五つの闇の結末
序、滅びの五星
戦いについては既に打ち合わせが済んでいる。
だが、それでもなお。
一なる五人の強さは、あまりにも圧倒的だった。
触手を振るうだけで、達人の技を凌駕し。
同時に数百の魔術を展開する。
防御魔術だけでも、百重という凄まじさ。
それが周囲四方八方、隙無く攻撃をしてくるのである。正に神域の存在と言えるだろう。
メルルは知る。
これが、恐らく強さの結実点。
そして、この世で。最も間違っている強さの形。
肉塊と化している一なる五人の全身に浮き上がっている頭は、外付けの脳みそだろう。今まで殺してきた人の頭や脳を自分に接続する事で、処理能力を上げているのだ。前にジオ王に聞いたとおり。
その凄まじい処理能力で。
同時に桁外れの攻防を可能としているのだ。
ステルクさんが、次元ごと切り裂きに掛かるが。
それすらも防がれる。
次元を切り裂く一撃が、どうして防がれるのかさっぱり分からないが。止められたのは事実である。
エスティさんの、数千にも達する斬撃でさえ、防御術式を突破出来ない。
一なる五人は、もはや言葉は不要とでも言わんばかりに。
触手を振るい。
巨石を降らせ。
雷撃をばらまき。
確実に、此方を殺しに来る。
吹っ飛ばされたのは、アストリッドさんだ。
普段余裕綽々のあの人が、あんな風に吹っ飛ばされるとは。重力を利用して着地のダメージを強引に殺したようだが。
追撃の魔力砲が、容赦なくアストリッドさんを襲う。
それを防ごうとして、防ぎきれず。
爆発。
吹っ飛ばされて、斜面を落ちていった。
呼吸を整えながら、メルルは好機を狙う。
此奴は、恐らく。
今いるアーランドの最精鋭と。此処にいる辺境戦士の精鋭。アールズの精鋭。リザードマン族。ペンギン族。悪魔族。それぞれから派遣されている勇者達が力を合わせても、なお及ばない化け物だ。
だからこそ、此奴を倒すには。
目的を、挫いてしまうしかないのである。
ロロナさんと、戦う前に少しだけ打ち合わせした。
そして、戦い方は決めた。
トトリ先生が来てくれれば、少しは戦況も良くなる。その時に、最後の。決定打になる攻撃をする。
触手が降り下ろされ。
必死に逃れるが、衝撃波だけで吹っ飛ばされる。
周囲からは無数の攻撃がうち込まれているが。
まるで効く様子が無い。
出力さえ、削れているのかどうか。
「流石に、自身で出陣してきただけの事はあるな」
シェリさんが呻く。
国家軍事力級戦士でも及ばない。いや、前にジオ王と交戦したときの話を聞く限り、以前は此処までではなかった筈だ。
そうなると。
恐らくは、トトリ先生と同じ理屈で、強くなっていると見て良いだろう。
それに防御魔術を破っても破っても、内側から補強されている。此奴は攻撃に出ているようでいて。
実は、ゴリゴリの持久戦を選んでいるのだ。
そうすれば勝てるから。
簡単な理屈である。
「メルル、どうします」
皆、元々強行突破の時点で満身創痍だったのだ。
他の戦士達も、敵の近衛との戦いで、ひどく傷ついていた。しかし此処で撤退すれば、敵も体勢を立て直すことになる、
フラクタル氷爆弾で、敵の本拠を封じていられる時間は長くない。
敵は戦略的に見ても、正しい判断をしている。
そうだ、いつもそうだった。
一なる五人は、戦術家と言うよりも。
常に戦略家だった。
そしてその戦略は、敵の思うとおりに進み続け。ようやく主導権を奪取したと思った矢先のこれだ。
雷撃が、降り注いでくる。
ケイナが鞄を盾にして防ぐが、吹っ飛ばされる。
ライアスが、結界にバンカーを叩き込むが。
弾かれる。
何度うち込んでも、突破出来るビジョンが見えない。
まずい。
この状態では、作戦の第二段階にさえ移ることが出来ないだろう。トトリ先生との戦いでのダメージは残っていないが。
メルルがフルパワーで人間破城槌を叩き込んでも、効くはずが無い。
原液のエリキシル剤を入れてからでも、結果は同じだろう。
それならば。
敵の処理能力を、飽和させるしか無い。
荷車から取り出すのは、風車の群れ。投擲して、地面に投げる。
更に、戦う魔剣をあらかた投入。
メルルの行動に、一なる五人が気付く。
だが、遅い。
起動ワードを唱えて。
全てのオート攻撃を、解放した。
一斉に動き出す無数の剣が、回転しながら一なる五人を守る結界に躍りかかる。撃墜されるものもあるが、何しろ剣だ。
結界に食い込むと、回転しながら削りに掛かる。
更に、風車も。
真空の刃を奮い起こし、竜巻で一なる五人の結界を襲った。
この数の同時攻撃なら、どうだ。
見る間に敵の結界負荷が上がっていくのが見える。二枚、三枚。確実に結界が砕けていく。
ここぞと、ロロナちゃんが投擲したのは、メテオール。
対空爆雷であるそれを、相手の結界の真上に、しかも結界に接触するように投げたのである。
衝撃波が結界を舐めるようにして叩き。
更に数枚を抉り取る。
勢いを取り戻した皆が、熱狂的な攻撃を仕掛け。
一転して、一なる五人は守勢に立たされたか、に見えたが。
しかし余裕を崩していない。
まだまだ、幾らでも切り札があるというのか。
その切り札は。
殆ど時間を掛けずに、姿を見せた。
中空。
無数の空間の穴。
其処から現れたのは。触手。
一なる五人の、触手の端。
其処から、おぞましい色の光弾が、乱射される。四方八方へと、である。
たちまち、攻勢に出ていた何人かが吹っ飛ばされる。なぎ倒される。
一なる五人の高笑いが聞こえる気がした。
この程度で。
私の結界を貫通できると、本当に思ったのか。
そう笑っている気がして。
メルルも流石にかんに障った。
もしもやるとしたら。
少なくともこの巨怪に、一矢は報いなければならない。それもあるが、それ以上に。一なる五人の、希望を演出してもてあそんでいる様子が、腹立たしい。
クーデリアさんが、無言で動く。
触手の一本を掴むと、重力弾を叩き込んだのだ。
至近距離からの、一撃。
慌てて触手を引っ込めようとした一なる五人だが。
其処へ、完璧なタイミングで。
ロロナちゃんが、ドナーストーンを叩き込む。
クーデリアさんが離れた瞬間。
重力に拘束されていた触手を。紫電が襲った。
それは、空間の穴を通って。
一なる五人本体へも到達した。
ばちょんと音がして。一なる五人の体に埋め込まれている頭の幾つかが爆ぜ割れる。それを見た、ハイランカー達が。
同じようにして、触手そのものへ、攻撃を開始。
振り回される巨大な触手を、無理矢理に食い止めると。
他の者が、自爆覚悟で魔術を叩き込む。
すぐに再生するが。
触手を伝って、本体にまでダメージが行く事は避けられない。
流石にトカゲが尻尾を切るように、触手を切り離すとしても。多数の触手を、一斉にそうするわけにもいかないのだ。
次々に、一なる五人の本体についている頭が爆ぜ割れていく。
これなら。
誰もが、そう思っただろう。
だけれど、メルルは。
おかしいと感じていた。
ヌル過ぎる。
けたけたと笑い始めた一なる五人。
体の内側からせり上がってきたのは、脳みそそのもの。体の表面に、無数の脳みそが浮かび上がっていく光景は。
グロテスクを通り越して。
もはやこの世のものとは思えなかった。
爆発した頭の数々はただのデコイか。
いや、一なる五人の、あの異常な巨体だ。
一体どれだけの人間の頭を取り込み。外付けの強化装置にしているか、知れたものではない。
再び、ステルクさんが、次元ごと切り裂く一撃を叩き込む。
余裕を持って、それを防ぎきる一なる五人だが。
同時に。
ステルクさんと逆方向から、エスティさんが、凄まじい剣撃のラッシュを叩き込んでいた。
結界が数十枚、瞬時に爆ぜ割れる。
再生速度を上回る。
「芸がないが、力押ししかないか」
ジオ王が、複数に増える。
残像を利用しての分身だが。
その数が尋常では無い。数十人という規模だ。
数十人のジオ王が。
四方八方から一なる五人に襲いかかる。
体勢を立て直した他の者達も、一斉に一なる五人へと、それぞれの必殺技を叩き込み始めるが。
メルルは、むしろ。
まずいと思った。
「一端離れて」
不可思議そうにしながら、メルルの部隊は後退する。一なる五人の結界は、見る間に削られていくが。
メルルはどうしても、それが想定通りに行われているとしか見えなかった。
果たして。
一なる五人の触手が、瞬時に倍増。
空間の穴を通って。
辺りを滅茶苦茶に薙ぎ払う。
それぞれの奥義を放った後である。皆が、動きが鈍っていた瞬間を、もろに狙われた。げたげたと笑う一なる五人。
周囲は死屍累々。
強い。
やはり此奴は、破滅の権化としか言いようが無い存在だ。
だが、今の攻撃を、避けきっていた者がいる。
ロロナちゃんである。
上空に躍り出たロロナちゃんは。センさんに抱えられていて。
そして、今正に。
砲撃の準備を整え終えていた。
空から地面へ。
天罰とさえ思える。純白の一撃が、貫通していた。
残り少ない一なる五人の結界を、容赦なく抉り始める。
一なる五人が触手を集めて、結界を強化しようとしたその時である。
クーデリアさんが。
一なる五人の至近に降り立っていた。
触手の内部を無理矢理抉りながら進んで。空間の穴を、強行突破したというのか。
メルルの魔剣と風車も、まだかなりの数が生きている。
「生存者の手当を急いで!」
メルルが叫び、皆が荷車から薬を持って散る。後から来る増援も、負傷者を抱えて火口を離れる。
