新宿の荒神

 

序、圧倒される遺構

 

新宿は巨大な都市だと聞いていたが、実際に足を運んでみて納得出来た。でかいなんてものじゃない。

あの王城と周囲にあった貴族街なんて、これにくらべれば掘っ立て小屋だ。

僕はこれを見せられて、しばし呆然とするしかなかった。

案内についていたナナシが、教えてくれる。

「大戦の前はこの街に溢れるくらい人がいて、今皆が暮らしている駅の中は、毎日人でぎゅうぎゅう詰めだったらしいぜ」

「それはスゲエな……」

「今でも五千人以上がここだけで暮らしてるって話を聞きます。 何回かに分けて子供や老人、怪我人なんかをシェルターに引き取ったのだけれど、それでもまだ助けられていない人がいて……」

アサヒが言う。

そうか。

いずれにしても、此処を悪魔が領土にしているのだとすると、あまり状況は良いとは言えないだろう。

入口でヒカルと名乗る女と出会った。

なんだか違和感がある女だった。

格好がこの修羅の世界で生きているには普通すぎるのだ。言動も明るくて、貴族街でも人気者になりそうな雰囲気だったが。

イザボーは一目で嫌悪感を示していた。

ともかくとして、奥へ。

案内されて出向いた新宿は、彼方此方をシャッターという壁で閉鎖して、それでどうにか人々が生きている様子だ。

阿修羅会の連中も普通にいる。

つるんで話をしていたり。

門番じみたことをしていたり。

はっきりいって、あまり気分がいい光景じゃない。人外ハンターはあまり好意的な目で阿修羅会の連中を見ていない。

此奴らが好き放題子供や老人を拐かして、それで殺していたという話は聞いている。

そんな連中が大手を振って偉そうにしていたり。

治安を守ってやっているなんてくっちゃべっているのを聞くと、反射的に首をへし折りたくなるが、我慢だ。

「炊き出しだ!」

「有り難い!」

「順番通りに並べ! 阿修羅会の関係者はてめえらの親分からもらいな!」

強面の人外ハンターが声を掛けて、阿修羅会の連中が舌打ちして離れる。

人外ハンターとまともにやりあったら分が悪いことは、連中も理解しているのだろう。悪魔使いとしても練度が違うという話だったし。偉そうにしているだけの阿修羅会と違って、悪魔と血で血を洗う戦いをしているのは、人外ハンターなのである。

あまり戦いにむいていなさそうな者や、もう少しで成人しそうな人間が、ありがたいありがたいと言いながら炊き出しを受けている。

これがない間は、悪魔の肉だよりだったという話だ。

本当に酷い話だが。

ともかく今は、少しずつ内部を調べて行くしかない。

バロウズに地下空間を調査して貰っているが、やはり封鎖されている辺りは悪魔がかなりいるようだ。

ターミナルの反応もあるという。

かなり奥の方で利便性は悪いが、それでも此処まで歩いて来るよりはマシだ。

また、地上部分も現在は制圧には程遠く、何度も悪魔を討伐に出ているが、それでも駆除はしきれていないという。

これらの話を、人外ハンター協会で確認する。

此処でもそうなのだが、とにかく凄まじい音と光だ。これはどうにかならないのだろうか。

「なあマスター。 俺でも出来そうな仕事はないか。 少しでも荒事になれたいんだ」

「ん、お前は登録したばっかりの人外ハンターか。 周囲の手練れと一緒にやるなら紹介するが……」

「それなら提案がある。 仕事を幾つか受けるから、新宿の情報と交換して欲しい。 此方としては都庁にいる悪魔と言うのをなんとか倒しておきたいんだ」

ヨナタンが言うと、半笑いだったマスターが一瞬で表情を消した。

周囲の人外ハンターも驚いたように此方を見る。

やはり相当にヤバイ相手なのか。

「ええと、人外ハンターヨナタン。 履歴によると既にかなりの悪魔を倒してくれているようだが……都庁に巣くった奴は、かなり危険でな」

「ならばなおさら情報が欲しい」

「分かった。 細々としたものではなく、新宿にいる大物悪魔を数体仕留めて欲しい。 都庁の彼奴には既に何人も手練れが食われていてな。 一人でも殺されると、それだけ人間が圧倒的に不利になる。 阿修羅会は赤玉で懐柔するとか抜かしていやがったが、どうせうまくいかん。 情報と交換だ。 退治を頼む」

幾つかの依頼が入ってきた。

ナナシとアサヒには、とにかく前に出るなよとワルターがもう一度警告する。二人とも頷いていた。

僕はすぐに指定の位置へ行く。バロウズが地図を受け取ってくれているので、新宿がかなり分かりやすくなった……が。

これは奈落なんかの比じゃない。

バロウズがいなければ、絶対に迷子だっただろう。

地下に降りて行く。

階段が複雑に入り組んでいて、既に悪魔がちらほらいる。人外ハンターも、小物はもう存在を許してしまっている状況のようだ。

片付けられていない遺骨なんかもある。手が回らないのだろう。

まず地下から行くのは、ターミナルを開放するためだ。どうせ手強いのがいるだろうし、先にやるべきだ。

余力を残して戦えるし、何より休むのなら、時間の流れが違っている東のミカド国でやる方が良い。

進捗の報告も出来るのだし。

入り組んだ階段。

奥がまったく分からない状態を見て、ワルターが呻く。

「とんでもねえ場所だ」

「同感ですわ。 こんな恐ろしい場所に、どうしてなってしまったのやら」

「よく分からないが、電車がたくさんここで集約していたらしいんだ。 それでとにかく巨大化の一途を辿ったらしい」

「東のミカド国の宿場の中にも複数の街道が交わる事で大型化するものがあるね。 原理はそれと同じか……」

僕はぼやくと、手を横に。

歩いて来るのは、死体……じゃないな。単体の死体じゃない。大量に重なり会った死体の山とでもいうべき悪魔だ。

この辺りはもう人外ハンターもいない。

それなのに灯りはついていて、ちかちかと光っている。

あの灯りの原理すらも分からないが。

此処で戦えるのは、あの灯りのおかげではある。

「屍鬼コープスよ。 大量の死体にまとめて融合した悪魔が動かしている死者ね。 大量の死体を利用している分、とてもタフネスが高いわ」

「亡くなった人々を魂まで冒涜しているな。 許しがたい!」

「同感だね」

「とにかく片付けてしまいましょう」

とにかく巨大な分、動きが鈍い。

僕は魔術戦専門の悪魔を展開。ハイピクシーはピクシーの時とは段違いに火力を上げていて、雷撃だけではなく烈風も使えるようになっている。また、末の子もかなり自力が上がって来ていて、雷撃の火力が更に上がっている。

雷撃に打たれて、爆ぜる死肉の山。

だが壊れきらず、まだこっちに来る。

火は使えない。

こんな所で火事にでもなったら洒落にならないからだ。また、出来るだけ被害が小さくなるように、収束する魔術を使わせる。

滅多打ちにしているうちに、コープスが崩れて動かなくなる。

だが、戦闘音を聞きつけたのだろう。

奥から、まるで空間そのものが死体の山になったような規模のコープスが、ずるずると此方に来る。

これは、中々に凄まじい。

憑依しているのは、高位の悪魔かも知れない。

アサヒが口をおさえながら言う。

「此処でもたくさん人が亡くなったそうです。 それで……」

「プリンシパティ、一斉に光の魔術を! 他の天の使いも、飽和攻撃を!」

「承知!」

肉弾戦専門のパワーが前衛に出て、プリンシパティが一斉に光の魔術を叩き込む。次々に体の彼方此方を炸裂させるコープスだが、まだまだ此方に来る。

本当にたくさん死んだんだな。

銃を構えているナナシに、接近されたら剣でと軽く言っておく。

前衛で戦っているアイラーヴァタやスイキが押されている。それだけ相手の質量がおかしいのだ。

僕達も前衛に出る。

ワルターが新しく支給された大剣を振り回して、手を伸ばしてくる屍の山を片っ端から斬り伏せる。

僕も牙の槍を振るって、次々に死体の肉片を斬り飛ばした。

だが中途半端に破壊しても駄目なようだ。死肉がまた再融合して、巨体へと戻っていく。

プリンシパティ達が大量の光の魔術を叩き込んで、それで一斉に浄化し続けているが、それでも倒し切れない。

徐々に押し込んでくる。

その分、さがるしかない。

左右からも音。そちらからもコープスが来ると言う訳だ。

とにかく削る削る。ひたすら削る。それで少しずつさがる。

息切れしたプリンシパティをさがらせて、後衛の天使をヨナタンが前に出す。パワーが槍でコープスを切り、盾で押し返しているが、それでも飲み込まれそうになっている。

「一度後退するか?」

「いや、相手には補給はあっても戦術の概念はない! 憑依しているのが高位の悪魔だかどうかは分からないけれど、とにかく倒しきれば終わりだよ! 此処で暮らしている人達のためにも、倒しきる!」

「そうか、そうだな。 じゃあ、やってやるぜえっ!」

ワルターが吠える。

自己強化魔術か。僕のを見て、手持ちの悪魔にならったらしい。ワルターは防御強化を中心に覚えたようだ。

これは最前衛に立つ事が多くて、それだけ手傷を受けやすいかららしい。だったら攻撃よりも防御、というわけだ。

激しい戦いを続けながら、さがる。

パワーが肉の壁に飲まれて、そのまま押し潰される。だが、無駄にはしない。僕も牙の槍を振るって、相手を粉みじんにする。飽和攻撃を受け続けているコープスは、残骸を取り込むのが明らかに遅くなっている。

アイラーヴァタが突貫して、一気に肉の壁を突き破った。

千切れた死体が飛び散る。それで力尽きたアイラーヴァタだが、良くやったと思う。ワルターが立て続けに蜘蛛の悪魔を呼び出す。

「来い妖鬼ギュウキ!」

「しゃあああっ!」

雄叫びを上げて具現化するそれは、近くで見ると蜘蛛だけではなく牛の要素も取り込んでいるようだった。

ギュウキは六本の足を振り回し、死体を食い千切って大暴れする。

そこに、イザボーがため込んでからの、光魔術を展開。

魔術の威力を増幅する技だ。僕が使っているチャージの魔術版。コンセントレイトというらしいが。

ともかくそれが炸裂して、コープスが一気に消し飛んでいた。

残りの僅かな破片が収束する前に、各自潰して回る。とにかく酷い有様だが。それでもどうにかできたか。

動く死体がいなくなった。

呼吸を整えていると、拍手の音。

奥にいたのは子供だ。

随分身綺麗な格好をしている。あれは、人間じゃないな。こんな所に、あんな子供がいるわけがない。

それに、この気配。

「またお前か……」

「今回は数で押しきろうと思っていたんだけどね。 そっちの方が手持ちを良く準備できているみたいじゃないか。 この短時間で、良く此処まで手札を揃えられたものだ。 感心するよ」

