大アバドンは眠る

 

序、腸の地下

 

ヒルズの地下へ移動する。地上部分の制圧は完了しており、其方へ移動するのは特に問題が無い。

激しい戦闘で一階は滅茶苦茶だったが、このビルという建物はそもそも一度ひっくり返されているのだ。

それを考えると、滅茶苦茶に一度され。

それを再利用した、といえる。

彼方此方で灯りが照っているが、それも後から取り付けたらしく、あからさまにテクノロジーが低い。

ドクターヘルが鼻を鳴らしていた。

「見境なく殺すから技術者もいなくなる。 身内だけ守っても、こういう所で作業を出来る人間がその中にいるとは限らん。 阿修羅会とやらの愚かさは犯罪的よ」

「確かに歩きにくくてかなわねえな」

「エレベーターとやらも動いていませんわね。 階段をいくしか無さそうですわ」

バロウズの指示で移動して行くが、途中で悪魔はほとんど見かけなかった。というか。番兵がいるようには思えない。

あの南光坊天海の圧倒的な強さに依存しきっていたのだろう。

倒されるとは想定もしていなかった、ということだ。

まあ、無理もないか。

あの実力、もしも枷がついていなかったら勝てなかった。

銀髪の子を一瞥する。

もしもこの子がいなくて。殿もいなかったら。此処を攻略するのはずっと後になっていただろう。

後付けで無理に作られたらしい階段を下りる。

かなりがたついているので、気を付けるように声を掛けながら降りて行く。

地下に進むと、嫌な臭いがした。

この臭いは分かる。

死臭。

それも、かなり古いものだ。

僕が先頭になって足を踏み入れる。戸を開けると、其処はもう既に地獄だった。

ぶちまけられたままの血の跡。内臓らしいものが腐っている。彼方此方に積み上げられているのは人骨で、それを雑多な悪魔が囓っていた。

此処に連れ込まれた人は加工されて、そしてその残りをこういう雑魚悪魔が与えられていたのだ。

無言でオテギネで消し飛ばす。

断末魔もなく消える雑魚悪魔。口を押さえている新米らしい人外ハンター。ヨナタンが祈りの言葉を口にする。

此処からは、迅速な制圧が必要になる。

辺りは半分硝子になっていて、階の全てを見渡すことが出来る。

なんだか寝台みたいなのに寝かされている人がかなりの数いる。ハンドサインを出して、散る。

雑魚悪魔ばかりだ。

分散して、それぞれで片付ける。

どうやら阿修羅会の人間は此処では殆ど作業をしていなかったらしい。

放されている悪魔は戦闘向けの悪魔ではないようだが。

人間の衣服を身につけ。

血まみれの器具を手にして、人の頭を弄っている様な奴が幾らかいた。

上での戦闘音は聞こえなかったのか。

いや、聞こえなかったんだろう。

此処は恐ろしい程静かだ。硝子で区切られている部屋からも、殆ど声は聞こえてきていない。

志村さんが無線を入れる。

「地下二階制圧。 要救助者確認」

「了。 増援を送る。 即座に救出を開始する」

「これ……助かるのか」

「やってみないと分からん。 最悪の場合は、楽にしてやることも考えないといけないだろうな」

ナナシがぼやく。

イザボーは視線を背けていた。

寝台に乗せられている人の中から、比較的無事そうな女性を助け出す。これは。

確か話には聞いていたが、阿修羅会に連れて行かれた女性は、短期間で大量の子供を産まされた形跡があったという。

僕もカジュアリティーズの出身だから、子だくさんな人は見た。半分とまでは行かないにしても、子供は結構簡単に死ぬからだ。だからたくさん子供は産むが、それでも限度がある。

知っている限りだと十人くらいが限界だった筈。

それも一人産むと人間は猛烈に消耗する。これは他の動物もそうだ。子を産んでそれで果ててしまう生物もいると聞くほどだ。

この寝台につながれた女性は、ただ栄養だけを注がれて、子供だけをひたすら産まされていたようである。

感覚も全て奪われていたようだ。

すぐに医療班が来て、一人ずつ運び出していく。僕は阿修羅会には今まで怒りしか覚えていなかったが。

これは、もう。それすら生ぬるくなってきた。

捕まえた奴を全員この場で首をねじ切ってやりたいくらいだ。

「助かりますか」

「なんとも。 何人かはどうにかなりそうですが、頭に穴を開けられている人は、意識が戻るかはわかりません」

「これが赤玉って奴か」

ナナシが見つけて来る。バケツに乱暴に詰め込まれている、禍々しい赤い色の球体。血の臭いが露骨過ぎる。

ドクターヘルが何か機械を調べていたが。やはりなと呟いていた。

「成分などは分かっていたが、これではっきりした。 この赤玉というのはな、人工的に作りあげた食用の人間だ」

「食用の人間だと……!」

「悪魔が好むのは人間の感情とマグネタイト。 それに目をつけたやつがいたんだろうよ。 赤玉の成分は人間の脳内物質と血であることは分かっていたが、これらの装置で人間の感情を過剰に発生させ、それで脳内物質を大量に作り出させた。 そしてそれを脳から直に吸い上げ、マグネタイトも混ぜ込んで、球体にしていたというわけよ。 霊的な処置とやらをしているかも知れないが、それはまだ解析しきれておらん。 いずれにしてもそれで一人の人間から大量に悪魔が喜ぶ食用肉を精製していたわけだな」

「誰が考えたんだそんなこと。 考えた奴、殺す」

僕が完全にブチ切れたのを見て、銀髪の子が袖を掴む。

分かっている。

殿の言う事は理解している。

今、此処で怒るべきじゃない。

怒りはタヤマにぶつけるべきだ。それと、この赤玉とか言う代物を喜んでいた悪魔どもにもだ。

志村さんが諭してくる。

「フリンさん、まだ地下に捕らわれている人がいる。 先に進もう」

「うん……」

「きついようなら俺が片付けてこようか」

「いや、きつくはない。 怒りを抑えるのがちょっと大変なだけ」

ワルターが気を遣ってくれる。

だが、僕よりも気を遣うべき相手がいる。間違いなく一番衝撃を受けているのはヨナタンだ。

イザボーも口を押さえているが、ヨナタンはあまりにもの邪悪に、もう言葉も出ないようだった。

人間は、上下関係で相手を判断するとき。

下と見なした相手には、なんでも平気でする。

反社といったか。阿修羅会の連中は特にその思考で動いている存在で、故に下に見た「社会のお荷物」に対してはどんなことでも平気で出来る。

その結実がこれだ。

無言で、救出は他の人達に任せて、僕らは更に地下へと降りる。バロウズがナビを敢えて淡々としてくれているのは、気を遣ってくれていたからかも知れない。

地下に降りると、頭がたくさん着いている悪魔がいた。

堕天使ダンタリオンというらしい。

首から下はラグジュアリーズのような服を着ているが、首の所にひだひだがついている妙な服だ。そして頭がたくさん。

異形だが、戦闘力はそこまで高そうではない。

「おや、侵入者か。 こんな所に何をしに来たのかね」

「わかってんだろ。 お前等を皆殺しにして、此処にいる人間を全員助け出す。 それだけだ」

「助け出すねえ。 この荒れ果てた東京で、助け出しても養う余裕があるとは思えないが」

此奴はバロウズによると知識を司り、他人の心を読むような能力を持っているようだ。僕は頭に来たらしいワルターの袖を引くと前に出る。

ダンタリオンは笑おうとして、それで失敗する。

そのまま僕は、ダンタリオンを上下に両断していた。

悲鳴を上げながら消えていくダンタリオン。他の悪魔も、皆で散って可能な限り迅速に処理。

此処は、さっきと違って加工場じゃない。

服を着た人が収容されていて、なにやらずっと同じような事をしている。

箱に何か映像が映し出されていて。

それを子供みたいに喜んで、おじさんが見ている。

部屋の中を歩き回っているおばさんは頭に何か装置をつけられていて。表情がめまぐるしく変わっていた。

まだ子供の面影を残している男の人は、半裸のままずっと遠くを見ている。

なんだ、此処は。

ドクターヘルが、また機械を操作して、そして呻いていた。

「なるほどな。 此処は加工の前の段階の人間が入れられていたようだ。 此処では主に人間の頭を空っぽにするための処置をしていたらしい」

「頭を空っぽに、だって?」

「上で見ただろう。 彼処の処置室では、赤玉を増やす事、適当な女に子供を産ませるだけ産ませる作業をしていた。 赤玉を作るには人間の感情が必要だが、感情を引き出すためには何も考えていない人間の方が望ましい、そうだ。 これは論文だな。 ほう……」

ドクターヘルが、知らない人の名を呟いた。

志村さんが反応する。

有名人なのか。

志村さんが歯がみしていた。

「あの外道、こんな所にまで悪影響を及ぼしていたのか……!」

「知っている人ですか?」

「大戦の前に、SNS……人々の間で「論客」などと呼ばれていた大学教授だ。 適当な事ばかりほざいていて、それでいてエセ科学の広告塔になっていて。 スパイ活動をしているなどという噂もあった悪辣な輩だったが……こんな最悪の研究を残していたのか」

「だが大した論文ではないのう。 はっきり言ってこんなのが教授なのかと失笑する内容よ。 こう言う場で言いたくはないが、もっとやりようなど幾らでもあると思うがな。 阿修羅会とやらと通じていたのか、それとも後から協力したのかしらんが。 いずれにしてももう生きてはいまいし、地獄が存在するこの世界ではそこであっぷあっぷとしておろう」

カカカとドクターヘルが笑う。

僕は流石に咳払い。

銀髪の子は、大丈夫か。いや、これは。下手をすると僕より怒ってるな。代わりに怒ってくれているようで、ちょっとだけ気持ちが楽になった。

更に地下へと降りる。

巫山戯た真似をしてくれている。

絶対に許しておくものか。

地下への階段は更に複雑だが、なんだか籠みたいなのがある。それを使って、ちいさなものを運んでいたようだ。

ロープを使って、志村さんが行き来をしやすいようにしている。後で工事をしっかりするとして。

この辺り滅茶苦茶なままなのは。

万が一にも人間が逃げないようにするためもあったのだろう。

更に下の階。

悪魔がそれなりにいる。

大きな目を持った、人型の悪魔だ。それらが、硝子張りの部屋に入れられているたくさんの子供を監視しているようである。

下手に逃げ出せばあれのエサと言う訳だ。

「一瞬で始末するよ」

「あれは日本の妖怪だな。 確か一目連というやつだ。 妖怪というより邪神に近い存在だった筈だが、気を付けろ」

「手強いって事だな。 だが、今の俺は負ける気がしない!」

「私もだ!」

僕も負けてはいない。

一斉に襲いかかる。

すぐに此方に振り返った数体の一目連だが、流石に相手が悪い。その場で次々と始末していく。

本来は手強い悪魔なのだろうが。

ずっと地下で見張りについていたこと。それに、此処に乗り込んだ面子の実力もある。その場で即座に解体されていく。

オテギネで目を貫いた後は、蹴り飛ばして後続に任せる。

後続のハンター達が寄って集ってなぶり殺しにするのは放置して、僕は次々一目連を撃ち抜く。

出来るだけ静かに。

早く。

怒りを込めて、貫け。此処にいる時点で、此奴らは殺されるだけの理由がある。許される存在じゃない。

自分に言い聞かせながら、片っ端から始末する。秀と銀髪の子も、最前衛で暴れ回り、敵を一体だって生かして残さなかった。

オテギネを振るって、マグネタイトを落とす。

まだ呻いている悪魔はいたが、それも全て後続の人外ハンター達が仕留めた。少し遅れてドクターヘルが来る。

壮健なことだ。足腰なんか、若者よりしっかりしていそうである。

「子供か。 これも悪魔にそのまま提供したり、赤玉を絞り出すのに確保していたのだろうな。 子供は何も与えなければ感情を引っ張り出すための道具になる、と言う訳だろう」

