上手の黒影

 

序、惨劇の跡地

 

人が誰もいなくなった池袋に来た。現地で人外ハンターとは遭遇したが、ただ悪魔がいつかないように巡回して、更には遺物を集めている人達だった。

東京でも有用な遺物はあるらしく、人外ハンターも生活のためにそれをやっている。ただ必要な品がだいぶ違う。

それで交換を申し出て、僕は古いパソコンなどを分けて貰う。ノートパソコンやその部品なども集まったので、池袋のターミナルから一度東のミカド国へと運んでおく。金が目当てじゃない。これで、サムライ衆から正式に報酬が出るからだ。

シェルターにこういう物資が欲しいと言われていて。交渉の末に、それを報酬として貰えるようにしている。

僕はそれを引き渡しているわけだ。勿論マッカも貰っているが、それは悪魔合体や交渉などに用いている。

シェルターの側でも、僕の指定したものをくれるので、一石二鳥三鳥にもなる。大事なのは、どちらにも得だと言う事だ。

ジュンク堂というのも探す。

しばらく探していたら、あった。

かなり大きな建物だ。

というか、これ全部に本が詰まっているのか。ちょっと驚かされる。

「バロウズ、これで間違いないの?」

「ええそうね。 ただ、本来はこれでも別に大きな本屋だった訳ではないようだわ」

「これで!?」

「元々大戦が起きる少し前くらいから、本屋というのは数を減らしていたらしいの。 宅配の仕組みが発達したことで、本をわざわざ本屋に買いに行かなくても良くなったのが理由だそうよ」

なるほど。

宅配そのものは東のミカド国にもある。

しかし本を宅配とは、やはり文化が違う。

「それに本を読みたいなら、図書館という本を無料で読める大きな施設もあったのだけれども。 それらは大戦で片端から破壊され焼かれてしまったそうよ」

「酷い話だ」

「それで中に入るのか」

「……うん」

とりあえず、中に入る。

入口に魔法の文字でジュンク堂と記されている。東京では日本語というのだったか。中に入ると、凄まじい本の量に圧倒される。

これが全部売り物だったなんて。

ただ、埃を被っているし。

荒らされている場所も目だった。

「これらは文化そのものだ。 後で何かしらの形で保護できないのかな」

「まったくねえ。 人間にとって他の生物に唯一誇れるのは、ただこれら文化だというのにね」

瞬時に。

全身が戦闘態勢に入っていた。

槍を構える先の闇から、人影が歩いて来る。

無手のままのその姿は、キチジョージ村で見た時とまるで同じだ。

黒いサムライ。

僕の家族全部を奪った鬼畜外道。

どうなるか分かっていて人々に本を与え、たくさんの命を奪った邪悪。

僕はあの時と比べものにならないほど力を上げたが、それでもまだ勝てるかは分からない。

当たりだった。

やはり此処にいたのか。

ふっと気配が消えて、奴が店の外に出る。

好都合だ。

店の中で戦闘するのは、僕も避けたかった。皆、悪魔を総力で展開する。こいつはとてもではないが、手を抜くとか抜かないの敵ではない。

「追ってきたのね、この最果ての地まで。 それも、此処に巣くっていた西王母を倒すとは、やるじゃないの」

支援魔術を重ね掛けする。

更に呼び出したラハムを見て、黒いサムライはふっと笑った。

「あら、その子。 面白い転化を遂げたわね。 私と同じ存在になろうと思うのなら兎も角、より古い神格に、蛇の系譜と子の系譜を辿ってなるなんて。 それも貴方が見せた可能性故かしら」

「殺す」

「いいわよ?」

ヨナタンが、待てと声を掛けて来る。

僕はちょっと自制心に自信が持てない。今でも全身が炸裂するほどの気迫ではち切れそうなのだ。

「フリン、様子がおかしい。 罠の可能性が高い」

「……っ」

深呼吸。態勢を整える。

その通りだ。

ヨナタンの警戒は当然である。

周囲を完全に包囲。イザボーが呼び出したのは、以前ターミナルで戦ったナタタイシである。

呼び出せるだけの力がついてきたと言う事。

それにワルターも、この間戦ったナーガラージャを呼び出す。

ヨナタンも、四体まで増えたヴァーチャー、十体を超えているパワーを主軸とした陣列を並べる。

黒いサムライは、それらを見て、ふふふと笑う。

「この短時間で本当に力を上げたのね。 とりあえず、話をしましょう」

「お前と? なんの」

「その様子だと話なんて出来る雰囲気ではないわね。 だから殺されてあげるといっているのよ」

黒いサムライの言葉の意図が分からないが。

奴は、無駄に艶っぽい声で言う。

「326」

「……」

「私が東のミカド国で動いたことで、死んだ人間の数よ。 サバトで悪魔化したり、それが暴れるのに巻き込まれたり。 その回数分、抵抗しないから好きなだけ私を殺しなさい。 その後縄でもなんでもかけて、東のミカド国に連行すれば良い」

「なんだと……?」

僕の声が一段と冷えたのを、黒いサムライは意にも介していない。

ずっとにやにやと笑っているらしい。兜に隠れて、顔が見えない。だから、そうだとしか判断出来ない。

「私はね、貴方と話をしたい。 しかしながら、貴方と私の間には、被害者と加害者という壁がある。 幸い私は、一度や二度殺された程度ではなんでもない体を持っている……とはいっても殺されれば苦しいし痛いから、普段は殺されるつもりはないけれどね。 貴方が冷静になる為だったら、拷問だろうが辱めだろうがなんでも受けるわよ。 悪魔に私を強姦させてもかまわないわ。 勿論死ぬまでね」

なるほど、少しずつ分かってきた。

こいつ、自分のものも含めて。

命なんて、なんとも思っていないんだ。

恐らくだけれども、こいつがガイア教団のボスだというのはほぼ確定だと思うが。人間を統率しているのは、単に片手間の行動だとみて良いだろう。

それに、此奴がリリスだったとしたら。

一神教における男性優位の婚姻を嫌って最初の人間の所を離れた存在の筈。

プライドは相応に高い。

それが、僕にどれだけぶん殴られてもいいから、何か話をしたいと。

まあ、確定で罠だな。

それはヨナタンが思うとおりだ。

幾つか疑問はあるが、一つ気になる事はある。

ギャビーは、此奴の正体を知っているのではないか、ということ。

そもそもギャビー自身が、此奴以上の使い手なのだ。それは今、間近で見て分かった。力が上がってきているから、より正確に実力を判定できる。ギャビーの戦力は、この間も寺院で見たが。

恐らく西王母と此奴を足したより上だ。

今後、あの傲慢で冷酷なギャビーを相手にする可能性もあるとなると。

此奴が出してくる罠くらいは、喰い破らないと駄目か。

深呼吸して、天に向けて一喝。

ドカンと、あたりが揺れていた。

黒いサムライは平然としていた。僕は体内で荒れ狂っている怒りを一度そうやって外に吐き出すと、自分でもびっくりするくらい冷え切った声で言った。

「これは僕の個人的な怒りじゃない。 お前の身勝手な理屈で、ただ静かに生きていただけなのに殺された人達への弔いだ。 それは勘違いするな」

「なんでもかまわないわ。 さっさときなさ……」

踏み込むと同時に、首を刎ね飛ばす。

牙の槍の破壊力は凄まじいが、それでも相手が無抵抗だったから出来た事だ。

ふっとんだ死体が、天使達が張った光の壁に弾き返されて墜ちる。だが、死体がみるまに寄り集まって、再生していく。

「一回」

「フリン、俺たちも手出しして構わないか。 俺もどうもきな臭いと思うんでな」

「いいよ。 僕だけの怒りじゃない」

「そう。 ではよろしくってよ!」

僕と同様に力を蓄えていたイザボーが、極大の冷気魔術を叩き込む。コンセントレイトと補助魔術で威力を爆上げしていたものを、複数の悪魔達と一緒に放ったのだ。しかも凍り付いたところに、軍神ナタタイシが拳を叩き込んで、粉々に消し飛ばす。

だが、即座に死体が寄り集まって再生する。

自分の能力を見せつけているかのようだ。

いや、これは違う。

手応えがあまりにも浅い。

「二回」

ワルターが斬りかかり、一刀で唐竹に叩き割る。

ヨナタンの剣術が、黒いサムライを縦横に切り裂く。

回数が増えていく。

僕は可能な限り粉々にするのを試す。槍で串刺しにした後、踏み込んで上空に投擲。対空突き技、月落としをフルパワーで、チャージも込めて叩き込み。

更にはそれで消し飛んだところに跳躍。

今度は落下強襲技の兜砕きを叩き込む。

文字通り、蒸発する黒いサムライだが。すぐに何もない虚空から、残骸が集まり、再生していく。

皆、攻撃を集中。

三十回。四十回。

カウントが続いていく。

あまりにも、黒いサムライが脆すぎる。これは恐らくだが。

何となく分かってきた。

此奴、マグネタイトだったか、それを兎に角微弱に拡散している。それで生身の人間以下の強度に変えているんだ。

マグネタイトを消し去ったらどうか。

しかし、マグネタイトはどんどん吸収させている。

ラハムがおかしいという。

「お母様……いやあの人の力、全然衰えていません!」

「確かにまるで手応えがないな」

「いいえ、きちんと攻撃は毎度効いているわよ。 簡単に粉々に殺してくれるから、ちょっと張り合いがないけれど。 もっとサディスティックに、痛めつけてやるとか、苦しめてやるとか、そういう意思をストレートにぶつけて来ると思ったわ」

