違う形の心
序、砦再建
額の汗を拭うと、メルルは検査に魔法の石材を廻す。これで三十基目。そろそろ、砦の方の状況が気になるタイミングだ。
城の方では、ルーフェスが元々の砦の設計図を引っ張り出した後、難民の技術者や、アールズからも有識者を呼んで、設計図の見直しを行い。既に大体は完成したという話が出ている。
後は、石材を運んで、組み立てる必要があるが。
問題は労働力だ。
ホムンクルス達のPTSD回復が、急ピッチで進められていて。後方に下がったホムンクルス達の大半が、PTSDを克服している。
メルルが直談判した結果、彼女らに選択権が与えられ。
前線に戻るか。
それとも、やはり後方での仕事をするか、二択となった。その結果、後方に下がっていたホムンクルス達の三分の一ほどが、前線に復帰。
アールズは、難民を更に受け入れながら。
後方の辺境諸国から、援軍を呼び。足りない人材を補う事となった。それでも労働力が足りないのは目に見えていたから。
今、メルルは。
二つの手を、同時に打っている。
一つは、難民達の間から、砦での労働者を募ること。これは、砦が最前線であっても、良い物資を優先的に廻すことで、労働力になる事を申し出る者が出ると判断しての事である。
現時点で、食糧供給や、医療については、問題なく行っているが。
難民達に対する風当たりは強い。
この辺りで、少しは払拭したいと考えている人達にも、動いて欲しいのである。
もう一つは。
錬金術による生命付与。
つまり生きている縄や生きている大砲と同じ技術による、生きている人形の作成だ。
これは以前、難しすぎて断念したものだけれど。
必死に勉強をして、ある程度作成の目処がついたのが、着手に踏みきることにした理由の一つだ。
ただし、あくまで目処がついただけ。
難易度は激烈に高い。
今製造している魔法の石材が一段落したら、本格的に手をつける。そうしないと、時間が作れないだろう。
額の汗を拭いながら、三十一基目の石材に取りかかる。
そして、五基ずつ納品しているから。既にケイナに声を掛けて、フィリーさんに取りに来て貰っていた。
幾つもの作業を並行でやっていくと。
つい忘れてしまう事も多い。
何度か工程表を見て、今何をしているか確認。
メルルは師匠達ほどハイスペックな頭をしていない。だから、いちいち確認していかないと、どうしてもミスをなくせない。
検査でOKが出たので。
来たフィリーさんに、お薬と一緒に引き渡す。
馬車で来た人は、今まではアールズのベテランの兵士だったのだけれど。今回からは、辺境国の一つから来た戦士になった。彼の故郷はアールズとは古くからの同盟国で、今回も多くの難民を引き受けている。
関係は良好。
馬車の御者という難しい立場を、安心して任せられる相手だ。
「よろしくお願いします!」
「お任せを」
戦士が恭しく礼をすると、馬車を動かして、石材を運んでいく。お薬も、である。
さて、これで行程もだいぶ進んできた。砦の建設を開始するのは、もう少し後だけれども。
お薬は順調。
要求されているお薬は、生産の目処も立っている。
魔法の石材についても、材料は既に揃っているし。後は、くみ上げていくだけだ。
夜までに、三十二基目まで、魔法の石材を完成させる。
かなりペースが上がってきた。今までは速くても一日三基が限界だったのだけれど。今は一日五基まで作れる。
ふと、気付くと。
ロロナちゃんが、完成させた魔法の石材を見ていた。
「どうしたの?」
「おもしろいこうぞうだね!」
笑顔を浮かべられたので、答える。
この人は。
こんなになってしまっても、錬金術師としては超一流だ。一目で欠陥を見抜いてくるし、アドバイスも的確。
今も、そうだ。
「強度も耐久力ももんだいなし。 いい地盤強化材だね!」
「分かるの?」
「うん。 でも、問題があるよ」
さて、何が問題だ。少し構えてしまうメルルに。
ロロナちゃんは言う。
「多分これ、魔術によって簡単に壊れちゃうと思う」
「え、でも普通の石材よりは、強度も遙かに上だけれど」
「うん。 でも、魔術に対する耐性は、多分普通の石材と同じかな」
それは、そうだ。
だけれども、魔術によって、基盤部分を直接攻撃するケースなんて、あるのだろうか。少し考え込む。
敵が地下から攻めてきた場合は。
いや、そう言う場合は、もう仕方が無いと考えるしか無い。魔術による防壁は展開するべきだろうけれども。
後は。
最初から何かしら、魔術による破壊工作が行われた場合。
もたないかもしれない。
メルルだって分かっている。内通者がいる可能性は、否定出来ない。勿論、スピアなんかに裏切る人間がいるという意味では無い。
洗脳されている者が、潜んでいる可能性のことだ。
以前も実際にあったではないか。
そういった者が、工事の規模が大きくなればなるほど、悪さをする可能性が増えていくのである。
「……!」
今更ながらに思い当たる欠点。
確かにこの人は、凄い錬金術師なのだと思い知らされる。一目で、結構自信作だった魔法の石材の問題点を見抜いたのだから。
克服の手段は。
ゼッテルを仕込んで、強化魔術でもいれるか。
それならば、比較的簡単にできる。幸い構造面で考えると、仕込む余地はある。既に完成した分でも、それは同じ。まだ砦の建設は、着工していないのだから。後、見張りは必要になってくる。
それに、何よりだ。
変な魔術が掛けられていないか、調査する手段も欲しい。
これに関しては、砦を建築する際のマニュアルに追加するしか無いかも知れないが。
「ありがとう、ロロナちゃん。 参考になったよ」
「ううん、どういたしまして」
「お礼に、後でパイを焼いてあげるね」
「わーい!」
無邪気に喜ぶロロナちゃんだけれど。
少し、思い始めている事もある。
やっぱりこのような事。
一人の人間として、絶対に許すことは、出来ない。
魔法の石材だけが揃った。
前線へとせっせと砦の素材が運ばれているのを横目に、メルルはロロナちゃんをトトリ先生に預けて、前線に。
いつもの六人を護衛に、である。
ちなみに今回は、アニーちゃんも預けてきた。トトリ先生は、しばらくアトリエに籠もる、という事だったから、である。
砦では。
既に、魔法の石材を設置する作業が始まっていた。メルルは現場の指揮を執っていたクーデリアさんの所に行って、事情を説明。クーデリアさんは腕組みして、話を聞いていたけれど。
すぐに頷いた。
「なるほど、ロロナらしい着眼点だわ」
「対応をお願いできますか」
「此方で自主的に、設置前に石材に破壊工作がされていないかはチェックしていたし、監視もしていたのだけれど。 確かにスピアが破壊工作を仕掛けてくる場合、魔術に対する耐性の低さは弱点になり得るわね」
メルルが差し出したゼッテルには。
トトリ先生にアドバイスを受けて、三種類の魔術を込めてきている。一つは防御。一つは検知。そして最後の一つは警告。
防御は単純。
魔術の障壁を張って、単純に攻撃を緩和する。
検知は、破壊工作に使うような魔術が、後から掛けられていないかどうかを確認するものだ。
そして最後に警告。
何かしら後から手が加えられた場合、ブザーが鳴って知らせる。この魔術は普段表に出ていないので、外から発見するのは極めて難しい。つまり、熟練者であっても、引っかかると言う事だ。
洗脳されているような奴に、突破出来る雑なセキュリティでは無いし。
魔法陣はトトリ先生自身が考案した。
これなら、どうにかなるはずだ。
問題は、突貫工事で、ゼッテルに書いただけと言うこと。ロロナちゃんに指摘されてから造った魔法の石材には、自主的に仕込んだけれど。
それ以前のものにはいれていない。だから、手作業で、差し込んでいくしかない。
クーデリアさんに、魔術師を呼んで貰って。順番に、基礎として埋め込まれている魔法の石材を調べて貰う。
余計な魔術は、幸い掛かっていない。
ゼッテルを仕込み。
三つの魔術が発動するのをチェック。全ての石材で、同一の作業を実施して、念入りに確認。
その間、皆には。
周囲を警戒して貰った。
実際、最前線には、多くの人が出入りしている。悪さをするには、実はこれ以上にないほど、適した空間なのだ。
「よし、今の時点では、問題ないですね」
「細かい作業、助かるわ。 後は砦をくみ上げていくだけね」
設計図を一緒に見て、今後の行程について確認。
人手不足に関しては、仕方が無い。ルーフェスの手腕に期待するだけではなく、これからメルルの方でも、生きている人形を手配する。お薬については、今天幕の中で保護の魔術を掛けているけれど。いずれ砦に移す。
設計図に関しては、絶対に他の者には見せられない。
構造などを知られると、面倒だからだ。
見せるのは、一部の技術者だけ。
その技術者にも、念入りなチェックをかける。
この辺りは、当然の話で。
どの国でも、前線拠点を造る以上、必須の措置として行っている。多分、既に存在しない北部の列強でも、同じ事をしていただろう。国によっては、工事に関わった技術者を情報を隠蔽するために殺すような真似をしていた所もあるらしいけれど。流石にそれは、昔の話だ。
砦のくみ上げは。
部分的に開始。
基本的に、外壁部分からだ。内部については、構造がもろに関わってくるので、後回しである。このため、一部については、覆いを掛けて。外から見えないようにしながら、造っていく必要がある。
それらの作業を、てきぱきと進めていくクーデリアさん。
頼りになると、メルルは思った。
後は任せて、アールズに戻る。
やはり、重要なのは、労働を行う人員の確保だ。
それに、後方の拠点。
耕作地帯や農場、鉱山からも、人員を割くわけにはいかない。これらの拠点から人を抜けば、絶対に何か問題を起こす輩が現れる。
