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対ケルト乱戦
序、天王洲再び
装甲バスの準備が整ったので、僕は霊夢と、更には規格外マーメイドとともに天王洲に出向く。
当面は戦力差を埋める事。
それが目的となる。
元々、人間は短期間で強くなるのに限界がある。それはどんな天才だろうと、戦闘でマグネタイトを吸収しようと同じ事だ。
それに対して、今東京に蔓延っている悪魔達は、人間の恐怖を吸い上げて強くなっている。
これでも本来に比べるとかなり弱体化しているらしいが。
それでも僕達が即座に倒せるかはかなり怪しい程度には強い。
これに対抗するには、年単位で良質な戦闘を重ねるか。
或いは、本来のこの国の神々を蘇らせ。
相手を弱体化させるしかない。
水の中を行くのは、以前もその天王寺という場所を救援するときに使った手段であるとは聞いている。
ガンガーという神の機嫌次第だが。
それにしても、水の中を行くのか。少し不安はある。
装甲バスを引くのは、数体の馬の悪魔。以前何度か見たことがあるケルピー達である。それと、マーメイドはいざという時に備えて、バスの外で泳ぐ。これは最悪、ガンガーが襲いかかってきたときに。浮上、展開までの時間を稼ぐ意味もある。
ともかく、川に入る。
元々バスの中は灯りが薄く、どぼんと音がすると、イザボーが不安そうにしていた。ワルターも、あまり平気そうでは無い。
漁師街の出身だから。
却って水の怖さは知っているのだろう。
今回は、最初は僕達だけで出向く。
志村さんや小沢さんなどのベテラン勢は、他で仕事がある。秀はシェルターの守り。
なんでも「歩兵戦闘車」というのが復旧出来たという事。更にはそれに搭載している「レールガン」が大きな効果をあげた事もある。
各地の基地を回って、廃棄されている兵器を回収するらしい。
大物悪魔に対しても、充分な殺傷力を確認出来た。
悪魔は人間の想像を超えることが出来ないらしいので。レールガンで充分に殺傷できると言う事なのだろう。
「マーメイド、どう。 ガンガーは」
「来たわ。 話は任せるよ」
「はー、面倒ね」
今回は霊夢が会話を受けると。
最悪の場合は浮上後戦闘に入る。僕達は即座に備える。
意外と、相手の口調は穏やかだった。
「おう、人間の鉄箱か。 また何か運ぶのかえ」
「龍神ガンガー、何度か往復したいのだけれどかまわないかしら」
「ええぞええぞ。 ただし分かっておるな。 そなた等が我を信仰をしているのは確認している。 そのまま我の威を忘れず、信仰を続けよ」
「分かっているわよ。 この国の人間は素朴で、そういった信仰は続くわ。 後は時々促すだけで良いでしょうね」
からからと笑う声。
ただ、声がとんでも無く大きくて、凄い強い悪魔だというのは、装甲バスの中でも分かってしまう。
気配もヤバイ。
やっぱり東京はまだまだ魔窟も良い所だ。
「行ったわ。 バスに加護の力も掛かっているから、当面はバスに危険はないと思う」
「とりあえず天王洲のシェルターに入ったら、打ち合わせ通りに。 もしも近場にターミナルがあるようならば、それも開放しておきましょう」
「了解。 また手強いのがいるんだろうな」
「むしろ好機と捉えよう。 豊富な戦闘経験を積むのは、僕達全員にとって良い事であると考えるんだ」
ワルターにそうヨナタンがいい。
それで、ワルターもしばし黙った後、そうだなと納得していた。
僕も頷く。
天王洲という場所はそれほど時間も懸からず、やがてバスが上陸する。スマホに連絡あり。
霊夢が出てというので、僕が出ると、志村さんからだった。
「此方志村」
「フリンです。 何かありましたか」
「フリンさんか。 実は天王洲で大きな気配が検知された。 天王洲に以前残していった機器が反応している。 何か強い悪魔かも知れない」
「……もうすぐ天王洲につきます。 確認します」
バスを降りる。
霊夢は既に周囲に視線を奔らせていた。マーメイドは半分陸から体を出して、じっと天王洲シェルターを見ていた。
それがシェルターだというのは分かる。
事前に映像を見せられていたからだ。
入口はそれほど大きくない。
その近くにはお墓があって、荒らされている様子はない。スマホで解錠は支援してくれる、ということだった。
周囲を警戒しながら行く。
霊夢もびりびりと気配を感じているようで、まずいわねと呟いているのが聞こえた。
どうやら天王洲シェルターの内部で戦闘が起きているようだ。
空になるまで物資は持ちだしたらしいのだが。
入口を開ける。
そのまま中になだれ込む。
がらんとした広い空間である。そこで、二つの人型が戦っていた。
一つは褐色の装甲……だろうか。ともかく服だか装甲だかに身を包んだ、逞しい男性型の悪魔。
もう片方は牛のマスクを被った、威厳のある男性……と言いたい所だが、姿がブレブレである。
此処には日本神話の太陽神の一柱である八咫烏が封じられているという話だ。正確には此処の近くに、なのだろうが。
その力を狙って来たのか。
いずれにしても、戦いは一方的。
情けない泣き言を、牛マスクの男が言う。
「お、おのれっ! 我は偉大なる神々の王であるぞ! 後から出てきた信仰の存在ごときが、我に手を上げるというか!」
「あいにくだがあっさりあの四文字たる神に、いやラーだったか。 どっちにしても座を奪われた時点で、貴様は王でもなんでもない。 もとの貴様だったら俺程度では勝ち目なんぞ万が一もなかっただろうがな。 力を幾つにも別たれ、雑な解釈で曖昧になった挙げ句に、あわてて出現したその哀れな姿では念入りに準備してこの戦場に赴いた俺には勝てんよ」
「く、くそっ!」
「もう一度眠って力を蓄え直すんだな!」
凄まじい拳のラッシュを叩き込む褐色の男。
なんとも力強いというか、豪快な戦い方だ。
激しい拳の嵐を受けて、牛マスクは悲鳴を上げ、やがて消えていった。マグネタイトが周囲に散る。
あれは死んだわけでは無さそうだが。すぐに再生も出来ないだろう。
ゆっくり此方に振り返る褐色男。全身を包む鎧は、口にも懸かっている。あれは何かを食べるのは大変そうだなと、何となく僕は思った。
「続いての来客か。 あわてて半端に具現化したバアルよりは楽しめそうだな」
「!」
バアル。
時々聞く神々の大物だ。
バアルというのは、「神様」くらいの意味であるらしいのだが。それはそれとして、一番偉い神としてのバアルも存在するらしい。
神々には蛇の系譜の神と牛の系譜の神が大まかにいるらしいのだが、バアルは牛の系譜であるらしく。
ほぼ間違いなくその頂点に位置する存在だとか。
元は中東という土地の農業を司る神様で、それほど邪悪な神様ではなかったらしい。
その影響力は一神教の神様のモデルにも取り入れられているとかで。かなり後の時代に大きな影響を与えた神格であるそうだ。
また、中東ではバアルという名前があまりにも一般化しすぎて、様々な神がバアルと言われ。
一神教ではそれを片っ端から悪魔と認定したため、バアル由来の堕天使だらけなのだとか。
こういう話は、移動中などに聞いた。
悪魔の由来を知っていると、戦闘で有利を取れるからだ。
そしてこの男性神はなんだ。
じりじりと間合いを取る僕と、大剣を構えるワルター。
霊夢が咳払いする。
「好戦的な様子だけれども、別に戦う気はないわよ。 内容次第ではね」
「ふん、この地では戦って勝ち取るのが当たり前であろう。 それがどいつもこいつも群れおって」
「極めて不完全だったとはいえバアルを圧倒した実力を見た所主神クラスの神格とみたけれど、どこの神様かしら、貴方。 あたしは博麗霊夢。 此処にいるのはサムライのフリン、ワルター、ヨナタン、イザボー。 あの子はマーメイドとだけ名乗っているわ」
「……なかなかの力を感じるぞ、そなたら。 人間とその手下にしては相応に鍛えこんでいるようだな。 それなりのますらおに名乗られては、名乗り返さぬのも不作法か。 俺はダグザ。 ケルトの最高神である」
えっと霊夢が声をあげて。
ダグザと名乗った神が、なんだと小首を傾げる。
霊夢はじっとダグザを見て、困惑したように渋面を作っている。角度を変えながら、ダグザを見て回る様子に、腕組みしてダグザはなんなんだと困惑し返していた。いずれにしても戦意は外れた。
「この地でも俺の名は知られていると聞いていたが。 なんだその反応は」
「いや、知っているわよ。 でも貴方太めの気が良いスケベおじさんで、おかゆが大好きだったはずよね。 なんだか痩せてやたらと男前の声で、それに素手で相手と戦うような神様だったっけと思って。 それに主武器の棍棒は?」
「おかゆが大好きなスケベ殿方!」
イザボーが反応。
僕もちょっと驚いた。
そんな可愛い神様にはさっきの荒々しい振る舞いからはとても見えない。ダグザはそれを聞くと、また腕組みする。腕組みが好きらしい。
「この地は今戦いが主になり、力で勝ち取る場所になっているからな。 俺は本来は豊穣神だが、戦いの神でもある。 故に戦いに特化した姿に、その身を変えているのだ」
「いやでも棍棒は? 破壊と再生を司る強力な武器の筈だけれど?」
「この方が格好いいだろう」
思わず噴きそうになる。
マーメイドが視線を逸らして口を押さえているので、同じように思ったのだろう。ダグザは苛立ちを抱えたのか、少し恥ずかしかったのか。声を荒げる。
「こんな状況だから仕方がないだろう! 神というのは状況に合わせて姿を変えるものだ! 俺を太めの気が良いおじさんとやらにしたいのなら、そういう信仰が許される土地に此処をして見せるがいい!」
「ちょっとまった。 ダグザさん、いいかな」
僕は先に手を上げる。
ダグザはなんだ、と声を荒げたが、僕としてはこの神様とあまり争いはしたくないと思った。
さっきのバアルは。ちょっとやりとりを聞く限り、良くない理由で此処に具現化したように思った。
だがこのダグザは、恐らくは「勝利を奪い取る」ために此処に来ている。
神々は姿が崩れるほど人間の信仰が失われたこの土地で必死だ。だから、こういうのは戦略としてありなのだろう。
「はっきりいうけど、荒々しい戦いの神様なんて此処東京には幾らでももういるよ。 それに何でもかんでも人を襲うから、それで怖れられてる。 だから、今更そんなので此処に参入しても、あんまり効果はないし、またそんなのが出たよ、くらいにしか思われないと思うよ」
「なんだと! ……確かにケルトの信仰はそもそも雑多で、散逸も激しかった。 むしろ勇敢な騎士達の活躍の方が知られている程だ。 今更荒神として此処に乗り込んでも、それほど畏怖を集める事は出来ないというのか!」
「うん。 それよりも豊穣神なら感謝されるし、信仰も集めると思う。 特にみんなおなかを空かせて困っているし、おかゆを振る舞ったりしたら凄く感謝されて信仰されると思うけれどな」
「信仰をそんな程度の事で得られるのか。 だが俺の釜は俺の宝だ。 人間共に安く振る舞うようなものではない!」
微妙にプライドが高いな。めんどくさいおじさんみたいな神だ。いや、ずばりそうか。
だけれども、ペースは掴んだ。
というかこの神様。
強いけれど、考えが単純だ。多分食い合わせが悪いと際限なく悪辣になるのだと思うけれど。
祀る人次第では、とても善良で気が良い存在に変わるのではないかと思う。
「おいしいおかゆの作り方を人々に教えるのは」
「……は」
「それだけでも感謝されるよ。 それに、豊穣神としての力を使ってくれれば、もっと感謝される。 信仰も集まり放題だと思う」
