黒い牙の正体

 

序、滅びの軍団

 

其処には多数のカプセルが存在し、同数の人型が収められていた。

上も横も右も左も。

全てがカプセルだらけ。

そして、カプセルから出てくるのは、黒タイツに全身を包んだ者。

ブラックファング構成員。

そして、獅子の顔を持つ異形。

怪人だ。

意思無き者達は、ふらふらと歩き始める。一方向に向けて。やがて、怪人が先頭に。構成員がそれに続く。自然と秩序が出来上がっていく。

ほどなく、大量のカプセルがある地点を抜け。

だだっぴろい、何も無い空間に出た。

其処には五つの影。

いずれも人とは違う姿の影が。

空中に揺らめいていた。

怪人と構成員はひれ伏すのみ。

声を放っているのは、影達だけだった。

「地球の文明で、まさかあれほどの殺傷力を持つ存在が作り出せるとは驚きだ。 此奴らでは力不足だろう」

「我々の提供した技術を応用した可能性は?」

「いや、その可能性は低い。 我々の存在に、汎銀河連合の連中が気付いて、動き出したと見るべきでは?」

「そうなると、計画を早めなければならないな。 ビジネスは迅速に。 まずいと思ったらすぐに手を引く。 鉄則だ」

いずれの声も。

地球の人間ならば。

聞くだけで蕩けてしまうほどに美しい。

会話の内容は兎も角、である。

「証拠が発見されれば死刑確定だが、そもそも投資金額を今だ回収出来ていない。 まだ引くべきでは無いかと思うが」

「それならばご安心を。 トラブルが起きた日本にて、既に新しいヒーローを用意してあります。 いずれにしてもあの「怪物」は、そのヒーローと、そこの木偶どもに対応しなければなりません。 時間は充分に稼げるでしょう」

「ふむ……日本はかなり稼げる地域だ。 出来れば更に安全策を採りたいが……」

「いずれにしても、一回で解析が出来る程、簡単な造りにはしておりません。 この地点を割り出すのも、地球の技術では不可能ですし。 仮に汎銀河連合の最高技術を持つ国家であっても、容易ではありますまい」

まだ時間はある。

つまり充分に稼げる。

そういう事だ。

影達の会話の間中。

怪人と、構成員達は跪き、頭を垂れたまま。

言われたとおり。

此奴らは木偶に過ぎない。

それぞれが、地球の技術力では手も足も出ない戦闘力を持ち。

圧倒的な制圧力を持つと言っても。

所詮ビジネスのための道具。

いうならば、補助用の遊具に過ぎない。

そんなものには。

意思など不要だ。

「この地点が発見される頃には、充分なビジネスが行えている事でしょう。 後は生真面目にこの後進文明を復興しようとしている連中に任せて、我等はさっさと国に戻るだけの事です」

「証拠隠滅は大丈夫か? 念を押すが、流石にこれだけの規模の犯罪だと、もし発覚したら死刑は確定だぞ」

「ご安心を。 我等はそもそも実績のあるコンサルタントでありますが故」

「そうであったな」

影達が消える。

それと同時に。

怪人と構成員達が動き出した。

消えると同時に。

指示が与えられたのだ。

どの地点に行き。

どう暴れるか。

その全てがインプットされている。

そう、この者達は生体ロボットに等しい。

元々このブラックファングそのものが。

主などない組織。

いや、組織とさえ呼べない。

ただの歯車に過ぎないのだから。

とはいっても、だ。

木偶どもを見ながら、ほくそ笑む。

この地球の文明では、元々社会の弱い立場にいる者を売り買いしたり。爆弾を持たせてテロを行わせるようなことをやっていた。

それだけじゃあない。

多額の資金を掛けて育成した人間を。

ゴミのように使い捨て。

人格否定の罵倒を浴びせて消耗させながら。

給金が上がってくる頃には潰れるような無駄使いを繰り返し。

人材を消耗させておきながら。

人材がいないなどとほざいていた。

要するに、合法の範囲内で大量虐殺をしていたのも同じで。しかも金を持っている人間がそれを求めていたため、一切それに対して何もする事が出来ない政府と。もはや様々なしがらみが故に反抗することも出来ない人間。