クーデリアさんが、一なる五人の至近で、クロスノヴァを連続発動。
結界の内側からなら、流石にどうしようもない。
うめき声が上がる。
これは、本当に効いていると見て良いだろう。
上空からの砲撃も、容赦ない。
更に、戻ってきたアストリッドさんが、複数の爆弾を投擲する。それは中空に留まりながら、無数の光弾を、一なる五人の結界に向けて投擲し続ける。
一なる五人は体をクーデリアさんのクロスノヴァに抉られながらも、再生をしつつ、まだ結界を再展開しているが。
ついに残りが十枚を切った。
其処へ、ジオ王が。
今日二度目の、多重分身からの連続剣撃を浴びせかける。
結界が消し飛んだのは、その瞬間だった。
今だ。
誰かが叫び。
猛攻が集中する。
そして、一なる五人は、爆炎の中に消えた。
「今のうちに回復を!」
叫んでいるのは、以前見かけたカテローゼさんだ。
勘が鋭い人だ。
これで一なる五人が終わるとは、思えないのだろう。
案の定。
その恐怖は、即座に姿を見せる事になった。
爆炎を斬り払うと、内側から姿を見せたのは。先以上におぞましい巨大な肉塊。今までのは拘束具に過ぎなかったとでも言わんばかりに、禍々しいまでの紫色の魔力を纏っている。
そして、何の冗談だろうか。
いにしえの神話に出てくる天使でも気取っているのだろうか。
その全身には、翼をかたどった意匠があった。
膨大な数の目に覆われた巨大な肉塊に。清浄な白い羽が無数についているというのは、あまりにも。
あまりにも。
生理的嫌悪感を、ダイレクトに刺激しすぎる。
体中についている口から、同時に一なる五人が喋る。声色は、五つに重なっているように思えた。
「やるじゃあないか諸君。 百重の結界を突破するとは、思っていなかったよ」
無言のまま、ステルクさんが躍りかかり、剣撃を叩き込むが。
鋭い刃状になっている触手が、一撃を受け止めた。
更にステルクさんが雷撃を放つ。
それも、触手を束ねて一なる五人は防いで見せる。
傷は、見る間に回復しているようだった。
「今まで戦っていたのは、プログラムを仕込んだ外付けの脳みそ達だよ。 つまり我々は戦闘に参加さえしていなかった」
「おのれ、外道っ!」
「肉人形をどうしようが我々の勝手だね」
肉人形、か。
前に聞かされたが。
一なる五人は、世界に人間がいないと言う妄執に囚われているとか。だとすると、人間という定義は。彼らの中では一体何だ。
それが、一なる五人を攻略する、最も貴重な情報になる。
メルルはそう確信していた。
「一なる五人!」
「うん? おお、そこにいるのは、メルル姫か。 ふふふ、どうやら他の肉人形と同じ存在ではもうないようだなあ」
「貴方が言う人間とは? 一体何を指しています?」
「人間とは、万物の霊長にして、この世界の進化の頂点に立つ者」
目を細めたのは。ジオ王だ。
メルルも、良い気分はしなかった。
その理屈は。
いにしえの時代のもの。
メルルも、ディアエレメントさんの所で見た事がある。古き時代の人間達は、万物の霊長を気取っていたという。
この世でもっとも尊い存在。
愚かで独善的で。
なにより、現実がまったく見えていない考え方だ。
一なる五人はなおも言う。
「我々も、まだ人間では無い」
「だから、人間になると」
「そうだ。 そして人間となる事で、我等は真なる意味での神ともなる」
「イカレてるわね」
クーデリアさんが吐き捨てる。
メルルも同意だが。
しかし、何となく分かってきた。
一なる五人は、現状の人間に対する憎悪で、このような思考に到った。それには恐らく。アストリッドさんと同様の。
現状の人間に対する、凄まじいまでの怒りと憎悪がある筈だ。
だからこそに、徹底した残虐行為に走った。
徹底的にジェノサイドを行い。
あらゆる生命を根絶していった。
惜しむらくは。その怒りを取り除く。つまりは、現実を変える手段が、手持ちに無い事だ。
屠るしか無い。
そして、一なる五人を屠るには。
この肉体を打ちのめすだけでは、駄目だろう。
「これ以上、狂った戯れ言を吐かせはせん!」
ステルクさんが仕掛ける。
そして、嬉々として、一なる五人が受けて立った。
1、ねじくれた強さ
メルルは走る。
一なる五人から、間断なく投擲される光の弾を避けながら。ジグザグに走る。攻撃は正確で、とにかく速い。
火力も尋常では無い。
一撃ごとに地面が消し飛び、至近に着弾すると、激しく体に傷が出来る。もうメルルに痛覚は無いが。それでも体の彼方此方に、傷が出来るのが分かる。
ロロナちゃんが砲撃。
防御結界が、難なく受け止める。
先ほどと比べても、遜色ない防御力の結界だが。
まだメルルが動かした風車達と魔剣達は生きている。
回転しながら、間断なく攻撃を仕掛け。
敵の守りを削り続けていた。
まだだ。
ステルクさんが、仕掛ける。
踏み込むと、雄叫びを上げながら、斜めに空を切り裂く。次元ごと切り裂く、彼の奥義である。
しかし、先も防がれたのだ。
今度だって、同じように防がれても、不思議では無い。
事実、敵は余裕を持って迎撃。
空間ごと切り裂きながら迫る一撃を余裕で受け止めつつ。
同時に中空に躍り上がり。強烈な蹴りをたたき込みに掛かったペンギン族十数人を、まとめて結界ではじき返して見せた。
これだけの数の飽和攻撃でも駄目か。
だが、まだまだ。
ステルクさんの攻撃が直撃した瞬間。
誰かが動く。
敵の真上に回り込んだゼウスさん。
極太の雷撃の槍を。
直上から、一なる五人に叩き込んでいた。
これなら、どうか。
しかし。
一なる五人が放った魔力によって、その場のあらゆるものが消し飛ばされる。今まで頑張っていた風車達も、大半が吹っ飛び。魔剣達も、ばらばらになって、散らばった。
立ち上がる。
負傷者が更に増える中。
触手を揺らしながら、一なる五人は健在を誇っている。だが、メルルは見て取る。やはり魔力量は無限では無いし。
どうあっても、防ぎきれない結界でもない。
事実今の一斉攻撃で、かなりの傷がついている。
そして先ほどと違って。
百重という、数の暴力で守りに来ているのでは無い。
あの結界さえ打ち抜けば。
荷車に走る。
光弾が来るが、ケイナが防いでくれる。彼女の鞄も、既にずたずた。鞄を持つ手も、である。
荷車から取り出したのは、ドナーストーン。
フルパワーに強化して、投擲する。
結界前面で、先にゼウスが展開したものにも劣らない雷撃が炸裂。それを見て取ったのか。
同時にアストリッドさんが。
何か良く分からない道具を発動した。
それは空間を飛び交いながら。
数十に分裂し。
そして、結界の彼方此方で、同時に爆裂する。
空間そのものを転移しつつ、存在する可能性を変えて、そのものの数を増やし、同時に全てが爆発する、とでもいうのか。
とんでもない代物だ。
更に其処へジオ王とエスティさんが、クーデリアさんと並んで、総攻撃を開始。
今度は此方が、数の暴力で押す。
結界が、打ち砕かれるが。
しかしそれを待っていたとばかりに。
一なる五人は、触手で竜巻を起こすように、周囲の全てを薙ぎ払った。
完璧に入ったカウンター。
暴力的な火力が吹き荒れた後は。
メルルも吹っ飛ばされ。
岩に叩き付けられて。
起き上がれずにいた。
一なる五人は触手を蠢かせながら。全身に植え込んだ無数の目を光らせている。嗚呼、何となく分かる。
あれは呪文詠唱だ。
直接言葉に出さずとも。
触手を振動させて音を発生させ。それを数重に並列させることで、特大の魔術を発動させようとしている。
まずい。
一なる五人がフルパワーで放ってくる魔術だ。
それこそ、大陸が消し飛びかねない。
その時、動けたものがいた。
影を縫うようにして動いたのは。
セダンさん。
結界を無くした一なる五人の、目の一つに。フルスイングから、メイスを叩き付ける。目の一つが、盛大に爆ぜ割れて、一なる五人が、鬱陶しそうにセダンさんを見た。直後、である。
一なる五人の触手の一つが。
根元から切り裂かれ、地面に落ちる。
再生を開始する触手だが。
流石に一なる五人も、苛立ったようだった。
「おのれ……」
やったのは、メルルだ。
とうとう、というべきか。
原液エリキシル剤を投入したのである。
もはや待つ事は出来ない。
呪文詠唱が崩れた一なる五人は、それを破棄。
纏わり付いてくる此方を触手で振り払いながら、大量の攻撃魔術をばらまきはじめる。メルルは、態勢を低くすると。
むしろ静かな心で。呟いていた。
「突貫……!」
ぐんと、体が伸びるような印象。
現在の肉体で、エリキシル剤を入れると。国家軍事力級戦士並みの実力を出せることは分かっていたが。
それがこれほどだとは。
空間ごと蹴散らしながら走る。
そして、敵の触手の一本を、更に吹っ飛ばした。
結界を再展開しようとする一なる五人だが。
その全身が、真上から押し潰される。
アストリッドさんによる重力操作。既にアストリッドさんも満身創痍だが、それでもまだやれるということだ。
無理矢理重力の拘束を解き、触手を振り回し、辺りを滅茶苦茶に破壊する一なる五人は。不意に攻撃を切り替えてきた。
辺りが真っ暗になる。
それは、これから起きる、ビジョン。
火山が。
ヴェルス山が、噴火などと呼ぶにはあまりにも凄まじい爆発を引き起こし。空に向けて、火柱を投擲する。
見る間に大陸全土が炎に包まれ。
必死に植林した森が、焼け落ちていくのだ。
