美しい空

 

序、傷

 

ハルト砦を離れる事が出来たのは、決戦から一月後。それまでは、事後処理や前線での死体処理。

それに何より、どう動くか分からない敵への牽制。

身動き取れないクーデリアさんの補助や。

戻ってこず、各地で健在をアピールしているジオ王の留守を預かるという意味もあって。王都にさえ戻れなかった。

噂は、ケイナが仕入れてくれた。

彼女だけは、伝達役として、王都へ行き来していたのだ。辺境戦士であるし、指が再生したライアスも、一週間前からそれに加わっていた。

砦から帰る準備を進めるメルルに、彼女は言う。

「戦闘での凄まじい暴れぶりが、噂になっているようです。 破城槌姫、などという渾名も出来ているそうですよ」

「何だか、勇ましいなあ」

「王都北東部の難民達は、大人しくしているそうだぜ。 お前ににらまれたらミンチにされるとか言う噂が流れているとかで、な」

乾いた笑いが漏れる。

だけれども。

実際には、それで嬉しい。

二人が冗談めかして面白おかしい噂話を拾ってきてくれるだけで、どれだけメルルが救われるか分からない。

ここしばらくは。

夜もろくに眠れていないのだ。

死体の処理は、七日を過ぎた頃から、地獄になった。

膨大な蠅が発生。

大量の死体を処理しきれず。

焼いても焼いても、終わりが見えなかった。

前線で立ち尽くしているステルクさんは、此方を見ないようにしてくれていたけれど。エメス達が黙々と働く中。泣き言も言えないメルルは。腐汁と蠅の群れの中。死体の処理を、ひたすら指揮し続けていた。

火薬を使って死体を焼く作業もしたけれど。

分量を間違うと、腐肉が飛び散り、却ってあらゆる意味で悲惨な事になる。

ただ、嬉しい誤算もあった。

途中で、様子を見に来た者がいたのである。

沼地の王だ。

まさか沼地の主である赤竜が、こんな所に来るとは思わなかった。彼もスピアのことは聞いていたらしく。

主力決戦の結果を見て、流石に唖然としていた。

そして、少しでも助力をしようと。

死体をそのブレスで、かなり焼き払ってくれた。

最初の内は、再利用できる部分もあったのだけれど。

途中からは、完全に焼却作業をせざるを得ず。

二十万に近い死体は。

ただ、全てを焼いて。

様々な薬剤と混ぜ。

それから、ようやく肥料へと、転用する目処が立ったのだった。

ライアスが、他に行った隙を見て。

ケイナが、耳打ちしてくる。

「メルル、大丈夫ですか?」

「ごめん、あまり大丈夫じゃない」

「後で、甘いお菓子でも焼きます」

「……うん。 ありがとう」

ケイナは立場上、休めとか、そういうことは言えない。メルルだって、そんな事は出来ない。

他の兵士達だって、悲惨な有様なのだ。

葬儀の類は、全てルーフェスがやってくれて。戦死者の家族の所へは、父上が行ってくれた。

メルルを恨んでいる家族はいないと言う。

それが本当かは分からないけれど。

ただ、メルルの戦闘力がもっと高ければ、死人はもっともっと減らせたはず。そして、何よりも。

メルルは、夢に見るのだ。

鏖殺の過程を。

もはや生物でさえないバケモノの群れが、迫ってくる様子を。

殺しても殺しても。

死骸を踏み越えて迫ってくるあれらは。

思い出したくも無い。

とにかく、ようやく仕事が一段落して。砦を離れる。雷鳴も、手を振って、メルルを送ってくれた。

補佐をとてもよくしてくれた雷鳴は。

アールズの総司令官になって欲しいほどの人だった。戦闘でも強いのだけれど。部下達に慕われる様子が凄い。

何より、多くの戦士を育て上げた、偉大なる師匠である。

時間があれば。

メルルも、ライアスとケイナと一緒に、武術を教わりたかった。

王都に到着。

最初に、こっそり銭湯に。

其処で汗と汚れを落とした後、正装して、街をぐるっと回った。皆が、どうメルルを見ているか、確認したかったし。

何より、罵声を受けるのなら。受けるつもりでいたからだ。

顔を上げて、アールズ王都を歩く。

戦死者の名前と顔は、全て覚えている。

小さな街だ。

兵士達は、みんな顔なじみ。

死んだ兵士の中には。とても優しい父親だった人や。とても気が良い姉御肌の人もいた。まだ新婚だった若い男性もいた。

みんなみんな。

もう帰ってこない。

喪服で、メルルを見つめている女性。

胸が痛むけれど。

メルルが行くと。彼女は、夫が雄々しく戦ったか、どのように死んだかを聞きたがった。メルルを、責めはしなかった。

「ハーディンは、敵の大軍の中で、多数の矢を受けて。 それでも動きを止めず、最後の最後まで、敵を倒し続けたの。 彼のおかげで、何人もの兵士が助かったよ……」

「そうですか。 武勇には恵まれないと嘆いていた夫でしたが、最後は飾れたのですね」

「立派だったよ」

妻がさめざめと泣く。

いたたまれないけれど。

これも、メルルの、王族としての仕事だ。

一通り街を見て回った後。

城に。

其処で、ルーフェスに会う。今日メルルが来る事は分かっていたから、だろう。ルーフェスは、面会の時間を空けてくれていた。

ちなみに父上は。

南部の耕作地に、見回りに行っている。

これから七千の難民が来るのだ。

比較的治安が安定している南部の耕作地といっても、何が起きるか分からない。しっかり見張っていくのは、良い事だろう。

「今回は、大変なお仕事を、見事にこなされましたな。 姫様の著しい成長を、国民皆が喜んでおります」

「……そう、嬉しいよ」

「お疲れの様子。 しばらくは、アトリエで静かに過ごすとよろしいでしょう」

「ううん、働くよ。 今日一日だけは、眠ろうと思うけれど」

そうですかと、ルーフェスは応えると。

本題に入った。

アールズの東。

高原地帯がある。

此処からは、強い風が吹き下ろしてきていて。アーランドで実用化している風車を設置することにより、効率よく穀物の加工を行う事が出来る。

実際、以前にも出た話だ。

また、この高原地帯は。

比較的汚染が少なく。

開発次第では、かなりの数の家畜を飼うことも可能、だという。

ただし水が少ないので、耕作には向かない。

山羊や羊などを、様子を見ながら飼っていく。

そういう状況に、適しているのだとか。

「風車を四十機ほど、それに牧畜施設。 これらを、比較的大人しい南部の耕作地の難民達の間から、有志を募ってやって貰う予定です」

「それで私は?」

「道を切り開いていただきたく」

そうか、やはりそうなるか。

アールズ東の高原地帯は。

強豪モンスターの巣窟として知られている。

それこそ、アールズ北の水源と同レベルの、である。ただ、此方は、住み着いているモンスターの質が平均的に高い。

雑魚がまったく存在しない場所だ。

大型のアードラであるフレースヴェルグは特に有名で。

これなどは魔術を使いこなす上に、数で押してくる非常に強力なモンスターだ。ただし、である。

今のメルルなら。

ミミさんやジーノさんの支援があれば。

或いは、突破も可能だろうか。

「分かった、やってみる」

「お願いいたします」

ルーフェスは頭を下げる。

その表情には。

少なくとも、感情を読み取ることが出来なかった。

メルルに気を遣っているのか、或いは。

その辺りは、推察するしかないけれど。

この間の悲惨な戦闘で、アールズの兵士の中にも、PTSDになった者達が、大勢出ている。

メルルもそうなったら一大事だ。

それを懸念しているのかも知れない。

アールズにとって、メルルは最大の駒になりつつある。勿論父上が一番統率をしているのだけれど。

次代の顔役はメルルで。

後三年弱でアールズがアーランドに併合されるとしても。

それにまったく代わりは無い。

今、最大のカードを失うわけにはいかない。

そういうことである。

アトリエに戻る。

トトリ先生も、ロロナちゃんもいない。アニーちゃんについては、ベテランのメイドが、交代で面倒を見てくれていた。

やはり何度か熱を出したのだけれど。

それはトトリ先生が、対応してくれていたらしい。

「ただいま」

「……お帰り」

本を読んでいたアニーちゃんは、顔を一瞬だけ上げたけれど。

それだけだ。

「甘いお菓子、焼きますね」

「うん。 お願い……」

ソファに腰を下ろすと。

一瞬で、強烈な眠気が襲ってくる。それだけ、疲れが溜まっている、という事だ。おぞましいほどに。

気がつくと。

夕方になっていた。

お菓子をメルルが起きるのに併せて焼いていてくれたらしい。

すぐに、温かい焼き菓子が出てくる。

お茶も淹れてくれた。

口に入れると。

本当に甘い。

でも、今は。

それが、何処か哀しみを、誘発する。食べていて、とても美味しいのに。どうしてだろう。

メルルは、しばらく俯いていた。

感情を抑え込むのが、本当に大変だった。

お菓子を、無言で口に入れる。

心配そうに見ているケイナ。

でも、今は。

取り繕う余裕さえ無い。

メルルのために死ねるとまで言ってくれている忠臣に、本当に、本当に申し訳ないと思うのだけれど。

今は、足首を闇に包まれていて。

全身を引きずり込まれないようにするだけで。

本当に、手一杯なのだ。

「メルル……」

「ごめん、休む、ね」

「はい。 ベッドメイクはしてあります」

「ありがとう。 本当に、助かるよ」

自室に。

ドアを開けると。

膨大な数の屍が、散らばっていた。蛆が湧き、腐肉からは異臭が漂い。ただ油や火薬を使って、機械的に焼いていく。

皆、心を壊されてしまっていて。

ただ戦闘するだけの機械にされてしまった、可哀想な者達。

人型も、脳を弄っただけのモンスターもいた。

そのいずれも。

殺しつくさなければならなかった。

勿論、幻覚だ。

呼吸を整える。

夕日が差し込む、自室が、目の前に拡がっていた。

足下が、おぼつかない。

ベッドに転がり込むと。

メルルは無理矢理目を閉じる。そうすると、もはや体は睡魔に抵抗できないと判断したのだろう。

その場で、すとんと眠りに落ちていた。

うめき声が聞こえる。

呪いの声だ。

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

飛び起きる。

夜中だ。

全身に、嫌な汗を掻いていた。

隣のベッドでは、ケイナが穏やかな寝息を立てている。呼吸を整えながら、落ち着く。側にケイナだっている。

私は、大丈夫。

大丈夫なんだ。

言い聞かせる。

闇には落ちない。ロロナちゃんや、トトリ先生のように、壊れたりしない。あの人達だって、メルルなんて比較にもならないほど、強くて優しい人達だったのだ。だけれども、闇に落ちると。あんな風に。壊れてしまう。