どの国でも。

この構図は同じだった。

つまるところ。

文明はレベルが上がろうが下がろうが。

やる事は同じ、ということだ。

後進文明などとビジネスパートナー達は言っていたが。

笑止千万。

この地球も、後進国、などと発展が遅れている国を蔑視していたし。それについては、あのビジネスパートナー達も同じ。

つまるところ、知的生命体そのものがカスというだけのことだ。

そしてカスからは絞り上げるだけ。

今はビジネスパートナーをしているが。

それも用が済んだり、利害が対立したら切り捨てる。それだけの事である。

カスは使うだけ使って捨てる。

宇宙の何処でもやっているだけのことだ。

現に地球では。

このビジネスに、積極的に荷担する連中が存在している。おかげで仕事が楽で楽で仕方が無い。

少なくとも、「ヒーロー」がまさか倒される時点まではそうだった。

今後は少し気を入れなければならないかも知れない。

映像を切り替える。

別の地点が映る。

此方は、一人で管理している極秘地点。

この間、地球人達がメタリックマンと呼んでいた「ヒーロー」が作られた場所。

奇しくもその姿は。

あのカプセルだらけの地点と同じ。

規模は段違いに小さい代わり、性能はずっと上の木偶を作れるようにしているが。

また、此処に置かれている量子コンピュータは、人間のあらゆる美的センスを理解していて。万人が認める「格好いい」デザインを作り出す事が出来る。

地球人類は単純だ。

見た目で全てを判断するのだから。そしてそうしない者は、異常者扱いされる。

幾らああだこうだ言葉で取り繕っても。

実際には見かけだけで判断しているのは、あらゆるデータが客観的に立証している。

そういう生物なのだから。

そういう生物用に、対応を行うだけである。

そして今。

新しい「ヒーロー」が完成した。

そう、此方も。

同じく消耗品である。

カプセルが開き。

それが出てくる。

エッジが効いた鋭いデザイン。

今度は赤に所々メタリックイエローが入っている。

目に当たる部分が非常に鋭い稲妻状の模様になっていて。

それが特徴的だった。

地球人の全てが格好良いというデザイン。

容姿に要求されるのはそれが全てだ。

そして此奴の戦闘力は、以前メタリックマンと呼ばれていた個体の数倍である。

あれを潰したものが何かはまだ分からないが。

少しばかり派手に暴れさせるとするか。

そうすることによって。

多少は此方のビジネスを掣肘しようとする事が、何を意味するか。邪魔をしてくれた連中も、理解する事だろう。

即座に作戦を開始させる。

まず、ブラックファングの部隊だが。

今回は逃走役だ。

要するに、蹂躙されるためだけに産み出されたのである。

連中は堂々と街中に現れ。

破壊の限りを尽くす。

それだけだ。

其処に颯爽と新ヒーローが登場。

一瞬にしてブラックファングを殲滅するも。

メタリックマンがいなくなっていたことでブラックファングの暴虐はその間止めることが誰にも出来ず。

大きな被害が出る。

そういうシナリオである。

元々、ブラックファングが暴れ始めた当初は。

日本政府は、毎度警官も自衛官も大量に殉職させていた。

その恐怖を再現しつつ。

なおかつヒーローへの依存度を高めさせる。

そうすることによって。

此方で行っている本命のビジネスには、目を向けないようにさせるのが狙いだ。

すぐに作戦行動を開始させる。

同時に。

各支部の情報を確認。

アメリカで展開しているヴィランズは、最強のヒーローと現地で呼ばれている「ザ・アルティメット」との戦闘を繰り広げている。

このザ・アルティメットは、非常に屈強な大男で。

顔の半分をマスクで隠しているが。

その下半分に見えている口は堅く引き結ばれている。

どちらかといえば屈強な男が好まれる国であるが故に。

こういったヒーローのデザインとなった。

空を舞い。

必殺光線で「ヴィランズ」を一瞬にして薙ぎ払う。

そういう「圧倒的ヒーロー」である。

此方では、米国政府が必死にヴィランズに対する装備を開発しているようだが。

初期の作戦段階で、最新鋭戦闘機を生身で撃墜して見せたり。

軍基地を蹂躙させたりしたので。

対応には慎重に慎重を期しているようだ。

市民というか愚民どもは。

軍など給料泥棒だから、全部ザ・アルティメットに任せろとかほざいている有様で。

昔は尊敬されていた米国の軍も。

今ではベトナム帰り並の冷や飯を食わされている様子である。

結構結構。

順調だ。

中国では、新青幇という悪の組織が現在暴れており。

規模だけならこれが世界最大である。

これに対して、「超仙」と呼ばれるヒーローが活動しているが。

中国政府は、躍起になって両方の情報を掴もうとしている。

これは中共が、新青幇によって、各地の軍に大きな被害を出しただけでは無く、多くの幹部を殺されたからである。

最も上手く行った独裁国家。

そう呼ばれていた中共だからこそ。

首脳部にダメージを与えれば、躍起になる。

今では超仙が現れると同時に軍も出動し。

止せば良いのに新青幇の怪人に対して、毎度攻撃を繰り返し。

ゴミのように兵士を引き裂かれながらも。

無駄死にする人間を量産し。

その結果、政府に対する不満が膨れあがり。

自分から新青幇に入りたい、と言い出す人間も大量に出始めている有様だった。

此方も概ね予定通り。

国によって、特色に合わせた悪の組織を活動させる。

ビジネスを円滑に動かすには。

それが一番だ。

人間には大きな集団ごとにある程度の特性があるが。

最終的には、見かけが全て、という点で変わりが無い。

それさえ把握していれば。

人間を裏から転がすのなど、容易いのである。

さて次だ。

ロシアの悪の組織。西欧の悪の組織。

アフリカの。中東の。オーストラリアの。

合計12の悪の組織と。

それぞれと戦っているヒーローの状態を確認。

日本でのイレギュラー以外では。

全てが上手く行っている。

いずれにしても、地球の文明程度では、どうにもならないスーパーテクノロジーの産物なのである。

どの政府も、必死になっているが。

足を掴む事さえ出来ていない。

また、ヒーローの狂信的なファンを造る事もとっくに出来ているし。

何よりクロファルア人の機嫌を損ねたら、地球は一瞬で終わると言う事は、誰もが把握している。

問題はクロファルア人の中に、このビジネスに気付く輩が出ないか、だが。

それについては此方は百戦錬磨のビジネスマンだ。

今までも、未開惑星の開拓で、似たようなビジネスを幾らでもやってきているし。

何よりばれたらその時点で死刑。

文字通り。

毒をくらわば皿まで、である。

一通り、現時点でのビジネスの進展状況について確認したが。

それらは問題なく動いている。

さて、後は。

順調に進むかどうかを、見て確認していくだけだ。

これでも、幾つもの星で似たような事をして来て。

その度に膨大な利益を上げてきた実績がある。

地球人だって似たようなことをしてきた訳で。

自分がどうこう言われる筋合いは無い。

むしろ地球人に比べれば。

この星を救う作業もしてやっている分。

何百倍かマシである。

せせら笑うと。

イレギュラー修正のために、今後のスケジュールを多少調整する。

次に相手が何をしてくるかを常に考え。

先の先まで手を打つ。

それがビジネスの鉄則だ。

其処に地球人が言う人権など必要ない。

何しろ、地球でさえ、地球人の言う人権など、事実上存在しないのだ。

それを我々に寄越せと言われても困るだけだ。

一通り調整を済ませ。

良しと判断。

少しばかり休む事にする。

淡々と作業を進めるが。

これは感情などを入れると、ビジネスに支障が出るからである。

そして淡々とやればやるほど。

仕事はスムーズに。

かつ効率よく進む。

ならば、淡々とやるだけの事。

後、此方のビジネスに気付いている輩がいるかも知れないから、それにも気を配らなければならないが。

まあそちらについては、プロだ。

どうとでも出来る。

眠る時間を決めて。

寝台に入る。

さて、後は。

どう動くかを見るだけだ。

 

1、ヒーロー再誕

 

メタリックマン死す。

あまりにも衝撃的なニュースが流れてから三日。

関連商品はゴミクズと化し。

掌を返してマスコミもメタリックマン叩きを始めていた。

得体が知れなかっただの。

前から怪しいと思っていただの。

大絶賛していた「知識人」が、掌を高速回転させているのを見ると。アレを葬った私、七瀬宏美でさえも。

思わず口をつぐんでしまう。

報道のモラルはずっと昔に死んだ。

昔は命がけで、真実を報道しようとするマスコミも存在していた、と言う話だが。

今はそれはもはや過去の伝説。

見ての通り、現在は、報道はビジネスに過ぎず。

故に大衆も、そう割り切っている。

SNSに直接つなぐ事は禁じられているし。

見る事も出来ないが。

ざっと最近の流れについては。保存したログなどを持ってきてくれるので。それを流して見ることが出来る。

此方は少し状況が違っていて。

メタリックマンを倒したバケモノが、未だに潜伏しているのに、政府は何をしているのかとか。

そもそもメタリックマンにあれほど入れ込んでいたくせに、金にならなくなった瞬間叩きに転じて金を取ろうとするとは何事かと、マスコミを叩いていたり。

いずれにしても意見は紛糾していた。

トレーニングを終えた私は。

汗を拭いながら。

一連の流れを把握。

博士も言っていたが。

恐らく、すぐに敵は次の手を打ってくるはずだ。

ブラックファング単独では、敵は恐らく活動できない。

最初派手にブラックファングが暴れたのは。

恐怖、というものを印象づけるため。

絶対に勝てない恐怖がいてこそ。

ヒーローというものが輝く。

人知を越えた力を持つヒーローが輝くのは、闇があってのこそだからだ。

そしてそのヒーローという光で。

奴らの裏にいる邪悪は。

本当の目的を着実に達成している。

これ以上好き勝手をさせるわけにはいかない。

次の作戦では先手を取りたい所だが。

こういった場合。

どうしても、敵が仕掛けてくるのを待つしかない。

何しろ、この間採取したサンプルだけでは、あまりにも情報量が少なすぎる。

もっとサンプルがいる。

博士もそう言っていた。

しばらくは歯を食いしばり、戦い続けるしかない。

まずはブラックファングの本部を見つけ出す。

ブラックファングは構成員三千、怪人八十と規模を見積もられているが。

それほどの規模となると。

本拠は相応に巨大なはずだ。

何処かの企業に偽装していたりしたら、流石に警察にばれる。これだけの事をやっているのだ。公安も警察も本気で動いているし、地球人がやるようなやり口だったら、手の内はすぐに割れる。

