惑乱の舞台

 

序、介入

 

二度の殲滅作戦で。幾つか分かったことがある。

私七瀬宏美は、それをミーティングルームで聞かされていた。

今まで行ったのは戦闘ではない。

敵の制圧である。

力の差がある相手を制圧しただけ。

今後は違ってくるだろう。

それも分かっていたが。

いずれにしても。殲滅と。

更には、クロファルア人の報道官アポロニアの言動で。幾つか分かったことがあると、博士が言う。

ミーティングルームは広い。

博士が尋常ならざる巨体なのだからまあ当然だ。

博士は、情報を解析した後、言う。

「どうやら汎銀河連合が、この件に違法性があると判断したのは間違いないようだ。 恐らくはアポロニアの報道は間違っていないだろう」

「ふむ、それでこれからどうでます」

「敵の動きが気になる」

博士は言う。

それはそうだ。

博士の話によると、今回動いている邪悪は、最悪でも三十人に達しないクロファルア人だと言う事だが。

その中核にいる人物は。

間違いなく、超ド級の犯罪者だと言う。

恐らくは似たような犯罪を他の星でも行って来たはずで。

それも、何の罪悪感も感じずやり遂げてきただろう事は疑いもないそうだ。

そうなってくると。

文字通り、犯罪をビジネスとして行っているプロ中のプロ。

倫理観念など当然存在せず。

命を文字通り数字としかカウントしない輩というわけで。

今回の件も、計算ずくの可能性が高い。

「いや、今回はあからさまに情報漏洩が早くなっていると思う。 敵もこれで何かしらの計画変更を迫られるはずで、此方にもつけいる隙が出てくる可能性がある」

「あくまで可能性論ですが」

「それでも、何もしないよりましだ。 それに汎銀河連合の調査員は無能でもない。 敵が動きにくくなるのは確実だろう」

だといいのだけれど。

続けて、分析情報について聞かされる。

やはりどうやら、敵の兵士はクローンで間違いないらしい。

ブラックファングとして国内の過激派などがまとめ上げられた後。何処かしらで全員がまとめて処分され。

遺伝子だけを採取されて。

その中の強力な部分だけを抽出。

それを使い、生体ロボットが作られた。

そういう事らしい。

遺伝子データが、分析する限りそうだとしか思えないそうだ。

また、幾つかの超高度テクノロジーにより、脳細胞を操作している形跡もあり。

要するに意思さえもなく。

ただ命令通りに機械的に動く。

文字通りの殺戮マシーンと化している様子だ。

体を覆っていたタイツなどに関しても。

相当な先端技術が使われている様子で。

地球の軍事兵器が通用しなかったのも納得だという。

「これらのデータは、自衛隊に提供すべきでは無い。 勿論各国政府にもだ」

「それは、地球の現在の文明には過ぎたるものだから、ですか」

「そうだ。 私が汎銀河連合の調査員と連絡を取り、しかるべき処置を執る。 もっとも、今回地球に来る調査員が、私が知っている人物かは限らないが」

「……」

博士の言葉によると。

当然のように、こういう邪悪な犯罪者は宇宙の各地におり。

派手な宇宙海賊のような存在はいないものの。

特に地球のような、中途半端に発達したカオスな惑星に潜り込んでは。

荒稼ぎをしていくという。

調査員との戦いも相当に激しく。

いたちごっこが続いているとか。

いずれにしても、幾つか分かってきたことがあるそうで。

もしも実態が把握されたら。

汎銀河連合の兵器が投入され。

犯罪者の作り上げた悪の組織とヒーローは、一瞬にして駆逐される可能性があるそうだ。

ただその条件が整うまでには相応に証拠集めもしなければならない。

今の時点では。

悪党が動いている、以外の情報がないのである。

「宏美くん」

「はい」

「今までの情報収集に合わせて、協力者が警察で動いているものとパイプをつなげてくれそうだという話が出てきている。 これらを合わせると、ブラックファングの本拠が、思ったより早く特定出来るかも知れない」

