壁の在処

 

序、戦略の転換

 

この時代。大陸間の人の行き来は、殆ど無い。だからこそ、ペーターがこの大陸に来た時。

言葉は通じなかったし。

何よりも、意思の疎通に苦労した。

ギゼラ=ヘルモルト率いるアーランドの精鋭とともに。アーランドで西大陸と呼んでいる此処へ上陸したとき。

通訳が出来るのは、ペンギン族の戦士数名だけ。

そして、戦闘が、すぐに始まって。

此処がどれほどの地獄か、思い知らされることとなった。

モンスターの群れ。

スピアに管理されているそれらは、人間を牧場で養殖するも同然に、数を管理していた。

殺しすぎないようにしつつ。

増えたとみるや、容赦なく収穫していく。

国家は既に崩壊。

抵抗勢力は滅茶苦茶に蹴散らされ。

なすすべ無く、蹂躙され。弱者の慟哭だけが、荒野にこだましていた。

スピアのやる事だ。

支配地域は完全な荒野になり。もはや緑の欠片も無い。

あらゆる物資を奪いつくし。

人間が抵抗できないように徹底的に動きを封じて。後はモンスターが増えるための糧としてだけの存在を認め。

それも、必要がなくなれば、殺す。

本当に元人間がやっていることなのか。

そう、憤りさえ覚えた。

「腐ってやがるね、相変わらず」

ギゼラは、そう呻いた。

スピアと東大陸で戦い続け。そして、結局この世界から半分はじき出されつつも帰ってきた、トトリの母。

そして、側にいるツェツェイの母でもある。

彼女の指揮で、スピアの大軍とのゲリラ戦を開始。

被害を出しながらも、西大陸の抵抗勢力と合流。共同戦線を張って。敵に対して、戦いを挑み始めた。

既に、苦闘は数年にわたっている。

その間、ホープ号をはじめとする戦闘艦で、アーランドへ逃げてきた民をピストン輸送している。

彼らは技術力が、明らかにアーランドより優れており。

本国では彼らの技術を貪欲に吸収して、更に国力を上げる算段を立てているようだ。一方で、勿論役に立てない難民も多い。

見殺しには出来ない。

そうギゼラはいい。

大きすぎる手で、守れるだけの人を守り。

そして傷つくことを厭わず戦い。

今日、苦労の甲斐あって。

二つ目の、スピアのモンスター養殖施設を破壊することに、成功したのだった。

モンスターの工場が燃えている。

喚声を挙げている西大陸の戦士達。実力は列強の兵士より遙かに上だが。しかし、アーランドの戦士に比べるとかなり劣る。

そういう、微妙な実力だ。

だが、単独でモンスターとある程度戦えるし。

何より、士気が高い。

彼らは命を惜しまず戦い、陽動も決戦も、身を粉にして行ってくれる。そのため、最大戦力であるギゼラや。メルヴィア、ツェツェイ、そしてペーターの三人が。敵の主力に対して、遠慮無く攻勢を仕掛けられる。

大陸全土を支配しているスピアのモンスター軍団だが。

それも、二つ目の養殖場を破壊されたことで、戦略を転換するはずだ。西大陸の戦士達の指揮をしているのは、元医者の、フロストという男である。

くたびれた中年男性だが。

戦闘に対する勘があるのだろう。

人望も篤く。

戦士達をよく率いて、アーランドの同盟部隊として、よく頑張ってくれていた。

そのフロストが、来る。

偵察に出ていた部隊が、戻ってきたらしい。ホムンクルス達が偵察に出ているのとは、別方向を任せていた連中だ。

「敵の軍勢だ。 数は一万」

「思った以上に早いな」

「対応をお願いしたい。 此方は工場を徹底的に破壊後、撤退する」

「機械類は回収しておきな。 何に役立つかわからん」

頷くと、フロストは部下を連れて、その場を離れる。いずれ、西大陸の王になるのはあの男だろうとも言われているが。

ペーターもそれは同感だ。

「ギゼラ姐。 どうする」

「一万か……」

普段だったら、笑って向かっていくギゼラである。

ペーター達も同じだ。

だが、今は、消耗が激しい。

敵も重大拠点の守りを放置するはずがない。相当数のモンスターが控えていて。連中の大半を撃滅したのはギゼラと、ペーター達だ。

満身創痍とまではいかないが、疲弊はひどい。

これに加えて一万か。

ホムンクルスの部隊が、戻ってくる。

彼女らにも、無理はさせられない。

「適当に流しながら、撤退の時間を稼ぐ」

「仕方がないねえ。 いいかい、無駄死にだけはするんじゃないよ!」

生半可な男ではかなわない巨体に、家ほどもある巨大な剣を担ぐと。

ギゼラは、凄まじい。

それこそ、モンスターが怯えて逃げ出すような雄叫びを上げた。

地面がびりびりと震える。

迫る一万の軍勢が、無言のまま近づいてくるのとは、好対照だ。そのままギゼラは、先頭に立って、敵に突っ込む。

そして、まるでゴミでも打ち払うように。

敵を蹴散らし始めた。

だが、ギゼラも、如何に強くても。国家軍事力級の戦士でも。無限の強さを持っているわけではない。

敵の反撃も苛烈。見る間に消耗していくのが分かる

それでも、ギゼラは敵の大半を引きつけて、味方への負担を減らしてくれている。自分の圧倒的な肉体を、最大限に酷使して。

それで味方の被害が減るなら、安いものだというように。

ペーターは立て続けに、数体の敵を射貫く。即座に矢を番えて、また数体。暴れ回っているツェツェイを、後ろから斬ろうとした相手だ。メルヴィアが、地盤を踏み砕くと、大岩を敵の中に投げつける。

パワーだけなら、もうギゼラに匹敵するかも知れない。

ホムンクルス達も槍先を揃えて、敵を切り崩し。

そして、敵の前方を打ち砕いたところで。

フロストから、撤退完了の狼煙が上がった。

「引くよ!」

もはや猶予も無い。トトリが造った爆弾を敵中に放り込んで、惜しみなく爆破。千切れた敵の体が宙を舞うのを尻目に、引く。

殿軍をギゼラが引き受けてくれている。

負傷者を担いで、逃走。

手酷い怪我をしている者が多い。何名かは、少し後に来るブレイブ号に乗って貰って、アーランドに送還だろう。

二つ目の敵の養殖場を落とした代償は。

決して小さくはなかったのだ。

安全圏まで逃れる。

フロストが、食糧と医療品を用意してくれた。ロロナとトトリが造って改良し、量産した医薬品は、この大陸でも多くの人々を助けている。

無論、遊撃をしているペーター達も、随分助けられていた。

すぐに手当を始める。

ギゼラは、傷よりも、疲れが気になるらしい。

耐久糧食を口に運ぶと。

無言で横になって、眠り始めた。

「起こさないように、周囲に遮音の結界を」

「心得ました」

この大陸の魔術師が、結界を展開。

数は少ないが、能力者や魔術師もいる。彼女は、その数少ない、貴重な人材の一人だ。敵も積極的に狙ってくるので、とても厚く護衛をしなければならないが。

フロストと話をする。

「これだけ戦って、成果は大きいとは言えません。 確かに二つ目の養殖場を潰せはしました。 彼処で、捕らえられていた人々が、モンスターのエサにされることだけはなくなると思うと。 少しは、浮かばれようというものです。 しかし……」

「まだ養殖場は残っています」

「その通りです。 戦いを辞めるわけにはいかない。 多くの者達が傷ついているとしてもです」

それだけじゃあない。

敵に包囲されている街も多い。

ある意味、そう言う街も。

養殖場と、いえなくはなかった。

現時点で、西大陸において、人類は確固たる拠点を確立できていない。基本的に、敵の制圧下にある状態だ。

アーランド製の装甲船。ホープ号を中心とした艦隊が、海上要塞として彼らを助けているのだけれど。

無論、海上にもスピアのモンスターはいる。

艦隊は歴戦のバリベルト氏が率いてくれているので安心感はあるが。

もはや何処へ行っても。

この大陸に、安心できる場所などないのだ。

海岸線では。

モンスターの養殖施設から生きたまま救出された人々が、ホープ号をはじめとする艦隊に乗り込んでいる。

艦隊の中には、辺境諸国から供与されたものもある。当然木造船で、敵の攻撃に長くは耐えられない。

辺境戦士は、船が沈んだ程度では、簡単にはしなないが。

弱った老幼はそうはいかないのだ。

ホープ号が護衛して、十隻ほどの艦がアーランドへと戻っていく。三千以上の民を乗せている。向こうではきっといい顔をしないだろう。知識や技術を持つ者がいるとして、難民の一割に達するかどうか、だからだ。

養わなければならないが、物資は、余ってなどいないのである。

「敵影!」

伝令が来る。

舌打ちすると。

座って耐久糧食を頬張っていたメルヴィアとツェツェイを促す。追撃してきた敵ではなくて、斥候だったが。

斥候が来ると言うことは。

此処も察知される未来が遠くない、という事だ。

百体ほどのモンスターを片付けて戻ると。

ペーターは、フロストに言った。

「アジトを変える準備を」

 

