封魔塔の激戦

 

序、周辺制圧

 

新宿にターミナルを使って飛ぶ。新宿御苑はこのすぐ側にある。人外ハンターが既に戦闘を開始しているらしく、既に銃声がしていた。あまり使う事はないが、それでも銃は持っている。

東京の人外ハンターは銃を使って悪魔と戦う事も多いので、いやでもこの音は聞き慣れた。

既に作戦開始だ。一緒にいる霊夢とマーメイド。霊夢との共同戦線は初めてではないが、マーメイドは初だ。

後、戦況が落ち着いてから、銀髪の娘も出てくるらしい。

それにしてもこのマーメイド。霊夢が自分より強いと言っていただけの事はある。

側の地面の下を泳いでいるマーメイドの気配は強烈で、確かにそういう話が出るのも頷ける。

新宿御苑から放り投げられてきたのは、悪魔の死骸。

それも恐らくは、人外ハンターのものだろう。

急ぐ必要がある。

霊夢がイヤホンで何か聴いたらしい。どうも苦戦しているのは間違いないようだ。

「あたし達が接近する前に威力偵察というのを少し拡大解釈したようね。 一部の人外ハンターが、塔の至近まで接近して深入りしたらしいわ」

「連携が取れていないね」

「まったくよ。 志村は何をしているんだか」

「志村さんは歴戦の戦士だと思うよ。 だとすると、前に西王母戦で戦っていたような人達が、勝手に先走ったんじゃないのかな」

いずれにしても問題だ。

そういう連中でも、今は一人でも助け出さないといけないだろう。

新宿御園には既に幾つかの装甲バスがつけていて、銃撃戦が続いている。阿修羅会は何人かが必死の抵抗をしているようだが、火力も人数も完全に負けている。一方人外ハンターは、此処で働いている人間の事を考えて、大火力で一掃とはいけないようである。まあそれもそうか。

仕方がない、出る。

「ヨナタン、支援して」

「分かった!」

「行くよ!」

牙の槍はサムライ衆に返してきた。いずれ後輩が使う事になるだろう。

その代わりに新しい得物を僕は手にしている。

オテギネ。

その槍を振るって、僕は銃火の中突入する。天使が数体直衛について、主に後方からの射撃を防ぐ。

そのまま火力投射を突破して、石突きで阿修羅会の戦士を吹っ飛ばしていた。

「このやらああっ!」

巻き舌で至近から射撃をしてこようとする禿頭の男を、そのまま軽く蹴る。軽くしないと、肉袋が破裂してしまう。

そのまま槍を振るって、必死に抵抗する阿修羅会の戦士達をなぎ倒す。倒れたフリをしている戦士を蹴り飛ばして、土嚢に放り込んだ。不意を突いてくるつもりだったのだろうが、甘いわ。

「この地点は制圧! 他いって!」

「感謝する! 人質の救出を急げ! 催眠を使ってもかまわん!」

「催眠魔術、投射!」

多数の悪魔が、右往左往している阿修羅会の者や、其奴らが銃を突きつけている人質ごと眠らせる。

そこを手際良く抑えていく人外ハンター。

そのまま制圧地点を拡げる。目を覚ました阿修羅会の連中は、皆縛り上げられ、銃を突きつけられているのに気付いて、それでもがなり立てようとしたが。側に巨大な悪魔が立っているのを見て黙り込むのだった。

塔の側には畑があるが、人工の光を当てられているようだ。しかしなんだこの痩せた土地は。

それに干涸らびている野菜の無惨なこと。

ろくな畑の管理もしてないのが丸わかりだ。お日様が差さないとは言え、もう少しマシな土造りはできないのか。

僕は此処を管理していた阿修羅会を面罵したくなったが、今は一刻を争う。ずんずんと歩いて行く霊夢に、短刀だろうか。刃を腰だめにした男が突っ込むが、デコピン一発で飛んでいった。

まあ、戦力差からして勝てる訳がない。

ワルターもまあそうだろうなという目で見ていた。

「C地区抵抗排除! 制圧完了!」

「人質の救出続行! 医療班、負傷者の回復を急げ!」

「塔に接近しすぎた人外ハンター達は!」

「連絡取れません!」

修羅場の中を歩く。

やがて塔の側に来たが、彼方此方に散らばっている悪魔の残骸。此処でかなり激しくやりあったようだ。

血の臭いも酷い。

僕は周囲を確認。半殺しになった男が倒れているが、すぐに駆け寄るほど僕も甘くはない。

そのまま踏み込むと、半透明なまま隠れていた悪魔を貫く。

ぎゃっと悲鳴を上げて、それが飛び退く。毛むくじゃらの……犬かあれは。

さっとマーメイドが、倒れている男を助け出す。イザボーに回復を任せて、僕は槍を構えて前に。

だが、数体の似たようなのが、周囲から姿を見せていた。

ワルターとヨナタンが壁を作る。

霊夢がじっと見ていたが、やがて正体を特定したようだ。

「コヨーテね。 普通のコヨーテではなくて北米神話の神格としてのコヨーテよ」

「コヨーテって?」

「犬科の動物の一種だけれど、古い信仰だと動物を神の使いだと考える事があるの。 日本でもアイヌの信仰では狐や熊なんかをそう考える事があったし、本州でも昔は狼をそう考えていたようね。 此奴はトリックスターとして、場を引っかき回すことに特化した悪魔よ。 気を付けて」

「なるほど、卑怯者の集まりって訳だな」

ワルターの挑発に、言葉が通じているらしいコヨーテが、歯を剥いて唸る。

そして、見る間に巨大化していた。

熊ほどもある巨体。口は血に濡れている。これは先行した連中はどうにもならなかったのだろう。

一斉に襲いかかってくるコヨーテ。

がっと、パワー達が盾で壁を作って受け止める。霊夢はまだ力を温存してもらう。僕らで此奴程度は対処する。

一体の頭を、オテギネで叩き割る。

だが、ぬるっとさがると、割られた頭を即座に修復するコヨーテ。なるほど、普通のコヨーテではないし、これくらいの芸当は余裕というわけだ。

まあ、こっちもまだまだ本気には程遠い。

飛びかかってくるコヨーテを、そのまま蹴り上げて、浮き上がった所へ追撃の対空技を入れる。

だがコヨーテは体を伸ばして、突きを回避。

ケラケラ笑っていたが。

僕が着地すると同時に、その体は四方八方から炸裂した攻撃魔術で吹き飛ばされていた。気配が消える。

他のコヨーテが、明らかに怒るが。

面白半分に人間をなぶり殺しにした分際で怒る資格があると思っているのか。

飛びかかってくるコヨーテ。割って入ったワルターが、大剣で唐竹にするが、首をにゅっと伸ばして刃に噛みつき。ワルターが大剣を振るって地面に叩き付けようとすると、首がやはり伸びた。

しかし、その体に僕が蹴りを叩き込むと、ぎゃっと悲鳴を上げて血を吐きながら吹っ飛び。

更にはイザボーの悪魔達が一斉射した魔術を浴びて消し飛んでいた。

なるほどな。

分かってきた。

此奴ら、相手をおちょくることに特化しているが、それしか芸がない。それが出来るだけ充分だが、しかし多角的な攻撃には弱いと言う事だ。

呼び出すラハム。

僕は突貫して、突きをコヨーテに叩き込む。びよんとコヨーテが体を丸めて攻撃を回避するが、そこへラハムの髪から生じた蛇が一斉にかぶりつく。勿論猛毒を注入だ。コヨーテが悲鳴を上げる。

他数体のコヨーテが逃げ腰になるが、全部まとめて氷漬けになっていた。

今のを狙っていたらしい。

マーメイドによるものだった。

ひくひくと痙攣しているコヨーテに、僕は歩み寄る。ラハムは容赦なくまだ毒を注入していた。

「他の人外ハンターは? 喋れるのは分かってる」

「へへ、食っちまったよ。 あんまりにも隙だらけだったんでね」

「そ、じゃあいいや。 ラハム」

「はい」

絶叫するコヨーテ。凄まじい密度の呪いの魔術が叩き込まれ、その全身が真っ黒になりながら溶けて行った。

氷も砕ける。

辺りには人間の残骸が散らばっている。

これが戦いだと分かっていても、やりきれない話だ。

「塔の入口、制圧したわ。 此処で起きた事はきちんと展開して、再発を防ぐようにして貰えるかしら」

「了解。 無駄に命を散らしやがって……」

「手柄に逸るのは考え物なんだな」

ワルターがぼやく。

ワルターとしてみれば、このコヨーテのエジキになったハンター達の気持ちは、分からないでもないのだろう。

ワルターも似たような部分があるからだ。少なからず。

塔周辺を、人外ハンターが確認する間に、霊夢が魔法陣を展開する。何やら呪文みたいなのを唱えているけれど。

やがてばちんと音がして、霊夢が弾かれていた。

数歩さがった霊夢が、ぐっと顔を上げる。

「これは厄介よ。 塔の内外から複数の結界が張られてる。 中に何がいるかは分からないけれど、多分ただ者じゃないわね。 守りについているのが大天使マンセマットだけとは思えないわ」

「結界は無力化出来そう?」

「一度では無理。 一枚ずつ剥がして、内部に侵入。 内部からも結界を壊す必要があるでしょうね」

まずはそうなると外からか。

霊夢がスマホに説明して、人外ハンター達が調査する。新宿御苑に戦力を集中させていたと言う事は、破壊目標はあまり遠くとは思えない。

今回は歴戦の志村さんも来ている。

ならば特に問題なく、おかしなものは見つけられる筈だが。

塔の扉はまだ閉じている。

しかし、霊夢が手をかざしてずっと解析していた。棒立ちしているつもりはない、というわけか。

程なくして、連絡が来る。

「どうやらそれらしきものを発見した! 三つの何か小型の牙のようなものが地面から生えているが……強い魔力を感じると悪魔達が言っている!」

「下手に手を出さないで! 一旦距離を取って!」

「分かった! 各自一時距離を取り、悪魔達を展開して防御姿勢!」

座標がバロウズの所にも来るので、僕も即時で移動する。塔を真ん中に三つの牙みたいなのがある。

途中で、銀髪の子が来る。

丁度牙の所で合流。霊夢が牙に触れて舌打ちしていた。

「厄介よこれ。 ユダヤ神秘思想に基づく結界だわ」

「ユダヤ……何?」

「そうか、知らないでしょうね。 一神教というのは、元々モーセという人物が立てた宗教なのよ。 最初に出来たのがユダヤ教。 ユダヤ教は過酷な砂漠の宗教らしく、排他的で偏屈な思想でね。 他の宗教全てを敵と考えるような思想であったのだけれども。 人間、何でも一から作り出すのは難しい。 結局ユダヤ教も、他の宗教の思想を取り込みながら、形を為していった。 その中には神秘思想も多くあったのよ」

「良くわからねえが、最初を自称しているだけで、最初ではないってことか」

ワルターの意見に、霊夢はそうよと返す。

ワルターは直感的だが、こう言うときにズバリ真実を突き当てたりするから面白い。僕達に出来る事はないかと聞くと、あると言われた。

それぞれ三箇所の牙に散って、指定のタイミングでぶっ壊せ、だそうである。

霊夢とマーメイドは単騎で。僕達は銀髪の娘と一緒に。それぞれ、三つの牙のある地点に散る。

その間も、バロウズを介して説明を受ける。

「えっ、リリスって悪魔は、そのユダヤ神秘思想でも重要な存在なんだ」

「途中から一神教はユダヤ教、キリスト教、イスラム教の大まかに三つに分かれてね。 まあ他にもあるのだけれど、その三つが主な派閥よ。 ユダヤ教そのものがなくなったわけでもなく、色々と魔術的な要素を持つ思想が出来ていったりしたのよ。 リリスはそんな魔術としてのユダヤ教で悪魔の大親分に近い位置にいる。 或いは不死身の理由も其処かも知れないわね」

