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同盟の裏で
序、池袋の戦いを終えて
東のミカド国に戻ってくると、雪景色になっていた。やはり年を越えていたらしい。向こうで数日過ごしたし、これは仕方が無い事なのだと思う。時間が60倍で流れているのだ。一日過ごすと二ヶ月が経過してしまうのである。
まずは本格的に休憩をさせて貰う。
東のミカド国は太陽があって、風が吹いていて。動物もいる。
これがどれだけ幸せな事なのか、地下に出向いてよく分かった。東京は本当に地獄だった。ミノタウルスの言葉に嘘はなかったのだ。
激戦を経てきた事は、ホープ隊長も分かったのだろう。
何回かに分けて、遺物を持ち帰る。
それらを納入するので、文句も言われない。
かなり古いPCを幾つか納入し。その中にはノートPCというものもあった。ウーゴがとても喜んでいるらしい。
とにかく一日、ぐっすり眠る。
東京でも少し眠ったけれど、これは二〜三日は眠っても許されるかも知れない。
疲れ果てて眠った後は、一度起きて風呂に入って。
服や牙の槍の整備に出して。
それから、やっと食事を始める。
猛烈におなかが空いていたので、なんでも美味しい。テーブルマナーを守りながら、食堂でとにかく食べる。
ぎょっとした様子で僕を見ている先輩サムライも多いけれど。
今は、どうでもいい。
イザボーが疲れた様子で向かいに座る。
黙々と食べて。
思う存分食べた後、イザボーを背中に乗せて、外で腕立てをする。イザボーは呆れていたが。
こういうルーチンはさぼると、三倍取り戻すのに時間が掛かる。
東京でもやってはいたのだが。
とりあえず、眠る事が多かったので、じっくりやっておきたいのだ。
「酔いそうですわ……」
「速度は落としているんだけどね」
「これで?」
ひゅんひゅんと残像を作りながら腕立てをやる。回数はいつもの2500よりもある程度増やしておく。
次は懸垂もやるか。
イザボーをぶら下げてやろうかと思ったが、木の枝が折れてしまう。
仕方がない。
ひょいと高い所の木の枝に飛びつくと、しなりがいいそれを使って、いつも以上の回数懸垂をやる。
こっちでも残像を作りながら懸垂をしていると、ワルターとヨナタンがいつの間にか来ていた。
ノルマが終わり次第飛び降りる。
ま、この程度の高さ、今更何でもない。
「と、飛んで着地したぞ!」
「噂には聞いていたが、とんでもないな……」
様子を見ていたサムライ衆が抜かすが、何を今更。
僕らが相手しているのは悪魔だ。
これくらい出来ないと話にならないだろうに。
居残り組のサムライ達は、どうにも頼りにならないな。これはホープ隊長も苦労しているのかも知れない。
皆で集まったので、軽く話をする。
「報告書は僕が書いて出しておいた。 上野を中心に活動しているサムライ衆も、既に行動範囲を拡げているそうだ。 一班はこの間永田町に到達したらしい。 ターミナルを使って、其処から戻って来たそうだよ」
「先輩達もやるじゃねえか」
「そうだね。 秋葉原という所を視察してきた班もいて、其処は完全に廃墟になっていたそうだ。 なんでもあのスマホというのがたくさんある場所だったらしくてね。 阿修羅会が全部吹き飛ばしてしまったとか」
「本当にろくでもありませんわね……」
イザボーが呆れる。
まあ、僕も同意見だ。
悪魔に抵抗できる力は、阿修羅会に対応できる力にもなる。だから奪う。
人間の力を減らしたら、ますます悪魔に劣勢になるだけだ。
そんな事も分かっていないから、阿修羅会はカスの集まりなのだが。
まあそれを此処で文句として言い合っても仕方がない。
「まだあの黒いサムライの手がかりはない。 ただ、一つ気になる事を聞いている」
「気になる事?」
「ナバールのいる班が、悪魔退治中のガイア教徒と一時的に共闘して、それで情報交換をしたそうだ。 上野の北側の地域だったそうだが……ガイア教団の主の事を、その時に聞いたらしい。 ユリコと名乗っているそうだ」
「!」
身を乗り出す。
だが、その名前。
それほど珍しい名前ではない可能性もある。
「ガイア教団は正直嫌いになれないな」
ワルターはぼやく。
ともに戦ったカガが勇猛果敢であった事。それに他のガイア教団も、話が通じる連中だった事が理由だろう。
少なくとも阿修羅会なんぞよりはよっぽど話が出来る相手だ。
確かに正面から事を構えるのは利口ではないかも知れない。
だが、奴らの主がユリコというのであれば。
話は別になってくる。
「まずは一旦東京で話を聞くべきだろうね」
「それは賛成できる。 人外ハンターの主であるフジワラさんはかなり話が分かる人間だとみた。 これから共闘していけば、より手際良く事を進める事が出来るだろう」
「わたくしも賛成ですわ。 それと、もう一つ」
皆にイザボーが渡してくれる小さい球。
これは、まさか。
飴か。
「貴重なものですわ。 大事に食べてくださいまし」
「おお、約束の奴な! おお、うまい! あまい! 堅い!」
「噛むと下手をすると歯を砕くから気を付けて。 ゆっくり舐めて味わうのですわ」
「いいなあ、こんな美味しいもの、いつも食べてるの? でも、東京の技術をこっちに持ち込めれば、みんなこういうの食べられるかも知れないね」
そういうと、ヨナタンがしっと言う。
そして周囲を伺ってから、声を落としていた。
「実は僕も実家で調べてきたんだが、どうもギャビーは技術を回収はしていたが、それを独占するつもりらしい。 解析にラグジュアリーズの学者を呼ぶでもなく、司祭を集めてそれで色々とウーゴに研究させているそうだ」
「何それ。 技術が発展したら、みんなしあわせになるでしょ。 東京の人達も、世界がこんなになる前は、凄く平和で豊かだったって」
「或いは東のミカド国上層は、それを望んでいないとか」
イザボーがずばりと核心を突く。
確かに、それはありえる。
考えて見ればおかしいのだ。
本はバイブルだけあればいい。そんな思想。
同じ事だけずっとずっと続けて来たこの国。ラグジュアリーズの学者も、新しい技術の開発などは禁じられているとか聞く。
1500年も歴史が紡がれていて僕達みたいな生活をしていると言うのは考えて見ればおかしいし。
そもそも東京の人の話を聞く限り、どうもこの東のミカド国は二十数年程度前に東京を覆った天蓋の上にあると考えて良い。
どうして時間の流れが違っているかは分からないが。
世界が果てまで見渡しても森と草原と海しかないし。
限られた範囲にしか人はいかないし。
新しい都市を造ろうという話も出てこないし。
何よりも人がずっと減っても増えてもいないというのは、どう考えても変だ。
「とにかく体調と装備を調えたらさっさと東京に降りようぜ。 こっちのことは、先輩達に任せれば良いし、お頭もいるしな」
「あまり乱暴なものいいは好きではないのですけれども、わたくしも賛成ですわね。 どうにもきな臭くてなりませんのよ」
イザボーが調べた所によると。
名門なんて言われているラグジュアリーズの家系は、ずっと続いている訳ではないのだという。
何百年かに何の前触れもなくぽっと現れたり。
或いはずっと続いていた家がいきなり消えたり。
そういう不可思議な歴史が繰り返されているそうである。
しかも出来るだけそういった家系図の類は見るな、とイザボーは実家で跡取りである兄に言われたそうである。
ラグジュアリーズの間でも、禁忌であり。
下手に調べると、いつの間にか消されている事も多いのだとか。
誰がやっているかさえも分からないとか。
「分かった。 そうしよう。 それはそうと、ワルター、大剣また壊しちゃったね」
「こればっかりは仕方がねえよ。 相手はあの化け物ババアだったしな」
「残骸は回収出来たが、それでも始末書をまた書くことになっただろう。 あれだけの業物は、打てる者も少ない。 それで提案がある」
ヨナタンがいう。
実は、東京でも近接武器を扱っているらしいのだ。
鍛冶の逸話がある悪魔はかなり多いらしく、そういった悪魔達が武器を作り、人間と商売をしているらしい。
その中には、人間の名工が作る以上の品もあるとか。
「あの恐ろしい容姿の地獄老人が言う所によると、細かい部品などの精度は人間の作るものが段違いで上らしい。 しかしながら、魔術がこもっているような剣や槍になってくると、悪魔が作るものの方に軍配があがるらしいんだ」
「なる程な……東京で良さそうな大剣を探すって選択肢もあるのか」
「わたくしも剣以外に、魔術増幅用の武器が欲しいですわね。 杖とかそういうのに適していると良く言われていますでしょう。 わたくしの剣技では悪魔には決定打になりませんし、魔術戦を主体にするのであれば、それも選択肢に入りますわ」
「僕はもっと強い槍がいいかなあ。 牙の槍ははっきりいって良く馴染んでいるけれど、もっと僕が強くなったら、そろそろ追いつけなくなるかも知れない」
皆でそれぞれ意見を出し合った後、ワルターに始末書を出したか確認して。ちゃんと出したよと、ワルターが口を尖らせる。
まあ色々また怒られたのだろう。
丸腰で東京に行かせる訳にもいかず、それで大剣は用意してくれたようだ。だが、もう二回壊している。
鍛冶師はワルターをいつも睨むという。
ワルターも自分に非があるのは分かっているから、それを受け入れるしかないと言う訳だ。
まあ、自分が悪いことを受け入れられるのであれば。チンピラよりはずっとマシだ。
東京へ向かう。
まず、シェルターのターミナルへ即時で飛んだ。短時間でかなり変わってきていて、カンカンと金属音が響いている。
池袋から連れてこられた連中が、びくびくしながら働いているようだ。一本ダタラが見張っているので、怖くてサボれたものではないだろう。
そうしていれば、いずれ自分がやったことを理解出来る。
そうなった後は、罪悪感で押し潰されながら後の人生を生きれば良い。
それさえ出来なければ、地獄に落ちればいい。
どうやら本当に地獄はあるようだし。
あんな事をして生き延びた連中なんて、地獄で苦しみ続ければいいのだ。
エレベーターを使って、本部の方のシェルターへ。途中で人外ハンターが敬礼して迎えてくれた。
僕達のことを認めてくれているらしい。
というか、他のサムライ衆も来ていた。
「なんでそんなに君は生意気なんだ! 私と私の手持ちの悪魔のおかげで助かっただろう!」
「うっせえな、ドジ踏んだ所を助けてくれたのは感謝するよ! だけどあんた程度に教わらなくても、もっと凄い師匠が何人もいるってんだよ!」
「ええい、生意気な!」
ぎゃいぎゃいと騒いでいるのは。
なんとナバールである。
一目で歴戦を経たのだと分かる。同じ分隊のサムライ達が呆れて見守る中、ナバールと言い合っているのはナナシだ。
ナナシはこっちを一瞥したが、ナバールも此方を見て、おおと笑顔で手を振って来る。傲慢さが消えて、それが明るさに変わっているのがわかった。
「久しぶりだフリン! 私もここまで来たぞ! ヨナタンもワルターもイザボーも、大活躍だと聞いている! 同期として鼻が高い!」
「うん、僕も其処まで腕を上げていると思わなかったよ」
「同期なのかあんたら」
「ああ。 愚かだった私が更正できるきっかけを作ってくれた立派な同期だぞ!」
ナバールが自分の事のように誇らしげに胸を張る。それで、ナナシも少しは態度を改めたようだが。
ナナシはかなりの才覚の持ち主だ。
多分武芸に関しては、ナバールをあっと言う間に追い抜くだろう。
また挫折しなければ良いのだけれどと、ちょっと思ってしまう。
ただ、これだけ短時間で変わったのだ。それも、或いは秘められていた力が目覚めるかも知れない。
そういう例があったのを、僕も間近で、末の子の例で見ているのだ。希にそういうことはあるのだ。
