屍山闇河

 

序、進軍する悪夢

 

早朝から緊急事態の報に叩き起こされたメルルがハルト砦に到着すると、既に錚々たる面子が、野戦陣地で臨戦態勢を整えていた。

耕作地などの守りを除くと、周辺のありったけの戦力が集まっている。

数は、恐らく千五百を超えているだろう。

その全てが一騎当千の猛者達だ。

そして、拡がった戦線の戦力を合計すれば、軽く二千に達する。辺境諸国の戦力としては、これ以上ないほどの数である。

問題は。

此方に進軍してきているという敵の数が。

二十万に近いと言う事である。

前衛だけで五万。

しかもこれは、非常に強力な魔術の防壁を展開していて、簡単にブチ抜けそうにもないという。

中軍は十万。

左右両翼に二万五千ずつ。

それぞれが、別方向に進軍している。右翼は水源に。左翼はリザードマン族の集落へ向かっているという事だった。

更に、である。

敵軍の中に、とてつもなく強力な気配があるという。

合計五つ。

その内四つは、恐らくアーランドの国家軍事力級戦士に近く。

更に一つは。

桁外れに凄まじい、という事だった。

ちなみにその五つは、全てが中軍に集中している。

ジオ王が、杖で地面を叩く。杖と言っても、剣が仕込まれているものだ。王錫代わりに、普段使っているのだけれど。

この辺りは、武の国の王であるだろう。

「皆、揃ったな。 それでは作戦を説明する」

前衛の五万だけでも脅威なのだ。

如何に猛者が揃っていると言っても。どうしようもない相手は実在する。

エスティさんが前に出ると。

敵の状況を説明してくれた。

「敵の中軍にいる四体。 これらの戦闘力は、私とほぼ同等。 放置していると、大きな被害が出ることは確実でしょう。 そこで、我らの中で、私、ステルク、アストリッド、クーデリア。 この四名で、この四体を足止めします」

「足止めと申されたか」

「足止めです」

父上の疑念に、エスティさんが応える。

それに、疑問はまだある。

ジオ王とロロナちゃんは、出ないのだろうか。トトリ先生も、である。

トトリ先生は、静かに笑みを湛えたまま、側にたたずんでいて。何も喋ろうとはしない。

ロロナちゃんはというと、既に前線に出ている。

作戦は、伝達済みという事なのだろう。

「まず我等が敵の前衛を突破。 切り崩しながら、中軍にいる主力へと接近。 敵の力量を測りながら、余裕を見て各個撃破します」

「余裕が無いと」

「敵の数があまりにも多すぎます。 敵の乱れに乗じ、前衛を切り崩してください」

無理な話を言う。

敵の数は、前衛だけで五万。

敵の中軍は十万。

そして左右両翼に二万五千。各地戦線の戦力も、とてもではないけれど動く余裕が無いだろう。

リザードマン族も、自分の縄張りを守るだけで精一杯。

ジオ王は、不安そうな皆を見回すと、咳払いを一つ。

「敵の首魁は、余が討つ」

「最大の気配、ですね」

「そうだ。 敵の切り札か、或いは……」

一なる五人、か。

まさか、一なる五人が前線に出てくるとは。ロロナちゃんはその中の何人かと直接会った事があるらしいのだけれど。

今はもう、ヒトの形をしていないことがほぼ確実だともいう。

どんなバケモノになっているのか。

あまり、遭遇はしたくない。

今のメルルでは、勝てそうにも無いからだ。

薬品類は、大量に準備されている。

ここしばらく、トトリ先生とロロナちゃんが準備をして。更にパメラさんの所で、大量生産し。砦に蓄えたのだ。

このハルト砦は、大きな拠点として機能してくれる。

これがあると無いとでは、大違いだろう。

とにかく、敵の前衛は、国家軍事力級戦士四人が突き崩してくれる。

その隙に、可能な限り敵を蹴散らし。

混乱を波及させ。

そして、敵の首魁を討つ。

無理な場合は一旦戦線をハルト砦まで下げ、其処で籠城戦に持ち込む。この周辺は要塞化されている。

簡単に突破を許すことは無いだろう。

だが、敵の数が数だ。

これは、押して押して押しまくって、敵を押し切る必要がある。守勢に回ると、恐らく挽回が大変なことになるだろう。

それに、である。

リザードマン族の集落も不安だ。

周辺に展開している部隊との連携も取れるとは言え、今回は頼みの国家軍事力級戦士が、恐らく敵主力相手に出ずっぱりになる。

各国から来ている精鋭もいるけれど。

やはりハイランカー相当の実力者はいても、国家軍事力級戦士とは差が大きい。敵が多正面作戦に出てきたのは、それで圧倒できる戦力があるからだ。

メルルは、悟る。

これは、恐らく。

相当に厳しい戦いになる。

一度会議が解散。

皆の所に戻る。アールズの兵士達の中で、ここに来られたのは五十名ほど。他は皆、各地で守りについていたり。お城に残った。

その内最精鋭五名を、父上とルーフェスが率いる。

極秘の作戦任務だそうだ。残りは、メルルに引き渡された。

ライアスとケイナを含むこの四十五人に加えて、ジーノさんとミミさん。ザガルトスさんとシェリさん。後はセダンさんの外様勢。

更に2111さんと2319さん。

ホムンクルスの一小隊十六名。更に後方支援の魔術師数名。

メルル自身を合計して七十名強の戦力。これが、今回メルルが指揮する兵となる。

主力の指揮を執るのは雷鳴である。

問題は後方にある最大の火種、アールズ北東部の耕作地だけれど。此処に関しては、別のベテランが指揮を執ってくれる。もう前線は離れた戦士だけれど、雷鳴が太鼓判を押すベテランなので、多分大丈夫だろう。

自部隊の指揮に関しては、メルル自身に任されている。

今まで、小隊規模の戦力を多数指揮してきた経験を買われているのだけれど。

ただし、これだけの戦闘で。

一体どれだけ損害を抑えられるのか。

ハルト砦の屋上に。

自分で建造に関わったハルト砦の遙か彼方。

地平には、既に見えていた。

おぞましいまでの、敵の海が。

前衛だけで五万という凄まじい数。昔の列強でも、これだけの戦力を動員できる国は無かったという。

間違いなく。

この大陸で、人類が復興してから。最大規模の軍勢による攻撃だ。

しかも、列強の軟弱な軍隊とは、統率でも戦力でも、比較にならない上。負ければ人類が全滅するのがほぼ確定する。

負けられない。

勝たなければいけないのだ。

ケイナが手をかざして見ているけれど。

すぐ隣で、ミミさんが教えてくれる。

「始まったわ」

直後。

地平を、閃光が蹂躙した。

恐らくはロロナちゃんによる、超長時間詠唱の砲撃だ。文字通り、地平が全て消し飛ぶ火力だった。

爆風が、遅れて来る。

顔を軽く庇ったけれど、それだけ。

敵の防御術式を貫通したけれど。

全滅は、出来なかっただろう。

キノコ雲が晴れてくると。同時に、国家軍事力級戦士四人が、突入を開始。もっとも、面子が予想とは違う。

ジオ王は。

或いは会議で、紛れ込んでいる可能性が高いスパイを想定して、嘘をついていたのか。

突入したのは、ミミさんがいうには。

どうやらステルクさんとエスティさん。それにクーデリアさんと、ロロナちゃんのようだ。

てっきりロロナちゃんは砦に残って固定砲台になるのかと思ったのだけれど。

見越したように、ミミさんが解説してくれる。

「ロロナとクーデリアは、二人揃うとあのジオ王より強いと言われているほどよ。 連携して動かさない手は無いわ」

「凄い、ですね」

「竹馬の友だって話だし、ね」

凄く悲しそうな眼をするミミさん。

なんでだろう。

理由は、何となく分かる。

ジーノさんが、あくびをした。

「で、いつまで此処で突っ立ってるんだ? 行こうぜ、姫様」

「そうですね……」

取りこぼしが、間もなく大勢来る。

雷鳴が率いる主力と連携して、それを叩く。

砦の中に入ると、殺気だった戦士達が、眼をぎらつかせていた。セダンさんが軽く引いている。

やっぱり、こういう大きな戦いははじめてか。

メルルだって、経験はあまりない。

でも、今はどうしてだろう。

あまり臆することもなく。平常心でいられた。

「雷鳴さん!」

「おお、姫様。 どうなされましたかな」

「先鋒で出ましょうか」

「いや、先鋒は彼らが努めます」

進み出たのは。

ハイランカー数名。そして、運ばれて来たのは、あまりにも巨大な人型。

聞いた事がある。

アーランドの前線で活躍している最終兵器の一つ。マクヴェリオン。髭だらけの、よれよれの白衣を着た男性が、操縦に使うらしい装置を握って、満悦の表情だった。

それに加えて、数名のハイランカー。

いずれもランク9の戦士であるらしい。

なるほど、彼らなら。

「分かりました。 我々は」

「姫様には、三番手を務めて貰いましょう。 前衛として彼らが敵を削りますので、順次敵の戦力をこそぎ取っていきます」

「乱戦には、持ち込まないと」

「被害が一番大きくなる戦い方です」

なるほど、それもそうか。

メルルは頷くと、まずは砦の外に布陣。

魔術師達が、詠唱を開始している中。

砦に設置されている生きている大砲達が、一斉に起動。

敵が射程内に入ったのだ。

「ファイエル!」

雷鳴が、横に手を振るうと同時に。

砲撃開始。

凄まじい爆音の中。国家軍事力級戦士四人の爆撃が如き攻撃を突破して来た敵に、無数の砲弾が降り注ぐ。

勿論それはただの足止め。

その後の、魔術師達の砲撃が本命だ。

消し飛ぶ敵。

背中から火を噴き出すと。

巨大な人型、マクヴェリオンが、肩に白衣の男性を乗せたまま、飛ぶ。あの巨体で、信じられない身軽さだ。

敵の真ん中に着地。

蹴散らし始める。

拳も蹴りも、それぞれが一撃必殺。

千切れて吹っ飛ぶ敵が、此処からも見えた。

「マークのおっさん、張り切ってやがるなあ。 最近雑魚が相手で物足りないって言ってたっけか」

「無駄口を叩かない」

ミミさんが、ジーノさんの脇を肘で小突く。

ランク9冒険者達が敵に突入。更に、続いて第二陣が、散った敵を処理し始める。まだまだ、戦いは始まったばかり。

メルルも、間もなく。

前進、接敵次第攻撃開始の指示を受けた。

「全員、負傷時はすぐに下がるように! 医薬品は充分に準備してあります!」

「応っ!」

流石に今回、アニーちゃんは残してきた。

荷車の側には、2111さんについて貰う。大きな荷車だが、戦場で応急処置をするために、医療魔術師数人に側についてもらっている。2111さんは最近、とにかく頭の冴えが著しい。