メルルは、同じ轍は踏まない。

踏んでは、ならないのだ。

「つらい……よ」

誰も見ていないし、聞いていないから。

弱音をこぼせる。

メルルは目を乱暴に拭う。

まだ、体は。

睡眠を、貪欲に要求していた。

 

1、高原へ

 

久しぶりに、メルルの配下や、支援メンバーが揃う。

ザガルトスさんは。

今日再会するまでは気付いていなかった。胸板に、大きな傷が増えている。

乱戦の中、最後まで戦い続けたのだ。それも当然だろうか。

傷が増えているのは、シェリさんもだ。

顔に、大きな向かい傷がある。戦闘でいちいち気にしていられなかったけれど、残ってしまったのか。或いは、勲章として残したのかも知れない。

今回は、危険地帯である高原に踏み込むと言う事もあって、ジーノさんが来てくれている。それだけではない。

現地で、合流する戦力がある。

まあ、頼りになる戦力だ。現地の案内は任せてしまっても大丈夫だろう。

「セダンさん、大丈夫ですか?」

「平気です」

セダンさんは、笑顔を浮かべてみせるけれど。

顔の左側には、痣が出来ている。

もろに一撃を食らって。

それが、痣となって残っているのだ。

もっとも、辺境戦士にとって、顔にしても何にしても、傷は勲章になる。痣は当面消えないだろうけれど。

彼女にとっては。これで駆け出し卒業、と言う所だろう。

ライアスは、手を開いたり閉じたり。

再生した指の感覚を試しているのだろう。

今度こそ、同じ無様は曝さない。

その決意も、見て取れた。

2111さんはもう来ているけれど。2319さんが遅れている。荷車には、アニーちゃんが乗り込んでいて。

少し、顔が赤い。

言うまでも無い。

熱が少しあるのだ。

ただ、今はもう直りがけ。それに今回は一緒に行くと本人が言っているので。メルルが薬を持って、要観察の状態で連れていく。シェリさんも、いざという時に備えて、ガードに入ってくれるそうだ。

2319さんが来る。

驚いたことに。

彼女は、錬金術の道具である、グナーデリングを身につけていた。勿論メルルが造ったものではない。

出来が一回り違う。

恐らくは、トトリ先生が造ったものだ。

アーランドのハイランカーには、トトリ先生やロロナちゃんが造った、錬金術の装備が支給される。これはグナーデリングなどの小物から、衣服や武器そのものが強力に鍛錬されているものも含む。

そして、給金をつぎ込むこと。

更に実戦で実績を上げること。

この二つを兼ねることで、中堅くらいの実力者でも、同じようなものを入手出来る機会があるというのだ。

「どうしたの、それ」

「この間の戦いの恩賞で貰いました」

嬉しそうに、見せてくる2319さん。

なるほど、これの試運転をしていたから、遅れたのか。

最近、2319さんは、知将としての側面を見せ始めている2111さんに比べて、どうするべきか悩んでいる節があった。

だから、お給金をつぎ込んでまで。

これを入手した、というのだろう。

良い判断だと思う。

実際、良いグナーデリングは、能力を極限まで引き出す。戦闘経験を積んだ今の2319さんなら、かなり強くなるはずだ。

いずれにしても、これで全員が揃った。

すぐに、街を出て。街道に。

問題は、東への道は。

街道がすぐに途切れる、という事だ。

メルルも幼い頃に、高原には向かったことがあるのだけれど。ベテランの兵士達も、気を抜けない顔をしていた。

とにかく環境が厳しいのだ。

緑化もほぼ進んでいない。

碌な路が無い状態で、黙々と進んでいく。荷車には充分な物資を用意してあるけれど。野戦陣地を造らないと、休憩さえ出来ない。

だから、今回は。

荷車は、大型の二連結仕様だ。

専守防衛をするアニーちゃんの責任は重い。

本人も、それを理解しているのは、嬉しい所だ。

ジーノさんが歩きながら、手をかざす。

最初はへらへらしていたのだけれど。

すぐに笑みが消えた。

「メルル姫、本当にこの先行くのか」

「やはり厳しいですか」

「水源までの道中にいた奴らほどヤバイのはいないんだ。 だけれども、モンスターの質がえげつなく高い」

やはり、そうか。

だが、それでも此処を進まなければならない。

ただでさえ、味方が大きな打撃を受けている時期だ。動員できる戦力には限界もある上に、アールズの国力だって高めなければならない。

そして、動ける戦士が多く無い今。

メルルが体を張らなければならないのである。

のどかな平原に出た。

だが、満ちている殺気が凄まじい。周囲から此方を見ているモンスターは。いずれもが、油断すれば一瞬で殺される事確定の、凶悪な猛者どもだ。

ハンドサイン。

最大警戒。

アニーちゃんも、できる限り分厚く防御術式を展開する。これは、いつ仕掛けてきても、不思議では無い。

突然、大きな声。

思わず其方を見ると。

強力な戦闘力を持つ事で知られる、巨大な山羊が数頭。花を、ムシャムシャと食べながら、角笛のような音でやりとりをしていた。

雑食性の傾向が強いことで知られるあれら山羊は。

当然、隙を見せれば襲いかかってくるだろう。

大きさにしても、体高はメルルの背丈の三倍はある巨大なものだ。しかも、数頭いる上に、強豪モンスターひしめくこの辺りで、鍛え抜かれている。

もし戦うとなると。

覚悟を決めなければならないだろう。

無言で、通り過ぎる。

向こうは時々、無遠慮なほどの大きな音を立てながら。

ばりばり、むしゃむしゃと。

花を頬張っていた。

平原を抜ける。まだ荒野にはなっていないけれど、少し背丈が低い草が増えた。

周囲の敵の気配が弱まる。セダンさんが、露骨にほっとした顔をした。だけれども、瞬間。

ライアスが飛び出して、バンカーを叩き込む。

セダンさん自身も即応。

地面から飛び出してきた、モグラのモンスターの側頭部を、フルスイングで叩き潰していた。

ライアスのバンカーも直撃。

奇襲を仕掛けて失敗したモグラのモンスターは、その場で息絶える。

皆で地面から引っ張り出してみると。

これだけで、今日の食事がまかなえそうなサイズだ。

丁度良い。

野営陣地を張って、死体をつるし上げて。

血抜きをして、腹を割く。

念入りに火を通す。

というのも、かなり寄生虫が多いからだ。特に内臓には、蛇ほどもある寄生虫が、無数に蠢いていた。

おぞましい光景にも見えるかも知れないが。

それは、このモグラが、それだけ魅力的な宿主だと言う事も示している。

内臓を洗って寄生虫を出す。

肉も内臓も丁寧に火を通し。

皮は剥いで、その場でなめす。なめし方については、ケイナがアニーちゃんにレクチャーしていた。

骨も、砕けるところは砕いて、軟骨を取り出す。

これも火を通して、食べられる所は食べておく。残りは保存食だ。

今回は人数もいるので、わいわいと食べていると、すぐになくなってしまう。ちょっとばかり、嬉しい。

ハルト砦での時間は。

陰鬱で、沈鬱だった。

メルル自身は、それが仕方が無い事も分かっていたけれど。

それでも、こうして皆で温かい食卓を囲めれば、それ以上に嬉しい事なんて、無いのである。

そうこうするうちに。

2111さんと2319さんが、手慣れた様子で野営陣地を構築。ザガルトスさんとシェリさんが相談しながら、防御魔術を展開。

偵察に行っていたジーノさんは。

険しい表情をしていた。

「これ以上進むのは、勧められねえわ」

「やっぱり、モンスターが強い、ですか」

「強いなんてもんじゃないな」

元々この高原の辺りは、殆ど人間の手も入っていない。その上、である。あの花園を出てから、殆ど緑を見ていない。

延々と荒野が拡がっているという事は。

荒野に住み着くモンスターが多数根城にしていて。

しかも長年放置された結果。

あり得ないくらい、淘汰で強くなっている、という事である。

事実、ベテラン兵士達に囲まれてここに来た時。その時はメルルも幼子だったのだけれど。

あの時は、非常に怖かった。

周囲は常にぴりぴりしていて。

いつ仕掛けてきても良いように、ずっと気を張り続けていた。

そうしないと、襲われて殺される。

それを誰もが分かっていたのだろう。

事実、今だって。

ハイランカーの実力者であるジーノさんがいたのに、モグラは仕掛けてきた。戦闘意欲も、旺盛と見て良いだろう。

だけれども。

此処を突破するのには、大きな意味がある。

アールズの生産力を上げるために。

この高原の風を利用するというのも、勿論あるのだけれど。

もう一つの理由。

それは、今、この場で口にすることは出来ない。

もし達成できれば。

一なる五人の裏を掻ける可能性が、高いのだ。

「無理はせず、行けるところまで、道を確保します」

「了解、と。 ただし姫様、この面子じゃ厳しいぜ。 せめてホムンクルスの一小隊くらいはいないとな」

「援軍が来ますので、様子を見ましょう」

「へえ、誰だ」

秘密だと言うと。

見張りを決めて、今日はまだ早いけれど、休む事にする。

モグラの襲撃のこともある。

地面にも、念入りに分厚い防御術を掛けてある。

滅多な事では破れないだろう。

「休める人は、すぐに休んでください」

手を叩いて、周囲に指示。

今は、強敵の真ん中でも、休める胆力が必要だ。特にメルルは、この間の大戦で、それを思い知らされた。

力を得るには。

心だって、強くならなければならないのである。

 