「そろそろ彼奴ぶん殴って良いか」

「止めておけ。 今交戦するには余力が心許ない」

ヨナタンがワルターを止める。

僕としてもある程度温存できているとは言え、力が上がってきているからこそ分かる。こいつの力が、だ。

だからこそ、仕掛ける気にはなれなかった。

仕掛けても無駄死にするだけである。

だが、許すつもりもない。

これだけの死者を顎で使った罪は、いずれ償わせてやる。

「ターミナルはこの奥にある。 どうぞ使うといい。 それにしても、此処には今までどの人外ハンターも手が出せなかったのに、よくやるねえ」

「手が回らなかっただけでしょ」

「まあ、確かに好き放題暴れている連中の事を考えるとそうかもね。 そう睨むなよ。 こっちだって仕事なんだからさ」

巫山戯た言い分を残して、奴が消える。

蠅の羽音がした気がした。

気のせいだろうか。

まあ、ともかくだ。周囲の残骸を、天使に念入りに浄化して貰う。ヨナタンも険しい顔で、それに同意してくれた。

大型の悪魔には、死体集めを手伝って貰う。

これだけの量だ。外で荼毘に伏すのも大変だろう。だが、アサヒが気を利かせて、人外ハンター数名を呼んできて、ついでに手押し車を幾つか持って来てくれた。

「ターミナルは後だ。 この亡骸の山を、今葬っておこう」

「分かった。 それも悪魔がまた湧かなくなると思えば意味のある行動だしな。 それに此処に人が住めるようになれば、また少し状況はマシになんだろ」

ワルターがそういうのをみて。どうでも良さそうにしていたナナシも、手伝いを始める。それでいい。

僕は一人で大型の荷車を運んで、遺体をまとめて運び出す。

外では既に人外ハンターが、浄化の炎を使える悪魔を呼び出してくれていた。

バロウズによると、仏教という信仰の神格であるらしい。なんとか明王と言っていたが、覚えられなかった。

その悪魔……種族は鬼神というらしいから、神様の一種だろう。

その存在が、どんどん死体を浄化してくれている。

かなりの手練れの人外ハンターだったが。

手には丸いものを連ねたものを持っていて、何か祈りの言葉らしいものを捧げていた。

「あれは何をしているんだろう」

「お経を上げているんだと思います」

「お経?」

「仏教での祈りの言葉です」

アサヒが教えてくれる。

そうか。

それは、東のミカド国には存在しなかった。

いずれにしても、汚された肉体と魂が、どんどん浄化されて、虚空に消えて行っている。あの暗くて悪魔だらけの地下から、開放されて楽になるのだったら。何がやってくれるのでもかまわない。

大量の死体を運び出す。

その内、依頼でもないのに、いつの間にか人外ハンターが大勢手伝いをしてくれていた。誰もが、あのたくさんあるのに、どうにもできない亡骸を心苦しく思っていたのか。それとも、僕らがやっているのをみて、やっと酷い有様だったのを思い出せたのか。それは分からない。

ただ、それでも手伝ってくれるのは事実だ。

最初は仕方がないという雰囲気だったワルターも、もう不満の色も見せずに作業をやっている。

何往復かして、やっとターミナルの辺りまで、遺体を片付けた。

骨になっているものも、ミイラ化しているものも多かった。本当にたくさんの人が、彼処でなくなったのだと分かって、悲しくなる。

キチジョージ村の惨劇以上の事が、この東京では至る所で起こったのだ。

一区画全てを片付け終えて、流石に僕も疲れたけれど。

仕上げにアナーヒターを呼んで、区画を浄化の水で綺麗にして貰う。アナーヒターは話を聞く限り戦いの女神でもあるらしいのだけれども。清浄な水も司っている。それに、荒々しい古代神格とはいえ。

このような有様を見ると、あまり良い気分はしないらしかった。

手伝いを何も言わずにしてくれる。

ほどなく、フロアからは雑魚の悪魔の姿もなくなった。

それどころか、悪霊などの雑多な悪魔が集まって来て。アナーヒターに敢えて浄化されていった。

苦しみ続けて、救いが欲しかったのかも知れない。

全てが光に包まれて消えていく。

成仏と言う奴なのかは分からないが。

ともかくこれで、悪夢の苦しみが終わったのだとすれば、良い事だと思う。

人外ハンター達は炊き出しを受けて、わいわいと騒いでいた。

ヨナタンが、人外ハンター協会から報酬を受け取ってくれていた。遺物を幾らか。パソコンもある。

それと予想より多いマッカ。

これはちょっと貰えないな。

多分想定外の戦果を上げたからだろうけれど。

僕達は東のミカド国でこの遺物を納品して、それでお金を貰える。

現物のマッカは、あの戦いで逃げずに頑張ったナナシとアサヒにあげる。

二人とも驚いていた。

「い、いいのかこんなに」

「マッカがあって、激戦をくぐり抜けた後にやる事は分かるよね」

「……そうだな。 豪遊なんかじゃなくて、悪魔の強化だよな」

「そう」

ナナシもアサヒも、まだまだ手持ちの悪魔は雑魚も良い所だ。

二人も伴って、ターミナルに。登録をしておく。

ターミナルを移動すると、空中に投げ出されるから気を付けろという話をして。実際に霞ヶ関のターミナルまで飛ぶ。

分かっていてもすぐには無理だろう。アサヒは空中に投げ出された所を、イザボーがさっと受け止めていた。

ナナシはきちんととんぼを切って着地している。

運動神経が素で優れているのもあるし、戦闘の度にどんどん強くなっているのも僕も見ている。

ただ、まだまだだ。

「ええと、二日くらい向こうで休憩するとして、ヨナタン、次の合流はどうしようか」

「どういうことだ?」

「ああ、東のミカド国はこっちと時間の流れが違うみたいなんだ。 向こうでの二日はこっちだと大した時間にならないんだよ」

「いずれにしても二日で済むかは分からないから待機していて貰おう。 合流はこのシェルターで、僕達が迎えに行けば良い」

ヨナタンの提案ももっともだ。

それで、一旦解散とする。

ナナシだけだと豪遊してお金を無駄にしそうだけれど、アサヒもついているから多分大丈夫だろう。

かなりのしっかりものだというのも間近で見た。

さて、一旦休憩して、それからだ。

新宿の周囲は、まだ厄介者の悪魔に肉薄できるほど、安全とは言えないのである。

 

1、合流

 

東のミカド国で進捗を報告。

ホープ隊長の話によると、現在五つの分隊が東京で活動していて、その中にはナバールも入っているという。

まるで別人のように変わったらしく。

今では分隊の他のサムライの足を引っ張るどころか、勇敢に最前線で戦っているという事だった。

そうか、変われたんだ。

変わる事ができる人間なんて滅多にいない。とても凄い事だし、立派なことだと思う。だから、素直に良い事だと僕は思った。

パソコンを初めとする貰った遺物を納品して、それで相応の報酬を貰う。

新鮮な肉や野菜などを受け取ったので、どうしようかと悩んだが。いっそのこと、霞ヶ関の人外ハンター本部に持ち込む方が良さそうである。彼処の方が物資が集約されていて、色々役立てるだろう。

ヨナタンがその時話を変えてくれて。生きている鶏や、植物の種に変えてくれないかと交渉していた。

それで、生きている鶏十羽ほどと、作物の種を貰って、霞ヶ関のシェルターに戻る。

勿論その間に、二日間しっかり休みを取り。

武器の整備もして貰った。

それとサムライ衆の制服についても、専門の仕立屋に直して貰った。激戦で吹っ飛ばされたりして、それなりに傷んでいたからである。

充分に準備を整えてから、霞ヶ関の……国会議事堂そばのシェルターのターミナルへと飛ぶ。

すぐにシェルターに出向くが。

生きている鶏を見て、人外ハンター達が目を剥いていた。

「鶏だ!」

「いつぶりに見るんだ!?」

「落ち着いて。 今食べてしまったら、元も子もないよ。 奥で育てられるって話があるから、この子等が産んでくれた卵とか、増えた分の肉が出回るのを待った方がいいと思う」

「ああ、分かってる。 でも、本当に有り難い! 卵は栄養の塊だ。 滋養が足りていない人間にはこれ以上もない助けになる!」

そんなに喜んでくれるのは分かるが。

だが、そのまま渡してしまったら、すぐに捌いて食べてしまっていただろう。

それでは駄目だ。

シェルターに持ち込んで、すぐに姿を見せた志村に引き渡す。志村も驚いていたが、すぐに手篤く奥へ運んでくれた。

作物の種もだ。

作物に関しても、奥で育ててはいるらしいのだが、その種類も最低限らしいのである。今回持ち込んだ作物のリストをヨナタンが渡すと、栄養士だという人と一緒に、感心して何度も頷いていた。

「これで栄養食のバリエーションを豊富に増やせますね」

「卵はすぐに全てを食用には廻せないな。 ひよこにする分を考えると、最初はあまり多くは使えないか?」

「世話は老人や子供に任せましょう。 これで更に医療の態勢を整える事ができます!」

「ああ、ありがたい話だ」

その後は、ナナシとアサヒと合流。

案の場と言うか、こっちでは殆ど時間も経過していない。

ただ、マッカを使って、悪魔合体で悪魔をかなり強く出来たらしい。それは心強い話である。

合流して、即座に新宿のターミナルに飛ぶ。

此処からだ。

まだまだ、退治しなければならない悪魔はわんさかいる。

数日がかりになるのは覚悟の上である。

ヨナタンが、幾つかのプランを立ててくれていた。

「まず地上部分に上がろう。 地上部分にもかなり厄介な悪魔が数体いて、人々を苦しめている。 それらを片付けてから、都庁と言う所にいる奴の相手をすることを考えるべきだろうな」

「地元の人外ハンターでどうにかできないのかよ」

「どうにもならないんだろうぜ。 まだ来たばかりの俺らに仕事が振られるくらいだからな」

「ワルターさんがいうなら……」

ナナシは若干不満そうだが、それについては我慢して貰うしかない。

とにかく複雑な経路を通って、地上に。途中で雑魚悪魔を見かけるが、アサヒが欲しいというので交渉させる。

まあある程度ぼったくられるが、支援もあるので、不意打ちの隙は見せない。

契約成立。

悪魔をどうにか仲魔にして、それで先に。

マッカで一度仲魔にした悪魔を呼び出すよりも、どうしても野良の悪魔を捕まえ直した方が安くつく。

これについては仕組みがよく分からない。

マッカというお金は最終的には魔力みたいなものになるらしく、それを複雑な仕組みで固形化してお金にしているらしい。

東京でも東のミカド国でもそんなものが流通しているのは不思議ではあるが。

確かにこれは偽造しようがないし、偽造できないなら通貨にするのは悪くはないのかも知れない。

地上に出る。

僕達が入ってきた所とは、光景がまるで別だ。やはり巨大な建物が林立していて。その一つに大きな蛇の悪魔が巻き付いているのが見える。

だが、それはするすると這いながら、別の所へ行ってしまった。

かなり広い通りで、其処で悪魔が群れている。

この辺りの悪魔の掃討作戦が続けての仕事だ。

さっさと片付けるか。

手持ちの悪魔達を展開すると、すぐに相手もやる気になる。

襲いかかってくる悪魔達を、即座に迎撃。

片付けきるまで、少し時間が掛かる。視線がある。後ろから見ているのは、多分阿修羅会だろう。

襲いかかってきた人型の悪魔の頭を掴んで、地面に叩き付けて粉砕。マグネタイトに変わっていくのを見やりつつ、皆と話す。

「後ろにも気を付けておいて」

「ああ、阿修羅会だかだろ。 後ろでこそこそしやがって。 悪魔の群れに放り込んでやろうかな……」

「あまり上品ではありませんけれども、確かに一理ありますわ。 こんな状態で、戦える力があるのに戦わない。 恥を知らない者達ですわね」

「それはそうとして、どうやら本命が来たようだぞ」

ヨナタンが警告してくる。

奥から現れたのは、なんだろう。ちょっと形容しがたい悪魔だ。

女性の人間型なのだが、手がたくさん生えていて。非常に体がアンバランスだ。全ての手に武器を持っていて、非常に獰猛そうである。それでありながら上半身は裸で、羞恥心の欠片も見えない。

