一閃の双

 

序、戦い

 

メルルは護衛数名とともに、前線の砦に出向く。既に砦では無く前線基地というのが正しい状況だけれども。

ともあれ、其処でクーデリアさんが待っていた。

大丈夫だ。

今日のために、トトリ先生に徹底的に鍛えられた。そして、ついに、一撃を当てることに成功した。

トトリ先生が相当に手加減してくれていたことは分かっているけれど。

その手加減した状態で。

しかも持ち味の機動力を封印している状況でも。

今までは、一太刀も浴びせられなかったのである。

大いなる進歩だ。

「来たわね。 それではメルル姫、準備はよろしいかしら?」

「はい。 いつでもいけます」

頷くクーデリアさん。

表情は険しい。

もしも此処でメルルが負けたら、アールズはかなり厳しい状況になる。リザードマン族の中で、主戦派が主流に躍り出ることになるからだ。アーランドとしても、リザードマン族との不戦条約締結が難しくなるし、前線の状態は更に厳しくなる。

逆に、メルルが勝てば。

一気に、戦況を好転させることが出来る。

リザードマン族を従える訳では無く。

不戦条約を締結できる、というだけでも。かなり得られるものは、大きいのだから。

兵士達が見ている中。ケイナが、メルルの身支度をしてくれる。戦闘に出る際の正装だけれども。

歩いているうちに、どうしても着衣の乱れはでる。

これから殺し合いも想定した一騎打ちを行うのだ。しかも相手は、リザードマン族最強では無いにしても、未来を嘱望された勇者。

今の時点のメルルでは、まだ正面からでは勝てないと言われている。

しかし今回の戦闘では、クーデリアさんが、幾つかの条件を設けていた。

まず、錬金術の道具は使わない。

これに関しては、フラムなどの爆発物が、その対象となる。

ただし、錬金術で造った装備品は構わないそうだ。そのためメルルは、今回。インゴットから、トトリ先生の指導で、アクセサリを造ってきた。

通称グナーデリング。

身につけた者の身体能力を上げる道具だ。

コレを用いても、なおもまだ相手には及ばないと思うけれど。それでも、メルルには、秘策が幾つかある。

シェリさんが教えてくれた歩法。

話によると、シェリさんの専門はあくまで空中戦。長い悪魔としての生の中で身につけた余技に過ぎないらしいのだけれど。その余技でも、メルルにとっては重要だ。あるとないとでは、まるで違う。

そして、リザードマン族の戦術についての勉強。

リザードマン族と戦った戦士は多い。

父上やルーフェスもそうだ。

多くの人から、リザードマン族の戦闘方法を聞いて、メルルは覚え込んだ。今度戦う相手が同じ手を使ってくるかは分からないが。

それでも、覚える価値はあるだろう。

砦の東。

少し開けた草原に出る。

其処で、リザードマン族十数名が待っていた。中にいる白い鱗の戦士が、今回の相手だろう。

相手が殺気立つのが分かる。

リザードマン族には、主に二種類の存在がいるらしい。

ワーカーとファイターである。

ワーカーは基本的に難しい実用的な名前がつく。この間、シェリさんが国外に連れ出した登る坂の主さんがその代表だろう。

一方で、ファイターは簡素な名前がつく。

たとえば、少し前にトトリ先生が、オズワルドさんという人の話をしてくれた。色々あって、トトリ先生と友達になったのだという。

ただし、この階級は、容易に逆転しうる。

元ワーカーのファイターもいるし。その逆も然り。ファイターが、望んでワーカーになる事も、その逆もあるそうだ。

単に仕事が違うだけで、戦士であることは代わらず。

どちらが上、という事もないそうである。

ただし、やはり派閥のようなものは存在しているとかで。名前を子供につける際、ワーカー風にするかファイター風にするかで、親が揉めることもあるのだとか。

そう言う話を聞いていると。

リザードマン族が、ますます面白い種族だと思えてくる。

今の関係が、残念でならないと、メルルは思う。

クーデリアさんが前に出ると。リザードマン族達は、流石に殺気を収める。この人が、彼らでさえ尊敬する、超一流の戦士であり。彼らにとっても、顔役である事は、よく分かった。

「双方、静まれ! これより厳正なるルールに基づいた決闘を行う!」

いつもと違うクーデリアさんの口調。

それで、双方の雑談が、ぴたりと止んだ。

歴戦の。

それも、尋常では無い修羅場と地獄をくぐってきた、戦士の中の戦士の言葉だ。誰もが黙り込む威厳と迫力がある。この人の戦闘経験値は、文字通り桁外れなのだと、側から見ているメルルでさえ分かる。そしてその経験を、確実な強さに変えてきた、実践の人でもある。

強さを重んじる種族なのであれば、誰もが敬意を払う。そんな戦士だ。

改めて、これから争う相手を見る。

リザードマン族の中に、黒い鱗の戦士がいる。アレは恐らく族長だろう。雰囲気というか、威厳が違う。

此方も、少し前から、父上が来ている。

つまり、双方のトップ同士が見届ける決闘だ。

クーデリアさんは立会人。

大陸でも最強クラスの戦士が立ち会いをするのだ。リザードマン族としても気合いが入るだろうし、不正は許されないだろう。

アーランドとリザードマン族との間には、利害関係がない。

単純に、戦士として超絶の使い手であるクーデリアさんが立ち会いをする。その事実だけが。リザードマン族の心から、不正を取り去る。

勿論、メルルもそれは同じだ。

これほどの戦士の前で不正を行うなんて、絶対に出来る訳が無い。人としてのプライドを地面に投げ捨てることになる。

クーデリアさんが、順番に決闘について説明していく。

勝利条件について。

決闘での禁じ手について。

勝敗はどうやって決めるかについて。

メルルが勝ったら、リザードマン族は、アールズとの不戦条約を受け入れる。勿論、アールズも以降リザードマン族の縄張りに軍事侵入をしない。

一方メルルが負けたら。リザードマン族とアールズの戦闘に、今後アーランドは介入しない。

かなり条件としてはアールズ有利に見えるが。

リザードマン族の戦力は、組織力を考慮しなければ、アールズを凌いでいる。現状を考えると、かなり面倒な事になる。

負けられない。

負けるわけにはいかないのだ。

「不正は、このクーデリア=フォン=フォイエルバッハの顔に泥を塗ることと心得よ!」

「応っ!」

双方から気勢が上がる。

それだけ、この戦いには、大きな意味がある。メルルも少し緊張してきたけれど。大丈夫。

必ず、勝てる。

進み出てきた戦士は、白い鱗のリザードマン。予想通りである。

この戦士は、族長の息子だという。

つまり、メルルと同じ条件だ。

手にしている武器は無い。その代わり、ガントレットを身につけている。つまり徒手空拳が武器、という事だ。

ちなみにこの族長の息子、戦士としては有望だが、主戦派に属しているとかで、なおも決闘にはうってつけの条件であったとか。

メルルも進み出て。

十歩ほどの距離をおいて、止まる。

すっと、クーデリアさんが、右手を挙げる。

そして、降り下ろした。

「始め!」

まず、メルルは。

杖を軸に、いきなり上に跳んだ。

真っ正面から突っ込んできたリザードマン族の戦士が、思わず足を止める中、後ろに降り立つ。

間髪いれずに振るってくる尻尾。

態勢を低くして、かわしながら。

踏み込む。

振り返り際に、裏拳を放ってくる族長息子。その瞬間。メルルは気迫を込めた一撃を、族長息子の拳へと、突き込んでいた。

火花が散る。

跳び離れて、そして、相手が。顔を歪めるのが見えた。

そして、その時には。

メルルは前に出ている。

まず利き手を、この場合は右を潰す。そう、最初から決めていたのだ。今の一撃は、くだんのユニコーンチャージ。

本家ほどでは無いにしても。

トトリ先生に鍛えられて、近距離から放てるようになった。そして至近距離からなら、外すこともまずない。

骨が砕けたはずだ。

右手はしばらく使い物にならないだろう。いきなり、族長息子は、最大の武器を失ったのである。

相手の左側。つまり相手から見て右側に、歩法を使って潜り込む。族長息子は、舌打ちしながら、左腕を振るって打撃につなげてくる。更に旋回しながら、尻尾での一撃。掠る。かなり早い。

しかし、やはり最初の奇襲が効いている。

痛みで、動きが遅くなっているのが、実に分かり易い。

息を吐くと、掠ったダメージを殺しながら、後方に下がり。そして歩法を駆使して、また族長息子の右手の方に回り込む。

「このっ……!」

尻尾を地面に叩き付けた族長息子が、跳躍。

そして、空中で。

地面に対して、火球を叩き込んできた。

爆裂する火球。

驚いた。リザードマン族の中には、希にブレス能力の持ち主がいると聞いていたけれど、この族長息子がそうだったとは。

火に包まれながら下がると、今度は族長息子が前に出る。至近距離から、火球を放ち、爆裂させる。

「フラフラ逃げるんじゃねえっ!」

衝撃波に身を叩かれ、地面を転がるメルルの上から、尻尾を叩き付けてくる族長息子。メルルは跳ね起きながら、顎の下に杖での一撃を叩き込み。一瞬怯んだところに、踏み込みながらタックル。

相手の上にマウントで転がると、胸に一撃を突き降ろしていた。

即座に、跳び離れる。

地面を転がって、見たのは。

反射的に、反撃のブレスを吐こうとした族長息子が、暴発の結果火に包まれて転がる様子だ。呼吸を整えながら、服の汚れを払う。

族長息子は、白い塗装が鱗から剥がれて、緑の地色が出ているのにも気付いていない様子で。呼吸を荒げている。

今ので、ブレスも使えなくなったはずだ。

「おおおらああっ!」

突進してくる。

メルルも、消耗はかなりしている。だが、相手の消耗の方が大きい。大ぶりの拳の一撃をかわす。続けての尻尾の連撃も、下がりながらかわす。踏み込みながら、噛みついてくる族長息子。

此処だ。

逆に踏み込むと。

今度こそ本命になる一撃を、腹に叩き込む。

相手の勢いも生かしての、チャージ。

鋭い牙での一撃が、メルルの肩を抉って、血を噴き出させたけれど。

メルルの一撃は、相手の腹。肝臓に強打した。分厚い鱗による防御も、打撃には脆いものなのだ。

クーデリアさんが、右手を挙げる。

「それまで!」

前のめりに倒れる族長息子。

地面にぶつからないように、メルルは支えた。血が噴き出している肩が痛いけれど、我慢だ。

おおと、喚声が周囲から上がる。

アーランド人はやんややんやと拍手してくれているし。

リザードマン族達も、悔しそうではあるが、メルルの勝利を認めてくれたようだった。黒い鱗の族長が、周囲を睥睨しているのもあるだろう。

此処で異議を唱えることは。

クーデリアさんに喧嘩を売るのと同義。

強さを重んじる一族が、大陸でも最強クラスの戦士が目を光らせている決闘で。しかも、その戦士が公平な目で見て決めた勝負で。なおかつ、誰から見てもメルルの勝ちが明白な状況で。異議を唱えることなど、出来はしない。

