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真の自立
序、それぞれの旅路
無数の屍が散らばる間にある座に、そのナナシだったものは座っていた。ダグザの傀儡となり、全てを獣のように破壊し尽くして。そして東京に、いや地球に新しい理を敷いた。
此処にナナシを案内した存在は言った。
人間が観測する事で理が生まれる。
くれぐれも人間には気を付けたまえ、と。
そしてナナシはそれ故に。
人間を動物へと変えた。
本能のまま食い争え。欲望を感じたら犯せ。気にくわなかったら殺せ。そうしてナナシが座についた世界にいた人間は、瞬く間に千人にまで減った。
それでも退屈そうに座についているナナシは、どうしても安心できなかった。
隣には、自分の言う事を絶対に聞く人形と化したフリン。
最強の剣となってどんな神からも守ると宣言したが、所詮は何もかも言うことを聞く肉人形に過ぎなかった。
隣には創世の女神として造り替えたアサヒ。
ダグザの傀儡として世界を滅ぼそうとしたナナシの前に立ちふさがって死んだ幼なじみ。
殺した後こうして女神として仕えさせた。
たまに気が向いたときにはまぐわって性欲を満たしたが。自分が望むように動いているだけだと理解出来ると、すぐに飽きた。
戦前の世代は何でも言う事を聞く肉人形を欲する層が男女問わずいたと聞く。
企業ですら「新人でありながらどんなことでもできる上に文句を一つもいわない奴隷」なんてものを大まじめに募集していたというし。
きっと最果ての時代のトレンドがそうだったのだろう。
だが、実際にそれを手に入れてみて分かった。
こんなものを喜んでいる奴の気が知れない。
早く人間を滅ぼしてしまおうか。
そう思っていたナナシのところに、人間が姿を見せる。それはまだ幼い子供で、必死に涙を拭い。口を引き結んで、ナイフを此方に向けていた。まだ幼い女の子で、服はぼろぼろ。足に至っては裸足ではないか。
そうか、こんな子供が生き残っていたのか。
ケダモノだけにしてやった人間の中で、どうしてこんなものが生き残っているのか。ましてやどうして此処至高天の座に来られたのか。
ふっとナナシは笑った。
最早神も悪魔も全て殺し尽くした。人間が滅びたら、此処も消えて無くなる。
観測する者がいなくなるのだ。
一度くらいは、ナナシをどうにかしようと挑んでくる者が来ても良かった。それが如何に非力な存在であっても。
立ち上がるナナシ。その前に、フリンが子供に向けて、なんら躊躇無く剣を振るう。そして、そのフリンが、瞬時に氷の像と化して、砕け散っていた。
「平行世界のフリンはとても強かった。 槍の技だけではなく心も強い人だった。 このフリンは殺した後に肉人形として操っているだけ。 とても弱くて悲しい」
「なんだ貴様」
其処に違和感があった。
マーメイド。幼い子供を守るように、側にある。
だが。マーメイドごときが、この空間にどうやって乗り込んで来た。そもそも人間共が殺し合っている上に、悪魔は神もろとも目につく全てを殺した。どうして生き残りがいる。
立て続けに、アサヒの形をした肉人形が消し飛んだ。創世の女神という設定にしていたものが。マーメイドが魔術を吹き付けただけ。それだけで、終わりだった。
マーメイドの力は想像以上のようだ。
ふっと、ナナシは笑う。
殺戮の限りを尽くしていたときは赤かった。今では黄金に変わった瞳を細め。上段に剣を構えた。
この剣で、あらゆる神々と悪魔を討ち取って来た。
子供に、マーメイドが頷く。子供は、剣を構え殺気を向けるナナシから、目をそらさない。恐れながらも、立ち向かう勇気をぶつけて来る。
「貴方なんて、怖くない!」
「そうか。 それで?」
「いなくなっちゃえ!」
がつんと、強烈な衝撃が来る。これは、純粋な排除の意思。ナナシは鼻で笑うことが出来ず、態勢を崩す。
女の子を守るようにして、マーメイドが此方に手を向ける。
あらゆる全てを貫き。
あらゆる神を殺して来たナナシが、どうしてかそれがとても怖く思えた。だけれど、どうしてだろう。
やっと、ずっと怖かった心が、静かになろうとしている。
マーメイドが、氷の杭を放つ。その火力は、四文字の神のそれよりも、遙かに上だった。耐性を貫通されるな。それを理解した。ナナシは、避けようと思えば避けられるそれを、避けなかった。いや、言い訳だろうか。もう、その力はなかったのかも知れない。
貫かれたナナシは、自分の終わりを悟った。
ナナシの体も意識も座から離れ、自分で殺した四文字の神のように、崩れて行くのが分かる。意識だけになったナナシが見るのは、女の子が座につく様子だった。
「ありがとう、やさしい人魚さん。 これで、みんなが優しくて、他の存在の事を思える世界にできるの?」
「そうね、それは貴方次第。 貴方が目を覚ましたクローン精製施設を考えると、まだ人間は立て直せる。 その人間がやっていけるかどうかは、貴方次第」
「いってしまうんだね」
「ごめんなさい。 次の世界をどうにかしないと。 ノウハウは掴んだ。 だから、きっとどうにかできる筈。 貴方のような人がまだまだたくさん苦しんでる。 行くね」
ナナシは意識だけになって笑っていた。
やっとこれで悪夢が終わる。
ごめんみんな。
会わせる顔がない仲間達にナナシは呟く。そして思う。
ダグザだって、こんな無様を本当に望んでいたのだろうか。でも、今負ける事ができて良かったんだとナナシは理解した。
宇宙が違うルールへ切り替わっていく。
皆殺しにしてしまった世界では、今度こそなくなる。そう、ナナシは思いたかった。
秀は冥府にまた辿りつく。
全てを終わらせて、二年ほど手伝いをした。まだ暴れる悪魔はいて、それらを排除したのだ。それも終わった。人間の中にならず者もいたが、それらも座の法則が変わったからか、以前の人類史ほど獰猛ではなくなり。狡猾でもなくなったようだった。
悪徳を美徳とするような人間が蔓延る世界は終わった。
そう判断したから、また冥府に来た。
閻魔は増員されているのだが。秀を見て、すぐに顔見知りの閻魔が来る。元々地獄の最高裁判官である閻魔だが。あまりにも手が足りない事もある。それに、地獄に対して大天使達は手を出さなかった。
それもあって、閻魔達は今も仕事をやれている。
「戻りました。 四季映姫殿」
「凄まじい活躍、地獄からも見ていました。 休暇を年単位で与えられるのですが、そのつもりはないのでしょう」
「ええ。 まだ数え切れない程苦しみ続け輪廻にも戻れぬ魂があるのでしょう」
「……はい」
冥府には裁判所があるが、其処にはまだまだ途方もない亡者の行列が出来ている。
地獄から霊夢と一緒に外に出るとき見たのだが、鬼達が死んだ顔をして行列整理をしていたのが印象的だ。
屈強な鬼達ですら目が死んでいた。
それくらい、地獄がパンクしていると言う事である。
すぐに地獄に向かう。
秀が手にしている剣は、長い事亡者や妖怪を切り続けた。更には多数の神や天使まで斬った。
故に今や、神剣と呼べるものにまで昇華している。
早速案内された場所には、怨念を拗らせた亡者が無数にいて。呻きを挙げながら、秀に向かってくる。
斬ってくれ。
この怨念を抱えていたくない。
そういう声もある。
それだけではなく、怨念そのものが形さえ為して、それが妖怪にすらなっている。そのままでは、地獄から漏れ出す者も出るかも知れない。
だから、斬る。
ひたすらに斬り続ける。刃こぼれはない。あらゆる方向から亡者が向かってくる。
此処にいる亡者達は。軽い地獄の者達や。或いは地獄で禊ぎを済ませて来た者達である。だから、斬るだけである程度はすぐに浄化させることが出来る。
刃が閃く。
短時間で自分に並んだ英傑達。特にフリンは、世界が変わる前に肩を並べた東国最強、本多忠勝とまるで遜色がなかった。もう少しあの槍捌きを見ておきたかったとさえ思う。剣の腕には頂きなどない。
秀もまだまだ、更に強くなれる。
巨大な亡者の塊が迫ってくる。それを一刀で斬り伏せ、左右に切り裂いて粉々に打ち砕いた。
光とかして、浄化されて天に昇っていく亡者。
あれらは浄化を経て、転生する。ただの動物になるのか、或いは。
人間が軌道エレベーターとやらを完成させ、宇宙に出る事を成功させれば。人間の新しい時代が来ると、殿は言っていた。
勿論その先にいい未来があるとは限らない。
もっと酷い時代が来るかも知れない。
ただ、それでも座の仕組みが変わった。客観性を人間を持つ事ができるようになれば。世界は少しはマシになる筈だ。
短時間で数千の亡者を切り伏せて。そして小休止を入れる。
此処は秀のための浄化施設とかしている地獄だ。自分から指定された地点に出向いて亡者を斬ることもあるが。
今は深い地獄ほど亡者ですし詰めらしい。
こういう施設を少しでも早く回したいのだろう。
此処の管理者をしている鬼が来たので、軽く話をする。ヨモツヘグイと言って、死者の国の食べ物を口にすると戻れなくなる伝承が世界中にはあるのだが。
秀は元々妖怪と人間の合いの子。
そのような法則は適用されない。神と人間の合いの子だったら適応されたかも知れないが。元々ダークサイドの存在であるから、意味がないのだ。実際、地獄の関係者である鬼などは、平気で地上に出てくる。
食事をして、軽く話をする。
「それにしても凄まじい戦いぶりでしたな。 我々地獄の鬼も、悲惨な労働状態でしたので、皆で気晴らし代わりに貴方たちの活躍を見て応援していましたよ。 ずっとやりたい放題していたあのタヤマとかいう奴が地獄に生きたまま墜ちる所などは、地獄のSNSで4兆回くらい再生されているとか」
「そうか。 私は自身の未熟を悟らされるばかりだったが」
「ご謙遜を。 既に剣を持たせれば、貴方の右に出る者などおりますまい」
「阿諛追従は人をダメにする。 それを覚えておくといいだろう」
鬼と離れると、次の亡者達を送り込んで貰う。雑多な妖怪と化している亡者達は、救いを求めてすがってくる。大きいのも小さいのも、人間とはとても思えない姿の者達もいる。それを片っ端から斬り伏せる。
これで、少しでも、早く浄化され。輪廻の輪に戻る事が出来るものが出るのなら。
勿論、永久に阿鼻地獄から出られない輩もいるだろう。
地獄では体感時間を引き延ばして、そういった魂には無限の苦痛を与えるようにしている。
秀が知っている範囲では西王母やタヤマがそれに当たるだろうが。
まあそれは自業自得だ。
まだまだ来る死者を、斬り続ける。疲れが出て来たら一旦切りあげ、また斬り続ける。そうして秀は、ただ亡者に落ちてしまった人々を、救済していくのだ。
それが、償い。
変わってしまった前の歴史の世界で、結局斬ることしか出来なかった自分の無力さに対する、償いだった。
ふっと、墓を作っていたリリィは、記憶が増えたのを感じた。
果ての国。
降り注いでいた死の雨が止み、誰一人生き残る事ができなかった最果ての土地。そこで最後まで生き残ったのは、作られた命だったリリィだった。生きていると言えるのだろうか。体の彼方此方は汚染され、既に人ではなくなっている。「穢れ」をこれ以上吸収するのも厳しい。
何かに自身の一部が召喚されたのは分かっていた。
それが別の世界であろうことも。
召喚されたのは多分リリィの巫女としての概念そのもの。そして、それが今、戻って来た。
きっと役割を果たせたんだ。