「インド神話系の神格のようだけれど、失伝してしまっている存在ね。 カーリー神の原型かもしれないわ」

「うーん、インド神話もカーリーという神様も分からない」

「ともかく弱くはないはずよ。 気を付けて」

凄まじい雄叫びを上げる上裸の女悪魔。

跳躍して、そのまま躍りかかってくる。

前に飛び出したスイキが攻撃を防ぐが、瞬く間に多数の剣撃を浴びて木っ端みじんにされてしまう。

凄まじい剣技だ。

だが。

横から、アイラーヴァタが突貫。質量差でぶっ飛ばしに懸かるが、それも踏みとどまって、地面を砕きながら耐えて見せる悪魔。

ナナシとアサヒが、それぞれ銃で乱射するが、五月蠅そうにするだけ。

だが、足を止めたのが其奴の命取りだった。

ワルターが斬りかかる。ヨナタンと、多数のパワーも。

飽和攻撃を受けて、更に押し込んでくるアイラーヴァタの力もある。凄まじい牙が生えている口を開いて喚く女悪魔だが、四方八方からの攻撃を防ぐので手一杯だ。

その間に僕は後ろに歩法を駆使して回り込むと、牙の槍を相手の後ろから通していた。

綺麗に通った。

そのまま踏み込んで、衝撃波を悪魔の体内に叩き込む。

全身に罅のように傷が入って、鮮血が噴き出す女悪魔。

離れて。

僕が叫ぶと、アイラーヴァタも必死に逃れる。女悪魔が奇声を上げながら、力を溜めにかかる。

自分が出来るから知っている。

あれはチャージだ。

もし奴が何かしらの力業を繰り出したら、死者が出る可能性も高い。

だが、その瞬間。魔術担当の悪魔が、一斉に火力投射。悪魔が、断末魔の悲鳴を上げる中、数十の攻撃魔術が、その欠片の一つに至るまで焼き尽くしていた。

「人間大でも相当に手強い悪魔だった。 こんなんがワラワラいるんだな」

「さっきのビルに絡みついていた奴だって相当に強いはずだよ。 とにかく、順番に片付けて行かないと」

「そうだな……」

まだ余力はある。

手傷を受けた悪魔を、ヨナタンの天使達が回復させていく。

パワーの内一体が、光に包まれて転化する。

なんだか半透明の、より強い光に包まれた天使になったようだった。

「中級二位、ヴァーチャーよ。 力天使と言われる階級の天使ね」

「パワーが能天使なのに、ヴァーチャーが力天使なんだね……」

「その辺りは仕方がないわ」

「まあ、そういうものだと思うよ」

ただこの上からは、かなり転化に手間が掛かりそうだとバロウズが言う。

見た感じ、ヴァーチャーは魔術特化型で、今後ヨナタンの天使が強くなって行くのだとすると、それでも当面は前衛を務めるのはパワーになるのだろう。

少し新宿駅に戻って休憩を入れる。僕らは持ち込んだ保存食を口にする。これは、ただでさえ食糧事情が色々とよろしくない東京の人達の食糧を取る訳にはいかないという理由もあるし。

何よりもあわないものを食べて体調を崩したりしたら、元も子もないという理由もある。

ちなみに阿修羅会はいつの間にかいなくなっていた。

「ナナシとアサヒは、それ何食べてるの?」

「外で取った悪魔肉の串焼きだよ。 欲しいかフリンさん」

「いや、いらない。 二人でしっかり食べて。 それは東京の人達で食べるべきものだよ。 食糧が足りている僕らが、それを取っていいものじゃない」

「ふーん、真面目なんだな」

別に真面目じゃない。

僕は農家の出だ。

食べ物の大事さを理解している。

お米だって野菜だって、作るのにどれだけの手間が掛かっているか。それは実際にやってみないと分からないだろう。

それをカジュアリティーズは臭いだの不潔だの言っているラグジュアリーズが不愉快な理由につながっている。

連中が何をしていると言うのか。

実際に誰かが手を動かさない限り、服も魚もお肉も手に入らない。金を動かしているだけの輩がえらいものか。

それから数体の手強い悪魔を片付けて、一旦地下に戻って休憩する。

干し肉をかじっていると、アサヒが興味を持ったようなので、分ける。食糧はこっちが豊富に持っているのだ。

アサヒが驚いたようだった。

「悪魔の肉と全然違う……」

「ただの燻製にした豚肉だよ。 保存食用にしてあって、この造りだと一冬は余裕で越すんだ。 普通だとあんまりたくさんは食べられなくて、冬に妊婦とかのためにとってあるんだよ」

「東のミカド国って場所も、天国じゃないんですね」

「天国なものかよ」

ワルターがそれに対して即応。

僕も同感だ。

ヨナタンが咳払いして、休憩に徹するように言う。いっそ僕らだけ戻るのもありだ。一眠りしてくるくらいの時間は、此方では誤差である。

「わたくしが少し食糧を持って来ましょうか。 組織的な食糧輸送はサムライ衆が戦略として判断していますけれど、個人的な携帯食くらいなら……」

「わ、イザボー姉さん優しい! お願いします!」

「ま、まあそうですわね。 飴が良いかしら」

飴か。

僕も話にしか聞いたことがない。サトウキビそのものを扱っている村が少なくて、もの凄い高値がつくのだ。甘味は基本的に僕達は果物から取る。蜂蜜は一部の専門家だけが扱っていて、砂糖と同じくらい高いので、滅多に手に入らない。砂糖を贅沢に使って作る菓子は、ラグジュアリーズが独占している。

僕の視線を見て、咳払いするイザボー。

「皆の分も持って来ますわ。 家から持ち出すことになるから、戻ってから、ですけれどもね」

「飴か。 死に際の爺さんが、一度食べて見たかったとか言っていたな。 俺の分もくれな。 爺さんにあの世でどんな味だったか説明しないといけないし」

「分かっていますわよ」

「僕の家からも保存食は持ってくるよ。 皆には常に戦闘で世話になっているからね」

ヨナタンもこの辺りは発想が柔軟か。

ともかく少し休んだので、すぐに悪魔退治に戻る。

銃の扱いについては、アサヒはかなり上手いようだ。今は拳銃という、僕らも貰っている銃を使っているが。ある程度経験を積んだら、アサルトライフルというのを持たせてもらうらしい。

大量の弾をばらまける強力な銃で、大戦が起きる前の世界に限れば圧倒的な制圧力を持つ当時の戦士のお供だったそうだ。

一方ナナシは連戦で接近戦の技量が増している。

ワルターがアドバイスをして、それを柔軟に取り入れて、アクロバティックな動きをして悪魔と戦えないか試しているようだ。

僕はちょっとまだ危ういから、前線には出ないようにと言ってはいるが。

手持ちの悪魔も順当に強くなっている。

肩を並べて戦えるようになる日は、そう遠くないはずだ。

地上に出て、廃墟になった新宿の街の中を行き、指定されている悪魔を片付けて回る。阿修羅会の奴らが後方からつけてきているが、放っておく。

あれはこっちに仕掛けて来る度胸なんてない輩だ。

見張っておけとだけ言われているのだろう。

新宿の地上部分にある建物に入ると、貧しい身なりの人と、悪魔が一緒にいた。悪魔を使役している様子はない。

ただこれは、どうみても共存出来ている様子もない。

悪魔が怖れている人間をエサとしているだけ。ただ肉を喰らっていないだけだ。

両手に剣を持ち、全身にカラフルな刺青をした角のある男の悪魔は、此方を見て鼻を鳴らす。

かなり強い悪魔だ。

僕としても、慎重に行動するしかない。

「邪鬼ラクシャーサね。 インド神話における神の敵対者の一角。 日本では羅刹として知られているけれども、天部の眷属になっている事も多いわ」

「ほう、詳しいじゃねえか。 俺は生憎そんなんは御免だがな。 此奴を痛めつけて恐怖を喰らっているのが一番だ。 エサも適当に与えてるんだぜ? 感謝してほしいくらいだが……」

「畜産農家みたいな言い分だね。 畜産農家の人間が、家畜を虐げているとでも思っているの?」

「なんだこんな場所にそんなものいねえってのに、知った風な口を利きやがって」

苛立つラクシャーサ。

それで完全に注意が僕に向く。

その間に、ナナシとアサヒが忍び足で行く。

ラクシャーサが気付いた時には、二人が捕らえられた物乞いみたいな格好のおばさんを担いで、逃げ出していた。

「てめえら、俺のエサを!」

「あのねえ。 最終的に出荷したり食べたりするにしても、畜産農家の人間は家畜を可愛がるのが当たり前なんだよ。 肉も乳も出が悪くなるし、次の世代も生まれなくなる。 だから優しい人には向いていない。 可愛がると食べるを切り替えなければならないからね。 あいにくだけれど僕はそういう事情を実際に知ってる。 だから君の事は色々許せない」

「てめ……この東京の者じゃねえな!」

「天使ではないよあいにくだけど。 だけれど、正解かな」

わめき散らすラクシャーサに、そのまま牙の槍での連続突きを叩き込む。二刀を振るって弾き返すラクシャーサ。流石だ。確かに強い。

だが、僕も切り札を使えるようになって来ている。

既に出現していたアナーヒターが、ラクシャーサの足下を凍らせる。足捌きで立ち回ろうとしたラクシャーサが、あわてた瞬間。

大ぶりからの渾身の一撃をワルターが叩き込む。それすらも二刀で防ぎ切るラクシャーサだが。

僕の速度特化の突きが、体を数カ所抉る。

更に僕ら二人が飛び退くと同時に、ヨナタンとイザボーが雷撃魔術を叩き込む。悲鳴を上げるラクシャーサだが、タフだ。

天使達が前衛になって、暴れるラクシャーサの攻撃を全て受け止める。足下の氷を無理矢理砕いて暴れ回るラクシャーサだが、足捌きが明確に落ちている。息も。

その間に僕は、支援魔術を全力でかけ続ける。

それに気付いたラクシャーサが、凄まじい怒りの声を上げた。

「この、数で押しきりに来やがって……っ!」

「いつもはそうされる立場だけどなー」

「うるせえっ! ずたずたに切り裂いてやる!」

飛びかかってくるラクシャーサだが、その動きが空中で止まる。全身に横殴りに針が叩き込まれたのだ。

間近で見ると、もの凄い鋭さと太さだ。

ぎゃあっと哀れっぽい悲鳴を上げるラクシャーサ。

僕は勿論、そのまま全力でラクシャーサを串刺しにする。それでも刀を振るおうとするラクシャーサだが。

ワルターとヨナタンが、同時に両の刀を手首から切りおとし。

更にはイザボーが、渾身の冷気魔術を、僕が飛び退くと同時に叩きこんでいた。

「ち、畜生っ! あ、あのババアは、俺が戯れに助けてやらなければ、もう他の悪魔に食われていた……んだぞ!」

「そう。 ならば滅ぼさないでおいてあげる。 今度はその人等に呼び出されて、使役でもされなさい」

「……くそっ」

消えていくラクシャーサ。

この針の使い手には覚えがある。

建物の入口で、ナナシとアサヒが手を振っている。ちゃんと人質を開放した。二人ともちゃんとやれている。

そして、針の使い手が、降り立っていた。

「想像以上に出来るわね」

「全く気配がなかったけれど、どうやってここに入ったんですか?」

「ああ、空間を跳べるのよ。 制限も多いけれどね」

「空だけではなく空間もか。 凄まじい」

降り立った使い手、霊夢に、ヨナタンが素直に賛辞を述べる。

さっきの暴れまくったラクシャーサに捕らわれているあのおばさんの救出が依頼だった。これくらいやればある程度この地での信頼は得られただろう。

本当はもっと色々やるつもりだったのだが、この人が来たと言う事は、何かあったということだ。

「それで、何かあったんですね」

「ため口で良いわよ。 同じくらいの年だし」

「……どうかしたの?」

「素直でよろしい。 此処に巣くっている悪魔の正体が分かってね。 ちょっと此方の関係者だから、連携して行動したいと思っていて。 ここに来る前に話を聞いたけれど、地下でも地上でも悪魔をかなり退治してくれているって話で、特に地下では誰もどうしようも出来なかった死者の群れをまとめて浄化してくれたそうね。 此方としては、試すのはもう充分。 それよりも、協力を頼むわ。 この後に控えているおおいくさの下準備に、此処の悪魔を仕留める事が必須なのよ」