軽くナバールの所属する分隊の長と話す。
この間の池袋の激闘については分隊長も知っているようで、此方を褒めてくれた。
「戦闘の最前線にいるのは凄まじいな。 奈落の悪魔より遙かに強い東京の悪魔とやり合えているのは素晴らしい。 それも一線級の相手とだ」
「ありがとうございます。 少し用事があるので、もう行きますね」
「ああ。 ナバールは任せてくれ。 まだまだ鍛え上げる。 どうもナバールは支援に才能があるようで、後方から的確な支援をしてくれる。 本人は前線に出たがるが、まあ後方にさがった方が良い仕事をやれるな」
そうか。そういう適性なら、それでいい。どちらにしても乱戦の中、的確に支援魔術を掛けてくれるとしたら、相応に戦術眼があるということだ。
或いはだが、むしろ隊長向けだったり、或いは賑やかしなのかもしれない。
賑やかしはとても重要なのだとホープ隊長に聞いた事がある。
戦闘の中でも冗談を言えたり、陽気に振る舞える人間は、戦闘での士気をぐっと挙げるのだという。
だとすれば、ナバールはそれになれるのかも知れなかった。
名門なんてのは名ばかりであった、近年のナバールの先祖達や親なんて、もう今のナバールの足下にも及ばないだろう。
ただそれが。
ナバールの家で、問題になるかも知れないが。
何しろナバールの家は、権力のためにサムライになっているような腐敗した家なのだ。
ただそこまでは残念ながら、僕達では対応できない。
一旦ナバールのいる分隊から別れて、奧へ。
子供達の中には訓練をしているものと、猿のような悪魔から勉強を教わっているものに分けられているようだ。
ある程度からだが固まってきた子供は、訓練を受けている。
ナナシもあの中に混じっていて、頭一つ抜けていたのだろう。
勉強を教わっているものは、猿のような悪魔から、とにかく難しい学問を教わっているようである。
すごく丁寧に教わっているようで、真面目にみな勉強しているようだった。
「魔神トートよ。 ジェフティと実際に呼ばれていた神格で、トートというのは異国での呼び名ね。 知恵を司るヒヒの神様。 東のミカド国では存在しない猿の品種の事よ。 そういう猿の神様ね」
「本当に悪魔が色々教えているんだな。 東のミカド国でも悪魔がサムライ衆に稽古をつけることはあるが」
「やっていることは同じだね。 こういう悪魔となら、恐らく共存が出来るのだと思う」
ヨナタンも頷く。
悪魔は人間と違って年を取らない。ただ人間の悪影響を受けるようだから、それをどうにかしないといけないか。
奧の機械類も、前よりもかなり整備されているようだった。
あの恐ろしい姿の地獄老人とやらが直しているのだろう。それも現在進行形で、だ。
人外ハンターに通して貰って、奧に。
奧の色々ある部屋に。
大きな板に、色々表示されている。
似たようなものは人外ハンターの支部でも見ている。
そして、フジワラが座って、何人かの人外ハンターに指示を出していた。今日は霊夢も秀も出払っているようだが。
代わりにマーメイドが外で見張りをしているようだし。
此処の安全は充分に確保されているのだろう。
フジワラは指示を出し終えると、椅子を勧めてくれる。
頷くと、椅子に座らせて貰う。
まず、ヨナタンが社交辞令から入る。フジワラも、それを丁寧に受けてくれていた。
「西王母を撃ち払い、多くの人を助けられたのは君達のおかげだ。 多くの人々の代わりに礼を言わせて貰うよ」
「いえ、僕達だけでは何もできませんでした。 それよりも……」
「分かっている。 同盟を組んで行動したい、だね」
「はい。 僕達も情報を得ないと身動きができません。 其方も、東のミカド国との物資のやりとりは貴重な機会の筈です」
僕もヨナタンと先に話していて、そういうやりとりをすべきだと分かっている。
会話はすぐに飲み込んだので、すらすらと言える。
ワルターが不思議そうにこう言うときは僕を見る。
いつもと言動が違うように見えるのかも知れない。
まあ、今回は。
相手が明確に尊敬すべき年長者だから、丁寧に接しているだけだが。
「此方としても東のミカド国というものについては知りたいと考えている。 東京だけではない。 世界全てを焼き払った天使達が作りあげた国なのか、そうだとしたら何故今更下に降りて来たのか。 天使達はどれくらい国政に噛んでいるのか、危険は今あるのか。 それを知っておきたいんだ」
「……分かりました。 情報交換と行きましょう」
「うむ」
フジワラは乗ってくれるようだ。
一つ気になっていることがある。
フジワラは優れた司令官だが、それでもどうにもその背後に影を感じるのだ。これは僕の勘なのだが。
実際の人外ハンターの指導者は別なのではないか。
そう感じているのである。
ただし、それはあくまでそう思っているだけ。
もう少し信頼関係を構築しないと、そういう話を出すのはまずいだろう。僕はまず、咳払いすると、東のミカド国について話し始めるのだった。
1、悪鬼の行方
東のミカド国の身分制度。気候風土。土地の名前が東京と同じ。サムライ衆という制度。それに、サバトが行われて。人々が悪魔にされてしまう事件。
本は基本的にバイブルしか許されない。
持ち帰った遺物は一部の者だけが活用している。
それらの話を聞くと、フジワラは呻いていた。
「まるでディストピアだ」
「ディストピア?」
「ユートピア……楽園の逆の言葉だよ。 働く者から知恵を奪い、指導者層ですら決められたことだけしかしていない。 そんな国が本来長続きする筈がない。 ましてや1500年だって……?」
「それは僕達もおかしいとは思っていました」
ヨナタンが、ラグジュアリーズの不可解な家系についてのタブーについて話すと、フジワラは頷いていた。
大戦が起きる前。
この世界はたくさんの国と、今の何千倍に達する人間が広い世界にいたという。
たくさんの人間はたくさんの国を作っていて。
それらの中には、酷い指導者に虐げられた酷い国や。
図体ばかり大きくて、軍隊を使って他の国を脅してお金も財産も奪っていくような国も存在していた。
中には一握りの人間だけが良い思いをするためだけに、他の人間を全部家畜以下に扱っている国も存在したという。
ただ、そういった国も。
永年続いているわけではなかったそうだ。
「人間の作る国家というのは、どうしても堕落して、最終的に崩壊するものなんだ。 それは私が知っている万年の歴史で、ずっとそうだった。 私のいた日本という国も、一応一番上にいた人はずっと同じだったけれども、それは運が良かっただけで。 その下の権力構造はずっと変わり続けていたんだよ」
「だとすると、腐りきったラグジュアリーズと、何も考えてないカジュアリティーズの東のミカド国なんて、長持ちするはずもないですね」
ワルターも敬語で接している。
イザボーはずっと考え込んでいた。
「僕はツギハギとアキラという仲間と一緒に、天使達が攻めこんできていた岩盤の上の世界の至近まで迫ったんだ。 アキラは激しい戦いの末に傷ついた私達を帰して、一人でその先まで行った。 その先が人が生きている世界だったというのは私には朗報だったが、それでもディストピアが1500年も続いていたなんてね。 天使達がどこに行ったのか、それとも……」
「なんだか気になる事があるんです」
僕は前からの疑念を口にする。
そう、ギャビーだ。
あれは本当に人間か。
それに、ギャビー以外にも、おかしな気配を最近は時々感じるのだ。
もしもそうだとすると。
ギャビーは天使。それも、ヨナタンが連れている天使達が大天使と呼ぶような、天界の重鎮なのかも知れない。
そして天使はギャビーだけではなく、色々な場所で、東のミカド国に潜んでいるのではないのだろうか。
「なるほど。 そのギャビーという女性司祭には気を付けた方が良いだろう。 東のミカド国を千五百年も裏から支配し続けた黒幕かも知れない」
「ただ、分からない事も多いんです。 僕達に対して、ギャビーは勅命で侵略者である悪魔を撃ち払えといいました。 東京を……上ではケガレビトの里と呼んでいますが、東京を支配しろとは言いませんでした」
「天使達は、悪魔も人間も皆殺しにする勢いだった。 何故今更、それを止めたのかは気になる。 それに……」
僕は末の子から聞いた話についても説明しておく。
ラハムに転化した末の子が、リリムだった時代に話してくれたこと。
夜魔リリスは、知恵を与えるのだと言っていたという。
その結果悪魔化するようならそれはそれでどうでもいいと。
悪魔化するような弱い方が悪いのだと。
「リリスか。 それについても此方もある程度噂なら持っているが……本を読むだけで悪魔化するとは、どういうことだ?」
「ええと、僕の手持ちはこんなことを言っていました。 時間を掛けて品種改良した結果、東のミカド国の民は「無垢な」状態になっているそうなんです。 そんな状態の人間に知恵を一気に与えて、悪魔が憑依しやすい状態にしていると」
「無垢な状態ね。 まるでエデンだな」
「エデン?」
楽園のことだと、ヨナタンが教えてくれる。
ヨナタンはあの退屈なバイブルを、自分で読んで内容を確認しているらしい。
それによると、エデンというのは神が人間のために作った楽園なのだとか。
フジワラが呆れ気味に言った。
「もしもリリスがそこで知恵を撒いたというのなら皮肉極まりない話だ。 其方のバイブルがどんなものかは知らないが、此方での一神教では、人間はエデンから知恵を得た罰で追放されるんだよ。 知恵の実といわれるものがあって、それを食べた人間は神の怒りをかったのさ」
「そんな逸話はバイブルにはありませんでしたね」
「だとすると、僕らが持っているバイブルと君らのは違うとみていい。 確か本はあったはずだ。 天使が大暴れして大量殺戮を繰り返した今でも、バイブルは残っているんだよ。 ちょっと待っていてくれ」
フジワラが一度席を外す。
色々情報交換をして、僕らもちょっと休憩を入れる。
此処のトイレは、前に使った仮設トイレよりも更に優れていて、本当に衛生的で驚かされる。
東のミカド国でも水洗トイレを使っているが、あらゆる全ての技術が違う。
すっきりしたので。それで戻る。
飲み物を配膳してくれる妖精シルキー。
それを見て、おっとワルターが嬉しそうに声を上げていた。
「これはなんだ?」
「インスタントですが、紅茶です。 ミルクティーにしてあります」
「紅茶。 知らない飲み物だ」
「熱いので気をつけてください」
シルキーは丁寧に礼をして、それでさがる。
部屋の監視は武人然とした悪魔がしているが、僕達に敵意も見せていない。西王母を霊夢と一緒に倒した事で、信頼を得られてはいるようだ。
ミルクティーという飲み物は、とにかく甘くて、それでいて熱くて、ちょっと驚かされた。
これは飴と同じ砂糖を使っているのか。
それもこんなに贅沢に。
技術が違うんだなと、やはり思い知らされる。うまいうまいとワルターは大喜びしている。
美味しいものを食べ慣れているヨナタンもイザボーも、目を丸くしていた。
「これは蜜水などとは比べものになりませんわね。 とても上品で素敵な味ですわ」
「うん。 此処まで技術に差があると、悔しいという気持ちにすらならないね。 でも、千五百年もあったんだ。 此方では二十数年程度しか経過していないと聞く。 その時間差でこういった技術を開発できなかったとは思えない。 やはり東のミカド国には何かあるんだろう」
フジワラが戻ってくる。
装丁が見た事のあるものとは違う本だった。
バイブルであるらしい。
なんでも昔は、宿泊施設にはたいがいおいてあったらしい。暇つぶし用に、だそうだ。
天使による大虐殺の後、誰もが生きるのに必死で、バイブルを焼き捨てようなんて運動さえ起きなかったそうだ。
ともかく、ヨナタンに渡す。
