火柱

 

序、最後の一人

 

アーランドの元騎士にて、ランク10冒険者。つまるところ、国家の重鎮。そして、国家軍事力級戦士の一人。

ステルケンブルク。

通称ステルクは、今アーランドを離れて、そのはるか西。海岸線にある国家、バルトランドへと来ていた。

辺境の中でも、領地の殆どが海に面している国家の一つ。

西大陸関連の戦略に、殆どの決定権を持っている国の一つでもある。アーランドは連邦であり、完全に吸収した国家でなければ。ある程度の自治権を有している。もっとも、バルトランドはアーランドの戦略に協力的で。ホープ号をはじめとするアーランド艦隊の整備も補給も、積極的に行ってくれていた。

見上げる先にあるのは。

つい先日完成した、ホープ号四番艦。

綺羅星。

将星が集うことを示した言葉らしいのだけれど。ステルクには、あまり喜べなかった。ホープ号が、建造される過程と、運用される周辺でどういう悲劇をもたらしてきたか。知っているからだ。

腕組みして綺羅星を見上げる。

設計はホープ号とほぼ同じ。艦首の主砲も装備されている。

後一隻、同型艦が完成すれば。

アーランドは制海権を完全に奪い取ることが出来ると言われているけれど。ステルクは、懐疑的だ。

あの圧倒的なスピアの軍勢を考えると。

プラティーンで装甲を固めた戦闘艦の艦隊程度では、とてもではないけれど安心など出来ないのである。

造船所では、多くの職人が働いているが。

彼らは圧倒的な綺羅星号の威容に、感心するばかり。

トトリへの賛辞を口にしていたけれど。

それも、ステルクは、喜ぶ事が出来なかった。

あの子も、救えなかった。

ロロナだけではない。

トトリもだ。

錬金術に関わる者は、呪われているかのように、闇へと転落していく。アストリッドを救えなかったことを手始めに。ステルクの周囲は、悪夢と血の臭いに満ちている。

ロロナを救うために、クーデリアが活動していることは理解している。全面的に協力もしている。

ステルクに出来るのは。

戦う事だけ。

もはや、それ以外に出来る事はないし。誰の言葉も、もう愛する者には届かない事も理解している。

せめて、この戦いを、一刻も早く終わらせて。

一なる五人を討ち取れば。

或いは、解決の糸口が、見えるかも知れない。

自分でも信じていない事を、必死に自分に言い聞かせて。

ステルクは、国家軍事力級の戦闘力を維持しつつ。この場に立ち尽くしているのだと言えた。

「ステルクさん!」

ぽてぽてと走ってくる影。

辺境戦士ではない。

にもかかわらず、トトリが弟子にした者。東大陸出身のピアニャもそうだが。この者は、更に異質な出だ。

「ステルクさん、待ってくださいよお」

「もう少し体を鍛えることだな」

「そんな事言ったって、私、錬金術師ですよお」

「錬金術師は体が資本だ。 事実、国家軍事力級戦士に二人。 それに準じる実力を持つ者が一人。 錬金術師が所属している。 そう言う世界だ」

眼鏡を直しながら、息を必死に整えるのは。

綺羅星号を完成させた錬金術師。

ピアニャに次ぐトトリの二人目の弟子。

2999である。

名前からして当然分かる事だが、彼女はホムンクルスだ。しかも、戦闘タイプとして造られたのに、どういうわけか列強の民並の身体能力しか持たず。しかも生まれながらに近眼だった。

容姿は、他の戦闘タイプホムンクルス達と同じなのに。

しゃべり方もゆっくりしていて、とにかくとろい。

そしてこのホムンクルス。

実のところ、ステルクが知っているある人に、とてもよく似ていた。

見かけしか似ていない他とは別物。

特に、性格がまるで違う、アストリッドの言う所の最高傑作パラケルススとは。根本的に違っていると言えた。

おかしな話だが。

最近は、アストリッドが一体一体造っていた時期とは違う。アーランドでの生産はピアニャが管理しているし、他の施設でも似たような感じだ。

故にこの者の生産には。

皮肉すぎる話だが、アストリッドは関わっていなかった。

だが、もしアストリッドが関わっていたら。

発狂していたかも知れない。

今も発狂しているようなものだが。それでも、2999をその場で殺していたかも知れないと思うと。

ある意味では幸運だったかも知れなかった。

いずれにしても、ホムンクルス生産施設の管理を任されたばかりのピアニャが誕生を見届け。

トトリが引き取って。

弟子として育て。

今に到っている。

「それで、綺羅星号は、これで完成か」

「はい。 何とか。 後一隻も、資材を集めて、ちむちゃん達が増やしていますので、年内には着工に掛かれます」

「うむ……」

良い事、ではあるのだろう。

一なる五人が滅びたら、何もかもが上手く行くなんて筈はない。戦力を整えて、まずい事なんてあるはずが無い。

それに、である。

いや、それは後に置いておくべきだろう。

「今日、ホープ号が戻りますね」

「通信では、また多数の難民を乗せているそうだ。 彼らの選別は頼むぞ」

「分かっています」

2999は頷く。素直な言動は、好感が持てる。

この娘は、ピアニャと比べても遜色ない錬金術の才能を持っていて。同じように、頭打ちになるのも早かった。

今では、すっかりアーランドの国家錬金術師としての地歩を確保しているけれど。

トトリの弟子をしているときは。

とにかく異質な存在と言う事で、周囲から白眼視されていた。ホムンクルス達からも、あまりいい目で見られていなかったようである。

ただし、実力を見せれば、認められる。

それがアーランドだ。

錬金術師として成果を上げて。広範囲で様々な実績を出しているから、2999は今では、一角の作業をすべて任されるまでになっている。

東をピアニャが守っているとしたら。西は2999。主力がアールズで奮闘していると思えば。その背後を守る事が出来ているのは、とても大きい。

ホープ号が来た。

汽笛を鳴らしながら、港に入ってくる。護衛の艦隊も無事だ。

だが、かなりのダメージを受けている。

流石に慣れている港の者達は。

手当と補給に向けて、動き始めた。

2999も、少しだけ右往左往したけれど、すぐにそれに倣う。

やる事は、いくらでもある。

ましてや錬金術師なら、なおさらだ。

「すぐにアトリエに向かいます!」

「ああ、転ばないようにな」

ステルクは、その言葉の先から転びそうになっている2999に大きくため息をついたけれど。

しかし、完璧すぎて壊れてしまったアストリッドではない。あの子はあくまで別人、2999である。

おかしくなることは、心配していなかった。

 

難民が、続々とホープ号から降りてくる。

バリベルトが船から下りてきたので、状況を確認。モンスターの生産施設をまた破壊した結果。囚われていた「食肉」達を解放できた。

だが、彼らが住まう街はもうなく。

受け入れられない人員を、しばらくピストン輸送してくると言う。

この情報自体は知っていた。

獅子奮迅の活躍の結果、ついに三つ目のモンスター生産施設を破壊と。これ自体は、とてもめでたい。

だが、この世界は物語の夢の中にはない。

戦えば血は流れるし。

勝てばそれで終わり、とはいかないのだ。

こういう現実が。

勝利の先には、確実に存在している。

「すぐに難民達の手当を。 数はどれほどか」

「今回の艦隊だけで二千。 アールズに移動して貰う事になるでしょうな」

「今回だけで二千……」

「四回に分けて輸送することになりますが、なにぶん今までこの大陸に来る事を希望していた者達もおりましてな。 合計で七千は輸送しなければならないでしょう。 向こうも、拠点を確実に確保できているわけではありませんしなあ」

頭が痛い話だ。

七千の難民。

既に北部列強からの難民流入は落ち着いたとは言え。西部大陸からの難民が、あまりにも多すぎる。

殆どが人間種族で。技術力は相応にある者が多いというのは事実だけれど。

技術者は各国が欲しがっても。

老幼はそうはいかない。

やはり、受け入れが整っているアールズで引き取ってもらうしかないのだが。彼処は今、ついに自爆テロまで発生して、面倒な事になっている。

ロロナもトトリも奮闘しているが。

スピアもそれだけ過酷な攻撃を仕掛けてきているのだ。

通信装置を、2999が持ってくる。

相手は、クーデリアだった。

「話は聞いているわね」

「今、実物を見ているところだ」

「そう。 七千の難民となると厄介よ。 しばらくはバルトランドに管理を委託するとしても、すぐにアールズに送りたいと言ってくるでしょうね。 途中経路の安全確保をよろしく」