この人が助けを頼んでくるほどの相手か。

ちょっと笑い話にもならないな。

ともかく、新宿駅に降りる。おばさんはうわごとをブツブツ呟いていた。話を聞く限り、あの捕まっていた場所が自分のお店だったらしい。体が悪くなってきて、もう最後だと考えて、懐かしいお店に行ってみたら、あの悪魔に捕まったそうだ。

ただ、死なないように回復の魔術を使える手下を呼んで手当てをさせたり、なんだか分からない食べ物も食べさせられていたのも事実らしい。

やり方を良く理解出来ていないだけで、クズというわけではなかったようだ。

一瞬だけだが、戦闘でアナーヒターも活用出来た。まだまだ戦闘で恒常的に呼ぶには力が足りないが、それでも大きな進歩だと言える。

人外ハンターが、すぐに志村に連絡を入れてくれる。

これから迎えに来るそうだ。

このおばさん、どうせ此処では生きていけないだろう。それならば、あのシェルターで助けて貰った方が良いはずだ。

ナナシとアサヒも、此処で一度離れるという。

志村が連れて行くそうだ。

「ええ、もっと戦いたかった!」

「ナナシ、私達後方支援しか出来ていなかったでしょ。 やっぱりもう少し、身の丈に合った任務からだよ」

「それもあるけれど、護衛が一番任務としては実戦性が高いよ。 どうせ行き来するときに悪魔が出るでしょ。 護衛対象を守りきるのは、自分一人を守るよりもずっと難易度が高いんだよ」

僕が諭すと、ナナシはそんなもんかと頭を掻く。

ワルターが、どうせすぐに会えるし、また任務を一緒にやろうと声を掛けると、ぱっとナナシの顔が明るくなる。

分かりやすいことだ。

でも、この子の年頃だったら、多分それでいいのだと思う。

そして次にあった時は、きっともっと強くなっている筈だ。

霊夢におばさんとナナシとアサヒを預けて、僕達は一度ターミナルから戻って、休憩を入れる。

これから厳しい戦いになるという話だ。それなら万全の態勢を整えておいた方がいいだろう。

風呂と一眠りくらいは、まるで問題にもならない。

後依頼をこなした結果貰った遺物も納品しておく。僕としては全く分からないものばかりだけれど、ウーゴは或いは正体を見抜くかも知れないし。それでやはり貴重品があったようで、それなりにマッカを貰えた。これで更に手持ちの悪魔を調整出来るだろう。

風呂に入って一眠りする。

その間にヨナタンはせっせと報告書を書いてくれていたようだ。

既に他のサムライの班も移動範囲を拡げていて、彼方此方で人外ハンターと連携して悪魔と交戦しているらしい。

すっかり心を入れ替えたナバールもその中にいて、この間はかなり大きな悪魔を倒して武勲を上げたそうだ。

無能だった父親とは偉い違いだとホープ隊長が言っていたと言う。

それを聞いて僕は自分の事のように嬉しかった。

ナバールは変わったのだ。それで変わった事が報われた。

変わる事で報われることは、絶対では無い。世の中には完全な因果応報なんてないんだから。

だけれども、今回はそれが働いてくれたのである。

神様がどんな存在かはしらない。少なくともいたとしたら、東京の有様について一言でも二言でも面罵してやりたいと思うけれど。

それでも今回だけは感謝してやる。

皆で集まる。僕としても整備して貰った牙の槍を受け取って、状態は万全だ。手持ちの悪魔達も少し調整して、更に戦力を挙げている。ヨナタンも手持ちの戦力について話してくれたが、パワーに転化する天使が更に増えているそうだ。

「パワーのままでありたいという天使も少なくない。 悪魔との最前線で戦う盾であり矛でもあるからだそうだ」

「随分慕われているな。 俺も悪魔を数体入れ替えたが、俺は実力がある奴だけつれて行くつもりだ」

「別にそれでいいのではなくて? わたくしも魔術戦に特化するべく、悪魔の編成を常に考えていますわ」

皆も考えて、力をどんどん上げている。

僕も負けてはいられないな。少なくともアナーヒターを前線で常に戦えさせられるくらいにならないと。

そう僕は考えながら、新宿に向かう事を告げていた。

 

2、都庁の戦い

 

新宿で霊夢と合流する。本来はとてもフランクな人だというのは分かっていたが。遅いとも言われなかった。

むしろもう良いのか、という顔をされた。

ちなみに志村はナナシとアサヒ、それにあのおばさんだけではなく他にも数人、困窮している人を連れて行ったそうだ。

それでいい。

シェルターの規模はどんどん拡大しているらしく、清潔な衣類などまでどんどん周辺の都市などで出回るようになっているそうだ。

阿修羅会はとにかく自分に逆らえないようにと言う行動ばかり優先して、ひたすら人々から戦う力を取りあげることばかりしていたし。インフラを破壊して、一緒に立ち向かってくる事を妨げていた。

こんな状態だというのに。

本当に愚かしい連中で、聞いているだけで苛立ちが募るが。

ともかく今は、見極めなければいけない。

霊夢という人も、心底からはまだ人外ハンターを信頼していないようだ。

実際悪辣な人外ハンターがいるのも僕は既に見ている。

上野で僕らをはめようとした連中とかだ。

阿修羅会に協力する人外ハンターまでいるらしいし。

この荒れ果てた土地では、人の心だって腐る。

だったら、仕方がないのかも知れない。

ただ、だからこそ。

僕らが手本を示さなければならないのだろうが。

霊夢についていって、元は食事をする店だったらしい場所に出向く。今では食事なんて出てこないが。

テーブルと椅子はあった。

ヨナタンが呼び出した天使達が、即座に細々と働いて、すぐに椅子もテーブルも新品同様にぴかぴかにする。

天使達をあまり良く思っていないワルターも、ひゅうと口笛を吹いていた。

「やるなあそいつら」

「椅子はちょっと傷んでいるかも知れないから、あまり勢いよく座っては駄目よ」

「ああ、分かってるぜ」

それで座り、軽く話をする。

上品なデザインの椅子だが、確かにワルターの体重を支えるのは厳しそうだ。新品だったらそれでも良かったのかも知れないが。

「ではあたしから。 都庁に現在巣くっている悪魔は、国津神クエビコ。 この国……こうなる前は日本と言われていたのだけれどね。 日本の古い神様よ」

「国津神?」

「この国には、最初に大地に降り立った神々と、その後にそれを征服した神々が存在していてね。 最初に降り立った神々が、大国主命を筆頭とする国津神。 そしてそれを後から征服した存在を、天照大神を主とする天津神と呼ぶわ。 とはいっても完全な侵略者というわけでもなくて、血はつながっているし、なんなら後から更に混血したりもしているけれどね」

なるほど。

貴族制にたとえて霊夢が話してくれる。

それによると、先走って軍を率いて貴族が土地を平定。その土地を勝手に自分の領土だと言い始めた。

だがその土地の存在を発見したのは王様。王様は軍を出して、貴族を平定した。

その王様が天津神。

貴族が国津神。

だいたいこういう関係であるらしい。

「実際にはその国津神の更に前にも、各地で発生した神々がいたりするのだけれども、まあそれはいいわ。 今回の相手は国津神よ。 クエビコという存在は田と知恵の神様に当たるわ」

「ちょっと待って欲しい。 僕も貴方が来る前に此処で調査をしていたのだが、獰猛で人を喰らう恐ろしい悪魔だと言う話だったぞ」

「うん。 神というのはね、信仰を失ってよりどころである土地も汚されると、暴走する事があるの。 今のクエビコはそれ。 そうなった神を、荒神と呼ぶわ。 これを調伏するのが今回の目的」

「ブッ殺しちまえば早いんじゃねえか?」

乱暴な提案をワルターがするが、そうもいかないらしい。

現在、もっとも酷い状態になっている都市が池袋らしい。それも東のミカド国で聞いた地名だが、それは今はいい。

池袋は現在、複数の守りで固められていて。

その一番外側の守りを崩すのに、クエビコを正常化させて、土地の支配権を取り返す必要があるそうだ。

「本来の土地の所有者がクエビコよ。 この地に侵略を仕掛けた天使達が最初にやったのは、この国の神々を封印して黙らせること。 多くの神々が封印されて、残りも土地を追われた。 だからクエビコだけではなく、封印されなかった神々もみな荒神と化している可能性が高いわね」

「厄介だね。 それで僕達はどうすればいい?」

「話は既に集めてあるけれど、阿修羅会のネゴシエーターが今そのクエビコの所に向かったらしいわ。 どうせ上手く行かないでしょうけれど。 そいつを追い払って、更にはあたしが儀式をするまで護衛をよろしく。 会話が成立するレベルの荒神もいるけれど、暴走状態にある神を元に戻すには、相応に手順が必要なの。 本来あたしみたいな神職は専門家なのだけれど、此処に攻め寄せた天使達は神職を片っ端から皆殺しにしたらしいわ」

そうか、酷い話だ。

ヨナタンが連れている天使達とは随分違う。

咳払いすると、イザボーが言う。

「此方でも新宿の情報を集めていましたけれど、都庁前の辺りには、地霊という悪魔がたくさんいるそうですわ」

「あり得ない話じゃないわね」

地霊というのは、大地に根ざした悪魔達。

それこそ大地にわく力そのものといった弱者から、大地に根ざした神に近い存在まで様々だとバロウズに聞いている。

いずれにしても、其処まで獰猛な悪魔じゃないし。

クエビコを従えれば、それで大人しくなるだろうとも。

幾つか作戦を練った後、出撃する。

さて、此処からだ。

阿修羅会が此処でクエビコを先に従えたりしたら、それはかなり面倒な事になるだろうが。

此処でも失敗したら、更にその名は地に落ちることになる。

こっちを伺っている阿修羅会のはまだいるが。仕掛けて来る気は無さそうである。

では、出撃する。

僕を先頭に、都庁に続く出口へ急ぐ。

入口から出ると、大きな建物が林立している。ここらから、使える遺物がまだ見つかるらしい。

そうなると、新宿の人々とそれなりに良い関係を構築できれば、東のミカド国と良好な関係に発展させられるかも知れない。

ただ、入口を出ると、もう悪魔が彷徨いている。

片付けながら進む事になるが、明らかに少しずつ質が上がっている。今後、もっと強い悪魔も出るんだろうな。

そう思うと、あまり気分は良くなかった。

バロウズに案内してもらいながら、数度の戦闘を切り抜ける。幸い苦戦するような強力なのはいない。

手当たり次第に始末しながら先へ。

やがて。特徴的な形状の都庁が見えてきた。

この辺りは元々広場として作られていたらしいが。天を行くような道は、彼方此方が崩れてしまっている。

こう行く、と僕は視線を動かして、都庁までの道を割り出すが。

まったとイザボーが言う。

「フリン。 あの、言っておきますけれど。 空を飛べる霊夢や、貴方の真似は誰もが出来るわけではありませんわよ?」

「イザボーもだいぶ身体能力上がってると思うけれど」

「いや、それでも無理ですわ!」

「同感だぜ……」

ワルターがげんなりした様子でいうので、僕もちょっと溜息。

分かった。そうなると、少しずつ道を開くしかない。

ヨナタンが確か、階段を作れるような悪魔を呼び出せたと思うが。ヨナタンに聞くと、頷いていた。

「アーシーズだね。 ちょっと待っていて」

「おお、最初の試練で使った彼奴か。 イザボー、お前も鳥を呼べばいいじゃねえか」

「飛んでいる最中は無防備でしてよ。 奈落と此処では訳が違いますわ」

「奈落?」

ヨナタンが作業をしている間、僕が説明をしておく。

其処を通って、東京に来たのだと。

ドーム状に天井があって、その上に暮らしている。そう聞くと、霊夢は腕組みして小首を捻った。

「この土地を破滅から守ったのは将門公という土地の守護者だけれども。 それにはいろいろと不可解な事が多いわね」

「どういうこと?」

「将門公は、どちらかというと東京というよりも関東全域の守護者よ。 この辺りを板東なんていうんだけれども、板東武者の祖なんて言われていたりしてね。 祟り神としても名高いけれども、それはそれとして守護者としても知られているわ」

