壟断の終わり

 

序、東のミカド国へ

 

目が覚めたので起きだす。

数日太陽の日を浴びていない。それだけでなんだか体に違和感がある。これを25年も続けて来た東京の人達はどれほど辛かっただろう。そう思いながら、シェルターを出て。伸びをしていた。

大天使達の軍勢を退けてから数日が経過。

敵の再侵攻はない。そうフジワラは判断した。それで、体力を回復し次第東のミカド国に仕掛ける。

そう会議で決まった。

今回の作戦は、僕ら四人。それに霊夢、秀、殿、マーメイド。後はドクターヘルも出る事になる。

サムライ衆は混乱するだけだから、精鋭を僅かに出すだけ。それもスカイツリーの麓で、天使の襲来を警戒するのに留まって貰う。これも変な話だ。サムライ衆は東のミカド国の民なのに。

まずは、東のミカド国を壟断している大天使達をどうにかする。

それが必須。

その後、四文字の神との戦いをどうやって始めるかを考えなければならない。いずれにしても、此処が正念場だ。

軽くルーチンの鍛練をする。

体を動かしていると、ナナシが起きて来た。ナナシもイスラフィールなんて強敵と戦ったのだ。

本当は東のミカド国に攻め入りたいかも知れない。

だが彼方は敵の本拠地だ。

それに、既に分かっている事がある。

東のミカド国のターミナルは封鎖された。つまり、これからターミナルを用いて奇襲するのは不可能である。

こればかりは、仮にターミナルを守っていたのが蠅の王であっても無理だったのだろう。それは仕方が無い事なのだとも言える。

蠅の王でも、大天使全てを相手にするのは厳しいだろうから。

アサヒとトキも出て来た。僕は丁度良いので、アサヒとトキ二人に、背中に乗るようにいう。

これくらいの重しがあって、丁度良いくらいだろう。

腕立てを開始すると、残像を作ってひゅんひゅん上下するアサヒとトキを見て、後から出てきたハレルヤもガストンも呆れていた。ナナシは既にどこかで見た事でもあったのか、すげえというだけである。

腕立て終わり。

アサヒは真っ青。

酔ったかこれは。

トキは平気そうである。

「フリンさん人間?」

「人間だよ。 人間離れしているとは良く言われるけどね」

「貴方が殿方だったら、私の生きた証を一緒に残したかった」

トキがとんでも無い事をいうので、ガストンが盛大に噴く。意外とウブなのかも知れない。今の見た目の年齢は、殆どナバールと変わらないのだが。

続いて悪魔を召喚。

呼び出すのはスルトだ。

スルトは強大な悪魔だが、それでもティアマトやマルドゥークに比べると随分と格下のようだ。

北欧神話で世界を滅ぼしてしまう悪魔だそうなのだが、それでもやはり古代神格には及ばないのだろうか。

スルトにその辺の鉄骨を持って貰い、それを使って懸垂する。

ひゅんひゅんと残像を作りながら懸垂して、体を温めておく。人外ハンターが出て来て、度肝を抜かれているようだった。

「黙示録の天使どもを倒したって言うのも納得出来るな……」

「てか人間とは思えねえ」

「おい、失礼だぞ。 トランペッターがそのまま暴れていたら、今頃全滅していたかもしれないんだ」

「わ、分かっているよ」

懸垂終わり。

着地。

畏怖の籠もった視線はまあいい。ともかく体を温めたので。蜻蛉切りを振るって、軽く鍛練をしておく。

組み手は必要ない。

既にあらゆる型を体に叩き込んであるし、それを実戦で対応させるだけだ。実戦は散々積んだ。

勿論それに驕ることなく、まだまだ技を調整しておくのだ。

軽く鍛練を終えたので、シェルターに戻る。

ナナシはガストンと組み手しているが、かなり良い勝負のようだ。ホープ隊長が手塩に掛けて育てたらしいが、それも納得出来る。すっかり毒気が抜けたナバールも、前衛を任せるとガストンに言っていて。ガストンもそれを受け、気持ちよく返事をしているようだった。

シェルターでは、急ピッチに弾丸やらの作成をしているようだ。

霊夢はまだ酒を飲んだくれているらしくて、自室から出てこない。多分だけれど、仇敵だったアブディエルを討ち取った事を、死んでいった仲間達に報告しながら飲んでいるのかも知れない。

邪魔は野暮だ。

いずれにしても、大天使達は簡単には態勢を整え直せない。

大戦の時には、今の数千倍以上人間がいた。そういう話を聞いている。信仰をそれだけ失ったのだ。

倒された大天使が復帰するのも、ましてや失った天使の軍勢を補填するのも無理な筈。此方は焦らなければそれでいい。

僕もしばらく、貰ったスポーツドリンクを飲んでゆっくりする。しばらくゆっくりすごすと、フジワラから連絡が入った。

「作戦の打ち合わせをしておきたい。 霊夢くん、話だけでも聞いていてくれるか」

「勝手にやってなさい」

「そうさせて貰うよ。 シェルターにいるものは会議室に。 それ以外はテレビ会議のシステムを起動してくれ」

すぐに会議室に向かう。

今回は僕ら四人の中ではワルターだけがいた。イザボーとヨナタンは被害調査のために出ていた上野からテレビ会議で参加している。霊夢は飲んだくれて、横になって会議を見ているのだろうか。

まあそれはどうでもいい。

秀が既に席に着き、腕組みして待っている。マーメイドは市ヶ谷で、ドクターヘルと参加。

殿がフジワラとツギハギと遅れて来て、それで人員が揃っていた。

作戦会議は今までにも何度かやっている。

これは最終確認、である。

身内だけなので、殿が音頭を取る。

それを誰もが納得していた。

「それでは東のミカド国に攻め入る作戦の最終確認とする。 多くの人員は残していくが、それは東京に相手が逆撃を掛けて来た場合の対策だ。 東のミカド国では奈落とやらに天使が大量に配置されているか、あるいは丸々と領域にされている可能性が高いと見て良いだろう」

「奈落の情報は役に立たないと判断して良さそうですわね」

「考えて見れば、ミノタウルスは命がけで天使の東京への侵入を防ぐつもりで彼処にいたんだろうな」

ワルターがぼやく。

ただ、もしも大天使達が再侵攻を目論んだ場合、ミノタウルスではどうにもできなかっただろう。

戦った時は勝てたのが奇蹟に思えたが。

今では、大天使達の恐ろしさが分かる。本当に命がけで、彼処でミノタウルスは張っていたのだ。

アキラとの深い信頼関係があったのが分かる。

平行世界でのアキラも見たから、なおさらそれには納得ができた。

「まずは奈落の突破。 最精鋭だけでこれは行うが、やはりトラップを用いて一網打尽を計ってくる可能性がある。 霊夢には、精神攻撃を含めたあらゆる攻撃に対する対策を準備しておいてほしい」

「ええ、やっておく」

ひくっと霊夢が通話の向こうで喉を鳴らしたので、苦笑い。

相当に飲んでるんだな。ただ、人生最後の酒かも知れないと判断して、それで痛飲しているのかも知れないが。

後でタヤマの病気。糖尿だったか。それにならないか心配だ。

今は蟒蛇でも、いずれ霊夢だって年を取るのだから。

「敵にいると思われる戦力はガブリエルを初めとした天使達。 他に最大の懸念する相手としては、やはりメタトロンの存在か」

「仮に大天使達が戦力の投入を惜しまないなら、確定で出てくると思う」

マーメイドが言う。

マーメイドがナホビノとともに戦った世界でも、メタトロンは滅びずに独自に天の門を守っていたそうだ。

神が滅びても天使としてあり続け。

その忠義を崩さない存在。

いや、そのあり方はもはや殺戮機械に近く。神の言葉を盲信して、敵を全て殺す装置そのものなのだとか。

アブディエルという大天使の顛末は聞いている。

それを聞く限り、やはり全肯定と全否定の理はダメなのだと分かる。アブディエルという存在は忠義深い武人だったようなのに。結局壊れて神の狂剣となってしまったのだから。

「出来れば東のミカド国への被害は抑えたい。 それについては問題は明けの明星や多神連合の動きだが……」

「明けの明星は恐らく人々を無意味に殺したりはしないわ。 ただ、大天使達を撃ち倒した後、人々に教育が必須でしょうけれど」

「そうだな。 本を読んだだけで悪魔になるような「純粋」などいらぬ」

殿は、その辺りは教育係の悪魔を見繕っているらしい。

まあ、任せるしかない。

本多平八郎忠勝の記憶は、ある程度残っている。転生したから、なのだろうけれども。それによると、殿は老齢になっても判断ミスをほぼしなかった。それが殿の最大の強みだった。

詰みの状態からひっくり返す事は出来なかったらしいが。

負け戦ではその場の勝利に固執せず即座に撤退を選択したり。

相手が大軍でも隙があると見るや火のように攻め立てて敗走に追い込んだりと。幾らでも名将がいる時代に、野戦の名将と呼ばれただけのことはあったらしい。

いずれにしても、僕はこの人を信じる。

ヨナタンが挙手する。

一つ聞いておきたい事があったようだ。

「時に殿。 その娘についてなのですが」

「ああ、そろそろ話してもいいか。 この娘は異界の巫女だ。 この世界にはかなり特殊な召喚によって到来したと本人が前に言っていた。 もとの世界には本人がいるらしいから、複製体が呼び出されたようだな」

「平行世界ですらないのですか」

「ヤタガラスという組織があった。 その最後の残党が、東京の復活をかけて呼び出したのがこの娘だ。 確か……果ての国という場所からきたという事だ。 名はリリィ」

そうか。

銀髪の子は、百合の名を冠している存在なのか。

ただ、それも簡単な話ではないらしい。

リリィはたくさん作られた複製存在の一人だったのだとか。

それを聞くだけで、リリィも本当にろくでもない世界で生き。そして生き残った事がよく分かる。

なお、その世界で得られた仲間の能力を、リリィは再現して使っているらしい。光の防壁など自前の力もあるそうだが。

咳払いすると、ヨナタンが言う。

「殿の話は分かりました。 それではリリィ。 君とも仲間として戦っていきたいが、それでかまわないだろうか」

「……貴方たちを家康さんとずっと一緒に見てきました。 それで分かったのは、貴方たちは私の故郷の人達と同じだと言う事。 私の故郷は滅びる最後の瞬間まであがいて、それぞれが皆のために戦おうとしていました。 私が手をかせないと判断したのは、東京の人達が、こんな状況でもエゴを振りかざして、好き勝手をしていたから。 でも、貴方たちになら。 手を貸すのは、本望です」

「そっか。 ありがとうな。 俺も一歩間違えばエゴの化け物になっていただろう。 たくさんの出会いがあって、今の俺がいる。 よろしく頼むぜ」

「わたくしからもよろしく。 多少年は離れていますが、盟友として背中を預けられますわ」

皆、それぞれから改めてよろしくと声を掛ける。

リリィは元からあまり喋るのは得意ではないらしく、はにかむだけ。或いはだけれども。そもそも、周りにたくさんの人がいる環境そのものをあまり経験していないのかも知れなかった。