「双方の長よ、前に!」

「うむ……」

「応!」

父上と、リザードマン族の族長が前に出てくる。

そして、条約を、その場で締結した。

メルルは出来るだけ優しく族長息子を地面に降ろす。かなり重かったけれど、まあどうにかなる。

彼は、他のリザードマン族が回収して、後方に下げていった。

「アールズはこれより、リザードマン族の領地に踏み入らないことを誓う」

「我等尻尾の一族は、アールズとの戦いを、これにて終えることを宣言する」

「以降は、共通の敵。 大陸最悪の存在、スピア連邦との共闘に向けて動きたい」

「積極的に共闘することは出来ない。 だが、アーランドを介してなら、ともに戦う事が出来ると信じている」

お互い、複雑だろう。

でも、父上と、黒い鱗の族長は、握手を交わす。

その時、メルルは。もう味方の陣営に戻っていて。諸肌を脱いで、手当を受け始めていた。

良かった。

かなり危なかった。流石に族長の息子だけのことはある。ブレスの一撃はかなり痛烈だったし、掠っただけの一撃も相当に重かった。もう少し戦いが長引いていたら、負けていた可能性は高い。

最初の奇襲で、敵の最大の武器を潰して。

それから、心理的に有利に立ちながら、相手の最大の攻撃を誘う。それが、今回の戦略だった。

ブレスは予想外だったけれど。

それでも、概ね予定通りに戦えた。

今回の傷薬は、自分で造ったものだ。自分の傷だからこそ、これで回復させたい。痛みが見る間に消えていくのが分かる。

良かった。

進歩が感じられる。

トトリ先生も、そろそろ。これなら、お店に並べられると、言ってくれるかも知れない。

「本当に冷や冷やしました」

ケイナが悲しそうに言う。

苦笑い。

「ごめん。 格上の相手だったから、かなり危ない橋を渡らないと行けなかったんだ」

「分かっています。 でも、次からは、余裕を持って戦ってください」

服を着直す。

丁度目の前で、式典は終わっていた。

リザードマン族も、いきなりなれ合うつもりは無いのだろう。条約について確認すると、縄張りに戻っていく。

これで、リザードマン族対策に割いていた戦力を、全て対スピアに向けられる。リザードマン族もしかり。

連携の手綱は、クーデリアさんが取ってくれるだろう。

一気に戦況が有利になるのは、間違いない。

父上が此方に来る。

「良くやってくれた。 あの頼りなかったお前が、格上の相手に勝つようになるとは、一人の父親として誇らしいぞ」

「ありがとうございます、父上」

「さあ、今日はもうつかれただろう。 後は私とルーフェスでやっておく。 お前は王都に戻って、休みなさい」

「はい。 そうさせてもらいます」

ケイナに連れられて、馬車に。

本当は歩いて帰りたかったのだけれど。今日ばかりは、馬車を使うようにと言われたので、そうする。

御者をしているのはライアスだ。

流石に格上との死闘だったし、揺られているとすぐに眠くなってきた。今日だけは眠らせて貰おう。

メルルは、側にケイナとライアスがいる事に安心しながら。

眠りにいつしか落ちていた。

 

1、前線の状況

 

クーデリアがカテローゼを伴ってリザードマン族の住処を訪れると。既に、対立の空気は沈静化していた。

勿論、あの負けに納得していない者もいるのだろう。

だが、実際に勝ったのはメルル姫で。

そして、見届け人としてクーデリアが、決闘の立ち会いをした。それを考えれば、文句を言う事は、出来ないのだ。

何より、メルル姫の戦いは見事だった。

明かな格上を相手に一歩も引かず。相手の最大の武器を最初に壊して、それから終始心理的な優位を保ち続けた。

勿論戦士としてはまだまだひよっこだけれど。

当然クーデリアにも、ひよっこだった時期もあった。ロロナと一緒に死闘を繰り返すうちに、嫌でも強くなったが。

あの子は、強くなる。

いずれ、自分が稽古をつけてもいい。

族長の前に出る。

軽く社交辞令をするけれど。その間も、周囲の視線は複雑だ。やはり、あの決闘に、まだ不満を感じている者もいるのだろう。

最悪の場合、粛正も考えていたのだけれど。

トトリの打った手が早くて。無駄に戦力を消耗しなくて済んだのは僥倖だ。ただ、今回のもめ事で、リザードマン族から一部離脱者が出たと聞いている。被害は、そう言う意味ではあった。

「あれから問題はありませんか?」

「おかげさまでな。 見事な采配だった。 あの結末で、文句を言う輩は文字通りの恥知らずだ。 リザードマン族の風上にも置けぬ。 故に、今は皆まとまっている」

苦笑いしたくなる。

族長も分かっていて言っている。

この男は、食えない。

勿論自分だって、アールズに対する恨みはあるだろう。しかし、大局がそれどころではないと、告げているのだ。

戦略的にものを見る事が出来て。

感情を押し殺せる。

この族長も。

間違いなく、組織の長に収まる器の持ち主である。メルル姫が、地位にふさわしい大器であるように。

それだけは良かった。

実際問題世の中には、その地位に座るのがふさわしくない者など幾らでもいる。王族の中にも、無能だったり腐り果てている者は珍しくない。

アールズはたまたま違ったから良かった。

だが、北部の戦線を転戦していたエスティは良く愚痴っていたものだ。北部列強の支配者層が、あまりにも無能すぎると。

幾つか、細かい話をする。

戦略上の拠点について話をすると、どうしても出てくるのが、モディスだ。

いにしえの時代に造られたらしい城で、詳細はよく分かっていない。ただはっきりしているのは。少し前まではリザードマン族が抑えていた。

だが、スピアに潰されて。今では失陥している。

その際の戦いで、リザードマン族は大きな被害を出して、未だに攻勢に出ることは出来ないでいる。

当然の話だが。

今回の条約が締結できたのも。リザードマン族の戦力が、この戦いで落ち込んだから、である。

そうでなかったら、如何に族長が大局を見ていても。とてもではないが、主戦派を押さえ込めなかっただろう。

そして、仮にこのモディスを奪還できても。

維持は不可能。

現在、八千からなるスピアの軍勢がモディスに入っていて。前線のハルト砦に対しても、大きな脅威となっている。

逆に此処を叩ければ。

敵の脅威をかなり削り取れるのだが。

今の時点では、敵を防ぐのが精一杯。周辺の戦況を整理して、増援がくれば、或いは奪還作戦を立てることも出来るかもしれない。

その場合、リザードマン族が支配するか、アールズが膝下に収めるかで、また揉めることが容易に想定される。

だからいっそのこと、壊してしまうのもありだろうと、クーデリアは考えていた。

打ち合わせが終わったので、カテローゼを残して帰る。カテローゼは正真正銘、リザードマン族に慕われている。分け隔てない医療活動が故だ。護衛役のホムンクルスもつけているし、本人も修羅場をくぐりまくっている。帰りもクーデリアが護衛する必要性はないだろう。

まずは砦に戻って。其処で書類を決裁。

少し前からミミが来ている。結局才能の限界もあって、ランク8以上には上がれないミミだが。

それでもランク相応の仕事はしていて。前線でも、敵の大物を早速何体か仕留めてくれていた。

腕を上げているジーノも近々来るから、この二人を加えれば、かなり状況は改善する。

後はエスティとステルク。

それにロロナ。

ジオ王も来るらしいが、前線の指揮は任せると言質を取れている。そうなると、当面はクーデリアが、戦力を見ながら、状況をコントロールしていくしかない。

「失礼するわ」

ミミが天幕に入ってきたので、顔を上げる。

最初、冒険者ギルドに来た時。身の程をわきまえない言動で、クーデリアの手を煩わせた娘は。

今や、アーランドでも最年少のランク8冒険者の一人。

今日も、右手にぶら下げているのは。

スピアの前線で目立っていた、戦闘用ホムンクルスの生首だ。まだ血が滴っているから、殺してきたばかりだろう。

「はい、指定の敵、仕留めてきたわ」

「そう。 少し休んでから、次の敵の処理に掛かって貰うわよ」

「……トトリはどうしているの?」

「アールズ王都」

言うまでも無い。後は会話する必要もないので、下がって貰った。まだ何か言いたそうにしていたミミだが。悔しそうに一瞬だけ顔を歪めると。

ホムンクルスに討ち取った首を渡して、引き揚げて行った。

書類を書き上げたので、ホムンクルスに渡す。

「二刻後にミミに渡してきなさい」

「分かりました」

書類を片付けてしまったので、前線に。

今日は、リザードマン族の方に当てていた戦力を戻した。という事もあって、少しばかり大胆に攻勢に出ることが出来る。

武器と弾丸を確認。

ブレイブマスクの状態も問題ない。今のクーデリアなら、ブレイブマスクの超回復とあわせて、三十回ほど奥義であるクロスノヴァを発動する事が出来る。勿論休憩を入れれば、もっと継戦時間は延びるが。

しかし、それでも敵の数が多すぎるのだ。

今回も、一撃離脱が基本になる。

「9を呼んできて。 後手練れを数名」

今日の目標撃破数は千。

少しばかり、前線にて目立っている敵の軍勢がいる。それをぶっ潰して、敵に圧力を掛けておくのが目的だ。

同時に、幾つかの地点で、陽動攻撃を行う。

ミミを動かすのもその一環。

クーデリアが千体敵を倒すとして、他の部隊も併せて、合計で三千は削り取りたいところだ。

時間を見て、動く。

見晴らしが良い丘の上にでる。

ミミが敵の小隊に仕掛けるのを皮切りに、戦闘開始。今回はトトリも呼んでいる。トトリはというと。

モディス付近に展開していた敵軍の中央が、いきなり消し飛んだ。

事前に忍び込んだトトリが、特大威力の爆弾を仕掛けていたのだ。確かN/Aとか言ったか。

キノコ雲が上がる中、敵軍が明らかに動きを乱す。

全軍で一体の獣という風情の動きを見せるスピアの軍勢だが。それでも、このような想定外には、流石に対処しづらいのだろう。

攻撃開始。

信号弾をあげると、クーデリアは先頭に立って、敵軍に踊り込む。真っ正面。立ちふさがろうとしたヨロイを着たホムンクルスを、手始めに地平の果てまで蹴り飛ばすと、四方八方に火焔弾を叩き込みながら、敵陣に切り込む。

