篝火

 

序、暗き闇の底

 

馬車から降り立ったピアニャは、変わり果てた師匠を見て、やはり言葉も無かった。最初に出会った頃と、その人はあまりにも違いすぎていた。

勿論、最初だって、聖人なんかじゃなかった。

高い理解力を持ち、路に関する強力な適性を持つ錬金術師。それ以上の存在ではなかったし。

人間だった。

少なくとも、当時は。

だけれど、ピアニャにも分かってはいた。

当時から、師匠には。

闇が宿っていたことを。

いつも、優しげな笑顔を浮かべていたけれど。時々、表情が消えることがあった。大事な人たちの事になると、なおさらだった。

それが怖くて。

そして、東大陸でイビルフェイスとの戦いが終わり。致命的な負傷をして。其処から回復してからは。

もはや師匠は、魔人としか呼べない存在になり果ててしまった。

ちむ達は、それでも師匠を大事に思っているようで、もり立てていこうと話あっているけれど。

ピアニャは、そこまで献身的にはなれない。

一礼すると。

張り付いたような笑顔を浮かべたまま、師匠。魔人トゥトゥーリア=ヘルモルトは、来るように顎をしゃくった。

此処は、アールズ王国の東の果て。

本来アーランドの守りを任されているピアニャが来たのは。それだけ重要な局面だから、である。

凍るように周囲が寒い。

雪しか無い土地から来たピアニャがそう感じるのは、気のせいではない。師匠が、苛立っているのを。

体が、本能で感じてしまっているのだ。

「師匠。 その……」

「どうしたの? 言ってごらん」

「その、何か不始末を、しました……か?」

「おどおどしない。 私がそんな事くらいで怒ったりしないって、知っているでしょう?」

その通りだ。

それに師匠が本気で怒ったら。

もうピアニャなんて。師匠のコレクションの一つに加えられてしまっている事だろう。陳列された、「生かされている」生首の群れ。情報を引き出すためという側面もあるだろうけれど。

あれは師匠の壊れた心と、コンプレックスが混ざり合った結果だ。

それ以上の詳細な分析は怖くて出来ない。

ピアニャは、才能だって頭打ち。

所詮は人間なのだ。

魔人の領域には踏み込めないし。

無理に踏み込めば、きっと心が壊れる程度では済まないだろう。

それこそ、もはや帰ってこられなくなる。

国境近くに馬車があって。

その中は、異常に広い空間だった。ロロライナさんもいる。師匠の師匠に当たる人は。ソファに腰掛けて、足をぶらつかせていた。

「あ、ぴあにゃちゃん!」

「お久しぶりです」

「うん! あれから、どれくらいころした?」

「あまり、たくさんは」

満面の笑顔で聞かれる。

この人も。

前は思いやりのある優しい人だったのに。体をいじくられて幼児になってから、すっかり壊れてしまった。

今では戦闘マシーンが裸足で逃げ出す存在だ。

だけれど、この人達は、まだ魔人の域でどうにか留まっている。

アストリッドさんに到っては。

もはや怖くて、ピアニャは前にも出られない。あの人は、もはやヒトという生物の領域から踏み出しすぎている。ロロライナさんも厳密にはそうなのだけれど、精神という意味での崩壊ぶりは、彼方が数段上だろう。

どんな地獄を見てきたのか。

ピアニャには、分からない。

ロロライナさんは、戦闘のコツとかを、満面の笑みで教えてくれるけれど。戦闘に関しては、ピアニャはアーランド人ほど高いセンスを持っていない。どうしても後方支援が中心だ。

戦闘向けの固有スキルだって無い。

錬金術師として凄い人は、大体戦えるものらしいし。

アールズのお姫様も、相当な武闘派だと聞いているけれど。少なくともピアニャは、それには当てはまらない。

「例のものは」

「準備をしてきました」

「どれ」

師匠に、持ち込んだ球形の爆弾を手渡す。

すぐに構造を、師匠は理解したようだった。

以前、空を舞うワイバーンを撃退する際に用いた対空爆弾。音を超える速度で飛び回る敵に対して。

超音速で飛び散る多数の弾丸で飽和攻撃を浴びせ。

無理矢理足を止めて、撃墜した。

これ一つでは、撃墜は不可能で。アーランド人の卓越した戦闘力が加わって、ようやく出来た事だ。

そしてモディスには、ワイバーンが配置されていることがほぼ確実。攻撃の際には、改良型のこの対空爆弾が必要とされる可能性が高い。

そのほかにも、幾つかの爆弾を持ってきた。

説明をするけれど。

どれにも、納得はしてくれない。対空爆弾は褒めてくれた師匠だけれど。他は改良の余地があるねと、いつもの張り付いた笑みで言うばかりだった。

「トトリちゃん、それで、作戦だけど」

「ステルクさんが搦め手から、隙を突いて一撃。 乱れた瞬間に、ロロナ先生が一撃をうち込んでください」

「それだけで終わる?」

「無理でしょうね」

だからこそに。たくさんの予備兵器が必要なのだ。

そもそもワイバーンなんて、あの要塞にいる敵の中では、番犬程度の存在に過ぎない筈だ。

邪神が四体という耳を疑う規模の戦力がいるのだ。

下手をすると、一なる五人自身も。

常駐している敵兵力も二万を超えていて、戦闘になれば更に一万以上が周囲から駆けつけてくるだろうという話もある。

敵も戦力を回復させてきているのである。

だからこそ、もたついてはいられないのだ。

「2999さんは」

「あの子は、西大陸の難民のお世話で手一杯だよ。 此方の大陸に来るだけで精一杯だった人も多くてね」

「……」

それは、言われて見れば、そうかも知れない。

何しろ人間牧場で文字通り飼われていたり。

或いはエサとしてだけ、生かされていただけの人もたくさんいるという話なのである。栄養状態や、健康状態が良いとは思えない。

やっと逃げ出してきたとしても。

気候が違う大陸で、いきなり適応できるとも思えない。同じ大陸でも、随分と気候が変わってくるくらいなのである。

それに、だ。

アールズには既に五千を超える西大陸からの難民が流れ込んできているが。

彼らの住居を作るのだけでも、相当な手間になっているらしく。そもそも住まわせる場所が足りないらしい。

今でさえそれだ。

以前、何度も難民問題は発火しかけている。

食糧だけは足りているようだが。

一なる五人の間諜も入り込んでいるだろうし。このまま無事で済むなどとは、とても思えなかった。

後は、細かい打ち合わせを幾つかし。

この馬車を譲り受けた。

内部の空間が歪んでいて、丸ごと大きめのアトリエになっていると言う、国によっては国宝になりかねない代物だが。

今の師匠には、この程度のもの、何でもないのだろう。

有り難く使わせてもらう事にする。

護衛のためのホムンクルスも、四名つけてもらった。いずれも手練ればかりで、防御戦力に不安は感じない。

後は、戦いが始まったら。

全てを、予定通りに進めるだけだ。

 

