数多の世界の果て

 

序、平行世界の結末

 

体力を回復した霊夢が外に出ると、コンテナが増えていた。これは何となく理由がわかる。

かなりの数のトラックが行き交っている。半分以上は悪魔が引いているが、中にはガソリンとやらで動いているものもある。ガソリンの生産が上手く行き始めていると聞いていたが、それを実用化していると言う事なのだろう。石油から精製するらしいが、霊夢には石油にはいい思い出はない。

コンテナには、今まで人外ハンターがちまちま集めていた物資を、物量作戦で集めて来ている。

東京は今まで、悪魔に支配されている最果ての地だった。

それが確実に流れが変わったのだ。

悪魔と人間が、少なくともこの場では仲良くやれている。神々もそうだ。この光景は、多神教特有のものだという者がいるかも知れない。

だが、多様な姿の者達が。

互いに欠点を補い合って作業をしている。

それはとても素晴らしい事だと霊夢は思う。

霊夢のいた幻想郷も、よく分からない奴らが好き勝手をする世界だった。泣いている弱者だっていた。どいつもこいつも良い性格をしていた。

だが、それが大天使の軍勢に焼き払われて。

やっと上手くやれている場所だったのだと、霊夢は理解した。

失わないと分からないのだ。

大戦の前、世界では多様性を言い訳にした詐欺師が横行し、様々な利権が世界中で悪意の限りを尽くしていたとフジワラが言っていた。

耳障りがいい言葉を使って人を騙し。

やがて善良という言葉はバカの代名詞になっていったという。

それもまた、違った形での最果ての時代。

だが、それも今此処で、新しい時代が始まろうとしている。

疲れは取れた。

後は、やるべき事をやる。

今。働いているのは、戦う力がない者達。悪魔も力が強くても性格が戦闘向けではなかったり。力が弱くても賢い者だったり。

人間だってそうだ。

そういった者達が、価値が無いのか。

価値が無いと考えるような世の中は終わりだ。

そんな世の中に二度とさせないように、霊夢は戦う。

戦う価値が、ある筈だ。

全肯定と全否定の世界だと、一神教の現状の思想について霊夢は皆と同じように認識している。

だが、イエスが作り出したキリスト教は、最初は隣人愛と許しの思想だった。

ムハンマドの作り出したイスラムの思想だって、少なくとも全肯定と全否定の思想などではなかったはずだ。

それらは後の人間に歪められた。

座についた四文字の神は、最初はこんな存在では無かったのかも知れない。

神は歪むのだ。

いや、神であっても絶対などでは無いし。

人間の思念を得て歪む。

だとしたら。

やはり、そんな簡単に歪んでしまう仕組みそのものが駄目なのだろうと、霊夢は思う。

行き交う人々と悪魔を見ながら、物資の集積をぼんやり見ている。フリンが来た。手にしている槍が変わっている。

だが、とても馴染んで見える。

これこそ、フリンが手にするべきだった槍のように、霊夢は思えた。

「ぼーっとしているようだけれど、大丈夫?」

「ええ。 この世界こそ、多様性なのだろうと思ってね。 ヨナタン、貴方天使も貸し出しているのかしら」

「いや、僕の天使達ではない。 悪魔合体で天使を作り出して、それを使役している者がいるようだ。 四文字の神の絶対的な走狗としてではなく、人々の守護者として動く天使もまたいるようだね」

「はあ。 幻想郷に攻めこんできた天使にも、そんなのが少しはいればよかったのだけれどね」

複雑だ、とても。

移動しながら話す。

シェルターに戻って、これから会議と思ったのだが。この気配はクリシュナである。また来やがったか彼奴は。

ただ可能性世界が云々と言っていたから。それに関する打ち合わせなのだろう。

足を止めて、振り返る。クリシュナが外に具現化したのが分かった。

「迎えに行ってきてくれる? あたしはいざという時に備えるから」

「分かった」

「それはそうとフリン、かなり力上がってる?」

「んー、ティアマトを転化させて手持ちに入れて、力は上がったと思うけれど。 まだティアマトを十全に暴れさせるのは無理かな」

ティアマトか。

祖神の中の祖神。普通、人間が従えられる相手じゃない。

それをも従えられるとなると、或いは。

多少無理をすれば、マルドゥークもいけるか。

ミカエルは神々の系譜という観点で、マルドゥークの直系子孫と言う訳ではない。あくまで影響を辿っただけの存在だ。同じ意味で、ミトラスの直系子孫でもないだろう。

ラファエルはバアルの一柱だったことはほぼ疑いない。ウリエルについては、もとの姿に戻せば、恐らくは一神教の支配以前の姿に戻る。

それらの中で一番悪魔合体の難易度が高いのが間違いなくマルドゥークだが。

それをもし、神降ろしなしで出来るのであれば。

霊夢自身の力も上がっている。

ここのところ無理をした影響もあるだろうが、大綿津見の神降ろしだったら、もう苦にしない自信がある。

流石に天照大神は厳しいが、それも立て続けにやらないのであれば、或いは。

先に声を掛けて、クリシュナを囲む。クリシュナは明らかに力が上がっているフリンを含めた皆に囲まれて、以前ほど余裕がないようだった。

「これは参ったね。 英雄達もサムライ達も全員実力が跳ね上がっている。 これは此方としては選択肢が減ってしまったな」

「この後に及んでくだらない事を考えていたっていうならこの場で潰すわよ」

「いや、あくまで選択肢の一つだったというだけだ。 それよりも、先に君達にとって参考になる……平行世界の情報を見せておこうと思ってね。 無限炉を使うのが一番良いんだが、あれをこれ以上出力を上げる気はないんだろう」

「現時点で無限炉は東京に充分な電力を供給できている。 これ以上の出力を出す事は考えていない。 悪用される可能性があるからね」

フジワラとツギハギも来る。

クリシュナはふっと笑うと、外に出てほしいと促す。

まあいいだろう。

今の時点で、クリシュナ相手なら勝てる。此奴がヴィシュヌとしての力を全て取り戻していたら、話は違っただろうが。

弱体化しているのは、何処の神々も同じなのだ。

クリシュナが外に出ると、しばしシェルターから離れる。

国会議事堂から少し離れると、戦車が並べられていた。少しずつ修復が進んでいるが、ある程度直ったら一度市ヶ谷に集めるらしい。

更にもう少し距離を取って、其処で止まる。

この辺りには人気もない。

何体か神がいる。

太めの仏は、これは弥勒菩薩か。

元々大乗仏教で信仰対象になりやすい存在だが、大乗仏教というのは思想を兎に角簡単にする傾向がある。

「ナムアミダブツ」と唱えるだけで救われる、なんてのはその最たる例だろう。

結局のところバカにも分かる思想にするのが一番手っ取り早い。差別を助長するヒンズー教がインドで覇権を握ったのは、それが理由だったと言う事だ。仏教は多数の民を救うには、思想が難解すぎた。その反動でこういった存在が出てくるのは、仕方が無い事なのだろう。

ケツアルコアトルとショウキは以前戦ったか。

以前ケツアルコアトルはマーメイドを圧倒したことがあったが、現在やりあったらどうなるか分からない。

一瞬だけ火花が散ったが、やがて弥勒菩薩が言う。

「集まったな、英傑諸君。 我は57億年の果てに世界を巡って衆生を救う仏。 様々な世界を巡り、修行を重ねる存在」

「いや、今すぐ救ってくれよ。 阿修羅会をぶっ潰してまだなおこの状況なんだぞ」

もっともなことをいうワルター。

苦笑しながらも、弥勒菩薩は言う。

「我を作り出したのはいわゆる終末思想だ。 そう言ってくれるな。 それはそれとして、我はその世界を巡りながら様々な修行を重ねる特性を持っている。 貴殿等は、まだ座に何を据えるか悩んでいるのだろう。 ならば、我が平行世界の末路を見せておこう。 それで汝らも何かしらの案を出せるのではないのか」

「仮にそれで神々を全部消すべしなんて思想に至ったらどうするつもり?」

「その場合は仕方がない。 我はこの世界ではもはや用を得ないと言いたい所だが……そう上手く行くだろうか?」

フリンに不穏な言葉を返す弥勒菩薩。

ふむ。確かにそれもそうだ。霊夢も分かっている。

アメリカの西部開拓時代に噂話としてポールバニヤンという存在が出現した。これはあくまで西部の開拓をしていた荒くれ達が噂話の中から作り出した存在だが、そのあり方は始祖の巨人そのものなのだ。

つまり信仰なんて、どこからでもいつでも湧き出してくる。

いわゆる無神論で一度神々の存在を完全に消し去ったとする。

それはそれでいい。

だがアッシャー界とアティルト界が実在している以上、神は求められたらまた湧き出すのではないのか。

一度形を無くすアティルト界の者達も。

アッシャー界での思念を受けて、また神々としてわき上がるのではあるまいか。

それがあったから、霊夢は安易に神々を全て消すという選択肢はあまり採りたくはない。

それに幻想郷には、その選択肢を採られると死ぬ仲間や友がそれなりにいる。

事実、悪魔と人間がともにやっていけている光景を見たばかりなのである。

ドクターヘルがふんと鼻を鳴らしていた。

「問答はいい。 それでお前達はただプレゼントだけをくれると言う訳か?」

「実際問題阿修羅会を排除して、大アバドンの暴走を防いでくれたからね。 僕としては、相応の対価を渡す。 それだけだよ」

「対価ね……」

「ともかく、可能性世界を見せておこう。 我も色々な世界を渡り、敗れ去った世界もまたあったのだ」

それを認識していると言う事は。

フリンがついに撃ち倒したらしいリリスと似たように、弥勒菩薩も本当に平行世界に影響力を持っているというわけだろう。

まあいい。

霊夢も含めて、この場の全員だった遅れを取る事はない。今の戦力は其処まで高まっている。

まだ此奴らに隠し弾があったとしても、それは此方も同じ事。不穏を感じ取れば、各地に守りに配置している必殺の霊的国防兵器が動く。更にドクターヘルが改良した固定砲座レールガンが、既に自動で照準を定めているはずだ。

霊夢がフジワラを見ると、フジワラは頷いていた。

「分かった。 いいだろう。 可能性世界を見せてもらおうか」

「うむ、ではこれを見るといい」

辺りの景色が歪む。

そして、砂漠になっていた。

 

砂漠の中で、僕は彷徨うようにして歩く。いや、これは俯瞰の光景。僕が此処にいて、此処にいない。

何となく理解する。

これは恐らくだけれど、将門公に守られなかった東京だ。

彼方此方に悲惨なシェルターがある。

悪魔さえいない。

それらで、身を寄せ合って生きている人々は、数百人いるかどうか。それも、それらが最後の生き残りだ。

「駄目だ! 北米も中華も欧州も連絡が取れない! 核兵器を全弾撃ちあって、本当に全部の文明があらゆる人間ごと消し飛んだんだ!」

「その上神の手下どもは、もう機械に全て任せて消しに来ていやがる。 機械共は大した強さではないが、もうこちらにも戦える人間なんて……」

「プルートと名乗る機械の王を斃せればまだ可能性は……」

「あれを倒した所で、また新しい機械が送り込まれてくるだけだ。 最近では天使すらみなくなった。 天使すらも神に不要だと判断されて、全部消し去られたって話だ」

恐ろしい話が聞こえてくる。

そんな中、砂漠の中を歩いてきた男が、砂を落としながら声を掛けていた。

「他のシェルターから食糧を持ち帰ったぞ」

「流石はアキラだ!」

「助かった!」

アキラ。

聞き覚えのある名前だ。そう、三英傑の一人。フジワラとツギハギとともに、四大天使を打ち破ったという。

精悍な中年男性だが。その隣にフジワラとツギハギはいない。

食糧に群がる人々は、まるで豚の群れだ。それを見て、アキラは悲しそうにしていた。まだかろうじて戦えそうな男が聞く。

「アキラさん、もう限界だ。 放射能そのものは弱まってる。 核の直撃を受けていない場所まで逃げるべきだ。 神の機械だって、どこまでも追ってくるわけじゃないだろう」

「無駄だ。 俺はシミュレーションで見たが、発射された核弾頭の数、その着弾地点は計算され尽くしていた。 およそ人間が住んでいる全ての場所が核に焼かれるようにな。 此処は将門公が飛来する数発を食い止めてくれてそれで全滅を免れたが、他は……」