ともかくだ。

最後の不安要素もなくなった。

僕から見ても、殿とリリィは信頼出来る。そして、銀髪の子ではなくリリィになった事で、本当の意味での仲間になったように思う。

何も、その場の全員が同じ思想である必要性はない。

集団が一つの思想を強制され、まとまる必要などない。

それぞれに利害があり。

それぞれに思惑がある。

それでかまわない。

ただ、それでもこの瞬間、全員の思考が指向した事には大きな意味がある。四文字の神を、座から引きずり降ろす。

その最終準備が整ったのだ。

細かい打ち合わせをする。東のミカド国に出たら、まずは退路の確保。つまりターミナルの復旧だ。

それからホープ隊長と協力して、ガブリエルら大天使を仕留める。

ただ、別に皆殺しにする必要はないと思う。

素直に敗北を受け入れる相手まで殺す必要はない。そう僕は考える。それを告げると、殿はそうだなと言った。

「ただ、四文字の神の影響力は圧倒的だ。 あのマンセマットすら、神からの離反は考えなかったようだしな。 そう降るような大天使がいるかどうか」

「悪魔合体で従えている大天使を据えるのは手の一つだろう」

秀が提案。

確かにそれはある。

ちなみに秀は乱戦の中で大天使をかなりの数斬った。その内数体は、札に取り込んで従えたということだ。

それも確かにいい。大天使がいなくなったら、東のミカド国の民は、根底から思想を崩されて混乱するかも知れない。

他にも幾つかの案を決めておく。

ただこれも、何回かの会議で出た話の直しでもある。いずれにしても、大まかな作戦は既に決まっているのだ。

フジワラとツギハギは居残りで、何があっても東京を守る。

竜脈の復活で、日本神話の神々は更に力を増している。それならば、東京を瞬時に落とされる事はないはず。

後、懸念事項があるとしたら。

クリシュナの動きか。

多神連合が解散した今、クリシュナもそう無理はしないと思う。維持神というなら、今更僕やナナシを後ろから刺しても意味がない。

問題はダグザか。

一応提案しておく。そうすると、殿は言う。

「実力的に、そろそろ連れて行けるのではあるまいか。 大天使どもとの戦いに連れていくのはありだろう」

「ケルトの主神ではあるけれども、ティアマトやマルドゥークを従えているフリンだったらどうにでも出来そうではあるわね」

「それならわたくしが近衛にしていきますわ。 防衛のためのボディーガードが必要でしたし」

いうまでもないが。

必殺の霊的国防兵器は全て市ヶ谷とシェルターを守って貰う。

それだけ、まだまだ敵の攻撃は警戒しなければならないのだ。

会議が終わる。

出撃は明日。スカイツリーの内部のターミナルに転移といいたいが、上野のターミナルだ。霊夢らはスカイツリー内部のターミナルに登録していない。

人数が少し多めになるから、恐らく二班での行動になるだろう。それについては。現地で決める事になった。

外で、以前ダグザに貰った竪琴を鳴らす。現れたダグザは、なんだか若干力が落ちているように見えた。

「なんだ。 別にこれから戦いのようには見えないが」

「これから戦いだよ。 正確には明日だけれどね。 いきなり戦場に呼ぶほど僕らも大胆じゃないってこと」

「ふむ、そうか。 それで何用だ」

「わたくしの手持ちになっていただきたく。 四文字の神をぶん殴る権利を代わりに差し上げますわ」

それを聞くと、ダグザは痛快であるなと大笑い。あれ。ちょっと雰囲気が変わったか。

少し雰囲気が柔らかくなった。

ダグザの方から。その理由を教えてくれた。

「実はな、多神連合から離脱したオーディンと先に相討ちになったのだ」

「えっ……」

「今更主導権を握ろうなどとくだらんことをしていたのでな。 奴と相討ちになった後、母上に産み直しをしてもらった。 大いなる母神である母上には、倒れた神をそうやって再生させることが出来る。 アッシャー界に呼び戻すという意味でな。 絶対に四文字の神を撃ち倒すという気迫はそれで失われてしまったが、だがそれについてはもうかまわん。 お前達についていけば、大望は果たせそうではあるからな」

そうか、そんなことがあったのか。

パトロールに出ていたらしいナナシが戻ってくる。

ナナシを見て、ダグザがあっと声を上げていた。

僕はナナシとダグザの因縁は既に平行世界を見て知っている。ダグザは平行世界にまで関与できないのか、知らなかったようだが。だが、それでも気付いたのだろう。世界によっては最強の神殺しになった者が、側にいると言う事に。

溜息がダグザの口から漏れる。

「今回は色々と巡りが悪かったのだな。 アドラメレクがお前達に倒された時点で、運命の歯車は狂い始めたのだろうが」

「フリンさん、何を言ってるんだこのオッサン」

「気にしなくていいよ。 とりあえず、近々上に仕掛けるから、ナナシ達はしっかりシェルターを守って。 頼むよ」

「……分かった。 俺は最前線に行く事はなくても、不意打ちとか仕掛けて来る大天使どもに誰も殺させねえ」

ナナシの声には強い信念と、良い意味で昇華した闘志がある。

場合によっては世界の全てを壊し尽くしてしまう者は。

今では、その悪しき運命からは解放されている。

それだけで僕には、戦い続けて来た意味があったのだと言える。

僕はまだ20にもなっていない若造だが。

それでも後続のために命を賭けるのが戦士というものだ。

自分だけのために戦うような奴がもてはやされるような世界になると、何もかもが終わってしまう。

それは、色々な平行世界を見て理解できた。

ナナシがアサヒとトキと一緒に行く。ガストンが目付役としてついている。別の平行世界ではあれにハレルヤやナバール、それに神田明神近くの森を守っているノゾミも加わっていたのかも知れない。

それは、これから加わればいいだけのことだ。

ダグザがイザボーのガントレットに消えて。

それから少しして、小沢さんが来る。小沢さんは偵察を済ませてくれていた。

「スカイツリーを見てきた。 内部に悪魔の気配はない。 恐らくだが、大天使達が攻めこんできたときに、一掃してしまったのだろう」

「好都合だね」

「ああ」

「エレベーターなどもきちんと動く事を確認している。 一応、当日ドクターヘルに見てもらって欲しい」

よし、これで全ての膳立ては整った。

後は、東のミカド国を。

狂ってしまった大天使達から、取り返す。まずは、それを達成しなければならなかった。

 

1、塔に攻め上がる

 

小沢さんの事前調査通り、悪魔の気配はない。竜脈の復活により、少なくとも雑魚悪魔の中で邪悪な連中は、殆ど動きが取れなくなったようだ。それでも地下街などでは姿が見られるようで、完全にいなくなった訳ではない。

これは昔も同じだったようだ。

ドクターヘルによると、天使や悪魔の存在を知ったのはかなり高齢になってからというし。

闇の中の闇にしか、悪魔や天使は姿を見せてはいなかったのかも知れない。

アティルト界にひしめいていた悪魔や神も、信仰を得ていても、その程度の干渉力しかなかったのだろう。本来は。

それが地獄の釜の底が抜けてしまった。

それも閉じた。

エレベーターをドクターヘルが確認。本職だけあって、色々分かるようである。ドクターヘルもスマホを使って悪魔を呼び出す。一本ダタラを初めとする、助手の悪魔達である。一応護身用も兼ねているようだが。この人は、霊夢や秀、殿やマーメイドには到底及ばなくても。

素手で生半可な悪魔より強いので、雑魚悪魔を呼び出すくらいだったら、ステゴロでやった方が早いくらいである。

エレベーターを修理し始める。

僕には何処がまずいのかは理解出来ないが、本職には分かるのだと判断して、周囲の警戒に当たる。

先に霊夢が、巨大な三ツ目の梟を呼び出して背中に乗った秀とともに、メデューサがいた辺りを見にいってくれる。

エレベーターが動かない場合は、最悪僕らも飛行出来る悪魔に力を借りて飛んでいく必要があるが。

程なくして霊夢だけが戻ってくる。

「此処も観光名所だったらしいのに、酷い有様ね。 硝子が殆ど砕かれて残っていないわ」

「僕達が初めて来た時は驚いたよ。 山より高い建物が、一杯見えたからね」

「あたしもそれは同じかもね。 幻想郷がまだ無事だった頃、外の世界に一度出た事があったけれど、そういう印象を受けたわ」

「まるで別世界だよね」

苦笑する。

霊夢はアブディエルを倒して多少心に余裕が出来たからか、僅かに表情が柔らかくなった気がする。

霊夢は故郷では冷たい人間と言われ、去る者はどうでもいいと考える性格だったと自分で言っていたが。

こうしてみていると、やっぱり仲間をたくさん殺された事に関しては、相当に頭に来ていたのだと思う。

ドクターヘルがしばらく作業を続けて、それでエレベーターを徹底的に直した。それで、皆で乗る。

エレベーターの上移動が、驚くほどスムーズだ。殆ど加速を感じない。此処を通るサムライ衆は、皆不満を口にしていたのに。

僕も驚かされていた。

「相変わらず凄いねドクターヘル」

「エレベーターの修理なんぞなんでもないわ。 こいつは劣化していただけだったから、直すのは簡単だっただけよ。 それよりも、本当に悪魔も天使もいないな。 油断させるつもりではないのか天使共は」

「可能性はあるわね。 ただ天使の気配は、まだ遠いようよ」

「一応斥候を放っておくべきだろうな」

殿が言う。

ヨナタンは頷くと、エレベーターが止まって「展望台」に出た後、天使達を呼び出し。先行させた。

天使達の中には、奈落を通っていた頃からヨナタンに従っていた者もいる。そういう者達が先行して、奈落ですらない穴の中を逆走する。

途中でターミナルがあるので、登録して貰う。

此処でホープ隊長と随分悪巧みをしたっけな。

それも、前回ヨナタンが話をしただけで、終わりになる筈だ。

ターミナルでの登録を済ませてから、どんどん先に進む。天使達は途中でかなりのトラップを見つけたと報告してきている。

念の為、ワルターが頑丈な悪魔を先に歩かせる。それで悪辣な罠が発動しても、悪魔達はマグネタイトで復活出来る。

いずれにしても、短時間でそんな大がかりな罠なんて作れないだろうが。

「ぎゃあっ!」

先行していたラクシャーサが、釣り天井に引っ掛かった。ただし、押し潰されはせず。他の悪魔達が釣り天井を粉々に砕いていたが。

僕も気を引き締めて、周囲を確認しながら進む。

それでトラップを幾つか見つけて。壊しながら更に先に。

今度は落とし穴か。

下には槍が一杯植えてある。すぐにドクターヘルがドワーフをたくさん呼び出して、埋めさせてしまう。

見かねたか、ドクターヘルがドワーフを展開して、罠の気配を探らせる。専門家らしく、ドワーフが先に罠をどんどん壊して行く。

僕もティターニアを呼び出すと、辺りの魔術罠を全て調べさせる。やはり電気が出る奴とか火が出る奴とかがあるので、全て壊させる。

油断している所に貰ったらひとたまりもないかも知れない。

だから、油断しない。

現在、前衛の僕達と後衛の殿達で二班に分かれているが、それで正解だった。タチの悪い罠で、一発で全滅する可能性が確かにある。

ティターニアが、何かを凍らせる。

毒ガス発生装置だと、ドクターヘルがぼやく。本当に大天使達は、見境なく罠を仕掛けていったのだと分かる。

ヨナタン麾下の天使が戻って来た。

かなり傷ついていた。

「ご注進!」

「聞かせてくれ」

「はっ! この先、奈落は消滅し、天の国で作ったと思われる領域になっております!」

「分かった。 どうやら東のミカド国……大事な牧場を傷つけさせないために、大天使達は領域で迎え撃つつもりのようだね」

ヨナタンが嘆く。

平行世界の幾つかでは、ヨナタン自身が大天使達と融合し、神の戦車と呼ばれる超存在メルカバーとなって其処で僕と戦った。

そして戦う場合は、いずれの世界でも敗れていった。

この世界では四大天使が大天使達に合流していない。メルカバーは生じようがない。だが、まだメタトロンがいる。更にはその兄弟とされるサンダルフォンも。

今の戦力であっても、油断出来る相手ではないだろう。

ミノタウルスがいた間は無事だったが。ミノタウルスの痕跡は、何もかも綺麗に消し飛ばされていた。

気高い戦士も、大天使達にとってはただの穢れた悪魔だったのだろう。それを思うと、サムライ衆をたくさん倒した相手であったとしても、なんだか苛立ってくる。そして、確かにこの先はまずい。