「悪いけど、ちょっとそういうのは後で解説してくれるかな。 ぶっちゃけキレそうなんだ僕」

「……そうだな。 わしも一歩間違えばこちら側にいた人間だ。 ともかく今は違う。 助け出すぞ。 一つずつ開けるから、中の子供らを確実に安全地帯まで送れ。 まだ悪魔の残党がいるかもしれん。 途中の通路などは特に警戒せえよ」

人外ハンター達にドクターヘルが釘を刺す。

頷くと、戦力で劣る人外ハンター達が、子供を少しずつ連れていった。

子供はリネンというのだっけ。特徴のない服を皆着せられていて、それで栄養も足りておらず。死なないようにされているのだけが一目で分かった。暴力を受けた後も目だっていて、それどころかもう泣くことさえしない様子だ。これは、泣いても無駄だと悟ってしまっているということだ。

目の前で他の子供が殺されたり。

これから加工されるとにやついた阿修羅会の連中に言われたり。

そんな事があったのだろう。

それが容易に想像できてしまうから、僕は正直、殿に事前に言われていなければ。とても平静は保てなかっただろう。

周囲を警戒する。

先にヨナタンは、子供達を連れていくハンター達の護衛に出る。回復したばかりの天使達も全て出して、途中経路の護衛に当てているようだ。

子供は逆らう事もしない。

逆らうと即座に殴られたからだろう。

もうそういう事を出来る状態にないのだ。心身ともに。

流石に力を貴ぶ思想寄りのワルターも、これを見ては平静ではいられないようである。イライラが見る間に溜まっていっているのが分かる。

阿修羅会を滅ぼすべき。

そう殿が言っていたのは、正解だったのだ。

志村さんが来て、経過を報告してくれる。

「バスによってシェルターとの往復を始めています。 途中での護衛のために、秀さんに来ていただきたく」

「分かった。 此処は任せても問題ないか」

「ええ、救出した皆の護衛をお願いします」

「ああ、命に替えても」

秀さんもこれは相当に頭に来ているらしい。

話を聞く限り、戦国の世をも生きてきているらしいが。その基準を持ってしても論外の所業と言う訳だ。

何よりこれは悪魔が考えた事でも、そそのかしたことでもない。

人間が考えてやったことだ。

それを思うと、よりやりきれなくなる。

銀髪の子はじっと周囲を警戒してくれている。

あの子が喋らないのは。

こういう東京で起きている事を知っていたからではないのだろうか。そうとさえ、僕には思えた。

ドクターヘルが彼方此方から情報を回収している。

更に、奧には赤玉が幾つか散らばっていた。

此処の護衛悪魔のエサだったのかも知れない。コレ一つを取りだすだけでも、どれだけ人間を悲惨な目にあわせたのか、考えられないほどだ。

「ぶっ潰してもいいか?」

「ああ、かまわん。 仕組みは理解できた。 こんなものは焼いてしまえ」

「そうさせてもらうぜ」

ワルターが呼び出したのは、あまり格は高くは無いが、全身が燃え上がっている女神だった。

女神サティーというらしい。

その女神が、炎の魔術で赤玉を焼却する。

肉が焼ける臭い。この臭いは、キチジョージ村が焼かれたときに嗅いだものと同じだった。

子供達を順次連れ出して、最後の一人まで助け出す。

更に地下なども調べるが、後は此処を動かしていた機械の設備などが置かれているだけだった。

逃げ込んでいる子供とかがいるかも知れない。

志村さんに一寸法師を出して貰い。

僕達も手分けして、隅々まで探す。

途中僅かな数の悪魔がいたが、出会い頭に皆叩き潰した。それくらいは許される筈だった。

「駄目だ、こっちに生存者は見当たらない」

「フリン……」

イザボーが目を伏せて、首を振る。

イザボーの方に行くと、体を食い荒らされて、原型も残っていない子供の残骸があった。既にかなり痛んでいる。

逃げ出して、地下に潜ったはいいが。

それで悪魔に食われてしまったのだろう。

死体からは悪魔がマグネタイトを利用してわき出たと。

或いは、その逃げる様子を阿修羅会が見て、どれだけ生き残れるかの賭けでもしていたかも知れない。

すぐにヨナタンを呼んで、光の魔術で浄化して貰う。

腐った肉についても、その場でサティーの炎で荼毘に付して貰った。

皆で黙祷する。

残りの生存者がいない事を一時間ほど掛けて確認した後、ヒルズを出た。ヒルズをぶっ壊してやりたいと思ったが、ドクターヘルが咳払いする。

「此処には医療器具がかなりあった。 運び出して再利用する」

「あんた、心ってものがないのか!」

「医療器具ってものはな、使い方次第だ。 医療器具そのものには罪はないし、きちんとした医師が使えば今度は人を救う事ができる。 それに医療器具はテクノロジーの塊でな。 壊した後、新しく作り出すのはどれだけこの世界で手間が掛かるかわからんのだがな」

殴りかかろうとしたワルターを、僕が止める。

僕もはっきりいって今のはブチッと行きそうになったが、それでも確かに利がある言葉だと判断した。

「悪用だけはしないでよ。 した時は、僕が許さない」

「ふっ、今の時点でそんな事をする理由がない。 後はお前さん達がいなくても大丈夫だろう。 阿修羅会にはもはや此処を奪還する戦力すらない。 野良の悪魔にも、此処を抑える意味がない。 戻って休め。 後始末はわしがしておく」

大きな溜息が出た。

本当に、本当に疲れた。

最大限まで墜ち果てた人間が何をするか、僕は目の前で見た。

この光景を前にして。人間の本質は善だとか、生き残るためには何をしてもいいだとか。そんな事を口にする奴を許せはしない。

周囲に人がいなくなってから、殿が言う。

「お前達、先に上がれ。 後はわしがドクターヘルを見張っておく。 あれも油断すると簡単に悪に転ぶ手合いぞ。 そうはさせぬから、安心して戻って休め」

「ありがとうございます。 殿がいなかったら、感情にまかせてどう暴れていたか……」

「気にするでない。 わしだって心はある。 多くの哀しみと怒りを乗り越えて此処にいる。 ただ、それだけの違いだ」

礼をすると、ターミナルに戻る。

東のミカド国に戻ると、後は無言で隊舎に行って、それで無心に眠った。今はただ、そうすることでしか怒りを抑えられなかったし。哀しみをぬぐえなかった。

 

1、追撃への準備

 

フジワラは救助した人々の医療、それに回収した物資の仕分けなどを行いながら、報告書に目を通す。

ドクターヘルが書いた報告書はあまりにも事実を精確に主観なく書いていて、その冷静さには背筋が寒くなる思いだ。

本当に、機会があったら世界征服をしていた人で。

こんな世界ではする意味がないからしていない。

それが報告書を見ているだけで分かった。

あのヒルズで殺された人間は、軽く数千に達することもはっきりした。それもただ殺されただけではなく、悪魔のエサに加工されたのだ。

それに、「上客」用に、生きたままクラブミルトンへと「出荷」された人間がいた記録も残っていた。

人肉料理を「上客」に出していたという噂は本当だったわけだ。

それも悪魔が好むのはただの人肉では無くて、人間の恐れや恐怖だ。

だから、生きたまま料理したのだろう。

阿修羅会の連中がそれを笑いながらやっていたのは容易に想像ができる。

それでも。

武装解除し、タヤマを討ち取った後は戦力として使え。

殿は釘を刺してきた。

分かっている。

ただし、あくまで悪魔との戦いの最前線で、使い捨ての駒としてだ。

それは、フジワラも譲れなかった。

酒はだいたい霊夢が飲んでしまう。

それに、生産がやっと始まったとはいえ、人外ハンターや、他の人に振る舞う分もある。

あまり量がない内は、争いを引き起こさないために配給制にせざるをえない。

霊夢のような凄まじい活躍をしている人間に酒が出ていても、それはそれで不満に思う者が出るほどなのだ。

まだ酒はしばらく、フジワラの所にもほとんどこない。

それでも酒を飲みたいなと思う。

ツギハギに連絡を入れる。

しばらく愚痴を聞いて貰う。

寡黙なツギハギは、ネゴを担当していたフジワラの愚痴を、アキラと組んでいた頃から良く聞いていた。

そういう役割だった。

愚痴を聞いて貰った後は、とりあえず休む。

しばし休んで、それで頭をすっきりさせる。

あれは、誰の心にも傷を残す。

そして、心を切り替えた後は。

阿修羅会に、とどめの攻撃を入れる準備を始めなければならなかった。

 

一休憩を入れた後、皆を招集する。

霊夢は今回は留守居で、日本神話系の神々の居場所の調査。捕獲した大天使三体の調整を同時にやってくれていたようだ。

それは戦闘と同じかそれ以上くらいに疲弊していただろう。

ともかく、今回の成果を確認。

これからの具体的行動について、話し合う。

サムライ衆も既に戻って来てくれている。

現時点では四天王のいる寺。日本神話系の神々の探索と封印解除。それにヒルズを失い、赤玉の供給を絶たれた阿修羅会への追撃。

ないとは思うが、此処で攻勢に出てくる可能性があるガイア教団への対処。

幾つか、懸念の材料が存在していた。

「以上が大まかな報告になります。 それで次、ですが」

「霊夢よ、日本神話系の神々はどうなっている」

「大綿津見神はそろそろ居場所を特定出来そうよ。 素戔嗚尊と天照大神がかなり苦戦しているけれど、朗報が一つ。 八咫烏が守っていたのは、三種の神器の一つ勾玉。 しかも、大綿津見神が鏡を持っている可能性が高いわ」

「勾玉? 鏡?」

まあ、知らないのも仕方がない。

知らない人向けに、フリンが敢えて質問してくれたのだろう。

だから、フジワラから解説する。

日本神話におけるもっとも重要な神の道具。それが三種の神器だ。

この言葉は後々にも有名で、経済成長の中で家庭に欲しい家電がそう呼ばれた時代もあったらしい。

勿論現実と神話は別だが。

それはそれとして、天皇家に伝わった文字通りの秘宝だった。

ただ、本当にもとのものではなく、祭儀などで持ち出されるのは基本的に複製品だったらしいが。

それでも、神話の時代のものだということで。

21世紀になってから一度行われた天皇の退位から上皇への即位についての儀式では、持ち出された三種の神器の一つ草薙の剣を見て、海外の報道陣が湧いたという話がある。神話の時代の伝説的な神器なんて、そうそう世界でも残されていないのだ。

「八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉。 正式にはそういう名前だね。 このうち勾玉は既に確保出来たと言う事だ。 続いて鏡を確保できれば大きい」

「ふむ。 少し聞いているが、もしもそれら三種の神器を揃える事ができれば……」

「ええ、恐らく天照大神を復活させる事が可能よ。 話を聞く限り、天照大神は千々に砕かれたようで、それが日本神話系の神々が外来種に遅れを取った原因であったようね。 天照大神は何度か転生してこの国で外来種相手に戦いを続けていたらしいけれど、その最後の転生体が倒されてから、しばらくは復活も出来ていなかったそうだわ」