「む……ううむ。 無駄に戦うよりも、その方が楽か。 母もおらず、騎士達も眷属とも離ればなれになってしまってしまった今、雑魚を狩って廻るよりは、人間にまとまって信仰された方が得と言えるか? 太陽神ルーの気配とも此処の気配は微妙に違う。 だとすると、現地の人間と手を組むのもありとはいえるか……」
本気で考え込んでいるダグザ。それを見て、ヨナタンとワルターがどうしようという視線を送ってきているが。
こんな強力な神格を無駄に敵に回して、死力を尽くして戦うのも馬鹿馬鹿しい話だ。
戦闘を回避できるのなら、それで言う事もない。
霊夢は完全に呆れている。
ただ、もしも戦闘を回避できるなら。それにこの神格を味方につけられたら、非常に心強い。
「俺たちはどうしても人間の信仰に左右される存在だ。 アティルト界の住人である以上、その宿痾からは最高神たる俺ですら逃れられぬ。 信仰に左右されない世界であれば話は別なのかもしれぬが……」
「こっちに来なよ。 今、僕の協力している勢力は、東京で一番勢いがある。 損はさせないよ」
「嘘は言っていないようだな。 それだけのますらおでありながら、時にオーディンのような狡猾さを見せる娘だ。 面白い。 良いだろう……」
まだ力が足りないから、言う事を全て聞いてやるつもりはないが。悪魔合体で呼び出せるようになったら、分霊体で力を貸してやる。後、俺自身を呼びたいときはこれを使えと、多分模造品らしい竪琴を貸してくれた。霊夢が言う所によると、ダグザの宝の一つらしい。
本当に元は愉快なおじさんなんだなと思う。
ダグザはそれで。すっと消えていった。
なんだかどっと疲れたように、ワルターが肩を落とす。
「お前のクソ度胸には驚かされるぜ。 あいつ、今の此処の面子全員でも勝てるか怪しかっただろ」
「ギリギリ勝てたかな。 でも、確かに手強い相手だったね。 それに、なんか色々拗らせてるみたいだったし、敵に回したり変な風に味方にしたら、それはそれで悪さをしたと思う。 だからあれで良かったんだよ」
「確かに最良の結果ね。 あたしの口にした情報から、最善手を選び取った力、流石だわ」
霊夢が褒めてくれる。
それを見て、ヨナタンも真剣な顔で頷いていた。
いずれにしても、凄まじい神々の戦いの痕跡はなくなり、シェルターは静かになっていた。
まずは、此処の安全確保からだ。
マーメイドが潜って、辺りに何かないかを調べてくれる。
僕達は散って、それぞれやるべきことをやる。
バロウズが周囲を調査して、それでターミナルは此処の中にはないと教えてくれた。外に一つ配置されているという。
ターミナルは後でもいい。
今は太陽神だという八咫烏神の封印を解除するところからだ。
力が弱い人間が見ると気が触れるという強力な神格らしいが。
霊夢によると太陽神は基本的に強力な神格で、あのケツアルコアトルのように、最高神である事が珍しくもないらしい。
この国では最高神が天照大神という太陽神で。
その他に八咫烏という太陽神も存在し。
八咫烏は神々の使い、くらいの扱いの神であるそうなのだが。それでも相当に神としての格は高いそうだ。
放置しておくとまずい。
それは、あの神々の戦いを見て、しかと理解できた。
「地下にはいないわ。 でも、近くにはいるのだと思うけど」
「マーメイド、あんた、八咫烏にあった事はあるの?」
「少しだけね」
「そう……」
霊夢はじっとマーメイドを見た後、手を分けると言う。
マーメイドと僕ら。
霊夢で二手に分かれ、この近辺を探すと言う事だ。
僕もそれで問題ない。
マーメイドと一緒にシェルターを出ると、海の側の荒涼たる土地をみる。天を行くような道が縦横に走っているけれど、それもあちこち壊れているし。
何より自動車というものの残骸がたくさんあって。
それらには、亡骸もたくさん入っているようだった。
「むごい光景だ。 あれらをどうにも出来ない状態なのがとても口惜しい」
「俺は海が気になる」
ワルターが、目を細めて海を手をかざして見ている。
確かに東のミカド国の麓。
海沿いの街はあまり出向いた事はないのだが。出向くと清浄な潮風の香りとかがして、ちょっと気分が良かった記憶がある。
だが此処の海は。
明らかに危険で。
それも腐りきった海だ。
たくさんなんだかよく分からないものが浮かんでいて、とてもではないが入る気にはなれない。
マーメイドにもケルピーにも、此処を移動させるのは気の毒だなと思ってしまうほどだ。
「目立つ建物などを探していこう。 ターミナルがあるなら、霊夢を呼んでともに番人を撃退してしまってもいい」
「そうだな。 とにかく手当たり次第だ」
「この辺りは広い造りではあるけれど、そのまま広い墓場になってしまったんだね」
「いずれ整備して、少しずつまともにしたいし、亡くなった方々も弔いたいですわね」
イザボーのまっとうな意見に、僕も賛成だ。
ともかく、周囲を探していく。
途中で志村さんから連絡が入ったので、不完全体のバアルをダグザが倒した事。ダグザを言いくるめて味方に引き込んだことを話しておく。
最高神を味方に、と志村さんは驚いていたが。
まあ、すぐに味方として戦ってくれるわけではないだろう。
しばらくこっちを様子見している筈だ。
神話のダグザと裏腹に、あのダグザは戦闘神格としての性質が強いようだったから。
シェルターの近くにおかれている戦車というのの残骸も幾つかあった。酷いやられかたで、ひっくり返ってしまっているのもある。
不意にドクターヘルから通信。
破壊されていてもいいから、戦車がどこに何両あって、それらの写真を送って欲しいと言う事だった。
言われるままバロウズと協力して、写真などのデータを送っておく。
少し前に歩兵戦闘車というのが活躍したらしいし、ドクターヘルの手にかかれば、きっと役立てるのだろう。
それに強力な悪魔の手にかかれば、これくらいの鉄の塊なら運べる筈だ。
転がっている位置が分かるのは、とても大きいのだろう。
周囲を調査している間に、霊夢から連絡がある。
マーメイドには見つけられなかったが、本職である霊夢は見つけたそうだ。ただ、少し問題があるそうだが。
ともかく合流する事にする。
この辺りは、人外ハンターも滅多に来ない土地。何があるか、分からないのだから。
1、八咫烏
天王洲シェルターに入り直して、霊夢と一緒に奧へ。
単純な構造をしている場所だと思ったのだが、封印されている奧が存在しているらしい。それも霊的に複雑に結界が張られていたらしく、シェルターとして使われていた時も、誰も気付けなかったらしかった。
その証拠に分厚くその結界の奧は埃が積もっている。
僕はアナーヒターを呼び出すと、清浄な水で一度辺りを綺麗にする。
かなり気軽にアナーヒターを呼び出せるようになって来ている。この様子なら、そろそろ戦闘時ずっと展開する事も可能だ。
念の為、ラハムを呼び出しておく。
周囲をヨナタンのドミニオンが照らす。
此処は、倉庫か。
ずらっと棚が並んでいて、色々おかれている。ただ電波とやらの状態が悪いらしく、外に通信が出来ない。
「これって……」
「シェルターを使う時に混乱があったんだろうね。 こういう場所があるって、シェルターに逃げ込んだ人に引き継ぎが出来なかったんだ」
ヨナタンが悲しげに言う。
そうだな。僕もそう思う。
此処では800人近くが餓死寸前だったという話だ。だが霊夢が保存食だというものが手つかずで大量に積まれている。
これを知っていれば、そんな事にはならなかったのかも知れない。
混乱が起きると、人間の群れはとたんに弱体化する。
それは僕も知っているから、とても悲しい光景だと思った。
周囲を照らしながら、奧へ。
霊夢がぼやく。
「強力な結界が張られているわね。 マーメイドが気づけないわけだわ」
「ごめんなさい。 探査は苦手なの」
「戦闘があれだけ出来るのだから別にいいわよ。 あたしもちょっとこの中では、勘がほとんど働かないくらいだわ。 皆、五感を生かして周囲を警戒して。 何が起きるか分からないわよ」
まずいな。
先にターミナルを探すべきだったか。
ただ、バロウズが周囲を記録してくれている限り、構造そのものは単純極まりないようである。
迷子になるおそれは無さそうだ。
元が倉庫であるのなら、それはそうなのだろう。
武器を構えたまま、油断なく進む。
マーメイドはどうも潜って進むのが難しいらしく、珍しく人型に変わると、足で歩いていた。
人型にもなれるのか。
まあ下半身を人の足にしただけだが。
相変わらず鱗を下着代わりにしているが、目のやり場に困る格好である。
イザボーが無言でコートを脱ぐと、マーメイドにかける。きょとんとしているマーメイドに、イザボーは頬を膨らませている。
何となく言いたいことは分かる。
「ちょっと周囲を守ってくれるかしら。 集中して探索したいの」
「分かった!」
「あんたに護衛を任されるとは、腕が上がったって事だよな」
「……」
霊夢が黙り込んだので、ワルターも軽口を止める。
印を切って何か唱えていた霊夢が、そのままゆっくり進んでいき、やがて壁になっている場所で足を止めていた。
壁をしばらく触っていたが、ばちんと大きな音がして弾かれる。
すぐに支えたが、霊夢が手を振って渋面を作っていた。
何かあると言う事だ。
「かなり厄介な結界ね。 触るまで気付けなかったわ」
「解除できそう?」
「……ユダヤ神秘思想による結界ねこれは。 ちょっと専門外だけれど、少し解析に時間がいるけれども……それでもやってみる。 周囲を固めて。 何か護衛の悪魔がいるかもしれない」
そうだろうな。
僕達は周囲を見張る。
マーメイドが、辺りを見て来るといって、姿を消す。
まああいつがやられるような悪魔がいて、不意打ちされたらどうにもならないだろう。バロウズが警告してくる。
「此処では強烈な妨害電波が出ていて、スマホもハンドヘルドコンピューティングシステムもまともに動かないわ。 この電波は文明由来ではなくて、恐らくは精神生命体由来……悪魔由来のものよ。 結界で封じ込んでいても、その力が漏れ出ていて、それでバアルが寄って来たのでしょうね」
「それだけ強大な相手が封じられているって事?」
「ええ。 八咫烏だとすると納得出来る話ではあるわ。 いきなり襲ってくる可能性もあるから気を付けて。 それと、悪魔でも日本神話系以外は弱体化すると思うわ。 展開する悪魔については気を付けて」
「分かった」
ラハムに視線をやると、頷かれる。
確かに力を出し切れていないようだ。
マーメイドが探査しきれないというのも、それが原因なのだろう。
此処は元々、日本神話の神々の土地。
ならばそれの素の力が封印されているのであれば。
確かに非常に強力な……今まで見たこともないほど強力な神が現れても不思議ではないのだろう。
だが、それはそれとして。
どうしてそんな存在が天使に封じられてしまったのか。
霊夢は全力で結界解除作業中。
聞く訳にもいかないだろう。
僕はオテギネを構えたまま、いつ何が現れてもいいように備え続ける。イザボーが呼び出したコノハナサクヤ姫。それにワルターが呼び出したなまはげとスイキが頼りだ。ヨナタンも状況を鑑みて、天使達を引っ込めた。
ヨナタンはバランス良く近接戦と回復と光の魔術が使える。
天使達を壁にする戦術だけではない。
マーメイドが戻ってくる。
「ターミナルがあるわ」
「ありがとう。 周囲の警戒に加わって。 バアルなんて大物が来るくらいだし、何が出てもおかしくないからね」
「ええ」
マーメイドも、周囲の警戒に加わってくれる。
それでだいぶ心強い。
小一時間ほど経過しただろうか。
出来た、と霊夢が声を上げて。
結界を砕く。
