死闘市ヶ谷

 

序、攻城戦

 

残念ながらコンディションは万全とはいえないが、それでも行くしかない。ここ市ヶ谷の深部にあるドクターヘルの言う「縮退炉」は、あまりにもタヤマに持たせておくには危険すぎるのだ。

既に天使を斥候として派遣して、情報をヨナタンが収束させている。

案の場、駐屯地地下はいきなり最初から、元からある情報と違っているという事だ。構造が滅茶苦茶で、もとの地図は役に立たないらしい。

内部に展開されている悪魔も強く、天使達は既に大きな被害を出していた。

それでも情報を集めてくれる天使達。

ヨナタンが苦しそうにしているのを、側にいる南光坊天海が諭す。

「斥候達は出来る範囲でやれることをしてくれている。 それに答えるのが主君たるそなたのすることだ」

「はい、その通りですね。 僕がもっと心を強く持たなければ」

「どうしても無理であるのなら殿に相談せよ。 殿は想像を絶する苦難を乗り越え続けて来た方だ。 きっと力になる」

「ええと、天海さんは殿の事を知っているんだね」

無論と、南光坊天海は言う。

しかし、今は誰であるかを話すべきではないと言われているらしく、時が来たら話してくれるそうだ。

情報がある程度集まった時点で、人外ハンター達も駐屯地の敷地にいた悪魔の掃討を完了。

負傷者を下げ、遊撃班は半分がシェルターに戻った。

ナナシとアサヒは此処から駐屯地の制圧を続行。

他の人外ハンター達も、戦車と歩兵戦闘車、それにレールガンなどを駆使して、此処を死守するという。

此処には持ち出せていない兵器がたくさんあるらしく。

中には国家機密で知られていないものもあるとか。

それらを回収出来れば、確実に力になる。

ガイア教団は何を目論んでいるかは分からないが、それでも今後は衝突に発展する可能性がある。

ガイア教徒そのものはそこまでの脅威ではないが。

それでもガイア教団の後ろ盾になっている悪魔達の戦闘力は尋常ではない。とにかく今は。

あらゆる事に備えて、戦力を整備しなければならない。

「霊夢の調子はどうだ」

「神降ろしはいけるわよ。 ただ前線で戦うのはちょっと厳しいわね」

「分かった」

殿が咳払い。

戦闘指揮を取ると言うことだった。

「わしの本領は野戦であるのだがな。 まあ攻城戦も経験がないわけではない。 予定通りに攻めるが、いざという時はわしが判断する。 いずれも、深入りはするな。 確実に敵の領域を削り、安全圏を確保する」

「敵襲!」

「対空砲火! 制圧射撃!」

後方で戦闘が起きている。

ナナシ達が応戦しているが、かなりの数の堕天使が飛来しているようだ。手強いのはいないようだが、もう少し残って敵をたたいた方がいいのではないかと思う。だが、志村さんが連絡をわざわざ入れて来た。

「マーメイド殿もいるし、此方は対応できます。 炉の確保を!」

「……分かりました。 武運を」

銀髪の子が頷くと、まずは前に踏み出す。僕も頷いて、その後に。

今、東京に集い。

この地獄を終わらせに来ている者達が、一同に集っている。

勿論その意思は一つではない。

それぞれに思惑は違ってもいる。

価値観だって違っているし。

育って来た環境だって、持っている知識だって、目指すべき先の先だって違っているだろう。

それでも。

この東京が間違っていて。

どうにかしなければならない、という事だけは同じだ。

皆、地下空間に。

灯りは生きている。天使達が見てきたとおり、かなり複雑な構造になっていて、とても機能的な建物だとは言えなかった。

進みながら、確実にマッピングをしていく。強い気配が、地下にはいるなりビリビリとし始める。

頷いて、それぞれが別行動を開始。

まずは三班に分かれて、必殺の霊的国防兵器のうち、迎撃に出て来ている三体をそれぞれ仕留める。

内部はそれらの領域になっている可能性が高く。

まとまって動くと、まとめて全滅する可能性が決して低くない。

だから少数精鋭だけで進む。

静かな通路に灯りが点り、それがずっと続いている。

霊夢は迷わず進んでいる。恐らく、霊夢が進むとおりで問題ないのだろう。僕は時々周囲を警戒しつつ、雑魚悪魔は引き受ける。

常時展開しているラハムと二人で、だいたいの悪魔は仕留められる。

それでも手が足りないなら増援を呼ぶだけだ。

ワルターが殿軍を守ってくれる。

後は、ただ進むだけでいい。

霊夢が足を止める。

「やっぱりね。 この気配、あいつと同じだわ」

「知り合い?」

「幻想郷……あたしの故郷にいた奴よ。 戦闘で致命打を受けて今は戦える状態じゃない。 ただこっちに来る時に、色々各地の神話の知識を教えて貰ったわ。 文字通りの知恵の神たる存在。 向こうでは八意永琳と名乗っていたけれど、その本当の名前は八意思兼神。 オモイカネとだけ言う事もある」

「そんな凄い奴が、そこまでやられたんだな……」

ワルターが、幻想郷に攻め寄せた大天使達の強さに戦慄する。

霊夢が言うには、ほとんど瞬間再生レベルの不死の体の持ち主らしいのだが。それでも神話の戦いになると、殺される事は普通にある。

どうやったら此奴を殺せるんだというような奴が容赦なく殺されるのを見て、霊夢も世界に絶対なんてないと悟らされた原因の一つであるらしい。

霊夢が見ている扉の先。

それがいるのは、間違いなかった。

「さっきの情報だと、此処の先に行った天使は生還していないわね。 厳しい戦いになるでしょうね。 二人とも、準備は良い?」

「問題なし!」

「おっけいだ!」

「よし……!」

霊夢が先に出て、扉を開ける。

勘が一番働くから、罠にも対応しやすい。そういう事なのだろう。

扉を開いた先には、巨大な脳みそみたいな存在が蠢いていた。それは触手を部屋……いや、もう領域の内部だろう。

張り巡らせて、じっと此方を見ている。

凄まじい力だ。

南光坊天海や甲賀三郎よりも更に上ではないのか。生唾を飲み込む僕の前で、霊夢が札を出していた。

「兵器化された分霊体。 貴方の本体からの言づてよ」

「……!」

「知恵の神を戦闘兵器にするというのもまるでセンスがないわね。 何が必殺の霊的国防兵器だか。 とにかく大人しくしなさい。 すぐに楽にしてあげるわ」

「……姫様は……無事か」

声。姫様。誰のことだろうか。

霊夢はそれを聞いて、目を伏せる。

そうか、とだけオモイカネは呟く。

殺されたのか。それとも瀕死の状態なのか。僕にはなんとも見当がつかないが、無事ではないことだけは分かった。

他の二班は、必殺の霊的国防兵器を相手に、激戦を繰り広げている可能性が高い。一秒でも早く加勢に行かないと、死者が出かねない。

オモイカネの力を見て理解したが、此処に配置されているのは危険な存在ばかりだ。高位の悪魔でも遭遇は致命的。

そんな相手だからこそ、守りに配置した。

そのタヤマの思考が簡単に分析出来る。

だからこそ、一気に突破しなければならない。

相手は油断すれば一瞬で殺されるほどの相手だ。同じ必殺の霊的国防兵器がいても、である。

「制御札による反撃能力は自力では対処できない。 そなた等を傷つけるは忍びない。 一発で決めろ。 巫女よ。 そなたであれば、弱点は見抜けるはずだ」

「ええ、問題ないわ」

「頼むぞ」

それで、オモイカネは黙る。

霊夢はすっと指さすが、その指先がずっと動いている。即座に理解。常に急所が動いているタイプ。

以前戦った西王母と同じだ。

支援魔術を重ね掛けする。ワルターも同じく。

「好機は一度だけよ。 外したら確定で反撃が飛んでくる。 それもこの場の全員が一発で消し飛ぶレベルよ」

「問題ないよ」

「おう!」

ワルターにハンドサイン。

作戦は決めた。

僕は深呼吸すると、入る。最大限まで集中して、それで一点を確実に貫く槍となる。更に集中して、一撃の精度を上げていく。

使う技は貫以外にはあり得ない。

そしてオモイカネの様子からして。

狙うべき場所については、霊夢の指先を見ながら、概ね見当がついていた。

仕掛ける。

叫ぶと同時に、ワルターが走る。

跳躍して、フルパワーの斬撃を叩き込む。腕力は僕より劣っても、単独の点に対する破壊力はワルターの方が上だ。

がっと、オモイカネの表皮に一撃が突き刺さる。いや、凄まじい防御魔術で押し返されている。

だが、その瞬間。

僕はオモイカネの触手のうねる内側へと飛び込み。

そのまま、霊夢の指先が示す地点に。

オモイカネの内側から。

貫を、叩き込んでいた。

恐らく防いでくる。それは分かっていた。だから、同時に仕掛けなければならなかった。

だが、オモイカネは知恵の神。

多分それもまた、読んでいる可能性が高かった。

だったら、やるべきは一つ。

相手の内側に入り、内側から貫く。ただ、それだけだ。

一瞬の沈黙の後、僕を掴んで、ラハムが無理矢理引っ張り出していた。オモイカネが石の塊となって、降り注いだからである。

まあ、それで死ぬほどヤワではないが。

それでも、オモイカネが制御を失った。つまり倒れたのは、事実だった。

部屋が元に戻っていく。

周囲に点々としているのは、阿修羅会の連中の残骸だ。死体と呼べるほどのものすら残っていなかった。

多分後からこの部屋に逃げ込んで殺されたんだろう。それとも、オモイカネと一緒に迎撃しろとでもタヤマに言われて、ここまで来たのかも知れない。

残心して、気を払う。

さて、次だ。

霊夢が札を回収。これで悪魔合体と大綿津見神のあわせ技を用いて。後でオモイカネを呼び出すことも出来るだろう。

頷くと、霊夢が目をじっと閉じる。

そして、すっと指さした。

「まずいわね。 イザボーの方が大苦戦しているわ。 ヨナタンの方も、楽ではないようだけれど」

「すぐに向かおう」

「大丈夫か。 また消耗したんじゃねえのかあんた」

「問題ないわ。 ちょっと飛んでいくわけにはいかないでしょうけど」

かなり頑健な様子の霊夢が、露骨に青ざめている。

やはり消耗が凄まじいんだ。後で良いお酒でも幾らでも飲んで休んで欲しい所だが、そうもいかないだろう。

全力で、次の戦場に向かう。

だが、霊夢がぼやく。

「妙ね。 苦戦しているのは確かなようだけれど、傷ついているという感じはしないわ。 搦め手専門の相手なのかも」

「つまりその場に飛び込むと、こっちも罠にはまると?」

「可能性はあるわ。 とにかく違和感を感じたら、即時撤退よ。 ラハム、あんた少し後ろを飛んで。 もしも領域内に踏みこんで様子がおかしいようなら、無理矢理全員引っ張り出して」

「分かりました!」

「……」

ラハムも正しいと判断したのか、僕の命令を待たずに答えていた。まあ、それはそれで正しいか。

走る。

階段を下りて、それで上の方で凄まじい音を聞く。あれは雷か。霊夢がぼやく。

「あっちもあっちで大変だわ。 あれは恐らく、菅原道真公ね」

「例の三大怨霊の」

「ええ。 だとすると、雷撃魔術の専門家と見て良いわ。 ヨナタンの班には殿がいるから、簡単に倒されることはないと思うけれど」

「そう、だね」

不安だが、仕方がない。

外でも断続的な戦いが続いている状態だ。遊撃班に混じってくれているマーメイドを呼ぶわけにもいかない。外にだって、相応の悪魔が来ているのだ。此処を守っていた必殺の霊的国防兵器が倒れた時。