「でも、もう何も残ってない! このままだと死ぬだけだ!」

「分かっている。 俺が……プルートを倒す! 今度こそは! ケンジはいないが、奴は機械。 前回のダメージは残っている筈だ!」

決意を込めた視線。

その後ろで、顔中に十字の紋を刻んだ男が、発狂したように笑っていた。

「キヨハルさん、すっかりおかしくなっちまったぜ」

「メシアが来てくれるって未だに信じてるんだろ。 天使共が子供を繭に乗せて連れ去った後、世界を用済みだって認じたみたいなのにな。 天使すら役立たずとして消し去られたみたいなのに、人間なんかに慈悲なんか掛けるかっての」

「キヨハルさんは熱心な一神教徒だった。 騙された側だ。 そう言ってやるな」

光景が変わる。

おぞましい機械の群れ。人を殺す事だけに特化した存在。

それを片っ端から撃ち倒したアキラが、巨大な機械に銃弾を叩き込んで、ついに撃ち倒していた。

荒く呼吸をつくアキラ。

だが、其処に声が響く。

「まだ抵抗する虫がいたか。 天の国で醸成している人間どもは、完全に家畜化が済み、神の栄養として調整が終わったのに。 プルートが倒されたというのならば、もっと強力な駆除装置を送り込むとしようか」

「くっ……! 貴様が神だとしたら、信じていた者達までどうして殺した!」

「無用だったから以外に理由などない」

そして、降臨するそれ。

三つの人体がつながったようなそれは、プルートよりも更に忌まわしい存在に見えた。

「我が名はエンシェントデイ。 愚かしい旧人類を駆逐するもの。 全て無にかえるがよい」

「お前らを信じていたキヨハルさんになんと言い訳をするつもりだ、神の傀儡っ! キヨハルさんはケンジにどれだけ宥められても、神に愛があると信じ続けていたんだぞ!」

「愚かしい事を言う。 人間の愛が主観的で身勝手な事は理解できているだろう。 そんな人間が絶対の神として作り出した存在が、主観的で身勝手な愛を持たないわけがなかろう」

「自分で認めやがったな下衆野郎。 いいだろう、俺の身に代えても、貴様だけは撃ち倒す! 人間はしぶといぞ! それを天でふんぞり返っている親分に伝えやがれっ!」

場が閃光に包まれる。

どちらが勝ったのかはわからない。

分かっているのは。

あの状態では、仮にアキラが勝ったとしても、人類に未来などないということだけだった。

ぞっとして顔を上げる僕。

弥勒菩薩が、ふっと笑っていた。

他の皆も青ざめている。

霊夢ですらも、絶望というのも生ぬるい別の可能性世界を見せられて、言葉もないようだった。

「まだ始まったばかりだが、もう音を上げるつもりか」

「いや、むしろ安心した」

「何……」

ツギハギが言う。

フジワラも、それに力強く頷いていた。

年長者が余裕の表情を見せている。それが、どれだけ皆を元気づけるか、知っているのだ。

「平行世界でもアキラは私の知るアキラだ。 立派な男だ。 上に攻め上がった時と良い意味で何も違っていない。 あんな相手にも、臆さず立ち向かっていく。 人類の意地に本気で命を賭けられる男だ。 私に取って、アキラとともに戦えた事は誇りですらあるよ」

「同感だ」

ツギハギがフジワラの言葉に頷く。

それに鼻白むでもなく、弥勒菩薩は大いに頷いていた。

「そうか。 やはり強攻策は放棄して正解だったようですね。 ただこの世界の未来は、まだ観測出来ていません。 今後どうなるのか、まだまだ不確定要素が強いのだと思います」

「それはいいから、早く他の可能性世界を見せて欲しい。 何かその不確定要素を排除して、未来を作りあげるヒントがあるのかも知れない」

「絶望が深まらないと良いのですが」

「深まらねえよ」

ワルターが言う。

どうやら、こんな状態で真っ先に啖呵を切ってくれたフジワラとツギハギに感動したようだ。

だから、負けているわけにはいかないと判断したのだろう。

ワルターも、獣みたいな考えをしていた最初とはもう違う。

今では、僕が背中を預けられる立派なサムライだ。

「それでは次の平行世界を見せましょう。 観測出来る範囲では、まだまだたくさん……様々な結果になってしまう平行世界があるのです」

「覚悟はしている。 だから早く」

「……」

また、世界が切り替わる。

僕は、それを甘んじて受け入れていた。

 

1、あらゆる絶望の果てに

 

何処もかしこも燃えさかっていた。

そしてどこもかしこも血の臭いが満ちていた。

其処で歩いていたのは、血まみれの男だ。いや、そうじゃない。人間と悪魔が融合したとしか思えない存在。

そして何処か卑屈な言動を見せる輩だった。

「アキラ、どうだ。 勝てそうなのか」

「なんとかやるしかねえだろ。 せっかく天使共を叩き潰したっていうのに、こんな状態だ。 悪魔人間も家畜人間も減る一方。 少しでも状態を良くするには、東京を統一するしかねえし」

「アンタに出来るのかよ」

「ハハハ、そうだな。 でもやるしかねえんだよ。 皆、腹を括ってくれ。 どうせ負けたら皆殺し。 そんなルールで、これ以上無駄に死者を出すわけにはいかないんだ」

其処は強いて言うなら、爆炎の東京、だろうか。

燃えさかっている東京全域。

彼方此方に散らばっているのは、大天使らしいものの残骸。

そう、残骸だ。

何となく分かる。

此処では恐らく、三英傑以上の化け物が出た。そして、攻め寄せた天使達を皆殺しにしたのだ。

完膚無きまでに。

東京が滅ぼされた……いや東京どころか世界全部が焼き滅ぼされたことに代わりはないのだろう。

後は東京だけ。

そう考えて攻め寄せた大天使達は、完膚無きまでに叩き潰されて、逃げる暇もなく滅ぼされたのだ。

街の様子が見えてくる。

純粋な人間などいない。

悪魔と融合した悪魔人間が支配者になっていて、それらは悪魔となんら変わりない存在となっていた。

それもどちらかというと堕天使の中でも残虐な連中とか、妖獣だとかの獣同然の連中とかと同じようにすら見える。

街と言うより巣。

そして家畜人間。

それは赤玉の製造所で見たような、頭に筒が直に突き刺されていて、感情もなく死んだ目をしている存在達だった。

話が聞こえてくる。

それで分かってくる。

この世界では、そうそうに人間が悪魔と合体することを選んだのだ。戦う意思がある存在は、そうしろ。

アキラだけでは無い。

戦う意思がある存在は皆そうなったようで。それで天使達は度肝を抜かれ。その戦闘力に右往左往しているうちに皆殺しにされたようだった。

だが悪魔はエサを必要とする。

人間の恐怖というエサを。

だから誰かが考えたのだ。

戦う意思が無い人間は、家畜にすべしと。

そうして、戦えない者は全てが家畜人間とされた。

家畜人間はその感情を脳みそごと悪魔人間に吸い出され、そして消耗品として消費されていく。

死んだらそのままエサにされる。

それがこの東京の仕組みだ。

狂っているとしかいえない。末世にも程がある。それでも、この東京は大天使達を撃ち払った。

全てを滅ぼしていく大天使達を、撃ち払ったのは事実なのである。

その代償があまりにも大きすぎたということだ。

「新宿御苑にあった繭のことを覚えているか」

「ああ。 俺の姉が彼処に閉じ込められていたんだ。 ケンジの奴が、大天使達をブッ殺して、繭も壊した。 そうしたら、中にいた子供はみんな腐って溶けちまった。 腐って溶けた俺の姉を見て、俺は悪魔人間になる事を決めたんだ」

「大天使どもが死んでせいせいした。 後はこの混乱てか、群雄割拠をどうにかしねえとな」

「ああ……」

そんな話が聞こえてきている。

悪魔人間達は凄まじい闘争本能に支配されてしまい。大天使を倒した後は、音頭を取って最前線で戦ったケンジという人間が「東京王」を名乗って全てを放棄してしまった事もある。

誰も彼もが強い奴が支配者にと動き出して。

グループに分かれ、殺し合い始めたのだ。

今では幾つかのグループに分かれて、それで殺し合っている。アキラのグループは生き残ったグループの中では弱小だが、それでもアキラ自身は強かった。

アキラは出向く。

アキラが来たぞ。

そう叫んで、悪魔人間達が出てくる。中には使い物にならなくなった家畜人間を今まで喰らっていたのか、口が朱に染まっている者もいた。いずれも原色の肌色をしていて、悪魔そのものになり果てていた。

アキラは狡猾な策も交えて、悪魔人間を打ち倒して行く。

リーダーをしている奴を巧妙に引っ張り出すと、それを一騎打ちで傷つきながらも撃ち倒す。

そして、また街を一つ手に入れる。

手に入れた街にはアキラの手下達が入って、悪魔人間を皆殺しにする。そして家畜人間を全て確保する。

まるで蟻かなにかだ。

大天使を撃ち倒した代償が大きすぎて、もはや人間は人間ではなくなっていた。

アキラが舐められているのは、家畜人間への態度が優しすぎるから。

家畜人間を大事にしろ。殺すな壊すな。潰れそうになっているのは、もうそれ以上吸うな。

子供が家畜人間の間に生まれた場合、それは家畜人間にも悪魔人間にもするな。子供は大事にしろ。

悪魔人間になるのは、俺たちの世代で終わりにする。

アキラがそう宣言したから、アキラの下にはあまり悪魔人間が集わなかった。誰もが奪え殺せ喰らえと好きにさせる悪魔人間の下に行ったからだ。だがアキラは強かった。そういう人間である事を放り捨てた連中を、次々と実力で下していったのだ。どこか卑屈にさえ見えるのに。

やがて最大の勢力を下したアキラは、皆に宣言する。

「今では、東京王を名乗るケンジが、むしろ東京を苦しめている元凶になっている。 俺たちは悪魔人間になり、家畜人間を苦しめて生きている。 だが、人間だった時のことを思い出せ」

「俺はスクールカーストで下位にいた。 学校出てからも、ずっと会社で搾取され続けていた。 それから抜けられたんだ。 悪魔人間になって、むしろ良かったよ」

そんな風に返す悪魔人間もいる。

そうだそうだと、同意の声が上がる。

大戦の前は、最果ての時代だったんだ。

志村さんがそう言ったのを僕はこの光景を見ながら思い出す。

アキラはそうだなと、否定しない。

だけれどもと、言った。

「そんな酷い時代を繰り返してはいけない。 俺たちが、この悪しき輪廻を断つんだ。 幸い悪魔王になったケンジは、天使共のボスもブッ殺してくれた。 四文字の神とかいう奴だ。 だけど、それでケンジは理性も何も無くしちまった。 俺はそうはならない。 昔、俺はケンジと一緒に戦った。 だから、楽にしてやるのは、俺でなければならないんだ」

