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第二次東京大戦
序、鴉の末路
以前の大戦の時。
将門公の天蓋の中心部。スカイツリーの付近より、天使の大軍勢が出現したという。僕は事前にそれを聞かされている。
一神教の聖書では、天使は数十億いるとか。
流石にそれを再現は出来ないだろう。
前の大戦では結局四大天使が敗退し、大天使達は一度は東京の殲滅を諦めたのだ。先送りにしたのかも知れないが、どちらにしても東のミカド国に兵を引いた。千五百年が経過したとしても、東のミカド国の民はそれほど熱心に一神教を信仰していない。
それもあって、其処までの数は回復していないと考えて良い。
一応、それが現時点での見解。
勿論客観が最大優先。楽観は論外。
最悪の状態として、四文字の神が直にくるとか。四大天使以上の大天使が来るとか、そういうのも警戒しなければならない。
僕はシェルターの外で警戒しながら、その話を反芻する。
例えばメタトロン。
天使最強と言われる存在が、いきなり先陣を切ってくる可能性もある。
ただでさえ様々な天使がいて、それらが四文字の神にしたがっているのである。それを考えると、弱い天使ばかりが数で攻めてくるとは限らないのだ。
さて、どう出る。
もう東京に太陽神が戻ったことは相手も理解している筈。
竜脈も正常化した。
だとすれば、悪魔が人間を殺し尽くすことは期待できない。シェルターには、未来を担う幼子もたくさんいる。
座り込んでじっと空を見ていると。
側にクリシュナが来た。
勿論此奴には油断していない。
「何かあった」
「私としてはどうでもいいことだがね。 貴方方に問題になるかも知れない」
「具体的に何」
「ふっ。 マンセマットが逃亡した。 あれは我々で抑えていたのだが、多神連合が瓦解したときに、隙を突いて逃げ出したようだな」
マンセマットか。
さてはこいつ、わざと逃がしたのか。可能性は否定出来ない。あれが変な行動をすると、確かに厄介だ。
「わざわざそんな事をいいに来たって事は、居場所に心当たりがあると?」
「可能性があるとしたらスカイツリーだろう。 こうなってはかの鴉に居場所はない。 貴方たちと大天使達の激突を様子見して、隙を見て東のミカド国に押し入り、民を洗脳するつもりだろうさ」
「……そう」
大天使は別に全てが気にくわない訳じゃない。
天使だって、ヨナタンに従っている天使達は、ちょっと行きすぎている感があるものの。それでも勇敢に戦い。ヨナタンを支える事をまったく厭わない優れた者達だ。天使が全て駄目なわけではないのだろう。
だが、彼奴は違う。
元は違ったのかも知れない。
だが今は、鴉と揶揄されるのに相応しい存在だ。
そして僕は此奴の事を信じていない。すぐにシェルターに戻ると、フジワラに話す。フジワラは少し考え込むと、ドクターヘルに連絡。
ドクターヘルは面倒くさそうに応じると、何やら調べてくれた。
「ふむ、大きな反応があるのう。 悪魔の大きな反応は、色々調べた結果分かるようになってきたんだがなあ。 かなり傷ついているが、それは結構強い悪魔だ。 他の悪魔を補食しながら……此方に向かっているな」
「市ヶ谷に?」
「おう、そうなる。 危険な相手であろう。 応戦の準備をしておくわい」
「いや、僕達もそっちにいくよ」
すぐ連絡を切って、ターミナルに。
市ヶ谷にはヨナタンとイザボー。付近で悪魔の掃討をワルターがやっていたのだが、全員集める。
悪魔の反応を調べるシステムについてドクターヘルがまったく分からない用語を並べて解説してくれるのを聞き流しながら、反応があるらしい場所に向かう。
「あのクリシュナという殿方、敢えて嘘を言ったのではないでしょうね」
「どうだろうね。 単に予想が外れただけかも知れない」
「確かにあいつの立場からしたら、身を隠していた方が得だろうしな。 目的地以外はあっていたってのも事実だろうぜ」
「問題は天使の侵攻に奴の襲撃が被らないと良いんだけれど。 おっと……」
見つけた。
すぐに皆、悪魔を展開する。
それはマンセマットだが、全身がぼろぼろで、翼は生えかけ。体の彼方此方が浅黒い肌だったのが、むしろ青ざめている。
傷が全く治っていないどころか。どうにか無理矢理逃げ出して来たというのが一目で分かった。
哀れな姿だ。
同情は出来ないが。
奴はカタキウラワを貪り喰っていた。野良犬のように。そして、此方に気付いて顔を上げる。
かっと目を見開いたマンセマットは、犬のように這いつくばったまま、長広舌を振るう。
「あ、貴方たちはっ!」
「クリシュナ達に捕まってたのを逃げ出して来たってな」
「ふっ、そうですよ! あのクリシュナは、シェーシャという原初の龍王を蘇らせようと画策しているのです! 貴方たちは騙されているんですよ!」
「もう多神連合は解散したよ」
僕が事実を告げると。
マンセマットは、口から豚肉の欠片を落としていた。
呆然とするマンセマットに、多神連合の主な面子が既に離れた事。それを見て、オーディンがトールとともに離脱した(どっちも知らないが、そういうことがあったらしい)という話をすると。
マンセマットは、しばらく呆然と虚脱していたが。
不意に我に返る。
「し、しかし奴はこの東京を生け贄に……」
「穏健策に移行するってさ。 もう阿修羅会もガイア教団もこっちで抑えてね、東京はまとまったの。 更に日本神話の神々も封印から解放した。 結果、大天使達と戦う準備ができたし、これ以上人間どうしで争う必要も、人間を贄にして世界を終わらせる必要もなくなった。 クリシュナ以外の神々はそう判断して、多神連合から離れたんだよ。 クリシュナも、諦めて今は僕達と連携する事を決めてる」
「う、嘘だっ! 嘘に決まっている!」
「僕の気配、何か覚えがあるんじゃないのかな」
マンセマットが飛び退いて、犬みたいに唸るが。
不意に僕の言葉に黙り込む。
それはそうだろう。
僕のガントレットには、ティアマトとマルドゥークがいる。特にティアマトは、原初の祖神である。
マンセマットも、知っている筈だ。
それが何を意味しているか。
「そ、そこまで力を増していたのかっ!」
「それでどうしますの? わたくしたちとしては、貴方のような殿方は放置出来ませんから、もう返答次第ではすぐに片付けさせていただきますけれども」
「ま、待てっ! いや待ってください!」
いきなり卑屈になるマンセマット。
昔封魔塔で此奴に遭遇した時は、不意打ちをしてやっとという相手だった。レールガンがあの破壊力でなければ、倒す事など無理だっただろう。
今は弱体化しきったマンセマットと僕らでは、力の差が歴然過ぎる。完全に逆転している。
それになんなら、増援だって呼べる。
マンセマットを逃がさず、この場で仕留めるのはまったく難しく無いのだ。例えマンセマットが万全の状態であっても。
ましてや此処まで弱体化している状態ならなおさらである。
「て、天使達の弱点を教えます! わたくしが知る限り、全て! だから、見逃して欲しい! いや、ください!」
「天使達のはいらない。 四文字の神の弱点は?」
「ひいっ!」
何となく分かる。
此奴はダークサイドとは言え、神に対しては忠実な存在なのだ。
四大天使とは相容れず裏切って背中を刺したかも知れない。
だが此奴自身は神の忠実な下僕を自認している。
それが、神を裏切れという言葉に対して、ダメージを受けない筈がないのだ。
がたがたと震えるマンセマット。
ワルターが大剣を抜く。苛立って来たらしい。良い意味での侠気を手に入れているワルターにとっては、鴉と揶揄される此奴の尻軽ぶりは不快でならないのだろう。ヨナタンも剣を抜く。
それを見て、マンセマットは泣き落としを始めた。
「そ、それだけはご勘弁を! そ、そうだ! 実は私には切り札がありましてな! あの大アバドンを使って、過去に飛ぶ事ができるのです!」
「へえ」
「それで先に四大天使を倒せば、或いはこのような世界にならなくて済むかも知れません! 多くの人々が救われます! どうです、私を仲魔にする価値が見えてきたでしょう!」
「話は聞かせて貰った。 確かにブラックホールをタイムマシンとして利用できるという説はある」
実はこの話。
音声を共有していた。
マーメイドも霊夢も秀もドクターヘルも殿もフジワラも聞いている。
だが、誰もが相手にするなと言ってきていた。
その中で、ドクターヘルだけが、揶揄するように直に言葉を入れて来た。
「だがな、歴史を改編しても、世界そのものが変わるのか、新しく平行世界が出来るだけなのか、タイムパラドックスが起きて世界が吹き飛ぶのか、もしくはその改編すらも歴史の一部なのかには諸説ある。 現時点でそれを試すのは、リスクしかないなあ」
「そ、そんな! 何事も試すのが一番でございましょう!」
「そうだね。 でもそれはお前みたいな詐欺師同然の奴に言われて試すことじゃない」
ドクターヘルも、此奴の提案に乗るのはやめとけと文字でガントレットに送ってきていた。
僕も同意だ。
仮に過去に戻れたとして、過去を変えて、今が良くなる保証などない。
バタフライ効果というそうだが、過去にちょっとした落としものをしただけで、まったく別の未来になってしまう可能性すらあるとか。
そういうのは、完全に詰んだときに、一か八かでやる賭だろう。
少なくとも今。
こんな詐欺師野郎に言われてやる事じゃあない。
それに此奴には、平行世界でマーメイドは何度も会っているという。
そしてその度に、エゴの怪物であることを見せつけられてきたそうだ。
そんな奴が。
自分の利益になる事以外をする訳がない。
蜻蛉切りを構えて前に出ると、マンセマットが喚きながら後ずさる。だが、その背中が何かにぶつかる。
そこにいたのは、冷え切った目のラビエル。
その存在を知って、マンセマットは跳び上がろうとしたが、出来なかった。月の女神が、そっちにも展開していたからだ。
この二柱の神は、四大天使と同等以上の実力を持ち。
何よりも、マンセマットはその存在を知っている筈だ。
もはや身動きできなくなったマンセマットは、僕に対して助けてとか抜かしたが。僕は嘆息すると、そのまま串刺しにしていた。
マグネタイトになってマンセマットが消えていく。
「もしも君が、不利な状態の相手を一度でも助けるような事がある奴だったら、僕はこんなことをしなかったよ。 仲魔にしてこき使っていただろうね。 君は気に入らないとはいえ身内さえ裏切るような奴だ。 仲魔にするにも、仲間になるのにも、無理がありすぎる」
戻ろうと、皆に告げる。
マンセマットは死んだ。
もしも生きていれば、まだ何か暗躍したかも知れない天界の汚れ役は。自業自得の末路を辿ったのだった。
いつの間にか、側にクリシュナがいる。
僕は油断していない。
皆も、きちんと気付けていた。
「流石だな。 弱り切っていたとは言え、マンセマットをこうも容易く」
「それで? 外れていたけれど」
「ふっ、まあ私も全知全能などではないのでね。 それよりもだ。 出来るだけ早く市ヶ谷に戻った方がいいのではないのかな」
「そのようだ」
この気配、分かる。
ガブリエルではないが、東のミカド国にいた頃、多数感じていた気配。城の中にたくさんいた連中。
恐らく上位の天使達だろう。