それと同時に、周囲に猛烈な熱気が溢れる。霊夢が飛び退くのと同時に、僕達も結界に向き直る。
奧から出て来たのは、恐ろしい悪魔ではない。
三本足の鴉だ。
首からは何かぶら下げている。この国では翡翠という宝石が特産品だということなのだけれども。
それで作った宝飾のようだ。
直に見ると普通の人では気が触れると言う事だが。
少なくとも、今の僕は平気なようである。ただ、凄まじい光が此方に叩き付けられているのが分かるが。
「八咫烏ね。 貴方の封印を解除させて貰ったわ」
「……コノハナサクヤビメ様か。 どうやら異国の天使共の手下ではないようだな。 天使共の気配があったから警戒はしていたが」
「その天使に支配されている国から来ました。 ただ天使の支配を可とはしていません」
「いずれにしても狭い所に封じられて困っていたところだ。 何処かしら、私がいやすい場所はないか」
霊夢が神田明神を提案。
タケミカヅチもいるという話をすると、おおと八咫烏は声を上げていた。
足が三本ある鴉という不思議な姿だが。
普通に喋る事も出来るし、獰猛な存在でもないようである。ただ、鴉がとんぼのように滞空しているのを見ると、ちょっと不思議だ。
「国津神どもとも仲良くやれているか」
「はい。 それは問題なく」
「分かった。 私も封じられていた期間がながく、まだまだ上手く力を制御出来ない状態だ。 其方に連れて行って欲しい。 力を取り戻しながら、力になる事を約束しよう」
これで一段落か。
だが、そう上手くは行かなかった。
わずかな一瞬の隙。
僕が反応していなかったら、誰か倒されていたかもしれない。即座に振り向いた僕が、オテギネでその一撃を弾き返す。
ガンと、重い音。
僕は歯を噛みしめると、敵襲と叫んでいた。
飛び退いた其奴は、ゆっくりと剣を構え直す。
恐らく、此処に入り込んだ僕らを伺っていたのだ。結界を解除した後、八咫烏を仕留めるつもりだったのだろう。
霊夢は結界解除後で、かなり疲弊している。
厳しい相手だ。
「太陽神を増やされると面倒なのでな。 始末してしまおうと思ったが……この状況でも、なお勘を働かせるか。 なかなかの人間だ。 殺すには惜しい」
「僕はフリン。 貴方は」
「我が名はアガートラーム。 銀の手のヌアザとも言われる太陽神格だ。 もっとも今は、この世界に太陽をもたらすこともできぬがな」
雄々しい男性だ。右は義手になっているが、もの凄い剣を手にしている。
霊夢が冷や汗を掻いている様子からして、ただ者ではないのだろう。
「気を付けて。 さっきのダグザと同格かそれ以上の神格よ。 ケルトの太陽神にて、ダグザの兄弟に当たるわ」
「それは厄介だ。 不意打ちを防げただけでよしとしないと」
「私が奴の力を中和する。 此処には貴重な物資も多い。 出来るだけ、被害を抑えて戦って欲しい」
「ふっ、この国の太陽神め。 万全であれば我も勝負は避けたい所だが、封印を解除されたばかりの病み上がり。 力を取り戻す前に討たせて貰うぞ!」
さっと皆が散る。辺りの熱量が見る間に上がると思ったが、不意に周囲がクリアになる。
これが力の中和か。
一気に分かりやすくなった。
突貫。
オテギネをしごいて突きかかる。流石に太陽神。アガートラームは輝く剣を振るって迎撃。この神も悪神だとは思えない。激しく渡りあいながら、問いかける。
「悪神だとは思えないけれど、戦わないといけないのかな!」
「先のダグザとの問答は見ていた。 流されやすいダグザと我は違うぞ。 この地は我が照らす。 そのためには、悪いがこの地の神は無用! ただでさえ天使共に敗れた無能な者どもなど、従わせる価値もない!」
飛び退くアガートラームを。霊夢の針が横殴りに強襲。背後に回ったワルターが、大剣を振るうが、義手であっさり受け止める。
だが、それで動きが止まった所を、大量の水が襲いかかり、一気に倉庫から押し出して、シェルターの一階に流し出す。
アナーヒターによるものだ。
周囲の物資も、ダメージは最小限に抑えられたようである。
「八咫烏さんは此処に! あいつは僕達でやっつける!」
「分かった! 武運を祈る!」
「行くよ!」
僕は真っ正面から突貫。
シェルターの一階に出ると、アガートラームが眷属らしい多数の戦士のような姿をした神々を呼び出していた。
だが、いずれも弱体化は避けられないだろう。
僕に続いて、皆が躍り出る。マーメイドは気配が消えた。これは恐らく、人魚に戻って床に潜ったな。
悪魔達を展開。
乱戦が開始される。
荒々しい戦士達は、いずれもが悪とは見えない。だが、今はとにかく、戦って退けないといけないだろう。
乱戦を無理矢理突破し、手傷を受けつつもアガートラームに中空から襲いかかる。アガートラームは剣を振るって、僕の突き技をかわしてみせる。
激しい火花が散る中、一騎打ちに持ち込む。
アガートラームの眷属はいずれもが強者だが、今の僕の仲間と仲魔。それに霊夢とマーメイドがいれば、多分敵にはなり得ない。ならば、僕がアガートラームを抑え込めば、それで周囲が有利になり。
物資の安全を気にしなければならない倉庫では無い、広いこのフロアでならば。
多少の破壊を気にせず、猛攻を仕掛けられる。
アガートラームも冷静に戦況を見ているようで、僕の猛攻を凌ぎつつ、次々に眷属を呼び出しているようだ。
つまり僕より強くて、余裕があると。
舐めてくれたものだ。
踏み込むと、抉るように切り上げる。
義手が激しく弾かれて、アガートラームが飛び退く。そのまま、突撃。アガートラームが剣では無理だと判断して、義手と手をあわせて、突撃を防ぐ。雄叫びを上げながら、シェルターの外にまで押し出す。
勢いのまま、外に。
これで更に力を振るえる。
アガートラームも、全身を燃え上がらせていた。
「我の本領は屋外戦よ! 抜かったな!」
「そうだろうね。 でも、周りを気にせずやれるのは僕達も同じかな! ラハム! アナーヒター!」
それと、もう一枚切り札を切る。
僕は攻撃魔術が苦手だ。だからラハムとアナーヒターには頼っている。
他の雑多な悪魔達もいるが、アガートラームには流石に勝てないだろう。だから、此処で呼び出すのは。
灼熱が吹きだし、その巨人が咆哮する。
アガートラームは恐らく知っているのだろう。飛び退くと、顔を義手で覆っていた。外でだと、その精悍な顔つきと、整えられた髭がよく分かる。悪神ではないのだ。ただ、この地を力で奪おうとしているだけで。
今は、そんな場合ではない。
だから、倒す。
「地霊ムスペル。 行くよ!」
「おのれ……そのような破滅の権化を従えるか!」
「行きすぎた太陽神には丁度良い相手だよね」
それに、水魔術の使い手であるアナーヒターと。水魔術と呪いの術が得意なラハムがいる。
ここで火魔術の専門家が欲しかったのだ。
オテギネを回すと、アガートラームが剣を構え、間合いが瞬時になくなる。
閃光が走る。
相手は弱体化が入っているが、それでもこれでやっと互角というところだろう。そして、僕が耐えれば皆が戦況をひっくり返してくれる。しかし、アガートラームも凄絶な笑みを浮かべると、僕を豪腕で弾き飛ばす。吹っ飛ばされつつも踏みとどまり、猛攻を受け止める。
水魔術で刃を作って斬りかかるアナーヒターと、更には髪を蛇にして飽和攻撃を仕掛けるラハム。それに、神の力を中和するムスペル。ついでに僕。四人を同時に相手にしつつ、むしろ徐々に押し込んできている。
これが最高神の力。衰えても太陽神と言う訳だ。
ぐっと歯を噛むと、猛攻を確実に一つずつ弾く。
アガートラームは体術も混ぜてくる。猛烈な蹴りが、斜め下から襲いかかってくる。一番避けにくい蹴り技だ。回転しつつ、更に剣技も混ぜてくる。水の刃を粉々に砕き、ラハムの蛇の髪も瞬時に斬り伏せる。僕が前衛に飛び出す瞬間に、かっと吠えたムスペルの中和の力を、更なる光の力で打ち消す。
ムスペルはスルトという王とともに、途方もない大軍で神々の国を滅ぼす存在なのだと聞いている。
如何に神殺しに特化した存在とは言え、単騎では無理か。
否。
単騎で無理なら、僕が補うだけだ。
剣をオテギネで受け流しながら、今度は懐に入ると、オテギネを旋回しつつ腰当てを入れる。
ぐっと呻くと、アガートラームと一瞬競り合う。
激しい熱を、アナーヒターが中和してくれるが、周囲が熱で歪んで見える程だ。ゼロ距離で体術の応酬。僕の力も上がってきているが、単純にアガートラームが積んでいる経験が多い。舌を巻くほど手慣れている。同格かそれ以上の神と、飽きるほど戦って来たのだこの存在は。掴む、外される。全身を使って打撃の応酬。小柄な僕相手でも、まるで苦にしていない。強い。
がっと音を立てて弾きあう。
アガートラームには余裕があるのに対して、明確に押されている。アガートラームは百戦を経た神。
最強と喧伝されるばかりの存在ではなく、これは実戦を豊富に経てきた存在だと刃を交えて即座に分かった。
戦術的にも戦略的にも判断力が極めて高い。
このまま僕をじりじり押しても最終的に押し切られると判断したのだろう。ムスペルの拳をかわすと、剣を僕に向け、全力で突貫してくる。
アナーヒターが水の壁を作るが、それを無理矢理突破。ラハムが蛇の髪を再生させて包み込みに懸かるが、早すぎて対応できない。
僕は深呼吸すると、勝負に出たアガートラームに対して、むしろ踏み込む。
剣と槍だと、どうしても槍が有利だ。
これは師匠達に教わった。
無手と剣では、剣術が三倍くらいは有利だという話がある。これは戦闘で、武器が届く範囲が違うからだ。
槍も同じ。
槍の場合、扱いが簡単なため、簡単に習得出来る事も追い風になる。
フジワラにも霊夢にも聞いた。
実際に英雄だった関聖帝君にも軽く話を聞いたが。
この世界の万年の人間の戦いの歴史で、もっとも活躍したのは飛び道具。そして槍だと言う。
僕は安易に槍を選んだ訳では無いが。
その対応力については、身に叩き込んでいるつもりだ。
無理矢理突破して瞬時に間合いを詰めてくるアガートラーム。だが、その動きが一瞬止まる。
僕が先に、オテギネを、伸ばすように突いたからだ。
アガートラームはそれを弾き上げる。これで詰みだと思っただろう。
だが、大きな隙を晒したのは、アガートラームの方だった。
踏み込む僕。
アガートラームは、此方に迫りつつも一瞬動けなくなる。
槍の奇襲技、伸。
相手に対して長距離の突き技を叩き込み、それを弾かせる。あまりにも遠くまで伸びてくる技だから、達人なら反応できて、それで無理にでも弾く。だが、無理をするから、体の動きが一瞬だけ止まる。
アガートラームは突貫しつつも、剣での二撃目が遅れる。
それに対して僕は即座に槍を手元に戻し、抉りあげる。
すれ違った瞬間。
アガートラームの腹をざっくりと、オテギネが抉っていた。僕の方も、肩口をざくりと斬られていた。
片膝をつく。
アガートラームは振り返りつつ、大量の血をもう止めている。
「ケルトの騎士にもそなたほどのますらおはそういまい。 討たねばならぬは惜しいが、我も傲慢な四文字の神に世界をこれ以上支配させておくわけには行かぬでな。 首、貰いう……」
アガートラームの言葉が止まる。
一瞬、体が硬直した所に、腹から剣が生えていた。
僕の大技を受けきった所で、どうしても油断が生じたのだ。煌々と全身を輝かせている霊夢。
神降ろしという奴か。
あれは、恐らく。
解放したばかりの八咫烏の力。
それで同じ太陽神であるアガートラームの力を封じたのだ。それで動きが止まった瞬間、ヨナタンが貫いたのである。
ヨナタンを肘で弾いて押しのけるのが最後の頑張りだっただろう。
イザボーの極大冷気魔術がアガートラームを氷漬けにする。
