出しの内容ばかりで。
何の役にも立たなかったそうだ。
嘆息する。
専門家がマスコミから離れてしまって久しいが。
これではもはやどっちがマスコミなのか分からない。
ネットでの情報をマスコミは目の敵にしてきたが。
その一方で、マスコミもネット上で拡散されている動画を利用して番組を作っていたりと。
完全に依存関係が逆転している。
いずれにしても、不可解なマスコミと人権屋どもの連携。
何かある。
石原が来たので、席を外す。
何か進展があった、と見て良いだろう。
一緒に無言で歩き、会議室の一つを借りる。
完全防音をオンにし。
外からの情報も遮断すると。
本題に入った。
「何か起きたのか」
「サイバー課で目をつけている過激な思想を散布するSNSで、ほぼ同時に……巧妙なことに、完全に同時ではないが。 ともかく、動員が掛かっているのを確認した」
「良くセキュリティを突破出来たな」
「提供されている技術をフル活用した。 昔のサイバーセキュリティ対策だったら、この国の警察は遅れていたが。 今は昔とは違うんでな」
だが、石原は疲れ果てている様子で。
その苦労も窺われた。
咳払いすると。
資料を幾つか石原が出してくる。
どれもこれも、過激な思想団体だ。
闇医者を探して、実際に新生児を去勢しようとしたエセフェミニスト団体。労働者の権利を守ると称しながら、実際には悪徳弁護士と癒着し、弱者から絞り上げ続けていた労働組合。
労働組合でありながら政治問題にうつつを抜かし。
何ら労働者の給与改善にも待遇改善にも役に立たなかったばかりか。
過激派と癒着し、テロ未遂の事件まで起こした団体。
いずれ劣らぬ過激派ばかりで。
文字通りのダークウェブに潜伏していた筋金入りの連中だ。
ただ、全ての公安やらネット課が目をつけていた連中が動いている訳では無いし。その辺りは流石に何かしらの黒幕が実在するとしても。何もかもを全て掌中に収めている訳でもないのだろう。
「今回の件で、此奴らが活発に動いたのを確認。 既に公安と連携して、逮捕に向かっている」
「どうにかなりそうか」
「既に何人かは抑えたが、妙なことが起きていてな」
「聞かせてくれ」
トップの何人かだけ。
姿が見えないのだという。
嫌な予感がする。
上手く潜伏したとか、そういうのだとは思えない。
今の時代、高飛びというのは事実上出来なくなっている。
クロファルア人が来てから、その辺りも法整備し。
国際的に対立している国に逃げ込もうとしても。
確実に捕まる。
かといって地下に潜ると言っても。
今の時代、昔とは監視の精度が違う。
その気になれば、「存在している人間」であれば捕まえられる。
それらを嫌がった連中が、ブラックファングを一とする悪の組織に入った訳で。まあその末路を考えると自業自得としかいえないが。ともあれ、「潜伏」は今の時代、想像以上に難しいのである。
それが、公安も出てきているのに捕まえられない。
「ひょっとして既に死んでいるのでは無いのか」
「いや、活動そのものはつい最近まで確認されている。 いきなりまとめて消された、というのは考えにくい」
「だとすると、治外法権……」
「あまり考えたくは無いが」
要するにだ。
宇宙人関連にコネを造り。
匿われている。
そういう可能性だ。
実のところ、クロファルア人が来た時。
地球人の中で、特に富裕層は。
ごますりに必死になった。
膨大な財産を差し出して。
特権階級にして貰おうと、すり寄ったのだ。
此奴らがけんもほろろの扱いを受け。
どのような賄賂を提示したのか。
どんな特権を要求したのかは。
クロファルア人に全て暴露され。
結果として、社会的な信用を一切失った著名人も珍しくなかった。
それからも、手を変え品を変え。
絶対的な宇宙人であるクロファルア人にすり寄る輩は珍しくない。
今まで基本的にどいつもこいつも突っ返されてはいるが。
噂があるのだ。
上手くすり寄ることに成功し。
匿われている犯罪者がいると。
通称治外法権、である。
本来の意味は違うのだが。
現在では、特に日本警察では、隠語として使われている。
「フォーリッジ人に協力を要請するべきでは」
「うむ。 それでお前にまず話した」
「分かった。 では俺から連絡を入れてみる」
「頼むぞ」
デスクに戻ると。
前に一対一で面接したときに、貰った秘匿連絡先に連絡を入れる。とはいっても、電話とかではない。
非常に特殊な粒子波長を使ったモールス信号だ。
モールス信号は船舶通信などで現役だが。
これは滅茶苦茶な高度技術を使ったモールス信号で。
現在クロファルア人が持ち込んでいる技術では探知さえ出来ない。
やがて返事がある。
調査員がすぐに来ると言う事なので。
しばし待つと。
本庁が騒ぎになった。
本当にまた調査員が来たからである。
喚び出された東方。
本庁のキャリア達は気が気では無いようだが。
そんなものは知った事か。
状況を説明し。
そしてデータを出す。
頷くと、フォーリッジ人は。
球体に偽装したまま、相変わらず厳格な声で言うのだった。
「なるほど、このデータは有り難い。 此方の情報と合わせて、敵の動きを察知できるかも知れない」
「単に複数の過激派が連携しただけの可能性もありますが」
「いや、これらの者は、我等も目をつけていた。 恐らく10中9は敵の本丸につながっているとみて良いだろう」
「お願いします」
頭を下げると。
向こうは、じっと黙った後。
やっと分かったかのように言った。
「今検索したが、それが君達の最敬礼か」
「は? はあ、まあそうです」
「ならば此方も実績で答えなければなるまい。 君達と私は立場こそ違えど、悪を追う身だからな」
そうか、相変わらず厳格で、生真面目な返答だ。
フォーリッジ人はすぐに引き揚げて行った。
データの吸い上げなど、それこそ瞬く間に出来るのだろう。
さて、此処からどうなるか、だが。
デスクに戻ると。
また状況が変わっていた。
「過激派の団体が、長野に向かっています! デモを行っているようです!」
「今時デモだと!?」
「長野周辺の駅は凄まじい有様です! 地元の住民に対して恫喝を行う者も少なからず出ている模様!」
「どうしようもないチンピラどもだな……」
いずれにしても、長野は長野県警の管轄だ。
迂闊には動けない。
