染められし道

 

序、川の果て

 

呼吸を整えながら、メルルは頬に跳んだ血を手の甲で拭った。足下には、今撲殺した巨大なサンショウウオのモンスターの死骸がある。

ちなみに毒があるので食べられない品種だ。ただし皮はしっかり乾燥させて天日に曝せば、様々な用途に活用できる。食べる事は出来ないが、内臓も錬金術の素材として、有用である。

黙々と、モンスターを捌く。

サンショウウオの死骸から流れる赤黒い血が、河原を染める。メルルは、額の汗を拭いながら、作業を進めた。

このルートもダメだ。

農場への安全なルートを探して、幾つもの川の支流を遡ったが、何処にもかしこにも問題がある。

地図は確実に埋まっていくけれど。

そうして分かるのは。

どうしてこの辺りが空白になっていたか、という事だ。

強力なモンスターが縄張りにしていたり。

いきなり川の周囲が密林になったり。

川そのものが激流になっていて、とても近づけないような場所になっていたり。とてもではないが、抜けられそうな道は無い。

地図を埋める過程で、ハゲルさんとシャバルさんに、石橋のチェックをして貰う。流石に二人とも本職で、応急処置をしてくれたり。直せるものは、その場で修理をしてくれた。問題は、其処じゃない。

農場への安全な経路が、見つからない、という事だ。

見張りをしてくれていたケイナとライアスに、もう大丈夫と声を掛ける。

ホムンクルス二人は、元から何も言わず見張りをしてくれていた。後は、毒が混じっている血を、川で洗い流すだけ。

浅い川だから、モンスターに奇襲を受ける恐れもない。

額の汗を拭う。

指先がぴりぴりするのは。

それだけ、このサンショウウオのモンスターの血に、強い毒が含まれているという証左だ。

荷車に素材を積み込み終えると、その場を離れる。

サンショウウオの肉は切り分け。骨も砕いて埋めておいた。これで時間が解決してくれる。その内に、この辺りの植物の栄養源になるだろう。

少し、疲労がひどい。

既に探索を始めて十日。

とても手に負えないモンスターとの交戦も七回。ホムンクルス二人と、ハゲルさんとシャバルさんが来ていなかったら、何度死んでいたか分からない。ホムンクルスの2111さんは、左腕に大けがをして、まだ包帯が取れていない。

ベヒモスのような超大物とはまだ戦っていないけれど。

かなりの大物が。次から次へと、メルルの前に姿を現していた。

キャンプに戻る。

見張りを決めた後。

ハゲルさんが、有無を言わさぬ口調で言う。

「そろそろ、戻り時じゃねえのかな」

「そうですね……」

「まだ、探したりない場所があるのか」

ハゲルさんの言葉に、頷く。

メルルが指さしたのは、支流の一つ。もしもこの辺りを探索して、成果が無かったら、引き揚げるつもりだ。

上手く行けば、一気に長距離をショートカットできて。しかも、蛇行していた農場へのルートを簡略化できる。

キャンプスペースの数も、抑えられる。

しかし、本当に抜けられるのか。メルルも、実のところ、あまり自信が無い。もしも、此処もダメだったら。

残された方法は、あまり思いつかない。

キャンプスペースの数を増やして。難民に護衛をつければ、農場の予定地に送り届けることは可能だろう。

しかし、人手が足りない。

他の場所の守りが疎かになる可能性もあるし、何より。前線では、今もアーランドの精鋭と、スピアの魔軍がにらみ合っているのだ。

其処から人手を廻して貰うのは論外だし。

後方の国々だって、護衛の戦士を幾らでも派遣できるわけでは無い。

メルルが、地図上で指を動かしながら説明すると。

ハゲルさんは唸る。シャバルさんも、あまりいい顔をしなかった。

「路が見つかる可能性は、高くないと思うぞ」

「私も、正直そう思います。 でも、可能性があるのなら、確認はしておきたいんです」

「……そうだな」

食糧を確認。

荷車に積んできている食糧は、帰りの分を考慮すると、そろそろ底を突く。ホムンクルス達の護衛で、ケイナが食べられる野草をとりに行ってくれているけれど。それでも、である。

「ライアス、ケイナ、どう思う?」

「私は撤退に賛成です」

ケイナは即答。

ライアスは腕組みして、少し考え込む。

言葉を待つのは。ライアスが、決して本来は気が強い方では無いから。メルルは、それくらい理解して、竹馬の友と接していたい。

「俺は、見に行っても良いと思う」

「そうなると、姫嬢ちゃんの判断次第だな」

ハゲルさんはそう言う。シャバルさんは、ずっと黙り。あまり、自分の意見を、こういう所では出したくないのかも知れない。

ホムンクルス達二人も同様。

彼女たちは、そもそもあまり意見を出すという事そのものに、慣れていない節もあるのだが。

しばしして。

メルルは結論した。

「この空白地帯を、見に行った後戻るよ」

「そうか。 じゃあ準備しないとな」

ハゲルさんは立ち上がると、外に。見張りをしてくれるというのだろう。今、一番体力に余裕があるのは彼だ。

その鍛え抜いた肉体と、堅牢な骨格は。今だ衰えを見せていない。

一方メルルは限界が近い。

ケイナもライアスも同じ。

帰り道、最も安全なルートをたどるとしても。確実に生きて帰れるかというと、まだ少し不安だ。

今回の探索が終わった後。ルーフェスと相談して、キャンプスペースの設置場所を決める。

場合によっては、予定よりキャンプスペースの数を減らし。

その分を難民の護衛に廻して、一気に危険地帯を踏破する、と言う案を採用するかも知れない。

言うまでも無いけれど。

それは大変危険な行為で、出来れば避けたい。

しかし今は、他に手が無いのだ。

アーランド南の耕作地帯は、順調に拡大を続けていて、もう少しすれば、二毛作の第一陣が作物として仕上がる。

だが、それでも広さには限界がある。

今後受け入れる難民の数を考えると、農場の開拓は必須だ。何がどうしても、絶対に成功させなければならない。

早く寝ろ。

そうハゲルさんが声を掛けてきたので、頷いてメルルは休む事にする。

ライアスは、シャバルさんとハゲルさんと同じ天幕。二つ天幕を分けたのは、人数が増えたからだけれど。

その結果、かなり精神的に余裕が出来た。

やっぱり性別が違う人間と同じ天幕で休むのは、野宿と言っても抵抗がある。というよりも、無意識に消耗する。

竹馬の友でもそれは同じ。

この間からの探索で、メルルはそれを知った。

それだけでも、収穫だったかも知れない。

寝袋にくるまると、後は泥のように眠る。

そして、目が覚めるけれど。

やはり、あまり体は回復していない。もっとしっかり訓練しておけば良かったと、後悔ばかりが増える毎日だ。

外に出て、見張りをしてくれていたケイナとライアスと交代。ずっと見張りをしてくれている2111さんは、少し霧が出ているけれど、これ以上濃くはならないだろうと教えてくれた。

「どうして分かるの?」

「この霧は、温度によって出かたが違うようなのです。 トトリ様に、その辺りは教わりました。 現在感じる温度から考えて、今日の霧は濃くならないと判断しています」

「へええ」

感心する。

とはいっても、話している間も、2111さんは油断せずに、周囲に警戒を続けてくれている。

この辺り、本物の戦士で。

メルルでは、まだとうてい及ばない。

ちなみに稽古もつけて貰ったのだけれど。

とてもでは無いが、勝てる気がしなかった。

でも、これからだ。

絶対に強くなる。父上だって、最初から強かったわけでは無いと聞いている。アーランドの国家軍事力級戦士の人達だってそうだ。

メルルだって、いつかは。

ドラゴンと渡り合えるくらいに、強くなりたい。

霧は、予想通り濃くはならず。

陽が上がり始めた頃には、消えていった。

ホムンクルスだから感覚が鋭い、と言うことは無いだろう。実際問題、もう一人の2319さんは、分からないようだった。

同じ顔をしていても、個性はあるし。

武器を変えたり、小物を工夫したりして、自分を出そうともしている。

そう思うと、彼女らが、人間と代わりが無いと言う事も分かって。メルルとしては、接しやすい。

「2111さんは、好きなものとかないの?」

「そこまでの余裕は。 ただ、優秀な戦士と結婚して、子供を産んでいる仲間の話を聞くと、時々羨ましいと思います」

「あ、やっぱり強い戦士が好きなんだ」

「そうですね。 容姿よりも、やはり強さに憧れます」

ホムンクルスでも、古参の戦士の中には、強い人がいるという。特に最強と言われる人は、数字では無い名前も貰っているとか。

また、アーランドで結婚しているホムンクルスの中には。結婚したときに、名前を変えている者もいるという。

話してみると、色々面白い。

メルルはどうなのかと聞かれたので、色々答える。その間も、2111さんは、周囲への警戒を欠かしていない。

皆が起きて来た。

そろそろ、出かける時間だ。

キャンプを畳む。

そして、最後に残った地図の空白を埋めるべく。小石を踏んで、河原を北上していく。

この辺りの川は浅いし、モンスターがいても対応しやすい。川の中から此方を見ているのは、メルルの背丈の七倍近い長さがありそうな、大きな蛇。ただし体は細くて、辺境戦士を相手に出来るほどの実力は無い。アールズで言うと、どちらかと言えば生態系の下位に位置する生物だ。