問題は相手が地球人では無いと言う事で。

どんな手を使って組織を隠しているか。

まったく分からない、という事だ。

だからサンプルを入手するしかない。

トレーニングと言っても、体を鍛えることにあまり意味はない。

変身するためのブレスレットと、アイテム類は。

いずれもが体にはそれほど負担を掛けない。

使いこなせるようにする、という事が重要であって。

人間としての肉を鍛えることには、それほど意味がないのである。

故に、広めの空間で、変身を何度も繰り返し。

様々な変身スタイルの確認と。

実際に動かしてみて。戦闘ではどうやって活用するかを確認する。

この空間は、汎銀河連合基準で最高レベルのセキュリティで守られているため、クロファルア人に潜んでいる犯罪者にはばれないはずだが。

しかしながら、そのセキュリティも極秘に持ち込んでいるため。

あまり広い空間は確保できない。

つまり変身してフルパワーを出すほどの空間がないので。

どうしてもトレーニングは限定的にやるしかない。

苦労は多い。

私も流石に実戦でいきなり変身を試すような勇気は無い。

ただし、変身するフォームの中には、まだ実験中のものもある。

三十ほどあるフォームだが。

現在変身可能なのは二十三。

七つはまだ未完成で。

更に十が現在開発中だ。

トレーニングを終えて、シャワーを浴びて汗を流す。

自室に戻ると。

横になって、ぼんやりした。

いつでも出られるように。

体力は蓄えておかなければならない。

トレーニングで体力を使いすぎて。

実戦で動けない、とかになったら。

それこそ笑い話にもならないからである。

軽くストレッチはするが。

これはラクロスをやっていたから。

しなやかな筋肉は。

試合では有利に働いてくれる。

とはいっても筋肉は所詮筋肉。

一部の筋トレ信者が言うような万能な代物でもない。

確かに適切な運動は健康にもつながるが。

あくまでそれは適切な運動であって。

過剰な運動は毒になる。

だから、無理はしないし。勿論出来ない。

博士に、昔やっていたメニューを告げたら、「有害だ」と一発で切り捨てられたが。

まあそういう事である。

地球人のスペックを博士は把握し尽くしていて。

当然のことながら、クロファルア人が来る前の地球が、悪夢も同然の状態であったことも、把握しているようだった。

ストレッチも終わったので。

軽く仮眠を取ることにする。

一応、灯りなどを調整し。

更に日光も擬似的に再現して、時間感覚が狂わないようにしてくれている。体内時計もおかしくはなっていない。

それだけの技術力があるのだ。

だがそれでも、やはり昼寝はしたくなる。

そして、眠ろうかなと思った瞬間。

アラームが鳴った。

すぐに出る。

「宏美です」

「私だ。 すぐにミーティングルームに来て欲しい」

「分かりました」

来たな。

そう思ったが。

しかしながら、行く以外の選択肢が無い。

今の時点でメタリックマンはいないし、ブラックファングだろう。さて、此方はどう動くべきか。

すぐにミーティングルームに行くと。

複数のハッキングした監視カメラの画像が映し出されていた。

ブラックファングの構成員が。

渋谷の街にて大暴れしている。

文字通り手当たり次第という風情で、人間を引きちぎっていた。

虐殺というよりも。

もはやこれは、蟻の巣を踏みにじって遊ぶかのようだ。蟻の巣に溶かしたアルミホイルを流し込んで遊ぶバカがいるが。それと同じような光景である。

今まで散々馬鹿にしていたくせに。

マスコミ関係者が、助けてくれメタリックマンとか喚いているのは、ちょっと真顔になってしまうが。

そいつもその直後に引き裂かれてしまう。

獅子顔の怪人は、手当たり次第に人間を食い千切っており。

その暴威は、正に悪夢だった。

さて、出るか。

頷くと、私は出ようと腰を上げ掛けたが。

其処に閃光が走った。

瞬時にブラックファングの構成員が粉々になる。

以前のメタリックなデザインと違い。

赤を基調とした鋭角的なデザインの奴だ。

なるほど。

即座に新ヒーローを投入してきたか。

ヒーローと言ってもエセだが。

ともかく、敵の人員は、当然のように相当に潤沢らしい。

瞬く間にヒーローが敵を薙ぎ払っていく。

監視カメラの映像を調整しながら。

協力者が、能力値を分析していく。

「メタリックマンと呼称されたエセヒーローの、数倍の実力です。 パワー、スピード、いずれも比較になりません」

「ふむ、これは余裕を見せつけているわけだな」

「どういうことですか博士」

私の問いに。

博士は頷く。

要するに敵側は、今まで使っていたのとは比べものにならない技術を持っているぞと、アピールしているのだ。

それも、である。

恐らく私達にではない。

ビジネスの相手に、だろう。

ほどなくブラックファング構成員は全滅。

怪人とヒーローの一騎打ちになる。

獅子顔の怪人は豪腕でヒーローに拳を喰らわせるが。

アスファルトが砕けただけで、ヒーローは無傷。

逆にヒーローの一撃で顔面が砕け。

顔を覆って後ずさる所に。

ヒーローがバックステップ。

このバックステップだけで、三十メートルは跳んだ。

そして、加速しながら、水平に蹴りを繰り出す赤いヒーロー。

一撃が、獅子顔の怪人の上半身を消し飛ばし。

その直後、怪人は何も残さず消滅した。

周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図だが。

けらけら笑いながら、生き延びたマスコミはカメラを回している。

特ダネだ。

金になる。

周囲にいる「元仲間」の事など気にもしていない。

死んだ奴なんてそれこそどうでもいい。

むしろ商売敵が減って良かった。

そう言っているようなものだった。

大きくため息をつく。

こんな人間ばかりでは無いと言いたいが。

そんな事はとても言えない。

私が生きてきた社会は。

こういう人間の方が多かったからだ。

自由の国を標榜するアメリカでさえ。

スクールカーストという悪しき慣習が、多くの人間を追い詰め、犯罪にまで追い込んでいった。

日本でも似たような状況で。

学校内には厳然たるカーストがあり。

イジメを行う人間は基本カーストの上位に属し。

弱い方が悪いという理屈が横行していた。

犯罪だとは誰も口に出来ず。

問題にすると、その程度の事を問題にするなと、周囲が袋だたきにする有様だった。

人間というのはそういう生き物だ。

残念ながら、それは変わらない事実であって。

私はフォローできない。

博士が、巨大な体を揺らしながら言う。

「アメリカで活躍しているエセヒーロー、ザ・アルティメットのデータと比べてどうかね、今の奴は」

「ザ・アルティメットの方がまだ強いですね」

「そうなると、敵にはまだまだ余裕があると見て良いだろう。 宏美くん、悪いがまた戦って貰う。 構わないだろうか」

「構いません」

ただし、今回もまた受け身になる。

そして、である。

渋谷での大量虐殺の続報が入ってきた。

被害者の数は、死者だけで百三十人、重軽傷者五百人という大惨事。

これにもかかわらず。

マスコミは新しく現れた「ヒーロー」、「レッドライトニング」をべた褒め。警察の無能を詰り。

自分達が如何に醜悪な行為をしているか。

気付いてさえいないようだった。

自分達の同類も巻き込まれているだろうに。

金になる新しいヒーローが現れた途端にこれだ。

だが、此奴らと一緒にならないためにも。

私は戦わなければならない。

此奴らこそ、平均的で普通の人間。

だからこそ地球は滅び掛けた。

此奴らと一緒になるくらいなら。

どんな異形の力を借りようと。

敵を倒す。

ただそれだけである。

「宏美ちゃん。 険しい顔をしているけれど、大丈夫?」

「大丈夫です」

「そう。 今までのケースから考えて、恐らく敵が次に現れるまで少し時間があると思うから、待っているようにね」

「はい」

部屋に戻ろうとすると。

ミーティングルームに協力者の一人が飛び込んできた。

かなりの高齢の男性で。

内閣特別調査室のかなりお偉いさんらしい。

スーツが乱れている様子から。

相当なことが起きたのだろう。

「大変だ。 ブラックファングが声明を出している」

「いつものことでしょうに」

「いや、その内容が問題だ」

すぐにスクリーンにその動画が投影された。

どこから投稿されたのか、まったく分からないというその動画は。大手の動画サイトに投稿され。

投稿から二時間で、100万再生を超えたそうである。

黒いフードを被った人影。

いつもブラックファングの報道を務めている人物で。

正体はまったく不明。

声も合成だと分かっている。

似たような便乗動画も出てはいるのだが。

基本的にすぐ足がついて警察に捕まっている。

本物のブラックファング報道は。

冗談抜きに、あらゆる技術を駆使しても、発信先が特定出来ないのだ。

そして他の国の悪の組織に関しても。

それは同じだという。

「この間我々の聖戦に水を差した怪物が現れた。 我等はこの国をただし、正義の名の下に支配するために活動しているが、それを邪魔した不届き者だ。 故に今後、同じような不届き者が現れ次第、我等ブラックファングは、都市部での無差別虐殺を実施する。 これは正当なる復讐であり、身の程知らずの愚か者に対する懲罰である」

何を好き勝手な事を言っている。

今までも散々大量虐殺をしてきたくせに。

その上木偶の分際で。

だが、マスコミはそうは思わなかったらしい。

どうやら警察に殺到し。

即座にあの怪物が何なのか調べ。

対策するようにとわめき散らしているようだ。

ネットでの反応も様々。

情報を協力者が持ってくるが。

あのバケモノの方が危険じゃね?とか。

ブラックファングの連中を喰ったのも偶然で、ヒーローがどうにかするべきだろうとか。

好き勝手な事を書き込んでいた。

博士は至って冷静である。

「打ってくることは分かっていた手だ。 気にするな」

「はい」

ただ、これで。

私はもはや、外に出ることは出来なくなったな。

それだけははっきりしていた。

まあいい。

ブラックファングは潰す。

その裏にいる奴も。

いずれにしても。

現在進行形で、奴らは大量の人間を、派手な「ヒーローごっこ」の裏で殺しているのだ。今回渋谷で大量に殺された人達など、あくまで可視化されたものにすぎない。

マスコミがそれで大騒ぎしようと。

実際には何も変わらない。

ただし、それでも。

腹は立った。

「次の敵の作戦予想地点は想定できますか?」

「やる気だね」

「……」

周囲の協力者達は。

皆気まずそうにしている。

分からないでもない。

これほど身勝手な大人の姿を見せつけられているのだ。

そしてこの社会を作ってしまったのは。

人間そのもの。

これでも、クロファルア人が来て、かなりマシになったのにこれである。

彼らが来る前は更に悲惨だった事を考えると。

私は、もうあまり、言う事も無かった。

部屋に戻る。

空気が気まずかったし。

今度こそ、しっかり休んで、次の作戦に備えておくべきだと考えたからだ。

 

四日後。

ブラックファングが出現。

今度はバスジャックだ。

意外な話だが。幼稚園のバスをジャックする悪の組織というのは、特撮においては最初期から出現していたわけではない。

あくまで特撮での話だが。

少なくとも、特撮ヒーローのパイオニアになったライダーシリーズの初代敵役であるショッカーは、そのような作戦は実施しなかった。

もっと後発の特撮における悪の組織が一般化した手段だが。

実際に行われると洒落にならない、というのが素直な印象だ。

現在、熊顔の怪人が、ジャックしたバスを高速に乗せ、移動を開始し。首都圏に向かっているという。

しかも、バスには爆弾を仕掛けているという事だった。

洒落にならない状況だが。

やるしかない。

移動予想経路を確認。

私も出る準備をする。

複雑に入り組んだ地下通路が、東京にはあるが。

それらを、特別な小型車両で現地近くまで移動し。

それから作戦に移る。

地下に巨大なネットワークがあるメガロポリスだからこそ出来る事であり。

田舎で同じ事をやられたら。

かなり面倒だっただろう。

いずれにしても、地下を移動しつつ、敵の様子を確認して。作戦地点と思われる場所へと移動。

レッドライトニングが出現したらしいと言う情報も途中で入る。

案の定、バスを放棄してブラックファングは早々に移動開始。

レッドライトニングは、バスの爆弾を素手で剥ぎ取ると空に投げ捨て、爆発。どうして空に投げたタイミングで爆発したのかは、誰も疑問にさえ思わない。何しろレッドライトニングが「格好良い」からだ。