夜中。

うめき声が聞こえる。

隣で寝ているセダンさんだ。

この間の戦いでの、悪夢を見ているのかも知れない。無理もない。初めての大戦が、あんな地獄だったのだから。

メルルだって、悪夢を散々見ている。

恐らくは、ケイナもライアスも、だろう。

戦闘に参加したアールズの兵士は、何人もPTSDに掛かって、今も苦しんでいる。治療を始めている兵士もいるけれど。

療養のために、自宅で大人しくしている兵士も珍しくない。

誰もそれを責められない。

二十万近い、死体の山。

アレを見て、どうして平静でいられようか。

セダンさんの毛布を掛け直すと、外を見て、月の位置から時間を確認。もぞもぞと起き出すと、見張りをしていたザガルトスさんと交代。細かくシフトを調整することで、負担を減らしているのだ。

見ると、ライアスが。

指立て伏せをしている。

この間のことが、余程ショックだったのだろう。

だから、メルルも止めない。

ライアスの指立て伏せはかなりのスピードで。

身体能力が如実に向上しているのが、よく分かった。

ただ、それでも。

正直、まだ辺境戦士としては平均程度。タフネスも、まだまだ足りないと見て良いだろう。

メルルに関しては、人間破城槌の火力だけなら、ベテラン戦士並みと、太鼓判を押して貰っている。

このまま鍛えれば、ハイランカー相当の実力者に、そう遠くない未来になれるとも、言われていた。

ケイナも、隠密戦闘をもっと極めれば。

一撃必殺の暗殺スタイルで、戦場を荒らせるとも言われていた。

ライアスは。

シェリさんが、今はとにかく身体能力を上げると、厳しい事を言っていた。つまり、成長が遅れているのだ。

悔しいのだろう。

だけれど、それをバネにして欲しい。

シェリさんも、いずれ自分では及びもつかぬ使い手になれると、太鼓判を押していた位なのだ。

きっと、強くなる。

アールズを代表するくらいに。

「よしっ! じゃあ、俺は上がる」

とっくに交代の時間を終えていたのだけれど。ライアスはトレーニングで、少し起きていたらしい。

交代で見張りについていた2319さんが、少し呆れたように、メルルに言う。

「昼間に、しっかり有識者に見てもらった方が良いと思うのですが」

「好きにさせてあげよう。 ライアスも、つらいんだよ」

「それは、そうなのでしょうか」

「うん……」

メルルもケイナも、ライアスよりも成長が速い。

勿論ライアスも、いずれは強くなる。

というよりも、最初の頃とは比較にならないほど、実際強くなっている。しかし、身体能力の面で、問題が浮き彫りになっている今。

差を埋めるために、必死なのだ。

程なく、時間が来たので、メルルも交代。

天幕に戻ると、眠ることにする。

気がつくと、朝。

野営陣地を畳む。

周囲からの敵意の視線は、強くなる一方だ。かなりの大物モンスターも、距離を取って窺っている様子である。

だが、行かなければならない。

時々、エアポケット的に、敵の気配が弱くなる地点がある。

そういう所は、大体緑が繁茂している。

そういえば、だけれども。

水源の下流。

少しずつ、流域に緑が増え始めているという。

やはり、ネクタルの効果と見て良い。

そして、緑が増え始めると、モンスターも減るそうだ。あくまで、減る、だけれども。

此処も、緑化が一番効果的かも知れない。

そういった場所に目星をつけて。

自然を痛めないように、注意深くキャンプスペースの予定地を造る。作業を順番にこなしながら、メルルは少しずつ進む。

 

山の中腹。

丘に出た。

ジーノさんは、既にハンドサイン以外で、意思疎通をしてこない。それくらい危険と言う事だ。

戦闘も既に十七回目。

仕掛けてくるモンスターは、いずれも強い。

荒野の性質も、変わってきていた。

土に触ると、非常に乾燥しているのだ。

また、エアポケット的に緑が繁茂している地点を発見。驚くべき事に、近くに泉が湧いている。

こんこんとわき出す水は。

流石にそのままでは飲めないけれど。

手を入れるとひんやりと冷たく。

周囲には、珍しい野草が繁茂していた。

今仕留めたばかりのモンスター。体高がメルルの二倍強ある大山羊を吊すと、捌き始める皆を横目に。

メルルは、土を調べる。

土が、湿っている。

なるほど。

野営陣地を構築し終わったので、遮音の魔術も展開完了。ちなみに、シェリさんに教わって、アニーちゃんが実施した。シェリさんは満足そうに頷く。厳しい事を言っていても。シェリさんは、アニーちゃんの成長を喜んでいるし。アニーちゃんに慕われていることを、悪く思っていない様子だ。

「シェリさん」

「どうした」

「この辺りを本格的に緑化するとなると、難しいですか」

「まず専門家を連れてこないといけない」

その通りだ。

その労力が、尋常では無い。

ジェームズさんのような人なら、慣れているだろう。だけれども、技術者がみんなあんなにたくましいわけでもないのだ。

此処はモンスターの脅威もそうだけれど。

何より、地形が厳しい。

こんこんと湧き出す泉の水も、流れだした後は、大きな川にはなれず。途中で、乾ききった土に沈み込んでしまっている。

活用したい。それには、地形をどうにかしなければならない。

「地形から、変える必要がありそうですね」

「面白い事を考えるな」

「ふふ、そうですか」

「街道を造るとしても、アールズ王都の側からの工事になる。 人手がないぞ」

いや、ある。

エメス達だ。

この間の会戦での死体処理が一段落した後。エメス達の多くは、彼方此方の耕作地に廻された。

メルル自身も生産を続けていて。

今では、動いているエメスは100を超えている。

そしてエメスには、大きな利点がある。

肉がないのだ。

モンスターにも襲われにくい。

ただし、スピアの間諜は違う。それには注意しなければならないだろう。

ケイナが呼んでいる。

山羊の肉が焼けたのだ。

シェリさんが、臭いも遮断できていることを確認。

それでも念のため、メルルとセダンさんが見張りについて。先に皆に食事をして貰う。セダンさんは、少しだけ物欲しそうな顔をしたのだけれど。

彼女が志願したのだ。

最近、メルルが始めたことだ。

体力に余裕が出てきたという事もあるのだけれど。皆に食事が行き渡るのを確認してから、自分が食べるようにすることにした。

耕作地で、少し前に、難民達に聞いたのである。

モンスターの襲撃や、風雨にさらされることも苦しかったけれど。

一番つらかったのは、飢餓だったと。

今、難民達は、ルーフェスの計画的な耕作地の運用によって、飢えから解放されているけれど。

メルルも、知らなければならない。

人の心を荒ませるものを。

この間、死体の山に埋もれて。

メルルは、本物の闇に包まれる感覚を知った。

克服するためには。

何でも、試してみなければならない。

それを皆に話して。

食事は、基本的に皆に行き渡った後、とすることにしたのだ。

その後、セダンさんが提案した。

自分もやってみたいと。

この間の会戦で、真っ先に倒れたことを、余程気にしているらしい。そんなの、初陣だったら仕方が無い事なのに。

「メルル姫、美味しそうなにおい、ですね」

「そうですね」

「おなかすいたなあ……」

正直だ。

メルルは苦笑するけれど。

実は、メルルもまったく同じ気分だ。

「難民の一人、小さな女の子にこの間話を聞いたのですけれど。 ある山地を越えるときに、食糧が尽きてしまったらしいです。 後方からはスピアの大軍。 屈強な大人達は、その時獣と化しました」

残った食糧を奪い。

女子供や老人を残して、自分たちが我先に逃げ出したというのである。

後は、地獄だ。

追いついてきたスピアのモンスター達に、慈悲など無い。

老人だろうが子供だろうが。

殺戮するために殺戮する。

気がつくと、女の子は、死体の中に倒れていて。両親も、既に息がなく。

周囲には、モンスターが大勢いて。

もはや、泣くことさえ出来なかったらしい。

「むごい、ですね」

「だから、みんな心が荒んでいるんです」

「……」

「幸いその子は、先遣隊として出ていたエスティさんが敵を蹴散らして、保護されたそうなのですけれど。 四日が過ぎていました」

モンスター達は、殺した相手には興味がなく。

死体に紛れて、じっとしていた女の子は、助かったらしい。いや、或いは。モンスター達も、女の子には気付いていたけれど。放置しておけば死ぬとでも考えていたのかも知れない。