皆にハンドサイン、

威力を抑えろ。

そういう指示だ。

此奴は或いは、現状の僕達の手札を全て見ておくつもりか。

いや、それも考えにくい。

はっきり言うと、技というのは同じものでも練度や体調でまるで破壊力が変わってくる。今の技を見ても、次に戦う場合、それが生かせるとは思えない。

「89回。 まだ四分の一程度よ。 この程度で息が上がったのかしら?」

「うっせえ!」

ワルターが、立て続けに何度も斬りかかる。

ワルターの大剣は、三度目に支給されたこれもかなりの業物だ。ワルターはガイア教団を嫌いになれないと言っていたが、此奴には話が別なのだろう。

なんとなく理解したのかも知れない。

こいつがガイア教団なんて、どうでもいい道具くらいにしか考えていない事は。

リリスがこれの正体だったとする。

だとしても、最初の人間の妻だった、くらいしかもはや人間とは関係がない。それも速攻で破綻した相手だ。

神と人間に対して軽蔑の意思を持っていても。

愛なんぞある訳がない。

ヨナタンに話を聞いた。

僕らの知るバイブルに書かれている話では、天使は幾つかの理由で神の敵になったという。

神に謀反をしたもの。

その謀反を見てみぬふりをしたもの。

そして、人間に恋をしたもの。

それらが東京で頻繁に目にする堕天使、という定義に分類される天使であるらしいのだが。

まあそれはどう考えても後付だろうという堕天使は、幾例も見ている。

いずれにしても此奴は。

人間に対して恋をして、それで神の敵になった存在ではない。

200回を超えた頃、流石に皆の息が切れてくる。

僕は頭が少しずつ冷静さを取り戻してきていた。

こいつ、やはり何か狙っている。

それは何か。

僕を手駒にでもするつもりか。

それとも。

本気で話がしたいだけとはとても思えない。槍を振るうと、まだ笑っている……顔は兜に隠れてみえないが。

黒いサムライを刺し貫く。

「あら? 手が鈍ってきたわよ? ほらほら、もっと力を入れなさいな」

「だまれ」

首を刎ね飛ばす。

地面に転がった黒いサムライの首が、まだケラケラ笑っている。少なくともそんな声はしている。

或いは、普通の人間だったらおかしくなるような光景かも知れない。

頭を踏み砕く。

再生が始まる。

ワルターが大剣を振るって、粉々に消し飛ばす。

250回。奴が言う。

イザボーが、完全に魔力切れのようだ。ナタタイシが代わりに黒いサムライを殴っているが。

無粋といわんばかりに、ナタタイシの拳をあっさり黒いサムライが止める。本当にこいつ、手を抜いている。

後ろ回し蹴りで頭を粉砕。

ヨナタンが卓越した剣技で奴を切り裂く。

既に、観客がいる事は分かっている。

霊夢とあの銀髪の娘、それに志村さんもいるようだ。

いずれにしても、手出しをしても此奴は何かしらの方法で防ぐだろうし。今は何かしらの意図があって、わざと殺され続けているにすぎない。

しかも力を抜くと、とたんに強靭になる。

だが、僕は冷静さを既に完全に取り戻していた。

ワルターもヨナタンもへばっている中、奴の顔面を牙の槍で刺し貫く。再生を始めた奴から、いきなり隙が消えていた。

飛び退く。

「これで326回。 とても痛くて苦しかったわ。 私が死に追いやった人間の数だけ、正真正銘の死と苦しみを私も味わった。 これで貸し借りはなしよ」

「それをどうやって証明する!」

「ヨナタン」

「……くっ」

冷静さを取り戻せていないヨナタンに、僕は制止を入れる。

僕もかなり削られたが、それでも。

まだまだ此奴の方が実力が何段も上で、今までは何かしらの意図で殺され続けていたのはよく分かった。

それも今の力を使うつもりの状態で、今までの超再生力を発揮された場合。

斃せるのか、こんな化け物を。

そうとすら感じ、薄ら寒いものを覚える。

黒いサムライはくつくつと笑うと、両手を拡げて見せる。

「どうせ上で命令を受けているのでしょう。 私を捕縛しなさいな。 上に連れて行きなさい。 処刑でもなんでもされてあげるけれど?」

「……東のミカド国で、これ以上何を企んでいるの?」

「それは言えない。 貴方にはもう貸し借りなし。 これで捕まってあげて、ついでに処刑もされてあげることでね」

ワルターが前に出る。

それで、乱暴に縄で黒いサムライを縛り上げる。

「霊夢。 もういいよ」

「はあ。 気付いていたのは分かっていたけれど、冷静さを取り戻せたのは流石だわ」

皆が出てくる。

銀髪の娘を見て、あらと面白そうに黒いサムライは声を上げていた。

「なるほどなるほど、そういうことね……」

「勝手に納得しているんじゃないわよ外道。 フリン、護衛はしてあげるわ。 此奴を連れて、陸路で戻らないといけないんでしょう?」

「助かる」

「志村さん、クリアリングお願い。 それにしても……」

霊夢が縛られた黒いサムライをじっと見る。

何かしらわかる事でもあるのだろうか。

だが、しばしして視線を背けていた。

汚物でもみたかのような表情で。

「貴方も凄い使い手ね。 ガイア教団に来ない? 歓迎するわよ」

「お断りよ」

「あらそう。 貴方の雰囲気、むしろ混沌に近いと思うのだけれどもね」

「確かにある意味混沌だったわね昔のあたしの故郷は。 だけれどあんたが喜ぶような混沌じゃない。 確かに訳が分からない奴が好き勝手に振るまう土地だったけれど、それでも決まり事があって、人間とそうでないものがきちんと上手くやるために努力もしていた。 貴方のは違う。 飼い慣らすことは考えていても、ともにあろうとなんて考えてもいない。 弱者は死ねだって? そもそも貴方たちを虐げた存在が、最強の者なのじゃないのかしらね。 だとしたら、貴方は結局その存在にどうして逆らおうとしているのかしら?」

ずばりいう霊夢。

黒いサムライは、くつくつと笑う。

その程度の事は、何度でも言われて来たといわんばかりに、何処吹く風だ。

志村さんが戻ってくる。

「車を手配した。 装甲バスが来る。 私がスカイツリーまで送るよ。 色々君達には世話になっているからね」

「ありがとうございます。 ……一応主任務はこれで終わりなんですが、これで終わるとも思えません。 何よりも、こんな状態の東京を放置しておけない。 必ず戻ってくると思います」

「助かるよ。 まだまだ東京は混沌の土地だ。 君達みたいな強い戦士はいつでも歓迎する」

頷く。

ほどなく鉄の箱を、首のない騎士の悪魔が引いてやってくる。幾つかこの装甲バスというのは作ってあるらしい。

黒いサムライは抵抗しない。

先に黒いサムライをワルターが引いて乗せると、霊夢が咳払いして、僕に耳打ちした。

「あいつ、素直に処刑されるでしょうけれど、すぐに蘇生するでしょうね」

「そうだろうね。 何度殺しても平気な様子だったし」

「気を付けなさい。 あいつがリリスだとすると、神秘主義思想で最上位の悪魔に近い扱いを受けている存在よ。 どんな手を使ってあの不死ぶりを実現していたか見当もつかないわ」

「気を付ける。 出来るだけ」

とりあえず、あまりにもあっさり黒いサムライは捕まったが、これで終わるはずがない。

僕は戻る。

帰路、黒いサムライはずっと黙り込んでいた。

途中で銀髪の娘をシェルターで降ろしたが、それだけ。志村さんと霊夢は、スカイツリーまで送ってくれた。

一度スカイツリーのエレベーターで別れる。

奈落を逆送している間も、ずっと黒いサムライは何もいわない。ただ、面白そうに僕達を観察しているだけだった。

 

1、処刑

 

ホープ隊長に、黒いサムライを引き渡す。

わっと喚声が上がったが、僕はとても喜ぶ気にはならなかった。ギャビーが来て、司祭達と一緒に黒いサムライをつれて行く。

それを見届けてから、話をする。

「あいつ、わざと捕まりました。 それだけじゃありません。 東のミカド国で殺した分、殺されてやるといって。 僕達に何度も殺されて。 その度に蘇りました。 全力攻撃で欠片も残さないほど消し飛ばしても、何事もなかったかのように再生しました」

「とんでもない怪物だな。 これから寺院の連中が首を落として処刑すると言っているが、その程度で殺せる筈もなさそうだ」

「相手がその気なら、ギロチンなんか刃すら通らないと思います。 その辺りは……あのギャビー「様」は何か考えているのでしょうけど」

「分かっている。 お前達も少し休んでこい。 こっちでは、あのキチジョージ村の事件からそろそろ一年半だ。 お前達の武勲は、もう誰も知らないものがいない」

そうか、一年半か。

向こうでは数日が、そこまで経ってしまうのは恐ろしい。

とりあえず隊舎で休む。

風呂に入ってゆっくりする。

黒いサムライは、何を狙っていた。

人殺しへの忌避を無くすことか。

大量に殺させることで、心の闇でも呼び覚ますつもりか。

獣性でも引き出すつもりか。

いずれもそんなもの、関係無い。

これでも伊達にずっと修練を重ねて来ていないのだ。その程度で揺らぐような柔な心はしていない。

問題はヨナタンやワルターだ。

明らかに途中からワルターは苛立ちを超えた感情を抱いていたようだし。

ヨナタンは恐怖を覚えていたように思う。

イザボーは遠距離戦を続けていた事もあって、ひたすら淡々と魔術戦を繰り返していたけれど。

それでもあの三百回以上の殺戮は。

良い気分でやれたとは思えなかった。

風呂から上がって、埃一つなく綺麗にされている寝台でしばし横になる。手紙が来ている。

順番に読んでいく。

キチジョージ村の弟分妹分達からの手紙もあった。

あの惨事から生き延びたチビ共もいたのだ。殺された子も多かったけれど。

リリスのあの、自他の命をどうとも思わない姿勢。

あんなあり方の奴の命が、毎日を真面目に生きている命と同等なものか。

そう思いながら、手紙に目を通していく。

新キチジョージ村を近くに作って、畑を一から作っているそうだ。一部は田にするらしい。

他にも色々ある。

誰々が結婚しただの、そういう話も。

その中には、イサカル兄ちゃんのものもあった。

イサカル兄ちゃんは、ついにこの間結婚したそうだ。新キチジョージ村に移ってから、恐らくサムライ衆が便宜を図ったのだろう。

体の何カ所かが失われたイサカル兄ちゃんだが、悪魔の誘惑から逃れ。民を守るために体を張って傷ついた。

それをホープ隊長が説明してくれたらしく。

それで婚約者が見つかり、結婚したらしい。

良かった。

そう心から思う。

イサカル兄ちゃんはサムライには向いていないかも知れないが、それでも身の丈に合った人生を送る権利がある筈だ。

そしていずれは。

この抑圧された東のミカド国も、どうにかしなければならないだろう。

一眠りして、起きて。

鶏が鳴いているのを聞きながら、顔を洗って外に。

朝食の前に体を動かしておく。

食堂に出ると、料理人が変わっていた。前の人が引退して、新しい人が来たらしい。やはり色々と、時間の流れがおかしいから、そういう違いが出てくるのは仕方がないのだと思う。

食事はまあ可もなく不可もない。

黙々と食べていると、ワルターが不機嫌そうに向かいに座る。隣にイザボーも座っていた。

「よう。 また残像作りながら腕立てしたのか」

「日課だからね。 それにしても機嫌が悪そうだけど」

「ああ。 俺の師匠だった引退したサムライが、ついに大往生したとよ。 まあいつ死んでもおかしくない爺さんだったから、天命だったんだろうけどな。 死に際に会いにもいけなかったぜ」

「……」

ワルターの不機嫌はそれだけじゃなさそうだが。

あまり心に踏み込むものでもない。

しばし食事をしていると、ヨナタンが来る。報告書を出してきたというので、仕事が早いなとワルターが苦笑い。

それから、言われる。

「あの黒いサムライは、一週間ほど後に処刑するそうだ。 今は寺院の者達が幽閉しているとか」

「ギャビー「様」の実力はあいつ以上。 それは間近でみて分かってる。 だからおかしなことにはならないと思うけれど」

「ああ。 あの異常な不死性、奴の本領は戦闘力ではないのかもしれない」

「先を考えなければなりませんわね」

イザボーが提案してくる。

僕も頷いていた。

恐らく奴は、殺されても復活する。その後どうするかは分からないが。もしもガイア教団を支配しているというなら、東京にあっさり戻るような気がする。

幾つか提案する。

まず奴の死体は見張るべきだ。

それは僕がやりたい。

その話をすると、ヨナタンは頷いていた。

「良い考えだ。 だが、僕は避けた方が良いと思う」

「うん。 理由を聞かせてくれる」

「恐らく一対一ではまだ勝てないのが一つ。 もう一つは……寺院の者達の動きがおかしいんだ」

見張りにはサムライでは無く、寺院の者達がつくかも知れないというのか。

なるほど、それは可能性がある。

そもそも東京を焼き尽くした天使が寺院の者達の正体だとすると。いや、ウーゴみたいなのもいる。

全部がそうではないだろうが。

黒いサムライの正体や、奴が首を落とした程度で死ぬわけが無い事も理解している可能性が高い。

ならば、いっそのこと。

お手並み拝見と行くべきというわけか。

「それに見張りをしていて、どんな理不尽な能力を使われるか、知れたものじゃない。 こんな所で、君の経歴に傷をつけるわけにはいかない。 君はホープ隊長が後継と考えている逸材だ。 それについては僕も同意する。 此処はあの黒いサムライを殺したいと考えている寺院に任せて、僕達は怪物同士の化かし合いを見守るべきだ」

