対邪神共同戦線

 

序、戦力集結

 

池袋の戦いに参加するのは、僕も吝かじゃない。東京で今最も人々を苦しめている悪魔と言えば、西王母だ。

人間で一番悪辣なのが阿修羅会なのは既に見ている。

其奴らもいずれはぶっ潰すとして。

その前に、今現在大量の人間をすり潰しながら殺している西王母を撃ち倒すのは急務と言える。

池袋には、人外ハンター達と徒歩で出向く。

移動経路が複雑で、簡単にはたどり着けないからだ。十数人に達する人外ハンターと一緒に移動するが、青い服が不思議なのか、色々聞かれる。

上から来たという話をすると、けらけらわらう奴もいるが。

フジワラという人が、賓客だという話をすると。

即座に其奴らが黙るのはちょっと面白い。

顔役と言う訳だ。

フジワラという人もかなり強い。一番強いのは、隣にいる……顔がツギハギだらけになっている人だろうが。

戦傷が原因だろう。

此処まで凄惨な顔になっている人は初めて見る。

だが、ツギハギと呼んでいる所を見ると、本人も受け入れているようだ。戦傷を憎まず武器にする。

そんなしたたかさも、この地獄では必要なのかも知れない。

あの超強いマーメイドがシェルターを守り、志村さん達は別の拠点を守るのだという。

霊夢と秀という戦士は、先行しているそうだ。

気になるのは、当たり前のように混じっている銀髪の女の子だ。背丈は僕と同じかちょっと低いくらいだろうか。

いや、見て分かる。強い。

そもそも淡く輝いているのは、凄まじい力の発露だろうか。白い服を着込んでいる事もあって、真っ白なイメージを受ける。

ただ儚げで、この中に混じっているのは不可解だ。

靴だけこういう所でも大丈夫そうな頑丈そうなのを履いているのも、違和感があるが。まあそれはいい。

無手だが、大丈夫なのだろうか。

「ふ、フジワラさん。 あの子供は……」

「最近加わってくれた精鋭だ。 下手な悪魔なんぞ束で捻る使い手だぞ」

「へえ……」

心配そうにしている人外ハンターにそう明確に答えるので、人外ハンターも黙らざるをえないという雰囲気である。

やがて、凄まじい炎が見えてきた。

だが、暑くは無い。

あれだけ燃え上がっているのだったら、熱気が凄まじい事になっていそうなものなのだが。

全くそんな事もなく、ただひたすら炎だけが上がっている。

それに、あの炎。

煙も出ている様子がなかった。

「恐ろしい光景だ……」

「西王母が中のエサを逃がさないように展開した呪詛の炎らしいな」

「色々な悪魔を試したらしいが、みんな焼け死んだそうだ。 相手は道教の上位神格。 易々とはいかないよな……」

ひそひそと話している声。

僕も西王母という存在については既に聞かされて知っている。それにしても、此処までの力を振るえるとは。

間違いなく、今までで交戦する相手としては……いや、あの黒いサムライと同等かは分からないが。

生半可な相手でないのは確実だった。

秀が来る。

手を振っているが、周囲の道は壊れてしまっているようだ。空を征くような不思議な道が縦横に走っていて。

それが炎で寸断されている。

この世の終わりのような光景である。

そして、赤い服の者達がいた。首に丸いものを連ねたものを下げているが。

前に仏教系の神格というのを呼び出した悪魔使いの人が、あんなのを手に持っていたっけ。

もっと小さかったような気がするが。

「ガイア教団は既に到着か」

「数は四十前後。 子供もいるようだな」

「子供と侮らない方が良い。 あの子は前に見たが、既にいっぱしの暗殺者だ」

フジワラが言うと、人外ハンター達が気を引き締める。

いずれにしても、ガイア教団は侮れる存在ではないと話を聞いている。僕が見た所、僕らとやり合えそうなのは。

奥の方に浮かんでいる不思議な老婆二人。

それと、皆の中に混じっている、背の高い女性。

それくらいか。

霊夢が空から降りて来て、手を叩く。

今回はフジワラが指揮を取るが。その前に、打ち合わせをしなければならないのだ。

この中で恐らく最強は霊夢と秀の二人で、戦力は拮抗していると僕は見る。

ただ秀はとにかく寡黙なので、音頭を取るのは霊夢が最適なのだろう。

この炎を、クエビコが落としていった符。

僕もクエビコ戦で見たが。あれでかき消すことが可能であるらしい。

だが、その前に。

戦いについての、最終確認をするのだそうだ。

「集まってくれて助かる。 これより、池袋に巣くう邪悪な神を討伐する作戦を開始する。 ただし相手は強大極まりない上に、池袋を完全に陣地に変えている。 道教での陣地というのは様々な古典文学に出てくるが、何かしらの手段を用いないと破る事ができない無敵の土地とみていい。 今回西王母が敷いている陣地は、五つの要地と連携する事で、自身を最大限強化し、要地には西王母が力を供給することで、相互で最大限の増幅をする厄介なものだ」

その説明は受けているが。

バロウズに情報が来る。

ガイア教徒達も、スマホにデータを受け取ったようである。

「要地の場所は既に霊夢さんが確認してくれた。 今、データを送った地点をそれぞれが総力で攻略して欲しい。 相手は堕落した五神であることが分かっている。 くれぐれも気を付けて当たってくれ」

「我々は総力で白虎の相手か? 随分と舐められたものだな。 二体くらいは倒してみせるが」

「私とツギハギが六名とともに遊撃として控える。 相手は西王母によって強化されており、今回集めた精鋭でも一体ずつを相手に勝てるかどうか分からないと判断している。 故に、それぞれ余裕を持って対処できる戦力を揃え当たる。 もしも余裕があるようなら、他の要地の支援に回って貰いたい」

「なるほど、それは確かにありか」

ガイア教団は力の理論全肯定、欲望も全肯定の賊のような集団だと聞いていたが。

ツギハギの話を聞いて、納得するだけの知恵はあるのだと分かって、そこはちょっと安心した。

西王母は我々でどうにかするとか言われて押しかけられても困る。

カガという戦士は事前に想定していたよりずっと出来るようだが、それでも池袋から感じるこの凄まじい邪気。

ちょっとばかり、僕も武者震いを感じているほどなのだ。

ミイとケイと名乗るガイア教団の指揮官は、気味悪く笑う。

「ヒッヒッヒ。 それでは突入と行こうか?」

「六カ所同時攻略が必須になる繊細な作戦だ。 この混成軍だと、おおざっぱな戦術行動しか出来ない事をもう一度肝に銘じて欲しい。 司令塔として私が指示を飛ばすから、くれぐれも無理はせず、戦況を逐一報告して欲しい」

「おうっ!」

「やってやるぜ!」

士気は高い、か。

気になるのは銀髪の子だ。

そういえば、前にシェルターですれ違ったか。その時は戦えるのだとは知らなかったが。やっぱりどこかであった事がないか。

武器すら手にしていないということは、この子は悪魔だろうか。

いや、そうとも思えないのだが。

作戦開始前の細かい指示も出る。

まず炎を消した後、指定の地点に全員で殺到。群れている悪魔を根こそぎ始末する。作戦行動開始はそれから。

六カ所に戦力を分散しなければならない上に、それぞれに全て同時に打撃を与え続けなければならない。

恐らく西王母が生きている限り他五カ所の要地を守る悪魔は再生し続けるだろうし。

他五カ所が無事である以上、西王母も体力が回復し続ける。

持久戦だ。

ただ、相手の持久力をこっちの戦力が上回れば勝ちである。

「では行くわよ!」

霊夢が札を展開し、なにやら詠唱。

魔法の言葉だが、意味はわからない。いずれにしても、ばつんと音がして、池袋を覆っていた炎がまとめて吹っ飛んでいた。まるで最初からそこには何もなかったかのように。

「おおっ!」

「まだだ! 西王母はこの段階では無敵に等しい! 一つずつ敵陣を攻略する!」

「了解!」

「まずは作戦地点を確保! それより、六カ所に散り敵陣を粉砕する!」

フジワラが声を張り上げると、一気に士気が高まる。

流石はこの東京を完全な破滅から救った三人の英雄の一人。場数の踏み方が違うと言う訳だ。

僕は最前線に立つと、複雑な構造をしている天を征くような道を飛び降りる。悪魔が……見た事もない格好の奴らが多数立ちふさがってくるが、当たるを幸いになぎ倒す。かなり強いのもいる。だが、上空から霊夢が多数の針を叩き込み、動きが止まった瞬間、秀が一刀両断にしていた。

凄まじい太刀筋だ。

平地に降り立つが、辺りの地面はドロドロのグズグズ。それもこれは、臭いが完全に血。それも腐敗している。

どれだけの人を殺して喰らったのか。

クエビコはあれだけ懺悔していて、荒神になってしまったことを悲しんでいたが。これは、違うな。

人間なんぞなんとも思っていないし、食い散らかすことを楽しんですらいた跡だ。

ヨナタンが作った階段を使って、わっと主力が降りてくる。上空の敵は、霊夢が片っ端から叩き落としているようだ。

「中華系の悪魔が目立つな」

「だが大した相手はいない。 西王母のやり口についていけなくて離れていったものも多いのだろう。 殆どが小物の妖怪が悪魔となったものばかりだ」

「左、複数!」

「効力射!」

一丸となって全員が降りて来て、しばし雑魚の退治に全力を尽くす。その過程で見たが、銀髪の子は、普通に戦えている。

太刀筋は見える。悪魔が真っ二つに切り裂かれている。しかし、手に何か持っている様子はない。魔術の力だろうか。ちょっと分からないが。続いて、何かの質量体が、襲いかかった悪魔の横腹を吹き飛ばしていた。体は最小限しか動かしていないようだが、時々いきなり加速して、悪魔の懐に潜り込み。或いは跳躍すると、さらに空中でもう一度跳躍するような、もの凄い動きを見せている。