「とりあえず現場に着いた。 これは……瓦礫を積み上げて、わかりにくいようにしていたんだ。 魔術的な拠点というわりには、なんというか力仕事で隠していたんだね」

「そんなものよ。 あたしだって年始なんかの色々な悪神を抑えるための儀の時は力作業にもなって、結構大変なんだから」

そんなものか。

ともかく牙の周囲に展開する。

銀髪の子が戦う所は以前も見たことがあるから、不安はない。背中を任せてしまって大丈夫だろう。

人外ハンター達は救出した人々をどんどん後送しており、捕らえた阿修羅会の構成員も武装解除してから、乱暴にバスに放り込んでつれて行っているようだ。

今ですら死人が出ている。

それに此処での労働は、おおよそ労働と言えるようなものではなかったようだ。

東のミカド国の農民は過酷な労働に晒されているとフジワラに言われた。僕にはそんなつもりはなかったが、東京の人からみればそうなのかも知れない。自分の主観だけではなく客観を取り入れる事の大事さを僕は知っている。その上で周囲の様子を見て断言するが、これはおおよそ人間に対する扱いじゃない。

周囲には、人間を文字通りすり潰しながら使っていたのが分かる痕跡がいくらでもある。

ヨナタンも眉をひそめているし、イザボーは露骨に眉間に皺を寄せていた。

「よし、同時に壊すわよ! 3、2、1!」

バロウズを通じて霊夢の声。

僕は銀髪の子と頷くと、力を出し惜しみせずに行く。

移動中に支援魔術は既に重ね掛けしていた。其処にチャージも乗せる。

突貫。

ワルターとヨナタンも同じように自身に強化を入れていたし。

イザボーもコンセントレイトを其処へ更に重ね掛けしていた。

銀髪の子は見えない質量体を、真上から牙に叩き込む。

一斉攻撃で、牙が瞬時に砕け散る。

それなりに重い手応えだったが。

流石にこの攻撃の前には、どうしようもなかった。

呼吸を整え、残心もする。

牙は完全破壊。

一度休憩を入れると霊夢が言うので、塔から距離を取る。

人外ハンター達が掃討戦をしていて、周囲から雑魚悪魔を片付けていた。

僕は休憩所に出向くと、アサヒが展開する悪魔の回復を受ける。ナナシとアサヒは随分と強くなっているようで、掃討戦でかなり活躍したようだった。アサヒの悪魔も、面子が随分変わっていて。回復術の効果も上がっている。

前もあった仮設トイレもあるし、スポーツドリンクも支給される。以前より気前よく支給されているのは、それだけ供給量が増えているということなのだろう。いずれにしても有り難くいただく。

まだ銃声がしている。

抵抗が小規模ながら続いていると言う事だ。

志村さんが来る。

幾つか話をした。

阿修羅会の抵抗は沈黙。

元々此処はもっとたくさんの悪魔が守っていたらしく、阿修羅会の悪魔使いもいたらしいのだが。

それらは以前シェルターに攻め寄せた挙げ句に斃されていたらしい。

それもあって、今回の攻撃が決定された側面もあったそうだ。

以前は此処には大物の堕天使数体と魔王が確認されていたそうだが。

全てもうシェルターに攻め寄せた挙げ句に斃されている。だが、あのコヨーテについては、存在を初めて確認したそうである。

「阿修羅会がなりふり構わず手札を切ってきた可能性もある。 内部に何があるかはまったく分かっていない。 今まで調べた限り、阿修羅会の者達も内部に何があるかはしらないようなんだ。 恐らくタヤマや他幹部くらいしかしらないんだろう」

「その話を聞くと、阿修羅会って連中は、意外と悪魔に対してそれほど強く出られないようですね」

「必殺の霊的国防兵器を使って悪魔とやりあっている、というわけでもなさそうだ。 六本木で大きなトラブルが起きている事もある。 だが、その時間もいつまでも続く訳でもないだろう。 とにかく態勢を立て直す前に叩き伏せるしかない」

「ま、此処で優勢を決定的にすればいいんだな。 俺も阿修羅会の連中の胸くそわりい行動は散々見ている。 手助けするぜ」

ワルターもそう言ってくれるのは嬉しい。

やはりヨナタンとワルターは所々で考えが違う事もある。

いつか決裂するのではないかと僕も心配しているのだが。

今のうちはまだ大丈夫だろう。

いつか決裂の時が来そうになった場合は。

僕は止めるだけだ。

霊夢は無言でスポーツドリンクを口にしている。銀髪の娘はほとんど消耗もないようである。

マーメイドはというと、黙々と氷を食べていた。

ばりばりかみ砕いているような事もなく、細かくした氷を水に混ぜて飲んでいるようだ。ちょっとそれはどうしてかはわからない。

あの水も、真水ではなさそうである。

「マーメイドはあれ、何を食べているの?」

「喉をよくする成分の薬と、それとただの氷らしい。 マグネタイトは周囲に漂っているものを普通に吸収しているそうだ」

「まあ、人を殺して食べるような他のマーメイドに比べると穏当ですわね。 あの凄まじい魔術の威力を知っていると、苦笑いしか出来ませんけれど」

「そうだな」

ナナシが戻ってくる。

他の班と塔の周りを見てきたそうだが、今の時点では問題はないらしい。

それよりも、別の問題があるそうだ。

「此処にも用水路があるんだが、死体が浮かんでた。 かなり古い死体だ。 多分見せしめに殺されて、悪魔も手をつけなかったんだ」

「埋葬してやろう」

「仲魔に引き上げて貰って、荼毘に付したよ。 それでいいんだよな、志村のおっさん」

「ああ、ありがとう。 よくやってくれた」

見せしめに殺す、か。

満面の笑みを浮かべながら阿修羅会の連中がそれをやっていたのが、言われなくても分かる。

さて、そろそろ良いか。

休憩は、僕は充分だ。

霊夢ももう良さそうである。

シェルターに何があるか分からない。あの秀さんがフジワラと一緒に守っているといっても、いつまでもがら空きには出来ないだろう。

立ち上がると、皆も頷く。

ここからが、本番だ。

 

1、魔塔の守護者

 

塔の入口は開いていて、中にすんなり入る事が出来た。クリアリングというらしいが、周囲を確認。

塔は封印さえ解けば、彼方此方に穴が開いている、開放的な造りだ。外も見える。封印がそれをそうと感じさせていなかった、というわけだ。これなら外から狙撃も出来るかもしれない。

安全確保と同時に入り込む。

気配はあるが、今の時点では此方に対してそれほど強い敵意を向けてきていない。

それよりも、なんだ。

ずんと来るこの不快感。

これは恐らくだが、此処に閉じ込められている奴の気配とみて良いだろう。

塔の構造は、至ってシンプルだ。螺旋状に階段があって、中央にある大きな柱の周りをずっと回っている。

とてもではないが、人間が作るものとも思えない。

実用性もなにもないし。

そもそもなんの目的があって作られた建物なのか、見ていて皆目見当がつかないのである。

霊夢は柱に刻まれている文字を見て、触らないようにと言ってくる。

「これ、全てが封印の文字よ。 塔そのものが封印装置になっていて、何かを抑え込んでいるようだわ」

「塔全部をつかう封印装置ね。 一体何を抑え込んでいるんだか」

「……東のミカド国から此処を開放しろと指示が出たんでしょう。 仮説はあるけれど、ちょっとなんともまだ現物を見ない限りはいえないわね」

「まずは警戒しながら進みましょう」

イザボーの提案に、皆頷く。階段もかなり一段一段が大きくて、少なくともお年寄りに優しい造りではない。

銀髪の子は、ひょいひょいと飛び越えているが。

逆に言うと、踏み越えるのが無理なくらいに高い。僕も踏み越えるのは無理だと判断して、同じようにぽんぽんと飛んでいく。ワルターはかろうじていけるようだが、イザボーは辟易していた。

「僕がスプリガンを貸そうか? 背中に乗せて貰いなよ」

「いや、結構ですわ。 流石に、貴重な戦力を、無駄にはできませんことよ!」

「……いる」

「!」

最初に気付いたのは僕だ。

階段の向こうに気配がある。静かに潜んでいるが。確実に首を刈り取りに来ている。

即座に悪魔を展開。

ラハムと一緒に、アナーヒターも出す。

それで相手は、奇襲は無理だと悟ったのだろう。

ぬっと姿を見せていた。

あれは、なんだ。

階段を急いで上がりきって、展開する。周囲にはまたコヨーテがたくさん。それだけじゃない。

筋繊維の塊みたいな奴。

手に持っているのは、あれは鎌だろうか。

それが、中空に浮かんで、見下ろしていた。

側には鉄格子がある。

内部には三角錐の構造物が吊されていて、内部には半裸の何か人間らしいものが、閉じ込められているようだった。

「妙だ、気配がヨナタンの天使に近いよ」

「ほう、天使を従えている人間か。 この最果ての地にも、まだそんな信心深きものがいるのだな」

「貴方堕天使じゃないわね」

「ふっ……」

筋繊維の塊が翼を拡げる。

翼には大量の目がついていて。更には筋繊維の体そのものも、かろうじて人型というくらいに異形だ。

彼方此方に目がついているその様子は、極めておぞましい。

「現時点では解析不能。 もう少し情報を集めて」

「分かった。 ヨナタン、気を付けて。 天使は引っ込めた方が良いかも知れない」

「……皆、戦えるか?」

「問題ありません。 我等が身と心、ヨナタン様の為に!」

天使達が立体的な陣形を構築している。

五体のヴァーチャーを主軸に、前衛にパワーを並べたとても頑強なものだ。

多数のコヨーテが唸り声を上げて、此方に敵意を向けている中。

更に気配が出現する。

今度は赤い鎧を着込んだ奴だ。剣を手にしているが、これも体は筋繊維の塊だ。それも脈打ちながら、兜の中にある一つ目がらんらんと輝いている。

「出し惜しみはなしといくか」

「おや、上の守りはいいのか」

「各個撃破されるのも馬鹿馬鹿しいのでな。 其方にいた奴らもつれて来た」

更に更に気配。

これは、コヨーテより更に大きな獣だ。

体に多数の縞模様がある。

「ジャガーよ。 猫科の中ではかなり大きな、凶暴な肉食獣になるわ。 勿論普通のジャガーでは無さそうだわ」

「ありがとバロウズ。 上にもいるね。 出て来なよ」

「面白い。 気付くとは流石ですね」

すっと現れたのは、浅黒い肌を持つ、黒い翼の天使らしき奴。

両手を拡げる其奴は、明らかに此方を見下し、馬鹿にしている気配を隠してもいなかった。

これはまずいな。

あのジャガーが一番気配としては危険だ。コヨーテの群れと混ざっているが、三段くらい上の力を感じる。

それだけじゃない。

あの三体の天使らしき奴らも然り。

あれらは、片手間に相手出来る存在じゃなさそうだ。

それに、である。

背後はこの転がったら無事では済みそうにない階段。ここで戦うのは、地の利から言っても不利か。

「私は大天使マンセマット。 今は訳あって、この塔を守護しています」

「貴方が天界の掃除屋か」

「おや、そう認識してくれるのは有り難い。 其方はサリエル、其方はカマエル。 同じように天界での後ろ暗い仕事を任された同志ですよ」

「サリエルは月と目を使った魔術の専門家である大天使。 カマエルは破壊の天使と言われる、攻撃的な性格の荒々しい大天使よ」

バロウズが解説してくれる。

ちょっとまずいな。

コヨーテと、何よりこいつらと同格かそれ以上のジャガーがいる。少しばかり、手が足りないか。

霊夢を一瞥。

冷や汗を掻いているようだが、即時撤退という雰囲気ではない。指先でハンドサインを出しているのを確認。

なるほど、そういくか。

幸い、背後が駄目でも、階段の前には戦えるスペースがある。

押し込まれなければ、足場もしっかりしているし、戦える。

ヨナタンの天使達の数も、僕らの手持ちの数だって増えている。戦う事は、不可能じゃあない。

じりじりと間合いを計る中。

ぽんぽんと手を叩くマンセマット。

「少し話をしましょう。 そもそもこの塔に何が封じられているか、貴方方は理解していないでしょう?」

「だから解析して、場合によっては葬るだけだよ」

「荒々しくて結構。 池袋で西王母を斃したというだけのことはありますな。 しかし此処にいるのは、貴方方が来た東のミカド国、でしたっけ? 其処に、更なる波乱をもたらす存在なのです」

