王の失墜

 

序、その日

 

一なる五人が滅び、九年と六ヶ月が経過した。

クーデリアは、ついにこの日が来たと、顔を上げる。既に、準備は万端。そして奴を玉座から引きずり下ろしても、問題ない状態が整ったのである。

大陸南部の大半を版図に収め、更には残りも同盟国としているアーランド連邦共和国の国情は極めて安定しており。

各地での亜人族と人間の交流も、問題なく行われている。というよりも、ベタベタするのではなくて、互いに一定の距離を取り。必要なだけ交流を持つようにすることで、関係性が上手く行っている、と言うべきだろう。

悪魔族だけは例外で、今や各地の荒野を緑化するために、技術者として引っ張りだこだ。

彼らも非常に複雑な立場なのだが。

それでも、荒野を緑化し。

大地の汚染を少しでも減らせるならと、彼らにとっても理があり。

人間側としても、緑化にはたくさんの旨みがある。

戦士の質を保つためにも、森の中には弱めのモンスターが放たれていて。若い戦士達はまずこれらで経験を積み、戦士として一人前になって行くシステムも確立されている状態だ。

北部の列強諸国へは、難民の帰還が始まっているが。

一なる五人の手によって、文字通り焦土と化した北部は、もう何も残っていない。文字通り全てを最初から作り直さなければならない状態だ。

アーランドは彼ら難民に対して、恩を売る事を忘れていない。

緑化作業と都市再建を手伝い。

その一方で、まだ残っていた遺跡類は接収させて貰う。

中には旧時代の人間達が眠っているものや。

旧時代最悪の産物である邪神が未だに生きているものもある。

これらは、北部の旧列強のオモチャにするには危険すぎる。

ただし、利害が絡むと、どうしても揉める。

やはり昔の栄光を取り戻したい北部出身者とは、この辺りで摩擦が起きることも多かったし。

それに、亜人種達の中には、北部列強の民にされてきたことを忘れていない者も多いのである。

特に旧スピア出身者達は、殆どが素性を隠して生きたり。

或いはアーランドで労働者階級として生きる事を選ぶ者も多いのだった。

最初はしっちゃかめっちゃかだったが。

9年以上の月日と。

クーデリアの腐心。

錬金術師達の活躍もあって、今状況は安定している。

東西大陸との交流も開始されており。

いずれ、それら大陸の技術や産物が、アーランドには珍しくもなくなるかも知れない。

そして、今日が来た。

ロロナが、クーデリアの執務室に来る。

相変わらず、お互い若々しいままだ。

幼い頃の事故で、体を半分以上いじくっているのだから仕方が無い。そういえば、ホムンクルス達も、皆若々しいままだとかで。第一世代のホムンクルス達は、年齢を聞かれ、驚かれる事も多いとか。

「くーちゃん、本当にやるの?」

「ええ」

「ジオ陛下、もう70だよ。 確かにまだ国家元首続けてるけれど、実権はくーちゃんが握ってるでしょ。 次の国家元首も、ジオ陛下の遠縁の人がつくみたいだし、何より議会による統治が始まってもいるし……」

「あの外道に、人生滅茶苦茶にされたのに、優しいわねロロナは」

ロロナは、寂しそうな目でクーデリアを見る。

かなり改善してきたとは言え、まだ一日に二刻ほどしか戻ってこられない。それ以外の時間は、非常に寡黙で、画一的な動きしかしない。メルル姫が作ったあの人形達のように。それでいながら、錬金術師としての知能は働くし、仕事もできるし。その辺りが、兎に角いたましい。

人生を完全に破壊された後遺症は。

こうしてロロナを、今でもむしばんでいる。

理由はあった。

実際ロロナを亜神として調整しなければ、一なる五人との戦いには勝ち目がなかっただろう。

同じ意味では、トトリだって被害者だ。

世界を守るためには必要な事だったとは言え。

一時期は人格が完全に崩壊していたトトリは。

周囲の人間達が、誰もが嘆いていたし。

トトリ自身も、今も狂気の後遺症に苦しめられている。

彼奴が悪い。この結論に変わりは無い。

絶対に許さない。

この決意も変わらない。

クーデリアは、ジオ王に対抗する派閥を作って。好き勝手には動けないように、ずっと腐心してきた。

ジオ王は、それさえ計算に入れて動いていた節があり。

実際問題、クーデリアを今までは上手に使いこなしていたとも言えるだろう。

だがそれも、此処までだ。

「ロロナ、あんたは納得してるの? 彼奴に何をされたか、分かってる?」

「分かってるけれど、くーちゃんほど恨む気にはなれないよ。 世界が滅びる瀬戸際だったんだよ」

「それで、あたしを止める気?」

二人きりの時は、まだ地が出る。

既に二人とも四十路だ。

それでも、見かけは二十代の頃とまるで代わらない。体が人間では無いのだから、当然だろうか。

ロロナは特に、「神」であった時期が長すぎる。

多分このまま、老いていくことさえ出来ないのでは無いかと、クーデリアは疑っているが。

それは高確率で当たっているだろう。

「ううん、止めないよ。 でも、何もかも台無しになるような事だけはしないで。 せっかく、ここまで復興したんだから」

「当然よ。 一なる五人との決戦の後、この国の繁栄を主導したのはこのあたしよ。 あたしが、そんな事をするわけがないでしょう。 彼奴を玉座から引きずり下ろす。 やるのはそれだけよ。 それにこの国の繁栄の基礎はあんたやトトリが作ったのよ。 それを台無しにする訳がないわ」

「それなら……」

「既に力の差は逆転してる」

前は、とても勝てる相手では無かった。

ロロナと組めばどうにか、という次元の相手だった。

だがジオ王は体を弄っているわけでもない、人間だ。如何に強靱なアーランド戦士でも、限界はある。

近年は衰えがひどく。

まったく衰えていないクーデリアとは、その辺り対照的だ。それが故に、クーデリア自身も、もはや人並みの幸福を得られるとは思っていない。

ロロナが帰ると。

34が来る。

ベテラン中のベテランになった彼女は、クーデターの中核メンバーだ。クーデターと言っても、恐らく流血は伴わないだろうとも思うが。

基本的に人間に反逆できないホムンクルスである34は、勿論人間に危害を加えることは出来ない。

スピアとの戦闘時も、モンスターや、ホムンクルス化された人間の成れの果てが相手だったから良かったが。

もしも、同等やそれに近い実力を持つ人間が相手だったら面倒だっただろう。

勿論、普通の人間の場合は問題ない。

彼女らの戦闘力は、アーランドのベテラン戦士並。

それこそ、瞬殺で気絶させることも出来る。

問題は、今回だ。

今回の相手はジオ王。

つまり34は、反逆できない。

クーデリアの行動を支援することしか出来ないのである。

もっともそれは織り込み済み。

実戦は。

クーデリア一人でやる。

「とうとう、今日が来ましたね」

「皆の状況は」

「既に書類は配り終えています」

「ん……」

今日、本会議がある。

各国の主要幹部と、ジオ王が出る重要なものだ。

ジオ王は未だにアーランドの国家元首として。共和国になった今も、最高権力の座にある。

まあ、あの戦いでも、最前線で戦い続け。

一なる五人とまともにやりあっていた、数少ない戦士の一人なのである。この扱いは、当然とも言えるだろう。

だが、国情が安定し。

アーランドを含む各国が、復興に向かい、進み始めた今。

そろそろ御引退願う時期でもある。

かといって、クーデリアが玉座に座る気は無い。今後は、宰相の立場をフル活用して、国政を左右していくつもりだ。

やるからには責任を持つ。

当然の話である。

そして、もう一つ。

あの男。

ジオ王には、戦士としての死をくれてやる。

それでクーデリアの復讐は終わる。

ロロナが言う事に、一理ある事は分かっているのだ。実際問題、最初はアーランドにとってエゴイスティックな計画だった。だがそれは、やがて世界を守る盾としての計画になって行った。

結果として、世界は守られた。

戦争でも多くの犠牲が出て。

大陸の北部は全滅状態。

東西大陸も、壊滅的な打撃を受けている今回の戦役である。

ジオ王の冷厳な計画がなければ。

そもそも今でさえ、一なる五人を倒せていたか疑わしい。まだ、アールズで敵と前線を挟んで、殺し合いを続けていたかも知れない。

人材を無駄に潰しながら、である。

今はそれもない。

各地で小規模な小競り合いはあるが、それもアーランド戦士が向かえば一日で終わるようなものばかり。

ホムンクルス達も皆社会に溶け込んでいるし。

アールズで開発された、メルル姫ご自慢のエメス達も、貴重な労働力として珍重されている。

いずれも、ジオ王がいなければ無理だった。

だが、だからといって。

全ての怨念の向かう先である事には、違いは無いのだ。

席を立つ。

そして、議場に向かう。

今、クーデリアは、事実上アーランドの国政を仕切っている。他にも大臣クラスは大勢いるし。連邦国家という性質上、各地の有力者達も議会に出てくる。だが、それらをまとめられるのは、クーデリアしかいない。

海千山千の化け物どもも。

クーデリアの手腕には一目置いている。

既にアーランド国政の要であったメリオダスが引退し。珍しい男性ホムンクルスと結婚退職したエスティもいない今。

この国は、クーデリアが廻しているのだ。

議場に出ると。

既にぽつぽつと議員が来ていた。

ちなみに一般人が見学可能なように、開けた場所で議会を行うようにしている。見学者は私語禁止で、乱入することも出来ないが。何が行われているかは、見学者達も知る事が出来る。

