屍の宴

 

序、綱引き

 

既に、言葉は必要なくなった。

だから、外部へは。言葉では無く、信号で意思を伝えるようになっている。言葉は、五人の間での意思疎通にだけ用いる。

それでいい。

そも、他の肉人形どもと、かわす言葉など無いのだから。

「エントを倒した連中の損害は、此方の想定の94%ほどだ」

「意外に小さいな」

「いや、想定範囲内。 そのまま次に行けるね」

「そうも言っていられないようだなあ」

既に、アストリッドは此方の目的に気づき。

恐らくロロライナやトゥトゥーリアも。

連中が何かを仕掛けてくる可能性もある。例え、此処が辺境戦士の軍勢であろうと、容易に踏み込めない自然の要害だとしても、である。

それに、邪神達は、現時点ではまだまだ支配下にある。邪神達がいつ動くか分からない以上、アーランドは主力を派遣できない。

例え、此方の正確な位置を把握できたとしても、だ。

「最終調整には後どれくらい掛かる」

「三ヶ月というところかな」

「少しばかり長いな」

「いや、ぎりぎりまで急いでこれだ。 これ以上急ぐと、根本的な所で、失敗をする可能性がある」

それでは意味がない。

ふむと、声が複数漏れた。

それぞれの意識が。

情報を精査し。

内容を確認しているのだ。

既に、名前さえもが、意味のないものとなっている。互いの事は完璧に把握し。誰が喋ったかも、分かるからだ。

完璧なコミュニケーションが成立している現状。

もはや、理解に必要な情報は、必要最低限で済むのだ。だから、場合によっては、主語どころか、他の言葉も必要ない。

「ふむ、どうやらその通りだな。 安全を見て、四ヶ月……時間を稼がなければならないだろうか」

「いや、出来れば半年」

「……分かった。 だが、流石に無限書庫が其処まで持ちこたえられるかな」

「そうさな」

少し前の、エント戦で。

邪神達に対して、クーデリアが持久戦を挑んだ。

激しい戦いの末に、クーデリアは片腕を引きちぎられ掛ける重傷を負ったが。その代わり、邪神は言った。

行動パターンを、読まれたかも知れないと。

残念ながら、邪神はこれ以上アップデートできない。

完成されているが。

新しい情報を入力して、強くなると言う事が出来ないのだ。

勿論、アーランドの国家軍事力級戦士でも、かなわないほどの力が、現時点でも備わっている。つまり圧倒的に今の段階でも強い。

しかしながら、もしも、動きを完全に読まれた場合。

少しばかり、面倒な事になるかもしれなかった。

「無限書庫陥落までの時間を、どう見る」

「三ヶ月」

「根拠は?」

「邪神の内一体を、クーデリアが抑えるとする。 もう一体を、ジオが抑えるとする」

最後の一体を、他の国家軍事力級戦士が押さえ込み。

袋だたきにした場合、どうなるか。

そしてその間に。

無限書庫に突入したメルルリンスが、機能停止に向けて、超大型の爆弾を仕掛けた場合、どういう結果になるか。

それを計算したところ。

敵の準備が、恐らく三ヶ月ほどで整うという結論になる。

そうなると。

残り三ヶ月。

どうにかして、時間を稼ぐ必要が生じてくる。

戦いになれば、下手をすると数日で、無限書庫が陥落するかも知れない。勿論それは最悪の予想であって。

無限書庫を守りきる可能性の方が、現時点ではずっと高い。

「しかし、常に最悪に備えなければならない、か」

「此方を直に狙ってくる可能性は」

「別に問題など無い」

その気になれば、此処の戦力だけで充分に迎撃できる。

今、西大陸から呼び戻した精鋭を改造して、近衛として配置している。ドラゴン級もその中には数体いる。

西大陸側は、大量生産した雑魚をゲリラ戦に転じさせ、ひたすら時間を稼がせ。

各地の遺跡は、守備を重視させて、此方も時間稼ぎに特化させている。少なくとも、アーランドは主力の兵力を増やすにしても、西大陸に派遣しているギゼラは戻せないはずだ。というか、ギゼラを戻した場合、攻勢に出るだけ。そして徹底的に、敵の背後を引っかき回すだけだ。

後は、全ての目的を達成すれば。

此方の勝ち。

自然の圧倒的な力の前には、例え国家軍事力級戦士であっても、なすすべはない。そして、自然そのものと一体化すれば。

この世界は。

我等一なる五人のものだ。

「少しばかり、保険を掛けた方が良かろう」

「そうだな……」

「アレを使うか」

「そうしよう」

外へ信号を送る。

現れたのは。数体の、神の名を与えた戦闘用ホムンクルス。その中の一体が、進み出てきた。

現時点で、考えられる限り最凶の個体。

セトである。

古代文明の邪神の名を持つこのホムンクルスは、西大陸でギゼラと互角に渡り合い、戦線を膠着させた。

此方に戻ってきたことは、まだギゼラに悟らせてはいない。

姿を見せたのもつい最近である。

戦場で相手を恐慌状態に落とし、ギゼラを引きずり出し。奴を一とするアーランドの精鋭を、悉く釘付けにして、一月以上攻略を遅らせた。

西大陸の軟弱な人間達では。

解放されても、防御が精一杯。

要塞や遺跡を陥落させるには、どうしてもギゼラの力がいる。

その事実を思い知らせるには丁度良い事件だっただろう。

恐らく、ここ数日で、アーランドにもセトの話は伝わっているはずだ。もし、ギゼラと互角に渡り合えるホムンクルスが来たら。

そう考えると、戦略の転換も考えなければならないだろう。

神話のセトは、陰謀を司る砂漠の神であり。多くの神々と、一年以上も渡り合ったという強者。

だが、このセトは。

嫌みでセトと名付けたのが正しい。

とにかく物静かな大人しい女で。

密かに小動物やら花々やらを庇ったり。与えてやっている回復スペースで、子ウサギをかくまったりしているような、徹底的に戦闘に向いていない性格だ。

だから、言うことを聞かせるために。

此奴が拾ってきた動物共の頭に爆弾を仕込み。

言うことを聞かなかった場合は破裂させるとして、今は従わせている。

セトはそう聞いたとき、最初はめそめそ泣き出したので、反吐が出るかと思ったほどだが。

実際に一匹二匹と殺してみせると。

従うから止めてくれと這いつくばって泣き。

以降は、従順に戦いでも何でもやるようになった。

実際此奴は、戦う以外には何の能も無い戦闘用ホムンクルスなのである。今更戦いを放棄しようなどと言う事は、許されるはずもないのだ。

ましてや、創造主に逆らうなど。

髪の毛をショートボブに切りそろえているセトは。命令を伝えると、無言のまま頷いて。外に出て行く。

命令は聞くだろう。

いっそのこと、もっと派手に暴れるくらいで、丁度良いのだが。

問題はトゥトゥーリアと接触した際に、頭の爆弾を取り除かれると厄介だと言う事だが。

これについては、既に対策を施している。

ゼウスは消息を絶ち、今も行方が知れない。

此奴は此奴で役割があって、敢えて泳がせているのだが。

それはイレギュラーケースを上手に利用しているような状況であって。セトまで同じ狢になられては困る。

だから、管理には。

細心の注意を払う。

もっとも、人質を多数抱えている現状。

セトが裏切る可能性は小さいが。

他のホムンクルス達には、それぞれ命令を順番に下していく。量産は流石に出来ないが、西大陸で、アーランドのハイランカー共と渡り合ってきた歴戦のホムンクルスだ。此方に叛意を抱いている奴もいるが、それはそれ。

使いこなすことが出来れば、何の問題も無い。

ホムンクルス達を生かせると。

番犬にしているモンスター達を調整。

此方は簡単だ。

モンスターの洗脳技術は。

ずっと昔に技術を完成させ。そして今では。裏切られることもない状況にまで、落ち着かせている。

「さて、これで時間を多少なりと稼がないとね」

「エアトシャッターが、掘り進むのがもう少し早かったらなあ」

「それは仕方が無い事だ」

むしろ、このデカブツは、良くやっている。

エントと拮抗する戦闘力を持つ火山の化身は。一なる五人の走狗となり果てた後は。その目的のために邁進を続けており。体中が傷ついては、無理矢理回復させて、さらなる深みへと進ませている。

此奴が自壊して、消滅するとき。

全ては一なる五人のものとなる。

周囲には無数のダミー情報もばらまいているし。

もはや、此処に入り込む事が出来る者もいない。

不安要素があるとすれば。

アーランドが、被害をなりふり構わず、正確に一なる五人を攻撃しにきた場合、くらいだろうか。

そして、奴らが想定外の力を発揮して。

エアトシャッターを倒してしまった場合。

だが、それはそれで問題ない。

既に、手は打ってあるのだから。

所詮この世は、化かし合いの連鎖だ。

そして連鎖には。

互いに容赦もなければ。

憐憫も無いのである。

 

元々寡黙だったけれど。

特に黙りが多くなったセトを見て。

伝令をさせられているアポロンは、胸を痛めていた。

セトについては、詳しく知っている。

これでも伝令をしているのだ。様々な情報は、嫌でも頭に入ってくるのである。その中には、胸くそが悪くなうような情報も、多数含まれていた。

セトは、西大陸の戦線では、最初は芽が出なかった。ホムンクルスの中でも特に大人しい性格の持ち主で。

花を愛で。

小動物を愛し。

人間だって、殺そうとはしなかった。

戦いがある度にさめざめと泣き。

他のホムンクルス達に、このような酷い事はしたくないと、何度も涙を拭いながら訴えかけたものだった。

失敗作。

周囲のホムンクルス達は、みなセトをそう考えた。

だが、実際に戦いに出てみれば、その評価はひっくり返った。戦闘力は本物で。生半可な攻撃魔術などは紙でも引き裂くようにして粉砕し。どんな防御魔術でも、それこそ少し押すだけで、破り千切る事が可能なほどだった。