蛇のモンスターでも、強い奴は強い。

上位のものになると魔術を使ったり、人間の言葉を理解したりするらしいけれど。あれはただの蛇。

見ていて魔力も感じないし。

此方に仕掛けてくる気も無い様子だから、放っておく。食糧も今は余っているし、無益な殺生は不要だ。

この辺りから北は、地図に載っている。

足を止めて、確認。

川を渡る。浅瀬が多くて、荷車を通す事は難しくなかった。そして、その先に。問題となるものがあった。

クレバスだ。

地面に裂け目が、かなりの距離に渡って通っている。

そこそこ優れた戦士だったら、飛び越えることは出来るだろう。だけれども。

労働者達が渡るのは、無理だ。

「見てきます」

2111さんが、ひょいとクレバスを飛び越えて。向こう側に。そして、走って、姿を消す。

しばし待っていると。

戻ってきた彼女が、またクレバスを飛び越えた。

「メルル様、二つほど報告が」

「うん、聞かせて」

「まず第一に、この先に農場があります。 少しばかり木立はありますが、兎族が見張りについているので、危険度は考慮しなくても良いでしょう」

「! そっか!」

朗報だ。

つまり、此処を。このクレバスをどうにかすれば。

一気に、農場への経路を開く事が出来る、という事だ。

そして、もう一つの報告。

其方が問題だった。

「右手に、北側ですね。 丘があります。 其処から、何かが此方を見ています。 かなり強い気配です」

「!」

「モンスターとみて間違いないかと思います。 安全を確保するには、あのモンスターをどうにかしないといけないかと」

正念場だ。

ハゲルさんと、シャバルさんに振り返る。

「このクレバスに、橋を通せますか?」

「そうだな。 資材さえあれば。 まずインゴットがいくつかいる。 石材も、だな」

「このクレバスだったら、橋を造るのは難しくない。 設計図もすぐに造ってみせる」

二人とも、色よい返事だ。

ここに来るまでの橋を幾つか修復すれば。地図上で見る限りは、一気にショートカットできる。

少なくとも、キャンプスペースの数は。

想定内に抑えることが出来る。

護衛の戦士を割く事さえ出来るだろう。

問題は、此処を伺っているモンスターだ。

2111さんが強い気配というくらいだ。相当に手強い相手と見て良い。勿論、派遣されてくる中堅所の戦士達なら、充分撃退は出来る筈。

問題は、彼らが護衛しているところに、そのモンスターが襲撃を行う事。

難民達を、守りきれないかも知れない。

「一度戻ろう。 資材の準備と、それに……」

討伐の準備。

可哀想だけれど。

明確に狙いを定めているというのならば、この辺りはエサ場になっている可能性も高い。仕留めるほかない。

多くの人々の命が掛かっているのだ。

もしも、平和的にどいて貰えるのなら、そうするけれど。この様子では、会話が成立する可能性は低いだろう。

戻ると言うと、ケイナがほっとするのが分かった。

メルルも、ケイナが心苦しそうにしているのはつらかったし。

それで、嬉しかった。

 

1、三角の強

 

アトリエに戻る。すぐに休みたいところだったけれど。発見を、一秒でも早くルーフェスに伝えなければならない。

今回の件は、恐らくメルルだけの手には負えない。

かなりの人数が、参加するプロジェクトになるだろう。メルルが主導するのは、あくまで錬金術関連。

国を動かすのは、ルーフェスで。

決済するのは、父上だ。

いずれにしても、順番に、正式な手順を踏んで動かないと行けない。王族がこういう所で手本を見せなければ。

だれが、規律を守るというのか。

すぐに王宮に出て、ルーフェスに会いに行く。

メルルを見て、ルーフェスは開口一番に、とんでも無い事を言った。

「何があったのです、姫様」

「たくさん戦って、酷い目に会っただけだよ」

「鏡をご覧ください」

「大丈夫、見てきたから」

確かにズタボロ。服にも返り血が跳んでいる。

ただし、このくらいは修繕可能だ。本来だったら絹の上物が傷んだら致命的なのだけれど、幸い修復できる固有スキル持ちが城にいる。替えの服もあるし、其処まで気にする必要はない。

ちなみに修復できるのは、既に腰が曲がった老魔術師で。昔は攻撃魔術の大家として前線で頑張っていたらしいのだけれど。引退した今は、城でたまに来る修復の依頼をこなしながら、安楽椅子に揺られて安らかな余生を送っている。

「護衛が足りなかったのですか?」

「ううん、ハゲルさんもシャバルさんも、2111さんも2319さんも、最高の仕事をしてくれたよ。 足りなかったのは私の実力」

「いずれにしても、出来るだけ早くお休みください」

「仕事、終わったらね」

地図を広げると。

ルーフェスに説明する。

三カ所の石橋の修復と。

クレバスへの架橋。

そして、モンスターの撃破が、急務になる。

この三つをこなせば、一気に農場への短縮ルートを開通できる。途中の危険度も、かなり減るはずだ。

勿論、定期的に中堅所以上の戦士が巡回して、モンスターの駆除と駆逐をしなければならないけれど。

それは路を造る以上仕方が無い。

また、途中にそこそこ良い森を見つけている。リス族に移って貰うなら、其処が良いだろう。

以上の説明をすると、ルーフェスは頷く。

「分かりました。 まずは姫様は、技術者と相談して、架橋と石橋の修復についての準備をお勧めください。 私の方で手練れを手配して、姫様が開拓したルートが本当に使用できるかどうか、確認いたします」

「お願いね」

「問題は住み着いているという強力なモンスターですね」

「それは、私が対処するよ」

ユニコーンに殺されかけて、思い知った。

あまりにもメルルは弱い。

もっと経験を積んで。貪欲に強さを求めて行かなければならない。今まで、さぼってきたツケが、こんな所出ているのだ。

こんなに弱くて。

辺境の戦士達が、メルルをいつまでも王族として。いや、国の先頭を行く者として、認めてくれるだろうか。

少しでも、遅れは取り戻す。

勿論、今のメルルだけでは勝てない。今回同行してくれたメンバーに、もう一度動向を頼むつもりだ。

そして、準備もしていく。

フラムの火力を上げる。

もっと違う爆弾についても、準備したい。

トトリ先生に頭を下げる必要があるだろう。もっと教えてください、と。そして、自身の腕も、磨かないと行けない。

「それじゃ、よろしくね。 私は戻るから」

ルーフェスの部屋から出ると。アトリエに直行。

トトリ先生はいない。

しかし、ケイナがベッドメイキングは済ませてくれていた。そそくさと服を脱ぐと、これまた準備してくれていたぬれタオルで体を拭いて、すっきりする。

後は、お日様の臭いを吸い込んだベッドで、眠ることにした。

 

朝。

ケイナと殆ど同時に目が覚める。ケイナとアトリエで顔を合わせて、苦笑い。ケイナと同じくらい早起きになって来ている。

逆に言うと、前はそれだけいつもダラダラしていた、という事だ。

「食事の準備はしておきます」

「よろしく。 私は訓練してくるから」

「はい」

外に出ると、すぐにジョギングして、周囲を回る。その後、棒を振るう。

イメージは、あのユニコーンの突進。

一撃必殺。

凄まじい気迫がこもっていた。

トトリ先生が言うように、アールズ流の棒術は、槍術に近いという。それならば。あの必殺の一撃を再現できれば。少しはマシになるはず。

勿論、型の中に、突きもある。

何度か練習して、試す。腰が入っていない。パワーが足りない。いずれにしても、今のメルルのへっぽこな腕前では、あの殺意の塊みたいなチャージは再現できない。とてもではないが。

呼吸を整えると、少し考えを変える。

少し前に、トトリ先生が言っていた。

零ポイントと呼ばれる土地には、本来生物が存在し得ない。でも、大事なのは。今アールズは、豊かな土地になっていると言う現実。

つまり、現実のが、理論よりも大事なのだ。

ユニコーンはどうやって、あの突撃を実行して見せたのか。

勿論パワーもある。

四つ足動物のパワーは、本来二つ足の動物とは比較にならないと聞いた事もある。しかし、あのユニコーンは。

泥の中に潜み。

メルルに魔術を掛けた上で、突撃してきた。つまるところ、短い距離で、強烈な一撃をいれる工夫があった、ということだ。

魔術による強化か。

いや、考えにくい。

ユニコーンは中級程度のモンスターの筈。魔術が使えるといっても。メルルを拘束する魔術と同時に、自身のパワーを増幅出来るとは考えにくい。そうなると、歩法などの問題だろうか。

幾つか試してみるけれど。

上手く行かない。

陽が昇ってきた。

ケイナが、食事だと呼んでいるので、アトリエに入る。美味しそうな香り。豆類を炒めたもの。肉をたっぷりいれたスープ。それに、アールズ北の湖でとれたばかりの鮭。

大きな鮭の体長は、メルルの背丈よりもある。

その切り身は、満腹するのに充分なほどだ。

しばらく、二人で舌鼓を打った後。

話してみる。

「ユニコーンのチャージの再現、ですか」

「うん。 私の棒術、槍術に近い要素があるってトトリ先生が言ってたでしょ。 あの一撃、再現できたら強いと思うんだ」

「確かに、そうでしょうけれど」

ケイナは、未だにあのユニコーンの突撃を思い出すと、寒気が走るという。でも、である。

ハゲルさんも言っていたように。

錬金術師になると言う事は、数々の強力なモンスターと、血反吐をブチ撒けながら戦っていくことも意味している。

貴重な素材を探したり。

或いは、錬金術師が造り出した道具で、敵を殺したり。

戦いが必要な場面は、いくらでもあるのだ。

実際問題、錬金術師は戦闘要員として、かなり重視されている。トトリ先生を見ればそれも明らかだ。

アーランドの東海上の制海権を確保するために、島のようなサイズのドラゴンと戦ったという話もあるが。

あれは錬金術師としての実力を見込まれて、だろう。

メルルもいずれは。

そういった任務が来る。

いつまでも、さぼっていた時代の遅れに振り回されていてはいけない。

かといって。

無謀な相手に挑むのも、論外だ。

食事を終えた後。

ケイナと外に出て、軽く組み手。

何度かチャージを試してみるのだけれど、どうしてもあの殺気の塊みたいな突進が出来ない。

色々工夫してみるのだけれど。

どうにも思い浮かぶものがなかった。

ライアスが来たので、相談してみるけれど。ライアスも、小首を捻るばかり。

「何だか凄いこと考えるな」

「錬金術だけじゃ無くて、私自身の腕も必要だし。 必殺技、とまではいかないにしても、応用できる技術が欲しいんだよね」

「そうだな」

少し前から戦闘を重ねているが。

シェリさんに習った歩法は、かなり役に立っている。実際あれのおかげで、敵の攻撃をかなり回避できている。

もっと極めれば。

ウォルフくらいなら、一人で十頭くらいは相手に出来るかも知れない。

ライアスにも見てもらう。

やっぱり、どうにも突撃の破壊力が出ない。

そうこうしているうちに、朝練の時間が終わる。トトリ先生が戻ってきた。血を被っているという事は。また何処かで戦って来たのだろう。

此処からは、錬金術の時間だ。

其方も、勿論。

手を抜く事なんて、出来る筈も無かった。

 