他の部隊も猛攻を加え、一気に前線を喰い破った。

だが、此処からだ。

敵は前線の部隊を切り離し、無事な部隊を即座に再編成し、堅陣を張る。分厚い防御魔術の壁を見て、舌打ち。

万単位の敵が張った防御壁だ。クロスノヴァでも貫通するには、連射が必要になるし。破ったところですぐにまた張られるだろう。

アレはロロナでもないと破れない。

だから。

敵に見捨てられた部隊を刈り取る。

信号弾を上げさせ、算を乱している敵を刈り取りながら、後退。敵はモディスを中心に陣形を再編成して、悔しいがおぞましいほどの速さで体勢を立て直した。生き延びた敵も、防御陣地に逃げ込む。

二刻ほど戦闘を続行したが。

体勢を立て直した敵が押し出してくる気配があったので、その場で撤退させる。味方の被害は最小限だが。

敵にとっても、この程度の損害は、蚊に刺されたほどでもないだろう。

敵の損害を計算させる。

ざっと二千強。

クーデリアが予想していたより、ずっと少ない。冷酷な敵の采配が、却って被害を減らしているのだ。

ミミが戻ってくる。

此奴も、敵将を仕留め損ねた様子だ。

トトリはと言うと、既に引き揚げて、アールズ王都に戻っている。自分の用事は済んだ。そう言わんばかりの素早さだ。

ミミは、トトリがいない事に気付くと、悔しそうにしたけれど。それ以上は、何も言わなかった。

クーデリアにしても、予定より敵を仕留められなかったのだ。

部下を責める気は無い。

それに、損害らしい損害も出なかったし、敵を削る事が出来たのも事実なのだ。今日はこれで良しとするべきだろう。

「敵には損害を与えたが、反撃に出る余力は充分にある。 各自警戒を欠かさないように」

それだけ言うと、下がらせる。

何人かいるハイランカーも、物足りなさそうにしていたが。しかし、この状況だ。どうしようもない。

敵はガチガチに守りを固めていて。

更に増援を呼び集めている。

無理に攻めれば、攻勢の終末点をつかれて、叩き潰されるのは此方だ。味方の戦力が足りないのは、事実なのである。

モディスを落とすのは。

当面無理だ。

 

翌日も、軽く攻撃を続行。斥候などを徹底的に潰してやるが、敵の圧倒的物量にはまるで変化がない。

というよりも、リザードマン族との不可侵条約が締結されたことを悟ったのかも知れない。兵力配置が換わっている。

ますます攻めづらくなった。

何カ所かで敵を潰して廻りながら、クーデリアはそれを確認。いずれにしても、敵の無尽蔵な物量を、少しでも削らないとまずい。

砦に戻る。

通信装置を使って、ロロナと連絡を取る。

向こうはどうなっているか、気になったからだ。

ロロナは、すぐに通信にでた。

「どうしたの、くーちゃん?」

「其方は変わりないかしら?」

「うん。 敵を毎日いっぱいころしてるよ」

「そう……」

詳しい話を聞く。

ロロナは現在、やはりジオ王と北部を転戦。敵の大規模部隊を見つけては、手当たり次第に砲撃を叩き込んでいる。

だが、やはり。

敵も、ロロナへの対抗策を、身につけ始めているという。

「みつけると、すぐににげちゃうの! だから、あんまりどかーんって出来なくて、王様もおこってる」

「いずれにしても、戦況は不利では無さそうね」

「うん。 でも、遺跡も見つからないし、一なる五人もいないよ」

一なる五人、か。

幼稚な独善主義を掲げる悪夢の根元。

ロロナがこれだけ探し廻っていないということは。ひょっとすると、もうアールズ領内に来ている可能性さえある。

いずれにしても、スピアの領内をロロナが引っかき回している今。

敵は、大規模な援軍を送ることは出来ない。

ジオ王に代わって貰う。

戦況を細かく聞くが、ロロナとあまり差は無い。幼くなってしまっても、戦況は把握できる程度の知能は残っている、という事だ。

「其方はだいぶ苦戦しているようだな」

「はい。 防御で手一杯です」

「良いニュースだ。 恐らく半年以内に、遅滞戦術を続けていたエスティが、其方に向かうだろう」

「!」

そうか。

エスティが来れば、一気に戦力を倍に計上できる。

しかしながら、エスティが来ると言うことは。

それは早い話が。

遅滞戦術が意味をなくした、という事だ。

難民の救出作戦というか。

生き残った民は、もう大体が辺境諸国に逃げ込んで。もはや、取りこぼしはない、という事なのだ。

それだけの民が殺され。

生き延びた者以外は、もはや望みがない。

だが、それでも。半年は粘る。敵地を探索することも出来るし。何よりも、生き残りを救出できるかも知れないからだ。

色々、どうにもならない状況が続く中。

書状をもってホムンクルスが天幕に飛び込んでくる。

ただ事では無い様子なので、通信を切った。どうせ、あの王と話すという行為は、気分が良いものではないのだし、別に構わない。

「伝令っ!」

「どうしたの」

「これを」

頷くと、すぐに書状を確認。

手紙の主は。

リザードマン族だ。

 

すぐに精鋭を連れて、リザードマン族の住処に赴く。戦闘は、遠目から見る限り、行われていない。

決着がもうついたとは思えない。

狂言だとも思えない。

現地に到着。

周囲に敵影は無し。血の臭いもない。

歩哨は、急いで駆けつけてきたクーデリアを見て、小首をかしげた。

「強き戦士よ、如何した」

「救援要請を受けたから来たのよ」

「! 見せてくれ」

手紙を渡す。

しばし手紙を見ていた歩哨だが。慌てて奥に走っていった。そして、程なく。族長が、珍しく慌てた様子で姿を見せる。

「これを、どこから受け取った」

「事前に決めていた方法で、私の部下が受け取りましたが」

「まずいな……」

族長は、手紙を握りつぶす。

大体、状況は見えてきた。

どう見ても本物だと、族長は言う。しかし同時に、この手紙を書いた覚えがないのだとも。

実際見てみると。

周囲に戦闘の跡はない。中を確認させて貰うが、至って平和だ。

つまるところ。

この手紙が意味しているのは、リザードマン族の中に内通者、それもかなりの高位の人間が、いるか。

もしくは、敵がリザードマン族が手紙につける符丁などを、全て解析していることを意味している。

驚いた。

機械的に動くだけかと思っていたのだが。

このような奇策に打って出るとは。

或いは、一なる五人が、直接作戦を指示したのかも知れない。

「すぐに全軍砦に戻って! 守りを固めなさい!」

「はい!」

大慌てで、9が指揮をして、皆を戻させる。

強行軍になるが、仕方が無い。それだけ面倒な事態が起きていると言うことは、9にも分かるはずだ。

クーデリアは咳払いすると。

族長に、耳打ちする。

「どちらだと思いますか? 裏切りものか、解析されているか」

「……恐らくは、前者だ」

「そう」

心当たりがあるのだろう。

リザードマン族の中にも、どうしても感情を押し殺せない者がいた、という事だ。それは仕方が無い事なのかも知れない。

アーランドにもいる。

アストリッドという大馬鹿者が。

彼奴は大馬鹿者だが、アーランドにおける最大戦力の一人。奴がいなければ、とっくに世界は滅亡していた。

そしてそれほどの天才でありながら。

奴は、許すことが出来なかった。

裏切りはしていないが、それだけ。どう動くか分からない奴は、ある意味裏切りものよりもタチが悪いかも知れない。

「対応はお任せしてもよろしいですか? それとも私が?」

「いや、一族の恥は一族で注ぐ。 すまぬな、強き戦士。 しばらくは、迷惑を掛けるやもしれぬ」

「……いいえ」

一礼すると、その場を離れる。

砦に戻ると。

既に戦いは終わっていた。やはり、敵の一部が奇襲を仕掛けてきたのだ。即応したミミが奮戦して先鋒を打ち砕き。それから多少の被害を出しながらも、敵の撃退には成功。敵は下がって、再び堅陣を構築。手を出す隙は無くなった。

リザードマン族の中に、裏切りものが。

そして、裏切りものは。

本当に、リザードマン族の中だけか。

アールズ人は、リザードマン族を徹底的に憎んでいる。禽獣と呼び、敵意を剥き出しにさえしている。

今回の不可侵条約。

絶対に、反発する者はいるはずだ。

そしてスピアは。

想像も出来ない方法で、心に忍び寄る。実際北部の列強も、それで大きな被害を出していった。

「軍紀の引き締めが必要ね……」

呟く。

周囲のホムンクルス達が、顔を見合わせていた。

 

2、闇の中の闇

 

もはや一つになった意識が。

蠢く。

完全に相互理解し合い。

ゆえに、他は何もかもが必要ない。昔も、一心同体という意味で、一なる五人と名乗っていたが。

今では、文字通りの意味だ。

そして、今だからこそ言える。

人間は。

この世に我等だけ。

他のものは全てが不要な屑。人間として存在していて良いのは、我等一なる五人だけなのだ。

確信は深まるばかり。

新しい情報を取り入れれば取り入れるほど。

この結論は、動かなくなる。

「新しく吸収した邪神からの情報、フォーマットし終えたよ。 みんなに展開するからねー」

「ふむ、どれ……ははは、これはまたくだらぬな」

けらけらと、皆が笑っている。

自分でも見て、なるほどと理解できた。

この遺跡では、人体実験が行われていた。優性主義者が、核シェルターと言う名目で人を集めた場所だったのだ。

実験の内容は、愚かしいもので。

自分たちが以下に優秀か示すため。

他の人間が、どれだけ劣っているのかを、実証する、というもの。しかも、都合の良いデータだけを集めて。残りは全て破棄していた様子だ。そうして実証されたデータは、彼らの自己満足のためだけに用いられた。