「皆、聞いてほしい。 ここからが重要だ」

フジワラは。此処で話すべきだと判断した。

現時点で、二体の必殺の霊的国防兵器を沈黙させた。これはとても大きな戦果だが、問題は此処からである。

まだ三体の必殺の霊的国防兵器が市ヶ谷にいて、そしてタヤマが即座に使えないとは言え、一体を従えている。

一体については、霊夢が恐らく無力化出来る可能性が高いという事だが。

それでも一体だけだ。

三体はどうにかしなければならない。

タヤマは既に部下達とタワマンを引き払って、市ヶ谷に移ったとニッカリが告げてきた。つまり籠城に入ったという事だ。

憶病なタヤマである。

赤玉を失った以上、最早信頼出来る戦力に囲まれていないと生きた心地がしないのだろう。

「必殺の霊的国防兵器を調べて見たが、悪魔合体で作り出す事そのものは可能だ。 しかし、扱える力ではない」

「そうでしょうね。 戦った感じ、とてもではありませんがまだ手におえる相手ではないと感じました」

「その通りだ。 だが、手におえるようにする裏道がある」

「!」

霊夢が頷く。

現時点で一番個人として力が高いのがマーメイド。その次が霊夢であるらしい。ただ、霊夢でも、秀や銀髪の娘と比べて図抜けている訳でもないし。悪魔召喚プログラムを用いて必殺の霊的国防兵器を呼び出し使役するのは無理だそうだ。

しかし、此処に抜け道がある。

「大綿津見神は海すべてを従えている日本神話での最高位の海神で、これを神降ろしすれば一時的に実力が足りるわ。 一時的に力が足りれば、合体で呼び出せるし、何より呼び出せれば以降はそれで手を貸してくれるとみて良いでしょうね。 それだけじゃない。 大綿津見神は素戔嗚尊とも関係が深い。 封印を解除すれば居場所がわかる可能性が高い」

「そういうことだ。 市ヶ谷は今面倒なものがあって、精神の均衡を崩しているタヤマをあそこにやっておくのはあまり気が進まないが、それでも優先順位としては此方にしてほしい。 必殺の霊的国防兵器のうち、相手は残り四体。 その内一体はタヤマが直衛にしている筈で、出てくるのは三体。 その内一体を無力化出来るなら、互角の状態に持ち込める。 そうですな、殿」

「ああ。 大綿津見神の封印解除を最優先とする。 それで霊夢よ、どこだ封印されているのは」

「秋葉原ね」

秋葉原か。

確かサムライ衆によると、スマホがたくさんあるからとかいう理由で、阿修羅会が消し飛ばしたという廃墟の筈だ。

或いはだが。

悪魔達にでもそそのかされて、大綿津見神を完全に葬るつもりでそれをやったのかも知れない。

ただ、問題があるとフジワラは言う。

「日本神話系の神々が復権する事は、この地での覇権にこだわる悪魔には好ましくない事だ。 実際神田明神にはアリオクが貼り付いていたし、その後もケルヌンノスは死者の軍勢で神田明神を襲撃する事を考えていたと判断して良いだろう。 まず間違いなく仕掛けて来る存在がいる」

「それに……この中に裏切り者はいないとみて良いが。 情報が漏れている。 既に先回りして、秋葉原に悪魔が展開していると考えて良いだろうな」

殿の指摘に、皆が黙り込む。

そう。情報の漏洩。

周知の事実だった。だが、殿はそれを裏切り者のせいではないと言った。だから、それが皆の心を和らげる。

だから、フジワラは。

安心して咳払いしていた。皆を後押しするために。

「サムライ衆の皆、それに霊夢さん、後マーメイド。 皆で出てほしい。 此処は私と殿が、神田明神は秀さんに守って貰う。 マーメイド、相手は海の大神だ。 相性がいい貴方が、もしも荒神化した場合は力を抑え込んで欲しい」

「分かったわ」

「よし、作戦行動開始!」

全員立ち上がる。

さて、此処からまた動く事になる。

タヤマは市ヶ谷に逃げ込んで、それでいきなり例のもの……無限炉に触る事はないだろう。

あれを抑えている事がタヤマの最大のアドバンテージだったのだ。

しかもあれは核兵器と同じで、使えば終わる。それも、知識がない人間が使えば、なおさらである。

ドクターヘルを一瞥する。

状況からして、この人があの忌まわしい炉の作成に噛んでいたのはほぼ確定とみて良いだろう。

だが、それを聞くのは後だ。

今は、まず。

必殺の霊的国防兵器二柱を復活させ。

その力を得て、籠城にかかった阿修羅会を、叩き潰す事を考えなければならなかった。

 

バロウズのナビで急ぐ。上野のターミナルに出て、其処から移動。今回は僕達と霊夢、それにマーメイドだけの精鋭での急行だ。

ナナシとアサヒは神田明神に出向いて防御の担当だそうである。彼方には秀もいるし、滅多な相手に遅れを取る事はないと思うが、それでも作戦は出来るだけ迅速に、被害を減らさなければならないだろう。

霊夢が浮いて移動しながら言う。

「あんた達には言っておこうかしらね。 大綿津見神の封印を解除して神降ろしして、それで一時的に作れるようになるのは必殺の霊的国防兵器だけではないわ」

「他に何か頼りになる存在を呼び出せるのか」

「いや、そうではないのだけれどね。 ……閉じ込めておいた連中を、どうにか出来る可能性が上がったと言っておきましょうか」

「!」

なるほど、それは大きい。

大天使はそのままの形では戻さないと、霊夢は言っていた。

ミカエル、ウリエル、ラファエルの大天使達は、あれは元々は他の神話の神々だったり、或いはその麾下にいた存在だったり、そもそもの形から一神教の信仰の中で姿が変わっているのだそうだ。

そして本来だったらどうにもならないが。

もしも日本神話系の大物神格が更に力を取り戻した場合、力は相対的に低下することになる。

長年日本神話の神々が占拠してきたこの土地では。

どうしても影響力という点では、分が悪いからである。

「大天使を大天使ではない存在に出来るのか」

「いや、天使信仰というのはそもそも一神教が存在する前からあったものよ。 一神教の前の天使にしてしまう、というべきかしら」

「つまりそれは……」

「四文字の神と言われる一神教の影響力下から外す、ってことだね」

霊夢はこくりと頷く。

とにかく走って急ぐ。マーメイドも土の中を泳いでついてきている。瓦礫をひょいと飛び越えると、悪魔が目を丸くしてその様子を見ていた。今は雑魚にかまっている場合じゃない。

見えてきた。

徹底的に破壊され尽くしていて酷い有様だ。それどころか、完全に砂漠化してしまっている。

米軍の気化爆弾というのでやったらしいのだが。それにしてもこれは。

前方に人影。サムライ衆である。ナバールがいる班のようだ。あわてて声を掛ける。

「今から戦場になります! すぐに退避を!」

「フリン! 戦いだと! それなら私も一緒に戦うぞ!」

「そうだ。 我等もサムライ衆! 悪魔を恐れはしない!」

「いや、今回のは正直最精鋭を集めて来て、それでも死者が出る可能性が高い相手なんだ。 他の戦場で命を使って欲しい。 頼めないかなナバール」

ナバールに懇願。

ナバールはそれを聞いて、しばし考え込んで。挙手していた。

「分隊長、此処は引きましょう」

「臆したというわけではなさそうだな」

「私もある程度冷静な分析は出来るようになって来ました。 最近大きな作戦行動が続いているようです。 そういった作戦行動に、適切な戦力の部隊が参加するべきでしょう」

「話が早くて助かるよ。 分隊長殿、お願いします。 神田明神にも攻撃があるかも知れません。 其方に支援に行っていただけますか」

よしと、分隊長は頷いてくれる。

居残り組みのサムライ衆は、明らかに僕を最近怖れている。

あれは鬼の子だ。

そういう話が伝わっているらしく、東京での暴れぶりも誇張して拡がっているらしい。

或いはギャビー。いやガブリエルの仕業なのかも知れないとも考えた。東のミカド国に居づらくして、精神的な圧力を掛けるようなやり方ではないかと。

だが、奴にそんな小技を使う意味はない。

面倒と判断したら、東のミカド国に控えている大天使達総出で襲ってくればいいのだから。

此処でも人の愚かさを見せられる反面。

ホープ隊長が選抜した班の隊長達は、比較的話が分かる。僕としてもとてもやりやすくて助かる。

ナバール達が行く。

砂漠の中で、霊夢が何やら詠唱して。それでその全身が光を放ちはじめる。砂漠になってしまっている秋葉原に、その光が伝わっていく。マーメイドが浮かんで来た。

「皆、気を付けて! 来るよ!」

「早速か……!」

「霊夢、どう、封印の場所は」

「見つけた。 どうやら全力でやり合えそうね。 封印をしたのは大天使でしょうけれど、守っているのは利害が一致している堕天使という構図は神田明神と同じ、と」

砂漠を噴き上げて、巨大な姿が現れる。

凄まじいプレッシャーがびりびり来る。ナバールを逃がしておいて正解だった。巻き込まれたら、ひとたまりもない。

南光坊天海とやりあって更に一皮向けたから分かる。この面子の全力でも、勝てるかかなり怪しい相手だ。巨大なそれは、うなりながら翼を拡げて、青紫の筋肉の塊のような体を誇示していた。

「此処に封じられた異神を取り戻しに来たか! だがそうはさせん!」

「あんたは?」

霊夢が僕達の事も含めて名乗る。そうすると、堕天使はからからと笑いながら、その素性を明かした。

魔王ベルフェゴール。案の場バアル系統の堕天使。

七つの大罪とされる悪魔のわりに、これも元バアルと言う事以外はよく分かっておらず、しかも怠惰の象徴だったり性欲の象徴だったり。

神学は言った者勝ちの世界。

それを示すかのような存在だそうだ。

ちなみに今いるベルフェゴールは、便座に座ったお爺さんの悪魔だが、それでもプレッシャーは凄まじい。

「此処はトイレを使い放題なのでな。 なにしろ地下に海神がおる。 ……おや、そこにいるのはマーメイドではないか。 わしに仕えぬか? トイレを毎回流してくれれば、人間共を供物に……」

「貴方自身を海に流してあげるわ……」

マーメイドの声が冷え切っていたので、ちょっと驚く。

南光坊天海との戦いの後、好き放題をほざく阿修羅会に対して放った声より冷え切っていて。イザボーがぎょっとしていた。

からからと笑うベルフェゴール。

「おや嫌われてしまったか。 まあいい。 いずれにしても此処の海神を復活させると色々とまずいのでな。 排除させて貰うぞ!」

「やれるもんならやってみろ!」

真っ先に突貫するのはワルターだ。

天使の軍勢も展開するが、それを見て、ふっと息を吐きかけるように術を発動するベルフェゴール。

まずい。

離れて。

僕が叫ぶと同時に、辺りが凄まじい闇に包まれていた。

ぐっと、思わず呻く。

これは呪いの力。それもとんでもない出力だ。即応して出現させたラハムが呪いの力をある程度吸収して逸らしてくれる。

それでも、一瞬で天使の軍勢の半数ほどが消滅していた。

「忌まわしい天使もこれには無力でな。 これでもわしは七つの大罪の一角! 年寄りとはいえ、簡単に斃せるとおもうてくれるなよ!」

「どうやらそのようだ!」

恐らくこれは、アナーヒターはフィニッシャーとして使うしか無い。代わりにムスペルを召喚。

今のにどうにか耐え抜いたワルターも、ダークサイド系統の悪魔を呼び出し始める。だが、鼻で笑ったベルフェゴールは、呪いを周囲にばらまきつつ、更に雷撃や冷気、火焔の魔術も高火力で連発して来る。殆ど詠唱もしていない。