東方に出来るのは此処までだ。
後は、フォーリッジ人に。
任せるしかない。
2、古典と裏
私は、変身した姿のまま、それを見る。
かなり遠くで、相当数の人間が集まっている。
横断幕やら何やらを準備しているが。
あれが噂のデモか。
前は労働者が権利要求の手段として良く行ったらしいが。
クロファルア人が現れる前くらいから、殆ど見られなくなり。今では老人化した過激派が、たまにやるくらいだと聞いている。それも、殆ど誰も顧みないような内容で、である。
そんなのが、かなり遠くで揉めている。
なお、この視覚情報は、完全な視覚情報というわけでは無く。
実は博士が提供してくれた、衛星を中継して見ているものでもある。
周囲200キロ四方を見る事が出来るため。
索敵のためにも使っているのだ。
現在、地下でフォーリッジ人の転送システムが待機し。
様子を窺っているが。
敵は今のところ、社会に働きかけてはいるが。
直接動いてはいない。
ブラックファングの報道も沈黙しているようで。
何をしているのかさっぱり分からない。
だが、それも。
間もなく分かった。
長野の方から、恐ろしい数の人間が此方に集まり始めたのだ。多分数千人を超えている。こんな規模のデモははじめて見た。
大手の過激派団体が複数。
それも、あからさまに主張が違うはずのものが。
一斉に動いたとしか思えない。
いずれにしても、兎に角此方に来る。
長野県警もすぐに動いたようで。
バリケードを構築。
バリケードロボットも動員して、デモの封じ込めに掛かったようだった。
さて、ブラックファングを動かしている奴がこれを扇動したのだとしたら。敵の狙いは何だ。
私か。
いや、違う。
マスコミは、案の定大喜びでデモを撮りに行っているようだ。
それはそうだろう。
私の事は撮影できる状態にないのだから。
視界を絞って。
デモを確認。
言っている事は聞き取れないが。
横断幕には、かなり過激なことが書かれていた。
悪を倒せ。
気持ち悪いバケモノを殺せ。
自衛隊は悪と結託するのを止めろ。
日本から出て行け。
あんな気持ち悪いバケモノを庇っている宇宙人を追い出せ。
思わず不快感がのど元まで上がって来たが。
堪える。
ああそうかい。
確かに今は醜い姿を取っているが。
それは戦うためだ。
それによって多くの、さらわれて殺されてしまっただろう人々の無念を晴らすのが、私のあり方だ。
それを理解するつもりもなく。
脊髄反射で「醜いから排除しよう」と考える人間。
確かにカルトの大半はアホだというのも頷ける。
あのような言動をしている連中と。
まともに接しなければならない警察や自衛隊も大変だなと、心底同情してしまう。
報道ヘリがまた来たが。
私を撮影しようとするよりも、デモ隊を撮影しているようだ。
民意がどうのとかテレビでほざいているのだろう。
勿論、この騒動の裏にいる奴は。
民意なんてそれこそどうでも良いはず。
何を目論んでいるか。
慎重に見極めなければならない。
博士から連絡が来る。
インカムの形で、スーツの備品としてついているのだ。
なお、この巨体も、生体部品だけでは無く。こういう機械的なパーツもついている。とはいっても、殆ど生体部品を上手に利用して、優れたテクノロジーと同等の機能を持たせているものであって、本当の機械部品はごくわずかだし。スーツが破壊されたときには、自壊するようにも作られているが。
「マスコミが発狂したように、一斉にデモを報じ始めた。 バケモノの姿を隠し、バケモノと協力する自衛隊も批判している」
「無茶苦茶ですね」
「それが敵の目的だろう。 もう少し待って欲しい。 活発に敵が動いているのは確実だ」
「……」
覚悟の上だ。
だからこそ、此処で屈辱に耐えていられる。
というか、実際問題。
拉致され。
殺された人達の。
事実上のカタキは、彼奴らじゃ無いのか。
怒りが一気に沸騰しそうになるが。
こらえる。
此処で本気で怒ったら、全てが台無しだ。
何も考えず、見かけだけで相手を判断する阿呆の集団。そういう連中が、好き勝手に操られていることは分かっている。
殺したい相手を殺して貰って大喜びし。
積極的に殺人に荷担していながら。
相手を殺した事など何とも思わず。
そればかりか、反省なんて概念さえ無い。
それだって分かっているし。
むしろ人間の大半はそうだと言う事だって分かっている。
だが、それでも我慢しろ。
そもそも地球が完全に詰んだのは、そういう人間だらけになったから。猿の方がまだマシである。
分かっている。
というか、分かっているのに、どうして怒りが抑えきれない。
周囲を旋回している自衛隊のヘリが。
私が身じろぎしたのに気付いて、距離を少し取った。
だが、私はまた停止する。
長野県警が、応援を呼び集めて、バリケードを強化しているようだ。
私は一応今まで民間人を傷つけたことは無いし。
戦闘に巻き込んだこともない。
だが、私が「醜い」という理由だけで、此処まで人間は身勝手で、好き勝手になる事が出来るのか。
いや、そうだった。
私も、幼い頃から。
ずっとそれを身に染みて叩き込まれてきたでは無いか。
でも、そんな奴らでも、手に掛けてはならない。
なぜなら、手に掛けた瞬間。
此奴らと同じレベルにまで落ちるからだ。
それだけは。
死んでも嫌だ。
例えこの身を、醜悪の権化としようとも。
邪悪の権化として、地球を文字通り終わらせようとした連中と。
一緒にだけはならない。
私の中の怒りが。
逆に怒りを抑え込む。
呼吸を整え。
そして、大きく嘆息した。
不意に、反応。
どうやら、ブラックファングの部隊が、出現したようだった。
それも、デモ隊にまっすぐ向かっている。
デモ隊が大パニックになるのが分かる。
あれだけバケモノを殺せとか騒いで、滑稽な横断幕を拡げたり、グロ画像を周囲に見せつけていたのに。
「仲間」だのを踏みにじりながら。
我先に逃げだそうとする。
なんと身勝手な。
溜息さえ出るが。
兎も角やるしかない。
私は触手を展開すると。
地面に突っ込む。
そして高速で掘り進めさせ。
ブラックファングの一部隊を、真下から強襲した。
怪人だけは逃れたが。
触手はそれこそ、ザトウクジラが群れで小魚を襲うように相手を包み込み。
握りつぶす。
膨大な鮮血が吹き飛ぶ中。
一人逃れた馬顔の怪人が。