「賛成ね」

イザボーが言葉短く賛成する。

ワルターは苦虫を噛み潰した表情をしていたが。俺はどうでも良いとそっぽを向いた。

ちょっと気になって来た。

「ワルター、あまり心に踏み込むつもりはないよ。 でもどうしたの」

「気にくわねえんだ」

「何が」

「俺は自分の腕っ節でなんでも解決できると思って来た。 実際フリン、お前と話があうのも馬があうのも、お前の武力が問題を解決してきたのを間近で見てきたからだ。 その上お前、頭も切れる。 だからお前が頭で何の疑問もない。 ただな、それでも俺の中では、やはり力が第一にある。 それが……揺るぎ始めてる」

黒いサムライを際限なく殺しながら。

ワルターはどんどん疑念が膨らんだという。

叩いても叩いても平然としている化け物。

殺しても殺しても何とも思っていない怪物。

そんな奴を前に、力なんて何の意味があるのだろうと。

少し分かってきた。

ひょっとしてあの黒いサムライ。僕よりも、ワルターを狙っていたのか。いずれにしても、僕は咳払いしておく。

「ワルター。 一言言っておくよ」

「なんだよ」

「あいつの不死性、必ずからくりがある。 他者の影響を受けるのは、それはそれで良い事だと思う。 己の中に芯があるのはとても立派だけれども、それを守るあまり柔軟性を欠くんじゃ意味がない。 僕が教えを受けた引退サムライ達も、みんな柔軟に新しい武術を取り込めって言ってた。 それでいながら、折ってはいけないものもあるって。 だから、ワルターの芯を折らずに、新しいものを取り入れればいい。 武術や戦術ではワルターはそれをナナシに講義できるくらいまで変われてきている。 次は心でそれをやればいい。 あんなカスに芯を折られたんじゃ損だよ。 勿論変わるなんてのは簡単にできる事ではない。 でも、ワルターは、どうなんだろう」

しばし黙り込んでいたワルターだが。

いきなり立ち上がると、大剣を手に取っていた。

既に食べ終えている。

じゃあ、それはそれでいい。

「そうだな。 それもそうだ。 イザボー、ナタタイシ貸してくれないか。 ちょっと何も考えずに訓練してえんだ」

「あの子、言う事全然聞きませんわよ」

「だからいいんだよ。 そんなじゃじゃ馬だからこそ、迷いを晴らすために剣を交えるのに丁度良いだろ。 それに子供は正直だからな。 俺の武芸の何処に問題があるか、素直に教えてくれるだろうよ」

「そうだな。 僕もあいつの化け物ぶりに当てられていたと思う。 つきあうよ、ワルター」

ヨナタンも立ち上がる。

中庭の訓練場では、人間に近い姿の悪魔なら呼び出しても良い事になっている。事実新米サムライには、時々歴代の隊長に受け継がれてきたクーフーリンが稽古をつけているのである。

イザボーがナタタイシを呼び出す。

手足に何か不思議な装備をつけ、不思議な腰布だけを身に纏っている、いかにもわんぱくな子供という容姿の存在。

とても人気のある神だったそうだが。

まあ確かに、気持ちがいいほどのクソガキだ。

「修行だって? まあいいけど、そっちの一番強い奴はいいのかよ」

「ナタタイシ。 貴方が立派な軍神である事は分かっていますけれど、敬意くらいは払いなさい」

「嫌だね。 俺より弱い奴に払う敬意なんてない」

「もう……」

ワルターは笑う。

怒るかと思ったのだが。ワルターも心に余裕が出来ていると言うことだ。

「確かにターミナルでやりあった時は、この状態よりも弱体化していたもんな。 良いぜ、そのクソガキぶり、俺としても気持ちが良い。 考えも似てるし。 それに、今はまだお前に劣るのも事実だ。 鍛錬につきあってくれな、偉大な神様」

「同感だ。 行くぞナタタイシ。 死なない程度に鍛錬につきあって貰う!」

「ふん、まあ良いだろう。 だけどもあっさりおねんねするなよ!」

僕は側で様子を見ていたが。イザボーに軽く話して、ちょっとその場を離れる。

猶予としては一週間ほどある。

一度、顔を出したい相手がいるのだ。

それは、僕が稽古をつけて貰った中で、最強の引退サムライ。

勿論現状の戦闘力はホープ隊長には劣る。だけれども、先代の隊長にぶちのめされて武術を意識した後。

出会った引退サムライの中で、もっとも強い影響を受けた相手だ。

今、ヨヨギウエハラ村にいることが分かっている。二回引っ越しをして、今はそこにいついているらしい。

とにかく凄い武術の達人だった人で、衰えたとはいえ何かしら知っているかも知れない。

牙の槍は手入れに出し、支給品の剣だけ腰に帯びてそのまま城を出て、走る。馬なんていらない。

そう時間も掛からず、ヨヨギウエハラ村に到着。

懐かしい気配だ。

比較的東のミカド国の中枢に近い村だが。

ラグジュアリーズの住んでいる貴族街から一歩でも出ると、其処は完全に農村になる。このいびつさが、東のミカド国が楽園でもなんでもないことを示している。

門戸を叩く。

奧から入れ、と声があった。

入ると、門弟数人を抱えている、険しい表情の老人がいた。

頭を下げる。

「フリンです。 お久しぶりです」

「おう、サムライになったと聞いている。 強くなったな……」

「此方で言うケガレビトの里に下りてから痛感しましたが、まだまだです」

上がるように言われたので言葉に甘える。

そして、師匠の孫らしいのが茶を出してくれたので、ありがたく頂きながら、話をする。

黒いサムライの不死性について。

どうすれば斃せるのか、この人なら何かしら分かるかも知れない。

そう考えたからだった。

黒いサムライは何を目論んでいるかも、或いは何か思いつくかも知れない。

そうして話を終えると。

師匠は腕組みしたまま考え込み。

そして告げた。

「確かにその不死身ぶりには何かしらの仕掛けがあるだろうな。 或いはそなたと戦った黒いサムライは、ただの影だったのかもしれん」

「……分霊体と言う事ですか?」

「悪魔には影を自分と同じ存在として、幾らでも展開する存在がいる。 大量に出てくる悪魔は概ねその手合いでな」

そういえば、本来は一体しかいない筈の悪魔が、雑魚として群れて出てくる事はよくある。

僕自身もそれは目撃している。

そういう例だったのか、あれは。

だが仮にだ。あの黒いサムライがリリスだったとして、そんなに豊富に影を用意できるものなのか。

奴には質量があった。

一回確認したのが、ターミナルを渡って奴を東のミカド国へ転送する事は出来なかった。ターミナルは人間と一緒にある程度の質量までしか運べない。つまりちゃんと質量があると言う事だ。

そんな質量がある分霊体を、三百回以上も破壊されてどうして大丈夫だったのか。

「それ以外にも何かしらの仕掛けがある可能性は高い。 ただ……」

「ただ、どうしたんですか」

「奴が何か企んでいるのは事実として、お前と話したかったのも事実かも知れんな」

「……」

奴は筋を通した、というわけか。

東のミカド国で大量殺戮をした分だけ、僕に殺された。

それに関する痛みもしっかりあると言っていた。

死が奴には安いだけ。

確かに、その可能性はある。

池袋で西王母を斃したとき、ガイア教徒達が歓声を上げていたのを思い出す。力の強い人間……僕達の事だが。

そういった人間を、悪魔は好む可能性はある。

その点では、霊夢も色々言われていたと聞いている。

「魔術が使える悪魔達の意見は聞いたか」

「はい。 何体かに話は聞きましたが、あれほどの不死性の実現は難しいだろうと答えが返ってきました」

「そうか。 厄介な話だ」

「いずれにしても、参考になりました。 ありがとうございます」

一礼して師匠の家を出ようとすると、最後に一言だけ付け加えてくれた。

黒いサムライが僕を気に入ったのは恐らく事実だが。

東のミカド国には悪意もあるだろうと。

何か処刑の時にしでかすはずだ。

それを注意すべきだと。

弟子達にも、告知されている処刑には出ないようにと師匠は言っていた。僕は立場上出なければならないが。

色々もどかしい話だった。

 

一週間はあっと言う間に過ぎた。

ホープ隊長経由で、ギャビーには話をしてある。あの冷血女は色々気にくわないが、それでも黒いサムライと同等以上の使い手だ。

話をしておけば、何か被害を軽減できるかも知れない。

アキュラ王の広場に、皆が集められる。

集まったのはラグジュアリーズの高官と司祭達、それにサムライ衆。苦虫を噛み潰しているのはホープ隊長だ。

悪趣味な処刑ごっこなど参加しなくて良いだろうと言ったら。

ギャビーに見せしめに必要だから参加しろと、ずばり言われたそうだ。

それを聞いて、ワルターも相当に苛立っているらしい。

後ろ手に縛られている黒いサムライが、壇上に上げられる。

黒い三角の頭巾を被った首切り役人が、分厚い処刑刀を手にしているが。

あんなもので処刑できるのか。

無言でそれを見ているギャビー。

側にいるイザボーが、声を落として告げてくる。

「強力な魔術の気配ですわ。 恐らく壇上全体に、光魔術の最高位のものがかかっていますわね」

「一応報告は聞いたと言うことなのかな」

「何とも言えませんけれど、対策はしているということでしょう」

ウーゴが何かしゃべり出す。

壇上に首切り役人と一緒に上がったギャビーは、それを睥睨していた。

今回の件を収束できたのは、有能な司祭達の活躍と、神の御心あってのこと。

この黒いサムライを処刑することで、一連の事件が終わるのだと。

僕らに言及は一切無し。

別に褒めろなんていうつもりはないが。

この手柄を寺院で独り占めするというのは、ちょっとイラッと来た。

僕ら以外にも、今も下におりて戦っているサムライ衆は少なくない。確か殉職者も出ている筈だ。

それを無視しての長広舌。

ワルターがキレそうになっている。

「お頭、あいつぶん殴ってもいいッスか」

「我慢しろ。 私も我慢している」

「それは……じゃあ我慢するッスよ」

「お前達には後で私から報償を出す。 サムライ衆として正式なものだから心配するな」

ホープ隊長がそういうので、ワルターも黙る。

まだまだホープ隊長は僕より強いと思う。

ワルターも、この人の実力は敏感に感じ取って、認めていると言う事だ。

やがて演説が終わると、黒いサムライに、ウーゴが話しかける。

頭は良いのかも知れないが、勝ち誇って見えていないのだろう。黒いサムライは、何の焦りも感じている様子がない。

彼奴、やっぱり。

処刑なんてされて、ダメージが入るとは思えない。

「何か言い残すことがあるのなら聞きましょう。 望みがあるなら美味なども支給しましょうか」

「それならば兜を外してくれるかしら。 首の後ろのボタンを押せば、勝手に解除されるわ」

「それでいいのならやりましょう」

ウーゴは何の警戒もせず、そうした。ギャビーも止めなかった。

兜がシュッと音を立てて、そのまま縮む。

どういう仕組みなのかは分からないが。それで、黒いサムライの素顔が明らかになっていた。

そこには。

ギャビーと全く同じ顔があった。

どよめきの声が上がる。

鉄面皮のギャビーと違って、悪意の笑顔に歪んでいる顔。サムライ衆にも、後ずさる者がいた。

なるほど、狙いはコレだったのか。

「家畜として飼い慣らされた東のミカド国の民草よ。 私は処刑されてもすぐに蘇る。 そして知るがいい。 この国には、私がもたらした災厄など、問題にならない災厄がすぐに訪れる。 その日を楽しみに待つのだな」