昔は僕が馬より速く走るのを見て、イザボーが呆然としていたが。今の僕らは、全員がそれくらいの速度で走れる。それも余裕を持って、だ。その気になれば馬なんか問題にならない速度を出せる。
そのまま支援魔術を重ね掛けしながら急ぐ。
どうやら、天井から溢れるようにして、天使が姿を見せ始めている。
市ヶ谷に到着。
上野の街は空にしてもらっている。
あそこが一番最初に襲撃されただろうからだ。天使達はわらわらと現れ、そして陣形を組み始めていた。
非常に美しい方陣だ。立体的に陣形を組むと美しいのはヨナタンの天使部隊で知っているつもりだったが、また同じ事を思い知らされる。数は数千どころか数万はいそうである。だが、リリスですらそのくらいの数のリリムを呼び出してきたのだ。今更驚くには値しない。
側に降り立ったのは霊夢。
つづいて、地面からマーメイドが浮かび上がってきた。
大きめの車両が、市ヶ谷の中で位置取りをしている。対空戦闘用意と、誰かが叫んでいるのが聞こえた。
ドクターヘルが来る。
レールガンを調整していたらしい。ただこれは対大物用だ。弾も限られているし、何発も撃てない。
「来よったのう。 さしずめ先発隊というところか。 だが以前の大戦の時に比べると、ずっと少ないわ」
「そういえば前の大戦を見ていたんだったね」
「おう。 天使が来た。 一神教徒には神は助けてくれるとか言っている奴らも多かったが、まとめて焼き殺されてしまったわ」
「……」
穢れた人だからケガレビト。
ガブリエルが、東京の人を物資で支援しようと僕が提案したときに。あのウーゴに伝えていたことを覚えている。東京の民は相応の事をしているからケガレビトと言われると。
相応の事をしているのはどちらなのか。
天使の軍勢は、数千ごとに方陣を形成して、それが徐々に増えているようである。いずれにしても、全力で殺すつもりで懸かってくるだろう。
さて、明けの明星はどう動く。
東京全域に天使が散るのであれば、むしろやりやすい。今人間の大半はシェルターに移るか、市ヶ谷の地下に入って貰っている。
散った天使を各個撃破するだけだ。
だが、市ヶ谷か国会議事堂シェルターにまとめて天使が来た場合が大変だ。想像を絶する乱戦になるだろう。
しばし、緊張の時間が流れ。
やがて、先陣であるだろう天使の部隊が動き出す。ドクターヘルの助手が、スコープと装置を組み合わせて、数を計測し終えていた。
「数、およそ六万!」
「やはり随分少ないな。 前に来たときはその二十倍は緒戦で出してきたのだが」
「雑魚天使は問題じゃないよ。 大天使は?」
「います。 浅黒い肌をした、金色の鎧を着た女性の天使です。 手に剣を持っています」
それを聞いて、霊夢がスコープを奪い取る。
そして、霊夢がスコープを返していた。
もの凄い怒りが全身から放たれている。霊夢が、言語化した怒りそのものを口から吐き出していた。
「あいつだ……!」
「幻想郷を襲った大天使?」
「ええ。 あいつはあたしが殺す。 邪魔はさせないわよ」
「しないよ」
確か、大天使アブディエルと言ったか。
調べたところによると、明けの明星の神に対する謀反に明けの明星の配下で唯一賛同せず神の下に帰還。その後明けの明星に対する戦いで先陣を切った超武闘派だとか。
信念がある武人なんだろう。
だがそれも、今は人間に対する暴力でしかない。
揺るぎない信念も相手にとってはただの脅威でしかならなくなる。そういう悪い見本だった。
天使達は戦力を分散することなく、全てが市ヶ谷に向けて動き出していた。
そうか、それは好都合だ。
すぐに皆が来る。秀と殿、マーメイドが少し遅れて到着。フジワラはシェルターを人外ハンター達と守って貰う。
それにナナシとアサヒ。ガイア教団の戦闘部隊も来る。
カガが率いているガイア教団の戦闘部隊には、トキという子もいる。最前線で戦うつもりのようだ。
天使の部隊は、美しい方陣を敷いたまま、一糸乱れぬ動きで市ヶ谷に向かってきている。では、まずは小手調べだ。
充分に引きつける。
ドクターヘルが勢いよく指を動かして、何やら調整している。僕は直接見ていないのだけれども。
市ヶ谷全域が自動防衛システムというので覆われているらしい。
それも改良を続けている様子だ。
天使の方陣が近付いて来た。
前衛は全部パワーである。それも分厚い盾を構えていた。
ここには小沢さんも来ている。
小沢さんが、スコープを降ろしてぼやいた。
「まるでファランクスだな」
「ファランクス?」
「分厚い盾と長槍で敵を圧倒する方陣ですよ。 騎兵と連携する事で、古代は無敵を誇った方陣です」
「……」
悪魔の力と防御力なら、そのファランクスも最強なのだろうが。
そして、ある程度の高度にまで降りて来たところで、ドクターヘルが咳払い。
軍人として指揮を任されている小沢さんが、声を張り上げていた。
「効力射開始! 制圧射撃!」
今まで黙りこくっていた対空砲が、一斉に火を噴く。人間の火器などと侮っていた天使達が、一瞬にして穴だらけになり、バラバラになって散って行く。それを見て、人外ハンター。特に年配の人達は喚声を挙げていた。
それはそうだろう。
大戦で東京中の人を鏖殺した天使達。
その記憶があるのなら、それに対して効果的に反撃できているのを見れば、喜ばない筈がない。
動揺しつつも、陣形を組み直して、天使達は更に距離を詰めてくる。増援もまだまだ来ているようであるし。此方もまだ全力を出すわけにはいかない。
恐らく騎兵の役割をするだろうアークエンジェルらの軽武装の天使達が、高速で飛んでくる。
接近すれば、対空砲火など怖くないと言う訳か。
だが、その時火を噴いたのは、対空機関砲という兵器だった。連射音が、何かの振動音に聞こえる。それは近付く天使達を、またたくまにミンチに変えていった。
1、幻想郷侵攻の理由
数に物を言わせて攻めてきていた天使達が、凄まじい対空砲火で抉り取られていく。美しかった方陣が穴だらけになっていく。
それだけじゃない。
空中で炸裂する爆弾は、盾を構えているパワー達を容赦なく打ち砕いていく。その有様を見て、天使達も流石に動揺しているのが見て取れた。
熱狂的な攻撃を続けている兵器部隊。
だが、弾も生産したり、各地の軍基地を悪魔の領域から解放して集めて来たりしていても、限度がある。
何より、高位の天使には通用しないだろう。
パワー達が全く怖れる様子がなく出てくる。弾を受けても耐え抜く奴がいる。
恐らく近衛の精鋭部隊だ。
ヨナタンの天使部隊も、転化していないパワーもどんどん強くはなっていっていた。今見えているように、歴戦を重ねて同じパワーでも個体に戦力差が出てくる。そして近衛の部隊の中央には、冷静に剣を構えて不動の姿勢を取っている大天使。
霊夢が言う所のアブディエルが、泰然と構えていた。
それで天使達も算を乱していない。
それに、大天使はアブディエルだけではないようだった。
強力な魔術障壁で、対空砲火を防ぎながら、前に出てくる大天使がいる。それに対して、ドクターヘルは無視しろと指示。
弾の無駄だと言う。
弾は効く相手にだけ撃てと。
弾が飛んでこないのを見て、こっちに迫ってくる大天使。
バロウズが解説してくれる。
「大天使ハニエルよ。 七大天使の一角で、愛を司るとされているわ」
「任せるわよ。 あたしは力を温存する」
「おっけい!」
既にそのハニエルと近衛の天使達が、地上近くまで来ている。人外ハンターが悪魔を出しているが、ハニエルはすっと手をかざすだけで、雑魚悪魔は消滅させてしまうようである。
なるほど、流石に強いな。
他にも何体かの大天使が、市ヶ谷に降り立った。しかし、即座にワルターが斬りかかる。秀も、何か魔術を放とうとした大天使に斬りかかり、それを大天使が光の剣で受け止めていた。
激しい立ち回りが始まる。
手持ちの悪魔を展開しつつ、格闘戦を開始する人外ハンター達。対空砲火を守れ、そういう声が響いている中。
殿が、ハニエルに突進。
殿の、銀髪の子の姿を見て、ハニエルは笑おうとしたが。直後に不可視の質量体を受けて、ぐっと呻いていた。
ハニエルは六つの翼に顔と手だけという異形だが、その手には大きな剣が握られている。
いや、あれは。
多数の剣が出現すると、一斉に銀髪の子に襲いかかる。殺意が凄まじい。愛の天使とはなんだったのか。
激しい戦いが行われる中、僕は右左に近衛の天使達を切り伏せながら、ハニエルに迫る。
数体のパワーが壁を作ろうとするが、蜻蛉切りが唸り、立て続けに倒す。まだ飛ばしすぎるなよ。ワルターが、大天使相手に押し気味に戦いながら叫ぶ。僕も分かっていると帰す。
乱戦が始まる。
対空砲火で相当数が削られたとは言え、くさびとなって打ち込まれた大天使と精鋭部隊が、地上に橋頭堡を確保。
それを基軸に、天使達がどんどん降りてくる。
出来るだけ急いで大天使達を倒さないと、かなり危ないか。
そう思った瞬間。マーメイドが叫んだ。
「皆、耳を塞いで!」
「!」
飛び離れ。蜻蛉切りを地面に突き刺すと、耳を塞ぐ。
同時に、氷の竜巻が辺りを蹂躙していた。天使達が凍り付いて、空中で砕けてしまう。方陣がまるごと氷砕けるのを見て、人外ハンター達が歓声を上げる。だが、巻き込まれて、もがいている人外ハンターもいる。耳を塞がなかったというより、塞ぐ余裕がなかったのだろう。
天使達が動揺する中、皆が攻勢に出る。
今まで黙っていた戦車部隊が、攻撃を開始。小沢さんもレールガンを使って、大天使を狙撃。
大天使は翼でそれを防ごうとして失敗。
翼を吹っ飛ばされ。
隙が出来たところを、至近に迫っていたナナシが顔面に剣を突き刺し。数発のデザートイーグルの弾を撃ち込んで倒していた。
おおと喚声が上がる。
もう充分にいっぱしの戦士だ。
秀も相対していた大天使を撃ち倒したようだ。大天使が倒れ始めるのを見て、天使達が動揺しているのが分かる。
無理をせず、負傷者はさがるように指示する小沢さん。
僕は前衛に出ると、殿と激しい戦闘を繰り広げているハニエルに迫る。ハニエルは殿の援護をしようと迫る誰かの手持ちの仲魔を片手間に蹴散らしながら、殿に多数の剣を浴びせかけていた。
「相応の神聖なる力を持っているようですが、ならば何故我等に楯突く。 身の程を知るといいだろう」
「……」
殿が反撃に出る。
ハニエルの剣を立て続けに叩き落とすと、跳躍。翼もないのに空中で更に跳躍しつつ、高度を稼いでから質量体で叩き潰しに行く。ハニエルが翼を盾にしてそれを防ぎつつ、多数の剣で串刺しにしようとするが。
その時、僕が至近に出る。
雄叫びを上げて、僕が貫を叩き込むと、ハニエルは剣で防ごうとして。それで気付いたのだろう。
あわてて翼も使って、一撃を止めていた。
だが翼も貫いた蜻蛉切りは、ハニエルを串刺しにまではいかなかったが。それでも痛打を入れていた。
着地した殿は、蜻蛉切りを見て、目を細めると。僕と連携してハニエルに当たる。ハニエルは今まで殿相手に押し気味に戦っていたが、舌打ちして更に剣を増やす。体の傷も並行して治そうとしているようだが。
気付いているだろうか。
周囲の天使部隊はあらかた始末されてしまっている事に。
秀とマーメイドが大暴れしているのが要因だが、人外ハンターの手持ち達だって負けてはいない。
ワルターと戦っていた大天使は、横から飛んできたイザボーの大火力魔術で焼き払われ消滅。