勿論、他のホムンクルス達だって。一なる五人が言うような。何もかもを殺戮してまわるような行為には疑問を持っていたけれど。

もしも、セトが好き勝手なことをすれば。

連帯責任と称して、他の者達も、頭を吹き飛ばされる可能性があった。

それだけは。

誰もが嫌だった。

必死に皆で、代わる代わるセトを説得した。

セトは決して臆病では無く。

降りかかる火の粉を払うこと自体は何の問題も無く行った。頭の中の爆弾を破裂させられると脅しても。効果は薄かった。

こんな非道に手を貸すのなら、死んだ方がマシです。

むしろ殺してください。

そう、目を閉じたまま。

セトは、静かに。だけれども、断固たる意思を持って、そう言うのだった。

アポロンは冷や冷やした。

一なる五人は、自分たちを完璧な存在と考えてしまっているようだけれど。実際には機械の冷酷さと、人間の残虐さを併せ持つ、最悪の存在というのが近いように思えている。どんな残忍な仕打ちをセトにするか、知れたものではなかった。

そしてその予感は。

最悪の形で適中した。

セトが密かにかわいがっていた動物たちを、根こそぎ人質にしたのである。

その時のセトの哀しみの顔はなかった。

西大陸と通じた画面を見ても。

アポロンは、胸を痛めた。

この名前を持つ、古代神話の神は。奔放な性格で、ある意味邪悪ですらあったそうなのだけれど。

自分までそうとはなれなかった。

さめざめと泣くセトに、一なる五人はこう言いながら。セトの友を殺戮した。

「言うことを聞かないようなら、更に多くの友が死ぬぞ」

そうなると、心優しいセトは。

板挟みになりながらも、戦う事を放棄できなくなった。

そして、翌日。

あのギゼラ=ヘルモルトに、自殺同然の特攻を挑んだのである。

凄まじい戦いの様子は、アポロンもモニタしていた。

セトは心優しいが。

戦闘適性は抜群にあったし。何よりスペックが、国家軍事力級と渡り合うことを前提に設計されていた。

だから、その実力は文字通り圧倒的で。

あのギゼラ=ヘルモルトを、一時は押しさえした。

結局戦いは引き分けに終わったけれども。

アーランドはこれで、西大陸に貼り付けていた戦力を、引き戻すことは出来なくなったと見て良いだろう。

もしまたセトが現れた場合。

西大陸の原住民による戦力では、撃退など到底不可能だからだ。

これで、アーランドの戦略は崩れる。

恐らく西大陸を完全放棄した事を確認後。ギゼラや、西大陸で奮戦した精鋭を引き返させて。

それらの力を加えて、無限書庫を攻略するつもりだったのだろうが。

それもかなわぬ願いとなった。

姿を見せないセトに備えなければならないギゼラの姿は、既に確認している。相当に苛立っている様子だったけれど。

それでいい。

苛立てば、判断も誤りやすくなる。

そして、アポロンには。

同胞のことが、一番大事なのだ。

本拠を出る。

我ながら、邪悪な策謀に荷担しているのは、気分が悪い。だけれども、それだけではない。

いずれ、一なる五人は、倒したい。

酷薄な命令を繰り返し、多くの同胞達を死地に追いやった魔王。

一なる五人が、どのような悲劇の元、あのような邪悪に落ちたのかは知らない。知る手段もない。

だが、それは使い捨てにされていった同胞達とは関係無い。

許してはいけない。

いけないのだ。

「セト」

前にセトがいたので、声を掛ける。

下手な事を喋ると、そのまま頭を爆破されてしまう。

思考だって同じ。

とにかく、必死に本心を隠し。言葉を選びながら戦わなければならないのは。苦痛そのものだ。

「アポロン先輩」

「気にするな。 きっと、良い事だってある」

「……」

セトは視線を背ける。

此奴が内気で。

醜い容姿にされているアポロンを怖れていることは知っている。輝くような美男子である原典のアポロンと逆にするために、一なる五人は敢えてこのような処置を執ったのである。

不愉快だけれど。

逆らう力さえ無いのは、情けなかった。

「任務が終わったら、良い花畑に案内しよう。 この辺りは西大陸と違って、住民達が自然の保護に積極的だ。 かなりの自然が、残ってもいる」

首を横に振られる。

そんなものを見たら。

また人質にされかねない、と言うのだろう。

嗚呼。

セトは傷ついた心を引きずって、戦場に向かう。

生きて帰らない覚悟かも知れない。

ただ、時間を稼ぐため。

それだけのために、一なる五人は。

このような気の毒な者の心を踏みにじり、尊厳を食い荒らし。そして今また、使い捨てにしようともしている。

逆らう事は、考える事さえ許されない。

だから、アポロンは。

どうすることも、出来なかった。

倒したい相手に、なすすべもない。その現実を、噛みしめるしかなかった。

 

1、究極の薬

 

メルルは、トトリ先生が行う外科手術に立ち会うことにした。アストリッドさんが、ホムンクルスを対象に、新しい手足を作っては付け替える、という事をしているようだけれど。人間に応用する技術が確立されたのである。

今回トトリ先生が手術するのはホムンクルスでは無い。

アーランドに増援として来ている戦士だ。

最初の一人が、アトリエに運ばれてくる。

この間のモディス戦で、邪神に左半身を抉り取られるような重傷を受けて。それから、生死の境をさまよっている。

頭部はかろうじて無事だったけれど。

生きているのが不思議としか言えない光景だ。

手術に立ち会ったのは。

今後のためになると、判断したから。

トトリ先生は、傷口を見ても何の反応も示さず。

患者を機械につないで、情報を横目に、てきぱきと処置を続けていった。

湯につけて消毒したメスを振るい。

まずは壊死した部分を、凄まじい手際で取り除いていく。

そして、培養槽からは。

手やら内臓やらを取り出す。

ホムンクルスの生成技術の応用で。

この戦士の部品を、作り上げる技術。アストリッドさんが開発したそれをトトリ先生が使って、完璧な部品を仕上げたのだ。

助手として、作業を手伝いながら。

様子を見守る。

これは、きっと自身のためになる。そう思ったからである。

時々使うネクタルは、特に強力に圧縮されているようで。一滴垂らすだけで、傷口が見る間に消えていく。

だけれども、濃度を間違えると、危険なのは一目で分かる。

エリキシル剤は。

これよりも、更に数段濃度が上の。限りなく純粋な原液に近いネクタル。そう思うと、その凄まじい効能も、頷けるというものだ。

ネクタルでさえ、死者を蘇生させるというのだ。

エリキシル剤に到っては。

一体何が起きるというのか。

体が破裂してしまうと言うのも、決して大げさではないのだろう。

「足接合」

「はい」

自ら取り出した足。

この半身を失った戦士は、メルルとあまり年齢も変わらない女性だ。子宮を一とする生殖に関連する臓器まで吹き飛ばされてしまい。放置していれば、死は確定だっただろう。だが、その臓器さえ。

今、複製されて。

体につながれている。

足の接合を。おそろしいまでの手際で済ませていくトトリ先生。こうやって治してきた人間は。

十人や二十人ではないのだろうとさえ思えた。

手足の完全再生は流石に今回が初なのだろうけれど。それに近しい技術はトトリ先生なら持っていてもおかしくない。

程なく。

血だらけの台の上に。五体満足揃った、包帯だらけの人体が出来上がった。

更に投与するネクタル。

体温が上がっているのが、メルルから見ても分かる。

破裂はしないだろうが。

それに近い状態にまで、持っていくつもりなのだろう。

「患部確認」

「A、OK。 B、OK。 C、八割半」

傷口の状況を確認していく。

特に一番広い傷というか。体の半分を失ったのだ。左肩から右脇腹に掛けてがごっそりとなくなっている。

その部分を統括する傷は。

いかなる妙薬であっても、簡単には治らない。

針と糸を取り出すと。

手が見えないほどの動きで、トトリ先生は縫合を行い、傷口を安定させる。そして、他の傷口も。

ギプスで固めて。

一端の処置は終わった。

「次」

ちむちゃん達が、手術が終わったけが人を運んでいく。

代わりに、リザードマン族の戦士が来た。彼は下半身をごっそり消し飛ばされている。うんうん呻いている様子は、痛々しい。

不可侵条約を締結してからというもの。

リザードマン族との共闘は、珍しくもなくなった。

アールズの戦士の中には、やはりまだまだ不信感を示す者も多いけれど。それでも、信頼に変わりつつある。

戦士としては、何ら変わりない存在。

それが分かるようになって来たから、だろう。

なんだかんだで、辺境戦士は思考回路が単純なのだ。

戦士として認められるのなら。

相手を認める。

そういう、単純な理屈が。

今でも、まかり通っているのである。

「部品、C44」

トトリ先生の指示は、非常に短く。それで慣れているらしく、助手のちむちゃん達は、培養された肉塊を、硝子ケースごと運んでくる。

傷口はかなりひどい状態だ。

処置自体は早かった。

だが、モディスには、けが人がまだあふれかえっている状況で。手練れの医療魔術師が何人いても、手が足りない。

ロロナちゃんやトトリ先生の霊薬。そして、及ばずながらメルルが作った薬も送っているのだけれど。

それでも、対応し切れていない。

そう、説明を受けている。

実際、こういうひどいけが人を見ると。

惨状は、言われずとも分かってしまう。

傷口を処置してから、接合手術を開始する。まずは内臓から。それから骨。

如何に頑強な肉体と言っても。

いきなりくっつけて、それでおしまいとまではいかない。

体の部品を順番にくっつけて。

そして、最終的に。

肉や皮を接合するのだ。

「台の洗浄」

「了解」

言われるまま、台を。続けて手を洗う。

洗うのに用いるのも、六回も蒸留した、超がつくほど綺麗な水だ。それも、一度洗うと、もう後は使わず、捨てる。

異様なアトリエだけれど、空間としては非常に広い。その一角は、この手術を行うスペースに特化している。物資もたくさんあり。何よりも、トトリ先生の性格だろうか、極めて丁寧に整理されていて。何処に何があるか、一目で分かる。