だから、下手な事は議員達も言えない。

更に言うと、アーランドの根本的なルールとして、政治闘争は兎に角嫌われる。

実力のあるものが、適正のある部署に着き、政治を行う。政治闘争では無く、政治を、である。

それが出来ない奴は、クーデリアが追い出してきたが。

それは、クーデリアがやる前からの習慣だ。

元国王だろうが大臣だろうが関係無い。

そしてそれは、クーデリアにも適用される。

自分が年老いて衰える事があったら、引退を考える必要があるだろう。

ロロナも、トトリも、今日の会議には出席してくる。

久々に、メルルも来ているのが見えた。

メルルはすっかり体が人間ではなくなってしまった事もあって、常に仮面をつけている。あの最後の戦いの日。肉塊のようになってしまったメルル姫は。今はヒトの形を保った何か別の生物、というのが正しい状態だ。精神は人間のままのようだが、それでも監視につけている人間から話は聞いている。一週間に一度、牛や馬などの大型動物を丸ごと補食するという。

周囲の人間達は、死んだ魚の目でそれを見ているそうだ。

彼女は、戦役勝利の最大貢献者。

どうにかならないのかと、ロロナに聞いた事もあるが。

首を横に振られた。

あれだけの事をしたのだ。

リスクがないなんて、ムシの良い話がある筈もない。だけれども、精神が壊れないように、ロロナとトトリで、必ず面倒は見ると、約束もしてくれた。

今は、もう。それしかないのだろう。

アストリッドが来る。

今でも彼奴は嫌いだが。

ブレーキ役の2999は、まだ健在。今日も一緒に議会に出てきている。

生きていたときと違って。

ホムンクルスになったあとの2999は、大きな尊敬を受けて、街で静かに生活している。錬金術師としても、相応に活躍しているようだ。主にホムンクルス達の改修が仕事で、降伏してきたスピアのホムンクルス達のメンタルケアをしたり。或いは、肉体を人間に近くしたり。精神を安定させたりと言った仕事を、日々こなしているらしい。

アストリッドは、少なくとも今は大人しい。

下手をすれば、一なる五人レベルの脅威になりかねない超危険人物である事は、現在も同じだが。

2999が側にいる間は、少なくとも無茶はしないだろう。

他にも、国政の重要人物や。

各国での頂点を極めている戦士などが、議場に出そろう。

最上座にいるジオ王は、髪も既に白い。

今でも、生半可な戦士では足下にも及ばないほどの実力者である事に変わりは無いのだが。

もはや、クーデリアの方が、実力は上だ。

現在は、王として主体的に国政をリードすることもしてない。

実権はクーデリアが握り。

国政も動かしている。

議会開始の宣言。

拍手が起きる。

そして、一つずつ、議題が上げられていった。

順番に、クーデリアが捌いていく。

政治闘争が激しい国だと、議題が正しかろうが間違っていようが、派閥の力関係などで、愚かしい決定がされるケースがあるらしいが。

この国では、それはない。

クーデリアがやるのは、この場での利害調整だけだ。

「旧ハイネスタ公国領南西部の湿地帯開発についてですが、悪魔族の人手を二十名ほど出していただきたく。 それと、手練れの戦士かホムンクルスを、同名ほど」

「あの湿地帯は、汚染が凄まじくて、周囲に大きな影響を与えていると聞いている。 アーランド連邦全体の問題でもある。 是非人手の供出を」

「分かりました。 まず悪魔族の先遣隊五名と、ホムンクルスの一個小隊を護衛として現地に派遣しましょう。 様子を確認しながら、残りの十五名を手配します」

「おお、助かります。 強力なモンスターが住み着いておりまして、現地の住民が苦労しておりますので」

次。

クーデリアが告げると、今度は別の国の問題だ。

亜人種であるリス族と、地元の住民の間で小競り合いが起きていると言う。

少し前に台風が直撃して、家々がなぎ倒されたのだが。

復興のための木材が、入手しづらい状態になっている。そこで、地元の住民が、森に入って管理役のリス族に交渉したのだが。

とてもではないが、必要量はこの森からは出せないと突っぱねられたのだ。

それで小競り合いになった。

「まだ人死には出ていませんが、かなり関係が悪化しております。 一刻も早い解決を願います」

「分かりました。 トゥトゥーリア」

「はい」

トトリが立ち上がる。

彼女の外交手腕とネゴシエーション能力については、既にこの大陸で知らない者がいないだろう。

しかも現在は、彼方此方にトラベルゲートを作って一瞬で移動出来る体制を構築しており。

それこそ、今日中にでも到着できる。

「交渉はすぐに行いますが、木材がないと根本的な解決にはなりません。 各地のリス族と交渉して、木材は集めますので、恐らくすぐに解決とは行きませんが、それはご承知おきを」

「分かっております。 貴方が出ていただけるのなら、心強い」

納得した様子で、発言者が腰を下ろす。

次。

順番に、すらすらと議題を捌いていく。

やがて四時間ほどで。

解決していない問題はなくなった。

此処だ。

クーデリアは立ち上がると、手を叩いた。

皆の注目が集まる。

「それでは、今日は重要な発表があります」

「うん?」

「ジオバンニ陛下。 既に貴方は高齢でもあります。 そろそろ国政から引退し、戦士としての技を後世に伝える作業に移っていただきたく」

場に爆弾を投下。

息を呑む声が周囲に上がった。

ジオ王は、利害が一致していれば問題ないが。そうでない状態で怒らせるとこれ以上もないほど恐ろしい人物だと、現在でも認識されている。

だから、今回のクーデターを知らない者達は。

それこそ、顔面蒼白になっていた。

巻き込まれたらたまらない、というのだろう。

平和に終わりそうな会議が。

一転して地獄絵図と化したのだから、驚くのも当然ではあるが。

「では、投票を。 ジオバンニ陛下の引退。 そして、遠縁の王族であるファルネシア王女の大統領就任に賛成の者達」

ざっと、多数の人間が立ち上がる。

トトリもメルルもその中には含まれている。

アストリッドでさえも。

2999は、静かに座ったまま。色々と思うところもあるのだろう。別に構う気は無い。退位には、7割の賛成が必要で。

八割半ほどが賛成しているのだ。

これで構わない。

恨みっこも無しだ。

「では決定。 ジオバンニ陛下。 退位の儀は、後に正式に行います」

ジオ王は、口ひげを震わせていた。青天の霹靂とは、このことだったのだろう。これだけでも、衰えがよく分かる。

前だったら、こういう状況ですら、掌の上で転がしていたような化け物だ。だが流石に七十を過ぎると、おかしくもなる。

体を弄って、人間ではなくなってしまったような状況ならともかく。

人間であるジオ王には、限界だってあるのだから。

 

1、復讐の刻

 

ロロナを使って、北部の列強と対抗できる国力を作る。それが、クーデリアが、計画に参加させられた最初。

全ては出来レース。

あの事故。

ロロナとクーデリアが、不注意から体の大半を失い。

それで、人間ともホムンクルスとも言えない生物に変わり果ててから。もはや、まともに生きられないことは分かっていた。

一も二もなかった。

過酷な家庭の環境。

ちょっとでも気を抜けば、すぐに潰れてしまっただろう優しいロロナ。

だから、クーデリアは。

自分が弱いことを理解しながらも。必死にロロナを守らなければならなかった。故に貪欲に強くなった。

ひたすらに力を求めた。

そして、ロロナがプロジェクトを終えた頃には。

国家軍事力級戦士に手を掛け。

それから数年で、実際に国家軍事力級戦士にまで上り詰めた。

だが、ジオ王が、ロロナを使って、プロジェクトを更に先へ進めるつもりなのは知っていたし。

油断はしていない、つもりだった。

それなのに。

一瞬の隙を突かれて。

ロロナは。

今、一緒に食事をしているロロナの顔には、表情がない。

無言のままもくもくと、生理反応のまま食事をしているだけだ。

知能はある。

だが、魂は眠ってしまっている。

亜神にされ。

最前線に、究極の兵器として投入され。

そして、その後遺症で。一日の大半は、この「曖昧な」とされる状態になっている。

介護は必要ない。

だけれども。ロロナは。

一日に、ほんのわずかな時間しか。人でいられないのだ。

それは悲劇だ。

「行くわよ。 今日はまだ幾つかこなす作業があるから」

「はい」

無機質な声。

快活だったロロナを思うと、これだけで涙が出てくるけれど。今はもう、復讐がなろうとしている時だ。

ジオ王は、退位について、一つ条件を出した

自分が衰えている、という証拠を出せ、と言ったのだ。

想定通りである。

三日後、武術大会を行う。

ジオ王はグランドチャンピオンとして、決勝で待っている。

そこで、ジオ王が敗れるようならば。

引退は、誰もが妥当な事だとして認めるだろう。

今、アーランドの国家軍事力級戦士は。ジオ王とステルクとクーデリア。ロロナとトトリ。ギゼラとアストリッドの七人である。国家軍事力級に準じる実力者としては、このほかにメルルがいる。

エスティは少し前に現役引退して、今は子育てをしているし。

メルルは政治家としての仕事に忙しく、戦士としてはそれほど熱心では無い。ただ、実力は国家軍事力級並である。準ずるというのは、単純に戦士としての活動に熱心でないのが理由だ。

このほかに、悪魔族の王であるロードや、何体かの高位ドラゴン。それにハイランカーの戦士数名が、国家軍事力級戦士と同等か、それに近い戦力を持っている。ただ、そのいずれもが、全盛期のジオ王と。

そして力を伸ばし続けたクーデリアには及ばない。

ステルクに関しては、今回の武術大会には、出場を辞退。ロロナとトトリも、である。

ギゼラは西大陸での復興作業が忙しく、出てくる事は無い。

アストリッドはそもそも、ずっとここのところ戦闘には興味を示していない。2999と一緒に各地を廻っては、嫌々ながら錬金術の腕を振るって、復興に協力しているようだ。2999の、つまり師匠の魂が宿ったホムンクルスの言う事には逆らえない様子だが。それ故にこの世界のためになっているのだから、おかしなものである。