そのようなものは実験では無いし。

何より、この当時から、クズ共の愚劣さ加減は変わっていない、という事だ。そして、当時から。

人間など。

存在はしていなかったのである。此奴らは、定義されるべき人間では無くて。屑という存在である。

「で、此処の邪神はこんなデータを大事に守ってたって? バッカで?」

「ハハハ、そういうな。 所詮邪神などと言ってもAIにすぎぬ。 屑が造った人工知能は、所詮屑を超えられぬよ。 アーランドのオルトガラクセンにいたあれのようにな」

「まあ、あれは典型的なゴミだったな」

「みな、聞いて欲しい」

意識が、此方を向く。

雑談はその程度でよい。わかりきっていることを、今更確認し合っても仕方が無い事だからだ。

北部列強のも、南部辺境のもそうだが。一なる五人以外の人間と称する生物全ては、人間と評価するに値しない。

そんな事、今更確認しても仕方が無いとさえ、私は思っている。

「アーランドの抵抗が強まっている。 このままだと、地球を熱の惑星にする計画に、横やりが入るかも知れない」

「まさか、火山の深部に隠してあるアレに到達できるというのかね」

「流石に、疑似神と化したあれの力を投入しても無理ではないの?」

「そうとも言えなくなってきている」

データを出す。

少し前の戦闘の様子だ。アーランドによって疑似神と化した錬金術師、ロロライナ=フリクセルの戦闘データを、画像、音声、様々な角度から分析したものである。

一目で分かるが。

その戦闘力は、一方的だ。

アーランドが切り札として準備していたのもよく分かる。本来は北方の列強の進行を食い止めるために造り出したものらしかったのだが。

我等一なる五人に対抗する切り札に、途中で作り替えたのだろう。

その火力は、恐らく。

現在、地上に存在する生物の中で、間違いなく最強。

我等が造り出してある戦闘用ボディでさえ、この火力の前には不覚を取るかも知れない。それほどの圧倒的な代物だ。

これとあのクーデリア=フォン=フォイエルバッハが連携した場合の戦闘力については、考えたくない。

元々ロロナ=フリクセルとクーデリア=フォン=フォイエルバッハは、二名での連携戦闘において完璧というデータさえあった。

現時点で怖れるべき事は。

まだ完全覚醒していないアレを、潰されること。

そしてこのロロライナの火力を持ってすれば、或いは。

他の皆が、感心している。

「おいおい、コレは凄いな。 話には聞いていたが、実力を今までのデータでも分析しきれていなかったのではないのか」

「かも知れん」

「それで、どうするの?」

「手を打たねばなるまいよ」

どのみち、アーランドも、あれがこの付近の火山地下に眠っていることは理解しているはずだ。

その証拠に、クーデリアが率いる最精鋭が張り付いている。

奴らの目的は、スピアとして動かしている軍勢の押さえ込みなどと言うちゃちなものではなく。

この、世界を滅ぼす存在。

エアトシャッターの捜索と撃滅。

そう見て間違いない。

「どのみち、遅滞戦術を終えたエスティ=エアハルトと、アーランドの状況が落ち着いた関連で、ステルケンブルク=クラナッハが此方に来ることは止められぬだろう。 更にアーランドのジオ王と、ロロライナが合流する。 其処に、路の錬金術師として名をあげ始めているトトゥーリア=ヘルモルトが加わると面倒だぞ」

「それだけの戦力だと、国の二つや三つ、一日で灰に出来そうだね」

「出来るだろうさ」

国家軍事力級の名は伊達では無い。

更に、モンスターの養殖場にしていた西大陸を、もう一人の国家軍事力級戦士、ギゼラ=ヘルモルトが荒らし回っている。

奴の戦闘力は高く、養殖場の護衛につけている戦力程度ではとても防ぎきれず。エサとして養殖している人間を相当数逃がしてしまっている状況だ。

色々と厄介な状況だが。

勿論、現時点では。

此方の方が、遙かに有利だ。

「エアトシャッターの覚醒まであと四年と試算していたが、これを早めることは可能だろうか」

「待て。 計算する」

「……」

「そうだな。 現在モンスターの生産に廻している魔力をつぎ込めば、或いは可能だろう」

仲間の声に、満足する。

そして、判断した。

「もう駆除作業は不要だろう。 大陸北部に展開していた戦力を、悉く南下させる」

「ほう……」

「大戦争だね!」

「そうだ、大戦争だ」

現在、アーランドの国境に合計十万。大陸西部の国境に六万。これらについては、辺境の戦士共とアーランドの戦力が押さえ込んでいる。アーランドがどうやってか実用化した金属製の戦艦も、沿岸部からの砲撃で、部隊に効率的なダメージを与えてくる。

これらについては、このままでいい。

アールズに展開している三万弱。

これに、遊撃として動かしている十万を追加する。いずれ、生産中のモンスターも、全て投入する。

そして、数で押しきる。

勿論その過程で、ジオとロロライナをどうにかしなければならない。ロロライナの火力を真っ正面から受け止めると、一個師団が数時間で壊滅する。集結中の部隊が打撃を受けると、回復が面倒だ。

それを避けるためにも。

抑えが必要だ。

「アレを動かすか」

「少しばかり投入が早くないか」

「かまわぬさ」

アレとは。

ワイバーンシリーズと呼ばれる、新型のモンスターだ。今の時代の人間共は、モンスターがどうしてこの世界に誕生したか知らない。

ワイバーンシリーズは、ドラゴンシリーズの後期に生産が開始されたモンスターで。殆どデータが残っていなかったのだけれども。

この度、回収に成功。

更に改良を進めて、再生産を実施した。

もっとも、以前回収したドラゴンの何体かを解析、改良することで、その存在には思い当たっていたし。

実物を回収したときも。ふうんとしか思わなかったが。

既に世の中に、驚くことは何一つない。

 

実戦投入したワイバーンシリーズの一号機が、アールズ北部をうろついているジオとロロライナ、更にその護衛部隊へと襲いかかったのは、翌日の夕刻。

ワイバーンシリーズは、通称高速航空飛竜型とも言われるモンスターであり。その出自と成り立ちは、極めて尖っている。

まあ、経緯はどうでも良い。

今重要なのは。

簡単に落とせず。

侮られないほどの火力を発揮できるか、という事だ。

データを収集しながら、観察。

しばし様子を見ていると。ロロライナが対空砲撃を開始。だが。ワイバーン1は、超高速で空中回避。

「ほう、音速をだいぶ上回っているな」

「生体兵器とは思えぬ」

「データをとり続けるぞ」

「うむ」

皆の声の中。

冷静に、データをとり続ける。

ワイバーン1は魔術も得意だが、それ以上に速射砲の火力が大きい。高速で航行しながら、火球を雨霰と敵に降らせる。

爆裂。

その全てが、中途で迎撃されていた。

ジオの剣から放たれた衝撃波だ。奴め、齢六十近くになって、まだ爆発的な速度で強くなっている。

信じがたい怪物だが。

それでも、能力に限界はある。

「アウトレンジからの攻撃を続行させる」

思念を飛ばすが。

それはあくまで仲間内での確認に過ぎない。

時々、ロロライナの砲撃が空中に放たれるが、ワイバーン1はいずれも余裕を持って回避。

当然空中爆雷なので、衝撃波が襲ってくるが。衝撃波よりも早く飛ぶことで、逃れているのだ。

とんでも無い性能だ。

まあそうだろう。

当時最新鋭だった第五世代戦闘機を相手にすることを想定していたのだから。これを手駒に出来たのは、実に美味しい。

火球を連射。

火球と言っても、高密度の指向性プラズマ弾だ。一発で、旧時代のミサイルに匹敵する誘導と火力を実現している。そんなものを剣撃で叩き落とすジオの凄まじさがよく分かるが、まあそれはいい。

距離を保ち。

間合いを理解したワイバーン型が、爆撃を続行。

しばし千日手が続いた後。

ワイバーン型を引かせた。

「引かせるのか」

「データをフィードバックさせる」

「そうさな」

戦いは長期戦になる。

ロロライナの砲撃を喰らってしまうと、流石にあのワイバーン型でもひとたまりもないだろう。

衝撃波の直撃や、剣撃の余波を浴びて翼をやられるだけでも危ないはずだ。

問題は。

いつでも、彼奴が現れて、足止めに来ると。敵に考えさせること。

それによって、現在ジョーカーになっているジオとロロライナの二人組の動きを掣肘できるし。

場合によっては、アールズに押し込んでもよい。

むしろその方が、動きを読みやすくなる。

「次の手はどうするね」

「決まっている」

様子を見ながら、部隊をアールズに集結させ。

その過程で、工作を行うのだ。

列強諸国を崩したときと同じ。

内部に不満を持つ者は、何処の組織にも必ずいる。それらをそそのかし、内部分裂を誘うのだ。

そうやって幾つもの国を潰してきた。

前はレオンハルトという便利な駒がいたので、それを活用していたが。既にレオンハルトのノウハウは全て吸収済み。

アレはもういらない。

専用に調整した、工作用のホムンクルスがいるので、それで充分だ。しかも不要になったら、何時でも何処でも処分出来る。

事実、アールズのリザードマン族の中には、既に裏切りものを確保しているし。

アールズでも、現在工作を進めている。

辺境諸国は、今の時点では不満を押し殺しているけれど。

流れ込んでくる難民に不満を持っている連中はとても多い。そいつらをたきつけてやると、簡単すぎるくらいに、対立を煽ることが出来る。

屑など所詮こんなもの。

世界で唯一の人間である我らには。

とうていかなわない程度の存在に過ぎないのだ。

くつくつと、皆の間から笑いが零れる。

屑の卑小さ。愚かさ。そしてくだらなさ。

あの時思い知った絶望と。

全てを知って。絶望なんかを抱いたことが、どれだけ馬鹿馬鹿しかったか、思い知らされて。

そして今。

世界唯一の人間である我等は此処にいる。

戦いは、まだ長引くだろう。

だがエアトシャッターが完全覚醒した際には、全ては終わっている。この星は熱の塊に帰り。

そして世界でただ一人の人間である我等が。

この星そのものになるのだ。

「念のため、例の遺跡の攻略も進めておくよ?」

「うむ、それがいいだろう」

「……」

例の遺跡、か。

今だ頑強に抵抗している遺跡が一つある。アーランドに落とされたり、価値が無いと放棄したもの以外では、例外的な存在だ。

中に巣くっている連中が厄介で、中々数だけを揃えても落とせないのである。質も上げているが、それでも厳しい。

まあ、それでも限界はある。

たかが一遺跡だ。一なる五人に逆らえるはずもない。

これは、おいおい進めて行けば良い。

いずれにしても、手にしている札も。戦力も。現在世界で圧倒的最強である事に変わりはないのである。

このまま押していけば。

世界は遠からず。

我等の。

我等だけのものになる。

 

3、乱麻

 