トトリ先生は休む気配もない。

それはそうだ。この人の体力は、現在では数日ぶっ通しで戦闘が可能なほどだと聞いている。

一度目を通したカルテに目を通し。

次の患者を呼びながら、カルテの状況を確認。問題ないと判断してから、次へと移る。そうして、十人以上を。

短時間で救った。

一度休憩のために外に出る。

けが人の様子は、悲惨という言葉を極めていた。

ひどい怪我をしている者から、先に。

そういう順番にしなければならない。

戦場とは、優先順位が変わる。

戦える人間を、すぐに復帰出来るようにする。瀕死の者は、死なないように応急処置だけする。

それが戦場での医療だが。

今は、戦場の外の医療。

つまり、命の危険がある者を、順番に処置し。戦えるようにするのだ。

今、十人以上を救ったが、それでも時間は二刻と経過していない。それだけ凄まじい早さで、手術が行われたからだ。

そして午後から第二陣が来る。

第一陣の戦士達は、一度ハルト砦に戻り。其処でリハビリをしてから、前線に戻るか、離れるかを決めるそうだ。

PTSDになってしてしまった場合は、仕方が無い。

今度は、それ専用の治療を受ける。此方も、体の傷の治療と同じく、相応以上に苦しいと聞かされた事がある。

だが、それでも。

戦士として復帰したいのなら。

避けては通れない路だ。

外に出ると。

2111さんが、水を差しだしてきた。

メルルも頷くと、飲み干す。

2111さんも、今回は助手として手伝ってくれている。少し前に、ケイナもトトリ先生の所で、けが人の手当を手伝って貰ったのだけれど。

ずっと青ざめていて。

最後に、メルルに弱音を吐いていた。

厳しいと。

何しろ、手術が行われているのが、トトリ先生のアトリエだ。

手術の対象は、意識が戻っていない者ばかりだ。だから患者は良いだろう。

だけれど、手術を行う者は違う。

無数に並ぶ、うめき声を上げる生きた生首の群れは。

流石にケイナの神経を、容赦なく痛めつけた、という事だ。メルルだって、今でも神経を抉られるのだ。ケイナを軟弱だとか責める事は、出来る筈もなかった。

「トトリ様は、本当におかしくなってしまわれたのですね」

「ごめん」

「マスターが謝られることではありません。 ただ、私の同胞の中には、トトリ様の為なら命でも捨てられると言っている者が多々います。 実際問題、おかしくなった後も、それでも忠義を捨てていない者もいます」

それだけ、偉大な人だったのだ。

トトリ先生の業績を見ると、確かに凄まじいとしか言いようが無い。メルルがひよっこだった頃から。いや、もっと若い頃から。

リス族、ペンギン族を一とする亜人種と、交友を結び、同盟のきっかけを作り。

砂漠に路を作って、不安定だった補給路を完成させ。

そればかりか、強力極まりない金属装甲の戦闘艦を完成させ。それで東大陸への到達。そして後には、西大陸への到達も。

緑化作業一つをとっても。皆が完璧と言い切るほどの手腕。

天才では無いかも知れない。

だけれど、その業績の凄まじさは。

生半可な天才などでは、及びもつかないものだ。

アーランドによる、周辺国家の併合に関しても。交渉のグリーンライトを与えられ、大小20を超える国家を、アーランドの同盟国、および吸収合併へと導いている。その手腕は、文字通り路の神と呼ばれるに相応しいもので。

錬金術師としての腕前が。

文字通りの神域に迫るのも、無理はないことなのだろう。

才覚の差を努力でねじ伏せた人なのだ。

だからこそ。闇に落ちるのも、早かったのかも知れない。

馬車が来る。

重傷者を運んできたものだ。

午前中に来た馬車よりは、傷も浅い者達だけれど。それでも、見るだけで、口を塞いでしまいたくなるひどい状態の者達ばかり。

馬車の中は強力な回復の魔術が結界として展開されていて。

少なくとも、傷口が悪化することだけは避けるように、処置がされている。

2111さんと協力して、順番にけが人を降ろし。トトリ先生のアトリエへと、運び込む。

暴れないように。

事前に、けが人は、催眠の魔術で眠らせてあるのが幸いか。

ひどい怪我をしたものは、錯乱して暴れるケースもある。

そうなると、巻き込まれた場合。

戦士の力量次第では、大けがをすることもあるのだ。

アトリエに入ると。

トトリ先生は、既に手術の準備を始めていた。

手術台を、ちむちゃん達が消毒している。煮沸した蒸留水もある。手術の準備は、すぐに整う。

この辺りは、相当な場数をこなしているからだろう。

手袋を変えて。

清潔なリネンを使って。

手術の準備完了。

次の十セットに取りかかる。だけれども、今回は無理矢理生かしている重傷者をまとめて手当てするのだ。十セットで終わるわけがない。

けが人達を運び出すと、すぐに次。

内臓がやられてしまっている人や。生きているのが不思議な状態の人が、続々と運び込まれてくる。

彼ら彼女らは、みな願っていた。

例えどれだけ苦しくても、また戦いたいと。だから、その願いを叶えているに過ぎないのだ。

人間の尊厳や、安らかな死よりも。

戦い抜いて、最後まで殺して、死ぬ事を選んだ人達なのである。ホムンクルスも多いし、亜人種も多い。悪魔族の戦士の中には、特に悲惨な状況の者が目立った。それだけ激しく戦ったという事だ。

一なる五人に、多くの同胞を改造されたのだ。彼らの怒りは、よく分かる。

戦場同然の有様は。

夕方近くまで続いた。

 