これが七つの大罪の本来の力か。

必死にどうにか少しずつ進むが、火力が高すぎる。

霊夢が距離を取って何かをしているのを見て、目を細めたベルフェゴールが仕掛けようとするが。其処にマーメイドが地面から躍り上がる。

とにかく連発する魔術が凄まじくて近寄れない。

マーメイドが喉をおさえるのを見て、僕は叫ぶ。

「まずい、離れて耳を塞いで!」

「くそっ! 分かった!」

「我等は突貫する! 我が身が一時焼かれようと、少しでも隙を作るのだ!」

ドミニオン等生き残った天使達が、ベルフェゴールに殺到する。ベルフェゴールに一部は到達して、それでも至近で呪いに解かされてしまう。だが、ベルフェゴールが放った凄まじい雷撃魔術は、ドミニオンに直撃。

ドミニオンを消し飛ばしたが、マーメイドには届かなかった。

マーメイドが叫ぶ。

ごっと、氷の嵐が巻き起こる。いやこれは、もはや竜巻か。ベルフェゴールが悲鳴を上げて、全身が凍り付く。

マーメイドが再び砂漠にどぼんと飛び込む。

氷を砕いて姿を見せるベルフェゴールだが、その時には僕が背後に。ワルターが至近に迫っていた。

ワルターの大剣が振り下ろされる。

ベルフェゴールは巨体を振るって、角でワルターの大剣を受け止める。火花が散るが、流石は七つの大罪の一角。

だが、その背中から、同時に僕が突きを叩き込み。

それが完全にベルフェゴールの背中から、胸に抜けていた。

「ぐ、ううっ!?」

「もう一発、大きいの行きますわよ!」

「そうはさせるかい!」

ベルフェゴールが放ったのは、今度は烈風の大魔術か。砂漠を消し飛ばす勢いで吹き荒れたそれが、僕もワルターも、大魔術発動に入っていたイザボーまで吹き飛ばす。

吹っ飛ばされながらも、僕はオテギネを放さず、何度か地面に叩き付けられながらも跳ね起きる。

砂漠で良かった。ダメージが小さく済む。

だが、砂の下に大量の人骨があるのを見て、流石に怒りが噴き上がる。

また、凄まじい呪いの陣を展開しに来るベルフェゴール。

あれを発動させると、こっちにはもう手がない。連発される魔術で、ラハムもムスペルも近づけずにいる。呪いに強い悪魔も、他の魔術にはそうでもないのだ。

「頑張ったが此処までじゃな! これで……」

「終わりよ」

霊夢がそう呟くと、ごっと風が吹き付けてくる。

これは。

顔を覆ったベルフェゴールが、一瞬の隙を作る。見逃さない。僕は踏み込むと同時に、オテギネを投擲。

それが、ベルフェゴールの後頭部を刺し貫いていた。

更に、刺し貫いた瞬間に、真下から恐らくマーメイドの放った氷の柱が、ベルフェゴールを凍結させる。

もがくベルフェゴールに、温存していたアナーヒターが、聖なる浄化の水を叩き込み。それが致命打になった。

全身がひび割れ、粉砕されるベルフェゴール。

地面に突き刺さるオテギネ。

呼吸を整えながら、ベルフェゴールの方に近付く。マグネタイトと化しながらも、七つの大罪の一角は言う。

「まいったのう。 ここの海神を復活させてしまうと、かなり我等が不利になってしまのだが……」

「こっちだって負ける訳にはいかないんだよ」

「それもそうか。 此処は素直に引き下がろう。 なかなかの強者だったぞ皆。 死んでしまったら、わしのところに来るといい。 わしの主に紹介して、近衛に推薦してやるからの」

「それはどうも……」

辛そうなヨナタンとイザボーを見ると、そう言われて素直に喜べない。

それにしても。浮かんで来たマーメイドの側の地面に刺さっているオテギネを拾いながら、僕は思う。

ベルゼバブやベルフェゴールはマーメイドを知らなかったようだが、マーメイドは知っていたようだ。ベルフェゴールに対しては嫌悪さえ示していた。

だとすると、マーメイドは。

いや、いずれ必要なら本人が話してくれるだろう。彼女は儚げではあるが、弱い存在ではないのだから。

 

2、大海神復活

 

上野のターミナルで休憩をいれて戻ってくる。霊夢とマーメイドも、ターミナルから一度シェルターに戻り、それで休憩を入れてくるということだ。

先に僕らが秋葉原に戻る。

凄まじい戦いの跡と言う事もある。

ちなみに、僕達よりも先に、サムライ衆が来ていた。戦いは遠くで確認していたのだろう。

分隊長が言う。

「確かにこれは離れていて正解だったな。 この場にいたら、とても助からなかっただろう」

「あんな凄まじい気配を放つ悪魔を倒すとは。 皆、私の誇りの同期だ!」

「すっかりまともになりましたわね。 最初からそれであれば、婚約破棄などしなかったかも知れませんわ」

ナバールに聞こえないようにぼやくイザボー。

ワルターも、もうナバールを軽蔑している様子はなかった。

サムライ衆が悪魔を展開して、それで皆を回復してくれる。その間にも雑魚が様子見に来ていたが、それもサムライ衆が倒してくれた。

ただ、呪いがばらまかれ。

その出力があまりにも凄まじかったこともある。

悪霊や屍鬼ゾンビがそれなりの数集まって来ている。それに、砂漠の地下には、多数の人骨があるのも分かった。

いずれまとめて葬ってあげたい。

東京の地獄の中で、みんな苦しみながら死んでいったのだろうから。

回復を終えて、それからしばらく、サムライ衆と連携して悪魔の掃討を続ける。ベルフェゴール戦には連れて行けなかっただろうが、それでも皆このくらいの悪魔だったらどうにでもなるようだ。

ただ数が数だ。

悪霊インフェルノもいるし、他の悪霊もいる。

上で休んできた事もあり、天使達は既に復活し、力を取り戻している。立て続けに放たれる光の魔術で、呪いを好む悪魔も、悪霊も。まとめて消し飛ばされる。アナーヒターも出して、浄化の水で周囲を押し流して貰う。

地下から湧き出してくる無念も、それで浄化されていき。

光の中に、多数の人影が消えていくのが分かった。

あれが成仏と言う奴だろうか。

上野から人外ハンターが来る。

前は貧弱な戦力しかなかった記憶があるが、阿修羅会が追い払われ。それに僕らが強いのを片っ端から始末していることもある。

それで余裕が出てきたのか。それなりの数の人外ハンターが出て、加勢してくれた。ヨナタンが指揮を取り、冷静に確実に大量の屍鬼ゾンビや悪霊を始末していく。屍鬼ゾンビは倒した後は、ムスペルや他の炎魔術が使える悪魔が遺体を荼毘に付し。それから浄化をしていた。

しばらく無心に戦って、秋葉原付近にいる雑多な悪魔を片付ける。

前は仕事じゃなければ絶対に戦わない、くらいの集団だった筈の人外ハンターだが。

今は近場に大きめの敵がいるならという感じで、自発的に出て来て戦うくらいに士気も上がっているようだ。

ただ、それでも残っている死体から、金目のものは漁ったりしている。

それについて咎める事はしない。

流石に、今の東京では、そうしないと生きていけない人もいるのだろう。

そう考えてそれくらいなら見逃す。

程なくして、敵は掃討完了。

呪いそのものの排除に懸かる。

ラハムがまき散らされた呪いを吸収していく。浄化の水で、アナーヒターが辺りをとにかく洗い流す。

ワルターがぶちぶち言いながら、ラクシャーサを呼び出す。

以前戦った相手だが、ついに作れるようになったのだ。案の場呪いに強い耐性を持ち、荒々しい性格なのでワルターとも馬が合うようだ。

それに加えて、ワルターが縞々模様のなんだか禍々しい象を呼び出す。

以前使っていたアイラーヴァタが真っ白だったのに対して、単眼の上に非常に性質が荒そうである。

「邪神ギリメカラね。 仏教における悪魔マーラが乗る象だとされているわ。 仏教の開祖仏陀の前に出た瞬間、膝を折って降伏したそうよ」

「おお、懐かしい話じゃのう。 あの時はマーラ様も一瞬で萎えてしまってな。 それでヒンズー教でシヴァ神に虐められ続けるくらいならと、他化自在天になることを了承したのよ。 魔王と言われながらも天の国の一つを預かったのだから、マーラ様も本望じゃろうて」

「ごめん、分からない単語が多すぎる」

「仏陀様はわしらにも寛容で、降伏したらいいようにしてくれたということじゃよ」

なんだか随分多弁な象だな。

ともかくこのギリメカラも、辺りの呪いを吸収して回ってくれる。僕はやっと手が空いたので、オテギネを確認。

そろそろ整備がいるか。

霊夢とマーメイドが戻ってくる。

二人も休憩を終えたようだった。

「お疲れ様。 辺りを綺麗にしてくれたようね」

「たくさん悪魔が来たからね。 それでどうするの?」

「まずは人外ハンターとサムライ衆には離れて貰おうかしら。 それと、日本神話系の神々以外はしまって」

「了解、と」

ワルターがなまはげを、イザボーがコノハナサクヤビメを呼び出す。

僕はいずれタケミカヅチを呼び出したいと思っているのだが。その前に、呼び出せるようになった存在がいる。

分霊体だが。

「国津神サルタヒコ、此処に」

「お、神田明神にいる鼻の高いおっさんか」

「分霊体だがな。 呼び出してくれて感謝する。 皆の剣として働かせて貰うぞ」

頷くと、とりあえず皆には離れて貰う。

強力な海神の封印を解くという話をすると、危険を察知したのか人外ハンター達はさっと逃げていく。

サムライ衆も、後は別の地点を警邏するといって、僕らの武勲を祈ると去って行った。

後は霊夢の護衛だが、その前にマーメイドが詠唱を開始。周囲の気配が代わっていく。

既に膨大な怨念を浄化した後だが、それでも辺りが海になったかのようだ。ワルターがぼやく。

「凪の海か、これは……」

「静かに。 集中しないと失敗するかも知れないから」

「おっと、分かった」

辺りに満ちる潮の気配。

更に霊夢がてきぱきとなにかを組み立て始める。確か護摩段だったか。僕もそれを手伝う。ヨナタンとワルターも無言でそれに加わる。

その間もマーメイドは詠唱を続け、海を丁寧に整備し続けていた。

ほどなくして、辺りに海を幻視できるほどの状態になる。

その時には護摩段が完成。

霊夢が火を入れて。そして紙がついた棒を取りだすと、儀式を開始する。封印の解除とか結界の解除とかはいいのかなと思ったのだが。

まあこれは専門家の仕事だ。

僕が横から口を出すことじゃない。

魔法の言葉で難しい事を詠唱する霊夢。その間、祈るようにしてマーメイドが辺りを海にし続ける。

僕達は四方に散って、霊夢の護衛だ。

その間、呼び出したサルタヒコとコノハナサクヤビメとなまはげは、なにやら不可思議な舞いを続けていた。

此処に封じられているのは大綿津見神。海そのものという超大物神格だ。

海の神が邪魔にする可能性はあるが。

ただ、ベルフェゴールが倒れてそれほど時間も経過していない。

だとすれば、すぐに来る事はないとみて良い。

霊夢がかっと叫ぶと、棒を振るう。

護摩段の火が更に激しく燃え上がる。

凪の海が乱れるのが分かった。

海が渦巻く。

マーメイドは祈り続けている。その祈りは、とても貴いもののように僕には思えた。茶化す事があってはならない祈り。

だから、周囲に警戒を続ける。

霊夢が棒を振るう。詠唱を続ける。

やがて、海の渦が、不意にぴたりと止まると。

海そのものから、世界を振るわすような声がしていた。

「我目覚めたり。 封印は我が破りたり」

「大綿津見神、きませい」

「大いなる神の力を感じるぞ。 外来の神々に蹂躙されたこの土地に、我等の仲間が戻りつつあるようだな。 巫女よ、我を解放せしものよ。 必要とあれば呼べ。 力になろうぞ」