「その時は、ですね」

そう。

ブラックファングが表向き手に掛けている人間など、氷山の一角に過ぎない。

本当の奴らの目的は。

その裏で次々に失踪している人々だ。

この失踪事件を調べている警官もいるにはいるらしいが。

やはり警察内部では白眼視されているらしい。

だが、その努力は無駄にしない。

「ただ、前回のデータだけではまだ足りない。 敵もまだ動いてくるはずで、データをその時に取得できるはずだ。 頼むぞ」

「はい」

アラームが鳴る。

博士が触手を動かして、器用に端末操作。

どうやら、またブラックファングが出現したらしい。この間の予告通り、都市部で無差別殺戮をやるつもりのようだ。

警察は厳戒態勢を敷いていたが。

何しろメガロポリスである。

人口密集地はどうしても出てくる。

ブラックファングの構成員と怪人は、人間が密集した地点に向け移動を続けているらしいが。

車などを使うよりも遙かに早い。

ヘリ並の速度で移動を続けているのだ。

これでは近代兵器が通用しないのも道理である。

警察が避難誘導を開始しているようだが。

どうやら狙っているのは丁度祭で賑わっている地区らしく。

どう考えても間に合いそうにない。

私が立ち上がるが。

博士が冷静に言った。

「今から動いても間に合わない」

「分かっています。 せめて奴らを叩き潰します」

「……移動の手はずを」

恐らく今回も。

新ヒーローの顔見せか。

或いは、ブラックファングを殺したものに対する見せしめか。

どちらかのための行動だろう。

だが、そんな事をすればどうなるか。

逆に思い知らせてやる。

それだけだ。

敵を追うのでは無く、地下を先回りするように移動する。

小型の専用車を使って途中までは。

そして途中からは下水道を使う。

いずれにしても。

絶対に間に合わない。

それは分かっているが。

それでもやるしかない。

冷や汗が流れる中。

どうやら、避難誘導の最中の人々に。

ブラックファングが襲いかかったようだった。

阿鼻叫喚の地獄絵図が瞬く間に出現する。

文字通り人間など紙くずの様に引きちぎれるほどの戦闘力を、下っ端の構成員でさえ持っているのだ。

警察も必死に防戦に当たっているようだが。

勝てる訳がない。

自衛隊も出てきているようだが。

同じだ。

アサルトライフルだろうが。

対物ライフルだろうが。

戦車砲だろうが。

構成員さえ倒せない。

文字通りの肉壁になるしかできないのだ。

盾を揃えた機動隊員も。

盾の上から木っ端みじんに砕かれてしまうしかない。

そんな地獄絵図の中。

私はようやく。現地の下に辿り着く。

上では現在進行形で大量虐殺が行われている状況だ。

此処で私が。

それを食い止める。

ブレスレットをかざす。

そして、アイテムを差し込んだ。

今回は、救助用のフォームA。

ブラックファングなどの悪の組織が、大勢を襲っている際に介入し。

それらを一網打尽にしつつ。

被害を減らす。

そういうためのフォームだ。

「変身!」

私が叫ぶと同時に。

無数の肉塊が、次元を超えて私に殺到し。

その姿を変える。

そして、巨大な無数の触手の塊になった私は。

団子状になっている体をばらけさせると。

一斉に地上に向け突きだした。

触手は下水道管を貫き。

間にある土とコンクリートも貫くと。

今正に、命令されたまま殺戮を繰り返しているブラックファング構成員を、一人残らず真下から貫いていた。

文字通りの串刺しである。

かのヴラド公がやった壮絶な作戦。

倒した敵の捕虜を串刺しにして並べ、見せつけるという悪魔の所行。

殺した構成員は、爆発四散したが。

大量の血液と肉片が触手に残る。

触手はドリル状になっており。

後は残った怪人に、四方八方から殺到。

三本目までは避けた牛頭の怪人だが。

四本目が背中を貫くと。

後は残り全てが全身を滅茶苦茶に引き裂き、貫き。

そして爆発四散した。

そのまま触手を引っ込めつつ。

触手の姿のまま移動をする。

恐らく数十人は死んだ筈だ。

だが、これで相手も分かっただろう。

好き勝手にさせはしないと。

しかしながら、こうも考えられるはずだ。

ひょっとすると。

敵側も、此方の居場所を掴むためだけに。

私をおびき出すため。

大量虐殺を。

分かり易い形でやったのかも知れない、と。

しばしして。

複雑な経路を通った跡、合流地点に到着。

車で協力者が待っていた。

無言で暖かい濡れタオルをくれる。

顔を拭いていると。

情報を聞かせてくれた。

「渋谷の時ほどの規模では無いが、五十人以上が殺された。 重傷者は前回よりも遙かに多く、千人を超えているそうだ」

「……」

「君が出るのが少し遅れていたら、死者はもっと増えていただろう」

「そう、ですね」

数字で人間の命を考える。

それをやりだしたら。

相手と同じだ。

だけれども、五十人も殺されてしまった。

そう考えている自分がいる。

奴らは凶行の裏で。

最も多くの人間を殺しているというのに、だ。

何より、今回は迅速に動いたことで。

敵に、此方の位置のヒントを与えることにもなってしまっただろう。

非常にまずいような気もする。

だが、博士が。

拠点に戻ると、即座に提案してくれた。

「場所を移す」

「拠点そのものを、ですか」

「此処はそもそもセーフハウスのようなものだ。 既に移動出来る拠点は幾つか用意してある。 引っ越しもそれほど時間は掛からない」

すぐに、作業に取りかかる。

私は休んでいるようにと、協力者に言われた。

忸怩たるものがあったが。

言われたままにする。

その間、協力者が。

外の世界で流れているニュースと動画を見せてくれた。

どうやら、大量虐殺再び、というニュースが流れているらしい。

これはまあ当然だが。

ニュースキャスターは、驚くべき事を口にした。

「現場に現れた醜いバケモノのせいで、被害が拡大したという声が上がっています。 政府に対応を問いただす声も多く……」

他のニュースでは。

首相官邸に殺到しているマスコミの姿もあった。

警察がバリケードを築いて押し戻している中。

目を血走らせたマスコミが、わいわいと叫んでいる。

「バケモノが現れて大量虐殺をしたという話が上がっていますが、首相はどうお考えですか!」

そう叫んだのは。

野党の太鼓持ちとして知られる新聞の記者だった。

先鋭的な記事ばかり書く上。

何より何を言っても我田引水な持論につなげていくため。

政府は辟易し。

新聞社は部数のために喜んでやらせている人物である。

なお何回か記事を読んだことがあるが。

自分の思想を「民意」と考えていたりと。

頭が色々おかしいとしか思えない。

こういう人間が高学歴なのだから。

何というか色々終わっている。

「現場にて虐殺を行ったブラックファングに対しては、現在クロファルアの協力を得て、調査を開始しています。 現在調査中ですので、しばしお待ちください」

「こっちはバケモノの対策を聞いてるんだよ!」

ヒステリックな声が上がる。

首相は無視した。

そういえば、ブラックファングを金づると考えている輩がいる事は知っている。

要するに、そのブラックファングと、私が殺したメタリックマンやレッドライトニングとの戦いを邪魔したと言う事で。

不愉快だ、というわけだろう。

知るか。

此奴らの快不愉快なんぞ、私の知った事じゃない。

なんで此奴らのご機嫌を取ってやらなければならないのか。

首相はボンクラだと有名だが。

さぞやそれでも腹が立つだろう。

会話が成立しない相手に対して。

務めて冷静に応じなければならないのだから。

もっとも、会話が通じない相手に、無茶な対応を強いられるのは、今は何処でも同じだ。

学校でも散々見てきた。

こうしてみていると。

人類は滅びるべくして滅びに向かっていたのだなと。

実感してしまう。

少なくとも今がなり立てているマスコミのような連中は。

地球を腐らせたガンの一つだ。

「何度か現れているバケモノは、地球侵略を目論むエイリアンの主力兵器だという噂もありますが!」

「答えろよボンクラ!」

「分かっていません」

「死ね低脳!」

自分を棚に上げて、誰かが吠える。

嘆息すると。

私は動画の視聴を止める。

時間の無駄以外の何者でも無いと判断したからだ。

引っ越しの準備が終わった。

そのまま幾つかの車に分散して移動を開始する。

なお、セーフハウスの後は。

完全にもぬけの殻になっていた。

というか、空間の一部はまるごと持っていくらしい。

空き地を見ると、今まで私が暮らしていた場所とは、明らかに間取りが変わっていた。

しばし、無言で車による移動を続ける。

報道があんなだから。

桁外れの悪党につけ込まれる。

だが、そんな報道を育ててしまったのも。

また地球人なのだと思うと。

忸怩たる思いは、消えなかった。

 

1、尾を追う犬

 

ブラックファングの部隊が、目的を完遂できずに全滅。

対応中の警官や機動隊、自衛官に被害は出たが。

彼らは一様に口を揃えていた。

地面から現れた無数の触手は。

ブラックファングの構成員だけを正確に貫き。

そしてその後。

怪人を正確に滅多刺しにして殺したと。

今、自衛隊の科学部隊が到着。

同じく遅れて到着した東方と桐野は、もはや見ている事しか出来なくなったが。それでも負傷者や重傷者が、救急車によって運ばれて行くのを邪魔しないように、報道陣を追い払う事だけは出来た。

舌打ちする。

救急車の邪魔になっているのに。

報道の方が重要だとかほざく記者が本当にいる。

そいつらの顔を殴りでもしたら。

警察の責任問題になる。

勿論救急車の邪魔を明確にしたら、それは犯罪なので。

ボイスレコーダーで蛮行を収め、その場で逮捕。

だが、俺は何も悪いことはしていない。どうせすぐに弁護士が出してくれると顔に書いている記者は。

何ら反省どころか。

自分は正しいと、信じて疑っていないようだった。

そうして何人か逮捕者が出るが。

周囲からは罵声が飛んできていた。

役立たず。

税金泥棒。

そういう声の中。

東方は、顎をしゃくる。

「どう思う、桐野」

「何度かあの「バケモノ」は俺も見ました。 いずれも姿は違っていましたが、行動原理は同じだったと思います」

「そうだ。 ブラックファングとヒーローの抹殺。 そして民間人には、絶対に手を出していない」

証言がとれている。

自衛隊の科学部隊に連れて行かれてしまったが。

前回バケモノが出た工場では。

工場で暮らしていたホームレスが。

戦闘前に、バケモノによって救助されている、というのである。

それも鮮やかな手際で。

触手によって構成員どころかレッドライトニングすらが一瞬で殺された事を考えると。

偶然だったとは思えない。

間違いなく、あのバケモノは。

意図的に人命救助を行ったのだ。

今回にしても、完全にピンポイントでブラックファングの構成員を殺し、返す刀で怪人も屠っている。

その間、逃げ惑う人々や。

必死に構成員や怪人を食い止めようとしていた警官達には。

一切手出しをしていないのである。

勿論、それだけを理由に、あのバケモノを「味方」と論じるのは無理だ。

今までは気まぐれでそうしていただけの可能性も決して低くないし。

何よりアレが牙を剥いたら。

自衛隊の駐屯地くらい。

一瞬で塵になるだろう。

ともあれ、報道ヘリがビュンビュン飛び交っている中。

もう引き継ぎも終わり。

警察は戻る事になる。

警官の死者は六名。

機動隊は四名。

自衛官は七名。

民間人三十五名が犠牲になり。

負傷者はその二十倍前後。

非常に口惜しい事態だが。

警察が間に合わず。

百人以上が殺された渋谷の時に比べると、まだマシというのが非常に悔しい。

またマスコミに対して、塩対応をしてくれた首相については、ボンクラだが正直胸がすっとした。

ボンクラであると言われているし。

実際東方もボンクラだと思っているが。

あれだけは良かった。

まあ正直本当にボンクラで、これといった成果は何も出せていない首相なのだけれども。

狂気に落ちた上。あらゆる意味で警察や自衛隊の足しか引っ張らないマスコミに比べれば、なんぼかマシだ。

自衛隊のヘリが出てくる。

昔傑作機として知られたアパッチの後継機で。

クロファルア人によって持ち込まれた一部技術を元に作られた、空中要塞とも呼べる強力なヘリである。

クロファルア人は各地の紛争を無人兵器で解決すると。幾つかの国家を解体。

そして、再編成し直して、兵器の再配分も行った。

これに対して反発する者も出たが。

非常に迅速に再配分が行われたこと。

それによって損をした人が誰もいなかったこと。

何よりも、極めて安定した戦略図が作られたことから。

ブラックファングの母胎になったような連中以外は誰も損をせず。

今では、その事については、反戦反戦言いながらも極めて好戦的だった連中でさえ、口を閉ざしている有様だ。

このヘリも専守防衛を前提としていて。

いわば浮かぶイージス艦である。

特撮に出てくる空中要塞を実際に形にしたらこうなるだろう、というような兵器で。

今も報道ヘリを、強制的にジャックし。

周辺の空域から追い払って、近くの空港に着地させていた。

臨検もするつもりらしい。

自衛隊は今回、被害を出していることもあって本気だ。

マスコミは抗議の声を入れるだろうが。

マスコミの影響力はどんどん落ちている。

昔のように、他国のスポンサーがついているわけでもなく。先鋭化する一方の思想には誰もが辟易している事もあって。

行動は過激派と何ら変わりない。

もっとまともな報道をしてくれるなら。

警官としても協力はしたいのだが。

東方は嘆息すると、戻る。

今回死ななかったのは本当に運が良かったとしか言えない。

捜査一課から死者は出していないが。

東方も知っている人間が何人も負傷し。

そして病院に運ばれているのだ。

更に言えば。

今回の虐殺でも。

主にエジキになったのは、真っ先に逃げ出した連中では無く。

家族を守ろうとしたり。

倒れた弱者を助けようとした人々だった。

署に戻る。

重傷者が出ていないので、かなり数は減っているが。

すぐにミーティングが行われた。

ブラックファングがどこから姿を現したのかの確認や。

被害が出たときの状況。

民間人の被害報告や。

自衛隊への引き継ぎが正確に行われたか、の話になる。

自衛隊からも、佐官が来ていて。

話を色々とされた。

「情報の引き継ぎについては、優先的に行ってください。 此方でも現在、ブラックファングに対する対策を進めています」

「自衛隊の装備でも対抗できないのでは」

「クロファルア側が、技術を提供してくれるという話をしてきています」

おおと、声が上がる。

もしもクロファルアの技術がもっと公開されれば、ブラックファングに対抗できるかも知れない。

対物ライフルの狙撃でさえ、構成員を倒せない。

アサルトライフルなんて豆鉄砲にもならない。

そんな状況が打破されれば。

今まで紙くずのように引きちぎられて殺されていった警官や自衛官も、報われるというものだ。

だが、自衛官は咳払い。

当然、其処までうまい話はないのだろう。

「クロファルア側は、今回の件に関しては、此方の軍に技術提供をするというよりも、自律型の戦闘ロボットを投入するつもりのようです。 それも、内部は完全にブラックボックス化したもののようですね」