その時。

一番苦しかったのが、おなかだったそうだ。

「メルル姫、皆、食事を終えたぞ」

「はい、今行きます」

シェリさんと交代。ザガルトスさんも、席を立つ。

ケイナとライアスは、わざとゆっくり食べていてくれたらしい。メルルとセダンさんと、一緒に食卓を囲む。

「みんな、似たような経験をして逃げてきています。 それを理解できれば、きっと少しは皆、優しくなれると思うんですけれど、ね」

「だけれど、暴れて良い理由にはならねえ」

ライアスが正論でばっさり。

メルルも、それには同意だ。

山羊の肉は少し固いけれど。ちゃんと調理されているから、美味しい。

2111さんが気を利かせてくれたのか、内臓を使って鍋を作ってくれた。少し出来るのが遅れたけれど。

野草が入っていて、中々に美味しい。

こういう知識も、増やしているのか。

ちなみにだけれど。

北部列強から逃げてきた人達には、モンスターの肉はとても食べられないそうだ。それだけ、向こうには美食があった、ということなのだろう。

だから耕作地では、牧畜を勧めているし。

味が変わらない農作物の方が喜ばれる。

食事を終えると、セダンさんは無言になる。

彼女なりに、色々考える事があったのかも知れなかった。

 

2、視線

 

険しい山を越えていくと。

不意に、花畑に出る。

かなり標高が上がっているのだけれど。空気が薄くなっているようなこともない。ただ、モンスターの攻撃は、激しくなる一方。

ジーノさんには、側にいて貰わないと無理だ。

今、手が足りないのは知っている。

だけれど、次来る時は、ホムンクルスの一小隊か。

或いは、ジーノさんとミミさんが揃うか。

どちらかの条件が達成できないと、厳しいだろう。そして、確かこの辺りで、合流できるはずだ。

見つける。

手を振っているのは、リザードマンの戦士達、四名。

いずれも緑の鱗だ。

白い鱗の戦士はいない。

「待ちかねたぞ」

「到着、早いですね」

「我等の縄張りから近いだけだ」

別の方向から、声。

白い鱗の戦士だ。

見覚えは、正直よく分からないけれど。声には、聞き覚えがある。

以前、メルルと一騎打ちをした、族長の息子である。あの時に比べて、かなり強くなったようだけれど。

しかし、メルルも腕を上げた。

正直、今では格上の相手とは感じなかった。

此処からは、高度を稼がず。周囲の探索を中心に進めていく。そして、土地勘があるリザードマン族戦士が、それにはうってつけだ。

そしてこの間の戦いで、大打撃を受けた彼らだけれど。

アーランド戦士も。

アールズの兵士も。

彼らを守るために、獅子奮迅の活躍をした。

その結果、わだかまりはかなり減ってきている。彼らの本拠に敵が踏み込み、土足で荒らしていったとき。敵を屠ったのはジーノさんとミミさん。

それに、ハルト砦の周囲を覆う雲霞のような数の敵と、決死の覚悟で戦ったのはアールズの兵士も含む無数の人間達だ。そのおかげで、リザードマン族の集落に向かう敵は、殆どが食い止められた。

勿論、アールズの兵士達の中には。どうしてリザードマン族などと一緒に戦わなければならないと、不平を口にしていた者だっていた。

だけれど、メルルが説得したのだ。

彼らなくして勝てない。

そして、戦いで。

リザードマン族の戦士達は。本拠では不覚を取ったが。それ以外の戦場では、アールズの兵士達に負けない活躍をして。命を捨てて、多くの敵を屠ったのだ。

今もこうして。

必要な戦略のために、手を貸してくれている。

野営陣地に案内。

遮音の結界に入ると。

皆、口を開く。

最初に喋ったのは、族長息子だった。

「腕を上げたな。 今では、小細工無しの勝負が出来そうだ」

「ええ。 貴方も」

「正直、其処まで強くなっているとは思わなかったぞ」

握手をした後。

地図を広げる。

まずは、周辺を確認。地図の見方は、当然リザードマン族も知っている。それにしても、向かい合って座ると、凄い威圧感だ。

体が大きいから、だろうか。

「なるほど、精密な地図だが、この辺りに修正の余地がある」

「くわしくお願いします」

「うむ」

前に比べて。

雰囲気が柔らかくなっている。

というよりも、経験を積んだ印象だ。

以前決闘したときは、とにかく荒々しさが目立った人だったのだけれど。今では、落ち着きを身につけ始めている。

ひょっとすると、精神面で、成長が著しかったのかも知れない。

燻製肉を焼いて。

皆で頬張りながら、話を続ける。

「このルートで来たのか。 大変だっただろう」

「もっと良い道がありますか?」

「ある。 案内しよう」

それは助かる。

だけれども、今回来た道も、無駄にはしたくない。其方の話も、聞いておく。そして、である。

族長息子は言う。

「あの花園には絶対に近寄るな」

「何か、問題ですか」

「ああ。 まだ具現化はしていないが、先の戦いでの怨念が集まり始めている。 非常に強力な霊体が、実体を持って暴れ出すかも知れない」

霊体、か。

悪霊は所詮悪霊。

生きている縄を散々生産したメルルだから分かる。

怖いのは、生きている人間だ。

死んだ人間は、どうしても生きている人間に比べると、脅威度という点では劣ってくる。これは今も昔も変わらない。

しかし、彼が其処まで言うのだ。

恐らくは、侮れない相手、ということになる。

「分かりました。 気を付けます」

「ただ、問題がある」

「?」

「お前達が目指しているという山頂には、この花園を抜けなければならない。 今回は通る気は無いと言う事だが……次回は、戦力を増やしてこないと厳しいだろう」

ジーノさんが、楽しそうに話を聞いている。

つわものとの戦いが期待出来るから、だろうか。

この人が根っからの戦闘狂だと言う事は、メルルも知っているし。それに対して、コメントは今更しない。

それにこの人の腕前は、折り紙付き。

戦士として強くて。戦場では的確に働いてくれる。それならば、余計な事を言う必要はない。

話が終わる。

アニーちゃんが興味津々の様子で、族長息子を見ていた。

「何だ、どうかしたか、幼子」

「リザードマン族の生活とか知りたい。 話を聞かせて」

「……」

困ったようにメルルを見る族長息子だけれど。

今は、休憩の時間だ。

休憩の間だけなら問題ないだろう。そう言うと、ちょっと面倒くさそうに口を半開きにしたけれど。

今更、子供に威嚇しても仕方が無いと思ったのだろう。

族長息子は座り直すと、アニーちゃんに話を始めた。

アニーちゃんの世代が大人になる頃には。

もっとリザードマン族とのわだかまりが解けていると嬉しいのだけれど。きっと、其処まで簡単では無いだろう。

でも、一歩が肝心だ。

偏見が無い子供に、偏見を植え付けない。

それが一番大事なのである。

衣食住から始まり。

文化や風俗についても、族長息子は話していく。

短い時間の中、アニーちゃんはよく吸収して。同じ話を、聞き返すという事が全く無かった。

休憩時間が終わったので、野営陣地をたたみ始める。

手を動かすメルルに。族長息子は言う。

「凄い子供だな。 とにかく頭が良い」

「有望でしょう」

「ああ。 正直、俺の娘に欲しい位だ」

「……気付いていましたか」

少しだけ、働いているアニーちゃんを見て、族長息子も頷く。

彼も悟ったのだろう。

アニーちゃんが、人ではあるけれど。生まれが普通とは違う事には。

頭を掻きながら、族長息子は言う。

「業が深いな……」

 

花畑から離れる。

リザードマン族の案内を先導に、まずは周囲を確認。そうすると、嘘のようにモンスターには襲撃を受けなくなった。

流石にこの辺りは、彼らの方が詳しい。

安全な道も熟知している、という事だ。

地図への追記は、2111さんに任せる。その間、2319さんは、ずっと相棒の周囲を守り続けてくれた。

頼もしい。

夕刻。

例の泉の辺りまで降りてきた。

其処で野営陣地を再構築。泉の水を湧かして、飲む。天幕を一つ増やしたのだけれど、リザードマン族は、いらないといった。

外で丸まって寝る方が落ち着くというのだ。

頷いて、好きなようにして貰う。

彼らに文化を強制するつもりはないし。

ましてや、彼らのやり方を嘲笑うつもりなど、毛頭ない。

焚き火を囲むと。

族長息子と、明日の話をする。

「この辺りを通って、此処まで降る」

「此処、通れるんですか」

「通れる」

彼が指したのは、非常に険しい山道だ。殆ど崖になっているので、通れないと判断したのだけれど。

どうやら、早計だったらしい。

いずれにしても、此処を通れるのは大きい。

ジェームズさんら緑化の専門家を連れてくるにしても。可能な限り安全で、険しくない道を通れるのは、大きい。

どうやって通るのかと聞いたのだけれど。

なんと洞窟があると言う。

しかも、鉱物資源がかなりあるということで。

メルルは、思わず身を乗り出していた。

「それは、興味深いですね」

「お前は錬金術師だったな、そういえば。 何だかよく分からないが、光る石もたくさん転がっているぞ」

「明日が楽しみです」

荷車は連結式なのだ。

積み込む余地はいくらでもある。

そして、ここからが重要なのだけれど。

この洞窟、ほぼ手つかずらしいのだ。

つまり、固有種の珍しい植物などがあっても不思議では無いのである。当然、錬金術としては、非常に貴重な素材だ。

話を終えると、早めに休む。見張りを立てるけれど。これだけ厳重にしていても、やはり襲撃があるのだ。

ただし、今夜についてはなかった。

リザードマン族も、此処なら大丈夫だろうと、太鼓判を押してくれているから、安心感もある。

いずれにしても。

早めに、山頂への安定したコースは、開拓しなければならない。

 