「ひっ! ギャ、ギャビー様!」

「殺せ」

黒いサムライが笑う。

首切り役人すら気圧されているのが分かった。

僕もびりびりと威圧を感じていた。

最初にこいつと遭遇した時に感じた、圧倒的な強さを。やはりギャビーには若干劣るが。今の僕より上だ。

やはり此奴は、わざとここに来たのであって。

殺される事など、殺す事も。最初からなんとも思っていなかったのだ。

「ハハッ! 無様だな! この戯れに作った顔がそれほど気にくわないかギャビー! そう名乗っているだけで、実際のお前の名は……」

気圧されている首切り役人よりの処刑刀より早く、すっと音がして。ギャビーが動いた。その場から動いていないように見える程早かった。

黒いサムライの首が落ちていた。

手刀か。

動きをぼんやりとしか追えなかった。

「死体を片付けろ。 此処で起きた事は他言無用とする」

「た、他言無用! みなさん、お引き取りください! 処刑は終わりです! 終わりです!」

ギャビーはそうそうにさがる。

あわてながらウーゴが叫んでいて、司祭達が無言のまま広場から出るように促す。

これは、まずいな。

「ホープ隊長、死体を即座に始末して、灰を監視するべきです」

「そうだな。 お前達の話を聞く限り、奴の不死性は尋常ではない。 私はギャビー様にこれから掛け合って、ギャビー様自身での監視を頼む。 お前達は、死体の処理をすぐにやってくれ」

「分かりました」

ヨナタンとイザボーが出る。

ヨナタンは天使達を呼び出し、イザボーは支援魔術とコンセントレイト。

そして僕とワルターも悪魔を呼び出す。それを見て、ラグジュアリーズ達は、困惑していた。

「サムライ衆は悪魔を呼び出せるというが、あんなたくさんを呼べるのか!」

「静かに。 あの死体は即座に処理します。 人間の手には余るので、悪魔で対処します」

「天使様もいるぞ!」

「神々しいお姿だ!」

勝手に感動しているラグジュアリーズもいるなか、ホープ隊長が群衆を遠ざける。サムライ衆はホープ隊長に言われ、その整理を手伝っていた。

一斉に光の魔術で死体を消し飛ばす。

それに、塵も残らないレベルで魔術を叩き込む。

だが、この程度で殺せるとは思えない。わずかに残った灰を壺に入れて、それで厳重な警備の部屋に入れる。

封印の魔術が使える悪魔に、魔法陣を作ってもらうが。

こんなもの、あの力の前に役立つかどうか。

ギャビーが来る。残骸を収めた壺を一瞥すると、帰って良いという。

じゃ、あとはあんたの責任だ。

僕は一礼すると、皆と一緒に部屋を出る。

奴は多分これでも復活して逃げるだろうなと思う。あの不死性を解析しないと、恐らくは斃せない。

ギャビーの方があらゆる実力が上のようだが、それでもあの自信。

また追う事になるだろうな。

そう僕は確信していた。

 

2、想定内想定外

 

予想通りというか、翌日にはもう異変が起きた。

ギャビーから直接連絡があって、寺院に呼び出されたのである。

居心地が悪そうなウーゴ。

ホープ隊長が不機嫌そうにしている中、数人のサムライ衆の幹部達も来ていた。僕達に、指示が降ると言う事だが。

まあ、これははっきり言って。

何が起きたか、聞かなくても分かる。

「黒いサムライが蘇生して逃亡しました」

「やはり」

「あれだけ粉々に消し飛ばしてもやっぱり駄目だったか。 この国の天使様の加護はどうなっているのかな」

ワルターがあからさま過ぎるくらいに言う。

ギャビーが人間ではなく、なんなら東京で殺戮の限りを尽くした「天使」の可能性が高い事を見据えた上で、敢えて言っているのだ。

僕もそれを止める気にはならない。

ギャビーのことは、東のミカド国をこんな場所にした元凶だと思っている。

仮に東京も焼き滅ぼしたのだとすれば。

いずれ斃さなければならない相手だ。

咳払い。ホープ隊長だ。

厳しい立場である。

「具体的に何が起きたのですか」

「奴は壺を内側から砕いて、即座に肉体を再構築しました。 ただし黒いサムライとしての姿はもはや保てず、黒い霧のような人型となっていましたが。 そのまま、私が斃す前に、すっと消えてしまいました。 防御用の結界も展開していましたが、それをくぐり抜けたというよりも、元々あった本体に吸い込んだ印象です」

なるほどな。

やはりあの体分霊体だったのか。

だとすると、本来はガイア教団にあるのか。

いずれにしても、あの不死に思えた分霊体にも限界そのものは来ていたらしい。

それに元ある所に吸い込まれたというのなら。

此奴が仮に大天使様とはいえど、追い切れないのも仕方がないのかも知れなかった。

いずれにしても、僕の関与する所じゃない。

僕達全員の、だ。

最初はサムライ衆で見張るという案もあったらしいのだが。

ホープ隊長が、提案したのだ。僕の話を聞いた上で。

相手は三百回以上殺されても再生した不死性の持ち主。

此処は神の加護を受けている自院で見張りをしてほしい。サムライ衆では手に余る、と。

そもそも凄まじい不死性を持っていたという報告を受けて、流石にギャビーも思うところがあったのだろう。

ホープ隊長の意見を意外に素直に受け入れた。

或いは、あの同じ顔。

ある程度面識がある仇敵であったのかも知れなかった。

「それで命令を新たに下します。 処刑は不要。 あの黒いサムライを以降は発見し次第殺しなさい」

「しかし三百回以上殺しても再生する奴ですが」

皮肉混じりにワルターが言うが。

ギャビーは、間近で見て仕組みを看破したという。

「これを」

渡された。

これはロザリオか。

だが、なんだか強烈な力を感じる。目を細めた僕は、ヨナタンにそれを引き渡していた。

「奴は分霊体を想像以上に多数保有していて、しかも世界を渡ってその分霊体を自由に出来るようです。 本体を探し当てても、本体から分霊体に己の核を逃がすでしょう。 それを防ぐのが、その道具です」

「これをどう使えば良いのですか」

「急あしらえですが、私が作りました。 奴の近くに持っていき、神を称える言葉を唱えれば、一時間ほどは奴の逃亡と再生を防げるでしょう。 その代わり、全力で抵抗してくるとみて良いでしょうね。 心して懸かりなさい」

頷く。

僕としてはそれについては異論はない。

それと、もう一つ。

仕事があると言う。

「情報を総合すると、新宿とケガレビトの里で呼ばれている地の近くに、塔が存在している事が分かりました。 そこに捕らわれている者が、東のミカド国にとってもっとも重要な存在です。 必ずや助け出す。 これを第二の任務とします」

聞いた話だ。

確か阿修羅会が守っている塔があると。

ただ僕は、それを素直に聞く気にはなれなかったが。

「それらの役割を果たしたら、フリン、ワルター、そなたらをラグジュアリーズとして、以降子々孫々この地の統治を任せましょう」

「それはそれは有り難きお言葉」

「ワルター。 ……指示は承りました。 一度持ち帰り、サムライ衆で作戦を練ります」

ホープ隊長も、ギャビーには色々思うところが多いと聞く。

その場で話を切り上げて、寺院から僕達を連れ出してくれた。

ワルターがぼやく。

「お頭、あの女絶対にヤバイですよ。 この国のガンは彼奴なんじゃないッスかね」

「大きな声でいうな。 ギャビー様に対する不満を口にしていた司祭が翌日不審死をしていた例が幾度もある。 国中に耳があると考えた方が良い」

「やっぱり化け物じゃないッスか」

「それについては僕も同感だけど、だからこそ気を付けた方が良いね。 相手はあの黒いサムライ以上の使い手だと判断すべきだ」

僕の言葉に、ワルターも押し黙る。

まあ、それもそうだろう。

僕としても、今はまだ戦ってどうにか出来る気はしない。

それにである。

さっき寺院に入って、色々気配を感じた。やはりギャビーに迫る力……人間のものではない……を多数検知した。

あれはヨナタンが連れている天使が気配としては近い。

やはりというかなんというか。

此処にいる大天使だかなんだかが、東京や、それ以外の世界中を焼き払ったのは間違いない。

後でホープ隊長に、奈落で話す事にする。

最悪、ホープ隊長にも協力して欲しいからだ。

作戦会議がすぐに行われる。

色々な話がされたが、まだ東のミカド国では悪魔化する人々が出ていて。寺院が司祭を派遣して、本を集めては焼き払っているという。

だが、それに対する反発も強くなってきていて。司祭達はサムライに反発するものを抑え込めと指示を出してきていた。

そのため、ホープ隊長は、東京にこれ以上のサムライを派遣できないという。

ちなみに既に今年のガントレットの儀は、僕達が東京にいる間に行ったらしい。

それによって新人のサムライは八人加わっているが。すぐには使い物にはならないだろう。

見た感じ、これはという人材もいないようだし。

「フリン、厳しい任務になるが、第十六分隊は引き続き黒いサムライを追跡してくれ。 奴の存在には色々思うところがあるだろうが、それはそれとして奴が東のミカド国に対する大きな脅威なのも確かな事実だ。 多くの民の命が脅かされている。 民を守るためにも、奴は討ち取らなければならない」

「はっ」

「では頼むぞ」

解散と、ホープ隊長が声を張り上げていた。

サムライ衆が散る。

僕達に対する不審の目が更に減っているようだが、ヨナタンがそれに気付いたらしく、教えてくれる。

「粛正の大なたがまだふるわれているらしい。 特にラグジュアリーズ出身のサムライが、更にサムライの任を解かれたそうだ。 八人の追加人員程度ではとても足りないらしく、来年以降も大規模な成人の儀を行うとか。 次からは、年齢も十六から二十まで拡大するらしく、一度ガントレットに選ばれなかった人間も、受ける資格を得るそうだ」

「なんだよそれ。 それってガントレットに一度選ばれなくても、次は選ばれる可能性があるってことなのかよ」

「ワルター」

イザボーがたしなめる。

ワルターは舌打ちすると、視線を背ける。

ともかく今は、やるべき事を決めて動くしかない。

僕は手を叩いて、皆の耳目を集める。

「ヨナタン、ホープ隊長呼んできてくれる? それらしい理屈で」

「無茶を言うなまったく。 奈落で話すと言う事だね」

「うん。 あの東京に降りるのに使ったツリーだかタワーだかの所のターミナルでなら、多分問題なく話せると思うしね」

ホープ隊長の代わりは、現時点ではいない。

直下の第一分隊のサムライ達は精鋭中の精鋭だが、隊長をやれるかというと話が別になる。

それくらいホープ隊長は優秀なのだ。

なんでもカジュアリティーズの出身なのに、ラグジュアリーズの女性の間でも人気が高いという。

既に失った奥さん以外の女性には見向きもしないそうだが。

「それと、僕達は黒いサムライを追うよ。 あいつがリリスの可能性は高いし、殺した分は殺されてやったなんて言っていたけれど、結局今も東のミカド国に……恐らく東京にも、禍いを及ぼしている。 それは間違いのない事実だからね」

