|
東京の地下へ
序、封印されざるものへ
大国主命という神様は強かった。荒神になっている状態でもある程度知能は残っていて、それがとにかく厄介だった。
霊夢が消耗していたこともある。
僕達も総力戦を挑んでどうにか動きを止め。霊夢が大国主命の奥さんを神降ろしして、それで一喝。
やっとそれで正気に戻ってくれた。
大変な女好きの神様だと聞いていたが、別に霊夢やイザボーに粉を掛けるようなことはなかった。
或いは奥さんの神様が、側で見ていたから、かも知れない。
ともかく神社の周囲には、雑魚悪魔はこれで近寄れなくなった。すぐに人外ハンターで人手を出して、復興を開始する。
僕達は一度戻って休憩を入れてから、復興の手伝いをする。
大型の車両が動いているのを見た。
悪魔が引いていない。
どうやっているのだろうと思ったら、結局は悪魔だよりという話だった。
「あれはどういうものなんですか」
「ああ、あれはクレーンと言ってね。 本来は燃える水のようなもので動かすんだ。 今はそれを製造している最中だから、悪魔をたくさん憑依させて動かしているんだよ」
「へえ……」
現場で指揮を取るフジワラによると、グレムリンという悪魔をたくさん憑依させて、それを指示する事で動かしているらしい。
重い荷物などを運ぶことが出来る反面。
グレムリンはとても気まぐれなため、それで操作が難しいのだそうだ。そのためフジワラが直に来ている。
僕としては六本木の方が心配ではあるのだが。
先輩は既に開放されている。
僕を甘く見たタヤマが、隙を見て捕獲させたらしいのだが。アベも以降は控えた方が良いとタヤマにも先輩にも忠告していたらしいので。先輩がヘタを打つこともないだろうし、また誰かが人質に取られることもないだろう。
僕も荷物を運んで手伝う。
大型の悪魔も大きな木材などを片付けたり、石材を運んだりして手伝い。
其処にドクターヘルが「コンクリート」というのを持って来て、ドワーフや一本ダタラに使い方を教え、それで神社という場所を直していた。
全ては直せないようだが。
大国主命は、直っていく神社を見て満足しているようだった。
霊夢達はシェルターに戻って休憩中。
今回は交代で此処を守りながら、今後の状況について協議することになる。現時点では、此処を基点に日本神話系の神々を復活させていくことになるらしい。
そうしないと、あの封印されていた大天使三体。
ミカエル、ウリエル、ラファエルを、霊夢がいう安全な形に出来ないからというのが理由だそうだ。
僕としてはそれに異存はない。
東のミカド国が、東京に攻めこむ力はない。
それについては、既に分かっている。
だから僕としては、順番に問題を片付けられればいい。
勿論黒いサムライは、命令関係無くいずれ倒すが。
それにしても、貰ったロザリオが本当に効くかかなり怪しい所だと思うし。まだ準備がいる。
「よし、その木材は此方に運んでくれ!」
「属性が偏った悪魔同士で重いものを運ばせるなよ! 力に自信があっても、重いものは必ず二人で運べ!」
「其処は踏むな!」
「コンクリを流し込む! 固定のために手を貸してくれ!」
指示を出しているのは年配の男性だ。
土建業という……まあ大工みたいなものだろう。それをしていた人らしい。
天王洲シェルターという所で死にかけていたらしいが、救助して今は動けるようになっている。
生き生きと指示を出しているのは、元々それを仕事にしていたからなのだろう。
僕も指示を受けたので、木材をワルターと二人で運ぶ。
ヨナタンの天使達も、一糸乱れぬ統率で動き。
イザボーは力自慢系の悪魔を出して、重いものを運ばせていた。
時々回復魔術を天使達が掛けてくれるのでありがたい。
まだ天使を怖がる人もいるが、これは仕方が無い事だ。
柱を言われた地点に立てる。
順番が大事らしく、おじさんが次はこうこう、と指示を出しつつ、難しそうな地図みたいなのを見ていた。
ヨナタンが興味を示しているのに気付くと、おじさんが解説を入れている。
「なるほど、これがこうなると……凄い技術で書かれた図面ですね」
「CADで書かれたものだが、データが残っていて助かった。 これで宮大工でもいればもっと楽だったんだが……」
「大工の逸話がある神々は私から貸そう。 何名かいるから心配しなくてもかまわないよ」
「ありがとうございますフジワラさん」
ナナシもアサヒも手伝いをしている。
今、この場では。
悪魔も人間も共同して作業に当たれている。途中から銀髪の子が来て、視察していった。あの子に取り憑いている殿という存在が、後で幾つか指示を出すのだろう。銀髪の子自身も、砕くべきものをあっさり粉砕して、悪魔達が驚いたりしていた。
駄目になった木材などを、デュラハンが運ぶ車で移動させていく。
装甲バスはたくさん見たが、あれはトラックというものらしい。ただ残念ながら、重機と同じで今は動かす動力が足りなくて、悪魔だよりで動かすしかないそうだ。
馬の悪魔を何体か出して、それで運んでいる場合もあるが、悪魔使いが指示に四苦八苦していた。
「くっそ、重いな……」
「ナナシ、手伝うよ」
「おう、助かる。 いや、あんた本当に凄い力だな」
「まあこれだけだからね取り柄」
柱を苦労して運んでいたナナシを、僕とワルターで手伝う。ワルターはガタイは僕とは比べものにならないほど良いが、力は僕の方が倍くらい上だ。このため、色々と運ぶ時には工夫がいる。
いずれにしても大型の悪魔も加わっての作業だ。
少なくとも、神社の守りに当たる外壁部分は、間もなく仕上がりそうである。傷んでいた本殿という場所も、大国主命と相談しながら、修復を進めていて。これもそう時間も掛からず終わりそうだと言う事だ。
アサヒが回復魔術を使う悪魔がガス切れになったと、先に戻って言った。イザボーはまだ余裕がありそうだが、これは単に経験の差だろう。
霊夢は最後に仕上げをするらしい。
霊夢が来る前に、此処で見張りをしている秀が、幾つか大国主命と話をしていた。
「なるほど、サルタヒコとアメノウズメの夫婦が逃げ延びている可能性が高いのだな」
「うむ。 それと恐らくだが、アマツミカボシもだ。 ただあの者は、極めて危険な性質をもつ邪神ぞ。 契約するにしても、簡単にはいかぬし、力を示さなければならないであろうな」
「だが力になってくれれば心強い」
「そうだ。 昔大正の頃に封じられたらしいのだが、大戦のどさくさで封印が破れたと聞いている。 東京から離れても人間がいない地では消滅するだけだ。 東京に来ているのは間違いないだろう」
何やら知らない固有名詞が飛び交っているが、フジワラは分かっているようなので、後で説明を受ければいい。
大国主命は、柱を運び終えた僕に声を掛けて来る。
「剛力の娘よ。 そなたに頼みたい事がある」
「内容次第ですね」
「そうであるな。 現在、確定で封じられていない同胞がおる。 名はタケミカヅチ」
聞いたことがある。
確か甲賀三郎との戦いの時、その名前が出ていたと思う。
「恐らく六本木を彷徨いている筈だ。 これがまた武神らしい神でな。 力が有り余っていて、恐らくは戦って勝たなければ従えられない。 神田明神が落ち着いたら、此処に国津と天津の神々を集めるつもりではあるのだが、我以上の実力者であるタケミカヅチは、衰えたりとはいえど生半可な人間には従わないだろう。 戦い勝利を収めたのであれば、此処に来るように伝えて欲しい」
「それはかまわないですけれど、どうして僕に?」
「奴は相撲が好きでな。 古くは神事であった相撲を好むはず。 剛力の娘よ、そなたなら勝てるのではあるまいか」
「……まあ自信はないけれど、やってみます」
相撲、ね。
実は東のミカド国にも相撲はあった。
力が有り余ってる世代の子は、結構喜んでやっていたものだ。ただ、こっちではほぼ裸で相撲を取るらしいが。東のミカド国では普通に服を着てやるのが主流だ。
そういう事もあって僕も時々参加していたのだけれど、僕が出る時点で他の若者がみんな辞退してしまうので、それで出禁になったっけ。
どんなものでも、勝ち負けが決まっているものほど面白くないものはない。
「しかし六本木でそんな気配は感じませんでしたけど」
「可能性としては地下だな」
「地下?」
「この国の地下は道や虚空が張り巡らされ深淵となっている」
そういえば。
確か地下を通る電車があると聞いている。いや、あったというべきか。
彼方此方の地下道でも、それが朽ちているのを見かけた。
それらがまるで蜘蛛の巣のように、東京の地下では張り巡らされているのだと。
それだけではない。
なんでも雨が降る(今はそれももうないのだが)時には、雨を吸い込んで洪水を起こさないようにするための地下空間や。
色々な家から流れる汚水を流すための管。
逆に井戸のように、家に水を流すための管。
そういったものまであって、地下を縦横無尽に走り回っていたのだそうだ。
今は生きていないそれらは。
考えて見れば、悪魔の巣窟になっていても不思議ではないか。
新宿駅の地下は凄かったが、あれですらごく一部。
それが現実なのかも知れない。
だとすると、どう調べるべきか。
いずれにしても、相談してみるといってその場を離れる。一度集まって、東のミカド国へ戻る。
そこでホープ隊長と、軽く進捗について話をしておいた。
塔の攻略については、報告書を誤魔化す。
内部にはミイラだけがあったという話だけをしておくことで決めた。
ただ、他のサムライも東京に降りている。
塔の関連の話が、悪意なくそれらのサムライから漏れる可能性もあるので、この国の本来の神々の救出は急がなければならないだろう。
ホープ隊長だって、こうやって話しているのを怪しまれる可能性がある。
東京で話を聞けば聞くほど、千五百年も年を止めているというのはおかしいのだ。それが出来ていると言うことは、ギャビーは無能ではない。
サムライ衆そのものを解体、などということは起きないだろうが。
それでも、ホープ隊長が危険になる事は、今は避けなければならない。
「東京で戦ったマンセマットという大天使は、恐らく四大天使と比べると格下の相手だったのだと思います。 それでも隙を突いてやっとという印象でした。 まだ四大天使を相手にするのは、少し実力が足りないというのが素直な言葉です」
「自分の力量と相手の力量を素直に分析出来るのはいいことだ。 いずれにしても、まだ無理は禁物だな……」
「今は互いに怪しまれないように行動しましょう」
「うむ、そうだな」
話を切り上げて、それで東京に戻る。
神田明神は完成すると、内部に雑多な細かい神らしいのが彷徨き始めているのが分かった。
色々な姿をしていて、どれもが神のようである。
霊夢が来て、じっとそれらを見ていた。
軽く挨拶する。
霊夢は鬱陶しそうに頷く。これは機嫌が悪そうだ。
「どうしたの?」
「疲れが溜まってるのよ。 しかもこの神事はちょっと力がいるわ。 後で酒でも出なけりゃやってられないわよ」
「しばらくは動けない感じ?」
「ええ。 その間、何かあったら頼むわよ。 はー、面倒。 幻想郷から助っ人でも連れ出せればいいんだけれど、あっちは守りで手一杯なのよね……」
本当にこれは機嫌が悪いな。
フジワラも距離を取りながら、説明してくれる。
この国には元々八百万の神がいたと言う伝承があるそうだ。
ヨナタンが、八百万と声を上げていたが。
それくらい、バイブルとは神の定義が違うと言う事なのだろう。