起き出したギゼラとともに、四人で敵中に踊り込むと、手当たり次第に斬り伏せる。敵の養殖場を狙っての事ではない。

各地の駐屯軍を、こうして削っているのだ。

勿論敵も馬鹿ではない。

すぐにさっと基地内に引きこもると、総力での防御陣を張る。魔術による防御も展開しているから、迂闊には近づけない。

「引くよ」

判断も迅速。

ギゼラの指示によって、すぐに全員でその場を離れる。追撃してくる敵は、その場でペーターが射貫いた。

矢筒が空になる。

乱戦が続くと、どうしてもこうなるのは避けられない。

フロスト達と合流。

地図を囲んでいたフロスト達は。此方を見ると、淡々と言った。

「戦果は如何ですかな」

「まあそれなりだ。 敵は基地に引っ込んだよ」

「分かりました」

さらさらと、地図に書き込むフロスト。

他の西大陸の民が言うには。

フロストは人望があるが。しかし、側近からは嫌われているという。これは表だっての話ではない。

誰もがフロストの戦略立案能力と、行動力は認めている。

そう言う意味では、人望はある。

だが、フロスト自身は、名前のように、極端に冷酷なのだ。

場合によっては、味方を捨て石にする事を何とも思わないし。街や村が行く手で襲撃されていても。

場合によっては、躊躇なく無視することを選ぶ。

極端な実利主義者なのである。

勿論アーランド人にも、その側面はあるが。

フロストは少し徹底しすぎている。

むしろアーランドに生まれていれば。

幼い頃から鍛えて、ハイランカーへの道が開けていたかも知れない。そう言う、不思議な男だ。

「三つ目の養殖場は、恐らくこの範囲にあります」

「偵察出来たのか」

「いえ、ここしばらくの攻撃の結果、敵の拠点の動きを見て判断しました」

「……」

そうか、それで。

此奴は、ギゼラやペーター達に、散々攻撃をさせていたのか。

しかしながら、敵の拠点周辺には、合計で四万を超える戦力が集結している。この大陸のモンスターは、一なる五人の直接支配下にはない様子だが。

それでも、統率は異常なほどにとれている。

下手に養殖施設に仕掛ければ。

袋だたきにされるだけ。

しかも、敵は周辺から、幾らでも増援をかき集めることが出来るだろう。

「兵力が足りません」

当たり前の事を、フロストが言う。

この間救助した養殖施設の人々の中から、戦士の適性がありそうな人間を、かなりの数引き込んで。

フロスト麾下の兵士達は、数を増している。

それでも、だ。

「この養殖施設は後回しにして、敵に抑えられている集落を幾つか開放します」

人道的見地から、ではない。

兵を増やすためだけ。

しかし、こういう考えが出来るから。

この男は、内心疎まれながらも信頼され。

この地獄で、指揮を執る事が出来ているのだろう。

「協力をお願いします」

頭を躊躇なく下げるフロスト。

この辺りの行動も徹底していて。

ペーターも、二つ返事で引き受けるしか無かった。

アーランドの方では。今、同盟国のアールズで、トトリやロロナが弟子を連れて死闘を演じていると聞く。

大規模な援軍など、来られるはずも無い。

そんな中、ペーターは。

今手元にある人材と。

ピストン輸送で送られてくる物資で。

どうにかしなければならない、苦しい立場にいた。

トトリは、すっかりおかしくなってしまったし。ロロナは幼児にされてしまったと聞いている。

スピアは間違いなく滅ぼさなければならない邪悪だが。

世界はそれに関係無く地獄だと。

ペーターは思っていた。

 

1、リベンジマッチの準備

 

アールズ王都に戻ったメルルは。

手酷い負傷をしている2319さんを治療施設に送り届けると。

トトリ先生に、早速異常すぎる戦闘力を持つサンショウウオの話をした。

遠距離攻撃の精密さ。

接近戦を挑んでも鉄壁。

空を飛ぶことさえ出来る。

まさに、攻守ともに隙の無い相手だ。

当然、トトリ先生がいれば勝ち目はあるけれど。

今、トトリ先生は。

アールズ王都南部の耕作地向けの共振器を造っているところだ。メルルに助力する余裕は無い。

「あらゆる意味で、隙が無い強敵だね」

「何か攻略の糸口はありませんか」

「まず最初に考えなければならないのは、ミミちゃんほどの手練れでも、破れなかった、防御の貫通だね」

巨体だから、防御を抜いても、それで倒せるわけでは無い。

防御を抜いて。

肉体に徹底的なダメージを加えて、ようやく殺す事が出来るのだ。

しかも、あれだけの魔術を同時に使いこなしていたバケモノだ。回復魔術も、持っていてもおかしくない。

それにしても。

一体あのサンショウウオは、何者なのだ。

「自然発生したモンスターなのでしょうか」

「一つ、仮説があるんだけれど、聞く?」

「はい!」

「実は、スピアが散々攻略しようとして、失敗している遺跡があるって噂なの。 今までは、敵の前線の向こうにあると思っていたのだけれど」

何の話だろう。

トトリ先生は、淡々と続ける。

「その遺跡、案外前線よりこちら側にあるのかも知れない」

恐らくだ。

トトリ先生が言っているのは、無限書庫ではないだろう。スピアが抑えている、巨大遺跡で。内部は複雑な機構になっている。

こんな事態が来る前は。

その中には、恐ろしい邪神が複数潜んでいると言われたが。

スピアがあれだけ好き勝手にしているところを見ると、十中八九完全制圧されていると見て良いだろう。

「もしも、状況を観察するために、遺跡から派遣されたか。 或いは、遺跡から逃げ出したモンスターだとすれば。 スピアの軍勢が手を焼くほどの存在だし、あり得る話、かな」

「……興味深いですね」

「遺跡を見つけたら、すぐに連絡して。 最優先で抑える必要があるから。 それと、そのサンショウウオ。 コミュニケーションが取れるようなら、試みてみて」

「分かりました!」

サンショウウオと対話を試みるというのも、妙な話だけれど。

あの展開している魔術の数。

火力。

いずれも、尋常な相手では無かった。人間の言葉が通じても、何ら不思議では無いと言えるだろう。

それはそれとして。

会話が通じない場合の対策も、しておかなければならない。

まず、あの魔術による防御結界。

どうにかして、抜く手段を考えないといけないだろう。

この間の、沼地の王は。

利害でものを考える事が出来た。だから、対話が可能だった。

しかし、それが出来ない相手。例えば好悪だけで相手を判断したり。感情だけで動いたりする奴だったら。

知能が高くても、対話は無理だ。

その時に備えて、戦いの準備は、しておかなければならない。

 