代わりに、東のミカド国のバイブルを手に入れられないかとフジワラが提案。考え込んだ後、ヨナタンが頷いていた。
「古いバイブルなら我が家にあります。 持ち出すことは難しくはないでしょう」
「それを見比べて確認して見よう。 ただ、天使が監視している可能性はあるから、くれぐれも気を付けてくれ」
「分かりました」
咳払いすると、更に話を進める。
ガイア教団について話してくれる。
やはり、その長の名前はユリコ。小耳に挟んでいたが、どうやらそうらしい。
ただ、東京には十万からなる人間がまだ彼方此方で生きている。女性の名前としては、必ずしも珍しいものではないという。
更には、その正体は人間ではないという噂についても教えてくれる。
ワルターが身を乗り出す。
「ガイア教団ってのは、随分統率が取れている集団に見えました。 カガって女も、強い闘志を持つ熱い奴に見えました。 悪魔が指導しているんですか?」
「あくまで噂だがね。 ガイア教団は古くから存在していて、今回の一連の大戦では、裏で大きく動いていたという話もある。 元より力を貴び欲望を肯定する組織だ。 最強の存在が長であればなんの文句もないのだろう。 それが悪魔であってもね」
「……」
「ワルター、もう少し情報を集めよう。 今の時点では、限りなく黒に近い灰だよ。 いきなりガイア教団に敵対するのは得策じゃない」
一番あのユリコだかいう奴に大きな恨みがある僕が言うと、ワルターは分かったと言って引き下がる。
僕がそう冷静でいるのだ。
自分が先走るのは良くないと考えたのだろう。
「それでまずはどうするべきか。 ガイア教団の本部に足を運んで、情報を集めるべきかな」
「いや、実はそのガイア教団の長だが、目撃情報がある。 此方からの依頼があるんだ。 様子見がてらに足を運んでくれないか」
「承りましょう。 どんな話ですか」
「現在新宿の街で悪魔の掃討作業を行っている。 都庁周辺が安全になり、地霊族が人間の味方として振る舞いはじめてはくれたが、彼処は阿修羅会の大規模拠点で、暮らしている人々もまだまだ厳しい状態だ。 阿修羅会は人間の値段をつり上げて、人間を売るように仕向け始めている。 特に子供に対しては、とんでもない高値を出しているようだ」
許せない。
僕が呟くと、ヨナタンも頷いていた。ワルターも、好戦的な笑みを浮かべる。
「全員ぶっ潰してくればいいんですかね」
「いや、阿修羅会の押さえ込みは私達でやる。 君達には、新宿で徘徊している強力な悪魔を排除して、一帯の安全を確保して欲しい。 クエビコが少し前までは最大の脅威だったが、今では逆に都庁周辺はもっとも安全になっている。 逆に、周辺の街などは、都庁近辺から追い立てられた悪魔が、その辺りに巣くっていた大物の麾下に入って、戦力を増している状態だ。 今、阿修羅会の本部である六本木に秀さんが。 ガイア教団の本部である銀座に霊夢さんがそれぞれ威力偵察に出てくれている。 彼女と一緒に、新宿にいるこれらの悪魔を倒して、人々の危険を排除して欲しい」
そういうと、部屋に入ってきたのは。
あの無口な銀髪の娘だ。
まだ幼いようだが、凄まじい使い手なのは見て分かっている。表情も殆ど変わらないようである。
ただ、どうしてだろう。
この子は随分と綺麗な女の子であるのは確かだが。なんでだか、知り合いのようにしか思えないし。
女の子というのにも、何処か違和感があるのだ。
「此処の守りはマーメイドがやってくれる。 今は苦しんでいる人を、少しでも多く救うときだ。 そして、新宿の一角に大きな本屋があってね」
「本屋?」
「そうか、本はバイブルくらいしかないんだったね。 昔は……大戦の前は、本を売る店がたくさんあったんだよ」
本を売る店。
それはまた、驚きだな。
一度ヨナタンが挙手。一旦戻って、バイブルを回収してくるという。僕もつきあう事にする。イザボーも。
ワルターは、このシェルターを見て回るという。興味が刺激されて仕方がないそうなのだ。
まあ、多少の別行動くらいはかまわないだろう。
ともかく一度戻る事にする。
これから少しばかり、やる事を整理しなければならない。それには、時間の流れが違う東のミカド国でやるのが適切だ。
そしてもしも本をそう言った場所であの黒いサムライが仕入れているのだとしたら。
いきなりかち合う可能性もある。
それは、覚悟しておかなければならなかった。僕としてもあいつとかち合った場合、自制心に自信が持てないのだ。
ヨナタンの家に案内して貰う。ラグジュアリーズの中では、名門ではあるらしいのだが。ヨナタンを周囲が見る目が明らかにおかしい。同期のサムライだと言って僕とイザボーを連れて屋敷に入ると、ヨナタンの家族らしいのが、じろじろ見てきた。
ヨナタンに対する視線もおかしい。
家族に対するというよりも。
信心深い人間が、ロザリオを見つめるようなものだ。
「前から気になってたんだけど、ヨナタンってちょっと周囲の接し方がおかしいよね」
「それは後で話しましょう」
イザボーが即座に釘を刺してくる。
ヨナタンも頷いていた。
つまりイザボーも知っている事だと言う訳だ。
大きな書斎……とはいってもあくまで比較だ。東京の巨大な建設物や建物をみた後だと、小屋にしか見えないが。
そこから、古いバイブルを取りだすヨナタン。廃棄されたものを、貰い受けたそうである。
とにかく司祭がこれを持って周り、カジュアリティーズに読み聞かせるので、どうしても傷むのだ。そういった傷んだバイブルはラグジュアリーズが引き取ることもあるらしいが、殆どの場合は司祭が「聖なる火」にくべて処分するのだという。
もっとたくさん作ってばらまいておけば、その有り難い内容とやらに人々が触れやすいのではないのかとも思うが。
ただ、意図的に分かりづらく人々の前で説法しているという話がある。
流通数を絞っているのも、意図しての事なのだと思う。
「現物を持ち出すのはリスクが高いのではありませんこと」
「確かにそれはそうだ。 もしも……東京の人達が怖れているように、一部の天使達が悪さをして、大きな被害を出したのだとすれば。 バイブルにも何かしらの仕掛けをしている可能性はある」
「どうする?」
「僕は内容をあらかた覚えている。 東京で暗誦してもいいのだが……」
それはまた。
ただヨナタンの場合は、信心深くてそうしているようには思えない。ヨナタンは周囲の接し方も妙だし、何かあるのだろう。
ともかく、少し考えた後、ヨナタンは軽くメモを取り始める。
話の要所だけを書き写している感じだ。
なる程。それで東京にあるバイブルと差異を調べられる訳か。細かい所を聞かれても、ヨナタンはあらかた内容を覚えているから、そのまま諳んじられると。ただ、口頭では相手に伝え辛いかも知れない。
ヨナタンらしい配慮で作業を終えると、屋敷を出る。
ちなみにヨナタンと一緒にいる間、ずっと屋敷の召使いが監視していた。
恐らく僕やイザボーを愛人か何かと勘違いし。
お手つきがあるかどうかでも見ていたのだろう。
ばからしい話だ。
まあヨナタンがどう女性を見ているかは知らないが。
ここまで来ると病気ではないのか。
少しずつ僕は勘が鋭くなってきている。
前も鋭かったが、実戦を経て力を増している。それで分かってきているのだが。
どうも王城の中には、あのギャビー以外にも強い気配があるようだ。
そしてそれらは、ラグジュアリーズではない。
どれも巧妙に気配を隠しているが、明らかに東京にいる悪魔達に力負けしていない。やはり、これが東京で怖れられる天使ではないのだろうかと思う。
軽く食堂で話をした後、ターミナルから東京へ向かう。
その途中、ずっと僕達三人に監視が続いていたようだった。
サムライ衆の詰め所まで監視か。
色々妙な話ではあった。
ターミナルを経て、シェルターに。そこで、ヨナタンがやっと咳払いしていた。
「イザボー、もういいよ」
「フリン。 ヨナタンは、先王の側室の子なのですわ」
「へえ。 ご落胤って奴?」
「違うんだよ。 王は側室を何人か抱えるものなのだけれども。 側室は年齢が三十を超えるとお役御免となって、基本的にはラグジュアリーズに下げ渡されるんだ。 僕の母は、そういう仕事を終えて僕の父の妻になった。 こういうことはとても名誉な事とされるんだよ。 僕の父は王室に対する敬意もあるのか、それとも母が美貌の持ち主で、三十を過ぎても子供がいなかったからか容色が衰えていないこともあって溺愛してね。 或いは先妻が早くに亡くなったからかも知れないけれど。 それで僕が出来たのさ。 ちなみに僕は先王の子ではないよ。 計算があわないんだ」
それでも噂が流れたそうだ。
そもそも世継ぎの現王……アハズヤミカド王が無能と言う事もあって、他に期待する声は大きかったらしい。
如何に発展が止まった停滞した国とは言え、国王に側近達は色々と求めるのだ。
例えば気前よく権力をくれる、とか。
アハズヤミカド王は無能な上にケチであって、そういった周囲の欲望にはまったく見向きもしなかったし。
そもそも政治にも何の興味も見せなかった。
庭にある花……アハズヤミカド王しか興味を持たない花だが。それに毎日話しかけているそうで。
正室にも一切手をつけていないらしい。
頭が悪いとかそういう事もないらしく。単に若い頃から見続けた王室の闇に辟易していて、アハズヤミカド王なりの反抗であるようなのだが。
いずれにしても、「有能で気前がいい」「先王の血を引くかも知れない」ヨナタンへの信望が、自然に集まったのだそうだ。
「今では虚名が完全に一人歩きしていてね。 しかも僕の父は、それを利用した。 僕に徹底的な帝王教育をしただけではなく、裏で噂の拡散に力を貸したそうだ」
その結果、ヨナタンはサムライ衆になった後も、他のサムライ衆が明らかに一歩置いて接しているとか。
なるほど、合点がいった。
それなら、まったく遠慮なく接する僕らに対しては、信頼を置くのも分かる。周りは「先王の子かも知れない」ヨナタンに期待していると言いながら、実際には近くにいれば得られるかもしれない権力に舌なめずりしている。
それをヨナタンはずっと感じながら生きていたのだろう。
「くだらね。 いっそこっちに骨を埋めるのもありじゃないの?」
「そうだね。 だけれども、まずは状況を安定させてからだよ。 この地は多くの人々が苦しみ続けている。 それにそれは、東のミカド国だって例外じゃない」
本をくれる。
以前言っていた帝王学の本であるらしい。
受け取ってはおく。
僕としても、色々知識は得ておきたかったからだ。
そのまま、シェルターを移動して、フジワラの所に。フジワラは何か機械と話し込んでいた。
それを側で地獄老人が調整を続けていて。
銀髪の娘が、椅子に行儀良く座って二人の様子を見つめている。
ヨナタンに気付くと、咳払いしてフジワラが顔を上げる。
そして、ヨナタンが差し出した紙片を見て、頷くと。バイブルを手渡してきていた。
凄い速度でヨナタンが読み進めて行く。
話によると、ヨナタンの母は別に頭が良いわけでもなく、容姿だけが優れているらしいし。
父は貪欲で、こちらも悪知恵しか働かないらしい。
親と子が似ないこと何て幾らでもある。
ヨナタンは明らかに両親のどちらにも似ておらず、それがご落胤説につながってもいるようだった。
「なるほど、理解しました。 僕が知っているバイブルとはかなり違っていますね。 相違点を書き出しますが、紙はありますか?」
「いや、言ってくれれば音声で記録するよ」
「そんな事まで出来るんですか!」
「色々準備してきたのに無駄になっちゃったね」
まあ、バロウズとかの性能を見ると、ないとはいえないか。
地獄老人が、記録用のソフトというのを出してきて。それでヨナタンの説明を全て記録してくれる。言うだけで全て記録してくれるようなので。テクノロジーが本当にまるで違うことが分かる。