「それは問題ない」

ステルクの担当している地域において、スピアの軍勢は、どんどん兵力を減らしている。

此方が攻勢に出さえしなければ大丈夫、と言う状態だ。

間諜の被害も殆ど無い。

少なくとも、表面化はしていないし。ステルクが、町中で間諜を斬ることも、減ってきていた。

難民をアールズに輸送することそのものは、街道の安全も確保できているので、問題は無いのだ。

恐らくは。スピアも。

輸送する途中を、物理的に攻撃しようとは思っていないのだろう。

「途中、魔術師達には働いて貰う事になるわ」

「気が重い。 例の作業だな」

「そうよ」

少し前に、アールズで起きた自爆テロは。

魔術の籠もった道具によるものだと分かっている。

洗脳による長期的なマインドコントロール。

一斉爆破。

それで、本来は起きえない規模の火災を、引き起こしたのだ。

同じ手はもはや使わせない。

魔術を巧妙に隠蔽した道具であっても。

確実に、途中で摘発する。

体内に隠していたとしても、だ。

「其方は問題ないか」

「前線はどうにか支えられてはいるけれどね。 足踏みよ」

「そうだろうな……」

既に、前線の敵は十万に達したと聞いている。

文字通り、雲霞の如き数だ。

アーランドの国家軍事力級が揃っていても、なおも足踏みがやっと。しかも、十万の背後には、それ以上の数が確実に控えていて。補給が切れる恐れさえない。

一なる五人も、近くにいるのは確実。

しかし、その尻尾を、どうしても掴めない。

「近く、貴方にも此方に来て貰うことになるでしょうね」

「分かっている……」

「それでは、よろしく。 スタートアップが肝心よ」

通信が切れる。

2999が、青ざめていた。

「人を洗脳するだけでは飽き足らず、食糧にしたり、あまつさえ体内に爆発物を仕込むなんて……」

「お前も知っている筈だ」

「……」

2999は、頷いた。

古い時代。一度世界が滅びる前。

戦闘力がない人間に爆発物や銃器を持たせて。人が多い場所で炸裂させる。そういったやり口が存在していた。

今もテロとして、言葉が残っている。

弱者を怖れさせるためだけのやり方。

同じ弱者を洗脳し。

天国に行けると吹き込んで。

ただ大量殺戮のためだけに、動かした。

そのような外道共の手は。今の時代にまで、暗い影を落としている。

「或いは、敢えてモンスターの生産施設を落とさせたのかも知れないな。 此方の処理能力をパンクさせるためだけに」

「外道……ひどすぎる」

「ああ、その通りだ。 だから負けるわけにはいかん。 いずれにしても、奴らに負ければ、人類は確実に滅ぼされるだろうしな」

2999の肩を叩くと。ステルクはその場を離れる。

アールズに向かったら。

今度こそ、守らなければならない。

守れなかった三人。

彼女たちとは、運命を異なるものとするためにも。メルル姫には、盾になるべきものが必要だ。

 

1、下流調査

 

アーランドから送られてきた資料が、王城の空き部屋に山積みになっている。ルーフェスが分別してくれたけれど。

それでも、メルルが手にとるには、少しばかり量が多すぎた。

重要そうな資料だけアトリエに持ち帰って。後は、整理するようにメイド達に指示。勿論全てが重要資料だ。捨てることは絶対に許されない。本棚を作ってもらい、其処に収めるのだ。

だが、それでも足りないだろう。

近々、訓練所の近くに、大きめの図書館を造る。

其処に本を納入するつもりで。

実際、既にルーフェスは、動き始めてくれていた。

しばらく、アトリエで読書にふける。

ロロナちゃんが戻ってきて、アニーちゃんと遊んでくれているのを横目に。ロロナちゃんはアーランド戦士の中でも凄腕だ。アニーちゃんに、色々と外での生き方について教えてくれている。

今日は獣の捌き方。

当然、様々な種類ごとに、捌き方は違う。

今やっているのは、蛇の捌き方だ。

「こうやって、ナイフをすっと走らせて」

「なるほど、一気に裂くと」

「血抜きをしっかりしていないと、びゃって飛び散るから気を付けてね。 血も火を通すと、ちゃんと使えるから」

「分かった」

アニーちゃんは物覚えが早い。

実際すぐにロロナちゃんが教えたことを、やって見せてくれる。

安心して見ていられるのは大きい。

資料の中で、必要そうなものは揃った。後は、下流域を、調査していくだけだ。地図を見て、確認。

怪しそうな所は、既に何カ所か目星をつけている。

魔術の専門家であるシェリさんも来てくれる。

錬金術の産物で、手に負えそうにないものがあったら、トトリ先生に相談する。いずれにしても、可能な限り、地力でやる。

今、皆。

それこそ、過労で倒れそうなほど、忙しいのだから。

トトリ先生も、戻ってきて、すぐに出て行く事が多い。生首を掴んだまま戻ってくる事も多いのは。

もはや、仕方が無い事なのだろう。

「また熱が出たね」

「でも、同じ病気は、しない」

「横になって」

ロロナちゃんが、アニーちゃんをベッドに横たえている。

一通り授業が終わった所で、倒れてしまった様子だ。体力はついてきているのに。こればかりはどうしようもない。

データはあのダブル禿頭の所に、問題なく送られているとかで。

いずれ、こんな病気まみれの毎日とも、おさらば出来る筈だ。

そう信じて、我慢する。

そうでなければ、耐えられたものではない。

「それじゃ、ケイナちゃん。 出かけて来るね」

「はい、ロロナ様」

「じゃね」

アニーちゃんを任せると。

杖をひっつかんで、ロロナちゃんもアトリエを飛び出していく。既に戦闘態勢に入っていた。

これから、例のホムンクルスをひねり潰しに行くのだろう。

不死身の秘密が分かったと言っていた。

きっと今回は勝てるとも。

勝てるのなら、有り難いけれど。

ロロナも、ケイナにアニーちゃんを任せて、お城に。ミミさんとジーノさんの、スケジュールを調整して貰う必要がある。

それに、メルル自身も、必要作業がないか、確認しておかなければならない。

何しろ王女だ。

色々とやらなければならない事は、多いのである。

ルーフェスは、ますます忙しそう。

アールズ北東部の耕作地での自爆テロでの被害は、予想外に大きく。彼の地では、未だに動揺が収まっていない。

父上は張り付きっぱなしだし。

他の難民を受け入れた地区でも、厳戒態勢が続いていた。

厳戒態勢が続けば、当然戦士達の負担も増える。

共振器は完璧に動いているから。

敵の手を、限定できるのだけが救いか。

「どう、ルーフェス」

「姫様、ミミ様とジーノ様ですが。 やはり、今回もお二人同時、というわけには」

「分かった。 どっちが来てくれるの?」

「ミミ殿だけは、どうにか手配が出来ました。 それと、今回は、ホムンクルスの一個分隊も、連れ出すのが難しいかと」

前線の敵が、活発に動いているという。

ましてや、メルルの活躍で。水源方面の前線に、穴がある事が分かったのだ。態勢の見直しをしている状況だそうである。

リザードマン族に任せている地域も査察。

幾つかの問題点が発見され。

今、クーデリアさんが、リザードマン族の長と話し合っているそうだ。

問題点を埋めれば、それだけ戦士の負担が減るかというと、そんな事は勿論無い。難民を受け入れて、各国から戦士を呼んでいるけれど。

それでも、とても手が足りない。

更に、である。

「これから、西大陸からの難民が、七千ほどここに来ます」

「そんなに!」

「勿論すぐにではありませんが、他での受け入れ能力を超えてしまっています。 恐らくは、そろそろ南西部耕作地のキャパシティも、厳しくなってくることでしょう。 鉱山とつなげる事で、居住地を拡大していく必要があります」

メルルが干拓した沼地は。

あれ以上広げる事が出来ない。

沼地の王との契約違反となる。

もしそれを犯せば、勿論沼地の王も黙っていないだろう。強力なモンスター軍団を率いて、耕作地を強襲してくることは疑いない。

鉱山や、農場との連携を緊密化する必要がある。

特に鉱山だ。

鉱山周辺の安全を確保し。

更に水が必要になる。

鉱山は湖より位置が上にある。近くに川はあるけれど。多数の難民を潤すほどの水量はない。

つまり、此処でも。

メルルの作業が、重要になってくるのだ。

「問題山積みだね……」

「いや、姫様の対応で、これでも迅速に処理できている方です」

実際、大量に納入した生きている縄が。

各地での人員削減に貢献。

厳戒態勢をそのまま取っていたら、もはやどうにもならない状態だったのを、かなり緩和しているという。

それだけではない。

エメス達も奮闘してくれている。

今も増やしているエメス達は。各地で働いてくれていて。単純な力作業なら、ほぼ全てをやってくれている。

難民達も、心優しく真面目なエメス達を、もう怖がっていない様子だ。

作り手としては、嬉しい限りである。

「護衛の戦力としては心許なくなりますが、姫様。 お願いいたします」

「うん、任せておいて」

すぐに、アトリエに戻る。

ミミさんの都合がつくのが、数日後。

それまでに、準備は全てしておかなければならない。

 