ふっと、海が消える。

マーメイドがふうと嘆息すると同時に、辺りの海が砂漠に戻っていた。

霊夢もどっと疲れたようである。

見ていて分かったが、とんでもない神だ。

姿そのものは見えなかったが。いや、違う。

海そのものが神そのものなのか。だとすると、海にある神性そのものが、大綿津見神と言う事なのか。

それはまた、凄いスケールだな。

とりあえず、一度戻る。

これから、忙しくなる。

精神の均衡を崩しているタヤマと阿修羅会を屠るために、必殺の霊的国防兵器二柱の、味方としての再編制再構築が必要だ。

材料になる悪魔と資金は揃っているとフジワラは言っていた。

霊夢の疲労が大きいが、それでも事前にいわれていた事。

霊夢が大綿津見神を神降ろしすることで、必殺の霊的国防兵器を従える事が可能になる。

それだけじゃない。

塔から連れ出したミカエル、ウリエル、ラファエルの大天使達を、元とは違う形に再構築できる。

そうすれば、一気に事態を変えることが可能だ。

ただ、あの大綿津見神の気配、凄まじかった。

上野のターミナルに戻りながら、霊夢に確認はする。

「大丈夫? とんでもなく消耗したみたいだけれど」

「どうにかね。 それよりも、ちょっと預かっていて」

「……鏡?」

「古い時代のものよ。 あんたたちの感覚でいうと三千年以上前のものね」

普通鏡というと、持ち手とかついているものだが。

この鏡は全体が鏡になっていて、裏側にだけ色々と装飾がされていた。

何より触っていてじんわりと温かい。

これは凄まじい品だ。

「これが三種の神器の一つ、鏡よ。 あとは剣だけれども、もしも持っているとしたら素戔嗚尊か日本武尊でしょうね」

「素戔嗚尊は確か三人いる偉い神の末っ子だったね」

「ええ、典型的な暴風神で、この国で最強の武神よ。 日本武尊はこの国が形を為すとき、人として各地を平定した伝説的な英雄よ。 色々な逸話があるのだけれど、ある時は横暴な人物、ある時はとんちを使って獰猛な敵を制圧する知恵者、ある時は悲劇の英雄と、人物像が一定しないわ。 恐らく多数の英雄の逸話を集めて、一人にした存在なのでしょうね」

なるほどね。

ともかく、ターミナルを経由してシェルターに。

霊夢が言った通り、神田明神に、勾玉と一緒に鏡を奉納する。

タケミカヅチ神が、大喜びしていた。

「これで更に我等の力も増す。 何より大綿津見神の力を感じるぞ。 これなら滅多な事では、もう此処は墜ちぬ」

「後は滅多な事が起きた時に備えないといけないのかな」

「そうだな。 この国の神々が封じられたときも、全面的な攻撃を受けて、それで対応できなかった。 だが、世界そのものは焼き滅ぼされた今、同じ規模の攻撃を大天使どもは出来ぬだろう。 懸念するべきは外来種の悪魔や神どもだが……」

「それについては、利害の調整をするしかないわね。 恐らくだけれど、四文字の神を倒すという同じ目的で団結できるはずよ。 それについては、皆に手分けしてやってもらうしかないわ」

霊夢が疲れているのを見て、僕は話を切り上げて貰う。

さて、もう一休みしてもらってから。

次の段階に移る。

必殺の霊的国防兵器の再構築と、味方になって貰う事。

そして。

大天使三体の無力化だ。

シェルターに戻る。

フジワラがスポーツドリンクを差し入れてくれたので、ありがたくいただく。霊夢は酒瓶を掴むと、自室に消えた。

しばらく休憩しながら、フジワラの話を聞く。

ナナシとアサヒが彼方此方で悪魔を退治して回っているとか。悪魔退治の依頼を片っ端から受けて、力をつけているらしい。

それだけじゃない。

神々の力が増したことで、四天王寺の結界をどうにかできそうという話が出ているそうだった。

「ただ、四天王寺は後回しだ。 今はとにかく、まっさきに市ヶ谷を抑えなければいけないだろうね」

「それほど危険な状態なんですね」

「ああ。 そろそろ話しておくべきだろうね。 私達もずっと調査をしていて、そしてこの間、ドクターヘルと話をした。 それで、詳細がわかったんだ。 まず最初に、この東京でなぜ電気が生きているのか。 それは、市ヶ谷に電力源があるからなんだよ」

電気。

雷を使って、色々に役立てる技術。

それについては、仕組みを習った。

習ったけれど、専門用語が多くてわからない事の方が多いくらいだった。ヨナタンは素直に理解できているようなので凄い。

「専門的な話は後でするとして、ともかく霊夢に回復して貰って、それからなんですよね」

「ああ、そうなるね。 タヤマが籠城している市ヶ谷にはそれなりに物資はあるはずだけれども、それでもそもそもタヤマがいつおかしくなるか分からない。 元々追い詰められていたし、気が弱い男だ。 錯乱したら、どんなことをしでかすか」

ワルターに返すと、順番に市ヶ谷攻略の説明がされる。

まず大前提として、必殺の霊的国防兵器二体の復活が大前提。そしてそれをやると、霊夢はダウンしてしまうだろうから、今回の作戦に霊夢は出られない。いや、確か三体の内一体を無力化する事ができるとか言っていたか。だとしたら、霊夢を守りながら作戦を進めなければいけない訳だ。

その代わり、此処と純喫茶フロリダ、此処から近い神田明神を守るフジワラとツギハギ、他の人外ハンター達を除く全戦力を市ヶ谷に投入する。

市ヶ谷には色々とこの国の軍が残した兵器があるらしいが。それもまともに使える代物ではない。

近代兵器というのは、誰もがその場で使えるような品ではない、ということだった。

「そうなると総力戦ですね」

「ああ。 僕とツギハギはここを何があっても守る。 ナナシとアサヒも攻撃班に加わって貰う。 それと……」

フジワラがいうには、神田明神近くに出来た森の守護者。

ダヌーという母神の巫女として覚醒した人外ハンター、ノゾミという人も神田明神の守りに加わってくれるらしい。

神田明神の近くに、この東京の闇の中にもかかわらず生じた森は、今八咫烏が光を与えて育てており。

そこに多数の妖精やケルトの戦士や幻魔が移り住んでいて。

神田明神とも良好な関係を構築。

上手くやれているという。

ただ、その中にダグザの姿はないそうだ。

ちょっと不安だが、まああのダグザという神、隙を見せなければ悪さをすることはないだろう。

そういう相手ということは分かっているので、今は気にしなくても問題は無い。

「市ヶ谷の内部については、何度か悪魔による偵察をして分かっている。 後で会議で展開するが、バロウズに転送もしておこう」

「ありがとう、助かります」

「後は実際に殴り込むだけか」

「今回に関しては、その意見に賛成する。 こうしている間にも、何が起きるか分からない状況だ。 急いだ方がいいだろうな」

僕は手を叩く。

霊夢が回復するまで時間が掛かる。

その間に東のミカド国でしっかり休んでおく。それと、ミイラになっていたと報告した大天使達が。

息を吹き返して、回復し始めていると、ヨナタンに報告書を上げて貰う。

これはガブリエルがしびれを切らすのを防ぎ。

何より、その虚を突くのが目的だ。

ガブリエルはそのまま三大天使が戻ってくると考えているだろう。

だが、もしも三大天使が、まったく別の存在として、東のミカド国へ戻ったとしたらどうなるか。

東のミカド国を制圧して好き勝手にしている大天使達は。不意を突かれて潰乱する。

其処に僕達とホープ隊長、それにサムライ衆も加われば。

いや、出来れば霊夢達にも加わって欲しいが。

ともかく、勝ち目が生じてくる。

その打ち合わせをしながら、東のミカド国へ戻る。

作戦は佳境に入ろうとしている。

だが、まずは市ヶ谷からだ。

市ヶ谷で大アバドンなんてものが生じたら、どうなるかしれたものではない。悲惨な結末を避ける為にも。

権力にしがみついた病人。

タヤマには、消えて貰う。

 

東のミカド国でしっかり休憩を取る。そしてホープ隊長にも来て貰って、打ち合わせをしておく。

ギャビーがガブリエルであること。

他の三大天使はそのままではなく、別の形で東のミカド国へ戻し。その結果、圧制者ギャビーを撃破出来る可能性が高い事。

それらを告げると、ホープ隊長は頷いていた。

「東のミカド国については、私の方でも調べている。 ただ、悪魔化する民はまだまだ出ていて、予断を許さぬ状態でな。 本当に絶対に勝てる状態になってから、私に声を掛けるようにしてくれ」

「分かりました」

「お頭、それはそうと、大天使どもに狙われたりは」

「今の時点で動きは見せていないな。 ただ、いつでも殺せると判断しているだけかもしれないが」

頷くと、後は別れてシェルターに。

既に霊夢が起きて来ていて、そして作業を始めていた。神田明神に来て欲しいと言われたので、すぐに出向く。

神田明神の境内。魔法陣が書かれている。

あれは、多分魔法の言語で書かれたものだ。その中で霊夢が激しく舞っている。この時点で神降ろしをしているようだ。

汗が飛んでいる。

回復してはまたこんな激務か。倒れたりしないといいのだけれどと思ってしまうが。ともかく任せるしかない。

やがて霊夢が喝と叫ぶと。

周囲に、凄まじい力が満ちていた。

「大綿津見神!」

「お戻りになられた! 大いなる海の神よ!」

「神々よ、壮健なようで何よりだ」

霊夢の目が青くなっていて、声も変わっている。神降ろしが起きているのだ。霊夢が青い光の衣も纏っているように見える。

そして分かる。

確かに力が底上げされている。

霊夢がスマホを手に取ると、作業実施。一時的に引き上げた力を用いて、必殺の霊的国防兵器をよみがえらせる。

スマホが壊れるかも知れないとフジワラは言っていたが。

それくらい凄まじい光が迸っていた。

神々がおおと声を上げて、者によっては正座して見ている。色々な姿の者がいる。

神田明神の外にも神々が集まっている。

どうやら争うよりは、此処に加わりたいと思っている雑多な神々のようだ。大天使の殺戮を免れた雑多な外来種かも知れない。

ほどなく光が収まると。

見覚えがある、鱗に身を覆い、刀を背負った戦士が姿を見せていた。

「龍神甲賀三郎見参。 悪を討ち、闇を斬る!」

「心強いわね」

「思った以上に早かったな。 大綿津見神を蘇らせ、力を借りて我を呼び出すとは、中々面白い事をするものだ」

ふっと笑うと、甲賀三郎はイザボーに歩み寄る。

霊夢は次の作業に入っていた。

「イザボーというサムライよ。 そなたの直衛として動こう。 それでかまわないだろうか」

「大変に心強いですわ」

「そうか」

甲賀三郎は近くで見ると、顔らしいものがない。そういう存在なのだろう。だが、なんとなく笑ったのが分かった。

そして、霊夢が続けて呼び出す。

必殺の霊的国防兵器。

今までで一番苦戦させられた強敵。

南光坊天海が、そこにいた。

「南光坊天海、見参! 闇に包まれたこの国を、今こそ光で救いださん!」

頼もしい。

南光坊天海は霊夢を見ると、一言だけ呟く。

「この娘の力はかなりのものだが、そろそろ限界であるな。 だが、立て続けの限界までの力の行使で底力も上がっておる。 次の神降ろしでは、もう少しやれよう」

ふっと、光が消える。

霊夢が神降ろしを終えたのだ。

そのまま倒れかけるのを、マーメイドが支える。

僕が出ようと思っていたのだが、何が起きるのか先に理解していたような動きだった。

「ありがとう。 こけて顔から地面になんてのは御免だったからね」

「いいの。 それより回復魔術を。 このままでは戦地にいくのは無謀よ」

「任せて」

アサヒが出ると、ありったけの悪魔を出して、回復魔術を霊夢に掛ける。それだけではなく。イザボーのコノハナサクヤビメも、境内にいたアメノウズメも、同じように回復の魔術を掛けてくれていた。