デモ隊に襲いかかろうとする。
その背中から、触手で貫く。
ぎゃっと悲鳴を上げてのけぞる馬顔を。
追いついた触手が掴む。
頭と足を掴んで。
一気に引き裂く。
大量の鮮血が噴き出し、内臓がぶちまけられる中。
私は、必死に盾をかざして、傲慢勝手なデモ隊を守ろうとしていた機動隊の寸前で。ブラックファングを撃破に成功していた。
触手を引っ込める。
今の様子を、マスコミも撮影していたようだが。
どうせ碌な報道はしないだろう。
そんな事は分かりきっている。
最初から、毛ほども期待していない。
すぐに自衛隊が来た。
「危険ですから下がってください! ブラックファングがまた出現する可能性があります!」
拡声器で呼びかけているが。
ぎゃあぎゃあと凄まじい反論がわき起こっているのが聞こえる。
どうせ好き勝手な事をほざきまくっているのだろう。
聞く気にもなれなかった。
結局、デモ隊はその後来た自衛隊の大型輸送機で無理矢理連れて行かれたが。その最中にも、自由の抑圧だの、言論の弾圧だのと、騒ぎに騒いでいたようだった。また、ブラックファングが出現した直後、押し合いになって逃げようとした連中の中には、けが人もいたようだが。
全部あのバケモノのせいだと、勝手な事をほざきまくっているらしい。
都合二日間、じっと変身フォームを維持していた私が。
すっと元に戻って、フォーリッジ人の転送装置で東京の地下にまで移動。
其処で聞かされた話である。
口を引き結んでいる私に。
協力者の面々は、言葉も無いようだった。
博士が最初に声を掛けてくる。
「宏美くん、苦しい思いをさせて済まなかった」
「いえ、私の提案ですので。 それで何か成果は」
「ああ。 成果があったから戻って貰った」
そうか、それだけは良かった。
バケモノ。
あいつのせい。
その言葉は、まだ残っている。
体の性能が上がっているから、どうしても聞こえる。
いや、聞こえるほどの大声で、わめき散らしていたから、耳に残っている。
だからこそ。
成果があったというのは良い事だ。
「まずあのデモ隊だが、首謀者達の姿がやはりない。 活動はしているようだが、何かしらのダミーアカウントによるもののようだ」
「黒幕に消されたのでしょうか」
「可能性が高い。 調査の結果、全く関係ない人間が、指示を受けて煽るような書き込みを続けて、カルトの手下達を操作していたことが分かった。 自称それぞれの団体の「代表」だが、実際には金を貰って仕事をしていただけで、アルバイト同然の存在だったようで、何も聞かされないまま、ただ適当に仕事をしていたようだ」
おかしいなと思ったが。
即座に博士が補足してくれる。
そう、おかしいのだ。
肝心なところの記憶が完全に消えている。
台本を渡されている訳でも無いし。
そもそもカルトのブレインというのは、かなり頭が良くなければつとまらない仕事なのである。
過激派などもそれは同じ。
操るのが何も自分では考えず、何もかもを他者にゆだねている阿呆の集団とは言え。
それでも頭が働かなければ、そいつらも動く事は無い。
単なるアルバイトが台本を渡されて、できる事では無い。
「本物は消され、代役が用意され、その代役も全て支配されるような形で操作を行っていた、と見て良いだろう。 事実その代役達を押さえた結果、デモを起こした団体はどこも機能不全に陥っている様子だ」
「完全に切り捨てられたんですね」
「マスコミはそれを更に利用している」
嫌だが見なければならないか。
テレビの情報を貰ってチェックすると。
自衛隊による言論の弾圧。
バケモノの襲撃と、過激な文言が踊っていた。
ワイドショーでは無い。
ニュースである。
権威が落ちる一方になってからは、テレビのニュースでさえ、どんどん精度が落ちていったが。
視聴率が落ち、怪しい出所の金で番組を動かすようになってからは。
更に酷い状態になって行った。
テレビ局自体が有数のブラック企業なのだが。
それを象徴しているような光景だ。
これが本当にニュースか。
呆れる私の前で。
あからさまに都合良く編集した画像が踊っている。
触手が噴き出してくる恐怖のシーンやら。
飛び散る血やら(ブラックファングしか殺していないが)。
デモ隊の人間を英雄扱いし。
「怖かった。 恐怖で押さえつけようとしている悪魔に違いない」
等と白々しく泣いてみせる映像を、大写ししている。
馬鹿じゃ無いのと思ったが。
博士は咳払いする。
「此奴らの電車代は、団体から出ていたらしい」
「それはまた、他人の金で現地まで行って、馬鹿騒ぎをしたあげく、怖い目にあったとか主張していると?」
「この金の出所でも面白い事が分かってきてな」
警視庁の捜査二課。
知能犯担当の部署らしいが。
警視庁の中にも、最近は協力者が出来てきている。
最初は捜査一課にわずかな人間しかいなかったそうだが。
フォーリッジ人が信頼出来ると、紹介してくれたそうである。
その二課の人間が。
情報を突き止めてくれたらしい。
行方不明になった人間達の親族が。
財産を勝手に処分して作った金。
それの一部が。
過激派団体に流れ込んでいるらしいのだ。
しかもその金を使って、団体の人間はやりたい放題で。
ヴィーガンを主張する人間が焼き肉屋で贅沢したり。
労働者の権利を主張する左派団体のメンバーが、ブラック労働で知られる飲み屋で好き放題に飲んだくれたり。
そういった証拠が出てきたそうである。
この辺りを現在警察が突き崩しているそうだ。
更に、である。
「この辺りは敵にとっても足下、砂浜の一部程度に過ぎない。 今回、ブラックファングの部隊を潰したが、いずれもヒーローが出現するのには間に合わなかった。 ヒーローが出るのには絶好の機会だったのにな」
「はい。 新しい奴が出る事を想定していたのですが」
「実は出ていた」
「!」
フォーリッジ人もそれを想定して、ビーコンを配置していたらしい。
そしてその一つに引っ掛かったのである。
とうとう来たか。
舌なめずりする。
どうやら今度のヒーローは、背中に刀を背負ったちょっと和風の奴らしい。近代風にアレンジした大鎧を纏った輩らしいが。
それはまあともかく。
今こそ、反撃の機会である。
「今、分析を進めている。 上手く行くと、日本からヒーローの製造所を排除できるかもしれない」