つまるところ、だ。

今回は、ハイランカー達が、クーデリアに挑んでくる大会であり。

そして事実上、ジオ王とクーデリアの一騎打ちである事は。大会の概要が発表されてから、誰の目にも明らかだった。

ロロナのアトリエで、幾つかの注文した品が、仕上がっていることを確認。

すぐにホムンクルス達に、輸送させる。

曖昧な状態でも、ロロナはしっかりいつもと同じクオリティで仕事をこなすことが出来る。

それは素晴らしい事なのだが。

その間、ロロナは事実上意識がない。

だから、ロロナの近衛達が、常時ガードしている。

暇さえあれば、クーデリアは。ロロナに呼びかけるようにしているが。曖昧な状態の時には、殆ど効果がない。

たまに、ちょっとだけ反応したりもするけれど。

それも、意識的には出来ないようだった。

「ロロナ。 ごめんなさい。 何度謝ってもどうにもならないわ。 あたしがもっと注意していれば、こんな事にはさせなかったのに」

「くーちゃん、お茶を持ってきました」

「うん……」

こんな状態でも。

ロロナは、クーデリアをくーちゃんと呼ぶ。

それは、誰よりも大事な存在だから。比翼の友と唯一認める相手だから。

例え狂気に落ちていても。

此処だけは、ロロナは正気なのだ。

「ありがとう。 おいしいわよ」

「すぐに次の仕事に掛かります」

「お願い。 手が、足りないからね」

前は兵器ばかり作っていた時期もあったけれど。

今錬金術師達は、薬の開発や研究。

緑化作業のサポート用品の研究。

更に、より美味しい水が出る湧水の杯の開発、等が主な仕事になっている。

幾つかの砂漠には、トトリ主導で安全な道が通されているし。

ロロナが開発した様々なレーションは、何処の戦士にも好評だ。薄めにネクタルが混ぜ込まれているから、食べると力も出る。

航路の開発も熱心で。前はとても通ることが出来なかった危険地帯も。現在では、普通に通ることが可能なようになっている。これらは全てトトリの功績だ。

錬金術師は、今やこの世界になくてはならない存在。

だが、ロロナは。

報われていると言えるのだろうか。

トトリも、メルルもそうだ。

言えるわけがない。

ぎゅっと、拳を握りこむ。

この日のために鍛えて来たのだ。

明後日の武術大会。

必ずやあの王を撃ち倒し。クーデリアが今まで積み上げてきたものが無駄では無かった事を、証明しなくてはいけないだろう。

適当に席を立つ。

ホムンクルス達が、茶の片付けをするなか。センが、頭を下げた。

ロロナの近衛筆頭。

スピアによって体を滅茶苦茶にされ。ロロナに受け入れられたことで、絶対の忠義を誓っているものだ。

今は何度か体を改造し。

かなり人間に近い状態になっている。

それでも、顔に複数ある目は健在なので。いつもフードで顔を隠してはいるが。

「マスターは心配なされておりました。 クーデリア様、くれぐれも軽挙妄動はお控え為されませ」

「それはどういう意味」

「ジオ王に復讐するのは賛成です。 マスターは乗り気ではないようですが、それでもクーデリア様を止める気は無い様子でした。 ただ、ジオ王は衰えたりといっても狡猾で強い戦士です。 油断だけは為されますな」

「分かっているわよ」

ロロナのアトリエを出る。

分かっている。そんな事は。

王宮に出ると、残った事務作業を音速で片付ける。

夕方になる頃には。

今日の仕事は全て終わり。後は、何も残っていなかった。他の者達の仕事にも目を配って、きっちり終わるように手を回している。

作業終了。

夜番の戦士を残して、全員退出。

クーデリアは、王宮の中庭に出た。

此処で、どれだけの戦士に、訓練を付けて貰っただろう。

この間他界した雷鳴を一とする、この国の優秀な戦士達は。様々な技を後世に残していった。

王宮の図書館には、その技を収めた本が、山のようにある。

既に、全てに目を通した。

一生掛けて、基礎を極め上げた戦士もいれば。

不可思議な奇襲技に人生を注いだ戦士もいた。

そして、重要なのは此処からだが。

産み出すことが大事なのだ。

模倣することは、ある程度技術があれば出来る。だが、産み出すことは、簡単には出来ないのだ。

だから、技量が上回った今でも。

クーデリアは師匠達となっている、彼ら古き戦士を皆尊敬する。

いずれクーデリアが此処に記録を残すときには。

何を書くべきだろう。

ジオ王が書いた本もある。

気は進まないが、目を通してはいる。

だが、あれはいわゆる鬼才だ。

常人が真似できる技術は殆ど無い。ジオ王が戯れに作り出した技の一つでも、習得に数年掛かった、という話もある。

だが、いかなる駿馬だって、年老いれば駄馬より衰える。

それを思い知らせてくれる。

軽く中庭で鍛錬をし。

そして図書館で、ざっと復習をしてから、王宮を出る。

既に四十路のクーデリアだが。

生涯戦士であり続けると決めた身だ。

それに、衰えも来ないだろう。

だから、研鑽は続ける。

どんな天才も、研鑽は必ずしている。世界の最先端にいるのは、基本的に努力した天才達なのだ。

故に、クーデリアは。

目的を果たすまでは、必ず研鑽を怠らないようにすると、決めているのである。

一通り研鑽が終わった。

後は、家に戻ってゆっくりする。

兄姉を全員追い出し。

実権を奪ったフォイエルバッハの家は。

今日も、静かだった。

 

翌朝。

少し街が騒がしい。何かあったのかと思って早めに家を出ると。王宮の前に、武術大会の告知が出ていた。

国家軍事力級戦士であるクーデリアが参加することも明言されている。

血の気が多いハイランカーは、こぞって参加しているようだが。

国家軍事力級戦士はクーデリアだけだと知って、落胆している者もいるようだった。

ちなみにジオ王との最終戦以外では真剣勝負はしない。

武術大会で人材を消耗してしまっては仕方が無いからだ。

基本的にはステゴロである。ステゴロでない場合は訓練用の武器だ。

そしてステゴロを使えない国家軍事力級戦士もいるにはいる。ロロナは体術という点では、そうたいしたことがない。

だから、こういう大会には、基本的に向いていない。

王宮に出ると、参加者の確認を実施。

ハイランカーでも、ランク9が3人。ランク8が15人。更に、悪魔族の戦士が何人か、参加を表明している。

これは予選からやらないとダメかなと、クーデリアは少し唸った。

思ったよりも、かなり参加人数が多いのだ。

一日で終わらせるためには、ちょっと広めの場所を確保しなければならないだろうか。

最初想定していたのは、アーランド王都の郊外にある広い空間。来年辺りに、緑化をする予定の土地である。

だが、此処では足りないかも知れない。

ざっと地図を確認。

似たような広さの場所を、もう三カ所見繕う。

武術大会は一日で終わらせる。

王の退位が掛かっているとはいえ。

今の時代、もはやジオ王の存在意義は、昔ほど重要ではないのだ。何日も掛けて国政が滞るようでは意味がないのである。

通信機で、トトリから連絡。

台風にあった被災地の様子が、予想以上にひどいらしい。

木材が足りないのもそうだが。

生活物資も想像以上に不足しているそうだ。

周辺地区からも支援物資は出ているのだが。

もう少し多い方が良いと、トトリは明言した。

「分かった。 すぐに手を回すわ」

「お願いします。 それと、武術大会ですが、どんな様子ですか」

「大盛況よ。 今土地の確保を急いでいるところね」

「それは結構。 参加はしませんが、武運を祈っています」

まあ、トトリもジオ王に人生を狂わされた一人だ。

気にはなるのだろう。

通話を切ると、土地を見繕う。最終戦は街に近い場所でやるとして。予選はバトルロイヤル形式で良いだろう。

それぞれ胸に丸いターゲットをぶら下げて。

それを取られるか。

割られるかすればリタイア。

これで32人にまでふるいに掛け。

本戦は、トーナメントでやっていけばいい。

振り分けは、ランク9ハイランカーはそれぞれ別の予選に。見ると、参加者の中には、トトリの幼なじみであるジーノもいた。そうか、そういえば此処まで上がって来ていたのか。

そろそろ落ち着いてもいい年だが。

何か思うところがあるのか、まだ結婚はしていないらしい。

まあ、此奴とは、運が良ければ決勝くらいで当たるか。同年代としては、ミミと同レベルの出世頭だし。

ちなみにそのミミは、今は旧アールズを中心に活動していて、アーランド王都には滅多に戻ってこない。

この辺り、色々本人にも思うところがあるのだろう。

予選会場の選定が終了。

ホムンクルス何名かに、現地を見に行かせる。

その間、残った作業を処理。

各国からの仕事も。簡単なものは、クーデリアが決済してしまう。これは前から、決まっている事だ。

メイドが一人来た。

王宮のメイドは、殆どがホムンクルスなのだが。

そのメイドは、珍しい人間。

それも労働者階級である。

西大陸の出身者なのだが。

戦役で両親も故郷も失い、物心ついた頃にはアーランドにいた。養護施設から労働者階級として此方に回されてきて。

仕事はそこそこに頑張っている。

「王はどうしているかしら?」

「凄く不機嫌そうです」

「そりゃあそうでしょうよ」

王としては、これは挑戦されたも同じ。

しかも受けて立たなければ恥になる。

アーランド戦士は、格下の相手からの挑戦を断れない。クーデリアは王にとって格下に当たる。

武術大会には出ざるを得ない。

そして思い知らされるのだ。

自分がどれほど衰えたかを。

勿論王も毎日鍛錬を欠かしていない。70とはいえ、他の国家軍事力級戦士と対等な実力を得ているのはそれが故だ。

だが、今のクーデリアは。

それを超えた。

「次の王はどうしているかしらね」

「今日来て、王様と軽く話をしていました。 あまり険悪な雰囲気ではなかったように思えましたが」

「そう。 茶を淹れてきてくれるかしら」

「分かりました、直ちに」

ぺこりと一礼して、メイドが行く。

さて、書類を一気に片付けて。後は王の顔でも見に行くとするか。復讐の刻が今から待ち遠しくてならない。

 

2、武術大会

 