アールズ王都東門で合流と決まっているので、少し早めに出かける。メルルが遅れるようでは話にならない。

この辺りも、城壁の切り崩しと、拡張が始まっている。訓練所をもう一つ作るらしいのである。

ホムンクルス達も、訓練に参加するそうだ。

他にも、幾つかの施設の増設が決まっていて。

アールズ王都南にある耕作地で、難民達が生産してくれた物資が、それらに役立つことも決まっていた。

連携が、取れ始めている。

食糧に関しては、もはやまったく問題ない段階。更に難民が五万増えても、問題なく処理できるという。

問題は、食糧以外だ。

東門では、ミミさんがもう待っていてくれていた。他の人達もすぐに来る。セダンさんがちょっと遅れている。だけれども、すぐに来た。

ザガルトスさんの眼光を浴びて、ひっと小さな悲鳴を漏らす。

相変わらず苦手らしい。

ケイナに聞いたのだけれど。

非常に厳しい、セダンさんの父君によく似た雰囲気らしいのだ。確かにザガルトスさんは、見かけは怖いが。

それは見かけだけ。実際にはかなり温厚だ。

まあ、あくまで、辺境戦士としては、だが。

「これで揃ったかしらね」

「はい。 それでは行きましょうか」

手を叩いて、メルルは号令を掛ける。

今回は、ミミさんは、最初から指揮権を渡してくれている。それだけ、メルルを信頼してくれているのだ。

嬉しい事だし。

信頼には応えなければならない。

まず、アールズ北東部の耕作地に。

状況を見に行く。

それに、メルルが、あそこにいる荒くれ達にとっての抑止力になっている。意図的にそうしているのだけれど。

時々顔を見せることで。

露骨に効果があるのだ。

「また寄るのね」

「物資を補給する意味もあります」

「物資、ね」

荷車を見る。

耐久糧食は充分にある。お薬も。リネン類も揃っている。

耕作地で補充できるのは。飼い始めた家畜類の肉など。それに、収穫した麦などであるけれど。

これらに関しては加工する。

肉類は燻製にするし。

麦は一度パンにしてから、保つように処置をする。

アニーちゃんが、しらけた目で言う。

「あんなろくでなし共に、どうして其処まで手を掛けるのさ」

「それが先頭に立つ者の仕事だからだよ」

「ふーん……」

「父上も頑張ってるけれど、私にも出来る事がある。 だから、それを可能な限りこなして、状況を改善する。 それだけ」

アニーちゃんは、まだ納得行っていない様子だ。

この子は頭が良い分、合理的ではないことには、やはり嫌悪感も示すのだろう。難民受け入れについても、良く想っていない様子だ。

だけれども。アニーちゃんも、文句を言いながらも、生きるための術を確実に身につけてくれている。

それでいい。

もう戦力としても役立ってくれるし。

いっぱしに動けるのだから、それで良いのだ。

耕作地に到着。

父上が来たので、状況の引き継ぎ。メルルが知っている情報以上のものはなく。そのまま物資を受け取って。軽く巡回だけした。

メルルが来ると、難民達が青ざめて、真面目に働き始める。

悪魔族が、大きく嘆息した。

「常にメルル姫にいて欲しいほどだ。 あいつらは、どうさぼるかしか考えていない」

「この間のテロ以降、武装蜂起していた人達も、労働に戻ったんでしょう?」

「それはそうだ。 集まっていると危ないと、理解できたのだろうな」

「それならば、しばらくはこのまま様子を見ましょう。 きっと、時間さえ掛ければ分かってくれるはずです」

魔術による守りは復旧していない。

実際、耕作地の周囲には、かなりの数のモンスターが集まっていて。エサを掠め取ろうと、虎視眈々と狙っている様子だ。

軽く蹴散らして、数を間引いておく。

メルルが蹴散らすまでもなく、悪魔族の戦士や。此処の護衛をしている戦士達が、処理はしてくれているのだけれど。

せっかく来たのだ。

少しは役に立っていくのも良いだろう。

大したモンスターはいないのだ。蹴散らすのも、それほどの手間にはならない。

作業が一通り終わると。そのまま北上。

河原に出ると。

危険を承知で、川を遡り始める。

水源までの経路ほどでは無いけれど。

露骨に空気が変わる。

川の中にも、強いモンスターがいるし。

見る間に荒野になる周辺も、危険が満ちている。

ちょっと気配を探るだけでも、強力なモンスターが、多数。縄張りを守って、じっと此方の一挙一動を窺っているのが分かった。

勿論、油断はしないし。

仕掛けられるまでは、反撃もしない。

無意味な殺戮には、意味などないのだから。

ハンドサインで会話しながら、北上。

少しずつ、水源を調査する。

当たりをつけている箇所に、そろそろさしかかる。其処を丁寧に調べるためにも、事前調査は必要だ。

ネクタルの濃度調査のやり方については、アーランドから取り寄せた文献に記載されている。

ちなみに書いたのはロロナちゃん。

今とは違うけれど。

かなり子供っぽい字で書かれていて。修正の跡があっちこっちにあった。すぐに感覚的な擬音をいれようとして。その度に直している様子だった。

一カ所、クーデリアさんが駄目出ししたらしい場所があって。筆跡ですぐに分かった。その頃から仲良しだったのだなと思うと、とてもほほえましい。

だから、だろう。

今の異常な状態のロロナちゃんを見て、クーデリアさんが、心穏やかでは無い事も、嫌と言うほど分かる。

ハンドサインで、周囲に指示。

今は、現実の処理が先だ。

「野営します」

「了解」

周囲に杭を立て。

防護魔術を掛けて、襲撃に備え。

そして、天幕を張る。

四つの天幕を張って、その中に分散して休むのだ。

荷車に大きいものを持ってきているのも。物資をたくさん輸送するため。そして今回は、時間との勝負でもある。

見張りのシフトを決めると。

メルルは、ミミさんを伴って、サンプル回収に。ミミさんが側にいれば絶対安心とまではいかないけれど。

メルルも腕を上げている。

サンプルの回収の際に、自分に向けられているモンスターの殺気は察知できるし。その際には、対応も可能だ。

十二カ所で、サンプルを取り、戻る。

そして天幕の中で、順番に処置していった。

まずは水分を、弱火で飛ばす。

そして残った煮こごりに対して。事前に造ってきた液を垂らす。これは、毒である。

この毒が、中和されるかどうかで、ネクタルの濃度を確認するのだ。

中和されたかどうかについては。つけてある色の変化で分かる。毒が分解されると、色が変わる仕組みにしてあるのだ。

手首を押さえて、脈拍で時間を確認していく。

どれも、濃度は大差がない。

恐らく、何か仕掛けられているとしたら、この近辺では無いと判断できる。事実この辺りは荒野。

何か仕掛けられていてもいなくても、状況がおかしいのである。

嘆息。

とりあえず、今日はここまでだ。

外に出る。遮音の結界が張られているから、普通に皆に指示。

「今日の調査は此処までです。 シフト通りに見張りをしながら、各自休んでください」

「了解」

2111さんが、本を読みに天幕に戻る。

やっぱり、頭脳活動で役立てる事が嬉しいのだろう。どんどん新しい知識を吸収している様子だ。

一方、2319さんは。

そんな同僚に触発されたのか。武芸を磨くべく、普段以上に修練をしている。ミミさんやザガルトスさんに、技を教わってもいるようだ。

メルルは、ケイナとライアスと一緒に、シェリさんに指示を受ける。

まずは歩法。

しばし、黙々と、今まで教わった歩法を反芻する。

黙り込んでいたシェリさんだったけれど。

最後のライアスの歩法が終わると。

珍しく、笑顔を見せてくれた。

悪魔族らしい、ちょっと怖い笑顔だったけれど。メルルには、心底からほほえんでいることが分かったし、それで充分だ。

「うむ、ほぼ全員ともマスターできたな」

「やった!」

思わず、喜びの声が上がる。

しかし、此処からだ。

シェリさんが咳払いする。

「此処からは、基礎では無く、自分に合わせた応用だ。 俺が教えたのは基礎だけで、実戦に生かすのは自分たち次第だと忘れるな」

「はいっ!」

「良い返事だ。 では、他の武術も見よう」

稽古をつけて貰う。

実際問題、シェリさんにはまだ遠く及ばない。しっかり稽古をつけて貰う事で、更に先に行けるのは事実だ。

しばし、訓練を続けて。

夕方から、見張りに入る。

翌日も、朝早くから、川を遡るのだ。更にモンスターが強くなるのは確実で。今のうちに、しっかり休めるときに休まなければならない。

ライアスが交代に来たので、休む。

眠るときに、眠る。

それが出来るようになってきていた。

ついでに、起きるときに、起きる事も。

あくびをしながら、外に出て。

陽が上がり始めたことを確認。

影の長さと方角を見て。

頃合いを見て、手を叩く。そろそろ、出立の時間だ。皆を急かして、天幕を畳み、野営陣地を片付ける。

この辺りも、植林できれば。

リス族に入って貰って、一気に安全に出来るだろう。

川の流れについても、確認しておく。

何カ所か、明らかに氾濫の危険がある場所や。

水量を調節すれば、上手に他の川を豊かに出来る場所があった。それらも、メモをしておく。

これから人数を投入して、一気に修正するためだ。

昔の人間だったら、一人一人の労働力は多寡が知れていた、と言うけれど。

今の時代は違う。

人間が兵器を上回る時代なのだ。少人数でも精鋭なら、一気に工事を片付けることも、難しくない。

更に上流に。

遙か上流には、ヴァイスハイドさん達が守る森が見える。

もっと上流に行くと緑は増えていくようなのだけれど。恐らく、あの中の何処かに、何か仕込まれているのだろう。

細かい調査を、少しずつやっていくしかない。

上流に移動しながら、何度かサンプル採取。

途中、何度か戦闘が起きる。激しい戦いにはならない。仕掛けてくる相手も、力量を見るとすぐに逃げてしまったり。或いは、距離を最初から取っていて、様子見にちょっと仕掛けてきたり。そんな感じだ。

殆どは、アニーちゃんが展開している防御魔術ではじき返すことが出来るし。

それでも逃げない奴は、全員がかりでミンチにする。

それだけだ。

北上しながら、サンプルを集めて。

再び、野営陣地を造る。

天幕を張って、内部で検査。

この辺りでは、既に。

緑が出始めている。

ネクタルの濃度も。調べて見ると、跳ね上がるようにして、上がって来ていた。しかし、どうもまだ、決定打がない。この近くである事は、確実なのだろうけれど。

「これは、腰を据える必要がありそうだね……」

頭を抱えて、思わずぼやく。

分かってはいたけれど。

簡単に片付く問題では無い。もしそうだったら、ヴァイスハイドさん達が、とっくに処理していたのだろうから。

 

2、赤い命の水

 