トトリ先生が教えてくれたのは、レヘルンと呼ばれる爆弾だ。

強烈な冷気をまき散らす爆弾で。そもそもトトリ先生の師匠が改良して、実戦段階まで引き揚げたものらしい。

作り方はかなり面白い。

ゼッテルも大量に必要になる。

一つずつ、順番に組み立てていきながら。メルルは合間を縫って、聞いてみる。

「トトリ先生、チャージの威力を出すには、どうしたらいいんでしょうか」

「そうだね、突進の前に、力を溜めてみたらどうだろう」

「……なるほど」

そういえば。

あの時、泥の中に潜んでいたユニコーンは、ただ隠れていただけだった、のだろうか。違う気がする。

歩法や、アールズ流武術の中にも、力をため込む型はある。

今までは、打撃やスイングで活用していたけれど。

チャージに生かせないだろうか。

やってみる価値はありそうだ。

レヘルンも、最初造ったものは、本当に周囲をちょっと冷やす程度の火力しか出なかったけれど。

こういうのは慣れだ。

フラムについては、ウォルフを大けがさせる程度の火力には上がって来ている。もう少し調整すれば、爆殺できるようになるだろう。

牽制くらいには、充分な火力になっているはず。

勿論、束ねて使えば。ウォルフ程度なら殺せる。束ねて使わなくても、殺せるようにするのが、当面の課題。

メルルの腕前も、少しずつだけれど、上がって来た。

トトリ先生は、笑顔のまま、少しずつ、確実に教えてくれる。進歩が遅い弟子で申し訳ないけれど。

それでも、一つずつやっていくしかない。

石材とインゴットについても、少ししてから、連絡が来た。

石橋に必要な石材は、思ったほど多く無い。基礎になる部分が必要で、これに関しては現地まで数人がかりで運ぶという。

他の、石橋の本体になる部分は、崩れてしまっているものを再利用できるそうだ。

インゴットについては、トトリ先生に教えて貰う。

鉱石から抽出した金属を塊にしたもので。これと組み合わせて、石橋を頑強にする。前に石橋を造ったときは。石を削って組み合わせる工法を使ったため、ながもちしなかったそうである。

今回は石を削って組み合わせるのに加え。

インゴットを成形して、補強パーツを造り。

それと石橋を組み合わせることによって、生半可な重量が掛かった程度では、崩れない橋にするそうだ。

ちなみに、パーツの成形は、ハゲルさんがやってくれる。

こればかりは極めて専門的な技術が必要だとかで、流石にメルルには任せられないのだとか。

いずれにしても、だ。

腰を据えて、一つずつやっていくしかない。まずは、インゴット。

鉱石を砕きつぶして、何回か指定の液体につけて成分を調整してから、炉に入れる。

一度熱で溶かしてから、取り出し。

金属以外のものをハンマーで叩いて、剥がし。また、炉に入れて熱する。これを繰り返すことにより、金属だけを抽出する。

更に中和剤を混ぜることにより。

抽出する金属に、強い魔力を込める事が可能だ。何度も何度も繰り返していくうちに、普通に溶鉱炉で造った鉄などとは、比較にならない強度の金属に仕上がっていく。

メルルは、何度も何度も炉に向かい。

少しずつ、インゴットを仕上げて。

ハゲルさんの所に持っていっては、駄目出しをくらい。戻って、またインゴットを調整。繰り返す。

七度目で、ようやく許可が出た。

一度許可が出ると、後はコツを掴んだのだろう。もう駄目出しを喰らう事は無く、必要量のインゴットは揃う。

そして、次は石材。

此方はトトリ先生に教わった、強力な接着成分を使う。様々な石材を一度砕いて。これに石灰を中心とした素材から造り出した接着成分を混ぜ込み、中和剤といれて熱する。そうすることにより、水分を飛ばし。

炉から出したときには、固まっている、という寸法だ。

最初は、まず成形が上手く行かなかった。

ドロドロになってしまうのだ。

炉から出しても、ドロドロのまま固まっているし。

そうなると、一度砕き直して、作り直すしかない。

労力も資材ももったいない。

しかし、失敗は成功の母だと言う事を、メルルも実感できるようになって来ていた。少しずつ、進んでいく。

錬金術師になってから、四ヶ月。

まだメルルは。

トトリ先生に、見習いのままだと、言われている。

 

水分の調整を念入りに行って、ようやく思ったように石材を成形できるようになって来た。

二週間以上の苦闘の結果だ。

強度に関しては。

シャバルさんの所に持っていって、確認して貰う。無言でシャバルさんが出してきたのは、バトルハンマーのような巨大な槌。

降り下ろされる鎚は。

三度目で、石材を砕いていた。

「まだだな。 メルル姫、もう少し頑丈にしてくれ」

「うん! 頑張ってみる!」

「すまないな」

少し、シャバルさんの態度が柔らかくなっている。一緒に戦ったから、だろうか。メルルが、誠実に接するようにしているから、だろうか。

すぐに戻って、調査のし直し。

今砕かれた石材を、自分でも砕いてみる。

そうすると、何となく分かってきたことがある。

ひょっとすると。

中身が均一すぎるのが、いけないのかも知れない。

幾つかの参考書を見てみるのだけれど。

均一すぎると、むしろ壊れやすいという説明が散見される。思い当たったら吉日だ。まずは、ハゲルさんのところに飛んでいく。

金属ならどうなのか、確認したいからだ。

丁度、インゴットを加工していたハゲルさんは。

メルルの話を聞くと、頷く。

「たとえば、これを見てみな」

そういってハゲルさんが出してきたのは。

真っ二つに折られた剣。

断面を見ると。

まるで木の年輪のように、何重にも何重にも、層が重なっているのが見えた。

「折れた剣は簡単には修復できねえんだ。 見ての通り、強度が違う鋼を、何重にも折り返して造っているからな。 返しって技術なんだが、これがないと剣は本当に簡単に、ぽっきり折れやがるのさ」

「へえ……!」

「多分その石材も、均一すぎて壊れてるんだな。 或いは、四角い塊にする必要はないかもしれねえぞ」

「! 分かりました! 有り難うございます」

ぐっと頭を下げる。

ハゲルさんは一流の職人だ。頭を下げることは、王族として恥ずかしい事でも何でもない。

すぐにアトリエにとんぼ返り。

今度は、頑強な構造について、調べていく。順番に調べていくと、あった。

三角形。

具体的には、斜めにつっかえが入る構造が、とても強固だという。

ただ、石材を二つ重ねて、間につっかえをいれるだけで強くなるとは、とても思えない。工夫がいるだろう。

此処からは。

トトリ先生にアドバイスを貰っても良いはずだ。

丁度戻ってきたトトリ先生に、話をしてみる。順番に説明していくと、トトリ先生は笑顔のまま。本を一つ貸してくれた。

「これは?」

「私が昔、アーランドの北東部にある闇の森で、古代の生き残りであるジュエルエレメントさんって人に会ったことがあるの。 その時に聞いた技術をまとめたものだよ。 これはその一巻で、加工についてのもの」

大まかな内容だから、メルルに見せても大丈夫、という判断らしい。

アドバイスはくれない。

これを読んで、自分で考えるように。

それがトトリ先生の、応えだった。

望むところだ。

筋道を示してくれただけでもありがたい。メルルも、試行錯誤が如何に大事かは、分かってきている。

早速、本に目を通す。

トトリ先生の字はとても丁寧で優しくて。見ていて、温かい気分になる。

でも、どうしてだろう。

最近見たトトリ先生の字は。丁寧だったけれど。優しさよりも、むしろ何というか。闇を感じるものになっていた。

ひょっとして。

この本を書いてから、今までの間に、何かがあったのだろうか。

とにかくだ。

書いてある技術は高度すぎて、全てを理解するのは無理だけれど。確かに三角構造で、強度を上げる方法についてはあった。

つまり、三角形を、たくさん組み込めば良いのである。

二枚の板を造り。

その中に、たくさん三角形を造っていれる。

ちょっとばかり難しいけれど。

石材の成形については、もう出来た。後は、その応用だ。一週間、それでやってみせる。できれば、半月以内に。

農場への路は、確保したい。

橋を最低でも三つ。

いや、クレバスにかけるものを考慮すると四つ。

作り上げるには、これの完成が不可欠だ。ルーフェスが、素材については支援してくれているし。

時々トトリ先生に連れて行かれて、彼方此方で鉱石は採取できている。

後は、メルルが。

やるだけだ。

 

二枚の分厚い板に。円系の柱を隅ごとに一本ずつ。更に中間に一本ずつ。真ん中にも四本。

合計で、12本。

柱と言っても、ごく短いものだ。

そして出来た隙間に、三角形の構造をたくさん入れ込む。

かなり重くなったけれど。

頑強さに関しては、折り紙付きである自信がある。さっそく、シャバルさんの所に持っていった。

「見て、今度はどう?」

「……これは、凄いものだな。 苦労しただろう」

「もうノウハウは出来たよ。 試してみて」

「うむ……」

シャバルさんが、ハンマーを降り下ろす。

一度、二度。

四回。

八回。

びくともしない。罅さえ、入る事は無かった。

大きく嘆息するシャバルさん。側面から確認するが、三角形の構造にも、罅もダメージも入っていない。

「よし、合格だ」

「やった!」

「これを合計八基造ってくれ。 四つ分の橋の、中枢基礎になる」

「任せておいて!」

一度出来れば、後は簡単だ。一週間もあれば、充分に作り上げる事が出来る。

橋の素材になる石は、もうルーフェスが準備してくれている。また、道中におけるキャンプスペースについても、手配してくれているそうだ。

これで、どうにかなるだろう。

胸をなで下ろしたメルルは。すぐに、ルーフェスの所に。中間報告を、しなければならないからだ。

インゴットと石材の見通しがついたことを説明すると。

ルーフェスは、不器用に笑みを浮かべた。

「流石です、姫様。 思ったよりも一月以上早い」

「次はもっと早くしてみせるよ」

「橋の手配についてはお任せを。 後は、最後の関門ですね」

そうだ。

強力なモンスターが、ショートカットルートの中途をエサ場にしている。ルーフェスの方でも、既に確認はしているそうだ。

どうやら、グリフォンの一種らしい。

全身が黄金に輝いていて、下級から中級のグリフォンである事は、間違いないそうだ。

グリフォンは出自がよく分からない生物で、頭部が鷲、体が獅子という、空と陸の強者を併せたような姿をしている。当然戦闘力は高いが、所詮は古代の強者。現在では、ベヒモスやドラゴンをはじめとして、もっと強いモンスターがいくらでもいる。ただ、モンスターの中でも強豪であるのは事実だ。