それも砕いたアガートラームだが、それと同時に放たれていたマーメイドの冷気が、足を完全に拘束していた。
凄まじい形相で外そうとするが、外れない。
それに、奧からワルターも出て来ている。つまりだ。
既に勝負あったということだ。
ヨナタンが血を吐き捨てながら、回復術を展開する。ぐっと呻くと、アガートラームはそれでも何とか動こうとするが、僕はその義手を斬り飛ばし、剣を奪っていた。それで、アガートラームは諦めたようだった。
「くっ……!」
「あんたは悪神じゃない。 僕達に対して正々堂々と戦い、それで敗れた。 悪いようにはしない。 降って」
「甘いことだな。 四文字たる神は、ただ絶対の支配を求めている。 奴にとっての秩序と法はそういうことだ。 信仰というのは、合体と分離を繰り返す。 ある場所では神は悪魔になり、悪魔は神になる。 聖者は悪人になり、悪党が聖人にされる。 だが奴は、その輪廻すら否定し、己だけの世界を作る。 そしてそれを求めたのは、自分が正義である事を担保してほしいと願う愚かな人間達だ! ローマという国が一神教に支配されてから、奴の暴走は止まらなくなった! 我等神の誰かが倒さなければ、いずれこの世界は最悪無に帰す! 他の世界は、奴が気にくわなくて無に帰されたものすらあるのだぞ!」
「だったら僕達と止めよう。 このままの人間でいいとは僕だって思っていない。 万年殺し合って、色々な案を出して色々な国や考え方を作り出しても、結局そこに楽園はなかった。 人間だけが暮らしている訳でもないこの世界だというのにね。 それなら、人間と一緒に、人間をどうすれば変えられるか考えよう」
それは僕の結論だ。
人間が最高だとか素晴らしいだとかは、僕は考えていない。
ただ、人間よりも強い力を持つ神々を可視化出来て。
其処ですがるのではなくともにある事を選ぶ事ができたのなら。
アガートラームは、肩を落としていた。
「……まあいい。 我は負けた。 バロールに倒された時とは違って、全てを奪われた訳でもない。 力が充分に備わったとき、呼び出すがいい。 力になってやろう。 だが、くだらぬ奴になり果てていた時……太陽の力がそなたを焼き払う。 人間はその短い生の間ですら変わる存在だ。 そなたが人間の愚かさを真に理解した時……四文字の神に代わって、世界の全てを支配する愚物になり果てないと良いのだがな」
アガートラームの体がマグネタイトになって消えていく。
嘆息。
正論だったな今の。
四文字の神が恨まれるわけだ。
霊夢が流石に辛そうである。かなり無理をしたのに、八咫烏の神降ろしまでしたのだから。
「ターミナルを開放して、そこから戻ろう。 何とかもう一戦、頑張るよ。 霊夢、休んでいて。 僕達だけでやるよ」
「そうさせてもらうわ。 酒、そろそろ出来ていないかしらね」
それを聞いて呆れる。
なるほど、酒不足で力が戻らないのか。なんだか色々と業が深いなと、僕は思う。
霊夢は聖人とは程遠い事は分かっている。まあ、そんなものだ。優れた武人が、心まで優れているとは、限らないのだから。
2、呼び出し
天王洲シェルターの側のビルに、ターミナルはあった。
ターミナルの番人は、今回はなんだか派手な服装で、なんと球に乗っていた。多種多様な獣の悪魔を用意していたが、其処でアガートラームとの激戦を経たことをどうしてか知っていたようで、加減でもしてくれたのか。比較的突破は難しく無かった。
ただどの獣も即死技ばかり持っている奴で。
天使達が壁になって倒されるのを見ながら、必死に数を減らさなければならなかったが。
ヨナタンがずっと辛そうにしている。
この天使達が、アガートラームが厳しく糾弾した四文字たる神の僕である事を、どうしても考えてしまうのだろう。
ヨナタンは頭がいい分、そういうのは敏感な筈だ。
ローマという国が何処にあったのかさえ僕には分からないが。
其処を支配したことが決定打になったのだとしたら。
その四文字たる神も人間の影響を強く受けている訳で。
結局この世界に絶対なんてものはない。
それは、よく分かる。
絶対の存在が、世界を絶対に支配するなんて事は上手く行くわけがない。それもまた、分かるのだった。
最後の巨大な一つ目の獣、カトブレパスというのを撃ち倒す。
そうすると、ターミナルの主は、手をパチパチと叩くのだった。球に乗りながら、器用な事である。
「見事見事。 流石あるね。 いつもながら、此処を守る時に、君達がどんな風にたたかうかが楽しみでならないよ」
「あまりこういうことは言いたくないけれど、命のやりとりを楽しむ考え方は同意できないね」
「ハハハ、まあ一つの命の者ならそう思うだろうよ。 だがわれらアティルト界の者は、余程の事がない限り滅びる事もない。 そういう退廃した存在あるよ。 だから我をこうして配置したあの方も、それをどうにかしたいと考えているのだろうね」
「……その人と会えないかしら」
マーメイドが不意に、番人の側に出て話しかける。
ぎょっとした様子で、一瞬だけ素に戻る番人。球から墜ちそうになったが、すっと態勢を立て直す。
人間離れというか、重力とか無視した動きだった。
「貴方は蠅の王ね。 貴方の主に用があるのだけれど」
「貴様ただのマーメイドではないな。 ……あの方は気まぐれでな、この世界がどうなるかを最終局面まで傍観するつもりでおられる。 人間に試練を与えたり、あまりにも目に余るようなら天使を間引いたり、逆に魔の者達が人間を殺しすぎたりする場合は戒めもするが、それ以外は基本的には滅多に出てはこられぬ。 だが、その者達……この世界の未来を変える者達の前には、必ず姿を見せる。 そなたの力の大きさも理解している筈だ。 その内姿を見せるだろう」
蠅の王。
それを聞いて、少し後方で様子を見ていた霊夢がすぐに理解したようだが。
僕には分からない。
ともかく、咳払いすると、番人はターミナルを開放してくれた。
「とりあえず此処は解放しておくあるよ。 好きに使うよろし」
何も残さず番人が消えて。領域がなくなる。
ターミナルに登録しながら僕はぼやく。
「バスは後で回収しないといけないねこれは」
「いや、此処から戻りたいところだけれども、八咫烏は直接連れていかないといけない。 それにいずれにしても人外ハンターやシェルターの人員がこのターミナルを利用するために、何度か往復もしないといけない。 それを考えると、バスで戻る事になるわ。 帰路の護衛、悪いけれど頼むわ。 酒でもあれば少しは話が違うのだけれどね」
「そっか。 まあ、バスに乗るだけだし、ガンガーの護衛もあるから、大丈夫かな」
「少し私は疲れたわ。 帰り道、何事もないといいのだけれどね」
何だかマーメイドが落ち込んでいる。
ただ、良く事情がわからないので、後でバスの中ででも聞くか。
バスに乗って、それで水中に。
移動しながら、霊夢に聞く。
「前にもターミナルで蠅の羽音を聞いたことがあったんだ。 蠅の王ってなんのこと?」
「蠅の悪魔は何種類かいるのだけれども、その中でもっとも有名なのが七つの大罪と言われる一神教でもっとも強大な七体の悪魔の一角。 その中でも最強とも言われる、魔王ベルゼバブよ。 これもまた例によってバアル信仰を貶めた存在なのだけれどね。 バアルへの生け贄に蠅が集っている様子を見て、そう嘲るために名付けたらしいわ」
「そんなにバアル信仰って凄かったんだね」
「いや、実の所そうでもないのよ」
霊夢が丁寧に説明してくれる。
オリエントというらしいのだが、人類の万年の歴史の中で、もっとも最初に勃興したのが中東の文明であるらしいのだ。
人類は世界中に短時間で発展していったのだが。
中東の原初の信仰が、世界中に影響を与えたのは、単純に最も最初に優れた文明が出来たのが中東だったから、に他ならないらしい。
しかもバアル信仰ですら、中東では最古のものではないそうだ。
「あんたが連れているラハム。 あれの母が最古の信仰よ。 ティアマトという蛇の系譜の頂点にある祖神の信仰……と言いたい所だけれども、実際にはそれが分かっている最古というだけで、更に古い信仰があってもおかしくはなかったでしょうね。 ティアマトを倒した暴風神マルドゥークによる信仰がその次に勃興して、以降はそれから様々な神々と信仰が勃興して、世界中に波及していった。 一神教もその一つ。 ただ、バアル信仰は、その一神教の少し前に存在していてね。 激しく一神教と争った歴史を持っているの」
「そうなると、仮想敵だったと言う訳か」
「そういうことよ。 バアル信仰そのものは、雑多な信仰に加えて、バアルという呼び名があまりにも一般化しすぎて、今では訳が分からないものとなり果てている。 それが、一神教と対立し、一神教が後に世界を席巻した結果、悪の総元締めみたいに扱われたというのが真相ね」
ヨナタンの疑問を、霊夢がばっさり。
神様の専門家である霊夢だが。
その神様を随分とドライに考えているのだなと思う。
神様と接してきた存在だろうに。
その神様を、学問としても考えているのは、ちょっと面白い。
「長年敵だった相手を、今でも悪魔として貶めているって訳だな。 確かに恨みが残るのは分からなくもなくねえ」
「そうですわね。 それほど迫害が激しかったのかしら」
「一神教は最初ユダヤ教が勃興し、其処からキリスト教、イスラム教が派生したのだけれども。 ユダヤ教は中東での争いに負けて、一度根拠地から追い払われるという歴史を辿っているの。 これが後々まで問題になってね……」
「なるほど、それは悪魔とされる神々に対する恨みも溜まるね……」
いつまで昔の事を、というような理屈はあまり口にしたくない。
今、霊夢から聞いている話によると、それこそ何十世代もその恨みを蓄積させている筈だからだ。
それは当人達の問題であって。
余所から他人がどうこう言える話でもないし。
下手に口を出すと、問題をややこしくするだけだろう。
「話を戻すけれど、ベルゼバブはバアル信仰を貶めた悪魔の一つで、今現在一神教で一番邪悪とされる明けの明星……大魔王とまで言われる大堕天使ルシファーの側近中の側近よ。 あのターミナルの主がそれだとすると、確かにあの異常な強さにも納得がいくし、話に聞く限りルシファーは最後まで自分が出るつもりもないようだから、傍観を助ける仕事をしているのも頷けるわ」
「そんなに凄い奴なんだな」
「本来は大した事はないわよ。 魔界では極めて弱小なんて記述がある場合もあるくらいにはね。 ただ、神学というのは言った者勝ちで、言った事が定着するとそのままアティルト界では影響を及ぼす。 だからベルゼバブは今は強い。 それだけの話だわ」
「人間の適当な定義や考えで影響を受けるとなると……神々が人間を何処かで嫌うのも、納得出来るかな」
僕はぼやく。
アガートラームも、あれは人間に全く期待していないのがよく分かった。恐らくだが、直前に問答したダグザもそうだろう。
特にダグザは、人間世界のあり方を痛烈に批判していた。
それはダグザが、本来の姿とは程遠い姿になりながらも、あの場に降臨したことを。ダグザなりに弾劾していたのかも知れない。
ほどなく、川から上がる。
流石にガンガーの力は凄まじく、途中で悪魔が襲ってくる事もなかった。
ただ、バスを覗いて、念押しをして来るが。
「今回も護衛をした。 我に対する信仰を欠かさないようにな」
「ありがとうガンガーさん。 僕からも、貴方は立派な神だと伝えておくよ。 川を綺麗にしようか?」
「ふむ、古代の水神の力を感じるが……いや、今は別にかまわぬ。 我は川の綺麗さよりも、信仰を貴ぶ」
「分かった! また次の機会もお願いね!」
手を振ると、ほほほと笑いながらガンガーは川に戻っていく。
