悪の渦たる土地

 

序、六本木へ

 

東京に降りて彼方此方を歩いて、橋が落とされているのを何度も見た。地下に通路があっても水没していたり。悪魔がたくさんいたりで通れない。

東京の覇権を一度握った阿修羅会が、彼方此方の橋を落とし、地下道を意図的に水没させた。

各地を孤立させ、それで自分達だけ楽に生きられる状態を作った。

それは歩いているとよく分かる。

だから復興を開始している志村さんの行動は、見ていて感心させられる。

「この川を越えると六本木でしてね。 今回は橋をどうにか悪魔で作って渡ることになりますね」

「あの大きな橋は……」

「電車が通っていた橋です。 阿修羅会に壊されて」

「まったく……」

呆れ果てるイザボー。

とにかく何処に足を運んでも悪行の形跡しか無い。他にも通る道はあるらしいのだけれども、今回は出来るだけ正面から行く方がいいと言う事で、川を直に渡るそうだ。まあ、僕としても異論はない。

アナーヒターを呼び出して、氷の橋を造って貰う。

最近は力がついてきたからだろう。

消耗を少なく、アナーヒターに橋を作って貰えるようになって来ている。

氷の橋と言っても、脆くもない。魔力でガチガチに固められているから、踏んでも問題はない。

急いで渡る。

今回同行してくれている秀も、氷の橋を珍しそうに見ていた。

川を渡りきって、そして六本木に。

六本木の街は阿修羅会の膝元だ。完全に連中の支配下にあって、色々なろくでもないものが売り買いされている。

街に入ると、早速阿修羅会の者達がこっちを睨んでくる。

どうでもいい。

まずはターミナルを探す。

他にも何カ所かでターミナルは見つけたのだが、此処でも見つけておくべきだ。特に此処の場合は、即時撤退が出来るのが大きい。

ちなみに人外ハンターも見かけるが。

殆どは、此方に気付くとすぐに離れていった。

いや、原因は。

連れている彼女か。

マスクで顔を隠している鹿目というハンター。東京でも上から数えた方が良い凄腕として知られているのと同時に。

切り裂き魔の名前で知られている。

病的な男嫌いで、触られた瞬間に斬るということで有名であり。

手を出そうとして斬られたハンターが五人や六人ではないらしい。阿修羅会も、下手に手を出そうとしないそうだ。

人外ハンターは連れている悪魔が強くて有名な事も多いらしいが。

鹿目の場合は支援の悪魔だけ連れていて。

あくまで本人の剣腕で戦っているらしい。

確かに西王母戦でも、大きな戦果を上げたと聞いている。それに、いるだけで抑止力になるのは大きい。

人外ハンターの支部に顔を出す。

相変わらずの音楽で、イザボーが渋い顔をしているが。鹿目を見て、さっと人外ハンターが避ける。

本当に怖れられているのが分かる。

志村さんが話してくれる。

「以前阿修羅会の若頭を問答無用で切り伏せて、そのまま二十人以上を斬り伏せた事件がありましてね。 阿修羅会ですら手を出さないようになりました。 今回はそんな彼女にも手伝って貰います」

「分かっています。 それはそれとして……」

「あ、ああ、仕事についてだな」

店のマスターまで青ざめている。

そうか、どうやら本当に怖れられているらしい。

何かあったのはわかるので、僕としてもああだこうだいうつもりはない。ただ無言のまま、置物であってくれればいい。

とりあえず軽く話をする。

ターミナルについては、すぐに分かった。阿修羅会も興味がないらしく、六本木の一角に放置されているそうだ。

元は警察署があったらしい。

警察署については、前に志村さんに聞いた。

サムライ衆のような警邏のような人達がいた場所。それだけで充分である。

座標もバロウズに送って貰った。

今回は其処から調べる事にする。

仕事の依頼については、ヨナタンが顔をしかめていた。

人間の入荷だの。薬物の売買ルートの確保だの。ろくなものがない。

この場所に相応しい仕事ばかりというべきか。

此処にいる人外ハンターも、里がしれると言う奴である。はっきり言って、ここらを彷徨いている人外ハンターには、期待しない方が良さそうだ。

街を出て、それから少し行く。

あれが警察署か。

まずは彼処を落として、拠点を確保する。六本木の周囲はかなり荒れていて、最近殺された死体も目だった。

殺されているのは阿修羅会の構成員で、腐っている状態からして、それほど殺されてから時間も経過していない。

切り傷の専門家である鹿目がぼそりという。

「凄い腕前……」

秀は一瞥しただけ。

あまり思うところはなかったのかも知れない。

ともかく、警察署の周囲でも、数体の死体が散らばっていた。バロウズによると、この辺りは銃がたくさんあるらしい。

警察官という警邏の人達は相応に武装していたらしく、銃も使っていたようだ。

殆どは大戦の時に持ち出されてしまったようだが、まだ地下にはあるという話なのだ。

警察署はターミナルになってしまっていることもあって、周囲にある車などを漁るしか銃を手に入れる術もないとか。

それらの車はパトカーという代物だったそうで。

今は錆びて朽ちているが。

昔は白黒の塗装とぴかぴか光る仕掛けで、犯罪者を容赦なく追い詰めていたのだという。

志村さんが、懐かしそうに言う。

「大戦の時は、警官はかなり役に立っていましたね。 市民の盾になって、みんな勇敢に悪魔と戦って。 真面目で責任感のある警官から殺されていました。 最後の残存部隊は自分のような自衛官と合流して、悪魔討伐隊に入って戦ってくれましたが。 それも阿修羅会の連中のせいで……」

「仇はとろう」

「ええ」

まずは、ターミナルからだ。

此処にいつ何が出てもおかしくない。

甲賀三郎とやらは彼方此方をうろつき回っているとかで、いつ遭遇してもおかしくないのである。

あの六本木の街に乱入しても不思議では無いだろう。

如何に腐った街とはいえ。

それでも、見逃して良い事と悪いことがある。

警察署とやらに入ると、即座に領域になった。やはり此処にもいるか。いつもと気配が同じである。

「鹿目さん。 無理だと判断したらさがって」

「分かりました」

「おや、久しぶりですな。 といっても、言う程久しぶりでもありませんが」

今度はなんだ。

今度はなんだか黒い服に身を包んだ、杖とか持ったお爺さんの格好で出て来た。でも雰囲気は同じである。

間違いなくいつものターミナルの番人だ。

「気になっていたんだけれど、毎度姿を変えているのは何?」

「気分ですかねえ」

「気分」

「そうですよ。 何事も世の中で娯楽は大事でしょう。 私も主君にターミナルを守れと言われてそれなりの月日も経っていますし、退屈は色々と大敵なのです。 それで毎回、色々な姿で来客を迎えているのですよ」

なんだか大仰な礼をする其奴を見て。

何故かイザボーがキレた。

「ちょっと貴方!」

「は、はい! どうしたのですかな?」

「その格好、その礼の角度、いや腕の角度などもこう! 執事を真似るつもりなら、少しは本格的にやりなさい! 貴方のは真似事にもなっていませんわ!」

いきなり番人の腕を取ると、こうこうと実例をさせ始める。ワルターも呆れて様子を見ているばかり。

何度か大まじめに指導して、違うと鋭い叱責が飛ぶ。

志村さんが呆然としているのを見て、僕ももう放っておいていいかなと思ったけれど。筋がいいらしく、数回でイザボーが納得出来る動作が出来るようになったようだった。

「それでいいのですわ! まったく真似をするなら、少しは調べてからなさいまし!」

「ハ、ハア。 ま、まあ今後は気を付けます。 それで今回はちょっと人数が多いですね。 とりあえず此方にしますか……」

なんだかどっと疲れている様子の番人が、適当に何か呼び出してくる。

いや、やはり此奴は変わっていない。

呼び出されたそれは、地面を割りながら、這い出してくる。

これはなんだ。

「溶岩!」

「ちょっとまった! 溶岩なんて反則だろう!」

「いいや、溶岩そのものは悪魔ではないよ。 いでよ、ムスペル! 世界の終焉をそのまま焼き尽くせ!」

巨人がにゅっと地面から顔を出し、体を出そうと這い出してくる。

全身が燃え上がっている凄まじい巨人で、灼熱が此方まで吹き付けてくるほどだ。

バロウズが解説してくれる。

「北欧神話の巨人ムスペルよ。 世界の終焉に現れて、何もかもを焼き尽くす存在とされているわ」

「洒落にならないね。 凄い熱……!」

「人数がいてもこいつの暴力的な力を前にはそうそう勝手はできまい! さあどうする!?」

この温度、危険だ。

下手に冷やすと爆発しかねない。たしか聞いたことがあるが、水にあまりに高温を一度に叩き込むと大爆発を起こすと聞く。こんな溶岩を一気に冷やしたら、似た現象が起きるのではあるまいか。

いずれにしても、まずは冷気魔術だ。ただ、一度に冷やしきるのはまずい。

巨体が這い出してくる。

僕はまず皆に、冷気魔術での飽和攻撃を指示。ある程度温度を下げてから、アナーヒターでの水魔術投射に移行する事にする。

秀が印を切って、呼び出したのは、白い服を着た女性だ。

確か東京に出る悪魔を従えたと言っていた。雪女郎とかいう、本来この国に出る妖怪だった存在らしい。

ふっと雪を噴きかける雪女郎。

ワルターのギュウキが大量の水をブチ撒け、イザボーのスイキも同じように水をぶっかける。

しかし、それらの冷気、水魔術をものともせずに、ムスペルは進んでくる。唸り声を上げて、知能すらないように見えるそれは、あまりにも巨大で。あまりにも圧倒的だった。

「接近戦組はさがって! まだ仕掛けていい段階じゃない!」

「あれは魔そのものだ。 光魔術も試してみる!」

「分かった、だけれど無理は禁物だよ!」

ヨナタンが天使達を呼び出す。

天使達は空中に美しい方陣を構築すると、一斉に光魔術を叩き込む。

そこで、五月蠅いというようにムスペルが反撃に出ていた。

がっと手を振るだけで、溶岩が飛ばされてくる。それも凄まじい量である。

スイキとギュウキが前に出て、即座に溶かされるが、一瞬だけ壁になってくれる。天使達も、瞬時に半壊していた。

空を向き、吠え猛るムスペル。

まだまだ熱量凄まじく、とてもではないが接近戦は無理だ。

秀がでっかい銃を取りだす。いや、本当に大きい。銃も使っているのを見たけれど、どうやって取りだしているのか。

ドンと凄まじい音とともに撃ち出される銃弾。

だけれども、ムスペルはそれを顔面で受けて、とくに効いている様子もない。舌打ちすると、秀は多数の女性の上半身を持った蛇の悪魔を呼び出す。そして、一斉に水を吐きかけさせる。

膨大な蒸気の中、暴れ狂うムスペル。

腕を振るう度に溶岩が飛んできて、着弾して悪魔が斃される。イザボーが魔術戦戦用の悪魔をどんどん出してくれるし、それらが水で防壁も張ってくれるが、防ぎきれない。イザボーの大火力魔術でも、ムスペルの熱を殺しきれない。

相手が進む分、下がるしかない。

だが此奴が呼び出す悪魔は、必ず攻略法がある。今までの戦いで、それは理解できていた。

ムスペルは人型だ。僕は前に出ると、支援魔術で防御力を上げながら、手を振って叫ぶ。こっちだ。そう言って、足下で気を引く。

うるさいと、踏みつぶしに懸かってくるムスペル。その程度の速度なら、問題にならない。

問題なのは暑さだ。一瞬で意識が持って行かれそうな程にヤバイ。

回復魔術をヨナタンが連続で掛けてくれているが、それでもいつまで持つか。ムスペルの足下で気を引いて、相手の意識を逸らす。その間に、一斉に皆に冷気魔術をムスペルに投射して貰う。