この奥にある縮退炉が手に入る。

そうすれば、如何様にも悪用できる。

実際問題、タヤマみたいなアホですら、東京を此処まで破滅的な状態にまで追い込めたのである。

ある程度知恵が働く悪魔が抑えでもしたら、どうなることか。

足を止める。霊夢が手を横にしたからだ。

特に変わったところはないように見えるが、霊夢は目を細めてじっと見ている。ワルターも手をかざすが。特に変な所は見つけられないようだ。

「妙ね」

「いや、僕には分からない」

「俺もだ。 ……何が起きるのか、一番頑丈そうな俺が体で確かめてみようか?」

「必殺の霊的国防兵器が能力を展開しているとなると、それが致命的な事になる可能性が高い。 それをやるのは最後よ。 幾つか試してみましょうかしらね」

霊夢が符を投擲。

確かに符が燃え尽きる。これは、何かが起きていると言う事だ。僕も何かがあるのだと認識。

頷くと霊夢は結界を展開。

だが、その結界が、瞬時に砕けるのが分かった。

これはまずい。

霊夢は専門家だ。それが探知に全力を割り振っただろう結界が瞬時に崩壊する。僕は冷や汗を掻いて飛びさがる。

これでも一応相応の死線をくぐってきた。

素人が手を出せる空間じゃないじゃないことは一発で分かった。

「もう少しさがって。 これは分かってきたわ。 穢れよ」

「穢れというと、悪魔が大喜びしそうな?」

「少し違うわね。 ここで穢れと呼ぶのは極端な生命力よ。 幻想郷ではそれから生じる存在を妖精と言っていたし、神々が住まう月の都には穢れが極端に少なかったわ。 生物が存在しなかったからよ」

「一概に悪いものだとは思えないけれど……」

しかし、だ。僕にも何となく分かってきた。

森の中は人間にとっては異界だ。下手に足を踏み入れる事は死に直結する。

過剰な生命力は、時に毒となる。

人間に対してさえそうだ。

アティルト界だったかに普段はいて、現実世界にはマグネタイトを用いて実体化している神々や悪魔達の場合は。

更にそれが猛毒になる事が多いのかも知れない。

「まずいわね。 穢れを操る日本関連の奴だとすると候補は幾つかあるけれど、この気配はわかってきたわ。 大禍津日か八十禍津日。 月の戦いで神降ろしで使ったから覚えているわ。 おそらくこれは八十禍津日の方ね。 古い時代は八はたくさんという意味で使ったから、たくさんの穢れという意味の神格で、災厄をもたらす邪神という意味よ」

「それは、本当にやばそうだね」

「そんなのにイザボーが捕まってるのか!?」

「連れている甲賀三郎は相性が良いだろうから、即死しているような事は恐らくないわ。 秀は人間と悪魔が半々だし、即座にやられていることもないと思う。 ただし、時間を掛けるとまずい。 今、対策の結界を展開する。 少し待ちなさい」

霊夢はずっと無理をしている。心配だが、もはや手がない。

仕方がない。

回復魔術を使える悪魔をと思ったが、僕の手持ちはいない。ワルターが何体か出してくるが、殆ど焼け石に水だ。

とりあえず僅かながらに回復させる。

霊夢はありがとうと呟くが、それだけしか出来ない程疲弊している様子だ。これはさっさと全てぶちのめさないと。

程なく、霊夢が喝と叫ぶと、結界が展開された。

頷くと、ラハムに霊夢に肩を貸すように指示。霊夢も立っているのがやっとの様子である。結界を展開しながら戦うのは無理だろう。

「幸い、相手は広域即死攻撃を使うタイプで、タヤマが罠そのものとして利用していると見て良いわ。 八十禍津日そのものは大した力がないはずよ。 とにかく、即座に決めてしまって」

「分かってる!」

「それで、奴は扉の向こうか!?」

「……そうだといいんだけれどね」

扉を開けて、その言葉の意味がわかった。

其処は領域になっていたが、肉の蠢く巨大迷宮になっていた。

なるほど。この領域、ただ無駄にだだっ広く、問題の八十禍津日とやらが見つけづらくなっているわけだ。

しかも穢れという即死トラップを全域に展開していて、見つけ出せなければ即死と。

文字通りの即死コンビネーションである。

イザボーが心配だ。

霊夢は青ざめて荒く息をつきながら、こっちだと言って指を差す。ラハムが支えて、速度を落としながら浮いて進む。僕達は固まって進んでいくが、肉の塊が突然盛り上がって、壁になろうとする。

オテギネで一閃して、壁をブチ抜く。

そのまま直進する。

迂回なんてしている暇はない。確実にイザボーのところに、最短距離で行かなければ間に合わない可能性が出て来ている。

彼方此方にぶくぶくと膨れあがって死んでいる死体が散らばっている。

悪魔もあるが、阿修羅会のものもあった。これもタヤマが雑な指示を飛ばして、領域に迂闊に踏み込んでしまったのだろう。

過剰な生命力でこういう有様になってしまったと言う訳だ。

とにかく急がないとまずい。

こんな風にイザボーが死ぬなんて、あまり考えたくなかった。

 

1、雷神咆哮

 

ヨナタンが殿と一緒に踏み込んだのは、焼け落ちた屋敷らしきもののある場所。地下にこんなものがあるとは考えにくい。

領域ということだ。

天使を即座に展開する。

上空にいるのは、勇ましい鎧を身に纏った老人だ。周囲には、雷撃が走り続けているのが分かる。

「なるほど、菅原道真公か。 雷神としての要素を抽出して、出現させられているようだな」

「例の三大怨霊の一角ですね」

「本来は穏やかで立派な政治家であり、今では学問の神として祀られてもいる方なのだがな。 あのような姿は道真公も本意ではあるまい。 ……飛ばしすぎるなよ」

頷く。

そもそも霊夢やイザボー達の増援を待つ。

霊夢はあっさり必殺の霊的国防兵器の一体を仕留められる算段がある様子だった。だから敢えて手を分けたのだ。

此処でやるべきは、他の面子の合流。

側に立っている南光坊天海が、声を張り上げる。

「道真公! タヤマなどに使われて苦しかろう。 今、拙僧が貴殿を楽にして差し上げる!」

「……」

返答は。

文字通り、辺りを消し飛ばす雷撃だった。

大雨が降り注いでいる焼け野原である。直撃しなくても即死だ。

この領域に引きずり込まれたら、殆どの場合手も足も出せないだろう。散開しつつ、天使達に総攻撃を指示。

少しでも攻撃の目標をずらしつつ、好機を狙わないといけない。

そして援軍を待つ。

フリン達だったら、絶対にやってくれる。

そう信じて、戦うのみだ。

ヨナタンは回復の魔術を展開して、前線で戦っている天使達を支援する。だが、雷撃の火力があまりにも凄まじい。

どちらかというと雷撃には耐性があるはずの天使達を、耐性の上から焼き払っている。とんでもない火力だ。

直撃したら即死だな。

そう考えているうちに、殿が走りながら仕掛ける。

光の球が連続して道真公に炸裂。炸裂した上に、爆発する。更に、毒の霧のようなものも叩き込まれる。

それを受けて、道真公は五月蠅そうに移動。

文字通り雷霆のような動きだ。だが、それを読んでいた南光坊天海が、気合とともに拳を叩き込んでいた。

叩き込んだのだが。

拡散して消え、即座に地面近くに再出現する。

なるほど、身を雷に変えて、拡散も集合も出来ると言うことか。

殿に向けて、雷撃を連続で叩き込む道真公。激しい雨の中、体力を消耗させられつつも、激しい攻防が続く。

ドミニオンが指示を飛ばし、パワーが視界を遮るように盾の陣列を作って道真公の前に展開。

焼かれるのは分かっている。

それでも、こうやって少しでも道真公の視界を塞いでくれれば、それだけで大きすぎるほど意味がある。

ヨナタンは切り替えると、詠唱して力を蓄えこんでいく。

イザボーのように魔術の火力を徹底して鍛え上げているわけではないが、回復だけではなく攻撃も出来る。

そのまま、冷気魔術を連続して叩き込む。

道真公は小規模な雷撃で、冷気魔術をかき消すが。

その隙に、接近した南光坊天海が、連続して拳をたたき込む。

今、この場で最高火力を持っているのは南光坊天海だ。それを即座に理解したのか、再び拡散して散る道真公。

だが、再出現した地点には、既に殿が待ち伏せて。

雷が集結して人型を取った瞬間。

不可視の大質量体を叩き込んでいた。

そのまま、雨を蹴散らしながら、凄まじい勢いで地面にまで突っ込む殿と道真公。炸裂する地面。

領域が揺らぐ。

飛び退いた殿に、雷撃が連続して叩き込まれるが。

天使達が身を以て防ぎ、体ごと爆散する。

道真公が立ち上がる。

雷撃を全身に纏い、更にプレッシャーが膨れあがる。今までは本気ですらなかったということだ。

雷撃が膨れあがり、全域を蹂躙。

爆発するようにして、辺りを薙ぎ払っていた。

飛び退きながら氷魔術で壁を作るが、それも粉砕され、薙ぎ払われる。

吹っ飛ばされたヨナタンは、泥の中に叩き込まれ。

必死に意識を保とうとするが、其処へもの凄い速度で道真公が突っ込んでくるのが見えた。

まずい。

道真公が、至近に。

手にしている青い剣は、多分雷をそのまま形にしたものだ。それを、突き刺しに来ている。

あんなもの、貰ったら瞬時に消し炭だ。

だが、道真公に、ドミニオンが組み付く。一瞬だけ出来る隙。其処へ、ヨナタンは叫びながら、グラムを突き出す。

グラムが突き刺さる。

だが、ドミニオンが木っ端みじんに吹っ飛ばされ。

ヨナタンもまた、吹き飛ばされていた。

全身が焼けるように痛い。

見える。

南光坊天海が、総力で渡り合っている。

だが、押され気味だ。

此処は道真公の領域である。簡単に勝たせて貰えないのは分かりきっていたが、それでも厳しいか。

殿が助け起こしてくれる。

光に守られている銀髪の子だが。自己回復は出来るらしいが、他の者を回復させることはできないらしい。

「とにかく自身の回復に専念しろ。 このままだと天海も押し切られるな……」

「ぐっ。 すみません……」

「かまわん。 どの道人間なんぞ単独で出来る事などしれておる。 わしが知る戦国最強の男も、最初は国を掌握する事からやっていた。 それを為し、当時技術が進歩していた金山を発見したことが躍進につながった。 つまり最強の男ですら、運がなければ躍進などできなかったのだ。 最強では無いと自覚すること。 知らぬ事がたくさんあることを知る事。 それがヨナタン。 そなたの道を開くだろう」