「交戦予想地点を絞り込めました!」

「分かりました。 宏美ちゃん、戦闘準備。 いける?」

「いつでも」

「良い返事ね」

隣で車を運転している協力者は、表情も厳しい。

当たり前だ。

今も、この派手な茶番の裏で。

多くの人間が殺されているのだ。

警察も必死だろうが。

それでもどうにもできまい。

何しろ、本命の作戦である。

ブラックファングなんかとは、比較にもならない戦力を投入している事だろう。むしろ其方が本命の筈だ。

車を降りる。

此処からは下水道を通っていく。

移動先は。順次説明されるが。

駆け足で急ぐ。

そろそろ、予定地点だ。

また、やらなければらない。

ブレスレットを具現化させる。

変身用のアイテムも。

さあ来いエセ悪の組織。エセヒーロー。

今度も。

すりつぶしてやる。

 

2、疑念

 

赤土の崖地で戦闘が始まる。

再開発から取り残され。

汚臭が凄まじい川が側で流れている其処は。

誰も近づかないが故に。

ヒーローと悪の組織が戦うにはうってつけの場所。

レッドライトニングと名付けられたヒーロー(もっとも、本人は何も名乗っていないが)は、ばったばったとブラックファングの構成員をなぎ倒している。

東方は、少し遅れて駆けつけると。

ぎゃあぎゃあ五月蠅い報道陣を押し戻す部下達を尻目に。

バリケードの最前列まで出た。

この間、あの怪物が出たときは衝撃的だった。

だが、メタリックマンに胡散臭さを感じていた東方には、丁度良い機会だった。

何しろ、である。

露骨すぎるほどのデータが出たのだ。

ブラックファングが次に現れるまで。

謎の失踪事件が、ぱたりと止んだのである。

勿論、現在社会だ。

原因不明の失踪は起きる。

だが、周囲から露骨に「文化的な理由で」疎まれている人間、それも中年以上の失踪事件に限ると。

不自然なほど起きなくなった。

そして、ブラックファングが渋谷で暴れて、大勢殺した直後。

また同じような事件が起きるようになった。

現場を検証していて、そして今呼び戻されてきたのだが。

元々ブラックファング関連は、もう自衛隊に任せようという話が出てきている。

自衛隊も嫌がっているが。

マスコミを押さえ込み。

民間人の被害を抑えるには。

自衛隊の方が適任だ。

最悪在日米軍に出動を願うのも有りかも知れない。

それくらい、警察の手には余る相手になりはじめているのだ。

だが、それでも。

自衛隊を出すのは、この国では本当に面倒くさい手続きが必要だ。

今でこそ、東西冷戦の影響は本当に薄くなり。

西側東側の対立の間で、鬼子となった存在は殆ど消えていった。

クロファルア人の適切な処置によって。

幾つもの緩衝地帯にされていた紛争地域が消えたし。

緩衝地帯を国家にしたような、独裁国家も消滅していった。

だが、それでも。

この国ではまだ悪しき風習が残っている。

そういうものだ。

彼奴らは確かに地球を救ってくれたが。

神でも万能の存在でも無い。

まだまだ飢えに苦しんでいる人はたくさんいるし。

東方と桐野のように。

無茶だと分かっていても。

こうやって引っ張り出され。

バカばっかりほざくマスコミを必死に体で押さえ込みつつ。

民間人の避難誘導もしなければならない。

渋谷でも、ブラックファングに鏖殺された人々は、警察が避難誘導する暇さえもなかった。

それどころか、虐殺から身内を守ろうとして殺された勇敢な人々も多かったのだ。

まともな人間は虐殺のエジキになり。

彼らを見捨てて生き延びた奴が、したり顔で救急車を呼べとか、軽傷なのにほざいていたり。

渋谷の現場は本当に地獄だった。

出来る事は限られている。

自衛隊が出てきてもどうしようもない相手だ。

警官として。

本当に東方に何が出来る。

口惜しいが。

役立たずという罵倒を浴びる度に。

その通りだと、自嘲してしまう自分がいる。

ともあれ、もみ合いになりながら、戦闘を行うレッドライトニングとブラックファングから、人々を遠ざける。

要領の良い奴の中には、家屋の二階などに上がって其処からスマホで撮影していたりもしているが。

流石にスマホで撮っている連中は民間人だろう。

中には、他人の家に勝手に上がり込み。

其処から撮影するマスコミもいるが。

それは証拠を撮っておいて。

後から逮捕である。

激しい音がした。

レッドライトニングは、文字通り稲妻のように動いて、敵を切り裂いている。

メタリックマンも凄まじい速度だったが。

明らかにそれを凌ぐほどだ。

どうやって戦っているのかは最初分からなかったほどで。

そして今、やっと分かった。

手にしているのは小型の武器。

サイだ。

サイを主力兵装として、戦車砲さえ通じない相手を倒しているのか。

相変わらずあからさまにおかしいが。

今はともかく、それを訝しんでいる余裕は無い。

撮影させろと喚くマスコミを押し返しながら。

桐野に叫ぶ。

「そっちはどうだ!」

「大丈夫です! とにかく、もう少し人混みを押し戻さないと!」

「くそっ!」

機動隊が少し前から加わり。

盾を使ってマスコミを押し返しているが。

これはもはや暴徒に対するやり方だ。

「どけクズ! 税金泥棒!」

喚くマスコミ。

だが、無言で押し返す。

ヒステリックに何か叫んでいるが。

其処には報道の公平性などない。

見ると、ブラックファングの最後の一人の構成員が倒され。

怪人とレッドライトニングが戦いはじめていた。

怪人は一方的に速度で嬲られ。

全身から血を噴き出し。

更に、腰を落としたレッドライトニングが。周囲に何か光の魔法陣のようなものを出現させる。

そして、一瞬にして。

移動していた。

同時に、上下真っ二つにされた怪人の上半身がずり落ち。

更に、上半身が粉みじんになると。

爆発した。

レッドライトニングはしばし怪人の末路を見ていたが。

不意にかき消える。

この辺りはメタリックマンと同じか。

ようやく自衛隊が到着。

周囲を調べ始めるが。

メタリックマンに倒された時と同じように。

何も痕跡は残らなかったようだ。

ただ、彼らは、どうも痕跡よりも。

戦闘データを採取しているようだったが。

痕跡そのものは、この間メタリックマンが一瞬でバケモノに喰われたとき。何か得たのかも知れない。

前は本当に、冷や汗を掻きながら科学部隊が調査していたが。

今は何やら、明確な目的があって動いているように見えた。

「ちっ。 終わっちまったか」

「クズ共のせいで、良い写真が撮れなかったじゃねーかよ」

「税金泥棒、死ねよ!」

「帰るぞ」

マスコミどもが引き揚げて行く。

昔は自衛隊もマスコミの叩きのエジキであり。

それこそ、「自衛隊ならどんな無理筋に叩いても良い」というような風潮さえあったのだが。

今ではそれもなくなり。

比較的おとなしくなっている。

暴徒が引いていくと。

もみくちゃにされた桐野が、戻ってきた。

「東方さん、無事ですか?」

「何とかな」

桐野のネクタイが千切れてしまっているのを見て。

溜息が零れる。

本当だったら器物損害だろうが。

告訴するのは難しいだろう。

この辺りは監視カメラもあまり多く無い。

ネクタイを引きちぎった奴の姿は、多分撮ることが出来ていない筈だ。

「例のバケモノ、出ませんでしたね」

「ああ。 予兆も無かった」

「……どういう存在なんでしょうね、あれ」

「分からん。 だが、忙しくなるのは、間違いなくこれからだ」

本庁に呼ばれて戻る。

途中、今までに出た失踪者の所による事を告げると。

部長はふんと鼻を鳴らした。

「勝手にしろ。 そんなものを探している暇があったら、ブラックファングのアジトでも探して見せろ」

「それはもはや警察に出来る事では無いかと思います。 公安でさえ無理な状態なんですよ」

「正論を言うな!」

「失礼しました」

乱暴に無線を切られる。

正論、か。

文字通りの正しい論だから正論だが。

この国では何時からか。

正論を言う事はおかしい事だという理屈がまかり通るようになった。

古代から、正論をきちんと聞ける上役は、出来が良い上司だった、という現実もあるにはある。

事実身を滅ぼしたり、政治を混乱させている人間は。

都合の良い言葉にだけ耳を傾け。

正論を無視し。

そして最終的には、周囲のせいにして破滅していく。

だが、その歴史に人間は学べない。

これは本当に、滅びてしまったのも仕方が無い、といえるのだろう。

情けない話だ。

気が滅入るような、被害者宅の訪問を桐野と一緒に行う。

この被害者宅は、家族全員が失踪。家族と言っても、老夫婦と中年の夫妻だったが。

家族全員がいわゆるホビー趣味を持っていたようで、家の中にはまだ鉄道模型が残っていた。

かなり本格的な鉄道模型で。

大砲がついたのがおいてある。

それも線路は二列編成だ。

「見た事があるな。 ドーラキャノンか」

「何ですかそれ」

「二次大戦で実際に使われた列車砲だよ。 常識外の火力を誇ったが、何しろ見ての通りの巨体だ。 動かすのに千人以上の人間が必要で、対費用効果に著しい問題のある代物だったようだ。 砲の破壊力に関しては凄まじいものがあったようだが」