「此方は信用できない、てか」

「そういうことです」

まあ、それはそうだろう。

少し前まで、大国が開発した兵器も、同じような措置をされていた。

主要部分はブラックボックス化するか。

もしくはグレードを落とした「モンキーモデル」といわれる劣化品を輸出するかの二択だった。

クロファルア人にしても。

現在の地球人類に。

宇宙基準で活躍している技術を、ぽんと渡すほど頭が花畑では無い、と言う事なのだろう。

まあ当然と言えば当然である。

もし東方がクロファルア人でも。

同じ立場だったら、地球人にいきなり最新鋭技術など渡すわけがない。

「それで、いつごろ兵器は貸してくれるのですか」

「現在クロファルア側は、どのようにして異星の文明が地球に持ち込まれたかを調査しているようです。 それが終わり次第、とのことで」

「慎重なのは分かるが、足が遅すぎる」

「向こうも汎銀河連合の法に基づいて、厳格に兵器運用をしなければならない立場のようです。 此方としても、あまり無理は言えません」

何だか日米地位協定みたいだなと、東方は思った。

ずっと前に世界大戦でこの国が負けたときに結ばされた条約の事だ。

その結果、色々な面で米軍はこの国での優位を手にすることになったが。

今ではもうそれも撤廃された。

米軍が日本に基地を置くことも無くなった。

それだけ現在国境関連は安定していて。

加えて国家同士が紛争を起こそうものなら、クロファルアの査察が入って、場合によっては即時に援助物資が停止される。

更には、紛争が起きても簡単に相手国を落とせないように、クロファルアは兵器を戦略的に配置しており。

そもそも戦争を仕掛ける意味も。

利害も。

全てがなくなってしまっている。

ただ、そんな凄まじい技術を持っているクロファルアでも、調査を進めている段階、というのが気になる。

技術をブラックファングに流したのは。

想像を絶するほどヤバイ連中では無いのか。

質問を受け付けると佐官が言うので。

少し躊躇ってから、東方は挙手。

そして、現在調査中の件を口にした。

佐官は知っていたようで、頷く。

「其方についても、調査中です」

「知っていたのですか」

「此方は公安とも情報連携しています。 東方警部補、貴方の集めたデータについても目を通していますよ」

思わず口を引き結んでしまう。

知っていたのなら。

どうして警察の上層部に、声を掛けてくれなかったのか。

此方がどんな思いで。

悲惨な聞き込みを続けていると思ったのか。

佐官は、屈強な胸板をそらしながら言った。

「申し訳ないのですが、此方もあらゆる意味で、慎重に慎重を重ねて動かなければならない立場なのです。 知っての通り現状の自衛隊とブラックファングとは戦力が違いすぎます。 連中が国会議事堂や首相官邸を襲撃したら何もできません。 それほど、戦力差があるということです」

「提供されている兵器群は」

「既に試していますが、通用しません」

「!」

そうか。

報道ではなかったが、自衛隊も既にクロファルアから提供された兵器は試していたのか。

それで通じないとなると。

想像以上に、状況は悪い。

そう判断せざるを得ないのだろう。

なるほど、それならば仕方が無い。

口惜しいが。

東方も、引き下がらざるを得なかった。

しばしして、ミーティングが終わり。

それぞれが持ち場に戻る。

上司が文句を言いたそうにしていたが。

しかし、そもそも東方の調査を自衛隊が評価していたことや。

更に公安と横で連携していたこと。

これらを考慮すると。

罵倒は出来ないし。

したところで、自分が惨めになるだけだと思ったのだろう。

何も言わなかった。

桐野が来る。

今回も、やはり行方不明者が出ている。

すぐに調べに出る事にする。

そして、二件目を回り。

胸くそが悪い親族と話をした後。

パトカーに無線が入った。

「東方! 東方警部補!」

「此方東方」

「ブラックファングが出現! 即座に現場に急行せよ!」

「了解」

今日はハイペースだな。

さっき虐殺が起きたばかりなのに。

まさか、というか。

ひょっとして、ヒーローが現れるのか。

あり得る話だ。

この間。レッドライトニングが現れたときもそうだった。ブラックファングが威を見せつけるようにして虐殺をした後。

颯爽とレッドライトニングが姿を見せた。

今回は、バケモノの出現で多少予定は狂ったが。

同じ事をするつもりなのでは無いのか。

そして、予想は当たる。

空を一直線に飛んでいくその姿。

飛行機雲まで作っていた。

ジェットを利用して、超音速で飛んでいるらしい。

それは戦闘機に何処か似た姿をした、メタリックブルーを基調としたヒーローだった。

スカイインパルスと名付けられたそのヒーローは。

銀行強盗に入ったブラックファングの構成員と怪人を。

文字通り瞬く間に皆殺しにすると。

警察が駆けつける前に去って行った。

解せない。

現場に到着すると、東方は思う。

やはり何もかも様子がおかしい。

ブラックファングにしても、本当に一体何がしたいのか。

元々過激派は頭がおかしい連中の巣窟だったが。

それでも今ブラックファングがやっているのは、本当に分かり易い「悪」そのものだ。

中東で一時期子供を人間爆弾にしていたような組織も邪悪の権化だったが。

ああいう連中よりも更に分かり易い。

良くしたもので、中東でもその手の組織が糾合され、悪の組織となり。

ヒーロー「スレイマン」と戦っているらしいが。

やはり爆弾を多用する戦い方をする以外は、母胎となった団体と殆ど関連性が感じられない行動ばかり取るらしく。

関係者の小首をかしげさせているそうだ。

現場検証は。やはり自衛隊の科学部隊がやるが。

今回のヒーローも。

殺した相手の残骸が残らない。

現場には、構成員の残骸どころか。

タイツの破片さえ落ちていない様子だった。

情報を捜査一課に連絡すると。

東方は失踪者の情報集めに戻る。

気が滅入る仕事だが、仕方が無い。

今、東方は。

闇の更に奥へと。

手を伸ばそうとしているのだから。

 

2、反撃開始

 