そうか。

その通りなのだろう。とにかく、言われた通り回復に努める。

冷静になれ。

殿はまた、南光坊天海とともに仕掛けに行っている。

雷撃使い相手に至近での戦闘は分が悪いと考えたのか、光の術を連続で放って、それで対抗しているようだ。

ヨナタンは回復魔術で自分を治しながら、好機を待つ。

天使達は散発的に仕掛けているが、どうにもならない。仕掛けた端から焼き払われている。

だが、それでも。

南光坊天海と殿に向かう攻撃を、少しずつ逸らせている。

南光坊天海が、極太の雷撃で吹き飛ばされる。

だが、その時。

銀髪の子が何度となく敵を屠り去った光の柱で、道真公を貫く。

今の形態になってから、無法な移動を出来なくなったらしい道真公が吹っ飛ばされて、地平まで吹き飛ぶ。

呼吸を整えている銀髪の子。

身を守っている光が薄れているのが分かった。

そして、即座に戻ってくる道真公。

青い光の剣を、銀髪の子に振るい上げる。ダメージは受けているが、あれはとてもではないが。

今、やるしかない。

氷魔術を収束させ、道真公に叩き込む。

横殴りに叩き込まれた大量の氷の杭が、道真公を乱打する。それで動きが止まった瞬間、銀髪の子が不可視の質量体で道真公を殴り飛ばす。

そして、この瞬間、勝負がついた。

道真公を、後ろから貫いたのは甲賀三郎だ。

更に、炎の柱が道真公を焼き払い。フリンとワルターが、大上段から渾身の一撃を斬り降ろし。

逃れようとした道真公を、結界が拘束。

秀が、刀を鞘に収めていた。

超高速の抜刀剣術、居合い。

それをもろに叩き込んだのだと分かった。

道真公が、呻きながら薄れていく。

どうやら、やってくれたのだ。

領域が消え、ただの部屋になっていく。道真公がいた場所が岩の山みたいになり。それに霊夢が札を投げて、抑えていた。

「これでタヤマの手札は残り一つ。 だけど……」

いうまでもない。

全員ボロボロだ。

フリンが連絡を上に入れる。電波も通るようになったようだった。

「必殺の霊的国防兵器、三柱を撃破。 ただし被害甚大。 継戦能力はかなり厳しい状態です」

「分かった。 一度戻って来て欲しい。 回復班に準備をさせる。 タヤマはどうせ逃げられない。 回復を入れてから仕留めよう」

「了解」

見ると、霊夢は意識があるのが不思議なくらいの有様。

秀も酷く傷ついていた。

ワルターが肩を貸してくれるので、有り難くそれを受ける。ワルターに何があったのか聞いた。

「そっちも苦戦したんだな」

「予定通り一体目は瞬殺出来たんだ。 問題は八十禍津日っていう奴でな。 とにかくやばかった。 全体に即死の領域を張っていただけでなくて、近付いたら凄い速度で逃げ回りやがってよ……」

霊夢が張っていた結界から離れると即死と言う事もあって、必死の追跡だったという。

しかも逃げながらも八十禍津日は反撃を連続で行って来たため、簡単に斃せる相手でもなかったそうだ。

しかもだ。

なんとか甲賀三郎や呪いに強い悪魔で打撃を入れて、それで追い詰めると。いきなり領域の性質を転換。

即死から錯乱に切り替えてきたという。

それで同士討ちもあって、大苦戦の末。

やっと倒して来たのだとか。

「あれは広域の敵を罠に引きずり込んで皆殺しにする生きた罠みたいな奴だった。 二度と戦いたくねえ」

「同感ですわ……」

「あ、いたぞ! こっちだ!」

ナナシが来ている。

アサヒがすぐに回復を使える悪魔を使って、応急処置をしてくれる。

それだけでも随分助かる。

とりあえず一度地上に出る。

かなり激しい戦いの跡があって、それで戦車も歩兵戦闘車もかなり傷ついているようだった。

レールガンは撃ちきったらしい。

大物が仕掛けて来ていたのだろう。

「野戦陣地は作ってある! 其処で休んでくれ!」

「畜生、全身がいてえ!」

「回復がかかると、やっと体の痛みを自覚できるようになったって事ですわよ。 ワルター、貴方骨まで露出していたのよ」

「うっせえ、分かってるよ! アドレナリンがどうのこうのだったな!」

医療班が来て、手当をしてくれる。

フリンは平然としているが、あれはちょっと例外だ。かなり打撃は受けただろうに。

殿は引っ込んで、銀髪の子が手当てを大人しく受けているのを見ると、ほっとする。ヨナタンも出来るだけ天使達を回復させて。その天使達に回復の魔術を使わせる。

周囲で話しているのが聞こえる。

「マーメイドの奮戦もあって退けられたが、次の攻撃を俺たちだけでどうにか出来るのか……?」

「大物堕天使が立て続けに現れたもんな。 此処にあるものって、それだけやばいんだろ」

「タヤマが必死に守りを固めていた程だぜ。 悪用すると世界ごと滅ぶって話だ」

「おっかねえ……」

人外ハンター達は戦意をなくしている。それだけ激しい戦いが行われていたと言う事だ。

志村さんが来た。

横になったままでいいと言ってくれる。そのまま、話をしてくれた。

「散発的な戦闘が続いている。 シェルターと神田明神でもそうだ。 阿修羅会の後ろ盾になっていたような悪魔は片付いた筈だが。 それ以外にも、野良で活動していた悪魔がかなり仕掛けて来ている。 早くタヤマを倒して炉を確保しないとまずいだろうな」

「しかし、しばらくは動けません。 特に……」

霊夢はバスの中だが、今は完全に熟睡だろう。

あの消耗から考えると当然だ。

大綿津見神を神降ろしする時点で相当にきつかった様子なのに。その後も無理を続けたのである。

しかも面倒な事に。

対タヤマ戦でも、出て貰う他ないだろう。

フリンもそうだが、ヨナタンも今は此処を離れられない。上で休んでくるのも手なのだが、そうしていたら地下の大アバドンになりかねない縮退炉がどうなるか分からないのだ。フリンは見逃したらしいが、ガイア教団の暗殺者も来ていたと聞く。

何を狙っているのか、不安がどうしてもある。

無言で休む。

しばらく休んでいると、戦闘音。マーメイドが出てくれたが、それでもすぐには片付かなかった。

野良で暴れている大物悪魔が、此処の守りが弱体化したのを嗅ぎつけたのだろう。

此処の地下にあるものを握れば、東京の支配権を一気に手中に収めることが可能となる。それを考えれば、仕掛けて来るのも当然だと言えた。

どうにか動けるようになるまで、数回そういう事があり。

右往左往している人外ハンター達は、志村さんがいなければ逃げ出していた可能性も高かった。

ヨナタンは、本当にこれで良いのだろうかとも思う。

いや、最善手なのは確かだ。

そもそもこの地下にあるものを、あの邪悪なタヤマに渡すわけにはいかない。タヤマのような男が持っていていいものではないのだ。

霊夢が起きだしてきたので、ヨナタンも身を起こすが。

志村さんが運んできていた酒を手に取ると、すぐにバスの中に戻った。まあ、仕方がないだろう。

酒を入れて数時間また眠って、それでやっとどうにか出来るか、というくらい消耗していた。

霊夢は寝ている時はもの凄く機嫌が悪いらしく、声なんか掛けたら即座に攻撃が飛んでくるらしいので。

人外ハンター達はその話を聞いているからか、霊夢を明らかに怖れていた。

恩知らずだ。

そして、最近はフリンがサムライ衆にそう見られている事も、ヨナタンは知っている。勿論東京でともに戦っているようなサムライは違う。

だが、東のミカド国のサムライ達は。

本当に烏合の衆しかいないのだと。ヨナタンは何度も思い知らされて、心がとても苦しかった。

横になって休んでいる間に、戦況が聞こえる。

シェルターの方はどうにか撃退したらしい。フジワラが関聖帝君を連れて出て、それで叩き伏せたそうだが。

どうみてもフジワラは全盛期の力はない。

早めに代わりの者が育たない限り、人外ハンターが今度は瓦解しかねない。しかし代わりがいるとは思えない。

野田や鹿目は腕は立つが人の上に立つ器じゃないし。

ナナシはまだ経験が不足しすぎている。

銀髪の娘についている殿は。最高の指導者ではあるが、今すぐ受け入れられるのは難しい。

殿が憑いていることに関しては、まさか、とヨナタンすら思ったのだ。それに銀髪の娘は優れた英雄だが、人を引っ張り指導者に向いているかというと。

何らかの形で殿が肉体でも得ないと駄目なのではあるまいか。

そうとすら感じる。

銀髪の娘が来る。既に状態は万全のようだ。自身の傷は自力で回復出来るようだし、何より体力も多いのだろう。

声を落として、耳元で言われる。

「そろそろ霊夢が起きてくる。 秀ももう回復する頃合いだ。 出る準備を整えておけ」

「分かりました」

銀髪の子が渋面を作る。

それはそうか。声をわざわざ落としたのだ。周囲に、敬語で話しているのを聞かれるとまずい。

まだ少なくとも、殆どの存在に殿のことを知られる訳にはいかないのだから。

フリンが伸びをしながら、起きだしてきた。

魔術は支援しか使えないが、身体能力だけならこの中でも既にトップかも知れない。

続いて秀も起きてくる。

あれ、少し力が増しているか。

「秀さん、力が?」

「これか? ああ、私はお前達が言うマグネタイトを体内で制御する事ができてな。 任意で力に割り振ることが出来る。 前に一人で戦っていた頃はこれを余り上手にできなくてな。 強くなった力も持て余すばかりで、あまり効率的に強くはなれなかったのだが、今は色々と改善して強くはなれる。 うたれ弱さに関しては、どうしても克服は出来なかったが、当たらなければ良いだけのことだ」

最近は喋るようになってきているな。

駐屯地に、わらわらと何か来る。

悪魔だが、敵対的な様子はない。

どうやらケルトの伝承に残る戦士達のようだ。

いずれもが幻魔なのだろう。

豊富な髭を蓄えた老人が前に来る。腰に剣を帯び、槍を持っていた。

「ダヌー様の指示で救援に来た。 我等ケルトの戦士達、この地を守る戦士達とともに戦おう」

「有り難い。 皆疲れきっていた」

「人であれば仕方が無い事だ。 以降は我等が最前線に立つ。 多少の悪魔程度ならどうにでもなる。 今のうちに回復を済ませておいてくれ」

アーサーと名乗った老人に、周囲が色めきだつ。

そんなに有名な存在なのか。

いずれにしても、悪魔の力は知名度にも影響を受ける。人間が減りすぎて、信仰が新たに殆ど得られないのなら、其方の方が大きいだろう。

板金鎧を着たいかにも有名そうな騎士達が周囲を固める。

一目で強いと分かる。あれならば、多少の悪魔が相手でも苦にはしないだろう。言うだけの事はあるということだ。

イザボーが起きだしてきて、最後に霊夢が加わる。

ワルターも怪我を既に治しきっていた。

志村さんが声を掛けて来る。

「まさかアーサー王が味方になってくれるとは。 いずれにしても、此処は我々だけで支えます。 マーメイド殿も行ってください。 地下にある縮退炉を、何があっても確保してください。 東京がなくなるかの瀬戸際なんです」