馬車の中で、資料を精査。

現在、戦力がどう分布しているかを、しっかり確認する。ピアニャは戦いに適性が無いけれど。

だからこそに。

今がどうなっているかは、知っておかなければならない。

そうでなければ、戦いになった時。更に勝利の可能性が低くなってしまうだろう。

現状、一なる五人は、モディスを中心に戦力を展開。モディスそのものに二万。周辺に一万弱と言うところである。

邪神はモディスに常駐しているわけではなく。

側にある遺跡。無限書庫にいるのが、必要に応じて出てきているだけ、のようだった。

それはそれで好都合だ。

戦いにおいても、対処がやりやすくなる。

もっとも、戦うのはピアニャではないけれど。

恐らくジオ王やアストリッドさんだろう。

足止めだけ出来れば充分。

主力がモディスを潰している間に、邪神の動きさえ止めてしまえば、それでいい。後は無限書庫に追い詰めた敵を、ゆっくり処理していけばいいのだ。

作戦としては悪くない。

だけれども、問題点も幾つかある。

まずはモディスの戦力が、文字通り桁外れ、という事だ。

魔術を使ったり。或いは偵察が目視で作り上げたモディスの図を見るけれど。これだけ見ると、ちょっとした遺跡だ。

元々は石造りの城だったものを、一なる五人が奪取してから、改造したらしい。

問題はその改造の内容だ。

現在では得体が知れない金属によって装甲され、二十三重にも達する防御の術式が、城を分厚く守っている。

話によると、ロロナさんの全力砲撃でも突破出来ないらしい。

あの人の砲撃は、万に達する敵を短時間で壊滅させるほどのものだ。

それが通じないと言うのである。

恐らく旧時代のあらゆる兵器を、防ぎ抜く程度の力はあると見て良いだろう。

だからこそ、搦め手から内側に入り込み。

其処からステルクさんが全力で雷撃をぶっ放して、敵の守りを打ち抜くという工夫が必要なのである。

おぞましいのは守りだけでは無い。

邪神四体が常駐している、度が外れた守りに加え。

多数の旧時代の兵器が、所狭しと要塞には装備されている。

これらは常に稼働可能で。

正面から攻めこもうとした何度かの攻撃で。

国家軍事力級の戦士やハイランカー達を、苦しめているという。

対策は必要だけれど。

一番まずいのは、やはりあらゆる攻撃を防ぎ抜く守りだ。

まずこれを突破するのが、第一条件になる。

ピアニャは、スクロールを見る。

造れと言われた品が書かれている。

戦闘開始までは、そう時間もない。

今からだと、完成までぎりぎりだろう。もっとも、何度も作ってきた道具だし、其処まで苦労はしないと自分でも思うが。

調合を開始。

そういえば、アールズの姫君も、錬金術師と聞く。

多分顔を合わせることは無いだろうが。

自分と比べて、境遇はどうなのだろう。

最初の動機は。

死にたくない、だった。

生け贄の村の出身で。

いつ現れるか分からない邪神イビルフェイスのエサとして、その場に住んでいるだけの哀れな生命だった。

だから師匠が来た時。

必死に師匠の船に潜り込んで。

それからは無理を言って、アトリエに住まわせて貰った。

最初の内は幸せだった。

何もかも見たことが無い美味しいものばかり。

寒くなくて、温かくて。

モンスターに襲われる危険も少ない。

武に傾倒した文化には、時々面食らうこともあったけれど。少なくとも、最初の頃は、廻りのみんなが優しかった。

今は、違う。

錬金術師として、敬意は払ってくれる。

しかし、廻りの錬金術師達がみんな狂ってしまった今。

言いようが無い孤独を。

ピアニャは感じ続けていた。

完成。

これで、注文された品は、全てが仕上がった。

馬車を移動させて、国境近くの砦に。其処に常駐していたホムンクルス達に、仕上がった品を手渡す。

後は、帰るだけ。

かなり有利になったとは言え。アーランドの近辺にだって、まだまだスピアの軍勢はいるのだ。

守りを担当しているピアニャが前線を離れるのは、あまり褒められたことでは無いし。

本音では、この近くには、近寄りたくない。

獰猛な狂気が渦巻いていて。

いつ、巻き込まれるか分からない。

怖いのだ。

壊れてしまった人達を見ていると。

いつ、自分もああなるか、分からないから。

品物の引き渡しが終わると、ピアニャはまっすぐアーランドに戻る。

もう、東の大陸に、自分の居場所は無い。

だけれども。

アーランドにも、本当は。

首を横に振る。

必要とされているだけマシだ。

また邪神のエサに選ばれた人達が暮らす、いじけた村に戻りたいのか。それだけは、絶対に嫌。

消去法で、生きていくしか無い。

馬車の中で、涙を拭う。

何時から。

どうして。

こうなってしまったのだろう。

世界は、全てが、鈍色に見える。

世界が輝きに満ちているなんて。

ピアニャにとっては、大嘘に過ぎなかった。

 

1、獅子

 

各地からの援軍を集めているとは言え。

ハルト砦に集まった戦力は、前回に比べて、かなり心許ない。何より、である。邪神四体が現れるかも知れないと聞いて。腰が引けてしまっている戦士も、少なくない様子だった。

無理もない話だ。

メルルだって、冗談だろうと思うし。

戦えと言われたら。

まずは、どうやって逃げるかを、考えるくらいだ。

決して好戦的では無い邪神や。戦闘力がそれほど高くない邪神も、いるにはいると聞いている。

だが。モディスに現れた四体は違う。

ミーティングを仕切っているのは、まだ頭に包帯を巻いているクーデリアさんだ。無理矢理体を回復させて、出てきている。

勿論今回も戦うつもりらしい。

エスティさんもいるけれど。

彼女も、似たような有様だ。

それでも戦場に出なければならない。

それほどまでに。

戦況は逼迫しているのだ。

「ステルク」

「応」

「別働隊の方は頼むわよ」

頷くと、それきり。

まあ、作戦が漏れる可能性もある。実際に戦場に出ると、作戦が変わることは多いのだけれど。

クーデリアさんは内通を警戒しているのか。

或いは、他に何か理由があるのか。

メルルには、詮索する権限もないし。以前に内々から聞かされているとおり、搦め手の攻略にいそしむだけだ。

幾つかの作戦が説明された後、解散。

むっつりと難しい顔をしているステルクさん。

今回の作戦には不満があるのだろう。

気持ちは良く分かる。

非常に危険だからだ。

だけれど、メルルにしてみれば、クーデリアさんの言葉も分かる。冗談としか思えない防御力の要塞だ。

叩き潰すには。

これくらいの、危ない橋を渡らないと、無理だ。

すぐにハルト砦を出て、準備に掛かる。

アトリエに戻ると、ありったけの道具類を荷車に詰め込んだ。こうすることで、最悪の事態にも、備えられるようにするのだ。

ちなみに実働部隊は。

ステルクさんを除くと、いつものメンバーだけである。

高原の防衛部隊は、敵の追撃を受けたときの備え。

例え負けたとしても。

防衛ラインを押し戻されるわけにはいかない。

それくらい、状況は切実なのだ。

敵も総力戦を挑んできている以上。

味方も、手を抜いて、それに対抗するわけにはいかない。手を抜いて負けたりしたら、目も当てられないからだ。

準備が終わると、すぐにアトリエを出る。

ケイナが、嘆息。

「ステルクさんが来てくれるとはいえ、危険すぎますね」

「仕方が無いよ、こればかりは」

他の皆は、もっと危険な状況に直面しているのだ。

側にステルクさんがいるだけでマシ。

そう考えて、納得するしか無い。

何よりだ。

今回は、ステルクさん自身であっても、危険すぎるほどの任務。邪神四体。それだけ桁外れの存在だ。

アールズを出て。

洞窟の入り口に集合。

既に空気は。

相当にぴりぴりしていた。

ハイランカー達は、あらかた前線に。以前の会戦で相当数のベテランが戦死したが、負傷者の大半は前線に復帰。

手足を失った人に関しても。

アストリッドさんの技術によって手足を再生して、前線に出てきている。

ホムンクルスの技術を応用したものらしいのだけれど。ただし、再生する際に、凄まじい痛みを伴うそうだ。

それでも、殆どの人が。

再生出来るなら、そうしたいと望んだという。

戦士にとって。

手足が戻ると言うのは。

それだけ、切実なことなのである。

ステルクさんが、メルルに言う。

「これで、全員ですな」

「はい。 これから数日の決戦、お願いいたします」

「ええ。 何があっても、メルル姫のことだけはお守りいたします」

出来れば全員を守って欲しいけれど。

そうはいかないだろう。

ミミさんが、咳払い。

「騎士ではもうないのだから、あまりかしこまらない事ね、冒険者ステルク」

「分かっている」

あれ。

妙に雰囲気が兼悪だ。

昔、同じ恋人でも奪い合ったような。

ジーノさんが苦笑い。

耳打ちされる。

「ミミの奴、トトリしか友達がいないからな。 前に同じような事を言われてから、ずっと機嫌が悪いんだよ」

「……そう、ですか」

ジーノさんは笑い話にしているけれど。

ミミさんは、どちらかというと孤高の人だ。調べてみたのだけれど、実際問題として彼女の交友関係は広くない。特にアーランドでは、一緒に仕事をしたり、戦闘で助けられたりした人はかなりいるらしいのだけれど。ライバルと言われているホムンクルスが一人いるくらいで、親友と呼べる人はトトリ先生くらいしかいないという調査結果が上がって来たくらいだ。

少しばかり、極端な話ではある。

戦闘力があるから評価されているし。知識も豊富だけれど。

ひょっとして。

コミュニケーションというか、人当たりの良さだけが重視される社会だったら、或いは。評価は一切されず、腐ってしまった人材かも知れない。

前に、ディアエレメントさんに聞いたのだ。

旧時代。

周囲との折り合いを上手につけられる人だけが重宝されて。能力そのものはどうでも良いと考えられていた時代があったのだと。

勿論文明の全てがそうではなかったそうだけれど。

その結果、何が起きたかというと。

トップと、そのイエスマンしか残らず。

実際に最前線で仕事をする人間は、誰も彼もがいなくなり。

その組織は、立ちゆかなくなってしまったそうだ。

ミミさんは、そういう意味では、今の時代に生まれて幸運だとも言えるのかも知れない。いずれにしても、メルルは、ミミさんが戦士として如何に有能か知っているし、可能な限り手伝って欲しい。

人当たりの良さなんて、関係無い。

そして、此処からは。

実力だけがものをいう場所だ。

「出立します」

今回の指揮権は、メルルが持っている。

手を叩くと、皆が武器を振るい上げた。

一種の儀式だ。

こうして、気合いを入れて。

これから誰が死んでもおかしくない戦いに臨み。そして、生還した際には。お酒を飲める人間はそうし。

そうできない人間は、ごちそうに舌鼓を打つのである。

 

移動速度を上げる。

山頂を越えてから、更に顕著に。

ステルクさんが、遮音結界の中で提案したのだ。今回は神速が肝になる。戦いそのものよりも。

如何に早く敵の後ろに回り込むか。

それが重要だと。

実際、今回の作戦では。

ロロナちゃんの超長時間詠唱砲撃と、ステルクさんの最大火力雷撃が肝になる。

あまりにも分厚いモディスの守りを。

その組み合わせによって、吹っ飛ばすのだ。

後は、総力戦になる。

一なる五人だって、攻撃の体勢に入っていることは理解しているだろうし。同じようなミスを此方がする筈も無いとも悟っているはず。

万全の態勢で待ち受けているだろう。

それだったら、こちらとしても。

敵が油断していないという前提で、動くのが当たり前だ。

今回は、アニーちゃんも連れて来ているが。

それは、既に彼女が、シェリさんも太鼓判を押す防御魔術の使い手に成長したからだ。魔術師として、専門家が来てくれるのはとても嬉しい。

また、アニーちゃんが守りに回ってくれれば。

シェリさんが、手が空いた分攻撃に出られる。

まだまだシェリさんは、メルル達よりずっと強い。

時々修練で手合わせするのだけれど。

たまーに一本を取れるくらいで。

歩法のキレも、戦術の練り込み具合も。何よりも、展開する魔術の強さも、それぞれまだメルルが正面から勝てる次元では無い。

同じベテラン相当でも。

それだけの力の差があるのだ。

水を一気に飲み干し、それぞれ交代で排泄を済ませる。

排泄後は処理用の液体を掛ける。

臭い消しもあるのだけれど。

できる限り、大地に帰りやすくするための処置だ。

耐久糧食を全員が頬張ったのを見届けると、メルルも食事にする。既に、皆に食事が行き渡ってから自分もそうするのは、完全に習慣になっていた。特に集団戦の時は、なおさらである。