復旧した神田明神に集っているのは、力が弱い雑多な神様達。それらでも、数が揃えば話も変わってくる、というわけだ。
そして大国主命という大物が復活した今。
それも更に加速度的に状況が変わるというわけだ。
確かに堕天使オリアスが見張りについていたのも分かる。此処の陥落は、それだけ大きな事だったというわけだ。
遠くから霊夢が護摩段というのに火をくべて、なんか棒を振りながら何やら唱えているのを見守る。
日本系の神々以外の手持ちは、此処から出すように。
そう事前に通達があった。
それで、人外ハンターも手持ちをしまって、遠めに様子を見ている。
神社の外まで僕も一度出て、様子を見ていると。ドクターヘルが来ていた。
「相変わらずこの国の信仰はわからんな。 多神教というのはそういうものなのであろうが、一神教文化圏で育った人間には理解出来ん光景よ」
「僕にはそもそも信仰というのがよく分かりません」
「東のミカド国はそもそも大天使共が愚民化をしているのだろう? それもまた妙な話だな。 民の全てを熱心な一神教徒にでもしておけば、奴らも安泰だったのではないのだろうか」
「なんででしょうね」
ヨナタンが咳払い。
そして見解を述べる。
こう言うときは、ヨナタンがとても分かりやすく意見を述べてくれて。それを取り入れやすい。
「特にカジュアリティーズにバイブルを聞かせるときに、司祭達は意図的に退屈な話にしている節があります。 これはラグジュアリーズ相手でも同じで、司祭達はただバイブルしか物語を与えない……そう民に接しているようなんです」
「ふむ……?」
「東京に降りて来て、多様な価値観を知って分かりました。 恐らくですが……大天使達がやろうとしているのは、議論そのものを起こさないことです。 技術的な試行錯誤すら東のミカド国では封じ、千五百年も歴史を動かしませんでした。 退屈なバイブルを敢えて作り、民が疑問すら持たないようにする。 彼等の目的が何となく今では分かります。 崇めさせるのではなく、なんとなくすり込んだ思想をそのまま盲信だけさせる。 教えについて思考させず、思考そのものをさせない。 それが狙いなんだと思います」
「ほう、面白い分析だな」
ドクターヘルがヨナタンに対して感心している。
この人がもの凄く頭が良いことは分かっている。だから、ヨナタンの発言を面白がっている事も、認めている事も分かった。
イザボーも言う。
「そういえば幾つもの漫画を読んで、熱量に圧倒されましたわね。 司祭の読み聞かせるバイブルは、明らかに眠くなるようにしている節すらあって、それで漫画には驚かされましたわ」
「この国の漫画は凄まじい競争の末に技法が工夫され、独自の文化として確立されたものであったからな。 それはそうであろうよ」
「漫画には考えさせられるものも多かったですわ。 恐らくは、大天使達は考えるということ自体をさせたくなかったのでしょうね」
「反吐が出る。 わしにとっては最悪の世界だ」
確かに、考える事そのものが仕事であったらしいドクターヘルにとっては、そうなるだろうなと思う。
ワルターはちょっと退屈そうだったが。
お、と声を上げていた。
パンと手を叩いた霊夢が、呪文みたいなのを終えていた。
そのままくるくると舞い始める。
神楽舞だかいうのだろうか。
大国主命が、目を細めてその様子を見守っていた。
わいわいと、雑多なちいさな神々がその様子を見ている。
それも終わると、明確に神田明神の様子が変わっていた。確かにこれは、日本系の神以外の手持ちは遠ざけた方が良いだろう。
霊夢が来る。
汗だくになっていた。
元々疲れが溜まっている所にこれをやったのだ。無理もない。
フジワラがスポーツドリンクを出す。霊夢も文句一つ言わずそれを飲み干すと、シェルターに戻っていく。
僕らと話す余裕さえ無さそうだった。
「この様子だと、此処を起点にして、東京の状態を戻していく事ができそうだね」
「霊的云々は今でもわからんことだらけだ。 だが、此処を調査する許可をあの大国主命に貰って、必ず解明してやるぞ。 オカルトというのはインチキであることがほぼ全てだが、一部はただ解明できていないものもある。 悪魔が実際に現れて人を殺しているのであれば、それは科学で説明できて、オカルトではないはずだ。 わしはオカルトで止まっているものを、きちんと科学で証明してくれるぞ」
ドクターヘルが、「鳥居」というのを潜って、堂々と大国主命に会いに行く。
大国主命はぎょっとしたようだが。
熱量が高いドクターヘルの発言を聞いて、苦笑いして。それで神々に迷惑を掛けない範囲なら、実験をして良いと言っていた。
まあ大国主命も、荒神の状態から元に戻る事ができたのだ。
恩義は感じているのだろう。
フジワラに礼を言われた。
そういえば、僕達で大国主命を元に戻したのだ。礼を言われるのも、それはそうなのだとは言える。
礼は素直に受け取ると、一度シェルターに戻る。
確実に勢力圏が広がって来ている。
僕達の力は、まだ借りたいらしいし。
僕達も、黒いサムライとの決戦に備えて、やれることがあるのならやっておきたい。
人外ハンター達と連携するのは必須だ。
それに、出来れば。
東京に降りて来ているサムライ達と、もっと緊密にやっていけるようになっておきたかった。
1、地下での遭遇
東京の地図が拡げられる。
フジワラによると、現在天蓋が出来ているのは、昔「山手線」といわれたものが環状に囲んでいた地域より、少し広い位の範囲らしい。
山手線というのは電車であるそうで、上野駅で見かけたあの無惨な焼け焦げた鉄箱と同じ種類のものだろう。
フジワラが補足してくれる。
あれと同じようなものが、何十種類も東京だけで走っていたのだと。
そう聞かされると、凄いなと言う言葉しか出てこない。
そして東京の図の、四方にフジワラは指を走らせていた。
「東京に張られていた霊的結界というものが、元々は幾つかの寺を基点にされていて、四天王が守りについていたという経緯がある」
「四天王?」
「仏教において、インド神話の神々を取り込んだときに、天部という神々に振り分けたんだ。 何々天と言われているような神……日本で言うと弁財天や大黒天、帝釈天や毘沙門天などが有名だが。 これらがそうだね。 それらの中で、方角を司る四柱の天。 毘沙門天、持国天、増長天、広目天。 現在これらの天部は荒神化していて、結界が上手く作動していないらしいんだ。 日本神話の神々が封じられた時に、それが色々と壊れてしまったらしい」
殿はノーコメント。
あまり詳しくはないのか、それとも。
ともかく、これらの話は大国主命から聞いた話であるそうだ。
「現時点でこれらの結界を復旧すれば、恐らくは今霊夢さんがやろうとしている、大天使達への本格干渉も出来るようになる。 ただ急がないと、四天王が別の寺に移されたり、或いは結界そのものが壊される可能性もあるそうだ」
「俺には魔術的な話はよく分からないんだが、ある程度話をしてどうにかならないんですかね」
「元々日本神話系の神々が封じられた時点で、この国の秩序というのはおかしくなってしまったんだ。 仏教系の天部も荒神化するのは避けられないだろう。 残念ながら、戦うしかないだろうね。 ただ、日本神話系の神々を更に封印から救い出せば、話は変わるかも知れないが」
「もとの秩序を取り戻して、それから、ということだね」
僕の言葉に、そうだとフジワラは言う。
霊夢は現在ダウンしているので、他の皆とこれについて話す。
まず現在、有力な日本神話の神として、タケミカヅチという存在についての話を僕が大国主命から聞いている。
六本木にいるらしいという話だが。
まだ彼処は安全ではない。
先輩は助け出したから、その点では問題はないが。
いつあのタヤマが血迷うか分からないのだ。
殿が言う。
「血迷った場合、何をしでかすか一番分からないのがタヤマだ。 出来るだけ早い段階で殺してしまうべきだろうな」
「随分厳しい判断ですね」
「世の中にはどうあっても救えない相手がいる。 そういう意味では、タヤマはそれに該当する。 わしとしても、こんな状態では出来るだけ人は殺したくはないんだがな。 それも仕方がない。 タヤマは情報を総合する限り、生きているだけ害を為す」
それは僕も同意だ。
そして、殿は指示を出していた。
「まず手を幾つかに分ける。 わしが指示する寺を偵察し、内部がどうなっているかを確認してくるように。 勿論荒神化した四天王がいる可能性がある。 他の神格がいるかもしれん。 迂闊に足を踏み入れるなよ」
「了解」
これには秀とナナシとアサヒ、それに志村さんが当たると言う。
また別働隊として、小沢さんとニッカリさんも、精鋭の人外ハンターを率いて様子を確認しに行くそうだ。
霊夢がいれば話は早いのだが。
ただ、それらの寺は、上野、池袋、渋谷などの近辺にある。いずれもが六本木や銀座などの、現時点で危険地帯とされている場所ではない。
それだけは救いだろうか。
「サムライ衆は六本木に潜入してくれ。 わしも同行する。 六本木の地下を探索して、タケミカヅチを探す。 タケミカヅチは日本神話で各地の国津神を破った武神で、戦闘力に関しても頼りになるが、それ以上にこの国でアマツミカボシ以外の神格に敗れていないという逸話が大きい。 この国での武神だから、他の国の神々に対して優位を取れる」
頷く。
相撲、か。
力は増しているが、そんな凄い神様相手に勝てるだろうか。
まあ、そんなことはやってみないと分からないが。
いずれにしても、調べるしかない。
六本木についての地図は、ドクターヘルがバロウズに転送してくれる。
地下鉄や、更に地下の使われていない通路や空洞などを調べるという。
ただそれらも、阿修羅会が拠点にしている可能性がある。最悪の場合、交戦は避けられないだろう。
挙手する小沢。
「六本木ヒルズに南光坊天海がいます。 それらの話について、詳しく聞けるかも知れませんが」
「必殺の霊的国防兵器と化しているのだろう。 軛から抜けて暴走していた甲賀三郎より更に格上の筈だ。 霊夢が動けない今は、手を出すべきではない。 阿修羅会が混乱している今のうちに、更に出来る事を進め、地固めをする。 日本神話系の神々を封印解除すれば、それだけ他の神々に対して優位を取れる。 だが、今はまだ状況が不安定だ。 安定化を図るのが先である」
頷くと、小沢がさがる。
兎に角話が分かりやすいし論理的だな。
順番としても、霊夢がしばらく動けない今は、妥当な筈だ。
この間六本木で同行してくれた鹿目という人外ハンターは、今回は志村さんのチームに入るそうである。
ずっと黙っていたマーメイドが言う。
「時に、フリン。 恐らく貴方にだけれども、不思議な人が接触してこなかったかしら」
「不思議な人?」
「ええ。 明らかに場違いで、面白がって貴方を見ているような人」
「……何とも言えないけれど、ターミナルの番人かな?」
恐らく違うと、寂しそうにマーメイドが笑う。人を装っているはずだと言うのだ。
ふとぴんと来る。
あのヒカルという女ではないだろうか。
明らかにあいつはおかしかった。
どう見ても非力な人間なのに、どうしても異様な威圧感があった。
その話をすると、イザボーが眉をしかめる。
「殿方に媚を売っているようで、非常に不快な方でしたわ」
「……話を聞く限り、その人の可能性は高そう。 現れる場所などは特定出来ないかしら」