新しい本拠について早々、情報を聞かされる。

またブラックファングが出現したこと。

そして新しいヒーローが出現したこと。

以上である。

当然のようにブラックファングはヒーローに蹴散らされた。

ブラックファングは、私に潰されたときは大量虐殺を実施する声明を出したのに対し。

ヒーローに対しては。絶対に許さないだの、必ずや次こそは倒すだの、型通りの声明を動画で出しており。

その温度差がおかしい。

流石にネットでこのブラックファング公式放送を聞いている者達は、違和感を覚え始めた様子で。

何だかおかしくないか。

ヒーローが殺された事に対して、ブラックファングが怒っているみたいだと。

コメントが書き込まれ始めているようだった。

それに対して、殆どのコメントがヒステリックに反論しているが。

こういう意見は、少しずつ、だが確実に拡大していく。

ネットにおける情報は。

「消えない」のである。

勿論何かしらの理由で消える事はあるが。

人間同士の会話のように、封殺されると言う事は無い。

言動がキャッシュなどで残るのは普通だし。

何十年も前の暴言が発掘されて、一瞬にして地位を失う例もある。

情報を分析していた協力者が。

良い傾向だと言っていたが。

私は其処までは楽観的になれなかった。

いずれにしても、次だ。

移動中狭そうにしていた博士だが。

新居に移ってからは、文字通り体を伸ばしてゆっくりしている。

今回もデータは取得したし。

そろそろ成果は出して欲しい。

引っ越しが終わった後。

私は此処が、昔大きな地下鉄の駅だった事を知らされる。

現在東京の地下は、非常に整理されており。

東京の人間でも乗り継ぎに迷う有様だった地下鉄は、かなり分かり易く改善されている。

その過程で切り捨てられた駅も多く。

そんな駅の一つの地下が。

此処だと言う。

引っ越しもすぐに終わり。

後は、休むように言われたが。

私は博士に話をしておきたい。

博士も、私がじっと見ている事には、気付いているようだった。

「宏美くん、どうしたのかね」

「今回またサンプルを入手しました。 何かしらの進展はありませんか」

「宏美ちゃん!?」

「黙っていて」

私は。

換えが効かない。

だから、それを最大限利用する。

博士はしばし黙り込んだ後。

咳払いした。

「今回の件で、またブラックファングの使っている技術について絞り込みが出来た。 だが、まだ……本拠などの特定には至らないな」

「本当、ですね」

「君に嘘をつく理由は無いよ」

「……分かりました」

今回は、大量虐殺を止められた。

それだけで良しとするべきだ。

私だって分かっている。

最初から彼処へ急行して。それであの結果だったのだ。

もしも放置していたら、被害はあの比では無かっただろう。

それに博士だって膨大なデータを今回も入手できたはず。

今も苦しめられている多くの人々がいる事は分かっている筈だし。

そして私が血涙を流しながら戦っている事だって理解してくれている。

だったら、もう少し。

頑張るしかない。

自室に入る。

横になって転がると、目を閉じる。

変身した時。

触手には視覚も備えていたから。

あの場がどれだけ悲惨な状況だったかはよく分かっている。

本当だったら救助活動を助けたいくらいだったのだが。

そうすると、今度は敵に此方の素性がばれてしまう。

向こうだって、宇宙規模の犯罪者だ。

幾つもの星で、許されざる邪悪な犯罪に手を染めてきたことは間違いなく。

それが故に油断できる相手では無い。

姿は見えないが。

相手は巨大な毒竜だと考え。

常にあらゆる手を想定しつつ。

戦いを進めていかなければならない。

そんな事は。

私にだって分かっている。

ため息をつくと。

持ち込んだゲームを少し遊ぶ。

今遊んでいるのはいわゆるリズムゲーだが。

私にはこの方面で才能があるらしく。

全国でも有数の猛者でも手こずるステージを、割と楽に突破出来る。

多分だが、認識能力と、判断能力が生まれつきずば抜けて高いのだろう。

問題は体さえ動かせればそれについていけるわけで。

故に巨大な変身スーツを。

自在に動かせる、というわけだ。

この特質があるから戦える。

だが、音ゲーをやっていると。

虚しくもなってくる。

音ゲーをやっていて誰かを救えるのなら良い。

あくまで必要になってくるのは、音ゲーをやる才能だけであって。

音ゲーをやる事は、誰かを救う事にはつながらないからだ。

むしろゲームはやり過ぎないように釘も刺されている。

最高難易度のステージをノーミスで突破。

全国で10人とクリア出来る人間がいないと言われる最高難易度だが。

それでも何度かやっている内に、ノーミスで突破出来るようになった。

虚しくなったので、そこまででゲームは止める。

次のアクションを取るには。

新しい情報が入ってくるまで待つしかない。

外に出るわけにもいかない。

私のクローンが学校に行っているのだ。

私が外を彷徨いていたら。

それだけでばれるかも知れないのだから。

ほぼ丸一日。

悶々とした時間を過ごす。

途中で風呂に入ったけれど。

さっぱりするどころか。

余計に疲れただけだった。

 

ミーティングルームに集められたのは、夜の9時である。

もうあまり時間は関係無いとは言え。

むしろ、協力者のメンバーはそうではないので、気の毒になった。

ある意味ブラック労働だが。

今している仕事だけは。

こればっかりはどうにもならないだろう。

博士の話によると。

幾つか分かったことがあると言う。

「警察、公安、自衛隊から、皆が情報を集めてくれた。 更に米国で活動している別働隊も、少ない情報から幾つかのデータを見つけてきてくれた」

「具体的にお願いいたします」

「うむ。 まず第一にブラックファング、米国ではヴィランズだが、空間転移を用いて部隊を送り出している。 これはほぼ確定した」

資料によると。

突然熱量が変化している地点が人工衛星から確認されたという。

恐らく気が遠くなるような資料の精査をしていて。

偶然見つけたものだったのだろう。

苦労を思って、思わず帽子を下げたくなる気分だが。

あいにく私は帽子を被っていない。

博士は続ける。

「空間転移の技術は、星の海を渡るには必須だ。 どうしても光の速度以上で進む方法はこの宇宙では存在していないし、何よりそうしたところで星と星の間を行くには何十年も掛かってしまう。 いわゆる浦島効果で中の生命体は違う時間の流れに置かれるとは言っても、物体そのものが辿り着くのに何十年と掛かることには変わらない。 星間文明は、故に必ず空間転移の技術を有しているものなのだ」

「つまり、それが持ち込まれているんですね」

「そういう事になる。 そして、ここからが重要なのだが」

博士が触手を動かすと。

ミーティングルームの壁に、ずらっと文字列が浮かぶ。

ちょっと日本語が怪しい所もあるが。

まあ読めないことは無い。

汎銀河連合法。

それには記載がある。

現在救済作業中の惑星に持ち込むテクノロジーについて。

基本的に明らかに技術がオーバーすぎるものは持ち込んではいけない。特に空間転移技術はその細かい禁止条項が細かく盛り込まれている。

犯人。

クロファルア人の中に潜んでいる鬼畜外道は。

完全に法を破り。

こんなオーバーテクノロジーを持ち込んでいる、という事になる。

これだけでも、重罪は確定だそうだ。

更に、である。

この空間転送技術には幾つか問題があり。

出現地点に空いた穴は。

しばらくそのまま、だそうである。

要するに其処に逆撃を仕掛ければ。

奴らの本拠に乗り込むことが出来る、と言う事だ。

「恐らくだが、奴らは事件を起こしている背後で、拉致作業を並行で進めている。 一度に事件を起こす際に、ブラックファングが出るための空間の穴、ヒーローが出るための空間の穴、二つを開けていることは確実だ。 もう一つ、拉致した人間達を連れ込むための穴、を開けている可能性が高い」

「何か法則性は」

「まず空間転送だが、この技術については、幾つかの星の技術から絞り込みを開始している。 同じ空間転送と言っても、技術はピンキリだ。 流石に高度すぎる技術は、この星にも持ち込めなかったはずで、汎銀河連合基準ではかなりランクが低い技術を持ち込んでいるか、それをミックスしているか、いずれかの筈だ」

「それについて、特定は出来ていますか」

博士はノーだと、正直に言う。

まあ嘘をつかれても困るし。

素直に言ってくれるのは嬉しい。

私は挙手する。

「何かしら、いい手はありませんか。 多少の危険は構いません。 相手が思わず動かざるを得なくなるような手は」

「……確かに先手は取りたいが、いずれも危険な手ばかりになる」

「構いません。 そもそも、この事件の裏で犠牲になっているのは、社会的に弱い立場の人達ばかりです。 犠牲者の親族は、それを喜んでいる節さえあります」

「怒りはもっともだが、此処は務めて冷静に。 感情にまかせて動いたら、勝てる戦いも勝てなくなる」

博士はきっぱり言う。

今回の犯人が、博士がいつも戦っているような相手だとしたら。

本当にバケモノの中のバケモノだ。

心なんぞ無いに等しく。

ビジネスだか、或いは相手を苦しめて楽しんでいるのだか知らないが。

いずれにしても極めてエゴイスティックに。

大量殺人を眉一つ動かさず行っている。

そんな相手に勝つには。

相手の狂気に惑わされてはいけない。

此方も冷静になり。

相手のミスを誘うしかないのだと。

「恐らく相手はプロ中のプロ。 もうまずいと判断したら、ビジネスを中止することは間違いない。 急がないと、逃げ切られてしまうことにもなる。 ましてやアポロニアが汎銀河連合から調査員を呼ぶと宣言までしている。 それがいつ来るかまでは公式発表されていないが、此処からは我慢比べだ」

「空間転送技術によって、何かしらの物資を輸送する可能性は」

「うん?」

私が気にしているのは其処だ。

空間転送技術を悪用しているのなら。

地球で大量虐殺をして、何かしらを得ているとして。

それをどうしているのか、である。

手元に蓄えこんでいるとは考えにくい。

恐らく何かしらの方法で、闇のルートを使って運び出し。

そして換金している筈である。

正規のルートの紛れ込ませているのだとしたら。

クロファルア人の中に紛れている犯罪者とその協力者は。

最大規模になるのではないのか、という懸念がある。

「最悪の状況を想定するとして、それでも正規ルートで運び出すのは難しいだろう。 帳簿や積み荷を誤魔化すのは、流石に厳しい」

「理由を教えていただけますか」

「汎銀河連合水準で、最高基準の技術を用いてセキュリティを掛けているからだ。 これは基本的に輸送中の物資を全て常時確認し、その精度も比類ない上、無差別に臨時チェックが入る仕組みになっている」