「だったらブッ殺すだけかな」

というかだ。

ギャビーが名指しで指示をして来た時点で、此処にろくでもないものが封じられている事は分かっている。

今更動揺なんかするか。

笑顔のまま、マンセマットは更に話しかけてくる。

何となく分かってくる。こいつ、こっちが戦力差に萎縮していると思っている。

長い時間生きてきた存在のようだが。

戦闘経験そのものはあまり積んでいない。

しかも肌で感じて分かる。

此処で一番強いのはあのジャガーだ。此奴は恐らく、他の二体の大天使ともども、信仰を失い、伝承も失い、かなり弱体化している。それでも人型を保っているのは、何かしらの理由があるのだろう。

「意外や意外。 上で飼い慣らされたわりには、神の盲目的な木偶人行というわけでもないようですね」

「長広舌はそこまでだ。 そもそも大天使というのなら、どうして人々を救おうとはしない。 此処で虐げられていた人々の事は、間近で見ていた筈だ!」

ヨナタンが我慢できなくなったか、反論する。

確かにそれもある。

いずれにしても、ろくな連中でないのは目に見えて分かっていたが。

「天使達を従え、慕われているものよ。 この最果ての地は、そうなるべくしてなったのです。 此処は現世に具現化した地獄。 此処にいる者どもは、あるべくして罪を受け、それを償っているのですよ」

「そ」

僕の声が冷えたのに気付いただろうか。

いずれにしても、即座に動く。

恐らく戦力差を過信して、それで気付けていなかったのだろう。とっくに僕は、準備を終えていた。

ばきんと、地面が凍り付く。それで、コヨーテが皆、困惑しながら動かない足を見やった時には。

僕が踏み込むと同時に、払い技の究極を叩き込む。

払い技の奥義。

薙。

これも貫と同じで、ただそれだけの意味があり、それだけの用を為せばいい。多数群れていたコヨーテは、体を曲げて避けようとするが、それも出来ずに一斉に消し飛ぶ。凍った足が、彼等の体を逃がすことを許さなかったのだ。

ジャガーだけは回避していた。

今の冷気は、アナーヒターによるものだったのだが。

それ以上の悪魔ということか。

だが、その時点で、戦闘態勢を取るサリエルに対して、既に霊夢が動いていた。一斉に針を投擲。

それが容赦なく、体中にある目に突き刺さり。

僅かに動きが鈍った瞬間。

イザボーとヨナタンの天使達が、一斉に光の魔術を叩きこんでいた。

狂気を司る月の天使だ。

光の魔術にはむしろ相性が悪いはず。その予想は大当たり。全身が焼かれて、凄まじい悲鳴を上げるサリエル。

おのれと喚いて、斬りかかろうとするカマエルに、ワルターとナタタイシが躍りかかる。そして、サリエルに対して、まず突貫したのはラハムだ。髪から大量の蛇を展開。全身を絡め取る。

其処に、銀髪の子が突貫。

滑るように氷の上を行くと、跳躍。しかも空中で跳躍して上を取ると、サリエルの頭から足下まで、鋭い爪のようなもので、切り裂いていた。

「ぎゃああああああっ!」

「サリエルっ!」

霊夢がサリエルを蹴飛ばし、音を超えたサリエルが遙か向こうの壁に叩き付けられて、ドゴンとか音がしていた。

怒号を張り上げたカマエルだが、ナタタイシが猛攻を叩き込み、すぐに動けずにいる。

苛立ったようすで、マンセマットが着地。

僕に対して、鋭い手刀を振り下ろしてきていた。

がっと、オテギネで防ぐが、思い切り吹き飛ばされる。だが背中を打つ事もなく、腰をつくこともなく、そのまま踏みとどまると、突貫。

そのまま乱戦に移行していた。

ジャガーはいない。

奇襲に移るのか。

いや、違う。

様子見に徹しているんだ。

それに妙だ。

此奴らの戦闘力、どうにもちぐはぐである。違和感を感じたのは僕だけではないらしく、霊夢も視線を送ってくる。

飛びかかってきたコヨーテ。踏み込みつつ、掌底を叩き込み。奴がおちょくるようにはらを曲げて回避した瞬間、オテギネを旋回させて首を叩き落とす。単独での陽動攻撃でも通るか。

いや、これは。

槍を正面に構える。

マンセマットが前に出てくるが、跳躍。上空でラハムの髪の毛を台座にして貰い、それを蹴って跳ぶ。

狙うはあのジャガーだ。壁を蹴ってジグザグにいき、避けようとしたジャガーに払い。回避しようと浮き上がった所に、回し蹴り。それもコヨーテと同じように体をぐねっと変化させて回避するジャガーだが、そこへ完璧なタイミングで、アナーヒターの冷気魔術が直撃していた。

「何ッ!」

そして、その時には、僕もチャージを終えていた。

一瞬だけ動きを止めれば、それで充分だ。

槍技の奥義、突きの究極、貫。それを叩き込む。

更に火力が上がったのが分かるが、問題は其処じゃない。確実にジャガーに打撃が通った瞬間、辺りの光景がぐにゃりと歪んだのである。

これは、領域。

結界の中か。

周囲はまるで森。それも、こんなに緑が濃い森は見た事がない。霊夢が着地すると、ジャガーに何か術を展開。

その体を拘束していた。

「やはりね。 大天使が三体にしては弱すぎると思ったのよ」

「面白い、我に攻撃を通すか。 人間程度の割りにはやるではないか」

既に粉みじんに砕けたサリエルもそうだが、マンセマットと思っていた奴も、それにカマエルと思っていた奴も、コヨーテに蛇やら鳥やらが絡みついた、合体型の悪魔であったようだ。

そして、霊夢の結界をみしみし言いながら、内側から破ろうとするジャガー。

貫を完全に通したのに、致命打になっていない。

それどころか、今まで斃したコヨーテたちが、立ち上がってきている。塔の入口からも、奧からも来る。

「幻影を斃させて気持ちよくさせて、それであるものを奪う予定だったんだが、どうするねマンセマット」

「困りましたね。 ただ我々も残念ながら力尽くでは奪えません。 何しろ霊格という点では封印されている状態でも上の相手ですからね」

「仕方がない。 いい手駒だと思ったが、殺してしまうか?」

降り立つ三体の大天使。マンセマットもカマエルもサリエルも、姿は変わっていない。変わったのは威圧感だ。

冷や汗が流れる。

まずい。

相手の力が単純に四倍になったように感じる。

そして、ジャガーの悪魔は、姿を変えていた。蛇などが寄り集まった結果、それで不可思議な多数の動物が合成された、人型へとなっていたのである。

「邪神テスカポリトカよ。 南米のトリックスター。 主神でも邪神でもあり、創造神でも破壊神でもある厄介な存在。 テスカポリトカに加えて大天使三体では、今の実力では勝ち目は薄い。 撤退を推奨するわ」

バロウズもそういうが。

ちょっとまずいな。

そもそもこの場の全員掛かりでも、このテスカポリトカだとかには勝てるか微妙だ。それが四体いるのと同じで、しかもこの数のコヨーテに囲まれているとなると。撤退をするにも、その時間さえあるかどうか。

いや、そんな弱気では駄目だ。

活路を開くには、まずは相手に痛打の一つも叩きこまなければならない。

そういえば、マーメイドはどこに行った。

それと、この気配は。

パンと、手を叩いた。

不可解そうにこっちを見るヨナタンとワルター。飲まれてしまっている状態で、不意に僕が手を叩いたのだ。

毒気を抜かれた状態である。

イザボーもそうだろう。

サリエルが、失笑した。

「この国の神事であったか? 残念ながら、この国の主要な神々は、我々が封印してしまったぞ」

「弱い連中であった。 そもそもこの国の民草は、真摯な信仰などとは無縁であったし、仕方がないのかもしれないがな」

ゲラゲラ笑うカマエル。

何となく、此奴らが東京にいる理由がわかってきた。

こいつら、天界の掃除人だとか言っていたが。

いつの間にか、性根が完全に腐りきっていたのだろう。

もっとも、東のミカド国を支配していると思われる大天使も、きっと方向性は違うだろうが、それは同じ。

醜悪な精神性は変わらないだろうが。

注意を引きつけろ。

僕はそう自分に言い聞かせる。

「貴方たちのその姿を見る限り、信仰なんて受けていたとは思えないけれど」

「……っ!」

「ゴミ虫風情が、我等の何を知っている!」

「分かるよ。 その言動、あの西王母だかと同じだ。 自分を信じてくれた人々をバカにしくさって、エサか何かとしか考えていない。 反吐が出る外道。 あんた達他の天使からは明らかに別行動しているみたいだけれど、そんなだから距離を取られたんじゃないのかな」

額の血管が切れる音がした。

霊夢が呆れるように僕を見ている。

テスカポリトカがじっと此方を見ていることもある。

マンセマットも苛立っているようだが、それでもまだ注意を引きつけるのが足りないか。咳払いすると、もう一押しする。

「人々の信仰を受けていないからそんな姿になる。 貴方たちは東京で……東京以外でも人々を殺して殺して殺し尽くした。 その上今も人々を馬鹿にしてる。 貴方たちを信じていた者も含めてね。 それだったら、その性根に相応しいその姿になるのも、当然なんじゃないのかな」

「我等の姿まで馬鹿にするか!」

「許さんぞこのはしためが! そも男のような格好をすることは女として最悪の行為だと知らぬか猿め!」

「あんたらみたいなのに褒められるくらいだったら、猿で充分! このゴキブリ以下!」

サリエルが、泡を吹きながら喚く。

よし。想定通りだ。

強烈な魔術を詠唱し始める。多分この辺り全部吹っ飛ばす火力だ。それに加えて、カマエルが襲いかかってくる。

手にしている剣が見る間に長大に伸びて、僕に斬りかかった瞬間。

ドンと重い音がして、サリエルの両手と胸に、大穴が空いていた。

「げぶっ!?」

「サ……」

サリエルと呼ぼうとしたのだろうか。

次の瞬間には、完全に意識が僕に向いていたカマエルが、全身氷漬けになっていた。これ、ただの氷じゃないな。

だが、いまだ。

突貫。

フルパワーで、氷漬けになっているカマエルに突撃。態勢を崩したサリエルには、銀髪の子が、ため込んでいた力をぶっ放す。

マンセマットが空間を跳んで僕の前に出ようとするが、その脇腹を霊夢がフルパワーで蹴る。更には、ヨナタンとワルターが息を合わせて、同時にテスカポリトカに斬りかかり、奴は僕に注意を取られていたこともあって、一瞬防御に回る。