「総員、準備は問題ありませんか」

「応!」

全員の点呼を取り、確認。

頷くと、メルルは、次の拠点まで移動。

気配を消すローブを被る。

これも前回に比べて、トトリ先生のアドバイスを受けて、多少改良した。少しは前よりはマシになっている。

前回使用した拠点には、モンスターよけの結界を張っておいたので、荒らされているようなこともなく。

そのまま、入り込む事が出来た。

此処まで、二日。

流石にアニーちゃんは疲れた様子で、荷車の隅でぐったりしている。

メルルは全然平気だ。

ライアスやケイナも。

二日くらい走り回る程度では、もうまったく動じない程度に、体力がついてきている、という事である。

このまま総力戦にも移行できる。

強くは、なった。

それは、実感できる結果だ。

「ここからが、正念場です」

地図を拡げる。

2111さんに、アドバイスを頼むと。

メルルは、地図上で、指を走らせた。

「この地点。 モディスの搦め手から、内部に潜り込みます。 ロロライナさんがフルパワーでの砲撃を叩き込むのと同時に、行動開始です」

敵としても。

あの大威力砲撃を、防御術式や錬金術の道具を駆使しなければ、防ぎきれない。多分直撃を喰らえば、あの一なる五人でも消し飛ぶだろう。

現時点で、大陸最強の火力。

その名は伊達では無いのだ。

ディアエレメントさんによると、旧時代で最強を誇った兵器よりも、火力は数段上だともいう。

それならば、なおさらだ。

そして、作戦は、ここからが肝だ。

内側に潜り込んだことで、結界の発生システムの位置を特定できる。特定の機械や道具、或いは能力者かは分からないが。とにかく出所はこれで掴める。

其処で、ステルクさんの出番である。

全火力を投入して。

発生システムを、焼き払う。

その後は、ロロナちゃんによる、爆撃の開始。モディスそのものに展開している敵は二万程度。邪神はジオ王を一とする精鋭が押さえ込み。

そのほかの敵は。

根こそぎ、砲撃でアウトレンジから消し飛ばす。

そうなれば、如何にモディスでも終わりだ。

邪神四体だけ残ったところで。

何が出来るというのか。

ましてや、調査によると。

邪神四体は、継戦能力に問題がある事が分かっている。勿論食い止める国家軍事力級戦士達は、苦しい戦いを強いられるだろうけれど。

それでも、敵の主力を撃滅できれば。

以降はハイランカーも加えて、袋だたきに出来る。

ただし。

メルルも、其処まで上手く行くとは、思っていない。

まず搦め手からの潜入。

そこからの合図。

この二つが、最大の課題だ。

搦め手の位置は確認しているけれど。

入り込む事は、話が別だ。

流石に敵も対策していて、遮蔽物が一切無い状況。更に光を投射する装置を多数城壁の上に据え付けていて、夜でも中々近づくことは出来ない。

以前、搦め手まで到達したとき。

行こうと提案してきたジーノさんの意見を退けたのも。

守りの堅さが原因だ。

もしももう少し後背に油断があったら。メルルも、敵地への潜入に、ゴーサインを出していただろうが。

実際には無理だと判断できるだけの条件が、あまりにも多数、整っていた。

今回は、ステルクさんがいるが。

それでも、簡単には、内部に侵入できないだろう。

シェリさんが、腕組み。

「それで、どうする」

「古典的な手ですが、夜襲します」

「ふむ……」

ステルクさんも、頷く。

夜襲というのは、基本的に真夜中に敵を襲う戦い方では無い。夜中に移動して、早朝。敵が最も疲れている時間帯に、攻撃を行うものだ。

古くからそういうもので。

現在も、その鉄則は崩れていない。

「霧か何かが出れば完璧なのですが」

2111さんが呻く。

確かに朝霧が出れば、敵は警戒する反面、普段以上の隠密性を得られる。ただし、その場合は、敵は邪神を繰り出してくるのではないかと、メルルは見越している。むしろ、普通の朝の方が良いだろう。

そう思う。

更に、もう一つの問題がある。

敵地の情報がない、という事だ。

ステルクさんが、敵の中核を破壊した後は、撤退戦に入る訳だが。

下手をすると、モディスそのものが、凶悪な防御結界を展開するための装置になっている可能性さえある。

その場合、対処は極めて難しい。

モディスに大ダメージを雷撃で与えるとして。

それでもロロナちゃんの砲撃を防ぎきられたら。

後が続かないのだ。

下手をすると、メルル達は、脱出さえ出来なくなる。その時のために、幾つか手は打っておかなければならない。

皆に配るのは。

数日分の耐久糧食。

隙を見て、逃げるためのものだ。

そして。

毒の小瓶。

暗黒水という。

トトリ先生が開発した、凝縮しきった猛毒で。改良を更に加えて、凶悪な効果を実現している。

これを使えば。

死ねる。

最悪の事態が来たときの、自決用だ。

勿論、敵に対して最後の抵抗をするのもありだろう。一なる五人に捕らえられでもしたら、脳をいじくられて、兵器に変えられてしまう。

全員に行き渡ったのを見ると、メルルは、声を少し落とした。

「厳しい戦いです。 敵の戦力は未知数。 最も上手く行った場合でも、邪神による追撃を受けながら、安全圏まで逃れなければならない可能性も大きいです。 それでも、此処にいる皆なら。 主力が動いている間の陽動をつとめれると、私は信じています」