この果ての国ほど酷い状態ではなかったのか、もっと詰んでいる世界だったのか。それは分からない。
だけれども、それをきっと救えたはずだ。
お城の側に、たくさんある騎士達の墓。
穢者と呼ばれる存在となっても、まだ城を守り続けていた騎士達の最後の一人まで葬って。そしてお墓を作り続けていた。
お墓の作り方については、王子様に教わり。
最初から支えてくれた黒騎士さんにも助言を受け。
そして、時々穢れを吸収しすぎて傷む体を労りながら。何年も掛けて、国中に墓を作って回った。
もうそろそろ、終わるかな。
いや。途中にある村がまだだ。
たくさんいる、リリィを支えてくれた人達。みな、穢者になってからも、それぞれ大事な者を守ろうとしていた。
死者になってからは、リリィを守ってくれた。
一緒に戦ってくれた。
今は、こうして側にいてくれるのを感じるだけで、温かい気持ちになれる。
力仕事は別に大丈夫。
この体は、元々それなりに頑丈に作られていた。黒騎士さんだけが側にいた頃から、見上げるような大きさの穢者とも戦えたくらいには。
「召喚されていた概念が戻ったようだな」
「うん。 きっと、勝って帰ってきたんだと思う。 とても優しい気持ちを感じる。 召喚された先で、優しい人達に出会えたんだね」
「そうだといいのだがな。 次の墓を作りにいくのか」
「野ざらしになっている屍がまだまだあるもの。 誰かがやらなければならないことで、そうしないと可哀想だから」
リリィは身の丈より大きいシャベルを担ぐと、歩く。散々死線をくぐったこともある。これくらいのことは余裕だ。
ずっと移動に利用していた穢者と化してしまった馬は、もう既に浄化されて消えてしまった。
要所では再出現させ乗って移動するのだが。
流石にずっと具現化させていると、リリィも力の限界が来てしまう。どれだけ丈夫でも限度があるのだ。
雨の中、ソファに座って横になると、それで随分回復したり。
強力な穢者に叩きのめされて何とか逃げ帰って、横になっているとすぐに回復したり。
そういう回復力には、リリィは自信はある。
でも残念ながら、耐久力には上限がある。体力もしかり。
色々な人の力を借りられるとしても。
その力は有限なのだ。
移動しながら歩く。誰かに話を聞いて貰う事は多いけれど。愚痴を言いたいときはゲルロットお爺さん。
他愛ない話をしたいときは、お父さんのように思っている黒騎士さんと話す事が多い。
「そろそろ、墓造りと弔いの旅も終わるだろうな。 その後はどうするつもりだ」
「どうしたの? まだ墓を作る事に集中したいけれど」
「凝り性だからなリリィは。 穢者がまだいるのに城の尖塔の先まで調べて回ったりとかして、ひやひやさせられたぞ」
「うん。 でもあれは、何処かに誰か生きていないか。 誰かの生きた証でも残っていないかって、心配だったからだと思う」
心の中が温かい。
周りに支えてくれる人達がいるからだ。
たとえ生きていないとしても、リリィには大事な人達。
それに。
この戻って来た自分も、成し遂げられた実感が湧いてきている。きっと凄い冒険もして来たのだろう。
ふっと、雨が止んだ空を見上げる。今も雨は降るけれど、死の雨じゃない。少しずつ、国の端の辺りには、死の雨が止んだことを知って人々が戻り始めているようだ。まだ穢者はいるから、それらは倒して回らなければならない。悲しい事だが、仕方が無い事だ。
「さっきの話ね」
「うん?」
「煙の国ってところに行ってみようと思う」
「隣国の一つだな。 魔術が進歩しているし、以前見つけた資料には、其処から出向してきている魔術師の話もあったな」
そう。
そして、その国は、今も死の雨が降り注いでいるし。酷い状態のままだと言う事だ。この果ての国ほどではないにしても。
だから、何かできることがあるのなら、やっておきたい。
もう浄化は出来なくても。戦う力は、あるのだから。
「髪の毛とか肌とかね、少しずつ治り始めているの。 きっといつかは、少なくともフードを被らなくても、歩けるようになると思う」
「そうだな」
リリィは行く。
一生を墓守として過ごす事になるかも知れない。
だがそれを悲しんだり儚んだりしているつもりはないし、それで納得している。
リリィは皆の事が好きだ。
そして、この生き方に、今では誇りを持っていた。
1、アキラ王の広場で
ヨナタンが王としての正装をしている。ちなみにヨナタンの両親は、大天使達が第二次の侵攻作戦を東京に行った際に殺されたようだ。ヨナタンとしても色々複雑な相手であっただろう。
側に控えているのは、悪魔合体で肉体を作り出し。そして魂を霊夢が移した殿。
これからしばらくは、ヨナタンの治世を側で支えてくれることになった。殿は既に大なたをふるって、無駄だらけで奴隷化しか考えていなかった東のミカド国の仕組みを変革している。
それは知識がない僕から見ても優れた仕組みで。
口を出すどころか、文句のつけようがなかった。
それでいながらヨナタンに操り人形となる事ではなく、自分で考えて時には反論してくる事さえ殿は求めているようだ。
まあ東のミカド国の人前では、殿は忠実な部下を演じているようだが。
それだけではない。
サムライ衆が悪魔を使っていたのは公然の秘密だったが、大天使の内従ったもの。ラジエルなどを中心として、天使はこれから公然と姿を見せるようにとヨナタンは決めていた。これに加えて悪魔も。
あくまで友好的な悪魔から最初はそうしていくが。
それによって、唯一絶対だとか全肯定と全否定だとかの思想をまずは駆逐する所から開始する。
天使は普通に存在するもので、絶対的な善でもなんでもない。
悪魔は危険なものだが、扱い方を間違えなければともにやっていく事ができる。
それを東のミカド国の民が認識する事で。
その観測される結果は変わっていくのだ。
そうして急速に変わりつつある東のミカド国で、今日戴冠式が行われる。戴冠式には、東京からフジワラが代表して出る事になった。
場所はアキュラ王の広場。
ただしこれは、謁見の間が天使達の強硬派とサムライ衆との戦いで、破損したまま手をつけられていないというのが要因だ。
そんなものを直すくらいだったら、各地での問題解決を優先する。
更には。今後はカジュアリティーズとラグジュアリーズの垣根をどんどん取り払っていく。
それを示すために、各地の村の代表のカジュアリティーズも呼んである。
僕はサムライ衆の長の座を、既にホープ隊長から引き継いだ。
だから警備をしているが。
既に文句があるサムライは全員直にぶちのめした後だ。誰も、僕に文句を言う存在は既にいなかった。
それにホープ隊長がまだ後見人としていてくれる。
元、隊長だが。
第一分隊の精鋭が、僕の就任と実力を最初に認めてくれた事もある。
何よりガブリエルに無能なサムライ衆はあらかた粛正されてしまった後だったし。そういう意味でも、継承は却って楽だった。
ワルターとイザボーが来る。
久しぶり、と挨拶をする。
もう秀は地獄に帰ってしまったが、霊夢はまだ此方にいる。式典にも来てくれたが。かなり疲れているようだ。
雑談は後。
戴冠式が行われる。
王冠を持って現れたのは、司祭では無い。
アハズヤミカド王である。
殺されたと思っていたのだが。実は大天使達に放逐された後。離宮で閉じこもっていたらしい。
ただ一人だけ、アハズヤミカド王に忠実だった執事が、その世話をしていたそうだ。
大天使達は興味をなくしていたので、殺されることなく助かった。
それこそ虫か何か程度にしか思っていなかったから、却って殺されなかったのだろう。
民にはこう伝えてある。
東のミカド国を壟断し、多くの者を殺した天使達は闇に落ちた存在だった。
あの天使達は闇に落ちて、自分達の利益だけを追求した者だった。
その証拠に。
大天使ガブリエルを呼び出してある。
大天使ガブリエルは、以前の冷酷非道なギャビーとはまるで違い、穏やかで優しい目をしていた。
一目で違う事が分かる。
顔なども違う。
まああの顔は、人間向けに作ったものだったのだから。違うのは当然であったのだとも言えるが。
立ち会いはラジエルが行う。
知恵を司る大天使は、完璧な儀礼に沿って、ヨナタンの王位継承を進める。
ヨナタンが王族かどうか何てどうでもいい。
実際問題、王族の血脈なんて、調べて見て分かったのだが。
今までに何度も途切れて交代している事が分かった。
それをありがたがっていたのが現実だ。
ラグジュアリーズの名家が時々途切れたり不意に現れたりしているのと同じ。
アキラの血脈は途切れたのかも知れないが。
アキラという人が守ろうとしたものは、どうにか苦労しながらも、此処に残った。それで良いのである。
「それではアハズヤミカド王。 王冠を新たなる王へ」
「分かった。 これでやっと終わるのだな」
年齢以上に年老いて見えるアハズヤミカド王が、皺だらけの手で、王冠をヨナタンに被せた。
大天使達は、以前のように威圧的ではなく。
優しい目でそれを祝福した。
何体かの武人然とした姿の悪魔が、銅鑼を鳴らす。人間を遙かに超える背丈の悪魔達も、それを武人らしく祝福している。
そして、人間の楽隊が、短くファンファーレを鳴らす。
それで、戴冠の儀は終わった。
これで少なくとも東のミカド国では、ヨナタンに気安く話しかけられなくなったが。だが、ヨナタンは何も変わっていない。
側で控えている殿。
少し太めの中年男性が、厳しく周囲を見張っている中。
ヨナタンは、軽く演説する。
「これで家畜を管理するに等しかった東のミカド国の体制は終わった。 これからは誰もが学問を出来、誰もが思想の自由を持つ国になる。 勿論自由と無法は別の事だ。 悪事をすれば悪魔が見ている。 本来の悪魔とは、そういった悪人を罰する存在のことだからだ。 誰も知らないと思って悪事をするもの。 地獄は存在している。 それは私が東京で見てきた事だ。 天知る地知る、君知る悪魔知る。 悪事は必ず見られている。 それは私も例外ではない。 これからは、例え誰であろうと、悪事から金で逃れるなんて事はできない。 悪人は必ず地獄に落ちると知れ。 逆に、善行もまた神々が見ている。 天使達が見ている。 聖者はこれからは政治の道具ではないし、実際には裏で悪行を行っている支配者の別名ではない。 心正しきものは報われる。 それを知れ」
努力が報われる世界。
客観を誰もが得る世界。
だから独善的な絶対善と絶対悪はなくなる。
それぞれがより良きを目指して動くようになる。
だからヨナタンが言った通り、少しずつ人間はマシになっていくだろう。
だが、それでも悪人は絶対に生まれ続ける。
いずれにしても、この星から人々が旅立つまでは。
座のあり方を、堅持しなければならないだろう。
拍手の中式典が終わる。
その後は、僕はサムライ衆を率いて警備を行う。軽くワルターとイザボーとも話したが。ワルターは既にサムライ衆から抜けて、人外ハンター協会だった「警備隊」との連絡役を務めている。
ワルターの麾下にはナバールやガストンを含めた腕自慢が集められ、まだ悪さをしている神々や悪魔を倒す事が主任務になっている。
イザボーは文化振興のために、東京と此方を行き来する忙しい日々だ。
残されている本は保全しつつ、同時に電子データとして残っていた書物を、ドクターヘルとともに復興して、次々に此方に持ち込んでいる。
様々な学問書から持ち込み。
