ヒーローオブアビス
プロローグ、無数の影と一つの影
廃工場。
大集団と。
一つの人影が。
今正にぶつかり合っていた。
集団は黒タイツの雑兵多数と、それを率いるとても人間とは思えない異形。異形は全身が触手に覆われていて。その触手は血塗られていた。
もう一つの影は。
メタリックなスーツに身を包んだ、鋭角的な印象を受ける姿。
黒タイツの集団が、鋭角的な影に片っ端から蹴散らされる中。
カメラを回している報道陣が、騒いでいる。
「これは今回もメタリックマンの勝ちで終わりだな」
「もしも負けた場合は、こっちにも来るかも知れないぞ。 あんな連中でも、本物のテロリストだ」
「大丈夫だろ。 今まで三十回以上戦って、毎回メタリックマンが勝ってるんだから」
メタリックマン。
それは鋭角な先端科学スーツに身を包んだ謎のヒーロー。
ある事件を切っ掛けに暴れるようになったテロ組織、ブラックファングと戦う孤高のヒーローで。
警察と連携しているとも言われている。
今、ゴミクズのように蹴散らされているブラックファングの構成員は、全員黒タイツのスーツを着ているが。
あれは拳銃弾など余裕で跳ね返し。
柔道や空手の有段者を簡単にねじ伏せ。
相撲取りの突進を受け止めるほどのパワーを発揮する、恐ろしいオーバーテクノロジーのパワードスーツだと判明している。
要するに、何処かの軍事企業から漏洩した技術では無いかと言われているが。
まだ正体はよく分かっていない。
しかも指揮官級の異形は。
あからさまに人間では無い。
その正体はよく分かっていないが。
人に近い姿をしていることから、こう呼ばれている。
怪人、と。
怪人はブラックファングの雑魚構成員の百倍とも言われる戦闘力をそれぞれが誇り。
下級の幹部として。
様々な場所で、悪行の限りを尽くしてきた。
そして出現が確認された怪人が。
いずれもメタリックマンに追い詰められ。
倒されてきている。
みると、丁度雑魚が全部地面に倒れふし。
メタリックマンが、怪人と向き合っている所だった。
怪人は両手からクローを伸ばすと。
それをふるって、メタリックマンに襲いかかる。
激しい火花が散り。
メタリックマンが、その装甲で、一撃を受け止める。
二撃、三撃。
流石に怪人の攻撃は威力が大きく。
雑魚構成員をバッタバッタとなぎ倒していたメタリックマンも、苦しそうに下がる。
抉りあげるように振るわれるクロー。
だが、その腕を掴むと、投げ飛ばし。
地面に叩き付けるメタリックマン。
激しい激突音と共に。
地面に亀裂が走り。
おおと、声が上がった。
報道映えするシーンだ。
「……っ!」
猛り狂ったような雄叫びを上げ、飛び起きた怪人が、更に激しいラッシュを掛けるが。
今度は踏み込んだメタリックマンが、掌底を叩き込み。
吹っ飛ばされた怪人は、廃コンテナに突っ込み、もうもうと煙を巻き上げた。
そして、メタリックマンが、空中に手をかざすと。
剣が姿を見せる。
神々しく輝く。
まさしく正義の剣だ。
コンテナから飛び出してくる怪人。
だが、そのクローが、剣に一撃でへし折られる。
わっと報道陣が声を上げる。
そして、一撃。
怪人が悲鳴を上げて、よろめいたところで。
フィニッシュに入るメタリックマン。
飛び退くと。
空中に浮き上がり。
足下に何か不可思議な光の図形のようなものを出現させ。
一気に加速。
強烈な蹴りを。
怪人に叩き込んでいた。
怪人を突き抜け。
地面を擦りながら振り返るメタリックマン。
しばし立ち尽くしていた怪人が。
爆発した。
文字通り、粉々である。
また、メタリックマンは。
悪の組織に打ち克ったのだ。
悪の組織、ブラックファングの所属者は死ぬと溶けてしまう。構成員達も、怪人さえそう。
故に、もはやその場には死体さえも残らず。
悪が存在していた証拠は。
激しい戦いの痕しか残っていなかった。
メタリックマンは勝利のポーズを決めると。
空中に消える。
文字通り消えてしまうのである。
報道陣は、わいわいと騒ぎながら、撤収に掛かる。
これで、明日の一面も話題は決まった。
楽な仕事である。
ここ数年。
色々と混乱が起きていた。
ホワイトハウスの前に、宇宙船が着陸。
地球人類に、資源と資金の援助を約束する宇宙文明が到来。
世界中が「詰み」に近い状態になっていた状況から、一気に事態が改善され。
世界は明るくなって。
そして今。
それに対して、不満を唱える連中が各国で巨大なテロ組織「悪の組織」を。この日本では、ブラックファングを造り。
更に、警察でも、軍でも歯が立たないブラックファングに対して、今ヒーローメタリックマンが戦っている。巨大な悪の組織が現れた国には、ヒーローも必ず現れていた。
一時期マスコミと言えば。
世界のダニだった。
今は文字通り、事件をそのまま文字に起こせば、誰もが振り向いてくれる職業になっている。
本当に楽な時代が来たものだと、記者はいずれもが口にする。
カメラマン達もだ。
昔だったらピューリッツア賞ものだった写真が、今はとても簡単に撮れる。
ホワイトハウスに張っていれば、週に一回は宇宙船が来るし。
大統領がへこへこしている様子が簡単に撮れる。
宇宙人達は、今までのテレビに出ていたアイドルやらが案山子か幼稚園児が作った粘土細工に見えてくるほどの美貌の持ち主ばかりで。
いずれもが、凄まじい人気を誇るとも言う。
一方テレビ業界、特にアイドル業界はほぼ終わりに近づいているという話もある。
まあそれは仕方が無いだろう。
あの美貌を見せられてしまうと。
今まで手を振っていた相手が。
粘土細工にしか見えなくなってしまうのも頷けるのだから。
警察が来た。
そして現場見聞を始める。
ベテランの刑事が場を取り仕切っているが、表情は厳しい。記者の一人が、揶揄するようにインタビューを始めたが、激しい口調で追い払われた。
「この「ショー」を取材するのもいいがな、他にも殺人事件を一として、色々な事件が起きているだろう! そっちを撮りに行こうとはしないのか!」
「いやだなあ刑事さん。 分かっているでしょうに。 今、誰にでも分かるヒーローがいて、悪の組織と戦ってくれている。 そんな状況で、「たかが」殺人事件なんか取材するアホなんかいませんよ。 何しろ発行部数……」
ブチ切れた様子の刑事を。後輩らしい若手の刑事が押さえ込む。
青筋を額に浮かべていた刑事だが。
呼吸を整えると、もう無視しようと決めたらしい。
陰口をたたく記者達。
「ばかじゃねーの」
「俺たちだって働いて稼いでるっつーの。 何処かで殺人事件なんか起ころうと、誰も気にもしねーしな。 そんなん警察で発表したのをただ載せとけば良いだけだし」
「こっちの方が部数稼げるもんなあ。 幾つの新聞がヒーローのニュースだけで、息を吹き返したかあのおっさんしらねえんだろ」
「バカだよなー」
けらけらと笑う声。
ずっと様子を見ていた私は。
思わずぼやいていた。
「バカなのはどっちなのでしょうね」
勿論相手には聞こえない。
小型のドローンを用いて現場の様子を確認していた私だけれども。
ほどなく、後ろから声が掛かった。
「宏美くん」
「はい」
振り返ると。
其処には、名状しがたい生物がいた。
蛸のような。
海洋生物を思わせる姿。
白衣を被っているのは。
この世界の常識にあわせるため。
ただし、あまりにも巨体。
背丈は四メートル以上。
幅もそれ以上はある。
全体的に球形に近い形なので、その巨大さは圧巻だ。マンタなどを見れば分かるのだけれども。球形に近い生物は、「長さ」から想像するよりも、遙かに巨大に見えるものなのである。
この人は通称「博士」。
我々のチームのリーダー。
私、七瀬宏美は今。
この人のチームに所属して。
ようやく実用化が果たされようとしている、ある道具の実戦運用を開始しようとしていた。
私は「普段」、私立の高校に通っている何の変哲もない学生だ。
まあ一応スポーツはそれなりに出来るがそれだけ。
国体に出るような実力は無い。
勉強もそれなり。
クラスで中の上くらいの成績。
学校そのものがごく普通の学力なので。
別にすごくもなんともない。
ルックスも別に目立たない。何処にでもいるような目立たない顔立ち。中肉中背。一応黒髪は綺麗だと言われていたが、それも今では邪魔だからポニテにまとめているし。長さも肩までほどしかない。つまり幾らでもその辺にいる一山幾らの、若い事しか価値が無い学生。
料理はそれなりに出来るが。
ただこれは、そもそも私が今は一人暮らしである事も理由だ。少し前は保護を受けていて、コンビニ弁当ばかり食べていた時期もあったのだけれど。
今は限られた環境できちんと料理をして。
ちゃんとした食事をするようになっていた。
だから自然に料理は出来るようになった。
なお、博士はどうやって発音しているのかよく分からないが。
発音するとき、鰓のようなものが動いているので。