踏みつけに懸かってくるムスペルだが、気付く。そうか、両足が地面についていないと、熱量を発揮しきれないのか。

理由は何となくわかる。

本来は熱の悪魔なのだろう。バロウズの説明を聞く限り、寒い地方で怖れられた暑さそのものの悪魔なのだろうが。今回は呼び出されるのに、溶岩の噴出を用いた。つまり溶岩を媒体にしている訳で。

地面から湧き出してきている溶岩と切り離されると、力が出し切れないのだ。

ワルターにハンドサインを出す。

ワルターが分かったと頷いて、呼び出したのはアイラーヴァタ。白い象は、僕を踏みつぶそうとしていたムスペルに、相討ち覚悟で足に横から突っ込む。巨体でも、流石にそれで横転するムスペル。

一瞬でその熱量が下がる。

やはりそうだ。

此奴は地面から噴き出す溶岩そのもの。だとしたら、足が地面に着いていなければ、その力を発揮しきれないのだ。

「いまだよ! 総攻撃を!」

「いよっしゃあ! 待っていたぜ!」

「良く耐えてくれた! 総攻撃だ!」

天使達も他の悪魔も、一斉に接近戦に切り替える。志村さんも、銃を乱射しつつ、接近攻撃に。更に、呼び出した小人、確か幻魔一寸法師が、ムスペルの頸動脈を叩き斬っていた。

僕自身も、倒れたムスペルの顔面に、ありったけの槍技を叩き込む。立ち上がろうとするムスペルを、ラハムが抑え込む。アナーヒターの清浄な水が、もがくムスペルに躍りかかる。

そしてずっと控えていた鹿目が突貫すると、ムスペルの足の腱を一撃で両断していた。

ワルターも同じように、大上段からの一撃で足を斬る。それで、ムスペルは戦意を無くしたようで、消えていく。

辺りの領域も、それで解除されていた。

暑さが一気に収まる。

呼吸を整えながら、僕はオテギネの石突きで、堅い冷たい床に変わった場所を叩いていた。

「どう?」

「ふっ、合格です。 今回はちょっとしたトラブルはありましたが、まあ私としても学ぶところがありました。 可としましょう。 其方のお嬢さん、まさか私にあんな指導をする肝を持つ人間と出会うとは思いませんでしたよ。 そして学んだ事はきっちり覚えておきます。 いずれ何かに役立つかも知れませんからね」

「まったく非を認めるにしてももう少しいいようがありましてよ」

「ははは、性分です。 いずれにしても面白かったですよ。 次にまた会いましょう」

すっと消える番人。

ハアと嘆息すると、僕はターミナルへの登録を済ませる。鹿目や志村にもそれはやってもらった。

一度此処で解散とする。

六本木での威力偵察は、一筋縄ではいかないし。

荒れ狂っているという甲賀三郎という悪魔を捕捉するまでは、いつ襲われてもおかしくはない。

しかも甲賀三郎という悪魔の戦力は阿修羅会がまるで手に負えないようだし、此方だって勝てるかどうか分かったものではない。

ともかく準備が必要だ。

東のミカド国に戻り、休憩する。隊舎のベッドで横になる。

ラハムが話したいというので、バロウズから声を届けて貰う。

「フリンさん。 わたし、もう一段階転化出来ると思います。 ただそれには、まだまだ時間とマグネタイトがいります」

「それは心強いね」

「はい、ありがとうございます。 問題は……あの人と戦う時には、その転化を済ませたいって事なんです」

もう愛想が尽きている。

だから創造主である母親を、そうは呼ばないと言う事か。

「やはりまだ影響を受ける?」

「はい。 転化して影響を断ち切らないと厳しいと思います」

「分かった、でもそれは今後も良質な戦闘をするしかないってことだよね。 僕は基本的に常に最前線で戦うつもりだから、それで転化を待つしかないね」

「……それもあるんですけれど。 話を聞いている限り、しばらくガイア教団とは事を構えないですよね」

それは問題ない。

ユリコというガイア教団のボスが、あの黒いサムライであることはほぼ間違いがないだろう。

それについてはいい。

だがそもそもとして、日本の本来の神々の封印からの開放。

弱体化している阿修羅会への追い打ちをして、一気に戦力を削ぐ。

この二つの方が先だ。

更に言えば、その先に大天使をどうにかすることもある。

この大天使をどうにかするのは、僕達にはどうにもできない。

何も知らない状態で、あの三人を哀れみのまま東のミカド国にでも連れていったらどうなっていたか。

少しばかり薄ら寒くなる。

だから当面の大目標として、暴れ狂っている甲賀三郎の情報の確認。

日本神話の神として、部分的に出現できている大国主命との接触がある。

僕としても、まだはっきりいってあの黒いサムライは許せない。自他共に命をどうとも思っていない事ははっきりしたし、いずれは討たなければならない。

だがそれには、まだまだ準備がいるのだ。

それを説明すると、ほっとした様子ではラハムは嘆息していた。

「よかった。 本当に貴方が理性的で、頭も回る人で助かります」

「いや、僕だって感情に突き動かされる事はあるよ。 今回は優先順位があるから、それで対応できているだけだよ」

「分かっています。 でも、わたしが知っている人間は、感情で気にくわない相手は殺していいという人もかなりいました。 だから」

「……」

そんな破落戸が、大戦の前の世界では「大人」で「立派」だとされていたのだという。

大戦が起きて良かったとは言わない。

だけれどもそんなのが大手を振って崇拝されていた時代だったとしたら、どうにかしなければならなかったのだろう。

いずれにしても、休むと告げて、寝る事にする。

大天使は僕達を監視している可能性が高い。だからこそ、むしろ堂々と休む事にする。

休憩を取らなければ。

強敵とはちあった時、生きて帰れる可能性は、ぐっとさがるのだから。

 

1、悪との対面

 

六本木のターミナルで集合。ターミナルで領域化されていた事もある。警察署の地下は意外と荒らされておらず、装備類も残っているらしい。志村が運び出していたので、僕も手伝う事にする。

ジャックランタンが灯りを照らす中、壊れてしまっている電子ロックの奧から装備を運び出す。

小型の銃がたくさん。

弾があまりないが、元々警察という組織ではこれを滅多に使う事ができず、使う度に始末書を書かされたという。

それでよく抑止力になったなと、僕は呆れてしまうが。

更には、何か服みたいなものを出す。

これは、ちゃんちゃんこと言われる服に形状が似ているが、なんだろう。小首を傾げていると、志村が教えてくれる。

「これは防弾チョッキと言って、銃弾を防ぐのに特化した服なんだ。 一時期は刃物にとても弱かったのだけれども、この型番のものは刃物にも強いんだよ」

「そういえば、銃が大戦の前では最強だったんですよね」

「そうだね。 悪魔ではなく人間が治安を乱す存在だったからね。 人間はどれだけ強くても、銃弾を受けたら死んでしまうから、どうしても銃が最強だった」

それでこんな弱そうな服に需要があったということか。

運び出すのはまだある。

棒もあった。

警棒というらしく、暴徒を鎮圧するのに使っていたらしい。こんな小型の銃と警棒では、出来る事も少なかっただろう。

そのため、警官は武道というのを習って、徒手空拳でも相手を制圧できるようにしていたらしい。

ワルターがぼやく。

「平和な国だったんだな」

「ああ、それはそうだ。 だからその程度の装備で大丈夫だった。 ただ大戦が起きる前くらいから、そうもいっていられなくなったんだけれどね。 おっと、これはとてもいいものだ。 運びだそう」

奧に並べられていたのは、半透明の盾かこれは。

ライオットシールドというらしく、これも並べて暴徒を鎮圧するのに使っていたらしい。

警察の中でも武闘派を集めて作られた機動隊という集団が装備していたらしいのだが、これが悪魔に通じるとも思えない。

ただ、警察は貧弱な装備で四苦八苦して、大戦の時は命を盾にして民を守ったらしい。

それは。

僕は攻められないな。

柔軟に悪魔に対応できる装備をわたせば、もっと違ったのかも知れないのに。そうとは思ったけれど。

他にも雑多な装備類もある。パソコンもまだ手つかずのものがあるようだ。

志村はかなり詳しいらしく、次々に分解して運び出している。これらは貴重な情報を内部に入れている可能性が高いらしく、一度シェルターで解析するらしい。その後必要ないと判断したら譲ってくれるそうだ。

シェルターでも野菜などが足りていないのである。

それならば、譲ってくれるのはとても助かる。此方としても、まだガブリエルと思われるギャビーと事は構えたくないのだ。

警察署からターミナル経由で、ピストン輸送で物資を運んで行く。

そうすると、地獄老人……ドクターヘルが、受け取りながら喜んでくれた。

「おお、これは状態が良い! 解析をして、更に此方で作れるものを増やせそうだ。 ただ電子機器だから、悪魔が入り込んでしまっているかも知れないがな」

「見張りを立てますか」

「ああ、それなら問題はない。 フジワラもいるし、見張りように強めの悪魔を借りるさ。 このサイズのサーバであれば、最悪の事態になっても大した悪魔は入っておらんよ」

嬉しそうに一本ダタラ達と一緒に手慣れた様子で分解を始めるドクターヘル。

僕はまあ任せて良いだろうと思って、どんどん装備類も渡しておく。

ちいさな拳銃はニューナンブというそうだ。

悪魔相手にはとても対応できないので、まだ見習いの人外ハンターや、人外ハンター志望の子供達が訓練用で使うという。

それでいいと思う。

銃の恐ろしさは、使うのであれば早い段階で知っておくべきだ。

また、防弾チョッキについても、非戦闘員に着せるという。ただの服よりもずっとマシ。それが理由であるらしかった。

十何往復かして、それで六本木の警察署の地下は空になる。

他にも彼方此方に自衛隊の駐屯地などがあるらしいが、悪魔が制圧して領域にしてしまっているらしく、手が出せないそうだ。

阿修羅会もそういうものは放置しているらしい。

まあそうだろう。

連中には、厄介な武器が出回らなければそれでいいのだから。

警察署を出ると、秀がちいさな人型みたいなのを集めていた。人型とはいっても、顔も目もない。

とても小柄で、可愛らしい者達だ。

「スダマね。 地霊としてはとてもありふれた存在よ。 土木などから生じたもので、悪質なものは人を惑わせるとされているわ」

「あら、でもとても可愛いわ」

「私に取っては重要な存在だ。 物資を運んできてくれて、とにかく戦場では役に立った。 今も私に取っては小荷駄隊と同じだ。 継戦力を支えてくれる」

珍しく秀が口に出して解説してくれる。

まあ、確かに悪さはしそうにない。

イザボーが可愛いというのも、僕には分かる気がする。

ただ、物資だけ補給していたわけではないようだ。

「六本木の街の近くに、クラブミルトンという場所があるらしい。 阿修羅会が悪辣な取引に使っていた邪悪な場所だそうだ。 暴れ狂った挙げ句、甲賀三郎は、其処に貼り付いているようだと、スダマの一体が調べてきてくれた」