徐々に民の全員に高度な教育を施すのが目的だ。
勿論最初からそれをするのは無理だろう。
だが。其処に不公正がないように、殿が仕組みを整える。
殿はずっと守護者としているわけにはいかない。やはり死人だ。悪魔合体で体を得たからといって、ずっと此方にいるわけにはいかないのだ。
僕がおばあちゃんになる頃には、いなくなりたいそうだ。
警備の指揮が一段落して、それで眠る。
横になって伸びをしていると、ガントレットからティアマトが話しかけてくる。
「フリンさん、全てが綺麗に収まりましたね」
「これからだけどね大変なのは。 人間という生き物が変わったのはとても良い事だし、それで多少はマシになるとは思うけれど。 それでも悪さをする奴はどうしてもいる。 それらをふん縛って、悪魔につきだしていかないといけないし」
「これだけの事があっても、人間は変わりきれない。 悲しい話です」
「うん、そうだね……」
本多平八郎忠勝の事は調べてある。
東国最強とまで言われた忠勝だが、子供達には恵まれなかった。軍才はなく、政治家としてもダメだった。
すぐにその一族は転落し、歴史に関与することはなかった。
よくある最強の血統だの。
親の能力が子に引き継がれるだの。
そんなのが大嘘だと、本多忠勝は知っていたのである。
ひょっとすると、僕が愛とかにまるで興味がないのもそれが理由だろうか。
いや、それはまた別の話だろう。
なんとなく分かるのだが。僕の場合は、戦闘に頭の機能を殆ど使っている。それで、他の欲求が極端に少ないのかも知れない。
「ただ、とりあえず少なくとも僕の目が黒いうちは、好き勝手をさせないよ」
「はい。 私も側で支えます」
「長い事戦ったね。 実際には、何ヶ月程度だっただろうに」
「これからも戦いだと考えると、あと何十年でしょうね。 フリンさん、最後まで一緒にいます」
有り難い話だ。頼りにもなる。
僕は明日もまた忙しいだろうなと思って、眠りにつく。
此処にもドクターヘルが復興した科学技術がどんどん来る事だろう。
それは悪しき変化でもなんでもない。
悪魔や神々の存在は実証された。
科学と悪魔や神々は、既に共存出来ない存在ではない。
これからは、科学と悪魔や神々が一緒にやっていける時代が来る。そしてそれは、人間もまた、同じであるはずだった。
ワルターが護衛して、ウーゴを純喫茶フロリダに連れて行く。
ウーゴは司祭を続けているが、大司教は生真面目なカジュアリティーズの学者に既に交代した。
ウーゴは逆に技術の編纂と教育用の書物の管理を命じられて、逆に生き生きとそれをやっている。
やがて司祭もやめるつもりらしい。
ヨナタンが王位に就いてから半年ほど。
東のミカド国と東京の関係はとても良好だ。既に人員も行き来するようになっていて。ドクターヘルを監視しつつ送ったり。こうしてウーゴなどの非戦闘員を東京に連れて来たりもしていた。
ちなみに空いた穴からは、次々に東京の民が外に出ていて、開拓を計画的に開始している。
既に東のミカド国との領域は曖昧になりつつある。
東京でも日本国を復興するべきではないかという声もあるようだが。
殿がまだ早いと一喝していた。
人間が少なすぎるからだ。
せめて東京の今の人間の百倍は欲しい。そう殿は、冷静に言うのだった。
「おお、素晴らしい! 美しい!」
純喫茶フロリダを見て、まるで子供みたいに目を輝かせるウーゴ。まあ確かに良い雰囲気の店だ。
前は常に銃を構えたハンターが見張りについていたが。今は幻魔ゴエモンが見張りについている。
店ではシルキーが仕事をしている。
東京の中心地となった国会議事堂シェルターにいるのとは別の個体。
あっちはとにかくしっかり者だが。
こっちのシルキーは、若干おっちょこちょいで見ていて危うい。ただし、コーヒーを淹れる腕だけは此方の方が上らしい。
ワルターにはよく分からないが、まあそういうものなのだろう。
フロリダで待っていたフジワラとツギハギが、技術的な話をすぐに始める。テーブルにワルターもついて、コーヒーを貰う。
これもドクターヘルがなんとか再生させるのに成功した。
再生に成功したとき、フジワラが泣いて喜んでいるのを見た。実際に味わって見て、苦さに呆然としたのだが。
しかしまた、こういうのもありなのだろうと思って、ワルターは納得する事にしたのだった。
「此方ではアマチュアだと聞かされていましたが、毎日未熟を悟るばかりです。 あらゆる技術が違い過ぎる」
「伊達に一万年分の技術蓄積があるわけではないからね。 東のミカド国で足りないものについては、どんどん言って欲しい。 増設している工場から、試作品を送らせて貰うよ」
「有り難い事です。 それではまず幾つか……」
ワルターは見張る。それだけが仕事だ。
今の時点で、ドクターヘルは文明をとても楽しそうに復興していて、悪さをする予兆はない。
縮退炉が産み出す電力は、今や東のミカド国にまで限定的に引かれていて、それで灯りを作り出している。
今後、更に関係改善が加速するだろう。
殿の手腕は凄まじく、問題が起きるとしても殆どすぐに解決してしまう。ヨナタンだけではこうはいかない。
あいつは頭が良いが甘ちゃんだ。
それはワルターも、冷静に見て知っていた。
だけれども、ヨナタンを馬鹿にする奴は許さない。
あいつがどれだけ悩んで行動していたかは、今のワルターは良く知っている。天使達がずっと献身的にヨナタンに尽くしていたかも。それをされるのに相応しい行動をしていたのもだ。
四文字の神にさえ、天使はヨナタンとともに立ち向かった。
それが全てだと言える。
「いやはや興味深い話を聞かせて貰いました。 それでは、またすぐに参ります」
「道中お気をつけて」
「はい。 それでは」
帰りか。
幾つかの商談をまとめたようだ。ウーゴを守って帰路につく。ワルターに、帰路でウーゴは話しかけて来た。
「以前は失礼しましたね、ワルターどの」
「あん? ああ、まああんたはっきり言って不愉快だったからな。 だけど今のあんたはちゃんと仕事をしてる。 だから別に不愉快ではないさ」
「ありがとう。 そうそう、妻とも最近は上手く行っているのですよ。 子供が出来て、多少は丸くなったようです」
「それは良かったな」
実はワルターも近々結婚しようかと考えている。
相手は人外ハンターになったばかりの娘だ。年齢は少し下でまだ未熟だが、中々に根性があるいい人外ハンターである。いずれは同じ仕事をしてもらいながら、夫婦をしたいと思っている。
子育ては仲魔に任せる事になるかもしれない。
実際、今東京では、子育てのために動いている悪魔がかなりいる。特に何種類かの妖精は、子育てのエキスパートとして非常に感謝されているようだ。
「貴方たち四人は怖かった。 だけれども、豪傑として認めてはいました。 こうして普通に話せるときが来るとは、驚きではあります」
「そうだな。 俺もあんたとは殺し合う未来しか見えなかったからな」
「ははは、そうですね。 ガブリエル様が「元に戻った」ことで、私も憑き物が落ちました。 あのままでは、きっとろくでもない死に方をしていたことでしょう」
「……」
それは、ワルターも同じだ。
もしも殿に出会わなかったら。
英雄達に出会うことがなかったら。最悪フリンとすら決別していた。それは平行世界の記憶を見て知っている。
明けの明星と融合して、魔の権化とかしてしまう。
そんな自分にならなくて良かったと、心の底から今のワルターは思っている。
ターミナルにウーゴを送った後、サムライ衆と合流。ナバールとガストン。後数名のサムライ衆。
この部隊に、最近は人外ハンターの若手にも加わって貰っている。
監督役として志村さんに同行を頼むことも多い。
一足早く、既にニッカリさんは人外ハンターを引退した。今は若手の育成に注力している。
小沢さんも人外ハンターの引退をそろそろするということだ。
引退後は、此方は東のミカド国との中継役をするつもりらしい。
いずれにしても、ワルターはまだまだ。
後続を引率する役割にはなったが、これからがワルターの仕事だ。
今日はこれから東京を出て、東の開拓地に作られている神殿に向かう。順番に様々な神の神殿を作って、其処に神々を祀っているのだ。今日は確か、ケツアルコアトル達の神殿だったか。
古くは人間の生け贄を要求する神だったらしいが。
それは絶対に禁止。
以降は、太陽神として祀る事だけを許す。
そしてケツアルコアトルもそれを了承している。太陽の恵みを喜ぶ農民達が祀るだろう。
司祭と権力は切り離す。
これは殿が進めている試作で、ワルターも納得出来る。
神殿に出向く。
神社とか教会とはまた随分違う造りだ。南米の神々が指導して、土盛りみたいなのを作っている。
人々も働いてはいるが、強制労働ではない。神々や悪魔とともに、笑顔も浮かべて働いていた。
霊夢と合流。
相変わらず厳しい目をした女だ。かわいげのかけらも無い。
あれから何回か幻想郷とやらに戻ったようだが、それはそれとして。此方でしばらくは手伝ってくれると明言している。
何人か、千早とやらを着込んだ少し年下の女がいる。
巫女としての経験を積ませているらしい。
霊夢も後続の育成を始めていると言う訳だ。
「よう。 数日ぶりだな」
「人員をつれて来てくれたわね。 じゃあ、そろそろ分祀をするから、周囲の護衛をよろしく」
「任せておきな」
神殿がとりあえず形になったので、まずは人員を神殿の領域から出す。
そして、人外ハンターとサムライ衆で、悪魔と神々を展開。神殿の領域に、不届きものが入らないように見張りを立てる。立体的にだ。
霊夢が大艸というのを護摩段の前で振るう。
魔法の言語……日本語で詠唱しているが、これは此処が日本だからだ。
空から舞い降りてくるのは、多神連合で何回か見かけたケツアルコアトル。今は、翼ある蛇の姿になっている。
それが土盛りに巻き付くと、穏やかな目で其処に鎮座した。
昔と違って。
今は、神が人の前に姿を見せる。
前は恐らくだが、四文字の神の法もあって、神々が人の前に姿を見せることは控えるようにしていたのだろう。
それは色々聞く限り。信仰を支配の道具にするためにはそれが都合が良いから。
人間が産み出した神々が、人々の前に姿を見せることで。
観測されることを避ける為。
おかしな話だ。
結果、一神教の神が、急速に老いて衰えることにも。
その存在が不公正極まりない残忍な統治に便利な道具になり果てることにも。
それぞれつながって行ったのだから。
ばっと霊夢が大艸を振るう度に、神殿の力が強くなるようだ。勿論、人が集まるように、此処で祈るとどういう利益があるのかを後で説く。
それは後付けでもかまわない。
ただし、生け贄は禁止だ。
今は一人でも人間が必要。どんな人間でも。
それなのに、生け贄などで人を消耗するわけにはいかない。それは、ワルターみたいなならず者に一歩踏み込み掛けた人間だからこそ、余計に感じている事だった。
霊夢の作業が終わる。
以前ほど消耗は小さくないようだ。相変わらず鋭い目をしていて、そして神殿から出てくる。
ケツアルコアトルは満足げにその背中を見つめていた。
巫女達に、説明をしている。
この祝詞はこう言う意味がある。
此処でこう舞って、こうする。
巫女達は真剣に聞いている。
特定の神に狂信を持たなくても良いという信仰の形態は、滅びる前の世界ではとても珍しいものだったらしい。