「分かったわ。 そんな場所だったら、あの人が来る可能性も高そうだし……」

「とりあえず、皆、無理をしないでね。 怯えきっているだろうタヤマだけれども、だからこそ何をするか分からないし」

「わしも行くぞ」

ドクターヘルが来る。

戦車と歩兵戦闘車の応急処置をしていたようだが、まあ来て貰わないと困るか。縮退炉をこの人でないと精確に扱えないのだから。

霊夢が苦々しげに言う。

「これはとんでもない気配だわ。 タヤマの奴、手駒にしていた必殺の霊的国防兵器が全て倒されたことに気付いて、もう最後の切り札を切ったわね」

「何者か見当はつく?」

「これほどの気配となると、日本神話の最強格でしょうね。 アマツミカボシの分霊だったら最悪よ。 彼奴は日本神話で結局最後まで戦いでは倒せず、懐柔してどうにかした存在。 もしも出てこられたら、手の打ちようがないわ」

霊夢がそれほど言う程の相手か。

フリンが腕組みする。

「今一緒に戦ってくれる甲賀三郎と南光坊天海をあわせても厳しい?」

「厳しいわね。 此処にいる面子全員でかかって、その二柱も加えて、ようやく勝ちが見える相手よ」

「他の可能性は」

「例えば日本武尊か崇徳上皇かしらね。 どちらにしても大苦戦は免れないわ」

それほど気配が凄まじいと言うことか。

いずれにしても行くしかない。

ヨナタンも天使部隊を回復させた。更に一体がドミニオンに転化した。ドミニオンも、最初に転化した一体が、更に上位の……上位天使になれるかも知れないようだ。

大天使は上位天使の中でも更に精鋭中の精鋭のようだが。

それでも上位天使は雑兵扱いの中位天使とは完全に格が違うようだ。

上級三位の天使はソロネといい、座天使と言われるらしいが。

いずれにしても仲魔に出来れば、今後の戦いで大いに力になってくれるだろう。

ヨナタンは立ち上がると、手を叩いて皆を集めるフリンの話を聞く。

「相手への道は既に確保してある。 此処には想定される中で最強の面子も集まってる。 きっと勝てる筈」

「そうだな。 俺たちが弱気のままじゃ、勝てる相手にも勝てねえな」

「負ければ最悪上で暮らしている普通の人達も危ない。 大天使どもがどんな暴挙に出るか知れたものじゃないから。 だから、必ず勝とう!」

そんなに力強い言葉では無い。

だけれども、フリンの言葉には静かな力がある。

ヨナタンは頷く。

そして必ず勝つと、自身に気合いを入れていた。

民を顧みず、己の権力だけを考えているラグジュアリーズ。その最も醜い部分を、ヨナタンは幼い頃から見ていた。

ご落胤だと父は喧伝し。

将来の権力や財産を目当てにしてすり寄って来る大人達の性根の醜さを、ヨナタンは幼い頃から思い知らされてきた。

バカだったらむしろ幸せだったのだろう。

ヨナタンはそういった大人達の醜さを理解出来る程度の頭はあったから、余計に苦しむ事になった。

家にいる使用人達も、ずっとヨナタンの事を獣の目で見ていた。

お手つきにでもなったら、一生楽して暮らせるかも。そう話している使用人達の言葉を何度も聞いた。

反吐が出ると思った。

だから、自分は貴族であるなら、それに相応しい存在にならなければならないと考えたのだ。

民なくしてなんの貴族か。

だから、今こうして、心折れずに立っていられる。この地では、牙なき民がどれだけ泣いているか分からないのだから。

フリンが真っ先に歩き出し、皆がそれに続く。

ヨナタンもその一人に混じって。この東京で厄災そのものとなった、タヤマを討ちに行くのだ。

 

2、日本神話最初の人の英雄

 

市ヶ谷の深部へと潜る。

僕は周囲を見回して、目を細めていた。気配が強すぎて、僕では何処にタヤマが呼び出したらしい必殺の霊的国防兵器がいるか分からない。

霊夢は分かっているようだが。

いずれにしても、これは厄介極まりない相手だと断言できる。

近付くにつれて、血と草の臭いが濃くなってくる。

この地下で草の臭いなんてする訳がない。

だとすると相手は、野原を駆け回って、幾多の戦いをしてきた存在と言う事なのだろうか。

黙々と歩く霊夢は、ずっと口を引き結んでいる。

ブツブツ呟いているのは、何かの詠唱か。

いや、違うなこれは。

恐らくだが、相手によってうつ対策を考えながら歩いていると見て良い。

最後尾をマーメイドが固めて、最前列を秀が守ってくれる。

これは秀が化身によって大技を受け流せるのが理由だ。本人がそう言って、最前衛を買って出てくれたのだ。

扉を蹴り開ける。

阿修羅会の者達が、ひっと悲鳴を上げた。

一瞥だけすると先に行く。

拳銃を手にしている手が震えていた。

「降伏するなら何もしない。 逆らうなら容赦しない」

「こ、降伏する! なんとか条約に従って、捕虜として扱ってくれ!」

「お前達が降伏した相手に対して、そんな扱いをしたのか? 笑わせるな」

身勝手な事をいう阿修羅会に、ドクターヘルが吐き捨てる。そして、すぐに人外ハンターを呼んで、身を確保させていた。

彼方此方の部屋で見つかる阿修羅会は、殆どそんな感じで、抵抗もせずに捕まっていった。

たまに恐怖から発砲するものもいたが、僕が手を出すより早く、秀が腕を切りおとしてしまう。

大げさな悲鳴を上げて哀れみを誘う様子が苛立つ。

此奴らが人間を加工して悪魔のエサにして。

それで悪魔から安全を買っていたのは、僕もその加工現場を見たから分かっている。

それで哀れみを誘って、仕方がなかったとかほざくつもりか。

こいつらは見境なく人を喰らう悪魔の同類だ。

だから、腕を切られようが悪魔の餌になっていようが、同情する気にはいっさいなれなかったし。

実際此奴ら自身、何処の世界の何処の法でも、厳罰が下される存在であることは確定である。

阿修羅会の幹部の女になっていた連中もいた。

子供もいるが、明らかに敵意を込めた目で此方を睨んできているし。

彼方此方の街やシェルターで見かけた子供と違って、太っている上に着ている服も露骨過ぎる程上物だった。

反吐が出る。

子供に手を出すつもりはないが。

なんか分からない言葉をこっちにわめき掛けて来た子供に対して、ワルターが掴むと、天井近くまで放り投げていた。

地面すれすれで掴み、また天井近くまで放り投げる。

それで、恐怖で黙り込む。

児童虐待だとか喚く阿修羅会の女。

お前にそれを言う資格はない。

そうワルターが喝破。

悪いが僕もそれと同意見だ。

掴み掛かってきたところを、僕が延髄に一撃入れて眠らせる。

後は人外ハンター達に任せる。

無駄に殺すつもりはない。

ただ、阿修羅会に股を開いて、それで楽な生活と安全を確保していた代わりに。たくさんの人を赤玉に加工して。それを知りながら、むしろ笑いながら見ていた。

その醜悪な行動と心は、これから徹底的に叩き直して貰う。

それで泣こうが喚こうが知った事か。

更に奧へ。

既に殺された阿修羅会の死体が散らばっている部屋に出た。いずれも幹部級のようだ。どれも抵抗しようと銃に手を掛けて、それでも殺されていた。

やったのはあのトキという暗殺者の子供だな。

そう思って、嘆息した。

阿修羅会の幹部は始末しておけ。

ガイア教団から、そういう指示が出ていたのだろう。悪いが僕には止める気はなかった。

奥の方から戦闘音が聞こえる。

それにしても、かなり地下に潜ってきたのだが。

悪魔の抵抗は既に散発的だ。僕が出なくても、殆どがワルターとワルターが連れている悪魔が片付けてしまう。

体力に自信があるし、霊夢や秀、マーメイドの戦力を温存したいという気持ちもあるのだろう。

それに何より、銀髪の子に人殺しをさせたくない。

そういう気持ちもあるのかも知れない。

戦闘音がしている部屋に入る。

両手に鉈を持ったトキと、灰色の髪の青年が向かい合っている。秀が、ぼそりと呟いていた。

「以前間諜として潜り込んできたハレルヤなる者だ」

「くそっ! 兄貴はやらせねえぞ!」

「そこにいるのが堕天使シェムハザだと知って守っているのか」

「知っている! それでも俺には優しい兄貴なんだ!」

ハレルヤはどちらかというと気が弱そうな青年だが、それでも感じる力に関しては凄まじい。

トキという子は、恐らくこれは気付けていないな。

無視して進んでも良いが、背後から強襲を掛けられても不愉快だ。

僕は前に出る。

トキが獲物を横取りするなと、冷えた声で言ってくるが。はっきり言ってその程度の技量では脅威にならない。

ハレルヤという青年は、ナイフ一本で良く暗殺の専門家とやりあっているなと感心はするが。

潜在能力を引き出し切れていないようだ。

「降伏するなら手出ししない」

「っ……! でも兄貴は許さないんだろう!」

「ハレルヤ、いい。 さがれ」

「兄貴!」

奧から出てくるのは、半死半生の様子のアベだ。

アベは唯一、阿修羅会でまともだと感じた相手だった。だが人間ではないことは既に分かっている。それに全身傷だらけで、何より人間の姿をあちこち保てていない。

余程の強敵にやられたということだ。

アベの正体がシェムハザで、ネフィリムという悪魔にやられたことは僕も聞かされている。

負傷してなおこのプレッシャーか。

いや、これは。

恐らくは、子を守ろうとする獣の気迫だ。

「アベ。 そのハレルヤって子は、人を殺したり、食ったりはしたの?」

「これでも阿修羅会の人間として俺は鍛えて来ました。 しかし、それでも人様に顔向け出来なくなるような事はさせてはいません。 それは阿修羅会ではなく……親としての俺が保証します」

「……兄貴分になっていたのは、気が弱いハレルヤを守るためだったんだね」

「そうです。 もしも俺の子だって事がばれれば、そのまま弱みになりましたから。 阿修羅会はそういう場所です。 愚かな連中を統御するためにも、俺は弱みを見せる訳にはいかなかったんです」

そうか。

トキという子は身動きできずにいる。

それはそうだ。

トキとアベでは、子猫と大猪ほど力の差がある。

銀髪の子が前に出る。そして、咳払いすると、トキとハレルヤを一瞬で気絶させていた。不可視の何かの攻撃だろう。

その手際は、鮮やかすぎるほどだった。

「アベよ。 そなたは阿修羅会で唯一マシな男だ。 降れ。 そうすれば悪いようにはしない」

「貴方が人外ハンター達の長ですね。 それは分かっていましたが、一体何者ですか。 神や悪魔ではないようですが」

「死後に神として祀り上げられはしたが、今はただ眠りから叩き起こされた幽霊にすぎんよ。 それで、降るか?」

「俺はタヤマさんに恩があります。 貴方たちがタヤマさんを許す可能性はない。 ならば、他に手はありません」

銀髪の子に憑いている殿は、大きく嘆息していた。

哀れみを込めた目。

或いはこういう不器用でだが強い信念を持つ相手を、たくさん斬ってきたのかもしれなかった。

「……そうか」

「僕がやりましょうか」

「いや、わしがやる。 アベ、いや堕天使シェムハザ。 ハレルヤと言ったか。 この者の身の安全はわしが保証しよう」

「感謝します」

アベの体が膨れあがる。

堕天使というには、両の翼をもがれてしまっている。

さっとマーメイドが、ハレルヤとトキを回収。二人とも縛り上げていた。

僕はワルターとともに前衛に出る。

銀髪の子はすっと身を低くすると、吠え猛るアベに向かって、正面から突進。アベは巨大に膨れあがった腕を振るって、叩き潰しに行く。

銀髪の子が加速。

腕の一撃を横っ飛びに回避。

追撃を掛けようとしたアベの腕が、根元から切断されていた。

大量の鮮血をブチ撒けながらも、アベは踏み込み、もう一本の腕で追撃を掛けようとする。

だが天井近くまで跳躍した銀髪の子が、多数の不可視の弾丸を叩き込み。アベの全身が穴だらけになる。

着地。

更に左右にステップしながら、間合いを侵略する。アベはそれでも踏みとどまり。血を吐きながらも、残ったボロボロの腕を振るって迎撃。殿は悪あがきをといわんばかりに、不可視の質量体で、腕をねじり潰していた。