「ありがたい! 手当たり次第に探さなければいけないところだったが……」

「いや、どうやら行き違いみたいだね」

秀が武器を手にとり、僕も槍を構える。

この場にいるのはみな手練れだ。さっと円陣を組む。周囲に人、十人以上。全部阿修羅会とみて良いだろう。

進み出てきたのは、そこそこ地位がありそうな奴だ。

アベほどではないが、それなりに実力はありそうだ。阿修羅会というとがなりたてるだけのカスという印象しかなかったが、ごく少数だけまともなのもいるらしい。

「池袋で西王母を斃したサムライ衆の皆さんと、人外ハンターの精鋭方ですね」

「そうだけれど何?」

「タヤマさんが貴方方と話をしたいということです。 来ていただきたく」

「……どうする?」

志村がスマホを使って、即座に連絡を入れる。

そして、少し話していたが。

その間に僕は周りを観察する。

阿修羅会の連中は、それぞれかなり身なりがいいが、いずれも怯えきっている。これは相当に甲賀三郎に削り取られたのだとみて良いだろう。

自業自得だが、此奴らが必殺の霊的国防兵器という甲賀三郎と同等の切り札を多数持っている事は分かっている。

それを展開された場合、何が起きるか分からない。

憶病なタヤマはそれをやらないだろうが。

それでも恐怖が極限に達したら、どんな風に血迷うかは知れたものではないのだ。

「話がついた。 会談を行うというのなら、別にかまわないが」

「ありがとうございます。 タワマンにお越しいただけますか」

「……そっちが来なよ」

「タヤマさんは自衛の武力に限界があります。 それもあって、自宅であるタワマンから動けないのです」

嘘だな。

必殺の霊的国防兵器は基本的に一つは間近に置いていると、そういう話も聞いている。

タヤマがその気になれば、相応の自衛力はあるはずだ。

或いはだけれども、その必殺の霊的国防兵器も、瞬時に使えるようなものではないのかも知れない。

タヤマという奴が小物だというのは知っている。

それにしても、側で実体を見ておくのはいいだろう。

「僕達だけで行ってくる。 ええと、バロウズ。 スマホの代わりで、フジワラさんと通信を確立出来るかな」

「ええ、問題ないわ」

「じゃあ、秀さんよろしく」

「分かった。 任せておけ」

手を分けるのは、これはいざという時に備えての事だ。

阿修羅会が強硬手段を採ったり、或いは甲賀三郎が強襲してくるかも知れない。

それらの時のために、あえて一度戦力を分ける。

阿修羅会は冷や汗を流しながら、僕らを囲んで、それで案内だと言ってくる。これはこいつら、僕らの武力をもう知っているな。

とりあえず移動していく。

でかい建物は幾つもあるが、その中の一つ。

灯りが煌々と点っている大きな建物がある。

内部には少人数がいるようだが、多分阿修羅会の幹部とかその家族だろう。こんな良さそうな場所を身内だけで独占しているわけだ。しかもこの張りぼて、どう見ても見かけ倒しである。

強めの悪魔に襲われたら、多分ひとたまりもない。

赤玉というのを非道な方法で作って悪魔にばらまいているというが。

そんな事のために、非道な手段で人を殺しているのだとしたら。

此奴らに対する怒りはますますわき上がってくる。

内部にいる人間の位置は全部把握。

強い気配がある。あれは覚えがある。アベだ。

それと、知っている気配が一つ。

そういうことか。

それで有利に交渉を進められるとでも思っているのか。とんでもない浅知恵だと思い知らせるか。

エレベーターに乗る。

僕だけではなく、ワルターもそれは察知したようだ。

少し遅れて、ヨナタンとイザボーも。

イザボーが眉間に皺を寄せていくのが分かる。僕はすっと手を横に出す。僕が対応する。そういう合図だ。

やがてエレベーターが止まって。案内される。

廊下の先にあったのは、硝子張りのでかい部屋だ。あの透明な板が硝子というのは志村に聞いた。

偉そうにふんぞり返っているタヤマ。

その隣にはアベが控えている。

他に数人チンピラがいるが、そんなのはどうでもいい。問題は、チンピラが銃を突きつけている相手が、行方不明になったサムライ衆の一人だと言う事だ。

殉職したサムライももう出ていると聞いていたが、確か民を助けようとして悪魔に襲われて、それで行方不明になった人が一人出ている。

その人だろう。

ぐっと歯を噛んでいるその人の存在があるからだろう。

タヤマは余裕綽々の様子で、机に脚を投げ出していた。

「ようこそ勇敢なるサムライ衆の諸君。 人外ハンターと手を組んで、クエビコや西王母を斃したそうだな。 見事見事」

「僕はフリン。 お前は?」

「お前……ああ、失礼したね。 俺が阿修羅会の長であるタヤマだ。 今後お見知りおきを」

「お前が長ねえ。 そっちのアベの方が余程実権を握っているように見えるけど」

ひくりと、タヤマが引きつった。

実際問題、どうでもいい程度の存在だと、側にでて分かった。

そして懸念していた必殺の霊的国防兵器についても分かる。この距離だと理解出来るが、どうも耳につけている飾りがそうだ。

あれは即座に展開出来る代物でもない。

なるほど、そういうことか。

一応側においてはいるが、タヤマ自身の武力はチンピラと同等。いや、年を取って衰えた今は、並みのチンピラ以下。

使うにしてももたついて、すぐには使えないと言う事だ。

動きを見て理解するが、手足にちゃんと血が通っていない。

あれは何かの病気だろう。

贅沢をするラグジュアリーズは色々な病気になると聞いている。

食べ物も住む場所もなくて誰もが困っている東京で。

こいつは美食を独占して、自分だけ贅沢するとかかるような病気になっているということだ。

僕の怒りがどんどんうなぎ登りになっている事を、多分タヤマは気付けていない。

「ま、まあいい。 今日は同盟を申し込みたくてね。 凶暴な悪魔が暴れて少しばかり困っている。 君達の手を借りたいんだよ。 手をね」

「わ、私にかまうな! こんな連中の言う事を聞くんじゃない!」

「てめえ、タヤマさんが喋ってるだ……」

捕まっている先輩を殴ろうとしたチンピラが、天井近くまで跳んで、床でぐしゃっと潰れる。

殺さないように加減はしたが。アベ以外の阿修羅会は何が起きたか分からなかっただろう。

軽くオテギネで払って、風圧で飛ばしただけだ。

此奴ら程度が相手だったら、視認できない速度で動く事くらいは出来る。

「今の見えたか? そこのアベ以外には見る事も出来なかっただろう。 まさか人質でも取っているつもりか?」

苛立ちが噴き上がってくる。さらにさらに。

僕はいつになく好戦的な気分になっていた。東京で見てきた非道の原因の半分くらいが此奴にある。そう思うと、怒りが抑えきれない。

タヤマが慌てた様子で立ち上がり、アベが盾になるように前に出る。僕は銃を先輩のサムライ衆に突きつけているもう一人のチンピラ近くの硝子窓を消し飛ばす。勿論アベ以外には視認すら出来なかったはずだ。

風が入り込んでくる。

正円系の巨大な穴を見て、ひっとチンピラが呻いて銃を取り落とす。

僕は、煮えたぎる怒りを、言葉にして吐き出していた。

僕は激高すると一人称が俺になる。

昔は一人称が俺だった名残だ。

「この悪趣味な建物に入ってから、およそ200回。 タヤマ、お前を俺が殺す事が出来た回数だ。 その気になれば今の俺だったら、六本木のどこからでもお前を打ち抜けるぞ。 お前の薄汚い気配は覚えた。 今後、貴様に安息の時などないと知れ!」

「ひっ! ま、待て! まずは話をしよう!」

「フリンさん、そこまでにしましょう。 今暴れている甲賀三郎は極めて危険な悪魔で、争っている場合ではありません。 放置しておけば、無辜の民も牙にかかるでしょうね」

「私からも提案する。 一度怒りを収めてくれないか」

フジワラの声だ。ガントレット経由で、バロウズが届けてくれたのだ。

僕はふうと息を吐くと、一旦気持ちを落ち着かせる。

まあいい。

これくらい脅しておけば、それで問題は起こらないだろう。

実際問題、近くで見て確認出来た。

此奴は権力にしがみついている病人に過ぎない。

最悪の性格でカスみたいな人格で。

それでも、その気になればいつでも殺せる。それが確認出来ただけで充分だ。

「タヤマ、見かけで判断したな。 フリンさんは今私に協力してくれている英傑達とそろそろ力量でも並ぶ存在だ。 いずれ四大天使とやり合った頃の私達と並ぶだろうな。 お前なんかで手に負える相手では無い」

「ぐっ……」

「それで甲賀三郎は何処にいる。 同盟なんぞ組むつもりはないが、其奴の脅威については同意する。 居場所を先に言え。 勿論人質なんか通じる相手では無い事は、もうお前が分かっている筈だ」

「……クラブミルトンだ。 赤玉の在庫を取られて、こっちは身動きが取れなくなってる。 こっちで従えていた悪魔達が、それで無差別に暴れ出しかねない状態だ」

話がスダマのものと一致する。それと、赤玉か。

現物を見たが、ろくでもない代物である事は分かっている。

今ドクターヘルが解析しているらしいが。

そんなもので悪魔と共存するなんて事は、あってはならなかった。

そんなことをしているから、東京は此処まで悲惨な事になったのだ。

自分さえ良ければいい。

そういう思想の果てが、この状態だ。

此奴の罪は万死に値する。

「フリンさん、いいかい。 場所を転送しておく。 私の方で後はタヤマと話そう。 人質には指一本触れさせない。 それは心配しなくていいよ」

「分かりました、お願いしますフジワラさん。 僕としても、ちょっとこの外道の前では冷静を保てそうにありません。 クズの相手をさせてしまうことになりますけれど、ごめんなさい」

「いいんだよ。 霊夢君に近々其方に向かって貰う。 甲賀三郎に対して、対策の札を持っているそうだ。 合流して、対応して欲しい」

こくりと頷くと、先に捕まっている先輩に近寄る。

怯えきった阿修羅会の雑魚は、さっと逃げ散った。

腰を落とすと、唖然としている先輩に、笑顔を作る。

「後は交渉を引き継ぎますので、しばらくはゆっくりしていてください。 何かあったら言ってくださいね。 この土地にいる阿修羅会とかいうダニの群れは僕が皆殺しにしますので」

「……君の噂は聞いていたが、想像以上に凄まじいな」

「まだまだですよ。 僕より強い奴なんて幾らでもいます」

これは本音だ。

東京に来てから、それは何度も思った。

タヤマには一瞥もせず、悪趣味な部屋を出る。アベが追ってきて、エレベーターで送ってくれた。

不思議と、アベには其処まで嫌悪感を感じない。

此奴が阿修羅会を動かしているのはだいたいわかるのだが。

非道をしているのとは、どうも結びつかないのだ。

様子をにやにや見守っていたワルターが、アベに言う。

「あんた、よくあんなのの下についているな」

「恩がありますので」

「恩を返すにしても、あれだけの非道をしている輩だ。 多少は諌めたらどうだ」

「あの方は苦労して今の地位について、其処に必死にしがみついているのです。 俺としても、その苦労は見て知っている。 非道をしている事は分かっています。 ただ俺からは、その非道があまりにも度を過ぎない方向で進むように助言することしかできません」

ヨナタンが冷静に指摘するが、アベは案外頑迷だ。

イザボーが嘆息する。

「きらびやかな建物だと思ったのに、内部は腐り果てているのね」

「これは戦前からです。 これらのタワマンには、ずっと性根が腐った人間達ばかりが住み着いていました。 金持ちの富と権力の象徴であり、其処に住んでいる人間が腐りきっていた……それだけで、だいたい戦前の状態が理解出来るかと思います」

「情けない話だ。 僕の国でも、ラグジュアリーズの大半はそうだ。 どこでも同じなんだね」

「……そうでしょうね」

エレベーターが止まり、外に。

礼をするアベに、僕も礼を返す。

此奴は其処まで嫌いになれない。

俗悪なだけのタヤマとは、決定的に違うと分かったからだろう。

秀と志村さんと合流する。

それで少し話すのだが、秀が片手をあげていた。

「悪いが霊夢と代わる」

「ひょっとして」

「今ニッカリとともに行動しているナナシやアサヒが、大国主命の手がかりを見つけたようだ。 大国主命は穏やかな性格の神として知られているが、荒神となっているのなら、近付くだけで危険があるだろう。 護衛につく必要がある」