一なる五人との総力戦で、優秀なアーランド戦士は多くが鬼籍に入った。ハイランカーも例外では無く。

だから、優秀な戦士の育成には、数年がかりで力を入れて臨んだ。

だが、それでも。

若手の有望な戦士には、やはりこれといった者がいない。

ランク8まで来ている戦士もいるのだが。

正直ランク8だった頃のミミに比べると、かなり見劣りする。ちなみに今ミミはランク9。

9になったのは、一昨年だが。

正直な所、五年前にはランク9の実力はあったように思える。

本人がどうして申請しなかったのかはよく分からない。

色々と虚しくなった、というのが真相だろうか。

いずれにしても、ここ九年で、若手の中からランク8三人、ランク7二十六人を育成。更に元ランク8が11人ランク9に。ランク7が25人ランク8に昇格している。その中には、面倒くさがってランク昇格を受けたがらなかったベテランがかなり混じっていた。だが、人手が足りない状態で、そんな事は言っていられない。

次に国家軍事力級戦士が出るのは、相当に先だろう。

その認識は、皆一致している様子だった。

予選会場にクーデリアが出向くと。

ランク8の戦士の一人。

巨大な槍を振るう戦士である大熊のヴァリッドが声を掛けてきた。クーデリアよりも倍は背丈があるように見える巨漢で。熊のようにけもじゃひげもじゃである。ちなみに現在、熊は生態系では下位に位置する雑魚生物である。

故に熊と呼ばれると、ヴァリッドは怒る。

なおこんな容姿だが、年齢はクーデリアより若く。

あの一なる五人との決戦にも参戦していない。

その頃は、アーランドの国境付近で戦っていた。

「これは宰相殿。 同じ予選に当たるとは、光栄の極み」

「遠慮無く掛かって来なさい」

「有り難きお言葉っ!」

見かけ通りに、此奴は戦士という言葉そのものの男だ。

此処の予選会場には五十人ほどがいるが。クーデリアは手を出して来るまでは、対応しないつもりだ。

この中から、最後まで残った八人を本戦に出す。

勿論、逃げ回って八人に残るのもありだ。

もっとも、本戦はガチンコになるので、そんな風にして本戦に出たところで、勝ち残ることは出来ないが。

皆が揃った所で。

手を叩いて、皆の注目を集める。

他の予選会場では、ステルクやランク9戦士が監督に当たっている。一応けが人が出たときのために。ロロナもスタンバイしてくれている。

「予選では、事前の説明通り、皆の首に掛かったターゲットを奪われるか、割られるかするとその場で敗退。 だから逃げて最後まで残る、という選択肢もありよ」

「そんなのアーランド戦士じゃねえな」

けらけら笑う戦士達。

クーデリアは笑みを保ったままだが。

此奴らは相変わらずだな、と思う。

実際問題、逃げ延びて生き延びるのも選択肢だ。

とにかく才能に恵まれなかったクーデリアは、尋常ならざる努力で、ようやくこの強さにまで到達できたが。

考え無しに強敵に立ち向かい続けていたら。

きっと今頃、生きていないだろう。

この会場の審判は、ランク9の大会不参加ハイランカーに任せる。補助に何名かつける。万全の安全を期しての事だ。

そして、試合開始のホイッスルが鳴った。

クーデリアは腕組みをしたまま、乱戦を見守る。やっぱり派手に争うのが好きらしく、嬉々として皆殴り合っている。

時々、すっと場に割り込むと。

敗退者を回収していくのは、悪魔族。ただし、見かけは人間に極めて近い。

アールズの戦役の最中、命を落とした子供が悪魔になったらしいのだけれど。そこまで詳しい事情は聞いていない。ある程度話は知っているが、メルルに直接聞いたわけでは無いし、事情はさわりしか分からない、というのが正しい。

とにかくダークエレメントというその悪魔族は。

達人も真っ青のスピードで、敗退者を回収して、回復を施し続けていた。

中々やるな。

そう思って、よそ見した瞬間。

さっきのヴァリッドが。真上に躍り出ていた。

勝負、というわけか。

だが。

降り下ろされた拳。

クーデリアが軽く受け止める。

地面がクレーター状にえぐれて。周囲の地盤にひびが入るが。クーデリア自身はそのまま棒立ち。

振り回して、地面に叩き付け。

無造作にターゲットを蹴り割った。

ヴァリッドは呻いて、そして一言だけ呟いて気絶した。

「お、お見事」

「隙が出来たら仕掛けてきなさい」

ランク8を瞬殺。

流石にそれを見て、他の予選参加者は、仕掛けてくる気も失せたらしい。それでいい。良い判断だ。

いずれにしても。

数分で、勝負はついた。

八人残ったのは、いずれもランク7以上のハイランカー。妥当なところだろう。中に二人だけランク8がいたが。

それも、クーデリアには、最後まで仕掛けてこなかった。

試合終了のホイッスルが鳴ると。

クーデリアは手を叩いて、注目を集める。

「負傷者を回復させ、休憩時間を取った後、本戦を開始する」

現時点では、32人が残っている。

故に、第三戦までは、本戦はこの会場で実施する。ただし、組み合わせは一度全員集めてランダムにシャッフルするが。

これは、互いの手の内を知っている相手との戦闘を避けるための措置だ。

目を覚ましたヴァリッドは、頭を振りながら、近づいてくる。

此奴も此奴で相当な達人だけれど。

残念ながら、クーデリアとは積んで来た経験が違いすぎる。

長い間芽が出なかったクーデリアだからこそ。

蓄積した経験は並外れているのだ。

多分、単純な戦闘経験や、戦闘に関する知識だけなら。

今やアーランドでも、ジオ王に次ぐはず。

それぐらい無茶苦茶な訓練と実戦を重ね続け。自らをいじめ抜いて、徹底的に鍛え上げた。

ロロナを守るために。

そしてロロナを守れなかったあの日以来。

更に無茶は加速した。

だが、今はそれが故に。

アーランドの国家軍事力級戦士でも、筆頭と言える実力者にまで成長した。正直な所、ステルクと真正面からやりあうと少し厳しいかも知れないが。それでもバランスで考えると、もはやあのアストリッドでさえ、戦闘面ではクーデリアとほぼ互角という所まで来ている。

少なくとも衰え始めたジオ王には勝てる。

「いやはや、完敗でさ。 また稽古をつけてくださいな」

「ええ、いつでも。 ただし仕事が忙しいから、事前に連絡を入れて頂戴」

「ありがたい」

握手をすると、ヴァリッドはさっさとその場を去る。

さばさばしていて、恨んでいる様子は無い。この辺りは負けを素直に認めたから、なのだろう。

まあ完膚無きまでに叩きふせたし。

本人も納得したのだから、それでいいのである。

ダークエレメントが此方に来る。

クーデリアの体も治療しようとして、眉をひそめた。

「これは。 クーデリア様も、体を弄っているのですか」

「メルルやトトリから聞いていないの?」

「はい」

「これはね、幼い頃に体の大半を失って。 今のアーランドを支えている技術の実験台にされたのよ。 ロロナ共々ね」

言葉を失うダークエレメント。

今、アーランド全域で二万ほどいるホムンクルス。その内七割半が戦闘タイプで、のこりがいわゆる小型のちむだが。その前者の技術を洗練するために使われたのが、クーデリアとロロナだ。

だから二人とも、厳密には人間とは言いがたいのかも知れない。

四十路になってもこの異常な若々しさ。

アーランド人は元々かなりの年齢まで若々しいが。ロロナとクーデリアは異常だ。この辺りは、実験の副産物が故。

子供は産める。

だが、そんなつもりには、とてもなれない。

無言で、ダークエレメントが治療を始める。

回復する必要などないと思ったのだが。どうやら疲労の除去を行っているようだった。それも必要ないと言おうと思ったが。

好きなようにさせる。

この娘のいきさつはさわりだけだが知っている。娘というのは無理があるか。悪魔族には性別がないのだから。

だが、ダークエレメントは、自分がどうして生まれたか知っている。

故にと言うか。非常に献身的で。

今では、悪魔族の中でももっとも有名な存在だ。

錬金術師の誰かしらと組んで、疫病が蔓延する村に躊躇無く行き。疫病の蔓延をぴたりと止めて、感謝されたり。

多くの負傷者が出た事故現場に速攻で駆けつけ。

多くの人命を救ったり。

その活躍は、悪魔族嫌いの者達でさえ認めている程である。

勿論亜人種に対しても、献身的な行動を欠かさない。

いずれ、ロードがその座を譲るのでは無いかと言う噂さえある。

「貴方が思われているよりも、疲労が溜まっています。 たまに温泉などに行く方がよろしいかと思います」

「ありがとう。 でも、大丈夫よ」

「無理は後から出てきます。 そして気付いたときには、取り返しがつかなくなります」

「少し口うるさいわね」

苦笑すると。

向こうも苦笑いして、性分なのでと返してくるのだった。

いずれにしても、救護活動は終了。

あまり激しい戦いにならないように工夫したこともあり、手指を失ったり、大けがをした者はいない。

怪我をした者は結構出たが。

それはそれで、すぐにダークエレメントが対処した。

伝令をしている戦士が来て、結果をまとめて持ってくる。

ざっと目を通すが。

順当な結果になっていた。

すぐにトーナメントを組み直し、第三回戦までの組み合わせを発表。それぞれの会場に移動するよう指示。

クーデリア自身も、この会場を離れ、別の会場に移動する。

最終的には此処に戻ってくるが。

それはそれだ。

事実上の出来レースとはいえ。

ふんぞり返っていたら、反感を買うことになる。

誰よりも自分に厳しい。

それが、クーデリアが、戦士達から尊敬されている理由なのだから。それを崩してはいけない。

傲慢になると、身を持ち崩す。

クーデリアは、多くの先人から。

それを学んでいた。

 