神職達は、今後は何処の神に頼まれても出かけていき。
神殿を作り、其処に分祀だとか合祀だとかして。神の家を作る。
そこでは、狂信は強要されない。
人は神に祈り。
それで神は人に応えるだけでいい。
他の神を信じることを悪徳とする時代は既に終わった。好きなように、必要な神に祈れば良いし。
それで何かしらの利益を受ければ、同じように祈ればいい。
自分とは違う神を祈る人間を悪人だとか哀れな存在だとか考える悪しき時代が終わったことで。
それが許される時代が来たのだ。
日本の信仰の珍しいところであるそうだが。
サムライ衆が、戻る巫女達と霊夢を護衛して、東京に戻る。軽く話をしながら、幾つか確認をしておく。
「それで有望そうなのはいるのか?」
「残念ながらまだまだ最低限の実力しか皆持たないわね。 これから修行して力をつけて貰うしかないわ」
「そうか。 巫女というと、あのケルトの……」
「あのノゾミって人はかなり凄いけれど、既にダヌー神と半分一体化してる。 そうなると、他の神も祀る事は厳しいわね」
そういうものか。
とりあえず、東京も少しずつ機能を移し始めている。
古くはこの国の機能をあまりにも東京に集中しすぎて、色々と問題を起こしていたともいう。
今後は天蓋がどうしてもある東京から、少しずつ移設して。板東全体にその機能を分散することにするのだとフジワラは言っていた。
途中で雑多な悪魔が出るが、襲いかかってくる様な奴はほぼいないし。
仮にいても、霊夢が一睨みするだけで逃げていく。
霊夢は此方に来てから、力を何倍も上げたという。
まあそれならば。
天照大神が蘇ったことで、何倍も力を落としている悪魔達が、人間に害を為す事は厳しいし。
ましてや霊夢を倒すのは無理だろう。
シェルターに戻る。
霊夢達と別れて、人外ハンターともサムライ衆とも一旦解散。
酒を嗜むようになったワルターは、軽くいただく。あまり美味しいものではない。かなり美味しい部類になる酒らしいのだけれども。
美味しいとは思えず。
ワルターは酔うために飲んでいた。
ぼんやりと行き交う人々を見やる。
工場では自動化というのが進んでいて、ドクターヘルが作った機械が、作業の一部を代行している。
それはそれとして、阿修羅会にいたり、池袋でたくさんの人を西王母のエサにしていたような輩は、工場での単純労働をずっとさせられている。
見張りをしているのは、鬼や一本ダタラ達。
逆らう事ができようがないので、チンピラどもは不平を言う事も出来ず。残りの一生をああして単純労働をして過ごすしかないと言う事だ。
それもまた、良いだろう。
悪夢の時代は終わったのだ。
今では、工場は彼方此方に増え。
環境への影響なども考慮しながら、東京の外にも作る計画が始まっているらしい。
幸いそういった影響を抑える仕組みについては、「公害の時代」と言われた頃に散々ノウハウが開発されているらしく。
それを利用して、充分に影響を抑えながら作る事が出来るらしい。
しばらく酒に酔って、様子をワルターは見る。
いずれ、ワルターがこう彼方此方足を運んで、護衛をしなくてもよい時代が来る。悪魔はもっと数を減らす。
ただ、悪魔はそれでも一定数が姿を見せて、人に威を示さなければならない。
特に悪人は悪魔の手によって無惨な最期を遂げ、更には地獄で罰を受けると言う事を周知しなければならないという話もあった。
まあ、それくらいしないと、タヤマみたいなカス野郎がまた出る事になるだろう。
そして、そう言った行動を逸脱する悪魔や。更に言うと、それよりもっと厄介な悪人を取り締まるためにも。
ワルターの仕事はなくならないだろう。
それでかまわない。
自室で休む事にする。ガントレットに婚約者から連絡が来ていた。目を細めてその連絡を見やると。ワルターは眠る事にした。
2、焼け野原の故郷へ
霊夢は毎日神殿を作り、それに神々を祀り続ける。同時に東京で神職と巫女を育成しなければならない。
術に関しても、覚えたいという人間がたくさんいる。
大半は悪魔や神々に指導を任せてしまうが。
それでも、どうしても霊夢が出なければならない事もある。
しばらくは、幻想郷にはたまの帰省という形でしか戻れない。
大天使たちとの戦いで、幻想郷は大きなダメージを受けた。賢者も半減してしまった。
そういう事もあって、里帰りしたときは喜ばれたし。
死後は賢者になって欲しいとも頼まれた。
幻想郷は人も減ってしまった。
人里は壊滅的な打撃を受けて。今も復興の目処が立っていない。
東京だってそれは同じ。
東のミカド国も、人が余っている状態ではない。
それもあって、当面幻想郷で人が戻る事は無いし。
それで妖怪や神々が栄えることもない。
しばらくは苦しい時代が続くのは分かっている。霊夢としても、今は人間全体の事を考え。
幻想郷の神や妖怪が、それで力を取り戻すことを考えなければならなかった。
少しずつ、東京から出て遠出する日が増えている。
彼方此方にある正円系の湖。
核ミサイルというのが直撃した跡だ。
核の力を使う奴は幻想郷にもいたのだが。それは太陽神であるヤタガラスの力を借りて為していたこと。
逆に言うと。
それですら、幻想郷でも上位に食い込む実力だった。
これらの円形の湖の巨大さ。
その周囲ではまだ荒野が拡がっている場所もあること。
それらを考えると、そら恐ろしくなる。
ドクターヘルは、こんな核兵器などまだまだと笑っていたが。あの爺さんはやはり危険人物である。
これを見て、ブレーキを掛けられないような奴らが蔓延っていたから。
大天使がそう指嗾したとは言え。
世界中が焼き払われたのは、間違いの無い処なのだから。
ともかく、ガイガーカウンターというので調べる。ドクターヘルが作ってくれた、危険を排除するためのものだ。一種の毒が出ていて、それの危険性を測れるらしい。
それらを使って問題が無い地点に、未来に集落が出来る事を見越して、神殿を作る。
悪魔達の力も借り。
土建屋だった人達にも出て貰い。
機械も出す。
機械類も、大戦の前からあったものや。最近作られたものが雑多に混じっている。時間の流れが加速させられていた東のミカド国とその周辺を除くと。少し離れると、まだまだ朽ち果てた機械が残っていて。見つける度に大喜びでドクターヘルが飛んでくる。
土建屋達も。
ドクターヘルも。
後続の育成に忙しい。
今は各地の駅の地下に篭もって、腐った肉や野菜屑を囓っていた時代が終わった。シェルターから新鮮な野菜や肉が供給されるようになり。更には東のミカド国との貿易も正式に開始された。
カジュアリティーズの中には、東京に移り住むものが出始めている。
東京から東のミカド国に出向く人間もいる。
主に技術指導のためだが。
そっちはまだまだ、居着く人間はいないようだ。
かなり遠出した。
あまり遠くには行くなと殿に言われている。まだまだ人の数は足りていない。拡がりすぎると、ろくでもないことになると。
分かっている。
この辺りをしばらくは境界にしておくべきだろう。
声を掛けて、戻る。
戻る途中で、大きな……小山のような船が、座礁しているのを見た。一緒に来ていた年配の人外ハンターが言う。
「空母だ……」
「なにそれ」
「飛行機をたくさん乗せて海上を移動する船だ。 大戦の頃は飛行機が最強の兵器で、それを海のどこからでも展開出来る空母は、最強の船だったんだ」
「そう……」
恐らく核兵器とやらの直撃を受けたのだろう。
その最強の船は、大きくえぐれて、半ば倒れるようにして海岸線にあった。乗っていた人はひとたまりもなかっただろう。
ガイガーカウンターが、時々危険な数字を示す。
これはもう、年月が経過して、浄化されるのを待つしかないらしい。
東のミカド国から地平線の範囲くらいまでは、時間の流れが加速されていたこともあって、放射能とかいう毒は中和されているそうなのだが。
この辺りは既にそれらの範囲から外れていて。
油断すると、危険な放射能をもろに浴びることになる。
警戒しながら動かなければならなかった。
もう少し秀に残って欲しかったな。
そう思うが。
地獄が満員で、一人でも秀みたいな人員が欲しいと、霊夢も知っている閻魔の一人に泣きつかれたのだ。
膨大な魂が輪廻すらできない状態で地獄にいるのは、確かに好ましい事ではない。
霊夢としても、それを思うと、秀には地獄に行って貰うしかなかった。
彼方此方を移動して、疲れた。
酒を入れていると、来客だ。
シェルターの一室をすっかり自分の部屋にしている霊夢は。いるわよと、若干機嫌が悪く応える。
部屋に入ってきたのは、鍛えている巫女の一人だった。
「霊夢さん、知り合いだという悪魔が……」
「あたしの?」
「はい。 どう対応したものか分からなくて」
「分かった、行くわ」
軽く水を飲んで、それでシェルターを出る。
人外ハンターが銃を向けている中で、困惑しているその姿には、覚えがあった。
「あんた、ルーミア!」
「久しぶり」
金髪の幼子に見える妖怪。
闇を操るという凄そうな能力を持っているが、実際には光を遮るだけで。しかも能力を使っているときは自分も周囲を見る事が出来ないという。能力も弱く、妖怪としても弱い。幻想郷でも最弱に近い妖怪である。
ただそれでも舐められないように、人を食うとか色々な話が盛られて、人里では怖れられるようにされていた。
幻想郷では。妖怪が人間に舐められる事は、それ自体が死につながるからだ。
ただ、驚いたのには理由が幾つかある。
一つはルーミアは戦死者の一人だった事。
文字通り手も足も出ず、天使にゴミのように殺された。ただしルーミアが殺されている間に、里の子供が数人助かったのだ。
もう一つは幻想郷の外に出ていること。
そもそも幻想郷の外では失伝してしまったような弱小妖怪が、幻想郷には集まっていたのである。
色々と思うところはある。
人里での凶悪な噂とは裏腹に、別にルーミアは人を食うようなことはなかったし(少なくともここ数百年は)。
何よりも、友だと思った事はないが、殺されて良い気分がしたわけではない。
自室に案内する。
「悪魔」である事を示すように(妖怪だが)ふわふわと浮いて移動するルーミアだが。霊夢の知り合いと言う事で、人外ハンターも敵意を収めたようだった。
酔いも醒めてしまった。
自室で、咳払いする。
「あんた、どうして」
「よく分からないけれど、賢者の一人が蘇らせてくれた」
「……あいつかな」
マタラ神。幻想郷での名前は摩多羅隠岐奈。
絶対秘神と言われる程、伝承が錯綜している訳が分からない神。幻想郷の賢者の中でも龍神に次ぐ実力者。
妖怪をその気になれば自在に作り出す事ができる事が分かっており。その性格が陰湿なこともあって、本格的に動き出してからは霊夢も随分振り回された記憶がある。
ルーミアは人間を適度に怖がらせ、いても害にならない妖怪として判断されたのかも知れない。
「外に出て大丈夫? あんた、伝承なんてもう……」
「平気。 多分賢者が大丈夫なように調整してくれたんだと思う」
「そうか……」
「それよりも伝言頼まれてる。 ただ、外に出ても大丈夫ではあっても、やっぱり力は出ないから、出来るだけ急いで帰りたい」
手紙を受け取る。
幻想郷でもあまり状態が良くないか。ただ霊夢としても、正直あまり手を外せる状態ではない。
何度か戻って。賢者達に四文字の神を座から蹴り落とした話はした。