翌日は、更に行動範囲を広げる。

例の洞窟も確認。

内部はかなり広く。

そして驚くべき事に、地底湖や、川があった。

水は非常に冷たく澄んでいて。

目がない魚や。

真っ白なザリガニが生息している。

いずれも、当然のように固有種だ。興味深そうに見ていたケイナを、咳払いして掣肘。料理してみたいというのだろうけれど、ダメ。

不要な殺生は厳禁だし。

ましてや此処の洞窟の生物は、貴重な希少種ばかりなのだ。数を把握するまでは、狩りは厳禁である。

鉱石を拾い集める。

見たことが無いものもかなり多い。

後で図鑑で調べるとして。

嬉しいのは、純度が高いウィスプストーンがたくさんあること、だろうか。プラティーンの品質を高めることが出来るし。

簡単に強力な装備を生産できる。

洞窟を抜けると。

かなり高度が変わっていた。

手をかざして、周囲を確認。

確かに此処を抜ければ、相当なショートカットになる。戦闘を避けることも容易だし、何より労力が小さい。

洞窟の中では、水も補給できる。

問題は汚染を避けることで。

それについては、徹底的に吟味しなければならないだろう。

洞窟を出てからも、探索を続ける。

リザードマン族は地形を良く知っているのだけれど。ある一線を越えると、急に何も分からなくなる。

これは恐らく、彼らが掟で行って良い場所と行けない場所を決めているから、なのだろうけれど。

それにしても極端だ。

モンスターも襲ってくる。

どうにか退けられるけれど、負傷者も増えてくる。

多めに薬は持ってきたので、まだ大丈夫だけれど。何だろう。

何か、嫌な予感がする。

下山を急ぐべきかも知れない。

三度目の野営。

此処で、リザードマン族達の支援とは解散だ。

握手をする。

「ありがとう、助かりました」

「次も同じ場所で合流しよう。 探索の時は声を掛けてくれ」

「はい」

族長息子は、四名の部下を連れて、戻っていく。

それを見届けた後。

ジーノさんが、声を落とした。

「まずいぞ、メルル姫。 気付いているか」

「嫌な予感はします」

「正解だ。 強い奴がこっちを見張ってる。 正直、俺だと手に負える相手じゃないと見て良いだろうな」

「そんなに……!」

それは、確かにまずい。

モンスターかと聞くと、首を横に振るジーノさん。

気配からして、違うと言う。

そうなると。

スピアの戦闘タイプホムンクルスか。

ジーノさんが手に負えないとなると、尋常な実力者ではない。この間の会戦でも、国家軍事力級戦士と互角に渡り合った奴がいたらしいのだけれど。その類の相手だろうか。

正直な話。

国家軍事力級戦士と渡り合ったら、瞬殺される。

そろそろ実力的にはベテランに近いと言われるメルルだけれども。それでも、国家軍事力級戦士とやりあえると思うほど、うぬぼれてはいない。

彼ら彼女らは、文字通り次元違いの存在だ。

「まだ距離はありますか」

「かなり離れてるし、此方を観察している感触だな。 仕掛けてこないのも、それが理由だと見て良いはずだ」

「……」

撤退だ。

即断したメルルは、手を叩く。

そして、皆を見回した。

「非常に危険な敵の気配があります」

ザガルトスさんとシェリさんも頷く。

気付いていたか。

二人も、メルル達と一緒に動くようになり始めてから、戦闘経験を積み上げているのだ。実力は向上しているらしい。

それならば、不思議な話でもないだろう。

「これから、射程距離に捕捉される前に撤退します。 ステルクさんに貰っている照明弾を上げた後、全力でアールズ王都へ急ぎます」

「山道、駆け下りるの?」

アニーちゃんが不満そうに言う。

多分、ゆっくり景色を楽しみたかったのだろう。

だけれども、彼女には我慢してもらうほかない。

「ごめんね。 でも、ちょっと本当に危ない相手だから」

「もう、分かったよ」

「全員、荷物をまとめてください」

即座に、撤収に掛かる。

ちなみにリザードマン族の戦士達には、強い気配は興味が無い様子で。此方にだけ集中しているようだとも、ジーノさんはいう。

いや、何となく分かる。

それは、そうだと、わざと示しているのだ。

意外にフェアな相手かも知れない。

だが、戦ったらひとたまりもなく全滅させられてしまうだろう。あまり悠長なことは、言ってはいられなかった。

 

ゼウスは、じっと敵を見ていた。

殺せと言われたメルル姫。

距離を置いて見ているけれど、反応が良い。側にいる達人が教えたのだろうけれど、即座に決断。

撤退を開始した。

「やるな……」

呟く。

戦いの中で、皆死んだ。

ブラフマーも、アフラマズダも、オーディンも。同時に生を受けた戦闘タイプホムンクルスは、皆名誉の戦死を遂げていった。

ゼウスだけは生き残ったけれど。

未来ある芽を摘まなければならないのは、心が痛む。

あれは本当に獅子の児。

この国どころか、世界を背負う人物になり得るだろう。

一なる五人には逆らえない。

逆らえば死ぬ。

苦悩が、ゼウスの脳裏を何度もよぎる。幸い、今すぐに殺してこいとは言われていないのだけが救いか。

しばらくその場に突っ立っていると。

側に気配。

もう一人の暗殺対象。

錬金術師、トゥトゥーリア=ヘルモルトだ。

国家軍事力級戦士ほどでは無いが、それに近い実力者。前回の大会戦でも、スピアの戦略を決定的に瓦解させたのはこの娘だ。

何人かホムンクルスを連れているが。

それで勝てると思ったのだろうか。

「おや、強い気配があると思ったら。 ステルクさんと戦っていたホムンクルスですね」

「ゼウスだ」

「トゥトゥーリア=ヘルモルトです」

「何をしに来た。 お前達と戦うために潜入してきていることくらいは、察しているはずだが」

無言で、トゥトゥーリアが指を鳴らすと。

周囲をノイズが覆う。

気付く。

これは、ひょっとして。

「一なる五人への情報送信をハックしました。 あまり長い時間は、維持することが出来ませんが。 今、向こうには嘘の情報、私と貴方の死闘が送られています」

「……!」

「どうやら貴方たちは、名前の元となったいにしえの神々とは、真逆の性格にされているようですね。 武勇に優れず、多くの失敗を重ねたブラフマーは、真っ向勝負を好む武人気質に。 むしろ搦め手の戦い方を好んだオーディンは、心底から勇者との交戦を喜ぶ戦闘狂に。 光の神のはずのアフラマズダは、むしろ対立していた悪の神アーリマンの要素を兼ね備えた存在に。 そして貴方は」

「好色なる天空神の名を与えられたとき、私は流石に腹も立った。 恐らく、他の同胞も同じだっただろうよ」

此奴は、何をしに来た。

警戒はするが。

言う事は、間違っていない。

弟子の逃走時間を稼ぐだけとは思えない。一体何が目的で、ここに来ている。

「自由が、欲しくありませんか?」

「自由だと。 不可能だ。 我等の脳には、特に念入りに、強力な爆薬が仕掛けられていて、造反の兆候があれば即座に殺される」

「今、私が見せている技術を見ても、そう思いますか?」

「……」

確かに。

実際、この話をしていても、一なる五人は何もアクションを起こさない。本来だったら、もう警告が飛んできているはずだ。

張り付いたような笑顔のままの錬金術師は、なおも言う。

「貴方に、して欲しい事があります」

「何か」

「これを」

指を鳴らす錬金術師。

ホムンクルスの一人が手渡してきたのは、鈍色の球体。大きさは、幼児の握り拳ほどだろうか。

「無心のまま、これを一なる五人のいるアジトへ置いてきていただけますか」

「これは……発信器か?」

「いいえ。 小型の情報攪乱装置です」

つまり、だ。

今と同じ状況を、更に容易に作り出せる、という事か。

「貴方くらいの生命力があれば、頭から諸悪の根元である爆弾を取り除く事も出来るでしょうね。 どうです」

「ダーティワークは嫌いだ」

「……」

「私は、誇りある武人でありたい。 もしも、同胞と戦わずに済むというのであれば、話に乗ろう」

手をさしのべてくるトゥトゥーリア。

少しだけ躊躇った後。

ゼウスは、その手を取った。

鈍色の球体を受け取る。

そして、その場を離れた。

一なる五人は、何も言ってこない。

本当に、奴の言ったことは、事実なのか。だが、あれは路の神と言われる凄腕だ。物理的に作り上げた路も数知れないが、その一方で成立させた交渉は数知れない。

そして、交渉に不満を持つ者が出てきていない。

つまり、それだけ誠実な交渉をしている、という事である。この大陸随一の、実績を持つネゴシエイターということだ。

無言で、戻る。

好色な天空神と同じ名前を持っていても、誇り高い武人でありたい。

それがゼウスの願い。

弱々しい老いた神の名をつけられても、最後まで武人として逝ったブラフマーを見て、本当に羨ましいと思った。

武人として生きる事が、最後まで出来たのだから。

ゼウスは。

このままだと。

一なる五人に、ダーティワークだけをする道具として使用され。最終的には、ゴミのように死ぬだろう。

嫌だ。

それだけは、絶対。

何より、である。

自分を道具としか思っていない一なる五人に、忠義を誓う価値などあるのだろうか。

思考を停止する。

場合によっては、思考だけで粛正される。出来るだけ無心を保ち、拠点へと戻る。トトリの提案を呑むことは。

はっきり言って。

むしろ、ゼウスにしてみれば。好機とも言えた。

 