トーナメントに移ってから、戦闘のルールが変更される。

闘技場の外に出るか。

それとも、相手を気絶させるか。

参ったと言わせるか。

審判が判断するか。

重傷を負うか。

このいずれかを満たすと、決着となる。

また、武器の使用も許可する。ただし刃は潰した試合仕様だ。

このルールだと怪我が出やすいこともあるのだが。もう一つの問題は、観客に被害がいく可能性がある、という事だ。

実際ハイランカー同士が本気でやり合った場合、辺りが焦土になる。

また、簡単に死者が出てしまうので。相手を殺そうとした場合は止めるよう、措置もしてある。

ステルクとロロナ。トトリとダークエレメントが控えているのは、それが理由だ。

場外に攻撃の余波が飛んだり。

或いはどちらかの選手が、相手を殺そうとした場合、即座に止めるように。国家軍事力級戦士が審判をする。

贅沢な試合である。

ちなみにエスティは引退後、今三人目の子供を育てているので、時間がないと断られた。

既に五十路なのに、たいしたものである。

アーランド人が如何に若々しいと言っても、だ。

もっともエスティの場合、実のところ、親友であるアストリッドに頼んで、肉体を若返らせているという話もある。

子育てと結婚生活に飽きたら、戦士に復帰してくるかも知れない。

まあ、ここしばらく会っていないから、何とも言えないが。

クーデリアの最初の相手は、若手の戦士。

トンファーをを使う、背の低い戦士だが。まだ十九歳でランク7まで上がって来た実力派だ。

ただしランク7で三年間足踏みしている。

どうも壁にぶつかっているらしく。

色々なハイランカーに稽古を申し込んでは、どうにかして頭打ちになっている実力を伸ばそうと、苦労している様子だ。

前にクーデリアも稽古を頼まれた事があるのだが。

単純に実力の限界だろうとクーデリアは判断している。

要するに、内心の何処かしらで、現状の実力に満足してしまっている、という事なのだ。もしももっと貪欲に力を伸ばそうと考えるなら。その場合は、色々と手伝いも出来るのだが。

今は、アーランドという国が出来て以降、歴史上もっとも平和な時代だと言っても過言ではない。

大陸の南部はほぼ統一され。

復興と発展に人類のリソースが全振りされている。

亜人種との諍いも小競り合い程度。

モンスターも。それほど驚異的な存在はいないし。危険すぎるモンスターに関しては、駆除があらかた終わっている。

そういうこともあって。

戦士の質の維持は少し難しくなっている。

だからこそ、この大会には、意味もある。

ランク7の戦士、ルフリートという青年は。礼儀正しくお辞儀した。

「よろしくお願いします」

「此方こそ、よろしく」

試合開始を告げるのはステルクだ。

本当は本人も参加したかったのだろうが。

今回は審判に徹して貰う。

ちなみに最終戦の審判。つまり私とジオ王の戦いについては。

ダークエレメントにやってもらう。

ちょっと実力不足だが、その辺りはぬかりない。ロロナに指示して、能力を極限までブーストする道具を装備させているのだ。

ルフリートが仕掛けてくる。

トンファーを回転させながら、四方八方からラッシュを仕掛けてくるが。私はその全てを軽くいなす。

立っている位置さえ変えない。

渾身の一撃を、頭上から叩き込んでくるが。

軽く払うだけで、ルフリートは態勢を崩した。

更に足を払って、もろに地面に叩き付ける。

そして頭を踏みつけた。

「まだやる?」

「まだまだっ!」

必死に脱出すると、ルフリートは一度距離を取る。

実力差は最初から歴然。

だったら迷いは不要、と言うわけだ。面白い。まだ残念ながら実力は足りていないが、この向上心こそ強さにつながる。

だから、今日は。

現状に満足してしまっているその実力を、徹底的に真正面から粉砕する。

今度は此方から動くと。

腹に一撃、掌底を叩き込む。

吹っ飛んだルフリートは必死に場外すれすれで踏みとどまるが。

それでも、次の一撃には耐えられない。

上空にクーデリアを見たルフリートは、トンファーを構えるが。

クーデリアは上空で空中機動し、地面に高速で降り立つと。真正面から突入。がら空きになった腹に、タックルを浴びせた。

吹っ飛んだルフリートを、ステルクが受け止める。

「場外。 これまで」

青ざめて声も無い様子のルフリート。

回復術を掛けられてもしばらく無言だったが、やがて吐いた。まあ、仕方が無い。内臓に少し打撃を入れてやったのだから。

「その程度で満足していないで、もっと貪欲に強くなりなさい」

図星を踏み抜かれて、俯くルフリート。

何処かで、今の実力で満足していることに、気付いてはいたのだろう。だからこそ、クーデリアの言葉が響いた。

少しだけ休憩を入れて、二回戦。

次はランク8の戦士だ。

まあ順当なところか。

巨大なバトルアックスを手にしているパワー型の戦士だが。なんとクーデリアよりも更に小柄な女性戦士である。

自分より遙かに大きなバトルアックスを振り回す豪快な戦闘で噂になっている人物で。若手の中では最強と言われている人材だ。

潰してしまうような戦い方をしてはまずい。

ステルクも、無言で視線を送ってくる。

延ばすように。

分かっている。

この娘は、いずれアーランドを背負って立つ人材だ。

赤い髪の毛を短く切っている、やんちゃな男の子みたいな顔をしたその女の子は。実のところ、現在17歳と、見かけと年齢がまったく一致してない。

何でも非常に小柄な一族と、アーランド戦士のハーフらしく。

元々あまり高くなかった実力を補うために、必死に努力を重ねて、ランク8まで上り詰めた逸材らしい。

ちなみにクーデリアも以前、少しだけ稽古をつけたことがある。

その頃使っていたのはハルバードだったが。

バトルアックスに切り替えた、という事か。

「お久しぶりです、お師匠様っ!」

大きすぎるくらいの声で、超大げさな挨拶。

思わずクーデリアの方が赤面しそうになったが、まあこれはこれでいい。

「マリア、順調に強くなっているようで何よりね」

「はいっ! 今日は胸を貸していただきますっ!」

「ん。 来なさい」

ぱんと空気が破裂するような音がして。

後ろに回り込んでくるマリア。

容赦なく、降り下ろしてくるバトルアックス。

受け止めてやろうかと思ったけれど、考えを変える。残像を切り裂いたバトルアックスが、地面を粉砕した。

クレーターが出来るほどの一撃。

観客が、おおと喜ぶ。

クーデリアに、即座に追いついてくるマリア。

小さな体を旋回させて、バトルアックスで躊躇無く両断しに来る。

また、残像を切り裂かせて、距離を取るが。

反応が早い。

此奴は、心配ないだろう。

とにかく強さに貪欲で。

今でも、自分の実力に満足していない。これからも、どんどん伸びるはずだ。確かに今後のアーランドを背負って立つ逸材である。

ひょいとバトルアックスの上に乗ると。軽く膝をマリアの額に叩き込んでやる。

がくんと首が傾いたマリアを、そのまま放り投げ。

場外に落とした。

クーデリアみたいに、空中機動が可能なら、此処で復帰も出来るのだけれど。マリアにはそれは無理だ。

残念ながらそれまで。

マリアは、負けたことに気付いて。しばらく呆然としていたようだが。

やがて快活に笑った。

「いやー、負けましたっ! 実戦では次は無いですし、良い経験ですっ!」

「もっと強くなってまた来なさい」

「有難うございますっ!」

後五年もすれば、この子はランク10にまで上がってくるだろう。

その時は、肩を並べて戦う時が来るかも知れない。

しかし、その頃には、多分アーランド一強の時代が来ているはず。恐らく、人間と戦う事は無いはずだ。

そう信じたい。

何処かしらの遺跡で、洒落にならない戦力の邪神が蘇ったり。

或いは、一なる五人のような狂気の集団が世界の滅亡を本気で企んだりしない限りは。この子が全力で殺し合いの場に赴くことは無いだろう。

本来は、それでいいのだ。

いつか来る危機のために。

備えるための人材は、どうしてもいる。

何しろ、一なる五人が言っていたことは、ある意味正しかったのだ。この世界は、もう一度の破滅には耐えられない。

もしも人類がまた破滅の路を歩もうとしたときには。

誰かが止めなければならないのだから。

少し休憩をしてから。

三回戦。

三回戦の相手は、同じくランク8の戦士。禿頭の、ベテランの戦士だ。棒を手にしている。

棒術使いとしてかなり有名な老人で、現在84歳と、現役の戦士の中では最年長の一人である。

全盛期はランク10クラスの実力もあったようだが。

今では、後進の育成と。

前線でのサポートに注力している。

今回の大会に参加したのも。

単純に後進の成長を見たかったのが理由らしい。

ちなみに、クーデリアも。

実力に伸び悩んでいた頃、この老人の家の門戸を叩いた事がある。

非常にわかりやすい教え方をする老人で。

棒術については、一通りマスターすることが出来た。

もっともアーランドでは、それぞれの武器をマスターすること何て、最初の一歩に過ぎない。

そこからどれだけ強くなるか、が問題なのだ。

「お久しぶりです。 まだ現役で頑張っている事に敬意を覚えます」

「おう、わしの弟子の中でも、お前は出世頭だ。 わしもとても嬉しいよ」

「ありがとうございます。 手加減はしませんよ」

「それでいい」

見本のような構えを。

マスター・ボルドはとる。

このボルド、多くの戦士に、敬意をもってマスターをつけて呼ばれている。実際に、現在ハイランカーになっている戦士達の多くが、この人物に稽古をつけて貰った過去があるから、である。

そしてマスター・ボルドは。現在は、自分の技を精力的に図書館に残している。クーデリアも目を通したが、変幻自在の棒術を、実に多彩に極めている。あらゆる奥義はどれも唸らされる個性的かつ独創的なものばかりで。この人物だけで、十は流派を開けるのでは無いか、というほどのものだ。