「分かりました。 此処は僕達だけで大丈夫です。 行ってください」

警察署に移動。

タヤマは今頃震え上がっているだろう。

それだけでいい。

先輩を連れ出さなかったのは、簡単である。

しばらくはタヤマの物資を無駄に消費させるためだ。

それで後で聞いておく。

奴は今、誰もが苦しんでいる東京で、一人贅沢をしている。あの様子だともう男性機能もろくに機能していないだろうし、女を抱えて好き勝手しているということもなさそうだ。僕もまだまだ武の頂きには遠いが、それでも間近で見れば相手の体の状態くらい分かる程度にはなっている。

後は取り巻きが少し住んでいるようだが、タヤマほどの贅沢は出来てはいないだろう。

フジワラがこれからタヤマを更に詰める事が分かっているし。

先輩のサムライが人質から賓客として扱いが変わる事も目に見えている。

つまり貴重な物資を消耗させてやるための嫌がらせだ。

六本木に入り込まれていて。

更には甲賀三郎をどうにもできない時点で、阿修羅会の実力については分かった。

勿論奴が身に付けていた強力な悪魔の制御装置や、他の必殺の霊的国防兵器の事もある。

それらを十全に使えない事は分かっているが。

少なくとも、ガイア教団と手を組まれない限りは問題は無い筈だ。

ガイア教団にいるユリコ……100中99はあの黒いサムライだが。

奴との接触は、今フジワラが交渉してくれているらしい。だから、それの結果を待つことにする。

僕としては、東京のガンも。

東のミカド国のガンも。

除けるなら除いてしまいたいのだ。

警察署で一旦解散して、秀も僕達も、ついでに志村さんと他のハンター達も一度戻る。ターミナルはそういう事が出来るから便利だ。

東のミカド国に戻ると、もう秋になっていた。

そして、僕達がいない間に、ガントレットの儀が行われ。

それで十五人、新人が入ったらしい。

僕がガントレットの儀を受けた時に、何年も新人が出ていないという状態だった。それはラグジュアリーズが儀を独占していた良い証拠だ。こうやって門戸を拡げればサムライになれる人間は出る。その気になれば、まだまだ増やせるだろう。

持ち帰った遺物を納品して、野菜やら家畜やらに変える。

子豚を貰えたので、有り難くいただいておく。親豚はターミナルを超えられないが、子豚ならどうにでもなる。

そして子豚は凄い勢いで大きくなる。

人外ハンター本拠のシェルターで。そう時間をおかず、お肉に変える事が出来るはずだ。数もどんどん増えるだろう。

シェルターで物資の引き渡しを行う。

それでホープ隊長とも話をしておく。

サムライが一人捕まっているという話。それもすぐに開放させるという話をすると、頷いていた。

「危険な土地での任務だ。 犠牲が出る事は仕方がない。 だが、それでも救えるなら救ってくれ。 誰もが貴重な戦力だ」

「はい。 それと……ギャビーは」

「ああ。 どうやら何か近々大きな動きを起こすようだな。 ラグジュアリーズの要人が、立て続けに姿を消している。 ラグジュアリーズは大混乱だが、国政には全く影響が出ていない」

「とんだでくの坊ですね。 それでカジュアリティーズを家畜呼ばわりしているんだから、何様のつもりなんだか」

僕もちょっと口が悪くなったか。

ホープ隊長は苦笑いすると、私も同じ気分だと言ったので。ワルターが遠慮無く笑った。

勿論ヨナタンやイザボーみたいにしっかりしたラグジュアリーズもいると、その場で僕もフォローしておく。

分かっていると、少し寂しそうにヨナタンは笑っていた。

「危険な相手との連戦が続いているようだし、とにかく気を付けろ。 戻る度に腕を上げているお前達は、サムライ衆の次の星だ。 私が引退するまでに、問題を全て片付けられるかも知れないな」

「努力します」

「ああ、頼むぞ」

さて、片付けなければならない問題はまだまだ幾つもある。

だけれども、全権を任せて貰っている今、責任を持って一つずつ潰して行かなければならない。

ヨナタンとワルターとイザボーと頷きあう。

役割が違うこの四人で、連携している限り。困難が起きても、対応は難しくない。僕はそう、信じている。

 

2、諏訪の守護神

 

しっかり休憩を取ってからシェルターに出向く。

地下から出て来た霊夢が、スポーツドリンクというのを飲んでいた。礼をすると、こくりと頷く。

「美味しいけれど、酒を飲みたいわね……」

「あんた酒好きだって聞いていたけど、本当に好きなんだな」

「命の水よ」

「……」

ちょっと呆れる。

僕のいたキチジョージ村もそうだが、基本的にカジュアリティーズはお祝いの時くらいしか酒は飲めなかった。

誰かが結婚したりとか。或いはめでたい事があったときとか。

酒は蒸留酒が基本だったけれど、ラグジュアリーズは他にも色々な酒を飲んでいたようである。

まあ僕としては、酒はあまり好きではない。

別に武人が酒好きである理由はないと思う。

たまたま霊夢は酒が好きなだけ。

そういう話だ。

「それで阿修羅会相手に大立ち回りをして来たって? 困った困ったと言いながら、フジワラが胸が空いた顔をしていたわよ」

「間近で見てきたけれど、タヤマは本当にただの雑魚だね。 どうしてあれが東京の支配者になれたのか不思議なくらい。 問題はアベで、あれは強い。 もしもやりあったら、無事では済まなかったと思う」

「そうね。 今の貴方たち四人ならギリギリ勝てるかという所でしょうね。 あたし単騎ではちょっと勝てるか怪しいわ」

「俺たちもそこまで腕を上げていたんだな……」

ワルターがぼやく。

ワルターも強さには貪欲だ。同時に強い相手は無条件で尊敬する。

霊夢の強さは間近で見ているし、それでそういう風に素直に感心も出来るのだろう。

体調は万全。

人外ハンターの内、今回は小沢さんが一緒に来てくれる。志村さんは、秀と一緒に大国主命の方に回るそうだ。

霊夢はこれでもまだ力を発揮し切れていないらしく、大国主命などのこの国の神々の力を借りられれば更に強くなるらしいから。

それが出来るのなら、大歓迎と言う所だろう。

それにこの国の神々の力が戻れば、相対的に悪さをしている連中……悪魔だけではなく、大天使の力も弱体化するらしい。

そうなったら。

東のミカド国を好き勝手にしているギャビーらに、鉄槌を下せるかも知れなかった。

彼奴は1500年東のミカド国の時間を止めていた元凶だ。

今ならそれがはっきり分かる。

いずれ撃ち倒す相手だ。

ただそれは、今すぐではないというだけの事だが。

軽く打ち合わせをする。

霊夢がまず、甲賀三郎について説明をしてくれた。

甲賀三郎というのは、諏訪という土地の古い神様が英雄化された存在だという。諏訪という土地は山深い場所で、前に説明された天津神の前の支配者である国津神より更に古い信仰が生きていた。

その信仰が英雄化した存在が甲賀三郎というそうだ。

「ややこしい話だな」

「何処の神話もこれは同じよ。 一神教ももっと古い信仰から、色々な要素をつまみ食いしてなり立った存在だし、世界の有名な信仰は他もどれもそう。 そういった信仰では、古い信仰の神を悪魔にしたり噛ませ犬にしたりして、今の信仰の神が如何に強いかという宣伝を行うものなのよ。 だから同じ神でも、時代や土地によって、悪魔になったり神になったりする。 下劣な本性を見せていた西王母も、あれは元々そういうケダモノだった存在で、それが信仰の中で持ち上げられていったから無理が出ていたという事情があるわけよ」

「僕達の知るバイブルでは、そういうことはわかりようがなかった。 僕も文化については色々調べていたつもりではあったんだが……」

「これでは仕方がありませんわよ。 東のミカド国はどう成立したか分かりませんけれど、どう考えても大天使の都合がいいようにだけ文化が残されたと見て良さそうですわね」

嘆息するイザボー。

まあ、僕もその気持ちはわかる。

ともかく、甲賀三郎だ。

古い古い神だというのはよく分かった。

ラハムもかなり古い神だそうだけれど、それくらいなのだろうか。

そう聞いてみると、霊夢は苦笑する。

「ラハムはもっと桁外れに古い神よ。 数倍は古い存在ね」

「そんなに」

「バビロニア神話は世界でもっとも古い神話なのだけれど、ティアマトという創造神を、後から出現した暴風神マルドゥークをリーダーとした神々が斃し、世界を作ったという物語なの。 この後から出現した神々に斃されたり役割を果たすといつの間にかいなくなってしまう世界を作る祖神という存在は「始祖の巨人」と言ってね、世界中に類型が見られるのよ。 ごくごく最近でもポールバニヤンという似たものが登場しているから、人間が考えるありふれたものなのかもしれないわね。 ただ恐らくだけれども、元々あったティアマト信仰の民を、後に勃興したマルドゥークを頂点とする信仰の民が征服した。 それが概ね予想できる事でしょうね」

「神様は人間の影響を大きく受けるって事だけれど、その話を聞くと色々と生臭いね」

霊夢は頷く。

そして、霊夢がいた幻想郷でも、いい性格をした神々が色々悪さをして。

しばき倒して回っていたのだと、少し寂しそうな顔をするのだった。

咳払い。

ヨナタンが、話を戻る。

「それで甲賀三郎についてだが」

「ええ。 幻想郷に全くとまでは行かないにしても、祖が同じ存在の分霊体がいたわ。 向こうでは洩矢諏訪子と名乗っていたけれど、幻想郷でも上位に入る強者だったわね」

「同じ祖を持つ神とすると」

「ええ、話が通じるわ。 ただ崇められた時代が違うのと、諏訪の地での信仰は、最古参の祖神、それを抑え込んだ国津神、その国津神を屈服させた天津神の三段重ねになっていてね」

ややこしい。

なんだか頭が痛くなってきたが。

霊夢は全てこういうのを理解しているのだろう。

諏訪の地では、天津神を信仰するフリをして、国津神ですらない祖神を信仰していたというのだから、本当に色々と大変だ。

ざっと整理できないのだろうかとちょっと思ってしまうが。

霊夢としては、そういう訳の分からない世界に生きてきたのだ。

それが当たり前なのだろう。

ただ、人間の権力構造に置き換えると、わかり安いかも知れない。

確かに見栄えが言い奴をおいて権力者にして。実際の権力はその後ろにいる奴が握っているなんてのは、人間の社会では当たり前にあることだ。

それを考えると、其処までおかしな事ではないのかも知れない。

「いずれにしても、まずは屈服させる事よ。 精鋭だけで当たるわ。 あたしと、サムライ衆と、小沢、それと鹿目。 この七人だけで行くわよ」

「分かった」

「……」

表情を見せずに、こくりと鹿目が頷く。

なんとも人見知りが激しいんだな。

そう僕は思った。

 

六本木に戻ってから、移動を開始。なお霊夢は先に空を飛んでターミナルに移動し登録を済ませていたようで、それでスポーツドリンクで補給していたようだ。必要な移動と補給だからそれでよかったのだろう。

暴れ回っていた甲賀三郎は、目につく悪魔を殺し尽くして、今は悪魔が狙って来る可能性が高い赤玉を貯蔵しているクラブミルトンとやらに貼り付いているらしい。何度か目を盗んで入り込もうとした悪魔を、全て返り討ちにしているそうだ。