それが音を出しているのだろう。
「今日の試験で、恐らく実戦運用の段階に持って行けるはずだ。 これで、やっと奴らの悪行を食い止めることが出来る」
「はい」
「君には重いものを背負わせる。 だけれども、これだけは分かって欲しい。 君にしか、出来ないのだ」
「……」
本来は。
私は特別なことを出来る人間では無い。
だけれども、私の遺伝子にある特殊な。億人に一人もいない、特殊な遺伝子配列が、それを可能にした。
そしてその遺伝子配列を持つ人間の中で。
適任なのは。
私しかいなかった。
それだけだ。
それだけの理由で。
私はチャンスを貰った。
博士は申し訳ない。重いものを背負わせると何度も口にしているけれど。
私は一向に構わない。
マスコミは報道もしない。
テレビは毎日ヒーローの話題一色。
確かにそれが本物のヒーローだったら、正しいかも知れない。悪を叩きのめすヒーローは私も好きだ。
だけれど、それが。
人間の心理を利用しただけの。
偽物だったとしたら。
私は博士に促されて、トレーニングルームに出向く。
何人かいるサポートメンバー。
そもそも、博士が地球で働いている事でさえ、ばれてしまうとまずいという話らしく。サポートメンバーは政府から派遣された精鋭だけ。
それもたったの数人。
それくらい、機密が激しいのだ。
なお、私も、スカウトされてからは学校には行っていない。
学校に行っているのは影武者だ。
正確には私のクローンだけれども。
そのクローンも、どういうわけか遺伝子配列に「例の部分」は存在していないらしく。私の代役は務められないらしい。
危ない橋を幾つも渡り。
やっと私は。
この場に立つ事が出来た。
渡されたのは、ブレスレット。
これを手に着け。
天にかざすことで。
私は「変身」する事が出来る。
これで、やっと私は。
復讐をする事が出来るのだ。
勿論、それだけが目的では無い。
今、起きている事に。誰も気付いていない。気付いているのは、ごくごく一部の人間だけ。
派手で格好良いヒーローと。
それに抗う邪悪で残忍な悪の組織。
世界中でぶつかり合うこの二つが。
マスコミも民衆も。
心を鷲づかみにしてしまっている。
実際悪の組織が行っている様々な悪行の数々は許しがたいものだが。
そもそもが。
いや、それはいい。
兎に角私は、これからやらなければならないし。
やるからには。全てをやり遂げなければならないのだ。
「それでは、宏美くん。 試してくれたまえ」
「分かりました」
すっと、天に拳を掲げる。
そして、私は叫んでいた。
変身。
私の身が変わる。
本物の悪を倒すべく、完全に調整された体に。
1、来訪者
西暦2000年代半ば。
地球の文明は完全に詰んでいた。
大国はあらゆるしがらみにがんじがらめになり。
発展途上国は爆発的な人口増加と、手に終えないカオスの中で、あらゆる全てが文字通り終わった。
増え続ける人間をとても地球は支えきれなくなり。
異常気象が続発する中、世界中で暴動が起き。
内乱が起き。
小規模な軍事衝突が彼方此方で発生し。
クーデターで国が潰れ。
世界大戦が起きたわけでもないのに。
世界中がもはやどうしようもない状況になっていた。
そんな中。
それでも世界最強を誇っていたアメリカ合衆国。その大統領のオフィスであるホワイトハウス前に。
宇宙からの来訪者が現れたのである。
それはあまりにも容易く防空網を突破し。
着地した。
楕円形の宇宙船であった。
もはや地球の文明では、それがどうやって飛んでいるのかさえ分からないほどの文明の産物。
其処から現れた人々は。
あまりにも美しかった。
男性はまるで黄金比の権化。
女性は正にエロスの究極。
背が高い者は神々のようで。
背が低い者はそれはそれで美貌を極め。
偉大な芸術家が作り上げた彫刻が、顔を赤らめて逃げ出すほどの美を見せつけ。その場に現れた地球人どもを睥睨した。
クロファルア人の到来である。
彼らは、もっとも世界に影響があるアメリカ合衆国のホワイトハウス前に、堂々と現れる事で、自分達の存在を誇示すると。
衛星放送を要求。
そして世界中に伝えた。
現在、地球が非常に苦しい状況に陥っていることは把握している。
だから援助を行おう。
地球人類はこのままでは、宇宙に出ること無く、文明を終えることはほぼ間違いない。宇宙でも知的生命体が文明を構築することは希で、それをこんな形で終わらせてしまうのはとてももったいないことだ。
物資。
それに資金。
更に技術。
これらを提供しよう。
そうクロファルア人は気前よく約束した。
報道官であるアポロニアは、ハリウッドスターが粘土細工に見えるほどの美貌の男性であり。
報道の際にその声はオペラ歌手が廃業を考えるほどの美しさで響き渡った。
世界中が一瞬だけ大混乱したが。
やがて彼らが有言実行。
軌道エレベーターの構築。
更に有名無実化していた国連の再建援助。
そして様々な先進的技術による、貧困救済策と人道的にも問題の無い人口抑制策を行っていくと。
世界中はクロファルア人を支持した。
そう、此処までは良かったのだ。
私も、まだこの時点ではスカウトを受けていなかったし。
学校で周囲の同級生がきゃあきゃあ騒いでいるのを見ながら、凄い美形だなあとかぼんやりと思っているだけで良かった。
今やファッション誌は軒並み廃業。
モデルも仕事が無くなった。
何しろ完璧な美が現れてしまったのだから。
まるで蛾が灯に吸い寄せられるように。
人間の全てが、クロファルア人の美貌に釘付けにされ。
到来した平和を甘受した。
そう。
世の中、昔から。そううまい話なんてあるわけが無い。分かっていた筈なのに、誰もがそれに気づけなかった。
そうして私は家族を失った。
私も家族とはそれほど仲が良かったわけでも無いし。
逆に仲が悪かった訳でも無い。
いずれにしても、失踪で処理されたが。
私は、彼奴らに。
両親を殺された。
正確には、彼奴らの誰かに、だ。
スカウトを受け、基地から出なくなった後。
私はその真相を知った。
最初基地に連れ込まれたときは、拉致同然だったので、此奴らは何を言っているのかと本気で思ったし。
博士を見た時には、それこそああこれで死ぬんだなと思った。
だが、徐々に事情を説明され。
真相を知ってからは。
今は協力するつもりになっている。
そこまで親しかったわけでもないけれど。
それでも家族だったのだ。
勿論血がつながっていれば心も通じるなんて寝言を信じるつもりは無いし、そんな寝言を垂れ流す奴はアホだと思うけれど。
しかし、私の家族は、其処まで酷くもなかったし。
人間であることに違いは無かった。
単純なビジネス。
それだけで殺された事を。
許すことなどできないし。
そして現在進行形で。
無能なマスコミが目も向けず。
警察も手を出せない中。
同様の案件で多数の人々がビジネスのために殺されている。
それを見過ごすことは出来なかった。
軽くストレッチして体を鍛える。
とはいっても、それほど本格的なものではない。
私もスポーツをやっていたけれど。
あくまで多少、である。
ちなみに種目はラクロスだ。
別にエースでも何でもなかったし。
チームも小さかった。
少子化で部活が小規模化し。
ベンチの人員を抱える余裕なんて何処も無かったから。
普通にレギュラーだったが。
それだけだ。
運動が出来る訳でも出来ない訳でも無い。
軽く体を動かしてから、今日も講義を受ける。
実戦に出るまでに。
出来る事は、やれるだけやっておかなければならない。そう、準備を徹底的に整えなければ。
勝てる戦いも勝てないのだ。
勝つ戦いに理由は無い事は多い。
だが理由無く負ける者はいない。
ことわざとして似たようなものは世界中にあるらしいけれど。
私の場合もそれは同じ。
そして、一人か、或いは複数か分からないけれど。
クロファルア人どもの中に潜んでいる犯罪者を見つけ出し、そしてブッ殺すか逮捕する。逮捕し、証拠を掴めば死刑は確定と言う事なので。どうしようもない場合を除けば逮捕しろと言われているが。
まずはその前に。
連中がやっている事を、止めさせなければならないのだ。
狭いアジトの中を歩く。
講堂に出る。
とはいっても極狭い部屋で。
機器類が新しいこと、それも地球の技術基準では無く、銀河系全土の文明が加入しているという汎銀河文明連合の基準で、という事を除けば。極狭いコンクリ直打ちの小さな空間である。
席の一つに座る。
隣には、既にもう一人のスタッフが来ていた。
此処での雑事担当。
おっとりしたお姉さんで、いつもスーツをぴっちり着こなしている。
彼女は内閣情報調査室の精鋭の一人。
この容姿と雰囲気とは裏腹に、相当な使い手らしく。
此処にも、自ら志願して来たらしい。
彼女は当然、後ろ暗い任務も請け負っている。
私が失敗したとき。
博士と協力して、一切の痕跡を消す事も、その仕事に入っている。