上級のグリフォンになってくると、風を自在に操るわ、魔術で攻撃をガードするわ、残像を造って動くわで凄まじいらしい。

少なくとも、今のメルルには勝てない。

中級だったら。

或いは、何とかなるかも知れない。だが、それでも。メルルとケイナとライアスだけでは無理だ。

この間同行して貰った四人に加えて、まだ戦力が欲しい。

トトリ先生が来てくれれば圧勝できそうだけれども。多分それは、ダメだろう。先生が首を縦に振るとは思えなかった。

「戦力は充分にお整えください。 アーランドからも、できる限りの支援を要請しておきます」

「うん。 準備はしておくけれど、グリフォンか……」

「お気をつけください」

アトリエに戻る。

さて、どうやってグリフォンと戦うか。墜落させるのが、まずは最低条件になってくる。

人間の弱点は頭上だ。

強い戦士になると空中戦ばりの機動を行う者もいるらしいのだけれど。今、メルルの周囲には、そんな事が出来る人はいない。トトリ先生ならあるいはやりかねないけれど。やはり先生は当てに出来ない。

そうなると、やはり爆弾だ。爆弾を使って、グリフォンを叩き落とすしかない。

空中での爆発は、鳥にとっては致命的だと聞いた事がある。グリフォンだって同じ事だろう。

翼をへし折られれば落ちてきて、戦力はがた落ちする。それでも強い事は確実だろうが、空を好き勝手に移動されるより遙かにマシだ。

自室に籠もると、図鑑を確認。

メテオールという対空爆雷が載せられているが、これは少し難しすぎる。理論にしても技術にしても、メルルの手に負える道具では無い。

そうなると、フラムを束ねて。

ヒモで括って、振り回して投げるしかないだろう。

一度で成功するとは思えない。

幸い、直撃させなくても、近くで爆発すれば、充分以上に効果はあるはず。翼というのはそれだけ繊細な仕組みなのだ。

意を決するとメルルは、早速フラムを造る。

束ねて、ヒモで括って、投擲用の大型爆弾に仕立てる。いきなり最初から上手く行くとは思えない。

まず、街から出て、近くの草原に。

ケイナとライアスにはついてきて貰う。

フラムを束ねたものと、同じ程度の重さの石を準備。ヒモで括って、振り回してから、投げる。

予想通りと言うべきか。

あまり、思った通りの所へは飛んでいかない。

やはり練習してみて良かった。これが単純な戦闘力にも長けている人ならば、百発百中でいけるのだろうけれど。

練習しながら、少しずつ上手になっていく。

三十回も投げた頃だろうか。

ようやく、だいたい思った通りの場所に、投擲することが可能になった。次は、点火していないフラムで試す。

問題は、投げるまでの時間だ。

火をつけてから、予定通りに投擲するまで、時間のばらつきがある。

グリフォンは好き勝手に飛び回るのだ。予定通りの地点に、予定通りに投げられなくて、当てられるはずがない。

それと、出来れば実戦経験者。つまり、グリフォンと戦ったことがある人のアドバイスも聞いておきたい。

グリフォンは幸い、珍しいモンスターでは無い。

フィリーさんの所に行くと。どうやら難民の護衛に来た戦士が何名かいた。恐らくは、他の国から派遣されてきた人達だ。

メルルが身分を明かして話を聞かせて欲しいと言うと。最初ぎょっとした様子だったけれども。

その中の一人が、咳払いをして言う。

「グリフォンなら、何度か倒したことがある。 中級じゃなくて下級の奴だが」

「それでも構いません。 話を聞かせて貰えますか」

「そうだな、良いだろう。 他ならぬこの国の姫君の頼みというなら」

そうやって話してくれたのは、重苦しい雰囲気の大男だ。柄が悪いようなことも無く、ただ禿頭で眉がない顔が非常に怖い。しかしながら、話してみると、単に顔が怖いと言うだけで。良心的な雰囲気だ。

或いは、名が知れた戦士なのかも知れない。

「まず此方から近づいた場合だが、グリフォンは後ろ足で立ち上がって、威嚇してくることが多いな。 他のモンスターに対してもそうなんだろうが、まずは自分の大きさを示して、戦意を挫くためだろう」

「なるほど。 立ち上がったときに攻撃するというのもあり、なんですね」

「ただ、話を聞く限り、その手は使えなさそうだな。 最初から人間を獲物と見定めて、待ち伏せている奴なんだろう?」

「はい」

大男の仲間は、にやにやしながら様子を見守っている。

大まじめに答えているのは、雰囲気で分かる。周囲のアールズの兵士達は、不安そうに此方を見ていた。

メルルに無礼を働くかも知れないと考えているのだろうか。

だとすれば、大丈夫。

多少の無礼くらいは、気にしない。

「中級以上になると、グリフォンは風の魔術で攻撃してくるって聞いた事があるが、下級の奴は基本的にまず飛び上がると、滑空して爪に掛けに来る。 普段から、獲物をそうやって仕留めているから、だろうな。 中級のグリフォンを叩きに行くって話だが、ひょっとすると。 此方を舐めていると、同じ手を使ってくるかも知れん」

「……」

なるほど。

それは、良い事を聞いた。ひょっとすると、うまいこと罠に填める事が出来るかも知れない。

頭を下げて、礼を言う。

何だか居心地が悪そうに、大男は頷いた。

「其処までされると恐縮だ。 威張り腐ったウチの国の王族とはえらい違いだな……」

「だって、誰かに話を聞く時は、頭を下げるのが当たり前じゃないですか。 王族が当たり前の事を出来ない国なんて、長続きするはずもありませんよ」

「そうだな、まったくその通りだ。 俺はザガルトスというものだ。 何かあったら、手助けさせてくれ」

握手を求められたので、応じる。

当然ながら、相手の手は、もの凄く大きくて。力強かった。

酒場を出て、ついてきてくれていたケイナと話す。

「今の、良いヒントになったね」

「囮でも使うつもりですか?」

「うん。 というか、そもそも、飛んでる相手にぶち込もうってのが、無理だったんだと思ってね」

それに気付けば、作戦を思いつくのも早い。

すぐに、メルルはルーフェスの所に向かって。そして、作戦の決行のために。前回と同じメンバーを集めて貰った。

いよいよ。

戦いの開始だ。

 

2、埋め火

 

開拓したルートを進む。安全を確保したと判断したのだけれど。それでも、まだ少し緊張する。

少なくとも、王都からしばらく行く間は、街道は草刈りも行われて、整備されていた。これは後で聞いたのだけれど、2111さんと2319さんが、せっせと進めてくれたのだという。

更に、川にさしかかると。

現地で合流すると言う話だったシャバルさんが、数名のホムンクルスと一緒に、橋の修復作業を進めていた。

既に治っている橋もある。

基礎には、メルルが造った合成石材が、しっかり根を下ろしていた。此処まで荷車で運んできて。埋め込んだらしい。

橋は頑強で。

渡らせて貰ったけれど、落ちる恐れは無さそうだ。

橋の部分は出来ていて、今は手すりを造っているのだという。石を削ったり加工したりしているシャバルさんは、とても生き生きとしていた。

「何か手伝うことはあるか、じいさん」

「いんや、大丈夫だ、若いの」

シャバルさんとハゲルさんが、豪快に笑い合う。

何だか不器用な職人同士、相通じるところがあるのだろう。ハゲルさんも初老と呼べる年なのだけれど。

まあ、シャバルさんから見れば、まだ子供と言う事で納得することにした。

「グリフォンを退治するのだけど、手伝える?」

「作戦は、あるんだな?」

「うん」

メルルが説明すると。シャバルさんは頷いてくれる。多分、しっかりした作戦があったから、だろう。

とにかく、二人は参加してくれる。

問題は、その後だ。

キャンプの設置予定地は、既に整備されていて。数十人が宿泊できる規模の空き地になっていた。

既に何名かの冒険者が見回りをしていて。メルルが挨拶をすると、適当に返事をして何処かに行ってしまう。

意外に友好的では無いけれど。

まあ、前線に行くよりは、こういう所の警備の方が楽なはずで。そして、最終的には、人類を支える事にもなる。

説明は難しいかも知れないけれど。

いずれ、しっかり理解して。やりがいを持って欲しいものだ。

天幕は、準備されていて。

近場に来る場合ならば、荷車に積んでこなくても大丈夫だ。

これならば、今後湖周辺を調べる際、既に探索した地域や、キャンプ周辺では手間を省くことが出来るだろう。遠出をする場合相変わらず天幕はいるけれど。物資の補給は、このキャンプスペースで出来る。

農場への安全な経路を確保した後は、湖周辺の調査も進めておきたい。踏み込んだら命がまずない湿地帯は後回しにするとしても。

戦闘経験を積むには、実際にモンスターと命のやりとりをするのが一番なのは、メルルにも分かっている。

いざというときに動けないのでは話にならない。

今回の戦いでは。

あのユニコーンとの戦いのような、無様はしない。

2111さんも見張りをしなくて良い。

だから、手伝って貰う。

「手合わせ、頼めるかな」

「分かりました」

ホムンクルスだからか、メルルの頼みに凄く素直に答えてくれる。

既に外は真っ暗だけれども。

キャンプの周囲には灯りが焚かれていて。ある程度の明るさは保たれている。

一定距離を取って、武器を持って向かい合う。

実力に、一方的とも言える差があるから。

両方が武器を持っていても、大丈夫だ。

勿論、メルルの方が弱い。

踏み込むと、突きを繰り出す。2111さんは、軽く避けながら、杖を掴んで、引き寄せる。

それだけで、転んでしまう。

パワーの差もある。

しかし、技量の差が、それ以上に大きすぎるのだ。

「しっかり腰が入っていません」

「もう一回」

「はい」

会話は、短く。最小限に。

あのユニコーンの突きを再現したい。上手く行けば、グリフォン相手に、致命打をたたき込めるかも知れない。

踏み込みながら、力を溜めて、一気に繰り出す。

やはり、するりと避けられる。

「狙いが見え見えです」

「っ!」

軽く手刀を、首筋にたたき込まれて、転倒。

これでは、ダメだ。

「いたた。 どうやったら、うまくなるかな」

「メルル様は、戦士としての基礎がまだしっかり出来ていないように思えます。 全体的に、動きを遅く感じます」

「うん、その通りだと思う」

「基礎は重要です。 私達も、培養槽から出される前に、頭の中に基礎のやり方を……今までの多くの戦士達の記憶を叩き込まれます。 そして培養槽から出た後は、その基礎のやり方を、体にしみこませて。 上手く行ったら、戦場に出ます」