まず、ミミさんに話を聞く。

手合わせを何度かしながら。サンショウウオが展開した防御結界について、確認してみると。面白い答えが返ってきた。

「固いんだけれど、壁に跳ね返される感じではなかったわね」

「というと、受け止められる、という感じですか?」

「そうよ。 何というか、達人の守りに防がれた印象ね」

興味深い。

頷くと、どういう仕組みか、解析したいと思った。

早速、ミミさんに頼む。

「人間破城槌、受け止めて貰えますか」

「いいわよ。 来なさい」

「はいっ!」

まずは、自分の体で感触を味わうのが一番。

勿論戦槍杖を使う。

しかも、現在最大威力を出せる、助走付きの、蹂躙型人間破城槌を繰り出す。充分な距離を取ってから、加速。

一気に、ミミさんへとの距離を詰めて。

本当に、受け止められた。

ミミさんの後ろの地面に、地割れが走る。

だけれど、ミミさんと矛は、傷一つついていない。

逆に、メルルの手に、強烈なしびれが来たほどだ。

「感触は恐らくこんな感じよ」

「有り難うございました!」

「すっげえ……」

ライアスが、呆れ混じりの声。

本気で人間破城槌を叩き込んだメルルにも。それを冗談抜きに受け止めて見せたミミさんにも。

両方に向けた言葉だろう。

ケイナが、料理が出来たと、窓から呼んでくる。

頷くと、中に。

今日は、珍しい事に。ホムさんが料理に加わってくれていた。アニーちゃんとホムさんだけで、料理を造ったのだという。

嫌な予感がしたのだけれど。

どどめ色のスープは、口に入れてみると、意外な美味だ。見かけが最悪だけれど、普通どころか、充分においしい。

「これ、何?」

「何種類かの動物の内臓をきざんで、栄養価を抽出。 それに味付けをしたものです」

「ちょっと見た目悪いけど、うまい」

アニーちゃんは、ちゃんと味見をしたと、自慢げに言う。

という事は。

料理の過程は、辺境戦士でも鼻白むような代物だったのだろう。アニーちゃんは、頑張ったと言える。

しばらく、黙々と皆で見るからにまずそうでしかし美味しいスープを口に運んで。体が温まったところで、頭を切り換える。

達人の防御は。

分かったが、受け流しだ。

多分大火力の攻撃を叩き込んでも、防がれるのではなくて、受け流されてしまうと見て良いだろう。

それを防ぐには、どうするか。

「技量で防げない攻撃って、どんなものがありますか?」

「そうね。 例えばその辺りが熱くなったり寒くなったりしたら、どうにもならないわね」

「……なるほど」

つまり、空間ごと攻撃する、という事か。

考えてみれば、それはどうにも出来ない。

一撃の火力を防げても。

継続して続く攻撃を防ぐのは難しい。

例えば、無数の石つぶてを防ぎきることが出来ても。川の水全てを、流れる端から全てはじき飛ばすのは、難しい。

いずれ力尽きるだろう。

勿論、周囲の空間ごと攻撃して、消し飛ばしてしまうと言う手もある。

それが出来る使い手もいる。

しかし、あのサンショウウオは、恐らく違う。

ならば、有力な手になる筈だ。

外に出て、また手合わせ。

続いて防御だ。

シェリさんが展開した防御結界を、ものの数回で粉砕したあのサンショウウオの精密射撃は、洒落にならない。

しかも蜘蛛の時と違って、充分以上の距離を取っていて、あの結果に終わったのだ。つまり近づけば。

更に火力は上がるとみて良い。

例えば、メルルがサンショウウオの防御を抜ける兵器を作ったとして。

それを投擲する距離まで行く。

その場合、あれだけ鋭い探知能力を持つサンショウウオが、気付かない筈もない。確実に反撃をしてくるはずだ。

耐えなければならない。

そうしなければ、恐らくメルルは真っ二つだ。

誰かに代わりに投げてもらうという手もあるけれど。

精密な道具を、錬金術師以外には任せられない。どうしても、投擲して届く距離まで、メルルが近づいて。

なおかつ、サンショウウオの攻撃に耐えなければならない。

幾つか、参考書を漁る。

使えそうな道具はあるけれど。

ミミさんに、試して貰う。

どれも、ミミさんの鋭い刺突を喰らってしまうと、ひとたまりも無い。あのサンショウウオの攻撃でも、同じだろう。

予想以上の難敵だ。

トトリ先生の手を借りられれば良いのだけれど。

先生は今、丁度共振器の取り付けに行っている所だ。今回は出力を大きくした特別製で、設置にはより慎重にならなければならないのだろう。

「もっと数を増やしてみたらどうかしら」

「これ、複数置いても、威力が増幅されないんです」

「ちょっと不便ね」

「はい……」

苦笑い。

防御魔術を発生させる指輪はダメだ。多分、投擲の準備をしている間に、真っ二つにされてしまう。

そうなると、手は限られる。

敵の射撃を防ぐ。

煙幕を最初に投げて、視界を塞ぎ。

そして、味方の観測手の力を借りながら、サンショウウオがいる地点に、継続攻撃が出来る爆弾なり兵器なりを、投擲する。

この時腕の力だけで投擲するのではなくて。

紐をつけて、振り回して投げる方が、遠くへ飛ばすことが出来るだろう。

あの火力だ。

出来るだけ近づかずに、敵に致命打を与えたい。

以前グリフォンを倒すときにも、様々な工夫をしたけれど。

戦略と戦術がしっかりしていれば。

誰も怪我などせずに勝てるのだ。

簡単に勝てれば、言う事はない。

しばらく、無心に体を鍛える。ミミさんにアドバイスを受けながら、あくまで論理的に。丁寧に。

ライアスとケイナとも、組み手をする。

歩法については。

以前とは比べものにならないほど上達した。メルルも、それにライアスも。

ケイナはここのところ、奇襲が非常にうまくなったし。敵の攻撃も前とは比較にならないほど防いでくれる。

ライアスは、自分に注意を集めるのはかなりうまくなったけれど。

問題はその後。

身体能力を上げろと色々な人に言われているけれど。

未だに腕力はメルル以下。

敵の注意を引きつけつつ、攻撃を回避する。つまりいわゆる「避ける事が出来る的」になるにしても。今のままでは、少しばかり力量が足りていない。それは見ているメルルでさえ思う。

だけれど、ライアスは晩成型だ。

じっくりやっていくしかない。

ライアスに稽古をつけているシェリさんや、他の戦士にも何度も聞いた。ライアスのようなタイプは、じっくり土台を造っていけば、最終的に凄い達人になれる。しかし焦れば、決して良い結果を生まないと。

ライアスはいつも悔しそうにしている。

兄であるルーフェスが、万能の才人だから、というのもあるだろう。自分は努力をしても中々報われないタイプで、周囲からは比べられてしまう。

兄貴はあんなに凄いのに、お前は平凡だな。

そう面と向かって言われた事もあるそうだ。

何て言葉を掛けて良いか分からない。

だが、ライアスは。尊敬する使い手達から、計り知れない素質を持つと太鼓判を押されているのだ。

きっと、いずれは。

一通り訓練が終わると。ミミさんが、切り上げる事を宣言。

「今日はここまで」

「有り難うございましたっ!」

三人で頭を下げる。

そして、ケイナと銭湯に向かった。

途中、2319さんの話題になる。帰ってすぐにアストリッドさんの施設に向かって、治療を始めて。

復帰までは、まだ少し掛かると言う。

その間、2111さんだけが、メルルの側で護衛をしてくれる。

もっとも、恐らく次にジーノさんとミミさんのスケジュール調整が出来るのは、しばらく先。

その時には、2319さんも、復帰しているだろう。

銭湯の近くで、2111さんと出会う。

かなりたくさんの本を抱えていた。

「メルル様、銭湯ですか?」

「うん。 どうしたの、その本」

「少し興味が出てきたので、戦略と戦術について学んでいました。 基礎知識は持っているのですが、様々な本を読んでいると、応用が如何に大事なのか、分かってきて、とても嬉しいです」

無表情で言う2111さんだけれど。

この間の戦いでは、彼女の判断に随分助けられた。

2111さんは、彼女なりに、メルルのために役立とうとしてくれている。それだけ、メルルを認めてくれている、という事だ。

「ありがとう。 2111さんの頑張りに報いられるように、次の準備はしっかりしておくからね」

手を振って別れる。

別れ際に。

2111さんが、ちょっとほほえんでいた気がした。

ホムンクルスの感情は分かるようになってきたけれど。表情もしっかり読めるようになってきたのは、とても嬉しい。

銭湯に入ると。

しばらく、無心のまま、疲れを流す。

そして疲れと一緒に汗も流した後。

買い物をして、アトリエに。

後は、無言で調合にいそしむ。

何となく、あのサンショウウオを攻略するための道具は思いついた。二つ必要だけれども。

その二つともに、である。

一つはレヘルン。

氷結爆弾だ。

元からあったものを、ロロナちゃんが大幅に改良したと、トトリ先生に聞いているのだけれど。

実際に作って見ると。

こんなもの、良く作る事が出来たなと、感心するばかりである。

これに、手を加える。

そして、もう一つが。

使い捨ての盾だ。

とはいっても、文字通りの代物ではない。

これについても、ちょっと搦め手を使う。

いずれにしても、今のメルルの技量ギリギリの代物。どちらについても、試行錯誤しながら造っていかなければならないだろう。

大まかな設計図を、その日のうちに造り。

翌日、トトリ先生に見てもらう。

「盾」の方は、すぐに許可が出た。

一方、改良レヘルンの方は、駄目出しを受ける。

理論的には可能だけれど。

設計図が追いついていないというのだ。

すぐに言われたまま、修正を掛ける。

また、その間に。

ライアスとケイナの武具についても。プラティーンによる強化を施して貰う。ライアスのバンカーは、特に念入りに、である。

どれだけ準備をしても、足りること何てない。

今回の相手は。

ミミさんとジーノさんが揃っていて、なおも敗走を味あわされた、難敵中の難敵なのだから。

 

2、職人の技

 

ハゲルさんは愉快な人だが。

仕事中と、戦闘中は。

まるで別人のように厳しい事を、メルルは実際に見て知っている。今日も、ハンマーを振るうハゲルさんは。

鬼のように険しい顔だった。

最後の仕上げに掛かるというので、見に来たのだけれど。

連日様々な部品を造っているハゲルさんは。

疲れも出ているようだった。

メルルが栄養剤を納入したときは、一部がハゲルさんの所に行くと聞かされて。そして、納得もした。

これだけ屈強な人でも。

そうしないと、やっていけない、ということだ。

「667!」

「はい」

無表情で働いているのは、ホムンクルス。名前はちなみに667さんではない。1400さん。

667というのは、指示。

いちいち細かい指示を出すのも面倒らしく。

数字で符丁を造っているそうだ。

半年ほど前から、忙しいハゲルさんの助手として。PTSDを煩った彼女が来た。

PTSDを無理矢理直す方法は、アストリッドさんが開発済みなのだけれど。メルルがジオ王に直談判して、戦場に戻りたくないホムンクルスは、後方勤務を続けられるようにした。