あれは、金砕棒か。

僕が使っていたとんぼちゃんに形状が似ている。

更に、横殴りの一撃。

丸く体がえぐれたところからして、恐らくは球体による一撃だ。ぐっと呻きながら、両腕を失ったアベはそれでも両足で踏みとどまり、至近から銀髪の子に蹴りを叩き込む。

光の壁で防ぐ銀髪の子だが、弾き飛ばされて吹っ飛ぶ。

それでも転ぶことなく、着地。

とにかく立ち回りが冷静だ。

今のも光の壁を破壊される事を想定して、それで最初から後ろに飛んでいたのだ。

詠唱を開始するアベ。

なりふり構わず勝ちに来ている。

殿は嘆息したようだ。

銀髪の子は目を閉じると、詠唱を始める。

詠唱が終わるのは、ほぼ同時。

僕は念の為、アナーヒターとラハムを呼び出し、壁を展開させる。ヨナタンも天使達を呼び出し、壁を展開させていた。

「勝たせて貰いますよ、人界の英雄!」

「貴方は悲しい人。 でも、この下にいる悪い人を倒さないと、もっと悲しい人が増える。 だから、勝たせて貰うね」

この声。

あの銀髪の子の声か。

初めて聞いた。

ちゃんと喋れるのか。

或いは、敬意を払える存在に出会って、その最期を見届けると決めたからか。

普通の穏やかな女の子の。いや、年齢に不相応なほど落ち着いた声。この子がどれほどの地獄を見てきたのか。この声だけで分かる程だった。

烈光を、アベが放つ。

それに対して、銀髪の子が放ったのは、全域を抉り取るような術式だった。

一瞬だけ、巨大な異形が見えた気がする。

アベが放った烈光は、恐らく、アベが万全の状態だったら相討ちに持ち込めるほどの火力があったのだろう。

だが堕天使にとっても象徴であろう翼を失い。

両腕を失い。

全身を穴だらけにされた状態で放つそれは、もはや必殺技とはなり得なかったのだ。

術式は抉り飛ばされて消し飛び。

そしてその余波で、全身の大半を抉り取られたアベは、しばし立っていたが。やがてマグネタイトになって消えていく。

誰かの名前を呟いていた。

それはきっと、ハレルヤという子の母親の名前。

僕は礼をする。

悪魔だろうが、尊敬できる相手はいる。自分の子を守るために、全てを擲った奴を、誰が馬鹿に出来ようか。

激しい破壊に見舞われた部屋で。

悲しい戦いが終わった。

ドクターヘルが、馬鹿者がと嘆くと。捕獲したトキとハレルヤを回収するようにと、人外ハンター達に連絡を入れていた。

 

そこからは、誰も迎撃には出てこなかった。

勿論市ヶ谷に行かず各地に逃げ散った阿修羅会もいるだろうが、今頃奴らの所業は誰もが知ることになっている。

奴らの居場所なんかもう東京の何処にも無い。

狩られるだけだ。

そして誰もそれを助ける事はないだろう。全ては自業自得という奴である。

「アベ、たいした奴だったな。 親になるってのは、ああいうことなんだろうな」

「ああ。 阿修羅会に体を売って子供を産んだ親とはまるで別だった」

「あのような立派な殿方も堕天使だったのですわね。 まったく、何が堕天使の基準なのか、ますます分からなくなりましたわ」

イザボーも嘆く。

それはそうだろう。

愛と忠義に殉じた男の姿を間近にしたのだ。

恋愛が大好きなイザボーにも、思うところはたくさんあったに違いなかった。

殿は何も言わない。

恐らくあんな相手を、たくさん斬ってきた。その僕の予想は、外れてはいないようだった。

霊夢が足を止める。

それで、全員がぴたりと足を止めていた。

「いるわ」

「……血と草の臭い、至近だね」

「それにしても草の臭いってなんだよ。 農作業してると分かるものなんか」

「うん。 それにしてもおかしいね……」

なんというか、戦士とあまり合致していないというか。

ともかく、非常に厳重そうな扉に出る。

ドクターヘルが前に出ると、すぐにそれを開けてくれた。何重にもなっているそれは、力尽くでは僕達でも開けるのは苦労しそうな代物だった。科学技術で開けてくれるのなら、それは有り難い。

左右に開く重そうな扉。

奧には広い広い空間があって。

座り込んでいるタヤマと、散らばっている酒瓶。

それに、それを軽蔑しきった目で見ている、不思議な仮面をつけた男がいた。霊夢が、即座に特定する。

「間近まで気付けなかったわけだわ。 多数の人格が入り交じり、その本来の姿を隠している。 草の臭い、それは正解よ。 草薙の剣を用いて火攻めを回避した逸話を持つ英雄。 日本神話最古の、人としての英雄の主。 日本武尊ね」

「へへへ、ようやくきなすったか英雄方。 俺の王国を全部ぶっ潰して、何もかも奪って満足かい?」

「その体で酒なんか飲んでると死ぬよ」

タヤマに僕が指摘する。

此奴は病気だ。

手足にろくに血が通っていない。それは恐らくでは無く、確定で贅沢な生活をしていたからだ。

特に酒。

ヨナタンやイザボーにも確認はしてあるが、やはりラグジュアリーズにはこいつと同じような病気になるものがいるそうだ。

若い頃から酒を浴びるように飲んで。

それでこういう病気になる。

ドクターヘルが解説してくれる。

「症状からして糖尿だ。 それも遺伝性ではなく後天性のな。 本来なら薬や治療設備もあるんだが、此奴が皆壊して殺したから誰にも治療できん。 それに重度になると何をしても手遅れだ。 どの道其奴は長生き出来ん」

「そういうことよ。 ひひっ。 だから酒ぐらい好きに飲ませろや、ああん?」

「そのお酒にしても、他の人が誰も飲めないくらいの貴重品を勝手に独占したものでしょ。 そんなに酒ばっかり飲んでいたからその病気になったんじゃないのかな」

僕としては以前此奴に対しては全力でキレた。

だからもういい。

今は頭もいたって冷静だ。

これで分かったが、既に此奴には出来る事なんて一つも無い。縮退炉について知識があったとしても、手元がふらついてまともな操作なんてできないだろう。

へらへら酒の力を借りて笑っている姿は。

死刑を執行される前の罪人同様だった。

こんな奴が東京を支配したから、全てが狂ったんだ。それがよく分かったから、僕は此奴には同情しない。

ただ、軽蔑だけする。

タヤマは、側に立っている最後の必殺の霊的国防兵器に命令を出す。

「日本武尊よう。 どうだ、お前が望んでいた英雄達が来たぞ。 殺し合えよ」

「……」

無言で前に出る甲賀三郎と南光坊天海。

日本武尊は反吐が出るような表情で飲んだくれているタヤマを見据えると、前に出ていた。

これは、なんとなく分かる。

武人として、最後の名誉を守りたい。

そんな気持ちなのだろう。

気持ちはわかるが、それでも。あまり良い気分はしなかった。

日本武尊が言う。

「今の私はタヤマの犬だ。 すまない。 あまり加減は出来ない。 この愚かな男に制御用の札を、この国の大臣が渡さなければこんな事には」

「大臣が?」

「……大戦の混乱の中で、まだ権力にしがみついていたこの炉を作った大臣は、誰でも良いから護衛を欲しがった。 自衛隊も在日米軍も、大臣を罪人として追っていたからな。 そんな中、大臣が唯一手を借りられたのが阿修羅会だった。 阿修羅会の上部組織も大臣を追っていたからな。 タヤマはその時だけ頭が働いた。 アベも側にいたから、余裕があったのだろう。 タヤマは戦力を温存しながら力を蓄え、東京が闇に閉ざされ、悪魔討伐隊の戦力が消耗しきるのを確認してから、我等を従えて闇から這い出たのだ」

「おう、そうだそうだ。 何しろ何もかも力を持つ奴は死に絶え、三英傑しかのこらなかったからな。 三英傑も大天使どもとの戦いで手一杯。 だったら俺にもチャンスがあるよなあ!」

タヤマが酒に狂って喚く。

首を横に振る日本武尊。

心の底からタヤマを軽蔑しているのが分かった。

どんと酒瓶で床を叩くタヤマ。

「さっさと殺せ日本武尊! 其奴らを皆殺しにした後、この炉を暴走させてやる! 何も手に入らないんなら、全部ぶっ壊してやるまでだ! ひひひっ! どうせこの東京、ほっとけば悪魔か天使に食い尽くされるだけだからな! それならいっそ、今ひと思いに楽にしてやんよ!」

「口だけだ。 そんな事を出来る手段を奴は知らない。 だが、私が奴の命令に逆らえないのも事実。 この情けない犬を、叩き斬れ。 未来の為にも!」

日本武尊が、数体に分裂する。

ぎょっとしたが、霊夢が来ると叫んでいた。

これは、総力戦だな。

あれは残像の類じゃない。ほぼ確定で、全てが力を持った分身だ。元々凄まじい力を持っている。

その上霊夢がいうには、多数の人格を持つ存在。ならば、人格ごとに肉体を作り出せるのかも知れない。

全員が散る。

戦闘が始まる。

阿修羅会を潰しても、まだまだ東京に悪魔はたくさんいる。何を目論んでいるか分からないガイア教団だっている。

それに何より、大天使達は東京を全て滅ぼすつもりだ。それに対処しなければならないし。

何よりも、太陽さえない東京の人々を、如何にしてか救い出さなければならない。

真っ先に突っ込んできた日本武尊を、僕がオテギネをしごいて迎え撃つ。

ワルターも、秀も、銀髪の子も、マーメイドも。ヨナタンも。

それぞれ武技を悪魔を展開し、交戦を開始。

イザボーは飛びさがると、詠唱を開始する。イザボーの悪魔も全て展開され、イザボーを守る。

げらげらと笑うタヤマの声だけがノイズだ。

「あひゃははは! みんな死ぬ! みんな死ぬんだあ!」

その声には、もはや哀れみすら感じなかった。

 

3、陥落する武神

 

霊夢がなにかの神降ろしを始める。

僕はそれを確認しつつ、斬り込んでくる日本武尊と渡り合う。体を分裂させたこともある。しかもその内二体は、甲賀三郎と南光坊天海と渡り合っている状態だ。元が如何に強くても。

いや、違う。

これは勝つための戦術じゃない。

恐らく、負けるためにわざと。

目一杯の抵抗と言う訳か。僕はぎりと歯を噛むと、激しい剣戟を日本武尊とかわす。

広い広い空間だ。

奥にあるのは、縮退路というやつだろう。かなり頑丈に作ってあるらしいが、それでも戦闘の余波が直撃するのは避けたい。

振り下ろされた剣を受け流しながら、流れるように回し蹴りを叩き込む。腕を盾にして、一撃を防ぐ日本武尊。

いきなり細身だった体が筋肉質になる。僕は飛び離れ、それを追うようにして日本武尊が飛びかかってくる。

うなりを上げる豪腕が、床を砕く。

ドゴンと、拳が直撃したとは思えない音がしていた。

拳を床から引き抜くと、日本武尊が立て続けに襲いかかってくる。ラハムはアナーヒターとティターニアと一緒に、一体を相手にしている。天使達も総掛かりで一体を。いずれにしても、誰も他を加勢できる状態にない。