きっと、要所で的確な判断をしてくれるはず。

前線が近づいてくる。

血だらけのベヒモスが雄叫びを上げている。無理をして突入してきたのだろう。かなり弱っているようだ。本来のベヒモスだったら兎も角、あれなら。

メルルは態勢を低くすると。

地を蹴った。

加速、加速加速加速。

一番槍は、貰う。

ベヒモスが、メルルを見るけれど。

その時には、遅い。

あまり大きなベヒモスでも無い。

土手っ腹に、大穴を開けたベヒモスが、振り返ることは無かった。鮮血を、戦槍杖を振るって落とすと。

メルルは、叫ぶ。

「攻撃開始! 敵を可能な限り削り取る!」

「応っ!」

皆が、それに応えてくれる。

殆ど間を置かず。

周囲は、殺戮の展示場と化した。

 

1、神々の戦い

 

クーデリアには、敵の戦略が見えていた。

国家軍事力級戦士を押さえ込み。他は数で圧倒して叩き潰す。簡単だけれど、対処が難しい。

それに、四体の強大な気配。

敵の中軍は、数にしても十万。

周囲の援護は、期待出来ないとみて良かった。

最初に敵と戦い始めたのはエスティだ。やはり最も先行していただけあり、当然の結果だろう。

驚くべき事は。

敵が、互角の速度で、エスティと渡り合っているという事。

敵の大軍の中。

双方ともに、音に近いか、それ以上の速度を出して。

周囲を蹴散らしまくりながら、渡り合っている。今の時点では、実力伯仲。勝負は、つくべくもなかった。

クーデリアは、周囲に寄ってくる敵を、可能な限り力を抑えつつ蹴散らし。ロロナが砲撃しやすいようにお膳立てをしていた。

ロロナも、無言のまま、周囲に砲撃を繰り返し、敵の密集地点を叩く。爆裂の度に、数百体の敵が消し飛ぶ。防御術も、紙くずのように引きちぎった上で、である。

勿論四方八方から反撃があるけれど。

クーデリアが通さない。

続けて、ステルクが前衛を突破。

敵主力に、雷撃の塊を叩き込む。

爆裂。

驚いたのは、あのステルクの一撃が。相殺された、という事だ。

前に出てきたのは、同じ雷使いらしいホムンクルス。髭を蓄えた、威厳のある老人の姿をしている。

老人ではあるが、筋骨隆々としていて。

とてもではないが、弱そうには見えない。

気配にしても、尋常では無かった。

「ゼウスという。 スピアの最大戦力、四神が一柱である」

「ステルケンブルク=クラナッハ。 アーランドの戦士だ」

「名高い貴様とやり合えるのは光栄だ」

「……そうか。 スピアのホムンクルスから、そんな言葉を聞けるとは思わなかったぞ」

雷光が、弾け飛ぶ。

二人が、交戦を開始。

周囲が乱反射する閃光に覆われる中、クーデリアは淡々と、四方八方からの攻撃を弾き続ける。ロロナが、不意に上を見る。

同時に、クーデリアも仕掛けた。

もはや比翼の動作に。

言葉はいらない。

空中で、攻撃態勢に入っていたそいつを、蹴り飛ばすが。

受け止められ。

弾きあった。

互いに、敵の群れの中に、着地。

そいつは四本の腕。四つの頭を持っていて。それぞれの手に、おぞましいほど巨大な武器を手にしていた。

「ブラフマーという。 貴様は」

「クーデリア=フォン=フォイエルバッハ」

「そうか、貴様か。 アーランドでも最も知勇のバランスが取れた国家軍事力級戦士だと聞いている。 戦える時を楽しみにしていたぞ」

「……どうやら、手を抜ける相手ではなさそうね」

飛びついてきた敵を、裏拳一発で赤い霧にすると。クーデリアは、肩を掴んで回した。これはフルパワーで最初からいかないと、恐らく不覚を取る。

更に、ロロナの前に、着地する巨大な影。

背中に神々しい翼を生やした、美しい男性だ。半裸で腰に布を巻いただけだけれども。一流の作家が描いた絵画のような高貴さがある。

「アフラマズダである。 貴様が、神に一番近しい存在と聞くロロライナであるか」

「そうだよ」

「ふふん……面白くなりそうだ」

空に、一条の光が走り。

地面に突き刺さる。

爆裂。

突き刺さったのは、敵のホムンクルスだが。立ち上がると、即座に斬り付けてきたエスティの一撃を受け止めて見せた。

大柄な、荒々しい筋肉質の男だ。

手には、巨大な槍があった。

「フハハハハ! このオーディンの速度に追いついてくるか! 流石大陸最速の噂を持つだけのことはある!」

「それはどうも!」

無数の残像を互いに造りながら、切り結ぶ二人。

クーデリアは、周囲の雑魚どもも、決して侮れないことを悟る。さて、此処からだ。ロロナとどう連携して。

このバケモノ共を崩していくか。

もっとも、バケモノは此方も同じ。

敵から見れば。

充分にバケモノだ。

苦笑いすると、クーデリアは。

呼吸を整える。

クロスノヴァは現時点で、残り三十一発。だがあのブラフマーという相手。纏っている防御術にしても。

何より肉体にしても。

生半可なものではないだろう。

一発で勝てるなどと、思わない方が良い。死力を尽くして、ようやく勝ちの目が見える相手だ。

そして、長引けば長引くほど。

戦いは味方が不利になる。

此方で引き受けられる雑魚が減り。

当然、それは他の戦士達が処理しなければならなくなるからだ。

最初から、これは。

敵の土俵に乗っての戦いなのである。

だが、敵にとっても。

予想外の事が一つある。

トトリが用意してきた切り札である。これは極秘開発で、誰にも知られていないはずだ。そしてこれそのものが。

敵の優勢を崩す決定打になる。

あの娘は精神面では完全に壊れてしまったが、錬金術師としては逆にそれが故に超一流だ。そしてあれが進めた研究の内容は。

悪夢そのもの。

そして、それは、敵にとっても同じ。

とりあえず、時間稼ぎはする必要がある。

左右に、クロスノヴァを同時にぶっ放して、脇を通り抜けようとしていた雑魚を、根こそぎ消し飛ばす。

ブラフマーが、鼻を鳴らした。

「良いのかな。 数に限りがある奥義だろう」

「さあ、それはどうかしらね」

「面白い」

至近。

いきなり、巨大なポールアックスを振り上げたブラフマー。

予想より、遙かに早い。

だが。

ポールアックスを蹴り上げつつ、間髪いれず跳躍。

空中で、横殴りに飛んできた、巨大なのこぎりを蹴り、地面に。着地後、間髪いれず降ってきた金棒を横っ飛びにかわし。

追撃で飛来するガリアンソードの鋭鋒を、横滑りに跳んで逃れる。

ガリアンソードは、いにしえには実在しなかった武器だが。今は錬金術と魔術によって実現されている。

まるで、本物の蛇のように追ってくる、連鎖剣。

軽く銃で弾いて跳ね返すが。

その時には、後ろにブラフマーが。

横殴りに、金棒。

残像を抉らせる。

空中に逃れたクーデリアに。

真上から、のこぎりが降ってきた。

弾きつつ、斜めに。着地と同時に、連続して降ってくるポールアックスとガリアンソード。ガリアンソードは特に、地面を乱打するように切り刻む。

凄まじい、嵐のような猛攻だ。

腕がもっと多い敵とは、何度も戦ったが。

此奴は四本に絞った腕を、完璧に連携させている。しかも武器がどれもこれも、恐らく間違いなくハルモニウム製。クロスノヴァでも簡単には破壊できないだろう。

着地。

何発か直撃弾では無いが、貰った。

一方、反撃も多少は入れている。

ただの火焔弾だが。

肩にも脇にも足にも、直撃させていた。

効いているようには、とても見えないが。

「素晴らしい。 これだけの猛攻を耐え抜くとは。 更に速度を上げて行くぞ」

「それは此方の台詞よ」

「む!」

顔面に、膝蹴りを叩き込む。

一瞬で間合いを侵略したクーデリアは、更に頭を掴むと、空中で遠心力を加えて、もう一撃膝をぶち込む。

鼻をへし折るつもりだったが。

四つある頭はどれも頑丈で、とても砕けそうに無い。

一瞬前までクーデリアがいた地点を、ガリアンソードが貫く。流石に顔面に一撃を入れられて、もう余裕も無くなったのだろう。

本気を出してきたのが分かった。

加速。

ついてくる。

繰り出される嵐のような攻撃を捌きつつ。クロスノヴァ発動。脇腹を抉られるが、気にしない。

クロスノヴァ。火力の滝が、ブラフマーの腹に、直撃。

耐えきられる。

数百を超える飽和攻撃を、受けきったのだ。特に防御術式も展開せず。にやりと、四つある顔が笑うのが見えた。

だが。

その時、クーデリアは。

敵の真上にいた。

そして、真下にクロスノヴァを叩き込む。一撃だけでは無い。

地面にクレーターが。

連射に、巨大化していく。

十四回のクロスノヴァを発動。

人間の死角。

それは頭が増えようが、関係無い。

真上だ。

そして、流石に今の一撃には。

ブラフマーも、無事では済まなかった。

呼吸を整えながら、ブレイブマスクでの回復を発動。

今の攻撃で、カウンターが、四回。足も手も抉られた。その分の回復を急ぐ。周囲から仕掛けてくる雑魚がいるけれど。それは振り向きもせず赤い霧に変えておく。

さて。

煙の中から、姿を見せる巨体。

頭を二つ失いながらも、なおも無事。

にやりと、凄絶な笑みを浮かべるブラフマーの全身の傷が、再生していくのが見えた。

「やりおる」

「貴方もね……」

だからこそに、惜しい。

ネクタルを口にする。特濃の奴だ。これで、更にクロスノヴァを使える回数を増やす。ただし、無理矢理、である。

体の負担が大きくなるから、戦闘後のフィードバックダメージを考えると。敵陣のど真ん中では、やりたくないのだが。

此奴は、そんな事を考える余裕をくれる相手では無い。

どうせこの有様では、ジオ王もアストリッドも、ただでは済んではいないだろう。ロロナを一瞥。

彼方も、死闘の真っ最中だ。

どうやら、アフラマズダとやらは、ロロナと同じ魔術の火力特化型らしい。しかも神速自在帯による加速にすらついていっている。

恐らく、ロロナに対してぶつけるべく造り出されたのだ。

ステルクは、雷撃をぶつけ合っているが。どうやら雷の出力は、敵の方が上だ。しかし機動力を駆使して、何より持ち味である防御力を最大限に活用して、互角以上に渡り合っている。

ただし、簡単に勝てそうにも無い。

エスティは敵と、音以上の速度で、戦場を蹂躙しあっている。もはや割り込むことは、考えない方が良いだろう。

介入はさせないだろうが。

此方も、介入は考えない方が良い。

不意に、クーデリアは。

今までの戦いで、得た情報を暴露する。

「その頭、作り物ね」

「ほう、どうしてそう思う」

「ダメージが小さすぎる」

反論を待たず、相手のポールアックスを蹴り上げる。

そして、再生していない残りの二つの首に。強引に、至近距離からクロスノヴァを六連続で叩き込んだ。

首が、消し飛ぶ。

それでありながら、反撃が飛来。

思い切り、肩をガリアンソードに。

脇腹をのこぎりに抉られた。

着地。

かなり深い傷だ。

ダメージが深刻。クロスノヴァによるフィードバックダメージも、決して小さなものではない。

筋肉で傷を塞ごうと思ったが。

それも出来ないくらい、傷が深い。一瞥している余裕は無い。痛みから、ダメージを判別。

残りの戦闘可能時間を試算。あまり、長くはない。

頭が消し飛んだブラフマーが、今度は向こうから突入してくる。

さて、此処だ。

頭が無いのに、此奴は動いている。つまり、本当の頭脳は、四つある頭のどれにも入っていない、という事である。

そして恐らくは。

降り下ろされる、無数の斬撃。

致命傷だけを避けながら、まずは一撃。

狙うは、刃持つ手首。

ガリアンソードを持つ手を、消し飛ばす。

横殴りに、ポールアックス。直撃。刃だけは避けるけれど、柄はもろに入った。肋骨に罅が入る音がした。地面にぶち込まれ、敵を巻き込みながら、バウンドして、着地。視界が真っ赤になる。だが、それが何だ。

前に出る。

追撃してきていた、首無しのブラフマーの腹に、蹴りを叩き込み。手応えを確認。

奴の体そのものを足場に、跳躍。

その過程で、のこぎりで派手に足を切り裂かれるけれど、無視。

既に傷が塞がり。異形と化している相手の首に乗ると。其処から、撃ち下ろす。ポールアックスを持つ手首を吹き飛ばし。更に、振り上げてきたのこぎりを、紙一重で避け。頬を切り裂かれつつも、その腕も吹っ飛ばした。