農場に出向こう。

少しずつ難しい栄養剤を任せて貰い始めたメルルは。少し前から、農場で空気が悪くなっていると聞いていた。

だから、栄養剤を納品するついでに、見に行こうと思ったのだ。

栄養剤はどれだけあっても足りないと言われている。ちなみに、耕作地帯の方でも、それは同じだ。

幾らでも造ってくれと言われているし、材料も来ている。

トトリ先生が一番高度な奴は手がけているけれど。メルルも、そこそこの難易度のものは触っている状態で。

今は、数もこなせるようになって来ている。

だから、納品を兼ねて農場に行く分には、問題ない。

「メルル、準備整いましたよ」

「うん……」

今回は、ケイナとライアス、2111さんと2319さんだけでいく。シェリさんとザガルトスさんは、どちらも仕事で忙しいし。

何より、難民はとても悪魔族を怖れている。

シェリさんはいい人なのだけれど。

初見でそれを理解して貰うのは難しい。ましてやナーバスになっている人達には、なおさらだ。

「気が進まないんですか?」

「ううん、そうじゃないよ。 ちょっと色々、ね」

「いっそ、出るのは止めにしますか? 私やライアスは構いませんし、ホムンクルス達だって嫌な顔はしないと思います」

「行くよ。 それは決めたから」

今回は、これといって止める理由がない。

気まぐれで、上に立つ者が行動していたら。一緒に行動する者が皆迷惑する。そんなのは当たり前の事だ。

メルルは、当たり前は最低でも出来なければならない。

そう言う立場にいるのだから。

一緒に五たるを荷車に積み込む。これとは別に、七たるを既に馬車に渡して、現地に運んで貰ってある。

そして今回は。

あえて、モンスターとの遭遇が予想される道を行く。

まだまだ、メルルの技量は心許ない。

トトリ先生に、ケイナとライアスと、一緒に鍛えて貰った今でも、だ。リザードマン族の族長息子に勝てたのは、正直な話、明確な戦略があったからで。遭遇戦でやりあって、勝てたとは思えない。

その程度の実力のメルルは。

まだひよっこという段階からも、抜け出せていない。

経験がいる。

実戦で、少しでも技を磨かなければならないのだ。

街の東門入り口で、ライアスは待っていた。まあ、王都と言っても、所詮はアールズのだ。それほど広くもないから、すぐにつく。

ホムンクルス二人も、である。

「農場に行くんだって?」

「うん、ついでに生息モンスターの実態調査」

「ああ、馬車が襲われてるって聞くもんな。 その度に撃退してるって話だが、難民達は生きた心地がしないだろうし」

「そういうことだよ」

さて、まずは道中からだ。

状況をしっかり確認したい。

 

街の丘から東を見ると、高山地帯が見える。アールズは国土がそこそこに広くて、地形の起伏も激しい。

だからこそに、様々な環境の土地があって。

色々な種類のモンスターが住み着いている。

戦闘力はピンキリ。

弱い奴は、今のメルルでもどうにかなるけれど。最強ランクのモンスターになると、手も足も出ない。

「メルル、聞きましたか? あの高山地帯を利用して、穀物を加工する施設を造るという予定があるそうです」

「ああ、トトリ先生が話していた奴だね」

「何だよそれ」

「風車という技術だよ」

風車。

風の力を利用して主に臼を動かして、重労働だった穀物挽きを自動化する仕組み。多少大がかりになるけれど、そのパワーは中々で。風の力が定期的に提供される場所であれば、大きな成果を上げられる。

恐らくルーフェスは、あの高山地帯から吹き下ろしてくる風を利用したいと考えているのだろう。

吹き下ろし風はかなり強烈で、メルルも一度護衛付きであの辺りを視察に行った時、スカートがめくれないように気を付けた。

今はスカートがめくれても大丈夫なタイプの絹服にしているから平気だけれども。あの時は難儀したものだ。

ちなみにあの辺りには、最高位の鳥形モンスターであるフレースヴェルグが生息していて、このメンバーではそもそも全員生きてたどり着けないだろう。

逆に言えば、フレースヴェルグでさえどうにか出来るくらいでないと、今後あの辺りの開発はどうにもならない。

北東の方を見ると。

美しい森が拡がっている。

非常に綺麗な水が湧き出している地域で。森の中に入ると、澄んだ香りで頭が浄化されるとさえ言われる場所だ。

あの辺りも難所。

ベヒモスが日常的に姿を見せると言われていて。

その美しい水を、守護しているかのようだという。

いずれにしても、今のメルルには、たどり着けない場所だ。モンスターを、もう少し手際よく倒せるようでないと。

街道を北上。

それから西へ。

もう、多数の馬車が通っているからか、充分に街道は見分けがつくようになっている。後は、しっかり安全を確保すれば良い。

しかし、である。

道の脇を見ると、焦げた草や。

血痕がある。

モンスターが襲ってきて、それを撃退したり。逆に傷つけられたりしている、ということだ。

まだこの辺りは、完全に安全では無い。

あのグリフォンだけを例に出すまでも無い。辺境の民と戦って来たモンスター達にとって。難民はエサでしかない。戦闘力がない難民なんて、それこそ手軽に食べられるおやつ程度の存在でしかないのだ。

だから、襲う。

危険があるとしても。

辺境に住まう生物は、どれもが強い。モンスターにしてみれば、襲うのは結局ハイリスクだ。

それならば、低リスクで仕留められる獲物に走るのも当然で。

決して、モンスターだけを責められない。

それに、難民達だって、一刻も早く国に帰りたいだろう。耕作地帯に行くと、よく分かる。

子供達が楽しそうに遊んでいるのを見る横で。

家に帰りたいと泣いている子供の姿だって、見る。

そして今のメルルには。どうしてあげる事も出来ない。せめて遊んであげたり、お話をしてあげたり。

それくらいだ。

「メルル!」

「分かってる」

顔を上げたのは、囲まれているからだ。数は、八から十。姿を見せたのは、ドナーンだろう。二足歩行をする大型のトカゲ型モンスター。戦闘力は、ウォルフの比では無い。

どれも傷を多数受けている個体ばかり。

今まで何度も難民を襲撃して、その度に撃退されて。それでも諦めきれず、人間が来るのを待っていた、と言う所だろう。

勿論、巡回の冒険者達が駆除して回っているけれど。

それでも、この辺りはもとよりモンスターの数が多いのだ。

ドナーンは群れを造るモンスターだけれど。

恐らく、数で襲撃して、難民を一人か二人浚って食べようという考えなのだろう。狡猾だけれど、合理的だ。

そして、それが故に。

生かして帰すわけにはいかない。

頷きあう。

殲滅戦だ。

雄叫びを上げて、突進してくるドナーンの群れ。その中の一体が、いきなり火球を此方に向けて吐いた。

前に出た2111さんが、降り下ろしたハルバードで、火球をぶち破るけれど。

煙を突破して、突っ込んでくるドナーンの群れ。

しかし、その歯がかみあわされたとき。

そこにいたケイナはいない。

正確には、ほんの少しだけ、横にずれていた。

そして、脳天に降り下ろされる、鉄板入りの鞄。鉄板の破壊力は以前より遙かに上がっている。グリフォンの頭蓋骨は砕けなかったけれど。このサイズのドナーンだったら。

白目を剥いて、地面にドナーンが倒れたときには。

既にケイナは、歩法を駆使して、その場を離れている。メルルも、ライアスもだ。いや、ライアスだけは。わざと存在感を示しながら、ドナーン達を挑発している。

「オラ来いっ!」

叫んだライアスに飛びかかるドナーンだが、その下から突き上げるように、拳が叩き込まれて。ドナーンの巨体が浮き上がる。

そしてその上にはメルル。

フルスイングで、頭蓋骨を叩き折る。

既にその時、2111さんと2319さんは、二体ずつドナーンを仕留めていて。形勢不利と判断したドナーン達が逃げ出すけれど、そうはさせない。

無言で取り出したフラムを放り投げ。

退路にて炸裂させる。

一瞬足を止めれば、それで問題なし。

ブレスを吐いたリーダーらしい個体が振り返ったときには。メルルが、フルパワーで、チャージを仕掛ける瞬間。

杖が喉をぶち抜いて。

近くの木に、ドナーンを縫い付けていた。

呼吸を整えながら、周囲を確認。メルルは尻尾による一撃をもらったけれど、骨は折れていない。

ケイナは最後にブレスの余波を浴びて、服と髪がちょっと焦げていたくらい。

ライアスは、もろにタックルを一度受けたけれど。

平気で動き回っていた。

2111さんと2319さんは、どちらも無傷。多分二人とも、最初にあった時よりも、腕が上がってきている。

当たり前だ。人間と同じように学習するし、好みのものもあるのだから。戦闘をメルル達と一緒にこなしてきたのだから、格上やそれに近いモンスターの相手もしているわけで。強くならないはずがない。

騒ぎを聞きつけて、冒険者達が来る。

近くのキャンプスペースにいた兵士達も。

兵士達の中に。顔見知りのベテランがいた。ちょっとえらそうなドジョウ髭をカッコイイと思って伸ばしている、愛嬌のあるおじさんだ。ちなみに実力は本物で、この程度の敵なら一人で蹴散らしてみせるだろう。

「メルル姫、これは大漁ですな!」

「うん。 無駄にしないように、キャンプスペースで捌こう。 あ、そうだ」

一匹は、農場まで持っていきたいと思ったのだけれど。

距離を考えて、断念。

向こうで、モンスターを捌いて、その場で難民の皆にごちそうしてあげようと思ったのだが。

多分それまでに痛んでしまう。

アールズの民なら大丈夫だけれど。流石に難民達はおなかを壊すだろう。

「ううん、何でもない。 すぐに捌いて、お肉を燻製にしよう」

 

翌日もモンスターの襲撃があった。

やはり難民を目当てに集まって来ていると見て良いだろう。モンスター達だって、生きるために必死なのだ。

キャンプスペースで話は聞く。

今の時点で、被害は出ていないという。

パニックになった難民達が逃げ回るのが一番怖いので、そもそも馬車には睡眠や麻痺などの拘束系魔術を使える魔術師が必ず乗り込むのだそうだ。そして、モンスターが出ると、まず難民を動けなくして。それから戦う。

そもそも護衛が突破されるようでは、被害は出るし。

それが一番効率的だと、兵士達は笑いながら話していた。

だが。

メルルは、一緒に笑えなかった。

多分、難民達が、恐怖に顔を引きつらせているのはそれが理由だ。多分事前に説明されてはいるだろうけれど。

生きた心地がしないだろうから。

「それ、止めた方が良いね」

「しかし姫様」

「うん、今の時点では最善手だと思う。 でも、ただでさえ怖がっている難民達からすれば、更に恐怖を徹底的に叩き込まれることになるんだよ。 ……改善策を考えるから、それまでは続けて」