分かったよと、悪魔人間達は従う。

いずれにしてもアキラに従って勝ち残れたのだ。

アキラの言葉にも一理はあると思ったのだろう。

身分なんか作って、搾取する構造が如何に醜いか。それはこの光景を見ていれば、僕にだって理解出来る。

同じ人間だというのに、何故に身分なんて作っているのか。

例えば、社会で地位を作るのはいいだろう。

だが、それは社会的契約と言う奴で。地位が高いからその人間が偉いとか、その人間の血統が優れているとか、そういう話では無い。

それはヨナタンが言っていたご落胤の偽造や。

イザボーの家のろくでもない実情を聞いて、僕も知っている事。

この世界を見て。

身分制なんてものの愚かしさを、目に焼き付けなければならない。そう僕は感じていた。

やがて、アキラが東京王に挑む。

もとはケンジという人間だった東京王は、顔だけの存在になっていた。もはや其処には、人の面影など形しか存在しなかった。

「ケンジ、待たせたな。 お前、誰よりも優しかったよな。 悪魔人間になるのなんて、一番嫌だったよな。 こんな世界を見て、悲しいよな」

「ア……キ……ラ……」

「今、楽にしてやる」

「ウウ……」

呻くケンジに、アキラは襲いかかる。

其処で、光景が途切れていた。

もとの世界に戻ってくる。

マーメイドが一番悲しそうだった。

たくさんの世界を見て回ってきたというのだ。それは、悲しむのもそうだろう。

秀が言う。

「戦国の世を後の時代では格好良いなどとかんがえていたようだが、実態は今のに似ている。 乱取りなどと言ってな、逃げ遅れた人間を奴卑(奴隷の事)にして売り払っていた。 それくらいしないと、戦争で利益が出なかった。 そんな事を誰もがやっていた。 だから、戦国を終わらせなければならなかった」

「そうよ。 わしはだから終わらせた」

殿もそれに同意する。

僕は戦国の世というのを知らない。

だけれども、あの爆炎に包まれた東京というのを見た後だと、それもまた仕方がないのだろうなと思った。

あらゆる手段で、あんな無法は終わらせなければならない。

その結果、全てを失ってしまったのが、あのケンジという存在だったんだ。

そう思うと、悲しかった。

弥勒菩薩は言う。

「休憩を入れるか」

「いや、問題ない。 次を」

「分かった……」

また、世界が切り替わる。

いや、これは今までとは違う。この世界に極めて近いようだった。

歩いているのは、背の高い青年。

これは、僕か。

僕は絶望しているようだった。

悪魔と合体したワルターと天使と融合したヨナタンを手に掛けた。凶行を止めようとしたイザボーも。霧が掛かった森。そこを、背の高い男性である僕が、絶望して歩いていた。

知らない森。いや、ここは覚えがある。

キチジョージ村だ。

その跡地。

そうか、別の世界でもキチジョージ村は滅びるのか。

それに、何となく分かった。

このキチジョージ村では、イサカル兄ちゃんは助からなかった。悪魔になってしまって。僕はそれにとどめを刺した。

どうしようもない絶望が伝わってくる。

僕は頭を抱えて、ぶつぶつ呟きながら歩いている。

混沌の理に捕らわれ、あろう事かガイア教団に味方しようとしたワルターを殺した。

破綻している東京を見て、絶対の正義が必要だと考え。大天使達にそそのかされ、その御輿になろうとしたヨナタンも殺した。

それをみて、もうついていけないと、哀しみの目を向けてきたイザボーも、狂気のまま刺し殺した。

後は東のミカド国に乱入して、大天使達を皆殺しにし。

そればかりか、民までも。

激情のまま、あらゆる全てを殺し尽くした。東のミカド国は全て更地になり、今では悪魔達が屍を囓っている。

誰もヒルズの地下から救い出せなかった。

暴走した無限炉から溢れたブラックホールが地下で肥大化し始めている。

終わりだすべて、

そう思った僕の前に、四つの影が現れる。

「だから以前言っただろう」

「この世界は四文字の神だけではない。 神々の気まぐれで弄ばれている存在であるのだと」

「それで滅ぼされる世界なのだ」

「いっそ、今楽にしてしまおう。 どれだけ待っても、この世界には希望などないのだ」

それぞれの姿は、この世界の僕の印象に残った人間の姿をしていた。一人はイザボーに似ていた。

この世界の僕は、イザボーと恋仲だったのかも知れない。

僕は血だらけになった手を見せる。

「みんな殺したよ。 人間性のままに振る舞ったら、何もかも許せなかった。 何もできなかった。 だから自分が一番許せない」

「我々もそうだった」

「何が座だ。 何が座の理だ。 悪しき輪廻で全て弄んでいるだけではないか」

「今やこの世界最強の存在は君だ。 君が願えば、この世界は終わる」

止めるんだ。

僕はそう叫ぼうとしたが、あくまで見ているだけだ。

この世界には、英雄なんて来てくれなかった。

ワルターもヨナタンもイザボーも、今の僕達よりもずっと弱かった。だから、出来なかったのだ。

可能性があった。

だけれども、それをすり潰してしまった。

すり切れてしまった。

人間の可能性は有限なんだ。

分かっている。生物である以上、無限の可能性なんて持っているはずがない。そしてそれは神々でさえ同じ。

だから四文字の神は腐り果てた。

そういうことだったのだろう。

この世界の僕は、選んでしまった。世界の終わりを。弄ばれている世界を終わらせることを。

あとは、ふつりと消えた。

何もかもが、最初から存在などしていなかったように。

ただ、この世界にはもう僕しか存在していなかった。生きている人間は、僕だけだったのだ。

だから、どの道この未来が来ていたのかも知れない。

そう思うと、やるせなかった。

再び、もとの世界に戻ってくる。

誰も何も言わない。

あれが別平行世界の僕だと、誰もが理解していただろう。それでも、何も言わなかった。責めなかった。

僕も、あんな状態ではと。そうとしか思えなかった。

「次を見せて」

「いいだろう。 これだけの強い心を醸成したのは自制か。 いずれにしても、生半可な精神力ではないな」

「……」

弥勒菩薩の言葉は煽っているのではなく、単純に褒めているのだと分かった。

だけれども、僕だって全て受け入れられているわけじゃない。別の世界が消し飛んだ。それはただの事実。

そしてこれは、色々な世界で似たような結末があった。

そういうことなのだろう。

また別の世界。

其処でも僕は男性だった。やはりヨナタンにもワルターにも裏切られた。それが原因で心に隙が出来て。

クリシュナに乗っ取られた。

クリシュナは、僕を神殺しに使うつもりのようだった。四文字の神を殺すために。

そして、あらゆる無茶苦茶をやった。

巨大な蛇が、東京を食い荒らしまくっている。その残虐さは、文字通り「鏖殺」としかいえないものだ。

機械的に人間を栄養にしている。その蛇の目には、何も映っていない。

僕達が悉く人間を止めてしまったその後の世界では、下の世代が頑張っていた。ナナシ達だ。

だが、ナナシもまた目がおかしい。

一目で分かった。

あれは取り憑かれている。取り憑いているのは、ダグザか。

ダグザとクリシュナの代理戦争が始まる。ナナシは元々強かった力への渇望を刺激されて。まさに野獣のようになっていたし。

僕は全てに対する絶望から体を乗っ取られて、操り人形と化していた。

僕が勝った世界では。

ナナシ達を屈服させて、それで結局四文字の神に挑んだ。頭だけがある神。そんな存在だった。

それが神性の表れなのだろう。

激しい戦いの後、クリシュナは神を打倒した。だが、それで満足してしまったようで。後は宇宙を全部造り替えるのだと。人形と化した僕を操りながら言うのだった。

ナナシが勝った世界も見せられる。

ナナシは僕を倒すや否や、他の皆も手当たり次第に殺戮の欲求に従って殺して行った。アサヒも。ナバールも。一緒に戦ってきた仲魔すらも。

ダグザに取り憑かれたナナシの戦闘力は異常で、最高神としてのダグザの力を最大限引き出す媒体と化していた。

そして立ちふさがるあらゆる全てを引き裂きながら進み、神をも殺した。

だがその赤く染まった目と、周囲に人形と化したもと仲間を従えている有様は。まさに悪魔の王。

吠え猛るナナシ。

神の座につくと、宇宙が……正確にはこの星だそうだが。それが粉々に砕けて、再構築されていく。

ダグザは陶酔した声で、手を拡げていた。

これで、個からの解放が為される。

新しい世界が作られるのだと。

ナナシはそのまま、狂気の笑みを浮かべて、世界が滅びていく様子。死屍累々と散らばっているあらゆるものの屍を見続けていた。

これは、ナナシには見せられないな。

僕としても、ナナシに対して悪印象は別に抱かない。

これは神の代理戦争に使われただけ。

それもこの世界のナナシは、まだ見習いの内に堕天使アドラメレクに殺されかけてそれでダグザに憑依されており。

責めるのも無理というものだ。

今のナナシよりも遙かに凶暴なあの表情。

明らかにダグザの影響。

やはりダグザは、条件が揃うと際限なく凶暴で残忍になる存在だった、と見て良いだろう。

僕はため息をつく。

でも、次、と告げる。

皆、僕を見る。

クリシュナですら、驚いていた。

「驚く事はないよ。 ダグザが条件次第では危険な神格になる存在だってのは、既に会って知っているからね。 それにこの平行世界では、僕は可能性を使い果たしたんだ。 人間の可能性は有限で、育てる限度がある。 だから個人に出来る事には限界がどうしてもあるんだ」

これは、引退サムライに武芸を教わっていたときにも聞かされた。

天才と言われた引退サムライは、若い頃は自分の可能性に限界なんてないと信じていたらしい。

だが、ある時ふと限界に気付いてしまった。

今までは一目で覚えられた技なのに。

いつの間にか、どれだけ剣を振るっても進歩しなくなっていた。

歴史上最強の存在だろうと、最強という天井にぶつかってしまうのだ。そしてそれは何も、人間に限った話じゃない。

これらの平行世界の光景を見ていて確信した。

四文字の神は。

恐らくは才能を使い果たしてしまったのだ。

人間の思念の影響を受けている時点で、唯一絶対でも無敵でもなんでもない。その存在には限度がある。

唯一絶対という設定だって、人間が思う唯一絶対にすぎない。

四文字の神が座につくまでは別に無敵でもなんでもなかったのは明らかすぎる程だし。幾つかの平行世界では破れてさえいる。

それで絶対でも最強でもないことは明らかだ。

或いは昔のバアルもそうだったのかも知れない。

実際に僕が遭遇したバアルは、ダグザに一方的に叩きのめされて、泣き言を言いながら消えていく情けない姿だったが。

それも座についていた頃は。いや、座についた頃は。

輝かしい力を持って君臨する、歴史の主役と言える存在だったのかも知れないのだから。

「フリンとやら。 そなたは平行世界の自身がクリシュナ殿に乗っ取られる姿を見ても、怒りや恐れを感じないのか」

「感じないね」

「ほう……」

「その世界では、英雄達がいなかった。 多分僕達だけで全て……阿修羅会もリリスも、他の強大な悪魔も倒さなければならなかった。 それで僕達は、成長の可能性を全て潰してしまったんだ。 ワルターは力の思想に走る事になったし、ヨナタンは絶対の正義を求めて大天使どもに籠絡されてしまった。 イザボーは僕が最大の危険分子と判断して、無謀な戦いを挑んで殺された。 それだけだったんだよ」

見事と、弥勒菩薩は言う。

そして、大きく息を吐くと、見る間に痩せていった。

それはわかりやすさだけを重視した、ただ「仏教徒を増やす」だけの事に特化した姿だった今までとは違う。

見るからに聖者と分かる、威厳のある姿だった。

「我はまずは仏教に民を誘うために、その理想も思想も関係無く、わかりやすさだけを重視した側面で今まではいた。 だが、それでは民は最終的に食い物にされるだけだ。 本来の仏教は、客観の元、あらゆる認識の不完全性を説き、過剰な修行が毒にしかならない事を説く思想。 誰もが大日如来の光の元に愛を注がれ、誰もが釈迦如来の理想の下に悟りに至る事が出来る思想。 カーストを作り出し、現世では何をやっても報われないとしたヒンズーの思想とは真逆の、全てを救う思想だ。 本来は、一神教もそうだったはずなのだがな」