「いや、僕達もまだほとんどあった事がないし。 新宿で二回だけかな」
「今はシェルターから動けないね。 殿、時間を作って、調べて回れるようにしてくれないかしら。 この世界の未来にも関わる、大事な事なの」
この世界の未来か。
マーメイドが誠実な言動をしていることを、僕は知っている。今更嘘をつくとはとても思えない。
それにだ。
塔での戦いで、マンセマットへの発言が気になっている。
「この世界でも」とマンセマットにこのマーメイドは言っていた。
最高位の悪魔になると、別の世界に渡ったり、別の世界の同一個体と知識を交換したり出来るそうだが。
ひょっとしてこのマーメイド。
その手合いではないのだろうか。
「そなたが献身的に尽くしてくれているのは分かっている。 よし、良いだろう。 ただし、この世界が安定するまでわし等とともにあってくれるか。 貴様の力を失うのは、痛手としては大きすぎる」
「勿論それは約束するわ。 この世界でもっとも大きな問題になっている存在をどうにかして、未来が見えるまでは一緒にいる」
「そうか、その言葉、万金に値する。 ドクターヘル、人外ハンターの目撃例を電子戦部隊に当たらせてくれ。 ヒカルなる女の目撃例と、その場所などを調べて欲しい」
「承知。 作戦らしくて面白いわい」
それで解散となる。
殿がついている銀髪の子は兎に角喋らないが、それでも話を理解はしっかりできていたようである。
スマホも既に受け取っている。
ただ悪魔召喚用ではなくて、連絡用としてらしいが。
六本木のターミナルは、銀髪の子も既に登録しているので、一緒に転移する。さて、此処からだ。
近場に地下通路への入口がある。
甲賀三郎が倒れても、阿修羅会が受けたダメージは甚大なようで、好き放題に辺りをうろついていた阿修羅会は姿を見せない。
ターミナルのあった周辺も、荒らされている気配はないようだ。
地下通路はすぐに見つかったが、残念ながら崩落してしまっている。これについては、事前に聞かされている。
崩落の状態を見せて、それで登録しておく。
現状分かっている地図を、そうしてどんどん更新していくのだ。
また、外では基本的に殿は喋らない事を明言している。
それはそうだろう。
殿が取り憑いているのが銀髪の子だと知られるのはまずい。今の時点では。正体不明の指導者が誰なのか、他の勢力に悟られるのは致命的なのだ。
「おい、こっちの通路はどうだ!」
「奧へは通じているが、随分と寒いな……」
「気を付けて。 悪魔がいるかも知れないよ」
「いや、もう遅いようだ。 ワルター!」
ヨナタンとワルターが飛び出してくると、どっと凄まじい冷気がその後を襲っていた。僕は即座にアナーヒターを出して、冷気の壁を作る。
冷気同士でぶつかり合って、ヨナタンとワルターを助け出す。
穴から出てきたのは、巨人だ。
全身青白く、見るからに獰猛な姿をしている。
すぐにバロウズが解説してくれた。
「霜の巨人よ。 北欧神話ではヨトゥンヘイムと言われる土地に住んでいるとされる神々の敵ね。 しかしそれにしてはおかしな事が多くて、元々は神だったものが貶められた可能性が高いわ」
「どこでも一神教と同じ事をしていやがるんだな」
「とにかく排除するよ! イザボー、時間を稼ぐから頼む!」
「分かりましてよ!」
僕とワルターが、ラハムと一緒に突貫。
霜の巨人は巨大な武器……棍棒だろうか。それを振り回して、雄叫びを上げながら暴れまくる。
凄い剛力だが、ガタイの割りにはどうってことはない。
問題は身に纏っている冷気で、ちょっと近づけない。
炎の悪魔は何体か手持ちにいるのだが、それらも寒さを相殺できる状態ではないようだ。ちょっと冷気が強烈すぎる。
ヨナタンの天使達も、壁を作るので精一杯だ。パワーが割り込んで、時間を一瞬作ってくれるが、棍棒を防ぎきれず、盾ごと砕かれて消し飛んだ。
本当に殉教だな。
倒されても倒されても復活して、ヨナタンや僕達のための盾となる。武器にもなる。
パワー達自身も力が上がっているはずだが、それ以上に強い悪魔が多すぎる。
ドミニオンが指揮を取り、天使達はめげずに巨人の動きを止めずに襲いかかる。巨人も五月蠅そうに天使を払い。
注意がそれた瞬間、イザボーが最大出力の火焔魔術を、コンセントレイトつきでぶっ放していた。
炎の柱が、それこそ天を焦がす勢いで上がる。
凄い火力だな。
イザボーの火力は同レベル帯の悪魔よりも上だとバロウズが解説してくれていたが。それにしてもとんでもない。
文字通り全身を炎に灼かれた霜の巨人が悲鳴を上げるが、その瞬間、僕とワルターが左右に分かれ、巨人の足の腱を斬る。
そして、ラハムが髪の毛を蛇に変えると、えいっと声を上げて、巨人を投げ飛ばしていた。
踏ん張れなくなった巨人が、頭から地面に落ちて、グシャアとか音を立てる。
あれは痛そうだ。
巨人もそれで、消え始める。
流石にひとたまりもなかったらしかった。
「奧に似たようなのが他にいないかな」
「分からないが、まずは回復だ。 そういえば……」
銀髪の子がいない。
戦闘音がする。
見に行くと、数体の悪魔が切り裂かれ、消えていくところだった。どれも弱くは無い堕天使達。
この様子だと悪魔達は戦いを伺い。
不意を突くつもりだったのかも知れない。
それを銀髪の子が対処してくれた。冷静に霜の巨人以外を見て、戦局を判断してくれていたという事か。
殿がついているだけの事はあるが。
この子自体が凄い英雄だという話だし、或いは自己判断かもしれなかった。
地下道に入ると、奧で阿修羅会の死体が転がっていた。スマホが手元にある。だとすると、霜の巨人はその殺された阿修羅会の手持ちだったのかも知れない。死体は今殺されたものではなく、痛み始めている。恐らくは甲賀三郎に倒されたのだろう。霜の巨人は、介入する暇すらなかったのだと思う。
銀髪の子が、周囲を調べて、やはり指さす。
片側は塞がっているように見えるが、人為的に塞がれている。
これは、奧へ通れそうだ。
ワルターと僕で瓦礫をどかす。
天使部隊は回復を急いで貰う。
その間に、ヨナタンはイザボーと一緒に、殺された阿修羅会の死体を荼毘に付していた。死体蹴りまではしなくていいと思ったのか、それ以上に衛生面の問題や、この死体を媒介に悪魔が出現するのを防ぐ目的かも知れない。
瓦礫はすぐにどけ終わる。
それに、イザボーの連れているスイキやワルターの連れている数体のナーガが指揮官のナーガラジャと一緒に力強く働いたというのもある。
瓦礫の奧には、まるで動物の臓腑のような深い穴が拡がっていた。
灯りもない。
ハイピクシーが、光の魔術を使って、周囲を照らしてくれる。同じようにドミニオンが辺りを明るくしてくれた。
「足下に気を付けて。 尖った瓦礫も多い」
「それでフリン、どうだ。 気配は感じないか」
「感じるけれど、雑多だね。 それに少し遠くにたくさん強い気配がある。 これが多分、必殺の霊的国防兵器だと思う。 いや、本当にそうか? ちょっと分からないかな」
地図を更新しながら奧へ。
ともかく、出来るだけ急いで探索を進めたい。
もたついていると、東のミカド国では何十年も経っていたとかなりかねないのだ。
地下を進む。
黙々と歩いていると、雑多な悪魔とどうしても出くわす。干涸らびた亡骸を囓っているようなのから、弱くて他との戦闘を避けているような者まで。有害な悪魔は全て駆除して行く。
それだけじゃない。
悪魔は当然として、鼠やゴキブリが元気に活動している。
ドクターヘルが言っていたっけ。
人間より此奴らの方が生物としては完成度がずっと上なのだと。人間が滅びても、此奴らは何の問題も無く存続しているだろうと。
確かにそれも納得出来る。
一体ずつは弱いかも知れないが。
とてもではないが、脆弱だ等とは、こういう光景を見ていると、言う事は出来なかった。
イザボーがいやそうな顔をしていたが。
嫌悪感を感じるのと、容赦なく殺して良いとかそういう理屈は別だ。
そんな理屈が成立するのなら。
権力者は気にくわない相手を皆殺しにしていいとかいう話にもつながる。
相容れないなら、そもそも近寄らない。
それだけでいい。
黙々と探索して回ると、不意に足音。
灯りで前を照らすと、人影が姿を見せる。僕は一瞬だけオテギネを構えたが、すぐに降ろしていた。
知り合いだ。
「カガ……」
「久しぶりだな」
ガイア教徒のカガ。
優秀な戦士で、西王母と一緒に戦った一人だ。長身の女性で、優れた体術の使い手である。
単騎で行動していたようだが、流石に悪魔は連れている。
どれも荒々しい鬼の類種のようだった。
「なんだ、あんたも調査か」
「ああ。 お前達は何を調べている」
「強めの神様がいるって話があってね。 地上部分にはいなさそうだったし、地下を調べてる」
「そうか。 この先は水が溜まっていて、かなり危険だ。 引き返してきたところだ」
そうと頷くと、一応確認させて貰う。
地下鉄というものの通路だったようだが、確かに水没している。というか、水没させられた感じだ。
ばちばちと光が奔っている。
これは、危ないなと判断して、皆に進まないように言う。
正解だとカガが言った。
「漏電している。 下手に水に触れると死ぬぞ」
「漏電?」
「東京の不可解な灯りは、電気というもので賄っているらしい。 雷と原理は同じだそうだ」
ヨナタンが説明してくれる。カガもよく調べたなと苦笑い。
雷を使う文明か。
何度聞いても驚かされる。そして雷がその辺りを走っているなら、それは触れば死ぬのも納得である。
少し引き返しつつ、偵察に出していた悪魔達を集める。
ヨナタンの天使達も殆ど欠員なく戻ってくる。数体の欠員も出ていたが、ただではやられず。倒された分の天使も、何にどう倒されたのかを説明してくれていた。
カガは座り込んで話を聞いている。
銀髪の子が一瞥だけしたが、それだけ。
むしろカガは、銀髪の子に興味を持っているようだった。うっすら光っているし、不可思議に思えるのかも知れない。
「報告は受けているが、その子はなんだ」
「喋らないから素性は分からないんだけれど、凄い使い手だよ。 僕より現時点では上じゃないかな」
「それほどか。 確かに堕落していた玄武を単騎で圧倒していたと聞いているが」
「それよりも、情報交換と行こうぜ。 俺たちも手詰まりでな」
ワルターが提案すると、カガもそれに乗る。
この二人、相性が良いのかも知れない。ワルターはカガを認めているようだし、カガもワルターを嫌ってはいないようだ。
カガのスマホから、地図を転送して貰う。
イザボーが僅かに懸念を示していたが、今の時点でカガと争う理由がない。ただ、バロウズにこっそり、完全に信用せず精査しろとだけ呟いておく。勿論カガも、全部信じる事はないだろうし。
そもそも僕らは、地下に入ってからこれといった成果を見つけられていない。
「天使達がやられた方に行ってみるか。 かなりの悪魔がいるらしいが」
「そうだな。 ただ、パワー三体がそれなりに戦えたと言う話だが。 そんな程度の雑魚を探している訳ではあるまい」
「言い方は少し気になるが、その通りだ。 ただ、それが歩哨か何かだった可能性は低くない」
「それもそうか」
ヨナタンがちょっとむっとしていた。
ただ、カガもきちんと論理的に返すので、それで問題にはならない。
銀髪の子はやりとりに興味が無さそうで、周囲を見ているが。これは、気配を探ってくれているのかも知れない。
横道にそれる。