残る金棒。

地面に伏せるようにして、いきなり上空に飛ぶブラフマー。

残った金棒を、槍のように構える。

投擲の姿勢だ。

恐らく、残った全ての力をつぎ込んで、クーデリアに叩き込んでくるつもりだろう。見抜いている。

もう、クーデリアに余力があまりないことを。

これを迎撃していたら、敵の本体を打ち抜く力が残らない。

相手が、笑みを浮かべる。

それが、分かった。

顔も無いのに。

いや違う。

顔なら、ある。

「はあ……っ!」

呼吸を整え直すと、全ての精神を集中。まるで、いさなを捕る漁師のように、金棒を構えるブラフマーに対して、自ら跳ぶ。

どうするつもりだ。それは悪手だろう。

そう言っているのが、聞こえる気がしたが。しかし、それでいい。

金棒を、クロスノヴァで相殺。

勢いを殺した金棒を、空中で蹴って、敵の眼前に。

敵も、素手。

此方も、余力無し。

だが、敵には再生能力がある。勝った、と思った事だろう。

しかし、この時点で、クーデリアの勝ちは確定した。

銃を、ホルスターに二丁ともしまう。

唖然としたブラフマーに。

拳を、たたき込み。

更に踵落としで、地面に叩き落とす。

「な……」

ブラフマーが、驚愕の叫びを上げた。もはや、口などないのに。恐らくは、空気を魔術で振動させて、音を発生させているのだ。

クーデリアは、口になど、出さない。

だが、クーデリアは、心中にて叫ぶ。

「あたしはねえ……戦士として芽が出なくて、だから結果としてありとあらゆる武術を学んできたのだけれど」

地面に突き刺さったブラフマーが、立ち上がる。

その腹がはぜ割れて。

眼が、現れる。

此奴の一番頑強な守りは、腹。

つまり、事実上の脳は、腹にある。

そんな事は、頭が偽物だと分かった時点で判断できていた。

ラッシュ。

拳を無数に叩き込む。

拳からも、血がしぶいているが、関係無い。ラッシュラッシュラッシュ。もはや余力が無い敵を、そのまま、全身を叩いて、打ち砕いていく。

一撃ごとに、骨が砕け。

肉が潰れ。

内臓が爆ぜる。

今、此奴に。

クーデリアが積んできたものをぶつけていく。心で、叫ぶ。

クーデリアの肉体も、限界近い。一撃ごとに筋肉が切れる。骨に罅が入る。だが。

「得たのは、銃での戦闘技術だけじゃない! 無数の修練が! 無数の訓練が! 戦闘でのカードを、あたしにくれた!」

双掌打。

ブラフマーの巨体が、揺らぐ。

再生が間に合わない。

クーデリアの力も、もう殆ど残っていないが、関係無い。雄叫びとともに、揺らいだ巨体の中心に。

踏み込んでからの正拳突きを叩き込む。

敵の巨大な眼が、爆ぜ。

脳に、打撃が通った。

最後に。

普通に、語りかける。

周囲には、生きている敵は。雑魚でさえいないから。

「見ての通りよ。 切り札は、最後まで取っておくもの、でね」

「……見事。 敗れはしたが、悔いはない。 貴殿は、偉大なる戦士だ」

「従わざるを得なかったのだろうけれど。 産み出した相手が悪かったわね」

「その通りだ。 其方に生まれたかったぞ、偉大なる戦士クーデリア。 ……すぐに離れよ。 私に勝った戦士に、無駄な泥をつけたくないのでな」

頷くと、クーデリアは。

ネクタルを飲み干すと。ボキボキに骨が折れた手を引っこ抜き。ブレイブマスクの再生能力を全開にしながら、跳び離れた。

爆裂。

キノコ雲が上がるほどの火力。

逆らえないように、脳に直接仕込まれた爆発物だろう。

着地すると、クーデリアは、また銃を引き抜く。

嘔吐しそうになるが、こらえる。

ダメージが、露骨なほどに分かる。多分あらゆる内臓が出血し、悲鳴を上げている状態だ。

全身のフィードバックダメージが凄まじい。何とか無理矢理戦闘可能な状態にまで引き戻したが。

これは、ハルト砦に戻ってから、生死の境をさまようことになるだろう。

だが、均衡は崩した。

更に、此処から決定打をいれる。

戻るのは、それからだ。

口を拭う。

盛大に吐血していたらしい。

どうでもいい。

まずは、ロロナに仕掛けている、あの尊大そうな翼を持つ奴からだ。

魔術合戦をロロナと繰り返していたアフラマズダが、振り返る。

後ろに回ったクーデリア。

同時に、ロロナも動く。

こんな風に壊れてしまっても。

今でも、比翼。

世界で最高の、パートナーだ。一緒に戦えば。あのジオ王にだって勝てる。

アフラマズダがガードの魔術を張ろうとするが、遅い。

クーデリア自身は、囮。

神速自在帯で加速したロロナ自身が、空中で砲撃を利用して、機動。

無防備なアフラマズダの横っ面に、砲弾のような蹴りを叩き込んでいた。

まさか。ロロナが肉弾戦をするなんて、思ってもいなかったのだろう。態勢を崩したアフラマズダが、地面に落ち、爆煙を上げる。

だが、即座に立ち上がり、上空に砲撃を乱射してくるのは流石だ。

流石だが。

もはや、此奴の命運は尽きた。

横っ腹に、クーデリアが蹴りを叩き込む。

クロスノヴァを使う余力は残っていないが、そんなものはどうでもいい。ほぼ無傷のままロロナを勝たせれば、その時点で勝負はつく。残り二人も、押し潰すだけだ。

「がぐっ!」

「魔術は立派でも、肉体はそうでもないみたいね」

「お、おの、れ……!」

気付いたのだろう。

至近距離。

丁度見上げるように、ロロナがアフラマズダの下にいて。最大火力の砲撃準備を、既に終えているという事を。

絶叫。

光に消える。

だが、クーデリアは気付く。

ロロナも、飛び退いたクーデリアを見て、悟る。

上半身が消し飛んだアフラマズダだが。

その消し飛んだ上半身を埋めるように、傷口から大量の触手が伸び。そして体を作り替えていく。

「四神最強の私が、この程度で屈すると思ったか!」

ロロナを相手にするために造られた奴だ。

まあ、頑丈だろうとは思っていたが。

アフラマズダが、全身を赤黒く染め。背中には、白い翼と、赤黒い翼が。顔は二つになる。右手には巨大な剣を。左手には杖を。

神々の王を気取るその姿は。

神々しくもあり。しかし、クーデリアには、尊大な暴君にも見えた。

「くーちゃん、まだ行ける?」

「此奴を潰したら、後は頼むわ」

「おっけー」

アフラマズダの返事は、叫びだった。

上空に、無数の光の球。

辺りに、無差別攻撃を開始するアフラマズダ。爆撃の火力は凄まじく、まるで仕掛ける隙が無い。

そう。

普通の使い手なら、確かにその通りだろう。

此奴は戦士としてのロロナを侮っている。

ロロナは確かに肉弾戦は苦手だったが、アーランドでもランク10になった実力者だ。それも、トトリのように錬金術の功績メインでは無い。戦闘メインで、である。

それだけの戦闘経験を、クーデリアと一緒に積んできたし。

格上の敵とは、嫌と言うほど戦って来たのだ。

ましてや、同格の相手に。

遅れなどとるものか。

滑らかに、滑るように。

ロロナが、爆撃の中を移動していく。

アフラマズダが吼える。

地面が見る間に凍り付いていく。二つの魔術を、同時発動か。いや、これはそんな生やさしいものではない。