既に夕方。
日が、稜線の向こうに沈み始めていた。
「急ごう」
「はい」
シェリさんに促されたので、急ぐ。
魔法の石材の納入が終わったとは言え、ここからが本番なのだ。ルーフェスにだけ、負担を掛けるわけにはいかない。
ましてや、ジオ王は、前線の兵力が足りないといっていた。
人が集められない場合。
砦の建設だけじゃない。
他の場所からも、人員が次々に引き抜かれることになるだろう。ジオ王が来た以上、それだけの強権が振るわれる可能性はあるし。
実際、アーランドにしてみれば。
前線の兵力が最優先という理屈に関しては、正論なのである。
実際、後方拠点から引き抜かれているホムンクルス達の代わりで、今はてんてこまいの状況だ。
メルルとしても、急がなければならない。
ふと、気付く。
そして、反射的に。
戦槍杖で、はねのけていた。
鋭い金属音。飛来したそれは、地面に突き刺さり、震えていた。
ダークだ。
投擲用のナイフの一種。しかも、見たところ、毒が塗られている。
奇襲に失敗した何者かが、森の中に消えるが。即応したシェリさんが、躍りかかり、すぐに捕らえてきた。
その捕らえられた者は。
目の様子が、明らかにおかしい。口の端からも、泡を吹いていた。
ちなみに今の瞬間、反応できたのはメルルだけでは無かったけれど。メルルが跳ね返せると判断して、シェリさんとザガルトスさんは動かなかった。2111さんと2319さんは、メルルが対応出来ない死角からの攻撃に、一瞬で備えてくれていた。
「この者は、恐らくは新しく派遣されてきた戦士の一人だな。 まだかなり未熟だが」
「こ、ころす! ころすころすころすころす!」
「……後で取り調べを行います」
「分かった」
シェリさんが、何処かに力を込めると。呻いて、戦士は動かなくなる。念入りに縛り上げて、それでおしまい。
縛り方はいわゆる本縄。
関節を外しても抜けられないものだ。ナイフさえ持たせていなければ。いや、ナイフを持っていても、抜けられない場合の方が多い。
更に此処に、シェリさんが、何種類かの魔術を掛ける。
眠りの魔術を筆頭に、徹底的な無力化を行った後。ザガルトスさんが、意識をなくして静かになった男を担いだ。
「畜生、ピンポイントで狙って来やがった」
悔しそうにうめくライアス。
彼は。
ケイナもそうだが。
ダークに反応できていない一人だった。いや、正確には反応できたのだけれど。メルルを守れる所まで、動けなかった。
シェリさんが、ライアスの肩を叩く。
ケイナも、悔しそうにうつむいていた。
「大事なかったのだから気にするな。 次のために、鍛えておけ」
「……分かったよ」
落ち込むライアスだけれど。
それ以上何も言うことは、できなかった。
1、人間に近いもの
お城に暗殺者を引き渡した後は。
メルルは、以前トトリ先生に貰った書物をひもとく。背後関係の確認や尋問は、もうルーフェスに任せてしまう。
自白剤も納入してあるし。
情報が出てくるまで、時間は掛からないだろう。
どうせスピアが背後にいることはわかりきっている。一喜一憂しているのも、ばからしいことだ。
生きている人形。
そうなづけられたものは。具体的には、粘土製の人間サイズの人形をベースにして。労働が出来るようにしたものである。
粘土製と言っても、ただ土をこねるだけでは無い。
骨に当たる部分には、金属骨格をいれるし。
関節部分にも、同じような仕組みをいれる。
これらの骨の部分に、悪霊を憑依させて、動くようにするのだ。
頭脳部分に関しては。
かなりというか。これが一番大変だと思える、非常に複雑な魔法陣を埋め込む。チェックしていると、ホムさんが教えてくれた。
「これは我々の頭脳部分に刻み込まれているものとよく似ていますね」
「ん? どういうこと」
「ブラックボックス化されていますが、恐らくは人間に対する反逆を防ぐための仕組みでしょう」
「……!」
なるほど。
そういえば、ホムンクルス達には、安全装置とも呼べる仕組みがあって。それ故に、人間に対して直接的な危害を加える事が出来ないという話がある。もっともそれはガチガチではなくて。
暴徒などは制圧して押さえ込むことが出来るし。
戦闘の際は、ある程度柔軟に活動もしている様子だ。
この安全装置は、実は名が知られていないとても偉大な錬金術師の理論によって作り上げられていて。
ブラックボックスの優秀さもあって、今だ外部での解析には成功していないそうである。あのアストリッドさんでさえ、だ。
凄い錬金術師だったんだなと、メルルは感心する。
でも、どうして名前が知られていないのだろう。
戦闘用ホムンクルス、今やアーランドの主力だ。国家軍事力級戦士が最大戦力だとしても、一人一人がベテラン戦士並みの実力を持ち、三千人以上がいて、国力の底上げをしているホムンクルス達は、もはや無くてはならない存在。
その基幹となっている理論を作り上げた錬金術師が。
どうして、有名にならなかったのか。
疑念はあるけれど。
まず、順番に作業を進めることにする。
骨格部分を作成。
とはいっても、人間とそっくりに造るわけでは無い。一部はハゲルさんに受注する。大砲の作成で大変だろうけれど。それと並行してやって貰う。以前、細かい部品に関する作業で失敗してから、メルルは素直に人を頼ることを覚えていた。
人間よりかなり単純だけれど。
それでもパーツはそれなりに多い。
そのパーツに、ゼッテルに書いた魔法陣を巻き付けて、固定。或いは内部に仕込んでしまう。
これは保護の魔術だけではなく。
それぞれのパーツが、するべき事を出来る。そのための、補助の魔術も、仕込まれているのだ。
理論は恐ろしく複雑だが。
なんとかついて行ける。
勿論、ついて行けるだけだ。
これは本来、一生を掛けて行うような研究成果。それをメルルは、理論に沿って造っているだけに過ぎない。
冷や汗が流れた。もの凄く難しいから、間違って覚えたら大変だ。いちいち作業の一つずつに、気合いを入れなければならない。
ケイナが甘いお菓子を作ってくれた。果実をふんだんに含んだパイだ。生地にはミルクもたくさん含まれている。
口にすると、とても甘くて。
そして優しい感触。
考えるのには、甘いものが必要だ。頭に甘いものを入れたことで、また少し頑張ることが出来る。
骨格部分を完成させるまで、三日。
ハゲルさんも、それほど時間を掛けずに、部品を造ってくれた。
背丈は、メルルより頭一つ半ほど大きい想定で、生きている人形は設計している。体に粘土をつけて、肉付けをしていく。
その過程で、メルルはふと気付かされる。
うまくすると。
この生きている人形にも。
ホムンクルス達と同じく、心を与える事が出来るのでは無いかと。
しかし、まずは。
設計図の通り、出来るかが肝心だ。
工夫は後から。
それも、心に関する部分など、安易に触れてはいけないものだ。トトリ先生と、念入りに相談しなければならないだろう。
ゼッテルに書いた魔法陣を仕込みながら、肉付け完了。
頭部はまだつけていない。
別に造った頭部は。
最初に造った複雑な魔法陣を仕込むだけでは無い。他にも、幾つものギミックが必要になるのだ。
一通り、形だけはできた。
額にきざまれた文字。
これが起動ワードになっている。触らない限りは、生きている人形として、稼働することは無い。
触っても、特定のワードを込めなければ大丈夫だ。
色々と確認したけれど。
骨格がしっかりしているので、生半可な事では壊れない。肉の部分になっている粘土を取り替えれば、ある程度補強も可能だ。
戦闘向けには。
いや、難しいだろう。
パワーは出るが、複雑な戦術を遂行させるとなると、難易度が跳ね上がる。作成のコストと見合わない。
単純作業を、延々と実行していく。
それが、この子には、ふさわしいはずだ。
一号機は、男性的な外見として造ったけれど。
目の部分に入っているのはガラス玉だし。
口は存在していない。
音は発する事が出来る。
しかし、悪霊によって動力が為されている以上、人間と同レベルの自我を持たせるのは危険だ。あくまで、自我は限定的である。
気の毒だけれど。
危険を避けるには。今のメルルでは、それが限界なのだ。
ケイナとライアスにも立ち会って貰う。
まず、外に生きている人形を運び出す。横たえて、額の文字に指を触れた。この文字は、後で鉢金をつけて隠してしまう。
普段は、ゆったりしたローブを着けて貰って、働く事になるが。
それは質感からして人間とは違う肌を隠す意味もある。
古い言葉で、真理を示すものを呟くと。
淡い光が、生きている人形を包み始めた。ゆっくりと、生きている人形が、立ち上がる。周囲を見回して。メルルに目を留めた。
とはいっても、目はガラス玉。
どう見えているのかは、よく分からないけれど。
「ご命令を、メルル様」
「おっ、成功、か?」
構えていたライアスが、呟く。
ケイナも、いざという時に備えて、構えたままである。
ちなみにトトリ先生とロロナちゃんはいない。朝から出かけていって、それきりだ。アニーちゃんは、隅っこの方で、昨日ケイナが焼いたお菓子を適当にぼりぼりと食べている。いつもアンニュイな彼女も。今日の実験には興味があったようで、珍しく自主的に出てきていた。
「其処から其処まで歩いてみて」
「はい」
聞こえるのは、どうにも人間とは少し離れた音声だ。何というか、空から響いているというか、なんというか。
いずれにしても、其処で人が喋っているとは思えない。
歩くのを見て、満足。
続いて、重いものを持ち上げて貰う。
かなり大きな石材まで持ち運べるように、骨格は調整したけれど。さて、どうだろうか。上手く行くか。
見ていると。