その将門公という人は、そんなに偉いのか。

感心するが、霊夢の不審が気になる。

この人、バロウズより悪魔や神に詳しいかも知れない。

それに見ていて分かるが、勘が恐ろしく鋭いらしく、殆ど汚物を踏んだりしない。

それが違和感を覚えているとなると。

何かまだあるのかも知れない。

「階段できたぞ」

「待った。 その辺りが床が脆くなってる。 下側から補強した方が良いわ」

「そうか、分かった。 すぐに対処する」

「やれやれ、間近に見えているのに、行くだけで一苦労だぜ」

ワルターの愚痴ももっともだ。

なお地霊という悪魔は、こっちをこっそり見ている連中だろう。

結構強そうなのもいるようだが。

それでも霊夢の実力を肌で感じているのか。

そもそも戦闘が性質的に好きではないのか。

こっちに仕掛けて来る様子はない。

まあ、襲ってこないのなら、こっちからどうこうするつもりもないが。

階段を上がって、更に先に。

道が途切れているので、それもアーシーズを使って塞いでおく。ワルターが楽でいいなと言うが。

アーシーズに回復魔術を掛けている天使達は複雑そうな顔だ。

最初にパワーになった天使が、ヴァーチャーになった今は、天使達の司令塔をしているようである。

試しに話を聞いてみる。

「東京を焼き払ったって話、本当?」

「いえ、天使と言っても天の国に億といます。 それも様々な世界に出払っている事も多く、殆どのものは普段は霊的な状態のまま、呼び出されては使役されるだけなのです」

「そうなんだ……」

「ヨナタン様は、我々を道具としてではなく、ともに戦う仲魔として扱ってくれています。 それだけで忠義を尽くすのは充分です。 ただ、大天使や神に指示をされれば、迫害に荷担するのは仕方がないのかもしれません。 逆らう事は選択肢にありませんので……」

古くには逆らった天使達が多くいたが。

それらは皆堕天使になってしまった。

ヴァーチャーは悲しそうにそういう。

そうか。

いずれにしても、天使と言っても色々か。

道が出来たので、行く。

都庁は間近だ。

 

都庁に入る。血の臭いだこれは。中は凄まじい有様で、領域になっている。

荒神になっているだろうという話だったが。奧にいるのは、巨大な土塊といった感じの恐ろしい悪魔だ。あれがクエビコだろう。口は凶暴な牙だらけで、とても田の神様には見えない。

知恵の神様だとも思えなかった。

阿修羅会の下っ端らしいのが、クエビコに話をしている。側には、雇われたらしい護衛の人外ハンターもいたが、巨大なクエビコに恐れを成してしまっているのが一目でわかった。

「だから、赤玉だったら差し上げますって。 それで手を打ちましょうよ」

「黙れ! そのようなおぞましいもの、口に出来るか!」

「とはいっても手当たり次第に人食べてたら、いずれヤバイのが来ますよ。 あんたも元神様かも知れませんが、それでもいずれは殺されますって」

「元神だと! 今でも我は神だ! この土地は元は我のもの! 我の場所で何をしようと勝手だ! 人間も外来種の悪魔も、全てくろうてやるわ!」

平行線だな。

ただ、クエビコの言い分は神のものとはとても思えないが。

土地の所有権がクエビコにあるというのは、百歩譲ってまあいいだろう。

だが、その土地にいる人間を手当たり次第に食うだと。田の神様が。田を作る民がいなくなれば。田なんかあっと言う間に役に立たなくなる。

米作りの大変さは、比較的傾斜が緩い村にいる人から僕だって聞いている。僕の村は畑が主体だったけれど、米作りは奥が深くて、とてもではないが素人が手を出せる代物ではない。

呆れ果てた阿修羅会の男が、人外ハンターをけしかけようとするが。

二人組の人外ハンターは、ぶるぶる震えるばかりだ。

「どうしたんですか貴方たち。 友人を殺されたって話だったじゃないですか。 敵討ちのために備えて来たんでしょう」

「こ、ここ、こんなにでかいなんて聞いてない!」

「勝てる訳がねえよ!」

「さがっていなさい」

霊夢の声。

それだけで雰囲気が変わる。

阿修羅会の奴がやっとこっちに気付いたらしく、何か言おうとしたが。クエビコが手を振るって。

それでふっとんで、壁に叩き付けられて。ずるずると落ちた。

即死はしていないか。

遁走する人外ハンターにワルターが一喝。

「外も悪魔だらけだ! 俺たちがどうにかするから、そこにいろ!」

「ひっ!」

「な、なんなんだよお前等!」

「サムライだよ」

僕が前に出る。

既に打ち合わせは済んでいる。霊夢がまずは問答を仕掛ける。

それで実力行使に出て来たら、僕らが時間を稼ぐ。

悪魔も総力で展開。多数の天使を見て、クエビコが怒りの声を上げていた。

「貴様等、侵略者の手先か!」

「それはただ使役しているだけの天使よ。 それよりも。 あたしを見なさい。 何か思うところは」

「! 微かに感じるぞ。 その力、常世思金神様! 貴様眷属か何かか!」

「直接会っていたそのオモイカネは、うちでは八意永琳と名乗っていたけれどね。 まあそれはいい。 知恵の神、田の神である貴方が、そのような荒神と化し、田を作り貴方を案山子として祀る人々を喰らうなどという凶行を働いていて、一体どの面を下げて神を名乗る! 今の貴方は土地神でも守護神でもなんでもない! ただの凶暴な猛獣以下の悪魔よ!」

悲鳴を上げるクエビコ。

凄まじい力だ。

ぼこぼことわき上がってくる、人型。土の塊。

これは恐らく、クエビコに食われてしまった人々の慣れの果てだろう。

うめき声を上げて襲いかかってくるそれらを、必死に退ける。かなり一体ずつが強い。流石に元々の土地の所有者だ。

眷属でもこれだけ強いと言う事か。

それもこれらの人型は、食われてしまった元人だ。

歯を食いしばって、牙の槍で振るって、貫き、叩き、薙ぐ。

霊夢は更に問答を投げかける。

「選びなさい。 もとの土地神に戻り、この地の人々を真に守護する存在へ戻るか! それとも此処で塵も残さず滅びるか!」

「わ、わしは……こ、このような姿に……されたのだ!」

「それは貴方がされた事! あたしは貴方の意思を聞いている!」

「ぎゃあああああああっ!」

言葉のやりとりだけだが、それだけでとんでもない魔力が飛び交っているのが分かる。霊夢も声の調子からして、かなり消耗しているようだ。

なるほど、守れといわれる訳だ。

人を食う悪魔と化した神を元に戻すのは、こうも大変なのか。

飛びかかってきた数体の人型を、牙の槍を振り回して、まとめて薙ぎ散らす。しかし、粉々に砕いても、人型はすぐに元に戻って迫ってくる。

歯を食いしばる。

長くは保たないぞ、これ。

吹き付けてくる魔力が、全身の力を吸い取るかのようだ。体調が明らかに悪くなっている。

いや、隣を見ると、ワルターは平気。

そうなると、これは恐らくだが、呪詛に近いものだろう。

「ヨナタン、天使は下げて! 消耗するだけだよ!」

「くっ、すまない!」

「これは呪いそのものだね。 多分あの太歳星君と同じだ!」

「仕方がありませんわね。 天使と共闘させるのは気が引けるので控えていたのですけれど。 いきなさい、堕天使ハルパス!」

イザボーが呼び出したのは、変な帽子を被った黒い鳥の悪魔……いや今言われていたと言う事は、堕天使なのか。

それが多数、前列に飛び出して、壁になる。壁になったハルパスは、それぞれが魔術を放って、土塊を防ぐ。

しかしどう見ても非力だ。壁にしかならないだろう。

頭を抱えているクエビコは、唸りながら訴える。

「わ、わしは、なんということを。 わしは、神に戻りたい……」

「ならば受け入れなさい。 其処、寝ていろ!」

いつの間にか意識を取り戻したらしい阿修羅会の男が、銃を霊夢に向けていた。

僕は足下の瓦礫を蹴り上げると、そのまま回し蹴りで阿修羅会の男に叩き付ける。腹部に直撃。

白目を剥いて動かなくなる。

大小を漏らしている様子からして、あれは完全に気絶した。気絶する前にダンと音がしたが、多分手にしている銃だろう。

後で取りあげておくか。ちなみに弾丸は霊夢に弾かれていた。弾丸くらいだったら、弾くのも余裕なのだろう。

まだ土塊が来る。

それよりも、吹き付けてくる呪いの力が凄まじい。

ワルターは全然平気なようで、いつもより生き生きと大暴れしている。ヨナタンは少数連れている天使以外の悪魔を呼び出すと、支援を指示し、自身は回復魔術を僕らに後ろから掛ける事に専念。

霊夢を一瞥だけする。

何か舞い始めている。

神楽舞をすると言っていたっけ。多分それだ。とにかく守りきれ。

凄まじい呪いが、頭を抱えているクエビコから、更に勢いを増しながら吹き付けるが、それに従って土塊が減る。

代わりに入口辺りで、悪魔がこわごわ此方を伺っている。

完全に腰を抜かしている人外ハンターに僕は叫ぶ。

「後ろを守って! 壁を作るだけでいいから!」

「わ、分かった!」

「ちくしょう、やってやらあっ!」

人外ハンター二人が、なんかよく分からない弱そうな悪魔を出して、入口付近を固めさせる。

それを見て、こっちを伺っていた悪魔が引っ込む。

置物だけでもいいから、悪魔がいると言うのが大きい。

それで横やりを防げる。

絶叫とともに、大量の嘆きや悲鳴が溢れてきた。多分クエビコに食われた人の……いや、分からない。

ともかく、凄まじい数の死が、側にあるのが分かった。

僕の中に、何か記憶が流れ込んでくる。

見た事もない広さの、黄金の沃野。

これ全部が稲穂なのか。

「流石は関東だ。 これほどの広さの土地、そうそうはない。 いい加減な政のせいでこの辺りの開発は未完成だ。 やりがいがあるぞ」

「全ては任せるぞ〇〇。 此処をこの国の礎とする」

「ははっ! お任せくださいませ、殿!」

そういう隣の奴、誰だ。いや、知ってる。知ってるはずなのに、分からない。

何故か、イザボーに被って見える気がする。僕の視界は高い。やはり、僕はこの記憶の世界では、とても背が高いのか。

はっと気付く。

たんと、澄んだ音。

それと同時に、クエビコの全身が淡く光り始める。膨大な呪いが、霧散し始めていた。

ぱんと、鋭い音。

そして何やら聞いたことのない呪文らしいもの。悪魔がやる呪文詠唱とも、だいぶ違っている。

今のは、足を踏みならした音と、手を叩いた音だろう。

やがて、クエビコは縮んでいく。

最後に残ったのは、体が崩れた土塊という雰囲気の存在だった。それは涙を流しながら、頭を下げる。

「大いなる力を持つ巫女よ。 すまなかった。 膨大な邪気と侵略者の奸計に飲まれて、わしは荒神となってしまっていた。 そればかりか、暴に身を任せ、これほど多くのわしを支えわしが救うべき民を手に……」