当然私も、その時には消されるだろう。
私の仕事は。
失敗が許されないのだ。
博士が来て、講義が始まる。
壁に立体映像が映し出される。
十二人の立ち姿。
その内一人がピックアップされた。
「現在、活動している「ヒーロー」は十二名。 日本ではメタリックマンと呼ばれる個体が該当する」
映像が映し出される。
メタリックマンは、古き良き特撮に出てきそうな、鋭角的な姿をした「ヒーロー」だ。とはいっても、実態が現実とは異なるのは、あまり多くの人が知らない事実だが。
全体的には名前の通り白銀色で、所々ブルーのラインが入っている。
全身を隠しているスーツは非常に「格好が良く」、特に「センスの良さ」は抜群である。
メタリックマンという直球の名前は、マスコミがそう呼称するようになったからからであり。
本人がそう名乗った訳では無い。
なお、本人が喋るところを、見た事がある人間はいない。
それがよりメタリックマンの「神秘性」を高めているのは事実だ。
続けて、多数の人影が映し出される。
現在、クロファルア人に対するテロ活動を掲げている組織。
全世界に大きなものが12個。
そう、丁度ヒーローと同じ数だけ存在している。
これは偶然などでは無い。
元々、過激な思想を抱えていたテロ組織を取り込み、巨大化したものもあるにはあるのだが。
その背後関係については、各国機関が血眼になって洗っている。
だが成果は出ていない。
まあそれもそうだろう。
「日本で活動している「悪の組織」はブラックファング。 現在彼らに所属している「怪人」はおよそ80名、戦闘を担う下級戦士である「構成員」はおよそ3000と推察される。 構成員でさえ生半可な人間では手も足も出ない実力を誇るため、どの国でも手出しが出来ないのが現状だ」
何度も聴いた講義だが。
聞き逃すわけには行かない。
ここからが大事だから、である。
博士は基本的に、同じ事を繰り返しながら、少しずつ発展させていく、という形で学習を進める。
それは彼の出身惑星での学習のやり方らしい。
いずれにしても、基本の部分を何度も繰り返してくれるので。
覚えやすいし、私にはあった学習方法だ。
「この間、ブラックファングの作戦が失敗し、メタリックマンが怪人一人と構成員30名を撃破。 ブラックファングはこれに対して、新しい作戦を既に用意していること、今度は更に多くの恐怖をまき散らすことを宣言している。 宣言している情報元は特定不可能で、日本政府はクロファルア人に協力を仰いでまで情報の出元を洗っている様子だが、まあ辿り着くのは不可能だろう」
「分かっています」
「うむ。 だが、彼らが確実に現れる地点については分かっている。 「作戦が行われ、失敗した後、必ずヒーローと悪の組織は戦う」からだ。 作戦が行われる地点は大体推察がついている。 そして戦う場所は、其処から推察できる」
今度は地図がピックアップされ。
そして立体的な図面が表示される。
此処か。
私が初陣で出る事になる場所は。
「宏美くんは、此処から侵入。 この地点で、変身を行い、作戦を開始して欲しい」
「分かりました。 周囲への被害はどうします」
「それについては、此方でどうにかする。 少なくとも、戦いの際には、警察が被害を出ないように誘導する。 表向き、「ヒーロー」は市民に迷惑を掛けないように戦っているからな」
表向きか。
アレが。
メタリックマンが、本当にヒーローだったら。
特撮に出てくるような、影に生きながらも、悪の組織と戦うヒーローだったら。世界中に今いる十二人のヒーローが、全員そうだったら。
どれだけ良かったか。
実際には違う。
だから私が、このような手を使ってでも。
私だけしかできないと言われて。
無茶をさせられていると分かっていても。
やらなければならないのだ。
それに、難しい事に。
クロファルア人そのものとの対立を作ってはいけない。
問題なのは、奴らの中にいる犯罪者をあぶり出すこと。
地球に来たクロファルア人は、あくまで汎銀河連合の規則通りに未開文明である地球に接触し。
滅亡寸前だった地球をしっかり元に戻してくれた立役者だ。
それについての恩はある。
問題は、現在地球に来ているクロファルア人三百名ほどの中に、想像を絶する鬼畜が最低でも一人、最悪では三十人前後いる事で。
此奴らをあぶり出さなければならない。
そうでなければ。
今まで殺された人々が報われない。
警察も必死に動いているという話だが。
そもそも警察の上層部でさえ。
この茶番の実態は知っているかどうか。
知っていたとしても。
戦力が違いすぎて、どうにもならないだろう。
日本にいるブラックファングだけで。自衛隊が総掛かりでもどうにもならない程の戦力を持っている。
最大の戦力を誇る米国の悪の組織、ヴィランズに至っては。
米軍が手を出す事を躊躇するほどの戦力を持つと聞いている。
危険すぎるが。
それでもやるしかないのだ。
作戦開始の日時などを、詳しく決める。
とはいっても、敵がいつ動くかはまったく分からない。
敵が動き始めてから、迅速に動けるように。
先に準備をしなければならないのだ。
幸い、現時点では。
ブラックファングにも。メタリックマンにも。
私の存在は気付かれていない。
博士の存在もだ。
ただし、これも一回目の作戦が終わるまでだ。
一回目の作戦が終わった後は。
当然のことだが、危険度が跳ね上がるだろう。
クロファルア人は、汎銀河連合の中でも、中枢とまでいかなくとも、相応の勢力を持っていると聞いている。
五十を超える星系を領土に持ち。
科学技術は地球人など比較にもならない。
もしも、犯罪者がクロファルア人の文明で、上位にいる存在で。
膨大な金を持ち。
権力者ともつながっていたら。
その時は、色々な意味で大変に危険な事態になるだろう。
証拠隠滅のために、地球を消し飛ばそうとするかも知れない。
それくらいはやりかねない輩なのだ。
博士に聞かされている。
覚悟だけは決めろ。
作戦に失敗は許されないと。
細かい所まで打ち合わせ。
その後は、何度も復唱する。
繰り返すが、作戦に失敗は許されない。
そして、そもそもこれ以上奴らを活動させたら。
どれだけの人が影で殺されるか。
知れたものではないのだ。
ミーティングが終わる。
私はあくびをしながら、自室に戻る。
自室は、家にいた頃のを再現した場所で。少しでもリラックスできるようにと、博士達が配慮してくれた。
ゲームなんかもあるが。
ただしwebにつなぐ事は出来ない。
それだけ用心しているのである。
ゲームの新作などは、何人かいる協力者が差し入れてくれるし。
更新用のパッチデータなども持ち込んでくれる。
とはいっても。
彼ら彼女らも、実験用の動物に、余計なストレスが掛からないように、という考えの基で。
私に協力しているのかも知れない。
私がいるのは。
そういう世界だ。
そういう世界だからこそ。
よりタチが悪い宇宙人に、目をつけられて。
いま好き勝手にされている、とも言えるのだろうが。
ぼんやりと天井を見ていると。
博士に言われた事を思い出す。
「地球の文明が破滅する寸前に陥っていたのを、汎銀河連合が憂慮していたのは事実なのだ。 これに関しては、宇宙に生じた貴重な星間文明を滅ぼすわけには行かないと、決議まで行われた。 問題は、地球人が想像を絶するほどに浅ましかったことだ。 だから介入まで時間が掛かったし。 どんな文明にもいる犯罪者がつけいる隙も作ってしまった」
博士は悔しそうに声を震わせる。
とはいっても、そういう演出かも知れない。
博士は人間とは違う。
考え方も。
思考回路も。
だから、私に合わせて話してくれる。
姿までは合わせるつもりはないようだけれども。
それでも、随分譲歩してくれていると思う。
私は思うのだ。
結局の所、今のクロファルア人ブームも。
人間の浅ましさの結果ではないかと。
確かに美しいとは思うけれど。
人間は外面だけで、相手の価値を決めると言う事を、ずっとずっと続けて来た。
悪を醜く描写し。
ヒーローを美しく描写すると言う事を。
ずっと続けて来た。
クロファルア人は、人間から見ると完璧と言って良いほどの美貌を誇る。
だから、宇宙人を神と考えていた人々は。
正にこれぞ神の降臨だと、歓喜に踊り狂っているという。
でも、実際には。
美しかろうが何だろうが。
中身には犯罪者もいるし。
地球人同様にクズだってたくさんいる。
博士の話によると。
クロファルアの文明での犯罪発生率は、地球よりはだいぶマシ、という程度に過ぎないそうで。
もっとも治安が安定している星間文明とは。
それこそ雲泥の差があると言う。
しかも、犯罪発生率が低い代わりに。
その犯罪は桁外れのものが多い。
思うに外面だけで相手を判断する浅ましすぎる考えを持つ地球人だからこそ。
邪悪の権化みたいな輩に。
好き勝手に利用されているのではあるまいか。
放っておいていいのではないのか。