それだけではなく、多数を相手にしながらも、確実に一体ずつしとめ、背後に目がついているかのように立ち回っている。

凄い。

立ち回りが熟練者のそれだ。多数を相手にしながら、多数を「同時に」相手にせず、それで常に優位を作りあげている。

かなりの修羅場のくぐり方だ。

相当に出来るな。

感心しながら、僕も苦戦している者の所に行き、悪魔を牙の槍で貫き、払い、叩き伏せる。

ヨナタンは多数の天使で平押しするが、天使と怒りの声を上げる者もいる。本当に嫌われているんだな。

だが、ヨナタンは冷静に指揮。

天使達も、苦戦している者を支援しながら、回復魔術も掛ける。悔しそうにしながらも、その支援を背に、皆戦う。

イザボーの大規模冷気魔術が炸裂して、山みたいな一つ目の大男が倒れる。

ひゅうと声が上がる。

双子の老婆が、同時にかあっと鋭い声を上げると。巨大な毛が生えた蛇の悪魔が、空中に持ち上げられ、ねじ切られて果てた。

ワルターは最前線で暴れ続けている。大剣が次々悪魔の頭をかち割り、胴体を吹き飛ばす。

「次はどいつだ! 幾らでも来やがれ!」

人外ハンターも負けていない。特に僕が見立てた人外ハンターの二人は、縦横無尽に暴れ回り、次々目につく悪魔を倒して行っていた。

程なく、最初に想定されていた地点を制圧。

霊夢が何か術を展開。

そうすると、光がばっと拡がって、悪魔がそれをみて離れる。明らかに、敵性勢力を遠ざけるものだ。

フジワラが声を張り上げる。

「目標地点制圧。 一旦補給と休憩。 回復魔術を使える悪魔を展開し、それぞれ第二次作戦に備えよ」

「よしっ!」

作戦が分かりやすい。

まだ雑多に仕掛けて来る悪魔もいるが、ガイア教団の者達が出て、徒手空拳で次々打ち倒して行く。

それぞれの戦力はギリギリで悪魔とやり合えるくらいだが、集団戦を徹底的に仕込んでいる印象だ。

子供のガイア教徒もいる。

異常に色白な子で、悪魔の背後を取っては鉈で切り伏せていた。淡々と殺して行くあの様子。

いわゆる暗殺者のようである。

動きも音が出来るだけ出ないようにしている。

気配を可能な限り消して、背後を取って急所を一撃。

理想的な奇襲だ。

戦闘を避けていた輸送班が食糧を取りだし、配布。

「うめえ! これスポーツドリンクか?」

「工場が拡張して少しずつ生産出来るようになったんだよ。 ただ、いざという時や、病人のために使う生産ラインだ。 いつも飲めるわけじゃないぞ」

「懐かしくて涙が出そうだ!」

「食糧も持って来ている! 口に入れて、補給を急いでくれ! そっちには簡易トイレも組み立てる! 使ってくれ!」

フジワラが大柄な人型の悪魔に指示して、なにやら箱を組み立てる。あれもトイレなのか。

順番に使い始める人外ハンターとガイア教徒。

きちんと並んでいるのを見ると、ちゃんと秩序があれば行儀良く出来るのだと分かって、僕としては複雑になる。

ワルターもそれを見て、しっかり並ぶ。

まだ小競り合いは続いているが、最前線で暴れていた面子は、順に休憩と、食事とトイレを済ませ始める。

僕もトイレは使わせて貰ったが、とても衛生的な仕組みで驚いた。水が勝手に洗ってくれるとは驚きだ。

東のミカド国とはやっぱり技術が違う。

ただ此方は物資が足りず、悪魔の脅威も段違いだ。

やはり手を結ぶべきだと思う。

障害になるのは、こっちで暴れている阿修羅会やら、それに何処にいるかわからないあの黒いサムライ。リリスであろう奴を初めとする敵対的な悪魔。

東のミカド国の無能なラグジュアリーズと、それに東京にあからさまな敵意を向けてきているギャビー。

それらだろう。

スポーツドリンクというのを貰うが、確かに信じられないくらいうまい。蜜水という高級な飲み物が東のミカド国にもあって、それも美味しいのだが、段違いの味だ。イザボーもヨナタンも驚いている。

「良く冷やした蜜水は一部のラグジュアリーズや王族程度しか飲めない、しかも時期が限られる品ですのに。 これはそれらとは次元違いの味ですわ」

「これは一体どうやって作っているんだ!?」

「昔はこれが大量にあって、どこでも誰でも買えたんだよ」

「すっげえな……味覚えておくぜ」

ワルターも気に入ったようだ。

だが、量があまりない。

今後飲んでいくためには、どんどん此方を復旧しなければならないし。

問答無用の邪悪と化している西王母みたいな輩は、片っ端からぶちのめしていかなければならないだろう。

休憩終わり。

仕掛けて来る悪魔もほぼいなくなった。

それぞれの陣列を組み直す。

既に、誰が何処に仕掛けるかは決められている。

フジワラが咳払いしていた。

「よし、これよりいよいよ本番だ。 先に五カ所の敵陣を攻略に懸かってくれ。 西王母に仕掛けるのは、少し時間差で後になる」

「分かった」

「行くぞ!」

秀が立ち上がり、それぞれ攻略に懸かる面子もそれに続く。

銀髪の子も、一人で一カ所を相手にするようだ。無茶じゃないのかと思ったが。しかし此処までに来る間に見た立ち回りを思い出す。

この子は充分なくらい強い。

生半可な悪魔では、太刀打ちなんか出来ないだろう。

僕達は、霊夢と、カガというガイア教団の女戦士と組む。

カガは髪の長い、だが険しい顔をした屈強な長身の女性だ。とにかく自他共に非常に厳しい雰囲気である。

だが、実力は僕より落ちるな。

それについては、冷静に分析をしていた。

一方で、強烈な精神力も感じる。死ぬまで敵に食いついていきそうな雰囲気だ。体がどうなろうとも。

霊夢が冷静に説明を入れる。

「相手は道教における最高位に近い神格よ。 他には黄帝や女禍や伏羲なんて存在もいるけれど、信仰を集めたという点では恐らくそれら以上の存在になるわ。 これより仕掛けるけれども、何をやってきても不思議ではないわ。 死人が出ることは覚悟して。 それはあたしも例外ではない」

「ひゅう。 武者震いが出るねえ」

「怖いのなら此処で控えていろ」

「冗談いうな。 俺等は最強なんでね」

カガに対して、ワルターが言う。

まあ、謎の自信も、こう言うときに怖じ気づかないのならそれでいいだろう。ただ、ワルターも分かっている筈だ。

まともに交戦する相手としては、恐らく今までで最強だということも。

既に戦いが五カ所で始まっている。

激しい戦闘音。

長引けば長引くほど被害が大きくなるだろう。

僕達も、それこそ一瞬で決めるつもりで出向く。

「此方も情報が少ないから、とにかく臨機応変でいくしかないわ。 最大級の努力はするけれど、あくまで一発勝負、死んだら次もない。 くれぐれも、命を無駄にしないで」

霊夢は言う。

この人、多くの仲間を失ってきたんだな。それが、今の言葉で分かってしまった。

頷く。

そして、既に戦いは始まっていた。

 

1、堕落五神

 

銀髪の娘に取り憑いてから、ずっと話はしてきた。銀髪の娘に対しては、無理矢理呼び出された挙げ句に憑依されたという感じではあったのだが。

それでも娘は嫌がっている様子もなかったし。

今でも関係は悪くない。

銀髪の娘が拒否したのは、この世界の人間があまりにも愚かだったからだ。

記憶はある程度共有している。

厳密には召喚もとの世界にいる本人ではないらしいのだが。それでも銀髪の娘は記憶を保持している。

確かに、この世界の人間に怒るのは無理もない。

銀髪の娘の世界は、本当にどうしようもない場所だった。

侵略者が世界にある強力な力を好きにしようとした。その結果、制御出来なくなった力が、世界そのものを壊した。

人も獣も、全てが穢れた存在へと化し。それらはおぞましい程の力を持ち、全てを壊し、全てを襲った。

その力すらも軍事利用し、或いは不老不死に活用しようとまでしていた輩もいたが。

殆どの人間は、全てが滅びていく中で必死に抗い。

そして最後の一人になるまで、滅びの中で大事なものを守って倒れていった。

娘はその全てを救済した。

誰も彼もが、己のやり方で、一生懸命破滅を回避しようとしていた。

大事なものを助けようとあがいていた。

娘はその記憶を共有していた。

だからこそ、阿修羅会だのいう連中が、クズの限りを尽くしているこの世界に対しては、本気で怒りを覚えたのだろう。

今、やっとこの世界の人間は、希望に向けて団結しようとしている。

そうでなければ、見限る事も考えていたようだ。

まあいい。

娘の意思を尊重する。

自分とて。

この娘の気持ちはわかるのだ。この娘がいた世界ほどではなくとも、理不尽が押しつけられ。希望などない世界で、必死にあがいてきたという点では、同じなのだから。

滑るように移動し、指定された地点に到着。

そこにいたのは、真っ黒に染まった巨大な亀だ。本来の玄武は、亀と蛇と龍を合成したような姿をしている存在だが。これは亀の体を真っ黒な邪気が覆い。龍ではなく、なにか気色が悪い……或いは男性器か何かか。そのような冒涜的な形状をしたものが、頭部と尻尾から伸びていて。全身からうねうねと触手が生えている。

これは酷い冒涜だな。

同じ中華神格でも、信仰の中心点であり。

陰陽五行と密接に結びついている神格に対して、このような最悪の冒涜。許されるものではない。

西王母とやらが、最低まで堕落しているのはよく分かった。

霊夢の話によると、霊的な月という場所にいた頃から、ろくでもない輩だったというのは聞いているが。

既にその頃から、誇りも信仰を向けてくる人間に対する慈愛も。

何も持ちあわせていない輩だったのかも知れない。

ただ、神々は多数の側面を持つとも霊夢は言っていた。

慈母としての西王母の人格をもつ神格もいるのかも知れないが。

少なくとも池袋にいるのはそれではない。

ただ、そういう話なのかも知れない。

玄武が此方に向き直る。まともな顔もない有様は、まるで中華の悪神である太歳星君や、四凶と言われる最強の妖怪の一つである混沌のようだ。

気色悪いものこっちにむけやがって。

毒づきたくなるが、出来るだけ喋らない方が良いだろう。

娘に軽く指示。

攻撃をまず見きれ。

それから、あの甲羅を叩き割れ。

頷くと、娘が仕掛ける。

多数の触手が一斉に迫ってくるが、不可視の刃でたちまちに切り裂く。続けて真上から、尻尾だから頭だかが押し潰しに来るが。

光の壁を斜めに展開して受け流しつつ。

横殴りに質量体を叩き込む。

ごっと、凄まじい音がして。風が遅れて吹き荒れる。

態勢を崩す堕落玄武に対して、更に娘が仕掛ける。触手を片っ端から斬り払いながら、攻めるそぶりを見せると。

玄武は地面を踏み荒らして。

辺りに、氷の錐を突き出し、林のような有様へと変えていた。

直撃したら即死だっただろう。

光の壁を上手く使って回避しながら、飛び退く娘に追撃が入る。水を圧搾して、連続して叩き込んでくる。

その水も、邪気を大量に含んでいる代物。

だが、娘は回避しつつ、避けきれないものは光の壁を上手く利用して弾く。

これは思った以上に戦い慣れているな。

歴戦の猛者である事は知っているが、たちまちに相手の動きを見切っていく。難敵と何度もやりあって、それで全て退けてきた存在の立ち回りだ。

業を煮やした玄武が、首だか尻尾だかを引っ込めると、甲羅をがっと開く。其処には、大量の目が存在していて。

恐らく呪詛そのものであろう黒い光を、一斉に叩き込んでくる。

問題ない。

こいつがムキになって力を使えば使うほど、西王母に対する負担が増える。ジグザグに移動する娘。空中を滑るように移動するその様子は、まるでこの世界にあったスケートというものの選手のようだ。

地面が炸裂し、血と怨嗟に濡れた土がぶちまけられる。

甲羅を閉じた玄武が跳躍して、上から押し潰しに懸かってくるが。

もういいぞ、と告げた。

頷くと娘は地面に踏ん張り、そしてすっと指先を空から襲い来る堕落玄武に向ける。

同時に、極太の光がほとばしり、堕落玄武を貫いていた。

大穴を開けられた堕落玄武が、空中分解して、地面に粉々になって叩き付けられる。娘は怒っている。

この堕落玄武にじゃない。

堕落させた相手にだ。

これは容赦をしそうにもないな。

そしてこの戦い、遠くから見られている。それで別にかまわない。

この時代の武器は見せてもらっているが、ライフルでも対戦車ミサイルでも、この距離からだったら殺される事はない。巡航ミサイルのような大型武器なら話は別だが、流石にそんなものは阿修羅会も持っているとは思えない。

砕け散った堕落玄武が集まり始める。

徹底的にやれ。

そう告げると、娘はこくりと頷いた。元々心優しい子だ。だが、だからこそ、怒ると怖い。

甲羅がようやく集まりかけた所に、娘が質量体を叩き込む。不可視だが、巨大な棍棒のような形状をしているようだ。或いは鎖つきの鉄球も使いこなせるようである。実に力強くて結構。