既に打ち込まれたくさびはなくなり、人間側は態勢を立て直しつつある。
それに気付いたハニエルがあわてた様子で離れようとするが、ヨナタンの天使部隊が殺到。
それを見て味方と判断したのか、一瞬油断したハニエルだが。
一糸乱れぬ連携で、全身をパワー達の槍で串刺しにされ。凄まじい形相を浮かべていた。
「なっ! お、おのれ! 天の軍勢をたぶらかし、あまつさえ我等大天使に手を上げようというのか!」
「何が大天使か。 勝手にケガレビトなんてレッテルを貼り人々を殺戮したお前達は、堕天使と何も変わらない! 愛の大天使だっていうなら、人々を愛で救って見せろ!」
「堕落した人間に与える愛など持ち合わせていない! 貴様等は家畜以下の存在だ」
「……もう口を開かないで」
銀髪の子の声だ。
これは、ガチギレしたな。
この子は東京の民の醜さに怒りを覚え、力を貸すのを拒否した。それは殿に聞いていた。だが、その原因でもあった阿修羅会が倒れ。
更には原因を作った一つである大天使が目の前にいる。
もう、戦わない理由はないというわけだ。
ヨナタンの天使部隊がハニエルから離れる。
ハニエルが大魔術を放とうとするが、その前に殿が前に躍り出る。そして、ハニエルが辺り全部を超火力の魔術で焼き払おうとした瞬間。
音が消えていた。
体右半分をごっそり抉り取られたハニエルが、凄まじい鬼相を浮かべている。
一瞬だけ見えた。
おぞましい姿の異形が。
巨大な腕を振り下ろし、ハニエルを叩き潰したのだ。
それでも死にきれないハニエルに、殿が猛攻を続けて仕掛ける。ハニエルは最後のあがきに多数の剣を振るって抵抗するが、それも殿は全てくぐり抜け、或いは光の壁で適切に防いでいた。
「お、おのれ、おのれええっ!」
更に横一文字に切り裂かれたハニエルが、絶叫を挙げながら消滅していく。
上空の天使部隊が明らかに動揺するのが分かった。其処に、地上に攻めてきた精鋭を撃破したことで、対空砲火が再び動き出し、一斉に射撃開始。算を乱した天使達が、方陣を崩す。
大天使アブディエルが動く。
ドミニオンやソロネで構成された近衛を連れて、まっすぐ此方に突っ込んでくる。
恐れを知らぬ勇気。
信念に支えられた強さ。
それは分かるが。
それが向けられる相手は、ろくに抵抗も出来ない人々だ。穢れているという大天使達の主観で、東京の民はまた鏖殺の危機に瀕している。
させてたまるか。
ティアマトを呼び出す。それを見て、アブディエルが流石に顔色を変える。ただ僕も余裕があるわけじゃない。力が上がっていると言っても、それでも限度がある。
だが、ブレス一発だったら問題は無い。
ティアマトが、空に向けてそれでも加減しながらブレスを叩き込む。全力で放ったら、天蓋を撃ち抜いてしまう。
天蓋の先には東のミカド国の民がいる。
そんな破壊を許すわけにはいかない。
ブレスは拡散しながら、多数の天使達をまとめて薙ぎ払う。方陣が一つ、光に飲まれて文字通り消滅した。アブディエルは攻撃を回避したが。
其処に横殴りに蹴りを叩き込んだのは霊夢だ。市ヶ谷駐屯地の外に、アブディエルが叩き落とされる。
霊夢が突っ込む。
後続にはまだまだ大天使が控えているようだ。
ティアマトに一度戻って貰うと、僕はアナーヒターとムスペル、それにクベーラを召喚する。
サルタヒコも出す。
皆も、それぞれ戦闘で主力にしている悪魔を出現させた。アブディエルがいなくなったことで、算を乱している天使もいるが。それはそれとして、まだまだ大天使がいて。それが指揮する近衛とともに降りてくる。
しかもこれが東のミカド国の総力かというと違うだろう。
反転攻勢を入れるためには。
此処で大きな被害を出すわけにはいかないのだ。
霊夢は幻想郷で、何処か油断していたのだと思う。
地獄の女神や復讐の仙霊も幻想郷に好意的だった。
外の神々だって、そうそうは手を出せないはずだ。そう思っていた時に。あの月の都が滅ぼされたと聞かされた。
それをやったのは天使達だとも。
月の都から、昔の戦いで幻想郷の強者を圧倒した姉妹の神と、月夜見が逃れてきた。奴隷階級の玉兎も僅かに連れていた。いずれにしても敗残兵だった。その後を追って、天使の部隊が来た。
最初はいつものように追い返せると思っていた。
天使というなら、人間には危害も加えないだろうと。
だが、違った。
天使達は人間も容赦なく殺戮し始め、人里は文字通り炎に包まれた。最強格の妖怪が、文字通り微塵に砕かれ殺されるのを見た。鬼だろうが手も足も出なかった。
幻想郷の支配者層である賢者達は非常事態宣言を出し、総力戦を開始。
地獄の女神と復讐の仙霊も駆けつけて、それで戦いを始めたが。瞬く間に霊夢の知り合いは殺され減っていき。
平穏だった幻想郷は、全てが焼き滅ぼされ。穏やかな性格の者だろうと、容赦なく殺されていった。
霊夢の悪友も、知人も。
ばたばたとなぎ倒されていった。
その中心にいたのは、あの金色の天使だ。
あいつの力は非常に強大だった。
幻想郷ではそれぞれの能力を自慢する傾向があり、話を聞くだけなら何でも斃せそうな能力を持っている者もいる。
時間を止めたり何でも破壊したり。
だが、そういった能力は基本的に格上には通用しない。
アブディエルにはあらゆる能力が通じず。格闘戦も魔術戦もまるで意味を為さず。ただ懸かるだけ殺されていくだけ。
あの復讐の仙霊ですら斬り伏せられるのを見て、霊夢は戦慄した。復讐の仙霊純狐は即死すら免れたが、今も幻想郷で生死の狭間にいる。
激しい戦いの中でそれでも天使達に大きな被害を与え、一度撤退には追い込んだが。
命を落としたもの。
手足を失ったもの。
そういった者達で、滅茶苦茶にされた幻想郷は溢れていた。
今、神降ろしの力も借りて、アブディエルと戦えるだけの力を得ている。霊夢は降り立つと、不意を突かれただけだという風情で立ち上がってくる浅黒い肌の大天使に歩み寄る。アブディエルはふっと鼻を鳴らしていた。
「随分と怨念が篭もった攻撃だな。 何処かで会ったか?」
「幻想郷をどうして襲った。 最後にそれだけは聞かせて」
「冥土の土産というやつか。 いいだろう。 中華系の神格の拠点である月の都を滅ぼす計画は以前から存在していた。 我等の主以外の神などいらぬ。 ケガレビトを一掃する過程で、その計画は並行で進められた。 既に地上の退廃と汚染は取り返しがつかない所まで進んでいたからな。 月の都を他の大天使とともに滅ぼし、首魁の嫦娥を捕獲した。 奴からまだ地上に邪魔な連中がいると聞いたのだ。 幻想郷という隠れ里に潜んでいる連中がいるとな。 その後嫦娥は隙を突いて逃げ出した挙げ句に、幻想郷で私が倒した仙霊とやらに殺されたそうだが、それはどうでも良かった」
それでか。
嫦娥が情報の出所だというのは知らなかった。
西王母といい嫦娥といい。
本当に迷惑な連中だ。
霊夢の怒りのボルテージが上がっていく。元々霊夢は非常に好戦的な性格だと自分を分析しているが。
この怒りは許される筈だ。
アブディエルは言う。
「幻想郷とやらにも足を運んでみたが、他と同じであったな。 腐敗した人間と、それに寄生するデーモンども。 そんな場所に存在価値などない。 全て焼き払い、王道楽土の礎とする。 ただそれだけの理由だ。 私が撤退したとでも思っているのか? 四大天使が東京で遅れを取ったから、態勢を立て直すべしと言う指示が入っただけだ。 お前があの焼け野原の生き残りだというのなら、この場で殺し、その後幻想郷とやらも焼き払うだけのことだ」
「そう。 あんたは神話では信念のある武人だと言う事だったのにね。 見境なく何もかも殺し尽くすのが武人のあり方だと思っているのかしら」
「救うべき民は東のミカド国に確保している。 時の流れを変え、千五百年をかけて穢れから解放した民がな」
「もういい。 あんたは此処で殺す。 冥土の土産ですって? 地獄に落ちるのはあんたの方よ」
瞬時に間を詰める。
此奴は特に変わった能力を持ってはいない。単に強い。それだけだ。だから能力なんて効かなかった。
スペルカードルールに慣れ。
格上に通用しない能力を自慢していた幻想郷の人妖が薙ぎ払われたのは。現役で最大の信仰を受けている四文字の神とその手下の天使達が圧倒的最強だったから。だが、それも今は違う。
霊夢自身が使っている力は、自身で磨き上げたもの。
それにこの国の神の支援を加える。
前は絶望的な差だったが。
今度は堕落したのは、アブディエルら大天使達の方だ。
剣筋は流石に鋭い。間合いに入るなり放ってきた横薙ぎの斬撃は。前だったら回避など出来なかっただろう。
だが紙一重でかわしつつ、格闘戦に持ち込む。
蹴りを叩き込むと、驚いたようにアブディエルはそれを鎧で受けようとしたが、一撃の重さは相手に届く。
吹っ飛んだアブディエルに、追撃の針を叩き込み。走りながら、次の神降ろし。アブディエルは針を全て剣で叩き落とすと、上空に出ようとするが、出来ずにぐっと呻いていた。
八十禍津日神。
大天使にとっては猛毒に等しい、あの必殺の霊的国防兵器の一角。アブディエルは顔を上げると、辺りを呪いの力で包んだ霊夢に突貫してくる。此奴は最初から本気で来ている。油断もしないし侮りもしない。
武人としては立派なのだろう。
だが、その武器が向けられるのは。四文字の神にとって邪魔な存在全て。そんなものは、許される武じゃない。
即座に切り替える。八十禍津日神で弱体化しても、アブディエルはまるで怖れない。剣が擦る。数度の斬撃で、髪が散り、何度か浅い傷を受ける。それでも、かわせない程じゃない。
今の霊夢では、複数同時の神を降ろすのは出来なくはないが、高位の神を降ろすのは無理だ。
アブディエルがどんどん弱って行っていても、それでも魂を絞り尽くすように向かってくる。
殺された仲間や友人の顔がどんどん浮かんでくる。
もうこれ以上。
此奴の剣に、誰かを斬らせない。
「ぐっ! お、おのれっ!」
アブディエルが呻くが、それでも泣き言は言わない。流石に第二次侵攻作戦での先鋒を任されているだけはある。霊夢は鋭く首を狩りに来た斬撃をかがんでかわすと、相手の腹に手を当てる。
さがろうとするよりも先に踏み込んで、衝撃を叩き込む。
それも、八十禍津日神の力を借りての、穢れを多分に含んだ衝撃だ。
吹っ飛んだアブディエル。神を切り替える。
荒くなってきている呼吸。
霊夢もかなり消耗している。アブディエルが立ち上がる。全身が浅黒い肌をしているアブディエルだが。
それが穢れによって黒ずみ始めていた。
「これほどに力の差が縮んでいたとは……!」
「田舎の隠れ里に潜んでいた人妖に神々では、人間が栄えていた時代のあんたには手も足もでなかった。 あまりにも強大な信仰を受けていたものね。 だけれどあんた達は世界を斬り捨てた。 信仰を一本化して、更には信仰の量まで減らした。 だから単純に力を増したあたしにも勝ち目が出て来た。 墓穴を掘ったわね大天使ども! それにアブディエル! あんたをブッ倒し……いや殺して、その背後でふんぞり返っている四文字の神も撃ち倒す!」
「させはしない。 貴様の力は危険だ。 何があっても、この私が討ち取る!」
翼を拡げると、力を充溢させ始める。なるほど、決死の一撃というわけだ。