そういう考えも時々沸いてくる。
両親の事は確かに悔しい。
特に仲が良かったわけでもない。
趣味に理解があったわけでもないし。
優しかった事だってない。
外面で相手を判断し。
自分の思うように子供を「躾けようと」する。
普通の両親だった。
そんなのは当たり前だと私も知っている。
子供に愛情を注いでいる親なんてものがむしろ少数派である事は、私が自分で一番良く知っている。
そんな両親でも。
殺されるほどだっただろうか。
ましてや、これから守ろうとしている相手は。
外面だけでクロファルア人のことを崇拝し。
その中に紛れ込んでいる犯罪者のことを考えようともせず。
連日報道されるヒーローと悪の組織の戦いに熱中し。
そしてその影でこっそりと紙面の隅に書かれている殺人事件には興味も示そうとしていない。
そんな奴らだ。
そんな奴らに。
守る価値が。
本当にあるのだろうか。
寝返りを打つ。
戦いは、今始まってもおかしくない。
万全の状態でいられるようにと、念を押されている。
だが、精神には確実に迷いがある。
こっちに来てから、精神鍛錬も始めたが。
それでも迷いは消えない。
日本でブラックファングとメタリックマンを潰したら、他の国でも薄氷を踏む作戦を開始しなければならないのだ。
私は。
長い戦いの、最初にさえ。
まだ立ってはいない。
2、無力な手
またか。
警視庁の捜査一課に務めている東方千は、舌打ちしていた。
名前からは分かりづらいが、男性である千は、現在警部補。東京の、しかも本庁の捜査一課といえば、全国から精鋭が揃うことで知られているが。
現在35歳の千は、元々山形出身で。
幾つかの犯罪捜査で活躍を見せて抜擢。
東京の捜査一課に栄転となった。
元がヒラだから、実際には警部補がほぼ出世の限界だが。
それでもやりがいは感じていた。
警官で無ければヤクザだろうと揶揄されるほどのごつい容姿の東方は、これを天職だとも思っていた。
ブラックファングとメタリックマンの戦いに違和感を覚え始めるまでは、だが。
資料を一瞥する。
ブラックファング。
元々クロファルア人の襲来の後、急進派の過激派団体などを中心に結成された反社会組織、だったのだが。
いつの間にか、中東の凶悪な原理主義者テロリストや、大陸の犯罪組織とつながるようになり。
非常に重武装かつ。
おぞましい生物兵器開発をも始めた。
公安もマークしていたが。
すぐに公安程度の手に終える相手では無くなった。
本当に一瞬の事だったという。
実際に公安の関係者が何人も惨殺され。国家非常事態を出すか総理が悩んだほどだったそうだが。
構成人員の全てが、今では超人と言って良いほどの戦闘能力を得ている上に。
一人として居場所が分からない。
事件を起こすまで、何処にいるかさえ分からないのだ。
元々の構成員達は、ブラックファングを作るまでは活発に動いていたのだが。今ではその全員が失踪。潜んでいる場所すらも分からない。規模は様々な事から判明しているが、それだけである。
総理は自衛隊を出しても手におえる相手では無いと判断したらしく。
各国で暴れている同じような急激に成長した悪の組織同様。
合同での対策に乗り出すことになったらしい。
そうしている内に、事態は悪化。
此奴らが、各地で銀行強盗やオフィスビルの占拠事件などを開始。
甚大な人的被害が出るようになった。
恐怖の時代が始まったが。
それは一瞬で終わった。
突如現れた謎のヒーローメタリックマンが。
警察が駆けつける前に、鮮やかに被害者を出さずに事件を解決する、という事を開始したからである。
恐怖は一瞬にして歓喜に変わった。
警察でも、自衛隊でも手におえなかった相手が。
特撮の世界から飛び出してきたような、誰もが格好いいと認めるデザインのヒーローによって撃破される。
冗談のような話だが。
それが本当に起き。
多くの人間が救われ。
無言のヒーローメタリックマンは、淡々と、警察や自衛隊の鎮圧部隊を返り討ちにしていったブラックファングの構成員や怪人を撃破。
金を稼げるニュースに飢えていたマスコミは、それこそダボハゼのように食いついた。
そして今では。
テレビでは毎日特集番組が組まれ。
その名を聞かない日など無い。
そんな日々が続いている。
新聞もテレビもマスメディアはこの状況に熱狂。
メタリックマンの活躍の様子を映像に収め。
警察は無能。
警察は役立たずと。
連日連呼していた。
それだけで視聴率が稼げ。
スポンサーが潤沢な資金を提供してくれるのだから、安い商売である。
この時代、既にバラエティ系の番組も、ニュース系の番組も。その品質のおぞましい低さから素人が作った動画にさえ遅れを取り、完全に死に体だったが。
それらが息を吹き返したのは。
メタリックマンの鮮やかな活躍によるもの、と断言して良いだろう。
確かに最初は、東方にも忸怩たるものがあった。
役立てていないとも思っていた。
警察は本当に肩身が狭いとも思ったし。
役に立てないことを恥ずかしいとも思った。
市民の盾にさえなれない事は。
本当に情けないとも感じていた。
だが、それでも念入りに、徹底的に調べて見ると。
妙なことが分かり始めたのである。
ブラックファングとメタリックマンが争う背後で。
失踪事件が発生しているのだ。
失踪しているのは中年以上の人間。それも社会に居場所が無く、接点が少ない者だ。
いずれもが、社会的には「ゴミ」だの「寄生虫」だの言われていた人物達である。実際ネットで人々の無責任な言論が可視化されるようになってからは、非常に風当たりが強くなって行った社会的弱者。
それも、基本的に集団になじめなかったり。
生活保護さえ受けられず、社会から追い立てられるようにひっそりと暮らしていたり。
テレビ番組などでは昔「ニート」等と呼んで揶揄し。
様々なメディアが差別対象としてピックアップした人々などが特に失踪していた。
何処に失踪したのかも分からない。
部屋などがあらされていた形跡も無い。
この時代、生活保護制度は非常に風当たりが強く。
生活保護を受けていた人間に対しては、周囲は人間扱いしないことも多くなっていたこともあって。
生活保護を受け取りに来ない人間に対しても。
市役所は追跡調査さえせず。
冷淡に無視するだけだったが。
データだけは残していた。
このデータを調査していくと。
やはり生活保護を受給している人間にも。
相当な失踪者が出ていることが分かった。
それも、である。
それら失踪者の足取りを追っていた所。
東方は知った。
あからさまに、メタリックマンの活躍と同時に。
おかしな形で失踪しているのである。
マスコミは勿論報じることは無いし、報じる事があっても新聞の片隅に、ひっそりと、である。
あまりにも無責任なメディア。
完全に死んだ報道モラルだが。
それを嘆いていても仕方が無い。
マスコミがモラルを喪失したのは随分前の話で。
今ではもうマスコミにモラルなんて誰も期待していない。
単に今マスコミが儲かっているのは、メタリックマンが存在しているからで。それを視聴者でさえ理解している。
実際ネットで調べた所。
メタリックマンに関する独自の調査をしている動画などは。
相当数が見受けられるようだった。
「ブラックファングもそうだが、メタリックマンもおかしい」
ぼやく。
それを耳ざとく聞きつけた部下、桐野巡査長が。声を落として言った。此奴は昔からの部下で。
右腕とも呼べる存在である。
30になったばかりだが。
東方とは対照的に、線が細い優男である。なお結婚して息子が一人いる。
「東方さん、声が大きいです。 メタリックマンを盲目的に崇拝している人間は、警視庁の中にも大勢います。 東方さんが調べていることについても、良く想っていない人間までいるくらいです」
「分かっている。 だが、おかしいものはおかしい」
反吐が出る。
そもそもだ。
宇宙人が来る前から、この世界はどんどん暮らしづらくなって行っていた。
周囲と違う事はおかしい。
それだけで万死に値する。
弱い者は虐めてもいい。虐められる方が悪い。
信念を持つ者は幼稚だ。何も考えずに働けば良い。
少なくとも、表向きは口にされなかったそういう悪しき理屈が、平然と横行するようになり。
上っ面だけの価値観だけが求められるようになって行った。
昔からそうだったという声もあるが。
より露骨に。
より残虐に。
社会のシステムが劣化していった、というのは事実だろう。
宇宙人が来なければ。
人類の文明は勝手に自壊していただろうというのは、誰もが共通する認識ではあるのだが。
今はメタリックマンの異常なブームによって。
メタリックマンに異を唱えることそのものが。
それこそ、命の危険さえ感じる程になっている。
勿論、実際にメタリックマンによって救われた命はたくさんいる。
だが、何かきな臭いのだ。
勿論きな臭いというだけで、弾劾することも。