だが、緻密で。

とても作り手の愛が伝わってくる。

何か痕跡が残っているかも知れない。

どうやらこの家族は、周囲に疎まれてはいたが。

失踪の報告後。

親族が家の権利などで揉めていて。

まだ家の中を荒らしていないらしい。

好機かも知れない。

「すぐに応援要請。 現場を確保して、痕跡を探す」

「あの部長が、許可を出すでしょうか」

「分からないが、いずれにしても同時に起きている失踪事件の尻尾くらいは掴めるかもしれん」

すぐに桐野が動く。

部長は苦虫を噛み潰しているようだったが。

ただし、桐野の言葉に、一応心は動いたらしい。

科捜研と、刑事を寄越してくれるそうだ。

事実、ブラックファング関連の現場を自衛隊が取り仕切るようになってから。先端技術による捜査が行われるようになった警察では、若干の余力が生まれている。これもクロファルア人が持ち込んだ技術の恩恵だが。

便利だと思う反面。

悪の組織の明確な集約化が進んだのも、奴らが来た後だと考えると。

どうしても色々とおかしい。

科捜研が来て、調査を始める。

流石に此奴らは優秀で。

文字通り埃一つ残さず回収していく。

警察が来ていると聞いたのか。

あからさまにガラが悪い失踪した家族の親族が来たが。

東方が出ると。

怯えて帰って行った。

警察で無ければヤクザをやっていただろう。

そう言われる顔も。

たまにはこうやって役に立つ。

不本意な話であるが。

「調査の結果はいつ頃出そうですか」

「かなり掛かります。 出るかどうかも分かりません」

「では、後は引き継ぎますよ」

「はい」

敬礼をかわす。

科捜研も、技術がクロファルア人の提供したものに代わり、更にやりやすくなったと喜んでいるが。

どうして疑わない。

確かに地球は救われた。

だが、奴らが来てから。

おかしな事も起き始めたのに。

 

三件目の失踪者宅を回った後。

捜査一課に戻る。

残り二件は、もう親族が介入していて。

失踪者の私財などを勝手に換金していた。

そういえば、妙だ。

この手の事件が起きると。

被害者の親族が介入してくるのが速すぎる。

最初から知っていたかのようだ。

何かおかしい。

東方はアナログな人間だ。

だが、得意分野はわきまえている。

この辺りは、むしろ知能犯に対抗する捜査二課の仕事か。

そう思い、桐野には資料のまとめを指示し。自分は二課に出向く。二課にも昔からの知り合いが何人かいる。

その中の一人。

石原浩二郎が、東方を見つけて、挨拶してきた。

石原は少し面長だが、何処にでもいそうな顔を逸脱していない範囲の雰囲気を持つ。基本的に飄々としているが、詐欺を心の底から憎んでいて、今まで幾つも大きな山をあげてきている専門家だ。

ひょいと何処にでも現れる事から。

昔の実在した名前が似ている大泥棒を基にして、渾名が作られているくらいだ。

もっとも、石原はふらりと犯罪現場に現れ。

詐欺師を容赦なく逮捕していくことから。本気で怖れられているが。

なお、ステゴロの方も容姿の割りに相当な腕前で、東方と良い勝負が出来る程である。この辺りは流石に精鋭が揃う本庁の刑事だ。

「よう、千。 今日も大変だったらしいな」

「ああ。 暴徒を抑えるのでな」

「本当に彼奴ら、完全に暴徒と化してるな」

「他人事か」

軽口をたたき合った後。

本題に入る。

「ブラックファングと「ヒーロー」が戦った後、謎の失踪事件が起きている話は前にしたな」

「ああ、聞いている。 失踪事件そのものは、今の時代でも年に三万件は発生しているからな。 別段事件数が増えていないというのも聞いているはずだ」

「ああ、それは分かっているさ。 だが俺が見せた資料については?」

「確かに規則性があるのは事実だな」

それだけじゃあない。

今日確信したが。

現場を確保できた今日の件にしても。

文字通り紙一重だったのだ。

「何かおかしい。 だが、何がおかしいのかまでは、俺には分からん。 知能犯対策にくわしいお前なら何か分かるかと思ってな」

「……そうだな。 これは少し飛躍した考えかも知れないが、もしも被害者に接点があるとしたら、ネットを使ったものしか考えられないのではないのか」

「ネットなんて今時誰でも使っている。 俺でもだ」

「そんな事は分かっている。 だが、これだけの地域で不可解な失踪が起きていて、親族の介入が早すぎる。 そしてその親族が、申し合わせて動いているとしたら、恐らく鍵となるのは何かしらの情報共有システムだろう。 単純にネットと言っても色々あるが」

腕組みする。

SNSの類を使っているとは考えにくい。

もしも失踪に親族が荷担しているとしたら。

被害者側が気付かない方法でやっている、と見た方が良いだろう。

更に、石原は続ける。

「推察に過ぎないが、もしもいわゆる趣味を持つ人間を蔑視している連中が結託して動いているとしたら、過激化したあげくに崩壊したリベラルやフェミニズムの残党が絡んでいるのではないのか」

「可能性はある。 だがどうやって」

「いわゆる井戸端会議の類は、現在でも現役だ。 地域のボスママと呼ばれる連中が疑似科学にはまって、その手下になっている母親達が、反ワクチンやらヴィーガンやらにはまったあげく、多大な健康被害を出した例は枚挙に暇が無い。 他にも会社の社長などが同じようにはまって、それが同族経営だったり、ワンマン企業だった場合も最悪だ。 部下は全員、社長のカルト思想を植え付けられることになる」

なるほど。

そういう線もあるのか。

頷くと。

石原は引き受けると言ってくれた。

「おかしな点があることについては、俺も気付いていた。 丁度大きめの山を上げて、少し余裕が出来たばかりだ。 協力させて貰う」

「気を付けろ。 一時期連中の残党は、本物の過激派と手を組んで、テロまで起こしていたし、もしもクロファルア人が」

「それ以上は言うな。 警察内にも狂信者がいる事を忘れたか」

口をつぐむ。

クロファルア人全員がこの犯罪に荷担しているとは東方も思っていない。

だが、クロファルア人を神格化し。

その全ての言動を肯定している連中がいるのも事実で。

随分と苦労させられている。

或いは石原もそうなのかも知れない。

随分前からの戦友である石原は。

協力して幾つも事件を解決してきた。

此奴なら、期待にこたえてくれるはずだ。

他にも幾つかのやりとりをした後、デスクに戻る。

桐野が、その時。

慌てた様子で此方を呼んだ。

「大変です、東方さん!」

「何が起きた!」

「これを……」

愕然とする。

小さな工場が。

崩落していた。

現場には報道ヘリが飛んでいる。

工場と言っても、既に誰もいない廃工場だが。濛々たる煙は、その凄まじい破壊の痕をまざまざと見せつけていた。

「何が起きた。 爆発事故か?」

「ネットの画像ですが、これを」

「!」

見ると。

其処では、世にもおぞましい光景が、現出していた。

 

3、霞網

 

レッドライトニングの戦闘は一瞬で片がついてしまい。

私は結局現場に間に合わなかった。

だが。

その場で、即座に指示が来た。

「宏美くん、そのまま指定する地点に向かってくれるか」

「何かあったんですか」

「ああ。 レッドライトニングと呼称されているヒーローを確認した」

「!」

潜伏先が分かったのか。

でもどうやって。

博士は続ける。

「簡単に言うと、この間君が倒したメタリックマンに使われていた技術の解析が完了した、という事だ」

「やはりクロファルア人の技術ですか?」

「いや、違う。 汎銀河連合に所属している星間国家だが、地球では数字とアルファベットを組み合わせたような名前をつけている恒星を支配している国家の軍事技術だ。 その一片が見つかった」

「別の宇宙人も介入していると?」

指示された地点に移動しながら聞くが。

そう急くなと諭される。

博士は丁寧に。

とても丁寧に、いつも説明をしてくれる。

「犯人も流石にクロファルアの技術を使うつもりにはなれなかったのだろうし、汎銀河連合の調査班が来た場合にごまかせなくもなる。 横流しされた何処かしらの技術を入手して使っている、と見て良いだろう」