そして、南光坊天海は、ヨナタンへと歩み寄っていた。

「常に悩み正しくあろうとするものよ。 拙僧が力を貸そう」

「ありがたい。 貴方のような聖僧が手を貸してくだされば、百人力、いや千人力です」

「拙僧の力など微々たるものだ。 信仰は違えど、目指すものは同じだ。 天使達よ、拙僧とともに破滅の到来を防ぐぞ!」

「偉大なる異教の僧よ。 我等はヨナタン様とともに。 そして目的が同じである以上、その言葉に唱える異は無い」

よし、これで準備が整った。

神田明神の近くに、数台のバスがつく。これと、直したばかりの戦車というのが一両。それに歩兵戦闘車というのが一両。

それぞれ一緒に来てくれるらしい。

今回の作戦は、霊夢は疲弊しているものの、他の英傑は全員が出る文字通りの総力戦となる。

コレに負ければ、東京は更に酷い状態になるだろう。

阿修羅会が持ち直す可能性はない。

ただ、血迷ったタヤマが滅茶苦茶をする可能性がある。それは一秒でも早く止めなければならなかった。

バスに乗る班と、ターミナルで六本木まで移動する班に分かれる。

僕達はターミナルに行くかと思ったが、バスを護衛して欲しいと言われた。まあ、それならそれでいい。

先行して秀と殿が市ヶ谷に仕掛けて、僕達とマーメイド、それに霊夢が後から行く。

なお、ドクターヘルも来るそうだ。

これについては。途中でバスの中で話を聞く。

作戦会議については、既に神田明神に霊夢が行く前に済ませてある。

情報が何らかの形で漏れている。

だから、今。

此処で、最大の機密を、今回の作戦の主力にだけ話す。そういうことらしかった。

「市ヶ谷にあるものは、通称無限炉ヤマト。 大戦前にこの国が総力を挙げて作りあげた、いわゆる縮退炉というものでな」

ドクターヘルが話し始める。

それは、「この東京」が作り出された、大戦の原因となった話だった。

 

3、市ヶ谷攻防戦

 

炉というものは、基本的に「回転させる」事によって電気を生じさせる仕組みなのだとドクターヘルはいう。

これは大なり小なりそうだとか。

そして回転させるには、水蒸気が最適なのだとか。

水蒸気は水の状態に比べて千倍以上の体積を持つ。僅かな水を水蒸気に変換するだけで、膨大な体積による出力をたたき出す事が出来る。

勿論水以外でも回転の仕組みは作れるが。

近代の「炉」というものは、基本的に水蒸気のものが主流。

そういう話なのだそうだ。

「水ってそんな凄いものなんだな」

「実はこのことはお前さん達の歴史で言うと3500年前くらいのローマではとっくに分かっていたことでな。 これを動力に変える仕組みも作られていた。 だが千倍以上の体積になるということは、制御を間違えれば大爆発を起こす事も意味する。 大事故が実際に起き、それで研究は凍結された。 この蒸気機関が実用化されたのは。お前さん達の歴史から見ると1800年ほど前でな。 以降、やり方は違うが、如何にして蒸気を作り出して回すかが、炉の主軸となった」

そうして様々な炉が作られた。

シェルターの地下にある核融合炉はそのなかでももっとも最新のもので、ドクターヘルも開発に協力したものなのだという。

そして、それよりも更に時代を先取りし。

完成しようがないのに完成してしまったそれこそが、縮退炉だそうである。

「それで、その縮退炉ってのは、何を燃やしてるんだよ。 要は熱を出せば良いんだろ」

「理解が早くて助かるなワルター。 残念ながら縮退炉では燃やして等おらん。 ものというのはな、それぞれが引きつけ合う力を持っている。 それが極限まで行くと、ブラックホールというものになる。 ブラックホールが一度出来てしまえば、後は雪だるま式に膨らむ……といいたいところだがな。 実際には大半のブラックホールは、ホーキング輻射というもので、一瞬で熱に代わって蒸発してしまう。 縮退炉ってものはな、超小型のブラックホールを作り出して、それを片っ端から蒸発させているものなのだ。 ブラックホールを作り出す力よりも、それが蒸発する熱の方が遙かに強烈でな。 それで圧倒的な効率を持つ炉になるわけよ」

カカカとドクターヘルが楽しそうに笑う。

まあ、幾つも分からない事はあったが。それでも何となく分かったのは。それがとんでもなく危険な代物で。

人類のためになるではあろうが。

間違っても大天使や、タヤマのようなアホに渡してはいけないものだということだ。

「そのブラックホールってのは危険なんだよね」

「当たり前だ。 下手をすればこの星ごとなくなるだろうな」

「星ごと……!」

「星だけで済めば幸運かもな。 最大限まで拡大したら、太陽も何もかも飲み込み尽くすだろうよ」

なるほど、大アバドンと言う訳だ。

ぞっとした様子のイザボー。

咳払いすると、ヨナタンが聞く。

「それでドクターヘル、貴方がそれを作ったのですか?」

「いんや。 そもそもわしは顧問として呼ばれただけよ。 この国では光子力研究所というのを大戦前に作っていてな、お前達は名前も知らないだろうが、富士山という山の麓にて発見されたジャパニウムという新しい力を研究しようとしていた。 だがそれを研究する前に光子力研究所は天使共に破壊されてしまってな。 ジャパニウムで何ができるのかすら分からない状態で、計画は頓挫した。 だが、その研究過程で一つだけ仮説が出た。 それが縮退炉の案だった」

ドクターヘルは光子力研究所の破滅後、彼方此方の「大学で教鞭を執って」日銭を稼いでいたらしいのだが。

国の方で、全滅した光子力研究所のメンバーの代わりに、仮説としての縮退炉を見て欲しいと言ってきたそうだ。

単純にやることもなく。

縮退炉なんてものを作り出せたら革命にもなると知的好奇心を刺激されたドクターヘルは再度日本に赴き。

そして縮退炉の設計段階を見た。

その結論は。

これが動いている理由がわからない、だった。

「貴方ほどの天才がですか!?」

「いや、あれはそもそも今になって思うと、科学で作った代物ではなかったのだと思う。 一応マニュアルは頭に入れた。 わしは口を酸っぱくして忠告した。 これは完成するまで絶対に表に出すな、と。 そもそもこれは腐りきった国家の手に負えるものではないとも思った。 それに天使共が……人間が新しい段階の技術や、過去の偉大な帝国を発見しようとしていた時に破壊の限りを尽くした連中の事が気になってもいた。 だから何度も口を酸っぱくして忠告したのだがな。 この国の政治家は当時無能の極みでな。 金を掛けるべき所に掛けず、抜いてはいけないところから抜いていた。 それで、縮退炉の存在がばれた」

ドクターヘルは怒鳴ったという。

だから絶対に秘匿しろと。

外部の人間を迂闊に入れるなと。

わしを呼んでおきながらなんという様だ。すぐに隠蔽し直すか、研究を凍結しろ。何が起きても知らんぞ。

そう吠えたのは、怒りと哀しみから。

老人になってから不老不死になり。

それ以降も、ただ人類の歴史を見ている事しか出来なくなっていたドクターヘルにとって。

その後に来ると予想される破滅は、あまりにも耐えがたいものだったのだそうだ。

その時縮退炉の製造に関わっていた大臣が色々と何かやっていたらしく。それが更に混乱を拡大するのを見て。ドクターヘルはさっさと細工を施した。

一つは縮退炉の機能制限。

放置すればブラックホールを幾らでも巨大にする機能を持っていたそれを制限して、あくまでマイクロブラックホールから大きく出来ないようにするだけのものへと変えた。

そして既に出現し始めていた悪魔に対策をした。

制御プログラムに、悪魔召喚プログラムに仕込まれているプロテクトを仕込んだ。

「あのなんとかいう無能大臣は、縮退炉を利用して、自分だけ平行世界に逃げるなどと言う計画を立てていたようだな。 まあそれも上手くは行かなかったようだが」

「世界を破綻させておいて、自分だけ逃げるだと……」

「そんな奴が、国のお偉いさんだったんだね」

ワルターの怒りに、僕も同意する。

いずれにしても、ドクターヘルが見ている内に、怖れていた事態が始まった。

世界中で同時に、あらゆる場所へ核兵器が発射された。

迎撃装置は微動だにせず。

それどころか、各国家が自己申告していた核兵器よりも何十倍も多い核兵器が、世界中を飛び交った。

シェルターなどなんの役にも立たず。

ものの数時間で、各地の大国からの通信は途絶。ドクターヘルは、将門公による天蓋が世界を覆うのを見届けると。

シェルターに入り。

冷凍睡眠装置を使って、時を待つことにしたそうだ。

「というわけで、わしが縮退炉に行き状態を確認する。 生半可な悪魔で防壁は突破出来ないし。 知識がないタヤマ程度にいじれる代物ではないがな。 それでも万が一と言う事もある」

「霊夢も満足に動けないだろうし、護衛対象が増えるね……」

「カカカ、まあ雑魚悪魔くらいならステゴロでどうにかしてやるわ。 だが、道中は頼んだぞ」

「了解。 まあ任せておきな」

事実ドクターヘルは生半可な悪魔より強そうである。

程なくして、六本木に突入。

遠くで戦闘音が聞こえている。恐らく、市ヶ谷では既に陽動攻撃が始まっているとみて良いだろう。

何カ所から集まって来た部隊が集合する。

戦車というのは、シェルターの前にいた奴か。チャリオットと違って、中に人が入って動かすらしい。

動かすための燃料があまり多くはないらしく、戦車と歩兵戦闘車を、今回の戦闘の行き来で使うくらいが限界だそうだ。

ただ、明らかに悪魔が引くバスよりも威圧感にしても物々しい。

これも、大戦の時は悪魔にさんざんやられてしまったのだな。そう思うとちょっと悲しい。

とても強くて格好良いのに。

フジワラからの指示が来た。

「部隊は三班に分ける。 フリンさん、ワルターくん、霊夢君をよろしく。 必殺の霊的国防兵器を一柱無力化出来る当てがあるらしいが、最悪の場合は対応を頼む」

「分かりました。 どうにかして見せます」

「イザボーくん。 君は秀さんとともに、市ヶ谷に突入後必殺の霊的国防兵器を相手してもらいたい。 甲賀三郎とともに敵陣を切り開く……と言いたい所だが。 霊夢君が先だ。 無力化出来る必殺の霊的国防兵器を最初に対処する」