地獄の女神と復讐の仙霊を同時に相手にしていた大天使が、此処まで霊夢一人に追い詰められるとは。それは霊夢が強くなった以上に、アブディエルが弱体化したのだ。だが、それを可とは思わない。
霊夢もまた、此奴の全力を正面から受け止め。
そして叩き潰す。
死んでいった皆の為にも。
世界中の人間が此奴らに殺された。
その事は、今は霊夢の頭の中にはない。
勿論、普段はある。
だけれども、今は。
ただ一人の復讐の鬼として、此奴は討ち取らなければならなかった。
大上段に構えるアブディエル。
霊夢も神降ろし。一気に全身の力を吸い取られるようだが、降ろすのはこの神格以外にあり得ない。
突貫してくるアブディエル。
霊夢はすっと正眼に構える。大弊を昔は使っていたが、今は素手での戦闘が主体だ。神降ろしを体術に混ぜて戦う戦闘スタイルに変えたからだ。勿論アブディエルも、もう霊夢を侮っていない。
正中線を割りに来る。
どんな時代も、剣術は最終的に合理性に収束していく。
アブディエルは色々な天使と組み手を行い、合理的で近代的な剣術を会得し、身に付けていったのだろう。
霊夢はそれが分かる。
だから、最高の切り札を切った。
交錯する。
一瞬のなかの一瞬、刹那の間に、三手の攻防があった。
正中線を割りに来た大上段からの唐竹を、手に出現させた草薙の剣で斜め上からの横払いに弾く。それを更に横薙ぎに切り替えてきた一撃を、抑え込むように地面に叩き込む。そして、大きく態勢を崩したアブディエルの胸に。
今、横から草薙の剣を突き刺し入れていた。
降ろした神は、いうまでもない。
日本武尊だ。
血を吐くアブディエル。その体が、マグネタイトに変わって消えていく。羽が舞い散っていく。
「神は絶対。 私は常に神の剣である。 私の忠義を切り裂く事は、誰にも出来ぬ」
「それは狂信よ。 貴方自身が狂信を持つ事は勝手にすればいい。 だがそれが数多の命を焼き払い奪った事を、今貴方は報いとして受ける」
「報いなど受けようとかまわん。 今は天の国の大きな禍になった貴様を討ち取れなかったことが……心残り……」
ばちゅんと音を立てて、アブディエルが消えた。
呼吸を整える霊夢。全身への負担が大きい。
ふらつきながらも、一度シェルターへ戻る。帰路、天使が複数来たので身構えたが、ヨナタンの天使部隊だった。
「霊夢様、護衛させていただきます」
「余計な事を」
「肩をお貸しします」
「無用」
霊夢は誰にも顔を見せたくなかった。
幻想郷が馬鹿騒ぎを出来ていた最後の日をどうしても思い出してしまう。考えて見れば、外から来た別に最強でもなんでもない超能力者一人に潰されかける程度の場所だったのだ。畜生界みたいな高位とは言え鬼一体に叩き潰される程度の存在や。神々の中でもそれほど強くもない月程度に勝てなかった幻想郷だった。
最強の神の尖兵に襲われたら。それは蹂躙されるのは避けられない運命だったのかもしれない。
あの侵攻を受けた日。
どうにか大きすぎる犠牲の末に侵攻を追い返した日の事が今日のことのように思い出される。
それに仇はまだ取れていない。
四文字の神を討ち取るまでは。
泣くわけにもいかなかった。
2、緒戦の勝利と
伝令が来る。霊夢がアブディエルを倒した。つまり敵は先鋒の指揮官を失った。算を乱す天使達。大天使がまだたくさんいるだろうが。それらが態勢を整える前に、戦力を可能な限り削らなければならない。
神田明神でも戦いが始まっている。市ヶ谷に攻めこんできた天使の軍勢を総力で迎え撃ちながら、僕はそれを聞かされる。
神田明神にはナナシ達と秀が向かった。
ガイア教団の戦闘部隊も、其方に向かうようだ。
僕は次々に襲ってくる炎の車輪。上級三位ソロネを、右に左に斬り倒す。弱い相手じゃない。
だが、それでも蜻蛉切りがあまりにも手に馴染む。
次々倒しながら、顔を上げる。
上空に飛ぶ火線の火力が、天使達も並行するレベルになっている。ワルターとイザボーが呼んだ悪魔達の展開する火力も、雑魚天使をまとめて薙ぎ払っていて。いずれにしても損害を許容できる範囲ではないはずだ。
大天使がまた降りてくる。
ハニエルもアブディエルも失っても、全く動じていないようだ。やはりなんというか、ヨナタンの天使部隊と根は同じなのだ。
まるで殉教するように仕掛けて来る。
僕に向けて突っ込んできたのは、荒々しい鎧姿をした大天使だ。名前はわからない。いずれにしても、僕を脅威認定したのだろう。
槍を構えて、高速で突貫してくる。
それを弾きながら、さがる。ずり下がりつつも、一撃を受け止めきる。
乱戦の中で、どうしても味方にも被害が出る。
だが突破されたら、市ヶ谷の地下に避難している一般人にも大きな被害が出るのだ。
させるか。
激しく撃ちあう。
こいつも決して弱くない。だが、皆総力でやりあっている状況だ。一体でも多く倒さないと。
雄叫びを上げて、相手が突っ込んで来る。
見える。
突きを乱打してくる。槍使いとして、確実に勝てるという自信があるのだろう。悪いが、その根拠のない自信。
実力差を見誤るだけだ。
全ての突きを紙一重で交わす。かわしきれないのは柄を回して弾く。そして蹴りを叩き込んで、吹っ飛んだところに、突貫。
相手は恐らくだが、突き技に対して魔術的な防御……大天使達のいうところである神のご加護でも受けているのだろう。
だが、槍技は突きだけじゃない。
そのまま薙をたたき込み、横腹を砕く。鎧がへし砕ける音がして、精悍な顔つきが歪む。
更に回転しつつ石突きを振るい、横から顎を砕く。
ぐらついた大天使を。頭上から叩き割る。
それで、大天使は塵になって消えていった。
次。
群がってくる天使どもを、片っ端から斬り伏せ、貫き、打ち砕く。僕が手強いと認識したようで、上級天使が次々に来る。ソロネだけじゃない。バロウズがいうところの、ケルビムというのもくる。上級二位、智天使。
天界の最上位天使である大天使達や、その中の精鋭中の精鋭である上級一位熾天使の次に強い者達。
椅子に座り、獣を従えているそれらは、生半可な大天使以上のプレッシャーを放っているが。
逆に言うとそれを倒しきれば、それだけ戦いが優位になるということだ。
ソロネが一斉に懸かってくる。
だが、散らばって戦っていたサルタヒコ、ティターニア、クベーラ、ムスペルが此方に集まってくる。
ソロネを食い止めてくれる様子からして、何となく理解する。
これは恐らく、周囲の戦況が好転しつつある。
ケルビムが凄まじい光の魔術を放ってくる。恐らく闇に属する悪魔を、まとめて消し飛ばすほどの火力があるのだろう。
だが。
ヨナタンの天使部隊が、壁になってそれを防いでくれる。そして、その壁を飛び越えて、僕はケルビムに襲いかかってきた。
直衛を失ったケルビムの横を通り過ぎる。
数発、槍技を入れていた。
所詮は近衛か。
ぼっと抉れさったケルビムが、塵になって消えていく。呼吸を整えながら周囲の様子を見る。
どうやら、天使部隊を退けたようだった。
「医療班急げ! 負傷者を後送!」
「回復班!」
「被害状況をまとめろ!」
周囲で殺気だった声がしている。
僕に出来る事はない。座り込むと、ヨナタンが来て、回復の魔術を天使部隊に使わせる。ワルターも来た。イザボーも。
みんな生きて、猛攻を凌ぎきった。
それに、だ。
神田明神の方だろう。もの凄い気配が地下からわき上がったのがわかる。多分明けの明星の軍勢だ。
天使達を蹴散らしているのだろう。
約定を果たしてくれていると言う訳だ。
「お前の力、俺たちの中でも最強だな」
「いい師匠達についたからだよ」
「そうだな。 俺の師匠はじいさんただ一人だけだったな。 今思えば、あれで強くなったつもりになって、貪欲さが足りなかったんだ。 お前みたいに、色々な師匠を探して足を動かすべきだった」
「良いから休憩していなさい」
イザボーが回復に集中する。
カガが来た。かなり手傷を受けているが、それでも最前線で戦い続けていたようだ。神田明神の状態が落ち着いたので、戻って来たらしい。
それに上空を見る。
大天使達は当然、あのおぞましい数の天使達がいない。
撤退したか、全滅したか。
いずれにしても、第一陣は退けたのだ。
「此方に来た天使達は、例のCIWSというので薙ぎ払われて足を止められているところに、地下から溢れてきた悪魔達にやられて皆蹴散らされていた。 巨大な悪魔……恐らく明けの明星だろう。 それが吠え猛るだけで、天使は消し飛んでしまっていたよ」
「ひゅう、すげえな」
「ああ、だが複雑な気分だ。 あれは明らかに良くない力だ。 あんなものを貴んでいたのだな」
それが理解できたのなら。
それで良いのだろう。そう僕は告げて、一旦横になる。まずは休憩して、状況の推移を待つ。
第二陣が来るかも知れない。
いずれにしても、この程度で終わるとはとても思えない。
それに、この状態では役に立てない。今は体力を回復することに務めなければならなかった。
シェルターで休んで、被害状況を確認する。
このシェルターもかなり拡張したらしいのだが、それでも以前とは明らかに人の密度が違っている。
かなりの数の悪魔が巡回していて、悪さをする人間を掣肘している。池袋の者達や、元阿修羅会の者。銀座でやりたい放題をしていた連中。
そういう連中が、隙を見せると何をするか分からないからだ。
作戦会議をしていると、また天使達が現れ始めたという。
第二陣か。
同時に、サムライ衆が来たと言われる。
今東京にいるサムライ衆は、シェルターに全員で集まっている。
天使と戦う事に懸念を見せるサムライ衆もいたのだが。
しかし、天使達のあの無機質な有様。
見境なく殺しに懸かってくる様子を見て。
戦う事に疑問を呈する者は、もういなかった。
来たのは二人だけ。
丁度作戦会議を切り上げて、様子を見に来た僕は、ナバールが驚いているのを見た。
「まさかガストンか!」
「兄上、お久しぶりです」
「立派になって! そんなに背も伸びたのか!」
「はい。 兄上は私の誇りです。 ホープ隊長が此方で戦うようにと、気を利かせてくださいました」
敬礼をかわす二人。
ナバールの弟。
そうか、上では数年が過ぎているはずと思っていたが、こんなに立派になっていたのか。それに手にしているのは牙の槍だ。あれから手を入れて更に調整したらしいが。僕の使っていた武器が、後輩に渡ったのは驚きである。
丁度フジワラが来たので、敬礼してくるもう一人。
見覚えがある。
ホープ隊長と一緒にいた人だ。第一分隊の精鋭の一人だろう。書状ですと言って、フジワラに渡している。フジワラもそれを受け取ると、さっと目を通していた。
「なるほど、了解した。 第二陣を退け次第、どうやら東のミカド国に攻め上がる事になりそうだな。 故国と戦う事になるだろうが、かまわないだろうか」
「かまいません。 その書状にも記載しましたが、今東のミカド国では本性を現した大天使達が壟断の限りを尽くしています。 空に舞っている天使達も、人々を守ろうとするよりも、囲い込んだ家畜が逃げないように監視しているという有様で」
「そうか、アキラも頑張っただろうに、限界があったんだな」
嘆息。
そして、フジワラに促されて、会議室に戻る。
そこで、皆を見回して、フジワラが言う。
「25年前に何が起きたのか、話しておこうと思う」
「お願いするわ」
霊夢としても、決戦前に話しておく話だ。聞いておくべきだと思ったのだろう。僕も同感である。