「つまりメタリックマンの使い回しがレッドライトニングだと」

「それについてはそうだ」

「……」

意外に雑なのか。

それとも、まだまだ活用できると思ったからの行動なのか。

それについてはちょっと分からないが。

いずれにしてもはっきりしているのは。

レッドライトニングを仕留める好機だ、という事である。

移動を開始。

下水道は凄まじい汚臭に満ちていて。

ゴキブリもネズミも大量にいるが。

それでも走るのは苦にはならない。

メンテナンスのために通路が設けられているし。

汚水の中を直接走るわけでもないからだ。

ただ猫みたいに大きいドブネズミを時々見かけるので。

それにはちょっとばかり閉口してしまう。

ドブネズミがものすごく大きくなることは知っていたが。

それでも現物を見てしまうと、げんなりするのは事実だ。

昔大工業地帯だった残骸の地下を移動し。

そして排液タンクだったあたりの下を通る。

既に排液は入っていないが。

昔は浴びたら即死確定の廃液がたんまり入っていただろう事を考えると、ぞっとしない。カマドウマもたくさんいて。私が行くと、住処を侵されたことを恨むように威嚇した後、逃げていった。

排水タンクの下を通った後。

止まるように指示される。

どうやらこの辺りらしい。

ドローンの画像が転送されてくる。

私は今、小型の端末を使っているが。

これは独自回線を使っているので。

ハッキングされるおそれはない。

この端末のためだけに使われている回線と暗号だ。

暗号の解読も、簡単にはできないものを使っている。それも汎銀河連合の文明水準で、である。

ドローンで見る限り。

レッドライトニングはいない。

このドローンにしても、衛星軌道上から監視しているものであって。

人工衛星のデータ上に紛れているものだ。

その辺を飛んでいる訳では無く。

気付かれる要因はない。

それくらい慎重に。

博士は動いているのである。

だから此方も。

念入りに。

徹底的に調べる。

ほどなく。

見つけた。

廃液タンクの側。

何かがいる。

角度の調整をして見るが。

どうもその何かの正体が掴めない。

何者だ。

少なくとも、レッドライトニングの姿そのものはしていない。

だが、そこに何かがいるのは確実。

勿論ホームレスなどの可能性もある。

廃墟で一番注意しなければ行けないのは、面白がって廃墟に侵入してくる不良の類や、グダグダになっている権利を管理している反社会的団体の人間。それにホームレスである。ホームレスの中には、犯罪に手を染めることを何とも思っていない人間も珍しくはない一方。本当に居場所が無くて、寒さに凍えている者もいる。

後者を巻き込むわけには行かない。

連絡はする度に危険度が上がる。

だがそれでも。

博士に確認しなければならない。

「ドローンの映像で確認しましたが、あれが本当にレッドライトニングですか?」

「9割方間違いない」

「分かりました。 10割になってから仕掛けます」

「慎重だね」

当たり前だ。

私は今、力を手にしている。

力には使い方がある。

その使い方を失敗すれば、今地球で好き勝手している、クロファルア人の犯罪者と同じになるし。

私の家族の尊厳を徹底的に侮辱し。

人格批判した奴らとも同じになる。

私は例え死んでも。

そうはならない。

博士も返事を聞いた後。

調査を続けてくれる。

私は念のため、少し距離を取る。

もしもあれが囮だった場合。

大変な事になる可能性があるからだ。

つまり罠の可能性。

今の時点で、私は変身をいつでも出来る状態だが。

亜光速で貫かれたりしたら死ぬ。

流石にレッドライトニングも、亜光速では動かないだろうが。

クロファルア人の技術であれば、亜光速で何かの物質を発射する事は可能だ。惑星破壊用の兵器などで使用される技術だが。

相手はトチ狂った犯罪者。

何をしてもおかしくない。

しばし身を伏せ、様子を確認。

自分の方でもドローンの映像を見るが。

妙だ。

全く動かない。

息をしている様子も無い。

小首をかしげる。

此奴、本当に生き物なのか。

まさかとは思うが。

ロボットでは無いのか。

いや、違う。

かみ砕いたときには、確かに生物の反応があったし。

砕いた中身を噴き出したときには。

大量の血液などの生体物質が放出されたはずだ。

では、生体ロボットの可能性は。

生体ロボットの場合は、生物で作ったロボットなので。つまり生物と同様に動く、という事である。

ならば全く動かないのはおかしい。

ただの死体の可能性は。

熱源反応を調べるが、熱源はある。

つまり熱を持っている、と言うことである。

だが、熱源反応のごまかしくらい、21世紀の初頭には既に技術として確立していたし。実戦投入もされていた。

他に客観的なデータはないのか。

緊張の瞬間が続く中。

博士からの続報が来た。

「宏美君、すぐに変身を」

「分かりました。 どうすればいいですか」

「あれは囮だ。 救助しつつ、レッドライトニングの奇襲に備えて欲しい」

「了解っ!」

ブレスレットをかざす。

やはり囮だったか。

メタリックマンを殺した後の、ブラックファングの反応を見てもおかしいとは思っていたのだ。

敵は相当に邪悪だ。

もしも今回、そのまま食いついていたら。

多分バケモノが普通の人間を殺したとかいう報道を世界中にして。

私をあぶり出すつもりだったのだろう。

そんな手には乗るか。

大体、世界中を敵に回しても。

私はやり遂げる。

アイテムをブレスレットに差し込む。

今回は瞬殺用では無く。

戦闘用のアイテムだ。

私は、叫んでいた。

「変身!」

 