これは、本音だ。

まだまだ、やらなければならないことは、いくらでもある。

難民問題は、こんな状況に、佳境にさしかかっているし。

メルルが動かなければ、アールズは破綻する。

戦いに勝つのは、絶対条件。

少なくとも、敵の絶対的拠点であるモディスを潰すことは。この戦いにおける、必須事項なのだ。

「良いですか、暗黒水を飲むと、まず助かりません。 本当に、本当に無理なとき以外は、絶対に口にしないようにしてください」

念押しすると。

メルルは、細かい作戦について、説明を開始。

とはいっても、行き当たりばったりになる部分が、かなり多い。

基本的に三チームに分かれて、それぞれが離れ過ぎず、支援を行いながら行動することになる。

敵地での戦力分散は破滅を招くだけだ。

だが、一カ所にまとまりすぎていても、罠で全滅する可能性がある。

其処で、距離を置きすぎず、三チームで行動しながら、互いのダメージを補い合う行動に出る。

メルルのチームは荷車を担当。

アニーちゃんもここに入る。

ステルクさんは前衛。

勿論、最大火力を発揮できるのだから、当然だ。

後衛にはジーノさんとザガルトスさん。

守りが一番得意な二人が入るのは、当たり前の事である。

ミミさんは前衛。ライアスも。2319さんも此方に。

2111さんとケイナはメルルと一緒に行動。シェリさんもである。

セダンさんは後衛。

後衛の人数は少し少ないけれど。

もとより、前衛と中衛の支援が目的だ。

防御力に自信があり。

何より経験豊富な二人が入るのは当然である。

セダンさんはちょっと肩身が狭そうだけれど。ただ彼女は、ここぞと言うときに、ここぞの一撃を入れてくれる事が多い。

実際それで、何度も助けられている。

彼女は高名な両親に比べて技量が劣ることを、いつも嘆いているけれど。メルルからすれば、それは間違いだ。

彼女の実力は知っているし。

恐らく、伸びる。

ひょっとすると、このまま過酷な戦いを続けていけば。最終的には、両親を超えられるのでは無いか。

見かけで相手を怖がる悪癖があるようだけれど。

ザガルトスさんやシェリさん、或いはミミさんに積極的に師事を受けるようにしていけば。更に伸びる速度も上がるはずだ。

気が弱いけれど、ちょっとプライドが高い。

だから、セダンさんは伸びきれないのだろう。

でも、説教とか、そういうのをする気は無い。

彼女は彼女なりに頑張っているし。それで充分だと思うからだ。

作戦の詳細を詰め終わった後で、外を確認。

時間は予定通り。

それでは。

此処から、死地に入る。

ハンドサインを最終確認。全員が、ハンドサインを理解していた。それでいい。

行動開始。

GO。

メルルが叫ぶと。

闇夜に、影達が、躍り出た。

そのまま、モディスの搦め手にまで移動。

今の時点では、敵の警戒は普通。

と言うよりも。

明らかに、いつもより数が少ない。

現在、アーランドの国家軍事力級戦士が、トトリ先生などのハイランカーも含めて、全員で張ってきている。

負傷が癒えたばかりのクーデリアさんや。

アーランドの前線が安定したから、新たに駆けつけたハイランカーもいるようだ。

それならば、敵も守りを本気で固めに来るだろう。

そして、此方はがら空きになるのも、当然か。

待て。

ハンドサインが前から来た。

岩陰に隠れているミミさんが、進むなと指示を出してくる。何かみつけたらしい。彼女が指さす先には。

何か、動いているものがある。

シェリさんが呻く。

遮音結界を張ると、説明してくれた。

「まずいな、赤外線探知装置だ」

「何ですか、それは」

「旧時代の異物でな、遺跡などではたまに見かける。 その場にいなくても、暗闇の中で、敵を発見できる道具と思えばいい。 下手に動くと、敵に動きが筒抜けになるぞ」

「壊しますか」

首を横に振るシェリさん。

むしろ、装置の動きと数を確認して、死角をつく方が良いという。なるほど、確かにその通りだ。

ミミさんに、ハンドサインで伝達。

遮音結界、解除。

しばし観察して、赤外線探知装置の動きをチェック。

流石に、それほどの数は準備できなかったのだろう。

どうしても、死角は生じる。

ステルクさんが最初に移動。壁際の影にまで到達。

メルルも、続けて移動開始。

さっきまでミミさん達が隠れていた岩陰に移動。後衛も、それに準じて着いてくる。

見つかったら、一巻の終わりだ。

今日の要塞には、強い気配が幾つもある。

その中の幾つかは邪神だろうし。

真面目にやり合ったら、ステルクさんでさえ危ないかも知れない。いや、その力を凌いでいると見て良いだろう。

この間の戦いでは、ロロナちゃんとクーデリアさんを同時に相手に、押し気味の戦いをしたという話だ。

二人セットなら世界最強という噂の二人を、である。

見つかったら終わり。

そう考えて、動くしか無い。

壁際に、全員が到達。ハンドサインで、状況を確認。壁の一角を登って、内部に潜入するで決める。

シェリさんが、荷車に魔術を掛けて、軽くする。彼だけで抱えて飛ぶつもりだ。

勿論、城壁の上に見張りもいる。

朝方の薄暗い世界が。

皆を守ってくれる時間も、もう長くは無い。

ステルクさんが、ハンドサインを出す。

同時にミミさんが動いた。

城壁の上にまで出ると、見張りと赤外線探知装置を、根こそぎなで切りにする。一瞬の沈黙。

そうか、仕掛けるか。

メルルは、叫ぶ。

「突入っ!」

どっと、城壁を越えて踊り込む。

それくらいのことが出来る身体能力は、全員が持っている。

同時にメルルは、照明弾を放り上げ。

叫ぶ。

「視線を、南からそらして!」

叫びながら、城壁を内側に飛び込む。

次の瞬間。

世界を、殺戮の光が漂白した。

思わず、耳を押さえる。

ロロナちゃんの超長時間詠唱砲撃。まさか、受ける側になると、こんな途方もない火力だというのか。

地面を削りながら、モディスに直撃した砲撃。

モディスそのものが、淡く輝きながら、膨大な魔力を消耗しつつ、砲撃を防ぎ続けている。

そう、防ぎきる。

以前も、この要塞は。ロロナちゃんの、一軍を壊滅させる砲撃を、余裕を持って防ぎ抜いて見せたのだ。

それが出来る事を前提で、今動いている。

シェリさんとアニーちゃんが、共同して分析中。

程なく、砲撃が停止。

その時には、シェリさんが。

防御結界の正体を、見抜いていた。

鋭く指さすシェリさん。

「ステルク殿!」

「応っ!」

城壁の内側。

モディスの中心部に見える尖塔の、中央部。

其処が、結界の発生源だ。

既にため込んでいた魔力を、ステルクさんが解放。

全開にして、雷撃の束を叩き込む。

周囲からは、モンスターが殺到し始めていて。対処が始まっていた。メルルも戦槍杖を振るい、二体、三体と斬り倒す。

ステルクさんが放った雷撃が、尖塔をへし折り。

モディスを守っていた防御魔術が消し飛ぶ。

よし。

思わず、叫んでいた。

だが、問題は此処からだ。

後は、主力が殴り込んでくるまで、此処で支えるだけで良い。主力が殺到してくる気配も、分かる。

しかし。

同時に。

モディスの中心部から。

地獄もかくやという。おぞましすぎる気配が、立ち上る。

複数。

間違いない。

邪神だ。

砲撃。ロロナちゃんによるものだ。全火力が展開され、モディスに襲いかかるけれど。浮かび上がったヒトガタが右手をかざすと、それが真正面から防ぎ抜かれる。

顎が外れるかと思った。

あれを、防ぎ抜くのか。

もう一体が、ロロナちゃん達に切り込んでいく。更にもう一体。凄まじい激戦が開始されるが。既に三体の邪神が、姿を見せている状況だ。

モディスを叩くには、戦力が足りない。

とどめとばかりに四体目。

そのヒトガタは。

中空に浮かぶと、此方を睥睨していた。

もろに、目が合う。

死んだ。その瞬間、メルルは、それを理解した。

 

2、中空の死闘

 

ステルクさんが、間髪入れずに仕掛ける。

それは、ヒトガタでありながら。人では無く。浅黒い肌と片翼。手には鎌と。人々が想像する「悪魔」のような姿をしていながら。

実際には違う。

よく見ると、全身は織り込まれた触手の塊だ。

全ての触手が独自行動しているから、体を動かすのも自由自在。ステルクさんが必死に食らいついているが、いつまで持つか。

メルルは、しばし呆然としていたが。

だが、斬りかかってきたモンスターの殺気を浴びて、我に返る。

鎧を着込んだ、表情が見えないモンスターだ。ヒトガタだけれど、中身はさぞやいたましい改造をされているのだろう。

二合、切り結んだ後。

振りかぶった戦槍杖で、頭から叩き潰す。

鮮血をぶちまけながら動けなくなる雑兵を更に串刺しにすると、敵中に投げつけ。怯んだ隙に、態勢を低くして、突貫。

人間破城槌。

一気に、ぶち抜く。

群れてきている敵を、十体以上まとめて血塵に変えると。メルルは叫ぶ。

「作戦C!」

「了解っ!」

荷車の中には、凶悪な爆弾も持ち込んでいる。

その中には、モディスの中枢に仕掛ければ、崩壊を誘発できるものもある。

勿論、メルルが作ったものじゃない。

今までトトリ先生が戦闘で時々使っていた、敵陣をまとめて消し飛ばしていたあれだ。邪神達が主力に引きつけられている今。

メルル達が、敵の中枢に入り込んで。

ぶっ潰す。

爆弾については、使い方も聞いている。

敵陣を吹き飛ばすような火力だ。

間違えれば。モディスごとメルル達も粉みじんである。兎に角、慎重にいかなければならない。

何より、だ。

ステルクさんが、長時間もちそうにない。

戦闘を見ると、凄まじい次元で訳が分からない攻防が繰り広げられているが。どうみても、ステルクさんが押されている。

建物を突き破りながら、吹っ飛ばされたステルクさんに。

邪神が複数の魔術を放つ。火球、氷の矢、雷撃、石の雨霰。詠唱している様子も無い。一瞬で魔術を産み出しているのだ。

桁外れすぎる。

それらを斬り払って飛び出したステルクさんが、雷撃をお返しするが。

手を振るうだけで弾いてみせる。

三体の邪神が向かった主力部隊も、似たような有様の筈だ。急がないと、非常に危ないだろう。

シェリさんには、しばし要塞の構造解析をして貰う。

最悪の場合でも、次の作戦で、容易に敵を爆破するためである。アニーちゃんはその間、防御魔術。

だが、防御結界に、敵が群がる群がる。

片端から蹴散らしてまわるが、矢を放つ奴も、魔術を撃ってくる奴もいる。触手を振るって来る奴も、毒を噴きかけてくる奴も。

人間の頭に機械を取り付けた奴も、明らかに戦闘用ホムンクルスとして造り出された者も。在来のモンスターを、洗脳したらしいものも。

雑多で。

そして、平均的に質が高い。

荷車を守りながら、必死に戦う。

負傷者も、見る間に増える。

内側に庇って、即座に手当。手当そのものは、自分でして貰う。本当は一人手を割きたいのだけれど、その余裕も無い。エメスを連れてくるにしても、こういうフレキシブルな作業は苦手なのだ。

ザガルトスさんが、大きな敵と渡り合っているのが見えた。

かなり戦況が悪い。

敵にも強い奴が出てきているのだ。

「シェリさんっ!」

「もう少し! もう少しで、支柱の位置を特定できる!」

珍しいほどに、焦りきったシェリさんの声。

メルルの脇腹に、槍が突き刺さる。

敵が繰り出したものだ。

即応して、戦槍杖で相手の頭を粉みじんに砕いた後、大きく息を吐く。内臓にダメージは行っていない。

すぐに、持ち込んだ傷薬を塗り混む。

回復は目に見えるほど早いけれど。

その分痛みがひどい。

だが。

ミミさんが、辺りを閃光のように走り周りながら、敵を潰してまわってくれている。ジーノさんも、一振り一振りで、豪快に敵を叩き潰してくれている。

ザガルトスさんが、自分の倍もある、格上の相手の一瞬の隙を突き、首を刎ね飛ばした。

皆が頑張っているのだ。

メルルだけ、へたばっていられるか。

唇を噛むと、奮起。

雄叫びを上げると、更に一体を、蹴り飛ばし。壁に叩き付けたところを、串刺しに。滅多刺しにして、鮮血を浴びる。

ライアスが、メルルの死角から迫ってきた、サソリのモンスターに、バンカーを叩き込む。

メルルはその隙に、息絶えた敵から戦槍杖を引っこ抜き。

態勢を低くすると。

群れている敵に向けて突進。

人間破城槌で、蹂躙しつくす。

飛び散る肉塊。内臓。

呼吸が乱れてくるが、まだまだ。

爆弾を投擲。

突入してきていた敵の真ん中で炸裂。粉々に吹き飛ばして、全部まとめて肉塊と臓物に変えた。

時間を、稼ぐ。

滑空してきた敵に、対空爆雷をハンマー投げの要領で投げつける。回避するが、爆風までは無理だ。

翼をへし折られて落ちてくるそいつが、苦し紛れに無数の魔力弾を放つ。吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられるけれど。