緊急手術が終わると。

ふらりと、トトリ先生はアトリエを離れる。あの手術と並行で、どうしても必要だと言う研究をしていたらしい。

それも終わったので。

モディスに出向いて、負傷者の手当を直にする、ということだった。

勿論、そのまま足で移動しても、馬車の数倍は、いやもっと早いので、何の問題も無い。メルルは、処置を全部終えると。

2111さんと一緒に、アトリエを出る。

ちむちゃん達が、見送りをしてくれた。

ちなみに、十人以上のちむちゃんが、今はモディスに常駐している。だから其方は、心配しなくても良い。

「まるで機械のような正確さでした」

「うん」

凄い。

それは素直に認めざるをえないことだ。

だけれども、何だろう。

トトリ先生は。

傷を癒やしていく過程を。とてもではないけれど、人間に対してやっているようには、見えなかったのである。

まるでものを扱うような。

それは、きっと勘違いでは無い。

実際問題、失敗したとしても、眉一つ動かさなかったし。次の瞬間には、リカバリを終えていた。

精神力が凄いのでは無くて。失敗しても何とも思っていなかったのだろう。

分かっていた。

マスクの下では。

あの張り付いたような笑みを、ずっと浮かべていたのだと。

トトリ先生は、多くの人を、今日だけで救った。

このアトリエで、不具になっていた人を、二十人以上。内臓をやられていた人を、更に多く。

そしてモディスで、これから手術をして。更に倍以上は救う予定だと聞いている。

勿論、手足が戻っても。

そのまま戦える訳では無い。

むしろ手足がつき治された後は、当面地獄の痛みに全身が包まれると聞いている。リハビリが必要なのも、そのためだ。

トトリ先生は。

患者のことを、考えているようには見えなかった。

ただ、たとえそうだったとしても。

トトリ先生に救われた人が多数いるのは事実。

その偉業には、何ら問題は無く。

単純に、トトリ先生は優れた功績を残し。人類の歴史に、偉業という足跡を刻んだ事になるのだが。

「ちーむ!」

気がつくと。

足をちむちゃんが掴んでいた。

2111さんが翻訳してくれる。

「自分たちでお菓子を用意していたので、食べて欲しい、という事です」

「ありがとう。 遠慮無くいただきます」

「彼処だと食べづらいだろうから、アトリエに届けておきます、だそうです」

「……ごめん」

つい、謝ってしまう。ちむちゃん達は、俯くと。後は無言で、アトリエに戻っていった。何となく分かる。

ちむちゃん達も。

恐らくは、あの環境で生活するのは。厳しいのだろう。

あそこは、狂気の源泉だ。

アトリエに戻る前に、銭湯に。

出来るだけ丁寧に洗ったつもりでも。

爪の間などに、血がかなり入り込んでいた。

衛生面を考えても、そのままにはしておけない。2111さんとお湯につかって、しばしゆったりする。

体の疲れが、溶けるようだ。

「2111さん」

「何ですか、マスター」

「もし、一なる五人が、時間稼ぎを目的としているとするよ。 次は、どんな手を打ってくると思う?」

「そうですね。 私だったら、捨て石を、あるだけ打つでしょう」

そうか、そうだろう。

考えてみれば、エントにしてみても、捨て石だったのだ。

一なる五人に取って。

自分以外の存在は、全てゴミも同然。

偉大なる科学者達が作り上げてきた技術も。

多くの人々が、受け継いできた精神も。

ならば、配下の者達を、可能な限り捨て石に使い。時間を稼ぐというのは、あり得る話だ。

そして、エントを躊躇なく投入したという事は。

それに近しい実力を持つ手下を、複数抱えていてもおかしくない。

邪神三体が何にしてもそうだし。

其処まで行かなくても、強力なホムンクルス戦士は、いてもおかしくない。

どぼんと、となりに勢いよく誰かが入る。

銭湯の使用方法には、幾つかマナーがあるのだけれど。

それを知らない戦士は少なくない。

そもそも、入浴の習慣がないものが、結構な数いるのだ。

だから、銭湯では、風呂に気持ちよく入るためのマナー講座を、色々と張り出しているのだけれど。

それでも、効果があるとは言い切れない。

ちなみに、最近は。難民達もアールズ王都の民も、同じように見られる瓦版が発行されている。

アールズに出入りする行商人のファナさんが作ったものだけれど。

これにも、何度か銭湯の入り方が、特集として組まれた。

だけれども、まだ中々、浸透しないのが実情だ。

「あ、メルル姫」

「セダンさん」

ご機嫌な様子なのは、セダンさんだ。

そういえば、少し前に聞かされた。銭湯に入ってみたら気持ちが良くて、最近は通っていると。

でも、マナーについては、まだまだのようだ。

「ふあー、気持ちいいですねこれ!」

「アールズでも、導入されたのは最近ですよ」

「そうなんですね!」

自分の国でも、導入されないかな。

そうぼやくセダンさん。

苦笑いしてしまう。

咳払いすると、銭湯のマナーについて、幾つか話しておく。セダンさんは根がとても素直なので、全て聞き入れてくれた。

勿論、全部出来るようになるには。

相応に時間も掛かるだろうが。

しばらく、話す。

エント戦での傷は、既に回復したという事だ。リハビリも終わり、いつでも戦場に出られるという。

少し前に、両親に手紙を書いた。

そして、返事を受けたという。

名誉な戦場が続いているのは結構だ。そのまま、場合によっては、アールズで叙勲を受けると良いだろう。そして、立派な騎士になってから、戻ってきなさい。

そういう内容だったそうだ。

アールズには騎士制度は無い。

つまり、アールズで優秀な戦士として実績を上げて。

それから帰ってくるように、というような意味でも良いのだろう。

少し前に、ステルクさんが騎士団を立ち上げるべきだと、ルーフェスに直訴していたことは黙っておく。

話をややこしくしたくないからだ。

「騎士かー。 アーランドでも既に廃止された制度だっていうのに、父さんも母さんも、頭が古いんだから」

「でも、それだけ期待してくれている、という事ですよ」

「……だといいですけれど」

手を握って空気を風呂に入れて。

ぼこぼこと、泡を出して遊ぶセダンさん。

でも、声を掛けられる雰囲気では無かったので。

2111さんを促して、上がる。

すっかり汚れは落ちた。

体も、心も。

だから、銭湯に入って、良かった。もっとも、落ちたのは。今日追加された汚れだけだが。

それまでの汚れは。

簡単には落ちてくれない。

 

2、初めての同行

 

ふらりとアトリエに現れたのはアストリッドさんだ。メルルは、その目を見た瞬間、背筋が凍るかと思ったが。

だが、それでも。

ロロナちゃんの師匠だ。

一連の悲劇の基点ではあっても。

2999さんに全てを聞かされた今であっても。

失礼な応対をする訳にはいかない。

それでも、体が戦闘態勢を取ろうとしてしまう。やはり、こればかりは、どうしようもないのだろうか。

あまりにも。

全身から放っている狂気と、血の臭いが濃すぎるのだ。

アストリッドさんには、監視らしいハイランカーの戦士二人と、精鋭ホムンクルスが三名ついている。

最悪の場合も、一人は伝令に出る態勢だ。

しかもこの面子。

いずれも、実力は相当に高い。ミミさんと同等か、それ以上の使い手ばかりである。このことだけを見ても、アストリッドさんが如何に危険視されているかは、一目瞭然だと言える。

「今、暇か」

「調合の最中でしたが、必要なら時間を作ります」

「そうしろ」

外で待つと言い残して、アストリッドさんは、その場から消える。

見張りらしい面子が動かないところから見て。

あまり遠くへは行っていないのだろう。

見張りの一人。

巨大なバトルハンマーを担いだ壮年の男性戦士が、咳払いした。

「メルル姫」

「はい」

「出来るだけ急いでください。 もしも本気で暴れられたら、我々も命がけで抑えなければなりませんから」

「……分かっています」

少し違うだろう。

命がけで抑えられたら幸運、と言う所の筈だ。

これだけの面子が出張らなければならないほどの危険人物。それが、今のアストリッドさん。

一体用事は何なのだろう。

作成していたエリキシル剤の状態を確認。

中途の段階で止めると、反応がどうなるか分からない。

ネクタルを圧縮するだけの作業といっても。もともとの、ネクタルの生きている部分を駄目にしては元も子もないのである。

一度火を落として。

適当な状態になったところで、釜からビーカーに移す。

そして地下のコンテナに運び込んで。

厳重に状態を維持できる魔法陣が描かれた場所に、おいた。

この魔法陣の置かれている場所では。

温度湿度が常に非常に低く保たれており。蓋を置くだけで、どんな物質でも、長期間保つ事が出来る。

おそらくそれだけではない。

魔法陣に、メルルが見た事もない構造があるからだ。

多分、何かしらの、保存するための魔術が、常に掛かっているのだと見て良い。

いずれにしても、エリキシル剤の中間生成物はこれで問題なし。

難しい調合が出来るようになってきたメルルだけれど。

まだまだ。

殆どの場合、参考書に頼りっぱなしだし。

自分で考えて作った道具なんて、殆ど無い。魔法の石材や、エメスくらい。それらも、応用で作ったものだ。

例えばロロナちゃんの参考書を見ると。

参考にした古い時代の錬金術の痕跡は見て取ることが出来るのだけれど。

そのエッセンスだけ抽出して。

二段飛ばし三段飛ばしで、もの凄い発想を経て。最終的に、アーランドの国力を上げる発明につなげている。

とてもかなわないと、素直に口に出るほど。

トトリ先生だって堅実極まりない。

完璧に基礎を理解しているから出来る発想ばかりで。粗が多いメルルとは、雲泥の差なのだ。

それでも、メルルは。

必死に力を伸ばして、ここまで来た。

超危険薬剤であるエリキシル剤だけれども。

これはある目的のために、絶対に必要なものだ。

そしてその目的は。

一なる五人を葬った後にしか使えない。

一段落したところで、アトリエを出る。不安そうにしているケイナに、大丈夫だからと、声を掛けておいた。

幾らアストリッドさんでも。

いきなりメルルを殺したりはしないだろう。

外に出ると。

いつの間にか。ずっとそこにいたように、アストリッドさんが来ている。身体能力でも、国家軍事力級の名を辱めない。

そういう特別製なのだ。

この人は。

「此方だ」

「あの、ご用件は」

「ついてこい」

ぞっとした。

声には、良いから言う事に従えという、強い、いや恐ろしい要素が含まれていた。何処に連れて行かれるのだろう。

不安と恐怖が入り交じる中。

メルルは、アールズ王都の片隅。

アストリッドさんが任されているアトリエに来た。

周辺には、幾つか建物がある。

これらは、知っている。

申請があって。建造したものだ。

アストリッドさんが使っていると聞いていたけれど。

設計に関わったアーランドの技術者も。実際に部品を作ったハゲルさんも。何だこれはと、小首をかしげていた。

それくらい、訳が分からない代物だったのである。

間近で見ると、確かにおかしな建物だ。

内部は、無数のガラス管が縦横無尽に走っていて。しかも、それぞれを交換しやすいように、工夫してある。

音を立てて動いているのは。

何だろう。いにしえの機械か。

ずっと同じ動きを繰り返していて。それで何かを作っているように見える。中に入り込んでいるのは、肉片だ。

パーツの形状からして、動物のものだろう。

血肉の臭いもする。

動物を加工したり。

植物を切り刻んだりを。

自動でしている施設だ。

「これは……」

「アーランドで使っている機械を再現したものだ。 向こうよりぐっと小規模だがな」

「再現、ですか」

「理論さえ知っていれば誰にでも出来る。 問題は、現在ではまず手に入らない材料が使われている事でな。 それに関しては、錬金術で補うしかない。 それも理論さえ分かっていれば、難しいことでは無いが」