1400さんも、後方に残った一人。

他の鍛冶。特に今までは、アールズ王都南部の耕作地で、技術持ちの難民達と一緒に色々な金属部品を造っていたのだけれど。

技術を見込まれて、ハゲルさんの所に。

そして今では、仕事も板についている、というところだ。

激しいハンマーの音。

その後は、比較的柔らかい音。

同じハンマーでも、振るい方一つで、こうも音が代わってくると言うのは、とても面白い。

「よし……」

ハゲルさんが、満足げに頷くと。

出来上がった杭を、装着。

ライアスの、新しいバンカーが、これで完成した。

杭はプラティーン製で。

しかも以前のものに比べて、かなり構造が変わっている。外で待っていたライアスを呼んで、手につけて貰う。

「重い……な」

「その代わり、破壊力は倍増しだ。 打撃武器としても使えるぞ」

「! ありがとう……ございます」

「いいってことよ。 代金は貰ってるんだし、気にするな」

ぶきっちょに頭を下げるライアス。

早速練習すると言って外に出て行くライアスを見送ると。ハゲルさんは、咳払いした。

「どうだ、リベンジマッチの準備は出来たか、姫嬢ちゃん」

「何とかなりそうです」

「参考になったか?」

「はい!」

仕事風景を見られるのを、ハゲルさんは嫌がる。

それを承知で見せてもらったのは。

技術を、少しでも見たかったからだ。

1400さんがふきんを持ってきたので。汗でてかっている禿頭を、ハゲルさんが拭き始める。

周囲には、仕事の山。

あまり邪魔すると、悪いだろう。

「それでは、失礼します」

「おう、勝てよ」

頷くと、ハゲルさんのお店を出た。

お世話になりっぱなしだ。

アトリエに戻る。

そして、仕上げに掛かる。

八回も駄目出しを受けて。そして、ようやく完成した爆弾。これを、近くにある荒野で実験するのだ。

ホムンクルスの治療施設から出てきた2319さんと、2111さん。

それにケイナとザガルトスさんだけに付き添って貰う。

共振器の範囲内だし。

何より、兵士の巡回範囲内だ。

油断はしないけれど。

これくらいの戦力で充分だろう。

一抱えある球状の爆弾を見て、ザガルトスさんは、小首をかしげた。

「普通の爆弾に見えるが、それで通用するのか」

「見てのお楽しみです」

「ほう……」

ザガルトスさんが、興味深げに言う。

ケイナは、試運転を前に見ているからか。

それに対して、何もコメントはしなかった。

アールズ王都を出ると。

丁度、戻ってきたトトリ先生とばったり。トトリ先生は、少し前に完成した共振器を持って、農場に出向いていた。

設置して、その帰りだろう。

「お帰りなさい、トトリ先生」

「お、出来たんだね、それ」

「はい。 永久氷結爆弾です」

「うふふ」

ちょっと大げさな名前だけれど。

それでも、これが切り札になる筈だ。

勿論、永続氷結なんて出来ないし。氷結そのものの威力も、それほど凄まじくは無いけれど。

しかし。これの効果なら。

あの鉄壁のシールドを、無力化できるはずだ。

トトリ先生が丁度良いというので、実験に立ち会ってくれる。

今回は最終実験。

目標になるサラマンダーを見越した案山子をたてる。

そしてまずは、発煙弾を投擲。

その後。

「盾」を起動する。

盾が動くのを確認後、メルルは走る。

手にしているのは、紐付きの永久氷結爆弾。

ケイナに、脈拍で、時間を計ってもらう。

旋回。

そして、投擲。

以前、グリフォンを仕留めるときに。似たような訓練をした事もある。何より、爆弾の投擲は、実戦でさんざんやった。

だから今では。しっかり、狙い通りの場所に投げられるようになった。

投擲。

そして、効果発動。

「お……」

ザガルトスさんが、感心の声を上げる。

これならば、きっと上手く行く。

そう実感してくれたのだろう。

「うん、充分だね」

「有り難うございます!」

トトリ先生も、指でまるを造ってくれた。

何よりも嬉しい事だ。笑顔が、作り物としか思えない事を除けば、だけれども。

「後は、予定通り、リベンジマッチを挑むだけ……」

そう言うと。

周囲に、さっと緊張が走る。

特に2319さんは、無言で手を押さえていた。

撤退の最中に、サンショウウオの一撃で、叩き落とされた手首から先。噴水のように血が噴き出して。無理矢理手首を縛って、出血を止めた。

その後も、メルルの起死回生策で、無理をして。

手にガントレットを填めたまま、しばらくいて貰った。

2319さんは、メルルに愛想を尽かしたかも知れない。そう思ったこともあったのだけれど。

施設から戻ってきた2319さんは。

むしろメルルに、役に立てなくて済まなかったと、開口一番に言ったのだった。

そんな彼女に報いるためにも。

メルルは、作戦を成功させなければならない。

スペシャリストであるトトリ先生の手助けを受けても、開発に時間が掛かった切り札中の切り札だ。

絶対に、成功させる。

アトリエに戻る。

城門で皆と解散。ケイナとだけ、一緒に歩いた。ちなみにトトリ先生は、お城に用があるとかで、其方に行った。帰りは少し遅くなるとも言っていた。

或いは、仕事は。

共振器の設置だけでは無かったのかも知れない。

「ケイナ、新しい鞄、どう?」

「上々です」

少し重そうだけれど。

どうせ身体能力は、戦っていれば嫌でも上がる。ケイナにしてみれば、これの方が良いと言う事だった。

ましてや、ライアスと正反対で、ケイナは成長が早いタイプだ。

すぐに使いこなしてみせるだろう。

「後は、作戦通りに行くか、ですね」

「全部が全部、上手くは行かないだろうね。 だから、臨機応変に行かないと」

行き当たりばったりの部分は、どうしても実戦ではある。

どれだけ完璧に見える作戦を造っても。

その不確定要素が効いて、失敗することだってある。

仕方が無い事なのだ。

だからこそ、柔軟さと。リカバリの実力が、指揮官には問われる。メルルは今回、その力量を、試されているのだ。

「出立は、予定通りですか?」

「うん。 一週間後」

少し時間は空くけれど。

その間、少しでも腕を上げるために、錬金術の勉強。それに鍛錬だ。また、そうで無い時間も、難民達の様子を見に行く必要がある。遊んでいるヒマなんて、一瞬でもない。

アトリエに戻ると。

すぐにケイナは、厨房に。

メルルはと言うと、出来る事をしっかりこなすべく。作戦の内容に、もう一度目を通した。

不確定要素を、可能な限り洗い出すためだ。

二度と、敗走しないために。

あらゆる全ての不安要素を、取り除いておかなければならないのである。

 

予定通りの日時が来た。

ミミさんとジーノさんは、前線で転戦していたらしく。更にジーノさんは生傷が増えている。

もっとも、ジーノさんにとって。戦士の生傷は勲章らしいので、気にしている様子も無かった。

ミミさんは正反対の考え方で。

例え自分が戦士でも、生傷を残すのは気分が悪いらしい。

すぐに手当をして、他の人には傷が見えないようにしているのだそうだ。

いつものメンバーと。このほかに、アールズ北東部の耕作地で、ホムンクルス四名と合流。

前回と同等の戦力を整えた後、現地に向かう事になる。

荷物には、完成した永久氷結爆弾と。

例の「盾」を積んでいる。

「これが、例の切り札か」

「はい。 作戦については、事前に伝えたとおりです」

「不確定要素の排除は任せとけ。 あのサンショウウオさえぶっ潰せば、後は袋叩きにすればどうにでもなるからな」

メルルは苦笑い。

ジーノさんの言葉は、まったくもってその通りだけれど。

遠慮が全く無いので、ちょっと苛烈すぎるかも知れない。

街道を行く。

共振器の範囲を抜けると、警戒度を上げた。

あのロロナちゃんの攻撃を凌いだ敵ホムンクルスが、まだ健在だという話だ。どれだけ警戒していても、しすぎでは無いだろう。

ミミさんもジーノさんも、口数が露骨に減っている。

前よりかなり移動速度が上がっているのだけれど。

それでも同じだ。

街道の前から来た馬車とすれ違う。

一礼すると。御者はメルルに気付いて、慌てて礼をした。こういう場合、馬車は止めなくて良いと、法で定めている。

馬車に積まれているのは、様々な物資類。

使い終わったものや。

或いは、耕作地で収穫できたものだろう。

一部で暴動が起きていても。完全に耕作地としての機能が停止しているわけではないのである。

耕作地が見えてきた。

さて、まずは、此処からだ。

父上に会いに行く。

雷鳴と話し込んでいた父上は。メルルに気付くと、咳払いした。

既に伝令が行っているはずで。メルルが来ると、知らされているはずだけれど。忙しくて、失念していた様子だ。

「メルルか。 早かったな」

「どうですか、父上。 暴徒の様子は」

「内紛が始まっているよ」

「!」

そうか。

恐らくは、この間の。メルルが、敗走したという噂をひっくり返したのが原因だろう。スピアの間諜に対する不信感が目覚めたのだ。

その結果。

このままスピアに従っていて大丈夫なのか不安視する一派と。

今まで通り、スピアに従おうと考える一派が分裂。

元々まとまりが無い上に頭が悪い連中だ。

元からのトップは早々に失脚。

今では、複数の派閥に別れて、にらみ合いを続けているそうだ。

「切り崩しの好機とみて、今交渉を進めている。 その結果、四割が蜂起から脱落し、労働に戻った」

「素晴らしい成果ですね」

「……そうだな」

分かっている。

勿論、従ったフリをしているだけの者もいる筈だ。

悪魔族の助力で、そういった連中のあぶり出しもしているらしいのだけれど。必ずしも、うまくはいっていないらしい。

長年の不信と不安に満ちた生活が。

暴徒達の精神を。

想像以上に不安定にさせているのだろう。

「それと、彼女を連れて行ってくれ」

不意に、予定に無い事を言われる。

近づいてきたのは。

この間、最後に一緒に働いてくれた、セダンさん。

ヒスト女王国から来た、駆け出しの戦士だ。

確か全て終わった後、アールズ王都で握手して別れた。その後どうしているか知らなかったのだけれど。

こんな形で再会するとは。

「お久しぶりです、セダンさん」

「此方こそ、メルル姫。 再び一緒に戦えて光栄です」

再び握手を交わす。

セダンさんが、皆に挨拶をしに行く間に。父上が声を落として、メルルに耳打ちをしてくる。

ヒスト女王国から、使いがあったそうだ。

「どうもヒスト女王国が、お前を不安視しているようでな」

「私を!?」

「そうだ。 短期間で様々な成果を上げて、急成長しているから、だろう。 戦士としてはまだまだだが、錬金術師としてはトトリ殿も太鼓判を押しているほどの成長だ」

そう言われると実感は無いけれど。

なるほど。

確かに、そうかも知れない。

ならば、首に鈴をつけたいのも分かる。

セダンさんは、監視役というわけだ。勿論、ヒスト女王国とアールズは同格の国であって。盟主と従僕ではない。

あくまでメルルの近況を知るための存在、というわけだろう。

ヒスト女王国は、重要な同盟国だし。

派遣して貰っている戦士も多い。

機嫌を損ねないためにも、此処はある程度、譲歩しておいた方が得策。それにからっとした性格のセダンさんとは気があう。

実力も拮抗しているし。

メイスという、生粋の鈍器を使いこなす戦士は、いても損はしない。戦闘方法も、参考になる。

「それに、セダン嬢は純粋にお前に好意を抱いているようだし、よくしてやってくれ」

「分かってます」

「うむ……」

セダンさんが戻ってくる。

父上と頷きあうと、セダンさんの方に戻る。

これで、前回よりもちょっと戦力が上になった。

圧勝とまではいかないけれど。

少しは、優位に戦える筈だ。

少なくとも、戦闘にもならなかった前回とは、決定的な差も出てくる筈。

自信を、少しは持ってもいいだろう。

難民達の様子を確認。

メルルを見て、目に怯えを浮かべる者がいる。

強力なモンスターを殺戮して、此処に運び込んだ、恐るべき戦姫。そう噂されているようだ。

別に良い。

侮られなければ。

南部の耕作地の人達のように、メルルに信頼を感じてくれるのは、後からでかまわない。侮られるのだけは避ければ。それで良いのだ。

それにこの耕作地は。

札付きの問題がある難民ばかりが集まっている。

こういう人達には、まず怖れさせる事が大事だと、メルルは本能的に悟っていたし。そうすることを、躊躇うつもりも無い。

難民の問題は、まだ片付かないけれど。

少なくとも。

メルルや父上が侮られて。

好き勝手に暴れられるという、最悪の展開だけは、避ける事が出来たと思う。

後は、その先。

どうやって、完全に難民達を制御して。

なおかつ、スピアの間諜を排除するか、だ。

スピアにしても、このまま黙ってはいないだろう。次はどのような手を使ってくることか。

幾つか考えられるけれど。

今は、相手の対応に対して、出来るだけの手を打っておくしかない。

耕作地を出る。

その際に柵をチェックして、生きている縄が稼働しているか確認。しっかり稼働しているので、満足してメルルは頷いていた。

 