噴き出す溶岩の量は異常で、瞬く間に大地の全てを覆っていき。海までも、侵略していく。
煮立つ海。
空も全てが覆われていく。
そして地上には光が届かなくなる。
溶岩の噴出は止まらない。
やがて、全ての地表が、煮立った溶岩に包まれ。生命は死に絶える。目に見えない細かな生き物たちさえも。
全てが熱によって、原初に帰る。
世界は、巨大な炎の球になる。
そして、其処に。
一なる五人が君臨する。
世界を好き勝手に作り替え始めるのだ。
「最初に神は言った。 光あれと」
一なる五人が、嘲弄しながら、いにしえの神話の一節を口にする。
メルルは、その口を閉じたかったが。
どうしてだろう。
身動きが出来ない。
これは、ひょっとして。
感覚を現実と著しく乖離させることで、体に異常を起こさせているのか。なるほど、一なる五人が超高密度の魔力をばらまいた状態だ。こういうことも、やってのけられるということか。
まだ、おぞましい光景は続く。
熱の世界と化した後、この世界は冷えていく。
そして冷え切った後。
一なる五人が、作り上げていく世界には。
生命はいない。
全体が金属による路でつながれ。其処に稲妻を走らせることで、あらゆる全てが制御される場所。
遺跡で見た事がある。
いにしえの時代の人間が使っていた道具のようだ。
「この星に生命など我等だけで充分。 後は環境を調整しながら、全てを支配し、管理していけば良い。 これこそが、万物の霊長たるがゆえの行動。 万物の霊長だからこそなせること。 我等がこれをなしたとき。 この世界に、初めて本物の神が誕生し、それでいながら初めて本物の人間が出現する。 それをなしえるのは、我等以外には、存在し得ないのだ」
「たわごとを……」
そう言うだけで精一杯。
だけれど、一なる五人は、なおも見せる。
このまま、世界が推移したら、どうなるか。
一なる五人を打ち倒した後。
もはや帰る場所も無い難民達と、辺境民の争いが本格化。膨大な数を誇る難民達は。一なる五人との戦闘で疲弊しきった辺境民を押し始める。
結局、戦争が始まるのだ。
そして技術は奇形的に進歩を続け。
やがて、いにしえの文明が滅びたときのように。
終焉が訪れる。
世界に地獄の炎が降り注ぐ。
自分が気に入らない相手を皆殺しにするために。或いは、全ての人間は生きられないと、誰かが判断したのかも知れない。
焼き尽くされていく世界。
その世界には、もう。
立ち直るだけの力は、残されていない。
人はやり直すことが出来る。
その美言の元に、何度も何度も徹底的に痛めつけられてきたこの世界が。ついに、本当の意味で終わるときが来たのだ。
何もかもが焼き払われていく中。
もう、植物は芽も出さず。
新しい生命は生まれ出る事も無く。
荒野は際限なく拡がり。
海にさえ、生命の姿は無くなった。
完全にこの世界が死ぬ。
その光景は。
一なる五人が滅ぼして、再構成した世界と、何が違うのだろうか。
「見ての通りだ。 お前達肉人形は、このような世界になってもまるで変わることがないではないか。 そして、次に滅びが来た時には、もはやこの世界は、立ち直る体力を残しておらぬ。 自分たちで勝手に滅ぶか、我等に滅ぼされ、新しい世界として再生するか、二つに一つだ」
或いは、そうかも知れない。
事実、人に進歩は見られない。
遺跡でいにしえの記録を見る限り。
今と比べて脆弱なだけで。昔の人間も、同じように自己中心的で、暴力的で、他の生物を虐げることを楽しんでいた。
人という種族は、昔とあまり変わっていないのだ。
また、同じように滅びを起こしても、何ら不思議では無い。
いや、このままでは。
本当にそう遠くない未来、人は同じ過ちを起こし、この世界にとどめを刺すだろう。
ならば。
愚民を導かなければならない。
ふと、迷妄が晴れる。
飛来した巨大な剣が、一なる五人の巨体を貫いたのだ。
舌打ちする一なる五人。メルルは立ち上がりながら、見る。あの巨大な剣は、間違いない。
ギゼラ=ヘルモルトだ。
「こんな程度でへばってんじゃないよ、情けないねえ」
「反撃開始といこうか」
その隣には、トトリ先生。
そしてミミさんも。
一なる五人は、触手を振るって、ギゼラさんの剣を引き抜くが。直後、ギゼラさんは蹴りを叩き込んで、更に剣を深々と差し込んだ。
一なる五人は別に苦しそうでも無いけれど。
単に鬱陶しいのだろう。
其処に、トトリ先生。
手を振っている。
わらわらと現れるのは。
無数のちむちゃん達。
それらが手にしているのは、爆弾が四割ほど。山ほどのパイ。なるほど、そういうことか。そういうことだったのか。
「はい、こっちだよ」
唖然としている皆の前で。
ものを複製する能力を持つちむちゃん達が。一斉にトトリ先生が作ったと思われる、ありとあらゆる種類の爆弾を投擲し始める。しかも、である。それは尽きることが無いのである。
見る間に、火力の滝に晒された一なる五人が、体を削られていく。
触手で反撃しようとした瞬間。
まるで既にその場にいたように移動したトトリ先生が、触手を蹴り挙げる。時間を止めたと見て良いだろう。
ここに来て。
皆が、一斉反撃を開始する。
ちむちゃん達が増やしているのは、何も爆弾だけでは無い。
回復薬も、なのだ。
触手をうねらせ、新手に一なる五人が呻く。
その声は、憎悪に満ちていた。
「おのれ、面倒な……!」
「どうやら時が来たようだな……」
ジオ王が、メルルの方を見た。
頷く。
作戦の第二段階、開始だ。
ロロナちゃんが、中空に跳び上がると、砲撃。一なる五人は、触手で弾こうとするが。砲撃は、そもそも一なる五人を狙っていない。
砲撃が貫いたのは。
フラクタル氷爆弾が凍結させた、ヴェルス山そのもの。
凍る確率を操作され、完全凍結しているヴェルス山に。一なる五人が現れるときに使ったものとは、別の穴が出現する。
其処に、メルルは飛び込む。
意図を悟ったらしい一なる五人は、絶叫した。
「貴様らぁあああっ!」
メルルに続くミミさん。
2111さんと2319さんが、穴の後衛に残って、皆を急かす。セダンさんとザガルトスさん。シェリさんが飛び込む。
ケイナとライアスも、少し遅れて。
最後にジーノさんが飛び込んできた。
最後尾を守ろうという気配を見せたが、違う人影を見て、それを止める。少しだけ躊躇した後。
メルルを追って、走り出す。
皆で、走る。
いや、この殆ど落下している穴を、滑り降りるというのが近いか。この穴は、以前砲撃したときと、同じ座標へと向かっている。
すなわち。
一なる五人が、世界を滅ぼすために、準備しているものへだ。
今までは、一なる五人の足止めが出来る状態ではなかった。だが、今は。トトリ先生とギゼラさんが加勢したことで、一気に戦線の形勢が逆転。一なる五人は、守勢に回り始めている。
今しか、好機は無い。
或いは、一なる五人の考えは、間違っていないのかも知れない。
この世界は、次の滅びには耐えられないし。
人間が進歩しない以上。またこの世界は、滅びの劫火に包まれる。その時、この命に満ちた世界は。
二度と、そうなることはないだろう。
だが、一なる五人は。
自分たち以外の命を否定もしている。
それは、許されることなのだろうか。
メルルの心は。
どうしてだろう。とても静かだ。
原液のエリキシル剤を入れたから、だろうか。
それとも。
一なる五人の心の奥底にある。人間への憎悪の闇が、あまりにも深いことを知ってしまったから、だろうか。
「……!」
一なる五人は、見る。
あり得ない相手が、此処にいることを。
一人は知っている。
アールズの事実上の宰相、ルーフェス。
そしてもう一人は。
既に戦闘不能の状態になっていた筈の、この国の王。デジエ。デジエは戦力的にも、精々ハイランカー程度の筈。
だがその肉体は。
今や力がみなぎっていた。
「ソフラを殺したあれは、本当は私が斬りたかったのだがな。 だが、娘が人間を捨ててまで倒しに行ったのだ。 その背中を守るのは、親のつとめというものだ」
振るった剣が。
一なる五人の触手を両断する。
悟る。
これは、此奴も。
「貴様、死ぬ事を前提で、エリキシル剤を入れたな……!」
「もう長くもない命だ。 ジオ王、久々に肩を並べて戦おうぞ」
「応。 デジエよ、そなたの剣技、見せてもらおう」
周囲の人間共が。
一気に士気を刺激され、力を増す。
それだけではない。
無数の火球を投擲しながら、暴れ回る一なる五人は。見る。
遙か遠くより、飛来する光の矢。
それは、魔術による、超精密攻撃。
全身を貫いたそれは。
一なる五人の回復力をも上回り。
思わず、絶叫を挙げさせていた。
攻撃の正体は分かっている。
「セト……!」
「さあ、悪行の報いを受ける時よ、一なる五人!」
クーデリアが仕掛けてくる。一なる五人の完璧な体に、クロスノヴァでの絨毯爆撃を叩き込んでくる。
間髪入れず、ロロナが零距離砲撃。
ステルクの次元切断剣。
エスティの万に近い斬撃。
立て続けに、超人共の攻撃が、一なる五人の全身を打ちのめしていく。
守りも、回復も追いつかない。
更にトトリの連れてきたちむ共が、無数の爆弾を投擲してきて。それらは追尾性を持って、一なる五人を狙ってくる。
爆裂が連鎖し。
更に其処へ、ゼウスの放った雷撃と。
ジオ王とデジエの放った、超越的な剣技が、同時に炸裂する。
吹っ飛ばされた巨体は。