「了解しましたわ」

ヨナタンは銀髪の子と組む。役割はほぼ同じ。

ただ。一体の必殺の霊的国防兵器を始末した後は、それぞれが柔軟に動く事になる。

人外ハンター達は市ヶ谷の制圧を行う遊撃班と、僕らの支援をする突撃班に分かれる。遊撃班は志村さんが指揮。

此処にはマーメイドと、ナナシとアサヒが入る。

ナナシは妖鬼ゴズキを扱えるようになって来ているらしく、市ヶ谷での戦闘では主力を任せられるらしい。

更にもう動いていない兵器と違って、動く戦車が出て来たら、阿修羅会の動揺は確定ということだった。

「戦車も大物悪魔相手に優位は取れないが、10式の120ミリ滑空砲は高位悪魔以外だったら一撃だ。 しかも今回は制御プログラムにプロテクトが入っていて、悪魔に乗っ取られる恐れもない。 未熟な戦車兵でも、支援AIの助けもある。 確定で当てられるだろう」

「ついでに弾数は限られているが、霊夢が手を入れているから、砲弾が魔術で反射される事もない。 遠慮無くぶっ放せ」

戦車を直したらしいドクターヘルがご満悦。

ちょっと苦笑い。

そして、歩兵戦闘車には、レールガンが搭載されている。

ただこれは凄まじいパワーを使うらしく、数回しか撃てないらしい。三回までは保証されているが、四回はかなり怪しいそうだ。

「大物が出た場合、どうにかして足を止めろ。 レールガンを叩き込めば、大物でも致命打になる」

「イエッサ!」

「小沢、ニッカリ、野田。 貴方たちには携行式レールガンを渡す。 以前使ったものと同じ型式だが、例のごとくバッテリーの問題で三発までしか撃てない。 使いどころに注意して欲しい」

「俺ッスか。 これは光栄だ。 恥ずかしい戦いは出来ないな……」

戦場に移動しながら、話をするが。

実はこれらは、既に話してある内容である。

どこからか情報が漏洩している。

スパイではない。

それは分かっているからこそ、敢えてこうしてわざと同じ話をしている。

漏洩するなら、させる仕組みがある筈。

漏洩の機会が多いほど。その仕組みを突き止める好機も巡ってくる。

そうドクターヘルが提案したようだった。

市ヶ谷が近付いて来た。

既に暴れている殿と秀が、散々引っかき回しているはずだ。かなりの数の悪魔がいるが、阿修羅会が無理矢理集めて来たものや、市ヶ谷に最初から配置されていた連中とみて良いだろう。

巨人が荒れ狂っている。

制御出来ているとはとても思えない。

この状況だ。

自棄になって何でも良いから呼び出して。そして自爆した。そんなところだろうか。

だが、その巨人が袈裟にぶった切られて、そのままマグネタイトになって消えていく。多分秀によるものだろう。

火線が空に飛んでいる。

バスが停止。

そのまま、バスからざっと皆が降りる。霊夢はかなり青ざめているが、それでも自力で降りて来た。

僕が頷くと、霊夢もにっと笑って見せる。

よし、此処からだ。

此処を失陥したら、阿修羅会は事実上終わりだ。

そして、縮退炉というのを抑えれば。

暗君タヤマによって滅茶苦茶にされた東京を再建する目処が立つ。ガイア教団が仕掛けて来る懸念はあるが。

その時には、必殺の霊的国防兵器全てが相手をすることになる。

そうなれば、ガイア教団とて好きには出来ない筈だ。

志村さんが声を張り上げる。

「悪魔達を出せ! 銃撃がいつどこから来てもおかしくない! 背後側面に敵が展開している可能性を常に忘れるな! 行くぞ!」

「おおっ!」

「じゃ、僕達も行こうか」

「総力戦ですわね」

市ヶ谷の一部は既に炎上しているようだ。それぞれ作戦行動に従って、確実に制圧する。

入口には瓦礫が積まれていたようだが、多分秀が悪魔を呼び出して吹っ飛ばしたのだろう。

まず戦車が、歩兵戦闘車が続き、僕達も堂々と敷地内に入る。

意外と広い敷地だ。

所々で見かけた動く階段などが野外にあったりするが、あれは屋根の部分が劣化してしまったのだろうか。

悪魔が彼方此方で死んでいる。

さっと展開して、人外ハンターが拡がっていく。纏まっていると、一網打尽にされる可能性が高いからだ。

「わたくしは彼方に」

「僕は其方のようだ」

それぞれが、秀と銀髪の子のいると思われる方へ。

銀髪の子が放ったらしい光の砲が、悪魔を貫いて粉々に消し飛ばしたばかりだ。まあ、分かりやすいと言えば分かりやすい。

僕はざっと悪魔達を展開する。

ラハムが周囲に結界を展開。普段は霊夢の仕事だが、今は無理な神降ろしでかなり弱体が懸かっている。

それを補うためである。

正面から淡々と進む。

前から炎に照らされながら、大量の屍鬼ゾンビと、それが融合したコープスが来る。死体は酷い状態だが、多分大物悪魔が操っているとみた。

僕と同じ班に入っているカガがぼやく。

「大戦の時、市ヶ谷には助けを求めて市民が殺到した。 悪魔との激戦地になった此処では、それだけたくさんの人が死んだんだ」

「それをこんな形で冒涜するか。 許せないね」

「同感だぜ。 流石に俺も、死んだら肉だなんてことはいわん。 誰だ、これをやってる外道野郎! ツラを見せやがれ!」

返事は死者達の呻きだった。

まあいい。

全て排除して、更には遺体を荼毘に付す。悪魔に好き勝手にされている魂を浄化して解放する。

今回の作戦とそれに優先度での違いは無い。

それに気楽だ。

此処まで出来る悪魔を、阿修羅会が従えているとはとても思えない。

この先にいるのは野良の悪魔で。

しかも遠慮無くぶっ潰して良い外道だろうから。

死者を薙ぎ払いながら前進。

カガが呼び出したカルラ天という神様が、死者を片っ端から浄化してくれる。助かる。僕らは破壊するだけでいい。

幾ら悪魔が憑依していても、死体は死体だ。

今の僕らの戦闘技術とオテギネの敵じゃない。

小山みたいなコープスを、ムスペルが丸ごと焼き払う。飛び出してきた悪魔の霊体を、霊夢が一喝して消し飛ばしていた。

カガの拳が唸り、屍鬼ゾンビを粉砕する。僕も安心して一方面を任せて、オテギネで破壊の限りを尽くせるというものだ。

ワルターとそれぞれ戦線を担当して、敵を片っ端から砕き、前線を押し上げる。死体の中にいたのは、あれか。

恐らく彼奴が操作者だ。

ハンドサインを出すと、僕はティターニアを呼び出し。雷撃を叩き込ませる。今まで屍鬼ゾンビやコープスを相手に淡々と戦っていた所に、いきなりの範囲攻撃への転換。もろに巻き込まれた其奴が、ぎゃっと悲鳴を上げて跳び上がっていた。

それは髑髏から顔を出している蛇というような姿をしていた。

「ロアよ。 ブードゥー教における精霊ね。 ゾンビという存在を作る為に力を借りる存在でもあるわ」

「ん? 種族は?」

「夜魔でもあるし妖魔でも邪鬼にでも分類できるわ。 下等とはいえ邪神といえなくもないわね」

「ふうん。 まあいいや。 逃がさない」

髑髏に巻き付いている蛇が、他にも出現するが、逃がすか。

どっと流れ込むアナーヒターの浄化の水が、まとめて屍鬼ゾンビを押し流す。その隙間を縫って、僕が走る。

そして、一閃。

まずは一体。貫いて、粉々に消し飛ばす。跳躍して、上空から飛燕のごとく襲いかかる。そのまま二匹目を叩き潰し、三体目を薙ぎ払う。集まってくる屍鬼ゾンビの動きが露骨に鈍くなる。

やはり此奴らのせいか。

そのまま続けて斬り伏せる。四体目を倒した時には、ゾンビは動きを止めて、その場で倒れ込むものも出始めていた。

死体はどれも酷く痛んでいて、もう男性か女性かすらわからないものも多い。腐敗だけではなく、単純な戦傷による痛みが酷くて、どれだけ此処で凄惨な殺しが行われたのか分からない程だ。

最後の一体を串刺しにすると、ゾンビ達がどっと倒れ。コープスも死体の山へと戻っていく。

即座にカルラ天が死体を浄化。

それを見計らってから、一瞥。茂みの方に、覚えのある気配。今は不安要素の一つも残すわけにはいかない。

「出て来なよ」

「……」

出て来たのは、以前西王母戦で見かけた小柄なガイア教徒だ。手にしている鉈は、既に人血に濡れていた。

確か、トキだったか。

「暗殺専門の君がいるって事はガイア教団も何か狙っているようだね。 狙い次第では生かして返さないけど」

「前にあった時と違って好戦的だな」

「戦場なのでね」

「……貴方たちに仇なすつもりはない。 それだけは言っておく」

すっと気配を消してさがるトキ。

まあいいか。

あの実力だったら、僕らを殺す事は出来ない。多分だけれども、阿修羅会の人間が逃げるのを少しでも減らすつもりとみた。

ガイア教団としても、阿修羅会がろくでもないものを此処から持ち出すことは警戒しているのだろう。

一応バロウズに情報を展開して貰う。

さて、先に進む。

秀と銀髪の子はまだまだ先で大暴れしているようだ。合流してからが本番だし。

合流する前に、可能な限り戦力を削り取らなければならない。

進んでいくと、彼方此方に積み上げられたからくりの残骸や、机なんかがあった。その辺りで、激しい戦いの跡が見受けられる。

それについても転送しておく。

大量の死者の群れがいなくなってから、露骨に反撃の圧力は減ったが。それはそれとして、時々悪魔が仕掛けて来る。

「これ、恐らくあの戦車って奴がひっくり返ったんだぜ。 悪魔にひっくり返されたんだろうな」

「凄い力だ」

ワルターとカガがそう言い合っている。

霊夢は力を可能な限り温存して進んでいるが、彼方此方が炎上している事もある。汗を掻いているし、疲弊も抜けていない。

無理を続けているんだ。

酒で無理矢理誤魔化して回復しているとは言え、流石に厳しい。

何処かしらのタイミングで、まとまった休憩を取ってほしいものだが。此処を落とさないと、危険な状態には代わらないし。

更に言えば、三体の大天使をどうにかしないと、その状態が続くのだ。

「此方フジワラ」

「どうしました」

「神田明神で大規模な交戦が始まった。 此方は私がどうにかする。 君達はそのまま市ヶ谷での戦闘に集中して欲しい」

「了解」

彼方でも始まったか。

確かに神田明神に日本神話系の神々がいて、更にはそれと連携する妖精達がいるのは好ましくない悪魔も多いだろう。

アリオクという悪魔がいなくなっても、利害が一致している以上、堕天使達が攻撃を仕掛けに行くのは妥当だし。

僕が悪魔の立場でも同じ事を考える。

とにかく出来るだけ急ぐ。

今度はドクターヘルから通信が入る。

「その奧に臨時で作られた宿舎がある。 其処から地下通路が延びていて、その先に恐らく炉がある」

「分かりました。 その宿舎にて合流して、奧へ突入します」

「わしも後から行く。 流石にお前等の戦いに巻き込まれたらたまらんからな」

「掃除はすませておきます」

一応念の為、ドクターヘルの周囲も固めて貰う事にする。

あの暗殺者のトキという子がドクターヘルを狙っている可能性は高くはないものの。同じように、暗殺目的の悪魔がいないとはいえないし。ドクターヘルはあからさまに強いものの、僕らほどじゃない。