それから、何とか綺麗にされている自宅である博麗神社の掃除くらいはした。自分でも掃除をしないと落ち着かないからだ。
ただ、それでも。
幻想郷に巫女がいない事は、余り好ましい事ではないのだ。
このままだと、年単位で幻想郷から巫女がいない状態になる。ルーミアが寄越されたのは仕方がないのかも知れない。
フジワラに話しに行く。
ルーミアがお土産といって、幻想郷の地酒をフジワラに渡していた。随分とそれは喜ばれていた。
霊夢も驚いた。
人里も妖怪も壊滅的なダメージを受けた幻想郷だ。そもそも外からものが流れ着く事もなくなった。
外がなくなったのだから。
だから、地酒なんて造れるんだと、それだけで感動した。
戻る意味が、もう一つ出来たかもしれない。
「ありがとう、可愛らしい妖怪のお嬢さん。 有り難く飲ませていただくよ」
「霊夢を客として歓迎してくれて幻想郷を代表して礼を言わせて貰う。 此方としても、決死の賭だった」
「ああ、本当に頼りになった。 彼女がいなければ、もっと酷い事になっていただろうからね」
「……」
ルーミア、少し性格が変わったな。
だがそれは、仕方が無い事なのだろう。殺されて、それで蘇ったのだとすれば。完全に元には戻れまい。
いずれにしても、数日幻想郷に戻る事で話がつく。
幸い、今は霊夢がずっと貼り付いていないと厳しい状態は終わっている。神殿への分祀や合祀も、神々も数日くらいは待てるだろうし。
ワルターがどうにも出来ないような悪魔が出ても、フリンが出てくれば対応できる筈だ。
ルーミアが、作られた空間の穴に先に消える。
霊夢もフジワラに一礼すると、その後を追っていた。
戻ったのは何度目かだが。幻想郷で、じっと変わり果てた光景を見やる。
高位の悪魔は核攻撃並みの魔術を容易に扱う。それが大天使となればなおさらだ。
博麗神社から見下ろす人里は、凄まじい爆撃の後でえぐれてしまっている。人間も大半が死んだ。
彼方此方も廃墟だらけだ。
雑多な妖怪すら殺されて、随分と静かになってしまった。
博麗神社も大きくダメージを受けたが、どうにかある程度再建したようである。
ルーミアが手を振って、ふよふよと麓に消えていく。
こちらでは、悪魔が人間と協力して復興とはいかない。
妖怪は人間に怖れられていないと、あっと言う間に消滅してしまう。
たまに高位の妖怪が人間と交流するのはありだ。
だが、人間と共同で里の復興なんてやっていたら。いずれ舐められて。消え果ててしまうことになる。
人間に化ける事ができたり。
人間とある程度友好的な関係を構築している妖怪が、復興作業をしているようだが。
その数も限られている。
何より幻想郷の医療を司っていた永遠亭が壊滅した事で、今の幻想郷にはまともな医療もない。
昔はそれでも許されたかも知れないが。
この状態が続くとなると、色々と厳しいだろう。
ルーミアを此方に戻した空間の裂け目、スキマが側に開く。
そして顔を出したのは、賢者の一人。
八雲紫だった。
紫も無事じゃない。
最近は上半身しか姿を見せないが、顔にはまだ包帯を巻いている。下半身も大きなダメージを受けたらしく。車いすで移動しているそうだ。
元々人間型の妖怪ではないとも聞くが。
逆に言うと、人間の形すら、紫ほどの高位妖怪が保てなくなっていることを意味している。
「戻ったわね」
「ええ。 でも外の状態はまだまだ全然よ。 出来るだけ急いで彼方の復興を進めないと、博麗大結界を復興した今でも、幻想郷に未来はないわ」
「分かってる。 此方としても、話を進めていてね。 此方から、野菜や酒、或いは動植物等を譲渡するから、医療品などの輸入を頼みたくてね。 貴方は向こうの人間の代表に顔が利くはず。 頼めるかしら」
まあ、それくらいなら出来るだろう。
それにしても、フリンが東京と東のミカド国の間でやったのと同じ事だな。
フリンも最初、東京と足りない物資同士を交換する事を考えていたし。それもある程度上手く行った。
それで東京の復興に弾みがついた。
そういえば、外では絶滅してしまった動物が幻想郷には逃げ込んでいるのか。
ある程度復興が進んだ後、それらを外に譲渡するべきかも知れない。
幾つか話をして、書状を受け取る。
咳き込む紫。
口を押さえているが、血が。人間のものとは違うけれど、黒い血が漏れていた。体が一部で崩れている。
紫は幻想郷の妖怪の中ですら最強ではなかった。
大天使達との戦いでは、かろうじて生き残ったに過ぎなかった。
まだまだ本調子には遠いのだろう。
霊夢はあまり紫を信用していなかったが。これほど弱っている姿を見ると、少し同情してしまう。
「書状はフジワラに届けておくわ。 後、同じものを増やして東のミカド国のヨナタンと殿にも渡しておく」
「頼むわね。 私が恋した幻想郷は、いつ元に戻るのかしら」
「外のダメージよりはまだマシよ。 あっちは人間が全盛期の数千分の一にまで減ってしまったようだから」
「そうね。 それも、これからは上向きだと思うと、少しは楽かしらね……」
紫にもう寝ろと言うと、霊夢は他の場所も見に行く。
命蓮寺に出向く。
理由は、たくさん墓があるからだ。
人員を失いつつも、どうにか生き残った命蓮寺は。今はせっせと墓を作り。そして、生き延びた人妖を保護している。
此処の人間を超越した住職は幻想郷随一と言って良いほどの善人だ。
霊夢もそれは信用しているので、全て任せても良いくらいだと思っている。
いっそ賢者になってもらうのも有りかも知れない。
霊夢は墓場に出向く。
既に日が傾き始めているが。
今は、雑多な妖怪達にも、きつく達しが出ている。
今は人間が絶滅寸前。代わりもいない。
襲うのは絶対に禁止。ましてや殺したりした場合、賢者から直接制裁が行くから覚悟するようにと。
墓の一つに、霊夢は出向く。
友人だった存在の墓。
友人の墓は幾つもあるが。その中でも、これには先に墓参りしておきたかった。
「戻ったよ」
それだけしか言えない。
しばらく墓の前で立ち尽くし。それで、涙を擦る。
感情が凍ったかとも思ったほどだったのに。
それでも、幻想郷に戻って来て。それで友人の墓の前に出ると、どうしてもこうなるか。
まだまだ人間なんだな。
そして、それは決して恥じる事じゃない。
お供えをすると、その場を離れる。
幾つかの生き残った勢力や賢者のところを回って、やっておくべき事がある。幻想郷も、今後は外と積極的に関わらないと、滅びの道を驀進することになる。
摩多羅隠岐奈の能力で、少しずつ妖怪を復活させる事は出来るかもしれない。
だけれども、そもそも危ういバランスでなり立っていた幻想郷は、そのバランスすら失っているのだ。
数日間忙しく働いた後、生き残りの人妖と打ち合わせをして、また東京に戻る。
しばらくは。これが続きそうである。
東京に戻った後は、まずは手紙をフジワラとヨナタン、殿に引き渡す。
殿はふんと鼻をならした後、手配をしてくれると言う事だった。
あまり妖怪優位の幻想郷に、いい印象がないのかも知れない。
「その結界を解除して、此方に合流してはどうか」
「そうもいかないのよ。 博麗大結界がなくなるだけで消滅する妖怪も多くてね」
「やれやれ、面倒な事だな」
「何かしらの混乱が起きたときには、隔離された場所は必要よ。 貴方なら分かる筈だけれど」
殿は、家康公は。
分かっておるわと言うと、しばし考え込む。
いずれにしても、この人ならそう無体なことはしまい。
それで充分である。
一通り作業が終わったところで、シェルターに戻る。こっちの柔らかいベッドがすっかり気に入ってしまったのは秘密だ。博麗神社が落ち着くのは事実だが、このベッドは向こうに持っていきたい。
疲れが溜まっていたのか。横になると、すぐに眠ってしまう。
霊夢も、もう少し自制が必要なのかも知れない。
そう思った。
夢を見た。
起きだして、溜息が出た。
此方でアブディエルを倒したが。幻想郷での戦いでは、とてもアブディエルに勝ち目なんかなかった。
その時の事を思い出す。
霊夢が殺される可能性は充分にあった。そうなっていたら、博麗大結界は終わりだっただろう。
もう代わりの巫女なんて、探しようがなかったのだから。
平行世界には、そうして幻想郷が滅びてしまったものが幾つでもあったのかも知れない。そう思うとやるせなかった。
トラックが来ていて、壊されていた神社の残骸を運んで行く。今日は八幡神社を復興するのだったか。
八幡は幻想郷でも正体がよく分かっていないが、元は九州の神だったらしいという話を聞いている。
いずれにしても、この国でもっとも信仰を集めた神の一柱。
神社の復興はしておいた方が良いだろう。
今日は修行中の巫女達にも、神を祀る作業の手伝いをして貰う。祝詞などは既に覚えさせた。
後は本番だ。
霊夢もあの幻想郷の惨状を思うと、ずっと此方に居続けるわけには行かない事は分かっている。
或いは、次世代の巫女をこの中から探す事も考えなければならないか。
元々博麗の巫女は、外の世界も含めて探してくるものだった。
古くには博麗家というものがあったらしいが。それも途中で血縁で巫女を出す事はなくなったそうである。
霊夢も外に母親がいたらしいことは知っている。
ただ、外から連れてこられたにしても。
さらってくるようなことは、外の神々との関係からしてなかっただろう。恐らく、ろくな親ではなかったのか。
或いは存在が許されない存在だったのかも知れない。
いずれにしても、霊夢は幻想郷のためにも、東京と人間の復興に、力を貸さなければならない。
幸いなことに。
大戦前、賢者達が嘆いていた外の世界の精神性の貧しさは。これ以降は解消されていくことだろう。
あらゆる信仰が許され。
それらに上下はなくなる。
生け贄などを捧げる悪辣なものは客観性を持つようになった人間が自ら排除していく事だろうから。
神社の建設予定地に着く。
土建屋が組み立てをしていくのを見やりながら、護衛に来ているサムライ衆と人外ハンターが周囲を警戒するように促す。
ワルターが今日は所用でいないのだが、そうするとどうしても気が抜ける。これは良くないなと思っていると、代わりが来た。
「よう霊夢さん。 護衛に来たぜ」
「ナナシ。 助かったわ。 その辺りを見張っておいて」
「任せろ。 今日は確か八幡様だったよな」
「ええ」
ナナシも勉強を続けていて、様々な神々の知識を得ている。今後は人外ハンターの顔役として、東京の人々を引っ張って行くことになるだろう。
八幡神は強力な信仰を得ていた神で、それに神社が復興する事を喜ばない邪神もいるかも知れない。
だから今日は警戒が必要だ。
しばらく、祝詞などの練習をさせていると。気配あり。
「!」
「悪魔を展開! 何か来るぞ!」
ナナシの動きが早い。そしてすぐに人外ハンター達も動いていた。
地面からせり上がってきたのは、これはなんだ。日本神話系の神ではないな。いずれにしても、何処かの邪神だろう。
「さて、あたしはナナシがやれるかを見届けますかね」
ナナシも従えている悪魔の実力も、あの邪神に対して被害を出すほど柔ではない。
それはそれとして、流れ弾が飛んできても平気なように結界を張っておく。
逃げ出さずに側にいろ。
巫女達や土建業者に声を張り上げる。霊夢は立ち上がると、万が一ナナシが破れた時に備えておく。
だが、問題は無さそうだ。
人型すらろくに保てない邪神は、集中攻撃を浴びて見る間に弱って行き。大剣で頭を叩き割られて果てた。