そうなのか。

座ったまま、2111さんの話を聞く。

アーランドのホムンクルス戦士は、ある人をモデルに造られて。人間のために戦う事を目的として生きている。

でも、戦えなくなったときは。

アーランドは使い捨てにしないで、きちんと最後まで面倒を見てくれる。

たとえば、PTSDになった戦士は、後方で力仕事をするし。

手足を失っても、回復させてくれる。

使い捨てにはしない。

それが、スピアとの違い。

男性の戦士に見初められて、婚姻して子を成す場合もあると言う。ホムンクルス達を見る限り、子を産める体だ。それもアリなのだろう。

「強化はされていますが、我々は人間と基本的に代わりません。 つまり、体を鍛えることで、メルル様も私と同じように動けます」

「そうだね。 やっぱり、基礎をもっとしっかりしないとダメなんだね」

「はい。 その通りです」

ならば、基礎をやるだけだ。

でも、それと並行して。

きっちり戦えるように、技も仕上げていきたい。

練習につきあって貰う。

ケイナもライアスも、自主的に練習しているのは知っている。しかし、多分トトリ先生を除くと、この2111さんが今までに練習につきあってくれた中では、シェリさんと並んで最強の戦士だ。体感的には互角くらいだろうと感じる。つまり、訓練には、かなり大きな意味がある。

踏み込みについても、アドバイスを貰う。

歩法についても。

「幻惑の歩法ですね。 もっと洗練すれば、相手の攻撃が掠りもしなくなると思います」

「2111さんからみても? そっか、じゃあもっと練習しないとね!」

「……」

2111さんが、目を細める。

どうしてかは分からない。

 

翌日、朝から移動を開始。石橋は、既に殆ど治っている様子で。シャバルさんも現地では合流できるはずだ。

かなり頑強で、手すりもしっかりしている。

冒険者が見回りをしていて。若々しく、雰囲気が悪い男性が、声を掛けてくる。アーランド戦士と同じようにスーツだけれど。荒々しいのこぎりのような武器を担いでいて、顔には入れ墨。相手を舐めきったような視線。真っ赤な髪の毛は鶏冠のように逆立っている。

ライアスが、眉を跳ね上げた。

メルルに対して、失礼な視線を向けていると感じたのだろうか。

だけれど、相手は何とも思っていない様子で、ヘラヘラという。

「おっ、ひょっとしてアールズの姫君か?」

「はい。 メルルリンスと言います。 貴方は」

「俺はヒスト女王国のカルメイラってもんだ。 俺の部下達がこっちで見張りをしてるからな、ちょっと様子を見に来て、ついでに一仕事の途中よ」

「!」

ケイナが反応する。

知っている人なのだろうか。聞いてみると、十懐剣の一人だという。

そうだ、思い出した。

聞いた事がある。十懐剣と言えば、近隣でも知られる精鋭。そしてヒスト女王国では、かなり若くて荒々しい戦士が、その一人だといわれていた。彼がそうでも、不思議では無いだろう。

ヒスト女王国は、アールズと距離が近い事もあって、メルルも行ったことが何度かある。流石に王族なのだ。よその国を表敬訪問くらいはした事がある。

向こうの女王はまだ幼くて、確か別の王族が実権を握っていて。

そして、治安があまり良くない。

難民をたくさん受け入れた後、国が荒れたというのも頷ける。

とにかく、今アールズで、ヒスト女王国で引き受けていた難民を、根こそぎ順番に引き受けていて。

その見返りとして、戦士を借りている。

だが、ヒスト女王国でも最強の戦士の一人が。そんな使いっ走りみたいな仕事で。しかも最前線でもない場所に配置されて、面白いと思うだろうか。

だから、出来るだけその心は尊重する。

「周辺の護衛をしてくれているんですね。 助かります」

「ああ、そうだな。 幸い、そこそこ強いモンスターもいるし、退屈だけはしねーな」

「これから、多くの難民が此処を通ります。 これからもよろしくお願いします」

「……なあ、聞いて良いか」

しゃべり方は、非常になれなれしいけれど。

メルルは基本的に、相手がどんなしゃべり方をしても気にしないつもりだ。相手がへりくだるなら、顔を上げて対等に話して欲しいともわざわざ言うくらいなのだから。

「難民の奴ら、むかつかねえか。 此方を蛮族とか見下しておいて、いざとなったら逃げてきて、不満ばかり垂れ流しやがる。 ちょっと殴ったくらいで大けがするような柔な体してるくせに、態度だけは一丁前だ」

なるほど。

ヒスト女王国で、難民とこういう戦士達が、どう対立してきたのかは、今の言葉だけで分かった。

メルルだって、難民の現実を見てくると、やはり理想通りには行かないと思ったものだ。ちなみにメルルは難民達の娯楽品や医薬品を、あれからも定期的に納品している。医薬品の腕も、それでかなり上がって来てはいる。

自分のためにもなるのだ。

「確かに、彼らには勝手なところもありますね」

「それ以外の事があるってのか?」

「今は、彼らを憎むよりも。 手を取り合って、一緒に戦うべき相手がいる。 それを忘れてはいけません」

メルルの言葉に。

カルメイラ氏は、唾を吐きたそうな顔をした。

彼だって分かっている筈だ。スピアの軍勢は、この国に来た時見てきているはず。多分アーランドの戦士達と一緒に、小競り合いもしているだろう。

それで、理解しているはずだ。

あれは、もはや人ですらない。

悪夢そのものの具現化。

軍では無い。

殺戮の本能だけを秘めた化け物の群れ。軍だったら、或いは生物であるモンスターなら、もっと違う対処も出来る。

しかしスピアの軍勢には出来ない。

人類が団結しないと。

あの化け物達には、勝てないのだ。

「……まあ、難民共を引き受けてくれたことには感謝する。 だが、あんたのきれい事はきにいらねえな。 いつまでも、そんなきれい事、口に出来ると思うなよ」

「何か難民達とあったんですか?」

「しらねえよ」

きびすを返すと、カルメイラ氏は巡回路に消える。

ライアスは非常に不快感を刺激されていたようで、ずっとカルメイラ氏の背中を見つめていた。

だが、ライアスも分かっている筈だ。

あの人は、強い。

多分2111さんと2319さん、それにハゲルさんが束になって、やっと勝負が出来るレベルだ。

今のライアスでは、とてもではないが、勝てない。

「何だ彼奴」

「ライアス、怒っちゃダメだよ。 辺境諸国では、難民との摩擦が彼方此方で起きてるって聞いてるし、難民達が此方を怖がってることだって分かってる。 彼らにもプライドがあるし、知らない土地で怖い目にも会ってる。 どっちも理解し合わないと、いけないんだよ」

「彼奴は、そんな気なんて」

「だから、少しずつ時間を掛けて、理解し合うようにしていこう」

メルルだって。

時々、難民に対して、あまり良い感情では無いモノが浮かび上がってくるのを感じる。トトリ先生を魔女呼ばわりしたり、ケイナのお胸やおしりばかり見たり。そういうのに対しては、頭にも来る。

でも、そんなときは、心の中で唱えるのだ。

前向きに考えようと。

肩を叩いて、先に進む。モンスターは確かに相当数が減っていて、近辺を避けるようになっている。

倒されたモンスターはすぐに解体されて、アールズ王都に運ばれ。

食糧や衣類、薬品に代わる。

勿論、絶滅させてしまっては意味がない。

この辺りは、人間の縄張りだから、危険だ。

そう示すために、ある程度間引く必要がある。そして人間がモンスターと生きて行くには、そうやって地位確認をしなければならない。

四番目のキャンプに到着。

既に、クレバスの方を確認すると、橋が作られ始めていた。兎族が警戒している。どうやら、あのグリフォン。やはり此方の様子をうかがって、隙さえあれば仕掛けてこようと考えている様子だ。

倒すしかないだろう。

ああいうモンスターが、難民を襲って肉の味を覚えると、大変なことになる。難民キャンプに攻めこんできたりしたら、被害は十人や二十人では済まないだろう。抵抗力がない難民を貪り喰らうグリフォンなんて、想像したくもない。

早速地図を開く。

仕掛けるポイントを確認。そして、作戦を復唱。

倒すためには。

エサと。

相手の油断が必要になる。

準備は整っている。

さあ、狩りの時間だ。

 

3、翼を折る火

 

相手が気付いたのが分かった。

メルルは、手に束にしたフラム、ではなく。それがつながったヒモを掴んで。引っ張りながら、歩く。

今までは、多くの人間がいた。

それも手練れが。

だから、仕掛ける事が出来なかったグリフォン。だが、奴は狙っていたのだ。群れから、弱い個体が離れるのを。

弱い個体。

つまりメルル自身が囮になる。

ルーフェスは最初難色を示した。そしてケイナかライアスを囮にして欲しいと言ってきた。

だが、メルルは説き伏せた。

二人のホムンクルス戦士が側にいてくれるのだから、いざというときも大丈夫だ。それに、これから幾らでも危険がある。

凶悪なモンスターとの交戦経験は。

ほんの少しでも、積み上げた方が良い。

作戦だって、危険だけれど。

それは皆も同じ。

翼を折った後は、肉弾戦になる。

今は、早朝。

朝霧が少し出ている。都合が良いことに、それが皆の気配を、霧の中に溶かしてくれている。

寝転んでいたグリフォンが。

確かに立ち上がるのが分かった。

メルルは達人じゃない。だから、それくらいしか分からない。殺気を向けられているか、視線がどういう意味を持っているか。それらは理解できない。

ただし、相手が此方を見ている事だけは分かる。

さて、此処からだ。

立ち上がったグリフォンは、じっとメルルを見ている。メルルは、川の上流へと、黙々と歩いて行く。

さあ、来なさい。

軟らかい肉の、美味しそうな馬鹿な人間がいるよ。

視線が注がれている。

勿論、罠だと言う事を警戒しているのだろう。中級にまで成長したグリフォンだ。今まで人間と戦ったことがないとも思えない。

背中を向ける。

足を止める。

これで、どうだ。

もし、相手が飛び立ったら、鏡で知らせてくれることになっている。鏡でカンテラの光を反射して、目の近くに当ててくれる手はずだ。

任せたのは2319さんだから、手抜きもしないし、ミスだって多分無い。まだ、相手は動かない。

罠だと看破されたのか。

いや、そんな筈は無い。グリフォンにしてみても、今のメルルは、簡単に仕留められる獲物の筈だ。

作戦決行前。

橋の前で作業をしていたチームに、話を聞いている。

あのグリフォンは、近場のモンスターを狩ってエサにしていた。その中には、人間大のモンスターもいた。

つまり、人間も、機会さえあれば襲ってくる、という事だ。

満腹だと言う事も考えにくい。

腰を、かがめてみるか。水面に興味を持っているように振る舞えば、隙ありと見なして仕掛けてくる可能性もある。

緊張の一瞬。

呼吸を整える。視線は、まだ感じる。

その時だ。

目に、光が。

動いた、という事だ。

振り仰ぐ。

グリフォンは、いない。まさか、一瞬で、視界から消えるような位置に移動したのか。今まで、監視チームは、グリフォンが姿を見せながら動いていたと言っていた。つまり、空間転移や、姿を消す術は持っていない可能性が高い。