大きな地下通路を行くと、壊れた電車が潰れていて。たくさんの人が中で死んでいた。燃えたのだろう。酷い有様である。
カガが右手を立てて、何か呟いている。
以前聞いたことがある言葉だ。多分お経という奴だ。
天使達が光の魔術を掛けて、浄化をしている。やはり悪霊がたくさん集っていたが、それがまとめて浄化されているようだ。
幸い死者が歩き出している様子はない。
この電車の残骸は、もの凄く酷い状態で徹底的に蒸し焼きにされたらしく、内部の死体は動くような状態ではなかったようだ。
こんな酷い鉄の棺が、地下中にあるのだろう。
とても悲しくなる。
此処と、パワー三体が倒された地点は近い。
倒されたパワー達は既に復活させてあるが、すぐに戦闘させるのは無理だろう。こういうのは割切って進むしかないのだ。
瓦礫だ。どけて進むか。
そう思った瞬間、ひゅっと音がして、僕はオテギネを反射的に振るってそれを弾き返していた。
コンクリートだとか言う強靭な素材の壁に、まるでバターにでも突き刺さるようにそれが刺さった。
棘だ。
それもワルターの腕くらいも太い。
即座に展開する皆。
奧に何かいる。それも陣列を組んでいるようだった。
「出てこい!」
「!」
カガが吠えると、ぴゃっとか、憶病そうな声が聞こえた。灯りを向けると、小さいのがワラワラと逃げる。
一瞬で正体をバロウズが看破したようだ。
「妖獣ノデッポウよ。 人を襲う逸話もあるものの、基本的には老いた狸が変じたものとされているわ」
「狸?」
狸は僕も知っている。
溜め糞という習性を持っていて、それを水場近くとかでやられると困るものの、基本的には無害な動物だ。
そういえば前に何回か、狸由来の悪魔がいると聞いた。
それも実際には、元々は大型の猫が由来で。それがこの国……日本といったか。日本に文化が到来したときに、狸のことだと勘違いされた末だという。
確かに狸が憶病で害を為す生物ではないことを知っている僕は、妙な話だと思ったけれども。
ただし、悪魔となっているなら。
しかも今の殺傷力を考えると。
放置も出来ない。
パワー達が壁を作るが、パワー達が殺されるほどの相手とも思えない。灯りで奧を照らすと、大きいのがいる。
手に巨大な刃物を持った、大柄な人だ。藁を編んだような服を着ていて、恐ろしい形相に角が生えている。
鬼の一種かと思ったが、違うとバロウズは言う。
「秘神なまはげだわ。 東北地方に伝承がある、悪い子供を戒めるための一種の守護神ね」
「天使ども……ついにこんなところにまでも来たか!」
なまはげが吠える。
ヨナタンが攻撃を指示しようとしたようだが、僕は手を横に。
一旦天使達を引っ込める。
その代わり、イザボーに頷く。イザボーは、最近悪魔合体で作り出した存在を、召喚していた。
この国の古い神様の一柱らしい存在。
コノハナサクヤ姫。
非常に美しいことが知られる神様で、東のミカド国には見当たらない桜という植物の神様であるそうだ。
霊夢にアドバイスを受けて、呼び出せるようなら日本神話系の神格を作っておいた方が良いと言われ。
悪魔合体のデータベースから見つけ出し、作り出したのである。
今の僕達の実力からも、かなりギリギリの存在ではあったが。
「おおっ! コノハナサクヤビメ様!」
「なまはげ、この方達は天使ではありません。 天使を使役してはいますが、天使の奴隷ではないのです」
「ははっ! 失礼いたしました。 しかしノデッポウ達は天使の恐怖を身に刻み、怖れております故。 無礼を働いてしまい」
「いいよ、それはもう。 それよりも、この国の神様を探してる」
僕が前に出て、交渉をする。
じっとなまはげは僕を見て。それで咳払いしていた。
「かなりのますらおと見たが、そなたはこの国に仇為さないと誓えるか」
「僕は今の荒れ果てた東京をどうにかしたい。 それは誓えるよ。 僕達がきた東京の上の国も、色々とあまり良くない状態なんだ。 少なくとも僕フリン、イザボー、ヨナタン、ワルター。 僕達サムライの四人はそうだって誓える」
「私も誓おう。 ガイア教徒は混沌を好む傾向があるが、私には色々と思うところもあるのでな」
カガもそういう。
大きな目でじっと此方を見ていたなまはげは、それで僕達に嘘がないことを見破ったのだろう。
銀髪の子については、しばし警戒していたようだったが。
やがて、提案してくる。
「フリンとやら、そなただけ来て欲しい。 我等追われたもの、常に警戒しなければならないのだ」
「今のお前なら下手は打たないだろうが、気を付けろよ」
「うん、任せておいて」
ワルターが背を押してくれる。
僕は頷くと、なまはげに連れられて、奧へ行くのだった。
2、追われた神
なまはげが歩きながら言う。
此処から遠い土地にあった東北の農村。そこでなまはげはみたという。
全てを焼き滅ぼす光の槍が降り注ぎ。なんの抵抗も出来ない存在を、全て焼き払っていったのだと。
なまはげは誰も助けられなかった。
祭りを行って、なまはげを崇めていた人達は勿論。
なまはげが守るべき子供達もだ。
全てを失ったなまはげは、同じように怖れてくれる存在すらいなくなった妖怪を集め、人の気配がする方へ進み。
やがて東京に辿りついた。
東のミカド国に辿りつかなかったのは、どうしてかはちょっと分からないが。
あれは天使の力が及んでいる可能性が高い。
何か理由があるのかも知れなかった。
いずれにしてもなまはげが辿りついた東京は地獄。この国の神も封印され、天使が我が物顔に見境なく殺戮を繰り返し、多くの人々が悪魔に食われるこの世の最果て。なまはげは天使と戦ったが、とても勝ち目は無く。一緒に逃げてきた妖怪達も、散り散りになり。やがて僅かに残ったノデッポウ達と地下に潜った。其処でも悲惨な有様を見て、それで悲しんでいたという。
「確かにあの光の槍が降り注ぐ前、世界は荒れておった。 人々の心は荒れ果て、わしのことなど信じるものはいなかった。 子供を戒める存在などだれも求めず、ただ己の利益だけ追求するような輩が褒め称えられていた。 だが、此処までする理由はあったのだろうかと、今もわしは考える。 まだ幼い子供もたくさんいたのに、どうしてここまでの殺戮をしなければならなかったのか」
本当に悲しそうだ。
僕にもそれは分からないと言って、東のミカド国がどういう場所か話す。
そうかと、なまはげは言う。
天使共がどんな場所を作ったかと思えばと。悲しそうだった。
強い気配が近付いてくる。
少しだけ、空気が清浄になった気がする。
地下の空間だ。
其処は恐らく、水が溜まっていたのだろう。わずかながら土があって、何だろう。粗末な建物が作られていた。
そして、以前秀が呼び出していたスダマという存在が、多数群れている。
その中に、人型が三つ。
大国主命と同じ文化の存在だと、一発で分かった。つまりこの国の本来の神様達である。
一人は大国主命と似たような髪型服装で、目が光っている男性の神様。鼻が高いちょっと変わった顔立ちをしている。バロウズが解説してくれる。
国津神サルタヒコ。
そうか、あれがサルタヒコか。
ちょっとだけ名前を聞いていたが、国津神の大物だと言う話だ。だとすれば、大きな力になる筈。
その側にいる薄着の女性は、天津神アメノウズメ。
サルタヒコの妻であり、天の神が弟の暴虐に怒って閉じこもってしまった時には、ほとんど全裸で踊って神々をわいわいと喜ばせたそうだ。
確かにとてもめりはりがついている体つきだ。
このアメノウズメについては、霊夢が言っていたっけ。
今の時点で恐らく封印されていないと。
なんでも神降ろしで力を借りられるとかで、それが分かっていたそうだ。
更に、もう一柱。
奧でつまらなそうに酒を飲んでいるのは、赤い肌をした荒々しい男性神格。腰周りだけ服を着けていて、逞しい体を見せつけている。
バロウズが説明してくれる。
「当たりよ。 天津神タケミカヅチ。 探していた神格だわ」
「よし……」
まずは当たりか。
ただ問題がある。
びりびりと感じる力がもの凄い。背丈もワルターよりもずっと高いのである。
霊夢を呼ぶか。
いや、ここがそもそも安全な地とはとても言い難い。
阿修羅会が立て続けに戦力を失っているが、それでも悪魔は多数彷徨いているし。この国の神が力を取り戻すと面白くない外来種はたくさんいるはずだ。
出来るだけ、急いだ方が良いだろう。
幸いアメノウズメはそれほど感じる力は強くない。サルタヒコは多分僕と同じくらいだろうか。
なまはげが、三体の神様……三柱というのだったか。神様に説明をしている。
やがて、タケミカヅチが立ち上がっていた。
移動中に大国主命を荒神から戻した話は、既になまはげにしてある。
話が早いと助かるのだが。
「大国主命を破ったというのはお前か。 あの若造も墜ちたものだな……」
「僕一人で破った訳ではありませんが」
「ふん、そうであろうよ。 まあいい。 復旧した神社があるなら、そっちに移りたい。 今いる場所は窮屈でかなわん。 ただ、神社はそれなりの広さが確保できている場所なのだろうな」
「神田明神という場所です。 分かりますか」
少し考えてから、タケミカヅチはおおと声を上げていた。
知っているらしい。
「彼処を制圧したのか! 堕天使共が見張っていただろうに」
「倒しました」
「そうかそうか。 ちょっとだけ興味が出て来たわ。 ただ、貴様からは天使の臭いがする」
「僕の仲間が使役しています。 ただ、僕のいる国を裏から支配している天使については、僕はあまり良く思っていません」
嘘をついていないか、じっと見ている様子だ。
頭が若干弱そうな豪傑という雰囲気のタケミカヅチだが、こんな所に逃げ込んでいてもこの国の神だ。
びりびり感じる力は本物である。
ひょいと跳躍すると、僕の側に降り立つ。
そして、しゅしゅっと身を縮めていた。僕と殆ど同じ背丈にである。神様だから、これくらいは朝飯前というわけだ。
これは予想していた。やはりそう来るか、という感じである。
「殺し合いをするのもバカバカしいでな。 どれ、相撲と行こう。 服を脱がなくてもかまわんぞ。 そなたから感じる力、最近見た人間の中では別格よ。 わしに勝てたのなら、ついていってやる」
「胸を借りさせて貰いますね」
オテギネを振るって、さっと円を描き。そして、オテギネは側にいるなまはげに預ける。
なまはげはオテギネの重さに驚いていたようだ。そうか、こんな強そうな奴が驚くくらい、僕の腕力も上がっていたか。
円の中に入る。
相撲は古くは神事だった。
それは僕も、甲賀三郎を霊夢が放り投げた後。甲賀三郎が負けを認めたことから知っている。
だからこの相撲、負けは許されない。
腰を落としたタケミカヅチが四股を踏み、手を叩く。一気に周囲の空気が荘厳に変わった。拍手は神事の一部だと聞いている。なる程、これが神様のやる相撲ということか。
僕も同じように四股を踏むと手を叩いて、力を充溢させ。
サルタヒコとアメノウズメが見守る中。
なまはげが、はっけよいのこったと叫ぶと、前に躍り出ていた。
がっとぶつかり合う。
敢えて体格を同じにしてくれたタケミカヅチだが、とんでもない力だ。米俵複数を担いで走り回っていた僕だけれども、米俵何個分だこの重さ。
ドンと音がして、堅いはずの床が砕けるのが分かった。
組み合って、力が完全に拮抗する。
バキンと音がして、僕とタケミカヅチの間の床が、亀裂を走らせる。天井から、ばらばらと粉が降ってくる。