しかし大迫力だな。
イザボーはとにかくどでかいガンガーにびっくりしっぱなしのようだし。
シェルターはすぐ其処だ。
一度合流して、皆と話さなければならない。それと、だ。霊夢が咳払いしていた。
「悪いけれど、シェルターで休む前に神田明神に一度行くわよ。 八咫烏の力は強力で、体が弱っている人間の側に置くことは好ましくないわ」
「そういえば、直接目にすると気が触れるって言っていたね」
「そういうことよ。 人外ハンターを呼んで護衛に出して貰って。 あたしは今あまり動ける自信がない。 このまま護衛についてくれる、マーメイド」
「ええ。 任せて」
マーメイドがいてくれるのは心強いが。
強力な悪魔が気軽に姿を見せるようになってきた今、それでも絶対の安心などは存在しない。
ヨナタンがシェルターに出向くと、すぐにフジワラが来てくれた。
途中でヨナタンが話をして、結果について告げていたこともある。あの鹿目というハンターを含め、何人かを出してくれた。
ナナシとアサヒは、神田明神の方で護衛任務に就いてくれているらしい。
まあ、神田明神まではすぐだ。
「フジワラ、酒を用意してくれないかしら。 ちょっと限界だわ」
「ああ、分かっているよ。 酒については、今次のが仕上がる。 嗜好品にようやく少しずつ手が回るようになって来たんだ。 それと、各地を回っている人外ハンターも、手が少しずつ空いてきていてね。 酒屋を見つけたハンターがいる。 近々、それなりの量の酒が手に入るよ」
「本当! あ、でも酢になってるかも知れないわね……」
「酒蔵の類は残念ながら大戦で全部駄目になってしまっているからね。 君の故郷とやりとりが出来るようになったら、輸出入を積極的にして、互いに足りない物資を交換したいものだ」
バスに乗り込んで来る鹿目。
軽く目礼をする。
そのまま、何人かのハンターを加えて、神田明神まで向かう。
色々あったが、もう少しだ。
イザボーが声を掛けて来る。
「アガートラームとやりあったのに、休まなくても平気ですの?」
「正直すぐにでも休みたいけれど、八咫烏を神田明神に届ければ、それだけ相対的に有利になる。 僕としても、それがどれだけ戦略的に大きいかは分かる。 だから、頑張るよ」
「無理をしてはいけませんわよ」
「それよりも、アガートラーム配下の戦士達だって強かったでしょ。 イザボーこそ大丈夫?」
咳払いするイザボー。
ナタタイシやワルター、それに皆の悪魔が奮戦していたらしく、イザボーは攻撃魔術に専念できたらしい。
だから、皆を気遣って欲しいと。
そうか。
神田明神が見えてきた。
バスを横付けして、すぐに展開。神田明神に八咫烏が入ると、出迎えたサルタヒコが声を掛けていた。
「八咫烏どの、よくぞご無事で」
「本当に国津と天津で仲良くやれているようだな。 素晴らしい事だ。 そなたとアメノウズメは国津と天津の橋渡しをする貴重な存在。 これからも、その役割を全うしてくれ」
「勿論にございます。 それで、他の神々は」
「恐らく地下の何処かに封じられているとみていい。 力を戻しながら、じっくり調べて見る。 いずれにしても、もう少し力が戻れば、この暗い地下の闇に、私が光となって太陽の力を行き渡らせよう。 その後は、豊穣の神々と協力して、少しでも草木や作物を戻したいものだ。 これは天の岩戸に天照大神が隠れられた時と同じような有様だ」
霊夢がこくりと促してくる。
もういい、ということだろう。
ただ、霊夢が一番疲弊が激しいはずだし、もう少し護衛するという。
霊夢は頭を掻くと。
好きにしなさいと言った。
拒否する様子はなく。ちょっとだけ、また信頼が深まった気がした。
神田明神での引き継ぎが終わった後、先進的なシェルターの風呂を借りて、すっきりしてから東のミカド国に戻る。
寝るのはこっちでやった方が時間を無駄にせずに済む。
また時間がだいぶ進んでいた。
ともかく隊舎でぐっすり眠って、それで起きて。
ホープ隊長に状況を話してから、すぐに東京に戻った。
シェルターにサムライ衆が来ている。何班か同時に来ているが、合同任務があったかららしい。
ナバールもいた。
「おお、皆! 更に腕を上げたか。 武勲の話は聞いているぞ」
「ナバール、怪我とかはしていない?」
「はっはっは、毎日だ。 だが、皆にたすけらて良くやっている! それよりだ。 時間の流れが違う事もあって、さっき戻った時にガストンがこんなに大きくなっていてな!」
あの弟、ガストンだったか。
ナバールは家族の話はせず、ガストンが立派になった事だけを喜んでいる。
これは、ナバールの家はもうナバールを見捨てたな。多分サムライとしてのキャリアだけを積むことを求めていて、サムライとして立派になる事なんて求めていなかった。それが最前線でこう戦うサムライになってしまっては、家にとってはむしろ邪魔だというわけだ。
だがそんな腐ったラグジュアリーズの家のことなんぞどうでもいい。
見た感じ、ナバールはかなり腕を上げている。
これから神田明神に出向いて、共同任務に当たるらしい。分隊長数人が来たので、敬礼だけしておく。
基本的に東京に来ているサムライ衆は皆士気が高く、ホープ隊長が認めている人員である。
それもあって、僕達に対して当たりが強いようなこともなかった。
皆が行った後、フジワラが来る。
霊夢は大丈夫だろうかと思ったが、今酒を入れているそうである。個室でぐいぐい飲んでいるらしい。
「余程鬱憤が溜まっているようだね。 かなり強いモルトが運良く見つかったから渡したんだが、水で割ってぐいぐいやっているよ。 あれはしばらくは戦いには出て来てくれないだろうね」
「本当に蟒蛇なんだな……」
「酒そのものが殆どないこの世界では仕方がない。 八咫烏を解放してくれた君達には悪いが、すぐに次の行動を取りたい。 会議に出てくれるか」
「ギャビーの妖怪ババアがうるさいんでね。 遺物ははずんでくださいよフジワラさん」
ワルターがそんな風にいう。
ワルター自身も蓄財しているらしく、遺物納入で得られたお金を貯め込んでいるようだった。
使い路は聞かない。
ワルターも色々あるようだし、踏み込むのはあまり僕としてもやらない方が良いと判断しているからだ。
シェルターの内部は、足を踏み入れる度にどんどん便利になっているようだ。
丸い小さいのが動き回っている。
イザボーが驚いていたが、ドクターヘルがどうよと自慢げに言う。
「色々直せるようになってきたから、試しに直してみた。 ロボット掃除機といってな、勝手に細かいゴミを掃除してくれる機械だ。 ただ此処では大人とか悪魔とか彷徨いているから、象が蹴ったくらいではびくともしないように頑丈にしてあるがな」
「機械、これが。 凄いな……」
「仕組みは説明するのにだいぶ時間がかかるでな。 まあそれはいい。 また厄介ごとがある。 頼むぞ」
会議の内容だろう。
頷くと、会議室に。
霊夢を除く主要人物がいる。ただ、志村さんと小沢さん、ニッカリもいない。
ツギハギは画面向こうにいるようだ。
ただ、この部屋も毎回どんどん機械が直されているようである。最初に足を運んだ時には、色々壊れたままだった。
それを考えると、感慨深い。
フジワラが説明を始める。
「八咫烏が戻り、更には天王洲シェルターの地下に物資があることも分かった。 これからそれを回収する。 同時に主要な人外ハンターはターミナルに登録をする必要がある。 これから何度か往復して、細かい貴重品などはターミナル経由で此方に運んでしまってほしい」
「護衛は私がするわ」
「ありがとう。 頼むよ」
マーメイドは寂しそうに微笑む。
彼女は蠅の王とやらに話をしていた。あの話を聞く限り、多分マーメイドの用がある相手はその主君。
大魔王ルシファーとやらだろう。
魔王の名を冠する悪魔は何体か今までも交戦したが、いずれも悪魔の頂点に達する実力者で、主神級の悪魔には劣るものの、それに近い相手ばかりだった。
その長となれば。
まあ、弱い訳もないだろう。
フジワラが出て貰う人員を読み上げ、すぐに向かって欲しいと指示。装甲バスは神田明神に向かい、其処にいるナナシとアサヒ他、数名の人外ハンターを拾った後、天王洲シェルターに向かうようだ。
サムライ衆がその代わり神田明神の守りにつくのかと思ったが、違うようである。
「神田明神には日本神話系の神々が集まりつつあり、その中には中堅所の国津神もいる。 今は力を戻して貰っている段階だが、大国主命はかなり力が戻って来ていて、タケミカヅチは元々かなりの力の持ち主。 アリオクが倒れた以上、余程の事がない限り、陥落は考えなくてもいい。 ただいざという時に備えて、私が此処に残って睨みを利かせる。 いざという時には私が関聖帝君達を連れて救援に向かう」
「おお……」
「それは心強い」
何人か画面向こうから会議に参加しているベテランの人外ハンターが言うが。
この様子だと、何かしら別任務がある。
咳払いすると、フジワラが僕を見る。
「フリンさん、ガイア教団と連絡が取れた。 会合が開かれる。 それに参加して欲しい」
「!」
「ガイア教団は力を貴ぶ組織で、仮にその場でユリコを倒してもなにか文句を言うこともないだろう。 ユリコに勝てるかい?」
「……」
ちょっとそれは、厳しいか。
ギャビーに渡されたロザリオはいいのだが、問題がある。
アガートラームとやりあってみて分かったが、まだ手数が足りないかも知れない。
黒いサムライがリリスだったとして、手駒が大量に作り出したリリムだけだとは思えないのだ。
僕がヨナタンと調べた所によると、リリスはたびたび悪い意味で話題になっている一神教……その一つのユダヤにおける神秘主義での重要悪魔。
そして、最初の人間を騙した「蛇」の妻という共通点がある複数の女性悪魔が散見されるし。
何よりもその蛇。
サマエルというらしいが。そういう強大な存在も確認出来る。
もしもユリコがリリスで、リリスを追い詰めた場合。それらが場に出張ってくる可能性は低くない。
今の身内だけでやれるか。
僕はアガートラーム戦で実戦投入したムスペルがいるが、皆もそれぞれ強力な悪魔を手に入れている。
ヨナタンは天使部隊のうち三体がドミニオンに転化し、ヴァーチャーとパワーで構成された天使達を三部隊に分けて従えている。皆並みのヴァーチャーやパワーよりも練度が高く、戦闘では百体近い中級天使の軍団が敵を圧倒できる。
ワルターは荒々しい悪魔達を多数連れていて、ナーガラージャを主軸に他にも数体の切り札がいて。
また今も、順次強化に当てているようだ。
イザボーは魔術戦部隊の他に、接近戦部隊も育成している。
ナタタイシも最近では言う事を聞くようになって来ているし、他にも手駒を増やしているようである。
ただ、それでも。
リリスに届くかは、かなり怪しい。
それにリリスを前にして僕が冷静でいられるかは、更に怪しいというのが本当の所だ。
ガイア教団は分厚い悪魔の守りにあるというし、相手がリリスだけとは限らないのも事実である。
「よし、分かった。 一度リリスとの戦闘は保留としよう」
「フジワラさん?」
フジワラさんが視線を向けて、それで理解する。なるほど、殿も行くと言うことか、
ユリコは殿のことを既に理解しているようだった。
だったら、リリス相手に隠していても無意味と言う訳だ。
「話を主体に進めてきて欲しい。 彼方が対話を望んでいるのは、決して良い理由だけではないだろう。 だが……」
「阿修羅会を追い詰めているとはいえ、今ガイア教団を敵に回すのは得策ではないし、何なら同盟を組めるのなら……というわけですね」