文字通り甲羅の上から粉々に砕かれた堕落玄武が、力を貪欲に吸い上げているのが分かる。

提供先は西王母。

そしてこれは、多数の人間の絶望と哀しみ。

どれだけ人間を貪り喰って力に変えたのかよく分かる。銀髪の娘の纏う光が、更に強くなる。

そうすると、堕落玄武に集まる力の殆どが霧散していく。

魂が救われ、開放されていくのだ。

飛ばしすぎるなよ。

かなり熱くなっているのが分かるので、アドバイスは入れる。娘は頷くと、再生がままならずもがいている堕落玄武に、容赦なく質量体を叩き込む。何度も、何度も。徹底的に。再生する端から。

それは、強い怒りと、それ以上に哀しみが篭もった攻撃だった。

 

トキの前にいるのは、名前とは裏腹に真っ黒になり、牙が二本鋭く伸びている白虎だった。

ぐるると唸りながら、身を起こす。

怖れるな。

そう周りのガイア教徒達が叫ぶが、それは怖れているのと同じだ。

「ひっひっひ。 いくぞ」

「わしらが動きを止めるでな。 それぞれ、総力での攻撃を叩き込め」

「承知!」

四十名近いガイア教徒の雑兵達が散開。飛びかかってきた巨大な黒い虎。これでは白虎ではなくて黒虎だが。堕落した白虎としては、正しい姿なのかも知れない。

空中で、凄まじいおばあさま達のサイコキネシスで、黒い虎が拘束される。

そこにガイア教徒達が悪魔を召喚。

一斉に襲いかかった悪魔が、滅多打ちにする。

その猛攻を、弾き散らすと、白虎は着地。

だが、その時。

トキは既に、その背後に回っていた。

後ろ足を、ざっくりえぐり。そして離れる。

五月蠅そうに此方に振り返ろうとするが。おばあさまが呼び出した悪魔が、堕落白虎に絡みつく。

邪神クトゥルフ。

蛸のような姿をした、大戦前に人気だった創作の邪神だ。創作の邪神であっても、人間が愛した存在であり、故にアティルト界に存在し、このアッシャー界にも条件が揃えば実体化する。絡みついたクトゥルフを振り払おうとする堕落白虎だが、蛸という生物の吸盤は凄まじい力を持ち、吸い付く力は尋常ではない。

問題は海中では無く陸上であることで、押さえ込み続けるのは無理があるということだ。

一斉攻撃を続ける皆だが。堕落白虎の毛皮は厚く、なかなか致命打が通らない。

トキは暗殺者として厳しい訓練を受けてきた。

感情の制御。

欲望の制御。

身体の制御。

有望だという理由で集められた子供は、使えないと判断されると次々処分された。皆の見ている前で、悪魔のエサにされた。

使えないものはこうなる。

そうおばあさまは、敢えてそう見せつけていた。トキは死にたくなかった。だから必死に戦った。

そして、おばあさまが満足する「仕上がり」になった。

今では、人も殺した。こうして、悪魔を殺すのにも慣れている。戦うのにも。

首筋を鉈で切り裂き、更には流れるように喉も抉る。

唸りながら、もがいてクトゥルフを振り回す堕落白虎。だが、おばあさま達は交代でサイコキネシスを用いて、堕落白虎を抑え込む。

傷がどんどん回復している。

致命傷でも関係無いか。

こいつは元々虎。食肉目は恐竜なき世界では、地上で一番偉そうにしていた捕食者だ。一部の勘違いした学者が、恐竜より強いなどと言う寝言を喧伝していたことすらあるという。

実際にはそこまでの力などない。

だが、それでも。

各地で信仰と結びついて神格化された虎は、悪魔になればやはり強い。激しい格闘戦を続けるクトゥルフがダメージを大きく受けている。そろそろ限界か。

ガイア教徒達は、それぞれの最強の悪魔を呼び出し、飽和攻撃を続ける。

他の班は大丈夫だろうか。

人外ハンターは、たった二人でこれをやっている班もあるという。まだまだ自分より強い奴なんて幾らでもいることはトキも知っているが。

それでも、色々と思うところはある。

腕を振るう白虎。

クトゥルフの腕が引きちぎられて、悲鳴を上げる。

其処に、トキが仕掛ける。

腕を切り裂き、派手に血肉をぶちまけさせた。悲鳴を上げつつも、見る間に回復させる堕落白虎。

明確に、トキを排除認定したようだ。此方を見る。

その目は神のものではなく。

完全に濁りきっていた。

 

秀、か。そう呼ばれる事が多い。別にそれでもいいので、特に何か言い返すことはない。

自分の正確な名前は斎藤秀千代だが、千代というのは幼名。結局大人としての名前を得る事はなかった。

そう思いながら、秀は相対する。

そこにいたのは、地面から大量に這い出している、大量の首。それらは龍の体を持っているが、完全に狂気に染まった人間の顔を持っていた。

まるで八岐大蛇のような有様に。

人間の顔。

方角神の中央に位置する黄龍を、此処まで穢すとは。

今の西王母は、信仰などに値する存在ではない。此処まで堕落するというのは、まさに恥。

秀の字。

お前だったら、きっとやれる。

そんなことを、ずっと相棒だったあいつは良く言っていたな。

調子が良くて、それでいて野心に満ちていて、金に貪欲で。それでも、話していると気持ちが良い奴だった。

病的な女好きで、いい奥さんを貰ったのにとにかく浮気ばかりしていた。だけれどもあれも、子供に恵まれないことを悟って、必死だったのだと思う。実際問題、半分妖怪である自分には、最後まで友として接してきていて。女として見る事は一度もなかったと思う。

最終的に道を踏み外して。

それでも最後の最後には、やっぱり側に戻って来てくれた彼奴。

自分としても異性として最後まで好きにはなれなかったが。ずっと相棒として信頼していたっけ。

歴史が変わってしまった今は、もう縁もゆかりもない存在になってしまったが。

それでも二人で秀吉だった事は忘れていない。

大上段に構える。

多数の蠢く首が、此方を一斉に見据えた。

斬る。

踏み込むと同時に、最初に襲いかかってきた首の一撃を見切りつつ、流しつつ斬り飛ばす。

完全に斬り飛ばした首だが、次々に来る、

そして再生しながら、次々襲いかかってくる。

典型的な飽和攻撃だが。

この程度、別になんでもない。

片っ端から斬り伏せる。

地獄にいた。

それは、最終的に時を渡り。いろいろな時代に呪いを振りまいていた元凶である叔父と戦った後。

叔父がようやく救われて。

楽になったのを見届け。

それで思うところがあったからである。

叔父も、結局は人間のせいで墜ちたのだ。

そして呪いは高潔な戦士であった叔父すらも蝕んで、時代を渡ってまで呪いをまき散らす化け物へと変えてしまった。

だから、地獄に満ちている呪いを斬ることにした。

閻魔には許可も貰った。

地獄に平気で入り込んでくる自分を見て、面白いと思ったからかもしれない。

後は考えられないくらいの時間、地獄で亡者を斬り続けた。

知っている者もいたし。

知らない者も多かった。

罪を晴らすために斬ったのではない。

呪いを切り裂くために斬ったのだ。

だが、呪いから解放された亡者は。皆、感謝しながら。地獄の責め苦を受け。それで、つとめを果たすと、静かに転生していった。

斬ってくれと頼む亡者も多かった。

それだけ抱え込んだ呪いが凄まじく。

人間の世界でどれだけの呪いが蔓延しているかという事を、地獄からでも知る事ができたのだ。

次々に首が再生する堕落黄龍。

だが、切り裂き、呪いを排除していくと。うめき声がし始める。

「誰ぞ……」

「貴様を斬る」

「……斬ってくれ。 西王母が彼処まで墜ち果てているとは思うておらんだ。 我も眷属も皆闇に染められてしまった。 斬ってくれ。 理性が持たぬ。 これ以上呪いをまき散らしたくない。 これ以上民草を苦しめたくない」

「方角神の長たる貴方すらそう言わしめるか。 分かった。 救おう」

攻撃が苛烈に更に激しくなる。

だが、それは救って欲しいという意思の表れだ。

既に霊夢とサムライ達、それにカガという女は西王母と戦いはじめているだろうか。此方で力を削れば削るほど、彼方が有利になる。

西王母は霊夢と自分で当たる相手だと、霊夢が言っていた。

それほどの相手だ。

できる限り、力を削らなければならない。

いきなり飛び出してくる巨体。

多数の首を蠢かせながら、地面からせり出してくるそれは、まるで巨大なイソギンチャクのようだった。

それが、丸呑みにしようと襲いかかってくる。

即座に手札を斬る。

巨大な黄龍に対して、呼び出したのは城そのものが妖怪となった存在。長壁姫。十数メートルだったか。この時代の規格で直径がある堕落黄龍の口も、流石に城が相手では飲み込む訳にもいかず。石壁にがっと食いつく。長壁姫も四本の触手で、黄龍を抑え込み。その瞬間。

頭上に出た自分が、武器を大砲に切り替える。

武器の切り替えも、半分妖怪である自分だから出来る技。

そのまま砲弾を叩き込む。

堕落黄龍の体に大穴があく。

だが、凄まじい力で、めりめりと長壁姫が砕け始める。

大穴に飛び込むと、妖怪の力を解放。内側から、何もかも切り裂いて、吹き飛ばす。

長壁姫を引っ込める。

肉片になって飛び散った堕落黄龍が、復活しつつある。肉片に更なる呪いが供給され、寄り集まっていくのだ。

「殺してくれ、斬ってくれ!」

少しずつ黄龍の意思が出て来ている。

最早暴君と化したか西王母。いや、霊夢の話を聞く限り、月という場所で偉そうにふんぞり返っていた頃から、救いようがない外道と化していたようだが。

いずれにしても斬り伏せる。

再生する肉片を片っ端から。

だが、それでも再生していく堕落黄龍。消耗が無視出来なくなってきた。この体、実の所耐久力はそんなにたいしたことがないのだ。霊夢達が苦戦するようだと、下手すると押し切られるかも知れない。

だが、苦しい戦いなんて幾らでもこなしてきた。

時を超えて集めた呪いによって、まるで怪物と化した叔父と戦った時だって、とてつもなく苦しい戦いだった。

あれに比べれば。

肉片が寄り集まって、巨大な蛇のようになる。いや、これは大百足か。

ぺっと愛刀に唾を吐きかける。対大百足にはこれだ。そのまま、襲いかかってくる大百足と、ひたすらやり合う。斬り付けると、そのまま肉片が吹っ飛び、浄化される大百足。だが、それでも黄龍の呪いが全身を蝕んでいく。

冷や汗が流れる。持久戦は、いつも冷や汗が流れる。

 

ニッカリが待機する前で、フジワラが指揮を出し続けている。人外ハンターの二班が苦戦中だ。既にツギハギが堕落朱雀とやりあっているリッパー鹿目の班に加勢している。そして、フジワラがいかんと呟いていた。

堕落青龍とやりあっているもう一班。ライフルの野田の班が、かなり押し込まれているのだ。

堕落青龍は完全にあれは蚯蚓だ。凄まじい再生力を発揮して、ライフルの野田が召喚した幻魔フィン・マックールを追い込んでいる。北欧の英雄も、巨大な無限再生する蚯蚓には大苦戦しているようで、他の人外ハンターの悪魔達も次々と暴れ狂う巨体にねじ伏せられていた。