「はあ。 しかし、あのような二言目には不平を口にするような連中、其処まで気に掛けてやる必要はないかと思いますが……」

人の良いこの兵士でさえこれだ。

この人は家に帰ると三児の父で、愉快なドジョウ髭からも分かるように、とても廻りから親しまれている。

それでも、なお。難民達に対しては、これだけ辛辣になる。

これはまずいとメルルは思う。

悪意は無いのだ。

だからこそに、余計にまずいとも言える。何かしらの改善を順番にしていかないと、やはり恐怖と不満は爆発する。

そして其処にスピアがつけ込みでもしたら最悪だ。

以前、難民の代表者と話した時のことを思い出す。感情論が、表に出てきていると。もしも、それが理性を上回ったら。

大規模な暴動が起きた場合、鎮圧は可能だろう。

しかしその後が問題になる。

もう、難民に手伝って貰うことも。食糧や、その他の物資を生産することも。全てが水泡に帰す。

ただ、難民に媚びていても、それはそれでダメだろう。

公平で、毅然たる態度を取っていかなければならない。ましてやメルルは、王族なのだから。

キャンプスペースを出る。

現時点では、農場には、難民が五百人ほどいるとか。これから更に五百人ほど追加して、農場の仕事をして貰う予定らしい。

それはいっこうに構わないのだけれど。

今の状況だと、不満が爆発する方が、早いかも知れない。

クレバスに掛かる橋を渡ると、もう其処は農場だ。柵が張り巡らされ。前に来たときよりも、かなり木の背が伸びている。

リンゴを中心に、様々な植物を植えて。収穫後は、食糧にするのだ。かなりの種類の果実を植え込んでいる様子で、収穫が楽しみである。まあ、ものによっては、収穫できるのは何年も後だけれど。

問題は、その何年も後まで、農場の経営が安定するか、だ。

見ていると、やはり話通り空気が悪い。

メルルの姿を見て、兵士達が姿勢を正す。

見張りの中。働いている難民達は、此方に畏怖の視線を向けてきていた。馬車に詰め込まれて、此方に運ばれて来た。そう言う意識が強いのだろう。

殺されて食糧にされる。

そういう噂が蔓延するのも、仕方が無いとは言える。実際、難民達には、意思と生活が乖離してしまっているのだ。

少しずつ、だが確実に改善する必要がある。

 

アトリエにとんぼ返りする途中にも、モンスターと何度か遭遇。流石に街道となっている地域では、以前ほどは出ないけれど。それでも、馬車と護衛がいないと見ると、モンスターは躊躇無く仕掛けてくる。彼らも学習しているのだ。

一応現時点では雑魚ばかりだが。

キャンプスペースで話を聞く限り、そこそこ強いのも、たまに姿を見せるという。

手傷を受けては、傷薬で無理矢理治し。

アトリエに到着後。

すぐにルーフェスとの面会予約を取って。トトリ先生にも、相談することにした。

メルルほど、ルーフェスは難民と話をしていないのかも知れない。

現状を説明すると、眉をひそめた。

「それほどですか」

「双方の誤解が大きくなってきているのが原因だろうね。 護衛の戦士や兵士達は、難民をものみたいに輸送してるし。 難民からして見れば、意思も何も認められず、訳が分からない土地に移動させられてる」

「確かに、それでは誤解が大きくなる一方ですね……」

「まず考えたんだけれど、街道の安全度を更に一段階上げられないかな」

そもそもだ。北方の列強の民にしてみれば、モンスターと遭遇せずに一生を送る者さえ多かった、と言う話だ。

彼らにしてみれば、此処は完全に人外の土地。

勿論、辺境に来た以上、モンスターと遭遇するのは仕方が無い事だ。だが、それでも、確率を減らすことが出来れば。

「少なくとも、箱詰めにされて、何が何だか分からないうちに輸送されて、恐怖の中で仕事をさせられる、なんて状態は、改善出来ると思う」

「分かりました。 トトリ殿とその辺りは相談した方が良いでしょう。 意見を私のほうで聞いてみます」

「労働状況そのものについては、悪くないと思うんだけれどね」

今の時点では、過度の負担が掛かるような仕事はさせていない。見張りがついているとはいえ、食糧も安全も寝床も確保されている。

娯楽も。

耕作地帯の方では、かなり環境が改善してきている。しかし今後、二千三千と農場に人を移していく場合。それも過去の話になるだろう。

反乱が起きてしまうようではダメだ。

難民に現状を理解して貰って。

そして、総力戦の後方支援に、協力してもらうしかない。

「難民の代表者を募って、前線の様子を見てもらうのはどうだろう」

「危険です」

「分かってる。 でも、それだけ危険だって事を、理解してもらうしかないと思うんだよね」

「……ふむ」

ルーフェスは腕組みすると。

しばしして、善処しますと答えてくれた。

続いて、ルーフェスから話を出してくる。アールズに、ハイランカー二人が到着しているという。

一人の名前はミミ。

ランク8の冒険者で、速度を売りにした戦いを得意とすると言う。クーデリアさんとは色々因縁のある人で。

現在でも、あまり仲は良くないそうだ。

ただし、仕事上のつきあいに関しては問題ない。

個人の意思を、状況を前にしてしっかり押し殺せる。二人とも、それだけきちんと大人、と言うことである。

小柄な女性で、武器は矛。

なんとトトリ先生の親友だとかで。多数の戦いを一緒にこなして。同じ血泥を啜って生き延びてきた仲だという。

それだけで、どれだけのベテランかはよく分かる。

トトリ先生の場合、それこそ国家規模の事業で業績を上げてきたから、ランク10冒険者として評価されているわけで。

その護衛として一緒に歩いてきた、というだけでは、ランク8が限界なのだろう。

同じく、ジーノというハイランカーも来ているという。

彼もランク8の冒険者。

戦闘力に長けた冒険者らしく、各地で大物喰いのジーノと呼ばれているそうだ。ドラゴンスレイヤーとしても名高く、今までに数体のドラゴンを少人数で仕留めている将来を嘱望された戦士らしい。

彼もまた、トトリ先生の幼なじみ。

幼い頃から純粋に戦いそのものが大好きで、手足が伸びきった今でもその性質に代わりは無く。

何名かの優秀な師の教えを経た今では、将来を最も期待されている冒険者の一人だとか。

「この二人が、鉱山の強力なモンスター撃退に関して、動いてくれます。 恐らく、問題なく撃破が可能でしょう」

「頼もしいね!」

「はい。 事実二人とも、私と同等か、それ以上の使い手です。 最悪の場合、鉱山の安全確保のために、私が動く事も考えていたのですが。 その必要はなさそうだと、判断いたしました」

なるほど。

この国でも最強の戦士の一人であるルーフェスが其処まで言うのだ。余程の実力者と見て良いだろう。

「間もなく、鉱山への討伐については、二人のスケジュール調整が終わります。 姫様は、すぐにでも動けるようにしてください」

「うん、分かった。 ルーフェスも、お願いね」

「分かっております」

面会を終えると、すぐにアトリエに戻る。

城の入り口で、トトリ先生とすれ違う。軽く話をするけれど。トトリ先生はトトリ先生で、ルーフェスに用事がある様子だった。

「少し前から頼まれていることがあってね。 それを報告しに行くところだよ」

「何だか忙しいですね」

「うん。 今はそれこそ、子ウォルフの手でも借りたい時期だからね」

先生の笑顔は相変わらずだけれど。

その立つ領域まで行けるのは、まだまだ先だとはっきり分かる。

アトリエに到着。

ケイナが、料理を造ってくれていた。

今日はモヨリ森で捕れた茸類をだいたんに使ったパイだ。非常に厚みがあるパイで、食べがいもありそうだった。

居心地が悪そうにしているライアス。

今日は非番だとかで、早めに仕事を上がってきたという。

「戻ったか」

「どうしたの? 居心地悪そうにして」

「どうもな……」

そういえば、このアトリエは見本のような女所帯。隅まで片付けられている上に、小物などもいちいち可愛いものがおおい。

トトリ先生はセンスが壊滅しているので、時々凄く変なものを買ってくるのだけれど。それはトトリ先生の私物として、私室にいれて貰っている。応接間や調合を行うアトリエ部分は、来客も想定して、可愛いものばかりおいている。

そうなると、ライアスとしては、居心地が悪いだろう。

「少し、雰囲気を落ち着かせようか?」

「そうしてくれると助かる」

「メルル、少し手伝ってくれますか?」

「うん、どうしたの?」

ケイナに呼ばれたので、台所に行く。普段は、ケイナは自分の場所と言わんばかりに、台所には他人を近づけないのだけれど。

珍しく呼ばれたので、行く。

パイが予想以上に大きくて、ひっくり返しそうだというのである。

すぐに台車を用意して、それに乗せて運ぶ。

確かに、とても大きなパイだ。

「すげえパイだな」

「ここのところ、戦いが続いたからね。 力つけないと。 農場の途中で造った燻製肉も、結構いれてるんだよ」

「それは楽しみだ」

言うまでも無いが、ドナーンやアードラ、ウォルフと言ったモンスターも、それぞれ肉の味が違う。

中にはとてもまずいモンスターもいるので、それらに関しては、味を調整してからパイにいれる。

今回は、ドナーンの肉をいれているのだけれど。意外に美味しいのがドナーンだ。鶏肉に似ていて、味がさっぱりしている。

つまり味付け次第で、色々な料理に合うと言う事で。

茸を主体にしたパイには、最適なお肉だとも言える。

八等分したパイを、しばらく頬張る。

やはり食べる量は増えている。戦いで消耗する力が大きくなってきているから、だろう。キャンプスペースにいる戦士達も、皆そうだというから、当然だ。

「モンスターって、どこからあんなに湧いてきているんだろうな」

「トトリ先生にはあまり外に出したくない持論があるらしいのだけれど、教えて貰っていないから何とも言えないね。 ただ、迷惑なだけじゃ無くて、自然の生態系を守っているのも事実だから、根絶してはいけないのも少し面倒だよね」