前回、戦闘を主に行った荒野に到達。

今回は、此処の少し手前にキャンプを張る。モンスターが増え始める前の地点だ。

前回の戦いで、酷い目に会った洞窟は、使わない。同じ失敗をするつもりはない。

キャンプを展開する際、シェリさんと一緒に、周囲に結界を張り。背後には、大きな岩がある場所を選ぶ。

背後からの不意打ちを避け。

何より、すぐに様々な状況に対応出来るようにするためだ。

此処に、一緒に来たホムンクルス四名に残って貰う。

「戦力として動かなくて良いのですか?」

分隊長である977さんが言うけれど。

メルルは頷く。

退路を確保するためだ。

後方に最初から戦力がいた方が、戦闘は安心して行える。この間の悲惨な撤退戦で。メルルは、退路を確保することが如何に重要か、しっかり学んだ。

それに、トトリ先生にも話を聞いたのだ。

以前トトリ先生は、敵地に取り残された味方を救出しながら、難路を抜けて、命からがら味方の拠点まで逃げたことがあるそうだけれど。

その時に、退路が確保されていればどれだけ楽だっただろうと、本当に痛感したと言っていた。

今のメルルよりも、ずっとしっかりしていただろう、トトリ先生でさえそうだったのだから。

メルルだったら、もっとずっと意識して。

後方の安全を確保しなければダメだ。

977さんは納得してくれて、後方の確保は任せて欲しいと言ってくれる。セダンさんが、何度も頷いていた。

同年代のケイナともう仲良くなっていたセダンさんは。ケイナと、時々楽しそうに話している。

メルルとは、流石に其処までは打ち解けてくれない。

「メルル姫、すごくしっかりしてますね!」

「それが、本当はぐうたらなんですよ」

「でも、それを行動で潰せるんだから凄いですよ。 うちの国の王族達にも、見習って欲しいなあ」

本当に悔しそうに、セダンさんはそう言うので。

小耳に挟んでしまっていたメルルは、苦笑い。

王族としては、最低限の帝王教育しか受けていないし。戦士としては、やっと一人前になった程度。

人間破城槌という切り札こそあるけれど。

一人前の戦士は、切り札くらい持っていて当たり前なのが、辺境だ。

錬金術師としても、まだまだのメルルだ。

そんな風に言われると、かゆくなるどころか。慢心してしまいそうで、ダメだ。自分を戒めないと行けないとも思う。

天幕の設営が終わったので、中に入って、まずは作戦会議。

ラフな格好のセダンさんだけれど。

会議をするときは、きっちり正座をするのが面白い。

「まずは、ジーノさん、偵察を前回同様お願いします。 六体まで減らした強力なモンスターですけれど、現在の勢力図を知りたいです」

「おう、まかせておけ」

「敵の勢力次第で、この後の作戦が変わります。 警戒は最大限にお願いします」

此処までは、予定通り。

さて、どうなるかは。

ジーノさんの、偵察次第だ。

 

二刻ほどで、ジーノさんが戻ってきた。

表情からして。多分ろくでもない結果だったのだろう事は、メルルにも容易に理解できた。

「あのサンショウウオ、考えてやがる」

一言目がそれだ。

ジーノさんによると、サンショウウオは他のモンスターを圧迫して、縄張りを自分の周囲に拡がるように調整した様子だと言う。

つまりだ。

サンショウウオと戦うには、他のモンスターを釣って、潰さなければならない。

そしてその間に。

サンショウウオは、此方の到来に気付いて、迎撃の準備を整えられる、というわけだ。

トトリ先生が言うように。

遺跡から出てきた、特殊なモンスターなのかも知れない。こういう戦略的な行動を見ていると、なおさらそう思う。あの蜘蛛のモンスターも、知略戦を仕掛けてたけれど。出自が近いのなら頷ける。

だけれども、引くわけには行かない。

コミュニケーションをとる事が出来れば、やってみて。

そうトトリ先生は言っていたけれど。

そんな余裕、無い可能性が高そうだ。

「奇襲できないのは癪だけれど。 一つずつやっていくしかないわね」

「ああ。 ミミ、釣りは頼めるか」

「任せておいて」

そう。

最初はまず、この荒野まで、敵を引っ張り出す。

そして叩く。

相手に遠慮も呵責もしない。徹底的な攻撃を加えることで、反撃の暇なく叩き潰してしまう。

そうすることで、味方の被害を減らすことが出来る。

戦闘時、情けは不要。

戦闘以外で、情けを掛ければ良い。

ミミさんが出る。

メルル達は岩陰に隠れた。

側にシェリさんとケイナがつく。

シェリさんが、待っている間に。魔術を幾つか展開しながら、教えてくれる。

「そろそろ、アニーが仕上がる」

「本当ですか?」

「ああ。 元々才能はあるからな。 防御魔術は、そろそろいっぱしの腕前になる」

「頼もしいですね」

シェリさんが頷く。

正直な話、シェリさんとアニーが連携して、防御魔術を使える戦闘要員が二人になれば、かなり有利になる。

今回、ミミさんが釣ってくるのは、この間の赤いウォルフだ。

簡単には釣れないだろうけれど。

あれはかなり面倒な相手だった。

どうしても、仕留めておきたい。

しばしして。

信号弾が上がるのが見えた。

失敗の合図である。

舌打ちしたのは、ジーノさん。ただし、上がっている信号弾を見る限り、負傷はしていない。

ほどなく、戻ってくるミミさん。

ジーノさんが、早速食ってかかった。

「おい、どういうことだ!」

「そもそも、狼の所までたどり着けなかったわ」

「何……」

「地雷よ」

魔術による地雷。それも多数。

ジーノさんが偵察に行った時は、そんなものはなかったと言っていた。ということは。

「サンショウウオよ。 間違いないわ」

つまり、だ。

動きが決して速くは無いとはいえ。サンショウウオは、早速手を打ってきたことになる。恐らくは事前に仕掛けておいた魔術の地雷を、一斉に起動したのだろう。その結果、ミミさんでさえ踏み込むのに躊躇する要塞が出来上がった、という事だ。

突破口を開かないと、どうにもならない。

そもそも遠距離戦で勝てる相手では無い。

あの蜘蛛のモンスターと違って、今度の敵は、防御面でも鉄壁に近いのだ。ミミさんやジーノさんも砲撃レベルのピッチングが出来るけれど、多分それでも相手の装甲は抜けないだろう。

言うならば、要塞砲。

それが要塞に立てこもったら。

それこそ、攻略の糸口が無い。

「くそ、手を打つのが早い! 野郎、生半可な軍師より切れやがるぞ」

「次の手は、どうしてくると思いますか」

「此方を奇襲してくるか、或いは出方を待つか、だけれども」

「私は、後者だと思います」

2111さんが挙手。

皆が注目する中、彼女は淡々と言う。

「現在、敵は二重三重の防壁に身を固めている状況で、出て行かなくても勝てます。 此処でリスクをあげてまで奇襲をする意味がありません」

「なるほど、一理ある。 ……シェリさん、辺りを念入りに調べてくれますか?」

「心得た」

シェリさんが、即座に埋没している魔術などの探索に掛かってくれる。

奇襲されることを想定しての行動だ。2111さんの言葉を疑ったわけではない。あらゆる準備を欠かさないだけのことだ。

魔術の痕跡は無し。シェリさんが断言する。

そうなると。2111さんの意見が正しいと判断して良いだろう。

メルル達は、一旦後退。拠点まで戻る。

敵と顔を合わせる前だというのに。

既に激烈な戦いは。

開始されているに等しい。

一晩、警戒しながら過ごす。悪いけれど、全ての時間、ミミさんとジーノさんには、交代で見張りに当たって貰った。

この間の失敗もあるからだ。

サンショウウオは、悠然と構えているに違いない。

奴が作り上げた要塞をどう攻略するか。

変わり続ける状況の中で。

此方が想定した状況に、どう持ち込むか。

それが、明日からの焦点となる。

 

翌日。

朝から、ジーノさんが出かけていく。シェリさんも、ついていった。魔術による地雷の探知のためだ。

他のメンバーは、全員で警戒。

今回は退路を確保しているけれど。それでも彼奴相手には、油断になる可能性があるのが怖い。

ジーノさんは、二刻ほどで戻り。

そして、状況を伝えてくれた。

「かなりの広範囲に、地雷が設置されてるな。 前の戦いから時間が空いたから、備えたんだろうな」

地図を囲んで、話し合う。

それを見ると。

サンショウウオの縄張りの、東から南に掛けて、ずっと地雷が敷設されている。取り除くのは可能かとシェリさんに聞く。

可能だとは返事が来たけれど。

問題があると言う。

「このタイプの魔術は、任意のタイミングで遠隔爆破が可能だ」

「つまり、相手が気付いている現状、近づいたら解除前にドカン」

「そうなるな」

うめき声が漏れた。

サンショウウオは、凄まじい探知範囲を持っている。偵察に来ていることも。シェリさんが悪魔族である事も。

地雷を解除しようと思えば出来る事も、察知しているだろう。

そして、悪意に満ちているのが。

西側を、意図的に開けている、という事だ。

もし西側から仕掛けるとなると、非常に此方は大回りをせざるを得なくなり。サンショウウオは、ちょっとの行動で退路に干渉できる。

しかも、退路の何処にちょっかいを掛けてくるか分からない。

分かった上で、開けているのだ。

探知範囲にも、知略にも。

自信が無いと、出来ない行動だ。

「それにしても、何という魔力だ。 我等で言う族長並だぞ」

「やはり、普通のモンスターじゃなさそうですね」

「攻略する甲斐はあるってこったな」

準備が出来ているからか。

撤退を即時進言したジーノさんも、今回は戦うつもりだ。問題は、どうやって敵を引っ張り出すか、だが。

2111さんが、考えがあると言う。

このホムンクルスは、急激に知略戦の才能を開花させつつある。皆が、聞く体勢に。メルル自身も、興味がある。

そして、2111さんは。

案外シンプルな解決策を、口にしたのだった。

 