「話が早い。 少なくともガイア教団の一般信徒は、東京に彼等なりの秩序を構築したいと考えているようだ。 悪魔に赤子を食わせるような悪習は止めさせなければならないのは事実だが。 それはそれとして、同盟を組む事ができれば、相手を内部から崩す事も可能になる」
そう簡単だといいのだが。
勿論、此方が内部から崩される可能性もある。
更に、同時に幾つかの作戦を実施するだろう。
「神田明神の近くに、妖精達が集まっている。 ノゾミという女性人外ハンターがいてね。 彼女が何かしらの加護を得ているらしく、妖精達の信頼を受けているそうだ。 妖精達はあまり個々は強くは無いが、元々はケルトの下級神格だったり、或いはまとめ役には強大な者もいる。 同盟を組む事ができれば、更に力になる。 その作戦の方は、連携してくれている他のサムライ衆に任せる」
そういえば四天王がどうのこうのはどうなったのか。
まあ、いいか。
それについても、何もしていないとは思えない。
ともかく順番にやっていくしかないだろう。
僕達はガイア教団の本部である銀座に出向くとして。まだ他に、やるべき事は幾つもある。
阿修羅会は現在進行形で多数の人間を殺して、赤球やらに加工しているのだ。
それも、自分達だけのために。
ガイア教団はユリコさえブッ殺せばなんとか味方に引き込める可能性があるのに対して、阿修羅会は。
焦りは禁物だ。殿も作戦を練ってくれているはずだし、今はそれに従うしかない。
解散。フジワラがいうと、全員がさっと動き出す。バロウズに、早速地図が転送されていた。
「意外にこの近くからいけるんだね」
「東京駅から地下通路でいけるようだわ。 ただガイア教団も守りを固めているし、油断はしないで」
皆がいなくなったからか、殿が咳払いする。
皆即座に注目した。
どうも僕には、殿が他人だとは思えないのだ。それは皆も同じらしく、ワルターはずっと困惑している。あった事があるように思えてならないと。
殿が憑いている銀髪の子は、凄い使い手ではあるけれども、やはり他人だ。殿が何か特別なのである。
「カガが離反した直後だから、此方に対して何か要求してくる可能性も考慮はしていたが、特にそういうこともないようだな。 ガイア教団は、強い者にしか興味を見せず、離反者にはどうでもいいという視線を向ける組織のようだ」
「それで、今回の会談の目的は……」
「ユリコとやらはフリン。 そなたと話したいだけであろうよ」
「……」
本気でそれだけなのか。
いや、そうとはとても思えない。
殿はふっと笑う。
「政治的な駆け引きについてはわしが受ける。 そなたは……いやそなたらは、奴の口車に乗せられないようにだけせよ。 それでかまわない」
「それは心強いわね」
「一番心配なのはワルター、そなただ」
「俺ッスか!?」
ワルターがちょっと驚くが、実は僕はそれも同意だ。
あのユリコとの戦闘の時。一番悪い影響を受けていたのは、ほぼ間違いなくワルターである。
いや、ヨナタンも危ないか。
最近、ヨナタンは考え込む時間が増えているのだ。以前は悩みもなかったようなのに。
「歩きながら話そう。 それとヨナタンよ」
「はい」
「疑念や不安があるならわしが受けよう。 ただし、他人がいない所でだがな」
「分かりました。 貴方が想像を絶する経験を積んでいる存在であることは分かります。 僕の悩みは、そういう人に聞いて貰いたい」
ヨナタンは元々、どうしようもない家族や周囲もあって、自分で貴族たらんと心がけたのだ。
生半可な精神力で出来る事ではない。
だからこそ、転んだときには立ち上がるのも大変だろう。
先にこういった存在に話を聞いておけば、転んだときに受ける打撃も小さく済むかも知れない。
さて、そのまま東京駅とやらに向かう。
他でも動いている人はたくさんいる。この様子だと、ナバール達も作戦行動で忙しくなるだろう。
止まっていた東京の時間が動き出しているのだ。怒濤の如く。
その中心にあるのは殿。
僕達がへまをして、殿の動かし始めた時間を止めるわけにはいかなかった。
3、妖精とサムライ
サムライ衆達とともに、志村はノゾミの所に向かう。なんだかまずい連中に目をつけられたらしいと相談を受けたのである。
ノゾミは妖精達に慕われていて、その長に祀り上げられそうな勢いだそうだ。
ちょっとその理由はまだわからないが。
妖精達は個は弱くても、集まるとかなりの戦力となる。
元々妖精というのは、西洋における妖怪といっていい存在だ。日本の妖怪が色々な種類があって、性質も様々であるように。西洋における妖精も、人に対して友好的なものから、悪辣なものまで。弱い者もいるし、強い者もいる。
そういうものなのである。
雑多な妖精は、そもそもが土着信仰の下級の神々であったり、神々が妖精として貶められたものであったり。
後に危ない場所に子供が近寄らないように、大人達が作りあげた存在であったり。
それらの出自は様々だが。
中には古い神々の名残を残している者もいる。
それらはケルト……欧州全般の神話の事だが。ケルトの土着民であるゲルマン民族の荒々しい性格を反映するように、猛々しい戦神であったり、武神であったりするものもいて。
いずれにしても、侮れない存在なのだ。
サムライ衆と一緒にいるナナシはちょっと不機嫌だが、苦手なナバールというサムライがいるからだろう。アサヒが上手におだててナナシから遠ざけているが、これは喧嘩にならないようにするためだと思う。
人間的な相性はあまり良く無さそうだが、それは今の時点での事。
ナバールと言うサムライは支援魔術を豊富に覚えていて、非常に支援が得意だ。戦闘でも前線に出ないようにと分隊長のサムライに時々言われるが、的確極まりない支援をしている。
何度か戦闘をともに行ったが、まず支援役としては充分な実力をもっていて。後方にいてくれるなら、という条件がつくが。とても頼りになる。
今も人数がいる事があって、雑多な悪魔が仕掛けて来ているが。
それも危なげなく撃退出来ていた。
牽引している装甲バスには非戦闘員も乗せている。
これは神田明神の復興以降、この辺りで危険な悪魔の活動が露骨に減っているからである。
彼方此方で復興作業を始めていて、特に阿修羅会が壊した橋などの復旧を少しずつ開始している状態だ。
このため、その作業をしていた元土建業の非戦闘員と。
同じくその見習いの若い非戦闘員を何名か連れていた。
何度か戦闘はあったが、いずれにしてもこの面子の敵ではない。今回は英雄の支援はないが、この位置だったらいざとなったら誰かしら来てくれるだろうし。なんなら神田明神にいる神の支援も見込める。
八咫烏が来た事もある。
ますます神田明神の神威は上がっているようだった。
教会に到着。
ナバールというサムライが、のんきに声を上げていた。
「おお、立派な礼拝堂ではないか! 東京にもあるのだな!」
「殆どは天使にぶっ壊されたらしいけどな……」
「嘆かわしい話だ。 神に祈りを捧げる人々を手にかけるとは、天の使いの風上にもおけん。 そのような者は、見かけ次第討ち取らなければなるまい」
皮肉のつもりで人外ハンターの一人がいうが、ナバールはそれを大まじめに受け止める。それで毒気を抜かれたのか、人外ハンターは黙る。
ともかく。
志村が精鋭を募って、教会に。
内部に入ると、ノゾミはいない。
以前来た志村だ、と声を掛けると。内部から、こわごわと様子を窺っていたピクシーが飛んできた。
「たた、大変だよ!」
「救援要請があって来たが、何かあったのか」
「ノゾミが戻らないんだ! 近くでなんか悪魔が出たって、それっきり……」
「場所は分かるか?」
知らないと言うが、ナナシが即座に動く。
スマホを操作して、以前登録したノゾミの位置情報を確認。GPSなんてものはとっくに動いていないが、その代わり基地局は生きていて、それを利用して大まかな位置は割り出せる。
「今の場所は分からないが、だいたいの場所は分かった! こっちだ!」
「よし、皆ナナシを支援! 装甲バスも追従してくれ! 安全になったとは言え、現時点では分散して行動するのが一番危ない!」
「イエッサ!」
「よし、我等も動くぞ! 周囲に常に警戒しろ!」
サムライ衆も動きがいい。
洋風の名前をつけているが、皆どう見ても日本人だ。本当に東のミカド国というのはどういう場所なのか。
シェルターに念の為連絡を入れる。
現在シェルターにいる英雄はマーメイドと秀だが、マーメイドはこれから天王洲への護衛をしようかという所だったらしい。
秀が来ようかというが、マーメイドが来てくれるそうだ。天王洲は二往復目だった事もあるので、遅らせて大丈夫だそうだ。小沢含め数人の人外ハンターが今地下倉庫を調べているらしく、どうせ時間はかかるそうなので。
「霊夢さんは? あの人だったら空飛ぶし早いだろ」
「連戦の疲れが祟って今休んでいる所だ。 ここのところ立て続けに大物神格を調伏したり、今回も八咫烏を降ろしたりしたりで負担が大きかった。 だから無理はいうな」
「あ、うん……そうだな」
ナナシだって休憩の大事さは分かっている。というか、叩き込んだ。
訓練をしたいとごねるナナシに、超回復の重要性を教えたし。勉強を見始めた関聖帝君も、休む事は戦士の仕事の一つだとナナシとアサヒに厳しく言い聞かせていた。疲労が溜まるとろくでもないミスを重ねることになる。休まなければ、ベストパフォーマンスは発揮できないのだ。
警戒しつつ移動。
前方に敵影。数名が構える中、最初にアサルトを相手に向けたのはアサヒだった。
「屍鬼ゾンビの群れだ! まだこんなにいるのか!」
「効力射! 火焔、光の魔術を使えるものは前に! 悪魔も出せ!」
「数が多いぞ!」
バスを横付けさせて、その上に上がる。其処で腰だめして、近付いてくる屍鬼ゾンビを撃ち据える。
ゾンビには基本的に悪魔が憑依している。ゾンビ映画のものとは違って噛まれても感染はしないが、しかし殺されればゾンビになるし、下手をすると生前より身体能力があがる。見ると警官の格好をしているゾンビも多く。
志村は勇敢に戦って倒れていった警官達の事を思い出して、ぐっと歯を噛む。
今、楽にしてやるからな。
そう思いつつ、射撃して足を打ち砕く。頭を潰すのはあまり良い手ではない。相手が映画のゾンビだったら効果抜群なのだろうが、このゾンビは悪魔が憑依した肉の塊である。頭は必ずしも急所ではない。
サムライ衆も勇敢で、自力で火焔魔術を使える物もいる。
ナバールが支援魔術を展開。
魔術の火力を底上げするものだ。一気に投射火力が上がり。次々と腐肉が崩れて行く。
最悪の場合は装甲バスを盾にする。
悪魔の力でも簡単には破れない装甲を張っているので、一面に対しては防波堤に出来るのだ。
更に防御強化の支援魔術をナバールが前衛に唱えている。
ナナシが展開した鬼が、それで強気にゾンビを薙ぎ払う。アサヒの射撃は、確実にゾンビの足を止める。
炸裂する光魔術が、ゾンビから憑依している悪魔を引きはがす。
だが、まだまだ来る。
「あれは悪霊インフェルノだ!」
「凄い数だぞ!」
「光魔術は続行! 冷気魔術、使い手いけるか!」
「いけます!」
「銃撃はゾンビに集中! インフェルノに銃撃は通じない! 弾を無駄にするなよ!」
ゾンビの群れは数を武器に押し込んでくるが、立て続けの支援魔術を受けた鬼の群れが大暴れして、確実に数を減らし、其処に光魔術や炎魔術が次々に炸裂する。
ゾンビが削れると、今度は燃え上がる死体の群れが来る。
閉所で蒸し焼きになったり、燃えさかる炎の中で死んでいった人々の無念が死体を動かしている存在、悪霊インフェルノ。
彼方此方の地下駅で大量にいたのだが、今では駆除が進んで、多くが沈黙した。だが、この数は。