夢を見る。

誰かが。狂気の光を目に宿した誰かを、哀しみとともに見つめていた。その誰かは、言う。

「さっさと飲め」

「師匠。 私がこれを飲んだら、元に戻ってくれますか」

「嫌だね。 お前がこうなることは、前から決まっていたことだ」

「……」

哀しみが、拡がる。

この人は、もう。

救う事は、出来ないのだろう。

一気に、薬を飲み干す。

ひょっとしたら、元に戻ってくれるかもしれない。そう信じて。

全身に激痛。

そして、取り返しがつかない狂気が。周囲を覆っていくのが分かった。地面でのたうち回る。

何もかもが。

狂気に歪んでいく。

目が覚めた。

全身にぐっしょり汗を掻いていた。今のは、何だ。誰かの身に起きたことか。嫌に、はっきりした夢だった。

そして、覚えている。

あの狂気に満ちた目は。

アストリッドさんだ。

そうなると、今の夢の主は、ロロナちゃん。

声も、今とは違って。子供っぽかったけれど、ちゃんと成人女性の声だった。

誰かの経験を、夢に見る事がある。

メルルは、それを知っていた。

実際に、何度か経験したことがあるからだ。今までは、自分の深い記憶に関してだったけれど。

他人のと特定できる夢は、珍しい。

呼吸を整えながら、天幕を出る。

ケイナが起きて、稽古をしていた。メルルも、戦槍杖を手にとって、その隣に並ぶ。ケイナは、流石だ。

メルルを見ずに、調子が悪いことを理解してくれた。

「悪夢でも見ましたか、メルル」

「ちょっとね……」

「その様子だと、他人の記憶、ですか」

「うん」

ケイナは、分かりすぎるほど、メルルの事が理解できている。だからこそに、少し悲しいときもある。

いずれ、この娘は。メルルのために、人生を食い潰してしまうのではないのだろうか、と。

見ていて思うのだ。

ロロナちゃんのために、クーデリアさんは、確実に闇へと踏み込んでしまっている。

トトリ先生のために、ミミさんは。明らかに、精神的な体調を、時々崩している様子がある。

アストリッドさんでさえ。

ああなる前は、変人であっても、彼処までひどい狂気に囚われていなかったと聞いた事がある。

つまり誰かが。アストリッドさんのために、人生を踏み外しているのではないのだろうか。

ケイナを、そうさせたくはない。

「ケイナは、私のために死ねるって言いそうだよね」

「死ねますよ」

「うん。 有り難う。 でも、死なせないよ」

軽く、組み手する。

ケイナの力量は確実に上がっている。気配を消してからの不意打ち。敵の投射武器のガード。

いずれも、優れた盾役とも奇襲役としても機能している。

ライアスは、歩法に太鼓判を押されたことで、かなり嬉しかったようで。昨日、ザガルトスさんに、遅くまで稽古をつけて貰っていた様子だ。

頑強さを増して。

更に相手の気を引いて、周囲からの攻撃を集めたいらしい。

まだまだライアスは脆いので、当面は基礎能力の底上げが重要だけれど。極めれば、きっと味方の損害を減らしつつ、いざという時には一撃必殺、という戦い方が出来るようになるはずだ。

でも、それはあくまで戦士としてのあり方。

メルルが闇に墜ちる事で。

大事な二人を、地獄に道連れにするわけには、いかないのだ。

救えないのは、あの光景が本当だった場合。少なくともロロナちゃんは、我欲やエゴのために、闇に落ちたのでは無い。

あの哀しみの目。

狂気に落ちたアストリッドさんを、本気で心配していたものだ。

もしもアストリッドさんを救う事が出来たのなら。

連鎖的に、狂気のつながりを、断ちきることが出来るのかも知れない。そんな風にさえ思う。

もしも、アストリッドさんの事情を知っている人がいれば。

嘆息する。

あくまで、夢は夢だ。

メルルが、他人の経験を夢で見る事はある。だけれども、それが本当に事実かは、確かめるまでは分からない。

今日は一日、集めたサンプルの調査である。

軽く組み手が終わった後。

メルルは、天幕に引っ込む。それからは、延々と調査だ。

時間が、容赦なく過ぎていく中。

分かり易い成果は上がってこない。

数値が違うデータを比べながら、小首を捻る。

それほど極端な数値変化が出てこないことについては、覚悟していた。だが、それにしても、だ。

あまりにも、結果が出なさすぎる。

調査を続行。

この日だけで目立った成果が出るとは、メルルだって思っていない。これは元から、腰を据えて掛かる長期戦なのだ。

途中で、一度耕作地に戻る。

成果をデータ化して。一部は、ルーフェスに送るのだ。

水量管理のために、有用なデータがある。

これを使えば、かなり効率的に、下流の水量をコントロールすることが可能になるだろう。

勿論、労働のための人員派遣が必要になる。

労働そのものは、エメスにやらせてしまってもいいだろう。

問題は護衛。

この人数の捻出が、大変なはずだ。

だが、もたついてはいられない。

今までに無いペースで、難民が流入しようとしているのである。一度に、七千。メルルとしても、頭を抱えたくなる数だ。

補給と情報の送り出しを終えた後、再び上流に戻る。

前に調査した点の水も、念のため再度回収する。何か、変化が起きているかも知れないからだ。

元々トトリ先生が言うには。

この手の調査は、十や二十では、結果が出ると思わない方がいいものなのだそうで。下手をすると、数十万というデータを調べて、其処から結論を割り出さなければならないのだという。

メルルだけでやっていたら、お婆ちゃんになってしまうだろうけれど。

今回は、幸いなことに。

スピアが何か余計な事をしている、というのがほぼ確定している。

其処まで行かなくても、何かしらの情報は拾い上げられるはず。そうトトリ先生は、話していた。

あくまで予想だ。

トトリ先生の予想が外れることはまずないけれど。

それでも、万が一は想定した方が良い。

データが集まってくる。

川の流域地図を、何度か書き直した。

そもそも、この流域地図も、現実に比べると、かなり差異が出ているのだ。長年による流域の変化もあるだろうけれど。

何よりも、それだけ川が暴れている、という事だ。

下流での被害が出ていないのは、流域にほぼ人が住んでいないから。

湖の周辺までいくと、流石に暴れ川の影響は出にくい。

ひょっとすると、だけれども。

アールズのご先祖様達は。

此川が暴れ川だと知っていて。上流まで、開拓の手を伸ばさなかった、のではあるまいか。

可能性は否定出来ないだろう。

何度も何度も、データを持ち帰る。

そして黙々と調査。

かなり作業の効率も上がってきている。

天幕に住み着いていても毒だ。

調査のサンプル集めは、必ず自分でやるようにしているけれど。

それでも、やはり気がくさくさするのも事実だ。

「メルル、お茶でも淹れて、気分転換しましょう」

「……そうだね」

今の分を、軽く片付けてしまう。

どのみち、二日くらいで、用意してきた調査用の物資が切れる。一度戻って、アトリエで再調合。

そして、また再調査だ。

茶をケイナが淹れてくれたので、しばしのんびりする。

周囲の守りは万全かと聞いてみると。

ケイナが、寂しそうにほほえんだ。

「万全なんて、あり得ませんよ」

「そうだったね、ごめん」

此処は、かなり強いモンスターの巣窟。

毎日、何度か仕掛けてこようとするモンスターがいる。その度に研究を中断させられて、対応に出る。

殆どは、すぐに追い払う事が出来るのだけれど。

中にはしつこく粘着してくるモンスターもいて。

そういうのは、殺さざるを得ない場合もあった。

研究を再開。

時々おかしなデータが出るけれど。

また同じ場所で試料採取してみると。

結果が全然違ったりする。

これだから地味な作業は苦手なのだけれど。

愚痴など、言っていられなかった。

 