「食べながらは行儀が悪いですよ」

ケイナに釘を刺されたので、居住まいをただす。

トトリ先生のパイを残して、食べ終えると。余った分は、周囲の家にお裾分け。錬金術をやる過程で、どうしても迷惑は掛けるので、こういうときにお礼をしておくのだ。

ケイナの料理の腕は、周囲でも知られているから。当然お料理は喜ばれる。

そしてその時、ついでに話も聞いておくのが必要だ。

国民の声を知っておくのが、王族の義務。

当たり前の話である。

アトリエに戻ってからは、せっかくライアスがいるので、三人で訓練をする。歩法の訓練をしてから、互いに指摘をしあって。それから組み手だ。

しばらく無心に組み手をすると、互いの課題も見えてくる。

メルル自身も、である。

「まだ気配の消去が上手く行かないな」

「うん、分かってる。 言われたとおりにやってるんだけれどね」

シェリさんの指導に問題は無かった。

後は数をこなせていないとみるべきだろう。みっちり仕込んでくれた通りに、歩法をこなしていく。

音もなく歩く。

それこそ、存在を察知させないレベルで。

野生の動物でも、これは同じだ。

気配を察知されたときには、既に攻撃の射程範囲内。

其処まで持って行ければ、獲物は仕留められたも同然。特に鳥類の一種が、これに特化していて。

音もなく飛来し。

必殺の間合いで、獲物にとどめをさす。

幸いなことにこれができるのはごく一部の鳥類で。他の連中は速度と上空を取る有利から、獲物を狩りに行くのだけれど。

いずれにしても、その一部の鳥類。

大型の梟類ほどに洗練されたハイド技術は、まだメルルには出来ていない。

ライアスは一撃のために徹底的に力をため込む踏み込みが、まだ習得出来ていない。これはメルルから見ても明らかだ。

なんというか。

踏み込みに思い切りが足りない、とでも言うべきなのだろう。

わざと音を消さずに移動することで、敵の注目を集め。

歩法を使って致命傷を避け。

カウンターで一撃を決める。

もしも一連の流れが上手く行けば、それこそ必殺も良い所なのだけれど。ケイナやメルルと組み手をすると。

必殺の踏み込みをする瞬間が見え見えすぎて。

先にカウンターが入ったり。

或いは、足を押さえ込まれて。その瞬間に、側頭部にフルスイングでの一撃や。タックルを浴びて、全てが台無しになる。

ケイナはそつなくこなせるけれど。

隠密行動からの一撃。

更に、隠密行動で、敵から冷静に姿を消す、という行動が、どうしてもまだまだ出来ずにいる。

これらの課題は。

トトリ先生に徹底的にしごかれたときも指摘されていたし。

少しずつ基礎をこなして身につけていかなければならないのは、メルルにだってわかりきっているのだけれど。

改めて組み手をしてみると。

皆の進歩しなさ加減が浮き彫りになって、げんなりしてしまうのも事実だ。

少し休憩を入れる。

全員無言だった。

ライアスは特に冷や汗を掻いているようだった。

カウンターまで持ち込めるのだけれど。

どうしても、必殺の一撃をいれるまでには到らない。

それが悔しいのだろう。

だがそれは、メルルもケイナも同じ。

皆、漠然とした不安と、悔しさの中にいた・

「今までの歩法とは、段違いに難しいね」

「ああ……」

「シェリさんが、懇切丁寧に教え込んでくれる訳ですね。 高い技術と、何よりそれを支える基礎能力が必要だと思います」

「基礎トレーニングは、しているんだけれどなあ」

休憩を入れながら、皆で何処がまずいか指摘し合う。

歩法そのものに関しては、ケイナが一番上達しているように見える。それでも、まだ完全な隠密には達していない。

ふと、影の方角を見る。

確か、そろそろの筈だ。

アーランドから、ハイランカーが二人来る。ミミとジーノという名前だったはず。どちらもトトリ先生の親友ということだから。

先生がおかしくなってしまった原因を、知っているかも知れない。

勿論いきなり聞くのはモラルに反する行為だ。

仲良くして行きながら、少しずつ話を聞いて行ければ。シェリさんが最高の信頼を置くにいたった、心優しくて人間味のある先生を取り戻す切っ掛けが分かるかも知れない。

トレーニングを切り上げると、正装に。

そして、ケイナと一緒に、アールズの東門へ。

ライアスは人見知りという事もあるのだけれど。それ以上に、単純に、仕事の時間だ。来てくれはしなかった。

二人がメルルの仕事を手伝ってくれれば、今後は出来る事が幾つも増えてくる。そうなると、トトリ先生の負担だって減らせるし。

メルル自身も、錬金術の修練に費やせる時間を増やせるだろう。

良い事づくめとまではいかない。

実際、それだけ危険度が高い仕事にも、挑戦しなければ行けなくなるのだから。

 

4,二つの牙

 

対照的な二人だった。

指定された待ち合わせの場所にいた二人は。そうとしか形容できなかった。一瞬恋人同士かなと思ったのだけれど。

微妙な距離感と。

それと、不可思議な空気の悪さが、そうでは無いと告げていた。

ミミさんは、黒髪が艶やかな女性で。小柄だけれど、体の方はメリハリがついている。顔立ちも既に幼さが消えていて、何より気配がとても強い。確かにハイランカーだと頷ける。

身の丈を遙かに超える大型の矛を手にしているけれど。

それがしっかり体に馴染んでいるのも凄い。

体と一体化している矛、という印象だ。

ジーノさんは。

長身の青年だ。

獰猛で血に飢えた戦士というのを想像はしていたのだけれど。実物にあってみると、其処まで危険な印象では無い。

ずば抜けた長身で、腰には相当な名剣。ハイランカーなのだから、支給されている武器もいいものなのだろう。

見ると、プラティーン製らしい。

国によっては宝となるほどの金属なのだけれど。

アーランドでは量産が成功していると聞いている。ハイランカー相当の冒険者には、みな支給されている、という事なのだろう。

近づいていくと。

既に気付いていた二人は、此方に向き直る。

挨拶を交わす。

二人とも、最初は丁寧だったのだけれど。

メルルがフランクに接してくれていいと言うと。最初にジーノさんの方が、仮面を脱いだ。雰囲気が一気に雑になる。

同時に、隠していただろう獰猛さが、目の奥や、気配に現れた。それは、文字通り、鹿が獅子に代わるような、急激な変化だった。

「お、そうか。 じゃあ頼むぜ、姫様」

眉をひそめた様子のミミさん。

見たところ、この人は相当なお嬢だ。自己紹介をされたときの口調や動作などは、完璧と言って良いくらい洗練されていた。

ジーノさんは、トトリ先生と同じ村の野生児だったと聞いているけれど。

確かにヘラヘラ笑っている目の奥には、強い殺気が籠もっているし。

身のこなしなどからも、幾多の血を浴びて強くなってきた戦士特有の、ドスが利いた部分がどうしても見え隠れしている。本性を現した今は特に、だ。

バーサーカーとでも言うべきなのだろうか。

一方でミミさんは、礼儀作法の後ろで、自分を保っている印象だ。

恐らくは、簡単に自分を見せてはくれないだろう。分厚い心の壁を造っている様子なのには。

きっと、トトリ先生が豹変した事件が関与しているとみた。

勿論、そんな事は口にしない。

人には人の事情がある。

無闇に暴き立てるような行動は、文字通りの蛮行。その人の名誉にも関わるし、褒められた行為では無い。

ましてやメルルは。

王族として、人を導く立場だ。

そのようなことをしていては、立場が持つ意味がなくなる。

「アトリエにどうぞ。 おもてなしの準備をしてあります」

「おっ、サンキュ! 恩に着るぜ、姫様」

「申し訳ありません、粗野な男で」

「ハ、お前だって地を隠してるじゃねーか。 姫様が素で良いって言ってるんだから、良いんだよ」

バンバンと悪気が無い様子で、ミミさんの肩を叩くジーノさん。

遠慮が必要ない仲だというのは一目で分かるのだけれど。

同時にこの二人に艶っぽい話は、まったく想像できなかった。ルーフェスの話によると、良く二人で組んで仕事をする、と言う話だったのだけれど。男女の仲の二人に見られるような空気が、零なのだ。

見たところ、力はほとんど互角のようなので、それで仕事を組む事が多いだけなのかも知れない。

トトリ先生はしばらく帰ってこないので、ケイナに作ってもらった料理を二人に振る舞う。

肉料理を中心としたもので。

メインは、燻製肉を贅沢に使った、卵料理である。

うまいうまいと褒めてくれるジーノさんだけれど。

ミミさんは舌が肥えているのか、テーブルマナーを完璧に守って、綺麗に平らげていく。テーブルマナーに関しては、メルルより上かも知れない。完璧という言葉以外に、思い当たらない。

「いやー、心がこもっていてうまいな!」

「少し前にとれたベヒモスの燻製肉です」

「おお、それでか! 好物なんだよ!」

「貴方は何でも好物でしょうに」

と言いつつも、気むずかしそうなミミさんは、何も文句を言わずに、先に平らげた。不満は感じられない。

満足してくれた、とみるべきなのだろう。

「トトリはどうしているのかしら」

「先生は今、耕作地帯の方に出向いています。 湿地帯の緑化作業の下調べだとか」

「そう。 今日はあまり長居は出来ないけれど、戻ってきたらミミが来たと伝えてちょうだい」

「何だもう行くのかよ」

無言のまま、ミミさんは席を立つ。

多分、食事を手早く終えたのも、それが理由の一つなのだろう。

ジーノさんは、食事をゆっくり平らげると、うまかったと一つ感想。そして、面白い事を教えてくれる。

「戦士の質をあげるために訓練所を造るとかって話、姫様は聞いてるか?」

「いいえ、まだです」

「じゃあ、あのルーフェスってすかした旦那から話があると思うぜ。 イケメンの上に仕事も出来るから、羨ましいなあ。 あれだともてるだろ」

「恋人がいるって話は聞いたことが無いですけど」

「マジでか。 ちぇー、うまくやってるんだろうなあ」

ジーノさんは堂々と、彼女がいないと言い出す。

ケイナもメルルも、思わず苦笑いしてしまう。

わざわざ偽装する理由もないし、ミミさんは違うのだろう。

「あっちこっちでモンスターを退治するけれど、惚れてくれる女の子なんて一人もいないんだよなあ。 良く聞く吟遊詩人の物語だと、彼方此方でモンスターを退治するような奴ってもてもてなのにな。 姫様、どうしたらもてると思う?」