生きている人形は、うまく動かす事が出来た。
その後、すぐに関節部分を見せてもらう。
保護の魔術を掛けてあるから、生半可な事では壊れないけれど。なにしろ、肉の部分は粘土だ。
念入りにチェックする必要がある。
大丈夫だ。
額の汗を拭う。メルルの方が、心配した。
「いきなり砦に行かせるのか?」
「ううん、まずは鉱山で何人かに働いて貰うつもりだよ。 その後、様子を見ながら、砦や農場、耕作地に投入かな」
「結構造るつもりなんですね」
「今の予定では、二十人」
力仕事で、高度な判断が出来るホムンクルスや、退役戦士を使うのは、正直な話無駄だという理由もある。
こういう単純な命令を黙々とこなせる子の方が、望ましい。
順番に、命令を実施して貰う。
いずれも。スムーズに、生きている人形はこなして行ってくれた。
次は、安全装置の確認だ。
書物を見ながら、トトリ先生が造ってくれた、安全装置の確認手順を、一つずつ試していく。
此処は重要だ。
もしもしっかり出来ていない場合。
生きている人形が、実際の人間に、害を加えてしまう可能性がある。
また、外から攻撃を受けた場合にも、対応出来なければならない。
魔術を上書きは出来ないようにしてある。
それで、他から操られることは避けられるはずだ。
丁度良いので、メルルを使って実験をする。
その気になれば、メルルを殺せる状況において。メルルに危害を加えかねない命令を一つずつ、順番に実施していく。
緊張の瞬間だ。
だけれども、生きている人形は。
セーフティがきちんと働いて、止まってくれる。
ため息。
どうにか、上手く行ったか。
だけれど、今の時点では。動く、というだけだ。
長期間の労働に耐えられるか。
不具合が起きないか。
それらは、実際に現場で動かしてみないと、何とも言えない、というのが実情なのである。
いずれにしても、最初の一歩は、成功だ。
胸をなで下ろした後。
メルルは、笑顔で、生きている人形に語りかける。
「よく頑張ってくれたね」
「光栄です、マスター」
「今日から君はエメス1だよ。 これからもよろしく、エメス1」
「分かりました。 マスター」
エメス1は、不器用に頭を下げる。
さて、これからが本番だ。
翌朝。
エメス1を連れて、王城に。ルーフェスと色々打ち合わせがあるからだ。
体をローブで隠してはいるけれど。機械的な動き。何より目しかない顔は、周囲の度肝を抜いたようだった。
メイド達は露骨に怯えるし。
兵士達は、青ざめているしで。
知っているライアスが、見ていて苦笑いしていた。
「エメス1、ライアスと一緒に、此処で見張り。 敵性勢力が来たら、アラームで知らせてね」
「了解です、マスター」
「お願いね。 ライアスも」
「分かってるよ」
ひらひらと手を振るライアス。
意外とライアスは、エメス1の事が嫌いじゃないらしい。王城に来る間も、比較的気さくに話をしていて。それにたどたどしくエメス1が答えていた。
ひょっとすると。
後輩が出来て、嬉しいのかも知れない。
今年に入ってから、王城に兵士として数名が入ったのだけれど。彼らの全員が、前線や耕作地など、王城以外の勤め先に出て行った。
それを考えると、ライアスが先輩として振る舞える相手がいない、ということであり。
後から入ってきた上に。手が掛かる事が想定されるエメス1は、案外接しやすい相手なのかも知れなかった。
ちょっとほほえましい。
「ルーフェス、来たよ」
「姫様、幾つか相談したいことがございます」
「うん」
分かっている。
まず第一の議題だが。この間の暗殺者だ。
素性はすぐに調べがついた。
アールズの同盟国の戦士の一人。とはいっても、近年アーランドを仲立ちに同盟した国で、殆ど関係は無い。
かなり未熟な戦士で、実力はメルルより下なくらい。あのダークの腕前から見ても、大した実力では無い事は分かっていたが。予想通りだった、という事になる。
勿論、彼は。洗脳されていた。
「専門家の手で洗脳は解除しました。 尋問には素直に応じ、自白剤も必要ありませんでした」
「酷い事はしていない?」
「する理由がありません。 ただ彼には、洗脳されたという事もありますし、一旦本国に戻って貰っています」
洗脳をしたのは。
やはり以前と同じく、正体不明の存在。
ほぼスピアの間諜とみて間違いないだろう。
実際この戦士も、職場の不満を口にしていたという。強いモンスターと戦いたい。どうして遠い国まで出向いてきたのに、難民共の世話をしなければならないのか、と。
ちなみにこの戦士は。
この間の大会戦での、行方不明者の一人であったそうだ。恐らく開戦前に洗脳をされて。そして戦いのどさくさに紛れて、姿を消したのだろう。
意外に頭脳的というか。
やり口が手慣れている。
洗脳して回っている奴も、決して知能が劣悪では無い、という事だ。
「続いて、労働力の確保ですが」
「それについては、試作品が出来ているよ」
「拝見しました。 あのエメス1、という機体、中々に優秀な能力を持っていますね」
「え。 うん、まあそうだけど」
いつ見たのか。
まあ、ルーフェスは不思議なところがあるので、いちいち問いただしても仕方が無いけれど。
咳払いすると、話を進める。
まず、エメス1を、予定通り鉱山にいれる。それから、稼働の様子を見ながら、増やしていく。
これについては、同意がすぐにとれた。
最終的に二十機を入れる予定だというと。
だが、ルーフェスは難色を示す。
「なるほど。 二十機、ですか」
「ん、何か問題がある?」
「ええ。 自衛能力がもう少し高くないと、敵に奪われる可能性がある、と愚考いたしますゆえ」
そうか。やはり其処に辿り着くか。
ブラックボックス化しているとはいえ、あの魔法陣を取られるのは、少しばかり面倒かも知れない。
敵は実際、得体が知れない忍び寄り方をしてきている。
ベテランでさえ、洗脳される者が出てきているのだ。エメス1がさらわれる事は、覚悟しなければならないかも知れない。
アラームや、奥の手として自壊機能はつけてある。
しかし奪われた場合。
それを上手に作動させられるかどうか。
不安はあるけれど、問題はそれだけじゃあない。
エメス1を守るために護衛をつけるようでは、本末転倒だ、ということである。
「訓練も含めて、順番に作業をしていきましょう。 それについては、私としても賛成です」
「ええ。 それで次の議題は」
ルーフェスが出してきたのは。
複雑な相関図だ。
同盟関係にある国が受け入れている難民の数。それらの国から、来ている戦士の数。前線に行っている数と、後方で働いている数も、併記されている。
見たところ、たくさん難民をアールズに廻してきている国ほど、たくさんの戦士を寄越してきている。
当たり前の話だ。
それらの国では、難民に対する処置が、本当に大きな問題となっていた。
アールズで積極的に引き取りを実施していることを感謝してくれているが。しかし、まだそれらの国の傷は大きい。
それだけ、難民問題で、彼らは苦労したのだ。
アールズでも、それは同じ。
難民に対する風当たりが強いのも、当然だと言えば当然だった。
「武力衝突が、この国でおきかかっています」
「武力衝突!?」
「難民の一部が、待遇の改善を訴えて、武器を取り出しました。 すぐに鎮圧されましたが、何しろ数が数です。 このままだと、周辺にも飛び火しかねません。 難民の中には、領土を寄越せ、自治領にすると息巻いている者までいるとか」
なんと自分勝手な。
頭がくらくらしたけれど。ルーフェスが、さらなる爆弾発言を口にする。
「この国から、半年で一万。 難民を引き受けます」
「……!」
「本気です。 それによって、一気に後方での人員確保が可能と試算が出ています」
その一万は。
今までとは訳が違う。自治領を寄越せとまで言い出すような連中だ。アールズに入ったら、何をしでかすか。
しかし、やらなければならない。
「今のうちに、前線の状態を、改善しないとまずいね……」
「その通りです。 できるだけ、生きている人形の作成をお急ぎください。 前倒しでの作業が、必要になるかと思います」
「……分かった」
しかし、そうなると。
問題が発生した場合のトラブルシューティングが大変だ。いざという時、対応出来なくなる可能性もある。
ルーフェスの話によると。
一万からなる人員は、アールズの北東。水源から水を引いてくる、新しい耕作地にまとめていれる予定らしい。
予定をかなり前倒ししての難民流入となるけれど。
幸いなことに、食糧の生産については上手く行っている。特に耕作地は、メルルが確保した干拓地の方が上手く行っていて、今年は想定の三倍程度の収穫が予定されているそうだ。
少なくとも。
難民が飢えることは、ないだろう。
問題は、新しく受け入れる予定の一万。
彼らをどう捌くか、だ。
「此方でも、可能な限りの手は打っておきます。 姫様もお急ぎください」
頷くと、執務室を出る。
外で待っていたライアスは、エメス1と、なにやら頓珍漢な話をしていたようだけれど。メルルに気付くと、咳払い。
「何だか、うまく会話が噛み合わねえ」
「仕方が無いよ。 エメス1、行こう」
「了解です、マスター」
今日一日で、徹底的に性能試験を実施する。
これでOKなら。
早いかも知れないけれど。鉱山に投入だ。
鉱山で働けるようなら、其処で動いている人員を、前線に廻す事が出来る。そうなれば、ジオ陛下だって、文句は言わないだろう。
だが、分かっている。
メルルでは、限界もあると。
アトリエにつくと、トトリ先生が戻ってきていた。ロロナちゃんもいる。少し反則気味かも知れないが、此処は二人を頼る。
頭を下げて、メルルは言った。