悔しいがこれは。
テクノロジーで東のミカド国が勝てる点は一つもない。
「以上です。 一応、紙にも要所は記載しておきました。 受け取ってください」
「なるほどな。 ノアの方舟のエピソードはすべて削られているのか。 それどころか、一神教の神に都合が悪い話も全て。 悪魔はもとの聖書とは比較にならない邪悪な存在になり果てているし、あの悪辣な事で知られるヨハネ黙示録はその内容が全て神にとって都合良く美化されているのか」
「僕も驚きました。 これほど変化しているとは……」
「それに旧約、新訳、コーランの内容まで混ぜられている。 上から攻めこんできた天使の中には、一神教のもの全て……イスラム教のものや、一神教が天使の設定を取り込んだゾロアスター教のものまでいたことが分かっている。 ともかく一神教に都合良く改変された聖書というわけだ。 これは恐らくだが、悪魔が人間の思念に影響を受けるからだろう。 天使達もその例外ではない、ということだな」
そういうものか。
この東京では、伝承が失われ、姿が壊れてしまっている悪魔が多いとフジワラは言う。
僕も伝承が失われて弱体化している、と明言されている悪魔とは実際遭遇している。天使達は、弱体化がおきないように、こういう所でも手を回しているということか。
しかしそれをやっているのはギャビーだけなのか。
あの城でも感じる気配を思うと、どうにも妙だとしか思えなかった。
ワルターが来る。
ナナシとアサヒを連れていた。
ナナシはワルターがいると機嫌が良さそうだ。今日は時間的な余裕もあったし、稽古をつけて貰ったのかも知れない。
「こっちは準備万端だ。 それと、ドワーフたちが、俺等のために武器を作ってくれるそうだぜ。 後でいこう」
「こっちも今話が終わった所だよ。 問題は、武器が良くなったとして、それで黒いサムライが姿を見せた場合、勝てるかだけれど」
「君が弱気になってどうする。 ただ、冷静に判断するのは確かにただしい。 あの強さ、今でも簡単にはいかないだろう。 霊夢さんや秀さんの助力があってもどうにかなるかどうか」
「そんなにスゲエ奴なんだな……」
ナナシが素直に驚いている。
ずっと斜に構えている子だと思ったが。
少しずつ、本来の年齢相応に変わり始めているのかも知れない。
それはとても良い事では無いかと思う。
ともかく、フジワラに礼をして、この場を離れる。
シェルターの下の方の階層には工場があって、そこでドワーフがずっと金属を叩いていた。彼方此方には見た事もない機械があって、危ないから触らないようにと釘を刺された。
ドワーフも親方がいて、かなり貫禄がある。
元々ドワーフというのはドヴェルグと言われていたらしく。神々の武器すら作る程の種族であったらしい。
そういった鍛冶の神様というのは世界中にいるそうで。ドワーフの他に、奧で背を丸めて金槌を振るっているサイクロプスもそうらしい。サイクロプスは野良の奴と交戦した事があるから、色々複雑だ。
その後、東のミカド国の鍛冶師と接したときのように、装備について色々と聞かれ。それで僕は、牙の槍を見せて。
それから、幾つかの棒や刃物を組み合わせて、それで軽く演舞した。
ドワーフの親方は頷くと、更に大胆に刃物を大きくした槍を渡してくれる。これは、凄い。
重さも適切で、刃物が大胆すぎるほど大きくて、相手を貫き、叩き、払うその全ての動作で、致命傷を与えられる。槍は棒術とも通じていて、叩くや払うは相手に対する牽制を兼ねる事も多いのだが。
これはその全ての動作が必殺になりうる。
「凄い槍だ……」
「あんたの剛力なら、こいつを全力で使いこなせるだろう。 ただし作るのに少し時間が掛かる。 その間、しばらくはその槍で我慢をしてくれ」
「分かった。 出来るの、楽しみにしているね」
「誰でも使えるものをとずっと言われていてな。 やっと業物が打てる。 そう思うと、わしも嬉しいよ」
ふっとドワーフの親方が笑う。
そして、ヨナタンとイザボーとワルターにも、それぞれ武器を作ってくれると約束してくれた。
材料とか簡単に揃わないので時間が掛かるらしいが。
それでも、新しく武器を刷新できるなら、僕に不満はなかった。
2、純喫茶
新宿に出る。確かに悪魔の気配はまた多くなっている。地下部分では、人外ハンターが奮戦しているようで、明らかに活気が出ていた。新しい服がどんどん支給され、彼方此方で清潔な水が供給されているようで、生活空間が清潔になっている。これは上野なども同じであるらしい。
シェルターからどんどん物資が支給されているらしく。
暮らしていけない人間もシェルターにどんどん移っているようで。
阿修羅会は明らかに敵意をもった視線を向けられながら、隅の方でこそこそと話しているようだった。
今回はナナシとアサヒに加えて、銀髪の娘さんもいる。僕達七人が姿を見せると、阿修羅会の連中は舌打ちして姿を消す。
まあ、あれは放っておいてもいいだろう。
「明らかに空気が変わりましたね」
「そうなの」
「はい。 西王母をみなさんが倒したのが大きいのだと思います。 偉そうな事を言ってる阿修羅会が何の役にも立たず、危険で多くの人を殺した西王母を倒したのがみなさんと人外ハンターの精鋭、それにガイア教団。 それが、阿修羅会に対する敵意をはっきりさせたんだと思いますね」
「冷静な分析だねアサヒくん」
ヨナタンが素直に褒めると、いやあとか頭を掻きながら照れるアサヒ。ナナシが呆れながら、こいつは褒めると駄目だとかいう。
まあ、なんとなく分かる。
アサヒはこれは、どちらかというとイザボーよりヨナタンに性格が近いのかも知れない。
まず人外ハンター協会に出向く。
シェルターでも話は聞いていたのだが、リアルタイムで現地での話を聞くのが重要である。
相変わらずの音と光だが、ワルターとナナシはむしろご機嫌な様子だ。
「あんたらか。 西王母を倒してくれたって事で、みんな感謝しているぜ。 池袋は腐った街だったが、それでも今は人間が生き残る事が先なんだ」
そう話してくれる引退した人外ハンターらしいここの主は、左腕が義手になっていた。
頷いて、幾つか話をする。
話通り、クエビコが制圧した辺りから追い払われた悪魔が地上部分で悪さをしているらしく。
僅かに地上に残っていた人々が危険にさらされているそうだ。
「それだけじゃない。 人外ハンターにとって重要な施設が、行き来が難しくなってる」
「此処にもシェルターみたいな場所が?」
「比べものにならないほど規模は小さいがね。 純喫茶フロリダという。 フジワラ、ツギハギ、アキラ。 伝説の三人が集まった場所で、アキラが戻らなかった後でも、フジワラとツギハギが拠点にして、必死に抵抗を続けていた素敵な内装の店さ。 話によると、かなり重要な機器類があるらしい。 シェルターが潰された時に備えてだろうな。 幾つかの重要施設は、敢えて純喫茶フロリダから移していないそうだ」
なるほど。それは重要な場所だ。
ちょっとだけ西王母戦で見かけたツギハギという人物が、其処で今は守りについているらしいのだが。
確かに周辺の安全は確保しておきたい。
案内役として、志村さんが来てくれるらしい。ターミナルで合流する手はずが出来ているらしいので。僕は頷くと、すぐにターミナルに。
ターミナルの側には休憩所が出来ていて、常に人外ハンター数人が展開していた。
僕を見て、その中の一人が挙手する。
ライフルの野田だったか。
この間の戦いで加勢してくれた人外ハンターである。凄く髪が長くて、それが多分此処で出来る精一杯のお洒落なのだろう。
「おお、西王母を倒した英雄じゃないか」
「倒せたのは皆の力だよ。 貴方も例外じゃない」
「そう言ってくれると嬉しいねえ。 志村のおっさんだったら、もうすぐ来るはずだぜ」
「分かった、待たせて……」
と言っている間に来た。
志村は非常に険しい顔をしていて、それで一人だけだった。
僕を見て、頷くと、すぐに行こうという。
何かあったなこれは。
それを悟ったので、僕はすぐに頷いて、この場を離れた。地上部分に出ると、悪魔の気配がかなり濃い。
これはちょっとばかり、厄介そうだ。
「何かあったんですね」
「阿修羅会との小競り合いがまた増え始めている。 池袋の件で彼奴らが役に立たなかったことが明確になってね。 彼方此方で焦った阿修羅会が、「所場代」を取り立て始めたのさ」
「所場代?」
「ようは阿修羅会が守ってやっているから、商売をするなら金を出せというような理屈だよ。 昔からあの手の輩がやっていたことさ。 金を取ることよりも、「上下関係」をはっきりさせたいのだろう」
勿論阿修羅会が悪魔から人々を守っているなんて事はない。それどころか、話を聞く限り子供や老人をさらって、悪辣な行為に手を染めているのがはっきりしている。
それでトラブルが続出している。
昔だったらそれも起きなかったのだろうが。
阿修羅会が明確に弱体化し始めている今は、次々に阿修羅会に対して拒否を突きつける街が増え始めたそうだ。
志村もさっき、出先でそんなトラブルを解決してきたらしい。血を見る寸前まで行ったが、人外ハンターが出張ってくると、舌打ちして消えたそうだ。
「次は俺を呼んでくれ。 全員まとめて畳んでやるぜ」
「そうだね、そうしよう。 それで新宿の悪魔掃討だったね。 こっちに歌舞伎町という街があった。 その先に純喫茶フロリダがある。 昔はとにかく欲望の街として知られていた場所でね。 そんな中で、純喫茶フロリダは希望の星だった。 歌舞伎町は阿修羅会なんて問題にもならない凶悪な反社が多数拠点を作っていた場所なのに、皮肉な話ではあるね」
「……」
確かに不思議な星の巡り合わせだ。
まずは、移動しながら悪魔を片付ける。
銀髪の娘さんの実力を知らないナナシとアサヒが心配そうにしていたが、雑魚をまるで寄せ付けないのを見て驚愕。特に不可視の質量攻撃で、大きな悪魔を叩き潰して以降は完全に態度を変えた。良い意味で子供なのだろう。実力を素直に認めて、それで態度を変える。悪い意味で子供だと、下とみた相手には絶対に態度を変えないが。
同時に本屋というのについても聞く。有名どころを幾つか教えてくれたので、悪魔を掃討しつつ、それらによる。
本屋があった建物が崩れてしまっていたり。
内部が全部焼けてしまっていたりと、散々な有様だ。
今の時代。本はとても貴重だろうに。
それを守る事すら、出来る状態では無かったという事なのだろう。
「此処も駄目か……」
「仮に本屋を見つけたとしても、其処で戦闘になる可能性があるんだろう。 本は、残念だが今は持ち出す余裕がないんだ。 人をどうにかするのが最優先で、それらが一段落したら、になるだろうね」
「それは分かっています」
これだけ人命が危険にさらされている状況だ。
本が優先なんて事は、僕もいうつもりはない。
大きめの悪魔もいる。楽勝とはいかない。
頭が髑髏になった巨大な鳥の悪魔が、周囲を伺いながら歩いている。背丈がとても高くて、その辺りにたくさんいる。
一体ずつ倒して行くが。
どれも楽には勝たせてくれなかった。
アサヒがいい加減に音を上げはじめるが。僕はそれを宥めて、更に先へ。
とにかく戦闘が非常に厳しい。
何度か新宿に戻って、そこからターミナル経由で東のミカド国へ。休憩を入れて、また東京へ。
ナナシが東のミカド国へ行きたいと途中で言い出すが。
そもそもスカイツリーを登り切らないといけない事を説明すると、面倒だなとぼやく。
確かに同感だ。
いちいち奈落を登ったり降ったりしていられないというのは、僕でも同意できる。
池袋駅周辺は地霊族が人間に敵対的な悪魔を駆逐してくれているが、まだまだとても手が足りていない。
少し駅から離れると、大きい悪魔や強い悪魔がウヨウヨいる。
あの巨大な蛇みたいな奴もいた。
以前建物に巻き付いていた奴だ。