「随分と言ってくれるな弥勒菩薩よ」

そのヒンズーの主神格であるクリシュナが、流石に不快そうにしたが。

だがその時、ケツアルコアトルとショウキもまた動いていた。

クリシュナをあからさまに牽制している。

「あれだけのものを見てもなおも心折れぬ様子。 私は太陽神として、この若き戦士と、英雄達に希望を見た。 他の可能性世界のように対立する意味がない」

「同感だ。 我も厄災からの守護神として、この者には光を見る。 そなたも本来は、悪しきカースト制度などというものを快く思っていなかったのではないのか?」

「……っ」

クリシュナが呻く。

バロウズが告げてきた。

クリシュナは元々はビシュヌではなかった。インド神話も神々の合一が激しい思想であり、あらゆる神を「だれだれの化身」として取り込んでいった経緯があるという。

様々な雑多な民族の神を、シヴァやヴィシュヌの化身として取り込んでいった。

その過程で、社会をバカでも分かるように回す思想としてカースト制度を作り出し。カースト制度の上の人間は、生まれながらにして偉いという理屈を定着させた。それは、思考停止で社会を動かすという点で。

四文字の神の思想と何も代わりはしないのだ。

「さ、見せてよ。 どんな悲惨な平行世界だって、僕は諦めないよ。 投げないよ。 それに、此処にいるのは僕だけじゃない。 僕は思いつかなくても、誰かがまともな新しいルールを思いついてくれるかも知れない」

「……失敗だったか」

クリシュナが呻く。

クリシュナは穏健策に移行したのだろうが、それでもどこかで人間を徹底的に侮っていた。

あの恐ろしい蛇の悪魔。シェーシャといったか。それで世界を破壊し尽くす事もまだ考えていたのかもしれない。

だがこの時。

同志達に離反されたことで、それも全て過去の話となった。

痩せて威厳ある姿になった弥勒菩薩が、他の可能性世界を順番に見せてくれる。

僕はそれらを目に焼き付けて、そして。皆もそれを見て、決して諦めない事に、勇気を貰っていた。

 

2、大反攻作戦開始に向けて

 

各地で移動が開始される。

小規模集落にいる人が、シェルターと市ヶ谷に移動。皆、此処がいいと言う事は殆ど無かった。

誰もが悪魔に怯えながら生きているのだ。

現在、東京をまとめた人外ハンター協会が、安全な場所を用意する。荷物などは此方で運ぶ。

安全が確保出来次第、もとの家に戻れるように取りはからう。

それらを説明して、装甲バスで次々に人々をシェルターと市ヶ谷に運び込んでいく。

シェルターと市ヶ谷では、ドクターヘルが防衛設備を整備して、一本ダタラとサイクロプス、ドワーフたちとともに、次々と防御の網を張り巡らせていた。大戦の時は市ヶ谷で虚しく骸を晒す事になった近代兵器も、次々とドクターヘルがなおし、強化している。人外ハンター達もこの状態ではまとまる。

まだ見習いの戦士達には、関聖帝君を初めとする武の逸話がある神々や先達が、急いで訓練を施していた。

恐らく上では更に数年が過ぎたな。

そう思いながら、僕は準備を手伝う。

色々な光景を見て、今殿が考えをまとめてくれている。幾つか案を出し、それに従って僕が座とやらにいる四文字の神を撃ち倒し。そして新しいルールを作る。座を壊す事も視野に入れるけれど。

ドクターヘルの話によると、人々が観測することによって形を為す可能性が高いため。破壊した所で人々がいる限りいずれは元に戻ってしまう可能性が高いと言う事だった。

各地でまだ人を襲っている悪魔がいる。

それを手分けして片付けて行く。

ルシファー麾下の精鋭悪魔達は。既に本拠地に引き上げて、大天使の軍勢との戦いの準備を始めたようだ。

それは見つけたターミナルであったベルゼバブに聞かされた。

ベルゼバブも、近々ターミナルの番人としての仕事を切り上げて、魔界に戻るのだと言う。

これで最後かも知れないなと。

最後には、太ったおじさんの姿をして現れたベルゼバブに、言われるのだった。

今回はイザボーと一緒に討伐に回る。

中華系の巨大な悪魔を撃ち倒すが、殆ど苦労はない。

霊夢は現在力を蓄えていて、最後の仕事……捕らえている大天使達をもとの存在に戻す作業と。

それに四天王寺を開放して、竜脈を元に戻す仕事。

これに向けて、鋭気を養っている。

秀とマーメイドは、それぞれが単独で各地を周り。まだ人々を襲っている悪魔を撃ち倒し。

安全地帯に集約しつつある人々を移動させるバスの群れを護衛もしていた。

バスの群れを護衛する中には、ケツアルコアトルやショウキ。弥勒菩薩の姿もあり。

更にはしぶしぶという顔をしながらも、あのテスカポリトカの姿まであるのだった。

クリシュナは拗ねたのか、姿を見せない。

ただ、あの後。

平行世界の全ての結果を見せた後、シェーシャのところに案内してくれた。シェーシャ本体はアティルト界の奧に卵の状態でいるらしいのだが。この世界に出現するための媒体としては、昔悪神を封じるために使ったと言われる要石というものを用いているようである。

最悪の場合は、これを用いて。

シェーシャをこの世界に呼び出し。

大量の人々を喰らわせて。

世界を滅ぼす力にするということだった。

クリシュナに同志として従っていた神々は、既に全てがその側を離れている。僕はそれを知って少しだけ安心した。

ケツアルコアトルにしてもショウキにしても弥勒菩薩にしても、いずれもは元々は善神なのだ。

それが「これ以外に方法がない」と強硬手段に走るのではなく。

穏健策が成功する可能性が高いと判断して行動してくれたのは、それは文字通り希望であると思う。

力で従える事がルールなんてのはそもそも間違っている。

大戦の前は、帝国主義とかいうもので、そういうルールを大まじめに動かしていた国も存在していたらしいのだが。

そんな事をしていたから大戦が起きたのかも知れない。

大きな犠牲を払ったのだ。

だったら、二度と繰り返さない。

そうしなければならない。

いずれにしても、順調だが。神田明神で、最後の難題について告げられた。

アマツミカボシ。

この国最大の邪神を黙らせる必要がある。

今の僕達なら勝てる。

だから、アマツミカボシを見つけ出し、黙らせておいて欲しい。不確定要素を、少しでも減らすために。

そう、タケミカヅチに頼まれていた。

 

合流した僕達四人と霊夢が赴いたのは、東京の端。天王洲シェルターの更に先だ。その先は、人工的に埋め立てた土地の上で、明確に不安定だった。土地が崩れて、海が浸食している場所が何カ所もある。

激しい戦いでこうなったのだと一目で分かる。

これは、これ以上激しい戦いをしたらどうなるか分からないな。

そう僕は思った。

念の為、最悪の場合はマーメイドを増援に寄越して欲しいとフジワラに連絡。フジワラも、それに同意してくれた。

フジワラもツギハギも、ずっと休まずに人員の誘導をしてくれている。

今度大天使が攻めてくる場合は、市ヶ谷を狙って来るのは確定だ。同時に生き残っている人間を皆殺しにしようとしてくるだろう。

だから、拠点は出来るだけ少なく絞り、戦力も絞った方が良い。

市ヶ谷の方は、ルシファー麾下の悪魔達が加勢してくれるらしい。

国会議事堂シェルターの方は、ケツアルコアトルとショウキ、弥勒菩薩他、元クリシュナの同志達が加勢してくれるようだ。

クリシュナはもくろみが外れたこともあって、拗ねて姿を消してしまったそうだが。

そのままでいると、完全に一人負けになる。

いずれは此方の味方として恩を売ろうと動くはずだ。

其処で、隙を見せなければ大丈夫だ。

現地に着く。

霊夢は疲れも取れているし、明確に力も上がっている。無理な神降ろしを続けた結果、嫌でも鍛えられたのだ。

霊夢は天才肌らしく、戦闘経験を積めばそのまま力になるし。無理をすればそれだけ成長する。

だから、前より明らかに強くなっている。

今は、それだけで心強い。

燃え尽きた街があって、その辺りに強い気配がある。幾つも。

バロウズが警告してきた。

「どうやら来客よ。 アマツミカボシではないようだわ」

「関係無いね」

「ああ。 いずれにしても人々に害を及ぼすようならぶっ潰す」

「その通りだ」

皆が悪魔を展開。僕はティアマトは出さない。ティアマトはまだまだ消耗が激しい上に、とにかく大きいので、場所を食う。

時々寂しいのかガントレットの中から話しかけてくるので、それに応じるくらいだ。

勿論要所では出て貰うことになる。

姿を見せたのは、騎士だ。

顔が骸骨で、黒い馬に乗り、そして巨大な鎌を担いでいる。霊夢が舌打ちする。

「面倒なのが出たわね。 あれは多分黙示録の四騎士の一人、ペイルライダーよ」

「黙示録の四騎士?」

「此方で見せてもらった聖書に記載があった。 世界の終わりに登場して、人々を殺戮する四文字の神の手下の天使だ。 穢れた世界を焼き払うという思想は、そもそもバイブルにも存在していたんだ。 少なくとも、一神教を信じる人間は、それを受け入れていたということだね」

「最低ですわね……」

全員が戦闘態勢を取るが。

そのペイルライダーが何やら言おうとした瞬間。背後から光の槍で串刺しにされる。驚いた。

その奇襲。

やった奴の気配は、まるで感じ取れなかった。

ぞっとするほどの気配だ。

消えていくペイルライダー。そして、其処に降り立つのは。大国主命やサルタヒコと似たような格好をした神。

ぎらついた光を身に纏い、余裕の笑みを浮かべている存在だ。

禍々しい光からして、ほぼ間違いない。

全員が飛び退く。

霊夢が、冷や汗を拭っているのが見えた。

「アマツミカボシ……!」

「ほう、正月に私を封印する儀式の気配を感じていたが、お前がそれをやっていた巫女だな。 まあ無駄な事であったな。 大正時代という頃に、私の封印は既に破られていた。 其処から一時期私はヤタガラスなる組織の強者の配下に屈していたのだが……それもその組織が滅んだ今は、自由の身というわけだ」

「なるほど、これは確かに凄い……!」

「天照大神の復活を感じたが、太陽神が常に最高位でいればいいわけでもあるまい。 私は明けの明星の神。 まがつの星の主。 この国の明けの明星こそ私である。 だったら、私が主導権を握っても良い筈だ」

これだけ状況がやっと安定したのに。

それを今更ひっくり返すつもりか。

僕は躊躇無く蜻蛉切りを構える。皆、既に戦闘態勢を整えている。幾ら力が衰えていただろうとは言え、ペイルライダーという決して雑魚では無い……むしろかなり強い悪魔を瞬殺した存在だ。

総力戦を仕掛けるしかない。

アマツミカボシの周囲に、光の槍が多数浮かび上がる。

「お前達の活躍は見ていた。 あの四文字の神を撃ち倒すのには必要な駒だ。 屈しろ。 そうすれば生かしておいてやる」

「逆よ」

「ほう」

「貴方が従いなさい。 四文字の神を倒すのに、有用な駒だと認めてあげるわ」

霊夢の啖呵に、からからと笑い始めるアマツミカボシ。笑いながらも、光の槍が次々に増えていく。

辺りがまさに朝明けに包まれるような光景だ。

僕も早起きするから、明けの明星はどうしても知っている。

それの神となれば。

今の夜しかないこの東京で、どうしてもこういう存在感を発揮するだろう。そしてそれは、そのまま力にもなる。

「だったら力尽くで従えてみろ! 行くぞ!」

ペイルライダーを倒した光の槍が、多数撃ち放たれる。僕は前に突貫。大丈夫。蜻蛉切りが一緒にいれば、何にだって勝てる。

天使達が真っ先に突進して、アマツミカボシの視界を塞ぐ。アマツミカボシは余裕のまま、天使を片っ端から撃ち抜く。最初に接近したのは、怒濤の勢いのギリメカラだが。それも槍の一発で消し飛ばされていた。