五十年前のアーランドでは。

この人が間違いなく、国家軍事力級の筆頭だった。

ただし、ジオ王を除いて、だが。

あれは十五の時には国家軍事力級になり。そして五十年前、つまり二十歳の時には、世界最強の座に足を掛けていた。

そういう化け物さえいなければ。

このボルド師は、当時のアーランド最強の戦士として、内外に威名を轟かせていただろう。

だが、今でも尊敬される老師だ。

それでいいのである。

試合開始。

クーデリアは、後ろに回り込むと。

ふわりと。

出来るだけ、ダメージを与えないように、押し出す。

老獪な戦闘を得意とするボルド師だ。

その隙さえ与えない。

それこそが、敬意の示し方だ。

場外に落ちたボルド師だが。

拍手が起きる。

クーデリアが、老獪な戦いを避けた。

圧倒的な身体能力でねじ伏せる方法を選んだ。

それが、この場にいる人間の誰の目にも明らかだったからだ。というか、アーランド人なら、それくらいは皆分かる。

「同じ土俵に乗ってはくれぬか」

「貴方を相手に、老獪な戦いなどできませんよ。 万が一の事もありますから」

「ふう、万が一に賭けて見たかったのだがのう。 流石にこの年になると、今のお前の速さには対処できんわい」

手を貸して、立ち上がらせる。

これで、三回戦までは終わり。

後は、全て同じ会場で行う。

 

3、王の下へ

 

試合会場を移動している間に。トトリが来る。

相変わらず張り付いたような笑顔である。

本人は、まだ完全に精神崩壊した事の後遺症に苦しんでおり。狂気によってわき上がってくる様々な衝動を抑えるために、苦労している様子だ。

「見事な試合ぶりでしたね、クーデリアさん」

「ありがとう。 それで、何用かしら」

「実はマスラスク王国で、問題が起きたようです」

マスラスクか。

旧北部列強の中でも、鷹派筆頭とも言える国で。難民の多くを集めて、富国強兵策にいそしんでいる。

とはいっても、無理矢理押さえた遺跡から収集した物資を、無茶苦茶に浪費しながら、なので。

あまりアーランドとの折り合いは良くない。

他の国々が体勢を立て直す前に、併合してしまおうという野心さえ持っている様子で。こんな状況で何をしているんだと何回か警告しているのだが。この国は王であるゲオルグと、首脳部がまるまる生き延びていたこともあり。国力は回復が早く。近年は殆ど言う事を聞かなくなってきている。

そればかりか、軍を整備して。

早速周辺国を脅かし始めている始末である。

スピアの後継者にでもなるつもりなのかと、一度ストレートに言ったほどなのだが。

ゲオルグ王は、ふふんと不敵に微笑むばかりだった。

ひょっとすると、だが。

足並みが揃っていない大陸北部を全て制圧して。

本気でスピアの最大版図を再現するつもりなのかも知れない。

あれから九年しか経過していないのに。

もうこういう輩が出てくるのは、頭が痛い。今は人類が協力して、やっていかなければいけない時代なのだが。

「で、どうするつもり?」

「ゲオルグ王に利害を説いてみます」

「野心に凝り固まったあの下品な老人に、そんな理詰めの言葉が届くかしらね」

「その場合は、アーランドを怒らせたことの意味を思い知らせるだけです」

さらりとトトリは言う。

そうか、まあそれもいいだろう。

実際、トトリ一人で、復興途上のマスラスク程度なら充分だ。ゲオルグ王は北部列強の残党を集めて、軍を組織しているようだが。

そんなもの、スピアの軍勢に比べれば塵芥に等しい。

トトリ一人で蹴散らすことも不可能では無い。

まあ、最後通牒を反故にしたら、その時は好きにすればいい。

さっと書類を作って、渡しておく。

本当なら議会を通したいところだが。

マスラスクがそれだけ急進的な行動を取った事。それに、クーデリアが危険だと判断した事。

この二つだけで。

充分に後から議会で説明が出来る。

トトリは書類を確認すると、頷いた。

ハンコを押して、蜜蝋で封。

トトリに手渡す。

そのまま、トトリはマスラスクへ、走っていった。昔は身体能力に恵まれなかったトトリだが。

今ではあの通り。

走っていっても、明日にはマスラスクに到着するだろう。

そして、アーランドの国家軍事力級戦士の上。大陸最強の錬金術師の一人。更に、大陸でも知られるネゴシエイターであるトトリが来た、という時点で。マスラスクは震えあがらざるを得ない。

己の野心が、何をもたらしたか。

ゲオルグ王は、嫌でも思い知らされることになるだろう。

さて、会場に到着。

試合相手は、既に待っていた。

ジーノである。

昔は戦闘にしか興味が無かった様子のジーノだが。今はそれなりに落ち着いて、一応風格のようなものも身につけてはいる。

昔はトトリに気があった様子だが。

今はもう、そんな気も無いのだろう。

ステルクの弟子の中でも、特に出来が良いジーノは。

相応の強敵だ。

会場にクーデリアが出向くと、おおと声が上がった。

若き虎と、虎の王との戦いだ。

そんな風に、会場が盛り上がる。

ただし、審判をしているダークエレメントはあまりいい顔をしていない。勝負が激しくなるほど、負傷がひどくなるのが目に見えているから、だろう。本当の意味での博愛主義者なのだ。

ストレッチをしていたジーノが、此方に向き直る。

「銃はつかわねーのか、クーデリアさん」

「そうね。 使うのはもう少し貴方に実力がついてから、かしらね」

「ふん、後悔してもしらねーぜ」

「後悔なんかしないわよ」

試合開始。

同時に、ジーノが仕掛けてくる。

今までの相手とは、段違いの速さ。クーデリアの後ろを取ったジーノが、首を狩りに来るが。

ひょいとかがんで避けると、足を払う。

態勢を崩すジーノだが、無理矢理それで剣を振るってきた。

だが。斬ったのは残像。

クーデリアは少し離れた距離に降り立つ。

銃弾に魔力を乗せるのが、クーデリアのスキル。固有の能力だが。

ジーノくらいの実力者なら、それを使うまでもない。

素手で充分だ。

懐に潜り込むと、拳を叩き込む。

空中に浮き上がったジーノに、更に追撃の蹴り。

必死に空中で体勢を立て直し、場外を避けるジーノだが。その時、むしろクーデリアは、ジーノの背後に回り込んでいた。

背中に蹴りを叩き込み、試合場の真ん中に吹っ飛ばす。

更に上空から、音もなくフクロウのような強襲を仕掛ける。

会場の真ん中に、クレーターが出来。

そしてジーノが吐血した。

ダークエレメントが動きかけるが、まだまだだ。

ひょいと避けると、ジーノが立ち上がってくる。そして、雄叫びを上げながら、躍りかかってきた。

一瞬で、十数を超える剣撃が飛んでくるが。

その全ての太刀筋を見切ると、膝裏を蹴る。

態勢を崩したところに、側頭部に回し蹴りを叩き込み。吹っ飛んだ所に、更に追いついて上から蹴り落とす。

地面でバウンドしたジーノは。

まだ立ち上がってくる。

流石にタフさだけは凄まじい。

あのステルクの師事を受けていただけのことはある。呼吸を乱しながらも、ジーノは必死に虚勢を張る。

「軽くて効かねーんだよ!」

「そう」

至近。

ジーノが剣を振るが、その時には。

既にクーデリアは、ジーノの顎を、掌底で跳ね上げていた。

目を回したジーノが、棒立ちになり。それから倒れ伏す。

勝負有り。

ダークエレメントが飛んでくると。すぐにダメージを確認。回復の術を掛け始めた。

「やり過ぎです!」

「そうね。 銃持ってくれば良かったわ」

まあ素手でも見ての通り勝てたが。

それでも、ちょっとだけ危ないかなと思ったタイミングもあった。

後は、銃を使おう。

そう決める。

いずれにしても、残りは、ランク9冒険者とかち合う事になるだろう。手加減することは、相手に対して失礼に当たる。

此処からは少しばかり気合いを入れていくか。

クーデリアは、懐から銃を出す。

流石にクロスノヴァを使うつもりはないが。

それでも、今後の戦いでは、銃を使って行くことにしよう。

 