「ブラックファングの方は」
「それも今進めている。 だが、ブラックファングだけではどのみち敵は効率的な誘拐を行えないはずだ。 それに、かなりの情報を広域から収集している様子だし、本部への突入も近いかも知れない」
頷く。
それならば、敵地を制圧するための幾つかの形態を試してみるか。
一旦解散となる。
敵の情報に間違いがあってはならない。
フォーリッジ人も、徹底的な解析を行ってくれているようなので、信頼して待つ事にする。
あれだけの罵詈雑言に耐えた価値はあった。
それだけでも、私は嬉しい。
自室で横になる。
ハラワタが煮えくりかえるようだが。
これからその怒りを。
やっと奴らにぶつけられる。
とはいっても、その奴らもまだ黒幕の手指に過ぎない。
ただし手指を叩き落としてやれば。
向こうだって無事では済まないのだ。
逃げだそうとするまで追い込めば。
後はフォーリッジ人が何とかしてくれる。
流石にどれだけ狡猾な悪党でも。
これだけ巨大な作戦を指揮しているのだ。
自分で地球には来ているだろう。
ならば、後は逮捕するだけである。
一眠りして。
それから少し体を動かして。
ストレッチが終わった後。
呼び出しが来た。
雰囲気が違う。
どうやら、戦いの時が。
ついに来たようだった。
3、落日
作戦は簡単。
空間座標は特定出来た。
其処にフォーリッジ人の操作する自動ロボットと共に乗り込み、制圧する。
最初、フォーリッジ人は私の作戦参加に異を唱えようとしたらしいのだが。
現地での協力者による支援を受けることは、長期的に汎銀河連合のためにもなるという事。
更に法でそれが裏付けられていることが、決め手になり。
私の参戦を許可した。
空間に穴が開く。
博士と、協力者達の敬礼を受けた私は頷くと。
ブレスレットをかざし。
アイテムを差し込む。
「変身っ!」
いつもより気合いが入るが。
それも当然だ。
今まで好き放題やられてきたのである。
今回こそ。
今までに殺された人達の恨みを晴らすとき。
奴らは殺すだけでは無い。
その尊厳まで蹂躙していった。
痛みは百倍に、いや万倍にして返してやらなければならないが。
その前に、まずは手足を一本ずつ、指先から切りおとしてやる。
空間の穴に飛び込む。
何段階かを経て相手の基地に至るという話だったが。
これもセキュリティの問題らしい。
私は今回、出来るだけ小型に圧縮したフォームで来ているが。
これは戦闘形態ではなく。
制圧形態である。
敵の攻撃を受けることは想定していない。
フォーリッジ人が、博士と話し合いをした結果。
戦闘そのものは此方でやるから。
支援だけをしろ、と言ってきたらしい。
作戦参加よりも。
作戦をスムーズに完了させたい私としては。
口惜しいけれど。
それを受けるしかなかった。
最初転移した空間は何処かの廃ホテルだったが。
次に転移した空間は、何処かの誰もいないビジネスビルの一室。
更に転移した先で、ようやく数体の戦闘ロボットと合流。
腕四つ、頭にあたる部分はなく、足下は車輪である。ただし車輪を自在に使って、壁も走る事が出来るし、階段も容易に移動する、そうだ。
丸っこい胴体は装甲が分厚く。
地球産のもの程度なら、レールガンを至近距離から喰らっても傷一つつかないそうである。
彼らが日本語で話しかけてくる。
「協力者よ。 今回は武運を祈る」
「分かりました。 お願いします」
「うむ」
なるほど、操作そのものはフォーリッジ人が行っているのか。
多分今の声も、加工さえしてあっても。
フォーリッジ人が喋ったものを伝えているのだろう。
更に次の転移先で、同じタイプの戦闘ロボットと合流。
二回の転移の末に。
得体が知れない空間に辿り着いた。
即座にロボットが反応。
周囲から襲いかかってくる人影を、四本の腕についている火器が迎撃。叩き落とす。
吹っ飛ばされた人影が立ち上がろうとするが。
私が既に撒きはじめているガスが。
彼らを絶命させる。
ロボットはガスなど気にせず。
周囲を徹底的に蹂躙していく。
倒された中には。
大鎧で日本刀を持った奴もいた。
そうか、やはり此処が日本で暴れているエセヒーローの本部か。
周囲はカプセルだらけ。
中には人型が入っているが。
いずれも異形ばかり。
地球人が見れば、誰もが格好良いと感じるガワの中身は。
どれもこれも、おぞましいまでに戦闘に特化した異形だった、というオチがついた訳だ。
鼻を鳴らしたくなる。
カプセルが次々と破壊され。
空のもの以外は全てが蹂躙される。
ロボットに攻撃を掛ける自動迎撃装置らしきものもあるが。
兎に角強力なバリアが展開されていて。
まったく通用しなかった。
やはり、最新鋭の技術をつぎ込んだ、精鋭部隊。
その言葉に偽りはないようである。
程なく、制圧完了。
周囲は静かになった。
「空間固定。 爆発物などの処理も完了」
「データ解析開始。 敵は襲撃を予測していたようで、やりとりなどの記録は全て抹消済み」
「復旧の可能性は」
「残念ながら物理的に記憶媒体を破壊されています。 復旧は可能ですが、年単位で掛かるでしょう」
ロボット達がやりとりをしている中。
私は、ガスで死んだ「ヒーロー」の中身どもの間を歩く。
いずれも屈強で。
戦闘だけに特化した体をしていて。
頭は半分無かった。
要するに此処に洗脳用の機械を取り付けていたのだろう。
能なしならぬ。
脳無しだったわけだ。
指揮官機に確認する。
「此方にも情報提供はいただけますか」
「ああ、もちろんだ。 必要な分だけだがね。 此処にあるテクノロジーは、まだ地球人に見せるには早すぎる。 今此処に投入された戦闘ロボットからすれば非常に未成熟なテクノロジーだが、それでも地球の現在のテクノロジーに比べると、桁が違いすぎるのだ」
「やはり違法なものですか」
「ああ。 クロファルア人が慎重に地球に持ち込んでいるものよりも、十世代以上は上のものだ。 自衛隊や警察が歯が立たなかったのも道理だ。 投石で戦闘機と戦うようなものだからな」
嘆息。
四本あるアームの一つを伸ばされたので。
握手を返す。
とはいっても、此方もガス噴射用の触手で、だが。
「そのガスのおかげで、標本を効率よく手に入れる事が出来た。 これでバカどもの目も覚めると良いのだが」
「いや、其処まで上手く行くとは思えません」