「怖れるな! 飽和攻撃を続けろ!」

「手数で私に勝てるかなあ?」

すっと手を動かすアマツミカボシ。

アマツミカボシから乱射される光の槍だけではなく、今度は空からも光の槍が降り注いで来る。

イザボーが冷気の魔術を叩き込むが、それもアマツミカボシは一喝で消し飛ばす。

だが、その時。

僕が懐に潜り込んでいた。

立て続けに槍を繰り出すが、残像を抉るだけ。

余裕の様子でアマツミカボシはその全てを回避するが、その側頭部に一撃が入る。霊夢が空間を渡って距離をゼロにすると、回し蹴りを叩き込んだのだ。

余裕をぶっこいていたアマツミカボシが、もろに吹っ飛んで。光の槍が制御を失う。立て続けに爆発する中。アマツミカボシが飛び起きる。

既に頭上にワルター。

ワルターはサティーに命じてアマツミカボシの周囲を炎で包むと。真上から大剣で一撃を叩き込む。

それを素手で受け止めると、放り投げるアマツミカボシ。

だが、横殴りに叩き付けられたのは、アナーヒターの清浄な水と。更にはティターニアの雷撃。それが炸裂して、むっとアマツミカボシが呻く。このあわせ技には、流石に無傷ではいられまいか。

躍りかかるムスペル。

だが、アマツミカボシは、光の槍でムスペルを吹き飛ばす。

あの巨体を、しかも神々も怖れる終焉の使者を。

流石にこの国最強の邪神。

僕は水平に飛ぶように走りながら、光の槍をかわしつつ、アマツミカボシに迫る。奴は速い。

だが、動きを見れば。

絶対に追いつける。

アマツミカボシが、水平射撃に切り替えようとした瞬間、霊夢が頭上に。針を雨のように降らせる。

むっと呻くアマツミカボシが針を防ぐところに、大槌をもったクベーラが突撃して、横殴りの一撃を。アマツミカボシが残像を作って移動。

だが、其処に、ナタタイシが回し蹴りを完璧なタイミングで叩き込んでいた。

地面に突っ込んだアマツミカボシに、イザボーがコンセントレイトつきで大魔術を叩き込み。

他の皆も魔術を一斉に叩き込む。

その間に、僕は支援魔術を限界までかけ、更にチャージも入れる。

かあっと吠えると、アマツミカボシが飛び出してくる。

これは本気になったな。

接近戦を挑むサルタヒコの分霊体とクベーラ。更にはワルターの呼び出した荒々しい悪魔達。

それを片手間に捌きながら、何やら詠唱している。

あれはぶっ放させるとまずいな。

僕は態勢を低くすると、好機を待つ。

好機は意外に、早く来ていた。

ヨナタンの天使達が、空中で方陣を組み直す。大火力の斉射を浴びて半減しているが、それでも。

全部の天使達がそれぞれを増幅し合って、一斉に光の大魔術を放つ。

これで一手。

アマツミカボシは回避しようと考えたようだが、霊夢が何か神降ろしをしたのを見て、一度それを止める。

そのほんの一瞬の隙に、戻って来たワルターが、大剣を叩き込む。

ガードはしたアマツミカボシ。だが威力を殺しきれない。さっきの牽制と違う本気での一撃。ドゴンともの凄い音がして、アマツミカボシが地面を砕いてめり込んでいた。ぐうっと、アマツミカボシが呻く。

同時に霊夢が、地面に着地。

そして、舞いを踊る。それで、アマツミカボシが明らかに動きを止めていた。

「こ、これは! 建葉槌命か!」

「そうよ。 貴方を黙らせた建葉槌命の舞い! 武力ではあのタケミカヅチもフツヌシも貴方を止められなかったけれど、貴方は調略に屈した!」

「お、おのれえええっ!」

鬼相を浮かべるアマツミカボシ。

だが、あの蓄えられた力を放たれたら、多分この辺り一帯が消し飛ぶ。

それにこうしている瞬間も、光の槍が辺りを乱打している。多くの仲魔は、身を張ってそれから皆を守ってくれている。

ワルターの攻撃で二手。

霊夢の攻撃で三手。

よし、今だ。

僕は、全力で突貫する。アマツミカボシが、僕を見て何か術を放とうとするが、その時。

ヨナタンの直衛になったソロネが、凄まじい勢いで、アマツミカボシに体当たり。炎の車輪の体当たりを受けて、流石にアマツミカボシも凄まじい絶叫を挙げていた。

其処に、僕は間合いに入る。

アマツミカボシに対して、叩き、払い、貫く。そう、リリスを倒した奥義を打ち込む。

この奥義、名前をまだつけていなかった。

だが、最後の貫くを、なんと防いで。それでも防ぎきれず、体に大穴を開けて吹っ飛んだアマツミカボシが、頭から地面に落ちるのを見て。ちょっと思いついていた。

アマツミカボシに、今度は天照大神を降ろした霊夢が。掌を向けている。アマツミカボシは、堪忍したらしく。

周囲から殺気が消えていた。

「ちっ。 私の負けだ。 好きにするがいい」

「ならば以降はしたがって貰うわ。 敗者になった以上、有無は言わせないわよ」

「……神社を用意してくれ」

「今は神田明神しかないわ。 数多の神々と合祀することになるけれど、戦いに勝つまではそれで我慢しなさい」

ヨナタンが、マーメイドの増援は不要とフジワラに連絡を入れている。嘆息すると、半身を起こして、アマツミカボシは僕を見た。体の傷が、もうふさがり始めている。

この辺り、流石はこの国最強の邪神だ。

それなりに消耗したようだが、マグネタイトと化して消えると言う事も無さそうである。

「そなた、凄まじい力だな。 何者だ」

「サムライのフリンだよ」

「そうか。 古くからこの国は貴族の手を離れ武士の手によって統治されてきた。 そういう意味では、この国の平穏を取り戻そうとするのがサムライであるのは自然な流れであるのかも知れぬな」

「勘違いしているようだけれど、僕が一人で勝ったわけじゃない」

アマツミカボシは強かったけれど、手数は多かったけれども。基点が一つであれば、どうしてもその戦力には限界がある。

既に今いる僕の仲間達は、それぞれが何処に出しても恥ずかしくない悪魔達を仲魔に従えているし。

自主的に協力してくれている悪魔も多い。

それに、僕だけだったら此処までの武の境地には至れなかっただろう。

僕の前世が本多平八郎忠勝という人らしいことはなんとなく分かった。だけれども、前世が何者だろうが、師匠達に恵まれて。豊富な実戦を経験して。

何よりも、苦手な分野を手伝ってくれるスペシャリスト達がいなければ、此処までの力は得られなかったのだ。

個の強さなんて知れている。

僕自身が、それは断言できる。

「ほら、この札に入りなさい。 連れていくわ」

「消耗がひどいし、言う事を聞くしか無さそうだ。 やれやれ、二十年以上掛けて怨念を吸収して力を蓄えたのに破れたか。 まあやむを得ない」

すっとアマツミカボシが霊夢の札に消えた。

霊夢が疲れたというが。

以前みたいに、神降ろしの度に倒れかけていた様子はない。やはり力が跳ね上がっているのだ。

「これで懸念事項は片付いたね」

「ええ。 素戔嗚尊を蘇らせておきたいけれど、それは後で片手間にやっておくわ。 神田明神の神々と連携しないと、大天使の軍勢を迎え撃つのは不可能でしょうしね」

「時にフリン。 あの凄い槍の技、名前かなんかあるのか」

帰路を歩きながら話す。

ちょうどワルターが聞いてくれたので、僕は話しておく。

「今までは名前つけていなかったけれど、決めた。 あの技は、星落とし」

「星落としか。 あの破壊力を考えると、妥当かもな。 リリスに続いて、アマツミカボシまで倒したのはすげえぜ」

「ありがとう。 でも、今まで僕に武芸を仕込んでくれた引退サムライの師匠達の教えが、結実しただけだよ」

僕の力だけじゃない。

それは、何度でも。僕が自身に、言い聞かせていかなければならない事だった。

シェルターに戻る。かなり賑やかになって来ている。

このシェルターだけで、既に一万人がいるらしい。更に拡張していて、地下などで使っていなかった区画などにも人々を受け入れているそうだ。

幻魔ゴエモンが見回って、問題が起きないようにしている。

戻って来た所で、ナナシとアサヒとあった。

別に平行世界でナナシと殺し合ったことについては何とも思っていない。そういう星の巡り合わせの世界もある。

ただそれだけである。

ナナシがアサヒをその世界では殺した事だって同じだ。

ナナシは力に対する渇望が強い子だったようだが。今ではすっかりその力を、周りの事にも使えるようになっている。

「うわ、またみんなボロボロだな……」

「アマツミカボシって神をやっつけてきたからね。 霊夢はこれから神田明神にいって、祀って来るみたい」

「あ、それなら私が行きます。 回復魔術掛けてこないと」

「おう、頑張ってこいや」

ナナシがアサヒにそんな事を言う。

アサヒも手を振ると、元気に駆けだしていく。

それを見送ると、ナナシが表情を改めていた。

「話には聞いているんだけれど、もう決戦が近いって」

「うん。 総力戦になると思う。 その時にはナナシにも活躍して貰うよ」

「任せろ。 関聖帝君先生に色々教わって、今まで我流で如何に無駄をしていたかよく分かった。 その上で、秀さんに稽古をつけて貰った。 あの人無茶苦茶強いな。 それでだめな所とか、毎日洗い出しが出来る。 それを見直して、更に強くなる。 だけど、強さが欲しいなと思っていた時みたいな乾きがないんだ。 今はただ、この力を建設的に使いたいなって思ってる」

ナナシはそんなに変われたんだな。表情も柔らかくなっていて、年相応になったようにすら思う。

奧から現れたトキが、一礼だけする。

ワルターが、その様子を心配していた。

「もう歩いて良いのか」

「問題ない。 柔な鍛え方はしていない」

「そうか。 次の戦いではお前も出るのか」

「……ガイア教団がなくなって、それで考える事も多かった。 だけれども、私は結局戦う以外に能がない。 出来れば生きた証でも残したいが、それも全てを片付けてからになるだろう。 考えるのはそれからでいい」

トキはカガが指揮する元ガイア教団の人員を集めた戦闘部隊に参加するそうだ。

トキは咳払いすると、僕には態度を改める。

「貴方に対して恨みは持っていません。 貴方は必要に応じて武を振るっただけ。 私もずっとガイア教団にいて、言われたまま殺すのが当たり前でした。 今では、新しい当たり前を探そうとしています。 戦いに勝つには貴方の力が必須だ。 是非、私に新しい当たり前が作れる未来をください」

「……分かった。 最大限努力するよ」

礼をして、トキは行く。

ナナシがぼやく。

「アサヒがさ、あのトキって子と話してると機嫌が悪くなるんだよな」

「それくらいは容認してあげなさい」

「え? そ、そうか。 まあよく分からないけれど、機嫌が悪くなられる理由がわからないのは気持ちが悪いけどな」

ナナシが行く。

後は、僕らも解散して、休息をしておく。

まだ各地に残った大物の駆除とか、それに避難民の護衛とか。

いつ仕事を頼まれても、おかしくはないのだから。

 

3、大天使達の転機

 