目星をつけた地点の一つに到着。

どのみち、今日で一度戻らなければならない。手元の調査用物資が尽きてしまったからである。

しかも、元が元だから。

此処で調合、と言うわけにもいかないのである。

「特に何も無いわね」

「見かけは、そうですね。 シェリさん」

「応」

辺りの流れは早い。

一度分裂した川が、二つ此処で合流。短い流れを経て、三つに分裂しているのである。そんなだから、辺りは逆巻く渦だらけ。

モンスターもあまり多く無い。

これでは、魚もろくにいないだろうし、当然だろう。

シェリさんが、魔術を展開。

念入りに、異物がないか調べていく。

そして、シェリさんは、不意に顔を上げた。

「何だ。 何かあるな」

「! 魔術の道具ですか」

「いや、そうではない。 ただ、魔術に対する結界が張られている。 それもかなり巧妙な奴だ」

少し時間が掛かる。

そうシェリさんが言い。

無言でアニーちゃんが側に立つと、防御の術式を展開した。集中している間は無防備になるのだ。それも致し方ないだろう。

「今のうちにサンプル採取をします」

「ふえー、またー?」

セダンさんがぼやく。

彼女にとって、これは苦行以外でも何でもないらしい。彼方此方の水を採取して、集めるだけ。

その間、メルルを護衛する。

護衛はかなり分厚くするし、味方の主力からも離れない。

危険もなければ、何の経験にもならない。

そう考えているのかも知れない。

だけれど、それは間違いだ。

ザガルトスさんが、咳払いしてくれた。

「セダン。 こういうときこそ、敵が仕掛けてくる絶好の好機だ。 味方の主力が近くにいる。 それは大きな油断につながる」

「分かっていますけど」

口を尖らせるセダンさん。

苦笑いすると。彼女を促して、さっさと採取に取りかかる。

そうすると。

かなり、妙な結果が頻発し始めた。

残り少ない物資を使いながら、調査をしていくのだけれど。

ネクタルの濃度が、跳ね上がっているのだ。

と思うと。ある地点では、零に近いまで減っている。

あの激流が原因か。

いや、違うと見て良い。

もっと何か、別の原因がある。

念のため、辺りの土壌も調べて見る。物資の残りが少ないけれど、今できることを、可能な限りやりたい。

外で見張りをしていたミミさんが、天幕を覗いてくる。

「メルル姫、良いかしら」

「はい」

「ちょっとまずいかも知れないわ。 外に変な気配。 まだ遠いけれど、此方に近づいてきているわね」

「敵ですか」

恐らくはと、ミミさんも口を濁す。

これはひょっとして、正体が分からない、という事だろうか。

続けて、シェリさんが来る。

結論が出たようだった。

「結界は破った。 その結果、何かおかしなものが水底にあることがはっきりした」

「回収は出来そうですか」

「いや、かなり大きなものだ。 安易に引き上げると、危険だろう」

「俺が見てくる」

ザガルトスさんが、川の方へ歩いて行く。

嘆息すると、シェリさんも、それに続いた。

いずれにしても、である。

此処でしっかり成果を上げておかないと危険だ。時間は、いくらでもあるわけではないのである。

七千からなる難民の一団が、近づいてきている。

これ以上居留地を拡大するには。

どうしても、水量の管理が必須。

元々の戦略的な意味での水源が、此処で更に重要度を増しているのだ。

そして、それ以外の意味でも、である。

メルルも、川岸に見に行く。

ザガルトスさんは、小さなナイフだけを手にすると、水に。シェリさんも、それに続いた。

激流だけれど。

今の辺境戦士には、これくらいは何でもない。

問題は激流そのものよりも、それによって視界が潰されることだ。その方が、余程に厄介である。

「大丈夫かな……」

アニーちゃんがぼやく。

シェリさんに色々な魔術を教わっているそうだけれど。

それでも、水中呼吸や、水中を見通す魔術はないのだろう。

しばしして。

水面から顔を出すザガルトスさん。

遅れて、シェリさんも、川から上がって来た。

「どうでしたか」

「二抱えもある機械の塊だ。 それも、周囲に、突起物が大量についている。 下手をすると、触ると攻撃してくるかも知れん」

「……!」

「破壊してしまった方が良いかもしれないが」

それは、ダメだ。

スピアのことだ。内部にたくさんの毒を詰め込む、位のことはしていかねない。メルルの行動で、とんでもない事態を招きかねないのだ。

それだけは、避けなければいけない。

「一度これも、戻って考えましょう。 もしも取り出すなら、安全にやる方法はある筈です」

「時間は大丈夫なのか」

「何とかします」

メルルとしても、無為な損耗だけは避けなければならない。

スピアが何かおぞましいものを仕込んでいるとして。

もしも焦って、更に悪い事態を招いたりしたら。

その責任は、全てメルルが被らなければならない。

勿論今までも失敗はしてきたけれど。

敢えて失敗の可能性が高い事をしても意味がないし。何よりも、此処は。慎重すぎるくらいに慎重にならざるを得ないのである。

今回は、此処までだ。

だけれども。

次回で、必ず決着を付ける。

 

アトリエに戻って、ぐったりしていると。

ルーフェスが来る。

直接来たと言うことは、何かろくでもない事があったと見て良いだろう。だけれど、実際にアトリエに入って貰うと。普段とは雰囲気が違った。

「アーランドの高名な冒険者が到来しました」

「高名な?」

「ステルク殿という方です。 名前だけでも聞いたことがあるのでは」

「! 聞いた事、あるね」

その人は、確か、アーランドでも最古参の国家軍事力級戦士の一人。とにかく防御に長けた人で、攻撃に関しても超一流だとか。

各地の戦線で転戦を続けてきたと聞いているけれど。

アールズに来たと言うことは。

いよいよ、此処で決戦が行われる可能性が高い、という事なのだろう。

アーランドの著名な戦士が結集しているのだ。

その程度の事は、誰でも分かる。

前線の様子は聞いている。

十万に達する敵の大軍とにらみ合う味方は、疲弊が激しいという。何しろ敵の数は無尽蔵。

削っても削っても増援が来る。

各地の戦線からは、アールズに向けて敵が移動しているらしいのだけれど。

それでも、攻撃を仕掛ける余裕が味方には無い。

それだけ、物量が圧倒的なのだ。

だが、ステルクさんが来たとなると。

やはり、本気でアーランドも敵を叩くつもりになったのだろう。恐らくこれで、辺境各国も、本腰を入れる。

一大決戦の幕開けだ。

流石にアーランドの国家軍事力級ほどではないにしても、辺境戦士には凄い戦士がたくさんいる。

彼らが一丸となって立ち向かったら。

流石に一なる五人の軍勢でも、苦戦するだろう。

そして、そこから勝利へとつなげていく。

ステルクさんが来たのは、そのための筈だ。

「失礼する」

アトリエの戸がノックされる。

聞いたことが無い男性の声だ。仕事を頼むなら、フィリーさんを通じてか、或いは外にメルルが出ているときにと言うのが、この国のマナーになっている。となると、お客という事だろう。

ドアを開けてみると。

非常に強面の、気むずかしそうな男性が立っていた。

気配は抑えているが、一目で分かる。

強い。

とてつもなく。

「アールズの姫君はおられるか」

「私がそうです」

「おお、貴方がメルルリンス姫か」

何だろう。

とてもほっとしたような。。

というよりも、安堵を目に浮かべながら、男性戦士は頷く。何だろう。この、間に合った、というような顔は。

「私はステルケンブルク=クラナッハ。 アーランドで冒険者をしております」

「えっ!?」

「どうかいたしましたか」

「いえ、丁度貴方の噂をしていたので」

それは奇遇と、ほほえんだのか。多少、口元を動かすステルクさん。

そうか、この気むずかしそうで、悩みが多そうな人が。アーランドの国家軍事力級戦士の中でも、最強の防御力を持つという、ステルクさんか。

何だか色々と面白い。

「この度は、アールズに駐屯してスピアと戦う事に相成りました。 城の方には既に挨拶を済ませたので、是非メルルリンス姫にもと参上した次第です」

「そんな、大げさですよ。 ステルクさんほどの戦士なのだから、私の方が訪問するのが正しいくらいです」

「噂通り奥ゆかしい姫だ。 これでこそ、守りがいがあるというものです」

「……」

何というか。

ものすごく、古い人なのだなと分かった。

王族だろうが女性だろうが、今時は戦うのが普通だ。特にアーランドでは、国家軍事力級の女性戦士も複数いる。今更、ステルクさんのような考え方をする人は、珍しいくらいなのではないのか。

「何か問題がありましたら、いつでも相談を。 このステルク、死力を振り絞って、お役に立ちましょう」

「有難うございます。 今度採集の護衛……いや、それは流石に戦力の無駄遣いですね」

そういうと、露骨にステルクさんが寂しそうに眉をひそめたので、メルルは困惑したけれど。

咳払いの音。

ステルクさんの後ろに。

今まで存在しなかった人がいた。

エスティさんである。

何度か話した事はあったけれど。あまりゆっくりと一緒にいた事はない。アーランド最速の戦士と言われる、最強の候補に挙がる女性戦士の一人だ。

「ステルクくん。 メルル姫が困っているでしょうに」

「エスティ先輩、何をしに」

「あんたのことだから、メルル姫の所に押しかけて、無茶言ってるんじゃないかって思ってね。 そうしたら案の定よ。 ほら、行くわよ」

一礼すると、エスティさんは、ステルクさんを引きずっていく。

先輩後輩の間柄だったのか。

冒険者としては古株だと聞いているし。そうなると、二人とも元騎士団員なのかも知れない。

大陸最強と言われたアーランド騎士団の、エース格だったのだろう。

あんな戦士を二人も抱えている国と列強は争っていたと聞いているけれど。正直、正気の沙汰では無いと思う。

ため息をつくと、アトリエに戻る。

色々あったけれど、いずれにしても。

今は、研究を進めることだ。

そして次回の探索で。

全てのけりを、つけるのだ。

 

 

3、強襲

 