これについては、移動中にフジワラに聞いた。

僕としては、ともかく甲賀三郎は仲魔に出来るかもしれないという話だから、それを期待したい。

今まで色々な悪魔と戦った。

情状酌量の余地がない西王母みたいなのもいたが、しっかり立派な神様だっていた。悪魔だって、邪悪なだけではない奴もいた。

あのアベって奴も多分悪魔だが、それでも単純に邪悪とは言い切れなかった。阿修羅会の主要人物なのにだ。

六本木の街は、地上部分は誰もいない。

悪魔が時々堂々と彷徨いているが、それもクラブミルトンがある方向へは絶対に近付かないようだ。

散々殺されたからだろう。

阿修羅会の者もいるが、僕達を見ると、さっと道を空けたり、姿を消す。

恐らくアベから伝達が行っているのだ。

巻き込まれるから離れろと。

まあそれでいい。

僕も此奴らが、タヤマがいなくなった後に武装解除するなら、皆殺しにするつもりはない。

勿論しっかり償って貰うが。

それはまた別の話である。

悪趣味なタワマンだとかが遠くに見える街の中。

純喫茶フロリダはとてもお洒落な雰囲気だったのに、なんだかぎらぎら光が点っていて、悪趣味の極みだ。

そんな場所が、クラブミルトンだった。

血の臭いがする。

それも最近のものじゃないな。

此処で人肉料理を出しているという話があったらしい。

阿修羅会が「上客」のために振る舞っているものであったらしいのだが。

いずれにしても不愉快極まりない。

見張りについていたらしい阿修羅会の男が、こそこそと伺っている。

あれは何か狙っているな。

僕はスプリガンを呼び出すと、あの男が何かしたら即座に取り押さえろと命令を出しておく。

スプリガンは図体は大きいが、実の所性格は幼い子供みたいで、それほど邪悪な妖精ではない。

特に僕と力の差が出始めてからは、とても素直な弟みたいに振る舞っている。

もっと力をつけて力になりたい。

そういうのは、ハイピクシーやラハムを見ているからだろう。

ただ、今は。

出来る範囲で、出来る事を現実的にやって貰う。

それだけだ。

「いるね」

「ええ、総員警戒」

「あれか……」

ワルターが呻く。

クラブミルトンの前に仁王立ちしているのは、全身を鱗に覆われた男だ。不思議な装束を身につけている。

刀を背負っているそれは、どこか今まで何度か交戦した龍を思わせた。

邪龍や龍王、龍神といった連中だ。

多分、龍神だろうか。

此方を見る甲賀三郎。

殺気がもの凄い。全身が総毛立つようである。

「タヤマの犬か?」

「おあいにく。 気配でわからないかしら」

「! 貴様、私の同胞と同じ気配。 諏訪の出身者か?」

「少し違うけれど、洩矢諏訪子って名前に覚えは」

おおと、甲賀三郎が懐かしそうにいう。

だが、それでも刀に手を掛けたままだ。

これは暴走状態になっていて、いわゆる荒神の状態だ。戦いは避けられないだろう。僕はハンドサイン。

皆、いつでも悪魔を呼び出せるように準備。

霊夢は大胆に間合いを詰めていく。鹿目も同じく。僕とワルターも、少し前に出る。

最後列は小沢に任せる。

「この邪悪の店で、悪徳の限りが尽くされていた。 俺は此処の見張りをずっとさせられていて、その邪悪の宴を見せつけられ続けた。 苦しみ続けていた俺の封印がいきなり緩んだのだ」

「封印が緩んだ?」

「ああ。 俺を封じ込んだ連中は、俺を必殺の霊的国防兵器などといって、人間の戦争の道具にしたてようとしていたようだがな。 ともかく誰にも扱えるように、封じ込んだのだ。 それが禍となり、ろくでもないげすの手に俺の制御装置が渡り、封印もされて思うように動けなくなっていた。 それがなぜだか、不意に緩んでな」

「……」

なんだかおかしな話だ。

あの憶病そうなタヤマが、そう言ったことの管理を欠かすとは思えない。

あれは憶病だから、逆にその手のことはしっかりする輩だ。組織の長になると際限なく災厄をまき散らすが、逆に村の会計をする役人とかだと、それなりに有能だったのだと思う。

そういう意味でも、甲賀三郎が開放されたのはおかしい。

「何か心当たりは」

「分からない。 ただ、俺の力は今制御出来る状態にはない。 押さえ込めるのであれば、タケミカヅチか何かの力でも借りられないか。 諏訪に威光を轟かせたあの天津の武神であれば……」

「残念ながらタケミカヅチは行方が分からない状態でね。 ただ、これは持って来ている」

すっと霊夢が出すのは、何かの札か。

頷く甲賀三郎。

「それでいい。 俺の邪気を戦って祓った後は、それを遠慮無く使ってくれ。 制御装置はまだ奴らが抑えている。 その札で、制御を上書きしてくれ。 それは、祖神を倒したタケミナカタの力だろう」

「ええ」

「加減はできんぞ。 かなりの使い手が揃っているようだが、それでも斬ってしまったら許せ」

「大丈夫、そこまで柔じゃない」

頷く甲賀三郎。

そして、一瞬で間合いを詰めて、霊夢に斬りかかる。

霊夢はすっとそれを避けるが、ギリギリだ。一瞬の間に、僕が間合いに入り、オテギネを突き込む。刃でそれを避けつつ、逆方向から斬りかかった鹿目の大太刀をいなしつつ、背後に回ろうとするワルターを、回し蹴りで吹っ飛ばす甲賀三郎。

これは、強いな。

立て続けに槍技を叩き込むが、いずれも凄まじい剣術で弾き返される。鹿目の変幻自在の剣術も。

僕と鹿目を同時に相手にして、まだ余裕がある。

それだけじゃない。

展開した天使達が、僕達が飛び離れると同時に、わっと一斉に甲賀三郎を包み込むが、盾ごと一刀両断にされる。パワー達も強くなっている筈なのに。

それでも体ごとぶつかっていくパワー達。

いつもながら、凄惨な戦い方だ。

そして、それが時間稼ぎになる。

イザボーがコンセントレイトまでかけて、大魔術を叩き込む。甲賀三郎は、灼熱の炎に包まれて、ぐうっとだけ呻く。そして、剣を振るって、炎を吹っ飛ばす。

霊夢が投擲した符が、その足下に着弾。

凄まじい光を放ち、甲賀三郎を拘束。だが、それでもなお、僕と鹿目の同時攻撃を、一刀だけで凌いで見せる。

足を封じられて、なおこの立ち回りか。

舌なめずりしつつ、相手の背後背後へと回る。

クラブミルトンを吹っ飛ばしながら、上空にワルターが。

渾身の一撃を、頭上から叩き込む。

流石に足が止まった状態で、ワルターの大剣を受けたのだ。甲賀三郎が、気合の声とともに、魔力を放つ。

霊夢以外の全員が吹っ飛ばされて、僕は地面を叩いて跳ね起きる。霊夢は激しい力比べを甲賀三郎としていて、全身から煌々と光を放っているが、あれは複雑な動きはできないだろう。

小沢が仕掛ける。

射撃。

隠れながらの狙撃。

「鉛玉……ただの鉛玉ではないな!」

甲賀三郎が弾丸を弾き返す。大した手練れで驚かされる。ただ、その間に、僕は状況を確認。

まだ生き残っているパワーが陣列を再編している。ヴァーチャーがまとめて光の魔術を叩き込むが、一喝するだけで甲賀三郎はそれを吹っ飛ばした。

みしみしと足下が音を立てている。

あれが機動力を取り戻したら、瞬く間に何人か殺されるだろう。勝負を急がないと極めてまずい。

「急げ! 俺もどうにか自制を試みるが、もしも拘束が外れたら……!」

「分かっている! 急いで皆!」

突貫。

ラハムとアナーヒターを呼び出す。アナーヒターの冷気魔術を、甲賀三郎は一刀で両断する。

だが、その瞬間、左右に別れて僕とラハムが接近。

ラハムが髪を多数の蛇に変えて、全方位からの猛攻を仕掛け。それを斬り払った瞬間。僕が甲賀三郎に上段からの一撃を叩き込む。

ぐっと呻いた甲賀三郎が、わずかに態勢を崩した瞬間。

まっすぐに突入したヨナタンが、グラムという剣で、完璧な刺突を胸に突き込んでいた。

鱗が爆ぜ飛んで、甲賀三郎が吐血する。

即座に離れるヨナタン。

この剣、或いは龍に大きな打撃を与えられるのか。

その一瞬の隙を突いて、ヴァーチャー数体が、甲賀三郎に組み付いていた。

ガンと音がした。

狙撃。

それを防ぎきれず、甲賀三郎の頭に大穴があく。

更に、イザボーがごめんなさいと叫んで、二度目の大火力魔術。コンセントレイトをかけた上に、これは恐らく残りの力全部つぎ込んだものだ。

僕は飛び退くと、チャージを掛ける。

僕も渾身で行かせて貰う。

甲賀三郎は、これは恐らく全力の状態じゃない。

僕達を殺さないように、特に最初は力を抑えていたし。今も霊夢が、その力を拘束してくれている。

霊夢が視線を送ってきて、頷く。

分かった。総力でやらせて貰う。

突貫。

炎に灼かれ消えたヴァーチャー達の中から、ボロボロの甲賀三郎が姿を見せる。だが、手にしている剣はまだ健在。

地面を吹っ飛ばしつつ迫る僕に、甲賀三郎は大上段に構え、斬り降ろしてくる。

だが、その剣を、横から突っ込んだ鹿目が一瞬だけ、切り上げて防ぐ。

それで充分だった。

貫。

槍の突き技の奥義が、甲賀三郎の体を突き抜く。

一瞬の硬直の後、霊夢がすっと側に歩み寄ると。凄まじい雄叫びとともに、甲賀三郎を放り投げて、地面に叩き付けていた。

しんと、音が消える。

「これまでよ」

「ああ。 タケミカヅチではなくとも、タケミナカタに放り投げられたのであれば、古代の神事である相撲に敗れたのと同じである。 まさか神降ろしを介して、タケミナカタの分霊体を降ろしてくるとは思わなかったが」

「故郷での知り合いでね。 まさかあたしがこいつを降ろすことにはなるとは思わなかったわ。 故郷ではこいつと散々やりあったのだけれどね」

大人しくなる甲賀三郎。

霊夢が札を貼ると、その姿が消えていく。

「力を蓄えたとき、俺を呼べ。 今度は俺は制御も封印もなく、皆の力になろう。 この国の行く末を担うますらお達よ。 俺であれば、幾らでも助けになろうぞ」

「うん。 その時は、よろしくね」

僕はそれだけ言うと、流石に座り込んでしまう。

短い攻防だったが、何度もひやひやした。

手強い相手だった、間違いなく。

これでも相当に力を抑えていたようだったし、本気で殺すつもりで襲いかかってきていたら、かなわなかっただろう。

ヨナタンの天使達も壊滅してしまっているし、ちょっと状況は良くない。

小沢が悪魔を呼び出して、回復術を使ってくれる。

相性が悪いらしく、ラハムは回復魔術が使えない。アナーヒターも、壊すのは得意でも回復は余り得意ではないようだ。

問題は此処が阿修羅会の領地のど真ん中、ということ。

出来るだけ急いで回復しないと危ないだろう。

「いやー、みなさん。 よくやってくれた」

そしてゴキブリが姿を現す。

にやついている阿修羅会の面々。十数人はいるだろう。

甲賀三郎と相討ちになるのを狙っていたか。霊夢ですら疲れきっている今、まともに戦えそうなのは小沢しかいない。

ヨナタンが前に出ようとするが、すっと降り立ったのは、残っていたヴァーチャーだ。

「ヨナタン様。 お任せを」

「大丈夫なのか」

「はい」

阿修羅会のような連中は、弱っている相手を敏感に見抜く。

傷だらけのヴァーチャーを見て、ただ嘲笑っていたが。

そのヴァーチャーが転化する。

あいつ、ひょっとして最初にヴァーチャーになった。だとすると、甲賀三郎との戦いで放出されたマグネタイトを得て。それで。

光が収まると、其処には天秤を持った威厳のある天使の姿があった。

降り立った天使を見て、ひっと阿修羅会の雑魚共が呻く。

バロウズが解説してくれる。

「中級一位、主天使ドミニオンよ。 天使達の統率をする、指揮官級の天使にあたるわ」

「邪悪なるものどもよ。 苦悩していた荒神を鎮め、この地に降り注いでいた禍を収めた者達に不敬を為そうとする愚か者共! 信仰は違うとしても、我はこの者達の貴き姿を確かにみた! だからこそ、この者達は我の主である! さがれ! さがらなければ、我が相手になる!」