告発することも出来ない。
だから調べていたのだが。
これはやはりおかしい。
「この失踪数は妙だ。 失踪傾向もおかしい。 ブラックファングが現れて暴れ回る影で、必ず一定数の失踪が発生している」
「本当ですね……」
「巧妙なことに、微妙にブラックファングが暴れる地域とはずれた場所で失踪事件が起きているんだ。 このデータを見て欲しい」
グラフにすると、一目瞭然。
そして反吐が出る話だが。
被害者の周囲の人間達は。
口を揃えて、失踪して良かった、と言っているのだ。
状況証拠としては、これだけでも正しいかも知れない。
親兄弟が、社会からはじき出された人間に理解を持つ、何てのは幻想だ。周囲と感性が違う人間が、血縁上の親からも人格否定されて、苦しみながら育つ事なんて幾らでも例がある。
これら失踪事件は。
周囲の人間達が。
「社会からはじかれたクズ」が「いなくなってよかった」と、口を揃えていて。
それが故に社会問題化していない。
誰かがその人のために悲しむ、何てのは都市伝説だ。
実際には、死んでも、失踪しても、悲しまない人間なんて幾らでもいる。
人間なんてそんな程度の生物で。
故に滅亡し掛けたのだろうとも東方は思っているが。
いずれにしても。
ブラックファングの動きがおかしいと言うことは。
必ず颯爽と現れるメタリックマンもおかしいと言うことだ。
勿論優先順位は、実際に最前線で動いているブラックファングだが。
同時にメタリックマンのおかしな動きにも、注意を払う必要がある。
とにかく、正体がまったく分からないのである。
普段は何処で何をしているか。
あのスーツの下は何者なのか。
それら全てが分からない。
スーツの下に、孤高のヒーローが隠れているのならそれでいい。
警察としても全面的に協力していくだけだ。
東方もそれには何ら異存がない。
むしろ、戦闘力では役に立てない代わりに、情報面などでバックアップしていきたいくらいだ。
だが、もしそうではなくて。
例えば。
これが出来レースだったりしたら。
ブラックファングは、元々救いようが無い悪党集団だが。今の状態になる前からそうだったし。今でもそうだ。
だが、メタリックマンをヒーローとして全面的に崇拝する今の風潮は。
危険では無いのだろうか。
データがまた出る。
この間、廃工場でメタリックマンが、ブラックファングとの戦いを行い。
嗅ぎつけたマスコミのカメラの砲列の前で。
ブラックファングの構成員と。
怪人を。
草でも刈るようになぎ倒した。
その映像はいい。
今出てきたデータは。
その前後数日間。
失踪した人間だ。
失踪に必然性がある人間は一旦弾く。
此処で言う失踪に必然性がある人間とは、失踪してもおかしくない人間。つまり住所そのものがそもそも怪しく。居場所の確認が取れるとは限らない人間の事をさす。こういった場合、大半は事件性がない。
問題なのは。
社会に居場所が無くて。
肩身が狭い思いをしていて。
周囲から排斥されているタイプの人間。
それも、中年から老人に掛けてが。
あからさまに、多数失踪している、と言うことなのである。
桐野に声を掛けて、失踪者の一人の自宅に赴く。
何やら業者が来ていて。
大量のグッズを運び出していた。
何をしているのかと聞くと。
冷め切った目をした、風船のように太った女が。
ゴミでも見るように、運び出されていくプラモデルを見ていた。
「あれは?」
「ああ、うちのがいなくなったからね。 ゴミを売ってるだけだよ」
「ゴミ、ですか」
「あんなもの、金に換わる以外はゴミ以外の何者でもないだろ」
せせら笑う太った女。
失踪した男性、51歳になる人物は。見合い結婚した相手とずっと上手く行っていなかった上に。社会ではつまはじきものだった。
宮崎事件、といういわゆるオタクが排斥される事件が発生してから。
オタクを被差別階級にしようという動きがマスコミを中心に活発化し。
何か趣味を持っているだけでオタクとされ。
事実上社会から抹殺される、という事例が頻発したが。
その余波は現在でも残っている。
この女は、夫の趣味には一切合切の興味を示さず。
ゴミとしか考えていないようだった。
しかもいなくなった事さえ。
どうでもいいと考えているらしい。
プラモデルは、ものによっては現在相当な値段がつく。
見ると、アクリルケースにしまわれた、完成品が運び出されていくところだが。
ざっと見たところで相当な値打ちものだ。
良いものには100万を超える値段がつくという事だが。
そういう品ではないのか。
業者が、札束を女に渡し。
女は舌なめずりしながら受け取っていた。
「旦那さんのことについて聞きたいのですが」
「知らないよあんなの。 どっかでのたれ死にでもしたんじゃないの」
「ちょっと、貴方の旦那さんでしょう」
「だから何? 出世も出来ない、毎晩遅くまで帰ってこない、やってることと言ったらいい年してプラモデル。 そんなクズと結婚して、こっちは肩身が狭くて仕方が無かったんだけれどね」
おぞましいほどに。
冷酷な、突き放す言葉だ。
東方は思わず口を引き結んでいたが。
女は更に夫の人格否定を続ける。
「この家もうっちまうつもりだよ。 そうすれば、実家に戻れば後は寝て暮らせるからねえ。 唯一あれに価値があったとしたら、今金に換えたゴミくらいだろうさ。 まあ後は寝て暮らせるし、どうでもいいけどね」
けらけらと笑う。
これは。
失踪者は、相当な地獄を見ていたのではあるまいか。
それだけではない。
息子はいないのかと聞くと。
とっくに出ていったとか言う。
しかも、息子については。
この女が追い出したようだ。
「あれもうちのと同じくゲームだとかにいい年してはまっていてね。 一度ゲーム機とか全部善意で捨ててやろうとしたら、私の事を殴ったんだよ。 善意でやってやろうとしたのに、何を考えているんだか。 警察を呼んだけれどあんた達みたいに何の役にも立たないから、もう家から追い出したよ」
「人の財産に勝手に手をつけようとしたんですか。 それも相手は大人でしょう?」
「財産? あんなゴミが?」
醜悪な笑みを浮かべる女だが。
こういう輩は別に珍しくない。
東方は別に趣味としてホビーを持っている訳では無いが。
こういう人間が、宮崎事件以降積極的に差別に荷担し、作り出し。
「殴って良い弱者」の誕生に歓喜し。
積極的に「作り出された」弱者を虐待していった苦い歴史を知っている。
だから、どうしても。
この女のことには好意はもてなかった。
なお、今は息子と連絡も取っていないそうだ。
後は年金まで逃げ切るだけ。
その資金も出来た。
そう高笑いする女に。
桐野はキレそうになっていたが。
東方は丁寧に頭を下げて、その場を後にする。
「あれは犯罪ですよ。 失踪しただけで、本当に死んだかも分からないのに、勝手に財産を処分するなんて」
「……そうだな」
「こんな事例ばかりですね」
「ああ」
そう。
失踪者は、こういう社会の隅に追いやられている者ばかり。
失踪しても連絡が上がらないケースさえある。
今回の件は、会社から連絡が入って、失踪が分かった例で。
むしろあの女は。
夫が失踪したことで歓喜したくらいだろう。
やはりおかしい。
次の失踪者の所に出向く。
こんな事例ばかりを目にしていると。
はっきり言って反吐が出そうだが。
それでもやらなければならないのが警察の仕事だ。
理解者が一人でもいる失踪者は、まだ情報が出てくる。
だが、周囲の人間があの手の連中である事は珍しくも無いし。
そういう場合は、相手のことを「何も知らない」事が殆どだ。
具体的には相手のことを人間だと認識していない。
故にああやって、相手の全人格、全存在を否定出来るし。
殺して足がつかないなら、何の罪悪感も無くやっていただろう。
そんな連中が。
「平均的な人間」なのだ。
そして「平均的な人間」が、趣味を持っていると言うだけの多くの人間を虐待し。正義を気取って棍棒を振り回してきたのがこの社会だ。
この仕事をしていて、本当に嫌になる瞬間である。
「次もあんななんでしょうか」
「嫌になったか」
「いえ……しかし」
「ブラックファングを今動かしている……いや言葉を飾っても仕方が無いな。 ブラックファングを乗っ取った、或いはそもそも結成を組織したのが何者かはわからんし、どうしてメタリックマンが戦っているのかもわからん。 だがな、こうやって封殺されている失踪者が実在しているのは事実だ。 それを我々は追わなければならないんだよ」
東方の中で。
どんどん疑惑が膨れあがっていく。
社会が熱狂するメタリックマン。
誰もが認める格好いいメタリックマン。
だが、その本質は。
本当は。
あの、夫の私物をゴミ扱いし、換金して何ら罪悪感も覚えないような人間が指示している。
「正義のための棍棒」なのではないのか。
東方は、特撮のヒーローは好きだ。