八本腕がアジトに戻ると。翼が、ひどく負傷して、横たえられていた。何が起きたのか、周囲に聞く。

捨て駒として使われて。

逃げる途中、敵の砲撃を浴びたというのである。

要するに。

あのロロライナとの交戦にかり出された、という事か。最近どうやら、無敵を誇ったあの千首眼が押されていると聞いていたが。

奴が逃げるための、時間稼ぎに捨てられた、と言うわけだ。

静かな怒りがわき上がってくる。

手当はされているが。これは、助かるかどうか、五分五分だろう。翼は飛行能力を生かして、随分戦いでは貢献してきた。

だが。

そのような事関係無く、役に立たなくなれば殺される。

それがスピアという国だ。

いや、分かっている。

スピアは国などではなく。一なる五人の私物であり、ある意味組織ですらないと言う事を。

怒りがわき上がってくるが。

一なる五人に対しての造反なんて考えたら、その場で頭が破裂する仕組みになっている。必死に、怒りの矛先をそらさなければならなかった。

「いてえよ……」

翼が呻く。

不潔なリネンに塗れて、もはや動く事も出来ない。傷口には蛆が湧いている。殺菌をするにも、そもそも消毒液がないのだ。

回復魔術には、限界がある。

今、回復魔術が使えるものはいるが。もっと状態がひどい患者に掛かりっきりである。当然の話だ。

救えるものから救っていくのが、手としては当たり前。

今までの貢献度は関係無い。

平等であるべきが、医療なのだ。

どうしてだろう。

それだけは、一なる五人に厳命されている。もっとも、現場では、殆どの場合使い捨てにするためだけに用いられる方便と化しているが。

「すまん。 俺もその場にいれば」

「一緒に、殺されただけだ……ひひひ」

「何とかしてやりたいが、どうにもできん」

「なら、殺してくれねえかな」

そうか。

いつかは、そう言われると思っていた。

涙が零れてくる。

異形であっても。

泣くことは、出来る。

まるで、人間みたいに。

いや。人間を改造したのだから、ある意味当たり前か。人間だった頃の記憶なんて、もう残っていないけれど。

震える手で、ナイフを取り出す。

もう、周囲に、止めようとするものはいなかった。

呼吸が荒くなる。

振り上げるナイフ。

翼は、もう息も絶え絶えだ。

医療魔術を使えるホムンクルスが来る。

「安楽死ですか」

「黙っていろ。 そっちの患者はどうした」

「亡くなりました」

「……そうか」

てきぱきと、翼に処置を始める医療担当。

助かるかと聞いたけれど。

分からないとだけ、返事がきた。

結局、ナイフは。降り下ろすタイミングを逸したまま。舌打ちして、懐にしまうしかなかった。

しばらく壁際で、ぼんやりしている。

負傷者の内、半数は助からなかった。

八本腕も協力して。死んだものを焼く。そして、灰にしてから、地面に埋めていく。

負ければ、こうなる。

言われるまでも無い事実。そして、八本腕達は、程度の差さえあれ、使い捨てのためだけに動かされている。

そう、生かされている、でさえない。

動かされているのだ。

ふと、気付く。

あまりにも自然に。

そいつは、其処に立っていた。

「やはり、尋問よりも、直接脳に聞くに限りますね」

「トゥトゥーリア=ヘルモルト!」

飛び退くけれど。

しかし、その時には、もう周囲は、鮮血に塗れていた。

医療担当のホムンクルスは、壁際で赤い染みに。

負傷している他のホムンクルスも、もうあらかた動けなくなっている。殺された誰かの脳から、直接此奴に情報が漏れた。

そう言うことなのだろう。

「おのれえええっ!」

斬りかかった一人が。

デコピン一発で、腹に大穴を開けられて。その場で二つに千切れて、地面に散らばる。デコピンというよりも、腹ピンとでも言うべきなのだろうか。

いずれにしても。

これで、命運は尽きた。

千手眼は、この負傷者のキャンプまで囮にしたと見て良い。ほかのホムンクルス達を束ねて、またろくでもない作戦に出るつもりなのだろう。乾いた笑いが漏れる。散々色々と悲惨な戦いを経てきたが。

これで、終わるのか。

「以前は、一なる五人の支配を解除するのは簡単だったんですけれどね。 脳に直接支配のための装置を埋め込まれてしまっている今は、そうもいかない。 創造主を恨みなさい」

「そのつもりだ。 あのクソッタレ共のせいで、俺の親友は狂気に落ちて苦しみ続けているし! 俺も今、貴様みたいなのと、真正面から戦う事を余儀なくされている!」

「最後の慈悲です。 初太刀はあげます」

「応ッ!」

八本腕は、最後の。

裂帛の気合いを込めて、斬りかかる。

八本全ての腕から、全力での一撃。

古い時代の人間だったら。例え達人であっても、絶対に避けられない攻撃だ。だが。今の時代の達人に比べれば、児戯に等しい。

分かってはいた。

すれ違ったとき。

左側の腕全部が、無くなっていた。

呻く間もなく。

今度は、右側の腕全てが、消し飛ぶ。

膝を突くことさえ許されない。

すっと、トゥトゥーリアが優しく横に線を引くと同時に。

八本腕は、上半身と下半身が、泣き別れにされていた。

地面に、叩き付けられる。

嗚呼。

死ぬ。

涙が零れてくる。

すまない、翼。

お前を救うことも出来ず。

そして、俺自身が、逃げ延びることさえ出来ない。

この暴力的な力を前にして、抗ったのは、最後の意地。その意地は、通ることさえなかった。

「面白い頭ですね。 持ち帰って、直接話を聞くとしましょう」

薄れ行く意識の中で。

トゥトゥーリアは。無造作に、八本腕の頭を、引きちぎっていた。

気がつくと。

培養液の中に浮かべられている。隣の硝子容器の中には、翼の頭もあった。他にも、頭がたくさんある。

どの頭にも、コードが植え付けられていて。

情報が、根こそぎ引っ張り出されているようだった。

頭は半分以上抉られていて。

洗脳と爆破のための装置は、処理されているのが分かる。だが、これでは、生きていると言えるのだろうか。

「おや、目が覚めましたか」

相変わらずの笑顔で。

八本腕を八つ裂きにしたトゥトゥーリアが近づいてくる。どうしてだろう。此奴には、それほど強い怒りは感じない。

敵手として、殺し合っただけ。

最後には、慈悲として、初手をくれもした。

むしろ、憎悪を感じるのは。

リミッターが外れた今。

一なる五人こそ諸悪の根元であり。許すべきでは無い存在として、思えてならなかった。事実、その通りだ。押し殺してきた想いが。この生きているかどうかもよく分からない状況下で、ただ煮えたぎっている。

「情報は、何でも提供する」

「どういう風の吹き回しです」

「一なる五人を、ぶっ潰してやりたい」

「……」

笑顔は保っているが。

トゥトゥーリアは、硝子越しに、黙り込んだ。

此方の言葉が嘘かどうか、見極めようとしているのだろう。勿論、八本腕は、本気である。

翼は、もう目覚めることも無いだろう。

既に瀕死の状態だった。

今は、脳も情報を引っ張り出すための道具と化している筈だ。それ以上でも、以下でもない。

「他の奴らも、大なり小なり同じの筈だ。 制御装置が無くなった今、あんな奴らに与する理由など、微塵もない」

「ふむ、どうやら本気のようですね」

「本気だ。 元々、制御装置が入っていた頃から、彼奴らのことは、気に入らなかったのだ」

これも本当だ。

実際、アーランドのホムンクルス達が羨ましかったし。

制御装置が緩かった頃に。

アーランドに逃げた先輩達の事が、羨ましかった。

今の自分の立場が口惜しくてなかった。

全ては、何もかも。

あの一なる五人が悪いのだとも思っている。

「分かりました。 情報を提供して貰いましょうか」

トゥトゥーリアは。

代わらぬ笑みの中に。明らかな狂気を、浮かべていた。

 

なんと、ステルクさんが、調査についてきてくれた。最初は冗談かと思ったのだけれど。アールズ王都東門で、ステルクさんが待っているのを見て、メルルは何度か目を擦って、自分の頬をつねっていた。