これは、拮抗がくずれると一瞬だな。

そう思いつつも、猛攻をいなす。

簡単な相手じゃない。

深呼吸。

大上段に振りかぶった日本武尊。其処に、態勢を低くして、自分から前に出る。その瞬間、また体を切り替えてくる。今度は細身になると、すっと僕の突貫を回避して、それどころか後ろに回り込んでくる。

横殴りの剣。

踏みとどまり、振り返りつつ切り上げる。

火花散る中、僕は更に三十合ほど渡り合う。更に加速。日本武尊は、無言であらゆる技を叩き込んでくる。

やるな。

だけれども、わざわざ負けるために好機を作ってくれている。それが分かるから、余計に負ける訳にはいかない。

鋭い一撃が肩を、股を抉る。

剣の技術だけなら相手が上。これに本来は腕力や速度が数倍になるというわけだ。たまったものじゃない。

だが、その時。

霊夢がぱんと、手を叩いていた。

辺りが凪の海原になる。

勿論沈むことはないが、日本武尊が、その瞬間明らかに動揺するのが分かった。

「大綿津見神!」

「貰ったっ!」

横殴りに、薙をたたき込み。

それで飛びさがった日本武尊に、連続して突きを入れる。

水に足を取られるというよりも、日本武尊の逸話に何か不利な事があったのかも知れない。

今度は日本武尊の全身に傷が増える。

海が消える。

そして、今度は、霊夢が別の神を降ろしたようだった。

出現するのは、猪に大蛇。

それを見て、日本武尊達が、明らかにたじろぐ。これも神話によるものなのだろう。

霊夢はかなり疲弊している状態で、立て続けに神降ろしをしてくれている。この相手だと、自身が直に戦うよりも、こうして支援した方がいいと判断したからだろう。

だがこれは。

相手の心理に訴えかけるようで、卑怯なのではないか。

そう考えた瞬間、日本武尊が吠える。

「かまわん! 外道の犬に変わった私に対しては、どんな手を使っても勝て! それがこの国の未来を開く!」

「あんた立派だぜ! 勝たせてもらう!」

ワルターが攻勢に出たようだった。ワルターの手持ちの悪魔達が、一斉に日本武尊を攻め立てているのが見える。

僕も、勝たせて貰う。

態勢を整えると、真っ正面から全力で突きに行く。動揺もあるのだろう。態勢を立て直すのが遅れた日本武尊。

そこに僕は、貫を全力で叩き込んでいた。

吹っ飛んだ日本武尊が、塵になって消えていく。これでやっと一人。周囲を見回す。

ヨナタンが苦戦している。天使部隊を殆ど失い、ヨナタン自身が渡り合っているが、劣勢は明白。

躍りかかる。

そのまま、ヨナタンに斬りかかっていた日本武尊に蹴りを叩き込む。それを余裕を持って防いでくるが。

その時、ドミニオンが日本武尊に組み付いていた。

「今です!」

「その通りだ! やれっ!」

日本武尊自身が叫ぶ。なんと悲しい話か。ヨナタンが剣を日本武尊の胸に突き刺す。相変わらず、剣で突き刺すのは完璧に近い手腕だ。

それでも死にきれない日本武尊が、ドミニオンを瞬時にバラバラに切り裂き、ヨナタン自身も蹴り飛ばす。

だが、その瞬間。

僕が日本武尊の首を叩き落としていた。

塵になって消えていく日本武尊。顔を上げる。次。

ワルターは互角か。仲間達と連携して頑張っている。甲賀三郎、南光坊天海、殿、秀。それぞれ互角にやり合えている。マーメイドはやや有利というところか。床を潜ったり出たりを繰り返して、変幻自在の戦いで日本武尊を翻弄している。

劣勢なのはイザボーの前衛になっている悪魔達。

必死に戦っている悪魔達が、次々に蹴散らされ、イザボーも相手が速すぎて魔術を当てられていない。

手が空いたヨナタンが、魔術を広域に展開。

回復の魔術だ。ヨナタンは口から溢れた血を拭いながら、僕に頷く。

ラハム達も、どうにか押されつつも踏みとどまっている。それならば。

僕は一直線にイザボーと戦っている個体に向かう。その瞬間、不意に殺気。オテギネを振るって弾いたのは弾丸。

弾丸を放ったのは、タヤマだった。

「ヒャハハハハ! 弾丸も通じねえや!」

「……」

まあいい。

放置して、そのまま日本武尊に突貫。

日本武尊は、横っ腹に僕の突撃を受けるが、それでもまだまだ余裕。片手間にナタタイシを地面に叩き付け、回し蹴りを叩き込んでくる。

まだ全体的には若干不利か。

ヨナタンが天使の生き残りを向けて、タヤマを組み伏せさせる。

タヤマがひっと悲鳴を上げたが、日本武尊は助けにもいけない。これで横やりはもう入らない。

それに全身に力が満ちる。

回復が進んでいる。ならば、いける。

剣。

態勢を低くした日本武尊が切り上げてくる。

これが好機だ。

僕は敢えてさがりつつそれを受け流し、上段からの必殺の一撃を誘発する。日本武尊は、恐らくだが分かっていてそれに乗る。

例え操作されていても。

それだけの事が出来る意地がある、と言う事だ。

イザボーが放った大火力の魔術が、日本武尊を焼き払う。全身を焼かれ、動きが止まった所に。

滅茶苦茶に蹂躙されていたイザボーの仲魔達が殺到。

全身を串刺しにされた日本武尊が、塵になりながら消滅していく。

呼吸を整える。

イザボーも限界近い。

英傑達の誰かに加勢して、一気に形勢を変えるか。それとも。

僕が視線を向けたのは、ラハム達だ。ラハムとティターニアとアナーヒターが、必死に日本武尊を食い止めてくれている。

迷う事なんかない。

直行する。

日本武尊が振り向いた瞬間、ラハムが息を合わせて、蛇の髪で飽和攻撃を仕掛ける。霊夢の蛇を見て何か思うところがあったようだし、少しだけ隙が出来る。即座にラハムが斬り倒されるが、その瞬間。

逆側に回った霊夢が、多数の針を一斉に投擲していた。

全身に針が突き刺さった日本武尊。

其処に浄化の水で全身を拘束。僕も気合いを入れて、オテギネを突き込む。

だが、連戦の疲れが出たのか、弾き返される。

雷撃が直撃しても、なおも平気な様子の日本武尊が、吹っ飛んで肩で息をつく僕を見据える。

「先ほどから獅子奮迅の活躍のようだが、もう息が上がったか。 それでこの国を守れるというか。 タヤマごときの犬と化した私など、さっさと討ち取って見せろ!」

「貴方は死にたいんだね」

「そうだ。 元々非人道的な方法で先の大戦時に作られたこの札は、我等を召喚して我欲で使うためのものだった。 こんなものは無い方が良い! 我等が先の大戦で敗れたのもそれが理由だ。 我等を道具として扱おうなどとした行為は、常に我等と共にあったこの国のあり方に背く反逆だったのだ!」

先の大戦。

そういえば、そんな話をドクターヘルがしていたか。

天使達が東京を焼き払った大戦の、八十年も前に起きたという大戦争。

そうか、必殺の霊的国防兵器とやらは、その時に作りあげられたのか。

此処を崩せば、後は互角の戦いをしている場。それらに加勢すれば、後は雪崩を打つようにいける。

霊夢も立て続けの神降ろしであまり状況が良いとは思えない。しかし、無理をしても、勝てる相手ではない。

すっと槍を立てて、構えを改める。

頷くと、日本武尊は剣をしまって、手を掛ける。

相手は鞘の中を走らせる事で剣速を上げる武術を使うつもりだ。居合いと言われているものだ。

本来は鎧を着た相手には効果が薄いものなのだが。僕は鎧は着ていない。それにこれほどの武人が、神の剣を手にしてそれをする。

文字通り必殺の技となるだろう。

だが、僕はゆっくりと槍を、オテギネを正面に構え直す。

霊夢は少し距離を取ったまま、様子見。

日本武尊と僕は少しずつ間合いを詰め。それに対して、ダメージが大きいラハム達は介入できる状態にない。

勝負は一瞬で決まる。

仕掛ける。

仕掛けて来たのは、日本武尊。ふっと二歩ほど踏み込むと、恐ろしい程伸びる居合いを放ってきた。

無言で、剣筋を見切る。

剣筋を見切るために、相手に向けてオテギネの穂先を向けたのだ。

そうか、これほどに伸びてくるのか。かわす術は、一つしか無い。

僕はそのまま、オテギネの柄を斜めに刃にぶつけつつ、突貫。相手に組み討ちに持ち込む。

その過程でざっくりと刃が体に突き刺さるが、この程度。

ねじり上げるようにし、火花散る居合いの刃を弾きながら、組み討ちに持ち込んで、地面に押し倒す。

日本武尊は即座に対応しようとするが。

その時、僕の動きを読んだラハムが、深手を受けて床に倒れたまま、それでも蛇の髪を一斉に日本武尊に食いつかせていた。

大量の血が飛び散る中、刃は更に僕の体に食い込んでくる。

僕はそのまま、決死の覚悟で日本武尊を抑え込む。

ぐっと歯を噛みながら、押さえ込み続けて、やがて。

その力が抜けるのを感じた。

この日本武尊は、恐らくもう。

最後に僕に技を見せるつもりだったのだ。

血がドバドバ出てる。すぐに駆け寄ってきたイザボーとヨナタンが、回復の術を掛けてくれるけれど。

僕は顔を上げて言う。

「僕は良いから! 皆に加勢を! もう少しで斃せる!」

「フリン、君は……!」

「分かりましたわ。 ヨナタン、回復のために天使を展開して。 わたくしたちは……マーメイドの支援に回りますわよ。 彼処が一番戦況が良さそうですわ!」

「そうだな、そうしよう!」

意識がちょっと薄れてくる。

霊夢も戦闘に戻った。

大丈夫、目が覚めたときには、もう戦闘は終わっている。今の刃、傷口が熱くて、痛いというよりも何だか不思議な気分だな。

そう、僕は思った。

 