数々の特撮で、悪の組織と身と心を削りながら戦って来たヒーロー達には敬意を覚える。だが、今見ているのは。
特撮では無い。
善人なんて、警官になってから、殆ど見た事がない。
良い人なんて、漫画の中にしかいないのではないかとさえ思える事もある。
一体東方は。
何を見て。
何が起きているのを、肌身に感じているのだろうか。
不意に連絡が入る。
捜査一課の部長からだった。
「東方か」
「はい」
「例の失踪者の調査か」
「ええ。 今桐野と一緒に次の被害者を調べに出ていたところです」
部長はメタリックマンシンパの一人。
それも、狂信的なファンだ。
メタリックマンに比べれば、特撮のヒーローなんてジャリ番のオモチャだ何て発言をしていた事もある。
ジャリ番というのは、要するに子供だましのテレビ番組のことで。
古くは国民的な人気を誇るアニメ作品も。
これらジャリ番扱いされ。
今では誰も覚えてさえいないようなバラエティ番組などのために潰されたりしていた歴史がある。
だからその発言にははっきり言って許せないものがあったが。
勿論感情には出さず、そうですねとその場で意見を表向きは合わせた。
そんな部長は。
今はメタリックマンに協力できないかと、色々模索しているようだった。
「ブラックファングが銀行強盗を始めた。 今、従業員十人以上を盾に、立てこもっている状態だ」
「それで、現場に急行すればよろしいですか」
「その通りだ。 そんなどうでもいい社会のゴミどもなんぞ放っておけ」
通話が切れる。
桐野が、話の内容を聞いていて、憤慨していた。
「周囲から居場所が無くて、迫害を受けている人間に対して、社会のゴミ……あのハゲ、本当に警官を名乗って良いんですか」
「キャリア様だからな」
反吐が出る話だが。
本来優秀なこの国の警察の足を引っ張っているのは。
エリートの筈のキャリア様だ。
国家一種という極めて難しい試験を受かった精鋭の筈が。
実態はこれである。
選民意識のかたまりで、実務なんてまるで出来ない。
よそはどうだか知らないが。
この国では、エリートほど使い物にならないのだ。
「ともかく、役に立てるかどうかは分からんが、ブラックファングが脅威なのは確かだ」
桐野を促して行く。
今の時点で。
警察どころか、自衛隊でさえ、ブラックファング相手には有効な装備を開発できていない。
それでも、弱者の盾になるために。
警官は動かなければならないのだ。
3、黒と銀
黒いスーツに身を包んだ、画一的な姿。
元々反社会的団体だった此奴らは。
今では昔街宣車を乗り回して、周囲に騒音をばらまいたり。
過激な言動を煽ったり。
労働組合を乗っ取って、会社とは関係無い政治活動に組合員を動員させたりしていた頃の面影はない。
いずれもが顔さえ見えず。
黒いスーツで全身を覆い。
その戦闘力は、武装した軍人でも歯が立たない。
アサルトライフルの斉射を浴びてもびくともしないことが、幾度かの事例ではっきり確認されているのだ。
しかも死ぬと溶けて消えてしまう。
遺伝子サンプルさえ残らないため。
正体さえ確認できない。
ある一時期までは、確かに此奴らは過激派だった。
過激派団体が何故か次々と連合し、重武装化していった。
その過程で告発され、逮捕された者もいる。
その時に、様々なルートから密輸されたらしい銃火器、それも制圧用の分隊支援火器まで出てきた事もあって、騒然となったが。
しかしながら、組織が完全にまとまり。
各地のヤクザの一部も取り込んだ頃には。
もはや公安どころか、自衛隊でさえ手におえない相手になっていた。
此奴らは、どこからともなく現れ。
何処とも分からない場所に消えていく。
その度に犯罪を起こしていくので。
もはやブラックファングと聞いて、震えあがらないものなどいないのだった。
もっとも、メタリックマンの出現によって、その恐怖は一気に弛緩したが。
警察が包囲した銀行の中には。
狙撃を怖れる様子も無く、ブラックファングの連中が彷徨いていて。
その中に、トカゲのような顔をして。
全身から刃を突き出している人型がいた。
怪人、である。
ブラックファング構成員100人に匹敵するという戦闘力を持ち。
メタリックマン出現前には、なんと重量50tに達する主力戦車を素手でひっくり返したという報告がある。
当然とても倒せる相手では無く。
麻酔などの薬物も一切通用しないどころか。
戦車砲の直撃を浴びせても、びくともしなかった。
しかも、メタリックマン登場後は、更に強力になっていると言う報告があり。
残像を作って動いたり。
銃弾を悠々とかわして見せたり。
あからさまに、人間に対して、遊んでいる節が見られた。
何しろ此奴ら。
捕虜にした銀行員達を縛ってさえいない。
東方が包囲に参加した後。
双眼鏡で銀行内部を覗くが。
震えあがっている銀行員と客十数名に対し。
機械的に立っている構成員と。
銀行のカウンターに座って、余裕の様子で腕組みしている怪人は。
此方にあからさまに射線が通っているにも関わらず。
平然としていた。
当たり前の話で。
対物ライフルが直撃しても、びくともしないのである。眼球などの急所に当たっても、である。
下手をすると、巡航ミサイルでも死なないのではあるまいか。
そういう噂さえあった。
死骸のサンプルでもあれば話は別になるのだろうが。
残念ながら、それさえない。
怪人も、構成員と同じく。
死ぬとその場で溶けてしまうのだから。
東方が、指揮を執っている警視の所に行き、敬礼。
手帳を見せて、話を聞く。
警視は頷くと。
とにかく包囲を継続しろと言うのだった。
「メタリックマンがすぐに来る。 そうすればどうにかしてくれる」
情けない話だが。
メタリックマン出現前は、ブラックファングが暴れるだけで、十人以上の警官が毎回殉職していた。
文字通り紙くずの様に引きちぎられていく警官達の事は、東方も覚えている。
途中からはそれが自衛官に変わったが。
戦車を持ち出そうが。
ヘリを持ち出そうが。
結果は同じだった。
悔しいが、突撃しても死ぬだけだ。
今警察に出来るのは、野次馬を遠ざけ。
被害者を減らすことだけである。
そして、その時は。
意外にすぐに来た。
ビル影を舞う影。
それはビルの壁をジグザグに蹴って跳びながら。凄まじい勢いで接近して来る。
鋭角なデザインの。
名前通りのメタリックな配色。
銀に青が所々アクセントとして加えられ。
見た人間誰もが「格好良い」と口を揃える存在。
メタリックマンである。
「よし、距離を取れ」
慣れたもので、現場指揮を執っている警視が指示して、包囲網を拡げる。
メタリックマンは民間人に被害者が出ないように動いてはくれるが、ブラックファングはそうではない。
銀行に飛び込むメタリックマンが。
早速強烈な蹴りで、構成員を塵にしていた。
文字通り、塵になるのだ。
蹴り一撃で即死して。
その瞬間消滅してしまったのである。
メタリックマンは何も喋らない。
ブラックファングも。
人質をあっさり放棄して、移動開始。警察はその進路を妨げず、野次馬の避難誘導をしながら、周囲から人を遠ざけることしか出来ない。
そしておかしな事なのだが。
此奴らはあからさまに。
誰もいない方に移動して、本格的な戦闘を開始する。
勿論特撮でも、お約束としてそういうものはある。
赤土の崖地で戦ったり。
廃工場で戦ったり。
そういう奴だ。
だが双眼鏡で、時々閃光が交錯するようにして戦っているメタリックマンとブラックファングの連中を見ていると。
どうしてブラックファングが、それに合わせているのかがよく分からない。
彼奴らは、そも銀行の人質さえあっさり放棄して逃げた。
そう。
メタリックマンが救助したのでは無い。
ブラックファングが放棄したのだ。
メタリックマン相手に、重荷を背負って戦えないという判断をしたのかもしれないが。
本当にそうだろうか。
また一人。
拳を浴びたブラックファングの構成員が吹っ飛び。
塵になって消し飛ぶ。
戦いは移動を続け。
道路上の構造物。
ガードレールや表札が、次々に破壊されながら、戦いの場が移動していく。
凄まじい速度での攻防が行われているが。
双眼鏡で遠くから見ても、線が走っているようにしか見えない。
野球場などで遠くから見ると。
メジャーリーガーの160キロに達する剛速球でも、打てそうな気がしてくるのに。
とてもそんな気にさえなれない。
「移動進路上に、廃工場があります」
「恐らく主戦場は其処になるだろうな」
東方が桐野に答える。
桐野も頷く。
どちらもしっかり調べておかないと。
はっきり言って危険すぎる。
特に、失踪者達の現実を見ている東方にとって。
ブラックファングだけでは無い。
どう考えても、都合良く現れて。
都合良く敵を倒していくメタリックマンは。
違和感の固まりでしかない。
しかも此奴ら、あからさまに直線距離ではなく、わざわざ人間がいない経路を通って工場へ移動しているのだ。