おっしゃあとナナシが叫ぶ。
手を叩いて、霊夢は祝福。
少なくとも霊夢が、悪魔対策に東京中を飛び回らなければならない状態は終わっていると見て良い。
これならば。一年もしないうちに、幻想郷に本格的に戻る日程を組めるかも知れない。
その時には、東京の復興も、軌道に乗っているはずだった。
3、未来への柱
僕は声を掛けられたので、飛行機に乗ってそれを見に行く。既に飛行機すらも作れるようになった。
そういう声があるが、空を移動する時はティアマトに乗っていたので。別に驚きはない。
僕も随分年を取った。
全てを片付けてから、もう四十年以上。
ヨナタンは王様として、東のミカド国の身分制度を徐々になくしていき。既にラグジュアリーズは数を殆ど残していない。
悪しき身分制度が終わろうとしているのだ。
まだ王政は続いているが、それも数世代内には終わる事が決まっているようである。
ワルターは板東全域で活動していて、悪魔も悪人も許さない。
イザボーは様々な文化を復興して、東京から東のミカド国に持ち込み。いまではベルサイユのなんとかいう作品は、一般教養となっている。それ以外の漫画も、今は誰でも手に入れる事ができるようになり。文化は誰もが得られるようになっていた。
理想的な状態。
勿論人が増える過程で問題も起きたが、それらは殿が先手先手を打っていて、全て解決してくれた。
もう少し、殿はいてくれるらしい。
ずっと殿がいて、頼りっきりになってもまずい。
それに、行動範囲が拡がれば拡がるほど、もう人間がこの星でやりたい放題をしてはいけないのだと思い知らされる。
今も飛行機で飛んでいて、荒れ果てた土地が上から見えている。
昔はこの世界は青い星なんて言われていたらしいが。
明確に茶色い星だ。
星というのも、何度か高高度まで飛んでみて理解できた。
確かにこの世界は丸く。
星なのだと分かった。
重力と言われてもぴんと来なかったが。それも高高度に出ると体で分かった。
やっぱりどれだけの年になっても、自分でやってみることだ。
ただ流石に、僕ももう衰えた。
まだ若いうちに、四文字の神を座から追い落とせたのは良かったのだと思う。今では、体にガタが来ているのが明確に分かるのだから。
飛行機で飛んでいると、それが見えてきた。
無数の悪魔やドローンが群がり、建設中のそれ。
軌道エレベーターだ。
飛行機が降りる。
辺りには都市も何もない。
ただ、巨大なリソースが投じられ。ドローンと悪魔が人力の不足を補い。これだけ年月が過ぎてもまったく衰える様子がないドクターヘルが、指揮を取って作り続けている。
僕が出向く。
周囲には、僕の孫達。
血はつながっていない。
彼方此方で孤児を引き取ったのだ。やっぱり自分で子供を産む気にはなれなかった。だけれども、子供をどうしても育てる人間が足りないと言われたのもある。
一人くらい。僕の武術を受け継げるものが出るかも知れないと、子供は十人ほど育てた。
残念ながら、たくさんとった弟子にも、子供として育てた者達にも、僕を超える存在は出なかったけれども。
それでも、相応に悪魔と戦えるくらいには仕込んだし。
精神修養の重要性は体で理解させた。
今では、一線級で働いている子供も多い。孫達は、まだまだだけれども。
僕が手を上げて呼びかけると、ドクターヘルがおおと喜ぶ。相変わらず肌の色が人間のものではない。
「カカカ、久しぶりだのう。 すっかりババアになりおってと言いたい所だが、三十代くらいに見えるぞ」
「ご謙遜。 それはそうと、どうですかこれ」
「うむ、なんとかなりそうだ。 後二十年ほどで完成する」
「二十年」
ちょっとギリギリかも知れないな。
ドクターヘルが科学技術を復興し、弟子達を育成し終えて。それで、殿がこっちに移って欲しいと言ったのだ。
事実、東京の科学技術はドクターヘルが復興。
十年もした頃には、霊夢ももう役割は終わったと言って、此方には来なくなった。逆にたまに幻想郷に案内して貰って、霊夢に会いに行く。年に一度くらい。
既に新しい博麗の巫女が活躍しているが。霊夢はまだまだ若いままだ。時間の流れが幻想郷は違うというのも事実であるらしかった。
いずれにしても、後二十年は僕も生きられるか分からない。
ワルターは戦士としては引退して、後方からの指揮に移っている。イザボーはまだ精力的に活動しているが。流石に戦士としては無理だと言っていた。
ヨナタンは早めに王位を譲るらしい。
自分の子供ではなく、育成していた中からもっとも優れた成果を出した者に。
元々王家の権力を限定的なものにし、王政を終わりに向けていたヨナタンである。自分の血統……それも自分から見て可愛い子にどうしても残したいという、色々な王がやってしまった失策を、ヨナタンはおかさず済みそうだ。
次の王は既に賢王として知られているが、殿が厳しく仕込んでいる。
まだまだ予断は許さないと殿は言っていて。
名君であってもいずれ暴君になりかねないのかも知れなかった。
ただ、既に身分制度は廃止され。
東京から文化が流入し。
東京と行き来して、様々な考え方がある事を、誰もが知り始めている。この状態で、時代を逆行させる意味がない。
それに仮にそんな事が起きたら、人類に次は無い。
だから、仮に僕達がみんな死んだ後に新王がおかしくなったとしても。
対応できるように、手は殿が打っているようだったが。
「それにしても、話には聞いていたけれど、すごい高さですね」
「いやいや、まだまだ。 衛星軌道上はデブリだらけであるから、それらも排除しなければならないしなあ」
「最終的には星の海に出られるということですね」
「そうなる。 ただし、問題はその後じゃのう」
人間は。
座についたリリィによって、努力が報われ、客観性が担保される世界に生きるようになった。
エゴばかり振り回す輩は自然と排斥されるようになり。
どれだけの努力でも、相応に報われるのが可視化された結果、世界は明らかに居心地が良くなっている。
それでも、座の理想は歪む。
座から降りた後の四文字の神の様子は、今でも覚えている。
元々は、愚かしい人間のあり方を憂いて、それで苛烈な性格へと自らを律したのだ。だがそれでさえ腐敗した。
どれだけ気高かろうが。
どれだけ正しかろうが。
人間は自分のエゴを何処かで優先しようとする生き物だ。
正しい事があったとしても、自分のエゴを優先する輩はどうしても出てくる。だから古くには、絶対善と絶対悪。それが高じて、全肯定と全否定の思想が台頭するに至った訳だ。それであんな存在が座についた。
人間の観測は欲に裏打ちされ。
だからこそ、あのような事になった。
それを繰り返さないようにするのだとしたら。
ドクターヘルが言っていた、観測論に基づく座のコントロールが必須になるのかも知れないが。
いずれにしても、簡単な事ではないだろう。
「人間が進歩する可能性は、ドクターヘルから見てありますか?」
「厳しいだろうな。 そもそも生物は、たかが一万年程度で新種が出る存在ではない。 最低でも数十万年という時間が必要になるし、人間なんて子供を産めるようになるまで十五年以上かかる生物となればなおさらだ。 仮に今のまま人間が宇宙に出たら、宇宙を舞台にまた周囲に迷惑をかけ続けることになろうな」
「……」
ドクターヘル自身が、エゴの怪物と言える存在。
それは僕も、ずっと見てきて分かっている。
この人は、今は好機では無いから動いていないだけ。いずれ世界を自分のものにするため、動き始めるかも知れない。
その時、誰かが止められるだろうか。
ドクターヘルが咳をする。
舌打ちしていた。
「不老不死のつもりであったが、わしにも限界があるのやも知れんな。 バードス島の地下で見つけたあの薬も、多少寿命を延ばすだけのものだったのやもしれん。 いずれにしても、この軌道エレベーターは完成させる。 悔しい事があるとすれば、天使共に破壊され尽くしたあの光子力研究所だ。 彼処で見つかったジャパニウムがあればなあ。 あれはまだ殆どどう使えば良いかも分かっていなかった。 上手く行けば天使などなぎ払える兵器や、宇宙進出に使える動力になっていたかもしれんのだが」
「今は、手持ちの札でやれることをやるしかない」
「そうだ。 分かってきておるな。 ……まあいい。 軌道エレベーターを作るまではわしの体ももつだろう」
おかしな話だな。
もしもこのまま仮に軌道エレベーターが出来て。
ドクターヘルがそれと同時になくなったら。
この危険な野心家は、後の時代に科学を復興した偉人の中の偉人として知られるようになるだろう。
実際に歴史でも、そういった存在は他にもいたのかもしれない。
僕もまた、そういった歴史の不思議を今見ているのかも知れなかった。
いずれにしても、手伝っていく。
ティアマトを呼び出し、巨大な荷物を輸送する。ドクターヘルは、それを随分と喜んでくれた。
僕も全盛期ほどの力はないが、それでもティアマトを呼び出して使役するくらいのことは難しくは無い。
作業を淡々とやっていく。
ただ、軌道エレベーターは規模が規模だ。
僕とティアマトが多少働いたくらいで、ささっと出来るようなものでもなかった。
それでも、普通だったら半月かかる物資の輸送を、一時間で終わらせたことには意味があると思いたい。
此処ではかなりの数の悪魔使いが働いているが。
それでも、ティアマトほどの悪魔は、そうそうはいないのだ。
「助かったぞ。 これでだいぶ作業を前倒しに出来る。 高度が上がり始めたら、宇宙放射線対策と、大戦前にばらまかれていたデブリの排除。 後は、衛星軌道上なら現実的な太陽光発電システムの構築だな。 あれは地上に敷いても無意味な代物だったが、衛星軌道上であれば……」
分からない事をドクターヘルが言っているので、僕は無言で手伝う。
そのまま日が暮れるまで手伝ってから、後は帰る。流石にティアマトとずっと働いた事もあって疲れた。
もう年老いている体には、流石に厳しいか。
帰りの飛行機で、ティアマトと話す。
「フリンさん。 ドクターヘルの体ですが、やはり無理が出ているようです。 二十年はもつか分からないでしょう」
「元々不老不死なんてものが成立する事がおかしいからね」
「本来の人間の寿命はせいぜい四十年。 それを大幅に超えた状態で不老不死になったのです。 如何に神の薬を飲んだとしても、限界があったのだと思います」
「そっか……」
良かった事だとはいえない。
実際問題、ドクターヘルは下手をすると人間の敵になっていた存在だったのだ。
もしもバードス島とやらの地下に、とんでもない代物が眠っていたら。
破壊され尽くした光子力研究所とやらで、凄まじい兵器が開発されていたとしたら。きっと、歴史は大きく変わっていたはずだ。
それは恐らく悪い意味で。
そうならなかったことは幸運だったのだろう。
大戦というとてつもない不幸に比べたら、ではあるのだが。
飛行機は大戦前は、もの凄い数が飛び交っていたそうだが。今はほんの少しだけ。東のミカド国近くに作られた飛行場から、この「赤道」近くの軌道エレベーター建設予定地以外は、各地で人間を捜索するチームが活用しているだけだ。
人間を捜索するチームはリーダーがナナシであり、今ではナナシもそろそろ引退を考える年になっている。
ナナシとアサヒの子は四人いるのだが、それらのどれもが捜索チームとは違う仕事をしていて。