そのまま、フジワラが全て話してくれる。
25年前。
四大天使を撃ち倒し、その中のガブリエルを追い払ったフジワラ達三英傑は、スカイツリーの頂上から上に更に掘り進めていき、東のミカド国に辿りついた。その過程で大天使達を更に退け。時に東京に戻って暴れる悪魔達も撃ち倒した。
最盛期のアキラとフジワラとツギハギの戦闘力は凄まじく、魔王だろうが邪神だろうが、全てを打ち倒して行った。
ただし完全に滅ぼす事は難しかったという。
それもあって、時間も掛かったが。
どうにか東のミカド国に辿りついた。
正確には、今そう呼ばれている場所だったが。
其処で見たのは。
まさに地獄だったという。
「其処で見たのは、裸の人々だった。 何も知恵も与えられず、天使達のいうままに動かされているだけの、ね」
「裸……?」
「そうさ。 バイブルでエデンに暮らしていた人々のようにね。 気候は裸で暮らしていけるように調整されていたが、それでもあまりにも。 人に対するものじゃなかった。 遠くに見えていたのは、大戦の直前に飛んでいったあの繭だったと思う。 繭に子供がさらわれていたという話は聞いていた。 その慣れの果てだと、すぐに分かった」
天使達を盲目的に崇め、与えられる餌を豚のように貪る。
そして全ての欲求を管理され、天使の指示通りに繁殖し。不要と判断された個体はその場で去勢されたり、場合によっては殺される。
文字通りの牧場だった。
「アキラは大天使達を倒そうとする僕らに対して、相応の数の人々がいることを冷静に指摘した。 このまま大天使達を倒しても、それでは意味がないと。 それである程度の数の大天使達を倒した後、これ以上の出血を望まないと考えた様子のガブリエルと交渉をしたんだ」
「それが東のミカド国の祖、なのですね」
「鋭いねヨナタン。 そうさ。 アキラは自身が人々を導き、王となる。 こんな有様は見ていられないと思ったのだろうね。 人として生き、文化をはぐくみ、少なくとも家畜ではない存在となる。 そうさせたかったのだろう。 どういうつもりか、ガブリエルもそれを受けた。 僕達はアキラと約束した。 いずれまた来る。 東のミカド国の大天使達を抑えて国を仕上げてくれ。 こっちは悪魔達を掃討する。 どちらかが先に全てを終えたら、また会おうと」
だが、その願いが叶うことはなかったわけだ。
ドクターヘルがなるほどと呟いていた。
「時間の流れが60倍も違う事など、想定はできんだろうな」
「そうさ。 それにアキラを欠いたことが、致命的になった。 阿修羅会が這い出てきて、必殺の霊的国防兵器を用いて東京の主導権を握ったんだ。 私達が、人々を食い荒らす強力な魔王や邪神と戦っているのを尻目にね。 残っている人外ハンターも、次々に倒れていった。 僕達は、もっとも危険で邪悪な悪魔や邪神だけは斃せたが、それで止まらざるを得なくなった。 新人達を育て上げ、またあの東のミカド国へ攻め上がる事を画策したが、阿修羅会の支配は知っての通りだ。 それどころではなくなってしまったのさ」
幸いというべきか。
ガイア教団の中でももっとも悪辣だったファントムソサエティといわれるような組織はどうにか潰したし。
人々を見境なくくらうような悪魔は、だいたい斃せていたらしい。
その頃斃した悪魔に比べれば、アドラメレクなんて雑魚も雑魚だったという話だから、なんとなく僕には理解できた。
それらの戦いで、フジワラとツギハギは可能性を使い果たしてしまったのだ。
だから動きも鈍かった。
それに、心も折れてしまったのだろう。
「でも、アキラは約束を果たしてくれた。 どう大天使達と渡り合ったかは分からないが、文明を育て、ある程度の国を作ってくれた。 それが大天使達に壟断されていて、ばかげた身分制度があるものだとしてもね」
「まさかアキュラ王というのは」
「アキラのことだね。 名前がなまって伝わったんだろう」
イザボーがどんな漫画よりも凄いとぼやくと。
フジワラが苦笑する。
「真実は小説より奇なりという言葉があってね。 僕の時代にも、天才少年が活躍する作品が人気だったんだが。 現実にはあり得ないと言われていたのに、その少年よりも年少のもっとすごい天才少年が、賞を総なめにするような事件もおきていた。 そういうものなのさ」
「いずれにしても、アキラの奮闘は無駄にはできぬな」
殿の言葉に、皆が頷く。
テレビ会議で参加しているツギハギとドクターヘルも同意していた。
通信。
外からだ。
「天使の第二陣、今度は神田明神を狙っているようです! 天使達の中に、黙示録の騎士と思われる存在を確認! トランペットを持っている存在もいます!」
「確かそれって、アマツミカボシにやられた……」
「いや、あれは恐らく分霊体よ。 何しろ世界でもっとも有名な終焉の使者。 あの程度で死ぬと思うのは楽観が過ぎるわ」
霊夢がばっさり。いずれにしても、天使共は天界のダークサイドを投入して本気で潰しに来たというわけだ。
市ヶ谷からも連絡が来る。
「市ヶ谷は防衛設備の調整に時間がいる。 それに奇襲を受けると面倒だ。 わしがここに残って機械類の整備と、対空防衛網の調整をしておくよ。 出来るだけ急いで、弾薬を運んでくれるか」
「分かりました、ドクター。 ツギハギ、市ヶ谷の指揮を人外ハンター達ととってくれ。 ケルトの戦士達も其方に回す。 他の皆は神田明神だ。 急いでくれ」
「よし」
秀が立ち上がる。
マーメイドは頷くと、とぷんと音を立て床に沈んでいた。
先行してくれるのだろう。
僕達はすぐに外に。サムライ衆も今回は全員が参戦してくれる。ガストンも、である。
ガイア教団の戦士達も、負傷者以外は全員が出るようだ。その中には、トキという暗殺者の子もいた。
それだけじゃない。
「俺も戦わせて欲しい」
シェルターから出て来たのは、ハレルヤだ。
僕はその目を見て、一皮剥けたなと思った。
勿論僕を恨んでいるはずだ。
それは逆恨みと斬って捨てるのは難しい。だが、それでも。アベが不器用に守ろうとしていたこの世界。
消し去られるのは許しがたいと思ったのだろう。
フジワラが言う。
「戦えるね?」
「はい。 兄貴のために戦います。 あんた達のためじゃない」
「……ナナシくん」
「おう!」
ナナシが応える。
ナナシとアサヒと連携してくれと、フジワラはハレルヤに言う。これは流石に僕達との連携は難しいだろうと判断したからだろう。
ナナシも皮肉を言うのではなく、フジワラが言うのならと、すぐに指示を受け入れていた。短時間で成長しているなと、僕は微笑ましく思う。
装甲バスと、出来たばかりの歩兵戦闘車で神田明神に急ぐ。
森の辺りに既に天使達が降下し始めていて、ケルトの戦士達との戦闘が始まっていた。ケルトの神であるアガートラームが四文字の神への恨み節を口にしていた。その話は後からバロウズや霊夢に細かく聞いている。
ケルトの地は、偉大な国だったというローマという国に大きな影響を受けた。それまでは、本当に蛮族以下の人々が暮らすだけの辺境も辺境だったそうだ。
其処にローマは色々な文化や宗教を持ち込んだ。
ローマはギリシャという土地から更に影響を受けていたらしいが。いずれにしても、ローマの神々の影響を受けて、ケルトには神話が出来上がっていった。正確には、色々な神々が、行儀が良いローマ神話の話を参考に、まとめ上げられていったのだろう。ただし、荒々しい民の性格を反映しながら。
だからこそ、ローマを後から乗っ取り。
全否定と全肯定の思想を広め始めた一神教には、怒りが隠せないのかも知れない。
まだ天使達はそれほどの規模で降下してきていない。
森の中でムスペルを使うのはまずいか。そう思ったが、ムスペルが話しかけてくる。喋れるのかと、ちょっと驚いていた。
「膨大なマグネタイトを得て、私は転化出来そうだ。 そうすれば、炎を扱う事は自在に出来よう。 この温かい森を焼かずに戦える筈だ」
「分かった。 頼むよ。 この森は、人間だけじゃない。 色々な生物のためにも、神々のためにも、未来の為にも、必要な森なんだ」
「分かっている! 今こそみせよう!」
召喚したムスペルが、空に向けて吠え猛る。
天使達がビリビリと来る凄まじい衝撃波に、明らかに動きを止める中。ムスペルは、燃え上がる炎の剣を手にした、巨人へと転化していた。
「すっげえ……!」
ナナシが歓喜の声を上げる。
それはそうだろう。
四角い頭を持つその巨人は、あまりにも威圧的な存在だった。それでいながら、約束通りに森に被害を出していない。
炎の剣を振るって、逃げ腰になった天使達をまとめて薙ぎ払う。
その名は。
北欧神話の終焉の巨人。数多のムスペルを率いアスガルドの神々を焼き滅ぼした魔王スルト。
スルトは炎の剣を振り回して、辺りの天使達をばったばったとなぎ倒していく。それを見て、大天使達が、神田明神への降下を指示したようだ。竜脈の力が戻り始めているとしても、まだあれは守りきれないだろう。僕はすぐに動く。此処はケルトの戦士達と、スルトだけで大丈夫だ。
ワルターが呼び出す。
「俺も負けてはいられねえな! じゃ、活躍して貰うぜ! 来な、アガートラーム!」
「まさか本当に私を呼び出すとはな。 良いだろう。 お前達が悪神の加護を得ているわけではないことは充分に理解した! 手を貸そう!」
煌々と光を放つアガートラームが、その場に具現化する。
そして、神田明神に飛び込んでいくと。神田明神をまもる結界に群がっていた天使達を、その光り輝く剣で右左に切り裂いていた。あの剣は「クラウソラス」というものすごく有名な剣らしい。
ナナシ達の方に、大天使がいった。
だが、心配はしていない。
勝てそうにないなら、こっちに救援を求めてくるはずだ。今は、僕は強そうなのを削る。
視界の隅で、二体の大天使を、立て続けに秀が切り裂くのが見える。今だから分かるが、剣の腕前だとちょっとこれは今の僕でも勝ち目がないな。本当にもの凄く強い人なのだと分かる。
マーメイドが空に向けて、氷の竜巻を叩き込む。天使の方陣がまるごと一つそれで消し飛んでいた。
だが、天使達も黙っていない。黙示録の四騎士が、まとまって降りてくる。ペイルライダーもいる。
ということは、霊夢が言った通り、これが本体。アマツミカボシに倒された奴は、分霊体に過ぎなかったと言う事だ。
トランペットを持った奴が、凄まじい音を吹き鳴らす。
天使がかなりの数巻き添えで吹き飛ぶが、どうでもいいようである。霊夢が神田明神に飛び込み、結界の防御を支援。僕が叩くのは、あのトランペット野郎だな。そう判断すると、召喚。
呼び出したのは、ティアマトだ。
消耗が激しいが、ブレスをぶっ放さなければ多分大丈夫。背中に跨がると、ティアマトは口を動かさずに意思を伝えてくる。
「あの空にいる魔人ですね」
「うん。 彼奴は真っ先に仕留めないとまずい。 いける?」
「貴方のためなら、世界の果てまでも。 私の翼が折れるまで」
「分かった。 頼むよ!」
皆を信頼している。
勿論倒される人もいるかもしれない。だが、それでも一方的にやられるわけではないはずだ。
ティアマトが空に飛び立つだけで、天使達が悲鳴を上げる。無機的な連中なのに、恐怖の感情があるのか。
それらを翼の一凪だけで吹っ飛ばしながら、ティアマトが加速。
もう一撃殺戮の音波を叩き込もうとしていたトランペット野郎。バロウズが解説してくれる。