大戦直後の混乱では、凄まじい規模の火災が何度も起きて。止めようがなかった。
そういった火災に巻き込まれた死体は、炭の塊になってしまっていて、見られたものではなかった。
教会に逃げ込んだ人々を、天使が皆殺しにした後もそういう死体が大量に散らばっていた。
迫る燃える人影の山。冷気魔術が次々炸裂するが、それでも止めきれない。鬼が押されている。
ナナシが更に鬼達を展開する。他の人外ハンターもサムライも、悪魔達を次々に出すが、それでも倒し切れないほどに数が多い。
「マーメイドは!」
「既に向かった! 間もなく到着するはずだ!」
「まずい、半包囲されてる!」
「最悪バスだけでも逃がすぞ! 血路を開くときは、我等が殿軍になる!」
サムライ達が決死の覚悟で前に出る。
死なせる訳にはいかないな。
ああいう人から死んでいった。ろくでなししか残らなかった。ろくでなし達は無能な上に残忍で、だから阿修羅会みたいなのが幅を利かせた。何が淘汰だ。そういった言葉のいい加減さを、志村は思い知った筈ではないか。
少し賭になるが、やるしかない。
召喚。
その悪魔は、この間作成に成功したばかりの悪魔だ。志村では使いこなせるかギリギリだが、やるしかない。
隣に出現したそいつは。
機械的な翼を持つ、大天使。体も機械じみていて、顔などは全て仮面になっている。
誰もが嫌がるのは分かっている。それでも、今は従えられるなら、天使ですら使うべきなのだ。
フジワラもそうしている。
志村も、そうしなければいけない。
「大天使メルキセデク、ここに」
大天使メルキセデク。
平和を司る天使達の長で、中級三位パワーの一員だとか、その司令官だとか言われている存在だ。
元は実在の司祭がモデルになっている可能性が高いらしいが、今は「平和の天使」であることが重要だ。
「天使だ!」
「くそっ! 畜生!」
「大天使メルキセデク、あの苦しむ人々を浄化して救ってやれるだろうか」
「……分かった。 浄化の光で、少しでも楽になるようにしよう」
志村だって苦しい。
だが、今は力が必要なのだ。
メルキセデクが広域の光魔術を展開。ばっと拡がった光魔術が、大量のインフェルノを瞬く間に浄化し尽くす。
だが志村の消耗も激しい。
「志村殿! 支援する!」
ナバールの声。回復魔術か。かなり楽になるが、それでも心臓が痛いほどだ。ぐっと歯を噛んで、第二射を頼む。
メルキセデクは第二射の大規模光魔術を展開。
インフェルノが消し飛ぶ。
辺りに散らばる燃え滓のような死体の山。燻っているそれを踏み越えて、まだインフェルノが来る。
それで打ち止めだ。メルキセデクが消える。呼吸を整えながら、志村は顔を上げる。まだまだいる。今の二撃でかなり削ったが、それでも。
これは、損害覚悟で退却しなければならないか。
だが、その時。
辺りの地面が、まるで凪が渡ったように、しんとした。
同時に、地面から優しいくらい静かに、氷が。インフェルノがまとめて凍り付いていくのが分かった。
氷が砕ける。
そして、マーメイドが地面から顔を出す。
凄まじいな。
尻餅をつくと、志村は笑ってしまう。凡人と超越存在の差。だが、志村はどうにか守りきった。
通信を入れる。
「此方志村。 増援により、大量の死者達は排除完了。 このまま作戦を続行する」
「一時休憩を入れてから続行せよ。 二次遭難になっては意味がない。 負傷者の後送を」
「了解」
すぐに負傷者の確認をする。
前衛で戦っていた鬼達の消耗が激しいが、それもどうにかなるレベルだ。大量の死者の残骸は、どうにかしてやりたいところだが、今はどうにも出来ない。荼毘に付すしかない。
土建の人達が出て来て、死体を一箇所に片付け始める。仕方がないが、ここで一度焼くしかないか。
そのまま残していても、マグネタイトを利用して悪魔が出現する。そして出現した悪魔は、人を襲うのだ。
増援の人外ハンターが来る。
カガだ。
敬礼すると、カガに読経を頼む。頷くと、カガは仏教系の神を召喚。天部の一角である迦楼羅天だ。ガルーダが仏教に取り込まれた姿で、もとのガルーダほどの力はないが、どうにか死者を浄化できるだろう。
カガの読経とあわせて、志村が黙祷、と声を掛ける。
荒れ果てたこの東京でも、膨大な死者が成仏して行くのを見て、それで思うところがあるものも多いのだろう。
サムライ衆も、敬礼して死者が浄化されていくのを見送る。
一神教しか知らなくても、これは穢してはいけないものだと理解出来ているのは助かる。
死者の浄化、完了。
問題は此処からだ。
補給を入れてから、ノゾミがいなくなった地点を目指す。何が起きたか分からないので、慎重にいかなければならない。
ほどなくして、妙な臭いが立ちこめた。
これは、緑の臭いか。
今、東京に木が生えている土地なんてまずない。この臭いを嗅いだのは、いつぶりだろうか覚えていない。
巨大な気配。
ぞくりとした。
マーメイドが最前衛に浮かぶと叫ぶ。
「気を付けて! 大きいのがいるわ!」
「総員警戒! これは……!」
「あそこだ!」
ナナシが叫び、指さした先。
何か女性型の神が、手酷く傷つけられて蹲っている。それが守っているのは、あれはノゾミか。
その周囲には、大量の死者。
そして、それを従えているらしいのが、牛の頭蓋骨に跨がって、ふんぞり返っていた。
あれらはなんだ。
「うわ、やべえ。 判定真っ赤っかだ。 死神ケルヌンノス。 ええと……ケルト神話の、なんか色々な神だ! ごっちゃな属性がどうしてこう盛られてるんだよ!」
「ケルヌンノスか……!」
志村も聞いたことはある。
ケルトの古い神であり、狩猟などを司る神であると同時に、冥府の神でもある。此処では恐らく、冥府の神としての力が暴走しているのだろう。これも邪神と言う訳ではなく、後々の信仰などで貶められたタイプの神格だ。
あの女性型の神は、ノゾミを守って傷ついたとみていい。
これは、一刻の猶予もない。
「人間が何の用だ。 これは我と地母の祖たる存在の争い! この国の神が半端に蘇っているようだが、そのようなことは関係無い! 膨れあがった冥界の力をこれ以上暴走させないためにも、この辺りは我の地とし、その全てを我が平らげなければならぬのだ!」
「勝手な事を! そんな事のためにいま生きている存在を蹂躙させ等しない!」
女性神格は黒い人型だ。
あれは……ちょっとなんともいえない。いずれにしても、これは味方につく相手は決まっている。
問題は、どう割って入るか、だが。
マーメイドが頷くと、たぷんと沈む。
よし。
志村はハンドサイン。
此方を一瞥だけしたケルヌンノスは、懸かれと、大量に従えている死者達に号令を出す。
何がこの地を平定する、か。
お前が好き勝手にしている死者達は、皆この地で普通に生きていた存在達だ。それを好き勝手にしている時点で、冥界の王としては失格と知れ。
お前は偉大な神だったかも知れないが。貶められたのかも知れないが。それでも、一線を越えた以上。
許してはおけない。
不意にふわりと、女性神格と、ノゾミが浮き上がる。
巨大な泡が地面の下から浮き上がり、二人を持ち上げたのだ。
殺到した死者達が、押し潰そうとして失敗。ケルヌンノスが何だと呟いた瞬間、その横っ面を志村の狙撃が張り倒していた。
勿論致命傷になどならない。同時に走った装甲バスが、死者を刎ね飛ばしながら突貫。泡に乗って飛んできたノゾミと女性神格を助けると、バックして戻ってくる。そして、ケルヌンノスは、その時点で引かなかった事が致命打になった。
辺りの音が消える。
これだけの時間があったのだ。マーメイドが準備をしていないわけがない。
今の泡のコントロールが終わった今。
その火力を、余すことなく叩き付けられるということだ。
ごっと、辺りを凄まじい冷気が包む。死者の群れが、まとめて氷漬けになる。何度か見たマーメイドの超火力魔術。
浮き上がって来たマーメイドは喉をおさえながら、それを叩き付け続ける。
しかし、流石にケルヌンノス。
冥府の神にて、最高位神格の一角。
「凄まじい冷気よ! 貴様ただの人魚ではないな! だが冥府の神にて狩りの神であり、獣たちの神である我は、むしろ半端な冷気などものともせぬ!」
ケルヌンノスが、マーメイドの凄まじい冷気の火力投射を浴びつつも、進んでくる。志村は声を張り上げる。
「バック! 追いすがって来る死者どもを叩き伏せろ! 追撃を叩いて、奴から引きはがすんだ!」
「了解!」
「数が多いが、それでも……!」
それでも、あの超絶の冷気を浴びて、それでも動いている死者は少ないし。
何よりもケルヌンノスが全力でマーメイドとぶつかり合っている今、その操作できる死者は限られる。
それに、志村は何度か見たが。
マーメイドは大きめの魔術を使うときに、喉を押さえている。
あれは恐らくだが、全力で魔術をぶっ放すと、周囲全てを巻き込むからだろう。つまり、まだ余裕がある。
しかしながらケルヌンノスも、雄叫びを上げると、巨大な熊の手のようなものを具現化させて、マーメイドに叩き付ける。
がっと、冷気の壁がそれを防ぐが、二度、三度。
ケルヌンノスは叩き付けられる凄まじい冷気で確実に消耗しつつも、マーメイドと渡り合っている。凄まじい。
だが、それを見ている余裕はない。
迫る死者の群れ。ノゾミと黒い女性の神格は、バスに乗せてさがって貰う。バスには医療要員もいる。とにかく容態を見てもらう。
前衛で暴れる多数の鬼だが、消耗が厳しいか。ナバールが連続して前衛に的確な支援魔術を掛けているが、しかし数が多い。マーメイドを背後から襲おうとしている死者もいて、それは志村が対処しなければならない。
鬼に混じって、ナナシが前に出る。アクロバティックな動きで死者を翻弄しながら、次々斬り伏せる。見事な動きだ。元々かなり弱体化している死者を、次々倒すが。しかし死者は数が多い。一体が、ナナシの足を掴んで、地面に叩き付けようとする。その腕を、志村が撃ち抜いた。その隙にナナシは手を地面に突くと、ブレイクダンスの要領で逆さに回転して、腕を引きちぎっていた。
だが、悪魔が憑依している死者に掴まれて、足が無事ともいかない。
ナナシが飛びさがる。ナバールが悪魔を呼び出して、回復魔術を使わせつつ、前に出ようとして分隊長に止められる。
体を張って死者の群れを食い止めている悪魔達が、次々に倒され始める。
カガを初めとした接近戦が得意な人外ハンターも前衛に出ているが、これは崩されるのも時間の問題だ。だが。
後方から、増援が到着。
凄まじい勢いで死者の群れに突入したのは、幻魔ゴエモンとリッパー鹿目だ。シェルターの人員が来てくれた。
更に関聖帝君と道教系の神格達も死者の群れを薙ぎ払い始める。一気に形勢が傾き、ケルヌンノスを狙撃する余裕が生まれた。
ケルヌンノスは全身を分厚い毛皮で覆い、多数の獣の足と腕を生やした異形に代わりはて、それで必死にマーメイドを殴りつけている。
マーメイドは喉を押さえたまま、更に火力を叩き付けているが、完全に千日手状態だ。
死者の群れは、こっちで引き受けられている。
後一手あれば。
レールガンを搭載している歩兵戦闘車は、簡単には動かせない筈。だとしたら、このライフルでやるしかない。
移動開始。
志村は誰にも告げず、そのままケルヌンノスの死角へと走る。
回復魔術で足の痛みを消したナナシが、また前線に復帰。アサヒの支援射撃を受けながら、大暴れしている。
それでも死者の数が数だ。関聖帝君が前に出すぎるなとナナシに釘を刺して、名高い青龍偃月刀を振るい、死者を右左になぎ倒しているが。それでも数が多すぎるのである。あれだけマーメイドが削ってくれたのに。