バロウズによると、龍王ナーガラジャであるらしい。
ワルターが従えていたナーガの上位種であるようだ。今はワルターは、ナーガを従えていない。
力が不足してきたこともある。
手持ちの悪魔は、かなり刷新したようだった。
激しい戦いになる。
大きな蛇の悪魔との戦いでは、アサヒが狙撃で志村と一緒に支援してくれたし。ナナシはめげずに最前線で悪魔を繰り出し、それで前衛を張ってくれた。かなり短時間で力が上がっている。
それだけじゃない。
一度後方にさがると、支援魔術で前衛を強化するテクニカルな戦いを見せる。
ナーガラジャを僕とワルターが仕留めたときには、それが決定打になった。
消えていくナーガラジャ。
銀髪の娘さんは光の壁で時々攻撃を弾いてくれたが、今回は真面目にやりあうつもりもないらしい。まあこの程度の相手なら。僕らだけで充分という理由もあるのだろうが。
これで歌舞伎町は至近であるようだ。だが、歌舞伎町はまだまだ多数の悪魔が群れている。
攻略には時間が掛かる。
少しずつ安全域を拡げていくしかない。
「今のって、何処で覚えたの?」
「ああ、ナバールって人が教えてくれたんだ。 一緒に戦ってるとちょっとウザいけど、後方にさがるとすごく良い仕事をしてくれて、俺もそれで少し真似をしてる。 役に立てたかな」
「立派だったよ」
「そっか」
ナナシが少しだけ嬉しそうだ。
殆ど明るい表情は見せない子なのだけれども。
少しだけでも、表情が戻り始めている事は、悪くは無いと思った。
六度目の新宿近辺攻略戦開始。銀髪の娘さんは三度目の攻略戦を終えると、シェルターに戻った。或いは、僕らを見極めるつもりだったのかも知れない。いずれにしても、凄い使い手であることは分かった。或いはだけれども。人外ハンター達に紛れている阿修羅会の構成員に、強さを見せておくことが目的だった可能性もある。今、人外ハンターは手札が足りないらしい。そうすることで、阿修羅会を更に牽制できるだろうし、あり得ない話ではなかった。
かなり大物が減ってきているが。倒れた悪魔の代わりに、周辺から別の悪魔が新宿に入り込んで来ているようだ。
きりがない。
そんな中、無事な本屋を見つける。
内部に入って、それで圧倒された。本棚がどこまでも拡がっている。とんでもない規模である。
「これ全部が本か!」
「出来るだけ戦闘には巻き込まないでくれ。 平穏が戻ったら回収して使うんだ」
「分かってる!」
イザボーが一番興味を示したようで。奧に。
漫画ですわ、と声を上げる。
ただ、イザボーが好きらしいベルサイユがどうという作品はないようで、肩を落としていたが。
それを聞いて、志村が驚く。
「またしぶい作品が好きなんだね」
「とても恋愛模様が素敵でしてよ」
「ああ、そうだね。 僕の時代ではかなり古い作品だったのだけれども、傑作として名高かったね」
「漫画ってこんなにあったんですわね」
イザボーが幾らでもある漫画を見て、それで困惑しているようだった。
僕としては、娯楽にこれだけの力を割ける国力があったのだと、悟る他無い。
「君が探している本だと、この辺りだと……池袋のジュンク堂がいいかも知れない」
「池袋にも本屋が?」
「あれだけ荒らされた場所だ。 あるかどうかは分からないが、比較的古典に分類される漫画でもあるかも知れない。 西王母が彼処を抑える前に、その黒いサムライというのが本を持ち出したのだとすれば……其処の可能性も考慮しても良さそうだね」
「池袋は無人だ。 西王母が滅茶苦茶にした後だし、被害が出る事は気にしなくてよさそうだね」
僕の声が冷えた。
それで、明らかにアサヒが青ざめたが、ヨナタンが咳払い。
僕が仇を追っている事は、ナナシもアサヒももう知っている。
ともかく、この本屋は大丈夫か。
歌舞伎町に入る。
何度かの掃討作戦で、悪魔をどうにか我慢できる段階までは減らした。それで奧へ。奧にちんまりとしたお店があって、銃を持った人外ハンターが見張りに立っていた。志村が話をすると、通してくれる。
其処から少し狭い路地を通り。
その奥に、あった。
とても綺麗なお店だ。悪魔が数体いて、彼方此方を手入れしている。とても荒れ果てた東京にあるとは思えなかった。
「あら、貴方たち。 また会ったわね」
「!」
ヒカリだったか。いやヒカルだったか。
純喫茶フロリダからひょいと顔を出す。
やはり非武装のままだ。
志村が見張りに視線を向けるが、見張りが志村に耳打ち。舌打ちすると、志村は銃を下ろしていた。
志村によると、此処は人外ハンターでも一部の一部にしか流通していない会員証が必要で。
それはフジワラが発行しているそうだ。
色々手管を尽くして悪魔でも偽装できないようにしているらしいのだが。このヒカルという女。
間違いなく本物の会員証を持っていたとか。
それどころか最近は時々ここに来て、それでフジワラやツギハギとも会っているそうである。
「フジワラさんによると、手練れが返り討ちにされていた幾つかの案件を解決してくれたそうです。 それで会員証を発行したとか。 此方でも調べましたが、確かに人外ハンターの記録に残っています」
「……」
なんだろう。
やはり、どうしても妙だ。
そんな強さを持っているとはとても思えない。
それでいながら、びりびりと勘が告げてくる。此奴はヤバイと。
「このお店、気に入っちゃった。 今度見つけて来たお茶っ葉持ってくるから、よろしくね」
「ああ、フジワラさんも喜ぶだろう」
「それにしても、君達やるね。 新宿にはいま結構な悪魔が集まっていると思ったのだけれど」
「君、何者?」
ペースにはのらない。
僕はずばり、そのまま聞く。
絶対に見かけ通りの存在じゃない。それはこの場にいる全員が理解している筈だ。
いや、アサヒはなんだか普通の人がいて良かったみたいな顔をしているし、ナナシは弱そうな奴みたいに見ているが。
志村も警戒している。
どう考えても、普通じゃない。
ヒカルはふふっと笑うと、店の中に。僕も追って店の中に入る。
店の中では感じが良い穏やかな曲が流れているが、誰かが演奏している雰囲気はない。これも自動で音楽が流れる仕組みであるようだ。
奧の席にはツギハギが座っていて、何か飲んでいる。
僕達が顔を見せると、こくりと頷いた。
席を勧められたので、座る。
僕としても、多数の悪魔を倒して来て少し疲れたし、休憩を取れるのは、とてもありがたくはあるのだが。
「今の東京にこんな感じの良いお店があるなんてね。 昔は彼方此方のお店で、とても優れたサービスを受けて、感心していたものなのだけれど」
「まるで大戦前から生きているみたいだね」
「ふふっ」
さらりと流される。
イザボーはなんというか、相手の雰囲気に対する嫌悪感ばかり感じているようで、こいつに対する危険性を今一正確に認識出来ていないようだ。
ちょっとばかり、これはまずい。
まだ皆の力量が足りていないのか。
僕も、こいつは危険だと肌で感じてはいるが、それでもどう危険なのか、具体的に言語化出来ないのだ。
得体が知れないもの。
此方に来てから、鬼という概念を学んだ。
悪魔にいる鬼という存在。種族でも「鬼」とついているものがたくさんいる。なぜ鬼というのをそんなにたくさんつけるのか。
実は「鬼」というのは、元々よそから伝わって来た概念で、「なんだかよく分からないもの」みたいな意味だったようなのだ。
それで考えると、悪魔と言うのはその鬼と言う言葉に親和性がこれ以上もないほど確かにある。
何々鬼という悪魔の種族がわんさかいるのも納得が行く。
こいつは、その「鬼」そのものだ。
得体が知れない存在の究極である。
黙々と飲んでいるツギハギに、ヒカルが話しかける。
どういう技術か、ふっとヒカルから意識が外された。
それだけで、ヒカルがいなくなったかのように、感覚がおかしくなる。
「それはそうと、ちょっと例の塔を見てきたんだけどね。 守りが弱体化している代わりに、鴉がいるよ」
「……分かった。 俺が少し様子を見てくる」
「そうしてね。 彼処を落とせれば、面白い事になると思う。 鴉は狡猾だから、騙されないように気を付けなさい」
マッカをおくと、ヒカルが出ていく。
アサヒは視線で追っていたが、僕がずっと険しい顔で見ていた事に気付いていただろうか。
「綺麗な人だね。 後何年かしたら、私もイザボー姉さんやあんな人みたいになれるかな」
「あんなにはならなくていい」
「同感ですわ」
「あれ、どうしたのフリンさんもイザボー姉さんも。 二人とも、相手が綺麗だから嫉妬するような人じゃないでしょ」
ツギハギがため息をつく。
志村も、困惑してヒカルが出ていった扉を見ていた。
「俺は例の封魔塔を調べる。 志村、此処を頼んで良いか」
「イエッサ。 それにしても、信じても問題ないんですか」
「少なくともあれは、力が強い相手には有益な情報を渡している。 弱者にも時々手を貸しているようだ。 正体は分からないが、少なくとも人間ではなさそうだな。 此処を無差別で破壊しているわけでもないし、天使でもなさそうだが。 ただ俺が側にいても、まるで相手の底が見えない。 四大天使とやりあった時でも、こんなことはなかったんだが」
わざわざ来て貰ったのに、相手を出来ずにすまない。
そういうと、ツギハギも店を出て行った。
店の中を、何体かの悪魔が常に掃除している。志村は。ため息をついていた。
「すまないな、皆。 私はしばらく此処で留守番だ。 先に封魔塔と言っていたのは、この近くにある新宿御苑という場所にあるものでな。 色々と曰く付きの場所なんだ。 大戦の際に、彼処で三人の英雄が、天使の大物とやりあったって話がある。 それに……」
「他にもあるんですか」
「大戦の前から、あそこに不可解な繭みたいなものがあったんだ。 その前くらいから、多数の子供が失踪する事件が起きていてね。 それで大戦が起きて、東京から太陽が失われる直前……繭みたいなものが、天に飛んでいったなんて話もある」
不思議な話だ。
ワルターは咳払いすると、土産だといって、東のミカド国から持ち込んだワインを渡す。今回こういう店に来るという話だったので、持ち込んできていたのだが。それを渡す暇がなかった。
志村はワインを見て、目を細めると。此処で大事に扱わせて貰うと言ってくれた。
それだけで充分に嬉しい。
さて、目的を整理するか。
新宿での戦闘はこれでいい。
というか、新宿駅からそれほど離れなければ、ナナシとアサヒだけである程度どうにか出来るだろう。
「池袋に出向こう」
「ジュンク堂とやらですわね。 実はわたくしも、手持ちの漫画の続きは気になっているんですのよ」
「ベルサイユの何とかという作品だったな。 志村のおっさんも名作だっていうけど、そんな面白いのかよ」
「面白いですわ」
即答するイザボー。
ワルターがちょっと押され気味だ。というか、圧が凄い。
咳払い。
ともかく今は、他にやる事がある。池袋の本屋が無事かどうかよりも、そもそも黒いサムライの存在をおわなければならない。
ガイア教団のボスと特徴が一致しているようだが、其処へ行くのは後だ。
新宿の本屋が駄目だった以上、次は池袋。それでも駄目なら、他にも探していくしかない。
本屋の他にも図書館というのもあるらしく、なんでも国会図書館というのはあらゆる本が集う場所であったらしいのだが。
それは天使に焼き滅ぼされてしまったらしく、今では残っていないそうだ。
バイブルの内容を好き勝手に書き換えたのが誰だか分からないが、或いは天使や、それに指示された人間だとすると。
いや、過程に過程を重ねるのはまだ早い。
ともかく今は、事実を積み上げるべき段階だ。
すぐに新宿に戻り、そこで一旦解散する。
ナナシはかなり戦えるようになっているし。アサヒの銃の腕も相当に上がっている。地元の人外ハンターが、かなり安全になって来たのを見て、丁度良いので手持ちを強くして、悪魔も掃討するために出るらしい。それに混ざって貰う。