工場が崩落する。

其処に寝かされていた、メタリックマンと同じ技術で作られたわずかな破片がつけられた、哀れな瀕死のホームレスが。崩壊に巻き込まれそうになる。

一瞬早く伸びた触手が。

ホームレスを掴むと。

崩壊した工場から引っ張り出し、近くの河原に優しく置く。

同時に、工場を吹き飛ばすようにして、本体がせり上がる。

私の変身モード、戦闘タイプA。

全身は巨大な蛸のようでありながら、触手は200を超え。体の全周に5000を超える目がついている。

全方位を同時に確認しつつ。

戦闘を行う事が出来る形態だ。

同時に、周囲に現れる無数の影。

ブラックファングである。

構成員がざっと100。怪人3。

一斉に襲いかかってくる。

それぞれが、対物ライフルなどものともしない耐久力と。

人間では動きを視認さえ出来ない速さ。

素手で戦車をひっくり返すパワーを併せ持つ。

だが今の私は。

それ以上の戦闘力だ。

触手を振るい。

一瞬にして、叩き落とす。

ブラックファング構成員が、全部まとめて潰れる中。

三体の怪人が、一撃を避けて跳躍。

それぞれの武器を叩き込んでくる。

突き刺さる。

だが、それらは全て私の体の中に入り込むだけ。要するに受け流し、取り込んだのだ。勿論私本体には到底届かない。

追撃。触手を振るう。

空中機動までして、触手の追撃を避ける怪人。

やはり此奴ら。

実際のスペックは。

メタリックマンと大差がない。

だが、横薙ぎに振るわれた触手を怪人三人が避け。

地面に着地した瞬間。

勝負はついていた。

奴らの反応速度を超えた一撃を、私が放ったのである。

怪人がスライスされ。

鮮血を噴き上げながら、その場でバラバラになって飛び散る。

レッドライトニングが殺したときと違い。

消滅はしない。

あれは出来レースで、消滅するように仕込んでいるからそうなるのだ。

当然、叩き潰した構成員も、結果は同じである。

気配。殺気。

横殴りの一撃。

レッドライトニングだ。

私の変身スーツの巨体が歪む。

いきなりの凄まじい蹴り。

先の戦闘データではサイを使っていたが。

やっぱりアレはヒーローとしての「キャラ付け」だったか。

だがどうでもいい。

撓んだのは、衝撃を殺すため。

だが、この巨体を此処まで撓ませるとは。

出来レースで、どれだけスペックを抑えて「遊んでいる」かが一目で分かる。

そしてスペックは今ので計測できた。

もう用は無い。

魔法陣を出現させ。

フィニッシュアタックに入るレッドライトニング。

だが、私は触手を地面に固定すると。

奴が突進してきた瞬間。

奴と同じ速度で動き。

大量の触手で拘束。

そのまま、握りつぶしていた。

触手の隙間から、大量の赤い黒い何かが飛び散る。

触手には無数の刃が仕込んであり。

それを高速振動させたのである。

それ故の結果だ。

一瞬にしてレッドライトニングの活躍は終わった。

そして、私は。

地面に潜り。

早くも現れた報道ヘリから、姿を隠すようにして、地下に消えていった。

大量の土砂が身を隠してくれる。

体を縮めながら、複雑な経路を通り、海底の地下さえ通って、更に進み。

迂回しながら、予定合流地点へ移動。

程なく辿り着いた其処は。

静かで。

ひんやりしていた。

迎えが来ていた。

協力者の一人だ。

「予定とはだいぶ変わってしまったが、すまなかったね」

「いえ、戻りましょう」

「……」

タオルを渡されたが、たいして汗も掻いていない。

というか、別にああいう姿になるからと言って、体が粘液塗れになるわけでもない。

トレーナーで出てきているが。

普通にちょっと汗を掻いただけだ。ラクロスの試合をした方が余程汗も掻く。

あれはあくまで変身スーツなのであって。

私がああいう姿になっているわけではないのだから。

更に言うと、戦うからといって。激しく私自身が動くわけではないし、内部に熱が溜まるわけでもない。

もっとも、今後更に強い相手と戦うとなると。

話も変わってくるだろうが。

なお、他にも戦闘形態は幾つかあるが。

今後も出来れば、リスクの高い戦闘形態は避け。

瞬殺用の形態で、一方的に処刑していきたい所だ。

広域殲滅用の形態もあるが。

それはブラックファングの本拠地や、レッドライトニングやメタリックマンが作られていた場所を潰すときのために使う。

程なく、本拠に到着。

軽くミーティングをして。

後は解散となる。

とはいっても。

今回は不確定要素が多かった事もあり。

そのミーティングが長引いたが。

「いきなりあんなにヒーローの質を上げてくるとは思いませんでしたね。 しかも相も変わらず、弱者を助けることには何の興味も示していない」

「恐らくその辺りも、研究の成果でしょう」

「というと」

大人達の中には。

趣味が迫害されていた時代を、現役で過ごしていた者も多い。

宮崎事件の頃を知っている人間は流石にもう老人だが。

その後も、ずっと「オタク」に対する迫害と偏見は続いたのだ。

一時期は、本当に非常にディープな趣味人だけに対する迫害だったが。

それも年々あらゆるジャンルに波及。

オタク趣味がある程度社会に認知されるようになっても。

迫害は色々な形で続き。

多くの人々を苦しめた。

宮崎事件の頃のように、「オタクと判明した瞬間人生終了」というような悲惨な状況ではないにしても。

その後もずっと。

肩身が狭い思いをした趣味人は多かったのである。

この協力者達の中にも。その辺詳しい人は多いし。私もそうだが、今時の子も、それくらいなら知っている。

いくら自称「まともな人間」が歴史を隠蔽改ざんしようとしても。

今はどうやってもデータが残るからである。

「特撮では、「気持ちよく正義が悪を誅戮する」事が求められるケースがあります。 勿論過酷な運命と抗いながら、悲惨な現実と戦っていく名作もあるのですが、やはり一定数以上の人間は、ヒーローに「戦闘力」と「格好良さ」を求めるものなのです」

「そういえば、ウルトラマンのファンにも、ウルトラマンはベラベラ喋るべきでは無い、等と言って、後期作を批判する層がいるらしいな」

「その通りです。 勿論シナリオを評価する層には、キャラクターに対する人間味を要求する者もいますが、しかしながら実態としては、人間味よりも「見かけ」と「戦闘力」を要求する層も多いのです。 更に言えば、分かり易いのは後者です」

「ふむ……」

故に、無口で。

悪を颯爽と殺して行くヒーロー、というわけか。

メタリックマンに続いてレッドライトニングもそうだった、という事は。

敵は地球人の好みを知り尽くした上で。

出来レースをデザインしている、という事になる。

更に、だ。

博士がデータを出してくる。

「それと今回の戦いで、幾つか面白い事が分かった」

「お願いいたします」

「まずスーツに付着した敵の肉片などの解析を実施したところ、遺伝子データを採取することに成功した。 相応の数があるが、やはりブラックファングのメンバーは、まとめ上げられた過激派と見て良さそうだ」

「洗脳でもされているのでしょうか」

違うと、博士は断言。

データによると、あからさまにおかしな部分が見受けられるという。

「此処からは推測だが、恐らくは必要な遺伝子だけを抽出して、ある程度の数を常時維持している、とみて良いだろう」

「クローン兵士ですか」

「そうなる。 怪人も同じだろう。 勿論ヒーローもだ」

「それ、倫理的には……」

博士が黙る。

倫理的な問題など。

悪党が気にするわけもない。

そう言うのだろう。

何となく分かる。

私も地下に籠もるようになってから、協力者にちょっと話を聞いたのだけれど。

実際の犯罪組織が何かしらのルールを設ける場合。

大体利益につながっている事が多いらしい。

例えばブレイクダンスは、犯罪組織が抗争の度に大量の人材を消耗することに辟易し、人死にを出さないで勝負するために作り出したという話がある。

日本における任侠などもそうで。

また後期の暴力団やヤクザなども「禁じ手」と呼ばれる行動をそれぞれの団体が設けている手があるが。

これは単にそれが人の道に外れるから、ではなく。

単純に警察との不要な軋轢を避けるため、が理由であったりする。

日本の場合は、ヤクザの戦闘力が警察とは比較にならないほど低く。

警察が本気になったら一瞬で潰されてしまうため。

こういうルールが作られたのである。

勿論例外もあるだろうが。

いずれにしても、今相手にしているのは、宇宙規模の超極悪犯罪者および集団だ。

倫理なんてものを基準に。

ものを考えるはずが無い。

というか、そんなものを基準にする輩だったら。

仮にも銀河系全域を支配している連合政権の強力な警察が。

放置はしておかないだろう。

実際問題、宇宙海賊などの類は、汎銀河連合の軍が見敵必殺で処理してしまうらしく。

犯罪組織は地下に潜って行動するのが基本らしい。

つまり、今回相手にしているのは。

相当に狡猾で。

邪悪かつ、何の縛りも持っていない相手、と言う事なのである。

咳払いすると。

協力者の一人。

最年長の男性が話を進める。

「しかしクローンであんな性能の使い捨てを量産しているとなると、大本を叩かない限り埒があきませんね」

「うむ。 だが、それについても面白い情報が入った」

「! 聞きましょう」

「まず今回、四チームに分かれた敵が、宏美くんを襲撃している。 その際に、ブラックファングはあからさまに三方向から出現し。 その後レッドライトニングが出ている」

なるほど。

それはつまり。

どういうことだろう。

私が小首をかしげている先で。

博士が話を進める。

「恐らく空間転移だ。 部隊ごとに戦力を特定地点から空間転移で送り込んでいるとみて良いだろう」

「そんな技術を持ち込んでいるのですか!?」

「それ以外には考えられない」

「何てことだ。 技術力が違いすぎる」

項垂れるおじさん。

内閣情報調査室といえば、この国でもトップの諜報機関だが。

それでもどうにも出来ないのも道理だ。

そして、厄介なのは。

クロファルア人全部が悪党というわけでもない。

大半は本当に善意で行動している訳で。

その中から、悪党を絞り込まなければならないのだ。

しかも当然クロファルア人は、思考回路からして人間とは違っている。善意にしても、地球人から分かり易いように調整した善意で。其処までしてくれている人達、というわけである。

話には聞いているが。

あの美しすぎる姿も。

調整しているという。

まあそれもそうだろう。

あからさまに地球人の大半が一瞬で魅了されるレベルだ。

あんなものが自然発生するというのは、それはそれで無理がありすぎる。

「悲観するばかりでもない。 この星に持ち込める、しかも少人数を任意の地点に運び込める空間転送装置を複数となると、かなり配置できる場所が限られる」

「クロファルア人の関連施設は」

「それはあり得ない。 クロファルア人はかなり優れた文明を持っていて、現在置かれている拠点には相当なセキュリティが施され、個人個人も相当に厳重な相互監視下で仕事をしている。 やはりこういった新規開拓事業では悪さをする者がどの文明にもいるから、監視をしているのだ」

「そうなると、地球の何処かの施設に転送装置がある、という結論が出ると」

博士は頷く。

なるほど。

私にも分かり易い。

ただ、そうなってくると、地球人側にも、余程強力な協力者がいるのではあるまいか。

その辺りは警察と連携できないだろうか。

そう提言してみるが。

おじさんは首を横に振った。

「現在、公安も警察も、そこまで大規模には動かせない。 クロファルア人に対する盲目的な信仰が蔓延していて、疑うようなことを口にするだけで周囲から孤立するケースが頻発している。 政府上層部も似たような状況だ。 今はたまたま総理がまともだったから良かったが……」

近年、ろくな総理がつかなかったこの国だが。

今の総理は能力的には平凡な反面、比較的こういう所ではまともなのだという。

マスコミなどには「無難なだけ」とか嘲笑われているらしいが。

私からすれば。

正気を失っているマスコミより、無難なだけの凡人の方が何百倍もマシだろう。

「分かりました。 結局此方で少しずつやっていくしかないし、その間拉致されて殺されていく人を指をくわえて見ているしか無い、と言う事ですね」

「君の怒りはもっともだ」

博士がやんわりと私をなだめる。

そして、静かに諭した。

「その怒りは、奴らにぶつけるんだ」

 

4、黒の黄金

 