今まで温存していたのか。

いや、違う。

気付く。

飛び退く。

至近。音もなく、グリフォンがそこにいた。じっとメルルを見ている。明らかに、獲物を見定める目だ。

顔は鷲。

体は獅子。

背中には翼。

昔の人が、世界最強の生物として考え出したような姿。どうしてこのような生物がいるのかは、まだ分かっていないらしい。トトリ先生も、自分にも分からないと、言っていたほどだ。

巨体は、メルルの何倍も。恐らく五倍近くある。背丈だけで、二倍近い。

グリフォンは、音もなく飛んで。恐らくは獲物を見極めるために。それだけのために、この至近に来ていたのだ。

フラムに。正確には、導火線に火をつける。

グリフォンが、仕掛けてくる瞬間が勝負だ。一瞬たりとも、グリフォンからは、目を離さない。

相手も。

体ごと、フラムの束を振り回す。グリフォンが、その瞬間、凄まじい勢いでバックステップし、態勢を低くする。

まずい、逃げられる。

投擲。

フラムの束を見て、グリフォンは危険度が高いと判断したのだろう。その口から、魔術の詠唱が流れる。

やはり中級、魔術を使えるか。

だけれども。フラムが、飛来し。それを防ごうと、グリフォンが、空中に壁を展開した、その瞬間。

真横から突貫した2111さんが。

グリフォンの背中の翼を、ハルバードで貫いていた。

凄まじい絶叫が上がる。

同時に、起爆。

一瞬の集中の乱れで脆くなった壁を貫通。爆風が、グリフォンにもろに叩き付けられる。

「攻撃開始!」

メルルが叫ぶと同時に、煙の中から、飛び出してくる2111さん。元々このフラム、脆い翼部分を潰す目的のものだ。頑強なホムンクルス戦士には、直撃でもしない限り致命打にはならない。2111さんが無事なのは当然。

しかし、追撃するように、太い獅子の腕が、2111さんに叩き付けられる。

最初から、作戦は二段階。

爆風は防がれるかも知れない。その場合は、防ごうとした瞬間、伏兵が翼をへし折る。そう決めていた。

問題はその後。

ほぼ殺せないのも確実だから。後はガチンコで行くしか無い。

2111さんが、冷静にハルバードで一撃を受けるけれど。

まるで投石機で撃ち出されたように、水面で石切のように数度バウンドして、吹っ飛ばされる。

吹っ飛ばされながらも、体勢を立て直すのは流石だ。

血だらけのグリフォンが、煙の中から飛び出してくる。

すぐに此方に背を向け、逃げだそうとするのは、これまた流石だ。判断としては、未熟なメルルから見ても間違っていない。長い年月を生きて、状況がまずい事は理解しているのだろう。

だけれども。

逃がさない。

メルルの方には、ハゲルさんとシャバルさんが。

そして、グリフォンの退路には、2319さんと、ケイナとライアスが立ちふさがる。この間、橋の建設に携わっていたチームは、他のモンスターの横やりが入るのを防ぐ。それだけで良いと言ってある。

雄叫びを上げるグリフォン。

まっすぐに、一番数が少ない2111さんに突進するけれど。

メルルが投擲したのは、レヘルン。

まだトトリ先生には売り物には出来ないと言われているけれど。

それでも、冷気をぶちまけることだけはできる。

眼前に冷気がいきなり出現して、驚いて竿立ちになるグリフォン。その間に間を詰めた2319さん。ケイナとライアスより、ずっと動きが速い。まあ、当然だろう。ポールアックスを、グリフォンの頭に叩き付ける。

頑強な頭蓋骨で弾かれるけれど。

肌は激しく引き裂いて、鮮血をぶちまける。

唸りながら、腕を振り回して、2319さんを迎撃するグリフォン。間一髪でかわす2319さんと、仕掛けに走る2111さん。

腰から剣を抜いたハゲルさんと、槍をしごいて突きかかるシャバルさん。

ライアスとケイナも間に合う。

一斉に、それぞれの武器が、グリフォンの全身に突き刺さる。

悲鳴を上げ、天を仰ぐグリフォン。

だけれども。

次の瞬間。その全身から放たれた高密度の魔力が、群がっていた皆を吹っ飛ばす。こんな奥の手があったのか。いや、恐らくコレの応用で、静音飛行を可能にしていたのだろう。

メルルも、必死に態勢を保つけれど。

いち早く立ち上がった2319さんに、横殴りに容赦無しの一撃をぶち込むグリフォン。吹っ飛ばされた2319さんは、それでも下がりながら、態勢を整え。ポールアックスを投擲。

腹の辺りに、突き刺さる。

「おおおっ!」

ハゲルさんが、頭から血を流しつつ、タックル。冗談のように、グリフォンの巨体が揺らぎ、蹈鞴を踏む。

ライアスが突貫。

さっきシャバルさんがつけた傷口に、杭をぶち込み、火薬を爆裂。杭が、グリフォンの体内に潜り込み、反対側から鮮血がぶちまけられる。

貫通したのだ。

更に、跳躍したケイナが、2111さんと息を合わせて、グリフォンの頭に、鞄を叩き込む。中に鉄板が入った鞄だ。更に、2111さんのハルバードも、グリフォンの頭蓋骨を割れなかったけれど、頭から首筋に掛けて、激しく切り裂く。

喝。

グリフォンが叫んだ気がして、また周囲の皆が吹っ飛ばされる。

血走った目で、吼えるグリフォン。シャバルさんが、老いた体で、それでも突進。刺突の連射を浴びせかける。

体中から血を吹きながらも、グリフォンは真っ正面から耐え抜き、タックルを浴びせてシャバルさんを吹っ飛ばす。

だが。その時。

メルルは、グリフォンの右下に、潜り込んでいた。

気付かれる。

でも、もう遅い。

絶対に逃げられない状況で。

相手が動かない、絶好の好機。

まだ未熟なメルルだって。

これだったら、決められる。

更にメルルは、シェリさんから習った歩法を使った。未熟と侮っている相手だから、グリフォンは気付けなかった。

詰みだ。

「せああああっ!」

雄叫びと同時に、メルルは突き込む。全身のバネをフルに生かして。自分を殺しかけた、あのユニコーンのチャージを再現する。

プラティーン製の杖が。

グリフォンの、一番大きな傷に。ライアスが穿った傷に、斜め下から潜り込む。

そして、メルルの腕の辺りまで、杖が相手の体に。杖を持っている手も相手の体に。潜り込んだ。

脊髄を、砕いた手応え。

絶叫を上げながら、メルルを振り払おうとするグリフォン。

腕に激しい痛み。

折れたか。

でも、離さない。

ケイナがグリフォンの頭に飛び乗ると、何度も鉄板入りの鞄で殴りつける。血だらけなのに、それでも。

「はやく死になさい!」

「ウルアアアアアッ!」

嫌だと言わんばかりに、グリフォンがケイナを振り落とす。

だがその時には。

ハゲルさんとシャバルさん。それに2111さんと2319さんが。息を合わせて、また四方八方から、グリフォンの巨体を貫いていた。

大量の鮮血が、グリフォンの口から噴き出す。

噴水のように。

引き抜かれる武器。

そして、また突き刺される。

何度も何度も、全員でグリフォンの体を抉る。メルルも無理矢理腕を傷から引っ張り出すと、内臓が絡みついている杖を振り上げて。

頭蓋に向けて、降り下ろした。

腕が折れていようが関係無い。

殺せれば良い。

降り下ろす。砕く。潰す。

そして。

呼吸を整える。

何度目かの一撃で。2319さんのポールアックスが、グリフォンの頭蓋骨を、ついに砕き割ったとき。

グリフォンは動かなくなった。

横倒しになっている巨体からは、急速に熱が失われていく。傷口からは内臓が見えていて。頭からは、脳がはみ出していた。目は片方潰れていて。くちばしからは、巨大な舌がだらりと垂れていた。勿論、鮮血に塗れている。

多分、列強育ちのひ弱な人達が見たら、吐き戻すだろうか。

辺境ではこのくらいは、当たり前の光景だ。

呼吸だけ整え直すと、メルルは周囲を見回す。正直、狂熱に浮かされていて。はっきり自分がしていることを、把握しきっていなかった。体も痛くなってきた。これから、さらにつらくなっていくだろう。

必要だから殺した。

戦士としては、当たり前の事。

錬金術師である前に、メルルはこの国の王女で、戦士でもある。この国の民を脅かし。この国に来る民も脅かすものは、殺さなければならない。相手だって、生きるためにそうしているのだから。せめて命を賭けて渡り合うのが筋だ。

作戦通りには行ったと思う。

途中の問題は、あらかた解決できていたとも思う。

だけれど。

皆の無事は、戦闘中に確認できていなかった。

「みんな、無事?」

ケイナは倒れていて、動けない様子だ。吹っ飛ばされたとき、強かに体を打ったのである。

だけれども、頭は打っていない様子だし、胸も上下している。息はある。

ライアスは、此方に向けて、弱々しく手を挙げてみせる。

2111さんが。あれだけ吹っ飛ばされたのに、結構余裕がある様子で、メルルの腕を掴んだ。

「骨は折れてはいませんが、筋肉が断裂しています。 すぐに手当を」

「うん、でもみんなを優先して」

「……」

何だろう。

もの凄く、苦々しい顔を、2111さんがする。

ハゲルさんが、無言でライアスを担いで此方に来る。シャバルさんは、何度も悔しそうに息を吐いた。

「儂の槍も衰えたな。 天下無双を自負していたのだが」

「ううん、まだまだ現役だよ。 凄かった」

「ありがとうよ、姫様。 だが、儂はコレで戦士としては完全に引退だ。 残りの人生は後方から、この国を支えるよ」

もう一度。

シャバルさんは、此方を見て。

最後に、雄敵と戦えて嬉しかったと。不器用そうに、笑みを浮かべた。

 

皆の手当を進めていく。

その間に。2111さんが一人で、グリフォンの解体作業を進めてくれていた。中級のグリフォンともなると、流石に内臓や肉に強い魔力を込めている。解体してアトリエに持ち帰る事で、色々な素材に変えられるだろう。