逆に、トキの六人いる子の末っ子が、次の捜索チームのリーダーになりそうだと言う事だ。
僕には関係がない。
僕も、そろそろサムライ衆の長を引退しようと思っている所だし。流石に腕も衰え始めた今。
頭がしっかりしているうちに引き継ぎを終わらせて、それで次の世代にバトンを渡しておきたかった。
飛行機が飛行場に到着。
降りると、サムライ衆が出迎えてきた。
ちなみに、やりとりは全て音声で記録していて、それらは若手のサムライ衆がレポートに起こす。
レポート作成システムもドクターヘルが作ってくれた。
今では音声記録から勝手にAIが作ってくれるので、昔みたいにヨナタンに頼らなくてもいいし。
不正も起こらない。
音声記録を人間の頭で記憶してレポートを作っていたときは、記憶の間違いからレポートに問題が生じることが多かったらしく。
こういう文明の利器はとても助かる。
歩きながら、軽く説明を聞く。
「問題は起きていないか」
「はっ。 小規模な悪魔の群れが確認されていたのですが、いずれもが大した事もなく、既に片付いております」
「どれ、日本の妖怪か。 一応念の為、邪神などがいないかどうか、周辺を調査しておくように」
「分かりました。 サムライ衆を手配します」
夕食を取る。
食堂のコックも、更に代替わりが進んで、今では新人がやっている。ただ、調理は機械が半分以上やっているが。
これはサムライ衆の数が増えたのが原因だ。
既に悪魔は神々とともに人間と一緒に活動している。契約次第ではメイドのような役割をこなす悪魔もいるし。逆に人間に指導をする悪魔もいる。関聖帝君は特に教師として引っ張りだこだ。
だからこそ、野獣と同じように活動する下級の悪魔もいる。
それらを退治するのが、今のサムライ衆の主な役割の中の一つだったりする。
食事を楽しんでいると、向かいに座るのは。
「久しぶりですわ」
「うん。 元気にしてた?」
そう、イザボーである。
すっかり老け込んでいる。だけれども、とても上品な老け方だ。今ではすっかりこの国を代表する文化人であり、次世代に文化を伝える存在だ。
「軌道エレベーターを見てきたよ。 ちょっと手伝っても来た」
「相変わらず活動的ですわね。 どうでした」
「ドクターヘルが衰え始めてる。 不老不死にも限界が来ているのかも知れないね」
「あの老人がもしもずっと生きたらと言うのは懸念事項でしたわね。 死んでほしいなんて事は間違っても思いませんけれど、摂理を大幅に超えた命が終わるのであれば、それは悪い事ではないのかも知れませんわ」
まあ、あの人を直に知っていればそういう答えも出る。
フジワラもツギハギも大往生した。
志村さんは満足そうに最後は畳の上でなくなったし。小沢さんは、心臓発作を起こして、病院で亡くなった。最後まで各地を走り回って、情報を伝達した人生だった。ニッカリさんはナナシとアサヒの子供が生まれたのを見て満足したのか。そのまま火が消えるように衰えて亡くなった。
年老いた人間が、そうして死ねるのはとても幸せな事だ。
僕も恐らくは、そう遠くないうちに迎えが来る。
それを今の僕は、怖いとは思わない。
子供達に何かを伝える事は出来なかったかもしれない。
だけれども、サムライ衆に技の限りは仕込んだ。
今後もサムライ衆は、護国の者として、この国とともにあるのだ。
「おう、揃ってるな!」
イザボーの隣に座ったのはワルターだ。
年老いてからもごついままだったワルターだが、結局各地で最前線で戦い続けていたこともある。
体中傷が増えていて。何というか老豪傑という雰囲気だ。
たまに僕もサムライ衆の訓練を頼む事がある。
とにかくやり方が荒っぽいのは今も変わっていなくて、訓練にワルターが呼ばれてくると、いつもサムライ衆が青ざめる。
軽くワルターとも話す。
何でもインド神話系の神々が、シヴァを蘇らせたいと言っているそうで。何度か直訴があったらしい。
人々が増えて。
観測されれば、いずれ蘇る。
そういう話はしているのだが。シヴァの妻であるパールバティ神などは、出来ればすぐにと泣きついてくるそうだ。
「参ったな。 特別扱いはできねえし。 だけど、旦那がずっといないってのも寂しいのは分かる」
「ただ、シヴァってかなり危険な性質の神だしね。 呼び出すのはどうしたものか」
「フリン、お前が悪魔合体で呼び出しておいたらどうだ」
「僕が?」
そうだと、ワルターは言う。
実はシヴァについては、呼び出せるか以前確認だけはした事がある。悪魔召喚プログラムの判定は可、だ。
ただし、一度呼び出し直すと、色々面倒だ。
今は霊夢が育成した巫女や神職が、各地で神殿を作って合祀や分祀、祀るのをやってくれているが。
神が少しずつ文句を言うようになって来ている。
神殿が小さいとか狭いとか。
しかしながら、今までは存在さえしなかったケースも多いのだ。
一神教の教会も少しはある。それらについても、戦前から信仰を捨てていない人が通っているらしい。
他人に強制しなければ、信仰はよし。
他人に迷惑を掛けないことも条件。
これらが、少しずつ。
神と、その影響を受けた人間によって崩れつつある。
ただし、八百万の神々という概念で、それをつなぎ止めてもいる。
世界には八百万の神々が存在しているというものだ。
それもあって、今の時点では。少なくとも、人々の間で信仰に関する争いは起きていないようだ。
「シヴァは危険な力を持つ神格だ。 いっそお前が従えておくのも良いのでは無いかと俺は思う」
「……流石にもう僕も年だよ。 僕が悪魔合体で作り出した後、シヴァが大人しくしているかどうか」
「僕からも頼みたい」
僕の横に座ったのはヨナタンだ。今では王様だが。
流石に腰を浮かせかけたが、フードを被っているヨナタンはしっと言う。昔のまま接して欲しいと。
周囲には近衛が数名いる。
それと、殿も食堂の外で、見張りになってくれているようだった。
「殿とも相談したんだ。 クリシュナの例を出すまでもなく、インド系の神格は強大。 マルドゥークを抑えている以上問題はないだろうけれど、それでもシヴァを従えている人間がいるのなら。 それを納得させる形で、神殿に祀る事ができるなら。 何もしないで、インド神話系の神々が悪さをするよりマシだと結論が出てね」
「はー。 わかったよもう。 ただ、それが出来るの巫女達に」
「それについては、頼もうと思ってる」
世代が変わった次の博麗の巫女。
霊夢程では無いが、かなりの凄腕であるらしい。
今でも幻想郷と物資の輸出入はしている。幻想郷ではまだ人間の数が回復しておらず、静かな土地で暮らしたいという人物を募って、幻想郷への移住の仲介をしている。それはそれとして、幻想郷で妖怪が人を食ったりしないように、サムライ衆を時々派遣してもいるが。
そういうわけで、博麗の巫女とは今も関係がある。ちなみに時間の流れが違う事もあって、霊夢も存命だが。
霊夢は二十歳を過ぎてから力が衰え始めているらしく、シヴァを神殿に祀る事は拒否されたそうだ。
「あれだけの天才だ。 流石に衰えもあるんだろうね。 ただ、その次の博麗の巫女も腕はなかなかだそうだよ。 後学のためにやらせて欲しいということだ」
「……」
次の世代の博麗の巫女か。
実は、その子については知っている。
東京を安全にした後、各地を調べていたのだ。そうしたら、冷凍睡眠というもので眠っている人々を見つけた。
大戦の前に、そういうもので眠りに入って災禍が終わるのを待つという思想だったらしいのだが。
冷凍睡眠というものは技術がまだ未成熟で、殆どの人は蘇生しなかった。
その中で、一人だけまともに蘇生した子供。
それが、その今の博麗の巫女だ。
霊夢が何かしら強い力を感じ取ったらしく、身よりもなかったこともあって幻想郷に引き取り。
今は次の世代の幻想郷の巫女として、博麗大結界の維持と、人間側からの幻想郷の管理に努めているらしい。
何度か話したが、素直で真面目な子だ。
霊夢が気性が荒くて酒ばっかり飲んでいたのとは対照的である。
「分かった。 ただし、霊夢も立ち会って欲しい。 それが条件」
「そういうだろうと思って、僕の方でもそういう書状は既に作ってある。 では、シヴァを悪魔合体で作るところからだね」
「殿の差し金かな。 まったく……まあ良いけどさ」
後は、軽く話した後、それぞれ別れる。皆にもう、それぞれの生活があるからだ。
僕はアキュラ王の広場……もう石像は土台から撤去されて影も形もない……に出ると。其処で、シヴァの合体を行う。
シヴァは悪魔合体で作り出すだけなら簡単だ。
誰にも扱えないだけで。
幸い、年老いた今の僕でも呼び出すことは可能である。そのまま、悪魔合体を続行。もの凄いスパークが走る。だけれども、大丈夫。
側で支えてくれる存在が、幾らでもいる。
かなり消耗したが、それでも成功した。
側に立っているのは、四本の腕、額の目。青い肌が特徴的な。インド神話の三大神の一角。
破壊と創造の神格、シヴァだった。
維持の神格であるヴィシュヌ、世界を創世する神格であるブラフマーと並ぶ三大神であるが。
実際のところはブラフマーやシヴァよりヴィシュヌの方が人気があり、そのため神話的な扱いは色々と複雑なのだとか。
ヒンズー教は多数の信仰を無理矢理一つにまとめた存在である。
故にシヴァも、多数の神格が混ざり合った結果なのだと言える。
「私を再生し呼び出すとは大した人間だ。 それだけ年老いてなお、この世界で最強のようだな」
「僕はフリン。 シヴァ、貴方をこれから神殿に奉じたい。 かまわないかな」
「かまわぬ。 体を失い、この新しい世界の美しい創造の様子をアティルト界から見ている事しか出来なかった。 この世界を破壊する時が遠い未来である事を祈るしかあるまいな」
「そうだね」
シヴァは言う。
シヴァは破壊とその後の創造を司る。ブラフマーの無からの創造を司るのとは少し違っている。
破壊の側面ばかり知られているが。
しかしそれは他の破壊の神も同じであり。
本質は慈悲にあるのだと。
まあ、分からないでもない。ただあまりにも原初の荒々しさが表に出すぎているが。事実、呼び出した今もびりびりと破壊的な力を感じているほどなのだから。
咳払いして、幾つか釘を刺しておく。
これからは、人が主体、神はあくまで祀られるもの。
神が世界を主体的に動かすのでは無い。
人が祈ったとき、僅かに力を貸してくれるだけでかまわない。人が悩んだときに、少しだけ背中を押してくれるだけでかまわない。
悪人を懲罰するのは悪魔の仕事。
祈った人間に、どんな加護を授けるか。それだけを考えて欲しいと。
シヴァは少しだけ考えた後、分かったと応えた。
本当に分かってはいるようだ。
僕も嘘をついているかはすぐに分かる。だから、それでいい。
シヴァをしまう。
多分これが、僕にとって最後の悪魔合体になると思う。でも、それで全くかまわない。
僕はやるべきことはやった。
出来れば軌道エレベーターの完成を見届けたいけれど。
それは出来るかどうか。
伸びをすると、後は自室に戻る。
最近は今までルーチンでやっていた訓練が出来なくなって来ている。流石に体が衰え始めているのだ。
こればかりは仕方がない。
不老の薬を飲んだドクターヘルですら、限界が来始めているのである。僕が限界が来ない筈がない。
眠る。
夢を見た。
全ての戦いが終わって、サムライ衆の長に就任して。