「なるほど……」

となると。

正規ルートは無理か。

ならば余計にだ。

調査員が現れれば、それこそ犯人は何かしらの理由で、計画を急ぐか。

或いはさっさと逃げ出すかするのではないのか。

もしもそうしないのなら。

尻尾を掴まれる可能性がないと判断しているか。

私の他にも、質問する人間は何人かいる。

そして話をしている内に。

いつの間にか二時間が経過。

アラームが鳴っていた。

「ブラックファング出現!」

「場所は」

「……大手製薬会社のビルですね。 占拠まで一時間と掛からなかったようです」

「すぐにヒーローが来るな」

さてどうする。

皆が言うが。

決まっている。

「出ます。 スカイインパルスとやらもろとも殲滅します」

「待て。 ちょっと場所が近すぎる」

協力者の中で、一番年齢が高い男性が言う。

それによると、明らかに間に合う範囲で事件が起きている。

最悪の想定をしなければならない。

「移動はすぐに手配するが、最短時間で仕掛けるのは避けて欲しい。 では、状況を開始してくれ」

「分かりました」

だが、スカイインパルスとやらが活躍出来なければ。

敵は予定が大きく狂うはずだ。

更に此方の戦力についても、前の。

ブラックファング三部隊と、ヒーローがまとめてねじ伏せられた件で把握しているはず。

それだったら、どうして同じような手を打ってきたか、という事になる。

すぐにトレーナーに着替えて、車に飛び乗り。

現場近くに移動。

今回は地下下水道は使わないが。

地下の廃トンネルを使用する。

既に使われなくなって久しく。

非常に雰囲気がおどろおどろしい。

車のライトに照らされるのは。

電車が走らなくなって久しいレールだ。

私は嫌な予感を覚えていたが。

現状については、通信が入ってくる。

「スカイインパルス出現」

「スカイインパルスとブラックファングが交戦を開始するまでは、推定五分」

「交戦予定地点割り出し開始」

「! これは……」

車が止まる。

なんと、ビルの中で戦いを始めたと言う。

勿論人質もお構いなしだ。

多数の犠牲者が出ている模様だという。

スカイインパルスは兎に角動きが速いヒーローだと言う事だが。

犠牲者を出す事をまったく厭わない、というタイプなのか。

それともブラックファングの方を、そう動かしているのか。

博士からの通信が入る。

「その場で止まってくれ。 どうやら現地真下で変身した方が良さそうだ」

「というよりも、それ以外に選択肢が無いのでは」

「そうだね。 だが、此処で敵を倒せれば、更に情報が入る。 ついでに言うと、敵が動き出してからまだ殆ど時間も経過していない。 敵が本来の目的である犯罪を行う時間も、減るはずだ」

頷くと、脇道に入る。

そして、車から飛び降りた。

車が行くのを見届けてから、私はブレスレットをかざし。

アイテムを差し込む。

一瞬で決める。

ビルの中にいた人達には悪いが。

多少手荒くなる。

私は変身すると。

ビル全域を覆う、いばらのような姿になった。

 

ブラックファングを殲滅したが。

どういうわけか、スカイインパルスの姿は無かった。どうやら交戦を開始して、すぐに逃げたらしい。

それだけではない。

私が即座に引き上げて、警察やら救急車やらが来たのだが。

その後に来たマスコミが最悪だった。

ビルの中が地獄絵図なのは分かっていた。

私も自分の目で確認した。

これはひょっとするとだが。

罠にはまったのかも知れない。

ブラックファングとスカイインパルスは、戦うフリをしながら。

人質を皆殺しにしたのではあるまいか。

そしてブラックファングは単に証拠として此処で死に。

スカイインパルスはまだ使い路があるから逃げた。

最悪にも程がある。

反吐が出るような事を良くも出来るなと、私は怒りを覚えたが。

しかし、どうにもならない。

「バケモノが現れ、大量殺人をしていった模様です! 現場は血の海です!」

口から泡を飛ばしながら、ニュースキャスターが叫んでいる。

その様子には、犯罪に対する怒りなど無く。

鬼の首を取ったような喜びだけがあった。

「有識者」が何やら言っている。

「最初から、あのバケモノは大量殺人を目的としていたのでしょう。 今回の件についても、ブラックファングごと人々を殺戮することだけが目的だったことは疑いの余地がありません」

「監視カメラの画像は殆ど残っていませんが、バケモノがブラックファングを襲っている映像だけは残されています。 その前は、ブラックファングと何かが戦っているようですが……速すぎて正体が分かりません」

「バケモノの飛ばした攻撃か何かではないですか?」

したり顔の「有識者」。

どうせマスコミの用意した御用学者だろう。

公害病が発生したときも、この手のクズが公害病を「風土病」だとか抜かして、犠牲者や被害者の人格否定をした歴史的事実がある。勿論公害病を起こした企業に雇われて、金を貰ってそういう事をしたのだ。

弁護士は金を貰って犯罪者を無罪にする仕事だ、等という頓珍漢な理論があるが。

無論違う。

私も勉強したが。

弁護士というのは、金を貰って、法がきちんと遂行されるようにする仕事だ。

同じように、学者は金を貰って、企業にとって都合が良い事を喋ったり、する仕事では無い。

反吐が出るが。

知識を間違った使い方にしか利用できないクズは。

確かに実在するのである。

「嵌められたな」

帰ってきた私を見るなり。

協力者の一人が言う。

博士は大きく嘆息した。

「敢えて此処で動きが速いヒーローを持ち出してきた理由がよく分かった。 監視カメラにさえ写らないような動きで、証拠を残さないためだったんだな」

「狡猾だが、完全に相手の反撃を受けてしまった形になる。 ますます此方は動きにくくなるぞ」

「関係ありません」

私は少しばかり。

今回の件についてはキレていた。

私も、地下に潜ってから、犯罪の歴史については調べてきた。

ブラックファングがやっているような犯罪ごっこじゃない。

その背後にいる奴がやっている。

本物の犯罪だ。

地球人もそうだが。

世界には、本物のクズがいる。

そういったクズは。

サイコパスと呼ばれてはいるが。

実際には。そんな次元では無い。

言葉でこの手の超凶悪犯罪者を表すのは難しい。

何しろ、弱者を殺す事を、何のためらいもなく行うのだから。

「オフィスビル内で発見された犠牲者は百人を超えています。 マスコミはバケモノのせいだと騒いでいますが」

「むしろ好機では。 スカイインパルスがこれに協力していたことを流してやれば、敵は動きにくくなるはずです」

「しかし、どうやって」

「私が見ています」

変身直後。

情報を洗ったところ。

ビルから飛び出していくスカイインパルスが映っていた。

目の一つが捕らえていたのだ。

つまり、私が包囲網を完成させる前に。

さっさと逃げ出した、という事である。

勿論マスコミに流しても何の意味もない。監視カメラの画像として、流出させる方が良いだろう。

ただし、監視カメラには、実際にこの映像は映っていないというのがネックになる。

現在では、ネットでも専門家が普通にいるので。

その辺りを指摘されると厄介な事になりかねない。

「ならば、素人が撮影したものとして、体裁を整えよう。 その辺りの加工は此方でやる」

協力者が申し出てくれた。

頷くと、私は。

お願いしますと言った。

ビルの中で人質にされていた人達は不幸だ。助けて貰えるどころか、私を誘き寄せて、更に大量殺人の罪を着せるためだけに殺されたのだから。

許されない外道が。

いつものように許されない事をした。

それだけだが。

恐らく世間の取り方は違うだろう。

さて、どうなるか。

私は自室に戻ると。

まずは犠牲者に黙祷。

そして、今回の戦いが速攻で終わったことで。

拉致されずに助かっただろう人たちの事も。少しだけ考えていた。

勿論戦果にはならない。

敵のデータも、あまり取ることはできなかった。

だが、スカイインパルスを、予想外の動かし方で敵が使ってくる事も理解出来た。

そのやり方が。

到底許されない事も。

寝台に横になる。

あまり眠気がない。

それでも無理矢理にでも眠ることにする。

次はいつ眠れるか分からないし。

寝ているときに叩き起こされる可能性だって高い。

枕に顔を埋めながら。

私は、ただ。

悔しいなと思った。

 

3、鷹を落とせ

 