「邪気は祓った。 後は人々を救いなさい。 それに……今も貴方達の土地で好き勝手をしている邪悪がいる。 其奴を倒すための手札が必要よ」

「分かった。 わしはこの地に集った地霊達を導き、この地に暮らしている人々を守るために力を使おう。 土地の所有権はそなたに引き渡す。 感じるぞ。 これは中華の神格であるな。 後から押しかけておいて、全てを食い荒らすつもりか。 一度は聖神と化しながら、邪悪にまた墜ち果てた獣神か。 分かった。 わしの力を持って、討ち果たしてくれ。 せめてもの償いだ、土地の全権を渡す。 わしの代わりに、この地の人々を守ってくれ」

クエビコが手を叩くと、すっと辺りの邪気が消えていく。悲鳴を上げるハルパスを、あわててイザボーが引っ込めていた。

僕も残心をする。

クエビコが消える。きっと土地と一体化したのだろう。

ワルターは、周囲を見ながらぼやいていた。

「どっちかが勝つしかないし、クエビコの言い分も一理あるとすら思ったんだが、こういう解決法もあったんだな」

「ああ。 僕もクエビコを撃ち払うしかないと思っていた。 色々な知識が集まれば、出来る事も増える。 知識を持った他者を使えるだの使えないだの、ラグジュアリーズが偉ぶって言っているのが恥ずかしい」

ヨナタンも同意していた。

いずれにしても消耗が極めて激しい。それは霊夢も同じようだった。

霊夢が地面に落ちていた札を手に取る。

そして、引き上げると言う。

ワルターがてきぱきと阿修羅会のアホを縛り上げて、武装も解除。持っている武器は、かなり強そうな品だ。

捨てておくかとワルターがいうが、それだと多分野良悪魔に食べられてしまうだろう。

おろおろしている人外ハンターだったが、片方が手を上げていた。

「お、俺がそれは担いでいきます。 どうせそれしか役に立てないから」

「頼むわよ」

「へ、へいっ!」

霊夢の声に、すくみ上がる二人。

とりあえず都庁の内部は既に清浄な空間だ。これだと、人が暮らす拠点にも変えられるかもしれない。

更には、外に多数の悪魔が集まっていた。

さっきまで、此方を伺っていた地霊達だ。大小様々なのがいるが、その中の一体。鎧姿の大男が来ると、膝を突いていた。

「苦しんでいたクエビコ様をお救いいただき感謝する。 この地に集った地霊を代表して、礼を申し上げる」

「任せるわ、フリン」

「うん。 じゃ、この地をクエビコさんと一緒に守って。 それで、困っている人々を助けてあげて」

「承知。 クエビコ様もそれを望んでいるようだ。 ならば我等も、人とともに此処を守ろうぞ」

これでいい。

人が増えてきたらまた軋轢が起きるかも知れないが、今はそれはない。それを考えるのは、また後だ。

新宿に戻る途中の悪魔は、かなり数を減らしていた。荒神から元に戻ったクエビコの影響力が及んでいるのだ。

悪霊や怨霊の類もまとめて浄化されたようである。

霊夢が志村をスマホというので呼んでいる。多分だけれども、あの阿修羅会のアホを引き渡しておくのだろう。

それに、人外ハンター二人は、何があったか皆に話すと約束してくれた。状況を見れば何があったか明らかだ。阿修羅会の奴らは数人がこっちを見ていたが、舌打ちして引き揚げて行った。

阿修羅会は悪魔を手なづけるのに失敗。それどころか、また影響力を大きく失う事になった。

一度戻る事を霊夢に告げる。霊夢も国会議事堂シェルターに戻るらしい。

咳払いとともに告げられる。

「池袋で大規模作戦が行われる。 貴方たちも、是非来てくれると助かる」

「勿論確実に行くぜ。 一度休憩してから出向くが、其方での時間でいえばすぐだ。 先に国会議事堂についているかもな」

「いや、あたしもターミナルには登録しているし、空間も跳べるから。 とりあえずあのアホを志村が引き取るのを見届けてから戻るわ。 それと」

赤玉だったか。

阿修羅会が持っていたものを、霊夢が光の術か何かで焼き尽くす。

怨念が消えるのが分かった。やはりそれは、おぞましい品だったのだろう。

クエビコはそれを食う事を選ばなかった。もしも赤玉を平気で口にするような奴だったら、霊夢はもっと荒っぽくクエビコに対応していたのかも知れない。

先に上がらせて貰う。

新宿での激戦は、僕も思うところがたくさんあった。悪魔にも、話が分かる奴らがたくさんいる。

あのキチジョージ村を焼き尽くしたリリスだかと同じような奴らばかりではない。それは分かっていたのだが、更に強く思い知らされていた。

 

3、池袋攻略作戦、事前

 

フジワラは腕利きのハンター達に声を掛けていたが、やがて連絡がある。霊夢からだった。

新宿で荒神と化していたクエビコの調伏に成功。

クエビコから池袋の土地の所有権(神の及ぶ力)を受け取り、クエビコは浄化。以降は人々を守る神と代わり、クエビコの力に引き寄せられて集まっていた地霊達も、クエビコの言う通り人々を守る存在へと転化した。

ほぼ完璧に近い結果だ。

クエビコを倒すか、それとも共存するしかないかと思っていたのだフジワラも。

それがクエビコを浄化して、人々を守る善神であり知恵の神である存在にと戻したというのは凄まじい。

悪魔と共存とはいうが、実際の所悪魔と戦いながら生きるか、悪魔の言う事を聞いて犠牲を出すか。

今までの東京はそれが当たり前で。

誰もがそれで妥協して諦めてしまっていた。

第三の道が示されたのだ。

だが、それでも共存が無理な相手はいるだろう。

池袋の西王母は、霊夢の話を聞く限りそもそもわざと今回の残虐行為に手を染めている可能性が高い。

それである以上、倒さなければならない相手だった。

まずは霊夢に戻って来て貰う。

志村等の腕利きの人外ハンターにも集まって貰う。

問題はサムライ衆だが、あの四人組の実力を霊夢に判断してもらう必要がある。どれくらいやれるか。

それが課題だ。

それに、もう一つ問題がある。

池袋は、西王母に乗っ取られる前は阿修羅会が制圧していた。

西王母を倒すと、奴らがまたしゃしゃり出てくる可能性がある。

阿修羅会の介入を防ぐ必要がある。

ただでさえ池袋の人間は他力本願が身についてしまっている。それについても、現実的な対策が必要になる。

殿に頼んで、対策を練るか、

幾つかの思考を練っている内に、霊夢が戻って来た。

かなり疲れているようで、シェルターに戻るなり酒、と一言である。タチが悪いモラハラ夫みたいだが。

元々酒が好きなようで、苛烈な戦いの後はだいたい飲んでいるのも知っている。

地下のプラントでは酒は最低限しか造れておらず、霊夢が蟒蛇同然に呑む事もあって、それについて不満の声が人外ハンターから上がっているのも事実だ。

重要な設備の方が、酒なんかより優先度が高い。

医療用アルコールは生産しているが、残念ながらあれは飲むと有毒だ。

「何、酒ないの」

「我慢せい。 わしだって飲んでおらんわ」

「はー、仕方がないわね。 とりあえず風呂入って一眠りしてくるわ。 起きるまで起こさないで」

「知るか」

フジワラが出向くと、霊夢は地獄老人とそんなやりとりをしていた。いずれにしても暴論を言い放つと、個室に消える。

一応幾つかある個室の一つ。それを霊夢は堂々と占拠しているが。

あれだけの戦果を上げているのだ。誰も文句は言えない。

そして戦闘力が高い分、一度眠ると起きるまで結構時間が掛かる。

ただ、それに対して不満をいう人間はいなかった。

霊夢がどれだけ強力な悪魔を倒してくれているか、シェルターの人間だったら誰でも知っているからである。

あの蟒蛇だけが欠点で。

それはどうにかして目をつぶるべき事だった。

地獄老人が鼻を鳴らす。

「今は嗜好品なんぞ作っている場合ではないでな。 少しずつ作り出す品の精度を上げていて、もう少しでマザーボードくらいなら作れるようになる。 後は小型化するために、今までのノウハウを知りたいところだがなあ」

「情報の閲覧は許可していますが、厳しいですか」

「厳しいな。 殆どインターネットそのものが潰れていて、ネット上に上がっていた情報はほぼ閲覧出来る状態にない。 データサーバなんかろくにいきておらんだろうしな。 物理的なマニュアルなんぞ手に入る状態にない。 わしはだいたいの科学技術は頭に入れているが、色々な会社が秘伝にしていたような技術までは再現はできん。 ましてや職人芸でやっていたような技術の再現となるとな」

「それだけで充分です。 とにかく出来る事から順番にお願いいたします」

「ああ、そうさせてもらうよ。 悪魔との戦いとなると、流石にまだわしが役に立てる段階ではないからな。 弾だけは供給が絶えぬようにしてやるから、それでどうにかしてくれ」

まあ、地獄老人が色々と危ない思想の持ち主である事は分かっているのだが。

今の時点では、フジワラに不利益をする理由がない。

だから、好きにやっていて貰うしかない。

ただ、気になる事もある。

地獄老人は日本政府に呼ばれて、大戦前の幾つかの大型プロジェクトに関わっていたらしいのだ。

もしそれが本当だとすると。

大戦の原因を、知っているかも知れない。

ただ、本人に聞いても今は藪蛇だろう。

もう少し時を待つしかなかった。

フジワラ自身はそれから順番に連絡を入れて、そして腕利きの人外ハンターを合計八名、シェルターに招聘する。

流石に信頼性が低い人外ハンターを内部に入れる訳にはいかない。

現在国会議事堂内が完全に空になっているので、其処で会議を行うことにする。

今回呼んだのは、それぞれが東京で実績を上げている凄腕で、相応のレベルの悪魔を従えている使い手達だ。

ただこんな荒んだ世の中である。

いずれもが、あまり良い評判がない。

阿修羅会とつながっているという噂の奴もいる。それでも、今は力を借りなければならないのである。

先に集まって貰って、そして秀と一緒に検分する。

秀の力量はフジワラより段違いで上だ。更に的確に相手を分析出来るはず。

秀にも、池袋攻略戦の内容については既に展開してある。

それもあって、話はすぐに伝わるので、助かる。

「あの二人は戦闘力が話ほどではないな。 恐らく今回の件ではつれて行かない方が良いだろう」

「ふむ。 仕事面では、それなりに強い悪魔を倒している実績があるのですがね」

「本当に倒しているのか疑問だ。 それとも、極端に運が良いのかも知れない。 彼方の二人はなかなかの使い手だ。 合計戦力を分けると、これで丁度良いくらいになるだろうな」