ニッカリは提案。

手元には、秘密兵器がある。

「今、やるべきかと」

「うむ。 やってくれるか。 あまりその武器、回数は使えないぞ」

「分かっています。 これでも狙撃には自信があります」

「よし。 他の皆は、野田君に加勢しに私と一緒に向かうぞ。 ニッカリ君、そこで君は狙撃に徹してくれ。 観測手兼護衛として、彼女を残す」

フジワラが召喚したのは、大天使ライラ。

あまり天使系統の悪魔は使いたくないらしいが、そうも言っていられない。

ライラは人間の懐妊に関係する大天使。天使の階級の下級二位の大天使とは別に、天使の重鎮達をこう呼ぶ。

ライラは黒系統の服を身に纏っている女の大天使で、雰囲気も少し暗い。

ただし、天使としての力量は確かだ。

フジワラがライラを残した理由は観測手というのもあるが。

それ以上に、最悪の場合ライラに悪意が向くからだ。

それだけ東京で天使は恨まれているのである。

ニッカリは既に組み立ててある規格外の長物を、寝そべりながら構える。

これこそ、用意して貰った最新兵器。

携行式レールガンだ。

地獄老人という協力者が作ってくれたものであるらしいが。やっと相応のバッテリーを作る事が出来たらしく、此処までのサイズに圧縮してくれた。通常の狙撃用ライフルの弾速がマッハ3くらいなのに対し、このレールガンは地獄老人が魔改造していることもあって、なんとマッハ20に達する速度の弾を発射。しかも弾には霊夢が術式を込めていて、ああいう呪いに汚染された悪魔には、何十倍も破壊力が跳ね上がる。

その代わりバッテリーの最充填に時間が掛かる。

ニッカリの手持ちの妖獣ライジュウを控えさせ、レールガンの側にある充電装置の側に待機させている。

ライジュウは雷とともに現れるという伝承のある妖怪で、全身は雷そのものだ。ニッカリの切り札の一つだが、それでもレールガン用の電池を何度も補給は出来ないし、そもそもバッテリーも銃身ももたない。

狙う。

激しく動き回る堕落青龍が、群がる悪魔を片っ端から押し潰しているのが分かる。

だが、此処だ。

基点になっている箇所を確認。

引き金を引いた。

文字通り、堕落青龍の肉が爆ぜ飛んだ。

そして、その破壊が全身へと波及していく。凄まじいな。霊夢という娘は戦っている所を何度か間近で見たが、その強さは本物。結界術の達人で、今は殆どいなくなってしまった神職だとも聞くが。

この強烈な浄化の力。

まるで神業だ。

一気に有利になった味方が、一旦さがってくる。負傷者を抱えてフジワラが来る。

「よし、流石だ。 次弾の装填と、不利になっている地点の観察に戻る。 ライラ、皆の回復を」

フジワラが即座に指揮に戻る。

ニッカリはその間にレールガンを確認。

分かってはいたが、かなり銃身にダメージが出ていて、アラートも。銃身を分解して見ると、もの凄い熱を発していた。下手に水を掛けると銃身が割れてしまうだろう。丁寧に放熱しつつ、ライジュウに充電をさせる。

凄い武器だし、悪魔にも通じるが。

それも何発も撃てる代物じゃない。

本当にここぞと言うときにしか使えないだろう。

今度はガイア教徒達が苦戦しているようだ。すぐにフジワラが手持ちの悪魔達と其方に向かう。

ニッカリは無言でレールガンの整備を続ける。

戦いは、まだまだ始まったばかりなのだ。

 

2、墜ち果てた母神の慣れの果て

 

連携はどうせ上手く行かないだろう。

だから、先に大まかな作戦を決めて、それに沿ってそれぞれで臨機応変に行く。

僕はそう提案した。

頷くと、霊夢は作戦を提案してくれた。

カガもそれに納得。

僕は結界に入り込むと、あまりにも濃すぎる血の臭いに、思わず眉をひそめていた。あれだけ血に腐った地面だ。

奴のエサ場が悪夢のような場所だと言う事は分かりきっていたが。それにしてもこれは酷すぎる。

肉の床と壁が辺りには拡がっている。そして転がっているこれらは、拷問道具か。

実際の所、拷問というのは相手を脅かすためのものであるらしい。それはヨナタンが話してくれた。

拷問なんかでまともな証言なんて出てこない。

正しい証言を引き出すのではなく、相手に自分にとって都合が良い言葉を言わせる事。それが拷問であるらしいのだ。

そして拷問で相手が何も言わない場合は、そのまま殺してしまう。

そのために、拷問用具の殺傷力は極めて高いものとなっている。中にはそのまま処刑道具となっているものもあるそうだ。

壁に貼り付けになっている人を見て、イザボーがうっと呻く。

もう体中の皮が剥がされ、肉が剥がされ。内臓がこぼれでている。蠢く肉片が傷口に貼り付いて、ちゅうちゅうと血を吸っている。目は縫い合わされ、呻いているその人は、まだ死にきれていなかった。

彼方此方に散らばっているのは、人間の残骸か。

恐怖を与えるためにひたすら残虐に痛めつけて。死んだら食ってしまう。

怒りが全身を燃え上がらせる。

相手がどれだけ強大だろうと、これは倒さなければならない。

霊夢に頷く。

霊夢も、凄まじい険しい顔をしていた。

「月の神々の外道ぶりはあたしも聞いていたけれど、こういうのを間近で見せられると言葉もないわ。 転生すら出来ないように徹底的に滅ぼしてやる」

「ほう、たかが人間風情が吠えたものよ」

ずんと、凄まじい威圧感が来る。

姿を見せたのは、なんだかカラフルな服を着込んだ女だ。見た事がない色合いの服であり、扇子なんて持って優雅さを演出しているが。

これだけの無茶苦茶をやったのが此奴だというのは、一目で分かる。

漂って来る血の臭いが尋常ではない。

全身に纏っている悪意と呪いがあまりにも凄まじすぎる。

クエビコはひたすら悪に墜ちた自分を嘆き、懺悔していた。

だがこいつは違う。

既に作戦は決めている。

「さっきから羽虫共がわらわの力を削ぎにかかっているようよな。 無駄な努力よ。 全部まとめてくろうてくれるから覚悟せい」

「偉そうなものね西王母」

「偉そうなのではない偉いのだ」

「笑わせる。 貴方たちの残虐行為が作り出してしまった復讐の仙霊に怯えて、ずっと籠城していた程度の分際で」

霊夢の言葉に、みるみる西王母の余裕が消えていく。

僕も少しだけ話は聞いている。

月の重鎮にゲイと呼ばれる男神がいた。

力は強いが頭の弱い男で、残虐行為も大好き。色々と悪辣な行為を繰り返していたが。妻の一人の子をあろう事か殺して喰らったという。それも、単に気にくわないという理由でだ。自分の子供を喰らうなんて、とんでもない悪神だが。逆に言うと、そんな奴が重鎮をしているのが月だったのだ。

それで子を喰われたそのゲイの妻が、復讐の権化と変じた。化けて出るという奴かも知れない。

ゲイは復讐の権化となったその「仙霊」に殺され。

その残虐行為をそそのかした月の重鎮であるゲイの正妻である嫦娥がまだ健在な月に、復讐の仙霊は何度も攻撃を仕掛けた。

月は圧倒的な力の差に反撃できず、復讐の仙霊が攻めてくる度に籠城するしか出来なかった。

「貴様……何故それを知っている!」

「……月が滅びた後、天の軍勢からかろうじて逃げた月人……神々の殆どは、その仙霊に殺され尽くしたようよ。 あの嫦娥も含めてね。 貴方の事もその仙霊は追っていた」

「……っ!」

霊夢に話は聞いている。

その仙霊は今動ける状態ではないらしい。霊夢の隠れ里に攻め寄せた天の軍勢との戦いで、致命傷に近い傷を受けた。今は必死に回復に努めているそうだが。生き残れるかは五分五分。霊夢が殺し合ったら絶対に勝てないと断言する程の使い手だそうだが、それでも天の軍勢の前には、防戦でやっとだったし、それだけの手傷を受けたのだ。

だが、それは話す必要がない。

霊夢は、会話で相手のペースを崩してから戦うタイプだ。それは知っている。だから凄まじい毒舌を吐くが。

これはあくまで殺し合いの場で、しかも相手が外道の場合に限るそうだ。

「人々を喰らうけだものと化したあんたが、あの仙霊に勝てるとは思えないわね。 この場所は既に知られている。 いずれあの仙霊……純狐がここに来るわよ。 貴方のちゃちな結界ごと、まるごと純化しにね!」

「おのれおのれおのれ! そのようなことさせてなるものか! 貴様等全員、ずたずたに……」

「それはもう聞いた」

自分でもびっくりするほど声が冷えている。

背後に回り込みつつ、僕は四度の突きと払いを入れている。

戦い開始。

打撃が通っていない。

こっちを向こうとする西王母に、カガが跳び蹴りを叩き込み。ワルターが大剣を振り下ろす。

がっと音がして、扇子で大剣を防ぐ西王母。

その間に皆が悪魔を展開。

霊夢が、凄まじい巨大な魔法陣を足下に出現させていた。

僕は自身に強化魔術を掛けながら、指定されている機会を窺う。西王母は吠え猛ると、何か振り回す。

反射的に避ける。

見えないそれが、肉として蠢いている地面に叩き付けられ、大爆発していた。

「呪いの塊よ。 密度が高すぎて、物理圧力さえ持っているわ」

「厄介だな。 だが!」

ワルターが仕掛ける。

呪いにワルターが態勢があるのは分かっている。ヨナタンも、今のを見て距離を取ると、天使達に一斉に光の魔術を唱えさせる。パワーが戦列を組み、壁を作る。

だが、一喝だけで光の魔術をかき消す西王母。

そして、複数の呪いの塊らしきものを振り回す。

ワルターが一つ目を大剣で弾き返すが、二つ目はもろに喰らった。吹っ飛んだワルターが、壁に叩き付けられる。

派手に吐血していた。

「ホホホ、非力よ非力! 所詮は人間! 此処の人間共を食い尽くしたら、すぐに離れればいいこと! あの頭がおかしい女に捕まらなければそれでいい!」

「頭がおかしいのはお前だろう」

ワルターが作ってくれた隙。

その間に僕はチャージまで済ませていた。その渾身の一撃を、蹴りとして相手の後頭部に叩き込む。

手応えあり。

思いっきり吹っ飛んだ西王母。頭が砕けた筈だが。それでも、人間離れした動きで立ち上がってくる。

例の相互補完の結界。

それに何より、今までこうして殺戮した人々の力を、そのまま自分の再生力へと変えているのだ。

それを断つためには、戦いを続けなければならない。

ワルターは。

まだ回復の途中。

続けてイザボーがコンセントレイトを掛けてからの、必殺の魔術を叩き込むが。その炎が全身を包み込んでなお、平然としている西王母。それどころか、まるで無傷の状態で炎から現れる。

とんでもないタフさだ。

カガが前に出ると、立て続けに連続し拳と蹴りを叩き込む。

だが、涼しいといわんばかりに、西王母が手を払う。

飛び出した僕が。その手を槍で切り上げて威力を殺すが、そうしなければカガは粉みじんだった。

それでも吹っ飛ばされて、壁に叩き付けられる。

受け身は取れたか。

僕にも、うおんとうなりながら、透明な呪いの塊が叩き付けられる。牙の槍で防ぎつつ、後方に跳ぶが、それでも威力を殺しきれない。

ぐっと、声が漏れていた。

壁に叩き付けられる。

凄まじいパワーだ。それだけ人々を食い荒らし、その恐怖を喰らってきたということだ。

壁になろうと飛びかかったスプリガンが、一瞬で砕かれる。

ハイピクシーが全力で放った雷撃が、文字通り一喝だけで消滅する。

流石は最高位の悪魔。

末の子が、肩を貸して、立ち上がらせてくれた。

僕は血を吐き捨てると、頷く。

まだ駄目だ。

もっと此奴に傷を与えないと。

外はきっと頑張ってくれている。此奴に致命打を与えるには、内外からの総攻撃が必須なのだ。

「てんで手応えがないのう。 やはり人間なんぞわらわのエサよ」

「そのエサにずっと信じて貰っていたんじゃないの?」

「だから何か。 我にすがってどうにかしてもらおうなどと考えている弱いものなど、家畜と同じ。 家畜は利用した挙げ句に食べるものであろう。 お前達人間の考えぞ。 自分で考えたことだし、そなたらがずっとやってきたことだ。 同じ人間に対してすらな。 わらわは四千年にすら達する歴史の中、わらわが生まれた土地で、人間がそれを繰り返すのをずっと見てきた。 月に移った後も、身勝手な願いはわらわに常に届いていた。 おろかしい人間ども。 だからわらわはそなた等を軽蔑する」