ジオ王との戦いに備えて、温存しようと思っていたのだが。ランク9冒険者の実力を思い知らされた事もある。

力を温存しようと思っていたのを止めたのもあって、後はスピーディに決着がついた。

容赦するな。

そう自分に言い聞かせたこともある。

それよりも、何よりもだ。

決勝で勝った後。

次に戦うジオ王を相手にするために、調子を上げる必要があった、という事もあった。

まあ、それ以前に。

相手に対して、本気を出さないのは失礼に当たるから、という事もある。

ランク9の冒険者になると。

クーデリアが本気を出しても、簡単には壊れない。

だから大丈夫だ。

決勝での戦いが終わり。

全身からぷすぷすと煙を上げている相手選手が運ばれて行くのを横目に、クーデリアは愛銃の確認と、弾数をチェック。

銃はハルモニウムを改良したサンライトで極限まで強化した一品。軽い上に、生半可な熱では変形さえしない。

この特製故に、一度に凄まじい数の弾数を放って超絶のラッシュを行うクロスノヴァには最適の武器だ。

更に背負っているブレイブマスク。

体力を全快させる装備で。

クロスノヴァによるフィードバックダメージがどうしても生じるクーデリアには、最高の相性の装備である。

勿論ジオ王も何かしらの錬金術装備で身を固めてくるのは前提。

さて、どうするか。

ジオ王が会場に来る。

髪も髭も既に完全に真っ白。

70に達して、なおもこの国最強を自負していた王。そして、ロロナとトトリの人生を事実上終わらせた張本人。

この日を。

どれだけ待ちわびたか。

舌なめずりさえしてしまう。

報復の時は、ついに来た。

会場に上がってくるジオ王。

慌てたように。クーデリアと、ジオ王の間に、ダークエレメントが降り立った。視線で両方を牽制してくる。

「分かっているでしょうが、これはあくまで儀礼的な試合です。 殺し合いだけはしないでください」

「勿論分かっているわよ」

「案ずるな。 死に到るような技は撃ち込まぬ」

「本当に頼みます」

ダークエレメントの悲愴な顔。

クーデリアとジオ王の因縁について、誰かに聞いているのだろうか。聞いているにしても、もはやこれは止める事が出来ない宿命だ。

試合開始まで、まだ少しある。

今までの戦いで、会場に穴が開いたりクレーターが出来たりしたので、それを補修する必要があるからだ。

ホムンクルス達がせっせと働いている中。

軽く話す。

「余と一騎討ちか。 舐めてくれたものだな」

「もはや貴方の時代は終わったんですよ」

「ほう、言ってくれる」

「単なる事実です」

火花が散る。

ここから先は、どうしようもない戦いだ。クーデリアは、理由があろうが、ジオ王を許すわけには行かない。

自分の悲惨な人生なんてどうでも良い。

問題は、ロロナが今もあんな状態だということだ。

世界を守るため。

それは事実としてあっただろう。

国益のため。

多くの国民のため。

それも理解出来る。

だが、それはそれとして。どうあっても、ジオ王を許すことは出来ない。行動には報いが伴う。

それをしっかり示さなければならない。

クーデリアは、今や国の重鎮だ。

それが故に。

此処でしっかりと、因果応報がこの世にある事を示さなければ。もはや、この世界に新しい秩序などもたらせないし。

何よりも、だ。

比翼の友の人生を完全破壊したジオ王にこれ以上仕えるのは嫌だ。今までは、世界のためと思って我慢してきたが。

それも今日までである。

幸い、跡を継ぐ遠縁の人物は、別にそこまで不快な存在では無い。

だから、その下につくなら構わない。

「余はお前を評価していたのだがな」

「それは実力で得た評価です。 少なくとも、贔屓は一度だってされた覚えはありませんがね」

「ふむ、それは一理あるな」

「ならば、ロロナの人生を無茶苦茶にしてくれた事について、報いを受ける覚悟も当然おありですね」

ジオ王は鼻を鳴らす。

何を青臭い。

そう言っているのと同じだ。

勘に障るが、我慢。

此処で爆発しては意味がない。

爆発するのは、実戦が開始してからだ。それからは、もはや容赦も遠慮も呵責もしない。此奴は、それだけのことをした。

それにしても、会場の修理に時間が掛かるな。

イライラが募る。

結局、会場の修理には、半刻ほども掛かった。これは少しばかり時間が掛かりすぎだろう。

だが、何となく事情は分かる。

ダークエレメントが、指示を出して、敢えてゆっくり修理させていたらしい。この辺り、あの空気読めない小娘が、と思ってしまうが、我慢だ。彼奴なりに、配慮しての事なのだろうから。

試合開始。

ダークエレメントが告げる。

同時にクーデリアは。

全能力を、フルに解放した。

殺す。

試合で殺す事は禁止しているが。それでも、もはや殺意を抑えられない。此奴だけは、絶対に許してはいけないのだ。

剣に手を掛けるジオ王。

老いたりとは言え国家軍事力級戦士の一人。

一瞬の抜き打ちで、クーデリアのいた地点に、巨大な亀裂を生じさせていた。

横に滑るように移動し、クーデリアは、火力を全解放する。

クロスノヴァはまだ使わない。

使うのは、もう少し状況を見ながらだ。

火焔弾と重力弾を叩き込みつつ。

それら全てをジオ王が剣撃で弾くのを確認。

思ったより衰えていない。

だが、思った以上の腕でもない。

不意に、間合いを詰めてくる。

それに応じて、クーデリアも間合いを詰め。無数の剣撃のラッシュをかいくぐると、膝蹴りを顔面に叩き込む。

しかし、剣の腹で止められる。

弾きあって、間合いを取り直すが。

この間瞬き一つほどの時間しか経過していない。

再び、攻めに転じる。

ジオ王も、守りに徹するつもりは無い様子だ。だからそれでいい。全力を出して貰う。その上でクーデリアが勝つ。

戦士としてのジオ王を死なせるには。

それしかない。

最強である。

それこそが、ジオ王のよりどころ。

だからこそ奪う。

今まで、クーデリアが。ロロナもトトリも。人生を奪われていったように。今度は、ジオ王のよりどころを、奪うのだ。

ジグザグに走りながら、乱射される無数の魔術弾を避けて迫ってくるジオ王。

弾くのも面倒くさい、のだろう。

だが。

ぐっと後方に引っ張られて。ようやく気付いたらしい。

移動しながらクーデリアが、重力弾を一点集中で放っていたことを。

勿論、過剰な重力場は長続きしない。

だが、一瞬でも動きが止められれば。

クロスノヴァの態勢に入る。

ジオ王は舌打ちすると、振り返りながら抜き打ち一閃。重力の穴を、一撃で吹き飛ばしていた。

魔力によって維持される重力場だ。

常識外の剣撃でなら、消し飛ばす事も可能だろう。

だが、それはクロスノヴァの態勢に入ったクーデリアに、背中を向けることも意味している。

離れようとするジオ王よりも。

四方八方からの飽和攻撃が炸裂する方が速い。

会場が消し飛ぶほどの爆発が巻き起こり。

ダークエレメントが念入りに張っていた壁に、ひびが入る。慌てて修復に掛かる魔術師達だが。

クーデリアは気にせず、銃弾の再装填を始める。

敢えて、ゆっくりと。

「効いていないでしょう。 出てきてください、陛下」

「……」

流石だ。

煙を切り裂いて、ジオ王が姿を見せる。

今のクロスノヴァを、剣撃だけで全てはじき飛ばした。

全盛期は、数十に分身して、ラッシュを掛けるほどの動きを見せていたジオ王だが。衰え激しい今では、流石にそこまでの事は出来ない様子だ。

それでも、全盛期のままの実力であるクーデリアの奥義を真正面からはじき返してみせるのだ。

流石と言わざるを得ない。

歴代アーランド王族の中でも、上位に食い込んでくる実力者。

その評価は、伊達ではないと言う事だ。

だが。

攻勢に出たジオ王の数度のラッシュを避けきるクーデリア。

避けながら、煽りに掛かる。

「昔なら、受け止めなどせず、避けて斬り伏せに来たでしょうね。 かなり衰えていますね、陛下」

「黙れ……」

「あたしとロロナの人生を無茶苦茶にした事、後悔させてあげますよ」

「何を戯れ言を。 世界が滅ぶかの瀬戸際だっただろう!」

それはそれ。

これはこれだ。

確かにあの時は、非人道的な決断をせざるを得なかった。だが、非人道的な決断が、許されるのだろうか。

少なくともクーデリアに許す気は無い。

必要だったから。

だったら、弱者を踏みにじってもいいのか。

今度は、もう必要ないから。

クーデリアが、ジオ王を、国政から排除する番だ。

双方ともに決定打が無いまま状況は推移しているが。しかし、ジオ王は焦り始めている。クーデリアが本気でやっていないのに対し。

自身は体力の衰えが露骨に出始めているからだろう。

どれだけ鍛えても。

七十を過ぎた年齢、というものはどうにもならない。

体を弄っていれば、まだ話は別だったのだろう。そう、クーデリアやロロナのように、である。

トトリやメルルのように、といっても良い。

だが、結局。

恵まれた戦闘の実力を笠に着て、ジオ王は人を止めなかった。それが、此処で響いてきているのだ。

人を止めさせられたクーデリアやロロナとは違う。

いずれにしていも、もっとも衰えを感じるのは、ジオ王の言動だろうか。

昔だったら、こんな風に。

言い訳じみたことは言わなかったはずだ。

やはり頭から衰えは来るのだな。

クーデリアは、互角の形勢をわざと維持しつつ。確実にジオ王の体力を削っていく。焦るな。

焦る必要はない。

確実に追い詰めていけば良いのだ。

不意に、ジオ王が前に出てくる。

幾つかある秘技を披露するつもりだろうか。

クーデリアは、それに対して。

初撃を重力弾で無理矢理に止めた。

愕然とするジオ王。

何度も見た技だ。

通じる訳がないだろう。しかもその技、ミミに教えてもいる。ミミが使っているのを、見もした。

生じる、大きな隙。

今度こそ、回し蹴りを側頭部に叩き込む。

吹っ飛んだジオ王が、背中を地面につけるのを見て。おおと、喚声が上がる。

「すげえ」

「違う、衰えたんだ。 もう七十過ぎだぞ」

「そうか、流石の最強伝説も、終わりの時か……」

「だそうですよ」

ジオ王は即座に跳ね起きて態勢を立て直そうとするが、その時。クーデリアは、ジオ王の直上にいた。

既に、全力での。クロスノヴァ十二発同時発動は、完了していた。

全方位からの飽和攻撃。

ジオ王が、叫ぶ暇も無く。

会場にはキノコ雲が上がっていた。

 

4、決着

 