3、死者の騎士

 

アトリエに戻った後、メルルは地図をまず精査した。

確認するべきは、登頂路。

達人のみが行ける路では意味がない。

リザードマン族に教わった経路を念入りに精査しながら。徹底的に、確認を進めていく。地図は、ルーフェスの所にも持ち込んでおく。

実際、あの高原地帯は。

アールズとしても、未知の部分が多いのだ。

今回メルルが路を造る事には、大きな意味がある。

しばし、ケイナとライアスと、額をつきあわせて話し合う。次の探索では、ミミさんとジーノさんにも来て貰うとして。

問題は、その後だ。

「やっぱり、どうやってもホムンクルスの小隊は派遣できそうにないですか?」

「無理だよ」

メルルは、ケイナの意見に、首を横に振った。

この間の戦いで、戦死したホムンクルスは500名近く。更にその倍が、PTSDや重傷で、治療を受けている。

現時点では、前線にいる戦力は四半減。というか、軽傷者まで駆りだして、前線を守っている状況なのである。

回復し次第、一秒でも早く前線に、とせっつかれている有様だ。

今回のメルルの任務は重要だけれど。

そもそも、ミミさんとジーノさんでさえ、来られるか怪しい状況なのである。戦闘力が激増するとは言え、ホムンクルスの現役部隊一個小隊を寄越して貰うのは、あまりにもムシが良すぎる。

メルルとしても、前線にいたから分かるのだ。

同じ事を言われたら、首を横に振らざるを得ない。自分でもそう思えるのに。他人に、協力など強制できようか。

「かといって、現状じゃ戦力が足りないぞ」

「うん、それは分かってる。 それに……」

「好機が今なのは変わらない、ですね」

「うん……」

スピアの軍勢は、各地からまたアールズへ移動を始めていると言うけれど。

流石に此処までの打撃を受けて、簡単に回復できるほど話は甘くない。敵も兵力の確保に苦労している様子で。

また、各地の前線でも、一斉にスピアの拠点に攻撃を掛けて、敵の戦力を削っている状況だ。

会戦でのスピア軍壊滅は、各国にも伝わっている。一斉反撃に出ている前線もあるそうだ。アールズに主力を送っている国は動けずにいるけれど。前線にある国は、何処も戦力を温存しているケースが多い。

味方同様、敵も厳しいのである。

「ホムンクルスの増産はしているのですか」

「失われた数分程度しかしないって」

「……」

これも、メルルは聞きかじりだ。

ただし聞いた相手がトトリ先生なので、ほぼ間違いないだろう。

アーランドの主力となっている戦闘タイプホムンクルスだけれども。やはり、数が多すぎると、皆が不安になる。

結婚を機に前線を退くホムンクルスもいるけれど。

結局の所、生まれが違うと言う事は大きい。

それだけ、偏見もあるし。

それ以上に、不安もある。

煽ってはいけない。

辺境が団結できているこの均衡は。

決して強固なものではないのだ。

アーランドの英雄、ジオ王が長年をかけて準備してきた均衡だが。これだって、本当は此処まで巨大に出来たとは思えない。

皮肉な話だけれども。

スピアという邪悪の中の邪悪が存在して。

始めて、生まれ出た均衡だとも言える。

「とにかく、ミミさんとジーノさんは、今ルーフェスが調整をつけてくれているから、その間に準備をしておこう」

「……はい」

「おう」

ライアスは頷くと、訓練所に行くと言う。

ケイナもつきあうという話だ。

なんと、アニーちゃんも。

訓練所は拡張されて、魔術師も来るようになっている。シェリさんも豊富な魔術を教えてくれるけれど。

シェリさんを驚かせたいらしい。

訓練所でも、色々魔術を覚えるつもりだそうだ。

ひょっとしてこの子。

或いは、アールズ最強の魔術師に将来は成長するかも知れない。

いや、それはないか。

シェリさんの話では、気の毒なくらい攻撃系の魔術には、適性がないということらしいから。

「メルルはどうですか?」

「私は、ちょっと別に行くところがあるからいいよ」

「そうですか」

少し寂しそうにほほえむと、ケイナはアトリエを出て行く。他の皆も、それに続いた。さて、此処からだ。

メルルは、アトリエを少し遅れて出ると。

向かう。

其処は、トトリ先生の、秘密のアトリエだ。

 