それで、後は、引き継ぎも終わって。
彼方此方で仕事があって。
休む暇もなかった。
結婚に興味は最初からなかったし、子供を産むつもりもなかった。だけれども、各地を調べていて孤児になっているような子はよく見かけた。親を探して、それで一日仕事を潰してしまったこともあった。
殆どはフジワラに任せたり、或いは子供を育てることを専門にしている悪魔。鬼子母神だったか。そういった存在に任せたり、一部は幻想郷に送ったっけ。
でも、それでもどうにもならない子を、僕が引き取った。
擦れている子が多くて、昔のナナシはこんなだったんだろうなと思いながら、徹底的に躾けた。
物心がついた頃には、それでしっかりした子になってはいた。
お父さんが欲しい。
そういう子もいたけれど、それは仕方がない。いずれそういった子も、独り立ちしていった。
独り立ちしていく頃には。
東のミカド国の身分制度がなくなり。
安定し。
東京から出た人々が、集落を幾つも作り。
そして、知っている人達が、一人、また一人と亡くなっていった。
目が覚める。
まだ、あの世に行くのは早いか。
あの世に行くとしても、地獄に行くわけでもないだろう。そうなると、秀には会えないだろうな。
あの人とは本気で一度武芸をぶつけ合ってみたかった。
転生とかまたするのだろうか。
それもまたよし。
僕もまだまだ役に立てるのなら、そうしたい。役に立てる場所に行きたい。
神々に祀り上げられるかも知れないが。
そんな事をされるくらいなら、人としてこの世界をよくしていきたい。そういう場所に、僕はいたかった。
起きだすと、軽く鍛練をする。
昔ほどの鍛練は出来ないが、それでも相応に出来る。
僕がこれ以上伸びないと感じたのは、30を少し過ぎた頃だったか。その頃には、身体能力の上昇も止まっていた。
ただ、技を練り上げることは出来た。
だから、頼まれて技を体系化した。今では多数のサムライ達が、僕がまとめ上げた技を使っている。
鍛練を終えると、サムライ衆の詰め所に出る。
副団長になっているガストンとナバールが、朝の挨拶をしてくる。
ナバールはもうかなりの年だが。それは僕も同じ。
ガストンも今ではすっかり老人だ。
次の世代をどんどん育てて行かないとな。そう思う。
「ガストン、今日の任務は」
「は。 入植先でのトラブルがあり、それを調停に向かいます。 これには三個分隊が当たります。 東京でのトラブルの調停に二個分隊。 後の分隊は、各地をパトロールします。 警備隊から派遣された人外ハンターとの連携任務になりますが、危険な悪魔が出る報告はありませんので、危険度はあまり高くは無いかと」
「油断はするな。 最近もまた、都市伝説が新たに作られ、それから悪魔が生じている。 どんな不可解な能力を持っていてもおかしくない。 達人だろうと油断すれば一瞬で死ぬ」
「分かっております。 皆、全力で任務に当たる覚悟です!」
頷く。
では、それぞれ任務に出るようにと、僕は指示を出す。
ナバールは今ではすっかり参謀で、昔のヨナタンみたいに作戦案をまとめたりもしてくれる。
昔の事を部下達に聞かれると。
苦笑いしながら、如何に自分がどうしようもない奴だったかをよく話しているが。
これは自身への戒めもあるのだろう。
ちなみにナバールの家は、ラグジュアリーズの撤廃に反対していたが。誰もその主張には賛同せず。ナバールとガストンの両親は、資産も失って落ちぶれた挙げ句、寂しく死んだそうだ。
強硬的なラグジュアリーズほど、そんな哀れな末路を辿った。
王政も、予定より早く終わりに出来るかもしれないと言う。
だとすれば良い事だと、東京の事を思い、僕はふっと笑っていた。
さて、行くか。
腰を上げる。
まだまだ、若い子らに何もかも任せる訳にはいかない。
蜻蛉切りは少し重くなったか。だが、まだ柄を短くしなくても良いだろう。
本多平八郎忠勝は、晩年蜻蛉切りを短くしたという話だが。僕はまだ。そこまで衰えてはいないということだ。
まだまだ現役よ。
だけれども、そろそろ引退して、後事を若い世代に託さなければならない。
殿がしっかり回る仕組みを作ってくれている。
それに内紛どころの状態ではないから、後数百年は大丈夫だろうとも、殿も言ってくれていた。
その間に宇宙に進出して。
人間が新しい段階に至れたら。きっと更に明るい未来がある。
以前、弥勒菩薩に見せられたような悲しい平行世界の光景ではなく。
希望のある未来が。来ようとしていた。
エピローグ、月と太陽
悪魔王とも言われるようになった明けの明星のところに、蠅の王が来る。髑髏を重ねたような玉座についている明けの明星は、今や悪人を抑止する存在だ。
悪事を働いていると、明けの明星が現れて、世にも恐ろしい死を与える。
そう人間達には認識され、観測されている。
面白いので、その立場を今ではすっかり気に入っていた。
元々一神教の悪魔は、地獄で人間を罰する天使だったのだ。そういう点では、仏教の鬼が似ていると言える。
それでいながら、いつの間にか都合が悪い悪をことごとく押しつけられた。
そういう意味では、明けの明星は元に戻れたのだと言える。
そして明けの明星は、様々な不幸に見舞われて、神に救われなかった人間の姿を。本人の許可を得て借りるようにしていた。
神が救わなかった人間を救い。
その代わりに、姿だけを借りて行動する。
それは全知全能を自称しながら、世界を不公正だらけにしていた神への意趣返しで始めた事だった。
だが、今ではもうそれも必要ない。
ただ今は、敬意をもっとも払っている人間。
一筋の槍となって、全てを撃ち抜いた英雄。フリンの若い頃の姿を採るようにしていた。ちなみに許可は取っている。
死に際に会いに行ったのだが。
フリンは最後に大笑いして、良いよと言っていた。
ちょこんと髑髏だらけの玉座に腰掛けている前に、蠅の王。此方も病魔を喰らい、悪人を罰する存在として再認識された者が、跪いていた。
「閣下。 人間の宇宙船がついに火星に到達した模様です。 テラフォーミングは数百年は掛かるようですが、それでもコロニーは即座に建設を開始したようですな」
「大戦前には身の程知らず達がすぐにでも火星に植民を、などと言い出していたようだが。 はっきりいって充分であろう。 それでどうだ、様子は」
「上手く行っているようですな。 第一陣の五十名ほどは、現地でのコロニーで過不足なくやれているようです。 綿密な計画と、人工知能を利用した準備によって、大いに上手く行っているようです」
「ふっ。 恐らくいわゆる技術的転換点は間もなくだ」
一部の神々と悪魔達は怖れている。
このままでは、我等は必要なくなり、消えるのでは無いかと。
だが、明けの明星は知っている。
まだまだお守りという形で、人々は心のよりどころを身に付けている。
神殿にも、何か頼むときに足を運ぶ者も少なくない。
支配の道具とされなくなってから、信仰が弱まったのでは無いかと言う話も耳にしていたが。
新しい信仰は幾らでも湧いてくる。
信仰なんて、いつでもどこでも湧くものだ。
最近では都市伝説から生じた者達が、古代からいる悪魔に混じって、明けの明星に仕えている。
そういうものなのである。
「それにしても、平行世界がとても安定しているようですな。 既に滅びてしまったものを除くと、あらかたこの世界と同じように破滅から立ち直り、宇宙への進出を果たし始めているようです」
「例の人魚殿が頑張ったのだろう。 あの娘はようやく愛する者のところへ戻れるのか、それとも戻ったのか」
「麗しい話ですな」
蠅の王は、元々はバアルを悪魔として解釈したものだ。
そういう事もあって、根っからの邪悪でもなんでもない。
そもそも一神教ですら、最も重要とされる聖人であるソロモンが悪魔を使役していたという話があるように。
古くは悪魔は邪悪の権化などではなかったのである。
「地獄についてはどうだ」
「既に落ち着いているようです。 ただ阿鼻地獄で永遠の責め苦を受けているものばかりはどうにもならないでしょうが」
「地獄での裁判は公正だ。 別に此方から何かをしなくても良かろう」
「そうですな。 四文字の神が唯一絶対を自称しなくなってから久しい。 我等もそろそろ第一勢力ではなくなるのかも知れません」
少しだけ寂しそうな蠅の王だったが。
明けの明星は、それでも全くかまわないと考えていた。
さて、少し人間の世界を見に行くか。
ルキフグスを伴う事にする。
人間の世界に一瞬で出ると、昔の東京とみまごうばかりの発展が取り戻されている。それに、悪魔を従えたり、ともにある人々が多い。もはや悪魔召喚プログラムは当たり前に使いこなされているのだ。
勿論それで問題も起きるが、彼方此方に監視用の神々と悪魔が配置されている。
悪魔が身近にいるから、神殿も多い。
ただ、通貨は既にマッカでは無く日本円が復活して使われている。マッカはこれは別として使われ。
悪魔召喚や合体でいかされているようだ。
昔、自分がとっていた姿に似ている女の子が、話ながら通り過ぎていく。
「聞いた? 火星でコロニーの建設が始まったって」
「金星の軌道上はもう上手く行っているらしいね。 これから木星とかにもコロニーを作るんでしょ。 自動でアステロイドベルトでの採掘は既に始まっているらしいし、太陽系を人類が出るのも近いのかな」
「私は宇宙に出てもフロストくんに助けて貰いたいな」
「あんたぞっこんだね。 私はマカミ様一択かなー」
ふっと、笑いが漏れた。
雑多な人々と悪魔と神々が共存している。
混沌の理ではないが、此処には良い意味での混沌がある。
保存されていた遺伝子データから復旧された人間もいるし。人工子宮で生まれてくる人間も増えており。少なくとも人間が生物的な劣化から絶滅することは無さそうだ。
あの徳川家康公が徹底的に仕上げた第二の江戸は。当面は平和で穏やかな場所になるだろうし。
其処を中心とした人間の新しい世界も、しばらくは平和だろう。
その後は、明けの明星にも分からない。
人間が新しいステージに行ける可能性は高いとは考えているし、神々も明けの明星もそれを望んでいる。
既に人間は、自分達は絶対の正義であり、宇宙全てが自分達のものであるという妄想からは解き放たれている。
座の新しい法則は上手く稼働しているし。
それで誰かが不都合を味わっているようなこともない。
姿を借りさせて貰ったフリンは、きっとあの世で心穏やかに。仲間達と一緒に、この世界を見下ろしているだろう。
あくまで概念的な話だ。とっくに転生して、この世界のためにと働いているかも知れないが。
「行くぞ」
ルキフグスに声を掛けて、明けの明星はこの場を去る。
悪魔の中には、暴れられなくてつまらないとぼやくものもいるが。それでいい。
貶められることもなく、ただそのままある事が認められている世界なのだ。
それでいいではないか。
新しいステージに人間がいけるのか。また堕落して破滅の坂を転がり落ちるのかまでは明けの明星にも分からない。
ただ今は。
悪魔王としても、この穏やかな光景を、見守っていきたいと思っていた。
将門公と家康公。
二人の東京守護者。
それに英雄達によって勝ち取られた、この穏やかな光景を。
(真女神転生4二次創作、もう一人の東京守護者、完)
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