それで充分だった。

僕が渾身の貫で凍り付いていたカマエルを砕く。

一瞬でバラバラになったカマエルは、氷の性質が魔術的なものだったこともあるのだろう。

それで再生も出来ず、見る間にマグネタイトに変わっていく。

同時にもの凄い音が響き、サリエルが見ると光の柱に貫かれていた。銀髪の子の奥義だろう。

とんでもない火力だ。

塔を内側から吹っ飛ばしかねない破壊力。

あんな切り札を持っていたのか。

サリエルは何も言えず、そのまま墜ちてくる。その途中で、体が崩れ、マグネタイトに変わっていった。

どう見ても致命傷だ。

今度こそ、本当に。

「お、おのれえええっ!」

マンセマットが、瞬く間に斃された二人を見て、顔を歪めて吠え猛る。霊夢を黒い光で弾き飛ばすと、銀髪の娘に飛びかかろうとするが。

氷の壁が出来て、それに顔面からぶつかる。

ずるずると氷の壁をずり下がるマンセマット。ちょっと気の毒な醜態だ。

マーメイドが哀れみを込めて言う。

「貴方はこの世界でもこうなのね。 霊格がどうのといいながら詰めも甘いし自分の事しか考えていない。 貴方が少しでも人々の事を考えていたのなら、こんな事にはならなかったのではないのかしら」

「なんだと! お、おのれ、貴様っ!」

床から浮かび上がったマーメイドが、魔力をいつも以上に増幅させている。

マンセマットは凄まじい形相で吠え猛るが、ヨナタンとワルター。それにヨナタンの天使達から一斉攻撃を受けているテスカポリトカが叫ぶ。

「まずい! 逃げるぞバカ天使!」

「勝手に逃げるなら貴様だけにしろ! 私は……ぐげぶっ!」

氷の壁を砕きに懸かっていたマンセマットの全身が、また三箇所から一斉に貫かれていた。

銃による狙撃。

それも生半可な銃じゃない。

これ、恐らくはサリエルを貫いたのと同じ奴だ。

マンセマットは頭に血が上って、氷の壁をなんとか引き裂こうとしていた。そこを突かれた事になる。

ようやく気付いた。

塔の外側から、志村さん達が、一斉に狙撃したんだ。

多分地獄老人あたりが作った凄い銃で。

さっきのサリエルの時もそう。

大天使達もそうだが、人間をあまりにもこいつらは甘く見すぎていたのである。

ふらついたマンセマットを、背中から僕が刺し貫く。更に、銀髪の娘が不可視の質量体を振り回し、顔面を張り倒していた。

舌打ちすると、テスカポリトカが吠える。同時に、僕やイザボーが呼び出した仲魔と交戦していた大量のコヨーテ達が撤退を開始する。テスカポリトカも、さっと分裂すると、それぞれが逃げていった。

「待ちやがれっ!」

「いや、いい! 行かせろ!」

ヨナタンがワルターを抑える。

それでいい。

あいつはこの状態でも、冷静になれば僕達を単騎で圧倒しかねない化け物だ。撤退してくれたのなら、勝手に逃がしておけば良い。

槍技を片っ端からマンセマットに叩き込む。霊夢が結界を展開して、マンセマットの全身を拘束。悲鳴を上げた黒い肌の天使は、ぶちぶちと手足を引きちぎりながら、上空へと飛ぶ。

氷の壁を多数展開するマーメイド。その壁を蹴って上空に躍り上がった銀髪の娘が、鋭い剣撃を浴びせ。マンセマットの黒い翼が一つ千切れ飛んでいた。

口が耳まで裂けたマンセマットが、絶望の悲鳴を上げていた。

「き、きさまら、きさまらああっ!」

更に狙撃。

マンセマットの体を穿つ。だが、最後の三発目は、マンセマットに致命傷を与えられなかった。

恐らく射撃を読んでいたのだろう。弾が逸らされて、頭やら腹やらを貫くに至らなかったのだ。

マンセマットは慇懃無礼を気取っていた姿から、全身をズタズタに割かれ、翼も一つ失いつつも、塔の最上部。

安全圏まで逃れたようだった。

「この塔はな、貴様等に禍だけをもたらす! 覚えておけ! そして貴様等の顔、覚えたぞ! 絶対に食い殺してやる! サリエルとカマエルの仇は、いずれ討たせて貰う!」

「勝手な事ばかりいいやがって……!」

僕の声が冷えた。自分でもびっくりするくらいに。

此奴らが億だとかもっと多くの人間を殺した事は分かりきっている。それが、仇討ちだと。

世界の果てまでいっても、そんなことが正当化できるものか。

もはや脇目もふらず、ボロボロになったマンセマットが飛んで逃げていく。壁に背中を預けて、座り込む霊夢。

銀髪の娘も、珍しく余裕が無いようだ。いつも身に纏っている白い光が薄れている。マーメイドも浮かんでくると、大丈夫と声を掛けて来る。

大丈夫、とだけ答える。

これはちょっとばかり、しんどいな。

そう僕も思っていた。

 

2、ひとときの休憩と膨れあがる疑念

 

塔の外では、やはり志村さんたちが待っていた。でっかい銃を持っている。それで狙撃してくれたらしい。

銃はワルターが時々使っているのを見るが、僕やヨナタンはまだ使いこなせていない。人外ハンターの方が、やはり使い手としては何日も長があるようだ。

「あの状況で、良く冷静に悪魔共の気を引いてくれた。 狙撃が成功したのも、君の勇気が故だ」

「うん……」

実を言うと。

あの瞬間での奇襲で期待していたのは、マーメイドの大技だったのだが。

それについては、言わない方が良いだろう。

マーメイドの大技で、カマエルが致命打を受けたのは事実だ。

それにしてもあの氷、何だったのだろう。

ちょっと気になるが、それについては今はいい。ともかく休憩をしないと。

霊夢も横になって休んでいる。マーメイドも何もいう余力が無いようだ。すぐに装甲バスが来る。

安全圏まで移動した方が良いと判断したのだろう。人外ハンター達も一斉に撤収しているようだった。

あの塔は、護り手さえいなくなったが、結局頑強な造りは変わっていないようだし、奧に封じられていた者についても、簡単に引っ張り出せる状態ではないらしい。

一度新宿のターミナルまで移動。

其処で一旦解散となった。

僕達は、一度東のミカド国へ戻る。

此方も安全とはとても言い難い場所だが、六十倍の時間の流れの違いが大きい。

戻ってくると同時に、ずっと消耗が大きい悪魔ばかり呼んでいたイザボーが腰砕けになってしまったので、僕が肩を貸す。

そのまま隊舎に戻って、食事と風呂を済ませて。無言で解散して、それぞれの部屋で寝る。

霊夢やマーメイドも酷く消耗していた。

あの戦い。

最悪の戦況だった。

テスカポリトカという邪神に逃げ癖があったこと。

大天使三体がアホだった事。

それが救いになったが。

もしも彼奴らが油断していなかったら、とても勝ち目なんか無かっただろう。危なかったのだ。

そう思うと、横になっている今も、冷や汗が流れて来る。

ともかく今は回復だ。

そう思って、一眠りした。

起きだしてもすぐには回復出来ない。

肉体は全盛期だし、じっくり鍛え上げた体だし。膨大なマグネタイトを吸収しつづけている。それでも限界がある。

これはもう数日休んだ方が良いな。

そう思って、朝の鍛錬だけをすると、食堂に。

案の場うつらうつらしているイザボーとかち合う。

大丈夫だろうかと思ったが。イザボーも僕に気付いて苦笑いしていた。

「レディらしくもない有様ですわね。 情けない姿を見せてしまいましたわ」

「情けなくなんかないよ。 それよりも、あの塔の守護者は追い払った。 その後どうするかだね」

「ええ。 ただちょっとあと何日かは休みたいですわ」

「大丈夫、それは僕も同じ。 あれくらいの相手だったら、いずれ片手間に斃せるようにならないと駄目なんだろうね」

イザボーも苦笑い。

すっかり身についたテーブルマナーで、食事を済ませる。

新人の料理係も、腕を随分あげたようだ。向こうでの一日が、こっちでは二ヶ月になる。

元々此処に招かれるような人だし、短時間で腕を上げるのも、当然なのかも知れない。

ヨナタンが報告書をどうするかと相談にきた。

ワルターも交えて、軽く話をする。

勿論話をするのはターミナルで飛んだ先。奈落の深奥でだ。

「塔にいた大天使については、どう報告するかだね。 そのまま素直に書いてしまっていいものか……」

「別にいいんじゃねえのか? あの塔にいたってことは、明らかにこの国を裏から牛耳ってる連中とはべつだろ」

「確かにそうですけれども。 あの塔に封じられている何者か。 マンセマットが、自分以上の霊格だと言っていましたわ。 しかもわたくしたちに、何かさせるつもりだったようですし。 ひょっとすると敗走を装うつもりであったのかも」

「だとすると、封じられているものは少なくとも開放されるとマンセマットに得になったのかな」

考え込む僕に。ヨナタンが言う。

いずれにしても、一旦東京に戻って、専門家と協議すべきだと。

確かにそれはそう。

東のミカド国では、ありとあらゆる情報が失われてしまっている。

色々な悪魔と遭遇して分かってきた事だが。

何々神話と言われても、まるで理解出来ない僕達の方が無知なのだ。世界がこうなる前は、そういった色々な神話があって。

それを信じている人々がたくさんいた。

それを滅茶苦茶にした出来事があった。

そんな出来事を、僅かながらも知っている人がいるなら。

そこで相談するべきなのだろう。

「分かった。 後三日、上で休もう。 その後、シェルターに戻って、そこで会議だね」

「霊夢とマーメイド、あの銀髪の子も。 消耗が激しそうでしたけれども、大丈夫かしら」

「確かに此方での三日なんて、向こうではあっと言う間だよな。 何かしら回復の手段があると良いんだが」

「ともかく、行ってみるしかないとないと思う。 何かの回復手段があるかも知れないし、僕達も利用できるかも知れない」

まあそれはそれとして。

そういうあるか分からないものを期待するのではなく。

僕達は自然回復力を利用して、万全な状態にするべきではあるのだが。

それからは、報告書はヨナタンに任せて、残りの予定時間を休憩に費やした。ぼくとしても、久々に眠くて仕方がなかったので、ずっと眠った。

それで充分回復させてから、ホープ隊長に話もする。

東京で、どうも東のミカド国と対立しているらしい大天使と遭遇したという事を。

ホープ隊長は頷いて、続けての調査をするようにと全権を任せてくれた。

いい隊長だ。

僕としても、こう言う人が後ろにいるから、安心して進める。

東のミカド国を牛耳ってる連中は正直気にくわないが。

東のミカド国に住んでいる人々を守るためにも。

今後は更に慎重な行動が必要になるだろう事は、確実と見て良かった。

 