「此処で今回は解散か。 次はもっと強くなってるからな。 楽しみにしてくれよ」
「おう。 とにかく周りの技とかやり方を貪欲に取り込むんだ。 強い弱いで考えてると、強みを見逃すぞ」
「分かった! ワルターさん、またな!」
ワルターがそんな風に言ったので、僕はちょっと驚いたが。
それもいい。
人はあまり変わることがない。だが、ワルターは確実に変わってきている。それならば、周りは背を押し。
歓迎するべきなのだから。
3、軛が外れる
霊夢は速度を上げる。追跡してきている悪魔はかなりの大物だ。
銀座に威力偵察に出ていた。そうしたら、空中で絡まれた。それもかなりの大物である。後方から殺気をまき散らして迫ってきているのは、あれは龍か。いや、違う。色々な生物の特徴を取り込んだ姿。
何処かの邪神だ。
乾いた風。
叩き込んでくるそれを回避しつつ、高度を上げる。
こいつからは、乾いた砂漠の気配がある。
あまり戦いに、周囲を巻き込めないし。しかも実力は、あの西王母に勝るとも劣らないだろう。
「人間の割りには的確な状況判断だ。 余と同格の存在があの銀座にはまだいると判断して、即時撤退を決めたか」
「何者かしら、貴方」
「我は砂漠の軍神。 邪神と貶められつつも、戦いがあるときは都合良く勝利を願われた神格。 太古の神にて、現在の魔の祖にも通じるもの」
「ああ、それで分かったわ。 その混ざり合っている姿。 それでありながら蛇神の系譜の頂点に近い存在。 貴方はセトね」
ふっと黒い龍が笑う。
大当たりか。
セト。
エジプト神話の最高位に近い神格だ。どちらかと言えばヒールになる。オシリスやその子のホルスとの戦いの逸話が伝わっているが、話はそう簡単ではない。
元々砂漠の神で軍神であったセトは、平時には遠ざけられ、戦時には崇められたという性質を持っている。砂漠の神で軍神となると他にも類例がいるのだが、セトに関する一致点が、目の前の悪魔には多すぎた。
霊夢は元々日本の怪異専門だった。だが、幻想郷を出る時に、世界中の神々について学んだのだ。
恐らく今の東京には、残った人間の侵攻を求めて世界中の神々と魔がいるだろうから、と。
知恵の神であるオモイカネ……今は八意永琳と名乗っているが。そいつの手ほどきを受けながら、世界中の神話と、その特性を頭に叩き込んだ。戦いと修行を兼ねながら、である。
身が入ったのは、天使だかしらないが、連中の攻撃でたくさん殺されたのが理由だ。奴らは霊夢の友人もたくさん奪っていった。
外では、ほぼ全ての人間が同じように殺された。
それを聞いてしまうと。
霊夢としても、戦いに身が入るのも、当然だとは言えた。
「一神教の「敵対者」のモデルにもなっているのでしたっけ貴方」
「まあほんの僅かだけな。 余の直系子孫というわけでもないよあ奴は。 今や天の座の監視役ですらある。 敵対者という概念が文字通り最大限に拡大解釈された結果だな。 元々は悪さをする天使、くらいの意味であったのだが」
「そう、それであたしとやりあうつもり?」
「……いや。 下の方から余を狙っている強い力もある。 余としては、銀座に近付く強敵を排除できれば良い。 ガイア教団はまだ使い路がある。 それに……なんだかよく分からん連中も動いている様だしな」
今の、わざと伝えたな。
そういえば、秀もターミナルの主から似たような事を言われたらしい。
ターミナルの主については、だいたい正体の見当がついている。だとすると、恐らく蠢動しているのは。
まあ、それはいいか、
セトとやりあったら無事ではすまない。
負けるとは言わないが、この辺りにどれだけの被害が出るかも分からなかった。
「ではな強き娘。 ああそうだ、余の子を産まぬか? 余としても眷属が増えてくれれば、動きやすくなるのだが」
「お断りよ」
「カカカ、そうか。 ……下手に銀座には近寄るなよ。 余はともかく、荒っぽいものも多いぞ」
ひゅんと、セトが消える。
あれはまずいな。
セトは強い。それだけではない。銀座には、セトと同格か、それに近い力を幾つも感じた。
或いはだが、阿修羅会とは関係無い堕天使の類は、あらかたガイア教団の手が掛かっているのかも知れない。他にも邪神やダークサイドの神々は。
一度地上に降りる。
マーメイドが霊夢を見ていた。
「戦いは避けたのね霊夢さん」
「ええ。 あんなのとまともにやりあっていたら命が幾つあってもたりないわ。 幻想郷にいた頃は、地獄の女神が最強だと思っていたのだけれどね。 彼奴ですら、外の神々の中では、上の下から中程度でしかなかった。 神々や悪魔に弱体化が入っていても、ガイア教団を今内偵するのは厳しいわね」
「……そう」
マーメイドは誰かを探している。
それはどうも混沌勢力の何者からしいのだが。誰かという話になると、寂しげに笑って会話をうちきってしまう。
元は奥手で内気な子なのだ。
それが分かるから、どうにも心の中にずかずか踏み込む気にはなれない。
他のマーメイドが人間を容赦なく殺して水に沈めているのとは随分違うが。
何かしら理由はあるのかも知れない。
シェルターから秀が出てくる。何処かしらのターミナルでも使ったのだろう。秀は六本木の方に出向いていたはずだが。
「何か問題があったの?」
「ああ。 必殺の霊帝国防兵器とやらの実力を確認してきた。 あれは恐らくだが、西王母に匹敵する強さだ。 元は兎も角、この国の神格であるということが大きいのだろうな」
「厄介ね。 少しずつ東京の状態が緩和してきたと思ったのだけれど。 一気にひっくり返る可能性が出て来たわ」
「……」
マーメイドが悲しそうに目を伏せる。
今もっとも警戒すべき最悪の状況は、ガイア教団と阿修羅会の連合だ。もしもガイア教団がガイア教徒ではなく、背後に控えている悪魔達を出してきたら。
更に言えば、今タヤマは籠城に必殺の霊的国防兵器をあらかた回している。タヤマがそれだけ憶病ということなのだが。
問題はそれを攻勢に回してきた場合。
今まで人外ハンター協会で確認している情報によると、必殺の霊的国防兵器には七柱いるという。
その内一柱については、霊夢に縁がある存在の分霊体だ。
分霊体だがこの国でも最上位層に存在する神格であるため、恐らく意思疎通が可能。戦闘を避けることが可能だろう。これについては、つい最近幻想郷から知らせが来て知った。
問題は他六柱だが、そのうち一柱はどうも阿修羅会の軛を脱しているらしい。が、居場所がわからない。これも幻想郷情報だ。これが分かった理由については、偶然だそうで。まだ確定情報ではないらしいが。
また一柱はマサカド公本人の事で、此方は東京を覆う天蓋と化してしまっているため、今の時点で阿修羅会の影響下にはない。
つまり現時点で問題になるのは四柱だが。
その内一柱は南光坊天海。
問題になる正体が分からない相手は残り三柱か。
また一柱は、どうやら隠し玉としてしられる存在で、少なくとも阿修羅会の制御下にはない八番目であるそうだ。
「何かしら縁がありそうな気配は感じなかった?」
「……奴らが抑えている市ヶ谷という場所に三柱。 六本木ヒルズと言う所に南光坊天海の気配があった。 恐らくだが、そうなると一柱はタヤマが切り札として持っているとみて良いだろう」
「了解。 さて、此処からね問題は。 ガイア教団は想像以上に多くの大物悪魔が手を貸している。 対抗するには、日本神話系の神々の封印を砕くしかない」
特に重要なのは天照大神だ。
日本神話の主神である天照大神は、この闇に覆われた東京では文字通りの鍵となる存在だろう。
実は日本神話における最重要神格、いわゆる三貴神のうち、月夜見……あの腐った月の都を作った存在の一柱だが。そもそもそれは分霊体の行動であって、実体を持って日本で活動していた分霊も存在していたらしいのだ。
月夜見は現在幻想郷で傷ついた体を休めている。
どの面を下げて来た。殺してしまえという声もあったが。
日本の神格でもっとも重要な三柱の一角だ。殺せば全てが潰える。それに月夜見は月の都では道教系の神々に主導権を握られ、胸くその悪い幾多の行為には手を貸してはいなかったらしい。
分霊体であった、というのも原因なのだろう。
ともかく相談するか。
シェルターに入ると、フジワラが慌ただしく指示を飛ばしていた。
何かあったな。
そう判断したが、それは当たっていた。
「丁度良いところに来てくれた」
「うん? どうかしたのかしら」
「どうやら六本木で問題が起きたようだ。 阿修羅会が総出で警戒態勢に入っている。 これが我々に対する行動に関するものか、それとも防御的な行動であるのかは、現在分析中だ」
「では此方も威力偵察の結果の話をするわ」
銀髪の娘と、地獄老人。
それにテレビ会議でツギハギと志村や小沢、それにニッカリにも参加して貰って、情報を展開する。
ガイア教団に強力な守護の悪魔がついていることは、人外ハンターの間でも周知であったらしい。
このご時世だ。
ガイア教団に入ったり抜けたりした人外ハンターもいる。
そして力が全てのガイア教団では、抜ける者は放置である。そんな弱者はどうでもいいという思考だからだ。
だから情報も漏れやすい、
これは阿修羅会についても同じ事が言えるが。
ともかく、今回でその話を実例をもって確認出来た、というわけだ。
「まさかセトか。 ホルスを初めとするエジプトの神々と年単位で戦い続けた強者だ。 神話での戦闘力は、古代神格でも上位に入る……!」
「しかもそれと同等のが何体もいるわねあれは。 迂闊に手出し出来ないわよ。 もしもあれらが本気で仕掛けて来た場合、あたし達も総力戦の末に力尽きるかもね」
「……ともかく今は迂闊に仕掛けないことが吉ですな」
「そうなるわね」
今の東京は問題で満ちているというか、問題だらけだが。
下手にガイア教団を刺激するのはまずいというのがよく分かった。
ガイア教団を実質的に仕切っているのはリリスという噂があるようだが。霊夢が見たところ、リリスはただエサ……神々に対する信仰や恐れとなる人間を指導するだけの立場に過ぎない。
実際の指導者は別だろう。
フジワラは咳払いして、秀に聞く。
「六本木から戻ったばかりで申し訳ないのですが、そのような強い気配は感じませんでしたか?」
「いや、特には感じていない」
「だとすると気配を絞れる悪魔なのかも知れないですね」
「暗殺特化などの性質を持つ悪魔か。 厄介な話だ……」
この間、人質交換の時に連絡用のラインが阿修羅会につながった。
向こうから連絡が来ても、基本的にはフジワラかツギハギしか取らないようにしているようだが。
これは相手が舐められたら終わりの界隈に生きている存在だからだ。
だから、敢えてこちらの最高位の存在が出る事で、連絡用のラインを切らないようにするわけだ。
近代戦は、相手の総司令部を粉々にするような真似は滅多にしないそうだ。
これは相手を降伏に追い込む必要があるからで、皆殺しなんて真似はまずありえないから、らしい。
だが、今東京で行われているのは近代戦だろうか。
霊夢の思うところ、まだフジワラはその辺り、どこかで人間を信じてしまっているのかも知れない。
「一度状況を整理するぞ」
銀髪の娘についている例の存在が言うと、一気に空気が変わる。
まあそれは当然だろう。
今や誰もが認める人外ハンターの長だ。
勿論絶対の存在なんかいないだろうが、全てが傑出している。霊夢もこの存在より的確に判断が出来る自信は無い。
「新宿はこの間、サムライ達を見極めるついでにわしが見てきた。 他に現在もっとも問題を起こしている集落は」
「はい。 阿修羅会とガイア教団に支配されている集落を除くと、周辺の雑魚は掃討が進み、徘徊していた大物悪魔も駆除が進んでいます。 現時点で、即時で危険な場所はありません」