妙な事態だ。

東方は、本庁に戻ってから、情報を整理していた。

それで分かってきたのだが。

今回の「バケモノによる大量虐殺」にはおかしな事が多すぎる。

まずマスコミが発表している、ブラックファングの仕業に見せかけた大量虐殺、というのは完全に嘘だ。

監視カメラにさえ、ブラックファングがビルに突入していく様子が映っている。

それらをマスコミは完全に無視。

ネットでさえ叩かれている有様だ。

問題はその後。

人質を取ったブラックファングが、一瞬でビルを覆い尽くしたバケモノによって皆殺しにされているのだが。

どうもおかしいのだ。

監視カメラの映像が一部残っているが。

線のようなものが走ったと思うと。

ブラックファングごと、人質が消されている。

その後バケモノが殺到した所で映像が切れているのだが。

この線のようなものは何だ。

そして、桐野が見つけてくる。

ネットで削除とアップがいたちごっこで繰り返されている動画だという。既に保存したと言う事で。

動画再生ソフトで見せてくれた。

素人の取ったらしい手ぶれの酷い映像だが。

例のビルが。バケモノに覆い尽くされる寸前。

窓から何か飛び出している。

そのシルエットに見覚えがあった。

スカイインパルスだ。

まさかとは思うが。

「画像を解析に廻せるか」

「既に科捜研がやっているようですが、何しろ画像の質が低く……」

「……」

あの線。

確かに妙だ。

スカイインパルスは動きが速いヒーローだと言う事が話題になっていた。だったら、ブラックファングを皆殺しにし、人質を救出する事も出来たはず。

何よりあの怪物が殺すつもりだったら。

今までと同じように、ジュースにされてしまうだろう。

それが、である。

今回殺された人質達は。

酷い状態ではあるが。

原型を保っているのだ。

ブラックファングの方はというと、ほぼ全部が何も残っていない。

バケモノは、殺したときに、ブラックファングをジュースにしている事を考えると。

これは全部。

スカイインパルスの仕業ではないのか。

既にネットなどでは、東方と同じ説を上げる者が出てきているが。

その度に周囲から袋だたきにされているようだった。

ただ、この流れがおかしい。

どうも世論が誘導されているように思うのである。

この言論封殺をやっているアカウントを調べて見るが。

どうやらいわゆるダミーアカウントで。

実際に行動している人間はあまり多く無い。

勿論意見に乗っかって、何も考えず叩き行為に参加している輩もいるが。

それは無視して、SNSに調査を依頼。

そうすると、やはりだ。

ダミーアカウントを操作しているのは、ごく少数のアカウントだと分かった。

すぐに部長に掛け合う。

部長は東方の話をせせら笑った。

「スカイインパルスが、大量虐殺をしたあ?」

「証拠は揃っています。 まずあのバケモノは、今まで民間人を一切手に掛けていない上に、ブラックファングやヒーローを抹殺するときにはジュース状になるまで粉々にしています。 それなのに今回は、ブラックファングの死体が殆ど残っていません。 ごくわずかだけ、いつものジュース状のものが残っているだけです」

「そんなものは状況証拠にしかすぎんよ」

「もう一つ。 バケモノがビルを封鎖する直前、ビルから逃亡する影が撮影されています」

部長は舌打ちした後。

居丈高に言う。

ヒーローがそんな事をするわけないだろう。

あの醜いバケモノの仕業に決まっている。

そもそもあんなバケモノの肩を持つなんて、どうかしているんじゃないのか。

一度頭の病院にでも行ってこい。

言いたい放題だが。

レコーダーを見せると、部長は押し黙った。

「此方の証拠に感情論で返すのは、刑事のあり方とは思えませんね。 今までのデータも多数録音してあります。 貴方の事は上層部に報告します」

「……やってみるがいい」

「ああ、そうしますよ」

流石に頭に来ていたこともある。

そして今回は、多数の人間が命を落としているのだ。

それなのに、バケモノが馬脚を現したとか、無邪気に喜んでいる部長。

本当に反吐が出る。

ヒーローのファンは良いだろう。

だが、あれは歪んだファンであって。

はっきりいって、本質を一切見ていない。

格好良い方が正しい。

醜い方が間違っている。

何とも分かり易く。

そしておぞましい思考回路だ。

そういう思考の方が、余程醜いと思うのは、東方だけだろうか。

すぐに上層部にデータを送る。

本来はあまり褒められた行動ではないのだが。

今回ばかりは仕方が無い。

やがて上層部も、調査をすると返事を寄越してきた。

というか、キャリアの中でも権力闘争はある。

大学は何処を出たとか。

どの家の出身者だとか。

信じがたい事に、そういったことで派閥を形成し。

キャリアの栄達が決まる。

それは事実なのだ。

やがて部長は、どうやらその派閥からはじき出されたらしい。左遷されることが決まったようだ。

その時に、東方のことを睨み殺しそうな視線で見ていたが。

どうでもいい。

格闘戦でも。

銃撃でも。

彼奴に負ける要素がない。

実際、殴りかかってくることもなく。

部長は離島に左遷されていった。

いい気味だが。

新しい部長が、別に有能と言う訳でも無い。

今度のは前とあまり変わらないような男で。

前の部長を、口を極めて罵っていたが。

能力的にも経歴的にも大差はなく。

前のよりはマシ、という程度に過ぎないことはすぐに分かった。

ただ、幸いなことに。

東方の話を多少は聞く。

前の奴よりは、だ。

「なるほど、スカイインパルス、更にはヒーローそのものが怪しいと」

「既に情報は共有していますが、「ヒーロー」が活躍している影で、多数の失踪者が出ています。 それも、「ヒーロー」が活躍していない時期や、ブラックファングが姿を見せなくなると、途端に事件が起きなくなります。 何かの出来レースが行われていると見た方がよろしいかと」

「それにこの間の情報、と」

「そうです。 虐殺を行ったのは、スカイインパルスの可能性が高いです」

しばし考えた後。

部長は公安と連携する、とだけ言った。

嘆息すると、自席に戻る。

そして、桐野を誘って、被害者宅を回ることにした。勿論、現場は自衛隊が押さえているので。

誘拐された被害者宅だ。

今回はスピード解決になった事もあり、数件しか行方不明者は出ていない。

とはいっても、その数件で。

行方不明者がほぼ確実に命を落としていることを考えると。

時間はあまりない、としか言えないが。

やはり、露骨すぎるほどに。

被害者の親族が、好き勝手なことをしていた。

兎に角被害者が死んだかどうかも分からないのに。

勝手に私物を換金している。

どういう神経をしているのか。

被害者が戻ってきた場合どうするのかと聞くが。

鼻で笑うだけだった。

ゴミを捨ててやっているだけとか。

そういう発言も帰ってくる。

やはり間違いない。

被害者には一定の共通点がある。

問題は、誘拐して何をしているか、だが。

ブラックファングとヒーローの茶番を裏で操作している奴が、この誘拐にも荷担しているとすると。

恐らく洒落にならない事態が起きていると見て良い。

被害者は正直絶望とみるしかないだろうが。

それでも、被害を少しでも減らすため。

動くのが警察だ。

情報が入ってくる。

どうやらネットで大荒れになっている件だが。

スカイインパルスが逃げ出した、という画像について。

解析した有志が現れたらしい。

それによると、スカイインパルスに間違いない、というのだ。

だが、画像そのものにも、何かわずかに不自然な点があるという。

ひょっとすると、監視カメラが一度壊されて。

その画像を修復したもの。

つまり告発画像では無いか、という論が展開されていて。

賛否両論になっているという。

スカイインパルスが、虐殺を実行。

持ち上げているマスコミとしては、絶対に認められないだろう。

早速ネットに対する圧力を掛けようとしているようだが。

解析画像は凄まじい勢いで広まっており。

とてもではないが、押さえ込める状態には無い。

ネットに対しては、こうやって広がり始めると、後はもう国家が動いた所でどうにもできないのだが。

マスコミは未だに。

ネットに対して、自分達が優位にあると思い込んでいる様子で。

ある意味哀れではあった。

「桐野、次の被害者宅は」

「いえ、これで最後です」

「そうか」

ここのところ、ブラックファングの起こす事件が短時間で解決するようになった事もあって。

被害者が目に見えて減っている。

ただしそれは日本の話だ。

アメリカでは、ザ・アルティメットとヴィランズが激しい戦いを繰り広げており、やはり失踪事件が起きていると言う情報もある。

仮に犯人が世界中の悪の組織を裏から操っているとして。

日本くらい、捨ててもなんの痛手にもならないのではないのか。

そんな気さえする。

ともあれ、本庁に戻るが。

その途中で、またニュースである。

政府の公式発表のようだった。

「緊急報道です。 政府から、ヒーロー「スカイインパルス」について報道がある様子です」

流石に緊急報道に関しては。

どのマスコミも報道する。

ただし、途中を改ざんしたりとか。

都合良くデータを切り貼りしたりとか。

「有識者」がこき下ろしたりとか。

好き勝手な事を行うが。

ともあれ、これは公式緊急報道である。一応は、報道はされるようだ。

兎も角、今は携帯端末でもそれが見れる。

一旦車を自動運転にして。

動画を確認。

政府広報官が、はげ上がった頭に汗を浮かべながら、慎重に発言していた。新聞がどんな難癖を付けるか、知れたものではないからだろう。

「スカイインパルスと呼称されたヒーローについての発表です。 三日前に発生したビル占拠事件について調べた所、ブラックファングとの交戦時、人質を虐殺したのはこのヒーローである事はほぼ間違いないと断定されました」

お、と声を桐野が上げる。

東方は口を引き結んだままだ。

どうやら政府の方でも調べていたようだが。

見解は東方と同じだったらしい。

「まずスカイインパルスの形状から考えられる死体の損壊が行われていた事。 更に、ブラックファングの構成員もろとも人質を殺したらしい事が、判明しています。 更には、犯人として報道されていた「バケモノ」についてですが、此方は殺した後の死体が残るのに対して、今回はブラックファングの大半の死体が残っていません。 スカイインパルスの介入があったことは間違いありません」

「……」

「これに加え、死体の被害状況を調査したところ、バケモノが乱入してブラックファングの生き残りを抹殺した時間と、死体が損壊した時間に差がある事がわかりました。 わずか数分ですが、バケモノより先にスカイインパルスが人質を皆殺しにしたのは間違いなさそうです」