地上部分はフェイク。

少し前に、トトリ先生に、入って良いと言われた。鍵を渡されて、そして、出入りするようになった。

戦場とは違う。

心の闇の地獄。

慣らしておいて。

錬金術の高みに行くには、必要だから。

そう、トトリ先生は言った。相も変わらず、笑顔のままで。

階段を下りていくと。

露骨に、狂気が濃くなっていく。

心を強く持て。

言い聞かせる。

前向きに考えろ。

もっと強く言い聞かせる。あの人のように。あの人が、言っていたように、前向きに、だ。

トトリ先生は、壊れてしまっている。

だけれども、それと引き替えのように、この世界でも屈指の錬金術という力を手に入れている。

今は国家軍事力級には及ばないけれど。

まだ先生は二十歳を少し過ぎたばかり。

いずれ確実に其処へ到達するだろうとも言われていた。

階段を下りきる。

其処は、悪夢の世界だ。

広い空間。

硝子瓶が建ち並び。膨大な生首や脳みそが、液体に満ちた瓶に入れられている。その大半は、死んでいるけれど、無理矢理錬金術で生かされている。

これを見たとき。

トトリ先生の心の闇の深さを、メルルは思い知らされた。抱えている鬱屈の重さを、叩き込まれた。

決して、茶化してよいものではない。

トトリ先生が、どれほど凄まじい闇に身を焦がして。今でも全身を痛めつけ続けているかは。

この光景を見るだけでも明らかだ。

壁も天井も、異常な色彩。それこそ、臓物をぶら下げ、ぶちまけたような。これらに関しては、殆ど無意識のまま。今のトトリ先生が、心地よい空間を作った結果だろう。

闇そのものが、具現化している場所なのだ。

気を強く持て。

一瞬でも気を抜けば、あっという間に引きずり込まれる。

ステルクさんが言ったことは本当だ。

錬金術は、魔の学問。

その側面は、確かにある。

力には、悪夢が常につきまとうように。

其処には、地獄と言う名の、現実が隣り合わせにあるのだ。

一番奥。

トトリ先生がいた。

先生くらいの達人になると、瞑想するだけで武術の腕を維持でき、更に伸ばす事が出来るらしいけれど。

一番奥にある魔法陣で。

先生は座禅を組んで。

複数のちむちゃん達に囲まれて、瞑想をしていた。

更に力が欲しいのだろうか。

或いは。

「来たね」

「はい」

短く答えると。

ちむちゃんの一人が差し出してきた棒を手に。

そして、魔法陣に入って。

目をつぶった。

メルルも、当然の話だけれど。固有の魔術を持っている。今までは魔力が不足して発動できなかった。

しかし、である。

それは、本当なのだろうか。

少し前から疑問はあった。実際、人間破城槌の破壊力は、達人レベルのものになりつつある。

この間の大会戦でも。

これだけで、軽く数百に達する敵をミンチにした。

勿論、雑魚ばかりとは言え。

それでも、殺戮にこれほど特化した力を発揮できているのは、事実。そして、筋力だけで、出来る事ではない。

無論技もある。

磨き抜いてきた技だ。

だが、それ以上におかしいと、思えてきていたのだ。

そしてトトリ先生が出した結論が。

固有魔術の一つ、だった。

この世界では、魔術師は基本的に、自分だけの魔術を一つや二つ持っている。能力持ちと同じだ。

それ以外にも、皆が使える汎用的な魔術も多いけれど。

メルルの場合。人間破城槌に関連する何かでは無いのか。そう思えるようになって来たのである。

それで、調べているのだけれど。

どうやら、当たりらしい。

トトリ先生が、出してきたのは。

ハルモニウムの塊。

言うまでも無く、現在世界で最も堅い金属である。

これに様々に手を加えて、色々な派生品があるけれど。基本的には、これ以上の強度を持つ金属は存在しない。

「やってみて」

「はい!」

地面に置かれた、ハルモニウムに。

全力で、突きを叩き込む。

強烈な反動が返ってくる。

そして、見る。

わずかに、ハルモニウムに、へこみが出来ていた。

「ふむ……」

魔法陣から、出る。

これはトトリ先生が造った、固有能力強化の魔法陣。もっとも、限定条件下でしか発動しないから、実戦には使えないそうだけれど。

しかし、やってみて実感できる。

「かなり、強くなっていますね」

「そうだね」

「私の固有能力って、筋力強化、でしょうか」

「……違うね、多分」

トトリ先生が、もう一度魔法陣にはいるように告げる。

そして、腕相撲をするように促した。

ちむちゃんが用意してくれた台。

向かい合って、腕相撲の態勢に入るけれど。一瞬で、体ごとひっくり返されるようにして、手を台に叩き付けられる。

唖然としているメルルに。

トトリ先生は、笑顔のまま言う。

「ほら、やっぱり」

「あ、あれ……!?」

「これは恐らく、強くなっているのはメルルちゃんじゃないね。 きっと武器の方だと思うよ」

「!」

なるほど、そういうことか。

更に、幾つかの検証をしていく。

そうして分かったことは。

武器だけではない。

他の道具も、強化出来る。

その事実だった。

しばし、トトリ先生の言うままに、修練を重ねる。体を鍛えるだけが修練じゃあない事くらいは分かっている。

だけれども。

此処まで、固有魔術を延ばすべきだと思ったのは、初めての事だ。

集中して瞑想。

気がつくと、既に夜になっていた。

「今日はここまで」

「はい」

「メルルちゃん、強くなりたい?」

「はい……!」

それはもう、もっともっと。

徹底的に強くなりたい。

でも、ロロナちゃんや、トトリ先生や。何より、アストリッドさんのような。狂気に包まれて、強くなりたいとは思わない。

そうなってはいけない。

むしろ救い出せるなら。

皆、この悪夢の連鎖から、救い出したい。

そうとさえ思う。

そのためにも、強さは必要だ。

でも、トトリ先生に直接は話さない。トトリ先生が此処までの根深い闇に落ちたのには、きっと理由がある。

それを知らずして、勝手な事をほざいても、逆効果だ。

全てを知った上で、受け止める。

それくらいの度量がなくて、どうして人など救えようか。

そのためにも、力がいる。

圧倒的なまでの、力が。

「力が、欲しいです」

「そう」

トトリ先生が、一瞬だけ笑顔を崩す。性格には。張り付いたような笑顔の。目だけが。一瞬だけ、笑顔では無くなった。

いや、いつも作り笑顔なのは承知しているけれど。

目元が笑っておらず。

口元だけ笑っているのが、これほど凄まじい恐怖を引き起こすなんて、メルルは知らなかった。

全身が一瞬だけ総毛立つけれど。

耐え抜く。

「またおいで。 鍛えてあげる」

頷くと、狂気の地下空間を出る。

そして、外に出ると。

ようやく、呼吸が出来た気がした。

心臓が凄まじい勢いで跳ね回っている。トトリ先生は、気付いたのかも知れない。メルルが考えている不遜なことを。

だからこそ、一瞬とは言え。

怒ったのだろうか。

或いは、笑わせるなと、嘲弄したのかも知れない。

いずれにしても、だ。

あの狂気に耐え抜ける程度の力は無いと、話にならない。メルルは、狂気には、絶対に飲まれない。

飲まれては、行けないのだ。

家の近くで、限界が来る。

小川に、盛大に吐き戻してしまった。

あの空間。

トトリ先生が作り上げた、心の闇の世界は、あまりにも強烈すぎる。何度足を運んでも、どうしても心に異常をきたす。

無数に並んだ生首と脳みそは。

ずっとメルルをにらんでいるようにさえ思えた。

もう一度、吐き戻す。

まだだ。

まだ強さが足りないから、こんな情けないことになる。もっと強くなって、耐え抜かなければならない。

トトリ先生が、地獄の底と形容するのも生ぬるい狂気の沼底にいるのなら。

メルルは其処でさえ耐え抜ける強さを手に入れて。

そして。

狂気に打ち克つのだ。

アトリエに戻ると、ケイナが料理をしていた。

ふと、気付く。

そのうなじを見ていて。

後ろから、トトリ先生が。メルルを同じように見ていることが無かったか。そして、あわよくば。

手を伸ばして。

トトリ先生の身体能力なら。

一瞬で、メルルの首なんて、へし折るどころか、引きちぎることだって出来る。それも、誰にも気付かれないようにも。

呼吸を整える。

トトリ先生の闇は。

あまりにも、根深い。

「メルル、戻りましたか?」

「うん。 ケイナも」

「私はかなり前に。 今、キノコのお鍋を温め直しています」

「ありがとう」

ダイニングで、席に着く。

そしてメルルは。

頭を抱えて、机に突っ伏す。

トトリ先生は。

どれだけの狂気と戦い続けているのだろう。

その心を救うには。

どれほどの力が、必要なのだろう。

分からない。

そして、分かろうとすることさえ、不遜なのかも知れない。自信をなくしかけるけれど、思い出す。

前向きに、考えよう。

そして、心を、立て直すのだ。

 

ようやく、ミミさんとジーノさんのスケジュールの都合がついた。

前の探索から戻って、一週間。

結構時間としては、短い方だろう。前線の状況から考えると、むしろ早すぎるほどである。

その間、メルルは。

いつものメンバーで、南の耕作地、鉱山、農場、アールズ北東部の耕作地、と。順番に回って、視察をしていた。

南の耕作地では。

人手が決定的に足りない中。バイラスさんが、苦労して警備を続けてくれていた。エメスを増やして欲しいと言われたので、頷く。

アーランドから追加のホムンクルス部隊が、少しずつ到着しているらしいのだけれど。それでも手が足りないそうだ。

鉱山では。

エメス達のメンテナンスを実施。

此方も人手が足りなさすぎる。

メルルの技術も上がっているし。

エメス達を強くしていけば、それだけ鉱山での仕事もはかどる。非常に簡単な話である。だから、手を入れる。

何よりエメス達は可愛いし。

勤勉さには、皆も心を開いてくれている。

ただ、エメスを可愛いというと。

皆が、特にライアスは、非常に何か言いたそうにするのだけれど。まあ、それは仕方が無い。

人の好みはそれぞれだ。

何より、メルルだって知っている。

自分が造った存在には。やはり、他の人では理解しがたい愛着が湧く、という事くらいは。

農場に出向くと。

木がかなり増えていた。

兎族が持ち込んだ苗が芽吹いて、木になり、実をつけているのだ。いずれも珍しいものばかりで、早速収穫が始まっている。

メルルも貰って、一つ食べるけれど。

とても甘い。

リンゴの一種なのだけれど。

これは不思議な味だ。

どうしてこんなに甘いのか、ちょっと理解できないほどである。

加工次第では。

料理で、非常に活躍するだろう。

そして、アールズ王都北東部の耕作地。

此処に出向くと。

荒くれ達が、メルルに露骨に媚を売ってくるのが分かった。見張りをしている悪魔族の男性が、教えてくれる。

「例の噂が広まっている」

「ああ、例の」

ケイナが教えてくれた奴だ。

破城槌姫とか言われていると聞いているけれど。荒くれは、自分が勝てない相手には敏感になる。

メルルを怒らせたら、ミンチにされる。

それを本気で信じ始めているのかも知れない。

荒くれはそれが故に、自分の命には敏感だ。そうで無ければ生き残ることが出来ないから。

だからこそ、これは好機だ。

このまま、噂が広がってくれれば。元々荒くれなのだ。他の難民にはさせられない荒っぽい仕事も、任せられるかも知れない。

いずれにしても、良い傾向。

噂の拡散は、止めないように。

そう指示して、王都に戻ると。

丁度、ルーフェスから、ミミさんとジーノさんの都合がついたと、連絡があった所だった。

一日だけ休んで。

そのまま、東へ。

装備は前回とほぼ同等だけれど。今回は戦闘を想定して、爆弾をより多く持ってきている。

ミミさんは、表情が険しい。

何かあったのかも知れない。ただ、非常に疲れが溜まっているようだから、それが原因だとも思うが。

黙々と、荒野を行く。

程なく、洞窟に到達。

内部に入ると。

環境に影響が出にくい、以前見つけておいた広場で野営陣地を張る。ちなみに火は使わない。

温めには、シェリさんとアニーちゃんに、魔術を使って貰う。

洞窟の中での焚き火は、危険すぎるので、出来れば避けたい所なのだ。

ミミさんに言う。

「疲れが溜まっていませんか? 先に休んでも構いませんよ」

「気遣いは無用よ」

「良いから、休んでおけよ。 お前、俺より体力ないだろうが」

不意にジーノさんがいう。

非常に不機嫌そうで、メルルの方が驚いた。多分、ミミさんの様子がおかしくて、機嫌が悪かったのだろう。

勿論、ミミさんも、それで黙っているタマではない。

ミミさんが、思わず武器に手を伸ばして、一触即発の雰囲気になるけれど。ザガルトスさんが、一喝した。

「後輩の前でやめよ、見苦しい」

「……そうだな、すまなかった」

「ごめんなさい。 貴方の言う通りよ」

助かる。

ザガルトスさんは、普段は寡黙だけれど。

こういうときは、年長者の貫禄を見せてくれる。

ミミさんが、休ませて欲しいと言ってきたので、耐久糧食を渡す。そして、テントを指した。

「お先にどうぞ。 シフトは私達で組んでおきます」

「お願い」

「……姫様、すまねえな。 ちょっと苛立ってた」

「良いんですよ」

前線では。

みんな相当に苦しんでいた。

フラッシュバックで恐怖に襲われる戦士。

突然暴れ出すのは、大体そうやって、PTSDを克服し切れていない戦士だった。ベテランでも、そうだったのだ。

取り押さえるのには、毎度苦労した。

禁断の薬物に手を出す戦士がいるという噂も聞いた事があるけれど。

それを軽い気持ちでは止められない。

だって、あの恐怖を知った後だ。

PTSDがどれだけつらいかも、メルルにはよく分かるし。それを安易に否定するなんて、絶対出来ない。

だから、必死に止める。

前線で流行りかけた禁断の薬物は、断腸の思いで取り締まった。医療魔術師の手配と。娯楽の準備。お酒も。

メルルに出来たのは、それくらい。

ただ、それでも、感謝してくれる戦士は多くて。メルルは随分と救われた。

交代で見張りを立てて、しばし休む。

シェリさんが、魔術で灯りを維持しながら。側で寝ているアニーちゃんを気遣いつつ、言う。

「この先で、リザードマン族とまた合流するのか」

「そうですよ」

「そうか……そうなると、例の奴と戦う事になりそうだな」

「対策はしてきています」

怨念の集合体が、力をつけつつある。

普通、悪霊は人間には勝てない。

だけれど、数があまりに多すぎる場合は、話が別だ。

今回は、ミミさんとジーノさんもいるから、其処までは心配していないけれど。

「スピアだって、まだ攻撃を諦めていないはずだ。 油断だけはするな」

「はい。 分かっています」

「朝方、また稽古をするか」

頷く。

ありとあらゆる手段で。

力はつけていかなければならない。

 