「そう。 あんたがくだらない奴なのはよく分かった。 いずれにしても、勝ち誇るのはまだちょっと早いんじゃないのかな」

僕自身に回復魔術を掛けて、それで動けるようになっているのに、西王母は気付いただろうか。

それだけじゃない。

僕を見て頷く末の子。

ついにきたか。

悪魔は力を蓄えると、転化する。末の子にも、その機が来た。

変わりたい。人間をエサとしか考えていない姉妹達や、母親とは別になりたい。僕に従った時の末の子の気持ちは、今は理解できている。

だから、背中を押す。契約した者として、許可を出す。

変われと。

光に包まれる末の子。

なんだとと、西王母が呻く中。

末の子は、転化を終えていた。

立ち上がるその姿は、蛇の要素がとても強く出ている女性。髪の毛はいわゆる巻髪で。赤い帯を身につけている。水の力を身に纏っているその力は、リリムだった時の末の子とは、まるで段違いだった。

「フリンさん。 わたしに命令を! わたし、偉大なる祖神ティアマトの子、ラハムに!」

「ラハムっていうんだね。 そうか、何となく分かる。 蛇の神々の系譜を辿って、悪に貶められた神という系譜も辿って、その姿になった!」

「うん。 今までとは力が違う! 役に立てるよ! もっともっと!」

舌なめずりする。

西王母が明らかに動揺している今が好機。ついでに、僕はもう一枚の切り札も切る。水の荒々しい女神、アナーヒター。

今の僕だったら。

短時間、全力で暴れさせることができる筈だ。

「いまだ、仕掛ける!」

「おおっ! やってやるぜえっ!」

ワルターが立ち上がる。カガも、必死に起き上がっていた。ヨナタンが皆に広域回復の魔術を展開。

イザボーも、二発目の総力での魔術を練り上げ始める。それを、イザボーの悪魔達が、支援魔術で更に増幅している。

髪を振り乱し、喚く西王母。

「な、なんだ貴様等は! わらわの威を見てどうして怖れぬ! わらわは偉大なる地の母神であるぞ!」

「母神であったの間違いだろうがこのケダモノ! お前なんか、今はただの人食いの化け物だ! お前を母神として祀ってくれた人々を馬鹿にしていた時点で、お前の腐った性根はケダモノ同然だったんだ!」

躍りかかる僕とラハム。喚きながら呪いの塊を恐らく六つ以上、同時に展開して来る西王母。

だが、ラハムがその一つを、すっと僕に当たらないようによける。呪いとは親和性が抜群なのかも知れない。或いは怒りに我を忘れて雑になっている扱いだったら、どうにでもなるということか。

そこにアナーヒターが全力で水を叩き込む。ただの水じゃない。浄化の水だ。それはこのおぞましい結界の全域を襲い、捕らわれている魂を片っ端から浄化していく。呪いの槌が、明らかに制御を乱しているのが分かる。

飛びかかるワルターとカガ。

明らかに恐怖に顔を歪めた西王母が、二人を呪いの槌で防ごうとするが。ワルターは。その一つを全力で叩き斬っていた。

にっとわらうワルター。

更には、その間隙を縫って、カガが肉薄。

西王母の顔面に飛び膝を叩き込み、更には空中で機動して、踵落としまで入れる。顔面が石榴みたいに爆ぜた西王母が、明らかに揺らぐ。

其処へ、僕が接近。

手持ちの槍技を、片っ端から全部叩き込む。

全身がズタズタになる西王母が、絶叫していた。

「おのれおのれ不敬であるぞ! 地を這う下民が!」

喚く西王母だが、がっとその全身が掴まれる。ラハムがその巻き毛を展開して、動きを抑え込んだのである。

勿論、まだまだラハムの方が西王母より力が落ちる。

だが、動揺した西王母の全身を、アナーヒターの浄化水が包む。それは強酸のように、西王母の全身を焼いていた。

布でも引き裂くような悲鳴を上げながら、暴れ狂う西王母。

だが、それを身を盾にして、ヨナタンのパワー達が防ぐ。パワーの数はかなり増えているが、それでもまさに特攻だ。

ぐっと歯を噛む。

一瞬の時間が惜しい。

僕は飛び退くと、力を集中していく。

霊夢がこの乱戦の中狙っているあれが、勝機につながる。今は焦るな。

ワルターの悪魔達が、一斉に西王母に組み付いて、ズタズタに吹き飛ばされる。ラハムが必死に髪の毛を蛇に変えて戦いを挑んでいるが、既に完全に綺麗な服が吹っ飛び、猛獣としての体を現している西王母が、髪を食い千切って暴れ狂う。炎を口から吐き散らしているその有様は。少なくとも人に愛とか救いを与える姿では無い。

戦いの前に聞いていた。

西王母は、古くはケダモノの体に人間の顔を持ち、火を吐く存在だった。

それが信仰の中で都合良く慈愛の存在とされて、美しい姿へ変わっていったのだと。

だとすると、あれが西王母の真の姿。

僕もあまり力は残っていない。

「後は頑張りなさい」

アナーヒターが切り上げる。僕は深呼吸すると、その機会を窺う。

カガが、凄まじい一撃を受けて、吹っ飛ばされる。ワルターの大剣がかみ砕かれ。ワルターはそれでも徒手空拳で、西王母に蹴りを叩き込む。

そして、全力で魔術を練り上げたイザボーが、渾身の一撃を叩き込む。イザボーの悪魔達も、それと一緒に魔術を叩き込む。

冷気の柱が、西王母を真下から貫く。離れていても、凍り付きそうな大火力だ。

全身が凍り付いた西王母が、悲鳴を上げながらも、氷を吹っ飛ばす。毛皮はボロボロ、全身も傷だらけで彼方此方肉が露出している。猛攻の前に、既に再生が追いつかなくなって来ている。

「おのれ役立たずどもが! こうなったらァ!」

来た。

西王母は、追い込まれたら絶対に周囲に展開している力を己に集め始める。堕落した五カ所の神から、力を吸い上げて己の戦闘力に切り替える。

そして、その時こそ。

霊夢が、術式を完成させる。

西王母はずっと血を頭に登らせていた。

この中で最強の霊夢が戦闘に加わっていないのを、どうしておかしいと気付けなかったのか。

それは西王母がずっと実戦から離れていて。

人間のやるような悪辣な権力争いばかりしていて。

それで何よりも、自分は常に偉くて正しいと思い込んでいて。客観という概念を忘れていたからだ。

「ラハム!」

「はいっ!」

ラハムは降り立つと、詠唱を開始する。ずっと肉弾戦を挑んできていたラハム。それに、この状態でもまだ肉弾戦を挑んでくるワルター。

それに気を取られた西王母は気付けない。

力を集めている西王母自身が、何かに捕まった事を。

西王母は今まであれだけの攻撃を受けても、まだまだ余裕という感触で動いていた。それは、奴に肉の体を構成するための核があるからだ。

そしてその核は、普段は圧倒的な呪いの力で守られている。

それだけではなく、外部にも力を供給しているから、体の内部にて一定した位置に存在していない。

だが、これだけの猛攻を受けて。

それで余裕がなくなればどうなるか。

ワルターの攻撃を弾こうとして、気付いたのだろう。西王母は、完全に霊夢の結界に捕まった。

神々しい光に包まれている霊夢が叫ぶ。

「今よ……!」

「ラハム、全力で押し出せっ!」

僕は全力で突貫する。

極限までかけた強化魔術、それにチャージまで入れた。そして、恐怖に顔を歪める西王母が火を吐こうとするが、ワルターがその頭に全力で蹴りを叩き込み、火焔を暴発させる。

ぎゃあっと叫ぶ西王母が、見る間に近付いてくる。

その中央に、禍々しい殺気を放つ黒い影。

僕は、一身全てを槍にして。

それを貫く。

突きの技、奥義。

貫。

それそのものの技だから、偉そうな名前はいらない。ただそれを示す物であればいい。

そう、これを教えてくれた引退サムライは言っていた。

そして、槍の技を極めないと、これを真に使う事は出来ないだろうとも。

文字通り、今がその時。

いや、まだ遠いかも知れないけれど。

その麓に、ついに足が届いた。

文字通りの全てを貫く一撃が、西王母のコアを、まるで掴むようにして捕らえて。そして、消し飛ばす。

破壊力はそれだけに留まらず、その薄汚い結界を内側から吹き飛ばし。更には爆風となって、西王母の体に大穴を開けていた。

わずかな時間、僕は立ち尽くしていた。

西王母が、襤褸ぞうきんのようになって崩れゆく。霊夢がその側に歩み寄ると、全力で浄化の術を使い始めた。

悲鳴を上げてもがく西王母は、しわしわになっていて、まるで老婆だ。何かが側に墜ちている。

それを、容赦なく霊夢は踏み砕いて、蒸発させていた。

「やっぱり蓬莱の薬を持っていたわね。 使う気になれなかったのは、ガマガエルになり果てた嫦娥を知っているから、かしら?」

「そ、それは、わらわが……」

「今更悔いても遅いわよ。 お前はあまりにも重い罪を犯した。 転生さえ許されない。 ただ一つの穢れた魂となって、阿鼻地獄で永久に苦しみ続けなさい。 先に行った嫦娥も待っているわよ」

「ひっ! あ、阿鼻地獄はいやじゃ! わらわは、人間のせいで、人間がわらわを……」

情けない泣き言が、光の中に消えていく。

僕は尻餅をつきそうになったが、ぼろぼろのラハムが支えてくれる。ラハムは、とても優しい目をしていた。

「フリンさん、わたしは変われました。 以降は、貴方のために。 何があろうと、貴方の側に」

ちょっと限界だ。

ラハムに背中を預けて、僕は意識を手放した。

今までまともに交戦した相手の中で、間違いなくぶっちぎりで最強の敵だった。それでも、打ち克つことが出来た。

そして僕には、頼れる仲間がいる。

だから、今は意識を手放しても大丈夫だ。

申し訳ないが、後の事は人外ハンターや、ヨナタン達に任せるしかない。だけれども、色々と、静かな気持ちでいられた。

 

3、池袋後始末

 

「西王母を討ち取ったぞ!」

「見事! 人外ハンターもやるではないか!」

「いや、やったのはサムライと名乗る連中であるらしいぞ。 それに、あの巫女服の娘であるようだが」

「ガイア教団に欲しいますらお達だ。 我等の一番槍を受けもったカガも、良く生き延びた!」

そんな事をガイア教徒達が言っている。

さて、ここからが本番だ。

まずはフジワラは全員の無事を確認、シェルターにも連絡を入れる。

五カ所の内、三カ所の戦線はギリギリだった。一方的に相手を叩き伏せていたのは殿の所くらい。

銀髪の娘の暴れぶりは遠めに見ていたが、本当に凄まじい強さで、瞠目するばかりだった。実戦は見た事がなかったので判断をこれから上方修正する。頭だけではなく、いざというときは最大戦力の一角として出て貰うことも可能だと言う事がよく分かった。