「よし、ではうって出るべき時だ。 そしてその狙いはガイア教団ではなく、阿修羅会だな」
現時点で、必殺の霊的国防兵器を阿修羅会が攻勢に出してくる可能性は。
それを確認すると、ツギハギが重い口を開いていた。
「ほぼゼロかと。 タヤマは憶病な男で、手札を知られるのを極端に怖れています。 今までシェルターにけしかけた悪魔があらかたやられた事実を考えると、リスクを冒してまで博打に出る事はあり得ないかと」
「よし。 阿修羅会が現在抑えている新宿御苑を狙う」
さっと緊張が走った。
阿修羅会が抑えている新宿御苑には、封魔塔という拠点がある。これは正体がよく分かっていない場所で、フジワラやツギハギ、アキラが四大天使と戦った場所であるらしいのだが。
倒した天使達がどうなったのか、結局分からなかったらしい。
その後忙しくなって放置したところ、いつのまにか阿修羅会が高位堕天使数体を連れ、更には魔王も連れて制圧。
おまけに最近では鴉……東京で活動している珍しい大天使。大天使マスティマ……マンセマットの姿を目撃した例があるそうだ。
また新宿御苑の周囲では、阿修羅会が奴隷労働を行っていて、野菜を作っている。この野菜が現在価値が暴落しているが、それは当然で、シェルターの水耕プラントで新鮮な野菜が膨大に作られ、出回り始めたからだ。
今まで野菜屑ですら信じられないような値段がついていたが、今や誰でも新鮮な野菜を食べられる。
しかも東のミカド国から持ち込まれた野菜の品種で、更に栄養面が良くなって来ており。近々鶏卵も量産ラインに乗せられる。
鶏卵も出回るようになると、阿修羅会はますます立場がなくなるのだが。
それはともかく、新宿御苑周辺の畑は既に阿修羅会にとって価値がなくなっており、完全に放棄しているようだ。
塔に関しては多少の見張りを置いているようだが。
それも、黙らせてしまえば問題はない。
「その塔の護衛をしていた悪魔は、以前の襲撃で霊夢達が撃ち倒した。 現在塔の守りは、マンセマットと雑魚だけとみて良い。 塔を制圧して、内部に何があるのを確認するのはいまだ。 場合によっては完全破壊する」
「分かりました。 それで作戦ですが」
「秀」
こくりと頷く秀。
まず土地勘がある小沢と一緒に、六本木に侵入。
もしも阿修羅会が攻勢を目論んでいるようなら、一度戻る。何かしらの脅威に振り回されて対応に追われているようなら、その内容を確認。最終的には情報を持ち帰る。
そう指示されると、秀は頷いていた。
「威力偵察だけで良いのですか」
「もしも必殺の霊的国防兵器とやらを出された場合、秀でも生還がギリギリになる。 今は無茶をする時間ではない」
「確かにそうですね」
「志村。 現在動いている、西王母と戦ったサムライ達を呼び出せるか」
志村が立ち上がると、所見を述べる。
現在彼等は恐らく池袋に出向いており、そこで黒いサムライを探している可能性が高いという。
特にフリンは黒いサムライに家族を皆殺しにされているも同然であり、相当に怒りが強いようだと。
「こう提案しろ。 黒いサムライと戦う際に此方が手を貸す」
「分かりました。 しかし、相手はあのフリンが西王母より強い可能性が高いと言っているほどの相手ですが」
「此方も力を上げている」
「……分かりました」
殿は言う。
今の時点で、あの者達と強いつながりを作っておいた方が良いと。
他のサムライ達は良くも悪くも平凡な使い手で、しかも公務員の色彩が強い。
今シェルターに入り浸ってナナシにかまっているナバールと言うサムライがいるが、その男くらいだ。東京に入れ込んでいるのは。
だが、フリン達は違う。
霊夢達とも馴染むのが早く、行動も言動も論理的だ。
道を踏み外す前に色々此方から働きかけて、連携して東京を。場合によっては東のミカド国も救う方が良いだろう。
それが出来る可能性があるのだ。
やるべきだ、と。
「フリン達と連携して、塔の攻略を目指すのですか」
「できればな。 阿修羅会の混乱の様子からして、数日で問題が片付くような事はあるまい。 急ぎは急ぎだが、あまり此方の意思を押しつけるような真似は避けよ」
「はっ!」
志村もすっかり部下になっているな。
でもそれでいいと思う。
霊夢も明らかに正しい判断をしているのは分かるし。この判断力も決断力も、今までのフジワラに決定的に欠けていたものだ。
それでいて、重要事以外は各自に任せている。
組織の長としては、全て自分でやらないと言う点でとても優れていると言えるだろう。
残念ながら、幻想郷の賢者達にこんなに出来る奴はいなかったな。
霊夢はそう考えて、少し悲しくなった。
「準備が整い次第仕掛ける。 池袋のジュンク堂でサムライ達が黒いサムライとやらと遭遇する可能性はどれほどだと思う」
「低くはないかと思います」
「分かった。 霊夢、わしと出向くぞ。 志村も来い」
「了解」
すぐに組織全てが動く。
地獄老人は出番がなかったが、部屋を銀髪の娘が出る時に、幾つか細かい指示を出していた。
いずれも専門的な用語で、霊夢にはよく分からなかったが、地獄老人には通じているようだった。
つまり短期間で現在の専門用語を把握して会話していると言う事か。
いやはや凄まじい。幻想郷にも頭が良いことを売りにしている奴はいくらでもいたのに、これはちょっと相手が悪い。
一連の全ての事が終わったら、幻想郷に顧問として来て欲しい位だ。
そう霊夢は思った。
六本木は現在封鎖されており、入るためには監視の悪魔や阿修羅会の目を潜り、複雑な経路を通らなければならない。
小沢は秀にその経路を一度説明しただけ。
それなのに、まるで歴戦のレンジャーのように問題なく敵から身を伏せ、小沢も舌を巻くほどクリアリングが早い。
同期だとどうしても志村やニッカリが比較対象になるが。
常に上には上がいる。
それを噛みしめながら、小沢は行く。
父は自衛官だった。
家族で自衛官で。父はどうも特務でガイア教徒と戦っていたらしい節がある。家族の前でそういう話はしなかったが。平和ボケしていた日本でも、その程度の事はやっていたらしいのだ。
大戦の時、小沢の父は東京にいなかった。
各地で戦闘が勃発して、核が世界中の主要都市に着弾する中、小沢の父は戦地に残った。
生きている可能性は皆無だ。
だが、それでも。最後まで戦った父は、小沢の誇り。
特務の指揮官だった父の魂は、小沢が引き継ぐのだ。
瓦礫を潜って、六本木に。
くだらないタワマンが立ち並ぶ土地。その中の一つに、今もタヤマが手下達とともに住んでいる。
狙撃はやれと言われたら実の所成功させる自信がある。
だがタヤマは何の切り札を持っているか分からない。
必殺の霊的国防兵器の内、最強の一柱は、何らかの形で護衛にしているのではないのかと小沢は踏んでいて。
どうも悪魔であるらしいアベではないかと思ったのだが。
それもどうも違うように思う。
アベは明らかに自分の意思でタヤマに従っている。
あのタヤマ程度にだ。
それは必殺の霊的国防兵器だったらあり得ない。護国のために作りあげられた存在は、護国よりもそも民のために戦う事を主としている。将門公がそうであったように。
自主的意思でタヤマに従うはずがなく、それを考えると色々と不可解だった。
「伏せろ」
秀に言われて、即座に瓦礫に隠れる。
空を飛んでいるのは、何かの堕天使か。明らかに必死に逃げているが、それを追っている存在が一つ。
中空から斬り下げられる。
悲鳴も上がらず、堕天使は斬り伏せられ、散った。
あれは凄まじい。
殺気というのは、錯覚だ。五感から感じている恐怖が殺気として自覚しているものの正体だ。
それが分かっていても、凄まじい殺気に背筋が凍る。
まるで伝承にある忍者のような動きをして、その影は消えた。
「あれは恐らく必殺の霊的国防兵器だな。 南光坊天海と実力が拮抗する」
「!」
「……」
それだけ言うと、秀は黙り込んでしまった。
小沢は状況を分析したいと提案。秀はこくりと頷くと、偵察の最中護衛をしてくれる。
前に六本木に潜入した時、彼方此方に仕掛けをしておいた。
破壊工作の布石もあるし、盗聴器もある。
ただオンラインだと悪魔に侵入されてどうにもならなくなる。そのため、昔ながらのカセットテープなどが役に立つ。意外と悪魔は高度テクノロジーの天敵であり、逆に基礎的なテクノロジーの方が有効だったりする。
MBTの相互リンクシステムなどはそうそうに悪魔に乗っ取られてしまい、同士討ちまで引き起こした。
そのため戦車兵達は、膨大な予算をつぎ込んで作ったそれらのシステムを黙らせなければならず。名人芸で悪魔とやりあわなければならなかった。
それも戦車部隊がそうそうにやられてしまった理由の一つだった。
だが、悪魔が電子戦のスペシャリストであるのは、大きな犠牲の末に分かった。
それは、戦車兵達の残した遺産。
それを無駄には出来ない。
幾つかの情報を集めながら、悪魔も放って偵察を続ける。阿修羅会の者達も、殺気だって走り回っていた。
「くそっ! どうしてこんなことに!」
「霊的国防兵器はタヤマさんに絶対服従じゃなかったのかよ!」
「知るか! とにかく大物が使える奴に声を掛けろ! タヤマさんはなんだって言ってる!?」
「それが、他の霊的国防兵器は動かせないって……」
声には絶望が混じっている。
それはそうだろう。
霊的国防兵器というだけの事はある。あいつの強さは生半可な悪魔の比ではない。さっき殺されたのも大物の堕天使のようだったが、鎧柚一触だった。
「クラブミルトンが顧客ごと潰された! 大量に集められていた赤玉が……」
「くそっ! 赤玉の提供がおぼつかねえのに!」
「どうするんだよ! あそこが機能しなくなったら、阿修羅会に協力してくれている悪魔が、みんな俺たちに……」
「喚いていないで走れ! 他の地域にいる連中も呼び戻せ!」
冗談、ではないし。
演技でもないな。
カルトでもそうなのだが。反社も頭が良いのは基本的に上層部だ。下っ端は基本的にアホである。
いや、違うか。
思考停止した連中というべきか。
それも形式上のトップは頭がいいわけではない場合も多い。実際には支配者はその側にいる目立たない奴だったりすることが多いのだ。
阿修羅会の場合はタヤマではなくアベが仕切っている可能性が極めて高い。恐らくこれは、アベが有効な手を打てていないとみて良いだろう。
そう秀に説明する。
秀もそう判断したようで、説明に頷いていた。
これだけ分かれば充分だ。
一度戻る。
霊夢の方は、きちんとやれているだろうか。六本木周りの守りもガタガタになっていて、帰路も楽だった。
敢えて情報を掴ませるという戦術もある。
だが、この混乱ぶり。それに阿修羅会の下っ端が、それをできる程統率が取れているとは思えないし。
あの言動、嘘とは思えなかった。
クラブミルトンと言えば、阿修羅会の重要拠点の一つで、悪魔を大量に集めて何かしていると聞いている。
人肉料理を提供しているという噂もあったが。
或いは赤玉を提供して、それで阿修羅会が手なづけられる悪魔を其処で懐柔していたのかも知れない。
いずれにしても、生きて戻るまでが重要事だ。
瓦礫の中で身を潜める。後方で、鋭い叱責が飛んでいた。距離はかなり遠い。文字通り雷鳴のような怒号だった。
「人々を苦しめ、雑多な悪魔どもの贄にする悪党が! 我がまとめて斬り伏せてくれる!」
「ひいっ! た、たすけ……」
「ぎゃああっ!」
「死ねっ外道!」
断末魔が立て続けに響く。
なるほどな。
今の声、恐らく例の霊的国防兵器だ。
だとすると、完全に制御を失って、自律的意思で動いている。そうなると、恐らくは阿修羅会を自律意思で敵認定したわけだ。
ほうっておけばあいつだけで阿修羅会を壊滅させてくれるかも知れないが。
そこまで甘くは無いだろう。
如何に憶病なタヤマといえど、あれが暴れ続ければ、いずれ他の霊的国防兵器を出す筈。