ついにその時が来る。

シェルターの地下に捕らえていた大天使達を、神田明神に連れていく。完全に今の時点では無力だが。

それもまだどうなるか分からない。

殺した程度では、無駄。

名前を奪って封印しなければならなかった。

それほどの相手だ。

今から順番に作業をして、彼等を四文字の神の配下から解放しなければならなかった。

神田明神には、雄々しい男性神格が加わっていた。何となく分かるが、あれが素戔嗚尊だろう。

この国最強の武神。

天照大神などを復活させたあの地点で、復活させてきたらしい。

月夜見という神については、今の時点では必要ないだろうと言う事で、わざわざ蘇らせはしなかったそうだ。

まあ霊夢の故郷にいるらしいので、此処に集めなくても良いだろうし。

大天使達の攻勢でもしもの事が起きた場合に備えて、一神格だけでも別に残しておくのは重要だ。

神々が見守る中、僕達は立ち会う。

その過程で、素戔嗚尊が僕に声を掛けて来た。

「フリンと言ったな。 実は貴殿等に頼みがある」

「はい。 なんなりと」

「霊夢という巫女が今、大天使をもとのあり方に戻すための、干渉力を遮るための結界を展開する準備に入っている。 そのまま神降ろしをして、霊夢が悪魔合体までやる予定だったのだが……今の貴殿等の実力なら、大天使のもとの神格を、悪魔合体で造り出せるかも知れない」

なるほど、霊夢の負担を減らす訳か。

腕組みしてじっと不敵な視線を送ってきているアマツミカボシ。既に傷は回復しているようだ。

それに対して、素戔嗚尊。雄々しい姿をした男性神格は。一瞥だけしていた。

「此処が日の本だということもある。 あのアマツミカボシを下して更に経験を積んだ貴殿等だったら、恐らくいけるはずだ。 ただそれでも負担が大きいはず。 イザボー。 そなたは回復に専念してくれ」

「む、そういえばひょっとして俺たちも?」

「ああ。 ワルター。 ヨナタン。 いずれも悪魔合体で、大天使達を元の姿にしてほしい。 一番強大な力を持つ炎のはフリンが担当してくれ」

「分かりました。 僕も既に四文字の神への愛想は尽きています。 天の座にしがみつく老いた神には、相応の報いが必要でしょう」

ワルターは最初からノリノリだが。

ヨナタンもどうやら異存は無さそうだ。

頷くと、素戔嗚尊は距離を取る。恐らくこれから展開される結界が。それだけ強力で危険なのだろう。

僕達の他には、フジワラが立ち会っている。

ツギハギは市ヶ谷の駐屯地で。

まだ最後の確認をするために、殿と秀とマーメイドは、各地の街を回っている状態だ。逃げ遅れたり、何処かに隠れ住んでいる人がいるかも知れない。それらを人外ハンターとともに探している。

それでも大規模な生き残りの集団はいないと判断したから、この最終作戦に出ているというわけだ。

霊夢が結界展開のための儀式をしている中、素戔嗚尊が耳打ちする。霊夢はそのまま作業を続行。

どうやら霊夢も、今の僕達をみとめてくれているらしい。

誇らしい話だ。

あれほどの達人に認められるというのは、喜んで良い事なのだろう。だが、天狗になるようでは駄目だ。

そんな器では。

伸びも止まる。

うおんと音がして、辺りが光に包まれる。神々の喚声。そして、僕達四人と、結界の維持者の霊夢。

所在なく其処にへたり込んでいる三体のもと大天使が、その場に切り取られたように残っていた。

結界の外の様子もある程度分かる。特に神々が即座に臨戦態勢に入ったのが分かった。それはそうだ。

此処からはいつ東のミカド国の大天使達が仕掛けて来てもおかしくない。

出来るだけ迅速に終わらせる。

失敗したら、此処で四大天使のうち三体を、即座に相手にしなければならなくなる可能性も高い。

そう、何もかも失敗が許されないのである。

まずは、ヨナタンから。

ヨナタンは、癒やす者と言われ、元はバアルの一柱であるラファエルを元に戻す。中東に割拠した様々な神々の一つ。多神教が当たり前だった其処に、神は唯一絶対という思考を、どうして持ち込んだのだろう。

乱世をまとめるのが目的だったのだろうか。

だがそれにしても、やはり其処には自己の絶対肯定と他者の絶対否定という思考がちらついて見える。

最初はそうではなかったのだとしても。

後でそうなることは、読めなかったのだろうか。

殿が言っていた。

流石に百年後のことまでは分からない。自分が死んだあと、簡単には揺らがないようにこの国を整えたと。

或いはだが。

四文字の神と歩んだ存在も。そう考えていたのかも知れない。だとすると、やはり老いた哀れな神による行動が、この世界を焼き払ったのだとしか言えないだろう。

もはや、同情には値しないか。

凄まじい光が、ヨナタンに収束していく。霊夢は結界の維持でも消耗している。考えて見れば当たり前だ。

其処に神降ろしをしてのこの作業も併用しようとしていたのだと思うと。

大酒飲みで乱暴な言動をしていても。

霊夢は大局のために動いている事が分かる。

でも、それも。

きっと幻想郷という場所が半壊するほどの被害を受けて。多くの仲間が死んで。それでたどり着けた結論なのだろう。

ヨナタンが、最後の作業を終えると。

名前を奪われたラファエルが、みしみしと音を立てながら変化していく。最初悲鳴が混じる。だが、それはやがて聞こえなくなり。痩せこけた体は光に包まれていく。一柱ずつ順番にやる。同時に悪魔合体すると何が起きるか分からないからだ。

だから今は、見ている事しか出来ない。

ほどなくして。

其処には背中に翼を持つ、天使に近いけれど、どこか違う存在がいた。多数の目が存在していて、顔は無機質ですらある。

「まさかこの姿を取り戻す事になるとはな。 四文字の神に従わされてから、自分が何をしていたのかを覚えておらぬ」

「貴方は」

「我が名はラビエル。 バアルの一柱にして、医療の神である。 そうか、我はラビエルに戻ったのか。 何もかも懐かしい。 四文字の神に倒されてから、千々に砕かれ再利用されたのだな」

ラビエルはヨナタンに頷くと、ガントレットに消える。

まずはこれで一柱。次だ。

ワルターが動く。

イザボーは連続して回復の魔術を霊夢に掛けているが、あまり長くはもたないだろう。回復よりも消耗が明らかに早い。

ワルターが事前に言われていたとおりに作業を進めると、ウリエルが苦しみ始める。バキバキと音を立ててその姿が揺らぐ。

悲鳴を上げつつも、背中に翼が生えるが。

その翼がしおれ、やがては胸が膨らみ。衣服も替わっていく。

ウリエルは、もともとサリエルと同一の存在だった。そう霊夢が言っていた。

サリエルは本来一神教における月の支配者であり、狂気と魔術の支配者でもあった。

だが、一神教では徐々に魔術を完全否定する方向に信仰が変遷していった。このため、サリエルはいつしかウリエルに良い要素を全て奪われ、やがてウリエルごと堕天使とされた。

ウリエルが堕天使から熾天使に戻ったのは、サリエルのよい部分を全て集めて作られた天使だったからに他ならない。

それも堕天使にされたのは、天使信仰が一神教内で活発化し。挙げ句に一神教内での派閥争いで弾圧されたからだ。

神学は言った者勝ちなのである。

そしてウリエルは、更に祖がある。

そも月というのは魔術と深く結びついている存在。つまりウリエルの祖は。

悲鳴を上げていたウリエルが、やがて立ち上がる。

背中から、翼は消え去っていた。

美しいというよりも、浅黒い肌をもった威圧的な女性だ。元は女性神格だったものを変更したのか。

「終わったな。 あんたは?」

「私は既に名を奪われたバアルの一柱。 後にギリシャにてヘカーテと呼ばれる存在となったり、他にも月と魔術に関する悪魔の祖となりしもの」

「そっかい。 じゃあ月の女神様でいいな」

「好きにするがいい。 天使などと言う忌まわしい存在から解放されて、すがすがしい気分だ」

それだけ言い残すと、ウリエルだった女神はワルターのガントレットに消えた。ワルターが酷く汗を掻いている。僅かに具現化させるだけでそれだけ消耗するほどの高位神格と言う事だ。

イザボーが急げと、視線で促してくる。

イザボーも凄まじい力を今では有しているが、それでも霊夢が限界近いことは分かるのだろう。

それにこの結界は、四文字の神の影響力を完全遮断するもの。

長時間の展開は、天照大神を初めとする日本神話系の神々の負担にもなる。力が戻っていない天照大神に大きな負担を掛ける訳にはいかない。

最後は僕だ。

作業開始。

ミカエルが、悲鳴を上げる。その体が膨れあがり、様々に変化していく。戻って行っているのだ。

最初その姿は、神々しい光を放ちながら、逞しい体を持つ存在へと変わっていった。だが、それすらも中途に過ぎず、更に古い形へと変わっていく。

熱が風に切り替わった。

荒々しい雄叫びを上げるそれ。

全身の力が根こそぎに吸い取られるかのようだ。

ティアマトを転化したときも酷い疲弊だったが、それ以上かも知れない。汗が流れる。一瞬でも気を許したら、意識を全て持って行かれる。だから、歯を食いしばって耐える。光が何度もほとばしり。

やがて、そこにいたのは。

逞しい体の男性神格。翼などなく、見るからに荒々しい姿だった。

「ほう。 俺を呼び出すとはなかなかにやるな。 天の座を追われてからというもの、ずっとアティルト界で暇をしていたのだがな」

「貴方の名は?」

「俺は……おやおや貴様、ティアマトを従えているのか! ガハハハハハ、大いに気に入ったぞ! 俺も大苦戦したあの祖神の中の祖神を従えるとは、見所がある人間だ! 良かろう、名乗ってやる。 我が名はバビロニアの主神マルドゥーク! 始祖の巨人を倒し、座に最初についた存在である!」

声を聞くだけで意識が飛びそうだ。

ミカエルの直系先祖がマルドゥークというわけではないだろう。

これはあくまで、悪魔合体というシステムを用いた秘奥義。

神の系譜を辿って、ミカエルの先祖にマルドゥークが存在する。だからその系統にある神々を辿り、合体させることで、最終的にマルドゥークへと収束させたという訳だ。

霊夢が喝と叫ぶと、結界が徐々に消えていく。

全員汗だくだ。

倒れそうになった霊夢を即座に側にいたアメノウズメが支える。僕も膝から崩れ落ちて。すぐに差し出されたスポーツドリンクを貰っていた。美味しいとか思う余裕が無い。ごくごくと飲み干す。

大悪魔と交戦した直後のような疲弊だ。

イザボーもガス欠のようで、へたり込んでいた。

フジワラ始め、周りの人達が話している。

「よし、これで大天使どもの戦力を大幅に削り取った! 天界の最大戦力のうち、三柱を神の影響下から解放したぞ!」

「次だ! 四天王寺を正常化する!」

「此処からは時間勝負だ! 急ぐぞ!」

僕達は集まって少し休む。四天王寺の方には参加できない。

四天王寺の方は、それほど危険な場所ではないらしい。今はとにかく、少しでも体力を取り戻さなければならない。

とっておきだった豚肉の燻製を懐から取り出して囓る。兎に角何を食べても美味しいが、今は貪欲に腹に入れたい。

人間を襲う悪魔ってこんな気持ちなんだろうか。

だが、それでも僕は理性を捨てる気はない。

霊夢は神社の境内を出ると、酒を飲み始める。ああなると危険なので近寄らないようにと周知されている。

酒癖が最悪というよりも。

酒を飲んでいる霊夢に下手に近付くと、攻撃が飛んでくるらしい。霊夢の場合素の力が力なので、下手すると死人が出かねないのだ。

フジワラが何人か連れて四天王寺の方に行った。

神田明神では、人外ハンター達が回復の魔術を使って神々の疲弊をいやしている。使っている悪魔の力が明確に以前より上がっている。

これも人外ハンターが勝ち戦を重ねて、質が上がったのが原因なのかも知れない。

此方に来たのは志村さんだ。

「フリンさん達、良くやってくれた。 大戦ではあの大天使達は絶望の権化だった。 それを別の神格にして、しかも従えてしまうとは。 恐れ入ったよ」

「霊夢の張った結界がなければ無理でした。 それよりも、志村さん、人外ハンター達の質が上がっていますね」

「分かったかい。 ずっと私やニッカリが訓練をしてきたんだ。 悪魔との戦いで優勢になって来たから、良質な訓練も積めるようになって来た。 新米のハンターも高確率で生き残って、今では前線に立てる実力になっている。 全て、英雄達と君達のおかげだ。 昔は……新人は、五人に一人も初陣を生き延びられないなんて言われていたのに」