ロロナの周囲を凍り付けにして、移動を封じた瞬間。

今度は、雷撃が、周囲を叩きふせた。

クーデリアは、距離を取って、様子見。

今の段階では、それでいい。

アフラマズダが、高笑いしているけれど。分かっていない。ロロナが、既に、距離を更に詰めていることに。

気付く。

愕然としたようだが。

しかし、事実だ。

凍らされた地面を、一瞬で温め、溶かし。

そして、雷撃は、単純に防いだ。

神速自在帯の超高速詠唱。更に、あきれ果てるほどの魔力容量が揃って、出来る技なのだが。

アフラマズダは気付いているだろうか。

まだ、ロロナが、半分遊んでいることに。

爆撃が、集中し始める。

ロロナが回避。滑るように、斜め移動を繰り返しながら、それでも確実にアフラマズダに近づいていく。

クーデリアを牽制するように、此方にも火球を降らせてくるアフラマズダだが。

生憎、まだ仕掛ける気は無い。

ダメージを、確実に回復している最中だ。砦に戻ってから地獄を見るのは確定だが、今のうちに少しでも措置をして、回復の手間を減らしておきたい。

それに、である。

正直、此処で牽制しているだけで、ロロナの手間は四割減。アフラマズダの方の支援は、雑魚が遠巻きに此方を伺うしか無い状況。

仕掛ける気満々のロロナと。

いつ仕掛けてくるか分からないクーデリアを、両方警戒し続けなければならないのである。

正直同情するが。

しかし、容赦はしない。

叫び。

アフラマズダが、全力を出したらしい。凄まじい魔力が吹き上がる。物理的圧力さえ伴うほどの魔力だ。

やっと理解したのだろう。

今のロロナが如何に危険で。

恐らく、一なる五人でさえ、そのおぞましいまでの実力を、把握仕切っていなかったという事に。

クーデリアやステルクとは違う。

ロロナは、長期的にデザインされたのだ。

人の外へと。

だから、絶対に許すことも出来ないし。

どのような手段でも用いる覚悟を決めておかないと、救う事だって出来はしないのである。

直接、膨大な火球をロロナに放とうとする瞬間。

クーデリアが仕掛ける。

二つある頭の、一つを蹴り砕き。

更に。詠唱中の魔法陣の一つを。

残りわずかな魔力を使って、火焔弾を生成。ぶち抜く。

そして、もう一発。

重圧弾を叩き込む。

防ぐアフラマズダ。

だが、それが終焉だ。

ロロナが、笑顔のまま。アフラマズダの左足に触れる。

クーデリアは、全力で跳び離れていた。

巻き込まれたら、死ぬからだ。

「はい、おしまい」

「あ、あああああああ、あぎゃあああああああああっ!」

悲鳴を上げるアフラマズダだが、もはや逃れる術も。助ける方法さえもない。

空間が、瞬時に圧縮され、小さな球体に。

それを、笑顔のまま。

無造作に、ロロナは踏みつぶしていた。

卵を踏みつぶすよりも容易だっただろう。

一瞬で踏み砕かれたアフラマズダの。肉塊としか言いようが無い亡骸が、其処には散らばっていた。

「相変わらずえぐいわね、それ」

「でも、この術、神速自在帯で詠唱高速化できないの。 くーちゃんが気を引いてくれたから出来るんだよ」

「分かってるけれど、ね」

さて、残りは二匹。

流石に気付いたのだろう。ゼウスが味方の大軍の中に下がろうとする。ステルクが、それを追撃に掛かる。

クーデリアは頷くと、ロロナとハイタッチ。

後は任せて、砦に撤退。

もはや、ロロナを支援する必要もないだろう。

この戦線は、勝ち確定だ。

 

2、頂上

 

もはや、形容の言葉も無い。

ジオは、王として様々なものを見聞きしてきたし。

何よりも、戦士として、あらゆる敵と剣を交えてきた。

だが、その姿は、醜いやおぞましいというものを、既に超越してしまっている状態だった。

恐らく、合理的なのだろう。

無数の重なりあった肉体。

大量のカプセルが周囲に連結され。

その中には、頭か脳みそが、詰め込まれている。どの脳みそも生きているのが、気配から察知できる。

だが、どうにもしてやれない。

大きく嘆息するジオの周囲には。

既に斬り伏せた無数の敵の死骸が散らばっていた。

「ほう。 アストリッドは姿を見せぬか」

「前は一人と互角だったのに、私達全員とやり合うつもり?」

「ふむ、そうだな」

二つの声色がした。

やはり、一なる五人はその中に全て混じっていると見て良いだろう。ジオは鼻を鳴らす。まともな受け答えをするのも阿呆らしい。

そして何となく理解する。

これは、本体だろうが。

此奴を倒しても、一なる五人は滅ぼせない。

そうでなければ、この邪悪な思考回路を持つ五つの闇の魂が。最前線にわざわざ出てくる筈も無いのだ。

その巨体は、まるで山のよう。

エントほどではないが。小さな丘くらいは確実にある。全周だけでも、四百歩以上はあると見て良いだろう。

肉の塊としかいいようがない巨体からは、人体を重ね合わせたような造形の、触手が無数に伸び。

その全てから、別々の魔術を発動できるようだった。

戦いは、唐突に始まる。

ジオが仕掛ける。

無数の斬撃を浴びせかけるけれど。

その全てが、百層近いデタラメな防御術式に阻まれた。神話の時代の存在でも、こんな技を使えるとは思えない。

瞬時に防御の壁を切り裂いていくけれど。

内側から、それ以上の速度で、防御壁が造り続けられる。

「ほらほら、どうしたの? その程度で壁は破れないよ?」

「アハハハ! 弱い弱い!」

けらけら。

子供らしい声色が二つ。

遊んでいるのだ。

だが、それこそ好都合。

ジオは今回の戦いに備えて、様々な準備をしてきている。

その中の一つが。

ロロナに造らせた、神速自在帯。

オリジナルの、ロロナのものほどの性能はないけれど。

それでも、ジオを更に加速させることが可能だ。

加速。

防御術式を、抜く。

そして、敵の至近に。

斬撃を浴びせ、触手を数本、斬り伏せた。

だが、其処まで。

危険を感じて飛び退く。

敵の周囲が、凄まじい重圧によって、凹むのが見えた。

辺りを、押し潰しているのだ。

「思ったより速いわね」

「そのままでは捕らえられそうにないなあ」

若い女と、老翁の声。

切り裂いた触手も、即座に再生していく。

神速自在帯を解除。

なるほど、体に負担が掛かる。改良を重ねてもまだこれか。初期の段階では、さぞやロロナは苦労しながら使っていただろう。

あまり、手の内を見せてやるのも面白くない。

一瞬で決めてしまうのが、最善か。

ジオは、態勢を低くする。

秘剣の一つを、使うつもりになったのである。

それを見て、一なる五人も黙り込む。

恐らく、本気になったと、気付いたのだろう。

同時に、幾つかの道具を、追加で発動。

まずはグナーデリング。

身体能力を上げるおきまりの道具だが。これは特別製。ロロナに造らせ、トトリにチューンさせた、最高性能の品だ。今時は、アーランドのハイランカーは皆装備している便利な道具なのだけれど。その中でも、素材から作り手までを選び抜いた、最高品質の代物である。