「や、やべえ! 天使だ! それも結構高位の奴だぞ!」

「塩の柱になんかなりたくねえっ!」

我先に逃げ出す阿修羅会。最後まで踏みとどまっていた奴も、畜生とか言いながら逃げていった。

ワルターがぼやく。

「あんがとよ。 もう動ける気がしなかったんでな。 助かるぜ」

「今、残りの力で回復します。 この汚らわしい場所の浄化は主達の力でお願いします」

「ええ、任せておきなさい。 複雑な気分だわ。 アブディエルとかいう大天使に連れられたあんたの同類が一番厄介で、たくさん仲間も殺されたのにね」

霊夢が大きく嘆息する。

ともかく、展開された回復の魔術は凄まじい出力で、一気に力が戻っていく。余力が出来たイザボーも、パールバティという女神を呼び出して、更に回復を促進。

これで、どうにか身を守ることは出来るだろう。

後は。この腐った店をぶっ壊すだけだ。

完膚無きまで壊す。

そう、僕は血の臭いがしている其処を見て、呟いていた。

 

3、神田明神の戦い

 

秀と合流した志村は、ナナシとアサヒ、それに数名の人外ハンターとともに、調査を続けていた。

志村もこの年になって、マグネタイトを多数得ているからか、力が増している。連れている悪魔にも、新顔が増えてきていた。

その中の一つが道祖神。

むかし道に幾らでも立てられていたあの存在だ。

道祖神は今一正体がよく分かっていない神格で、熱心に各地に立てられたのは歴史的に見て比較的最近である。

交通安全、地域安全などを司る分かりやすい善神であるからか。後にサルタヒコなどの国津神と同一視されることもあったようだが。

その正体は古い蛇の神の系統ではないか、という説も志村は聞いた事がある。

東京でも破壊の中道祖神は残っており、その力を感じ取ることが出来る道祖神は探索では貴重だ。

国津神であるサルタヒコや、その妻となった天津神のアメノウズメなどの事も考えると、古い神とも縁があるわけで。

そういう意味でも、大国主命を探すには、丁度良い存在だ。

ちなみに現在呼び出している姿は、石に夫婦の神が浮かび上がったものだ。

元がどうであっても、多くの人に安全をねがって信仰された。

それが全てだ。

道祖神を見て、ナナシが不思議そうに言う。

「あんな石の塊が、神様なんだな」

「色々な神がいるし、色々な側面がある。 信じたくない神は信じなくてもいい。 だが、他人が信じたくもない神を押しつけたり、他の人が信じる神を、害があるわけでもないのに否定するのは良くない。 それだけのことだ。 それにアティルト界から具現化している以上、実際に安全をある程度担保してくれているのも事実だからな」

「それは分かったんだけれどねえ志村さん。 あれなんだろう」

アサヒが言う。

あれは、教会か。

ただ、それなりに力があるようだ。天使達が暴れ回った中、教会が残っているのも皮肉である。

志村は知っている。

天使が破壊の限りを尽くす中、一部の人間は教会に逃げ込んで、神に助けを祈ったりしていた。

天使はそんな人間を、教会ごと焼き払った。

教会はそういう理由で、殆ど残っていないのだが。

残っていると言うことは、何か理由があるのかも知れない。

ハンドサイン。

皆頷いて、周囲を警戒してくれる、秀は手をかざしていたが、やがて言う。

「内部に悪魔多数。 ただし、敵対的な者もいないし、危険な者もいないな」

「秀さんがそういうなら、大丈夫かな」

「あくまで相対での話だ。 油断はするなよ」

アサヒにしっかり釘を刺す秀。

友好的な悪魔もいるが、それでも機嫌次第では襲いかかってきたりもする。そういうものなのだ。

比較的しっかり残っている教会だ。天使達の情け容赦ない殺戮を知っていると、こういう場所に立てこもり、丸ごと皆殺しにされた人々の事を思い出して志村は少し悲しくなる。ともかく外装も意外としっかりしているが。

これは、比較的最近に再建したものだ。

わざわざ教会を。

そう思って、外壁を調べていると、秀が視線で促してくる。すぐに向かうと、中から声がしていた。

「手練れだよ。 どうしよう」

「少し脅かして追い返すのはどうだ」

「ノゾミがいないし無理だよ。 あいつら絶対強いよ」

「隠れよう!」

わいわいと話しているのが聞こえる。

志村もちょっと呆れてしまった。

「中に入るか。 罠か何かの可能性もあるが……」

「斥候を出して様子見からですね。 一寸法師、頼む」

志村が一寸法師を出す。

教会の扉は最近開け閉めした形跡もあり、普通に開く。先に一寸法師に入って貰い。ジャックランタンに灯りを照らして貰う。

東京はずっと太陽と縁がない。

この教会は周囲に多少灯りがあるが、それでもちょっと灯りが心許ないのだ。

周囲を警戒するナナシ。

アサヒは不安そうに、呼び出した悪魔とともに銃を構えている。

悪魔との戦いで勇敢に戦えるようにはなってきたが、まだまだだ。狙撃をやらせると、かなり良い腕を見せるのだが。

一寸法師が送ってくる情報をスマホで確認。

床、天井、罠なし。ブービートラップなし。

奧に悪魔の気配。

いずれも低級ばかりだ。

「何体か悪魔がいるが、あれで隠れているつもりか? こんな様子で良く生き残れてきたものだな」

「なんだか可哀想」

志村の言葉に、アサヒがそんな事を言う。

弱者を装って襲いかかる悪魔は珍しくもない。それもあって、志村としてはあまり今は何ともいえない。

秀が先に踏み込む。

内部で、ひっと声がした。

「出てこい。 害意がないなら何もしない」

「あ、暴れないでくれよ」

「此処まで立て直すの大変だったんだ。 教会なんかじゃなくて別のにしようっていったのに、ノゾミが天使が来ても手心を加えてくれるかもっていうから」

姿を見せたのは、下級の妖精ばかりだ。

ピクシーにフェアリー、後はゴブリンか。

それも戦い慣れた連中ではなく、どれも身を守ることさえ怪しそうな者ばかりである。

志村は困惑して、此処は何だと聞く。

後ノゾミという者も少し気になる。

「此処はノゾミが作ってくれた俺たちの家だ。 ノゾミは確か、人外ハンターだとか言ってた」

「該当しそうな名前が幾つかあるぜ」

ナナシが即座に検索。

流石だ。

頷くと、該当しそうな名前を確認する。ベテランが一人、若手が一人。それとまだ訓練中が一人。

年齢などを聞く限り、もしも登録している人外ハンターなら、若手のだろう。

調べると、写真撮影をこの東京でして回っているらしい。随分と変わっている。これだけ悪魔が出て、危険も大きいのに。

時々強力な悪魔との戦いを経験して、それで生き残っているから、それなりに腕は立つようだが。

秀が反応。

剣を抜くのと、背後から入ってきた女が銃を突きつけるのは同時だが。どう考えても秀が早い。

ゴーグルをつけている、それなりにしっかりした身なりの女だ。志村が割って入る。

「止せ。 此方も人外ハンターだ。 無事な教会なんて珍しいなと思って、確認をしていた」

「……」

「あんたがノゾミか」

「その子達に手出しをしていないでしょうね」

していない。

そう秀が言うと、ノゾミは銃を下ろした。冷や汗を掻いているのが分かる。これは、窮鼠猫を噛むという奴だ。

秀には勝ち目がないことを理解していて、それでも踏み込んできたのだろう。

「この辺りで強力な悪魔を探している」

「最近人外ハンター教会が活発に動いて、阿修羅会を叩きのめしているって話は聞いているわ。 その関係かしら」

「ああ。 大国主命を知らないか」

「近くの神社仏閣で強力な悪魔が徘徊しているって噂は聞くわよ。 それくらいね」

とりあえず、物資を供給する。

人外ハンターも、シェルターで栽培している新鮮な野菜、それに最近は取れるようになって来た鶏卵を見せると態度が変わりやすい。

ノゾミも例外では無かった。

「出回り始めているって聞いていたけれど、本当なのね」

「あの悪魔達は手持ちか? こんな所で単独で生き残れる腕があるのなら、是非我々に合流して欲しい。 今は腕利きの人外ハンターが一人でも必要なんだ」

「腕利きと言ってくれるのは嬉しいけれど、私は活動範囲が広いだけの凡人よ。 それにこの子達は手持ちではないわ」

何か事情がありそうだな。

いずれにしても、優先順位は別か。

咳払い。

「分かった、深入りはしない。 此方としては、大国主命と接触を図りたい。 いる場所や行動パターンが掴めればそれで問題ないのだがな」

「妖精達が怖がっているのは此処から北の神社よ。 人外ハンターがコテンパンにやられて何人かが逃げていったって話もあるわよ」

「そうか。 いずれにしても確かめないといけなさそうだな」

「……」

ノゾミという女に礼をして別れる。

一応連絡先は交換した。事情については分からないが、此処で単独で生き残れる者なら、やはり戦力として欲しい。

移動しながら、軽く秀と話す。

「秀さんは多くの悪魔と戦った経験があるようですが、日本神話系の神との交戦は経験したことがありますか」

「いや、それはないが、その代わり今身に付けている装備は日本神話系の神々の加護を受けている」

「そうなんですね」

「ああ。 私は元々人間と比べて少しだけ頑丈、程度でな。 元はそれほどうたれ強くはないんだ。 妖怪化する形態を、相手の大技を受け流したり、とどめ用に使っているのもそれが理由だ」

本来だったらそれでずっと戦えばいいものを。

そういう理由があったわけだ。

人間と悪魔の合いの子の話は時々聞くが、秀の話を聞く限り、必ずしも強力な存在ばかり生まれるわけではないのかも知れない。

指定された神社に向かう。

神社が寺を兼ねている場所も当然ある。

それについて、ナナシが聞いてくる。

「なんでそんなことをしてるんだ」

「神仏習合といってな。 この国ではそうやって、この神はこの仏様と同一存在という風にして、無駄な争いを避けてきたんだ」

「面白い考えだな。 でもなんで天使共はそれが出来ないんだ」

「彼等もやってはいるんだよ。 他の神を悪魔として、神の下に置くことでね。 でもそれじゃあ、他の神を信じている人からは反発されるだけだ。 だけれども、一神教徒は最後までその姿勢を改められなかった。 自分達の神は唯一絶対で、一番偉いってことにしておけば、自尊心も刺激されるし、何より何も考えなくていいからな」