「あれは魔人トランペッター。 世界の終焉を告げるトランペットを吹くとされている存在よ。 似たような存在が北欧神話にいるヘイムダルね。 或いは影響を何らかの形で受けているのかも知れないわ。 ヘイムダルが善神であるのに対して、トランペッターはただ殺戮を行うだけとされているけれど」
「そう。 そんなものは、生かしておくわけにはいかないね」
加速。
ティアマトが更に速度を上げる。
下では、アマツミカボシが戦いはじめたようである。人間を巻き込まないでくれよと、一瞬だけ思った。
3、狡猾は力に封じられる
多神連合に加わったばかりで、多神連合が空中分解したオーディンは。自分の息子という設定のトールとともに、戦況を見ていた。オーディンは北欧神話の主神だが、そうなったのには複雑な経緯がある。
そもそもオーディンは、元はオズと呼ばれる神であった。
北欧神話といっても、これも例によって様々な信仰をまとめあげたもの。文化圏によって、どこでも起きるのが神々をまとめて神話にする行動。権力闘争の結果、勝利者が作りあげる神の加護ありという理屈のための証拠作り。それが故に作りあげられていくのがこういう神話だ。
北欧神話は数多ある神話の中でも特に矛盾が多く、専門家でも分からないいい加減な部分も多い。神学は言った者勝ちだという点も要因ではあるのだが。それはそれとして、北欧神話の混乱には、理由がある。
信仰対象が、三度も変わっているのだ。
元々北欧神話が最初にまとめ上げられたとき、その主神はテュールという神だった。これは法を司る神であって、大帝国ローマの影響を受けて出現したものであるという説もある。何しろ荒々しく、個人の武勇を何よりも尊ぶ存在には、あまりにも似つかわしくないからである。
北欧神話が出来た北欧の土地に割拠したゲルマン人やその一派であるノルマン人は、世界でも最強最悪の戦闘民族の一つ。
それが法を司る神を主神にするには、信仰を集めづらかったのかも知れない。
やがてその信仰は移り変わる。
続いて主神になったのは、雷神トール。
これがまた分かりやすい存在だ。
北欧の民が喜びそうな全ての要素を詰め込んだ神。荒々しく豪放で、その力は他の神々全てをあわせたより強いとか、農業の神でありながら航海安全の神であったりと、なんでも詰め込んだ存在。
そして武神であっても、トールは個人武勇の神。
だから、どれだけ強いという設定を詰め込んでも、それで良かったのである。
だが、時代が降ると。
個人武勇の時代は終わり、やがて集団戦の時代が到来する。その結果、台頭したのがオーディンである。
オーディンは武神ではあるが、その存在は「戦争に如何なる手段を用いても勝利すること」に特化している。
だから神話ではとても主神とは思えないような残虐行為を平然と行うし。
争いを煽った挙げ句に、戦争を起こさせて死者を収穫し、自分の軍勢に加えるということを平気でする。
オーディンの信仰は、どれだけ北欧の地が血に塗れていたかを現しているようなものだと言える。
いずれにしても、信仰が三度も変遷したことでその内容は矛盾だらけになり。
フレイヤという女神はフリッグという別の神としてオーディンの妻になったり。
ヴァン神族と呼ばれていた存在は曖昧になり、霜の巨人として扱われる事もあったりと。
そういったとにかくいい加減な神話の主神がオーディンである。
オーディンはクリシュナの尽力でこの地に復活を果たしたが、あの者が組織を破綻させることは先に読んでいた。
あれは維持神であって、神々の長を務められる器じゃない。
ヒンズーの神話でも、シヴァもヴィシュヌも自分の役割にしか興味がなく、神々の長はもっとも不遇なブラフマーに押しつけているように。
結局のところ、世界の危機に対処することは出来ても。
その先に未来を作れる神格ではないのだ。
それが出来るのは狡猾極まりない自分だけ、そうオーディンは判断していた。
「トールよ」
「は」
「人間共が苦戦しているようだ。 助力してやれ」
「いいのですか」
頷く。
トールは少し逡巡したが、やがて天使達のところに攻めこんでいく。
北欧神話の神々はあらかた殺されつくしたが、それでもトールは生き延びた。それだけ圧倒的な存在と言う事だ。天使達でさえ、逃げに転じたトールは殺せなかったのである。ふっと笑う。
これで邪魔者は消えた。
今、人間達の主軸の一人。サムライ衆のフリンとやらが。魔人トランペッターと全力で戦っている。
ティアマトの背に跨がって。
あの魔人、本来は人間が単騎でやり合えるような相手では無い。それと互角以上に戦っているあれは、間違いなく希代の英雄。
だが惜しいかな。
オーディンがこの世界を支配するには、決定的に邪魔な存在だ。
オーディンの持つ槍はグングニル。投擲すれば必ず相手を貫く必殺の槍である。投擲槍は命中精度に問題があり、しかしクロマニヨン人の時代から人間の覇権を支えたこともある。
古い民族の信仰する神の武器にはなりやすい。
グングニルもそうだ。
オーディンは、狙いを定めると。フリンを仕留めようとしたが。その瞬間、闖入者が、オーディンに拳を叩き込んでいた。
即座にグングニルを回して、一撃を防ぎ、飛び退く。
闖入者は。
「ほう。 ダグザではないか」
「相変わらず陰謀ごっこが好きなようだなオーディン。 くだらん事はさせんぞ」
「ふっ。 貴様随分痩せて「イメチェン」とやらをしたという話は聞いていたが、まさか素手で戦うやり口に変えたとはな。 創造と破壊を司る槌はどうした、このスケベ中年が」
「それはお互い様だ。 片目を引き替えにして得た知恵が、この状況で四文字の神を打倒しうる人間を殺す事か? 俺もあの娘には思うところがあるが、少なくともそんなくだらんやり方は容認できんな」
北欧とケルトは、非常に文明圏が近い。
ケルトはイングランドを中心とした文化圏だが、元々定義が曖昧で、欧州にもその影響はあった。
それは北欧だって同じ。
北欧の神々の影響は、欧州に残り続けた。
文化的な対立だってある。北欧のバイキング達は、イングランドを散々侵略し、略奪と殺戮を繰り返した歴史がある。
更に言うとそれらのバイキング達の子孫が、後にノルマンディーに領地を得て。イングランドを攻め落として、自分達のものにした。
後で言う英国の祖がそれである。
だから、文化的にはそれぞれが宿敵と言える。
オーディンもダグザも、そういう観点では、互いを嫌いあっている。
火花が散る。
オーディンは得意とする頭脳戦に持ち込みたいが、相手はバリバリの武闘派。
実は、側にトールがいると、暗殺なんて馬鹿な事は止めろと言うのが分かりきっていた。場合によっては敵対さえしただろう。だから遠ざけたのだが。
まさかこうなるとは。出来れば近接戦は避けたい所だが。
しかし、ダグザは、即座にインファイトに切り替えてきた。
拳のラッシュが叩き込まれる。元々投擲槍であるグングニルでは分が悪い。ルーン魔術を用いて、あらゆる妨害を仕掛けるが、ダグザは何を受けてもインファイトを崩さない。それが、見る間にオーディンを追い詰めていく。
「鈍ったのではなさそうだな。 そうか、病み上がりか貴様も。 それもグングニルにだけ力を戻しているな。 力を取り戻しつつ、邪魔者を消す判断をしていた訳か。 くだらん奴だ!」
「ほざけっ!」
ルーン魔術で、ダグザを無理矢理拘束すると、飛び離れる。グングニルを投擲しようとするオーディンだが。ダグザはふっと笑うと、残像を作って、もう至近にまで迫っていた。ぐっと呻くオーディン。
クロスレンジ用の武器もあるにはあるが、技量が違う。
元々オーディンが得意とするのは「戦争を指揮して勝つ」こと。最終戦争ラグナロクでも、あっさりフェンリルに食い殺されるのはそれが理由だ。それに、ダグザの指摘通り病み上がりである。
激しい打撃を受けながら、オーディンは叫ぶ。
「貴様、人間などに与するつもりか!」
「そんなつもりはないね。 ただ俺は俺が好きなように動く。 世界を個から解放しようとは思っているが、ただその目的にも過程が大事だ。 貴様のような輩に、その過程を台無しにされてたまるか」
「そんな事だから、貴様の文化圏は、侵略者に好き放題され続けたのだ!」
「貴様の文化圏も、最終的には一神教に潰されたであろうが!」
毒のある応酬が互いに炸裂しあう。
結局のところ北欧神話は現地の人間でも知らないマイナーな代物に大戦の前にはなり果てていて。
むしろ日本で詳しく知られているほどだった。
欧州を荒らし回ったバイキングの威勢などもはやない。
それに関してはケルト神話も同じ。
神々など誰も信仰していない。
ケルトの地では、大戦前には一神教が絶対的支配者で、もとのケルトの神々などは「デーモン」でひとくくりにされてしまっていた。
そんなものだ。
だからこそ、オーディンもダグザも譲れない。
オーディンは人間が主導権を握っている事が許せない。だから、どうしても連中の長に収まる必要がある。
それで一匹二匹人間が死のうと知った事か。
人間の思想は、結局のところ神に踊らされるか。神に反逆して全てを焼き尽くすしかない。
中道であろうとした者もいる。
だが、そういった者達は、過激な思想の者から攻撃されて消えていくのだ。
ずっと見てきた。
聖人と言える存在が、どれだけ暴力だけしか取り柄がない輩に蹂躙されていったか。
それぞれの信仰の開祖達は、皆そうだ。
なんの秩序もない時代に、皆が幸せに暮らすための基礎的な仕組みを作ろうとしたのだ。誰もが。
それが弟子を自称する連中に無茶苦茶にされ。
挙げ句それが「宗教団体」になっていくのに、それほど時間は掛からなかったし。
政治と結びついて、支配の道具となっていくのにも時間は掛からなかった。
それが人間の現実。
だから、オーディンのような神が、手綱を握らなければ。
その瞬間、ダグザの拳がオーディンの顔面を砕く。
吹っ飛んだオーディンだが、むしろ好機。グングニルは投擲すれば必ず相手を貫く。見えていようが関係無い。
そういう魔術のかかった最強の槍なのだ。
「距離を取ったな! 貰ったぞ!」
投擲。
ダグザに確かな手応え。
高笑いしながら、地面に強か打ち付けられ。それで立ち上がる。目が見えてくる。そして、オーディンは見た。
ダグザを確かに貫いているグングニルだが。
ダグザは血を流しながらも、平然とこっちに突貫して来るではないか。
「なっ!」
「俺は決めた事がある」
オーディンの腹に、ダグザの拳が叩き込まれる。顔に胸に足に腕に。全身が滅茶苦茶に打ち砕かれていく。
魔術戦に持ち込むのも無理だ。
トール。
叫ぶが、息子という設定の雷神は来ない。こんな短時間で、其処まで離れた筈はない。あいつ、さては。
「俺は今回の人間共に関しては傍観を貫くことにした。 幸い母神ダヌーは今あの森にいる。 頭を下げて産み直して貰うだけだ」
「ぐ、くくっ……!」
「俺の国にいた人間にも、たまにまともな奴はいた。 あそこにいる英雄どもは、一癖も二癖もあるが、それでもそのまともな奴に近い。 だったら四文字の神を盲信するようなアホ共よりもマシなはずだ。 そう思わんか、オズ!」
「わ、私を、私をその名前で……」
ダグザの拳が、オーディンの首を叩き折った。
それで、オーディンの意識はアティルト界に引き戻されていた。