ひょいと、投げて寄越されたのは。

燻製肉だ。

ちゃんと火も通っている。意を決して口に運んでみると、悪くない味だ。毒が入っている様子も無い。

「肝が据わっているな」

「この状況で、私を殺しても、メリットはないと思いますから」

「そうか。 正論だが、それはまともな相手にしか通用しない理屈だと言う事も、覚えておくことだ」

分かっている。

だからこそ、こう対応したのだ。

促されて、動き回る機械の中を通って歩く。

明らかに、外から見た建物よりも、内部の方が広い。コンテナに使われている技術と、同じだろう。

空間を、拡張しているのだ。

地下に降りる。

地下もまた、広大な空間で。

そして以前案内された、ホムンクルス達が多数治療を受けていた、アストリッドさんのアトリエと直結していた。

今回は、ホムンクルス達の入ったガラス瓶のある方では無くて。

別の方。

長い廊下を歩いて、錬金術師のアトリエらしい空間を通る。

釜だけで、十種類以上がある様子だ。

それに、である。

奥の方で、ホムンクルス達が働いているのが見える。ちむちゃんもたくさんいる。

これはひょっとして。

パメラさんのお店の地下と、つながっているのか。

脇道にそれる。

途端に、周囲の光景が変わる。

岩だらけで。

今まで人工的だった雰囲気が一変。まるで、自然の洞窟だとしか思えない場所。いや、事実その通りなのだろう。

護衛の戦士達も、度肝を抜かれていた。

「こ、これは」

「トラベルゲートの応用だ。 今調査している洞窟とつなげてある。 良い素材が手に入る採取地でもあるからな」

アストリッドさんが指を鳴らすと。

荷車が、ぽんと音を立てて、空中に出現。

もう何でもありだ。

この人は、錬金術師と名乗らなければ。魔術師と名乗っても、不思議は無かっただろう。色々と、錬金術の域を超えている。

見ると、色々と貴重な素材が確かにある。

言われるまま、採取を手伝い。

呆れたように、護衛の戦士達は、その様子を見ていた。

周囲にモンスターの気配はあるにはあるが。

ドラゴン数体が突然現れたようなものだ。

とてもではないが、近寄る勇気など、持ち合わせていないのだろう。少なくとも、この場に姿を見せるモンスターはいなかった。

手が早すぎて、動きが見えないほど。

アストリッドさんの採取は、それだけで既に人外。

更に言うと。

そんな動きで採取をしていながら。

荷車に放り込まれる素材は、メルルから見ても、完璧としか言いようが無い、美しい切り口をみせていたり。鉱石にしても、高品質のものばかりが厳選されていた。

しばし、採集を終えると。

アストリッドさんは懐から試験管を取り出し、液体を垂らし始める。

殆ど一筆書きの要領で、非常に複雑な魔法陣を、それだけで描いてみせる。

消音、気配消去、防御結界。

複数の要素を持ち、それらの全てが高次元だ。

これなら、ドラゴンに不意を打たれても、即座に全滅と言う事はあり得ないだろう。そういうレベルの結界だ。

「休憩する」

指を鳴らすだけで、焚き火に着火。

もう、この辺りは、人間業じゃない。アストリッドさんは、錬金術師以外でも、何でもやっていけるだろう。

だからこそに、思う。

どうして、こんなおぞましいまでの闇に。

身を浸してしまったのか。

いや、愚問か。

メルルだって、足首まで闇に浸されていて。今も、油断すると、いつ全身を闇に引きずり込まれるかわかったものではない。

ソフラおばさまが、冥府から来て止めてくれたけれど。

それだって。

いつ、どんな切っ掛けで。

転落するか、分かったものではないのだ。

「弟子三号。 お前はそもそも、王族などして楽しいか」

「楽しいも何もありません。 私は王族として、民を導く立場にあります。 それが、税を受け取り、豪奢な生活をする権利と引き替えの義務です」

「ふむ、教科書通りの応えだな」

「教科書通りだからこそです」

勿論、それが上手く行かない場合も、多くある。

そんな事は、メルル自身が一番良く知っている。

隣国に、表敬で足を運んだとき。

自分は王族だから偉い、という完全な勘違い理論に全身を浸し。民を害する愚かな王族を見た。

王族だから浪費する権利があり、浪費するために搾取しても良い。

そんな支離滅裂な結論に到る者も見た。

メルルを小娘と笑う者もいた。

だが。そういう国は。

基本的にあらゆる箇所が腐敗して。

どうにもならない状況になっていることが、多かった。

アーランドに併合された後。地域の顔役まで地位が落ちた昔の王族は、完全に冷遇されているケースも多いと言う。

今までと同じように振る舞おうとして、けんもほろろの扱いを受けたり。

民の直訴で、あっという間に平民に落とされたり。

そうなると、後は悲惨だ。

今までやってきた事が。

全て自分に返ってくる。

勿論、きちんと王族の責務を果たしている者もいる。そういう人は、アーランドに併合された後も、周囲から尊敬され。

民からも、信頼される。

メルルは、どうなるのだろう。

アールズ王都の人達には、良くして貰っている。皆の問題を解決して回り、戦いでも先頭に立ってきたからだ。

それは皆に好きになって貰いたいから、ではない。

お金を貰って、贅沢をさせて貰っている。それに対する、当然の義務。

勿論メルル自身も、アールズの皆は好きだけれど。

それ以上に、果たさなければならない義務があるのだ。

淡々と、説明していく。

アストリッドさんは、くつくつと笑う。

会話の間も。

この人の目には。

地獄の深淵としか言えない闇が、ずっと宿り続けていた。

すぐにでも逃げ出したい。

だけれども、此処で逃げ出すことは、恐らく不可能だ。それにこの人がその気になったら、一瞬でバラバラにされてしまうだろう。

「はじめ見たときはちゃらんぽらんだと思ったのだがな。 実際に見てみると、大した優等生ぶりだ。 言っている事は全て正論。 ぐうの音も出ないほどに正しい」

「どんな返事が出てくると思いましたか」

「お前が恐怖をばらまいている難民達が言うように。 民衆など、全て私のエサだとでも言うかと思っていたよ」

「そんな事……」

冗談だと。アストリッドさんは、焚き火に薪を追加。

そういえば、この火。

殆ど煙が出ていない。

火にしては熱くないし、どういうことだ。

錬金術による、何かしらの産物か。

たかだか焚き火一つをとってしても、この人はこれだけ桁外れだというのか。正直、悔しい。

まだ未熟である事を。

一秒ごとに思い知らされてしまう。

でも、負けない。

いずれは、必ず。

追いつき、追い越さなければならない。

少なくとも、この人を救うことは。負の連鎖の基点を潰すことにつながる。2999さんに聞いた。

幾つもの悲劇の源泉を。

2999さんには何一つ責任は無い。

それに、親からさえ捨てられ、周囲から恐怖の目で見られ続け。歪みに歪んだこの人は。本当に罰すべき悪なのだろうか。

だけれども。

この人が憎んでいるのは、もはや世界そのものの筈だ。そのような願いを叶えては、恐らく一なる五人が世界を支配するのと同様の地獄が来てしまう。それでは、意味がないのである。

キャンプを畳むと。

もう少し、洞窟の奥に。

此処は何処かと聞くと。

アールズよりかなり南にある国だと、返答が来た。

そんなところと、アトリエの地下がつながっているのか。凄まじいとしか、言いようが無い。

地底湖に出る。

そこにいたのは、ペンギン族だ。

まだ若いものばかりで、此方に気付くと、手を振って来る。アストリッドさんは無表情のままだけれど。

行商もしているらしい。

品物をさっと提示して、物々交換を始めた。

見る間に、商品が交換されていく。

不思議な色の、丸い宝石が、アストリッドさんの手元に残る。見ると湖の底は、虹色に輝いていた。

一方で、アストリッドさんは。

医薬品を渡している様子である。

取引の様子は、ホムンクルスの一人がメモをしている。そして、その間、挙動についても観察していた。

一通り、取引が終わる。

ホムンクルスが、今回渡した物資と、売り上げを告げる。

アストリッドさんは、鼻を鳴らしただけだった。

「弟子二号が開拓したルートだからと言って、随分熱心な事だ」

「此処はペンギン族にとって、最大の集落の一つです。 もしもアールズが陥落した場合、重要な防衛拠点ともなります。 此処で問題を起こされるわけにはいきません」

「それで見張りか。 まあいい。 好きにしろ」

そうか。

交渉ごとで言うと、トトリ先生は大陸随一と聞いている。何より、ペンギン族には、青き鳥という称号を貰って、全幅の信頼を得ているとか。

此処のペンギン族とも。

トトリ先生が交渉して、以降の渡りをつけた可能性が高い。

アストリッドさんとしては、ひょっとして面白くないのか。

そうかも知れない。

弟子二号などと呼んでいたのだ。つまりは、弟子の弟子、という事だ。

それにちょっとでも先を越されて、プライドを刺激されたのだろうか。

だが、アストリッドさんは、どう見ても交渉ごとが得意なタイプでは無い。恐らくは、暴力でねじ伏せる事しか考えないだろう。

交渉の基本はギブアンドテイク。

それでは、成立しない事が多い。

メルルだって、アールズ王都北東の耕作地にいる荒くれや、西大陸の難民には。恐怖で押さえつけるのと同時に、安全な生活と食糧を約束している。

本当だったら、労働と引き替えにそうしたいのだけれど。

体に染みついてしまっている悪性はどうにもならない。

時間を掛ければどうにかなるのかも知れないが。

どうにもならないのなら。力という手段に出るしか無い。

しかし、このペンギン族達の場合は違う。

武をもって尊しとするペンギン族とは。認められた存在であるトトリ先生は、とても大事な客の筈だ。

逆に言えば、アーランドにとってもそれは同じ。

だから、この貴重な交渉ルートを。

潰すわけにはいかないのである。

アストリッドさんが、荷車を引いて引き揚げて行く。ペンギン族が見送ってくれているけれど。

彼らも、アストリッドさんはあまり良く想っていないはずだ。

取引の金額がガチガチに決まっているからこそ、上手く行っているだけであって。結局の所、アストリッドさんが此処のルートを開発するのは無理だっただろう。

洞窟を戻って。

アトリエに出る。

ドアを閉めたアストリッドさん。ホムンクルスの一人が、説明してくれる。

「一日一度しか使えないそうです」

「え、そうなんですか」

「はい。 もしも何度も無理に使うと、大爆発を起こすとか」

ぞっとした。

オーバーテクノロジーには、相応のリスクがある、という事だ。

 