飛び起きると、戦槍杖を振り上げ。落ちてきたそいつを串刺しに。大量の血を浴び。そして断末魔の悲鳴を浴びる。

精神にダイレクトに来る。殺しはしてきた。これでも辺境戦士だ。多くの獣を仕留めてきたし、戦場で敵も殺してきた。

だが、最近は、あまりにも殺す数が多すぎる。

死体を放り捨てる。

骨に罅が入ったかも知れない。携帯していたネクタルを飲み干して、無理矢理に体を回復させつつ、交戦続行。

荒々しく息をつきながら、周囲を見回し。そして、反応。突きかかってきた敵を、逆に顔面を串刺しにする。

大量の返り血。

もう、血だか臓物だか分からないもので、全身がぐしゃぐしゃだ。

背中に、ケイナの背中が当たる。

「メルル、行けますか?」

「まだまだっ!」

「分かりました」

すっと、ケイナが気配を消す。

次の瞬間。

アニーちゃんの防御魔術に執拗な攻撃をしていた細長い草のような敵が。ケイナの鞄によって、文字通り叩き潰されていた。

シェリさんが顔を上げた。

「分かったぞ!」

「ナビを!」

「任せろ!」

矢が飛んできて、肩に突き刺さる。

無理矢理引き抜くと、薬をねじ込んだ。痛みも酷いが、それより集中力が落ちてきたか。だが、それでもやる。

やり遂げなければならない。

口笛を吹くと、突貫開始。

敵の建物の一つに、踊り込む。先頭のシェリさんは、両手に赤い光を纏わせていて。出会い頭にそれで敵を吹っ飛ばす。

どうやら質量が増す魔術のようで、鎧だろうが装甲だろうが、一撃で拉げる。

様々な歩法を行うシェリさんが、卓越した体術でそれを叩き込めば、どういうことになるかは、言うまでも無い。

勿論遠隔魔術も使える。

建物の中は狭いから、乱戦になる。そうなると、地力の差がものを言う。長物を振り回そうとした相手に、懐に入ったセダンさんが、メイスをぶち込む。顎の下からたたき上げたので。首が吹っ飛んで、天井にぶつかってはじけ飛び、染みを作った。メルルは最後尾に残ると、突入突入と叫ぶ。

荷車も入れると、ジーノさんに最後尾交代。

階段がある。

この下だと、シェリさんがハンドサイン。

頷くと、突貫。

先頭をミミさんに務めて貰うのは、罠があった場合の対応だ。

後方から、多数の敵が追いすがってくる。もたついていると、邪神がステルクさんを倒してしまうかも知れない。

勿論その逆も想定されるけれど。

そこまで楽観的に考えていたら、駄目だ。戦いに負ける。常に敵は此方の上を行くと思え。

それくらい慎重で。

初めて、作戦を成功させることが出来るのだ。

また、矢が飛んできて、左足に刺さる。

引き抜くと、投げ返す。

眉間に矢が突き刺さり、後頭部まで抜けたのを見届けると。メルルは傷薬を塗りながら、周囲の戦況を確認。

階段に入り込んで、どんどん降りているとは言え。

前も後ろも、敵だらけだ。

シェリさんは更に地下だというけれど。

既に階段は、血によって真っ赤。臓物と死体がぶちまけられ、足場も悪い。追撃してきながら、派手にすっころぶ敵もいた。

勿論、その場で串刺しにする。

容赦などしていたら、次の瞬間死ぬのは自分なのだ。手加減はしていられないし、するつもりもない。

悲鳴。

セダンさんが、階段を突き落とされてきた。受け止める。上にいるのは、巨大なハンマーを持った敵。見かけは鳥の顔をしている人間だ。とはいっても、今の一撃を受けたのは、恐らく他の敵との乱戦だったからだろう。

「立てますか」

「……大丈夫」

口元の血を拭うと。

セダンさんが、階段を駆け上がっていく。

メルルも、支援は必要ないと判断。階段を下りながら、下からも出てくる敵の脳天に、戦槍杖を降り下ろした。

頭蓋骨を陥没させながらめり込んだ穂先が。鮮血と脳漿を、辺りにぶちまける。

シェリさんが、叫ぶ。

「そろそろ階段が終わる!」

「みんな急いでください!」

叫んだのは、乱戦だからだ。

そして、それだけで意思疎通には充分。

階段を下りた直後では無い。その少し先に、防衛線を構築する。そして後ろを守りながら、進むのだ。

荷車を無理矢理引きずり下ろしながら、駆け下りる。

メルルは着地すると。

死体だらけの床に、伏せるくらい身を低くして。

そして、前に、人間破城槌の態勢で、突撃する。

敵も防衛線を構築しようとしていたが。その出鼻をへし折るためだ。

敵が、バリケードを作ろうとしていた。ミミさんを、強めの一体が防ぎながら。だから、面食らったのだろう。

突撃してくるメルルを見て、唖然としたときには、もう遅い。

バリケードごと、敵を吹っ飛ばす。

消耗が激しい。

少し前から、メルルは自覚し始めている。自分が、道具の力を限界以上に引き出していることを。

それは、トトリ先生が教えてくれたように、固有の力。

そして、人間破城槌の時にも。

その力は、発揮している。

フルパワーなら、既に人間破城槌の火力は、ベテランの奥義を凌駕し始めている。達人の技に近い威力を出し始めている。

だが、それが故に。

反動も大きい。

手が痺れる。

周囲から、何をと殺到してくる敵。

一瞬対応が遅れるが。

飛び込んできた2111さんと2319さんが、左右に敵を薙ぎ払った。

その代わり。

2319さんが、多数の槍を受けて、その場に膝から崩れる。

「2319さんっ!」

「早く荷車に!」

交戦中の大物を切り伏せたミミさんが飛び込んできて、時間を作ってくれる。メルルが必死にアニーちゃんが作る防御魔術の内側に2319さんを引っ張り込み、手当。だがこれは、もうこの戦いでは、役に立ちそうに無い。

役に立つ。

頬を叩く。

こんな思考をするようでは駄目だ。

メルルが。

他の皆を、守らなければならない。それくらいの覚悟で、ここに来ているのではないか。味方を駒としてどうするというのか。

荷車を漁り。

ネクタルを引っ張り出すと、口に含む。

全身が燃え上がるようだ。

過剰摂取。

分かっている。

後で、酷い事になることくらいは。

だがそれでも、今はやらなければならない。

しかも、ネクタルを飲み干すとき。固有の力で、その威力を増幅した。2319さんを横たえると。

メルルは、荷車から飛び降りる。

セダンさんが。追いついてきて。

メルルの目を見て、びくっと一瞬身を震わせた。

「蹂躙する……!」

バリケードを崩壊させられても、なおも戦意を失わない敵の群れに。

メルルは、突貫。

可能な限り早く。

この乱痴気騒ぎを、終わらせるのだ。

 

3、沼底からの一端

 