肉体を失ったオーディンが、アティルト界で地団駄を踏む。すると、少しだけ遅れて戻って来たダグザが、ふっと笑っていた。
二回戦と行くか。
だが、ここで争っても決着はつかない。更に言うと、オーディンは浮浪者に身をやつして東京を彷徨うまでに弱体化していたのだ。
無理に再具現化しても、何もできないだろう。
それに対してダグザはあの森の力と母神がいる。ダグザが母神に頭を下げれば、従う事を条件に産み直しされるだろう。
勝負はあったのだ。
「覚えておれよこのスケベ中年神……!」
「おかゆが大好物であることを忘れるな」
「ぐっ……」
「ではなオズ。 いずれにしてもこの世界で、貴様のようなエゴを全面肯定する神に覇権は握らせん。 幸い、あの英雄共は四文字の神に勝てそうだし。 その後に来る世界は、恐らくはあの独善の塊よりもマシな世界であろうよ」
ダグザがまた地上に消える。
オーディンは忙しく知恵を働かせるが。いずれにしても、此処からの巻き返しが不可能なことは見えきっていた。
時間がいる。
仕方がない。この後、ルールが変わった世界が来るとして。それがどうなるか、見届けるしかない。
それにしてもトールめ。
いつ裏切ったのか分からないが、いずれ報いをくれてやらなければならなかった。
降り立った大天使は、明らかに今までみた奴とは格が違った。ナナシが気を付けろと叫ぶ。
周囲にある天使共の残骸が消えていく。
多数の仲間と仲魔とともに、際限なく降りてくる雑魚を片付けていたが。それでもこう言う奴は来る。
志村さんが、遠くで狙撃の位置についてくれている。
だが、チャンスは一回だ。
ニッカリさんにしても志村さんにしても小沢さんにしても、現代戦の専門家。悪魔との戦いの専門家じゃない。
どれだけ力をつけても、こんなヤバイ奴と正面からはやり合えない。
今の世代の人間であるナナシがやらなければならない。
アサヒに少し下がるようにハンドサイン。鬼達が威圧的に大天使を囲むが、力の差が歴然だ。
ガイア教徒のトキという女と、この戦いに加わったばかりのハレルヤ。後ガストンというサムライが側にいる。少し離れて、ナバールさんが支援についてくれている。
英雄達はみんな側にいないが。
此処を崩されると、神田明神が落とされる可能性もある。
負ける訳にはいかないのだ。
「俺はナナシ! お前は何て名前だ、大天使!」
「我が名はイスラフィール」
その名を聞くだけで、辺りにビリビリと強烈な威圧感が走る。スマホが表示している。
大天使イスラフィール。脅威判定は当然のように真っ赤っか。
イスラム教における大天使で、キリスト教におけるラファエルに対応している、説もある。
それくらい強力な大天使で、四大天使に次ぐ程の実力と言う事だ。
それはこの気配も納得出来る。
だが、やるしかない。
「穢れた里の子らよ、せめて楽に殺してやろう。 光あれ」
「!」
凄まじい光が、鬼達を瞬時に溶かし消し去る。ナナシの前に飛び出した鬼達が、必死で食い止めてくれるが。
光の範囲が凄まじく、あれを一発撃たれただけで、展開していたナナシの手持ちは壊滅してしまう。すぐに次を呼び出す。ゴズキが呻く。あれはまずいと。だが、ナナシはそのまま、躍りかかる。
トキも影から襲いかかるが、イスラフィールの周囲には光の壁が出現し、二人を同時に弾き返していた。
まずい。力が違う。
だが、それでも。
着地すると、走りながらデザートイーグルを連発して射撃。弾には魔術結界を貫通する細工がされている。だが、デザートイーグルの強烈なマグナム弾が、逸らされる。魔術結界にぶつかってさえいない。
あれは何かしらの斥力を使っているんだ。
ガストンが遅れて突貫。
ガストンが手にしているのは前にフリンさんが使っていた槍のような気がする。それで、裂帛の一撃を叩き込むが、それも弾かれる。ぐっと呻くガストンに、掌を向けるイスラフィール。双頭の上全身に目がついていて、とても恐ろしい姿だ。
ガストンの壁になったのは、ガストンの手持ちらしいパワーだった。光魔術には強いだろうに、それでも瞬時に塵と化す。
その間に、アサヒが呼び出した悪魔達が一斉に魔術での攻撃を仕掛けるが、ダメだ通らない。
英雄達は、それぞれこいつと同格かそれに近い天使、もしくは敵の大軍勢とやりあっている。
フリンさんに至っては、敵の指揮官らしいトランペット持ちと空で激しく丁々発止の最中だ。
支援は期待できない。
やはり、やるしかないんだ。
「アサヒ!」
叫ぶと、ハンドサインを出す。
そのまま突貫。デザートイーグルの弾を浴びせながら、ジグザグに接近。五月蠅そうにイスラフィールが、空から叩き付けるように光の魔術を放とうとするが。その瞬間、巨大な斧をゴズキがイスラフィールに叩き込んでいた。
斥力が、見えた。
そうか、此奴は光の大魔術を高速で放つだけではなく、同時に斥力の壁を展開しているんだ。
だから攻撃が効かない。
分かってきた。もう一つハンドサインを出して、走る。そして、至近から、大剣を振るって回転しながら斬りかかる。
五月蠅そうに弾こうとするイスラフィール。
だが、其処に多数の弾丸が着弾。
アサルトライフルに切り替えたアサヒが、走りながら弾丸の雨を浴びせたのだ。その全てを斥力で防ごうとした瞬間。
トキが、音もなくクロスレンジに。
そして、鉈を叩き込んでいた。
明確に入った。呻くと、五月蠅そうにトキを払いのけるイスラフィール。だが鉈は刺さったままだ。あの鉈、相当な厄物とみた。凄まじい怨念が通っている。彼処を基点に攻めるしか無い。
ゴズキを手を振るって粉々にすると、イスラフィールが双頭だけではなく体中にある多数の口で同時に詠唱を開始する。
まずい。あれを放たれたら、神田明神ごと吹っ飛びかねない。
更にイスラフィールは、必死に豆鉄砲を撃っているハレルヤに揺さぶりを掛ける。
「おやそこにいるのはネフィリムか。 ひょっとしてどこぞの天使が、淫売にたぶらかされたかな」
「……っ!」
「淫売は淫売としてあるから別にそれはどうでもいい。 神への愛を常に最優先しておれば、そのような誘惑には引っ掛からない。 愚かしい天使よ。 さぞやくだらない輩であったのであろう」
「おいっ!」
ナナシも知っている。
阿修羅会で唯一マシだった男、アベ。
誰もが、阿修羅会なんぞに恩義を返そうとしなければと惜しんでいた存在。それが此奴の父親で、それで堕天使シェムハザだったことは分かっている。だからこそ、今の言葉は。他人のナナシであっても許せない。
「無様で醜い存在よ、潰してやろう」
ナナシの攻撃、アサヒの猛攻、いずれも片手間にいなすイスラフィール。ガストンとトキもそれに加わるが、まだ一手足りない。
鉈を突き刺されたことで、却って油断が消えたか。
イスラフィールが手を向け、そして光の魔術を放つ。だが、それはかき消されていた。
「お前等、離れろっ!」
ハレルヤが叫ぶ。
力が膨れあがるのが分かった。
ハレルヤの姿が変わる。肌が白くなり、髪が銀髪になり、目が赤くなり。そして、全身に凄まじい魔力がたぎる。
吠え猛るハレルヤが、全てを消滅させる魔術を放つ。
あれは、ネフィリムとやらの本来の力か。
「兄貴を、いや父さんを馬鹿にする奴は、だれであろうとゆるさねえっ!」
「む……!」
周囲全てを爆破しようとしていた大魔術を停止して、防御に全力を注ぐイスラフィール。そして、斥力で抑え込むようにして、ハレルヤの消滅魔術を抑え込んでしまう。流石は四大天使につぐ実力者。ぐっと歯を噛むと、とにかく手数で攻め立てる。
禍々しい光を放ちながら、イスラフィールに飛びかかるハレルヤ。だが、その凄まじいパワーを持ってしても、まだイスラフィールは余裕を見せている。
だが、その時。
狙撃がイスラフィールに突き刺さる。
志村さんによるものだ。タイミング、まさに完璧。
だが一瞬だけしか気を反らせなかった。それに、もしも此処で仕留めきれなかったら、即座に志村さんにこいつは反撃を行う。
ドガンと、地面にナナシは叩き付けられる。ガストンもトキも。恐らく、斥力を地面に向けて変更したのだ。
だが、それは、ハレルヤを拘束するにはパワー不足。更に、少し離れていたアサヒが、ここぞとアサルトライフルの弾を叩き込み、イスラフィールの全身から血しぶきが。更には、ハレルヤは斥力を無理矢理押し返すと、トキが突き刺した鉈を、更に奧へと食い込ませていた。
悲鳴を上げるイスラフィール。
斥力による拘束が僅かに緩む。
飛び起きると、大剣をイスラフィールのむかつく顔に叩き込んでやる。同時にガストンが槍で串刺しにし。
トキも首筋に、もう一本の鉈を叩き込んでいた。
ハレルヤが叫ぶと、拳をイスラフィールに叩き込み、内側から消滅の魔術を叩き込む。それで、イスラフィールは文字通り粉々に消し飛んでいた。
マグネタイトに変わっていくイスラフィールの残骸。
呼吸を整えながら、へたり込む。きつい戦いだった。だが、これで役には立てたはずだ。スマホに連絡が来る。志村さんからだった。
「見事だった」
「志村さんもだ。 あの狙撃、クールだったぜ!」
「ニッカリも私も、それに小沢も。 もうそれくらいでしか役に立てないからな。 一度戻って来てくれ。 回復を入れろ。 そのまま戦うのは無理がある」
「ああ……」
ハレルヤを見る。
ハレルヤは。ついにネフィリムの力を使いこなせるようになったハレルヤは涙を拭っていた。
兄貴、俺はやれたよ。
そう言っている。
ナナシは何も言わない。ハレルヤとはそれほど深い仲でもない。だが事情は知っている。こう言うときは、無言で見守るべきだと知っていた。いや、教えられていた。
それを守る事には、なんの不快感もないし。見守るべきだと、素直に思えるようになっていた。
ティアマトの背で、僕は激しく魔人トランペッターと渡り合う。
そいつはトランペットから強烈な死をばらまき続けていた。それをティアマトが、生命の力で相殺し続けていた。
ティアマトは原初の巨人。
生命を作り出す存在。
だから死を作り出す存在の力を中和できる。ただしその力はあまりにも強大で、だから僕もあまり時間がない。どんどん力を吸われていく。
他の皆は黙示録の四騎士と、更には大天使達と戦っている。こっちに手助けする余裕なんかない。
レールガンのCIWSが火を噴いているのが見える。連射して、大天使を一体、蜂の巣にして血祭りに上げた。
それを見て、天使の軍勢がシェルターに向かおうとするが。
明けの明星の配下らしい堕天使達が、天使の軍勢と激しく交戦を開始している。
市ヶ谷の方にも天使達が向かったようだが。
そちらは多神連合の神々が相手をしてくれているようだった。
僕が此奴を倒せば。
いや、気負いすぎてもダメだ。
激しくトランペッターと渡り合う。
此奴は死の力だけじゃない。
その強大な魔力を刃と盾にして、高速で展開。僕にぶつけて来る。僕もそれに応じる。既に400合を超えて渡り合っていて。
更にそれは500合に迫りつつあった。
苛烈な火花が散っても、ティアマトは冷静に飛んでくれる。ダメージはティアマトにも飛び火しているが、気にしている様子もない。痛くても耐えてくれていると言う事だ。僕が此処は踏ん張らなくてどうするか。
がっと火花を散らして弾きあう。
埒があかないと判断したのだろう。トランペッターはトランペットを、空に向けて吹き鳴らす。