満面の笑みを浮かべているタケミカヅチ。
これは面白がっているな。
この神様、多くの神を武力で従えてきた凄い存在らしい。
今は力がかなり弱まっているようだが、それでも大国主命より戦闘力という点では格上だろう。
だったら、支援魔術なしで。
素の力だけで、上回りたい。
ぐっと押される。押される度に、がっと地面が砕ける。円の端まで、じりじりと押されていく。
本当に嬉しそうな顔をしているタケミカヅチ。
諏訪のタケミナカタに勝った時も、こんな笑顔を浮かべていたのだろうか。
僕は無言で踏み込むと、重心を下げる。ぐっと踏み込む。地面が更に砕ける。びりびりと、辺りの空気が振動している。
雄叫びを上げながら、投げようとするタケミカヅチ。
投げられるか。
踏み込みつつ、重心を細かく移動して、それに耐える。技術の問題だ。単純な腕力の問題ではない。
僕の得意分野は槍、剣、体術。
体術の訓練の際には、何人もいる引退サムライの師匠に、姿勢の重要さ。それに重心をどう移動するか。
それらの重要性を仕込まれた。
今、その全てをぶつけて相対しているタケミカヅチが、少なくとも喜んでくれている。そして、ぶつかってみて分かったが。
この神様が使っている技術、ずっと古くから変わっていない。
相撲は少なくとも、千五百年は東のミカド国で楽しまれてきた競技だ。
そして恐らく日本でも。
日本で磨かれた技術がどうなってしまったかは分からない。
だが、文化の発展を天使が封じていたとしても。
こういう細かい技術の発展まで封じていたわけじゃない。
それは、タケミカヅチの技術を肌で感じて、僕は理解していた。
そのまま、相手が掛けて来た力を逆用して、不意に力を抜き。態勢を崩させ、一気に逆に投げに懸かる。
それを即座に理解して、態勢を立て直し、さがるタケミカヅチ。そのまま僕は前に出る。ガッと音がして、また床が激しく崩れる。
はっと息を吐いた。
タケミカヅチも全身から汗を流している。
僕に押し返された。
それ自体を喜んでいる様子だ。そして、そのまま拮抗。均衡した力を、敢えて崩すが、今度は乗ってこない。
地面から引っこ抜こうと真上に力を掛けてくるかもと思ったのだが、どうやらそういうつまらんことはしないようだ。そういう事をしてくるなら、僕も空中殺法に移行するのだが。
右足を前に踏み込む。
さっと左に避けるタケミカヅチ。そのまま、投げようとするのを、重心を操作して堪える。
堪えつつ、投げに来たタケミカヅチの力を受け流し。
今度は流れるようにしてその力を通す。前のめりになったタケミカヅチは、それでも踏みとどまるが。
全ての力を一気に爆発させ。そのまま、円の中から押し出していた。
「其処まで!」
なまはげが叫ぶ。
おおと、サルタヒコが腕組みして頷いていた。
そのまま尻餅をつくタケミカヅチ。ガハハハハと、とても楽しそうに笑っている。僕も流石に疲れて、肩で息をつく。足ががくがくする。気を抜くと尻餅同然に座り込みそうだ。
見ると周囲は、高位悪魔と戦ったのとなんら変わらない状態である。それぐらい、無茶苦茶な有様だった。
怖れてノデッポウやスダマ達は、かなり遠くでこわごわ此方を伺っている状態だった。
「見事見事! わしも百戦百勝というわけではなかったが、それでもこうも実力伯仲の相手とやりあったのは久々よ!」
「いや、貴方が信仰を失っていなければ、負けていました」
「そう謙遜するな。 その場合はそなたも、もっと色々な達人に学び、もっと良質な戦闘を重ねていたかもしれん。 いずれにしても、約束は果たそう。 それにこの国の封印された神の場所を探してもいるのだろう」
頷く。
アメノウズメが、回復の術を掛けてくれる。それほど強力ではないが、少なくとも移動するには充分だ。
先の地下通路まで、三柱の神と、なまはげと妖怪達と一緒に戻る。
戻ると、カガが呆れていた。
「凄まじいな。 まさか相撲で古代神格に勝ったのか」
「相手が弱体化していたから出来ただけだよ。 本来の力が出ていたら勝てなかった。 でも、それでもタケミカヅチは良いって」
「そういうことだ」
「もの凄い音がしていたのですけれど、相撲って一体何ですの?」
勿論イザボーは相撲を知っている。その上で、相撲をしていたとは思えない音だったということだ。
まあ、僕も激戦の末に、周囲を見回して呆れたほどだ。
タケミカヅチもからからと笑っていた。
天使をヨナタンが呼び出して、皆を回復させる。
また妖怪達は逃げようとしたが、大丈夫だとサルタヒコが一喝。そうすると、落ち着きを取り戻す。
しばらく回復の術で体を休めながら、話を聞く。
タケミカヅチは僕を気に入ったらしく、知っている事を話してくれる。
「この六本木の地には二つの邪がある」
「二つ?」
「ああ。 一つは六本木ヒルズとかいったか。 南光坊天海なる坊主が守っている土地でな。 その下では、悪魔共が喜ぶような悪鬼の宴が行われておったわ。 今でもまだであろうな……怨嗟の声が、まだ伝わって来ておる」
それは恐らくだが。
阿修羅会が赤玉とやらを加工している場所なのだろう。
文字通り人間を加工していると聞いている。
許されない話だ。
タケミカヅチは一度其処へ足を運んだのだが、南光坊天海の展開していた結界に阻まれ、分が悪いと判断して引き返したらしい。
「必殺の霊的国防兵器であったか。 あれは元よりだいぶ強化されておる。 もしも突破するのであれば、少なくともお前達全員が、わしよりも強くなるくらいの気でいないと駄目であろうな」
「そんなに」
「それだけ邪悪の宴が阿修羅会だとかには重要なのであろうよ」
許されない話だ。
あのタヤマとか言う奴。いずれ必ず首を叩き落とす。
それを誓う僕に、タケミカヅチは更に言う。
「もう一つ、この近辺の市ヶ谷なる土地にまずいものがある」
「市ヶ谷って、確か阿修羅会が必殺の霊的国防兵器を集中して守りを固めているという話の」
「元はこの国の軍が守っていた土地であるよ」
イザボーに、タケミカヅチが言う。
それによると、こっちの方がまずいという。
タケミカヅチも正体がよく分からないそうだが、この闇に閉ざされた東京に力を供給している場所であると同時に。
恐らく天使達が強硬手段に踏み切った原因があるという話だった。
「あれは極めてまずい。 使い方によっては、恐らく世界の全てがよもつひらさかに飲まれるであろうな」
「日本神話における地獄のような場所の事よ」
バロウズが補足してくれる。
おいおいマジかよとワルターがぼやき。ヨナタンも頷く。あまり猶予はないようだと。
カガは話を聞いていたが。
やがて顔を上げていた。
「タケミカヅチ神。 我等ガイア教徒に力を貸していただけぬか」
「そなた等は……ああ、力こそすべてとか抜かしている」
「この東京で生きるには力が必要なのは事実だ。 だが、それを正しく皆が認識しているとは思えない。 貴殿のように、状況を正確に理解していて、しかもこの国の神格である存在の助けが必要だ」
しばしカガを見ていたが。
タケミカヅチは、ふっと笑って断ると言った。
不思議と。
カガはそれを受けて、悔しそうにはしていなかった。
「そなたらの事は知っておる。 妙な連中だとは思っていた」
「妙とは」
「力を全てとするなら、何故群れる。 力が全てと言いながら、そなた等は結局力ある存在にすがっているだけ。 それは方向性が違うだけで、この地に攻めてきた天使共の親玉……四文字たる神とやらを盲信する連中と、同じではないのか。 人間は群れて初めて他の生物と同等になれる生物で、個の力が全てなどと言うのはその強みを捨てた妄言だ。 誰かが勝手に振る舞えば人間の群れは容易に腐り瓦解する。 万年の歴史を経て、そんな事も理解出来ていない集団に、手など貸す理由はないわ」
「おお……分かりやすい!」
僕は素直に感心する。拍手までした。
僕がガイア教団に感じていた違和感を、タケミカヅチは全て表してくれた。
その通りだと思う。
ただ、其処からどうするかは。カガ次第だ。
「だいたいわしだって最強の神格でもなんでもないし、最強だとすればあの四文字たる神だが、奴も万能でも全能でもない。 もしも法の神を自称する奴が全能の存在であるのなら、奴が神々の指導者になった時点で、この世界は全てが法に律せられた秩序の権化のような世界になっていた筈だ。 そうなどなっていなかったことは、人であるそなたが一番よく分かっているであろう」
「……」
「悪い事は言わぬ。 悩みがあるのあれば、あんなばかげた集団は抜けろ。 わしから言えるのはそれだけだ」
「ありがたい。 悩み、全て晴れました。 悟りには程遠いですが、それでも生まれ変わった気分です」
カガはすっきりした顔をしていた。
そのまま、六本木のターミナルまで移動。
一時的にタケミカヅチ達三柱は、僕と契約してくれる。なまはげはワルターの手持ちになってくれるようだ。ノデッポウやスダマ達も、一旦契約して、神田明神まで連れて行く事になった。
「悪魔合体で核を作り出してくれれば、分霊体としてなら力を貸そう。 我等の本体は、一度神田明神に結集して、それで他の封印された神々の居場所を探らなければならぬ」
「あんた達を呼び出せたら心強い。 すぐにでもそうなってやるぜ」
「頼もしきますらおだ」
サルタヒコが、ワルターにそう言って微笑む。
カガはこのまま、一旦シェルターに行くと言う。
その前に。
スマホから、カガは連絡を入れていた。ガイア教団にだ。
抜けると言っていた。
ガイア教団は、抜ける相手には興味を示さないらしい。負け犬として扱い。負け犬はどうなろうと知った事ではないらしい組織だそうだ。
スマホでの通話を切ると、カガは片手をあげてお経を唱えていた。
ごく短いものだったが。
「これで私はガイア教徒ではない。 以降君達と一緒に戦わせて貰う。 後輩という形になるのかな。 よろしく頼むぞ」
「貴方がいればとても心強くてよ」
「そうか」
イザボーとカガは握手をかわす。
そして、ターミナルで一度別れる。カガは新宿のターミナルに登録しているらしく、其処からシェルターに向かうようだった。
それなら、僕らもそれを護衛する事にする。
シェルターのターミナルから神田明神は近くにある。
カガが今後戦力になってくれるなら、護衛して送り届ける価値はある。勿論即座に信用する訳にはいかないが。
あれだけの事をして、スパイと言う事もないだろう。
帰路、シェルターに連絡をする。
鹿目がカガとは一時期組んでいたらしく、また鹿目もガイア教団から抜けた過去があるらしい。
それを聞くと色々と思うところもある。
ガイア教団との関係悪化を防ぐ必要はあるにしても。
いずれにしても、少しずつでも、状況を改善しなければならないのは事実で。
カガほどの強者が加わってくれるのであれば。
それはとても良い事なのだと、認識しなければならなかった。
3、四天王の居場所
志村は秀と、ナナシとアサヒ。他数名とともに、幾つかの寺を見て回っていた。
江戸幕府が開かれたとき、一応あった方が良いと判断されたのだろう。陰陽五行説に基づいて、霊的要地に寺が建てられた。
仏教の四天王。
道教の五神。
それに調べると、仏教の天部の一角摩利支天も此処に配置されているという。摩利支天は暁を司る女神で、道教では西王母と同格の存在として扱われた高位神格だ。もしも敵対したら面倒な事になる。
上野近辺の寺から見て回る。
近付いただけで、一寸法師が警戒の声を上げていた。