「ああ、それは同感だな。 奴を殺すことだけは異論はねえ」

「本をあんなことに使った事は許せませんわ」

皆の意見は一致しているか。

ワルターも、奴の不死性に興味を持つより先に、奴のやり口に怒りを覚えてくれた。それはそれでかまわない。

さて、問題は此処からだ。

ホープ隊長が来たので、一緒にターミナルで転移する。上野のターミナルに登録するかと聞くが、首を横に振られた。

奈落の最下層の更に下、ターミナルの辺りは既に要塞化されている。

その一角で、ホープ隊長と話す。

まず、ホープ隊長が音が漏れないように、自力で結界を展開する。

悪魔に習ったのだろう。

こういう小技も使える、ということだ。

「此方で流れる時間の差を考えると、私は東京に降りるわけにはいかん。 それで話というのは」

「はい。 ……ラハム」

「分かりました」

ラハムを呼び出すと、結界を張って貰う。

光ではなく闇、呪いの力による結界だ。ヨナタンはちょっと不愉快そうにしたが、我慢してもらうしかない。

これにワルターが呼び出した悪魔も結界を重ね掛けする。

これで、特に天使には会話の内容は拾えないはずだ。

更に悪魔を展開して、電子機器がないことも確認する。電子機器の防御は、悪魔の前には紙の盾同然。

それは既に東京で聞かされている。

だからこうして、念入りに対策するのだ。

「話は、ギャビーの事です。 あいつが東京で殺戮と破壊の限りを尽くした、東京の人々が怖れている「天使」だと僕は睨んでいます」

「可能性はあるだろうな。 今のお前達と私が、総力で挑んでも奴に勝てない可能性が高そうだと、私は判断している」

「ええ。 しかし、何もしないわけにはいかない。 僕は力を整え次第、今の東のミカド国を変えるべきだと思っています。 秩序と法は確かに大事です。 しかし今の東のミカド国の……ラグジュアリーズは血統だけで地位を得て、カジュアリティーズは本すら読めない。 こんな状態を作り出す法は許せないし、その法を作ったのが天使だとすれば、その存在に異議を唱えるべきです」

ヨナタンは僕の言葉に反発しない。

東京の惨状を見ているからだろう。

勿論これは東のミカド国への反逆に近い言葉だと言う事も、僕は理解している。

「世界が滅ぶ前に何が起きていたか東京で聞きました。 色々な法や思想や国があって、それで世界は平和でもなんでもなかったそうです。 だからといって、こんな一つの法と仕組みしか許されないなんてのはおかしい。 勿論強引に事を進めれば、大きな問題が起きて、多くの血が流れます。 でも、東のミカド国の今の体制だって、人の数を保つために色々無茶をやっている。 それを隊長は知っている筈です」

「ああ、そうだな。 それで私に何を求めている」

「僕は力を蓄え準備を整え次第、ギャビーを場合によっては討ちます」

「!」

これはあの黒いサムライが、敢えてやったことを見て気付かされた。

ギャビーと同じ顔。

奴がそんなものを作ったのは、無論だが東のミカド国の人々に、呪いを植え付けるためのものだ。

此処でいう呪いとは、悪魔が使うものとは違って、心に植え付ける言葉や恐怖やらで相手を縛る技術の事。

そしてギャビーは効果を認めた。

黒いサムライの首を、瞬時に刎ねたのは。混乱が起きるのがまずいと判断したからである。

更に言えば、黒いサムライの死体を自ら見張ったのも、奴の存在を許せなかったからだろう。

それが善良な目的のためだと考えるのには。

今までのギャビーの言動は、色々と無理がありすぎるのだ。

「まだ討つと決めたわけではないです。 しかしながら、もしも東京にこれ以上害を為すのが目的であるのなら。 東のミカド国の人々を、今後も支配して奴隷にするのが目的であるのなら」

「分かった。 私としても思うところはある。 少なくとも、いざという時に私はそれを邪魔しない」

「隊長!」

「ただし、その時には、私に何故そうするかの説明をしろ。 それ次第では、私もサムライ衆とともにお前に加勢する。 東のミカド国には、成り立ちからして分からない事が多すぎるのだ。 東京でそれを掴んでくれ。 何があったのかを調べ尽くしてくれ。 このまま、化け物の腹の中で消化される肉のままで良い筈がない。 お前達、期待しているぞ」

ホープ隊長は、嘘をついていないな。

頷くと、僕は敬礼する。

さて、これで後顧の憂いはなくなった。

後は、東京でやるべき事をやるだけだ。

皆もそれは意見が同じであるようだ。一旦、シェルターのターミナルに出る。なんだか騒がしい音がしていた。

「うん?」

「お前さん達、丁度良いところに来たな」

地獄老人が来る。

人外ハンターがばたばたとエレベーターに向かっていると言う事は、敵襲か。

「外に久々に悪魔が押しかけてきておる。 今人魚の嬢ちゃん以外は出払っていてな。 手伝ってやってくれるか」

「勿論です」

「それと。 工場長!」

ドワーフが来る。

そして、差し出されたのは。新しい槍だ。

鈍色に輝いている、穂先が極めて巨大な槍。手にしてみると、じんわりと熱い。僕の力にも、ぴったりあっている。

「実物と形状は違うが、この国の名槍の一つの魂を受け継いだものよ。 オテギネと言う。 今のお前さんなら、使いこなせる筈だ」

「……ありがとう。 大事にするよ」

ワルター、ヨナタン、イザボーにもそれぞれ武具が渡される。

ワルターには今までよりも更に大きく分厚い大剣。これについては名前はない、だが戦場で実際に使われた大剣を再現したものだという。

ヨナタンはレプリカであるそうだが、グラムという剣を受け取っていた。

ワルターの大剣ほどでは無いが、僕の背丈くらいはある大きな剣だ。それでいて、ヨナタンが重さを全く感じていないらしい。

イザボーにも杖が渡される。

杖と言ってもごくちいさなものだ。剣は今のままでいい。イザボーは魔術の増幅媒体が欲しいと言っていたので、これでいいのだろう。

「あら素敵。 この杖の名前は」

「ないよ。 まだ魔術の増幅媒体というだけよ」

「そう、ではオスカルと名付けようかしら」

「ん?」

うっとりした様子でイザボーがいうので、僕はちょっと違和感を感じたが。ともかく、反論を許さない圧みたいなものを感じたので、とりあえず黙ることにした。ドワーフの親方も同じだったようだが、まあイザボーが喜んでいるのならそれでいいだろう。

ともかくエレベーターを経由して外に。

急激に冷え込んでいた。

辺りには、粉々に砕けた悪魔が多数散らばっている。

あの穏やかそうな性格のマーメイドに、たくさんの悪魔が集っていて。人外ハンター達が繰り出す悪魔も含めて乱戦を繰り広げているが。

なんだろう、こいつら。

ちょっと違和感がある。

強いのは確かだ。僕は号令を掛けて、手近な奴。鎧姿の……以前西王母の周囲にいた連中に近い武人然とした奴に、新しく手にしたオテギネを振るって突きかかる。其奴が頭だと判断したからだ。

即応。

刃を抜いて、即時で弾いてくる。

手応えが重い。

そのまま、数合斬り合う。ワルターもヨナタンも加勢。イザボーが、大規模魔術を展開。火力が数段上がっていた。

「ただものじゃないね。 僕はサムライ衆のフリン。 貴方は?」

「ほう、名乗るか。 面白い。 わしは鬼神ショウキ。 病を為す悪鬼を喰らうものよ」

「へえ。 それが多くの人が命をつないでいる此処に何の用?」

「それが本当か、此処に守るに相応しい力が備わっているのかを見に来た! 邪魔だ雑魚共!」

かっと叫ぶと。

人外ハンターが放った悪魔達が、瞬時に砕け散る。

なるほど、どちらかというとヨナタンの天使達みたいな、邪悪に対する存在と言う訳か。

根っからの悪党ではなさそうだが、それでも。

試しだかなんだか知らないが、そんなことで人をたくさん殺すのは看過できない。

ラハムを呼び出す。

頷いたラハムとともに、連携して戦いに入る。ラハムに支援魔術を掛けて貰いながら、僕は立て続けに突き技を叩き込む。

余裕を持ってそれを捌き続けるショウキ。

かなりの使い手で、ひりつく。牙の槍以上の性能を持つこのオテギネは、体にすごく馴染むが、それでもまだまだ。ただ、激しい戦いの中で、急速に僕と一体化しつつある。だが、なおも相手の近接戦の技量が上。

本来なら、皆と連携すべきだが。皆もそれぞれ戦っている。かなり手強い相手と。

だから屈する訳にも、さがるわけにもいかない。気合の一声とともに、懐に潜り込むと、掌底を叩き込む。近接戦では、柔軟に体術に移行するのが重要だ。さがりつつ、ショウキも回し蹴りを叩き込んでくる。態勢を低く、ぐおんと空気を抉り取るような一撃を回避しつつ。

そのまま体のバネを生かして、オテギネで地面を抉りつつ、加速させて切り上げる。

払いの技の一つ。地擦り虹。

ショウキは剣でそれを受けたが、吹っ飛んで、地面で態勢を立て直す。かっと笑ったのは、楽しんでいるからか。

強烈な気配。

飛び退くと同時に、白い炎が僕がいた地点を強襲。

それだけじゃない。

立て続けに炎が、彼方此方を襲っていた。

「頃合いだ。 さがるぞショウキ」

「ちっ、楽しみすぎたか。 まあいい。 此処は確かに充分な守りがある。 それを確かめられただけで充分よ」

ショウキの隣に降り立ったのは、ショウキ以上に強い気配を感じる悪魔だ。

体に羽を多数つけている、浅黒い肌に色々と模様を描いている男性の悪魔だ。けばけばしい色の服を身に纏っているが、あれは蛇神の系譜だな。

それは見てすぐに理解できた。

側の地面に、マーメイドが浮き上がってくる。

かなり手傷を受けている。

あの霊夢が自分より強いと言っていた彼女が。恐らくだが、やったのはショウキではなく、こっちの男性の神の方だろう。

「フリンと言ったな。 我は太陽の神ケツアルコアトル。 この地の人間が、己の身を守れるかどうかの試しがどうしても必要だった。 そなた等の加勢があったとはいえ、この地の人間は我が思っていた以上に逞しいようだ。 それに冷静に迎撃を行って来た。 それを見届けただけで我等の目的は達成出来た。 これ以上戦火を拡大するつもりはない。 安心せよ」

「そう。 それで、一体何を目論んでいるの?」

「それは流石に話すわけにもいかぬ。 いずれ機があったら会おう」

周囲で戦っていた悪魔達が、かき消える。

凄まじい強さを感じた。

バロウズが解説してくれる。

「龍神ケツアルコアトル。 南米に存在した文明の主神にて太陽神よ、 生け贄を求める神でもあるけれど、それは太陽を失わないため。 慈悲を持つ神であり、生け贄を必ずしも必要とはしないこともあったそうだわ」