それだけではない。

同時に発動する、複数の道具で。魔力も、筋力も、極限まで上げ。回復力も高め上げる。大陸最強の身体能力に。

更に、磨きを掛けるのだ。

「ふうう……」

息を吐き出す。

敵が、本気で防御術式を展開するのが見えた。

いや、違う。これは。

発動。

モンスター達が、悲鳴を上げる。

周辺、千歩四方が。

一瞬にして、押し潰される。

巻き込まれる雑魚など、どうでも良いというのだろう。

ただ、自分の周囲を、こうして空間的な意味での絶対防御で守り抜く。それだけではない。

範囲外に離れたジオは、気付く。

魔術発動の気配。

離れる。

瞬時に、ジオがいた地点が、押し潰される。

なるほど、この圧殺。任意の地点で、発生させることが出来るのか。おぞましいなどと言う次元の代物では無い。

文字通り、神域の技だ。

近づこうにも、そうするだけで押し潰される。

試しに遠くから斬撃を放ってみるが。

敵に届く前に、先の数倍に達するとんでも無い防御魔術によって、散らされてしまう。これは、文字通り攻守ともに完璧だ。

なるほど、仕掛けてくるわけである。

これなら、世界の何が相手でも。

それこそ、いにしえの兵器群が相手でも。

余裕を持って、蹂躙できると判断しても、不思議では無い。

だが、今は。

いにしえではない。

ジオも、仕掛ける。

低く伏せると、全力で加速。

そして、一瞬後には、大量の斬撃を、敵に向けて浴びせかけていた。

煽ることも、嘲笑うこともしない。

敵も、既に本気状態だ。

無数の防御壁で、防ぐ。完璧に、防ぎ抜いてみせる。

だが、その時には。

ジオは。敵の至近。

押し潰されつつも、防御壁の内側に。

そう、防御壁が再展開される一瞬の間に、内側に潜り込んだのだ。負担も、尋常では無いが。

「秘剣……アインツェルカンプ!」

それは、あくまで。

技発動のためのトリガー。

呪文詠唱に近い代物。

全身のダメージがひどいが、それでも、完璧に発動させる。

千を超える斬撃が、敵を切り裂き。

そして、その倍する爆発が、敵を内側から破裂させる。

離れた。

押し潰す魔術が、中断している。道具を使って無理矢理体を回復させていくが、はてさて。

敵は、押し潰された肉のように、ばらばらになって散らばったが。

「ほう、やるな……」

思わず、呟いていた。

完璧なまでの再生を、一瞬で遂げていく。

しかも再生の最中には、既にあの圧殺防御壁を復活させていた。

だが、そろそろ良いだろう。

時間は、充分に稼いだ。

敵の後方で、爆発。

それも、何度も連続して。

アストリッドだ。

「補給を断ちに来たか」

「その通りだ。 如何に燃費が良いモンスターといえど、この数。 補給無しで、長時間の戦闘は続行できまい?」

「それだけではあるまい」

「その通りだ」

戦場に、さざ波のように走る魔力の波。

今度はトトリである。

彼奴が、何故執拗に敵の首をもいで回っていたか。

それは、一なる五人からの命令伝達を、防ぐための手段を確立するためだったのである。勿論、脳から直接情報を引っ張り出す目的もあったのだが。

モンスター達が、呆然と周囲を見回している。

懐から取り出した照明弾を、ジオは放り上げた。

「鏖殺せよ……!」

数の暴力は、この瞬間。

鏖殺される群衆へと、変わる。

 

負傷者を砦に戻し。

何度も何度も押し寄せる敵を、叩き潰して回る。

前線のハイランカー達は流石に別格の戦闘力で、敵を蹴散らしてくれているけれど。やはり、強い敵が優先。

弱い敵は、どうしてもその網を抜けて、此方に来る。

取りこぼし無く処理していくのが、メルル達の仕事。

そして弱いと言っても、数が数。

強力な武器も装備している。

ケイナが、肩を揺らして呼吸を整える。鞄には、既に大量の矢が尽き立っていた。

ライアスが、無理矢理腕に突き刺さった矢を引き抜く。鏃もきちんと抜けているのは、腕が上がったからだろう。

だが、それでも。

皆の負傷が、目に見えてひどくなってきていた。

敵の数が、多すぎるのだ。

また敵が来る。

三百はいる。

メルルは低く伏せると、突撃。

敵陣の真ん中をぶち抜いて、向こう側に抜ける。その過程で十数体の敵をミンチにして吹っ飛ばしたが。

味方がついてくるかは、別の問題だ。

シェリさんが、防御術式を展開。ザガルトスさんが、側を固めてくれる。

皆で周囲の敵を掃討。

だが、矢が飛んでくるし。

防ぎ切れもしない。

悲鳴を上げて、セダンさんが吹っ飛ばされる。敵の拳での一撃を、かわしきれなかったのである。

最初からかなり張り切っていたセダンさんだ。

いや、戦場での狂気に呑まれて、配分を誤っていたのだろう。暴れに暴れていた彼女は、疲弊が来るのも早かった。

すぐにホムンクルスの一人が、セダンさんの支援に。その彼女も、既に血だらけ。臓物塗れ。

メルルも、近寄ってくる雑魚を切り伏せながら、叫ぶ。

「撤退支援!」

「了解!」

ミミさんが敵中に踊り込むと、主力らしい数体を、瞬く間に斬り伏せる。

ジーノさんが、倒れているセダンさんの側に飛びつき、矢を払いのける。その隙に、ホムンクルスが、セダンさんを背負って後方に。

メルルは、また息を吐き出すと。

人間破城槌の態勢に。

そして、突貫。

敵陣をぶち抜いて、向こう側に抜ける。

その過程で、二本の矢を受けていた。

2111さんが叫ぶ。

「敵増援! 更に二百!」

「きりがないわね……」

ミミさんが呻く。

メルルも矢を引き抜くと、放り捨て。乱暴にネクタルを飲み干す。

既に十六名が重傷で脱落。

セダンさんが抜けた分を考慮すると、更に増える。砦まで戻ったホムンクルスだって、向こうで手当を受けてくるのだ。

アールズの兵士達も、頑張ってくれているが。

一人、また一人と倒れていく。

戦死は可能な限りさせない。

重傷を受けたとみるや、すぐに引き返させるけれど。

それでも、助かるかどうか、微妙な傷を受けている者も多い。アールズの王女として、心が痛む。

死体の山を築きながら、敵を駆逐。

呼吸を整えながら、ネクタルを飲み干す。

これでも、相当数を、味方が削ってくれているはずだ。

かなり負担は小さい。

そう考えて、戦っていくしか無い。

伝令が来た。

砦からだ。

アールズの兵士である。戦場だから、どちらも荒々しい口調である。

「伝令っ!」

「聞こう。 話せ」

「支援要請です。 リザードマン族の集落が、敵の侵入を許しました! 前線が処理し損ねた敵によるものです!」

「行くしか無いわね」

ミミさんが呻く。

頷くと、メルルは、ミミさんとジーノさんに、行って貰う事にする。

「此方は支えます。 二人でお願いします」

「無理はしないようにね」

「ええ……」

とはいっても。

二人も、既に相当な消耗をしている。朝からずっと、雲霞のような敵の大軍とやり合い続けているのだ。

消耗しないはずも無い。

また、敵の軍勢が姿を見せる。

前線を下げるしか無いか。

そう思った、その矢先だった。

空に向けて、凄まじい花火が上がる。恐らくはロロナちゃんによる砲撃だろう。それに巻き込まれて、何かが木っ端みじんになるのが分かった。凄まじい火力の直撃を受けて、大物が吹っ飛んだのだ。

敵の主力にいる強い奴が何か、死んだのだと見て良い。

続けざまに、もう一つの気配が消える。

死んだか、撤退したか。

敵が乱れるのが分かった。

好機だ。

「攻勢を掛ける! 総員、続けっ!」

「応っ!」

雄叫びを上げると。

メルルは、残った力を総動員して、敵中に突貫。突撃してきた敵に、逆撃を仕掛ける。敵の動きが、鈍い。

唖然としている者もいる。

容赦はしない。

その場で、鏖殺する。

味方の兵士の中には、メルルが一人前になった後に、城に召し抱えられた者もいる。セダンさんのように、経験が浅い。

そう言う者は、真っ先に敵による打撃を受けて、砦に退くか。

或いは、狂気の笑いを上げながら、滅茶苦茶に戦っていた。味方さえも、傷つけかねない勢いで。

これが、戦場だ。

きれい事なんて、通用しない。

殺戮に殺戮を重ね。

敵を押し返し。

そして、前線を押し上げて、見る。

其処は、地獄というのも生やさしい有様。

ハイランカー達も、限界が近い中戦っている。積み重ねられている無数の屍。敵の気配も強い。

加勢する。

メルルが叫び、更に敵陣を切り裂く。

無数の敵が、どうしてだろう。

ある一点から、逃げに転じた。

 

3、悪夢そのもの

 

夜中。

一旦、戦闘が収まった。

途中からは鏖殺に等しい有様だったけれど。それでも、敵の数が多すぎる。とても処理など出来なかった。

砦に、味方が続々と戻ってくる。

負傷していない者など、存在しない。他の野戦陣地も幾つか構築されているけれど、其処も同じだろう。

メルルは、砦に戻ると同時に、倒れてしまう。

全身を酷使しすぎたのだ。

寝かされ、幾つかの薬を投与され。傷の処置も行われた。

若干意識が虚ろになるが。

それでも、報告はきちんと聞く。

「敵の後方拠点は、味方の奇襲により壊滅! 補給を切断することにも見事成功した模様です! 敵の主力にも大きな打撃を与えました! 敵は一旦後退を開始。 モディスに集結する様子です!」