今まで交戦した高位神格は、どれもこれも弱体化が入っていた。
それは多くの人が死んだ世界で、信仰も伝承も失われたからだ。
だが、ケルヌンノスは違う。
信仰も伝承も失われているが、地獄が存在するこの世界。冥府の神はそれだけ強いということだ。
世界の大半の人間が死んだのだ。
それは、力を悪用しようとすれば、圧倒的につよくもなる。
後一手、欲しい。
マーメイドとケルヌンノスの戦闘は拮抗しているが、死者の群れは際限なく出てくる。その中には悪霊も多く、銃などが通じない相手もいる。このままもしも前衛が潰されたら、途方もない被害が出る。
狙撃地点に着く。
だが、今狙撃しても決定打にはならないだろう。
焦るな。
そう言い聞かせて、狙撃の瞬間を狙う。マーメイドがじりじりと押されている。あの強大なケルヌンノスを相手に、あれだけやり合っているだけ凄まじいが。それでも限界がある。だが、今手を出しても、全て無駄だ。
ケルヌンノスは既に此方を侮ってもいない。
狙撃が最初に入った事で、此方を明確に脅威と認定しているということだ。
緑の臭い。
ぶわっと、辺りにそれが拡がるのが分かった。
それと同時に、マーメイドが弾きあって、ケルヌンノスと離れる。
ケルヌンノスの異形の体格が、重さに耐えかねたのか、地面に押しつけられる。ぐっと、ケルヌンノスが呻く。
「おのれっ! 完全に目覚めたか、母神!」
「この最果ての地でも、これだけの勇士達が生きるために戦う姿を見ました。 ノゾミ、力を貸してください」
「ええ、任せて!」
草が、木が。
東京から失われたものが、地面から力強く生え始める。太陽が失われた土地だというのに。これが緑だ。
死者達が、足を取られ、木に絡め取られる。ケルヌンノスも。
多数の妖精達が、群がり始める。森だ。緑だ。そんな声がたくさん聞こえる。ケルヌンノスは雄叫びを上げ、暴れ狂って森を潰そうとするが。その全身を冷気から水に切り替えたマーメイドが抑え込む。
水は見かけより遙かに重い。ケルヌンノスは水に抑え込まれて、暴れようとするも。明らかに植物の繁茂が早い。
死を司るケルヌンノスには、最悪の状況だ。
何か喚こうとした瞬間、完璧のタイミングで、志村は狙撃。ケルヌンノスの右目を撃ち抜いていた。
普通のライフル弾だったら効かなかっただろうが。
これは霊夢が手を入れた対神格用の弾丸。多数の神を倒して来た実績がある代物だ。それをもってなお、今のケルヌンノスは倒れないが。動きが止まった瞬間、関聖帝君が、青龍偃月刀で肩口から袈裟に斬り倒し。更にナナシが残りの力をふりしぼって呼び出したゴズキと一緒に、一撃を叩き込む。ナナシのデザートイーグルの射撃を至近から顔面に受け、更にゴズキに組み付かれ。
留めに、マーメイドが作り出した氷の錐が、ケルヌンノスを上から下につき貫いていた。
動きが止まる。
ケルヌンノスが、呻くようにして言う。
「無駄な事を……この世界はもう駄目だ。 ならば死者の世界を一度構築し、そこからあの四文字の神を引きずり落とす事を考えれば……まだ未来はあったものを」
「そんなものを未来と言えるか!」
ナナシが叫ぶが、ケルヌンノスは答えず、マグネタイトになって散る。
志村はライフルを降ろす。
どうやら終わったようだった。
見ると、ノゾミの教会からこの辺りまでが森になっている。
母神と言っていたか。
ノゾミは淡く輝いていて、どうやら一種の巫女になったらしい。母神とやらと一体化したようだった。
死者の群れは、そのまま土に帰っている。
「死者を弔おう」
カガが言うと、他の人外ハンターも頷く。
この森は、強い生命力に満ちているが、それはそれとして。
大量の死者達の、冥福を祈りたいのも事実だった。
カガが迦楼羅天を呼び出す。他にも、光魔術を使える悪魔を人外ハンターが呼び出していく。
カガの読経が響く中、ノゾミは多数の妖精達に囲まれて、黙祷していた。
話を聞きたいが、ちょっと限界だ。順番に人外ハンターを戻らせる。
一つ、分かった事がある。
神田明神の至近にまた一つ、人間と敵対的では無い悪魔の集落が出来た。その勢力は侮りがたく、簡単に手を出せない。
ノゾミはきちんと人格を保持していて、巫女にはなったものの、理想的な共生関係にあるようだ。
母神がなんだかはまだ分からないが、今は強い味方が加わってくれた。それがとても大きかった。
負傷者はかなり出ていたので、バスをピストン輸送して、シェルターに戻って貰う。今では手術室やCTやMRI、透析装置なども復旧していて、専門的な薬剤も精製が始まっている。
確実に押し始めている。
志村も手当てを受ける。
かなりメルキセデクを呼び出すときに無理をしたので、甘んじてそれを受ける。フジワラから連絡が来た。
「戦力の逐次投入になってしまったが、増援が間に合って良かった。 此方でも襲撃を受けていて、戦力を出せなかったんだ。 そんな中、見事に指揮をしてくれた志村君には感謝しかない」
「いえ。 それよりも、これで更に前進しましたね」
「ああ。 後は四天王の寺だ。 これについても、案が出て来ている。 もう一柱か二柱、日本神話の有力な神格を封印から解放しなければならないが……」
そうか、日本神話の神の力を借りて、東京の霊的防御を復旧させるのか。
マーメイドは戦いを終えて、目を細めて妖精達と静かな森を見ている。
善良な人魚で本当に良かった。
この森を荒らさないように、周知しなければならないな。
手当てを受け終えた志村は、そう考えていた。
4、衝突回避
クリシュナが出向く。
他の神格を出向かせると、面倒だと判断したからだ。
クリシュナにしても、実際の所はビシュヌの姿を取りたいのだが。それも信仰を失って出来ない状態にある。
シヴァに至っては現時点では身動きが取れず、最悪ルドラの秘法で新世界を作ろうと考えていたようだが。それも出来ない状況だ。
意外にクリシュナにも出来る事は少ないのだ。
三界を征服する悪魔と遭遇し、何度も退けてきたクリシュナだが。
此処までの難敵は初めて。
最悪の場合は、世界をエサにさせて出現させた原初のナーガラージャを媒介に、四文字の神を倒すしかないとも考えていたのだが。
しかしながら、状況の急変が続いている今。
計画を修正しつつ、柔軟に動くしかない。
地上に出ると、其奴は腕組みして待っていた。
ダグザ。
ケルトの最高神格だ。
ただ、知られている姿とは随分違っている。荒々しい男性神格の格好で、痩せている。
気の良い太めの神という姿が定着していて。
戦いの神でスケベでもあるが、それ以上におかゆが大好きな気の良い存在として愛された神なのに。
こんな姿を取ると言うことは、それだけ今は戦時だと判断していると言う事。
それが分かっているから、クリシュナは笑う事は出来なかった。
「ケルトの神格は出遅れ気味ですが、最高神である貴方が今頃になって出張ってくるとは。 何か気が変わったのですか」
「お前等の目的を教えろ」
「言うとでも」
「……天使共は相変わらずくだらん世界を作ろうとしておる。 昔はきちんと自分でものを考えていたのに、一神教の先鋭化に伴ってどんどん人形じみたつまらん連中へと変わってしまった。 かといって大魔王を自称するあやつも、結局それに反発しているだけにすぎん。 それで他の神話の存在が集っているのなら……と思ったのだがな」
大戦の前。
天使達は後顧の憂いを無くすつもりなのか。
渋々従っていた他の神話の神々や悪魔を、まとめて皆殺しにした。シヴァもそれのエジキになったようなものだ。
流石にシヴァほどの神格を滅ぼすには至らず封じ込むに留まったが。残念ながら信仰を失ってしまった今、シヴァが巻き返す可能性はない。
強いて言うなら、悪魔合体で呼び出されれば、アッシャー界に具現化出来るかもしれないが。
あのシヴァを呼び出せるような人間なんか、百年に一人出れば良い方だろう。
今の人間が減り尽くした状態で、そんな奇蹟には期待できないのだ。
「貴方はどうするおつもりで」
「お前等はどうせ四文字の神に挑もうと考えているのだろう。 俺もそう考えていたのだがな……」
「おや、考えが変わったのですか」
「いや、変わってはおらんよ。 俺が座につくつもりで、人間を利用しようと思っていたが。 思ったより面白い奴らを見つけてな」
ああ、なるほど。
理解出来た。
クリシュナが盟主を務める多神教連合が余計な事をしないように、自ら様子を見に来たと言う事か。
直近で、アガートラームが倒れたことはクリシュナも感知している。滅ぼされまではしなかったようだが、人間に負けたのだ。
ダグザと協調はしていなかったが、それでもケルトでは最高神格に近い存在だった。それが負けた。
それだけではない。
恐らくダグザの母神にて、ケルト最高の母神であるダヌー。最高位の地母神の一角に名を連ねる存在も、どうやら巫女を確保して復活したようだ。
やはり、人間全てを贄にして四文字の神に挑む計画は保留しておいて正解だったとクリシュナは思い始めている。
かといって、ダグザを盟主にし、自身の座を譲るつもりもない。
維持神であるクリシュナは、あくまで世界の維持を目的としている。
それには今やあらゆる悪鬼よりも世界の害になると判断出来る四文字の神を、どうにかして除かなければならなかった。
「貴方は人間とともに、四文字の神の打倒を目指すのですか」
「もう少し見守ってからだがな」
「……良いでしょう。 我々から貴方へ攻撃をするつもりはありません。 ただし、我々はまだ我々として状況を見据えてから動きます。 我々の邪魔もまた、しないように」
「ふっ、それは此方の台詞だ。 俺の邪魔をするようなら、容赦なく叩き潰すから覚悟しておけ」
すっとダグザが消えた。
ふうとクリシュナは嘆息。
側に出現したのは、弥勒菩薩である。
かなりふくよかな体型をしているが、これは民を救うということに特化しているからである。
56億7千万年の後現れるとされている救いの権化も、この状況では強攻策を採らざるをえなかったのだが。
それでも、クリシュナと同じく。
強攻策を採らなくてもよいのであれば。犠牲は減らしたいと考えているようだった。
「あれは危険な神格。 クリシュナよ。 よろしいのか」
「かまいませんよ。 それよりもやはり如来級の仏の支援は得られませんか」
「それは無為というもの。 阿弥陀如来は既に他世界を巡って、この状況の打開策を探しているし、大日如来は世界そのものの行く末を見守っている。 私も出来れば民の犠牲などは出したくはない」
「そうですね。 その気持ちはわかります」
クリシュナとて、他の化身の時には人々の為に世界を救うこともあったのだ。
今のクリシュナは、世界を終わらせる神格、カルキに近い状態になっている自覚もある。ヴィシュヌに戻る事ができれば、強攻策などは採らなくてもいいだろうに。
とりあえず、ガイア教団に動きがあるのは感知した。
恐らくだが、人外ハンターと連携して、まずは阿修羅会を潰すつもりなのだろう。
合理的な判断だ。
あれは核兵器を手にした幼児に等しい。
タヤマが血迷って例のものを起動したら何もかもが終わるし。
しかも多神教連合の総力を挙げても、市ヶ谷にある例のものを簡単には制御はできないのだ。
まったく、よけいなものを作ってくれた。
ともかく、今は更に力を蓄えるしかない。
今目をつけているのは、天使共に半殺しにされ、人間に紛れて彷徨っていると噂されているオーディンだが。
クリシュナの力を持ってしても、オーディンを探し出すのは、骨が折れそうだった。
(続)
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