「良かったじゃないか志村さん。 泣かなくてもいいんだぜ。 あんたが頑張ったおかげなんだからよ」

ワルターがそういうので、少し嬉しい。

もう此処にいるワルターは、悪い意味で野獣じみていた昔のワルターじゃない。

良い意味での侠気と強さを身に付けた、豪傑だ。

 

ニッカリがフジワラとともに指定の地点まで行くと、先に銀髪の娘が来ていた。この娘の強さは既に人外ハンターでも周知になっていて、人外ハンター達が敬礼する。殿の正体は限られた人間しか知らされていないが、ニッカリも知っている一人だ。

ナナシとアサヒも此処につれて来ている。

そして、フジワラが銀髪の娘に頷くと、指定された通りに弥勒菩薩を呼び出していた。

痩せた威厳在る姿になった弥勒菩薩が、すぐに姿を見せる。そして、頷くと、両手を拡げて、ゆっくりと結界を正常化させる。

準備は整った。

大天使達が四文字の神の支配から逃れた。

それもあって、四天王寺を正常化し、竜脈の力を活性化させるときが来たのだ。

ごごごと音がして。揺れる。

地震も随分ニッカリは経験していない。そんなもの、気にしている余裕も無かったからである。

地震を感じたら、悪魔の足音と思わなければならなかった。

だから地震だったのかさえ、分からなかった。

「これで、収まったのか……?」

「いえ、四天王寺にまだ少し異常があります。 これは毘沙門天ですね。 何かあったのかも知れません」

「とりあえず確認だ。 急ごう。 腕利きだけを選抜する」

フジワラがニッカリ、ナナシ、アサヒ。それと数名を選抜する。数名とも、悪魔と実戦を重ね、それなりの仲魔を従えている人外ハンターだ。昔だったら街でエースをやれたレベルである。

今では全体のレベルが上がっているので、ちょっと腕がいいくらいの人外ハンターに過ぎない。

それと殿も来る。

装甲バスを用いて移動。弥勒菩薩は、地面を滑るようにして移動してくる。やがて、毘沙門天がいる瀧黒寺に到着。渋谷の近くにある。念の為、渋谷の人外ハンターに、連れてきた人外ハンター達から警告を頼んでおく。

結界は消えているようだ。悪魔を出して見るが、特に問題はない。大量のマグネタイトを得続けた事もある。ニッカリもこの年になってから随分と実力が上がっていて、従えている悪魔も強くなっているのだが。

今までの戦いで、最前線にいられるかというと厳しい。

実はもうナナシの方が上だと、ニッカリは思っていた。

ようやく引退できるかも知れない。

出来ればナナシとアサヒの子供も見たいけれど。それは東京が大天使どもを退けて、全てが復興に向かってからがいいだろう。

そうでないと、ろくでもない事しか想像できない。

「ふむ、どうやら大天使どもが仕掛けを残していったようですね。 この結界だけ解除と同時に異常をきたすようになっています」

「つまり毘沙門天を倒せば良いのか」

「残念ながら。 私は竜脈と関連している結界を修復する作業があります。 毘沙門天が来ますよ。 其方は貴方方で対処を」

ニッカリはナナシとアサヒと頷く。

そして、悪魔を呼び出していた。

唸りながら、寺の中から出てくる毘沙門天。明らかに異常をきたしているが、それは仕方がない。

銀髪の子が前に出る。フジワラが、声を張り上げた。

「出来るだけ速攻で決めるぞ! あの子が壁を作っている間に、弱点を見極めて一気に倒すんだ!」

「イエッサ!」

飛び離れる。

毘沙門天は中華風の鎧を着た武人として描かれる。本来は財宝の守り神クベーラが仏教に取り込まれた存在で、武神ではなかったが。中央アジアや東南アジアを通るうちに武神としての属性がつき、中華に入った頃にはすっかり武神となっていた。中華でもっとも人気のある神であるナタタイシの父親であるという設定からも、その影響力の大きさがよく分かる。

毘沙門天が、躍り上がって、手にしている曲刀を銀髪の子に叩き付ける。凄まじい光が迸る。

一瞬で数合を撃ちあっている。いや、見える範囲だけでだ。あれはもっと速い攻防をしている。

衝撃波が迸り、地面がえぐれる。ひっと人外ハンターが悲鳴を上げる中、ナナシが悪魔を呼び出す。

「いけ! ケルベロス!」

躍り出たのは、白銀の獅子のような姿をした魔獣。あまりにも有名な、ギリシャ神話の冥府の門番。

それは火焔のブレスを毘沙門天に叩き込むが、まるで効いていない。だが、それがむしろヒントになる。

「火焔は駄目だ! 次!」

「サラスヴァティ! 支援と攻撃を!」

「あら、クベーラの同系統の神のようね。 これでどうかしら!」

日本では弁財天として知られる、インド神話のブラフマーの妻。サラスヴァティが、水の魔術を叩き込む。それで露骨に怯む毘沙門天。

更に銀髪の子が押し込む。だが、毘沙門天は流石に四天王筆頭。

僅かに距離を取ると、凄まじい火焔魔術をぶち込んでくる。サラスヴァティが防ごうとするが、防ぎきれない。

フジワラが前に出る。

「頼むよ!」

姿を見せたのは、なんだろう。とても美しい、水に揺らめくような神様だ。あれはなんの神様だろうか。

いずれにしても、その神様が張った水のベールが、毘沙門天の大火力火焔魔術を防ぎ抜く。

だが、あの様子だと何発でも放ってくるだろう。

「水を中心に攻めるんだ! 俺は前衛に……」

「近付きすぎるなよ。 あれに巻き込まれたら一瞬で木っ端みじんだぞ」

「大丈夫だよニッカリさん! もう目が慣れてきた!」

そうか。

ニッカリはどれだけの攻防が精確に行われているか分からないのに。ナナシは既に、見えていると言うわけだ。

ふっと笑うと、ニッカリはとっておきを出す。

悪魔合体を駆使して作り出した存在。出現したのは、タムリン。ケルトの伝承に出現する妖精の騎士だ。

このタムリンは、合体の過程で支援魔術をあらかた使えるように仕込んでいる。

ひたすらに、支援魔術をナナシに展開させ。

ニッカリ自身は走りながら、狙撃用ライフルを準備。アサヒとフジワラに守りをしてもらい。

自身は、狙撃地点を探し。其処に滑り込む。

ライフルを構える。

ナナシと銀髪の子だと、支援魔術込みでもまだまだ銀髪の子の方が全然上だ。だが、それでもあの毘沙門天とナナシはもうまともにやりあっている。激しいブレイクダンスを思わせる動きで剣を振るい、デザートイーグルで銃弾を叩き込む。劣勢になって来た毘沙門天は、連続して炎魔術を唱え、全体に火力投射をしてくる。このままだと、結界が壊れかねない。

狙撃銃、セット。

弾丸は霊夢に手を加えて貰った、悪魔の結界を貫く仕様のものだ。悪魔には銃弾を反射する奴も珍しく無いが、それすらこの弾丸は貫通する。

さて、老兵の意地、見せてやる。

毘沙門天が火焔の魔術を放った瞬間、銀髪の子が見えない質量体を叩き込む。毘沙門天は左手で受けるが、その時軸足になっている右足にナナシがデザートイーグルの弾丸を叩き込む。

この瞬間だ。

引き金を引く。

吸い寄せられるように。放たれた対物ライフルの弾が、毘沙門天のこめかみを撃ち抜いていた。

ぐらっと揺れる毘沙門天。

ナナシが、その巨大な足を、全身を旋回させるようにして蹴り抜き。

銀髪の子が、やはり質量体を叩き込んで、首をへし折っていた。

倒れ、マグネタイトに変わっていく毘沙門天。喚声が上がる。

ふうと息を吐くと、ニッカリは皆に合流。

術式の操作作業を続けながら弥勒菩薩が言う。

「毘沙門天の蘇生を急いでください。 結界については我が復旧します」

「すまほ、貸して」

銀髪の子が言う。それを聞いて、皆驚いていた。人外ハンターの一人が、スマホを差し出す。

黙々と操作する様子は手慣れている。

そして、程なくして、毘沙門天がまた、その場に降臨していた。

「四天王が頭、毘沙門天、此処に。 どうやら私は天使共の卑劣な罠にて理性を失っていたようだ。 倒してくれて助かった。 礼を言わせてくれ。 そしてすぐにこの寺の結界の守護に戻るとする」

「あんた、喋れたんだな」

「……」

ふっと寂しそうに銀髪の子は笑う。まあ、それくらいの言葉なら別に問題はないだろう。

程なくして、結界が復旧。

同時に、東京に明らかに今までとは違う力が満ち始めた。それは大地を隅々まで這うようにして覆っていく。

おおと、声が上がる。

渋谷から増援を連れて来た人外ハンター達が、辺りを見回している。

雑多な雑魚悪魔が、悲鳴を上げて消えていくのが分かる。

消えていくのは邪悪な奴らばかりがだ。

屍鬼ゾンビが、溶け消えていく。消えていく体からは光に包まれた人が昇天していき。取り憑いていた悪魔は悲鳴を上げながら崩れて行く。

東京の竜脈が戻り。

天照大神が、天の岩戸から出たのと同じように。清浄な力が戻り始めたのだ。

おかしな話である。

大天使の介入によって、東京は地獄になった。人々をあまねく慈愛で包む存在のはずなのに。

独善的な愛の結果とも言えるが。

それがついに撃ち払われたのだ。

「それにしてもフジワラさん、あの悪魔って……」

「ああ、地母神ハッグだよ。 欧州における魔女信仰の元になった神さ。 醜い老婆として描かれがちだが、それは一神教でのイメージだね。 僕が最初に連れていた妖精ナジャが転化した姿で、いざという時にだけ使う切り札だよ」

ナナシの問いにフジワラが応えている。

ニッカリはそうだったのかと思い。幼い姿だったというナジャが、あれほどの美しい姿に転化したのだなと感心したし。

こういった本来は荒々しさもあっただろうが美しかっただろう神々を、如何に一神教が貶めたのかで戦慄もする。

だが、それは世界中どこでも起きて来た事だ。

メジャーになった信仰は、マイナーな信仰の神々を貶め、悪魔だったり地位が低い神へとしていく。

こんな負の連鎖は、今回の大破壊を機に、終わらせなければならないのだとニッカリはまた強く意識していた。

まだ、東京は薄暗いが。

明らかに今までと気配が変わっている。

今までは深夜の山奥よりも危険な気配だった。だが今は、精々街中の夜くらいにまで変わっている。

雑多な人間を襲うような悪魔が神威によって抑え込まれたのだ。

天の岩戸が開かれたようだと思ったが、それはまさに的を射ていたと見て良い。

だが、それを大天使どもは黙って見ていないだろう。

すぐにシェルターに戻る。それからは作戦会議を経て、解散してそれぞれで動く。

二つの拠点。

シェルターと市ヶ谷に戦力を集約し、更にはターミナルに皆で登録して貰って、即座に援軍をそれぞれに送れるようにする。自力で退避できる人間は、ターミナルから退避もしてもらう。