「皆、止まれ!」
「どうやら何か起動しているようだな」
秀が手札を切る。
何体かの悪魔が寺に近付くが、即座に制御を失ったようである。すぐに消えてしまった。
なるほど、これは想定外だ。
「人間が近付いても大丈夫でしょうか」
「いや、止めた方が良いだろう。 これは人間の欲望を最大限まで増幅させる妙な結界が展開されている。 今は破ろうとか考えずに、性質だけ調べて他を見て回るべきだろうな。 他にも何カ所か見て回らなければならないのだろう」
「そうですね」
「なるほどな。 一箇所に固執せずに、全体をまず調べてから戦略を練るんだな」
ナナシが感心して、秀の言葉をすぐに飲み込んでいた。
理解が早くていい。
戦闘をこなしていく内に、ナナシは急激に成長している。
雑多な依頼をこなしながら、日銭にしがみついている人外ハンターだとこうはいかない。戦闘力は上がるかも知れないが、ただそれだけだ。
ナナシは戦略的判断が必要な局面に毎日のように直面して、どう決断するかの実例を見続けている。
それはアサヒも同じだ。
成長が早くなるのも道理だろう。
途中で連絡が入った。
なんとタケミカヅチを発見したらしい。これから神田明神に向かうのだそうだ。それは心強い話だった。
二つ目の寺に到着。
此処も変な結界が貼られている。
触れるだけで危険だと秀が言うと、ひっと声を上げてつれて来ていた人外ハンターが腰砕けになる。
まあ、それは仕方がないだろう。
ただ、今まではそんな危険報告はなかった。
これらの結界、ごく最近に展開されたものなのかもしれない。
しかしながらそもそもこういう場所は、今までは調べる余力すらなかっただけの話でもあるため。
誰も報告を挙げてこなかった。
それだけなのかも知れなかった。
「なあ、秀さん」
「どうした」
「あの寺、強い気配とかやっぱりあるのか」
「あるにはあるが、結界の方が強い気配を放っているな。 出来るだけ近付かない方がいい。 相手が悪魔ならまだ戦えるが、こういうのは即死トラップに近い。 欲求の制御をしていないような人間が近付くと、一瞬で発狂死するぞ」
ぞっとしたようで、ナナシはさがる。
それでいい。
恐怖を持たない奴は死ぬだけだ。
恐怖を制御出来る奴が強いのである。
志村も警戒をしながら、次へ。
途中、悪魔と何度も交戦する。志村自身も、この年になってから更に腕が上がっているのが分かる。
ナナシとアサヒは成長がとても早い。
此処では必要ないと判断したのだろう。秀は手を出さずに、周囲の警戒を続けてくれていた。
ターミナルで飛んで移動。ただ、ターミナルで鹿目が戻った。なんでも生理痛が来たらしい。タイミングが最悪だが、こればかりは仕方がないだろう。
三つ目の寺に来たが、此処もだ。
「やはり結界が貼られている」
「そういえば秀さん、そういうのは詳しいのか」
「私の周囲では妖怪と呼んでいたが。 妖怪が自分の力を増すために結界を貼って、エサ場を作る事は私の時代からよくあった。 それに空気が似ている。 神と妖怪ではだいぶ性質が違うし、結界の性質も自己強化ではなく相手の精神の暴走という差はあるが、いずれにしても人間を殺しに懸かっている点では同じだ。 いや……」
秀が目を細めて考え込む。
何か気付いたのなら言ってくれると助かるが。
やがて秀は、小首を傾げる。
「地獄で神仏とあった事はある。 どうもそれらが、此処には近づけまいと結界を貼っているように思ってな。 ただ意図が分からん。 こんな危険な結界、人間が踏み込んだら死ぬ事くらい、神仏なら分かるだろうに。 それともまっとうな神仏ではないということか?」
「他も調べましょう」
「ああ。 だが気を付けろ。 周囲へ警戒を怠るな」
そのまま次の寺を調べる。
これでとりあえず四つか。
いずれもが結界を張られていたようで、それだけで調査としては充分である。連絡が来る。
小沢からだった。
「志村か、無事か」
「トラブルか」
「ああ、交戦中だ。 今座標を送る。 クソッ、このままでは逃げ切れない!」
小沢ほどの手練れが。
即座に座標を確認。
小沢は周辺で神田明神を脅かす大物がいないか調査してくれていたのだが。近くも遠くもない。
とにかくシェルターに連絡を入れる。
すぐにサポートのチームが動く。ドクターヘルが編成してくれた電子戦部隊が、常に動いているのだ。
今は引退した人外ハンターや、あまり体が丈夫ではない人間が、ドクターヘルがつないで作ったサーバに搭載したAIの支援で動いている。即座に其方から連絡が来る。
「現在一番近いのが志村さんと秀さんのチームです! 野良の人外ハンターに救援を要請するも、救援できる人材がおらず……」
「分かった、仕方がない。 奥の手だが……」
秀が手札を切る。
それは車……牛車か。牛車から、恐ろしい顔が覗いている怪異だった。
「私を含め、二人だけしか乗れない! 此奴は暴れ馬でな!」
「……ナナシ、行ってくれ。 連絡先にいるのは、恐らくかなり手強い悪魔とみていい。 手持ちが不安な私と、狙撃戦専門のアサヒは行っても役に立てないだろう。 我々はそのままシェルターに戻り、支援を追加して其方に向かう!」
「分かった!」
見ると、幽鬼朧車と記されている。
そういえばその名前を前に秀が出した事があった。これがそうか。確かに常にガタガタと揺れていて、かなり気性が荒そうな悪魔だ。
志村もアサヒと人外ハンター達を急かして、シェルターに戻る。後は秀とナナシに任せるしかない。
志村は志村で、情報を持ち帰る必要がある。
今は手が足りない。
とにかく、確実に情報を持ち帰り。出来るだけ被害を減らしながら、悪魔と戦っていくしかないのだ。
秀という人とバディで行動するのは初めてだ。
朧車という悪魔は、屋根に秀とナナシを乗せると、凄まじい勢いで爆走を開始した。二輪しかついていないが、もの凄い暴れっぷりだ。
「な、なんなんだ此奴!」
「日本の古い妖怪だ。 私は平安時代に此奴を式にした」
「平安時代!?」
「そうだ。 私は時代を渡って、ある存在……全ての鬼の始祖と戦ったんだ」
すげえ。
素直にそんな声が出る。
秀の戦闘力は間近で何度も見ている。本人も強いが、呼び出す悪魔の実力も生半可ではない。
そしてこの速さ。
飛ぶ悪魔でも、此処まで出るかどうか。
凄まじい叫び声をあげながら、朧車という悪魔が走る。ナナシは急いでスマホを確認。風圧が凄まじくて、操作に一苦労だ。
「もう少しで接敵する!」
「よし、跳躍したら飛び降りろ!」
「えっ! 分かった!」
ばっと朧車が飛ぶ。それはエサを求める猛獣のような動きだった。ナナシは飛び出すと、悪魔を呼び出す。
呼び出した鬼達をクッションにして、着地。
飛んでいった朧車は、必死に円陣を組んで守りを固めている小沢さん達の部隊を囲んで嬲っている悪魔……なんだか大きな人型の肩にかぶりつくと、そのまま噛み潰していた。悲鳴を上げる悪魔が、鮮血を噴き上げながら横転する。
何事かと振り返った悪魔達は、どれも雑多な姿をしていて、統一性がない。
どこの悪魔だあれら。
とにかく大剣を手にし、身を起こす。鬼達に突貫を指示。荒々しい鬼達は、おおっと叫んで、突っ込んでいく。
小沢さんは相当な腕利きだ。あんな雑魚相手に苦労するとは思えないのだが。ともかく走っていって、暴れ狂っている朧車に追いつく。朧車は車の部分から恐ろしい顔を出すと、悪魔に食いついて、車の中に引っ張り込んだ。悪魔の肉片が車から飛び散る。内部で喰らってやがるんだ。
なるほど、これは暴れ馬だ。近付かないように気を付けないと。
大剣を振るって、傷ついている人外ハンターを掴んで、かぶりつこうとしている悪魔の頭に叩き込む。
頭を唐竹にはいけなかったが、それでも殴られた悪魔が態勢を崩し。左右から鬼が組み付く。
鬼を押しのけるほどのパワーの持ち主のようだが。
それでも倒れた所に、飛びかかったナナシが大剣を叩き込むと、それで動かなくなった。
次。叫びながら顔を上げる。
円陣を囲んでいた悪魔が、朧車に蹂躙されている。小沢さん。叫んで円陣に飛び込むと、酷い負傷をした人外ハンターと。瀕死の悪魔達。小沢さんは。
上。
秀が戦っているのは、高位の堕天使だ。
小沢さんは、至近に着地。息を切らしていた。
「助かった。 もう少しで全滅する所だった」
「あいつは……」
「堕天使アリオク。 復讐を司る堕天使で、相当な高位悪魔だ。 オリアスは恐らく、彼奴に派遣されて、神田明神を監視していたんだ」
ぐっと呻いて膝をつく小沢さん。
この人が志村さんやニッカリさんと同じくらいの使い手で、まだナナシが及ばない事は理解している。
とにかく悪魔を出して、回復を。
近くで着地した秀。雑魚をバリバリ喰らっていた朧車を即座に引っ込め。朧車がいた地点に、アリオクが着弾。
肉の鞠のような姿かと思ったが、違う。
全身が口なんだ。
手足と頭はあるが、それはそれとして体に縦に裂けた口がある。
見ると、右手を食い千切られたらしい人外ハンターが、瀕死の状態だ。回復を急がせる。手を失うことは東京では珍しい事では無い。
シェルターに担ぎ込めば助かると思いたい。
おかしな話だ。
前は自分さえ良ければ、どうでもよかったのに。
自分一人では何もできないと悟ってから。こんな風に、他人の事を考えられるようになっていた。
「もう少しこの国の異神が集まってから、まとめて食ってやろうと思っていたのだがな……お前、この国の悪魔の祖に近い存在だな?」
「正確には少し違う。 祖だったものは呪いから解き放たれ、既に歴史は変わったのでな」
「面白い、時を渡るほどの者か。 ならば我が獲物として相応しい。 我が名はアリオク! 復讐の堕天使よ! 狩らせて貰うぞ、異神の血を引く者!」
「そうか。 では参る!」
秀が短刀の秀という文字を見せると、アリオクがふっと笑い、剣を手に出現させる。
あんな寸胴の体で剣なんて振るえるのか。そうナナシは思ったが、全身を回転させつつ、秀に即座に襲いかかるアリオク。
なるほど、回転しながら相手に打撃を叩き込み続けるのか。秀の超絶の剣技でも、生きた回転のこぎりを相手にして、どこまでいけるか。
周りは鬼達が掃討を終えてくれた。すぐに手近に戻す。これは、雑多に散らせて各個撃破されるのを避けるのと。倒れている人外ハンターを守るため。
そして、切り札を出す事にする。
あの堕天使アリオク、ざっと調べたが非常にまずい。レベル判定が戦闘を避けろという意味の赤判定、それも真っ赤っかだ。悪魔召喚プログラムは相手の危険度をある程度判定できる。
そしてそれが外れたのをナナシは見た事がない。
ナナシだけだったら絶対に勝てない。だが、いまはナナシだけではない。
回転しつつ、跳ねて更には空中で機動して、変幻自在の攻撃を仕掛けるアリオク。それも、時々口をがっと開いて、真上から強襲まで仕掛ける。
半分悪魔化する技も使って、猛攻を凌ぐ秀だが、あれはまずい。
明確に押されている。
あの人でも単騎では厳しいか。ならば、周囲が助けるしかない。
呼び出すのは、かなり厳しいと思っていたが。
それでも、今だったら。
ともかく、支援が来るまで耐えないといけない。
「来い、ゴズキ!」
ナナシが吠えると同時に、全身の力を吸い尽くされるような虚脱感。鬼達がおおっと声を上げる中。
ずっと体格が優れた、ナナシに武芸を叩き込んでくれた師匠の一人。
牛の頭を持つ地獄の獄卒、妖鬼ゴズキが出現していた。