バカに都合が良い考えなんだな。

そうナナシが言う。

厳しい言葉だが、確かにその通りだ。

思考停止するのに最もいいものが、「全肯定」と「全否定」だ。

しかしながら、どの信仰も基本的に信者を獲得するため、皆が幸せになる為の思想などを捨て、とにかく簡単に感情に訴えかける方向に進んだ経緯がある。

一神教だって、例えばキリスト教などでは隣人愛の思想や許しの思想が最初にあったのに。

そんなものは弟子を名乗る連中が滅茶苦茶にして、原罪と罰の思想へと代わっていった現実がある。

また、思想によって人を教化するのでは無く、美しいマリア像や、分かりやすい賛美歌などで人を手っ取り早く支配下に置くのは、古くからやってきたことだ。

皮肉な事に仏教では踊り念仏、イスラム教ではスーフィズムというような、似たような事をやって信者を増やした派閥が存在している。

ただ、そもそも古代の信仰では、どれも歌と踊りを用いていたこともある。

ある意味先祖返りなのかも知れない。

そんな事を話しながら、目的地に到着。

神田明神か。

かなり古くからある神社だ。大国主命を直接ではないが、同一視される大黒天を祀っている。

また幻魔一寸法師の原型神であるスクナヒコナ神を祀ってもいる場所で。

そして何より、平将門公を祀る神社の一つだ。

今では廃墟になってしまっているが。確かに強い気配がある。

「いるな」

「一度戻るのか」

「それがいいだろう。 下手に倒してしまうと、逆にこの国の神々を救う手がかりが途絶える可能性がある」

実の所、志村の感じる気配としては、そこまで危険だとは思わない。これだったら、アドラメレクの方が気配が遙かに絶望的だった。

霊夢を連れてくれば単騎で対応できるだろう。

だが、逆に言うと。

下手に倒してしまうとまずいということだ。他の人外ハンターなどが入るのも避けたい。

「ナナシ、アサヒ」

「おう」

「はいっ」

「俺は秀さんと此処で見張りにつく。 二人は他のハンター達と一緒に戻って、見つけた事を霊夢さんに告げてきて欲しい。 場所については、今送った座標だ」

秀を戻そうかと思ったのだが、この辺りは既に安全圏から遠く、志村単騎で潜むのは危ない。

確実性がないのだ。

その辺りの雑魚悪魔に負けるつもりはないが、それでもアドラメレクのように徘徊して人を襲う悪魔もいる。

万が一は避けたい。

「分かった。 すぐに戻る!」

「ああ、寄り道は避けろ。 とにかく余計な事はしなくていい」

ナナシもだいぶしっかりしてきた。

とにかくスタンドプレイが目立ちがちだったが、連携しての戦闘で強敵を仕留める所を何度も見てきたからだろう。

前衛に立つだけではなく支援魔術も得意になって来ているし、とにかく器用だ。あとは血の気が多いのをもう少し抑えられれば。安心して志村もあの世にいけるんだが。

それはニッカリも同じだろうか。

ちょっと苦笑する。

秀は多数の悪魔を出現させると、周囲に放つ。

恐らく偵察の目的だろう。

一寸法師は此処が心地よいらしく、ぼんやりと神社を見つめている。

また、たくさんの人が初詣に来られるようになったらいいのだけれど。そんな風に志村は思う。

数時間が経過しただろうか。

装甲バスが来る。引いているのはデュラハンである。

この様子だと、霊夢は急いで来たのだろうか。ともかく立ち上がって、手を振って迎える。

降りて来たのは、少し疲れ目の霊夢だ。

サムライ衆も一緒にいる。

これは心強いが、まさか。

「六本木の甲賀三郎はもう片付いたんですか」

「どうにかね。 ちょっと危ない場面があったけれど、流石だわ。 もう四人一緒ならあたしより全然強いわよ」

「一人で強くなるのを目的にしねえとな」

「言っていなさい」

ワルターがそんな事をいう。霊夢は呆れているようだが、しかし軽口と裏腹に見た所消耗がかなり大きいようだ。

サムライ衆の方は、恐らく時間の流れが違っている上で休んできたからか、気力充溢。此方は心配が無さそうだが。

「あたしは神降ろしだけして、荒神化している大国主命を正気に戻すわ。 そうね、呼び出すのは須勢理毘売で良いかしらね」

「誰だそれ」

「大国主命の妻よ」

「なるほど、確かに奥さんのいうことなら話も聞きそうだ」

ナナシの反応もあって分かりやすい。

ともかく此処からは文字通り神域の戦いになる。腰を上げた秀と、前に出るサムライ衆。

だが、霊夢が一瞥して言う。

「秀、悪いけれどすぐに本拠に戻って。 また悪魔が伺っているようだから」

「分かった。 気を付けろ」

秀が即座に装甲バスに乗ると戻る。

霊夢はかなり無理をして来てくれたのだろう。それは一目で分かる。それに、此処からは志村が頑張る時間だ。

「志村さんは周囲を警戒してくれるかしら。 日本神話の神格が力を取り戻したら面倒だと思う神が介入してくる可能性もあるし、人間の臭いを嗅ぎつけて襲ってくる悪魔がいるかもしれないから」

「は。 それは間違いなく」

「ナナシ、アサヒ、あんた達も志村さんに協力しなさい」

「分かった!」

ナナシはやる気もある。

ともかく、神田明神の周囲に悪魔を展開。見ると、ヨナタンが展開している天使の中にドミニオンがいる。

主天使といわれるあれは天使の指揮官級で、中級一位の実力者。中級天使と上級天使は天使としての扱いが全く違うと聞くので、恐らく雑兵としてはあのドミニオンが最強になるのだろう。

そうか、確かに霊夢が其処までいうだけの事はある。

志村も頷くと、周囲に雑多な悪魔を放つ。

ナナシも比較的強い悪魔を召喚できるようになっている。ゴズキはまだ無理なようだが、鬼を数体召喚して、周囲に展開していた。鬼達は荒々しい気性だが、それが故にむしろナナシと気があうのだろう。

黙々と周囲に散る。

アサヒは教えたとおり、狙撃に丁度いい地点を探して、近くの柱の陰に隠れた。いい位置だ。屋根から伸びている柱で、身を隠しながら高所を取れる。即座に教えたとおりクリアリングを開始する。

志村は安心して、他の人外ハンターにも指示。

動きはまだまだだが、それでも以前よりいい。

以前は本当に、運が良い奴だけが生き延びている状態だった。

淘汰が強者を産む見たいな考えがあるが実際には違う。淘汰の中で生き残る事ができるのは、強力な個体より運が良い個体だ。それは東京で散々淘汰に晒されて、志村が良く知っている事実だ。

実際志村より強い兵士なんか幾らでもいた。

第一空挺団の面子なんて、みんな一騎当千だった。

それが一人も生き残れなかったのだ。

弱肉強食なんて、社会の上層にいる人間が自分の地位を守るためにぶち上げた身勝手な嘘だと志村は思っている。

強くても運が悪ければ一瞬で死ぬのだ。

志村は、一応積み上げた経験があるが、それでも運が悪ければ瞬殺だろう。

背後で気配が膨れあがる。

戦いが始まったようだった。

冷や汗が出る程の気配だ。ドン、ドンと激しい激突音がする。フリンの肉弾戦闘能力は凄まじく、ツギハギがいずれ全盛期の自分を超えると明言していた。ツギハギは四大天使とも渡り合った剛の者である。

それでも、運が悪ければ死ぬ。

その運の要素を、出来るだけ志村は排除しなければならない。

「志村のおじさん! 15時、距離440!」

「よし。 ……堕天使だな。 数は6。 かなり多いが、個体は……あれは恐らくハルパスだな。 迎撃準備。 手元の戦力でどうにかできる筈だ。 アサヒ、そのまま全周囲を警戒。 ナナシ、お前がやるんだ。 不利になったら支援する」

「任せろ。 あんな小鳥、俺だけで充分だ!」

そうだな。あれだけだったらそうかもしれない。

だが、堕天使が不意に出て来たのが不安だ。もっと大物が、此処を監視していて。大国主命を討ち取るつもりなのかも知れない。

まだ神田明神の内部での戦闘は続いている。

其方の方は、参考程度に音を聞くだけに留める。

ナナシは進歩が早いが、やはり銃は苦手だ。打って貰ったばかりの大剣を振るって、果敢にハルパスの群れと戦っている。

ハルパスもソロモン王72柱の一角であり、伯爵という設定がある。この悪魔の爵位がいい加減極まりない代物なのだが、それはまあどうでもいい。ハルパスそのものは分霊体ということもあり、大した実力は無い。ただ鳥の姿をしているので空を飛ぶことが出来、展開力に優れる。

案の場、アサヒが警戒の声を上げた。

「今度は四時方向! 数、13!」

「あわてるな。 時間差での攻撃は想定範囲内だ! 皆、効力射準備!」

志村自身も壁を上がり、屋根に。

罰当たりではあるのだが、今は仕方がない。神社を荒らす悪魔を、見てみぬふりをする方がいかん。

あとで大国主命に謝るしかない。

他の人外ハンター達とそれぞれ位置に着くと、引きつける。

相手は今度は堕天使ガギソンだ。

ガギソンは人型だが顔が鳥に近い。

ガギソンはいわゆる疫病をまき散らす悪しき神とされたものが一神教に取り込まれた存在とされているが、いずれにしてもこれも他信仰が一神教にて悪魔とされた存在だ。一神教に取り込まれてからは色々な設定が付け加えられたが、下級と明確に言及されており、いいかげんであっても「伯爵」の階級を持っているハルパスより格下である。

引きつけてから、斉射。

アサヒはそのまま周囲の警戒を続けさせる。

他の人外ハンターは外してもいたが、志村はスナイパーに切り替えて、一射一殺で近付いてくるガギソンを叩き落として行く。距離300に達した時には、既に敵は半減しており、そのまま迎撃戦へ以降。

ジャックランタンと一寸法師を向かわせる。他の人外ハンターの手持ちも、ガギソンに負けるほどではないだろう。

警戒しつつ、銃の弾を再装填して、次にそなえる。

ぞくりとした。

本命が来たようである。

「し、志村のおじさんっ!」

「……出来るだけ時間を稼ぐ! 大国主命を元に戻す事ができれば、それだけ東京が救われる可能性が上がる!」

堂々と神社の前に降り立ったのは、明らかに大物と分かる堕天使だった。

馬に跨がった獅子の顔を持つ堕天使。両腕は蛇になっている。

この姿は知っている。

堕天使オリアスだ。

占星術に関連するソロモン72柱の一角。これもまた邪悪な性質を持っているわけではないが、それでも今は脅威である。古くは占星術は立派な学問であり、それを司っていたわけなのだから。

「思ったより粘るではないか。 雑魚共をけしかけて様子を見ていたのだが、雑魚では突破出来そうにないから出て来てやったぞ」

「戻れ、一寸法師、ジャックランタン」

ナナシも戻ってくる。

ナナシが展開した鬼達が、明らかにオリアスの威容に腰が引けている。まずいな。これはちょっと手が出せないか。

ハンドサインを出すと、はっとオリアスは笑う。

オリアスの配下という設定にされているガギソンが、更に出現する。

これは、むしろ好都合だ。

こっちを弱いとみたオリアスは、手下を用いて圧殺しにくるつもりだ。現に出現したガギソンは30を超えている。アサヒも悪魔を呼び出すが、支援系のものばかりである。

新しく配下に加えている道祖神は戦闘では使えない。

ナナシも鬼の他に数体の悪魔を呼び出すが、ガギソンならともかく、オリアスに対応できる悪魔じゃない。

激しい戦いになる。

数に任せて、ガギソンはにやにや笑いながら攻め立てに来る。此奴らはそもそもとして多数が存在する事が分かっている神格なので、分霊体ではない。似たような悪魔は世界中に伝承があるため、今はガギソンになっているだけかもしれない。

アサルトライフルで弾幕を張りながら、少しずつさがる。ガギソンは仲間が殺されても平然と進んでくる。

まるでどうでもいいように。

オリアスが煽る。

「食ってしまって良いぞ。 人間の肉は久しく食えていなかっただろう」

「さっすがオリアス様! 話が分かるぅ!」

「食われてたまるかよ!」

ナナシが鬼達と一緒に、必死に前衛をはる。

手にしている剣と一体化したような、アクロバティックな動きで、次々とガギソンを斬る。

だがガギソンは、次から次へと湧いてくる。

M16の銃身が焼け付きそうだ。グレネード。叫ぶと、グレネードを投擲。これは味方に対する警告のためだ。ナナシがさっと下がり。密集していたガギソン数体が吹っ飛ぶ。だが、吹っ飛んだ以上の数がわき上がってくる。