「ああ、そうかも知れないな。 ともあれ、この国の「悪の組織」ブラックファングも、続けて潰す。 資料はもう少しで揃うはずだ。 本拠地に戦いを挑むときは、是非君も頼む」
「有難うございます」
意外だ。
どうやら相手は、堅物にもかかわらず、私を高く買っているらしい。
本当だったら、民間人が戦場に出るようなもので、良く想わないだろうが。
或いは、何か理由があるのかも知れない。
ともあれ、後の作業はフォーリッジ人に任せる。
テクノロジー関係を回収してから、日本の警察と自衛隊に入って貰って、合同で調査と発表をするそうである。
死体もほぼ完全な形で回収出来た。
これでかなり日本での戦況は有利になる。
その筈だが。
相手は銀河系を相手にやりたい放題をしてきた超ド級犯罪者。
この程度で屈するとも思えない。
それに、まだ11箇所でヒーローが暴れているし。
ブラックファングは健在。
まだ、手を抜ける状態には無い。
ともあれ、行きと同じルートで帰還する。
そして、その後、すぐにアジトを元から移した。
セーフハウスのようなものだから仕方が無いが。
地下とは言え。
引っ越しを繰り返さなければならないというのは。
少しばかり心苦しい事でもあった。
何故、逃げ回らなければならないのか。
そういう気持ちもある。
どうして罵られなければならないのか。
そういう怒りもある。
だが、今は堪えなければならない。
あと少しで。
此方も、反転攻勢に出ることが出来るのだから。
戻った後。
ユニットバスで一風呂浴びて。
ゆっくり休む。
流石に速攻でブラックファングのアジトが割れることは無いだろう。相当に念入りに隠蔽していたようだし。
風呂から上がったあと、トレーナーに着替えてミーティングルームに出ると。
博士がいたので、話を聞く。
ヒーローの本拠地だが。
首都圏は首都圏だが。
なんと大深度地下に作られていたらしい。
昔、この国の政府が作った核シェルターで。
冷戦の終了と同時に放棄され。
結果として、完全に忘れ去られていたものを。
犯罪者が乗っ取ったものらしかった。
乗っ取ったとき空間のレベルから拡張したらしく。
元の面影はかけらも無く。
そもそも物理的には侵入できないようになっていたようなのだが。
今回、その場所を発見できたのも。
ブラックファングを私が瞬殺したため。
出したヒーローが右往左往し。
戻ったところを。
フォーリッジ人が確認し。
場所の特定にまで至ったらしい。
どうせ私があんな連中死ねば良いとか思って、躊躇している間に大量虐殺でも始まって。それをあのエセヒーローが救助するというようなシナリオだったのだろう。
ただ、それが失敗した後も。
何ら焦ること無く足跡を消し。
その後の処置もした事は。
敵ながら凄まじい。
動揺すると言う事が一切ないのか。
文字通りのバケモノじみた手際である。
そして、今。
クロファルア人が。
フォーリッジ人の指示で。
全国放送を行うようだった。
動画については、後で協力者が持ってきてくれる。
まあ、データ送信は一瞬なので。
協力者が来てくれるのも、すぐだろうが。
程なく。
協力者が来て。
動画を皆で見る。
アポロニア。
クロファルア人の報道官が。
オペラ歌手が廃業を考えると噂されるほどの美声で話し出す。
嫌みすぎるほどの美形のアポロニアだが。
同年代の女子が、見ただけで腰砕けになるという程の美しさという事なのに。
私も美形だなあとは思うが。
それ以上は、特に思わなかった。
何というか、私の場合。
変身に必要な因子の他に。
何か他の人間なら当たり前に持っているものが欠けているのかも知れない。
別にそれはそれで構わない。
同じになりたいなんてそもそも思わないし。
そのおかげで戦えるのだから。
「ええ、みなさん。 今回は大きな成果が上がりました。 ヒーローを名乗り、悪の組織と出来レースに近い戦いを繰り広げていた者達のアジトが摘発されました。 その様子をお届けします」
並んだカプセル。
そして、戦闘力に全振りした中身。
武装を剥がすと。
出てくるのは、戦闘に特化した、とても美しいとは言い難い姿。
それだけではない。
どれもこれも同じ顔をしている。
当然で、最強の遺伝子を集めた結果出来たのだろうから。どれもこれも同じになるのは目に見えている。
これは大パニックになるだろうな。
私はそう思ったが。
それだけだ。
子供の夢を壊すなとか、叫ぶ奴がいるかも知れない。
だが、子供の夢も何も。
実際に誘拐して、多数の人間を殺している奴だ。
特撮のヒーローとは違う。
傷つき苦しみながら、格上以上の相手と必死になって戦い。
血反吐を吐きながら勝利を掴んでいくヒーローと。
文字通り生まれながらにして都合が良い力を与えられ。
本当に脳が全く無い状態で、機械的に設定された「悪を殺戮する」エセヒーロー。
両者に決定的な違いがあるのは当たり前だ。
「これがヒーローの正体です。 彼らは思考能力など与えられておらず、操作している者達によって、文字通り「それっぽい」動きをさせられていたに過ぎません」
「ある意味ラジコンだな……」
「ラジコン?」
「ああ、昔のドローンみたいなものだ」
最年長の協力者の言葉に、最年少の協力者が聞き返していた。
そういうものがあったのか。
まあそれは良いとして。
ともあれクロファルア人の組織そのものを。
敵が掌握していないことは、これで確定した。
小さいとは言え、これはダメージだし。
奴にとっては、ブランドに傷を付けられたようなものだ。
「日本で少し前に倒された「スカイインパルス」も此処で作られていた事が判明しています。 つまり、ヒーローは全て同じ穴の狢。 ブラックファングと同類であったことが判明しました」
ニュース番組での言葉では無い。
地球人に対して、圧倒的な影響力のあるアポロニアの言葉だ。
それこそ、エセヒーローを盲目的に崇拝していた人々にとっては。
脳天を砕くような一撃だったことだろう。
まあ、ざまあみろという言葉しか出てこないが。
「どうやら、やはり我等クロファルアの民の中に、許しがたい犯罪者がいる事はこれで確実のようです。 深く反省すると同時に、犯罪者の摘発に努めます。 なお、各地で活動している「ヒーロー」および「悪の組織」に関しても、適宜対応いたします」