そうすると、周囲の天使達が、吸い寄せられるようにして集められていく。髑髏の顎が、笑うようにしてカタカタと鳴った。大量の天使を吸い寄せて吸収したそれの形が変わっていく。
七つの頭を持ち。
それぞれの頭に王冠を乗せ。
背中に顔が髑髏の、禍々しい女性を乗せた。巨大な竜に。女性は黄金の杯を手にしていた。
「なんだあれ……」
「黙示録に登場する存在。 終末に海から上がってくるとされる神の敵よ。 あのままの姿をしているとされるわ。 バビロンの大淫婦ともいわれるけれども、此処ではマザーハーロットと呼称するわ。 黙示録に登場する中でも最大の神の敵であって、本来は神の手下として人間を殺戮する側の存在ではないわ。 バビロニア神話のイシュタル神を貶めたものとも、ローマ帝国の皇帝達の腐敗した有様を描いているとも、ローマを乗っ取った権力に身を焼かれた一神教の司祭達を示しているとも言われるわ」
「……つまり自ら堕天使に近い存在になったと?」
「そうでしょうね。 恐らくは、マスターに勝つために。 力が膨れあがっているわ!」
七つの頭が、一斉に禍々しい黒い炎を投擲してくる。それをティアマトがブレスで相殺。かき消す。
だが、この力は。
かたかたと笑っているのが見える。
ティアマトをも凌いでいる程の力だ。あんなのが地上に降りたら、それこそ考えられないほどの被害が出る。
呼吸を整える。だが、側に飛んできたのは、マーメイドである。
飛べたのか。
いや、水魔術を使って、自分を跳ね上げたのだ。器用にティアマトの背中に着地すると、彼女が頷く。
「あれはナホビノも苦戦したほどの相手。 手を貸すわ」
「分かった。 一瞬で決める。 接近を支援して欲しい」
「ええ」
「行きます、フリンさん!」
ティアマトが次々と叩き付けられる死のブレスを中和しながら、突貫。マザーハーロットの七つの首が、突貫してきたティアマトにかぶりつく。そのまま、死を注入しようというのか。
だが。
その首を片っ端から叩き落としながら、僕が走る。マザーハーロットの背中を。マザーハーロットに跨がっている「バビロンの大淫婦」が、凄まじい魔術を展開してくる。あらゆる属性の魔術が飛んでくるが、それを片っ端からマーメイドが相殺する。だが、相殺しきれない。僕が蜻蛉切りを振るって奴を切り刻みながら進むが、その端からマザーハーロットが回復している。
やっぱりバビロンの大淫婦を倒さないとダメか。
相殺しきれない魔術を蜻蛉切りで斬り飛ばしながら、手傷を受けながらも進む。バビロンの大淫婦は、あらゆる姦淫なるものの母だと言う。だからからか、リリスが放ってきた姦淫の気を叩き込んでくる。その性質は、リリスのものと似通っていた。
僕は既に入っている。
集中して、全ての欲望をはねのける。
師匠の一人が言っていたっけ。
欲望を肯定する風潮があるが、それはただ己を持て余しているだけだ。
欲望が強い人間を人間らしいという風潮があるが、それはただ動物に近いだけだ。
我々は動物と違うと自分を定義して、己を特別視した。
勿論我々の中には動物と何も変わらないところがある。
だけれども、我々はだからこそ。動物と違う存在として、己を律しなければならない。
完全に自我や欲求を消すのは不可能だ。
本能を消し去る事はそれは体の害にしかならない。
だが、だからこそ己を制御しろ。
完全な制御の末に武の頂きはある。
僕は、その頂きにはまだいないかもしれない。
だけれども、マザーハーロットが、初めて困惑するのが分かった。僕に姦淫の気が通じていない。
女だったら誰もがそれで狂う。
そう考えていたのかも知れない。
至近。
バビロンの大淫婦が焦るのが分かった。杯をそのまま投げつけてくる。おぞましい程に穢れに満ちた液体が入っているが、マーメイドの魔術が、それを瞬時に凍結させ。粉々に打ち砕いていた。バビロンの大淫婦は、トランペッターと同じように無数の剣と盾を出現させたようだが、既に遅い。
だが奴に近付いたことで、今までにない勢いで生命力が削られている。これ以上は、僕も持たない。
刹那の中の刹那。
もはや瞬きすらですらないその時に。
僕は星落とし……奥義の中の奥義を、そのままバビロンの大淫婦に叩き込む。それは、バビロンの大淫婦がトランペッターから引き継いだ絶技を、そのまま打ち砕き。マザーハーロット自身を、粉々に粉砕していた。
悲鳴を上げながら消えていくマザーハーロット。僕を空中で受け止めるティアマト。呼吸を整える。マーメイドが空中で冷気魔術を使って、落下をコントロールしつつ、下にクッションを作る。
着地。
まずい。意識が飛びそうだ。
飛び込んできたのは、志村さんだ。鹿目と野田もいる。そのまま辺りの天使を三人が蹴散らすと、志村さんが肩を貸してくれる。
「あんな化け物を倒すなんて、とんでもないな」
「いや、マーメイドに力を借りてギリギリでした」
「それでも凄い。 医療班のところに、我々の総力を挙げて連れていく!」
「上っ!」
辺りの天使を切り裂きまくっていた鹿目が叫ぶ。野田も、ちょっとはなれた地点に落ちたマーメイドも、支援の余裕が無い。
上に、槍を構えたまま、かなりの精鋭らしいパワーが突貫してきている。ティアマトは既にガントレットに戻っていて。僕にも志村の悪魔にも対応できる余裕が無い。まずい。そう思った瞬間。
そのパワーに、カガが、横殴りの蹴りを叩き込んでいた。
そして、そのままコンビネーションブローを叩き込み。パワーを粉砕する。
「いけっ!」
「感謝するぞカガどの!」
「遠慮無用! この地獄の東京を終わらせる英雄の一人を、こんな事で死なせてなるものか!」
そのまま群がってきた天使達と、カガがガイア教徒だった連中と一緒に力戦を始める。
神田明神には医療班が来ていた。回復魔術だけではなく、点滴というのもされる。それくらい弱っていたらしい。
後は、皆が勝つのを待つ。
大丈夫、皆なら絶対に勝つ。僕はそう信じていた。
4、第二次東京大戦は終わりて
小沢はずっとスカウトを続けていた。それで、情報を丁寧に収集し、本部である国会議事堂シェルターに送り続けていた。
総力戦が続いた。
だから、小沢がそれをやらなければならなかった。
誰かがやらなければならない事だ。
ドクターヘルが育成したオペレーター達がフジワラにそれを伝え。そして全体に適切な戦力の供給と支援を続けていた。
「天使達が……!」
小沢は見た。
市ヶ谷で多神連合とまともにぶつかった天使達が、次々と打ち砕かれるのを。
雷神トールが特に苛烈に活躍していた。オーディンの姿は最後まで見られなかったが。鬼神ショウキや龍神ケツアルコアトル。邪神テスカポリトカ。それに弥勒菩薩も、いずれもが縦横無尽の活躍で、天使達を撃ち倒していた。そして形勢不利とみたか、天使達は逃げ散る。空に向けて。空の中央、スカイツリーに向けて。
それだけじゃない。
シェルターと神田明神を襲っていた天使達もまた。逃げに徹し始めていた。
明けの明星の麾下の悪魔達と、人外ハンターの主力、サムライ衆。全員の力闘の結果だ。特にフリン等の四人は、恐ろしい黙示録の魔人達をことごとく屠ったようだった。以前現れたと言われる分霊体ではなく本体を。
通信で聞いていたが、ナナシ達はなんと大天使イスラフィールを撃ち倒したようである。イスラム教でも大重鎮とされる大天使を。
それを聞いて、小沢はうれし涙が出そうになった。
もう小沢より強い。
小沢とニッカリと志村が、まだ前線に立たなければならなかった時代はこれでついに終わった。
頼りになる若者達が、育って来たからだ。
周囲にいる人外ハンター達に告げる。
「よし、敵の撤収を確認した。 二度の敵の攻勢で、敵は80体を超える大天使を失い、100万に近い天使を失い、黙示録の魔人達すらも失った。 大天使メタトロンなどの最高戦力はまだ確認されていないが、それでも敵の被害は甚大の筈だ。 それに対して此方の被害は……」
人外ハンターは被害を出した。それは、これだけの乱戦だ。仕方がない。だが、それでも。
大戦の時のような、それで半身不随になるような被害ではなく。壊滅でも全滅でもない。
特にフリン達英雄が全員無事なのは大きい。
市ヶ谷に展開していた対空兵器や戦車、歩兵戦闘車はかなりの被害を受けたようではあるのだが。
そんなものは、また造れば良い。
いまは造れるだけの設備が、ドクターヘルの手によって復旧しつつあるのだから。
「此方の被害は軽微! つまり勝ったぞ!」
「おおっ!」
「大天使どもを国に蹴り返してやったぜ!」
「俺たちの勝利だ!」
無線の向こうから喚声が上がる。
小沢も、何度も複雑な感情からわき上がってきた涙を拭っていた。
さあ戻ろう。シェルターに戻った後、サムライ衆と英雄達が。東のミカド国に攻め上がるのを助けなければならない。
東のミカド国を解放した後は、四文字の神とやらを叩きのめすことになるが。
それはもう、小沢が出来る事など何も無い。
後は、東京の治安維持。
それに出現する悪魔の撃破だろう。
大天使達を倒すまでは、シェルターと市ヶ谷から一般市民を出すわけにもいかない。それだけ危険だからだ。
「まだ野良の悪魔はいる。 こんな所で死んだらバカみたいだ。 油断だけは絶対にするな!」
「イエッサ!」
「帰るぞ。 俺たちの仕事はまだまだある。 英雄達が安心して戦えるように、隙を見せたら暴れるような奴らを掣肘することだ! 気合いを入れろ! まだ俺たちは、あのクソ大天使どもと唯一神には勝ってはいないんだ!」
皆にそう言い聞かせると、小沢は戻る。
大戦の時。
司令部からの通信が切れて。
負けたのだと悟った。
小沢が生きているのは、たまたま任務で出ていたから。それだけに過ぎない。ニッカリと志村もそれは同じだ。
それから東京は終わった。
第一空挺団の精鋭さえ倒れていく中、小沢が生き残ったのはただ運が良かったからだ。それ以外に理由なんてない。
だからこそ、小沢はその運を使う。
他の誰かが、運を使い果たさなくていいように。
もういつ死んでも良い身だ。
後続は育った。
それに、これだけ無理を続けて、不健康な食事を続けた。体の中は、良い状態だとは思えない。
だからこそ、最後の最後まで、英雄の背中を守る。
それだけが、老兵に残された仕事だ。
フジワラの指示で、国会議事堂のシェルターに戻る。疲れ果てた英雄達は、全員眠っているらしい。
だったら、もう少し無理をしなければならないな。
フジワラに歩哨をすると買って出て、まだ余力がある人外ハンター達と一緒に出る。
誰々が死んだ。
でも立派な最期だった。
そういう声が聞こえる。
友が死んだらしい奴が泣いている。
熱狂に水を差すなとも言えない。あれだけの大勝利でも、それでも無事で済むわけが無い規模の敵が相手だったのだ。
小沢は何も言わない。
男らしくないとか、そういう頓珍漢な暴言を吐くつもりもない。
勝利の裏には影もある。
そんな事は、分かりきっているのだから。
外で関聖帝君が護衛についていた。頷くと、別の方の警戒に当たる。
英雄達が起きて体力を充足させたら。
ついに、あの天蓋の上にある東のミカド国に攻めこむ時。
そしてその時に、やっと。
大天使の脅威から、東京。
いや、生きている人間全てが解放されるのだった。
(続)
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