他の人外ハンターが駆けつけてくるが。ガギソンの数と、何より明らかに場違いなオリアスを見て腰が引ける。

それが分かっているから、ガギソンはにやつきつつ、魔術をぶっ放してくる。

神田明神の壁が次々に被弾して、吹き飛ぶ。

ぐっと歯を食いしばりながら、弾倉を変えて、射撃を続ける。アサヒも中距離でかなりの精度で射撃を続けてくれている。

だが、数も質も違う。もう全員、入口近くまで追い込まれている。

ナナシの鬼がガギソンに集られて、倒される。これで全てだ。

残りは雑魚ばかりだが、それでも決死の戦いをしてくれている。ジャックランタンが火焔術でガギソンをまとめて焼くが、次々に来る。

「も、もうガス切れだホ!」

「ありがとう、さがってくれ」

「志村がやられてしまうホ!」

「大丈夫だ!」

一寸法師も、必死の戦闘をしているが、ガギソン達が明らかになぶり殺しに掛かって来ている。

オリアスはずっと中距離で見ているが、何か隠し札がないか警戒しているのだろう。

人外ハンターに、ついに戦線を突破したガギソンが飛びかかる。まとめて数体に集られた人外ハンターが悲鳴を上げながら、空に持ち上げられそうになる。

志村が躍りかかると、受け取っている高硬度セラミックのブレード……ドクターヘルが素材を渡して、ドワーフたちに作らせた科学の剣で、斬り伏せる。ガギソンがぎゃっと悲鳴を上げて消えるが、しかし人外ハンターは酷く負傷していて、戦意もなくしてしまっている。

後ろから飛びかかってきたガギソンを斬り伏せる。

志村も年だ。

そろそろもう無理か。

オリアスがナナシの側に降り立ち、反射的に回し蹴りを叩き込んだナナシの一撃を、余裕を持って蛇で受け止める。

ナナシ。

叫んだアサヒがオリアスの眉間にスナイパーライフルの弾丸を叩き込むが、ちょっと五月蠅そうにしただけだ。

まずい、手に負える相手じゃない。

ナナシが吹っ飛ばされ、神田明神の壁をブチ抜いて境内に転がされる。

立ち上がるナナシが、畜生と叫んでいた。

「此処にいる神格が蘇ると面倒だと聞いていたから張っていたのだがな。 どうやら蘇ることも無さそうだ。 それにしても不甲斐ない部下共よ。 だが、そのおかげで我が久しぶりに人肉にありつけそうだ。 見るとみずみずしい子供もいるではないか」

「お前が肉になんかありつけるかよ」

「ほう、我に勝つつもりか」

「そのつもりだ!」

ナナシが、数体の悪魔に指示。支援魔術を掛けさせる。

ほうと、余裕たっぷりにオリアスが腕を組む。ナナシはそのまま突貫。さっきよりも、ずっと動きが速い。動きも切れが良く、生き残っているガギソンをまとめて斬り伏せながら、オリアスに迫る。

オリアスはふっと笑うと、大上段から斬りかかったナナシを、腕の蛇で丸呑みにしようとしたが。

その瞬間、一寸法師が、オリアスの脇から剣を突き立てていた。

相手が巨人ではないから特攻とはいかないが、それでも幻魔として実績を積んでいる一寸法師である。

オリアスに、確実に痛打が入る。

更にアサヒが、もう一発額に狙撃を入れる。

五月蠅そうに一寸法師を振り払うオリアスだが、志村がそのまま接近。高硬度セラミックブレードを、奴が乗っている馬に突き刺す。悲鳴を上げる馬に翻弄されるオリアスが、ナナシの剣を頭にもろに喰らい、獅子の頭の半ばまで刃が食い込んでいた。

「おのれええっ! 雑魚共がァ!」

オリアスが、全身から魔力を放ち、全員を吹っ飛ばす。そして、右腕の蛇を使って、ナナシを締め上げていた。

志村は地面に叩き付けられて、それでもよしと呟く。

怒り狂ったオリアスは、今の捨て身の総攻撃の理由を理解できていない。

それが、オリアスの敗因となった。

ずぶりと音がして、オリアスの胸から剣が生える。

オリアスが、ナナシを取り落とす。

剣から光が迸り、オリアスの全身が燃え上がる。凄まじい悲鳴を上げるオリアス。それを見て、生き残っていたガギソンが悲鳴を上げ、逃げ散っていった。

「私の社の境内で好き勝手をしてくれたものだ。 忌ね」

「がっ、そなた、この国の……! うぎゃあああああああっ!」

燃え尽き、マグネタイトとなっていくオリアス。

剣を持っていたのは、古い時代の髪型をした、威厳のある男性の神。

古くには多くの女神との逸話が残る浮き名を流した男神にて。

素戔嗚尊の娘を妻に持つ国津神の長。

大国主命だ。

かっと大国主命が叫ぶと、まだ逃げていなかった雑魚が、まとめて光に消し飛ばされていた。

フリン達が奧から来る。

かなり傷ついてはいたが、やってくれたのだ。

志村は身を起こすと、手を振る。

人外ハンター達も負傷しているが、誰も戦死はしていないようだ。

どうやら、これで更に状況が改善したらしい。年寄りが無理をした甲斐があったようだと、志村は苦笑い。

アサヒが涙を拭っている。

ナナシはボロボロになりながらも、親指を立て。それにワルターも親指を立てて答えていた。

通信を入れる。

大国主命、正常化作戦成功。

まだまだ東京の状況は予断を許さない。

それでも、これでまた一歩、前進したのは確かだった。

 

4、鴉の行く先

 

全身を痛めつけられたマンセマットは、必死に第二の拠点にしている廃ビルに逃げ込んでいた。

此処は元々反社の人間がドラッグパーティをしていた穢れた土地で、今のマンセマットには隠れ家として丁度良い。

呼吸を整えながら、傷を治しに懸かるが。

その場に、役立たずの同盟者が現れていた。

「逃げ延びていたか友よ」

「貴様っ……!」

思わず声を上げるマンセマット。

姿を見せたのは、テスカポリトカである。

もう少しこいつが粘れば、サリエルやカマエルは。

そう思うと、怒りがこみ上げてくる。

それに、である。

あのマーメイド、もしも捕獲できていたら、ちょっとは分かったかも知れない。あれは明らかに。

いや、それはまあいい。

ともかく、居住まいを正す。

ボロボロになった体や、失った翼は再生すればいい。

負の思念が満ちている今の東京で、それは難しく無い。

マンセマットは大天使でありながら、呪いの力を活力にすることが出来る。天界のダークサイドの第一人者だからだ。

「これで塔にあった例のものは手に入らなくなってしまったな」

「奴ら幽閉されていた者どもを連れ去ったようですね」

「ああ。 しかも上に連れて行ったのではなく、力を封じる場所に連れて行き直したようだ。 もしもこれで奴らが一神教の時の姿と名ではなく、一神教の前の状態にされでもしたら……」

「例のものは手に入らなくなる」

そうぼやく。

例のモノ。

それはいわゆる上位次元に入るための鍵だ。

色々な名前で呼ばれているが、その三つの鍵は、極端な話をすれば「王者の証」とでもいうべきもの。

慈愛だの均衡だの峻厳だのと言われているが。今まで神々の指導者たる存在が、世界の法則を決める「座」につくときに。「座」がある上位次元に入る時に用いていたものである。

大戦が始まるときに、各地にあったベテルと呼ばれるしぶしぶ一神教に従っていた各地の信仰の神々の支部を、大天使達は全て滅ぼした。そして四大天使が、その支部が分担して管理していた鍵を手に入れて。ガブリエル以外の三体が手にしていた。

これは幾つか理由があるのだが、この時点ではそれで万全の状態になり。くさった世界を焼き尽くして、新しい世界でも一神教の神が問題なく天下を取れる。その筈だったのだ。

だが、それも上手く行かなくなった。

まだ残っている東京に攻めこんだ四大天使が破れ、ガブリエル以外の三体が封じられたからである。

ただし、ミカエル、ウリエル、ラファエルらは。その存在の強大さもさることながら、手にしていた「鍵」もあって、滅ぼす事は出来なかった。

しかし奴らがもしも存在を理解していない者に連れ出されたら。

鍵を上手く分離することが可能であったかもしれない。

だが、この国の神々の最後の抵抗で、鍵は妙な形で三体と融合していた。今は神々の力も弱まってきていたから。

主神格の力を持つテスカポリトカであれば。

総力を挙げれば、一個くらい鍵は奪い取ることが出来た。

その筈だった。

そして、鍵を一つでも四大天使の側から奪うことが可能になれば。

マンセマットも、同志達と一緒に、神の側に四大などよりも寵愛を得て侍ることが可能になったかも知れないのだ。

勿論鍵を手にした異教のものどもは勢いづいただろうが。

どうせ人間が殆ど生き延びていないこの世界だ。

単純な信仰の一神教の天使が有利なのはいうまでもない。

後のライバルは、四大天使だけ。

それも奴らは自滅に近い形で信仰を歪めた結果、弱体化している。

上手いこと、封じられていた三体を東のミカド国にでも逃がせば。それで鍵の一つや二つ引っこ抜いておけば好機はあったのに。

全てが台無しだ。

爪を噛むマンセマットに、テスカポリトカは言う。

「ちょっとまずい事態になっていてな」

「わざわざ貴方が直接きていると言う事はろくでもないのでしょうね。 話してください」

「俺の策がばれた。 多神教連合の中で著しく地位が悪くなった」

「はっ……」

それは自業自得だ。

マンセマットだけではないということだ。悲惨な目にあったのは。

ましてや逃げ癖が身についている此奴である。

クリシュナが盟主をしている異神どもの集まりの存在はマンセマットもとっくに掴んでいる。

だから、鼻で笑うだけだった。

「それで私に何をしろと」

「いや、それでな」

周囲に気配多数。

マンセマットは立ち上がろうとして、その瞬間拘束されていた。

ひっと悲鳴を上げるマンセマット。側に浮き上がったのは、ケツアルコアトル。南米の信仰の影と言えばテスカポリトカだが、光と言えばこのものだ。

その他にも弥勒菩薩や、大物のナーガラージャが数体。

更には道教の鬼神ショウキ。

他にも幾体も異神がいる。

「お前を売って、身の安全を確保することにしたよ。 流石に俺も、ちょっとこの面子には勝てないんでね。 へへへ」

「き、きさまああああっ!」

次の瞬間、ナーガラージャ複数が同時にマンセマットに噛みつき、猛毒が注入された。神経毒だのではない。神々ですら致命傷になる神毒とでもいうべきものだ。

見る間に力が抜けていく。

そして。手もなく縛り上げられていく。

側に浮き上がったのは、クリシュナだ。

薄れ行く意識の中で、マンセマットは聞く。

「それでこれはどうするんで、盟主」

「いざという時の保険に捕獲しておく。 これでも強大な力を蓄えている存在だ。 贄としては有効だろう。 世界を壊すかどうかはまだ決めていないが、限定的にあれを蘇らせる可能性はまだまだある。 その時には、一時的に蘇らせるための贄がいる。 これはそれに充分だ」

ああ、終わったかこれは。

もはや力が入らない。

他の世界でも、マンセマットは志半ばで倒れる。

どうやらこの世界でも。

自分の事だけしか考えていない。あの強大な力を持つマーメイドにそう言われたか。

そうかも知れなかった。

そう、口惜しいながらに、マンセマットは認め。意識を手放していた。

 

(続)