ズタズタにしてしまったけれど、皮や翼は特に有用だ。

特に皮は、様々に便利な道具に加工できる。今の時代、鎧は基本的に役に立たないのだけれど。勿論、皮は武器にも応用できる。

持ち帰れそうにない肉は、その場で火を通して、キャンプスペースに運ぶ。非常食としては、とても有用だ。美味しいかは別の問題として。

骨を外して、くちばしを取る。

巨大なこのくちばしも、加工次第では様々に使えそう。間近で見ると鋭くて、牙状になっていて。

のこぎりのようだ。

ケイナは、動けるようになると、黙々とお肉を焼き始めた。今のメルルやライアスには手強すぎる相手だったけれど。勝てた。

そして、今、そのお肉を、食べる。

内臓、というよりも胃袋を切り裂いてひっくり返すと、出てきたのは、未消化の肉。殆どはモンスターのものだったのだけれど。

一つ。

どうやら、人間のものらしい指輪が出てきた。

それで、グリフォンの行動の見当がついた。

何処かで、難民を襲って喰らって、味を占めたのだ。そしてアールズの兵士達の動きを見て、本能的に悟ったのだろう。また、狩りやすい獲物が来ると。

仕留めなければならなかった。

人間の味を覚えた猛獣ほど、危険な存在はいないのだから。

ただし、肉を食べる事は止めない。

皆に分配した後、食べる。良く火を通したから、寄生虫も大丈夫だ。口に運ぶが、あまり美味しいものではない。

鶏肉よりも、獣肉の傾向が強くて。

しかも味が悪い食肉目のものだ。美味しいはずもない。

だが、力はつく。

皆で、黙々と、あまり美味しくない肉を食べて。

ケイナが、最初に言う。

「次はもう少し味付けをしっかりしますね。 素の味があまりよろしくないようですから」

「でも、これ下手に味をつけて大丈夫なのかな」

「よく分かりませんけれど、トトリ先生に聞いてみるのも良いかも知れませんね」

「うん……」

おなかの奥から、力が湧いてくる感覚はある。

グリフォンの魔力を取り込んだのだから当然だ。勿論全てを取り込めるわけでは無いのだけれど。

皆の傷の状態を確認。

動けるし、帰路も問題ないと判断してから。橋を渡って、農場の予定地に入る。

既にかなりの広さが、整地されていた。

もっとも、開拓はこれからだ。

悪魔族の戦士や、アーランドの専門家達が入って、此処をしっかり形にしていくのだろう。

そして基礎部分が出来てから、難民が入る。

でも、この様子だと、基礎部分への着手はすぐにでも出来る筈だ。メルルは、一度戻って、ルーフェスの判断を聞くべきだろう。

農場側の森では、兎族がかなりの数出てきていた。

あんなに潜んでいたのかと、驚かされるほどに。何かあったのかも知れない。

農場で働いているアーランドの専門家達は気にしていない様子から見て、すぐに何か対処しないとまずい事では無さそうだけれど。

或いは、仕事の分担を変えているだけかも知れなかった。

一応、話は聞いてみる。

今でも兎族は苦手だが。

距離さえ取れば、大丈夫だ。

近づいていくと。兎族は、向こうから話しかけてきた。

「アールズの姫か。 グリフォンを仕留めたのだな。 王族の名を辱めない雄々しい戦いぶり、感心したぞ」

「ありがとうございます。 其方は何か問題ですか?」

「此処から南西の森で、兎がでた」

「!」

彼らが兎と言う事は、つまり。ほ乳類の兎では無くて、うさぷにの事だ。

既に退治はしたらしいのだけれど。

厳戒態勢で、まだいないか探しているそうだ。そうなると、アーランドの人達は、状況を気にしないで働いているという事になる。

数人いるホムンクルス戦士の戦力を信頼しているのか。

それとも、そのくらいは慣れっこなのか。

ちょっと、メルルには分からなかったが。

「助力は必要ですか?」

「必要が生じたら相談する」

「分かりました。 いつでも受け付けます」

「うむ……」

農場への路は確保できた。

これから恐らく、ルーフェスから支援の仕事について話もあるはずだ。今まではトトリ先生がやっていたことの一部が、メルルに廻されてくるはず。少しずつ技量がつくと同時に、メルルも国のために力を使えるようになって行くのだ。

問題は。それ以外。

湖の周囲を探索すると言う事は、もしうさぷにが逃げ延びていた場合。

ぷにぷに族でも一部の例外を除くと最強と噂のある種だ。これ以上に強い「種」は存在せず。更に強いぷにぷにとなると、巨大に成長した者や、或いは一部の地域で目撃される数体が一体の動きをする特殊な個体くらいしかいないという。

探索時、遭遇する可能性は、低くないだろう。

2111さんと2319さんは、次からもついてきてくれるだろう。だが橋が治った今、ハゲルさんとシャバルさんの同行は厳しい。特にシャバルさんは、既に戦士としても限界を感じている様子だ。

これ以上連れ回すのは気の毒だろう。

ケイナとライアス、それにメルル。ホムンクルス戦士二人の実力があると言っても、この三人で、死者を出さずにうさぷにを倒せるだろうか。

それだけじゃあない。

湖の南西部が最大の難関だ。

此処の調査をどうするか。何しろ広大な湿地帯が拡がっていて、ドラゴンが生息していると噂されているのだ。

この戦力だと。

ケイナは今回手酷い手傷を受けた。たくさん薬を持ってきたからどうにかなったけれど。次もどうにかなるとは限らない。

戦力を増やしたい。

こればかりは、ルーフェスに、直談判するしか無さそうだった。

 

4、初陣の誉れ

 

トトリが34さんと一緒に酒場に出向くと、フィリーさんが笑顔で出迎えてくれた。この人は昔から気弱で、見ていて気の毒になるほど接客に向いていないのだけれど。最近は、少しずつそれも克服できてきた様子だ。

元々、戦士としては相応の力もあって。

それはクーデリアさんも認めていたほどの人材なのだ。

腹さえ括ってしまえば、どうにかなるのかも知れない。

「トトリちゃん、久しぶり!」

「フィリーさん、其方の様子はどうですか?」

「大変だよ、もうー」

料理を注文して、カウンターに。

今日は川海老をまとめて掻き揚げにした料理と、取れたばかりの山羊肉を焼いたものを頼む。

これに穀類を潰して火を通し、成形したものも加えて貰う。

アールズの名物料理でもないし、フィリーさんの創作料理でもない。この酒場を造る際に、厨房を担当する事になった人が、色々造ってくれていて。評判が良い料理を残しているのだ。

食べてみると、どれも悪くない。

アーランドや、他の国から来ている冒険者も。うまいうまいと、舌鼓を打っているようだ。

「聞いたよ、トトリちゃん! メルルちゃんが、グリフォンを退治したって」

「うん。 少し前に帰ってきて、今農場を本格的に立ち上げる作業の手伝いをして貰っているところです」

実際には、農場への経路確保でも働いて貰ったのだけれど。それをフィリーさんに言っても混乱させるだけだろう。

だから意図的に端折っておく。

「お城の兵隊さん達がみんな大喜びでさ。 戦いでは頼りなかった姫様が、大物を仕留められたって、酔いつぶれるまで飲んでいったよ」

「……」

そうか。

やはり、現金なものだ。

城の兵士達は、メルルちゃんをみんなで支えようとは思っていたけれど。その一方で、やはり頼りないと考えていたのか。

この辺り、辺境の現実主義な嗜好が見えて面白い。

アーランドとあまり代わらない。

「トトリちゃんは、しばらく忙しいの?」

「そうですね。 まずは農場を本格的に稼働させて、次は鉱山かなあ」

「ああ、もう噂の鉱山に取りかかるの?」

「噂になっているんですね。 どうも妙なモンスターが巣くっているみたいで。 ミミちゃんとジーノ君を廻してくれるように今陛下に掛け合ってるんだけれど、上手く行くかなあ」

上手く行かない場合。

トトリが自分で退治しに行くことになるだろう。

まあ、別にどうと言うことも無い。

問題は、手が足りないという事。トトリが鉱山のモンスターを潰しに行くと言うことは、その間農場のスタートアップ作業支援が遅れると言う事だ。

言うまでも無いが、そうなればその分の負担が、周囲に増える。

勿論メルルちゃんにも。

これからメルルちゃんには、栄養剤の作り方を教えるつもりだけれど。あれは難易度がかなり高い。

この間、独創的な石材を造ったメルルちゃんは、努力を重ねれば成果を上げられることは分かっているけれど。

それでも、栄養剤の生産を任せてしまうのは、少しばかり早いだろう。

ロロナ先生は最前線で大暴れしている最中だし。

ピアニャちゃんともう一人の弟子は、アーランドに残って其方での作業に注力中。アーランドを錬金術師全員が留守に出来るほど、現在の戦況は甘くない。アールズの北部も、敵の増援が続々と到着して。クーデリアさんが、兵の増員を決定したくらいなのである。既に敵の数は二万五千に達しているという報告もあった。

人材がいれば。

こんなことにはならないのだけれど。

辺境各国にいる錬金術師に声を掛けたけれど、いずれも殆どが、血縁で錬金術師を名乗ったり。或いは、錬金術の技量が著しく落ちる者達ばかりで。とても前線での過酷な任務には耐えられない。

食事を終えると。

フィリーさんが、仕事の束を渡してくれた後、正直に言う。

「男の人が多くて、寂しいの。 時々遊びに来てね」

「大丈夫、また来ます」

本当に、正直な人だ。

だけれども、それが周囲に嫌われない原因なのだろう。戦士としても、仕事の中継役としても、中途半端なのに。

34さんはずっと黙っていたけれど。

咳払いする。

その間、歩きながらトトリは、仕事の束に目を通していた。これならば、速攻ですべて片付く。

「トトリ様。 次の一手は」

「まず、鉱山の開発についてだね。 それについては、メルルちゃんがまず湖の周辺を調べて、経路を確保するところから、だけれどね。 食料生産に比べてどうしても重要度は落ちるから、最悪後回しでも良いけれど。 一応、手は打ってあるよ」

実際、鉱山の開発の重要度は落ちる。だから、悠長にこれからミミちゃんやジーノ君を呼ぶ、何てことを言っているのだ。

もっとも、後回しでも良いといっても。最後まで放置は出来ない。

鉱物資源をこの国で得られれば、それはそれで助かるのだ。問題は、難民の柔な体では、過酷な鉱山での労働をさせる場合、かなり負担が大きいという事で。様々な面で、サポートが必要になるだろう。