「主神となると、西王母より格上の神様って事だね」

「ええ。 それに本来は蛇に翼がある姿が示されているわ。 あの人型は、あれでも力を抑えている状態と見て良さそうね」

色々と厄介な話だ。

ともかく、怪我人の手当てをする。

奧から出て来た、医療班に怪我人を引き渡す。マーメイドには、イザボーが呼び出した凄い女神様が回復の魔術を掛けていた。パールバティというらしい。

「ありがとう、助かったわ」

「貴方が此処までやられるなんて」

「うん……。 流石に色々あって、力を発揮しきれない状態だし。 相手が相性も最悪だったし。 仕方がないわ」

そうか。いずれにしても何とかなりそうでよかった。

奧からフジワラさんが出てくるので、礼をする。

フジワラさんも、此方に対して礼を返してくれた。

さて、色々とややこしい事になったし、順番に話をしないといけないだろう。

放たれた矢のように黒いサムライを追うわけには、どうやらいかないようだった。

 

3、塔の話

 

霊夢が戻ると、丁度フリン等が来ていた。秀も戻っている。

あのマーメイドがかなりやられた。

その話を聞いて、あわてて戻って来たのが。相手がケツアルコアトルだと聞いて、納得したものだ。

それはそうだろう。

南米神話の主神である。それとある程度まともに戦えただけでも凄い。霊夢と秀が二人がかりで、やっと勝負になるかという相手だ。

銀髪の娘も所用で外していて、フジワラもそれに同行していた所だった。

完璧に虚を突かれたのである。

それでも守りきれたのだから、これでよしとするしかなかった。

まずは情報を展開する。

フリン達は黒いサムライを連行したものの、やはり最終的には逃げられたようだ。まあそうだろうなと霊夢も思う。

あれはほぼ確定でリリスで。

しかもあの様子だと余程面倒な仕掛けをしていたとみて良い。

上には大天使級の天使達が多くいた可能性が高く、それらによる処刑からも逃れる自信があるから捕まったのだろうし。

それはフリン達にもどうにもできない。

志村が挙手。

「申し訳ないがフリン殿」

「うん、フリンでいいですよ」

「了解。 サムライ衆の皆、現在我々は戦略的な目標に、話にあった塔の攻略を据えている。 其方にも有益な話だと思うのだが、乗って貰えるか」

「詳しく」

すぐにフリンも乗ってくる。

阿修羅会の力を徹底的に削ぐために、必要な行動だ。

此方としても利がある。

問題は、上で塔をどうにかしろと、大天使と思われる存在に言われたという事である。

だとすると、塔に封じられているのは、なんだ。

「現在我々で確認した所、新宿御苑には監視用の雑魚悪魔が放されているが、本来監視に当たっていた悪魔の大半はその場を離れている。 幾らかの野菜畑があるが、あまりいい野菜は作れていないようだ。 強制労働されている人々が五十名ほど。 働かなければ連れていくと脅されていること、それに働けば当時は貴重品だった野菜屑を恵んで貰えること。 それもあって、其処から逃げられなかったようだ」

「聞けば聞くほど最低な連中だ」

フリンがぼやく。

まあそうだろう。霊夢も同じ意見だし。

これを「素晴らしい事だ」なんて思う奴はいるのだろうか。いや、いるのかも知れない。大戦が始まる前は、そういうおかしな事を考える輩がたくさんいて、霊夢の所の支配者層も頭を抱えていたようだったから。

「作戦は何段階かにわけて行う。 第一段階は、まずは塔にいる大物の排除。 塔には今、大天使マンセマットがいることが分かっている」

「大天使が東京に?」

「訳ありの奴でね。 悪魔を使役する能力を持っている、一神教でいうところのダークサイドの天使なんだ」

ヨナタンに、フジワラが話す。

大天使マンセマット、マスティマともいうが。モーセの逃避行に登場する大天使だ。

堕天使とされることも多いが、それにしてはおかしな事が多い。一神教では汚れ役をする天使を片っ端から堕天使扱いしたこともある。

そういう風潮の犠牲者だろう。

いずれにしても、東京では悪魔からも鴉と言われて忌み嫌われているようだ。

「六本木にいる阿修羅会は、今別の問題に追われて対処中だ。 援軍の到着は気にしなくてもいい。 霊夢くん、サムライ衆の皆と連携して、鴉を押さえ込めるか」

「厳しいわね。 もう一人つけてくれる?」

「……」

挙手したのは銀髪の娘。

そうか、この子が加わってくれるなら心強い。

池袋の戦いで、鬼札のこの子の存在は既に阿修羅会側にも漏れている。だったら、更にそれを印象づけると言う訳だ。

それによって本当の今の人外ハンターの指導者がこの子だと思われる可能性は更に減るのである。

ただ問題はまだある。

「問題はそれだけじゃないわ。 鴉の……マンセマットの手札がどれくらいあるか、によるわね」

霊夢が知る限り、マンセマットは掃除屋だ。

天界の掃除屋が何を守っているかは知らない。だがそこにあるものを守れないなら、マンセマットがその場にいるとは思えない。

あれだけ恨みを買っているのだ。天使という時点で。

野良の大物が仕掛けて来るかも知れない。その状態でのうのうとしているのだ。生半可な戦力では攻略されない自信を持っているとみて良い。

マンセマットとの戦闘だけで、霊夢と銀髪の娘、サムライ衆を加算しておきたい。

それ以外に何がいるか次第では、更に予備戦力を招集したいところだ。

銀髪の娘が手を上げて、トイレに出向く。

ふむ、あれは何かあるな。

微笑ましい光景ではない。

まだフリン達には、あの娘に憑いている存在が、人外ハンターの指導者とは明かしていないのだ。

フリン達は信用できるかも知れないが。

ばれる経路は、一つでも少ない方がいい。

同時に、フジワラのスマホがなる。ツギハギからだといって、フジワラがその場を離れる。

なるほど、何かあったな。

しばらくして、先に銀髪の娘が戻ってくる。

そして何事もなかったかのように、作られたばかりのオレンジジュースを飲み始める。生産ラインが作られて、今ではそれなりの数が生産されているのだ。元々地下のビオトープにはオレンジの木が生きていて。壊血病対策に育てられていたそれが、少しずつ東京で拡がり始めている。

時間をずらして、フジワラも戻る。

フリンは小首を傾げていた。

この脳筋に見える娘が、実はかなり頭が回ることを霊夢は気付いている。こういう工作も、やがて見抜かれる可能性が高い。

「純喫茶フロリダが悪魔の襲撃にあったが、退けた」

「久々ですね。 被害がなかったのなら良かったのですが」

「大丈夫。 ツギハギもアキラとともに戦った一人だ。 その程度でやられるほど柔ではないさ」

咳払いすると、フジワラは言う。

思い出したのだが、と。

「今回フリン君達からもたらされた話によると、東のミカド国がそもそもとしてあの塔を名指しで攻略対象として指示している。 だとすると、塔にあるもの次第では、それはそのまま大天使達の利益になりかねない」

「……確かに東のミカド国を大天使達が支配しているのだとすれば、その可能性はありますね」

「ああ。 大天使達が今何を考えているか分からない状態だ。 その真意がわかるまでは、塔を制圧しても、中にあるものを下手に弄らない方が良いのかも知れない」

「そうだな。 何も考えずに動いていたら、とんでもない事になるかもしれねえ」

ワルターが言う。

いずれにしても、確かに。これは恐らく殿の入れ知恵だろうが。そのまま考え無しに塔を触るのは悪手だろう。

霊夢は咳払いして、ならば余計に急いだ方が良いと提案。

「阿修羅会が出てこない現状であれば、塔を潰すのに総力を挙げられる可能性が高いでしょうね。 秀にも来て貰いましょうか」

「いいえ、私が行くわ」

不意にマーメイドが発言する。

ちょっと驚いた。

こう言う会議では、殆ど口を開かないのだが。

だとすると、此処は秀に守って貰うことになるか。後、今回の襲撃では、フジワラがいなかったこともまずかった。

フジワラはたまたまこの場を外れていたこともあり、関聖帝君を初めとする強力な手持ちを展開出来なかったのが、襲撃による被害を拡大したのが大きい。

秀は凄腕だし、フジワラの手持ちとあわせれば、そうそう下手な相手に遅れを取る事はないだろう。

やがて、フジワラが決断していた。

「よし、では塔を攻略するための作戦を発動する。 第一段階で、志村くん、小沢くん、ニッカリくん、君達が人外ハンター達を連れて、威力偵察をしてほしい。 新宿御苑の現在の守りを確認する」

「最近腕を上げて来ているナナシとアサヒを連れていきたいのですが、よろしいですか」

「ああ、かまわない。 二人もかなり戦えるようになって来ていると聞いている。 最前線に投入するのは流石に避けた方が良いだろうが、今回も手札が多い方が良い」

「イエッサ!」

ニッカリが少し嬉しそうにする中、志村が敬礼する。

まあ、ニッカリにして見れば、自分の子供みたいなものだ。ナナシは孤児だと聞くし、アサヒも父親だけしかおらず、錦糸町のハンター皆で可愛がっていたらしいから。まあそれも納得出来る。

子供が一人前になれば。

まっとうな親なら嬉しいものである。

「第二段階は塔に仕掛けつつ、装甲バスを横付けして、強制労働されている人員を救出する。 装甲バスには医療班を同道させる。 恐らく状態が悪い人員もいる筈で、雑多な悪魔を排除する必要もある」

「しかし彼処に残りたいというものが出たらどうしますか」

「いや、その可能性はないよ。 既に彼処にも、新鮮な野菜が安く出回り始めている話が拡がっていて、阿修羅会が箝口令を敷いていてももう誰も知っている。 人外ハンター協会が、立場が悪い人を引き取っている話もな」

志村がそれを告げる。

一寸法師を偵察に出して、情報を探ったらしい。

幻魔一寸法師は極めて小さい事もあり、こういうのは得意中の得意だそうだ。

幻想郷にいた小人を思い出してしまう。

少しだけ、悲しかった。

「第二段階では、霊夢君、マーメイドと同時にフリン君達も出てほしい。 頼めるだろうか」

「良いでしょう。 敵はただ者ではなさそうですし、仕掛けるのに協力します」

「ありがたい」

フリンは協力的だ。助かる。

まあフリンにして見れば、今はギャビーとか言う奴の不審行動について、確信を取りたいのだろう。

あの様子だと、東のミカド国にも協力者を囲い始めている可能性が高い。

そもそも黒いサムライをまんまと逃がした時点で、東のミカド国の支配者層への不信も更に募っているようだし。

「第三段階では、塔を完全制圧した後、内部を調査する。 地獄老人、いやドクターヘルと呼んだ方がいいかな。 出て貰えるだろうか」

「任せておけ。 少しずつデータが揃ってきて、アティルト界とやらの正体が分かり始めた所だが、まだ仮説の域を出ておらんでな。 完全にそれを解き明かしたとき、悪魔共も神とやらも、今までのようにやりたい放題を出来なくなるわ」

カカカと邪悪に笑う地獄老人。

霊夢としては、大丈夫かこいつとは思うが、まあ仕方もないだろう。

幾つか質問が出て、それを丁寧にフジワラが捌く。

これは恐らく、殿と事前に打ち合わせをしていたのだろう。

やがて最終的な撤収などについてもプランが出され、それで決定される。既に此処で訓練された人外ハンターは装備も練度も以前より上がって来ており。以前は野良の腕利きに頼らなければならなかった場面も、そうしなくて良くなって来ている。