そうなれば、一体では何もできないだろう。
むしろ。
「あれを味方につけられれば、話は変わってくる」
「……」
独りごちる。
だが、東京を守れてこなかった不甲斐ない人外ハンターの言葉、聞いてくれるだろうか。
いずれにしても小沢が判断する場面では無い。
険しい顔をしている秀の様子からしても、あれが理性的に此方の話を聞いてくれるとは思えない。
それも、西王母みたいに陣を張って其処に居座っている訳でもない。好き勝手に動き回るのを補足して、それでまずは会話を出来る状態にまで持ち込む必要もあるだろう。
あれは形はともあれ。
クエビコのように、暴走状態に陥っているのだから。
シェルターに戻る。
急いで戻って来た小沢に、歩哨が敬礼する。
すぐにフジワラの所に出向くと。フジワラが、険しい顔で何か会話していた。テレビ電話の先には、霊夢がいる。
司令室のスクリーンに映し出されている。
一緒にいる志村が、機械の調整をしているようだ。
「まずいわね。 戦端が開かれているし、あのフリンらしくもない本気でブチ切れている状態よ」
「或いは黒いサムライに遭遇したのかも知れない。 一旦距離を取って、様子を見るべきか」
「……黒いサムライ。 遠目に見て分かったけれど、あれが着込んでいるのはデモニカね」
「!」
デモニカ。
大戦末期に少数だけが提供された試作品の兵器。極地行動用の自己強化AIを組み込んでいるスーツで、まだ完成度は低かったが、わずかな精鋭がこれを着て、大いに悪魔を倒した実績のあるスーツだ。
本来は宇宙開発用だとか、或いは今は存在がはっきりしている魔界を探査するために開発されたのではないかとか言われているが。
それもどうもはっきりしない。
ちなみに小沢は着ていない。
目の前でこれを着ていた第一空挺団の隊員が殺されたのを見たが、立派な最期だった。それくらいだ。
「このシェルターから持ち出したものではないだろうな。 恐らく殺された隊員から奪い取ったものだろう」
そう地獄老人がいう。
まあドクターヘルでもいいが。
確かにその意見には同意できる。このシェルターは厳重に封印されていて、大悪魔でも簡単に入れる場所ではなかったのだから。此処には今四着デモニカがあるのだが、それ以外の在庫を持ち出せたとは考えにくい。
「霊夢さん。 殿と連携しての戦闘で、どうにか押さえ込めませんか」
「フリンは今己の全てを賭けて相手に挑んでいるわ。 サムライ三人もそれは同じのようね。 あれは横から手出しをすると、一生恨まれるわよ」
「同感だ。 今は動くべきではない。 もしもフリンが敗れそうになった場合は、わしと霊夢で抱えて脱出すると言いたい所だが……」
「如何なさいました」
どうにもおかしいそうだ。
フリンとあの黒いサムライが、戦っているには戦っているのだが。
黒いサムライが反撃している様子がないという。
なんどもなんども殺されては、平気で起き上がってきているというのだ。
既に二十回以上は殺されているとみて良いとか。
「あのガイア教団を抑えていると思われるリリスと高確率で同一存在と思われる黒いサムライとやらがか」
「そうよ地獄爺さん。 あれは何かしらの理由があってやっていると見て良さそうね」
「……気をつけてください霊夢さん。 フリンがもしガイア教団にでも取り込まれたら、大変な事態になります」
「分かっている。 その場合は、最悪……」
以上は、言う必要もなかった。
激しい戦闘音が、此処まで響いている。
これはひょっとしてだが、封魔塔を攻略どころではなくなったか。
いずれにしても敬礼して、フジワラに六本木で起きている事について、説明をしておく。今でも小沢はレンジャーのつもりだ。
だったら、敵地に侵入して持ち帰った情報は、出来るだけ正確に伝えなければならない。判断するのは小沢では無く、フジワラと殿だ。
「そうか、どうやらフリではなく、本当に必殺の霊的国防兵器が暴走しているようだね」
「判断をお願いいたします」
「放っておけ。 阿修羅会は恐らく当面それでかかりっきりになる。 問題は一つずつ解決していく。 此方には、まとめて複数の大目標を達成するほどの戦力がまだない。 今、我等と友好的な関係を構築できているサムライとの仲を悪化させるわけにもいかないし、背後で様子見に徹している可能性が高い天使の介入をもう一度招くときわめて分が悪い」
殿は理路整然といい、小沢もそれで確かに納得出来る。
焦っても上手く行かない。
それで状態を変えられるわけでもないのだ。
「小沢くん、休憩に入ってくれ。 それと秀さんは、最悪の事態に備えて、池袋に向かって欲しい。 疲れている所悪いのだが」
こくりと頷くと、秀はその場を離れる。
どうやら、事態が一気にカオスになって来たようだ。池袋の西王母を倒して、少し状況が落ち着いたと思ったのに。
それは、幻想に過ぎなかったのかも知れなかった。
4、化けの皮が剥がれ
タヤマがずっと部屋を歩き回っている。その様子は、さながら昔存在した劣悪な環境の動物園で、飼育がまずくてストレスをため込んでいる檻の中の熊のようだった。アベは、それを見て何も言わない。
今タヤマは癇癪をため込んでいて。それをぶつける相手もいない。
前はタヤマも愛人を囲い込んでいた時期があった。
しかし今の東京では、性病を防ぐ手段がない。
薬も避妊具なども既に在庫が尽きている。存在はしているが、豊富に用意できるものでもないし、殆どが劣化しきっている。
何よりタヤマは壮健なフリをしているが、実際には性機能はもうほぼ衰えきっているし。それに誰にもこれは言っていないが、糖尿病の進行が進んでいる。
タヤマが女を近づけなくなったのは、そういう理由からだ。
ただそもそも、憶病なタヤマは自分が恨みを買っていることを誰よりも自覚しているし。それで女なんか迂闊に近づけるつもりもないのもアベは知っていたが。
「アベ、甲賀三郎はまだ抑えられそうにないか」
「無理でしょうね。 必殺の霊的国防兵器の一角。 他の存在に比べて若干知名度は劣りますが、物語の内容はともかくその存在の源流は日本における信仰としては天津神よりも更に古い存在です。 諏訪神社の総本山といえば、日本におけるもっとも危険な祟り神、ミジャグジ神とも関係が深い。 日本の、それもリミッターがかかっていない神です。 とてもではないですが、信仰を失い弱体化した外来種の神々では……」
「それをどうにかするのがお前の仕事だろう!」
「やれと言われればやります。 しかし総力を挙げても、よくて相討ちでしょうね。 それよりも、タヤマさん。 ご決断を。 今守りにつかせている必殺の霊的国防兵器をだすか、それを……」
バカを言うな。
タヤマが叫んだ。
完全に声が上擦っている。
アベは、タヤマに恩がある。だからこの男が、どれだけ情けない本性を持っていて。運だけで今の地位にいることを知っていても。
裏切るつもりも、見捨てるつもりもなかった。
「と、とにかく、奴の被害だけでも抑える事を考えろ」
「無理だと言っています。 封魔塔にいる例の鴉をぶつければ勝機はあるかも知れませんが、あれは絶対に封魔塔を離れないでしょう。 何しろ彼処に封じられているのは……」
「し、しかし俺の側からこれを離すわけにもいかん! ヒルズや市ヶ谷の守りを開けたら、何が起きるか……」
急に語尾が弱くなる。
無理もない話だ。
タヤマがいきていた大戦前の時代は、最果ての時代だった
モラルが完全に崩壊し。大戦が起きなくても、人間同士で世界大戦が始まり。天使が手を下さなくても、世界が核の炎に包まれていた可能性だって高かったのだ。
タヤマはそんな時代に、ろくでもない家庭で生まれ。
幼い頃から反社の組織に入り浸り。
「兄貴」達に絶対服従のまま生きて、場合によっては尻も差し出していたようだ。
だから反社の生き方が骨身に染みついてしまっている。
そして健康的な生活をするなんて発想なんてなかったから。今ではすっかり体がボロボロだ。
もしも医療を受けていたら、即時精密検査と言われていてもおかしくない。
糖尿病は危険な病気で、最悪失明したり手足を切断しなければならなくなる。タヤマも時々アベには体のどこどこが痛いと泣き言を零すことがある。今では糖尿病の薬もないし、透析をする設備だってないのだ。
タヤマはいつ体が動かなくなったり、失明してもおかしくない。
それをタヤマは知っている。
更に言うと、この世界には地獄がある。それもタヤマは理解している。
タヤマは強がりを言っているが、自分が地獄以外に……それも地獄の最深部以外に行き場なんてない事は理解出来ている。
だからずっと怯えきっている。
東京の支配者を気取っていた頃はまだ良かったのだろう。
だが、今のタヤマは。
加速度的に勢力を失い。
東京でさえ絶対者ではなくなりつつあり。
今、足下から崩れるように。
切り札に離反されるという事態まで起きてしまっている。
「こ、こうなったら、サムライだったか。 腕が立つ奴がいたな。 あれを、人質か何かとって動かせないか」
「止めた方が良いでしょう」
「何……」
「間近で見てきましたが、あれは大戦の時に戦っていた三英傑と同格かそれ以上まで育つ逸材です。 下手に手を出せば、破滅は決定的になります。 人質なんてとったら、怒りを買うだけです。 甲賀三郎以上の実力者が、タヤマさんを狙う事になるでしょうね」
絶句すると、ソファに勢いよく座るタヤマ。
完全に拗ねた。
それで、しばらく寝ると言う。頷くと、アベは部屋から出ていた。
外にいたのはハレルヤだ。
出自を明かしていない。だからアベを兄貴と慕っているが。
まあ、それはいい。
ハレルヤが、悲しそうにしていた。
「どうした。 何かあったのか」
「ごめんよ兄貴。 俺が、もっと情報を集めていれば、今頃こんな事には」
「いや、お前は出来すぎるほどよくやった。 あそこから生きて帰ったのだからな。 今あのシェルターにいる英傑達は、俺でも倒せるかは微妙だ。 一人ずつ相手なら勝ち目はかろうじてあるが、それも「今は」だ。 このまま更に東京で腕を上げられたら、それすら危うくなるだろうな。 それを突き止められただけで、お前は良くやれたんだ。 気に病むな」
「ごめん」
ハレルヤはどうしても気弱だ。
この子はある意味、現在に蘇った神話の存在そのものであり、潜在力でいうとアベなんかより遙かに上なのだが。
それでもこう気弱だと、それも力を発揮できない。
それに、アベはハレルヤが可愛くて仕方がないのだ。
同時に罪悪感も強い。
また神話での過ちを犯してしまった。
その心が、どうしてもあるからだ。
ハレルヤを休ませると、アベは自室に戻る。放っていた使い魔が、戻って来ていた。
「アベ様。 封魔塔にて動きがあります。 鴉がどうも何か画策しているようです」
「また火遊びをするつもりかあ奴は。 主君への忠義を拗らせた挙げ句に、このような状況で火に油を注いだ愚か者が」
「如何なさいますか」
「今は何もできん。 ともかく、甲賀三郎による被害を抑えろ。 子分達はクラブミルトンから遠ざけ、集まるのも避けろ。 それと封魔塔には近寄らせるな。 彼処に封じられている者が蘇ったら、それこそ世界が終わりかねん」
使い魔が頭を下げると、アベは大きく嘆息していた。
既に三人の英傑に倒された同胞。アザゼルとサタナエルが生きていれば、少しはマシになったかもしれないが。だがあいつらはタヤマをバカにしきっていた。その時点でいずれは敵対する事になっただろう。
最悪の場合は、自分で甲賀三郎を、相討ち覚悟で止めなければならない。
嘆息すると、アベは部下達に細かく連絡を入れ。甲賀三郎との戦いを避けるように、周知するしかなかった。
(続)
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