通路は長く。

敵の抵抗も激烈。

シェリさんが、途中。

悪魔族を改造したらしい大物と交戦。頭を砕いた。しかし、頭を失いながらも動いた敵のカウンターパンチをもろに喰らい、吹っ飛ばされ。

壁に叩き付けられて、戦線離脱。

以降はアニーちゃんと一緒に、支援。

防御魔術を展開してくれる。

代わりにアニーちゃんが、皆の手当に廻ってくれた。それで、少しは回復の効率が上がったかも知れない。

ライアスが吼える。

敵を引きつけながら、暴れ回る。

以前と違い、簡単にはやられない。四方八方から攻撃を浴び続けても、防ぎ、かわし、耐え抜き続ける。

必死に鍛え続けた。

皆に比べて、戦闘における才覚が劣るから。その分を、努力でカバーし。そしてついに芽が出た。

既にライアスは、ベテランとして恥ずかしくない実力者だ。

ケイナが、彼方此方に不意に現れては。

鞄で敵の頭を縦に砕き。

ナイフで喉を掻ききる。

気配を消す歩法に関しては、既にシェリさんが自分を超えたかも知れないと言っている。

戦闘面の才覚で言うと、メルルを凌ぐケイナだ。暗殺型の戦闘に関しては、実に卓越したものがある。

此方も、既にアールズが誇るベテラン戦士と呼んでも、何ら恥ずかしくない実力である。

勿論メルルの盾にもなってくれる。

時々、不意に現れて、いきなり攻撃を防いでくるケイナを見て、敵も戦々恐々である。

だから、メルルは集中できる。

今日、十六度目の、突撃蹂躙型の人間破城槌。

ミミさんとザガルトスさんがまとめた敵の群れに、突貫。

まとめて防御術を展開して、防ごうとしてくる。

激突。

だが、メルルは、吼えた。

「いっけええええええええええっ!」

火花が散るのは、一瞬。

吹っ飛んだ防御術。

敵がミンチになって飛び散り。メルルは、大きく息をつきながら、見る。

奥に、光が見えている。

中枢部分が、近いのだ。

そして、悟る。

大きな気配がある。

当たり前だろう。こんな重要なポイントに、強力な敵がいない訳も無い。何か、強力なガーディアンが配置されていると考えるのが自然だ。

「シェリさん、彼処ですか?」

「そうだ。 気を付けろ……!」

「分かっています」

まずは、景気づけだ。

メルルは懐から爆弾を取り出す。

フラムを幾重にも束ねたものだ。それを見て、シェリさんが、慌てて防御術を展開。そして、ミミさんが、ザガルトスさんを促して下がる。

敵も、気付いたが、遅い。

「解放っ!」

固有の力をフラムに込めると。

メルルは、通路の奥に向けて、それを投擲。

一瞬後。

爆風が、対処が遅れた敵ごと、通路を殺戮の炎で蹂躙していた。

メルルは全身既に傷だらけ。

何度も無理矢理増幅させたネクタルを口にして、全身が焼け付くように熱い。これは興奮状態じゃあない。

明かなオーバーヒートだ。

だが、やるしかない。

外では、邪神四体という空前の戦力を、皆が食い止めてくれている。余剰戦力は、それこそ一人とていない状況だ。

メルルがしくじったら。

この要塞は修復され。

そして、味方は負け。

人類は、一なる五人によって滅ぼされるだろう。

アールズの皆の事を思い浮かべろ。

メルルを王族として認め。税金を納めて、その判断に自身の命をゆだねてくれている民を思い浮かべろ。

彼らは弱い。

だからこそ、先導する。

弱いからこそ、権限を強いものに託し。ギブアンドテイクの関係を作る。

王は王だから偉いのでは無い。

民を導くから、権利を預かっているのだ。

其処だけは、メルルは。

絶対に勘違いしたくない。

故に負けられない。

勝たなくてはならないのだ。

通路の敵は一掃され。煙が薄れてくる。

ジーノさんが後ろを防いでくれているが。それでも、此方は2319さんとシェリさんが既に戦線離脱。

セダンさんも、かなり傷が深い。

メルルも、そう長くは戦えないだろう。

ザガルトスさんも、見ると深手を受けている。あまり長時間、交戦するのは難しいと判断せざるを得ない。

勝負は、一瞬になる。

通路を駆け抜け、そして出る。

大きな広間だ。

恐らく、防御術を発生させていた「炉」なのだろう。

巨大な装置があって。誘爆させれば、確かにモディスを崩壊させることが、出来そうだった。

そして、その炉の上には。

いた。

無数の触手を体中から生やした。

人間の形をしたもの。

気配が、尋常では無い。

ミミさんと同等以上。いや、遙か上だ。

舌なめずりする。

これは、相当な強敵。

皆に目配せ。

此奴を倒さない限り、此処を制圧するのは不可能だと見て良い。

見た目、それはあまり大柄ではないが。性別は見たところ、どうにも判断が出来ない。或いは、最初から設定していないのかも知れない。

「ようも此処まで押し通ってきたものよな……」

「無駄話をするつもりはありません。 降伏か否か」

「否に決まっていよう。 それよりもいいのか?」

「どういうことですか」

せせら笑う「それ」。

その者の話によると。今、音を超える速さで飛ぶモンスターが三体、発進したという。そいつらは、アールズの王都を直接狙っているとか。

「戻らぬと、民を守れぬぞ」

「……」

「どうした、戻らぬか」

「不要です」

意外そうな顔をする。

何故か。そんな事は、先に分かっていたからだ。敵が別働隊を指揮して、後方拠点を狙ってくる可能性は、作戦立案の段階で浮上していた。

だからトトリ先生が。

援軍を呼んでまで、独立行動してくれている。

敵の別働隊は、トトリ先生が、絶対に防いでくれる。

あの人は、完全に狂気に染まっているけれど。

戦いを放棄したり。

戦略的に味方が不利になるようなことは、絶対にしない。その点では、如何に地獄の底に等しい狂気に沈み込んでいたとしても。全面的に信頼出来る。

「そうか、ならば」

炉の上から、飛び降りるそれは。

名乗った。

「我が名はメリクリウス。 これより貴様らを屠るものだ」

「私はメルルリンス。 これより、一なる五人の野望を打ち砕きます」

「それが出来るならするがいい。 我は此処で戦うだけ。 それ以外に、何も出来ぬようにされているからな」

寂しげに。

若くも年老いても見えるその戦闘用ホムンクルスメリクリウスは。

自分の頭を指さした。

爆弾が埋め込まれているのだろう。逆らえばドカン、と言うわけだ。

出来るだけ、早く楽にしてやるのが、慈悲だろう。

メルルは頷くと。

高らかに宣言した。

「此処での戦いにて、モディスを巡る攻防を終結させます! 総員、攻撃開始!」

「受けて立つぞ辺境の戦士達! ようやく、与えられた古代の神の名にふさわしい活躍が出来る!」

その声は。

先ほどの寂しそうなものとは違い。

歓喜に満ちていた。

 

最初に仕掛けたのはケイナだ。完全に気配を消すと、斜め後ろから鞄を叩き込む。しかし、それは触手によって防がれる。頭の後ろに目でもついているような正確な動きだ。同時に、ライアスも仕掛けるが。

メリクリウスは、一歩も動かない。

触手だけを振り上げて、ライアスのバンカーを防ぎ抜いてみせる。

ぎりぎりと、二人が力を込めるけれど。

細長い触手は、しなりさえしなかった。

続いて、ザガルトスさん。

二本の剣を振るって、旋回しながらの一撃。

跳び離れるライアスとケイナ。

大ぶりの一撃に、巻き込まれるのを避けた形だが。

メリクリウスは、なおも動かない。

そして、触手を二本だけ使い。

ザガルトスさんの竜巻のような一撃を、防ぎ抜いて見せた。

凄まじい。

ミミさんが、動く。

同時に、セダンさんも。

代わり代わりに攻撃を仕掛けてみて、メルルは少しずつ、観察していく。同時に、力を解放した氷結爆弾を、放り投げる。

これなら、どうだ。

触手で弾いた瞬間。

起爆。

触手が、凍り付く。

流石にその時は、メリクリウスも顔を上げ。

その瞬間に、ミミさんが触手を一本斬り伏せる。

だが。

瞬時に再生した触手が、ミミさんを次の瞬間には、吹っ飛ばし。壁に叩き付けていた。更に、ミミさんが逃れようとする前に。

メリクリウスが、鳩尾に、拳を叩き込む。

後方の壁に亀裂。

吐血するミミさん。

「お前が主力だな。 だから最初に潰させて貰うぞ」

メリクリウスの言葉。

ミミさんはそれでも、矛でメリクリウスに斬り付ける。同時に、完璧なタイミングでセダンさんと2111さんが仕掛けるけれど。その全てを、同時にメリクリウスは触手で防いで見せる。

「離れて!」

メルルは叫ぶと。

爆弾を投げつける。

一瞬の隙に、拘束から逃れるミミさん。

彼女を担いで跳ぶザガルトスさん。

面倒くさげに、触手を伸ばし。

その先を傘のように展開するメリクリウス。こんな芸当も出来るのか。

だが、次の瞬間。

増幅された電撃が。

触手を多数持つ戦闘向けホムンクルスの全身を、蹂躙していた。

ドナーストーン。

雷撃をばらまく爆弾だ。

原理としては、雷撃を放つことができる動物の内臓を生かしたまま爆弾の内部に取り込み、それを凍結させる。

そして爆発させる際に、その内臓を完全に活性させるのである。

耐久糧食の技術を応用して作った爆弾だ。

他にも方法があるらしいのだけれど。アールズ近辺では、材料が採れなかったので、こういう方式で作り上げた。

流石に雷撃はどうにもならなかったらしく。

メリクリウスが、わずかに呻いた。

「む……!」

「もう1丁っ!」

といいつつ。

突入してくるメリクリウスの足下を。ケイナが掬う。次に雷撃を受けたら面白くないと判断するだろうと考えて、ハンドサインを出しておいたのだ。先を読まれた事に気付いたメリクリウスは、つんのめりながらも、触手で無理矢理地面を叩き、体勢を立て直し。更に。顔面に叩き込まれたライアスのバンカーも防いで見せるが。