西王母戦で活躍していたリッパー鹿目というハンターは、個室を貰えるなら此処に移りたいと言ってきているそうで。

今フジワラが対応を検討中だそうだ。

かなり危険な性質の持ち主なので、簡単にはいとは言えないのだろう。

だが、制御出来る範囲内の腕利きであれば、一人でも制御下におきたいだろうし。

此処にて共闘して貰うのは大いにアリだ。

咳払いする霊夢。

「塔の攻略が済んだ後、少し協力して欲しい事があるのだけれど、良いかしら」

「なんだい。 出来る範囲であれば」

「大国主命の目撃報告が出ているらしくてね」

「!」

大国主命。

国津神の総元締めである。

日本の大物神格はあらかたロウ勢力に封印されてしまったが、大国主命はごく一部だけを逃がすことに成功したらしい。

ただし荒神として暴れているようで。

被害が出てしまっているそうだ。

今、目撃報告から移動の癖を割り出して、最終的には調伏して、元に戻したいところである。

国津神としても、外来種に好き放題されている状態は好ましくない筈。

日本神話の高位神格を呼び戻すことが出来れば、少なくとも大天使だろうがなんだろうが、この国で好き勝手はできなくなる。

どうしてこの国の高位神格が封じられてしまったのかは少し興味もあるのだが。

ともかく、その状態を打開すれば。

霊夢も更に強力な神降ろしを使える。

もっとも、体力の消耗が凄まじいから、連戦で使う事は出来ないし。天照大神の神降ろしをやる場合、下手すると翌日は丸一日動けなくなる覚悟がいるが。

「大国主命を開放できれば、この地下のカオスが収束に向かう可能性も高い。 情報の整理や分析、お願い出来るかしら。 あたしの勘で探し廻るのでもいいのだけれども、こう大規模作戦が立て続けにあると、恐らく手が回らないからね」

「今電子戦部隊を組織しておる。 そやつらにやらせよう」

「お願いね」

地獄老人が任せろとにっと笑う。

凶暴な笑みだが、まあ良いだろう。

後は流れで一旦解散とする。

ただ、マーメイドに話は聞いておく。マーメイドも霊夢の視線を受けて、話がある事は悟ったようだった。

「どうして今回はでることに決めたの?」

「ここに来たのは目的があってのことなの。 勿論、こんな状態になっている世界を見捨てるつもりはないから、少なくとも落ち着くまではつきあうつもりよ。 でもそれには、一つとても大事な事があって」

「あんたの目的ね。 そもそもあんた、この世界の存在なのかしら」

「わたしの目的は、まだ話せないわ。 ごめんなさい」

金属の床に潜ると、そのまま消えてしまうマーメイド。

勘は働く。

あいつが結構な面倒な目的を抱えて来ている事は分かっている。

地獄で秀を紹介してもらって、合流してから幻想郷を出た。

それから比較的すぐにあのマーメイドとは出会った。

勘が告げていた。

こいつは必ず助けになると。

幻想郷にいた心優しい人魚は戦いに向いていなかったが、このマーメイドはとにかく戦闘力も高く、それに良心的だったから、とても助かった。

あのマーメイドが抱えている問題は、恐らく霊夢の不利益にはならない。それも勘でわかっている。

だが、あまりにも巨大な問題を抱えているように思えてならないのだ。

いずれにしても主神クラスの悪魔が出て来た以上、此方も戦力の出し惜しみはしていられないだろう。

幾つか退魔道具を持ち出すか。

それと。

最近分かってきたが、恐らく此処に裏切り者はいない。何かしらの方法で、限定的に情報を外部から探っている奴がいる。

最初は霊夢は小沢を疑っていたのだが、衰えていない勘が違うと告げている。

それに対しても、何かしらの手を打たないといけない。

今後は西王母と同等か、それ以上の悪魔が出てくるのが当たり前になるだろう。

そういう事態を見越して、手札は幾らでも用意しておかなければならなかった。

 

作戦までの間に、フリン達は二度東のミカド国に戻った。持ち込んだ物資と遺物を交換して、それを持ち帰るためだ。

フジワラが指定した野菜の種などの物資を持ち込んだフリン達には、地獄老人が本当に感謝していた。

現在存在している生産ラインに乗せれば、更に出来る事が増えるそうだ。

既に鶏卵の生産ラインは完成が近く、シェルターの外部に新鮮な鶏卵が出回る日は近いそうである。

志村は銃の整備を続ける。

この間の対西王母戦では、志村は出番がなかった。今回は初撃での敵戦力の見極めと、雑魚の誘引、更には制圧が仕事としてある。

志村の仕事は多い。

更に、である。

ナナシは今、悪魔との素手での組み手に励んでいる。汗を流して、ひたすら武芸を叩き込んでいる相手は。

巨大な牛の頭を持つ鬼。

妖鬼ゴズキだ。

地獄の獄卒としてしられる鬼で、もっとも一般的な地獄の鬼といって良い存在だろう。他にも馬の頭を持つメズキという鬼もいる。

罪人を怖れさせ苦しめるために恐ろしい姿と力を持っているが、本来は地獄の公務員であり、ただ仕事のまま罪人に刑罰を科しているだけである。

ナナシはまだまだ流石にゴズキを相手に圧倒とはいかないが。それでもかなりいい勝負が出来ている。

ゴズキは真面目な地獄の獄卒として、意外と扱いやすい悪魔だ。少なくとも、生きている人間を無闇に殺すような事はしない。

今もナナシのスパーリングの相手として、大まじめに戦ってくれていた。

アクロバティックな動きで、後ろ回し蹴りを叩き込むナナシ。頭を狙った一撃。更に受けたゴズキの腕を起点にして、空中で機動して踵落としまで叩き込む。殺意が高い連携だが、ゴズキは問題なく受けきっていた。

「いいぞ、もっと打ってこい」

「そうかい、じゃあやらせてもらうぜ!」

着地すると同時に、打撃技、蹴り技、次々叩き込むナナシ。どれが有効なのか、試しているようだ。

最近は大剣を使いたいと言っていて、ドワーフが作っている。

ドワーフも分かるのだろう。

この若者が有望だと言う事は。

それでありながら、銃はまだちょっと扱いが雑だ。

幸い弾は生産ラインに乗り、数が充分に確保できるようになっている。だから志村が銃をアサヒとナナシに教えている。

アサヒはナナシほど格闘戦は出来ないが、銃の扱いは凄い。

既に狙撃のイロハを習得して、中距離での制圧射撃についてもかなり腕を上げて来ている。

ナナシは逆に、拳銃を用いての近距離戦に特化したいようで。

そのうちショットガンを渡して、破壊力の高いスラッグ弾などでの近距離格闘戦と連携した銃撃を仕込みたかった。

しばらく汗を掻いていたナナシが上がる。

もう既に、ずぶの素人のハンターより強い。

近くでフリン達の戦いを見ていたし、この間は暇を見てワルターに剣の稽古をつけて貰っていた。

それもあるのだろう。

「ありがとな、ゴズキのおっさん」

「おう。 わしを従えて、皆を守れるくらいに早くなれ」

「分かってるさ。 志村のおっさん、お待たせ。 銃の方頼むわ」

「ああ、任せておけ。 次も大きな作戦になる。 苦手分野があるのは仕方がないが、それでも出来る事は多い方が良い」

射撃場に移動する。

地上に作った射撃場は、国会議事堂の正面……戦闘になりやすい場所ではなく、裏手にある。

流石にシェルター内に射撃場は作れなかったのだ。

其処で、構えから教えて、銃を撃たせる。やはりセンスがないようで、ナナシはどうしても射撃が苦手なようだ。特に長物には苦手意識がついてしまっている。

「遠距離は駄目だな。 やっぱり近距離で格闘戦とあわせる銃撃がやりたい」

「これを使って見るか」

「おお、でっかい銃だな!」

「デザートイーグルだ。 大口径のマグナム弾を撃てることもあって、小型から中型の悪魔には決定打になる。 ただし反動が凄まじいから、お前の体格だと下手をすると骨を折るぞ」

使ってみせる。

しっかり態勢を整えてから打たないと、志村の体格でもガンと衝撃が来る。これは50口径のマグナム弾を用いるモデルだが、市販品としては最高クラスの破壊力を発揮する拳銃として、米国で愛されただけのことはある。

ナナシは凄く嬉しそうにデザートイーグルを受け取る。まあ、こういうのが好きなのは男子のサガだ。

構えから教え込む。

戦闘中で移動しながらの射撃なんかは、まずは撃てるようになってからだ。ナナシはどうしても戦後世代の子供だから、栄養が足りておらず、体格が小さい。これはアサヒも同じである。

ただナナシは生体マグネタイトに恵まれているようで。見かけよりずっと力が強い。

射撃の反動も、筋力で押さえ込めているようだ。

それにフリン等と一緒に戦ったり、最近では危険度が低い地点での悪魔退治を人外ハンターとしてやっていて、それでマグネタイトを吸収していることもある。

確実に力はついてきている。

近距離でも、射撃は外れる。

それをやらせてみて、はっきり理解させるところからだ。

拳銃なんて、完全にド素人が扱った場合、至近距離ですら外すことがある。数度弾を無駄にしてから、ナナシもそれを理解した。

愕然としているナナシに、どう撃つのかを実演する。

どんな凄い武器でも、使いこなせなければ意味がないのである。

しばらく撃つときの姿勢などを教えて、弾を無駄にしながら、近距離での射撃を徹底的に叩き込む。

これでも小口径の拳銃は使えるようになっては来ている。

筋力も見かけよりはずっとある。

だが大口径の銃の強烈な反動と、それによるブレは、ナナシも即座には使いこなせないようだった。

「クソ、難しい!」

「だが使いこなせれば雑魚悪魔なら一発でやれるぞ」

「それは分かってる。 弾に色々細工したら、大物にだって決定打になるんだろ」

「ああ。 だから使いこなせるようになろう」

学習で大事なのは、教える側の観察だとこのあいだ「殿」に聞かされた。

殿もいい師匠についたらしく、その人から軍略をはじめとする学問を叩き込まれたらしいのだが。

その師匠も歴戦を重ねる中で、軍略などを解説している書物に書かれている事が机上論だったりする例には何度も遭遇したし、その場での判断が大事になる事も理解した。そう殿にいったそうだ。

殿が誰かはだいたい見当がついているが、そうなると師匠も見当がつく。

故に、今の話は非常にためになる。

志村も戦歴を重ねて来たが、それとぴったり重なる。

今だからこそ、その言葉を飲み込みつつ。

後続に技を伝えなければならないのだ。

「これはいきなり実戦投入は無理だな」

「ええっ! 使いたいよ」

「駄目だ。 次の戦いまでに、使えるようになろう。 良いか、お前はこれからなんだ。 俺たちみたいにもう引退する年なのに戦ってる爺とは違う。 だから、これからの事を考えて戦え。 本当だったら実戦に出るのだって早すぎるくらいなんだ。 今は充分すぎる位できている。 だから、焦らずに覚えよう」

「ちぇっ」

悔しそうに唇を尖らせるナナシだが。

少しずつ表情が柔らかくなっているのは、志村も知っている。

特にニッカリとたまにあうと、凄く嬉しそうにしているし。子供らしい表情も浮かべるようになっていた。

基礎を徹底的に叩き込む。

それで今日は終わる。

疲れたと言ってさがるナナシ。

代わりに、人外ハンターと混じっての哨戒からアサヒは戻って来た。

接近戦はてんで駄目だが、狙撃を初めとする支援銃撃はもう充分に一丁前だ。それもあって、雑魚相手だったら人外ハンターや悪魔と連携しての戦闘で、ナナシよりも役に立てるまである。