ただそれにしても危うい勝利だった。

秀でさえ、堕落黄龍を相手に押し切れていなかったのだ。

最初に霊夢が敵の布陣を分析出来ていなかったら、此処を攻略するのにどれほどの犠牲を出すことになったか、分からない。

まずは回復魔術を使える悪魔を展開させ、しばらくは休憩に入る。

同時に、純喫茶フロリダと、国会議事堂シェルターにも連絡。

幸い、どちらも大した敵はこなかったようだ。

ただ国会議事堂シェルターは、ずっと阿修羅会の者達が監視していて、余裕はなかったようだが。

「よし、志村くん、国会議事堂シェルターから、すぐに装甲バスを回すべく、準備を始めて欲しい。 西王母の犠牲になった人を、少しでも助けたい」

「分かりました。 すぐにターミナルを用いて其方に向かいます」

「あたしが戻るわ。 バスの護衛は必要でしょう」

「頼みます」

霊夢が浮き上がると、しゅんと飛んでいく。

ガイア教徒達が、霊夢に手を振っている。それを苦々しげに見ているのは、二人の老婆である。

霊夢が予想以上にガイア教徒に人気になると困る。

そう考えているのかも知れない。

実際、力を貴ぶガイア教徒にとっては、圧倒的な強者は単純な尊敬の対象になる。霊夢や秀がそうだ。

ガイア教徒が教えを請おうとでもしようとしたら。霊夢が今の東京であんたらの行動はバカ丸出しだとはっきり言う可能性は高い。そうなったら、ガイア教徒達が一斉に信仰を崩す可能性も否定出来ないのだ。

あの狡猾な老婆二人には、それは看過できまい。

少なくとも内部からガイア教徒が崩れるにしても、自分のせいにされるのは避ける筈だ。

サムライ衆は全員ボロボロ。ヨナタンとイザボーが必死に回復を続けている。それと、見慣れない悪魔がいる。

調べて見ると、邪神ラハム。

バビロニア神話の、ティアマトの娘だ。あの邪神ラフムのつがいとなった存在である。

ただし、力を使い果たしたらしいフリンに膝枕して見守っている様子は、邪神という種族とはとても思えない。

むしろ心優しそうな娘だった。頭に大胆な縦ロールがむっつもついているが。まあそれはファッションの一つだろう。

動けるようになった人外ハンター達が、ニッカリの指示で、西王母の結界に捕らわれていた人々を助け始める。

いずれもが悲惨な有様で、目を覆うような惨状だ。

西王母は何らかの理由で堕落したのかも知れないが、この有様を見るととても同情などできない。

皮を剥がれ肉を削がれ。目をくりぬかれ。

まだ生きている人も、ただ生きているというだけの状態だ。

回復魔術でどうにか助けようと試みる。

だが、それでも。医療班の到着次第、場合によっては判断しなければならないかもしれない。

咳払い。

イザボーだった。

「ちょっともう余力がありませんけれども、応急処置はなんとかしてみますわ」

「それほど特化した悪魔の手持ちがあるのか」

「ええ。 切り札ですわよ。 もうわたくしが限界近い上に力をごっそり持って行かれるから、出来るだけやりたくなかったのですけれどね」

イザボーが呼び出す。

これは。

驚いた。呼び出されたのは、女神パールバティ。あのインド神話の三柱の最高神の一角、破壊神シヴァの妻だ。薄着の女性だが、それでいながら威厳がある。

パールバティが、桁外れの回復魔術を使い始める。

目も当てられない有様だった負傷者の皮膚が肉が回復していく。文字通り、奇蹟に近い回復魔術である。

息を吹き返した負傷者達。

だが、これは心が壊れてしまっているかも知れない。そればかりは、回復魔術ではどうにもできない。

時間を掛けていくしかない。

イザボーがへたり込む。

パールバティも、頷くと消えていた。

「有難う、後は僕達がやるよ。 休んでいてくれ」

「我々は撤収する」

「遅れる奴はおいていくよ」

もう後は興味もないと言わんばかりに、ミイとケイが号令。ガイア教団は引いていく。統率が昔の軍のそれだ。

カガは、最後に一礼だけして、その場を去った。

本当はフリンに礼を言いたかったのかも知れない。見たところ、腕利きと言ってもフリン達を超える程とも思えない。

西王母との戦いで生き残れたのは。きっと幸運が原因だったのだろうから。

三時間ほどして、霊夢が護衛をする装甲バスが来る。装甲バスとともに、今度は秀と殿に戻って貰う。殿は頷くと、指先で招いてくる。耳打ち。

「恐らくこれから池袋には阿修羅会の者どもが来る。 隙を見せるなよ」

「分かっています。 池袋の民は、西王母に生け贄を捧げて、生き残る事だけ考えていたでしょう。 阿修羅会が来たら、また守って貰うことだけ考えて、それで旗を変えるでしょうね」

「それが分かっているのならそれでいい。 阿修羅会のものどもは近づけるなよ」

「はっ」

とてとてと、子供らしい動きでバスに乗る殿の憑いている銀髪の娘。堕落玄武を終始圧倒していた凄まじい強さには正直驚かされた。

医療班がすぐに酷い状態の者達から優先して、シェルターに運んで行く。また、人外ハンターの大半も乗せていった。

今回のために来て貰った六人は、全員生還。重傷者が何名か出たが、取り返しが憑かない状態でもない。

前哨戦は、とりあえず此方の勝ちだ。

問題は、此処からである。

ピストン輸送で負傷者を救助していく。同時に、純喫茶フロリダにすぐにツギハギに戻って貰う。

これは純喫茶フロリダも重要拠点だからだ。小沢は信用できる男だが、一人だけで守るのは少し危ない。

キャンプ地を設営して、サムライ衆の復帰を待つ。

シェルターに戻らないのは、此処を放置すると阿修羅会が確定で来るからだ。今の池袋に連中を入れる訳にはいかない。

フジワラも乱戦の中で消耗した。

しばらく休んでいると、大柄な男が来る。悪魔だが、悪辣な気は感じない。

手にしている大きな薙刀のような武器、何より真っ赤な顔。

なるほど、分かった。

礼をする。

いわゆる包拳礼をだ。

相手もそれを返してきていた。

「我等の身内が大変な非道を働いてしまった。 道教の神格となっている今は、わしが代わりに謝罪しなければなるまい。 力でもなんでも貸そう」

「ありがたい。 これから荒事は幾らでも起きるでしょう。 貴方の力が借りられるのであれば有り難い。 関聖帝君」

関聖帝君。

道教に神格として取り込まれたあの三国志の関羽である。

関羽はそろばんを発明したという伝承があり、商売の神としても祀られた経緯がある。中華街によく設置されていた関帝廟は、関羽を祀るものなのだ。それくらい中華の民には関羽が愛された。

だが、関羽が示した義は、誰も愛さなかったし実践もしなかった。

中華の歴史は不義と悪辣の繰り返しだ。

それを関羽はどんな気持ちで見ていたのだろう。

関聖帝君とその眷属の道教神格が集まって来たので、契約をしておく。関聖帝君はすぐに契約を受け入れてくれた。

そして、である。

邪悪の軛から解き放たれた五神も、姿を取り戻し始めていた。

秀に呼ばれて出向くと。

半透明になった、霊体の状態の黄龍がいた。周囲には四神を従えている。

「邪へと墜ちた西王母によって使役されていた我々を開放していただき感謝する。 我等も助けになりたい」

「どうする。 此処を守って貰うのか」

「……いや、考えがあります。 黄龍殿。 我々が現在根拠地にしている地点があります。 其処を四神の皆様と守っていただければ、それは大いに助かるのですが」

「ふむ、思考を見せてもらった。 国会議事堂とやらの側にあるシェルターなる地か。 元々この東京では、我等を霊的防御に用いていた故に相性は悪くない。 残念ながらまだ力は戻らぬが、少しずつ力が戻り次第守護へと当てよう」

これもまた、有り難い話だ。

この辺りの悪魔は、関聖帝君に出て貰って、退治して貰う。

流石は武勇絶倫の逸話がある関羽。神格化したことで、その強さは更に増しているとも言える。

池袋周辺の悪魔を、たちまちに撃ち払ってくれる。

しばらくは関羽に任せる。八時間ほどで、フリンが起きてくる。流石にまだ体は痛いようだが。

ここからが本番だ。

フリンと軽く話をする。

池袋の民が他力本願で、それ故つけ込まれた話はすでにしてある。

だが、他力本願になった理由を、誰かが考えるだろうか。

幼い頃からずっと叩き込まれてきた無力感。

日本などでもそれは同じだろう。

力が弱かったりハンデがあったりする人間は、基本的に無力感を感じながら生きるものだ。

何かしら他者に秀でるものを持ったとしても、他人を上下でしか判断出来ない人間は、それを徹底的に否定に懸かる。

それは簡単で、相手が自分より上であることを絶対に認めたくないからだ。

こうして社会というものでは、一芸を持っている人間は育たないし、潰されていくものである。

自分の足で立てなんて偉そうに言える人間は。

単に最初から、それが出来る位置にいただけなのだ。

池袋は元から海外の犯罪組織に好きなようにされていた土地。その後は阿修羅会である。

自治の意識とか、自分が率先して動くとか。そんな事は考えられない。

頭がいないのだ。

いたとしても、潰されていた。

今の東京の縮図のようなものである。

だから、意志薄弱だなんだと言って池袋の民を馬鹿にする事は。それは悪魔と阿修羅会にやりたい放題されて、どうにもならなくなって無力感に包まれていた東京の民全てを馬鹿にするのと同じである。

軽くその話をすると、ワルターは頷いていた。

「わからないでもない。 俺の近所にも、計算が得意な奴がいて、漁師には向いていなかったが、商人に雇われて結構稼いでいたんだ。 そうしたらそれを生意気だとか言い出した連中が、束になって殴り殺そうとしてな。 商人の家にまで火をつけようとした事があった。 其奴らは計算が得意な奴の近くに住んでいた奴で、其奴を毎日痛めつけて遊んでいたらしくてな。 今の話を聞くと納得が行くぜ。 チンピラ同然のカスだった連中が、自分より下だと見下していた奴が、自分の上になったのを許せなかったんだろうな」

「意外ね。 貴方だったら、弱い方が悪いとか言い出しそうだと思ったのだけれど」

「ここ最近色々見たからな。 実際問題、どうしてそうなっているのかってのを理解していくと、そういう暴論は口に出来なくなる。 俺は力に恵まれたが、それでも苦手分野はあるし、それなら得意分野を生かしていけばいいだけだって分かってきたんでな」