それよりも、メルルちゃんにとって負担が大きいのは。

調合と。

それに、湖の南西部探索だろう。

一応、トトリが湖南部の耕作地帯周辺に関しては、調べて地図も造ってある。一部は桟橋を造って、その上を通れるようにもした。シェリさんをはじめとする知り合い達と連携して、後を考慮して作業を進めたのだ。

だけれども。

全ての湿地帯を通れるようにしたわけでは無い。

トトリがメルルちゃんについていけば早いのだけれど。

これからトトリの仕事は多くなるばかりだ。前線からも、矢の催促が来ている。もっと戦力を、と。

トトリ自身が最前線に出向いて、敵と戦わなければならない局面もあるだろう。

メルルちゃんには、これからも過酷な場所を探索して貰う事になる。いちいちついていったら、埒があかない。

しかし。

今回は、流石にメルルちゃんの手には余るかも知れない。今回のグリフォンも、念入りに準備をして、それでもかなり苦戦をしたという話だ。同レベルのモンスターに奇襲されたら、ひとたまりもないだろう。

事実ユニコーンに奇襲されて、死にかけたとも聞いている。

「私が出向きましょうか」

「ダメ」

「しかし、2111と2319では、戦力的に不足かと。 かといって、前線や駐屯地から引き抜ける人材もいません。 ミミ様やジーノ様が到着するのは、まだしばらく先になるでしょうし」

「……やむを得ないかなあ」

そうなると。

シェリさんに手伝って貰うか。

バイラスさんは流石に無理だとしても、或いはシェリさんなら、手伝いが出来るかもしれない。

シェリさんの戦力なら期待出来る。

魔術に関しても優れているし、最近は更に腕を磨いている。特殊な戦闘歩法をメルルちゃんに教えたとこの間聞いたし。或いは、師匠として、懇切丁寧に色々教え込んでくれるかも知れない。

ああ見えて、シェリさんは。

面倒見が良いのだ。

人間と衝突する事も多いと嘆いていたけれど。悪魔族に最初から偏見まみれの人達を除くと。シェリさんと仕事をした人からは、概ね良い評判を受けている。メルルちゃん達も慕っているようだし、良い機会だろう。

「シェリさんに手伝って貰おうかなって思ってる」

「トトリ様、もう少し弟子に優しくても良いのでは。 シェリ様は優れた戦士ですが、沼沢地帯の厳しい環境を考えると、万全とは思えません」

「メルルちゃんは今後、もっと厳しい戦いに臨むことになるんだよ。 今のうちに、苦難に立ち向かう癖をつけておかないとね」

「……」

34さんは、どうしてだろう。

悲しそうにトトリを見る。

分からない。

何か、おかしな事を言っているだろうか。

 

兵員が増強されてくる。

クーデリアは報告書に目を通しながら、同時に決済を進めていく。34がいなくなって、9がそれに代わってから、事務作業自体は若干面倒になった。戦士としては一桁ナンバーの9のが強いのだが。事務仕事関連などの補助に関しては、正直34の方が、能力が高いように感じる。

報告書の一つで目を留める。

メルル姫が、農場への安全経路を確保。

今、トトリが苛烈に鍛えていると言うが、錬金術師開始から半年も経っていないのに、過酷な事をさせているものだ。

クーデリアも一度通ったが、あの農場への道のりは、そこそこに厳しかった。トトリは、まああれは路を造ることに特化した部分もある錬金術師だから、今のメルル姫の年齢の頃でもやり遂げただろうけれども。

ホムンクルスの戦士二人がついていたとはいえ、メルル姫は大変だっただろう。

同情してしまう。

書類の決裁が終わった後、増員されてきた兵員に挨拶。3000番台のホムンクルスが、ついに現れ始めた。

一応、あの腐れ錬金術師の命令に従って、一斉行動、などという真似が出来ない事は、トトリには確認させているが。

それにしても、もうこの番号。

これ以上ハイペースで戦闘用ホムンクルスを生産して、大丈夫なのだろうか。不安になる。

指揮官としてきていたのは、120。

100番台前半だから、指揮官クラスとしては妥当なところだ。クーデリアが見たところ、実力に問題も無い。

軽く周辺の状況を説明した後、配置につかせる。

そして。

クーデリアは、やる事がある。

一度砦をでると、東へ。

リザードマン族の集落に。

少し前に、トトリと一緒に停戦のための作業を進め。優秀な医療術師であるカテローゼを貸した。

カテローゼは一通りけが人を回復させて、戻ってきているけれど。

それからも時々、様子を見に行っているのだ。

まだリザードマン族は、クーデリアを警戒しているけれど。それでも、会いに行くと、話は聞いてくれる。

最近は、族長も、顔を見せてくれるようになった。

現地まで移動中、敵の配置を確認。

隙がある部分には積極的に仕掛けて、敵を削っておく。こういう所で少しでも兵力を削いでおかないと、とてもではないが戦力差を埋められないのだ。王がロロナと一緒に暴れ回っていると言っても、それでも限界がある。

アールズに集まりつつある敵の戦力を見る限り。

一なる五人は本気だ。

一刻も早く奴を見つけるためにも。何度かの会戦で、敵を打ち破らないといけない。その隙に、敵の首魁を見つけ出す。

相当な苦戦が予想されるが。

それでも、やらなければならないのだ。

現地に到着。

其処は、一見何も無い、塚のような土盛り。

しかし。この奥に、リザードマン族の王国と言っても良い、一大居住地がある。

住んでいるリザードマン族は三百名ほど。

コレを全て味方に出来れば。

かなり戦力差が緩和できる。勇敢なリザードマン族は、辺境の戦士達並の活躍が期待出来るからだ。

リザードマン族の戦士達は、一瞬前まで何も無かった場所にいきなり現れたクーデリアを見て、驚くが。

もう、クーデリアの事は知っている様子なので、軽く敬礼をしてくる。

もっとも、物の怪の類と言われているのも、耳にしていた。戦闘種族であるリザードマン族の最精鋭でも、クーデリアには及ばないから、そういう意見が出てくるのだろう。

「族長に会わせてくれるかしら」

「しばし待て」

緑色の鱗の戦士が、盛り土の奥へ入っていく。その間、クーデリアは、見張りと軽く話した。

何か困っていることはないか。

手伝えることはあるか。

見張りは、やはり縄張りをスピアの軍勢が侵すことが多くて悲しいという。手を組んで戦えば、いずれは回復できるかも知れない。そういうが、やはり静かな拒絶を感じてしまう。

族長が会ってくれると、白い鱗の戦士が出てきて告げる。軽く見張りに敬礼すると、土盛りの奥へ。

リザードマン族の集落は、非常に広い。

元々あった巨大な洞窟。それも、トトリの話では、火山灰を水がくりぬいたもの。それを改良して。巨大な集落へと変えているのだ。

彼方此方にある側坑には住居があって。リザードマン族の子供も見受けられる。向こうはクーデリアを、物珍しそうに見ていた。

リザードマン族の生体サイクルは人間の半分強の10年ほど。繁殖力はそれほど高くなく、スピアによる攻撃や。何よりそれ以前、アールズとの戦闘で減った数を、まだ取り戻せていないらしい。

腕や足を失っている戦士も目立つ。

それだけ彼らが、修羅の路を来たということだ。

一番奥。

小高い盛り土の上に。毛皮を重ねて、座っている大きなリザードマン族の戦士。族長だ。

敬礼すると、鷹揚に頷き返してくる。

かなり強い戦士であることは、クーデリアから見ても一目瞭然。ただし、正直アーランドのハイランカー下位程度。

向こうも、クーデリアの実力は理解しているようで、敬意を払ってはくれるが。

部下達の対応は真っ二つだ。

今は、停戦をして、スピアと戦うべきだという穏健派と。

スピアもアールズも全て皆殺しにするべきだという過激派。

現在、二つの派閥は冷戦をしており。リザードマン族の集落の内部は、軽い対立状態にあった。

「それからどうだ、強きアーランドの戦士」

「敵の数は増える一方。 此方も増強はしていますが、やはりあなた方の増援、もしくは支援があれば有り難いですね」

「おのれ、我等を顎で使うつもりか!」

「よせ」

白い鱗の戦士の一人が食ってかかろうとするが、族長が止める。

ちなみに族長の鱗も、何かしらの方法で染めている様子だ。生まれながらに、支配種族というわけでは無いのだろう。

だから強くは出られないと言う部分もありそうだ。

「このままだと埒があきませんね。 いっそのこと、此処の守りを固めるだけ、と言う手もあります。 ただしその場合、此方も終戦後に、アールズとの和平について手助け出来ませんが」

「そうだな。 今の一族の状況では、正直攻めるも守るもままならぬ。 強き戦士よ、貴殿に感謝はしているが、今は一族が身動きできる状況では無い」

「……」

荒療治が必要か。

リザードマン族の戦士は重要だ。正直、アールズよりも戦力で言うと、二割くらいは上かも知れない。

ただしリザードマン族は基本的に地中に住む種族で。

それが故に、地上に出ることに関しては、人間が思う以上に積極的では無い。

彼らを味方につけるには。

過激派をどうにかして排除するくらいのことは必要だ。

一度引き下がった後、砦に。

トトリを呼ぶ。

彼奴はエキスパートだ。どういうわけか亜人種に非常に好かれる傾向があり、色々仕込んでからは本格的に実力が開花した。

経歴的には交渉ごとに関してクーデリアの弟子に当たるわけだが。今では亜人種とのファーストコンタクト、それに以降の交渉に関しては、トトリに任せた方が上手く行くとクーデリアも認めている。

いっそのこと、丸投げしてしまうのもありだろう。クーデリアとしても、これ以上もたつくのは正直気に入らない。いっそ自分で、リザードマン族の過激派を潰してしまいたいくらいだ。

姿を見せたトトリは。

クーデリアの話を聞くと、笑顔のまま言う。

「それならば、過激派が納得する方法を採りましょう」

「ほう。 聞かせて貰えるかしら」

「まだ今は無理ですけれど。 代表者どうしでの戦いに勝てば、言うことを聞いてくれるのでは?」

なるほど、そういうことか。

そうなると、代表者は。

「精々鍛えておきなさい」

クーデリアは立ち上がると。

トトリを帰して、自身は砦の前面に出る。

やはりトトリは壊れたのだなと思って。あまり、良い気分はしなかった。

眼前には。

迷っていては勝てない相手。

スピアの大軍勢が、地を埋め尽くすほどに、展開していた。

 

(続)