「早めにトラブルシューティングを済ませたいので、お願いします」
2、無惨
可能な限りの措置を施して。
鉱山にエメス1を送り出した後。メルルは順番に、生きている人形を組み立てて行った。同じ型式のものを造るのもいいのだけれど。強力なカスタマイズが出来るのも、生命では無いがゆえの強みだ。
エメス2は、非常にごつくて強そうな形状にした。
実際パワーだけなら、生半可なアーランド戦士にも劣らないレベルで実現が出来た。多少鈍重だけれど、力仕事なら、幾らでもこなせるはずだ。
ロロナちゃんにも手伝って貰って、性能試験。
上手く行ったので、前線に送り出す。
今の時点では、トトリ先生も、ロロナちゃんも。完璧とは言わないけれど、問題があるとは指摘してこない。
逆に言うと。だからこそ怖いとも言えるのだが。
エメス3は、今度は逆に、ぐっと小さく造る。
子供くらいの大きさで。
パワーはエメス1と半分くらいのものを実現する事に成功した。小型なのは狭い所に入り込んだりするための処置だ。
エメス3を造っている間に。
鉱山から報告が来た。
なにやら悪い知らせかと思ったのだが、違った。エメス1に対する好評の手紙だという。鉱山を見ているベテラン兵士からの連絡だった。
ルーフェスが、代わりに聞かせてくれる
「今の時点で、まったく問題が無いという報告です。 非常に働きもので、文句も言わずに単純労働を黙々とこなしてくれるとかで、ホムンクルス達の評判も上々、だそうですよ」
「良かった! なじめているみたいだね」
「……」
ルーフェスが口をつぐむ。
メルルも、理由は何となく予想がついた。
上手く行きすぎている。
何だか、嫌な予感がする。
そして、その予感は、即座に現実のものとなった。
続けて、連絡が来る。
鉱山に襲撃があったというのである。どうやら暗躍していたスピアの諜報部隊が、ついに堂々と姿を見せ始めたようだった。
鉱山に急行したメルルは。既に周囲に展開しているホムンクルス達を見て、駆け寄る。損害がまだよく分かっていない、というのである。襲撃を受けたと聞いて、取るものもとりあえず飛び出してきたが。
鉱山の方は、既に戦闘も終了している様子だ。
流石にこの状況、アニーちゃんは連れてこられなかったが。いつもの六人は、全員来てくれている。アニーちゃんはお城のメイドに預けてきた。いつ熱を出すかも分からないから、急がないと行けない。
手分けして、まずは情報収集だ。
メルル自身も、声を張り上げる。
「状況を!」
「はい、メルル姫」
ホムンクルスの中で、一番ナンバーが若いらしい人が進み出る。この辺りの指揮をしているらしい。
頷くと、歩きながら話を聞く。
「襲撃者は二十ほど。 攻撃が行われたのは四刻ほど前。 あの辺りから不意に襲いかかってきました。 四名ほどでその場にいたホムンクルスの歩哨を押さえ込み、残りがなだれ込んだ様子です。 すぐに気付いた味方との乱戦になり、そして」
連れて行かれて。
思わず、息を呑んだ。
穴だらけになって倒れているのは、エメス2だ。沈鬱な表情のマルカスさん。以前此処に連れてきた、鉱山技師がエメス2を見下ろしていた。
顔を上げたマルカスさんは、申し訳なさそうに言う。
「すまない。 私や若い者達を庇って、此奴が」
最後まで、身を盾にしてくれたと。マルカスさんは言うのだった。
そうか。
どうやらメルルが思っていたよりずっと。この大きくて厳つくて、恐ろしい容姿の生きている人形は。人間のために、体を張ってくれたらしい。
頭を調べる。
頭脳部分は、完全に破壊されてしまっていた。
これでは、材料の再利用は出来ても、エメス2としての再生は不可能だ。
エメス1は。どこに行った。
此処の指揮をしていたベテラン兵士が来る。彼は敬礼すると、緊迫した様子で言う。
「難民の技術者が何名か。 それに姫様が送ってくださったエメス1が、敵に拉致された模様です」
「!」
「敵の戦力は」
冷静に、ザガルトスさんが聞いてくれる。残存兵力は十名以下と返答がある。
助かった。
エメス2の末路。造ったばかりで、命を得てすぐの存在が、こうも尊い生き方を見せてくれて。そしてどうにも出来なかった事に動揺して、まともな受け答えが出来ずにいた。気持ちを、立て直す。
このままでは、エメス2の頑張りが報われない。
必ずしも報復は良いことではないけれど。少なくとも、これをやった犯人には、相応の処置が必要になる。
抵抗するようなら。
殺す。
「すぐに負傷者の手当を。 敵が逃げていった方向は分かりますか」
「今、山狩りの準備をしています」
「それでは間に合わない! 何人かついてきてください。 私が直接、敵を叩きに行きます!」
使者を飛ばして、隣国には国境封鎖をするように連絡。
辺境戦士達が本気で封鎖すれば、絶対に通しはしないだろう。後は、被害が拡大する前に、敵を捕らえるだけだ。
出ようとするメルルの前に、誰かが現れる。
ミミさんだ。
「ミミさん!」
「合流するわ」
「私も合流します」
すっと、姿を見せたのは。
以前から、トトリ先生の支援をしていた34さん。二人ともハイランカー相応の実力者だ。頼りになる。
他にも、此処の護衛から、三名のホムンクルスを割いてくれる。
これならば。
敵に戦力でも、遅れを取ることは無いだろう。
すぐに、飛び出す。今は、時間が惜しい。
34さんには、先に三名のホムンクルスを連れて。先行してもらう。
一緒に走りながら、ミミさんに話を聞く。
「前線でも、問題視しているのよ。 後方拠点が薄くなった隙を突かれたという形ですものね」
「それで、ミミさんが」
「そう言うことよ」
クーデリアさんが砦を離れる訳にもいかない。
だから、足の速いミミさんが、此方に来た、と言うわけだ。
分かり易いけれど。
しかしながら、前線の手が足りないのも事実だろう。それに警戒している分、他に手薄になる場所もあるかも知れない。
ひょっとすると。
トトリ先生とロロナちゃん。ここしばらく留守が多かったけれど。今回の犯人達をしらみつぶしにしていたのかも知れない。
何しろ前線の状況が状況だ。
敵の間諜が入り込むのは、容易だっただろう。
信号弾が上がる。
34さんからの合図だ。
駆け寄ると、34さんが、数人を保護していた。さらわれた技術者達だ。全員では、ないようだが。
側に倒れているのは、二人。
どちらもローブを目深に被っていて。
取ってみると。無表情で、無個性な顔立ち。そういえば、襲撃者はどんな連中だったのか、顔までは見ていなかった。
「此奴らで間違いない?」
「はい。 襲撃者です」
勿論二人とも死んでいる。
何があったのか。34さんが冷静に問いただしているが。技術者達は歯の根も合わない様子で、受け答えが出来ない。
嘆息すると、メルルは指示。
「二人、護衛について彼らを護送してください。 念のため、洗脳系の魔術が掛けられていないか、魔術師に調べて貰ってください。 その死体も回収。 後で調査します」
「分かりました、直ちに」
「34さん、すみません。 また先行してください」
「はい」
ホムンクルス達四名が、すぐ闇夜に消える。
襲撃者は、話を聞く限りは、まだ八名は残っている筈だ。技術者達が倒して脱出したとは考えにくい。
数名で、戦闘タイプホムンクルスを押さえ込めるような連中である。
そうなると、やはり。
エメス1が、体を張った、という事なのだろう。
無事でいて欲しいけれど。
これでは、無理かも知れない。
急ぐ。
不意に、真横から殺気。飛びかかってきたのは、夜蛇と呼ばれる大型の蛇。名前の通り夜行性で、地面に同化するようにして伏せ、獲物を一撃必殺の毒牙で仕留める。蛇らしく持久力は無いけれど、一撃の速度はかなりある。
しかし、既に今の時点で、このメンバーの敵じゃあない。
ライアスが、顎を下から突き上げて。更に蹴りを見舞って、吹っ飛ばす。
形勢不利とみた夜蛇は、さっと身を翻すと、闇夜に消えていった。
呼吸を整えるライアス。
シェリさんが、見事と言った。
「身体能力を上げてきているな。 見事な反応速度だ」
「ああ、ありがとう」
嬉しそうなライアス。実際、護衛として役に立てたのだから、なおさらだろう。今の夜蛇は、メルルの喉を狙っていた。
ザガルトスさんが咳払い。
また、照明弾が上がった。
足跡を発見したらしい。
余程慌てて、敵は逃げているようだった。
「まずいですね。 このままだと、彼処に逃げ込まれます」
34さんが指さしたのは、湿地帯。この間干拓した地域では無くて。干拓せず、残した地域だ。
更に言うと。
湿地帯の一角には、ドラゴンも住んでいる深林地帯がある。
其処に逃げ込まれると、追うのはほぼ不可能だし。何より、さらわれた技術者達は、生存が絶望的になる。
「先回りするわ」
「お願いします」
ミミさんが飛び出す。彼女の快速なら、恐らくは敵に、最悪の場所へ逃げられるのを防げるだろう。
問題はその後だ。
34さん達も、同じように。
敵が逃げ込むのを、防ぎに掛かる。
だが、もし敵が、少しでも頭が回るなら。
周囲に殺気が満ちたのは。
その直後だった。
数は六。
先ほどの夜蛇とは、まるで気配が違う。円陣を組んで、外を見据える。遠巻きに包囲していたそいつらは。
間違いない。
襲撃者だ。
二人足りないが、それは恐らく。陽動のために、技術者とエメス1を連れていった連中だろう。
メルルは分かっていた。
敵が冷静なら。作戦を切り替えて、つり出されたメルルを処理に掛かると。メルルが死んだりすれば。
アールズは、対応をかなり変える事になる。
何より、この世界でも貴重な錬金術師の一人だ。殺しておいても、損は無いという判断をしても、おかしくはない。
だけれども。
だからこそ、敵を引きつけるエサにもなる。