アーランドの国家軍事力級戦士が。

一調査に同行してくれるというのは、どういうことなのか。

アーランドとして、何か政治的意図があるのか。

それとも。

混乱するメルルだが。ステルクさんは、ザガルトスさんとも普通に馴染んでいる。強面の方向性が違うけれど。それでも何か通じ合うところがあるのだろう。

ちなみに、流石にステルクさんがいるので、無駄だと言う事なのだろう。

今日はミミさんもジーノさんもいない。

ただし。

今回は、実のところ、最大規模の人員で動く予定だ。それもあって、最強ランクの戦士が、護衛についてくれる、という事なのだろう。

「おはようございます、ステルクさん」

「メルル姫、今日もまたご機嫌麗しゅう」

「ははは、いいですよ、そんなにかしこまらなくても。 帝王教育は受けているけれど、深窓のお嬢様って柄でもないですから」

街を出ると、そのまま北上。

途中のキャンプスペースで二人。

更に耕作地で四人。

冒険者が、隊列に加わる。

更に耕作地では、エメス六人も、加わった。更に、ホムンクルスの一分隊もこれに参加した。

これはどういうことかというと。

調査と同時に、川を工事するのだ。

現時点での分岐を調整して、水量を変える。もともといつかはやる予定だったのだけれど。それを前倒しで、今回やってしまう。

かなりの人数だが。

本来の河川工事から見れば、少なすぎるくらい。

身体能力が高いメンバーを募って、一気に片付けてしまうのだ。

更に、これに後方支援メンバー十名が加わる。

彼らは物資を輸送し、その護衛を兼ねる。

荷車四台を使って、必要物資を現地に輸送し。それと同時に、状況の共有を、耕作地に来ているルーフェスと行うのだ。

荒野に出た。

かなりの人数だ。運び出してきている荷車も、殆ど馬車のようなサイズである。荷物もかなりたくさん入っている。

警戒は欠かさない。

ステルクさんがいるとしても。

いつ何が起きるか、分からないからだ。

そのステルクさんはかなり張り切っているのか。周囲に、まるで油断しない、強い眼光を浴びせかけていた。

「作業開始!」

「石材を降ろせ!」

ロープで固定していた、魔法の石材を降ろす。基礎として重要な素材だけれど。今回は、川に橋を造るために持ってきた。当然二つ。岸に一つずつ必要だからだ。

これは、川を渡るのを容易にするためというのもあるのだけれど。

川の中には、モンスターがかなりいる、ということもある。

ザガルトスさんが少し前に潜って調べてきたときも、大型のモンスターが悠々と泳いでいるのを目撃している。

彼らはいつもいつも岸に上がって人間を襲ってくるわけではないけれど。

それでも、危険は減らすことにこしたことはないのだ。

「拠点作成!開始!」

「作成開始!」

声を掛け合って、作業を進めていく。

流石に専門家だ。

更に力持ちのエメス達もいる。

見る間に、作業拠点となる野営陣地が出来上がっていく。更にメルルは、生きている縄で作り上げた網を、馬車から降ろす。

これを使って、あのとげとげを掬い上げるのだ。

流石に潜って人力で引っ張り上げるのは危険が大きい。川の中で血を流すことは、それこそ自殺に等しい。

また、この生きている縄は、かなり長く造ってあるだけではない。

引っかける部分には、鋼線を織り込んで強化してある。

簡単には千切れない。

生きている縄を、ザガルトスさんが振り回して、川岸に投げる。

向こう側で、シェリさんとライアスが縄の端を持って、手を振ってきた。此方では、ザガルトスさんと2319さんだ。

2111さんはというと。

少し離れて、周囲を警戒してくれている。

何かあった場合、的確な判断を行えるように、だろう。

メルルは戦槍杖を立てて、いつでも戦えるようにはしておく。川から巨大なモンスターが飛び出してきてもおかしくないから、である。

すぐに石橋が完成。

流石の技術者達には感心である。

更に、堤防の工事を始める。

川の一部を切り崩し。

逆に一部に、分厚く頑強な土盛りを造っていく。

まず、川の流れを調整。

急角度で曲がっている場所を、そうしなくても良いようにし。

どうしても駄目な場合は、土砂の重量で圧殺しつつ、地盤を強固にすることで、氾濫を防ぐのだ。

川を作り替えるとも言えるこの作業。

当然、生態系に過剰な影響を出さないように、気を付けなければならないのだけれど。

幸いこの辺りは、殆ど住んでいるのはモンスター。モンスターはあまり多くのエサを必要としない場合も多く。巨大な魚のモンスターには、その傾向が強いとメルルは聞いた事がある。

この小さな川で。

巨大な魚が生活できるのも、そのためだ。

作業の最中。

落ちそうになった人を、即応したエメスが助ける。

恐らく、動きをよく見ていたのだろう。

エメス19だった。

「助かりました、ありがとう」

「いえ、これが私の仕事です」

見かけは無表情というか顔も作り物だし怖いかも知れないけれど。

エメス達は真面目で、人々を大事に思う心をきっちり持っている。だから、時間を掛けて、受け入れられた。

だけれども、やはり。

エメスが怖いと言う人もいる。

セダンさんもその一人だ。

「やっぱり苦手……」

ぼそりと呟くセダンさん。

分かっている。

ザガルトスさんが苦手な事からも分かるように、セダンさんはどうしても見かけで相手を判断しがちなのだ。

だから、じっくりやっていくしかない。

少なくともこの人は、気持ち悪いと思った相手の全尊厳を否定して平然としているような者達とは違う。

そう信じて、ゆっくり変わっていくのを待つ。

手を振っているのは、ライアスだ。

縄が、引っ掛かったという。

シェリさんも、同様の手応えを告げてくる。

メルルも駆け寄ると、生きている縄に指示。

「引っ張り上げて! 充分に気を付けてね!」

 

堤防工事を横目に。

引き上げられた異物を確認。ステルクさんが側についているのは、爆発したりした時に備えるため、らしい。

嬉しいけれど。

この人は、どうして此処まで、メルルに過保護になろうとするのだろう。

「大丈夫ですよ。 いつも守られるだけでは、王女なんてつとまりません」

「自立心が強い事は良いことです。 しかしながら、姫様の戦闘力は、いまだ一人前といって良い程度のもの。 私が側につく事で、事故を防ぐことも出来るでしょう」

「その時はお願いします」

「御意」

ライアスが、少ししらけた眼でやりとりを見た。

ケイナは遠慮無くくすくすと笑っている。

メルルが、こんなに困っているのを、久しぶりに見ているから、かも知れない。ちょっと頭に来る。

いずれにしても、調査だ。

まずはシェリさんに魔術で見てもらっていたけれど。

その間に、メルルも棘だらけのこの球体を、右から左から確認。そして、何となく、分かってきた。

これは、毒物を出すだけの装置だ。

棘の先端からは、毒が出続けている。

しかし、どういうわけだろう。

川の生物は死に絶えていないし。かといって、下流には、ネクタルの濃度が下がって行く以上の被害は出ていない。

更に、である。

少し上流で、同じ棘玉が見つかったと、ザガルトスさんが手を振って来る。

これは、ひょっとして。

かなりの数が、川に沈められているのかも知れない。

「毒を出す球、か……」

「何でしょう。 アールズの民が、川の水で体を壊したという話も聞きませんし」

ケイナが小首をかしげる。

メルルも同感だ。

出ている毒の量が、あまり多く無いのだろう。棘だらけの外観は、単純に近寄るものを威圧するため。

二抱えもある大きな球だけれど。

素材はありふれた金属だ。

ステルクさんに、真っ二つにして貰う。

内部は機械で、爆発するようなこともなかった。毒を生成する仕組みがあるようだけれど。これも、別に優れた技術の産物ではない。

メルルが思いつく程度のものである。

川から毒素を取り込んで、それを増幅して、垂れ流す。

それだけの仕組みだ。

斬ったステルクさん本人が、不可思議そうに言う。

「一体これは何なのでしょうな」

「片っ端から水揚げしよう。 後でどうにか処理を考えたいけれど」

「敵陣に投げ込んじゃえば」

過激なことを言うアニーちゃん。

メルルは苦笑い。

でも、手としては、正直な所ありだ。生きている縄か何かで縛って、力自慢に敵陣に放り投げて貰えば良い。

空中で爆破すれば。飛散した破片が、敵を傷つける効果も見込める。

もっとも、そんな程度で死ぬ敵なんて、いないだろうけれど。

そうこうするうちに、四つ目の棘玉が上がる。

思いついた事があるので、メルルはサンプルを取って調査。ザガルトスさんが、七つ目の棘玉を発見したと、大声で知らせてきていた。

いずれにしても、一つも残さない。

爆破とかしたら、多分もっと悪い結果になる。やはり集めておいて、敵陣にでも放り込むのが一番良い策だろう。

棘の先端から毒が出ているようなので、キャップ。

更に、水を取り込む仕組みにも蓋。

これで様子を見て。

無害だと判断したら輸送する。いずれにしても、これで川に毒は垂れ流されない。

野営陣地の周辺では、かなり活発に技術者達が行き交っている。橋は既に、相当な物資が通り過ぎる要地となっていた。

川の流れが、目立って代わる。

メルルが指示をするまでも無い。

事前の予定通り、計画を進めていくだけだ。

上流に移動。

ステルクさんが側にいるから、危険は無いけれど。

問題は、川から引き上げられる棘玉だ。

夕刻までに、十五個が引き上げられた。

いずれも、毒を放出しているとなると。処置がかなり面倒である。

一旦ルーフェスに伝令を出し、荷車を寄越して貰う。ハルト砦にピストン輸送して、今度の戦いにでも敵陣に投げ込んで貰う手はずを取ったけれど。その間も、毒が出る事に代わりは無いのだ。

面倒なものを、川に沈めてくれたものである。

ちょっと腹立たしい。

さっき真っ二つにしてみて分かったけれど。

棘が自動で稼働する仕組みは、幸いない。

運ぶ際に、球体が勝手に暴れて、荷車を傷つけるケースだけはないと見て良いだろう。いっそ、運ぶ前に、微塵にきざんでしまうのも、ありかも知れない。

棘玉を引き上げて、水質を調査。

予想通りと言うべきか。

ネクタルの濃度が。

がつんと上がっていた。

棘玉が出している毒の性質については、恐らくは生物毒。つまり、毒の成分を持つ何かの微細な生き物だろう。ということは、分かっている。

これが、ネクタルの成分を中和していたのだ。

そして、徹底的に取り除いた今。

川から、ネクタルを減らすものは。なくなったと言える。

問題は、これが水源から伸びる支流に、あまりにも多数仕掛けられている、という事だ。それでいながら、水面から覗いても分からない位置にあるので、タチが悪い。水源から出られないディアエレメントさん達に、発見できない訳である。

翌日も。

早朝から、棘玉の回収を続行。

やはり今いる川だけでは無い。

彼方此方の支流に、執拗なまでに仕掛けられている。

生きている縄の網を使って、順番に引き揚げて行くけれど。スピアはどうして此処まで念入りに、ネクタル潰しに出ているのだろう。

力の源だからか。

いや、どうにも妙だ。

メルルとしても不審に感じる。

これは本当に。

アールズに対する侵略の一環、なのだろうか。

もしそうでないとすると。

スピアは何をもくろんで、こんな事をしている。

二日目が終わり。

三日目に突入。

堤防、河川の調整工事は、既に佳境に入っている。元々皆パワーが旧時代の人間とは桁外れなのだ。

手際よく崩し。

或いは積み直し。

川を、暴れにくい形状にして。

必要な支流に、水が流れ込みやすくしていく。

モンスターによる襲撃は、あるけれど。

その場その場で対応が可能。

戦士として、ある程度の力量がある者達ばかりが来ているのだ。そう簡単に、遅れなど取らない。

メルルの一瞥した先には。

既に五十を超えた棘玉。

しかし、恐らくは、これで打ち止めだ。

上流に行くと、ぴたりと棘玉は見当たらなくなる。

それだけではない。

下流も、同じである。そして、全ての棘玉を取り除いたことで。ネクタルは、十全に流れるようになった筈。

実際濃度を確認してみると。

今までの六倍以上になっている事が分かったし。

何よりも、濃度の減衰が見られない。

これで、ディアエレメントさんとの契約は、上手く行ったはずだ。大量の、毒を出す棘玉だけが残ったが。

荷車が来たので、輸送して貰う。

荒野に捨てる、と言うようなことでは、意味がないだろう。

いっそのこと、解体して、部品として再利用するのもありかも知れない。これについては、トトリ先生に聞けば、具体的なやり方を教えてくれそうだ。

順番に、運んで貰う。

早速。造った橋が役に立っていた。ピストン輸送で、見る間に数を減らしていく棘玉を見て。

メルルも満足した。

後は、川に同じものが投げ込まれるのを、防げばいい。

こればかりは、前線の頑張り次第だ。

メルルにはどうにも出来ない部分も多かった。

 