3、激突戦雨

 

手をかざして見ていたミミさんが、頷く。

相手が気付いた、という意味だ。

先に仕掛けに行ったジーノさんが、行動を開始している。勿論、サンショウウオは、とうに気付いている。

だが。

ピッチングを開始。

狙っているのは、以前サンショウウオに追い立てられ。

メルル達の退路に割り込んできた赤毛の狼である。

うなりを上げて飛ぶ石。

砲撃魔術並みの破壊力を持つ石だが。

面倒くさそうに、狼は避ける。

残像を造って動きながら。

それも、一度や二度なら余裕だが。三度、四度と続くと。流石に狼の顔にも、苛立ちが浮かび始めた。

ミミさんが、そう言っている。

この距離から、見えている、という事だ。

サンショウウオは。

気配からして、動いていない。様子見をしている、という事だろう。

赤毛ウォルフが、流石に苛立ち紛れに、顔を上げる。そして、ジーノさんに、一吠えすると。

距離を取って、岩陰に隠れた。

「第一段階クリア」

メルルは頷くと、信号弾に着火。

打ち上がったそれを見て。

ジーノさんが、動きを変える。

それにしても、予想通りだ。

モンスター達は知っている。

地雷が、敷設されていることを。あの地雷は、要塞を構築する外堀であると同時に。モンスター達を拘束する檻でもあったのだ。

ジーノさんの投石が。

地面を爆裂させる。

地雷に着火。

吹っ飛ぶ。

ただの石ではない。シェリさんが、魔術を掛けている。地雷に直撃すれば、起爆するように、である。

シェリさんの話によると、爆弾処理というのは、基本的に爆破するものなのだという。それが一番安全なのだとか。

ウォルフなり、サンショウウオなりが至近にいる場合。

今のジーノさんのやり方だと、確実に反撃される。

しかし、これならば。

一つずつ、地雷が消し飛んでいく。

シェリさんが、手を振っていると。

ミミさんが言う。

よし。

要塞の壁に、穴が開いた。

だが、これで片がつくとは思えない。

ジーノさんとシェリさんには、後退の指示。そして、ウォルフに対しては、散発的な攻撃をいれて貰った。

続けて、移動。

今度は、ウォルフの東側にいる。大型のドナーンの縄張りに仕掛ける。

当然地雷が多数埋設されているので。

まずは、ドナーンに砲撃開始。

ひたすらに、ピッチングをして。面倒くさそうに、ドナーンが下がるのを待つ。だが、ドナーンは。

ウォルフと違って、積極的だった。

首を巡らせると。

火球を吐いて。ジーノさんに、迎撃に掛かったのである。

爆裂。

移動しながら、ジーノさんが、投石による射撃を続行。シェリさんも、万が一に備えて。側で魔術の壁を張っている。

此処で、敵に動き。

ウォルフが、状況を見ていて。そして、好機と判断したのだろう。

一気に地雷地帯を抜けて、ジーノさんとシェリさんの、後方へ回ろうとしたのである。電光石火の早業で。

実際、危うく上手く行くところだった。

メルルや2111さんの予想を、遙かに超える速度だったから、である。

しかし、至近距離にて爆発。

ウォルフが足を止めた瞬間。

その鼻先に、ミミさんが一撃を叩き込む。

残像ではなく、本体の毛皮に、痛烈な一撃が入る。ぎゃんと、悲鳴を上げて跳び下がるウォルフは、見た。

既に、囲まれているという事実を。

「これで、第三段階、と」

ジーノさんは、砲撃などとっくにやめて。今の戦闘で割り出した、ドナーンの射程距離の外に逃れている。

ただし、此処は強豪と言わずとも、モンスターが多数いる荒野。

勝負は一瞬で付けないと危ない。

メルルは頷くと。

低い態勢で、構えた。

人間破城槌の態勢だ。

一瞬で決める。

ウォルフが、雄叫びを上げる。

その全身が、赤く燃え上がっていく。身体能力強化の魔術を掛けているのだろう。そう来るだろうと、思っていた。

ウォルフの後ろ。

一瞬で回り込んだミミさんが、横殴りの一撃を叩き込む。

残像を造ってかわしたウォルフが、鋭い牙をむき出しにして、メルルに飛びかかるのが、次の瞬間。

だが、今度は。

その真下からの一撃。

地雷だ。

戦闘の経緯を予想して。

立ち位置も工夫して。

此処に来る事を想定して。

地雷を仕込んでいたのだ。

上空に、吹っ飛ばされるウォルフは。見ただろう。

戦槍杖を、旋回させるようにして、地面を抉り。そして、その抉った勢いを、上乗せして、加速させているメルルを。

空中機動の態勢に入ろうとするウォルフだが。

音もなく忍びより、跳躍していたケイナが。

新しい鞄で、渾身の一撃を、背骨に叩き込んでいた。

メルルが、ウォルフの顎をたたき割るのと。

他全員が、息を合わせて、一斉にウォルフを刺し貫くのは。一瞬だけ間が開く。だが、一瞬の事でしか無い。

もはや串刺しの哀れな残骸となったウォルフは。

悲鳴も上げる事が出来ず。

その場で、息絶えた。

一瞬の勝負。

そして、ここからが、更に過酷な状況が続くことになる。

要塞の壁に穴が開き。防御をしている兵をつり出した。そうなれば、要塞砲の制圧が、次の仕事。

だが要塞砲は、当然守兵が命を落としたことも。

地雷が爆破されたことも。察知している。

そして、メルルが攻め入ることが出来る方向だって、割り出していることだろう。つまり、構えているだけでいい。

しかし、メルルには。

これこそ、待ちに待った瞬間だ。

まず、投擲するのは、煙幕。

サンショウウオの位置は、既に割り出している。それならば、これで狙撃を防ぐことも、可能だ。

この煙幕こそが、「盾」。

普通の発煙筒ではなくて、膨大な煙を、継続的に発生させる。煙の量も多くて、完璧に視界を防ぐことが出来る。

その上煙の中には強い魔力もある。

相手の位置を特定できているから、使えるものだ。原理は簡単で、普通に使う発煙筒に、少し手を加えただけ。だから、トトリ先生も、すぐに許可を出してくれた。

シェリさんが、メルルの側につく。

これは、万が一に備えての事。

メルルは、抱え上げる。

今日のために造った、永久氷結爆弾を。

「突入っ!」

それだけで、作戦の全てが伝わる。

地雷原を突破。

ジーノさんのピッチングで、辺りに大穴が多数開いているので、簡単に割り出すことが出来るのが嬉しい。

ドナーンは、此方を見ているけれど、放置。

分かっているのだろう。

自分にとっても忌々しいサンショウウオを攻撃に向かっていると。それくらいでないと、こんな場所では生き残れない。

メルルは、紐付きの永久氷結爆弾を取り出すと。

振り回し始める。

その時だ。

煙幕の向こうの気配は、動いていない。此方に気付いてはいるけれど。だから、何もしてこないかと思った瞬間。

シェリさんの防御壁に、重い一撃がうち込まれていた。

恐ろしく正確だ。

シェリさんが、呻く。

前もそうだったが。

三発も耐えられれば御の字だろう。

もう少し、遠心力を掛ける必要がある。

煙幕があるのに、どうして此処まで精密な射撃を仕掛けられる。ミミさん達が、前にでる準備。

最悪の場合は。

二人が殿軍になって、メルル達はこの場を離れる。

下手をすると、残った五体の強豪モンスターが、まとめて仕掛けてくる可能性もあるからだ。

二撃目。

シェリさんが、下がりながらも、シールドを維持。

どうにか耐え抜いたけれど。

これも、正確にメルルを狙ってきている。

次で破られる。

シェリさんが、合図をしてきているけれど。

メルルも、もう準備が終わった。

どうやって察知しているのかは分からない。

ただ、はっきりしているのは。

サンショウウオの狙撃は、前ほどの連射が無い、という事だ。煙幕は、無駄ではなかったのである。

恐らくは、何かしらの方法で、メルルの位置を察知していたのだろうけれど。

それも、目で直接見たのと違って、タイムラグが必要なものだったのだろう。

それが、勝機につながった。

「はあっ!」

投擲。

永久氷結爆弾は、まっすぐサンショウウオがいた地点に、吸い込まれていく。同時に、大きく振りかぶったジーノさんとミミさんが、それ以上の速度でのピッチングを実施。もしも永久氷結爆弾を空中で迎撃に掛かった場合は、サンショウウオの防御壁に、洒落にならない威力の砲撃が、二つ同時に着弾する。