休憩を済ませてから、シェルターに。シェルターの入口では、丁度戦闘を終えたばかりらしい秀がいて。

大きな刀を振るって、血を落としていた。

辺りには仕掛けて来たらしい悪魔の残骸が散らばっていて、マグネタイトに変わりつつある。

安心できる実力だ。

礼をすると、秀もこくりと頷いて返してくる。

此処は任せても大丈夫だろう。

すぐにシェルターに入って、それで忙しそうなので目を細める。あの地獄老人が、志村さんと話をしていた。

「狙撃のログはみたがな、もう少し完璧にやれなかったのか。 上手くやれば三射で天使共全部を仕留められただろうに」

「無理を言ってくださいますな。 あれもフリン殿が相手の気を引いていたから出来たことであって……」

「いずれにしても、対悪魔レールガンの破壊力はこれ以上はあがらんぞ。 その代わり速射性とバッテリーの性能を上げて、最終的には携行できるようにするのが当面の目的じゃな」

「あれを携行できるのは心強い。 高位の悪魔であっても倒せる事は今回立証されましたので」

よく分からないが。

あの銃はレールガンというのか。

僕に気付いたか、地獄老人が振り向くと、ふんと鼻を鳴らしていた。

「勘が鋭いようだなあの霊夢ともども。 おかげでバカみたいな罠に引っ掛からずにすんだようだが」

「塔は現在も同じ状態ですか」

「ああ。 ただ霊夢達がまだ回復しきっておらん」

「さもありなんですね」

まあ、仕方がないだろう。

霊夢に至っては、マンセマットの攻撃をもろに貰っていたのだ。神降ろしというので防御をあげていただろうが、それでも普通だったら死んでいる。

やはり都合のいい回復は出来ないよな。

そう思いながら、奧に通される。

フジワラがいたので、礼をする。

フジワラは誰かとスマホで話していたが。僕達に気付くと、後でまた連絡するといって、それで会話をうちきっていた。

「塔の攻略、ありがとう。 本当に助かった」

「いえ」

僕としては、被害を出したと聞いているので、喜ぶわけにもいかない。

フジワラもそれを察したのだろう。

もう一つ咳払いすると、幾つか頼まれる。

「専門家の霊夢くんが同行できるといいのだが、ちょっと今寝ている状態でね。 一度寝ると、霊夢くんはしばらく起きてこないんだ」

「強引に睡眠を利用して回復しているのかな……或いはそういう神様を降ろしているとか」

「かも知れないね。 ともかく、今は塔には触らない方が良い。 ただ、制圧した塔を、一般の人外ハンターだけに任せるのも危険だ。 これから新宿御苑に出向いて、塔に新しい悪魔が入り込まないように、見張りだけ頼めるだろうか。 後から霊夢くんにも行って貰う。 それから合流して対応を協議して欲しい

「了解です」

ヨナタンが挙手。

出来る範囲で、上で調べてきていたという。

幾つか専門的な話をしているが、フジワラはすらすら答えられているようだ。

「なるほど、やはり此方の人間の方が色々と詳しいようだ。 上にいる司祭達は、配布されているバイブルの内容を丸暗記するだけで、それについて考えると言うことを一切していない。 技術や知識についても、与えられているものだけを丸呑みにして、それで満足している状態だ。 自由に考える事ができると言う点で、破壊されてしまった世界には、それだけ大きな価値があったんですね」

「そう言ってくれると嬉しいが、大戦が起きる前はそういった情報も混乱が酷くてね。 誰もが自分で調べないといけない状態になっていたんだ。 僕は情報を扱う専門家だったんだが、同業者は情報を利用して周りから金をむしり取る事だけを考えるような連中に堕落しきっていた。 情けない過去の話さ」

「それでも貴方は違った。 上では何かを真面目に考えて、分析しようとするだけで命を奪われる事すらある。 やはり……東のミカド国の今の状態は間違っている」

ヨナタンがそんなことをいう。

前だったら、多分そんな風なことは言わなかっただろう。

ご落胤(事実は違うが)として勝手な期待を寄せられ、親にはそれすら利用され。

それで色々と、ヨナタンなりに抑圧された生活をしていたのだ。

一度疑念がわき上がれば、確かにそうやって不審も拡大していくのだろう。

ワルターが今度は促してくる。

「難しい話はいい。 ともかく霊夢が起きてくる頃に、塔がまたあんな悪魔共に制圧されていたらたまったもんじゃねえ。 さっさと抑えに行くぜ」

「そうだね。 ヨナタン、後でまた難しい話はしよう」

「分かっている。 フジワラさん、また次の機会にお願いします」

「うむ」

ターミナルから新宿へ。其処から新宿御苑に。

途中で人外ハンターと合流する。前にちょっと顔をあわせた、ライフルの野田とかいう人だ。

かなりの使い手だが、流石に霊夢達と比べると何段も見劣りする。

恐らくフジワラが、僕らだけで塔を守るのは厳しいと判断して、援軍を寄越してくれたのだと思う。

他にも数人、現役でやっているらしい人外ハンターがいる。

一緒に移動しながら、軽く話す。

人外ハンターの間では、僕達がいる東のミカド国がどういう場所なのか、噂になっているらしい。

天国みたいな場所だという噂も流れているようなので、即座に僕は否定する。

ディストピアのようだとフジワラが言っていたと話をすると。

まだ比較的若い人外ハンターが、肩を落としていた。

「なんだよ。 身なりがいいのが来るから、少しはマシな場所かと思っていたのに」

「勝手に期待されても困るんだが」

「ああ、そうだよな。 それはすまない。 だけれど俺たちはずっと希望なんかない世界に生きてきたからな。 だから希望が何処かに無いかって、期待してしまうんだよ」

「なるほどね……」

わからないでもない。

僕も農民として一生暮らすのかと思って、サムライになる前はずっとなりふりかまわず鍛練をしていた。

ガントレットの儀に誰でも出られるようになったのは、とても幸運だったと思う。

それまでは、形ばかりの平等で。

ガントレットの儀にカジュアリティーズが出られない何てのは、当たり前の事だったのだから。

ワルターも、少しは気持ちがわかるようだ。

「今は我々で力を合わせられる。 少しずつ良い方向に向かう未来も見え始めている。 勿論希望ばかりがあるわけではないが、それでも我等で努力して、少しでもいい未来に向かう努力をしよう」

「みなりがいいあんちゃんよ、確かにそうしたいのは山々なんだが。 俺たちは悪魔に殺されないように生きるだけで手一杯なんだ」

「それは、皆でバラバラに動いているからじゃないのかな」

僕が指摘すると、人外ハンター達はむっと呻く。

分かっている筈だ。

僕だって、単騎でここまでやれているわけじゃない。

大変に将来性があるナナシやアサヒだって、今はまだまだだ。

人外ハンターにしても、このくらいの人数で、もっと訓練をして、それで互いに弱点を補い合うように動けば。

まるで生存率は変わってくるはずだ。

「人間なんて単独では弱い生き物なんだよ。 それが強い奴だけ生き残るなんていって、それぞれ勝手にやってれば、それは悪魔のエジキになるよ。 今は人外ハンターがまとまりつつあるんだし、連携して動く事を考えた方がいいんじゃないのかな」

「確かにそうだな。 俺も腕利きなんて言われてはいるが、何度も死ぬような目にあってきた。 俺が今生きているのは運が良いからだ。 それを考えると、確かにその通りだと思う」

「野田さん」

「この子供みたいな背丈のサムライさんは、小さくてもあの西王母を斃して生還した実績持ちだ。 俺よりも確実に強い。 そんなサムライさんのいうことだぜ。 少しは聞いておいた方が、生き残れる可能性は上がるんじゃねえのかな」

野田というハンターが言うと、そんなものかと他が納得する。

まあ、納得してくれたのならそれでいい。

新宿御苑に到着。

人外ハンターが展開しているが、雑魚との戦闘が散発的に起きているようだ。それに、である。

塔の外部の守りは破壊したが。

内部の守りまでは破壊できていない。

しばらくは見張りをする事になるだろう。

ヨナタンが、天使を多数、上空に展開する。

最初にヴァーチャーに転化した天使が、そろそろその上になれそうだという話をしているらしい。

ヴァーチャーまでは天使としては役割が違うだけで、そこまで大きな力の差はないらしいのだが。

その上からは、確実に霊格だかが上がって、単騎で色々できるようになるということだ。

また、天使の中には、悪魔合体を利用して、大天使にしてほしいと言っているものもいるらしい。

下級二位のアークエンジェルではなく、マンセマット等と同じ天界の重鎮としての大天使なのだろうが。

ヨナタンは迷っているようだ。

まあ、気持ちはわかる。

あのギャビーが仮に大天使だったとしたら。

この東京で苦難に喘ぐ人々に物資をけちり。それどころか、殺戮の限りを尽くした存在なのだから。

とりあえず、分散して周囲を警戒する。

この新宿御苑、元々は要塞だの畑だのではなかったようだ。また、一箇所が不自然に開けられている。

ハンターが来て、話をしてくれる。

「そこに繭があったんだ」

「……」

ちょっとだけ聞かされた奴か。

大戦の前に子供達が行方不明になった。大戦が起きると同時に、繭は空へと飛んでいった。

それをやったのは天使達だという話があると。

「俺の姉も行方不明になった一人だった。 繭の中に入っていたのなら、生きていたのかな」

「僕には分からないよ。 でも、同じ事は繰り返させてはいけないね」

「……そうだな。 すまない」

子供をさらって、人々を殺して、それで何が天使だというのか。

苛立ちが募るが、それを誰にぶつけて良いのかも分からない。

悪魔だって、あの黒いサムライの身勝手極まりない言い分を聞く限り、天使よりマシでもなんでもない。

ただいる立場が違うだけで、大してそのあり方は変わらないのだ。

人間が素晴らしいかと言うとそれもノー。

カジュアリティーズとラグジュアリティーズを見てきて、分かっている筈だ。

まともな人間なんて、例外なのだと。

確かに守るべき人も、まともな人もいる。

だけれど、その数は多くないし。

人間という種族の単位で見れば、むしろ天使や悪魔よりもずっと悪辣かもしれないのだから。

しばらく、無心に辺りを見回る。

雑魚が時々仕掛けて来るが、それは全部人外ハンター達が片付けてしまうので、僕らの仕事はなかった。

数時間ほど経過した頃だろうか。

霊夢が来る。

すっかり疲れも取れたようだった。

「マーメイドと銀髪の子はシェルターに残って貰ったわ。 特にマーメイドは力が大きい分、回復に時間が掛かるのでね」

「それでどうするんだ」

「塔の中を調べて、封じられているものの正体と、その処遇を決める。 それでいいかしら?」

「うん。 東のミカド国では、塔に囚われた者を助け出せと言っていたけれど。 具体的に何て人を助け出せとは言われなかったからね」

ちょっと我ながら小ずるい行動だが。

相手があのギャビーだ。

悪いが警戒はさせて貰う。

それにだ。

あのマンセマットは、恐らく本来は絶対相容れないだろうテスカポリトカと組んでまで、僕らを騙そうとしていた。

その捕らわれている人に、何か秘密があると言う事だ。

それもマンセマット以上の霊格となると。

霊夢がずんずんと塔に入っていく。

僕らも頷くと、それに続いていた。

 

3、捕らわれた者

 