ゴズキは秀を押し気味に戦っているアリオクを見てぼやく。
「これは厄介な相手とやりあっているな。 一瞬程度しか足止めできんぞ」
「一瞬でいい! あの人だったら、一瞬で形勢を逆転してくれる!」
「分かった。 どうやらそのようだ!」
地面を踏みしめると、突貫するゴズキ。
同時に苦手意識のある長物を、側の倒れている人外ハンターから借りる。
狙撃は成功させた試しが無い。
だから、今は当てる事は意識しない。
小沢さんも銃を構えている。
ナナシは頷くと、ゴズキが突貫を仕掛けた瞬間を狙う。
ゴズキが、上から秀を飲み込みに強襲を仕掛けたアリオクに組み付く。アリオクは鼻で笑うと、ゴズキを瞬時に胴斬りで真っ二つにしていた。
ほんの一瞬だけの隙。
その瞬間、ナナシは小沢さんと一緒に弾丸を叩き込む。
普通の弾丸ではなく、あの霊夢という人が作った対悪魔用の強烈な奴だ。直撃したのは、一発だけ。
小沢さんの撃った弾丸。
それが僅かにアリオクの顔を抉った。ナナシのは首側を外れた。だが、掠めたというのに意味がある。
ちっと舌打ちした瞬間、アリオクは気付いただろうか。
真下にいる秀が、大砲に武器を切り替えた事に。
まさに一瞬の隙に。
アリオクの腹の口に、大砲が突っ込まれていた。
「死ね」
ドゴンと、もの凄い砲撃音。大砲が炸裂し、アリオクが頭上に吹っ飛ばされる。なんと貫通はしなかったようだが、あれで痛打にならない筈がない。事実、アリオクは全身が破裂同然の有様だった。
血を吐き、剣を手放し、そして地面に背中からたたきつけられるアリオク。秀は呼吸を整えつつ、火縄銃に切り替えると、更に追い打ちの射撃を叩き込む。アリオクの体に二発。大穴が空いた。ぎゃっと叫びつつ起き上がるアリオク。全身から血を噴き出しながらも、凄まじい鬼の形相を作り出す。
まだ死なないのは、流石と言う他無い。
「おのれ、雑魚どもが! 達人との戦いに水を差しおって!」
「いまだ、一斉にかかれっ!」
鬼達が、アリオクに襲いかかる。アリオクは鬼達を鬱陶しそうに見つつも、秀からは注意を外さない。
その時。
アリオクの頭が、消し飛んでいた。
横殴りの射撃。
流石にそうなってはどうしようもない。
巨大な腹の口から、だらんと舌を垂れ流しながら、横倒しに倒れるアリオク。その姿が、マグネタイトになって散って行く。
今のは、確か。
こっちに来る、なんか凄い車。
直している最中の歩兵戦闘車という奴だ。
それに据え付けられているのは、最近の戦いで二度も戦果を上げたレールガンという凄い銃。
歩兵戦闘車は凄い速度で走ってきて、側で止まった。悪魔が引いていない。ということは、戦前に車を走らせていたガソリンとかいうのが手に入ったのか。阿修羅会が、僅かな残量を独占していると聞いていたのだけれど。
歩兵戦闘車から顔を出したのは、ドクターヘルである。
「カカカっ! 作ったばかりのなけなしのガソリンで走らせた甲斐はあったな。 レールガンを移動しながら射撃する試験もついでにできたわ」
「ドクターヘル、内部が狭いですよ……」
「それくらい我慢せい! 今後改良してやるわ! まずはこの偉大な発明の完成を喜ぶんだな!」
助手らしいのが、中で泣き言を言っている。
歩兵戦闘車の後方が開いて、すぐに医療班が出て来た。
どうやら間に合ったらしい。
「腕を失った奴がいる!」
「分かった! 止血! ショック状態か確認!」
「悪魔はすぐに引っ込めて!」
遅れて来たのは装甲バスだ。志村さんが乗っている。アサヒも。
また、回復魔術を使える悪魔を既に召喚していて、範囲の回復を始めていた。こういうのは手伝えない。
ナナシは座り込むと、悪魔達を戻す。
やっと召喚できたゴズキだけれど、本当に一瞬しか活躍させられなかった。だが、決定打を作る事に成功した。
一瞬に、これだけの蓄積が必要になる。
それは運が大事になるし。
それに、どんな達人だって一瞬で死ぬよな。
そうナナシは理解して、大きなため息をついていた。アサヒが走ってこっちに来る。こけそうでちょっと不安になった。
「ナナシ! アリオクなんて超大物相手で、助かって良かったよ!」
「俺は一瞬時間稼いだだけだ。 殆どは秀さんだよ」
「それでも立派だ。 アリオクが回避するように敢えて苦手な射撃をしたのは、戦士としてすぐれた判断だった」
「それはどうも。 もっと優れた行動を出来るように、腕を上げないとな」
小沢さんが褒めてくれたが、ちょっと素直じゃなかったかも知れない。
だが、小沢さんは怒る事もなく、苦笑いだけしていた。
もっと素直にならないと。
もっと強くはなれないな。
ナナシは装甲バスで戻りながら、そんなことを考える。帰路は流石に、これ以上は問題は起きなかった。
集まった情報。
更には神田明神に移動して貰った日本神話の神格三柱。まだ疲れが残っているようだが、起きて来た霊夢とともに会議をする。
そろそろこの主要メンバーにナナシとアサヒを加えてもいいかとフジワラは思い始めている。
だが流石にまだ未熟か。
サムライ衆の四人は、完全に馴染んでいるが。
それは彼等との利害が一致しているから。
手伝って貰ってばかりだが、いずれこちらからも手伝わないといけないだろう。そうフジワラも考えていた。
「情報の収集が終わったら、一度神田明神に行ってくるわ。 恐らくだけれども、タケミカヅチやサルタヒコだったらある程度の情報は持っているはず。 封じられた神々の情報があれば、探索は楽になる筈よ」
「タケミカヅチはよく分からないって言っていたよ。 それでも大丈夫?」
「そうでしょうね。 だけれども、その「よく分からない」から情報を抽出できるものなのよ」
フリンに対して、霊夢はそう答える。
ただまだ疲労が大きいようで、それだけ言うと黙り込んでしまったが。
ともかく、成果をまとめる。
格から言っても恐らくアリオクは神田明神を狙っていた最高位の悪魔とみて良い。天使がこの国の神を封じたのは事実だが、しかしながらこの国の神が封じられている方が、堕天使としても都合が良いからだ。
そういう点では。利害が一致していると言える。
必ずしも天使は堕天使と一緒に作戦行動できないというわけでもないのだ。特にこういうケースでは、天使の成果を堕天使が横入りでいただいているというような状態だったと言える。
今回の神田明神関連の作戦行動では負傷者も出たが、それ以上に得た者は大きかったし。何よりも、何度か遭遇例があり、多くの人外ハンターが殺され食われていた堕天使アリオクを仕留めたのは大きい。
アリオクは数少ない遭遇例とそれらでの会話から、ルシファーからかなりの地位を任されている事が分かっている。伝承としてはそれほど明確な原典や信仰のある堕天使ではないのだが、それが逆に強さにつながるのかも知れない。似たような例としてはフルーレティが存在している。
残念ながら霊夢やマーメイドが戦闘に参加したわけではなく、とどめもレールガンによるものだったので、魔術的な観点から完全に滅ぼせたわけではないだろうが。
それでも簡単に復活もできないだろう。
今はそれでよしとするべきである。
殿が咳払いして、次に話を進める。
「まずは情報を集めてからだな次の行動は。 甲賀三郎を仲魔に出来そうか」
「今私とツギハギで試していますが、少し厳しいですね。 必殺の霊的国防兵器として管理しやすいようにする過程で、相当な高レベルで複雑な呪術を使って甲賀三郎を縛っていたようでして。 本来は私とツギハギの全盛期でも及ばないレベルです。 アキラがいたのなら、どうにかなったのかも知れませんが」
「その呪術の詳細はわからないかしら」
「残念ながら。 ただ、無理に召喚しても荒神として暴走するだけです」
殿が少し考え込んでから、銀髪の子がスマホを取りだす。
何か調べているが、やがて秀を見て顔を上げていた。
「秀よ、そなたでも駄目か」
「試してみる。 ……悪魔召喚プログラムでは駄目だな。 私も自分より強い相手は式には出来ない」
「やむをえん。 阿修羅会に対しての圧力は一旦此処までとして、日本神話系の神々の復活と、更にはフリーランスになっている人外ハンターの取り込み、友好的な悪魔との関係構築を急げ。 ノゾミという人外ハンターが何やら妖精達と友好を深めていると聞く。 志村は雑魚ばかりを見たというが、必ずしも雑魚妖精だけが集まっているわけでもあるまい。 もう少し情報を集めて、協力できそうならば共闘を持ちかけよ」
「はっ」
志村が立ち上がると、すぐに動く。
フリンが挙手。
「手詰まりだとすると、僕も神様の封印解除を手伝うよ。 阿修羅会がまだ現在進行形で人々を苦しめているのは分かってる。 そっちは人外ハンターでどうにかできそうだという事だし。 かといってガイア教団に攻め入るのは無謀すぎる」
「それなんだがな、ガイア教団のユリコにあうことだけなら出来るかもしれん」
「……いや、それについては先送りにさせてもらうね。 あった所でまだ斃せる実力じゃない。 話題に上がった甲賀三郎が手持ちにいるくらいなら、話は別かも知れないけれど」
「同感だ。 彼奴は実際に戦って見たが、想像以上に得体が知れねえ。 今は力を蓄える時だ」
ワルターもそれに同意して、ヨナタンも頷く。
イザボーも提案してきた。
「わたくしたちはかなり力もついてきましたし、危険度が低い任務であればツーマンセルで行動しても恐らく問題はありませんわ。 手数を倍にして行動して、更に問題解決速度を早めましょう。 サムライ衆の中からも、信頼出来そうな面子に声を掛けて、協力するのも良いでしょうし」
「殿、如何なさいます」
「フリン達が信頼出来る事はわしが見届けている。 そうだな。 ではフジワラよ、そなたが頼む任務について割り当てよ。 良質な戦闘を重ねて、今は少しでも戦闘経験を積み、マグネタイトを吸収するべきだ。 それはわしもこの娘も例外ではない」
後は幾つか細かい話をして、場は解散となった。
フジワラは嘆息すると、情報を確認する。
フリン達は一度まとまって霊夢とともに神田明神に。これはアリオクが倒れたとはいえ、堕天使達がまだ仕掛けてこないとも限らないし。
なんならそれ以外の悪魔だって仕掛けて来る可能性があるためだ。
事実直近で、ケツアルコアトルやショウキといった、南米系、中華系の神格がそれぞれシェルターに仕掛けて来ている。
あれらは堕天使ではない、どちらかと言えば本来は中立にいる神々だ。それが仕掛けて来たという事は。
幾つかの報告が上がっている、「蠢動している連中がいる」という話の。そのまさに当人の可能性がある。
もしもだが。
本来中立である外来種の神々が、何か目論んで行動しているのだとすれば。
神田明神に日本神話系の神々が集まることは、好ましくない筈だ。
専門家の霊夢が徹底的に調べることで、罠があっても防ぐ事が出来るかもしれない。
幾つか細かい指示を、志村と小沢に出しておく。
ニッカリにも手を借りたいが、今ニッカリは池袋から回収した半人前以下の人外ハンターを鍛え直している。
といってもスパルタなどではなく、雑魚悪魔から相手させて、それで戦いの勘を掴ませている感じだ。
無理をさせても死ぬだけで。
今の東京では本当に簡単に命が消し飛ぶのである。
関聖帝君が来る。
包拳礼をした。関聖帝君が来たと言う事は、何かしらの重要事があったのだろう。
「関羽将軍、如何なさいました」
「ナナシという者にわしが修練をつけてやろうと思ってな。 許可を貰えるか」