「……」

呆れているケイナ。

メルルも、どう答えたら良いかよく分からなかった。

ミミさんが或いはと思ったけれど。

あの様子だと脈は無いだろう。完全に仕事上での関係だ。

「まあ、俺は戦いが大好きだから、それでいいんだけれどよ」

なんでもてないのか。

一番の理由が、それのような気がする。

多分この人、病的な戦闘好きなのだろう。天然戦士と呼ばれる人の中には、希にそういう性質の持ち主がいるらしい。

殺戮を好むというのでは無く。

三度の飯よりも殺し合い殴り合いが好きなタイプだ。

強さを求められる辺境でも、此処まで度が過ぎると、逆にもてなくなる傾向はあるらしい。

もっとも、それも人次第だ。

若くしてハイランカーになっているのだから、性格が落ち着けばもてるだろう。或いは、ホムンクルス達なら。2111さんに聞いたように、強い殿方にみそめられれば嬉しい、なんて考えもあるようだから。

「トトリが戻ってきたら、伝えておいてくれよ」

ジーノさんも席を立つと、アトリエを出て行く。

何だか忙しい人だ。

 

翌日から。

メルルの所に、石材の作成依頼が来る。ルーフェスが直々に、持ち込んできたのである。かなり急な話だった。

例の訓練所、だろう。

アトリエに出向いてきたくらいだから、或いは。

他で知られたくない話だったのかも知れない。

「寸法はこのくらいです」

「結構大きいのだね」

「はい。 何しろ、アーランド戦士が組み手を行う施設です。 生半可な強度では、もちません」

その通りだ。

ジーノさんにしてもミミさんにしても、アールズの最高ランク戦士と同レベルの実力者で、身体能力にしても生半可では無いだろう。トトリ先生が二人増えたようなものだと思えば分かり易い。

そして、こういう仕事が。

メルルの所に廻ってきたという事は。

少しずつ、実績が認められてきた、という事も意味している。

はりきる。

「期限は?」

「出来るだけ早めにお願いいたします」

「分かった。 急いで仕上げるよ」

橋の時に、ノウハウは分かっている。

設計については、シャバルさんに任せるという。出来るだけ大きめの施設として仕上げて。

アールズ全域の、兵士達の戦闘力向上に役立てるという。

勿論、アールズの外から来た冒険者や。

ホムンクルス達も利用できるようにするとか。

「ねえ、同じような施設を、難民のためにも作れない? 兵士として戦いたい人もいるんじゃないのかな」

「無理を言いなさいますな」

「今後の事を考えると、重要だと思うよ」

難民の中には、勿論エゴだけを振り回している人もいる。

安全なところに行きたい。

仕事なんてしたくない。

食い物だけ寄越せ。俺だけ豪華なものが喰いたい。

服だって、量産品じゃ無くて、もっと良いものが欲しい。

行動の自由も寄越せ。こんな狭苦しいところじゃなくて、繁華街とか、風俗とかにも行きたい。

メルルに、これらを直接話してきた難民がいる。

勿論ライアスが眉を跳ね上げたけれど。

メルルが、流石にこの時ばかりは、エゴを丸出しにするのもいい加減にしなさいと一喝。好き勝手をほざいていた難民は、恐怖にすくみ上がって黙り込んだ。小便を漏らしていたかも知れない。まあ、そういうものだ。

未熟なメルルでも、北部列強のひ弱な相手には、この程度は出来る。

ただ、こういう屑だけではなく。

実際に、自分の考えで、自分の振り方を決めたいと考えている人もいる。

基本難民の内部で完結する仕事の場合は、それを優先的に割り振るようにしてはいる。教師だったり、技術者だったり。

しかし、戦士の場合は。

戦闘技術を教えている暇が無いのだ。

「PTSDになって、後方に下がって来たホムンクルス達に教官を任せて、難民を移動する際の護衛としての随伴や、或いは難民達がいる地域の護衛なんかを任せるって手もあると思う」

「姫様はお優しいですな」

「まあ、そうだよね」

分かっている。

ああいうエゴまみれの屑が出てくるのも、メルルが話を聞いてくれるって言う評判が広まっているから、らしい。

アールズの姫はちょろいらしいぞ。

そう噂している者もいるそうだ。

一方で、メルルに純粋に感謝している者もいる。

お薬を提供して、瀕死の状態から回復したり。或いは、メルルが視察をした後、不満が解消されたり。

そう言う実績を目にした者の中には。

メルルに対して、素直に感謝の言葉を告げてくる者もいた。

メルルとしても。

それは純粋に嬉しい。

ただ、舐められるのは困る。今後、何かしらの方法で、巫山戯た噂を流している相手には、締め付けもしておく必要があるだろう。飴と鞭という奴だ。

勿論、相手が人間だと言う事を考慮しての行動である。

「考えておいてくれる?」

「現時点では不可能です。 しかし、おいおいと考えてみましょう」

「お願いね」

石材の設計図を貰ったので、受け取る。

橋の奴よりも、かなり大きい。これを四基。基礎の部分に使うのだ。

訓練所を造る場所を確認。なんと街の外である。

荒野の一角を軽く緑化して、その中に造るそうだ。ジェームズさんが既に緑化は済ませてくれていて、後はその一部を改装するだけ。

この訓練所は、建物の中での戦闘技術向上施設として造り。

中には百人ほどが同時にはいれる規模にするという。

それならば、この基礎のサイズも納得できる。

材料については、今まで外に出てきたときに、回収してきた素材類と。ルーフェスが廻してくれる石材類で充分だ。

「さ、始めようか」

腕まくりをして、錬金術を開始。

トトリ先生が帰ってくる前にこれは終わらせてしまって。その後は。

鉱山に住まう魔物を退治するために、トトリ先生と相談する。必要な錬金術の道具がどれだけあるか、見繕っておく必要性も、ありそうだった。

 

ミミはアールズ王都を出ると、まっすぐ南に向かう。

メルル姫が言っていた耕作地帯。

其処に、今のトトリがいるという話だから、である。

ジーノはその辺りは、まったく気にしている様子が無い。早速アールズの宰相(何故か執事と名乗っているが)に指定を受けて、モンスターを嬉々として退治に行った。彼奴はああいう奴だ。情が薄いのでは無くて、あらゆる全てに戦闘での快楽が優先する。女が出来ないのもそれがゆえ。というか、彼奴が本当は女なんて欲していないことは、ミミが一番良く知っている。

ちなみにミミは、ジーノを戦士としては信頼しているが。

男としては一切魅力を感じていない。

というよりも、ミミにはハイランカーになってから求婚してくる男が増えてきたのだけれど。

その全員を今の時点では袖にしている。

理由は幾つかあるけれど。

おなかに子供を抱えている場合では無い、というのが最大の理由だ。現時点では、もっと優先すべき事がある。

一方でジーノも、ハイランカーになってからは、実際にはかなりもてるようだった。メルル姫にはああ言っていたが、戦士としての力量にも問題ないし、もてない理由が無いのである。ただし、女は面倒くさいと言って、一二度つきあった後はもう手を出していない様子だ。

どうでもいい。

ジーノは昔はトトリのことが好きだったらしい節があるが、今は戦闘の快楽の方が上回るのだろう。

ただし、トトリを大事な仲間だと認識もしてはいるようだが。

半刻も掛からず、耕作地帯に到着。

まだまだだ。

クーデリアなら、この四半分の時間で同じ距離を踏破してみせるだろう。それも、余裕綽々で。

呼吸を整えながら、通行証を見せて、耕作地帯に入る。

トトリは何処にいるか、歩哨の悪魔族に聞くと。無言で指されたのは、西の一角。柵の外側で、トトリが作業をしていた。

顔を上げるトトリ。

ずっと前から、気付いていたくせに。

「ミミちゃん、久しぶりだね。 どうしたの?」

「白々しい挨拶は結構よ。 どう、調子は」

「うーん、まあまあかなあ」

トトリが言うのは。

メルルの成長が、思ったより遅いという。ただ、思ったより、だ。着実に成長してきているのは事実である。

そういえば、トトリにとって弟子は三人目。

前の二人はとにかく出来が良くて苦労しなかったと聞いているが、その分才能の上限に達するのも早かったそうだ。

メルル姫は。

成長が遅い分、何処まで伸びるか分からない。

「伸びきるまでは、今のペースだと、五年、てところかな」

「あんたもそれくらいだったでしょ」

「まあ、それはそうだけれどね」

トトリは、早熟型だった。

伸びてからは応用が中心になっていった。基礎の習得に関しては、確かロロナも評価していたほどだと聞いている。

勿論、当時は知らなかった。

最近、噂程度の話に聞かされたことだ。

「何かあの子、強みは無いのかしら?」

「んー、もうちょっと色々やって貰わないとね。 それより、ミミちゃん」

「何」

「次の魔物の討伐、出来るだけメルルちゃんに経験積ませてね」

そんなことは。

言われなくても、分かっている。

だが、トトリは、笑顔を崩さない。すっかり感情というものを封印してしまったトトリは。強い闇を抱え込んで。今でも、爆発寸前の爆弾が如き心を引きずり。仮面のような笑顔を貼り付けて。そして、ミミに相対している。

もはやトトリにとって、感情は敵なのだ。

自分の考え方を、他人に向けようとはしない。メルルが感情豊かな子だというのは知っていて、それを制しようとしていない。

だが、だからこそ根が深い。

トトリを変えるには。

それこそ、あの幼子に変えられてしまったロロナを元に戻し。スピアの軍勢を叩き潰して。一なる五人を屠らないとダメだろう。

それでさえ、元に戻せるかどうか。

「トトリ、少し時間が出来たら、昔みたいに遊びに行かない?」

「ごめん、恐らく数年先まで、時間なんて空いていないよ」

「……そう」

トトリは、こういう所もすっかりおかしくなった。理由が無ければ、自分が楽しむ事も罪悪だと考えている節がある。

そして人間を止めてしまった今。極限まで働いても平気。だからどれだけでも働くし、心が壊れてしまっても、何ともない。

体は薬でどうにでも出来る。

半分以上ホムンクルスなのだから。

手足が千切れても処理できると聞いている。

もう、トトリは。

あらゆる意味で。昔の、対人関係が苦手だったミミと、数少ない親友になってくれた頃の、トトリでは無くなっていた。

償いの人生。

トトリはもう年も取らないだろう。

その永久と言っても良い年月を、この娘は。石を積み続けるようにして、己の罪を償い続けるのだろうか。

誰が、トトリを救える。

ミミは唇を噛むと、その場を後にする。

力が、足りなさすぎる。

あのクーデリアだって、悲惨な境遇にあるロロナを救えないのだ。自分に何が出来るというのか。

力がついたからこそ。

絶望は深い。

いっそ、何もかも忘れて。戦いにだけ没頭できれば、どれだけ楽か知れなかった。

 

(続)