ナナシは色々出来るが、まだまだ基礎を固めている晩成型。

それにたいしてアサヒは、かなり初動が早い。

ただし最終的には、ナナシの方が強くなりそうだと思う。

アサヒがナナシに気があるのは志村も分かっている。ナナシの方も、アサヒの事を悪くは思っていないようだ。

この二人の子供が出来る頃には。東京に太陽を取り戻せないだろうか。

東のミカド国となんとか折り合いをつけて。

東のミカド国の背後にいる可能性が高い大天使達をどうにかして。

それで。

そんな風に、老人だから考えてしまうのだ。

「志村さん、ナナシの面倒を見ていたの?」

「ああ。 接近戦はもう最近はゴズキが相手になっている。 俺は銃撃の基礎を叩き込んでいる状態だな」

「ナナシは無理に銃を使わなくても良いんじゃない?」

「そうもいかない」

あのフリンと比べると、どうしてもナナシはフィジカルで見劣りする。あっちが規格外すぎるというのもあるのだが、剣や槍だけで、あの規格外と同じように戦うのは無理だろう。

だから近代兵器である銃がいる。

長物は苦手と明言しているから、今後は威力を強化した拳銃を、近接格闘戦に混ぜた戦い方をさせるのが現実的だ。

故に教える。

それだけである。

アサヒにはM16を渡して、機動しながらの戦闘を教えているが、そろそろ教える事がなくなる。

的の間を走らせながら、的確に的を撃ち抜く訓練をさせているが、命中率が著しく高い。これは恐らく、才能によるものだろう。

体力も結構ある。

これは元からのものではなく、戦場でマグネタイトを吸収しているからだと思う。

志村もそれは同じで。この年でも実は自衛隊に入隊した頃と大して変わらないくらいの体力はある。

だが何かしらで体を壊したら、一気に動けなくなることも分かるので。

とにかく後続に技を引き継がないといけないのだ。

「よし、いいぞ。 次は一寸法師を相手の訓練だ。 頼む、一寸法師」

幻魔一寸法師を召喚する。

一寸法師には盾を持たせる。それで動き回って貰い、アサヒの射撃でそれを撃ち抜いて貰うのだ。

元々精密射撃にはそれほど向いていないアサルトだが。

それでもアサヒの腕なら、普通の相手なら弾をばらまいて当てる事ができる。ただし一寸法師は歴戦を重ねて本来よりかなり強くなっている。

アサヒの射撃を余裕綽々で見切って、距離次第ではまったく弾を受けない。

アサヒがもうと不満の声を上げる。

本当に当たらないからだ。

「もう少し距離を縮めてみよう。 一寸法師、すまないが頼む」

一寸法師は逸話もあるが、女性に極めて甘い。そこで、アサヒの銃撃訓練にも文句一つ言わずにつきあう。

しばらく射撃訓練をして、それで切り上げる。

そもそもアサヒは悪魔との戦いから戻って来た所なのだ。

ナナシもそうだが、本来は中学に通って、それでバカみたいな話をして笑っている年頃である。

ナナシは不良として先生の手を患わせていただろうか。

アサヒは真面目な子になっていそうだ。

それももう、かなわない話。

今はとにかく、戦う力をつけて貰うしかない。

訓練を切り上げて、それで休む。

作戦の日時は、明後日と戻ると告げられた。

この間の西王母戦で、決定打になった武器。大型の携行式レールガンが、小型化した上に性能据え置きで、調整されているのを見る。

ドクターヘルが大喜びでその作業をしていて。狙撃も三発までならいけると嬉しそうに話していた。

ただしバッテリーが問題だ。

今もバッテリーの性能を上げているようだが、三発撃ったら使い捨てだそうである。

幸い昔の処理もろくにできない危険なバッテリーではなく、処理も普通に出来るバッテリーだそうだが。

それでも被弾したりしたら非常に危険だ。

使用は最初の制圧時ではなく、霊夢さんやフリン達が突入する第二段階に入っての、支援をする状況でのものになるだろう。

ドクターヘルが気付いて、声を掛けて来る。

「恐らく作戦決行までに二丁を仕上げられる。 今回はお前さんもでるんだったな。 小沢とお前さんにこれを持って貰う事になる。 狙撃銃としては、普通の長物と同じように扱えるようにしておくし、弾丸には仕掛けをするから気にせずぶっ放せ」

「分かりました」

銃弾はそれそのものが通じない悪魔が結構多い。

酷い場合は跳ね返されたりする。

だがここで使う弾丸は、霊夢さんが仕掛けを施すらしく、そんな銃弾を反射する悪魔を普通に貫けるそうだ。

銃弾の速度もマッハ20を超えるらしく、弾の大きさから言っても、大物悪魔に痛打を与えられる。

ただしそれも三発まで。

もしもこっちに注意を向けて殺しに来た場合、対応も出来ない。

戦闘時、冷静な判断で使わないと、味方を貫きかねない危険もある。

だからまだこれは、才能があるアサヒにも使わせられない。

ただ、アサヒには経験を積む為に観測手をやってもらうか。これも既にやり方を仕込んでいる。

作戦の準備は、着実に整っている。

後は、大戦の時。

三英傑が、四大天使と戦ったという話もあるあの塔で、何が起きたのか確かめなければならない。

封印されているもの次第では。

今後の戦況が大きく変わる。

次の戦いも、負ける訳にはいかなかった。

 

4、鴉の企み

 

大天使マンセマットは、あわてて走り回っている阿修羅会の者どもを見て、愚かな連中だと思っていた。

大戦前。

ロウ勢力に属する国際的組織の一つが、人体実験の挙げ句にたまたま呼び出してしまったマンセマットは。その場で愚かな人間共を皆殺しにすると、以降は自分の意思で神のために動き出していた。

実体をこのアッシャー界で持つのは、天使であっても色々と大変なのだ。

それの膳立てをしてくれたことだけは感謝する。

だからその場で皆殺しにしてやったのだ。

本来だったら苦しめ抜いて殺すところを、それだけで済ませてやったのだから、感謝して貰わなければならないだろう。

ましてや呼び出した連中は、無作為に実験材料として人間を使い。途上国から買いあさった子供やらホームレスやらを生け贄にし。

しかも軍事兵器としてマンセマットを呼び出したのだ。

全員地獄行きは確定。

それを即座に殺してやった程度で済ませたのだ。大感謝して貰わなければ割りにあわなかった。

この塔を作るのを指示したのはマンセマットだ。

阿修羅会とかいうあの愚か者共は、指示通りに動いて塔を作った。阿修羅会の後見をしている一人であるマンセマットは、そろそろ潮時かなと思っていたが。勿論それを口に出すつもりはない。

塔のてっぺんで座っていると、側に降り立った天使がいる。

多数の目が翼についている大天使。

月の大天使にして、邪眼の大天使でもある存在。

大天使サリエルである。

「マンセマットよ。 聞いたか。 この塔に戦禍が迫っているようだ」

「まあそうでしょうね。 ふふふ。 人外ハンターとやらには何やら頭が最近ついたようだ。 それが人間かどうかは分からないですが、それでも阿修羅会どもの醜態を見れば、好機と判断するはず。 仕掛けて来るのも妥当でしょう」

「いいのか。 此処に封じているのは……」

「かまいませんよ。 封じられた上に、奴らが都合良く信仰を歪めた結果、見るも無惨な姿に変わり果てています。 我等が主への信仰を完全にはき違えた愚かな道化。 それは上にいる残りのあれも同じでしょう」

そう言うと、笑いがこみ上げてくる。

マンセマットは、自分こそ。

神のために喜んで汚れ仕事をしてきた自分やサマエル、それに今は出張っているカマエルのような大天使達。

場合によっては人間が堕天使扱いしてきた者こそ。

神の側に侍るに相応しいと考えている。

だから大戦では、連中の背中を刺した。

ここに来た三人の英傑も確かに強かったが。それでも四大天使が破れたのは、マンセマットが決定的な隙を作ったからだ。

ガブリエルに逃げられたのは痛恨だったが。

それでも連中は完全に己のあり方を見失った事も分かっている。

他の大天使どもも、既に自分でものを考えるということを放棄しているようだ。

つまり。

今後大天使どもを堕天使や魔王ども。或いは異境の神々共と戦わせ。

共倒れにさせてしまえば。

神の側に侍り。

同志とともに寵愛を受ける事ができるのだ。

「ではサリエル。 カマエルとともに、此処を撤収する準備に入りましょうか」

「別にかまわぬが、本当に大丈夫なのか。 名前を奪って封じ込んでいるからこそ動けないが、もしも動けるようになったら、我等を即座に襲いに来るのではないのか」

「問題ありません。 既に手は打ってあります」

側に降り立った影。

サリエルが身構えるが。

それは、ふっと笑う。

ジャガーを中心に、様々な獣が混ざりあった神。

テスカポリトカである。

南米のトリックスターの権化であるこの神と、しばらく前からマンセマットは同盟を組んでいた。

互いに利害が一致しているからである。

「邪悪の天使ども、悪巧みは済んだかな?」

「何のことやら。 それよりも、この塔の表向きの守りをしてくれるという約束、頼みますよ。 代わりに我等が封じた例のものを引き渡しましょう」

「ふっ、まあその程度はかまわん。 コヨーテどもと一緒に、此処に攻め来る人間共を、ある程度翻弄すれば良いだけであろう。 易い易い」

またかき消えるテスカポリトカ。

あいつの目的は、それはそれでまた後ろ暗いものだが。

別にどうでも良い。

モーセの出エジプトの頃から、ずっと裏方をして来たマンセマットだ。それなのに天界では、神の寵愛は華々しい活躍をしているものばかりに向いていた。それも、その華々しい活躍をしている連中が全部消えれば全て済むこと。

それに、だ。

マンセマットは、少し前から知り始めている。

霊格が上がっているのだ。

別次元の自分が。具体的にどんな可能性世界か分からないが。ともかく、極めて強大な力を得て、それの影響を受けている。

色々な世界で、最終的に破滅するマンセマット。

その運命は変わらないらしい。

中には、神を裏切り、別の存在に膝を屈してしまう世界まであるようだが。

そのようなこと、自分は絶対にしない。

そのためには、どれだけ卑劣で汚い真似でもやって見せよう。

「あの者も良くやる。 邪教の集まりの集団に属していることは分かっているが、それをも裏切る事になろうに」

「何、利害だけで結びついている集団なんてそんなものですよ。 さて、カマエルが戻り次第動きましょうか。 醜く変わり果てた連中を開放した後は忙しくなりますよ。 最終的に我等が勝てば良い。 そのためには、神の代行者が必要です。 しかもそれには、既に目星がついています。 後はそのものに取り入って、神の前まで行くように仕向けてやればいい」

「ふっ。 そうだな」

「誰にでも野心などある。 たとえどれだけ清廉なものにも。 我等が神を座に導いた者も、野心は多分に秘めていた。 ならば我等が野心を持って、何が悪い。 人形と化した同胞達のようになってたまりますか。 神は人形のように従う者を喜ばれるとしたら、諌言しなければならない。 それは我等であるべきなのです」

そう手を拡げていうマンセマットを。

大鎌を手にしたまま、サリエルはじっと黙って見つめていた。

塔の下では、新宿御苑で阿修羅会が怒鳴り合っている。

此処を守れと言われているが、どうすればいい。

何かあっても援軍なんて来やしないぞ。

それよりも畑をどうする。

この畑よりずっといい作物が出回り始めてる。それも格安でだ。

俺たちは、本当に此処にいていいのかよ。

そう叫んでいる連中は。

東京の支配者を気取っていた愚か者の面影はなく。今や怯えきった。哀れな痩せ犬の群れにしか見えなかった。

 

(続)