塔には三箇所、封印がされている部屋があった。其処には三角錐の構造物が存在していて、誰かがその構造物に入れられていた。

三角頭巾みたいなのを被せられていて。

それで痩せこけている。

ただ、おかしな事がおおい。

食事を運ばれていたとも思えない。

ずっと放置されていたように見えるのに、排便や排尿の後もない。

十中八九悪魔だな。

そう思いながら、痩せこけたそのヒト型を助け出す。骨と皮しか残っていないが、なんだろう。

助け出すとき、ずしんと来ていた。

霊夢が幾つか問答をしている。

神話については、この場で霊夢が一番詳しいはずだ。

だから任せておく。

僕は警戒を続行。

さっさと逃げに転じたテスカポリトカだが。いつ戻って来ても、おかしくないからである。

マンセマットは満身創痍で、あれはすぐには戻っては来られないだろう。

だがテスカポリトカは、逃げ癖がついていただけで。ほぼ無傷だった上に、手下にしているコヨーテたちも無事なようだった。

警戒はした方が良いだろう。

「名前を奪われた。 その上何もかも分からないと」

「そうだ。 此処は一体何処で、私が誰なのかも分からない……」

「哀れだわ。 とにかく休ませてあげないと」

「イザボー、その優しさは大事だけれど、少し待って。 倒れているフリをして相手を襲う強盗は、古くから存在していた常套手段よ。 この存在も、名前を奪いあり方を奪って、その上で封じていた……殺してしまえば早いはずなのに、そうしていた程の存在ということよ。 マンセマットが霊格が自分より上と言う程の相手。 普通に情けを掛けたりしたら、どんな禍になるか」

霊夢の指摘ももっともだ。

イザボーは哀れみを持って痩せこけた人を見つめているが。僕としても、確かに霊夢の言う通りだと思う。

助け出すときも、枯れ木のような見た目だったのに、なんだか不可解な斥力みたいなのを感じた。

悪魔が殺さなかったのではなく。

殺せなかったのだとすれば。

一体コレは何者なのか。

霊夢が聞いたことがない言葉で呼びかける。

そうすると、三角頭巾の存在は、ううと呻く。

しばしして、霊夢は咳払い。

「なるほどね……分かってきたわこれは」

「どういう事だ」

「今問いかけたのは、一神教の秘儀についてよ。 父と子と聖霊の御名において、というね。 父とは一神教の神のこと。 子とは一神教に何例かいるけれど、神の言葉を託された存在の事。 モーセやイエス、ムハンマドなどが当たるわね。 聖霊とは天使のこと。 これらは三位一体説といって、基本的には同一の存在とされているわ」

それに反応した。

つまり知っている、ということだ。

霊夢は腕組みして、ぶつぶついいながら歩き回る。

説をまとめているのだろう。

手を上げて、イザボーが提案する。

「それはそうと、他の封じられている人を助けるのはどうかしら。 皆苦しんでいるし、せめてこの場にまとめては」

「俺は反対だな。 今まで悪魔があの籠に押し込んでいても、殺す事は出来なかったほどの相手だぜ」

「僕は信条的にはイザボーに賛成する。 苦しんでいる者に手をさしのべるのは当然の事だ。 だが霊夢がいうように、苦しんでいるフリをしているだけの賊である危険は常に考えなければならない。 だからワルターの意見にも同意できる」

皆、意見が割れるか。

霊夢はすっと札を出すと、目の前の痩せた男に投げつける。

その札が、ぼっと燃えると、消え果てていた。

「何か不愉快な力が。 一体何をしたのです」

「……なるほどね。 今のは穢れを封じた符よ。 それが一瞬で燃え尽きたと言う事は、どうやら闇に属する悪魔ではなさそうね。 そうなると、恐らくは大天使。 それも名前を奪わないといけないほどの高位天使と言うことだわ」

「大天使ってか。 つまりこの東京を焼き払った奴だって事だな」

「ワルター。 駄目だよ。 下手に敵意を向けると、どうなるかしれたもんじゃない」

僕が制止する。

東京の有様を見ている限り、こいつが下手人だとしたら、絶対に許せない。それは僕としても同意見だ。

だがそうだとすると。

こいつがどれほどの力を秘めているか、まるで分からないのだ。安易な行動だけは、してはならない。

更に幾つかの術を掛ける霊夢。

「風」の術に反応があった。霊夢は他にも幾つかの事を質問していたが、やがて結論が出たようだった。

「なるほどね、分かったわ」

「誰か分かったんだ。 それで名前を封じなければいけないほどの相手って事は」

「直に聞かせない方が良いでしょうね。 一度場所を移すわ。 他の二人も、聴取をしてから同じ措置を執るわよ」

霊夢の表情は険しい。

やはりこれは大天使。それも超大物ということなのだろう。

「あたし達神道系術者の中には呼び出した神の正体を確かめる存在もいてね。 あたしみたいに神を身に降ろす場合はともかく、そうでない場合はそういう仕事の人間が必要になることもあった。 それは西欧でも同じで、悪魔を呼び出したときにその正体を確かめることから始めなければならなかった。 それだけ様々な信仰があって、世界には多数の神魔が存在するということよ」

「なるほど。 それの殆どを大天使達は奪ったのか……」

「そして今度は自分達が奪われた、というわけですわね。 皮肉というかなんといっていいものか」

イザボーの発言に、霊夢も頷く。

二人目。

今度は地に関係しているらしい。霊夢の質問を幾つか受けているが、霊夢の表情は険しかった。

「正体が分かったのか」

「ええ。 こいつの正体はあたしにとっても旧知よ。 ずっと昔に此奴の分霊体と戦った事もあるわ。 いえ、ついさっきもね」

「!」

「一神教における天使信仰弾圧の見本みたいな存在ね。 これについても後に話をしましょう。 いずれにしても信仰の闇というか、くだらない派閥闘争というか。 そういうものの犠牲者と言えるわね」

よく分からない話だが。

ともかく、正体が分かったのなら対策も出来るかも知れない。

そして最後の一人。

これもまた、哀れな姿をしている。見かねたワルターが、持ち込んでいた襤褸着をかけてやる。

その瞬間、ぼっと空間が熱くなった気がした。

「なるほど、これは質問もいらなさそうだわ」

「まったく分からないけど、専門家にはわかるんだね」

「ええ。 ともかくこれは一旦此処から引き離すわよ。 あの鴉はまだ死んでいないし、それに……奴の目的が概ね分かったわ。 奴は恐らくだけれど、此奴らが不完全な状態で元に戻ることを願っていたのね。 そしてそのまま東のミカド国に戻せば……其方にいる残りと同様に、全員が「壊れた」筈だわ」

「色々とわからねえ事が多いが、あんたの悪魔知識は頼りになる。 ともかく、こいつらを運びだそう」

ワルターが一人を背負う。ヨナタンも。僕はイザボーと一緒に、もう一人に肩を貸して歩かせた。

頭巾を取ろうかと聞くが、霊夢が駄目だという。

視線の時点で凄まじい力があるらしく、下手をしなくてもどんな災害が起こるか分からないのだとか。

「最低でも日本神話の神々の影響力を戻してからね、何かしらの行動を起こすのは。 それにしても厄介な話だわ。 ただ斃されたのだったら、まだ話も楽だったのに」

「そろそろ分かる内容を話してくれ」

「悪いわねワルター。 此処にいる三人に、それらの話を聞かせるわけにはいかないのよ。 幸いシェルターには五行の陣が現在敷かれていて、幾つかの要所は此奴らを入れるのに最適だわ。 それに此奴らを捕獲しておけば、それである意味抑止力になるでしょうしね」

霊夢が色々言っているが、僕には分からない。

ともかく装甲バスでシェルターに急ぐ。

途中、悪魔が寄っては来るが。小物ばかりだ。護衛の人外ハンターだけでどうにでも出来る。

危なそうな場面では割って入るが、それも一度だけ。装甲バスを待ち伏せていた悪魔がいたので、出たくらいだった。

シェルターにつくと、霊夢がフジワラを呼び出す。外まで出てきたフジワラが、霊夢に耳打ちされて頷き、悪魔を呼び出していた。

あれは、西王母の守りについていた。

確か浄化されて正常に戻ったと聞いているが、方角を司る五神だったか。

「相克の関係に配置して力をまずは抑え込むわ。 五行で風は木に相当するから、相克関係は火で朱雀。 土は相克関係で木に当たるから青龍。 火は相克関係で水になるから玄武。 それぞれの陣にこの三人を配置して。 違う陣に移しては駄目。 食糧や水は必要ない。 何を言っても陣からは出さないように」

「分かった。 それでいいんだね」

「ええ。 大天使級の天使が取り戻しに来るようだったら面倒だったのだけれど、幸い話を聞く限り大天使達にもう東京に降りてくる力はないわね。 しかも土の対の関係になっているサリエルは先の戦いで滅ぼした。 これならば、多少は楽に対応出来るかもしれないわ」

とりあえず、僕達は何をすればいいのか。

霊夢とフジワラが幾つか話をしていたが、咳払いしてこっちを向く。

やっと話をしてくれるらしい。

痩せこけて、頭巾を被されたままの者達が、陣に運ばれて行き。更には道教系の神格達が見張りについた。

結界も霊夢が張ったので、簡単には出られない。

ちょっと可哀想なものを見る目でイザボーは捕まえられていた者達を見ていたが。

ともかくシェルターに入り、フジワラが幹部を集める。

それで、ようやくネタが明かされていた。

「結論からいうと、あの塔に捕まっていた三人はそれぞれ大天使ミカエル、ウリエル、ラファエルよ」

「!」

「貴方たちが大戦の時に斃したそうね。 残念だけれど、それくらいで四大天使は死なないと言う事よ。 それと、今回の件ではっきりしたわ。 東のミカド国にいるギャビーとか言う女。 其奴はほぼ間違いなく大天使ガブリエルでしょうね」

なんだってと立ち上がったのはヨナタンだ。

僕は腕組みしたまま。

ギャビーが大天使の可能性は既に分かっていた。

だから別に驚かない。

まず霊夢が、順番に説明してくれる。

「一神教の神に信頼される天使というのは四大とか七大とか言われているのだけれど、後世でもっとも有名なのが四大天使よ。 その面子があの三人にガブリエルを加えた四名ね。 それぞれが地水火風を司る存在で、特にミカエルは明けの明星とされる大堕天使ルシファーと双子という説もあったりするわ」

「い、一体どういうことなんだ」

「恐らくだけれども、あの塔は四大天使の力を奪うために作られたものだったのよ。 作ったのは誰か知らないけれど、四大天使を良く知るもの。 或いはあの鴉……マンセマットかも知れないわね」

「大天使同士で争ったというのか」

呆れ果てるヨナタン。

とりあえず、座れと僕が声を掛ける。

確かに東のミカド国に関係することだ。いつになく熱くなるのも分かるが。今は、一つずつ情報を集めるしかない。

一神教の神は、元々世界で最も信仰を集めていた神格だ。その手足として活動していた天使達は当然の事、その直下にいた四大天使の力は文字通り圧倒的。

この国の守護神格である天津神や国津神が封じられて、更にはこの将門公の守護を受けた東京だったから戦いになったのであって。

そうでなければ、恐らくは勝負にすらならなかっただろうと霊夢は言う。

「幻想郷に攻め寄せた大天使はアブディエルという天使だったけれども、今まであたしが見た中で最強の相手だったわ。 そのアブディエルですら大天使としては四大よりはだいぶ格が落ちる存在よ。 本来だったらとても勝ち目なんか無い。 フジワラたち三人は、恐らくこの国の神々が、最後に力を振り絞って加護を与えて、それでミカエル達を打ち破れたのでしょうね。 そしてミカエル達を破った後、簡単に滅ぼせないミカエル達を拘束するためにあの塔が作られた」