最後の日本武尊が倒れる。

まだ倒れて意識が戻っていないフリンに、天使達が集って回復の魔術をかけ続けているのを横目に。

日本武尊の倒れた地点に出来た小山のような岩の塊から、霊夢は札を回収していた。

これが制御用の札だ。

こうして将門公以外の必殺の霊的国防兵器は全て沈黙したことになる。

皆、手傷を少なからず受けているが。

それでも完全勝利と言えた。

「なーんだ、負けちまいやがったよ、ひくっ……」

完全に自棄になっているタヤマは、泥酔したままそんな事をほざく。ワルターが危険な目をして近寄ろうとしたが、霊夢が手を横に。

ワルターがどうして止めると言うが。

霊夢としては、止めるつもりなんかない。

ドクターヘルが炉を調べ始める。同時に、ヨナタンが連絡を入れていた。

「炉の状態は問題ないのう。 わしが施した暴走対策用のプログラムはきちんと動いておるわい。 ただ……」

「ただ、どうしたんだドクター」

「何度も不正アクセスを試みた跡があるのう。 しかも何回かはかなり惜しい所までいっておる。 誰がやったかは知らんがな」

そうか。

縮退炉というものの仕組みは既に聞いている。

だからそれが悪用されないのなら、それでいい。

うめき声を上げて、フリンが起き上がる。

日本武尊に対する獅子奮迅の活躍で、劣勢をひっくり返す切っ掛けになった張本人である。

もうちょっと体調が戻っていれば、霊夢ももっと加勢できたのだが。

連続で無理をしたツケが出ている。戦闘では、日本武尊のペースを崩すので精一杯だった。

今回の戦いの勝利の立役者は、間違いなくフリンだ。

フリンはラハムに肩を借りると、炉のところまで来る。

ドクターヘルが肩をすくめる中、隣に倒れているクズを冷たい目で見やった。

天使が抑えている其奴が持っているボタン。

何度も押したようだが。

縮退炉は起動などしなかった。

それはそうだ。

起動しないように、ドクターヘルが細工をしていたのだから、

ボタンを霊夢が奪い取る。

天使に離れるように指示。

やる事がある。

「解毒の魔術使える悪魔出してくれる。 酒に潰れたの、それで解除できるから」

「分かった」

ワルターが悪魔を呼び出す。

あれはデュオニソスか。

ギリシャ神話における酒の神バッカス……と一般的には思われているが、違う。実は酒と薬物で狂乱状態のまま、欲の限りを尽くす業が深い淫祠邪教の神だったものが、ギリシャ神話に取り込まれたものだ。

つまるところ酒の神と言うよりも狂気の神に近い。

ディオニソスは全身が黄色と緑の斑模様の彫りが深い顔の男性神格で、だが明確に目がおかしかった。

ディオニソスはまさに適役だろう。

魔術を掛けて、一瞬でタヤマを素面に戻す。素面に戻った瞬間、タヤマは真っ青になって震え始めていた。

「ま、まてよ! せめて酔ったまま楽に死なせてくれよ! 俺をこ、殺すつもりなんだろ! せめてもの慈悲をくれよ!」

「だそうだけれど殿?」

「わしの治世にあったなら、お前は問答無用で打ち首獄門にしていたわ。 霊夢よ、そなたは何かしら此奴に適切に罰を与えることが出来ると言うのだろう」

「というよりも閻魔に頼まれていたのよ」

札を取りだす。

ひっと悲鳴を上げるタヤマの側にそれを投げつけて、皆に離れるように指示。

誰も、タヤマを楽に死なせてやろうなどと考える奴はいない。

当たり前だ。

東京でこいつが行った事で死んだ人達。

ヒルズの人間加工場を見た者達。

誰が、此奴を許せると思うだろうか。

ドクターヘルですら軽蔑するほどの、我欲を優先し、他の人間の権利も命も踏みにじったクズの中のクズ。

歴史上様々な暴君が出現したが、その中には我欲だけで国を滅ぼした者もいるにはいる。だが、それは例外で、多くの場合は名君たろうとして失敗したのだ。こいつはそれすらない。

タヤマの側の床が、真っ黒に染まる。そして、無数の人影がタヤマの側に出現していた。

「タヤマぁああああ」

「良くも俺を後ろから刺しやがったなああああ」

「地獄で待っていた! お前を地獄につれて行く瞬間をなああああ!」

最初に現れたのは、タヤマが裏切ったらしい兄貴達だろう。

此奴らは此奴らでどうしようもないカスだったらしいが。それでもまあ、同じ場所に連れて行く資格くらいはあるだろう。

無様で情けない悲鳴を上げるタヤマに告げておく。

「あたしや秀が経験しているから言っておくけれど、生きたまま地獄に行く事は可能よ。 あんたの場合は、殺してやる慈悲すらないわ。 そのまま地獄に落ちなさい。 行く先の地獄は阿鼻地獄以外にはあり得ないわ」

無数の手。

黒い手。

いずれもが、タヤマに殺されたものの。タヤマのせいで命を落としたもの。それに地獄の獄卒達の手。

それらがタヤマを掴む。闇の中に引きずり込んでいく。

誰もタヤマを楽にしてやろうなどと考えない。

マーメイドさえ、タヤマを哀れみを持って見つめるだけ。

罪は誰もが犯す。

だが此奴の場合、それの度が過ぎている。

霊夢だって、古くは閻魔にお前は業が深すぎてそのままでは地獄にすらいけないといわれた事があった。

それでも此奴とは違う。

此奴は、人類史に残るレベルのカスだ。

情けない悲鳴と言い訳と繰り言を述べているタヤマが、生きたまま地獄に送り込まれていく。

クズが。

殿がそう吐き捨てた。

そして、大きな溜息をついていた。いつの間にか、其処は静寂になっていた。タヤマは地獄に消え。

阿修羅会はこの瞬間。

完全に崩壊した。

 

市ヶ谷の完全制圧完了。だが、問題は此処からだ。

僕は皆とともに一度外に出て回復に努める。

ドクターヘルの側にはマーメイドについてもらう。あの炉は正直、放置するには危険すぎるのだ。

一応というか。必殺の霊的国防兵器が全滅した結果、市ヶ谷の地下は正常な状態には戻った。

それもあって、本来の地図が使えるようにはなったのだが。

その結果、更によく分からない事ばかりが明らかになってきたのである。

志村さん達にも調べて貰う。

元自衛官だという話で、市ヶ谷には足を運んだことがあったらしい。食堂では凄い量の食事が出て、名物になっていたのだという話を聞かせてくれた。軍人はとにかく使用する体力が凄いらしいので、それで必然的に食べる量も増えるから、だそうだ。

休みながら、話を聞く。

隊服が血で真っ赤だが、別にそれはいい。

回復の魔術も掛けて貰ったし、隊服が血で汚れるのは当然だ。僕はサムライ。殺すのが仕事だし、殺されるのも仕事。

守れればいいが、それと同時に殺している。

血で濡れているのは、最初からなのだから。

しばらく休憩しながら、話を聞く。

それによると、志村さんたち此処の経験者がいうには、明らかに手を入れられた形跡があるという。

市ヶ谷は大決戦が行われた土地で、たくさんの人がなくなった。悪魔がそのまま此処を放置して行ったとは考えにくい。

まだわずかながら生きていた阿修羅会の者達が連れ出されてくる。其奴らは尻を蹴られながらバスに詰められ、つれて行かれた。

あれは武装解除された後、やっていたことを吐かされて、内容次第では悪魔との最前線で肉盾にされるんだろう。そうでなかったとしても、一本ダタラに見張られながらずっと単純作業だ。

それも、自業自得だとしかいえない。

一瞥だけして、思考を戻す。

なんというか、あの地下空間。やはり違和感があったのは、本当だったのか。

霊夢が休むと言って、側のバスに入る。秀は一度シェルターに戻り、其方の守りを確認するそうだ。

シェルターも激戦になったと聞くし、秀が戻ってくれていれば安心するだろう。

日本武尊との戦いでは、激戦の末単騎で競り勝った。僕が気を失った直後だったらしい。ただ、それで自慢の陣羽織がざっくりとやられてしまったそうだ。時間を掛ければ元に戻るらしいが。

応急処置で誰かに縫って貰う意味もあってシェルターに戻るのだとか。

あんな万能な人でも、苦手な事はある。

そう思うと、ちょっと僕でも安心する。

しばしして、フジワラが来た。或いはだけれども、秀がシェルターについて、守りが大丈夫になったからかも知れない。

シェルターの方では怪我人の手当てで忙しいようだが。

フジワラは、炉を見ないといけないと言う話らしい。少し遅れてツギハギも来る。

「霊夢さんはまだ眠っているのかな」

「はい。 日本武尊との戦いでも、何度か神降ろしをしていましたので」

「そうか。 霊夢さん自身も、此方に来て力が上がっているという話だったが、それでもまだ厳しいんだな」

「……或いはそれでかも知れないですね」

霊夢の力が上がっているとしたら。

器としての体がどうしてもついてこられていないのかも知れない。

霊夢は僕と同じくらいの年だと言っていたし、戦士としてまだ伸びる肉体年齢だ。だとすれば、良質な戦闘と取り込んだ膨大なマグネタイト。それに神降ろし、それも大綿津見神などの高位神格を降ろしての神降ろしとなると。

それは肉体が更に強化されるための準備期間が必要で。

疲れと眠気が出るのかもしれなかった。

あまり背は伸びなかった僕だが、それでも成長痛は経験している。

それと同じだと思うと、霊夢も大変だなと思う。

「炉には霊夢と一緒に行くんですか?」

「ああ、そのつもりだ。 あの炉は高位の悪魔達が狙っている。 今は状況が落ち着いてはいるが、それでも専門家を交えて話をしておきたいのでね」

「……分かりました」

「秀さんは興味がないそうだ。 それもあって、シェルターを守って貰る事にする。 ただ、一度だけ一緒に炉に行く事になるが。 休憩が終わったら、一緒に炉に行こう。 皆を交えて、話をしなければならない。 今後の事も含めてね」

そうだな。

僕も分かっているが、まだ何も終わっていない。

東京を闊歩する悪魔。

東のミカド国を壟断する大天使達。

隙あらばその大天使達は東京を全て焼き尽くそうとしているし。

現在確保している大天使達は、解放すればすぐにでも牙を剥く。

そして今の所大人しくしているが、ガイア教団だって何を仕掛けて来るか分からないし、ユリコは倒さなければならない。

タヤマが地獄に文字通りの意味で落ちて。

それで無限炉と言われる縮退炉が悪用される可能性がなくなった。

つまり、直近の破滅の可能性がなくなっただけで。

まだまだ東京の状態は何も改善していない。

だいたい将門公が無理矢理に支えている東のミカド国だって、いつまでそのままでいいものなのか。

無能な王とラグジュアリーズ達。

愚民化されたカジュアリティーズ達。

上にいる大天使達にとっては理想的な状況なのかも知れないが。

そんなものは、許してはおけない。

順番にそれらをあげて、どうするか確認する。

フジワラはそれを聞いて、頷いていた。

「殿に確認を取りたいところだが、まずは炉の安定が最優先だね。 今も市ヶ谷を狙って来ている悪魔は幾らでもいる。 君達が炉の確保に向かっている間でも、地上では激戦が行われていたようにね」

「霊夢に結界を張って貰うのが一番でしょうか」

「それもあるが……今の時点では、必殺の霊的国防兵器にされていた神々英傑達に、自発的に守って貰うのが現実的だと考えている」

「……なる程」

確かにそれもそうだ。

それと、声を落としていた。

「後、今は問題ないが、ドクターヘルが悪さをしないように、出来るだけ炉には触らせたくない」

「現時点では利害が一致していますが、あの人危ない人ですもんね」

「そういうことだね。 今は……恐らく東京が安定して、東のミカド国もどうにか出来て、再び人間が発展し始めて、世界に拡がり始めるくらいまでは大丈夫だろう。 だけれど、あの人は不老の体を手にしている。 恐らく病気にもならない筈だ。 そうなってくると、いずれ炉に何か悪さをして、それが問題になるかも知れない。 本来は世界の敵になっていてもおかしくない人なんだ」