敵は、何も喋らない。
影のように迫ってきて。
そして、無言のまま、毒が塗られている刃を振りかざし。躍りかかってきた。
ミミが追いついたとき。
其処は。血の海だった。
震えている技術者達。
そして、ずたずたに切り裂かれているそれは。エメス1という、メルル姫が作り上げた、「生きている人形」に相違なかった。
散らばっているのは、二人分の死体。
襲撃者に間違いない。
「何があったの」
震えながら、技術者が指さしたのは、襲撃者の死体。
そんな事は分かっている。
極限の恐怖にさらされると。人間の知能は著しく低下するが。まあ、それは仕方が無いだろう。
「そ、そいつらが、俺たちを間引こうとして」
「……」
なるほど。
追っ手であるミミ達に気付いて。身軽になるために、人質を処理しようとしたか。しかし、それに反発したエメス1が、必死の反撃に出た。
おそらくは、さっきも。
見ると、エメス1には、ワイヤーが巻き付けられた跡がある。
恐らくは、最初に抵抗したとき。ワイヤーを巻き付けて、無理矢理にその動きを止めたのだろう。
しかし二度目では。
無理矢理、エメス1は。自分が傷つくのも厭わず、ワイヤーを引きちぎって、技術者達を守るために、襲撃者に立ち向かった。
そして全身をずたずたにされながらも。
敵を二体とも仕留めたのだ。
もう、エメス1は。
動かない。
「立派だったわ、貴方。 メルル姫にあんたがどれだけ立派に戦って、人間を守ったかは伝えておくわね」
顔も真横一文字に切り裂かれ。
ただいれられただけらしい目玉は、側に転がっていた。
死骸というか、残骸というか。
集めて、何時でも持ち帰れるようにしておく。技術者達は、34ともう一人のホムンクルスに護送して貰うとして。
この勇敢なエメス1と、それに襲撃者の死骸は。確保しなければならないだろう。
このまま放置すると。
襲撃者の残党に、持ち去られる危険がある。
ピストンで輸送するしかない。技術者達を安全圏まで送り届けたら、すぐに戻るように。ホムンクルス達にはそう指示。
悔しいけれど。
ミミは此処に残るほか無かった。
気が重い。
あの前向きで優しいメルル姫は。この有様を見て、どう思うのだろう。もう何も喋ることが出来ないこの人工生命体は。
立派に役割を果たし。
そして、生還が、かなわなかった。
3、暗躍
周囲を回りながら、確実に毒つきの武器を投擲したり振り回したりして、牽制をしつつ。体力と気力を削りに掛かってくる。
その戦い方は。
間違いなく、暗殺者のそれだ。
そして隙を突いて、一撃必殺の切り札を使ってくる。
基本的には、相手との戦闘さえ起こさない。
相手が抵抗できない状態で、一突き。それが本来の暗殺者だったと、メルルは聞いた事がある。
しかし、誰もが強い辺境では。そのようなやり方は通用せず。
毒でさえ、一撃必殺とはいかなかった。
だから、暗殺者達は、戦闘能力を得る必要があり。
組織戦や集団戦を身につけ。
このようにして、襲いかかってくる。
技術者達も、エメス1も心配だ。一刻も早く打ち倒さないと。だが、敵は確実に此方を弱らせることに終始していて。
とても、脱出する隙など。造ってはくれなかった。
ならば、打ち倒すしかない。
飛来するダーク。
戦槍杖ではじき返すと。メルルは、いきなり前に出た。円陣を組んでいる此方を囲んでいた暗殺者達が。一斉に動きを変え、全員がメルルへと飛び道具を投擲してくる。だが、それでいい。
ばちんと、それらが弾かれる。
メルルが体に巻き付けていた。生きている縄が反応したのだ。生きている縄といっても、柔軟に動けば、一度や二度、飛び道具をはじき返すくらいのことは出来る。
隙を曝したのは、今度は敵の方。
ザガルトスさんとシェリさんが突貫。遅れて2111さんと2319さん。ケイナとライアスも。
めいめい、敵に躍りかかる。
メルルは、態勢を低くすると、突貫。
敵の一人が、見る間に近くなっていった。
イメージは、破城鎚。
城門を打ち砕く、人間兵器となれ。
叫び声とともに。思い切りよく、敵に全力でぶつかっていく。そして、抜ける。
思ったよりも、抵抗はなかった。
上半身をミンチにした敵を通り抜けて、着地。
振り向きざまに、飛んできたナイフをはじき飛ばす。地面に突き刺さったナイフには、毒が塗られていた。
呼吸を整える。
何カ所か、飛び道具が掠っていた。
勿論毒が塗られている。少しずつ、意識が怪しくなってきているのが分かる。すぐに毒消しが必要だ。バックパックから取り出した毒消しを、一息に呷る。
そして、周囲を見た。
シェリさんとザガルトスさんは、敵を押さえ込んで、縛り上げていた。
2111さんと2319さんは、敵を串刺しにして。敵は地面で痙攣。もう助からないだろう。
ライアスとケイナは。
今、ようやく敵を倒した。ナイフを投げてきたのは、二人が相手にしていた襲撃者だったらしい。
勿論、加減などする余裕は無い。
腹に大穴を開けた襲撃者が、地面に倒れる。ライアスがうち込んだバンカーによる一撃で、腹と臓器が消し飛んだのである。
メルルだって、同じだ。
敵を生きたまま捕らえることが、出来なかった。
毒でも飲まれると面倒だと判断したのだろう。シェリさんもザガルトスさんも、即座に相手を締め上げて、気絶させる。
メルルが気絶させた後は、麻痺毒入りの瓶を開けて、彼らに嗅がせる。
これで、目が覚めても、身動きできないだろう。
徹底的に縛り上げて、ようやく処置完了。
最初に戻って貰ったホムンクルス二人が来る。手を振って、一瞬立ちくらみ。毒が、完全に消えたわけでは無い、という事だ。
呼吸を整えながら、もう一度毒消しを飲んでおく。
やはり、そう容易にはいかない。
相手も命がけで襲撃してきているのだ。
「メルル姫様、大丈夫ですか」
「平気です。 それよりも、彼らをすぐに搬送してください。 この残骸も」
「分かりました」
てきぱきと作業に掛かるホムンクルス達。
メルルは頷くと。
ミミさんと合流することを告げる。当たり前の判断だ。敵からして見れば、もう戦力は無いはず。
後は追い詰めるだけ。
エメス1が心配だ。
まだ、少し頭がくらくらする。結構強力な毒。一瞬掠っただけでもこうなるものが、塗られていた、という事だろう。
それでも、走らなければならない。
「急いで!」
皆を促す。
ケイナが、併走しながら、眉をひそめた。
「メルル、大丈夫ですか」
「ん……でも無理しないと」
嫌な予感が止まらない。
そして、それは。
現実になった。
気付く。
そして、嘆きの声も、後には漏れなかった。
ミミさんが立ち尽くしている足下には、変わり果てたエメス1の姿。ミミさんは、口惜しそうに、唇を噛んでいた。
「ごめんなさい。 追いついたときには、もう」
陽が。地平の果てから、昇り始めている。
ズタズタに切り裂かれ。もはや再生も不可能なエメス1が。其処で、光を浴び続けていた。
アトリエに戻る。
本来だったら、エメス1とエメス2を分解して、再利用するべきなのだろう。だけれども。
流石に、其処まで割り切ることは、出来なかった。
しなければならない。
貴重な素材だ。
無駄には出来ないのだ。
しばし、ベッドの上で膝を抱えていたけれど。
そうしたところで、どうにもならない。
気がつくと。
泣いていたようだった。
そうか。
結局、メルルは。あの子達を立派に作る事が出来ていた。そしてエメス1もエメス2も。立派に人のために働いて、死んだのだ。
本望では無いのか。
動力部分は悪霊達だったかも知れない。
だが、思考に関しては、彼らだけのものだったはずだ。勿論様々な制約はあった。人は傷つけられないようにもしてあった。
いざという時には、戦えるようにも。
全ての機能を満たして。生きられるだけの生を燃やし尽くして。立派に戦い抜いたのだ。
しかし、そう割り切ることは出来ない。
それでも、メルルは。ベッドから這い出すと、ふらつきながらも、外に出た。
嫌みなほどの快晴だ。
ぼんやりと立ち尽くす。
まだ、仕事はたくさんあるのに。こんな事でどうするのか。自分を叱咤する言葉をどれだけ掛けても。
魂が抜けたようになっている自分を。
どうしても、奮い立たせることが出来ない。
悔しい。
戦争も殺し合いも、理不尽なものだというのはわかりきっている。強ければ全てに優先される。
それが殺し合いというものだ。正しい事よりも、強い事が、殺し合いの場では優位になるのだ。
そんな事は分かっている。
自分に言い聞かせても、どうしても心が立ち上がってくれない。棒を取ると、振るう。型を、順番にこなしていく。しかし、それでも。いつものように、気が晴れてはくれなかった。
ため息が一つ零れた。
造られた命、か。
ホムンクルス達やアニーちゃんもそう。
そして恐らくは。
あの襲撃者達も、そうなのだろう。
何より、技術的には劣るにしても。メルルが作り上げた、エメス1もエメス2も、そうだ。
だが、造られると言うことが、命の価値を貶めるのか。
そうとは思えない。人間だって、色々な意味で、造られた命では無いのか。結局、それらに、差異は無いように思える。
何よりエメス1も、エメス2も。
あんなに立派に生きて。他人を守ったではないか。
エメス3は。
今造っているエメス3。これから造る、残り17人。いや、二人死んでしまったから、残り19人か。
彼らも、誇り高い命にしたい。
胸を張って、生きていけるようにしたい。
それも、メルルの頑張り次第だ。
型を順番に廻していく。力が入る。
少しずつ、気力が戻ってきた。
ベッドの上でゴロゴロしているよりも、やはりこの方がずっといい。しばし戦槍杖を振り回すと。
ようやく、頭がクリアになるのを感じた。
アトリエに戻る。
エメス1とエメス2の部品。