その時、ライアスは。

バンカーを起爆。

二段構えで、杭をメリクリウスの顔面に叩き込んでいた。

流石にこれには面食らったのだろう。

バンカーの仕組みを知らなければ、杭を射出する機能があるなんて、分かるはずも無いのだから、仕方が無い。

大きくのけぞるメリクリウス。

タイミングを合わせ。

2111さんとザガルトスさんが、本体にポールアックスと剣を突き込む。

全員が飛び退いた所で、メルルが、増幅した爆弾を投擲。

炸裂。

広場を、フラムの爆炎が蹂躙した。

さて、どうだ。

煙が内側から吹っ飛ばされる。

傷を受けてはいるが。

まだまだ余裕の様子のメリクリウス。

傷が自己修復を開始もしている。

流石に、一筋縄ではいかないか。

しかし、それは想定済み。

ミミさんは、既にネクタルを飲み干し、動いている。後方のジーノさんは、敵の大軍を食い止めていて、此方に来るどころでは無い。

戦力を把握しつつ、メルルも動く。

「御使いの……!」

ミミさんが、奥義発動の態勢に入るが。

メリクリウスが、全身を触手で覆う。

退避。

メルルが叫ぶ。

何かしてくるつもりだ。

構わず仕掛けるミミさん。だが。

天井から、床から。壁から。

出現した無数の触手が、彼女を吹っ飛ばし。

そして防御術式を貫通して、荷車を横転させ。

メルル達も、全員まとめて薙ぎ払い。

辺りに散らばらせていた。

「……っ!」

「この部屋は、我そのものだ」

メリクリウスが宣言する。

酷い痛み。

あの触手が、相当に強い力を持っていることはわかりきっていたのに。血を吐くと、メルルは立ち上がろうとして、見る。

無数の触手が蠢きつつ。

メリクリウスを守り。

そして、此方を狙っていると。

ミミさんは、五本の触手によって拘束され。身動きできずにいる。

ライアスとザガルトスさんは、壁に叩き付けられ。

2111さんは、アニーちゃんを庇って、地面に転がって、そのまま微動だにしない。

ケイナは。

よし。

メルルは、どうにか立ち上がると。

拘束しようと跳んできた触手の一本を、斬り伏せる。

目を見張るメリクリウス。

切り札を先に出したのは、失敗だったと、悟らせる。

大きく息を吐くと。

メルルは、低く伏せる。

危険と判断したらしいメリクリウスが、無数の触手を、此方に向けてくるが。その時に、動いた。

2319さん。

荷車の影にいた彼女が。最後の力を振り絞って、ハルバードを投擲したのだ。

触手で、間一髪防ぐメリクリウス。

しかし、その時。

同じく動く影。

ケイナ。

ミミさんを拘束している触手の一本を、斬り伏せる。

バランスを崩した触手を吹っ飛ばして、ミミさんが自由になり、着地。そして、吹っ飛ばされるケイナだが。

ミミさんは、残像を造り、逃れる。

メルルは。

その時、残った力の全てを、解放していた。

「行くよ、私の杖……!」

全身が、淡く輝く。

今は、此奴を倒す。

そうしない限り、勝てない。

だから、残る力の全てをつぎ込んでも。倒す。

「おおおおおおっ!」

メリクリウスが叫ぶ。

無数の触手を束にして、振り回してくる。まとめて薙ぎ払うつもりなのだろう。だが、その触手を。

ライアスとザガルトスさんが、身をもって受け止め。

更にシェリさんが、飛びつくようにして、防ぐ。

今まで黙っていたセダンさんが動いたのもその時だ。不意に飛び起きると、横殴りに、メリクリウスの脇腹に、メイスの一撃。

拉げる音。

相変わらず、奇襲のタイミングが完璧。

反撃で吹っ飛ばされるが。

それで、決定的な隙が。メリクリウスに出来た。

ぐさりと。

刺し貫く音。

ミミさんが、今の隙を突いたのだ。

メリクリウスの喉を、完全に後ろから貫いている。

更に飛び退きながら、メルルが目で追えただけで、三十八の斬撃を叩き込む。その半数以上を触手で防がれたが。だが、メリクリウスも絶叫。

全身から血を噴き出しつつも。

ミミさんを、壁や床から延ばした触手で、吹っ飛ばし、地面に叩き付け。更に追い打ちとばかりに、触手の束で、床へ叩き潰した。

此方を見る。

もはや至近。

メルルが、人間破城槌の火力を完全解放して、その場にいる。

メリクリウスは。

どうしてだろう。

静かに、笑みを浮かべていた。

「見事」

「貴方も」

メルルも、ほほえむ。

そして。

情け容赦なく、敵の全身を、粉みじんに消し飛ばしていた。

 

膝を突く。

呼吸を整えようとするが、上手く行かない。

ミミさんは意識が無い。ケイナが頭から血を流し、左腕をぶらんぶらんとしたまま、此方に来る。手の骨を、複雑骨折したと見て良い。

「メルル!」

返事が出来ない。

メリクリウス。あのミミさんを遙かに凌ぐほどの力を持つ奴。それを、一瞬で粉みじんにするほどの人間破城槌だ。

反動が大きいのは、最初から承知済み。

だからこそ、メルルは。

此処で、立たなければならない。

「あ、アニーちゃん、例の、爆弾……!」

叫ぶことも出来ない。

アニーちゃん自身も、頭から血を流しているけれど。それでも、抱えて来てくれる。

部屋に乱入してきた複数の影。

メリクリウスが倒されたと悟って、来たのか。

「急げ、防ぐ」

「急いでください」

ザガルトスさんと、セダンさんが。

重傷なのに、立ちふさがってくれる。メルルは頷くと、爆弾を手に。シェリさんの指示に従って、仕掛けていく。

セット、完了。

起爆ワードも唱える。

後は、此処から脱出するだけだ。

「総員、撤退開始!」

一度だけ、メリクリウスのいた所を、メルルは見た。

心がある相手だった。

ただ、此処を守るだけ。そのために造り出されて、逆らったら頭の中にある爆弾をドカン。そんな風な生き方を強いられた。

どんな風に、苦しんでいたのだろう。

どうしたら、そんな酷い事を、平然と出来るのだろう。

メルルは、狂気の恐ろしさを知っているけれど。

まだ理解できない。

人の心を知っている筈の一なる五人が、何故其処まで出来るのか。トトリ先生やロロナちゃん。いや、アストリッドさん以上の地獄に、心を沈めてしまっているのか。だとしても、もはや。

見過ごすこと何て、出来はしない。

荷車を立て直すと、走る。

車軸ががたがた言っている。此処を出るまでは保って。そういうしかない。ケイナには荷車に乗って貰う。メルルだって、今は無理矢理「走れている」だけだ。外に出たら、もはや。

まともに動けないだろう。

ジーノさんが見えた。

死体の山の中、立ち尽くしている。

「やったか!」

「どうにか!」

「……後は任せろ」

もう、ジーノさんが防いでいた敵は、全滅しているらしい。無事な者なんて一人もいない中、死体の山を走り抜ける。

階段を無理矢理上がって。

そして、外に出た。

辺りは火の海だ。

戦闘によるものだろう。ステルクさんは、まだ頑張ってくれていた。

撤退。

呼びかけると、頷く。

邪神は当然のように無事だけれども。しかし、見て分かる。明らかに消耗している。ステルクさん相手に押し気味だっただろうに、である。

間違いない。

あの邪神、本来力を出せる領域では無いのに。

無理矢理戦っているのだ。

搦め手の扉がぶち抜かれていた。戦いの間に、ステルクさんか邪神のどちらかの攻撃が、クリーンヒットしたのだろう。

不運だらけの中の幸運。

其処を、走り抜ける。

邪神はそれを一瞥して、手から魔術を放とうとするが。

その隙に間を詰めたステルクさんが、一撃を浴びせる。

傷が瞬時に修復されるけれど。

それでも、邪神の動きを止めるには充分。

更に雷撃を叩き込み、邪神が舌打ちして防いでいる間に。メルルは、モディスを脱出。そして、照明弾を打ち上げた。

モディスから、できるだけ離れて。

すぐに、味方の気配が、モディスから離れていく。ステルクさんも、戦いながら、下がってくる。

メルルは、印を切ると。

起爆ワードを、完成させた。

遠隔操作の発破は、基本的に、起爆ワードを唱えることで発動する。そうしないと危険すぎるからである。特に危険なものは、何回かの手順を踏んだ上で起爆させる。

トトリ先生の作ったテラフラムは、開始と完了の起爆ワードを唱えることで炸裂する。如何に桁外れの爆弾と言っても。

発破のルールからは逸脱しない。。

この爆弾。トトリ先生が作り上げたテラフラムも。同じだ。

次の瞬間。

モディスが沈んだ。

文字通り、地面の下が消し飛んだのだ。

同時に、吹き上がる炎の柱が、邪神を直撃。絶叫の中、それでも耐え抜いて見せる邪神だったけれど。

それで、彼女の命運は尽きた。

ステルクさんが。

奥義を、準備し終えていたのである。

剣の一振りと同時に、空へ放たれる一撃は。

それこそ、空間を丸ごと切り裂きながら、邪神へと迫り。

そして、邪神が防ごうとするよりも早く。

その全身を、二つに切り裂いていた。

更に、とどめ。

モディスを焼き尽くしながら噴き上がった炎が、邪神の全身を、溶かしつくしていく。悲鳴も、程なく消え。

気配も、消失した。

これで、モディスを守っていた邪神の内、一体が消滅したのだ。

他三体の邪神は、同胞が敗れたことに気付いたのだろう。撤退を開始。此方には目もくれず、下がっていく。

敵の残存戦力も同じく。

だが、味方にも追撃の余力は無い。

完全に瓦礫と化し。

陥没したモディスを。

もう立ち上がる余力も無いメルルは。其処から、見つめているだけだった。

 

4、戦いの後

 

目が覚める。

どうやら、死なずには済んだらしい。

メルルは、身を起こそうとして失敗。隣のベッドには、ケイナも寝かされていた。ひどい傷だったし、仕方が無い。

一緒に戦った全員が生き残ることが出来た。

あの強敵を相手に。

それだけで、充分だ。

強敵との戦いは、色々なものをメルルにくれる。メリクリウスは、とにかく単純に強かった。

つけいる隙を無理矢理作らなければならなかったし。

固有能力を開花させていなければ、人間破城槌だって通用しなかっただろう。

手を見る。

まだ、包帯が巻かれている。皮膚がひどい状況だからだろう。あれだけ繰り返して人間破城槌を繰り出したのだ。手の皮がズル剥けになって、骨が露出していてもおかしくなかった筈だ。錬金術で造り出した薬は常識外の効果があるし、何よりメルルは辺境戦士だ。このくらいでどうにかなるほど柔では無いけれど。