映像が切れる。
これで色々と面白い事になるだろう。
そして、案の定。
大混乱が始まった。
それから数日は、荒れに荒れた。
何しろアポロニアの公式発表である。
更にテレビなどと違い、「配慮」などしないため、露骨すぎるほどに分かるヒーローの実態。
SNS等も大荒れしている様子だ。
「前から噂はあったが、これがヒーローの中身かよ」
「あんなに格好良かったのに、中身を知ったらぞっとするぜ」
「特撮で、若手のイケメン俳優使ってた理由が何となく分かるな。 こんなのが中に入ってたら、どんだけ格好良くてもなあ……」
「まさか、よその国のヒーローもそうなのか!?」
テレビ側は完全に沈黙。
今まではヒーローが敗れるまでは散々持ち上げていたのに。
今回はそれらの報道がネット中に(恐らく誰かしらが意図的に)アップされていることもあって、身動きできないようだった。
マスコミはヒーローの実態を知っていて。
それでいながら、金のために黙っていたのでは無いのか。
そういう批判も露出し始める。
また、今回の件で、デモを行った連中についても。
恐らくほぼ意図的に誰かが情報を流出させ。
更にブレインがいなくなったこともあり。
大混乱に落ちているようだった。
文字通りのカオスである。
クロファルア人による統制はしっかり出来ているが。
問題は、その中に犯罪者がいるということだ。
勿論地球人に絶大な人気を誇るアポロニアも容疑者になるわけで。
疑心暗鬼が。
台風のように吹き荒れているようだった。
問題はブラックファングだが。
悪の組織なら、この機会に乗じて動けば良いものを。
まったく動きを見せていないという。
そうだろう。
黒幕も、ここまで一気にやられるとは思っていなかったのだろうか。
いや、今反撃の準備中か。
此方も備えなければならない。
どんな手を打ってくるか。
分かったものではないのだから。
トレーニングを軽くして。
ストレッチを終えて。
また動画を確認する。
マスコミは完全にこの関連のニュースを避け。
どうでもいいニュースばかり流している。
どうやらもはや、タブー扱いするつもりになったらしい。
それはそうだろう。
デモ隊の醜態は、無数の動画に収められ。
彼らが如何に恩知らずで恥知らずな行動を取ったのかが。
一目瞭然だったからだ。
ネット上では動画の削除と再投稿がいたちごっこになっているが。
皮肉にもそれが。
関心を更に高める結果になっていた。
その状況下でこれである。
ヒーローの中身がこんな代物であると分かった上。
スポンサーも二の足を踏むようになっている状況だ。
今のマスコミは、人命などよりも金を優先する。
金にならない上、リスクしか呼ばないニュースなど扱わないし。
扱えと命令されても、ほんの一瞬適当に触れるだけだろう。
政府広報も、現時点ではまだクロファルア人に色々口止めされているからか。いつ要塞証言の情報しか流せない様子で。
相当な不満が、国中に充満していた。
クロファルア人はこんな状況でも信頼はされていた。
だが、もしもクロファルア人の中身もこうだったら。
誰かが、そう考えないのだろうか。
私はそれを懸念したが。
今の時点では、その心配は無さそうだ。
博士が来る。
「見ての通り、クロファルア人が動いた。 ただこれは、フォーリッジ人の指示によるものだ」
「意図は何でしょうか」
「不正の排除」
「!」
まさか。
そこまで愚直なのか。
ちょっと口を引き結ぶ。
流石に政治的駆け引きとかもあるかと思ったのだが。
本当に剛直な種族らしい。
そういったことは、一切考えていない、と言う事か。
真実をまず知らせ。
その収集には、原因を作った種族に当たらせる。
確かに正しい事ではあるが。
クロファルア人の政府は。
今回のスキャンダルに、どういう顔をするのだろう。
ただ、銀河系一不正をしない種族の指示による行動。それも、公的機関内での出来事である。
種族同士の対立とかは。
とりあえず考えなくても良いのかも知れないが。
「宏美くんはどう思う」
「いや、なんとも。 地球人には出来ないですね」
「そうか。 昔は希に剛直で知られる人物もきみ達の中にはいたようなのだがな」
「勿論いましたが、周囲には徹底的に嫌われていました。 揶揄するような人間の方が大多数派ですよ。 間違いなく尊敬などされていません」
正論しか言えない、などという言葉は正にそれだ。
正しいから正論なのに。
甘い言葉ばかり地球人は好み。
それ故にこんな風に世界はなった。
フォーリッジ人は、正論を言い。受け入れられる事に成功している。
それは種族単位で不正を嫌い。
正しくある事を誇りにしているからだ。
ある意味とても羨ましい。
地球人と宇宙で遭遇したら、絶対に最後の一人になるまで殺し合いになるのだろうから。
勿論、汎銀河連合も、聖人の集まりでは無いだろう。
中には腐敗官僚だっていてもおかしくない。
でも、それでも。
こういった種族を絶対に不正が許されない場所に投入し。
最新鋭の武装を預け。
不正を摘発する事を認める。
それだけの事をさせるシステムはある。
要するに、地球の政治体制とは。
根本的に違っている、と判断せざるを得まい。
やはり羨ましい。
何万年、いやもっとずっとずっと長い間、銀河系を統治しているだけの事はある。
正論を受け入れる。
政府レベルでそれが出来ると言うだけでも。
地球人とは、別物なのだなと言う事がわかるのが、何とも情けなくあった。
「いずれにしても、この混乱の中、敵の尻尾を掴めそうだ。 ブラックファングの支部は恐らく全てがフェイクだが、きみが大量の証拠をかき集めてくれたおかげで、この国の警察が、ある場所にまで絞り込んでくれた」
「科捜研がやってくれたんですか」
「ああ。 これから更に絞り込んだ後、強襲を仕掛ける。 その後は、少なくともブラックファングは、もはやこの国では活動できなくなる。 宏美くんにも出て欲しいと、フォーリッジ人からお達しだ」
「勿論そのつもりです」
さあ、勝負の時だ。
今までの悪行の数々。
報いを受けて貰う。
そして他の十一のヒーローと、悪の組織も。
順次。
一つ残らず。
叩き潰してやる。
私の目には。
怒りと。
復讐が。
炎となって燃え上がっていた。
4、牙を折るとき