びりびりと気配が伝わってくる。

「どうやら残った大天使どもが、この先にいるようね」

「上等ですわ。 全て畳んで、東のミカド国を取り戻しますわよ」

「ああ、同感だ。 悪魔にも話が分かる奴はいたし、天使にもヨナタンの配下みたいに他と協力できる奴もいた。 だが、東のミカド国の大天使どもは違う。 それははっきり分かった」

「行こうか。 1500年の壟断を終わらせよう」

僕が最前衛で、足を踏み出す。

この部屋は、入ったら生か死だった。

今回は、出たら生か死か、か。

まあいい。

いずれにしても、全て叩き伏せるだけだ。

 

足を踏み入れた先にあったのは、どこまでも拡がる黄金の足場。それに、無数の天使達だった。

天使達は組織化されていると通り越して、まるで機械だ。

すぐに全員が手持ちを展開する。

天使の気配は、東京に攻め寄せた連中ほどではない。数が絶対的に少ない。だが、これは。

恐らく迎撃して、撃退する自信があるのだろう。

天使達が舞い降りてくる。

目が完全に狂信者を通り越して、なんの感情も宿していなかった。

ソロネの説明を以前聞いた。

神への愛で燃え上がっていると。

だが、これらは違う。

「悪魔を粛正する。 ケガレビトを駆除する」

「総員戦闘開始」

「さながら殺戮の天使というところか」

秀がぼやく。

天使達は集まってくると、後は一斉に突撃してくる。ただ、此方の戦力を削る事だけが目的であるように。

ヨナタンの天使達は殉教するようにいつも倒れていく。

だが、それは自主意思でだ。

しかし此奴らは違う。

まるで蟻のように、全部がそれぞれ意思を共有……いやそれすらしていないようにしか思えなかった。

いずれにしても、遠慮など無用。

襲いかかってくる殺戮の天使と交戦を開始。手持ちの悪魔の中でも、それぞれの切り札は温存する。

問題は東京の方だ。

別働隊が襲撃している可能性もある。

だが彼方は、多神連合だった神々も明けの明星もいる。それらが今更、人間を滅ぼそうとするとは思えない。

背後は問題ない。

ただ前を切り開くだけだ。

僕は蜻蛉切りを振るって、最前衛で暴れ始める。天使達は全てが一体という動きをしているが、それでも機械的だ。はっきりいって大した相手じゃない。少なくとも一体ずつは、である。

ワルターの悪魔達が、縦横に暴れて道を作る。

ギリメカラが暴れ回って、天使達の壁に穴を開け。その穴を、更に悪魔達が拡げていく。

アガートラームがクラウソラスを振るって、天使達をまとめて薙ぎ払う。ワルターが展開した呪いの術が、天使達をまとめて消し飛ばす。

だが、数か数だ。

それでもまだまだ押し寄せてくる。

斬り伏せ、叩き潰し、殺して殺して殺して先に進む。そうしないと殺される。死んだ天使達は光になって消えるようなこともない。恨み事を述べることすらない。ただ同じ言葉だけを、ずっとはき続けている。

「悪魔を粛正する。 ケガレビトを駆除する」

「おいっ! お前等、少しは意思はないのか! なんか応えろよ!」

「悪魔を粛正する。 ケガレビトを駆除する」

「ワルター、無駄だ。 これは言葉ではない。 動物の鳴き声ですらない」

殿がたしなめる。

ソロネが多数、車輪として転がりながら迫ってくる。流石に上級天使も出てくるだろうな。それは分かっていた。

燃え上がっているが、あれは別に神への愛で燃えているわけでもなんでもないだろう。神への盲信を持ってはいるだろうが。

それぞれ重量級の悪魔が、轢殺に掛かって来ているソロネを食い止める。足を止めたところで、秀が一刀に斬り伏せ。殿の憑いているリリィが質量体で叩き潰し。僕が蜻蛉切りで貫き叩き潰し。マーメイドがまとめて凍り付かせる。

倒されても倒されても湧いてくる。

ドクターヘルが輜重隊を一本ダタラに守らせつれて来てくれていた。といっても、栄養食やらスポーツドリンクやらの詰め合わせだが。

殺到し続ける殺戮の天使を捌きながら、交代で休憩を入れる。

東京に攻め寄せた天使は、二回の襲撃で合計100万を超えていたようだ。大戦の時に比べるとそれでも遙かに少なかったようだが。

いずれにしても、それらの殆ど全てを倒した。

今更戦力の出し惜しみをしていたとも思えないから、それを超える数はいないだろう。

ただ、この様子。

本命戦力を出す前に、此方を出来るだけ消耗させようとしている意図が透けて見えて、はっきり言って不愉快だ。

今度はケルビムが来る。十体以上はいる。

どれも決して弱くは無いのだろうが。

上級二位。知恵を司るはずの智天使ケルビムも、同じ事を延々と言い続けていた。

これが神が手下にすることか。愛はどうした愛は。

やはり全肯定と全否定の行き着く先の世界はこれなのか。これは恐らく神に対する全肯定と他に対する全否定の結果。

だとすると、平行世界で見たような、明けの明星に協力した世界は。

神に対する全否定と、他全てに対する全肯定。

どっちもどっちだ。

やはり、それらを選ばなくてよかったのだと言える。

ましてや、僕が絶望した平行世界における、全てに対する全否定なんてあってはならないのだ。

ケルビムは流石に強い。

ただ、これほどの高位天使となると、そうそう数はいないだろう。渡り合いながら、周囲を確認。

スルトを呼び出して、それで焼き払っているうちに、気配を感じる。

大天使だ。

それも、生半可な気配じゃない。

降り立つ巨大な影。それは、恐らく間違いない。

全身が機械で出来ているようなそれは、人間味どころか。動きも機械じみていた。

「浄化粛正する」

「大天使メタトロンよ」

「おいでなすったか!」

ワルターが呻く。

更にもう一つ。

メタトロンよりも更に背が高い巨大な天使が降り立つ。

「浄化粛正する」

「やれやれ、自我を捨ててしまっているようだな」

「可哀想」

殿がいうと、リリィが呟く。

此方は大天使サンダルフォン。メタトロンの双子の兄弟であり、同じくらい強力とされる天の国の切り札。

そして降り立つ。

ギャビーだった。

「血迷った挙げ句に攻め上がって来ましたか。 ガントレットの儀など行うのではなかった。 天の使いだけでこの国を守るべきだった。 アキラとやらの提案に乗るべきではなかった」

「ギャビーどの。 貴方は元は一神教では良心的な天使であったはずだ。 それが今や民を奴隷化し愚民化し、支配する邪悪の者となり果てている。 それを恥ずかしいとは思わないのか!」

ヨナタンの痛烈な弾劾に、ギャビー、いや既に背中に翼を現しているガブリエルは、鼻で笑っていた。

そして手を拡げて言う。

「農民は畑を耕し、漁師は魚を捕る。 貴族は管理をし、商人は適切にものを売る。 その秩序こそが至高。 余計な事など考えるから人は間違える。 神の定めた秩序の元、天使も人間もあればいいのだ」

「大天使ガブリエル。 知っている?」

「何をだ」

「僕は数多の平行世界を見た。 大天使達が完全に勝利した世界もあった。 その世界では、貴方たちは神に用済みとして処分されていたよ」

僕が事実を告げる。

あの世界では、天使すら必要なくなり、神の指示をそのまま代行する機械だけが世界の管理をしていた。

意思を持つ天使など不要。

四文字の神はそう考え。

天使が今後明けの明星のように反逆する事。意思を持って、勝手な事をすること。それらを防ぐために、天使を駆除してしまったのだろう。

その事実を告げると、ガブリエルは言う。

「その時は我等はアティルト界にて偉大なる父と一つになるだけ」

「多分あの四文字の神は、それすらさせないと思うけどな……」

「あの御方の何を知っているというのか。 例え平行世界を見たとしても、貴様ら人間ごときが真理に辿りつくなど万年早い!」

「……そう」

ガブリエルの言葉に四文字の神を疑う様子は一切ない。疑う事自体が罪だと考えているのだとしたら。

それは完全に盲信だ。

そんな輩が東のミカド国を支配し続けていたのなら。それは何もかもがおかしくなるのも当然だろう。

更に天使が多数降りてくる。いずれもが、防衛のために残されていた大天使達だろう。姿が人間とはどれもかけ離れてしまっている。恐らくは、だが。原始的な信仰の大天使や。話に聞いているゾロアスター教の天使達かも知れない。

いずれにしても、対話は不可能だ。残念だが、斬るしかないだろう。

「ガブリエルは僕が倒す。 他はお願いして良いかな」

「任せなさい。 此奴らの言動には、いい加減反吐が出るわ」

霊夢が吐き捨てる。まあ、それについては僕も同じ。ただ今では、此奴らも犠牲者に思えていたが。

霊夢は既に気力充溢、戦闘にバリバリ出られる。霊夢と殿が組んでメタトロンに当たるようだ。

またマーメイドと秀が組んで、同じくサンダルフォンに当たるようである。

そしてワルター、イザボー、ヨナタンが、それぞれドクターヘルを守りながら、他の大天使達と戦う。

だがドクターヘルだって無抵抗な訳じゃない。

レールガンを更に小型化して、持ち込んできている。ふっと笑う様子からして、足手まといになるつもりは無さそうだ。

殺到してくる大天使達。

僕はガブリエルへと直進する。

文字通り、槍で貫きにいくが。人の姿を捨てたガブリエルは、即座に多数の翼を展開。やはり、その姿は筋繊維の塊。

何となく理由はわかる。

あんなバイブルで盲信だけを強いて、具体的な姿を示さなかった。

確か神の像を造るだけで罪なのだったか。

だとしたら天使だってそれは同じなのだろう。

あの退屈なバイブルだけを聞かされていたカジュアリティーズが、具体的な天使の姿をイメージできたとは思えない。

ある程度力を割けば美しい天使の姿もとれるのだろうが。

ガブリエルは今、僕との戦闘に全力投球してきている。そんな余裕はないということである。

がっと音がして、蜻蛉切りとガブリエルの手刀がぶつかり合う。

分かってはいたが、体術という観点ではリリスより更に上だ。その場で即座に数十合渡り合う。

仲魔は既に展開済み。

まだマルドゥークやティアマトは出さない。それらは切り札だ。特にティアマトは、何かしらの鬼札を大天使達が保っていたときのために温存する。それくらい、重要な存在である。