頭だけは。そのまま取っておくことにする。大事に磨いて。傷ついていない部分を綺麗にしてあげると、コンテナに。
ごめんね。
次はもっと強くしてあげるからね。
あんな奴らには、絶対に負けないように。
あいつらくらいだったら、自分でやっつけて。周りの人達だって、助けられるくらいに。
それが、メルルの責任だ。
体の方は分解する。
肉になっていた粘土部分は取り去り。金属の骨格部分は一度溶かして、部品として組み直す。
インゴットは、じゃんじゃんつくらなければならない。
生きている大砲達だってそうだし。
エメスたちもそう。
それに、もうすぐエメス3だって出来るのだ。色々な用途で、エメス達を造っていかなければならない。
ただでさえ、前倒しで頼むとルーフェスに言われているのだ。
もたついている暇は無い。
少しずつ、体が動き始める。
ケイナが心配そうに見ていたので、笑顔を向けた。
「大丈夫だよ。 もう大丈夫」
「メルル、無理はしないでください」
「……無理は、していないよ」
それに、今は。
たとえそうでも。
無理をしなければならないタイミングなのだ。
メルルは手を動かす。ケイナは家事やお料理をする。実は、メルルが凹んでいる間も、予定通りにホムさんが、作業を黙々と進めてくれていた。これは実に有り難い事で、かなりはかどる。
一通り作業が終わると。
ルーフェスの所に出向く。
予約は、ケイナに取っておいて貰ったのだ。だから、スムーズに、執務室に入る事が出来た。
ルーフェスは、いつものように無表情。
家族をリザードマン族との戦いで失ったというのに。リザードマン族との条約調印で、まったく表情を見せなかったルーフェスだ。
これくらいの事は、いつもなのだろう。
「姫様、立ち直られましたか」
「うん。 いつまでも凹んでいられないしね。 遅れは取り戻すよ」
「それでこそ姫様です」
少し、状況が変わったと、ルーフェスが資料を出してくる。
まずアーランドは、今回の件で、後方が留守になりすぎていることを自覚。前線から兵を割いて、後方支援に廻す事を決めたそうである。
判断が遅いと言いたいところだけれど。
こればかりは仕方が無い。
何しろ圧倒的多数の敵を、今までに無いほど気持ちよく撃破していたのだ。少しでも敵の兵力を、今のうちに削りたい。
その気持ちは、嫌と言うほど分かる。
ジオ王ほどの熟練した戦士でも、それは同じだった。
何より、敵が用意してきた襲撃戦力が、予想より遙かに大きかったというのも、理由の一つだろう。
メルルだって、ホムンクルスがあれだけ守りについている鉱山が、あっさり突破されるとは、予想していなかったのだ。
「それなら、多少は安心できるね」
「しかし、人手が足りないことは事実です。 作業については、早く終われば終わるほどよいとお考えください」
「分かってる」
そんなことは。
言われなくても、分かっている。
だから、無理矢理気力を奮い立たせて、今ここに来ているのだ。
まだメルルは、お酒を飲むことを許されている年では無い。だから、アルコールの酩酊に逃れる事も出来ない。
悔しいけれど。
戦うしかないのだ。
立場によっては、逃げるという選択肢もある。しかしメルルの場合は、背負っているものが大きすぎる。
そのような事は、出来ない。
「生きている人形の件については、報告を受けております。 難民達の間でも、生きている人形が勇敢に戦い、技術者を守って死んだことは噂になっている様子です」
「……そう」
「良い方向での噂です。 恐らく、次の生きている人形は、難民達に怖れられず、歓迎されることでしょう」
そうだと、良いのだけれど。
苦笑いを一つ浮かべる。
やはり、まだ立ち直りきっていないらしい。
前向きに考えよう。
そう自分に言い聞かせて。ルーフェスの言葉を、良しとする。エメス1とエメス2は、きっとメルルのために。
道を開いてくれたのだ。
そう考えて、納得する。
アトリエに戻ると、すぐに作業再開。
まだまだ、やる事はいくらでもある。大砲の素材になるインゴットがある程度出来たら、砦の様子も見に行きたい。
時間は。
どれだけあっても、足りない。
粛々と、作業を続ける。
エメス3は子供型だったけれど。エメス4は、かなり長身に造った。ノウハウは、口惜しいけれど把握しているのだ。だから、作成のペースは、嫌でも上がっている。性能も、少しずつ、上がっていた。
頭脳部分は、正直メルルでは、手の出しようが無いほどに、高度な知識が使われている。これに関しては、本当にどうしようもない。
一方で、体の方は。
工夫次第で、どうにでもなる。
今後は、腕を四本にしてみたり。
いっそのこと、人間型にこだわらない生きている人形を、作成していきたいと、メルルは考えていた。
喋ることが出来るのだ。
口も造った方が良いかもしれない。
目だけだと、どうしても他の人を怖れさせて、損をする可能性がある。其処で、ケイナと相談した。
「実際に役に立つわけでは無いにしても、やっぱり目口は笑顔にしておこうか」
「そうですね。 エメスちゃんたち、良い子ですし、笑顔にした方が良いと思います」
「じゃあ、こんな感じかな」
あまりにも笑顔が極端でもあれなので。
ささやかな笑顔にしてみる。
ガラス玉の目でも。
ほほえみを浮かべていると、意外に印象が違うものだ。後は普通の鼻も造る。
生きている人形達は、魔術を応用し。空気を振動させて喋る。見るのも、同じようにして行う。
つまり、人形の頭部に目鼻口をつけても何ら意味はないのだけれど。
これは、メルルとしては。彼らが受け入れられて欲しいと考えての事だ。
それにしても。
ホムンクルス達と、思考回路の基礎部分は変わっていないはず。そうなると、ホムンクルス達も。
いや、今は止めておこう。
エメス3とエメス4が出来たのは。
1と2が死んでから、五日後。
黙々と作業を続けてくれていたホムさんと。貴重な素材を、淡々と集めてくれていたホムくんのおかげだ。
すぐに、現地に二人を送り出す。
次は、エメス5を造るけれど。
次からは、戦闘能力にもこだわりたい。
難民達だけでは無く。
自分も守れるようにするのだ。そうすれば、エメス1の悲劇は、もう起こさなくても済むだろう。
前倒し、前倒し。
自分に言い聞かせながら、作業を進めていく。
メルルに出来る事は意外に多いし。
出来る以上、出来ないと嘆くことは、許されなかった。
ミミは鉱山の側の森を、リス族と一緒に徹底的に調べ上げた。正直、砦の建設が本格化している前線や。あのジオ王がいる最前線にいるよりも。こういう単独任務の方が、気が楽だという事もある。
そうしていると、少しずつ。
あの襲撃者達のアジトが分かってきた。
リス族は流石だ。
森のプロフェッショナルだけはある。どれだけ巧妙に隠していても、彼らの潜伏先を、確実に見つけ出す。
そして、どれくらいそこにいて。
どのように過ごしていたかも、すらすらと当てて見せるのだ。
彼らに言わせると、どうしても人は森のよそ者。あの襲撃者も、造られていたとしても、人には変わりない。
だから、森が嫌がる。
森に異変が起きる。
それをたどれば、すぐに分かる。
そう言うことらしかった。
そうしてアジトを調べていくと。分かってきたことがあった。彼らは集団で動いていない、というのがそれだ。
結論として、彼らは恐らく、一なる五人の指示を、それぞれがダイレクトに受け取っている。
戦いの時だけは集まり。
後は、一糸乱れぬ連携で、事に当たる。
そう言うことなのだろう。
襲撃者の死骸は、トトリとロロナが回収した。彼奴らが脳を今頃弄っているだろうし、同じ結論がそろそろ出る筈だ。
「こっちにもあったぞ!」
「今行くわ」
リス族が声を掛けてきたので、ミミが行くと。
うっすらと、なにやら不可思議なへこみが、地面に出来ていた。此処に潜んでいたのは。確実だという。
「この様子では、もっと潜んでいてもおかしくない。 襲撃者は二十名ほどだったそうだが、その倍、いや更に倍は、周辺にいるだろうな」
「洒落にならないわね……」
トトリとロロナがハンティングして、相当数減らしたらしいけれど。この様子では、まだまだいるだろう。
しかも、現在進行形で増えていてもおかしくない。
敵に洗脳された者が出てきているのだ。
そいつらが手引きすれば。
あの襲撃者のような連中が、次々と潜り込んでくる。しかも彼奴ら、例外なく高度な暗殺と破壊工作についての訓練を受けている。
並大抵の脅威では無い。
「警戒して、見つけ次第捕縛して」
「承知した。 我等にとっても、奴らの脅威は尋常では無い」
「よろしく」
リス族の顔役と軽く話すと、すぐに森を離れる。
トトリと一緒にいたから、リス族と接することには慣れている。今でもアーランド人の中には、リス族やペンギン族に偏見を抱いている者がいるけれど。ミミがそうならなかったことだけは、幸いだ。
トトリには、色々なものを貰った。
だから、今度は。
ミミが、トトリを救う番だ。
一度、最前線のハルト砦に戻る。其処で、クーデリアに報告。拠点としての砦は構築が始まり。着実に、石積みができはじめていた。
その一角。
最後まで野ざらしになる場所で、天幕を張って、クーデリアは過ごしている。先に末端の戦士達から。そう言って、自分は天幕で過ごすつもりらしい。
苛烈だけれど。こういう辺りは、本物の武人であり。部下のことも考えているのだと、よく分かる。
悔しいけれど、嫌いな相手ではあっても。ミミもこういうクーデリアの鮮烈なまでの行動は、認めざるを得ない。
報告をする。
クーデリアはしばらく腕組みして考えていたのだけれど。
ほどなく、次の指示を出した。