「ガブリエルの奴が救出しろって命じてきたって事は、つまり」

「もしも下手に解き放ったら、東京は今度こそ滅ぼされるでしょうね」

「最悪だわ……」

イザボーが呻く。

確かに、間近で感じたあのギャビーの力。あれがガブリエルの力であったとするのだとすれば。

他にいる大天使達も、いずれ劣らぬ強者揃い。

しかもである。

感じただけであの力である。

更に切り札くらい、隠し持っていても不思議では無い。それくらいは想定しなければならないだろう。

「ヨナタン君、いいかい」

「はい」

フジワラが言う。

ヨナタンが顔を上げた。フジワラは厳しい表情だった。口調は柔らかいけれど、この人は恐らく、今もっとも激しているだろう。

「まだ私は色々君達に隠し事をしている。 だが、それでも話はしておかなければならないとは思う。 東京で行った大殺戮で、大天使達は満足していない。 文字通り全てを消し去り殺し尽くすつもりだったことが分かっている。 今後彼等を解き放てば、恐らく東京は血の海に沈むどころか、一辺も残さず消し去られるだろう」

「あまりにもそれは……為政者としてはあってはならないことです!」

「その通りだ。 君はどうしたい。 東京はまだろくでもない場所だ。 阿修羅会は衰えたりとはいえ健在。 それに多数の人に害なす悪魔が蔓延り、ガイア教団も何を目論んでいるか分からない。 此処は混沌の土地だ。 全て滅びた方がいいと思うかい? 一つの正義だけが存在する土地が、まぶしく見えるかい?」

「……絶対の正義があればいいと、思っていた事もありました。 東京のあり方を見ていて、それでなおさらそれは感じていた。 この土地の人々はあまりにも愚かすぎる。 これほどの無惨な有様で、なおも皆が協力しようとしきれていない。 間違わない王が統治してくれればと思ったのは事実です。 ですが……」

ヨナタンは、大きく嘆息していた。

僕は、ヨナタンを止めない。

その言いたいことは、嫌になる程分かるからだ。

「残念ですが、大天使達にその器はない。 それははっきり理解できました。 恐らくは、大天使達が掲げる一神教の神にも」

「ヨナタン。 それでどうする? 大天使達を撃ち払う? 神々ですらこんな有様だってのは見てきたよね。 人間なんて、もっと愚かだよ」

「……どうしたらいいか、分からないな。 ただこのまま人間が拡がっていけば、何度でも同じ事を繰り返すのは目に見えている。 この世界の破滅だって、結局は人間の愚かさがもたらしたものなんだろう?」

「難しいね。 それに土地の豊かさだって永遠じゃない。 どんなに豊かな土地だって、いつかは枯れ果てるんだ」

ヨナタンは、一人にしてほしいと、頭を抱える。

僕だってこんなことは結論が出ない。

不意に、威厳のある中年男性の声が聞こえる。

そういえば、この声。

ベヒモスとの戦いで、指揮を取っていた声だ。

「もういいだろうフジワラ。 わしが話そうか」

「そうですね。 この悩める若者達は、既に同志といっていいでしょう。 殿の存在を、明らかにしても良いはずです」

「まあ全て、というわけには行かぬがな」

「……え?」

声の出所を見回して、それで僕は声を上げていた。

銀髪の子。

いや、喋っている様子はない。そうなると、この子に何者かが憑依しているという事だろうか。

銀髪の子は、全く表情を変えない。

足を椅子でぶらぶらさせている様子は、普通の女の子だ。ただこの子が、とんでもなく戦い慣れしていることは知っている。

普通の子ではないと思っていたが。

「わしの名は明かせぬが、この娘に力を借りて今人外ハンターを統率しておる。 この娘はこの娘で凄まじき使い手にて英傑であるのだがな」

「貴方は一体……」

「この東京を今守護しているのは、天蓋を作った将門公と言って良いだろう。 だが、将門公はそれをやるだけで力尽きてしまった。 板東武者の始祖とは言え、力には限度もあるということだ。 だから、わしが来た。 本当はもう四人ほど来て貰うつもりであったのだがな」

殿とフジワラに言われているその中年男性の声。

フジワラを見ると、苦笑い。

この様子だと、フジワラも或いは、正体はまだ確信を持てないのかも知れない。

ともかく、話を聞く事にする。

「ヨナタンよ。 そなたは先の先を見過ぎておる。 国家百年の計も、まずは足下を固めることからよ。 まず最初に、今するべき事は何か」

「それは、この誰もが苦しむ東京を、まともにすることです!」

「その通りだ。 それにはまず阿修羅会を潰す。 この東京で今もっとも害を為しているのはあやつらだ」

明確な目標の提示。

僕としても賛成だ。

まずそもそもとして、東のミカド国はそこまで優先度が高くない。大天使達が支配しているといっても、千五百年続いているのだ。それに彼方此方で悪魔が出ていることに関しては、僕達は何もできない。

ホープ隊長達に、対応を頼むしかない。

ならば、まずは。

この地獄と化している、東京をどうにかする。

それには東京を蝕む阿修羅会の排除がまずは最優先。その後は、人々に害なす悪魔の排除。

ガイア教団も、その目的次第では排除。

それらが必要だろう。

ただ、人間は下手に集まると、池袋にいた連中みたいになる。それは東のミカド国のラグジュアリーズを見ても分かっている。

だが、だからといって。

目の前にいる苦しんでいる人達が、牙も爪もない人々が。

これ以上、理不尽に死ぬ事を許せるか。

許せはしない。

「今回の一件ではっきりしたが、阿修羅会は明らかにマンセマットと組んでおった。 それは大天使の見苦しい内輪もめに噛んでいた、ということを意味しておる。 そのような連中、もはや許してはおけぬ。 ただし、この東京では武力は少しでも必要なのは事実だ。 故に阿修羅会の首領であるタヤマを屠る。 その後阿修羅会は解体し、単純な武力組織として再編制し、悪魔との戦いに当てる」

これもまた分かりやすい。

というか、何だろう。

この人の言葉、すっと耳に入ってくるというか。不思議な安心感がある。

たしか相手に心地よく届く声、みたいなものがあると聞く。貴族街に出入りする歌を唄うことを仕事にしている人がそんな声を持っているらしい。

この人の声は明らかにそれとは違う。

なのに、なんだろうこの安心感は。

「霊夢よ。 まずは三体の大天使。 それらを無力化する事に全力を注いでくれるか」

「分かったわ。 しばらくは外に出られないわよ」

「いや、そうも言っていられなくなった。 阿修羅会を探っていた人外ハンターから連絡が来ている。 どうやら現在暴れ阿修羅会を混乱に陥れている存在の正体が分かったようだ。 甲賀三郎……といえば縁があるのではないのか」

「!」

霊夢が反応。

知っている名前なのか。

確かに魔法の文字で示されそうな名前だけれども。

「諏訪における原始信仰が英雄化した存在よ。 あたしも良く知っている奴の分霊体でしょうね。 ただ、恐らく荒神化していて、一度叩きのめさないと言う事は聞かないでしょうけれど」

「決まりだな。 大天使どもは我等で確保を続ける。 暴れているのは必殺の霊的国防兵器で間違いない。 それすら阿修羅会の手を離れたとなれば、奴らの威信は更に低下する。 完全に叩き潰す好機が来るとみていい。 甲賀三郎との戦闘を確実に行えるようになったら動いてくれるか。 それまでは大天使三体の無力化を続行してくれ」

「色々と面倒ね。 分かっていると思うけれど、そもそもこの国の封じられた神々の力を借りないと厳しい相手よ。 暴れているらしい大国主命の居場所も突き止めなければならないし……」

複雑な展開のようである。

殿と言われている存在は、更に指示を出した。

「志村」

「はい」

「なんなりと」

「サムライ衆を六本木へ案内して欲しい。 現在六本木は混乱状態で、上手く行けばそのままタヤマを討ち取れるかも知れない。 ただ深入りはするな。 霊夢と同等以上の実力を持つアベが控えている。 とにかく様子次第では、わしも現地に入る」

それは心強い。

西王母戦以降、銀髪の子の戦力は当てにさせて貰っている。

その他にも幾つか指示が出る。

回復が終わったマーメイドは此処の堅守。

秀は大国主命という存在を探しに出向くようだ。ただし、もう少し確度が高い情報が入ってから。それまでは六本木に同行してくれるらしい。

更にこのシェルターの周囲を、あのレールガンという武器で要塞化するべく、ドクターヘルが動くらしい。

あの破壊力は間近で見た。

勿論悪魔に効く弾は製造が大変らしいのだが、あれが見張っているとなると迂闊に悪魔も此処に近づけなくなる。

更に塔での戦いの話は、あの邪神テスカポリトカがどこに所属しているか分からないが。コヨーテも含めて、悪魔の中で拡がる可能性も高い。

そうなると、シェルターに大天使を瞬く間に仕留めた武器が配置されたとなれば。

それは、当然悪魔による攻撃への抑制につながるだろう。

「携行用レールガンは、残念ながらまだ自由に持ち出したり、荒れ地で運用できるほどの耐久性がなく、足を止めて使うしかない。 今回の作戦では自力での勝負になる。 それぞれマッカを支給するから、悪魔の強化などをしておくよう」

「よろしいでしょうか」

「うむ」

「今回の陽動作戦の影で、各地で悪魔討伐を一斉に行いました。 その時に著しい戦果をあげた者が三名います。 一人は池袋で活躍したリッパー鹿目」

あの剣士だな。

凄腕と聞いていたし、人外ハンターに協力的だという。

病的な男嫌いで、触られでもしようものなら腕を即座に斬り飛ばす程だというが。

僕には何となく理由がわかる。

これだけ荒んだ土地で生きてきていれば、そんな風になってもおかしくはないだろうなと思うのだ。

殆ど男の子みたいな見かけの僕ですら、そういう視線を時々感じるのだ。

イザボーなんかは、かなり警戒して相手を近づけないようにしている程である。

これに関しては、子供や老人、痩せた人なんかも同じように警戒している。それくらい、人心が荒廃していると言う事である。

その人の責任というわけでもないだろう。

「今回の作戦で同行を頼んでみます。 シェルターで暮らしたいと申し出てきていて、その最終確認となります」

「あの者は腕は立つが癖が強い。 気を付けよ」

「はっ。 残りの二人は、少し前まで見習いであったナナシとアサヒです。 既に充分な実力がついたと判断しました。 どちらもまだまだな部分はありますが、総合力では充分。 ナナシもアサヒも、相応の悪魔を従えており、つまり悪魔が相応の実力があると認めていると言う事です」

少し殿は考えたようだ。

志村の発言の後に、しばし沈黙が続いていたが。

やがて結論を出していた。

「いや、その二人には今回は別で動いて貰う」

「別ですか」

「ああ。 今回は大国主命の探索で最終的に秀に動いて貰うが、ニッカリとともにその事前調査に動いて貰う。 此方も重要な任務だ。 そして六本木には、一人前ではまだ無理だ。 だが大国主命は現在阿修羅会もガイア教団も着目していない。 強力な悪魔よりも、対人戦という観点では人間の方が危ない。 この場合は、其方で更に経験を積ませるべきだろう」

「分かりました」

僕も側で聞いていて納得したが。

いや、これは違う。

多分志村が自分の弟子かわいさで言い出した事だと判断したのだろうと思う。志村としては、育った二人を誇らしく思っているのだろうが。

殿としては、恐らく最終試験代わりに、大国主命探索で実績を見たいのだろうと思う。

非常に厳しい視点だが。

阿修羅会に対して抑え込まれていた人外ハンターを立て直したというだけの事はある。駄目と一蹴するのではなく、ちゃんと納得出来る案を出してきて、それで不満を出させていない。