地面が砕ける。

何カ所か肌を割かれる。

同時にガブリエルの翼も抉れ、体がえぐれる。まるで腕が何十もあるように見える程の速度で、ガブリエルが手刀を振るって来る。

光が迸る。

斥力で押される。

その一瞬で、手刀をねじ込みに来る。なるほど、達人同士のやりとりが拮抗した瞬間、こう言う僅かな隙を強引に造りに来る戦い方か。それに、ガブリエル自身は多少傷を受けても何でも無いのだろう。

故に、強気に出られると言う訳だ。

だが。

踏み込むと同時に、手刀を弾き返す。鋭い刃物そのものの手応え。ガブリエルも手刀を弾かれても、まるで痛がっている様子もない。手に傷も出来ていない。

ガブリエルの体は、まるで水のように柔軟だ。

確か霊夢に事前に聞いたが、ガブリエルは水の大天使だとか。だとすれば、それを攻防に生かしてくるのは当然だろう。

不意に、回り込むようにして、後ろから手刀が来る。

体を柔軟にしならせて、自在に体術を叩きこんでくると言う訳だ。人間では対応できない武術。

ガブリエルは、これでも人間の武術を研究し尽くしていると言う訳か。

だけれども、それは。

あくまでガブリエルに劣る人間の武術だ。

跳躍。

手刀を弾きつつ、包囲を抜ける。僕が立っていた場所を滅茶苦茶に手刀が抉り抜いていた。即座に顔を上げるガブリエルだが、もう其処に僕はいない。

向いていなくても攻撃魔術くらいは使える。

それを使って、空中機動した。

ガブリエルくらいの相手に痛打を与える攻撃力は出せないが、それでも空中機動には充分。

既に着地した僕が、水平に跳んで襲いかかる。薙。跳躍してガブリエルはかわすと、頭上から無数の手刀を放ってくる。

「ミカエル、ウリエル、ラファエルの気配がなくなりましたね。 一体どのようにして」

「元に戻って貰った」

「何ですって……!」

「元々余所から強引に取り込んだ信仰でしょあれは。 元に戻して、何か問題でもあるのかな!」

上を取って攻撃すればそれは人間には勝てるだろう。

だがそういう事を考える悪魔とは散々やりあってきた。その程度で圧倒される程度の腕前じゃない。

火花を散らしながら、蛇のようにうねって凄まじい勢いで繰り出される手刀を弾き続ける。

此奴はなんというか、剛の拳の使い手なのだなと分かる。

四大天使では女性の姿をしているとされる事が多い例外的存在。天使は基本的に男性型であることが多いのに。

一見しなやかな水の大天使であれば、柔軟な戦いを選びそうだが。

しかし、此奴はあくまでこういう戦い方を極めていると言うことか。

徐々に押し返す。

あらゆる武技を叩き込んでくるガブリエルだが、支援魔術によって速度には追いついて来られている。

更には此奴が使っている技。

どれもこれも見覚えがある。それらを組み合わせて来ているだけだ。

数多の戦いで見てきた。

達人達に教わってきた。

それらの経験が力になっている。

踏み込む。

手刀を一つ、叩き落とす。即座に腕を回復させるガブリエルだが、その隙に距離を取り、態勢を低くする。

まずいと判断したガブリエルが、距離を取って翼を盾にし、更に水の盾を複数枚展開して壁にする。

それは水魔術も使えるよな。

分かっているから、だからこそそうさせる。僕の全力の攻撃を警戒したガブリエルがそう動く事を、読んでいたからだ。

突貫。

大天使ガブリエルが、重ねに重ねた盾の内側から、氷の杭を乱射してくる。全て蜻蛉切りで弾き返す。

そして、盾の直前で横っ飛び。

そのまま地面に蜻蛉切りを突き刺しながら、火花を散らす。ブレーキという奴だ。勿論氷の杭は追撃してくるが、一手遅い。

再加速。

ぐるっとガブリエルの背後に回る。既にその速度に、ガブリエルはついてこられていない。こいつの動きは、既に見切った。

それでも翼を盾にするのはたいしたものだ。ずっと悪魔達とやり合ってきた大古豪なだけはある。

だが、その翼を横薙ぎに切り裂き。

更に、振るってきたもう一本の手刀を串刺しにして、振るい上げるようにして引っ張り込む。

ガブリエルが凄まじい絶叫を挙げる中。僕は蜻蛉切りを手放すと。ガブリエルの顔面を両手で掴んで、飛び膝を全力で叩き込んでいた。

僕は体術も出来るんだよ。

そう呟きながら、クロスレンジから拳を今度は乱射して叩き込む。ガブリエルの全身が見る間に拉げていく。

踏み込むと同時に、フルパワーでの前蹴りを打ち込む。

ガブリエルは必死に再生途上の両腕で防ごうとしたが、守りごとブチ抜き。吹っ飛んだガブリエルは、地面を砕きながら煙に消えていた。

飛び退くと、蜻蛉切りを手に。チャージを掛ける。

ガブリエルが煙から飛び出して、突っ込んでくる。流石は四大天使。凄まじい闘志である。だが、貰った。

一瞬の勝負。

全身を杭にしたガブリエルの一撃を、僕は貫でわずかに逸らし。そして、蜻蛉切りを回転させつつ、ガブリエルの体を両断していた。

絶叫とともに、四大天使最後の一体が消えていく。

呼吸を整える。

手強い相手だった。

 

2、双子の最強天使

 

秀は構えを取る。伝承では途方もない巨大さだというサンダルフォン。めぼしい大天使の話は事前に聞いていたから覚えていた。此処での姿は、せいぜい十数メートル程度しかない。

メートル法は便利だ。だから秀は今は此方に切り替えている。

殿と連携して攻撃を仕掛けているが、放つ光が強烈すぎる。少しばかり地獄に長くいすぎたか。

そもそも秀は、人間と妖怪の子だ。

だからこそ、若干相性が悪い相手かも知れない。それでも、勝ち抜かなければならない。地獄から戻って見れば、こんな世界だ。

それはどれだけ斬っても亡者が来る。

それに、此奴らは誰も彼も殺しているし、今後もそうする。此奴らの主観で人間を選別されてはたまったものではない。

光が斥力になって叩き付けられる。

激しい炎、稲妻、冷気。立て続けに飛んでくる。妖怪達を壁にし、或いは足場に、回避しつつ迫ろうとするが。

サンダルフォンは巨大な体の彼方此方に目があるようで、まるで隙を見せない。

殿が不可視の鈍器で相手の攻撃を捌いているが、サンダルフォンはまだ本気を出していないと言える。

リリィといったか。

あの子も、救世の英雄だ。それくらいの器を持つ存在だ。

だがそれでも、まだ届く気がしない。相手はそれほど凄まじい存在。

未来から集めて来た怨念を吸収して、極限まで強大化した叔父、大嶽丸。まるで巨大な化け物となった叔父を、過去の世界で撃ち倒したときも。どうして勝てたのか、よく分からなかった。

まだ先がある。

それを思うと、此奴に苦戦はしていられないか。

一旦距離を取る。

幸い、立て続けに放たれる魔術は、それほどの火力ではないが。まだ相手は遊んでいると見て良さそうだ。

殿が弾かれて、側に着地。

サンダルフォンは機械的な目を此方に向ける。ういんういんと動く度に音がしていて、機械そのものだ。

意思など不要、か。

妖怪になってしまった人間達は、元とは違う凶暴な意思に動かされていたように秀は思う。

秀が生きた戦国でたくさん見た光景だ。

この領域を構築している光の床のような黄金を取り込むと、妖怪になってしまう。どんどん人間ではなくなっていく。

それを見て、悲しくなったことも多かった。

天使もそれと同じなのだとしたら。

呼吸を整える隣の殿。

視線を一瞬だけ交わす。サンダルフォンの実力は相当なものだ。後ろで大天使達をばったばったとなぎ倒しているワルターやヨナタン、イザボーに負担を掛けないためにも。此奴は秀が倒さなければならない。

まずは殿が突貫。

小柄なリリィを押し潰そうと、サンダルフォンが立て続けに攻撃を仕掛けてくる。今までが戯れだったことがよく分かる、猛烈極まりない光の攻撃だ。光の壁で逸らすことも厳しいようで、高速で走り回ってリリィはどうにか回避している。

その隙に、秀は札で妖怪を召喚。

火車。巨大な猫の妖怪だ。それが引く車に飛び乗ると、炎の轍を残しながら、巨大な大天使へと間を詰める。

此方を見るサンダルフォンが、冷気の魔術を放ってくるが。

召喚した海坊主を使って防ぎ抜く。そして、海坊主をそのままサンダルフォンに突貫させる。

雷撃一閃。海坊主が消し飛んだ。

神の雷というわけか。だが。

海坊主が消えた時には、甲高く笑う火車が爆走するだけ。更には。今の一瞬で、殿も間近に。

サンダルフォンが、金属音を立てると、周囲一帯が押し潰される。

重力、いや違う。

光の斥力で、周囲全てを叩き付けた。純粋な防御行動だ。

火車は瞬殺されてかき消える。殿は光の壁を全力で展開したが、リリィがそのまま床にたたきつけられて、動けなくなる。

だが、この瞬間。

既に背後に回っていた秀が、サンダルフォンの巨大な翼を一つ、空から叩き斬っていた。

ぐらりと巨体が揺れる。

その体から、光が溢れる。

制御出来なくなったな。秀は飛び離れつつ、火縄銃を立て続けに叩き込む。装甲に火花が散る。大砲。顔面に直撃。巨体が揺らぐ。タダの大砲だったらダメだっただろうが、撃ちだしたのは地獄で鍛練した呪力の塊だ。特に天使の類なら特攻効果を見込める。ただ、それでも頭を吹き飛ばすには至らないが。

走る。

サンダルフォンが、すっと手を振ると。連続して斥力が来る。吹っ飛ばされる。それも、全周囲に放ってくる。

なるほど、これだけ力があれば雑に力を振るうだけで充分というわけだ。

頭が悪いように見えるが、違う。

これは圧倒的な力を生かす戦略。

大軍に緻密な用兵なんて必要ない。ただ数で平押しすればいい。それで正しい。血を吐き捨てると、秀は跳ね起きる。

殿は。リリィは、やっと立ち上がった所だが、かなり出血している。だが、怯んでいる様子はないし、なんなら自分を回復させている。

今度は秀が気を引く番だ。

大量に餓鬼を召喚。それだけではない。鉄鼠も召喚する。

堕落した坊主がなり果てたと言われるこの鉄鼠、非常に動きが素早くて、戦国の世で初遭遇した時は苦労した。

それを大量に召喚して、一斉に襲いかからせる。サンダルフォンがそれらを片っ端から雑に薙ぎ払う。だが、それは秀の動向に気を配っているからだ。銃撃。逸らされる。やはりさっきの大砲が有効に機能している。