中空で触手を展開し、翼のように拡げ。そして、其処から大量の雷撃をお見舞いし、反撃しに行くが。
その雷撃は、中途で止められる。
アストリッドの放った防御錬金術具によるものか。
だが、その程度は想定済み。
時間だけ、稼げれば良いのだ。
触手を束ねて、着地。
そして、体に封じ込んでいた。実に四百を超える錬金術による装備の力を、一斉に解放する。
その過程で。
触手の塊だった体が。
さながら、この世界で最強の生物であるドラゴンを模したものへと変わっていく。
「少しばかり本気を出すとしようか! 此処からは今までのように甘くは無いぞ、肉人形共!」
此処からは、本番だ。
この数の国家軍事力級戦士。
それに、エアトシャッターの所に向かったメルルリンス。
どちらも、もはや見過ごすことは出来ぬ。
薙ぎ払うには。
切り札の全てを、投入する必要がある。
五つの意思すべてが、それに同意。
全戦闘力を、解放する。
2、滅びの魔獣
氷のトンネルを滑り降りて。メルルは、それを見た。
火山の最深部にある巨大な空間。
そこには、何かが住み着いていたような跡と。
形容もしようがない、訳が分からない代物が存在していた。
皆が、続々と、穴から滑り出てくる。
そして、絶句していた。
「何だろうね、これ」
わかりきった上でメルルは言う。これこそ、一なる五人が準備していた、世界を滅ぼすためのもの。
元は、此処に住み着いていた主だったのだろう。
一なる五人によって改造され。
今の姿は。
生きた筒としか言いようが無い存在へと化していた。
「古い文献を調べたの。 此処にはエアトシャッターというドラゴンの亜種が住んでいて、大昔は此処から出てきては、大暴れしていたらしいよ。 麓を襲って、人を喰らって行く事も珍しくなかったとか。 でも、アールズとの戦いに敗れて、此処に封印されてからは、火山を噴火させて復讐するようになった」
それが本当かは分からない。
ただ、此処にドラゴンの亜種が住んでいて。
それが噴火に影響を与えていたのは、間違いなかったのだろう。
ここに来る前に。
ルーフェスに聞かされた。
ずっとずっと昔。
父上とジオ王と。
まだ生きている頃のおばさまが、ここへ来た。
定期的に噴火を引き起こし、多大な被害を周囲にもたらす魔獣を、滅ぼすために。
だがその魔獣は、あまりにも強大で。
全盛期の父上と、ジオ王と。
錬金術師としてまず一流と言って良かったおばさまが相手でも、まったく引けを取らず。むしろ凄まじい猛攻で、追い込んでいくほどだった。
それだけじゃあない。
火山そのものに干渉した魔獣は。
怒りとともに、火山を爆発させようとする暴挙に出た。
おばさまは。
命を賭けて、魔獣を封印した。
父上が、メルルが錬金術師になる事に、当初反対した。その原因が、この魔獣である。
本来だったら、怒りで煮え立っていたのだろうけれど。
今は、そんな気も起こらない。
ドラゴンの亜種だとは、とても思えない姿。
それはさながら、煮え立つ地面に突き刺さった、肉の杖。
この世界を滅ぼすために改造され。
恐らくは、一なる五人の、超絶的な魔力を、この世界の深奥に叩き込む為だけの姿にされた。
封印されていて、抵抗も出来なかったのだろう。
らせん状に溝が入っているのは。
恐らく此処に見えているのは、あくまでごく一部で。
本体はとても長く。地面に深く深く潜っているからなのだろう。そう、メルルにも、解釈できた。
しかし、である。
一なる五人が制御する以上。
頭脳部分は露出しているか、それとも地上の近くにあるはず。
それならば。
「何だか哀れだな」
ライアスがぼやく。
ケイナが、頷いた。
「これでは、生きているとは言えません」
「凶悪なドラゴンだったとは言え、こんなのひどいよ……」
セダンさんも嘆く中。
メルルは、決断した。
「破壊します」
「……」
全員が、武器を構える。
同時に。
生きている巨大な筒も。
此方を敵として、認識したようだった。
それでいい。
無抵抗で壊されるくらいなら。
まだ抵抗してくれた方が良い。おばさまの仇だと言う事は、頭の片隅に追いやる。それに、何だろう。
恐らく、飲み込んだエリキシル剤の原液の影響だろう。
異常に心が静かなのだ。
ミミさんが、まずは仕掛ける。
激しい戦いで疲弊しているとは言え。その動きは凄まじい。一瞬で間合いを詰めると。この巨大な空間の、天井から床まで突き抜けているおぞましい筒を、上下に切り裂いた。一撃で真っ二つとはいかない。だが、それでも、切り裂かれた筒が、鮮血を噴き出すのが見える。
攻撃は、効く。
それと同時に、全員が、一斉に攻撃を開始。巨大な筒に対して、踊り掛かった。
巨大な筒の彼方此方に。
無数の口が浮かび上がったのは、その時である。
縦に裂けた巨大な口からは、音が聞こえる。
呪文詠唱か。
いや、違う。一瞬で、空気が重くなる。
敵に殺到しようとしていた皆が、足を止めると。その場で、膝を突いてしまう。これは、何だ。
一人だけ平気らしいシェリさんが、此方を見て、眉をひそめた。
シェリさんは平気か。
「シェリさん、遮音フィールド!」
「……もうやっている!」
声はきちんと聞こえている。
そうなると、これは。
その生物が苦手としている音とか、そういうものではない。かといって、悪魔族には効いていない。
これは、何だ。
不意に、音が止む。
ずっと音を出してはいられないのか。
ケイナが仕掛ける。
フルスイングで、鞄を叩き付けて。口を拉げさせる。牙が全てへし折られて吹っ飛んだ口が、膨大な血をまき散らした。
ライアスがバンカーを連続で叩き込み、鮮血をぶちまける。
口の中にバンカーを叩き込まれ。
流石の魔獣も、呻きながら絶叫した。
だが、ザガルトスさんが、双剣で切り伏せようとしたとき。
思わぬ事態が起きる。
魔獣の全身に、切れ目が入ったと思うと。
いきなり、縦横にずれたのである。メルルは、まだ仕掛けない。
このからだ。
もう長くは戦えない。
最後の最後で。
決定的な一撃を叩き込むには、冷静に相手を見極めなければならないからだ。
困惑しながらも、セダンさんが、メイスをぶち込む。
2111さんと2319さんが、魔獣の周囲を回りながら、長柄で相手の体を切り裂いていく。
しかし。
魔獣が、再び音を発すると。
辺りの熱が、急上昇していくのが分かった。
「離れろ!」
ジーノさんが叫びながらも、魔力剣をぶち込む。
少しでも威力を減衰できれば、というのだろうけれど。
しかし、音の速さで伝わった高熱は。
皆を薙ぎ払うには、充分だった。
爆発が、引き起こされる。
爆発が収まったとき。
皆が、累々と倒れている。シェリさんは、どうしてだろう。困惑した様子で、その場に浮いていた。
「何だ。 俺にはどうして作用しない」
「この……!」
ミミさんが、矛を杖に立ち上がる。ジーノさんも、最後尾にいたにもかかわらず、まだやれそうだ。
実を言うと。
メルルも、今の爆発でのダメージを受けていない。
ということは。
精神が人間に近いほど、ダメージを受ける、という事か。
いや、違う。
そんなもので、この世界の核を砕けるとは思えない。
これは恐らく、笛のようなものなのだ。一なる五人が、破壊を引き起こす、最強最悪の魔の道具。
そしてそれが奏でる音は。
音としてでは無く。
その存在に対して、効果を発揮する、という事か。
なるほど。
メルルは嘆息すると。
前に進み出ながら言う。
「シェリさん、今のうちに、皆の回復を。 荷車の薬は全て使ってしまってください」
「メルル姫、何をするつもりだ」
「これから彼奴の攻撃は、私にだけ効きます」
「!」
より、大きな脅威に対して。
排除するための、様々な音を組み立てて、放ってくる。その排除は、多分肉体というよりも、存在に対して効くもののはず。
それならば。
メルルを最大の脅威として認識すれば。
他の皆には危害が加わらない。
そして、メルルが一撃を与えている間に。
他の皆で集中攻撃すれば。
この筒、見たところそれほど頑強でも無い様子だ。この自衛能力さえ排除してしまえば、破壊しきるのは、それほど難しくも無いはず。
殺る。
メルルは、無造作に、残った発破をありったけ叩き込む。
それも、フルパワーに、増幅してだ。
魔剣も風車ももう手元にはないが。発破はまだ残りがある。爆裂した発破が、筒の全身を抉る。絶叫して身をよじる筒に。
メルルは、態勢を低くして。
最大限まで強化した戦槍杖の。
パワーを、更に限界のその先まで引っ張り出す。
大量に吐血。
その血は凄まじい熱を帯びていて。
凍った地面に吐き出すと同時に、凄まじい勢いで、周囲を溶かしていった。もう、それこそどうでもいい。
先ほど、氷に反射して見えたのだ。
もはや人とは思えぬ、ドス赤黒く染まった肌。
常に全身から上がる煙。
人としての体どころか。
ホムンクルスとして追加された部分も、これでは生きているかさえ怪しい。
それでもまだ動くなら。
メルルは、果たすべき責任を、全力でもって、果たすだけだ。
突撃。
人間破城槌のパワーをフルに生かし、突貫。
口を開けた筒が、排除の音を放ってくるが。
それを強引に強行突破。
見る間に相手との距離を零にして、そして、貫通する。
筒の真ん中に、巨大な穴が開く。
振り返りつつ、滑る。
魔獣だ。こんな程度で死ぬわけが無い。
案の定、上下から肉を寄せるようにして。穴を瞬時に埋めてくる。