今度は、逆に。

此方が、王手を掛けた。

煙幕が張れてくる。

見えてきた。

メルルの肉眼にも、はっきり捉えることが出来た。

此方を忌々しそうに見ているサンショウウオのモンスター。その足下は、継続して発生する冷気に、むしばまれていた。

防御壁は意味を成さない。

この冷気は、そもそもしばらくの間、発生し続けるものだ。

いわゆる樹氷石と呼ばれる鉱物を利用して、冷気を発生させ、周囲を凍り付かせるのがレヘルンだが。

その樹氷石の効果を、中和剤を使って圧縮。

更に、一度に解けるのではなくて。

魔術で封を施して。少しずつ解除されるようにした。

それこそが、この永久氷結爆弾。

名前と裏腹に、永久に相手を凍らせることなんて出来ないけれど。

相手の狙撃精度を鈍らせ。

忌々しい防御魔術を無力化させることは、見ての通り出来る。

サンショウウオが、吼える。

メルルの何倍、いや体重で換算すると何十倍もある巨体だ。

その雄叫びは凄まじい破壊力を秘めていて。

精神に、びりびりと響いてきた。

此奴に近づくのは危ない。

本能が警戒を促している。

だが、ここまで来たのだ。

今更引く事なんて、出来る訳が無い。

最初に仕掛けたのは、ミミさんだ。

走り抜けながら、サンショウウオの背中を切り裂く。装甲に光が走る。サンショウウオは魔術で身を守っているだけではない。装甲そのものも厚く、ミミさんの一撃で、皮膚を突破出来なかった。