「特殊部隊を編成する予定が出来ているの。 貴方はその指揮を執って、敵の諜報員の狩り出しを行いなさい」
「はい」
「恐らく、次の定時報告までには編成が済む筈よ。 それまでは、今まで通りに狩りを続けなさい」
頷くと、ハルト砦を後にする。
ホムンクルスだけで編成するメンバーか。それとも、ジーノ辺りとまた組む事になるのか。
ジーノは多分最前線で大暴れするのが楽しすぎて、敵の諜報員狩りなどやりたがらないだろう。
いずれにしても、当面は。
月の下で。闇夜を這いずり回ることになるだろう。
夜闇を駆ける。
朝方には。
また、鉱山に戻っていた。
近くの天幕を借りて、軽く眠る。襲撃があったばかりでまだ少し騒がしいが、どうやら温泉が近くにあるとか言う話は聞けた。
アールズでは入浴の習慣が、アーランドより根付いていない。全く無い国もあるので、それよりはマシだが。王都にしか基本的に風呂がない。むしろ難民達がいる場所の方が、風呂には恵まれているほどだ。
温泉があるのは有り難い。
密かな楽しみが増えたと思って、よく眠ることが出来たが。
しかし、起き出すと、またすぐにとんでもない事態に直面することとなった。
戦士達が、慌ただしく走り回っている。
天幕から出ると、すぐに責任者の所に。アールズのベテラン兵士は、ミミを見ると、鼻を鳴らした。
「アーランドの猟犬か」
「何か起きたわね」
「関係無いだろう、あんたには」
「……」
姫様の前では忠犬である此奴だが。アーランドを良く想っていないらしく、ミミには時々こうして突っかかって来る。
ミミとしても、此奴の複雑な気持ちは分かっているつもりなので、あまり小うるさく反論はしない。
実力が似たようなものだと言う事もある。
あまり、相手からして見れば、気分が良い相手では無いことは分かっているし。これは、仕方が無い。
昔ほど、ミミは尖った考えをしていない。
しばしして、根負けした相手が話してくれる。ミミとしては、それでいい。
「……ドラゴンだよ。 沼地から出てきて、辺りを飛び回っていやがった。 繁殖期でもないし、何を考えているか分からん」
「それで、今は」
「もう沼地に引っ込んだよ」
だが、万一のこともある。
あの沼地に住んでいるドラゴンは、さほど強力な個体ではない事は、ミミにも分かっているけれど。
それでも、油断できる相手では断じてない。
最悪の場合、此処にいる防衛戦力だけで交戦することになるし、そうなれば死者だって出るだろう。
ホムンクルスも、戦力は色々だ。基本的に強いけれど、一緒に戦っていて合う奴とそうでない場合がある。
以前、トトリと一緒に彼方此方を回っていたとき。106というベテランのホムンクルスがいた。
彼奴はミミと実力も似たようなもので、ライバルのように思い合っていたけれど。
今は何をしているのだろう。
彼奴が来てくれると、少しは楽かも知れないが。
「私が沼地の方まで行ってくるわ」
「無理はしないようにな」
「分かっている」
矛を構えると、ミミは走り出す。そして、加速して、残像を造りながら、一気に最高速度へ。
そのまま低い態勢のまま、荒野を走る。
沼地までは、すぐ。
周囲を確認して、大きな気配が森から出てきていないことを確認。沼地の周囲にも、異常は無い。
勿論、耕作地として確保された、壁の向こう側も平穏だ。ホムンクルス達が出てきているが。これは当然、防衛を考慮しての事だ。
城壁の上に。
展開している冒険者達が来たので、身分を明かして話を聞く。やはり此方でも、気付いていたか。
「ドラゴンなら、もう森に着地して、以降は姿を見せていません」
「何か、他に変わった事は」
「空に舞い上がる前に、ブレスを何度か吐いていたようですが」
「!」
それはつまり。
森に何かしらの侵入者がいたと言う事だ。
点呼は取ったかと聞くが。問題ないと返答。つまり、誰かが勝手に仕掛けたことは考えにくい。
ドラゴンを相手にする場合、ベテラン以上の冒険者が一定数で。しかも、専門の装備を持っていくのが普通だ。
対応力が高い錬金術師と長い間一緒にいて、ミミも感覚が麻痺していたが。
生半可な冒険者数人では、文字通りゴミのように蹴散らされるだけ。それが地上最強のモンスターである、ドラゴンの無慈悲な戦闘力である。弱めでも、それは同じ。空は飛ぶは魔術は使うわで、並大抵のモンスターとは比較にもならない。
今のミミなら、ジーノくらいの冒険者と組めば。後ベテランが数人もいれば、あの沼地にいるドラゴン程度であればどうにかなる自信はある。
しかしそれは後だ。
侵入者の正体は、わかりきっている。
スピアにドラゴンを手駒とされると、面倒どころでは無い。後方に、更に多くの戦力を貼り付けなければならないか。或いは大規模な討伐部隊を編成して、あの森を徹底的に洗わなければならなくなる。
ベヒモスも多く住み。
他のモンスターも、軒並み強力という魔境だ。
ドラゴンを倒した時には、どれだけの損害が出ているか、わかったものでは無い。
クーデリアをはじめとする国家軍事力級達は、当然前線から離れられないし。スピアの間諜は、痛いところを突いてくる。
この間の一件だって。
メルルが造った生きている人形なんかが目当てでは無い。
恐らくほぼ確実に、後方拠点を襲撃してみせることで。前線の戦力を引き抜かせる事が目的だったはずだ。
まずい。
寝起きで不愉快だが、そのまま砦に行く。
報告はしておかないといけないだろう。そして報告をするのには、ミミが一番だ。
ドラゴンは幸い、状況証拠から考えて、まだ敵の手には落ちていないと見て良いはずで。それだけが、救いだ。
「まったく、手間を掛けさせる……」
ぼやく。
結局の所。
ミミは、周囲の困っている人間を、見捨てることが出来ない。
自分自身が貧困層の出身で。
金で売られている爵位を持っている、という事だけが誇りで。貧しい生活の中、家族を亡くして。
トトリに会うまでは、友人だっていなかった。
だからだろう。
弱者の気持ちは、嫌と言うほど分かるし。困ると言う事が、どういう意味かも、知っているからだ。
いずれにしても。このまま敵に先手は取らせない。
今のうちに、主導権を取り返さなければ、ならなかった。
4、新しいかたち
エメス7を現場に送る。
実は、既にエメス8は既に鉱山へ送った後だ。エメス7が後回しになったのは。エメス1の材料を使って、組み直したからである。
頭部以外は、だが。
最初に造ったときより、ノウハウが分かっている分。作業も早くなったし、性能だって上げる事が出来た。
現場に馬車で向かうエメス7。
手を振って見送る。
今度こそ。
ひどい運命に会わなければ良いのだけれど。
あのような悲惨な破壊さえ受けなければ、メンテナンスで幾らでも修理することが出来る。
他のエメス達は、現場で好評だ。
鉱山に十人。その後は、耕作地に五人。農場に五人。これが現在の、予定される数だけれど。
もしも前倒しで行けるようなら。
耕作地に更に五人。そして、新しく造る北東の耕作地に、五人。それぞれ追加できるか、ルーフェスに聞かれていた。
出来るのなら、したい。
そうすることで、力作業をする人材を確保できる。
今まで、ホムンクルスや各国からの増援に手伝って貰っていた力仕事を代行できるのは、とても大きい。
インゴットも、並行で造るけれど。
これはノウハウを覚えたホムさんに殆ど任せてしまっている。ここ数日は、ホムくんにも手伝って貰っていた。
大砲とお薬は、これで大体良いだろう。
メルルは粛々と、生きている人形の作成を進める。これで、九人目。もう少しで、折り返し地点だ。
ハゲルさんから来た部品を受け取って。
メルルの方で造っていた骨格と組み合わせて。
肉付けをしていると。
ひょいと、側からトトリ先生が覗き込んできた。
「どう、メルルちゃん。 順調?」
「はい。 今の時点では、殆ど不安はありません」
「こういうときが一番危ないんだよ。 後で性能試験にはつきあうからね」
「はい! お願いします!」
トトリ先生は、ロロナちゃんと違って、論理的にものを見ていくタイプだ。ひょいひょいと何段か飛ばして思考していくロロナちゃんは、メルルから見ると考えている事が正直よく分からないのだけれど。
一方でトトリ先生は筋道を立ててくれるので、話している内容がとても分かり易い。それは、本当に助かる。
造っている様子も、トトリ先生は確認してくれる。
時々指摘が入ったので、それに併せて修正。
やはり、指摘が適切だ。すぐに修正に反映することが出来る。
更に能力が上げられそうで嬉しい。
骨格部分には、既に悪霊を仕込んである。
後は、細かい防御魔術などの付与だ。魔法陣を仕込んだゼッテルを、体の彼方此方に仕込んでいく。
それで、仕上げ。
「出来ました!」
「これで九人目?」
「はい。 エメス9、立って」
「了解です、マスター」
生きている人形、エメス9が立ち上がる。
前は目だけだったけれど。笑顔になるように、顔も作り込んでいる。ケイナにアドバイスを貰って。怖くならないように笑顔を造形した。苦労が絶えなかったけれど。今は流れ作業で進められる。
「じゃあ外に出てみようか」
「はい、マスター」
せかせかと歩くエメス9。
動きには、何ら問題が無い。
また、色々な形状を試したところ。
メルルより少し背が高い男性型が、一番安定しているという結論になった。この辺り、実際に生きているホムンクルスとは結論が真逆で、面白い。
外で、順番に性能試験をしていく。
トトリ先生が念入りにチェックしているけれど。これは恐らく、追加している自衛機能についてのチェックに、自分なりに判定をしているから、だろう。
「戦闘能力はそれほど高くありませんけれど、捕縛しようとした相手に反撃し、捕まりそうになった人間を救助するための仕組みを作ってあります」