「有難う。 味方の損害は?」

「……」

「良い、話して」

死者だけで、177名。

今回此処に集った戦士が、二千程度だから、その内の一割近くが失われた。継戦能力がある味方は、残り半分と見て良いだろう。

ミミさんとジーノさんが戻ってくる。

ベッドで、包帯まみれになっているメルルを見て、ミミさんは悲しそうに眉をひそめた。

「ミミさん、其方はどうでしたか」

「ひどい有様よ」

スピアの軍勢には、理性も慈悲も無い。

そんな事はわかりきっていたが。

リザードマン族の集落は、大きな被害を受けていたという。

ミミさんとジーノさんで敵を蹴散らし、何とか押し返すことには成功したが。多くの非戦闘員が敵の牙に掛かり。その中には、生まれたばかりの子供や、まだ孵化を待つ卵までもが含まれていたという。

許せない。

ミミさんが呻く。

スピアの軍勢の推定被害は、七万ほど。凄まじい戦いの中で、味方の主力である国家軍事力級戦士の内、クーデリアさんは今意識不明の重体。彼女が率先して敵主力を潰し、後はなし崩しに敵を倒すことに成功したという。

しかし、敵主力の内。

国家軍事力級戦士と互角に渡り合った二体は、逃亡に成功。

また、ジオ王も大きな負傷を受けていて、今は治療中、という事だった。

味方の損害は、最終的に三百名を超えるという。

その中には、リス族や兎族、悪魔族、ペンギン族、リザードマン族の、戦線に加わってくれた勇士達も含まれている。

義勇兵とも言える彼らの被害は大きく。

彼らが如何にスピアを危険視し。

世界のために、命をなげうってくれたかは、明らかだった。

いつの間にか、メルルの側には、人がいなくなっていた。

ケイナだけが、手当を続けてくれている。

ケイナだって、傷がかなり深いのに。

「ケイナ、もう良いよ。 私は良いから、状態が危ない人を助けにいって」

「今、エメスちゃん達が頑張っています」

「……!」

そうか、負傷者の救護にも、あの子達は最適か。

疲れを知らず、何より献身的だ。メルルは、正直な所、創造主として鼻が高い。頑張ってくれているエメス達は、メルルの誇りだ。

傷の手当ては、終わっている。

流石にいきなり明日から全力で戦うのは無理だけれど。

もう一戦あるとしても。

何とか、やりきれる。

ケイナも、疲れが目に見えている。

「メルル、傷、痛みませんか?」

「痛いよ。 でも、ケイナだって」

「……こんな戦い、どうして始めたんでしょうね」

「スピアが出てこなかったら、これより規模は小さかったと思うけれど。 いずれ列強と辺境は、ぶつかっていたって話もあるね」

事実、小競り合いは絶えなかったのだ。

アーランドの伸張も早すぎる。

元から、列強との決戦を見越していた、と言う話もある。それが、たまたまこういう形で、役だった。

でも、戦いには代わりは無い。

辺りはうめき声だらけ。

今また、命が消えていく。

ため息も零れる。

まだ、メルルは。力が足りない。

無理矢理一眠りして、早朝に起き出す。包帯を換えてもらって、陣中を見て回った。最初にあったのは、ステルクさん。

流石というべきか。

凄まじい乱戦をこなしたという話なのに。

疲れを見せていない。

「無事でありましたか、メルル姫」

「はい、おかげさまで」

「良かった。 何よりです」

大げさな喜び方をするステルクさん。何だか恐縮である。それよりも、怪我をした味方の様子が気になる。

まずはセダンさん。

一番負傷がひどかったからだ。

見に行くと、彼女はまだ意識が戻っていない。

治療に当たっているリス族の老医師の話によると。深手を何カ所かに受けていたという。精神が肉体を完全に凌駕して、狂戦士状態で暴れ狂っていた、という事なのだろう。若い兵士には、よくあることだ。

ネクタルが無ければ、死んでいた。

そう断言もされた。

何とか峠は越えたけれど。それでも、まだ油断は出来ないという。少なくとも、この戦役には、もう参加できないそうだ。

頷くと、他の兵士も見に行く。

一番若い兵士は、意識を取り戻していたけれど。

PTSDになってしまっていた。

ずっと怯え続けている。

最近は治療法もあると言う事だけれど。

受けるかどうかは、本人次第だろう。

無理もない。

あんな過酷な戦場にかり出されたのだ。

他にも、PTSDに掛かってしまった兵士はかなりいる様子だ。メルルとしては、正直心が苦しい。

クーデリアさんを見に行く。

最前線で、味方が拮抗を崩すきっかけを作った立役者。

だが、今も意識が戻っていない。

かなり危ない状態だそうで。ロロナちゃんが、ずっと付き添いで看護をしていた。ロロナちゃんは、この世界でも最高の錬金術師の一人だ。恐らくは、これが最高の布陣と見て良いだろう。

だけれども。

どうしてだろう。

ロロナちゃんの対応は、とても淡々としていて。

何だか、見ていてとても胸が締め付けられた。

「あの、ロロナちゃん」

「なーにー?」

「クーデリアさんが、心配じゃないの?」

「助かるから、問題ないよ」

そう言う話じゃと、言いかけて。

ステルクさんに、止められた。

首を横に振るステルクさん。ロロナちゃんは明るいお歌を唄いながら。倒れた、比翼の友を看護し続けている。

でも、悲しんでいる様子も無い。

やはり、大きな歪みがあるのは、間違いなかった。

部屋の外に出る。

ステルクさんは、非常に険しい顔をしていた。

「どうか許してください。 ロロナは壊れてしまっているのです」

「……見ていると、何となく分かります」

「トトリも、同じです。 錬金術は魔の学問だとしか、私には思えない」

そうか。

それで、だったのか。

ようやく、はっきり理解できた。

この人は、恐らく。

ロロナちゃんや。

トトリ先生が。

壊れるところに、立ち会ってしまったのだろう。

だから、メルルがまだ壊れていないのを見て、ほっとした。ひょっとすると、もっと多くの人が。壊れるのに立ち会ってしまったのかも知れない。

錬金術は、魔の学問、か。

悲しい言葉だ。

ただの力でしか無い錬金術が、そのように思われるなんて。

だけれど、この人ほどの戦士がそう思うのだ。

きっと、余程悲しいものを見たのだろう。

雷鳴が来る。

表情は、相当に険しかった。

「敵が動き出しました」

「馬鹿な、昨日の今日だぞ」

「まだ余裕がある、という事なのでしょうな」

「……」

ステルクさんは、剣を手に、外に飛び出していく。

メルルは、すぐに動ける味方を呼び集める。昨日の半分ほどしか集まらない。ライアスとケイナ、シェリさんとザガルトスさん。2111さんは無事だ。

2319さんは、昨日の戦いの終わり際に、かなりひどい怪我をして、まだ治療中である。

ミミさんとジーノさんは、今回指揮を離れる。

最前線で戦っていたハイランカーも、昨日は大きな被害を出した。穴埋めのためである。ましてや今回、敵はリザードマン族の領地に向けて、五万近い兵力で押し出してきているという。

クーデリアさんが動けないこの状況。

とてもではないが、此方も余裕は無い。

敵は昨日の戦いだけで三割以上に達する兵力を失ったという話なのに。どうしてこうも矢継ぎ早に戦えるというのか。

メルルも、すぐに砦を出る。

傷が痛むけれど、そんな事は言っていられない。

振り返ると。

メルルについてきた兵士達や戦士も。皆、無傷とはいかなかった。

「伝令!」

前線から戻ってきた兵士が、肩から矢を生やしている。痛々しいけれど。それを抜く暇も無かった、という事だ。

「敵の数はおよそ十二万! 此方にはおよそ七万が向かっています!」

「此方だけで七万……!」

それにしても、最大規模の兵力だ。

ステルクさんが食い止めに向かっているはずだけれど、彼だけではとても無理だろう。かといって、ジオ王でさえひどく負傷している現状だ。

敵の狙いは、或いはこれだったのか。

ロロナちゃんが、側に着地。

「行ってくるね」

「! クーデリアさんは」

「くーちゃんなら寝てるよ。 私が側にいても、何も出来ないしね」

「……」

あんまりだ。

この人は、本当に壊れてしまっている。

ステルクさんが嘆くのも、よく分かる。合理的判断を下しているというのではなく。ただ淡々とそう応じているのが、メルルにもよく分かったから。その哀しみが、余計に理解できた。

味方の戦士達が、砦から出てくる。

メルルも、無理押しで出てきたのだ。あまり激しくは戦えないだろう。だけれども、やるしかない。

敵が見えてくる。

ステルクさんが、削っているという事だけれど。それでも、とんでもない数だ。ハイランカー達が、強い敵を削りに、敵中に突入する。彼らだって、負傷を無理に押し殺して出てきているのだ。

戦闘が始まる。

これは、間違いない。

恐らく、今までに無い被害が出る。

負傷した戦士達の援護が出来ない。それくらい、敵の状況が滅茶苦茶だ。相手は死ぬ事なんて、まったく怖れていない、ただ此方を削りさえすれば、それで良いと考えている。

昨日、途中で動きが止まった敵だけれど。

今日は、もはや秩序も無く。

ただ数を武器に、攻め寄せて来ていた。これはもはや、軍隊でも群れでさえもない。ただ殺意だけを、肉の塊に宿らせた存在だ。こんなもの、バケモノでさえない。昨日、途中から敵が動きを止めたけれど。その影響なのだろうか。