もう一度。
突撃して、今度は、根元を抉り取りながら、突き抜ける。
苦痛の絶叫を挙げつつも。
魔獣は、体を上下に伸びている部分から、補填する。
分かり易い。
これはつまり、一種の我慢比べだ。
肉を破壊しつくすか。
此方が壊されつくすか、その勝負。
そしてメルルだって、そう長くはもたない。
それならば。
「今、奴の音は、私にしか効かない! 総攻撃を開始してください! 出来るだけ大きな威力の技で!」
三度、突撃する。
ミミさんが、メルルよりも速く前に出ると。魔獣の全身を切り裂きながらその周囲を回り、最頂点から、一気に根元まで斬り下げる。
更に、ジーノさんが魔力剣をぶち込む。
魔獣の全身を、一気に消し飛ばす勢いだ。
しかし、魔獣は即座に全身を補填。
様子から見て、再生能力は無い。
本当に、此処に見えていない部分の肉を引っ張り出して、繋ぎ治しているのだ。つまり殺せば殺すほど。
此奴は、縮んでいく。
世界の破滅は、遠のく。
ケイナがフルスイングで、肉を抉り飛ばす。鈍器としての鞄を最大活用しての攻撃だ。本体から引きちぎられたり、吹っ飛ばされた肉は、元には戻らない。そればかりか、瞬時に腐敗して、溶けていくようだ。
熱の魔術は効かないと見て良いだろう。
残っていたレヘルンを、力をフルパワーに引っ張り出して、投擲。
補填された肉を根こそぎ凍結させると、セダンさんが一撃でうちくだいた。
それでも無事な肉が、上下から、どんどんせり出してくる。
メルルは気付く。
敵が展開している斥力の正体に。
これは、恐らく。
メルル達が使っている技術。
存在する確率への干渉だ。
全身が、ひび割れるように、ダメージを受けているのが分かる。痛覚など無くなり果てたが。
それでも分かるのだ。
これはある意味、滅びの音。
そして、この滅びの音を、世界の中心に、増幅してうち込むことで。
一なる五人は、この世界を、原初の熱に戻そうとした。
凍らされた本体部分に、ライアスがバンカーを叩き込む。
すぐに次が、咬み合わさるように、上下から。
ザガルトスさんが、双剣を振るい、十字に切り裂いて。
肉片と鮮血が飛び散る中。
メルルは、発破がほぼ尽きたのを悟る。
此処からは、本気での殴り合いか。しかし火力が心許ない。
父上が、最後の命を振り絞って、一なる五人へと突貫したところは見た。ルーフェスも、それに加わっていた。
メルルも、負けるわけにはいかない。
体は崩壊し始めているが。
大丈夫。
前向きに考えろ。
きっと何とかなる。
こんな時でも。
嫌に静かに、おばさまの教えが、頭の中で反芻される。
肉が瞬時に盛り上がり、魔獣は再び姿を見せる。
2319さんが、叫ぶ。
「気配が小さくなりません! まだ一割も殺せていないようです!」
「無駄だ」
不意に響く声。
一なる五人だ。
どこから響いているのかも分からない。
心に、直接問いかけてきているのかも知れない。
「それは此処から遙か下、火山の深淵にまで根を張っている。 そうでなければ、この世界の中枢にはそも届かないのでな。 多少壊した程度で、どうなるとでも思っているのか」
「その割りには守るために必死でしたね」
「当然だろう。 それを破壊される確率が少しでもある限り、守るのは当たり前だ」
「逆に言えば、破壊できる可能性があると言う事です」
けたけたと、一なる五人が笑う。
国家軍事力級戦士が二人以上いれば、それもあり得たかも知れない。
だが、今主力は。
火山の火口付近で、一なる五人と交戦中。
とてもメルル達の支援に廻ることなど、出来ない。
そして一なる五人がこうして煽ってきているという事は。
敵は互角かそれに近い状況にまで、持ち込んでいるという事だ。このままだと、味方は負ける。
飛び退いて、一度敵から距離を取る。
2111さんを呼んで、一緒に装備を吟味。
その間に、皆には攻撃を続けて貰う。
その間にも。
左腕に大きな傷が出来て。
灼熱の血が、ぼとぼとと地面に落ちていた。
先ほど吐き戻した血だけではない。
体中が、エリキシル剤の影響で、内部も外部もしっちゃかめっちゃかになっている。心も体も。
そして、魂も。
だが、どれだけ崩壊しても。心は人間のつもりだ。
「何か妙案は」
「敵の露出部分を、もっと効率的に叩けないでしょうか」
「短時間で、出来る事はある?」
「レヘルンを、地下深くまで、通す事が出来れば」
タイミングさえあわせれば、出来る。
だが、レヘルンはもう尽きた。在庫を漁っていると、荷車の奥から、一つだけ出てきたけれど。
これで打ち止めだ。
無言。
だが、メルルは顔を上げた。
一気に、力を集中。
レヘルンの、全パワーを引きずり出す。
手も、足も。
鮮血が噴き出す。
頭からも。
2111さんに、意図を伝えた後は。敵に向けて進む。
そして、その時に、メルルはようやく異常に気づいていた。息をしなくても、良くなっているのだ。
そうか、ついに呼吸まで止まってしまったか。
内臓が完全におかしくなって、機能停止していることは分かっていた。だが、息まで止まっているとなると。
もうメルルは、本当の意味でも、人では無いのだなと。わかる。
それでも心静かだ。
徹底的に破壊されつつも。
魔獣は、必死に存在確率への干渉攻撃で、迎え撃ってくる。
そしてそれは。
「今は」メルルだけには向かない。
他の皆に、次々牙を剥く。
ただでさえ、疲弊しきっている皆なのだ。
もう、勝負を決めないと、危ないだろう。
2111さんに頷く。彼女は2319さんと。それに、ケイナとライアスと。
魔獣が完全に肉を隆起させた、その瞬間。
床と天井近くを、2111さんと2319さんが、完璧なタイミングで、左右から両断した。
そして魔獣の肉を。
ライアスがバンカーを乱射し。
そしてケイナがフルスイングで鞄を叩き付け。
吹っ飛ばす。
メルルが、レヘルンを、フルパワーで力を引き出し、投擲したのは、その瞬間だ。
魔獣が、肉を補填させる。
だが。気付いたはずだ。
とんでも無いものを、くわえ込んでしまったことに。
必死にもがいて吐き出そうとするが。
その時には、メルルは、叫んでいた。
「出来るだけそいつから離れて!」
皆が飛び退く。
シェリさんが防御術を展開し、壁を作ってくれる。
そして、メルルは、起爆ワードを唱えた。
瞬時に凍結した、魔獣。
その肉体が、露出している部分以外も、凄まじい勢いで凍り付き。つまり死んだことは、明らかだった。
メルルは膝を突くと。
再び盛大に吐血する。
まずい。
意識がもうろうとしてきた。
このままでは、もう本当に、長く保たない。
無理矢理に、肉を盛り上げ始める魔獣。
だが、上からはでてこないし。
下からも、今までとは明らかに違う肉が、せり上がってくる。2319さんが頷く。気配が今ので、露骨に小さくなったと。
メルルは震える手で。
荷車に手を伸ばして。
薬を引っ張り出す。
メリキシル剤が残っている。
呼吸を整える。もう息などしていないのに。多分戦士としての本能からだろう。おかしなものだと思いながら。
メルルは、それを飲み干した。
最後だ。
次の一撃で、決める。
氷を無理矢理粉砕しながら、魔獣の体が巨大化していく。
今のをもう何度もやられるとまずいと判断したのだろう。地下深くまで潜り込ませている肉を、全て引っ張り出し始めているのだ。
メルルは、皆にハンドサイン。
一瞬躊躇しつつも。それに従う皆。
「ふうううううう……」
メルルは、必要もない息を吐く。
そして、全力を、戦槍杖に集中。残りの力は、全部だ。次の突撃で。人間破城槌で、決めるからだ。
殺すのは楽しい。
だが、その楽しいは。
責務には優先しない。
その点で、メルルは。
まだ人だ。
ふくれあがる肉の塊を、皆が片っ端からミンチにして行く。シェリさんの氷結魔術がかなり効果を示し、露骨なうめき声を魔獣が挙げた。
だが、メルルは見る。
フラクタル爆弾の効果が、弱まり始めている。
一なる五人との戦いで、長く時間を取られすぎたのだ。どちらにしても、これが最後の好機だろう。
熱の海に潜り込まれたら、もはやなすすべが無い。
だがメルルは。
むしろ笑みを浮かべて、呟いていた。
おばさま、私は。
最後まで前向きに行くよ。
此処でだって、きっと生き残ることが出来る。
例え肉体の全てを失おうとも。
代わりに補填された肉体との影響で、精神がどれだけおかしくなろうとも。
私は、人間のままであるつもりだよ。
ジーノさんが、フルスイングで魔力剣を叩き付けて、敵の体に巨大な傷をつける。同時に魔獣は、全身にある口をフルに開くと。周囲全てを破壊する、確率操作の波を放った。
この閉鎖空間の、床天井壁、全てに罅が入っていく。
皆が悲鳴を上げて吹っ飛ぶ中。
メルルは、立ち上がった。
打ち止めだ。
分かる。魔獣は、中枢部分を、地上に引っ張り出してきている。先ほどのレヘルンは、それほど効いたのだ。
見える。
今のメルルには。
魔獣のコアが、脈打っている、その有様が。
低く伏せると。
足からも、派手に出血していて。血が服を焼くだけでは飽き足らず、地面を溶かして深い穴を作っているのも分かる。
ミミさんも、ジーノさんも、ダメージがかさんで動けない今。
魔獣の狙いは、メルルに絞られた。
打ってくる。
存在の確率に干渉する歌を。
メルルは、全てをなげうって、人間破城槌に出た。
見る間に、肉塊から脱し切れていない構築途上の魔獣と。