サンダルフォンが、手を向けてくる。

収束した一撃。

塗り壁を呼び出して防ぐ。

だが、塗り壁ごと打ち砕かれて、吹っ飛ばされる。

元々頑丈な方じゃない。サンダルフォンは、ぐるんと首を機械的に回して、周囲への警戒も怠っていない。

だが、その時。

頭上から強襲を掛けたのは、巨大な妖怪だった。

牛鬼。

ワルターも召喚していたが、これは少しばかり規模が違う。それこそ小山のような大きさである。

それが、真上からサンダルフォンを強襲する。勿論大きさでは同格でも、サンダルフォンに勝てる訳がない。

そんな事は分かっているが、穢れた妖怪に押し潰されて、面白いはずもない。同時に秀が大砲を叩き込む。

更に、多数の餓鬼と鉄鼠も同時に襲いかかる。

「光アれ」

ひび割れたサンダルフォンの声。

本当に壊れた機械という風情の声だ。

メタトロンの双子となると、この双子は神の写し姿に近い存在であり。天使達の中でも最強の兵器であるのだろう。

秀も一神教の信徒には会ったことがある。

だが、それらがこんな壊れた機械を崇拝していたとは思えない。ただひたすらに、反吐が出る。

そして、召喚した妖怪が、牛鬼も含めて全て吹っ飛ばされる。

分かった。今のは見切った。

体内全てから、指向させた光を大量に展開したのだ。それくらいに、今のを危機と判断したのだろう。

大砲の弾すらも打ち砕かれていた。

だが、消えていく牛鬼の影に潜り込んでいた殿、いやリリィが。

真下に向けて、幾多の悪魔を屠った、光の極太槍を叩き込む。

流石に防御の大技を放った直後。

だが、それでもサンダルフォンは反応。だが、反応しきれず。回避しようとするも一撃は頭を掠り、更には残った翼をもぎ取っていた。

千切れた翼の残骸が、火花を噴いている。

巨大な手を振るって殿を吹っ飛ばそうとするサンダルフォンだが、顔面にもう一発大砲の弾を叩き込んでやる。

殿が着地。

首がへし折れたまま、サンダルフォンが両手を剣に切り替える。

形ががしゃがしゃと機械的に音を立てながら変わった。まるで機械のからくりが、変形したかのようだ。

そのまま、両腕を、凄まじい速度と圧力で振り回してくる。

更には、目から光を放って、辺りを焼き払いに懸かってくる。

秀は突貫。

妖怪化して、猛烈な一撃をどうにか打ち消す。

だが、それで妖怪化は消し飛ばされる。もう殆ど余力はない。それは殿も同じだろうとみた。

妖怪を呼び出すのも厳しい。

振り下ろされる手刀。秀と、殿にそれぞれ。受けたら死ぬ。だから、敢えて前に出て、内側に。

サンダルフォンの両足を、殿と一緒に、交差するようにして両断。

倒れながらも、サンダルフォンは目から光を放ってくる。それを殿が、リリィが光の壁で弾く。だが、相殺。吹っ飛ばされて、転がった。

足を失いつつも、まだ壊れた人形みたいな動きで、とどめを刺そうと腕を振るい上げるサンダルフォン。

だが。既に秀は飛んでいた。

元々、妖怪化はあまり使えるものではなかった。

強いて言うならとどめの一撃に使うくらいだった。だから、人の姿のまま、この巨大な大天使を屠る。

雄叫びとともに、頭に大太刀を叩き込む。ガンと、機械を殴りつけたそのままの音がした。

そのまま。一気に斬り下げていく。

凄まじい擦過音と火花の中。

秀はサンダルフォンを、股下まで斬り下げ。

それがとどめとなって、サンダルフォンは倒れ、マグネタイトになって消えていった。

「これはしばらくは動けぬな」

「回復に専念する」

殿とリリィがそれだけ言っている。

これは、他に助けにはいけないな。ヨナタンが天使を数体回して、回復を支援してくれる。

それだけで充分だった。

 

霊夢は飛んでくる凄まじい光の圧力に辟易する。

相手の攻撃を全回避する必殺の技もあるにはあるが、それはそれ。いつも使える訳でもない。

ましてや相手は最強の天使。天使の中の天使メタトロン。

あのマーメイドと組んでいると言っても、微塵も手なんて抜ける相手じゃない。

幸い弾幕を回避するのは得意だ。メタトロンは巨大な姿形をしているが、その性質は暴そのもの。

天界におけるサタンの姿なんて言われる事もある存在だ。

多数の神の敵対者を串刺しにして喜ぶなんて逸話もあるほど。

一神教は、様々な他の信仰を取り込んで大きくなっていった。ユダヤ教の頃から、それはそう。キリスト教になっても、イスラム教になっても。

その中で、汚れ仕事をする天使をどんどん堕天使のレッテルを貼って悪魔にしていったのだが。

メタトロンは残虐非道の逸話があるにも関わらず、ずっと大天使であった不可解な存在である。

その圧倒的な強さが貴ばれたのか。

信仰を集めた四大天使の影に隠れたのか。

それとも。

実際にはこれこそが、本来の四文字の神の姿なのか。

三位一体説の父と子と聖霊の名においての聖霊とは、ミカエルではなく実際にはメタトロンではないのか。

そうとさえ、霊夢は間近でみて思う。

アブディエルに壊滅させられた幻想郷だが。

もし此奴が出て来たら、壊滅どころか消滅していただろう。そうとさえ思う。

地獄の女神と復讐の仙霊を同時に相手にして圧倒していたアブディエルでさえ、まだ優しかったのだ。

凄まじい弾幕をどうにか回避しながら、霊夢は何度もひやりとした。

殺し合いとしての弾幕。

弾幕ごっこなんて遊びに乗ってこなかったアブディエルとは別の意味で違う。

此奴は、殺すためにどれだけでも手数を増やす手合いだ。そしてその殺意は、今まで相手をした何者よりも上である。

マーメイドが、多数の冷気魔術を一斉に浴びせかける。メタトロンは平然とそれを防ぎ抜く。

マーメイドの冷気は、生半可な熱じゃ防げない。

だがメタトロンは、見た所あらゆる攻撃を、呪い以外は全て平然と半減する力を持っているようだ。

呪いですら決定打にはならないようである。

まったく、とんでもない相手だ。

そういう能力と言う事だろう。

他の皆が戦っている大天使だって、楽な相手じゃない。それに、わらわらと仕掛けている天使達も、たまに霊夢に仕掛けて来る。全てその場で針や札を叩き込んで粉砕するが。それも決して楽な相手ではなかった。

メタトロンが口を開く。

まずい。

マーメイドが、顔面に巨大な氷塊を叩き込む。

メタトロンは五月蠅そうにそれを手で弾く。マーメイドの力も回復して来ているようだが、それでも瞬時に砕かれる。

氷の欠片が砕けて飛び散る中。

霊夢はメタトロンの至近に出て。

そして、神降ろし。

やりたくは無かったが、降ろしたのはアマツミカボシだ。

凄まじい呪いの力を、真正面から叩き込んでやる。流石に顔面、目にも口にもあのアマツミカボシの槍を叩き込まれて、メタトロンも呻きながらよろめく。霊夢は飛び離れる。即座に巨大な手が来て、掴みに来る。掴まれるのは防いだが、擦っただけで吹っ飛ばされて。意識が一瞬吹っ飛んだ。

空中で立て直すが、あれはまずい。

メタトロンが非人間的な動きで起き上がると、傷だらけになった顔の装甲が剥がれる。その下には、やはり機械仕掛けの顔があった。

「相手を恐るべき神霊と認識。 殺戮形態に変化する」

「気を付けて! まだまだ出力が上がるよ!」

「そのようね……!」

メタトロンの逸話に、四大天使でもどうにも出来なかった相手を、あっさり倒したというものがある。

それほどの強さと言う事だ。

光の魔術は使っても回復させるだけだろう。針をありったけ叩き込みながら、高速で飛ぶ。メタトロンはその翼を展開して、六枚に増やす。全身の装甲が内側から吹っ飛ぶと、威圧的な赤黒いものとなった。

そして、一瞬で後ろをとってくる。

まずい。

尋常じゃ無い死の臭い。全力で回避する。拳を振り下ろしてくるメタトロン。空間ごと抉り取りにきた。

あれは恐らくだけれども、空間転移しても。その空間ごと抉られて即死するだろう。移動速度も尋常じゃない。

マーメイドが自身も全力で移動しながら、大量の氷の槍を展開。飽和攻撃を続けるが、メタトロンはその全てをかき消してしまう。

違うな、あれは。

近付いたものを、空間ごと粉砕しているんだ。

とんでもない力だ。

だが、あんな事をしていて、長時間戦えるとも思わない。

それにだ。

この形態は、攻撃力に全力を振ったものだ。だったら。

ぱんと手を合わせて、神降ろしに入る。降ろすのだったら、最強の存在しか無い。前だったら、降ろしたら数日は動けなくなっただろう。だが、今だったら。

マーメイドが援護してくれる。

メタトロンが放った強烈な光の波動が、辺りを滅茶苦茶に破壊する。天使も相当数巻き込んでいるが、お構いなしだ。

本当に天界の殺戮兵器なんだな。

そう思って、むしろ霊夢は呆れていた。

化け物を通り越して。

これはただの、挽肉製造器か何かだ。

武神というのは、どの神話でも荒々しいものである。凶暴を通り越して、ただ残虐なだけの事もある。

そういったもののなかで、もっとも危険な要素だけを抽出したのが、あの大天使。

だからこそに、霊夢は王道で行かせて貰う。

全力を展開する。

攻撃の余波が何度も擦る。その度に翻弄され、吹き飛ばされ。だが、それでも態勢を立て直す。

そして、ついに呼び出す。

天照大神を。

力が満ちる。

以前、これを呼び出したあの月の姉妹の女神。神降ろしの神は、それこそ霊夢と同格の相手を瞬殺していた。手加減つきで、である。

力が抜ける。

これは、一瞬で勝負を付けないとまずいな。

そう判断しながら、メタトロンへと突貫。メタトロンは、霊夢を脅威認定したのだろう。

空間を歪め削り取る力で、文字通り周囲全てから押し潰しに掛かって来ていた。

それを、天照大神の力で、文字通り中和する。

一瞬の均衡。

メタトロンが、明らかに全力を出したその瞬間。

その脇腹に、ガンと何かが音を立てて叩き込まれていた。

ドクターヘルが、携行式のレールガンを叩き込んだのである。それも一発だけじゃない。連発式のものだ。

ぐらりとメタトロンが揺れる。

同時に霊夢は、空間破壊を押しのけて。メタトロンに迫る。メタトロンが口を開けて、恐らく破壊の力のこもった声を叩き付けようとしたのだろう。

だが、第二の矢。

マーメイドが放った、渾身の氷の錐が。メタトロンを背中から貫き。腹へ抜いていた。

大量のオイルのような血が、メタトロンからあふれ出る。悲鳴を上げながらメタトロンは、錐を抜こうとする。

だが、最後の力を振り絞り。霊夢は神降ろしを切り替え。日本神話最強の剛力神、天手力男神を降ろす。

そして、メタトロンの頭を掴むと。

そのまま、裂帛の気合とともに、ねじ切っていた。

着地。

どんと地面に落ちたメタトロンの頭が、呪詛を吐き出す。

「偉大なる唯一絶対の神に仇なすものよ。 七代先まで呪われ続けると知れ」

「神はどれもそうだけれど唯一絶対なんかじゃあない。 そもそもあんたの神はバアルの影響を受け、アフラマズダの影響を受け、太陽神系統の神々の影響も受けた存在。 最初の神でもなければ、絶対の存在でもない。 バカに分かりやすい全肯定と全否定の理を採用してそれで信者を増やしただけのさもしい存在よ」

「う、うごぐ、おのれ、おのれ神を其処まで汚すか!」

「あんた達が他の神をデーモンだのいって汚さなければ、そこまでいう必要はなかったのだけれどもね。 そのデーモンという概念でさえ、ギリシャ神話から取り込んだものでしょうが」