ともに戦った人ではあるが。

確かにあの人の根っこの言動を考えると、今は利害が一致している、以上でも以下でもない。

それもあって、気を付けなければならないのも確かだ。

あの人は、変わってくれるだろうか。

だが、中年を過ぎると人間は変わるのが著しく難しくなると僕は聞いている。ただでさえ、人間は本質的にはほぼ変わらないのだ。老人となったあの人が、今更変われるだろうか。

しばし話していると、銀髪の子が来る。霊夢も起きだしてきた。

霊夢は少し機嫌が悪そうだが、酒を飲んだこともある。多少は回復したようである。

少し時間を取って、じっくり回復したいところだが、そうもいかないのだろう。いずれにしても、まずは皆で炉を見に行く。ヨナタンとワルター、イザボーも来る。ワルターは要領よく一眠りしていたようだった。

マーメイドが貼り付いているから大丈夫だとは思うが。

何が起きるか分からないのだ。

市ヶ谷の地下に入ると、人外ハンター達が運び出しを続けていた。何しろ構造が滅茶苦茶になっていたので、無事な武器や機械類もたくさんあるのだ。

死体も片付けを行っている。

此処で倒れた自衛官の古い亡骸も見つかっているようだ。カガがお経を上げ、カルラ天が浄化していた。

一礼だけして先に行く。

これらは彼等に任せてしまって良いだろう。

最下層に、炉はある。

また複雑な仕組みの戸を開けて、内部に入る。

マーメイドが唄っている。

そして、ドクターヘルが腕組みしてずっと考え込んでいた。

「む、来たか」

「どうしたんですか、ドクター」

「いや、何かバックドアみたいなのを仕込もうとした形跡があってな。 悪魔が直に乗っ取るのは上手く行かなかったと見るや、電子的なハッキングを掛けようとしたようなのだ。 ログを見る限りは上手くはいっていないが、誰がやったんだろうな」

バックドアなどの用語はフジワラが解説してくれる。

僕は頷くと、次の瞬間、霊夢とマーメイドと、ほぼ同時に反応していた。

その場にいる筈がない人間がいる。

あのヒカルという女だった。

フジワラとツギハギも遅れて反応。二人とも老いたりとはいえ歴戦の戦士としての動きである。

銀髪の子も飛び退いて、警戒態勢に入っているが。

同時に。

もう一人、この場にいるはずがない存在が出現していた。

緑の服と帽子を被った、ひょうひょうとした青年だ。

「タヤマが倒れたと聞いて、様子を見に来たのだけれども。 思ったのと炉の状態が違うわね。 異界へのゲートと化していると思ったのだけれど」

「おや、貴方もそうか。 私も此処を見に来て、それで少しは面白い状態になっているかと思ったのだが。 別の意味で面白くなっているようだ」

青年がヒカルに帽子を取って挨拶をする。

皆が見ている前で、ヒカルがくすくすと笑った。

「それで? 大天使達に殺されず生き延びた神々を集めて何を目論んでいるヴィシュヌ。 いや、ヴィシュヌとしての体は失って、今はクリシュナになっているのだったか?」

「そういう貴方こそ、随分と今回は穏健的ではないか。 東のミカド国をまるごと食い荒らしても良いくらいだろうに」

勝手に話を始める二人。

青年はクリシュナというのか。

いずれにしても、咳払いしたのは霊夢だった。

「勝手に話を進めないでくれるかしら?」

「あら、大いなる空を飛ぶ巫女さん。 英雄の皆も概ね揃っているようですね」

「相変わらず殿方に媚びたその言動、吐き気がしますわ。 しかも分かってきましたけれど、あなた女性ですらないですわね」

「なかなか鋭いお嬢さんだ。 言われているぞ明けの明星。 なお、男性ですらないのは私もだよ。 神々や悪魔は完全性を示すためか、半陰陽である事が多い。 私の主神格であるヴィシュヌも、化身にもよるが半陰陽であるのさ」

クリシュナとやらが言う。

そして、ばちりと火花が散るが。

先に引いたのはクリシュナだった。

「最大の懸念点である大アバドンが落ち着いているのを見て安心した。 近々正式に挨拶に伺うよ。 それではね……」

ふっと消えるクリシュナ。

ヒカルもそれで帰ろうとするが、待ってと声が掛かる。

マーメイドからだった。

「あら、可愛い人魚さん。 ……いや、それにしては力が大きすぎるな。 その様子だと、かなり今の状態でも弱体化しているようだが」

「これを食べて。 私の大事な人から預かってきています」

「……? ! これは!」

マーメイドが差しだしたのは、なんだ。だが、ともかくヒカルという女は飛びつくと、よく分からないそれを貪り喰らう。白目を剥いて、とても今までの可憐な女とは思えない姿だった。

ほどなくごきゅりとおぞましいまでの音を立ててリンゴだろうか。そういうものに見えたものを飲み下すと。

ヒカルは、じっと黙り込んだ。

「おい、勝手に話を進めやがって! なんだってんだ!」

「……これは。 そうか、そういう事だったのか……!」

「理解したのなら、次善の策がある筈。 私の大事な人からの言づてよ」

「分かった。 持ち帰って検討する。 ちっ。 まさか座がこんなことになっているとは思わなかった」

ヒカルがかき消える。

僕も霊夢も動けなかった。最大戦力の僕と霊夢に、ヒカルはずっと戦意をぶつけていた。それだけで、動けなくなるには充分だった。

殿が言う。

「マーメイド。 そなた何者だ」

「一番大事な役割は果たせたわ。 だから話しておくわね。 私は、別の世界から来たの。 この世界ほどは酷くないけれど、それでも東京が滅んでしまった世界。 その世界を、平行世界を渡りながら、何度も何度も救った人が私の大事な人。 手近な平行世界をすべて救った後、あの人の願いで私と同じような存在が、色々な世界に飛んだわ。 無駄な破壊と、破滅の未来を避ける為に」

そうか。

前から別世界の話は想像できていたが、そうだったのか。

殿は腕組みして、戻り次第詳しく聞かせろと告げ。

マーメイドは、寂しそうに頷くのだった。

 

4、新たな局面へ

 

市ヶ谷に結界を貼り、更には甲賀三郎と南光坊天海に守りを固めて貰う。他の必殺の霊的国防兵器の内、オモイカネは比較的容易に復活させられそう、ということだ。逆に日本武尊は大綿津見神を霊夢が神降ろししてやっと、ということだそうだが。

ただ、僕達も力が上がっている。

そろそろ他にも、色々出来る事が出てくるかも知れない。

裏技ではなく、実力で必殺の霊的国防兵器を悪魔合体で呼び出せるようにするとか。

ともかく、シェルターに戻る。

市ヶ谷には、これから純喫茶フロリダの機能を移して、第二の人外ハンターの拠点にするそうだ。

縮退炉はドクターヘルが現状維持の状態にしたので、それまで。

一度市ヶ谷に散らばっている兵器の残骸の回収と復旧に努めて欲しいとフジワラが頼み。

まあそれも仕方がないかとドクターヘルも納得していた。

納得した理由は簡単だ。

あのヒカルという奴の本性と。

それに、クリシュナという奴の実力。

それらを間近で見たからだ。

あれは実力伯仲だった。

あの場で二体が戦いはじめたら、あの場の全員が倒されていただろう。帰路、それは話しておく。

殿も、それは認めていた。

帰路のバスの中で話す。

「どうやら東京は新しい局面に入ったようだな。 今後更に荒れることを覚悟しなければなるまいて」

「次はどうするんで?」

「不安要素を一つずつ排除する。 まずは市ヶ谷を固める。 霊夢よ、頼めるか」

「ええ、分かっているわ。 少なくともあと二三体、必殺の霊的国防兵器をよみがえらせる必要があるわね。 元、というべきかしら。 今後は自分の意思で従って……いや協力してくれるはずよ。」

戦闘力が劣る八十禍津日と、霊夢がある程度縁があるオモイカネが候補に挙がるらしい。この二体なら、大綿津見神を神降ろしすれば、それほど疲弊せずに呼び出せる可能性が高いそうだ。

「次は東のミカド国だ。 大天使どもの形を変える」

「いよいよですわね」

「ああ。 東のミカド国を壟断していた大天使達を排除する時が来た」

イザボーとヨナタンが乗り気である。

僕としては、それでいいのだろうかとちょっとだけ思った。他にも懸念事項があるからだ。

ともかく、東のミカド国も、どうにかしないとまずいだろう。

咳払いすると、殿が言う。

「政にかんしてはわしに任せておけ。 東のミカド国とやらの状態は把握しておる。 ヨナタン、そなたの悪名を利用するぞ。 悪いが、彼方で王になって貰う」

「えっ……」

「実際の血縁なんぞどうでもいいわ。 実際問題、わしの生きた時代では、「家系図」を作るのが流行っておってな。 誰も彼もが、ありもしない先祖からの血縁をねつ造して、それで偉大な血を引いているなどと自称していたものよ。 馬鹿馬鹿しい話だが、バカ相手にはそれで充分だと言う事だ。 政治の方は任せろ。 数ヶ月ほどで安定させてやる。 ただその間、ある程度の鉈を振るうことになるがな」

ヨナタンがしばらく黙り込んだが。

分かりましたと、覚悟を決めた顔で頷いていた。

向こうで数ヶ月だと、こっちだと数日か。

幾つかの事を平行でやるしかないか。

殿が手を叩いて、順番に話をする。

「というわけだ。 まずは霊夢、必殺の国防兵器の復活からだ。 まだ残念ながら少し実力が足りんのであろう。 負担は掛かるが、神降ろしからの悪魔合体を頼むぞ」

「ええ、それしか無さそうね」

「その後は大天使達をどうにかする。 そもそも調べて見たが、あれらは一神教成立前から各地で神として崇められていたものであろう。 その状態にせよ。 それで軛を脱することが可能となる」

「負担が大きいけれど、まあどうにかするわ」

その後、僕達と殿で、スカイツリーを昇り、奈落経由で「古来の本来の姿」になった大天使とともに東のミカド国へ行く。東のミカド国のターミナルを殿は登録しておらず使えないので、殿を護送して連れて行く事になる。直に登録しないとその場所にいけないのが、ターミナルの不便な所だ。

そして、もう一つ。

「マーメイドよ」

「はい……」

「それで、そなたは何を目論んでいる」

「少し長い話になるの。 シェルターで話しましょう。 でも、この世界を悪いようにはしないし、させないとだけ」

そうかと、殿はため息をついた。

僕は話が終わった所で、皆に提案しておく。

「じゃ、シェルターに戻るまで休憩しておこう。 これからまた忙しくなるし、横やりが入る可能性も高いしね」

「賛成だ。 それに、まずお前、その服洗濯しろ。 後、傷は大丈夫なんだろうな」

「問題ないよ。 これでも体は丈夫だし」

「いや、驚異的ですわ……」

イザボーが呆れる。

ちょっとだけ空気が柔らかくなったかも知れない。

東京を大アバドンが飲み込む事態はかろうじて避けられた。だけれども。いきなり二体の強大な存在が姿を見せた。

その存在らが何を目論んでいるのかはまだ分からない。

目論み次第では戦う事にもなりうる。

あれらの実力は、日本武尊よりも更に上だとみた。

だとすれば、なおさらに。

まだ、力が足りない。

ただ、力を錬磨しなければならなかった。

僕に出来るのは、一筋の槍として、困難を貫くことだけ。そのために僕は。まだまだ倒れるわけにはいかない。

 

(続)