「何てこった」

頭を抱える桐野。

流石にヒーローを気取る輩が。

百人単位の虐殺を行うなんて、想像も出来なかったのだろう。

特撮でも、悪役ライダーやらは似たような事をすることがあるが。

それにしてもちょっと今回のは酷すぎる。

しかも、見かけが醜い相手に全てを押しつけて、ヒーローを気取っていたことがばれた、という事である。

だが、予想を更に超える展開が起きる。

報道はまだ続いたのだ。

「そしてそのスカイインパルスですが、残骸の一部が回収されました。 本当に残骸だけで、回収場所は明かせませんが、死亡したのは間違いない様子です」

「……」

「報道を終わります」

ぶつりと、報道が切れる。

後のマスコミの難癖合戦には興味が無い。

携帯をしまうと。

自動運転を、手動運転に戻す。

そのまま本庁に戻りながら、桐野と話す。

「どう思う」

「現場を混乱させるだけ混乱させて、文字通り風のように消えましたね。 少し調べて見ます」

「ああ、そうしてくれ」

桐野はすぐにSNSの状況を教えてくれた。

それによると、やはり、という声を上げる人と。

嘘だ、政府が殺したに違いないと喚いている人に真っ二つに分かれているという。

そして、桐野自身が見解を述べる。

「このタイミングでの発表は確かに妙です。 例えば、スカイインパルスにクロファルア人の技術が使われてでもいたら、大変な事になります。 国際問題どころの騒ぎじゃなくなりますよ」

「そうだな」

確かにそれはそうだ。

クロファルア人が全員地球から追い出された場合。

代わりの要員が地球に来るまで。

地球はまた混乱とカオスの時代になる。

元々が詰んでいたのだ。

クロファルア人のおかげで、復旧したインフラや。停止した内戦、解決した問題ばかりではない。

提供されている物資やシステムも多い。

そんな中、もしもクロファルア人が全員いなくなりでもしたら。

地球は恐らく。

今度こそ滅びる。

彼らは慎重で、技術に関しても。

地球人に与えるべきものとそうでないものを明確に区別していて。

一般家庭にさえ普及しているようなものでも、地球人最高の知能を持つような人間がどれだけ時間を掛けても解析できないような超高性能ブラックボックスで密閉されている。実際問題、このブラックボックスを解析できたという者は見たことが無いし、下手に触ると一瞬で消滅する仕様にもなっている。

クロファルア人の機嫌を損ねるというのは。

そういう事だ。

だが、逆に言うと。

政府が発表に踏み切ったと言う事は。

回収されたスカイインパルスの残骸は。

クロファルア人の技術によるものではない、と言う事なのだろうか。

しかし、アレはレッドライトニング以上の速度で動いていた。

地球の技術であんなもの、作れるわけがない。

そうなると、やはり横流しされた技術によるものなのだろうか。

そう考えている内に本庁に到着。

自席に戻ると、続報が来ていた。

まずスカイインパルスの残骸について公開されていた。

報道陣が必死にカメラの砲列を向けていたが。

威圧的なSPが壁を造り。

マスコミを完全に一線以上には進ませていない。

それだけではない。

スカイインパルスの中身は。

完全に機械だ。

ずたずたに壊されているが。

どう見ても中身はナマモノではない。

先ほどと同じ報道官が。

額の汗をハンカチで拭いながら言う。

「ご覧の通りです。 極めて巧妙に構築されていますが、全ての技術が地球産だと言う事が判明しました。 出所に関しては、崩壊した幾つかのテロ支援国家によるものと思われます」

「おい、嘘だろ……」

「テロ支援国家なんて言っても、所詮は技術的には後進国だった。 こんなもん、先進国でも作れないぞ」

「……」

おかしい。

それは東方にも分かる。

だが、それ以上に妙だと感じるのは。

このあまりにも素早い一連の流れだ。

説明が為されていくが。

どうやら、既存の技術を、クロファルア人が提供した技術と組み合わせて造り。結局純地球製の殺戮マシンを完成させた、という見解らしいが。

だが、何処の誰が。

そんな事をする。

ヒーローごっこに参戦でもしたかったのか。

それとも、もっと悪辣な理由か。

分からない。

犯人については、これから国を挙げて調査する、ということだが。

そうなってくると、分からない事がもう一つある。

此奴に殺されたブラックファングの構成員はどうして消滅した。

今までのヒーロー。

というか、よその国のヒーローもそうだが。

悪の組織の敵を倒すと。

例外なく消滅する。

その技術は謎とされていて。

地球製のエセヒーローが。どうしてそれを再現できたのか。

それらの説明は、されなかった。

報道が終わる。

いずれにしても、スカイインパルスは死んだと見て良い。それもバケモノにやられた訳でもないのだろう。

桐野が、面白くも無い上に。

不愉快な話を持ってくる。

「オモチャ業界が悲鳴を上げているようです。 連続でヒーローが死んだ上に、今度の奴は事実上の殺戮マシンと判明したわけですからね。 せっせと関連グッズを作っていた企業は、大赤字のようですよ」

「今までメタリックマンで散々稼いだんだからトイトイだろう」

「いや、そう割り切るわけにも……」

「放っておけ。 そもそもあんな悪趣味な出来レースに荷担している連中が、ああだこうだ言う資格なんぞあるか」

吐き捨てた東方は。

自責で思考をまとめる。

今回のが、本当に地球の頭がおかしい奴の仕業だったのか。

それとも攪乱工作なのか。

いずれにしても、データが兎に角あまりにも足りない。

石原からメールが来る。

それによると、其方も調査が難航しているそうだ。

「ダークウェブまで調べているが、その辺りまで潜っても情報が出てこない。 元々過激派を構成している人員は、ごく少数の確信犯でやっている知能派と、多数の阿呆だ。 これについては、エセフェミニストやリベラルも同じだと言える。 だが、もしもその手の連中がおかしな動きをしている割りには、あまりにも静かすぎる」

「何か根本的な見落としをしている可能性は」

「今調査中だ」

「分かった、頼む」

此方も進展無しか。

拳をデスクに叩き付けたくなった。

どうせまたヒーローが現れて、出来レースを始めるに決まっている。

そうなれば。

多くの人が巻き添えになる。

出来レースの裏側で、多くの人々が、尊厳を完全否定されて、殺されていくことになる。

こんな事が許されて良いのか。

大きな溜息が漏れた。

東方は、自分の無力を。

嫌と言うほど思い知らされていた。

 

4、錯綜する紐

 

ミーティングが行われ。

スカイインパルスの残骸が回収されたことが告げられるが。

私はどうにもおかしいと思った。

やはり博士もおかしいと思ったらしく。

すぐに協力者に、データ提供を要求した。

しかしながら、協力者達も、かなり難しい状況だという。

「現在、自衛隊の科学部隊が最重要機密として調査をしています。 それによると、やはり地球産の技術を組み合わせている、という事ですが。 逆に言うと、それ以上の情報は出てきません。 内閣情報調査室にさえ、これ以上の情報は出せないという返答が来ている程です」

「どういうことかね」

「この国は総理が動かしているのでは無く、官僚が動かしているんですよ。 米国はパワーエリートが動かしていますが、それと似たようなものです。 これでもクロファルア人が来てから、かなりシステムが整理されたのですが、それでも官僚が事実上この国を支配している事に変わりはありません」

「厄介だな」

博士がぼやく。

要するにだ。

私にも分かったが。

官僚が、総理に対してまだ知らせる段階にない、と判断していると言う事なのだろう。

総理は露出する機会が多いし。

うっかり口を滑らせかねない。

ボンクラだと言われている総理だが。

官僚には、その辺りを馬鹿にされている、と言う事らしい。

まあ何というか。

分からない事は無いか。

私も挙手する。

「技術だけは地球産だとしても、本当にあの動き、再現できるんですか?」

「それが出来るらしい。 ただ、あの動きを長時間続けた結果、自壊したというのが見解らしくてな」

「おかしいですね」

「何がだ」

そもそもだ。

確かにクロファルア人が来てから、優れたAIも地球にもたらされたが。

それにしてもあの動きはおかしすぎる。

無人機だから出来る事もあるだろうが。

それにしても変だ。

大体、何故あれが地球産殺人ロボだったというのなら。

どうしてブラックファングの奴らは消滅した。

博士が、それについては、説明を入れてくれる。

「恐らくだが。 今回のスカイインパルスについては、純粋に此方を混乱させるためだけに投入されたと見ている」

「詳しくお願いします」

「ブラックファングの構成員は、指定のタイミングで消滅させる機構を組み込んでいる事を君も知っているな。 要するに、それを発動したと言う事だ。 早い話、今回のスカイインパルスは、敵と連動して動いていた。 地球産の技術で作られたとしても、今までエセヒーローを作って動かしていた輩と同じ者が、作り出したと見て良いだろう」