連絡を入れながら、片手間に飛びかかってきた大柄な馬面の鬼をオテギネで貫き、回し蹴りを叩き込んで粉々にする。

今のは妖鬼メズキというらしい。

ナナシが武術の先生にしていたゴズキと似たような地獄の公務員だそうだ。だとすると、阿修羅会に呼び出されて使役されていたか。

通信を終えると、数体の悪魔相手に立ち回っている秀が見えてきた。

やっと追いついたか。

早足で進んで加勢する。

勿論大量の悪魔が押し包んでくる。

これは阿修羅会の手勢だけではないな。炉が人外ハンターの手に墜ちると面倒だと判断している悪魔が、それぞれ集まって来ていると見て良い。

まあいい。

悪魔を減らせば減らすほど、東京の人達の危険は減る。

どれだけでも来い。

今日の僕は、なんぼでも相手になってやる。

 

凄まじい濃さのマグネタイト。悪魔を倒しに倒して、それでマグネタイト化したのだ。

ヨナタンはため息をつくと、側にいる銀髪の娘が、特に疲弊している様子もなく。纏っている光が更に強くなっているのを見て感心した。

相変わらず凄いな。

この子はこの子で英傑だと殿が絶賛していたが。確かに戦い慣れの度が尋常じゃない。フリンよりも今の段階では強いかも知れない。いや、強いだろう。

秀とイザボーとも合流。

フリンと霊夢とも合流を果たす。

怪我人を後送し、遊撃班が追いついてくるのを待つ。この先に、阿修羅会の残党が籠城し、多数の悪魔が潜んでいるのが分かっている。

それに、だ。

「いるね」

「ああ、強い気配だわ」

フリンがいうと、霊夢も頷く。

この先に、必殺の霊的国防兵器三柱がいる。更には、最深部にはタヤマの使役する隠し玉もいるだろう。

その内霊夢が一柱を無力化出来ると聞く。

タヤマがその一柱を直衛にしていると厄介なのだが。霊夢の話によると、タヤマの側にある気配は恐らく違うらしいので。

その勘を信じる。

実際霊夢の暴力的な勘は、今まで何度も目にしているのだ。

「交代で休憩を取ってくれ。 市ヶ谷の地上部分を制圧して、突入はそれからだ。 回復の物資は、後続の人外ハンターが輸送してくる。 遠慮せずに使ってしまっていい」

「では、言葉に甘えさせて貰うぜ」

「あたしも」

ワルターが、その辺で平気で横になるので、ちょっと呆れた。

ほどなく歩兵戦闘車が突っ込んできて、バスもそれに続く。戦車の方は、市ヶ谷の入口辺りで暴れているようだ。時々凄い音がしているが、戦車に搭載されている大砲の発射音だろう。

あんなものをまともに受けたら、流石に悪魔でもひとたまりも無いし。

普段なら兎も角、弾には霊夢が処置をして、悪魔がはじき返せないようにしているそうである。

一射確殺できているだろう。

バスから展開した人外ハンターが護衛し、土建屋達が補給地点を設営し始める。

ドクターヘルもそれに加わっていた。

何やら機械を組み立て始める。

それに一本ダタラやサイクロプスも加わっていた。

「仮設トイレと給水場を作っておく。 早めにトイレと水分の補給を済ませておけ。 此処から厳しい戦いになるだろうからな」

「有難うございます。 疲労がひどい人から先に行ってくれ」

「それじゃあ、俺から行かせて貰うかな」

ワルターがさっさとトイレに。

こう言うときは遠慮し合うと却って時間が無駄になる。そのまま皆並んで、補給を受け始める。

ヨナタンは持ち込んだ干し肉をかじる。

豚の肉を加工したものだ。

その間天使達には偵察に出向いて貰い、更には倒された天使の回復も進める。

霊夢がスポーツドリンクを飲み干すと、無言でトイレの列に並んだ。周囲をフリンの悪魔達が固めていて、隙はない。ヨナタンは最後でいい。

「今のうちに武器を手入れしておく。 貸しなさい」

「お願いします」

「ああ」

フリンがドワーフにオテギネを貸し出していた。ヨナタンのグラムはあそこまで使っていないから大丈夫だろうと思ったのだが、ドワーフは有無を言わさず出せと言ってきたので、差し出す。

ドワーフはしばらくグラムを見ていたが、細かい調整をしてくれる。

フリンのオテギネは、今までにも何度か調整を入れていたようだが。今回はかなり丁寧に調整しているようだ。

「要所で一突き、という使い方をしておるな。 君は指揮官のようだし、それでいいのだろうが」

「すみません。 必要な時はもっと前衛に出るべきだと判断はしているのですが」

「いや、それでいいのだろう。 調整を終えた。 この剣は竜殺しの逸話がある一品だ。 これからも大事にしてほしい」

頷く。

程なく準備が終わる。

周囲の戦況も、圧倒的優位に進んでいるようだ。この市ヶ谷でたくさんの人が以前殺されたが。

もう一度、同じ事は起きずに済みそうである。

フジワラから連絡が来る。

「神田明神での戦闘はどうにかできそうだ。 其方はそろそろ突入かい?」

「フリン、どうだ」

「霊夢の疲労が心配ですね。 必殺の霊的国防兵器を黙らせたら、一旦さがって貰う事になるかと思います」

「分かった。 此方ではきちんと守りきって見せるよ。 タヤマの手から、炉を取り返して欲しい。 頼む」

フリンが頷いている。

ヨナタンは、嘆息した。

フリンは悩むことも怒る事もあるけれど、そのあり方は一筋の槍のようだ。ヨナタンはどうしても悩むことが多い。

殿と幾つか話して、それで悩みが晴れるけれど。

悩みが晴れるとまた新しい悩みが生じる。

ずっとそんな人生を送ってきた。

だから、というのもあるのだろう。

天使達の指揮官として恥ずかしくないようにありたいし。

殺戮魔と化した大天使達のようには間違ってもなってはならない。

そう自身を戒めているが。

ずっと不安は残っているのだ。

しばしして、フリンが手を叩く。

さて、突入か。

充分に休憩を取った。此処からは、今までに無い程厳しい相手との連戦になるだろう。

一瞬とて、油断は許されない。

 

4、混沌の狙い

 

六本木の上空を飛ぶのはセトだ。

ガイア教団を守る悪魔の一柱。その背には、同じようにガイア教団の守護をしている堕天使ネビロスの姿もあった。

ベリアルの盟友であり、力量ではベリアルほどでは無いが、強大な悪魔である。

見下ろす先は、炎上する市ヶ谷。

前には自衛隊が駐屯地としていて。

もっとも激しい悪魔との戦いが行われた土地だ。

在日米軍の生き残りも投入され、激しい戦闘が行われた。近代兵器では斃せない筈の悪魔にも自衛隊は引かなかった。

セトの聞いた話によると、日本の対魔組織であるヤタガラス。太陽神ではなく、その神の名を借りた組織だそうだが。そのヤタガラスも総力を挙げて参戦し。主要な悪魔使いはあらかた戦死。

組織は瓦解したそうだ。

ネビロスが聞いてくる。

「戦況はどうだ」

「現時点では人外ハンターが圧倒的に有利だな。 阿修羅会はもはや必殺の霊的国防兵器だよりで籠城することしか出来ない。 タヤマは……霊的国防兵器の守護が強くて、様子が見えん。 いずれにしても、あの炉をタヤマが抑えている事態は、どうにかしなければまずい。 その点で利害は一致している」

「だが、神田明神は邪魔だな」

「ああ、それは分かっている。 だが、現実問題として、これ以上人間を減らすわけにはいかん。 我等は静観するぞ」

これ以上人間が減ったら。

信仰が更に減ることになる。

そうなればアティルト界はやせ細り、いずれは全ての悪魔が形を失ってしまうことになるだろう。

雑魚はそれを考えず、目先のエサに食いついたりしているが。

そんな愚行をセト達はするわけにはいかない。

戦況は見届けた。

一度戻る事にする。

ガイア教団の聖堂の前で待っていたベリアルと合流。見てきた事を話しておく。

ベリアルはふっと鼻を鳴らす。

「これでタヤマも終わりだな。 あの不愉快な輩がいなくなるのは、此方としても好都合だが」

「問題はこの奧にいるバカ共が、主導権を握りたいとか言い出しかねないことだが」

「リリスが手綱を取っているが、上手くやれるやら」

「……」

奧から出て来たのはアスラ王。

アスラ神族の王である。正確にはそんな存在はいない。様々なインド神話に出てくるアスラの強者の要素をかき集めて、王とした存在。

神としては仏教の大日如来と同系統となる。

ただ、性格は真逆だが。

そもそも悪魔になったり神になったりは神話ではよくあること。

アスラ王は昔から魔界の大魔王であるルシファーの側近であり。ベルゼバブと並ぶ大幹部として扱われていた。

「皆、閣下からの伝言だ」

「む、閣下から」

「伺おう」

閣下とは、ルシファーの事である。

ただその閣下は、大戦の時の市ヶ谷の戦いのどさくさで、大きなダメージを受けて。現在は力が半減している。

神々や悪魔は人間の半身を見つけて融合すると、非常に大きな力を得る事ができるのだが。

そういった半身たり得る人間は、大戦の時に天使があらかた殺してしまった。

いつもふらついているルシファーの真意はよく分からない。

そういった半身を探しているのかもしれないと噂はあるが。

セトから見ると、ただ遊び歩いているようにしか思えなかった。

「炉がタヤマの手から落ち次第、此方も動く。 ガイア教団の主戦派は敢えて暴走させる」

「!」

「どうやら閣下は現在市ヶ谷を攻めているサムライ達に興味を持っているようだ。 今の時点では利害が一致しているが、それも炉が落ちれば終わる。 サムライ達と共闘できれば、或いは四文字の神を倒せるかも知れない。 まず当面の目的は、上にある不愉快な「エデン」だそうだが」

「ふむ……」

それにはリリスを生け贄にするのが必須だろうな。

最低限の条件として、リリスを要求してくるはずだ。

それに、である。

セトも他平行世界の事をある程度知るくらいの力を持ってはいる。

だから知っている。

大アバドンを大天使どもが発動させて、何もかも消し飛んでしまうような世界もあるし。

混沌の理に同調した人間が、考え無しにそのエデンを潰してしまう世界もある。

中には消し去らせた世界の怨念を受け入れて、炉を暴走させ。世界そのものを終わらせてしまう世界すらも。

それらの平行世界の事をうっすらとセトは理解しているので。

その特異点となるサムライ達。

あの若き俊英達には、下手に手出しをしたくないし。

知っているそれらの平行世界よりも明らかに状況が良くなる要因を作っている、どこからかきたあの特異点的な英雄達。

その存在にも興味が尽きないのだ。

「とりあえず今は保留だな。 多神の者達に対する油断だけはせぬように、備えておかなければならないか」

「ああ。 ベルフェゴールも倒れた今、天照大神だとかいうこの国の最高神が封印から蘇る可能性もある。 そうなった場合は、余も太陽への干渉力では勝てまい。 今は守りに徹し、閣下の次の指示を待つべし」

「……」

ベリアルが考え込んでいる。

何か思うところがあるのかも知れない。

まあ、それはいい。

セトは提案しておく。

「それでは余は上空より偵察を続けておく。 多神の者達に、つけいる隙を与えぬためにも、できる限り見えている範囲は多い方が良いだろう」

「うむ、頼んだぞ」

さて、此処からだ。

ここから何がどう動く。

大まかな流れを、平行世界というものは共有するのだが。それはそれとして、大きな出来事があると分離するものでもある。

ただ、この今いる世界とその平行世界の中では。この世界は一番マシだと言える。

もしも人間が神々への信仰を取り戻し。

傲慢なる四文字の神を撃ち倒し。

そして神々と悪魔と、人間がともに生きる新時代が来るのであったら。

セトはそんな世界を見てみたいとは思うのだった。

 

(続)