守るべき人員もその二箇所に集約する。

そうすると、人間の時代を思い出した中年以上の世代の方がむしろきびきびと規律を保って動いた。

分かっているのだろう。

もうどこにも他に逃げる場所なんてないと。

シェルターの地下の工場では、弾丸を最高効率で精製している。また、シェルターではついに、ドクターヘルがレールガンのCIWSを完成させていた。破壊力はお墨付きである。

市ヶ谷にもドクターヘルは足を運び、直せそうな戦車と歩兵戦闘車を急いで直しに懸かっている。

指示を受けたドワーフと一本ダタラは弾丸の作成を急いでおり。

力が強いサイクロプスが、ひっくり返っている戦車を元に戻したりしていた。

またグレムリンが新たに多数ドクターヘルに貸し与えられており。

ドクターヘルの指示を受けて。戦車の内装などを修理しているようだった。

市ヶ谷突入作戦の時は、戦車が一両、歩兵戦闘車が一両だけだったが。

見る間にそれが十倍以上になっていく。

時間さえあれば、もっと増やせるだろう。

惜しいのは、戦車を使った経験のある戦士が殆どいないこと。ニッカリだって、そんなに詳しいわけじゃない。

二次大戦で活躍したM4シャーマンは、誰でも扱えるほど簡単な操作で兎に角強力だったのだが。

近代のMBTはそうもいかないのだ。

マニュアルをドクターヘルが発掘してくれたので、ニッカリ達に講習が行われる。限られた時間しかないが、それでもやるしかない。

市ヶ谷の突入作戦などではドクターヘルやその助手が操縦していたのだが。

今回はどちらかというと肉弾戦戦闘力に自信がない人外ハンターや、ニッカリなどの年寄りが使えるようにする。

対悪魔電子戦防御については、もうドクターヘルが仕込んでくれている。

大戦の時のように、悪魔にアクティブリンクが乗っ取られて同士討ちなんて事にはならないだろう。

勿論大物の大天使が相手になれば簡単には斃せないだろうが。

それでも、普通の天使くらいだったら、充分に戦える。

戦車部隊を揃えて、市ヶ谷の外で演習をする。燃料も既に量産が始まっていて、一度の会戦くらいなら充分に耐えられる筈だ。

大天使達は確定で市ヶ谷の縮退炉を狙って来る。

情報はどうしても漏れる。

というか、知っていてもおかしくない。

大天使達は、東京の人間が勝手に絶滅するのを待っていたのかも知れない。

四大天使の内三柱を失っても、実際には痛痒など感じていなかったのかも知れなかった。

「ニッカリさん」

「うん?」

準備をしていると、ナナシが声を掛けて来た。

錦糸町にいた頃は兎に角乾いた子だった。力に飢えていたし、野獣みたいな目をぎらつかせていた。

今は人間らしくなってとても安心している。

それに、人間らしさを保った上で、ちゃんと成長している。それもまた、親代わりとして嬉しかった。

「基礎を叩き込んでくれてありがとう。 今俺は、あんたが基礎を叩き込んでくれたから生きているし、此処にいる。 みんなを守るなんて大げさな事は言えないけれど、少なくとも目につく範囲の奴はどうにか守ってみせるよ」

「そうか。 頼りにしているぞ」

「もう引退するつもりなんだな」

「この次の戦いに勝てたらな。 それは最後の戦いになる筈だ。 大天使達の軍勢に負けたら、東京の人間は皆殺しにされ、それどころか縮退炉を用いて人間どころか東京全てが消し去られるだろう。 だが、大天使達を倒したら、東のミカド国とどうにか交流を開始して、太陽が出ている世界に出る。 その後は、もう私のやることではないよ」

生き残れと、ニッカリはナナシに言った。

ナナシは頷くと、アサヒの方に走っていった。

元ガイア教団の部隊も来ている。カガがまとめる事になったが、その中には暗殺者だったらしいトキという娘も混じっていた。

ニッカリは最悪、この戦いで死んでも良い。

元々敗残兵だったのだ。

自衛隊員だったのに、誰も守れなかった。生き残る事しか出来なかった。志村や小沢もそれは同じ。

志村はシェルターに。小沢は遊撃に。

それぞれ最後の役割で、若い人外ハンター達を守って戦う事になる。

さて、気合いを入れるか。

東京に押し寄せる大天使の軍勢を退けてから、東のミカド国の大天使達を倒し。その後に四文字の神を討ち取る。

ニッカリの仕事は、東京に押し寄せる大天使の軍勢を迎え撃つまで。

それ以降は、あの若きサムライ達と。

此処にいる若者達の仕事だった。

 

4、異変

 

東のミカド国の民は見た。

空に多数の天使が現れ始めたのだ。

おお天使様。

そうひれ伏しているのは司祭達。いや、司祭達の中からも、人間のふりを止めるものが出始めていた。

王城の空を舞う多数の天使達。

だがそれは美しい女性などではない。

いずれもが厳しく武装していて、無機的だった。

それを見て、何だか怖いと思ったのはカジュアリティーズの民達。バイブルなんて眠いだけの話。

司祭に聞かされていて、そう思っている者も多かった。

悪魔が出る事は今や周知の事実。

キチジョージ村が焼き滅ぼされたことは既に東のミカド国の民全てが知っているし。時々悪魔化する人間がいる事も。

配られた本はまだまだ彼方此方にあって。

もしも持っている事を知られると、殺されてしまう。

悪魔は恐ろしいが。

天使は何をやっているんだ。

そういう声を上げる者も多かったのだ。勿論司祭に聞かれたら死を意味するから、あくまでひそひそ話であったのだが。

だからこそに。まるで人々を守る気が無さそうな天使達の姿を見て。東のミカド国の民は恐怖した。

それを何とも思わない様子で多数群れている天使達は。民を守る事になど、やはりなんの興味もない様子だった。

 

予想通りになった。

ホープはサムライ衆を集めながら、そう考えていた。

少し前にヨナタンが来たのだ。

ヨナタンだけが。

そして、今後の対応について話していった。

近々東京は光に満ち、邪悪な悪魔は力を落とす。少なくとも無辜の民を襲うような雑多な悪魔は動きが取れなくなる。

だがそれと同時に、大天使達。ガブリエルをリーダーとするかまでは分からないが。ともかく大天使達が動き出すはず。

それらは無数の天使を従え。

東京に攻めこむはずだ。

東京は、人間と同盟を結んだ二つの悪魔の大勢力。明けの明星が率いる混沌の軍勢と、クリシュナが率いる神々の軍勢。

この二つと共同で大天使どもを迎え撃つ。

ホープはサムライ衆の整備をしながら、隙をうかがって欲しい。

大攻勢を退け次第、フリンを先頭に、東京を救った英雄達が東のミカド国へ大攻勢をかける。

その時。

サムライ衆は、人々を守って欲しい。

大天使と戦う事は考えなくてもいい。

混乱が起きるはずだ。

この機に雑多な悪魔達が、人々を襲おうとするかも知れない。それらから、皆を守って欲しいと。

ホープはそれを受けた。

もはや大天使達は姿を隠してもいない。

ギャビーはまだ人間の見た目を残しているが。明らかに人間ではない大天使達が、城の中を我が物で闊歩している。

アハズヤミカド王は、玉座で無気力にそれらを見やっていた。

或いはこの人は。

最初から全て人外の存在に支配されていると言う事を、知っていたのかも知れない。

「ホープ殿」

サムライ衆を集めて、待機の指示を出した後。自室に戻る途中で、ウーゴが声を掛けて来た。

顔色が死人のそれだった。

「わ、私はどうすればいいのです。 同僚が、人間だと思っていた同僚が。 悉く大天使様で、それで」

「貴方はギャビー様に忠実に従っていたはずだ。 そのままでいればいいだろう」

「な、何も知らないからそんな事が言えるのです! き、昨日! 司祭達が呼び出されて、一斉に間引かれました! それだけじゃない! ラグジュアリーズの高官も、使えないという理由で毎日同じように! 間引かれた人間は、文字通り溶けるようにして燃やされてしまって! あ、あんなのは、人間の死に様じゃない!」

「我々が悪魔相手に、毎度同じように戦っている事、死ねば人間の尊厳など守られず下手すれば食い散らかされるどころか死人として使役される事! そんな事は貴方だって知っている筈だ!」

ホープが一喝すると。

頭は良いかも知れないが、憶病なウーゴはひいっと泣きわめいていた。

咳払いする。

いずれにしても、此奴は勝手にすればいいが。或いは何か利用できるかも知れない。

「貴方が何故抜擢されたか分かっていますかな」

「は、はあ……」

「ギャビー様に忠実で、能力が単純に高いからです。 今までと同じように振る舞えば、恐らく死ぬ事はないでしょう」

「……」

恨むような目。

溜息が漏れる。

こいつがサムライ衆にどんな風に接してきたか忘れたのか。都合がいい頭だなと毒づきたくなるが、それを飲み込む。

今は文字通り、猫の手でも借りたい状態だ。

「私が合図したら、宮中から出来るだけ人々を遠ざけるのですな。 あれだけの天使が集まっている。 恐らく、もしも東のミカド国が戦場になるとしたら、あの宮中でしょうな」

「……分かりました。 出来るだけ避難訓練をしておきます。 問題はアハズヤミカド陛下が無気力極まりない事ですね」

「陛下については貴方が説得なされよ。 陛下の仕事をしていただくのだ」

後はもう知らない。

しばしこっちを伺っていたウーゴが宮中に消える。

ホープは嘆息すると、若いサムライを呼んでいた。

既にある程度力量があるサムライは、命令を言い含めて東京に送り込んだ。悪魔と戦わせるという名目だが。

実際には大天使の軍勢との戦いに加勢させるためだ。

此処にいるのは残りカスばかり。

その中で、唯一有望なのが。

サムライになったばかりのこの若者。

ガストンだった。

別人のように成長したナバールの弟であり、ナバールが支援に長けているのと真逆に、近接戦に特化している。

問題はスタンドプレイがちょっと目立つ事で、単独で戦った方が力を発揮できるかも知れない。

ガストンは生真面目な青年で、一歩間違えば腐ったラグジュアリーズの見本のようになっていただろうが。

全うに成長したナバールの影響を受けたからだろうか。

今では真面目で、それでいて民の事も考えられる好青年になっていた。

親の悪影響を受けなかったという点で、とても理想的な事だと思う。

ホープはガストンに、牙の槍を渡す。

そう、あのフリンが使っていたものだ。ガストンはその重さに驚いていたようだ。ちなみにガストンはかなり背が高い青年であるため。槍の柄は長く調整し直している。

「これからお前は、ケガレビトの里……東京へ向かって欲しい」

「はっ! 命令とあらば」

「彼方ではナバールが活躍している。 ナバールと協力して、東京を脅かす「悪」を撃ち払ってくれ。 案内は彼に頼んである」

敬礼したのは、ホープの率いる第一小隊のサムライの一人。

何回か東京におり、一番最初にシェルターに辿りついた小隊にいたことがある。今ではホープの率いる最精鋭の一人だ。

「お前は兄と両親はどちらが正しいと思う」

「残念ながら、権力のことしか考えていない両親は、この国の恥です。 兄は身を張って民のために戦っている。 兄は私の誇りです」

「そうか。 ではいけ」

「はい!」

ガストンはいい戦士に成長した。きっと役に立つ筈だ。

後は、この国で。天使達が弱まったときのために手を打っておく。

大天使ガブリエルだかなんだか知らないが。

圧政のつけは払って貰う。

その時は、確実に近付いていた。

 

(続)