ちなみにワルターによると、そのチンピラどもは、街に来ていた小柄な子供みたいな女に全員海に放り込まれた上に。

騒ぎを聞きつけて駆けつけた警邏とサムライに全員つれて行かれて、今では牢屋で臭い飯を食っているそうである。

ちょっとフジワラもおかしくなった。意外とこの四人、古くから意識していないだけで関係があったのかも知れない。

「それで僕達はどうすればいい?」

「一旦池袋は空にする」

「!」

これは殿と出した結論だ。

池袋はとにかく頭がない状態だ。頭がなければ、それは誰も彼も流されるだけである。そこで、一旦切り分けて問題を処理する。

池袋の街に入ると、不安そうにしている人達がいた。

千人以上はいるだろう。

この人数は助けられた。そうフジワラは考えつつ、咳払いをしていた。

「人外ハンターのフジワラだ」

「フジワラって、あの……?」

「西王母を倒してくれたのは、あんたなのか」

「残念ながら違う。 西王母は人外ハンターと、頼りになる助っ人達と、それにガイア教団も連携して倒した。 君達ができなかった事だ」

勿論即席の連携だったから、高度な戦術など採りようがなかった。大まかな戦術的連携で、最終的には当てた最精鋭の力だよりだった。

手を叩いて、ざわめきを止めさせる。

「まず第一に、体が弱っている者、子供、老人を救出させて貰う」

「いないよ一人も」

「……まさか西王母に」

「役立たずからエサになってもらうしかなかったんだよ」

フリンが前に出ようとするのを止める。

流石にブチ切れるのも分かる。

此奴ら全員殴り倒したくなるのだって。

此奴らは、自分らの中で立場が弱かったり、既に体が弱くなっている者達を率先して生け贄にしていた。

前は阿修羅会にそうやって人間を提供していた。

勿論集団心理を働かせて、気にくわない者も生け贄にしていたのだろう。

阿修羅会の時ですらそう。

恐らく、その前の海外の犯罪組織に仕切られていたときですら。

ずっとそうだったのだ。

フジワラも怒りがこみ上げてくるが、今は断罪の時ではない。この悪しき流れを、断つのが先だ。

「君達はこの後どうするつもりだ。 自治なんて出来るのか。 どうせ阿修羅会にまた支配して貰おうとか思っているんじゃないのか」

「……」

青ざめる連中。

バカな連中だ。本当に。

だが、人間とはこういうものなのだ。

池袋は特に酷いかも知れない。だけれども、他の東京の集落だって、大なり小なりこうなのだ。

だったら、一から状況を変えるしかないのである。

「はっきり言っておく。 阿修羅会は裏切った君達を許すような組織ではない。 全員つれて行かれて帰ってこられないだろうな」

「そんな!」

「あんたが助けてくれよ! 伝説の英雄だろう!」

「ああ、助けよう。 ただし、池袋は捨てて貰う」

殿に言われた。

まずはこの愚かしい集団を「分離」しろと。

人間は群れで力を発揮できる生物だが、しばしばそれが悪い方向に働く。池袋の状況を聞いた殿は、即座にそれを把握して、具体的な案を出してくれたのだ。

最初に人外ハンターを呼び出す。十数人程度か。練度は最低レベルだ。ニッカリを呼んで、連れていかせる。

こいつらは一から鍛え直しだ。それぞれ別の班に入れて、徹底的に基礎からやり直させる。

それには熟練の人外ハンターであるニッカリが適任である。

そしてある程度力がついてきたら、錦糸町などの守りについてもらうことになる。

続いて一芸がある人間を呼ぶ。

料理が出来る。裁縫が出来る。それでかまわない。そういった人間を選抜して、ピストン輸送でシェルターに送る。

老人や子供をあの悪辣な西王母のエサにして生き延びた卑劣さは許しがたいが。

こんな環境では、人間はカスになる。

それもまた事実なのだ。

そうして一芸がある人間をどんどん選抜していくと、ただ声がデカイだけの奴だとか、図体だけデカイ奴が残る。そういう輩は群れているのを的確に分けて、別の場所へと配置する。図体がでかい奴は人外ハンターになって貰う。それを聞くと青ざめるが、一喝。

フジワラの一喝に抵抗できる訳もなく、項垂れてつれて行かれる。

ニッカリに徹底的にしごき直して貰う。

声だけデカイ奴は一番始末が悪い。

手下にしているような者達から引き離した後、単純作業をさせることにする。地獄老人が、現在工場にしようとしているシェルターの人手が足りないと言っている。其処に送る事になる。

会話が出来ないように一本ダタラ達が監視する中、単純作業を送る事になるだろう。

そうしてピストン輸送で装甲バスを使い、どんどん人間をシェルターに運ぶ。一部の人間はシェルター以外に行くが、それは基本荒事をさせるためだ。

サムライ衆に来て貰ったのは。池袋の探索と掃除のため。

悪魔がそれなりに入り込んでいるし。

此処で生け贄を探して血眼になっていた連中から生き延びた子供とかいるかもしれない。それを救助して貰う事になる。

サムライ達は頷くと、すぐに探索をはじめてくれた。

池袋は空っぽになった。

外に出ると、見張りについていた秀が親指で差す。

阿修羅会が早速来ている。

恐らく大規模作戦は嗅ぎつけていたのだろうが。それにしてもくだらないハイエナをしに来たのだろう。

わめき散らしていた下っ端どもが、フジワラが出ると黙る。

秀についても、実力は知っているようで。

装甲バスが行くのを、歯がみして見守るしかないようだった。

前に出てくるのはアベだ。

「流石はフジワラさんだ。 池袋を支配していた西王母を倒したようですね。 阿修羅会からも礼を言わせていただきます。 彼奴らには我々も随分殺されましたので」

「僕は戦力の一つにすぎない。 西王母を倒したのは此処に集った勇士達さ。 それで何をしに来たんだい。 君達は何一つこの作戦に関与していない。 それでありながら恥知らずにも池袋の所有権でも主張するつもりかね」

「元は此処は我々の土地でしたのでね。 ただ、ひょっとして誰も彼も連れて行ってしまったのですか?」

「彼等は愚かしい集団心理に飲まれて自活出来る状態ではなかったからね。 池袋はこれから我々で再建する。 君達にとっても、人が誰もいない池袋など、なんの価値もないのではないのかね。 しかも我々と争ってまで手に入れる価値などね」

アベが少し考え込む。

下っ端達が静かにしているのは、アベとフジワラが話をしているから。

此奴らはくだんの「上下関係」に何よりも厳しい。アベには絶対服従なのだ。カスにはそのくらいの理屈で丁度良いのだろう。

反吐が出る連中だ。

アベも此奴らを従えていて、内心では呆れているのではあるまいか。

「いずれにしても迅速な作戦行動、更に我々の行動まで読んだ動き、お見事です。 今からではどうにもできませんね。 今回は完敗です。 しかしながら、いつまでも上手く行くと思わないでいただきたい」

「そんなことは思っていない。 いずれ全面対決になるときが来るだろう。 ただそれは今じゃない。 此方も余力が今はあまりないのでね。 もしもやり合う気なら、全力になるが」

関聖帝君が、他の道教神格達と一緒に威圧的な壁を作る。

それを見て、露骨にアベの手下達が怯む。

アベは頷くと、撤収だと手下達に怒鳴る。

手下達は、素直に従って。アベも消えた。

「危うい綱渡りが続いたが、これで一段落だ。 コーヒーが飲みたいね。 それも合成ではない奴を」

「黒くて苦い飲み物らしいな」

「ああ。 もう豆はどこにもないだろう。 ひょっとしたらあるかも知れないが、それを育てるところから、だろうね」

少し寂しくなるが、とにかくサムライ衆を待つ。

程なくして、四人が戻って来た。

数人子供を連れている。いずれも、フリン達に手を引かれていて。痩せこけて、今にも倒れそうだった。

「倉庫の奥に隠れていたのを見つけて来たよ。 保護してあげられる?」

「もちろんだ。 次のバスで連れていく。 先につれて行った池袋の者達とは離した方が良さそうだね。 きちんとそれは僕が指示するよ」

「おかあさんが、おにいちゃんをあの悪魔のおばさんに売ったんだ。 僕も売ろうとしてた」

まだようやく立って歩けそうになったばかりの年の子が、そんな事を言う。

不信の目。

フジワラも悲しくなる。

「あの恐ろしい悪魔は、そのお姉ちゃん達と私達でやっつけたよ」

「そうなの。 本当にもう誰も食べられなくてすむの?」

「ああ、なんとかする」

「おにいちゃんに会いたいよ……」

泣き始める子供。

酷い格好で痩せこけていて、性別すら分からない。男の子なのかすらも、定かではない。

酷い事だ。

バスが戻ってくる。

連絡を入れていたので。栄養士と救護班も乗っていた。関聖帝君が元々赤い顔を更に赤くして怒っていた。

「西王母め、あのような幼子を……! 我等の恥だ!」

「あの子を守ってくれるかい、関羽将軍」

「もちろんだ。 我等の恥は、我等で注がねばならぬ! 我等道教のもの、皆貴殿とともにこれから戦おう。 あのようなことをしている輩はまだ東京にいるだろう。 いつでも呼び出してくれ」

「義将と名高い貴方の言葉、本当に心強い。 頼みます」

包拳礼をかわす。

更に幾つか打ち合わせをする。

此処でもターミナルがあったらしい。フリン達が出向くそうだ。片手をあげる秀。

ターミナルに興味があるらしい。フリンも頷くと、せっかくだから来て欲しいと頼む。まあ、一休みしたばかりだ。

ちなみに秀にもスマホは渡してあり、今の時点で開放されているターミナルは機会を見て足を運んで貰ってある。

だから、ターミナルを開放すれば、すぐに戻ってくる事が可能だ。

あらかたやる事は終わったが、それでも確認はしておく。手持ちの悪魔の内、呼び出せる者達を出して、池袋内での調査をして貰う。

フリン達の調査は短時間だがしっかりしていて、もう誰も残っていなかった。

あの子供達は、もう少し遅れていたら助けられなかった可能性が高い。西王母は差し出されれば嬉々として喰らっていただろう。そうでなくても、餓死して果てていた可能性が高かった。

後は池袋の構造を把握して、それを地図に残す。

悪魔召喚プログラムの機能の一つにオートマッピングがある。

後、先に別れる際に、一度本格的に会合を持とうとフリン達とは話してある。

この戦いを経た後だ。

東のミカド国とやらはどうかは分からないが。

少なくともフリン達は信頼出来ると判断して良いだろう。

最後のバスが来たので、戻る事にした。勿論秀が負けるとは思わない。だから、池袋の調査は任せる。

バスの中で少し休憩する。

通信が入る。

ツギハギからだった。

ツギハギはメールだけ送ってくる。一応幾つかの基地局は生きていて、それで連絡は取ることが出来るのだ。

ツギハギによると、純喫茶フロリダは小沢が守りきってくれたそうである。ツギハギが調査をしたが、荒らされている場所もなく、特に誰かが機密に触れた様子もない。悪魔に対する襲撃でも対策は完璧だったようだ。

実は、僅かだけ小沢を疑っていた。

前に天王洲の救出作戦を行った時、タイミングがあまりによく現れたからである。

小沢が歴戦の人外ハンターであり、長い戦歴を持つ元自衛官である事はフジワラだって分かっている。

だが悪魔が人間の体を乗っ取ったり。

或いはこれほどの悪環境で、短時間で人格が悪い方向に変わる事はよくある。フジワラも何度か目撃している。

そういう意味で、今の小沢を見極めたいという意図もあって、純喫茶フロリダを一人で任せる時間を作った。

それも杞憂だったようだ。

後問題なのは、天王洲救出作戦のタイミングで、あまりにも多数の悪魔が国会議事堂シェルターを襲撃したと言う事だ。

それを考えると、何かしらまだスパイの存在は想定しておかないといけない。

ただ、悪魔の能力を考えると、特に高位の者が相手の場合、どんなことをやらかしてもおかしくは無いのだ。

シェルターにつく。

池袋からの人員は、早速区画分けして配置されていて。厳しい監視の下で、方向性をもって働かされ始めている。

食事も出るし、衣服なども新しいものを支給する。

それを知って、彼等はほっとしているようだ。

言い訳ではある。

此奴らが、自分が助かるために、子供や老人、病人を率先して西王母に差し出していたのは分かっているのだ。

しかもそれを主導したのは声ばかり大きい輩や、図体ばかり大きい輩。

集団心理そのもの。

だから、その集団心理を最初に破壊してしまう。

それでいい。

悪魔が監視している中、仕事を続けている連中を横目に、司令室に出向くと。地獄老人が復旧したPCのキーボードを凄まじい勢いで叩いていた。

「おう、戻ったか」

「何かありましたか」

「例のレールガンのデータを確認していてな。 既に復旧した核融合炉と連携させれば、恐らくCIWSとしてこの基地周辺に展開する事が出来るであろうな。 空を飛んでいる大型の悪魔が今の時点では仕掛けて来てはいないが、そいつがら気が変わって襲ってきても、痛打を与えられるだろうよ」