しばらく、調合を見学する。

トトリ先生の調合も凄まじいが、アストリッドさんのは、それこそ先を読みながら、二手三手と飛ばしながら進めている。

手際の良さで言うと。

恐らくは、トトリ先生でも及ばないだろう。

流石に天才と言われるだけはある。

反応が起きるタイミングを完璧に読んでいて。無駄な時間を極力減らしながらやる上に。手で作業しているにもかかわらず、殆ど分量も間違えない。

三百工程ほどを進めているのを見たが。

その一つとて。

ミスをしなかった。

出来上がった薬品を、助手らしいホムンクルスが持っていく。何だか、感情豊かなホムンクルスだ。

2999さんとは、真逆の意味で、だが。

強い嗜虐性を秘めているように、メルルには見えた。

「その、そろそろ何故私を連れ出したのか、教えていただきたいのですが」

「お前を観察するためだ」

「観察……」

「見ているだけで分かる。 能力値から、今後どれだけ成長するか。 そして、どのように、世界を捉えているか」

まあ、天才と名高いこの人なら、そうなのかも知れない。

そして、それが故に。

この人は。致命的な段階まで壊れてしまった。

全ての基点を潰すには。

まずは、この人をどうにかしなければならない。

見ているだけで分かる。

それが、どれだけ困難か。

「お前は、本当に愚民共を守る気でいるのだな」

「時に人は愚かな行動に走ります」

「時にでは無いだろう」

「……」

この辺りの認識は。

やはり、違うと言う事だ。

世界そのものが敵。

決して相容れぬ存在。

アストリッドさんにとっては。もはや味方は、誰もいない。

2999さんは、必死にアストリッドさんが、自分の手元を離れてからの情報を集めてくれた。

そして聞かされた。

この人が、あくまで主観だが。

徹底的に、世界に裏切られ。

そして全てを奪われてきたという事を。

ロロナちゃんの事を、信じていたのかも知れない。しかし、世界はロロナちゃんさえをも、アストリッドさんから奪っていった。

2999さんに到っては、なおさらだ。

大事なものは、少なかった。

だからこそ。

その少ないものを、根こそぎ奪われたとき。

アストリッドさんは、修羅になったのだ。

「世界を、滅ぼすつもりですか」

「さあな」

物騒な話題に、周囲は反応しない。この人は、いつも奇行を繰り返しているから、だろうか。

その程度の事で、今更驚いてはいられないのだろう。

「もしもです。 私が一なる五人を倒せたら、話をして欲しいです」

「何の話だ」

「それは、その時にお話しします」

鼻を鳴らす。

この人のことだから、ひょっとして勘付いたかもしれない。

だけれども。

メルルは、気圧される訳にはいかなかった。

 

アストリッドさんのアトリエを出る。

トトリ先生のアトリエのように。ダイレクトで凄まじい狂気が心を傷つけてくる場所ではないけれど。

それでも、やはりきつい。

彼処は鬱屈した悪夢の住処だ。

世界に味方はいない。

だから何もかもを、自分でやってきた。

才能があるから、利用されて。

代わりに此方も利用してきた。

全ては利害だけでなりたっていて。

昔のように。自分を信じてくれる人はいない。いたけれど、裏切った。いや、世界そのものに奪われた。

だから、復讐するのは世界に対して。世界を構成している愚民に対して。

何度か深呼吸する。

下手をすると、あの人の逆鱗に触れていた。

そしてそうなれば。

まず助かることなど、なかっただろう。それでも、やらなければならないのだ。手を、打つために。

2999さんは、協力を惜しまないと言ってくれた。

そしてメルルは、密かに準備を進め始めている。

アストリッドさんに対しては、比較的難しくない。

権力と財力を使えば。

世論を切り替えることは出来る。

そしてメルルは、アールズ王家の嫡子として、跡を継ぐことも決定した。そうなれば、今までより多く。

アールズを動かせる。

相応の権力が備わった、という事だからだ。

アトリエに戻ると。

冷やしておいた井戸水を、何度か飲み干す。

戻しそうになった。

だけれど、こらえた。

天才であるが故に。鬱屈したアストリッドさんの狂気は、さながら周囲を押し潰すかのようだった。

調合していた薬も。

アレは一体何なのだろう。

過程を見る限り、発破のようにも思えたのだけれど。どうにも意図が見えない。発破を使って、何をするのだろう。

ケイナが、心配そうに声を掛けてきたけれど。

言葉少なく、ベッドに戻る。

胃が、きりきりと痛むのが分かった。

ストレスが、限界近いのかも知れない。外に出て棒を振るう。鍛錬を行う。しばし、無心で武術に励む。

だが、それでも。

とても落としきれない。

深淵の孤独。

どれだけアストリッドさんは。

周囲を憎んでいたのだろう。

そして、思い出す。

2999さんが言っていた言葉を、だ。

アストリッドさんは。周囲を憎んでいるけれど。恐らくはそれ以上に、自分を憎んでいるはずだと。

だとすれば、余計に救われない。

アストリッドさんにとって地獄があるとすれば。

恐らくは、この世そのものだ。

 

3、脱落したもの

 

セトは真面目だと、周囲から良く言われた。とはいっても、命令に従わざるを得ないのは、誰もが同じ。

一なる五人という絶対者がいて。

逆らうのは死そのものを招く。

セトの周囲にも、ストレスが限界に来て、一なる五人を罵り。

その場で脳を爆発させられて、死んだものが何人もいた。

アーランドは、人間に逆らえない仕組みを、ホムンクルスに施した。それは、いにしえの技術でも再現不可能な、あまりにも完成度が高い代物で。ブラックボックス化され、解析は不可能だった。

死んだアーランドのホムンクルスは、何度か回収された。

だが。その死体を調査してみても。

どうしても、頭脳部分の解析は出来なかったのだ。

戦闘用ホムンクルスの大量導入開始以降、裏切りが相次いだこともある。一なる五人は、最終的には。取り出せば確実に死ぬ位置に爆弾を埋め込み。

それを思うままのタイミングで爆破することが出来るようにすることで。

ホムンクルスを縛る事にしたらしい。

だが、セトも噂には聞いている。

それでもなお。

脱走に成功したものがいると。

最近だと、ゼウスがそうだ。

いつの間にか敵に通じ。

頭の爆弾を除去して貰って。今は、何処にいるかも分からないのだとか。

羨ましいと思った事はある。

だけれども、それ以上考えれば、脳を爆破されてしまう。死を免れるためにも、余計な事は、考える事さえ許されない。

此処は牢獄だ。

周囲のホムンクルス達も、常に黙りこくっている。余計な事を喋ったり、考えるのもアウトだからだ。

下手な事をすれば死ぬ。

それが現実である以上。

死なないためには、ぎゅっと身を縮めているしかない。

セトが見る限り。

その後は、二手に分かれるように思える。

一つは、もはや諦めて。

暴悪の限りを尽くす者。

どうせ死ぬのだ。徹底的に暴れて、思う存分やりたいことをやって。殺しに殺して、そして死にたい。

ただ、暴虐の中に、性暴力は入らない。

というのも、アーランドのホムンクルスなら兎も角。一なる五人が作った戦闘用ホムンクルスは、全員が性欲と性的能力をオミットされているからだ。必要ないから。それが、一なる五人の判断であるらしい。