「順番に見せて」
「はい。 エメス9、エマージェンシー1、試運転」
「了解です」
縄を掛けられた場合。
瞬間的に関節を外し、普段より大きな力で縄を外して、関節を戻す。
勿論関節や、他の部分へのダメージは大きい。しかし、本縄をされても、外せるのは大きいだろう。
あれは本来、ナイフが無ければ、外すのは無理。
余程手慣れた間諜でも、関節を極められてしまっているので、外せないのだ。
実際、本縄を外す試験をする。
成功。
一度くらいなら、ダメージは無視してよいはずだ。しかし、念のため、チェック。問題なしと判定。
次に行く。
「いいよ、頑張ったね、エメス9」
「ありがとうございます、マスター」
「続いて、エマージェンシー2」
トトリ先生に、犯人役をして貰う。
メルルを取り押さえたトトリ先生を、排除しろという命令だ。
エメス9は、トトリ先生の方を向くと。
いきなり、胸に仕込んでいた閃光弾を炸裂させる。
トトリ先生も、流石に驚いたようだが。訓練通り離れてくれる。
離れた場合は、そのまま人質を解放。離れない場合は、襲撃者にタックルを浴びせるという流れになる。
「良く出来たね、エメス9」
すぐに、新しい閃光弾を仕込んであげる。
トトリ先生は笑顔のまま、やりとりを見守っていた。そして、メルルも知る。この人も、不意打ちの閃光弾には、それなりに吃驚してくれるのだと。
一通り行程が終わったので、トトリ先生に話を聞く。
幾つかの数値がまだ不安だと言われたので、頷くと。修正をすべく、思惑を巡らせる。一応、数年単位で働かせても平気だと試算は出ている。交換の部品も、造るのはそれほど難しくない。
つまり、メルルの技術力がついてから。
皆をアップデートすることも、可能なのだ。
「ありがとうございます、トトリ先生。 とても凄い技術を教えて貰って」
「うふふ。 みんなそうなんだけれど、自分で造り出した命は溺愛する傾向があるんだよね」
「そうなんですか」
「そうだよ」
言われて、何となく見当がつく。
殆ど例外無しに、皆同じ顔をしている戦闘用ホムンクルス。いくら何でも、あれには理由があるのでは無いかと思っていたが。やはりそうか。
ちむちゃん達にしてもそう。小型の労働用ホムンクルス。あの子達も同じだ。多分何がどう可愛いか。
作り手の嗜好が、繁栄されていると見て良いだろう。
メルルは其処までの天才じゃない。
だから、設計図通りにしか作れなかった。
動きもしない顔をいじって。
せいぜい、嫌われないように笑顔にすることしか出来なかった。
エメス12が出来上がった時点で、様子を見に行く。今の時点で稼働しているのは、11と12。それに1と2を除く八人だ。
エメス11と12を連れて、直接鉱山に出向く。
鉱山の要求人員は十名。
これで、全員になる。
次からは、耕作地での要求人員を、作っていく事になる。ホムンクルス達は時々物珍しそうにエメス達に話しかけているが。
エメス達は、たどたどしい応えしか返せていない。
もっとも、ホムンクルス達も、口数は極端に少ないのだから。これはおあいこと言うべきかも知れない。
難民達は。
意外に、エメス達を偏見で見ていない。
噂が流れたのだろう。
新しく配備された生きている人形が、さらわれそうになった難民達を、命がけで助けたと。
こういうポジティブな噂が流れたのは、メルルとしても驚きだ。
難民達はいつか分かってくれると、前向きに考えてもいたのだけれど。それが今だとは思ってもいなかったのである。
「……無駄じゃなかったんだね」
声を掛けたのは。
もういないエメス1とエメス2。
湿地帯横を歩きながら、森を見る。
ドラゴンが現れたという森。
何かと戦っていたという。もしも荒れ狂ったドラゴンが、此方に襲撃でもして来たら、一大事だ。
どうにかするしかない。
トトリ先生やロロナちゃんに手伝って貰えれば、或いはドラゴンを倒せるだろうか。いや、厳しい。
勝つことはできるだろうけれど。
編成した討伐隊には、大きな被害が出る。
ドラゴンが住んでいる森には、多くの強力なモンスターも住み着いているのだ。その実力は、侮っては絶対に行けない次元である。踏み込むだけで、命を失う覚悟が必要になる。そう言う場所だ。
2111さんに聞いてみる。
「ドラゴンが暴れていたって聞くけれど、どう思う?」
「虫の居所が悪かった、と言うことは無いでしょう。 此方の壁を造る作業を見ても、忌々しそうにしているだけだったと聞いています。 機嫌が悪くて暴れるようなドラゴンであれば、もっと別のリアクションがあったでしょう」
「そうだよね。 ならば、何だろう」
「十中八九、例の襲撃者によるものと思われます」
「……そうだろうね」
やはり、そうだ。
2111さんが言うまでも無い。
ほぼ確実に。
というか、それ以外には、まず考えられないと思って良いだろう。いずれにしても、分かっているのは。敵があまりに好き勝手している、という事だ。
このままエスカレートしていくと。
非常に面倒な事になると見て良い。
幸い敵一人一人の実力は、今のメルルでもどうにかなる程度。それに、ドラゴンが敵の手に落ちた気配はない。
目的は、或いは。
ちょっかいを彼方此方に出して。此方の戦力を分散させること、ではないのだろうか。
もしも父上が狙われたら。
父上が外出するのなら、恐らくルーフェスも同行するはず。簡単に隙を作ることは無いだろう。
だが、嫌な予感がするのも、事実なのだ。
2319さんにも聞いてみる。
しかしそうすると、予想外の応えが来た。
「もし私が襲撃者の立場であれば、今後は火を使います」
「詳しく」
「今まで襲撃者達は、後方に戦力を集中させるべく動いていました。 今後は警備だって厳重になるでしょう。 其処で難民達の居住区に忍び込んで、彼らの住宅に火をつければ、一基に不安を煽ることが出来ます。 勿論自分たちの仕業と見せて、ね」
「最低だ……」
思わずメルルは、頭を抱えていた。
よくもこうまで下劣な思考を出来るものだ。
何年か前に、世界最強の暗殺者であるレオンハルトという男が死んだと聞いている。下衆そのものの思考回路を持つ輩で、何度もトトリ先生やロロナちゃんの前に立ちふさがってきたという。
暗殺者は、このレオンハルトをはじめとして。
下衆しかいないのか。
いずれにしても。
急いで、鉱山の人員を補充しなければならない。
鉱山に着くと、さっそく現場の様子を確認。現時点では既に落ち着きを取り戻し、技術者達もそれほど恐怖の色を見せず、働いている。メルルを見ると、無気力そうに此方を見る。
魔術によって金属粉塵は抑えているし。
何より、労働時間についても、調整している。
食糧や住居も問題ない。
エメス達を見る。
エメス3から10までは、頑張って働いている。黙々と岩を動かし、力仕事をしてくれている。
既に実践で動いている生きているつるはしの手伝いもしてくれているし。
難民の技術者では無理な、大きな岩も、ひょいひょい抱えて歩いていた。
これならば。
ホムンクルスの代わりに、此処で充分やっていくことが出来るだろう。話を此処の責任者であるベテラン兵士に聞くが。問題ないと太鼓判を押してくれた。
「これで、ホムンクルス達数名に、此処の防御に専念して貰えます。 戦士や冒険者達も、それは同じ。 仕事の役割という点で不満を持っていた者達も、これで納得してくれるでしょう」
「うん。 エメス達は働き者だし、大事にしてあげてね。 壊れた場合は、すぐに私の所に持ってきて。 直してあげるから」
「なるほど、さすがは姫様にございます」
流石か。
メルルなんて、所詮先人の模倣をしているだけ。流石なんて、言われるのはいくら何でも恥ずかしい。
それでも。
皆のためになる事が出来たし、
この国にとっても、大きな一歩を記すことが出来た。
「エメス11、エメス12。 よろしくね」
「はい、マスター」
「命に代えて、此処でのつとめを全うします」
頷くと、メルルは鉱山を離れる。
さて。
湿地帯の向こうの、森を見る。
そろそろ、どうにかしなければならないだろう。
あの森を焼くことは論外。
だが住んでいるモンスター達が、脅威になっているのは事実。ドラゴンが喋ることが出来るのなら。
きっと、何かいい手がある筈。
トトリ先生に相談もしてみるが。
今、メルルは。
ドラゴンと、リザードマン族と同じように。不可侵条約を結べないか、考えていた。
もしそれが上手く行けば。
後方の危険を、一気に減らすことが出来る。
最近はエントも、アールズ北東に張り付いたまま、大人しくしてくれている。アールズにとって脅威となっている特級のモンスターを、うまく処理する好機だ。
「残りのエメス達を造るのに、もう半月、かな」
残り、十体。
前倒しで動くなら、更に十体か。
やるとしたら、十体が完成したその直後。
勿論無策で話に行って、上手く行くと考えるほど、メルルも鳥頭では無い。入念に、トトリ先生と話をするつもりだ。
そして、ドラゴンとの対話がもし上手く行けば。
更に後方拠点の戦力を削れる。
勿論襲撃者に備えるだけの数は必要だが、ドラゴンの襲撃を防ぎ抜くだけの兵力を、ある程度前線に回せるのだ。
悲惨な状況だが。
それでも、玉虫色の解決は、達成しうる。
メルルは頷くと、決意を新たに歩く。
これ以上、負の感情に支配された者達に、好き勝手はさせない。
未来に光を造る。
前向きに考えて行けば。きっとそれはいつか出来るし。メルルは出来る立場に、もっとも近い所にいる。
それならば。
躊躇ってなど、いられなかった。
(続)
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