だが、ジーノさんが真正面から仕掛け。

顔面を唐竹割りに、一撃。

これも頭を一撃粉砕とはいかなかったけれど。

それでも、忌々しい水の刃を打とうとしていたサンショウウオを、真下に無理矢理向かせることには成功。

その隙に。

メルル達全員が、敵の間合いに入り込んでいた。

「一旦離れて!」

ミミさんとジーノさんが跳び離れた瞬間、ワードを唱える。

残った冷気が、一気に爆発。

サンショウウオの全身を包み込む。

メルルは走りながら、次の発破を取り出す。今度は、稲妻の力を秘めた、ドナーストーン。

氷の壁を粉砕しながら、巨体が立ち上がった瞬間。

ドナーストーンを投擲。

雷撃の束が、サンショウウオを強かに打ちのめしていた。

全員で、飛びかかる。

メルルも、人間破城槌の態勢に。

低く地面に近づくと、加速。

加速を続けながら、突撃蹂躙の準備に入る。

サンショウウオは、乱打を浴びながらも、まだ抵抗を続けている。尻尾を振り回し、腕を振り下ろす。

動きは速くないけれど。

近接戦では、思った以上に、素早い。

手足を相当に冷気でやられているだろうに。まだこれだけ動けるというのは、凄まじい事だ。

「おおおおおおっ!」

ジーノさんが地面に剣を突き刺すと。

引き抜く勢いを利用して、跳ね上げる。

ついに、サンショウウオの強固な甲殻が。

その一撃で、ぶち抜かれた。

周囲に、水の刃をぶちまけようと、サンショウウオが首を巡らせた瞬間。

メルルの、突撃が直撃する。

人間破城槌の一撃が、サンショウウオの巨体を吹っ飛ばしながら、前進。岩に叩き付けていた。

このまま、串刺しに。

他の皆も、一斉に敵に火力を解放。

傷が、少しずつ、サンショウウオの全身に増えるが。

何だか、ぞわりと。

今までに無いほどの悪寒を感じた瞬間。

メルルは、吹っ飛ばされていた。

立ち上がる。

そして、見た。

サンショウウオの周囲に、皆が点々と倒れている。

恐らくは、魔力を放出しただけ。

それだけで、群がっていた全員を、吹っ飛ばしたのだ。

そして、サンショウウオの全身には、無数の目。おぞましいことに、甲殻の彼方此方から、大量の目が。此方を見ていた。

サンショウウオの背中から、骨が伸び、皮膜が張られる。

その翼のような皮膜にも、大量の目。

気付く。これは恐らく、魔力増幅のための仕組み。

恐らくは、危険を察知して、戦闘形態を解放したのだ。

プレッシャーは、今までと比較にならない。此奴が、他のモンスターを追い払えるわけだ。

今までのは、様子見だったのである。

これからが、本気と言う事だ。

「上等だ……!」

ジーノさんが、躍りかかるが。

腕一本振るうだけで、吹っ飛ばして、地面に叩き付けるサンショウウオ。二本足で立ち上がったその姿は、もはやドラゴンだ。

それも、赤黒い全身に、無数の目を見開いた、異形の竜。

まるで、神話に出てくる邪神ではないか。遺跡に実在する邪神ではなく。幼い頃、昔話に出てきた、悪夢の世界を統べる邪神。

モンスターの域を超えている。

「懐に潜り込んでいることには代わりありません! 攻撃続行!」

「おおっ!」

メルルが声を張り上げる。

皆が、それに応えた。

此処からは、総力戦だ。

此奴を相手に、簡単に勝てるなんて、最初から誰だって考えていない。むしろ、ようやく、敵の上限が見えた。

勝機が近づいた。

そう、前向きに考える事にする。

轟音。

サンショウウオが、息を吐いただけで、前の地面が抉れる。

考え無しに突っ込んでいたら、それだけで死んでいただろう。

サイドステップでかわしながら、見る。

殴りかかったケイナの一撃が、文字通りはじき返される。五月蠅そうに其方を見る多眼サンショウウオの後頭部に、もはや躊躇無く。ライアスがバンカーを叩き込む。

流石にこれには、多眼サンショウウオも一瞬怯む。

その隙に。

ザガルトスさんと、ミミさんが、正確すぎるほどに、多数ある目の幾つかを貫き。

そしてシェリさんが、魔術で拘束を仕掛けた。

だが。五月蠅いと言わんばかりに、多眼サンショウウオが、吼え猛ると、魔術の鎖が消し飛ぶ。

まさかと言わんばかりに目を見開いたシェリさんを尻尾が襲い。庇ったザガルトスさんもろとも、吹っ飛ばす。

遠くの岩に、煙が上がる。

其処まで吹っ飛んで、叩き付けられたのだ。

戦慄しながらも、メルルは走る。

2111さんと2319さんが、息を合わせて斬り付け。

立ち上がったジーノさんが、傷口に一撃をいれるが。

二本足で立ち上がった多眼サンショウウオは、小揺るぎもしない。尻尾の一撃で、屈強なホムンクルス二人を吹っ飛ばすと。

ジーノさんを空中でキャッチ。

体重を掛けながら、地面に叩き付けていた。

爆裂し、煙が上がるほどの威力だ。

口を開けて、更に至近から、ジーノさんへ水の刃を叩き込もうとする多眼サンショウウオだけれど。

その時。

動いたのは、セダンさん。

今まで、仕掛ける間合いを計っていた彼女が。

多眼サンショウウオの横っ面に、メイスを叩き込む。

これが、想像以上に効く。

恐らく、分厚い装甲を貫通することを想定した。打撃武器だから、なのだろう。脳天を揺らされた多眼サンショウウオ。

その時。

メルルが、足下に潜り込んでいた。

「おおおおおっ!」

人間破城槌を仕掛ける。

同時に、ケイナが、セダンさんの逆側から、多眼サンショウウオの横っ面を、鞄で張り倒し。

多眼サンショウウオの顔に張り付いたライアスが、バンカーを目の一つに突っ込む。

壮絶な表情が、多眼サンショウウオの顔面に閃くと。

再び、魔力を周囲全域に放つ。

セダンさんも、ケイナも、ライアスも。

抗しきれず、吹っ飛ぶ中。

メルルだけは、勢いを殺され。

そして、全身から血をしぶきながらも、魔力の逆風を突破。

先ほど一撃を叩き込んだ傷口に、人間破城槌を叩き込む。

鮮血が、噴き出す。

だが、それでも多眼サンショウウオは倒れず。

よろめきながらも、なんと地面を尻尾で叩いて体勢を立て直し。

踏みしめると。

短いながらも強靱な腕を振るって、メルルを掴んだ。

凄まじい締め上げ。

思わず、悲鳴が漏れそうになる。

口を開ける多眼サンショウウオ。

小さな牙が無数に並んでいるが。それよりも、宿っている魔力の光に戦慄する。多分握っている腕ごと、メルルを水の刃で消し飛ばす気だ。

死ぬ。

今までに無いほど、間近に死の気配を感じる。

何より、締め付けが凄まじい。脱出できる気がしない。もがくが、暴れても、相手の握力が強すぎて、どうにもならない。

足下に、影。

「御使いの……!」

ミミさんだ。

加速加速加速。

敵の周囲を加速して回る。

何だ。

多眼サンショウウオが、露骨に焦るのが分かった。

メルルを放り投げて、地面に叩き付けながら、全力で防御魔術を展開に掛かるが。それも、遅い。

「雄叫び!」

瞬時に。

多眼サンショウウオの全身から、血がしぶく。

傷は、今までの何よりも深い。

メルルは必死に立ち上がりながら、見る。

ミミさんが、恐らくは。

達人が習得できる、奥義と呼ばれるものを。極みの技を繰り出したその瞬間を。

恐らくは、最大速度で敵の周囲を回りながら、あらゆる急所に矛で斬撃刺突薙ぎ払いを数百発という単位で叩き込んだのだ。

今まで攻撃に参加しなかったのは。

この奥義のため。

着地したミミさんが、呻く。

足から、手から、鮮血がしぶいている。

速度を武器にしたミミさんが、これほど反動でダメージを受けたのだ。一瞬だが、あのクーデリアさんに匹敵するほどのスピードを出して、手数を稼いでいたのではないのか。

空に向け、多眼サンショウウオが、悲鳴を上げる。

好機。

ジーノさんが、躍り出る。

「次は俺だっ!」

剣に、纏っている赤い魔術の光。

多眼サンショウウオは、それでも防ぎに掛かるけれど。

させない。

メルルは懐から発破を取り出すと、魔術を展開しようとした多眼サンショウウオの足下に、叩き付ける。

爆破。

揺らいだその頭上から。

赤い魔術を纏った、重すぎる一撃が、叩き込まれる。

普通のモンスターだったら、一瞬でミンチになっていただろう剣撃を。

それでも、地面にクレーターを造りながらも、防ぎ抜いてみせる多眼サンショウウオ。しかし、これで、決まった。

「ルオオオオオオオッ!」

頭から鮮血をしぶいている多眼サンショウウオの目の前で、膝をついているジーノさん。今の一撃で、全力を使い果たしたのだ。

そして、その頑張りは、無駄にしない。

飛び出したザガルトスさん。

シェリさんも。

血だらけの二人が、上空から。

それぞれに一撃を叩き込む。

地面に十字の亀裂。

ザガルトスさんの剣撃。

そして、シェリさんの唱えた魔術が、今度こそ、多眼サンショウウオを拘束。

その時、メルルは。

充分に、助走距離を、稼いでいた。

まだ動ける味方はいる。

だから、これで力を使い果たしてしまっても、構わない。メルルは、息を吐くと。見据える。

「行くよ……!」

飛び出す。

そして、加速。

残った力の全てを掛ける。

まだ、魔術の鎖を引きちぎろうとする多眼サンショウウオだが。その頭の上に登ったのは、ケイナ。

「もう、大人しくしていなさい!」

フルスイングで、鞄を叩き込む。

先ほど、セダンさんの一撃が入った場所だ。

頭蓋骨が、軋み砕ける音が、メルルの所まで響く。

その時には。

メルルは、もはや加速を終え。

敵との距離を、零にしていた。

人間破城槌、蹂躙型。

今まで、二度叩き込んだ傷に、三度目をぶち込む。

如何に分厚い装甲に守られていても。

ミミさんとジーノさんの奥義を受けた上。

シェリさんの拘束魔術。

更に、ザガルトスさんの渾身の一撃。

他の皆も、それぞれ出来るだけ可能な、最大の一撃を叩き込んでいる。これ以上、動けるものか。

激突。

火花が散る中、それでも拘束を千切ろうとする多眼サンショウウオ。このモンスターに、限界は無いのか。畏敬さえ、一瞬抱いた。

しかし、深い傷に、左右から。2111さんと2319が、一撃を叩き込む。もはや、皆が死力を振り絞る中。

メルルは、抜けた。

着地。

多眼サンショウウオの脇腹に、巨大な穴が開いている。

突破したのだ。

膨大な血をまき散らしながら。それでも。全身を貫かれ、土手っ腹に大穴を開けながらも。まだ多眼サンショウウオは立っていたが。

ケイナと、2111さん、2319さんが離れると同時に。

地面に倒れ伏す。

呼吸を整える。

もう、戦うのは無理だ。

震える手で、耐久糧食を懐から取り出して、口に入れる。吐き戻しそう。それほどに、消耗したのだ。

血だまりが、拡がっていく、

全員、満身創痍の中。

勝った。

ただ、その事実だけが。

むなしく、混濁したメルルの意識の中、響いていた。

 

4、殺し合いの果て

 

「見ましたか」

「ああ」

丘の上。

サウザンドアイ=サラマンダーを打ち倒した、アールズの姫メルルリンスと、その配下達。

結果を見届けたスピアのホムンクルス、八本腕は。

戦慄を隠せなかった。

彼奴は、スピアの特殊部隊による再三の攻撃を退け続けた、「例の遺跡」のガーディアンの一匹。

まさか、それを打ち倒すとは。

アレを倒せるのは、それこそアーランドの国家軍事力級だけだと思っていたのだが。あれだけの人数を集め。達人を二人に、それに準ずるのを二人。戦闘用ホムンクルス二体に加え、念入りな準備をしていたとは言え。

この結末は、予想していなかった。

火力、防御、知略。

いずれにおいても高水準で。

戦闘形態まで有していたあのバケモノを。

見事に打ち倒したメルルリンス姫は。実力こそ現時点では、辺境戦士としては平均的だが。

それ以上のポテンシャルを秘めていると見て良いだろう。

「戻るぞ」

「はい」

側についている、護衛のホムンクルス達に促す。

これは一刻も早く。

新しい指揮官である「千首眼」に、伝えなければならない。

どうやらアレは、一なる五人の強烈なバックアップを受けている様子で。奴が現れてから、味方の被害は露骨に減った。

「どうやらメルルリンス姫は、最優先抹殺対象にせざるを得ないようだな。 このまま成長されると、手が付けられなくなる」

八本腕は呻く。

今なら、八本腕でも充分に殺せる相手だが。

それも、いつまで続くか。

嘆息。

ひょっとすると、だが。

ロロライナにトゥトゥーリア。そしてあのメルルリンス。勿論、これから更に更に成長する事を加味する。

もしも、この三人が、うまく結束したら。

あの一なる五人を、打ち倒せるのでは無いのか。

もしそうなったら。

いや、やめておく。

希望など、持つだけ無駄だと、思い知らされてきたではないか。今を生きるため。それ以外に、何が出来るというのか。

アジトに戻る。

翼が、何かを貪り喰っていた。その辺で仕留めた鹿らしい。

「ひひっ、お帰り」

「ああ」

翼は、どんどんおかしくなってきている。

親友とも言えるこのホムンクルスが、廃棄される日は近いのかも知れない。迷いが浮かぶ。自分が生きるためには、どんなことでもする。

その筈なのに。

翼が、ゴミのように捨てられることを。

甘受できるのだろうか。

「メルルリンス姫が、サウザンドアイ=サラマンダーを倒した」

「本当かよ。 すっげえなあ」

「凄い奴だな……」

掛け値無しの称賛が口から漏れる。

だが、それ以上は。

八本腕には、許されていなかった。

 

荷車に、多眼サンショウウオの死骸から取り出した肉や内臓の一部を積み込むと。そのまま、引き返す。

赤いウォルフの死骸も積み込んで、耕作地に行こうとメルルは思った。

もう、直接アールズ王都に帰る余裕が無かった、というのも理由の一つ。そして何よりも、だ。

正直な話、全員が疲れ果てていたので。

一刻も早く、安全圏に入りたかったのである。

全部持っていく余裕は無かった。

本当だったら、貴重な資源を取り出せるかも知れないし。全てを持っていきたかったのだけれど。

そんな余力も無かったし。

あのサンショウウオが倒されたことで、他のモンスター達がどう動くか、予想も出来なかったのが厳しかった。

何より、誰もが、もうメルルの何十倍も重いモンスターの死骸全てを持っていく余力を残していなかったし。

正直、無駄口を叩く余裕さえ無かった。

退路で、四人のホムンクルスと合流できた時は、本当にほっとした。其処で物資を補給して、一度頭を冷やす。

無言で治療をして、休息している内に。

少しずつ、頭も冷えてきた。

防腐処置をしたサンショウウオの死骸を横目に、一晩だけ眠る。一度落ちると、後は文字通り、泥のように眠った。

きつかった。

蜘蛛のモンスターとやり合ったときよりも。

今までで、一番苦しい戦いだった。

だが、当たり前だ。

殺して、殺される。

そう言う場所にいたのだ。

楽に勝てて。簡単に相手を殺せる。相手だって、生きていて。これからも生きたいと思っている以上。

そんな簡単な話では無い。

翌朝。

ホムンクルス達が、血に染まったリネンを洗濯している音で目が覚める。

メルルが外に出ると。

もう、傷が比較的浅かったケイナと2319さんが起き出して、作業を手伝っていた。

「手伝うよ」

「大丈夫ですか、メルル」

「へいき」

手には少し痺れが残っている。

短時間で三度も連続して人間破城槌を叩き込んだのだ。それはダメージだってあるに決まっている。

固い敵だった。

最後にメルルが腹を貫かなければ、もっと暴れていただろう。

あれで重要臓器を根こそぎにしなければ。

更に、荒れ狂って、死者も出ていたはずだ。

戦略的に重要な水源を抑えるため。

分かっていたが。

あのサンショウウオも、ただのモンスターだったとは思えない。一体何をもくろんで、彼処に陣取っていたのだろう。

あのサンショウウオは。

本当は、何者だったのだろう。

手当を進める。

今度は、2111さんの方が傷が深かったけれど。それでも、致命打になるようなものは貰っていなかった。

それだけは救いかも知れないが。

メルルは、釈然としなかった。

この先に、何があるのか。

しっかり確認しなければならないだろう。アールズにとって戦略的な要地である水源は。ひょっとして。

何か、とんでもない秘密を、隠しているのかも知れない。

起き出したジーノさん。

快活で脳筋な普段と違って、今日は無口だ。そのまま、手当と、リネン類の洗濯を手伝う。

そして、荷車を見た。

「戻って、死骸を確保してこようか?」

「一晩経ってますし、もう食い荒らされているでしょう」

「……でも、見てくる価値はあると思うが」

「分かりました。 お願いします」

ふらりと。

ジーノさんが、消える。

これは、今日一日は動けないと見て良いだろう。荷車を確認。昨日多少雑だった防腐措置を、やり直しておく。

アトリエまでもてば、後は本格的に処置が出来る。

起きて来た皆は、誰もが口数が少なくて。

あの戦いが、本当に厳しかったことが、よく分かった。

夕方近くになると、少しは元気も出てきたけれど。

それでも、皆の口数は少ない。

薬品類は、全て使い果たした。

どちらにしても、戻らないとダメだ。

ジーノさんが戻ってくる。

そして、妙なものを、手渡してきた。

「死体は食い散らかされてたんだが、変なものを見つけた」

「……?」

それは、何だろう。

カードか何かのように見えた。

アーランドで冒険者に発行している免許があるけれど。それを金属製にしたもののように見える。

ただ、正体が分からない。

血に濡れているけれど。複雑な凹凸があって。生半可な技術で作れるものではないし。金属の種類もひと目では理解できなかった。

「戻ります」

「うい」

後は、戻ってからの調査だ。

もう一度、激戦がかわされた場所を見やる。

後は、水源まで辿り着いて。居座っているベヒモスを撃破するだけ。それで、アールズは、戦略的に重要な水源を、手にすることが出来る。

戦いは、勝った。

だけれども。

メルルはとにかく、今回は、いい知れない疲弊感を、覚えていた。

 

(続)