もう一つは。

死ぬのであれば、戦って堂々と死にたいというもの。

これはかなり多い。

実際問題、周囲を見ていると。

次は戦場に出ると聞いて、歓喜の声を上げるものがいる。

戦いが好きだから、そういう反応を示すのではないのだと、セトは知っている。彼らは、ただ。

戦いの中で、生きた証を残したいだけなのだ。

一なる五人に反抗しようという者も希にいるけれど。

思考そのものが引っ掛かって。その場で爆破されてしまう。仮に一矢を報いる事が出来たとしても。

一なる五人の戦闘力は強大だ。

控えめに言っても、生半可な邪神では及ばないほどである。

新しく作られてくる戦闘用ホムンクルスを見ていると。セトは悲しくなる。基本的に、皆似たような末路しか与えられないし。

何より、一なる五人は。

恐らくは、全てが終わった後は。

ホムンクルス達でさえ、生かしておくつもりはないのだから。

「セト様」

来たのは、最近作られたばかりのホムンクルスだ。まだ若々しいが、戦闘力はかなり高い。

メルル姫を確実に殺す。

その任務のために。

追加で生産された人員である。

ちなみに名前は、バロールという。

神話では見た者を全て殺すという、冗談では無いほど強力な魔の持ち主であったそうだけれど。

此処では、ごく普通の人型である。

ただ、特殊能力は、神話のバロールに類似しているが。

「主様の命令です。 無限書庫へ移動するようにと」

「そうか」

これは恐らく、メルル姫を確実に殺すための処置だ。

恐らく次も、敵は主力をおとりに使って、無限書庫の中枢を制圧するべく、メルル姫を差し向けてくるはず。

今までの戦闘結果を分析し。

周辺の戦力も考えれば。

セトならば、確実に殺せる。

そう一なる五人は判断した、という事だろう。

これにバロールも加わる。

ただ、セトは懐疑的だ。

敵だって、無能じゃない。何度も同じような手で、突破が測れると思っているとは考えにくい。

一なる五人は、どうも数字だけで全部を判断しているような気がする。計画は今の時点で順調なようだが。

敵側だって、そろそろ切り札を切ってきても、おかしくは無いのだ。

できるだけこれらの思考は押さえ込む。

一なる五人には把握されているだろうけれど。

不穏分子と思われたら。その場で消されるからだ。

勢力圏を通って移動。

といっても、どんどん味方の勢力圏が減っている現状。以前ほど安全では無い。遠くから此方を見ている者を確認。

此方を正確に把握できている。

つまり、相応の使い手、という事だ。

「ふせろ」

一緒に来た部下達に指示。

出来るだけ戦闘は避けたい。多分見ている奴は、最低でもハイランカーだ。此方の実力も把握しているだろう。

仕掛けてくれば厄介だし。

仲間を呼ばれれば、なおも厄介だ。

長距離からの、ピンポイント攻撃を仕掛けてくる可能性も高い。

距離を保ったまま、移動。

しばらく監視の目はついていたが。

勢力圏に更に深く潜ると、やがていなくなった。

「敵は監視を中止したようですね」

「そうだな……」

バロールに返しながらも、油断はしない。先ほどの監視をしていた奴、かなりの使い手だった。

奇襲を仕掛けてくる可能性は否定出来ない。

勢力圏と言っても、現時点ではかなり押し込まれている。前線の何カ所かは、機能も停止している。

しかも一なる五人は、戦力を無限書庫周辺にのみ集めている状況だ。

無論その辺りにまで行けば、安全とは言えるが。

黙々と進む。

国家軍事力級二人以上に攻撃を受けたらアウトだ。この面子では、全滅は免れないだろう。

セトだけなら逃げる事は可能だが。

味方のいる場所まで、此奴らを連れていくのが任務だ。一人だって、死なせるわけには行かない。

「最大限に警戒しながら進め」

味方の勢力圏だというのに、情けない話だ。

ほどなく、頑強に防御陣地を張っている味方が見えてくる。西大陸から撤退させた分も含め、既に四万を超えているという。

彼らが展開している防御結界の内側に入り、ようやく一段落することが出来た。

だが、休んでいる暇は無い。

防御陣地の指揮官をしている改造モンスターは、西大陸で「人食い」と呼ばれて怖れられていた存在だ。

容姿は巨大なイソギンチャクという所で。

無数の触手を振るい、沼地に潜み。

討伐に来た人間の軍隊を、何度となく返り討ちにしたという。

スピアの手に落ちてからは、意外な事が幾つも分かってきた。

実は知能が相応に高く、縄張りを移動しながら、敵を奇襲して勝ってきたこと。

縄張りは貴重な汚染されていない水源で。

元々の主(当然一なる五人では無い)生産されたときに、最優先で送り込まれ。

それからも数十年。

水源を守るために、身を粉にして頑張って来たこと、などだ。

既に一なる五人に人食いが捕縛され改造されたことで、水源を守るものはいない。一なる五人に単なる道具とみなされ、連れてこられ。

そして今、使い捨ての道具とされようとしている。

さぞや無念だろう。

ちなみに、人間の言葉で、会話は出来る。

「セトだ。 此方の守りに赴任した」

「そうか。 大変な任務だな」

「ああ……」

人食いはついてくるようにというと。

この世界でも屈指の要塞。

無限書庫へと、案内してくれた。

入り口は、七重の防爆シャッター。魔術によって強化されていて、力業で突破するのは極めて難しい。

もし可能だとすると、噂に聞くロロライナの砲撃だろうが。

それでも、一発では埒があくまい。

入り口は、シャッターこそものものしいが。

それこそ戦闘用車両が二列で入れる程度には広い。

実際、要塞としての用途を、想定されていたのだろう。或いは、大国の軍司令部だったのかも知れない。

中へ入って、歩く。

幾つかの遺跡では。内部では、旧時代の人間達が眠り。それをモンスターが守るという構図だったのだが。

此処はそれも無い。

一なる五人が、皆殺しにしてしまったのか。

或いは、最初からいなかったか。

設備の様子からして。恐らくは後者だ。

それに、書庫というわりには。

本が見当たらない。

疑問を察したのか。

人食いが言う。

「書物は全て電子化されている」

「ほう。 つまりコンソールでアクセスする、ということか」

「その通りだ」

触手の一本で指し示してくるのは。

その電子化された書物が、収められている箱だ。壁際にずらりと並べられていて、電子的な光が瞬いている。

それぞれが強固な防御魔術で守られ。

相当な力を掛けないと、破壊できない。

その上、常時バックアップが取られていて。壊したところで、その内再生されるという話だ。

「文明の墓場だな」

「墓場と違うのは、蘇らせることが出来ると言う事だ」

「……」

淡々と人食いは言うが。

本当にそんな日が来るのだろうか。

広大な空間。

外からは、斜面にある入り口だけが見えていたが。

この内部、明らかに広すぎる。

やはり、相当に弄っていると見て良いだろう。

不意に、傾斜がなくなり。

奥の方には、多数の機械群が見えた。恐らくは。数百入るだろう。

四角く、何かスマートな砲を身につけた車。全てが鉄で出来ているらしい。人食いによると、MBTというそうだ。

旧時代では地上戦の主力だった兵器で。

此処にあるのは、その最新型。

ただし、今ではもはや役に立たないという。

何でも相当に動かすための資源を喰うとかで。此処にあるその資源だけでは、動かす事がかなわないのだとか。

同じように。

彼方此方に区画分けされて、古代の兵器が並べられていた。

本来はセキュリティつきの様々なセーフティロックで区切られていたようだけれど。それらは全て、一なる五人に無力化されている。

中には、用途がまったく分からない。

どう使うのか、予想できない形状の兵器もあった。

「兵共が夢の跡だな」

「博識だ。 何処で覚えた」

「色々とな」

実際は。

この体の元になった人間の知識だ。

既に自我は無いが。

何となく、記憶は残っている。

何一つ不自由ない生活をしていた、西大陸出身の男。何もかもをやってくれる機械に囲まれ、悠々自適の生活をしていて。

趣味は、読書だった。

膨大な本を徹底的に読み。

今でも、その知識の一端は。セトの中に残っている。

何故かホムンクルスに改造されたとき、女に変えられたが。これは良く意図が分からない。

いずれにしても、どうでも良いことだ。

兵器が並べられている場所を過ぎると。

今度は、複雑な階段が地底に向けて伸び並ぶ場所に出た。

地下は非常に深くて。底が見えない。

そして、気付かされる。

階段以外の場所は。

殆どが筺。

例の、本が収められている箱で構成され。其処から伸びるコードは、縦横無尽に彼方此方へと進んでいる。

これは、凄まじい。

古今東西のあらゆる本の墓場だ。

無限書庫とは良く言ったものである。

此処にある本を読み尽くすなんて。

人間には、到底不可能だ。

階段を下りながら、地下へ地下へ。

途中、翼持つモンスターが、空洞を上下しているのが見えた。見張りをしているのだろう。あれらは、そのために作られたモンスターだ。

壊れた機械が、音を発している。

「此処はセキュリティエリアです。 セキュリティカードをご提示ください」

「放っておけ。 何もしない」

「……」

無駄なエネルギーが浪費されている。

それはとても悲しい事だなとセトは思う。

だが、この狂った遺跡だ。

邪神からして三体という空前の規模だが。

やはり、もはやガタが来るのは、避けられないのだろう。

 

最深部に到着。

暗闇の底だけれど。

光源は、彼方此方にあった。

膨大な数のコンテナが並んでいる。防爆処理がされているだけでは無く。気密処理までされているようだ。

「このコンテナは何だ」

「本だよ」

「!?」

「紙媒体の、古今東西あらゆる本だ。 データは上にあるストレージに記録されているのだがな。 本そのものは、こうして保管されている。 中には、どう考えても本としての体裁を為していないようなものや。 娯楽だけを目的に作られた本まであるそうだ」

「いにしえの時代は、本当に余裕があったのだな」

「……そうだな」

人食いが足を止める。

この先に、邪神がいる。

挨拶をするように、という事だ。

頷くと、セトは部下達をその場で待機させて、奥へ。

頑丈そうな扉があり。

人食いに言われたとおりにキーを押すと。重苦しい音を立てながら、ゆっくりと開いていった。

横にも縦にも。

まるで、昆虫の口が開くように。

奥へ進むと。それらがいた。

邪神だ。

データで姿は知っていたから、驚くことは無い。いずれもが同じ容姿。片翼を持つ女の姿。

それらはテーブルを囲んで、頭に何か装置をつけ。

ぶつぶつと、ずっと呟いていた。

「C44地区の本は、C21地区へ移してしまっても良いのでは」

「内容を精査中。 いや、駄目だ。 どちらも支離滅裂な内容ではあるが、使用言語が異なっている」

「どうせ使う人間もいない言語だ」

「だが、それが我等の仕事だ」

ああでもないこうでもないと、邪神が話あっている。

咳払いすると。

六つの瞳が、同時に此方を見た。

敬礼して、名乗る。

機嫌を損ねたら、粉みじんにされかねないと思ったが。しかし、相手は、思ったほど機嫌も悪くなかった。

「一なる五人からの援軍、痛み入る。 配置については、人食いに任せてある。 休憩時間は書物さえ傷つけなければ、何をしても構わぬ」

「承知しました。 それでは失礼いたします」

「ああ……」

退出すると、また邪神達は、ああでもないこうでもないと。本について話し始めていた。ひょっとするとだが。

あれが、彼女らの、本来の姿なのかも知れない。

邪神の部屋を後にすると。

人食いの所に戻る。そのまま案内されたのは、宿舎だ。

やはり、空間そのものを操作しているのだろう。

露骨に広すぎる。

「レクリエーション施設はないが、休息を取るには充分なはずだ」

「有難う、助かる」

「次の戦いは、山場になると聞いている。 お互い、生き残ろう」

「ああ」

触手を伸ばしてきたので、握手。

毒があるようだったけれど。

セトに毒は効かない。

そのまま、気持ちよく別れる。部下達は、案内された宿舎に振り分けた。

それにしても。

映像を出す。

メルルリンス姫だ。

屈託なく笑う、活発そうな女の子。そろそろ女の子と言うには無理が出始めている年齢だし。実力的にも相当に高い。現時点では、達人に一歩届かない、程度のようだが。実力以上の戦闘力を、実戦では良く発揮して。格上に勝つことが珍しくもないという。