人間をやめたメルルが、激突する。
魔獣は必死に、ピンポイントで、メルルへの攻撃をして来ているが。メルルは既に着弾。
叫びながら、魔獣の肉を、抉り、吹き飛ばし、はじき飛ばし、コアへと迫る。
絶叫する魔獣。
更に地下から体を引っ張り出して、無理矢理肉を補填し、コアを守ろうとするが。
ケイナがフルパワーの打撃を叩き込む。
もう全身血だらけで。体中、内臓が露出するような傷だらけなのに。
ライアスも、バンカーを乱射して、相手を少しでも食い止めようとする。
ケイナと似たような有様なのに。
口の一つを、2319さんが投げた長柄が貫く。
もう一つを、2111さんのが。
滅びの声が、それだけ弱まる。
恐怖と痛みの絶叫の中。
ザガルトスさんとシェリさんも、最後の力を振り絞り、怒濤のラッシュ。肉塊を抉り。補填される肉をその場から凍らせ。
そして、ミミさんとジーノさんも。
最後の力を振り絞り、魔獣の体に、渾身の一撃を叩き込んでいた。
メルルへの斥力が弱まる。
一気に、メルルは、人間破城槌のパワーを上げる。
戦槍杖が、軋むのが分かった。
ハルモニウム合金で強化している戦槍杖が。
メルルによる、極限の強化に、悲鳴を上げているのだ。
力任せになど使っていない。
鍛えこんできた技を、全て使っているのに、である。
メルルが強くなったのでは無い。
無理にねじこんだエリキシル剤での、能力強化幅が、尋常では無い。ただそれだけの事である。
ごめんね。
一緒に戦って来たのに。
でも、我慢して。
そう思う自分と同時に。
殺戮を心から楽しんでいる自分もいる。
心は既に混沌。
先達の錬金術師達と同様、狂気は深く濃く。そして、もはやどうしようが対応出来ない所まで、落ちつつあった。
分かっている。
そして、その狂気が、急速に深まっていることも。
だがメルルは。
もはや人でさえない体で。
ついに、世界を滅ぼすために作り替えられた魔獣のコアが露出するのを見た。
それは赤い球体。
そして、一目で分かる。
錬金術の粋を込め。無数の人々の命を凝縮して作り上げた、魔力の塊。これに一なる五人の力を上乗せして、世界の中心にうち込み。
その存在確率を変動させることで。
この世界を、原初の熱に変えるつもりだったのだ。
悲鳴が聞こえる。
いたいいたいいたいいたい。
たすけてたすけてたすけてたすけて。
おぞましいまでの所行によって、一なる五人は、世界を滅ぼす力を、ついに現実のものとした。
だがその哀しみの連鎖も。
此処で断ち切る。
勢いを落とさず。
全部の力を叩き込んで。
赤黒いコアに、人間破城槌の破壊力全てを注ぎ込む。
魔獣が絶叫した。
今までのものよりも、更に苦しそうな悲鳴だった。
無数の肉塊が、もはやなりふり構わず、メルルに迫ってくる。ジーノさんとザガルトスさんが、体で防いでくれるけれど。それでも足りない。
一本、槍のような肉が。
斜め右から、メルルを貫こうと迫る。
飛び込んできたのはケイナだ。
鞄に突き刺さる肉。
鞄の鋼板を貫通する音。
ケイナの体にも刺さったはずだ。吐血しながらも、ケイナは叫ぶ。
「はやく! もうもちません!」
分かっている。
もう一度踏み込むと。
メルルは、絶望と恐怖の声を上げ続ける魔獣のコアに。
もはや救う事かなわぬ、加工された人々の命に。
自身の体が崩壊する音を聞きながらも。
最後の突撃を叩き込む。
必死に集めたらしい魔力で、シールドを張ろうとするコアだが。シェリさんが、それを中和する。
だから、メルルの一撃は。
邪魔さえされず。
完璧に通り。
コアを砕いていた。
一なる五人は、悟る。
馬鹿な。
如何にエリキシル剤による能力強化が、度を超しているとは言え。まさかメルルリンス程度に、あのコアが砕かれるとは。
エアトシャッターが屠られるとは。
辺りは、死屍累々。
口から炎をちらちらと見せながら、一なる五人は、空に向けて絶叫した。
いらだたしい。
だが、正直な話。
勝ちは揺るがない。
最終形態を解放した一なる五人の前に、立っていられる者などいるはずもない。だから、これから、あの生意気な姫をなぶり殺し。
そして今度はこの形態のまま、世界を滅ぼせばいいだけだ。
エアトシャッターによって、一瞬で世界を滅ぼすことはかなわぬ夢となったが。もとより、辺境戦士共はもはやこの有様。
国家軍事力級戦士どもも、既に身動きできる状態ではない。
それに対し、一なる五人は多少傷ついているが。それでもこれから飛び立ち、世界を焼き払うことは不可能では無いのだ。
さあ、とどめをさそう。
そう、前に出たとき。
動けるはずがないものが動いた。
ホムンクルスの一体。パラケルスス。
ハイランカーの上位程度の実力を持つ奴で、今回の戦いでも善戦はしていた。だが、善戦止まりだった。
それが、いきなり。
国家軍事力級戦士並みの動きを見せると。
驚く一なる五人の背中に回り。
大剣を振るって、翼を切りおとしたのである。
態勢を崩しかける。
口を半開きにしてしまう。
同時に。
もう一つ、あり得ない影が動いた。
遠くから狙撃してくるだけだったセトが、そこにいて。
一なる五人に、拘束の魔術を掛けていたのである。
こんな、柔な術など。
打ち砕いてくれる。
暴れようとしたとき。
見る。
跳躍する、影。
デジエ王。
馬鹿な。
エリキシル剤を入れているとは言え、どうして動ける。奴は今、ブレスの直撃を喰らったはずだ。
人間など、消し炭になっている筈。
その時、気付く。
熱を防ぐための、錬金術の道具。古くて、既にぼろぼろになっているが。あんなものを、身につけていたのか。
だから、全身焼けただれていても、動けたというのか。
デジエ王は、躊躇無く、一なる五人の口の中に飛び込むと。
喉を、剣で串刺しにした。
それも、一時的にとはいえ、国家軍事力級戦士並の火力による一撃である。
悲鳴も上げる事が出来ない。
「ドラゴンの弱点は、口の中と決まっている!」
「……!」
一なる五人は。
悲鳴を上げる。
馬鹿な。
あり得ない事があまりにも起きすぎる。これだけ綿密に事を進めていたというのに。どうしてこうもイレギュラーが起きるのか。
そして、見た。
既に行動不能になっている筈の、人間共が、続々と立ち上がってくる様子を。
トゥトゥーリアの作った薬か。
しかし、即効性が高すぎる。
まさか此奴らは。
恐怖が、心の奥底からしみ出してくる。
あり得ない。
どいつもこいつもが。
一なる五人を倒すために、寿命を縮めることを厭わず、もっとも強力な回復薬を、選んだというのか。
パラケルススにしても、一撃が精一杯。
セトはその場で、弱々しい拘束術を展開するのが最後の抵抗。
デジエ王の一撃は一なる五人の喉を切り裂いたが。それだって、拘束術が解ければ、牙でかみ砕くだけのこと。
不利な要素など無い。
幽鬼のように立ち上がった連中など、もう一度踏みにじってやれば良い。それなのに、どうしてこう。
一なる五人は、怖れているのか。
そして、その恐怖は。
今、具現化した。
3、二つの魂
それは白い力そのもの。
光の塊に見えた。
ロロライナの体から分離すると同時に。ロロライナが倒れる。クーデリアが支えるが、意識が失われた様子だ。
分かる。
ロロライナは、人工の神として調整された存在だ。
本来は、急激に勢力を増す北方列強諸国に対する切り札として。
しかしながら、実際に運用されたのは、一なる五人の軍勢に対する、切り札として、である。
だが、所詮はつくりものの神。
世界の法則を司る存在には遠かったはずだ。
筈なのに。
一なる五人の前に舞い降りたその光の塊は。
純粋なる力そのもの。
恐怖の声を上げる。
そして悟る。
誰かが、ロロライナの中に残っていた人間の要素と、神の部分を、分離した。それにより、一時的にロロライナが振るえる火力は弱体化した。その反面で、神としての存在は、完全体と化したのだ。
そして今、分離して。
一なる五人の前に漂っている。
「哀れなる者達よ」
声が響く。
その声には、憐憫だけが籠もっていた。
「万物の霊長などではなく。 世界の失敗作である人間に絶望したそなた達の魂には、もはや一辺の救いも無い」
「だまれ……まがい物の神!」
「だが、お前達は気付いている筈だ。 あり得ない筈の、人から生じた万物の霊長が、此処にいると言う事に」
一瞬、全ての音が消えた気がした。
エアトシャッターを失い。
あり得ない攻撃で空へ舞う力を失い。
拘束され。
ブレスさえ封じられ。
そして今。
自分たちが、最終的に到達しようとしていた万物の霊長が、目の前にいる。
まがい物では無い事は、一番理解できていた。当の一なる五人が、である。
絶叫。
何もかも、全てが砕かれた。
確かに、人間は万物の霊長になどなる筈も無かった。古代から、それを自称する存在は幾らでもいた。
だが、実際に万物の霊長たるにふさわしい存在になったものなど、いる筈も無かったのである。
それは、今までは。
事実だった。
完全なる事実だった。
聖人など存在しなかった。いたとしても周囲にすりつぶされた。時には嘲弄の対象にさえされた。
だが、その事実は。覆された。
悟る。
事実を覆したのは、あのメルルリンス。
そうか、奴か。奴以外にあり得ない。ロロライナが、自力で人と神としての要素を分離するなど、あり得るはずもない。
そんな事をなしえる筈は。