3対5で秀が分ける。

それぞれの班分けには、強いと秀が言ったものが入れられている。

一人は長い髪を三つ編みにしてぶら下げている、眼帯をつけた男。背負っているのはやたらごつい銃だ。

ライフルの野田と言われる男で、かなりの高位悪魔を従えている事で知られている。何回かフジワラも連携して戦ったが、腕に問題は無い。

もう一人は中肉中背の、一見ひ弱そうな女だ。帽子を深く被って、サングラスにマスクで人相を隠している。

だが、この業界であの女を知らない奴はモグリとまで言われている危険な女で、リッパー鹿目と言われている。

鹿目という名字はとても珍しいらしく、何なら本名ではないらしいのだが。

単純に剣の腕がもの凄く立つのだ。二度戦闘をともにした事があるが、腕が六本ある悪魔と互角以上にわたりあい、剣術で圧倒していた。

本人は極めて人見知りで怖がりなのだが、戦闘力の凄まじさで知られ渡っているのと。下手に手とか出すと、一瞬で腕ごと持って行かれる事もある。

今も、他の七人はあからさまに距離を置いていた。

あまり強さがないと秀が論じた二人もあわせて、他の六人もそれなりに実績を上げている人外ハンターであり。

現在フジワラが呼び出せるメンバーとは違って、フリーランスだが。

今の東京では状況次第で動くフリーランスの人外ハンターの方が強い。

なお、秀の振り分けはリッパー鹿目の方に二人である。つまり秀の見た所、リッパー鹿目の方が格上と言う訳だ。

また、戦闘力に問題があるといわれた二人も、それぞれ別に入れられている。となると、実際には2対4で分けたいのかも知れない。

しばし考えた後、フジワラは采配をする。

「ならばその二人は遊撃として、戦況を見ながら不利になっている班に入れてはどうでしょうかな」

「……それで問題ないだろう。 ただ、池袋に行った霊夢の見たてだと、かなり厳しい戦いになるだろうが」

まあ、それは分かっている。

フジワラの方で、まずは八人の人外ハンターに話をつけに行く。

彼等もフジワラとは全員が面識があり、純喫茶フロリダで話をしたこともある。具体的な秀の見たてについて話はせず、当日での打ち合わせ、班分けを話す。

「え、俺があのリッパーさんと組むんスか」

そういったのは、大型の槍を手にしている男だ。長槍のゲンと言う。

長身で、腕自慢では知られているのだが。何度も強力な悪魔に負けて逃げた話も同時に知られている。

依頼達成率はあまり高くないのだが、逆に言うとそんな強い悪魔に負けても逃げて帰ってきていると言う事だ。

それだけ勝負運が強いとも言える。

「鹿目さんもお願いするよ」

「は、はい。 お願いいたします」

触ったりするとそのまま生きた凶器と化すリッパー鹿目だが、普通に接している分には内気な女性だ。

なお年齢は三十路近いらしい。

この状況だ。

非力な頃は、色々あったのかも知れない。女性の人外ハンターも多いが、それも自衛のためにやっている人も多いのだから。

一方ライフルの野田は、淡々と聞いてくる。

「それで、俺の相手はなんなんですかねフジワラさん」

「恐らくは五神……中華の方角神だ。 ただし本来のものではなく、堕落して荒神と化しているだろうが」

「厄介ッスねそれ。 黄龍と誰がやり合うのかを先に決めておかないと、ババ引きかねないッスし」

その通りだ。

黄龍については、今まで腕利きのハンターが遭遇例が幾度かある。分霊体としては、何回か東京に出現しているのだ。

他の四神とは桁違い。

それが一致した答えだった。

麒麟として出現してくれれば、殺傷力はむしろ落ちそうなのだが。まあ、そうもいかないだろう。

麒麟は黄龍と同様の方角神の中央に存在する霊獣であり、何も殺さないという伝承がある。

だが、それを守護者として配置するとは考えにくい。

一度持ち帰ると話して、一旦待機して貰う。

戻ると、軽く話をする。

シェルターの守りは、規格外マーメイドにやってもらう。これは此処にどんな逆撃があるか分からないからだ。

その上で。起きて来た霊夢も交えて話をする。

霊夢が挙手して、サムライの四人組と一緒に、西王母本体と当たると言う。つまり四人がかりだと、秀よりも強いと判断しているのかも知れない。

頷くと、フジワラの方からも手札を公開する。

「今回はガイア教団と連携して動く事になった。 あまり評判がいい集団ではないが、それでも必要な共闘なんだ。 分かって欲しい」

「……そう。 西王母にはあたしとフリン達サムライ、それにそのカガというガイア教団の手練れで当たるとして。 後の五体をどう手分けするかね。 人外ハンターのチームで二体を相手にするとして。 黄龍はどうする?」

「私が斬る」

秀が即答。

確かに、他に頼める存在もいないだろう。

ガイア教団の者達が、残りの二体のうち一体に当たる。問題は、最後の一体だが。

殿が挙手。

「わしが対応する」

「しかし、外に出られても大丈夫でしょうか」

「阿修羅会の阿呆どもが監視しているからか? その上よ。 わしはただ、無言で戦うだけとする。 阿修羅会の連中は、既に霊夢と秀、それにマーメイドについては把握しているとみていい。 此処でわしという手札が更にある事を見せる。 それでますます奴らを混乱させる事ができる。 ただでさえ憶病なタヤマだ。 この状態でまだ切り札があると知ったら、恐慌状態に陥るだろうな。 そうなればより与しやすくなる」

なるほど。しかし危険だ。

だが、無表情のままの銀髪の娘と裏腹に、殿の口調は余裕に満ちていた。

「この娘の戦闘力を見せておくのもいいだろう。 数限りない戦場に立ったわしだが、この娘の実力は保証するぞ。 五神が元になっている相手とすると、一番堅いのは玄武であろうな。 そいつはこの娘の力とわしの武技でかち割ってくれる」

「分かりました。 それから、不測の事態に備えて、私とツギハギが、六……八名の予備のハンターとともに待機します。 純喫茶フロリダは、志村と小沢に守って貰います」

純喫茶フロリダは、シンボルとして重要な店だ。

勿論切り札になる悪魔も配置しているから、簡単に落とされる事はない。それでも、念の為である。

問題は同時に出る六名だが、いずれもまだ大した実績は積んでいない面子だ。

後見人として、錦糸町の名物ハンターであるニッカリとともに出て貰う。あの男なら、フジワラも一人前成り立てくらいの人外ハンター達を任せられるだろう。

咳払いすると、フジワラは皆を見回した。

「連携はとても難しくなると思う。 状況に応じて、それぞれが臨機応変に動く必要もある。 後ろを討たれるようには私がしないように務める。 だから、それぞれが現場で最善を尽くして欲しい」

「交渉は任せるぞ。 いずれにしても開戦の狼煙は霊夢が握っておろう。 ガイア教団の縄を、しっかりそなたが引け」

「分かりました。 必ずや」

さて、此処からだ。

皆が解散したあと、地獄老人と話をしておく。

もう一枚、切り札を用意した方が良いだろう。

今話に加わったメンバーに、裏切りものがいるとは思っていない。しかしながら、此処での話が聞かれていないとは限らないのだ。悪魔の中には、時々とんでもない能力を持っている輩がいるのである。

そこで、更に切り札をもう一枚用意しておく。

これについては、後で殿にだけ話をする。

殿についてだけは、フジワラは疑っていない。もしも殿に悪意があるならば、これまでに幾らでもフジワラ達をまとめて壊滅させる事ができた。

それをしていないということは、つまりそういうことだ。

軽く地獄老人も交えて話をする。

殿は腕組みして考え込んでいたが。たまに技術的な説明を地獄老人がしていた。これはあくまでテクノロジーの産物で、魔術とは関係無いからだ。

「よし、分かった。 決戦は明日朝になるが、それまでに間に合わせられるか」

「つつがなくできるじゃろう」

「うむ……」

殿が頷いた(声だけだが)のは理由も簡単。

翌朝では何かしらを仕掛けるにしても不可能だからだ。

一度シェルターを出る。

タバコは吸わなくなって随分と久しい。もっとも大戦前には既に殺人的な価格になっていたし。

それほどヘビースモーカーでもなかったが。

ただ、落ち着くという点で、あれは有用だったかも知れない。

話が終わった事を殿が告げたのだろう。銀髪の女の子はぱたぱたと歩いて行く。歩く所作にも育ちの良さが出ているが、あの子が本当にそこまで強いのか。残念ながら、フジワラには分からない。

ただ、前に秀が強いと断言していたし、そこは信用していいと思う。

問題は明日の本番だ。

稚拙な連携なんか上手く行くわけがないので、ガイア教徒はまとめて一つの敵に当たって貰う。

カガという戦士はかなりの使い手のようだが、それでも場合によっては足を引っ張るだけだろう。

霊夢とサムライの四名が、何処までやれるかだが。

此処は信じるしかない。

問題は、ガイア教徒が当たる相手を選びたいとかごねる場合だが。それについても事前に対策は練っておく。

出立する戦士達には、充分に休息を取るように指示。

純喫茶フロリダから来たツギハギは、シェルター内部の様子を見て、まともに動かせなくなった顔で、それでも目を細めていた。

天使達との戦いで顔をグチャグチャにされて、それでもどうにか形だけ整えた状態。酷い渾名だが、ツギハギはそれでいいと言ってくれた。

今では寡黙なことが却って凄みに変わっている。唯一の、第一空挺団の生き残り。

元々は寡黙ではあったが、不器用に良く笑う男だったのだが。今ではその笑顔も、すっかり減ってしまった。

作戦の説明はしてある。

後は、軽くほんの少しだけある酒を入れる。これは地獄老人が作ってくれたなけなしだが。

この戦いの重要性を鑑みて、参加者にだけ配布したものだ。

池袋はどうにかして助けなければならない。例え住民が最悪の決断の結果、西王母を招いてしまったとしてもだ。

積極的に弱者を殺して回った、とでもいうような事でもしていない限り。

今の東京で、人を見殺しにすることなどあってはならないのだ。

ツギハギと久々に二人だけで飲む。

久しぶりのおおいくさだ。

ほんの少しだけしか酒はない。

だけれども、それでも。

不思議と、酔う事は出来た。

 

東京に戻ってきたフリンは、既に臨戦態勢にあるのを悟って、身を引き締めていた。

牙の槍の手入れも終わっている。

今回は手入れをしっかりしてもらいたかったので、丁寧にやってもらった。また、遺物の納入と、それでもらった食糧類の引き渡しもある。

何度か東のミカド国と東京を行き来して、物資を運ぶ。

やはりターミナルでは生き物を運ぶのはかなり難しく、鶏がギリギリである。

それでも、東京のシェルターでは、生きた鶏をとても喜んでくれる。

奧で見せてもらうが、不思議な畑が拡がっていた。

水が大量に使われていて、光がランタンではないなにかの装置から発せられている。

農家の人間には当たり前なのだが、夏などで光が弱いと、作物の出来は当然のように悪くなる。

自分で作った光でも大丈夫なんだなと驚かされるし。

何段にもなった機械の棚の中で、大量の作物が作られて。

これもからくりなのだろう。

不思議な腕がそれの手入れをしているのは、何度も驚かされていた。

ドクターヘルと以前名乗った老人が、何体かの悪魔とともに管理をしている。スマホを操作しながら、幾つかの指示を出して。

一本足で歩き回る一本ダタラという悪魔達が、あまり会話になっていない様な言葉を発しながら。

指示に従って、手入れをして。

どんどん修理もしているようだった。

「A4棚、な、なおったあ!」

「うむ。 新しく其処で作物を育てる。 廃棄分はコンポーザーに入れて、肥料にして再利用だ」

「わ、わかった、うぉああああ!」

「五月蠅い奴らじゃ」

僕の胸くらいまでしかない小人達も働いている。

地霊ドワーフというらしい。

知名度が高かったらしく、見た目と違う高い能力を持っているようだが。ドクターヘルの言う事はきちんと聞いている。

ドクターヘルの事は、素直に認めているのだろう。

「駄目になっていたビオトープのC6区画の手入れはおわったぞ、ドク。 それでそこで鶏の飼育を更に拡充するんじゃな」

「おう、頼む。 エサは野菜屑と悪魔肉でかまわん」

「任せておけ」

僕らが既に運び込んだ鶏は三十羽を超えているが、もっと運び込んで欲しいと言われている。

現時点ではシェルター内で、病人用くらいにしか卵を提供できない状態らしく、まだまだ大量にいるそうだ。

卵は様々に使い路があるらしく、病気に対するお薬を作るのにも使ったりするらしい。

回復魔術ではどうにもならない病気もあるらしいし。

鶏の卵がとても栄養価が高いことは僕らも重々承知している。

故に、きちんと活用してくれているのはとても有り難い。

「お前さん達に此処を見せているのは、きちんと理由があってな」

「どういうことだよ」

「感謝の言葉もあるが、こういう設備を使ってなお、まだ食い物が行き渡らないくらい、東京の状態が悪いと言う事を知っておいて欲しいという、フジワラの意思だ。 しかも少し前までは、此処すらも生きていなかった」