返り討ちに遭ったホムンクルスも多く。

いずれもが、実力的には上回っているにもかかわらず、破れている。

百戦百勝というわけではなく。敗戦も経験したことがあるようで。

それがこの姫の戦闘力を、更に上げている様だ。

今回も。

条件は同じ。

セトはメルル姫よりもずっと強い。これは単純な客観的な事実である。だが、それが故に、負ける可能性があると言う事か。

他のホムンクルス達も。油断はしていなかったはず。

それでも敗れた。

格上との戦いで、勝利をもぎ取ることになれている相手。つまり、それだけ手強いということ。

当然、セトとの戦いでも、数値以上の実力を発揮してくるだろう。

油断は一切しない方向で行くつもりだ。

情報を確認。

戦術や、使用してくる錬金術の道具まで。戦いになったら、あらゆる手段で叩き潰しに行く。

殺さなければ。此方が殺される。

それが戦いというものだ。

情報があるのだから、活用する。

殺すのは気の毒だが。

勿論、勝ちに行く。

資料を見ていると。

不意に、一なる五人からの通信が入る。此処に通信を入れてくるなんて。一体どうやっているのか。

此処は大深度地下で。

しかも、通信を遮断されている区域の筈だが。

「現地に到着したようだな」

「はい。 何とか」

「作戦を伝えておく」

内容を聞いて、愕然。

その作戦は、つまり。

「お待ちください。 それはあまりにも無体にございましょう」

「ほう、逆らうつもりか」

ペナルティだ。

一なる五人がそういうと同時に、外で破裂音。慌てて飛び出すと。部下の一人の頭が、消し飛んでいた。

相手は。

此方の命を、ゴミとも思っていない。

知ってはいたが。

改めて見せつけられると、おぞましい。そして、あまりにも悲しい。

友人達を殺されたときの事を、思い出してしまう。

涙が零れそうになった。

「分かったな。 実行せよ」

通信が切れる。

完全に箍が外れた残虐性。何もかもを最終的に殺しつくすつもりなのだから、ある意味当たり前とは言える。

だが、これはあまりにも。

あまりにもひどいのではあるまいか。

握りこんだ拳が震える。

何度も、目元を拭った。

逆らうことも許されず。自分だけでは無く、部下の命さえも、ゴミ同然に握りつぶされる。

そしてこの作戦は。

文字通り死ぬためのものだ。

今死ぬか、後で死ぬか。

その違いしかない。

もはや、なすすべはない。

セトにとっては。

この世界で、生きる術は。全て閉ざされてしまった。

機械で埋め尽くされた周囲を見回し。

天井を仰ぐ。

この世界には神などおらず。

そして、今後も現れる事などない。

知ってはいたけれど。もはや、世界そのものが。セトを嘲笑っているようにしか、思えなかった。

 

4、決戦準備

 

ジオ王が、アールズ王都に来た。

久しぶりだ。護衛は伴っていない。最前線のモディスから、兵を動かす訳にはいかないからだろう。

もっとも、この人に護衛が必要だとは、メルルには思えなかったが。

メルルも、すぐに登城するように、メイドに言われる。

家督を継ぐ事が決まってから。

登城して、書類の決裁をする事が多くなった。

ルーフェスは気を遣ってくれているけれど。それでも、この国がなくなったあと、顔役としてやっていかなければならない。

それを考えると。

少しでも、経験は積んでおいた方が良いのだろう。

勿論、メルルが一切合切を捨てて、完全に庶民になる手もあるけれど。

そうなれば、アールズはしばらく混乱する。

膨大な数の難民も、今押さえ込めているだけで。メルルが立場を放棄したら、一斉蜂起してもおかしくないのだ。

今回も。

書類の決裁を幾つかしなければならないし。なによりも、次期当主として、ジオ王の接待をしなければならない。

幸い、段取りはルーフェスが組んでくれていたから。

メルルは流れを追うだけで良かったが。

ジオ王は相変わらず身軽で。

ふらりと城に現れる。

事前に来たと知らされていなければ、軽く城が騒ぎになっていただろう。

今回は、王都に現れたと聞いていたから良かったけれど。

この辺りは、困った人だと、メルルも思う。

早速、会議になる。

父上は、ベッドからは起き上がれるようになったが。車いすを使って、会議に参加。最上座には、メルルがついた。

これも、次期当主になったからだ。

会議も、主導しなければならない。

もうメルルも、来年には二十歳になる。

戦士としては、十四になれば一人前。実績さえあれば結婚も許される。そういう世界での二十歳だ。

幸いメルルは多くの経験を積んで、家臣にも恵まれている。

だが、そうでない王族もいるだろう。

自分でこういった席を主導してみて。

メルルは、改めて王族の責務の重さを、実感する。今までも父上の代理をすることはあったのだけれど。

今後は、全ての仕事を、メルルがやる事になる。

錬金術師としても、ここからが正念場だと言う事を考えると。

それこそ、体が二つ欲しい位だ。

「今回足を運んだのは、いよいよ邪神共が巣くう遺跡、無限書庫への総攻撃を行う事が決まったからだ」

「おお……」

周囲から声が上がる。

それはそうだろう。

あの遺跡には、どれだけ苦しめられたか分からない。エント戦の時も。多くの犠牲を出しながら、邪神の猛攻を凌いだのだ。

奴らを葬らなければ。

アールズどころか、この大陸の未来さえ、脅かされる。

しかしながら、問題がある。

極めて単純で。

深刻な問題が。

邪神三体。極めて強力で、倒す手立てが思い当たらない、という事だ。

わざわざジオ王が来たと言うことは。対策が見つかった、という事だろうか。

「邪神を葬る手立てが見つかった、という事ですか?」

「それについては、作戦を既に立ててある」

「お伺いしてもよろしいでしょうか」

「うむ……」

ジオ王が説明してくれるけれど。

作戦は、極めてシンプルだった。

ぞっとする。

ただし、作戦そのものは、何回かに分けて行うそうだ。一度で遺跡を陥落させることは、考えていないらしい。

いずれにしても。

三体いる邪神を、削り取れば。

勝機は、少しずつだが、見えてくる。

しかし、苦しい戦いになるだろう。メルルも、最前線に立つ事になる。

そして、もう一つ問題がある。

「一なる五人が、何をもくろんでいるか、不安があります」

「そうだな。 恐らくは、碌な事を考えていないだろう。 邪神との戦いに総力を挙げている間に、背後を突かれる恐れがある、と言うことかね」

「ご明察です」

「それなら心配はいらん」

ジオ王によると。

西大陸からの報告などもあわせて、敵の戦力を計算した結果。

何処かしらの拠点を守る戦力はあれど。

別働隊を組織して、攻撃を仕掛けてくる余力は無いという。

敵の戦力の大半は無限書庫周辺に集中。

あと、どこかしらの拠点に兵力がいる可能性はあるが。それも、守に徹するので精一杯だとか。

なるほど、それならば。

しかし、一応、備えはしておきたい。

「念のため、アールズの戦士達と。 それから辺境から来てくれている援軍の一部は、各地の耕作地と、アールズ王都に振り分けて残しておきますが、よろしいでしょうか」

「ああ、構わぬ」

「有難うございます」

更に、保険も掛けておきたい。

メルルは何名かの顔を思い浮かべる。

もしもの時の備えだ。

手を貸して貰えるかも知れない。声を掛けておくのは、決して損にはならないだろう。

会議はスムーズに終わる。

ジオ王も、長居をするつもりは無い様子で、すぐに前線に戻っていった。嘆息すると、片付けを指示。

後はメイド達がやってくれるということなので。

頷くと、メルルはアトリエに戻る事にした。

すぐにコンテナを確認。

発破類などの在庫をチェック。

この間のエント戦で、たたかう魔剣は在庫が半減している。これはすぐに使える分、という意味だ。

刃こぼれしたりして、痛んでいるものを、メンテしなければならない。

すぐにハゲルさんの所に持ち込んで、鍛え直して貰う。

後は薬品類。

エリキシル剤は、一応試作品を作ってある。

使い路は分からない。

だけれど、持っていって、損は無いだろう。

今回は、長期にわたって続く決戦だ。

しばらく、戻ってくる事も出来まい。薬はたくさん作って置いて損は無いはず。パメラさんの所に出向くと、薬の在庫を確認。

ルーフェスも呼んで、予算も組んでもらう。

流石のルーフェスも。

メルルが注文する量を聞いて、眉をひそめていた。

「流石にアーランドが何を言うか……」

「トトリ先生やロロナちゃんが作る分を考慮しても、足りなくなるかも知れない。 無理にでも予算を引き出して」

「わかりました。 どうにかいたします」

次。

皆に声を掛けて、まずは南に。

その後は、北に向かう。

決戦が開始される前に。

出来る事は、全てやっておく。

今回の戦いは、今までの比では無い厳しさになる事が、ほぼ確実だ。どのような手を使ってでも。

勝ちに行かなければならなかった。

 

(続)