あの、錬金術師としても戦士としても頂点にいないはずなのに。どうしてか、いつもいつもイレギュラーを起こす、歴史の特異点。
権力を持った、錬金術師。
「現実を受け入れよ」
気付く。体が、光になりつつある。
今まで、無理をして、無茶苦茶な強化を続けてきたツケだ。本来は、もっと先に来るはずだった。この光の塊によって、強制的に体が崩壊させられているのだ。
世界を滅ぼしさえすれば。肉体など、幾らでも再構成すれば良かった。だがそれも、これでは無理だ。
五つの意識が、悲鳴を上げる。今、肉体を失ったら。全てが。全ての好機が、無くなってしまう。
「受け入れるのだ。 そなた達は、復讐のために生きていたと」
「違う、我々は……!」
「もういい。 私と一つになり、そして本当の意味での霊長となろう」
思考が、奪われる。
進み出てきたのは、ジオ王だ。
全身血まみれだが。
それでも、目に光は残っている。
場合によっては、戦うつもりなのだろう。
だが一なる五人を容赦なく取り込んでいく光は、言う。
「私はこれより、世界の監視者となる」
「監視者だと」
「そうだ。 この世界にもはや後が無い事は、一なる五人が見せたとおりの事実だ。 そして人という生物が、あっという間に世界を滅ぼしうる世界最悪の凶器である事もまた事実である。 故に我は、万物の霊長と自身を思い込み世界に害を為す者を、排除する監視者となる」
「ふむ……そうか」
争うつもりはないと言うのか。
馬鹿な。
人は放置しておけば、必ずやこの世界を食い尽くす。それならば、それより先に、我々が。
だが、もう逆らえない。
五つの混じり合った魂は。
慟哭を挙げていた。
光が、あまりにも強すぎる。
「何処かで人がまたおごり高ぶり、世界を滅ぼそうとしたときには、我が光の使徒となりて、その者を滅ぼそう。 お前達も、世界を再生させるために力を尽くして欲しい」
「良いだろう」
剣を収めるジオ王。
もはや、声も無い。
何処かから、優しい歌が聞こえる。
光が、全てを包み込んでいく。復讐心が、溶けていく。人類を肉人形と呼び、全てを否定していた心が。
客観的な、光そのもの。無に溶け込んでいく。
嗚呼。
これから我等は、光の手にある尖兵と化す。
そして、世界を監視し。世界に害なす人間が現れたら、裁きの槍で貫くのだ。
それは、ある意味、最も罪深きものに化せられた罰にて。
世界そのものに対する究極の奉仕。
最も自分たちの意思と違う行為を、延々と強いられる。しかもこの神は。誕生した瞬間、あらゆる平行世界へと、力を伸ばしていくのが分かった。
なんということだ。
世界そのものを守るために。
働かなければならないというのか。うめき声を上げようとして、失敗する。
いつしか、心は。
白い光へと、溶けていた。
もういい。
もういいんだ。
誰かが言う。
忘れていた哀しみが。五つの混ざり合った、人類史上最悪の闇に落ちた魂に、満ちていった。
クーデリアは、酷い痛みに耐えながら、立ち上がる。
ロロナを片手に抱えているが。呼吸と心拍はある。だが、あんなとんでもないものが体から出ていって、無事でいる筈も無い。
どんな影響があるか、知れたものではなかった。
それに、である。
前に、満面の笑みで降り立ったパラケルスス。
此奴は。
最高のタイミングで、最高の活躍を見せつけるつもりで最初からいたのだ。作り手に似て、食えない奴である。
「負傷者の救助、始めましょうか?」
「さっさと取りかかりなさい」
「了解、と」
くすくすと笑いながら。一度に数人を抱え上げて、パラケルススはぽんぽんと山を飛び降りていく。
生き残った者は、一なる五人の猛攻で、全員が負傷。
比較的余裕があるトトリは回復薬を配り始め。一人も欠けなかったちむ達が、薬を増やして周囲の手当を始めている。
エスティは生き延びた部下達と真っ先に下山。
これからが、エスティにとっては本番だ。
一なる五人の見せた幻覚の通りの未来を、どうあっても防がなければならない。そのためには、どうしてもダーティワークが必要になる。
初動は早い方が良い。
これからもエスティは、辛い仕事をする事が増えるだろう。
正直、クーデリアも、同情したくなる。
セトはいつの間にかいなくなっていた。ゼウスも気付かないうちに姿を消していたらしい。
まあいい。
今回のことを考えると、セトにあまり高圧的には出られないだろう。スピアの残存勢力であるモンスターの軍勢は、殲滅するのは難しい。交渉できる相手がいるのなら、セトのようなある程度計算が出来る奴の方がいい。
デジエ王は、まだかろうじて生きていたが、あれは長くはもたないだろう。無言のまま、無事だったアールズの戦士が抱えて下山していく。
アストリッドは自分の役目は果たしたと考えたのだろう。冷徹に負傷者達を一瞥すると、後は自分たちでやれと言わんばかりに、先に下山していった。
それを見て、頭を掻くステルク。
「やれやれ、相変わらず勝手な奴だ」
「だけれども、一緒に戦ってくれただけマシよ」
「そうだな」
クーデリアの言葉に、流石に苦笑するステルクだが。その目は、何処か寂しげだった。
戦死者は仕方がないにしても。
助けられる負傷者は、どうにかしなければならない。
すぐに医療魔術師達が駆けつけるはずだ。
戦いは、終わった。
だが、此処に長居は出来ない。
何しろ、内側から爆破されたも同然の山である。もたついていたら、その内崩壊し始めるだろう。
リザードマン族が駆けつける。
セトに備えていた彼らなのだが。恐らくスピアの軍勢が後退を開始したからだろう。此方の手伝いに来てくれたというわけだ。
有り難い話である。
「負傷者を運ぶわ。 手伝って」
「承知した!」
大柄なリザードマン族が、負傷して身動きできない戦士達を、次々に担いで、山を下りていく。
戦死者の亡骸も、拾い上げていった。
そして、クーデリアは見た。
ロロナが開けた穴から。出てくる者達を。
一なる五人の様子や、あの「神」の発言から。一なる五人が用意していた、世界を滅ぼすものが敗れた事は分かっていた。
だが、気配がおかしい。
全員が、ひどく傷ついている。
それは想定の範囲内だ。
だが。
何だ、「あれ」は。
メルル姫は。此処で戦っている時には、エリキシル剤の過剰摂取で、もはや見られたものではない状況になっていた。全身は真っ赤。血液が蒸発するほどの高温で、どうして生きているのか分からないほどの有様だった。
そんな事は分かっていたが。
彼処まで、悪化したのか。
既に流す涙も無い様子の、虚ろな目のケイナが背負っているそれを見て。流石のリザードマン族達も、愕然としている様子だった。剛胆なリザードマン族の長老も、言葉を失っている。彼はメルル姫を高く評価し、認めていた。それ故に、彼処までの姿になったことは、ショックだったのだろう。
一人だけ、予想していたのだろう。
トトリだけは小走りで駆け寄ると。担架を準備して。メルル姫の成れの果てらしきものを乗せ。
そして、呆けていたが、それでも立ち直ったルーフェスとともに、手早く山を下りていった。
クーデリアも、一瞬でも気を抜けば、意識を失いそうなほど全身が痛むけれど。今は休むわけにはいかない。
もたついていると。
山の崩落に巻き込まれる事になる。
医療魔術師達が来た。
ここからが本番だ。
手を叩くと、皆を集める。
「これから、撤退作戦を開始する。 この山は、フラクタル氷爆弾の影響で、そう遠くない未来に倒壊する。 それまでに、生存者を全て救出し、下山する。 急げ!」
医療魔術師とはいえ、前線で戦い続けた者も多い。
皆が散り、手分けして救助活動を開始する中。クーデリアは、ステルクに頼んで、ロロナを下山させた。
最後まで残る。
少なくとも、生存者を、全て救出するまでは。
ロロナはかなり危ないかも知れない。
だが、必ず生還できると信じている。
メルル姫が、人としてのロロナを、引き戻してくれたのだ。
だから、神としてのロロナが出て行っても。死ぬはずが無い。そう、クーデリアは確信していた。
十数人を担架に乗せたまま、悠々担いでギゼラが降りていく。
彼奴とはあまり相性が良くなかったが。
黙礼だけして、その場を収める。
性格的には合わないが、こういう場所では、そんな事も言ってはいられない。続々と負傷者が救助されていく中。
クーデリアはネクタルの瓶を取り出すと。
一口だけ、呷っていた。
4、遠い光
コアを砕いた。
その時、聞こえた。
解放された、無数の魂の声が。
絶望。恐怖。痛み。
錬金術の闇の果てによって、圧縮された無数の人。極限まで尊厳を踏みにじった存在に作り替えられてしまった、火山の魔獣。
哀しみから解放されたとき。
メルルは確かに聞いた。そして見た。
何処かの遺跡の奥。
五人の錬金術師達は。身を寄せ合うようにして、虚ろな目で呟いていた。
光はなかった。
人間の善性などまやかしだった。
世界の記録に触れてさえ、そんなものは見つけることができなかった。
人々のため。
身を粉にして頑張って来た。
それは全て無駄だった。
慟哭などと言う生やさしい代物では無かった。突きつけられた真実は、あまりにも残虐すぎたのだ。
アストリッドさんは怒。
ロロナちゃんは楽。
トトリ先生は喜。
そして、恐らく。一なる五人は、哀が、その出発点だったのだ。
錬金術とは、世界そのものに触れる学問。魔の学問と言われるのは。世界そのものが、深淵であるからに他ならない。