あり得ることだ。

制御が効かないなら、いっそ全部数の暴力のみを行かして叩き付けてしまえ。そんな風に考えているとしたら。

背筋が凍りそうだ。一なる五人は、本当に、バケモノ以上の怪物と化しているとしか思えない。

取りこぼしが、殺到してくる。

指示が来る。

後退しつつ、砦の前面に敵を集めよ。

なるほど、そう言うことか。でも、上手く行くだろうか。ハイランカー達も、相当に苦戦している。

敵は血まみれだろうが手足が取れていようが、噛みつくように殺到してくる。

滅茶苦茶だ。

敵の後方が、爆裂する。退路を断たれた、という事だろう。恐らく父上やルーフェス、動きが見えないアストリッドさん辺りによる攻撃だが。

敵は、もはや。

補給さえ、どうでも良いようだった。

凄まじい鏖殺が始まる。鏖殺しきらないと、此方が殺される。もはや何も考えさえせず、突撃してくる敵の群れ。

様々なモンスターも、人型ホムンクルスもいる。

その全てが、眼に知性を宿さず。

ただひたすら、突撃してくる。

横殴りに、丘を、閃光が貫く。

敵が爆裂して、消し飛ぶ。

ロロナちゃんだ。

横殴りに、集めた敵を消し飛ばしていってくれている。文字通りの虐殺。つるべ打ちも良い所だ。

だが、それでも敵は。

炎と味方の焼け焦げた死体を踏み越えて、突入してくる。

吐いた味方を止められない。

メルル自身も、狂気に全身が浸されそうだった。

乱射されるロロナちゃんの砲撃。

一撃ごとに、敵の少なからぬ数が消し飛んでいく。遙か向こうでは、雷撃が飛び交い。空中で、凄まじい戦いが行われているようだけれど。

介入する余裕なんて無い。

後退。

誰かが叫ぶ。

敵が、砦の至近まで来る。

生きている大砲達が支援を続行。砲身が焼き付きそうになるまで、牽制の射撃を繰り返してくれる。

メルルは必死に重傷者を庇いながら、敵を殺し続け。

そして、精神が、軋む音を確かに聞いた。

死体が積み上がっていく。

味方の被害も、うなぎ登りに。

最後まで立っていられるか。

メルルには、あまり自信が無かった。

 

翌日、早朝。

どうにか戦いは終わった。

砦の至近まで引きつけた敵を鏖殺しきったのだ。本当に、砦の眼前には、おぞましい屍の山が作り上げられていた。

味方の被害も凄まじい。

あまり考えたくもないし、聞きたくもないけれど。

メルルは、知らなければならなかった。

砦に戻って、報告を聞く。

機械的に、生き残ったホムンクルスの戦士が。

戦慄するべき数字を口にした。

戦死者、ほぼ生存が絶望的な行方不明者、併せて五百八十七名。

昨日と併せると、戦死者は七百を超え。全体の三割を軽く超過している。文字通り、壊滅である。

一方敵は、突入に使用した部隊を全て失い。

モディス近辺に、二万程度の兵力を残すのみ。

二度の会戦で、九割近い兵力を失ったことになる。

損害比率で言えば、完勝。

だけれども。

もはや攻勢に出るどころか。周辺を守るので、精一杯となってしまった。耕作地を守るのにさえ、兵力が足りるかどうか。

治療は、急ピッチで進められているけれど。

肉体のダメージもそうだが。

精神的に大きなダメージを受けてしまっている者が多かった。

笑いながら徘徊している、まだ若い兵士。慌ててエメスが取り押さえると、連れていく。そうすると、今度は急に大泣きを始める。

精神が壊れて、幼児になってしまっているのだ。

焦点の合わない目で、天井をじっと見つめているだけの人もいる。

傷はそれほど深くないと言う話だけれど。

これでは、現実に帰ってこられるか分からない。

痛い痛いと、悲鳴を上げている戦士。

医療魔術師によると、既に傷は塞いでいるし、痛みも取り除いているという。つまりは、幻痛だ。

おぞましいまでの経験で。

精神に異常をきたして、ずっと痛みを感じ続けている、という事なのだろう。

リザードマン族の戦士も、かなりの数が横たえられている。

もはや戦う力も残っていない。

戦士として名高いペンギン族も、少数が援軍に来てくれていたけれど。彼らも、多くを討ち死にさせ。残りも、手酷く負傷していた。

ケイナは、意識が戻らない。

戦闘の終盤で、体を半分失っているベヒモスが、無理矢理に突撃してきて。それの一撃を、メルルを庇って受けた。

その時、無理をし続けた鞄がついに壊れて。

防ぎきれず、城壁に叩き付けられて。

その場で動けなくなった。

ライアスは、ずっと左腕を押さえて、病床でじっとしている。

指四本を失ったのだ。

アールズ人に限らず、辺境戦士は。指くらいなら、その内再生する。だけれども、ライアスの場合。

バンカーを叩き込んだ後、指を反動で持って行かれた、というのがショックであったらしくて。

何のための鍛錬だったのだろうと、苦しんでいる様子だ。

シェリさんは、ぶっ通しで回復魔術を周囲に掛けて廻り。

ミミさんとジーノさんは、ザガルトスさんと一緒に前線を回って、生き残った味方の捜索と、敵の排除を続けてくれている。

メルルは。

砦の屋上に出ると。

その、おぞましいまでの光景を、目に焼き付ける。

一面の、死体の山。

十二万からなる敵の、成れの果て。

その前の戦いとも併せると。

一瞬で、二十万に近い命が、この世から消えた。世界から力が失われつつあるこの世界で、である。

血の臭い。

焼け焦げた肉の臭い。

そして、もう漂い始めている、腐臭。

医療の方が一段落したら。

今度は、アレを片付けなければならない。

死体をきざんで、処置をして。各地で肥料などとして、活用するのだ。死体の一部は、まとめて焼却して。

墓を造って葬ることになる。

荷車が、何度か来る。

敵中で動けなくなっていた味方を、運んできているのだ。

その中に、ステルクさんをみた。

恐らく、敵の強敵と相打ちになったのだろう。つらそうな表情で、口を引き結んでいた。

トトリ先生は、ふらりと歩いて戻ってくる。

全身に血を浴びていたけれど。

敵から受けた傷によるものではない。

全て、返り血だ。

「メルル姫」

振り返ると、雷鳴だ。

頭に、包帯を巻いている。彼もまた、乱戦の中で、深手を負った一人だ。砦に籠もらず、最前線に出て。

他のハイランカー達と一緒に敵を削り。

味方の被害を減らした。

その結末が、この負傷である。

名誉の負傷と言えば美しいけれど。

この光景を前にして。

名誉など、あるのだろうか。

「アールズの兵士の内、十七名が亡くなりました。 皆、勇敢に戦い。 立派に散って行きました」

「……有難うございます」

「今は休むと良いでしょう。 後は、儂がやっておくとします」

「お言葉に、甘えます」

一気に、力が抜ける。

用意されている自室に入り込むと、ベッドに倒れ込む。

そうすると。

眠気と同時に、凄まじい痛みが、全身を襲う。

何よりも、精神が軋んでいるのが分かる。

呻いた。

これが、戦争だ。

わかりきっていたはずなのに。メルルは何処かで、甘く見ていたのかも知れない。悪夢を幾つも見た。内容をまったく覚えていないのに。目が覚める度に、全身にぐっしょりと汗を掻いていた。

誰にも、恐怖にすくみ上がっている姿なんて見せられない。

起きる度にネクタルを口にして。

体中を綺麗に拭いて。

そして、出来そうなら、外に出て、見回り。

不眠不休で働いてくれている医療魔術師達とエメスが、負傷者は可能な限り助けてくれると言っているけれど。

手足を失った戦士が、つらそうに歩いている光景を、何度も見る。

ジオ王が前から来た。

手酷く傷を受けているけれど。

もう、歩いて大丈夫なようだった。

流石に桁外れのタフネスだ。

「メルル姫。 目を覚まされたか」

「どうにか」

「早速で済まぬが、余は主力を率いて、一度退く。 此処には負傷者とホムンクルスの部隊を残して、当面は様子見だ」

そうだろう。

健在である事を、アピールしなければならない。

あまりにも虚しいけれど。

勝利を喧伝しなければならない。

死んだ兵士達のためにも。

無理にでも、そうしなければならないのが、つらかった。本当はメルルも、それに参加しなければならないのだけれど。

父上とルーフェス、それにジオ王がいれば大丈夫だろう。

「此処は、雷鳴とメルル姫に任せる。 頼めるだろうか」

「はい。 引き受けさせていただきます」

「有り難い。 ステルクも残していく。 後は、頼むぞ」

側近達と、ジオ王が砦を出て行く。

メルルは、その背中を見て。

もう一度、嘆息した。

敵は壊滅。

だが、回復力が決して高い訳でも無い味方は、それこそ歴史的な打撃を受けてしまった。恐らく、敵の狙いはこれだったのだ。

どうせ大勝利しても、侵攻を掛ける余力などない。

それに、敵の生産力、兵の回復力から考えれば。損害など、気にするほどのものでもないのだろう。

敵の首魁は逃げ延びたと聞いている。

エスティさんが戦っていた、空駆ける超速の使い手は仕留めたそうだけれど。ステルクさんが戦っていた、超火力の雷撃使いは逃げ延びているとも聞く。

今後、大きな被害を出すのは、確実だろう。

メルルは頬を叩く。

無事だった2111さんに、まだ動けるホムンクルスの戦士達を集めて貰う。

「何をなさるのです」

「味方の救出作業。 私が行く」

「その状態では無茶です。 それに、トトリ様も動かれています。 今メルル様は、此処で腰を据えて守りを固めるべきです」

守りは、雷鳴に任せる。

そう言うと。2111さんは、悲しそうに目を伏せた。殆ど表情を見せないホムンクルスだけれど。少しだけは分かる。そして、その少しが、とても大きかった。

唇を引き結ぶ。

すんでの所で、踏みとどまった。もう少しで、闇に飛び込むところだった。

「ごめん、その通りだね」

「分かっていただけましたか」

「動ける戦士を、順次前線に。 まだ生きている戦士がいる可能性は高いから、一人でも救出して」

「分かりました。 すぐに手配します」

メルル自身は。

用意されているアトリエで、薬を増やすことにする。

今はどれだけ薬があっても足りない状況だ。

クーデリアさんは、どうにか生死の境を超えて、目を覚ましたそうだけれど。当面は絶対安静。

ハイランカーの多くも鬼籍に入った現状。

メルルに出来る事は、決して多くないが。

それでも、出来る事はある。

不足が予想される薬を造って、倉庫に入れる。倉庫にあった薬は、ごっそりなくなっていた。後から、アールズ王都から追加で運び込まれた分もあるのだけれど。それも根こそぎ、である。