悪の組織までが。
どうしてそんな事をする。
不安を感じる中。
不意に、東方は揺れを感じた。
あれだけ激烈な戦闘が行われているのだ。
また今一人、構成員が消し飛んだ。
だから揺れてもおかしくは無い。
その筈なのだが。
何だか妙だ。
地震か。
まあ、地震なら、大した揺れでも無い。驚くほどの事も無いだろう。
ほどなく、ブラックファングの連中も。
メタリックマンも。
廃工場に到着。
怪人も本格的に全身のギミックを展開。
メタリックマンと戦いはじめた。
マスコミが押しかけてくる。
どうやって知ったのか、この工場で戦う事になるだろう事を察知していたらしい。
昔はこの辺りの工場は、巨大工業地帯の一角だったのだが。
今ではまるごと技術の墓場になっている。
この工場もその一つ。
とにかく、邪魔だ警察とかわめき散らすマスコミを必死に抑え。
危険から遠ざけなければならない。
役立たず。
邪魔だ。
どけクズ。
暴言が飛んでくるが。
それでもこんな奴らを守らなければならないのが警官だ。
とにかく必死に押さえ込んでいる内に。
違和感。
何か、やばいことが起きようとしている。
それを、敏感に、東方は察知していた。
「桐野! 気を付けろ!」
「は、ええ?」
「何か起きる!」
刑事の勘、何てものを信じる気は無い。
さっきから、断続的に変な揺れがあるのだ。
まるで、何かが目覚めようとしているような。
地震にしては頻度が多すぎる。
巨大地震の後の余震ではないのだ。
それもこんな小さな地震ばかり、どうして起きる。
それは地震では無い、とみるべきなのではあるまいか。
次の瞬間。
想像を絶する光景が。
誰もの視界を蹂躙していた。
4、初陣
走る。
私、七瀬宏美は地下を走る。下水道で、周囲は酷い臭いだが、関係無い。とにかく走る。
予想地点の一つで、ブラックファングとメタリックマンが交戦を開始。想定されるメインの交戦地点に移動も開始。
ならば、今回こそ。
初の実戦投入。
そう博士が判断したのだ。
手にはブレスレット。
このブレスレットに、様々な補助アイテムを差し込むことで変身することが出来る。そのための機構も付いている。幾つかの変身は既に試しているが。今回はその中の一つを使う。
当然だが、これは遊びでは無い。
最悪の場合、証拠隠滅のために死ぬ。
その覚悟は。
既に出来ていた。
私の両親は。
良い人間ではなかったけれど。
私の両親の周囲から、ゴミだのカスだの蔑視されるほどの酷い人間でもなかったと思う。
家族で対立もしたし喧嘩もした。
私の言うことを理解しようとしなかったことだってあった。
だが。覚えている。
私の両親が「失踪」した時。
周囲の人間がどういったか。
宏美ちゃんよかったね。
あんな人間のクズがいなくなって。
いい年こいて、あんなくだらないものため込んで。いい年こいて、サバゲーだとか言う戦争ごっこにうつつを抜かして。
あんなバカは忘れて、後は幸せに暮らすんだよ。
そういって舌なめずりする叔父。
私の体を見ていた。
同じようにして、遺産の分配を求めてくる者もいた。
どうせまだ子供なんだし、保護者が必要だろう。
保護者になってあげるから、財産を寄越せ。
まずそこの何の役にも立たないゴミを売って資産を作ろうか。
真顔でそう迫ってくる相手を前に。
私は蒼白になるしか無かった。
はっきり言う。
私は知っている。
この星の人間が。
滅びるべくして滅びようとしていた事を。
世界中何処でも虐めは存在し。
弱者への虐待は存在し。
差別は存在し。
どれだけ歴史を重ねても。
人類は反省などする訳も無かった。
反省などと言う言葉は、弱者に対して押しつける言葉であって。
暴虐を振るう人間は。
あらゆる行為が許された。
だからああいう連中が、「まともな人間」とされていた。
大量虐殺を見て手を叩いて笑う人間。
殺人現場を見て、死体が裸だったかどや顔で語っている同級生の男。
面白かったと、死者も出た爆発事故を見て笑っていた奴。
全部覚えている。
どれだけ醜悪に笑っていたかもだ。
そして、それが本来の人間の姿であり。
宇宙に文明があったとはっきりした現在では。
もし此奴らが何かの間違いで宇宙に出ていたら。
最悪レベルの迷惑を掛けていただろう、という事も、である。
幸いなのは。
クズは地球人だけでは無かった、という事か。
クロファルア人のように、文明が進んだ存在の中にもクズはいた。それも桁外れのクズが。
クズはクズだが。
しかしながら私は思う。
地球人のクズも、大して変わらないのではないかと。
博士は口にしていなかったが。
恐らく奴には積極的に協力している人間がいる。
それも、富裕層だったり。
或いは昔猛威を振るったエセフェミニストだったりの人権屋であったり。
いうならば、知的ごろつきとでも言うべき連中。
そんな奴らの中に。
絶対に加担者がいる筈だ。
現地に到着。
複雑な経路を通ったが。
それでもどうにか覚えてはいる。
それだけで充分である。何しろ、既に上で何かが行われている事は、気配として感じ取れる。
一度「変身」してからは。
私の感覚は、極めて鋭敏になっていた。
別に美貌なんかない。
故に人間の社会的ヒエラルキーでは高い方でも無い。
そして人間は。
社会的なヒエラルキーが劣る人間を。
自分と同一の存在とは考えたがらない。
自分より下の存在を設定して。
悦に入りたがる。
それが平均的な人間だ。
そんなものを守るために、本当に戦う必要があるのだろうか。
この宇宙でももっとも残虐で醜悪な生物の一種である地球人類などのために。
命を賭ける意味などあるのだろうか。
私は、人類そのものに命を賭けるつもりは無い。
私は、人類がとうに忘れ去った。
弱者を守り。
慈しんできたからこそ。
他の生物よりぬきんでることが出来たと言う現実。
祖父母世代や子供を厳重に守る事によって。知的財産を適切に継承し。次代にそれをつなぐ事によって、文明を発達させてきたという事実。
それを守る。
人間がそれを忘れ去っていたというのなら。
私が思い出させてやる。
命を賭ける価値くらいなら。
ある筈だ。
ブレスレットの状態を確認。
上の地形は把握している。
ならば、今回はこのアイテムが適切だ。
走りながら行ったミーティングでも、そういう結論が出ている。
私は、ブレスレットに。
キーを差し込む。
そのキーには。
人間には発音できない言葉で。
宇宙に存在する、ある生物の名前が書かれていた。
音域が違うので、そもそも聞き取ることさえできないので、私は変身時に、こう叫ぶだけである。
変身、と。
拳をキーを差し込むことによって、ブレスレットに光が集まり始める。
ドブネズミとゴキブリたちが、恐怖に駆られて逃げ始める。
奴らとは違う。
それを知らしめるためにも。
どれだけ腐りきっていようが。
守る価値が無かろうが。
私は「普通の人間」に被害が出ないように配慮しなければならない。
それが如何に。
いばらの道であってもだ。
変身制御は出来る。
既に試験も済ませている。
そして、変身後の姿に対しても。
私は何のためらいもない。
光が、爆発するように溢れ。
周囲が揺れ始める。
最初は小刻みに。
やがて、あからさまに地震と錯覚できるほどに。
ブレスレットの光が、不意に私に向けて収束する。
変身のプロセスが始まったのだ。
物理的な実体を伴い、私に殺到する変身スーツ。
それは、私を呑み込み。
下水道管を爆裂させながら、一気に膨れあがる。
勿論、上にある地面もそのままでは吹っ飛ぶので。
変身の際の姿は、ある程度コントロールしなければならない。
勝負はほんの一瞬。
いずれにしても、この制御については、自信はある。
前にやった時も、想像以上にスムーズに出来た。
そして今回も。
完全にイメージ通りに。
変身することが出来た。
私は、巨大な口になり。
無数にある触手を地面から噴き出させつつ。
その触手でドームを作るように。
出来レースの戦闘をしているブラックファングの構成員と。
メタリックマンを包み込み。
そして一気に口へと押し込んだ。
予想はしていたが。
此奴ら、あからさまに外からの指示で動いている。
故に、反応が一瞬遅れた。
それだけで充分だ。
触手が閉じ。
口の中に、全部まとめて、エセ悪の組織と。エセ変身ヒーローを放り込むまで、コンマ1秒も掛からない。
そして私は。
巨大すぎる口を。
ダイヤモンドなどこれに比べれば豆腐同然の強度を持つ歯を超高速回転させながら。
収縮させた。
悲鳴さえ上がらない。
戦車さえひっくり返す怪人も。
対戦車ライフルでさえびくともしない黒タイツの構成員も。
そして誰もが格好良いと絶賛し、連日テレビと新聞の話題を独占していたメタリックマンさえも。
一瞬にして。
ミキサーに掛けられたジュースよりも悲惨な有様になり。
全てが混ざり合い。
液体と化していた。
私は、歯の回転を止めると。