「それは、酷いですわね」

シェルターの地下はまだまだ広くて、色々な区画に色々な設備があるらしいが。

まだ三割くらいは死んでいるらしくて、ドクターヘルが毎日この悪魔達と修理して、機能を拡張しているらしい。

ただそれでも全然足りないということで。

今、このシェルターを拡大する作業をしているそうだ。

僕らが開放したターミナルがあった辺りは、悪魔と戦う装備を生産する工場にするらしい。

他にも天王洲という場所にあるシェルターを大改装して、似たような拠点にする予定があるそうだ。

「僕らの方でも遺物を探している。 それを更に提供していただければ、支援を大規模にすることが可能だ」

「それはいいんだがな。 東京を焼き払った天使の事は、わしも覚えておる。 もしも東のミカド国が天使によって支配されている国だとすると、何をされるか分からないという問題もあってな。 お前さんらは信頼に値するとわしは思っているが、フジワラは慎重な姿勢だ。 ただ、新宿の件で、信用するつもりになったようだがな。 次の池袋の件で、更に信頼に値するところを見せて欲しいということだ」

「……」

僕も考え込む。

あのギャビーという女司祭だか司教だか。

国王なんて歯牙にも掛けていない様子のあの怪人物の正体は、人間ではないのではないかと思うのだ。

もしもあの存在が東京で破壊の限りを尽くした天使だった場合、どうするのか。

ヨナタンと一度話したほうがいいと思う。

ヨナタンは民のためにと第一に考える。

僕も農民出身だから、それについては同意できる。

だが、もしも東京と東のミカド国を天秤に掛ける場合。

ヨナタンは、東のミカド国を選ぶのではないかと思うのだ。

不意に、何か思い出す。

また、知らない記憶だ。顔が見えない人が、とても苦悩している。ひげ面の、明らかに歴戦と分かる人物が、涙を流しながら平伏していた。

「〇〇様はお怒りです。 これが言いがかりであり、〇〇様も〇〇様も無罪であることは分かりきっています! しかし〇〇様の言葉は今や絶対! 〇〇を非常に憎んでいるあの御方が言ったのなら、白も黒なのです。 そして全盛期の〇〇公がいた時代の〇〇以上に今の〇〇様は強大……! もしも逆らったら、〇〇の民は……!」

「分かっておる! だが、戦下手な〇〇と比べて、嫡男に相応しいあ奴を、ばかげたいいがかりで失っていいものか! 〇〇様も、少しずつ鈍り始めておる。 近年〇〇が怪しい動きをしているが、それにも気付いておらぬようだ」

「鈍り始めていたとしても、絶対は絶対! ご決断を!」

「……分かった。 分かったがしばし一人にしてくれ」

その場にいる誰もが、悔し涙を流している。

僕ははっと正気に戻る。

時々出てくるこの記憶、なんだ。

そしてあのひげ面の、決断を促している人が。どうもヨナタンのように思えてならないのだ。

似ても似つかないのに。

頭を振って、雑念を払う。

時々見るようになったこの不思議な記憶、笑い飛ばしていいものだとはとても思えないのである。

「フリン、どうしたんだ」

「うん。 後で話そう。 これから池袋に出向くらしいし、軽く体を温めておかないとね」

「ならば外でちょっと悪魔を倒したり、雑魚を捕まえておこうぜ」

「そうですわね」

ワルターとイザボーが気を利かせてくれる。

こう言うときは、動いていた方が良いか。

シェルターの入口を守っているマーメイドに一礼。

あの霊夢が、自分より強いと断言する程の存在だ。しかもとても人間に対して友好的である。

だったら、丁寧に接しないといけないだろう。

シェルターの周囲は、殆ど雑魚悪魔もいない。特に重点的に、人外ハンターが駆逐して回っているのだろう。

それでも時々姿を見せるので、すぐに狩っておく。

そうすることで体を温めておいて、決戦に備えておいた方が良いだろう。

しばし悪魔を狩って、体を温めていると。

伝令らしい鳥の悪魔がきた。

ちょっとカタコトで、用事を伝えてくる。

「フリン様フリンさマ! 作戦の会議をおこなうというコトで、彼処にアル国会議事堂に来てほシイということです! でわ!」

「作戦開始か。 とりあえず雑念は晴れた。 体も温まった。 池袋とやらで大暴れしている極悪な悪魔を退治に行こう。 それでサムライと人外ハンターは、もっと緊密に連携出来るはずだよ」

「問題は頻繁に出てくる天使って言葉だな。 東のミカド国と此処で、一体何があったのか、知らないとこの軋轢を解消するのは難しいと思うぜ」

「それは同感ですわね」

ヨナタンが苦しそうにしている。

天使を使役しているヨナタンは、どうしても天使が破壊の限りを尽くしたことを信じられないのだろう。

実際極めて献身的に戦ってくれていて、それで活路が開かれたことが幾度もあるのだ。

だが、それでも天使の献身性を通り越した盲目的な忠誠は、見ていて僕ですらちょっと危ういなと思う。

いずれ、腰を据えて話し合うべきだった。

国会議事堂の、空になっている建物に入る。

装備も背格好も雑多な男女が八人。二人はちょっと見かけ倒しみたいだが、残り六人は強いし。

特に二人は、相当な使い手だ。

其処に霊夢達が来る。更には、帽子を被った、しゃれた格好の男性も。この人が、多分フジワラだろう。

志村達もいる。

総力戦なんだな。

僕は身を引き締めると、そのまま説明が始まる作戦会議に、神経を集中していた。

 

4、もう一つの戦い

 

沐浴を済ませると、カガは作戦会議を行うガイア教団本部ロビーに出向く。

今回はカガと手練れのガイア教徒達、それに幹部であるミイとケイが出る事が決まっている。

それにミイとケイは、仕上がったばかりのトキを連れていくようだ。

ガイア教団は居心地がとてもいい。

カガも物心ついた頃には大戦の後の世代なので、力が全ての時代に生きてきた。何もかもを奪い合って生きる世界で、人が恐ろしい勢いで減っていく時代だった。

だが、今になって思うと。

あれは本当に、強い奴が生き残る時代だったのだろうかと疑念が浮かぶ。

どんなに強い奴でも、強力な悪魔には手も足もでなかった。力自慢で、手練れの人外ハンターを素手で圧倒していたような奴が、悪魔に踏みつぶされて一瞬で死んだのを間近で見たとき。

その考えは、確信に変わった。

厳しい修行をして、身を引き締めて。

それで雑念を消すようにし。

悪魔召喚プログラムにすら頼らずに、己の身で雑魚悪魔だったら斃せるように鍛えに鍛えた今でも。

それでも疑念は心の奥から消えない。

ガイア教団は居心地が良い。

強いのなら何をしても許されるし、強い者にはとても寛容だ。

カガは男を近づける気はないが、それも強いから許されている。

カガは子供を作りたくない。

子供を作っても、主観で選別して、弱いのなら悪魔のエサにしてしまうようなガイア教団のあり方では子供を苦労して産んでも無駄だと考えているし。

今の東京では、現実的に考えて。子供を作っても、育てられなどしない。

人外ハンターは、最近シェルターと言う場所で、弱者をどんどん保護しているらしい。それで軟弱になったかというとそんなこともない。

武器も装備も、服すらも。

今では作り出せなくなった品が、どんどん新しく支給されている。

鉄砲の弾も、どんどん再生産されているそうで。近々戦車やらも動き出すのではないかとさえ言われていた。

弱者なんか助けて何の意味がある。

そう嘲笑っている同胞に対して、カガは何も言わない。

ただ、疑惑は膨れあがるばかりだった。

カガは恋愛願望なんて持っていないが、子供は欲しいと思っていた。

これは誰にも話したことはない。

ガイア教団では、誰かに腹を割って話をすることは、そのまま弱みを握られることを意味している。

超能力という魔術の類種の力を持っているミイやケイには見抜かれているかも知れないが。

それでも、強い間は少なくとも自由は許される。

だが、そんなものは自由なのだろうか。

カガの中で、疑問は膨らむばかりだった。

それに、である。

カガは見たのだ。

調べていて、仏教の思想について。

ガイア教団はどちらかというと仏教系の思想だと喧伝しているようだが、実際に見た仏教哲学は、それとはまるで違っていた。

確かに男尊女卑思想とか、色々と不愉快なものはあったが。

それでも混沌の時代を貴ぶ思想ではなく。

むしろ混沌よりも平穏と秩序を作ろうと考え出されたもので。

特に過剰な修行は毒にしかならないと開祖である仏陀が唱えていることも知ってしまった。

それではまるで、今やっているのは、真逆ではないか。

そういう思想を持つのも、ガイア教団では自由だが。

しかし、ガイア教団そのものがおかしいのではないのか。

そう、カガには思え始めていた。

ユリコは出かけている。

そのため、作戦指揮はミイとケイが執る。

この本部は強力な悪魔が複数守っており、更に言うと精鋭が死ぬのなんていつものことだ。

今回の作戦でも、それを誰も疑問にさえ思っていなかった。

「皆、集まったようだねえ」

「それでは行くとしようか。 ひひひっ」

「おおーっ!」

ガイア教徒達が吠える。

カガは静かに黙り込んでいた。

此奴らは熱狂の中にいる。

だが、それだけだ。

「カガ。 お前は人外ハンター側の精鋭とともに、西王母に当たって貰うぞ」

「はっ」

「羨ましい!」

「武の誉れぞ!」

周囲はいうが、本当にそうか。

どうもミイとケイは、カガの不審を見抜いた上で、それで鉄砲玉として使うつもりにしか思えない。

ただ、同時に。

西王母ほどの強大な悪魔と戦えるのは誉れだと考える自分もまた、いるのだった。

四十名の精鋭が出る。それを、ガイア教徒達はわいわいと囃しながら送る。

教団本部の守護をしている悪魔も、それを見送る。

堕天使ベリアルが現在此処に守りに来ているが。

そのベリアルも、半笑いで行く様子を見送っていた。

ベリアルはソロモン王72柱で、最強とされる悪魔。序列は一位ではないが。その名前は、無価値という意味を持つとか。

それはそれとして、ベリアルが時々子供、特に女の子をいとおしそうに見ている事もカガは知っている。

あれは食糧として見ているのではなくて、単純に守るべきものとして見ているのも分かっていた。

だが同時に、こうやって死ぬ事を怖れないというか。

むしろ死ぬ事を名誉と考えるようなガイア教徒のことは、内心で馬鹿にしていることも分かるのだ。

知恵が回ると、却って色々と余計なものが見えてしまうのかも知れない。

「カガよ。 我等を代表しての一番槍、頼むぞ」

「ああ、分かっている」

「それにしても、ミイ様とケイ様が作戦の指揮を執るわけではないのだな」

「人外ハンターの方が組織戦には向いているというご判断だそうだ。 まあいい。 西王母を殺せるなら、それでかまわん。 この地に害なす存在、悉く滅ぶべし」

周囲がそんな事を話している。

ガイア教団が、そのこの地に害なす存在かも知れない、ということは思ってもいないのがよく分かる。

力を貴ぶ組織。

その現実をこう間近で見ていて。

カガは時々悲しくなる。

ただ、今はとにかく、西王母を討ち取る事が先だ。

霊夢といったか。あの凄まじい使い手が先に情報を展開してくれなければ、ただ西王母に特攻して皆殺しにされていたかも知れない。

ありとあらゆる意味で。

カガは複雑で。

迷いはどうしても、心の奥底に残り続けていた。

 

(続)