冷静に指摘すると、無念そうに口をぱくぱくさせながらメタトロンはマグネタイトになって消えていった。

呼吸を整える。

意識が飛びそうだが、どうにかなった。

ヨナタンの天使達が来て、回復の術を展開してくれる。それで多少は楽になる。

見ると、丁度殿と秀がサンダルフォンを。

フリンがガブリエルを撃ち倒したところだった。

そして、ワルター、ヨナタン、イザボーの三人も、多数の大天使達を撃ち倒したところだった。

ただ、まだ領域が消えていない。

まだ何か控えているのか。

そう思ったところで、領域が消え始める。やっとか。座り込んで、ドクターヘルが運んできた輜重を漁る。

スポーツドリンクが冷えていて、とても助かった。

流石にこの状況で酒を口にするほど、霊夢もバカじゃあない。まだ何か控えていても、不思議ではないのだから。

殿が来る。

リリィがボロボロで、かなり手傷を受けていた。自力で回復しているようだが、相手はサンダルフォンだったのだ。

余裕はあまり無さそうである。

「各々無事か」

「問題ないッスよ」

「此方は大丈夫です。 ただ、天使達の消耗が激しい。 今、回復の魔術をどうにかします」

「僕も大丈夫」

フリンが苦笑いしながら挙手する。

周囲は、岩肌の洞窟になっている。雑多な悪魔がこわごわ此方を伺っていた。

此処が、本来の奈落なのだろう。

どうやら、神の宮殿を気取っていた領域を突破し。

後は、東のミカド国へ上がるだけのようだった。

 

3、神のための牧場は人の国へ

 

少し休憩を入れてから、奈落を行く。

戻る事も考えたのだが、上ではこうしている間も天使達が復活している可能性がある。出来るだけ進んだ方が良い。

殿がそう提案。

実際、上でターミナルを復旧すれば、それで大丈夫だろうと思う。戻る事はいつでも出来るだろうし。

奈落には殆ど悪魔はいない。

雑多なのはいるが、仕掛けて来る様子もない。

天使の大軍勢が通るときに、それこそ箒で払うようにして、まとめて駆逐してしまったのだろう。

「随分静かになったもんだな」

「そうですわね。 最初に来た時は毎度命がけでしたのに」

「それはそうと、話しておこうと思う」

不意にドクターヘルが言う。

ドクターヘルは、メタトロンと霊夢とマーメイドの戦いに横から支援しただけではなく、あの領域について観測してデータを取っていたという。

それで、ある程度の仮説が出たそうだ。

「アティルト界とやらの正体が分かったと思う。 まだ検証用の材料が多少ほしい所ではあるがな」

「科学でこの不可解な現象を解き明かせそうと言う事か」

「まあそうなるな。 ただ至高天とやらに向かうのなら、理屈が分かっただけでは難しかろうがな」

そうか、それは心強い。

僕は素直にそう思った。

休憩を入れても、完璧に休めたわけじゃない。ガブリエルはやはり強かった。皆相手にしたのは、手強かった。

手持ちの悪魔達も消耗している。

ましてや上では、三大天使のもとの存在を召喚して、ばかげた「ディストピア」を終わらせなければならないのだ。

その時の為の打ち合わせは既に終わらせてある。

それに、である。

人々が悪魔化するようなばかげた状況も終わらせる必要がある。

リリスはあれを自由か何かの結果だと考えていたようだが。あんなものが、自由であってたまるか。

入口近く。

虎皮の太ったおっさんが不意に姿を見せる。手にしている杖には、髑髏があしらわれていた。

一目で分かる。

これは、恐らくだが。

ベルゼバブの真の姿と見て良いだろう。ふっと、牙だらけの口で笑うベルゼバブ。

「おかげさまで大天使共の結界は消えた。 此処まで来る事ができたよ」

「ここに来て何をするつもり?」

「心配しなくても、あの御方は人間共を無為に殺すなと仰せだ。 リリスがやったアティルト界との半融合を解除しに来ただけだ。 それはもう終わった。 人間が本を読んだだけで悪魔になる事はなくなった」

「……」

悪魔との契約はリスクが大きい。

それは分かっている。

ましてや此奴は、ターミナルで僕らを弄んでいた奴だ。警戒しない訳がない。

ベルゼバブは僕の警戒を悟ったか、からからと笑う。

「心配するな。 我々は契約に縛られる存在で、上からの命令にも従わなければならないのでな。 嘘はつくが。 ただ、今回の場合、我等の主である明けの明星が人間に無闇に害を為すなとご命じで、更には強硬派はお前達が既に倒してしまっただろう。 だから、大丈夫だ。 わしはこれで帰る。 次に会うときが、戦場では無い事を祈るよ。 メタトロンとサンダルフォンを同時に相手にして倒す相手と、わしもやり合いたくはないのでね」

「そう。 それじゃ、またいつか」

「悪魔合体をしてくれれば、呼び出しには応じるぞ」

「考えておくよ」

笑いながらベルゼバブが消える。

もう、東のミカド国は、すぐに上だった。

 

アキュラ王の広場に出る。霊夢がまぶしそうに目を細めていた。

太陽光は久しぶりだ。

そして、アキュラ王の像は、既に壊されてしまっていた。多分だけれども、大天使達がやらせたのだろう。

すぐに周囲を警戒。

だが、もうこれといった大天使の気配はない。メタトロンとサンダルフォンが出て来た時点で、総力戦を挑んできていたのだ。此処にいる居残りは、雑魚ばかりと言う事なのだろう。

ただ、それでも四文字の神の影響力は強大な筈だ。

天使が神の軛を脱するのは難しいだろう。

歩いて来るのは、ホープ隊長だ。

僕はそれを見て、蜻蛉切りを降ろしていた。

「城内は制圧した。 天使達が大混乱に陥ってな。 居残りの我々でも、そう難しくはなかった」

「分かりました。 状況をお願いします」

「ああ。 大天使達が奈落に集って消えた前後くらいから、弾圧が始まってな。 本を持つ人間を、天使達が見境なく殺し始めたのだ。 カジュアリティーズもラグジュアリティーズも容赦なしだった。 だが、それが突如止まり、天使達が右往左往し始めた。 其処で我等が、天使達を手分けして排除した」

一部の天使達は、無辜の民を殺すのかと、他の天使と対立したという。

そういう天使達は、ホープ隊長に協力して、民を守ってくれたという。

そうか。

大天使達が倒れたことで、軛から外れた者もいたんだな。

そう思うと、少しだけ安心できた。

ともかく、城内を確認。

大天使の中にも、降伏を選んだ者はいた。分厚い本を手にしている、威厳のある男性の大天使だった。

ラジエルという存在らしい。

ラジエルは穏健派の天使達をまとめると、これ以上の争いを望まない旨を告げてくる。ヨナタンが前に出て、降伏を受け入れると言うと。

ラジエルは頷いて、膝を折っていた。

最悪の事態である、天使達が東のミカド国を火の海に包むような事態は避けられたが。それでもかなりの被害が出たようだ。

今サムライ衆が東のミカド国の各地に散って、被害状態を確認してくれているらしいが。少なくはないだろうことは僕にも分かる。

ともかく、ターミナルを確認。

大丈夫だ、使える。

霊夢達にも登録して貰い、一度向こうに……東京に戻って貰う。僕らは此処でやる事がある。

すぐに戻って来た皆。

だが時計を見て、不思議そうに殿が言う。

「あまり時間が経過しておらんな」

「此方と東京で、時間の経過に差が無くなってきていると言うことですか?」

「そうなるのだろうな。 まあ、休憩はしっかりしてきた。 では、手はず通りにやるぞ」

「はい!」

王宮に出向く。

王座は空。

アハズヤミカド王は、天使達に本を持つ者を全て殺せと命令を出すように迫られて、拒否。

つれて行かれてしまったという。姿は見えず。恐らくは殺されてしまったのだろうと言う事だ。

元々いてもいなくても変わらなかった無気力王だ。

そして国政を事実上回していたのはガブリエルである。

右往左往していたラグジュアリーズの要人達が、こわごわ此方を伺っている。それらを、ヨナタンが一喝していた。

「そなた達、要人を集めよ! 今すぐにだ!」

「は、はいっ!」

「私は王家の血を引く存在、ヨナタン! これよりこの国をまとめる! すぐにその準備をせよ!」

さっと散る要人達。

本当に飼い慣らされていたんだなと呆れる。

殿が指示を出して、ヨナタンが順番にやる事を決めていく。まずこの国の法については、一旦は保留。

こんな酷い法はそうそう見ないと殿は呆れていたのだが。

それもいきなり変えると大混乱が起きる。

まずは混乱を収束するところからだ。

サムライ衆を派遣して、各地で天使がやった殺戮。湧いてきている雑魚悪魔の駆逐をさせる。

要人達は被害をまとめ、そして物資の供与を即座に行うように手配する。

凄まじい手際で、驚かされる。

実際には地下で散々打ち合わせした上で、殿がヨナタンに色々仕込んでいたようだが、それでも舌を巻かされる。

霊夢が袖を引く。

「此処は任せて大丈夫でしょうね。 あんたはこっちを手伝って」

「分かった」

「俺も行くぜ。 立ったまま見てるのはしょうにあわねえ」

「わたくしも」

ヨナタンと殿が混乱の収束を計るのは、既に決まっていたことだ。後は任せて、僕隊は別にやる事をやる。それだけである。

まずはウーゴを見つける。

ウーゴは既にホープ隊長が抑えていた。ぶるぶる震えるウーゴは、まるで小動物である。粛正されなかった司祭達とともに、教会の奧で縮こまっていた。

「な、何が起こったのですか! 天使達がいきなりいなくなって、それで……」

「ヨナタンが王位についたから、その手伝いに行って」

「へ……」

「今は一人でも手が必要だから。 一応あんたは、この国でも有数の知識人でしょ。 下に行けばタダのアマチュアでもね。 だから今は力がいる。 死にたくなかったら、新王に力を見せるべきじゃないのかな」

そう僕がいうと、呆れたようにホープ隊長がこっちを見たが。僕はそれに対して、苦笑いで返す。

あわててウーゴが謁見の間に向かう。司祭達もそれに続いた。

「あのご落胤とか言うの、ただの噂ではないのか」

「それは今は混乱を避けるために言わない事で」

「そうだな。 アハズヤミカド王には子孫もいなかったし、他に王族もいない。 天使達が気にくわない人間を片っ端から排除していたからな。 実際問題、誰かが王にならなければ、地獄のような混乱が始まっていただろう」