深淵には全てがある。
世界の記憶も。
その世界の記録は、一なる五人に見せたのだ。
人は善性を誰もが持っていて。温かい心で接すれば、きっと大いなる未来を造り出す事が出来るという。優しい心を持つ者が考える、人への温かな解釈が。全て間違いであった事を。
だから、一なる五人は耐えられなかった。
聖人と言っても良いほど、人々につくした一なる五人だったからこそ。狂気に落ち果てた時には。
その魂は、深淵に住まうモノ達ですら、恐怖に駆られて逃げ出すほどの闇へと染まったのだ。
メルルは、どうしたかったのだろう。
人々のために、先頭に立つ。
その覚悟は揺らがない。
人々を正しく導く。
その決意にも代わりは無い。
だが、もしも。
人々がメルルを裏切ったら。
手を見る。
それは、もはや手では無かった。
人間は何処までも身勝手な生き物だ。
アールズの民に、何処までもメルルはつくした。だが、恐らく。寿命もなくなり。人でもなくなったメルルには。
誰がついてくるのだろう。
目が覚める。
アトリエだ。
ベッドの横にはケイナがいる。
メルルが起きたことには気付いたようだが。その笑みは、疲れ切っていた。それだけで分かる。
メルルはもはや、人では無いのだと。
「目が覚めましたか」
「あれから、どれくらい経った?」
「二週間ほどです」
「そう……」
手を見る。
人の手だ。
赤黒く染まってもいない。
だけれど、分かる。
人なのは、形だけだ。
心は、どうなのだろう。
メルルは火山の魔獣のコアを砕いたとき、深淵に確かに触れた。あの偉大なトトリ先生さえも、飲み込んだ狂気の渦に。
そうなる前から、メルルは戦いで敵を殺す事に、純粋な喜びを覚えていた。
壊れ始めていた心は。
あれで恐らく、決定打を受けたはずだ。
だけれども、人を食いたいとか。首を引きちぎりたいとか。周囲の全てを壊したいとか。神になりたいとか。
そういった考えは浮かんでこない。
寝間着のままである事に気付く。ケイナに着替えを持ってきて貰う。
何だか、布が煩わしい。
恐らく、もはや肉体が人間ではないから、だろう。
服の裾に手を通しながら聞く。
「トトリ先生が、人の形に整えてくれたの?」
「はい。 あの戦いで、多くの人が亡くなりました。 メルルは、まだ人ですか?」
「分かっているんでしょ?」
「……」
嗚呼、一つ確実に違うものがある。
内にわき上がる渇望だ。
着替えを終えると、アトリエを出る。
城に、顔を出さなければならない。
ルーフェスのことだ。父上を守って生き延びているだろうけれど。それでも、政務に目を通す必要がある。
父上の無事も確認したい。
だが、途中で、気配を読めてしまう。
父上は、後二ヶ月ともたないだろう。
エリキシル剤を飲んだな。そう呟く。
常人にあれは、猛毒だ。ネクタルは濃くなりすぎると、体に悪影響を与える。恐らく、おばさまが調合したエリキシル剤だったのだろうけれど。弱り切っていた父上の最後の力を引きずり出す代わりに。その寿命も、容赦なく奪っていったのだ。
ライアスが、門にいた。
メルルを見ると唇を引き結ぶ。
2111さんと、2319さんも、すぐに顔を見せた。
皆の無事を聞くと。
ライアスは、どうしてか、一瞬だけ凄まじい怒りを瞳の奥に閃かせていた。
「ああ全員生還したよ。 お前を除いてな!」
「王族としての責務は果たせたかな」
「……ああ。 立派すぎて、言葉も無い」
「そう、それは良かった」
執務室に。
ルーフェスはいた。メルルがいつ起きても大丈夫なように、状況を整理してくれていた。用意されている書類に目を通していく。
頭の働き方が、前と決定的に違っている。
凄まじい勢いで目を通し終えると。
メルルは、嘆息した。
「アーランドに合併されるまで、父上はもちそう?」
「はい。 陛下にお会いになられますか?」
「そうだね」
取り乱すかも知れないけれど。
会っておくべきだろう。
父上の寝室に。少なくとも、表向きは。ルーフェスは、動揺している様子を見せなかった。
メイド達が、メルルを見ると。目を伏せたり、露骨に視線をそらした。悲しんだり、怖れたりしている。
どれだけメルルが壊れていると気付いていても、動揺しないように振る舞っていた彼女たちも。
もう限界、という事か。
民がメルルを裏切る。
それは、あり得る未来だ。
覚悟は決めておかなければならない。だが、それでも、メルルは。責任を果たすだけだ。
父上は、すっかり窶れ果てて。八十の老人のようだった。
メルルを見ると。おうと、露骨に老い衰えた声で呼びかけてくる。
「ようやく目を覚ましたか、ねぼすけが」
「父上、お体は」
「良くはないな。 だが、お前の背中を守る事が出来たことは、私の誇りだ。 引き継ぎは全てルーフェスにしてある。 何かあったら、あれを頼るように」
「分かっております」
おばさまの話をする。
嘆息すると、父上は、幾つか話してくれる。
そして、言う。
「あれも、壊れ始めていた」
そうか。やはりそうだったか。
錬金術師は、腕が上がれば上がるほど、反比例して精神に異常をきたす傾向がある。それを父上は知っていたのだ。
「お前も手酷く壊れてしまったな」
「はい。 でも、王族としての軸は失っていないつもりです」
「そうだな。 皆も、メルルを頼るように。 今後アーランドの州になるアールズを支えていくのは、メルルだ。 分かっているな」
メイド達が傅く。
分かっている。
彼女たちの中に、恐怖がある事は。
知っているのだ。
この狭い国だから当然だろう。
メルルがもはや、人では無いことは、周知の事実。
そして、今までの親愛から。人々が錬金術師として深淵に触れたメルルへ向ける感情は変わったのだ。
だが、それが何だろう。
ルーフェスの所に戻る。
そして、二つ、用意させることにした。
「地下室と、仮面、ですか」
「地下室は出来ればお城の中に。 そうそう、出来るだけ大型の生き物を連れ込めるように作って」
「かしこまりました。 仮面はどのような用途に」
「私が被って外で活動するに決まってるでしょう」
何を馬鹿な。
それ以外に、用途があると言うのか。
今後、メルルは出来るだけ、表情を見せない方が良い。現時点で、既に人ではなくなってしまったことは、知れ渡っているのだ。
後は行動で、良い王族として振る舞っていく。
まあ、アールズが王国ではなくなった後は、顔役だが。
顔を見せない顔役というのも、何だか滑稽ではあるが。しかし、上に立つ存在としては、間違ってもいないだろう。
他にも幾つかの事を決めると、アトリエに戻る。後は全てルーフェスに任せておけば問題ないだろうと判断したからだ。
アトリエに手紙があった。そして気配が減っている。
トトリ先生からだ。
もうホムさんとホム君はいらないだろうから、回収するとある。まあ、二人は貴重な人材だ。アーランドに戻るのも当然だろう。
ならば、このアトリエでの作業は、2111さんと2319さんに手伝って貰うのもありか。
いや、いっそエメスを改良して、作業に当たらせるのも良いだろう。
アールズが国家ではなくなるまで、あと少し。
それまでに。
メルルは、やっておくべき事を、全てすませてしまうつもりだった。
ケイナは、ルーフェスの所に出向くと、聞かされた。
城に地下室を作ると。
「恐らく、食事場だろうな」
頷く。
メルルの狂気が、完全に鎌首をもたげ始めている。そしてこのままだと。メルルだけでは、どうにもならなくなる。
「私とライアス。 2111さんと2319さん。 この四人で、メルルを絶対に守り抜くつもりです」
「ミミ殿、ザガルトス殿、セダン殿も、この国に残ると言ってくれている。 シェリ殿も、当面は周辺地域の緑化に努めてくれるそうだ。 協力は期待しても良いだろう」
「ルーフェス様は」
「私は身をアールズ王家に捧げた。 例え姫様が人ではなくなったとしても、それに変わりは無い」
頷く。
もはや、同じアールズ人でも信頼出来ない状況だけれども。
ルーフェスはこういうときだからこそ、信頼出来る。
その気になれば、もっと大きな国に移ることも出来たのに。アールズを支える事に、全身全霊を注いでいる忠臣だ。
特にデジエ王が亡くなった後。この国がアールズの州になったら。ルーフェスと連携していかないと、メルルを守りきれない。
「食事は、私達で用意します」
「後は姫様が、どこまで「正気」でいられるか、だが」
「トトリ様の話だと、発作を防ぐには、週一度程度の「食事」が必要だそうです。 大型の動物は、私達でどうにかします」
「うむ……」
幾つか細かい事を決めて、城を出る。
アトリエに戻ると、鏡の前に立った。
自分の目から光彩が消えている事に気付く。
そういえば、ライアスもそうだった。
何だか、無性におかしくなってきた。
こうなることはわかりきっていた。メルルは体こそ人ではなくなったし、狂気に呑まれたけれど。
それでも、頑張って、王族であろうとしてくれている。
人々を導こうとしてくれている。
ならば、何故悲しむ。
むしろ、ヒトの形を保ってくれていることを、喜ばなければならないだろうに。
無理矢理指で、口を笑みの形に変えると。
ケイナは、皆と相談するべく。
また、アトリエを出たのだった。
(続)
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