カカカと笑う老人。

よりにもよって、あの大火力をCIWSに。

砲身をどうやってもたせるのかとか色々疑問は残るが、短時間でレールガンを作りあげた技術の持ち主だ。

まあ、信頼しても良いのだろう。

「それと、旋盤や精密機器の精度が上がってきてな、そろそろマザーボードくらいなら作れるようになった。 このまま精度を更に上げて、スマホを一から作る事もそう遠くはないぞ」

「素晴らしい。 本当に頼りになりますね」

「年は喰わなくなっているからな。 元々科学や知識は好きだ。 優性思想なんぞが大手を振るっていた時代に生まれなければ、違う生き方もあったのかもしれんのう」

優性思想か。

この人は世界征服を企んでいた時期があったようだと、志村から警告は受けている。そんな人でも、優性思想を愚論と論じているわけだ。

まあそうだろうな。

実際問題優性思想の最悪の面が東京で蔓延った結果、またたくまに十万にまで人の数は減ってしまい。

それどころかタヤマのようなカスが東京を牛耳るに至ったのだ。

池袋の惨劇だって、優性思想にそって考えれば西王母は正しいし。西王母に生け贄を捧げていた連中だって正しい事になる。

そんなもの。

認めてはならない。

「問題は電子機器は悪魔には無力という点でな。 幾つか試してみたが、堅牢なLinuxでもあっと言う間に防御を貫通されていたわ。 当面は霊的防御とやらは悪魔召喚プログラムに付随しているプロテクトプログラムに依存するしかないのう。 此処のメインPCも、悪魔召喚プログラムのプロテクトを途中で導入して、それでかろうじて悪魔に乗っ取られるのを防いだようだからのう」

「それを前提にアップデートは出来ますか」

「今の時点で機能拡張は考えなくてもよかろう。 このシェルターにしてもまだ復旧の途上で、リソースはありあまっておる。 今後天王寺などの拠点に再進出する時に、そういう事を考えなければならぬであろうな」

後幾つかの打ち合わせをした後。

フジワラも休む事にする。

風呂に入ってから、酒が欲しいなと思ったけれども。

既に戦いの前に全て飲んでしまったか。

酒などの嗜好品は後だ。

一応作る方法は分かっているし、地獄老人が手が空いたら作ってくれると言っていたけれども。

それも後回しで良い。

医療品や幼児用のミルクなど、もっと大事なものを先に生産しなければならないのだ。

子供の生まれない生きられない世界に未来なんぞない。

それはあの最果ての時代……大戦前夜を経験しているフジワラが、いやというほど知っている事だった。

一眠りする。

眠るときも護衛の悪魔は立てる。

阿修羅会と激しい抗争をしていた頃は、何度も寝込みを襲われた。

それでついた癖だった。

鍛え抜かれたフジワラの悪魔達は、生半可な奇襲なんて許さないし。関聖帝君を初めとする精鋭が加わってくれた。

安心して眠る。

不安要素はある。

だが、それでも、今回は完全勝利だ。

このまま、東京を少しずつ、確実に悪辣な悪魔の手から取り戻し。未来を作らなければならない。

長年の酷使が祟って、フジワラの体もガタが来始めている。

いつ戦えなくなるか、分かったものではない。

更に言えば、フジワラもツギハギも後継者と呼べる存在がまだ育っていないのである。

だから、まだ。

倒れるわけにはいかないのだ。

 

4、池袋ターミナル

 

池袋の民は反吐が出る連中だった。それはフジワラが連中を仕分けして、安全圏に送り出す途中で見た。

ワルターは特にキレていたようだった。

フリンもはっきりいってブッ殺してやりたいと思ったが、それでは悪魔と同じだ。フジワラは信頼出来る。

今回の戦いでそれが分かったし。

まずはそれを元に、今後の戦略を練っていくべきだろう。

秀が加わってくれたことで、池袋の調査も楽に進んでいる。

先にアナーヒターが、浄化の水で地下をひたひたにしてくれた。それで安全を確保。それからターミナルがあるようなら探す。

汚物だらけだった地下も、浄化の水でだいぶまともになっている。

周囲に気を配りながら歩く。

ラハムというとても頼りになる悪魔が転化してくれたが。

消耗が大きいので、常時出しておくわけにもいかないのだ。

地下二階で、反応がある。

此処も地下に深い構造になっていて、元は街だったようだ。既に物資はあらかた食べ尽くしてしまっていたようだが。

「其処にターミナルの反応よ」

「よし、これで戻れるな。 それにしても、綺麗さっぱりなくなったもんだな」

「人外ハンターの支部もあったけれど、機能はしていなかったようですわね」

「戦える者もいたと言うのに」

ヨナタンが口惜しそうにしている。

自分が此処にいたら、と考えているのだろうか。

だが、ヨナタン一人では恐らくどうにも出来なかっただろう。

それを考えると、僕としても無責任なことをいえない。

フジワラの話を聞く限り、この街は何世代もかけて、腐るだけ腐っていったのである。

賢王が仮にでても駄目だっただろうし。

ましてやそれぞれの人間が考えを改めるなんて無理だ。

さて、咳払いして、深呼吸。

どうせターミナルにはかなり面倒なのがいる。

頷きあうと、シャッターというのをあげて、内部に踏み込む。

やはり其処は領域になっていた。

歩いて来るのは、腰が曲がった老人だ。

白い髭を蓄えていて、髭の先が地面にまでついていた。

勿論見かけ通りの存在じゃない。

気配がいつもの奴と同じだ。

「ふおっふおっふおっ。 きたかきたか。 おお、今回は強そうなのを助っ人に連れているねえ」

「ターミナルに巣くっているあんたに興味があるらしいよ。 それで何を出してくるつもり?」

「そうさな。 趣向を少し変えてみるか。 いでよ、ヒラニヤカシプ!」

すっと現れるのは、今までのものとは随分違う雰囲気の相手だ。

腕がたくさん生えていて、荒々しい神というのは分かる。だが、今までの相手みたいな圧倒的な力は感じない。

そそくさとさがる老人。

バロウズが警告してくる。

「圧倒的な不死性を持つ悪魔よ。 神話にて、神にも悪魔にも龍にも人にも、あらゆる武器にも、朝にも昼にも夜にも、家の外でも中でも、地上でも空中でも殺されないという性質を持っていたとされているわ」

「なんだよそれ。 どうするの?」

「……ふっ。 どうすればいいのかな?」

ヒラニヤカシプは六本の腕を三対腕組みして、こちらをじっと見ている。

これは、攻撃をしてくるつもりはないということか。

なるほど、知恵比べというわけだ。

「我に攻撃を届かせてみよ。 それで認めてやろう」

「……バロウズ、ちょっといい」

バロウズに時間を確認して貰う。

幸い今は夕方か。好都合だ。朝でも昼でも夜でもない。

ただ、僕は人だし、あの堅牢そうな肉体。生半可な一撃では届かないだろう。

地面に牙の槍を突き刺す。

ドカンと音がしたので、またイザボーが跳び上がっていた。

「魔術をまず試してみよう」

「りょ、了解しましたわ!」

「俺は呪いの魔術を使えるようになったから、それで行ってみるぜ!」

まず、皆で魔術担当の悪魔を召喚。

片っ端から魔術を叩きこんで貰う。

勿論その中には、ラハムとアナーヒターもいるが。

あらゆる魔術が、悉く通じなかった。

「次、毒とかそういうのも!」

「よし……」

ワルターが呼び出したナーガが、猛毒をヒラニヤカシプに吐きつける。コカクチョウが眠りの魔術を叩き込み、相手を錯乱させる魔術や、麻痺させる魔術なんかもそれぞれの手持ちが叩き込む。

だが、ヒラニヤカシプは涼しい顔である。

なるほど、分かった。

悪魔を下げて貰う。

「多分これは、悪魔と言うだけで駄目だね」

「かといって、武器も駄目なんだろ」

「うん。 徒手空拳はいけるかな?」

「別にかまわぬが、この我にそなた等の非力な徒手空拳など届くかな?」

挑発してくるヒラニヤカシプ。

やるなら支援魔術を掛けてから、チャージを使って更に力を高め、それでぶん殴るのが一番か。

いや、まて。

秀さんに視線を送る。

秀さんが頷くと、前に出た。

そして、話に聞いていた悪魔ともつかない姿に化身。それを見て、イザボーが驚きの声を上げる。

巨大な腕を振るい上げて、爪で一気に引き裂きに懸かる化身秀さん。

だが、ばちんと激しい音を立てて弾かれていた。

化身を解く秀さん。

「良い線を突いてきたな。 だがその姿は悪魔に分類されるな。 しかし惜しかったぞ」

「仕方がない、やるか……」

ラハムに目配せ。

頷くと、ラハムが側に浮いたまま、僕と一緒に来る。

直接歩いて来た僕を見て、ヒラニヤカシプがにやついたままだが。

僕の拳に、ラハムが髪の毛を巻き付けていくのを見て、それで顔色を変えていた。

「ワルター、ヨナタン、イザボー、発射台を作って!」

「よしきた!」

「イザボー、二人がかりで背中をワルターとあわせて、支えるんだ!」

「ちょっとまて! 通ればいい! 通れば!」

ワルターが腰を落として、背中をヨナタンとイザボーとあわせて、発射台になってくれる。

更に此処は秀さんにも協力して貰う。

両腕を交差させて、発射台になってくれたワルターに、跳躍し。

そしてフルパワーで蹴り出す。

凄まじい衝撃を、三人がかりの発射台が、数倍に増幅してくれる。そして僕は、総力での突撃。

あわてて防御態勢に入るヒラニヤカシプだが、さっと割り込んできた秀さんに、僕はフルパワーでの拳を叩き込み。

秀さんは震脚を使って、その衝撃を、真っ青になっているヒラニヤカシプに完璧に伝達していた。

武芸十八般に通じているという話だったし、体術も出来ると判断していたが。

やっぱりやってくれたか。

僕のフルパワーを、人間でも悪魔でもない秀さんが、ついでに昼でも夜でもない夕方で、家の外と中か関係無い此処で、とどめに地面でも空中でもない地下空間で叩き込んだのである。

完璧。

思い切りふっとんだヒラニヤカシプが、壁に叩き付けられて、ひでぶとか面白い悲鳴を上げて。

泡を吹いて気絶していた。

秀さんが完璧に僕のパワーを伝達してくれた結果だ。

「おお、模範解答ではないか! 実はこいつは弱体化しているから、お前さんの拳でも充分だったのだがな」

「それはどうも。 それでどうするの?」

「此処は自由に使うといい。 それと……」

「?」

普段はすぐにいなくなるのに。

ターミナルの守護者は妙な事を言う。

「お前さん達の誰もがしらん連中が、東京で動き出しているでな。 今までの既存の勢力だけを警戒していると足下をすくわれるかもしれんぞ」

「……気を付けるよ」

「ひょひょひょ。 ではな」

老人が消える。

領域が消える。

渋い顔をして手を振っている秀さん。流石に僕の一撃を伝える過程で、少しいたかったらしい。

ごめんなさいと素直に謝って、回復の魔術を掛けておく。

ターミナルが出現していたので、僕達は一度戻る。多分向こうでは何ヶ月か経過している筈だ。

春になっているかも知れない。

秀さんも、頷くと、ターミナルを使って戻っていく。

一度解散だ。

此処からは、状況も状態も変わっての。

仕切り直しである。

 

(続)