ついに場所を特定されたブラックファングの本部に、突入を開始する。幾つかの空間転移を経て。
突入した其処は、ヒーローを作っていた場所にそっくりで。
もっと膨大なカプセルがあり。
そして、自動戦闘ロボットらしきものが、警備のために徘徊していた。
出迎えのつもりだろう。
カプセルが一斉に空く。
そして、一千を軽く超えるブラックファングの構成員と。数十の怪人が一斉に目覚め。
凄まじい雄叫びを上げると。
培養液を滴らせながら、襲いかかってくる。
「制圧開始」
フォーリッジ人の戦闘ロボットは、冷静に言うと。
私を守りつつ、攻撃を開始。
装備が違う。
まるで、機関銃の銃座に突入していく原始人の群れ。
機械特有の凄まじい正確なエイムで。
あっという間に打ち抜いていく。
自衛隊の最新鋭装備も。
戦車砲さえも。
一切通用しなかったブラックファングの構成員が。
瞬く間に切り裂かれ、引き裂かれていく様子は。
ある意味哀れでもあった。
それでいながら、四つ腕の戦闘ロボット達は、証拠を破壊しないように加減までしているらしい。
やはり所詮は犯罪組織。
軍が開発している最新鋭装備にはどうあっても及ばないか。
私も、能力を展開。
前回と同じフォームで、無力化ガスをぶちまける。
やがてそれが充満した頃には。
怪人を含め。
動く者はいなくなっていた。
施設の空間固定。
爆弾の解除。
全てを手際よくロボットが行っていくが。
どうやら、彼らが摘発に動いた頃には。
既にクリティカルな証拠は、全て引き上げ済みだったようで。今回もまた空振りに終わっていた。
ただし。
幾つも、おぞましい設備が見つかった。
まず人間を消滅させるための道具らしきもの。
文字通り捕らえてきた人間を、これによって分解していたのだろうと示されたのは。
マイクロブラックホールの作成装置だ。
これによってマイクロブラックホールを作成し。
時間空間ごと肉体を粉砕する。
遺伝子どころか、素粒子さえ残らない。
痕跡も何も無いが、ただ機械を調べたフォーリッジ人が、ロボット越しに教えてくれる。
「最低でも一万回以上は使われているな。 殺された過激派などの事を考慮しても、数千人以上はさらわれ、此処で痕跡も残さず消されたと見て良いだろう」
「……」
「少なくとも、もうこの国で同様の事態は起こさせない。 この国は、茶番から開放されたのだ」
そうか。
私の両親も。
きっと此処で。
いや、まだまだ。
泣くのは早い。
それほど仲が良い両親では無かったし。
完全な理解者でもなかった。
だけれども、殺されるほどでもなかった。
これから、この鬼畜外道行為に荷担した連中も摘発しなければならない。
ただそれは、警察の仕事だ。
私は、これを裏から指示し。
平然とふんぞり返っている奴を、死さえも生ぬるい状況に叩き込むために、動かなければならないのだ。
「証拠、遺留品は全て回収。 消滅装置もだ」
実際に操作している戦闘ロボットが。
あらゆる証拠を徹底的に回収していく。
警察も、良く此処だと絞り込めたものだ。
そう思いながら、私も触手を伸ばして、幾つかの証拠品を確認していく。
どうやら此処には、人体しか運び込まなかったらしい。
何か変な装置がある。
これは何だろうと聞くと。
少し悩んだ後、答えてくれる。
「洗脳装置に似ているが……少し違っているな」
「似ているけれど違う?」
「詳しくは解析してみる。 後は全て此方でやるので、引き上げて欲しい」
ロボットの一体が、死体を引きずってくる。
見覚えがある。
この死体は、ブラックファングの報道をしていた奴だ。
黒いフードを引っぺがしてみると。
中身は、なんと。
既に死んでいた。
それも明らかに、数ヶ月は経過している。
それをフレームで固定して。
操り人形のように動かしていたらしい。
そうか。
広報官さえもが。
道化のダンスを必死に踊っていた、と言う訳か。
「この情報は公示しよう。 ブラックファングという組織になんら実体が無く、エセヒーローと茶番を演じていたことが、これではっきりするはずだ」
「この国での奴らの活動は、これでおしまいですね」
「だがまだ進捗率は一割にも達していない」
「……」
その通りだ。
敵はまだ11カ国で茶番を繰り広げている。
私は勿論手を引くつもりは無い。
博士の変身スーツを使いこなせるのは私だけ。
そして、地球人の感覚で考えられるのも私だ。
フォーリッジ人では、柔軟に考える事は出来ないだろう。
実際、私を捜査に加えてくれているのも。
私が当事者だから、という理由だけではあるまい。
彼らにしてみれば。
私という存在を。
それだけ買ってくれている、ということである。
だが、フォーリッジ人も、信用しきって大丈夫なのだろうか。
そこもまた。
少し不安ではあったが。
ともあれ、驚くほどあっさり片付いたブラックファングの本拠地。
自衛隊に後は引き渡す。
その時には、私は先に引き上げていた。
政府広報が入るが。
やはりマスコミはガン無視。
ニュースでも、ちらっと触れただけだった。
新聞でさえ、四面以降にちょっとだけ書いたくらいで。
一面には、まったく関係がない、何処かの誰も住んでいない山で山崩れが起きただの、そんな話を載せていた。
これで、日本での茶番は終わりか。
私はベットで横になり、ぼんやりとする。
両親の敵は討てたのだろうか。
いや、討てていない。
まだ奴は。
この事件を裏から操っている奴は。
高笑いしながら、市場の一つが潰れただけ、と思っているのだろうから。
協力者のおじさんが来る。
「宏美くん、いいかね」
「はい」
「スコットランドヤードから打診だ。 今度はイギリスに行って貰う事になると思う」
「イギリス、ですか」
「まあグレートブリテンおよび北部アイルランド諸国連合王国、だがね。 向こうではネオロビンフッドというヒーローと、ワーカーズという悪の組織が激しくやり合っているらしい。 今回、日本の警察で大きな成果を上げた数名も、其方に協力者として出向くことになる様子だ」
そうか。
極秘事項と言う事で、名前も教えて貰えなかったおじさんだが。
随分良くして貰った。
そのまま呼ばれてミーティングルームに出向くと。
幾つかの話をされる。
一番若いお姉さんは、一緒にイギリスに行くという。
内閣情報調査室での活躍が見込まれ。