すごいなこれは。

ヨナタンがくれた帝王学の本は読んだのだけれども。

ヨナタン自身が此処は机上論だ、というような持論を述べているような所も多い本だった。

この人は違う。

恐らくだが、本当に帝王として何かを為した人なんだと思う。

その人が積み上げた経験から、これらの決断は出て来ている。大したものだ。銀髪の子は穏やかで優しい性格に見える。それにどうして取り憑いているのかとか、事情はわからない事も多いが。

いずれにしても、話を聞いていて安心できる。

ヨナタン達も、不満を持っている様子はない。

ワルターはわくわくしているようだ。

単純に力を即座に把握できて、素晴らしいと感じているからなのだろう。

「恐らく当面阿修羅会は力を削られるばかりだろうが、それもいずれは何かしらの形で立て直す可能性もある。 また同類を失ったマンセマットが、態勢を立て直して仕掛けて来る可能性もある。 時間は必ずしも味方にはならない。 ただし、それでも焦りは禁物だ。 フリンらサムライ衆は、一度東のミカド国に戻り、十全に休憩をしてきてほしい。 また、報告書も出して、ガブリエルと思われる司祭に不審を買わないように振る舞ってきてくれるか」

「分かりました。 休息も仕事の内ですね」

「そうだ。 分かっているな」

他の皆にも、休息を殿は指示している。

僕らは先に上がると、すぐにターミナルに。

ワルターが戻る途中で、ひたすら感心していた。

「すげえなあの殿って人。 お頭をみて本当に出来ると思ってたんだが、お頭以上の器じゃねえかあれは」

「ホープ隊長は優れた人だけれども、それよりも更に豊富な経験を積んでいる印象だね」

「確かに発言の一つ一つに説得力が違いましたわ。 同じ事ばかり口にしている司祭達や、ラグジュアリーズの教育係達とはまるで違いますわね」

「貴族というなら、皆があれくらいの器だったら良かったのにね。 血統で優秀な人間を選別しているといいながら、ラグジュアリーズはあの人の足下にも及ばない。 情けない話だ」

ヨナタンもそこら辺ははっきり把握できているんだな。

ターミナルから東のミカド国に戻る。

暑くなっている。

もう夏だ。

既に、僕達がサムライになってから。東のミカド国では二年が経過しようとしているようだった。

 

夢を見た。

また、時々見る夢だ。

僕達は、とても勝ち目がない相手。名前はわからないが、数でも質でも上回る、最強の存在と相対していた。

僕達の勢力と同盟……実際には主君に近いが。その勢力から援軍は出たが、質でも数でも話にもならない。

それどころかその主君は、相手に対して土下座外交を続けるばかりで、僕達の勢力を見捨てているようだった。

翻る旗。

それを見て、恐れを知らぬと言われた僕の所属勢力の戦士達が、明らかに青ざめている。領土を侵食され、追い立てられ。非常に厳しい状況に置かれて。もはや後がないことが分かっている。

そして、戦いに負けた。

乾坤一擲の勝負に負けて、それで。

僕達の主は、城の戸を開けるように指示した。

錯乱したか。

大敗の後だ。そう困惑した戦士達の中で、僕は動く。いつもの夢の中だ。背は高く、声も太い。大柄な男性だということだろう。

「逃れてくる兵どもに、城は健在である事を示せ! 殿軍が時間を稼いでくれている! 多くの被害は出したが、籠城に持ち込めば相手もただではすまぬ! それよりも今は、一人でも救うのだ!」

「ははっ!」

扉を開く。

篝火を焚く。

太鼓を叩く。

それで、意気盛んだと判断した敵は、追撃をして来なかった。城には生き延びた戦士達が逃げ込んでくる。

そして、多くの戦士が死んだ事が明らかになったが。

僕達の主はそれを聞いても、冷静なままでいた。

「相手は日の本最強の男ぞ。 この程度の被害で済んだのは、むしろ軽いといえるわ。 それよりも、今日のことは忘れるな。 あの方は格上との戦いを怖れる。 今回でも本拠の側まで別働隊に侵攻されていながら、結局土下座外交を崩さなかった」

僕達の主はそう、僕も含めた数人の側近に零した。

多くの部下達を失った怒り。

それに哀しみ以上に。

この時、主君に近い存在に対して、僕達の主は、決定的な不審を抱いたのかも知れなかった。

目が覚める。

手を見る。

ちいさな手。体格に恵まれなかった僕は、このままこの背丈のまま生きる事になるだろう。

それでも力には恵まれた。悪魔とは充分に戦える。

顔を洗うと、軽く鍛練をして。それからオテギネを振るう。

これから六本木という場所に出向く。あの塔での戦いで、またマグネタイトを豊富に吸収して、力は上がっている。

ハイピクシーも乱戦の中で力を増したらしく。更に力を増せば、転化が可能だと言っていた。

他にも手札は増やしている。

食事をしながら、今後の事を考える。

ギャビーが大天使であり。東京どころか世界を破綻させた四大天使とやらの一角だとしたら。

絶対に討ち取らなければならない。

それにはまだ力が足りない。

オテギネを振るって、ひたすら腕を磨く。実戦での実践が一番良いのは分かりきっているのだが。

それでも基礎鍛練で力をつけることが、実戦での飛躍につながる。

それも理解しているから、手は抜かない。

他のサムライ達が、僕を見ている。

それには、いつの間にか。

畏怖が混じり始めていた。

 

4、惑乱

 

銀座に現れる悪魔を、他のガイア教徒とともに討伐していたカガは、連絡を受けて教団の本殿まで戻る。

教団の本殿は魔術を豊富に用いた要塞であり迷路でもある。

深部まで辿りつくのに苦労する信徒も多く。

この中で遭難してしまう者もいる。

本殿まで戻ると、カガは跪く。

ミイとケイがいる。今日はユリコ様はいないようだが。

「武勲をまたあげたようだねカガ」

「はっ。 しかしていかなるご命令でしょうか」

「うむ。 六本木のヤクザ共が潰乱していてねえ」

聞いている。

噂によると、奴ら自慢の必殺の霊的国防兵器の一つが制御を離れて。阿修羅会を殺しまくっているそうだ。

それに伴って阿修羅会に所属していた悪魔も同じように殺しまくっていて。

それで阿修羅会を見限った悪魔がガイア教団に流れてきていると言う事である。

それだけではないそうだ。

「人外ハンターどもも動いている。 明確にサムライと手を組んで、あの塔を落としたという報告が来ていてね」

「彼処はかなりの守りが敷かれていたと聞いていますが」

「力衰えたりとはいえど、あのマンセマットがいたらしいからねえ。 それを抜いたと言う事は、ちょっとばかり侮れない。 此方としては、つまらん秩序なんか敷かれても、おもしろくない。 後は分かるねえ」

人外ハンターへの対決姿勢か。

カオスが好ましいとするガイア教団だ。

このまま人外ハンターの裏にいると噂される何者かの手によって、戦前と同じ状況が作られるのは困る。

そう考えているのかも知れない。

カガは、このままだといずれ戦いで死ぬだろうなと考えている。

それはそれでかまわない。

好きでも無い男と無理矢理子供を作らされて、その子供を育てるので一生を費やす。そんなのはいやだ。

生物としてはそれで正しいのかも知れないが。

カガは人間だ。

せめて納得が行く相手と子供を作りたいし、子供を作るならちゃんと育てたい。

それが出来ないなら、一戦士として最後までありたい。

そう考えるのがカガである。

しかしだ。

もしもそういう生き方を選ぶのであれば。

人外ハンターと連携して、もう少し東京を暮らしやすい場所にするのもありなのではないのか。

そう考えてしまうのも、否定出来ない。

顔を上げると、カガは具申する。

「以前共闘しましたが、ガイア教団の最精鋭をぶつけても、あのサムライという者達には及ばないかと思います」

「臆したか」

「いえ、単純な事実です。 作戦としても、無為な特攻は避けるべきかという話です」

「くだらんことをいいよるな。 まあいい。 お前に命じるのは、阿修羅会と人外ハンターがぶつかるように細工をすることだ。 今衰えが酷くなってきている阿修羅会だが、総力を挙げれば充分に暴れている必殺の霊的国防兵器と対抗も出来る。 それを気付かせてはならないのよ」

ひっひっひと双子の老婆が笑う。

まるで怪異だ。

はっと、カガは頭を下げる。

そんな陰険な陰謀を、ガイア教団が選ぶのかと、少し幻滅したが。続けて話を聞く。

「阿修羅会のアベは知っておるな」

「はい。 事実上の阿修羅会の指導者ですね。 タヤマの衰えが酷くなってきている今は、特にその傾向が強いようですが」

「奴に対する襲撃の案が出ている。 阿修羅会の内側からな。 阿修羅会でも目端が利く人間は、タヤマの衰えを感じ取っている。 タヤマにどうしてか絶対の忠誠を誓っているアベが邪魔で仕方がないのよ。 そいつらがこの間、野良の大物と契約したという話があってな」

阿修羅会の内紛か。

普通だったら、そんな稚拙な陰謀、アベに察知されて終わりだろう。

そこで介入するというわけか。

「具体的に何をすればよろしいでしょう」

「指定の日時に指定の場所にいき、これを使え。 それで充分。 後は戻るだけでかまわない」

「これは……」

「知らぬでいい」

なんだろう。何かの像のようだが。

ともかく、それだけであるのなら。

礼をして、本殿を出る。

考えを読まれたかも知れないが、もうそれはいい。ガイア教団に愛想を尽かせたわけではないのだ。

銀座を出ると、黙々と六本木に向かう。

途中、知り合いから連絡が来た。

ガイア教団を抜けて、人外ハンターになった戦士。今ではリッパー鹿目と名乗っている。

「貴様が連絡してくるのは久しぶりだな」

「うん。 今度六本木で潜入任務が入ってね。 私もそろそろ力が衰え始める頃合いだし、人外ハンターに手柄を立ててあのシェルターに移りたいんだよ」

極度の人見知りであるうえ。

大戦の混乱で散々な目にあった鹿目は、殆ど誰とも口を利かない。

その頃時々一緒に行動していたカガには、こうやって連絡をくれるし、メールの文面は普通だ。

一時期はガイア教団にいた鹿目だが。

男性の信者や場合によっては悪魔と子供を作るような話を持ち込まれ。それが何度か続いた後、ガイア教団を去った。

色々酷い目にあった事をカガは上層部に話していて、配慮を求めていたのだが。

弱いのは弱い方が悪いという理屈のガイア教団では、それは聞き入れられず。鹿目は弱い方が悪いという理由で、ガイア教団を離れ。そして、腕利きの悪魔使いを、教団は失ったのである。

その事が、今もカガは引っ掛かっている。

「六本木は何が起きるか分からない。 兎に角気を付けろ」

「分かってる。 そっちも気を付けなよ。 妖怪ババアをこの間見かけたけど、あの化け物どもまだ健在なんでしょ」

「そうだな。 ユリコ様の配下として権勢を振るっているよ」

「早く死ねば良いのに」

鹿目は吐き捨てると、メールを消しておきなと言い残して、それで通話をうちきった。

カガは貰った道具を見つめる。

これが何をするものなのかは分からないが、いずれにしても状況が混乱の一途を辿っているのは事実だ。

このままでいいのだろうか。

カガは歩きながら、そう思う。

東京にまだ、太陽が昇る気配はない。

 

(続)