完全に消し飛んだ会場に降り立つ。

観客席を守るための防御の術式も、限界近い状況だ。魔術師達や悪魔族達が、慌てて修復をしている。

クーデリアは、少し乱れた髪をなでつけた。

ジオ王は。

原形をとどめている。

剣を杖に、立ち上がろうとしているし。目にはまだ闘志が宿っているが。それでも、露骨すぎるほどに分かる。

長年酷使し続けた体が。

既に限界だと悲鳴を上げているのだ。

ふうと息を吐く。

「降伏しなさい、ジオ王」

「断る」

「ならば、最後の奥義でも撃ってきますか?」

口の端を引きつらせるジオ王。

そうできないように、じっくり体力を削ったのだ。相手が老獪な戦いさえできないように、である。

そして此処で命を賭ける意味がないことを、ジオ王は悟っている。

プライドが邪魔をしているようだが。

それももうおしまいだ。

ダークエレメントが、タオルを投げ込もうとしているようだが、他の戦士が止める。此処は、ジオ王自身に判断して欲しい、というのだろう。

戦い方次第では。

ジオ王にもまだ勝機はあった。

クーデリアもそれを知っていた。

だから、勝機を潰すように戦って来た。

此奴をどうすれば殺せるか。

そうずっと考え続け。

頭の中で散々模擬戦もやった。

ロロナと二人がかりなら、苦労もせず倒せると結論は出ていた。だが、クーデリア一人で倒すなら。

結論は、相手の老いを最大限に利用する。

それだけだ。

複雑な戦術など必要ない。

シンプルにして、鉄板な戦略で、相手を押し切る。

さて、もう少し体力を削っておくか。

そう思った矢先に、ジオ王が仕掛けてくる。

鞘に剣を収め。踏み込むと同時に、全力で振り抜いてくる。

数発の重力弾で迎撃。

衝撃波を打ち消した。

その隙に、懐に飛び込んでくるジオ王。そう来るだろうと思った。だから、敢えて一撃をぎりぎりまで引きつけ。

空中に。

更に一発だけ火焔弾を放って、空中機動。

上空の残像を斬った一撃。

背後に回った残像を斬った一撃。

そして、もう一撃を放とうとした手を、掴み。

投げ飛ばす。

地面に思い切り叩き付けると、跳躍。上空から、再びクロスノヴァの火力で、ジオ王を徹底的に痛打した。

着地。

ジオ王は、必死にクレーターの真ん中で立ち上がろうとしたが。

出来ずにいる。

呼吸を整えようとして、上手く行かない。

最強の戦士の。

老いの果て。

もはや体力が続かないのだ。

「て、テンカウントダウンを取ります!」

「!」

ジオ王が、無理矢理立ち上がる。

だが、既にぼろぼろのその姿は。王の威厳にはなく。もはや、滅びた城で古き栄華に浸る、亡霊の王のごとし。

実際今のジオ王は。

既にこの世界には、絶対に必要とされる存在では無い。

既に若手も育ちつつある。

ステルクは、戦ったらどうなるか、明言を避けているし。

アストリッドは、訳が分からない強さを維持したまま、錬金術師として嫌々ながら活動を続けている。

最強の称号は。

もはや虚名なのだ。

「ま、まだだ。 まだ、余は……!」

だから、クーデリアは敢えて待つ。

此処で、遺恨を残さないように。

立ったまま、ジオ王が気絶するまで。

その場で、クーデリアは待ち続けた。

ほどなく、ジオ王の動きが完全に止まる。ダークエレメントが会場に飛び込んでくると、ジオ王のバイタルを確認。

殺してはいない。

だが、最強の虚名は。

今、完全に砕け散ったのだった。

 

ジオ王の退位の手続きが正式に承認され。

遠縁の人物が新たに王位に就く。

だが連邦共和国では、もはや王は正直な所必要ない。それに、国家軍事力級戦士は、それそのものが力の象徴だ。何も王がその頂点である必要もない。クーデリア自身も、王位につこうなどとは考えていなかった。

ステルクが、来る。

事務作業をしていたクーデリアに、声を掛けてきた。

「クーデリア君。 少しばかりやり過ぎでは無いかと声が上がっている」

「そうでしょうかね」

「我々も、ロロナ君に陛下がした事は許せなかったから、君に協力していたが。 しかし、彼処までする必要はあったのか」

「むしろ私は優しい処置をしましたが」

王は、最後まで戦士としてあり。

そして立ったまま気絶した。

戦士としての王は、彼処で死んだ。

だがそれは。

戦士として死ねたことを意味している。

「ジオ王に取って、一番辛かっただろう事は、恐らく病気や事故で死ぬことだったでしょうね。 私はそれを戦士として負ける、と言う形で、戦士としての終わりを迎えさせてあげました。 むしろこれは、慈悲のある行動かと思いますが」

「確かにそうではあるが……」

「その気になれば、毒殺や暗殺も出来ました。 もうジオ王は、玉座が虚名である事に気付いていないほど脳が老いていましたから。 以降は、その技をアーランドの知識として残して貰いましょう」

しばし黙り込んだ後。

ステルクは、いうのだった。

「そうだな。 戦士として死ぬ事が、あの人の最大の望みではあっただろう」

「何か思い当たることが」

「さっき、会ってきた。 ジオ王は流石に負傷で凹んではいたが。 しかし、納得はしていたよ」

「……」

しまった。

納得させてしまっては意味がないではないか。

だが、後腐れが悪い終わり方をしては、今後の国家体制にひびが入る。実際問題、旧北部列強には、きな臭い動きをしている連中もいる。

大陸の南半分を実質上支配しているアーランドは。

安定したとは言え、まだ時間が必要だ。

世界はもう一度の破滅に耐えられない。

この世界を完全に復旧するまでは。人類は、休むわけにも止まるわけにもいかないのである。

「なあ、クーデリア君」

「何かしら」

「君は納得したか」

「……本当だったらブッ殺してやりたい所でしたけれどね。 ただ、私も分かるんですよ、世界の滅亡が掛かっていたことは。 だけれども、私達をもてあそんだことは、許すわけには行かない」

「そうか」

「だから、此処までです。 私も、これ以上、事を荒立てる気はありません」

ステルクは少しだけ黙った後、その場を離れた。

事務を終えて、街に出る。

特に何も問題は起きていない。

流石に情報を流通させるために認めた瓦版などには、伝説が終わるとか、そういった記事があったが。しかし今更、七十過ぎの王が最強というのも問題だろう。クーデリアに、不意に駆け寄ってきた者がいる。

最近、瓦版を本格的に作り始めた者がいる。

北部列強から帰化した労働者階級の人間だが。

めざとくクーデリアを見つけたのだろう。

北部列強では、新聞という名前が主流で、大量に刷って配布していたそうだが。クーデリアも、今は重要性を認めて、監視役をつけて動かしている状況だ。新聞に必要な情報を集める人間は記者という。此奴は、その記者だ。

「クーデリア宰相。 今回の件について、お話しを伺いたく。 お時間はよろしいでしょうか」

「今、帰宅途中だから手短にね」

「分かりました!」

まだ若い女性だが、クーデリアに臆することなく声を掛けてくる度胸は認める。彼女は、ペンをもたもた動かしながら、話を聞いてくる。

どうして、今回、ジオ王を退位させることを考えたのか。

最初の質問がそれだった。

またストレートな質問だ。

「既にジオ王は70歳を過ぎ、健康にも判断力にも問題が出始めていたわ。 それに、最強という戦士として最高の称号も、衰えから虚名になりつつあった。 判断力に問題がある人間が玉座につき続けることに、意味があると思うかしら? 戦士としても、そろそろ引退の時期だったことだし、誰もが納得する終わりを用意して、実行しただけよ」

「なるほど。 それで、クーデリア宰相は、結果をどう思われますか」

「どうもなにも、予定通りに終わったというだけ、だけれど」

「その割りには、不満そうですが」

思わず真顔になる。

不満そう。

あたしが。

そうか、そう見えるのか。だが、此処で怒っても仕方が無い。頭を掻き回すと、一生懸命追いついてくる記者に続ける。

「不満があるとすれば、アーランドの最強を継ぐカリスマが出ない事かしらね。 勿論最強の王が玉座にいなくても体制は揺るぎもしないように構築したけれど、やはり民が期待するカリスマは必要ね」

「錬金術師のみなさんは」

「一なる五人という近来まれに見る悪例もあって、必ずしもカリスマにはならないと判断しているわ。 錬金術は奇蹟の学問だけれども、同時に魔の学問でもあり、深淵を覗き込む故に狂気に侵されやすくもあるのだから」

「なるほど。 それでは、今後若手のカリスマを育成していく、という事でしょうか」

そんなところだ。

そう答えると、記者は一礼して去って行った。

ちなみに今のやりとりは、手元にあった音を記録する錬金術の道具にて、全て記録している。

もしも新聞がいい加減な内容だったら。

全て公開したあげく。

ペナルティを課すつもりだ。

家に戻る。

黒服のエージェント達が、異常が無いことを告げてきた。ジオ王の狂信者が何か仕掛けてくるかと思ったが。

それもなかった。

ジオ王が退位した、という事は、静かに受け入れられていたのだ。

無理もない話である。

既に70を超え。

もはや現役で戦士として前線に立つには無理がある。

体を改造された者なら兎も角。

純粋な人間では、どうしても限界があるのだ。

誰もが、それを心の中で悟っていたのだ。故に。ジオ王さえもが。それを、すんなり受け入れたのだ。

自室に戻ると。

酒を呷る。

かなり強い奴を、ストレートで、だ。

飲まなければやっていられない。こんな事があるか。何もかも、上手く行ったはずなのに。奴には、戦士としての引導を渡してやったはずなのに。それなのに、どうしてだろう。宰相という立場が出来たからか。

背負うものが増えすぎたからか。

家には、養子として。行き場のない子供を何人も養っている。いずれもが、戦役で親を亡くしたアーランド戦士の子供達だったり。或いは難民として行き場を無くしていた子供達だ。

子供達にこんな姿は見せられないな。

そう、クーデリアは思いながら、酒を呷る。

もっと、徹底的に。

滅茶苦茶に叩きのめせば良かったのか。

こんな世界滅びてしまえとでも思って。

何もかも無茶苦茶にしてしまえば良かったのか。

だけれど。

あれだけの犠牲を出して、やっと掴んだ平和だ。それにこの世界には、もう後がない。これ以上、勝手な真似は許されない。

いつの間にか、瓶が空になっていた。

次。

少し荒々しく外に呼びかけると。入ってきたのは、ロロナだった。

「くーちゃん、荒れてるだろうと思って、見に来たよ。 やっぱり荒れてるね」

「……納得いかないわよ、こんなの」

「大丈夫。 わたしはずっとくーちゃんの側にいるよ」

「ずっといられないじゃない」

押さえてきたものが。

決壊した。

机に突っ伏す。

やっと決着がついたと思った。何もかもを奪っていった奴に、復讐できたと思った。倒したのだ。人生を完全破壊した相手を。

戦士として殺したのだ。

最強だった相手を。

それなのに、どうしてだろう。宰相として、視野が広がったからか。それとも、肉体と裏腹に、精神が年を取ったからか。

ロロナが、コートを掛けてくれる。

そして、側にいると言ってくれた。

それだけで、今は満足しよう。

クーデリアは、しばらく休むと言うと。

そのまま眠りに落ちる。

今日は、もうこれでいい。

これでいいと、自分を納得させる。

そうしないと。

もはや、心が壊れてしまいそうだった。

 

(終)