東方が捜査一課に戻ると。

騒ぎはかなり大きくなっていた。

メタリックマンに続き。

登場したばかりのレッドライトニングまで敗れた。

それもレッドライトニングは、メタリックマンより数倍も上の戦力を持っていたという話で。

それが瞬殺である。

あの巨大な怪物は、前とは違う姿にも思えたが。

しかしながら、あの圧倒的な暴力性は。

前のと同じ個体で。

姿は違えど中身は同じなのでは無いかと。

東方に思わせた。

そして戦いが終わると。

それ以上周囲を破壊もせず。

一瞬で引き揚げて行った。

一体何が起きているのか。

桐野が来る。

「東方さん! 重大な情報が」

「聞かせてくれ」

「実はレッドライトニングとあの怪物が戦いを始める前に、ブラックファングの構成員が一瞬だけ姿を見られています」

「何!」

周辺住民によると。

怪物が現れる少し前。

疾風のように家の前を駆け抜けていく影があったという。

殆ど見えなかったが。

あんな動きをするのは、ブラックファングの構成員以外にはあり得ないと、住民は口を揃えていたそうだ。

しかも黒っぽかったという証言も出ており。

レッドライトニングを誤認したという可能性は低い。

つまり、ブラックファングは。

あの怪物が出る事を知っていた、と言う事か。

何かしらの方法でおびき出し。

逆襲して叩き潰すつもりだったのかも知れない。

そうなると、こういう疑いも生じてくる。

レッドライトニングは。

どうして現れた。

ブラックファングと連動しているかのようだ。

或いは、何かしらの情報網で、ブラックファングの動きを掴んだのかも知れないが。

それも考えにくい。

ひょっとして彼奴ら。

出来レースでもやっているのではないのか。

そういう考えが浮かぶが。

しかし流石にそれは思考の飛躍が過ぎる。

倒壊した工場跡は、今自衛隊が調べていて、近づける状態ではない。

此方はやれることを。

やれる範囲でやるしかないのだ。

二課に協力を依頼している情報収集だが。

此方については、すぐに分かるようなものでもないだろう。

ブラックファングに大きな被害でも出れば。

或いは隙も出来るのかも知れないが。

それも難しい。

今、ネットに触っていない人間などいない。

老人でさえネットのSNSを利用している時代だ。

その中から、特定の情報を割り出すなんて。

簡単な仕事では無い。

有名な動画配信者になると、一動画で数百万ヒットをたたき出すのが当然の時代になっている。

勿論それで喰っているものもいるわけで。

逆に言うと、全部調べていると。

時間などいくらあっても足りない。

警視庁でも、ネットの犯罪利用を監視するためのAIなどを開発しているが。

それらを活用しても。

すぐに解析をしきれない、というのが現状だ。

しかも強引な捜査をすれば。

それは検閲につながってしまう。

「ブラックファングの構成員が確認されたとして、奴らはどうなった」

「戦闘は長くても五分と掛かっていないようです。 もしもあの怪物に仕掛けたとしたら、本当に一瞬で潰されたのでは」

「……そうだな」

確かにその可能性は高いかも知れない。

もう少し、情報が欲しい。

桐野と一緒に周囲を回って情報を集める。

四日ほど、ブラックファングは何の動きも見せず。

その間に地道で足で情報を稼いだ結果。

同じような報告例が、更に上がって来た。

それらのデータを集約してみると。

面白い事が分かってきた。

どうやらブラックファングは三方向から、あの怪物が現れた地点に対して、殺到していたらしい。

今まで、ブラックファングは、基本的に構成員三十、怪人一の一部隊単位で動いていた。これは鉄則だった。

それが三部隊動いたのか。

いや、一部隊を三つに、つまり小隊を分隊に編成して動いていた可能性もあるが。

目撃情報を総合すると。

三つの部隊が動いた経路にて、どうやら怪人らしい姿もそれぞれ目撃されている。

となると、やはりだ。

三部隊が同時に動いた、と見て良いだろう。

なるほど、そうなってくると。

今回は相当な異常事態、と言う事だ。

ブラックファングは、メタリックマンにどれだけ殺されても、愚直に怪人一、構成員三十の部隊を送り込んできていた。

これがそもそもおかしかったのだ。

ますます出来レースの可能性が高まった、といえる。

だが、まだまだ証拠が足りない。

何か情報が無いか。

調べていく内に、更に妙な話が出てくる。

レッドライトニングを見かけた、という話があるのだが。

それが。戦闘が行われた至近だけなのだ。

つまり、何処で戦闘が行われているか知っていて。

その近くにいきなり現れた、としか思えない。

膨大な情報を集めて精査していくが。

それでも矛盾する情報はない。

この辺り、そもそも警察などブラックファングもレッドライトニングも、眼中に無いと見て良いだろう。

つまり見られたところで。

何もできない。

そう考えている、と言う事だ。

まあ事実それは正しい。

ブラックファングだけが暴れていたときの惨状を思い出すと、今も胸が痛い。

もしもブラックファングを倒すとなると。

クロファルア人の協力が必要になるのではあるまいか。

「おい、クロファルア人の報道があるぞ!」

不意に、部屋に駆け込んできた警官が叫ぶ。

さっと皆、自分用の端末をチェック。

クロファルア人の報道官アポロニアは、神話の時代の雄々しい軍神を思わせる美しい姿であり。

その声は誰をも魅了する。

女性警官は、殆ど全員がファンだと聞いている。

ルックスは完璧。

声も完璧。

謙虚な態度も完璧、だというのだ。

洗脳されているようで気色が悪いと思うのは、東方だけだろうか。

さっそく、動画サイトで、公式配信が始まる。

皮肉な話だが、クロファルア人が優れたネットワークシステムを持ち込んだおかげで。

今や誰もが、遅延無く動画を見られる時代が来ている。

「親愛なる地球の皆さん。 今日は残念なニュースがあります。 ここしばらく、我々や平和な社会そのものを標的とした悪の組織、というものが活発に世界各地で動いている様子ですが。 我々の調査の結果、明らかに地球外の技術が彼らに使用されていることが判明しました」

何を今更。

そう吐き捨ててやりたいが。

実は好意的に見ていない東方でも。

強烈に脳を揺らされるような美声だ。

というか、相手が男だと分かっているのに。

見ているだけで頭がくらくらしてくる。

それくらいの凄まじい美貌なのだ。

女性のクロファルア人の場合、男性は見るだけで劣情をコントロール出来なくなると言う話さえある。

今女性警官達がめろめろになっている様子を見ると。

その話も、あながち嘘ではあるまいと感じてしまうほどだ。

「現在地球で活動しているのは表向き我々クロファルアの民だけですが、この様子からして他の星から犯罪を目的に宇宙人が入り込んでいる可能性があります。 今後汎銀河連合と協力して、犯罪者のあぶり出しを行っていく予定です」

美声に脳を揺らされながらも。

発言の内容を覚えておく。

つまりアポロニアは、この件に上位組織を介入させると言っている。

クロファルア人だけでは対処が出来ないという判断か。

それとも何か理由があるのか。

ひょっとすると、だが。

クロファルア人の高官か何かが噛んでいて。

地球に来ているメンバーだけでは、対応が出来ないレベルの事態なのかも知れない。

いずれにしても、動画が終わる。

女性警官達が、ほほを染めたまま、ひそひそと話をしている。

アポロニア様素敵すぎ。

声も素敵。

そんな声ばかり聞こえる。

分からないでもない。

否定的に見ている東方でさえ、脳がくらくらするような美貌なのだ。

しかもあの美声。

あれでは女性陣が一発ノックダウンされるのも無理は無い。

ずっと昔は、カリスマと呼ばれたスーパースターがいたが。

全盛期の彼ら彼女らでも。

この圧倒的な美貌を前にしては、形無しだろう。

「何というか、脳が痺れるような声ですね……」

「ああ。 分かってはいるが、声を聞いているだけで思考が麻痺する。 彼奴ら、本当に地球人を研究し尽くしているんだな」

「それならなおのこと。 上位組織を介入させると言う事は、彼らでもどうにもならないのが来ている、と言う事なのでは」

「……」

一体どんなとんでも無いバケモノが来ているのか。

活動しているのか。

そんな奴が何のために。

誘拐事件を起こしているのか。

いずれにしても、全てを短絡的に考えるのは危険すぎる。

少しずつ情報を集めていく必要がある。

それにあのアポロニアが悪党である可能性だって否定出来ない。

美貌だけで相手を判断するのは愚の骨頂だ。

昔、ある大量殺人犯が、美貌だけで「ファンクラブ」が出来。

その「ファンクラブ」が逃走を幇助しようとした信じがたい事実がある。

人間というのはそういう生き物で。

クロファルア人はそれを知り尽くした上でああしている。

分かっている。

だから、務めて冷静にならなければならないのだ。

「東方さん、どうします。 これ、俺らではもう……」

「出来る事をする。 それだけが俺たちの存在意義だ。 今の俺たちでは、ブラックファングに対する盾にさえなれない。 それだったら、せめて事件の全容を調べ上げて、告発に備えなければならない」

汎銀河連合の調査員が来るのなら。

其処に情報を持ち込めば。

或いは、一気に事態を解決してくれるかもしれない。

ただ、その調査員も悪党の可能性がある。

何もかもを疑わなければならないのはつらいが。

世の中はそういうものだ。

嘆息すると。

情報の再整理に入る。

署内が浮ついた空気の中。

一人冷め切っている東方は。

浮いているというか。

孤立しているかのようだった。

 

(続)