その液体を、空に向けて噴き上げる。
恐らく、地面でカメラを向けている連中からは。
巨大な何かが一瞬にしてブラックファングの構成員と怪人、更にメタリックマンを喰らった後。
噴水のように、その残骸を吐き出したように見えたことだろう。
これでいい。
これで、奴らには。
「分解機構」を発動する暇さえ無かったはずだ。
そのまま私は、地面の奥深くに体を後退させる。
崩れた土砂が。
私が通った後を埋めていく。
そして私は、体を限りなく細くしながら深く潜り。
最初から決めていた。
下水道の一地点に戻ると。
変身を解除していた。
終わった。
私の姿はそのまま。
出るときにトレーナーとシューズだったが。
別に服が破れているようなことも。
粘液に塗れているようなことも。
血に濡れているような事も無い。
ただ、私の中には。
奴らをミキサーの中に放り込んで、粉々にした感触がしっかり残っている。
ぶっちゃけた話。
金に変わるからという理由で思考停止し。
何も疑問さえ抱かず。
カメラの砲列を並べて、「ヒーローが悪の組織をなぎ倒すところ」を撮影していた連中も、一緒に砕いてしまっても良かったのだが。
それだけはしてはいけない。
そいつらと同じになるからだ。
そんな事になるくらいなら。
私は死んだ方がマシである。
そのまま、想定通りのルートを通って帰る。
ブレスレットについては。
外すと、光の粒子のようになって消えた。
実際には、何時でも私の意思で実体化出来るように、博士が調整してくれたのだけれども。
それはまあ此処ではどうでもいい。
キーの類も同じ。
現在30を超えるキーが手元にあるが。
その全てが、意思によって具現化させることが出来る。
体力の消耗は。
相応にあるが、まだ一人で逃げるのには充分だ。
問題は、博士や、私の協力者が。今回の実験で充分だと判断して。私を切り捨てようと考えた時だが。
その場合は、もうどうしようも無い。
私も、覚悟を決めるしかないだろう。
予定地点に到着。
地下に存在する、巨大な貯水池だ。
都市部の地下には、水害を防ぐために、このような巨大タンクが存在しているものなのだが。
今の時点では、三分の一程までしか水が入っていない。
その縁の部分に出る。
迎えに来たのは。
協力者の一人。
名前も知らない女性だった。
「此方ですよ、宏美さん」
「はい」
「お風呂、温めておきました。 後食事も、すぐに温めます。 本当に辛い仕事、お疲れ様でした」
「辛く何てありませんよ」
少なくとも。
私の両親を殺した相手に対しての。
反撃の嚆矢にはなった。
かくして。
特撮を馬鹿にする連中が、手を叩いて大絶賛していた「格好良いヒーロー」メタリックマンはこの世から消えた。
ブラックファングとともに、メタリックマンを後ろから操っていた奴が。
これで確実に動きを見せるはずだ。
しばらくは、ブラックファングを潰しつつ。
メタリックマンの後継者が出てくるようなら、それも潰す。
そして、最後は。
巨悪として控えているクズを。
この世からたたき出してやる。
私は復讐鬼だ。
そしてその復讐は。
今始まったばかりなのである。
5、茫然自失
絶句しているカメラマン達。
東方も、呆然としていた。
地面を蹴散らして現れた巨大な怪物が。
廃工場ごと。
戦っているブラックファングと、メタリックマンを。
まるごと喰らい。
一瞬で噛み潰し。
噴水のようにその残骸を噴き出して。
そしてまた潜っていった。
一連の出来事が起きるまで、十秒と掛からなかった。
今は静寂が。
その場に残されていた。
あまりのショックに、最近は笑いながらカメラを回していた報道陣も。完全にフリーズしている。
だが、その中の一人が。
思わず唖然とさせられる事を言った。
「あーあ、これでメシの種も尽きちまったな。 あっけない最後だぜ。 ヒーローごっこで金を楽に稼げていたのになあ」
「あいつ……」
「放っておけ」
桐野がブチ切れそうになるが、制止。
警官がアレを殴ったら。
警官の責任になる。
始末書なんて書いても、虚しいだけだ。
そしてアレこそが。
現在のマスコミの本質だろう。
メタリックマンはおかしいと思っていた。ブラックファングもあからさまにおかしい。
だが、今日の出来事は一体何だ。
あのバケモノ。
一瞬で、一人残さず。
あの場で戦っていた者達を喰らって。
そして液体にしてしまった。
崩落した工場跡には。
赤かったり黒かったりする液体や、残骸が、ただ無惨に散らばっていたが。
それはどうでもいい。
すぐに自衛隊が来て。
サンプルの採取を始める。
確かに、あのバケモノが現れて。
無差別に人間を食い始めでもしたら。
それこそ一大事だろうからだ。
いや、まて。
今まで死ぬと消滅していたブラックファングの連中。
どうして今回はそうならなかった。
今バケモノが噴き出した死体の残骸。
あからさまに、メタリックマンのものだけにしては、量が多すぎた。
となると、これは。
貴重なブラックファングの怪人や構成員のサンプルではないのだろうか。
なるほど。
自衛隊がすぐにマスコミを追い払い。
警察さえ追い払って。
周囲にバリケードを貼り。
気密テントまで立てて、調査を開始する。
これで、メタリックマン伝説は終わった。
東方は、色々と複雑な気持ちを抱えながら帰宅する。
これでは、報告書も何も無い。
自衛隊が後は引き継ぐだろうし。
そもそも出来る事がないからだ。
廃工場でブラックファングとメタリックマンが戦いはじめた後は、警察は殆ど蚊帳の外だったが。
幸い、犯罪集団とヒーロー以外には被害は出なかった。
幸いと思うのも。
メタリックマンはきな臭すぎるからである。
彼奴が本当にヒーローだったのか。
それが今でも信じられない。
人間だったかさえ怪しい。
一切口を利かず。
助けた人間にも興味を見せず。
ただ淡々と。
機械的に動いていた。
感情の欠片もないように思えた。
一方だ。
一瞬にして戦いの場を蹂躙したあのバケモノは。
何というか。
凄まじい憎悪を感じた。
よくもまあ、あのまま暴れて、周囲を灰燼に帰さなかったものだ。
家に到着。
これからは、ブラックファングが好き勝手をして。また警察や自衛隊が、事件の度に多数の犠牲者を出す事になるのだろうか。
それとも、メタリックマンがブラックファングと裏からつながっていたとしたら。
すぐにまた代わりのヒーローが現れるのだろうか。
どちらにしても、ブラックファングがどこでどうしているのかはさっぱり分からないのが現状だし。
後手に回らざるを得ない。
今回の銀行強盗にしても。
いきなりどこからともなく現れたと、銀行員から報告を受けている上。
監視カメラにも、連中の姿は映っていなかった。
ビールでも飲もうかと思って止める。
肝臓を痛めて、医者に飲むなと言われていたのだ。
冷蔵庫にはビールはもうない。
溜息が漏れた。
警察は過酷な仕事だ。
元々無茶な勤務で体を壊す人間は多い。
東方もその一人で。
ベテランになると何処かしら体を壊しているのが当たり前だ。
そしてそれが当たり前にされているような世界だからこそ。
こんな事になっているのではあるまいか。
テレビを付ける。
早速ニュースが流れていた。
メタリックマン敗れる。
一瞬にして殺される。
現在政府は事実を確認中。
以上。
それだけだった。
あの喰われる瞬間の映像については、今だテレビでは出回っていないようだ。
ネットを見ると。
こっちでは既に流れている。
遠くからカメラか何かで撮影したのか、それともスマホか何かを使ったのかは分からないが。
ともかく画像は粗いが。
一瞬で巨大なバケモノが、根こそぎ食い殺していく様子が、鮮明に写されていた。
案の定既に炎上が始まっている。
SNS等を見ると。
バケモノがメタリックマンを喰った、という話が。
爆発的に拡散されていた。
ライダーにウルトラ怪獣が出てくるようなもんだななんて他人事丸出しの書き込みもあって、舌打ちしたくなる。
現実に彼奴が出てきていて。
そして、どう動くか分からないのだ。
宇宙人が本当に来ているのである。
何が出ても。
何が起きても。
不思議では無い。
それだというのに、完全に他人事のこの発言。
脳みそが存在しているのか、疑いたくなる。
だが、そんな連中でも守らなければならないのが警官だ。
飲んで現実逃避できないのが本当に口惜しい。
もう寝ることにする。
幸い、気を遣わなければならない相手は家にはいない。
不眠症にならなかったのは幸運だろう。
不眠症になって、体をおかしくする警官は珍しくもないのだ。
ともあれ、何が起きるかまったく分からない。
今のうちに眠っておく。
またあのバケモノは出るのだろうか。
東方は、布団に入ると。
そうぼんやり考えていた。
(続)
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