ただ今回は、内臓も、体内も、しこたまやられていた筈。

しばらく無言でいると。

右腕を吊っている2111さんが、部屋に入ってきた。

「お目覚めですね」

「状況は?」

「味方の勝利ですが、追撃する余裕はありません。 敵は戦線をあっさり無限書庫まで下げました」

「……」

おかしい。

味方の完全勝利とは行かなかった。敵は拠点を失ったし、邪神の内一体を倒されたけれども。

継戦能力はまだあったはず。

どうして、無限書庫まで下がったのか。

モディスの様子を聞くと、2111さんは頷く。

「完全に瓦礫の山で、地盤も倒壊しています。 もう拠点として使うのは、絶対に不可能でしょうね」

「そう、だろうね」

「やはり、罠だったのかと考えていますか」

「うん……」

罠だったと言うよりも。

何か大きなものから目をそらさせるための捨て石だったのではないかと、メルルには思えるのだが。

実際、敵は邪神の一体を失っても、大した痛手を感じていないだろう。もしもまずいと思ったのなら、スピア本国まで撤退するはず。

何か、アールズにあるのか。

そういえば、どうして一なる五人が出てきている。

アーランドは何かがあるとして。それを掴んでいるのだろうか。此処が主決戦場になったのは。

大陸のほぼ真ん中という地理条件があるからなのか。

「ねえ、2111さん」

「何でしょうか」

「もしも貴方が一なる五人だったら、どうして此処を主決戦場に選ぶ?」

「本来だったら、この土地に戦略的価値はありません。 何かしらの大きな付加価値がないばあい、兵など集めないでしょう」

はっきり言ってくれる。

だけれども、その通りだ。

だからこそ、アールズは今まで存続してきた、のだとも言える。当たり前の話である。

勿論、全ての物事に意味があるとまでは思わない。

だが、一なる五人の行動は。ここまで来ると、どうにも不可解に思えるのだ。

大きな企みがある事は間違いない。

だが、それは本人がわざわざ出てこなくても良いはず。

下手をすれば、だけれども。

精鋭のホムンクルス部隊を派遣するだけで、本人はスピアの奥地にでも引っ込んでいれば、危険などないのではあるまいか。

それなのに、どうして直接前線に出てきている。

前線にいることを好む猛将だとは到底思えない。

一なる五人は、明らかに奸策を巡らし、自身は安全圏から指揮を執るタイプだ。それが最前線に出てきている。

その上、このモディスの反応。

人類を滅ぼすための拠点としても。あまりにも反応がおかしいのだ。

「まだ猶予はある筈です。 マスターの体はひどく傷ついています。 今日は休んで、明日以降に備えてください」

「時に、此処は」

「ハルト砦です。 戦いでの被害は決して小さくなく、医務はパンク状態です」

「ごめん。 私が、もっと強ければ」

「マスターがいなければ、あのメリクリウスには勝てず、モディスも落とせはしなかったでしょう」

それに、だ。

アールズ王都に向かっていたという敵は、途中でトトリ先生に迎撃を受け、三体の内二体が叩き落とされたという。

一体は撤退。

アールズ王都の危機は、当面去った。

安心して欲しい。

そう2111さんは言う。

メルルも頷くと。後は目を閉じて、体を自然治癒と医療による回復にゆだねることとした。

 

完勝とは行かなかった。

トトリが、地盤から砕けたモディスを見回っていると。34さんが来る。彼女も乱戦の中でトトリを守り抜いて、手酷く怪我をしたけれど。それでも頭に包帯を巻いたまま、護衛の任務を続けてくれている。

「トトリ様、どうですか」

「囮だね、これは」

「やはり……」

トトリが見たところ。

モディスの地下には、昔は何かしらの重要施設があった。メリクリウスとやらの防備は、その名残だろう。

だがその役割は。

既に終わっている。

残留魔力が少なすぎる。

かといって、此処には昔、強大すぎる魔力が集められていた形跡もある。無限書庫にではない。

此処にだ。

つまり、一なる五人は、此処で何かをしていた。

恐らくは、だが。

東大陸を一とする各地から集めていた魔力を、此処で何かしらの用途に使っていたのである。

そして、それは。

使いつくされた。

何かが起きようとしている。

問題は、その何か。

敵にしてみれば、無限書庫に隠していると、兵の動きで誘導しようとしているのだろうけれど。

そうはいくか。

この近くに。

敵が隠している、本命の切り札がある。

それが発動してしまったら、恐らく世界は終わりだ。

トトリは、しばし熟考する。

世界が終わったら、それはどうなのか。

いくら何でも、もう一度、破滅から立ち直る力は、世界にはない。トトリは、この世界の歴史を、地学という観点からかなり深く調べた。そうすると、世界は何度も今までに破滅から立ち直ってきているという結論が得られたのだ。

しかし、前回の。

人類による壊滅的破滅は、それまでとは性質が違いすぎている。

何かしらの環境激変による破滅という点では同じだけれども。

劣悪形質排除ナノマシンという邪悪すぎる毒が、この世界をあまりにも深くむしばみ、傷つけた。

悪魔族の必死の行動で、回復は進んでいるけれど。

それでも、大破壊前の水準に回復することは、未来永劫ないだろう。

そういうものだ。

世界は、もはや。

破滅には、耐えられない。

「34さん。 調査隊を組織してくれるかな」

「この人手が足りない状況で、ですか」

「この人手が足りない状況で、だよ」

有無を言わさぬトトリの声に。

34さんは頷くと。

その場からかき消える。

さて。

恐らく、一なる五人は、既にゼウスの離反に気付いている。そうなると、ゼウスを通じて、一なる五人が今此処で何をしようとしているかは、知る事が出来ないだろう。ゼウス自身は、どう思っているかは分からないが。

トトリも、ゼウスを心配しているわけでは無い。

彼はあくまで、ビジネスの相手。ドライに応じているだけの相手だ。

思考をまとめながら、モディスの残骸を離れる。

敵は大きく戦線を後退させたとは言え、まだ一万五千以上が健在。更に言うのであれば、戦線を下げた分、補給線だって短くなる。

ここからが、正念場。

気付くと。

禍々しい気配が、近づいてきていた。

アストリッドだ。

「弟子二号。 此処で何をしている」

「調査ですよ。 どうやら此処は、囮だったらしいと言うことが分かったくらいです」

「ほう……」

「その様子だと、アストリッドさんは、知っているんじゃあないんですか? スピアが、いや一なる五人が。 何処で、一体何をしようとしているか、具体的な内容を」

空気が、帯電する。

場合によっては、戦うつもりだが。

アストリッドは、口の端をつり上げただけだ。

「私は天才だが、其処まで何でもかんでも知っている訳ではないさ」

「嘘ばかり」

「本当だ。 まあ、信じて貰えないかも知れないが」

顔中に嘘だと書きながら、アストリッドはしゃあしゃあという。

まあいい。

此奴も、いずれロロナ先生を元に戻す事が出来たら、殺さなければならない相手だ。今は勝てないが、数年後は。

その時には、必ず。

瓦礫の山を離れる。

もはやトトリには。この死体が埋まった瓦礫の山に、用事などなかった。

 

アストリッドは。

地面に血を流しながら、魔法陣を描く。

自分の血では無い。

途中、殺してきたモンスターのものだ。

魔法陣が完成すると、アストリッドは呟く。

馬鹿者めが。

確かに此処には、もはや実験の痕跡は残されていない。だが、それならば。過去に遡って調べれば良い。

トトリは腕が良い錬金術師だ。

理解力に関しては、はっきり言ってアストリッドに迫るか、それ以上のものがある。在来の才覚としては、恐らくトップクラスだろう。

それでも、今は今。

過去は過去。

そういった思考から、逃れる事は出来なかった。

「……」

魔法陣から、情報を吸い上げる。

そして、結論。

一なる五人は、此処で。

ある存在へ向けて、魔力を送り込んでいた。そのある存在とは、恐らくは、超弩級のモンスターだ。

エントか。

いや、違う。

あれは、ただその場にあり、移動するだけのものだ。

生物兵器に改造することはあっても。

世界を壊す切り札にするつもりはないだろう。

「となると……奴か」

思い当たる存在がいる。

恐らくは、エアトシャッター。

そして、エアトシャッターを利用するとなると。

なるほど、そういうことか。

結論は出た。

一なる五人が、何を具体的にしようとしているか、理解できた。

だが、誰にも教えるつもりは無い。アストリッドとしては、聞かれてもいないことを話すつもりはないし。

何よりこれは、実に利用しがいがありそうだからだ。

世界を地獄に変える。

いにしえの時代の人間は、それを成し遂げた。

それだけは、貪婪な時代に生きた愚物共にしてはよくやったと、アストリッドは素直に褒める。

そして今。

その成果は、アストリッドによって、丸ごと収穫されるのだ。

その場を離れると。

アストリッドは計画を立案開始する。

この世界など、どうでもいい。

全ては。

復讐のために、活用させて貰う。それだけだ。

 

(続)