更にイギリスでは問題が更に深刻だと言う事で。
ベテラン中のベテランの力が欲しいと言う事で、声が掛かったと言う事だ。
ということはおじさんではないのかと思ったのだが。
おじさんは、断り。
お姉さんを推したそうである。
自分はもう流石に日本のことで手一杯で。
世界で活躍するのは、まだ伸びしろがある若いものが良い。
事件の全容は把握しているし。
きっと力になる。
そういって推し。
イギリスでも受け入れたそうだ。
そうか。
大栄転だなと、私は思ったが。
まだ喜ぶには早すぎる。
イギリスでの状況を、まず聞かされる。
「21世紀の序盤から、イギリスには難民が大量に流れ込み、更に21世紀中盤のEU崩壊から来る政情不安もあって、非常に治安が悪化している。 先進国の中にはまだ含まれていたが、多数の過激派が跳梁跋扈する有様は、欧州のC4とまで呼ばれてな」
そういえば、歴史で習ったが。
EUからの離脱前後から、一気に国際的な発言力を落とし。
欧州の混乱に伴ってどんどん力を失い。
流れ込んでいた難民との激突で国内の治安も激しく悪化。
現在では軍の一部を「治安警察」にしてまで治安を回復させようとやっきになっているが。
それでも追いつかない状況だとか。
私でさえ知っているほどの事だ。
日本も、世界が詰む寸前辺りは悲惨極まりない状況だったが。
イギリスに至っては、有名な北アイルランドとの軋轢どころではなくなり、国が四分五裂する寸前にまで行っていたらしい。
現在はクロファルア人の介入で状況もかなり落ち着いたらしいが。
過激派は日本の比では無い危険なテロリスト崩れが潜伏しており。それが丸ごと悪の組織に取り込まれた様子で。
規模も残虐さも、日本のブラックファングの比ではないそうだ。
勿論、ブラックファングがまだ勢力を残している可能性もある。
一ヶ月ほど様子を見てからイギリスに行くことになるそうだが。
向こうでも大変な事になりそうだなと。
私は思う。
なお、先遣隊としてお姉さんや警察で活躍した人達が先に出向き。
博士と私は後から。
そして。私が暴れるのは。
博士がゴーサインを出してからだ。
説明が全て終わってから。
軽くパーティーにする。
博士は博士で、別の食べ物にするが。
こればかりは仕方が無い。
同じ食べ物を口に入れると、ごちそうにはならないからだ。
というか同じ大気組成で平然としていられるのは、かなりレアなケースだそうで。
クロファルア人もフォーリッジ人も、それぞれの出身星に合わせて調整をしているらしい。
同じ空気の中で一緒にいられるだけで、違う星の民としては幸運で。
此処から同じ食事、というのは流石に贅沢すぎる。
我々はケーキを。
博士はよく分からないものを用意し。
乾杯する。
しばし食事を楽しんだ後。
博士は皆に咳払いした。
「一手でもミスすれば、此処にブラックファングやエセヒーローが殴り込んで来ていただろう。 日本から奴らの脅威を排除できたのは皆のおかげだ。 そして宇宙から伝説レベルの犯罪者を駆除する日も近い」
「後11人のエセヒーローと、11個のエセ悪の組織、ですね」
「全てを潰すまでやらなければいけないかは分からないが、いずれにしても一つ潰すごとに奴の市場にダメージを与え、そして追い詰めることができる筈だ。 フォーリッジ人は既にこの星系からどのような手段でも逃げられないように網を張っている。 じっくりと追い詰めていこう」
おおと気勢が上がるが。
本当にそうか。
敵には余裕があるように私には思える。
日本は放棄しただけで。
他でまだ稼げるし。
今までに充分稼いだから、放棄してもいいと思ったのかも知れない。
いずれにしても、現在調査しているようだが。
フォーリッジ人の技術でも、さらわれた人達の痕跡はまったく見つかっていないらしい。そうなると、警察でも無理だろう。
悲しい話だが。
殺された人達を。
特定する手段さえない。
私の両親でさえ、彼処で殺されたかは分からないし。
実際に手を下した奴は。
何処かで高笑いしている。
私は、笑う気にはなれない。
パーティを作り笑いで終えると。
自室に戻る。
確かにこの国では、黒幕の犯罪者と。
そいつと連んで、私刑に熱中して人を殺し、その財産を奪っていた連中は、もう好き勝手出来ないだろう。
だが、世界中で。
まだ奴の被害が相次いでいる。
私は。
奴を実際に殺したい。
機会さえあれば。
その首をねじ切ってやる。
そう思いながら私は。
鬱々と、ベッドの上で過ごすほか無かった。
無数の影が並ぶ。
此処は米国のヴィランズ本拠地である。
日本を捨てる事は、既にスポンサー達に告げてある。
思った以上に苛烈な抵抗。
そしてフォーリッジ人に、地球人が的確な助力をした事もあり。
コストがかさむと判断したからだ。
だから途中からは完全に手を引いた。
なお、末端の獲物を調達するために使っていた連中は、自分が関わっていたことさえ知らない。
知りうる立場にいた連中は全て消したので。
何ら問題は起こりえない。
「次に敵はイギリスの市場を荒らそうとしているようだが、大丈夫かね」
「イギリスの市場を潰されても別に問題ありませんよ。 全ての市場をくそ真面目に潰している間に、我々は目的の売り上げを達成するだけです」
「そう、かね」
「ええ、ご安心を」
別に計画が失敗したところで痛くもかゆくもない。
とっくの昔に電子ドラッグで黒字が出ているし。
今後は何処まで黒字を伸ばせるか、だ。
そして全てが終わったら。
フォーリッジ人が網を張っていると思っている間を抜けて。
脱出するだけである。
いずれも大した難易度では無い。
通信を切ると。
英国の方に繋ぎ直す。
其方では。
手下にしているテロリスト崩れが、多数潜伏しているのだ。
「其方に日本で君達の同胞を食い尽くしたバケモノが行くようです。 気をつけてください」
「分かった。 皆殺しにしてやる……」
「ええ、手際を期待していますよ」
スコットランドヤードと地獄の争いを続けてきた連中だ。
狂犬でも怖れて道を譲るような怪物。
地球人は地球人に任せるに限る。
ほくそ笑むと。
自分は通信を切り。
更にどうやって黒字を増やすか、考えを巡らせるのだった。
(続)
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