「最近はゴズキに十五回に一回一本を取れるようになって来ていると聞きましたが、アリオク戦ではゴズキが一瞬しか時間を稼げなかったと聞いています。 まだ関羽将軍が修練をつけるのは早いのでは」
「いや、実戦形式のものではなく、軍学を仕込もうと思っている。 あれは貪欲に軍学を学んでいるが、多数の師から学んだものを独学でまとめている。 この辺りでそろそろ体系化した軍学を学んでもいいだろうと思ってな。 元より戦闘の適性は高く、それに体系化された知識を得れば鬼に金棒という奴であろう」
少し考え込む。
シェルターで子供達を守ってくれている関聖帝君は、非常に頼りになる守護悪魔だ。子供達も赤い顔のおじさんと呼んで慕っている。
関羽の側には周倉もいる。
周倉は幻魔に相当するようだ。当然の事で、実在の人物ではないのだから。ただ、神格となった関羽は、今の周倉を信頼しているらしく。
周倉も守護人格としてまっとうに振る舞ってくれているが。
「子供らの世話は周倉にも手伝って貰う故問題はない。 どうだ、あのナナシは恐らく今後東京の未来を担う使い手になるが」
「……分かりました。 ただしナナシは気が難しく、関羽将軍に無礼を働くかも知れませんが」
「かまわぬよ。 わしも生前の最後で、傲慢に振る舞う事の愚を悟った。 多少勘気が強いくらいの方が、戦場では強くなれよう」
これは賭だな。
フジワラは思う。
関聖帝君の指導となれば、ナナシは更に伸びる。
だが、ナナシはかなり傲慢で自信家だ。素直に座学を受けるかどうか。
しばしして、フジワラは決断していた。
「分かりました。 ただしアサヒもお願いいたします」
「ふむ、あの者も有望であるな。 では二人まとめてわしが指導してやろう」
「ははっ」
包拳礼をして、後を頼む。
さて、他には。
雑多な問題がある。幾つかは各地の人外ハンター協会に依頼として出す。また、六本木に明確に影響力のくさびを叩き込んだ事もある。
甲賀三郎が……必殺の霊的国防兵器が阿修羅会の手を離れ。
タヤマ自慢のタワマンが内側から大穴を開けられたことは、六本木の住民からも既に知れ渡っている。
其処でライフルの野田を初めとする手練れを、六本木に常駐させ。
阿修羅会が子供などをさらってきた場合は、ヒルズに連れ込む前に対処できるように事前に諜報網を張り巡らせる。
生半可な人外ハンターの場合は、すぐに殺されてしまうだろうが。
手練れの人外ハンターは悪魔を連れていて、今の弱体化した阿修羅会の悪魔使い程度だったらどうにでもなるし。
常時悪魔を展開していれば、ライフルで狙撃されても対応できるし、ブービートラップの類も事前察知できる。
野田くらいの実力者なら問題ない。
他にも何人か今経験を積んで貰っている。
同じ程度の実力にまで育ったら、六本木に言って貰うべきだろう。
もう一つ課題がある。
銀座だ。つまりガイア教団。
フリン達はまだ無理だと固辞したが、いずれは衝突する可能性が高いガイア教団である。
東のミカド国でユリコがやらかした事を考えると、東京でも何かしらとんでもないことをやらかしても不思議では無い。
弱者は死ね。
それがガイア教団の基本的な思想だ。
大戦前は、似たような考えをする人間が大勢いたなと、フジワラは寂しい気持ちになる。
大戦が起きて良かったなんて事は絶対に思わないが。
あのまま歴史が進んでも、大戦は別の形で起きていたのかも知れないとは思う。
セト級の悪魔が数体いるとなると、やはり突破口はこの国の神々の復権。
今は。それに全力を投じるしかないだろう。
幾つかのメールを送って、人外ハンター協会の各地の支部に指示を出しておく。それが一段落したら、シルキーにインスタントの紅茶を淹れて貰う。
緑茶の茶葉は少しだけサムライ衆に持ち込んで貰ったが、使うつもりは無い。
それよりも、地下の工場の復旧が第一だ。
鶏卵が市場に出回り始め、値段も一気に下がって行っている。野菜類に加えて鶏卵が出回り始めたことで、かなり各地で暮らしている人々の栄養状態が改善されており、それを進めていく必要がある。
幾つかの手を打っていると、くらっと来た。
長年酷使している体だ。限界だな。
そう思って、休む。
幸いというか、このシェルター内なら安心感がある。後は全て任せて、一休みする。
酒が欲しいと思うが。
医者に診察して貰った所、やはり体中にガタが来ている。ツギハギにも出来るだけ急いで診断に来るようにと、医師は言っていた。
酒も控えるべきかな。
そうなると、インスタントの紅茶しか楽しみがなくなる。コーヒーはインスタントすら貯蔵が尽き掛けていて。
地下の工場でも、生産ラインにはまだ乗っていない。
寂しい話だな。
そうフジワラは思った。
皆の幸福度が上がり始めているが。
個人では、まだまだ我慢をしなければならない状態なのだと、こう言うときに思い知らされるのだった。
4、次の神格を探せ
神田明神で、霊夢が神楽舞というのをやっている。
居着いたタケミカヅチが大喜びして手を叩いており。アメノウズメやサルタヒコが、目を細めて見守っていた。
僕としても、腰を据えて見る機会は中々なかった。この間大国主命への神楽舞を見た時はちょっと距離が離れていたし。
たんと踏み込んで。そしてパンと手を叩く。
それで神楽舞が終わった。
霊夢がスポーツドリンクを一気に飲み干している。疲れがまだ取れていないと言う話だが。
今は此処しか突破口がない。
霊夢には疲労を押して頑張って貰うしかないのである。
幸い、少しずつ確実に五神が力を取り戻していることもある。シェルターの守りは、既に生半可な悪魔では全く歯が立たないものになりつつあるらしい。
誰かしら英雄が一人守りについていなくても、いずれは良くなるかも知れない。
そういう話も出ていた。
「それで、どうかしら。 神楽舞を奉納したけれど」
「有り難い事に力が戻って来ている。 後は神酒があれば言う事もないが」
「あたしが飲みたいくらいよ。 今は医療用のを生産するのでやっとだそうよ」
「そうか、民草も苦労しているのであるな」
タケミカヅチが腰を上げる。
そして、何やら魔法の言葉で唱えていたが。印を切るというのか、それをすると。
ぱっと辺りが一瞬だけ光っていた。
「今の神楽舞で受けた奉納の力、それに集い始めている八百万の神々の力を少し借りて調べて見たが、比較的封印が緩いのは八咫烏であるな。 太陽神としては天照大神よりだいぶ格下であるし、天使どもも封印は適当に済ませたのであろう」
「八咫烏は分霊体があたしの故郷で色々問題を起こしてね、良い印象がないわ」
「そうかそうか。 まあ霊格は腐っても太陽神で高いからな。 直に見ると気が触れるというくらいだ。 気を付けよ。 場所は……」
天王洲と、タケミカヅチが言う。
天王洲。なんだか聞いた覚えがある場所だが。
それを聞いて、霊夢がちっと舌打ちしていた。
「知っている場所?」
「800人近くが餓死しかけていた場所よ。 何となく読めてきたわ。 あの事件、ひょっとすると、太陽神が封じられた土地で、800人に達する怨念を集める事で、大物の神格を呼び覚ます目的があったのかも」
「おいおい、穏やかじゃねえな。 どうせそんなので呼び出されるのはあの西王母みたいなカスだろ?」
「必ずしもそうとは限らないけれど、どうせ荒神として蘇っていたでしょうね。 一神教の神への怒りだけ募らせて暴走状態になった、過去の誇りなど忘れ去った愚かな存在にね……」
霊夢が戻ると言い出す。
この様子だと、霊夢が休むのはしばらく無理か。
装甲バスでシェルターに急ぐ。飛んでいかないのは、それだけ消耗が大きいから、らしい。
途中で装甲バスとすれ違う。
志村さんと秀が乗っていたようだ。気配でわかった。
先の会議で話題になった、神田明神近くで暮らしている手練れの人外ハンター。其方と話をつけに行くらしい。
今は野良の人材を遊ばせておく余裕はないらしく。
一人でもそういった人材を取り込む必要があるって殿が言っていたっけ。
帰路で先に幾つか話す。
天王洲には水路で行くのだが、途中の水路ではガンガーという強力な龍神が縄張りを作っていて。それを突破する事が必須になる。
ガンガーは天王洲事件の時に人々に信仰を求め。
人々にはガンガーの像を配って感謝するようにさせているが。ガンガーとはしばらく会っていないので、満足しているかは分からないそうである。
最悪血を見る。
そういう話だった。
神楽舞の分の休憩をすると霊夢が個室に消える。出来たばかりのスポーツドリンクを鷲づかみにしていった。
相当に機嫌が悪い。
疲れが溜まれば、それは機嫌も悪くなるだろうなと、僕も苦笑を禁じ得ない。
先に色々やっておくか。
貰った古いPCなどがあるので、それを東のミカド国に運んでおく。
これらについては、悪魔が入るも何も、中身はまっさらにして。OSを再インストールしたとドクターヘルが言っていた。
バロウズが補足していたことによると、記憶を全部消して赤ん坊と同じ状態にしたらしい。
まあ、それなら東のミカド国に持ち込んでも、悪魔が出て来て暴れる事はないだろう。
ただ問題もある。
ギャビーがしびれを切らして、サムライ衆に酷い事をしだす可能性だ。
「戻り次第、僕が人伝手を使って色々情報を集めるよ。 こういうのは、人脈がある僕の方がやりやすい」
「面倒な話ですわ」
「そういえばイザボーはそういうのは苦手なのか」
「ちょっと苦手ですわね。 うちの家族は変わり者でしてよ。 悪い意味でね」
イザボーが言うには、そもそもラグジュアリーズの悪い所を煮詰めたような家だそうである。
長男に期待して権力を得ることだけを考えていて、イザボーは完全に放置。
ラグジュアリーズをいいわけにして、この世の悪徳の全てを煮詰めたような両親をみて育ったから、イザボーはああはなるまいと、自分で自分を徹底的に律したとか。
幸い、イザボーの境遇を見て同情したじいやとばあやがマナーを徹底的に仕込んでくれたこともあり。
今では何処に出しても恥ずかしくないレディになったと自負できるそうである。
その一方。腐りきった両親に際限なく甘やかされた兄は、彼方此方で問題を起こしまくっていて。
この間ついにサムライ衆に捕らえられ。投獄されたそうだ。
皮肉にも、ギャビーが大なたをふるってラグジュアリーズの権力を削り取っているのが影響しているそうだ。
そうでなければ、投獄さえされなかったとか。
「帰ったら家がなくなっているかも知れませんわね。 その時には、わたくしはいっそ此方に骨を埋めますわ」
「いいじゃねえか。 俺もこっちに骨を埋めるのは悪くねえと思ってるし」
「あら、珍しく気があいますわね」
「はっはっは、全くだな」
ワルターとイザボーがそんな話をしていて、僕は苦笑い。
ともかく、戻るよと声を掛けて。そして戻る。
やはりかなり時間が経過していて、もう冬になっていた。東のミカド国ではサムライになってから三年目が終わろうとしているようだ。
僕達だけが年を取らず。
居残り組だけが年を取っている。
隊舎で手紙を見る。
イサカル兄ちゃんに子供が出来たらしい。元気な女の子だそうだ。
そうかと思って、目を細める。
イサカル兄ちゃんの子供が大きくなる頃には。
バイブルしか本がなくて、みんな同じ事しか許されないような国は変える。
東京もどうにかする。
厳しいかも知れないが、そう目標を立てないと。目標を下方修正することすらできないだろう。
僕はそう思うのだった。
(続)
|