それから、四日ほど現地に逗留。

ネクタルの濃度確認をしながら、見落としている棘玉がないか、徹底的に水源からの支流を調査。

よくしたもので、そうすると見落としが出てくる。

三つの棘玉が新しく見つかったので、即時に引き上げ。

ハルト砦に、引き取って貰った。

川の流域は、まだ荒野のままだ。

シェリさんに聞いてみる。

「流石に、すぐに緑が出てくる事は、無いですよね」

「ない。 だが、年単位でネクタルがしみこんでいけば、やがてこの辺りは、我等が手を下さずとも、沃野となる筈だ」

「そっかあ」

「助かったぞ、メルル姫。 我等も、手が幾らあっても足りない状態だ。 こうして、我等の手間を減らしてくれることは、本当に嬉しい」

礼と言っては何だけれど。

そろそろ、歩法の奥義とも言えるものを、教えてくれるという。

ライアスとケイナを呼び集めると、シェリさんは咳払いした。

「これから、三人に、それぞれに必要な奥義を教える」

一気に、全員の顔が真剣になる。

シェリさんは達人に一歩届かないくらいの実力だけれど。今まで教わった歩法の有用性は素晴らしい。

更に、奥義ともなると。

今後の戦いで、大いに役立つことは、確実だ。

「ライアス」

「応!」

「真似をしてみてくれ」

シェリさんが歩いてみせる。

これが、面白い。

不意に、途中の歩幅が、ぐんと伸びるのだ。

まるで、ライアスが、いきなり加速したかのように。しかしよく見ると、加速などはしていないのである。

不思議だ。

「この歩法は、敵に注意を促すものだ。 敵もお前を見て、一気に危険度が増したと判断するはずだ。 つまり、お前に攻撃が集中する」

「上等……!」

「よし、その意気だ。 ただし奥義だけあって、極めるのは厳しいぞ。 今までの比では無い鍛錬が必要になる。 心してかかれ」

次と、ケイナが呼ばれる。

ケイナは立ち方からして、少し変えるように言われた。

何というか、柔らかく立つのである。

そんな立ち方では、力が入らないのではないかと思ったのだけれど。シェリさんが実施してみせる。

押せども引けども、びくともしない。

更に、歩いてみせると。

足音は、まったくしなかった。

「凄い、影になったみたい」

「しかも、質量のある影だ。 これを極めれば、奇襲と、味方のガードを、まるで気配を現さずに出来るようになる」

ケイナは、目を輝かせている。

今までも、ケイナはよくメルルを守ってくれたけれど。

今後は、更にそれに磨きが掛かる、という事だ。

そして、最後にメルル。

伏せるような態勢。

だけれども、シェリさんが実演してみせる。

ものすごい飛び出し。

加速も凄い。

「メルル姫の秘儀、人間破城槌の力を、これで更に伸ばせるはずだ。 ただし、手だけではなく足にも大きな負担が掛かる。 それは覚悟した上で使って欲しい」

「ありがとうございます!」

試してみる。

なるほど、前方に体が浮くような、凄まじい加速力だ。これなら確かに、一気に敵に向けて接近できる。

現在最大威力を誇る蹂躙型人間破城槌とは、相性もばっちり。

勿論味方の支援はいるけれど。

此奴のおかげで。威力は二倍にもなるはずだ。

勿論、シェリさんが言ったように、足への負担も大きい。フルパワーで放つと、今の時点では、二回が限界。

普段は、これを使うか使わないか、考える必要が、出てきそうだ。それも、戦闘時の判断力を養う材料になる。

もっと強く。

更に強く。

今のメルルには、力が必要だ。

野営陣地の方に戻る。

奥義を教えて貰って、とても気分が良い。その途中。

シェリさんと、ステルクさんが、真剣な顔で話しているのをみた。

遮音の結界を張っているらしく。

何を言っているかは、聞こえなかった。

 

4、清流

 

どっと、小川の水量が増える。

急いで調整しなければならないほどだ。そう、報告が、彼方此方から来ているという。農場も鉱山も。

そして、アールズ北東の耕作地も。

水にはもはや困る理由が無くなった。

水源からの水路を調整して。

更に、その水路には、ネクタルが含まれるようにしたのである。

流石に、下流にまで完全に行き渡ることは無いけれど。

それでも、今までの六倍、場所によっては十倍以上の濃度で、水に含まれるようになった。それだけ、力になるはずだ。

水が、とても美味しくなった。

そういう、ほほえましい報告も来ている。

これからは、水は美味しいだけでは無い。

住んでいる民の、力にもなるのだ。

一応の報告は、メルルも受けた。現場ではまだ川の調整工事が続いているけれど。それは後から来たトトリ先生に引き継いで、一度戻ってきたのだ。

その後、状況を確認。

最終報告を兼ねて、ディアエレメントさんにも、会いに行く。

何が起きていたのか、説明。ディアエレメントさんは、そうかと、大きな嘆息をしたのだった。

「一体スピアは、何の目的があって、あんな意味不明な行為を」

「恐らくは、強い生命が増える事を、防ぐためだろう」

「え……」

「スピアにとって重要なのは、、恐らくは自分が好き勝手に出来る以外の生物を全て根絶することだ。 そんな事をして何の意味があるかは分からないが、幾つかの情報が、それを裏付けている」

思わず、息を呑んだ。

全ての生命の根絶。

まるで無意味な行いだ。

そんな事をして、何になるというのか。

そうなると、スピアのモンスター軍団や、ホムンクルス達も。そもそも、最終的には邪魔として、処理される運命なのか。

それは、あまりにも。

むごすぎる話では無いのか。

「だからこそ、メルル姫、貴殿はよくやってくれた。 水源から動けない我々の代わりに、ネクタルを排除する毒の装置を取り除いてくれたこと、礼を言う」

「此方こそ。 貴方の話が無ければ、それにさえ気付けませんでした」

「何、お互い様だ。 今後は同盟者として、スピアの狂気にともに立ち向かって行こうぞ」

握手を交わした。

ディアエレメントさんの手は、柔らかくて。

戦士としての力量はあまり高くないことが分かった。

このひとは、凄まじい魔力で、全身を強化しながら戦うタイプで、肉体そのものはさほど頑健でも無いのだろう。

水源を出る。

駐屯しているホムンクルス達に話を聞くけれど。やはりスピアは定期的に仕掛けてくるそうだ。

だが、メルルが置いていったお薬が役に立っているし。

何より、ここの知恵持つモンスター達は強い。

今の時点では、援軍を呼びに行く必要もない、という事だった。

良かった。

この件に関しては、これで解決と見て良いだろう。

まだ、問題は山積しているけれど。

一つだけでも、問題が解決したというのは、大きい。

メルルは無力じゃない。

出来る事をしていけば。きっと世の中は、少しずつ良くなっていく。

そう、今は。

信じる事が出来た。

 

闇の中。

五つの意思が笑う。

完全なる相互理解を果たしたと豪語する怪物達。一なる五人である。

「そろそろ潮時だろう」

統率を取る者が言うと。

他の者達が同意した。

「エアトシャッターに手を出されると困る。 この辺りで、力の差を見せつけておく必要があるだろう」

「今までやりたい放題に出来たのは、我等が前に出てこなかったから、というのを見せつける必要があるな」

「そういうことだ」

くすくす。

けらけら。

笑い声が響く。

五つの意思は、完全に一致していて。

この五つつの意思よりも、見事に連携を取れる存在などいない。

周囲に満ちているのは、うめき声。

殺した人間の脳をつなぎ合わせ。

時には頭ごと連結して作り上げた、補助脳。思考の助けになるかも知れないし、知識の外付け記憶媒体になるかもしれない。

それだけのことで。

大量虐殺の結果、作り上げたものだ。

全ては面白半分である。

既に一なる五人に。

俗世にも、人間にも。

興味は存在しなかった。

「ゼウス、オーディン、ブラフマー、アフラマズダ」

「は……」

傅く影。

それぞれが、いにしえの神話の主神の名を抱く者達。

いずれもが。

今までのデータから作り上げた、最強の戦闘用ホムンクルス達だ。

最強の概念は。今までアーランドの国家軍事力級戦士達が独占してきた。実際、雑魚を量産する戦略に切り替えてからは、それに拍車も掛かった。

だが。

一なる五人は、決して強い存在を造らなかったわけではない。

データを集めるために。

雑魚を消費していたのだ。

影達が、その成果。

そして、出陣の時は、間近に迫っている。

「主力を率い、アールズに侵攻せよ」

「御意」

「道中にいる生物は」

「鏖殺せよ」

頷くと。

四つの影が、その場から消える。

そして、巨体も、うごめき始める。

一なる五人は今まで、ずっと隠れていた。だが、それもそろそろ終わりだ。何故かくれていたのか、理由を知らしめる必要があるだろう。

主力とともに、一なる五人が出陣したとき。

この世界の終わりは。

決定するのだ。

 

(続)