メルルの周囲には。

気がつくと、誰もいなくなっていた。

さっきは、2111さんに、命令を強要しそうになった。その時、気付いたのだ。足首を、闇が掴んでいることに。

必死に、闇から足を引き抜いた。

だけれども。

何度も悪夢に見て。

そして今でも、砦の周囲に拡がっている死体の山を見ると。

正気を保ち続けられるか、自信は無い。

王族として帝王教育を受けてきたメルルだ。これくらいは、耐えられなければ話にならない。そう言い聞かせるけれど。

やはり、どうしても。

精神の傷は、深くなる一方だった。

負傷者を慰撫して回る。

自分で造った薬を投与。場合によっては、苦しんでいる所を叱咤激励して慰める。医療魔術師を呼び、手当をして貰う。

薬については、これでも相当に経験を積んだ。

足りないとみるや、砦のアトリエに戻って、即座に調合。すぐに持ち出す。

医療魔術師やエメス達と一緒にリネンを処置。

洗って乾かし。

殺菌する。

リネンの洗濯に使っている水は、見る間に真っ赤に染まっていく。すぐに流して、次の蒸留水を使うけれど。

それも、きりが無かった。

必死に、顔を拭う。

煤を払っているのではない。

涙を拭っているのでもない。

分かるのだ。

全身が、狂気に汚染されていく。

 

翌日。

生存者の探索継続と同時に。死体の処理が開始された。

モディスにまで後退した敵の残存戦力を攻めるべきだという声も上がったのだけれど。まだ余力があるステルクさんでさえ、その言葉を良しとはしなかった。敵にはまだ彼と互角にやり合える奴がいて。

しかも、一なる五人が健在なのだ。

敵兵そのものの九割方が消滅したといっても。

味方の三割以上が戦死し。

既に行動可能な戦士が殆どいない状況で。

あのジオ王と事実上引き分けた敵がいる場所へ仕掛ける勇気がある者などいない。いるとしても、それは勇気では無い。

蛮勇だ。

幹部にさえ、戦死者が出ている状況だ。

戦闘に参加したハイランカーの中にも、鬼籍に入った者が少なからず出ている。各地から来てくれている戦士の中にも、死者が目立った。それも、司令官級の人材に、である。

昨日の、敵に強要された、無茶苦茶な消耗戦の痛手は。

メルルにも、目に見えるほどによく分かった。

「まだ戦える戦士は」

指揮を執っている雷鳴が見回すが。

殆どが、負傷していて。手足を失っている者も少なくない。

指くらいならどうにでもなる。

辺境戦士なのだ。

だが、手足をまるごととなると、どうにもならない。

ステルクさんが立ち上がる。

同格以上の雷撃を使う相手と、ずっと戦っていたと聞いている。どれだけタフだとしても、同じ戦闘力を発揮できるとは思えない。

「私が、前線で敵を掣肘する」

「頼むぞ」

勿論。

もう、敵も押し出してくる事はないだろう。

流石にこれ以上兵力を消耗すると、一なる五人が丸裸になるし。

何より、ジオ王の話では。

戦った一なる五人は分身というか端末のようなものだったらしいけれど。それでも、通して本体にダメージも与えたそうだ。

相手にしてみれば、戦略的な課題。

つまり、アーランド戦士をはじめとする、アールズに集まっている辺境戦士の主力に致命打を与え、攻勢を断念させる。それは達成したわけで。

これ以上欲を掻いて、戦力を消耗することはないだろう、という事だった。

だが、それも勿論推測に過ぎない。

ステルクさんには、ロロナちゃんが側についていくという。

アストリッドさんは、早々に引き上げていった。

何でも力を使いすぎたとかで。

しばらくは、魔力回復のために、休息が必要だそうである。

この人ほどの使い手ですら、そうだ。

一体、今回の戦いは。

どれだけの悲劇を生んだのか。

会議が終わる。

メルルは、以降は何も考えず、手を動かし続けた。

出来るだけ多くの人を救い。

そして、この戦いの惨禍を。

少しでも、小さくしたかったから、である。

 

4、影消えず

 

一なる五人は。

思った以上に悪い戦況に、舌打ちしていた。

結局生き延びたのはゼウスのみ。

敵の主力にも致命打を与え、大半の国家軍事力級は行動不能にしてやった。特にクーデリアは、当面身動きも出来ないだろう。

リザードマン族の集落に到っては、大半を焼き尽くしてやったし。

アーランドに与する辺境国家どもにとっても、主力を失ったも同然のこの戦い。

かき集めたゴミ共は消耗しつくしたが。

そんなものは、また造れば良い。

人材の育成に膨大な時間と手間が掛かる敵と違う。

此方は、人材などと言う概念そのものがないのだ。

達成した目的は、もう一つある。

戦場で発生した膨大な負の魔力が。

ばっちり回収できた。

「エアトシャッターの様子は」

「覚醒までそう時間もかかるまい」

「それは素晴らしい……」

「ただし、覚醒したてでは、敵に遅れを取る可能性もある。 今回の戦いで、エアトシャッターの廻りを固めさせようと思っていた戦力が、あらかた消滅してしまったからなあ」

舌打ちが混じる。

まさか、彼処までの底力を見せるとは思わなかったのだ。

ハルト砦を潰すくらいは出来るとみていたのだが。

まあ、いい。

エアトシャッターは此方の勢力圏にいる。

敵はもはや、此方の前線を喰い破る力を持っていない。何より、一なる五人がいる場所だって、突き止められはしないだろう。

何より、である。

アールズには、これから七千からなる難民が流れ込む。

アールズとしても、恐らく。

今後、対応のために手一杯になる。

ついでに、とどめと言うべきか。

もう幾つか、手を打ってある。

手を叩く。

とはいっても、正確には触手を打ち合わせる、というのが近いか。

ゼウスが、無言のまま姿を見せた。

四匹用意した対国家軍事力級ホムンクルスの、最後の生き残り。今は、此奴を、ある程度活用していかなければならないだろう。

「お呼びでしょうか」

「次の命令だ」

「なんなりと」

「アールズに潜入。 隙を見て、トゥトゥーリアかメルルリンスを暗殺せよ」

流石に眉をひそめるゼウス。

屈強な老人である彼も。

流石に、不快感を、顔に出したようだった。

「トゥトゥーリアはともかく、メルルリンスなど、儂が直接手を下すほどの相手でありましょうか」

「今はな」

「成長すると」

「恐らくは、トゥトゥーリアと同程度まではな」

戦場でのデータは確認している。

凄まじい暴れぶり。

薬も爆薬もフル活用して。

多数の敵を、片端から殺していた。

本人の戦闘力は、相変わらず其処まで凄まじくは無い。少なくとも、万夫不当などという言葉は当てはまらない。

だが。

メルルリンスの周囲の人間は、あの姫を徹底的に守ろうとしていた。

古くからある言葉。

人を引きつける魅力。或いは、人の上に立つ資質。

いわゆるカリスマ。

それを確実に持ち合わせている。

あれは猫ではなく獅子の児だ。

何より政治的判断が出来て。国家運営に近い位置にいる錬金術師は厄介だ。今までもトゥトゥーリアには、実力以上に面倒さを感じてきたが。

メルルリンスは、それ以上の脅威になるかも知れない。

ならば、今のうちに消すのが最上だろう。

「エアトシャッターの防衛戦力を整える時間も必要だ。 お前はその時間を稼ぐように」

「仰せのままに」

「うむ、ゆけ」

ゼウスが消える。

しかし、見抜いていた。

奴は不平たらたらだ。

逆らうことは出来ない。脳に埋め込んだ装置は、絶対に外せない。ましてやゼウスほどの使い手になると、逆らわれると面倒だ。

だから、徹底的に逆らう方法については、潰してある。

だが、それでも。念には念を入れる。

「エアトシャッターの護衛用戦力、急ピッチで作って置いた方が良さそうだね」

「そうだな」

「後は、エントだ」

エントについても。

今、ある計画を進めている。

エントは戦闘力こそ高いが、決して攻撃的なモンスターでは無い。だが、正体を既に割り出している一なる五人に取っては。

奴は、便利な生体兵器に過ぎないのだ。

「もう間もなく、出来る筈だ」

「ふむ、それならば間に合いそうだ」

「今回の打撃を埋め合わせることも、できそうだね」

けらけら。

笑い声が重なる。

いずれにしても、これほどの抵抗を敵が見せたのは想定外だったけれど。それでもどうにでもなるように、最初から策は組んであったのだ。

例え、ゼウスを含めて、軍が全滅しても。

どうにでも出来るように、なっていたのである。

一応、各地に残していた戦力はかき集める。

領土など、もうどうでも良いからだ。

西大陸で生産していたモンスターも。

此方も、もうどうでもいい。

全ては。

一なる五人が、この世界を私物化するための、踏み台に過ぎない。

闇は濃くなる。

更に深くなる。

錬金術は、魔の学問だ。

そして、今。

魔は、巨大なる破滅の卵を造り出し。

孵化。

つまり世界の完全私物化に、王手を掛けていた。

 

(続)