なるほど。

それなら納得も出来る。

頷くと、博士は更に言う。

「政府はしばらく混乱が続くだろうが、どうせすぐに新しいヒーローが投入される筈だ」

「分かりました。 それならば、いつでも動けるように休んでおきます」

「宏美ちゃん」

「失礼します」

何というか。

本当に人道も何も無い相手と戦っているのだなと。

こういうときに、徹底的に思い知らされる。

相手は攪乱のためなら何でもやる。

大量虐殺だろうが。

人間性の否定だろうが。

それこそ手段なんて何一つ選ぶ事は無い。

本当に鬼畜外道という言葉以外の何者でも無い存在と戦っているのだと、思い知らされる。

ハラワタが煮えくりかえるという事態は、今までの人生では、あまり味わったことはなかったが。

此方を混乱させるためだけに、大量虐殺を眉一つ動かさずにやるような怪物を相手に。

理性を保てる自信はあまりない。

自室に戻ると。

寝台に転がり。

枕に拳を叩き込んだ。

枕に罪が無い事は分かっているが。

それでも何かやらなければ気が済まなかった。

しばし無言で拳を枕に叩き込み続けたが。

この怒りは、奴らにぶつける方が良いと思い直す。

かといって、トレーニングルームの広さだって限られている。

動くのも、億劫だった。

しばらく天井を見つめていたら。

部屋の戸がノックされる。

出ると、協力者の一人だった。

まだ若い、女性の内閣情報調査室のメンバーだ。

なお協力者は。

誰一人として、名前を教えてくれていない。

これは保安上の問題かららしく。

不便だけれど我慢して、といつも言われていた。

相手の名前さえ呼ぶ事が出来ない関係。

これもまた不健全だなと、私は自嘲してしまう。

「宏美ちゃん、つらそうだけれど大丈夫?」

「大丈夫なわけないでしょう」

「……」

「やりとげますよ。 私は家族を殺されたあげく尊厳まで全て蹂躙されています。 今現在進行形で同じ目にあっている人が多数います。 それなのに、膝を抱えて泣いている訳にはいきません」

口をつぐむ相手。

何をしに来たのか。

私だって泣きたいくらいだが。

相手が相手だ。

弱みを見せれば、その瞬間命取りになる。

見敵必殺。

それ以外には選択肢など無い。

「博士が呼んでいたの。 来てくれるかしら」

「分かりました」

博士が直接呼ぶと言うことは。

何かしらの進展があった、と言う事か。

博士は巨体を揺らめかせ。

多数の触手で、大量の立体映像を操作していたが。

此方にも気付いていて、声を掛けてくる。

「宏美君、其処にかけてくれ」

「何か分かりましたか」

「ああ。 これを見て欲しい」

報道で公開されたスカイインパルスの画像を解析していたらしい。

それによると、確かに地球産の部品を使っているが。

その中に幾つか。

今まで採取された、ブラックファング構成員や怪人、エセヒーローに使われていた技術と、同じものがあるということだった。

「つまり部品は地球産だが、組み立ての技術は違う、と言う事だ」

「なるほど。 理論上は地球でも作る事が出来る、というだけなわけですね」

「「なるほど」か。 その言葉は昔怖れられたらしいが、その通りだ」

「?」

博士によると、だ。

何かしらの工場を、何処かの国の人間が見に来る。

最先端の技術を使っている工場なのに。

それを見ただけで、誰かが「なるほど」と口にすると。

既にそれは技術をコピーされた証拠だ、というのである。

だが、それが出来るのか聞いてみるが。

博士は首を横に振る。

「恐らく、分解したものを元に戻すのが容易でないのと同じく、これを元通りにするのは不可能だろう」

「そうなってくると、「なるほど」にさえ達することが出来ないと」

「そういう事になる。 しかも壊され方からみて、デッドコピーさえ出来ないだろう」

当然自衛隊でも、このスカイインパルスを生産して、ブラックファングにぶつける構想をぶち上げた筈だが。

それも流れてしまった、と言う事だ。

ただ、それはそれで良いと思う。

こんなものを量産されたら。

それこそ世界の終わりである。

よくあるポストアポカリプスがごとく。

意思無き殺戮マシーンが。

地球上に大量に跋扈し。

それに為す術無く、多くの人が殺される事になっただろう。

地球人には。

これは早すぎるのだ。

「博士。 敵の目的は攪乱だとして。 此方の状況はどうですか」

「今までのデータを照合して、分析を進めているところだが、あと一つ、決定打が欲しいと考えている」

「決定打ですか」

「ブラックファングが出現する瞬間を抑えたい。 恐らく、世界中十二の悪の組織も、全て別の星のワープ技術を使うほどではないはずだ。 流石にどれだけの極悪な犯罪者だとしても、其処まで潤沢に違法技術を持ち込めないだろうし、使う事だって出来ないだろう」

なるほど。

そうなると、一つ、若しくは少数だけ。

何かしらの星の空間転送技術を用いている、と言う事か。

しかし、どうやって抑える。

ブラックファングが出現した瞬間は。

今だ衛星写真どころか。

あらゆるデータから検証しても。

得られていないのだ。

「それについては、ビーコンを用意した。 半径1キロ以内に空間転送されてくれば技術の出所を特定出来る」

「しかし、半径1キロというとあまりにも狭いですね」

「敵は狩りに来ている。 それを利用する」

「!」

確かに。

誘拐された人々を使って。敵が何かをしていること。それが恐らくは麻薬か何かに加工することは分かっている。

だが、そうなると。

材料が効率的に取れる所が。

次の候補になるだろう。

「ビーコンの数は残念ながら限られているが、敵もそろそろ出現場所がかなり限られて来る筈だ。 今まで出現したと思われる地点を再利用するとは考えにくい。 今、内閣情報調査室の面々が必死に分析して動いてくれている。 成果を待とう」

「仮に技術を特定出来た場合、どうなります」

「証拠を一つ揃えられる。 そして技術を逆用して、敵の本拠の場所も探し出すことが出来る」

頷く。

なるほど、それならば確かにやりやすい。

少し、希望も見えてきた。

博士は咳払いする。

勿論「生物的に」咳などしないから。

私に対しての配慮だろう。

「かなり苦悩している様子が伝わってきていたから、少し情報を開示した。 今後も苦労を掛けると思うが、頑張ってくれないか。 君の代わりはいないんだ、残念ながら」

「……」

「まだ何か情報が欲しいかね」

「いえ、信頼をして欲しいと思いました。 それだけです」

信頼かと、博士は難しいものを考えるように呟き。

そして考慮しておくと返してきた。

私は頷くと。

自室に戻る。

さて、後は。

敵が針に掛かるのを待つだけか。

だが、それが長いのは。

分かりきっている。

 

クロファルア人の報道官アポロニアが、地球全土に報道を行ってから少しして。

実際に、汎銀河連合から調査員が派遣されてきた。

この調査員は、厳格なことで知られる文明、フォーリッジ人の出身者であり。このフォーリッジ人は兎に角極めて厳格な戒律を守って生きる事から、買収は絶対に不可能な種族の一つとして知られている。

故に汎銀河連合では、もっとも不正が許されない場面にフォーリッジ人を投入するのが普通となっている。

なおフォーリッジ人は、水が多い惑星の出身であるため、半水棲である。

故に大型の金魚鉢のような水の入った容器に入って移動する。この特質から、宇宙でも有数の「耐水技術」に関するスペシャリストでもある。

なお容姿は、地球人が考える「人魚」よりも、「魚人」に近い。

体の色も毒々しく。

これは彼らが住んでいた星が、コバルトを多く含む岩石によって構成されていたのが原因では無いかと言われている。

クロファルアとしても、今回の件は問題視しており。

あからさまに誰かしら犯罪者が紛れ込んでいて。

クロファルアの調査の網をすり抜け。

ほぼ確実にビジネス目的で、現地民を大量虐殺していることは明確だった。

これについては、クロファルア人の名誉にも関わることで。

もしも未開惑星の救助作業に失敗した場合。

非常に大きな「恥」を抱え込むことになる。

この「恥」の概念は昔地球の日本にあったものと少し似ていて。

クロファルア人の場合、無能を指摘され、しかもそれを隠蔽した場合が最大の恥となる。

なお、この恥を何とも思わない輩が希にいて。

恐らく今回犯罪を起こしているのはそいつだろうというのは見当がついているのだが。

誰かは割り出せていない。

そういう状況だった。

アポロニアがクロファルア式の敬礼で迎えた調査員は五人。

いずれもが、それぞれ別の金魚鉢状の浮遊式乗り物に乗って、衛星軌道上にある監視ステーションを訪れた。

彼らフォーリッジ人は笑顔を浮かべることがない種族とさえ言われ。

しかしその厳格さは。

誰もが認めている。

まさかこれほどに強力な調査員を送ってくるとは。

クロファルア人達も皆、困惑していた。

汎銀河連合は。

今回の件を、それだけ問題視している、と言う事に他ならないからである。

またクロファルア人の特性も理解した上での行動だろう。

クロファルア人にとって何が最大の恥になるか。

知っているから、彼らを寄越したのだ。

「それでは、乗組員のリストの提出を」

「此方です」

「了解した。 調査に取りかかる」

必要最小限の会話だけすると。

フォーリッジ人は動き始める。

クロファルア人達は困惑の表情を隠せなかったが。

それでも作業に戻る。

本当の悪党が紛れ込んでいるのは事実だが。

大半はただの公務員なのだ。

調査が始まる。

だが、それを嘲笑うように。

地球では、また新しいヒーローが出現していたのだった。

 

(続)