「それでウーゴは何をしていたんですかアレは」

呆れ気味にホープ隊長が、この国を脱出する準備をしていたようだと教えてくれる。それは確かにちょっと擁護できないか。

確かに大天使達が倒れたことで、この国が大混乱になるのは多少目端が利けばわかる事だ。

それにしても逃げるとは。

何処に逃げるというのか。

どうせ今や、人間の領域は東京にしかないというのに。

「ホープ隊長も立ち会ってください。 ちょっと休憩してから、この国の悪辣な支配者の影響を排除します」

「ほう」

「天使共の後ろにいる四文字の神。 その影響力を排除して、誰でも本を読めて、学問を出来る場所にします」

「それは痛快だな。 ついでにカジュアリティーズとラグジュアリーズとか言うどうしようもない制度も廃止してくれるか」

頷く。

だが、殿によると、それは時間を掛けながらやっていくことだそうだ。

まあそれでいいだろう。

さて、一旦僕らは周囲を確認。

混乱に乗じて悪さをしようとする悪魔がいないかを確認した後、隊舎で休む事にする。念の為暗殺に備えて悪魔は展開しておくが。

ガブリエルの支配に何もかも依存していた国だ。

柱がごっそりなくなった今。

混乱する者はいても。

そんな風に動けるものなどいなかったし。

いたとしても、不穏分子としてガブリエルに消されてしまっていたのだった。

一眠りして、食堂に。

食堂はガラガラだったが、料理人はいた。何年も年を取ったが、既に料理人として風格が出ているし。

料理の腕も上がっていた。

霊夢やドクターヘル、殿も食卓を囲む。秀はあまりそういうのは好きではないらしく。ヨナタンが供与した隊舎で一人で食べるらしい。

まあ、食事を一人でするのが好きな人はいる。

何も皆で食事をするのを強要しなくても良いだろう。

他にもサムライはいるにはいるが、殆どがベテランばかり。新米は、ホープ隊長に怒鳴られて、巡回をすることで必死に心を落ち着けているようだった。

「それでヨナタン、予定通りやれそう?」

「今の時点では問題なくね。 ただこの国では、神が在ることが当たり前だった。 天使の存在は周知の事実だったし、結局家畜として飼い慣らされていた事は変わらない。 一世代や二世代で、それはどうにもできないだろうね」

「千五百年ですものね」

「それと、例の調査も終わっておる」

殿が咳払い。

例の調査。

それは、天蓋の一部撤去についてだ。

天蓋は将門公の体の一部。無為に傷つければ、世にも恐ろしい将門公の怒りを買うことになるだろうし。

考え無しに撤去したら、膨大な土砂が東京に降り注ぎ。

東のミカド国の民も、崩落に巻き込まれて多くが倒れる事になる。

かといって、将門公に空でも飛んで貰って、別の場所に東のミカド国を移動させるのも無理がある。

だから、穴を開ける必要があるのだ。

東京の人達には太陽が必要だ。

出来ればそのまま外に出られるとなおいい。だから、出来れば裾に、活用していない土地がないか、調べていたのだが。

丁度良い場所があるらしい。東の果ての辺りは、崩しても特に誰も被害を受けることはないそうだ。

霊夢が付け加える。

「今の皆の実力であれば、将門公に伺いを立てることは可能よ。 問題は将門公がいいというかどうかだけれどね」

「先にやる事があるね」

「ああ、その通りだ」

僕が指摘。

そう、それをやるにしても。

先にやるのは、四文字の神を撃ち倒す事。

ふいにマーメイドが床から浮かんで来た。それを見て、ベテランのサムライが驚いている。

一応、此方の仲魔だと紹介はしておく。

しかし、ホープ隊長を初めとして、知っている人達はみんな数年分年を取っている。それが、東京との時間の流れの差を感じさせる。

殿が咳払い。

もっとも重要な話を始める。

そう、四文字の神を倒すには。そもそも至高天とやらにいかなければならないのである。

「それでドクターヘル。 アティルト界についてだが」

「ああ、観測データを分析した結果、ほぼ結論出来た。 アティルト界というものは、どうやら観測によって生じている世界のようだな。 一般的に精神世界などと言われるものに近いが、そんな上等なものではない。 ただ情報が集まって出来ただけの、電子が行き交っているだけのむしろ下位の世界よ」

「んーと?」

「ごめん。 僕もまったく分からない」

ヨナタンが素直に認めるので、ドクターヘルがからからと笑う。

そして本を出してきた。

量子力学とある。

「実際に物理的に観測されている現象なのだがな。 世界には観測が影響を及ぼすという性質がある。 光の挙動などで観測されている事実なのだが、ともかくその世界……生息範囲というべきかな。 最も影響力を持つ生物が、観測することによって、世界に実際に影響が出る、ということだ」

「そんなの、神だの天使だのがいるし、今更じゃねえの」

「そんなものは今までわしらが生きてきた世界でも、ごくごく例外を除いて空想の産物であったわ。 少なくとも気楽に観測出来るものではなかった。 これだけ悪魔や天使が現れて、それでやっと観測の範囲内に入ったというのが正しかろうよ」

ワルターに対して、殿が付け加える。

なる程と僕も納得。

殿の時代は、悪魔だの何だのは実際に姿を見せなかったわけだ。秀のいた戦国時代は、また話が別だったのだろうが。

「続けるぞ。 どうやらアティルト界というのは、人間が観測する範囲での出来事が影響を与えている、磁場の流れの事であるようだ。 だから人間の神話の生物がいる。 そういう点では普遍的無意識なんて言われたものに近いともいえるのだが。 まあともかくとして、人間は観測した。 その結果、神が後から作り出された。 それが事実と言う所であろうな」

ドクターヘルがそう結論。

なるほど。

実際には神が人間を作り出したのではない。人間が神を作り出したという事実があるわけだ。

ドクターヘルは、更に色々と話してくれる。

元々神が人間やら世界やらを作ったのだったら、バビロニア神話の神格が最古なのはあまりにもおかしい。

此処一万年の歴史で神々が「座」とやらを争っているのもおかしい。

なんだったらもっと前から存在する神がいて、それが圧倒的な力を持っていてもおかしくはないし。

人間なんかが想像もできない奇っ怪な姿をした神々や悪魔が多数蠢いていても不思議ではない。

だが、現世にマグネタイトを媒介して現れる悪魔は、どれも人間の神話や伝承に現れる存在ばかり。

それどころか、ネットミームなどと言われた創作妖怪までも出現が確認されているのだという。

だとすれば、悪魔や神が人間を作り出したのではない。

人間が悪魔や神を作り出したのだ。

その力がどこから来たのか。それをもっとも論理的に説明できるのが、量子力学の一説。

観測によって世界に変化が生じるというものであるらしかった。

「この量子力学というのは難しい学問でな。 だが、アティルト界が実際に確認出来れば、これを一気に進展させることが出来る。 そうなれば、人間に有害なだけの神を殺す事は不可能ではない」

「もの凄い話ね。 あたしが二度足を運んだ月の都は、或いはそういうアティルト界の産物だったから、穢れを極端に嫌っていたのかしら」

「仮説しか立てられんがな。 ただ観測した数多のデータが、この理論が正しい事を裏付けている。 そして、至高天に入る方法もな」

幾つか説明を受ける。

なるほどと、理解できた。ドクターヘルは色々な場所で教鞭を執っていたらしく、説明はとても分かりやすかった。

では、後はやるだけだ。

まずは、この国を四文字の神の奴隷から解放する。

それを第一歩にしなければならないが。

食事を終える。こっちの食事も東京ほど複雑ではないが。やっぱり素朴でとてもおいしい。

おなか一杯、力もまんたんになったところで、外にでる。

壊されてしまったアキュラ像を見て、ツギハギとフジワラはどう思うのだろうとちょっと思ったが。

だが、アキラはこんな像を喜ぶ人間だとは、平行世界の結末を見た今はとても思えない。

こんな像を喜ぶアホでは少なくともなかっただろう。考えて見れば、こんな立像を喜ぶような人間はまともな精神の持ち主ではない。

とりあえず、アキュラ王についてはまた敬意を示す方法を考えるとして、この立像の残骸は撤去することを皆で合意して決める。誰もそれには反対しなかった。

ホープ隊長と、要人、司祭、それにサムライ衆の主力を集めて貰う。ウーゴも怯えていたが。きちんと来た。

では。此処で、呼び出す。

召喚するのは、当然決まっている。

まずはラビエル。

召喚されたバアルの一柱は、目を細めて日が注ぐ地を見ていた。それを見て、さっと皆が傅く。

これから守護者となる存在だ。

バアルが邪悪な存在だとしたのは、あくまで一神教。バアルはただ神々だった存在にすぎないのである。

別に民に害する存在でもない。

一神教が対抗存在としたから貶めただけ。

今では東のミカド国のバイブルにもその他の書物にも、バアルのバの字もない。だったら、皮肉な話ではあるが、民はバアルを悪魔と認識しないのである。

ただ、ダグザに叩きのめされていたバアルは此処にはいらないかも知れない。

あれは完全に拗らせているだけの可哀想な老神だ。

ラビエルは、何も言わない。

医療の神だ。

此処にいて、なんら損はないだろう。

続けて、月の女神を呼び出す。

月の女神も、同じようにして太陽を目を細めて見つめていた。それだけで、東のミカド国は安心する。

優しい姿の女神ではないが。

魔術の神だし。魔術が使えるのは周知の事実。

だから、それでいい。

それに、霊夢の話によると、とんでもなく強大な女神が知り合いにいるらしいのだが。それの先祖となる存在であるらしい。

その女神が霊夢の故郷を守ってくれた外来の神の一柱。

あのアブディエル……東京についこの間襲来した時とは比較にならない力の状態のアブディエルと必死に戦ってくれた存在であるらしいし。

その先祖となれば、とても心強い。

魔術だからと言って悪という事もない。

東のミカド国では、悪魔に対応するのにも。医療にも。魔術は使われていたのだから。それを危険な事に使わないように、法整備などは必要だろうが。

そして最後に、マルドゥークを召喚する。

偉大なる暴風神が降り立ったのを見て、人々は威に打たれる。

マルドゥークは良くも悪くも子供がそのまま大人になったような神格で。良く言えば天真爛漫。悪く言えば我が儘である。

ただ力は本物だ。

暴風の圧倒的な破壊力を身に宿してはいるが。

しっかり祀れば、しっかり守ってくれる典型的な神様。

恐らく、日本神話系の神々と同じように、今後は祀り方を霊夢に指導して貰う必要があるだろう。

それに古代神格は生け贄を要求する場合が多かったらしいとも僕は聞いている。

それはどうにか避けた方が良い。

マルドゥークがどうしても生け贄を欲しいというのであれば、何かしらの工夫をしなければならないだろう。

日本の神々も、「お供え」という普通の食事などを喜ぶという話がある。

そういう形に、軟着陸させれば最高だろう。

「太陽に照らされた豊かな土地だ。 余が以降は此処を守護しよう」

「おお、神が!」

「お言葉を!」

「ふっ、秘匿されるばかりが神ではない。 余は加護をくれてやるが、だが相応の信仰をせよ。 四文字の神はそなた等に隷属と信仰心を求める割りに、そなた等には自分が定めた独善的な法しか与えなかったであろう。 余は単純に可能な限りの加護をそなた等にくれてやる。 代わりに信仰だけをすればいい。 後の事は、余を蘇らせた者達に相談するように」

マルドゥークが消える。

ふうと僕はため息をついた。

もの凄く消耗するかと思ったのだが、思ったより全然楽だった。力が上がっているのである。

ウーゴが早速、どうすればいいのかと聞いてくる。

霊夢が相談に乗る。

教会を壊したりする必要はないらしい。マルドゥークと僕が知らない間に色々話していたそうで。

様々な神像を作って、それに感謝すればいいそうだ。

感謝の形はそれぞれでいいらしい。

食べ物がろくにないのに、無理に食べ物を備えたりはしなくて良いそうだし。

ましてや人間を生け贄とかは必要ないそうだ。

ただ、本来のマルドゥークは古代神格で、当然生け贄などを欲していた側面もあるそうなので。

これらは、悪魔合体と。それをマルドゥークが座を降りた結果、性質が変質した可能性が高いと言う。

或いはだが。

僕の影響を受けているのかもしれない、ということだった。

「バイブルは別に捨てなくてもかまわないわ。 ただ、本の一つとして以降は扱うように。 神様なんてものはね、祈ればそれに応えてくれる程度のものであればいいし、大げさな設定なんて必要ない。 ただ人々を見守り、人々はそれに答える程度の存在であればいいし、極端な理不尽を起こさなければそれでいいのよ。 国は基本的に人間が回すものだと心得なさい」