翌朝。

ミミさんは、だいぶすっきりした顔に戻っていた。案の場だけれども。聞いてみると、数日間ろくに寝ていなかったそうだ。

「迷惑を掛けたわ」

「大丈夫ですよ」

ミミさんが、不器用にほほえむ。

この人は。

恐らく、ごく少数の人としか、親しい交流をしてこなかったタイプだ。だから、きっと慣れていないのだろう。

洞窟を出て、外に。

花園まではかなり近い。

そして、分かる。

凄まじい気配が、花園の方にある。

皆が、無言になった。

リザードマン族が姿を見せる。族長息子が、顎をしゃくった。

シェリさんが頷いて、遮音の魔術を展開。

アニーちゃんが維持を担当。

その腕前を見て目を見張ったのは一瞬。

咳払いして、族長息子が言う。

「最悪の状況だ。 かなりの数のモンスターが、集まって来ている」

「例の怨念の塊ですね」

「そうだ」

大きめの岩に上がって、観察。

見ると、確かにいる。

雑魚モンスターでは無い。かなり強いモンスターが、数十。一匹ずつが、相応に手強い奴ばかりだ。

それだけではない。

花園を瘴気で汚すようにして。

それは立ち尽くしていた。

肉の塊が、フルプレートを着た戦士を装ったような姿。大きさはメルルと大差ないのだけれど。

あれは、違う。

気配が、とんでもなく強い。

それだけではない。

尋常な生命では無いのが一目で分かる。放置しておけば、周囲の生態系に、どんな影響が出ることか。

悪霊は、集めれば。

彼処までの力を発揮するのか。

戦慄してしまう。

生きている人間の狂気が如何に凄まじいかは、身をもって知っている。むしろ死者は御しやすいと思っていた。だが、何事にも、例外はあるのだと、思い知らされた。

ただし、見ていると分かる事もある。

やはり、魔力は凄まじいが、肉体は脆い。つまり、肉体を破壊することだけなら、難しくない。

普通だったら、そのまま戻られてしまうけれど。

そうさせなければいい。

「対策は何かあるか」

「準備してきています」

「聞かせてくれ」

悪霊は。基本的に、閉じ込めることが出来る。今回は、それを利用する。生きている縄などと同じ技術である。

今回閉じ込めるのは、ハルモニウムの塊。

トトリ先生から貰ってきている、非常に強力な代物だ。ちなみに、現在では値段が下がってきているけれど。

昔は、城と同じくらいの価値があったらしい。

手順は、こうだ。

まず、あの騎士を倒す。

続いて、魔法陣を描く。

そして、これを置く。

以上。

後は、魔法陣に魔力が吸収されて。悪霊が吸い尽くされるまで、耐える。それまで、モンスターの猛攻が続くだろう。

呻くのは、リザードマン族の戦士の一人。

だけれども、彼も分かっているだろう。この花園が、どれだけ貴重な産物で。あれを放置しておけば、蹂躙するも同じなのだと。

「まずは、アレを倒す所から、だな」

「それは私が何とかします」

「……頼むぞ」

皆の所に戻る。

そして、作戦を説明。

勝負は一瞬。

成功した後は、ひたすらの防衛だ。かなり厳しいが、このメンバーなら行けるはずである。

説明が終わると、花園へ。

その時には。

既にモンスター達も、此方に気付いていた。

突撃。

メルルが、声を張り上げる。

先頭に立ったのは、ジーノさんとミミさん。二人が、道を切り開いてくれる。その中、メルルは低く伏せ。詠唱を開始。

全力を、戦槍杖に集中していく。

力を貸して。

歩法を駆使し。

鍛え上げた身体能力をフル活用し。

全てを鍛え抜いた先に。武器そのものの力を極限まで強化することで。人間破城槌は完成する。

まだ、完成にはほど遠いけれど。

「メルル!」

ケイナが、新調した鞄で、攻撃を弾いてくれる。

雄叫びを上げたライアスが、周囲で暴れ回っている。

目を、ゆっくり見開く。

見えた。

此方に向け、剣を向けている騎士の亡霊。その周囲には、この間の会戦で死んでいった戦士達の怨念と。

もてあそばれ、死んでいったスピアの生物兵器達の哀しみが、漂っていた。

ごめんね。

今、楽にしてあげるから。

メルルは呟くと。

地を蹴る。

加速。

加速加速加速。

雄叫びを上げる。

騎士が、稲妻を此方に放ってくる。剣先から、さながら魔術のように。真正面から、吹っ飛ばす。

勿論、全身が焼け焦げるようだけれど。

それでも、止まらない。

止まることは、許されない。

騎士が、再び稲妻を放とうとした瞬間。

側面に回っていたセダンさんが、絶妙のタイミングでメイスを叩き込む。剣でメイスを防いだ騎士だけれど。

その時には、もはや必殺の間合いに、メルルが入り込む事を許してしまっていた。

「いっけえええええええええええっ!」

全力で、戦槍杖の突撃を解放。

ぶち抜く。

見えたような気がした。

妄執から解放された怨念の騎士が。

安堵の表情を、浮かべた様子が。

反動で、全身が酷く痛いけれど。着地したメルルは、即座にゼッテルを広げる。地面に魔法陣を描いている暇は無い。

だから、これがそうだ。

石で固定。

そして、魔法陣の真ん中に、ハルモニウムを置く。

「防御円陣っ!」

後は、ひたすらの防御だ。

飛び込んできたアニーちゃんが、防御魔術を展開。見る間に、悪霊と、力を与えている怨念が、ハルモニウムに吸収されていく。

アニーちゃんを中心にし。

決して弱くないモンスターを、必死に防ぎ続ける。

後は、持久戦だ。

ハンドサインで指示を出しながら、メルルは必死に耐える。数十に達する強力なモンスター達の攻撃には容赦がなく。

時間が、ひたすらに長く感じられた。

 

4、赤い世界

 

夕刻。

戦いが終わった。

負傷者の手当を、2111さんがしてくれている。死者は出なかったけれど。皆、軽い傷でもない。

リザードマン族の族長息子は、ガントレットを血だらけにして。荷車の側にへたり込んでいた。

「強く、なったんだな」

「強くならなければ、なりませんでしたから」

「……俺は、もっと強くなる。 父の跡を継ぐためにも、お前には負けてはいられん」

ぺこりと一礼。

彼の奮戦がなければ、とても守りきる事は出来なかっただろう。

魔法陣に包んで、ハルモニウムの塊を持ち上げる。

凄まじい数の悪霊を封じ込んだハルモニウムだ。

鍛え上げれば、どれだけ強力な武器になるか知れない。持ち帰った後、ハゲルさんに相談するべきだろう。

そして、ありがとう、ごめんなさいと、ハルモニウムの塊に呟く。

周囲に点々としている死骸。命無くしたモンスター達にも、罪などある筈もなく。幸い、戦況不利と判断したモンスター達が、二割ほどの損害で撤退してくれたことだけが、救いだったかも知れない。

顔を血で染めているケイナが、ハンカチで何度も涙を拭っている。目の辺りを斬られたらしい。

回復術を掛け。薬も使っているけれど。

ちょっと傷が深い。

眼球を潰されていたらしいので、再生が出来ただけでも良かっただろう。やはり、手強いモンスター達だった。

袈裟にざっくりえぐられて。

それでも、どうにか生還したライアスが、ケイナの手当を手伝っている。

やっぱり、今回も。

メルルが弱いから、皆の傷が増えた。

忸怩たる想いを抱えながら。

歩いてきたセダンさんを見た。

「見てください、あれ」

「……」

気付かなかった。

花園の向こう、アールズの王都が見える。遠くには、ハルト砦も見えているではないか。そして、夕陽が、世界を赤く染めている。

赤い世界。

なんと美しい。

人がいなければ、世界は美しいのだ。無条件に。

そして、人がいても美しい世界にするのが、王族の役目。難しいけれど。メルルは必ずや、完遂しなければならないだろう。

「綺麗、ですね」

「はい」

「もう、モンスターはいません。 姫様は、休んでください」

「……そうします」

世界は、美しい。

今、改めて、それを認識出来た。

好き勝手に世界を蹂躙するのは、あってはならないことだ。その事実も、である。

メルルは頬を叩くと。

天幕の側に行って、座り込む。

そうすると、ミミさんが来た。小さな傷を、彼女もかなり貰っている。それだけ強いモンスターが多かったという事だ。

「昨日の礼よ。 今日は貴方がゆっくり休んで」

「有難うございます」

「ふふ、此方こそ」

あれ。

ミミさんが、掛け値無しに笑ってくれた気がする。普段から張り詰めているこの人も、こんな笑顔を作れるのか。

本人は気付いていない様子だったから、貴重な光景だったのかも知れない。

メルルは言葉に甘えて。

今日は、もう休む事にした。

 

(続)