「わ、分かりました……」

「後は任せるわ」

ヨナタンが前に出ると、さっと皆が跪く。

既にヨナタンは、王としての振る舞いを始めている。最初に命令を出したのは、事前に調査していた無人地帯について。

これから穴を開ける。

東京とつなげるという話だった。

「今までケガレビトの里と言われていた場所は、僕……オホン、私自身が見てきた。 あそこはケガレビトの里などではなく、東京と言われる文明が残された人々が暮らす場所だ。 前は愚かな王が悪辣の限りを尽くしていたが、それも討ち取った。 今は人々が新たな旅立ちに出ようとしている。 我等は彼等と手を取り合い、未来に進む事を模索しなければならない。 それには……あと一つ、大きな問題を片付けなければならない」

「あと一つとは」

「唯一絶対の神を名乗り、この国を家畜牧場として扱っていた存在。 四文字の神の討滅だ。 既にその存在の手下達の本性を、皆はみているはずだ。 本来は天使達は、あのように愚かな存在ではなかった。 神の悪い影響を受け、ただ人々を管理するだけの存在となってしまった。 僕は天使すらも解放したい。 その戦いを終えた時、この国は真に独立を果たせる」

とはいっても。

順番を踏まないとダメだと、殿は言っていた。

殿は近年の人間の歴史を確認して、特に「第三諸国」という場所に、無理矢理に先進的すぎる政治制度を持ち込んだ結果をたくさん見ているという。

少しずつ順番に国を変えていかなければならない。

人間は時代を経て、身分制度という愚かしいものを克服した。

殿が言うには、殿の時代最初に天下統一を果たした英雄は賤民とされていた存在の出だったそうだし。

その他の英雄達も出自が怪しい者ばかりで、「名家」なんて何の役にも立たなかったそうだ。

例外も当然いたが。それも名家に頼ったのではなく、実力でのし上がった者ばかり。

だから家系図づくりなんてものが流行った。

血筋の優位性なんて、その程度のものだったということである。

だが、いきなり全部の民を公平に、選挙制度で国を回そうなんて事をやっても上手くはいかない。

何段階かに分けて国を変えていく必要がある。

そういう話だった。

それに、である。

東京の人々が太陽の下に出て、また世界に拡がり始めれば。東京の人達は再び国を作り、25年前まではそれで動かしていた近代的な仕組みで国を回す。それに加わっていくという手もある。

逆に、東京の人達が、東のミカド国に加わりたいと思うかも知れない。

最終的には、国をまとめてしまうのが良いだろうと殿は言っていた。

僕もそれには同意だ。

あわせても110万程度しか人間はいないのである。

だったら阿修羅会みたいなばかげた事をしていないで、皆で協力してやっていくのが一番だろう。

そこに神々や悪魔も加わっていく。

決して人間が最強でも絶対でもないと分かれば、今まで見たいな愚かしい思想を持つ者だって減るはず。

いなくはならないだろう。

だが、それは人間が克服していかなければならないのだ。

後はヨナタンに任せて、幾つか話をする。

「それでドクターヘル、座とやらにどうやって辿りつく」

「まずは至高天とやら……アティルト界の深部であろうが、そこに直にいかなければならないであろうな。 そこまでは、神々の力で行けるはずだ」

「天照大神に素戔嗚尊が揃った今なら、行けるかもしれないわね。 それにあの元三大天使達は「鍵」と融合している。 その力を借りれば、なおさらね」

「おう。 それでここからが問題なんじゃがな。 座とやらは、仮に四文字の神とやらを蹴り落として、更には粉々に砕いても何度でも再生しよう。 観測する事によって生じる存在であれば、どうしてもそれは生まれ来る。 何かしらの手段で、固定してしまうのが良いだろうな」

ナホビノとやらがいればいいのだけれど。

そうも行かない。

問題は其処からだ。

その時、リリィが喋る。秀以上に喋る事がない子だ。

「手はあります」

「ふむ、聞かせてくれ」

「私は元々この世界にはあり得ない存在。 いずれ消えます。 もとの世界の私と一緒になると言ってもいい。 ですが、この世界にいたという事自体が力になる。 私が四文字の神という人を倒した後、マーメイドさんの見た一番良い世界というのを、座に無理矢理固定します。 世界から世界を渡る時の力を、それで固定する事が可能な筈です」

「努力が全て報われる世界か。 ふむ、わしとしては願ってもない」

カカカとドクターヘルが笑う。

またこの老人は悪巧みをして。だが、咳払いする殿。

「だとすれば、以降は取り憑き先を考えなければなるまいな。 まだヨナタンを独り立ちさせるには早い。 それと……フリン、ワルター、イザボー」

「はい」

「おう」

「何でしょう」

殿は咳払いした。二つ、必要だという。まず、英雄としての事績はヨナタンに収束する。ヨナタンがあらかた悪魔を倒したと言うことにするようにと。これは、英雄が多いと禍の種になるからだと。

ワルターは苦笑する。相応に良い思いが出来るならそれでかまわないと。

僕も別に、ヨナタンが王様になって、東のミカド国をしっかり回してくれるなら、それでいい。イザボーも権力には興味が無さそうだ。

「それと見ていて理解は出来たが、フリンもイザボーも男としてのヨナタンには気がないな。 二人ともヨナタンとは別の人生を送れ。 ヨナタンの国の重役になるのはいいが」

「僕はそもそも誰かと子供作る気もないかなあ」

「わたくしも別にヨナタンが相手でなくてもかまいませんわ」

これも恐らくは、前者と同じ理由なのだろう。殿は頷くと、それでいいと言った。

さて、此処からだ。

至高天とやらに殴り込んで、傲慢な神を叩きのめす最後の戦いが始まる。リリィとは別れるかも知れない。いや、秀や霊夢だってそれぞれに居場所があるし、マーメイドは多分別の世界に飛ぶのだろう。

別れは近付いている。

だが、それは在るべき形での別れ。理不尽な別れではない。それでいいのだと、僕は思うのだった。

 

4、集まる神魔

 

しばし東のミカド国で政務を行って安定させる。殿とヨナタンを残して、僕らは東のミカド国から東京に。

そして、東京でまだ彼方此方にいる悪魔を退治して周り。或いは麾下に加えた。天照大神の力は日ごとに増大しているが、それでも光が届かない場所にいる存在はどうしてもいるのだ。

ただ、流石に大天使達を倒した事は伝わっているようで、殆どの悪魔は僕達を見ると諸手を挙げて降参してしまう。

そういった悪魔はどんどん味方に加えて、それで悪魔合体の素材になって貰った。

そして霊夢の提案で、やっておく。

悪魔合体で、召喚する。

イザボーが作り出したそれは、大天使ガブリエル。

あの冷酷なギャビーではない。

明確に穏やかな目をした、静かな雰囲気のガブリエルだった。

どよめきが上がる。

霊夢が咳払い。

神田明神の近くだ。最悪の場合が起きても、力を取り戻している神々や僕らで袋だたきである。

「大天使ガブリエル、此処に」

「ガブリエルはもとの神にしなくていいのか」

「これでいいのよ。 これで三位一体は完全に崩れたわ」

霊夢いわく。

一神教の思想である、父と子と聖霊の御名において。つまり三位一体の思想。

父とは四文字の神。

子とは預言者。

聖霊とは天使。

そのうちの聖霊は、これにて完全に崩壊した。既に四文字の神と深い関係にあった四大天使は、これにて完全に四文字の神の影響下から脱したことになる。

このガブリエルは一神教のガブリエルだが。

悪魔合体でイザボーが作り出した存在で、つまりイザボーの麾下にあるものだ。

そしてイザボーはこれで、直衛にダグザとガブリエルを有した。

接近戦のスペシャリストであるダグザと。

魔術戦のスペシャリストであるガブリエル。

高火力の魔術を専門に戦うイザボーとしては、最高の布陣が揃った事になるだろう。

二日ほどして、ヨナタンが戻ってくる。

上は安定させたと、少し疲れ気味の様子で言う。

王として即位を済ませ。

更には王妃として、身分問わずに人間を集め、それを教育して様子を見るという。少なくともラグジュアリーズから優先して王妃を取る事はないそうだ。

「好みの女を王妃にしたりはしないのか? それくらいは許されるんじゃねえの?」

「実際の王というのはそんなに自由じゃないんだよ。 本来は国家第一の奴隷というのが正しいくらいさ」

「まあ、そうちゃんと考えている王様ばかりだったら、専制もいいのでしょうけれどね」

霊夢がぼやく。

まあろくでもないものを色々見たし、此方に来るときに教えられたのだろう。

それでは、最後の作戦会議だ。

皆を集めて、シェルターで話す。

計測したところ、東のミカド国と此方で、時間の流れが変わり始めている。前は60倍くらいあった時間の流れの差が、現時点では10倍程度にまで緩和されてきているという事だ。

それでもあまり長い時間至高天にいるわけにもいかない。

出入りを何度もするのも難しいだろう。

決着は、一度で付ける。

「問題は至高天とやらにどれだけの近衛がいるかだが……」

「恐らくサタンがいるでしょうね」

「!」

マーメイドが言う。

サタンとは、本来は一神教で上級悪魔程度の存在でしかなかったという。この考えを受け継いだのがイスラム教のシャイターンで、決して最高位の悪魔ではないそうだ。

だがサタンとは本来「敵対者」を意味する存在であり。

故に現時点では、「座を監視する」「場合によっては神すらも打倒する」存在としてあるという。

「サタンとは私も戦ったけれど、とてつもなく強いわ」

「そうか。 それは厄介だな……」

「更に問題があるとすれば。 私の貰った知識によると、本来は四文字の神には、様々な神霊としての分霊体が存在するそうよ。 「神が神殿にいる状態」であるシェキナー、神の別名とされているエロヒム、神の軍とされるツァバト。 四文字の神として座につくまで名乗っていたエルシャダイ。 いずれも四大天使と同格か、それ以上の存在かも」

「厄介だな……」

一度で無理をして突破をする必要はないのではと穏健策を殿が口にするが。

なんでもマーメイドの話によると、至高天が開かれたら悪魔が殺到するという。出来るだけ急ぐべきなのだと。

いずれにしても、かなり厳しい戦いになりそうだ。

蜻蛉切りを見る。

僕が最初にとんぼちゃんを作ったのも、きっとこの槍の事があったから。とんぼちゃんはずっと相棒だった。

僕は、この槍を手にしているなら。

誰にだって勝てる。

本多平八郎忠勝だった時は、東国で無双のサムライだったという。だけれども、それは関係無い。

僕として、今の技の全てを尽くして。

四文字の神の分身がいるなら、全てを撃ち倒すだけだ。

「先にクリシュナと明けの明星にも声をかけておくとしようか。 多少は道を開けるかもしれん」

殿がぼやく。

「大丈夫。 僕らが全部やっつけます」

皆で頷く。

利害も思想も違うけれど、それでも今、やるべき事は全員共通している。

これ以上。

四文字の神に好きにさせるつもりはない。

 

(続)